{"docs":[{"k":"decision","u":"/tse/1812/decisions/audit-committee-transition-2026/","t":"監査役会を畳み、監督する側に社外取締役7名を据える体制への組み替え","c":"鹿島建設","y":2026,"col":"#e6002e","s":"監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行し、取締役を14名・社外取締役を7名へ増員するとともに、剰余金の配当等の決定を取締役会へ移管し、監査等委員である取…","x":"2026 鹿島建設 監査等委員会設置会社への移行 監査役会を畳み、監督する側に社外取締役7名を据える体制への組み替え 2026年6月に監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役は11名から14名、社外取締役は5名から7名となり、剰余金の配当等の決定も定款の変更で取締役会へ移管している 監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行し、取締役を14名・社外取締役を7名へ増員するとともに、剰余金の配当等の決定を取締役会へ移管し、監査等委員である取締役とそれ以外で報酬の枠を区分した機関設計の組み替え 動いたのは監査ではなく決議の所在 監査役を取締役に置き換える組織の入れ替えとして読むと、この移行は小さく見える。だが同じ総会で剰余金の配当等の決定が取締役会へ移り、報酬の枠が監査等委員である取締役とそれ以外に分かれたことを合わせて見ると、動いたのは監査の形ではなく決議の置き場だったと思われる。監督する側に議決権を持つ取締役を5名据え、そのうち4名を独立役員で埋める一方、業務執行にあたる取締役の側では賞与と株式報酬の指標を利益・安全成績・エンゲージメント・roeへ割り振った。監督と執行を別の物差しで測る構えが、機関設計と報酬の両方で同時に立ち上がっている。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/1951/decisions/oasis-outside-director-2026/","t":"社内取締役8名中7名がNTTグループ出身という独立性への批判を、指名委員会の答申を根拠に退けた選択","c":"エクシオグループ","y":2026,"col":"#2419AC","s":"主力事業であるシステムソリューション事業の経験者が取締役会におらず、社内取締役8名のうち7名がNTTグループ出身で独立性に懸念があるとして、OASIS JAPA…","x":"2026 エクシオグループ oasisの社外取締役選任提案を否決 社内取締役8名中7名がnttグループ出身という独立性への批判を、指名委員会の答申を根拠に退けた選択 2026年6月の第72回定時株主総会で、oasis japan strategic fund y ltd.が社外取締役1名の選任を提案。元野村総合研究所専務執行役員の竹本具城氏を推したが、賛成率4.8%で否決された。 主力事業であるシステムソリューション事業の経験者が取締役会におらず、社内取締役8名のうち7名がnttグループ出身で独立性に懸念があるとして、oasis japan strategic fund y ltd.が2026年6月の第72回定時株主総会に社外取締役1名の選任を提案し、取締役会が指名委員会の答申と中期経営計画の遂行に必要なスキルバランスを理由に反対して、賛成率4.8%で否決した株主提案への対応 天下りを突いた4.8% この提案の核心は、候補者の適否ではなく、nttグループの出身者が取締役会を占め続ける構図そのものへの異議だったのだろう。社内取締役8名のうち7名、過去5年では16名中14名がnttグループの出身という数字は、会社が反論していない事実である。通信建設を長く担ってきた社にとって、これは歴史の産物であって不正ではない。だが資本市場から見れば、選ぶ側と選ばれる側が同じ出自でつながっているとき、指名委員会の独立性は形式の問題に落ちる。提案株主はそこを「天下り人事の容認」と名指しした。 アクティビスト・株主提案対応 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/2170/decisions/self-share-exchange-2026/","t":"企業向け統合AIサービスSELFBOTを提供するSELFの完全子会社化と、モチベーションクラウドの変革サービスへの組み込み","c":"リンクアンドモチベーション","y":2026,"col":"#1a5c9c","s":"組織人事のクラウド事業を営む企業が、売上高203百万円の非上場AI企業を自己株式を対価とする株式交換で完全子会社とし、自社サービスに組み込んで既存顧客へ展開する…","x":"2026 リンクアンドモチベーション selfとの株式交換で企業向けaiを取り込み 企業向け統合aiサービスselfbotを提供するselfの完全子会社化と、モチベーションクラウドの変革サービスへの組み込み 2026年9月9日にselfとの株式交換契約を締結。対価は自己株式1,077,299株で、効力発生日は同年10月1日 組織人事のクラウド事業を営む企業が、売上高203百万円の非上場ai企業を自己株式を対価とする株式交換で完全子会社とし、自社サービスに組み込んで既存顧客へ展開する成長投資 開発するより先に、買収して組み込む selfの2025年9月期の売上高203百万円は、リンクアンドモチベーションの2025年12月期の売上収益41,522百万円の0.5%ほどにすぎず、これを業績への寄与で測る買い物ではないとみられる。見るべきは、生成aiで顧客の検索行動が変わり、2025年上半期にモチベーションクラウドの商談数が落ちた年の翌年に、aiの製品と開発者を社内に持つ道を選んだ点である。aiを脅威として防ぐのではなく、クロスセルできる変革サービスに変えるという読み替えだろう 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/2371/decisions/buyout-battle-2026/","t":"非公開化の是非をめぐる対抗提案の応酬と、買い手の選択","c":"カカクコム","y":2026,"col":"#FF6F00","s":"過半を持つ支配株主が不在のまま独立を保ってきた情報プラットフォームの非公開化をめぐり、EQT・デジタルガレージ連合のTOBに、より高値のLINEヤフー・ベイン連…","x":"2026 カカクコム lineヤフーとの買収争奪戦 非公開化の是非をめぐる対抗提案の応酬と、買い手の選択 2026年5月にlineヤフーとの買収争奪戦。eqtとデジタルガレージ連合が1株3,000円・買付代金365,717百万円のtobに、lineヤフーと米ベインが対抗 過半を持つ支配株主が不在のまま独立を保ってきた情報プラットフォームの非公開化をめぐり、eqt・デジタルガレージ連合のtobに、より高値のlineヤフー・ベイン連合が対抗し、取締役会が応募推奨を撤回して中立化した支配権の争奪(本稿の時点で未決着) 最高値か、筆頭株主の意向か この争奪戦の核心は、過半を持つ支配株主が不在の独立企業に対して、より高い価格を示す買い手と、筆頭株主が支える買い手が正面からぶつかった点にある。上場企業の非公開化では、取締役会と特別委員会は株主共同の利益、とりわけ少数株主にとっての価格の妥当性を第一に問われる。より高い対抗提案が現れた以上、当初案への応募推奨を維持することは難しく、カカクコムの取締役会が中立へ転じたのは、その論理の帰結であった。一方で、約38%を握るデジタルガレージとkddiが不応募でeqtに与しているかぎり、価格の高さだけでは決着しない構造も同時に存在する。eqtが三度の引き上げで3,571円に達し、対抗案の3,520円を上回ったのは、その構造のもとでなお価格の競争が働いた結果だと推察される。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/2384/decisions/mc-logistics-acquisition-2026/","t":"売上約800億円の化学品物流会社を荷主の親会社から引き受ける買収と、現社長留任による一体化","c":"SBSホールディングス","y":2026,"col":"#CA002C","s":"売上約800億円の化学品・危険品物流会社を荷主の親会社から全株取得し、現社長を留任させたまま自社のインフラとノウハウを共有して、2030年度の売上高7,000億…","x":"2026 sbsホールディングス 三菱ケミカル物流の全株取得 売上約800億円の化学品物流会社を荷主の親会社から引き受ける買収と、現社長留任による一体化 2026年9月に三菱ケミカル物流の全株式を192億円で取得すると決めた。2026年3月期の売上高は803億円で、2027年4月の連結子会社化を予定する 売上約800億円の化学品・危険品物流会社を荷主の親会社から全株取得し、現社長を留任させたまま自社のインフラとノウハウを共有して、2030年度の売上高7,000億円へ向かう成長投資 利益の薄い売上を取得する意味 三菱ケミカル物流の営業利益率は2026年3月期で0.9%、当期純損益は1,071百万円の赤字で、sbsの物流セグメントの2.6%にも届かない。それでも対価に19,200百万円を払うのは、いまの利益を買うのではなく、化学品・危険品という高度な輸送ノウハウを要する領域の売上800億円と、三菱ケミカルグループとの取引関係を買うためと思われる。これまでの受け皿買収は荷主の物流子会社を66.6%の出資で引き受ける形が中心だったが、今回は発行済全株式で、持分をすべて抱える覚悟がうかがえる。 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/2432/decisions/nanba-return-2026/","t":"創業者による15年ぶりの経営復帰と、AIを軸にした事業モデルの変革","c":"DeNA","y":2026,"col":"#79C7C9","s":"ポケポケの大ヒットで黒字に回復したものの、単一タイトルに左右される振れと新規事業育成の誤算、市場の低い評価が残るなか、創業者の南場智子氏が15年ぶりに社長兼CE…","x":"2026 dena 南場智子氏が社長就任 創業者による15年ぶりの経営復帰と、aiを軸にした事業モデルの変革 2026年5月に創業者の15年ぶり社長復帰。取締役会が5月12日に南場智子氏の代表取締役社長兼ceo就任を内定し、岡村信悟氏は会長へ移った ポケポケの大ヒットで黒字に回復したものの、単一タイトルに左右される振れと新規事業育成の誤算、市場の低い評価が残るなか、創業者の南場智子氏が15年ぶりに社長兼ceoへ復帰し、岡村信悟氏を会長に登用して、aiを軸に事業モデルを三年で組み替えるために踏み切った経営体制の刷新(本稿の時点で成果は未確定) 第二の創業という賭け 創業者を再び社長に戻すという選択の含意は、業績の責任を問う交代ではなく、大幅な黒字を挟んだうえで自ら火中に戻る決断だった点にある。南場智子氏は2011年に経営を守安功氏へ、2021年には岡村信悟氏へと託し、二度にわたり世代交代を進めてきた。その流れをいったん逆に振り、期限を区切って創業者が先頭に立つ体制へ戻したのは、意思決定の速さと、市場の低い評価をはね返す求心力を、この時点で自分の手で取り戻す必要があると見たためであろう。第二の創業と呼ぶにふさわしい賭けである。 トップ交代・承継 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/2531/decisions/takara-logistics-divestiture-2026/","t":"宝酒造の物流を担ってきた子会社の株式70％の、物流を本業とする中央倉庫への売却","c":"宝ホールディングス","y":2026,"col":"#1878D8","s":"宝酒造の取扱物量の縮小と物流の人手不足・投資負担を見込み、物流子会社タカラ物流システムの株式70％を物流を本業とする中央倉庫へ5,985百万円で譲渡し、連結から…","x":"2026 宝ホールディングス タカラ物流システムの中央倉庫への株式譲渡 宝酒造の物流を担ってきた子会社の株式70%の、物流を本業とする中央倉庫への売却 2026年10月にタカラ物流システムの株式70%を中央倉庫へ譲渡すると決議。譲渡価額5,985百万円、連結で3,625百万円の売却益を見込む 宝酒造の取扱物量の縮小と物流の人手不足・投資負担を見込み、物流子会社タカラ物流システムの株式70%を物流を本業とする中央倉庫へ5,985百万円で譲渡し、連結から外して経営資源の選択と集中を進めた売却 自社の荷を運ぶ会社を外へ渡す この売却の芯は、宝酒造の荷を運ぶために抱えてきた物流を、宝酒造の荷が減っていく前提で手放した点にある。タカラ物流システムは赤字の事業ではなく、2026年3月期も営業利益676百万円を稼いでいた。それでも宝酒造の取扱物量が縮み、ドライバーの確保と省人化に投資を積み増さなければ機能を保てないと見通した以上、親会社が投資を続けるより、物流を本業とする会社に外販の拡大を委ねるほうが合理的だと判じたのだろう。30%を残したのは、宝酒造の輸送を引き続き確保するための持分と思われる。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/2531/decisions/takarabio-buyout-2026/","t":"上場子会社を取り込んでの親子上場の解消と、意思決定の一本化","c":"宝ホールディングス","y":2026,"col":"#1878D8","s":"PCR特需の反落で沈む上場子会社タカラバイオを1株1,150円のTOBで完全子会社化し、20年を超えた親子上場を解消して機動的な再建と資本効率の改善を図った買収","x":"2026 宝ホールディングス タカラバイオをtob子会社化 上場子会社を取り込んでの親子上場の解消と、意思決定の一本化 2026年2月にタカラバイオをtob子会社化。議決権60.9%の上場子会社へ1株1,150円で買い付け株式併合を経て上場廃止 pcr特需の反落で沈む上場子会社タカラバイオを1株1,150円のtobで完全子会社化し、20年を超えた親子上場を解消して機動的な再建と資本効率の改善を図った買収 24年で一巡した親子上場 この買収の芯にあるのは、かつて成長のために独立させた事業を、業績が沈んだ後に再び手元へ集約し直した先祖返りである。2002年の分割と2004年の上場は、バイオという成長事業に独自の資金調達の道を開くための設計であった。伸びる時期にはその設計が外部資本を呼び、コロナ禍のpcr需要では全社の数字を押し上げた。ところが特需が引き、セグメント利益が2022年3月期のピークから2026年3月期の損失へ振れると、同じ上場子会社の構造が、機動的な意思決定と資本効率を縛る側へ反転した。前年に弊害を否定した親子上場を九か月余りで解消へ転じた振れ幅に、事業環境の変化の速さと、それぞれの事業の位置付けが時期によって入れ替わる難しさがうかがえる。 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/268A/decisions/onto-innovation-alliance-2026/","t":"カーライル系ファンドが保有する株式27%の提携先への移管と、株主構成の入れ替え","c":"リガク・ホールディングス","y":2026,"col":"#009CDE","s":"X線計測に特化してきたリガク・ホールディングスが、光学計測に強い米Onto Innovationと業務提携を締結し、同時に筆頭株主だったカーライル系ファンドの持…","x":"2026 リガク・ホールディングス 米ontoと資本業務提携 カーライル系ファンドが保有する株式27%の提携先への移管と、株主構成の入れ替え 2026年4月に米ontoと資本業務提携。筆頭株主のカーライル系atom investmentが持つ議決権27.00%を、市場でなく事業会社へ x線計測に特化してきたリガク・ホールディングスが、光学計測に強い米onto innovationと業務提携を締結し、同時に筆頭株主だったカーライル系ファンドの持分27.00%を同社へ譲渡する資本業務提携。事業面ではハイブリッド計測と先端パッケージでの連合、資本面では安定株主の確保という二つの狙いを併せ持つ(譲渡の実行は2026年下半期を予定し、本稿の時点では未了) 株主を選びにいった提携 ファンドが議決権の4割を持つ上場会社にとって、その株がいつ誰の手に渡るかは自社では決めにくい。今回動いたのは、カーライル側の出口を市場での売り切りではなく、事業会社への相対譲渡として設計した点である。川上潤社長が三つ目に挙げた資本政策、すなわち安定した事業パートナーを株主に迎えるという説明は、誰に株を持たせるかを会社の側から選びにいったことの表明でもあった。x線と光学の補完という技術の理屈が、その選択を支えたとみられる。 資本提携・政策保有 外資傘下入り・対内m&a 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2802/decisions/palliser-ajinomoto-abf-2026/","t":"株主が突きつけた「価値向上プラン」と、事業価値の顕在化を迫る圧力","c":"味の素","y":2026,"col":"#ED1C24","s":"世界シェア95%超の半導体材料ABFを持ちながら株価がその価値を織り込んでいないとみた英アクティビストが、価格の30%超引き上げ・冷凍食品再編・独立セグメント開…","x":"2026 味の素 英パリサーのabf要求 株主が突きつけた「価値向上プラン」と、事業価値の顕在化を迫る圧力 2026年3月に英パリサーの株式取得。アクティビストが味の素株の保有を明かし価値向上プランを公表し本稿時点で未決着 世界シェア95%超の半導体材料abfを持ちながら株価がその価値を織り込んでいないとみた英アクティビストが、価格の30%超引き上げ・冷凍食品再編・独立セグメント開示を中核とする「価値向上プラン」を公表し、電子材料事業の価値顕在化を迫った株主圧力(本稿の時点で未決着) 独占の値札はだれが決めるか この提案の特異さは、資産売却や自社株買いといったバランスシートの組み替えではなく、事業の値付けそのものに着手した点にある。世界シェア95%超の材料を持ちながら控えめな価格を保つ経営は、株主の目には独占レントの取りこぼしと映り、顧客の目には長期取引への信頼と映る。abfは半導体基板メーカーとの世代ごとの共同評価を経て採用される材料であり、その価格には次の世代でも選ばれ続けるための投資という性格が含まれていると推察される。値上げ余地の大きさ自体は、パリサーの指摘を待つまでもなく市場が薄々感じていたことであった。 アクティビスト・株主提案対応 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/2810/decisions/ichibanya-privatization-2026/","t":"資本コストに届かないグループにおける、過半保有子会社の位置づけの見直し","c":"ハウス食品グループ本社","y":2026,"col":"#E60012","s":"過半を保有しながら上場を残してきた子会社について、資本コストに届かない資本効率の立て直しを背景に、非公開化を含む選択肢の検討に入ったことを開示した段階の判断（本…","x":"2026 ハウス食品グループ本社 壱番屋の非公開化検討 資本コストに届かないグループにおける、過半保有子会社の位置づけの見直し 2026年8月に壱番屋の非公開化を含む選択肢の検討を開示。議決権51.00%を保有したまま上場を残して11年、資本コスト約6%への未到達を背景に事業ポートフォリオの見直しを進める 過半を保有しながら上場を残してきた子会社について、資本コストに届かない資本効率の立て直しを背景に、非公開化を含む選択肢の検討に入ったことを開示した段階の判断(本稿の時点で決定した事実はない) 問われているのは上場の是非ではなく資本の配分 2015年のtobは買付予定数に上限を置いて所有割合を51.00%にとどめ、壱番屋の上場を残した。ルウの製造販売はハウス、レストランの運営は壱番屋という役割分担のもとで、子会社の独立性と加盟店・従業員への求心力を保つことに意味があったからである。11年を経て問われているのは、その設計の是非よりも、過半だけを握る持ち方がグループの資本にとって何を生んでいるのかという点だと思われる。連結には外食事業の売上と利益が全額入る一方、その利益のおよそ半分は親会社以外の株主に帰属する。 上場廃止・親子上場解消 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/2874/decisions/overseas-claims-sale-2026/","t":"貸倒引当金を積んだ海外取引先の債権と優先株式の売却による損失の確定と、約45億円の債務保証責任の解消","c":"横浜冷凍","y":2026,"col":"#1a5c9c","s":"過年度訂正で貸倒引当金を計上した海外取引先の債権と優先株式を、回収交渉を続けずに譲渡して損失を確定させ、約45億円の債務保証責任も主債務の消滅で解消した財務整理","x":"2026 横浜冷凍 oceano社向け債権と株式の譲渡 貸倒引当金を積んだ海外取引先の債権と優先株式の売却による損失の確定と、約45億円の債務保証責任の解消 2026年9月に海外取引先oceano corporation s.a.向けの債権と優先株式を譲渡した。約45億円の債務保証責任が主債務の消滅で同時に消えた 過年度訂正で貸倒引当金を計上した海外取引先の債権と優先株式を、回収交渉を続けずに譲渡して損失を確定させ、約45億円の債務保証責任も主債務の消滅で解消した財務整理 引当の先にあった保証という負債 2025年1月の訂正で積んだ引当は、回収の見込みを下げたという帳簿上の処理であって、負債そのものを消すものではなかった。約45億円の債務保証は、主債務者が倒れれば現金で払う偶発債務のまま残る。債権を追い続けるのではなく、債権と株式を手放す代わりに保証責任を主債務の消滅と一緒に外す道を選んだのは、損の大きさより先の読めなさを嫌ったからだと思われる。 資金調達・財務戦略 海外撤退・縮小"},{"k":"decision","u":"/tse/2914/decisions/succession-tsutsui-2026/","t":"JT International S.A. の経営に6年携わった後任への引き継ぎと、8年続いた体制の終わり","c":"JT","y":2026,"col":"#00A273","s":"医薬事業を塩野義製薬へ承継して報告セグメントがたばこと加工食品の2つになった直後に、JT International S.A. で6年を過ごした筒井岳彦氏が社長…","x":"2026 jt 筒井岳彦氏が社長就任 jt international s.a. の経営に6年携わった後任への引き継ぎと、8年続いた体制の終わり 2026年1月に筒井岳彦氏が執行役員社長へ就任。3月25日の定時株主総会の直後に代表取締役社長へ選定され、8年務めた寺畠正道氏は取締役副会長へ移った 医薬事業を塩野義製薬へ承継して報告セグメントがたばこと加工食品の2つになった直後に、jt international s.a. で6年を過ごした筒井岳彦氏が社長へ就任した。前任の寺畠正道氏は2018年3月から8年務めて取締役副会長へ移り、取締役会長は元財務事務次官の岡本薫明氏が引き継いだ。交代の理由は公表資料に記されておらず、示されているのは社長が候補者案を策定し人事・報酬諮問委員会の答申を経て取締役会が決議するという手続きと、選任決議に財務大臣の認可を要するjt法の定めである ジュネーブを経由する社長 この交代は、世代を若返らせた人事というより、会社の稼ぎがどこにあるかを役職の形でなぞった決定だと思われる。2025年12月期のたばこ事業の売上収益3,305,407百万円は連結の95.3%にあたり、医薬事業を手放したあとのjtは事実上たばこ一本の会社である。そのたばこの利益の大半は海外で生まれ、筒井岳彦氏は社長に就任する直前の6年をjt international s.a. で過ごした。前任の寺畠正道氏も同じ経路を通っている。社長の椅子は本社の企画部門からまっすぐ渡るのではなく、ジュネーブを一度くぐった者へ渡る形が二代続いた。 トップ交代・承継 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/3106/decisions/takeover-defense-proposal-2026/","t":"継続議案の賛成率の低下を突いた2件の株主提案と、22.37％・38.38％で退けた第218回総会","c":"倉敷紡績","y":2026,"col":"#00A0E9","s":"買収への対応方針の導入等を株主総会の決議事項とする定款変更と、対応方針そのものの廃止を求めた2件の株主提案に取締役会が反対し、2026年6月の第218回定時株主…","x":"2026 倉敷紡績 買収への対応方針の廃止提案を否決 継続議案の賛成率の低下を突いた2件の株主提案と、22.37%・38.38%で退けた第218回総会 2026年6月に買収への対応方針をめぐる2件の株主提案を否決。導入・廃止を株主総会の決議事項とする定款変更は賛成22.37%、対応方針そのものの廃止を求めた議案は38.38%にとどまった 買収への対応方針の導入等を株主総会の決議事項とする定款変更と、対応方針そのものの廃止を求めた2件の株主提案に取締役会が反対し、2026年6月の第218回定時株主総会で賛成22.37%・38.38%の否決に持ち込んだ株主対応 誰が決めるかを定款で定める要求 2件の提案は、買収防衛策の是非そのものより、その存廃を決める権限が誰にあるかを問うものだった。対応方針は、株主総会で廃止の決議がなされればその時点で廃止される。前年の招集通知にはそう書かれていた。ところが買収防衛策は会社法でも定款でも総会の決議事項ではなく、総会に諮るかどうかを決めるのは取締役会である。提案株主が突いたのは、その説明と運用の落差だと思われる。定款へ書き込めば、廃止を議題にする入口が取締役会の手から離れる。第5号議案が3分の2という高い壁を必要としたのも、まさに定款を変える要求だったからである。 アクティビスト・株主提案対応 敵対的・同意なき買収 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/3445/decisions/youyan-share-exchange-2026/","t":"持分法適用の12インチウェーハ合弁を中国の上場子会社へ株式交換で統合し、大口径プライムウェーハの経営を一体化する選択","c":"RS Technologies","y":2026,"col":"#1a5c9c","s":"持分法適用会社だった12インチプライムウェーハの合弁会社を、上場する中国の連結子会社の完全子会社へ株式交換で移管し、中国の大口径ウェーハの経営を一体化する選択","x":"2026 rs technologies 山東有研rs半導体材料の完全子会社化 持分法適用の12インチウェーハ合弁を中国の上場子会社へ株式交換で統合し、大口径プライムウェーハの経営を一体化する選択 2026年9月に有研半導体硅材料が山東有研rs半導体材料との株式交換を決議。28.1%保有の持分法適用会社を100%子会社にして連結へ取り込む 持分法適用会社だった12インチプライムウェーハの合弁会社を、上場する中国の連結子会社の完全子会社へ株式交換で移管し、中国の大口径ウェーハの経営を一体化する選択 損失を抱えた合弁を、上場子会社の中で引き受ける この株式交換は、拡張の新しい一歩というより、すでに育ててきた合弁の負担を誰の帳簿で持つかの組み替えであるように読める。山東有研rsはrs technologiesにとって28.1%を間接に持つだけの持分法適用会社で、損失は持分の範囲でしか入らなかった。完全子会社にすれば12インチの立ち上げ費用は連結の営業損益へ直接入るが、同じ徳州市で8インチ以下を作る山東有研半導体材料と経営を一体にし、調達や顧客をまたいで使えるようになる。持分法の損失が1,082百万円まで膨らんだ今、帳簿の外に置くより内側で管理するほうが合理的だと判断したのだろう。 持株会社化・グループ再編 グローバル経営体制 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/3549/decisions/founder-takeover-defense-2026/","t":"創業家が主導した買収防衛策の導入と、独立経営への回帰","c":"クスリのアオキホールディングス","y":2026,"col":"#CE2112","s":"巨大連合を形成したイオンの影響力と、オアシスなどアクティビストの圧力に対し、創業家が単独経営権を守るために買収防衛策と提携解消へ動いた判断","x":"2026 クスリのアオキホールディングス イオンとの資本提携解消 創業家が主導した買収防衛策の導入と、独立経営への回帰 2026年1月にイオンとの資本提携を解消。2003年から続いた提携を終え、議決権20%以上の買付への対応方針を臨時株主総会に諮った 巨大連合を形成したイオンの影響力と、オアシスなどアクティビストの圧力に対し、創業家が単独経営権を守るために買収防衛策と提携解消へ動いた判断 支配権の論理と、少数株主の視線 この判断の中心にあるのは、成長を続けてきた食品強化型のモデルを、創業家の裁量のもとで守り抜こうとする意思であった。ツルハを取り込んだイオンが描く未来図は、クスリのアオキの\"フード&ドラッグ\"戦略と酷似しており、事業の親和性が高いからこそイオンは同社を必要とし、同社は自らのアイデンティティーを守るために拒んだとみられる。ツルハがイオンに段階的に取り込まれた経緯を踏まえれば、二の舞いを避けるために防衛策へ動いた流れには一貫した論理がうかがえる。 敵対的・同意なき買収 アクティビスト・株主提案対応 資本提携・政策保有 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/3765/decisions/leadership-succession-under-activist-pressure-2026/","t":"アクティビストの圧力下で踏み切った森下一喜体制からの刷新","c":"ガンホー・オンライン・エンターテイメント","y":2026,"col":"#87418D","s":"アクティビストのストラテジックキャピタルが株主提案と臨時株主総会での解任要求を重ねた末、森下氏が開発専念を選び財務出身の坂井氏が社長CEOに就任する体制へ刷新し…","x":"2026 ガンホー・オンライン・エンターテイメント 坂井一也氏が社長就任 アクティビストの圧力下で踏み切った森下一喜体制からの刷新 2026年1月に坂井一也の社長登用を発表。22年社長を務めた森下一喜を代表権のない会長兼最高開発責任者とし、財務経理本部長の坂井が昇格 アクティビストのストラテジックキャピタルが株主提案と臨時株主総会での解任要求を重ねた末、森下氏が開発専念を選び財務出身の坂井氏が社長ceoに就任する体制へ刷新したが、資本効率を巡る対立は総会後も続いている 開発と資本配分を分離することは、対立を解くか 森下氏が開発に専念し坂井氏が資本配分を担うという役割分担は、パズドラを生んだ人物の影響力を保ちながら、株主が求める資本効率の改善に応じるという二つの要求を両立させる試みとみられる。実際、増配・自社株買い・自己株式消却という会社側の対応は、ストラテジックキャピタルが指摘してきた現預金の活用不足に一定程度応えるものであった。だが2026年3月の総会でも議案が通らなかったストラテジックキャピタルが、その後も株式を買い増し続けた事実は、体制刷新それ自体が対立の終着点ではなかったことを示している。 トップ交代・承継 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/4004/decisions/crasus-chemical-spinoff-2026/","t":"売上の2割を占める石油化学の、売却ではなく株主への現物配当による切り離しと、20%未満の持分の継続保有","c":"レゾナックHD","y":2026,"col":"#00A5C0","s":"連結売上の2割を占める石油化学事業を、売却ではなく株主への現物配当で独立した上場会社として切り離し、20%未満の持分と研究開発などのリソース共有だけを残して、グ…","x":"2026 レゾナックhd クラサスケミカルのスピンオフ 売上の2割を占める石油化学の、売却ではなく株主への現物配当による切り離しと、20%未満の持分の継続保有 2026年8月に石油化学の完全子会社クラサスケミカルのパーシャル・スピンオフ実行を決議した。株式の80%超を株主へ現物配当し、10月1日に連結から外した 連結売上の2割を占める石油化学事業を、売却ではなく株主への現物配当で独立した上場会社として切り離し、20%未満の持分と研究開発などのリソース共有だけを残して、グループの資本を半導体・電子材料へ寄せた事業ポートフォリオの組み替え 売却せずに配った安定収益 連結売上の2割を占める事業を手放すなら、ふつうは売却して代金を半導体材料へ回す。レゾナック・ホールディングスはそうせず、石油化学を株主へ配り、代金を1円も受け取らなかった。この判断の芯は、資本の配分から石油化学を外すことにあり、現金化は目的に入っていなかったと思われる。大分コンビナートのグリーン・トランスフォーメーションに要る投資を、半導体材料と取り合わずに済む独立した上場会社へ移し、それでも20%弱の持分と研究開発の共有で縁を残す。日立化成の買収から続いた半導体・電子材料への寄せは、この一手で売上の構成としても完結した。 分社・スピンオフ・子会社上場 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4043/decisions/cement-exit-2026/","t":"セメント・固化材の国内販売からの退出と、製造停止の検討着手","c":"トクヤマ","y":2026,"col":"#4F589B","s":"国内セメント需要の継続的な減少と固定費の上昇を前に、キルンを3系列から2系列へ縮めたうえで国内販売事業を太平洋セメントへ譲渡し、2028年度を目途とする製造停止…","x":"2026 トクヤマ 太平洋セメントへ販売譲渡 セメント・固化材の国内販売からの退出と、製造停止の検討着手 2026年3月にセメント販売事業の譲渡。トクヤマが国内販売事業と子会社2社の株式を吸収分割で移管し、太平洋セメントへ370億円で売却 国内セメント需要の継続的な減少と固定費の上昇を前に、キルンを3系列から2系列へ縮めたうえで国内販売事業を太平洋セメントへ譲渡し、2028年度を目途とする製造停止の検討へ進んだ判断 引き受け手が残っているうちに 損益だけで見れば、セメントはとうに沈んでいた事業であった。それでも閉じない理由として2022年に挙げられたのが、他製品の廃棄物を原料に変えられるという徳山製造所の内部循環であり、収益のマイナスを上回る便益がそこにあるとされていた。撤退の判断は、その便益が消える一点を先回りして見つけたところから出ている。キルンが1本になれば廃棄物処理の役割は果たせず、そのときには買い手も残っていない——井上智弘氏が語った危機意識は、事業の寿命ではなく交渉相手の有無を時間軸に置いた見方であったとみられる。 事業売却・撤退 選択と集中 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4088/decisions/accounting-fraud-2026/","t":"全社に及ぶ不適切会計と、子会社における資金横領の露見","c":"エア・ウォーター","y":2026,"col":"#1D2088","s":"予算必達を求めるトップダウン経営と監視機能の弱さのもとでグループ各社に広がった不適切会計が露呈し、下方修正・経営陣の引責・有価証券報告書の提出延長へと至った企業…","x":"2026 エア・ウォーター 有価証券報告書の提出延長 全社に及ぶ不適切会計と、子会社における資金横領の露見 2026年2月に2026年3月期を最終赤字へ下方修正。エア・ウォーターのグループ各社で損失先送りと在庫過大計上が発覚し、6月に有価証券報告書の提出期限を7月31日へ延長 予算必達を求めるトップダウン経営と監視機能の弱さのもとでグループ各社に広がった不適切会計が露呈し、下方修正・経営陣の引責・有価証券報告書の提出延長へと至った企業統治の危機(本稿の時点で調査・修正が継続中) ワンマンの代償と、再建の途上 この事案の中心にあるのは、m&aで急拡大したグループを、拡大の速度に見合うだけの統制で律することができなかった点にある。予算必達を強く求めるトップダウンの経営は、短期的には数字を作り出す力になった一方で、その数字が実体を伴っているかを内側から問い直す機能を弱めてしまった。経営トップの影響力が人事と報酬に及び、率直な批判が述べにくい空気のなかで、損失の先送りが四半期ごとに積み重なっていったのだろう。多角化という成長の型が、同時に統制の空白を生みやすい構造でもあったことが、この危機に浮かび上がっている。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/4088/decisions/air-water-cityindex-2026/","t":"突きつけられた増配と自己株取得の要求への対応の決断","c":"エア・ウォーター","y":2026,"col":"#1D2088","s":"会計不正で特別注意銘柄に指定された産業ガス大手に対し、旧村上ファンド系が増配・自己株取得やMBOを含む非公開化の提案可能性を掲げて株式を取得し、オアシスも続いた…","x":"2026 エア・ウォーター 村上ファンド系による株式取得 突きつけられた増配と自己株取得の要求への対応の決断 2026年5月に村上ファンド系による株式取得。シティインデックスイレブンスと野村絢氏らがエア・ウォーター株を5.86%取得し6.88%へ引き上げる 会計不正で特別注意銘柄に指定された産業ガス大手に対し、旧村上ファンド系が増配・自己株取得やmboを含む非公開化の提案可能性を掲げて株式を取得し、オアシスも続いた株主圧力への対応。会社は年間75円の配当据え置きと監査等委員会設置会社への移行で応じ、自己株式取得と次期の配当予想は示していない 統治の再建と還元の要求、どちらが先か この案件の核心は、統治の失敗が株価の歪みとして値付けされ、その歪み自体がアクティビストの参入余地になった点にある。不適切会計の発覚と特別注意銘柄への指定は、本来なら投資家を遠ざける材料である。しかし決算を示せないまま置かれた株式は、産業ガスという安定した本業と多角化した事業群の価値を考えれば、資本政策の変更ひとつで評価が変わり得る余地を残していた。株価が割安であると判断した場合に買い増すと保有目的欄に書いた側は、その余地を見ていたのだろう。旧村上系とオアシスがほぼ同時期に5%超を取得した事実は、危機の渦中にある企業ほど資本の論理に晒されやすいという逆説を示しているとみられる。 アクティビスト・株主提案対応 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/4088/decisions/board-overhaul-2026/","t":"社外取締役を社長に据え、現任取締役8名全員の退任と社外過半数の取締役会へ踏み込んだ体制刷新","c":"エア・ウォーター","y":2026,"col":"#1D2088","s":"グループ規模の不適切会計を受け、経営体制を白紙から見直す抜本的な刷新として現任取締役8名全員を退任させ、社外取締役が過半数を占める8名の取締役会へ移行するととも…","x":"2026 エア・ウォーター 千歳喜弘氏が社長就任 社外取締役を社長に据え、現任取締役8名全員の退任と社外過半数の取締役会へ踏み込んだ体制刷新 2026年6月29日、社外取締役で取締役会議長の千歳喜弘氏が代表取締役社長執行役員に就任した。現任取締役8名全員が退任し、社外取締役5名を含む8名の新体制へ移った グループ規模の不適切会計を受け、経営体制を白紙から見直す抜本的な刷新として現任取締役8名全員を退任させ、社外取締役が過半数を占める8名の取締役会へ移行するとともに、社外取締役で取締役会議長の千歳喜弘氏を代表取締役社長執行役員に据えた 監督する側から執行の長へ この人事の要点は、社外取締役を社長に据えたという一点にある。社外取締役は本来、執行を外から監督する役であって、執行の長になれば監督の位置を離れる。それでも会社がこの形を選んだのは、内側に信を置ける執行者を見いだせなかったからだと推察される。取締役候補者の選定に一切の前提を置かず白紙から再検討し、社内取締役を1名減らして社外を1名増やし、8名中5名を社外で占める構成にしたのも、同じ判断の延長にある。監督を厚くするのではなく、監督していた人を執行へ回し、空いた監督の席をさらに外から埋めた形である。 トップ交代・承継 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4204/decisions/ausbuild-acquisition-2026/","t":"豪州クイーンズランド州の宅地開発・住宅建設会社を足場にした工業化住宅の海外展開","c":"積水化学工業","y":2026,"col":"#004EA2","s":"国内住宅の工業化技術を海外へ出すため、豪州QLD州の宅地開発・住宅建設会社Ausbuild社の持分51%を約335百万豪ドルで取得し、将来は90%まで引き上げる…","x":"2026 積水化学工業 ausbuild社の51%取得 豪州クイーンズランド州の宅地開発・住宅建設会社を足場にした工業化住宅の海外展開 2026年9月に豪州ausbuild社の持分51%を取得する。取得対価は約335百万豪ドルで、将来は90%まで持分を引き上げる予定 国内住宅の工業化技術を海外へ出すため、豪州qld州の宅地開発・住宅建設会社ausbuild社の持分51%を約335百万豪ドルで取得し、将来は90%まで引き上げる成長投資 工業化住宅を海外へ出すための足場 買ったのは工場ではなく、現地で土地を持ち、売り、建てる仕組みそのものである。積水化学工業が国内で磨いてきたのは工場で箱をつくるユニット工法だが、豪州では法制度の整備を働きかけながら3年以内を目途に展開するとしており、技術をそのまま持ち込める状態にはない。まず現地で実績のある会社の持分の過半を握り、その商流の上に技術を載せる順序を選んだのは、技術の輸出より先に市場の入口を確保する判断だったと思われる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 隣接領域への展開 オセアニア"},{"k":"decision","u":"/tse/4413/decisions/bain-capital-tender-offer-2026/","t":"創業者3氏の持株54.65％の譲渡と新会社への再出資による、プライム上場の返上と買収の加速","c":"ボードルア","y":2026,"col":"#1a5c9c","s":"株式交換と増資に依存する買収では資金の手当てが株価に縛られるため、創業者3氏が持株の過半を投資ファンドに譲渡して非公開化し、再出資で32％を持ちながら経営を続け…","x":"2026 ボードルア ベインキャピタルと組むmbo 創業者3氏の持株54.65%の譲渡と新会社への再出資による、プライム上場の返上と買収の加速 2026年8月にベインキャピタルと組むmboを決議。買付価格は1株2,970円で、創業者3氏は持株を2,350円で譲渡し、新会社へ再出資して議決権の32%を持つ 株式交換と増資に依存する買収では資金の手当てが株価に縛られるため、創業者3氏が持株の過半を投資ファンドに譲渡して非公開化し、再出資で32%を持ちながら経営を続け、ファンドの資金と知見で買収を加速する判断 過半の譲渡で得た買収の自由 この決断の芯は、創業者が過半の支配を譲渡し、代わりに買収の自由を得たことにある。3氏の所有割合は54.65%から、新会社への再出資後の32%へ下がるが、経営は3氏が担い続ける。株式交換による買収は既存株主の持分を薄め、増資は株価に左右される。上場を続けるかぎり、買収を重ねるほど資金の手当てが窮屈になる構図だった。過半の支配は、創業者の経営を守る盾から、成長を縛る重しに変わりつつあったと思われる。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/4507/decisions/intrabio-acquisition-2026/","t":"希少神経疾患薬AQNEURSAの全権利と、エダラボンに続く米国希少疾患事業の拡張","c":"塩野義製薬","y":2026,"col":"#D80C24","s":"エダラボンで得た米国の希少疾患の販売基盤に、承認済みの希少神経疾患薬AQNEURSAと開発の専門人材を載せるため、非上場の米IntraBioを20億米ドルで丸ご…","x":"2026 塩野義製薬 米intrabioを買収 希少神経疾患薬aqneursaの全権利と、エダラボンに続く米国希少疾患事業の拡張 2026年10月に米intrabioの完全子会社化を決議。希少神経疾患薬aqneursaの全権利を含め、全株式を20億米ドル(3,155億円)で取得する エダラボンで得た米国の希少疾患の販売基盤に、承認済みの希少神経疾患薬aqneursaと開発の専門人材を載せるため、非上場の米intrabioを20億米ドルで丸ごと取得する成長投資 一品目の販売網に二品目めを載せる この買収の芯は、aqneursaという薬そのものより、半年前に手に入れたradicavaの販売網の使い道にあると思われる。alsの治療薬1本で米国に立てた事業会社は、品目が増えなければ固定費を薄められず、後発品との特許係争という一品目ゆえの危うさも抱えたままになる。同じ神経内科の医師へ届く希少神経疾患の薬を足せば、143名の組織が1人あたりに扱う売上は厚くなる。エダラボンの承継から半年でintrabioに手を伸ばしたのは、販売網を先に買い、そこへ載せる品を後から揃える順序を意図して踏んでいるとみられる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4512/decisions/nanahoshi-midterm-plan-proposal-2026/","t":"ROE・WACC・セグメント別ROICの開示を定款へ書き込ませる要求と、17.08％で退けた第131回総会","c":"わかもと製薬","y":2026,"col":"#BF0800","s":"毎事業年度の中期経営計画の策定とROE・WACC・セグメント別ROICの開示を定款へ書き込ませるナナホシマネジメントの株主提案に取締役会が反対し、2026年6月…","x":"2026 わかもと製薬 ナナホシの中期経営計画提案を否決 roe・wacc・セグメント別roicの開示を定款へ書き込ませる要求と、17.08%で退けた第131回総会 2026年6月にナナホシマネジメントの定款変更提案を否決。毎事業年度の中期経営計画の策定とroe・wacc・セグメント別roicの開示を定款へ書き込ませる第4号議案は、賛成17.08%にとどまった 毎事業年度の中期経営計画の策定とroe・wacc・セグメント別roicの開示を定款へ書き込ませるナナホシマネジメントの株主提案に取締役会が反対し、2026年6月の第131回定時株主総会で賛成17.08%の否決に持ち込んだ株主対応 検証可能性を定款へ求める 提案が求めたのは新しい事業でも還元でもなく、計画の書式だった。roe、wacc、セグメント別roicと投下資本の前提条件まで並べた条文は、経営の中身ではなく、外から採点できる形で数字を置けという要求である。中期経営計画は取締役会が作る業務執行の産物で、その粒度も改定の時期も取締役会が決める。そこを定款へ移せば、粒度の決定権が総会へ移る。自己資本利益率が0.55%まで低下した翌年に、概ね計画通りと自己評価したうえで社長が代わった経緯を踏まえれば、提案株主が突いたのは業績そのものではなく、進捗を会社しか測れない状態のほうだっただろう。 アクティビスト・株主提案対応 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4568/decisions/otc-divestiture-2026/","t":"販売子会社を丸ごと切り出す形での市販薬事業からの撤退","c":"第一三共","y":2026,"col":"#00A4E2","s":"サイエンス＆テクノロジーの強みを活かすため、経営資源をイノベーティブ医薬品事業、特にオンコロジー事業へ集中させる目的で、OTC医薬品を担う連結子会社を三段階で手…","x":"2026 第一三共 サントリーhdへ市販薬譲渡 販売子会社を丸ごと切り出す形での市販薬事業からの撤退 2026年4月にサントリーhdへ市販薬譲渡。第一三共ヘルスケアの全株式を2,465億円で渡す契約を締結し、6月に所有権が移る サイエンス&テクノロジーの強みを活かすため、経営資源をイノベーティブ医薬品事業、特にオンコロジー事業へ集中させる目的で、otc医薬品を担う連結子会社を三段階で手放す選択 集中がもたらす軽さと重さ この判断の核心は、稼げる事業であっても本業の隣に置き続けることの意味を問い直した点にあると推察される。第一三共ヘルスケアは営業利益率17%の水準を保ち、開示された3期のいずれでも増収増益を重ねていた。それでも手放したのは、痛んだから切ったのではなく、伸ばす担い手を替えたほうが事業のためになるという判断であったと思われる。飲料・食品と健康食品で基盤を持つ相手の強みを活かすことが最適だと会社自身が述べているとおり、この譲渡は縮小ではなく、育てる場所の付け替えとして設計されている。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4626/decisions/going-private-2026/","t":"多角化の主導者を株主が退けた末の、市場からの退出の受け入れ","c":"太陽ホールディングス","y":2026,"col":"#00AF64","s":"佐藤英志社長が主導した多角化と2017年のDICへの第三者割当増資を提案理由に挙げてオアシスが解任を株主提案し、2025年6月の総会で佐藤英志社長の選任議案が否…","x":"2026 太陽ホールディングス kkrによる非公開化 多角化の主導者を株主が退けた末の、市場からの退出の受け入れ 2026年3月にkkrのもとで非公開化へ。オアシスの株主提案で佐藤英志社長の選任議案が賛成46.09%で否決され、特別委員会が主導 佐藤英志社長が主導した多角化と2017年のdicへの第三者割当増資を提案理由に挙げてオアシスが解任を株主提案し、2025年6月の総会で佐藤英志社長の選任議案が否決。会社は特別委員会を設置して非公開化策を比べ、2026年3月にkkrによる1株4,750円の公開買付けへの賛同を表明した(本稿の時点で公開買付けは10月開始予定・上場廃止は未確定) 株主が退けた経営者と、非公開化の行方 この判断の核心は、経営者の交代では片づかなかった問いが、上場をやめるという答えに行き着いた点にある。社長が代わり、還元方針も総還元性向100%を目安とする水準へ引き上げられ、2026年3月期には売上高・営業利益とも過去最高になった。それでも取締役会が選んだのは、市場での評価を待つ道ではなく、市場から出る道だった。ソルダーレジストの世界シェア約6割という本業の強さと、多角化した事業群をどの時間軸で育てるか——その食い違いは、四半期ごとに値のつく場所では埋まらないと判じたのだろう。 上場廃止・親子上場解消 アクティビスト・株主提案対応 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/4922/decisions/holding-company-2026/","t":"純粋持株会社体制への移行と、創業家以外からの社長選出","c":"コーセーホールディングス","y":2026,"col":"#418FDE","s":"中国の失速で露呈した収益性と資本効率の課題に対し、グループの戦略決定と事業執行を分離したうえで、創業家以外の経理・海外畑の人物に社長を委ねた経営体制の組み替え","x":"2026 コーセーホールディングス コーセーホールディングスの発足 純粋持株会社体制への移行と、創業家以外からの社長選出 2026年1月1日に吸収分割で純粋持株会社体制へ移行し、株式会社コーセーホールディングスへ商号変更した。2026年3月には澁沢宏一氏が創業家以外ではじめての社長に就任し、代表取締役は2名体制となった 中国の失速で露呈した収益性と資本効率の課題に対し、グループの戦略決定と事業執行を分離したうえで、創業家以外の経理・海外畑の人物に社長を委ねた経営体制の組み替え 開いた社長職と、残った創業家 経理部長から社長室長までを歩んだ澁沢宏一氏の登用は、創業家4代が占めてきた社長職の性格を変えている。中国現地法人の董事長を務めたあと帰任し、経営企画部門の責任者として中長期戦略の立案と経営管理体制の構築を主導し、経理・総務・法務・人事・品質保証を統括した人物である。2024年の課題が中国での在庫処分と店舗整理、そしてroic2.6%という資本効率であったことを踏まえれば、この人選には筋が通っているとみられる。創業家が社長職を明け渡したというより、解くべき課題に合わせて役割を割り直したと読むほうが実態に近い。 持株会社化・グループ再編 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/4967/decisions/oasis-kobayashi-pharma-2026/","t":"統治改革要求を受け入れた監査等委員会設置会社への移行","c":"小林製薬","y":2026,"col":"#1178C1","s":"紅麹問題後の統治刷新を不十分とする筆頭株主オアシスの株主提案に、監査等委員会設置会社への移行と「実施済み」を理由とする反対で応じた対応","x":"2026 小林製薬 オアシスの要求に対応 統治改革要求を受け入れた監査等委員会設置会社への移行 2026年3月にオアシスの株主提案を否決。筆頭株主の3議案をいずれも退け、会社提案の監査等委員会設置会社への移行を通した 紅麹問題後の統治刷新を不十分とする筆頭株主オアシスの株主提案に、監査等委員会設置会社への移行と「実施済み」を理由とする反対で応じた対応 改革の中身より、担い手が争われた この攻防の特異さは、統治改革の中身ではなく、その担い手が争点になった点にある。三者のいずれもが改革を口にしながら、誰の手で変えるかで折り合わない。紅麹問題が損なった信頼の回復という本来の課題が、機関設計の選択という制度論に置き換わって争われた過程と思われる。 アクティビスト・株主提案対応 創業家・同族 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4996/decisions/ihara-kensei-share-exchange-2026/","t":"建設・物流・印刷の連結子会社3社を株式交換で完全子会社に切り替え、少数株主を抱えたグループの意思決定を一本化する選択","c":"クミアイ化学工業","y":2026,"col":"#1a5c9c","s":"少数株主を残したまま抱えてきた建設・物流・印刷の連結子会社3社を、自己株式を対価とする株式交換で完全子会社に切り替え、グループ全体の意思決定の速度と柔軟性を引き…","x":"2026 クミアイ化学工業 イハラ建成など3社の株式交換 建設・物流・印刷の連結子会社3社を株式交換で完全子会社に切り替え、少数株主を抱えたグループの意思決定を一本化する選択 2026年9月にイハラ建成工業・クミカ物流・日本印刷工業との株式交換を決議。2026年11月1日に3社を完全子会社とし、対価は自己株式で交付する 少数株主を残したまま抱えてきた建設・物流・印刷の連結子会社3社を、自己株式を対価とする株式交換で完全子会社に切り替え、グループ全体の意思決定の速度と柔軟性を引き上げる資本関係の組み替え 上場子会社の整理ではなく、少数株主の棚卸し 3社は上場会社ではなく、親子上場の解消のように市場の目を集める話ではない。売上高の合計は連結の1割に満たず、2025年10月期の営業利益は3社あわせて5億円台と、グループの収益を動かす規模でもない。それでもこのタイミングで持分を100%に切り替えたのは、農薬や化成品で海外の比重が高まるなか、周辺事業の意思決定にまで少数株主との調整を残しておく余地が、もう要らなくなったからだとみられる。 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/5076/decisions/smcon-acquisition-2026/","t":"同業を傘下に収める子会社化と、グループ体制への取り込み","c":"インフロニア・ホールディングス","y":2026,"col":"#CCE70B","s":"2025年5月、インフロニア・ホールディングスは三井住友建設を株式公開買い付け（TOB）で子会社化すると発表した。同年9月にTOBが成立し、三井住友建設は連結子…","x":"2026 インフロニア・ホールディングス 三井住友建設をtobで買収 同業を傘下に収める子会社化と、グループ体制への取り込み 2025年5月に三井住友建設の買収を発表。インフロニア・ホールディングスが株式公開買い付けで子会社化し、同年9月に成立 2025年5月、インフロニア・ホールディングスは三井住友建設を株式公開買い付け(tob)で子会社化すると発表した。同年9月にtobが成立し、三井住友建設は連結子会社となって上場廃止に向かった。 脱請負の筋と統合の試練 脱請負という旗のもとで、インフロニアは持株会社化から日本風力開発の買収、そして三井住友建設の取り込みへと駒を進めてきた。縮む国内請負市場を前に、請負の外へ出る手立てとして準大手ゼネコンを丸ごと抱える判断には一貫した筋が通っている。もっとも、規模の拡大が運営事業の厚みにどこまで転化するかは、傘下入り後の統合運営が示すことになると思われる。 収益モデル転換 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/5201/decisions/audit-committee-transition-2026/","t":"社外取締役が過半を占める取締役会への組み替え","c":"AGC","y":2026,"col":"#3456ac","s":"二十年をかけて社外取締役の数と委員会の独立性を積み上げてきた監査役会設置会社の枠を離れ、監査等委員を取締役として議決の場に入れ、社外取締役が過半を占める取締役会…","x":"2026 agc 監査等委員会設置会社へ移行 社外取締役が過半を占める取締役会への組み替え 2026年3月に監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役会は10名のうち6名が社外取締役となり、監査等委員会4名のうち3名が社外取締役で、委員長も社外取締役が務める。 二十年をかけて社外取締役の数と委員会の独立性を積み上げてきた監査役会設置会社の枠を離れ、監査等委員を取締役として議決の場に入れ、社外取締役が過半を占める取締役会へ組み替えた機関設計の変更 機関設計を替えた意味 この移行は、機関設計という外形を変えた以上に、取締役会が何をする場かを言い直したものだと思われる。2002年から二十余年、監査役会設置会社の枠のまま社外取締役を増やし、議長も委員長も社外に委ね、実質を先に積み上げてきた。その積み上げの先に残っていたのは、監査役が取締役会の議決権を持たないという一点である。監査等委員を取締役として議決の場に入れ、社外を過半にしたことで、監督する側が決める側の内側に入った。「執行の適切なリスクテイクを後押しする」という役割の定義は、強化された監督が抑制ではなく後押しへ向かうという宣言だと読める。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5202/decisions/apollo-take-private-2026/","t":"1650億円の第三者割当と、株式併合による上場からの退出","c":"日本板硝子","y":2026,"col":"#337AB7","s":"ピルキントン買収で負った有利子負債を19年かけて返しきれず、2026年3月末で5,471億円が残るなか、借り換えによる期限の先延ばしではなくファンド出資と債務の…","x":"2026 日本板硝子 アポロ出資で非公開化 1650億円の第三者割当と、株式併合による上場からの退出 2026年3月にアポロ・ファンドの特別目的会社への第三者割当を決議。払込総額1650億円で議決権の72.07%を渡し、株式併合で他の株主には1株500円を交付する ピルキントン買収で負った有利子負債を19年かけて返しきれず、2026年3月末で5,471億円が残るなか、借り換えによる期限の先延ばしではなくファンド出資と債務の株式化による資本増強を選び、非公開化に踏み切った財務再建 借りて買収し、返せず、また借りる この施策を買収の後始末と呼ぶだけでは、判断の中身が見えない。この20年で足りなかったのは改革の意志ではなく、改革を実行するための財務体力であったとみられる。人員削減も拠点の統廃合も、手をつけるには先に費用がかかる。有利子負債5,471億円のうち、短期借入金284億円と1年以内に返済期限の来る長期借入金2,683億円が目前に迫る会社に、その費用を先に払う余裕はない。借り換えで期限を延ばしても同じ状態が続くと判断したところに、今回の選択の芯があると推察される。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 資金調達・財務戦略 経営再建・ターンアラウンド 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/547A/decisions/holding-company-transition-2026/","t":"1982年に名乗った「アイフル」の上場銘柄の終了と、純粋持株会社へのグループ統制の移管","c":"ムニノバホールディングス","y":2026,"col":"#333333","s":"アイフル本体に混在した持株機能と事業執行を分離し、純粋持株会社がグループ統制とM&A戦略を担う体制へ——1998年の上場から27年続いた「アイフル」の銘柄を畳み…","x":"2026 ムニノバホールディングス 持株会社ムニノバへ移行 1982年に名乗った「アイフル」の上場銘柄の終了と、純粋持株会社へのグループ統制の移管 2025年5月に単独株式移転による持株会社設立を決議。2026年3月30日にアイフル株式が上場廃止となり、翌4月1日に資本金20億円のムニノバホールディングスが東証プライムへ新規上場した アイフル本体に混在した持株機能と事業執行を分離し、純粋持株会社がグループ統制とm&a戦略を担う体制へ——1998年の上場から27年続いた「アイフル」の銘柄を畳み、ムニノバホールディングスとして再上場した組織再編 名前を替えた会社に、中身が追いつくか この判断の核心は、一つの会社に押し込んでいた二つの役割を分けた点にある。消費者金融で稼ぎながら、買い集めた保険・決済・sesを抱えて資本を配る——性格の違う仕事を同じ本体で回す構えは、連結子会社が15社に増えるほど判断を鈍らせる。しかも経営資源は各事業会社の規模感に応じて配られてきた。純粋持株会社へ資本配分とm&a戦略を寄せ、アイフル本体をローンと信用保証の現場に専念させる。roe15%超・経常利益1,000億円という到達点へ事業を組み替える受け皿を、27年続いた上場銘柄を畳んでまで用意した。 持株会社化・グループ再編 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/6135/decisions/shareholder-buyback-proposal-2026/","t":"公開買付けの不実施で閉ざされた出口に、当初買付価格での自己株式取得を求めた提案とその拒絶","c":"牧野フライス製作所","y":2026,"col":"#457CBE","s":"ニデック傘下のMMホールディングスによる公開買付けが外為法に基づく中止勧告で不実施となった直後の2026年6月の定時株主総会で、株主1名が当初買付予定価格と同じ…","x":"2026 牧野フライス製作所 外為法勧告後の自己株取得要求を否決 公開買付けの不実施で閉ざされた出口に、当初買付価格での自己株式取得を求めた提案とその拒絶 2026年6月の第87回定時株主総会で、株主1名が1株11,751円・総額29億2527万438円を上限とする自己株式取得を提案。公開買付けの中止勧告で閉ざされた出口を理由とした要求は、賛成率7.01%で否決された。 ニデック傘下のmmホールディングスによる公開買付けが外為法に基づく中止勧告で不実施となった直後の2026年6月の定時株主総会で、株主1名が当初買付予定価格と同じ1株11,751円による発行済株式総数1%の自己株式取得を要求し、取締役会が提案の趣旨の不明瞭さと中長期的な企業価値への寄与の乏しさを理由に反対して、賛成率7.01%で否決した株主提案への対応 売却の機会を失った株主への補償請求 この提案は、株主還元の要求の形をとった出口の補償請求だったとみられる。求められた価格は配当政策や資本コストから導かれたものではなく、mmホールディングスの当初買付予定価格1株11,751円そのものである。つまり論点は、会社が株主にいくら返すべきかではなく、いったん賛同と応募推奨を決議した取締役会が、国の中止勧告で消えた売却機会をどこまで肩代わりすべきか、という点にあった。買収に賛同した取締役会は、買収が政府の判断で潰れたとき、その価格を保証する義務まで負うのか。同意なき買収と外為法審査が交わった地点で、初めて立った問いだと思われる。 アクティビスト・株主提案対応 敵対的・同意なき買収 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6332/decisions/mkk-share-exchange-2026/","t":"三菱化工機を完全親会社とする株式交換による対等統合と、月島ホールディングスの上場廃止を伴う新持株会社体制の選択","c":"月島ホールディングス","y":2026,"col":"#1a5c9c","s":"水環境と産業の2事業をもつ月島が、三菱化工機との株式交換で完全子会社となる形を選び、上場会社としての単独路線を降りて、新たな持株会社のもとで製品・エンジニアリン…","x":"2026 月島ホールディングス 三菱化工機との経営統合 三菱化工機を完全親会社とする株式交換による対等統合と、月島ホールディングスの上場廃止を伴う新持株会社体制の選択 2026年9月に三菱化工機との経営統合契約と株式交換契約を結んだ。2027年4月1日に月島が完全子会社となり、三菱月島化工機ホールディングスが発足する予定 水環境と産業の2事業をもつ月島が、三菱化工機との株式交換で完全子会社となる形を選び、上場会社としての単独路線を降りて、新たな持株会社のもとで製品・エンジニアリング・水環境を一体で手がける体制へ移る判断 大きい側が子会社になる統合 この統合の本質は、買収でも救済でもなく、2つの中堅機械メーカーが互いの欠けた部分を持ち寄る再編だったとみられる。月島は下水汚泥処理と官民連携に強く、産業事業の規模が課題で、三菱化工機は船舶用油清浄機で稼ぎながら水処理エンジニアリングの競争力に課題を抱える。2年で売上高が1.8倍になった三菱化工機に対し、月島は2023年のjfeエンジニアリングとの統合に続き、自社単独での規模拡大より、別の会社と統合する道を選び続けているように見える。 合併・経営統合 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/6367/decisions/elliott-daikin-buyback-2026/","t":"「FUSION30」の資本政策転換","c":"ダイキン","y":2026,"col":"#14bee6","s":"M&Aと成長投資を最優先してきた空調世界首位の資本配分が問われた局面。2026年3月期末の大株主にエリオット インターナショナル エルピーが3.01％を保有する…","x":"2026 ダイキン エリオットの大株主入り 「fusion30」の資本政策転換 2026年3月期末にエリオットが大株主入り。エリオット インターナショナル エルピーが3.01%を保有する第4位で外国法人等が金融機関を上回る m&aと成長投資を最優先してきた空調世界首位の資本配分が問われた局面。2026年3月期末の大株主にエリオット インターナショナル エルピーが3.01%を保有する第4位として現れ、外国法人等の持株比率は金融機関を上回った。ダイキンは2026年5月12日、戦略経営計画「fusion30」の公表とあわせて2028年度に営業利益率10%・roe12%の必達目標を掲げ、3,500億円の自己株式取得を決めて翌13日に一括で実行し、配当方針もdoe3.0%の維持から継続的な増配へ改めた 成長投資と株主還元の均衡点 この一件で問われたのは、成長投資で世界首位を確立した企業の資本配分そのものである。ダイキンは2025年11月6日の中間決算説明会で、fusion30に新たな資本政策を織り込み、自社株買いも選択肢に入れて株主還元の在り方を見直すと予告していた。海外投資家の持株比率が金融機関を上回り、大株主にエリオット インターナショナル エルピーが並んだ株主構成の変化と、計画公表と同じ日に自己株式取得を決めて翌日一括で実行した速度は、同じ時期に重なっている。 アクティビスト・株主提案対応 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6412/decisions/heiwa-holding-company-2026/","t":"遊技機事業を100%子会社の平和へ承継させ、上場を保ったまま平和ホールディングスとなる純粋持株会社体制への移行","c":"平和","y":2026,"col":"#1a5c9c","s":"遊技機事業とゴルフ事業を一つの会社で抱える体制から、グループ全体の戦略機能を持株会社へ、各事業の執行機能を事業会社へ配分する体制へ切り替え、上場を保ったまま成長…","x":"2026 平和 遊技機事業の新設分割と持株会社化 遊技機事業を100%子会社の平和へ承継させ、上場を保ったまま平和ホールディングスとなる純粋持株会社体制への移行 2026年5月に遊技機事業の簡易新設分割を決議し、10月1日付で平和ホールディングスへ商号を変える。ゴルフ事業と遊技機事業を事業会社に分離し、社長は三好康之氏に交代する 遊技機事業とゴルフ事業を一つの会社で抱える体制から、グループ全体の戦略機能を持株会社へ、各事業の執行機能を事業会社へ配分する体制へ切り替え、上場を保ったまま成長戦略とm&aの主体を事業から切り離した再編 二つの事業を、別々の資本の目で見る この再編は遊技機事業を切り離す話というより、ゴルフ事業を買い増していく主体を先に作る話とみられる。遊技機事業の売上高は2022年3月期の362億円から2025年3月期の455億円と振れ幅が大きく、ゴルフ事業の1,004億円と同じ会社の中で資源配分を争うより、持株会社が両者を並べて見るほうが、アコーディア・ゴルフに続くm&aの判断は速くなるだろう。持株会社の社長に三好康之氏を置いた人事も、その読みに合う。 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/6448/decisions/audit-committee-transition-2026/","t":"監督の担い手を取締役会の内側へ移管し、執行へ権限を委ねる機関設計の組み替え","c":"ブラザー工業","y":2026,"col":"#005CAB","s":"中期戦略が掲げる事業ポートフォリオの変革を後押しするため、監査等委員を取締役会の議決に加えて監督を強め、執行への権限委任で意思決定を速める機関設計へ組み替えた","x":"2026 ブラザー工業 監査等委員会設置会社へ移行 監督の担い手を取締役会の内側へ移管し、執行へ権限を委ねる機関設計の組み替え 2026年6月の定時株主総会の決議で監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役は12名で社外が7名、監査等委員会は5名で構成する 中期戦略が掲げる事業ポートフォリオの変革を後押しするため、監査等委員を取締役会の議決に加えて監督を強め、執行への権限委任で意思決定を速める機関設計へ組み替えた 議決権の側へ移管した監督 監査等委員会設置会社への移行は、監督の担い手を取締役会の外から内側へ移す組み替えであった。監査役は重要な会議に出席して意見を述べても、取締役会の議決には加われない。監査等委員はその5名が取締役として票を持ち、社外取締役7名と合わせれば12名の取締役会で独立した立場が過半を占める構図になる。多角的な審議という言葉が指しているのはこの議決権の移動で、監督の強化は員数の増減ではなく、誰が決議に参加するかという設計の問題として片づけられたのだろう。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6471/decisions/ntn-integration-2026/","t":"共同持株会社の設立による同業との一体化","c":"日本精工","y":2026,"col":"#DC0121","s":"EVシフトによる部品点数削減、中国勢の台頭、日本の自動車生産の縮小で成熟したベアリング市場において、国内シェアトップの日本精工がライバルのNTNと共同持株会社を…","x":"2026 日本精工 ntnとの経営統合 共同持株会社の設立による同業との一体化 2026年5月にntnとの経営統合。軸受で国内首位の日本精工が共同持株会社を株式移転で設立し、2027年6月の株主総会承認を目指す evシフトによる部品点数削減、中国勢の台頭、日本の自動車生産の縮小で成熟したベアリング市場において、国内シェアトップの日本精工がライバルのntnと共同持株会社を設立し、世界首位級の規模を確保して収益力を立て直そうとする統合(本稿の時点で未完了) 「製品で勝ち、ビジネスでも勝つ」は成るか この統合が示すのは、成熟した市場のなかで単独の構造改革が限界に近づいたとき、長年のライバルと規模を経営統合することが選択肢に上る、という機械部品産業の現実であった。日本精工は国内シェアで首位を保ちながらも、営業利益率では世界首位のskfに大きく水をあけられてきた。ev化と中国勢の台頭、日本車の縮小という逆風のなかで、単独での欧州拠点の削減やステアリング事業の立て直しだけでは収益力の回復に届かないという判断が、100年並び立った相手との統合へと傾かせたとみられる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/6472/decisions/nsk-integration-2026/","t":"軸受大手同士が共同持株会社の下に集まることによる単独経営の終幕","c":"NTN","y":2026,"col":"#009CE5","s":"過大な設備投資の後始末と利益率の低迷を抱えたNTNが、EVシフト・中国勢台頭・原材料高という業界の逆風のもとで、100年のライバル日本精工との経営統合による規模…","x":"2026 ntn 日本精工との経営統合 軸受大手同士が共同持株会社の下に集まることによる単独経営の終幕 2026年5月に日本精工との経営統合。共同持株会社の傘下に両社が入り、競争法審査を経て2027年10月の上場を掲げた 過大な設備投資の後始末と利益率の低迷を抱えたntnが、evシフト・中国勢台頭・原材料高という業界の逆風のもとで、100年のライバル日本精工との経営統合による規模の追求へ踏み切った再編(本稿の時点で未決着) 自立の限界と再編の賭け この統合の核心は、単独での\"稼ぐ力\"の回復を掲げてきたntnが、その延長線上ではなく、100年のライバルとの合流に活路を求めた点にある。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/6532/decisions/unified-rate-card-2026/","t":"顧客ごとの個別交渉をやめ、一律の基準で価格を決める仕組みへの転換","c":"ベイカレント","y":2026,"col":"#0C27F4","s":"中期経営計画が掲げる2029年2月期の売上2,500億円の早期達成に向け、顧客ごとに定めていた人月単価を役職別の一律単価へ統一する価格政策の転換","x":"2026 ベイカレント 人月単価の役職別一律化 顧客ごとの個別交渉をやめ、一律の基準で価格を決める仕組みへの転換 2026年4月に人月単価を役職別に定め全顧客で一律とした。従来の顧客ごとの単価決定を改め、コンサルタント一人当たり売上をkpiに据える 中期経営計画が掲げる2029年2月期の売上2,500億円の早期達成に向け、顧客ごとに定めていた人月単価を役職別の一律単価へ統一する価格政策の転換 値段を揃えるという判断が試されるもの 顧客ごとに単価を決めるやり方を役職別の一律表へ揃えるのは、交渉の余地を減らしてでも単価の水準を引き上げるという選択にあたる。値上げの一手というより、価格の決め方そのものを、個別の交渉から統一された表へ移す変更と推察される。中期経営計画の早期達成という言い方も、コンサルタント数と案件数を積み上げるだけでは目標の規模に届きにくいという認識の裏返しとして読める。 プライシング・価格政策 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/6594/decisions/kishida-resignation-2026/","t":"旧執行体制での財務報告をめぐる言動の確認と、再生委員会副委員長への社長交代","c":"ニデック","y":2026,"col":"#009A48","s":"旧執行体制での財務報告をめぐる言動が確認された社長が辞意を示し、指名委員会の審議を経て再生委員会副委員長の戒田理夫氏へ社長を引き継いだ経営判断","x":"2026 ニデック 岸田光哉氏の社長辞任と戒田理夫氏への継承 旧執行体制での財務報告をめぐる言動の確認と、再生委員会副委員長への社長交代 2026年9月にニデックの岸田光哉社長が辞任した。旧執行体制での財務報告をめぐる言動が確認され、再生委員会副委員長の戒田理夫氏が社長執行役員に就いた 旧執行体制での財務報告をめぐる言動が確認された社長が辞意を示し、指名委員会の審議を経て再生委員会副委員長の戒田理夫氏へ社長を引き継いだ経営判断 創業者の不満ではなく、取締役会の基準で退いた初めての社長 この辞任は、単なる引責ではなく、ニデックの社長交代の決まり方が変わったことを示す出来事と読める。2018年以降の3人の社長交代は、いずれも創業者が代表権を握ったまま行われ、交代の理由は創業者の評価と切り離せなかった。今回は創業者がすでに一切の役職を離れ、13名のうち10名を社外取締役が占める取締役会が経営体制を議論し、社外取締役5名だけの指名委員会が後任を審議している。辞任の理由として示されたのも業績ではなく、旧執行体制での財務報告をめぐる言動と、経営者に求める倫理観の水準だった。再生を率いてきた現職の社長にも同じ物差しを当てた点に、新しい取締役会の意思がうかがえる。 トップ交代・承継 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6594/decisions/oasis-nidec-governance-2026/","t":"アクティビスト・ガバナンス改善要求","c":"ニデック","y":2026,"col":"#009A48","s":"会計不正で株価が急落し統治不信が広がるなかで、香港のアクティビストが株式6.74%を取得して割安是正と取締役会改革・創業者の責任追及を要求し、会社側が指名委員会…","x":"2026 ニデック オアシスの株式取得 アクティビスト・ガバナンス改善要求 2026年3月にオアシスがニデック株6.74%を取得した。約1783億円を投じ、取締役会の監督強化と創業者依存からの脱却を求めた 会計不正で株価が急落し統治不信が広がるなかで、香港のアクティビストが株式6.74%を取得して割安是正と取締役会改革・創業者の責任追及を要求し、会社側が指名委員会の独立化と取締役会刷新で応じた株主圧力への対応(本稿の時点で未決着) 危機が呼び込んだ資本市場の規律 この案件の核心は、不祥事が生んだ割安と統治の空白に、アクティビストが再建の設計図を持ち込んだ点にある。オアシスの要求——独立した社外取締役の選任と創業者の責任明確化——は、第三者委員会の提言や会社自身の改革と大筋で方向が重なっており、攻防は対決よりも併走に近い形で始まった。指名委員会の独立化や社外9人の取締役会は株主圧力がなくても進んだ可能性はあるが、6.74%を握る大株主の存在が、改革の後戻りを許さない歯止めとして働いていると思われる。 アクティビスト・株主提案対応 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6670/decisions/bain-mbo-2026/","t":"創業会長が主導した非公開化と、上場企業としての立場の返上","c":"MCJ","y":2026,"col":"#2147A3","s":"過去最高益のさなかに、創業会長がベインキャピタルと組むMBOで株式を非公開化し、短期の株価対応から離れて海外展開やボルトオンM&Aへ集中するために上場を廃止した…","x":"2026 mcj ベインキャピタルとmbo 創業会長が主導した非公開化と、上場企業としての立場の返上 2026年2月にベインキャピタルと組むmboで非公開化を決めた。創業会長の髙島勇二氏が参加し、1株2200円のtobは下限を上回って成立 過去最高益のさなかに、創業会長がベインキャピタルと組むmboで株式を非公開化し、短期の株価対応から離れて海外展開やボルトオンm&aへ集中するために上場を廃止した資本政策 好業績下の非公開化という選択 この決断の核心は、業績が悪化したからではなく、むしろ過去最高益を更新するなかで上場をたたんだ点にある。パソコンという需要の振れの大きい市場で機動的にm&aを重ね、海外へ広げていくには、四半期ごとの開示や短期の株価への配慮が制約になりうる。稼ぐ力が高まっているうちに非公開へ移り、株主構成を創業会長とファンドに絞ることで、腰の据わった投資判断を下しやすくする——mcjの選択は、上場の便益とコストをてんびんにかけた、資本政策としての非公開化であったのだろう。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 連続買収・ロールアップ 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6703/decisions/second-career-program-2026/","t":"特別加算金を上乗せした退職と再就職支援の提供、組織の入れ替えに連結約100億円の費用を払う選択","c":"沖電気工業","y":2026,"col":"#CB1C1D","s":"事業統合と構造改革で組織の形が変わるなか、通常の退職金へ特別加算金を上乗せし再就職支援を付けた早期の退職機会を設け、連結約100億円の費用を先に負って人員の入れ…","x":"2026 沖電気工業 セカンドキャリア支援制度の特別措置 特別加算金を上乗せした退職と再就職支援の提供、組織の入れ替えに連結約100億円の費用を払う選択 2026年9月29日にセカンドキャリア支援制度の特別措置を実施。