1949年9月、大日本麦酒が過度経済力集中排除法の適用を受けて二社に分割され、その一方の受け皿として資本金1億円の朝日麦酒が発足した。生産設備として吾妻橋・吹田・西宮・博多の四工場を、主要ブランドとしてアサヒビールと三ツ矢サイダーを継承し、初代社長には山本為三郎氏が就任した。当初の生産能力は四工場合わせてビール約52万石・清涼飲料63万函。ただし四工場のうち吹田・西宮・博多の三つは西日本にあり、分割で活動地盤が西日本に偏ったうえ、消費の主戦場が料飲店から一般家庭へ移る需要構造の変化にも対応できなかった。
創立以来の技術革新の成果として、朝日麦酒は新製品を相次いで投入した。1957年発売の特製ビール・アサヒゴールドは"技術のアサヒ"の名を高め、戦後のわが国ビールの本格的な品質改良の第一歩となった。翌1958年には本邦初の缶入ビールを発売して新規需要の開拓に乗り出し、1964年発売のアサヒスタイニーは家庭向けの新たな需要を開いた。1965年に独力で開発・設置した屋外醗酵貯酒タンクは品質の安定化と製造原価の低減に効き、日本・アメリカ・ベルギーで特許となったうえ、西ドイツの醸造機械メーカーであるチーマンとの間に特許の実施許諾契約が締結され、本邦初の技術輸出となった。酒類の品目を拡大する一手として、1954年8月にはニッカウヰスキーへ資本参加している。
1962年5月に東京大森工場を完成させ、1966年12月には飲料専用の柏工場を稼働させたが、生産能力の増強に販売数量が追いつかず、キリンビールとの差は開く一方であった。国内ビール市場の出荷量シェアは、1949年のアサヒ36.1%・キリン25.3%から1963年にはアサヒ24.3%・キリン46.5%へ入れ替わり、同年はサッポロの26.3%も下回って業界3位に落ちた。低落はその後も止まらず、1983年のアサヒは10.2%、キリンは61.3%であった。分割から1985年までに日本のビール消費は約35倍に膨らんだ一方、朝日麦酒の販売量は9倍にとどまった。
https://the-shashi.com/api/companies.json https://the-shashi.com/api/decisions.json https://the-shashi.com/api/api-manifest.json https://the-shashi.com/api/2502/company.json https://the-shashi.com/api/2502/history.json https://the-shashi.com/api/2502/ceo.json https://the-shashi.com/api/2502/financials.json https://the-shashi.com/api/2502/financials/segment.json https://the-shashi.com/api/2502/financials/pl.json https://the-shashi.com/api/2502/financials/cf.json https://the-shashi.com/api/2502/financials/bs.json https://the-shashi.com/api/2502/financials/employee.json https://the-shashi.com/api/2502/financials/stock.json https://the-shashi.com/api/2502/financials.csv https://the-shashi.com/api/2502/financials_history.csv | 時代 | 年月 | 社長・CEO | 出来事 | 重要度 |
|---|---|---|---|---|
| 1949〜1981年分割で背負った西日本偏重と四半世紀のシェア低落 | 朝日麦酒を発足 | ★★ | ||
| 東京証券取引所に株式上場 | ★ | |||
| ニッカウヰスキーに資本参加 | ★★ | |||
| 柏工場を新設(飲料専門工場) | ★ | |||
| 大森工場を新設 | ★★ | |||
| 国内ビール市場でシェア3位に低迷 | ★ | |||
| 名古屋工場の新設 | ★ | |||
| 橋本卓爾 | 福島工場の新設 | ★ | ||
