キーエンス の歴史

滝崎武光氏の三度目の起業とリード電機

創業

1972年

創業者

滝崎武光

創業地

兵庫県伊丹市

直近売上高(2026/3)

11,693億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1972年の創業時から、滝崎武光氏は売上の規模より利益率を先に置いたのか
A 二度起こした会社をいずれも倒産で失った経験が、収益と財務に厳しく構える判断軸を滝崎武光氏に与えた。資金が尽きれば事業は終わるため、規模を追うより一台ごとに利益を残す設計を優先した。1972年に27歳で兵庫県伊丹市に起こしたリード電機では、電線メーカー向けの地味な自動線材切断機でも営業利益率2割前後を取り、翌年トヨタ自動車向けに開発した金型保護のセンサーでは、原価ではなく顧客が現場で得る効果を基準に値付けした。代理店を通せば製品の価値が顧客に伝わらないと考え、製造現場へ自社営業が直接通う直販を選んだ
Q なぜ1982年に、まだ利益を出していた祖業の線材切断機事業を手放したのか
A 利益が出ている事業でも、利益率の低い事業に資源を残すほど高利益率事業への集中が鈍るため、滝崎武光氏は将来取れる利益総額の差を優先した。線材切断機は営業利益率2割前後の安定した収益源だったが、センサー事業は営業利益率4割に届き、その差を埋める価値が祖業の存続より大きいと読んだ。1982年、創業から10年で線材切断機事業から撤退し、センサーへ経営資源を集めた。同時に、売上高の3割近くを一社が占めるようになった大手機械メーカーからの受注を意図的に絞り、特定先への依存を薄めた。既存事業が稼げているうちに手放す判断は、当時の中小製造業では異例だった。
Q なぜ滝崎武光氏は2000年に、健在のまま経営権を創業家の外へ渡したのか
A 利益率を最優先する経営原則を創業者個人に依存させたままでは、創業者がいなくなった後に同じ判断が続かないと滝崎武光氏は考えた。そこで原則を組織のルールへ移し替え、自らの存在を前提としない体制を生前に試すため、2000年12月に代表取締役会長へ退いて佐々木道夫氏へ社長を譲った。以後は内部昇格を基本に山本晃則氏・中田有氏が継ぎ、息子に継がせるつもりはないと明言して同族承継を否定した。「権限を委譲して、考え方を伝えて現場と一緒に考えていかないと、いいアイデアは生まれない」と語り、カリスマに頼らない運営を貫いた

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1972年〜 二度の倒産を経てセンサー専業へと転換を遂げた創業期

キーエンスの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1972年 キーエンス創業——リード電機の自動線材切断機から付加価値価格のセンサー専業へ 二度の起業に失敗した27歳・滝崎武光氏は、原価ではなく導入効果で値付ける付加価値価格をどう高収益企業の土台に据えたか
  2. 1974年 交流磁界センサに参入
  3. 1974年 リード電機を設立
  4. 1980年 光学センサーの販売を開始
  5. 1982年 センサに集中投資。切断機から事業撤退
  6. 1986年 商号をキーエンスに変更

二度の倒産を経た三度目の起業による自動線材切断機事業の立ち上げ

滝崎武光氏は1945年に生まれ、1964年に兵庫県立尼崎工業高校を卒業[1]した後、外資系のプラント制御機器メーカーで電子制御を学んだ[2]。独立して興した電子機器メーカーは解散に追い込まれ、続いて設立した機械関係の組み立て下請け会社も倒産[3]させた。在学中は学園紛争のただ中にあったが、「イデオロギーでは世の中は変わらない」[4](日経ビジネス 1989年5月22日号)と考え、数字で勝負できる事業家を志した。1972年3月、27歳の滝崎氏は三度目の起業として兵庫県伊丹市でリード電機を個人創業[5]し、自動制御機器と電子応用機器の開発、製造販売に着手[6]した。祖業は電線メーカー向けの自動線材切断機[7]で、電子制御による小型化を武器に、古河電工や住友電工など尼崎周辺の電線メーカーへ納入[8]した。

    • [1]滝崎武光氏 1945年生まれ・1964年 尼崎工業高校卒業
  • 日経ビジネス(1989年5月22日)
    • [2]1964年 兵庫県立尼崎工業高校卒、外資系プラント制御機器メーカーなどを経て1972年にリード電機を創業
    • [3]独立して創業した電子機器メーカーは解散、続いて設立した機械関係の組み立て下請け会社も倒産
    • [4]滝崎武光氏の発言「イデオロギーでは世の中は変わらない」
    • [7]祖業は電線メーカー向けの自動線材切断機
    • [8]電子制御による小型化で古河電工・住友電工など尼崎周辺の電線メーカーへ納入
  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [5]1972年3月 兵庫県伊丹市においてリード電機を創立
    • [6]創業時の事業目的は自動制御機器・電子応用機器の開発、製造販売

祖業の自動線材切断機は電線メーカーの製造現場で使う地味な産業用機械[9]だったが、営業利益率は20%に達した[10]。1973年4月には工場自動化用の各種センサを開発[11]し、製造販売を始めた。1974年5月、滝崎氏は「産業界の合理化、省力化に対する非常に大きな需要に応えるため、株式会社組織に改組」[12](証券アナリストジャーナル 1987年12月号)し、兵庫県尼崎市にリード電機株式会社を設立[13]した。個人創業から株式会社化までは2年2カ月[14]を要した。会社を潰さず永続させるにはどうすればよいかという問いから、滝崎氏は最小の資本と人で最大の付加価値を上げる合理性の追求[15]へ行き着き、売上規模の拡大よりも利益率を優先する判断基準[16]を据えた。

  • 日経ビジネス(1989年5月22日)
    • [9]切断機は電線メーカー向けの地味な産業機械で売上の約1割
    • [10]自動線材切断機(祖業)の営業利益率 20%
    • [15]会社を永続させる問いから最小の資本と人で最大の付加価値を上げる合理性の追求へ
    • [16]売上規模の拡大より利益率を最優先する判断基準(2度の失敗の教訓)
  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [11]1973年4月 工場自動化用の各種センサを開発、製造販売開始
    • [13]1974年5月 株式会社に改組し兵庫県尼崎市にリード電機株式会社を設立
    • [14]個人創業1972年3月から株式会社化1974年5月まで2年2カ月
    • [12]滝崎武光氏の発言(株式会社組織への改組の理由)
    • [1]滝崎武光氏 1945年生まれ・1964年 尼崎工業高校卒業
  • 日経ビジネス(1989年5月22日)
    • [2]1964年 兵庫県立尼崎工業高校卒、外資系プラント制御機器メーカーなどを経て1972年にリード電機を創業
    • [3]独立して創業した電子機器メーカーは解散、続いて設立した機械関係の組み立て下請け会社も倒産
    • [4]滝崎武光氏の発言「イデオロギーでは世の中は変わらない」
    • [7]祖業は電線メーカー向けの自動線材切断機
    • [8]電子制御による小型化で古河電工・住友電工など尼崎周辺の電線メーカーへ納入
    • [9]切断機は電線メーカー向けの地味な産業機械で売上の約1割
    • [10]自動線材切断機(祖業)の営業利益率 20%
    • [15]会社を永続させる問いから最小の資本と人で最大の付加価値を上げる合理性の追求へ
    • [16]売上規模の拡大より利益率を最優先する判断基準(2度の失敗の教訓)
  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [5]1972年3月 兵庫県伊丹市においてリード電機を創立
    • [6]創業時の事業目的は自動制御機器・電子応用機器の開発、製造販売
    • [11]1973年4月 工場自動化用の各種センサを開発、製造販売開始
    • [13]1974年5月 株式会社に改組し兵庫県尼崎市にリード電機株式会社を設立
    • [14]個人創業1972年3月から株式会社化1974年5月まで2年2カ月
    • [12]滝崎武光氏の発言(株式会社組織への改組の理由)

