AGC の歴史

創業

1907年

創業者

岩崎俊弥

創業地

兵庫県尼崎市

直近売上高(2025/12)

20,588億円

長期業績と転換点(1996/3〜2025/12)
売上高(億円純利益率(%)
Q 1907年、三菱はなぜ岩崎俊弥に旭硝子を作らせ、原料まで自前で抱え込んだのか
A 輸入に頼っていた窓ガラスを国産化し、価格競争に耐える供給を自前で握るためである。1907年9月、三菱財閥の支援を受けた岩崎俊弥が資本金100万円で兵庫県尼崎に旭硝子を設立し、1909年にベルギー式手吹法で日本初の板ガラス工業生産を実現した。さらに1916年から耐火煉瓦、1917年からソーダ灰を内製し、原料から製品までを自社で賄った。この副資材内製の自前主義が、後年のセラミックス・化学品へ枝分かれする素地となった
Q 1981年、なぜ国内生産で足りた旭硝子がベルギーのグラバーベルを買って欧州へ出たのか
A 副資材内製で培った素材技術を世界規模の市場で回す判断だったためである。1981年、旭硝子はベルギーの板ガラス大手グラバーベル社を買収し、欧州市場へ参入した。1980年代前半の日本企業による海外製造業M&Aとしては早期の事例で、続いて1985年に米国の自動車ガラス、1988年に北米の板ガラスへ進出した。1981年から約15年で日本・欧州・北米・アジアの四地域に板ガラスと自動車ガラスを並べる三極体制を築いた
Q 2024年、なぜAGCは配当方針を配当性向40%目安からDOE3%目安へ改めたのか
A PBR1倍割れの解消を最大の経営課題に掲げ、資本を市場評価に見合う水準で回す経営へ改めるためである。2024年、AGCは配当方針を連結配当性向40%目安から株主資本配当率(DOE)3%目安へ変更した。あわせて設備投資を2,513億円から1,900億円へ圧縮し、ディスプレイ事業の生産能力を2022年比で約2割削減した。創業期の副資材内製から1981年のグラバーベル買収まで続いた資本を投じて広げる流儀を、AGCはここで反転させた

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1907年〜 板ガラスの国産化から戦時統合を経て再発足するまでの創業期

  1. 1907年旭硝子株式会社(現AGC株式会社)創立
  2. 1907年旭硝子株式会社を創立
  3. 1909年尼崎工場(現関西工場尼崎事業所)を設置し、日本で初めて板ガラスの工業生産を開始
  4. 1909年日本で初めて板ガラスの工業生産を開始
  5. 1916年ガラス溶解窯の構造材である耐火煉瓦の生産を開始し、セラミックス事業に参入
  6. 1944年日本化成工業株式会社と合併し、三菱化成工業株式会社と改称
  7. 1944年日本化成工業と合併し三菱化成工業株式会社に改称

AGCの業績推移:単体

売上高(億円)

出所:有価証券報告書等

輸入依存を断つために三菱が送り込んだ岩崎俊弥と尼崎工場

1907年9月8日、岩崎俊弥は三菱財閥の支援を受け、資本金100万円で旭硝子株式会社を設立し、本社を兵庫県尼崎に置いた。当時の日本は窓用板ガラスをほぼ全量を海外からの輸入に頼っており、国内で工業的に生産できる技術を持つ企業はまだどこにも存在しない状況であった。1909年4月に尼崎工場を建設してベルギー式手吹法による窓硝子の製造を始め、翌1910年1月には菱印の商標で製品の市販に踏み切り、日本で初めての板ガラスの工業生産にこぎつけた。輸入品との価格競争を覚悟したうえで、まず国産化そのものを目的に据えた事業設計であり、民族資本企業による輸入依存脱却への挑戦という色合いが強く打ち出された創業案件である。 [1][2][3][4][5]

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [1]1907年9月8日 岩崎俊弥が三菱財閥の支援で資本金100万円により旭硝子株式会社を創立、本社を兵庫県尼崎に置いた
    • [3]創立時の資本金は100万円
    • [4]尼崎工場はベルギー式手吹法で窓硝子を製造、製品は菱印の商標で市販
  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [2]創業者は岩崎俊弥(三菱財閥の支援)
    • [5]1909年 尼崎工場で日本初の板ガラス工業生産を開始

