1896年〜 足尾銅山の銅加工から非鉄金属総合メーカーへの拡張期
古河電工の業績推移:単体
- 1896年 古河電工創業——足尾銅山の電気銅から横浜の電線工場へ 電灯・通信網の拡大で銅線需要が高まるなか、足尾銅山を握る古河市兵衛氏は銅の加工先をどう社内に取り込んだか
- 1920年 古河鉱業から日光電気精銅所を取得し商号を古河電気工業に変更
- 1921年 九州電線製造を買収し九州事業所を開設
- 1923年 ドイツ・シーメンスとの資本・技術提携による富士電機製造の設立 電線までしか持たない会社が重電機へ伸びるとき、自社の事業部と外資との合弁のどちらを選ぶか
- 1938年 大阪伸銅所(後の銅管事業)を新設
- 1949年 東京証券取引所に株式上場
- 1950年 古河電池を設立
足尾銅山の銅を電線に変えるために生まれた横浜電線製造
1896年6月、古河財閥は保有する足尾銅山で産出する銅を有効活用するため、横浜電線製造株式会社を設立した。電線の製造は銅の加工用途として自然な選択であり、古河鉱業(現・古河機械金属)から銅を仕入れて電線に加工する垂直統合型のビジネスモデルで出発する。1920年4月には古河鉱業から日光電気精銅所(現日光事業所)を取得し、商号を古河電気工業株式会社に変更した。これにより電気銅の生産から電線の製造まで一貫して手がける体制が整い、古河財閥の非鉄金属事業の中核となった。創業者は鉱山王と呼ばれた古河市兵衛氏で、足尾銅山の鉱業収益と電線の加工収益を一体運営する財閥戦略が背景にあり、同社は当初から垂直統合型のビジネスモデルを前提に運営される会社だった。 [1][2][3][4]
- 古河電気工業 有価証券報告書 第201期(2025年3月期)【沿革】
- [1]1896年6月 横浜電線製造株式会社を設立(足尾銅山の銅加工先として)
- [2]古河鉱業(現・古河機械金属)から銅を仕入れて電線に加工する垂直統合型のビジネスモデル
- [3]1920年4月 古河鉱業から日光電気精銅所を取得し商号を古河電気工業株式会社に変更(現日光事業所)
- 古河市兵衛翁伝(founding.md 出所)
- [4]創業者は古河市兵衛(鉱山王と呼ばれた)
1921年12月に九州電線製造を買収して九州工場を設置、1938年11月には兵庫県尼崎市に大阪伸銅所(後の銅管事業)を新設する。戦後は1949年5月に東京証券取引所に株式上場、1950年9月には電池部門を分離独立させて古河電池を設立した。1958年には平塚工場、1961年には千葉工場、1971年には三重工場と、高度成長期を通じて拠点を拡張し、電線・銅加工・電池・電装という複数の事業領域を抱える総合電機・非鉄メーカーへと成長した。古河財閥の非鉄部門を担う存在として、戦後復興から高度成長期にかけての国内電力・通信インフラ整備を下支えする役割を果たし、製品レンジは銅線・電力ケーブル・電池・電装品・通信ケーブルへと多角化し、重電・通信の川上工程を支える基盤素材メーカーの顔を持つに至った。 [5][6][7][8][9]
- 古河電気工業 有価証券報告書 第201期(2025年3月期)【沿革】
- [5]1921年12月 九州電線製造を買収し九州事業所を設置
- [6]1938年11月 兵庫県尼崎市に大阪伸銅所(後の銅管事業)を新設
- [7]1949年5月 東京証券取引所に株式上場
- [8]1950年9月 電池部門を分離独立させ古河電池を設立
- [9]1958年 平塚/1961年 千葉(市原市・千葉電線製造所)/1971年 三重(亀山市・三重工場)
戦前から戦後にかけて、古河電工は電線以外へ事業を広げ、多くの関連会社を生んだ。1914年3月には大阪工場に隣接して電池工場を設けて鉛蓄電池の製造に進出し、1917年10月には米国グッドリッチ社と提携して横浜護謨製造を別会社として設立する。1923年8月にはドイツのシーメンス社と提携して富士電機製造を、1925年3月には東京電灯と提携して日本軽金属を設立した。戦後も多角化は続き、1950年4月に米グッドリッチ社と提携して日本ゼオンを創立、1955年10月に古河マグネシウム、1956年10月に古河化学工業、1958年12月に古河特殊金属工業、1959年8月には米アルコア社と提携して古河アルミニウム工業(フラルコ)を相次いで設立する。こうした関連会社設立により、古河電工は古河グループの中核として早くから多角経営を進めた(『企業の歴史 : 明治百年』経済春秋社編、1968年)。 [10][11][12][13][14]
- 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
- [10]1914年3月 大阪工場に隣接して電池工場を開設し鉛蓄電池の製造に進出
- [11]1917年10月 米国グッドリッチ社と提携し横浜護謨製造を別会社として設立
- [12]1923年8月 ドイツ・シーメンス社と提携し富士電機製造を、1925年3月 東京電灯と提携し日本軽金属を設立
- [13]1950年4月 米グッドリッチ社と提携し日本ゼオンを創立
- [14]1955年10月 古河マグネシウム、1956年10月 古河化学工業、1958年12月 古河特殊金属工業、1959年8月 米アルコア社と提携した古河アルミニウム工業(フラルコ)を相次いで設立
