ダイエーの歴史

創業年
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上場年
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従業員数
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平均年齢
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平均年収
-万円
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中内功(ダイエー・創業者)
  • 歴史
  • 沿革
  • 業績
1957年

大栄薬品工業を創業

ダイエー創業者である中内功は神戸市長田区(片山町5-5)にて薬品販売のための「大栄薬品工業」を創業した。創業当時は薬品の値引き販売を主軸に、業容を拡大する。
1962年

商号を主婦の店ダイエーに変更

ダイエーは創業時は「薬品」が主力であったが、精肉、リンゴ、バナナなど、取扱品目を拡大することでスーパーマーケットの業態に転換する。業態と社名を一致させるため、1962年に商号を「主婦の店ダイエー」に変更した。
1964年

株式会社一徳を買収

ダイエーは神戸・大阪を中心にスーパーマーケットを展開することで業容を拡大したが、首都圏への進出に課題があった。そこで、ダイエーは首都圏を中心に展開する同業の株式会社一徳を買収して「トウキョウダイエー」を設立し、首都圏市場に参入した。なお、首都圏にはイトーヨーカ堂、長崎屋、西友などの手強いライバルが存在した。
1973年

小売業売上高日本一を達成。ダイエー神話

1973年2月期にダイエーは売上高3052億円を記録し、それまで小売業界で日本一の売上高を誇った百貨店・三越を凌駕して日本一の小売業へと躍り出た。創業からわずか10年数年という快挙であり「ダイエー神話」として賞賛を浴びる。ダイエーの創業者である中内功に注目が集まったものの、中内氏に対しては「成り上がり者」という嫉妬にまみれた見方をする業界関係者も多かったという。
中内功の発言
小売の形態では産業化ということが遅れているんです。メーカー部門では産業化の段階、ポスト・インダストリアライゼーションが議論されていますが、小売部門はまずインダスとリアライズすることを考えなければならない。マスのメリットを追求し、それをどのように消費者に還元するかということで大規模化を進めています。われわれの業界はやっとメーカーに直接ものが言え始めてきたという段階でしょうね。...(中略)...メーカーが勝手に描いた虚構の上の消費生活の豊かさというものを、もう一度、本当の人間のあるべき生活という観点で、消費者と一緒に考えることが必要になってきたんじゃないでしょうか
1974/6/24日経ビジネス「編集長インタビュー・中内功」
1990年

バブル崩壊により土地価格が下落

1990年代を通じて日本経済はブル崩壊によって株価と土地価格が下落した。この結果、バブル絶頂期に土地を取得(担保)した企業は、土地価格の下落によって膨大な含み損を抱えた。
1997年

赤字転落

バブル崩壊によって、店舗の土地価格が下落するとダイエーは巨額の含み損を抱え、返済の見込みが薄い膨大な有利子負債を抱えた。このため、1997年にダイエーは258億円の経常赤字に転落する。
2001年

ダイエー創業者・中内功が経営から退く

中内功はダイエーの経営から退く形で、経営不振に対する責任をとる。この過程で、中内功は全財産を失って不遇の晩年を迎えつつ、2005年に83歳にて逝去した。
2004年

産業再生機構により経営再建へ

経営危機に陥ったダイエーを再建するため、産業再生機構によるダイエーの経営支援が本格化した。ダイエーは莫大な有利子負債を抱えていたことから、借金返済に追われ、事業の拡大を封じられる。
2014年

イオンがダイエーをTOB。上場廃止へ

イオンはダイエーのTOBを決め、ダイエーは上場廃止となった
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