アサヒグループHD の歴史

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創業 1949年
創業者 鳥井駒吉・外山脩造ら
創業地 大阪府吹田市
創業・決断・現況・競合について
創業
1949年9月、1906年の三社合同で成立した大日本麦酒が過度経済力集中排除法で二社に分割され、その一方を引き継ぐ形で資本金1億円の朝日麦酒が発足した。吾妻橋・吹田・西宮・博多の四工場と、アサヒビール・三ツ矢サイダーの商標を承継し、初代社長には山本為三郎氏が就任している。ただし四工場のうち三つは西日本にあり、首都圏の供給力も全国の販売網も持たないまま市場へ出された。出荷量シェアは1949年のアサヒ36.1%・キリン25.3%から1963年にはアサヒ24.3%・キリン46.5%へ入れ替わり、同年はサッポロの26.3%も下回って3位となる。商号は1989年1月にアサヒビール、2011年7月の持株会社化でアサヒグループホールディングスへ改めた。
決断
味を一度だけ変え、あとは他社の定番を買い続けた。1954年8月にニッカウヰスキーへ資本参加し、自前の蒸溜所を建てずに酒類の幅を広げた。シェアが10%を割る瀬戸際にあった1982年3月には住友銀行副頭取の村井勉氏を社長に迎え、社風と教育の作り直しから再建に入る。1987年3月には12種類の試作から味を絞ったスーパードライへ全面転換し、寡占4社で似通っていたビールの味そのものを変えた。以後は成熟市場の定番を取得する路線へ移り、2016年2月にはイタリアのPeroniやオランダのGrolschなど欧州4社を約2,970億円で取得した。国内で作った商品で伸びる会社から、他社が独占禁止法への対応で手放す資産を引き取る会社へ性格が変わり、3年半で欧州と豪州へ2兆4千億円近くを投じている。
現況
売上の過半は海外にあり、資産の4割は買収で生じたのれんである。2025年12月期の売上収益2兆8,947億円のうち海外が1兆6,202億円と56%を占め、日本は1兆2,744億円にとどまった。海外の中身は約8,991億円で取得した旧SABMillerの中東欧5カ国事業約1兆2,000億円で取得した豪州のCUBで、いずれも現地で首位級の定番ブランドを取得したものである。その代償として、有利子負債は2025年12月期末に1兆6,442億円と前期の1兆2,792億円から膨らみ、のれんは2兆4,107億円と総資産6兆284億円の4割を占める。営業利益は前期の2,691億円から1,858億円へ落ち、為替と負債の重さが海外の伸びを打ち消した。
競合
国内で競う相手はキリン、海外で競う相手は売り手だった側である。1982年の出荷量シェアはアサヒ10.0%に対しキリン62.2%で、村井勉氏は市場の7割を占める家庭向けの販路をキリンに固められたことを大差の原因とみていた。1987年のスーパードライで需要が動くとキリンの一番搾りが出され、アサヒが45年ぶりに首位へ戻ったのは1998年である。海外では立場が入れ替わった。中東欧も西欧も豪州も、ABインベブが独占禁止法への対応で手放した資産を引き取った結果であり、売り手は世界最大手のまま各市場の競争相手として残る。国内では味の設計で首位を取り戻し、海外では首位ブランドの持ち分そのものを買って競争優位に置き換えた。
長期業績の推移 1949〜2025年
アサヒグループHD:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1995年12月期2024年12月期

1949年〜四工場と二つのブランドで始まった朝日麦酒

1949年9月、大日本麦酒が過度経済力集中排除法の適用を受けて二社に分割され、その一方の受け皿として資本金1億円の朝日麦酒が発足した。生産設備として吾妻橋・吹田・西宮・博多の四工場を、主要ブランドとしてアサヒビールと三ツ矢サイダーを継承し、初代社長には山本為三郎氏が就任した。当初の生産能力は四工場合わせてビール約52万石・清涼飲料63万函。ただし四工場のうち吹田・西宮・博多の三つは西日本にあり、分割で活動地盤が西日本に偏ったうえ、消費の主戦場が料飲店から一般家庭へ移る需要構造の変化にも対応できなかった。

