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伊藤忠商事によるファミリーマートの完全子会社化

2020年成立

なぜ伊藤忠は約5,800億円を投じて連結子会社のファミマを非上場化し、TOB価格は後に「安すぎた」と司法に断じられたのか?

買収 TOB
公表日時 2020年7月
交渉期間 約4ヶ月
帰結 成立
概要
2020年、総合商社の伊藤忠商事が連結子会社で東証1部上場のファミリーマートにTOBを実施し、約5,800億円を投じて完全子会社化・非上場化した案件。買付価格は1株2,300円であった。
背景
コンビニ市場の飽和と競争激化に新型コロナの打撃が重なりファミマの業績が悪化。親子上場のもとでの利益相反やガバナンスへの市場の目も厳しく、伊藤忠は親子上場の解消とグループ一体経営を急いだ。
内容
伊藤忠は子会社リテールインベストメントカンパニー合同会社を通じ2020年7月にTOBを公表。8月に成立して保有比率は65.71%となり、10月の臨時株主総会と株式併合を経て11月12日にファミマは上場廃止となった。
含意
TOB価格は当初提示の2,600円から市況悪化で2,300円へ下げられ、少数株主や特別委員会との緊張を残した。後に東京地裁は公正価格を2,600円と決定し高裁も維持、特別委員会の実効性が問われた。
筆者の見解

親子上場の解消と少数株主保護

伊藤忠によるファミリーマートの完全子会社化は、親子上場の解消という時代の要請に沿った取引であった。上場子会社は、親会社の意向と少数株主の利益が衝突しうる構造を抱える。発注情報や物流の最適化といったグループ経営の核心に関わる情報を、上場を維持したまま完全に共有することは難しい。伊藤忠が掲げたサプライチェーンの全体最適や迅速な意思決定という狙いには、一定の合理性があったとみてよいだろう。コンビニ市場が成熟し、デジタルや物流での競争が激しさを増すなかで、グループ一体経営へ舵を切る判断そのものは、時代の流れに沿うものであったといえる。

一方で、この案件は完全子会社化の「価格」をめぐる論点を鮮明にした。親会社が支配株主として価格を主導する構図では、少数株主は受け身に立たされやすい。市況の悪化を理由に当初の2,600円から2,300円へ引き下げられた価格は、賛同しつつ応募は株主の判断に委ねるという異例の意見表明を招き、最終的には裁判所が公正な価格を2,600円と認定するに至った。形式的に特別委員会を設けるだけでなく、その意見が取引条件に実質的に反映されたかが問われる――ファミリーマートの事例は、支配株主による完全子会社化において少数株主の保護をどう担保するかという、今日にも通じる課題を残したといえる。

Yutaka Sugiura

統合の背景

親子上場のもとでの小売競争激化

伊藤忠商事は2020年7月8日、子会社のリテールインベストメントカンパニー合同会社を通じて、連結子会社であるファミリーマートの全株式を対象とする公開買付け(TOB)を実施すると公表した[1]。伊藤忠は当時、本体で41.50%、完全子会社の伊藤忠リテールインベストメントで8.60%を保有し、グループで50.10%を握る親会社であった[2]。ファミリーマートはすでに伊藤忠の連結子会社でありながら東証1部に上場する親子上場の状態にあり、金融庁や東証が上場子会社のガバナンスや少数株主との利益相反に厳しい目を向けるなかでの取引であった。本件は、その親子上場関係を解消する完全子会社化でもあった。

公開買付けの背景には、ファミリーマートを取り巻く経営環境の急速な悪化があった。伊藤忠は、飽和する国内市場でのコンビニ間競争に加え、プラットフォーマーやドラッグストアの台頭が重なり、競争環境が年々厳しさを増していると分析していた[3]。さらに新型コロナウイルスの感染拡大が追い打ちをかけ、都市部での店舗展開を強みとしてきたファミリーマートは業績面で苦戦を強いられていたとする。実際、公表時点で日経平均株価が感染拡大前の9割程度の水準まで回復していたのに対し、同社の株価は大幅に下回って推移しており[4]、将来業績への懸念が市場に表れていたと伊藤忠は説明している。

統合の発端

ファミマ経営陣からの要請と非公開化の構想

伊藤忠によれば、本公開買付けはファミリーマート経営陣からの要請に応じる形で決定したものである[5]。同社のCFOは、今後の収益回復と成長には伊藤忠とファミリーマートが一体となり、商品開発・デジタル戦略・海外戦略を共に推進することが不可欠であり、そのためには伊藤忠が50.1%の支配株主にとどまらず、ファミリーマートを非上場化して迅速な意思決定ができる体制に変える必要があるとの認識を示した[6]。24時間営業問題や海外展開、フランチャイズ制度など解決すべき課題が山積しており、親子上場関係をこのタイミングで解消することが重要と判断したと説明している。

伊藤忠の狙いの中核には、グループ一体でのサプライチェーン最適化があった。ファミリーマートの意見表明によれば、伊藤忠は同社事業のコスト構造において物流・製造というサプライチェーンの占める割合が極めて大きいと認識していた[7]。傘下の食品卸である日本アクセスがファミリーマート取扱いの大部分の物流業務を受託しており[8]、両社は物流コスト削減に取り組んできたが、原材料調達から製造・在庫・店舗への配送に至る各段階で無駄を排除するサプライチェーンの全体最適には、発注情報などの共有が欠かせない。上場子会社の立場では十分な情報取得に制約があり、グループ一体での迅速な意思決定が不可欠だと位置づけた。

