1968年〜 高崎の写真館から池袋の家電量販店へ
- 1980年会社設立、東京都豊島区池袋に池袋店を開店しカメラ等の物品販売事業を開始
- 1989年東京都渋谷区に渋谷店(現渋谷ハチ公口店)を開店
- 1991年神奈川県横浜市西区に横浜西口店を開店
- 1992年株式会社東京羽毛工房(1995年株式会社生毛工房に商号変更)を設立
- 1992年東京都豊島区に池袋本店を開店
- 1992年ビックポイントカードを導入しポイントサービスを開始
- 1996年株式会社ビックカメラビルディング(2007年株式会社東京計画に商号変更)を設立
ビックカメラの業績推移:単体
出所:有価証券報告書等
群馬の写真DPサービスから始まる新井隆司氏の商売
ビックカメラの起点は、1968年に新井隆司氏(現名は新井隆二氏)が群馬県高崎市で創業した「高崎DPセンター」である。当時の地方都市では写真フィルムの現像・プリント(DP)が成長分野で、新井隆司氏は写真関連サービスから事業基盤を築いた。1970年代に入ると同社はカメラ販売へ業態を拡張し、地方の写真愛好家を主要顧客とする商売を続けた。これは戦後の日本でカメラが「ハレの日の高額品」から大衆の購買対象へ移行する局面と重なり、地方の専門店としては比較的早期に量販志向を取り入れた事業者であった。 [1][2][3]
- [1]1968年 新井隆司(現名・新井隆二)が群馬県高崎市で高崎DPセンターを創業
- [2]創業者の現名は新井隆二
- [3]1970年代にカメラ販売へ業態拡張(DPセンター販売部門の独立)
1978年、新井隆司氏は本拠を東京・池袋へ移し、写真機・カメラの量販店として再出発する。池袋という選択は当時の電気店激戦区である秋葉原や新宿西口を避け、巨大ターミナル駅で潜在需要が捌けきれていない場所を取りに行く判断であった。1980年6月には株式会社ビックカメラを正式に設立し、新井隆司氏が初代社長に就任、同年11月に東京都豊島区に池袋店(後の池袋北口店)を開店してカメラ等の物品販売事業を開始した。「BIC」は同社公式の説明によると「偉大さの意味を含むスラング」で、創業者の商売に対する野心が社名そのものに残された。 [4][5][6][7]
- [4]1978年 池袋へ進出(カメラ量販店として再出発)
- [7]社名「BIC」は公式説明で「ただ大きいだけでなく深みのある大きな企業を目指す」意(本文は「偉大さの意味を含むスラング」と表現)
- ビックカメラ 有価証券報告書【沿革】
- [5]1980年に株式会社ビックカメラ設立、同年11月に東京都豊島区池袋店を開店しカメラ等物品販売事業を開始
- [6]新井隆司が初代社長に就任
- [1]1968年 新井隆司(現名・新井隆二)が群馬県高崎市で高崎DPセンターを創業
- [2]創業者の現名は新井隆二
- [3]1970年代にカメラ販売へ業態拡張(DPセンター販売部門の独立)
- [4]1978年 池袋へ進出(カメラ量販店として再出発)
- [7]社名「BIC」は公式説明で「ただ大きいだけでなく深みのある大きな企業を目指す」意(本文は「偉大さの意味を含むスラング」と表現)
- ビックカメラ 有価証券報告書【沿革】
- [5]1980年に株式会社ビックカメラ設立、同年11月に東京都豊島区池袋店を開店しカメラ等物品販売事業を開始
- [6]新井隆司が初代社長に就任
カメラ専門店から駅前ターミナル型家電量販店への業態転換
1980年代の日本の家電量販業界では、ヨドバシカメラ・コジマ・ヤマダ電機が郊外型あるいは数千平方メートル規模の店舗モデルで売上を伸ばしていた。新井隆司氏率いるビックカメラはこのなかで「駅前ターミナル立地・カメラ/フィルム/時計/OA機器を1店舗で扱う総合店」を独自路線として確立した。1989年12月に渋谷店(現渋谷ハチ公口店)、1991年4月に横浜西口店、1992年9月に池袋本店、1993年2月に渋谷東口店と、首都圏のターミナル駅前への集中出店を進めた。 [8][9][10][11]
- ビックカメラ 有価証券報告書【沿革】
- [8]1989年12月 渋谷店(現渋谷ハチ公口店)開店
- [9]1991年4月 横浜西口店開店
- [10]1992年9月 池袋本店開店