国産化は、後工程や原材料の内製化へと連鎖していく流れへとつながった。1914年に北九州の牧山工場を設置して西日本に生産拠点を広げ、1916年にはガラス溶解窯の構造材である耐火煉瓦の自社生産を始めてセラミックス事業へと参入し、同年には横浜の鶴見工場も置いている。牧山・鶴見の両工場ではラバース式機械吹法を採り入れて手吹法から機械生産への転換を図り、翌1917年にはガラスの主原料であるソーダ灰の製造にも踏み込み、原料から最終製品までを自社で手掛ける一貫生産体制を築き上げた。その後も1928年に尼崎の硝子工場をフルコール式に、1931年に鶴見の硝子工場をピッツバーグ式に改造して連続生産技術を取り込んでいき、後のセラミックス・化学品の事業群は、すべてガラスを作るための副資材内製から派生したものであり、創業期の自前主義が後年の多角化戦略の原点となる遺伝子を形づくったと位置づけることができる局面である。 [6][7][8][9][10]

  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [6]1914年 牧山工場を設置し西日本に生産拠点を拡大
    • [7]1916年 耐火煉瓦の生産を開始しセラミックス事業に参入、同年 鶴見工場を設置
    • [9]1917年 ソーダ灰の製造を開始し一貫生産体制を確立
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [8]牧山・鶴見工場はラバース式機械吹法を採用し手吹法から機械生産へ転換
    • [10]1928年に尼崎硝子工場をフルコール式に、1931年に鶴見硝子工場をピッツバーグ式に改造
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [1]1907年9月8日 岩崎俊弥が三菱財閥の支援で資本金100万円により旭硝子株式会社を創立、本社を兵庫県尼崎に置いた
    • [3]創立時の資本金は100万円
    • [4]尼崎工場はベルギー式手吹法で窓硝子を製造、製品は菱印の商標で市販
    • [8]牧山・鶴見工場はラバース式機械吹法を採用し手吹法から機械生産へ転換
    • [10]1928年に尼崎硝子工場をフルコール式に、1931年に鶴見硝子工場をピッツバーグ式に改造
  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [2]創業者は岩崎俊弥(三菱財閥の支援)
    • [5]1909年 尼崎工場で日本初の板ガラス工業生産を開始
    • [6]1914年 牧山工場を設置し西日本に生産拠点を拡大
    • [7]1916年 耐火煉瓦の生産を開始しセラミックス事業に参入、同年 鶴見工場を設置
    • [9]1917年 ソーダ灰の製造を開始し一貫生産体制を確立

戦時統合で消滅した社名と1950年の旭硝子としての再発足

戦前の旭硝子は、板ガラスにソーダや耐火物を加えた事業群を軸に成長を遂げ、世界一級のガラスメーカーと呼ばれるまでになっていた。だが戦時統制が深まるなかで段階的な企業集約に組み込まれ、1939年に昭和化学工業を、1942年に大阪晒粉をそれぞれ合併して事業規模を広げたうえ、1939年には兵庫県に伊保工場を新設して生産能力を積み上げた。その延長線上の1944年、旭硝子は日本化成工業と合併して三菱化成工業株式会社と改称し、資本金は1億1,079万円となった。創業から37年で旭硝子の名はいったん表舞台から消え、会社はガラス・セラミックス・化学品を併せ持つ巨大な戦時統合体の一部となった。軍需資材としてのガラスと化学品が同じ法人で運用される戦時経済特有の編成がここで成立し、生産技術と人材がこの統合体の内部に広く温存されたことが、後の多角化の素地ともなった。 [11][12][13][14][15]

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [11]戦前に板ガラス・ソーダ・耐火物を軸に成長し世界一級のガラスメーカーとなった
    • [12]1939年 昭和化学工業と、1942年 大阪晒粉とそれぞれ合併し事業規模を拡大
    • [15]合併相手は日本化成工業、改称後の社名は三菱化成工業株式会社、改称後の資本金は1億1079万円
  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [13]1939年 伊保工場を新設
    • [14]1944年 日本化成工業と合併し三菱化成工業株式会社へ改称

戦後、財閥解体と過度経済力集中排除法のもとで、1950年1月に企業再建整備法に基づく整備計画が認可され、三菱化成工業は旭硝子・日本化成工業・新光レイヨンの三社に分離されることとなった。このうちガラス部門は同年6月1日に旧名の旭硝子として資本金2億5,000万円で再発足し、同年のうちに株式上場にもこぎつけている。再出発時点における事業はガラスとセラミックス・ソーダ灰など創業期の延長線上にあったものの、戦時期に同居していた化学品分野の知見と技術者が失われずに残されたことで、1964年のフッ素化学品への参入や1965年以降のアジアでのクロールアルカリ展開へと引き継がれていく結果となった。社名がいったん消えて再び戻ってきたという経験は、後年にブランドを掛け替える判断を下すうえでの心理的な抵抗を薄くする役割をも果たしたと評価できる。 [16][17][18][19][20]