トヨタ自動車向け金属二枚送り検出器の開発とセンサー事業への本格参入

1973年、滝崎氏はプレス加工の現場で金型が破損する課題に着目[17]し、磁気を利用して非接触で金属板の二枚送りを検出する金属板二枚送り検出器[18]を開発した。数億円規模の金型を守るセンサーに8万5000円という単価[19]を付け、原価積み上げではなく顧客が得る導入効果を基準に価格を決める付加価値価格[20]の方針を据えた。製品はトヨタ自動車への採用を皮切りに、日産自動車、三菱自動車工業、本田技研工業[21]など主要自動車メーカーへ広がった。1977年時点の品揃えは、この検出器のほか微小位検出スイッチ、D.F DETECTOR、金属片通過確認スイッチ、継目検出器[22]で、いずれも金属を非接触で捉える用途に集中していた。滝崎氏は「他社にない製品なので、商社、代理店を通じてPRすると、当社製品の価値がうまく顧客に伝わらない」[23](証券アナリストジャーナル 1987年12月号)と述べ、創業時から最終ユーザーへ直接販売する体制[24]を敷いた。

  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [17]1973年4月 工場自動化用の各種センサを開発、製造販売開始
    • [18]金属板二枚送り検出器は磁気を利用し非接触で金属板の二枚送りを検出。プレス加工で金型を壊すことを防ぐ用途
    • [24]創業時から最終ユーザーへ直接販売
  • 日経ビジネス(1989年5月22日)
    • [19]金属2枚送り検出器の単価 約8万5000円
    • [20]原価積み上げではなく顧客が得る導入効果を基準に価格を決める付加価値価格
    • [21]トヨタ採用を皮切りに日産・三菱自工・本田技研など主要自動車メーカーへ拡大
    • [22]1977年時点の主な製品は微小位検出スイッチ・金属板2枚送り検出器・D.F DETECTOR・金属片通過確認スイッチ・継目検出器
    • [23]滝崎武光氏の発言(代理店を通すと製品価値が顧客に伝わらない)

1982年、滝崎氏は営業利益率20%の祖業だった自動線材切断機[25]の製造・販売権を他社へ譲渡[26]した。切断機は売上の約1割を占める黒字事業[27]だったが、商品内容が異なるため開発に無駄が生じる点と、営業利益率40%のFAセンサーへ集中した方が収益力が強まる点[28]を理由に手放した。翌1983年にかけては、1社で売上の3割近くを占めた大口の機械メーカー向け受注[29]も、経営の安定を損なうとして意図的に絞った。二度の業容縮小はセンサーの商品開発の幅を広げ、取引先は3万5000社に達した[30]。1981年3月期以降、同社は売上高経常利益率35%以上を保った[31]

  • 日経ビジネス(1989年5月22日)
    • [25]1982年 祖業の切断機事業から撤退しセンサに集中投資
    • [26]自動線材切断機の製造・販売権を他社へ譲渡
    • [27]切断機は売上の約1割を占める黒字事業
    • [28]売却理由は商品内容の相違による開発の無駄と、営業利益率40%のFAセンサーへの集中
    • [29]1983年にかけて1社で売上の3割近くを占めた大口の機械メーカー向け受注を意図的に絞る
    • [30]2度の業容縮小で商品開発の幅が広がり取引先 3万5000社
    • [31]1981年3月期以降 売上高経常利益率 35%以上
  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [17]1973年4月 工場自動化用の各種センサを開発、製造販売開始
    • [18]金属板二枚送り検出器は磁気を利用し非接触で金属板の二枚送りを検出。プレス加工で金型を壊すことを防ぐ用途
    • [24]創業時から最終ユーザーへ直接販売
  • 日経ビジネス(1989年5月22日)
    • [19]金属2枚送り検出器の単価 約8万5000円
    • [20]原価積み上げではなく顧客が得る導入効果を基準に価格を決める付加価値価格
    • [21]トヨタ採用を皮切りに日産・三菱自工・本田技研など主要自動車メーカーへ拡大
    • [25]1982年 祖業の切断機事業から撤退しセンサに集中投資
    • [26]自動線材切断機の製造・販売権を他社へ譲渡
    • [27]切断機は売上の約1割を占める黒字事業
    • [28]売却理由は商品内容の相違による開発の無駄と、営業利益率40%のFAセンサーへの集中
    • [29]1983年にかけて1社で売上の3割近くを占めた大口の機械メーカー向け受注を意図的に絞る
    • [30]2度の業容縮小で商品開発の幅が広がり取引先 3万5000社
    • [31]1981年3月期以降 売上高経常利益率 35%以上
    • [22]1977年時点の主な製品は微小位検出スイッチ・金属板2枚送り検出器・D.F DETECTOR・金属片通過確認スイッチ・継目検出器
    • [23]滝崎武光氏の発言(代理店を通すと製品価値が顧客に伝わらない)

直販体制と標準品特化、付加価値価格という三つの経営原則の確立

創業期に定めた三つの原則が以後の経営の根幹となり、第一は代理店を介さず営業担当が顧客の製造現場へ直接足を運ぶ直販[32]、第二は個々の顧客向けの特注品ではなくニーズを集約した標準品に絞る品揃え[33]、第三は原価ではなく顧客が得る導入効果を基準とする付加価値価格[34]である。計測制御機器や自動化用測定機器の市場規模はそれぞれ数十億円程度と小さく、同社は各製品で市場を創造して高いシェアを握り、プライスリーダーの位置[35]を占めた。1983年には「電子機器、計測器の大手企業をしのぐ競争力を持ち、とくにリードスイッチを応用したレベルセンサーでは30%のシェア」[36](日経産業新聞 1983年12月1日)を得て、国産レベルセンサーで首位に立った[37]