通常の退職金へ特別加算金を上乗せし、2027年3月期に連結約100億円を特別損失に計上する 事業統合と構造改革で組織の形が変わるなか、通常の退職金へ特別加算金を上乗せし再就職支援を付けた早期の退職機会を設け、連結約100億円の費用を先に負って人員の入れ替えを進めた判断 事業の形を替えたあとに人を入れ替える この判断は、事業の組み替えを終えたあとに残る人の配置を、費用を払って替える段階へ入ったことを示すと読める。プリンターはエトリアへ、atmは日立製作所との統合へと、事業の外形は先に動かしてきた。形を変えた組織に昔の人員構成をそのまま載せても固定費は軽くならないため、連結約100億円という直近5期で最大の特別退職金を先に払って入れ替えを促す道を選んだのだろう。費用を営業利益の約半分まで積み上げてでも踏み切ったことが、構造改革を途中で止めない意思の表れだと思われる。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6740/decisions/mobara-plant-sale-2026/","t":"液晶の国内量産拠点の売却による債務超過の解消と石川工場への生産集約の完結","c":"ジャパンディスプレイ","y":2026,"col":"#00558C","s":"2025年11月に生産を終えた国内の液晶量産拠点を、債務超過の解消期限を控えて新光電気工業へ売却する財務上の判断","x":"2026 ジャパンディスプレイ 茂原工場の新光電気工業への譲渡 液晶の国内量産拠点の売却による債務超過の解消と石川工場への生産集約の完結 2026年9月に茂原工場の土地・建物等を新光電気工業へ譲渡する最終契約を結んだ。帳簿価額は約266億円、2027年3月期に連結で約514億円の固定資産売却益を見込む 2025年11月に生産を終えた国内の液晶量産拠点を、債務超過の解消期限を控えて新光電気工業へ売却する財務上の判断 売却のために止めた工場 この譲渡は、撤退の最後の手続きであると同時に、財務の帳尻を合わせる最後の一手でもあったと思われる。茂原の生産終了を決めた2025年2月の時点で、工場は稼働率の低下を理由に止められた。しかし止めた工場は、売れなければ引当金と維持費を生み続ける負債に変わる。決議から約1年7か月を経て売却先が決まり、約514億円の益が見込めるのは、債務超過と上場維持基準の期限が迫るなかで、手放せる資産が茂原しか残っていなかったからであろう。 リストラ・構造改革 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/6902/decisions/rohm-acquisition-2026/","t":"パワー半導体の垂直統合をめざした株式取得提案と、その取り下げ","c":"デンソー","y":2026,"col":"#DC0032","s":"車載パワー半導体の内製化と垂直統合をめざしたデンソーが、2026年3月にロームへ株式取得を提案したが、ロームの取締役会と特別委員会の賛同を得られず、提案の継続が…","x":"2026 デンソー ローム株式取得提案の撤回 パワー半導体の垂直統合をめざした株式取得提案と、その取り下げ 2026年3月にロームへ株式取得を提案し、4月28日に取り下げた。独立社外取締役等の特別委員会が賛同せず、取得をめざした株式数と価格は両社とも公表していない 車載パワー半導体の内製化と垂直統合をめざしたデンソーが、2026年3月にロームへ株式取得を提案したが、ロームの取締役会と特別委員会の賛同を得られず、提案の継続が自社の企業価値向上に必ずしも資さないと判断して同年4月28日に取り下げた(取得をめざした株式数と価格は両社とも公表していない) 資本の手段を欠いた垂直統合 この判断の核心は、車載半導体の内製化をめざしてきたデンソーが、開発と供給の協業にとどめず、株式の取得という資本の手段まで踏み込んだ点にある。2024年9月の検討開始、2025年5月の基本合意、同年7月の追加出資と段を重ね、保有は1年で16億円から586億円へ膨らんだ。電動化と知能化でsicパワー半導体の重みが増すなか、設計から製造までを内側に垂直統合できれば、調達の不安を抑えつつ製品を作り込める。だが提案は、相手の取締役会と特別委員会の賛同を得られないまま終わった。 破談・撤回 垂直統合・内製化 敵対的・同意なき買収"},{"k":"decision","u":"/tse/6971/decisions/audit-committee-transition-2026/","t":"監査役会設置会社からの転換と、社外取締役が過半数を占める取締役会","c":"京セラ","y":2026,"col":"#DF0522","s":"監督と執行を分離し、取締役会が中長期の経営ビジョンを策定してその進捗を監督する体制へ転換するため、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行し、独立社外取締…","x":"2026 京セラ モニタリングボードへの移行 監査役会設置会社からの転換と、社外取締役が過半数を占める取締役会 2026年2月2日、監査等委員会設置会社への移行を株主総会へ付議すると決議した。6月25日の総会で定款変更が可決され、取締役会は社外7名を含む13名となった 監督と執行を分離し、取締役会が中長期の経営ビジョンを策定してその進捗を監督する体制へ転換するため、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行し、独立社外取締役を過半数とする取締役会に組み替えた判断 決める場から、見る場へ 監査役会をやめて監査等委員会を設置することの実質は、監査の形を変えることよりも、取締役会の顔ぶれを入れ替えられるようにすることにある。監査役は議決権を持たないが、監査等委員である取締役は取締役会の一員として票を持つ。社内7名・社外4名だった11名の取締役会が、社内6名・社外7名の13名になったのは、その仕組みを使って社外を一気に過半数へ乗せたからであった。業績の落ち込みと資本効率の低迷が続いた3年を経て、取締役会を事業の意思決定の場から経営の監督の場へ移す、という設計の変更なのだろう。 機関設計・取締役会改革 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/6981/decisions/resonant-goodwill-impairment-2026/","t":"XBAR技術の取得をねらった買収と、のれん438億円が消えた結末","c":"村田製作所","y":2026,"col":"#F7002D","s":"3ギガヘルツ以上の周波数帯に自社のSAW系フィルタでは対応できないという技術上の欠落を、設計会社の買収で埋めようとした判断。4年後、需要の到来時期と既存事業の収…","x":"2026 村田製作所 米resonant社ののれん減損 xbar技術の取得をねらった買収と、のれん438億円が消えた結末 2022年3月に米resonant社を354億24百万円で取得し3ギガヘルツ超に対応するxbar技術を得たが、2026年3月期にのれん437億98百万円を全額減損 3ギガヘルツ以上の周波数帯に自社のsaw系フィルタでは対応できないという技術上の欠落を、設計会社の買収で埋めようとした判断。4年後、需要の到来時期と既存事業の収益悪化を理由にのれんを全額落とした 技術は買収で得られても、時期は得られない のれんを4年で全額落としても、xbarの技術そのものは失われていない。減損の引き金を引いたのは、買った技術が使われる時期がfr3の本格量産とともに2030年以降へずれたことと、既存の表面波フィルタが中華圏の競合に押されて収益性を落としたことである。技術の選び方より、周波数の世代交代がいつ来るかという読みの方を外した。同業の多くが持つbawフィルタの技術水準が上がってxbarと競合するようになった点も、2022年の買収時には織り込めていなかったと推察される。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7013/decisions/steinmuller-divestiture-2026/","t":"独ボイラ・エンジニアリング子会社の売却と約140億円の費用計上","c":"IHI","y":2026,"col":"#2056AE","s":"2014年に褐炭焚きボイラ市場への参入を目的に買収したドイツ子会社を、減損の認識に続いて連結で約140億円の損失を受け入れて譲渡する判断","x":"2026 ihi steinmüller engineeringの全持分を譲渡 独ボイラ・エンジニアリング子会社の売却と約140億円の費用計上 2026年9月にドイツのsteinmüller engineeringの全持分をmutares holding 106へ譲渡する決議。2027年3月期に連結で約140億円を計上する 2014年に褐炭焚きボイラ市場への参入を目的に買収したドイツ子会社を、減損の認識に続いて連結で約140億円の損失を受け入れて譲渡する判断 買収で参入した市場に根を張れなかった海外子会社 褐炭焚きボイラへの早期参入は、買収の時点で会社が自ら示した目的だった。それを12年後に全持分の譲渡で閉じるのだから、この判断は買った市場が当初の見立てどおりには育たなかったことの決着と読める。減損の認識と譲渡損の計上が2期にまたがる点は、持ち続けて立て直す道よりも、損失を確定させて切り離す道を選んだ表れだと思われる。 事業売却・撤退 海外撤退・縮小"},{"k":"decision","u":"/tse/7071/decisions/west-japan-carveout-2026/","t":"西日本エリアを中心とする47施設の会社分割とNSSK-Altair1への全株売却、首都圏・東日本への経営資源の集中","c":"アンビスホールディングス","y":2026,"col":"#1a5c9c","s":"全国で展開してきた医心館のうち西日本エリアを中心とする47施設を会社分割でまとめ、NSSK-Altair1へ17,400百万円で全株譲渡して、首都圏・東日本への…","x":"2026 アンビスホールディングス 医心館の西日本47施設を譲渡 西日本エリアを中心とする47施設の会社分割とnssk-altair1への全株売却、首都圏・東日本への経営資源の集中 2026年9月に医心館の西日本エリアを中心とする47施設を新会社2社へ分割し、全株を17,400百万円でnssk-altair1へ譲渡すると決議。首都圏・東日本へ集中する 全国で展開してきた医心館のうち西日本エリアを中心とする47施設を会社分割でまとめ、nssk-altair1へ17,400百万円で全株譲渡して、首都圏・東日本への重点配分と財務基盤の強化を選んだ事業ポートフォリオの組み替え 全国展開を、どこで止めるか この判断は撤退というより、医心館という資本集約型の事業の置き場所を決め直したものと読める。西日本を含む全国展開は中期経営計画の柱だったが、2026年9月期の営業利益予想は3,800百万円と前期から4割近く減り、新規施設の稼働率は41.6%にとどまる。開設を急ぐほど採用費と人件費が先に膨らむ構造のなかで、47施設を手放して借入金88億円を外すのは、開設の速度を落とす代わりに財務の余地を買う選択だったと思われる。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7105/decisions/going-private-jip-2026/","t":"公開買付けの成立によるスタンダード市場からの上場廃止","c":"三菱ロジスネクスト","y":2026,"col":"#52778B","s":"三菱重工業が議決権の64.41％を保有する親子上場を解消するため、入札手続を経て日本産業パートナーズを買手に選び、傘下の合同会社による1株1,537円の公開買付…","x":"2026 三菱ロジスネクスト 日本産業パートナーズが非公開化 公開買付けの成立によるスタンダード市場からの上場廃止 2025年9月、三菱重工業と日本産業パートナーズが保有株の取扱いで合意。jipの買収目的会社が1株1,537円で公開買付けを行い、2026年2月に成立して非公開化した 三菱重工業が議決権の64.41%を保有する親子上場を解消するため、入札手続を経て日本産業パートナーズを買手に選び、傘下の合同会社による1株1,537円の公開買付けと株式併合で非公開化した資本再編 好調のさなかに市場を降りるということ この取引の芯は、親子上場の解消よりも、誰がいくらで降りるかの配分にある。親会社の持ち分は公開買付けを通らず、株式併合のあとに1株1,081円で会社自身が買い取る。少数株主が受け取る1,537円より456円低いが、みなし配当の益金不算入を使えば税引後の手取りは並ぶ。税制の差額を対価の引き下げに充て、浮いた分を少数株主へ回した形である。買付価格の最大化と株主間の公平を両立させるという説明は、この一点で具体性を持つ。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/7203/decisions/ceo-change-2026/","t":"就任3年での社長交代と財務出身トップの起用","c":"トヨタ自動車","y":2026,"col":"#EB0A1E","s":"就任3年の佐藤恒治社長から経理・財務畑の近健太氏へ交代し、社内の収益体質の立て直しを新社長に、産業横断の業界連携を副会長・CIOに分担させた経営承継","x":"2026 トヨタ自動車 近健太氏が社長就任 就任3年での社長交代と財務出身トップの起用 2026年2月に社長交代を発表。4月1日付で執行役員の近健太氏が社長・ceoに就任し、在任3年の佐藤恒治社長は副会長・chief industry officerへ移った 就任3年の佐藤恒治社長から経理・財務畑の近健太氏へ交代し、社内の収益体質の立て直しを新社長に、産業横断の業界連携を副会長・cioに分担させた経営承継 規模の頂点で問われる収益体質 この交代は、後継者が順番に育ったから起きたものではなく、役割の割り方を変えるために起きたものだとみられる。社長が産業側の仕事へ移り、社内の稼ぐ力を締め直す役目は別の人に渡す。その入れ替えが、社外取締役が過半を占める任意の会議からの提案として取締役会に上がった。2025年3月期の営業収益48兆367億円は過去最高でありながら、営業利益は前期から5,573億円減っている。規模の頂点にいながら損益分岐台数が上がっているという認識が、好調のうちに構造へ手を入れなければ間に合わないという判断につながったのだろう。 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/7205/decisions/fuso-integration-2026/","t":"持株会社ARCHIONへの移行・上場廃止","c":"日野自動車","y":2026,"col":"#ED1C22","s":"認証不正で揺らいだ日野をトヨタが単独で支えきれないと判断し、脱炭素・CASE対応と規模を求めてダイムラー傘下の三菱ふそうと対等統合、持株会社ARCHIONへ上場…","x":"2026 日野自動車 三菱ふそうとの経営統合 持株会社archionへの移行・上場廃止 2025年6月に三菱ふそうとの経営統合で最終合意。トヨタと独ダイムラートラックの主導で持株会社archionの傘下に入る 認証不正で揺らいだ日野をトヨタが単独で支えきれないと判断し、脱炭素・case対応と規模を求めてダイムラー傘下の三菱ふそうと対等統合、持株会社archionへ上場を引き継いで日野が上場廃止した業界再編 独立をたたむという選択 この決断の核心は、認証不正で傷ついた日野の再建を、自力での立て直しではなく資本の枠組みの組み替えとして選んだ点にある。営業段階では利益を出せる事業でありながら、20年にわたる不正のつけが複数年の赤字となって残り、脱炭素とcaseという重い投資が同時に迫っていた。単独で背負い続けることの難しさを親会社トヨタが認めたとき、日野に残された道は、独立の上場を保つことよりも、規模と技術を分担できる相手と組むことへ傾いていったと推察される。効率や規模の論理が、単独で上場を保つという位置づけを上回った場面であった。 合併・経営統合 上場廃止・親子上場解消 持株会社化・グループ再編 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/7267/decisions/ev-pledge-reversal-2026/","t":"北米EVモデルの開発中止と、四輪事業1兆5,778億円の損失計上","c":"ホンダ","y":2026,"col":"#CC0100","s":"米国のEV補助金見直しと化石燃料規制の緩和によるEV市場の減速、中国での新興EVメーカーとの競争激化を受け、北米で生産予定であったEVモデルの上市および開発を中…","x":"2026 ホンダ 四輪電動化戦略の見直し 北米evモデルの開発中止と、四輪事業1兆5,778億円の損失計上 2026年3月に四輪電動化戦略を見直し、北米で生産予定であったevモデルの上市および開発を中止。四輪事業で1兆5,778億円の損失および費用を計上し、連結最終損益は4,239億円の赤字となった 米国のev補助金見直しと化石燃料規制の緩和によるev市場の減速、中国での新興evメーカーとの競争激化を受け、北米で生産予定であったevモデルの上市および開発を中止し、四輪事業に1兆5,778億円の損失および費用を計上したうえで、iceとhevを軸とする収益構造へ組み替えた判断 エンジンの会社が、道筋を書き換えるということ この判断の核心は、電動化をやめたことではなく、evを前提に積み上げた設備・開発・契約の束を、いったん資産から外したことにあるだろう。四輪事業が計上した1兆5,778億円のうち、除却損失3,314億円は上市前に開発を止めた車両の開発資産であり、まだ一台も売っていないものが費用に変わった。減損の対象となった製造設備等は、売却も他への転用も困難として公正価値をゼロと評価している。期限を切って一つの技術に資源を配分する経営は、方向が合っている限り速いが、外れたときには転用先のない資産だけが残る。その代価が、1952年までさかのぼる業績で初めての最終赤字であった。 祖業・主力事業の転換 リストラ・構造改革 海外撤退・縮小 選択と集中 北米 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/7270/decisions/audit-committee-transition-2026/","t":"重要な業務執行の決定を取締役へ委ね、取締役会の過半数を社外取締役とする選択","c":"SUBARU","y":2026,"col":"#0156A1","s":"監督機能の実効性と経営の迅速性を両立する枠組みを求め、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行して、重要な業務執行の決定を取締役へ委ねた","x":"2026 subaru 監査等委員会設置会社への移行 重要な業務執行の決定を取締役へ委ね、取締役会の過半数を社外取締役とする選択 2026年6月に監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役会は8名から11名となり、社外取締役は3名から6名へ増えて過半数を占める 監督機能の実効性と経営の迅速性を両立する枠組みを求め、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行して、重要な業務執行の決定を取締役へ委ねた 議題の線引きを引き直す この移行は監査の機関を取り替えた話ではなく、取締役会が何を決める場なのかを引き直した判断だったのだろう。移行前の取締役会は重要な業務執行の決定と監督を同じ場で担い、社外は3分の1にとどまっていた。移行後は法令が認める範囲で重要な業務執行の決定を取締役へ委ね、11名のうち6名を社外が占める。取締役会に残るのは経営の根幹にかかわる意思決定と監督で、限られた審議の時間をそこへ集中させる方針である。実効性評価が繰り返し突いてきたのは「取締役会で何を議論すべきか」というアジェンダ設定の問題で、機関設計の変更はその答えの一つとして選ばれたのだろう。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7575/decisions/cross-vascular-acquisition-2026/","t":"FDA認証取得済みの心房中隔穿刺用高周波システムの取り込みによる米国事業基盤の早期構築","c":"日本ライフライン","y":2026,"col":"#1a5c9c","s":"国内中心で成長してきた医療機器会社が、FDA認証取得済みの製品を持つ米国の開発会社を買収し、米国に自社製品の開発・販売拠点を持つ道を選んだ","x":"2026 日本ライフライン 米cross vascular買収 fda認証取得済みの心房中隔穿刺用高周波システムの取り込みによる米国事業基盤の早期構築 2026年9月に米国のcross vascularの取得を決議した。株式の対価は4,734千米ドル(アーンアウト最大4,000千米ドルを含む)で、議決権の100.00%を取得する。 国内中心で成長してきた医療機器会社が、fda認証取得済みの製品を持つ米国の開発会社を買収し、米国に自社製品の開発・販売拠点を持つ道を選んだ 売上のない会社の買収で得る米国の入口 買われたのは売上のない開発会社であり、価値はfdaの510(k)認証と4件の特許、そして製品そのものにある。輸入販売から出発し、自社製品でも国内向けの開発に徹してきた会社が、米国に開発と販売の足場を持つ側へ回る判断だと読める。2025年3月期の有報では米国は長期の輸出先で、当面はfda対応の品質管理を整える段階だった。認証済みの製品を買うことは、その準備にかかる時間を先取りする手段だったと思われる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7630/decisions/going-private-2026/","t":"親会社による非公開化の検討と、上場子会社としての11年","c":"壱番屋","y":2026,"col":"#531C06","s":"2015年のTOBで上場を残したまま過半を親会社に預けてきた資本関係について、親会社が非公開化を含む選択肢の検討に入ったことを開示した段階の判断（本稿の時点で決…","x":"2026 壱番屋 ハウス食品による非公開化検討 親会社による非公開化の検討と、上場子会社としての11年 2026年8月にハウス食品グループ本社が非公開化を含む選択肢の検討を開示。議決権51.0%を預けたまま11年続いた上場が論点になった 2015年のtobで上場を残したまま過半を親会社に預けてきた資本関係について、親会社が非公開化を含む選択肢の検討に入ったことを開示した段階の判断(本稿の時点で決定した事実はない) 上場を残した設計が、現在問い直されている 2015年のtobは買付予定数に上限を置き、所有割合を51.00%にとどめて壱番屋の上場を残した。創業家の相続という不確実性を親会社への譲渡で解いたあとも、レストラン運営を担う会社としての独立性と、加盟店・従業員に向けた求心力を保つうえで、上場を残すことには意味があった。その形が11年続き、持分は51%台から動かないまま、現在は非公開化が検討の対象に挙がっている。 上場廃止・親子上場解消 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/7751/decisions/third-ceo-change-2026/","t":"3度目の社長交代と、ＣＥＯを残したままの並走体制","c":"キヤノン","y":2026,"col":"#CC0100","s":"90歳のＣＥＯによる約30年の長期政権下で、社長職を海外営業畑の小川一登氏へ移譲する一方、ＣＥＯ職と取締役会議長は御手洗冨士夫氏が保持し、取締役会を11名・独立…","x":"2026 キヤノン 小川一登氏が社長就任 3度目の社長交代と、ceoを残したままの並走体制 2026年1月に小川一登氏の社長coo昇格を公表し、3月27日に就任した。御手洗冨士夫氏は会長ceoとして残り、総会後の取締役会は11名・うち独立社外取締役5名となった 90歳のceoによる約30年の長期政権下で、社長職を海外営業畑の小川一登氏へ移譲する一方、ceo職と取締役会議長は御手洗冨士夫氏が保持し、取締役会を11名・独立社外5名へ拡大して並走する承継 譲ったのは社長、残したのはceo この交代でいちばん重いのは、社長という職務が動いた一方で、ceoという権限が動かなかったことだと思われる。過去2度、御手洗冨士夫氏は社長を委ねながら前線へ戻ってきた。3度目にあたる今回は、社長を小川一登氏へ譲る手順を踏みつつ、ceo職と取締役会議長の座は自らに残している。最高経営責任者の後継者計画でも、候補に課題を与え、進捗を確認し、評価するのはceo自身であり、指名・報酬委員会が担うのはその過程の確認にとどまる。承継の仕組みが働くかどうかが、承継する当人の判断に委ねられている構図は変わっていない。 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/7867/decisions/audit-committee-transition-2026/","t":"監査役会を廃して監査を取締役会の内側へ移管し、業務執行の決定を取締役へ委ねる機関設計の組み替え","c":"タカラトミー","y":2026,"col":"#0948C1","s":"監査等委員を取締役会の構成員とすることで監督機能を強化し、重要な業務執行の決定の一部を取締役へ委任して監督と執行を分離するため、監査役会設置会社から監査等委員会…","x":"2026 タカラトミー 監査等委員会設置会社への移行 監査役会を廃して監査を取締役会の内側へ移管し、業務執行の決定を取締役へ委ねる機関設計の組み替え 2026年6月25日の第75回定時株主総会で監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役会は9名から11名となり、うち社外取締役6名が過半数を占める 監査等委員を取締役会の構成員とすることで監督機能を強化し、重要な業務執行の決定の一部を取締役へ委任して監督と執行を分離するため、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役会は11名・社外6名の過半数構成となった。 監査を議決権の内側へ入れる この移行で実際に動いたのは、監査を担う人に議決権を与えたことだと読み替えられる。監査役会設置会社では、社外監査役3名は取締役会に出席しても議案に票を投じられない。監査等委員である取締役に置き換えれば、同じ人が監督と議決の双方を担う。社外取締役が5名から6名へ増えて過半数に達したのも、監査を担ってきた社外監査役が取締役の側へ移った帰結である。定款上の取締役の員数14名を動かさずに構成だけを入れ替えた点にも、増員ではなく組み替えとしての性格が表れている。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7915/decisions/usm-exit-2026/","t":"取得から約4か月での全株譲渡と、のれん減損6,759百万円の計上","c":"NISSHA","y":2026,"col":"#0070B8","s":"東南アジアの医療機器製造拠点としてUSMの60％を取得したNISSHAが、約4か月後にその全株を同社取締役へ譲渡し、のれんの減損6,759百万円を計上した撤退","x":"2026 nissha ベトナムusmの株式譲渡 取得から約4か月での全株譲渡と、のれん減損6,759百万円の計上 2026年9月にnisshaがベトナムのusm healthcare株式の全部を同社取締役へ譲渡。同年5月に取得した60%を手放し、のれんの減損6,759百万円を計上した 東南アジアの医療機器製造拠点としてusmの60%を取得したnisshaが、約4か月後にその全株を同社取締役へ譲渡し、のれんの減損6,759百万円を計上した撤退 拠点を買収する道から退く道へ この撤退で目を引くのは、損失の大きさよりも決断の速さである。米国に偏ってきた医療機器cdmoの足場を、ステントの国産メーカーを通じて東南アジアへ広げる構想は、有価証券報告書の後発事象にまで理由が書き込まれていた。その構想を、取得から4か月で白紙に戻したことになる。取得対価の約58億円を上回るのれんの減損が出たのは、買ったときの収益の見立てが、手放す条件に引き直すと成り立たなくなったためとみられる。 事業売却・撤退 海外撤退・縮小 クロスボーダーm&a(日本→海外) 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/7966/decisions/nippon-paper-stake-buyback-2026/","t":"筆頭株主の持株売出しへの同意と、300億円の自己株式取得による需給の緩和","c":"リンテック","y":2026,"col":"#083388","s":"リンテックが、筆頭株主の日本製紙が持つ株式の売出しに同意し、同時に300億円を上限とする自己株式取得で需給への影響を和らげた資本政策","x":"2026 リンテック 日本製紙の売出しと自己株式取得 筆頭株主の持株売出しへの同意と、300億円の自己株式取得による需給の緩和 2026年8月に筆頭株主・日本製紙の持株の売出しを決め、同時に自己株式を取得した。日本製紙の議決権割合は約30%から3.12%へ下がった リンテックが、筆頭株主の日本製紙が持つ株式の売出しに同意し、同時に300億円を上限とする自己株式取得で需給への影響を和らげた資本政策 筆頭株主の出口を発行体が用意するという選択 自己株式取得の理由に、売出しによる需給への影響を和らげることが明記されている。日本製紙が手放す約1,779万株のうち約3割の5,357,800株を会社が買い取り、市場が受け止める量を減らしたわけで、株主還元の名目の裏に、売出し価格を守る装置としての役割があったのだろう。30.02%を持つ筆頭株主が去るのに、売出価格は算定基準日の終値から3.00%引きにとどまった。 資本提携・政策保有 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8002/decisions/nomination-committee-transition-2026/","t":"監査役会設置会社からの転換と、社外10名の取締役会・法定3委員会の新設","c":"丸紅","y":2026,"col":"#c8102e","s":"「総合商社の枠組みを超える」価値創造企業グループへの変革をより迅速に実践するため、監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移り、取締役15名のうち社外10名、…","x":"2026 丸紅 指名委員会等設置会社へ移行 監査役会設置会社からの転換と、社外10名の取締役会・法定3委員会の新設 2026年1月に指名委員会等設置会社への移行を決議し、6月19日の第102回定時株主総会で承認された。取締役15名のうち社外が10名を占め、法定3委員会の委員長はいずれも独立社外取締役が務める 「総合商社の枠組みを超える」価値創造企業グループへの変革をより迅速に実践するため、監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移り、取締役15名のうち社外10名、法定3委員会の委員長をいずれも独立社外取締役とした機関設計の転換 答申から決定へ、権限の移管 この移行で変わったのは監督の強さそのものではなく、決定権の所在である。取締役会の過半を社外が占める体制は2022年度から続き、指名とガバナンス・報酬の委員会も社外が過半を占め社外取締役が委員長を務める形で運用されてきた。実質はすでに備わっていたと言ってよい。異なるのは、任意の委員会が取締役会へ答申する諮問機関にとどまるのに対し、法定の指名委員会は取締役候補者そのものを決め、報酬委員会は取締役と執行役の個人別報酬を決めることだ。答申が決定に変わったことで、社長を含む経営陣の進退と処遇は社外取締役の手で確定する仕組みに入ったと思われる。 機関設計・取締役会改革 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/8078/decisions/go-beyond-2026/","t":"中期経営計画2028海外M&A・電池材料への攻めの投資転換","c":"阪和興業","y":2026,"col":"#008517","s":"国内鉄鋼市場の構造的な縮小とEVサプライチェーン変化を背景に、財務基盤を確立した独立系商社が海外M&A戦略を本格導入し電池材料事業へ資源を投じる中期経営計画20…","x":"2026 阪和興業 「go beyond」策定 中期経営計画2028海外m&a・電池材料への攻めの投資転換 2026年5月に中期経営計画を公表。阪和興業が2026年度から3年で海外m&aを本格導入し、電池材料など次世代領域へ資源を投じる 国内鉄鋼市場の構造的な縮小とevサプライチェーン変化を背景に、財務基盤を確立した独立系商社が海外m&a戦略を本格導入し電池材料事業へ資源を投じる中期経営計画2028「go beyond」(本稿の時点で進行中) 攻めに転じた3年計画の賭け この中計が問うているのは、財務基盤を確立した独立系商社が、守りから攻めへどこまで踏み込めるかという一点である。中期経営計画2025で積み上げたroe・格付け・doeの改善は攻勢の原資であり、go beyondはその原資を海外m&aと電池材料という不確実性の高い領域に投じる賭けであった。asg買収が過去最大の規模になったこと自体、中川体制がこの賭けに本気で臨んでいることを示していると思われる。 隣接領域への展開 クロスボーダーm&a(日本→海外)"},{"k":"decision","u":"/tse/8154/decisions/shinko-shoji-acquisition-2026/","t":"純資産を下回る1株1,580円の据え置きと、下限引き下げによる72.45％の取得","c":"加賀電子","y":2026,"col":"#003F87","s":"同業の電子部品商社である新光商事を、1株当たり純資産を下回る1株1,580円の公開買付けで連結子会社とし、価格を上げずに下限を引き下げて成立させた買収","x":"2026 加賀電子 新光商事をtobで買収 純資産を下回る1株1,580円の据え置きと、下限引き下げによる72.45%の取得 2026年5月に新光商事株式の公開買付けを決議。1株1,580円は同社の1株当たり純資産1,778円を下回り、8月に議決権72.45%を取得して負ののれん発生益60億円を見込む 同業の電子部品商社である新光商事を、1株当たり純資産を下回る1株1,580円の公開買付けで連結子会社とし、価格を上げずに下限を引き下げて成立させた買収 簿価割れの値札を最後まで守る この買収の芯は、成長への上乗せ価格ではなく、純資産を割り引いて買うことにあったと思われる。1株1,580円は新光商事の1株当たり純資産1,778円を下回り、その差が負ののれん発生益60億円として加賀電子の利益に立つ。富士通エレクトロニクスの2,164百万円、エクセルの7,963百万円、協栄産業の7,594百万円と、同業商社を簿価割れで取り込むたびに同じ利益が出てきた。市場が低く値付けする電子部品商社を、自社の規模と利益に置き換える型が、ここで出来上がっていたとみられる。 連続買収・ロールアップ 上場廃止・親子上場解消 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8267/decisions/daiei-split-2026/","t":"関東の事業を吸収分割で切り出し、近畿は光洋との合併で残した食品スーパーの再編","c":"イオン","y":2026,"col":"#d6006e","s":"完全子会社のダイエーから関東のスーパーマーケット事業を吸収分割で切り出し、イオンマーケットと合わせてU.S.M.H傘下のイオンフードスタイルへ集約する一方、ダイ…","x":"2026 イオン ダイエー東西2分割 関東の事業を吸収分割で切り出し、近畿は光洋との合併で残した食品スーパーの再編 2025年12月にダイエーを東西へ分割する4つの契約を締結。関東事業は吸収分割でマックスバリュ関東へ移り、2026年3月1日にイオンフードスタイルとしてu.s.m.hの完全子会社となった 完全子会社のダイエーから関東のスーパーマーケット事業を吸収分割で切り出し、イオンマーケットと合わせてu.s.m.h傘下のイオンフードスタイルへ集約する一方、ダイエー本体は光洋を吸収合併して近畿の食品スーパーとして残した再編。地域単位で商品・購買・物流・it・人材を一体運営する体制へ組み替えた 名門の看板を、地域の会社に入れ替える この再編は、2013年から2015年にかけてイオンがダイエーを完全子会社化した一手の、続きに置かれている。屋号ごと吸収された流通革命の雄は、それでも会社としては残り、神戸に本店を置いたまま10年を過ごした。今回、関東で営んでいた事業だけが切り離されてu.s.m.hの傘下へ移り、法人としてのダイエーは光洋を抱えた近畿の食品スーパーになった。全国を一つの看板で覆った会社の輪郭は、地域の一社にまで縮んだと推察される。 持株会社化・グループ再編 リストラ・構造改革 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/8308/decisions/strategic-investment-impairment-2026/","t":"約500億円の追加出資と持ち分法適用会社化、その半年後に生じた449億円の評価損","c":"りそなホールディングス","y":2026,"col":"#00833f","s":"公的資金完済後の「資本活用フェーズ」で、決済領域の競争力強化を狙いデジタルガレージへ約500億円を追加出資し持ち分法適用会社としたが、半年後の期末に市場価格が取…","x":"2026 りそなホールディングス デジタルガレージへ出資 約500億円の追加出資と持ち分法適用会社化、その半年後に生じた449億円の評価損 2025年7月にデジタルガレージ株を追加取得。りそなhdがオアシス・マネジメントから譲り受け、持ち分を12.42%から30.90%へ 公的資金完済後の「資本活用フェーズ」で、決済領域の競争力強化を狙いデジタルガレージへ約500億円を追加出資し持ち分法適用会社としたが、半年後の期末に市場価格が取得原価を50%以上下回り、449億円の評価損計上に至った戦略出資と減損規律の判断 成長投資と減損規律のあいだで この一件の核心は、公的資金を完済して守りから攻めへ転じた銀行の最初の大型出資が、半年で巨額の評価損に転じた点にある。りそなhdにとってdg株の追加取得は、資本活用フェーズの完全復活を示す成長投資となるはずであった。決済プラットフォームと銀行の顧客基盤を掛け合わせる構想そのものには一定の合理性がうかがえる。ただ、取得の形は株主提案を続けてきたアクティビストの保有株を相対で丸ごと引き受けるというもので、同時にdgの事前の承諾なく保有割合をさらに引き上げないことも合意していた。買い増しの余地を手放したまま、半年後の期末には市場価格が取得原価を50%以上下回った。 資本提携・政策保有 資金調達・財務戦略 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8729/decisions/sony-life-scandal-2026/","t":"開示の遅れを問われたグループの対応","c":"ソニーフィナンシャルグループ","y":2026,"col":"#333333","s":"主力子会社ソニー生命で金銭に関わる不適切な行為が相次いで判明し、金融庁の報告徴求命令を受けたことで、全契約者の確認と開示・内部管理態勢の立て直しを迫られた","x":"2026 ソニーフィナンシャルグループ ソニー生命の金銭不祥事 開示の遅れを問われたグループの対応 2026年にソニー生命で金銭の不祥事が続く。専属代理店の募集人と営業社員による不適切な行為が、独立直後のソニーフィナンシャルグループを揺らした 主力子会社ソニー生命で金銭に関わる不適切な行為が相次いで判明し、金融庁の報告徴求命令を受けたことで、全契約者の確認と開示・内部管理態勢の立て直しを迫られた 独立が試した情報開示の作法 この一件の核心は、顧客からの金銭の借入という個人の逸脱そのものよりも、それを把握してからの3年余りをどう扱ったかにある。顧客の資産を預かる生命保険会社にとって、不都合を早く外に出すか、内に抱えて処理しようとするかは、営業成績の巧拙とは別の次元でその会社の品性を映す。成果主義の営業が生む深い顧客関係が収益の源泉である以上、その関係が逸脱に転じたときこそ迅速な開示が問われたはずであり、3年の沈黙はその作法が働かなかったことを示している。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/8766/decisions/audit-committee-transition-2026/","t":"不祥事を受けて設置したグループ監査委員会の機能を法定の監査等委員会へ集約し、執行への権限委譲と組織的監査を組み合わせた","c":"東京海上ホールディングス","y":2026,"col":"#d50000","s":"監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行し、保険料調整事案等を受けて2024年4月に設置したグループ監査委員会の主な機能を法定の監査等委員会へ集約したうえ…","x":"2026 東京海上ホールディングス 監査等委員会設置会社へ移行 不祥事を受けて設置したグループ監査委員会の機能を法定の監査等委員会へ集約し、執行への権限委譲と組織的監査を組み合わせた 2026年6月29日の第24回定時株主総会で、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役会は13名から17名となり、うち5名が監査等委員である取締役、社外取締役は9名となる 監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行し、保険料調整事案等を受けて2024年4月に設置したグループ監査委員会の主な機能を法定の監査等委員会へ集約したうえで、取締役会から執行へ大幅な権限委譲を行う機関設計の組み替え 応急の委員会を恒久の機関へ この移行は、機関設計の名札を掛け替えた話ではなく、不祥事のあとに立てた仕組みを恒久の機関へ移し替えた作業だったと推察される。グループ監査委員会は、保険料調整事案等の不祥事案等が発生したことを受けて2024年4月に内部統制委員会を改組して生まれた、取締役会の下の任意機関である。執行から独立した社外視点を活用してきたその主な機能が、会社法の定める監査等委員会へ集約された。任意の委員会はいつでも畳めるが、法定機関はそうはいかない。二年で機関設計を替えたことには、再発防止の仕掛けを経営の代替わりに左右されない場所へ置き直す意味がある。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8848/decisions/as-lifecare-divestiture-2026/","t":"シルバー事業の日本革新投資系ファンドへの売却と、賃貸事業への集中","c":"レオパレス21","y":2026,"col":"#0095D9","s":"2005年に始めて15期続けて赤字だったシルバー事業を、完全子会社2社ごとファンドのSPCへ譲渡し、賃貸事業に集中する決断","x":"2026 レオパレス21 アズ・ライフケアの全株式譲渡 シルバー事業の日本革新投資系ファンドへの売却と、賃貸事業への集中 2026年9月に介護施設「あずみ苑」を運営するアズ・ライフケアなど2社の全株式を譲渡する方針を決議。2005年に始めたシルバー事業の営業損益は、2012年3月期から赤字が続いていた 2005年に始めて15期続けて赤字だったシルバー事業を、完全子会社2社ごとファンドのspcへ譲渡し、賃貸事業に集中する決断 21年続けた介護から手を引く 2005年にシルバー事業へ参入したのは、賃貸の入居者を軸にした「人と住まい」の事業を広げる一歩だったと思われる。しかし15期連続の営業赤字が示すのは、賃貸で育てた仕組みが介護では利益に結びつかなかったことだろう。中計で早期黒字化を掲げ、8か月後に22施設を子会社へ分けたのは経営課題の明確化のためとされるが、結果として売却の受け皿を整える手順にもなったとみられる。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/9041/decisions/audit-committee-transition-2026/","t":"重要な業務執行の決定権限の大部分を社長ほか代表取締役へ委譲し、取締役会を監督と中長期戦略の場へ寄せた機関設計の組み替え","c":"近鉄グループホールディングス","y":2026,"col":"#C8102E","s":"監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移り、重要な業務執行の決定権限の大部分を社長ほか代表取締役へ委譲して、取締役会を監督と中長期戦略の審議に寄せた機関設計…","x":"2026 近鉄グループホールディングス 監査等委員会設置会社へ移行 重要な業務執行の決定権限の大部分を社長ほか代表取締役へ委譲し、取締役会を監督と中長期戦略の場へ寄せた機関設計の組み替え 2026年6月19日の第115期定時株主総会で定款を変更し、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役は12名から15名へ、社外取締役は4名から8名へ増え、監査等委員会は5名で構成する 監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移り、重要な業務執行の決定権限の大部分を社長ほか代表取締役へ委譲して、取締役会を監督と中長期戦略の審議に寄せた機関設計の組み替え 員数の上限を初めて定めた総会 監査等委員会設置会社への移行は、監査役が取締役になる制度上の付け替えとして読まれやすい。だが近鉄グループホールディングスの場合、実際に動いたのは決定権の所在である。重要な業務執行の決定権限の大部分は取締役会から社長ほか代表取締役へ移り、取締役会には中長期の経営戦略の審議が残った。同じ総会で、上限を定めていなかった取締役の員数に15名という枠が入り、社外取締役は4名から8名へ倍増して半数を超えた。権限を執行側へ渡すかわりに、渡した先を見る目の数を増やす取引だったと推察される。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9048/decisions/dept-store-liquidation-2026/","t":"百貨店事業の店じまいと、名古屋駅地区再開発への資産の振り向け","c":"名古屋鉄道","y":2026,"col":"#004EA2","s":"営業損失が続いた百貨店業を整理し、名古屋駅前の名鉄百貨店本店を2026年2月28日に営業終了して、翌3月1日に外商事業を㈱名鉄生活創研へ引き継いだ判断。本店の跡…","x":"2026 名古屋鉄道 名鉄百貨店本店の閉店 百貨店事業の店じまいと、名古屋駅地区再開発への資産の振り向け 2026年2月に本店の営業に幕を下ろした。閉店セールが盛況で百貨店業は5.1%増収の18,081百万円、連結では店舗閉鎖損失1,547百万円を計上 営業損失が続いた百貨店業を整理し、名古屋駅前の名鉄百貨店本店を2026年2月28日に営業終了して、翌3月1日に外商事業を(株)名鉄生活創研へ引き継いだ判断。本店の跡地は日本生命保険・近畿日本鉄道らと進める名古屋駅地区再開発計画の対象地に含まれ、2027年3月期から報告セグメントに百貨店業の区分は残らない 駅前を建て替えるために、店を先に閉じる 百貨店業の営業損益は2021年3月期から一度も黒字に届かなかった。一宮店をはじめ不採算店舗を閉じて赤字幅は縮めたものの、最終期となる2026年3月期でも763百万円の営業損失が残る。皮肉なことに、その最後の期は閉店セールが盛況で5.1%の増収となった。客が集まらなかったわけではない。集まっても、名古屋駅前の一等地を百貨店として建て替え直す原資には届かなかったということである。 事業売却・撤退 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9069/decisions/dalton-shareholder-proposal-2026/","t":"資本効率を問う2議案を退け、任期短縮と元金融庁長官の招請で応じた総会","c":"センコーグループホールディングス","y":2026,"col":"#00A33E","s":"M&Aによる規模拡大の裏で自己資本利益率が11.0％から8.7％へ下がった局面で、資本効率と開示の不足を突く株主提案2議案を否決し、取締役の任期短縮と元金融庁長…","x":"2026 センコーグループホールディングス ダルトンの株主提案を否決 資本効率を問う2議案を退け、任期短縮と元金融庁長官の招請で応じた総会 2026年6月にダルトン・キズナの株主提案2議案を否決した。取締役1名選任は賛成25.83%、資本コスト開示の定款変更は24.80%にとどまり、会社は取締役の任期を2年から1年へ短縮した m&aによる規模拡大の裏で自己資本利益率が11.0%から8.7%へ下がった局面で、資本効率と開示の不足を突く株主提案2議案を否決し、取締役の任期短縮と元金融庁長官の社外取締役選任という会社側の応答を同じ総会で通した株主対応 否決の数字より、先回りした2議案 この総会で実際に動いたのは、否決された2議案ではなく、会社が自ら出した第2号・第3号議案のほうだと推察される。取締役の任期を2年から1年へ縮めれば、株主が信任を問う機会は毎年になる。元金融庁長官を社外取締役に迎えれば、資本市場と開示規制の知見が取締役会に加わる。どちらも提案株主が突いた「経営トップの長期固定化」と「取締役会の専門性不足」に、正面から重なる応答である。株主提案は25%前後で退けられたが、その論点は総会に上がる前に会社提案へ吸い上げられていた。 アクティビスト・株主提案対応 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9104/decisions/elliott-mol-buyback-2026/","t":"3,000億円規模の要請を受けた、累進配当・総還元性向40%への転換","c":"商船三井","y":2026,"col":"#003B7A","s":"海運バブルで積み上がった2兆8,743億円の自己資本と、ONE株式・不動産を含む資産構成に対し、米エリオットが3,000億円規模の自社株買いと資本効率の向上を要…","x":"2026 商船三井 エリオットの自社株買い要請 3,000億円規模の要請を受けた、累進配当・総還元性向40%への転換 2026年3月にエリオットが商船三井株を取得した。3,000億円規模の自社株買いを求められ、会社は累進配当と総還元性向40%を掲げるphase 2で応じた 海運バブルで積み上がった2兆8,743億円の自己資本と、one株式・不動産を含む資産構成に対し、米エリオットが3,000億円規模の自社株買いと資本効率の向上を要請。会社は累進配当・総還元性向40%のphase 2計画で応じたが「不十分」とされ、不動産子会社の再上場や船舶保有形態の見直しを含む対話が続く(本稿の時点で未決着) 備えの資本か、滞留する資本か この案件の核心は、市況産業が好況期に得た巨額の利益の置き場所という、海運業に固有の資本問題にある。商船三井は2016年3月期と2018年3月期に最終赤字を計上した会社であり、市況の谷に備えて資本を厚く持つ動機には理由がある。しかし自己資本が5年で約5倍となり、その一部がone株式や不動産といった性格の異なる資産へ姿を変えたとき、備えと滞留の境界は外部から見分けにくくなる。エリオットの要求は、この境界線を数字で引き直せという催促と推察される。 アクティビスト・株主提案対応 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9110/decisions/nyk-going-private-2026/","t":"公開買付けへの賛同と、日本製鉄の持分縮小をともなう上場の取りやめ","c":"NSユナイテッド海運","y":2026,"col":"#003F87","s":"ドライバルク事業を中核と位置づける日本郵船が、18.35％の第2位株主から83.33％の親会社へ移り、筆頭株主の日本製鉄は20.03％を自己株式公開買付けに応募…","x":"2026 nsユナイテッド海運 日本郵船によるtobで非公開化 公開買付けへの賛同と、日本製鉄の持分縮小をともなう上場の取りやめ 2026年7月に日本郵船が公開買付けを発表し非公開化へ。買付価格は1株10,600円、買付予定数は発行済株式(自己株式を除く)の48.29%にあたる1,137万9,482株 ドライバルク事業を中核と位置づける日本郵船が、18.35%の第2位株主から83.33%の親会社へ移り、筆頭株主の日本製鉄は20.03%を自己株式公開買付けに応募して16.67%へ退く。2つの大株主に挟まれてきた資本構成を2社体制に組み替え、上場を終える取引(本稿の時点で公開買付けは未開始) 62年をかけて戻った先 1964年の海運集約で日本郵船の系列に入ったとき、郵船は株主として同社を支配していたわけではなかった。2010年に新日鉄系の日鉄海運と合併したのちも、郵船は18.35%の第2位株主として残り続けている。62年にわたって関係だけを保ってきた株主が、こんどはそれを83.33%の資本に変える。系列という緩い結びつきのままでは、市況の振れる船隊も脱炭素対応の投資も分け合いきれないという判断が働いたのだろう。 上場廃止・親子上場解消 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/9147/decisions/metro-supply-chain-acquisition-2026/","t":"欧州に続く北米での事業基盤の獲得に向けた、cargo-partner社に次ぐ大型買収","c":"NIPPON EXPRESSホールディングス","y":2026,"col":"#1A005C","s":"欧州でのcargo-partner社の取得に続き、手薄であった北米の物流基盤を買収によって獲得し、地域構成を組み替える判断","x":"2026 nippon expressホールディングス metro supply chain groupを買収 欧州に続く北米での事業基盤の獲得に向けた、cargo-partner社に次ぐ大型買収 2026年4月にカナダのmetro supply chain groupの買収を発表した。同年10月の臨時報告書の時点で、特別目的会社を通じて同社の議決権の100%を間接所有している 欧州でのcargo-partner社の取得に続き、手薄であった北米の物流基盤を買収によって獲得し、地域構成を組み替える判断 欧州で取り崩した直後の、北米への振り向け この判断の位置づけは、直前の期の数字を置いて見ると分かりやすい。2025年12月期、nxhdは欧州(ロジスティクス)に配分したのれんについて、収益性の低下と市場金利の上昇に伴う割引率の引き上げを理由に59,211百万円の減損損失を計上した。2024年1月に取得したcargo-partner社のために積んだのれん77,347百万円の大半が、2期を経ずに費用へ振り替わったことになる。その結果、連結の親会社の所有者に帰属する当期利益は2,693百万円と、前期の31,733百万円から大きく落ち込んだ。一方で米州(ロジスティクス)の外部顧客への売上高は1,214億円、セグメント利益は57億円と、欧州の5,138億円・48億円と比べて規模が小さく、地域構成のなかで手薄なまま残っていた。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 事業売却・撤退 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9433/decisions/biglobe-circular-trading-2026/","t":"広告代理事業の再開断念と過年度3期の決算訂正","c":"KDDI","y":2026,"col":"#E95721","s":"連結子会社とその子会社の広告代理事業で架空循環取引が行われ、計上売上の取消しが累計2,461億円に達した会計不正と、特別調査委員会による解明・過年度3期の決算訂…","x":"2026 kddi ビッグローブの架空循環取引 広告代理事業の再開断念と過年度3期の決算訂正 2026年1月にビッグローブとジー・プランの架空循環取引が判明。広告代理事業の累計取引の99.7%が実体を欠き、計上売上の取消しは累計2,461億円にのぼった 連結子会社とその子会社の広告代理事業で架空循環取引が行われ、計上売上の取消しが累計2,461億円に達した会計不正と、特別調査委員会による解明・過年度3期の決算訂正・事業の再開断念をめぐる子会社管理と内部統制の事案(本稿の時点で法的対応と再発防止は継続) 関心の外に置かれた事業 連結売上高6兆円のkddiにとって、2,461億円の売上取消しも、累計1,508億円の営業利益への影響も、単年の業績を揺るがす規模ではない。この事案の重さは金額ではなく、一つの事業の取引の99.7%が実体を欠いたまま、連結の内側で数年にわたり回り続けた点にある。しかも舞台は本体ではなく、連結子会社の、さらにその子会社であった。ビッグローブを傘下に収めた狙いは通信事業の拡充にあり、後から立ち上がった広告代理事業はその関心の外にあったとみられる。知見の乏しい領域を新規事業として抱え、伸びる売上を疑わずに受け入れたことが、統制の空白をそのまま残したのだろう。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/9502/decisions/hamaoka-seismic-data-2026/","t":"再稼働申請の取り下げと、会長・社長の退任による経営体制の刷新","c":"中部電力","y":2026,"col":"#E60012","s":"浜岡原子力発電所の適合性審査における基準地震動の策定で、代表波の選定が説明と異なる方法で行われ、事後的な証跡の作成と実態と異なる説明が重ねられていたとする調査報…","x":"2026 中部電力 浜岡原発の基準地震動データ不正 再稼働申請の取り下げと、会長・社長の退任による経営体制の刷新 2026年9月、浜岡原子力発電所の適合性審査で代表波の選定が審査会合での説明と異なる方法で行われていたとする調査報告書を受け、3号機・4号機の設置変更許可申請などを取り下げた。代表取締役会長と代表取締役社長が9月30日付で退任した 浜岡原子力発電所の適合性審査における基準地震動の策定で、代表波の選定が説明と異なる方法で行われ、事後的な証跡の作成と実態と異なる説明が重ねられていたとする調査報告書を受け、再稼働に向けた申請を取り下げ、会長・社長の退任で経営責任を明確にした 動かすための説明が、動かす資格を奪った 15年止まったままの発電所を動かすには、地震をどう見積もるかという、一義的な正解のない問いに答えを出さねばならない。時間をかけて正面から争うか、「仮にあるとすれば」と仮定して相手の前提に乗るか。中部電力が選んだのは後者だった。争えば審査は延び、年間2,400億円の重荷が続く。乗れば早く進む。その計算は経営として不合理ではない。だが相手の前提に乗ると決めた瞬間から、評価は「正しさ」ではなく「通るかどうか」で測られるようになる。多数回の計算から人為的に代表波を選ぶ操作も、選んだ後に選び方の証跡を作る作業も、その物差しの上では手続きに見えたのだろう。動かすために積み上げた説明が、動かす資格そのものを失わせた。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/9831/decisions/edion-integration-2026/","t":"経営統合による家電量販首位連合の形成","c":"ヤマダホールディングス","y":2026,"col":"#004EA1","s":"国内家電メーカーの衰退と市場の急縮小で薄利多売の量販モデルが行き詰まるなか、業界首位のヤマダHDが5位のエディオンと共同持株会社を設立し、売上約2.5兆円・店舗…","x":"2026 ヤマダホールディングス エディオンとの経営統合 経営統合による家電量販首位連合の形成 2026年6月にエディオンとの経営統合で基本合意。家電量販首位と5位が持株会社を新設し2027年10月の統合完了を目指す 国内家電メーカーの衰退と市場の急縮小で薄利多売の量販モデルが行き詰まるなか、業界首位のヤマダhdが5位のエディオンと共同持株会社を設立し、売上約2.5兆円・店舗約1万店の首位連合で調達力と収益力を立て直そうとする経営統合(本稿の時点で未完了) 規模は薄利多売から抜け出す答えになるか この統合が映すのは、国内メーカーの衰退と市場の縮小によって薄利多売のモデルが行き詰まったとき、量販最大手ですら単独では収益力を立て直しにくい、という家電小売りの現実であった。ヤマダは郊外の安売りで首位を確立し、住宅までを抱える\"くらしまるごと\"へ事業を拡大してもなお、本業の営業利益率を1%前後まで下げていた。長年の競合と規模を水平統合する選択は、調達交渉力とpbの厚みという、単独では届かなかった収益源へ手を伸ばす一手とみられる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/9962/decisions/frontier-investment-2026/","t":"次世代製造業のスタートアップへの出資と、北米での精密部品加工拠点の自社保有","c":"ミスミグループ本社","y":2026,"col":"#0F218B","s":"買収で外部の加工能力を傘下に収める道を踏んだ翌年に、次世代製造業のスタートアップへ出資するファンドと、北米で自ら精密部品を加工する拠点を同時に立て、新規事業領域…","x":"2026 ミスミグループ本社 vcファンドとkibanの設立 次世代製造業のスタートアップへの出資と、北米での精密部品加工拠点の自社保有 2026年9月17日の取締役会で、最大50百万米ドルのcvcファンドと出資40百万米ドルのkiban, llcの米国設立を決議。設立は10月予定 買収で外部の加工能力を傘下に収める道を踏んだ翌年に、次世代製造業のスタートアップへ出資するファンドと、北米で自ら精密部品を加工する拠点を同時に立て、新規事業領域を出資と自前の両面から開く判断 買収することと、持つことの二本立て この決断は、fictivの買収とは逆向きの選択に見える。fictivは他社の加工能力を集約して手配する仕組みで、kibanは加工から検査、梱包までを自ら抱える拠点である。ミスミは二つを北米で並べることで、新しい顧客の需要が外部の能力で足りるのか、自前の工程でなければ応えられないのかを見極める構えなのだろう。ファンドはその需要の出どころを、出資という形で先に知るための窓口と読める。最大50百万米ドルと40百万米ドルは、4,414億円を売る会社にとって小さな賭けであり、失敗しても傷が浅い範囲で触れておく設計だとみられる。 プラットフォーム・標準化 大型設備投資 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/1801/decisions/toyo-construction-acquisition-2025/","t":"海洋土木大手の取り込みと完全子会社化","c":"大成建設","y":2025,"col":"#E85312","s":"陸上工事に強い大成建設が、海洋工事と洋上風力に強い東洋建設を1株1,750円の公開買付けで取得し、株式併合と自己株式取得を経て完全子会社とした成長投資","x":"2025 大成建設 東洋建設をtobで買収 海洋土木大手の取り込みと完全子会社化 2025年8月に東洋建設をtobで買収。買付価格は1株1,750円で、海洋土木大手の株式58,305,532株の応募を獲得して成立した 陸上工事に強い大成建設が、海洋工事と洋上風力に強い東洋建設を1株1,750円の公開買付けで取得し、株式併合と自己株式取得を経て完全子会社とした成長投資 マリコンを抱えたスーパーゼネコンの行方 取得原価1,316億8,400万円に対し、のれんは735億5,800万円。買ったものの過半は、船でも岸壁でもなく、海上工事を回せる人と実績そのものだったことになる。陸上の土木と建築で稼いできた会社が、洋上風力の基礎や海底ケーブルの敷設に一から手を伸ばせば、技術者を育てる時間だけで数年が消える。専業会社の買収は、その時間を金で買う判断だったと思われる。償却期間を7年に置いたのも、買った時間を早く回収し終える構えの表れであろう。 上場廃止・親子上場解消 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/1802/decisions/active-ma-strategy-2025/","t":"佐藤俊美体制の始動と、北米を軸に据えた買収攻勢への転換","c":"大林組","y":2025,"col":"#00a84d","s":"国内建設事業を中核としつつ、それ以外の事業で同等以上の業績を創出する方向を加速するため、2025年4月に佐藤俊美氏が社長兼CEOに就任し、2023年12月に子会…","x":"2025 大林組 mwh機軸の積極m&a 佐藤俊美体制の始動と、北米を軸に据えた買収攻勢への転換 2025年4月にmwh機軸の積極m&a。佐藤俊美氏が社長兼ceoに就任し、米国の水処理建設会社mwhを21,307百万円で子会社化 国内建設事業を中核としつつ、それ以外の事業で同等以上の業績を創出する方向を加速するため、2025年4月に佐藤俊美氏が社長兼ceoに就任し、2023年12月に子会社化した米mwhを足掛かりに海外でのm&aを重ねている動き(本稿の時点で進行中) 買収の巧者から統合の巧者になれるか mwhを売り渡したのはoaktreeのファンドがつくった投資ビークルで、取得原価21,307百万円のうち半分近い10,927百万円がのれんだった。買収先の実際の持ち主がファンドである大型案件では払った額がそのままのれんに計上されることを、会社自身もm&a戦略の課題に挙げている。北米駐在ののち本社財務部長と本社経営企画室長を務めた人物を社長に起用したのは、現場の施工力ではなく買収価格の値決めを担わせる布陣であり、買った会社の中身より「誰から、いくらで買ったか」を経営の中心に置く人事だったのだろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/1925/decisions/data-center-acquisition-2025/","t":"電気設備工事会社の完全子会社化による、データセンター建設の垂直統合","c":"大和ハウス工業","y":2025,"col":"#D4002A","s":"データセンターと半導体工場の施工体制を確保するため、電気設備工事の住友電設を公開買付けで取得し、開発から設備工事までを自前で抱える垂直統合に着手した","x":"2025 大和ハウス工業 住友電設をtobで買収 電気設備工事会社の完全子会社化による、データセンター建設の垂直統合 2025年10月に住友電設をtobで買収。買付価格は1株9,760円、買付予定数は17,362,680株、電気設備工事大手へ1,694億円 データセンターと半導体工場の施工体制を確保するため、電気設備工事の住友電設を公開買付けで取得し、開発から設備工事までを自前で抱える垂直統合に着手した 住宅メーカーが設備工事を抱える意味 この判断の核心は、土地と建屋の供給者にとどまっていた会社が、建設の川下にある設備工事の能力そのものを取りに行った点にあるとみられる。データセンターや半導体工場では、建屋を建てるだけでは案件を取り切れず、電力と情報通信の工事を誰が担うかが先に決まってしまう。買付価格を六度にわたって引き上げ、直前の終値に35.74%を上乗せしてまで住友電設を取ったのは、専門技術を持つ設備会社の希少性がそれだけ高いという読みの表れだろう。多角化の延長ではなく、施工体制の保有者へ立ち位置を移す判断であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/2121/decisions/pointsbet-acquisition-2025/","t":"スポーツベッティング事業者の取り込みによる海外市場への本格参入","c":"MIXI","y":2025,"col":"#F5A000","s":"国内公営競技で蓄積した運営とソーシャル機能の知見を、合法市場が確立した豪州・カナダへ持ち出すための買収","x":"2025 mixi 豪pointsbet買収 スポーツベッティング事業者の取り込みによる海外市場への本格参入 2025年2月にpointsbet holdingsの完全子会社化を決議。スキーム・オブ・アレンジメントが否決され、公開買付けに切り替えて2025年9月に議決権66.4%を取得した。 国内公営競技で蓄積した運営とソーシャル機能の知見を、合法市場が確立した豪州・カナダへ持ち出すための買収 三度目の主力入れ替えと、規制という前提 mixiはこれまで、snsからゲームへ、ゲームからスポーツへと主力を入れ替えてきた。pointsbetの買収は、その三度目の入れ替えを海外で行おうとする試みにあたる。過去二度の転換が国内市場のなかで完結していたのに対し、今回は免許制度と規制当局が前提になる事業を、法域の異なる国で運営することになる。豪州で子会社がベッティングライセンスを取得してから買収へ進んだ順序には、規制のもとで事業を営む経験を先に積んでおくという判断がうかがえる。フンザ買収で問われたのが子会社の統治であったとすれば、今回問われるのは、異なる規制環境で事業の健全性をどう保つかという別種の統治能力と推察される。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 隣接領域への展開 オセアニア"},{"k":"decision","u":"/tse/2127/decisions/revenue-decline-2025/","t":"実質減収の決算を受け入れてでも収益性を優先する方針の選択","c":"日本M&Aセンター","y":2025,"col":"#016057","s":"成約件数を追わず品質とミッドキャップを優先する路線を続けた結果、成約鈍化で実質減収に転じつつ、単価の上昇で過去最高益を確保した決算の開示","x":"2025 日本m&aセンター 量から質へ転換 実質減収の決算を受け入れてでも収益性を優先する方針の選択 2025年4月に量から質へ転換。日本m&aセンターの2025年3月期は連結売上高が前期比0.1%減の約441億円と実質的な減収 成約件数を追わず品質とミッドキャップを優先する路線を続けた結果、成約鈍化で実質減収に転じつつ、単価の上昇で過去最高益を確保した決算の開示 減収でも増益、という決算が示すもの この決算の核心は、売上高の実質的な減少そのものではなく、成約課金型の仲介業が抱える質と量のトレードオフが、初めて明確に数字として表面化した点にある。不正会計を経て審査と品質を厳しくすれば、成約までの摩擦は増え、件数は鈍る。それでも単価の高いミッドキャップ案件へ軸足を移したことで、減収でありながら経常利益は過去最高を更新した。量の指標である成約件数と、質の指標である一件あたり単価とが逆方向に動いたこの決算は、同社が\"量から質\"への転換の途上にあることを端的に映したものと推察される。 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/215A/decisions/sukima-works-acquisition-2025/","t":"全株式の取得による、物流倉庫の業務請負分野への進出","c":"タイミー","y":2025,"col":"#FFC700","s":"物流現場でField Managerを配置するうちに生じた「作業を丸ごと引き受けてほしい」という求めに対し、人材の仲介では応じられないため、請負の実務を持つ会社…","x":"2025 タイミー スキマワークス買収 全株式の取得による、物流倉庫の業務請負分野への進出 2025年8月にスキマワークス買収。タイミーが物流倉庫のbpo型運営に強い会社の全株式を取得原価450,837千円で取り、2017年設立から初のm&aとなる 物流現場でfield managerを配置するうちに生じた「作業を丸ごと引き受けてほしい」という求めに対し、人材の仲介では応じられないため、請負の実務を持つ会社を取得して業容を拡大した 仲介の限界を認めた買収 初のm&aという言葉は、この買収の性格を言い当てていない。タイミーが獲得したのは新しい市場ではなく、自社の仲介では受けきれなかった仕事を引き受ける機能であった。field managerを置いた拠点で浸透率が45パーセントまで上がり、事業者から業務をまるごと引き受けてほしいと求められたとき、募集と支払いを仲立ちするだけの会社にその先はない。8年目で初めて他社を買った事実が、仲介だけでは届かない領域の存在を示している。 垂直統合・内製化 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/2220/decisions/mgc-divestment-2025/","t":"保有していた米国子会社 Mary's Gone Crackers からの撤退","c":"亀田製菓","y":2025,"col":"#BD0505","s":"米国事業戦略の再構築にあたり、供給体制の立て直しが長引いた MGC から退き、TH FOODS の成長へ経営資源を集中する判断","x":"2025 亀田製菓 mgcの全株式譲渡 保有していた米国子会社 mary's gone crackers からの撤退 2025年4月にmgcの全株式譲渡。亀田製菓が2012年に取得した米mary's gone crackersの全株式を、カナダdare foods傘下の米国企業へ譲渡 米国事業戦略の再構築にあたり、供給体制の立て直しが長引いた mgc から退き、th foods の成長へ経営資源を集中する判断 読みは当たり、生産できなかった オーガニックかつグルテンフリーという市場の読みは外れていない。読みが当たっていたからこそ、崩れた場所がはっきりする。原材料が調達できず、工場に人が集まらず、注文に対して物が出せない——需要側ではなく供給側で詰まった。買ったのは市場への入口であって、それを作り続ける力ではなかったのだろう。 事業売却・撤退 海外撤退・縮小 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2220/decisions/th-foods-acquisition-2025/","t":"残り50%の取得による、合弁から単独経営への切り替え","c":"亀田製菓","y":2025,"col":"#BD0505","s":"米国のグルテンフリー食品市場の拡大を捉えるため、技術提供の見返りが限られる合弁を解き、製造技術とノウハウを制約なく投入できる完全子会社へ切り替えた","x":"2025 亀田製菓 th foodsの完全子会社化 残り50%の取得による、合弁から単独経営への切り替え 2025年3月にth foodsの完全子会社化。亀田製菓が持分法適用関連会社だった米th foodsの株式50%を三菱商事などから取得し、6月に子会社化を完了 米国のグルテンフリー食品市場の拡大を捉えるため、技術提供の見返りが限られる合弁を解き、製造技術とノウハウを制約なく投入できる完全子会社へ切り替えた 半分の権利で技術を出し続けた36年 『技術提供に対するリターンが限定的である』という一文が、この判断の芯を言い当てている。亀田製菓は1989年から36年にわたり、うす焼の製造技術を米国の合弁先へ渡し続けた。持分は50%で、渡した技術が生む利益の半分しか戻らない。ゆえに、うす焼以外の技術には手を出さなかった——合弁を続けるかぎり合理的なその抑制が、米国のグルテンフリー市場が広がるなかでは機会損失に変わった。631億円を払って解いたのは資本関係であり、同時に自社が自社に課していた制約でもあったと推察される。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2371/decisions/audit-committee-2025/","t":"議決権を持つ監査等委員3名の設置と、うち2名による翌年の非公開化提案の審議","c":"カカクコム","y":2025,"col":"#FF6F00","s":"監査役を取締役会の議席の外にとどめず、議決権を持つ監査等委員として監督の側へ組み入れることで監査の実効性を高めようとした機関設計の変更","x":"2025 カカクコム 監査等委員会設置会社への移行 議決権を持つ監査等委員3名の設置と、うち2名による翌年の非公開化提案の審議 2025年6月19日の定時株主総会の決議で監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行。取締役は監査等委員を除く9名と監査等委員3名の合計12名となり、社外取締役は6名に増えた 監査役を取締役会の議席の外にとどめず、議決権を持つ監査等委員として監督の側へ組み入れることで監査の実効性を高めようとした機関設計の変更 議席を持つ監査役 この移行で変わったのは監査の担い手ではなく、監査する者が座る席である。平井裕文氏も梶木寿氏も、移行の前後で監査を担う顔ぶれとしては同じだった。違うのは、監査役会の席には取締役会の議決権がなく、監査等委員である取締役の席にはそれがあることだ。掲げた理由も「取締役会において議決権を有する監査等委員が監査を行う」という一点に絞られている。監査の実効性を高める手立てとして、監督の側に議席を増やすことを選んだのだといえる。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/2433/decisions/digital-holdings-tob-2025/","t":"買付けの成立による対象会社の子会社化と、傘下への取り込み","c":"博報堂DYホールディングス","y":2025,"col":"#0A326F","s":"成長が続くデジタル広告領域で顧客基盤とシェアを拡大するため、中堅企業・スタートアップに強いデジタルホールディングスを買収し、テレビとデジタルを統合した提案体制へ…","x":"2025 博報堂dyホールディングス デジタルhdへの公開買付け 買付けの成立による対象会社の子会社化と、傘下への取り込み 2025年9月にデジタルhdへの公開買付け。博報堂dyホールディングスがオプトの持株会社を取得原価19,248百万円で取得し、2025年12月10日に議決権51.15%を保有して子会社とした。のれんは2,806百万円、顧客関連資産は3,671百万円が立った 成長が続くデジタル広告領域で顧客基盤とシェアを拡大するため、中堅企業・スタートアップに強いデジタルホールディングスを買収し、テレビとデジタルを統合した提案体制へ組み込む成長投資 価格で負けた側が買収を完遂するということ 博報堂dyが最後に示した1株2,015円は、silvercape investmentsの2,450円に届いていない。それでも成立したのは、価格の競り上げから降りるかわりに、買付予定数の下限を所有割合40.55%から24.67%へ落とし、過半を握らないまま子会社化へ進む道を選んだためとみられる。創業者側の資産管理会社が持つ4,921,000株を成立後に別途取得する設計が、この引き下げを支えていた。高い値を付けた側が必ず買えるわけではない。 敵対的・同意なき買収 上場廃止・親子上場解消 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/2875/decisions/california-plant-2025/","t":"蓄積した資金を北米即席麺の増産へ振り向ける能力投資","c":"東洋水産","y":2025,"col":"#0E3192","s":"北米即席麺の需要拡大と既存4工場の供給逼迫に対し、長く抑えてきた設備投資と積み上げた手元資金をカリフォルニア新工場の能力増強へ振り向けた、資本配分の転換をともな…","x":"2025 東洋水産 カリフォルニア新工場投資 蓄積した資金を北米即席麺の増産へ振り向ける能力投資 2025年5月にカリフォルニア新工場投資。米国4工場で足りない北米即席麺の供給に対し能力を約2割高め蓄えた手元資金を投じる 北米即席麺の需要拡大と既存4工場の供給逼迫に対し、長く抑えてきた設備投資と積み上げた手元資金をカリフォルニア新工場の能力増強へ振り向けた、資本配分の転換をともなう北米増産戦略 守りで貯めた資金を、攻めへ切り替える転換点 この判断の芯にあるのは、稼いだ資金をどこに置くかという問いである。東洋水産は長く、大型の投資よりも既存事業の収益力を磨くことを重んじ、その結果として厚い手元資金を抱えるに至った。北米という最も強い市場で供給が限界に触れ、同時に資本効率を問う株主の声が強まったとき、蓄積した資金を増産へ振り向ける選択は、二つの圧力に同時に応えようとする動きだったと思われる。守りのなかで貯めた資金を、攻めの能力投資へ切り替える転換点に見える。 大型設備投資 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2914/decisions/pharma-exit-2025/","t":"参入から38年を数えた医薬事業からの撤退と、子会社ごとの譲り渡し","c":"JT","y":2025,"col":"#00A273","s":"医薬事業は黒字を保っていたが、画期的な新薬創出のハードル上昇とグローバルメガファーマとの開発競争の激化に加え、たばこ製品をめぐる議論が研究開発活動の制約となり、…","x":"2025 jt 鳥居薬品を塩野義へ譲渡 参入から38年を数えた医薬事業からの撤退と、子会社ごとの譲り渡し 2025年5月に鳥居薬品を塩野義へ譲渡。医薬事業を吸収分割で承継させ所有する54.78%の株式をすべて手放すことに合意 医薬事業は黒字を保っていたが、画期的な新薬創出のハードル上昇とグローバルメガファーマとの開発競争の激化に加え、たばこ製品をめぐる議論が研究開発活動の制約となり、自社での中長期的な成長が不透明になった。培った創薬力を新薬創出に重点を置く塩野義製薬へ引き継ぐことを最善と判断し、鳥居薬品ごと手放した 選択と集中が問う、多角化のかたち この判断の中心にあるのは、たばこの先細りに備えて育てた多角化の事業が、育ちきる前に手放された点である。医薬事業は2024年12月期に944億円を売り上げ、調整後営業利益も黒字を保っていたが、グループ全体では3.0%の規模にとどまった。撤退の理由として挙げられたのは収益の悪化ではなく、画期的な新薬創出のハードルが上がり、巨額投資を背負うメガファーマとの競争が激化するなかで、たばこ会社であること自体が研究開発の制約になっているという構造の側である。稼ぎ頭がなお強いうちに、創薬力ごと新薬に賭ける会社へ引き渡す——撤退の論理としては筋が通っているとみられる。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/3002/decisions/apparel-restructuring-2025/","t":"主力事業の再構築と、機能ソリューション・メディカルへの中核の移行","c":"グンゼ","y":2025,"col":"#1E89EF","s":"国内人口の減少と量販店の売場縮小、円安によるコスト増でアパレル事業の収益性が落ち、資本収益性の改善を迫られたことによる構造改革","x":"2025 グンゼ アパレル事業の構造改革 主力事業の再構築と、機能ソリューション・メディカルへの中核の移行 2025年5月にアパレル事業の構造改革。