創立以来の技術革新の成果として、朝日麦酒は新製品を相次いで投入した。1957年発売の特製ビール・アサヒゴールドは"技術のアサヒ"の名を高め、戦後のわが国ビールの本格的な品質改良の第一歩となった。翌1958年には本邦初の缶入ビールを発売して新規需要の開拓に乗り出し、1964年発売のアサヒスタイニーは家庭向けの新たな需要を開いた。1965年に独力で開発・設置した屋外醗酵貯酒タンクは品質の安定化と製造原価の低減に効き、日本・アメリカ・ベルギーで特許となったうえ、西ドイツの醸造機械メーカーであるチーマンとの間に特許の実施許諾契約が締結され、本邦初の技術輸出となった。酒類の品目を拡大する一手として、1954年8月にはニッカウヰスキーへ資本参加している

  • 企業の歴史(明治百年)(経済春秋社, 1968年)
    • [8]創立以来の技術革新の成果としての新製品の連続発売
    • [9]1957年 特製ビール・アサヒゴールド発売と「技術のアサヒ」
    • [10]1958年 本邦初の缶入ビール発売
    • [11]1964年 アサヒスタイニー発売による家庭需要の拡大
    • [12]1965年 屋外醗酵貯酒タンクの独力開発・設置と品質安定化・製造原価低減
    • [13]日本・アメリカ・ベルギーでの特許取得とチーマンへの特許実施許諾(本邦初の技術輸出)
  • アサヒグループHD 有価証券報告書【沿革】
    • [14]1954年8月 ニッカウヰスキーへ資本参加

1962年5月に東京大森工場を完成させ、1966年12月には飲料専用の柏工場を稼働させたが、生産能力の増強に販売数量が追いつかず、キリンビールとの差は開く一方であった。国内ビール市場の出荷量シェアは、1949年のアサヒ36.1%・キリン25.3%から1963年にはアサヒ24.3%・キリン46.5%へ入れ替わり、同年はサッポロの26.3%も下回って業界3位に落ちた。低落はその後も止まらず、1983年のアサヒは10.2%、キリンは61.3%であった。分割から1985年までに日本のビール消費は約35倍に膨らんだ一方、朝日麦酒の販売量は9倍にとどまった

  • アサヒグループHD 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1949年9月 大日本麦酒が過度経済力集中排除法で二社に分割
    • [3]継承した生産設備 吾妻橋・吹田・西宮・博多の四工場
    • [4]継承した主要ブランド アサヒビールと三ツ矢サイダー
    • [14]1954年8月 ニッカウヰスキーへ資本参加
    • [15]1962年5月 東京大森工場完成
    • [16]1966年12月 柏工場(飲料専用工場)完成
  • 企業の歴史(明治百年)(経済春秋社, 1968年)
    • [2]分割で発足した朝日麦酒の資本金 1億円
    • [5]朝日麦酒の初代社長 山本為三郎
    • [6]発足時の生産能力 ビール約52万石・清涼飲料63万函
    • [8]創立以来の技術革新の成果としての新製品の連続発売
    • [9]1957年 特製ビール・アサヒゴールド発売と「技術のアサヒ」
    • [10]1958年 本邦初の缶入ビール発売
    • [11]1964年 アサヒスタイニー発売による家庭需要の拡大
    • [12]1965年 屋外醗酵貯酒タンクの独力開発・設置と品質安定化・製造原価低減
    • [13]日本・アメリカ・ベルギーでの特許取得とチーマンへの特許実施許諾(本邦初の技術輸出)
    • [7]分割による活動地盤の西日本偏重と、料飲店から一般家庭への主戦場移行への未対応
    • [21]1949年から1985年にビール消費 約35倍に対し朝日麦酒の販売量 9倍
  • 『純生の挑戦』(二宮, 1968)
    • [17]1949年の出荷量シェア アサヒ36.1%・キリン25.3%
    • [18]1963年の出荷量シェア アサヒ24.3%・キリン46.5%
    • [19]1963年 サッポロ26.3%を下回り業界3位
  • 『洋酒・ビール 比較日本の会社』(海藤, 1985)
    • [20]1983年の出荷量シェア アサヒ10.2%・キリン61.3%

