ツガミ の歴史

創業

1937年

創業者

津上退助

創業地

新潟県長岡市

直近売上高(2026/3)

1,291億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ津上退助氏は1936年に旧法人を三井へ残して身を引いたのか
A 精密機械は兵器ではなく平和産業のために伸ばすべきだとする信念と、軍需の比重を高めたい三井の方針が両立しなくなったためである。1934年に三井物産の資本参加で蒲田区下丸子へ移ってからは海軍の酸素魚雷用ジャイロや深度計の試作にも応じ、軍需が膨らんでいた。1936年、津上退助氏は方針対立から経営を退いて下丸子を去り、旧津上製作所は三井のもとに残って翌1937年2月に東洋精機へ商号を改めた。退助氏は争って奪い返すのではなく、旧法人を相手に明け渡したうえで、翌1937年に新潟県長岡で2代目の津上製作所を別に立ち上げる道を選んだ
Q なぜ1978年に自動旋盤専業へ転じたのか
A 1973年の石油危機で経営が傾いたとき、再建役の大山梅雄氏が取り込んだばかりの拠点さえ再起の元手と割り切り、それを手放した資金でCNC複合自動旋盤へ集中したためである。1961年に東洋精機を吸収して茨城工場としていたが、1975年に社長へ就いた大山梅雄氏は100円以上の経費を自ら確かめる倹約に加え、この茨城工場を閉鎖・売却して財務を立て直した。その元手で1978年にCNC複合自動旋盤マーキュリーシリーズを出し、自動旋盤メーカーとして立て直した
Q なぜ2020年代の中国減速下でも浙江の生産は落ちなかったのか
A 量産需要の担い手を米アップル向けスマートフォン部品から中国EVメーカー向け部品へ入れ替え、同じ浙江の生産態勢でその需要を受け直したためである。2010年代は米スマートフォン大手の精密部品量産が中国を主力市場に変え、FY12(2013年3月期)の連結売上高を528億円へ押し上げた。スマホ需要が一巡したあとは、自動車のEV化でBYDなどが上位の得意先となり、EV関連の精密部品需要が中国の減速下でも業績を支えた(日経ヴェリタス 2025年5月)。FY24(2025年3月期)の連結売上高は1,074億円、営業利益は233億円と過去最高に達した

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1926年〜 初代津上製作所から2代目への再起と東洋精機の吸収

  1. 1937年新潟県長岡市に資本金200万円で㈱津上製作所を設立
  2. 1941年長岡工場の全工場完成
  3. 1945年津上精密工学工業㈱を吸収合併し信州工場に
  4. 1954年会社更生法の申立て棄却を受け和議法による再建へ切替、津上退助氏が社長に復帰
  5. 1961年東洋精機㈱を吸収合併し茨城工場に
  6. 1970年津上総合研究所を長岡市に建設
  7. 1975年茨城工場を閉鎖・売却

ツガミの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書等

ブロックゲージ国産化への着想、服部・三井の資本参加と三井との訣別

津上退助氏は福岡の渡辺鉄工所で水雷の発射管をつくっていたころ、ゲージのない現場で寸法の精度に悩んだ。ヨーロッパから戻った伍堂卓雄氏から、ドイツがブロックゲージという長さの標準で部品の互換性を保ち兵器を量産したと聞き、長さの標準を国産化し精密機械を育てる事業を志した。1923年、津上氏は東京・本所太平町で友人の工場の一隅を借りて精密機械の研究に着手したが、同年9月の関東大震災で焼け、数年の準備をはさんで1926年、東京・武蔵小山で個人経営の津上製作所を開いた。ツァイスのねじ測定器など十数台と工員十数名で、精度を100,000分の1ミリまで詰めた国産ブロックゲージと各種原器・各種ゲージの製作に取りかかった。中島飛行機や石川島飛行機の部品・ゲージ・治具を受注したが、試作段階の取引で採算は厳しく、1927年の金融恐慌では解散寸前まで追い込まれた。従業員が貯金帳や恩給証書を差し出して引き留めた挿話が残る。 [1][2][3][4][5][6]

  • 過去と現在との対話(津上製作所・1962)
    • [1]津上退助が渡辺鉄工所でのゲージ精度問題と伍堂卓雄のブロックゲージ談から長さの標準の国産化を志した
    • [2]1923年(大正12年)津上退助が本所太平町で精密機械の研究に着手したが同年9月の関東大震災で焼失(章開始年より前の前史)
    • [3]1926年 東京・武蔵小山で個人経営の津上製作所を創業
    • [5]中島飛行機・石川島飛行機の部品/各種ゲージ/治具を受注
    • [6]1927年(昭和2年)の金融恐慌で解散寸前となり、従業員が貯金帳・恩給証書を差し出して引き留めた
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [4]ブロックゲージの精度は100,000分の1ミリ(各種原器の生産を含む)