- 古河電気工業 有価証券報告書 第201期(2025年3月期)【沿革】
- [1]1896年6月 横浜電線製造株式会社を設立(足尾銅山の銅加工先として)
- [2]古河鉱業(現・古河機械金属)から銅を仕入れて電線に加工する垂直統合型のビジネスモデル
- [3]1920年4月 古河鉱業から日光電気精銅所を取得し商号を古河電気工業株式会社に変更(現日光事業所)
- [5]1921年12月 九州電線製造を買収し九州事業所を設置
- [6]1938年11月 兵庫県尼崎市に大阪伸銅所(後の銅管事業)を新設
- [7]1949年5月 東京証券取引所に株式上場
- [8]1950年9月 電池部門を分離独立させ古河電池を設立
- [9]1958年 平塚/1961年 千葉(市原市・千葉電線製造所)/1971年 三重(亀山市・三重工場)
- 古河市兵衛翁伝(founding.md 出所)
- [4]創業者は古河市兵衛(鉱山王と呼ばれた)
- 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
- [10]1914年3月 大阪工場に隣接して電池工場を開設し鉛蓄電池の製造に進出
- [11]1917年10月 米国グッドリッチ社と提携し横浜護謨製造を別会社として設立
- [12]1923年8月 ドイツ・シーメンス社と提携し富士電機製造を、1925年3月 東京電灯と提携し日本軽金属を設立
- [13]1950年4月 米グッドリッチ社と提携し日本ゼオンを創立
- [14]1955年10月 古河マグネシウム、1956年10月 古河化学工業、1958年12月 古河特殊金属工業、1959年8月 米アルコア社と提携した古河アルミニウム工業(フラルコ)を相次いで設立
非鉄金属総合メーカーからの複線化と光ファイバ研究の準備
1972年8月には子会社の古河電池を東京証券取引所市場第一部に上場させ、1981年4月に古河金属工業を吸収合併して非鉄金属総合メーカーとしての事業基盤を強化する。1987年2月には横浜市西区に横浜研究所を新設し、光ファイバなど次世代技術の研究開発体制を組んだ。1990年には北米で光関連部品メーカーJDSU(後のJDS Uniphase)を合弁で設立する。これが後にルーセント買収資金の原資となる投資である。光ファイバへの研究投資は1970年代から続いていたが、事業化は他の非鉄・電線事業の影に隠れて目立たない存在だった時期が長く、研究所と本体事業の距離感が以後の経営判断に影響を及ぼしていく構図となり、次の主力事業を光ファイバに据える布石が置かれた。 [15][16][17][18]
- 古河電池 有価証券報告書【沿革】
- [15]1972年8月 子会社の古河電池を東京証券取引所市場第一部に上場
- 古河電気工業 有価証券報告書 第201期(2025年3月期)【沿革】
- [16]1981年4月 古河金属工業を吸収合併
- 古河電気工業 有価証券報告書【沿革】
- [17]1987年2月 横浜市西区に横浜研究所を新設(光ファイバ等の研究開発体制)
- [18]1990年 北米で光関連部品メーカーJDSU(後のJDS Uniphase)を合弁設立
1993年10月には軽金属事業を製販一本化するため古河アルミニウム工業と福井圧延を吸収合併した。電線・電力ケーブル・非鉄金属・電池・軽金属・光関連部品という多角化した事業構造が1990年代前半に完成する。しかし売上規模は拡大する一方で、利益率は業界全体が直面する価格競争で圧迫されており、「次の柱」を模索する局面だった。1995年に古河家5代目当主の古河潤之助氏が社長に就任し、光ファイバ事業への傾注を打ち出した。銅線の会社が、光の会社への転換を賭ける局面が始まり、次の主役を光ファイバに定める経営判断が社内外に示された。本業の電線市場が成熟化する一方で、光関連市場の潜在力を信じる経営陣の方針が次第に明確化した。 [19][20]
- 古河電気工業 有価証券報告書 第201期(2025年3月期)【沿革】
- [19]1993年10月 軽金属事業の製販一本化のため古河アルミニウム工業・福井圧延を吸収合併
- 古河電気工業 有価証券報告書【役員の状況】
- [20]1995年 古河家5代目当主の古河潤之助が代表取締役社長に就任
- 古河電池 有価証券報告書【沿革】
- [15]1972年8月 子会社の古河電池を東京証券取引所市場第一部に上場
- 古河電気工業 有価証券報告書 第201期(2025年3月期)【沿革】
- [16]1981年4月 古河金属工業を吸収合併
- [19]1993年10月 軽金属事業の製販一本化のため古河アルミニウム工業・福井圧延を吸収合併
- 古河電気工業 有価証券報告書【沿革】
- [17]1987年2月 横浜市西区に横浜研究所を新設(光ファイバ等の研究開発体制)
- [18]1990年 北米で光関連部品メーカーJDSU(後のJDS Uniphase)を合弁設立
- 古河電気工業 有価証券報告書【役員の状況】
- [20]1995年 古河家5代目当主の古河潤之助が代表取締役社長に就任