| 1982〜1989年社風の作り替えから始めた再建と、味の全面転換 | 橋本卓爾 | 副頭取・村井勉氏を迎え入れ、外部の目に託した朝日麦酒の組織再建 1982年3月、シェア10%割れ目前まで低迷した朝日麦酒が、東洋工業(現マツダ)再建の実績を持つ住友銀行副頭取・村井勉氏を社長に迎え、教育・TQC・CI導入を軸とする組織体質の刷新に踏み切った経営判断。 詳細を読む | ★★★ | |
| 橋本卓爾 | 樋口廣太郎氏が社長就任 | ★★ | ||
| 橋本卓爾 | 従来の味を捨てる全面転換に社運を賭けた新商品への集中 1987年3月、朝日麦酒(現アサヒグループHD)が辛口の生ビール"アサヒスーパードライ"を発売した経営判断。シェア10%割れ寸前まで沈んだ業界最下位級のメーカーが、寡占4社で似通っていたビールの味の全面転換に踏み切り、金融収益を原資とする大量の広告投資と増産・鮮度管理を同時に動かした。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 橋本卓爾 | アサヒビールに商号変更 | ★ | ||
| 橋本卓爾 | 明石工場を新設(飲料専門工場) | ★ | ||
| 1990〜2012年財テクの後始末と、国内市場での長い立て直し | 瀬戸雄三 | 茨城工場を新設 | ★ | |
| 瀬戸雄三 | 子会社を新設 | ★ | ||
| 瀬戸雄三 | 伊藤忠と共同で中国企業2社の経営権を取得 | ★ | ||
| 瀬戸雄三 | 四国工場を新設 | ★ | ||
| 瀬戸雄三 | 神奈川工場を新設(大森工場を閉鎖) | ★ | ||
| 瀬戸雄三 | 協和発酵・旭化成から酒類事業を取得 | ★ | ||
| 荻田伍 | 和光堂を買収 | ★ | ||
| 荻田伍 | 朝日飲料を完全子会社化(親子上場の解消) | ★ | ||
| 荻田伍 | SCHWEPPES HD飲料事業を買収 | ★ | ||
| 泉谷直木 | 商号をアサヒグループHDに変更 | ★ | ||
| 泉谷直木 | カルピスを買収 | ★★ | ||
| 2013〜2025年欧州と豪州の定番ブランドを買って組んだ三極体制 | 泉谷直木 | 欧州プレミアムビール4社の取り込みと、高価格帯ブランドの獲得 2016年2月10日、アサヒはAB InBevに対し、AB InBevによるSABMiller買収の実行を条件として、SABMillerのイタリア・オランダ・英国事業を取得するための法的拘束力のある最終提案を行った。同年10月11日にBirra Peroni、Royal Grolsch、Meantime Brewing、Asahi UK(旧Miller Brands (UK))ほか25社を子会社化し、取得対価は297,020百万円であった。 詳細を読む | ★★★ | |
| 小路明善 | 取得対価899,077百万円のビール事業取り込みと、欧州の柱化 2016年12月13日、アサヒはAB InBevとの間で、AB InBevが買収したSABMillerが保有していたチェコ・スロバキア・ポーランド・ハンガリー・ルーマニア5か国の事業と関連資産を取得する株式売買契約を締結した。取得予定金額は7,300百万ユーロで、翌2017年3月31日に取得を完了し、取得対価は899,077百万円となった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 小路明善 | 青島ビールの譲渡(中国事業の縮小) | ★ | ||
| 小路明善 | 取得対価1兆1,682億円による、豪州ビール事業の一挙獲得 2019年7月19日、アサヒはAB InBevが豪州で保有する全事業(CUB事業)を取得することで合意し、株式売買契約を締結した。豪州競争法当局と豪州外国投資審査委員会の承認が先行条件で、当初予定の2020年第1四半期から第2四半期へクロージングが延期され、2020年6月1日に取得を完了した。取得対価は1,168,241百万円であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 勝木敦志 | アサヒグループジャパンを設立 | ★★ | ||
| 勝木敦志 | 新九州工場の新設計画(鳥栖工場) | ★★ | ||
| 勝木敦志 | 国内2工場を閉鎖(神奈川工場・四国工場) | ★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(アサヒグループHD)