    • [32]代理店を介さない直販(滝崎武光氏の発言で確認)
    • [33]個々のユーザーのニーズに応じた製品ではなくニーズを集約化したものを製品化
    • [35]計測制御機器・自動化用測定機器の市場規模は数十億円程度で各製品が市場を創造しプライスリーダーの位置
  • 日経ビジネス(1995年1月16日)
    • [34]原価ではなく導入効果に見合う価格を付ける付加価値価格
  • 日経産業新聞(1983年12月1日)
    • [36]1983年 リードスイッチ応用レベルセンサーで30%のシェア・国産レベルセンサーの先頭
    • [37]1983年12月時点で国産レベルセンサーの先頭に立つ(記事見出し)

製品群の拡大は段階を追って進み、1980年4月に光電センサの分野へ参入[38]した。1983年4月には電子部品業界や家電業界向けに光ファイバー式のセンサを開発して本格進出[39]を果たし、磁気センサと光電センサという二本の主力を揃えた[40]。1985年3月にはアメリカに現地法人KEYENCE CORPORATION OF AMERICAを設立[41]し、同年9月には大阪府高槻市に製造子会社クレポ株式会社を設立[42]した。ただし自社では具体的な生産を行わず[43]、ノウハウが鍵を握る約25%の製品だけを子会社で作り、残る75%は協力会社へ委託した。1984年11月には本社を大阪府高槻市へ移し[44]、1986年には半導体レーザーによるセンサ、1987年にはプログラマブルコントローラの販売を始めた。

    • [38]1980年(昭和55年)4月 光電センサの分野へ参入
    • [39]1983年(昭和58年)4月 電子部品業界・家電業界向けに初の光ファイバー式センサを開発し光電センサ分野へ本格進出
    • [40]この時期に主要製品群である磁気センサと光電センサが揃う
    • [43]同社は具体的生産を行わず、生産子会社を含めた外注先に生産を委託
  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [41]1985年3月 アメリカに現地法人KEYENCE CORPORATION OF AMERICAを設立
    • [42]1985年9月 大阪府高槻市に製造子会社クレポ株式会社(現キーエンスエンジニアリング)を設立
    • [44]1984年11月 本社を大阪府高槻市に移転

1986年10月、ブランドと商号の統一を図るため、社名をリード電機から株式会社キーエンスへ変更[45]した。1979年9月の東京営業所開設[46]を皮切りに営業所を全国へ広げ、より多くのユーザーへ直接営業できる販売網を整えた[47]。本社を置いていた大阪府吹田市の江坂地区[48]は、地下鉄で新幹線の新大阪駅まで5分という立地に研究開発型の若い企業が集まり、「ベンチャービジネスのメッカ」[49](日経産業新聞 1984年10月5日)と呼ばれた。1986年3月期の売上高は60億8800万円で前期から44.1%伸び[50]、売上高営業利益率は39.4%だった[51]

  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [45]1986年10月 ブランドと商号の統一を図るため社名を株式会社キーエンスに変更
    • [48]1981年6月 本社を大阪府吹田市に移転(1984年11月に高槻市へ移転するまで吹田市が本社所在地)
    • [46]1979年(昭和54年)9月 関東地方の販売拠点として東京営業所(東京都目黒区)を設置
    • [47]営業所を全国的に展開し、より多くのユーザーに直接営業できる販売網を整備
    • [50]1986年3月期(昭61.3期)売上高 6,088百万円・前期比44.1%増
    • [51]昭61.3期の売上高営業利益率 39.4%(翌昭62.3期は34.7%へ4.7ポイント低下)
  • 日経産業新聞(1984年10月5日)
    • [49]江坂地区は「地下鉄で新幹線の新大阪駅までわずか5分」の立地に研究開発型の若い企業が集まり「ベンチャービジネスのメッカ」と呼ばれた
    • [32]代理店を介さない直販(滝崎武光氏の発言で確認)
    • [33]個々のユーザーのニーズに応じた製品ではなくニーズを集約化したものを製品化
    • [35]計測制御機器・自動化用測定機器の市場規模は数十億円程度で各製品が市場を創造しプライスリーダーの位置
    • [38]1980年(昭和55年)4月 光電センサの分野へ参入
    • [39]1983年(昭和58年)4月 電子部品業界・家電業界向けに初の光ファイバー式センサを開発し光電センサ分野へ本格進出
    • [40]この時期に主要製品群である磁気センサと光電センサが揃う
    • [43]同社は具体的生産を行わず、生産子会社を含めた外注先に生産を委託
    • [46]1979年(昭和54年)9月 関東地方の販売拠点として東京営業所(東京都目黒区)を設置
    • [47]営業所を全国的に展開し、より多くのユーザーに直接営業できる販売網を整備
    • [50]1986年3月期(昭61.3期)売上高 6,088百万円・前期比44.1%増
    • [51]昭61.3期の売上高営業利益率 39.4%(翌昭62.3期は34.7%へ4.7ポイント低下)
  • 日経ビジネス(1995年1月16日)
    • [34]原価ではなく導入効果に見合う価格を付ける付加価値価格
  • 日経産業新聞(1983年12月1日)
    • [36]1983年 リードスイッチ応用レベルセンサーで30%のシェア・国産レベルセンサーの先頭
    • [37]1983年12月時点で国産レベルセンサーの先頭に立つ(記事見出し)
  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [41]1985年3月 アメリカに現地法人KEYENCE CORPORATION OF AMERICAを設立
    • [42]1985年9月 大阪府高槻市に製造子会社クレポ株式会社(現キーエンスエンジニアリング)を設立
    • [44]1984年11月 本社を大阪府高槻市に移転
    • [45]1986年10月 ブランドと商号の統一を図るため社名を株式会社キーエンスに変更
    • [48]1981年6月 本社を大阪府吹田市に移転(1984年11月に高槻市へ移転するまで吹田市が本社所在地)
  • 日経産業新聞(1984年10月5日)
    • [49]江坂地区は「地下鉄で新幹線の新大阪駅までわずか5分」の立地に研究開発型の若い企業が集まり「ベンチャービジネスのメッカ」と呼ばれた

1987年〜 大阪証券取引所上場と高収益モデルの完成を迎えた成長期

キーエンスの業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1987年 大阪証券取引所第2部に株式上場
  2. 1989年 利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中 営業利益率20%の祖業も、売上の3割を占めた大口顧客も手放してまで、なぜ滝崎武光社長は高利益率の事業だけに絞ったのか
  3. 1991年 営業利益を厚く社員へ還元する高給の人事 「給与も日本一にしたい」——株価日本一のキーエンスは、なぜ営業利益を毎月社員へ分け、30歳で年収1000万円を払ったのか
  4. 1994年 新本社・研究所を竣工
  5. 1995年 直販とファブレスによる高粗利モデルの確立 「センサーメーカーは仮の姿」——代理店を排し工場も持たず、滝崎武光社長はなぜ付加価値の高い2〜3割だけを自社で作ったのか
  6. 1995年 直販とファブレスによる高粗利モデルを説明
  7. 2009年 ジャストシステムの株式取得