東京電気の電球用ベースゲージ、日本石油のパイプねじゲージ、沖電気の自動電話機用ゲージといった注文が続いて苦境を脱すると、津上氏は事業の拡大に向けて出資者を探した。実業家の服部金太郎氏から当初3万円の出資を得て、1928年に資本金15万円の株式会社津上製作所を設立し、蒲田の雑色町に約500坪を取得して工場を建てた。地下に恒温恒湿の測定室を設け、ツァイスの光波干渉計とSIPの治具中ぐり盤を据えた。光波干渉計はツァイスが試作を終えたばかりで、津上氏の発注が世界で最初だった。この測定設備の上に国産ブロックゲージが仕上がり、万国共通の長さの基準を日本の工業へ持ち込んだ。 [7][8][9][10]

  • 過去と現在との対話(津上製作所・1962)
    • [7]東京電気/日本石油/沖電気のゲージ受注で苦境を脱出
    • [8]服部金太郎から当初3万円の出資を得た
    • [9]1928年 資本金15万円で株式会社津上製作所を設立し蒲田雑色町に500坪を取得
    • [10]ツァイス光波干渉計の発注が世界で最初・地下に恒温恒湿の測定室を設置

1934年、精密加工の将来性に着目した三井物産が資本に加わり、蒲田区下丸子に新工場を建てて生産を移した。翌1935年に資本金を500万円へ増やし、精機・兵器・鋳造・測定器・光学の各工場を整え、ダイヤモンド旋盤や各種の精密工作機械、日本で最初とされる徒弟学校までを揃えた。海軍の酸素魚雷に使うジャイロや深度計の試作にも応じ、軍需の比重が高まった。だが、精密機械は兵器ではなく平和産業のために伸ばすべきだとする津上退助氏と三井は経営方針で対立し、1936年、津上氏は経営を退いて下丸子を去った。創業者の手を離れた旧津上製作所は三井のもとに残り、翌1937年2月に東洋精機株式会社へ商号を改めた。 [11][12][13][14]

  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [11]1934年 三井物産の資本参加で蒲田区下丸子に新工場を建設し移転
  • 過去と現在との対話(津上製作所・1962)
    • [12]1935年 資本金を500万円へ増資し精機・兵器・鋳造・測定器・光学の各工場を整備
    • [13]海軍の酸素魚雷用ジャイロ・深度計の試作に応じ、日本で最初とされる徒弟学校を設置
    • [14]1936年 兵器偏重をめぐる三井との方針対立で津上退助氏が退き、三井に残った旧法人は1937年2月に東洋精機株式会社へ商号変更
  • 過去と現在との対話(津上製作所・1962)
    • [1]津上退助が渡辺鉄工所でのゲージ精度問題と伍堂卓雄のブロックゲージ談から長さの標準の国産化を志した
    • [2]1923年(大正12年)津上退助が本所太平町で精密機械の研究に着手したが同年9月の関東大震災で焼失(章開始年より前の前史)
    • [3]1926年 東京・武蔵小山で個人経営の津上製作所を創業
    • [5]中島飛行機・石川島飛行機の部品/各種ゲージ/治具を受注
    • [6]1927年(昭和2年)の金融恐慌で解散寸前となり、従業員が貯金帳・恩給証書を差し出して引き留めた
    • [7]東京電気/日本石油/沖電気のゲージ受注で苦境を脱出
    • [8]服部金太郎から当初3万円の出資を得た
    • [9]1928年 資本金15万円で株式会社津上製作所を設立し蒲田雑色町に500坪を取得
    • [10]ツァイス光波干渉計の発注が世界で最初・地下に恒温恒湿の測定室を設置
    • [12]1935年 資本金を500万円へ増資し精機・兵器・鋳造・測定器・光学の各工場を整備
    • [13]海軍の酸素魚雷用ジャイロ・深度計の試作に応じ、日本で最初とされる徒弟学校を設置
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [4]ブロックゲージの精度は100,000分の1ミリ(各種原器の生産を含む)
  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [11]1934年 三井物産の資本参加で蒲田区下丸子に新工場を建設し移転
    • [14]1936年 兵器偏重をめぐる三井との方針対立で津上退助氏が退き、三井に残った旧法人は1937年2月に東洋精機株式会社へ商号変更

長岡での2代目再起と、1953年不渡りからの和議による再建

津上退助氏は工場を誘致していた新潟県長岡市で再起を図った。忍耐強い作業者を得るには子供のころからきびしい自然に鍛えられた風土が要ると、津上氏は考えていた。新潟県出身の石山賢吉氏の斡旋と、長岡出身の山田多計治氏が率いる大阪機械との共同で土地と資本の見通しを付け、1937年3月、資本金200万円で2代目の株式会社津上製作所を設立した。資材統制と軍部の圧力のなかでも工場は鉄筋コンクリートで建て、1941年9月に長岡工場が全棟そろった。第二次大戦下ではドイツやスイスから取り寄せた工作機械や測定器が海上輸送を絶たれ、潜水艦で運び込んだものもあった。1945年2月に津上精密工学工業を合併して信州工場とし、1949年5月、東京・大阪・新潟の3取引所へ同時に上場した。 [15][16][17][18][19]

