| 期 | 区分 | 売上高 | 利益※ | 利益率 |
|---|---|---|---|---|
| 1992/5 | 単体 売上高 / 当期純利益 | - | - | - |
| 1993/5 | 単体 売上高 / 当期純利益 | - | - | - |
| 1994/5 | 単体 売上高 / 当期純利益 | - | - | - |
| 1993/5 | 単体 売上高 / 当期純利益 | - | - | - |
| 1994/5 | 単体 売上高 / 当期純利益 | - | - | - |
| 1995/5 | 単体 売上高 / 当期純利益 | - | - | - |
| 1996/5 | 単体 売上高 / 当期純利益 | - | - | - |
| 1997/5 | 単体 売上高 / 当期純利益 | - | - | - |
| 1998/5 | 単体 売上高 / 当期純利益 | - | - | - |
| 1999/5 | 単体 売上高 / 当期純利益 | - | - | - |
| 2000/5 | 単体 売上高 / 当期純利益 | - | - | - |
| 2001/5 | 単体 売上高 / 当期純利益 | 123億円 | 0億円 | 0.4% |
| 2002/5 | 単体 売上高 / 当期純利益 | 225億円 | 1億円 | 0.5% |
| 2003/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 424億円 | 2億円 | 0.5% |
| 2004/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 594億円 | 9億円 | 1.5% |
| 2005/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 786億円 | 12億円 | 1.5% |
| 2006/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 1,050億円 | 19億円 | 1.8% |
| 2007/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 1,258億円 | 22億円 | 1.8% |
| 2008/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 1,482億円 | 21億円 | 1.4% |
| 2009/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 1,777億円 | 28億円 | 1.5% |
| 2010/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 2,053億円 | 47億円 | 2.2% |
| 2011/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 2,371億円 | 57億円 | 2.4% |
| 2012/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 2,790億円 | 77億円 | 2.7% |
| 2013/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 3,293億円 | 93億円 | 2.8% |
| 2014/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 3,718億円 | 106億円 | 2.8% |
| 2015/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 4,084億円 | 116億円 | 2.8% |
| 2016/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 4,472億円 | 124億円 | 2.7% |
| 2017/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 5,027億円 | 182億円 | 3.6% |
| 2018/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 5,579億円 | 176億円 | 3.1% |
