歴史的背景
アサヒグループは、国内ビール市場の成熟を背景に、1980年代後半以降は数量拡大ではなく差別化と収益性を重視する経営へと転換してきた。1987年のスーパードライ発売に象徴されるように、成熟市場において競争条件が固まった局面で、味やブランドへの集中投資によって市場構造を書き換える経験を積み重ねてきた点が同社の特徴である。その後も国内市場ではプレミアム化とブランド強化を進め、安定的なキャッシュ創出力を維持する一方、酒類・飲料・食品という複数事業を抱えるグループとしての基盤を形成してきた。
2000年代以降、国内市場の成長余地が限定される中で、同社は海外事業の拡大によって成長機会を補完する戦略を本格化させた。2016年以降の欧州・豪州における大型M&Aは、量の成長ではなくプレミアムブランドと既存の収益基盤を獲得することを目的としたものであり、事業ポートフォリオは一段とグローバルかつ複雑な構造となった。このような環境下で、短期的な業績管理にとどまらず、長期的な事業構造と価値創出の方向性を明示する必要性が高まり、中長期経営ビジョンが整理されている。
経営指針
本ビジョンにおける経営指針は、ビールを中心とした既存事業の持続的成長を基軸に据えつつ、酒類・飲料・食品にまたがる事業ポートフォリオを進化させていく点にある。国内外で培ってきたブランド基盤とグローバルな事業展開力を活かし、数量拡大ではなく付加価値の向上を通じた成長を志向する姿勢が示されている。そのため、プレミアム化やブランド価値の強化を通じて安定的なキャッシュ創出を図る一方、サステナビリティ、DX、R&Dといった横断的な取り組みをコア戦略として位置づけ、事業モデルそのものの高度化を進めていく考え方が前提とされている。
あわせて、長期戦略を支える経営基盤の強化が重要な要素として整理されている。人的資本、研究開発、財務といった基盤を磨きながら、創出されたキャッシュを成長投資と株主還元の双方に配分していく方針が示されており、その際の参照軸として資本効率に関する指標が用いられている。これは、グローバルに拡張した事業ポートフォリオを前提に、短期的な業績管理にとどまらず、2030年に向けた事業構造と資本配分の方向性を中長期の視点で整理していく姿勢を表したものと読み取れる。
Author's Questions
なぜ、アサヒは数量成長ではなく、付加価値を軸とした成長を前提にビジョンを構築しているのか
国内ビール市場は長期的に成熟局面にあり、数量ベースでの成長余地は限定的となっている。一方で、アサヒは過去にスーパードライを通じて、成熟市場においても味やブランドへの集中投資によって競争条件を変え得る経験を持つ。本ビジョンでは、ビールを中心とした既存事業の持続的成長が掲げられているが、その前提には数量拡大ではなく、プレミアム化やブランド価値向上を通じた付加価値創出が置かれている。なぜアサヒは、再び数量成長を追うのではなく、価値の取り方そのものを成長の軸として位置づけているのか
なぜ、EPSやROE、ROICは具体的な数値目標ではなく、ガイドラインとして示されているのか
本ビジョンでは、EPS成長率やROE、ROICといった指標が2030年までのガイドラインとして示されている一方、売上数量や事業別の詳細な数値目標は明示されていない。グローバルに拡張した事業ポートフォリオの下では、短期的な数値管理よりも、資本効率やキャッシュ創出力を軸にした方向性の共有が重視されているとも読める。なぜアサヒは経営目標について、絶対的なコミットメントとしての数値ではなく、参考的なガイドラインにとどめているのか