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [16]1950年1月 企業再建整備法に基づく整備計画が認可され三菱化成工業を3社に分離
    • [17]三菱化成工業は旭硝子・日本化成工業・新光レイヨン(現三菱レイヨン)の3社に分離された
    • [18]1950年6月1日 ガラス部門が旧名の旭硝子として資本金2億5000万円で再発足し同年に株式上場
  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [19]1964年 フッ素化学品の生産を開始
    • [20]1965年 タイ旭苛性曹達社を設立しアジアでのクロールアルカリ(化学品)生産を開始
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [11]戦前に板ガラス・ソーダ・耐火物を軸に成長し世界一級のガラスメーカーとなった
    • [12]1939年 昭和化学工業と、1942年 大阪晒粉とそれぞれ合併し事業規模を拡大
    • [15]合併相手は日本化成工業、改称後の社名は三菱化成工業株式会社、改称後の資本金は1億1079万円
    • [16]1950年1月 企業再建整備法に基づく整備計画が認可され三菱化成工業を3社に分離
    • [17]三菱化成工業は旭硝子・日本化成工業・新光レイヨン(現三菱レイヨン)の3社に分離された
    • [18]1950年6月1日 ガラス部門が旧名の旭硝子として資本金2億5000万円で再発足し同年に株式上場
  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [13]1939年 伊保工場を新設
    • [14]1944年 日本化成工業と合併し三菱化成工業株式会社へ改称
    • [19]1964年 フッ素化学品の生産を開始
    • [20]1965年 タイ旭苛性曹達社を設立しアジアでのクロールアルカリ(化学品)生産を開始

1950年〜 高度成長期の多角化とグラバーベル買収による欧米アジア三極体制の構築

  1. 1950年企業再建整備法により三菱化成工業株式会社が3分割される。旭硝子株式会社の旧名に復して設立され、再発足。株式を上場。
  2. 1954年ブラウン管用ガラスの生産を開始
  3. 1954年ブラウン管用ガラスの生産を開始
  4. 1956年自動車ガラスの生産を開始
  5. 1956年インドでのガラス生産を開始し、日本の民間企業としていち早く同国に進出
  6. 1980年戦略型研究開発を核とした「アミーバ的」多角化の方針を明確化
  7. 1994年8事業本部を「疑似分社」とする独立事業部制と業績連動の査定制度を導入

AGCの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書等

テレビと自動車に乗ったガラス事業の拡張と東南アジア展開の起点

1954年にブラウン管用ガラス、1956年に自動車ガラスの生産を順次開始し、家電とモータリゼーションという戦後日本の二大成長産業に同時に乗ることに成功した。建築用の板ガラス一本だった事業構成に、テレビと自動車という新しい需要先を組み込んでいくことで、ガラス会社の収益源を住宅市場の景気変動から切り離そうとする戦略的な狙いがはっきりと背景にあった局面である。同じ1956年にはインドでもガラス生産を開始しており、戦後の日本民間企業による海外直接投資のうち早期事例にあたり、戦後のガラス事業多角化と海外展開が揃った重要な出発点となった。 [21][22][23]

  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [21]1954年 ブラウン管用ガラスの生産を開始
    • [22]1956年 自動車ガラスの生産を開始
    • [23]1956年 インドでのガラス生産を開始(日本の民間企業として早期に進出)

1960年代以降は、東南アジア地域への本格的な展開が続いていくこととなった。1964年にはタイ旭硝子、翌1965年にはタイ旭苛性曹達を設立してアジア化学品事業の起点を作り、1972年にはインドネシアのPT Asahimas Flat Glass、1974年にはタイ安全硝子と、板ガラス・化学品・自動車ガラスの三事業をアジア各国に並行して植え付けていった格好である。国内でも1959年に千葉、1970年に愛知、1972年に相模、1974年に鹿島と工場を相次いで設置し、内需の拡大とアジア展開を二輪で回していく生産配置が完成した。1964年に開始したフッ素化学品は後のパフォーマンスケミカルズ事業の起点となっていく重要な事業である。 [24][25][26][27][28]

