スギホールディングスとココカラファインの経営統合協議
2019年破談なぜスギはココカラ争奪戦でマツモトキヨシに敗れ、統合は基本合意の手前で潰えたのか?
- 概要
- 2019年、スギホールディングスがココカラファインに経営統合を申し入れたが、ココカラが特別委員会の検討を経てマツモトキヨシHDを統合相手に選び、基本合意書の締結に至らず協議が終了した案件。
- 背景
- ドラッグストア業界は再編が加速し、上位の連合が売上高1兆円規模を競う局面にあった。ココカラは単独での生き残りを問われ、マツキヨとスギの双方から提携・統合の打診を受けていた。
- 内容
- スギは4月27日に経営統合を正式打診し6月1日に検討開始で合意。だがココカラは社外取締役らの特別委員会を設け、約2か月で約10回の議論の末に全会一致でマツキヨを選定。8月14日にスギとの協議終了が発表された。
- 含意
- 提案の順序や規模より、PB共同開発などのシナジーの厚みと統合の進めやすさが選定を分けた。スギが逃した相手は、ライバルの手で2021年に統合を完了し、1兆円企業の一翼へと姿を変えた。
争奪戦が映すもの
この破談が映すのは、買い手が複数現れる争奪戦では、被買収側のガバナンスが結末を左右するという力学である。スギは先行するマツキヨの合意の翌日に名乗りを上げ、規模の補完性という合理性も備えていた。しかしココカラは社外取締役や第三者を中心とする特別委員会という独立性の高い場に選定を委ね、提案の順序や熱意ではなく、シナジーの厚みと統合後の現実味で相手を選んだ。誰が、どんな基準で相手を決めるのか——その設計が、提案する側の優劣以上に勝敗を分けたとみることができる。
破談それ自体を失敗と断じる必要はない。スギは独自の出店と別の提携で規模拡大を続け、ココカラはマツキヨとの統合で1兆円企業の一翼を担った。争奪戦の鍵は、条件面の優劣だけにあるのではない。統合後に誰が主導権を握り、異なる文化や仕組みをどう一つにまとめ切るのか——その見立ての説得力が、選ぶ側の判断を最後に決める。オーナー色の濃淡という統合後の経営の問題が入口で重みを持ったこの一件は、成立に至らなかった案件にも業界再編の力学を読み解く手がかりが多く残されていることを示しているといえる。
統合の背景
マクロ環境——ドラッグストア再編と規模競争
2010年代後半のドラッグストア業界は、再編の連鎖のただ中にあった。出店余地の細る国内市場で各社は規模を競い、上位の連合が売上高1兆円規模をうかがう局面に入っていた。ココカラファインもまた、関西・関東を地盤に約1,354店を構えながら[2]、単独での生き残りを問われる立場にあった。実際、2019年6月に報じられたスギホールディングスとの統合構想では、両社の合算売上高は8,890億円でウエルシアHDを抜き業界トップに立つと見込まれていた[1]。規模の追求が再編の動機として前面に出ていた時期であり、ココカラはその渦中で複数の相手から声をかけられる存在になっていた。
ミクロ環境——スギとココカラの地域補完
両社の組み合わせには、地理的な補完性があった。スギホールディングスは中部圏を中心に約1,190店を展開し[3]、調剤併設に強みを持つドラッグストア大手である。これに対しココカラファインは関西・関東に基盤を置く。統合すれば中部・関西での市場シェアは3割を超えると見込まれ[4]、薬剤師もスギの約2,900人とココカラの約2,100人を合わせて厚みを増すはずであった[5]。地盤の重なりが小さく、調剤やヘルスケアという成長領域で相互に補える点は、統合の経済合理性を裏づける材料とされた。前のめりになる理由は、スギの側に十分あったとみられる。
統合の発端
公表経緯——マツキヨ合意の翌日、スギが割って入る
争奪戦の起点は2019年4月下旬であった。ココカラファインは4月26日、マツモトキヨシホールディングスとの資本業務提携の検討・協議を開始することで正式に合意したと発表する[6]。ところがその翌日、4月27日付で東海地方を地盤とするスギホールディングスがココカラに経営統合を正式に打診した[7]。ココカラが4月30日にこの提案を受領したことで、すでにマツキヨと提携協議に入っていた会社へスギが割って入る、いわゆる二股の構図が生まれる。先行するマツキヨと、後から名乗りを上げたスギという非対称が、この案件の入口には初めから織り込まれていた。
二股のまま、協議は前進する。2019年6月1日、スギホールディングスとココカラファインは経営統合に向けた検討・協議を開始することで合意したと発表した[8]。両社は準備委員会を設け、7月31日をめどに基本合意書の締結を目指すとした[9]。ただしココカラは同じ6月1日、マツキヨとの資本業務提携の検討と並行して進めることが適切だと判断したと表明しており[10]、スギとの統合協議は最初から二者択一の前提を抱えていた。基本合意に向けた時間割は引かれたものの、相手を一つに絞る決断はまだ先送りされていた。