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歴史年表 1949〜2023年

アサヒグループHDの沿革1949〜2023年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1949〜1981年分割で背負った西日本偏重と四半世紀のシェア低落朝日麦酒を発足★★
東京証券取引所に株式上場
ニッカウヰスキーに資本参加★★
柏工場を新設(飲料専門工場)
大森工場を新設★★
国内ビール市場でシェア3位に低迷
名古屋工場の新設
橋本卓爾福島工場の新設
1982〜1989年社風の作り替えから始めた再建と、味の全面転換橋本卓爾副頭取・村井勉氏を迎え入れ、外部の目に託した朝日麦酒の組織再建

1982年3月、シェア10%割れ目前まで低迷した朝日麦酒が、東洋工業(現マツダ)再建の実績を持つ住友銀行副頭取・村井勉氏を社長に迎え、教育・TQC・CI導入を軸とする組織体質の刷新に踏み切った経営判断。

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★★★
橋本卓爾樋口廣太郎氏が社長就任★★
橋本卓爾従来の味を捨てる全面転換に社運を賭けた新商品への集中

1987年3月、朝日麦酒(現アサヒグループHD)が辛口の生ビール"アサヒスーパードライ"を発売した経営判断。シェア10%割れ寸前まで沈んだ業界最下位級のメーカーが、寡占4社で似通っていたビールの味の全面転換に踏み切り、金融収益を原資とする大量の広告投資と増産・鮮度管理を同時に動かした。

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★★★
橋本卓爾アサヒビールに商号変更
橋本卓爾明石工場を新設(飲料専門工場)
1990〜2012年財テクの後始末と、国内市場での長い立て直し瀬戸雄三茨城工場を新設
瀬戸雄三子会社を新設
瀬戸雄三伊藤忠と共同で中国企業2社の経営権を取得
瀬戸雄三四国工場を新設
瀬戸雄三神奈川工場を新設(大森工場を閉鎖)
瀬戸雄三協和発酵・旭化成から酒類事業を取得
荻田伍和光堂を買収
荻田伍朝日飲料を完全子会社化(親子上場の解消)
荻田伍SCHWEPPES HD飲料事業を買収
泉谷直木商号をアサヒグループHDに変更
泉谷直木カルピスを買収★★
2013〜2025年欧州と豪州の定番ブランドを買って組んだ三極体制泉谷直木欧州プレミアムビール4社の取り込みと、高価格帯ブランドの獲得

2016年2月10日、アサヒはAB InBevに対し、AB InBevによるSABMiller買収の実行を条件として、SABMillerのイタリア・オランダ・英国事業を取得するための法的拘束力のある最終提案を行った。同年10月11日にBirra Peroni、Royal Grolsch、Meantime Brewing、Asahi UK(旧Miller Brands (UK))ほか25社を子会社化し、取得対価は297,020百万円であった。

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★★★
小路明善取得対価899,077百万円のビール事業取り込みと、欧州の柱化

2016年12月13日、アサヒはAB InBevとの間で、AB InBevが買収したSABMillerが保有していたチェコ・スロバキア・ポーランド・ハンガリー・ルーマニア5か国の事業と関連資産を取得する株式売買契約を締結した。取得予定金額は7,300百万ユーロで、翌2017年3月31日に取得を完了し、取得対価は899,077百万円となった。

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★★★
小路明善青島ビールの譲渡(中国事業の縮小)
小路明善取得対価1兆1,682億円による、豪州ビール事業の一挙獲得

2019年7月19日、アサヒはAB InBevが豪州で保有する全事業(CUB事業)を取得することで合意し、株式売買契約を締結した。豪州競争法当局と豪州外国投資審査委員会の承認が先行条件で、当初予定の2020年第1四半期から第2四半期へクロージングが延期され、2020年6月1日に取得を完了した。取得対価は1,168,241百万円であった。

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★★★
勝木敦志アサヒグループジャパンを設立★★
勝木敦志新九州工場の新設計画(鳥栖工場)★★
勝木敦志国内2工場を閉鎖(神奈川工場・四国工場)
出典・参考 5件
出典・参考

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