1896年、古河財閥は足尾銅山の銅を加工するために横浜電線製造を設立した。銅線・電線から出発した会社は、1990年代のネットバブル期に光ファイバを次の柱と定め、2001年11月に米ルーセントの光ファイバ部門(OFS)を約2,250億円で買収する。
直後のバブル崩壊で2003年3月期▲1,140億円、2004年3月期▲1,401億円と2期連続の巨額赤字を計上し、社長は責任を取って退任した。以後20年以上にわたり非コア事業を次々と切り出しながら構造改革を続け、2020年代にAI・データセンター需要が本格化すると、買収時に確保した光ファイバ技術群が生きた。2025年3月期は売上高1兆2,018億円・経常利益486億円まで回復している。
歴史概略
1896年〜1989年銅加工と電線メーカーとしての拡張
足尾銅山の銅を電線に変えるために生まれた会社
1896年6月、古河財閥は保有する足尾銅山で産出する銅を有効活用するため、横浜電線製造株式会社を設立した。電線の製造は銅の加工用途として自然な選択であり、古河鉱業(現・古河機械金属)から銅を仕入れて電線に加工する垂直統合型のビジネスモデルで出発する。1920年4月には古河鉱業から日光電気精銅所(現日光事業所)を取得し、商号を古河電気工業株式会社に変更した。これにより電気銅の生産から電線の製造まで一貫して手がける体制が整った。
1921年12月に九州電線製造を買収して九州工場を設置、1938年11月には兵庫県尼崎市に大阪伸銅所(後の銅管事業)を新設する。戦後は1949年5月に東京証券取引所に株式上場、1950年9月には電池部門を分離独立させて古河電池を設立した。1958年平塚、1961年千葉、1971年三重と拠点を段階的に拡張し、電線・銅加工・電池・電装という複数の事業領域を抱える総合電機・非鉄メーカーへと成長していった。
非鉄金属総合メーカーからの複線化
1972年8月には子会社の古河電池を東京証券取引所市場第一部に上場させ、1981年4月に古河金属工業を吸収合併して非鉄金属総合メーカーとしての事業基盤を強化する。1987年2月には横浜市西区に横浜研究所を新設し、光ファイバなど次世代技術の研究開発体制を組んだ。1990年には北米で光関連部品メーカーJDSU(後のJDS Uniphase)を合弁で設立する。これが後にルーセント買収資金の原資となる投資である。
1993年10月には軽金属事業を製販一本化するため古河アルミニウム工業と福井圧延を吸収合併。電線・電力ケーブル・非鉄金属・電池・軽金属・光関連部品という多角化した事業構造が1990年代前半に完成した。しかし売上規模は拡大する一方で、利益率は業界全体が直面する価格競争で圧迫されており、「次の柱」を模索する局面だった。1995年に古河家5代目当主の古河潤之助が社長に就任し、光ファイバ事業への傾注を鮮明にしていく。銅線の会社が、光の会社への転換を賭ける局面が始まった。
1990年〜2010年光ファイバへの賭けと1,500億円規模の赤字
ルーセントから2,250億円で光ファイバ事業を買収
1990年代後半、世界的なインターネット需要の爆発を受けて光ファイバ市場は急拡大していた。古河電工が90年に合弁設立したJDSUは、光通信機器メーカーとしてナスダック市場で株価が暴騰し、古河電工は2兆円規模の含み益を抱える。2000年2月時点で古河電工自身の時価総額も約1兆円に達した。古河潤之助社長は光ファイバを次の主力事業と定める。
2001年11月、米ルーセント・テクノロジーの光ファイバ・ケーブル部門の買収を発表。ルーセント側は総額27億ドルで売却し、古河電工の取得負担額は約20億ドル(約2,250億円)に達した。資金は約1,100億円をJDS株の売却で、残り約900億円を銀行借入で手当てする。「当社が狙っている光関連部品事業は、とてつもない潜在力を秘めている。どんな国でも今さら銅線は使わず、全部光ファイバーで通信回線を作るようになる」(古河潤之助・古河電工社長、日経ビジネス 2001/10/8)。買収後の世界シェアはコーニングの30%に次ぐ19%となる見込みで、特許収入も狙えるとされた。
2期連続の巨額赤字と20年続く負債
買収の直後にネットバブルは崩壊した。OFS社の業績は急降下し、2003年3月期に古河電工は特別損失の計上などにより1,140億円の最終赤字に転落する。2004年3月期にはさらに1,401億円の赤字となった。2期連続で1,000億円超の赤字を出した古河電工は、買収に伴う有利子負債910億円を抱えて財務基盤が大きく揺らぐ。2003年、古河潤之助は社長を退任して代表取締役会長に退き、買収失敗の責任を取る形での人事となった。
以後、古河電工は構造改革を続ける。2003年10月に軽金属事業を古河スカイ(後のUACJ)として会社分割、2005年1月に電力事業部門をビスキャスへ営業譲渡。2008年9月のリーマンショックでは2009年3月期に再び▲374億円の最終赤字を記録する。2012年3月期には自動車向けワイヤーハーネスの価格操作・不正入札で米国反トラスト法違反の罰課金152億円を特別損失に計上し、関わった社員3名が米国で禁固刑を受けて収監された。OFS買収失敗の尾を引きずりながら、新たな不祥事が重なる10年となった。