  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [24]1964年 タイ旭硝子社を設立
    • [25]1965年 タイ旭苛性曹達社を設立しアジア化学品事業を起こす
    • [26]1972年 PT Asahimas Flat Glass を設立しインドネシア進出
    • [27]1974年 タイ安全硝子社を設立しアジアでの自動車ガラス生産を開始
    • [28]国内工場の設置年(千葉1959・愛知1970・相模1972・鹿島1974)
  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [21]1954年 ブラウン管用ガラスの生産を開始
    • [22]1956年 自動車ガラスの生産を開始
    • [23]1956年 インドでのガラス生産を開始(日本の民間企業として早期に進出)
    • [24]1964年 タイ旭硝子社を設立
    • [25]1965年 タイ旭苛性曹達社を設立しアジア化学品事業を起こす
    • [26]1972年 PT Asahimas Flat Glass を設立しインドネシア進出
    • [27]1974年 タイ安全硝子社を設立しアジアでの自動車ガラス生産を開始
    • [28]国内工場の設置年(千葉1959・愛知1970・相模1972・鹿島1974)

グラバーベル買収が引き金になった欧米アジアの三極体制完成

1981年、同社はベルギーの板ガラス大手グラバーベル社を買収して欧州市場へと参入する決断を下した。1980年代前半の日本企業による海外製造業M&Aとしては早い時期の事例であり、その後のAGCの欧州事業(現AGC Glass Europe)の中核となっていく案件となった。1985年には米国にAPテクノグラス社を設立して北米の自動車ガラス生産を開始し、続く1988年には米国の板ガラス会社AFGインダストリーズ社に資本参加することで北米の板ガラス市場へも進出した。1991年にはベルギーのスプリンテックス社へ資本参加して欧州自動車ガラス事業を補強するなど、三極体制を支える動きが連続した節目となる時期である。 [29][30][31][32][33]

  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [29]1981年 ベルギーのグラバーベル社を買収し欧州市場へ参入
    • [30]グラバーベル社は現AGC Glass Europe(欧州事業の中核)
    • [31]1985年 米国にAPテクノグラス社を設立し北米の自動車ガラス生産を開始
    • [32]1988年 米国AFGインダストリーズ社に資本参加し北米板ガラス市場へ進出
    • [33]1991年 ベルギーのスプリンテックス社へ資本参加し欧州自動車ガラス事業を補強

続けて1992年には中国で大連フロート硝子社を設立、1995年には秦皇島で自動車ガラスの生産を開始するなど、中国市場にも早い時期から拠点を置くという動きを積極的に進めた。こうして1981年から約15年をかけて、日本・欧州・北米・アジアの四地域に板ガラスと自動車ガラスの両方を持つ三極構造が完成する格好となった。並行して1985年には合成石英ガラス、1995年にはTFT液晶用の無アルカリガラス、1999年には英国ICIのフッ素樹脂事業買収と、半導体・液晶・フッ素化学という高機能領域へ事業の重心を移し始め、汎用ガラスの地理的拡大と高機能素材への深掘りが同じ時期に並走した重要な局面となった。 [34][35][36][37][38]

  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [34]1992年 中国で大連フロート硝子社を設立
    • [35]1995年 秦皇島で自動車ガラスの生産を開始
    • [36]1985年 合成石英ガラスの生産を開始
    • [37]1995年 TFT液晶用の無アルカリガラスの生産を開始
    • [38]1999年 英国ICIのフッ素樹脂事業を買収
  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [29]1981年 ベルギーのグラバーベル社を買収し欧州市場へ参入
    • [30]グラバーベル社は現AGC Glass Europe(欧州事業の中核)
    • [31]1985年 米国にAPテクノグラス社を設立し北米の自動車ガラス生産を開始
    • [32]1988年 米国AFGインダストリーズ社に資本参加し北米板ガラス市場へ進出
    • [33]1991年 ベルギーのスプリンテックス社へ資本参加し欧州自動車ガラス事業を補強
    • [34]1992年 中国で大連フロート硝子社を設立
    • [35]1995年 秦皇島で自動車ガラスの生産を開始
    • [36]1985年 合成石英ガラスの生産を開始
    • [37]1995年 TFT液晶用の無アルカリガラスの生産を開始
    • [38]1999年 英国ICIのフッ素樹脂事業を買収