  • 過去と現在との対話(津上製作所・1962)
    • [15]長岡移転は忍耐強い作業者を求めた立地選定で、石山賢吉の斡旋と山田多計治の大阪機械との共同で実現
  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [16]1937年3月 新潟県長岡市に資本金200万円で2代目株式会社津上製作所を設立
    • [17]1941年9月 長岡工場が全棟完成(鉄筋コンクリートで建築)
    • [18]1945年2月 津上精密工学工業を吸収合併し信州工場とする
    • [19]1949年5月 東京・大阪・新潟の3取引所に同時上場

上場後ほどなく、朝鮮動乱後の反動不況からの立ち直りが遅れ、業績は低迷した。大口取引の失敗で資金繰りに詰まり、高利の資金にも手を出した。1953年6月、外国会社向けに製造した輸出用工作機械が一方的に取引を拒まれたのをきっかけに、津上製作所は不渡りを出した。工作機械・精密工具・原器・測定機などをつくる技術と設備はむしろ高く評価されており、技術を重んじて採算を後回しにしたことが招いた不渡りだと評された。会社はできて間もない会社更生法の適用を申請したが、管財人をめぐって債権者の間に対立が起き、裁判所は1954年12月に更生法の申立てを棄却した。残された道として、会社は和議法による再建へ切り替えた。 [20][21][22]

  • 倒産の原因・成長の条件(ダイヤモンド社・1964)
    • [20]1953年6月 輸出用工作機械の一方的な取引拒否をきっかけに不渡りを出した
    • [21]朝鮮動乱後の反動不況・大口取引の失敗・高利資金が不渡りの背景
    • [22]1954年12月 会社更生法の申立てを棄却され和議法による再建へ切替

和議の決定で、いったん経営を退いていた津上退助氏が社長に復帰し、再建の指揮を執った。債権者の同意を得て負債総額およそ14億円の半分以上を切り捨て、1956年6月に資本金を5億円から5分の1の1億円へ減らし、翌7月に5倍へ増資して再び5億円へ戻した。1955年からの神武景気で各工場が設備を増やすと津上製作所の受注も回復し、1956年3月期に1,800万円の赤字を計上したのを最後に、同年9月期には4,800万円の黒字へ転じた。1958年3月期に1割の復配を実現し、1960年5月には倍額増資の余力まで戻した。和議によって経営の実権が管財人から創業者へ戻ったことは、再建の支えになった。 [23][24][25][26]

  • 倒産の原因・成長の条件(ダイヤモンド社・1964)
    • [23]和議の決定で津上退助が社長に復帰し再建を指揮
    • [24]負債総額約14億円の半分以上を切捨て、1956年6月に5億円を5分の1の1億円へ減資し翌7月に5倍増資で5億円へ戻した
    • [25]1956年3月期に1,800万円の赤字を最後に同年9月期は4,800万円の黒字へ転換
    • [26]1958年3月期に1割復配、1960年5月に倍額増資の余力まで回復
  • 過去と現在との対話(津上製作所・1962)
    • [15]長岡移転は忍耐強い作業者を求めた立地選定で、石山賢吉の斡旋と山田多計治の大阪機械との共同で実現
  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [16]1937年3月 新潟県長岡市に資本金200万円で2代目株式会社津上製作所を設立
    • [17]1941年9月 長岡工場が全棟完成(鉄筋コンクリートで建築)
    • [18]1945年2月 津上精密工学工業を吸収合併し信州工場とする
    • [19]1949年5月 東京・大阪・新潟の3取引所に同時上場
  • 倒産の原因・成長の条件(ダイヤモンド社・1964)
    • [20]1953年6月 輸出用工作機械の一方的な取引拒否をきっかけに不渡りを出した
    • [21]朝鮮動乱後の反動不況・大口取引の失敗・高利資金が不渡りの背景
    • [22]1954年12月 会社更生法の申立てを棄却され和議法による再建へ切替
    • [23]和議の決定で津上退助が社長に復帰し再建を指揮
    • [24]負債総額約14億円の半分以上を切捨て、1956年6月に5億円を5分の1の1億円へ減資し翌7月に5倍増資で5億円へ戻した
    • [25]1956年3月期に1,800万円の赤字を最後に同年9月期は4,800万円の黒字へ転換
    • [26]1958年3月期に1割復配、1960年5月に倍額増資の余力まで回復

東洋精機の吸収と、多角化・オイルショック下の構造改革

1961年10月、津上製作所は東洋精機を吸収合併し、茨城工場として取り込んだ。1936年に三井へ明け渡した初代津上製作所は、三井のもとで1937年2月に東洋精機へ商号を改めている。ただし三井精機工業の公式沿革によれば同じ系列で東洋精機の商号は2度用いられており、1961年に吸収した東洋精機が初代の法人そのものにあたるかどうかは、手元の資料からは確定できない。長岡・信州に続く関東の生産拠点が加わり、生産は3か所に分かれた。1968年7月に蔵王製作所を設立し、1970年9月には津上総合研究所を長岡市に置いて研究開発の機能を長岡へ集めた。1970年11月、社名を漢字の株式会社津上に改めた。旧法人と同じ商号の会社を創業者自身が引き受けた形になり、のちの商号整理はこの体制の上で進んだ。 [27][28][29][30][31]

