三菱重工と日立の火力発電合弁「三菱日立パワーシステムズ」の解消
2020年なぜ世界3強をめざした火力発電合弁は、海外プロジェクトの損失負担をめぐる係争の末に解消されたのか?
- 概要
- 2014年に三菱重工と日立が火力発電システム事業を統合して発足した三菱日立パワーシステムズ(MHPS)が、2020年9月に合弁を解消し、三菱重工の完全子会社「三菱パワー」となった案件。
- 背景
- 日立が南アフリカで受注した石炭火力ボイラー事業の巨額損失をMHPSが引き継ぎ、その負担をめぐり親会社2社が対立。三菱重工は日立に約7743億円の支払いを求め、日本商事仲裁協会に仲裁を申し立てていた。
- 内容
- 2019年12月18日に和解が成立。日立は保有するMHPS株式35%の全てを三菱重工に譲渡し、2000億円の和解金などを負担。連結で3780億円の費用を計上し、火力発電機器事業から事実上撤退した。
- 含意
- 巨額の海外プロジェクト損失という条件面の溝が、シナジーが出始めた合弁を解消に追い込んだ。統合時の損失負担の取り決めの曖昧さが、後年の係争と解消の火種になったといえる。
条件面の溝が合弁を解く
MHPSの解消は、シナジーや市場シェアといった統合の「成果」よりも、引き継いだ過去の損失をどちらがどこまで負うのかという「条件面」が、合弁の存続を左右しうることを示している。発足時に仕掛かり案件のリスク分担を曖昧にしたまま統合に踏み切れば、想定を超える損失が顕在化したとき、親会社同士の利害は鋭く対立する。世界3強をめざした火力合弁が、海外一案件の損失負担をめぐる係争の末に解かれた事実は、統合の入口における条件設計とリスクの所在を明確にしておくことの重さを物語っている。合弁という器の強さは、好調期ではなく、想定外の損失に直面したときに試されるのだろう。
同時にこの解消は、火力発電という事業そのものの潮目の変化を映してもいる。脱炭素の潮流が強まるなか、日立は巨額の損失と引き換えに火力から身を引いてエネルギーソリューションへ向かい、三菱重工は火力を一手に引き受けてLNGや脱炭素技術へ活路を探る道を選んだ。同じ事業を分け持った2社が、係争を契機に正反対の方向へ歩み出したともいえる。成立した統合であっても、引き継いだリスクと事業環境の変化次第では数年で解消に転じうる——MHPSの事例は、統合の成否がその後の経営環境と当事者の戦略観によって絶えず問い直されることを示しているといえる。
統合の背景
火力発電統合——世界3強をめざした合弁の発足
三菱重工業と日立製作所は、2012年11月29日に火力発電システム分野の事業統合で基本合意し、2014年2月1日に両社の火力発電システム事業を統合してMHPS(三菱日立パワーシステムズ)を発足させた[1]。出資比率は三菱重工65%、日立35%である[2]。発足にあたっては国内9社・海外49社・計58社からなるグループを編成し、「火力発電システム分野におけるグローバルNo.1プレーヤー」を目指すことを掲げた[3]。火力発電設備で独シーメンス、米ゼネラル・エレクトリック(GE)と並ぶ世界3強の一角を占めることを狙った、重電の大型再編であった。
火種——南アフリカの石炭火力ボイラー事業
統合の火種は、日立が単独で受注していた海外の大型案件にあった。日立は2007年から2008年にかけて、南アフリカの電力公社エスコム(Eskom)から[4]、メドゥピ・クシレ両発電所向けの石炭火力ボイラー計12基を約5700億円で受注した[5]。しかし1号機の運転開始は当初の2011年予定から2015年へとずれ込むなど、工期は大幅に遅れて損失が膨らんでいった。2014年のMHPS発足に際し、この仕掛かり案件は三菱重工へ譲渡され、統合前の責任は日立、統合後の責任はMHPSが負うことを前提としていた[6]。発足の時点で損失見込み案件をどう引き継ぐかという難題が、合弁には組み込まれていたのである。