2000年〜 カンパニー制導入とライフサイエンスへの事業転換によるグローバル経営の構築

  1. 2000年台湾に旭硝子ファインテクノ台湾社を設立しTFT液晶用ガラス基板生産を開始
  2. 2002年カンパニー制を導入、グローバル一体経営体制に移行
  3. 2002年カンパニー制を導入しグローバル一体経営体制に移行
  4. 2007年グループブランドをAGCに統一
  5. 2007年グループブランドをAGCに統一
  6. 2007年門松正宏から石村和彦へ社長交代
  7. 2009年スマートフォン・タブレットPC等のカバーガラス向けに化学強化用特殊ガラスの生産を開始

AGCの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)

出所:有価証券報告書等

カンパニー制導入とAGCブランドへの統一によるグローバル一体経営

2002年、同社は地域別・事業別に分かれていた従来の組織を再編してカンパニー制を導入し、グローバル一体経営の体制へと移行していくこととなった。1981年以降に積み上げてきた日本・欧州・北米・アジアの三極体制を、地域ごとの連邦的な運営から事業横断でのグローバル統治へと組み替えようという試みの表れである。2000年には台湾の旭硝子ファインテクノ台湾、2004年には韓国の旭硝子ファインテクノ韓国でTFT液晶用ガラス基板の生産を立ち上げるなど、ディスプレイ事業の主戦場が日本からアジア各地へと移る局面と重なっていた時期であり、組織の刷新と生産拠点の地理的な分散が同時進行した節目の時期となった。 [39][40][41]

  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [39]2002年 カンパニー制を導入しグローバル一体経営体制へ移行
    • [40]2000年 台湾に旭硝子ファインテクノ台湾を設立しTFT液晶用ガラス基板生産を開始
    • [41]2004年 韓国に旭硝子ファインテクノ韓国を設立しTFT液晶用ガラス基板生産を開始

2007年にはグループブランドを「AGC」に統一し、続く2009年にはスマートフォン・タブレット向けカバーガラスとなる化学強化用特殊ガラスの生産を新たに開始するとともに、同年には旧北九州工場における自動車ガラス事業からの撤退を決めるなど、既存事業の入れ替えを積極的に進めていく方針を発表した。電子用ガラスという新しい成長軸を取り込みつつ、海外売上比率の高まりに見合うブランドへと表札を掛け替えていく一連の流れが、後の2018年の社名変更へとほぼ一直線に続いていく格好となり、グローバルブランドとしての自己定義がここから次第に形づくられていった重要な局面となった。さらにはディスプレイ需要拡大の波にも乗る形となった。 [42][43][44][45]

  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [42]2007年 グループブランドを「AGC」に統一
    • [43]2009年 スマートフォン・タブレット向け化学強化用特殊ガラス(カバーガラス)の生産を開始
    • [44]2009年 旧北九州工場で自動車ガラス事業から撤退
    • [45]2018年の社名変更へ続く流れ
  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [39]2002年 カンパニー制を導入しグローバル一体経営体制へ移行
    • [40]2000年 台湾に旭硝子ファインテクノ台湾を設立しTFT液晶用ガラス基板生産を開始
    • [41]2004年 韓国に旭硝子ファインテクノ韓国を設立しTFT液晶用ガラス基板生産を開始
    • [42]2007年 グループブランドを「AGC」に統一
    • [43]2009年 スマートフォン・タブレット向け化学強化用特殊ガラス(カバーガラス)の生産を開始
    • [44]2009年 旧北九州工場で自動車ガラス事業から撤退
    • [45]2018年の社名変更へ続く流れ

バイオCDMOへの本格参入と社名変更による二軸経営体制の確立

2016年、同社はドイツのバイオミーバ社を買収することでバイオ医薬品開発製造受託(CDMO)事業を新たに開始し、翌2017年にはデンマーク・米国に拠点を持つCMC Biologics社を取得することによって欧州・北米のCDMO三極体制を組み上げるという大胆な動きに打って出た。同じ2017年にはタイのVinythai Public Companyの過半数株式も取得して、東南アジアのクロールアルカリ事業を強化するという動きも並行して進めている格好である。創業以来続いてきたガラス・化学品とは性格の異なるバイオ事業を、買収によってわずか一年程度で手元に持ち込むことに成功した局面であり、ライフサイエンスを新しい柱として据えていく戦略転換の重要な時期である。 [46][47][48]