  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [27]1961年10月 東洋精機株式会社を吸収合併し茨城工場とする
    • [29]1968年7月 株式会社蔵王製作所を設立
    • [30]1970年9月 津上総合研究所を長岡市に建設
    • [31]1970年11月 社名を株式会社津上に変更
    • [28]初代津上製作所(1928年12月創立)は1937年2月に東洋精機株式会社へ商号変更し、1942年5月 三井精機工業、1950年4月 東洋精機、1952年5月 三井精機工業と改称している(東洋精機の商号を2度使用)

1962年ごろ、津上は工作機械の景気変動を補うため高精度の耐久消費財へ広げ、自動販売機やエアコン、米国3社と技術提携したジュークボックスや紙幣両替機の生産に乗り出した。1960年代後半には、本業でも自動盤・転造盤などの合理化機械が、労働力不足とコストダウンに迫られた自動車産業から受注を伸ばし、人員を増やさず生産性を上げるため近代的な請負制度や従業員年俸制度を取り入れた。1974年9月に販売を津上工販へ分け、同年に創業者の津上退助氏が世を去った。1973年の石油危機で経営が傾くと、1975年に大山梅雄氏が社長に就き、100円以上の経費を社長自ら確かめる倹約と、1961年に東洋精機から引き継いだ茨城工場の閉鎖・売却で財務を立て直した。1978年にCNC複合自動旋盤マーキュリーシリーズを出して自動旋盤メーカーとして立て直し、1982年10月、商号を株式会社ツガミへ改めた。 [32][33][34][35][36][37][38][39]

  • 過去と現在との対話(津上製作所・1962)
    • [32]1962年ごろから耐久消費財へ多角化(自動販売機・エアコン・ジュークボックス・紙幣両替機、米国3社と技術提携)
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [33]1960年代後半、自動盤・転造盤などの合理化機械が労働力不足・コストダウン要請を背景に自動車産業中心に受注増
    • [34]人員を増やさず生産性を高めるため近代的な請負制度・従業員年俸制度を導入
  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [35]1974年9月 津上工販を分離、同年に創業者・津上退助が逝去
    • [36]1973年の石油危機後、1975年に大山梅雄が社長就任し100円以上の経費を社長自らチェックする倹約で再建
    • [37]1961年の東洋精機吸収で得た茨城工場を1975年に閉鎖・売却
    • [38]1978年 CNC複合自動旋盤マーキュリーシリーズを開発し自動旋盤メーカーとして再建
    • [39]1982年10月 社名を株式会社ツガミへ変更
  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [27]1961年10月 東洋精機株式会社を吸収合併し茨城工場とする
    • [29]1968年7月 株式会社蔵王製作所を設立
    • [30]1970年9月 津上総合研究所を長岡市に建設
    • [31]1970年11月 社名を株式会社津上に変更
    • [35]1974年9月 津上工販を分離、同年に創業者・津上退助が逝去
    • [36]1973年の石油危機後、1975年に大山梅雄が社長就任し100円以上の経費を社長自らチェックする倹約で再建
    • [37]1961年の東洋精機吸収で得た茨城工場を1975年に閉鎖・売却
    • [38]1978年 CNC複合自動旋盤マーキュリーシリーズを開発し自動旋盤メーカーとして再建
    • [39]1982年10月 社名を株式会社ツガミへ変更
    • [28]初代津上製作所(1928年12月創立)は1937年2月に東洋精機株式会社へ商号変更し、1942年5月 三井精機工業、1950年4月 東洋精機、1952年5月 三井精機工業と改称している(東洋精機の商号を2度使用)
  • 過去と現在との対話(津上製作所・1962)
    • [32]1962年ごろから耐久消費財へ多角化(自動販売機・エアコン・ジュークボックス・紙幣両替機、米国3社と技術提携)
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [33]1960年代後半、自動盤・転造盤などの合理化機械が労働力不足・コストダウン要請を背景に自動車産業中心に受注増
    • [34]人員を増やさず生産性を高めるため近代的な請負制度・従業員年俸制度を導入

1982年〜 中国生産シフトとCNC小型自動旋盤への事業集中

  1. 1988年アヅマシマモト㈱(㈱ツガミシマモトに改称)の株式を取得
  2. 1989年タイにTSUGAMI(THAI)CO.,LTD.を設立
  3. 1991年米国の工作機械製造会社ウェルドン社を買収(WMTコーポレーションに改称)
  4. 2002年WMTコーポレーション清算結了
  5. 2003年中国に津上精密机床(浙江)有限公司を設立
  6. 2004年㈱シマモト精工とツガミテクノ㈱を合併し㈱ツガミシマモトに / ㈱ツガミハイテックと㈱ツガミマシナリーを合併し㈱ツガミマシナリーに
  7. 2005年REM SALES LLCに出資

ツガミの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書等

タイ・米国・中国への3段海外展開と「中国生産シフト」の実行

ツガミへ社名を改めたあと、海外へ拠点を広げた。1988年5月にアヅマシマモト株式会社(株式会社ツガミシマモトへ改称)の株式を取得し、1989年11月にはタイのTSUGAMI(THAI)CO., LTD.を設立した。日系自動車部品メーカーの東南アジア進出に追随し、タイの現地需要に応える狙いだった。1991年には4月に株式会社ツガミプレシジョンを設立して国内のグループを広げ、5月には米国の工作機械製造会社ウェルドン社を買収してWMTコーポレーションへ改めた。2代目創業から54年を経て、生産機能を含む北米拠点を初めて自社へ取り込んだ。 [40][41][42][43]

