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シャープ再建をめぐる産業革新機構の提案と鴻海による買収

2016年・官民ファンド案は破談

なぜ官民ファンドの再建案は白紙となり、シャープは大手電機で初めて外資の傘下に入ったのか?

買収 第三者割当増資
公表日時 2016年1月
交渉期間 約1ヶ月
帰結 破談(案)
論点 統合条件
概要
2016年、経営危機のシャープをめぐり官民ファンドの産業革新機構と台湾・鴻海精密工業が支援を競い、2月25日にシャープ取締役会が鴻海案を選択。革新機構の再建案は退けられ、シャープは大手電機で初めて外資の傘下に入った案件。
背景
液晶不振で巨額赤字に陥ったシャープは、みずほ銀行と三菱東京UFJ銀行の支援下で再建先を探した。革新機構は液晶事業を分社しJDIと統合する「日の丸連合」案を、鴻海は自前で全社を支援する案を提示した。
内容
革新機構案は3000億円超の出資と銀行支援最大3500億円。鴻海は7000億円規模の支援を上積みし、最終的に3888億円の第三者割当増資を引き受け、議決権の約66%を取得して筆頭株主となった。
含意
偶発債務リストの提出で調印が二転三転し、出資額は約1000億円減額された。官民の再建案より外資の上積み額が優先され、日本の大手電機が初めて外資傘下に入るという結果を残した。
筆者の見解

官民の再建か、外資の上積みか

シャープの一件は、経営危機に陥った企業の再建先として、官民ファンドと外資のどちらを選ぶのかという問いを、最も鮮明な形で示した事例といえる。産業革新機構の案は、液晶という国内技術を守るという国策的な合理性を備えていた。だが、より厚い資本をより速く差し入れる鴻海の上積みの前に、シャープの取締役会は条件面で外資を選んだ。技術の囲い込みという公的な論理よりも、出資額という経営の現実が優先された構図であり、官民ファンド主導の再建がもつ限界を映した決着でもあったとみられる。

同時にこの案件は、ディールの作法そのものの重さを物語っている。選択の直前に提出された偶発債務のリストは、調印を撤回させ、出資額を約1000億円減らす交渉材料となった。重要な情報をいつ、どのように開示するかという手順の問題が、最終的な価格と当事者間の信頼を左右したのである。大手電機が初めて外資の傘下に入ったという結果の象徴性とは別に、再建をめぐる交渉では、条件の優劣だけでなく、情報開示の時機と意思疎通の質が成否を分けることを、この事例は示しているといえるだろう。

Yutaka Sugiura

統合の背景

シャープ

経営危機——液晶不振と巨額赤字

2010年代半ばのシャープは、深刻な経営危機のただ中にあった。看板事業である液晶パネルは、韓国や中国のメーカーとの価格競争に押されて採算が悪化し、スマートフォン向け中小型パネルの需要変動も収益を揺さぶった。巨額の赤字計上が続いたことで自己資本は細り、シャープはみずほ銀行と三菱東京UFJ銀行という主力2行の金融支援に頼らざるをえない状況に追い込まれていた[1]。単独での立て直しには限界があり、外部資本を受け入れて再建の枠組みをつくることが、避けられない課題となっていた。

再建をめぐっては、性格の異なる二つの選択肢が並んだ。一つは官民ファンドである産業革新機構(INCJ)が主導する案であり、もう一つは台湾の鴻海精密工業(フォックスコン)が自前で全社を支援する案である。革新機構案は、液晶という国内に残る技術を国の枠組みのなかで守る色彩が濃く、鴻海案は、世界最大級のEMS(電子機器の受託製造)の資本力でシャープを丸ごと立て直す構図であった。官民の再建か、外資の傘下入りか——シャープの将来像そのものが問われる対立構図が、2015年夏ごろから水面下で固まっていった[2]

二つの再建案——「日の丸連合」と外資

先に具体化したのは、産業革新機構の案であった。2016年1月22日、革新機構主導の再建案で大筋合意したと報じられる[3]。革新機構がシャープ本体に3000億円超を出資したうえで液晶事業を分社し[4]、2018年をめどに同業大手のジャパンディスプレイ(JDI)と統合する構想である。主力2行のみずほ銀行と三菱東京UFJ銀行は、実質的な債権放棄などで最大3500億円の金融支援を実施する方針を示した[5]。国内の液晶技術をJDIに集約し、韓国や中国のパネルメーカーに対抗する「日の丸連合」の色彩が濃い案であった。

