背景:世界寡占化が進むたばこ産業
1990年代の海外たばこ産業では、合併と買収を通じた業界再編が急速に進んでいた。1999年1月のBATとロスマンズの合併により、フィリップ・モリスとBATによる二強体制が形成され、規模と国際ブランドを軸とした競争が前面に出る局面となっていた。販売網と知名度を持つ企業が市場を押さえ、後発企業が自力で拡大する余地は急速に縮小していた。
当時のJTは日本国内では高いシェアを持っていたものの、世界市場ではシェアとブランド力が限定されており、主要プレイヤーの外側に位置していた。一方、RJRナビスコは食品とたばこを併営するコングロマリットとして事業を展開していたが、LBOによる多額の負債、収益性の低下、米国内訴訟リスクの高まりを背景に、事業ポートフォリオの入れ替えを迫られていた。その結果、米国以外のたばこ事業が売却対象として市場に現れる状況が生じた。
決断:RJRナビスコ社たばこ事業の巨額買収
1999年5月、JTはRJRナビスコの米国以外のたばこ事業を72億ドルで買収した。日本企業としても異例の規模であり、投下資本の大きさに対する懸念は少なくなかった。当時のJTは小規模な海外投資を積み重ねていたものの、自前の投資と販売拡張による成長では、寡占が進む市場で十分な存在感を持つまでに時間を要すると見られていた。
JTが選択したのは、段階的な拡大ではなく、国際的に認知されたブランドと販売網を一括で取得する方法だった。RJRの海外事業は70以上の国・地域に展開し、「キャメル」「ウィンストン」「セーラム」といったブランドを保有していた。これは短期的な売上拡大を狙う判断というより、世界市場で競争に参加し続けるための条件を確保する意味合いが強かった。競争からの排除を避けるため、時間を資本で代替する決断だった。
結果:世界3位への浮上と運営課題の残存
買収後、JTは世界シェア3位のたばこ企業となり、国内市場依存からの転換が進んだ。人口減少が見込まれる日本市場とは異なり、新興国を中心とした海外市場では成年人口の増加が続いており、海外事業がキャッシュフローを生む構造が形成されていった。事業ポートフォリオは地理的に分散され、成長余地のある地域へのアクセスが確保された。
一方で、RJRの海外事業は買収前から減収減益傾向にあり、取得後にはブランド投資や流通再編、マネジメント体制の調整が必要となった。規模と販売網を得たこと自体が、直ちに高いROIや利益率を保証するわけではなかった。この買収は、成長を狙う判断であると同時に、競争環境の悪化を回避する意味合いも併せ持っており、その動向が注目された。
日本たばこ産業は、1985年の民営化以降、たばこ専業に依存しない経営を模索し、食品や医薬などへの多角化を進めた。しかし、これらの事業は売上規模や利益率の面で、たばこ事業を代替する水準には至らなかった。事業数は増えたが、成長を牽引する軸は形成されず、民営化後の事業構造は大きくは変わらなかった。一方で、国内たばこ事業は引き続き安定したキャッシュを生み出しており、バランスシート上の余剰資金は積み上がっていった。
1990年代後半にかけて、国内たばこ事業は供給と需要の双方で調整局面に入った。たばこ需要の縮小を受けて生産量は減少し、JTは1990年代後半から2000年代初頭にかけて工場閉鎖を段階的に進めた。需要面でも喫煙人口の減少が続き、国内市場での売上成長は見込みにくかった。国内に投下資本を積み増しても回収余地が広がらない一方で、手元資金だけが膨らむ状態は、資本効率の観点から新たなリスクを内包していた。
こうした中でJTが選択したのが、海外たばこ事業の買収である。ただし1999年のRJRI買収は突発的な判断ではなかった。1980年代末の買収打診を見送りつつ情報収集を続け、1992年には英国マンチェスター・タバコを小規模に買収し、デューデリジェンスやPMIの実務経験を積んでいた。その上で1999年、RJRナビスコからRJRIを約78億ドルで買収し、健康被害による訴訟リスクの高い米国を除いた、東欧やロシアなど喫煙率の高い地域を含む事業群を一括で取得した。単なる地理的拡大ではなく、需要の厚い市場を起点にブランドを投入する戦略が、ここで具体化した。
RJRIの事業が再構築され、収益面で軌道に乗ると、JTは買収を成長手段として定着させていった。RJRは例外的な取引ではなく、その後の巨額買収を正当化し、加速させる起点となった。国内で調整が進む事業と、海外で需要を起点に拡張する事業という二層構造が形成され、資本配分は内向きには戻りにくくなった。結果としてこのグローバル展開は、半国営企業として潤沢なキャッシュを抱え続けることで生じ得た「買収される側に回るリスク」を低減する意思決定でもあった。攻めの買収を選び続けること自体が、JTの独立性を維持する防衛策として機能していった。