係争の発端
請求の開始——譲渡価格調整金をめぐる対立
対立が表面化したのは2016年である。三菱重工は2016年3月31日、本プロジェクトの承継に関する譲渡価格調整金等の支払いを日立に請求した[7]。これに対し日立は同年4月6日、請求は契約に基づく法的根拠に欠けるとして応じられないと回答した[8]。三菱重工は2017年1月31日に請求金額を増額し、報道では請求額は約7634億円に達した[9]。発足時に損失見込み案件を引き継いだ合弁の親会社同士が、その負担をめぐって正面から対立するという異例の構図となった。当事者である両社が、合弁を共同で運営しながら巨額の支払いを争う関係に陥ったのである。
三菱重工の主張——受注条件に問題
三菱重工は、分割効力発生日時点で既に損失が見込まれたプロジェクトであり、受注条件などに問題があったとして、MHPS発足後に発生した損失も日立が負担すべきだと主張した[10]。協議で折り合えなかった三菱重工は、2017年7月31日、一般社団法人日本商事仲裁協会(JCAA)に対し、約90,779百万南アフリカランド(1ランド=8.53円換算で約7743億円)の支払いを求める仲裁を申し立てた[11]。当初約3790億円だった請求は、最終的に7743億円規模まで膨らんだ[12]。合弁の出資者でありながら、相手方に巨額の支払いを正式に求めるという、統合の理念とは相いれない事態に至った。
日立の反論——法的根拠を欠く請求
一方の日立は、三菱重工の請求は契約に基づく法的根拠に欠けるとの立場を一貫してとった[13]。日立は2017年8月21日にJCAAから仲裁申立ての通知を受領したことを公表し[14]、請求は受け入れられるものではないとの認識を示した。当時の日立は構造改革を進めて好調な業績を取り戻しつつあり、この南アフリカ案件は数少ない懸念材料となっていた。係争の長期化は、財務面のみならず、火力発電事業をグループのなかにどう位置づけるかという戦略上の不確実性として重くのしかかった。合弁の一方の当事者が、もう一方の請求を法廷外の仲裁で争うという緊張関係が続いたのである。
解消の経過
和解——日立の持分譲渡と巨額負担
決着は2019年末に訪れた。仲裁手続と並行した協議の結果、両社は2019年12月18日付で和解した[15]。日立は保有するMHPS株式の全て(保有比率35%)を三菱重工に引き渡し、あわせて2000億円の和解金を支払債務として認識した[16]。さらに日立が有するMHPS子会社への債権700億円を譲渡して相殺し、差額の1300億円を2020年3月に現金で支払う枠組みである[17]。係属中の仲裁事件は速やかに手続きの停止を申し立て、支払いと株式の移転が完了した後に三菱重工が請求を取り下げることとした。合弁の解消は、損失負担の決着と一体の取引として設計されていた。
和解は日立の業績に大きな傷を残した。日立は2020年3月期の個別決算で特別損失3840億円を、連結決算でその他の費用3780億円を計上する見通しを示した[18]。連結ではMHPS株式・譲渡資産等で2480億円、和解金2000億円などが影響し、親会社株主に帰属する当期利益を3780億円押し下げた[19]。報道によれば、2015年3月期の引当金を含めた累計の負担は約5000億円規模に達したとされる[20]。世界3強の一角を狙った統合は、結果として日立に重い損失をもたらし、火力発電をめぐる海外案件の難しさを改めて印象づける決着となった。
日立の撤退——火力からエネルギーソリューションへ
和解により、日立はMHPSの経営から離れ、火力発電機器事業から事実上撤退することになった。同社は引き続き三菱重工と連携して既設の火力発電プラントの保守サービス等は手がけるとしたものの、新規の火力発電機器事業からは退いた[21]。日立は2020年前半をめどにスイスABBのパワーグリッド事業を買収する方針を示しており[22]、自社のデジタル技術と組み合わせた高付加価値なエネルギーソリューションへと軸足を移す戦略を鮮明にしていた。火力からの撤退は、再生可能エネルギーや送配電を軸とする事業ポートフォリオ転換の一環でもあった。巨額の損失と引き換えに、日立は懸案を切り離す選択をしたといえる。