中期計画vision 2030 stage2で機能ソリューションとメディカルを成長領域に位置づける 国内人口の減少と量販店の売場縮小、円安によるコスト増でアパレル事業の収益性が落ち、資本収益性の改善を迫られたことによる構造改革 主力を縮めるという判断 608億円を売って2億2200万円の営業損失を計上した2023年3月期のアパレル事業は、それでも約2300名が働くグループ最大の人員を抱える事業であった。その事業の目的を売上と生産量の拡大から利益の追求へ書き換え、インナーの工場を3か所から1か所へ、物流センターを9か所から7か所へ減らし、40歳以上の間接・営業部門に希望退職を募集する。グンゼが2025年に選んだのは、肌着をやめることではなく、肌着で稼げる規模まで縮める道であったと推察される。 リストラ・構造改革 祖業・主力事業の転換 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/3038/decisions/overseas-2025/","t":"4か国目の現地法人のホーチミンへの設置と、社内システム開発の海外への移管","c":"神戸物産","y":2025,"col":"#00B180","s":"調達の中国依存を低減する協力工場網の多国化と輸出入子会社の設立に続き、4か国目の現地法人をベトナムに設立して社内システムの開発を海外へ出した","x":"2025 神戸物産 ベトナムに現地法人設立 4か国目の現地法人のホーチミンへの設置と、社内システム開発の海外への移管 2025年10月17日にホーチミン市でkobebussan vietnam company limitedを100%出資で設立した。資本金10百万円、事業の内容は社内システムの開発で、現地法人は中国・エジプト・ミャンマーに続く4か国目となる 調達の中国依存を低減する協力工場網の多国化と輸出入子会社の設立に続き、4か国目の現地法人をベトナムに設立して社内システムの開発を海外へ出した 保険としての分散、引力としての中国 この設立を調達分散の一手として読むと、事業の内容とずれる。ベトナム法人が担うのは社内システムの開発であり、商品を買う機能はkb tradingと協力工場網のほうに置かれている。それでもこの一手が海外戦略の文脈に収まるのは、神戸物産にとって海外拠点が一貫して「安く作る/安く回す」ための装置だったからだとみられる。1992年に遼寧省へ工場を建設したのは安い製造のため、2000年に香港法人を設立したのは東南アジアの生産拠点を開拓するためで、今回は開発費の置き場所を国外へ移したという系譜の延長にある。資本金10百万円という規模は、その小ささ自体が実験の性格を語っている。 海外進出・現地生産 低価格・コストリーダーシップ 中国・香港 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/3092/decisions/lyst-acquisition-2025/","t":"技術ライセンスの提供から、海外のEC・メディアを自ら持つ側への転換","c":"ZOZO","y":2025,"col":"#333333","s":"技術ライセンスと自前展開の二軸で進めてきた海外展開を、欧米のファッションプラットフォームLYSTの全株式を取得原価232億円で取得することでEC・メディア領域へ…","x":"2025 zozo 英lystの買収 技術ライセンスの提供から、海外のec・メディアを自ら持つ側への転換 2025年4月に英lyst ltdの全株式を取得。zozoがファッション検索大手を取得原価23,220百万円で子会社化し、ec・メディア領域で海外へ出た 技術ライセンスと自前展開の二軸で進めてきた海外展開を、欧米のファッションプラットフォームlystの全株式を取得原価232億円で取得することでec・メディア領域へ拡大し、自社のec運営ノウハウを注ぎ込む形へ切り替えた買収 技術を提供する側から、場を持つ側へ この買収の芯は、海外での立ち位置の入れ替えにある。zozoはそれまで、計測やaiといった自社の技術資産を各国のプラットフォーマーへライセンス提供し、協業を通じて市場に参入する形をとってきた。技術は輸出できるが、その技術が動く場と、そこに集まる利用者は他人のものである。lyst社の全株式取得は、欧米で稼働している場そのものを取得し、そこへ自社のec運営ノウハウを注ぐという順序の逆転であった。買収対象が在庫を持たないアフィリエイトモデルで、zozotownと同じくブランド主導・在庫レスの構造を持っていたことは、この入れ替えを技術的にも運営的にも接続しやすくしていたと推察される。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 欧州 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3148/decisions/growth-model-pivot-2025/","t":"出店拡大主義から既存店大型化と調剤深耕への成長モデルの組み替え","c":"クリエイトSDホールディングス","y":2025,"col":"#F07830","s":"毎年数十店の新規出店で規模を伸ばす十数年来の成長手法が大型化と物件確保の壁で計画未達となるなか、出店数で規模を追う設計をやめ、既存店の大型化・食品と調剤の深耕・…","x":"2025 クリエイトsdホールディングス next stageで大型化転換 出店拡大主義から既存店大型化と調剤深耕への成長モデルの組み替え 2025年7月にnext stageで大型化転換。毎年数十店の新規出店を改め、既存エリアのドミナント深耕と調剤・食品の強化へ舵 毎年数十店の新規出店で規模を伸ばす十数年来の成長手法が大型化と物件確保の壁で計画未達となるなか、出店数で規模を追う設計をやめ、既存店の大型化・食品と調剤の深耕・m&a併用へ成長モデルを組み替えた中期経営計画(2030年5月期の目標は本稿の時点で未達成) 面を広げる成長から、中身を深める成長へ この判断の際立つところは、規模を新規出店の数で伸ばす十数年来の手法を、成長がなお続く局面のさなかに、当の経営者が自ら止めた点にある。出店が計画に届かなくても売上高と粗利益高は伸びていた。その事実を、既存店の力がまだ余っている証と読むこともできたはずだが、広瀬氏はむしろ、店を大型化するほど新規の好立地を確保しにくくなるという手法の限界の兆しと受け止めた。数を追うのをやめ、既存店の中身を深める方へ舵を切ったのは、業績が良いうちに成長の型を替えるという、順張りに見えて逆張りの選択である。 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/3349/decisions/organic-growth-1trillion-2025/","t":"買収せずに建てる——M&Aによる規模拡大を一切採らないという選択","c":"コスモス薬品","y":2025,"col":"#DE527D","s":"業界再編が進むなかで買収を一切用いず、年100店超の自力出店だけで規模を積み上げ、フォーマットの均質性とローコストを崩さぬまま売上高1兆円へ到達させた成長戦略","x":"2025 コスモス薬品 自力出店で売上高1兆円 買収せずに建てる——m&aによる規模拡大を一切採らないという選択 2025年7月に自力出店で売上高1兆円。コスモス薬品が買収を一度も挟まず全1,609店を積み上げ1兆113億円へ届く 業界再編が進むなかで買収を一切用いず、年100店超の自力出店だけで規模を積み上げ、フォーマットの均質性とローコストを崩さぬまま売上高1兆円へ到達させた成長戦略 規模を、買収するのではなく建てるという選び方 この判断の核心は、規模そのものよりも、規模の作り方に一貫してこだわった点にある。買収は他社の店と人と文化を一度に取り込み、時間を金で買える半面、同じ型にそろえ直す手間を後年へ残す。コスモスは時間はかかっても、1店ずつ自社の型で建てる道を選び、フォーマットの均質性と低コストを崩さぬまま1兆円まで届かせた。1兆円を通過点と呼ぶこの会社の姿勢には、規模を目的ではなく、均質な店を積み上げた副産物として扱う発想がにじむ。売上1兆円企業の4社目という位置より、そこへ買収なしで至った経路のほうに、この経営の性格がよく表れている。 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/3360/decisions/ship-vision-2030-2025/","t":"長期構想に沿ったグループの再編統合と、厨房業務の切り離し","c":"シップヘルスケアホールディングス","y":2025,"col":"#009944","s":"連続買収で増えたグループ会社を統合して重複機能を削り、収益力と資産効率を計数目標で管理する構造へ切り替える再編","x":"2025 シップヘルスケアホールディングス ship visionで厨房撤退 長期構想に沿ったグループの再編統合と、厨房業務の切り離し 2025年5月にship vision 2030を公表。シップヘルスケアホールディングスが5カ年計画の重点にグループ内の再編統合を掲げる 連続買収で増えたグループ会社を統合して重複機能を削り、収益力と資産効率を計数目標で管理する構造へ切り替える再編 数を減らすことで何が変わるのか この再編は、危機に追われた縮小とは性格が異なる。2025年3月期まで同社は増収を重ね、営業利益も前期を上回っていた。それでも65社を49社へ畳んだのは、買収で増えた会社をそのまま並べておく限り、経理も人事も情報システムも各社に残り続けるという単純な理由による。統合の効果が最も早く数字に出たのが、5社を1社にした調剤薬局事業だったことは示唆的である。求人開拓費という、いかにも重複しやすい費目の削減が営業利益率を1.4ポイント押し上げた。買う技術と、買ったものを一つにする技術は別のものであり、同社は33年かけて前者を磨いたあとで後者に手をつけている。 持株会社化・グループ再編 選択と集中 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/3382/decisions/couche-tard-defense-2025/","t":"買収提案に対する資本政策の発動と、独立した経営の維持","c":"セブン&アイHD","y":2025,"col":"#EF8203","s":"カナダのクシュタールによる7兆円規模の買収提案と、それに対抗する創業家の9兆円MBO構想の頓挫を受け、経営体制の刷新・北米コンビニ事業の上場・2兆円の自社株買い…","x":"2025 セブン&アイhd クシュタールの買収に対抗 買収提案に対する資本政策の発動と、独立した経営の維持 2025年3月にクシュタールの買収に対抗。7兆円規模へ膨らんだ提案に対し創業家のmboは資金難で頓挫し、井阪隆一社長が退く カナダのクシュタールによる7兆円規模の買収提案と、それに対抗する創業家の9兆円mbo構想の頓挫を受け、経営体制の刷新・北米コンビニ事業の上場・2兆円の自社株買いという資本政策で独立を保ちつつ企業価値の向上を図った、支配権をめぐる資本・経営判断 買収圧力を退けた後に残るもの この一年の攻防で問われたのは、コンビニ集団へ絞り込んで身軽になった会社が、その割安さゆえに支配権を狙われたとき、誰が経営を担い続けるのかという点であった。創業家はmboという最も直接的な形で経営権を守ろうとしたが、9兆円という規模が金策の限界を超え、構想は崩れた。残された取締役会は、経営体制の刷新と、北米事業の上場・2兆円の自社株買いという資本政策で、買収提案が示した価格を自力で上回る道を選んだとみられる。外資の撤退という結末だけを見れば防衛は成ったが、その手段の多くは市場が長く求めてきた企業価値向上策と重なっていた。 敵対的・同意なき買収 選択と集中 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3382/decisions/dacus-succession-2025/","t":"買収提案と構造改革のさなかに、社外取締役を執行の頂点へ据える選択","c":"セブン&アイHD","y":2025,"col":"#EF8203","s":"買収提案への対応と事業の切り離しが同時に進むなかで、筆頭独立社外取締役を務めていた人物を執行トップに据え、指名委員会と取締役会議長の役割を組み替えた経営体制の転…","x":"2025 セブン&アイhd クシュタール買収下の社長交代 買収提案と構造改革のさなかに、社外取締役を執行の頂点へ据える選択 2025年3月にスティーブン・ヘイズ・デイカス氏の社長兼ceo起用を公表。筆頭独立社外取締役から執行トップへ移り、5月27日の株主総会後の取締役会で就任した 買収提案への対応と事業の切り離しが同時に進むなかで、筆頭独立社外取締役を務めていた人物を執行トップに据え、指名委員会と取締役会議長の役割を組み替えた経営体制の転換 監督の席から執行の席へ この交代を「外国人社長の登用」とだけ読むと、肝心のところを取り逃がす。デイカス氏は3年にわたり社外取締役を務め、直前まで筆頭独立社外取締役として経営を監督し、指名委員会の委員でもあった。つまり後任を選ぶ側にいた人物が、選ばれる側へ移っている。3月25日の委員退任は、その利益相反を形のうえで断ち切る手続きであった。外から人を招いたのではなく、監督の席に座っていた人を執行の席へ動かした ── 買収提案を抱えたまま社外から未知の経営者を探す余裕がなかったのだとみることもできる。 外部人材・プロ経営者 機関設計・取締役会改革 敵対的・同意なき買収"},{"k":"decision","u":"/tse/3382/decisions/seven-i-couche-tard-2025/","t":"経営統合構想が実らずに終わり、独立した経営体制を続ける選択","c":"セブン&アイHD","y":2025,"col":"#EF8203","s":"提案者側のデューデリジェンスが続くなかで新たな条件提示に至らず、米国当局の規制対応をめぐる懸念を解消する明確なプランも示されないまま、提案者が撤回を発表した","x":"2025 セブン&アイhd クシュタールと統合破談 経営統合構想が実らずに終わり、独立した経営体制を続ける選択 2024年8月にクシュタールから買収提案を受領。1株2,600円とされた提案は、米国当局の規制対応をめぐる隔たりが埋まらず2025年7月に撤回された 提案者側のデューデリジェンスが続くなかで新たな条件提示に至らず、米国当局の規制対応をめぐる懸念を解消する明確なプランも示されないまま、提案者が撤回を発表した 信頼の土台と独禁法という壁 この提案が残したのは、買収そのものよりも、外から値段をつけられた事実のほうだったと思われる。提示された水準は1株2,600円とされ、会社は説明会で、示した計画を実行すればそれを上回る株価評価につながると答えた。撤回によって買収の脅威は消えたが、その水準まで消えたわけではない。独立を選んだ経営が超えるべき基準として、提案者が置いていった数字だけが残っている。市場が値付けをやめない限り、この基準は経営陣に付いて回るのだろう。 外資傘下入り・対内m&a 破談・撤回 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3391/decisions/tsuruha-welcia-2025/","t":"株式を対価に売上高で上回る同業を取り込み、のれんを抱えて得た規模","c":"ツルハホールディングス","y":2025,"col":"#E50012","s":"2025年4月11日、ツルハホールディングスはウエルシアホールディングスと株式交換契約を締結し、5月26日の定時株主総会の承認を経て、12月1日に完全子会社とし…","x":"2025 ツルハホールディングス ウエルシアと経営統合 株式を対価に売上高で上回る同業を取り込み、のれんを抱えて得た規模 2025年4月にウエルシアhdと株式交換契約を締結し、12月1日に完全子会社とした。取得原価667,784百万円はほぼ全額が自社株式で、のれん443,066百万円が発生した 2025年4月11日、ツルハホールディングスはウエルシアホールディングスと株式交換契約を締結し、5月26日の定時株主総会の承認を経て、12月1日に完全子会社とした。取得原価は667,784百万円で、そのうち657,108百万円は交付した自社の普通株式の時価が占める。現金を使わず株式を対価として、売上高で自社を上回る同業を取り込んだ企業結合であった。 株式を対価にした取得ということ ツルハホールディングスにとってこの統合は、規模で勝る相手を現金ではなく自社の株式で取り込むという選択であった。取得原価667,784百万円のほぼ全額が交付した株式の時価で、手元の資金はほとんど動いていない。代わりに差し出したのは持分そのもので、交付した237,308,868株は株式分割後の発行済株式数にほぼ並ぶ規模である。売上高で上回る同業を傘下に収めながら、株主の顔ぶれと持分の構成を大きく組み替えることを受け入れた取引だったとみられる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/3391/decisions/welcia-integration-aeon-2025/","t":"同業との統合と引き換えに受け入れた、親会社の傘下への移行","c":"ツルハホールディングス","y":2025,"col":"#E50012","s":"ウエルシアHDを株式交換で完全子会社として取り込む一方、みずからはイオンの公開買付けを受け入れて議決権50.3％を取得され、その連結子会社となった、統合と傘下入…","x":"2025 ツルハホールディングス イオンの子会社化 同業との統合と引き換えに受け入れた、親会社の傘下への移行 2024年2月にイオン・ウエルシアhdと資本業務提携契約を締結。ウエルシアhdを株式交換で完全子会社とする一方、イオンの公開買付けを経て2026年1月14日に議決権50.3%を取得され、同社の連結子会社となった ウエルシアhdを株式交換で完全子会社として取り込む一方、みずからはイオンの公開買付けを受け入れて議決権50.3%を取得され、その連結子会社となった、統合と傘下入りが表裏で進んだ資本業務提携 30年の伏線と、統合の行方 この取引の特徴は、ツルハが統合の主体でありながら、同時にイオンの子会社になった点にある。ウエルシアhdを株式交換で取り込んで店舗網を5,676店へ倍増させる一方、みずからは議決権の50.3%をイオンに委ねた。規模の頂点と支配権の移転とが、同じ契約の表と裏で起きている。1995年に地方チェーンとして全国資本と結んだ提携が、30年をかけて業界再編の中核へと膨らみ、創業家の名を残したまま統治の主導権はイオンへ移った。三段構えの資本提携に置かれた2027年12月31日という期限が2年8か月も繰り上がったことは、当事者のいずれもが時間を惜しんだことを示しているようにみえる。 合併・経営統合 資本提携・政策保有 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/3635/decisions/investment-portfolio-strategy-2010s-2025/","t":"本業と並ぶ収益源に育った運用益による開発の当たり外れの吸収","c":"コーエーテクモホールディングス","y":2025,"col":"#DA1A32","s":"襟川恵子氏が主導してきた余資の運用が営業外収益で本業の営業利益を上回る規模に育ち、2025年に資金管理と運用の機能を新会社へ集約した財務戦略","x":"2025 コーエーテクモホールディングス ゲーム事業と並ぶ資産運用 本業と並ぶ収益源に育った運用益による開発の当たり外れの吸収 2024年5月に襟川恵子が資産運用を主導。本業への投資後に残る余資の運用が育ち、2024年3月期は営業外収益357億円が営業利益を上回った 襟川恵子氏が主導してきた余資の運用が営業外収益で本業の営業利益を上回る規模に育ち、2025年に資金管理と運用の機能を新会社へ集約した財務戦略 ゲーム会社が運用会社を併せ持つということ この判断の核心は、本業の変動を吸収してきた運用機能を事業部門から切り離し、執行と監督の役割分担のなかに置き直した点にあると推察される。運用の損益を本体の決算に溶け込ませたままにしておけば、当面の経常利益は嵩上げされて映る。資産運用は金融市場の変動に左右され、会社が重視するのは本業のゲーム開発・販売によって得られる営業利益で、自己資本に対する営業利益の割合が今後の財務管理の指標に置かれている。ゲームソフト会社が資金管理と運用を専門に担う子会社を持つという体制は、同業他社にほとんど例がない。 資金調達・財務戦略 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/3635/decisions/koinuma-succession-2025/","t":"襟川夫妻が15年かけて仕込んだ引き継ぎの仕上がり","c":"コーエーテクモホールディングス","y":2025,"col":"#DA1A32","s":"創業者・襟川陽一氏が15年をかけて段階的に権限を委ねてきた生え抜きの鯉沼久史氏へ社長を譲り、取締役会を社外過半数へ組み替え、妻・襟川恵子氏は新設の資産運用子会社…","x":"2025 コーエーテクモホールディングス 襟川陽一氏の社長退任と鯉沼久史氏への継承 襟川夫妻が15年かけて仕込んだ引き継ぎの仕上がり 2025年6月に生え抜きの鯉沼久史氏が代表取締役社長執行役員ceoへ就任。襟川陽一氏は代表取締役会長 兼 取締役会議長へ移り、取締役11名のうち社外が6名と過半数になった 創業者・襟川陽一氏が15年をかけて段階的に権限を委ねてきた生え抜きの鯉沼久史氏へ社長を譲り、取締役会を社外過半数へ組み替え、妻・襟川恵子氏は新設の資産運用子会社の社長へ移った経営承継 創業家が手放したものと、抱えたもの この交代の核心は、創業家が血縁ではなく開発現場を知る生え抜きへ本業を託した点にあるのだろう。鯉沼久史氏はプログラマーとして入社し、作品の現場から事業会社の社長まで積み上げてきた人物で、創業者の長女である襟川芽衣氏は常務取締役にとどまっている。同時に取締役会は社外が過半数となり、創業者は代表権を持ったまま議長として監督の側へ回った。執行を生え抜きに、監督を創業者と社外取締役に振り分けたこの設計は、同族企業が世代交代でもっとも迷う「創業者をどこへ置くか」に、退任ではなく役割の組み替えで答えたものだと思われる。 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/3697/decisions/consulting-pivot-2025/","t":"資本を投じての事業領域の拡張と、かつて手がけた領域への回帰","c":"SHIFT","y":2025,"col":"#D70228","s":"テスト・開発で築いた顧客基盤を上流のコンサル領域へ延ばすため、東証グロース上場のライズ・コンサルティングへ取得原価7,668百万円で33%を出資し、持分法適用関…","x":"2025 shift ライズコンサルへの出資 資本を投じての事業領域の拡張と、かつて手がけた領域への回帰 2025年4月にライズ・コンサルティングへ出資。品質保証を祖業とするshiftが取得原価7,668百万円で議決権の33%を持ち持分法適用関連会社とした テスト・開発で築いた顧客基盤を上流のコンサル領域へ延ばすため、東証グロース上場のライズ・コンサルティングへ取得原価7,668百万円で33%を出資し、持分法適用関連会社化と資本業務提携に踏み切った 規模でなく、利益率の高い上流をどう取り込むか この判断の核心は、下流のテストで築いた顧客基盤を、より利益率の高い上流のコンサルへどう接続するかにある。shiftは、対象を丸ごと買って標準化する従来のm&aとは違い、上場を保つコンサル会社に33%だけ出資し、資本業務提携という緩い形で組んだ。上流の人材と案件へ手を伸ばしつつ、コンサルの自律性は損なわない——完全支配と純然たる提携の中間を選んだ点に、この案件の性格がうかがえる。 資本提携・政策保有 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/3880/decisions/audit-committee-transition-2025/","t":"監督と執行を分離し、取締役会を中長期の戦略の議論に寄せる選択","c":"大王製紙","y":2025,"col":"#0068B7","s":"取締役会を中長期の経営戦略の議論と監督に集中させ、執行へ権限を委譲して意思決定を速めるため、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行し、同日に委任型の執行…","x":"2025 大王製紙 監査等委員会設置会社への移行 監督と執行を分離し、取締役会を中長期の戦略の議論に寄せる選択 2025年6月に監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役は10名から15名、独立社外取締役は4名から7名となり、同じ日に委任型の執行役員制度を併せて導入している 取締役会を中長期の経営戦略の議論と監督に集中させ、執行へ権限を委譲して意思決定を速めるため、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行し、同日に委任型の執行役員制度を併せて導入した 動いたのは監査の形ではない 監査等委員会設置会社への移行は、監査役を取締役に置き換える組織の入れ替えとして語られやすい。だが同じ日に委任型の執行役員制度が入ったことを合わせて見ると、動いたのは監査の形ではなく、決める場所そのものだっただろう。取締役は10名から15名へ、独立社外取締役は4名から7名へ増え、取締役会の半数近くを社外が占めるようになった。人数の増えた取締役会が個々の業務執行まで決めていては回らない。決裁を執行側へ落とし、取締役会は中長期の戦略と監督に絞る、その組み替えを成立させる制度として監査等委員会設置会社という形が選ばれたのだろう。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/417A/decisions/holding-company-2025/","t":"親子関係を兄弟関係へ組み替える純粋持株会社体制への移行","c":"ブルーゾーンホールディングス","y":2025,"col":"#133B67","s":"単体36期連続増収増益の提案型モデルを土台に、少子高齢化によるマーケット縮小・消費者の節約志向・コスト高騰を前提として、ヤオコーを頂点とする階層構造を兄弟会社型…","x":"2025 ブルーゾーンホールディングス ブルーゾーンhd設立 親子関係を兄弟関係へ組み替える純粋持株会社体制への移行 2025年10月1日、ヤオコーが単独株式移転で純粋持株会社ブルーゾーンホールディングスを設立。株式移転比率は1対1で、同月に文化堂を100%、デライトホールディングスを70%取得し六社体制へ移行した 単体36期連続増収増益の提案型モデルを土台に、少子高齢化によるマーケット縮小・消費者の節約志向・コスト高騰を前提として、ヤオコーを頂点とする階層構造を兄弟会社型のグループへ組み替え、500店舗・売上高1兆円を長期の数値目標に掲げた組織再編 規模で統合するのではなく、学び合う連合という選び方 持株会社への移行そのものは、小売業では珍しくない。ヤオコーの選択で目を引くのは、単体で36期連続の増収増益を続けた会社が、あえて自らを\"親会社\"の座から外し、買った相手と横並びの兄弟会社に組み替えた点にある。規模を一つの会社へ吸い上げて効率を取る統合とは、向きが逆である。株式移転は共通支配下の取引として処理され、のれんも生じていない。持株会社が担ったのは戦略立案とリスク管理とシェアードサービスの三つだけで、売り場の裁量は各社に残した。 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/4626/decisions/oasis-director-removal-2025/","t":"解任議案は否決されながら、筆頭株主の反対で社長の再任が46.09%で覆った総会","c":"太陽ホールディングス","y":2025,"col":"#00AF64","s":"取締役2名の解任を求めるオアシスの株主提案に取締役会が指名報酬委員会の答申を踏まえて反対し、2025年6月の第79回定時株主総会で解任議案を否決に持ち込んだもの…","x":"2025 太陽ホールディングス オアシスが取締役解任を提案 解任議案は否決されながら、筆頭株主の反対で社長の再任が46.09%で覆った総会 2025年6月にオアシスが取締役2名の解任を株主提案。解任議案は49.90%と24.44%で否決されたが、会社提案の佐藤英志社長の選任議案が46.09%で否決され、社長が交代した 取締役2名の解任を求めるオアシスの株主提案に取締役会が指名報酬委員会の答申を踏まえて反対し、2025年6月の第79回定時株主総会で解任議案を否決に持ち込んだものの、筆頭株主dicが反対に回った会社提案の社長選任議案が賛成46.09%で否決され、社長が交代した株主対応 解任は否決され、再任も否決された 提案株主が求めた解任は、どちらも通らなかった。それでも佐藤英志氏は取締役の座を離れている。会社提案の選任議案のほうが46.09%で否決されたからである。解任には出席株主の過半数の賛成が要るのに対し、再任を止めるには賛成を過半数に届かせなければ足りる。同じ総会で、同じ株主が、同じ人物について投じた票が、49.90%と46.09%という裏表の数字になった。株主提案そのものが可決されなくても、会社提案を落とすという経路で結果は出る。この総会が示したのは、その二つの経路の落差である。 アクティビスト・株主提案対応 トップ交代・承継 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4631/decisions/oasis-related-party-proposal-2025/","t":"関連当事者取引の監視を定款へ書き込ませる要求と、22.45％で退けた総会","c":"DIC","y":2025,"col":"#8AC731","s":"関連当事者取引の報告及び監視に関する規定を定款へ新設するオアシス系2ファンドの株主提案に取締役会が反対し、2025年3月の第127期定時株主総会で賛成22.45…","x":"2025 dic オアシスの定款変更提案を否決 関連当事者取引の監視を定款へ書き込ませる要求と、22.45%で退けた総会 2025年3月にオアシスの定款変更提案を否決。関連当事者取引の報告及び監視に関する規定の新設を求めた株主提案は賛成22.45%にとどまり、会社は既存の監視体制で足りるとした 関連当事者取引の報告及び監視に関する規定を定款へ新設するオアシス系2ファンドの株主提案に取締役会が反対し、2025年3月の第127期定時株主総会で賛成22.45%の否決に持ち込んだ株主対応 定款に書かせるという要求 この提案が求めたのは、事業でも還元でもなく、監視の手続を会社の根本規則へ書き込ませることだった。関連当事者取引を監視するとはコーポレートガバナンス報告書に既に書かれており、会社はそれで足りると答えている。提案株主が突いたのは、そう書きながら裁判手続では該当する議事録は存在しないと答えた、その落差である。定款は取締役会の裁量では変えられない。運用の言明を規則へ移せば、監視が会社の自己申告から外れる。賛成22.45%という数字は、その移し替えまでは要らないと株主の多数が判じた結果なのだろう。 アクティビスト・株主提案対応 機関設計・取締役会改革 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/4676/decisions/governance-reform-2025/","t":"人権侵害事案を受けた取締役会の刷新と、権限の滞留を断つ制度の導入","c":"フジ・メディア・ホールディングス","y":2025,"col":"#00489D","s":"第三者委員会がフジテレビジョンの元従業員に対する重大な人権侵害を認定したことを受け、2025年6月25日の第84回定時株主総会を経て取締役会を17名から11名へ…","x":"2025 フジ・メディア・ホールディングス 取締役の総入れ替え 人権侵害事案を受けた取締役会の刷新と、権限の滞留を断つ制度の導入 2025年6月の第84回定時株主総会で取締役会を17名から11名へ改め、清水賢治社長を除く全員を入れ替えた。女性比率は11.76%から45.45%へ上がった 第三者委員会がフジテレビジョンの元従業員に対する重大な人権侵害を認定したことを受け、2025年6月25日の第84回定時株主総会を経て取締役会を17名から11名へ改め、清水賢治社長を除く全員を入れ替えた。指名・報酬委員会とリスクポリシー委員会を新設し、役員定年制と相談役・顧問制度の廃止を規定に書き込んだガバナンス改革(本稿の時点で進行中) 守る立場から、問われる立場へ 清水賢治社長が下したのは、人権侵害の再発防止にとどまらず、その反省を資本政策と事業モデルの組み替えへ接続する判断であった。自身を除く取締役16名を退け、11名のうち6名を独立社外取締役としたうえで、相談役制度と顧問制度を廃し、代表取締役70歳という定年まで定めている。特定の者に長期間権限が滞留しない仕組みを規定として書き込んだところに、体制の刷新を人事ではなく制度の問題として扱う姿勢がうかがえる。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/4704/decisions/2025-magna-ai-trendai-pivot/","t":"台湾Wistron・NVIDIAと組んだソブリンAI事業への進出と法人事業の「TrendAI」ブランド化","c":"トレンドマイクロ","y":2025,"col":"#d71920","s":"Agentic AI時代の到来でセキュリティの前提が変わるなか、収益力を回復させた財務体力を背景に、AIインフラの構築・運用そのものへ事業領域を拡大した技術主導…","x":"2025 トレンドマイクロ magna ai合弁設立 台湾wistron・nvidiaと組んだソブリンai事業への進出と法人事業の「trendai」ブランド化 2025年10月にmagna ai合弁設立。台湾wistronのwdhと組み、nvidiaの技術でaiファクトリーを丸ごと担う新会社へ agentic ai時代の到来でセキュリティの前提が変わるなか、収益力を回復させた財務体力を背景に、aiインフラの構築・運用そのものへ事業領域を拡大した技術主導の経営判断 セキュリティを守る側から、構築する側へ この判断の中心にあるのは、防御する側から作る側への越境である。エンドポイント・ネットワーク・クラウドと守備範囲を広げてきたトレンドマイクロにとって、aiファクトリーそのものを合弁で建てる選択は、これまでの多角化とは性格が異なる。セキュリティという専門性を、aiインフラの構築・運用というより広い事業へ持ち込めるかどうかは、magna aiが中東やanzといった地理的に離れた市場で実際の案件をどれだけ積み上げられるかにかかっているとみられる。発表からわずか3カ月での法的設立という歩みは、構想の大きさに比べればまだ緒に就いたばかりの段階であった。 技術・r&d起点の勝負 台湾 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4816/decisions/vision-2030-2025/","t":"売上高2,000億円・営業利益500億円を掲げる中期経営計画の始動","c":"東映アニメーション","y":2025,"col":"#E94A38","s":"配信市場の拡大で2025年3月期に過去最高益へ届いたのち、5年間に累計2,000億円の戦略投資を投じ、製作能力と海外体制を拡張して2031年3月期に売上高2,0…","x":"2025 東映アニメーション 「vision2030」策定 売上高2,000億円・営業利益500億円を掲げる中期経営計画の始動 2025年10月にvision2030を策定。2027年3月期からの5年間で、最終年度に連結売上高2,000億円と営業利益500億円を掲げた 配信市場の拡大で2025年3月期に過去最高益へ届いたのち、5年間に累計2,000億円の戦略投資を投じ、製作能力と海外体制を拡張して2031年3月期に売上高2,000億円・営業利益500億円を目指す中期経営計画の策定(本稿の時点で計画初年度) 需要ではなく供給に賭けた計画 5年で売上を倍にするという数字だけを見れば、世界的なアニメ需要に乗った強気の計画と読める。しかし投資の内訳が示しているのは、むしろ供給側の制約である。作品に700億円、スタジオ開発に240億円、人材基盤に150億円と、2,000億円のうち過半が作る力そのものへ向かう。連結従業員1,048人の会社が製作人員を数百人増やし、生産能力を1.5倍にできるかどうかに、売上2,000億円の成否はかかっていると推察される。 グローバル経営体制 大型設備投資 資金調達・財務戦略 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/4911/decisions/turnaround-2025/","t":"米州事業ののれん減損と二期連続の赤字","c":"資生堂","y":2025,"col":"#BC1928","s":"米州事業の収益性低下でのれん468億円を含む515億円の減損損失を計上し、日本・米州・グローバル本社で人員を削りながら注力ブランドへ資源を集中させた、二期連続の…","x":"2025 資生堂 米州事業の縮小と希望退職 米州事業ののれん減損と二期連続の赤字 2025年11月、米州事業で468億円ののれん減損を含む515億円の減損損失を計上し、通期予想を下方修正した。構造改革費用205億円を投じて日本・米州・グローバル本社で人員を削り、2025年12月期は406億円の当期損失となった 米州事業の収益性低下でのれん468億円を含む515億円の減損損失を計上し、日本・米州・グローバル本社で人員を削りながら注力ブランドへ資源を集中させた、二期連続の赤字を伴う構造改革 赤字を計上し切る、という選択 この構造改革の核心は、業績の悪化そのものよりも、過去の海外ブランド買収がもたらした重荷に正面から向き合った点にある。米州事業ののれんは一度に468億円を切り下げられ、減損後の回収可能価額は帳簿価額と同額になった。含みも余白も残さない処理であり、二期連続の赤字という痛みはその代償である。同時に、日本事業で1,477名、米州で約300人、グローバル本社で約200名と、二年がかりで人員を削って費用構造を作り替えた。減損が過去の投資判断の清算だとすれば、希望退職は現在の身の丈への調整にあたる。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革 選択と集中 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5020/decisions/jx-metals-ipo-2025/","t":"石油元売りが抱えた半導体材料の切り出し","c":"ENEOS HD","y":2025,"col":"#EB6005","s":"石油と非鉄金属という異質事業の同居を解き、半導体材料子会社JX金属を過半売り出しで連結から切り離すカーブアウトIPO。成長事業の価値を資本市場で顕在化させ、脱・…","x":"2025 eneos hd jx金属の分離上場 石油元売りが抱えた半導体材料の切り出し 2025年3月にjx金属を東証プライムへ上場。eneosが保有株の50.1%を売り出し、初値843円で4400億円弱を吸収した 石油と非鉄金属という異質事業の同居を解き、半導体材料子会社jx金属を過半売り出しで連結から切り離すカーブアウトipo。成長事業の価値を資本市場で顕在化させ、脱・石油依存のポートフォリオ改革を進めた分離上場 石油元売りが下した切り出しの意味 この決断の核心は、石油元売りのグループの内側に埋もれていた半導体材料事業の値づけを、株式市場を通じて外へ映し出した点にある。jx金属はスパッタリングターゲットで世界の6割を握りながら、石油の精製・販売と同じ連結決算に収まっていた。過半の株を売り出して連結から切り離すカーブアウトは、事業ごとに最適な資本構成と意思決定の速さを与え、同時にeneosが石油依存から素材へと事業構成を組み替えるポートフォリオ改革の一歩でもあった。 分社・スピンオフ・子会社上場 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/5110/decisions/dunlop-trademark-buyback-2025/","t":"グッドイヤーからの欧州・北米・オセアニアの権利の買い戻しと、基幹ブランドのFALKENからの入れ替え","c":"住友ゴム工業","y":2025,"col":"#0081CC","s":"欧州・北米・オセアニアで FALKEN では届かなかった Tier1 プレミアム帯を取るため、2015年に手放した四輪 DUNLOP 商標権を約826億円で買い…","x":"2025 住友ゴム工業 dunlop商標権を取得 グッドイヤーからの欧州・北米・オセアニアの権利の買い戻しと、基幹ブランドのfalkenからの入れ替え 2025年に欧米豪のdunlop商標権を買い戻す。2015年にグッドイヤーへ渡した四輪の権利を、10年後に826億円で取り戻した 欧州・北米・オセアニアで falken では届かなかった tier1 プレミアム帯を取るため、2015年に手放した四輪 dunlop 商標権を約826億円で買い戻し、基幹ブランドを dunlop へ入れ替えた判断 10年後に付いた値段 約826億円は、2015年に自ら手放したものへ10年後に付いた値段であった。買い戻しに踏み切れたのは、dunlop を欠いた10年のあいだに falken を tier2 のトップまで押し上げ、同時に乗用車系では tier2 で止まるという限界まで見届けたからである。山本悟社長がいつか dunlop を取り戻すという希望を語ったとおり、falken への集中は dunlop の代わりではなく、買い戻しまでの持ちこたえ方だった。渡した側が同じ商標を買い直す側に回るまでに、10年かかっている。 クロスボーダーm&a(日本→海外) ブランド・マーケティング 高付加価値化・プレミアム グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/5401/decisions/3d-nipponsteel-conglomerate-2025/","t":"コングロマリットディスカウント論と社長再任反対キャンペーンへの反論","c":"日本製鉄","y":2025,"col":"#086DAA","s":"PBR1倍割れが常態化した鉄鋼最大手に対し、3Dインベストメント・パートナーズが上場子会社の保有によるコングロマリットディスカウントと10兆円規模の投資計画の資…","x":"2025 日本製鉄 3dの経営批判に対峙 コングロマリットディスカウント論と社長再任反対キャンペーンへの反論 2025年6月に3dの経営批判に対峙。3dインベストメント・パートナーズが今井正社長と森高弘副会長の再任反対を呼びかけ、今井正社長の賛成率は候補10名で最低の87.11%となった pbr1倍割れが常態化した鉄鋼最大手に対し、3dインベストメント・パートナーズが上場子会社の保有によるコングロマリットディスカウントと10兆円規模の投資計画の資本規律を突き、社長再任反対の議決権行使勧誘から上場子会社への株主提案へとキャンペーンを拡大した(本稿の時点で未決着) 説明の水準を測られる10兆円 このキャンペーンの核心は、usスチール買収の是非そのものではなく、巨額投資を正当化する説明の水準にあると思われる。3dが繰り返し求めたのは、資本コストを上回るリターンの定量的な説明であり、上場子会社については自社がベストオーナーかどうかの検証であった。株主提案ではなく取締役選任議案への反対票を集める道を選んだことで、批判は制度の可否ではなく経営者個人の信任へ収れんした。候補10名のうち今井正社長だけが87.11%に沈み、翌年には95.21%へ戻った振れ幅は、投資の規模に説明の密度が釣り合っているかを測る市場の視線がどこに向いているかを示している。 アクティビスト・株主提案対応 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/5401/decisions/us-steel-acquisition-2025/","t":"政治の壁を越えて完遂した約2兆円のクロスボーダー買収","c":"日本製鉄","y":2025,"col":"#086DAA","s":"縮む国内市場から離れ米国市場に生産拠点ごと入り込む海外成長戦略のもと、大統領令やCFIUS審査という政治規制を訴訟と国家安全保障協定の受諾で越えて完遂した過去最…","x":"2025 日本製鉄 usスチールを完全子会社化 政治の壁を越えて完遂した約2兆円のクロスボーダー買収 2023年12月にusスチールの買収を決定。1株55米ドル・取得価額約142億米ドルで、2025年6月18日に取得対価2兆625億円を支払い完全子会社とした 縮む国内市場から離れ米国市場に生産拠点ごと入り込む海外成長戦略のもと、大統領令やcfius審査という政治規制を訴訟と国家安全保障協定の受諾で越えて完遂した過去最大のクロスボーダー買収 効率と主権が交わる1株 この決断の核心には、国内で縮んでいく事業を抱え続けることの重さがあった。生産設備の構造対策と価格の是正で損益分岐点を4割引き下げるところまで踏み込んだうえで、なお成長を描こうとすれば、人口が増え国内需要中心の供給構造に守られた米国市場へ、生産拠点ごと入り込むほかなかったと思われる。ただ、対象が米国産業史を象徴する名門であったために、この買収は単なる海外進出を超えて、国家が自国の基幹産業をどこまで外資に委ねるかという問いに触れた。効率と経済安全保障がぶつかる場所に、日本製鉄はあえて社運を賭けたといえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/5801/decisions/audit-committee-transition-2025/","t":"監査役会を畳んで監査を取締役会の内側へ移管し、業務執行の決定を経営陣へ委ねる体制へ","c":"古河電工","y":2025,"col":"#0065CC","s":"業務執行の決定を広く経営陣へ委ねて意思決定を速めるとともに、取締役会を経営方針と経営戦略の議論の場へ寄せて監督機能を強化するため、監査役会を廃して監査を取締役会…","x":"2025 古河電工 監査等委員会設置会社への移行 監査役会を畳んで監査を取締役会の内側へ移管し、業務執行の決定を経営陣へ委ねる体制へ 2025年6月25日の第203回定時株主総会で定款を変更し、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。定款上の取締役の員数は20名以内から14名以内に引き下げられ、監査役6名の役割は監査等委員である取締役3名が担う 業務執行の決定を広く経営陣へ委ねて意思決定を速めるとともに、取締役会を経営方針と経営戦略の議論の場へ寄せて監督機能を強化するため、監査役会を廃して監査を取締役会の内側へ組み込む機関設計を選んだ 席を減らして監督を増やす 監査等委員会設置会社への移行は、監査役という独立した機関を畳んで、その役割を取締役会の内側へ入れ替える手続きである。古河電工の場合、それは役員の席を17から11へ減らす作業でもあった。取締役11名と監査役6名の二層構造が、取締役11名の一層に畳まれ、定款上の枠は20名以内から14名以内へ縮んだ。同時に社外取締役は5名から6名へ増えて過半数に届いている。減ったのは社内の席で、増えたのは外からの目だったと推察される。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5801/decisions/core-focus-divestiture-2025/","t":"銅管・巻線・電池を含む非中核事業の切り離しと、データセンター向け光事業への集中投資","c":"古河電工","y":2025,"col":"#0065CC","s":"ROICとFVAを撤退基準に据えた中期経営計画のもと、系列の事業・子会社を順に売却し、資金と経営資源をデータセンター向けの光事業へ集中させた資本配分の切り替え","x":"2025 古河電工 totoku・uacjなど売却 銅管・巻線・電池を含む非中核事業の切り離しと、データセンター向け光事業への集中投資 2022年5月の中期経営計画で、事業の縮小・撤退の社内基準にroicとfvaを据えた。銅管・太物巻線・東京特殊電線・uacj株式・古河電池を順に手放し、データセンター向けの光ファイバへ資源を集中させた roicとfvaを撤退基準に据えた中期経営計画のもと、系列の事業・子会社を順に売却し、資金と経営資源をデータセンター向けの光事業へ集中させた資本配分の切り替え 二十年抱えた事業が主役に戻るまで 切る基準を先に決めたことが、手放す順番を決めた。2022年5月の中期経営計画は、事業の縮小・撤退に係る社内基準としてroicとfvaを置いている。そこから銅管、太物巻線、東京特殊電線と外側から剥がれ、最後に残ったのが1950年に自ら分離独立させ、1972年に上場させた古河電池であった。長く抱えた子会社の株を手放す判断は、個々の事業の良し悪しの積み上げではなく、全社に一つの物差しを通したことで動き出したと思われる。指標を入れ替えるという、社外からは地味に見える決定が、事業の顔ぶれを変える力を持った例といえる。 選択と集中 事業売却・撤退 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/5802/decisions/group-portfolio-reshuffle-2025/","t":"設備工事の上場子会社を手放し、自動車部材の上場子会社を100％取り込むグループの入れ替え","c":"住友電工","y":2025,"col":"#2E008B","s":"上場子会社を一律に抱えるのでも一律に手放すのでもなく、設備工事の住友電設を大和ハウス工業へ渡して自動車部材の住友理工を100％取り込む入れ替えを、同じ日に決めた…","x":"2025 住友電工 住友電設の売却と住友理工の完全子会社化 設備工事の上場子会社を手放し、自動車部材の上場子会社を100%取り込むグループの入れ替え 2025年10月に上場子会社2社の入れ替えを決議。住友電設の全株式を1,241億円で譲渡し、住友理工を1,333億円の公開買付けと株式売渡請求で100%子会社とした 上場子会社を一律に抱えるのでも一律に手放すのでもなく、設備工事の住友電設を大和ハウス工業へ渡して自動車部材の住友理工を100%取り込む入れ替えを、同じ日に決めたグループ再編 収益を上げている工事会社を、なぜ出したのか 手放した住友電設は、不振の事業ではない。譲渡した期の売上高は2,284億円、営業利益は256億円で、利益率は11%を超えていた。上場子会社の整理といえば、赤字や飛び地を切ることを指すのが普通だが、ここで出したのは黒字の優等生である。同じ日に決めた住友理工の完全子会社化と並べると、この判断の軸が「稼げるかどうか」ではなく「自分の事業に組み込めるかどうか」に置かれていたことが見えてくる。建屋の中の電気工事は、電線やハーネスの技術とつながらない。1953年の資本参加から七十年余りを経て、その距離が精算されたのだろう。 選択と集中 事業売却・撤退 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/5803/decisions/ai-datacenter-pivot-2025/","t":"需要の伸びる領域への資源の集約と、電線大手という自己規定の刷新","c":"フジクラ","y":2025,"col":"#15C0F3","s":"薄利の電線大手だったフジクラが、2020年の構造改革で不採算事業を整理したうえで、2025中期経営計画により情報インフラ・情報ストレージ・情報端末の3分野へ資源…","x":"2025 フジクラ ai・データセンターへ集中 需要の伸びる領域への資源の集約と、電線大手という自己規定の刷新 2023年5月に2025中期経営計画を公表し、情報インフラなど3分野へ資源を配分した。岡田直樹社長のもと導体事業を分社化し、2026年3月期の連結売上高は1兆1,824億円となった 薄利の電線大手だったフジクラが、2020年の構造改革で不採算事業を整理したうえで、2025中期経営計画により情報インフラ・情報ストレージ・情報端末の3分野へ資源を配分し、生成aiによるデータセンタ需要を取り込んで高収益企業へ事業構成を組み替えた経営判断 転んだ製品で立つということ 385億円の赤字を計上したのも光ファイバであり、5期連続の増益をもたらしたのも同じ光ファイバであった。製品は変わっていない。変わったのは売り先と、投資を決める仕組みである。2020年3月期に減損した光ファイバ製造設備7,993百万円は中国市場の伸びに賭けた設備で、各事業が個別に設備を積む体制のまま積み上がっていた。20中期を最終年度に断念し、重点施策を選択と集中とガバナンス強化の2点に絞ったあと、カンパニー制を畳んでcfoを置き、価格に厳しいクラウド大手へ営業を向けた。同じ製品で二度目の勝負に出るために、決め方のほうを作り替えたのだと思われる。 祖業・主力事業の転換 選択と集中 リストラ・構造改革 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6028/decisions/blackstone-going-private-2025/","t":"東証プライム市場の上場廃止と、公開会社としての歩みの終わり","c":"テクノプロ・ホールディングス","y":2025,"col":"#007EA2","s":"国内技術者市場の需給逼迫とAI・デジタル化の進展に対し、上場企業として短期の利益要求に応じながらでは間に合わない先行投資と事業モデルの再構築を、プライベート・エ…","x":"2025 テクノプロ・ホールディングス ブラックストーンの完全子会社化 東証プライム市場の上場廃止と、公開会社としての歩みの終わり 2025年8月にブラックストーンの完全子会社化。テクノプロ・ホールディングスの取締役会が1株4,870円の公開買付けに賛同し、応募は株主に委ねた 国内技術者市場の需給逼迫とai・デジタル化の進展に対し、上場企業として短期の利益要求に応じながらでは間に合わない先行投資と事業モデルの再構築を、プライベート・エクイティ傘下で加速するための非公開化 好調のなかで上場を降りるということ 売上収益2,390億円、営業利益238億円。過去最高を更新した期の説明会で、八木毅之社長兼ceoが話したのは決算ではなく非公開化の理由であった。好調のさなかに上場を降りる選択が成り立ったのは、3万649人を並べて時間を売るという組み立て方の前提が、aiと国内の人材需給によって崩れかけていたからなのだろう。作り替えには数年単位の先行投資が要り、その間の利益の沈み込みを四半期ごとに説明し続ける負担を、経営は引き受けない側に振った。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 外資傘下入り・対内m&a 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6113/decisions/press-semiconductor-acquisitions-2025/","t":"自前開発ではなく687億円の買収による超大型プレスと基板の微細穴明の獲得","c":"アマダ","y":2025,"col":"#FB1A1D","s":"2期連続の過去最高益から一転して減益に沈んだアマダが、プレスの超大型域と半導体基板の微細加工という自社に欠けた領域を、2社の100％取得に687億円を投じて埋め…","x":"2025 アマダ エイチアンドエフとビアメカニクス買収 自前開発ではなく687億円の買収による超大型プレスと基板の微細穴明の獲得 2025年1月にエイチアンドエフ、4月にビアメカニクスの全株式取得を決議した。取得対価は177億円と510億円、のれんは168百万円と238億円で、いずれも現金を対価とする100%取得 2期連続の過去最高益から一転して減益に沈んだアマダが、プレスの超大型域と半導体基板の微細加工という自社に欠けた領域を、2社の100%取得に687億円を投じて埋めた経営判断 半世紀前の買収と、逆を向いた動機 1973年から1977年にかけて天田勇氏が淀川プレス製作所や園池製作所を系列へ収めたとき、金で買っていたのは工場用地と設備と人であった。新工場を建設するより安く即戦力になるという計算で、相手はいずれも経営不振に陥っていた。2025年の2件は動機が逆を向いている。エイチアンドエフから受け入れた資産29,711百万円のうち12,280百万円は現金で、のれんは168百万円しか立たず、正味の支出は54億円にとどまった。買ったのは救済ではなく、自社に欠けていた寸法、すなわち中小型に偏っていたプレスの上限と、ハイエンド基板の微細な穴明という精度であった。 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6201/decisions/take-private-toyota-2025/","t":"グループ主導で進めた上場からの退出","c":"豊田自動織機","y":2025,"col":"#0057AA","s":"トヨタグループの源流企業でありながらトヨタ自動車の株式を大量に抱える上場子会社だった豊田自動織機を、トヨタ不動産が設立したSPCが買付代金4兆6,632億円の公…","x":"2025 豊田自動織機 トヨタ主導で非公開化 グループ主導で進めた上場からの退出 2025年6月にトヨタ不動産のspcが1株16,300円で公開買付けの開始予定を公表。価格は20,600円まで引き上げられ、2026年3月に成立して上場廃止に至った トヨタグループの源流企業でありながらトヨタ自動車の株式を大量に抱える上場子会社だった豊田自動織機を、トヨタ不動産が設立したspcが買付代金4兆6,632億円の公開買付けで非公開化し、産業車両と物流ソリューションをグループ内で牽引させる体制へ組み替えた判断 上場の規律か、創業家の抱え直しか この非公開化は、買手を誰にするかで性格が決まった取引だった。非公開化を言い出したのはトヨタ自動車でありながら、買手には立たない。自動車oemの視点にとらわれれば産業車両と物流ソリューションの成長を追えないという理屈で、グループ各社を株主としながら親会社を持たないトヨタ不動産に担い手を委ね、豊田章男氏が10億円で個人として資本に加わった。支配権を掌握するのではなく、持たない主体を間に立てることでグループ全体の連携を深める——理屈としては筋が通っている。上場子会社という立場を外しながら、トヨタの子会社にもしない構図である。 上場廃止・親子上場解消 mbo・非公開化 資本提携・政策保有 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/6471/decisions/steering-carveout-reversal-2025/","t":"いったん分社し投資ファンドへ渡した過半株式の2年での取り戻し","c":"日本精工","y":2025,"col":"#DC0121","s":"自動車事業の採算悪化と産業機械事業への重点移行のなかで、赤字が続くステアリング事業を分社して過半株式を投資ファンドへ譲渡し、収益体質を立て直したうえで2年後に全…","x":"2025 日本精工 ステアリング事業の全株買戻し いったん分社し投資ファンドへ渡した過半株式の2年での取り戻し 2025年5月にステアリング事業の全株買戻し。2023年8月にジャパン・インダストリアル・ソリューションズへ譲った50.1%を2年後に取り戻す 自動車事業の採算悪化と産業機械事業への重点移行のなかで、赤字が続くステアリング事業を分社して過半株式を投資ファンドへ譲渡し、収益体質を立て直したうえで2年後に全株を再取得して再び連結子会社とした事業整理 外の手を借りて直し、戻してから出す 売却時に約90億円あった赤字が、2年後には43億円の利益に入れ替わっていた。同じ資産、同じ製品、同じ顧客のまま、過半の株主が入れ替わり、独立した会社として売価を交渉できるようになったことが数字を変えた。日本精工が自ら抱えていたあいだは動かなかった調達や価格の見直しが、連結の外へ出た2年で進んだ事実は、この往復のなかでもっとも重い。事業の採算は事業そのものだけで決まるのではなく、誰の傘の下に置かれているかにも左右されると思われる。 事業売却・撤退 選択と集中 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/6479/decisions/shibaura-electronics-tob-2025/","t":"台湾ヤゲオとの争奪戦に持ち込んだホワイトナイトとしての名乗り","c":"ミネベアミツミ","y":2025,"col":"#004EA8","s":"ミネベアミツミは2025年4月10日の取締役会で芝浦電子の全株式を公開買付けで取得することを決め、同意なき買収を仕掛けた台湾のヤゲオ（国巨）にホワイトナイトとし…","x":"2025 ミネベアミツミ 芝浦電子へ友好的tob 台湾ヤゲオとの争奪戦に持ち込んだホワイトナイトとしての名乗り 2025年4月に芝浦電子へ友好的tob。温度センサー大手を狙う台湾ヤゲオに対抗して買付価格を4,500円から6,200円まで上げたが、応募3,564,382株が下限に届かず不成立 ミネベアミツミは2025年4月10日の取締役会で芝浦電子の全株式を公開買付けで取得することを決め、同意なき買収を仕掛けた台湾のヤゲオ(国巨)にホワイトナイトとして対抗した。買付価格を4,500円から5,500円、さらに6,200円へと二度上げたが、応募は3,564,382株にとどまり、買付予定数の下限7,539,900株に届かず不成立に終わった。 技術を守る名分と、崩さなかった規律 温度センサーは版図に欠けた領域であり、名乗りを上げる動機は十分にあった。ただ、同意なき買収への対抗は価格の吊り上げを招きやすく、規律を守れば守るほど、優位に立てる確率は下がっていく。技術を守る名分と、採算を守る規律とが、同じ争奪戦のなかで逆を向いた点に、この決断の難しさがうかがえる。 敵対的・同意なき買収"},{"k":"decision","u":"/tse/6594/decisions/accounting-fraud-2025/","t":"第三者委員会の設置と、目標必達を優先した業績管理がもたらした経営の破綻","c":"ニデック","y":2025,"col":"#009A48","s":"業績至上の企業文化のもとでグループ各社が資産の評価減を先送りし、監査意見不表明と特別注意銘柄の指定に至った会計不正と、第三者委員会による原因究明・創業者の引責を…","x":"2025 ニデック 会計不正の発覚 第三者委員会の設置と、目標必達を優先した業績管理がもたらした経営の破綻 2025年7月にニデックのグループ会社で不適切な会計処理が見つかり、9月に第三者委員会を設置した。2025年3月期の有価証券報告書は監査意見不表明となり、東証は特別注意銘柄に指定した 業績至上の企業文化のもとでグループ各社が資産の評価減を先送りし、監査意見不表明と特別注意銘柄の指定に至った会計不正と、第三者委員会による原因究明・創業者の引責をめぐる企業統治の事案(過年度の訂正と規制対応は本稿の時点で継続) 求心力が生んだ成長と、統治の空洞 この事案の核心は、個別の経理の誤りではなく、成長を支えた企業文化そのものが不正の温床になった点にある。高い目標を必ず達成させる規律は、同社を世界首位のモータメーカーへ押し上げた原動力であった。だが同じ規律のもとで、達成困難な利益目標が検証されないまま置かれ、目標と実力の差を埋めきれない拠点で評価減の先送りが各地に広がった。原因として過度な業績プレッシャーと創業者の絶対性、それを止められない牽制機能の不全が並んだことは、求心力の強さと統治の弱さが表裏一体だったことを言い当てている。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/6594/decisions/makino-tob-withdrawal-2025/","t":"同意なき買収提案という手段の選択と、実現に至らぬままの取り下げ","c":"ニデック","y":2025,"col":"#009A48","s":"工作機械事業の世界首位化を早めるため、事前協議を経ない買収提案で牧野フライスへの公開買付けを試みたが成立せず、対象会社が別の買い手による非公開化へ進んだ事業拡大…","x":"2025 ニデック 牧野フライスへのtob撤回 同意なき買収提案という手段の選択と、実現に至らぬままの取り下げ 2024年12月27日、ニデックが工作機械大手の牧野フライス製作所へ事前協議のないまま買収提案を届けた。公開買付けは成立せず、牧野は別の買い手による非公開化へ進んだ 工作機械事業の世界首位化を早めるため、事前協議を経ない買収提案で牧野フライスへの公開買付けを試みたが成立せず、対象会社が別の買い手による非公開化へ進んだ事業拡大戦略上の判断 速さを優先して獲得を狙った案件が、定期開示に残さなかったもの 工作機械を2030年度に世界首位へ押し上げるという目標から逆算すれば、金型加工で世界有数の相手を短期で取り込む選択には筋が通っている。三菱重工工作機械からtakisawaまで4件を2年余りで重ねた速度の延長線上に、この提案は置かれていた。だがtakisawaが企業結合として取得原価まで開示されたのに対し、牧野の件は有価証券報告書にも事業報告にも記載が残らなかった。成立しなかった買付けは制度上の開示義務を伴わず、会社が何をいくらで獲得しようとしたのかは、自社の公表資料からは辿れない。 敵対的・同意なき買収 破談・撤回"},{"k":"decision","u":"/tse/6752/decisions/cost-restructuring-2025/","t":"中期戦略の未達を受け、国内外1万人規模の人員適正化に踏み込んだ固定費構造の改革","c":"パナソニック","y":2025,"col":"#1450a0","s":"中期戦略の未達と同業他社より高い販管費率を前に、営業・間接部門を中心とする国内外1万人規模の人員適正化と赤字事業の終息・拠点統廃合で固定費を削り、収益力の再建を…","x":"2025 パナソニック グループ経営改革と1万人削減 中期戦略の未達を受け、国内外1万人規模の人員適正化に踏み込んだ固定費構造の改革 2025年5月に国内外1万人規模の人員適正化を決議した。構造改革費用1,300億円を計上し、2028年度にroe10%以上と調整後営業利益率10%以上を目指す 中期戦略の未達と同業他社より高い販管費率を前に、営業・間接部門を中心とする国内外1万人規模の人員適正化と赤字事業の終息・拠点統廃合で固定費を削り、収益力の再建をねらった構造改革 赤字を待たずに、固定費へ手を入れる この判断の核心は、人を減らすことそのものではなく、利益率が5%に近づくたび販管費率が上がって成長が止まる、という繰り返しを断つ点にあった。2025年3月期の営業利益は4,264億円と決して悪くない。それでも中期戦略ではroeと累積営業利益が未達に終わり、販管費は2兆1,613億円と売上高の25.6%にまで達していた。楠見雄規社長が2025年度を改革に集中する1年と定め、自らの中期の業績連動報酬まで休止したのは、業績の善し悪しではなく費用構造そのものを争点に据えたかったからなのだろう。赤字に追い込まれてからでは、従業員に寄り添う金銭も時間も残らない——踏み切った時期の選択に、その判断が表れている。 リストラ・構造改革 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/6758/decisions/financial-partial-spinoff-2025/","t":"株式の一部を残したままの分離と再上場という、部分的な切り出し","c":"ソニー","y":2025,"col":"#003366","s":"1979年に参入し2020年に3,967億円で完全子会社化した金融事業を、パーシャル・スピンオフで分離した資本再編。保有するソニーフィナンシャルグループ株式の8…","x":"2025 ソニー ソニーfgをスピンオフ 株式の一部を残したままの分離と再上場という、部分的な切り出し 2025年10月にソニーフィナンシャルグループを分離した。保有株式の80%超を株主へ現物配当し、持分比率16.4%を残して連結から外し、持分法適用関連会社とした。 1979年に参入し2020年に3,967億円で完全子会社化した金融事業を、パーシャル・スピンオフで分離した資本再編。保有するソニーフィナンシャルグループ株式の80%超を株主へ現物配当により分配し、持分比率16.4%を残して連結から外し、持分法適用の関連会社とした。 46年の弧が閉じ、二つの会社が身軽になる この分離は事業の切り離しであるより、貸借対照表の切り離しだったとみられる。2025年3月末の金融分野の資産は21兆728億円で、連結総資産35兆2,931億円の6割を占めていた。しかも金融分野の子会社とそれ以外のグループ会社の間で資金を貸借することは厳格に制限されており、その巨大な資産はグループの他の事業が使えるものではなかった。1979年に本業の脆さを補う保険として始めた金融は、利益の面ではたしかに支えになったが、規模の面では連結の見え方を歪ませ続けた。その歪みを外したことが、この判断の実体だろう。 分社・スピンオフ・子会社上場 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/6902/decisions/spark-plug-divestiture-2025/","t":"スパークプラグと排気センサの国内外事業を1,806億円で専業メーカーへ渡す判断","c":"デンソー","y":2025,"col":"#DC0032","s":"内燃機関の成熟事業であるスパークプラグ及び排気センサの事業を、それを主力とする日本特殊陶業へ180,600百万円で譲り渡す契約を2025年9月1日に締結した事業…","x":"2025 デンソー 日本特殊陶業へスパークプラグ譲渡 スパークプラグと排気センサの国内外事業を1,806億円で専業メーカーへ渡す判断 2025年9月に日本特殊陶業とスパークプラグ・排気センサの事業譲渡契約を締結。譲受価額180,600百万円、役員・従業員と土地建物は譲受の対象外で、実行は国内外の競争法当局のクリアランスが条件となる 内燃機関の成熟事業であるスパークプラグ及び排気センサの事業を、それを主力とする日本特殊陶業へ180,600百万円で譲り渡す契約を2025年9月1日に締結した事業再編。実行は国内外の競争法当局のクリアランスを条件とし、2026年3月期末の時点で事業譲受実行日は未定である。 需要が残るうちに、専業へ渡す この判断の芯は、傾いた事業を処分することではなく、まだ需要の残る成熟事業を、それを本業とする相手へ渡した点にある。スパークプラグと排気センサは、エンジンがある限り新車組付け用と補修用の双方に需要を生む部品で、譲り受ける側は、各国がカーボンニュートラルへの道筋を模索する過程でも内燃機関に継続した需要が見込まれると読み、セラミックの開発及び製造技術を活かして供給責任を果たすことを目的に掲げた。同じ製品でも、抱え続ける意味は両社で正反対になる。デンソーで対象事業を含むパワトレインシステムは2026年3月期に1,479,737百万円を売り上げており、事業そのものが細っていたわけではないのだろう。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6971/decisions/structural-reform-2025/","t":"中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理","c":"京セラ","y":2025,"col":"#DF0522","s":"多角化の分散と資本効率の低下でROEが0.7%まで落ち、創業以来初の中期経営計画を2年で取り下げてノンコア事業の整理と政策保有株の売却へ転じた判断。アクティビス…","x":"2025 京セラ kddi株売却と計画撤回 中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理 2025年2月から3年間を構造改革の期間と定める。ノンコア事業の見直しとkddi株式の売却を柱に、初の中期経営計画を練り直す 多角化の分散と資本効率の低下でroeが0.7%まで落ち、創業以来初の中期経営計画を2年で取り下げてノンコア事業の整理と政策保有株の売却へ転じた判断。アクティビストの圧力と株主総会での低い賛成率が並行した。 創業者の理念は、どこまで引き継ぐべきものだったのか この構造改革が向き合ったのは、業績の不振そのものより、多角化を止められなくした仕組みのほうであった。従業員の物心両面の幸福を掲げる理念は、失敗した事業の人員を抱え続ける義務と表裏で、撤退の判断を先送りさせる装置としても働いた。稲盛氏は中長期の経営計画を持たず、今日1日を尽くせば明日は見えてくるという考え方で会社を伸ばしている。創業以来初の中期計画を立て、それを2年で下ろし、roicで事業を選り分ける評価へ移った一連の動きは、創業者が置いた前提のうち何を残し何を外すかという選別でもあった。 選択と集中 事業売却・撤退 アクティビスト・株主提案対応 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/7148/decisions/tax-reform-response-2025/","t":"令和8年度税制改正大綱を受けた主力商品の販売停止と、投資運用商品としての立て直し","c":"FPG","y":2025,"col":"#2F2D83","s":"令和8年度税制改正大綱が不動産小口化商品の相続税評価を取引価格ベースへ改める方針を示したことを受け、連結売上高の74％を占める主力商品の販売を自ら止め、申込済み…","x":"2025 fpg 不動産小口化商品の販売停止 令和8年度税制改正大綱を受けた主力商品の販売停止と、投資運用商品としての立て直し 2025年12月、令和8年度税制改正大綱が不動産小口化商品の相続税評価を取引価格ベースへ改める方針を示した。連結売上高の74%を国内不動産ファンド事業に頼るfpgは、大綱公表と同じ日に今後の対応を決めた 令和8年度税制改正大綱が不動産小口化商品の相続税評価を取引価格ベースへ改める方針を示したことを受け、連結売上高の74%を占める主力商品の販売を自ら止め、申込済みの投資家に解約で応じたうえで、税務面の訴求に代えて投資運用商品としての価値を高める方向へ販売方針を組み直した(本稿の時点で税制改正の詳細は未公表) 前提を売る商売の勘定 この会社が売っていたのは不動産そのものではなく、相続税評価額と実勢価格の差であった。2025年9月期の国内不動産ファンド事業は売上高95,988百万円で連結の74%を占め、不動産商品販売額は通期で過去最高の94,950百万円に達していた。その商品の前提が、大綱の一項目で崩れる。過去最高の販売を記録した期の決算を出した直後に販売を止め、申込済みの投資家に解約で応じたうえで、税務面の訴求を降ろして投資運用商品としての価値を高める方向へ舵を切ったのは、前提を売る商売が前提を失ったときに残された数少ない道だったと思われる。 収益モデル転換 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/7201/decisions/re-nissan-2025/","t":"2万人規模の人員削減と生産体制の縮小に踏み込んだ経営再建計画","c":"日産自動車","y":2025,"col":"#BE022E","s":"中国・北米の販売不振と過剰生産能力による巨額赤字を受け、世界の車両工場を17から10へ統廃合し20,000人を削減する、量に依存しない収益構造への転換","x":"2025 日産自動車 re:nissanで7工場統廃合 2万人規模の人員削減と生産体制の縮小に踏み込んだ経営再建計画 2025年5月に再建計画re:nissanを公表。イヴァン・エスピノーサ社長のもと2027年度までに車両工場を17から10へ減らし、生産能力を年間250万台に削る 中国・北米の販売不振と過剰生産能力による巨額赤字を受け、世界の車両工場を17から10へ統廃合し20,000人を削減する、量に依存しない収益構造への転換 規模を追わない再建の入り口 この再建の核心は、日産が長く抱えてきた過剰生産能力に、母国の主力拠点まで含めて手をつけた点にある。1990年代の座間でも国内工場の閉鎖に着手したが、そのときはフルライン堅持と系列依存という枠の内にとどまった。7拠点の統廃合と20,000人の削減、そして生産能力を年間250万台へ落とす決定は、量を確保するために能力を持ち続ける従来の発想を、量に頼らない収益へと組み替えようとする試みだった。ホンダとの統合が消え、規模を外から補う道が閉じたことが、この単独で身を削る決断を後押ししたとみられる。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/7240/decisions/eagle-industry-integration-2025/","t":"32％出資の関連会社にとどめてきたメカニカルシールの旧部門と、オイルシールの本体とを一つの持株会社の下に並べる経営の一体化","c":"NOK","y":2025,"col":"#000078","s":"持分法の関連会社として出資にとどめてきたイーグル工業と、共同株式移転で一つの持株会社の下に並び、戦略機能と間接部門を持株会社に集めて、オイルシールとメカニカルシ…","x":"2025 nok イーグル工業との共同持株会社設立 32%出資の関連会社にとどめてきたメカニカルシールの旧部門と、オイルシールの本体とを一つの持株会社の下に並べる経営の一体化 2025年11月にイーグル工業との共同株式移転による経営統合を決議。2026年10月1日に持株会社nok groupを設立し、比率1対1で両社を完全子会社とした。 持分法の関連会社として出資にとどめてきたイーグル工業と、共同株式移転で一つの持株会社の下に並び、戦略機能と間接部門を持株会社に集めて、オイルシールとメカニカルシールを合わせたシール事業全体の投資配分を一体で決める体制への組み替え 買うのではなく、並んで親を作る 3割強を持つ関連会社を取り込むだけなら、nokが残りの株式を買い取って子会社にする道もありえた。それでも鶴正雄社長が選んだのは、nok自身も上場会社の座を降り、1964年に切り出したイーグル工業と同じ一株で持株会社の下に並ぶ形だった。比率1対1の株式移転は、親が子を呑む買収の構図を避け、イーグル工業の一般株主と経営陣に対等な統合として受け入れさせるための作法だったと思われる。それでもイーグル工業の賛成率は92.91%と、nokの99.88%より約7ポイント低い。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/7267/decisions/nissan-integration-abort-2025/","t":"経営の一体化構想へ踏み込みながら二カ月弱で引き返した判断","c":"ホンダ","y":2025,"col":"#CC0100","s":"EV・SDVへの巨額投資と新興勢力の攻勢に対し、規模の拡大で開発費を分担する狙いから統合の検討に着手したが、完全子会社化の提案をめぐり折り合えず撤回した戦略判断","x":"2025 ホンダ 日産との統合協議打切 経営の一体化構想へ踏み込みながら二カ月弱で引き返した判断 2025年2月に日産との経営統合協議を打ち切り。2024年12月に共同持株会社方式での検討で基本合意しながら、完全子会社化案をめぐり解約 ev・sdvへの巨額投資と新興勢力の攻勢に対し、規模の拡大で開発費を分担する狙いから統合の検討に着手したが、完全子会社化の提案をめぐり折り合えず撤回した戦略判断 規模の論理と、自主独立という原理 この判断の中心にあるのは、自主独立を掲げてきた会社が、規模の論理にどこまで身を寄せられるかという問いである。evとsdvへの投資は個社の体力を超えて膨らみ、研究開発支出は5期で1.5倍の1兆2,106億円に達した。その圧力のもとで、ホンダは長く距離を置いてきた大型再編に一度は着手した。踏み込んでおきながら完全子会社化を提案し、相手の反発を受けて退いた道筋には、規模を欲する動機と主導権を手放せない体質とが同居していたようにみえる。 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資 破談・撤回"},{"k":"decision","u":"/tse/7282/decisions/ashimori-tob-2025/","t":"シートベルト大手を傘下に収める完全子会社化","c":"豊田合成","y":2025,"col":"#10355C","s":"エアバッグに偏っていた安全部品の品揃えへシートベルトを加え、車両構造が変わるBEV時代の乗員保護をひとまとめに設計できる体制へ組み替える買収","x":"2025 豊田合成 芦森工業をtobで買収 シートベルト大手を傘下に収める完全子会社化 2025年8月に芦森工業へのtobを決議し、2025年11月6日に連結子会社化。現金等の取得対価は179億円で、2026年3月に議決権の100%を取得した エアバッグに偏っていた安全部品の品揃えへシートベルトを加え、車両構造が変わるbev時代の乗員保護をひとまとめに設計できる体制へ組み替える買収 買収の対象を、地域から品揃えへ この買収の性格は、価格よりも順序に表れている。2021年に資本業務提携を締結し、2023年に持分法適用関連会社とし、2025年に残りを取る——同意のうえで段階を踏み、公開買付けから連結子会社化まで3か月足らずで進んだ。会計の側にもその性格が出ており、受け入れた純資産30,213百万円が取得対価24,961百万円を上回って、のれんではなく負ののれん発生益5,252百万円が立った。高値づかみの逆にあたる取引で、海外の会社を資産譲受という慎重なスキームで買いながら統合できなかった10年前と比べると、時間の使い方も値づけもかなり違うと思われる。 上場廃止・親子上場解消 隣接領域への展開 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/7731/decisions/lithography-retreat-back-end-pivot-2025/","t":"前工程で失った首位の、後工程のデジタル露光での立て直し","c":"ニコン","y":2025,"col":"#d1b500","s":"露光技術の世代交代（液浸・EUV）と半導体顧客の地理的シフトで前工程の首位を失ったニコンが、正面決戦を退き、FPD露光装置のマルチレンズ技術を転用したデジタル露…","x":"2025 ニコン dsp-100の受注開始 前工程で失った首位の、後工程のデジタル露光での立て直し 2025年7月にデジタル露光装置dsp-100の受注を開始。