1985年、三木正浩が29歳で設立した輸入卸売会社を起源とし、ホーキンスの独占販売権取得と韓国での生産体制構築によりSPA型の靴卸売業を確立した。1990年に小売業ABCマートを開始し、1999年以降はショッピングセンターへの積極出店で全国チェーン化を加速。創業者退任後も漸進型経営のもとで国内1000店舗を突破し、韓国・台湾を含むアジア展開を推進する靴専門チェーン最大手に成長した。
歴史概略
卸売業からSPAの確立
創業と独占販売権の蓄積
1985年6月、三木正浩は株式会社国際貿易商事を設立し、欧米カジュアルウェアの輸入販売を開始した。翌年にはロンドンで流行していた革靴ブランド「ホーキンス」の国内独占販売権を取得した。当時のロンドンでホーキンスを履く若者に着目した三木は、直接メーカーに出向いて交渉するという即断即決の手法で、日本で無名のブランドの販売権を確保した。
コスビーやバンズなど複数の欧米ブランドの独占販売権も蓄積し、競合他社が同じ商品を扱えない排他的な地位を構築した。この「販売権を自社で握る卸売業者」という立場が、のちに小売業ABCマートを開始した際の商品力の基盤となった。
韓国生産によるSPA化と高収益体制
1990年から三木は韓国での生産委託体制を構築し、カジュアルシューズのSPAを志向した。独占販売権に加えて生産ライセンスも取得し、ブランド力・生産力・価格競争力を自社で統合する体制を完成させた。1993年にはホーキンスの販売価格を30%値下げしつつ利益率24%を維持するという、高利益率と低価格の両立を実現した。
1995年には年間利益37億円を背景に木村拓哉起用のTVCMに40億円を投下し、FY1996に売上高268億円を達成した。しかし大量露出はホーキンスの需要を短期間で消化し尽くし、ブーム一巡後の売上低迷を招いた。単一ブランド依存の卸売モデルの限界が顕在化し、小売業ABCマートへの業態転換を加速させる契機となった。
SC積極出店と全国チェーン化
ショッピングセンターへの方針転換
1999年7月、ABCマートはSC向けに積極出店する方針を決定した。大店法改正でSC新設が実質自由化された時期と重なり、イオンモールを筆頭とするSC建設ラッシュに乗る形で全国展開を加速した。それまで都心部25店舗にとどまっていた店舗網は急速に拡大し、2000年代を通じて年間数十店舗ペースで出店が続いた。
SCテナントとしての出店は路面店に比べ初期投資が抑えられ、SCの集客力を活用できるモデルであった。商品開発では売場起点の企画を重視し、正社員による接客で差別化を図った。SPAの商品力とSC市場の拡大が噛み合い、営業利益率は10%を超える水準を維持した。
銀座自社ビル取得と都心攻勢
2003年、ABCマートは銀座6丁目に自社ビルを取得して旗艦店を開業した。SC依存ではなく都心一等地での直営展開も並行して推進し、ブランドイメージの向上と高単価商品の販売拠点を確保した。2002年にITCがABCマートを吸収合併して商号を変更し、卸売業から小売業への業態転換が法人格の面でも完了した。
2007年に創業者の三木正浩がABCマートの全役職から退いた。後任の野口実は1991年入社の叩き上げで、「小さな改善をたくさんやる人のほうが伸びる」と語る漸進型の経営路線を採った。三木が構築したSPAとSC出店のビジネスモデルは後継者のもとで自走を続け、業績は着実に拡大した。
1000店舗突破とアジア展開(2014〜現在)
国内1000店舗とGRANDSTAGE業態の展開
2019年、ABCマートは国内店舗数1000店を突破した。20年間で店舗数を40倍に拡大した成長は、同社の経営力とSC市場の構造的拡大が同期した結果であった。旗艦店業態GRANDSTAGEの展開により、従来のカジュアルシューズに加えスポーツ・アウトドアの領域にも品揃えを広げた。
一方でSCテナントとしての成長はSC市場の動向に自社の成長が規定される構造でもある。SC新設ペースの鈍化やEC化の進展は既存モデルの前提を問い直す要因であり、1000店舗体制の維持と成長がSC市場の持続的な拡大という外部条件を前提としている点は構造的な課題として残る。
韓国・台湾を中心としたアジア展開
海外ではまず韓国に進出し、国内と同様のSPA型ビジネスモデルをアジア市場に展開した。韓国では300店舗を超える規模に成長し、台湾・タイなどにも店舗網を広げた。海外事業は国内で確立したSPAの商品力と店舗運営ノウハウを移植する形で展開されており、現地市場の嗜好に合わせた商品企画も並行して進められた。
創業者が68%の株式を保有しながら経営に関与しない構造は、平時には経営の安定性をもたらしている。しかし既存のビジネスモデルが有効でなくなった局面で「小さな改善」の延長線上で対応できるかどうか、変革が必要な時に意思決定の主体が不在となるリスクを内包する構造でもある。
三木正浩氏が29歳で設立した国際貿易商事は卸売業として出発し、ホーキンス・コスビー・バンズなど欧米ブランドの国内独占販売権を蓄積した。この「販売権を自社で握る卸売業者」という立場は、1990年に小売業ABCマートを子会社として設立した際、他の小売店と競合しながらも商品供給を独占できる優位性を与えた。卸売業時代に築いたブランド資産と韓国での生産体制が、のちのSPA型小売チェーンへの転換を構造的に可能にした原点である。