三菱重工の引き受け——逆風下の火力集約
三菱重工にとって、日立持分の取得は火力事業の主導権を一手に握る選択であった。火力事業は当時、三菱重工の利益の約6割を稼ぐ収益柱であり、世界的な脱炭素・脱石炭の流れのなかでなお火力に注力する「逆張り」の戦略と評された[23]。MHPSの河相健社長は会見で「今後は機動的に三菱重工のリソースや技術を活用できる」と述べ[24]、CO2排出の少ない液化天然ガス(LNG)火力への経営資源の集中を示唆した。完全子会社化は、合弁という意思決定の枠を外し、グループの技術と資金を機動的に振り向けるための布石でもあった。損失を被った日立とは対照的に、三菱重工は火力を抱え込む道を選んだのである。
解消の帰結
三菱パワーの誕生——合弁解消の完了
合弁解消が完了したのは2020年9月である。三菱重工は2020年7月31日、日立が保有するMHPS株式35%の移転を9月1日に完了させ、MHPSを完全子会社化すると発表した[25]。同日付でMHPSの社名は「三菱パワー」(英文Mitsubishi Power, Ltd.)に変更された[26]。社名変更自体は同年4月24日に公表されていたが、新型コロナウイルスの感染拡大で各国の独占禁止当局の審査が滞り、当初今春に予定していた具体化の時期が後ろにずれていた[27]。2014年に発足した日立との火力合弁は、約6年半でその歴史に幕を下ろし、三菱重工単独の事業へと姿を変えたのである。
勝者なき決着——両社のその後
合弁の解消は、シナジーが出始めた矢先の決着でもあった。MHPSは発電用大型タービンで2018年に世界シェア45%と首位に立つなど、統合の成果が表れ始めていた[28]。それでも、南アフリカ案件の巨額損失という条件面の溝は、最終的に両社を分かつ決定打となった。日立は約5000億円の負担を被って火力から撤退し[29]、三菱重工は単独で火力を背負う一方で、世界的な脱炭素の逆風はその後も強まり続けた。損失を出した日立が懸案を切り離して身軽になり、火力を抱え込んだ三菱重工が逆風に正面から向き合うという、勝者の判然としない決着であったといえる。統合が生んだ世界有数の火力メーカーは、親会社の係争を経て一社の手に収まった。
- 株式会社日立製作所 2019年12月18日「MHPSの南アフリカプロジェクトに係る和解ならびに個別決算における特別損失および連結決算におけるその他の費用の計上に関するお知らせ」
- 日本経済新聞 2019年12月18日「三菱重工と日立、南アフリカの火力巡る和解を正式発表」
- 日本経済新聞 2019年12月18日「三菱重工、逆風下で火力拡大 日立から共同事業引き受け」
- 日本経済新聞 2020年7月31日「三菱重工、日立と共同出資の火力発電を9月完全子会社化」
- 三菱重工業 2020年4月24日「三菱日立パワーシステムズ(MHPS)が『三菱パワー』へ社名を変更」
- 三菱重工業 2014年1月28日「三菱日立パワーシステムズのグループ会社について 国内9社、海外49社、計58社のグループが発足」
- 日本経済新聞 2017年8月22日「日立、仲裁申し立て通知を受領 三菱重と損失負担巡る対立問題で」
- 東洋経済オンライン 2017年8月1日 山田雄大「好調日立を悩ます『南ア火力発電事業』の行方 三菱重工の請求額は7743億円、争いは仲裁へ」
- 株式会社日立製作所 2016年5月9日「MHPSの南アフリカプロジェクトに関する協議状況について」
- ダイヤモンド・オンライン 2019年12月20日 千本木啓文「三菱重工と日立、火力合弁『円満離婚』装う裏で電力市場争奪戦の火花」