- [11]1993年2月 渋谷東口店開店
1992年12月に導入したビックポイントカードは、家電量販業界では先行例の少ない「現金値引きの代わりにポイントで還元する」仕組みで、価格競争で疲弊しがちな業界内で顧客の囲い込みと粗利確保を同時に進める手段となった。本社や物流の運営子会社として1981年に東京カメラ流通協同組合、1992年に株式会社東京羽毛工房(後の生毛工房)、1996年に株式会社ビックカメラビルディング(後の東京計画)を相次いで設立し、グループ内に出店・物流・金融サービスを内製化する体制を整えた。1999年4月の福岡・天神店出店で初めて関東圏外へ進出し、同年8月には日本ビーエス放送企画株式会社(後の日本BS放送)を設立して放送事業へも事業領域を広げた。 [12][13][14]
- ビックカメラ 有価証券報告書【沿革】
- [12]1992年12月 ビックポイントカード導入、ポイントサービス開始
- [13]1981年 東京カメラ流通協同組合 設立
- [14]1996年設立子会社の正式名は『株式会社ビックカメラビルディング』、2007年に株式会社東京計画へ商号変更
- ビックカメラ 有価証券報告書【沿革】
- [8]1989年12月 渋谷店(現渋谷ハチ公口店)開店
- [9]1991年4月 横浜西口店開店
- [10]1992年9月 池袋本店開店
- [11]1993年2月 渋谷東口店開店
- [12]1992年12月 ビックポイントカード導入、ポイントサービス開始
- [13]1981年 東京カメラ流通協同組合 設立
- [14]1996年設立子会社の正式名は『株式会社ビックカメラビルディング』、2007年に株式会社東京計画へ商号変更
全国展開とグループ多角化への布石
1999年から2001年にかけてビックカメラは関東圏外への多店舗展開を本格化させた。1999年6月の新横浜店、2001年1月の立川店、同年5月の大阪・なんば店、6月の有楽町店、7月の札幌店と、半年余りで全国の主要ターミナル駅前に旗艦店を配置した。2001年11月には株式会社ビック酒販を設立し、家電量販業の枠を超えて酒類・食品・薬の総合小売へ事業領域を広げる方針を見せ始めた。2002年5月の新宿西口店、9月の池袋西口店で都心の重複立地を厚くし、2003年10月にはインターネットショッピングサイト「ビックカメラ.com」を開設して通販事業に参入、同年11月の名古屋駅西店と大宮西口そごう店で中京圏と埼玉県主要駅前を押さえた。 [15][16][17][18][19][20][21][22][23][24]
- ビックカメラ 有価証券報告書【沿革】
- [15]1999年6月 新横浜店開店
- [16]2001年1月 立川店開店
- [17]2001年5月 なんば店開店
- [18]2001年6月 有楽町店開店
- [19]2001年7月 札幌店開店
- [20]2001年11月 株式会社ビック酒販 設立
- [21]2002年5月 新宿西口店開店
- [22]2002年9月 池袋西口店開店
- [23]2003年10月 ビックカメラ.com 開設(EC参入)
- [24]2003年11月 名古屋駅西店・大宮西口そごう店開店
ターミナル駅前という立地に密集出店する戦略は、1店舗あたりの売場面積(数千坪規模)と取扱品目数(カメラ・パソコン・白物家電・時計・酒・薬まで)の両方を最大化する点で、同時期の郊外ロードサイド型ヤマダ電機・コジマとは別系統の業態を形作った。家電量販業界のなかでも、ヨドバシカメラと並ぶ「都心ターミナル型」の代表格として、ビックカメラの全国展開モデルが2000年代前半に定着した。
- ビックカメラ 有価証券報告書【沿革】
- [15]1999年6月 新横浜店開店
- [16]2001年1月 立川店開店
- [17]2001年5月 なんば店開店
- [18]2001年6月 有楽町店開店
- [19]2001年7月 札幌店開店
- [20]2001年11月 株式会社ビック酒販 設立
- [21]2002年5月 新宿西口店開店
- [22]2002年9月 池袋西口店開店
- [23]2003年10月 ビックカメラ.com 開設(EC参入)
- [24]2003年11月 名古屋駅西店・大宮西口そごう店開店