  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [40]1988年5月 アヅマシマモト株式会社(㈱ツガミシマモトへ改称)の株式を取得
    • [41]1989年11月 タイにTSUGAMI(THAI)CO., LTD.を設立
    • [42]1991年4月 株式会社ツガミプレシジョンを設立
    • [43]1991年5月 米国の工作機械製造会社ウェルドン社を買収しWMTコーポレーションへ改称

国内では1997年4月に株式会社ツガミハイテックを設立し、2001年11月にツガミテクノ株式会社の株式を取得して、グループを広げ続けた。一方、北米の現地生産はうまくいかず、2002年12月にWMTコーポレーションを清算した。1991年の買収から11年で、生産機能まで自社で抱える北米の現地化を断念した。北米事業はその後、2005年2月にREM SALES LLCへ出資し、米国の販売パートナーを通じた間接販売へ切り替えた。生産は日本と中国へ集め、北米には売る機能だけを残す形へ整理した。 [44][45][46][47]

  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [44]1997年4月 株式会社ツガミハイテックを設立
    • [45]2001年11月 ツガミテクノ株式会社の株式を取得
    • [46]2002年12月 WMTコーポレーション清算結了(1991年買収の米国子会社を11年で清算)
    • [47]2005年2月 REM SALES LLCへ出資し北米を間接チャネル経由の販売へ切替

2003年9月、ツガミは中国・浙江省に津上精密机床(浙江)有限公司を設立し、中国市場へ進出した。これがその後の事業構造を決めた一歩になった。1974年の創業者・津上退助氏の逝去から続いた経営の空白を経て、1999年5月にツガミへ入り2003年4月に社長へ就いた西嶋尚生氏が主導した。西嶋氏は日刊工業新聞「経営改革の総仕上げ」で、中国生産シフト・CNC小型自動旋盤への事業集中・収益体質改革をFY00〜FY10の十年でまとめて進めたと総括した。本体の部品加工まで内製する垂直統合で中国に立脚する選び方は、当時の日本の工作機械業界では先行し、後の中国市場シェア7割超を作る決定打となった。 [48][49][50][51]

  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [48]2003年9月 中国・浙江省に『津上精密机床(浙江)有限公司』を設立し中国市場へ進出
    • [50]中国生産シフト・CNC小型自動旋盤への事業集中・収益体質改革をFY00〜FY10で実行(西嶋の総括)
    • [51]後の中国市場シェア7割超(CNC小型自動旋盤)
  • ツガミ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [49]西嶋尚生氏は1999年5月にツガミへ入社(営業開発部長 兼 津上工販常務取締役)し、2003年4月に代表取締役社長へ就任
  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [40]1988年5月 アヅマシマモト株式会社(㈱ツガミシマモトへ改称)の株式を取得
    • [41]1989年11月 タイにTSUGAMI(THAI)CO., LTD.を設立
    • [42]1991年4月 株式会社ツガミプレシジョンを設立
    • [43]1991年5月 米国の工作機械製造会社ウェルドン社を買収しWMTコーポレーションへ改称
    • [44]1997年4月 株式会社ツガミハイテックを設立
    • [45]2001年11月 ツガミテクノ株式会社の株式を取得
    • [46]2002年12月 WMTコーポレーション清算結了(1991年買収の米国子会社を11年で清算)
    • [47]2005年2月 REM SALES LLCへ出資し北米を間接チャネル経由の販売へ切替
    • [48]2003年9月 中国・浙江省に『津上精密机床(浙江)有限公司』を設立し中国市場へ進出
    • [50]中国生産シフト・CNC小型自動旋盤への事業集中・収益体質改革をFY00〜FY10で実行(西嶋の総括)
    • [51]後の中国市場シェア7割超(CNC小型自動旋盤)
  • ツガミ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [49]西嶋尚生氏は1999年5月にツガミへ入社(営業開発部長 兼 津上工販常務取締役)し、2003年4月に代表取締役社長へ就任

中国売上比率の10%台から70%超への押し上げと、国内グループ再編

中国進出と並行して、ツガミは国内のグループを整理した。2004年4月に津上工販株式会社を吸収合併し、1974年に分けた販社を30年ぶりに本体へ戻した。同年10月には株式会社シマモト精工とツガミテクノ株式会社を合併して株式会社ツガミシマモトへ、株式会社ツガミハイテックと株式会社ツガミマシナリーを合併して株式会社ツガミマシナリーへまとめた。2005年2月にはREM SALES LLCへ出資して北米の販売網を整え、同年11月には長岡工場と信州工場の新工場棟が完成した。2006年10月に株式会社ツガミ総合サービスと株式会社ツガミツールを合併し、機能別の子会社を本体へ集約する再編を仕上げた。 [52][53][54][55][56]