| 2019/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 6,111億円 | 191億円 | 3.1% |
| 2020/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 6,844億円 | 214億円 | 3.1% |
| 2021/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 7,264億円 | 271億円 | 3.7% |
| 2022/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 7,554億円 | 231億円 | 3.0% |
| 2023/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 8,276億円 | 237億円 | 2.8% |
| 2024/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 9,649億円 | 244億円 | 2.5% |
| 2025/5 | 連結 売上高 / 当期純利益 | 10,113億円 | 309億円 | 3.0% |
大型店は大商圏に出店するのが常識であり、小さな町に2,000平方メートルの店を出すという発想は業界の通念に反していた。しかし宇野は「小さな商圏だからこそ競合が少なく、一度根付けば圧倒的なシェアを取れる」と考えた。実際、コスモス薬品の出店エリアでは食品スーパーやコンビニからの顧客流入が起き、小商圏における独占的な地位を築いた。コンビニエンスストア以上の出店余地があるという宇野の見立ては、2025年時点で1,609店舗に達した店舗網が証明している。
宇野正晃は1973年に宮崎県延岡市で「宇野回天堂薬局」を創業し、約10年間にわたり個人薬局を経営した。1983年に有限会社コスモス薬品を設立し、延岡市に66平方メートルの岡富店を開店。1987年に初の郊外型店舗(平原店、165平方メートル)を出すが、依然として延岡市内に小さな薬局を数店構えるのみであった。1991年に株式会社に組織変更し、1993年1月に回天堂薬局となの花薬局を吸収合併。創業から20年間、宇野は延岡という人口13万人の地方都市で小規模経営に徹していた。
1990年代に入り、大規模小売店舗法の運用緩和により郊外への大型店出店が現実的な選択肢となりつつあった。当時のドラッグストアは都市部の繁華街や商店街に立地する小型店(100〜300平方メートル)が主流であり、医薬品と化粧品を中心に販売する業態であった。地方の小商圏においてはドラッグストアの存在感は薄く、消費者は食品スーパー、コンビニ、個人薬局を使い分けて日常の買い物を済ませていた。
宇野は、この地方小商圏の非効率にビジネス機会を見出した。人口1万〜2万人のエリアでは食品スーパー、コンビニ、薬局が分散しており、消費者は日常の買い物のために複数の店を回る必要があった。しかもドラッグストアには医薬品・化粧品という粗利率40〜50%の商材がある。この利益を原資に食品や日用品を低価格で提供すれば、食品スーパーとコンビニの双方から顧客を奪える――宇野はそう構想した。
1993年12月、宇野正晃は宮崎市に売場面積600平方メートルの浮之城店を開店した。延岡市で20年間営んできた小型薬局とは根本的に異なるコンセプトの店舗であった。医薬品・化粧品に加えて食品・日用雑貨を取り揃え、日常の消耗品を一か所で購入できる店舗を志向した。ここを起点に、宇野は本格的なドラッグストアの多店舗展開に踏み切った。
戦略の核心は「小商圏型メガドラッグストア」という独自の業態開発にあった。商圏人口わずか1万〜2万人のエリアに大型店を出店し、医薬品販売の高い利益率を原資として食品の価格を引き下げる。生鮮食品や惣菜は一切取り扱わず、加工食品・日配品に特化することで管理コストと廃棄ロスを抑制する設計とした。宇野が掲げたコンセプトは「ショートタイムショッピング」――急に必要になったものをすぐに買って帰れる店であった。
店舗運営においては、個々の店舗を突出して繁盛させるのではなく、全店舗の均質化を重視した。「繁盛店はつくらない」と宇野は公言し、店長による売り場づくりの裁量を抑え、定番商品の品揃えと低価格で日常使いの消費者に的を絞った。この標準化思想は、後に年間100店以上の新規出店を可能にする原動力となる。再現性の高い出店モデルを築くことで、出店判断から開店までのプロセスを効率化し、急速な多店舗展開の土台を据えた。
