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昭和電工による日立化成の買収とレゾナック誕生

2020年成立

なぜ昭和電工は自社の体力を上回る規模の日立化成を約9600億円で買収し、レゾナックへと至ったのか?

買収 TOB
公表日時 2019年12月
交渉期間 約4ヶ月
帰結 成立
概要
2019年12月、昭和電工が日立製作所の上場子会社・日立化成を1株4630円・総額約9600億円のTOBで完全子会社化すると発表し、2020年に買収を完了した案件。半導体・電子材料を一気に取り込んだ。
背景
日立がIoT・デジタルへの選択と集中で「御三家」の日立化成を売却する一方、総合化学の昭和電工は5GやEVをにらむ先端材料の取り込みを狙った。売り手と買い手の思惑が一致した友好的買収であった。
内容
親会社日立の51%強を含む全株を対象にTOBを実施し、議決権の約87.6%を取得して連結子会社化。買収資金のほぼ全額を借入と優先株で調達した。買収額は自社の体力を上回り「小が大を飲む」と評された。
含意
上場子会社の解消とガバナンス改革、総合化学の高付加価値シフトが交差した買収。日立化成は昭和電工マテリアルズを経て、2023年発足のレゾナックの中核事業となった。
筆者の見解

「小が大を飲む」買収が残したもの

昭和電工による日立化成の買収は、二つの大きな潮流が交差した案件として読み解ける。一つは、日立製作所に代表される日本の大企業が、上場子会社という独特の構造を解消し、選択と集中とコーポレートガバナンスの両面から事業を組み替えていく流れである。御三家と呼ばれた中核子会社さえ売却対象となったことは、親会社と少数株主の間に利益相反を抱える上場子会社のあり方が、もはや維持しがたくなっていたことを物語る。もう一つは、景気変動に左右されやすい総合化学が、半導体・電子材料という高付加価値領域へ軸足を移そうとする業界再編の流れである。日立化成は、その双方の思惑が出会う格好の対象であった。

一方で、自己資本を大きく上回る規模の買収を外部資金に依存して成立させたことは、相応の代償を伴った。買収によって膨らんだのれんと有利子負債は、統合後の収益で回収しなければならない重荷であり、規模の追求が常に成功を約束するわけではないことを示している。2023年に誕生したレゾナックは、川上から川下までを束ねる新たな化学企業の形を体現したが、その真価が問われるのは統合の効果を持続的な収益へと変えられるかどうかにある。「小が大を飲む」買収は、決断の大胆さと、その後に背負う統合の難しさを、同時に映し出す事例だといえる。

Yutaka Sugiura

統合の背景

売り手の事情——日立グループの「選択と集中」

日立化成の売却は、親会社である日立製作所が長く進めてきたグループ再編の総仕上げの一手であった。リーマン・ショック後の巨額赤字を経て、日立はITとデジタルを経営の柱に据え、ものづくりからデジタルへと軸足を移す方針を鮮明にしていた[2]。日立化成は日立金属とともに、長くグループの中核を担う「御三家」と呼ばれてきた存在である[1]。しかし日立は、相乗効果の薄い事業を大胆に切り離す「選択と集中」を進めるなかで、その御三家すら聖域とはしなかった。化学材料という祖業に連なる事業であっても、デジタル経済での主役を目指す日立にとっては、抱え続ける必然性が薄れつつあったのである。

日立が上場子会社の整理を急いだ背景には、グループの構造そのものに向けられた市場の視線があった。日立製作所は、株式の51%を保有する日立化成や日立建機といった上場子会社[4]について、それぞれの事業がIoTとのシナジーを生むかどうかを基準に、抱え込むか切り離すかの絞り込みを本格化させていた[3]。かつての御三家も聖域ではないとされ、日立化成にはある程度の距離を置く方向で検討が進んだ。親会社と少数株主の利益が対立しうる上場子会社の存在は、コーポレートガバナンスの観点からも見直しを迫られており、こうした圧力が再編を後押ししたとみられる。

昭和電工

買い手の事情——先端材料への布石

買い手の昭和電工にとって、この買収は素材分野の先端領域を一気に取り込む布石であった。同社は石油化学やアルミニウム、黒鉛電極などを抱える総合化学メーカーであり、景気変動に左右されやすい事業構成からの脱却が課題となっていた。一方の日立化成は、半導体やリチウムイオン電池などの材料技術に強みを持ち[5]、半導体封止材などで高いシェアを持つ機能性化学の有力企業である。昭和電工は次世代通信規格「5G」や電気自動車の普及をにらみ、買収によって先端材料分野を強化する狙いを掲げた[6]。素材を供給する川上から、機能性材料を手がける川下までを一つのグループでカバーする構想であった。