再建提案の発端

鴻海の上積み——官民ファンドを上回る支援額

対立の流れを変えたのは、鴻海の上積みであった。革新機構が3000億円規模の出資を軸とする案を示したのに対し、鴻海は支援額を上積みし、革新機構の規模を大きく上回る7000億円規模の支援を提示した[6]。シャープにとって、より多くの資本を、より速く受け入れられる選択肢が外資である鴻海の側に傾いていく。雇用や液晶技術の流出を懸念する声がある一方で、出資の厚みという条件面では鴻海案が革新機構案を上回っていたことが、その後の取締役会の判断を方向づけたとみられる。

シャープ

シャープの判断——条件面での選択

シャープの取締役会は、2月25日の朝から臨時に開かれた。7000億円規模の支援を示した鴻海と、3000億円規模の出資を示した産業革新機構のいずれを選ぶかが、最大の論点であった[8]。長い協議の末、取締役会は満場一致で鴻海の提案を受け入れることを決議する[7]。官民ファンドが描いた液晶集約の構想ではなく、外資による全社支援を選んだ瞬間であり、革新機構の再建案はここで採用されないことが固まった。日本の大手電機メーカーが外資の傘下に入る、初めての決断に向けた一歩であった。

交渉の経過

偶発債務リストと調印の保留

ところが、選択の直後に交渉は暗転する。シャープが鴻海に偶発債務の存在を知らせたのは2月24日の朝で、シャープのファイナンシャル・アドバイザーを務めるみずほ証券から、鴻海のFAであるJPモルガンに宛てたメールに、債務のリストが添付されていた[9]。偶発債務とは、いまは現実化していないものの、将来において一定の条件の下で発生しうる債務を指す。報道によれば、新たに伝えられた偶発債務は3500億円相当とされ[10]、鴻海傘下で再建を進めるとしたシャープの計画に不透明感が広がった。

鴻海は態度を硬化させた。25日午後に予定していた買収契約の調印を撤回し、リストの内容を精査する必要があるとして保留に回ったのである[11]。ダイヤモンドの報道によれば、シャープが2月24日朝に送ったメールには潜在的な債務が列挙され、すでに開示済みの偶発債務に加えて訴訟リスクや保証債務などが含まれていたとされる[12]。提出の時機が調印の直前であったことから、鴻海とシャープの間では交渉のコミュニケーションそのものへの不信が膨らみ、両社の思惑がすれ違う「同床異夢」の様相を呈した。

出資額の減額と買収契約

交渉は約1カ月を経て決着に向かう。2016年3月30日、鴻海の取締役会はシャープ買収を決議した。鴻海グループがシャープの第三者割当増資を引き受けて議決権の約66%を握り、筆頭株主となる枠組みである[13]。ただし出資額は当初予定の約4890億円から約1000億円減らされ、3888億円となった[14]。シャープの業績悪化や、将来負債となりうる偶発債務を踏まえた減額であり、シャープも同日の臨時取締役会で出資の減額などを受け入れた。成長への投資総額は当初案の4170億円から3580億円に圧縮された一方、有機ELなどへの2000億円の投資は維持された[15]

買収契約への調印は、2016年4月2日に行われた。堺市で開かれた席上、鴻海の郭台銘董事長とシャープの高橋興三社長が契約書に署名した[16]。第三者割当増資では、普通株を1株88円で発行して約2888億円を、議決権のないC種優先株を1株8800円で発行して約1000億円を調達し、合計で3888億円となる構成であった[17]。鴻海はあらかじめ契約の前提として保証金を差し入れており、払い込みを経て出資が完了する段取りが固まった。

買収の帰結

大手電機初の外資傘下入り

買収は2016年8月に完了した。8月12日、シャープは鴻海による買収が完了したと発表する[18]。鴻海グループはシャープに総額3888億円を出資し、第三者割当増資を引き受けて議決権の約66%を握る親会社となった。日本の大手電機メーカーが外資系企業の傘下に入るのは、これが初めてのことであった[19]。決定から約4カ月、最初の報道からは半年を超える迷走を経て、官民ファンドと外資が支援を競った再建劇はここで一つの区切りを迎え、シャープは鴻海グループの一員として再建を進めることになった。

革新機構案の不発とその後

一方で、産業革新機構が描いた再建案は実を結ばなかった。液晶事業を分社しJDIと統合するという「日の丸連合」の構想は、シャープが鴻海案を選んだことで採用されないまま立ち消えとなった[20]。国内の液晶技術を一社に集約して韓国・中国勢に対抗するという国策的な狙いは、外資の上積み額の前に後退した格好である。官民ファンドが守ろうとした液晶技術は、結果として外資である鴻海の資本のもとで再建の道を歩むことになった。シャープにとっての再建先は、官民の枠組みではなく、世界最大級のEMSの資本力に委ねられたのである。

出典・参考