  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [46]2016年 ドイツのバイオミーバ社を買収しバイオ医薬品CDMO事業を開始
    • [47]2017年 デンマーク・米国に拠点を持つCMC Biologics社を取得しCDMO事業を拡張
    • [48]2017年 タイのVinythai Public Companyの過半数株式を取得し東南アジアのクロールアルカリ事業を強化

2018年、同社は社名を旭硝子からAGCへと変更し、1907年以来111年間にわたって続いてきた創業時からの名を自ら捨てる決断を下した格好である。同年には米国のPark Electrochemical社のエレクトロニクス事業、翌2019年にはスペインのMalgrat Pharma Chemicals、米国TaconicのAdvanced Dielectric部門、そして2020年にはイタリアのMolecular Medicine社と、電子部材と医薬CDMOの両方向での買収案件が連続的に実行されていった格好である。コア事業の安定収益で戦略事業への投資を支えるという二軸経営の構図が、平井良典CEOの言葉にも集約される形で明確なかたちを取り、事業ポートフォリオの最適化という方針が対外的に繰り返し強く掲げられていく節目となった、同社の歴史のなかでも重要な時期である。 [49][50][51][52][53]

  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [49]2018年 社名を旭硝子からAGCへ変更(1907年以来111年の社名を改称)
    • [50]2018年 米国Park Electrochemical社のエレクトロニクス事業を買収
    • [51]2019年 スペインのMalgrat Pharma Chemicals および米国Taconic社Advanced Dielectric部門を買収
    • [52]2020年 イタリアのMolecular Medicine社を取得(遺伝子・細胞治療領域のCDMO)
    • [53]二軸経営の方針は平井良典CEOの言葉に集約される(2020年6月就任)
  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】
    • [46]2016年 ドイツのバイオミーバ社を買収しバイオ医薬品CDMO事業を開始
    • [47]2017年 デンマーク・米国に拠点を持つCMC Biologics社を取得しCDMO事業を拡張
    • [48]2017年 タイのVinythai Public Companyの過半数株式を取得し東南アジアのクロールアルカリ事業を強化
    • [49]2018年 社名を旭硝子からAGCへ変更(1907年以来111年の社名を改称)
    • [50]2018年 米国Park Electrochemical社のエレクトロニクス事業を買収
    • [51]2019年 スペインのMalgrat Pharma Chemicals および米国Taconic社Advanced Dielectric部門を買収
    • [52]2020年 イタリアのMolecular Medicine社を取得(遺伝子・細胞治療領域のCDMO)
    • [53]二軸経営の方針は平井良典CEOの言葉に集約される(2020年6月就任)

