Shopifyは急速に成長しつつあったが、2010年の時点では従業員24名のカナダのオタワに拠点を置くローカルなベンチャー企業に過ぎなかった。Shopifyの顧客数は1万ユーザーいたものの、その大半が小規模な小売事業者であり、EC業界においてはニッチな存在とみなされていた。
当時、数多くのベンチャーキャピタルはShopifyに注目したものの、Tobias LütkeらShopifyの経営陣は投資を簡単に受け入れなかった。
その理由は、ほとんどのベンチャーキャピタルの多くが「カナダからシリコンバレーに本社を移転した場合に限り投資を実行する」という条件をつけたためであった。Shopifyにとって、カナダは創業者の生活拠点であり、シリコンバレーへの移転は相応の負担が必要であった。
ネット企業が集積するシリコンバレーではなく、カナダに拠点を置いた状態を容認したうえで、投資の話を持ちかけたのが、米国のベンチャーキャピタルBessemer Venture Partnersであった。2010年にBessemerはShopifyへの500万ドルの投資を決めた。
Bessemerとしては、創業者であるTobias Lütkeの思慮深い人柄に加え、零細企業向けというSMBの市場を開拓した点を高く評価した。加えて、カナダに拠点を置くという観点では「エンジニアの調達価格が安い」ということから評価した。
なお、Bessemerは投資金額の用途について(1)マーケティングの実施、(2)海外展開と現地のローカリゼーション、(3)新機能の開発=Shopify App Storeのアプリケーション数の増加という3点を提示した。Shopifyがマーケティングの強化によってユーザー数を獲得するとともに、グローバル展開をするための機能開発に投資をするように提案した。
この申し出に対して、Shopifyは投資の受け入れを決断した。この資金調達が、2010年以降のShopifyのグローバル展開を加速させる資金的な基盤となるとともに、2021年の現在に至るまでShopifyがカナダに本社を置き続ける遠因となった。
なお、BessemerがShopifyに対して、シリコンバレーへの移転を必須条件にしなかった理由は、筆者の邪推であるが、その出自が理由と思われる。
Bessermeはかつて米国で最大規模を誇った鉄鋼会社のカーネギー鉄鋼会社の系譜に連なる老舗のベンチャーキャピタルであり、シリコンバレーに対する対抗意識があったのではないかと推察している。あくまでも、筆者の仮説ではある。