大阪証券取引所第二部への上場と600億円規模の資金調達の実現

1987年10月、同社は大阪証券取引所市場第二部へ株式を上場[52]し、公募増資で約209億円を調達した。上場前の1987年3月期に62.6%だった自己資本比率は、1988年3月期に90.3%、1989年3月期には90.6%[53]へ跳ね上がった。1989年12月には東京証券取引所市場第二部へ[54]、1990年9月には東京・大阪両取引所の市場第一部へ上場[55]し、上場時と二度の公募増資をあわせて計601億円を株式市場から直接調達した。工場を持たない事業モデルのもとで、上場後の拠点投資は1990年9月の生産管理センター設立と1994年8月の新本社・研究所の竣工[56]にとどまった。

  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [52]1987年10月 大阪証券取引所市場第二部に株式上場
    • [54]1989年12月 東京証券取引所市場第二部に株式上場
    • [55]1990年9月 東京証券取引所及び大阪証券取引所市場第一部に上場
    • [56]1990年9月 大阪府高槻市に生産管理センターを設立・1994年8月 大阪市に新本社・研究所を竣工し本社を移転
    • [53]自己資本比率は1987年3月期62.6%→1988年3月期90.3%→1989年3月期90.6%

上場に際しての資本政策は創業者の持分維持を前提に組まれ、1989年3月20日時点で滝崎武光氏が25.69%、滝崎家の資産管理会社である株式会社ティ・ティが18.84%[57]を保有した。滝崎美弥子氏の1.66%を加えた創業家側の持分はおよそ45%[58]に達した。上場時の売出しは滝崎氏が放出した200万株にとどまり、主幹事の野村證券が100万株を引き受けた[59]。1989年3月期の売上高は146億6300万円、営業利益は62億9700万円で営業利益率は42.9%、当期純利益は27億8400万円[60]だった。従業員438人が全国21カ所の営業所を拠点に最終ユーザーへ直接販売し、輸出は売上の6.3%[61]にとどまった。

    • [57]1989年3月20日時点の大株主は滝崎武光氏25.69%・株式会社ティ・ティ(滝崎家の資産管理会社)18.84%
    • [58]滝崎美弥子氏 1.66%。創業家側の合計持分は約45%
    • [59]売出し株の放出元は滝崎武光 2,000千株。幹事別引受株数は野村證券1,000千株が最大
    • [60]平1.3期 売上高14,663百万円・営業利益6,297百万円(42.9%)・当期純利益2,784百万円
    • [61]従業員438人(平1.3.20現在)・営業所は平成元年10月現在21カ所・輸出925百万円(構成比6.3%)
  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [52]1987年10月 大阪証券取引所市場第二部に株式上場
    • [54]1989年12月 東京証券取引所市場第二部に株式上場
    • [55]1990年9月 東京証券取引所及び大阪証券取引所市場第一部に上場
    • [56]1990年9月 大阪府高槻市に生産管理センターを設立・1994年8月 大阪市に新本社・研究所を竣工し本社を移転
    • [53]自己資本比率は1987年3月期62.6%→1988年3月期90.3%→1989年3月期90.6%
    • [57]1989年3月20日時点の大株主は滝崎武光氏25.69%・株式会社ティ・ティ(滝崎家の資産管理会社)18.84%
    • [58]滝崎美弥子氏 1.66%。創業家側の合計持分は約45%
    • [59]売出し株の放出元は滝崎武光 2,000千株。幹事別引受株数は野村證券1,000千株が最大
    • [60]平1.3期 売上高14,663百万円・営業利益6,297百万円(42.9%)・当期純利益2,784百万円
    • [61]従業員438人(平1.3.20現在)・営業所は平成元年10月現在21カ所・輸出925百万円(構成比6.3%)

営業利益連動の給与体系が生み出した人材獲得と高付加価値の好循環

1991年4月下旬、東京・大阪両証券取引所第一部のキーエンス株は任天堂を抜いて株価日本一[62]を記録した。飛び抜けた高収益の一部を、滝崎氏は社員へ厚く還元[63]した。月ごとに営業利益の10%を基本給に応じて社員全員へ分配する仕組み[64]で、営業利益率の高さがそのまま報酬へ反映される[65]。平均年齢28歳の若い会社で、30歳を過ぎれば年収は1000万円に届いた[66]。滝崎氏は「将来は株価だけでなく給与も日本一にしたい」[67](日経ビジネス 1991年6月24日号)と語り、付加価値の高い仕事をする社員の給料が高いのは当然だという考えを制度へ落とし込んだ[68]。高収益そのものは「顧客自身が気づいていない潜在需要を掘り起こす」[69](日経ビジネス 1991年6月24日号)先取り経営から生まれていた。

  • 日経ビジネス(1991年6月24日)
    • [62]1991年4月下旬 東証・大証1部のキーエンス株が任天堂を抜いて株価日本一
    • [63]高収益の一部を社員へ厚く還元する方針(滝崎武光社長)
    • [64]月ごとに営業利益の10%を基本給に応じて社員全員へ分配
    • [65]営業利益率の高さが報酬へ直接反映される設計
    • [66]平均年齢28歳・30歳を過ぎれば年収1000万円
    • [67]滝崎武光氏の発言「将来は株価だけでなく給与も日本一にしたい」
    • [68]付加価値の高い仕事をする社員の給料が高いのは当然という滝崎武光氏の考え
    • [69]「顧客自身が気づいていない潜在需要を掘り起こす」先取り経営が高収益の源泉

1990年代を通じて同社は自社工場を一切持たず、高度な生産・開発技術を要する一部製品を製造子会社1社で作り、残る生産は資本関係のない協力工場へ委託[70]した。製造原価に占める外注加工費は16%にとどまり、原材料が8割近く[71]を占めた。およそ20億円の手間賃で100億円弱の材料を600億円規模の製品へ組み替える構造[72]である。ファブレスは受注生産に対応できず見込み生産を強いられる[73]が、投入から2年以内の新製品比率を常に3割に保つ[74]ことで見込み生産を成り立たせた。取締役の橋本憲正氏は「開発に着手する前に、価格、性能がまず決まる」[75](週刊東洋経済 1998年4月4日号)と述べ、採算の合わない製品は市場に出さなかった[76]。1998年時点で社員1100人の半数強が営業部隊を占め、粗利は売上の8割弱[77]、営業利益率は4割を超えた。

  • 週刊東洋経済(1998年4月4日)
    • [70]自社工場は一切持たず、製造子会社は高度な生産・開発技術を要する一部製品に限った1社のみ。生産のほとんどは資本関係のない協力工場への外部委託
    • [71]製造原価は原材料が8割近くを占め、外注加工費は16%
    • [72]約20億円の手間賃で100億円弱の材料を600億円規模の製品へ作り替える構造
    • [73]ファブレスは受注生産に対応できずロットを揃えた見込み生産となる
    • [74]投入から2年以内の製品比率が常に3割
    • [75]橋本憲正取締役の発言「開発に着手する前に、価格、性能がまず決まる」。採算の合わない製品は世に出さない
    • [76]採算の合わない製品は世に出さない
    • [77]社員1100人のうち半数強が営業部隊。粗利は売上の8割弱、販管費控除後も4割を軽く超える営業利益