浮之城店を皮切りに、コスモス薬品は九州各県へドミナント出店を加速させた。1997年に大分県、1998年に熊本県、1999年に福岡県・鹿児島県と進出し、2002年に長崎県、2004年7月の佐賀県進出をもって九州全7県への展開を達成した。出店のたびに周辺の食品スーパーやコンビニから顧客が流入し、小商圏における圧倒的なシェアを獲得していった。
店舗規模も段階的に拡大した。浮之城店の600平方メートルから、1999年の日向店(宮崎県)で初の1,000平方メートル型を実現し、2003年の人吉店(熊本県)で初の2,000平方メートル型を投入した。2,000平方メートルは一般的な食品スーパーの約2倍の規模であり、小さな商圏にあえて大型店を出すという逆転の発想が形になった。以降の新規出店は2,000平方メートル型を基本とし、立地に応じて1,000平方メートル型で補完する戦略が確立された。
2004年11月には東証マザーズに上場し、小商圏型メガドラッグストアというビジネスモデルの有効性が資本市場にも認められた。食品スーパー・コンビニ・ドラッグストアの機能を一店舗に集約したこの業態は、後に「フード&ドラッグ」と呼ばれる業界トレンドの先駆けとなった。医薬品の高粗利を原資に食品を低価格で販売するという構造は、他のドラッグストアチェーンの食品強化戦略にも影響を与え、業界全体の方向性を変える起点となった。
大型店は大商圏に出店するのが常識であり、小さな町に2,000平方メートルの店を出すという発想は業界の通念に反していた。しかし宇野は「小さな商圏だからこそ競合が少なく、一度根付けば圧倒的なシェアを取れる」と考えた。実際、コスモス薬品の出店エリアでは食品スーパーやコンビニからの顧客流入が起き、小商圏における独占的な地位を築いた。コンビニエンスストア以上の出店余地があるという宇野の見立ては、2025年時点で1,609店舗に達した店舗網が証明している。
コスモス薬品は、地域の生活をより便利で豊かにすることを経営理念の中心に置き、ドラッグストア事業を営んでおります。日常消耗品を満載し、低価格で、きれいに整理整頓された店内で、尚且つ温かいサービスを添える店舗運営がコスモス薬品が考えるドラッグストアです。展開する店舗周辺のお客様に、何度も足を運んでいただける店づくりを推進し、『サービス』及び『コンビニエンス性』『ディスカウント性』を高い次元に保った『小商圏型メガドラッグストア』というフォーマットの完成を追求しています。いつまでも地域のお客様に愛される企業でありつづけるために努力邁進してまいります。
コスモス薬品は日本で初めて小商圏をターゲットとしたメガドラッグストアを多店舗展開するビジネスモデルを構築しました。 小売業はいろいろな業種が入り乱れて大変激しい競合状況にありますが、足元の小さな商圏(20,000人程度)に限定すると競合は限られてきます。
小商圏での競合業態は、食品スーパー、小商圏型ディスカウントストア、コンビニエンスストア、500平米型ドラッグストア。 これらの競合に対抗する当社のメガドラッグストアは医薬品・化粧品のみならず日用雑貨、生鮮三品以外の食品等の日常の暮らしに必要な消耗品を満載した、 非常に便利が良い店舗となっています。現代人にとって最も重要なものは時間であり、時間の節約こそが消費者最大のニーズ。 それを満たす新しいビジネスモデルが、『小商圏型メガドラッグストア』なのです。
出店戦略は、売場面積2,000平米型のメガドラッグストアを中心に展開し、その隙間を売場面積1,000平米型店舗で補完する政策。 これにより、その地域内で圧倒的なシェアを獲得目指しています。これからの小売業はこの小商圏でお客様の支持を得てこそ、真の勝者となるのです。 小商圏(商圏人口15,000~20,000人)に限定した出店戦略では個々の店舗の売上は見劣りしますが、近隣のお客様に足繁く、そして末永くご利用いただけることで永続的な繁栄が可能と考えます。
また、商圏を小さく設定しているので、たくさんの店舗を出店することが可能です。 よって大きな成功を果たしたコンビニエンスストア以上の成長をコスモス薬品の将来に描いています。
1994年に業界に先駆けて導入したポイント還元を、2003年に業界に先駆けて廃止する。この判断には、過去の成功体験に囚われない合理性がある。多くの企業では「自分たちが始めた施策」への愛着が判断を曇らせるが、宇野は顧客にとって最適かどうかだけを基準に据えた。さらに、上場前というタイミングを選んだ点にも計算がある。短期的な痛みを非上場のうちに引き受け、上場後はEDLPの成果だけを見せる。この時間軸の設計が、コスモス薬品のEDLP戦略を不可逆なものにした。
