三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨンの統合・三菱ケミカル発足
2017年成立持株会社の発足から12年を経て化学系3社を1社に束ねた統合は、なぜ「器先行・中身後追い」と呼ばれたのか?
- 概要
- 2017年4月1日、三菱ケミカルホールディングス傘下の化学系3社(三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨン)が合併し、事業会社「三菱ケミカル」が発足した。売上高3兆円近くの、単一企業として国内断トツの総合化学メーカーが誕生した。
- 背景
- 2005年の持株会社発足から12年、化学系3社は別法人のまま並存し、組織の壁で相乗効果を出せずにいた。買収で規模は世界上位級に達したが、収益力も株式市場の評価も見劣りする水準が続いていた。
- 内容
- 越智仁社長は低収益への危機感から3社合併を決断。旧3社の56ビジネスユニットを26に集約して10事業部門へ再編し、4年で500億円のシナジー、2020年度に営業利益2000億円を目標に掲げた。
- 含意
- 発足は「器先行・中身後追い」と呼ばれ、ERP10超の併存など業務基盤の一体化は後年まで残った。財閥系の分立を束ねるワンカンパニー化は、レゾナック(2023年)に先行する日本の総合化学の一体化の一例となった。
財閥系の分立を束ねるワンカンパニー化の難しさ
三菱ケミカルの発足は、財閥系の分立した事業会社を一つに束ねる難しさを映し出している。三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨンは、いずれも独自の歴史と買収の来歴を抱えた別法人であり、資本の上で一つのグループに属していても、業務や技術情報は互いに隔てられていた。法人格を合わせる器の統合は一日で済むが、システムや商習慣、組織文化まで含めた中身の統合には長い時間を要する。器が先に整い、中身が後から追う順序は、拡大を急いだ日本の総合化学が抱えがちな課題であったとみられる。
それでも、この統合が投げかけた問いは小さくない。汎用素材の市況に収益を揺さぶられてきた総合化学が、技術の融合で機能商品に活路を求める動きは、2023年に発足したレゾナックなど後続の再編にも通じる。複数の事業会社を1社に集約するワンカンパニー化を、日本の総合化学のなかで早くに試みた事例として、三菱ケミカルの歩みは振り返られる。統合の成否は発足の一時点ではなく、器に注いだ中身をどれだけ一体で動かせるかという、その後の長い実行の過程で測られていくとみられる。
統合の背景
器だけが先に整った持株会社の12年
三菱ケミカルホールディングスは2005年、三菱化学と三菱ウェルファーマの株式移転で発足した持株会社である[1]。以後、傘下では石油化学の構造改革と買収による規模拡大が並行して進んだ。小林喜光社長のもとで化成肥料や塩ビ、ナイロンなどの赤字事業から相次いで撤退し、エチレンでは業界に先んじて過剰設備の操業停止に踏み切る[2]。同時に2010年に三菱レイヨンを、2014年に大陽日酸を取り込み、グループ売上高は4兆円近くに達した[3]。化学分野で世界上位10社に入る規模を得たものの、化学系の中核事業は三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨンという別法人のまま並存していた。
規模の拡大は、しかし収益力に直結しなかった。三菱ケミカルホールディングスの営業利益率は2015年度で7.3%にとどまり、化学系事業だけでみれば5%程度にすぎなかった[4]。時価総額でも国内の有力化学メーカーに見劣りする水準が続く。買収で三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨンという駒はそろったものの、会社が違えば組織の壁が邪魔をし、期待した相乗効果は現れなかった[5]。研究開発や販売のシナジーは限られ、規模と収益性の乖離が持株会社の積年の課題として残された。
統合の発端
越智仁社長の危機感と3社合併の決断