1995年1月、滝崎氏は「センサーの専業メーカーになろうという気持ちは初めからない、これは仮の姿だ」[78](日経ビジネス 1995年1月16日号)と語り、事業領域よりも利益の継続性を判断の基準に置いた[79]。1998年には株主資本を効率よく使う企業を選ぶ企業価値創出度ランキングで3位[80]に入った。2003年時点の高収益は、世界初・業界初の新製品を連発する開発力、ファブレスの生産、直販によるコンサルティング営業の三つ[81]に支えられていた。滝崎氏は「付加価値を生み出すのは技術やサイエンス。過去ではありません」(日経ビジネス 2003年10月27日号)と述べ、本社に化石のオブジェを置く理由として「キーエンスに過去は不要です」(日経ビジネス 2003年10月27日号)と説き、社史を作らない方針を明かした[83][82]

  • 日経ビジネス(1995年1月16日)
    • [78]滝崎武光氏の発言「センサーの専業メーカーになろうという気持ちは初めからない、これは仮の姿だ」(1995年1月)
    • [79]事業領域よりも利益の継続性を判断の基準に置いた
  • 日経ビジネス(1998年7月13日)
    • [80]1998年 企業価値創出度ランキング3位(株主資本を効率よく使う企業を選ぶ)
    • [81]高収益の要因は「世界初、業界初の新製品を連発する開発力、ファブレスの生産に直販のコンサルティング営業」
    • [82]滝崎武光氏の発言(付加価値を生み出すのは技術やサイエンス/キーエンスに過去は不要/社史も作らない)
    • [83]滝崎武光氏が社史を作らない方針を表明
  • 日経ビジネス(1991年6月24日)
    • [62]1991年4月下旬 東証・大証1部のキーエンス株が任天堂を抜いて株価日本一
    • [63]高収益の一部を社員へ厚く還元する方針(滝崎武光社長)
    • [64]月ごとに営業利益の10%を基本給に応じて社員全員へ分配
    • [65]営業利益率の高さが報酬へ直接反映される設計
    • [66]平均年齢28歳・30歳を過ぎれば年収1000万円
    • [67]滝崎武光氏の発言「将来は株価だけでなく給与も日本一にしたい」
    • [68]付加価値の高い仕事をする社員の給料が高いのは当然という滝崎武光氏の考え
    • [69]「顧客自身が気づいていない潜在需要を掘り起こす」先取り経営が高収益の源泉
  • 週刊東洋経済(1998年4月4日)
    • [70]自社工場は一切持たず、製造子会社は高度な生産・開発技術を要する一部製品に限った1社のみ。生産のほとんどは資本関係のない協力工場への外部委託
    • [71]製造原価は原材料が8割近くを占め、外注加工費は16%
    • [72]約20億円の手間賃で100億円弱の材料を600億円規模の製品へ作り替える構造
    • [73]ファブレスは受注生産に対応できずロットを揃えた見込み生産となる
    • [74]投入から2年以内の製品比率が常に3割
    • [75]橋本憲正取締役の発言「開発に着手する前に、価格、性能がまず決まる」。採算の合わない製品は世に出さない
    • [76]採算の合わない製品は世に出さない
    • [77]社員1100人のうち半数強が営業部隊。粗利は売上の8割弱、販管費控除後も4割を軽く超える営業利益
  • 日経ビジネス(1995年1月16日)
    • [78]滝崎武光氏の発言「センサーの専業メーカーになろうという気持ちは初めからない、これは仮の姿だ」(1995年1月)
    • [79]事業領域よりも利益の継続性を判断の基準に置いた
  • 日経ビジネス(1998年7月13日)
    • [80]1998年 企業価値創出度ランキング3位(株主資本を効率よく使う企業を選ぶ)
    • [81]高収益の要因は「世界初、業界初の新製品を連発する開発力、ファブレスの生産に直販のコンサルティング営業」
    • [82]滝崎武光氏の発言(付加価値を生み出すのは技術やサイエンス/キーエンスに過去は不要/社史も作らない)
    • [83]滝崎武光氏が社史を作らない方針を表明

創業者からの経営承継と非創業家出身の経営者による経営の継続

滝崎氏は2000年12月に社長を退いて代表取締役会長となり、佐々木道夫氏へ経営を委ねた[84]。1974年の法人化から数えて26年の社長在任[85]だった。1999年3月期には大幅な減収減益に見舞われたが、直販とファブレスの組み合わせは変えなかった[86]。後年「カリスマというと、全て自分で決裁するイメージがありますよね。そうではなくて、権限を委譲して、考え方を伝えて現場と一緒に考えていかないと、いいアイデアは生まれない」(日経ビジネス 2003年10月27日号)と語ったとおり、属人的な決裁を避けて権限委譲で意思決定を進めた。2015年には取締役名誉会長へ退き[88]、日常の経営から距離を置いた。 [87]

  • キーエンス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [84]2000年12月 佐々木道夫氏が代表取締役社長に就任・滝崎武光氏は代表取締役会長へ
    • [88]2015年 滝崎武光氏が取締役名誉会長に就任
  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [85]1974年5月 法人化から2000年12月の社長交代まで在任26年
  • 日経ビジネス(1995年1月16日)
    • [86]直販とファブレスを組み合わせた高粗利モデルは以後も維持
    • [87]滝崎武光氏の発言(カリスマ像を否定し権限委譲を説く)

2010年12月には山本晃則氏が、2019年12月には中田有氏が社長に就いた[89]。いずれも社内からの昇格で、創業家からの登用はなかった[90]。滝崎氏は2023年4月にも「自分の息子に継がせるつもりもありません」[91](日経ビジネス 2023年4月)と述べ、同族承継を否定した。中田氏は就任にあたり自社の競争優位を他社にはまねできないものと位置づけ、「環境変化は予測不可能。中期経営計画も作らず、やるべきことを着実に見極めることに注力する」(日経ビジネス 2022年2月18日号)と述べた。山本氏の社長在任は9年、中田氏は2025年10月までの6年[93]に及んだ。 [92]

    • [89]2019年12月 中田有氏が社長に就任
  • キーエンス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [90]社長系譜は滝崎武光→佐々木道夫→山本晃則→中田有。初代を除きいずれもキーエンス出身者
    • [93]社長在任は山本晃則氏 2010年12月〜2019年12月の9年、中田有氏 2019年12月〜2025年10月の6年
    • [91]滝崎武光氏が息子への承継を否定(2023年4月)
    • [92]中田有氏の発言(他社にはまねできない/中期経営計画も作らない)

