日本マクドナルドの歴史

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沿革

1971年に藤田商店と米マクドナルドが50%ずつを出資した合弁会社が起源。

同年に銀座三越に第1号店を開設し、藤田田氏のもとで1994年からハンバーガーの価格破壊を断行した。1982年に外食産業で国内売上首位に立ち、1984年には外食で初めて売上高1000億円を超えた。

1971年2000年2001年2002年2003年2025年日本マクドナルド1971年折半出資で設立決断藤田商店1971年50%を出資米マクドナルド1971年50%を出資旧タキレックと合併2000年形式上の存続会社株式上場2001年JASDAQに上場日本マクドナルドHD2002年商号変更藤田商店2003年提携が解消決断
日本マクドナルド
歴代社長と長期業績(敬称略)
2025年12月期
連結
売上高
4,166億円
売上高純利益率
8.1%
出所:有価証券報告書
藤田八木原田カサノバ日色コウ
売上高104億円売上高1,188億円売上高1,971億円売上高3,256億円売上高1,894億円売上高4,166億円純利益率4.4%純利益率0%純利益率-18.4%純利益率8.1%1971/121975/121980/121985/121990/121995/122000/122005/122010/122015/122020/122025/122030/12
  1. 藤田商店との折半出資設立[4]
  2. ハンバーガー大学を開校[5]
  3. 日本1号店の銀座店を開業[6]
  4. ゼンチクと食肉の本格取引契約を締結
  5. マクドナルド専用工場を新設
  6. 資本金を3億2400万円に増資[7]
  7. 店舗数が58店に到達[8]
  8. 本社を移転[7]
  9. 店舗数が105店に到達[8]
  10. フランチャイズ1号店の牧港店を開業[7]
  11. ドライブスルー1号店の環八高井戸店を開業[7]
  12. カリフォルニア・ファミリー・レストランツ・インクを設立[7]
  13. カリフォルニア・ファミリー・レストランツ・インクが開業[5]
  14. 店舗数が212店に到達[8]
  15. 社員フランチャイズ制度を発足[7]
  16. 国内外食産業で売上高1位に到達[7]
  17. チキンナゲットを全国一斉に発売[9]
  18. 資本金を4億5,600万円に増資[7]
  19. 外食産業で初めて売上高1000億円を突破[4]
売上高
  • 売上高
日本マクドナルド1984年12月期売上高1,080億円
就任年社長氏名役職名
歴史詳細を読む藤田商店・米マクドナルド折半出資の設立と売上高1000億円突破

筆者所見

折半出資で生まれた日本マクドナルドの初期の優位は、同時期の外食の外資と逆の、直営による出店にあった。他のレストラン外資がほぼ当初からフランチャイズ方式を採ったのに対し、1977年の127店のうち直営は125店だった[1][2]。直営は投資が重い反面、手順書の運用を本部が直接管理できる。品質をそろえたまま出店を重ねたことが、他社との差になった。1984年に外食で初めて売上高1000億円を超えた規模は、重い投資を本部が負い続けた成果である[3]。

  1. [1]週刊東洋経済 1975年8月7日号「発展第2期を迎えたハンバーガー」
  2. [2]日経ビジネス 1978年1月16日号「編集長インタビュー・日本の企業はいまだに竹槍作戦だ」
  3. [3]有価証券報告書 沿革
  1. ホットケーキなどの朝食メニューを導入[11]
  2. 資本金を5億8,800万円に増資[7]
  3. ハンバーガーを200円から210円に値上げ[11]
  4. 資本金を7億2,000万円に増資[7]
  5. 「サンキューセット」が新語・流行語大賞を受賞[12]
  6. 資本金を8億5,200万円に増資[7]
  7. 資本金を10億円に増資[7]
  8. 「月見バーガー」を地域別に期間限定販売開始[12]
  9. 外食産業初の年商2,000億円を達成[12]
  10. 「グラタンコロッケバーガー」を期間限定販売開始[12]
  11. 1000号店となる瑞穂通店を開店[12]
  12. サテライト店の1号店を新三木ジャスコ内に開店[13]
  13. ハンバーガー価格破壊
  14. ハンバーガーの定価を130円に引き下げ
  15. 本社を移転[7]
  16. 2000号店となる大黒パーキングエリア店を開店[12]
  17. ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパンを設立[12]
  18. 国内3,000号店となる環八大鳥居店を開店[12]
  19. 資本金を68億7512万円に増資[7]
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 当期純利益率
日本マクドナルド1999年12月期売上高3,285億円売上高当期純利益率4.8%
就任年社長氏名役職名
歴史詳細を読むハンバーガー130円への値下げ攻勢と売上高3285億円への拡大

