2005年 玩具とゲームの統合がIP軸経営に行き着くまで
- 2005年バンダイとナムコが経営統合し持株会社バンダイナムコHDを設立
- 2005年初代社長に髙須武男が就任
- 2006年ナムコからアミューズメント施設事業を新設分割し新生ナムコを設立
- 2008年バンプレスト景品事業の新設分割とゲーム事業の吸収合併
- 2008年石川祝男が社長に就任
- 2010年初の当期純損失▲299億円を計上
- 2011年黒字回復(営業利益163億円、純利益18億円)
バンダイナムコHDの業績推移:単体
出所:有価証券報告書・会社四季報等
ガンダム共同開発が引き寄せた経営統合
2005年9月、バンダイとナムコが株式移転で共同持株会社バンダイナムコHDを設立し、東証一部に上場した。統合前年度の売上高はバンダイ2,699億円(営業利益243億円)、ナムコ1,785億円(営業利益150億円)で、合わせて4,500億円規模のエンタメ複合企業が生まれた。当時の玩具・アミューズメント業界は少子化で国内市場の縮小が見込まれ、IPを展開できる規模の確保が業界共通の課題となっていた。統合の発端は2004年から両社が共同で手掛けたプレイステーション2向けソフト「機動戦士ガンダム1年戦争」の開発にある。共同開発を通じて両社の技術と事業の補完性が確認され、ナムコがバンダイに経営統合を打診した。統合比率はナムコ1株に対し新会社1株、バンダイ1株に対し新会社1.5株とバンダイに有利な条件で決まり、規模で勝るバンダイ主導の体制が枠組みとして敷かれた。 [1][2]
- バンダイナムコHD 有価証券報告書【沿革】
- [1]2005年9月 バンダイとナムコが株式移転で共同持株会社バンダイナムコHDを設立し東証一部に上場
- バンダイナムコHD 有価証券報告書
- [2]両社合算で4,500億円規模のエンタメ複合企業
ゲームソフトの外注に頼ってきたバンダイは、自社開発体制の厚いナムコと組むことで、企画から開発までの内製化に道を開いた。物販の少ない国内アミューズメント市場に縛られていたナムコは、バンダイが持つIP商品群を北米中心の販路へ乗せ、グローバル展開に着手した。少子化で国内の玩具市場やアーケード市場が縮むという時代認識を両社が共有したことも統合を後押しした。初代社長にはバンダイ出身の髙須武男が就き、持株会社の組織枠組みづくりと、バンダイとナムコの異なる企業文化の橋渡しを担った。両社はそれぞれ玩具とアーケードという別々のチャネルで顧客接点を持ってきた経緯があり、商品企画とデジタル開発の融合は組織文化の摺り合わせから始める必要があった。 [3]
- バンダイナムコHD 有価証券報告書【役員の状況】
- [3]初代社長はバンダイ出身の髙須武男(FY05就任)
- バンダイナムコHD 有価証券報告書【沿革】
- [1]2005年9月 バンダイとナムコが株式移転で共同持株会社バンダイナムコHDを設立し東証一部に上場
- バンダイナムコHD 有価証券報告書
- [2]両社合算で4,500億円規模のエンタメ複合企業
- バンダイナムコHD 有価証券報告書【役員の状況】
- [3]初代社長はバンダイ出身の髙須武男(FY05就任)
事業再編の渦中で迎えた299億円の赤字
統合から数年は合併後の事業再編が続いた。2006年3月にはナムコからアミューズメント施設事業を新設分割して新生ナムコを設立し、同時にバンダイのビデオゲーム事業部門をナムコ(後のバンダイナムコゲームス)へ吸収分割で承継した。2008年4月にはバンプレストから景品事業を新設分割し、バンダイナムコゲームスがバンプレストのゲーム事業を吸収合併する再編を実施し、翌2009年にはバンダイネットワークスも吸収合併した。玩具、ゲーム、アミューズメントの各業態を専門子会社へ整理する作業が断続的に続くなか、2010年3月期にバンダイナムコHDは初の当期純損失299億円を計上した。 [4][5][6]
