1991年設立。創業者の分林保弘が日本オリベッティ時代に築いた会計事務所との人脈を起点に、全国の会計事務所と地方銀行をネットワーク化し、中小企業の事業承継を仲介するビジネスモデルを構築した。日経新聞への広告出稿や書籍出版で市場を啓蒙しつつ、全国金融研究会やバンクオブザイヤー表彰制度で地銀との関係を制度化し、東証一部上場を果たした。しかし2021年の不正会計発覚で信頼基盤が毀損し、競合の急増とともに転換期を迎えている。
売上高・営業利益率
セグメント別売上高
売上高分解(原価・販管・営利)
歴史概略
第1期: ネットワーク構築と市場啓蒙(1991〜2006)
会計事務所ネットワークの組織化
分林保弘は立命館大学卒業後、会計系コンピューターを扱う外資企業の日本オリベッティに入社し、会計士向けシステム販売を通じて全国の会計事務所との人脈を築いた。1970年代に日本オリベッティがTKCと提携した関係から、分林は会計事務所の経営課題に深く触れる機会を得ていた。1991年、分林はこの人脈を基盤に日本エム・アンド・エー・センターを設立した。全国の会計事務所が出資する形でM&Aの情報ネットワークを組織化した点に独自性があった。
当時の日本では中小企業のM&Aという概念自体がほとんど認知されていなかった。分林は1992年に日本経済新聞の一面に「あなたの会社の後継社を探します」と広告を出稿し、あえて「後継者」ではなく「後継社」と記載することでM&Aの存在を啓蒙した。この広告は全国から約400社の問い合わせを獲得し、事業承継の潜在需要の大きさを示した。
地方銀行ネットワークの制度化と上場
1999年、分林は著書『「中小企業」M&Aの時代が来た!』を出版し、地方銀行から行員研修の依頼を獲得するきっかけを作った。2000年には「全国金融M&A研究会」を発足させ、地銀や信用金庫の行員に対するM&A教育を定期的に実施することで、金融機関との情報パイプラインを構築した。提携契約ではなく教育と人的関係の蓄積による結びつきであり、後発の模倣が困難な情報基盤となった。
2002年に商号を日本M&Aセンターに変更し、2003年には本社を東京丸の内に移転して採用力の強化を図った。2006年には東証マザーズに上場し、翌2007年に東証一部へ市場変更を果たした。M&A仲介業は守秘義務の観点から上場に不向きとされていたが、HIS創業者の澤田秀雄からの助言を受けて上場に踏み切った経緯がある。
第2期: 事業拡大と組織の膨張(2007〜2021)
情報基盤の強化と地方展開
東証一部上場後、日本M&Aセンターは事業インフラの拡充を進めた。2008年には矢野経済研究所を持分法適用関連会社とし、市場調査機能を取り込んだ。2012年にはM&Aシニアエキスパート認定制度を開始して金融機関側の人材育成を体系化し、M&A仲介を担える専門人材の裾野を広げた。2013年にはバンクオブザイヤーの表彰制度を導入し、地銀間でM&A紹介実績を競わせる仕組みを制度化した。名古屋支社の設置も同年であり、地方拠点の整備によって全国の案件対応力を強化した。
これらの施策により、会計事務所と地方銀行の二層構造を持つ情報ネットワークが制度的に強固になった。提携先の金融機関から案件情報が自然に流入し、日本M&Aセンターが仲介して成約課金で収益を得る仕組みは、中小企業の後継者不在率が上昇するにつれて需要を取り込み、成長を続けた。
海外展開と持株会社制への移行
2016年にシンガポールにオフィスを設置し、日本の中小企業と東南アジア企業のクロスボーダーM&Aへの対応を開始した。同年には企業総合評価研究所を設立して企業価値評価の内製化を進めた。2019年にインドネシア、2020年にマレーシアにも駐在員事務所を開設し、東南アジアにおけるM&A仲介の足場を築いた。国内では2020年にスピアを完全子会社化し、グループの事業領域を拡充した。2021年10月、日本M&Aセンターは持株会社制に移行してグループ経営体制を整備した。
しかし持株会社制への移行からわずか2か月後の2021年12月、不正会計が発覚した。組織が急速に拡大する過程で内部統制の不備が露呈した形であった。会計事務所や地銀が案件を紹介する前提は紹介先の品質と信頼性にあり、不正会計はその前提に根本的な疑問を突きつけた。創業以来30年かけて構築したネットワークの信頼基盤が毀損される事態となった。
第3期: 信頼回復と市場環境の変化(2022〜現在)
不正会計後の体制立て直し
不正会計の発覚後、日本M&Aセンターは品質管理と審査体制の強化に取り組んだ。営業現場の運用を見直し、案件の適正な進行管理を再構築した。2024年3月には竹内直樹が代表取締役社長に就任し、新体制のもとで信頼回復と組織改革を推進した。同年10月には日本サーチファンドを設立し、サーチファンド型の事業承継という新たな手法の導入にも着手している。
一方で、品質管理の厳格化は案件の成約までの期間を延ばす結果をもたらした。説明負荷の増加や顧客の慎重化が重なり、受託から成約に至るプロセスが長期化した。仲介業は成約課金型のモデルであるため、成約の遅延はそのまま売上計上の後ろ倒しに直結する構造にある。
競合環境の激変と減収決算
外部環境も大きく変化した。2025年時点でM&A支援機関は約3,000社、仲介専門会社は約700社が中小企業庁に登録されている。その多くはネットワークを持たないブティック型であり、ダイレクトメールやテレアポで案件を獲得する手法が定着した。竹内社長は「経営者は日々届く多くのDMに対して疲弊しており、反応率は低下している」と指摘し、業界全体の品質低下にも懸念を示している。
2025年3月期、日本M&Aセンターは減収決算を発表した。先行指標の受託件数が伸びても成約が遅延すれば売上は減少するという仲介モデルの構造が可視化された。30年かけて構築したネットワークは、市場を啓蒙し拡大させた結果として生まれた多数の参入者と、不正会計という内部要因の双方から侵食を受けている。
不正会計後に審査体制を強化した結果、案件の品質は向上したが、成約までの時間が延びて売上が減少した。仲介業では受託から成約までの期間が収益計上のタイミングを規定するため、審査の厳格化はそのまま短期業績の悪化に直結する。先行指標である受託件数が伸びても成約が遅延すれば減収になるという構造は、品質と速度のトレードオフが売上に可視化される仲介モデル固有の特性を示している。正しい運用が業績を押し下げるという逆説が、経営の説明責任を複雑にしている。