スギの視点——「使命感は同じ」
主導したのはスギの側であった。2019年7月、スギ薬局の杉浦克典社長は、親会社スギホールディングスとココカラファインの経営統合について、ヘルスケア戦略への使命感や思いはほぼ同じで、相乗効果が期待できると述べ[11]、統合への強い意欲を示した。スギにとってこの統合は、調剤や介護、保健指導を含むトータル・ヘルスケア戦略の延長線上にあり、手薄だった関西・関東で一気に規模を得る好機でもあった。もっとも相手のココカラは特別委員会を設けて両社を見比べる立場にあり、スギの熱意がそのまま結実する保証はどこにもなかった。
ヘルスケア戦略への使命感や思いはほぼ同じで、相乗効果が期待できる
統合の経過
特別委員会による比較検討
決定権を握ったのは、ココカラの特別委員会であった。同社はスギとマツキヨ双方の提案を客観的かつ公平に検討するため、6月に特別委員会を設置する。委員会は社外取締役や第三者の専門家ら6名で構成され、イトーヨーカ堂の元社長も加わった[12]。約2か月の間に約10回開かれ、激しい議論が交わされたとされる[13]。当初は7月末に予定された報告は8月上旬にずれ込み、8月7日に検討結果が取締役会へ報告された[14]。買い手を比較して選ぶプロセスを独立性の高い場に委ねた点が、この争奪戦の特徴であった。
選定の決め手は、シナジーの厚みと統合の進めやすさだったとみられる。ココカラの取締役会は、マツモトキヨシとの統合によって、店舗作業の効率性やプライベートブランド商品の開発などで大きなシナジー効果が生じる可能性があると判断した[15]。一方でスギは創業家が率いるオーナー色の濃い企業であり、その強いオーナー経営色が統合作業の難しさにつながりかねないとの見方も指摘されていた[16]。特別委員会は最終的に全会一致でマツキヨを選んだとされる[17]。提案の順序が先か後かではなく、提案の中身と統合後の現実味が評価された格好であった。
8月14日、二つの発表
決着は2019年8月14日に訪れた。ココカラファインの取締役会はこの日、マツモトキヨシホールディングスとの経営統合に向けた協議を開始することを決議する[18]。同じ8月14日、スギホールディングスも、ココカラとの統合について基本合意書の締結には至らず、協議を終了することとしたと発表した[19]。4月の打診から約3か月半、7月末を期した基本合意の節目を越えたところで、スギの構想は実を結ばないまま終わった。前のめりの提案側が、被買収側の比較検討の前に敗れるという結末であった。
統合の帰結
スギの独自路線
破談を受けて、スギは独自路線へ舵を切った。同社は協議打ち切りの後、関東・中部・関西エリアへの集中出店とトータル・ヘルスケア戦略の実現を掲げ[20]、出店規模や品ぞろえ、価格競争力で後れを取らないよう、新たなM&Aや戦略的提携を検討していくとした[21]。買い手として敗れたとはいえ、規模拡大の意思そのものが揺らいだわけではない。ココカラというピースを失ったスギは、自前の出店と別の提携で穴を埋める道を選んだのである。
勝者マツキヨ×ココカラの統合完了
一方、ココカラが選んだマツキヨとの統合は実を結んだ。2020年2月時点の計画では、両社は2021年10月の統合で売上高1兆円規模・約3,000店の業界最大手を視野に入れていた[22]。実際、2021年2月26日に両社は経営統合契約を締結し、同年10月1日に共同持株会社マツキヨココカラ&カンパニーを発足させる[23]。統合初年度に営業利益ベースで約200億円のシナジーを見込む[24]など、規模と収益の両面で上位を狙う布陣であった。スギが逃した相手は、ライバルの手で1兆円企業の一翼へと姿を変えたのである。
- 日本経済新聞 2019年6月1日「スギHDとココカラ、経営統合検討 業界首位に」
- 日本経済新聞 2019年7月4日「『使命感は同じ』 スギ薬局社長、ココカラ統合に意欲」
- 日本経済新聞 2019年8月14日「ココカラファイン、マツモトキヨシHDと経営統合の協議を開始」
- 日本経済新聞 2019年8月14日「スギHD、ココカラと協議終了を発表」
- 日本経済新聞 2019年8月14日「スギ、提携戦略練り直しへ 関東・関西で集中出店」
- 日経ビジネス 2019年8月15日「マツキヨと統合協議のココカラ、なぜ『特別委』で決めたのか」
- 日経ビジネス 2019年8月21日「マツキヨと統合協議、ココカラはなぜ二股に陥ったのか」
- ダイヤモンド・チェーンストアオンライン 2020年2月3日「マツキヨとココカラファイン、21年10月に経営統合、売上高1兆円規模に」
- ダイヤモンド・チェーンストアオンライン 2021年3月1日「10月に『マツキヨココカラ&カンパニー』を発足、経営統合契約を締結」