2015年、小林喜光からグループのトップを引き継いだのが越智仁社長であった[6]。長く三菱化学に在籍し、三菱レイヨン社長も務めた越智は、低い収益力への危機感から化学系3社の合併を決断する。就任直後には、ポリエステル原料である高純度テレフタル酸(PTA)の汎用品事業で中国勢の増産による市況暴落に直面し、2015年度に700億円規模の事業損失を計上した[7]。汎用石化に依存する体質の危うさが、あらためて突きつけられた時期であった。越智は「大きな壁を取っ払い、力を結集して、高い収益性と成長性の両方を手に入れる」と語り[8]、3社の技術と顧客基盤を一体化する方針を掲げた。
3社合併の方針は2016年のうちに固まり、化学業界で最大の関心事となった[9]。週刊東洋経済が2016年末にまとめた翌年の予測特集でも、三菱ケミカルの誕生が化学業界随一の注目として取り上げられている。合併で生まれる新会社の連結売上高は2015年度実績換算で2.8兆円、従業員数は約4万人にのぼり[10]、単一の化学メーカーとして国内で断トツの規模となる見通しであった。製品群は上流の石化基礎品からMMA、高機能樹脂、電子材料、炭素繊維複合材、水処理膜まで、10部門26事業に及ぶ多彩な顔ぶれとなる[11]。
統合の経過
2017年4月の三菱ケミカル発足とワンカンパニー化
2017年4月1日、三菱ケミカルホールディングス傘下の三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨンが合併し、事業会社「三菱ケミカル」が発足した[12]。存続会社は三菱化学で、越智仁がホールディングス社長と新会社社長を兼ねて陣頭指揮を執る[13]。新年度最初の出勤日にあたる4月3日には東京・丸の内の本社で発足式が開かれ、越智は社員に結束を呼びかけた。統合新会社の売上高は3兆円近くに達し、単一企業としては国内で断トツの規模を持つ総合化学メーカーとなる[14]。持株会社の発足から数えて12年越しの中核事業会社統合であった。
越智は統合の効果を引き出すため、組織の編成にも工夫を凝らした。旧3社に合計56あったビジネスユニットを26に集約し、10の事業部門へと再編する[15]。市場が重なるユニットを同じ部門にまとめ、関連事業が一体で戦える体制を組んだ。北米・欧州・中国・東南アジアには、マーケティングや情報集約を担う地域統括会社を置いている[16]。合併3社の直近実績を合算した年間営業利益は1400億円弱で、今後4年間で500億円規模のシナジーを積み上げ、2020年度に営業利益2000億円を達成する目標を掲げた[17]。
統合の帰結
「器先行・中身後追い」の実態と、その後の再編
法人としての合併は成ったものの、業務基盤の一体化は後追いとなった。統合3社はそれぞれが過去の買収で取り込んだ会社の集合体であり、基幹システムのERPは10以上が併存する[18]。財務諸表は何とかつなげられたものの、米国から日本にある製品を発注することすらできない状態が後年まで残った。のちに社長を務めたジョンマーク・ギルソンは「ビジネスの観点からつながっているとは言えない」(IR Day 2022年9月)と述べている[19]。法人は一つでも、業務は旧三菱化学・旧三菱樹脂・旧三菱レイヨンの三つの島に分かれたままであった。
合併で束ねきれなかった中身の統合は、次の10年の課題として引き継がれた。グループは2020年に田辺三菱製薬を完全子会社化し、同年に大陽日酸を日本酸素ホールディングスへと持株会社化する[20]。2021年には外部からジョンマーク・ギルソンを社長に迎え、経営方針「Forging the Future」で組織簡素化・石化分離再編・スペシャリティ強化とともにERP統合を掲げた[21]。2022年には社名を三菱ケミカルグループに改め[22]、グループ一体運営への意思を対外的に示す。2017年の合併で描いた総合力の実現は、これらの再編を重ねながら長く追い求められていく命題として残された。
- 週刊東洋経済 2017年4月22日号「深層リポート 三菱ケミカル 世界で戦えるか──日本最大の化学メーカー始動」
- 週刊東洋経済 2017年4月22日号「INTERVIEW ニッチな高収益商品を次々生み出す 三菱ケミカルホールディングス社長兼三菱ケミカル社長 越智仁」
- 週刊東洋経済 2016年12月31日・2017年1月7日合併号「2017年大予測 化学 三菱ケミカルホールディングス──3社合併で機能性製品を強化」
- 三菱ケミカルグループ 有価証券報告書【沿革】
- 三菱ケミカルグループ IR Day 2022(2022年9月)
- 日本経済新聞 2019年5月9日「業種問わず革新へ連携、越智三菱ケミHD社長 令和を読む」