統合の発端

公表経緯——約9600億円のTOB発表

買収が正式に公になったのは2019年12月18日である[7]。昭和電工は同日、日立製作所が51%強を出資する東証1部上場の化学事業子会社・日立化成を、株式公開買付け(TOB)によって完全子会社化すると発表した。日立化成株の買付価格は1株4630円で、これは18日の終値4080円に約13%強のプレミアムを上乗せした水準であった[8]。買収総額は9600億円強にのぼる。親会社の日立製作所は保有する全株式をTOBに応募することで合意しており、売り手と買い手の合意のうえで進む、いわゆる友好的買収であった。

買収の規模は際立っていた。両社の売上高を単純合算すると1兆7000億円弱となり、信越化学工業を上回って国内化学業界5位に並ぶ計算であった[9]。ブルームバーグによれば、買収の総額は9641億円に達し[10]、当時としては国内化学業界で最大級のM&Aであった。買付価格を自社の体力に照らせば、昭和電工にとっては社運を賭けた一手であり、「小が大を飲む」買収とも評された。総合化学として景気変動の波を受けやすい収益構造を、半導体・電子材料という成長分野へと組み替える狙いが、この大型買収には込められていた。

統合の経過

TOBの実施——競争法審査による足踏み

TOBの開始は、当初の想定より遅れた。昭和電工は当初2020年2月中のTOB開始を目指していたが、日本や米国、中国など6カ国・地域の一部で独占禁止法の審査が遅れ、開始は3月24日へとずれ込んだ[11]。各国の競争当局による企業結合審査をすべて通過する必要があり、グローバルに材料を供給する両社の統合は、複数の法域での手続きを避けられなかった。買付価格は1株4630円に据え置かれ、親会社の日立製作所もTOBに応じる方針を表明していた[12]。最終的にTOBは3月24日から4月20日にかけて実施された。

TOBは2020年4月20日に終了した。昭和電工は、3月24日から4月20日にかけて実施したTOBを通じ、日立化成の発行済み株式の87.6%を取得した[13]。これにより日立化成は4月28日付で日立製作所の子会社から外れ、昭和電工の連結子会社となった。とりわけ注目されたのは資金調達である。買い付け総額は約9600億円にのぼり、昭和電工はそのほぼ全額にあたる資金を、みずほ銀行や日本政策投資銀行からの借り入れや優先株発行による出資で調達した[14]。自己資本に比して巨額の買収を、外部資金に大きく依存して成立させた点に、この案件の危うさと覚悟がにじむ。

スクイーズアウトと上場廃止

TOBで取得できなかった残りの株式は、その後のスクイーズアウト(少数株主の締め出し)によって取得された。日立化成の株式は2020年6月19日付で上場廃止となり[15]、半世紀以上にわたる上場の歴史に幕を下ろした。最終取引日の株価は4625円であった[16]。そして6月23日、日立化成は昭和電工の完全子会社となった。約9600億円の買収費用を投じた大型M&Aは、ここに当初の枠組みを完了させた。なお日立化成の旧証券コードは4217であり、上場廃止によってこのコードは市場から姿を消した。

統合の帰結

「脱日立」と財務負担

買収によって、日立化成は親会社・日立製作所の連結から外れ、昭和電工の連結子会社へと立場を変えた[17]。創業以来、日立の名と技術を背負ってきた化学メーカーが、別の総合化学グループの傘下に入る転機であった。一方の昭和電工は、買収のほぼ全額を借り入れと優先株で賄ったため、買収完了と同時に多額の有利子負債を抱え込むことになった[18]。巨額ののれんと利払い負担は、その後の業績を圧迫する要因となり、買収の成否は統合後にどれだけ収益を伸ばせるかにかかることとなった。規模の拡大は、相応の財務リスクと表裏一体であった。

レゾナックへの統合——次章への起点

買収は、より大きな再編の入り口であった。完全子会社となった日立化成は、2020年10月に「昭和電工マテリアルズ」へと社名を改める。そして2023年1月1日、昭和電工本体と昭和電工マテリアルズは統合し、新会社「レゾナック」が発足した[19]。持株会社は旧昭和電工が商号変更した「レゾナック・ホールディングス」、事業会社は旧昭和電工マテリアルズが商号変更した「レゾナック」となる持株会社体制である[20]。「RESONAC」は「RESONATE(共鳴する)」と化学を意味する「CHEMISTRY」の頭文字「C」を組み合わせた造語であり、買収から始まった統合の到達点を示す新たな企業名であった。

統合には明確な事業上の論理があった。素材を供給する川中の昭和電工と、機能性材料を手がける川下の昭和電工マテリアルズが一体となることで、顧客や市場の声を素材開発の上流へと直接生かせるようになる[21]。レゾナックは、安定事業で得た収益を半導体・電子材料などの成長事業へ集中的に投資する戦略を掲げた。統合新会社の売上高は2021年の決算ベースで約1兆3000億円、うち半導体・電子材料分野が約4000億円を占める規模となった[22]。昭和電工が社運を賭けた日立化成の買収は、半導体材料を軸とする新たな化学企業を生み出す起点となったのである。

出典・参考