  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [52]2004年4月 津上工販株式会社を吸収合併(1974年分離の販社を統合)
    • [53]2004年10月 ㈱シマモト精工とツガミテクノ㈱を合併し㈱ツガミシマモトへ、㈱ツガミハイテックと㈱ツガミマシナリーを合併し㈱ツガミマシナリーへ統合
    • [54]2005年2月 REM SALES LLCへ出資し北米販売チャネルを整備
    • [55]2005年11月 長岡工場および信州工場の新工場棟が完成
    • [56]2006年10月 ㈱ツガミ総合サービスと㈱ツガミツールを合併し㈱ツガミ総合サービスへ統合

2010年代に入ると、米スマートフォン大手の精密部品向け量産受注が伸び、FY12(2013年3月期)の連結売上高を528億円へ押し上げた。CNC小型自動旋盤による精密部品の量産を中国生産で受け、中国売上比率は10%台から70%超へ広がった。西嶋尚生氏は東洋経済オンラインの取材で「中国の、中国人による、中国ユーザーのための経営」と語り、現地法人の責任者を本体の取締役顧問に組み入れて、現地へ経営権限を委ねる体制を組んだ。1936年に三井物産との依存を断って独立した創業者と、2003年以降に中国市場への依存を選んだ西嶋氏は、相手こそ違え、規模の取れる相手に寄せて自立を図る点で重なる。 [57][58]

  • ツガミ 統合報告書 2025
    • [57]中国売上比率を10%台から70%超へ拡大
  • ツガミ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [58]西嶋尚生が現地化を徹底し現地法人責任者を本体取締役顧問として組み入れる取締役構造を採用
  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [52]2004年4月 津上工販株式会社を吸収合併(1974年分離の販社を統合)
    • [53]2004年10月 ㈱シマモト精工とツガミテクノ㈱を合併し㈱ツガミシマモトへ、㈱ツガミハイテックと㈱ツガミマシナリーを合併し㈱ツガミマシナリーへ統合
    • [54]2005年2月 REM SALES LLCへ出資し北米販売チャネルを整備
    • [55]2005年11月 長岡工場および信州工場の新工場棟が完成
    • [56]2006年10月 ㈱ツガミ総合サービスと㈱ツガミツールを合併し㈱ツガミ総合サービスへ統合
  • ツガミ 統合報告書 2025
    • [57]中国売上比率を10%台から70%超へ拡大
  • ツガミ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [58]西嶋尚生が現地化を徹底し現地法人責任者を本体取締役顧問として組み入れる取締役構造を採用

2011年〜 中国市場を収益源とするCNC小型自動旋盤事業と、一国依存への多極分散

  1. 2023年マレーシアにTSUGAMI UNIVERSAL SDN.BHD.を設立
  2. 2023年ベトナムにTSUGAMI VIETNAM COMPANY LIMITEDを設立
  3. 2024年津上精密机床(浙江)有限公司が中津精密机床(浙江)有限公司を吸収合併

ツガミの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書等

スマートフォン量産で中国を収益源に変えたCNC小型自動旋盤

2010年代のツガミの利益は、中国でのスマートフォン部品の量産が生んだ。2010年2月に韓国へTSUGAMI KOREA CO., LTD.を、同年11月に中国へ浙江品川精密機械有限公司を設けて生産能力を積み増し、2003年の浙江省進出から7年で中国国内に第2の生産拠点を加えた。CNC小型自動旋盤による精密部品の量産を中国で受ける態勢を厚くし、後の中国市場シェア7割超を支えた。2011年4月にはインドへも現地法人を置いた。連結売上はFY10(2011年3月期)359億円、FY11(2012年3月期)357億円からFY12(2013年3月期)528億円へ跳ね、スマートフォン需要を取り込んでリーマンショック後の落ち込みから抜けた。 [59][60][61][62]

  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [59]2010年2月 韓国にTSUGAMI KOREA CO., LTD.を設立
    • [60]2010年11月 中国に浙江品川精密機械有限公司を設立
    • [61]2011年4月 インドへ現地法人を新設
  • ツガミ 統合報告書 2025
    • [62]中国市場シェア7割超(CNC小型自動旋盤)

中国に依存する分、業績は需要の波をまともに受けた。スマートフォン需要がピークを越えた2010年代半ばは、FY13(2014年3月期)322億円、FY15(2016年3月期)401億円と振れ幅が大きかった。ツガミは自動車部品・電子部品・医療機器へとCNC小型自動旋盤の用途を広げ、FY17(2018年3月期)568億円、FY18(2019年3月期)685億円まで戻した。2017年9月には中国子会社の津上精密机床(香港)有限公司を香港市場へ上場させ、現地の資本市場ともつないだ。2018年9月のFY18決算では配当性向の引き上げと安定配当の両立を示し、株主還元の枠組みを改めた。 [63][64][65]

