日本郵便と日本通運の宅配便統合とJPエクスプレス
2010年破談なぜゆうパックとペリカン便の統合は総務大臣の認可を得られず、共同事業の解消に至ったのか?
- 概要
- 2008年、日本郵便(郵便事業会社)と日本通運が宅配便のゆうパックとペリカン便を統合するため合弁の準備会社JPエクスプレスを設立したが、総務大臣の認可が下りず共同統合は破談。ペリカン便はゆうパックに吸収され、日通は宅配便から撤退した案件。
- 背景
- ヤマト・佐川の2強が寡占する宅配便市場で、業界3位のペリカン便(日通)と4位のゆうパック(郵便事業会社)はともに赤字を抱えていた。郵政民営化を背景に、両社が統合して規模で2強に対抗する構想が描かれた。
- 内容
- 両社が共同出資する準備会社JPエクスプレスへペリカン便を先行移管した。だがゆうパック移管の事業計画変更を総務大臣が「実現性・具体性に欠ける」として認可せず、共同統合を断念。郵便事業会社が単独でペリカン便事業を承継した。
- 含意
- 統合の経済合理性より、規制産業の認可と政権交代という外部要因が成否を分けた。さらに準備不足のまま急いだ統合は2010年7月の大遅配を招き、成立後のオペレーション設計の重要性も示した。
認可とPMIという二つの土台
この破談は、統合の経済合理性よりも、規制産業特有の認可という外部の関門が成否を分けた事例である。郵便事業会社の事業計画は総務大臣の認可を前提とするため、当局が計画の実現性や準備の周到さを不十分と判断すれば、両社がいかに合意していても統合は前に進めない。加えて、郵政民営化の象徴とされた案件であったがゆえに、政権交代という政治の転換が計画の追い風を逆風へと変えた。条件交渉が整う前に、認可を得られる水準の計画と政治環境という土台を欠いていたことが、共同統合の断念につながったとみることができる。
もう一つの教訓は、統合そのものより統合後の実務にある。共同事業の解消後、郵便事業会社は単独でペリカン便を吸収したが、システムの一本化やオペレーションの設計が追いつかないまま発足の期日を優先した結果、初日からの大遅配という形で破綻が表面化した。規模の拡大を急ぐあまり現場の処理能力や情報システムの統合を後回しにすれば、たとえ統合が実現しても利用者の信頼を失いかねない。外部要因による破談と、急いだ統合がもたらした混乱――本件は、認可という入口と、統合後の実務という出口の双方に土台が要ることを示しているといえる。
統合の背景
市場環境——宅配便の寡占と郵政民営化
2000年代後半の宅配便市場は、ヤマト運輸の宅急便と佐川急便の飛脚宅配便が圧倒的なシェアを握る2強市場であった。郵便事業会社が扱うゆうパックは業界4位、日本通運のペリカン便は業界3位に位置していたが、両社とも宅配便事業は赤字を抱えていた。2007年10月の郵政民営化で発足した郵便事業株式会社にとって、成長余地のある宅配便は強化すべき分野であり、2強に対抗するには規模の拡大が避けられない状況にあった。郵政民営化の象徴として、赤字を抱える業界3位・4位がどう生き残るかが問われていた[1]。
こうしたなか、業界3位の日本通運と4位の郵便事業会社が手を組み、両社の宅配便を統合して2強に挑むという構想が浮上した。両社は2008年4月25日、宅配便事業に係る統合基本合意書を締結し[2]、宅配便を統合するための準備会社を共同で設立することで合意した。郵政民営化で生まれたばかりの郵便事業会社にとって、日通との統合は宅配便部門を一気に拡大する好機であり、日通にとっても単独では先細りが避けられない宅配便を業界再編の枠組みに乗せる選択であった。両社の思惑は、規模による生き残りという一点で重なっていた。
統合の発端
統合基本合意とJPエクスプレスの設立
統合は、両社が共同で出資する準備会社に宅配便を集約する形をとった。2008年6月2日、郵便事業株式会社と日本通運は、日本郵便と日本通運の宅配便事業統合のための準備会社としてJPエクスプレス株式会社の設立に係る登記申請を行った[3]。これは同年4月25日に締結された宅配便事業に係る統合基本合意書に基づく措置である[4]。両社の宅配便であるゆうパックとペリカン便を、この新会社へ順次移管して一本化し、ヤマト・佐川の2強に対抗できる規模の宅配便事業を築くことが構想の骨格であった。
計画は二段階で進められた。まず日本通運のペリカン便をJPエクスプレスへ移し、続いて郵便事業会社のゆうパックを統合する手順である。先行してペリカン便事業がJPエクスプレスへ移管された一方、ゆうパックの統合には総務大臣の認可が必要で、そのめどは立たなかった。ゆうパックが移ってこないため、JPエクスプレスはペリカン便だけの「片翼飛行」の状態に陥り[5]、不況による荷物量の減少も重なって、発足から間もなく採算が大きく悪化していった。統合は当初の予定から繰り返し先送りされた[6]。
統合の経過
総務大臣による事業計画変更の認可拒否