半導体露光装置の高解像技術とfpd露光装置のマルチレンズ技術を融合し、精機事業の新規分野として半導体の後工程を開いた 露光技術の世代交代(液浸・euv)と半導体顧客の地理的シフトで前工程の首位を失ったニコンが、正面決戦を退き、fpd露光装置のマルチレンズ技術を転用したデジタル露光で後工程へ回った事業の再定義 首位を、正面ではなく隣で受け直す この判断の核心は、失った首位を前工程で取り返そうとしなかった点にある。arf液浸からeuvへと進む前工程の微細化競争で、ニコンはasmlに逆転され、資金でも顧客基盤でも劣後した。そこで正面決戦に固執すれば、劣位の戦に資源を吸われ続ける。国内顧客密着という1980年代の成功方程式が、台湾・韓国への顧客地図の塗り替えの前で弱点に転じた——その痛点を認めたうえで、fpd露光装置で磨いたマルチレンズテクノロジーという手持ちの強みが利く市場を選び直したところに、この転進の合理がある。露光装置の高解像技術と大型基板を一息に露光する生産性は、もともと別の事業で育った資産だった。 選択と集中 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7751/decisions/medical-impairment-2025/","t":"医療機器事業ののれん1,651億円の減損と、本社との一体化への舵切り","c":"キヤノン","y":2025,"col":"#CC0100","s":"2016年に取得した医療機器事業が、市場環境の悪化と計画の下方修正でのれんの減損損失1,651億円を招いた。キヤノンは買収先に経営を委ねる運営を改め、開発・生産…","x":"2025 キヤノン キヤノンメディカルの減損 医療機器事業ののれん1,651億円の減損と、本社との一体化への舵切り 2024年12月期にメディカル報告単位ののれん1,651億円を減損。同報告単位ののれんは5,682億円から4,031億円へ減り、営業利益は前期比25%減の2,798億円となった 2016年に取得した医療機器事業が、市場環境の悪化と計画の下方修正でのれんの減損損失1,651億円を招いた。キヤノンは買収先に経営を委ねる運営を改め、開発・生産・調達から法人格の統合までを本社と一体化し、売上高6,000億円・営業利益率10%への立て直しを図る構造改革に着手した 買収の帳尻と、遅れてきた統合 この減損は、買収が失敗だったという宣告ではない。売上高は取得後も伸び続け、減損の翌期には過去最高を更新している。減少したのは伸び幅の見積りのほうで、地政学的リスクや中国の減速を織り込んで将来計画を引き直した瞬間に、帳簿に載せていた期待と現実の差が1,651億円という数字で表面化した。むしろ突きつけられたのは、買収先に経営を委ね、本社のコスト管理や内製の論理が届かないまま8年を過ごしたことの代償だったと推察される。減損の前月ではなく前年の2月に事業革新委員会が立ち上がっている順序が、それを物語っている。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7911/decisions/sonoco-acquisition-2025/","t":"軟包装・熱成形容器事業に1,826百万米ドルを投じた北米軟包装の面化","c":"TOPPAN(凸版印刷)","y":2025,"col":"#333333","s":"北米に点で押さえてきた軟包装拠点を、2024年12月に契約したSONOCO社の軟包装・熱成形容器事業の1,826百万米ドルでの取得（2025年4月1日完了）で一…","x":"2025 toppan(凸版印刷) 米sonocoの事業取得 軟包装・熱成形容器事業に1,826百万米ドルを投じた北米軟包装の面化 2024年12月にtoppanが米sonocoの2事業を取得する契約。軟包装と熱成形容器を1,826百万米ドルで買収し、2025年4月1日に完了 北米に点で押さえてきた軟包装拠点を、2024年12月に契約したsonoco社の軟包装・熱成形容器事業の1,826百万米ドルでの取得(2025年4月1日完了)で一挙に面へまとめ、軟包装をsx・海外生活系の中核へ押し上げた海外m&aの連打 時間をかけて跳ぶ投資の型 この買収の性格は、単発の大型m&aというより、10年以上にわたる投資順序の帰結にあらわれている。2008年のアジア、2016年の北米と、点で拠点を開設し、供給網を静かに広げたうえで、頂点でsonocoの事業を面ごと取り込む——時間をかけて条件を整えてから一挙に規模を跳ばせる運び方に、この会社の投資の型がうかがえる。海外の相手と組んで成長市場を押さえるやり方は、1900年の創業時に欧州の製版技術を輸入した頃から変わっていない。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7911/decisions/tekscend-listing-2025/","t":"半導体フォトマスク事業の分社化と、プライム市場への切り出し上場","c":"TOPPAN(凸版印刷)","y":2025,"col":"#333333","s":"1961年に試作したフォトマスクがグループ最成長領域に育つ一方、印刷会社の内部では半導体向けの巨額・俊敏な投資判断が遅れがちだった。2021年12月に承継会社を…","x":"2025 toppan(凸版印刷) テクセンドの東証上場 半導体フォトマスク事業の分社化と、プライム市場への切り出し上場 2025年10月にテクセンドフォトマスクが東証へ上場。toppanホールディングスの子会社で、1961年に試作したフォトマスクを源流とする 1961年に試作したフォトマスクがグループ最成長領域に育つ一方、印刷会社の内部では半導体向けの巨額・俊敏な投資判断が遅れがちだった。2021年12月に承継会社を設立し、2022年4月に株式49.9%を独立系ファンドのインテグラルへ譲渡して合弁化、2025年10月に東証プライムへ上場し、toppanは46.57%を残して連結子会社から持分法適用関連会社とした 自社で保有するより、市場に委ねる この判断の核心は、印刷会社が最成長領域を自社の内側で保有し続けず、外部資本と株式市場の規律に委ねて伸ばした点にある。1961年に試作へこぎ着けたフォトマスクと、2025年の上場は、半世紀をまたいで同じ事業の系譜の両端に位置している。分社化、ファンドへの一部譲渡、そして上場という段階を順に踏んだ過程は、成長事業を本体の意思決定の速度から解き放つための、慎重な設計であったと思われる。入口で仕込んだ精密加工の技術が、出口で市場の評価を得るまでには、長い時間が要った。 分社・スピンオフ・子会社上場 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/7951/decisions/policy-shareholding-selldown-2025/","t":"政策保有株式の縮減と自己株式の取得・消却","c":"ヤマハ","y":2025,"col":"#895ebd","s":"共通ブランドを共有するヤマハ発動機の株式を継続して売却し、売却収入を自己株式の取得と消却へ充当して自己資本を圧縮した資本政策","x":"2025 ヤマハ ヤマハ発動機株1,800万株を売却 政策保有株式の縮減と自己株式の取得・消却 2025年3月期にヤマハが政策保有株式を縮減。ヤマハ発動機株を1,800万株売却し、投資有価証券売却益は20,467百万円 共通ブランドを共有するヤマハ発動機の株式を継続して売却し、売却収入を自己株式の取得と消却へ充当して自己資本を圧縮した資本政策 ブランドの共同管理は残し、政策保有株式だけを縮減する この判断は、ヤマハ発動機株式を、分離の経緯でつながる相手の株式から、資本コストに見合うかを問われる資産へ置き直した動きにあたる。売却しても保有目的の記述は一字も変わらず、合同ブランド委員会を軸としたブランドの共同管理は続いている。縮減したのは関係そのものではなく、関係を支えるために積み上がった保有株式数のほうである。2025年3月期に売却した18,000,000株は前期末の保有の4割近くを占め、貸借対照表計上額は66,802百万円から34,482百万円へ下がった。保有の合理性を資本コストで検証する枠組みが、この年の縮減幅を決めている。 資本提携・政策保有 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/7965/decisions/takeover-defense-discontinuation-2025/","t":"自己株式取得・増配による株主還元への切り替え","c":"象印マホービン","y":2025,"col":"#1D87D0","s":"中国系の大株主と香港のアクティビストから買収防衛策の廃止を迫られた象印が、株主提案をいったん否決したうえで、2年後に取締役会自らの判断として防衛策を継続せず、3…","x":"2025 象印マホービン ギャランツ圧力下で防衛策廃止 自己株式取得・増配による株主還元への切り替え 2024年12月に象印マホービンが買収防衛策を廃止。ギャランツ創業家系の大株主と香港の投資家に廃止を求められ、自己株式取得と増配へ 中国系の大株主と香港のアクティビストから買収防衛策の廃止を迫られた象印が、株主提案をいったん否決したうえで、2年後に取締役会自らの判断として防衛策を継続せず、3カ年で総還元性向100%以上を掲げて自己株式取得と増配へ切り替えた資本政策の転換 盾を外すという判断 この一連の動きを、アクティビストの圧力に屈した末の還元強化とだけ読むのは、順序を見落とすことになる。象印は2023年2月、買収防衛策の廃止も増配もいったんすべて否決している。そのうえで2年後、外部から迫られてではなく取締役会自らの議論として防衛策を畳み、総還元性向100.1%という数字で還元を実行した。創業家が中核株主を占める同族企業が、支配権を守る盾を手放し、株主提案が突きつけた論点の一部を自らの言葉で引き取ったところに、この判断の芯があると推察される。 アクティビスト・株主提案対応 敵対的・同意なき買収 機関設計・取締役会改革 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/7974/decisions/switch2-launch-2025/","t":"主力ハードの世代交代と、次の商戦を担う後継機への切り替え","c":"任天堂","y":2025,"col":"#E60012","s":"世界累計約1.5億台の初代Switchの後継機を、路線を転換せず据置×携帯のハイブリッドと後方互換を継承する設計で投入し、前世代の巨大な成功を次の成長へ地続きに…","x":"2025 任天堂 switch2の投入 主力ハードの世代交代と、次の商戦を担う後継機への切り替え 2025年6月に任天堂がnintendo switch 2を発売。据置と携帯を兼ねる路線と後方互換を継ぎ、4日間で世界350万台を超えた 世界累計約1.5億台の初代switchの後継機を、路線を転換せず据置×携帯のハイブリッドと後方互換を継承する設計で投入し、前世代の巨大な成功を次の成長へ地続きにつないだ意思決定 巨大な成功を、どう継ぐか この意思決定の核心は、記録的に売れたハードの後継機を、いつ、どんな形で出すかという問いにある。任天堂は過去、dsやwiiの後継機で販売台数を落とし、前世代が大きいほど次が伸び悩む\"2代目のジンクス\"を経験してきた。1億5000万台級の初代switchの後を継ぐという難題に対し、同社が選んだのは路線の転換ではなく継承であった。据置と携帯を兼ねるハイブリッドの形を守り、初代のソフトが遊べる後方互換を用意して、積み上げた資産と利用者をそのまま次へ引き継ぐ設計に賭けた。 プラットフォーム・標準化 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8002/decisions/market-cap-10trillion-gc2027-2025/","t":"時価総額目標を掲げた中期経営戦略の始動と、大本新体制の発足","c":"丸紅","y":2025,"col":"#c8102e","s":"18年ぶりの最終赤字からの回復を経た丸紅が、2025年に出戻りの大本晶之社長を14人抜きで据え、3年で1兆7,000億円（うち1兆2,000億円を農業資材・北米…","x":"2025 丸紅 gc2027で10兆円目標 時価総額目標を掲げた中期経営戦略の始動と、大本新体制の発足 2025年2月に丸紅が中期経営戦略gc2027を公表。2030年度までに時価総額10兆円超を掲げ、3年で1兆7,000億円を投じる 18年ぶりの最終赤字からの回復を経た丸紅が、2025年に出戻りの大本晶之社長を14人抜きで据え、3年で1兆7,000億円(うち1兆2,000億円を農業資材・北米モビリティ・電力など成長分野へ)を投じ、2030年度に時価総額10兆円超を目指す中期経営戦略「gc2027」を掲げた、守りから攻めへの資本配分の転換 時価総額という物差しと、実力主義への一歩 この判断の核心は、総合商社の経営が向き合う相手を、事業の積み上げから資本市場の評価へと一段引き寄せた点にある。丸紅はこれまで、資源市況の波と減損の痛手を通じて、稼ぐ力の変動をどう抑えるかに手を割いてきた。時価総額10兆円という数字を中期戦略の頂点に据えたことは、その延長線上で、株主から見た価値の水準を経営の物差しとして正面から引き受ける宣言と読める。もっとも、時価総額は市況や金利にも左右される外部の指標であり、それを目標に掲げる経営が規律とどう折り合うかは、これからの運用に委ねられていると推察される。 資金調達・財務戦略 トップ交代・承継 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8015/decisions/capital-policy-shift-2025/","t":"新中期経営計画のもとでの、時価総額向上という経営課題の設定","c":"豊田通商","y":2025,"col":"#005CA2","s":"売上10兆円規模の総合商社へ育った豊田通商が、東証の資本コスト要請も背景に、配当中心の株主還元からROE15%・総還元性向40%以上・自己株式取得を掲げる資本政…","x":"2025 豊田通商 時価総額向上への資本政策転換 新中期経営計画のもとでの、時価総額向上という経営課題の設定 2025年4月に新中期経営計画を公表。豊田通商が2028年3月期の当期利益4500億円、roe15%以上、総還元性向40%以上を掲げた 売上10兆円規模の総合商社へ育った豊田通商が、東証の資本コスト要請も背景に、配当中心の株主還元からroe15%・総還元性向40%以上・自己株式取得を掲げる資本政策へ転換し、時価総額の向上を経営の目標に組み込んだ判断 収益力の獲得と、その評価 この判断の中心にあるのは、稼ぐ力を高めた総合商社が、その力を株式市場の評価へどう結びつけるかという問いである。加商・トーメン・cfao・ユーラスと続いた20年の投資で、豊田通商はトヨタの新車台数に左右されない収益を得た。次に経営陣が目標へ据えたのは、その利益を配当と自己株式取得で株主へ返し、roeと時価総額という資本市場の物差しで測られる会社になることであった。稼ぐ力を得ることと、稼いだ力を評価へつなぐことは、別の課題として立ち現れている。 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8031/decisions/rhodes-ridge-iron-ore-2025/","t":"20年交渉した未開発鉱床の権益40％を約8,000億円で取得し、豪州鉄鉱石を積み増した","c":"三井物産","y":2025,"col":"#333333","s":"20年かけて交渉してきた豪州の未開発鉄鉱床Rhodes Ridgeの権益40％を約8,000億円で取得し、既存鉱山の維持に収まっていた豪州鉄鉱石の投資を、単一案…","x":"2025 三井物産 rhodes ridge鉄鉱石への参画 20年交渉した未開発鉱床の権益40%を約8,000億円で取得し、豪州鉄鉱石を積み増した 2025年2月に豪州の未開発鉄鉱床rhodes ridgeの権益40%を取得する譲渡契約を締結。合計額は約8,000億円で、2025年10月に参画した 20年かけて交渉してきた豪州の未開発鉄鉱床rhodes ridgeの権益40%を約8,000億円で取得し、既存鉱山の維持に収まっていた豪州鉄鉱石の投資を、単一案件として最大級の規模で積み増した判断 20年待って取得する、という資源の構え この投資は、非資源へ分散するのか資源で稼ぐのかという二択への答えではなく、いつ買えるかで決まった判断だったと推察される。20年にわたって交渉してきた案件で売り手が動いた局面に、単一の案件としては最大級の約8,000億円を投じた。2016年3月期の当期純損失834億円を経ても、三井物産は資源の比重そのものを下げたわけではない。下げたのは、市況の高いところで慌てて買う振る舞いのほうであったように見える。金属資源の資本的支出を年500億〜900億円弱の維持水準に抑えたまま、買える時期が来るまで待つ方針に変わったのだと思われる。 大型設備投資 オセアニア"},{"k":"decision","u":"/tse/8053/decisions/audit-committee-transition-2025/","t":"中期経営計画2026の実行加速へ、取締役会から経営執行へ権限を委ねる機関設計の変更","c":"住友商事","y":2025,"col":"#6ab2b5","s":"中期経営計画2026で掲げた成長戦略の実行を加速させるため、取締役会の監督と経営執行の役割を分離し、投資案件等の経営会議への委任範囲を拡大する機関設計として、監…","x":"2025 住友商事 監査等委員会設置会社へ移行 中期経営計画2026の実行加速へ、取締役会から経営執行へ権限を委ねる機関設計の変更 2025年1月に監査等委員会設置会社への移行を決議。6月20日の第157期定時株主総会で賛成割合99.59%で可決され、取締役15名のうち社外取締役8名の体制へ移った 中期経営計画2026で掲げた成長戦略の実行を加速させるため、取締役会の監督と経営執行の役割を分離し、投資案件等の経営会議への委任範囲を拡大する機関設計として、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移った判断 取締役会が手放したもの この移行で実際に動いたのは監査の機関設計ではなく、取締役会が自ら決める範囲の線引きだっただろう。監査役5名は監査等委員である取締役5名へ姿を変えたが、常勤の社内2名と非常勤の社外3名という構成は移行の前後で変わっていない。変わったのは、投資案件等の個別事案を経営会議へ委ねられるようになったことと、取締役会の過半数を社外取締役が占めたことである。総合商社の投資判断は件数も規模も大きく、そのすべてを取締役会に上げ続ける限り、審議の時間は個別案件の可否に費やされる。付議基準の改定は、その時間を全社の方向づけへ振り向けるための手当てだったといえる。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8058/decisions/haynesville-gas-acquisition-2025/","t":"5,200百万米ドルを投じて米国シェールガスの上流を押さえる資本配分の入れ替え","c":"三菱商事","y":2025,"col":"#FF0000","s":"半世紀にわたるLNG事業の蓄積を土台に、米国産天然ガスの上流を押さえ、米国で展開する電力・データセンター・化学品の各事業へ連なるバリューチェーンを構築する判断。…","x":"2025 三菱商事 米エーソンの全持分取得 5,200百万米ドルを投じて米国シェールガスの上流を押さえる資本配分の入れ替え 2026年1月に米エーソン(aethon)の全持分を取得することで合意し、株式譲渡契約を締結。取得価額は5,200百万米ドルで、ヘインズビルシェールの持分生産量約2.1bcf/日を押さえる 半世紀にわたるlng事業の蓄積を土台に、米国産天然ガスの上流を押さえ、米国で展開する電力・データセンター・化学品の各事業へ連なるバリューチェーンを構築する判断。国内洋上風力の損失処理と同じ経営期に、化石燃料の上流へ5,200百万米ドルを投じる資本配分の入れ替えでもあった 取得したのは権益か、事業体か この判断を権益の買い増しとして読むと、輪郭を外すことになるのだろう。三菱商事が米国で持っているのは電力事業やデータセンター事業、化学品事業といった需要側の顔ぶれであり、そこへ日量2.1bcfの上流ガスを接続する設計になっている。市況が上がれば儲かる資源投資ではなく、自社の需要と自社のガスを一本の線で結び、価格の振れを社内で吸収する体制への組み替えと思われる。半世紀のlng事業で培ったのは液化設備の運営と長期販売契約の組成であって、上流の掘削そのものではない。取得しようとしているのは権益であると同時に、ヘインズビルで日々ガスを掘り続ける事業体そのものである。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 垂直統合・内製化 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8058/decisions/offshore-wind-exit-2025/","t":"総取りした国内洋上風力3海域からの撤退","c":"三菱商事","y":2025,"col":"#FF0000","s":"インフレ、円安、サプライチェーンの逼迫、金利上昇が想定以上に悪化・長期化し、開発段階にあった国内洋上風力3案件の採算が崩れ、持分法投資の全額損失処理を経て撤退に…","x":"2025 三菱商事 秋田・銚子沖の洋上風力撤退 総取りした国内洋上風力3海域からの撤退 2025年8月に国内洋上風力の3案件から撤退。前年度の2025年3月期に共同支配企業宛ての持分法投資を全額損失処理し、持分法による投資損益に51,255百万円、有価証券損益に1,183百万円を計上した インフレ、円安、サプライチェーンの逼迫、金利上昇が想定以上に悪化・長期化し、開発段階にあった国内洋上風力3案件の採算が崩れ、持分法投資の全額損失処理を経て撤退に至った 総取りの野心と、座礁の後に残るもの この撤退は、事業の失敗というより、価格を先に決めてしまう仕組みのもとで長い開発期間を負うことの難しさが露呈した一件だとみられる。第1ラウンドの入札は、20年にわたる売電価格を落札の時点で確定させる。三菱商事が獲得したのは3海域の開発権であると同時に、その後に何が起きても価格へ転嫁できないという約束でもあった。着工前の調査・設計・許認可の段階で積み上げた資産に加え、サプライチェーンの逼迫のなかで先にコミットした将来の支出まで損失に振り替えられている。コストだけが動き、収入が動かない構造のなかで、インフレと円安と金利上昇が同時に来た。 事業売却・撤退 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8306/decisions/safe-deposit-scandal-2025/","t":"顧客資産をめぐる信用毀損への対応と、内部管理体制の再構築","c":"三菱UFJフィナンシャル・グループ","y":2025,"col":"#c8102e","s":"顧客資産の窃取を長期にわたり見抜けなかった内部管理の不備に対し、預金者・株主・監督当局からの信頼回復を迫られ、原因究明・役員処分・再発防止策の徹底で経営責任とガ…","x":"2025 三菱ufjフィナンシャル・グループ 貸金庫窃取事件で立て直し 顧客資産をめぐる信用毀損への対応と、内部管理体制の再構築 2024年12月に三菱ufj銀行が銀行法第24条に基づく報告徴求を受けた。元行員による貸金庫からの顧客資産の窃取事案で、2025年1月16日に再発防止策等を含む報告書を金融庁へ提出している 顧客資産の窃取を長期にわたり見抜けなかった内部管理の不備に対し、預金者・株主・監督当局からの信頼回復を迫られ、原因究明・役員処分・再発防止策の徹底で経営責任とガバナンスを立て直す判断 信頼という無形資産の再建 顧客は現金や金塊を、自宅よりも銀行の貸金庫のほうが安全だと信じて託していた。その信頼を、管理を任された行員自身が、幾重にも用意された監視の網をくぐって裏切った。効率化や収益の議論とは別の次元で、預金者が銀行に寄せる素朴な信頼が、内部から損なわれた事案であったと思われる。 不祥事・信頼回復 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/8725/decisions/audit-committee-transition-2025/","t":"社外取締役を過半数とし内部監査を監査等委員会の直轄とする機関設計の組み替え","c":"MS&ADインシュアランスグループホールディングス","y":2025,"col":"#006060","s":"取締役会評価で課題とされた社外取締役比率の低さを正すため、機関設計を監査等委員会設置会社へ改め、監督機能の強化と意思決定の迅速化を同時に進める判断","x":"2025 ms&adインシュアランスグループホールディングス 監査等委員会設置会社への移行 社外取締役を過半数とし内部監査を監査等委員会の直轄とする機関設計の組み替え 2025年6月に監査等委員会設置会社へ移行。定時株主総会の定款変更で監査役会を廃し、取締役13名のうち7名を社外とし、監査等委員会が内部監査部門への指揮命令権を持つ体制に改めた 取締役会評価で課題とされた社外取締役比率の低さを正すため、機関設計を監査等委員会設置会社へ改め、監督機能の強化と意思決定の迅速化を同時に進める判断 監査を監督の側へ移管する 機関設計の変更は形式の話に見えて、実際に動いたのは監査の置き場所だった。監査役は取締役会の外にいる独任制の機関で、議決権を持たない。監査等委員は取締役として取締役会に議席を持ち、そこから職務の執行を監査する。監査が監督の側へ移ったことで、内部監査部門の指揮命令権が監査等委員会に渡り、内部監査計画も監査部門長の人事も、取締役会が決める前に監査等委員会の同意を通る設計になった。執行から独立した監査の経路が、初めて制度として敷かれたと推察される。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8725/decisions/ms-aioi-merger-2025/","t":"グループ内に併存してきた国内損保2社の統合による単一会社への集約","c":"MS&ADインシュアランスグループホールディングス","y":2025,"col":"#006060","s":"2025年3月28日、MS&ADインシュアランスグループHDが傘下の三井住友海上火災保険とあいおいニッセイ同和損害保険を2027年4月を目処に合併させると公表し…","x":"2025 ms&adインシュアランスグループホールディングス あいおいニッセイ同和との合併 グループ内に併存してきた国内損保2社の統合による単一会社への集約 2025年3月に傘下2社の合併を公表。ms&adが三井住友海上火災とあいおいニッセイ同和損保の合併を2027年4月と定め、2026年2月に契約書を締結 2025年3月28日、ms&adインシュアランスグループhdが傘下の三井住友海上火災保険とあいおいニッセイ同和損害保険を2027年4月を目処に合併させると公表した案件。2026年2月に合併契約書を締結し、効力発生日は2027年4月1日と定まった。存続会社は三井住友海上で、新会社の商号は三井住友海上あいおい損害保険となる。 規模からガバナンスへ——再編の動機の転換 この合併を、規模を追う統合と同列に語るのは難しい。2社を合算した正味収入保険料が国内首位に立つという見出しは確かに目を引くが、統合の真の動機は規模拡大そのものではないように見える。保険料等の調整行為に係る行政処分と、それを受けた政策株式の手放しという、業界の構造問題への対応こそが本筋であった。持株会社のもとで15年も併存できた2社が、規制と市場からの外圧によって初めて一つになったという経緯は、再編の動機が規模から信頼・資本効率へと移ったことを物語っているといえる。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8795/decisions/farallon-2025/","t":"社外取締役2名選任と政策保有株売却の要求に対する、全議案の否決","c":"T&Dホールディングス","y":2025,"col":"#0033a0","s":"資本効率と生保子会社の監督を論点に、アクティビストが社外取締役2名の選任と政策保有株の全解消を提案し、取締役会が全員一致で反対して総会で否決した攻防","x":"2025 t&dホールディングス 米ファラロンの株主提案 社外取締役2名選任と政策保有株売却の要求に対する、全議案の否決 2025年6月の株主総会で株主提案を退ける。米ファラロン系taransay funding ltd.の社外取締役2名の選任議案が否決され、会社提案が通った 資本効率と生保子会社の監督を論点に、アクティビストが社外取締役2名の選任と政策保有株の全解消を提案し、取締役会が全員一致で反対して総会で否決した攻防 連邦型グループの資本効率と監督 この攻防の中心にあるのは、太陽生命と大同生命という性格の異なる生保を一つの持株会社の下に統合した連結型のグループが、資本効率と監督のあり方をどう説明するかという問いであった。ファラロンが突いたのは、政策保有株や運用リスクの重さ、そして子会社社長が親会社取締役として自らの経営を監督する構造の弱さである。会社は修正利益やroe、株価純資産倍率の改善を示して現体制を守ったが、p/ev倍率が0.5倍の目標に届かない現実は残った。数字の改善と、それでもなお割安に置かれた株価の距離を、どう埋めるかが問われたと推察される。 アクティビスト・株主提案対応 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8830/decisions/elliott-campaign-2025/","t":"アクティビスト・住友不動産の対応","c":"住友不動産","y":2025,"col":"#FFD800","s":"東証のPBR・政策保有株改革の潮流のなか、株価が実質純資産の半値に放置された住友不動産に対し、米エリオットが株主還元の強化・政策保有株の縮減・ROE目標の設定・…","x":"2025 住友不動産 エリオットの株主提案 アクティビスト・住友不動産の対応 2025年6月にエリオットが公開書簡を出した。住友不動産株を3%以上取得したうえで、総還元性向50%以上と政策保有株の純資産10%未満への圧縮を要求 東証のpbr・政策保有株改革の潮流のなか、株価が実質純資産の半値に放置された住友不動産に対し、米エリオットが株主還元の強化・政策保有株の縮減・roe目標の設定・ガバナンス改善を公開書簡で要求し経営陣の再任に反対した株主提案と、同一候補を重任付議して全議案を可決させた取締役会の対応(本稿の時点で対話継続) 割安の解消は、だれの手でなされるか この事案の核心は、割安な株価と滞留した資本を抱える大企業に対し、世界有数のアクティビストが東証改革の潮流を背に変革を迫った点にある。エリオットの要求——総還元性向の引き上げ、政策保有株の縮減、roe目標の設定、ガバナンスの強化——は、日本市場でこの数年に繰り返されてきた論点をほぼ網羅する。三井不動産に続いて大手デベロッパーが標的となったことは、資産の含み益を抱えたまま株価が純資産を下回る企業が、なお少なくないことを示している。 アクティビスト・株主提案対応 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/9020/decisions/takanawa-gateway-city-2025/","t":"品川車両基地跡地の再開発による、不動産を第3の柱とする布石","c":"東日本旅客鉄道","y":2025,"col":"#008803","s":"品川車両基地の跡地という都心の大規模用地を約6,000億円の複合開発に振り向け、新幹線・駅ナカに続く第3の収益軸を不動産・まちづくりで築く面的な多角化戦略","x":"2025 東日本旅客鉄道 高輪ゲートウェイシティ開発 品川車両基地跡地の再開発による、不動産を第3の柱とする布石 2025年3月に高輪ゲートウェイシティの開発を進めた。総事業費約6,000億円で山手線の新駅を核に据え、冨田哲郎社長が構想し深沢祐二社長が引き継いだ 品川車両基地の跡地という都心の大規模用地を約6,000億円の複合開発に振り向け、新幹線・駅ナカに続く第3の収益軸を不動産・まちづくりで築く面的な多角化戦略 駅から街へ、鉄道会社の輪郭 この開発の芯にあるのは、鉄道会社が自らの線路際で、まちづくりそのものの担い手になろうとした点にあるとみられる。発足時には主要駅の上空や高架下にとどまっていた限られた自由裁量が、駅ビル・駅ナカの蓄積を経て、都心最大級の複合都市を生む射程にまで届いた。国鉄末期に営業へ縛られていた車両基地の跡地が、山手線の新駅を核とする街へ転じた道のりには、鉄道という装置を不動産という資産へ読み替えていく、この会社なりの一貫した志向がうかがえる。 大型設備投資 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9048/decisions/nagoya-station-redevelopment-2025/","t":"事業化を決定した再開発計画の、施工難による再検証・見直しへの着手","c":"名古屋鉄道","y":2025,"col":"#004EA2","s":"リニア開業を見据えた総事業費約8880億円の名古屋駅地区再開発を2025年5月に事業化決定したが、建設費高騰と人手不足で施工者が入札を辞退し、同年12月に計画を…","x":"2025 名古屋鉄道 名古屋駅地区再開発の見直し 事業化を決定した再開発計画の、施工難による再検証・見直しへの着手 2025年5月に名古屋駅地区再開発を事業化した。総事業費約8,880億円の計画は施工の共同企業体が11月に入札を辞退し、名鉄は12月に一時中断を公表 リニア開業を見据えた総事業費約8880億円の名古屋駅地区再開発を2025年5月に事業化決定したが、建設費高騰と人手不足で施工者が入札を辞退し、同年12月に計画を一時中断して開業時期・規模を未定に戻し、再検証・見直しへ着手した(本稿の時点で見直しは進行中) 引くという判断の意味 事業化決定から約7か月での見直しを、計画の頓挫とだけ読むのは早い。名鉄が止めたのは、工事費が発表時の2倍近くに膨らみ、施工者すら人材を確保できないと辞退した時点であった。採算の前提が崩れたまま8880億円の工事へ突き進めば、損失は開業までの十数年にわたって積み上がる。市場が株価の小幅高で応えたのも、同じ論理を映していた。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9065/decisions/nakamura-doke-shokei-2016-2025/","t":"創業家6代にわたる同族承継——中村公一氏からCEO交代","c":"山九","y":2025,"col":"#E60012","s":"創業家6代・約100年続く同族経営のもとで、社長職とCEO権限を分離して段階的に世代交代を進めた経営承継","x":"2025 山九 中村公一氏の社長退任と中村公大氏への継承 創業家6代にわたる同族承継——中村公一氏からceo交代 2016年1月に中村公大氏の社長昇任を発表した。山九は5代目の中村公一社長が会長へ退き、長男が代表取締役社長cooに就任する人事を同年4月に実施した 創業家6代・約100年続く同族経営のもとで、社長職とceo権限を分離して段階的に世代交代を進めた経営承継 承継設計がもたらしたもの この承継の特徴は、社長という肩書とceoという最終権限を、あえて9年の間隔を置いて分けて渡した点にある。2016年に中村公大氏へ社長職と業務執行を先に委ね、中村公一氏が会長として経営に関与し続ける期間を挟んだうえで、2025年になって初めてceo権限までを移した。これは単なる一回限りの世代交代ではなく、後継者に実務での習熟期間を与えながら創業家の関与を段階的に薄めていく、時間をかけた設計であったと思われる。 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/9090/decisions/founder-succession-risk/","t":"後継者計画を委員会に預けたまま、創業者一人が社長を続ける経営体制","c":"AZ-COM丸和ホールディングス","y":2025,"col":"#0085B2","s":"創業以来52年にわたり社長交代のないまま経営を担ってきた創業者依存の体制が、事業会社の社長を譲ったあとも持株会社の側で続いている構造","x":"2025 az-com丸和ホールディングス 和佐見勝氏の52年社長続投 後継者計画を委員会に預けたまま、創業者一人が社長を続ける経営体制 2025年6月に事業会社の社長を譲り、持株会社の社長は続けた。az-com丸和ホールディングスの和佐見勝氏は1973年9月の就任から52年、代表取締役社長最高経営責任者を務め続けている 創業以来52年にわたり社長交代のないまま経営を担ってきた創業者依存の体制が、事業会社の社長を譲ったあとも持株会社の側で続いている構造 なお描かれない、創業者経営の終わり方 52年にわたり社長の交代が一度もなかったこの体制を、後継者計画の不在と呼ぶのは正確ではない。指名・報酬委員会は後継者計画に関する事項を所管し、その委員の過半数は独立社外取締役が占めている。「社長育成プログラム」も動き、幹部候補者は子会社の非常勤役員として経験を積んでいる。欠けているのは制度ではなく、その制度が指し示す名前と日付のほうであるのだろう。委員会の委員長が交代の当事者である社長自身であることも、この構図と無関係ではないだろう。 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/9201/decisions/agp-privatization-proposal-2025/","t":"対話の途絶えた上場関連会社の株主提案による非公開化と、同じ年に自社が受けた二つの提案","c":"日本航空","y":2025,"col":"#CC0033","s":"対話が困難になった上場関連会社エージーピーを、株式併合による非公開化を求める株主提案で取締役会ごと動かし、同じ年に自社の総会で上場関連会社への役員派遣と共同保有…","x":"2025 日本航空 エージーピー非公開化の提案 対話の途絶えた上場関連会社の株主提案による非公開化と、同じ年に自社が受けた二つの提案 2025年4月に持分法適用関連会社エージーピーへ株主提案。株式併合による非公開化を求め、日本空港ビルデングとanaホールディングスの賛同を得て6月の総会で可決された 対話が困難になった上場関連会社エージーピーを、株式併合による非公開化を求める株主提案で取締役会ごと動かし、同じ年に自社の総会で上場関連会社への役員派遣と共同保有の開示を問う株主提案を受けた資本政策 株主提案を仕掛ける側に回る この判断の核心は、外から経営を揺さぶる道具として使われてきた株主提案を、29.6%を持つ関連会社の取締役会を入れ替えるために自ら使った点にある。持分は3割に届かず、取締役の派遣や合意による買収では動かせない。そこで残るのは、総会の多数決で株式併合を通し、少数株主を端数にして締め出す道であった。日本空港ビルデングとanaホールディングスという同業・同業界の大株主を取りまとめたことで、比率の不足は議決権の共同行使で補われた。重要インフラを業界で抱えるという理由づけが、非公開化の手段の強さを覆っていたと思われる。 上場廃止・親子上場解消 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/9202/decisions/lim-shareholder-proposal-2025/","t":"上場関連会社への役員派遣と共同保有の開示を定款で縛る提案の否決と、議決権行使の裁量の維持","c":"ANAホールディングス","y":2025,"col":"#0B308E","s":"上場関連会社への役員派遣を禁じ、他の株主との共同保有の合意を開示せよという2件の定款一部変更の株主提案に対し、議決権行使は取締役の業務執行権限であるとして取締役…","x":"2025 anaホールディングス limの天下り禁止提案に反対 上場関連会社への役員派遣と共同保有の開示を定款で縛る提案の否決と、議決権行使の裁量の維持 2025年4月にlim japan event master fundから定款一部変更2件の株主提案を受領。5月22日に取締役会が反対を決議し、6月27日の第80回定時株主総会で賛成8.4%と8.9%で否決された 上場関連会社への役員派遣を禁じ、他の株主との共同保有の合意を開示せよという2件の定款一部変更の株主提案に対し、議決権行使は取締役の業務執行権限であるとして取締役会が反対を決議し、総会で否決させたガバナンスの判断 定款で縛られなかった議決権 この提案が問うたのは役員人事の是非ではなく、親会社の議決権行使を誰がどこまで縛れるかであった。上場関連会社の総会でどう投票するかは取締役の業務執行にあたり、その都度の判断に委ねられている。提案はそこへ定款という最も硬い規範を持ち込み、一定の経歴を持つ候補者への賛成をあらかじめ封じようとした。賛成は8.4%にとどまったが、否決の理由は提案の問題意識が退けられたことではなく、手段が業務執行の裁量と噛み合わなかったことにあるように思われる。 アクティビスト・株主提案対応 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/9229/decisions/hospice-billing-scandal-2025/","t":"調査報告書の受領と訪問看護体制の全面見直し","c":"サンウェルズ","y":2025,"col":"#333333","s":"訪問看護の診療報酬を過大に請求していたと特別調査委員会に認定され、過年度決算を訂正したうえで、訪問看護の運営体制と多頻度訪問を前提とした収益構造を制度に沿う形へ…","x":"2025 サンウェルズ pdハウスの不正請求発覚 調査報告書の受領と訪問看護体制の全面見直し 2024年9月の報道を受けた特別調査委員会が、2025年2月にpdハウスの短時間訪問と同行者不在訪問の診療報酬請求を認定。過年度決算を訂正し、訪問看護の運営体制を全施設で再構築した 訪問看護の診療報酬を過大に請求していたと特別調査委員会に認定され、過年度決算を訂正したうえで、訪問看護の運営体制と多頻度訪問を前提とした収益構造を制度に沿う形へ再構築した対応 数を追う成長が残したもの この事案は、制度の抜け穴を突いた不正という言葉には収まらない。認定されたのは、数十秒から数分の訪問を30分の訪問看護として請求していた事案と、同行者のいない訪問を同行者ありとして請求していた事案の二つで、いずれも1日3回・複数名訪問という標準の運用から派生している。重症度の高い入居者に手厚く入るという設計自体は説明のつくものであり、それが現場では必須の型として固定され、個別に要否を見直す手続きが働かなくなった。施設が56にまで増える速さに、点検の仕組みが追いついていなかったと推察される。 不祥事・信頼回復 リストラ・構造改革 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9432/decisions/audit-committee-transition-2025/","t":"総務大臣の認可を経て監査役会を廃し、社外比率50％の取締役会へ組み替えた機関設計","c":"NTT","y":2025,"col":"#0072BC","s":"上場子会社を解消してグループを一体化するなかで、海外投資家にも通じる監査・監督の形態へ機関設計を組み替え、取締役会の社外比率を50％まで引き上げた","x":"2025 ntt 監査等委員会設置会社へ移行 総務大臣の認可を経て監査役会を廃し、社外比率50%の取締役会へ組み替えた機関設計 2025年6月19日の第40回定時株主総会で定款を一部変更し、総務大臣の認可を経て監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役は16名、うち独立社外取締役8名で社外取締役比率は50%となった 上場子会社を解消してグループを一体化するなかで、海外投資家にも通じる監査・監督の形態へ機関設計を組み替え、取締役会の社外比率を50%まで引き上げた 監視の担い手を取締役に繰り入れる この移行が変えたのは監査の機関設計の名称ではなく、取締役会の頭数の内訳だったとみられる。取締役は10名から16名へ、独立社外取締役は5名から8名へ増え、社外が半数を占めた。監査役は取締役会の外から監査する立場だが、監査等委員は取締役として議決権を持つ。監査役会設置会社のままで社外比率を50%に届かせるには社外取締役を積み増すほかなかったのに対し、監査等委員を取締役に繰り入れれば、監視の担い手がそのまま取締役会の構成に算入される。海外投資家にも理解が得られやすい形態という説明は、この算術と地続きである。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9432/decisions/ntt-data-2025/","t":"上場子会社の完全買収による親子上場の解消とグループ統治の一本化","c":"NTT","y":2025,"col":"#0072BC","s":"2025年、NTTが上場子会社NTTデータグループ株式をTOBで取得し完全子会社化した案件。所有割合57.73%から買付けで81.75%まで高め、株式併合を経て…","x":"2025 ntt nttデータの完全子会社化 上場子会社の完全買収による親子上場の解消とグループ統治の一本化 2025年5月にnttデータグループへtob。所有割合を57.73%から81.75%へ高め、株式併合を経て9月30日に完全子会社化した 2025年、nttが上場子会社nttデータグループ株式をtobで取得し完全子会社化した案件。所有割合57.73%から買付けで81.75%まで高め、株式併合を経て9月26日に上場廃止、9月30日に完全子会社化した。 上場子会社の整理という潮流 nttによるnttデータグループの完全子会社化は、日本企業に積み残されてきた親子上場の解消という大きな潮流のなかに置いてみると、その意味がよく見える。親会社と上場子会社が併存する形態は、子会社の少数株主と親会社の利害が食い違いやすく、近年はコーポレートガバナンスの観点から見直しを迫られてきた。2兆3,712億円という巨額を投じてでも上場子会社を取り込む判断の背後には、少数株主との利益相反を抱えたままでは、海外it事業やデータセンターのような大型投資の意思決定が鈍るという危機感があったのだろう。条件面の合理性以上に、グループ全体の意思決定の速さを買ったディールと読むこともできる。 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/9719/decisions/sumitomo-corp-tob-2025/","t":"公開買付けによる完全子会社化と東証プライム市場上場の廃止","c":"SCSK","y":2025,"col":"#1A2792","s":"親子上場のもとで少数株主への配慮に縛られる資本関係を解き、AI・デジタル領域への投資判断を親会社と一体で下せる体制にするための完全子会社化","x":"2025 scsk 住友商事によるtob 公開買付けによる完全子会社化と東証プライム市場上場の廃止 2025年10月に住友商事によるtobへ賛同。scインベストメンツ・マネジメントと共同で1株5,700円を提示し投資予定総額は約8,800億円 親子上場のもとで少数株主への配慮に縛られる資本関係を解き、ai・デジタル領域への投資判断を親会社と一体で下せる体制にするための完全子会社化 値段のついた自律 親会社が半分を握る子会社の非公開化は、形式が整っていれば静かに終わることが多い。この案件がそうならなかったのは、scskの側に交渉の材料があったからだとみられる。13期連続で最高益を更新してきた実績と、ネットワンシステムズの買収で自ら規模を作った経緯が、5,050円という最初の提示を退ける根拠になった。特別委員会が過去78件のプレミアム水準を持ち出して6回の引き上げを得た経緯は、上場子会社が自律を主張できる最後の場が価格交渉であることを示している。 上場廃止・親子上場解消 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/9962/decisions/fictiv-acquisition-2025/","t":"北米のオンライン加工事業の獲得と、meviyとの統合","c":"ミスミグループ本社","y":2025,"col":"#0F218B","s":"設計データから直接見積もる調達サービスを北米へ展開するにあたり、自前の加工能力を積み上げる代わりに、外部の製造パートナーを集約する仕組みを持つ企業を買収し、立ち…","x":"2025 ミスミグループ本社 米fictiv買収で加工事業獲得 北米のオンライン加工事業の獲得と、meviyとの統合 2025年4月に米fictivの買収を取締役会で決議。6月17日に完全子会社化を完了し、取得原価は50,778百万円、のれんは41,992百万円 設計データから直接見積もる調達サービスを北米へ展開するにあたり、自前の加工能力を積み上げる代わりに、外部の製造パートナーを集約する仕組みを持つ企業を買収し、立ち上げの時間を短縮する判断 時間を短縮する買収の値段 この買収でミスミが獲得したのは、工場でも技術でもなく、他社の加工能力を必要なだけ呼び出せる回路であったと思われる。同社が20年かけて磨いてきたのは、標準化した部品を自社の工程で作り、決めた日に届ける方法であった。北米で設計データを受け口とするサービスを広げるとき、同じ方法を一から積み上げれば年数がかかる。約250社のパートナー網と、それを割り振る仕組みを508億円で引き受けた選択は、規模ではなく時間を買う取引に近い。2012年の北米最大手買収が販路を買う判断だったとすれば、今回は能力の調達手段そのものを買う判断であったといえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) デジタル化・dx pmi・買収後統合 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9983/decisions/post-yanai-succession-2025/","t":"取締役定員の拡大と、創業者の後任を見据えた経営体制の整備","c":"ファーストリテイリング","y":2025,"col":"#FF0000","s":"カリスマ創業者への一極集中を将来どう解くかという課題に対し、取締役の定員を拡大して叩き上げの塚越大介氏を登用し、創業家を株主・ガバナンスの側に位置づける承継の枠…","x":"2025 ファーストリテイリング 塚越大介氏が取締役就任 取締役定員の拡大と、創業者の後任を見据えた経営体制の整備 2025年11月27日の定時株主総会で塚越大介を取締役へ選任。取締役の定員を3名以上10名以内から15名以内へ拡大する定款変更も可決した カリスマ創業者への一極集中を将来どう解くかという課題に対し、取締役の定員を拡大して叩き上げの塚越大介氏を登用し、創業家を株主・ガバナンスの側に位置づける承継の枠組みを示した人事(本稿の時点で承継そのものは未完=進行中) カリスマの後をどう設計するか この人事の核心は、後継者を一人指名するのではなく、経営を担いうる人材を取締役会へ引き上げ、責任を段階的に負わせながら見極めていく設計にある。かつて柳井正氏は減益のなかで社長をいったん譲り、数年で復帰した経緯を持つ。今回は好業績のなかで、叩き上げの塚越大介氏を実績を積ませたうえで取締役へ登用しており、危機に迫られての交代ではなく、時間をかけた育成の帰結という色合いが濃い。定員を広げて女性や若手に門戸を開いたのも、一人のカリスマに代わる集団の経営陣を用意する布石と思われる。 トップ交代・承継 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/9984/decisions/ampere-acquisition-2025/","t":"米国の半導体設計会社を65億ドルで取り込む事業基盤の強化","c":"ソフトバンクグループ","y":2025,"col":"#757677","s":"ASI実現に向けたAIシフトのもと、設計知財のアームに製品化の実装力を持つAmpereを組み合わせ、データセンター向けAI半導体を設計から製品まで一貫して手がけ…","x":"2025 ソフトバンクグループ 米ampere買収で半導体強化 米国の半導体設計会社を65億ドルで取り込む事業基盤の強化 2025年3月に米ampere computingの全持分を総額65億米ドルで取得することに合意。同年11月25日に支配を獲得し、取得原価1兆175億円で完全子会社とした asi実現に向けたaiシフトのもと、設計知財のアームに製品化の実装力を持つampereを組み合わせ、データセンター向けai半導体を設計から製品まで一貫して手がける体制を構築する買収 欠けたピースの代価 65億米ドルという対価は、ampere単体の事業規模から導かれた数字というより、アームを核とする半導体戦略の欠けたピースへの支払いだろう。取得原価1兆175億円に対し、受け入れた純資産は△610億円で、のれんは1兆786億円にのぼった。買った資産の中身ではなく、人的資源と既存事業とのシナジーにほぼ全額を払った取引である。設計のアーム、製品化のampere、ai専用チップのgraphcoreという分業を傘下に揃えた判断は、2016年のアーム買収に始まる垂直統合の仕上げにあたり、stargate projectと一体で読むべき布石といえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9984/decisions/openai-stargate-2025/","t":"AIインフラ「スターゲート」","c":"ソフトバンクグループ","y":2025,"col":"#757677","s":"情報革命の本命を人工知能と定め、OpenAIへの直接出資（累計646億ドル・持分約13%へ）とAIインフラ会社Stargateへの資金供給という二つの入り口から…","x":"2025 ソフトバンクグループ openaiへの巨額出資 aiインフラ「スターゲート」 2025年3月にopenaiへの追加出資で合意。最大400億ドル・約5.98兆円で、1月には4年で5000億ドルを投じるstargateへ参画 情報革命の本命を人工知能と定め、openaiへの直接出資(累計646億ドル・持分約13%へ)とaiインフラ会社stargateへの資金供給という二つの入り口から、ai領域へ資本を集中させた投資判断 情報革命への一点賭け この決断の核心は、情報革命の本命をopenaiとaiインフラに定め、そこへソフトバンクグループの資本を集中させた点にある。arm買収とビジョン・ファンドで投資会社へ転じた同社は、モデル開発企業への直接出資と、その計算基盤を担うstargateへの資金供給という二つの入り口から、一つの領域へ資本を注ぎ込んだ。openai一社への出資は一年足らずで累計646億ドルへ膨らみ、2026年3月期の連結純利益が5兆円を超えたのは、この集中がうまく回ったときの姿を映している。 技術・r&d起点の勝負 資金調達・財務戦略 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/1518/decisions/coal-exit-ma-pivot-2024/","t":"連続M&Aによる脱石炭転換と、111年続いた石炭事業からの撤退","c":"三井松島ホールディングス","y":2024,"col":"#333333","s":"石炭価格高騰で得た潤沢な現預金を元手に、生活消費財・産業用製品の連続M&Aで収益基盤を組み替え、2024年3月のリデル炭鉱終掘で祖業石炭から完全撤退してポートフ…","x":"2024 三井松島ホールディングス リデル炭鉱終掘で石炭撤退 連続m&aによる脱石炭転換と、111年続いた石炭事業からの撤退 2024年3月に石炭事業から撤退。吉岡泰士社長が日本ストローや明光商会の連続m&aで生活消費財へ組み替え、豪州リデル炭鉱を終掘 石炭価格高騰で得た潤沢な現預金を元手に、生活消費財・産業用製品の連続m&aで収益基盤を組み替え、2024年3月のリデル炭鉱終掘で祖業石炭から完全撤退してポートフォリオ運営会社へ転換した経営判断 祖業を畳みながら、次の柱を買収するという選択 この判断の特徴は、撤退と拡張を同時に進めた点にある。多くの資源会社が資源価格の変動に業績を委ねるなかで、三井松島ホールディングスは石炭高騰で得た現預金を、株主に還元して終えるのではなく、生活消費財や産業用製品といった値動きの異なる事業の買収へ振り向けた。祖業を畳むという後ろ向きに見える決着を、次の収益基盤を組み立てる前向きな動きと一体で進めたところに、投資銀行出身の吉岡泰士社長らしい設計がうかがえる。 連続買収・ロールアップ 祖業・主力事業の転換 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/1662/decisions/insider-president-2024/","t":"1995年以降5代続いた通商産業省出身の社長からの交代と、社内出身者の起用による株主還元方針の見直し","c":"石油資源開発","y":2024,"col":"#DC001E","s":"上場後も政府を最大株主として残し、現預金の積み上がりと1倍割れの株価を指摘され続けた国策会社が、5代29年続いた通商産業省出身者の社長人事を離れ、社内出身の社長…","x":"2024 石油資源開発 山下通郎氏が社長就任 1995年以降5代続いた通商産業省出身の社長からの交代と、社内出身者の起用による株主還元方針の見直し 2024年4月に山下通郎氏が代表取締役社長へ就任。1982年入社の社内出身者で、1995年から5代続いた通商産業省出身者の社長人事から離れた 上場後も政府を最大株主として残し、現預金の積み上がりと1倍割れの株価を指摘され続けた国策会社が、5代29年続いた通商産業省出身者の社長人事を離れ、社内出身の社長のもとで下限配当の引き上げ・政策保有株式の売却・海外資産の入れ替えへ方針を改めた経営体制の転換 国策の出自と株価のあいだ 社内出身の社長の登場を、官僚人事からの解放と読むと事実から離れる。前任の藤田昌宏氏は代表取締役会長として残り、政府は約38%を持つ最大株主のままであった。山下通郎氏に託されたのは支配関係の組み替えではなく、1,919億円まで積み上がった現預金と純資産を下回る株価に、社内の言葉で答えを出す仕事であったと思われる。1982年入社で財務畑を歩み、東証上場の準備実務を担った経歴は、その役回りに沿うものであった。 トップ交代・承継 資金調達・財務戦略 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/2001/decisions/capital-reallocation-2024/","t":"政策保有株式・遊休不動産の売却と、3年で最大1,400億円の設備投資への振り替え","c":"ニップン","y":2024,"col":"#E60014","s":"PBR0.70倍・補正後ROE6.6％という資本市場からの評価を受け、連結純資産の3割に達していた政策保有株式と遊休不動産を売却し、その資金を3年で最大1,40…","x":"2024 ニップン 長期ビジョン2030へ資産振替 政策保有株式・遊休不動産の売却と、3年で最大1,400億円の設備投資への振り替え 2024年5月に資産売却し設備投資へ。ニップンが長期ビジョン2030を定め、政策保有株式と遊休不動産の売却で3年最大1,400億円 pbr0.70倍・補正後roe6.6%という資本市場からの評価を受け、連結純資産の3割に達していた政策保有株式と遊休不動産を売却し、その資金を3年で最大1,400億円程度の設備投資へ振り替える資本配分計画 補正値を自分で書いた会社 売却益を除いたroeは6.6%、資本コストは9%——この2つを並べて外へ出したところに、2024年5月の決定の芯がある。売却益で嵩上げされたroe10.6%だけを掲げれば、資本コストを超えたと言うこともできた。前鶴俊哉社長のもとで会社が選んだのは、補正値を自ら書き添えて届いていない側を先に示し、その差を埋める原資として、連結純資産の3割を占めていた持ち合い株と遊休地を差し出す道であった。 資本提携・政策保有 資金調達・財務戦略 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/2168/decisions/benefit-one-sale-2024/","t":"公開買付けへの応募ではなく自己株式取得による全保有株の売却","c":"パソナグループ","y":2024,"col":"#E50012","s":"親子上場の歪みと低いPBRを背景に、エムスリーとの争奪を経て高収益の上場子会社ベネフィット・ワンを第一生命へ譲渡し、公開買付けではなく自己株式取得に応じる形で全…","x":"2024 パソナグループ ベネフィット・ワン売却 公開買付けへの応募ではなく自己株式取得による全保有株の売却 2024年5月にベネフィット・ワンの全保有株を売却。第一生命の公開買付けには応募せず、株式併合後の自己株式取得に応じて関係会社株式売却益1,120億40百万円を計上した 親子上場の歪みと低いpbrを背景に、エムスリーとの争奪を経て高収益の上場子会社ベネフィット・ワンを第一生命へ譲渡し、公開買付けではなく自己株式取得に応じる形で全保有株を手放して1,120億40百万円の売却益を実現した資本政策上の決断 抱え続けた高収益子会社を、なぜ今手放したか この決断の核心は、20年近く抱えてきた親子上場の歪みを、創業者みずからが解いた点にある。2017年にオアシスが求めた\"上場子会社の整理\"を、南部靖之氏は当時退けた。それを6年を経て、稼ぎ頭ベネフィット・ワンの売却という形で自ら実行したことになる。取引の設計にも目を引くところがある。公開買付けに応募せず、保有分を株式併合後の自己株式取得に回したのは、みなし配当の益金不算入で生じる税務上の差を一般株主の買付価格へ回すための組み立てで、親会社の取り分だけを最大化する売り抜けとは一線を画す。エムスリーとの争奪が価格をつり上げたことも、結果として売り手と一般株主の双方に働いたと推察される。 事業売却・撤退 上場廃止・親子上場解消 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/2206/decisions/dalton-shareholder-proposal-2024/","t":"全面拒否を貫いた第119回総会と、離れていった安定株主の一部","c":"江崎グリコ","y":2024,"col":"#F44336","s":"資本効率の低さを理由とする株主提案に取締役会が全面反対して否決したが、翌年には同じ条文の定款変更を会社自身が提案し可決させた","x":"2024 江崎グリコ ダルトンの株主提案を拒否 全面拒否を貫いた第119回総会と、離れていった安定株主の一部 2024年1月にダルトンの株主提案へ反対。江崎グリコの取締役会がロンシャン・sicavによる4件すべてに反対を決議し、3月26日の総会で否決 資本効率の低さを理由とする株主提案に取締役会が全面反対して否決したが、翌年には同じ条文の定款変更を会社自身が提案し可決させた 定款を守ることと、株主を説得すること この一件を、アクティビストの攻勢に会社が耐えた事例として読むこともできる。提案は4件とも否決され、成長投資と事業運営資金と株主還元にバランスよく配分するという反対の論拠も筋は通っている。ただ、争われたのは資本効率の数値そのものより、配当という株主に直接関わる事項を誰が決めるかという手続きであったと推察される。定款は根本規範だから都度決めるべき事項は書かない——そう述べて退けた条文を、翌年には会社自身が「取締役会の決議によって定めることができる」へと書き換える議案として出し、96.1%の賛成を得た。提案の中身ではなく、誰が出すかを争っていたのだと言える。 アクティビスト・株主提案対応 創業家・同族 資金調達・財務戦略 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2206/decisions/erp-migration-2024/","t":"342億円を投じた入れ替えが招いた、チルド商品の出荷停止と75億円の営業減益","c":"江崎グリコ","y":2024,"col":"#F44336","s":"合併で分断されたまま残った業務システムと、サポート終了が迫る旧来型システムの限界に対し、調達から財務までを一つの基幹システムへ統合する刷新","x":"2024 江崎グリコ 基幹システムの全面移行 342億円を投じた入れ替えが招いた、チルド商品の出荷停止と75億円の営業減益 2024年4月、投資予定金額342億円の新基幹システムへ全面移行。切り替え時の障害でチルド商品の出荷が止まり、営業利益は前期から75億円減少、対応費用64億円を特別損失に計上した 合併で分断されたまま残った業務システムと、サポート終了が迫る旧来型システムの限界に対し、調達から財務までを一つの基幹システムへ統合する刷新 止まったのは、つなげようとした場所であった この判断の中心にあるのは、合併で分かれたままだった業務を一本の仕組みへ統合し直すという、それ自体は避けにくい課題であった。調達から財務までを一つのシステムに載せる構想は、人手で埋めてきた継ぎ目をなくす方向を向いている。34,200百万円という投資予定金額は、対象を主要業務の全域に広げたことの裏返しでもあった。つなげる範囲を広げるほど、切り替えの当日に一度で動かす業務も増える。止まったのが物流センターの出荷という、つなげようとした結び目そのものであった点に、この移行の性格が表れているだろう。 デジタル化・dx 大型設備投資 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/2501/decisions/3d-real-estate-2024/","t":"外部からの要求を受けた事業再編と、ビール本業への経営資源の集中","c":"サッポロビール","y":2024,"col":"#FDC426","s":"恵比寿ガーデンプレイスなどの不動産に偏った利益構造と低い資本効率を突いた筆頭株主3Dインベストメントの要求に応え、サッポロが不動産事業を切り離してビール本業に集…","x":"2024 サッポロビール 3dの株主提案で不動産切出し 外部からの要求を受けた事業再編と、ビール本業への経営資源の集中 2024年2月に3dの株主提案で不動産切出し。シンガポールの3dインベストメント・パートナーズが恵比寿ガーデンプレイスの分離を求めた 恵比寿ガーデンプレイスなどの不動産に偏った利益構造と低い資本効率を突いた筆頭株主3dインベストメントの要求に応え、サッポロが不動産事業を切り離してビール本業に集中する方針を決め、2025年12月に不動産子会社をpag・kkr陣営へ企業価値4,770億円で譲渡する契約を締結した株主対応と事業分離 否決されても、分離は通る この判断の核心は、株主総会で3dの提案を否決しながら、その提案が突いた不動産分離という論点を、経営がみずから実行した点にある。ブロフ氏の取締役選任案は3割の賛成も得られずに退けられた。それでも、恵比寿ガーデンプレイスを含む不動産事業の切り離しは、含み益を顕在化させて資本効率を高めよという3dの主張と、同じ方向を向いていた。2007年にもスティール・パートナーズが同じ問いを突き、サッポロは買収防衛策で退けて構造を守った。16年を経て会社は、防衛ではなく分離を選んだ。投票の勝敗と、経営が実際に進む道は、別のところで決まっていた。 アクティビスト・株主提案対応 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/2503/decisions/fancl-tob-2024/","t":"少数株主の持分取得による完全子会社化と、グループへの一体化","c":"キリンHD","y":2024,"col":"#F00201","s":"上場子会社という資本構造が事業統合と投資判断を制約するとの認識から、公開買付けで少数株主の持分を取得して完全子会社化し、ヘルスサイエンスの成長軸化を優先した経営…","x":"2024 キリンhd ファンケルをtobで子会社化 少数株主の持分取得による完全子会社化と、グループへの一体化 2024年9月に持分法適用会社だったファンケルの議決権42.72%を公開買付けで追加取得し、取得の対価256,164百万円で支配を獲得。2025年3月に完全子会社とした 上場子会社という資本構造が事業統合と投資判断を制約するとの認識から、公開買付けで少数株主の持分を取得して完全子会社化し、ヘルスサイエンスの成長軸化を優先した経営判断 「様子を見る」資本関係が通用しない領域 この判断の核心は、少数出資という\"様子を見る\"ための資本関係が、ヘルスサイエンスのように長期の研究投資と事業設計を要する領域には向かない、という認識にある。2019年に持分の32.93%を取得してからの5年間で、キリンは提携でできることと統合でしかできないことの境界を実地に学んだとみられる。上場子会社のまま研究や商品戦略を一体化しようとしても、少数株主への配慮が意思決定の速度と深度を縛る。企業結合の理由として有価証券報告書が挙げたのも、従来の資本業務提携の枠組みを大きく上回るシナジーの発現であった。提携から完全子会社化へと段階を踏んだ経緯は、資本構造そのものを動かさなければ戦略と実行の距離は縮まらない、という結論に行き着いた過程として読み取れる。 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/2767/decisions/sophia-acquisition-2024/","t":"持株会社ごとの取り込みによる、エース電研の傘下入り","c":"円谷フィールズホールディングス","y":2024,"col":"#333333","s":"遊技機の販売に島設備・工事を加え、ホールの遊技空間そのものを設計・施工まで含めて請け負う体制へ事業を拡大する買収","x":"2024 円谷フィールズホールディングス ソフィアの子会社化 持株会社ごとの取り込みによる、エース電研の傘下入り 2024年3月にソフィアの子会社化。遊技機メーカーの議決権51.01%を31億6,200万円で取得し島設備首位のエース電研も傘下に 遊技機の販売に島設備・工事を加え、ホールの遊技空間そのものを設計・施工まで含めて請け負う体制へ事業を拡大する買収 縮む市場で、隣を買収する この買収は、ipを掲げて海外へ向かう同社のもう一方の足元で行われた。ウルトラマンの海外展開やトレーディングカードが語られる場と、島設備と工事を事業に加える取引とは、方向がまるで違って見える。ただ、当面の利益を作るのは依然として国内の遊技機事業であり、その事業が規則改正と稼働の低下にさらされ続けている以上、売る対象を機械から空間へ広げる余地を確保しておく意味はあっただろう。縮む市場のなかで、同じ客に売れるものを増やす選択であった。 垂直統合・内製化 隣接領域への展開 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/285A/decisions/ipo-2024/","t":"一度中止した募集の4年越しの組み直しと、公開価格1,455円での株式公開","c":"キオクシアホールディングス","y":2024,"col":"#333333","s":"PEオーナーの出口と資本基盤の拡充のため、2020年に中止した募集と売出しを2024年に組み直し、公開価格1,455円・公募21,562,500株・総売出50,…","x":"2024 キオクシアホールディングス 東証プライムへ上場 一度中止した募集の4年越しの組み直しと、公開価格1,455円での株式公開 2024年11月に東証プライムへ上場。キオクシアhdが公開価格1株1,455円で公募2,156万株・売出5,038万株を市場へ出す peオーナーの出口と資本基盤の拡充のため、2020年に中止した募集と売出しを2024年に組み直し、公開価格1,455円・公募21,562,500株・総売出50,380,100株で2024年12月18日に東証プライムへ上場した資本政策 資金より持分を出した上場 この上場で会社の手に入った資金は、公募の払込金総額でおよそ300億円にとどまる。一方で市場に出た株式は8,273万株で、その大半は東芝とベインキャピタル系が売り出した持分だった。四年前に自ら取り下げた募集を組み直すにあたり、公募より売出しを厚くした設計は、事業の資金調達というより株主の持分整理を主眼にしたものだったと推察される。上場の日に動いたのは、事業の中身ではなく資本の名義である。 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/3050/decisions/keiyo-acquisition-2024/","t":"持分法適用だった関連会社の全株取得と、本体への吸収合併","c":"DCMホールディングス","y":2024,"col":"#7E0C1E","s":"商品供給で実質的に一体化していた提携先を資本でも取り込み、協業上の制約を外して店舗網と意思決定を一つにまとめる判断","x":"2024 dcmホールディングス ケーヨーの完全子会社化 持分法適用だった関連会社の全株取得と、本体への吸収合併 2023年11月の公開買付けでケーヨー株式の90.70%を取得原価687億5,300万円で取得し、2024年1月に完全子会社化。同年9月にdcmへ吸収合併 商品供給で実質的に一体化していた提携先を資本でも取り込み、協業上の制約を外して店舗網と意思決定を一つにまとめる判断 92パーセントの供給先を、なぜ7年も外に置いたのか ケーヨーの仕入の92パーセントをdcmホールディングスが供給していた2019年の時点で、商品の面では両社はほとんど一つの会社であった。それでも資本は20.1パーセントにとどまり、取締役会は二つに分かれたままであった。2023年に公開買付けへ動いた理由として有価証券報告書が挙げたのも、価格でも規模でもなく、協業上の制約を無くした意思決定の体制であった。商品で7年確かめてから資本を動かす順序に、この会社の買い方がうかがえる。 連続買収・ロールアップ pmi・買収後統合 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/3103/decisions/fiber-exit-2024/","t":"祖業を畳むための870億円の金融支援と経営陣の総退陣","c":"ユニチカ","y":2024,"col":"#009DE4","s":"1969年の合併以来続いた繊維事業の慢性的な赤字体質が2014年の金融支援でも解消されず、2024年3月期に上場来初の営業赤字へ転落したことを受け、祖業からの全…","x":"2024 ユニチカ revic支援下の繊維撤退 祖業を畳むための870億円の金融支援と経営陣の総退陣 2024年11月に繊維事業からの全面撤退。870億円の金融支援を仰ぎ、上埜修司社長ら社内取締役全員が退陣し135年の祖業に幕 1969年の合併以来続いた繊維事業の慢性的な赤字体質が2014年の金融支援でも解消されず、2024年3月期に上場来初の営業赤字へ転落したことを受け、祖業からの全面撤退と870億円規模の金融支援要請、経営陣の総退陣に踏み切った経営判断 半世紀の延命の果てに 1975年の3工場閉鎖も、2014年の375億円の金融支援も、赤字幅を圧縮する対症療法にとどまり、繊維事業への依存構造は残り続けた。2024年3月期の上場来初の営業赤字は、その反復がついに限界に達したことを映す数字であったと推察される。祖業を丸ごと手放すという選択には、延命ではなく再生を選ぶという、これまでとは異なる判断の重さがうかがえる。 事業売却・撤退 経営再建・ターンアラウンド トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/3141/decisions/tsuruha-integration-2024/","t":"統合に伴う傘下入りと、独立した上場企業としての幕引き","c":"ウエルシアホールディングス","y":2024,"col":"#0086CD","s":"オーバーストアと収益性の頭打ちに直面するなか、親会社イオンが議決権の過半を取りにいく設計のもとで、売上高で首位のウエルシアが2位ツルハホールディングスの完全子会…","x":"2024 ウエルシアホールディングス ツルハホールディングスと統合 統合に伴う傘下入りと、独立した上場企業としての幕引き 2024年2月にツルハホールディングスと資本業務提携。2025年12月1日に株式交換で完全子会社となり、11月27日に上場を廃止した。割当比率はツルハ1に対し1.15 オーバーストアと収益性の頭打ちに直面するなか、親会社イオンが議決権の過半を取りにいく設計のもとで、売上高で首位のウエルシアが2位ツルハホールディングスの完全子会社となる株式交換に応じ、上場を手放して売上高2兆円超のドラッグストア連合に組み込まれた経営統合 首位の座を手放すということ 業界1位と2位が組んで規模を取った、という説明では、この統合の性格を捉えきれない。ウエルシアの側から見れば、これは自社が選んだ相手との合併ではなく、親会社イオンが議決権の過半を取りにいく過程で組み立てられた再編であった。イオンは株式交換の直前にツルハホールディングス株を買い増して議決権保有割合を27.13%まで高め、株式交換で薄まる分を公開買付けで埋めて50.9%へ届かせる段取りまで、あらかじめ契約に書き込んでいる。売上高で上回る側が完全子会社となって上場も手放したのは、その設計の帰結だと推察される。 合併・経営統合 上場廃止・親子上場解消 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/4005/decisions/turnaround-2024/","t":"創業以来最大の赤字を受け、減損と資産売却で1年でのV字回復を優先した再建","c":"住友化学","y":2024,"col":"#ED1A29","s":"石油化学と医薬品の同時不振で創業以来最大の赤字に陥り、資産売却と在庫圧縮でキャッシュを創出しながら、汎用品依存の事業構造を高付加価値へ組み替える危機発の再建","x":"2024 住友化学 赤字転落後の構造改革 創業以来最大の赤字を受け、減損と資産売却で1年でのv字回復を優先した再建 2024年3月期に創業以来最大となる3,118億円の最終赤字を計上し、2024年4月に抜本的構造改革を公表。減損損失2,694億円を計上し、ペトロ・ラービグ社の持分売却と債権放棄、2年間で約7,000億円のキャッシュ創出を進めた 石油化学と医薬品の同時不振で創業以来最大の赤字に陥り、資産売却と在庫圧縮でキャッシュを創出しながら、汎用品依存の事業構造を高付加価値へ組み替える危機発の再建 速い再建と、根の深い課題 この再建で目を引くのは、危機の宣言から立ち直りまでの足の速さである。創業以来最大の赤字に対して、まず2,694億円の減損で膿を出し切り、政策保有株や厚生施設まで含む資産を2年で約7,000億円ぶん現金へ換え、赤字の震源であったペトロ・ラービグ社と住友ファーマに正面から手を入れた。財務の底割れは1年で止まり、有利子負債は1兆5,635億円から2年で4,120億円減った。危機が経営に許した数少ない自由を使い、平時には動かしにくい上場子会社と政策保有資産にまで踏み込んだ判断であったと思われる。 リストラ・構造改革 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/4324/decisions/overseas-impairment-2024/","t":"海外事業（電通インターナショナル）の巨額減損とM&A路線の転換","c":"電通グループ","y":2024,"col":"#333333","s":"イージス買収に始まる海外M&Aで積み上げたのれんが減損に転じ、2期連続の過去最大赤字を機に、電通グループが人員削減・中期経営計画の見直し・M&A偏重路線の転換で…","x":"2024 電通グループ イージス買収の巨額減損 海外事業(電通インターナショナル)の巨額減損とm&a路線の転換 2025年2月に海外事業の巨額減損。2013年に約4000億円で買収した電通インターナショナルで2期連続のれん減損を計上し、人員削減へ イージス買収に始まる海外m&aで積み上げたのれんが減損に転じ、2期連続の過去最大赤字を機に、電通グループが人員削減・中期経営計画の見直し・m&a偏重路線の転換で海外事業の再建に取り組んだ判断 買収による成長と、清算のコスト この判断の核心は、買収で買った成長が、そのままのれんという将来の負担に変わった点にある。電通は2013年のイージス買収を機に海外へ広げ、m&aを重ねて世界規模の広告グループになった。だが、そこで得た事業の稼ぐ力が想定に届かなければ、積み上げたのれんは減損として一度に表面化する。国内広告の底堅さと、海外デジタルの構造的な弱さという二重構造のもとで、電通グループは2期続けて過去最大の赤字を更新した。買収がもたらした規模は、同時に減損のリスクを負うことでもあった。 海外撤退・縮小 リストラ・構造改革 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/4385/decisions/us-restructuring-2024/","t":"海外の拡大に区切りをつけ、成長の軸を国内へ戻す転換","c":"メルカリ","y":2024,"col":"#ff0411","s":"10年続けた米国事業の損失計上を受け、山田進太郎CEOが現地の人員を260人から147人へ削減し、成長の軸を国内へ戻した事業再編判断","x":"2024 メルカリ 米国縮小とメルカリ ハロ投入 海外の拡大に区切りをつけ、成長の軸を国内へ戻す転換 2024年6月期第4四半期に米国事業で人員削減を含む組織再編。usセグメントの従業員数は260人から147人へ減り、同年3月に始めたスポットワーク「メルカリ ハロ」とともに、成長の軸を国内へ戻した 10年続けた米国事業の損失計上を受け、山田進太郎ceoが現地の人員を260人から147人へ削減し、成長の軸を国内へ戻した事業再編判断 攻めの成長から規律ある成長へ この判断は、未開拓の市場で先行を狙う攻めの成長から、収益の輪郭が見える領域へ資源を引き戻す規律への転換であったのだろう。手数料の無料化やプロダクトの磨き込みを重ねても米国の流通取引総額は下げ止まらず、10年続けた投資は黒字に届かなかった。人員を260人から147人へ絞る重い手段に着手しながら、なお撤退はせず継続を選んだあたりに、創業者が自ら育てた事業への未練と、市場への説明責任のはざまで揺れる姿がうかがえる。 リストラ・構造改革 海外撤退・縮小 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4452/decisions/oasis-campaign-2024/","t":"物言う株主の要求を退け、中期経営計画K27を堅持する選択","c":"花王","y":2024,"col":"#05AC8F","s":"化粧品と中国事業の不振で収益力と株価を落とした花王に対し、香港の物言う株主オアシス・マネジメントが不振ブランドの整理・資本効率の改善・社外取締役の選任を求め、花…","x":"2024 花王 オアシスの株主提案対応 物言う株主の要求を退け、中期経営計画k27を堅持する選択 2025年3月にオアシスの株主提案を否決。