1985年〜 卸売業からSPAモデルへの事業基盤の確立
- 1985年株式会社国際貿易商事を設立
- 1986年ホーキンスの国内独占販売権を取得
- 1990年靴のグローバルSPAを志向・韓国での生産を開始
- 1990年ABCマート1号店を開業・小売業に参入
- 1990年靴小売を担う子会社「有限会社エービーシー・マート」を設立
- 1991年米VANS社と「VANS」の国内独占販売権契約を締結
- 1995年ホーキンスのTVCMを放映・木村拓哉を起用
ABCマートの業績推移:単体
出所:有価証券報告書等
独占販売権を束ねる卸売業者という起点
1985年6月に三木正浩氏は29歳で株式会社国際貿易商事を設立し、欧米カジュアルウェアの輸入販売を始めた。翌年にはロンドンで流行していた革靴ブランド「ホーキンス」の国内独占販売権を取得した。ロンドンでホーキンスを履く若者に着目した三木氏は、メーカーへ直接出向き、即断即決で交渉した。日本では無名だったブランドの販売権を、自分で現地まで足を運ぶ手法で押さえた点に、創業期の意思決定スタイルが現れている。現地で実物を確かめる姿勢は、商品選定の基本原則として組織に引き継がれた。アパレル業界全体が百貨店チャネル縮小とSPAモデル台頭の波に揺れる前夜の話で、靴という商材で同じ波を先取りする最初の打ち手だった。 [1][2][3]
- 戦略経営者 2000年7月号
- [1]1985年6月に株式会社国際貿易商事(ITC)が設立された
- [2]創業者は三木正浩である
- [3]1986年(設立翌年)に革靴ブランド「ホーキンス」の国内独占販売権を取得した
コスビーやバンズなど複数の欧米ブランドの独占販売権も蓄積し、競合他社が同じ商品を扱えない排他的な地位を築いた。販売権を自社で握る卸売業者という立場が、小売業ABCマートを開始したときの商品力の基盤となった。単一ブランドへ依存せず複数のブランドを束ねる事業構造は、流行の変動に対しても一定の耐性を備え、早い段階で形作られた。後の急成長を支える前提となり、同業他社との差別化の源泉として長く働いた。ブランドの選別眼と交渉力がともに社内へ蓄積された時期に、業態転換を可能にする無形資産が積み上がった。複数ブランドを横並びで束ねる戦略は、特定ブランドの賞味期限が切れても他で補える柔軟性を組織にもたらした。後の小売業転換で商品調達の自由度を支える基盤にもなった。 [4]
- 矢野経済研究所 ヤノ・ニュース 1993年9月
- [4]コスビーやバンズなど複数の欧米ブランドの独占販売権を蓄積した
- 戦略経営者 2000年7月号
- [1]1985年6月に株式会社国際貿易商事(ITC)が設立された
- [2]創業者は三木正浩である
- [3]1986年(設立翌年)に革靴ブランド「ホーキンス」の国内独占販売権を取得した
- 矢野経済研究所 ヤノ・ニュース 1993年9月
- [4]コスビーやバンズなど複数の欧米ブランドの独占販売権を蓄積した
ホーキンス3割引きで利益率24%を維持した韓国SPA
1990年から三木氏は韓国での生産委託体制を築き、カジュアルシューズのSPAを志向した。独占販売権に加えて生産ライセンスも取得し、ブランド力・生産力・価格競争力を自社で統合する体制を整えた。1993年にはホーキンスの販売価格を30%値下げしつつ利益率24%を維持し、低価格と高利益率を両方達成した。生産現場の品質管理と発注ロットの最適化を通じて、自前の生産ネットワークの強みが現れた。中間マージンを排除しつつブランド価値を維持するモデルは、当時の日本の靴業界では珍しい試みだった。後年のアパレル業界全体へのSPAモデル波及を先取りした例でもある。韓国生産は当時の日韓の工賃差と地理的近接性を活かす選択だった。欧米ブランドの本来の生産国を離れ、自社管理下のサプライチェーンへ組み替えた発想は、靴卸売業の常識からは外れていた。 [5]
- 戦略経営者 2000年7月号
- [5]1990年から三木は韓国での生産委託体制を築きSPAを志向した
1995年には年間利益37億円のもとで、木村拓哉起用のTVCMへ40億円を投下した。FY1996には売上高268億円に達した。しかし大量露出はホーキンスの需要を短期で消化し尽くし、ブーム一巡後の売上低迷を招いた。単一ブランド依存の卸売モデルの限界が表に出て、小売業ABCマートへの業態転換を加速させた。40億円規模の広告投資は短期で売上を押し上げる反面、ブランドの消費サイクルも加速させた。広告費の投下と売上拡大を比例で捉えない姿勢が、後の出店戦略の堅実さにもつながった。ブランドの寿命を意識して投資の緩急を調整する感覚は、CM投下の教訓から培われた。1995年の利益37億円に対して40億円のCM投下は単年度黒字を上回る賭けで、卸売だけで稼ぐ構造の天井を可視化した。自社で売場を持って需要を平準化する小売業転換の必要性も同時に表面化した。 [6][7][8]
- 戦略経営者 2000年7月号
- [6]1995年に木村拓哉を起用したホーキンスのTVCMを投下した
- [7]ホーキンスのTVCMへ40億円(広告宣伝費)を投下した
- エービーシー・マート DATA BOOK 2001
- [8]ITC単体売上はFY1996に268億円へ達した
- 戦略経営者 2000年7月号
- [5]1990年から三木は韓国での生産委託体制を築きSPAを志向した
- [6]1995年に木村拓哉を起用したホーキンスのTVCMを投下した
- [7]ホーキンスのTVCMへ40億円(広告宣伝費)を投下した
- エービーシー・マート DATA BOOK 2001
- [8]ITC単体売上はFY1996に268億円へ達した