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コクヨによるぺんてる敵対的買収と子会社化の断念

2019〜2020年破談

なぜ資金力で勝るコクヨは、ぺんてるの過半数取得に失敗し買収を断念したのか?

買収 株式取得
公表日時 2019年11月
交渉期間 約3ヶ月
帰結 破談
論点 ガバナンス
概要
2019年11月、総合文具最大手のコクヨが筆記具大手ぺんてるの株式の過半数取得を目指して買い付けを表明したが、ぺんてる経営陣の反発とホワイトナイトのプラス参戦により過半数に届かず、2020年2月に子会社化を断念した案件。
背景
コクヨは2019年5月に投資ファンド経由でぺんてる株を取得し、9月に直接出資へ切り替えて筆頭株主となった。提携協議を進める中でぺんてるが第三者との資本提携を模索していると判断し、敵対的な買い付けへ転じた。
内容
コクヨは1株3500円で議決権比率を37.8%から50%超へ引き上げる方針を示したが、ぺんてるは強く抗議。プラスが設立したJSCが同額で買い付けに対抗し、コクヨの取得は45.66%にとどまった。
含意
非上場企業の支配権を株式の買い集めで握ろうとする試みが、対象経営陣の抵抗とホワイトナイトの登場で頓挫した事例。条件より先に対象の同意とガバナンスの土台を欠いたディールの典型といえる。
筆者の見解

株を買い集めても支配権は買えない

この一件は、株式を買い集めるだけでは企業の支配権は手に入らないことを示している。とりわけ非上場で譲渡制限の付いた株式では、対象企業の取締役会が株式の移転を承認しなければ、買い手は議決権を実質的に行使できない。コクヨは資金力を背景に過半数の取得を狙ったが、対象経営陣の同意という土台を欠いたまま強硬策に踏み切ったことが、過半数の手前での頓挫を招いたとみられる。条件や価格よりも先に、相手の合意をどう取り付けるかという交渉の設計が、買収の成否を分けたといえる。

あわせて、敵対的な手法そのものが反発を増幅させた面も見逃せない。事前協議を欠いた接近と一方的な子会社化方針は、ぺんてる経営陣の強い抵抗とホワイトナイトの招き入れを誘発した。買い手の強硬な姿勢が、かえって対象側の結束と防衛を固める結果となったのである。そして争奪戦の果てに、コクヨが手放した株式は競合のプラスへと渡り、ぺんてるはプラスの傘下に収まった。成立しなかった買収であっても、業界の支配権の行方と企業統治の力学を読み解く手がかりは少なくないのだろう。

Yutaka Sugiura

統合の背景

ぺんてるの株主構成とコクヨの接近

文具業界では、総合文具・オフィス用品で国内最大手のコクヨ、業界2位のプラス、そして筆記具で世界的に知られるぺんてるが、それぞれ独自の地歩を占めていた。ぺんてるは株式を上場していない非上場企業であり、その株式には売買の際に取締役会の承認が必要となる譲渡制限が付されていた[1]。創業家が保有していた株式は2018年に投資会社マーキュリアインベストメントが運営するファンドへと移り、同ファンドがぺんてる株の約37%を握る筆頭株主となっていた。支配権の所在が外部の投資ファンドに移ったことが、その後の争奪戦の伏線となったとみられる。

両社の距離が一気に縮まったのは2019年5月である。コクヨは2019年5月10日、ぺんてるの筆頭株主であったマーキュリア運営ファンドに101億円を出資し[2]、間接的にぺんてるの大株主となった。だが、この出資はぺんてる経営陣への事前の協議を欠いており、和田優社長は従業員を集めて反発を表明したと報じられた。ぺんてるは水面下で業界2位のプラスとの資本提携協議を進めており[3]、コクヨの突然の介入はその協議を中断させる格好となった。事前協議なき接近は、両社の不信の連鎖の起点となったのである。

統合の発端

コクヨ

直接出資への切り替えと「裏切り」批判

コクヨは間接出資にとどまらなかった。2019年9月、コクヨはファンドからぺんてる株を直接取得する形に切り替え、議決権ベースで37.8%を握る筆頭株主となった[5]。黒田英邦社長によれば、両社は資本業務提携に向けた協議を続けていたが、その最中にぺんてるが第三者と大規模な資本提携を進めようとしている情報が判明したという。黒田社長は記者会見でこれを「裏切り行為だ」と批判し[4]、友好的な提携から一転して経営権の取得へと舵を切った。協議の途上での方針転換が、敵対的買収という強硬策の引き金になったとみられる。

