1999年、南場智子がマッキンゼーを退職して東京都渋谷区に設立した。オークション事業「ビッターズ」でヤフオクに敗れた後、2004年にモバイル領域へ転換し、2009年のモバゲータウンを起点にソーシャルゲームで急成長を遂げた。2011年にプロ野球球団を取得し、2013年に売上高2,024億円・過去最高益を記録したが、米ngmoco買収の失敗やキュレーションメディア問題を経て成長の踊り場に入った。ゲーム事業への収益依存からの脱却が経営課題として続いている。
歴史概略
第1期: オークションからモバイルへの転換(1999〜2008)
ビッターズの敗北と生存のための資金戦略
1999年3月、南場智子はマッキンゼーのパートナーを辞してディー・エヌ・エーを設立した。南場は「携帯電話でオークションサイトをやったら面白いんじゃないか」というアイデアを知人に勧めたところ「君がやればいいじゃない」と言われたことが起業のきっかけであった。創業事業はオークションサービス「ビッターズ」であったが、ヤフオクが形成したネットワーク効果の壁を突破できず、市場シェアの獲得には至らなかった。当初外注していたシステム開発が「コードが1行も書けていない」事態に陥り、社内エンジニアの茂岩祐樹が数ヶ月自宅に帰らず再構築した逸話も残っている。
2000年3月に13億円、2001年に9.1億円の資金調達を実施し、無借金経営を維持していたことが致命的な財務危機を回避させた。2003年には欠損補填のため資本金・資本準備金合計23億円を取り崩す事態となったが、現預金約5億円を残した状態で次の選択肢を検討できたのは、創業期の資金戦略が生んだ余力であった。インターネットバブル崩壊という外部環境の急変に対して、事業としては失敗であったが後年のモバイル転換を可能にする「時間」を買った局面であった。
モバイル転換とKDDI提携による事業基盤の確立
2004年3月、DeNAはガラケー向けオークション「モバオク」を投入し、PC向けサービスで築けなかった競争優位をモバイル領域で構築する方針に転じた。大手が未参入のモバイル市場にいち早くリソースを集中させた判断であり、FY2005/3Qにはモバイル売上がビッターズを上回って事業の重心が明確に移行した。2005年には東証マザーズに株式上場を果たしている。
同年1月にはKDDIとの提携により子会社モバオクを通じたau向けOEM供給を開始した。KDDIは3億円の第三者割当増資で出資し、キャリアの公式メニューからの集客力を確保する体制が整った。2006年2月にはSNSサービス「モバゲータウン」を開始し、モバイルコンテンツ企業としての地位を固めた。自社の利益率よりもキャリアとの流通チャネル確保を優先する判断は、後年のソーシャルゲーム事業の急成長を支える基盤を形成した。
第2期: ソーシャルゲームの急成長と海外展開の蹉跌(2009〜2016)
怪盗ロワイヤルによる収益構造の転換
2009年10月、DeNAはアイテム課金を前提としたソーシャルゲーム「怪盗ロワイヤル」をリリースした。短時間での反復利用と他者との関係性を軸に設計され、ユーザー間の競争と協力を課金動機に変換する仕組みが意図的に組み込まれていた。外部決済に依存しない自社プラットフォーム上の収益回収体制を構築したことで、広告モデルから課金モデルへの転換が実現した。四半期ベースの売上水準は急上昇し、2013年3月期にはDeNAは過去最高益を達成した。
2011年には創業期からの社員であった守安功が社長に就任し、創業者の南場智子は取締役会長となった。同年、横浜ベイスターズの株式66.92%を65億円で取得してスポーツ事業に参入した。一方、2012年にはコンプガチャ問題が顕在化し、18歳未満ユーザーの課金額制限を導入するなど業界全体で対応を迫られた。収益の多くがゲーム事業に集中する構造は、事業ポートフォリオの偏りという論点を浮き彫りにしていた。
ngmoco買収とグローバル展開の頓挫
2010年10月、DeNAは米国のモバイルゲーム開発会社ngmocoを約4億ドルで買収した。「これまでの国内の成功に固執することなく、世界で戦っていく」との方針のもと、国内フィーチャーフォン向けモデルの海外展開は困難と認識し、現地企業の取り込みによる即時参入を図った判断であった。しかし、日本発の運営型ゲームモデルと米国のプロダクト志向型開発文化のギャップは埋まらず、収益貢献は限定的にとどまった。
2016年にngmocoは解散し、2020年3月期にはゲーム事業で511億円の減損損失を計上した。同時期の2014年にはキュレーションメディア参入のためiemoとペロリを合計37億円で買収し、2016年12月には「WelQ」の信頼性問題が社会的批判を招いた。第三者委員会は「売上高、利益を上げることが至上命題」であった組織風土と、「永久ベンチャー」スローガンの免罪符化を指摘した。社員からは「ロボットよりも人間が評価される組織に生まれ変わることを願っている」という声も報告されている。
第3期: ゲーム依存脱却の模索と経営体制の刷新(2017〜現在)
新規事業への分散投資と収益化の壁
2018年、DeNAは新規事業への投資額を80億円に拡大し、ライブ配信(Pococha・SHOWROOM)、オートモーティブ(タクシー配車アプリMOV)、ヘルスケア(SOMPOホールディングスとの提携)の3領域に注力する方針を掲げた。ゲーム事業に匹敵する収益の柱を育てる意図であったが、ライブ配信は市場自体が成長過程にあり、オートモーティブは規制や業界構造の壁に直面し、ヘルスケアも収益化に時間を要した。
2019年5月には500億円規模の自社株買いを公表したが、これは成長投資に振り向ける先が見つからなかった状況の裏返しでもあった。2021年8月にライブ配信のIRIAM社を89億円で、2022年10月にヘルスケアのアルム社を247億円で買収したが、いずれも業績不振により減損損失を計上した。ngmoco(約4億ドル、2016年解散)、IRIAM(89億円)、アルム(247億円)と買収のたびに減損を重ねた軌跡は、ゲーム依存脱却の困難さを示している。
社長交代と成熟企業への移行
2021年4月、DeNAは業績不振を背景に社長交代を決定した。成長期に膨張した組織規模と収益停滞の乖離が拡大しており、新体制のもとで固定費削減が着手された。人員配置の見直しや間接部門のスリム化、投資案件の選別を通じて、成長を前提としたコスト構造から収益水準に見合った体制への転換が進められた。この人事は「永久ベンチャー」的な経営スタイルからの脱却を象徴するものであった。
2023年にはアルム社・IRIAM社の減損に加えゲーム事業でも損失を計上し、189億円の最終赤字に転落した。横浜DeNAベイスターズを軸としたスポーツ事業は全国的な知名度向上に寄与し、南場会長は「社名が知られるようになった。新入社員の両親が応援する機運が出てきた」と述べている。しかしゲーム事業に代わる収益の柱を確立するという課題は未解決のまま残されており、創業から四半世紀を経たDeNAは成熟企業としての経営規律と新たな成長軸の模索を並行して迫られている。
DeNAの創業期はオークション事業「ビッターズ」でヤフオクに対抗したが、ネットワーク効果の差を覆せず市場シェアの獲得には至らなかった。しかし、インターネットバブル期に実施した2度の資金調達で確保した現金と、無借金経営の維持により、事業撤退ではなく再選択が可能な財務余力を残した。バブル崩壊後に23億円の資本取り崩しを経てもなお現預金約5億円を保持できた事実は、創業期の資金戦略が次のモバイル転換を可能にした構造的要因であった。