帝国繊維 の歴史

更新:

沿革 1884〜2024年

1884年〜近江・北海道・下野の製麻会社の設立と、合併で生まれた日本製麻

  1. 近江麻糸紡織を大津に設立
  2. 北海道製麻を札幌に設立
  3. 下野麻紡織(のちに下野製麻)を鹿沼に設立
  4. 日本繊糸(のちに大阪麻糸)を設立
  5. 近江麻糸・下野製麻・大阪製麻が合併し日本製麻を設立
  6. 日本製麻大阪工場で国産初の消防用麻ホースの製造を開始

1907年〜日本製麻と北海道製麻の合併による帝国製麻と、第一次大戦期の麻需要

  1. 日本製麻と北海道製麻が合併し帝国製麻を設立

1941年〜帝国繊維への改称と戦時合併、集中排除法による分割と再合併

  1. 太陽レーヨンを合併し帝国繊維に商号変更
  2. 大正製麻・東洋麻工業・日本麻紡織の3社を合併
  3. 日本油脂繊維部門の事業を譲受
  4. 過度経済力集中排除法により帝国繊維を解散し中央繊維・帝国製麻ほか1社を設立
  5. 中央繊維と帝国製麻ともに東京証券取引所に上場
  6. 本社を日本橋2丁目に移転
  7. 中央繊維が帝国製麻を合併し帝国繊維に商号変更

1960年〜東証一部指定と子会社の設立、商業施設賃貸と防災車輌への展開

  1. 子会社の帝商が発足
  2. 東京証券取引所市場第一部に指定
  3. 子会社の宮崎クラウンを設立
  4. 子会社のキンパイ商事を設立
  5. 大垣ショッピングセンターを開業
  6. 商業施設賃貸事業に参入
  7. 救助工作車の製造を開始
  8. 防災車輌工場が竣工
  9. 鹿沼工場のホースライニング工場が竣工
  10. オーストリア・ローゼンバウアー社製の空港用大型化学消防車を関西国際空港へ納入

1996年〜大口径ホースと空港用化学消防車、物言う株主の提案と新工場

  1. 遠距離送水用の大口径ホースの製造を開始
  2. 六合社の株式追加取得により子会社化
  3. 電力会社向けハイドロサブシステムの納入を開始
  4. 本社を日本橋髙島屋三井ビルディングへ移転
  5. 重要AVIによる増配・自社株買い・ヒューリック株売却の株主提案を否決
  6. 下野工場を新設
  7. 鹿沼工場にホース製造200mラインが竣工
  8. 空港用化学消防車の累計納入が200台に到達
麻紡の合同と集排分割
1884年1887年1888年1896年 1903年 1907年 1941年1942年 1950年 1959年 2026年 近江麻糸紡織 1884年大津で設立 下野製麻 1888年鹿沼で設立 大阪麻糸 1896年設立 北海道製麻 1887年札幌で設立 日本製麻 1903年3社が合併 帝国製麻 1907年北海道製麻と合併 帝国繊維 1941年商号変更 太陽レーヨン 1941年合併 大正製麻ほか2社 1942年3社を合併 中央繊維 1950年集排法で解散・分割 帝国製麻 1950年分割で設立 帝国繊維 1959年帝国製麻を合併
創業 1907年
創業者 —
創業地 —
創業 1907年7月、日露戦争後の不況で製麻各社が苦境に陥るなか、安田財閥の総帥・安田
1907年7月、日露戦争後の不況で製麻各社が苦境に陥るなか、安田財閥の総帥・安田善次郎の提唱により日本製麻と北海道製麻が合併し、帝国製麻が東京に設立された。初代社長は安田善三郎である。原料の亜麻を北海道で栽培し、紡績と織物を栃木県鹿沼で行う一貫生産を敷き、輸入に依存していた麻織物の国産化を担った。1923年8月の日本麻糸から1945年1月の日本油脂繊維部門まで、22年間で11社を合併している。1941年8月には太陽レーヨンの合併を機に帝国繊維へ商号を変更した。1950年7月、過度経済力集中排除法により解散して3社へ分割され、うち中央繊維と帝国製麻が1959年11月に再合同して現在の帝国繊維となった。
決断 麻を売る相手を、問屋と衣料品店から官公庁へ替えた。合成繊維の広がりで麻織物の需要
麻を売る相手を、問屋と衣料品店から官公庁へ替えた。合成繊維の広がりで麻織物の需要が細り、1975年12月期に経常赤字へ転落した。富士銀行から送られた経営陣は1977年に480名の人員削減を決め、1978年には航空自衛隊向け制服の納入を始める。1980年4月に磐田工場をヤマハ発動機へ譲渡し、翌1981年には工場跡地をショッピングセンターとして貸し出した。1982年に耐熱衣料で防災関連製品を立ち上げ、1990年4月の防災車両工場新設で化学消防車・救助工作車へ広げる。1995年に社長へ就任した飯田時章氏は17年をかけ、創業以来の鹿沼工場を防災の主力拠点へ組み替えた。
現況 売上の8割を占める防災は、需要のほぼ全部を官公需から得ている。2025年12月期
売上の8割を占める防災は、需要のほぼ全部を官公需から得ている。2025年12月期の連結売上高336億円のうち、防災が273億円、繊維が58億円、不動産賃貸が5億円である。防災の売り先は自衛隊・消防庁・自治体・電力会社で、輸入品を日本仕様に作り替えて納める商社の役割も併せ持つ。東日本大震災後には2009年12月期の174億円から2014年12月期の276億円へ伸び、特需の一巡で調整した。2021年8月には戦後初の新工場となる下野工場を建設し、鹿沼をホース、下野を車両と分けている。本業と関係のないヒューリック株式が総資産の32%を占める資産構成に対しては、2020年に英AVIが政策保有株の売却と株主還元の強化を求める提案を出した。
競合 祖業を捨てた同業と違い、帝国繊維は麻を残して売り先だけを替えた。日本毛織は198
祖業を捨てた同業と違い、帝国繊維は麻を残して売り先だけを替えた。日本毛織は1984年に中山工場の跡地を商業施設へ変え、縮む祖業の工場を不動産の収益へ置き換えた。帝国繊維も1980年に磐田工場を譲渡したが、麻そのものは業務用リネンとして残している。祖業を残した効き目は数字に出た。2025年12月期の繊維事業は売上58億円・利益10億円で、利益率17.0%は防災の15.8%を上回る。防衛予算の増加も、天幕や作業外皮という繊維の側から入ってきた。麻を持ち続けたことが、官公需の増加を防災と繊維の二方向から受け取る構えを作った。
長期業績の推移 1950〜2026年
帝国繊維:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円)純利益率(%)
1970年12月期〜2025年12月期

API for AI Agents — 認証不要、URLをGETするだけで機械可読なJSONをトークン消費を抑えつつ取得できます。

出典・参考

免責事項およびポリシー