筆者所見

価格破壊を利益に結びつけたのは、値下げそのものより、増加した客を受け止める店舗網を短期間に広げた出店の技術だった。年100店ほどだった新規出店は、1995年に350店、1996年に530店へ増加した[10]。住民データから候補地の売上高を予測する仕組みは、誤差を5%程度に抑えていた[10]。売上を数値で見積もれたから、既存店の近くにも迷わず出店できた。価格と出店を同時に動かす手法は客数の増加を前提としており、その前提は2000年代に試される。

  1. [10]日経ビジネス 1997年1月27日号「GIS・マクドナルド快進撃の秘密」
  1. ハンバーガーの定価を65円に引き下げ
  2. 形式上の存続会社である旧タキレックと合併[7]
  3. JASDAQ市場に上場[7]
  4. ハンバーガーの定価を59円に引き下げ
  5. エブリデイ・マックを設立[7]
  6. 日本プレタ・マンジェを設立[5]
  7. 日本マクドナルドHDに商号変更[15]
  8. プレタ・マンジェ1号店の日比谷シティ店を開業[5]
  9. 連結純損失23億円を計上[16]
  10. エブリデイ・マックを100%子会社化[7]
  11. 藤田商店との提携解消[17]
  12. 連結純損失71億円を計上[5]
  13. 原田泳幸氏がCEOに就任[18]
  14. 日本プレタ・マンジェを清算[7]
  15. ジャスダック証券取引所に上場[7]
  16. The JV を設立[7]
  17. フランチャイズ転換[5]
  18. 509店をフランチャイズに転換[19]
  19. 大阪証券取引所JASDAQ市場に上場[7]
  20. 市場統合に伴い大阪証券取引所JASDAQ(スタンダード)に上場[7]
  21. カリフォルニア・ファミリー・レストランツ・インクを清算[7]
  22. 連結営業利益281億円を計上[5]
  23. サラ・L・カサノバ氏が社長に就任[5]
  24. 東京証券取引所JASDAQに上場[7]
  25. 連結営業利益が115億円に半減[20][21]
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 売上原価
  • 販管費
  • 営業利益
  • 当期純利益率
日本マクドナルド2013年12月期売上高2,604億円売上高当期純利益率2.0%
歴史詳細を読むJASDAQ上場と原田泳幸CEOの直営店フランチャイズ転換

筆者所見

2000年代の日本マクドナルドの転換は、藤田田氏個人に属した経営判断を、組織と契約へ移す作業だった。藤田商店との提携解消に続き、2003年12月には藤田商店との経営指導契約を打ち切った[14]。2004年に社長となった原田泳幸氏は本部長を事実上全員解任し、後任を公募した[14]。直営店を売却するフランチャイズ転換も、店舗運営を外部の経営者へ委ねる点で同じ方向にある。創業者の退任から10年足らずで、藤田田氏の直営主義と反対の事業モデルへ切り替えた。

  1. [14]日経ビジネス 2004年7月26日号「ケーススタディー 「現場力」で復活なるか 日本マクドナルド」
  1. ビジネスリカバリープランの始動[5]
  2. 連結純損失218億円を計上[5]
  3. 異物混入の発生防止と苦情対応の強化策を発表[26]
  4. 米マクドナルドが保有株式の売却検討を表明
  5. 連結純損失350億円を計上[5]
  6. エブリデイ・マックを清算[7]
  7. 連結純利益54億円で黒字に転換[5]
  8. The JV を清算[5]
  9. 日色保氏が社長に就任[5]
  10. スタンダード市場に移行[7]
  11. 東名阪184店へ都心型価格を拡大[27]
  12. トーマス・コウ氏が事業会社の社長に就任[5]
  13. 連結売上高4054億円を計上[28]
  14. 連結売上高4166億円を計上[5]
売上高営業利益率
  • 売上高
  • 売上原価
  • 販管費
  • 営業利益
  • 営業利益率
日本マクドナルド2025年12月期売上高4,166億円売上高営業利益率12.8%
歴史詳細を読む期限切れ鶏肉問題の350億円赤字とサラ・L・カサノバ社長の再建