AGCの沿革1907〜2024年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
旭硝子株式会社(現AGC株式会社)創立★★
旭硝子株式会社を創立★★
尼崎工場(現関西工場尼崎事業所)を設置し、日本で初めて板ガラスの工業生産を開始★★
日本で初めて板ガラスの工業生産を開始★★
牧山工場(現北九州事業所)を設置
牧山工場(現北九州事業所)を設置
ガラス溶解窯の構造材である耐火煉瓦の生産を開始し、セラミックス事業に参入★★
鶴見工場(現AGC横浜テクニカルセンター)を設置
耐火煉瓦の生産を開始しセラミックス事業に参入★★
鶴見工場(現AGC横浜テクニカルセンター)を設置
ガラスの原料であるソーダ灰の製造を開始★★
ソーダ灰の製造を開始★★
伊保工場(現関西工場高砂事業所)を設置
伊保工場(現関西工場高砂事業所)を設置
日本化成工業株式会社と合併し、三菱化成工業株式会社と改称★★★
日本化成工業と合併し三菱化成工業株式会社に改称★★★
企業再建整備法により三菱化成工業株式会社が3分割される。旭硝子株式会社の旧名に復して設立され、再発足。株式を上場。★★★
企業再建整備法により三菱化成工業が3分割され旭硝子として再発足し株式上場
ブラウン管用ガラスの生産を開始★★
ブラウン管用ガラスの生産を開始★★
自動車ガラスの生産を開始★★
インドでのガラス生産を開始し、日本の民間企業としていち早く同国に進出★★
自動車ガラスの生産を開始★★
インドでガラス生産を開始★★
千葉工場を設置
千葉工場を設置
フッ素化学品の生産を開始★★
タイ旭硝子社(現AGC Flat Glass (Thailand) Plc.)を設立し、同国に進出
フッ素化学品の生産を開始★★
タイ旭硝子社(現AGC Flat Glass Thailand)を設立★★
羽沢研究所(現AGC横浜テクニカルセンター)を設置
タイ旭苛性曹達社(現AGC Vinythai Public Company Limited)を設立し、アジアでの化学品生産を開始
羽沢研究所(現AGC横浜テクニカルセンター)を設置
タイ旭苛性曹達社(現AGC Vinythai)を設立しアジアでの化学品生産を開始★★
愛知工場を設置
愛知工場を設置
相模事業所(現相模工場)を設置
PT Asahimas Flat Glass Tbkを設立し、インドネシアに進出
相模事業所を設置
PT Asahimas Flat Glassを設立しインドネシアに進出★★
鹿島工場を設置
タイ安全硝子社(現AGC Automotive (Thailand) Co., Ltd.)を設立し、アジアでの自動車ガラス生産を開始
鹿島工場を設置
タイ安全硝子社を設立しアジアでの自動車ガラス生産を開始★★
戦略型研究開発を核とした「アミーバ的」多角化の方針を明確化★★★
ベルギーのグラバーベル社(現AGC Glass Europe)を買収し、欧州に進出★★
ベルギーのグラバーベル社(現AGC Glass Europe)を買収し欧州進出★★
APテクノグラス社(現AGC Flat Glass North America, Inc.)を設立し、米国での自動車ガラス生産を開始 合成石英ガラスの生産を開始★★
APテクノグラス社(現AGC Flat Glass North America)を設立し米国で自動車ガラス生産を開始★★
合成石英ガラスの生産を開始★★
米国のAFGインダストリーズ社(現AGC Flat Glass North America, Inc.)に資本参加し、同国での板ガラス生産を開始★★
米国の板ガラス製造会社AFGインダストリーズ社に資本参加★★
ベルギーのスプリンテックス社(現AGC Automotive Europe)へ資本参加し、欧州での自動車ガラス生産を開始
ベルギーのスプリンテックス社(現AGC Automotive Europe)に資本参加★★
中国に大連フロート硝子社(現艾杰旭特種玻璃(大連)有限公司)を設立し、同国での板ガラス生産を開始
中国に大連フロート硝子社を設立し板ガラス生産を開始★★
8事業本部を「疑似分社」とする独立事業部制と業績連動の査定制度を導入★★★
TFT液晶ガラス基板用無アルカリガラスの生産を開始★★
中国に秦皇島海燕安全玻璃社(現艾杰旭汽車玻璃(秦皇島)有限公司)を設立し、同国での自動車ガラス生産を開始
TFT液晶ガラス基板用無アルカリガラスの生産を開始★★
中国に秦皇島海燕安全玻璃社を設立し自動車ガラス生産を開始
門松正宏ロシアのボー・グラス・ワークス社に資本参加し、同国に進出
門松正宏ロシアのボー・グラス・ワークス社に資本参加
門松正宏英国のICI社のフッ素樹脂事業(現AGC Chemicals Europe, Ltd.)を買収し、欧州でのフッ素化学品の生産を開始★★
門松正宏英国ICIのフッ素樹脂事業を買収★★
門松正宏台湾に旭硝子ファインテクノ台湾社(現艾杰旭顕示玻璃股份有限公司)を設立し、台湾でのTFT液晶用ガラス基板の生産を開始
門松正宏台湾に旭硝子ファインテクノ台湾社を設立しTFT液晶用ガラス基板生産を開始★★
門松正宏カンパニー制を導入、グローバル一体経営体制に移行★★
門松正宏カンパニー制を導入しグローバル一体経営体制に移行★★
門松正宏旭硝子ファインテクノ韓国社(現AGC Fine Techno Korea Co., Ltd.)を設立し、韓国でのTFT液晶用ガラス基板の生産を開始