香港の物言う株主が求めた不振ブランド整理と社外取締役選任に、取締役会は全て反対した 化粧品と中国事業の不振で収益力と株価を落とした花王に対し、香港の物言う株主オアシス・マネジメントが不振ブランドの整理・資本効率の改善・社外取締役の選任を求め、花王取締役会が中期経営計画「k27」を掲げて株主提案すべてに反対し、2025年3月の株主総会で否決したが、オアシスは持株を積み増して論点を供給網へ転じ、圧力が続く株主対応(本稿の時点で未決着) 否決してなお続く規律 この判断の核心は、株主提案を二度とも否決しながら、物言う株主の圧力そのものは消えなかった点にある。花王は外部からの取締役の送り込みを退け、k27による自力の立て直しを選び、2024年12月期の営業利益回復でその主張を裏づけた。それでも、賛成が3割に達したオアシスの提案は、経営陣の裁量が一定の株主の不信のもとに置かれていることを示した。収益力を落とした老舗の日用品最大手に、資本市場は資本効率と海外成長という物差しを当て、経営の説明責任を問い直した。否決という採決の結果と、経営がこの先に選ぶ道筋は、必ずしも同じところにはない。 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/4527/decisions/eu-yan-sang-acquisition-2024/","t":"三井物産と組んでのシンガポール漢方薬企業の取り込み","c":"ロート製薬","y":2024,"col":"#005BAB","s":"スキンケアに偏った製品構成と、伸びるアジア市場を受け止める内服・食品の不足を、東南アジア最大級の漢方薬企業の取得で埋め、三井物産と負担を分担したうえで経営権を掌…","x":"2024 ロート製薬 ユーヤンサンの取得 三井物産と組んでのシンガポール漢方薬企業の取り込み 2024年6月にユーヤンサンを子会社化。三井物産と共同でシンガポールの漢方薬企業の議決権85.91%を808億4千万円で取得 スキンケアに偏った製品構成と、伸びるアジア市場を受け止める内服・食品の不足を、東南アジア最大級の漢方薬企業の取得で埋め、三井物産と負担を分担したうえで経営権を掌握した買収 経営権は掌握し、負担は分担する 808億4千万円を、ロート製薬が単独で背負ったわけではない。三井物産と創業家の出資が316億2千万円を担い、ロート製薬は共同出資会社の議決権の60.00%を握った。これだけの額を投じながら、経営権は握り、資金の負担は分ける。単独で買い切る力を誇示するより、170を超える直販店という異質な資産を保有し運営する難度を見積もった配分なのだろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 グローバル経営体制 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/4528/decisions/deciphera-acquisition-2024/","t":"約24億米ドルを投じ、欧米で自ら薬を販売する体制を獲得するという選択","c":"小野薬品工業","y":2024,"col":"#003F73","s":"オプジーボをはじめとする主力製品の特許切れを見据え、がん領域の製品と欧米の自社販売網・創薬基盤を持つ米Decipheraを約24億米ドルで取得し、欧米自販体制と…","x":"2024 小野薬品工業 米decipheraの買収 約24億米ドルを投じ、欧米で自ら薬を販売する体制を獲得するという選択 2024年4月に米国deciphera pharmaceuticalsの買収契約を締結。約24億米ドル・支払対価3,821億3,500万円の現金で、6月11日に議決権付資本持分の100%を取得し完全子会社とした オプジーボをはじめとする主力製品の特許切れを見据え、がん領域の製品と欧米の自社販売網・創薬基盤を持つ米decipheraを約24億米ドルで取得し、欧米自販体制とパイプラインを一度に獲得した買収 製品ではなく販売体制を買収するということ この買収を、オプジーボ一本足からの多角化という言葉だけで読むと芯を外しかねない。支払対価3,821億円の配分が確定したとき、のれんは228億円まで縮み、代わりに3,150億円の無形資産が立った。値の大半は将来の超過収益力への期待ではなく、販売権と開発中の化合物という数えられる資産に帰属していたことになる。小野薬品が買ったのは、日本・韓国・台湾の外へ出られずにいた自分に、欧米で自ら薬を売る体を接ぎ木することだったと思われる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4613/decisions/silchester-shareholder-return-2024/","t":"政策保有株の持ち合い解消と、株主への利益配分を優先する経営への転換","c":"関西ペイント","y":2024,"col":"#0068B8","s":"政策保有株の持ち合い解消で安定株主が退場した資本構成のもと、自社株買いと累進的な還元で資本効率を高めつつ、資本政策への関与を強めるアクティビストに対応する","x":"2024 関西ペイント シルチェスター下で株主還元 政策保有株の持ち合い解消と、株主への利益配分を優先する経営への転換 2024年に自社株買いを軸に株主還元を強めた。2023年2月にトヨタ自動車など政策保有株主5社が8%を売り出したのを機に段階的に拡大 政策保有株の持ち合い解消で安定株主が退場した資本構成のもと、自社株買いと累進的な還元で資本効率を高めつつ、資本政策への関与を強めるアクティビストに対応する 安定株主の退場と、資本政策の主導権 この一連の動きの底には、資本政策の主導権が誰の手にあるのかという問いがある。かつての関西ペイントでは、岩井商店に連なる政策保有株主が資本構成の安定を担い、経営はその後ろ盾のもとで海外m&aに資金を振り向けてきた。持ち合いが解消されると、資本の置き場所は市場の評価にさらされ、還元の厚みや資本効率が経営の成績として直に測られるようになった。安定株主の退場は、単なる株主の入れ替わりにとどまらず、経営が向き合う相手を取引先から資本市場へと移す変化であったと思われる。 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/4631/decisions/asset-compression-2024/","t":"液晶材料事業からの撤退と、美術品の売却まで含めた資産の圧縮","c":"DIC","y":2024,"col":"#8AC731","s":"株主資本コストを上回るROEの実現を掲げ、資本コストに見合わない事業・資産（液晶材料、星光PMC株式、政策保有株式、美術品）を売却して投下資本を減らす判断","x":"2024 dic 星光pmc株式売却で資産圧縮 液晶材料事業からの撤退と、美術品の売却まで含めた資産の圧縮 2024年2月に星光pmc株式売却で資産圧縮。dic vision 2030の見直しに沿って液晶材料から撤退し、政策保有株式と美術品も売却 株主資本コストを上回るroeの実現を掲げ、資本コストに見合わない事業・資産(液晶材料、星光pmc株式、政策保有株式、美術品)を売却して投下資本を減らす判断 同じ物差しに載せたもの 星光pmcの譲渡では、45億13百万円の売却損を計上している。損失を確定させてでも投下資本を先に外へ出す——2024年からの判断はこの順序で並んでいる。1973年に自社で開発した液晶材料も、1990年から運営してきた美術館も、事業として続けられるかではなく、資本コストに見合うかで測られた。半世紀の自社技術と、5万件超の署名が寄せられた施設を同じ物差しに載せたのが、池田尚志社長のもとで進んだ2年間の割り切りである。 事業売却・撤退 選択と集中 アクティビスト・株主提案対応 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/4722/decisions/serial-acquisition-2024/","t":"連続買収による総合コンサルティンググループ化","c":"フューチャー","y":2024,"col":"#0054A7","s":"2016年の持株会社化で整えた受け皿に、製造業SI・セキュリティ・デザイン・経営マーケティングを連続買収で加え、ITから経営まで一貫して引き受ける総合コンサルテ…","x":"2024 フューチャー リヴァンプ買収でグループ化 連続買収による総合コンサルティンググループ化 2024年までコンサル会社の連続買収でグループ化。製造業向けsi・情報セキュリティ・デザインから経営・マーケティングまで会社を相次いで買収した 2016年の持株会社化で整えた受け皿に、製造業si・セキュリティ・デザイン・経営マーケティングを連続買収で加え、itから経営まで一貫して引き受ける総合コンサルティンググループへ守備範囲を拡大した面的な多角化。 守備範囲を拡大することと、収益構造を変えること この連続買収は、単一事業から総合コンサルティンググループへ、という物語として読める。2016年に用意した持株会社の枠組みに、製造業si・セキュリティ・デザイン・経営マーケティングという中身を、七年ほどをかけて順に収めていった歩みであった。系列に頼らず顧客の経営課題を丸ごと引き受けるという創業以来の発想が、買収の選び方にも通っているようにみえる。ただし、五件の重さは同じではない。ワイ・ディ・シーが2,187百万円、キュリオシティが2,220百万円、ネイロにいたっては企業結合等関係の注記そのものが省かれる規模であったのに対し、リヴァンプの取得原価は25,538百万円である。前の四件が受け皿を試す小さな手であったとすれば、最後の一件だけが桁の違う賭けであった。 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4812/decisions/dentsu-soken-integration-2024/","t":"コンサルティング子会社2社の統合と、シンクタンクの名を冠した商号への変更","c":"電通総研","y":2024,"col":"#0066B3","s":"システムインテグレーションだけの会社という顧客の見方を変え、課題の提言から実装・運用までを1社で引き受けるために、研究機能とコンサルティング機能を商号ごと取り込…","x":"2024 電通総研 電通のシンクタンク移管 コンサルティング子会社2社の統合と、シンクタンクの名を冠した商号への変更 2024年1月、電通国際情報サービスが電通総研へ商号を変更した。完全子会社のアイティアイディとisidビジネスコンサルティングを吸収合併し、dentsu japan内のシンクタンク「電通総研」の機能の移管を受けた システムインテグレーションだけの会社という顧客の見方を変え、課題の提言から実装・運用までを1社で引き受けるために、研究機能とコンサルティング機能を商号ごと取り込んだ 対価の出ない統合と、商号に採った名前 移管を受けたシンクタンクについて、対価ものれんも開示されていない。損益への寄与で説明のつく統合ではなく、受注の入口を変えるための看板の付け替えにあたる。システム開発は仕様が決まってから呼ばれる仕事で、仕様を決める前の議論に加われるかどうかで取れる金額が変わる。提言・設計・実装の3つを1社に置く設計は、その順番の一番上に自社を置き直す試みと推察される。売上1,426億円まで育った会社が、商号のほうを機能に合わせた。 合併・経営統合 ブランド・マーケティング 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4911/decisions/nomination-committee-transition-2024/","t":"監査役会の廃止と、CEOの選解任・報酬の決定を独立社外取締役へ委ねる体制への組み替え","c":"資生堂","y":2024,"col":"#BC1928","s":"監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行し、取締役を11名・社外取締役を7名に拡充したうえで、CEOの選解任と役員報酬の決定を独立社外取締役だけの委員会へ…","x":"2024 資生堂 指名委員会等設置会社へ移行 監査役会の廃止と、ceoの選解任・報酬の決定を独立社外取締役へ委ねる体制への組み替え 2024年3月26日の第124回定時株主総会の決議により監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行した。取締役は10名から11名、社外取締役は5名から7名となり、指名委員会と報酬委員会は独立社外取締役のみで構成する 監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行し、取締役を11名・社外取締役を7名に拡充したうえで、ceoの選解任と役員報酬の決定を独立社外取締役だけの委員会へ移管し、業務執行は代表執行役と執行役への大幅な権限委譲で担わせた機関設計の組み替え 社外に委ねた三つの決定 この移行で実際に動いたのは、取締役会の外にあった監査役を内側の監査委員へ入れ替えたことよりも、ceoの選解任・執行役の選定・役員報酬という三つの決定を、独立社外取締役だけの委員会へ移した点にある。監査役会設置会社のもとでも任意の指名・報酬諮問委員会は置かれていたが、その答申は取締役会を拘束しない。指名委員会等設置会社では委員会の決議そのものが効力を持つ。取締役会の議長を2025年から社外取締役が務めるようになったことも合わせれば、社内の執行陣が自らの人事と報酬を差配する余地は、制度の上ではほとんど残っていない。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4922/decisions/china-restructuring-2024/","t":"中国生産子会社の持分譲渡と、在庫処分・店舗整理","c":"コーセーホールディングス","y":2024,"col":"#418FDE","s":"現地ブランドの台頭と節約志向で値引き競争に陥った中国市場から、在庫処分・店舗と人員の整理を経て高価格帯へ集中する構造改革","x":"2024 コーセーホールディングス 中国事業の整理 中国生産子会社の持分譲渡と、在庫処分・店舗整理 2024年11月に中国事業の構造改革。在庫処分と店舗・人員の整理で特別損失44億円を計上し、1988年からの36年に区切りをつけた 現地ブランドの台頭と節約志向で値引き競争に陥った中国市場から、在庫処分・店舗と人員の整理を経て高価格帯へ集中する構造改革 参入時の合理性と、誤算の所在 1999年に売上高36億円で日本メーカーの首位に立った市場から、コーセーは2024年に44億円の損失を計上して規模を落とした。降りたのは中国からではなく、値引きの応酬からであった。現地で作って現地で売るという1988年の設計は、日本製の化粧品が中国で評価される前の相場観に照らせば合理的で、誤算は品質の逆転が現地工場の意味を消した点にある。2017年に製造だけを譲渡したのも、その一点への対応であっただろう。 リストラ・構造改革 海外撤退・縮小 高付加価値化・プレミアム 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/4967/decisions/beni-koji-scandal-2024/","t":"サプリ健康被害の引責による創業家の後退と、統治体制の刷新","c":"小林製薬","y":2024,"col":"#1178C1","s":"製品の安全性と情報開示をめぐる重大な危機に、創業家経営陣の引責と社外主導の統治刷新で応えた対応","x":"2024 小林製薬 紅麹問題で経営陣退任 サプリ健康被害の引責による創業家の後退と、統治体制の刷新 2024年7月に紅麹関連製品の回収事案の責任を取り、小林一雅氏が代表取締役会長を辞任した。8月に小林章浩氏が社長を退き、1886年の創業以来初めて創業家以外の山根聡氏が社長に就任した 製品の安全性と情報開示をめぐる重大な危機に、創業家経営陣の引責と社外主導の統治刷新で応えた対応 効率ではなく信頼を問われた統治交代 この決断が特異なのは、成長や効率をめぐる戦略ではなく、消費者の生命にかかわる品質と情報開示の失敗が、約140年続いた創業家経営に区切りをつけさせた点にある。ニッチな市場を独自の商品で押さえ、全社員がアイデアを出す仕組みで新製品を生み続ける社風は、同社の高収益を支えてきた強みであった。その同じ社風が、統治や品質管理の面では創業家への集中と外部規律の弱さと表裏になっていたと思われる。強みの裏側にあった弱さが、最悪のかたちで露呈した事態であったといえる。 不祥事・信頼回復 創業家・同族 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5020/decisions/ceo-succession-plan-2024/","t":"社長が6代続けて3年以内に退き、2年連続で経営トップが職を離れた会社が選んだ、指名の仕組みの再構築","c":"ENEOS HD","y":2024,"col":"#EB6005","s":"持株会社の発足以来6代続けて社長の在任が3年以内にとどまり、2022年と2023年には経営トップが2年連続で職を離れたことから、人材像の定義し直しと選任プロセス…","x":"2024 eneos hd サクセッションプランの再構築 社長が6代続けて3年以内に退き、2年連続で経営トップが職を離れた会社が選んだ、指名の仕組みの再構築 2024年4月に宮田知秀氏が社長へ就任し、後継者計画の再構築に入った。持株会社の発足以来6代続いた社長の在任はいずれも3年以内で、2022年と2023年には経営トップが相次いで職を離れていた。 持株会社の発足以来6代続けて社長の在任が3年以内にとどまり、2022年と2023年には経営トップが2年連続で職を離れたことから、人材像の定義し直しと選任プロセスの強化を軸に後継者計画を組み立て直した 順番が読める会社の後継者計画 6代続けて3年以内という並びは、人の問題というより設計の結果だとみられる。統合で生まれた持株会社が旧日鉱系を3代、旧日石系を3代と出身母体ごとに回してきた以上、次に誰が来るかは早い段階で読めてしまう。順番が読めているところでは、後継者計画は選ぶための仕組みではなく、決まっている人を確かめる手続きになりやすい。2年続けてトップが職を離れたあとに着手したのが、人材像の定義のやり直しと、第三者機関による本人インタビューやウェブテストという社外の目だったことは、そこを自ら認めた形に見える。 機関設計・取締役会改革 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/5991/decisions/roic-portfolio-reform-2024/","t":"ROICとWACCの比較に基づく事業別の立て直しと政策保有株式の売却","c":"日本発條","y":2024,"col":"#C51313","s":"株主・投資家からの事業別資本効率の開示要求と東証の要請を受けてROICを経営管理指標に加え、資本コストを下回る事業の立て直しと政策保有株式の売却・株主還元を同じ…","x":"2024 日本発条 2026中計でroic導入 roicとwaccの比較に基づく事業別の立て直しと政策保有株式の売却 2024年5月にroicで事業別立て直し。日本発条が2026中期経営計画でセグメント別のroicとwaccを並べて開示した 株主・投資家からの事業別資本効率の開示要求と東証の要請を受けてroicを経営管理指標に加え、資本コストを下回る事業の立て直しと政策保有株式の売却・株主還元を同じ計画に並べた 平均を捨てて内訳を出したこと 2026中期経営計画で変わったのは、目標値の水準よりも開示の粒度であった。全社roic 6.1%という一つの数字では、どこに手を入れるべきかは決まらない。懸架ばね1.1%と精密部品0.6%を並べ、同じ表にシート20.2%を置いたことで、社内の議論は事業別の投下資本の話に移る。分解ツリーを歩留まり率や在庫水準まで下ろし、必要なら人事評価にも反映すると書いたのは、指標を経営企画の資料で止めない意図の表れと推察される。 リストラ・構造改革 資本提携・政策保有 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6201/decisions/engine-certification-fraud-2024/","t":"特別調査委員会の指摘を受け入れ、型式指定取消しまで背負った判断","c":"豊田自動織機","y":2024,"col":"#0057AA","s":"排出ガス国内認証での法規違反を特別調査委員会の調査で確認し、フォークリフト用・建設機械用・自動車用エンジンの出荷を止めたうえで、是正命令と型式指定取消しを受け入…","x":"2024 豊田自動織機 エンジン国内認証問題で出荷停止 特別調査委員会の指摘を受け入れ、型式指定取消しまで背負った判断 2024年1月に特別調査委員会の調査結果を公表し、フォークリフト用・建設機械用・自動車用エンジンの出荷を停止した。国土交通省から是正命令と3型式の型式指定取消しを受け、認証関連損失は4期で1,462億円に達した 排出ガス国内認証での法規違反を特別調査委員会の調査で確認し、フォークリフト用・建設機械用・自動車用エンジンの出荷を止めたうえで、是正命令と型式指定取消しを受け入れて再発防止策と経営体制の刷新に踏み切った判断 声の小さな機能に押し付けたもの この問題で問われたのは、不正を働いた個人ではなく、産業車両用エンジンという事業の置かれ方だったと思われる。会社が自ら挙げた反省点は、規制強化という変化点を感度よく捉えられず、規模の小さな事業と声の小さな機能を、不正を行わざるをえない環境にしてしまった、という一点に集約される。海外生産とm&aで売上高も拠点も膨らんでいくなかで、フォークリフト用エンジンの認証という地味な工程に人も予算も回らなかった。故意の書き換えと、法規の理解不足による違反とが同じ調査で並んで出てきたことが、その手当ての薄さを物語っている。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6367/decisions/2024-succession-takenaka/","t":"前任の井上体制から離れる世代交代と、新たな経営体制への引き継ぎ","c":"ダイキン","y":2024,"col":"#14bee6","s":"創業100年を機に、30年の求心力だった井上礼之氏が退き、竹中直文氏を社長に登用して次世代へ経営を承継した体制承継","x":"2024 ダイキン 竹中直文氏が社長就任 前任の井上体制から離れる世代交代と、新たな経営体制への引き継ぎ 2024年5月に竹中直文氏への社長交代を公表し、6月27日の株主総会で就任。十河政則氏が会長兼ceoへ移り、30年率いた井上礼之氏は名誉会長へ就任して43億円の特別功績金を受けた 創業100年を機に、30年の求心力だった井上礼之氏が退き、竹中直文氏を社長に登用して次世代へ経営を承継した体制承継 長い影から、どう独り立ちするか この承継の難しさは、業績にではなく、求心力の引き継ぎにある。井上礼之氏はダイキンを空調世界一へ導いた中興の存在であり、その成功体験そのものが、次の世代にとっては越えにくい影ともなりうる。過去最高業績のさなかに交代へ踏み切ったのは、数字が傾いてから動くのではなく、勢いのあるうちに世代を送り出そうとする判断であっただろう。日本電子が創業者の求心力をあえて手放そうとしたように、成功した経営者の後をどう継ぐかは、多くの会社に共通する重い問いである。 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/6448/decisions/roland-dg-tob-abort-2024/","t":"対抗TOBの提案と、その取り下げによる買収競争からの離脱","c":"ブラザー工業","y":2024,"col":"#005CAB","s":"4年来の共同開発先を対抗TOBで取り込み産業印刷機事業を増強しようとしたが、相手の防衛行動を前に価格の上乗せを見送り提案を撤回した戦略判断","x":"2024 ブラザー工業 ローランドdgへのtob断念 対抗tobの提案と、その取り下げによる買収競争からの離脱 2024年3月にローランドdgへ対抗tobを予告。mboで非公開化を進める産業印刷機中堅に1株5200円を示し、事前合意のない同意なき買収となった 4年来の共同開発先を対抗tobで取り込み産業印刷機事業を増強しようとしたが、相手の防衛行動を前に価格の上乗せを見送り提案を撤回した戦略判断 撤退という判断をどう読むか この一件で問われたのは、買収の巧拙よりも、何のために買うのかという問いであった。価格を一段積めば競争優位を築けたとの見立ては多い。買った先に築くべき協業が、当の相手との信頼を欠いては成り立たない――そう見切ったのだとすれば、価格競争を降りた選択には一貫した筋が通っているようにみえる。 敵対的・同意なき買収"},{"k":"decision","u":"/tse/6503/decisions/mobility-spinoff-2024/","t":"自動車機器事業を会社分割で切り出した三菱電機モビリティの設立と、外部資本への開放","c":"三菱電機","y":2024,"col":"#d80c18","s":"CASEによる産業構造の転換に対し、自動車機器事業を会社分割で別法人に切り出して意思決定を独立させ、電動化・ADASでの社外資本・社外パートナーとの協業に開いた…","x":"2024 三菱電機 鴻海からの出資受け入れ検討 自動車機器事業を会社分割で切り出した三菱電機モビリティの設立と、外部資本への開放 2023年4月に自動車機器事業の分社を決議。2024年4月1日の会社分割で三菱電機モビリティを設け、カーマルチメディアの終息と電動化・adasの協業へ caseによる産業構造の転換に対し、自動車機器事業を会社分割で別法人に切り出して意思決定を独立させ、電動化・adasでの社外資本・社外パートナーとの協業に開いた事業体制の組み替え 切り出した先を、どこまで売却するか 分社化の理由として三菱電機が先に挙げたのは、赤字ではなく意思決定の遅さであった。2023年3月期の自動車機器事業は単独売上高の22.9%を占めたが、九つの事業本部が並ぶ総合電機の内側では、電動化とadasに要る巨額投資の順番を待つ一事業にすぎない。漆間啓社長が別法人へ切り出したのは、赤字事業を体よく外へ出すためというより、資本を受け入れる相手と向き合える単位を先に作るためだったとみられる。 分社・スピンオフ・子会社上場 選択と集中 事業売却・撤退 資本提携・政策保有 台湾"},{"k":"decision","u":"/tse/6532/decisions/holding-company-technology-2024/","t":"持株会社体制への移行と、コンサルティング・ITサービス両事業の分社","c":"ベイカレント","y":2024,"col":"#0C27F4","s":"提案（コンサルティング）と実装（ITサービス）で求める人材も訴求の仕方も異なる二つの事業を、単一法人から会社分割で切り出して別々の採算に載せ、再編の自由度を確保…","x":"2024 ベイカレント ベイカレントに商号変更 持株会社体制への移行と、コンサルティング・itサービス両事業の分社 2024年9月にコンサルティング事業とitサービス事業を子会社2社へ承継した。商号をベイカレントへ変えて持株会社体制へ移り、提出会社単体の従業員は593名まで減った 提案(コンサルティング)と実装(itサービス)で求める人材も訴求の仕方も異なる二つの事業を、単一法人から会社分割で切り出して別々の採算に載せ、再編の自由度を確保する組織再編 法人を分離しても、採算はそれだけでは変わらない この再編で起きたのは、資本や事業の組み替えではなく、法人の掛け替えである。共通支配下の取引として帳簿価額のまま処理され、連結の数字は何一つ動かない。動いたのは提出会社の姿で、従業員は4,321名から593名へ減り、単体で抱えていたのれん18,553百万円はそのまま承継会社へ移った。受け皿の2社を半年前に設立し、テクノロジー本部を3月に立ち上げて採用と営業を先に動かしてから9月に分割する——先に会社を作り、人と案件を入れてから法人を割るという順序が取られている。 持株会社化・グループ再編 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/6594/decisions/ceo-succession-2024/","t":"社外から迎えた経営者への交代と、集団指導体制への移行","c":"ニデック","y":2024,"col":"#009A48","s":"創業者依存からの脱却と安定した事業承継を狙い、指名委員会の審議を経た社長交代と集団指導体制で後継体制を刷新した経営判断","x":"2024 ニデック 岸田光哉氏が社長就任 社外から迎えた経営者への交代と、集団指導体制への移行 2024年2月にニデックが社長交代を公表した。4月1日付で岸田光哉氏が代表取締役社長執行役員に就任し、永守重信氏は代表権を残す取締役グローバルグループ代表となった 創業者依存からの脱却と安定した事業承継を狙い、指名委員会の審議を経た社長交代と集団指導体制で後継体制を刷新した経営判断 カリスマの再現ではなく、仕組みで承継するという選択 この判断の核心は、半世紀にわたり創業者個人へ集中してきた意思決定を、いかに次の世代へ引き渡すかという設計にある。2018年から6年で社長が4人代わった事実は、一人の後継者に創業者の経営を再現させようとする試みが続けて行き詰まったことを示している。永守重信氏が最後に選んだのは、集団経営体制の推進とチーフオフィサー制の強化、すなわち傑出した個人ではなく複数の幹部が支え合う仕組みだった。創業者依存をリスクとして自ら掲げ、その解消を対応策として並べた点に、カリスマ経営者による承継としては珍しい自己相対化の姿勢がうかがえる。 トップ交代・承継 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6645/decisions/structural-reform-2024/","t":"制御機器の不振を受けた構造改革と、これに伴う大規模な人員削減","c":"オムロン","y":2024,"col":"#025DB8","s":"中国市場の投資需要に依存した制御機器事業が景気低迷で急失速し、固定費を抱えたままでは変動の大きい事業環境に耐えられないとして、人員と能力を再配置する構造改革","x":"2024 オムロン next 2025で2000人削減 制御機器の不振を受けた構造改革と、これに伴う大規模な人員削減 2024年2月26日、オムロンが構造改革プログラム「next2025」を決議。制御機器事業の失速を受け、辻永順太社長のもと国内外で合計約2,000名を削減し、2025年3月期に構造改革費用277億81百万円を計上した 中国市場の投資需要に依存した制御機器事業が景気低迷で急失速し、固定費を抱えたままでは変動の大きい事業環境に耐えられないとして、人員と能力を再配置する構造改革 独り負けからの立て直しをめぐって この判断が映すのは、好調期に大口顧客と中国へ深く食い込んだことが、需要の反転とともにそのまま重荷へ転じたという構造である。業界の最先端を走る大手に複雑なソリューションを売り込む戦略は、取引先が伸びるうちは高い成長をもたらすが、景気の変動をまともに受ける弱さと表裏一体であった。制御機器事業のセグメント損益が1年で858億円から214億円へ4分の1に縮んだ落差は、稼ぎ方の裏側にあった集中の代償を映しているのだろう。最終損益で黒字を保ちながら、期間を区切って約2,000名の削減へ踏み切った点には、環境が変わる前提で構造を先回りして組み替えようとする判断がうかがえる。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6723/decisions/altium-acquisition-2024/","t":"設計ソフトウェアへの越境と、伝統的な半導体メーカーからの脱皮","c":"ルネサスエレクトロニクス","y":2024,"col":"#0047bb","s":"半導体の単品販売からの脱却を狙い、電子回路設計ソフトの米アルティウムを9,189億円で取得し、設計プラットフォームと半導体の二本柱へ転換する戦略","x":"2024 ルネサスエレクトロニクス 米アルティウムの買収 設計ソフトウェアへの越境と、伝統的な半導体メーカーからの脱皮 2024年2月に米アルティウムの買収で合意した。pcb設計ツールの会社へ1株68.50豪ドル・総額約91億豪ドルを投じ、同年8月1日に完全子会社とした 半導体の単品販売からの脱却を狙い、電子回路設計ソフトの米アルティウムを9,189億円で取得し、設計プラットフォームと半導体の二本柱へ転換する戦略 半導体会社を買収する会社から、設計の土俵を掌握する会社へ この決断の核心は、買収の金額ではなく、買う対象を半導体からその一つ上流へ移した点にある。インターシル、idt、dialogと重ねてきた買収は、いずれも半導体という同じ土俵で品ぞろえを広げる拡張であった。対してアルティウムの買収は、顧客が回路を設計する場そのものを押さえにいく越境で、ルネサスは設計基盤の一参加者から、その場を運営する側へ回ろうとした。半導体を売る会社が、半導体を選び組み合わせる工程まで手中に収める——伝統的な半導体メーカーの輪郭を、自ら外そうとする判断だっただろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 オセアニア 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6724/decisions/fiery-acquisition-2024/","t":"ソフトウェアへの初の大型投資と、翌期に生じたのれんの減損","c":"セイコーエプソン","y":2024,"col":"#10218A","s":"プリンティング事業に偏り成長が頭打ちとなるなか、弱点のソフトウェアを外部から取り込んで産業印刷へ展開するべく、上場来最大となる取得対価86,170百万円の買収で…","x":"2024 セイコーエプソン 米fiery社の子会社化 ソフトウェアへの初の大型投資と、翌期に生じたのれんの減損 2024年12月に米fiery社を完全子会社化した。取得対価86,170百万円は2003年の上場以来で最大となり、のれん36,412百万円を計上したが、翌期に25,889百万円を減損した プリンティング事業に偏り成長が頭打ちとなるなか、弱点のソフトウェアを外部から取り込んで産業印刷へ展開するべく、上場来最大となる取得対価86,170百万円の買収で事業構造の転換に着手した判断 買収時の期待の値段が一年で洗われた この買収の核心は、ハードで競争優位を確立してきた会社が、弱点であるソフトウェアを外から一括して買い、産業印刷という成長領域へ舵を切ろうとした点にある。取得対価86,170百万円のうち、受け入れた資産及び引受負債の公正価値は49,758百万円にすぎず、残る36,412百万円は期待される将来の収益力への値付けであった。自前主義で小規模な取り込みを重ねてきた会社が上場来最大の金額を投じたのは、ソフトウェアを自ら育てる時間を買う判断だったと推察される。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/6753/decisions/lcd-panel-exit-2024/","t":"大型液晶パネルからの全面撤退と、自前の量産拠点の手放し","c":"シャープ","y":2024,"col":"#EC3F47","s":"パネル市況の低迷が長期化して堺ディスプレイプロダクトの業績・財務状況が悪化し、亀山・堺へ積み上げた大型液晶パネルの生産を停止して跡地をAIデータセンター用地とし…","x":"2024 シャープ 堺sdp・亀山を清算 大型液晶パネルからの全面撤退と、自前の量産拠点の手放し 2024年5月に子会社の堺sdpが大型液晶から退いた。堺工場のディスプレイパネル生産を止め、土地と建物はソフトバンクへ渡った パネル市況の低迷が長期化して堺ディスプレイプロダクトの業績・財務状況が悪化し、亀山・堺へ積み上げた大型液晶パネルの生産を停止して跡地をaiデータセンター用地として譲渡した事業撤退(亀山第2工場は鴻海への譲渡が不成立となり生産停止に伴う費用を計上した) 祖業級の事業を、どの時点で手放すか この撤退の核心は、かつて社運を賭けて育てた大型液晶を、どの時点で手放すかという判断にある。亀山の成功体験と堺の巨大投資はシャープを液晶で世界の先頭へ押し上げた一方で、価格競争の激しい装置産業に会社の中核を委ねる選択でもあった。2022年6月に堺sdpを買い戻したときに挙げた理由は、高品位パネルの安定調達と、中国以外で唯一の第10世代工場という優位性であった。その判断から2年で工場は損失の源に変わり、692億円で立てたのれんは1年後に640億円が消える。買い戻してから畳むまでの短さこそが、この事業の変動の速さを映しているとみられる。 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/6753/decisions/president-succession-2024/","t":"4年に満たない任期で6代が入れ替わり、指名を社外過半の委員会に委ねる体制","c":"シャープ","y":2024,"col":"#EC3F47","s":"2024年6月、社長執行役員ＣＥＯに生え抜きの沖津雅浩氏を据え、鴻海精密工業の董事長である劉揚偉氏を執行権限を有しない会長に迎えた。奥田隆司氏以降の6代はいずれ…","x":"2024 シャープ 沖津雅浩氏が社長就任 4年に満たない任期で6代が入れ替わり、指名を社外過半の委員会に委ねる体制 2024年6月に生え抜きの沖津雅浩氏が社長執行役員ceoに就任し、鴻海精密工業の董事長である劉揚偉氏が執行権限を有しない会長に就任した。奥田隆司氏以降の6代はいずれも4年未満で社長を退任している 2024年6月、社長執行役員ceoに生え抜きの沖津雅浩氏を据え、鴻海精密工業の董事長である劉揚偉氏を執行権限を有しない会長に迎えた。奥田隆司氏以降の6代はいずれも4年未満で社長を退任しており、取締役候補の指名は独立社外取締役が過半を占める任意の指名委員会が担う 短い任期が残すもの 6代続けて4年未満という周期は、もはや個々の事情の積み重ねとしては説明しにくい。液晶の失速に始まり、鴻海精密工業の傘下入り、親会社からの派遣、生え抜きへの揺り戻しと、交代の理由は代ごとに違う。それでも結果として残ったのは、就任した社長が自らの構想を検証し終える前に次へ渡す、という一定の型であった。2024年6月の体制で、鴻海精密工業の董事長が執行権限を持たない会長に座り、生え抜きが社長を担い、候補者の指名は独立社外取締役が過半を占める委員会が扱う形になったのは、その型を制度の側から支え直す試みだったと思われる。 トップ交代・承継 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6841/decisions/nomination-committee-transition-2024/","t":"監査役会の廃止と独立社外取締役8名への増員、業務執行の決定の執行役への委譲","c":"横河電機","y":2024,"col":"#946C00","s":"監督と執行の分離を進めるため、監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移り、取締役会の過半数を独立社外取締役として業務執行の決定を執行役へ委ねた機関設計の転換","x":"2024 横河電機 指名委員会等設置会社への移行 監査役会の廃止と独立社外取締役8名への増員、業務執行の決定の執行役への委譲 2024年6月18日の定時株主総会での定款一部変更の承認により、監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行。取締役会は8名から11名となり独立社外取締役が8名を占め、監査役会を廃して24名の執行役へ業務執行の決定を委ねた 監督と執行の分離を進めるため、監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移り、取締役会の過半数を独立社外取締役として業務執行の決定を執行役へ委ねた機関設計の転換 議席を外へ明け渡す この移行の芯は、委員会を三つ立てたことよりも、取締役会の議席の大半を独立社外取締役へ明け渡したことにある。8名中5名だった独立社外は11名中8名になり、社内から取締役会に残ったのは会長を兼ねる代表執行役と常勤監査委員、経理財務の担当を含む3名だけになった。任意の諮問委員会が取締役会に答申を出す立場から、法定の委員会が取締役の選解任議案と個人別の報酬を自ら決める立場へ移ったことで、経営陣が自らの人事と報酬に及ぼす余地は制度として細くなっただろう。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6857/decisions/ai-test-supercycle-2024/","t":"AI・HBMテスト需要ブームへの先行投資と過去最高益","c":"アドバンテスト","y":2024,"col":"#A93F64","s":"生成AIとHBMの普及で先端半導体の検査需要が急増するとの市場環境の変化を捉え、世界最上位のテスタメーカーが生産能力と研究開発に先行投資して需要を取り込み、20…","x":"2024 アドバンテスト 中期計画「mtp3」始動 ai・hbmテスト需要ブームへの先行投資と過去最高益 2024年4月に新体制で半導体テスタへ先行投資。津久井幸一社長とダグラス・ラフィーバgroup ceoが生成ai需要を取り込む 生成aiとhbmの普及で先端半導体の検査需要が急増するとの市場環境の変化を捉え、世界最上位のテスタメーカーが生産能力と研究開発に先行投資して需要を取り込み、2025〜2026年3月期に業績を数倍規模へ拡大させた成長戦略(3年連続最高益を見込む・本稿の時点で持続性は未確定) スーパーサイクルは恒常的成長に変わるか この判断の核心は、財務危機からの再建ではなく、外から到来したai半導体の検査需要という好機に、世界の最上位に立つテスタメーカーが生産能力と研究開発を先行させて応えた点にある。アドバンテストの業績は長く、顧客の設備投資サイクルに従属して激しく振れてきた。リーマン後の赤字も、3期連続の赤字も、需要を自ら制御できないという同じ構造課題から生まれている。生成aiがもたらした需要の急増は、その受け身の構造を、少なくともこの数年は追い風の側へ反転させた。世界最上位という地位があったからこそ、湧き上がった需要をまとめて取り込めたといえる。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6963/decisions/toshiba-power-semiconductor-2024/","t":"最大3000億円の拠出と引き換えに賭けたパワー半導体の協業","c":"ローム","y":2024,"col":"#e60012","s":"SiCパワー半導体で世界シェア3割のトップを狙うロームが、量産体制と生産人材の確保、顧客層の拡大を見据え、東芝の非公開化連合への資本参加という手段で協業の足場を…","x":"2024 ローム 東芝非公開化連合へ出資 最大3000億円の拠出と引き換えに賭けたパワー半導体の協業 2023年7月に東芝非公開化連合へ出資。自己資本比率85%前後の実質無借金を崩して3000億円を拠出し、パワー半導体で協業 sicパワー半導体で世界シェア3割のトップを狙うロームが、量産体制と生産人材の確保、顧客層の拡大を見据え、東芝の非公開化連合への資本参加という手段で協業の足場を築こうとした戦略的な資本配分 乾坤一擲の資本配分が残したもの この判断の核心は、実質無借金の堅実経営という長年の看板を自ら下ろし、3000億円という単独最大級の資本を東芝という他社の非公開化に投じた点にある。sicパワー半導体で世界のトップを狙うという事業戦略が、設備投資だけでは足りず、資本参加を通じた協業の足場づくりにまで踏み込ませた。堅実さで蓄えてきた自己資本が、20年成長のなかった会社にとって\"やるしかない\"大勝負の原資になった構図がうかがえる。財務規律とは、危機のためだけでなく、こうした一擲の場面で切る札でもあったと推察される。 資金調達・財務戦略 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/6965/decisions/nkt-photonics-acquisition-2024/","t":"デンマーク企業の取り込みによるレーザ・ファイバ光学領域への事業拡張","c":"浜松ホトニクス","y":2024,"col":"#003E92","s":"PMT独占の収益基盤を保ちながら、量子・半導体・医用で伸びるレーザ・ファイバ光学へ事業を拡大する目的の買収。デンマークの対内投資審査による一度の却下と再申請を経…","x":"2024 浜松ホトニクス nktフォトニクス子会社化 デンマーク企業の取り込みによるレーザ・ファイバ光学領域への事業拡張 2022年6月9日の取締役会決議に基づき、ベルギーの連結子会社を通じてnkt photonics a/sの全株式を取得する株式譲渡契約を締結。デンマーク政府が一度は申請を却下し、株式取得日は当初予定から1年2カ月遅れの2024年5月31日となった pmt独占の収益基盤を保ちながら、量子・半導体・医用で伸びるレーザ・ファイバ光学へ事業を拡大する目的の買収。デンマークの対内投資審査による一度の却下と再申請を経て、当初予定から1年2カ月遅れで株式を取得した 取得した技術を柱にできるか この買収を単なる多角化の一手とみるのは、事の性格を捉えそこねる。浜松ホトニクスはpmtで世界シェア9割という強みを持つ一方、その強さが光を検出する技術に偏ることでもあった。有価証券報告書が、化合物半導体製造技術をベースとしたレーザダイオード事業を得意とする同社とファイバーレーザを得意とするnkt photonics a/sは相補的な関係になると記したのは、光を発する側の技術基盤を欧州ごと獲得し、検出と発光を一社で揃える構えを取るという意味であった。439億29百万円という取得原価は、その空白を自前で埋める時間を金で買った代償なのだろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/7004/decisions/quality-misconduct-2024/","t":"特別調査委員会の設置と、6分野へ広がった不正の認定","c":"カナデビア","y":2024,"col":"#009078","s":"舶用エンジン事業の連結子会社で不適切行為が判明し、外部有識者だけの特別調査委員会を設置してグループ全体へ調査を拡大し、6項目の再発防止策と品質コンプライアンス委…","x":"2024 カナデビア 舶用エンジンの品質不適切行為 特別調査委員会の設置と、6分野へ広がった不正の認定 2024年7月に舶用エンジン事業の連結子会社で不適切行為が判明し、独立した外部有識者による特別調査委員会を設置した。調査は可燃ごみ焼却施設・し尿処理施設・橋梁などへ広がり、2025年3月期に3,567百万円の品質不適切行為関連費用を計上した 舶用エンジン事業の連結子会社で不適切行為が判明し、外部有識者だけの特別調査委員会を設置してグループ全体へ調査を拡大し、6項目の再発防止策と品質コンプライアンス委員会の設置に至った 調査を自ら拡大した会社が負ったもの この案件の芯は、舶用エンジンという一事業の不正そのものよりも、調査の範囲を会社自身が広げた点にあるのだろう。発端は連結子会社1社で、そこで区切って調査を終える選択肢もあった。実際に選んだのはグループから独立した外部有識者だけで委員会を構成することで、結果として可燃ごみ焼却施設、し尿処理施設、橋梁、鋳物製品、特殊バルブまで、主力の環境プラントを含む6分野に不適切行為が認定された。公表が2025年3月から11月まで三度に分かれたのは、調査が終わる前に判明した分から順次公表する方針をとったためだろう。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7012/decisions/defense-slush-fund-2024/","t":"潜水艦事業の裏金と舶用エンジン検査データ改ざんの露呈、そして統治の立て直し","c":"川崎重工業","y":2024,"col":"#E60013","s":"大阪国税局の税務調査と防衛省の特別防衛監察という外部からの摘発を契機に、潜水艦事業の裏金・接待と舶用エンジンの検査不正が相次いで露呈し、統治の立て直しを迫られた","x":"2024 川崎重工業 海上自衛隊への裏金供与 潜水艦事業の裏金と舶用エンジン検査データ改ざんの露呈、そして統治の立て直し 2024年に潜水艦修繕事業の裏金が発覚。架空取引を原資に海上自衛隊員へ金品を供与し8月には舶用エンジンの改ざんも判明 大阪国税局の税務調査と防衛省の特別防衛監察という外部からの摘発を契機に、潜水艦事業の裏金・接待と舶用エンジンの検査不正が相次いで露呈し、統治の立て直しを迫られた 受注が約束された事業の、緩んだ規律 この問題の核心には、確実に受注が取れる寡占事業という構造がある。競争にさらされない領域で、しかも数カ月にわたって発注者と受注者が同じ現場に寝起きする——その閉じた関係のなかで、工具や飲食の融通が線を越え、架空取引という裏金の仕組みまで組み上がっていった。規程が禁じていたことと現場で続いていたことの隔たりは、外部の目が届かない場所ほど大きくなりやすい。税務調査という別方向からの光がなければ、慣習はなお温存されていたと推察される。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7013/decisions/aeroengine-concentration-loss-2024/","t":"航空エンジンへの経営資源の集中が招いた過去最大の損失計上","c":"IHI","y":2024,"col":"#2056AE","s":"造船分社化と非注力整理の末に残った航空エンジンへの集中が、GTFの品質問題への応分負担によって過去最大の赤字として顕在化し、集中戦略の再設計を迫る契機となった判…","x":"2024 ihi gtf応分負担で過去最大赤字 航空エンジンへの経営資源の集中が招いた過去最大の損失計上 2024年3月期にgtfの応分負担で過去最大の赤字。米プラット・アンド・ホイットニーのpw1100g-jmの品質問題で682億円 造船分社化と非注力整理の末に残った航空エンジンへの集中が、gtfの品質問題への応分負担によって過去最大の赤字として顕在化し、集中戦略の再設計を迫る契機となった判断 選んだのではなく残った集中の危うさ この一件の核心は、品質問題そのものよりも、その衝撃をやわらげる仕組みを会社が持っていなかった点にある。造船をはじめ周辺の事業を削り落として残った航空エンジンは、参入障壁の高さと収益の息の長さという利点を確かに備えていた。だが、能動的に選んだのではなく整理の帰結として立ち上がった集中は、危険を分野をまたいで薄める働きを弱め、外から来た費用の波を会社の収益基盤へまっすぐ伝えてしまう。682億円という赤字は、その構造が一度に表面化した記録として読むことができる。 選択と集中 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/7013/decisions/engine-data-falsification-2024/","t":"「技術を欺いた」不正の露見","c":"IHI","y":2024,"col":"#2056AE","s":"子会社IHI原動機の船舶用・陸上用エンジンで試運転記録の不適切な修正が判明し、特別調査委員会の設置から再発防止策の策定、経営陣の報酬返上、顧客への燃費補償まで対…","x":"2024 ihi ihi原動機の燃費データ改ざん 「技術を欺いた」不正の露見 2024年4月にihi原動機の試運転記録の不適切な修正が発覚。特別調査委員会を設置し、同年10月30日に再発防止策を公表、11月6日に経営陣の報酬返上を決めた 子会社ihi原動機の船舶用・陸上用エンジンで試運転記録の不適切な修正が判明し、特別調査委員会の設置から再発防止策の策定、経営陣の報酬返上、顧客への燃費補償まで対応を迫られた品質統治の失敗 数字を扱う会社の、数字への信頼 この不正の重さは、金額の大小ではなく、それが起きた時機にあるのだろう。2019年に瑞穂工場の民間航空機エンジン整備事業で不適切な検査が発覚し、グループをあげて再発防止に取り組んでいる最中の再発だった。燃料消費率は顧客との契約仕様であると同時に、窒素酸化物の排出規制への適合を支える数値でもある。その数値に手を入れるという選択が、是正の只中でなお現場に残っていたことは、個人の逸脱というより、数値を良く見せることを許してきた組織の空気の問題を示している。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/7203/decisions/group-certification-fraud-2024/","t":"グループ3社の不正を受けた開発・認証体制の引き取り","c":"トヨタ自動車","y":2024,"col":"#EB0A1E","s":"グループ3社で重なった認証不正に対し、監督の強化にとどめず、小型車とエンジンの開発から認証までを本体へ引き取る体制変更を選んだ","x":"2024 トヨタ自動車 ダイハツ・日野の認証不正対応 グループ3社の不正を受けた開発・認証体制の引き取り 2024年、ダイハツ工業・日野自動車・豊田自動織機の認証不正を受け、小型車とエンジンの開発から認証までをトヨタが引き取った。日野自動車による認証不正問題の営業利益への影響は2,805億円 グループ3社で重なった認証不正に対し、監督の強化にとどめず、小型車とエンジンの開発から認証までを本体へ引き取る体制変更を選んだ 引き取った責任の重さ この2年で引き受けたのは、子会社の不祥事の後始末ではなく、グループの分業そのものの組み替えだったと思われる。小型車をダイハツ工業に任せ、エンジンの一部を豊田自動織機に委ね、商用車を日野自動車に預ける分業体制は、親会社が商品企画の上流を握りながら、認証という出口の責任は各社に負わせる構造でもあった。その出口で3社が相次いで躓いたとき、選ばれたのは監督の強化ではなく、開発から認証までを自ら引き取ることだった。委託に変えるという言い方は穏やかだが、実質は小型車の責任を本体へ戻す判断である。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7649/decisions/ih-hanshin-chozai-acquisition-2024/","t":"調剤薬局大手I&Hを取り込んだ買収による調剤事業の急拡大","c":"スギホールディングス","y":2024,"col":"#048851","s":"創業以来「調剤」を軸としてきたスギHDが、2007年のジャパン買収以来17年ぶりの大型M&Aで調剤薬局大手I&H（阪神調剤グループ）を子会社化し、調剤事業と連結…","x":"2024 スギホールディングス 阪神調剤グループの買収 調剤薬局大手i&hを取り込んだ買収による調剤事業の急拡大 2024年2月にi&h(阪神調剤グループ)の買収を決議。9月に議決権66.72%を取得して子会社化し、425億円ののれんを計上した 創業以来「調剤」を軸としてきたスギhdが、2007年のジャパン買収以来17年ぶりの大型m&aで調剤薬局大手i&h(阪神調剤グループ)を子会社化し、調剤事業と連結規模を一気に押し上げた買収 創業の賭けを、規模で裏づける この買収の核心は、創業以来つらぬいてきた\"調剤\"という一点を、m&aで一気に太らせたところにある。スギhdは物販の安売りに背を向け、利益の薄い調剤を全店に併設する道を長く歩んできた。その調剤を、自前の出店だけでなく、専業の大手を丸ごと取り込むことでも広げてみせた。有機的な成長で築いた思想を、規模ごと買い足す——創業の理念と資本の力を接ぐ判断だっただろう。 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/7735/decisions/cleaning-leadership-2024/","t":"洗浄装置の世界首位を土台にした売上1兆円構想","c":"SCREEN HD","y":2024,"col":"#1064B0","s":"生成AIと微細化で洗浄工程の価値が高まる半導体市場で、好不況の波を承知のうえ需要のピークに設備で先回りし、彦根事業所の生産能力を増強して2033年3月期の売上1…","x":"2024 screen hd 彦根への集中投資 洗浄装置の世界首位を土台にした売上1兆円構想 2023年9月にscreenが10年計画を公表。半導体洗浄装置で世界シェア約4割の強みを土台に、広江敏朗社長が2033年3月期の売上高1兆円以上を目標に掲げた 生成aiと微細化で洗浄工程の価値が高まる半導体市場で、好不況の波を承知のうえ需要のピークに設備で先回りし、彦根事業所の生産能力を増強して2033年3月期の売上1兆円構想の裏づけを固める集中投資 シクリカルな産業で、ピークにどこまで賭けるか この判断の核は、財務の危機でも新規事業への転進でもなく、好不況の波が激しい半導体という産業で、需要のピークに能力増強をどこまで重ねるかにある。screenには、1990年代末の不況期に石田明社長が下した300ミリ量産への先行投資が、競合の脱落と寡占を招き寄せた成功体験がある。広江氏が2033年の1兆円を数字で区切り、彦根に量産を集めて増産を先へ延ばしたのは、その体験を長い時間軸へ引き延ばした選択と思われる。世界シェア首位という土台が、先回りの賭けを支える担保になった。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/7951/decisions/manufacturing-merger-2024/","t":"生産機能の国内集約","c":"ヤマハ","y":2024,"col":"#895ebd","s":"海外工場への工程移管を進めてきた生産戦略を転換し、国内製造子会社を共通支配下の取引として本体へ吸収合併し、生産の「マザー機能」を日本へ戻した判断","x":"2024 ヤマハ 国内製造子会社の吸収合併 生産機能の国内集約 2024年4月にヤマハが国内製造子会社を吸収合併。楽器と音響機器を製造するヤマハミュージックマニュファクチュアリングを消滅会社とした 海外工場への工程移管を進めてきた生産戦略を転換し、国内製造子会社を共通支配下の取引として本体へ吸収合併し、生産の「マザー機能」を日本へ戻した判断 原価の優位が消え、生産機能の所在を選び直した この合併の実質は、組織の統合ではなく生産機能の所在の選び直しにある。2014年に国内の楽器・音響機器の生産事業を子会社3社へ会社分割したとき掲げたのは、共通機能と生産負荷の相互補完による合理化と、コスト構造改革を通じた製造原価の低減だった。以後10年、工程は労務費の低い海外へ移管された。その流れを止め、分社した製造機能を共通支配下の取引として本体へ吸収合併したのが今回の判断である。理由に挙げたのは技術・技能の分散と継承できないリスク、そして海外労務費の上昇と円安による海外生産の優位性の低下。原価の優位が消えたことが、垂直統合を国内で組み直す判断を呼んだ。 リストラ・構造改革 持株会社化・グループ再編 海外撤退・縮小"},{"k":"decision","u":"/tse/8015/decisions/quality-over-volume-2024/","t":"台数依存からの脱却と、売上10兆円規模の商社化","c":"豊田通商","y":2024,"col":"#005CA2","s":"トヨタの新車販売台数が売上を決めた単線的な依存構造から、加商・トーメン・CFAO・再エネ・電池材料など非自動車・非資源の付加価値事業へ収益源を拡大し、一台あたり…","x":"2024 豊田通商 台数依存からの構造転換 台数依存からの脱却と、売上10兆円規模の商社化 2024年3月期に売上高10兆円を超えた。貸谷伊知郎社長のもとで台数依存を薄め、非自動車・非資源の付加価値事業を伸ばした トヨタの新車販売台数が売上を決めた単線的な依存構造から、加商・トーメン・cfao・再エネ・電池材料など非自動車・非資源の付加価値事業へ収益源を拡大し、一台あたり利益と事業の幅で収益を上げる「質依存」の構造へ移り、売上10兆円・利益3000億円台の商社へ到達した面的な収益構造の再構築 単線から複線へ、そして次の問い 台数依存からの脱却は、ある一日の決断ではなく、20年ぶんの投資が同時に効いた結果と思われる。加商とトーメンで非自動車を、cfaoでアフリカを、ユーラスで再エネを、そして電池材料で川上を——豊田通商は時期をずらして仕込んだ事業を、資源高と自動車生産の回復という追い風のなかで一斉に稼ぎへ変えた。単線の依存を、複数の事業と地域に分散した複線の構造へ組み替えた歩みといえる。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/8053/decisions/elliott-sumitomo-corp-roe-2024/","t":"中期経営計画2026での株主還元強化","c":"住友商事","y":2024,"col":"#6ab2b5","s":"減損を繰り返してROEが揺れた住友商事が、エリオットの株式取得が表面化した直後の2024年5月に中期経営計画2026を公表し、ROE12％以上の維持と総還元性向…","x":"2024 住友商事 エリオットの株式取得 中期経営計画2026での株主還元強化 2024年4月に米エリオットの株式取得が表面化。上野真吾社長は5月に中期経営計画2026を示し、roe12%以上と当期利益6500億円を約束した 減損を繰り返してroeが揺れた住友商事が、エリオットの株式取得が表面化した直後の2024年5月に中期経営計画2026を公表し、roe12%以上の維持と総還元性向40%以上・累進配当・3年間0.7兆円以上の株主還元を明示した資本政策の転換 先回りの還元が残したもの この一件の特徴は、対立が一度も表面化しなかった点にある。エリオットは株主提案も公開書簡も出さず、住友商事も名指しの反論をしていない。2024年6月の定時株主総会に株主提案はなく、会社が差し出したのはroe12%以上と0.7兆円以上の株主還元という検証可能な数字のほうだった。要求が公然と掲げられる前に約束を置くことで、アクティビストが論点を握る余地を先回りして消した形になったとみられる。 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8058/decisions/governance-transition-2024/","t":"監査役会設置会社をやめ、決定の権限を執行へ委ね、諮問機関を二つに割った選択","c":"三菱商事","y":2024,"col":"#FF0000","s":"加速する外部環境の変化への対応力を高めるため、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移り、重要な業務執行の決定の一部を執行側へ委ねて、取締役会を監督に寄せた…","x":"2024 三菱商事 監査等委員会移行と委員会分割 監査役会設置会社をやめ、決定の権限を執行へ委ね、諮問機関を二つに割った選択 2024年6月に監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役は9名から15名、社外取締役は4名から7名となり、諮問機関はコーポレートガバナンス・指名委員会と報酬委員会に分かれた 加速する外部環境の変化への対応力を高めるため、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移り、重要な業務執行の決定の一部を執行側へ委ねて、取締役会を監督に寄せた判断 監督の仕組みを替えた意味 この移行で実際に動いたのは、監督の強化という言葉よりも、取締役会が個別案件の決裁からどこまで降りるかという線引きだったと思われる。投融資案件の付議・報告の定量基準を引き上げ、重要な業務執行の決定の一部を業務執行取締役へ委ねたことが、その具体である。監査役会設置会社のままでも審議時間の半分を経営戦略に割けていた会社が、それでも機関設計そのものを替えたのは、監査役という議決権を持たない立場のままでは監督の担い手が意思決定の場に加われなかったからだろう。監査役5名がそのまま監査等委員である取締役となり、取締役会の議決に加わることになった。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8058/decisions/portfolio-rotation-2024/","t":"連結で抱えた生活産業の2社を、共同経営と全量売却で持ち替えた選択","c":"三菱商事","y":2024,"col":"#FF0000","s":"連結子会社として抱えたローソンをKDDIとの共同経営へ移行し、日本KFCホールディングスの持分を全量売却して、循環型成長モデルの下で生活産業の持ち方を組み替えた…","x":"2024 三菱商事 ローソン共同経営化と日本kfc売却 連結で抱えた生活産業の2社を、共同経営と全量売却で持ち替えた選択 2024年にローソンをkddiとの共同経営へ移行し、日本kfcホールディングス株式の全量を売却した。出資比率は各50%となり、残存持分の再評価益など1,821億円を計上した 連結子会社として抱えたローソンをkddiとの共同経営へ移行し、日本kfcホールディングスの持分を全量売却して、循環型成長モデルの下で生活産業の持ち方を組み替えた判断 譲渡したのは事業ではなく支配 この判断の芯は、事業を売却したことではなく、支配権を譲渡したことにある。日本kfcは持分を全量外した売却だが、ローソンは50%を持ち続けている。変わったのは連結という帳簿上の位置づけと、単独で決める権利をkddiと分け合った点である。単独支配の喪失は、会計上は残存持分を公正価値で測り直す機会になり、182,070百万円の再評価益として一度に表へ出た。長く持ち続けた資産の含みが、支配の放棄と引き換えに数字として顕在化したことになる。総合商社の持ち分を寝かせる経営から、持ち方そのものを設計し直す経営へ移ったと推察される。 資金調達・財務戦略 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/8088/decisions/cosmo-energy-alliance-2024/","t":"株式の取得に踏み込んだ資本業務提携による関係の強化","c":"岩谷産業","y":2024,"col":"#E60012","s":"水素・LPガス・産業ガス・マテリアル分野での協業拡大を通じ、化石燃料から水素・再生可能エネルギーへの移行を共同で進める事業戦略","x":"2024 岩谷産業 コスモエネルギー株取得 株式の取得に踏み込んだ資本業務提携による関係の強化 2023年12月からコスモエネルギーhd株の取得に動いた。岩谷産業が議決権20.07%を保有する筆頭株主となり、資本業務提携を締結した 水素・lpガス・産業ガス・マテリアル分野での協業拡大を通じ、化石燃料から水素・再生可能エネルギーへの移行を共同で進める事業戦略 「フルベット」の代償 発表当初、市場の反応は冷ややかであった。旧村上ファンドの株式を一括で引き取った岩谷産業の株価は、取得発表直後に1割近く下げた。1,000億円を超える借入を1年以内に返済する必要があるという財務構造も、増資観測を招く材料になっていたと思われる。エネルギー専門商社が石油元売りの持株会社を持分法適用会社に組み込むという組み合わせは、一見しただけでは狙いが読み取りにくいものであった。 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8098/decisions/majority-investment-shift-2024/","t":"自力成長からマジョリティ出資への方針転換と、大五通商・ノバセルの取り込み","c":"稲畑産業","y":2024,"col":"#003F87","s":"自力の成長だけでは長期ビジョンに届かないという判断のもと、マジョリティ出資を含む買収へ資本配分を組み替えた戦略","x":"2024 稲畑産業 丸石化学品など連続買収 自力成長からマジョリティ出資への方針転換と、大五通商・ノバセルの取り込み 2024年5月に中期経営計画new challenge 2026を公表。稲畑産業は丸石化学品・大五通商・ノバセルを相次いで子会社にした 自力の成長だけでは長期ビジョンに届かないという判断のもと、マジョリティ出資を含む買収へ資本配分を組み替えた戦略 買収する会社に変わることの、その先 この判断で目を引くのは、業績が悪いから買ったのではないという点にある。稲畑産業は3期連続で過去最高を更新した直後に、自力の伸びだけでは長期ビジョンに届かないと社長自身が述べ、資本配分の枠組みを数字で外へ示した。好調な会社が自らの成長の型を不足と呼ぶのは、簡単なことではない。2023年の丸石化学品と大五通商は、いずれもすでに株式の一部を持っていた相手の持ち分を引き上げる案件であり、見知らぬ会社をいきなり買いに行く形ではなかった。丸石化学品は議決権47.03%を持つ持分法適用会社から23.95%を買い足して70.98%としたもので、取得原価3,222百万円のうち2,203百万円は保有済み株式の時価が占める。実際に動いた現金は1,018百万円である。関連会社の整理を最大の試練として語った稲畑勝太郎社長らしい、手元の関係から広げる進み方だったと推察される。 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8130/decisions/kondo-succession-2024/","t":"入社1年4か月の中央化学前社長への交代と、指名報酬委員会主導の後継選定","c":"サンゲツ","y":2024,"col":"#333333","s":"指名報酬委員会が2年をかけて後継者を選定し、三菱商事から中央化学の社長を経て入社1年4か月の近藤康正氏へ、10年続いた安田体制からの承継を決めた","x":"2024 サンゲツ 近藤康正氏が社長就任 入社1年4か月の中央化学前社長への交代と、指名報酬委員会主導の後継選定 2024年4月に近藤康正氏が代表取締役社長執行役員へ就任した。三菱商事から中央化学の社長を経て2022年12月にサンゲツへ入社した人物が、10年務めた安田正介氏の後を継いだ 指名報酬委員会が2年をかけて後継者を選定し、三菱商事から中央化学の社長を経て入社1年4か月の近藤康正氏へ、10年続いた安田体制からの承継を決めた 二代続けて外から迎えた社長 この承継で目を引くのは、後任の前歴そのものよりも、前任と後任が同じ出自を持つことである。安田正介氏は三菱商事の常務執行役員から取締役として迎えられ、近藤康正氏も三菱商事から中央化学の社長を経てサンゲツへ入った。創業家から非創業家へ移った2014年の交代は「創業家以外からはじめての社長就任」と位置付けられたが、その次に来たのもまた、社内で育った人物ではなかった。10年のあいだに社内から後継が立たなかったと見るか、外から人を迎える回路を経営の常道として定着させたと見るかで、この承継の読み方は変わってくる。 トップ交代・承継 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/8194/decisions/audit-committee-transition-2024/","t":"監査役会を畳んで監査を取締役会の議席へ移管し、社外取締役を4名から6名へ増やした機関設計の組み替え","c":"ライフコーポレーション","y":2024,"col":"#009944","s":"取締役会の監督機能を強め、意思決定を迅速化するため、2024年5月の定時株主総会で定款を変更して監査等委員会設置会社へ移行し、監査役会を廃して監査を取締役会の議…","x":"2024 ライフコーポレーション 監査等委員会移行と社外6名体制 監査役会を畳んで監査を取締役会の議席へ移管し、社外取締役を4名から6名へ増やした機関設計の組み替え 2024年5月に監査等委員会設置会社へ移行。監査役4名の体制を改め、取締役会を取締役7名と監査等委員である取締役4名の11名とし、社外取締役は6名になった 取締役会の監督機能を強め、意思決定を迅速化するため、2024年5月の定時株主総会で定款を変更して監査等委員会設置会社へ移行し、監査役会を廃して監査を取締役会の議席に移管するとともに、定款上の員数の上限を25名から15名へ引き下げた 監査を議席へ移管するということ この移行で起きたのは、監査を担う人を入れ替えることではなく、監査役会という別室を畳んで、その機能を取締役会の議席へ移したことである。常勤監査役と社外監査役の1名は監査等委員としてそのまま残り、監査等委員会にも常勤を1名置いた。日々の監査の手触りを捨てたわけではない。変わったのは、監査を担う者が取締役として議決権を持ったことだ。社外取締役は4名から6名へ増え、11名の取締役会の過半を社外が占める体制になったとみられる。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8304/decisions/daiwa-capital-alliance-2024/","t":"証券大手を引受先とする519億円の第三者割当増資による資本の受け入れ","c":"あおぞら銀行","y":2024,"col":"#00a0e9","s":"米国オフィス向け融資の引当と外債の評価損で15年ぶりの赤字となり自己資本の増強が急務となる一方、アクティビストが筆頭株主に立ったため、大手証券グループを株主に迎…","x":"2024 あおぞら銀行 大和証券と資本業務提携 証券大手を引受先とする519億円の第三者割当増資による資本の受け入れ 2024年5月に大和証券と資本業務提携を発表。あおぞら銀行が519億円の第三者割当増資を大和証券グループ本社へ割り当てる 米国オフィス向け融資の引当と外債の評価損で15年ぶりの赤字となり自己資本の増強が急務となる一方、アクティビストが筆頭株主に立ったため、大手証券グループを株主に迎える増資と業務提携で資本と収益源を同時に確保した 筆者の見解 配当を止めた3カ月半後に519億円の増資を決めたという順番が、この判断の性格を語っている。あおぞら銀行は公的資金完済後の2016年3月期から配当性向約50%を掲げ、四半期配当で個人株主を集めてきた銀行で、その看板を下ろしてなお資本が足りなかった。相手が大和証券グループ本社になったのは、上場企業約4,000社の半数で幹事を務める顧客基盤という取引上の理由が大きいとみられるが、再上場の主幹事であり社長同士が10年来の間柄という関係の近さも、短い時間で条件をまとめる助けになったと考えられる。 資金調達・財務戦略 アクティビスト・株主提案対応 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8425/decisions/marubeni-capital-alliance-2024/","t":"第三者割当増資による20%の資本参加と、総合商社の持分法適用関連会社化","c":"みずほリース","y":2024,"col":"#1A3A6F","s":"累計1,500億円のインオーガニック投資を掲げた計画の原資を確保しつつ、銀行と商社の双方から案件を引く位置を保つため、丸紅にみずほFGとほぼ並ぶ議決権を渡した","x":"2024 みずほリース 丸紅の出資受け入れ 第三者割当増資による20%の資本参加と、総合商社の持分法適用関連会社化 2024年5月に丸紅の出資を受け入れ。第三者割当増資と既存株主からの取得で出資比率を約4%から20%へ引き上げ、投じた額は総額約500億円 累計1,500億円のインオーガニック投資を掲げた計画の原資を確保しつつ、銀行と商社の双方から案件を引く位置を保つため、丸紅にみずほfgとほぼ並ぶ議決権を渡した 二人の株主を同列に扱う みずほに続いて丸紅を迎えた判断を、資本増強という言葉だけで読むと肝心のところが抜ける。5年のあいだに二度渡したのは、いずれも20%台の議決権であり、子会社化には届かない比率であった。2024年3月末に23.03%と4.4%だった二社の持株は、翌期末には23.09%と20.0%で並んでいる。銀行と商社のどちらの系列にも吸収されないまま双方から案件を引くには、二人の株主を同じ高さに置くほかなかっただろう。 資本提携・政策保有 資金調達・財務戦略 グローバル経営体制"},{"k":"decision","u":"/tse/8601/decisions/wealth-management-shift-2024/","t":"単品売買モデルとの決別と、顧客の資産価値最大化への軸足の移動","c":"大和証券グループ本社","y":2024,"col":"#d32e0b","s":"手数料自由化とネット証券の台頭で単品売買の証券モデルが行き詰まるなか、中田誠司社長の逆張り店舗拡大で対面接点を残したうえで、荻野明彦社長が創業以来の売買仲介から…","x":"2024 大和証券グループ本社 資産管理型ビジネスへの転換 単品売買モデルとの決別と、顧客の資産価値最大化への軸足の移動 2024年4月に資産管理型ビジネスへ移る。荻野明彦社長のもとで顧客の資産価値最大化を掲げ、創業以来の単品売買モデルを改めた 手数料自由化とネット証券の台頭で単品売買の証券モデルが行き詰まるなか、中田誠司社長の逆張り店舗拡大で対面接点を残したうえで、荻野明彦社長が創業以来の売買仲介から顧客の資産価値最大化を掲げる資産管理型へと転換した、市況の変化を契機としたビジネスモデルの転換。 販売手法ではなく収益構造を替える この転換が狙ったのは、売り方ではなく稼ぎ方の物差しそのものを替えることであった。株式や債券を売買するたびに手数料を得るという、証券業が創業以来続けてきた作法から距離を置き、顧客の資産価値を高めることを収益の源に据え直す——中田体制が逆張りで守り抜いた対面の店舗網は、その転換の基盤として引き継がれた。守ることと変えることを二段構えで運んだ経営の呼吸に、この会社の連続と断絶が同居している。 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8630/decisions/bigmotor-governance-2024/","t":"保険金不正の発覚を受けた経営陣の総入れ替えとガバナンスの立て直し","c":"SOMPOホールディングス","y":2024,"col":"#db0011","s":"金融庁の保険業法に基づく業務改善命令を受け、経営責任を明確化するとともに、営業優先の企業文化と、悪い報せが経営に届かなくなった内部統制を立て直すための統治改革","x":"2024 sompoホールディングス ビッグモーター問題と経営刷新 保険金不正の発覚を受けた経営陣の総入れ替えとガバナンスの立て直し 2024年1月にビッグモーター問題で経営陣を刷新。金融庁が損保ジャパンとsompoホールディングスへ業務改善命令を出し、白川儀一社長が引責辞任 金融庁の保険業法に基づく業務改善命令を受け、経営責任を明確化するとともに、営業優先の企業文化と、悪い報せが経営に届かなくなった内部統制を立て直すための統治改革 側近人事という影 この判断が映し出すのは、機関設計を先端の指名委員会等設置会社まで進めながら、実質としては一人のトップへの集中と現場からの情報遮断を許していたという、形式と実態の乖離である。命令が突いたのが担当者個人の過失ではなく「適切な企業文化の醸成に向けた取組み」であったこと、そして再発防止策の筆頭に執行のトップが取締役会議長を担う形態の見直しが置かれたことは、問題の根を仕組みと風土に見ていたからだろう。危機に追われるなかで統治の骨格を組み替えた点に、平時の改革とは異なる緊張感がうかがえる。 経営再建・ターンアラウンド 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/8750/decisions/benefit-one-acquisition-2024/","t":"先行TOBへの対抗による、福利厚生代行最大手の取り込み","c":"第一ライフグループ","y":2024,"col":"#f08300","s":"少子高齢化で縮む国内保険市場の外に成長軸を求めるため、エムスリーの先行TOBに対抗して約950万人の会員を持つ福利厚生代行ベネフィット・ワンを1株2,173円・…","x":"2024 第一ライフグループ エムスリーに対抗し買収 先行tobへの対抗による、福利厚生代行最大手の取り込み 2024年にベネフィット・ワンを完全子会社化。第一生命ホールディングスがエムスリーの1株1,600円に2,173円で対抗し、tobの争奪戦を制した 少子高齢化で縮む国内保険市場の外に成長軸を求めるため、エムスリーの先行tobに対抗して約950万人の会員を持つ福利厚生代行ベネフィット・ワンを1株2,173円・総額約2,920億円で買収し完全子会社化した、保険業から保険サービス業への転換を象徴するm&a tob市場の新局面と、生保のポートフォリオ改革 第一生命によるベネフィット・ワンの買収が異例だったのは、価格の高さそのものよりも、日本の大企業がすでに進行しているtobに正面から対抗した点にある。相手の同意なく対抗提案に着手することを\"お行儀が悪い\"と避けてきた市場慣行のなかで、第一生命は約3週間で対抗の意思を固め、価格を積み増して争奪戦を制した。過半数を握る親会社が高値を選んだ結果、少数株主にも厚いプレミアムが及んだ点も、これまでの親子上場の解消とは異なる後味を残したといえる。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8766/decisions/policy-stock-zero-2024/","t":"2029年度末までに上場株の残高をなくすと決め、取引関係を株式で結ぶ慣行を捨てた","c":"東京海上ホールディングス","y":2024,"col":"#d50000","s":"損害保険業が積年抱えた政策保有株の持ち合いを、企業向け保険の価格調整問題と業務改善命令を触媒に、2029年度末（2030年3月末）までに残高ゼロへ解消すると決め…","x":"2024 東京海上ホールディングス 政策保有株ゼロ化 2029年度末までに上場株の残高をなくすと決め、取引関係を株式で結ぶ慣行を捨てた 2024年5月に政策投資株式を2029年度末までにゼロにすると決議した。2024年3月末に901銘柄あった東京海上日動の上場株は、2年で563銘柄へ減った 損害保険業が積年抱えた政策保有株の持ち合いを、企業向け保険の価格調整問題と業務改善命令を触媒に、2029年度末(2030年3月末)までに残高ゼロへ解消すると決めた資本政策の転換。決議から2年で保有時価を1兆6,680億円削減した 持ち合いを解いた先の損保 この判断の芯は、損害保険業が長く抱えてきた政策保有株という慣行を、外からの圧力を触媒にして手放す側へ大きく舵を切った点にある。企業向け保険の価格調整という不祥事と、適正な競争を阻害してきた業界慣行への指摘が、皮肉にも積年の持ち合いを解く後押しになった。縮減ではなく、持たないという到達点を業界に先んじて掲げたことの意味は小さくない。ただ、売却益は当面の利益を厚くする一方で、一度きりの果実でもある。株式を手放した先で、取引先との関係をどう保つかという別の問いも残る。 資本提携・政策保有 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/8801/decisions/elliott-buyback-2024/","t":"資産リサイクルの加速と株主還元の強化","c":"三井不動産","y":2024,"col":"#004097","s":"含み資産に対し株価が割安（NAVディスカウント）で低ROEだった三井不動産に、物言う株主エリオットが1兆円の自社株買いとOLC株売却を要求し、会社が長期経営方針…","x":"2024 三井不動産 エリオットの資本効率要求 資産リサイクルの加速と株主還元の強化 2024年4月に長期経営方針を打ち出した。