筆者所見

鶏肉問題からの再建で同社が得たのは、藤田時代の値下げと逆に、値上げしても客が離れない体質だった。2015年12月期の349億円の純損失の後、ビジネスリカバリープランで閉店と改装を並行した[22][23]。2023年は約8割の品目を値上げし、7月から東名阪の184店に都心型価格を適用した[24][25]。値上げが通ったのは、改装とデジタルへの投資で価格以外の来店理由を先に積んでいたからである。価格を経営の手段に使えることが、サラ・L・カサノバ氏以来の再建の到達点である。

  1. [22]日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第45期(2015年12月期)【業績等の概要】【連結損益計算書】
  2. [23]日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第45期(2015年12月期)【業績等の概要】
  3. [24]日本マクドナルド ニュースリリース(2023年1月6日)「価格改定のお知らせ」
  4. [25]日本マクドナルド ニュースリリース(2023年6月19日)「都心型価格の適用店舗再編のお知らせ」
出典・参考28件
出典・参考
  • [1]週刊東洋経済 1975年8月7日号「発展第2期を迎えたハンバーガー」
  • [2]日経ビジネス 1978年1月16日号「編集長インタビュー・日本の企業はいまだに竹槍作戦だ」
  • [3]有価証券報告書 沿革
  • [4]週刊東洋経済「発展第2期を迎えたハンバーガー」(1975年8月7日)
  • [5]有価証券報告書
  • [6]日経ビジネス「日本マクドナルド・"料理術"で日本一に」(日経BP)(1984年10月29日)
  • [7]有価証券報告書(2026年3月19日)
  • [8]日経ビジネス(1984年10月29日)
  • [9]野田経済「未来を求めて(5) 将来は“5千億産業”に」(1984年4月)
  • [10]日経ビジネス 1997年1月27日号「GIS・マクドナルド快進撃の秘密」
  • [11]日経ビジネス「外食産業・ソフトでふくらむ「半熟」市場」(1986年4月28日)
  • [12]日本マクドナルド 公式サイト「沿革」(2026年10月)
  • [13]日経ビジネス「ケーススタディー・日本マクドナルド価格破壊本番」(1995年8月28日)
  • [14]日経ビジネス 2004年7月26日号「ケーススタディー 「現場力」で復活なるか 日本マクドナルド」
  • [15]有価証券報告書 第48期(2019年3月28日)
  • [16]日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第35期(2005年12月期)【主要な経営指標等の推移】(2005年12月)
  • [17]日経ビジネス(2003年3月17日)
  • [18]週刊東洋経済「発展第2期を迎えたハンバーガー」(東洋経済新報社)(1975年8月7日)
  • [19]日本マクドナルド株式会社 第7期決算公告(2008年12月期)・第10期決算公告(2011年12月期)(2011年12月)
  • [20]日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第43期(2013年12月期)
  • [21]日本マクドナルド「CSR Report 2013」企業概要(2013年12月)
  • [22]日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第45期(2015年12月期)【業績等の概要】【連結損益計算書】
  • [23]日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第45期(2015年12月期)【業績等の概要】
  • [24]日本マクドナルド ニュースリリース(2023年1月6日)「価格改定のお知らせ」
  • [25]日本マクドナルド ニュースリリース(2023年6月19日)「都心型価格の適用店舗再編のお知らせ」
  • [26]日本マクドナルド「CSR Report 2015」異物混入への対応について(2015年)
  • [27]日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第52期(2022年12月期)【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】(2022年12月)
  • [28]日本マクドナルドホールディングス 有価証券報告書 第54期(2024年12月期)【主要な経営指標等の推移】(2024年12月)

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