創業者が退いた後も、直販・標準品・付加価値価格の三原則は経営の基準として残った[94]。報酬制度は営業利益に連動する形を保ち、2015年時点では毎月の月次利益の一定割合が3カ月に一度、役員から従業員まで支給された[95]。平均勤続年数は2005年ごろの8.0年から2015年には11.1年へ延び、この間に従業員数は5割以上増えた[96]。平均給与は2014年3月期の1440万円から2018年3月期に2088万円へ上がり、2023年3月期には2279万円[97]へ達した。2021年3月期の売上高と営業利益は10年前の3倍に伸び、社員数は8400人弱と約2.7倍[98]になった。

  • 週刊東洋経済(2015年3月28日)
    • [94]2015年時点でも高収益の要因は世界初・業界初の企画開発力、直販のコンサルティングセールス、ファブレスの三つ(木村圭一取締役経営情報室長の説明)
    • [95]通常の賞与とは別の業績連動賞与。毎月の月次利益の一定割合が3カ月に一度、役員から従業員まで支給
    • [96]平均勤続年数は10年前の8.0年(平均年齢31.8歳)から直近11.1年(同34.8歳)へ。この間に従業員数は5割以上増加
  • キーエンス 有価証券報告書(従業員の状況)
    • [97]平均給与(単体)は2014年3月期1440万円・2018年3月期2088万円・2023年3月期2279万円
  • 週刊東洋経済(2021年12月4日)
    • [98]2021年3月期の売上高・営業利益は10年前の3倍、社員は8400人弱で約2.7倍
  • キーエンス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [84]2000年12月 佐々木道夫氏が代表取締役社長に就任・滝崎武光氏は代表取締役会長へ
    • [88]2015年 滝崎武光氏が取締役名誉会長に就任
    • [90]社長系譜は滝崎武光→佐々木道夫→山本晃則→中田有。初代を除きいずれもキーエンス出身者
    • [93]社長在任は山本晃則氏 2010年12月〜2019年12月の9年、中田有氏 2019年12月〜2025年10月の6年
  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [85]1974年5月 法人化から2000年12月の社長交代まで在任26年
  • 日経ビジネス(1995年1月16日)
    • [86]直販とファブレスを組み合わせた高粗利モデルは以後も維持
    • [87]滝崎武光氏の発言(カリスマ像を否定し権限委譲を説く)
    • [89]2019年12月 中田有氏が社長に就任
    • [91]滝崎武光氏が息子への承継を否定(2023年4月)
    • [92]中田有氏の発言(他社にはまねできない/中期経営計画も作らない)
  • 週刊東洋経済(2015年3月28日)
    • [94]2015年時点でも高収益の要因は世界初・業界初の企画開発力、直販のコンサルティングセールス、ファブレスの三つ(木村圭一取締役経営情報室長の説明)
    • [95]通常の賞与とは別の業績連動賞与。毎月の月次利益の一定割合が3カ月に一度、役員から従業員まで支給
    • [96]平均勤続年数は10年前の8.0年(平均年齢31.8歳)から直近11.1年(同34.8歳)へ。この間に従業員数は5割以上増加
  • キーエンス 有価証券報告書(従業員の状況)
    • [97]平均給与(単体)は2014年3月期1440万円・2018年3月期2088万円・2023年3月期2279万円
  • 週刊東洋経済(2021年12月4日)
    • [98]2021年3月期の売上高・営業利益は10年前の3倍、社員は8400人弱で約2.7倍

2022年〜 グローバル企業への変貌と情報開示を巡る課題が浮上した成熟期

キーエンスの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2023年 過去最高益を達成

20年の助走を経た海外売上比率過半の達成とグローバル展開の加速

海外展開は1985年3月の米国現地法人設立[99]に始まったが、2000年代半ばまで売上の大半は国内にとどまった。1990年5月にドイツ、2001年9月に中国へ現地法人を置き[100]、拠点だけは先に敷いた。2006年3月期の地域別売上は日本872億円に対して北米80億円・その他118億円で、国内が約8割[101]を占めた。2004年9月、社長の佐々木道夫氏は「世界に営業拠点を巡らせてアジア、米国、欧州の三極体制を作っていきたい。連結決算ベースで20%強の海外売上高比率を50%に高めたい」(日本経済新聞 2004年9月9日)と表明した。同年11月には2006年3月期中に中国拠点を10カ所へ増やし、北中米と欧州で計10カ所程度を増設して世界70カ所体制[103]とする方針を示した。 [102]

  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [99]1985年3月 アメリカに現地法人KEYENCE CORPORATION OF AMERICAを設立
    • [100]1990年5月 ドイツにKEYENCE DEUTSCHLAND GmbHを設立・2001年9月 中国にKEYENCE (CHINA) CO.,LTD.を設立
  • キーエンス 有価証券報告書(セグメント情報等)
    • [101]2006年3月期の地域別売上は日本872億円・北米80億円・その他118億円で国内が約8割
  • 日本経済新聞(2004年9月9日)
    • [102]佐々木道夫社長の発言(三極体制・海外売上高比率20%強→50%)
  • 日本経済新聞(2004年11月24日)
    • [103]2006年3月期中に中国拠点を10カ所へ・北中米と欧州で計10カ所程度増設・世界70カ所体制

2009年3月期の売上高は1653億円と前期の2006億円から減り[104]、リーマンショックの影響を受けた。2010年12月に社長へ就いた山本晃則氏のもとで、同社はグローバル展開を本格化[105]させた。2011年5月にブラジル、同年8月にインド、2013年7月にインドネシア、2014年3月にベトナムへ現地法人を設立[106]し、国内で築いたコンサルティング営業をそのまま海外へ移した[107]。2015年3月時点の海外網は「世界44カ国・200拠点」[108](週刊東洋経済 2015年3月28日号)に達し、過去5年の海外売上平均成長率は30%を記録した[109]。2004年3月期からの5年間に売上高営業利益率50%以上を続けており、2015年3月期は7年ぶりの50%超え[110]となった。

  • キーエンス 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [104]2009年3月期 売上高1,653億円(前期2,006億円から減収)=リーマンショックによる大幅減益
  • キーエンス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [105]2010年12月 山本晃則氏が社長就任。グローバル展開を本格化
  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [106]2011年5月 ブラジル・2011年8月 インド・2013年7月 インドネシア・2014年3月 ベトナムに現地法人を設立
  • 週刊東洋経済(2015年3月28日)
    • [107]国内で築いたコンサル営業力を海外へ定着させることが課題と位置づけられた
    • [108]2015年時点の海外網は世界44カ国・200拠点
    • [109]過去5年の海外売上平均成長率30%
    • [110]2000年代以降 営業利益率40%以上を維持、2004年3月期からの5年間は50%以上。2015年3月期は7年ぶりの50%超え