コスモス薬品は1994年に業界に先駆けてポイント還元制度を導入し、顧客の囲い込みを図っていた。日替わり特売も集客手段として活用しており、当時の小売業界では標準的な販促手法であった。しかし宇野正晃は、ポイント還元と日替わり特売に構造的な問題を感じていた。ポイントカードの運用コスト、特売時の価格変動、チラシの制作・配布コスト。これらの販促費用は最終的に商品価格に転嫁され、「毎日来店するロイヤルカスタマー」にとっては不利な仕組みであった。
宇野はしまむらの藤原秀次郎会長と3〜4ヶ月に1度面会しており、「お客様に公平であれ」「従業員の負担を減らせ」という教えに強い影響を受けていた。ポイントカードは特売日にまとめ買いをする顧客に有利で、毎日少しずつ購入するロイヤルカスタマーには不利である。宇野は「毎日のように来店するロイヤルカスタマーは、意外なことにポイントカードを嫌う」と分析していた。
宇野正晃は2001年に日替わり特売を廃止し、2003年5月にはポイント還元制度も全廃した。「業界に先駆けて始めたポイントカードを、業界に先駆けて止めた」と宇野は後に語っている。
この決断には明確な計算があった。ポイント還元を廃止すれば一時的に売上が落ちることは避けられない。そこで宇野は、あえて上場前のタイミングで廃止を断行した。上場後であれば株主や市場からの批判を受けるが、非上場であれば短期的な売上減を許容できる。廃止によって浮いたコストは商品価格の恒常的な引き下げに充て、EDLP(Every Day Low Price)への転換を図った。同時期には閉店時間を22時から21時、さらに20時へと繰り上げ、来客の多い17時〜19時の接客を充実させる方針も打ち出した。
EDLP戦略への転換は、短期的な売上減を経た後に成果をもたらした。チラシ制作費、ポイント管理システムの運用費、価格変更に伴う人件費が削減され、その原資は商品の恒常的な値下げに充てられた。「いつ行っても安い店」という顧客認知が定着し、来店頻度の向上につながった。
2004年11月に東証マザーズに上場した後、コスモス薬品の販管費率は上場小売業の中でも最低水準(約17%)を記録し続けている。2011年にはJCSI(日本版顧客満足度指数)ドラッグストア部門で第1位を獲得し、以降2025年まで15年連続で首位を維持している。EDLPによる毎日の低価格と、標準化された店舗の利便性が高く評価された結果であった。
1994年に業界に先駆けて導入したポイント還元を、2003年に業界に先駆けて廃止する。この判断には、過去の成功体験に囚われない合理性がある。多くの企業では「自分たちが始めた施策」への愛着が判断を曇らせるが、宇野は顧客にとって最適かどうかだけを基準に据えた。さらに、上場前というタイミングを選んだ点にも計算がある。短期的な痛みを非上場のうちに引き受け、上場後はEDLPの成果だけを見せる。この時間軸の設計が、コスモス薬品のEDLP戦略を不可逆なものにした。
なかでも小売業の大先輩であるしまむらの藤原秀次郎会長には3~4カ月に1度はお会いし、「ご講義」いただいている。ポイント還元を廃止したのも、閉店時間を20時に繰り上げたのも、藤原会長の「お客様に公平であれ」「従業員の負担を減らせ」という教えに基づくところが大きい。年に1度は丸1日店を閉めて従業員の慰労会を開くのは、具体的にしまむらをまねしたものだ。九州各県の一流ホテルで合計1億円かけて従業員を労う。実はこの費用よりも、店を1日閉めることでの売り上げ減のほうがインパクトは大きい。だが藤原会長の「仕事は楽しくしようよ」という言葉に突き動かされた。
全国展開と聞くと、東京に旗艦店を出すことを想像しがちだが、宇野が選んだのは正反対のアプローチであった。山口→愛媛→広島→兵庫→三重→福井と、地図上で物流網を一県ずつ延伸していく。この「染み出す」戦略の本質は、物流コストの最適化にある。コスモス薬品は既存の物流圏の外縁に新エリアを接続する形で拡大するため、配送効率を落とすことなく出店数を増やせる。飛び地出店では物流拠点を独立に構築する必要があり、固定費が跳ね上がる。九州で確立した低コスト体質を全国展開でも維持できた最大の理由は、この地理的な規律にあった。