  • ツガミ 有価証券報告書【主要な経営指標等の推移】
    • [63]連結売上高は2018年3月期568億円・2019年3月期685億円
  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [64]2017年9月 津上精密机床(香港)有限公司を香港市場へ上場
  • ツガミ 統合報告書 2023
    • [65]2018年9月(FY18決算時点)配当性向引き上げと安定配当方針の両立を提示
  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [59]2010年2月 韓国にTSUGAMI KOREA CO., LTD.を設立
    • [60]2010年11月 中国に浙江品川精密機械有限公司を設立
    • [61]2011年4月 インドへ現地法人を新設
    • [64]2017年9月 津上精密机床(香港)有限公司を香港市場へ上場
  • ツガミ 統合報告書 2025
    • [62]中国市場シェア7割超(CNC小型自動旋盤)
  • ツガミ 有価証券報告書【主要な経営指標等の推移】
    • [63]連結売上高は2018年3月期568億円・2019年3月期685億円
  • ツガミ 統合報告書 2023
    • [65]2018年9月(FY18決算時点)配当性向引き上げと安定配当方針の両立を提示

中国を軸にした高収益体質と、財務経理出身トップへの承継

2021年6月、ツガミは西嶋尚生氏から百谷淳一氏(FY21)へ代表を移し、2022年6月には北越銀行(現第四北越銀行)出身で財務経理畑の米山賢司氏がFY22の社長に就いた。中国事業が生む利益は厚い手元資金となって財務を支えた。米山氏は財務の規律を経営の軸に据え、2025年3月時点で自己資本比率49.4%とネットキャッシュの状態を保った。配当はFY22の40円からFY23 46円、FY24 48円、FY25 59円、FY26 64円(計画)へと段階的に引き上げ、株主資本配当率(DOE)4.7%を維持する方針を掲げた。 [66][67][68]

  • ツガミ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [66]2021年6月 西嶋尚生から百谷淳一(FY21)への代表取締役承継
    • [67]2022年6月 米山賢司(北越銀行=現第四北越銀行出身、財務経理出身)がFY22代表取締役社長に就任
  • ツガミ 決算説明会資料
    • [68]配当はFY22 40円→FY23 46円→FY24 48円→FY25 59円→FY26 64円(計画)・DOE 4.7%維持

中国が収益源であることは、数字にはっきり表れた。2024年10月、津上精密机床(浙江)有限公司が中津精密机床(浙江)有限公司を吸収合併し、同月に浙江省第5工場(旧 中津精密)の組立工場が動き出して、中国の生産態勢を組み替えた。自動車のEV化でBYDなどが上位の得意先となり、EV関連の精密部品需要が中国の減速下でも業績を支えて、最高益を保った(日経ヴェリタス 2025年5月)。FY24(2025年3月期)の連結売上高は1,074億円と前期比28%増え、営業利益は233億円と過去最高の水準へ達した。 [69][70][71]

  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [69]2024年10月 津上精密机床(浙江)有限公司が中津精密机床(浙江)有限公司を吸収合併
  • ツガミ 決算説明会資料 FY25
    • [70]2024年10月 浙江省第5工場(旧 中津精密)の組立工場稼働開始
  • 日経ヴェリタス 2025年5月
    • [71]日経ヴェリタス(2025年5月)が「工作機械のツガミ、中国減速でも最高益 BYDも上得意先」と報道(BYD等EV関連需要が業績を下支え)
  • ツガミ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [66]2021年6月 西嶋尚生から百谷淳一(FY21)への代表取締役承継
    • [67]2022年6月 米山賢司(北越銀行=現第四北越銀行出身、財務経理出身)がFY22代表取締役社長に就任
  • ツガミ 決算説明会資料
    • [68]配当はFY22 40円→FY23 46円→FY24 48円→FY25 59円→FY26 64円(計画)・DOE 4.7%維持
  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [69]2024年10月 津上精密机床(浙江)有限公司が中津精密机床(浙江)有限公司を吸収合併
  • ツガミ 決算説明会資料 FY25
    • [70]2024年10月 浙江省第5工場(旧 中津精密)の組立工場稼働開始
  • 日経ヴェリタス 2025年5月
    • [71]日経ヴェリタス(2025年5月)が「工作機械のツガミ、中国減速でも最高益 BYDも上得意先」と報道(BYD等EV関連需要が業績を下支え)

中国一国依存への備えとしてのインド・東南アジア・日本の多極分散

収益を中国に頼る一方で、ツガミは一国への偏りに備えを置いた。2023年7月にマレーシアのTSUGAMI UNIVERSAL SDN. BHD.、10月にベトナムのTSUGAMI VIETNAM COMPANY LIMITEDを設けて東南アジアへ拠点を広げた。インドではバラム・バダガルに新工場を建て、鋳造工場を2024年4月、加工組立工場を2025年9月に動かす計画を示した。鋳造から加工組立までインドで一貫してまかなう構えで、中国一国に寄った生産をインド・東南アジア・日本へ分け直す方向へ進めた。 [72][73][74]

  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [72]2023年7月 マレーシアにTSUGAMI UNIVERSAL SDN. BHD.を設立
    • [73]2023年10月 ベトナムにTSUGAMI VIETNAM COMPANY LIMITEDを設立
  • ツガミ 決算説明会資料 FY25
    • [74]インドのバラム・バダガル新工場 鋳造2024年4月・加工組立2025年9月稼働計画