2014年度に海外売上比率が5割を超えた[111]。地域別売上は2014年度の国内1651億円・米国651億円・その他1037億円から、2021年度には国内3101億円・中国1285億円・米国1104億円・その他2060億円[112]へ伸びた。2016年7月にはフィリピンへ現地法人を設けた[113]。2017年3月期の純利益は1206億円で、「工場の自動化や品質向上に役立つセンサーの販売が米州や欧州など海外で好調だった」[114](日本経済新聞 2017年4月28日)。山本晃則氏は、トランプ米政権が掲げる雇用増と工場の国内回帰が実現すれば自動化投資の拡大につながる[115]との見方を示した。2024年5月、4代目社長の中田有氏は設立50周年にあたり海外売上高比率6割を目標[116]に掲げた。

  • キーエンス 有価証券報告書(セグメント情報等)
    • [111]2015年3月期(2014年度)の地域別売上は国内1,651億円・米国651億円・その他1,037億円=海外比率約50.5%
    • [112]地域別売上はFY2014の国内1,651億円・米国651億円・その他1,037億円からFY2021の国内3,101億円・中国1,285億円・米国1,104億円・その他2,060億円へ
  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [113]2016年7月 フィリピンに現地法人KEYENCE PHILIPPINES INC.を設立
  • 日本経済新聞(2017年4月28日)
    • [114]2017年3月期 純利益1,206億円(海外好調が要因)
    • [115]山本晃則社長の発言「トランプ米大統領が掲げる雇用増や工場を米国内に戻す動きが実現すれば、自動化投資の拡大につながる」
    • [116]2024年5月 設立50周年で中田有社長が海外売上高比率6割を掲げる(社長系譜で4代目)
  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [99]1985年3月 アメリカに現地法人KEYENCE CORPORATION OF AMERICAを設立
    • [100]1990年5月 ドイツにKEYENCE DEUTSCHLAND GmbHを設立・2001年9月 中国にKEYENCE (CHINA) CO.,LTD.を設立
    • [106]2011年5月 ブラジル・2011年8月 インド・2013年7月 インドネシア・2014年3月 ベトナムに現地法人を設立
    • [113]2016年7月 フィリピンに現地法人KEYENCE PHILIPPINES INC.を設立
  • キーエンス 有価証券報告書(セグメント情報等)
    • [101]2006年3月期の地域別売上は日本872億円・北米80億円・その他118億円で国内が約8割
    • [111]2015年3月期(2014年度)の地域別売上は国内1,651億円・米国651億円・その他1,037億円=海外比率約50.5%
    • [112]地域別売上はFY2014の国内1,651億円・米国651億円・その他1,037億円からFY2021の国内3,101億円・中国1,285億円・米国1,104億円・その他2,060億円へ
  • 日本経済新聞(2004年9月9日)
    • [102]佐々木道夫社長の発言(三極体制・海外売上高比率20%強→50%)
  • 日本経済新聞(2004年11月24日)
    • [103]2006年3月期中に中国拠点を10カ所へ・北中米と欧州で計10カ所程度増設・世界70カ所体制
  • キーエンス 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [104]2009年3月期 売上高1,653億円(前期2,006億円から減収)=リーマンショックによる大幅減益
  • キーエンス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [105]2010年12月 山本晃則氏が社長就任。グローバル展開を本格化
  • 週刊東洋経済(2015年3月28日)
    • [107]国内で築いたコンサル営業力を海外へ定着させることが課題と位置づけられた
    • [108]2015年時点の海外網は世界44カ国・200拠点
    • [109]過去5年の海外売上平均成長率30%
    • [110]2000年代以降 営業利益率40%以上を維持、2004年3月期からの5年間は50%以上。2015年3月期は7年ぶりの50%超え
  • 日本経済新聞(2017年4月28日)
    • [114]2017年3月期 純利益1,206億円(海外好調が要因)
    • [115]山本晃則社長の発言「トランプ米大統領が掲げる雇用増や工場を米国内に戻す動きが実現すれば、自動化投資の拡大につながる」
    • [116]2024年5月 設立50周年で中田有社長が海外売上高比率6割を掲げる(社長系譜で4代目)

情報開示への批判と創業者退任後のガバナンスを巡る経営上の課題

高収益の一方で株主還元と情報開示の水準には批判が集まり[117]、2015年ごろから余剰現金の使途が不透明だとする指摘が投資家から出た。2017年6月の定時株主総会では株主への配当を含む剰余金処分案への反対が目立ち[118]、その背景には配当性向7.5%という水準があった[119]。東証上場企業の2016年度平均は33%[120]で、同社はこれを大きく下回っていた。2021年6月の株主総会では、中田有氏の取締役再任賛成比率が80.88%にとどまった。2009年4月には経営不振のジャストシステムを救済するため、第三者割当増資により株式44%を45億円で取得した。

  • 週刊東洋経済(2017年8月26日)
    • [117]2017年6月の株主総会で議案への反対比率が高かった会社としてキーエンスを掲載(株主還元をめぐる批判)
    • [118]2017年6月の株主総会で剰余金処分案への反対が多かった会社としてキーエンスを掲載
    • [119]キーエンスの配当性向7.5%に対し東証上場企業の2016年度平均は33%
    • [120]東証上場企業の2016年度平均配当性向 33%

2022年4月、東京証券取引所の市場区分見直しにより、同社は市場第一部からプライム市場へ移行[121]した。2023年度の売上高は9672億円、純利益は3696億円で、前期の売上高9224億円・純利益3629億円[122]に続いて過去最高益を更新した。2024年度には売上高が1兆591億円と初めて1兆円を超え、営業利益5498億円、純利益3987億円[123]を計上した。売上高営業利益率は51.9%[124]だった。2022年3月期の売上高は7551億円、営業利益は4180億円で、売上高営業利益率は55.4%[125]に達した。創業者の滝崎武光氏は2015年に取締役名誉会長へ退いて以来、経営の前面には立っていない[126]

  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [121]2022年4月 東京証券取引所の市場区分の見直しにより市場第一部からプライム市場へ移行
  • キーエンス 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [122]2024年3月期(2023年度)売上高9,672億円・純利益3,696億円。前期は売上高9,224億円・純利益3,629億円
    • [123]2025年3月期(2024年度)売上高1兆591億円・営業利益5,498億円・純利益3,987億円
    • [124]2025年3月期の売上高営業利益率 51.9%(営業利益549,775百万円÷売上高1,059,145百万円)
    • [125]2022年3月期 売上高7,551億円・営業利益4,180億円(売上高営業利益率55.4%)
  • キーエンス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [126]2015年 滝崎武光氏が取締役名誉会長に就任
  • 週刊東洋経済(2017年8月26日)
    • [117]2017年6月の株主総会で議案への反対比率が高かった会社としてキーエンスを掲載(株主還元をめぐる批判)
    • [118]2017年6月の株主総会で剰余金処分案への反対が多かった会社としてキーエンスを掲載
    • [119]キーエンスの配当性向7.5%に対し東証上場企業の2016年度平均は33%
    • [120]東証上場企業の2016年度平均配当性向 33%
  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [121]2022年4月 東京証券取引所の市場区分の見直しにより市場第一部からプライム市場へ移行
  • キーエンス 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [122]2024年3月期(2023年度)売上高9,672億円・純利益3,696億円。前期は売上高9,224億円・純利益3,629億円
    • [123]2025年3月期(2024年度)売上高1兆591億円・営業利益5,498億円・純利益3,987億円
    • [124]2025年3月期の売上高営業利益率 51.9%(営業利益549,775百万円÷売上高1,059,145百万円)
    • [125]2022年3月期 売上高7,551億円・営業利益4,180億円(売上高営業利益率55.4%)
  • キーエンス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [126]2015年 滝崎武光氏が取締役名誉会長に就任