- バンダイナムコHD 有価証券報告書【沿革】
- [4]2006年3月 ナムコからアミューズメント施設事業を新設分割し新生ナムコを設立、バンダイのビデオゲーム事業をナムコへ吸収分割で承継
- [5]2008年4月 バンプレストから景品事業を新設分割、バンダイナムコゲームスがバンプレストのゲーム事業を吸収合併
- [6]2009年(2009年4月)バンダイナムコゲームスがバンダイネットワークスを吸収合併
リーマンショック後の需要減で売上高は3,785億円まで落ち、営業利益はわずか19億円まで縮んだ。さらにアミューズメント施設事業等の減損を含む特別損失219億円が上乗せされ、赤字を拡大させた。2008年6月にはナムコ出身の石川祝男が2代目社長に就いており、この赤字期に構造改革の指揮を執った。翌2011年3月期には営業利益163億円まで戻ったが、発足初年度にあたる2006年3月期の357億円には届かず、統合の経営的果実を形にするにはなお時間を要した。統合5年目での当期純損失計上は、事業ポートフォリオの寄せ集めが外部環境の変動に耐えうるかを問う試金石となった。アミューズメント施設は集客が景気循環の影響を直接受けやすく、玩具やゲームと収益サイクルが揃わない事業特性があらためて浮き彫りとなった。 [7]
- バンダイナムコHD 有価証券報告書【役員の状況】
- [7]2008年6月 ナムコ出身の石川祝男が2代目社長に就任
- バンダイナムコHD 有価証券報告書【沿革】
- [4]2006年3月 ナムコからアミューズメント施設事業を新設分割し新生ナムコを設立、バンダイのビデオゲーム事業をナムコへ吸収分割で承継
- [5]2008年4月 バンプレストから景品事業を新設分割、バンダイナムコゲームスがバンプレストのゲーム事業を吸収合併
- [6]2009年(2009年4月)バンダイナムコゲームスがバンダイネットワークスを吸収合併
- バンダイナムコHD 有価証券報告書【役員の状況】
- [7]2008年6月 ナムコ出身の石川祝男が2代目社長に就任
IP軸戦略が業績回復を牽引した転換期
2012年3月期に営業利益は346億円まで戻り、2013年3月期には486億円、売上高は4,872億円に達した。回復を牽引したのはコンテンツ事業(現デジタル事業)で、2013年3月期にはセグメント売上2,517億円、セグメント利益364億円と統合後最高の水準を記録した。トイホビー1,659億円、アミューズメント施設601億円という事業ポートフォリオのなか、コンテンツ事業が利益の柱として前面に出てきた時期にあたる。玩具とゲームの垣根を越えて同一の知的財産を複数カテゴリーで同時展開する手法が具体的な数字に表れ始め、統合時に描いた事業間の相乗効果がようやく収益面で裏づけられた。携帯電話やスマートフォンを通じたソーシャルゲーム市場の急拡大も追い風となり、自社IPをデジタル領域へ広げる戦略が業績を押し上げた。
有利子負債はピーク時の2009年3月期208億円から2014年3月期には55億円まで縮小し、無借金に近い状態まで財務体質が軽くなった。自己資本比率も66%前後の水準を安定して維持し、統合後の再編期を乗り越えた体質の強さがうかがえた。ただしコンテンツ事業が好調に推移する一方、国内アミューズメント施設事業は2014年3月期にセグメント赤字9億円を計上するなど、事業間の収益格差は残ったままだった。デジタル領域で稼ぎ、施設運営で苦戦する構図は、後年に施設事業を専門子会社へ分離する判断にもつながる事業間の体質差を示していた。中核IPがデジタル事業で稼ぎ頭となる一方、リアルな店舗運営は依然として景気感応度の高さに足を引っ張られる構造が続いた。