米山社長は欧州と韓国の事業強化を掲げ、譲渡制限付株式報酬を続けつつ既存のストックオプションを廃して中長期の報酬を株式へ一本化した。FY26(2026年3月期)の1株配当は64円を計画し、DOE 4.7%の安定配当を据える。2024年11月の取締役会では築約50年の長岡工場8号棟の建て替えを決め、2027年4月の稼働へ向けて23億円を投じる。生産は長岡・信州・浙江・浙江第5・インド・マレーシア・ベトナム・韓国の8拠点へ分かれ、中国を収益源としながら、初代以来くり返してきた依存を断つ歩みで多極へ広げる段階へ入った。 [75][76][77][78]

  • ツガミ 統合報告書 2025
    • [75]米山社長が欧州・韓国を中心とした事業強化方針を提示
  • ツガミ 統合報告書 2023
    • [76]譲渡制限付株式報酬制度を継続運用し既存ストックオプションを廃止して株式報酬へ一本化
  • ツガミ 決算説明会資料 FY25
    • [77]FY26(2026年3月期)1株配当は64円計画・DOE 4.7%基準の安定配当方針
  • ツガミ 有価証券報告書【設備の新設、除却等の計画】
    • [78]2024年11月の取締役会で長岡工場8号棟(築約50年)の建替えを決議、2027年4月稼働予定・投資額23億円
  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
    • [72]2023年7月 マレーシアにTSUGAMI UNIVERSAL SDN. BHD.を設立
    • [73]2023年10月 ベトナムにTSUGAMI VIETNAM COMPANY LIMITEDを設立
  • ツガミ 決算説明会資料 FY25
    • [74]インドのバラム・バダガル新工場 鋳造2024年4月・加工組立2025年9月稼働計画
    • [77]FY26(2026年3月期)1株配当は64円計画・DOE 4.7%基準の安定配当方針
  • ツガミ 統合報告書 2025
    • [75]米山社長が欧州・韓国を中心とした事業強化方針を提示
  • ツガミ 統合報告書 2023
    • [76]譲渡制限付株式報酬制度を継続運用し既存ストックオプションを廃止して株式報酬へ一本化
  • ツガミ 有価証券報告書【設備の新設、除却等の計画】
    • [78]2024年11月の取締役会で長岡工場8号棟(築約50年)の建替えを決議、2027年4月稼働予定・投資額23億円

ツガミの沿革1937〜2024年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
新潟県長岡市に資本金200万円で㈱津上製作所を設立★★★
本社を東京市京橋区に移転
長岡工場の全工場完成★★
津上精密工学工業㈱を吸収合併し信州工場に★★
本社を東京都港区に移転
東京・大阪・新潟各証券取引所に上場
会社更生法の申立て棄却を受け和議法による再建へ切替、津上退助氏が社長に復帰★★★
東洋精機㈱を吸収合併し茨城工場に★★★
㈱蔵王製作所を設立
津上総合研究所を長岡市に建設★★
社名を㈱津上に変更
津上工販㈱を設立
茨城工場を閉鎖・売却★★
社名を㈱ツガミに変更
アヅマシマモト㈱(㈱ツガミシマモトに改称)の株式を取得★★
タイにTSUGAMI(THAI)CO.,LTD.を設立★★★
㈱ツガミプレシジョンを設立
米国の工作機械製造会社ウェルドン社を買収(WMTコーポレーションに改称)★★★
㈱ツガミハイテックを設立
西嶋尚生ツガミテクノ㈱の株式を取得
西嶋尚生WMTコーポレーション清算結了★★
西嶋尚生中国に津上精密机床(浙江)有限公司を設立★★★
西嶋尚生津上工販㈱を吸収合併
西嶋尚生㈱シマモト精工とツガミテクノ㈱を合併し㈱ツガミシマモトに / ㈱ツガミハイテックと㈱ツガミマシナリーを合併し㈱ツガミマシナリーに★★
西嶋尚生REM SALES LLCに出資★★
西嶋尚生長岡工場及び信州工場の新工場棟完成★★
西嶋尚生㈱ツガミ総合サービスと㈱ツガミツールを合併し㈱ツガミ総合サービスに
西嶋尚生韓国にTSUGAMI KOREA CO.,LTD.を設立★★
西嶋尚生中国に浙江品川精密機械有限公司を設立★★
米山賢司マレーシアにTSUGAMI UNIVERSAL SDN.BHD.を設立★★
米山賢司ベトナムにTSUGAMI VIETNAM COMPANY LIMITEDを設立★★
米山賢司津上精密机床(浙江)有限公司が中津精密机床(浙江)有限公司を吸収合併
出典・参考
  • 過去と現在との対話(津上製作所・1962)
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
  • ツガミ 有価証券報告書【沿革】
  • 三井精機工業「沿革」(会社公式)
  • 倒産の原因・成長の条件(ダイヤモンド社・1964)
  • ツガミ 有価証券報告書【役員の状況】
  • ツガミ 統合報告書 2025
  • ツガミ 有価証券報告書【主要な経営指標等の推移】
  • ツガミ 統合報告書 2023
  • ツガミ 決算説明会資料
  • ツガミ 決算説明会資料 FY25
  • 日経ヴェリタス 2025年5月
  • ツガミ 有価証券報告書【設備の新設、除却等の計画】

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