新規事業と研究開発を巡る同社の今後の戦略的選択肢

センサーと測定器を軸としながら、同社は画像処理機器、制御機器、ビジネス情報機器へと製品群を広げ、電子応用機器の製造販売を中心とする単一セグメント[127]で事業を営んでいる。2007年11月には大阪府高槻市にロジスティクスセンターを、2009年7月には大阪市にクオリティ・ラボを設け[128]、即納体制と品質評価の設備を整えた。2026年3月期の売上高は1兆1693億円、営業利益は5958億円、純利益は4452億円[129]に達した。同期の平均給与は2178万円[130]で、連結従業員数は1万2784人と10年前の5299人から2.4倍に増えた[131]

  • キーエンス 有価証券報告書(事業の内容)
    • [127]センサー・測定器・画像処理機器・制御機器・ビジネス情報機器など電子応用機器の製造販売を中心とする単一セグメント
  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [128]2007年11月 大阪府高槻市にロジスティクスセンターを設立・2009年7月 大阪市にクオリティ・ラボを設立
  • キーエンス 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [129]2026年3月期 売上高1兆1,693億円・営業利益5,958億円・親会社株主に帰属する当期純利益4,452億円
  • キーエンス 有価証券報告書(従業員の状況)
    • [130]2026年3月期の平均給与(単体)2,178万円
    • [131]連結従業員数は2016年3月期5,003人(2016年6月期5,299人)から2026年3月期12,784人へ

2025年10月、44歳の中野鉄也氏が5代目社長へ昇格し、中田有氏は取締役特別顧問へ退いた[132]。滝崎氏から数えて4度の社長交代はいずれも内部昇格で、創業家からの登用は一度もなかった[133]。1972年の個人創業から53年で、同社の売上高は1兆円台、売上高営業利益率は5割超[134]に達した。1987年10月の上場から38年で、株式市場からの直接調達は上場時と2度の公募増資による計601億円にとどまった。2026年3月期の経常利益は6358億円で、売上高経常利益率は54.4%[135]だった。創業期に定めた直販・標準品・付加価値価格の三原則は、製品分野が広がった後も判断の基準として働いている[136]

    • [132]2025年10月 44歳の中野鉄也氏が社長に昇格・中田有氏は取締役特別顧問へ
  • キーエンス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [133]社長系譜は滝崎武光→佐々木道夫→山本晃則→中田有→中野鉄也で、いずれも内部昇格
  • キーエンス 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [134]1972年3月の個人創業から2025年で53年。2026年3月期 売上高1兆1,693億円・売上高営業利益率50.9%
    • [135]2026年3月期 経常利益6,358億円(売上高1兆1,693億円に対し54.4%)
  • 日経ビジネス(1995年1月16日)
    • [136]直販・標準品・付加価値価格に外注を重ねた構造が高収益を支えた
  • キーエンス 有価証券報告書(事業の内容)
    • [127]センサー・測定器・画像処理機器・制御機器・ビジネス情報機器など電子応用機器の製造販売を中心とする単一セグメント
  • キーエンス 有価証券報告書 第56期(2025年3月期)【沿革】
    • [128]2007年11月 大阪府高槻市にロジスティクスセンターを設立・2009年7月 大阪市にクオリティ・ラボを設立
  • キーエンス 有価証券報告書(連結損益計算書)
    • [129]2026年3月期 売上高1兆1,693億円・営業利益5,958億円・親会社株主に帰属する当期純利益4,452億円
    • [134]1972年3月の個人創業から2025年で53年。2026年3月期 売上高1兆1,693億円・売上高営業利益率50.9%
    • [135]2026年3月期 経常利益6,358億円(売上高1兆1,693億円に対し54.4%)
  • キーエンス 有価証券報告書(従業員の状況)
    • [130]2026年3月期の平均給与(単体)2,178万円
    • [131]連結従業員数は2016年3月期5,003人(2016年6月期5,299人)から2026年3月期12,784人へ
    • [132]2025年10月 44歳の中野鉄也氏が社長に昇格・中田有氏は取締役特別顧問へ
  • キーエンス 有価証券報告書(役員の状況)
    • [133]社長系譜は滝崎武光→佐々木道夫→山本晃則→中田有→中野鉄也で、いずれも内部昇格
  • 日経ビジネス(1995年1月16日)
    • [136]直販・標準品・付加価値価格に外注を重ねた構造が高収益を支えた

キーエンスの沿革1972〜2023年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
キーエンス創業——リード電機の自動線材切断機から付加価値価格のセンサー専業へ二度の起業に失敗した27歳・滝崎武光氏は、原価ではなく導入効果で値付ける付加価値価格をどう高収益企業の土台に据えたか 詳細を読む★★★
交流磁界センサに参入★★
リード電機を設立
光学センサーの販売を開始
センサに集中投資。切断機から事業撤退★★
商号をキーエンスに変更
大阪証券取引所第2部に株式上場
利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中営業利益率20%の祖業も、売上の3割を占めた大口顧客も手放してまで、なぜ滝崎武光社長は高利益率の事業だけに絞ったのか 詳細を読む★★★
営業利益を厚く社員へ還元する高給の人事「給与も日本一にしたい」——株価日本一のキーエンスは、なぜ営業利益を毎月社員へ分け、30歳で年収1000万円を払ったのか 詳細を読む★★★
新本社・研究所を竣工
直販とファブレスによる高粗利モデルの確立「センサーメーカーは仮の姿」——代理店を排し工場も持たず、滝崎武光社長はなぜ付加価値の高い2〜3割だけを自社で作ったのか 詳細を読む★★★
直販とファブレスによる高粗利モデルを説明★★
大幅な減収減益へ
佐々木道夫佐々木道夫氏が代表取締役社長に就任
佐々木道夫リーマンショックにより大幅減益へ
佐々木道夫ジャストシステムの株式取得★★
山本晃則山本社長が就任。グローバル展開を本格化
山本晃則IRの開示姿勢が投資家から不評
中田有中田社長の再任賛成比率80%
中田有過去最高益を達成
出典・参考

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