サンアスタリスクの歴史

創業年
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上場年
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従業員数
-
単体125名
平均年齢
-
単体125名
平均年収
-万円
単体125名
小林泰平(サンアスタリスク・代表取締役)
小林泰平(サンアスタリスク・代表取締役)
早稲田実業高校を中退し、ホームレスとして東京都内の公園を転々としつつバンド活動に勤しむ。その後、2010年にエンジニアに転身。2012年にサンアスタリスクのベトナム法人立ち上げのために現地に移住。2017年サンアスタリスク代表取締役に就任

ベトナムで受託開発体制を確立

サンアスタリスクの歴史は、2012年に設立された株式会社フランジアジャパンに始まる。

サンアスタリスクの歴史における特色は、ベトナムにおけるオフショア開発(受託開発)を、2010年代というweb技術が急速に普及する中で作り上げたことにある。

2010年代を通じてwebサービスの需要が急増した一方で、日本のベンチャー企業がエンジニアを確保するのが極めて難しい状況になっていた。そこで、サンアスタリスクはベトナムでエンジニアを現地採用して1000人規模の開発部隊を作り上げ、日本よりも安いコストで受託開発を請け負うことによって急成長を遂げた。

現在もサンアスタリスクの従業員の大半はベトナム法人にあり、日本のベンチャ企業におけるweb開発を支える裏方企業として成長を続けている。

@yusugiura 2021/06/10
  • 歴史
  • 沿革
  • 業績
2012年

株式会社フランジア・ジャパンを設立(現在のサンアスタリスクを設立)

創業経緯

2012年に東京都中央区にて株式会社フランジア・ジャパンが創業された。創業者は平井誠人と藤本一成の2名であり、日本とアジアを軸とした事業展開を目論んで「from Asia(フランジア)」という社名を付けたという。

なお、経営体制の大きな変更が2017年に実施された。2017年にサンアスタリスクの代表取締役に小林泰平(後述するベトナム事業の立役者)が就任し、創業者の一人である平井氏は取締役として経営に関与する体制に変化している。

2012年

ベトナムでオフショア開発の体制を構築

意思決定

アジアにおける事業展開を行うためにベトナム法人を設立し、小林泰平がベトナムに移住して海外事業にコミットする。

詳細な経緯は不明だが、サンアスタリスクはベトナムの一流大学の学生に着目し、大学と提携することでプログラミングの講義を行い、卒業生の一部がサンアスタリスクに入社するように促すことでエンジニアを確保した。このため、ベトナムにおける産学連携が、サンアスタリスクの生命線であった。

なお、サンアスタリスクは基幹システムの保守改修は手掛けずに、webサービスの開発にこだわって受託開発の体制を構築した。この結果、レガシーなシステムではなく、当時としてはモダンなweb技術(2010年代のRuby on Rails)を採用したため、最新のweb技術を習得したい学生の囲い込みにも成功した。

結果として、ベトナム現地の学生からも評判となり、サンアスタリスクは受託開発事業における採用面で優位に立つ。2020年時点におけるベトナムでの年間のエンジニア応募数は約1000名に対し、実際に採用するのは10名程度であり、ポテンシャルの高いエンジニアの確保に成功している。

小林泰平の発言
(サンアスタリスク代表取締役)

ベトナム人は非常に優秀なエンジニアが少なくないが、当初は責任感に欠けた人もいた。これは日本など海外のIT大手がシステムの保守・運用などの委託先、いわば下請けとして現地のエンジニアを使ってきたからだ。これだと現地の人のモチベーションがわかない。

うちの会社は彼らと一緒になって新規事業を次々やるというスタイルだった。有能な人材がどんどんうちに集まってくれた

MEMO
(エンジニアリングメモ)

2010年代におけるweb技術のトレンドは、フレームワークの活用にある。phpではCakePHPやLaravel、RubyではRuby on Railsといったwebアプリケーションを高速で構築できる技術がトレンドとなり、これらの技術を使うことが最先端と同じ意味であった。

その意味で、web技術がフレームワークを活用して、クラウドを通じてサービスを提供する時代に変化する中で、サンアスタリスクがレガシーなIT産業ではなく、web技術の方向に目を向けたのは優れた技術判断であったと評価できる。

2012年

ベトナム進出の立役者である小林泰平が代表取締役に就任

社長交代

ベトナム事業が好調に立ち上がったことを受けて、サンアスタリスクの創業者である平井氏は、2017年に小林泰平がサンアスタリスクの代表取締役に任命した。

なお、サンアスタリスクには社長の役職がなく、代表取締役が実質的な経営のトップを意味する。

このため、2017年以降のサンアスタリスクは小林泰平を中心とした経営体制に移行し、東証マザーズへの株式上場を目指した。

平井誠人の発言
(サンアスタリスク創業者)

(筆者注:代表取締役を交代した理由は)単純に彼の方が優秀だと思ったからだ。あんな見てくれだが、誠実な人柄で私利私欲もない。チームを巻き込む求心力もある。ビジネスの経験値はなかったが、地頭がいいので、知識を吸収する能力も高い

2010年代後半

日本のベンチャー企業を顧客として獲得

顧客獲得

サンアスタリスクの顧客は費用を抑えつつwebシステムを開発したい日本のベンチャー企業(ユーザベース、マネーフォワードなど)であった。これらのベンチャー企業は国内におけるエンジニアの確保に難航しており、オフショアの活用を選択した。

なお、サンアスタリスクは、口コミ(飲み会やFacebookにおけるつながり)などによってこれらの顧客を獲得していったという。

小林泰平の発言
(サンアスタリスク代表取締役)

スタートアップ企業で、シリーズAの数億円くらいの資金調達を終えて、これから人を集めてプロトタイプのサービスをスケールさせていくんだというタイミングでご連絡いただくことが一番多いですね。でも、ここで採用の壁にぶつかるわけです。国内だと人材不足でエンジニアを採用できないので。

添谷彰太氏の発言
(顧客の意見・マネーフォワード)

開発力を強化していきたいという中で国内での採用も含めて、どうすれば開発力を強化できるだろうかと考えていた時に、たまたま社内にSun*さんを知っている人がいたんです。(中略)

すべての人の、「お金のプラットフォーム」になるというビジョンを実現するために、やりたいサービスが山ほどあるのですが、一つサービスを作ると、新しい機能を追加したり、メンテナンスのために常にエンジニアが必要になります。つまり「作りたいサービスがあっても開発するエンジニアがいない」というジレンマが起きつつあったのです。そういったエンジニア不足をどうにかして解決する一つの手段として、オフショア開発を視野に入れました。

2020年

増収増益の達成により東証マザーズに株式上場

業績好調

ベトナムにおける開発拠点の拡充により、低コストでwebアプリケーションを量産できる体制は、開発費用を抑えたい日本企業から支持を受け、サンアスタリスクは順調に業容を拡大した。

この結果、2020年に東証マザーズへの株式上場を果たす。

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