統合の経過

価格交渉の難航——2,600円から2,300円へ

価格交渉は半年近くにわたり難航した。ファミリーマートの開示によれば、伊藤忠は2020年3月2日の正式提案で公開買付価格を2,600円とし、4月13日から5月26日までのTOBを提案していた[9]。ところが新型コロナウイルスの感染拡大で株価が下落すると、伊藤忠は3月28日に2,000円程度への引き下げを打診し、4月3日には2,600円の維持は難しいと通知した。5月14日には2,200円を提案したが、ファミリーマートはこれを承服できないとして引き上げを要請した[10]。協議の末、最終的に6月26日、両社は2,300円で折り合うことになった。当初の正式提案から300円下げた水準であった。

2020年7月8日、伊藤忠は子会社を通じて1株2,300円でのTOBを正式に公表した(同月10日付で開示を訂正している)。買付価格は、公表日前営業日である7月7日の終値1,766円に対して30.24%のプレミアムにあたる一方、直近6か月間の終値単純平均2,068円に対しては11.22%にとどまった[11]。伊藤忠は買付総額5,800億円(自社のエクスポージャーは5,200億円)を支払限度額として機関決定しており[12]、これが社内投資基準を満たす最大価格であって価格を変更する余地はないと繰り返し表明した。フィナンシャル・アドバイザーである野村證券の株式価値算定を踏まえた水準だとした。

特別委員会・少数株主との緊張

取引の公正性をめぐっては緊張がくすぶった。ファミリーマートは社外取締役の伊澤正・髙岡美佳・関根近子の3氏で特別委員会を設け[13]、財務アドバイザーのPwCに株式価値を算定させた。同社は本公開買付けに賛同する一方、2,300円という価格は過去の非公開化TOBの平均的なプレミアム水準に達しておらず、応募を積極的に推奨できる水準にはないとして、応募の是非は株主の判断に委ねる中立の立場をとった[14]。賛同しつつ応募は推奨しないという異例の意見表明であり、価格への留保がにじむものであった。

価格への不満は、一部株主の公然たる反対に発展した。香港の投資ファンドであるオアシス・マネジメントは、買付価格が安すぎると主張した。ファミリーマートの特別委員会がPwCに依頼したDCF分析では株式価値の中央値が2,756円、レンジは下限2,472円から上限3,040円とされ、2,300円という買付価格はその下限すら下回っていた[15]。伊藤忠側も、特別委員会の算定でDCF分析の下限値のみが買付価格を172円上回ったと認めつつ[16]、現在のファミリーマートに2,300円以上の株式価値があるとは考えていないと反論した。価格をめぐる溝は埋まらないまま、TOBは進められた。

統合の帰結

TOB成立と上場廃止

TOBは成立した。買付期間は7月9日から8月24日までで、買付予定数の下限は50,114,060株(所有割合9.90%)に設定されていた[17]。日本経済新聞によれば、期間満了までに約7,901万株(79,017,984株)の応募があり下限を上回ったため、伊藤忠はその全てを買い付け、25日に成立を発表した[18]。これにより伊藤忠グループのファミリーマートに対する保有比率は、自己株式などを除いて50.1%から65.71%へ高まった[19]。残る株式は、ファミリーマートが10月下旬に予定する臨時株主総会と株式併合を経て取得する段取りとなった。

ファミリーマートは2020年10月22日に臨時株主総会を開き、上場廃止につながる株式の併合と定款の一部変更を決議した[20]。同社株式は整理銘柄に指定されたのち、11月12日をもって東証1部での上場を廃止した[21]。株式併合により少数株主が保有する株式は端数となって金銭で処理され、ファミリーマートは伊藤忠の完全子会社となった。旧証券コード8028は市場から姿を消し、約5,800億円を投じた完全子会社化が完了して、ファミリーマートは伊藤忠グループの一体経営へと組み込まれた。

価格決定をめぐる司法判断

価格をめぐる対立は、株式併合の後に司法の場へ持ち込まれた。TOBに応募せずスクイーズアウトされた少数株主が、買取価格が安すぎるとして裁判所に公正な価格の決定を申し立てたのである。2023年3月、東京地方裁判所は公正な価格を1株2,600円と決定した[22]。これは実際の買付価格2,300円を300円上回る水準であり[23]、皮肉にも伊藤忠が当初の正式提案で示していた価格と同じであった。市況の悪化を理由に引き下げられた価格が、裁判所には不当に低いと判断された格好である。

ファミリーマート側は決定を不服として東京高等裁判所に抗告したが、2024年、高裁も少数株主の主張を認め、公正な価格を2,600円とした地裁の判断を維持した[24]。高裁は、価格水準が不十分だとする特別委員会の意見が尊重されておらず、TOBが一般に公正と認められる手続きにより行われたとは認められないと判示した[25]。親会社による上場子会社の完全子会社化において、特別委員会の意見をどこまで尊重したかが価格の公正性を左右するとして、その後の非公開化案件の価格設定に影響を与える判断と受け止められた。

出典・参考