米エリオット・マネジメントが株式を2%超取得し、1兆円規模の自社株買いとオリエンタルランド株の売却を求めた 含み資産に対し株価が割安(navディスカウント)で低roeだった三井不動産に、物言う株主エリオットが1兆円の自社株買いとolc株売却を要求し、会社が長期経営方針「& innovation 2030」でroe目標の引き上げ・株主還元の強化・政策保有株の半減を打ち出して応じた資本政策の転換 含み資産と資本効率、だれのための不動産会社か この判断の核心は、含み資産を抱えながら株価がその価値を下回る不動産会社に対して、物言う株主が資本効率の是正を迫った点にある。三井不動産は賃貸ビルの含み益とolc株という眠る資産を持ちながら、roeは7%程度にとどまっていた。エリオットが求めた1兆円の自社株買いとolc株の売却に、三井不動産はそのまま従ったわけではない。roe目標の引き上げ、総還元性向50%、政策保有株の半減を打ち出し、要求の方向をなぞりつつ、その水準と手順は自社の判断で描き直した。否決でも全面拒否でもなく、部分的に受け入れて資本政策を組み替える応じ方だった。 アクティビスト・株主提案対応 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/8923/decisions/meitetsu-alliance-2024/","t":"創業者に代わる筆頭株主の登場と、資本の後ろ盾の入れ替え","c":"トーセイ","y":2024,"col":"#71C7D4","s":"名古屋圏の資源を持つ事業会社を筆頭株主に迎え、投資単位の拡大と首都圏外への進出、そして安定株主の確保を同時に図った資本業務提携","x":"2024 トーセイ 名古屋鉄道と資本業務提携 創業者に代わる筆頭株主の登場と、資本の後ろ盾の入れ替え 2024年5月に名古屋鉄道と資本業務提携を締結した。名鉄は同年11月末で7,500,100株・15.47%を保有するトーセイの筆頭株主に浮上 名古屋圏の資源を持つ事業会社を筆頭株主に迎え、投資単位の拡大と首都圏外への進出、そして安定株主の確保を同時に図った資本業務提携 筆頭株主が入れ替わった年 この提携は、事業の話と資本の話が同じ一枚に収まっている点に特徴がある。事業の側で語られたのは、投資単位を100億〜200億円から300億〜500億円へ引き上げること、名古屋圏の情報網に手が届くこと、名鉄の物件を私募ファンドやクラウドファンディングに載せることであった。資本の側で起きたのは、1994年の第二創業から一貫して筆頭株主であった創業者が持株の半分以上を放し、その分を事業会社が引き受けたことである。名古屋鉄道は安定株主であると同時に、案件の出し手でもある。 資本提携・政策保有 創業家・同族 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9006/decisions/activist-pressure-2024/","t":"不動産の含み益をめぐって強まる株主圧力への対応と資本政策の見直し","c":"京浜急行電鉄","y":2024,"col":"#ED2939","s":"品川再開発に伴う不動産含み益とPBR1倍割れの資本効率を突いた旧村上ファンド系による京急株の取得・買い増しに対し、京急が総合経営計画のアップデートと自己株式取得…","x":"2024 京浜急行電鉄 村上ファンド系の株式取得 不動産の含み益をめぐって強まる株主圧力への対応と資本政策の見直し 2025年2月に村上系ファンドの大量保有が判明した。村上ファンド系の投資会社が京浜急行電鉄株の取得を進め、保有比率は5.11%、品川駅周辺の含み益が背景 品川再開発に伴う不動産含み益とpbr1倍割れの資本効率を突いた旧村上ファンド系による京急株の取得・買い増しに対し、京急が総合経営計画のアップデートと自己株式取得・不動産事業戦略の強化で資本効率の改善に動く一方、株主提案や統合には至らず対話が続いている(本稿の時点で未決着) 含み益を、だれの裁量でいつ開くか この事案の核心は、本業の値打ちを覆い隠すほど大きな資産を抱えた鉄道会社が、その資産の扱いを外部の投資家から問われた点にある。京成電鉄がオリエンタルランドという保有株の重さを突かれたのと同じ構図が、京急では品川の不動産含み益として現れた。簿価に眠る価値は株価に映らず、pbr1倍割れとなって割安を残す。旧村上ファンド系は、その眠った価値と資本効率の甘さの間隙に狙いを定めたと推察される。京急が正面からの衝突を避け、総合経営計画のアップデートと自己株式取得で応じた運びは、圧力の論点をみずからの経営の言葉に引き取ろうとする選択であった。 アクティビスト・株主提案対応 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9007/decisions/audit-committee-transition-2024/","t":"監査を担う役員への議決権の付与と、業務執行の決定権限の一部の取締役への委譲","c":"小田急電鉄","y":2024,"col":"#002395","s":"監査を担う役員に取締役会の議決権を与えて監督機能を強めると同時に、業務執行の決定権限の一部を取締役へ委ね、意思決定の速さを取りにいった機関設計の転換","x":"2024 小田急電鉄 監査等委員会設置会社への移行 監査を担う役員への議決権の付与と、業務執行の決定権限の一部の取締役への委譲 2024年6月27日の定時株主総会での定款変更の承認により、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行。取締役会は10名から13名となり社外取締役は4名から6名へ増え、定款上の取締役の定数は17名以内から20名以内に広がった 監査を担う役員に取締役会の議決権を与えて監督機能を強めると同時に、業務執行の決定権限の一部を取締役へ委ね、意思決定の速さを取りにいった機関設計の転換 監査役の席を取締役会へ この移行で実際に動いたのは、監査を担う人の席の位置である。監査役は取締役会に出席して意見を述べても票を持たなかったが、移行後は監査等委員である取締役4名が議決権を持って取締役会に座る。取締役会に議席を持つ社外取締役は4名から6名へ増えた。監督の強化とは、独立した目を増やすことよりも、その目に票を与えることだったと思われる。監査役会設置会社のままでも社外取締役は増やせたが、監査を担う側に票が回る構図はつくれなかった。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9009/decisions/palliser-olc-2024/","t":"保有株の一部を手放すことによる資本配分の見直しへの着手","c":"京成電鉄","y":2024,"col":"#015BAB","s":"低額の配当しか生まない保有株の縮小と資本コストを意識した資本配分を求めたパリサー・キャピタルの株主提案に対し、京成がOLC株の一部譲渡と特別配当・自己株式取得・…","x":"2024 京成電鉄 オリエンタルランド株を売却 保有株の一部を手放すことによる資本配分の見直しへの着手 2024年3月にオリエンタルランド株を一部譲渡した。英パリサー・キャピタルが保有比率の削減と資本配分の見直しを求め、京成電鉄は株主還元へ充てた 低額の配当しか生まない保有株の縮小と資本コストを意識した資本配分を求めたパリサー・キャピタルの株主提案に対し、京成がolc株の一部譲渡と特別配当・自己株式取得・株式分割による還元をみずからの裁量で進める一方、保有を議決権の15%未満へ縛る定款変更案は第181期定時株主総会で賛成率29.89%により否決した資本配分と株主対応 創業以来の保有株を、だれの裁量で解くか この判断の核心は、株主提案が否決されながら、その提案が突いた論点——保有株の縮小と資本の再配分——が、経営陣の手でそのまま実行された点にある。京成はパリサーの定款変更案を退け、議決権の15%未満という数値の縛りも、その期限を定款に書き込むことも受け入れなかった。それでも、2024年3月と11月のolc株譲渡、特別配当と自己株式の取得、株式分割は、いずれも提案株主が求めた方向を向いていた。助言会社の推奨を受けてなお賛成率が29.89%にとどまった一方で、経営が実際に選んだ道筋は、投票の結果とは別のところで決まっていた。 アクティビスト・株主提案対応 資本提携・政策保有 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9075/decisions/cross-shareholding-reduction-2024/","t":"取引維持のために持ってきた株式の売却と、成長投資・株主還元への振り向け","c":"福山通運","y":2024,"col":"#1E8C60","s":"ROEの低迷とPBR1倍割れを前に、取引関係の維持のために持ってきた政策保有株式を3か年で400億円縮減し、売却資金を成長投資と株主還元へ回す資本政策の転換","x":"2024 福山通運 第6次中計で政策保有株式を縮減 取引維持のために持ってきた株式の売却と、成長投資・株主還元への振り向け 2024年5月に第6次中期経営計画を公表し、政策保有株式の縮減を掲げた。3か年で400億円の縮減を目標に、2年で上場株式22銘柄を売却した roeの低迷とpbr1倍割れを前に、取引関係の維持のために持ってきた政策保有株式を3か年で400億円縮減し、売却資金を成長投資と株主還元へ回す資本政策の転換 荷主との証文を資本に戻す 運送会社にとって政策保有株式は、荷主との取引をつなぎ留める証文のようなものだったのだろう。それを3か年で400億円手放すと決めたのは、取引を株の持ち合いではなく運賃と輸送品質で結び直すという宣言とみることができる。同じ中計が運賃の適正化を事業方針の筆頭に置いているのは偶然ではないと思われる。2024年3月期の保有額が735億円まで膨らんだのは株価の上昇によるもので、連結純資産の4分の1が、本業と関わりの薄い値動きに左右される状態にあった。 資本提携・政策保有 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9090/decisions/cf-logi-tob-failure-2024/","t":"低温食品物流の取り込みを狙った同意なき買付けと、下限に届かなかった応募","c":"AZ-COM丸和ホールディングス","y":2024,"col":"#0085B2","s":"低温食品物流市場で強いプレゼンスを発揮し持続可能な物流システムを構築するため、大きなシナジーを見込んだC&Fロジホールディングスを1株3,000円の公開買付けで…","x":"2024 az-com丸和ホールディングス c&fロジのtob失敗 低温食品物流の取り込みを狙った同意なき買付けと、下限に届かなかった応募 2024年5月1日の取締役会でc&fロジへの公開買付けを決議し、1株3,000円で5月2日から6月19日まで実施した。応募は728,900株にとどまり不成立となった 低温食品物流市場で強いプレゼンスを発揮し持続可能な物流システムを構築するため、大きなシナジーを見込んだc&fロジホールディングスを1株3,000円の公開買付けで完全子会社化しようとしたが、応募が買付予定数の下限に届かず不成立に終わった事業戦略 資金力の限界と、変わらぬ成長志向 c&fロジホールディングスをめぐる攻防は、丸和hdが本業で培ってきた採算重視の経営哲学と、資金力にものを言わせる買収競争との間にある距離を映し出したといえる。対象者取締役会の同意を得ないまま踏み切った買付けは、1株3,000円という価格を据え置いたまま期間の満了を迎え、応募株券等は買付予定数の下限の1割にも満たなかった。丸和hdが自ら保有していたc&fロジ株をsgホールディングスの公開買付けへ応募して売却した事実は、この一件の帰結をそのまま示している。 敵対的・同意なき買収 破談・撤回"},{"k":"decision","u":"/tse/9143/decisions/cf-logi-tob-2024/","t":"AZ-COM丸和との競合買付けを制しての、傘下入りの実現","c":"SGホールディングス","y":2024,"col":"#003F87","s":"AZ-COM丸和ホールディングスとの競合TOBに対抗し、食品低温物流に強いC&Fロジホールディングスの上流・中流機能と、佐川急便のラストワンマイル配送網を組み合…","x":"2024 sgホールディングス c&fロジを競合tobで買収 az-com丸和との競合買付けを制しての、傘下入りの実現 2024年5月にc&fロジホールディングスへtob。1株5,740円・買付代金の上限1,237億円で、az-com丸和の先行提案に対抗した az-com丸和ホールディングスとの競合tobに対抗し、食品低温物流に強いc&fロジホールディングスの上流・中流機能と、佐川急便のラストワンマイル配送網を組み合わせて国内屈指のコールドチェーンを構築する事業戦略 高値の攻防が残したもの この一連の攻防を振り返ると、sghdが最終的に投じた取得原価1,243億円は、先行したaz-com丸和が示した1株3,000円のおよそ1.9倍にあたる価格を積み上げた結果であり、丸和の提案が表に出る直前の株価から見れば2.8倍の水準にあった。 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/9201/decisions/non-air-portfolio-2024/","t":"新体制の発足と、空を運ぶだけの会社から離れる構造改革の始動","c":"日本航空","y":2024,"col":"#CC0033","s":"新体制の発足を機に、市況変動の大きい航空事業への依存を是正するため、マイル経済圏やデジタルを軸に非航空事業の利益比率5割を目指す構造改革","x":"2024 日本航空 非航空事業の利益5割目標 新体制の発足と、空を運ぶだけの会社から離れる構造改革の始動 2024年4月に非航空事業の利益比率5割へ。jal初の女性社長となった鳥取三津子氏が、顧客視点で利益も最大化する改革を掲げた 新体制の発足を機に、市況変動の大きい航空事業への依存を是正するため、マイル経済圏やデジタルを軸に非航空事業の利益比率5割を目指す構造改革 好調のうちに動く、という順序 航空の売上がコロナ前を超えた今、あえて非航空事業の拡大に踏み込む判断は、好調のうちに次の柱を育てるという点で、過去の失敗の裏返しとみられる。1993年に高コスト体質の改善を好景気ゆえに先送りし、2010年の破綻で代償を払った歴史を思えば、需要が戻ったいま依存の是正に動く順序には、一貫した学習のあとがうかがえる。危機に追われてからではなく、余力のあるうちに手を打とうとしている。 隣接領域への展開 デジタル化・dx トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/9278/decisions/2024-internal-fraud-accounting/","t":"社内調査を外部の特別調査委員会へ委ね、組織的関与の有無を検証","c":"ブックオフグループホールディングス","y":2024,"col":"#013559","s":"店舗従業員による架空買取・不適切会計を外部の特別調査委員会で調査し、組織的関与の有無を検証したうえで役職者の処分と内部統制の立て直しに着手した局面","x":"2024 ブックオフグループホールディングス 架空買取・不適切会計発覚 社内調査を外部の特別調査委員会へ委ね、組織的関与の有無を検証 2024年に連結子会社の店舗で従業員による架空の買い取りと在庫の不適切な計上が発覚。外部専門家の特別調査委員会を設置し、営業利益は68百万円、税金等調整前当期純利益は618百万円減少した 店舗従業員による架空買取・不適切会計を外部の特別調査委員会で調査し、組織的関与の有無を検証したうえで役職者の処分と内部統制の立て直しに着手した局面 個人の不正か、仕組みの問題か この一件で会社が払った代償は、不正の実害ではなく、それが組織的でないと確かめるための費用だった。本事案が2024年5月期の営業利益を押し下げた額は68百万円にとどまる一方、外部調査と監査対応の見込額として積んだ引当金は550百万円に上る。だが、金額の非対称よりも重いのは、29件の不正がほぼ同じ時期に各地の店舗で別々に見つかったという事実のほうだろう。帳簿と実在庫の差異が店舗の評価に響き、それを避けたい圧力が現場にかかる——その仕組みが広く共有されていたからこそ、似た手口が独立して生まれたとみるほうが自然である。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/9433/decisions/kddi-lawson-2024/","t":"三菱商事との共同経営という形をとった全国店舗網の取り込み","c":"KDDI","y":2024,"col":"#E95721","s":"2024年2月6日にKDDIが三菱商事と基本契約書・株主間契約書を、3社で資本業務提携契約書を締結し、3月28日から4月25日までローソン株に公開買付けを実施し…","x":"2024 kddi ローソンをtobで買収 三菱商事との共同経営という形をとった全国店舗網の取り込み 2024年2月にローソンへの資本業務提携を締結。三菱商事と3社で契約を締結し、3月28日からのtobを経て議決権41.1%の持分法適用会社にした 2024年2月6日にkddiが三菱商事と基本契約書・株主間契約書を、3社で資本業務提携契約書を締結し、3月28日から4月25日までローソン株に公開買付けを実施した案件。決済の開始日である5月7日に議決権41.1%で持分法適用関連会社とし、同年8月のクロージングで三菱商事と各50.0%を持つ共同経営体制へ移った。9月からは三菱商事50%・kddi50%の新経営体制が動き出し、real×tech convenience、ponta経済圏の拡大、社会課題の解決の3つを共同経営の柱に掲げた。 経済圏の融合という新しい型 kddiによるローソンの公開買付けは、通信会社が全国規模のリアル店舗網を経済圏の基盤として取り込んだ、新しい型の資本提携といえる。リテイル分野で各社が業界横断のサービスを広げて自らの経済圏を築くなか、日々の生活接点を押さえる小売との融合は、通信・金融・ヘルスケアといった領域へ広げるための合理的な一手であった面は否めない。一方で、投じた資金が店舗網の規模に見合うリターンを生むかは、経済圏の競争が激しさを増すなかで、なお見極めが必要なのだろう。異業種の融合が掛け声で終わらず、店舗の現場の価値にどう結びつくかが問われる。 飛び地・非関連多角化 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/9449/decisions/holding-company-transition-2024/","t":"祖業のインフラ事業と広告・メディア事業の上場子会社GMOアドパートナーズへの吸収分割による承継と、本体のグループ経営への特化","c":"GMOインターネットグループ","y":2024,"col":"#005BAC","s":"祖業のインフラ事業を本体から上場子会社へ移管し、広告・メディア事業と一つの会社に統合したうえで、本体をグループ経営に特化した持株会社へ組み替えた判断","x":"2024 gmoインターネットグループ 持株会社体制への移行 祖業のインフラ事業と広告・メディア事業の上場子会社gmoアドパートナーズへの吸収分割による承継と、本体のグループ経営への特化 2024年6月に吸収分割契約を締結し、2025年1月1日に持株会社体制へ移行した。対象事業の売上高61,960百万円を承継したgmoアドパートナーズはgmoインターネットへ改称した 祖業のインフラ事業を本体から上場子会社へ移管し、広告・メディア事業と一つの会社に統合したうえで、本体をグループ経営に特化した持株会社へ組み替えた判断 祖業を子会社へ渡した本体 この再編は、組織図を整えるというより、本体が祖業の運営者であることをやめた判断だとみられる。売上高61,960百万円の事業を出したことで、本体の単体売上高は66,404百万円から29,587百万円へ縮み、中身は受取配当金へ入れ替わった。受け皿に選んだのが売上高12,997百万円の上場子会社だった点も目を引く。インフラの稼ぎを広告・メディアと同じ会社に入れ、その会社の議決権を92.0%まで握ることで、祖業を市場価格のつく子会社として持ち直した形と読める。 持株会社化・グループ再編 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9502/decisions/audit-committee-transition-2024/","t":"監査役会を廃し、議決権を持つ監査等委員と社外過半の取締役会が監督を担う機関設計へ","c":"中部電力","y":2024,"col":"#E60012","s":"執行と監督の分離を進めるため、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移り、監査等委員に取締役会の議決権を与えたうえで社外取締役を過半数とし、定款上の取締役の…","x":"2024 中部電力 監査等委員会設置会社へ移行 監査役会を廃し、議決権を持つ監査等委員と社外過半の取締役会が監督を担う機関設計へ 2024年6月26日の定時株主総会を以て、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役13名のうち社外取締役が7名と過半を占め、監査等委員である取締役5名が取締役会の議決権を持つ 執行と監督の分離を進めるため、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移り、監査等委員に取締役会の議決権を与えたうえで社外取締役を過半数とし、定款上の取締役の員数を20名から15名へ削減した機関設計の組み替え 議決権を持つ監査 機関設計の変更は制度の選び直しに見えるが、この移行で実際に動いたのは監査する側の立ち位置であった。監査役には取締役会の議決権が無く、意見を述べても決議には加われない。監査等委員である取締役5名が議決権を得たことで、監査の目線は決議の外から内側へ移る。取締役13名のうち7名を社外が占め、うち3名が監査等委員を兼ねる構成は、執行を担う4名の社内取締役に対して社外と監査が多数を成す形だといえる。定款上の員数を20名から15名へ絞ったのも、決議に加わる人数を抑えて議論の密度を上げる方向に働くと推察される。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9506/decisions/shareholder-proposals-nuclear-2024/","t":"3年続いた定款変更の請求と、原子力を維持する取締役会の反対","c":"東北電力","y":2024,"col":"#E60012","s":"原子力発電からの撤退と再生可能エネルギーへの転換、特別顧問の廃止を求める個人株主の定款変更提案が3年続けて出され、取締役会は全件に反対し、17議案すべてが特別決…","x":"2024 東北電力 女川原子力発電所への株主提案 3年続いた定款変更の請求と、原子力を維持する取締役会の反対 2024年6月から3年続けて、原子力発電をめぐる株主提案に取締役会が反対した。定款変更は出席議決権の3分の2の賛成が要り、第100回の5件、第101回・第102回の各6件はすべて否決された 原子力発電からの撤退と再生可能エネルギーへの転換、特別顧問の廃止を求める個人株主の定款変更提案が3年続けて出され、取締役会は全件に反対し、17議案すべてが特別決議の3分の2に届かず否決された株主提案への対応 否決の幅が語るもの この3年の株主提案は、可決を狙ったものではない。提案株主が持つ議決権は3,090個から2,814個へ細り、議決権総数の0.06%でしかなく、定款変更に要る3分の2にはどう組んでも届かない。それでも毎年6件前後を立て続けるのは、議案という形式でしか会社に文書で答えさせられないからだろう。取締役会の意見は招集通知に載り、原子力を重要な電源とする理由も、業務執行を定款で縛らないという建て付けも、株主の目の前に活字で並ぶ。否決の是非ではなく、答えを引き出すこと自体が提案の機能になっている。 アクティビスト・株主提案対応 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9507/decisions/shareholder-proposals-ikata-2024/","t":"3年続いた即時廃炉の請求と、3号機を最大限活用する取締役会の反対","c":"四国電力","y":2024,"col":"#E8053B","s":"伊方発電所3号機の即時廃炉と原子力事業からの撤退、事故に備えた損害賠償基金の設置を求める個人株主の提案が3年続けて出され、取締役会は全件に反対し、14議案すべて…","x":"2024 四国電力 伊方発電所への株主提案 3年続いた即時廃炉の請求と、3号機を最大限活用する取締役会の反対 2024年6月から3年続けて、伊方発電所をめぐる株主提案に取締役会が反対した。全取締役の即時解任を求めた第100回を含む3年14議案は、反対率95.4〜97.7%でいずれも否決された 伊方発電所3号機の即時廃炉と原子力事業からの撤退、事故に備えた損害賠償基金の設置を求める個人株主の提案が3年続けて出され、取締役会は全件に反対し、14議案すべてが特別決議の3分の2に届かず否決された株主提案への対応 総会と法廷、二つの窓口 同じ要求が、株主総会と裁判所の二つの窓口に同時に持ち込まれている。伊方発電所3号機の運転を止めよという請求は、松山・広島・大分・山口・高松の5系統で訴訟になり、株主総会では定款の変更として議案に立つ。訴訟では原告の請求が棄却され、総会では反対率97.7%で否決された。それでも二つの窓口が閉じないのは、どちらも会社に応答を義務づける仕組みだからだろう。招集通知に載る取締役会の意見は、三次元探査は必要ないという評価まで含めて活字になり、株主の手元に届く。 アクティビスト・株主提案対応 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9531/decisions/elliott-tokyogas-realestate-2024/","t":"5％の株式取得を背景に突きつけられた不動産売却要求への対応","c":"東京ガス","y":2024,"col":"#0068B7","s":"PBR1倍割れと還元後退が続いた東京ガスに対し、米エリオット・マネジメントが株式5.03％を取得してパークハイアット東京を含む75超の不動産（推定最大1.5兆円…","x":"2024 東京ガス エリオットの株式取得 5%の株式取得を背景に突きつけられた不動産売却要求への対応 2024年にエリオット・マネジメントが株式5.03%を取得。649億円を投じ新宿パークタワーなど75超の物件売却を要求 pbr1倍割れと還元後退が続いた東京ガスに対し、米エリオット・マネジメントが株式5.03%を取得してパークハイアット東京を含む75超の不動産(推定最大1.5兆円)の売却と株主還元の拡充を要求し、会社側が2年で計2,400億円規模の自社株買い・roeコミットメント・資産売却を組み込んだ中期経営計画で応じた資本効率経営への転換(本稿の時点で対話継続) 保有の圧力だけで資本政策は塗り替わった この攻防の特徴は、エリオットの要求が公開書簡や株主提案の形をとらず、5%の保有と水面下の対話だけで会社を動かした点にある。東京ガスは要求の個別項目を丸のみしたわけではない。しかし自社株買いの規模、roeのコミットメント、セグメント別roic管理の導入と、対応の一つひとつはエリオットが指摘した論点をなぞっており、保有の表面化から約1年で資本政策の骨格は塗り替わった。株価の上昇とエリオットの一部利益確定が併存した経過は、この型のエンゲージメントが敵対的な衝突を経ずに双方へ成果を配り得ることを示しているだろう。 アクティビスト・株主提案対応 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9602/decisions/anime-vertical-integration-2024/","t":"制作から北米配給までのグループへの取り込み","c":"東宝","y":2024,"col":"#003692","s":"製作委員会出資でIPを取得してきた東宝が、制作会社サイエンスSARUと北米配給会社GKIDSを相次ぎ子会社化し、制作から海外配給までを自社に取り込んだ垂直統合","x":"2024 東宝 サイエンスsaruとgkidsの子会社化 制作から北米配給までのグループへの取り込み 2024年6月にアニメ制作会社サイエンスsaruを子会社化し、10月にはtoho international, inc.を通じて北米配給のgkidsを取得原価192億円で子会社化した 製作委員会出資でipを取得してきた東宝が、制作会社サイエンスsaruと北米配給会社gkidsを相次ぎ子会社化し、制作から海外配給までを自社に取り込んだ垂直統合 上流と下流を同時に担うということ 配給会社が制作スタジオと海外配給網を買うのは、川上と川下への素直な拡張と映る。だが東宝の場合、それは順風の途中で選ばれた手であった。製作委員会に上位出資して当たり作の果実を取り込む形をすでに握っていながら、あえて制作の内製化と自前配給へ動いた。gkidsの取得原価19,200百万円のうち、受け入れた資産と引き受けた負債の差額を上回る12,789百万円がのれんとして残り、20年の均等償却が始まっている。買った配給ライセンスの価値は契約関連無形資産3,729百万円として5年で償却され、その先は取り込んだ機能が自力で稼げるかどうかにかかる。 垂直統合・内製化 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9675/decisions/fortress-going-private-2024/","t":"東証スタンダード市場からの上場廃止と非公開化への移行","c":"常磐興産","y":2024,"col":"#E60013","s":"老朽化した観光施設の更新投資を確保するため、増収増益のさなかに投資ファンドの傘下へ入り、75年余り続いた上場を終えた資本政策","x":"2024 常磐興産 米フォートレス系のtob受入 東証スタンダード市場からの上場廃止と非公開化への移行 2024年9月に米フォートレス系のtobへ賛同。ontario合同会社が第一回の買付価格を1株1,650円とし株主へ応募を推奨 老朽化した観光施設の更新投資を確保するため、増収増益のさなかに投資ファンドの傘下へ入り、75年余り続いた上場を終えた資本政策 稼ぐ力ではなく、直す力が尽きかけていた 2024年3月期の営業利益13億23百万円は、「経営計画2023」が置いた8億70百万円を5割上回っていた。それでも上場を閉じたのは、稼ぐ力ではなく直す力のほうが先に尽きかけていたからである。同じ期の観光事業の設備投資は1億29百万円で、減価償却費の八分の一にとどまる。1966年開業の施設は、単年度が黒字であっても毎年価値が低下していた。震災とコロナで積み上がった借入を抱えたまま、回収に年数のかかる更新投資を自力で背負う道は、実質的に閉じていたのだろう。 外資傘下入り・対内m&a mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 大型設備投資 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9749/decisions/going-private-2024/","t":"公開買付けへの賛同表明と、東証プライム市場からの退出","c":"富士ソフト","y":2024,"col":"#0C5ECB","s":"筆頭株主が主導した非公開化プロセスに対し、独立社外取締役6名の特別委員会を軸に検討を進め、経営推進上の課題である株主構成を整えることが最重要と判断してKKRの公…","x":"2024 富士ソフト kkr系tobで上場廃止 公開買付けへの賛同表明と、東証プライム市場からの退出 2024年8月に公開買付けへ賛同し応募を推奨。kkr傘下のfk株式会社が1株8,800円を提示し、提案は筆頭株主から持ち込まれた 筆頭株主が主導した非公開化プロセスに対し、独立社外取締役6名の特別委員会を軸に検討を進め、経営推進上の課題である株主構成を整えることが最重要と判断してkkrの公開買付けに賛同した 誰が決める場を掌握するか 富士ソフトの取締役会が最後まで扱いかねたのは価格ではなく、非公開化を検討する場が外から持ち込まれた事実であった。提案は会社が募ったものではない。筆頭株主の3d investment partnersが集めた投資家から届いた。それでも門前払いはせず、独立社外取締役6名の特別委員会に委ね、8,800円を上回る後発の提案まで俎上に載せて退けた。株主構成を整えるのが最重要という2024年7月の結論は、非公開化が統治の課題として選ばれたことを示している。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 アクティビスト・株主提案対応 創業家・同族 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9831/decisions/audit-committee-2024/","t":"監査等委員会設置会社への移行と、役員人事と報酬の決定に社外の目を通す仕組みの設置","c":"ヤマダホールディングス","y":2024,"col":"#004EA1","s":"監査・監督機能の充実を目的に監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移り、役員人事と報酬の決定過程に社外取締役が過半を占める任意の諮問機関を設置した機関設計の…","x":"2024 ヤマダホールディングス 指名・報酬委員会の新設 監査等委員会設置会社への移行と、役員人事と報酬の決定に社外の目を通す仕組みの設置 2024年6月27日に監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行。あわせて任意の指名・報酬委員会を設置し、取締役12名のうち5名を独立社外取締役とした 監査・監督機能の充実を目的に監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移り、役員人事と報酬の決定過程に社外取締役が過半を占める任意の諮問機関を設置した機関設計の組み替え 監督の仕組みと、決める人 この移行で実際に増えたのは、監督に携わる社外の人数だと思われる。監査役会設置会社の時代、社外の目は独立社外取締役3名と社外監査役2名に分かれ、取締役会の議決権を持つのは3名だけだった。監査等委員会へ移ると監査役という席は消え、その役目は取締役会のなかの5名へ移る。取締役12名のうち独立社外が5名、41.7%。議決権を持つ社外の比率は、移行の前後でおよそ倍になった。加えて役員人事と報酬に諮問機関が挟まり、決定の過程が一段増えた。機関設計としては、たしかに前より開いている。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9989/decisions/kirindo-alliance-2024/","t":"完全子会社化に踏み込まない、持分法にとどめた資本参加","c":"サンドラッグ","y":2024,"col":"#FB1D1B","s":"大型統合が相次ぐドラッグストア業界で、完全子会社化を避けキリン堂の間接持分33.4%を持分法で取得。互いの独立を保ったまま調達とPB開発を補い合い、自社出店と併…","x":"2024 サンドラッグ キリン堂と持分法提携 完全子会社化に踏み込まない、持分法にとどめた資本参加 2024年2月にキリン堂ホールディングスの持分を取得。間接持分33.4%で議決権55.6%は過半に達しながら連結子会社とせず持分法適用にとどめる 大型統合が相次ぐドラッグストア業界で、完全子会社化を避けキリン堂の間接持分33.4%を持分法で取得。互いの独立を保ったまま調達とpb開発を補い合い、自社出店と併せて売上高1兆円をめざす中堅独立の選択 独立と規模は両立するか この判断の核心は、1兆円を超える大手同士が統合へ動いていくなかで、あえて完全子会社化を避け、独立と補完を選んだ点にある。取得したのは親会社bcj-47の33.4%にあたる間接持分で、キリン堂ホールディングスに対する議決権の所有割合は55.6%と過半に届いた。それでも貞方宏司社長はキリン堂グループを連結子会社とはせず、持分法の適用にとどめている。持株比率ではなく実質的な支配が及ぶかどうかで線を引き、相手の経営の自主性を残した形である。店舗の重ならない関西のチェーンと、独立を保ったまま調達とpb開発で組む。上位連合に呑まれずに規模を補う一つの解を、才津達郎社長の時代から続く自立志向の延長線上に置いた選択だった。 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/mori-building/decisions/roppongi-5-nishi-2030/","t":"7000億円規模の再開発と、住友不動産との共同事業化","c":"森ビル","y":2024,"col":"#9FA0A0","s":"六本木ヒルズの2倍を超える7000億円規模の再開発に着手するにあたり、住友不動産と組み、ホテルは外部ブランドを誘致する形をとった。建設費の高騰と人手不足により着…","x":"2024 森ビル 六本木五丁目西地区の再開発着手 7000億円規模の再開発と、住友不動産との共同事業化 2024年4月に六本木五丁目西地区の都市計画決定。区域約9.2ヘクタールに高さ327メートルの2棟を含む7000億円規模の事業 六本木ヒルズの2倍を超える7000億円規模の再開発に着手するにあたり、住友不動産と組み、ホテルは外部ブランドを誘致する形をとった。建設費の高騰と人手不足により着工と竣工の時期は本稿の時点で確定していない 集める競争から、積む競争へ 六本木ヒルズは約11.0ヘクタールを約2867億円で建てた。六本木五丁目西地区は約9.2ヘクタールで7000億円規模になる。敷地は狭くなり、事業規模は2倍を超える。差の大半は、a-1街区だけで約79万4500平方メートルという床の量と、それを327メートルまで積み上げる工事の重さから生じていると推察される。土地を集める競争から、狭い土地にどれだけ積めるかの競争へ、六本木の再開発は場所を移している。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/1801/decisions/ps-mitsubishi-acquisition-2023/","t":"上場を残した過半取得と負ののれん","c":"大成建設","y":2023,"col":"#E85312","s":"高速道路リニューアル分野とプレストレスト・コンクリートの技術を持つピーエス三菱を公開買付けで取得し、上場を残したまま議決権50.20％だけを押さえて土木・建築の…","x":"2023 大成建設 ピーエス三菱をtobで買収 上場を残した過半取得と負ののれん 2023年11月にピーエス三菱の公開買付けを決議。取得原価24,028百万円で議決権50.20%を取得し、上場を維持したまま連結子会社とした。時価純資産を下回る取得で負ののれん発生益1,094百万円が生じた 高速道路リニューアル分野とプレストレスト・コンクリートの技術を持つピーエス三菱を公開買付けで取得し、上場を残したまま議決権50.20%だけを押さえて土木・建築の事業基盤を整えた買収判断 安く買収することと、働かせること この買収で払った24,028百万円は、受け入れた純資産50,046百万円の半分にも満たない。過半の議決権だけを押さえ、残る24,923百万円は非支配株主持分として外に置いたまま、差額の1,094百万円は負ののれん発生益として利益に計上された。上場を残したのは、買収資金を抑えながら高速道路リニューアルの技術と人を手元に引き寄せるための組み立てだったとみられる。同じ会社が2年後に東洋建設へ払った1,316億円と、そこで生じた735億円ののれんに比べると、この案件の設計は対照的である。 垂直統合・内製化 連続買収・ロールアップ pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/1802/decisions/silchester-dividend-2023/","t":"特別配当を求めた株主提案と、その後に動いた還元の目安","c":"大林組","y":2023,"col":"#00a84d","s":"自己資本を厚く積むゼネコンに増配を迫る株主提案に対し、自己資本配当率を目安とする長期安定配当と成長投資の枠を守る立場から取締役会が反対し、総会で否決された","x":"2023 大林組 シルチェスターの提案否決 特別配当を求めた株主提案と、その後に動いた還元の目安 2023年6月の第119回定時株主総会で、シルチェスターが求めた1株12円の特別配当の株主提案が否決された。会社は自己資本配当率3%程度を目安とする長期安定配当を根拠に反対し、翌期にその目安を5%程度へ引き上げた 自己資本を厚く積むゼネコンに増配を迫る株主提案に対し、自己資本配当率を目安とする長期安定配当と成長投資の枠を守る立場から取締役会が反対し、総会で否決された 否決のあとに動いた還元の物差し この一件を否決された株主提案として片づけると、そのあとに起きたことが見えなくなる。会社が反対の根拠に据えたのは、自己資本配当率という物差しそのものではなく、その目安を3%程度に置くという判断だった。物差しを残したまま目安だけを動かせば、提案を退けたという形を保ったまま還元は増える。実際に目安は翌期から5%程度へ移り、年間配当は3年で倍を超えた。争われていたのは還元をするかどうかではなく、その水準を誰の計算で決めるのかだったのだろう。 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/215A/decisions/debt-financed-growth-2023/","t":"無担保・無保証の銀行借入による運転資金の調達と累計403億円の資金構成","c":"タイミー","y":2023,"col":"#FFC700","s":"即日払いモデルが構造的に求める運転資金を、株式の希薄化ではなく無担保・無保証の銀行借入で賄い、創業者の持株比率を保ったまま成長資金を確保した資本政策","x":"2023 タイミー みずほ等3行から借入 無担保・無保証の銀行借入による運転資金の調達と累計403億円の資金構成 2023年9月にみずほ等3行から借入。無担保・無保証・年利1.0%未満で183億円と130億円を重ね、希薄化を避ける 即日払いモデルが構造的に求める運転資金を、株式の希薄化ではなく無担保・無保証の銀行借入で賄い、創業者の持株比率を保ったまま成長資金を確保した資本政策 弱点を説明材料に変えた資本政策 エクイティ調達が前年比27.3%減へ後退するなか、タイミーが借入を選べた核心は、即日払いで現金が先に出ていくという事業の弱点を、貸し手への説明材料に変えた点にある。立て替えが膨らむのは取扱高が伸びている証拠でもあり、三菱ufj銀行出身の八木智昭cfoはその読み替えを銀行の言語で示せる立場にあったのだろう。 資金調達・財務戦略 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/2220/decisions/profit-over-volume-2023/","t":"売上成長を追うのをやめ、主力4ブランドへの集中","c":"亀田製菓","y":2023,"col":"#BD0505","s":"原材料・エネルギー高騰と供給難によるシェア喪失を受け、数量を追う営業から付加価値による収益確保へ国内米菓事業の方針を切り替えた","x":"2023 亀田製菓 中長期成長戦略2030策定 売上成長を追うのをやめ、主力4ブランドへの集中 2023年8月に利益重視への方針転換。中長期成長戦略2030で2030年度の連結営業利益率10%を掲げ、値上げと不採算商品の整理を進めた 原材料・エネルギー高騰と供給難によるシェア喪失を受け、数量を追う営業から付加価値による収益確保へ国内米菓事業の方針を切り替えた 首位企業が数量を手放すとき 1975年から45年以上、亀田製菓は国内米菓の首位を守ってきた。首位企業にとって数量は市場への影響力そのもので、売り場を減らすことは棚の交渉力を弱める。にもかかわらず利幅を先に置けたのは、2022年に供給が追いつかず売り場を失った経験が先にあったからだとみられる。数量を取りにいっても供給できなければ売り場は守れない——その順序を実地で確かめたあとでは、価格で競う土俵に戻る理由が薄かった。 プライシング・価格政策 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/2282/decisions/structural-reform-2023/","t":"井川構造改革と「自前主義」からの転換","c":"日本ハム","y":2023,"col":"#DD0E20","s":"食肉市況への依存と海外事業の赤字で連結営業利益が急落し資本効率批判が強まるなか、井川伸久社長が不採算事業の売却・加工ライン削減・設備投資圧縮で「自前主義からの脱…","x":"2023 日本ハム ウルグアイbpuの売却 井川構造改革と「自前主義」からの転換 2023年8月にウルグアイbpuの売却。井川伸久社長が不採算のウルグアイ食肉事業を手放し、加工製造ラインの2割削減と設備投資の圧縮を掲げた 食肉市況への依存と海外事業の赤字で連結営業利益が急落し資本効率批判が強まるなか、井川伸久社長が不採算事業の売却・加工ライン削減・設備投資圧縮で「自前主義からの脱却」を掲げた構造改革 拡大の量から、資本の効率へ この構造改革が問うたのは、80年をかけて拡大を続けてきた会社が、事業を自前で保有し続ける発想そのものを手放せるかであった。食肉という単一のエンジンに依存し、海外に調達基地を広げ、球団や新事業へも投資を重ねる——一代の創業者が築いた拡大志向は国内首位を作り上げた反面、それぞれの事業が独立して稼げているかという問いを後回しにしてきた。井川伸久社長が『各事業本部の危機感の欠如』と自らを診断し、不採算事業の売却やラインの削減、設備投資の圧縮へ踏み込んだのは、成長の量から資本の効率へ、経営の物差しを取り替える試みであったと思われる。 リストラ・構造改革 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/2702/decisions/regional-pricing-2023/","t":"立地に応じて値段を変える形への改定と、長く続いた全国一律価格の放棄","c":"日本マクドナルド","y":2023,"col":"#FFBC0F","s":"円安と原材料・人件費高が続くなか、約40店舗の例外を除いて全国で同じだった店頭価格を立地別に区分し、賃料と人件費の負担が重い都心部の184店舗に都心型価格を適用…","x":"2023 日本マクドナルド 東名阪184店の価格改定 立地に応じて値段を変える形への改定と、長く続いた全国一律価格の放棄 2023年6月に都心型価格の導入。約40店舗に限っていた別価格を、賃料と人件費の重い東名阪の184店舗へ拡大する一物二価 円安と原材料・人件費高が続くなか、約40店舗の例外を除いて全国で同じだった店頭価格を立地別に区分し、賃料と人件費の負担が重い都心部の184店舗に都心型価格を適用して、値上げと増収を両立させた価格戦略の転換。1994年の「価格破壊」以来の全国一律・低価格路線を約30年で反転させた。 「価格破壊」から30年、価格哲学の反転 この判断の核心は、日本マクドナルドが自ら築いた価格の原則を、30年をへて反対向きに引き直した点にある。1994年、藤田田社長は\"価格破壊\"を掲げてハンバーガーを段階的に値下げし、全国どこでも同じ安さで買えることをブランドの土台に据えた。デフレの進む外食で、一律の低価格は集客の中核となり、平日半額のような施策とともに客数を積み上げた。全国一律・低価格という思想は、そのころに固まった。都心型価格の全面導入は、その思想を裏返す。安さと一律をやめ、立地に応じて値段を上げていく方向へ、価格の設計を組み替えた。 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/2802/decisions/asv-management-2023/","t":"従来型の中期経営計画の廃止と、経営の枠組みそのものの入れ替え","c":"味の素","y":2023,"col":"#ED1C24","s":"3年分の数値を積み上げる従来型の中期経営計画の策定を廃止し、長期の「ありたい姿」からバックキャストした「ASV指標」で管理する「中期ASV経営」への転換","x":"2023 味の素 中期asv経営への転換 従来型の中期経営計画の廃止と、経営の枠組みそのものの入れ替え 2023年2月に中期asv経営への移行。藤江太郎社長が3年積み上げ型の中期計画を廃し、2030年に2022年度比でeps3倍を掲げた 3年分の数値を積み上げる従来型の中期経営計画の策定を廃止し、長期の「ありたい姿」からバックキャストした「asv指標」で管理する「中期asv経営」への転換 数値目標を手放し、志で走る経営への賭け この経営判断の核心は、財務的な危機への対応ではなく、業績が上向くさなかに、味の素が自社の計画づくりの作法そのものへ手を入れた点にある。単年度予想を3年分積み上げる精緻な中計は、達成度を測りやすい半面、先行きが不透明な3年先の数値を作り込むことに主眼が移り、挑戦と実行の熱量を奪いかねない。藤江太郎氏(社長)がこれを廃し、2030年のありたい姿からバックキャストした「asv指標」へ軸を移したのは、管理の精度よりも挑戦と実行の速さを優先しようとする選択だっただろう。フェーズ1の目標をほぼ達成し、1年前倒しで再成長ステージに入った好調のうちに管理の作法へ着手した点に、危機対応型の改革とは異なる性格がうかがえる。 ブランド・マーケティング 選択と集中 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/2802/decisions/value-pricing-2023/","t":"相次ぐ価格改定の実施と、値付けの考え方そのものの組み替え","c":"味の素","y":2023,"col":"#ED1C24","s":"原材料高を容量減とコストダウンで受け止める従来の作法を改め、日本と海外主要国で出荷価格の改定を重ね、提供価値に見合った単価へ値付けを組み替えた経営判断。","x":"2023 味の素 バリュープライシング転換 相次ぐ価格改定の実施と、値付けの考え方そのものの組み替え 2023年4月に家庭用マヨネーズの出荷価格を改定。藤江太郎社長のもとで日本と海外5か国の改定を重ね、2023年3月期の単価は日本国内104%、海外108%となった 原材料高を容量減とコストダウンで受け止める従来の作法を改め、日本と海外主要国で出荷価格の改定を重ね、提供価値に見合った単価へ値付けを組み替えた経営判断。 単価を上げて数量を落とさない、という難題 この判断の要点は、上がったコストを価格へ移したことではなく、値付けを「据え置くのが親切」という前提から外した点にある。1コインで売り続けるために容量を削る作法は、生活者の負担を抑えているようでいて、原材料が上がり続けるなかでは製品そのものを痩せさせる。フィリピンでの経験がその前提を崩したのだとすれば、2023年3月期の改定は原燃料高への応急処置ではなく、提供価値と価格を結び直す作業として設計されていたと推察される。海外で単価108%と数量103%が同時に立ったことは、値上げと数量が必ずしも背反しないことを示している。 プライシング・価格政策 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/285A/decisions/western-digital-merger-collapse-2023/","t":"メモリ大手同士の経営統合交渉と、合意に至らなかった結末","c":"キオクシアホールディングス","y":2023,"col":"#333333","s":"四日市・北上でフラッシュメモリを共同生産する米ウエスタンデジタルとの経営統合が2021〜2023年に取り沙汰されたが実らず、キオクシアは単独路線で上場と業績回復…","x":"2023 キオクシアホールディングス ウエスタンデジタルと破談 メモリ大手同士の経営統合交渉と、合意に至らなかった結末 2023年10月に統合交渉の打ち切り。四日市・北上でnandを共同生産するキオクシアと米ウエスタンデジタルが一つになれず 四日市・北上でフラッシュメモリを共同生産する米ウエスタンデジタルとの経営統合が2021〜2023年に取り沙汰されたが実らず、キオクシアは単独路線で上場と業績回復へ向かった判断 発明者どうしの統合を阻んだ資本の連立 この破談の中心にあるのは、フラッシュメモリを世に出した東芝の系譜を引くキオクシアと、その相棒として共同生産を担ってきたウエスタンデジタルという、発明の現場を分かち合ってきた二者の統合が、複雑な資本の連立の前で実らなかったという逆説である。工場では製品と投資を折半で分け合えても、株主の顔ぶれと利害までは一つにまとめきれなかった。重要事項に投資ファンドの事前同意を要し、競合が株主エンティティの転換社債を握るという資本の構造そのものが、事業の論理では自然に見えた統合を塞いだとみられる。 合併・経営統合 破談・撤回 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2930/decisions/ad-efficiency-teamx-2023/","t":"広告運用の効率偏重の見直しと、クリエイティブの多様化","c":"北の達人コーポレーション","y":2023,"col":"#FF3826","s":"Web広告の効率追求が同一クリエイティブの増殖と新規顧客の減少を招き、2023年2月期に営業利益が前期比75.5%減へ減少した。木下勝寿社長は広告クリエイティブ…","x":"2023 北の達人コーポレーション チームxによる組織再建 広告運用の効率偏重の見直しと、クリエイティブの多様化 2023年11月にチームxによる組織再建。広告効率の追求で新規開拓が細り上場後初の減収減益に沈んだ会社を木下勝寿社長が直す web広告の効率追求が同一クリエイティブの増殖と新規顧客の減少を招き、2023年2月期に営業利益が前期比75.5%減へ減少した。木下勝寿社長は広告クリエイティブの多様化と、kpi・基礎教育・共通言語を中核とする組織の再構築で立て直しを図り、翌期にv字回復させた 効率が効率を損なうという逆説 この立て直しの芯は、単なる業績のv字回復という言葉に収まらない。効率という一つの指標に最適化を重ねた組織が、新しいものを生む力を失っていた点にある。勝ちパターンの反復は短期の効率を上げながら、長期の新規開拓を細らせていた。効率の追求が効率を損なう逆説に、再建の出発点があったのだろう。 経営再建・ターンアラウンド ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/3186/decisions/incentive-abolition-2023/","t":"押し売りの芽を断つ商慣行の見直しと創業者の社長復帰","c":"ネクステージ","y":2023,"col":"#0068B7","s":"保険の不適切契約を招いた成果連動の営業インセンティブを全廃し、創業者が社長へ復帰して固定給中心の報酬へ組み替えた不祥事対応","x":"2023 ネクステージ 営業インセンティブ全廃 押し売りの芽を断つ商慣行の見直しと創業者の社長復帰 2023年9月に営業インセンティブ全廃。保険契約の捏造で浜脇浩次社長が退き、広田靖治会長が27年続いた仕組みを断つ 保険の不適切契約を招いた成果連動の営業インセンティブを全廃し、創業者が社長へ復帰して固定給中心の報酬へ組み替えた不祥事対応 成果連動の報酬を、どう設計し直すか この対応の核心は、辞任という個人の責任のとり方にとどまらず、不正を生んだ構造そのものへ着手した点にある。販売台数に応じて報酬が増える仕組みは、営業現場を後押しする力であると同時に、行き過ぎれば顧客本位から外れる圧力にもなる。広田靖治会長は、自社の成長を支えてきたその仕組みを全廃するという、痛みを伴う選択をとった。創業者が現場を知るからこそ、成果連動の効きと副作用の両方を見て決めた判断だといえる。 不祥事・信頼回復 トップ交代・承継 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/3201/decisions/ambic-fujikoh-nonwovens-integration-2023/","t":"アンビックの不織布事業との統合と、「エフアンドエイノンウーブンズ」の発足","c":"日本毛織","y":2023,"col":"#E60010","s":"中国製の安価な不織布流入で汎用品市場の価格競争が激化するなか、フィルターなどニッチ領域に集中し、M&Aで同業のシェアを積み増して産業機材事業の第3の柱に育てる戦…","x":"2023 日本毛織 フジコーと不織布統合 アンビックの不織布事業との統合と、「エフアンドエイノンウーブンズ」の発足 2023年12月にフジコーと不織布統合。日本毛織が子会社アンビックへ統合し、エフアンドエイノンウーブンズへ改称する 中国製の安価な不織布流入で汎用品市場の価格競争が激化するなか、フィルターなどニッチ領域に集中し、m&aで同業のシェアを積み増して産業機材事業の第3の柱に育てる戦略 縮小市場での統合という賭け この決断の核心は、成長市場でシェアを奪い合うのではなく、縮小・成熟した市場であえてm&aを重ね、ニッチ領域の存在感を高めるという発想にある。中国製の安価な不織布が汎用品市場を侵食するなかで、日本毛織はフィルターなど専門性の高い用途に的を絞り、他社が撤退・売却する事業を拾い集めることで規模を確保した。2002年のアンビック子会社化に始まり、フジコーとの提携・完全子会社化、そして経営統合という段階を踏んだ約20年がかりの積み上げは、単発の買収では得にくい厚みを不織布事業にもたらしただろう。 合併・経営統合 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/3288/decisions/sanei-acquisition-2023/","t":"公開買付けによる株式取得と、完全子会社としての取り込み","c":"オープンハウスグループ","y":2023,"col":"#D7000F","s":"同業の金融機関取引の円滑化・安定化と再建を引き受けたうえで、デザイン性に優れた戸建の供給力を自社の販売力に接続するため、公開買付けから株式売渡請求まで進めて完全…","x":"2023 オープンハウスグループ 三栄建築設計を子会社化 公開買付けによる株式取得と、完全子会社としての取り込み 2023年8月に三栄建築設計を子会社化。1株2,025円の公開買付けで議決権の93.02%を取得し、総額429億円で完全子会社とする 同業の金融機関取引の円滑化・安定化と再建を引き受けたうえで、デザイン性に優れた戸建の供給力を自社の販売力に接続するため、公開買付けから株式売渡請求まで進めて完全子会社とした判断 純資産を下回る価格で引き受けた再建 この買収の性格は、2018年のホーク・ワンとは異なる。あちらはのれん23億円を負って伸びている会社を取り込んだ取引であり、こちらは受け入れた純資産588億83百万円に対して取得原価が429億63百万円にとどまり、差額127億66百万円が負ののれん発生益として立った取引であった。オープンハウスグループが有価証券報告書で挙げた理由には、商品ラインナップの拡充やコスト競争力の向上と並んで、相手の金融機関取引の円滑化・安定化が含まれる。自社の信用を貸すことと引き換えに、時価純資産を下回る価格で株式を得た取引であったと思われる。 救済型m&a・支援受け入れ 上場廃止・親子上場解消 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/3289/decisions/noncore-divestiture-2023/","t":"抜本的再構築による非中核事業の一斉譲渡（ゴルフ場・スキー場・フィットネス）","c":"東急不動産ホールディングス","y":2023,"col":"#2d9622","s":"資本効率型不動産企業への転換に合わせ、収益力が低下した非中核事業（ハンズ・ゴルフ場・スキー場・北和建設・フィットネス）を一斉に譲渡し、都市再開発と再エネへ経営資…","x":"2023 東急不動産ホールディングス 東急ハンズなど非中核譲渡 抜本的再構築による非中核事業の一斉譲渡(ゴルフ場・スキー場・フィットネス) 2021年12月に東急ハンズなど非中核譲渡。東急ハンズをカインズへ、ゴルフ場とスキー場をリソルへ、フィットネスをルネサンスへ渡す 資本効率型不動産企業への転換に合わせ、収益力が低下した非中核事業(ハンズ・ゴルフ場・スキー場・北和建設・フィットネス)を一斉に譲渡し、都市再開発と再エネへ経営資源を集中する構造改革 抱えることをやめるという判断 この決断の核心は、かつて多角化の成果として誇った事業群を、資本効率という一つの物差しで冷静に選び直した点にある。東急ハンズもゴルフ場もスキー場も、それぞれの時代には確かな戦略の産物であった。だが、稼ぐ力が落ち資本を寝かせる資産になったとき、東急不動産ホールディングスはそれらを抱え続けることをやめ、事業を最も生かせる相手へ委ねる道を選んだ。何でも自前で保有する発想から離れる\"脱自前主義\"は、資産の量ではなく資本の効率で経営を測る立場への転換と、地続きの判断であったとみられる。 リストラ・構造改革 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/3382/decisions/valueact-activist-2023/","t":"株主提案を契機とするコンビニ事業を軸とした企業集団への収斂","c":"セブン&アイHD","y":2023,"col":"#EF8203","s":"コンビニ集中を求める物言う株主バリューアクトの株主提案に会社が抗戦し、2023年5月の総会で否決したものの、否決された不採算事業の整理をその後みずから実行し、多…","x":"2023 セブン&アイhd バリューアクトが株主提案 株主提案を契機とするコンビニ事業を軸とした企業集団への収斂 2023年5月にバリューアクトの株主提案を否決。第18回定時株主総会で取締役4名の選任と井阪隆一社長ら現任4名の交代を求めた コンビニ集中を求める物言う株主バリューアクトの株主提案に会社が抗戦し、2023年5月の総会で否決したものの、否決された不採算事業の整理をその後みずから実行し、多業態コングロマリットをコンビニ集団へ収斂させた株主対応と事業ポートフォリオ再編 否決されても、論点は通る この判断の核心は、株主提案が総会で否決されながら、その提案が突いた論点がそのまま経営の実行へ移された点にある。井阪社長は続投を決め、バリューアクトの取締役選任案は否決された。それでも、そごう・西武の譲渡も、食品スーパー・専門店事業の分離も、イトーヨーカ堂の不採算店舗の閉鎖も、いずれもコンビニエンスストア事業への集中という請求株主の主張と同じ方向を向いていた。76.36%という賛成率は、経営陣の裁量が株主の監視のもとに置かれた度合いを示す。投票の勝敗と、経営が実際に選ぶ道筋は、別のところで決まっていた。 アクティビスト・株主提案対応 選択と集中 事業売却・撤退 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3397/decisions/fulham-shore-acquisition-2023/","t":"現地企業の子会社化を通じた欧州レストラン事業の取得","c":"トリドールホールディングス","y":2023,"col":"#333333","s":"丸亀製麺の海外出店に加え現地で繁盛する外食業態をM&Aで取り込むマルチブランド戦略のもと、欧州の足がかりとして英Fulham Shoreを現地ファンドCapde…","x":"2023 トリドールホールディングス 英fulham shoreを買収 現地企業の子会社化を通じた欧州レストラン事業の取得 2023年4月に英外食fulham shoreを買収。ピザfranco mancaを展開する同社を欧州ファンドと共同で約151億3000万円で取得 丸亀製麺の海外出店に加え現地で繁盛する外食業態をm&aで取り込むマルチブランド戦略のもと、欧州の足がかりとして英fulham shoreを現地ファンドcapdesiaと共同で買収し、franco manca・the real greekを傘下に収めた海外展開 欧州という新地域を、買収で獲得するということ この買収を欧州進出の足がかりという言葉だけで捉えると、芯を取り逃す。トリドールが獲得したのは、franco mancaとthe real greekという既に各地で営業する二つの業態と、capdesiaという現地に通じたバディであった。自前で店を一から立ち上げる時間とリスクを、繁盛している会社を丸ごと取り込むことで縮めようとした点にこそ、この判断の中心があるのだろう。丸亀製麺のmarugame udonが英国で得ていた手応えが、欧州でも同じ型が通じるという見込みを支えていた。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 連続買収・ロールアップ 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/3774/decisions/ntt-exit-kddi-alliance-2023/","t":"NTTグループの傘下からの離脱と、組む相手の乗り換え","c":"インターネットイニシアティブ","y":2023,"col":"#D7083B","s":"2003年以来のNTT傘下から離脱し、KDDIの資本参加を受けてNTT・KDDIと等距離を保つ資本構造へ再編した資本政策の転換","x":"2023 インターネットイニシアティブ kddiとの資本業務提携 nttグループの傘下からの離脱と、組む相手の乗り換え 2023年5月にkddiとの資本業務提携を締結。筆頭株主のnttグループが保有株の一部を売却し、両社が各11.5%で並んだ 2003年以来のntt傘下から離脱し、kddiの資本参加を受けてntt・kddiと等距離を保つ資本構造へ再編した資本政策の転換 資本の受け手から、資本の設計者へ この判断の核心は、資本の受け手から資本の設計者へと、iijの立場が変わった点にみることができる。2003年の増資受け入れが破綻処理に迫られた不可避の選択であったのに対し、2023年の組み替えは、財務の自立を回復した企業が、どの陣営にも偏らない資本構造をみずから選び取ったものといえる。20年をかけて事業の独立と資本の独立を順に取り戻した道筋が、ここで一つに重なった。 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/4004/decisions/resonac-formation-2023/","t":"レゾナックへの社名変更を伴う二社の一体化と経営基盤の再構築","c":"レゾナックHD","y":2023,"col":"#00A5C0","s":"2023年1月1日、昭和電工と完全子会社の昭和電工マテリアルズ（旧日立化成）が統合し、持株会社レゾナック・ホールディングス（証券コード4004）と事業会社レゾナ…","x":"2023 レゾナックhd 昭和電工マテリアルズとの統合 レゾナックへの社名変更を伴う二社の一体化と経営基盤の再構築 2023年1月1日に持株会社体制へ移行し、完全子会社の昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)と統合した。会社分割で資産5,170億円の全事業を事業会社レゾナックへ承継させ、昭和電工はレゾナック・ホールディングスへ商号を変更した 2023年1月1日、昭和電工と完全子会社の昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)が統合し、持株会社レゾナック・ホールディングス(証券コード4004)と事業会社レゾナックが発足した案件。半導体後工程材料で世界級の機能性化学メーカーが誕生した。 「買収」から「統合」へ、そして事業転換へ 2023年1月の統合は、新しい資本関係を作る取引ではない。相手はすでに完全子会社で、統合比率も対価の算定もなく、会計上は共通支配下の取引としてのれんすら生じていない。動いたのは組織形態のほうで、昭和電工は資産5,170億円の事業をまるごと事業会社へ移し、自らはグループ経営管理だけを持つ持株会社になった。つまりこれは買収の後始末ではなく、二つの会社の意思決定を一つの事業会社へ集める組織設計の決断だっただろう。社名の刷新は、その組織形態の入れ替えを内外へ示す装置として働いた面があるだろう。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/4043/decisions/silicon-overseas-return-2023/","t":"折半出資による半導体用多結晶シリコン生産の再開と、ベトナム子会社の設立","c":"トクヤマ","y":2023,"col":"#4F589B","s":"先端半導体向け多結晶シリコンの需要増とCO2排出を抑えた生産という条件のもと、かつての売却先である韓国OCIと折半出資の合弁を組んでマレーシアでの生産を再開し、…","x":"2023 トクヤマ ociと合弁でマレーシア再進出 折半出資による半導体用多結晶シリコン生産の再開と、ベトナム子会社の設立 2023年5月にociと合弁でマレーシア再進出。同年12月の合弁契約でサラワク州に半導体用多結晶シリコン半製品の折半出資会社を設立 先端半導体向け多結晶シリコンの需要増とco2排出を抑えた生産という条件のもと、かつての売却先である韓国ociと折半出資の合弁を組んでマレーシアでの生産を再開し、最終工程はベトナムの全額出資子会社に担わせた判断 同じ土地、別の設計 売った相手と組む、という選択が最初にあった。2017年に工場を引き取った韓国ociが、6年後には折半出資の相手になっている。同じ土地、同じ事業、同じ相手で立場だけが入れ替わった格好にみえるが、中身は入れ替わっていない。前回の対象が汎用の太陽電池グレードだったのに対し、今回は半導体用の半製品に範囲が限られ、製品化と販売は各社が抱えたまま置かれた。相手の土地と設備を使いながら、最終工程と顧客だけは自社に残す設計に、前回の損失から引いた線がうかがえる。 海外進出・現地生産 大型設備投資 高付加価値化・プレミアム 東南アジア 韓国"},{"k":"decision","u":"/tse/4185/decisions/jic-going-private-2023/","t":"産業革新投資機構によるTOBの受け入れと、東証プライム市場からの上場廃止","c":"JSR","y":2023,"col":"#3061AC","s":"半導体材料業界の再編を自社主導で進めるため、多様な株主のもとでの上場を離れ、政府系ファンドという単一株主のもとで長期の戦略を通す資本構成へ組み替えた","x":"2023 jsr jicのtobで非公開化 産業革新投資機構によるtobの受け入れと、東証プライム市場からの上場廃止 2023年6月にjicのtobへ賛同し非公開化を決定。産業革新投資機構傘下jicc-02が1株4,350円・総額9,037億円で買い付け、2024年6月に上場廃止 半導体材料業界の再編を自社主導で進めるため、多様な株主のもとでの上場を離れ、政府系ファンドという単一株主のもとで長期の戦略を通す資本構成へ組み替えた 買ったのは事業ではなく、自由であった 同業他社からは再編に対して抵抗があるという意見が強かった——jsrが非公開化の理由として真っ先に挙げたのは、資金でも技術でもなく、話がまとまらないという事実であった。1株4,350円、買付代金9,037億円という値段は、事業を買うためではなく、単一の株主のもとで長期の戦略を通す自由を買うために払われている。世界シェア27%の首位企業が、その自由を得るために上場企業の座を降りたところに、この判断の性格が表れていると推察される。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/4307/decisions/capital-efficiency-shift-2023/","t":"自己株式の取得・消却と資本効率を軸とする株主還元への転換","c":"野村総合研究所","y":2023,"col":"#015CAA","s":"成長で積み上げた国内の現金を、海外拡張より株主還元と自己株式消却へ振り向け、ROEと配当性向を経営目標の前面に据えた資本政策。取得にとどまらず消却まで進め、発行…","x":"2023 野村総合研究所 nri group vision 2030策定 自己株式の取得・消却と資本効率を軸とする株主還元への転換 2023年4月に資本効率重視への転換。野村総合研究所が中期経営計画2023-2025を公表し、上限2,000万株・500億円の自己株式取得を決議 成長で積み上げた国内の現金を、海外拡張より株主還元と自己株式消却へ振り向け、roeと配当性向を経営目標の前面に据えた資本政策。取得にとどまらず消却まで進め、発行済株式数を恒久的に減らした 効率の数字と、拡張の遅れ この判断の芯は、成長で積み上げた国内の現金を、海外への拡張よりも先に株主へ戻すことを選んだ点にある。roe19.9%・配当性向38.8%という数字と、発行済株式の2.25%を消す踏み込みは、資本市場との対話を経営の前面に置く方針を示している。親会社を持つ上場会社が現金を多く保有しがちだった従来の相場観に照らせば、国内のシステム会社がここまで還元に着手する例は多くなかっただろう。 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/4310/decisions/ipet-divestiture-2023/","t":"全株式の第一生命への売却と、ビジネスプロデュース事業への経営資源の集中","c":"ドリームインキュベータ","y":2023,"col":"#009BDA","s":"株式市場から評価されにくいインキュベーション事業の収穫を進め、ベンチャー投資とビジネスプロデュースの2本立てをビジネスプロデュース1本へ集約するための、最大の投…","x":"2023 ドリームインキュベータ アイペットhdの譲渡 全株式の第一生命への売却と、ビジネスプロデュース事業への経営資源の集中 2023年1月にアイペットhdの譲渡。ドリームインキュベータが2011年に82.11%を取得した全株式を第一生命hdへ215億円で売却する 株式市場から評価されにくいインキュベーション事業の収穫を進め、ベンチャー投資とビジネスプロデュースの2本立てをビジネスプロデュース1本へ集約するための、最大の投資先の売却 評価されない資産を、現金へ アイペット株56%の値打ちが139億円、自社の時価総額が93.8億円。2021年6月の総会で株主が並べた数字は、育てた資産が株価に映っていないことを示している。投資育成の使命は果たされたという会社の説明も、育てた資産が株価に映らないという事実の裏返しであっただろう。原田哲郎氏が1年以上の議論の末に選んだのは、評価されない資産を現金へ換えて配り、残る一本を評価しやすくすることであった。 事業売却・撤退 選択と集中 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/4385/decisions/nomination-committee-transition-2023/","t":"創業CEOが退任したあとの後継の選び方を、先に制度へ預ける機関設計の転換","c":"メルカリ","y":2023,"col":"#ff0411","s":"創業者である山田進太郎CEOが、自らが退任したあとに後継を選べる仕組みと海外展開に耐える執行体制を先に用意するため、監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ機…","x":"2023 メルカリ 指名委員会等設置会社へ移行 創業ceoが退任したあとの後継の選び方を、先に制度へ預ける機関設計の転換 2023年9月に監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行した。取締役会は社外取締役6名を含む10名となり、指名・報酬・監査の3委員会を設置して、業務執行の意思決定を執行役6名へ委ねた 創業者である山田進太郎ceoが、自らが退任したあとに後継を選べる仕組みと海外展開に耐える執行体制を先に用意するため、監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ機関設計を組み替えた判断 後継を選ぶための機関設計 この移行で組み替えたのは監督の形式ではなく、創業者が退いたあとの会社の決め方である。山田進太郎ceoは自らの「創業者プレミアム」を、良い方向にも悪い方向にも働きうるものとして名指しし、自分がceoでなくなる日を前提に機関設計を選んだ。指名委員会の審議事項にceoサクセッションの検討が並び、その委員長が独立社外取締役に固定されているのは、後継を選ぶ権限を創業者の手から制度の側へ移すという意味を持つ。取締役会に置く委員会を任意のまま厚くする道もあったなかで、指名委員会に法定の決定権を持たせる型を採ったところに、この判断の芯があったと推察される。 機関設計・取締役会改革 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/4506/decisions/patent-cliff-restructuring-2023/","t":"総額1,809億円の減損計上と、北米人員半減・パイプライン圧縮による構造改革","c":"住友ファーマ","y":2023,"col":"#007A4C","s":"主力品の独占販売終了で収益が消え、後継製品の計画も崩れたことから、減損を一度に出し、北米の人員とパイプラインを圧縮して固定費を落とす財務主導の再建","x":"2023 住友ファーマ ラツーダ特許切れで北米半減 総額1,809億円の減損計上と、北米人員半減・パイプライン圧縮による構造改革 2023年4月に北米人員の半減へ着手。ラツーダの米国独占終了で住友ファーマは1,809億円の減損を計上し、営業損失は3,549億円 主力品の独占販売終了で収益が消え、後継製品の計画も崩れたことから、減損を一度に出し、北米の人員とパイプラインを圧縮して固定費を落とす財務主導の再建 出せる損の量が経営を決めた 1,809億円という減損額は、その年の売上収益3,146億円の半分を超える。会社が選んだのは、この損を数年に分けず1年に集めることであった。分割すれば毎期の赤字が続き、財務制限条項にも触れ続ける。一度で出し切れば、翌期の損益計算書は身軽になる——2025年3月期に当期利益236億円へ戻り、前年から3,386億円の改善を示した数字は、その効き方をそのまま映している。会計上の処理が再建の入口を作った例といえる。 リストラ・構造改革 経営再建・ターンアラウンド 海外撤退・縮小 トップ交代・承継 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4519/decisions/research-consolidation-2023/","t":"富士御殿場・鎌倉の両研究所の閉鎖と、創薬機能を一カ所に集約する選択","c":"中外製薬","y":2023,"col":"#025DB8","s":"御殿場と鎌倉に分かれた創薬研究拠点を二カ所のまま残す道を捨て、横浜市戸塚区に土地434億円・建物設備等1,288億円を投じた単一拠点を建てて研究機能を集約し、旧…","x":"2023 中外製薬 研究拠点の横浜集約 富士御殿場・鎌倉の両研究所の閉鎖と、創薬機能を一カ所に集約する選択 2019年5月に総投資額1,273億円の新研究拠点への投資を公表。2022年10月に竣工し、2023年3月に富士御殿場・鎌倉の両研究所を閉鎖して横浜へ集約 御殿場と鎌倉に分かれた創薬研究拠点を二カ所のまま残す道を捨て、横浜市戸塚区に土地434億円・建物設備等1,288億円を投じた単一拠点を建てて研究機能を集約し、旧2研究所を閉鎖した研究体制の組み替え 一年ぶんの利益を、一つの建物へ 土地と建物設備を合わせた1,718億円は、投資を公表した2019年12月期の営業利益2,106億円に迫る。ロシュの傘下で中外が担うのは創薬と初期開発で、後期開発と海外での販売は親会社が引き受ける。売上の半分近くが営業利益として残る構造は、その分業と引き換えに得たものである。分業のなかで自らの手に残った機能へ、一年ぶんの利益に相当する資本を単一の敷地に注いだことになる。御殿場と鎌倉を残して増改築を重ねる道もあったが、選ばれたのは1987年から積み上げた設備を捨てて更地から建て直すほうだった。創薬の自律性を保つ根拠を、拠点の形として据え直したのだろう。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4523/decisions/lecanemab-2023/","t":"認知症領域への長期集中とバイオジェンとの提携の結実","c":"エーザイ","y":2023,"col":"#D6007F","s":"巨大製薬のM&A路線と距離を置き、認知症という未攻略の巨大市場へ研究開発を長期に集中させ、提携を軸に根本治療薬の実用化をねらう事業戦略","x":"2023 エーザイ レカネマブの実用化 認知症領域への長期集中とバイオジェンとの提携の結実 2023年1月にレカネマブが米国で発売。エーザイと米バイオジェンが共同開発したアルツハイマー病治療薬で、7月に正式承認へ 巨大製薬のm&a路線と距離を置き、認知症という未攻略の巨大市場へ研究開発を長期に集中させ、提携を軸に根本治療薬の実用化をねらう事業戦略 集中の代償と、賭けの行方 この判断の芯にあるのは、規模で競う製薬の潮流に背を向け、認知症という失敗の続いた領域へ研究開発を絞り込むという選択であった。逃げ道を断つことで生まれる切迫感を、内藤晴夫ceoはむしろ強みとして語ってきた。アデュカヌマブの蹉跌を挟みながらも、同じ提携から生まれたレカネマブが有効性を数字で示し、臨床の現場へ届いた経緯は、長期の集中がひとまず果実を結んだ姿と推察される。世界初のパイオニアという自負が、30年越しの一貫した賭けを支えていたことがうかがえる。 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4581/decisions/family-mbo-delisting-2023/","t":"創業家による総額7,100億円のMBOと上場廃止","c":"大正製薬ホールディングス","y":2023,"col":"#0097E0","s":"上場を保ったままでは進めにくい事業構造の転換を優先し、創業家が総額約7,100億円を投じて全株を取得、非公開化した資本政策","x":"2023 大正製薬ホールディングス 大手門のtobで上場廃止 創業家による総額7,100億円のmboと上場廃止 2023年11月に創業家mboで上場廃止。上原茂副社長の大手門株式会社が1株8,620円・総額約7,100億円で国内最大のtobを実施 上場を保ったままでは進めにくい事業構造の転換を優先し、創業家が総額約7,100億円を投じて全株を取得、非公開化した資本政策 手続きは通っても、対価の問いは残った 2002年3月期に675億円あった連結経常利益は、2022年3月期には184億円まで減っていた。