2004年7月、佐賀県への出店をもってコスモス薬品は九州全7県への展開を完了した。この時点で九州に約160店舗を構え、宮崎県44店・熊本県42店と創業地周辺では高密度のドミナント出店を実現していた。小商圏型メガドラッグストアというフォーマットの有効性は九州では実証済みであった。
しかし九州の人口は約1,300万人。小商圏モデルでは1店舗あたりの商圏人口が1〜2万人であり、出店余地は確実に縮小しつつあった。宇野正晃にとっての問いは明確であった。九州の地域チェーンとして留まるか、それとも九州で磨き上げたフォーマットを全国に持ち出すか。全国展開に踏み切れば、物流網の構築、未知の商圏での競合、本社機能の強化など、規模の異なる課題に直面する。一方、九州に留まれば成長の天井に早晩ぶつかることも明白であった。
2004年3月、コスモス薬品は山口県に大内店を開店し、創業以来初めて九州の外に店舗を構えた。宇野正晃が選んだのは、飛び地で大都市に出る戦略ではなく、九州の隣接県から一歩ずつ染み出すように拡大する「地続き」の出店戦略であった。山口県は福岡県と地続きで物流網を延伸しやすく、生活圏としても北部九州と連続性がある。
同年11月には東証マザーズに上場し、約54億円を調達した。全国展開の資金を確保しつつも、創業家が株式の過半数を保持する資本政策を選択し、経営の独立性を維持した。翌2005年には本社機能を宮崎市から福岡市博多区に移転。九州のローカルチェーンから全国チェーンへの転換を、組織体制の面でも進めた。出店フォーマットは九州で確立した2,000平方メートル型をそのまま横展開し、EDLPの価格政策も一切変えなかった。
山口県を皮切りに、コスモス薬品は「地続き」の原則を忠実に守りながら出店エリアを拡大した。2005年に四国(愛媛県)、2007年に広島県・岡山県、2009年に四国全県を制覇。2010年には関西(兵庫県明石市)に到達し、2015年に中部(三重県)、2018年に北陸(福井県)へと進出した。
このプロセスで特筆すべきは、各地域で九州と同じフォーマットが通用した点である。「小商圏型メガドラッグストアは九州だから成功した」という見方は、中国・四国・関西での実績によって否定された。店舗あたり売上高は地域によって若干の差はあるものの、EDLPによる低価格と日常消耗品のワンストップ購買という価値提案は、商圏の場所を問わず消費者に受け入れられた。2006年の東証一部上場時に193店舗・売上高1,050億円であった規模は、関東進出前年の2018年5月期には850店超・売上高5,579億円にまで拡大していた。
全国展開と聞くと、東京に旗艦店を出すことを想像しがちだが、宇野が選んだのは正反対のアプローチであった。山口→愛媛→広島→兵庫→三重→福井と、地図上で物流網を一県ずつ延伸していく。この「染み出す」戦略の本質は、物流コストの最適化にある。コスモス薬品は既存の物流圏の外縁に新エリアを接続する形で拡大するため、配送効率を落とすことなく出店数を増やせる。飛び地出店では物流拠点を独立に構築する必要があり、固定費が跳ね上がる。九州で確立した低コスト体質を全国展開でも維持できた最大の理由は、この地理的な規律にあった。
コスモス薬品の全国展開は、飛び地の出店を一切行わない「地続き」の原則に貫かれている。九州→中国→四国→関西→中部→関東と、物流圏を段階的に拡張しながら進出した。急いで東京に出ることもできたが、宇野は「足元の地盤が固まらないまま遠征すれば倒れる」と判断し、約15年をかけて西日本の基盤を築いてから関東に入った。この慎重さが、進出後に年間100店超という爆発的な出店ペースを可能にした。
コスモス薬品は2004年の山口県進出を皮切りに、中国・四国地方(2005年〜2012年)、関西地方(2010年〜)、中部地方(2015年〜)と、九州を起点に地続きで出店エリアを拡大してきた。「インクが染み出すように」という表現に象徴されるドミナント出店を一貫して採用し、新規エリアでも物流網と店舗密度を段階的に構築してから次のエリアへ進む手法を取っていた。
創業者の宇野正晃は長年にわたり関東進出を宿願としていたが、「地盤をしっかり固めてからでないと、東京に出てもすぐ倒れてしまう」と慎重な姿勢を貫いてきた。2018年には北陸(福井県)にも進出し、西日本から中部にかけての出店基盤が整った。宇野はこの時点で72歳。代表権のない取締役会長として経営の第一線からは退いていたが、関東進出という創業以来の目標が現実味を帯びていた。
2019年4月、コスモス薬品は東京都渋谷区の東京メトロ広尾駅前に関東1号店を開店した。宮崎県延岡市の66平方メートルの薬局から出発した企業が、創業から36年を経て日本の首都圏に到達した。