門松正宏旭硝子ファインテクノ韓国社を設立し韓国でTFT液晶用ガラス基板生産を開始
石村和彦グループブランドをAGCに統一★★
石村和彦グループブランドをAGCに統一★★
石村和彦門松正宏から石村和彦へ社長交代★★
石村和彦旧北九州工場から自動車ガラス事業を撤退
石村和彦スマートフォン・タブレットPC等のカバーガラス向けに化学強化用特殊ガラスの生産を開始★★
石村和彦旧北九州工場から自動車ガラス事業を撤退
石村和彦スマートフォン・タブレット用カバーガラス向け化学強化用特殊ガラスの生産を開始★★
石村和彦中国にTFT液晶用ガラス基板の生産拠点として、艾杰旭顕示玻璃(昆山)有限公司を設立
石村和彦中国にTFT液晶用ガラス基板拠点として艾杰旭顕示玻璃(昆山)を設立
石村和彦ブラジルにAGC Vidros do Brasil Ltda.を設立し、同国に進出
石村和彦ブラジルにAGC Vidros do Brasilを設立し進出★★
石村和彦シンガポールに東南アジア地域統括拠点として、AGC Asia Pacific Pte., Ltd.を設立★★
石村和彦シンガポールに東南アジア地域統括拠点AGC Asia Pacificを設立
島村琢哉ベトナムの塩ビ事業会社フーミー・プラスチック・アンド・ケミカルズ社(現AGC Chemicals Vietnam)に資本参加し、同国に進出
島村琢哉ベトナム塩ビ事業会社フーミー・プラスチック社に資本参加
島村琢哉石村和彦から島村琢哉へ社長交代★★
島村琢哉ドイツのバイオミーバ社(現AGC Biologics GmbH)の全株式を取得し、同国でのバイオ医薬品開発製造受託事業を開始★★
島村琢哉ドイツのバイオミーバ社(現AGC Biologics GmbH)の全株式を取得しバイオ医薬品CDMO事業を開始★★
島村琢哉デンマーク・米国のCMC Biologics社(現AGC Biologics, Inc.)の全株式を取得しバイオ医薬品CDMO事業を開始★★
島村琢哉タイの化学品会社Vinythai Public Company Limited(現AGC Vinythai)の過半数株式を取得し塩ビ生産拠点を確保★★
島村琢哉デンマーク・米国に拠点を有するCMC Biologics社の全株式を取得★★
島村琢哉タイの化学品会社Vinythai Public Companyの過半数株式を取得し塩ビ生産拠点を確保★★
島村琢哉社名を旭硝子株式会社からAGC株式会社へ変更★★
島村琢哉米国のPark Electrochemical社のエレクトロニクス事業を買収★★
島村琢哉社名を旭硝子株式会社からAGC株式会社へ変更★★
島村琢哉米国Park Electrochemical社のエレクトロニクス事業を買収★★
島村琢哉スペインのMalgrat Pharma Chemicals社(現AGC Pharma Chemicals Europe)を全株取得し合成医薬品CDMO事業を開始
島村琢哉米国のTaconic社 Advanced Dielectric部門グローバルオペレーションを買収★★
島村琢哉スペインのMalgrat Pharma Chemicals社の全株式を取得し合成医薬品CDMO事業を開始★★
島村琢哉米国Taconic社のAdvanced Dielectric部門を買収★★
平井良典イタリアのMolecular Medicine社(現AGC Biologics S.p.A.)の全株式を取得し遺伝子・細胞治療領域のCDMO事業を開始
平井良典イタリアMolecular Medicine社の全株式を取得し遺伝子・細胞治療領域のCDMO事業を開始★★
平井良典島村琢哉から平井良典へ社長交代★★
平井良典旧中央研究所と旧京浜工場の研究開発拠点を統合し、AGC横浜テクニカルセンターとして運営を開始
平井良典北米建築用ガラス事業を米国のCardinal Glass Industries社に譲渡★★
平井良典旧中央研究所と旧京浜工場の研究開発拠点を統合しAGC横浜テクニカルセンターとして運営開始
平井良典北米建築用ガラス事業を米国Cardinal Glass Industriesに譲渡★★
平井良典東南アジアのクロールアルカリ事業子会社を統合再編し、新たにAGC Vinythai Public Company Limitedを設立
平井良典東南アジアのクロールアルカリ事業子会社を統合再編しAGC Vinythai Public Companyを設立
平井良典ライフサイエンスカンパニーを新設 中国の各種フロートガラス等製造販売会社である艾杰旭特種玻璃(大連)有限公司の全株式を上海耀皮玻璃集団股份有限公司に譲渡★★
平井良典ライフサイエンスカンパニーを新設★★
平井良典中国の艾杰旭特種玻璃(大連)の全株式を上海耀皮玻璃集団に譲渡★★
平井良典ロシアの建築用・自動車用ガラス事業を譲渡し、同国での事業から撤退★★
平井良典ロシアの建築用・自動車用ガラス事業を譲渡しロシア事業から撤退★★
出典・参考
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
  • AGC 有価証券報告書 第101期(2025年12月期)【沿革】

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