20年で3分の1以下になった会社を、創業家は株価がピークから6割下がった時期に、総額約7,100億円で買い取った。立て直しを担う側にとって不振は重荷であり、株式を買い集める側にとっては安く買える条件でもある。その二つの立場が上原茂副社長という一人に重なったことが、価格への異議の根にあったと推察される。1株8,620円は発表前日の終値を5割上回りながら、なお1株当たり純資産を下回っていた。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 創業家・同族 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/4689/decisions/line-yahoo-2023/","t":"Zホールディングス・ヤフー・LINEなど5社の1社への統合と、持株会社体制の解消","c":"LINEヤフー","y":2023,"col":"#FF0033","s":"2023年10月1日、Zホールディングスを吸収合併存続会社としてヤフー、Z Entertainment、Zデータの3社を吸収合併し、あわせてLINEを吸収分割会…","x":"2023 lineヤフー 5社再編でlineヤフー発足 zホールディングス・ヤフー・lineなど5社の1社への統合と、持株会社体制の解消 2023年10月1日、zホールディングスを存続会社にヤフーなど3社を吸収合併し、lineの事業を吸収分割で承継してlineヤフーが発足。共通支配下の取引として処理し、抱合せ株式消滅差損72,321百万円を計上した 2023年10月1日、zホールディングスを吸収合併存続会社としてヤフー、z entertainment、zデータの3社を吸収合併し、あわせてlineを吸収分割会社とする会社分割でその事業を承継した。同じ日に商号をzホールディングスからlineヤフーへ変更し、2019年10月から続いた持株会社体制を解消した。\n再編に先立って、完全子会社のzホールディングス中間が保有するヤフーとlineの全株式を現物配当で受け入れ、金融関連の権利義務は吸収分割でzフィナンシャルへ移した。関与したのは存続会社を含めて5社である。 持株会社を畳み、事業会社へ戻す この再編は日韓のネット企業の統合の続きというより、2019年10月に自ら選んだ持株会社体制を畳み直す作業だった。柔軟で機動的な意思決定を掲げて設けた持株会社は、ヤフーとlineという二つの事業会社を下に置いたことで、かえって決めるための階層を増やしていた。会計上は共通支配下の取引にすぎず、連結の数字はほとんど動かない。動いたのは提出会社の姿のほうで、数百名の管理会社が11,176名の事業会社に戻った点にこそ、この判断の実質があっただろう。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/4751/decisions/succession-plan-2023/","t":"創業者からの世代交代に向けた後継者の選抜と育成の枠組み","c":"サイバーエージェント","y":2023,"col":"#82be28","s":"創業者への依存から脱するため、後継者候補の選抜と育成の仕組みを敷き、社内育ちの後継者へ社長を渡した事業承継の判断","x":"2023 サイバーエージェント サクセッションプラン公表 創業者からの世代交代に向けた後継者の選抜と育成の枠組み 2023年3月にサクセッションプラン公表。2022年度に策定し二代目経営者候補16名への社長研修を始め、2025年12月に山内隆裕氏が代表取締役社長に就任した 創業者への依存から脱するため、後継者候補の選抜と育成の仕組みを敷き、社内育ちの後継者へ社長を渡した事業承継の判断 好調のうちに引くという選択 この判断の眼目は誰を選ぶかではなく、選ぶ仕組みを人事の部署として常設した点にあるだろう。二代目経営者候補16名の社長研修は一度きりの選抜で終わらず、三代目社長研修と女性役員研修、そして各階層のリーダーごとの後継者計画を敷くサクセッションラダーへ広がった。進捗を測る指標に据えたのが後継者の氏名でも交代の期日でもなく、経営者研修への参加人数であることが、その設計をよく表している。創業者の代わりを1人見つける仕事ではなく、代わりが常に複数いる状態を保つ仕事として組まれている。 機関設計・取締役会改革 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/4927/decisions/succession-yokote-2023/","t":"創業家3代目からの経営の引き継ぎと、同族による継承の区切り","c":"ポーラ・オルビスホールディングス","y":2023,"col":"#333333","s":"創業100年の2029年を見据えた長期経営計画・VISION 2029のもとで、創業家3代目の鈴木郷史氏から海外事業を歩んだ横手喜一氏へ社長を委ね、鈴木郷史氏は…","x":"2023 ポーラ・オルビスホールディングス 横手喜一氏が社長就任 創業家3代目からの経営の引き継ぎと、同族による継承の区切り 2023年1月に創業家外の社長へ交代。創業家3代目の鈴木郷史氏は代表取締役会長へ移って取締役会議長を続け、海外事業を歩んだ横手喜一氏が代表取締役社長に就任した 創業100年の2029年を見据えた長期経営計画・vision 2029のもとで、創業家3代目の鈴木郷史氏から海外事業を歩んだ横手喜一氏へ社長を委ね、鈴木郷史氏は代表取締役会長として取締役会議長に残った 家業を開いた承継が残したもの この交代の核心は、業績の巧拙を超えて、家業として始まった会社の執行を創業家の外へ開いた点にあったと思われる。個人で興り、製造と販売を分け、2代目・3代目と一族の内で受け継がれてきたポーラは、持株会社への移行を経て複数のブランドを統括する集合体へ姿を変えていた。その集合体を率いる役割を、中国の現地法人を率い海外事業管理室長を務めた人物へ委ねたことは、家業の延長では担いきれない規模と多様さに経営の形を合わせにいく判断であったのだろう。 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/5021/decisions/cosmo-murakami-poison-pill-2023/","t":"大量取得に対する有事型の対抗措置とMoM決議、岩谷産業を迎えての決着","c":"コスモエネルギーホールディングス","y":2023,"col":"#E60012","s":"旧村上ファンド系による約20%強の大量取得と支配権取得への警戒に対し、買収者を除いたMoM決議で有事型買収防衛策の是非を株主に諮り、最終的に岩谷産業のホワイトナ…","x":"2023 コスモエネルギーホールディングス 村上系への買収防衛策 大量取得に対する有事型の対抗措置とmom決議、岩谷産業を迎えての決着 2023年6月に村上系への買収防衛策。約20%を保有するシティインデックスイレブンスを除き、株主総会でmom方式に諮った 旧村上ファンド系による約20%強の大量取得と支配権取得への警戒に対し、買収者を除いたmom決議で有事型買収防衛策の是非を株主に諮り、最終的に岩谷産業のホワイトナイト取得で決着させた対応 momという線引きが残したもの この一件の核心は、買収者を採決から外すmomという線引きの正当性にあった。コスモは、支配権に迫る買い増しを一般株主の利益と切り離すために買収者を除いた採決を選び、賛成59.54%という数字を可決の根拠とした。だが同じ議案を全株主の普通決議に引き直せば賛成は約46%に沈む。経営陣の保身と、時間的猶予を奪われかねない一般株主の保護と、どちらの言い分に理があったのかは、集計の枠組みをどう置くかによって答えが変わる問いであったのだろう。 アクティビスト・株主提案対応 敵対的・同意なき買収"},{"k":"decision","u":"/tse/5101/decisions/audit-committee-transition-2023/","t":"監査を担う者を議決権のある取締役として取締役会に迎えた機関設計の転換","c":"横浜ゴム","y":2023,"col":"#E21E31","s":"取締役会の監督機能を強化するため、監査を担う者を議決権のある取締役として取締役会に迎え、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した","x":"2023 横浜ゴム 監査等委員会設置会社への移行 監査を担う者を議決権のある取締役として取締役会に迎えた機関設計の転換 2023年3月に監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役会は11名から16名となり、監査等委員である取締役5名のうち3名を社外取締役とした 取締役会の監督機能を強化するため、監査を担う者を議決権のある取締役として取締役会に迎え、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した 監督の席を取締役会の内側へ この移行で入れ替わったのは監査の担い手ではなく、監査の席が置かれた場所である。監査役は取締役会に出席しても議決権を持たない。監査等委員となれば取締役として議案に賛否を投じ、監査等委員でない取締役の選解任と報酬について株主総会で意見を述べる権限まで併せ持つ。掲げられた「取締役会の監督機能の強化」は、監督する者を監督される側の会議体へ入れるという、一見ねじれた設計によって果たされた。定款の員数枠を15名以内から取締役15名・監査等委員5名の二枠へ組み替えたのは、その席を制度として確保する手当てだったとみられる。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5805/decisions/swcc-rebranding-2023/","t":"純粋持株会社体制の解消と、旧社名を捨てた事業会社への回帰","c":"SWCC","y":2023,"col":"#003F87","s":"電線・ケーブルの製造販売から高付加価値のソリューション提案型メーカーへ事業構造を移行するため、純粋持株会社体制を解いて事業会社へ戻し、商号を事業領域から切り離し…","x":"2023 swcc 商号をswccに変更 純粋持株会社体制の解消と、旧社名を捨てた事業会社への回帰 2023年4月に商号をswccへ変更。長谷川隆代社長のもと昭和電線ケーブルシステムなど2社を吸収合併し、持株会社から事業会社へ戻った 電線・ケーブルの製造販売から高付加価値のソリューション提案型メーカーへ事業構造を移行するため、純粋持株会社体制を解いて事業会社へ戻し、商号を事業領域から切り離した 名を外すことで空けた余地 長谷川隆代社長が畳んだのは17年続いた純粋持株会社体制であり、商号の変更はその再編を対外的に示す表示であった。事業会社が1社に集約された後も持株会社を残す構えは、戦略と実行の間に階層を一つ挟むだけになっていた。昭和と電線を落とした新商号が引き受けたのは、その階層を取り払って自ら事業を営む会社に戻るという内容であったと推察される。 収益モデル転換 ブランド・マーケティング 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/6269/decisions/mol-alliance-2023/","t":"14.86%の株式を持たせて結んだオフショア事業での連携","c":"三井海洋開発","y":2023,"col":"#FC1921","s":"チャータープロジェクトの大型化で特別目的会社への投融資資金が膨らみ、負債での調達では自己資本比率が下がるため、資本業務提携を伴う第三者割当増資で自己資本を厚くし…","x":"2023 三井海洋開発 商船三井と業務提携 14.86%の株式を持たせて結んだオフショア事業での連携 2023年4月に商船三井と業務提携。三井海洋開発が商船三井と三井物産を割当先とする第三者割当増資を決議し、払込期日は6月30日 チャータープロジェクトの大型化で特別目的会社への投融資資金が膨らみ、負債での調達では自己資本比率が下がるため、資本業務提携を伴う第三者割当増資で自己資本を厚くした 案件の相手を株主にした150億円 この決議で選ばれたのは調達の金額ではなく、割当先であった。150億8,874万7,200円は、2年後の2025年12月期の営業利益685億円の4分の1に満たない。その資金のために既存株主の持分を21.16%薄め、前日終値1,404円から9.97%引いた1株1,264円で発行している。借入と社債は自己資本比率を下げ、公募増資は時間と費用がかかるうえ資本業務提携を伴わない——開示に並ぶ消去法は、手段を絞る説明であると同時に、相手を絞る説明でもあったと推察される。 資本提携・政策保有 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6323/decisions/ma-diversification-2023/","t":"連続買収による半導体周辺装置とライフサイエンスへの多角化","c":"ローツェ","y":2023,"col":"#9F0D3E","s":"半導体装置の売り切り型モデルは投資循環の振れに弱く、リーマンショック後の急縮小で収益の脆さが露呈した。最高益を元手に、周辺の半導体分析・洗浄装置と創薬向けライフ…","x":"2023 ローツェ イアスの子会社化 連続買収による半導体周辺装置とライフサイエンスへの多角化 2023年3月にイアスを完全子会社化。半導体ウエハ搬送ロボットで世界的シェアを持つローツェが29億8800万円を投じ周辺領域へ 半導体装置の売り切り型モデルは投資循環の振れに弱く、リーマンショック後の急縮小で収益の脆さが露呈した。最高益を元手に、周辺の半導体分析・洗浄装置と創薬向けライフサイエンスへ連続買収で事業領域を拡大し、受注変動に左右されにくい収益基盤を築こうとした 好況のさなかに周辺事業を買収する理由 最高益のただ中で異分野を買い集めた動きは、余裕のある会社の分散投資のようにも映る。だが芯にあるのは、余裕ではなく記憶だとみられる。装置を売って終わる収益は、2010年2月期に売上を9割方失い経常損失に転じたとき、その脆さを一度さらしている。受注が細れば利益がそのまま痩せる構造を身をもって知っているからこそ、業績が跳ねている今のうちに、保守や研究受託のように循環に左右されにくい収益源を周辺へ仕込んでおく——イアスの分析・洗浄も、ジェノスタッフの研究受託も、その延長にあると推察される。 隣接領域への展開 連続買収・ロールアップ 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6361/decisions/portfolio-five-company-2023/","t":"対面市場別5カンパニー制への移行と、成長事業・基盤事業の区分","c":"荏原製作所","y":2023,"col":"#F01830","s":"並列した多角化を畳まずに残したまま、対面市場別のカンパニーへ組み替え、成長事業と基盤事業を区分した資金配分で選別する中期戦略","x":"2023 荏原製作所 e-plan2025策定 対面市場別5カンパニー制への移行と、成長事業・基盤事業の区分 2023年1月に対面市場別の5カンパニー制へ移行し、2月に中期経営計画e-plan2025を発表。2025年度に営業利益率10%以上・roe15%以上を掲げ、3か年で成長投資1,800〜2,250億円を計画した 並列した多角化を畳まずに残したまま、対面市場別のカンパニーへ組み替え、成長事業と基盤事業を区分した資金配分で選別する中期戦略 畳まずに選別するという決め方 荏原がこの再編でやらなかったことのほうが、やったことより性格を表している。事業は一つも売らず、五つ並べたまま、精密・電子と建築・産業を成長事業、環境とインフラを基盤事業に分けて資金の配り方だけを変えた。五つの事業のいずれについても自社がベストオーナーであるという立場をとり、選択と集中を撤退で示す道は選んでいない。1990年代の風力発電や燃料電池を畳んだ経験が、事業を減らす痛みではなく、増やす前の規律のほうへ効いたと推察される。 選択と集中 資金調達・財務戦略 グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/6502/decisions/going-private-2023/","t":"国内連合による約2兆円の提案受け入れと、株式の非公開化","c":"東芝","y":2023,"col":"#E61E1E","s":"2017年の増資で招いた物言う株主との対立と分割案の迷走を、JIP連合による約2兆円の買収と株式の非公開化によって収拾しようとした資本政策","x":"2023 東芝 日本産業パートナーズに買収 国内連合による約2兆円の提案受け入れと、株式の非公開化 2023年3月に日本産業パートナーズの買収を受諾。tbjh合同会社の公開買付けで約2兆円の国内連合を受け入れ、同年12月20日に上場を終えた 2017年の増資で招いた物言う株主との対立と分割案の迷走を、jip連合による約2兆円の買収と株式の非公開化によって収拾しようとした資本政策 上場の規律と、非公開という静けさ この決断の中心にあるのは、上場企業として不特定多数の株主と向き合う枠組みそのものを、東芝がいったん手放した点にある。会計不正と原子力事業の巨額損失で傷んだ経営に、物言う株主との対立と再編案の迷走が重なり、意思決定は長く漂流した。単一株主のもとで意見の対立を封じ、腰を据えて再建に取り組む——非公開化は、そのための時間を買う選択であったのだろう。ただ、市場の規律から離れることは、外からの監視が働きにくくなることと表裏でもある。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/6590/decisions/toshiba-stake-exit-2023/","t":"東芝による保有株式の段階的な処分と芝浦メカトロニクスの独立企業化","c":"芝浦メカトロニクス","y":2023,"col":"#019671","s":"東芝が経営危機下で非中核の保有資産を整理する過程で、持分法適用会社から外れる水準まで持株比率を引き下げ、5年後に残る全株を売り出して資本関係を解消した","x":"2023 芝浦メカトロニクス 東芝グループからの独立 東芝による保有株式の段階的な処分と芝浦メカトロニクスの独立企業化 2023年9月に東芝が芝浦メカトロニクス株を全株売却した。2018年1月に持株比率を36.54%から約10%へ引き下げ、二段階で資本関係を解消 東芝が経営危機下で非中核の保有資産を整理する過程で、持分法適用会社から外れる水準まで持株比率を引き下げ、5年後に残る全株を売り出して資本関係を解消した 売却側の都合で決まった二段階 この判断の主語は、終始、東芝であった。1939年に自ら切り出した会社の株を、東芝は原子力事業の破綻で開いた穴を埋めるために換金した。2018年の売却が持分法から外れる約10%で止まり、残る11.73%が5年半後まで残されたのは、芝浦メカトロニクス側の事情ではない。一度に放出すれば需給が崩れるという市場の制約と、東芝自身の再建日程が、処分を二段階に分けた。売られる側にできたのは、36億円の自己株式取得で受け皿を作ることと、価格が決まるまで株価の変動を眺めることであった。 資本提携・政策保有 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/6594/decisions/takisawa-tob-2023/","t":"初のTOBによる完全子会社化と、買収を成長手段に据えた転換","c":"ニデック","y":2023,"col":"#009A48","s":"工作機械の製品ラインアップを旋盤まで拡充するため、公開買付けでTAKISAWAの議決権86.14％を143億円で取得し、株式併合で完全子会社とした買収","x":"2023 ニデック takisawaの子会社化 初のtobによる完全子会社化と、買収を成長手段に据えた転換 2023年9月にtakisawaへの公開買付けを始めた。同年11月に普通株式86.14%を143億円で取得し、対話を経て子会社化を果たした 工作機械の製品ラインアップを旋盤まで拡充するため、公開買付けでtakisawaの議決権86.14%を143億円で取得し、株式併合で完全子会社とした買収 同意を前提にしない方針と、同意を得てからの実行 同意なき買収もいとわないと掲げながら、実際の公開買付けは対話を経て同意を得たうえで始まっている。この案件で起きたのは敵対か協調かの二択ではなく、同意を前提にしない姿勢を外に示したうえで同意を得るという、順序の入れ替えだったとみえる。 敵対的・同意なき買収"},{"k":"decision","u":"/tse/6701/decisions/nomination-committee-transition-2023/","t":"監査役会設置会社をやめ、監督と執行を分離して意思決定を速めるための組み替え","c":"NEC","y":2023,"col":"#003f87","s":"監督と執行を明確に分離して取締役会の監督機能を強め、執行役へ大幅な権限を委譲して意思決定と事業遂行を速めるため、指名委員会等設置会社へ移行した判断","x":"2023 nec 3委員会設置と執行役への権限委譲 監査役会設置会社をやめ、監督と執行を分離して意思決定を速めるための組み替え 2023年6月に監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行した。取締役12名のうち7名を社外取締役とし、指名・報酬・監査の3委員会の委員長をいずれも独立社外取締役が務める体制に改めた 監督と執行を明確に分離して取締役会の監督機能を強め、執行役へ大幅な権限を委譲して意思決定と事業遂行を速めるため、指名委員会等設置会社へ移行した判断 速さを買うために手放したもの 指名委員会等設置会社を選ぶということは、取締役会が業務執行の決定をどこまで手放すかを法の形で確定させることにほかならない。監査等委員会設置会社なら委任の範囲は定款と取締役会の裁量に残るが、指名委員会等設置会社は執行役への委任が制度の前提で、指名と報酬の決定権も社外が委員長を務める委員会へ移る。necが優先したのは意思決定と事業遂行の速さであり、その対価として経営陣が握っていた人事と報酬の裁量を制度的に手放したのだろう。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6752/decisions/automotive-systems-sale-2023/","t":"全株式を手放しつつ持株会社に2割を残す形での車載事業の切り出し","c":"パナソニック","y":2023,"col":"#1450a0","s":"成長領域への集中を進めるなか、ソフトウェア化・電動化で継続投資を要する車載システム事業に外部資本と知見を招き入れ、持分法適用会社として切り出した判断","x":"2023 パナソニック オートモーティブシステムズ譲渡 全株式を手放しつつ持株会社に2割を残す形での車載事業の切り出し 2023年11月に車載機器子会社を米アポロと共同で持つと決めた。楠見雄規社長が成長領域と位置づける事業へファンド大手の資金を入れる 成長領域への集中を進めるなか、ソフトウェア化・電動化で継続投資を要する車載システム事業に外部資本と知見を招き入れ、持分法適用会社として切り出した判断 規模ではなく、誰の傘下で伸ばすか この判断の核心は、資金繰りに迫られた売却ではなく、成長投資の担い手をどこに置くかという選択にある。パナソニック オートモーティブシステムズは売上高で1兆円を超える大規模な事業でありながら、電動化とソフトウェア化への対応に重い投資を要し、グループ全体で車載電池などの成長領域へ資源を集中させる方針とは、投資の優先順位の面で折り合いにくい位置にあった。楠見雄規氏(社長)が全株式を手放したうえで持株会社に2割の出資を残したのは、事業から完全に手を引くのではなく、外部資本の規律と資金を借りて成長を託し、その成果には一定の関与を残すという、切り出しと関与の両立をねらった構えと推察される。 分社・スピンオフ・子会社上場 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7003/decisions/audit-committee-transition-2023/","t":"事業持株会社体制への転換と同じ年に進めた、コンパクトな経営体制への組み替え","c":"三井E&S","y":2023,"col":"#008CD7","s":"事業再生計画の完遂と純粋持株会社体制の解消を受け、組織集約・再編に沿ったコンパクトな経営体制へ組み替えるとともに、事業戦略とリスク案件をより深く議論する場を整え…","x":"2023 三井e&s 監査等委員会設置会社へ移行 事業持株会社体制への転換と同じ年に進めた、コンパクトな経営体制への組み替え 2023年6月28日の第120回定時株主総会の定款変更決議により、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。同年4月1日には純粋持株会社体制を解消し、商号を三井e&sに変更している 事業再生計画の完遂と純粋持株会社体制の解消を受け、組織集約・再編に沿ったコンパクトな経営体制へ組み替えるとともに、事業戦略とリスク案件をより深く議論する場を整えるために監査等委員会設置会社を選んだ 畳み込みの最後のひと押し 監査等委員会設置会社への移行は制度の選択として語られがちだが、この会社の場合は組織を畳んでいく一連の作業の最後のひと押しであったと推察される。純粋持株会社を解消して事業会社と一つになり、造船を手放してグループの輪郭を絞り込んだ延長に、監査役会という独立した機関を取締役会の内側へ畳み込む判断が置かれた。掲げた目的の一つ目が組織集約・再編に沿ったコンパクトな経営体制への移行であったことは、この順序を素直に示している。 機関設計・取締役会改革 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/7011/decisions/spacejet-cancellation-2023/","t":"国産ジェット旅客機の事業化断念と、民間機開発からの撤収","c":"三菱重工業","y":2023,"col":"#E83C3E","s":"型式証明の取得にさらに巨額の資金を要し、海外パートナーの協力確保と北米市場への適合の見通しも立たないなかで、開発再開に足る事業性を見出せないとしてSpaceJe…","x":"2023 三菱重工業 スペースジェット開発中止 国産ジェット旅客機の事業化断念と、民間機開発からの撤収 2023年2月にスペースジェットの開発を中止。spacejet m90の開発活動を打ち切り2022年度第3四半期決算で公表 型式証明の取得にさらに巨額の資金を要し、海外パートナーの協力確保と北米市場への適合の見通しも立たないなかで、開発再開に足る事業性を見出せないとしてspacejet m90の開発活動を中止した判断 損を確定させてから、幕を引いた 撤退の重さは、中止を決めた期の損失にはほとんど表れていない。2023年3月期に計上したspacejet事業の損失は連結で58億円にすぎず、その手前に2020年3月期の1,760億円、2021年3月期の806億円という減損が置かれている。量産初号機の引き渡し時期を見通せなくなった時点で事業用資産を全額落とし、以後に取得した資産も取得時に落とす処理を続けていた。会計の上では、この事業は中止を決める3年前にすでに終わっていたことになる。損を先に確定させたことが、あと一歩という心理から判断を切り離す助けになったと思われる。 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/7182/decisions/secondary-offering-2023/","t":"1,500億円の自己株式取得で親会社の持分を約89％から61％へ引き下げ、新規業務の認可規制が外れる要件へ近づいた選択","c":"ゆうちょ銀行","y":2023,"col":"#009900","s":"親会社の日本郵政が第2次売出しで当行株式1,112,166,200株を処分するのに合わせ、当行が総額1,500億円を上限とする自己株式の取得と消却で受け止め、議…","x":"2023 ゆうちょ銀行 日本郵政の第2次売出しと自己株取得 1,500億円の自己株式取得で親会社の持分を約89%から61%へ引き下げ、新規業務の認可規制が外れる要件へ近づいた選択 2023年2月に総額1,500億円を上限とする自己株式の取得と消却を決議。日本郵政による普通株式の第2次売出しと合わせ、親会社の議決権所有割合は約89%から60.63%へ下がった 親会社の日本郵政が第2次売出しで当行株式1,112,166,200株を処分するのに合わせ、当行が総額1,500億円を上限とする自己株式の取得と消却で受け止め、議決権所有割合を約89%から60.63%へ引き下げた資本政策 資本の距離が業務の自由度に化けるまで この売出しは、資金を調達する取引ではない。売り手は親会社の日本郵政で、当行に入る金はなく、むしろ1,500億円を払って自社株を引き取る側に回っている。それでも当行がこれを自らの経営判断として決議したのは、親会社の持株比率が、当行にとって業務の自由度そのものだったからであろう。郵政民営化法第110条は、新規業務のたびに内閣総理大臣及び総務大臣の認可を求める。この鎖が外れる条件は、当行の業績でも計画でもなく、日本郵政が持分の2分の1以上を手放すことだけである。自社の努力が届かない場所に自由度の鍵が置かれている以上、親が売る機会をとらえて自ら現金を出す以外に、近づく方法がなかったのだと思われる。 資金調達・財務戦略 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/7203/decisions/sato-succession-ev-2023/","t":"14年続いた豊田章男氏体制の非創業家の技術者への引き継ぎと、BEVの台数目標の積み増し","c":"トヨタ自動車","y":2023,"col":"#EB0A1E","s":"14年続いた豊田章男氏体制から技術者出身の佐藤恒治氏へトップを交代し、ハイブリッドで築いた優位を保ちつつBEVの本格投入とモビリティカンパニーへの転換を担わせる…","x":"2023 トヨタ自動車 佐藤恒治氏が社長就任 14年続いた豊田章男氏体制の非創業家の技術者への引き継ぎと、bevの台数目標の積み増し 2023年1月に佐藤恒治氏への社長交代を発表。役員人事案策定会議での5回の議論を経て4月に社長・ceoへ就任し、豊田章男氏は代表権のある会長へ移った 14年続いた豊田章男氏体制から技術者出身の佐藤恒治氏へトップを交代し、ハイブリッドで築いた優位を保ちつつbevの本格投入とモビリティカンパニーへの転換を担わせる経営承継 「豊田」を超える課題 この交代の眼目は、世界一へ育て上げた当人が、自らを\"クルマ屋\"と規定してその限界を自ら認めたところにある。営業収益37兆円、連結販売台数882万台という頂点にありながら、あえて非創業家の技術者にトップを譲り、業態転換と電動化という次の課題を託した。好調なうちに交代を決めるという意味では、危機に追われての交代とは異なる緊張感を帯びた承継であっただろう。 トップ交代・承継 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7259/decisions/president-nomination-2023/","t":"親会社から4人の社長を迎えた会社での、後継の審議の社長の手から独立社外取締役への移管","c":"アイシン","y":2023,"col":"#001A72","s":"親会社から社長を迎える体制が20年近く続くなか、指名と報酬の審議機関を一本化し、議長を社長自身から独立社外取締役へ切り替えて選解任の客観性と透明性を確保しようと…","x":"2023 アイシン トヨタ出身トップと指名審議の社外化 親会社から4人の社長を迎えた会社での、後継の審議の社長の手から独立社外取締役への移管 2023年に役員人事審議会と報酬審議会を統合し、議長を取締役社長から独立社外取締役へ改めた。2005年6月以降の社長5人のうち4人がトヨタ自動車の出身で、同社は21.35%を持つ大株主である 親会社から社長を迎える体制が20年近く続くなか、指名と報酬の審議機関を一本化し、議長を社長自身から独立社外取締役へ切り替えて選解任の客観性と透明性を確保しようとした機関設計の変更 誰が後継を選ぶのか この改組で動いたのは委員会の名前ではなく、後継を選ぶ席に誰が座るかであった。2019年3月期の役員人事審議会は、議長を取締役社長が務め、社長と副社長に独立社外取締役3名を加えた5名で年2回開かれていた。自分の後任を含む選解任案を、現任の社長が議長として取りまとめる形である。2023年の統合でその席は独立社外取締役へ渡り、開催も年5回へ増えた。社長5人のうち4人が親会社から来た会社にあって、指名の議事を経営陣の外へ出したことの意味は、報酬制度の見直しよりも重いと思われる。 機関設計・取締役会改革 トップ交代・承継 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/7419/decisions/conexio-tob-2023/","t":"携帯販売大手を855億円で取り込む完全子会社化と規模の確保","c":"ノジマ","y":2023,"col":"#182D7C","s":"携帯ショップの再編が進むなかで業界大手を取り込み、キャリアショップ運営を国内最大級へ集約した事業戦略上のM&A","x":"2023 ノジマ コネクシオをtobで買収 携帯販売大手を855億円で取り込む完全子会社化と規模の確保 2022年12月22日の取締役会でコネクシオへのtobを決議。子会社ncxが取得原価854億93百万円で議決権100%を取得し、伊藤忠商事傘下の携帯販売大手を完全子会社とした 携帯ショップの再編が進むなかで業界大手を取り込み、キャリアショップ運営を国内最大級へ集約した事業戦略上のm&a 規模の集約と、接客の質の両立という課題 この買収の核心は、縮小に向かう市場でなお規模を追った点にある。有報が挙げる理由も、市場の成熟で販売代理店が独自に成長する難易度が上がり、業界の統合・再編が進んでいるという現状認識であった。多くの事業者が店舗を減らす方向へ動くなかで、ノジマは業界大手を丸ごと取り込んで運営を一体化し、翌4月には自社のドコモショップ事業をアイ・ティー・エックスへ承継して代理店運営を統合した。逆風のなかでこそ規模を集めれば、統廃合や効率化の主導権を握れる——アイ・ティー・エックスから続く同業集約の論理を、最も大きな規模で押し切った判断といえる。 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/7630/decisions/beyond-curry-expansion-2023/","t":"ラーメン・もつ鍋店の連続買収とカレーパン専門店の開業による業容の拡大","c":"壱番屋","y":2023,"col":"#531C06","s":"自社開発の新業態が定着しなかった経緯を踏まえ、外部の飲食ブランドを買収して自社の生産・出店網に載せる方法でカレー専業から業容を拡大した多角化","x":"2023 壱番屋 竹井の買収 ラーメン・もつ鍋店の連続買収とカレーパン専門店の開業による業容の拡大 2023年3月にラーメン店の竹井を買収。壱番屋がカレー以外の外食へ事業を拡大し、同年12月にはもつ鍋のlfdも傘下に収めた 自社開発の新業態が定着しなかった経緯を踏まえ、外部の飲食ブランドを買収して自社の生産・出店網に載せる方法でカレー専業から業容を拡大した多角化 買収で事業を拡大するということ 成熟したカレー市場から逃げるための多角化と読むと、この転換の面白みを取り逃がす。壱番屋は業態開発が不得手な会社であった。1995年のfsココイチは約50店で退き、パスタ・デ・ココも30店強で止まっている。自前で一から作る道の分が悪いことを認めたうえで、すでに客のついた麺屋たけ井や前田屋を買い、自社の出店網に載せて伸ばす方法へ切り替えたところに、2020年代の壱番屋の判断があると推察される。 隣接領域への展開 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/7740/decisions/executive-misconduct-2023/","t":"歴代2社長の経費私的流用の発覚と引責辞任、ガバナンスの立て直し","c":"タムロン","y":2023,"col":"#005BAC","s":"内部通報を機に歴代2社長の経費私的流用が発覚し、現職社長の引責辞任・技術系副社長の緊急昇格・特別調査委員会の設置・役員処分と賠償請求・社外取締役の増強で信頼を立…","x":"2023 タムロン 経費流用を受けた体制刷新 歴代2社長の経費私的流用の発覚と引責辞任、ガバナンスの立て直し 2023年8月に桜庭省吾氏が社長へ就任。経費の私的流用で鯵坂司郎社長が引責辞任し、特別調査委員会は歴代2社長の飲食費負担を認定 内部通報を機に歴代2社長の経費私的流用が発覚し、現職社長の引責辞任・技術系副社長の緊急昇格・特別調査委員会の設置・役員処分と賠償請求・社外取締役の増強で信頼を立て直したガバナンス再建 内から選び続けたことの功と罪 社長が代わっても同種の流用が続いた事実は、二人の経営者個人のモラルだけでは説明がつかない。小野氏の在任は約14年に及び、退任後も相談役として会社に残った。鯵坂氏もまた副社長からの生え抜き昇格で、身内で受け継ぐ経営が長く続いている。トップを社内から選び続けたことは技術の継承には資した一方で、その同じ仕組みが、トップの支出を誰も止められない密室をつくっていたと思われる。 不祥事・信頼回復 トップ交代・承継 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7751/decisions/mitarai-reelection-diversity-2023/","t":"取締役候補を全員男性とした人事と、そのあとに続いた取締役会の組み替え","c":"キヤノン","y":2023,"col":"#CC0100","s":"取締役会に女性が一人もいないまま、御手洗冨士夫氏を含む取締役5名を全員男性で選任した2023年3月の総会。以後、CEOは指名・報酬委員会の委員を退き、取締役会は…","x":"2023 キヤノン 全員男性の取締役会と賛成率低下 取締役候補を全員男性とした人事と、そのあとに続いた取締役会の組み替え 2023年3月の総会で選ばれた取締役5名は全員が男性だった。御手洗冨士夫氏は同年8月に指名・報酬委員会の委員を退き、翌年3月に取締役会は10名・社外4名へ広がった 取締役会に女性が一人もいないまま、御手洗冨士夫氏を含む取締役5名を全員男性で選任した2023年3月の総会。以後、ceoは指名・報酬委員会の委員を退き、取締役会は10名・社外4名へ広がったが、御手洗冨士夫氏の再任賛成率は候補者中で最も低い水準が続いている 業績ではなく、取締役会の顔ぶれが問うたもの この一件が照らすのは、経営の信任が業績とは別の座標でも測られるようになった事実だと思われる。2023年3月の総会に諮られた取締役は5名。社外は2名で、会社が自ら定めた「2名以上かつ3分の1以上」という下限をぎりぎり満たすだけの構成だった。候補を推薦するのは代表取締役ceoで、その推薦の公正さを確かめる指名・報酬委員会の議長も、当のceoその人が務めていた。推薦する側と確認する側が同じ人物だという構図は、手続きとしては完結していても、外から見れば信任の根拠にはなりにくい。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7911/decisions/holding-company-2023/","t":"創業123年で掲げてきた「凸版印刷」の看板を外す持株会社化","c":"TOPPAN(凸版印刷)","y":2023,"col":"#333333","s":"紙媒体の縮小で本業の印刷が長期停滞するなか、半導体フォトマスクとグローバル軟包装へ資源を集中するため、持株会社体制へ移行して社名から「印刷」を外し、ポートフォリ…","x":"2023 toppan(凸版印刷) toppanhdへ改称 創業123年で掲げてきた「凸版印刷」の看板を外す持株会社化 2023年10月に凸版印刷が持株会社へ移行。商号をtoppanホールディングスへ改め、創業123年で社名から印刷の二字を外した 紙媒体の縮小で本業の印刷が長期停滞するなか、半導体フォトマスクとグローバル軟包装へ資源を集中するため、持株会社体制へ移行して社名から「印刷」を外し、ポートフォリオ変革を組織の面で区切る判断 看板を外した会社が問われる中身 この判断の中心にあるのは、印刷という看板を掲げたまま非印刷の成長事業を伸ばすことの難しさである。社名から\"印刷\"を外し、吸収分割で事業を会社ごとに分けた組み替えは、どこへ資源を向けるのかという経営の意思を、対外にも社内にも見えるかたちで示す意味を持ったと推察される。2008年のピークから16年を要した停滞のなかで、業績が完全に回復しきる前に看板を替えた点に、成長領域へ資源を振り向ける判断を先送りしなかった経営の構えがうかがえる。 持株会社化・グループ再編 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7912/decisions/capital-policy-reform-2023/","t":"「経営の基本方針」への転換と5年3,000億円の自己株式取得","c":"大日本印刷","y":2023,"col":"#1532A9","s":"紙媒体縮小と度重なる赤字で積み上がった政策保有株式の含み益と低PBRを背景に、エリオット・マネジメントの株式取得と対話を受けつつ、DNPが5年累計3,000億円…","x":"2023 大日本印刷 エリオット保有下の自己株式取得 「経営の基本方針」への転換と5年3,000億円の自己株式取得 2023年2月に大日本印刷が自己株式取得を拡大。5年間で累計3,000億円を買い戻し、roe10%を長期目標に政策保有株式も売却する 紙媒体縮小と度重なる赤字で積み上がった政策保有株式の含み益と低pbrを背景に、エリオット・マネジメントの株式取得と対話を受けつつ、dnpが5年累計3,000億円の自己株式取得とroe10%目標を掲げて資本効率重視へ踏み込んだ資本政策の大転換。 契機と定着のあいだ dnpの2023年の転換は、外部株主の登場と会社みずからの変革志向が重なった点に特徴がある。エリオットは正式な株主提案や委任状争奪ではなく、株式の取得と対話にとどめた。それでも大株主の上位に並んだ存在は、低pbrと積み上がった政策保有株式という論点を、経営が避けて通れないものにした。会社が前年から準備していた財務戦略が、外部の視線を得て一気に具体化したとみることもできる。 アクティビスト・株主提案対応 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/7951/decisions/cordoba-acquisition-2023/","t":"相手方の全持分取得と、米国ギター事業のブランドの一本化","c":"ヤマハ","y":2023,"col":"#895ebd","s":"中期経営計画で注力領域と位置づけたギター事業の規模拡大を、米国子会社YGGによるCordoba社の資本持分100％取得で進めた買収","x":"2023 ヤマハ cordoba買収で米ギター集約 相手方の全持分取得と、米国ギター事業のブランドの一本化 2023年2月にヤマハが米cordoba music groupを買収。子会社yggを通じて資本持分100%を取得し、傘下3社も連結へ 中期経営計画で注力領域と位置づけたギター事業の規模拡大を、米国子会社yggによるcordoba社の資本持分100%取得で進めた買収 取得できたのは商品ラインアップ、回収できなかったのはのれん この判断の実質は、ギターという商品分野を自社ブランドの育成だけでは埋めきれないと見切り、完成したブランドを取得して米国拠点へ集約する道を選んだところにある。line 6、ampegに続く取得で、yamaha guitar groupはナイロン弦のcordobaとアコースティックのguildを傘下に加え、価格帯とジャンルの空白を取得原価で埋めた。支払対価51億円は同じ期の連結売上収益4,514億円の1%強にすぎず、ギター事業を注力領域に掲げた文言に比べれば投じた額は小さい。ブランドを取得して単一の米国拠点の下に置く事業ポートフォリオの組み方は、2014年から変えていない。 連続買収・ロールアップ クロスボーダーm&a(日本→海外)"},{"k":"decision","u":"/tse/7956/decisions/china-slowdown-2023/","t":"成長市場としての位置づけ引き下げと、米州・欧州への成長投資の集中","c":"ピジョン","y":2023,"col":"#E65550","s":"中国の出生数減少と地場ブランドの台頭で主力市場の伸びが止まり、3期連続の減益に陥ったピジョンが、中国事業に高い成長を求めることをやめて商品と収益性の立て直しに集…","x":"2023 ピジョン 第8次中計で中国を安定成長へ 成長市場としての位置づけ引き下げと、米州・欧州への成長投資の集中 2023年2月にピジョンが中国事業を安定成長へ位置づけ直す。第8次中期経営計画で商品を哺乳器と乳首、ベビースキンケアに集中させた 中国の出生数減少と地場ブランドの台頭で主力市場の伸びが止まり、3期連続の減益に陥ったピジョンが、中国事業に高い成長を求めることをやめて商品と収益性の立て直しに集中し、回復後も残った一市場への依存を低減するため、成長投資を米州・欧州へ重点的に振り向けた判断 直すことと、減らすこと 営業利益の70%近くを中国事業に預けたまま、会社が先に手をつけたのは中国事業そのものの立て直しであった。2024年に販管費を20億円増やして哺乳器のシェアを43%まで戻し、中国事業のセグメント利益は2025年12月期に105億円へ戻した。それでも矢野亮社長が第9次中計で最初に挙げた課題は、届かなかった営業利益率ではなく、回復してもなお残る一市場への依存であった。稼ぎ頭を直す作業と、稼ぎ頭を減らす作業は別物であったとみられる。 リストラ・構造改革 選択と集中 グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/8243/decisions/sogo-seibu-sale-fortress-2023/","t":"コンビニ集中のための百貨店切り離し","c":"そごう","y":2023,"col":"#333333","s":"物言う株主バリューアクトのコンビニ集中要求を背景に、非中核化した百貨店そごう・西武を米フォートレスへ売却。企業価値2200億円の大半は有利子負債で株式の譲渡価額…","x":"2023 そごう 米フォートレスへ売却 コンビニ集中のための百貨店切り離し 2023年9月にそごう・西武を米フォートレスへ売却。セブン&アイがバリューアクトのコンビニ集中要求を受け非中核を切り離す 物言う株主バリューアクトのコンビニ集中要求を背景に、非中核化した百貨店そごう・西武を米フォートレスへ売却。企業価値2200億円の大半は有利子負債で株式の譲渡価額は8500万円、約916億円の債権放棄と連結1296億円の百貨店譲渡関連損失を計上し、60年ぶりのストと社長解任を経て2023年9月に完了した売却 切り離しが映したもの そごう・西武の売却は、2000年の破綻と再建、2006年のセブン&アイ入りを経てきた百貨店が、コンビニを中核とする流通グループから最終的に切り離される帰結であった。物言う株主が資本効率を迫り、非中核の事業を8500万円という象徴的な低額で手放した過程は、複合経営の是非が日本の大企業へ広く問われた時代の一断面を映しているとみられる。企業価値2200億円という数字の大半が負債であった事実は、拡大の時代に積み上げた重さが最後まで残っていたことを物語る。 事業売却・撤退 アクティビスト・株主提案対応 外資傘下入り・対内m&a 雇用・労使 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8411/decisions/greenhill-acquisition-2023/","t":"買収による、M&A助言機能を自社内へ取り込む体制づくり","c":"みずほフィナンシャルグループ","y":2023,"col":"#183181","s":"債券引受で米国資本市場のシェアを高めてきたみずほが、欠けていたM&A助言機能を、実績ある独立系ブティックの人材とブランドごと買収して内製化した投資銀行戦略","x":"2023 みずほフィナンシャルグループ 米グリーンヒル買収 買収による、m&a助言機能を自社内へ取り込む体制づくり 2023年5月に米グリーンヒルの買収に合意し、12月1日に完了した。米州みずほllcが1株15米ドル・企業価値約5億5,000万米ドルで全株式を取得 債券引受で米国資本市場のシェアを高めてきたみずほが、欠けていたm&a助言機能を、実績ある独立系ブティックの人材とブランドごと買収して内製化した投資銀行戦略 足りない機能を、時間ごと買う 債券引受で米国のデットビジネスに食い込んだ銀行にとって、m&aアドバイザリーは最後まで欠けたピースだった。人材と顧客基盤、そして四半世紀かけて積み上がった看板は、一から育てれば十年単位の時間を要する。約370名を一度に迎え、ブランドを残したまま米州の銀行部門に組み入れた判断が示すのは、足元の利益ではなく、助言という機能をいますぐ動かせる状態そのものを買ったということだと推察される。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 垂直統合・内製化 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8473/decisions/zero-revolution-2023/","t":"オンラインの国内株式売買手数料の放棄と、金融収益・口座数での取り返し","c":"SBIホールディングス","y":2023,"col":"#0068B7","s":"ネット証券の手数料引き下げ競争のなかで、SBI証券がオンラインの国内株式売買手数料を恒久無料化し、委託手数料への依存から信用取引・外国為替に連なる金融収益とグル…","x":"2023 sbiホールディングス 「ゼロ革命」で手数料無料化 オンラインの国内株式売買手数料の放棄と、金融収益・口座数での取り返し 2023年9月30日注文受付分からsbi証券がオンラインの国内株式売買手数料を無料化。2024年3月期に158億円、2025年3月期に約380億円の収益を自ら手放した ネット証券の手数料引き下げ競争のなかで、sbi証券がオンラインの国内株式売買手数料を恒久無料化し、委託手数料への依存から信用取引・外国為替に連なる金融収益とグループ送客による顧客基盤の総合収益化へ収益モデルを組み替えた判断 手数料を捨て、顧客基盤に賭ける この判断の核心は、まだ稼いでいる収益源を、稼げるうちに自ら捨てた点にある。オンラインの国内株式委託手数料は2023年3月期でなお営業収益の11.2%を占めていたが、無料化の構想を掲げてから実行まで4年をかけ、その間に取引コストの引き下げを重ねて比率を落とし切ってから手放した。順序が逆であれば、収益が細ってから追い込まれる値下げ競争になっていた。ゼロ革命は価格の勝負というより、いつ捨てるかを自分で決めきった時間の勝負だったと推察される。無料化を先に宣言し、埋め合わせの収益源を後から積む形では、この着地にはならなかった。 プライシング・価格政策 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8698/decisions/docomo-alliance-2023/","t":"設立と、マネックス証券の持分法適用会社化","c":"マネックスグループ","y":2023,"col":"#0068B0","s":"手数料無料化と経済圏の競争のなかで、中核子会社を通信会社との共同持株会社へ移管し、証券を持分法適用会社とした資本業務提携","x":"2023 マネックスグループ nttドコモとの共同持株会社 設立と、マネックス証券の持分法適用会社化 2023年10月にnttドコモと資本業務提携を締結する。中間持株会社を通じてマネックス証券を持分法適用会社とし、創業25年目に独立系の看板を下ろした 手数料無料化と経済圏の競争のなかで、中核子会社を通信会社との共同持株会社へ移管し、証券を持分法適用会社とした資本業務提携 独立の値段を、買い手の側から決められた 970億円という値づけが、この判断の性格を映している。マネックス証券の純資産は486億円、純利益は26億円で、手数料の無料化にも追随できなかった。それでも純資産のほぼ2倍の値がついたのは、証券会社としての実績にではなく、9,600万人のdポイント会員へ口座を差し出せる立場に値が付いたためだとみられる。 資本提携・政策保有 持株会社化・グループ再編 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8725/decisions/premium-adjustment-cartel-2023/","t":"独占禁止法違反の処分を受けた損保2社の再発防止と政策株式の放棄","c":"MS&ADインシュアランスグループホールディングス","y":2023,"col":"#006060","s":"企業保険分野の保険料調整行為で金融庁と公正取引委員会の処分を受け、再発防止と政策株式の全面的な放棄によって信頼の回復を図る判断","x":"2023 ms&adインシュアランスグループホールディングス 企業保険の保険料調整行為 独占禁止法違反の処分を受けた損保2社の再発防止と政策株式の放棄 2023年12月に金融庁から保険業法に基づく業務改善命令。三井住友海上とあいおいニッセイ同和損保が企業保険分野の保険料調整行為で、2024年10月に公正取引委員会の排除措置命令及び課徴金納付命令を受けた 企業保険分野の保険料調整行為で金融庁と公正取引委員会の処分を受け、再発防止と政策株式の全面的な放棄によって信頼の回復を図る判断 処分が解いた持ち合いの結び目 この処分を保険会社の法令違反としてだけ読むと、話の半分が落ちる。会社が調整行為の要因の一つに挙げたのは政策株式であり、取引先の株式を持つことで保険の引受けを確保するという商慣行そのものが問われた。株式を持ち合う相手との間では、価格で競い合う動機が働きにくい。だからこそ是正の要は行動ルールの整備ではなく、上場の政策株式を2030年3月末までにゼロにするという資産側の決断に置かれたのだと推察される。行政処分が、長く手をつけられなかった持ち合いの結び目を外から解いた形である。 不祥事・信頼回復 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8766/decisions/premium-adjustment-2023/","t":"子会社の独占禁止法違反で処分が重なり、適正な競争を阻害してきた業界慣行の解消に踏み込んだ","c":"東京海上ホールディングス","y":2023,"col":"#d50000","s":"子会社の東京海上日動が保険料調整事案で金融庁の業務改善命令と公正取引委員会の排除措置命令を相次いで受け、持株会社としてグループ監査委員会の設置と業界慣行の解消に…","x":"2023 東京海上ホールディングス 保険料調整事案と業務改善命令 子会社の独占禁止法違反で処分が重なり、適正な競争を阻害してきた業界慣行の解消に踏み込んだ 2023年12月に東京海上日動が金融庁から保険業法に基づく業務改善命令を受け、2024年2月29日付で業務改善計画書を提出した。2024年11月1日には公正取引委員会の排除措置命令および課徴金納付命令を受けている 子会社の東京海上日動が保険料調整事案で金融庁の業務改善命令と公正取引委員会の排除措置命令を相次いで受け、持株会社としてグループ監査委員会の設置と業界慣行の解消に着手した一連の対応 態勢が名指しされた処分 この一件で問われたのは、保険料の水準そのものよりも、価格を他社と合わせることを異常と感じなくなっていた組織の感覚だっただろう。行政処分の根拠に挙がったのは独占禁止法に抵触すると考えられる行為と、その背景にある態勢上の問題であり、個々の担当者の逸脱ではなく態勢が名指しされた。持株会社が内部統制委員会をグループ監査委員会へ改組したのも、個別の不正を潰すためではなく、各社の再発防止策が実際に回っているかを確かめる機能を取締役会の直下へ置き直す動きだったと読める。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8795/decisions/financial-market-loss-2023/","t":"米金利急変が突いた連邦型の弱点──2期","c":"T&Dホールディングス","y":2023,"col":"#0033a0","s":"米金利の急上昇で太陽生命の責任準備金負担と出資先フォーティチュードの持分法投資損失が重なり2期で純損失に沈んだT&Dが、評価損を一時的と判断して海外投資を維持し…","x":"2023 t&dホールディングス フォーティチュード投資損計上 米金利急変が突いた連邦型の弱点──2期 2023年3月期に米金利の急上昇で純損失を計上。t&dホールディングスは太陽生命の外貨建て保険の負担と米フォーティチュードの持分法投資損失を重ねた 米金利の急上昇で太陽生命の責任準備金負担と出資先フォーティチュードの持分法投資損失が重なり2期で純損失に沈んだt&dが、評価損を一時的と判断して海外投資を維持し、社長交代と資本政策の見直しを経て黒字へ戻した損失処理 損失を確定させないという選択 この意思決定の核心は、損失を確定して撤退するのではなく、金利急変による評価損を一時的なものと読み切って持ちこたえた点にある。米金利の上昇で出資先の含み損は2,000億円を超え、連結は発足以降で最大の赤字に沈んだ。相場に押されて海外持分を投げ売れば、損失はその場で確定した。上原弘久社長はそれを避け、むしろ追加出資で持分を保ち、翌期の反転を待つ側に賭けた。評価損の性格を市場変動由来の一時的なものと切り分けられるかどうかが、その賭けの前提だった。 外的危機への対応 トップ交代・承継 資金調達・財務戦略 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9001/decisions/tsuzuki-succession-2023/","t":"24年続いた社長の座を生え抜きへ渡し、前任が代表権のある会長として残る体制","c":"東武鉄道","y":2023,"col":"#00458F","s":"24年務めた社長が会長へ退き、子会社2社の社長を経た生え抜きの都筑豊氏へ代表取締役社長を渡した。前任は代表権のある会長として取締役会の議長にとどまった","x":"2023 東武鉄道 都筑豊氏が社長就任 24年続いた社長の座を生え抜きへ渡し、前任が代表権のある会長として残る体制 2023年6月に都筑豊氏が代表取締役社長へ就任した。24年務めた根津嘉澄氏は代表取締役取締役会長となり、取締役会の議長を続けている 24年務めた社長が会長へ退き、子会社2社の社長を経た生え抜きの都筑豊氏へ代表取締役社長を渡した。前任は代表権のある会長として取締役会の議長にとどまった 渡されたのは社長の職だけだった この交代で動いたのは社長の職であって、取締役会を率いる席ではなかった。議長は交代の前後を通じて取締役会長が務め、その席には24年社長を務めた前任が代表権を持ったまま座り続けた。新社長は2018年から5年間にわたって取締役を外れ、子会社の経営に回っていた人である。取締役会の席次でいえば、前任と新任の経験の差は交代の日をもってなお開いたままであった。3年近くを経て前任が代表権を外したことで、ようやく執行の代表が新社長の側へ一本化されたのだろう。 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/9064/decisions/nihonyuubin-kyogyo-soshou-2023/","t":"投函サービスでの協業関係から、履行をめぐる提訴への転化","c":"ヤマトホールディングス","y":2023,"col":"#FCC707","s":"2024年4月からのドライバー時間外労働規制（物流2024年問題）により自社網だけで全荷物を運ぶ前提が崩れ、投函サービスの配送を日本郵便へ委ねる協業に転じたが、…","x":"2023 ヤマトホールディングス 日本郵便との協業紛争 投函サービスでの協業関係から、履行をめぐる提訴への転化 2023年6月に日本郵政と基本合意を結んだ。ヤマトホールディングスがメール便と小型荷物の配達を日本郵便へ順次移管し、信書規制で争ってきた相手と組んだ 2024年4月からのドライバー時間外労働規制(物流2024年問題)により自社網だけで全荷物を運ぶ前提が崩れ、投函サービスの配送を日本郵便へ委ねる協業に転じたが、履行をめぐる対立から訴訟に至った 大義と履行のあいだ この協業の出発点には、宅配業界にとっての\"大義\"があった。ドライバー不足という構造的な制約を前に、長らく信書規制をめぐって対立してきた宅配最大手と郵便事業者が手を組んだことは、安値での荷物争奪という業界の慣行を超える、時代の要請への応答であったとみられる。投函サービスという競争領域の一部を切り離し、相手の強みに委ねる判断は、自前主義からの転換という点で、単なる業務委託を超える意味を持っていた。 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/9101/decisions/audit-committee-transition-2023/","t":"重要な業務執行の決定を執行へ委ね、取締役会の社外比率を半数まで引き上げた機関設計の変更","c":"日本郵船","y":2023,"col":"#CC0000","s":"事業環境の変化が速まるなか、重要な業務執行の決定を執行へ委ねて意思決定を早めつつ、取締役会には戦略と監督を残すために機関設計そのものを変えた","x":"2023 日本郵船 監査等委員会設置会社への移行 重要な業務執行の決定を執行へ委ね、取締役会の社外比率を半数まで引き上げた機関設計の変更 2023年6月、定時株主総会の定款変更決議により監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役は8名から12名となり、うち6名が独立社外取締役の半数構成に変わった 事業環境の変化が速まるなか、重要な業務執行の決定を執行へ委ねて意思決定を早めつつ、取締役会には戦略と監督を残すために機関設計そのものを変えた 取締役会に何を残すか この移行の芯は、監査の機関設計を替えたことよりも、取締役会が扱う議題を絞り込んだことにあるだろう。監査役会設置会社を選んでいた理由として挙げていたのは、監督機能の充実には重要な業務執行の決定も必要だという考えであった。移行はその前提を裏返し、重要な業務執行の決定を執行側へ委ねたうえで、取締役会には中長期経営戦略と経営資源の配分、事業ポートフォリオ、サステナビリティ、重大リスクへの対処を残した。監査等委員が取締役会で議決権を持つことは、その絞り込みを支える仕掛けでもある。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9147/decisions/accenture-system-lawsuit-2023/","t":"新・国際航空貨物基幹システムの開発断念と154億円の全額減損","c":"NIPPON EXPRESSホールディングス","y":2023,"col":"#1A005C","s":"航空運送事業のグローバル共通基盤として2017年に着手した基幹システムの開発を、開発コストの増加と開発期間の延長を理由に断念し、ソフトウェアを遊休資産として帳簿…","x":"2023 nippon expressホールディングス アクセンチュアを提訴 新・国際航空貨物基幹システムの開発断念と154億円の全額減損 2022年12月期に新・国際航空貨物基幹システムの開発を中止。2017年4月に着手した基盤は稼働に至らず、帳簿価額154億6100万円を全額減損した 航空運送事業のグローバル共通基盤として2017年に着手した基幹システムの開発を、開発コストの増加と開発期間の延長を理由に断念し、ソフトウェアを遊休資産として帳簿価額の全額15,461百万円を減損した 断念は、5年遅れて届いた答え合わせだった この判断を「一度きりの打ち切り」として読むと、肝心なところを取り逃がす。総予定額は189億円で始まり、翌期に276億円、その次の期に309億円へ膨らんだ。完了予定は2022年3月から2024年3月へ2年後ろにずれ、そこから断念まで動かなかった。計画が狂っていることは毎期の開示に現れていたのであり、断念とはその狂いを4年遅れで帳簿の側から確定させた処理であったのだろう。膨らむ総予定額と伸びる完了予定を、投資を止める材料として読む仕組みが働いていたかどうかが問われる。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/9147/decisions/cargo-partner-acquisition-2023/","t":"オーストリアの物流企業の取り込みによる、欧州・中東欧の事業基盤の獲得","c":"NIPPON EXPRESSホールディングス","y":2023,"col":"#1A005C","s":"日系顧客に伴走する海外拠点展開モデルの限界に対し、非日系の現地顧客基盤ごとM&Aで獲得し、欧米メガフォワーダーとの取扱量格差を縮める戦略","x":"2023 nippon expressホールディングス cargo-partnerを買収 オーストリアの物流企業の取り込みによる、欧州・中東欧の事業基盤の獲得 2023年5月にcargo-partner社と株式譲渡契約を締結し、2024年1月4日に全株式を取得した。支払対価は129,982百万円、のれんは77,347百万円 日系顧客に伴走する海外拠点展開モデルの限界に対し、非日系の現地顧客基盤ごとm&aで獲得し、欧米メガフォワーダーとの取扱量格差を縮める戦略 買収で規模は得たが、収益はまだ得ていない cargo-partnerの買収は、日系顧客に寄り添って拠点を積み上げてきたnxグループの海外展開モデルが、取扱量で欧米メガフォワーダーに及ばないという構造的な限界に直面した末の選択であっただろう。欧州セグメントの外部顧客への売上高は、日本通運時代の2022年3月期には1,259億円にすぎなかったが、cargo-partner社を連結した2024年12月期には4,915億円へと一気に4倍近くまで膨らんだ。契約上845百万ユーロ、連結上の支払対価129,982百万円という金額の大きさは、機を逃せばm&a市場の玉数が細るという危機感の裏返しでもあり、持株会社体制への移行からわずか1年余りでこの規模の決断に踏み切った点に、グループとしての意思の強さがうかがえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/9301/decisions/cavalier-logistics-acquisition-2023/","t":"米英物流グループの取り込みと、自前拠点による海外展開からの転換","c":"三菱倉庫","y":2023,"col":"#D61218","s":"日系荷主の海外進出に合わせて自前拠点を建てる従来の手順では医療・ヘルスケア物流の米欧基盤を築けないため、長年のパートナーであった米英4社を246億5,200万円…","x":"2023 三菱倉庫 米cavalierの買収 米英物流グループの取り込みと、自前拠点による海外展開からの転換 2023年4月に米cavalier系4社の買収で合意。三菱倉庫が米国の物流3社と英国のcavalier logistics u.k.を新設持株会社を通じて取得した 日系荷主の海外進出に合わせて自前拠点を建てる従来の手順では医療・ヘルスケア物流の米欧基盤を築けないため、長年のパートナーであった米英4社を246億5,200万円で取得し、現地の顧客基盤ごと引き受ける形へ海外戦略を切り替えた買収 獲得した市場ではなく、買収の手法 替わったのは買った市場ではなく、買い方であった。1970年の米カリフォルニアの倉庫会社設立から半世紀余り、三菱倉庫は日系荷主の進出に合わせて自前で会社を設立する手順を守ってきた。取得原価24,652百万円のうち21,692百万円が顧客関連資産に配分された事実が、今回引き受けたものを示している。買ったのは倉庫や設備ではなく、現地の顧客との関係であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9404/decisions/ghibli-acquisition-2023/","t":"議決権42.34%の取得による子会社化","c":"日本テレビホールディングス","y":2023,"col":"#8497A1","s":"テレビ広告の構造的な縮小に対し、広告収入に依存しないコンテンツIPを取り込むため、38年の取引を重ねてきた制作会社の議決権を買い増して子会社化した","x":"2023 日本テレビホールディングス スタジオジブリの子会社化 議決権42.34%の取得による子会社化 2023年9月に日本テレビ放送網の取締役会が決議し、10月6日付でスタジオジブリの株式を追加取得。議決権は14.86%から42.34%へ上がり、連結子会社となった テレビ広告の構造的な縮小に対し、広告収入に依存しないコンテンツipを取り込むため、38年の取引を重ねてきた制作会社の議決権を買い増して子会社化した 市場でなく信頼が付けた値段 1985年の\"風の谷のナウシカ\"のテレビ初放送から38年を経て、関係は議決権42.34%へ姿を変えた。買収価格は、外部の専門家による評価をベースに、ジブリを取り巻く環境や直近の業績、そして『長期的なジブリとの信頼関係に基づく取引』であることを総合的に勘案した協議で決まっている。値段の一部を決めたのは市場ではなく、積み上げた時間であったと思われる。 隣接領域への展開 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/9502/decisions/antimonopoly-cartel-2023/","t":"命令の取消訴訟を提起しながら、課徴金を特別損失へ計上した二正面の対応","c":"中部電力","y":2023,"col":"#E60012","s":"特別高圧電力・高圧電力の供給をめぐる不当な取引制限の認定に対し、課徴金を特別損失へ計上して財務上の決着をつけつつ、事実認定と法解釈には見解の相違があるとして取消…","x":"2023 中部電力 電力カルテルの課徴金275億円 命令の取消訴訟を提起しながら、課徴金を特別損失へ計上した二正面の対応 2023年3月に公正取引委員会から独占禁止法に基づく課徴金納付命令を受け、独占禁止法関連損失27,555百万円を特別損失に計上した。事実認定と法解釈に見解の相違があるとして、同年9月に取消訴訟を提起している 特別高圧電力・高圧電力の供給をめぐる不当な取引制限の認定に対し、課徴金を特別損失へ計上して財務上の決着をつけつつ、事実認定と法解釈には見解の相違があるとして取消訴訟を提起した対応 争いながら、備える この案件で中部電力が選んだのは、どちらか一方に賭けない方針であった。課徴金275億円は2023年3月期のうちに特別損失として落とし、財務上はその期で決着させている。同時に、事実認定と法解釈には見解の相違があるとして取消訴訟を提起した。訴訟の帰趨がどうであれ、課徴金を払う前提で数字を組み、命令が誤っているという主張は司法の場に預ける。争うことと備えることを切り分けたこの処理は、係争が長引く事案で会社が採りうる現実的な形だといえる。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/9531/decisions/president-succession-2023/","t":"社外が過半を占める指名委員会の審議を経た、5年ぶりの代表執行役社長の交代","c":"東京ガス","y":2023,"col":"#0068B7","s":"指名委員会等設置会社へ移った東京ガスで、過半数を社外取締役が占める指名委員会が代表執行役社長候補者を審議し、5年務めた内田高史氏から笹山晋一氏への交代が決まった","x":"2023 東京ガス 笹山晋一氏が社長就任 社外が過半を占める指名委員会の審議を経た、5年ぶりの代表執行役社長の交代 2023年4月に笹山晋一氏が代表執行役社長ceoに就任し、5年務めた内田高史氏は6月に取締役会長へ移った。社長候補者は過半数を社外取締役が占める指名委員会が審議している 指名委員会等設置会社へ移った東京ガスで、過半数を社外取締役が占める指名委員会が代表執行役社長候補者を審議し、5年務めた内田高史氏から笹山晋一氏への交代が決まった 誰が社長を選ぶのかという設計 この交代で目を引くのは、誰が社長になったかよりも、誰が社長を選ぶ側に座っていたかである。指名委員会等設置会社へ移った東京ガスでは、執行役の選任・解任に関する取締役会の議案内容を決めるのは、過半数を社外取締役が占め、社外取締役が委員長を務める指名委員会だ。社長の人選は社内の序列や前任者の意向が働きやすい領域だが、その入口が制度として社外側へ開かれている。2022年度の開催回数が9回と、翌年度以降の6回を上回っているのは、社長候補者の選任が議題に上がった年であったことと無縁ではないだろう。 トップ交代・承継 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9531/decisions/rockcliff-acquisition-2023/","t":"米国でシェールガスを開発・生産する会社の完全子会社化","c":"東京ガス","y":2023,"col":"#0068B7","s":"国内の収益が伸びにくいなか、2030年に海外で500億円の利益を上げる計画を掲げた東京ガスが、個別鉱区の持ち分を積み上げる買い手の立場から、東テキサス・北ルイジ…","x":"2023 東京ガス ロッククリフの全株取得 米国でシェールガスを開発・生産する会社の完全子会社化 2023年12月にロッククリフ・エナジーの全株取得を発表。取得額は約4,050億円で米テキサス州とルイジアナ州の天然ガス開発・生産を取り込む 国内の収益が伸びにくいなか、2030年に海外で500億円の利益を上げる計画を掲げた東京ガスが、個別鉱区の持ち分を積み上げる買い手の立場から、東テキサス・北ルイジアナで自ら開発・操業する側へ移るため、約4,050億円を投じてロッククリフ・エナジー社の全株式を取得した海外上流投資 資源高の利益を海外の収益源へ振り向ける 生産量が約330百万立方フィート/日から約1,300百万立方フィート/日へ変わった数字は、事業の大きさよりも立場の変化を示している。個別鉱区の持ち分を積み上げる買い手から、東テキサスと北ルイジアナで開発と操業を自ら担う側へ移った。投じた約4,050億円は、直前の2023年3月期に記録した過去最高の経常利益4,088億円とほぼ同じ大きさであった。資源高が生んだ一度きりの利益を、稼ぐ場所の移動に充てた判断とみられる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 垂直統合・内製化 グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9744/decisions/holding-company-2023/","t":"エンジニアリングソリューション事業の子会社への承継と、監査等委員会設置会社への移行","c":"メイテックグループホールディングス","y":2023,"col":"#003F87","s":"完全子会社への吸収分割でエンジニアリングソリューション事業を切り出し、分割会社をグループの経営機能に専念する純粋持株会社へ改めた組織再編","x":"2023 メイテックグループホールディングス メイテックグループhdへ改称 エンジニアリングソリューション事業の子会社への承継と、監査等委員会設置会社への移行 2023年10月に吸収分割で持株会社体制へ移行。エンジニアリングソリューション事業を完全子会社へ承継させ、商号を株式会社メイテックグループホールディングスへ改め、同日に監査等委員会設置会社となった 完全子会社への吸収分割でエンジニアリングソリューション事業を切り出し、分割会社をグループの経営機能に専念する純粋持株会社へ改めた組織再編 守るための資本と、返すための資本 持株会社体制への移行それ自体は、対価の交付も資本金の増減ものれんの発生もない、帳簿の上では静かな取引だった。動いたのは人と権限である。提出会社の従業員は8,331人から消え、エンジニアリングソリューション事業は丸ごと承継会社へ移り、残された分割会社が持つのは経営理念と戦略の策定、実施状況のモニタリング、経営資源の配分という機能だけになった。経済危機の下でも雇用を守り抜くために自己資本を積み、充実したと判断してからは総還元性向100%以内で返す——この一連の判断を、事業の執行から切り離して専任で担う会社を作ったのが移行の実質だったとみられる。 持株会社化・グループ再編 機関設計・取締役会改革 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/mori-building/decisions/azabudai-hills-2023/","t":"虎ノ門・麻布台地区の開発区域拡大","c":"森ビル","y":2023,"col":"#9FA0A0","s":"細分化された敷地に約300人の権利者が並ぶ街区を、区域を約2倍へ拡大したうえで1つの再開発事業としてまとめ、時間を要しても大規模な複合施設を建てる方式をとった","x":"2023 森ビル 麻布台ヒルズの開業 虎ノ門・麻布台地区の開発区域拡大 2017年9月に麻布台ヒルズの都市計画決定。約300人の権利者と30年を重ねて区域を8.1ヘクタールへ拡大し、総事業費は約5800億円 細分化された敷地に約300人の権利者が並ぶ街区を、区域を約2倍へ拡大したうえで1つの再開発事業としてまとめ、時間を要しても大規模な複合施設を建てる方式をとった 区域を拡大した30年と、開業の年 4.2ヘクタールのまま建てていれば、開業はもっと早く来ていたかもしれない。東西に細長い敷地に巨大な超高層を置くのは難しく、森ビルは隣接する麻布郵便局や外務省飯倉公館を取り込む道を選び、開発区域は約2倍の8.1ヘクタールになった。1989年の街づくり協議会から数えて30年、約300人の権利者と議論を重ねた末に得たのが、高さ約330メートルという床の量であったのだろう。 大型設備投資 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/mori-building/decisions/toranomon-hills-area-2023/","t":"3街区を続けて手がける進め方と、日比谷線新駅を再開発と一体で整備する構え","c":"森ビル","y":2023,"col":"#9FA0A0","s":"森タワー1棟では街区として形をなさず、創業の地である虎ノ門は交通結節機能も弱かったため、周辺3街区を続けて開発するとともに、日比谷線の新駅整備を再開発と一体の工…","x":"2023 森ビル 虎ノ門ヒルズ周辺の連続開発 3街区を続けて手がける進め方と、日比谷線新駅を再開発と一体で整備する構え 2016年2月に虎ノ門ヒルズ周辺で3街区を開発。区域7.5ヘクタール・総事業費約4000億円で4棟をまとめ、2020年6月に新駅が開業 森タワー1棟では街区として形をなさず、創業の地である虎ノ門は交通結節機能も弱かったため、周辺3街区を続けて開発するとともに、日比谷線の新駅整備を再開発と一体の工程に組み込んだ 床を建てる話と、改札を設置する話 森ビルが手を伸ばしたのは、隣の3街区だけではなかった。1964年の全線開業以来ひとつも増えていなかった日比谷線の駅を、自社の開発と同じ工程のなかへ引き込んでいる。事業主体はur都市機構、設計と工事は東京メトロ、森ビルは虎ノ門一・二丁目地区市街地再開発組合の参加組合員という分担で、駅は2016年2月に着工し2020年6月6日に開いた。オフィス床を建てる話と改札をどこに置くかの話を切り離さなかった点に、この面展開の芯があるだろう。 大型設備投資 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/1332/decisions/nissui-transformation-2022/","t":"「日本水産」を捨てた業態転換 — 水産卒業・食品と養殖の双翼へ","c":"ニッスイ","y":2022,"col":"#E60012","s":"漁労・水産に依存した低収益体質と海外M&A依存の脆さを踏まえ、社名を含めて会社の性格を食品と養殖へ組み替える事業ポートフォリオの転換","x":"2022 ニッスイ ニッスイへ商号変更 「日本水産」を捨てた業態転換 — 水産卒業・食品と養殖の双翼へ 2022年12月にニッスイへ商号変更。浜田晋吾社長のもとで長期ビジョンgood foods 2030と中期経営計画good foods recipe1を掲げた 漁労・水産に依存した低収益体質と海外m&a依存の脆さを踏まえ、社名を含めて会社の性格を食品と養殖へ組み替える事業ポートフォリオの転換 社名を下ろした会社が背負うもの この判断の中心にあるのは、半世紀にわたって収益を漁労に委ねてきた会社が、その依存を自らの名前ごと下ろそうとした点にある。日本水産という社名は、遠洋漁業で伸びた歴史の象徴であると同時に、市況に業績を振り回される体質の看板でもあった。その名を\"ニッスイ\"へ置き換え、食品を売上の主力に、養殖を利益の次の柱に据える組み替えは、200カイリ規制以来くすぶってきた食品メーカー化の課題に、ようやく正面から答えを出そうとした試みだったと推察される。好況期の余裕からではなく、海外m&aの後始末を経て体力を取り戻す途上で踏み込んだ点に、この転換の切実さがうかがえる。 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/2127/decisions/revenue-recognition-fraud-2022/","t":"期ずれで計上した83件の一括訂正と、内部統制の再構築","c":"日本M&Aセンター","y":2022,"col":"#016057","s":"連結子会社の売上の期間帰属等に不適切な報告が判明し、調査委員会の報告を受けて2018年4月以降の83件を不適切な会計処理と認定、2021年3月期の決算を訂正した…","x":"2022 日本m&aセンター 不適切会計で決算訂正 期ずれで計上した83件の一括訂正と、内部統制の再構築 2022年2月に不適切会計で決算訂正。売上の期間帰属等をめぐり2018年4月以降の83件が不適切と認定され、2021年3月期の純利益は736,877千円減った 連結子会社の売上の期間帰属等に不適切な報告が判明し、調査委員会の報告を受けて2018年4月以降の83件を不適切な会計処理と認定、2021年3月期の決算を訂正した事案。内部統制の重要な不備を認めたうえで、売上計上フローの再構築とコンプライアンス体制の新設に踏み切った 期ずれの小ささと、規律の重さ この事案の核心は、失われた金額の大きさにはない。前倒し計上は売上を期をまたいで先取りする\"期ずれ\"であり、本来の期へ戻せば累計の損益はおおむね元に戻る。実際、訂正で消えたのは2021年3月期の売上高1,335,275千円、全体の3.7%にすぎない。