2011年〜2022年非コア切り離しと事業ポートフォリオの絞り込み
アルミ・電線・銅管・巻線を次々に手放す
2012年4月に柴田光義、2017年4月に小林敬一と社長が交代しながら、古河電工は事業ポートフォリオの絞り込みを続けた。2013年10月には古河スカイが住友軽金属工業を吸収合併しUACJに商号変更、古河電工の持分法適用関連会社となる。アルミ事業は本体から一層距離を置く構造へ進んだ。2015〜2016年にはビスキャスから電力ケーブル事業を順次譲り受けて本体に取り込む一方、非コア領域は切り出しを続ける方針を維持した。
2018年3月期から2020年3月期にかけては、東海理化子会社との製品リコール関連訴訟で製品補償引当金繰入額を累計313億円計上する。2020年4月には銅管事業をDaishin P&T(現奥村金属)として会社分割したうえで売却、太物巻線等の事業をEssex Furukawa Magnet Wire LLCへ承継して持分法適用関連会社化する。2022年12月には2012年3月に子会社化していた東京特殊電線(現TOTOKU)をカーライルに売却(推定売却益153億円)。古河電工の事業は情報通信・電装エレクトロニクス・機能製品という3セグメントへ収斂していった。
情報通信事業の赤字と電装セグメントの苦戦
2020〜2022年の期間、セグメント別で見るとインフラ(旧情報通信+エネルギー)は黒字を維持したものの大型の成長は見られず、電装エレクトロニクスは自動車ワイヤーハーネスの収益性低下で2022年3月期に営業利益がわずか1億円まで縮小した。2023年3月期には連結経常利益172億円まで落ち込み、2024年3月期にはインフラセグメントが▲112億円の営業損失を計上する。長年の構造改革にもかかわらず、成長エンジンはなかなか見えてこなかった。
この時期、古河電工は2001年のOFS買収で得た光ファイバ関連特許と製造技術を、目立たない形で蓄積し続けていた。2025年4月の組織再編でLighteraとして再出発させる光ファイバ・ケーブル事業の土台は、この「赤字事業として塩漬けにせざるを得なかった」20年間に形づくられたものである。2023年4月に森平英也が17代社長に就任し、「データセンター市場」という新しい文脈で光ファイバ事業を位置づけ直す転換期を迎えた。
2023年〜2026年直近の動向と展望
データセンター需要が1,500億円の赤字を回収する
2025年3月期、古河電工の連結売上高は1兆2,018億円、経常利益は486億円まで回復した。ドライバーは情報通信ソリューション事業、特にAI・データセンター向け光ファイバ・ケーブル、光部品である。2025年4月1日付で光ファイバ・ケーブル事業を再編し、日本、OFS(北米・欧州)、FEL(中南米)を統合して新ブランド「Lightera」として発足させた。2001年に買収したOFS社の名前がブランド名の由来であり、24年越しに光ファイバ事業を統合ブランドとして再出発させた形となった。
2025年12月にはDFBレーザチップの追加増産投資を発表。MTフェルール・ローラブルリボンケーブルも追加投資を検討中で、データセンター関連製品の売上は情報通信ソリューション全体の3割超に達した。2025年度Q3累計の親会社株主当期純利益355億円は、前年同期の164億円から倍以上に伸びた。IOWN構想に向けた空孔ファイバ、マルチコアファイバ、外部光源用DFBレーザチップといった次世代技術の特許・生産体制が、ようやく収益に結びつき始めた。2001年11月に古河潤之助が「どんな国でも今さら銅線は使わず、全部光ファイバーで通信回線を作るようになる」と語った見立ては、バブル崩壊を挟んで四半世紀遅れで現実化した格好である。
水冷・CPO・非コア切り出しの継続
成長領域はデータセンター関連に集中している。水冷サーマル製品は、2024年7月の水冷工場新設リリース時点の将来売上見込みが、2025年11月の工場拡張リリース時には約2倍に拡大し、2026年度売上見込みは当初60億円の約2倍水準へ伸びる。CPO(Co-Packaged Optics)関連製品の量産化目標は、当初の2030年から2028年度へ前倒しされた。外部光源ELSFPとCPO用小型多心光コネクタが主力製品となる見込みである。
一方、非コア事業の切り出しは継続している。2024年4月にEssex Furukawa Magnet Wire LLC株式を譲渡し太物巻線事業を完全に手放し、2024年6月にはUACJ株式の一部を譲渡して持分法適用範囲から除外した。1981年に吸収合併した古河金属、1993年に吸収合併したアルミ事業、1950年に設立した古河電池という戦後の多角化で築いた子会社群は、2020年代半ばまでにほぼ切り出し・資本関係の縮小が完了した。配当性向は2025年度予想で20.9%にとどまり、「データセンター関連設備投資に振り向けたい」(青島弘治・財務本部長、決算説明会 FY26-3Q)として、株主還元より成長投資を優先する方針を明示している。1896年から数えて130年目の古河電工は、ようやく「次の主力事業」を手にしつつある。