DeNAの歴史
創業期
1999年〜南場智子氏のDeNA設立とモバゲータウンの開始
- ディー・エヌ・エー(DeNA)を設立[2]
- 株式会社ディー・エヌ・エーに組織変更[2]
- 本社を東京都渋谷区に移転[2]
- オークションサイト「ビッダーズ」のサービスを開始[2]
- 提携サイト向けに「ビッダーズECプラットフォーム」を開始[3]
- 「ビッダーズ」をオークション&ショッピングサイトにリニューアル[2]
- ショッピング専用サイト「ビッダーズショッピング」を開始[3]
- モバオクのサービス提供を開始[2]
- アフィリエイトネットワーク「ポケットアフィリエイト」を開始[2]
- KDDIと提携[4]
- 東京証券取引所マザーズに株式上場[2]
- モバオクを設立[2]
- 「モバゲータウン」開始[2]
- ペイジェントを設立[2]
- エアーリンクの株式を取得[2]
- 海外事業を開始[2]
- スカイゲートを子会社化[3]
- 東京証券取引所一部に指定替え[2]
- DeNA Global, Inc.を米国に設立[2]
- 結婚準備口コミサイト「みんなのウェディング」を開設[3]
筆者所見
DeNAの成長は、PCのオークションでヤフーに競争劣位に立った後発が、競争の場そのものを移したことから始まった。「ビッダーズ」は外部委託の開発で開始が遅れてYahoo!オークションに先行を許し、4年間の赤字の後に南場智子氏は「モバオク」で携帯電話へ転じた[1]。消耗戦を続けず、競争優位がまだ定まらない市場で先手を取る判断である。携帯電話を主戦場に据えた2004年の選択が、2006年に始めたモバゲータウンの前提となった。
- [1]ドリームゲート 起業家インタビュー「株式会社ディー・エヌ・エー 南場智子」(2010年)
不祥事
2009年〜ngmoco・横浜ベイスターズ買収とコンプガチャ・WelQ問題
- WAPTX LTD.の株式を取得[2]
- 怪盗ロワイヤルの課金転換[3]
- モバゲーオープンプラットフォーム開始[2]
- エブリスタを設立[2]
- 米ngmoco社の買収
- ヤフーと提携してPC向け「Yahoo! モバゲー」を開始[2]
- 米国ngmoco, LLCの持分を取得[2]
- スマートフォン向けに「モバゲータウン」を開始[2]
- 守安功氏が代表取締役社長に就任
- 横浜ベイスターズの買収
- 「Mobage」へ名称変更[2]
- 海外における「Mobage」のサービスを開始[2]
- 横浜ベイスターズの株式を取得[2]
- コンプガチャの自主廃止
- 本社を渋谷ヒカリエに移転[2]
- Cygamesの株式を取得[2]
- ヘルスケア事業をDeNAライフサイエンスに承継[2]
- iemo及びペロリの株式を取得[2]
- 遺伝子検査「MYCODE」のサービスを開始[2]
- 任天堂との資本業務提携[2]
- DeSCヘルスケアを設立[2]
- 健康保険組合向け「KenCoM」のサービスを開始[2]
- ロボットタクシーを設立[2]
- 横浜DeNAベイスターズが横浜スタジアムの株式を取得[2]
- WELQ問題で全サイト非公開
- ショッピングモール事業を譲渡[2]
- ライブ配信「Pococha」開始[2]
- iemo及びロボットタクシーを吸収合併[2]
- DeNAトラベルの全株式を譲渡[2]
- 川崎ブレイブサンダースの運営事業を承継[2]
- ペイジェントの全株式を譲渡[2]
- 「Anyca」事業をDeNA SOMPO Mobilityに承継[2]
- 「kencom×ほけん」を朝日生命の全顧客向けに提供開始[2]
- 創業者の南場智子氏が経団連副会長に就任
- MOV・JapanTaxi統合[7]
- ペロリを吸収合併[2]
- 最終赤字に転落[8]
- タクシー配車アプリ等の事業をMobility Technologiesに承継[2]
筆者所見
2009年の怪盗ロワイヤルは、急成長の原資をもたらすと同時に、収益を射幸性の高い課金に依存する構造を生んだ。上場から2012年3月期まで、売上高・営業利益は毎期過去最高を更新した[5]。その利益でngmoco社の買収や横浜ベイスターズの買収へ投資したが、2012年のコンプガチャの自主廃止を境に本業の収益力は低下した。課金への依存を多角化で補う発想である。その代償が、のれんを中心とする減損による2020年3月期の上場来初の最終赤字である[6]。
- [5]DeNA Annual Report 2012
- [6]DeNA 2020年3月期 決算説明会 質疑応答
2021年〜業績不振による岡村信悟氏の社長就任とポケポケ
- 岡村信悟氏が社長就任[11]
- 海外における「Pococha」のサービスを開始[2]
- IRIAM社を買収
- IRIAMの株式を取得[2]
- 本社を渋谷スクランブルスクエアに移転[2]
- 日本テクトシステムズの株式を取得[2]
- エブリスタの全株式を譲渡[2]
- 東京証券取引所プライム市場に移行[2]
- データホライゾンの株式を取得[2]
- アルム社を買収
- アルムの株式を取得[2]
- スポーツクラブ相模原の株式を取得[2]
- 最終赤字に転落
- "ポケポケ"を提供開始[2]
- アルムののれん減損損失を計上[12]
- 任天堂株の一部売却を決議[12]
- GO株の一部売出しを決議[12]
- 南場智子氏が社長就任[13]
筆者所見
岡村信悟氏の体制は、ゲームの振れに左右されない事業群を目指しながら、皮肉にも一本のゲームに業績を救われた。岡村信悟氏の社長就任から3年後の2024年3月期、DeNAは288億円の減損損失を計上して最終損失に陥った[9]。回復をもたらしたのは、2024年10月に150の国と地域で始めた「ポケポケ」である[10]。構想と実績のずれが、2026年の南場智子氏の社長復帰を招いた。創業者の再登板は、ヒット頼みを改め、組織と事業の型を作り直す意思の表れである。
- [9]DeNA 統合報告書 2024(2024年3月期)
- [10]DeNA 統合報告書 2025(2025年3月期)