二段階統合の最大の関門は、ゆうパックをJPエクスプレスへ移すための事業計画変更の認可であった。郵便事業会社の事業計画の変更には総務大臣の認可を要する。2009年9月8日、佐藤勉総務大臣は閣議後の会見で、郵便事業会社が申請したゆうパックの統合に関わる事業計画の変更を「実現性、具体性に欠ける」として認可しないと表明した[7]。これにより同年10月に予定されていた統合は見送られ、JPエクスプレスへのゆうパック移管は事実上行き詰まった。
認可しない理由として、総務省は郵便事業会社の計画の杜撰さを指摘した。具体的には、利用者サービスに関わる郵便会社社員の教育・訓練が統合当日の始業前1時間のみと不十分であること[8]、統合後の送達日数などサービス水準を維持するオペレーション体制に疑問があること、統合後の郵便事業への影響やJPエクスプレスの業績が下振れした場合の具体的な対応が示されていないこと、の3点が挙げられた。準備不足こそが認可拒否の核心であった。
政権交代とJPエクスプレスの清算
認可拒否の背後には政権交代もあった。宅配便統合は郵政民営化の象徴とされたが、2009年夏の衆院選で民主党政権が発足し、郵政民営化の見直しが政策課題となった。度重なる延期と新政権の政策転換で、宅配便統合計画は暗礁に乗り上げた[9]。一方、JPエクスプレスの経営は危機的で、ペリカン便だけの片翼飛行のもと、毎日1日1億円の赤字が出る状態にあり[10]、2009年4月から9月の半年で250億円前後の赤字を計上、資本金と資本準備金の半分以上を消費したと報じられた。
共同統合の継続は限界に達した。日本通運はJPエクスプレスを持分法適用会社から除外することを決め、保有株式の20%を郵便事業会社に引き取らせて出資負担から退いた[11]。最終的に両社は宅配便の共同事業を解消し、郵便事業会社がJPエクスプレスから宅配便事業を譲り受けて単独で運営する方針へと転換した。JPエクスプレスは解散して清算手続きに入り、宅配便事業はゆうパックへ引き継がれることになった。こうして日本通運は宅配便事業から撤退することになった[12]。
統合の帰結
新ゆうパックの大遅配とペリカン便33年の幕
統合は2010年7月1日に実施された。郵便事業会社はJPエクスプレスのペリカン便事業を承継し、新たなゆうパックとしてサービスを始めた。取扱窓口はペリカン便の約6万カ所が加わって約13万5000カ所と倍増し、配達時間帯も以前の5区分から6区分へと細分化された[13]。だが荷物量が一気に増える一方で、ゆうパックとペリカン便のオペレーションの統合はうまくいかず[14]、現場には統合に見合う処理体制が整っていなかった。サービスの拡張が、足元の処理能力を上回っていたのである。
統合初日から現場は大混乱に陥った。7月1日には速達や小包を担当する集配職員までがゆうパック配達に召集され、全員が夜9時過ぎまで残業しても配りきれず、配達指定日のゆうパックを翌日に回す事態が相次いだ[15]。一部の支店で生じた作業の遅延は全国へ波及し、東洋経済は統合初日の遅配を「34万個」の大遅配と報じた[16]。配達日や時間帯の指定すら守れない状態となり、生活インフラに近い宅配便の混乱は、利用者の信頼を大きく損なった。
混乱の収拾には2週間を要した。郵便事業会社は2010年7月15日、「宅配便事業統合に伴うゆうパック送達遅延の正常化について」を公表し、お客さまへのサービスは正常化したと発表した。同社は遅延の原因について、7月1日の統合に際してゆうパックの拠点となる支店の一部で作業の遅延が発生し、それが全国に波及したものとしたうえで、本社を始め全体として準備が不十分な面があったと認めた[17]。そして6月30日をもってペリカン便ブランドはおよそ33年の歴史に幕を下ろし、日本通運は宅配便事業から撤退した[18]。
- 日本郵政株式会社 2008年6月2日「JPエクスプレス株式会社の設立について」
- 郵便事業株式会社 2008年6月2日「JPエクスプレス株式会社の設立について」
- 物流ウィークリー 2009年9月17日「ゆうパックとペリカン便、統合のめど立たず」
- 東洋経済オンライン 2009年9月29日「ゆうパック・ペリカン便統合の行く末、政権交代で白紙撤回も」
- ダイヤモンド・オンライン 2009年11月24日「毎日1億円の赤字を垂れ流し郵政・日通宅配便合弁の窮地」
- ダイヤモンド・オンライン 2010年7月2日「統合・再出発の初日から大混乱ゆうパック・ペリカン便の前途」
- 日本郵便 2010年6月28日「宅配便事業統合に関するお知らせ」
- 日本経済新聞 2010年6月30日「『ぺリカン便』33年の歴史に幕『ゆうパック』に吸収」
- 東洋経済オンライン 2010年7月16日 山田雄一郎「新・ゆうパックの失態、34万個『大遅配』の顛末」
- 日本郵便 2010年7月15日「宅配便事業統合に伴うゆうパック送達遅延の正常化について」