関東進出にあたっては、都市部の立地特性を踏まえた出店を行いつつも、商品構成やオペレーションの基本方針は全国共通のフォーマットを維持した。EDLP戦略も首都圏で同様に適用し、ポイントカードなし・チラシなしの運営を貫いた。宇野は「生きている間に出られて良かった」と周囲に漏らしたと伝えられている。同年6月には全国の店舗数が1,000店を突破した。
関東進出後、コスモス薬品は出店ペースを大きく加速させた。2021年5月期に78店、2022年5月期に120店、2023年5月期に118店、2024年5月期に139店と、年間100店を超える新規出店を継続した。2024年5月期末時点で関東地区は148店舗・売上高894億円に達した。
首都圏での大量出店は、物流網の新設を含む大規模な投資を必要とした。従来は営業キャッシュフローの範囲内で投資を賄う実質無借金経営を維持してきたが、関東・中部への出店加速に伴い銀行借入を活用する局面に入った。有利子負債は2022年5月期の90億円から2025年5月期の428億円へ増加したが、これは攻めの投資の結果であった。
コスモス薬品の全国展開は、飛び地の出店を一切行わない「地続き」の原則に貫かれている。九州→中国→四国→関西→中部→関東と、物流圏を段階的に拡張しながら進出した。急いで東京に出ることもできたが、宇野は「足元の地盤が固まらないまま遠征すれば倒れる」と判断し、約15年をかけて西日本の基盤を築いてから関東に入った。この慎重さが、進出後に年間100店超という爆発的な出店ペースを可能にした。
ドラッグストア業界で売上1兆円に到達した企業は複数あるが、そのほとんどはM&Aによる規模拡大を経ている。コスモス薬品が異質なのは、52年間にわたり一度もM&Aを行わず、全1,609店舗を自力で出店して1兆円に到達した点にある。この成長モデルは、フォーマットの均質性と出店速度の両立を前提としており、M&Aでは代替できない競争優位を形成している。
2010年代以降、日本のドラッグストア業界ではM&Aによる大規模再編が加速した。2021年にはマツモトキヨシとココカラファインが経営統合し、売上高1兆円規模の企業が誕生。ツルハホールディングスとウエルシアホールディングスの統合も進み、業界上位はM&Aによるスケールメリットの追求に走った。
こうした中、コスモス薬品は創業以来一度もM&Aを行わず、全店舗を自力で出店するという方針を一貫して堅持していた。横山英昭社長は「店舗年齢が若いこと=競争力」という考え方を示し、M&Aで取得した老朽化店舗を抱えるよりも、自社フォーマットの新店を出し続けることの優位性を主張していた。
コスモス薬品がM&Aを採用しない判断は、単なる保守主義ではなく、同社のビジネスモデルに根ざした合理的な選択であった。小商圏型メガドラッグストアという独自フォーマットは、立地選定・店舗設計・商品配置・物流網が一体として設計されている。他社の既存店舗を取得しても、このフォーマットへの転換コストは新規出店と大差がなく、むしろ店舗年齢の若さという競争力を失う。
また、M&Aには組織文化の統合という課題が伴う。コスモス薬品は全店舗で統一されたオペレーションを徹底しており、15分刻みのワークスケジュール管理、発注の自動化、セミセルフレジの導入など、効率性の高い店舗運営が販管費率17%という業界最低水準を支えている。異なる運営文化を持つ企業を統合すれば、この均質性が崩れるリスクがあった。
2025年5月期、コスモス薬品は連結売上高1兆113億円を達成した。M&Aを一切行わず、自力出店のみで売上高1兆円を突破したドラッグストア企業は同社が初めてであった。期末店舗数は1,609店。創業から約52年をかけて到達した。
全店舗が自社フォーマットで統一されていることの競争優位は、出店ペースにも表れている。コスモス薬品は年間100〜140店の新規出店を継続できるが、これは出店判断から開店までのプロセスが標準化されているからこそ可能な速度である。M&Aに依存する成長戦略では、統合作業に経営資源を割かれ新規出店のペースが落ちるリスクがある。コスモス薬品は自力出店に集中することで、このトレードオフを回避し続けた。
ドラッグストア業界で売上1兆円に到達した企業は複数あるが、そのほとんどはM&Aによる規模拡大を経ている。コスモス薬品が異質なのは、52年間にわたり一度もM&Aを行わず、全1,609店舗を自力で出店して1兆円に到達した点にある。この成長モデルは、フォーマットの均質性と出店速度の両立を前提としており、M&Aでは代替できない競争優位を形成している。