歴史的背景
ニッスイは創業以来、遠洋漁業を中核とする水産企業として成長し、戦前から戦後にかけては漁獲量の拡大と船団・設備への集中投資によって事業基盤を拡張してきた。加工や販売は漁業を補完する位置づけにとどまり、経営資源は一貫して一次生産に集約されていた。しかし、1977年の200海里規制を契機として、漁獲量拡大を前提とした成長モデルは構造的な制約を受けることになり、同社は加工食品、海外水産、養殖といった分野へと事業領域を広げていくことになる。以降の多角化は、資源制約への対応として合理的であった一方、事業ごとの収益性や投下資本の管理を複雑化させる要因ともなっていった。
近年では、気候変動や海洋環境規制の強化、グローバル競争の激化といった要因により、水産業を取り巻く事業環境は一段と不確実性を高めている。こうした中で、従来の「水産業の延長」として事業を整理することが難しくなり、同社は企業の自己定義そのものを見直す必要に迫られた。Good Foods 2030は、漁業中心の発想から転換し、「食」を軸に事業を再整理することで、中長期的に持続可能な事業構造を構築することを目的として位置づけられている。
長期ビジョンの狙い
本ビジョンにおける経営指針は、従来の事業区分にとらわれず、食の提供価値を起点として事業ポートフォリオを再構築していく点にある。加工食品、海外水産、養殖などの各事業について、売上規模の拡大ではなく、将来の成長余地や競争優位の持続可能性を踏まえた選別と重点化を進める考え方が示されている。特に養殖分野は、資源制約への対応と安定供給の両立を図る領域として位置づけられており、技術やノウハウの蓄積を通じた中長期的な価値創出が想定されている。
あわせて、経営資源の配分においては、ROICを軸とした資本効率の視点が重視されている。多角化によって形成された事業群を前提に、投下資本と収益性の関係を可視化し、事業の継続・拡大・見直しを判断していく姿勢が示されている。創出されたキャッシュは、成長投資と財務健全性の維持を意識しながら配分されることが想定されており、Good Foods 2030は、事業規模ではなく事業の質を高めていくための指針として整理されている。
Author's Questions
なぜニッスイは、漁業中心の企業から「食」を軸とした企業像へと再定義する必要があったのか
ニッスイは創業以来、漁業を中核とした事業モデルによって成長してきたが、200海里規制や資源制約の強化によって、漁獲量の拡大を前提とした成長モデルは構造的な制約を受けることになった。その後、加工食品や海外水産、養殖といった分野へと事業領域を広げてきたものの、いずれも漁業の延長線上に位置づけられてきた側面がある。Good Foods 2030では「水産」ではなく「食」を前面に掲げているが、なぜこのタイミングで企業の自己定義そのものを切り替える必要があったのか
サステナビリティ経営は、ニッスイにとって理念なのか、それとも事業前提を覆しうる変化なのか
Good Foods 2030では、気候変動対応や海洋環境保全、資源の持続可能な調達といった社会課題が前提条件として整理されている。これらはCSR的な取り組みとして語られがちだが、ニッスイの場合、事業そのものが自然資本への依存度が高く、政治的な要因や、環境制約が直接的に収益構造へ影響する。サステナビリティを経営の中心に据えている背景には、社会的体裁を整える以上に、重大な前提変化を考慮したものなのか