敵対的な買い付けが正式に動き出したのは2019年11月15日である。コクヨはこの日、ぺんてるの既存株主から1株3500円で株式を買い取り、議決権比率を37.8%から50%超へと引き上げて子会社化する方針を表明した[6]。買い取りに要する資金は約38億4千万円と見込まれていた[7]。上場企業による通常の株式公開買い付けとは異なり、ぺんてるが非上場であるため、コクヨは個別の株主から相対で株式を買い集める手法をとった。経営陣の同意を得ないまま支配権の取得を狙う、事実上の敵対的買収であった。

ぺんてるの抗議

ぺんてるはコクヨの方針表明に即日反応した。同社は「突然、子会社化する方針を明確にしたことに強い憤りを覚える」とのコメントを公表し[8]、一方的かつ強圧的な子会社化方針だとして強く抗議した。ぺんてるの経営陣にとって、株式の譲渡制限という仕組みは独立を守る最後の砦であり、自社の同意なき支配権の移転を認める姿勢はなかった。提携相手としては受け入れても、支配される子会社になることは拒むという姿勢である。買い手と対象企業の経営陣が真っ向から対立する構図が、この時点で固まったのである。

統合の経過

ホワイトナイト・プラスの参戦と買い付け合戦

対立の構図を一変させたのが、ぺんてる経営陣が頼った業界2位のプラスであった。2019年11月20日、プラスはぺんてる経営陣の要請に応じ、友好的な第三者すなわちホワイトナイトとして買い付けに参戦する。プラスが設立した買い付け会社は、コクヨと同じ1株3500円で12月10日までぺんてる株を買い付ける方針を示した[9]。買い付けは発行済み株式の33.4%を上限とし、20%以上が集まらなければ実行しないとの条件が付された[10]。コクヨの過半数取得を阻むだけの株式を、対象側の陣営に確保させる狙いであった。

買い付け合戦は価格の引き上げ競争に発展した。コクヨは当初の1株3500円から価格を引き上げ、最終的には1株4200円でぺんてる株を買い増した[11]。コクヨは12月9日を買い付け期限とし、取得日とする15日以降も買い増しを続ける方針を示した[12]。一方のプラス陣営も同じくぺんてる株主からの買い集めを進め、双方が同一企業の株式をめぐって相対で株主を奪い合う異例の展開となった。非上場企業の支配権が、複数の買い手による株式の争奪というかたちで争われたのである。

過半数に届かなかった買い付け

決着は2019年12月12日に表面化した。コクヨは同日、売買契約が締結されたぺんてる株の議決権比率が45.66%になったと発表した[13]。もともと保有していた37.8%に、11月15日からの買い付けで約8%を上乗せしたにとどまり、目標とした過半数には届かなかった。売却の意向はあるものの売買契約が締結されていない株式が約0.6%あった[14]が、それを加えても過半数には足りない。資金力を背景にした強硬な買い集めは、過半数という一線を越えられなかったのである。

対象側の陣営は勝利を宣言した。ぺんてるは翌12月13日、プラスが設立したジャパンステーショナリーコンソーシアム合同会社(JSC)に対し、約200名の株主が株式持分比率にして約30%のぺんてる株を売却したと発表した[15]。これを現経営陣の保有分と合わせれば、ぺんてる陣営は株式持分比率にして50%を優に超えることになる。ぺんてるは、コクヨが主張してきた連結子会社化という目論見は阻止された[16]とし、コクヨへの株式の譲渡は承認しないと明言した。譲渡制限という仕組みが、支配権を守る決定打となったのである。

統合の帰結

子会社化の断念

決定的な敗北の後も、コクヨは約46%という大株主の地位にとどまった。だが2020年2月14日、黒田英邦社長は2019年12月期の決算会見で「今後、ぺんてる株を敵対的に買い増すことはない」と明言し[17]、ぺんてるの子会社化を見送る方針を示した。前年11月に過半数取得を掲げて始まった強硬策は、わずか3か月で事実上の断念に至ったのである。黒田社長は同時に、すでにぺんてる側へアプローチしており話し合える状態だとも述べ[18]、対話による関係修復に含みを残した。

その後——プラスへの株式売却

その後、コクヨとぺんてるの関係は膠着したまま推移した。最終的にコクヨは保有株の売却に動き、2022年9月30日、保有するぺんてる株式4,106,649株(発行済み株式総数の45.6%)をプラスへ譲渡すると発表した[19]。これによりプラスは、傘下のJSCが保有する分を含めて発行済み株式総数の76.3%を握ることになり[20]、3年に及んだぺんてるの争奪戦は、ホワイトナイトであったプラスがぺんてるを傘下に収める形で決着した。コクヨが投じた資金と労力は、結果として競合の支配を後押しすることになったのである。

出典・参考