にもかかわらず83件が積み上がったのは、担当者の手元にある契約書の写しだけで売上が立つ仕組みが、四半期ごとの達成を求める営業の求心力と噛み合っていたからだと思われる。個々の出来心ではなく、仕組みと規律の接点に穴があった。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/2201/decisions/cross-shareholding-unwind-2022/","t":"プライム移行に合わせた持ち合いの解消と統治の形の立て直し","c":"森永製菓","y":2022,"col":"#B6002A","s":"東証プライム市場への移行とコーポレートガバナンス・コード改訂を受け、政策保有する森永乳業株を縮減して資本効率と取締役会の独立性の説明責任を高めた資本政策","x":"2022 森永製菓 森永乳業株の政策保有縮減 プライム移行に合わせた持ち合いの解消と統治の形の立て直し 2022年2月に森永乳業株の政策保有縮減。太田栄二郎社長のもと430万株を1株5,760円・総額約247億円で森永乳業の自己株式取得に応じて売却した 東証プライム市場への移行とコーポレートガバナンス・コード改訂を受け、政策保有する森永乳業株を縮減して資本効率と取締役会の独立性の説明責任を高めた資本政策 制度が解いた、資本の縁 この判断の中心にあるのは、森永製菓が自ら好機を選んで動いたというより、上場の場が求める水準に合わせて長年の持ち合いを整理した、という受け身の構図である。1949年に事業として分けた森永乳業との資本の縁は、その後73年にわたって二桁の保有比率のまま残り続けた。それを5%未満まで引き下げたきっかけが、コーポレートガバナンス・コードの改訂とプライム市場への移行という外部の制度改革であった点に、1949年の乳業分離と同じ性格がうかがえる。事業の切り分けを制度が促し、資本の切り分けもまた制度が促した——森永製菓の二度の再編は、いずれも外からの要請に背中を押された場面であったのだろう。 資本提携・政策保有 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/2222/decisions/covid-recovery-high-margin-2022/","t":"コロナ禍からのV字回復と営業利益率24%——観光動線を削らずに保った収益力","c":"寿スピリッツ","y":2022,"col":"#E70113","s":"観光動線に売場を集約した事業構造がコロナで直撃を受けたなか、ブランド・売場・人員を削らずに保ち、人流とインバウンドの回復に合わせて増産・増販へ転じることで、コロ…","x":"2022 寿スピリッツ インバウンド消失下のv字回復 コロナ禍からのv字回復と営業利益率24%——観光動線を削らずに保った収益力 2023年3月期に高収益体質を確立。コロナで売上が半減し営業赤字に転落したのち、寿スピリッツは河越誠剛社長のもとブランドと正社員を保った 観光動線に売場を集約した事業構造がコロナで直撃を受けたなか、ブランド・売場・人員を削らずに保ち、人流とインバウンドの回復に合わせて増産・増販へ転じることで、コロナ前を上回る高収益体質を確立した面的な判断 削らなかったことが生んだ高収益 この判断の芯にあるのは、危機に際して事業を縮めなかったことが、回復の速さと利幅の厚さの両方を生んだ、という逆説である。観光動線に売場を寄せた構造は、人流が消えたときに最も深く沈み、全セグメントを一度に赤字へ落とした。だが売場とブランド、そして中核の人員を保ったまま持ちこたえたからこそ、制限緩和の号砲に合わせて誰よりも早く増販へ転じられた。守りの時期に削らなかった資産が、攻めの時期の高収益へ直結した点に、この面的な判断の含みがうかがえる。 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/2767/decisions/holdings-transition-2022/","t":"持株会社体制への移行と、商号を変更したグループ再編","c":"円谷フィールズホールディングス","y":2022,"col":"#333333","s":"循環の大きい遊技機事業を事業会社へ切り出し、親会社をIP・デジタル領域への投資とグループ統括に専念させるための組織再編","x":"2022 円谷フィールズホールディングス 円谷フィールズhdへ改称 持株会社体制への移行と、商号を変更したグループ再編 2022年3月に持株会社体制への移行検討開始を公表。10月3日に単独の新設分割で遊技機事業をフィールズ株式会社へ承継し、商号を円谷フィールズホールディングスへ変更した 循環の大きい遊技機事業を事業会社へ切り出し、親会社をip・デジタル領域への投資とグループ統括に専念させるための組織再編 社名が先に動く再編 持株会社化そのものは珍しい手続きではない。この事例で目を引くのは、単体売上の全額を稼いでいた事業の名を子会社へ渡し、売上で1割に満たない事業に由来する名前をグループの看板に掲げた点にあると思われる。組織の形は、稼ぎの大きさではなく、これから稼ごうとする方向に合わせて選ばれた。遊技機事業を新設分割で切り出し、ip・デジタルの企業群と横並びに置く配置も同じ考え方の延長にある。数字の現在地よりも、対外的な自己申告を先に動かす再編であった。 持株会社化・グループ再編 祖業・主力事業の転換 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/2782/decisions/hundred-yen-endurance-2022/","t":"値上げに踏み切らず、価格を据え置いたまま需要をつなぎ止める選択","c":"セリア","y":2022,"col":"#75B727","s":"円安と原価高で採算が細るなか、値上げに動かず100円均一を守り、競合の離脱後に残る顧客を取り込む「残存者利益」を狙った価格戦略。","x":"2022 セリア 100円ショップの価格維持 値上げに踏み切らず、価格を据え置いたまま需要をつなぎ止める選択 2022年7月に100円均一価格の維持。河合映治社長は円安と原材料高でも値上げに動かず競合の多価格帯化を横目に残存者利益へ 円安と原価高で採算が細るなか、値上げに動かず100円均一を守り、競合の離脱後に残る顧客を取り込む「残存者利益」を狙った価格戦略。 制約を、戦略へ読み替える 100円均一は、価格を動かせないという制約の上に成り立つ業態である。円安と原価高は、その制約を弱みとして突いた。河合映治社長の判断の核心は、弱みをそのまま戦略の前提に据えた点にある。値上げに逃げれば、100円という唯一の看板を失う。守り抜けば採算は細るが、同じ苦境で価格を上げた店から客が流れ、耐えきれず退く同業の跡地に需要が残る。\"残存者利益\"という言葉は、この読み替えを一言で言い表している。 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/2802/decisions/ceo-succession-2022/","t":"3代続けて同じ現地法人の社長を選び、選定の権限を社外取締役だけの指名委員会へ移管した","c":"味の素","y":2022,"col":"#ED1C24","s":"任意の役員等指名諮問委員会の答申で社長を決めていた仕組みを、指名委員会等設置会社への移行によって法定の指名委員会の決議へ移行し、その枠組みのもとで2度の社長交代…","x":"2022 味の素 藤江太郎氏が社長就任 3代続けて同じ現地法人の社長を選び、選定の権限を社外取締役だけの指名委員会へ移管した 2022年4月に藤江太郎氏、2025年2月に中村茂雄氏が代表執行役社長に就任。3代ともブラジル味の素社の社長経験者で、選定は2021年の指名委員会等設置会社への移行で法定の指名委員会へ移った 任意の役員等指名諮問委員会の答申で社長を決めていた仕組みを、指名委員会等設置会社への移行によって法定の指名委員会の決議へ移行し、その枠組みのもとで2度の社長交代を行った。 誰が選ぶかが入れ替わった10年 3代続けてブラジル味の素社の社長経験者がトップに就任したことは、偶然というより、この会社が社長に何を求めているかの表れだとみられる。ブラジルは食品とバイオ&ファインケミカルの双方を抱え、為替も物価も日本とは別の速さで動く市場で、値付けも生産も現地で決めきらなければ回らない。本社の枠組みのなかで積み上げる仕事とは、求められる判断の質が違う。西井孝明氏も藤江太郎氏も中村茂雄氏も、その場所で数字に責任を負ってから戻ってきている。 トップ交代・承継 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/3104/decisions/roic-keiei-inoue-2022/","t":"井上雅偉体制のROIC経営と、生成AI特需を取り込むニッチトップ戦略の確立","c":"富士紡ホールディングス","y":2022,"col":"#C1212B","s":"中野光雄氏から井上雅偉氏への社長交代を機に、研磨材事業のROIC経営への磨き上げと生成AI向け半導体需要の取り込みを両輪とする資本効率経営へ転換した","x":"2022 富士紡ホールディングス cmp研磨材で世界首位 井上雅偉体制のroic経営と、生成ai特需を取り込むニッチトップ戦略の確立 2022年6月に井上雅偉氏へ社長交代。16年務めた中野光雄氏の後を継ぎ、roic経営と生成ai向け半導体需要の取り込みへ動く 中野光雄氏から井上雅偉氏への社長交代を機に、研磨材事業のroic経営への磨き上げと生成ai向け半導体需要の取り込みを両輪とする資本効率経営へ転換した 引き継いだ強みを、経営の物差しにどう変えたか この経営判断の核心は、危機からの再建ではなく、すでに世界的なニッチ地位を確立した事業を、資本市場の物差しでどう経営するかという次の段階への移行にある。中野光雄氏の16年間が研磨材という\"何で稼ぐか\"を固めた時代だったとすれば、井上雅偉社長の課題は、その稼ぐ力をroicや株主還元という指標に翻訳し直すことであったと推察される。就任直後に半導体不況へ直面しながらもroic経営の看板を下ろさなかった点に、単なる路線継承にとどまらない性格がうかがえる。 技術・r&d起点の勝負 資金調達・財務戦略 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/3291/decisions/rfp-russia-acquisition-2022/","t":"ロシア極東の林業大手19社の取り込みと、侵攻直後の暗転","c":"飯田グループホールディングス","y":2022,"col":"#601818","s":"ウッドショック下で戸建分譲の原価を安定させるため、木材調達の上流にあたる森林資源と製材設備を自社グループに取り込む垂直統合","x":"2022 飯田グループホールディングス rfpグループを買収 ロシア極東の林業大手19社の取り込みと、侵攻直後の暗転 2021年12月にロシア極東の林業大手rfpグループの子会社化を公表。2022年1月14日に議決権付資本持分の75.0%を取得し、支払対価は18,578百万円、のれんは11,064百万円となった ウッドショック下で戸建分譲の原価を安定させるため、木材調達の上流にあたる森林資源と製材設備を自社グループに取り込む垂直統合 400万ヘクタールは持ち帰れない この投資の芯にあるのは、木材をどこから買うかではなく、原価の振れを誰の手に預けるかという判断であった。2014年5月のファーストウッド子会社化以来、飯田グループホールディングスは窓サッシ・住宅設備・建材流通へ内製化の対象を広げてきた。ウッドショックに揺さぶられた翌年、ハバロフスクの約400万ヘクタールを自社の帳簿へ載せる判断は、その延長として筋が通る。議決権付資本持分の75.0%という条件も、伐採から製材までの意思決定を自社で握るために選ばれたものであった。市場に預けていた振れを、一つの国の内側へ移した点だけがそれまでと違っていた。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 垂直統合・内製化 外的危機への対応 ロシア・cis"},{"k":"decision","u":"/tse/3402/decisions/ul-certification-misconduct-2022/","t":"毎年の一斉調査で自ら掘り当てた樹脂製品の認証不正を、判明の当日に公表し、有識者調査委員会へ委ねた","c":"東レ","y":2022,"col":"#004097","s":"グループ全体で毎年実施している品質不正アンケート「一斉調査」により、樹脂製品の一部でUL LLCの認証登録に不適正行為があることが判明し、判明当日の2022年1…","x":"2022 東レ ul認証不正の公表と処分 毎年の一斉調査で自ら掘り当てた樹脂製品の認証不正を、判明の当日に公表し、有識者調査委員会へ委ねた 2022年1月31日、樹脂製品の一部で米国ul llcの認証登録に不適正行為があったことを公表し、同日付で有識者調査委員会を設置した。4月8日に調査報告書を受領し、11月8日にul認証の再登録完了を公表した グループ全体で毎年実施している品質不正アンケート「一斉調査」により、樹脂製品の一部でul llcの認証登録に不適正行為があることが判明し、判明当日の2022年1月31日に公表するとともに有識者調査委員会を設置、調査報告書の提言を受けて再発防止策と役員・従業員の処分に着手した 仕組みが次の不正を掘り当てた この事案の芯は、不正そのものよりも、それがどう見つかったかにある。2017年に子会社で検査データの書き換えが判明したとき、会社はグループ全体の品質データを一斉に調べ、品質保証本部を開設した。その一斉調査は毎年のアンケートとして続き、5年目に自社の樹脂製品でul認証登録の不適正行為を掘り当てている。前の事案への手当てが、次の不正の発見装置になったと推察される。判明の当日に公表し、同じ日に有識者調査委員会を設置したのも、手順が既に用意されていたからだろう。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/3697/decisions/serial-acquisition-2022/","t":"専門会社の設置による連続M&Aと買収後統合の仕組み化","c":"SHIFT","y":2022,"col":"#D70228","s":"上場で得た買収通貨を元手に周辺領域を取り込む連続M&Aを、属人的な個別判断から専門組織による再現可能な成長エンジンへ制度化する事業戦略","x":"2022 shift shiftグロースキャピタル設立 専門会社の設置による連続m&aと買収後統合の仕組み化 2022年3月にshiftグロース・キャピタルを設立。丹下大社長がm&aとpmiを専門に担う投資子会社を設立し、本体経営陣の個別判断から移管した 上場で得た買収通貨を元手に周辺領域を取り込む連続m&aを、属人的な個別判断から専門組織による再現可能な成長エンジンへ制度化する事業戦略 仕組みにした買収の、功と負債 この判断の核にあるのは、買収を個人の目利きに委ねず、反復可能な組織能力へ変えるという発想であった。祖業のソフトウェアテストで、shiftはテスト人材の能力を可視化して大量採用と短期戦力化を仕組みにした。shiftグロース・キャピタルによるm&a・pmiの型化は、その\"標準化\"の背骨を買収に応用したものと推察される。選別の基準を数値で切り、統合の手順を用意することで、買収は年に何件も回せる作業へと近づいた。上場企業として国内でも数多いm&aを重ねられたのは、この仕組み化の成果であったといえる。 連続買収・ロールアップ pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/4061/decisions/cement-withdrawal-2022/","t":"セメント事業からの全面撤退と、販売部門の他社への切り出し","c":"デンカ","y":2022,"col":"#053E8A","s":"国内需要の低迷と設備更新・脱炭素投資、石炭価格の急騰に直面したセメント事業を単独で維持・成長させることは困難と判断し、販売事業を業界最大手へ譲渡し、石灰石の自社…","x":"2022 デンカ 太平洋セメントへ譲渡撤退 セメント事業からの全面撤退と、販売部門の他社への切り出し 2022年10月にセメント事業から撤退。デンカが取締役会で決議し、販売事業を新設子会社へ吸収分割したうえ全株式を太平洋セメントへ譲渡 国内需要の低迷と設備更新・脱炭素投資、石炭価格の急騰に直面したセメント事業を単独で維持・成長させることは困難と判断し、販売事業を業界最大手へ譲渡し、石灰石の自社採掘まで含めて撤退した判断 畳める相手が隣にいたこと 青海工場では、黒姫山から掘った石灰石を純度とサイズで選り分け、カーバイドに向かない分をセメントに回していた。カーバイドとクロロプレンゴムの副産物はセメント窯へ入り、社外の廃棄物までが原燃料に変わる。2022年10月25日の決議で切ったのは、セメントという製品ではなく、この選り分けと使い回しの仕組みそのものであった。連結売上の2.9%を手放す代わりに、石を掘る役目が太平洋セメントへ渡っている。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4208/decisions/cement-succession-ube-rename-2022/","t":"祖業セメントの連結除外と、社名の書き換えを揃えた事業構成の転換","c":"UBE","y":2022,"col":"#0175C1","s":"市況に左右される総合素材の構造から脱するため、祖業セメントを合弁会社へ承継して連結から外し、商号もUBEへ改めて化学スペシャリティ企業への転換を進めた判断","x":"2022 ube ubeへ改称 祖業セメントの連結除外と、社名の書き換えを揃えた事業構成の転換 2022年4月に商号をubeへ変更。宇部興産がセメント事業をube三菱セメントへ承継して連結から外し、東証プライム市場へ移行 市況に左右される総合素材の構造から脱するため、祖業セメントを合弁会社へ承継して連結から外し、商号もubeへ改めて化学スペシャリティ企業への転換を進めた判断 名を捨て、来歴とどう折り合うか この判断の性格は、セメント承継と商号変更を同じ年に集約した点によく表れている。市況に左右される総合素材の看板を下ろし、化学のスペシャリティへ資源を集中する——効率と選択の論理としては筋が通る選択であっただろう。ただし切り離したのは石炭に次ぐ100年の主力事業であり、承継の初年度は売上の急減と赤字転落を伴った。好調のなかでではなく、需要縮小と市況変動に追われるなかで祖業に手を入れた点に、緊張感がうかがえる。 祖業・主力事業の転換 事業売却・撤退 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/429A/decisions/carve-out-integral-2022/","t":"無対価での事業承継と、投資ファンドによる49.9%取得","c":"テクセンドフォトマスク","y":2022,"col":"#14944A","s":"半導体市場の急拡大でフォトマスクに迅速で柔軟な研究開発投資・設備投資が求められるなか、印刷会社の連結の内側では投資判断が間に合わない。独立した企業体へ事業を移管…","x":"2022 テクセンドフォトマスク 凸版印刷からフォトマスク事業承継 無対価での事業承継と、投資ファンドによる49.9%取得 2022年4月に凸版印刷からフォトマスク事業承継。トッパンフォトマスクが無対価の吸収分割で事業を受け、凸版印刷が保有株49.9%をインテグラルへ 半導体市場の急拡大でフォトマスクに迅速で柔軟な研究開発投資・設備投資が求められるなか、印刷会社の連結の内側では投資判断が間に合わない。独立した企業体へ事業を移管し、上場を前提とした株主間契約のもとで外部資本と経営の自由度を同時に取り込んだ 人員ゼロの法人が事業会社になるまでの設計 承継した資産88,160百万円のうち72,214百万円が子会社株式で、有形固定資産は8,304百万円しかない。切り出されたのは工場の集合ではなく、米国と台湾に広がる海外子会社群を統括する持株の位置であった。第1期に収益も費用も人員も持たなかった会社が、一夜で外販首位の事業を抱えた以上、経営の自由度は法人格とともに自動的に生じたのではなく、株主間契約と資本構成の設計によって与えられたのだろう。 分社・スピンオフ・子会社上場 資本提携・政策保有 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4401/decisions/semiconductor-materials-2022/","t":"半導体材料への経営資源の集中と、高誘電体ALD材料の生産能力の増強","c":"ADEKA","y":2022,"col":"#CF0F2E","s":"DRAMの微細化で高誘電体ALD材料が不可欠となる技術変化に合わせ、世界シェア1位の製品の生産能力を先んじて倍増させ、組織と投資を半導体材料へ寄せる","x":"2022 adeka 全州第二工場の増強 半導体材料への経営資源の集中と、高誘電体ald材料の生産能力の増強 2022年7月に全州第二工場の増強。adekaが韓国子会社adeka koreaで高誘電材料アデカオルセラの生産能力を2倍以上へ引き上げる dramの微細化で高誘電体ald材料が不可欠となる技術変化に合わせ、世界シェア1位の製品の生産能力を先んじて倍増させ、組織と投資を半導体材料へ寄せる 一品目に賭けられた会社の形 需要が確定する前に能力を2倍にする、という順序がこの投資の性格を決めている。2022年7月の全州第二工場への23億円は、生成aiによるメモリ需要の急増が誰の目にも明らかになるより前の決定であった。世界シェア1位を持つ側にとって、増設の遅れはそのまま顧客が第二の供給元を探す理由になる。すでに競争優位に立っている製品であるがゆえに先へ建てておく判断であり、材料メーカーとしては守りに近い性質を帯びた投資であったと推察される。 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資 選択と集中 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/4478/decisions/strategic-impairment-2022/","t":"業績不振によらない帳簿の一掃と、開発費を全額その期の費用とする方式への切り替え","c":"freee","y":2022,"col":"#2864F0","s":"個別事業の不振ではなく、投資を加速する中長期戦略を前提に将来キャッシュ・フローを見積もり、全固定資産を一括減損したうえで開発費の資産計上をやめた会計方針の切り替…","x":"2022 freee 全固定資産の一括減損 業績不振によらない帳簿の一掃と、開発費を全額その期の費用とする方式への切り替え 2022年8月に全固定資産の一括減損。ソフトウェア資産とのれんを含め92億2,130万円の減損損失を特別損失に計上 個別事業の不振ではなく、投資を加速する中長期戦略を前提に将来キャッシュ・フローを見積もり、全固定資産を一括減損したうえで開発費の資産計上をやめた会計方針の切り替え 会計方針を計画に合わせるということ サイトビジットもmikatusも想定どおりに進んでおり、東後澄人cfoは、個々の事業の成績が原因ではないと明言していた。減損した資産の中に、不振のものは含まれていない。赤字を出しながら投資を加速する3年の計画を減損判定の将来キャッシュ・フローにそのまま置けば、使用価値はマイナス、回収可能価額はゼロとなるから、92億円という数字は公表した中長期戦略を減損会計基準にあてはめた帰結であり、不振を認めたものではない。 資金調達・財務戦略 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/4507/decisions/zocova-emergency-approval-2022/","t":"新型コロナ経口薬をめぐる、承認前からの生産着手という賭け","c":"塩野義製薬","y":2022,"col":"#D80C24","s":"薬機法改正で新設された緊急承認制度を最初に用い、第3相試験の速報段階で承認を取得したうえ、承認前から生産と政府との供給合意を先行させて国の緊急調達に応じた判断","x":"2022 塩野義製薬 ゾコーバの緊急承認取得 新型コロナ経口薬をめぐる、承認前からの生産着手という賭け 2022年11月にゾコーバの緊急承認取得。新型コロナ治療薬として緊急承認制度で初の承認となり、同日に政府が100万人分を購入 薬機法改正で新設された緊急承認制度を最初に用い、第3相試験の速報段階で承認を取得したうえ、承認前から生産と政府との供給合意を先行させて国の緊急調達に応じた判断 承認より先に工場を建設するということ 臨床試験を始める前から製造設備の建設に着手していた——2020年10月の時点でとられていたこの構えに、ゾコーバをめぐる判断の全部が入っている。開発の成否が決まる前に生産へ資金を投じる行為は、失敗すれば設備がそのまま損失に変わる。それでも先に建てたからこそ、2022年11月22日に承認が下りた翌日から卸への出庫を始められ、200万人分という数量を四半期の売上に載せられた。安全性を理由にワクチンの開発は急がず、生産では見返りの定まらない投資に着手した点に、この会社の資源配分の癖がうかがえる。 外的危機への対応 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/4587/decisions/pdrpharma-acquisition-2022/","t":"富士フイルム富山化学から引き継ぐ放射性医薬品事業の取得","c":"ペプチドリーム","y":2022,"col":"#0065CC","s":"受託研究と技術ライセンスに立つ単一プラットフォーム依存の事業構造を、放射性医薬品の製造販売基盤の取得によって二本柱へ組み替える買収","x":"2022 ペプチドリーム pdrファーマの子会社化 富士フイルム富山化学から引き継ぐ放射性医薬品事業の取得 2021年9月に取締役会が株式取得を決議。富士フイルム富山化学の放射性医薬品事業を承継した新会社の全株式を246億円で取得し、2022年3月にpdrファーマを連結子会社へ 受託研究と技術ライセンスに立つ単一プラットフォーム依存の事業構造を、放射性医薬品の製造販売基盤の取得によって二本柱へ組み替える買収 二本柱の重さ この買収を、高収益ベンチャーが余裕を持って次の収益源を買い足した動きとだけ読むのは、事業の実情を単純にしすぎる。共同研究と技術ライセンスというペプチドリームの祖業は、2020年12月期に売上収益11,677百万円に対し営業利益6,991百万円を上げるほど利益率が高い一方、他社との提携と受託の上に成り立ち、自ら製造販売する製品を欠いていた。有価証券報告書が挙げる買収の理由も、pdc技術と放射性医薬品の研究開発から製造販売までの実績・ノウハウを組み合わせ、創製から製造販売まで一気通貫で最適化された新たなプラットフォームを構築することに置かれている。製造販売の基盤ごと放射性医薬品を取り込んだところに、単一プラットフォーム依存から抜け出そうとする意思がうかがえる。 隣接領域への展開 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4613/decisions/africa-plascon-akzo-2022/","t":"いったん公表した事業譲渡の白紙撤回と、対象事業の手元への残留","c":"関西ペイント","y":2022,"col":"#0068B8","s":"通貨安と景気減速により2021年3月期まで6期連続の経常赤字が続いたアフリカ事業を、財務改善のためアクゾ・ノーベルへ譲渡する決定だったが、南アフリカ競争当局の不…","x":"2022 関西ペイント アクゾへのアフリカ事業譲渡撤回 いったん公表した事業譲渡の白紙撤回と、対象事業の手元への残留 2022年6月にアフリカ2子会社の譲渡を発表。アクゾ・ノーベルへ4億5,000万ドルの契約が南アフリカ競争当局に認められず、2023年11月に解除 通貨安と景気減速により2021年3月期まで6期連続の経常赤字が続いたアフリカ事業を、財務改善のためアクゾ・ノーベルへ譲渡する決定だったが、南アフリカ競争当局の不承認により契約を解除し、事業継続に転じた 自社の意思の外で決着した撤退劇 この判断の特異な点は、決着の付き方が自社の外に委ねられたことにある。通貨安と景気減速のなかで6期連続の赤字を重ねたアフリカ事業に見切りをつけ、採算が上向いた後もなお売却へ踏み切った点に、日本本社からの遠隔管理という構造的な難しさへの危機感がうかがえる。だが最終的にその判断を覆したのは、自社の経営判断ではなく、南アフリカの競争当局という第三者の審査であった。 破談・撤回 事業売却・撤退 海外撤退・縮小 アフリカ"},{"k":"decision","u":"/tse/4681/decisions/business-hotel-exit-2022/","t":"一般向けホテル事業のスターアジアグループへの売却による事業の集約","c":"リゾートトラスト","y":2022,"col":"#05407A","s":"コロナ禍で稼働が減少した一般向けホテルを譲渡し、会員権販売と年会費で収入が先に立つ会員制事業とメディカル事業へ経営資源を集中させた事業整理","x":"2022 リゾートトラスト ホテルトラスティ6施設譲渡 一般向けホテル事業のスターアジアグループへの売却による事業の集約 2022年2月にホテルトラスティ6施設譲渡。固定資産をスターアジア系spcへ移転し、運営はポラリス子会社が引き継いだ コロナ禍で稼働が減少した一般向けホテルを譲渡し、会員権販売と年会費で収入が先に立つ会員制事業とメディカル事業へ経営資源を集中させた事業整理 収益の乏しい資産を、値がつくうちに コロナ禍で立ち行かなくなった事業を畳んだ、という説明では、この譲渡の要点が抜け落ちる。一般向けホテルの損失処理は前年度の減損220億円で済んでおり、6施設の譲渡はむしろ90億円の特別利益を生んだ。2020年10月の時点で置かれていたのは、200室のうち50室を会員向けに振り向けるといった業態変更で、一般ホテルを会員制の側へ引き寄せる構想であった。その道を取り下げ、稼働が戻る前に資産を市場へ出したところに、この判断の芯があると推察される。 事業売却・撤退 選択と集中 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/4716/decisions/standard-market-choice-2022/","t":"東証再編を機としたプライム市場の見送りという上場区分の選択","c":"日本オラクル","y":2022,"col":"#C74634","s":"東証の市場区分見直しにあたり、親会社が議決権の74.2％を間接所有する資本構成のまま、最上位のプライム市場ではなくスタンダード市場を選んだ","x":"2022 日本オラクル スタンダード市場へ移行 東証再編を機としたプライム市場の見送りという上場区分の選択 2021年の東証の市場区分見直しで、プライム市場ではなくスタンダード市場を選び2022年4月4日に移行。親会社オラクル・コーポレーションが議決権の74.2%を間接所有する資本構成のまま、最上位の区分を離れた。 東証の市場区分見直しにあたり、親会社が議決権の74.2%を間接所有する資本構成のまま、最上位のプライム市場ではなくスタンダード市場を選んだ 選ばれたのは市場区分ではなく資本構成 市場区分の選択という形をとってはいるが、実際に問われたのは、親会社が議決権の74.2%を握る構造を動かすかどうかだった。最上位の区分に残るには親会社が株式を手放して流通する株式を増やすほかなく、それは日本法人を販売の担い手として保有する枠組みそのものを組み替えることを意味する。会社は後者を守り、親会社の所有株式数94,967千株は2017年5月期から一株も動いていない。 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/4751/decisions/abema-worldcup-2022/","t":"大会の全試合を無料で流す大型生中継への踏み込み","c":"サイバーエージェント","y":2022,"col":"#82be28","s":"赤字のメディア事業に大型の放映権投資を重ね、無料生中継でサービスのマス化と長期の価値向上を狙った経営判断","x":"2022 サイバーエージェント abemaでw杯無料生中継 大会の全試合を無料で流す大型生中継への踏み込み 2022年3月にabemaでw杯無料生中継。テレビ朝日と共同出資する(株)abematvが「fifa ワールドカップカタール2022」の全試合を放映し、費用は2023年9月期第1四半期に集中した 赤字のメディア事業に大型の放映権投資を重ね、無料生中継でサービスのマス化と長期の価値向上を狙った経営判断 期限を切らない投資という経営スタイル この決断は放映権の買い物ではなく、親会社の貸付枠をどこまで伸ばすかという資本の判断だったと推察される。(株)abematvは開局以来の赤字で債務超過にあり、事業を回していたのは親会社の貸付金である。w杯を挟んだ1年でその残高は116,800百万円から135,800百万円へ膨らみ、対する貸倒引当金は90,000百万円のまま動かない。増やした分は回収できるという判断が、引当を据え置いたという形で示されている。 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/5020/decisions/wakayama-refinery-closure-2022/","t":"製油所としての役割を終えた拠点の次世代燃料拠点への転換","c":"ENEOS HD","y":2022,"col":"#EB6005","s":"国内ガソリン需要の縮小と脱炭素の圧力を受け、赤字が続く和歌山製油所の精製・製造及び物流機能の停止を決めて精製能力を削減し、跡地を次世代航空燃料などの拠点へ転換し…","x":"2022 eneos hd 和歌山製油所を閉鎖 製油所としての役割を終えた拠点の次世代燃料拠点への転換 2022年1月にeneosが和歌山製油所の精製・製造及び物流機能の停止を決議し、設備の帳簿価額の全額276億円を減損。2023年10月に生産を止め、跡地を次世代航空燃料の製造拠点に充てる 国内ガソリン需要の縮小と脱炭素の圧力を受け、赤字が続く和歌山製油所の精製・製造及び物流機能の停止を決めて精製能力を削減し、跡地を次世代航空燃料などの拠点へ転換した事業再構築判断 順に畳む撤退と、残される町 和歌山製油所の閉鎖は、石油元売りが避けられない需要縮小に対して、拠点の順次整理という漸進的な手法で向き合ってきたことの一断面といえる。室蘭・大阪・知多・根岸に続く整理として和歌山を止め、統合時に15あった拠点は11になった。痛みの大きい一度の大リストラを避け、採算の悪い設備から段階的に落とす選択であったと推察される。減損27,640百万円が設備の帳簿価額の全額だったという事実は、この拠点がすでに単独では価値を生まない状態にあったことを、会計の言葉で示している。 リストラ・構造改革 事業売却・撤退 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/5032/decisions/overseas-restructuring-2022/","t":"海外4極から2極への集約と、インドネシア・韓国グループの本体統合","c":"ANYCOLOR","y":2022,"col":"#333333","s":"国・言語圏ごとに分かれた海外グループの運営が重くなったため、インドネシア・韓国のグループを国内本体へ吸収し、海外を英語圏と中国の2極へ集約した","x":"2022 anycolor インド事業を休止 海外4極から2極への集約と、インドネシア・韓国グループの本体統合 2022年2月に海外拠点を国内へ統合。anycolorがインドネシアと韓国の運営を国内のにじさんじへ寄せ、インドは前年に休止 国・言語圏ごとに分かれた海外グループの運営が重くなったため、インドネシア・韓国のグループを国内本体へ吸収し、海外を英語圏と中国の2極へ集約した 集約することで背負ったもの 2019年の広げ方と2022年の絞り方は、同じ速さで行われている。4つの国・言語圏へ9か月で枠を置き、3年後には2つへ戻した。事業の性質を考えれば、この振れ幅は理解しやすい。vtuberの運営で必要になるのは工場でも店舗でもなく、募集と育成と権利処理を担う人の手であり、合わないと判断した市場から引くことの費用は小さい。試して畳むことを繰り返せる身軽さが、この会社の海外展開を特徴づけている。 海外撤退・縮小 選択と集中 中国・香港 韓国 東南アジア インド・南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/5232/decisions/price-pass-through-2022/","t":"石炭高騰下での1トン2,000円級の値上げの反復と、生コン向け取引慣行の見直し","c":"住友大阪セメント","y":2022,"col":"#7DBD33","s":"石炭の急騰で製造原価が跳ね上がる一方、生コンクリート業界との価格交渉が数百円単位でしか動かない取引慣行が残っていたため、値上げを反復して転嫁の速度そのものを引き…","x":"2022 住友大阪セメント セメント価格を値上げ 石炭高騰下での1トン2,000円級の値上げの反復と、生コン向け取引慣行の見直し 2022年4月にセメント価格を値上げ。石炭高騰による営業赤字を受け、諸橋央典社長のもと1トン2000円級の値上げを通した 石炭の急騰で製造原価が跳ね上がる一方、生コンクリート業界との価格交渉が数百円単位でしか動かない取引慣行が残っていたため、値上げを反復して転嫁の速度そのものを引き上げた 誰が商習慣を動かしたのか 1年強で約4倍になった石炭の値上がりを、住友大阪セメントは1トン2,000円級の改定を三度重ねることでしか受け止められていない。2011年の1トン1,000円、2013年度の1トン1,000〜1,500円と、値上げが完全には浸透しないまま終わってきた交渉が、2020年代に入って通り始めた。変わったのは個社の交渉力ではない。赤字が業界全体に及び、生コンクリート側にも骨材の上昇が重なって、川上から川下まで同時に採算を割ったこと——この十年の差は、そちらで説明がつく。 プライシング・価格政策 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/5233/decisions/price-pass-through-2022/","t":"石炭サーチャージ制度の導入表明と撤回を経た、1トン3000円の直接転嫁と収益重視への価格政策の転換","c":"太平洋セメント","y":2022,"col":"#004098","s":"石炭価格の急騰で13年ぶりの純損失に沈んだことを受け、自動転嫁の仕組みと1トン3000円の値上げによって数量よりも採算を優先する値決めへ切り替え、中期経営計画で…","x":"2022 太平洋セメント セメント価格を値上げ 石炭サーチャージ制度の導入表明と撤回を経た、1トン3000円の直接転嫁と収益重視への価格政策の転換 2022年6月にセメント価格を値上げ。13年ぶりの赤字を受け、サーチャージ制の表明を撤回して1トン3000円の値上げに切り替えた 石炭価格の急騰で13年ぶりの純損失に沈んだことを受け、自動転嫁の仕組みと1トン3000円の値上げによって数量よりも採算を優先する値決めへ切り替え、中期経営計画でシェア重視から収益重視への転換を掲げた価格政策の見直し 撤回された制度が示したもの いちばん語るのは、2カ月で引っ込めたほうの案である。石炭が1トン200ドルを超えた分の9割を自動転嫁し、2カ月ごとに値段を見直す——太平洋セメントが最初に出したのは、交渉そのものを仕組みに置き換える案であった。国内シェア約39%を占める会社でも、取引先の商習慣までは動かせなかったと推察される。 プライシング・価格政策 外的危機への対応 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5332/decisions/audit-committee-company-2022/","t":"監査等委員である取締役に議決権を与え、社外取締役を3名から5名へ増員した機関設計の切り替え","c":"TOTO","y":2022,"col":"#14449C","s":"監査役に取締役会の議決権がない体制を改め、監査等委員である取締役に議決権を与えることで監査・監督機能を強化し、あわせて業務執行の意思決定を速める狙いで機関設計を…","x":"2022 toto 監査等委員会設置会社への移行 監査等委員である取締役に議決権を与え、社外取締役を3名から5名へ増員した機関設計の切り替え 2022年6月、totoが監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。定款上の取締役の員数を14名から19名へ引き上げ、取締役15名のうち社外5名、監査等委員である取締役4名の体制とした 監査役に取締役会の議決権がない体制を改め、監査等委員である取締役に議決権を与えることで監査・監督機能を強化し、あわせて業務執行の意思決定を速める狙いで機関設計を切り替えた 動いたのは人数ではなく票の配り方 この移行が動かしたのは、社外役員の人数ではなく票の配り方だっただろう。移行前のtotoには社外取締役3名と社外監査役2名がいて、社外の目は合わせて5つあった。だが取締役会で票を投じられるのは前者の3名だけで、残る2名は議決の外から監査するにとどまる。移行後は社外取締役5名がいずれも議決権を持ち、うち3名は監査等委員として監査の責任も負う。社外の頭数は5名のまま変わらないのに、取締役会での議決権を持つ社外の数は3名から5名へ増えた。定款の員数枠を14名から19名へ広げたのも、監査役だった人々を取締役の側へ収めるための員数の拡張であった。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5411/decisions/electric-furnace-shift-2022/","t":"改修期を迎える高炉を電気炉へ置き換える、生産体制とCO2排出の組み替え","c":"JFEホールディングス","y":2022,"col":"#004DA0","s":"2050年カーボンニュートラルと内需の減少に向き合い、2027年度に改修時期を迎える高炉を休止して高効率・大型の革新電気炉へ置き換える、投資額3,294億円の製…","x":"2022 jfeホールディングス 倉敷の大型電炉化 改修期を迎える高炉を電気炉へ置き換える、生産体制とco2排出の組み替え 2022年度、倉敷地区で高炉の改修時期にあわせた高効率・大型電気炉の導入を検討すると公表した。2024年度に機関決定し、投資額3,294億円・工期2025年4月〜2028年度第1四半期で建設を進めている 2050年カーボンニュートラルと内需の減少に向き合い、2027年度に改修時期を迎える高炉を休止して高効率・大型の革新電気炉へ置き換える、投資額3,294億円の製鉄プロセス転換 重厚長大が脱炭素と向き合うということ この判断の核心は、老朽高炉を数千億円かけて築き直すという通常の設備更新を、製法そのものを替える機会に振り替えたところにある。3,294億円という額は、翌1年の設備投資計画3,989億円の8割を超え、設備1基の更新に収まる話ではない。2027年度に改修時期が来るという避けられない分岐点を、後戻りしにくい転換の入口として使った点に、経営の判断がにじんでいる。同時にこれは縮小の計画でもある。粗鋼生産能力は2,600万トンから2027年度に2,100万トン程度へ落ち、電気炉が加わっても高炉は5基に減る。 リストラ・構造改革 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/6098/decisions/buyback-expansion-2022/","t":"上限1,500億円から3年で拡大した株主還元と、消却による発行済株式の削減","c":"リクルートHD","y":2022,"col":"#006EBC","s":"事業法人株主の売却を受け止める公開買付けと、資本効率を上げる市場買付けを重ね、自己株式取得の枠を上限1,500億円から6,000億円へ拡大して発行済株式総数を削…","x":"2022 リクルートhd 自己株式取得を6,000億円へ 上限1,500億円から3年で拡大した株主還元と、消却による発行済株式の削減 2022年10月に上限1,500億円の自己株式取得を決議。2023年12月に2,000億円、2024年7月に6,000億円、2025年2月に4,500億円と枠を拡大し、2025年3月期の取得額は8,244億円に達した 事業法人株主の売却を受け止める公開買付けと、資本効率を上げる市場買付けを重ね、自己株式取得の枠を上限1,500億円から6,000億円へ拡大して発行済株式総数を削減した資本政策 買い戻す金額が利益に追いついた三年間 三年の動きを金額だけで並べると、上限1,500億円から6,000億円への拡大は単なる増額に見える。ただ、決議の中身を読むと二つの別々の目的が同じ枠に同居していたことが分かる。2023年5月と10月の公開買付けは、事業法人株主が持ち株を市場で売り崩すことへの懸念に応え、その売却株を引き受ける措置で、買付価格も相手方と合意した水準に置かれている。これに対し2023年12月以降の取引一任方式による市場買付けは、相手を特定しない純粋な還元にあたる。前者は応募次第で不発になり得るため上限の18%前後を残して終わり、後者は上限をほぼ使い切った。同じ「自己株式取得」の語で括られる決議が、実行率という一点でこれほど割れている。 資金調達・財務戦略 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/6305/decisions/hitachi-stake-selldown-2022/","t":"保有株26%の放出と、伊藤忠・日本産業パートナーズ連合への筆頭株主の異動","c":"日立建機","y":2022,"col":"#FF6600","s":"親子上場の解消を求める市場の要請と日立本体のIT中心の再編方針を受け、親会社が保有株の半分を商社・ファンド連合へ売却し、日立建機は独立度を上げつつ米州事業の立ち…","x":"2022 日立建機 日立製作所の保有株売却 保有株26%の放出と、伊藤忠・日本産業パートナーズ連合への筆頭株主の異動 2022年1月に日立製作所の保有株売却。51.5%のうち26.0%を1,824億5,700万円で伊藤忠商事と日本産業パートナーズの共同出資会社へ 親子上場の解消を求める市場の要請と日立本体のit中心の再編方針を受け、親会社が保有株の半分を商社・ファンド連合へ売却し、日立建機は独立度を上げつつ米州事業の立ち上げ支援を得た資本政策 売却された側が書き換えた台本 この資本異動を起草したのは日立建機ではない。2009年に22社あった上場子会社を減らしてきた日立製作所が、最後まで扱いを決めきれなかった1社として建機を残し、全株売却でも完全子会社化でもない26%という半端な線を引いた。それでも平野耕太郎社長は、米州の売上が全社の15%程度しかないという弱点を先に自分で認め、ディアとの合弁解消を資本政策の前に決めていた。売り手の都合で動く場面に、買われる側の課題を持ち込んだ順番に、この判断の性格が表れているのだろう。 上場廃止・親子上場解消 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/6326/decisions/escorts-india-acquisition-2022/","t":"インド農機大手への1,950億円の出資と議決権44.8%の取得","c":"クボタ","y":2022,"col":"#35A8A8","s":"世界最大のインドのトラクタ市場で自社製品の高品質・高価格路線が14年間シェアを取れず、製品を再設計するのではなく現地大手を買収してベーシックトラクタの価格帯と販…","x":"2022 クボタ エスコーツの子会社化 インド農機大手への1,950億円の出資と議決権44.8%の取得 2021年11月にインドのトラクタ大手エスコーツへの出資を決定。2022年4月に議決権の44.8%を取得し、取得対価1,950億円・のれん1,104億円を計上した 世界最大のインドのトラクタ市場で自社製品の高品質・高価格路線が14年間シェアを取れず、製品を再設計するのではなく現地大手を買収してベーシックトラクタの価格帯と販売網ごと取り込んだ買収 自前でやる時間を買った額 参入から3年で年間約500台、12年後の2020年でも約1万5,300台でシェア2%弱。マヒンドラの45馬力機が約83万円からに対し、クボタの同類品は約107万円から。この差は品質でも販売網でもなく、機能を絞って価格を抑える設計そのものの差であった。クボタが選んだのは、自社の小型高品質路線を作り替えることではなく、ベーシックトラクタを作れる会社を買って価格帯ごと獲得する道である。取得対価1,950億円は、自前でやる時間を買った額だろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 低価格・コストリーダーシップ pmi・買収後統合 インド・南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/6501/decisions/parent-child-listing-unwind-2022/","t":"上場子会社群の売却と親子上場構造の解体","c":"日立製作所","y":2022,"col":"#C60202","s":"川村改革以降の選択と集中を延長し、60年続いた親子上場を順次解体して事業会社型グループへ移行した面的な構造改革","x":"2022 日立製作所 日立金属株式の譲渡 上場子会社群の売却と親子上場構造の解体 2021年4月に日立金属株式の公開買付不応募契約を締結し、2023年1月に売却を完了。日立物流・日立化成・日立建機と続く譲渡で、2009年3月に22社あった上場子会社をゼロにした 川村改革以降の選択と集中を延長し、60年続いた親子上場を順次解体して事業会社型グループへ移行した面的な構造改革 「保有」から「入替」へ この判断の核心は、個々の売却の巧拙よりも、グループを長く保有する資産の束とみなす前提そのものを外した点にあるだろう。1956年に日立金属工業と日立電線を切り出して以来、上場子会社は支配権と資本市場を両立させる知恵であり、同時に総合電機という自己像の裏づけでもあった。その束をほどく代償は資本の部にはっきり出ている。少数株主の持分を買い取り、あるいは外へ出す過程で、資本剰余金は2018年3月期の575,809百万円から2023年3月期にはゼロまで削られた。もはや調整の余地を持たないところまで使い切ったということである。 上場廃止・親子上場解消 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6502/decisions/toshiba-split-2022/","t":"2分割で自力再建を図る構想の提示と、支持を得られぬまま迎えた2022年の破談","c":"東芝","y":2022,"col":"#E61E1E","s":"会社が提案した2分割案（当初3分割）が、物言う株主を含む株主の支持を得られず、2022年3月24日の臨時株主総会で否決された。出資受け入れ等を求める株主提案もあ…","x":"2022 東芝 会社分割案の株主総会否決 2分割で自力再建を図る構想の提示と、支持を得られぬまま迎えた2022年の破談 2022年3月24日の臨時株主総会で会社分割案が否決。2021年11月12日に公表した3分割案を2022年2月7日に2分割へ改めたが、会社提案への賛成は39.53%にとどまった 会社が提案した2分割案(当初3分割)が、物言う株主を含む株主の支持を得られず、2022年3月24日の臨時株主総会で否決された。出資受け入れ等を求める株主提案もあわせて否決され、再建戦略は白紙に戻った 株主が決めた再建の方向 この破談を分けたのは、価格でも戦略合理性でもなく、株主の意思であった。会社は分割こそ企業価値向上の道だと信じ、物言う株主は非公開化やマイノリティ出資まで含めて選択肢を洗い直せと迫った。だが2022年3月の臨時株主総会では、会社案も株主案もともに過半数を得られなかった。誰一人として過半数を握れない株主構成のもとでは、経営陣の描く再建策が、株主総会という関門で立ち往生しうる。上場を維持したまま大株主と対峙し続けることの難しさが、議案の二重否決という珍しい形で可視化された一件だっただろう。 分社・スピンオフ・子会社上場 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/6526/decisions/prime-listing-2022/","t":"富士通・パナソニック・日本政策投資銀行という親会社株主からの離脱","c":"ソシオネクスト","y":2022,"col":"#00b0eb","s":"富士通・パナソニック・日本政策投資銀行という旧親会社3社が保有と出資の出口を求めるなか、カスタムSoCへの転換で収益基盤を整えた会社が東証プライムへ上場し、資本…","x":"2022 ソシオネクスト プライム上場と資本独立 富士通・パナソニック・日本政策投資銀行という親会社株主からの離脱 2022年10月にソシオネクストが東証プライム市場へ上場した。富士通とパナソニックのsoc統合から7年余りで旧親会社への依存を薄めた 富士通・パナソニック・日本政策投資銀行という旧親会社3社が保有と出資の出口を求めるなか、カスタムsocへの転換で収益基盤を整えた会社が東証プライムへ上場し、資本市場から資金を調達して親会社依存を解いた資本政策 受け皿会社が独立企業になるということ この上場を、親会社が不要になった事業を切り離した出口とだけ読むと、話が半分になる。富士通・パナソニック・政策投資銀行の3社は、上場と翌年の全株売却で保有をすべて手放し、投じた資本を回収した。ただ、売り手が退場できたのは、受け皿として発足した会社が2018年からの事業転換で先端の受託設計に活路を見いだし、上場に耐える収益を自ら作り出していたからだと推察される。親会社の出口と会社の自立は、同じ動きの表と裏であった。 上場・ipo・市場変更 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/6752/decisions/holdings-blueyonder-2022/","t":"大型買収を機に事業ごとを独立させる「事業会社制」への組み替え","c":"パナソニック","y":2022,"col":"#1450a0","s":"本業の現場に直結するサプライチェーンソフトを総額79.0億米ドルで取得し、吸収分割で9社へ事業を承継させて持株会社＝事業会社制へ移り、自主責任経営とハード・ソフ…","x":"2022 パナソニック ブルーヨンダー買収し持株会社制 大型買収を機に事業ごとを独立させる「事業会社制」への組み替え 2021年9月に米ブルーヨンダーを完全子会社にした。取得対価は総額79.0億米ドル、のれん6,070億円を認識し、2022年4月に吸収分割で事業を9社へ承継して持株会社へ移った 本業の現場に直結するサプライチェーンソフトを総額79.0億米ドルで取得し、吸収分割で9社へ事業を承継させて持株会社=事業会社制へ移り、自主責任経営とハード・ソフト融合を狙った事業構造転換 集約のための買収と、分社のための組織 買収と組織改編は、同じ判断の表と裏だったと思われる。総額79.0億米ドルを投じて取得したのは、需給の変化を読み解くソフトウエアという、どの事業にも横断的に効く一枚の基盤であった。ところがその基盤を活かす現場は家電にも車載にも電池にもあり、集権的なカンパニー制の下では、どの事業がどれだけ使うかの調整に時間を要する。翌年に事業を9社へ割り、2兆1,309億円の資産を移して意思決定を各社へ落としたのは、買った基盤を使う側の速さを揃えるための手当てだったのではないか。集めるために買い、使わせるために分けた——この二つは順序が逆でも成り立たない。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 持株会社化・グループ再編 垂直統合・内製化 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6758/decisions/sony-honda-ev-jv-2022/","t":"連結対象外とした折半出資の合弁への技術の持ち込みと、モビリティへの踏み出し","c":"ソニー","y":2022,"col":"#003366","s":"スマホに続く次の成長軸をモビリティーに定め、完成車の量産で自動車大手と競うのではなく、技術・コンテンツを載せるプラットフォームで収益を上げる道を、ホンダとの折半…","x":"2022 ソニー ホンダとev合弁を設立 連結対象外とした折半出資の合弁への技術の持ち込みと、モビリティへの踏み出し 2022年3月に本田技研工業とモビリティ分野での戦略的提携の協議に入り、同年9月にソニーが50%を出資する合弁会社ソニー・ホンダモビリティを設立した。2025年のev販売開始を掲げた。 スマホに続く次の成長軸をモビリティーに定め、完成車の量産で自動車大手と競うのではなく、技術・コンテンツを載せるプラットフォームで収益を上げる道を、ホンダとの折半出資合弁という実験場で探る事業戦略 裏方で収益を上げるという青写真の行方 この判断の核にあるのは、スマートフォンで掴んだ稼ぎ方をもう一度なぞろうとする発想であったと思われる。本体で覇権を握れずともイメージセンサーで世界を席巻したように、完成車で自動車大手と量を競うのではなく、技術とコンテンツを載せる車を確保する──折半出資と持分法という組み方は、その青写真を、量産の重さを連結の内側へ引き込まずに試すための形であった。ソニーが見ていたのは一台ごとの利益というより、車という移動空間へ自社の資産をどう浸透させるかであったのだろう。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7011/decisions/defense-buildup-2022/","t":"防衛事業の急拡大——縮小産業を国策の成長事業へ","c":"三菱重工業","y":2022,"col":"#E83C3E","s":"防衛費を5年で43兆円へ増やす2022年の政策転換を、三菱重工業が防衛・宇宙事業の倍増という成長機会へ転換し、長射程ミサイルの大量受注と輸出で同事業の売上収益を…","x":"2022 三菱重工業 防衛・宇宙事業の倍増 防衛事業の急拡大——縮小産業を国策の成長事業へ 2022年12月に防衛・宇宙を成長事業へ据える。政府の5年間43兆円の防衛費増額を受け2026年3月期に売上1兆円超 防衛費を5年で43兆円へ増やす2022年の政策転換を、三菱重工業が防衛・宇宙事業の倍増という成長機会へ転換し、長射程ミサイルの大量受注と輸出で同事業の売上収益を初の1兆円超へ伸ばした経営判断 国策に乗った成長と、その先の課題 この経営判断の特徴は、外部環境の転換を、いかに早く自社の成長へ取り込んだかにある。三菱重工業は、防衛費の増額という国の方針を待って受注しただけではない。政策転換の直後に防衛・宇宙を倍増させる目標を掲げ、長射程ミサイルの量産や護衛艦の輸出まで見据えて生産体制を構築した。縮小産業と見られてきた防衛を、数年で全社の成長を担う事業へ引き上げた点に、ほかの重工大手との違いがうかがえる。ihiや川崎重工業も同じ追い風を受けて防衛で最高益をあげたが、三菱重工業の規模の伸びは際立っていた。 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7014/decisions/sasebo-shipbuilding-suspension-2022/","t":"子会社の新造船からの撤収と、伊万里への造船機能の集約","c":"名村造船所","y":2022,"col":"#A51F24","s":"中国・韓国勢との競争で佐世保重工の新造船が赤字を続け、連結本体も5期連続の営業損失に陥ったことを受け、佐世保での新造船を休止し伊万里へ集約したうえで、赤字子会社…","x":"2022 名村造船所 佐世保重工業の新造船休止 子会社の新造船からの撤収と、伊万里への造船機能の集約 2021年2月に佐世保重工業の新造船休止を発表。ギリシャ船社のばら積み船を最後に艦艇修繕と機械事業へ集中する 中国・韓国勢との競争で佐世保重工の新造船が赤字を続け、連結本体も5期連続の営業損失に陥ったことを受け、佐世保での新造船を休止し伊万里へ集約したうえで、赤字子会社の財務を本体が資本支援で支えた構造改革 縮小が回復の土台になったか この判断の芯は、単なる不採算事業の切り捨てという言葉に収まらない。2014年に中韓勢へ対抗するため傘下へ収めた佐世保重工の新造船を、わずか8年で自ら止めた点にある。5期連続の営業損失という数字に追われ、買収で広げたばかりの生産網を採算の立つ伊万里へ畳み直す——買い増した拠点を好況を待たずに縮小させたところに、この構造改革の緊張がうかがえる。 リストラ・構造改革 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7157/decisions/group-credit-life-2022/","t":"業務提携を足がかりとした団体信用生命保険事業への参入","c":"ライフネット生命保険","y":2022,"col":"#8FB130","s":"個人向け直販の獲得費用が先出しになる収益構造のもとで、住宅ローンに付帯して集まる団体保険の引受を第二の柱に据え、顧客の獲得経路そのものを増やす判断","x":"2022 ライフネット生命保険 auじぶん銀行と業務提携 業務提携を足がかりとした団体信用生命保険事業への参入 2022年8月にauじぶん銀行と業務提携。森亮介社長のもと2023年7月から住宅ローン利用者へ団体信用生命保険を提供 個人向け直販の獲得費用が先出しになる収益構造のもとで、住宅ローンに付帯して集まる団体保険の引受を第二の柱に据え、顧客の獲得経路そのものを増やす判断 顧客獲得を委ねるということ 団信で変わったのは、扱う保障の中身ではなく、客をどこから連れてくるかであった。直販では契約を1件取るたびに広告費が先に出る。団信では、住宅ローンを売るauじぶん銀行の営業がその役目を担い、ライフネット生命保険に残るのは、集まった集団の死亡率と罹患率を値ぶみする仕事となった。初年度に6億円の赤字を計上しながら引受を手放さず、2024年7月の料率更新で立て直せたのは、1年ごとに料率を直せる団信の仕組みがあったからである。低い入口の値ぶみは、この仕組みの上ではじめて成り立つ。 販路・チャネル転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7205/decisions/certification-fraud-2022/","t":"出荷を止めてでもの不正の公表と、認証という前提からの再構築","c":"日野自動車","y":2022,"col":"#ED1C22","s":"現場の数値目標やスケジュール厳守へのプレッシャーに経営が寄り添えないまま続いた認証試験の不正が露呈し、出荷停止と認証関連損失に直面した経営危機への対応","x":"2022 日野自動車 エンジン認証不正発覚 出荷を止めてでもの不正の公表と、認証という前提からの再構築 2022年3月に日本市場向けエンジンの認証不正を公表。型式指定を取り消されて出荷が止まり、国内400億円・北米273億円の認証関連損失で847億円の最終赤字となった。 現場の数値目標やスケジュール厳守へのプレッシャーに経営が寄り添えないまま続いた認証試験の不正が露呈し、出荷停止と認証関連損失に直面した経営危機への対応 数字の赤字より、認証という前提をどう再構築するか この判断の重さは、847億円という赤字の大きさよりも、赤字の出どころにある。2022年3月期の営業利益は338億10百万円の黒字で、本業そのものは利益を出していた。止まったのは商品ではなく、商品を市場へ出すための認証という前提のほうだった。就任から9か月の小木曽聡社長は、自らが関与していない過去の不正を公表し、主力車種の出荷を止める側に立たされている。短期の業績を削ってでも認証の前提から作り直す道を選んだ判断だったとみられる。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/7581/decisions/new-format-exit-2022/","t":"都市部で試してきた別ブランドの全廃と、小型店・未出店地域への出店の振り替え","c":"サイゼリヤ","y":2022,"col":"#05A645","s":"2012年から都市部で重ねてきた別ブランドの新業態店舗を、立地環境の変化を理由に2022年8月へ全店閉店し、コンビニ跡地の小型店・大型ショッピングセンター・未出…","x":"2022 サイゼリヤ 新業態8店舗の全店閉店 都市部で試してきた別ブランドの全廃と、小型店・未出店地域への出店の振り替え 2022年8月に既存新業態8店舗を全店閉店した。立地環境の変化を理由に2012年から10年続けた別ブランドの店を畳み、コンビニ跡地の小型店や未出店県への出店へ振り替えた 2012年から都市部で重ねてきた別ブランドの新業態店舗を、立地環境の変化を理由に2022年8月へ全店閉店し、コンビニ跡地の小型店・大型ショッピングセンター・未出店県への出店へ資源を振り替えた国内店舗網の組み替え 業態を増やすのをやめ、立地を増やす この判断を失敗した実験の店じまいと読むと、おそらく半分しか当たらない。閉じたのは8店舗で、同じ期に国内の店舗網はむしろ未出店県へ伸び、コンビニ跡地の小型店という新しい店の形も試している。捨てたのは新業態という発想そのものではなく、都市部の一等地に別ブランドを置いて第2の柱を探すという形の方だった。10年かけて11件の開店を重ねてなお日本セグメントは営業損失を続けており、業態を増やすより、既存の看板が入れる立地を増やす方へ賭け直したのだろう。 事業売却・撤退 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7701/decisions/nissui-pharma-acquisition-2022/","t":"公開買付けによる取得と、体外診断薬・臨床検査領域への参入","c":"島津製作所","y":2022,"col":"#C40029","s":"分析計測で培った測定技術の出口を臨床検査へ拡大するため、装置と地続きにある試薬・培地を持つ日水製薬を取得し、体外診断薬・臨床検査という新領域へ参入する事業戦略","x":"2022 島津製作所 日水製薬の買収 公開買付けによる取得と、体外診断薬・臨床検査領域への参入 2022年5月31日に日水製薬へのtobを決議し、6月17日から7月28日まで実施した。1株1,714円で買い付け、日本水産の保有株は自社株公開買付けで整理した 分析計測で培った測定技術の出口を臨床検査へ拡大するため、装置と地続きにある試薬・培地を持つ日水製薬を取得し、体外診断薬・臨床検査という新領域へ参入する事業戦略 隣接という言葉の距離 この買収を、分析機器メーカーによる医薬品事業への飛び地進出と読むのは、事の性格を取り違える。島津が取りに行ったのは医薬品そのものではなく、自社の質量分析計やpcr装置が測る対象——すなわち検体と、そこに使う試薬・培地であった。装置を売って終わる関係を、試薬と培地まで含めて臨床検査の現場に食い込む関係へ組み替える。2015年の業務提携から7年をかけて相手を見極めたうえでの資本取得であり、計測技術の出口を診断へ広げる一手であったと思われる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7741/decisions/ceo-succession-2022/","t":"21年続いた長期政権の終幕と、次の世代への経営の引き渡し","c":"HOYA","y":2022,"col":"#4695CC","s":"ROEと資本配分の規律で高収益企業を築いた鈴木洋CEOが、業績も株価も高い2021年12月に自らの退任を発表し、外部登用ではなく技術部門を率いてきた生え抜きの池…","x":"2022 hoya 池田英一郎氏への承継 21年続いた長期政権の終幕と、次の世代への経営の引き渡し 2021年12月に池田英一郎氏の昇格を発表。鈴木洋ceoが約21年の在任を終え、ctoだった執行役が2022年3月に継いだ roeと資本配分の規律で高収益企業を築いた鈴木洋ceoが、業績も株価も高い2021年12月に自らの退任を発表し、外部登用ではなく技術部門を率いてきた生え抜きの池田英一郎ctoへceoを承継した経営承継。池田英一郎氏はポートフォリオの入替を経営の中心に据え、鈴木洋氏の資本効率経営を受け継いだ カリスマ経営の「次」をどう設計するか この承継の特徴は、財務の危機に迫られてではなく、業績も株価も高い時期に、長期政権のトップが自ら退く決断を下した点にある。鈴木洋氏は、roeと資本配分の規律で製造業として際立つ高収益企業を築いた創業家の経営者だった。その鈴木洋氏が、外部から後継者を招くのではなく、技術部門を率いてきた生え抜きのctoへ経営を承継した。指名委員会から打診された本人が驚いたというのだから、社内でも予期されていなかったのだろう。 機関設計・取締役会改革 創業家・同族 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7906/decisions/family-succession-2022/","t":"社長職の7年ぶりの創業家復帰と、代表権を会長に残した継承","c":"ヨネックス","y":2022,"col":"#036A03","s":"創業家3代で続いた社長職を2015年に非創業家へ渡し、代表権を持つ会長は創業家に残したまま、2022年に創業者の孫・米山有沙氏へ戻した二段階の承継","x":"2022 ヨネックス 米山有沙氏が社長就任 社長職の7年ぶりの創業家復帰と、代表権を会長に残した継承 2022年4月、ヨネックスは創業者・米山稔氏の孫にあたる米山有沙氏を34歳で社長に据えた。2015年から社長を務めた林田草樹氏は相談役へ移り、代表取締役会長の米山勉氏が代表権を持ったまま残った。 創業家3代で続いた社長職を2015年に非創業家へ渡し、代表権を持つ会長は創業家に残したまま、2022年に創業者の孫・米山有沙氏へ戻した二段階の承継 代表権を手放さない中継ぎ 2015年の交代を、創業家経営からプロ経営者への切り替えと読むのは早い。林田草樹氏が社長に就任した時点で米山勉氏は代表権を持つ会長として残り、代表者の一角は創業家に置かれたままであった。社長の椅子だけを外へ渡したこの形は、翌2016年に米国法人へ入った米山有沙氏が経験を積む時間を確保する意味も持っていたのだろう。同氏は2021年6月に取締役となり、その10か月後に代表取締役の異動として社長へ就任している。指名委員会は置かず、取締役候補の原案は代表取締役が作る仕組みのままで、承継の設計は取締役会の外に残された。 トップ交代・承継 創業家・同族 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/7974/decisions/stock-split-buyback-2022/","t":"自己株式の消却と1株10株の分割による、投資単位の引き下げ","c":"任天堂","y":2022,"col":"#E60012","s":"Nintendo Switchで積み上がった手元資金を自己株式の取得と消却で株主へ戻し、同時に1株を10株へ分割して売買単位を10分の1に引き下げた資本政策","x":"2022 任天堂 株式10分割と自社株買い 自己株式の消却と1株10株の分割による、投資単位の引き下げ 2022年5月に任天堂が自己株式の取得と1株10株の分割を同じ日に決議。899,500株を506億円で買い戻し、10月1日に発行済株式総数を12億9,869万株とした nintendo switchで積み上がった手元資金を自己株式の取得と消却で株主へ戻し、同時に1株を10株へ分割して売買単位を10分の1に引き下げた資本政策 10分の1にして呼び込んだもの 1,000万株と180万株の消却で発行済株式の8.3%を消し、その先で1株を10株に割った。順序が逆でないところに、この資本政策の性格が出ている。先に株数を減らして1株の重みを増し、そのうえで売買単位を10分の1に下げたのだから、狙いは希薄化の緩和ではなく、単純に窓口の幅を広げることにあったと推察される。1株6万円という株価は、100株単位でしか買えない市場では600万円の壁である。壁を崩すのに増資は要らず、既にある株を割ればよい。手元に1兆円の現金を抱えた会社が、資金調達ではなく分母の刻み方だけを動かしたのは、そういう判断であろう。 資金調達・財務戦略 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/8035/decisions/domestic-rd-investment-2022/","t":"他社との統合による規模拡大を捨て、国内の自社開発拠点への投資で成長する方針を選んだ判断","c":"東京エレクトロン","y":2022,"col":"#00A7E1","s":"アプライドマテリアルズとの経営統合が解約されたのち、他社との統合による規模拡大ではなく、熊本県合志市と宮城県大和町にある国内子会社の開発棟へ投資を寄せ、5年で研…","x":"2022 東京エレクトロン 合志と大和町への開発棟新設 他社との統合による規模拡大を捨て、国内の自社開発拠点への投資で成長する方針を選んだ判断 2022年3月に東京エレクトロン九州の合志事業所へ研究開発施設の建設を計画。同年6月には2027年3月期までに売上高3兆円以上を掲げ、5年で研究開発費1兆円以上・設備投資4,000億円程度を国内拠点に充てた アプライドマテリアルズとの経営統合が解約されたのち、他社との統合による規模拡大ではなく、熊本県合志市と宮城県大和町にある国内子会社の開発棟へ投資を寄せ、5年で研究開発費1兆円以上・設備投資4,000億円程度を自社の開発能力に充てる方針を選んだ判断 統合で得られなかったものを、自分で建てる この投資を、単なる設備の増強として読むと芯を外す。2013年に合意した対等統合が2015年に解約されたとき、東京エレクトロンが失ったのは規模だけではなく、相手の製品群と開発人員を一度に獲得する経路そのものであった。合志と大和町の開発棟は、その経路を自分の敷地の中に作り直す試みだっただろう。5年で研究開発費1兆円以上・設備投資4,000億円程度という枠の置き方も、買収の対価として一度に払う金額ではなく、開発能力を毎年積み上げる費用として払う方針を示している。統合で買えなかったものを、時間をかけて自分で建てるという選択である。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8306/decisions/union-bank-sale-2022/","t":"MUFG——米西海岸リテールからの撤退と法人取引への集中","c":"三菱UFJフィナンシャル・グループ","y":2022,"col":"#c8102e","s":"米西海岸の個人向け銀行から退き、法人取引と投資銀行へ経営資源を集中する——買収して育てた米州リテールを現金55億米ドルとUSB株式約44百万株で手放し、資本効率…","x":"2022 三菱ufjフィナンシャル・グループ ユニオンバンク売却 mufg——米西海岸リテールからの撤退と法人取引への集中 2021年9月にmufgユニオンバンクの株式譲渡契約。2022年12月にusバンコープへ全株式を譲渡し、現金55億米ドルとusb株式約44百万株を受領。子会社株式売却益6,995億円を計上した 米西海岸の個人向け銀行から退き、法人取引と投資銀行へ経営資源を集中する——買収して育てた米州リテールを現金55億米ドルとusb株式約44百万株で手放し、資本効率を高める海外事業の組み替え 買収し、売却し、なお株で残る この判断は、値段の話ではなく置き場所の話だとみるほうが実態に近い。1984年に三菱銀行がバンク・オブ・カリフォルニアを買って始めた米州リテールは、38年を経てmuahの貸出金9兆1,026億円を抱える事業に育っていた。その全量を一度に外へ出し、譲渡は帳簿上6,995億円の売却益を残したが、分離した事業そのものは同じ期に8,496億円の経常損失を計上している。買い値を回収できたかどうかではなく、店舗と預金を抱えて金利とit投資の波を正面から受ける位置から降りること自体に、この決断の意味があった。 海外撤退・縮小 事業売却・撤退 選択と集中 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8316/decisions/smbc-nikko-market-manipulation-2022/","t":"傘下証券会社の不正を受けた親会社・三井住友FGの引責とガバナンス対応","c":"三井住友フィナンシャルグループ","y":2022,"col":"#00863c","s":"金融商品取引法違反（相場操縦）での子会社の逮捕・法人起訴と金融庁の行政処分を受け、親会社として役員の引責とコンプライアンス体制の立て直しを迫られた","x":"2022 三井住友フィナンシャルグループ 日興証券相場操縦事件 傘下証券会社の不正を受けた親会社・三井住友fgの引責とガバナンス対応 2022年3月にsmbc日興証券と元役職員が違法な安定操作取引で起訴された。10月に金融庁が同社へ業務停止命令、親会社の三井住友fgへ改善措置命令を発している 金融商品取引法違反(相場操縦)での子会社の逮捕・法人起訴と金融庁の行政処分を受け、親会社として役員の引責とコンプライアンス体制の立て直しを迫られた 持株会社が問われたもの この事件で三井住友fgが問われたのは、自らの法令違反ではなく、子会社を統べる親会社としての監督責任であった。金融商品取引法に基づく初めての改善措置命令は、持株会社が傘下の証券会社の不正からどこまで距離を置けるのか、という問いを突きつけたと推察される。日興には親会社から役員が送り込まれ、その一人が相場操縦に関与していた以上、監督の失敗は子会社だけの問題にとどまらない。役員を退かせ、コンプライアンスの担い手を経営の上層へ引き上げた一連の対応は、失われた市場の信頼を取り戻すための最低限の応答であったといえる。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8411/decisions/rakuten-securities-2022/","t":"資本業務提携——対面のみずほ、ネットの楽天","c":"みずほフィナンシャルグループ","y":2022,"col":"#183181","s":"対面に強いみずほ証券が、口座数で国内最大手級のネット証券・楽天証券へ800億円で19.99%を出資して持分法適用会社とし、翌年さらに29.01%を買い増して49…","x":"2022 みずほフィナンシャルグループ 楽天証券への出資 資本業務提携——対面のみずほ、ネットの楽天 2022年に楽天証券へ出資。みずほ証券を通じて約800億円を投じ、議決権の19.99%を取得し持分法適用会社に迎えた 対面に強いみずほ証券が、口座数で国内最大手級のネット証券・楽天証券へ800億円で19.99%を出資して持分法適用会社とし、翌年さらに29.01%を買い増して49%まで高めた資本業務提携 支配せずに、半分だけ組む この判断の核心は、対面営業に強みを置いてきたメガバンクの証券会社が、正面から競い合うネット証券の内側へ、資本で入り込んだ点にある。2021年のシステム障害でリテールの信頼を損なったみずほにとって、若い資産形成層を一から囲い込むより、800億円で楽天証券の完成した顧客基盤へ相乗りする方が速い。携帯事業の赤字で現金を欲した楽天と、ネットの弱さを補いたいみずほ——互いの必要が噛み合ったところに、この出資は成り立っている。 資本提携・政策保有 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8609/decisions/online-merger-2022/","t":"別法人で育てたネット専業16年の本体への取り込み","c":"岡三証券グループ","y":2022,"col":"#DF273D","s":"オンライン取引の普及で対面と非対面の収益構造が分かれるなか、専業を別法人で抱える重複を解き、対面とオンラインを一つの証券会社へ集約した組織再編","x":"2022 岡三証券グループ 岡三オンライン証券の吸収合併 別法人で育てたネット専業16年の本体への取り込み 2022年1月に岡三オンライン証券を吸収合併。2006年に別法人として設立したネット専業を岡三証券に取り込み、社内カンパニーとした オンライン取引の普及で対面と非対面の収益構造が分かれるなか、専業を別法人で抱える重複を解き、対面とオンラインを一つの証券会社へ集約した組織再編 二重に持つことの重さ 16年をかけた往復であった。2006年に別法人でネット専業を立てたのは、対面の人員と店舗を抱えたまま手数料の下限を競うことができなかったからだろう。2022年に本体へ戻したのは、その前提が消えたからではなく、別に持つ理由のほうが先に尽きたからであろう。統合の目的に挙げたのは経営資源の有効活用と効率化・合理化であって、新しい収益源ではない。システムと管理部門を二重に持つ費用だけが、そのまま残っていた。 持株会社化・グループ再編 販路・チャネル転換 デジタル化・dx 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/9008/decisions/shinjuku-nishiminamiguchi-saikaihatsu-2022/","t":"総事業費3000億円の共同事業への参画という、単独では担えない規模の投資","c":"京王電鉄","y":2022,"col":"#00205b","s":"都心最大級のターミナルである新宿で進む再開発競争の中、京王電鉄がJR東日本と組んで西南口一帯の資産更新に京王電鉄の総事業費3000億円程度を投じると決めたが、南…","x":"2022 京王電鉄 新宿駅西南口をjr東日本と再開発 総事業費3000億円の共同事業への参画という、単独では担えない規模の投資 2023年8月に新宿駅西南口の再開発を決めた。京王電鉄は東日本旅客鉄道と事業主体を組み、2022年11月の都市計画決定を受けて南街区開発へ動いた 都心最大級のターミナルである新宿で進む再開発競争の中、京王電鉄がjr東日本と組んで西南口一帯の資産更新に京王電鉄の総事業費3000億円程度を投じると決めたが、南街区が新築工事の着工に至らず工期が「未定」となった投資判断 先に立った負担と、動き出さない建物 新宿駅西南口の再開発でまず動いたのは、建物ではなく損益だった。2023年8月の事業推進決定は、翌2024年3月期のうちに固定資産の耐用年数短縮という形で586百万円の減益を呼び、同じ期に取壊し義務として10,697百万円の資産除去債務を積み上げた。京王電鉄の総事業費3000億円程度という数字は、契約で確定した投資額ではなく、詳細を未定としたまま置かれた想定額にすぎない。確定しているのは負担の側で、収益は南街区が竣工するまで立たない。この判断は、都心の一等地を持つ鉄道会社が、収益の見えない期間をどれだけ長く抱えられるかを測る試験だったのだろう。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9021/decisions/audit-committee-transition-2022/","t":"監査役会の廃止と監査等委員4名の取締役会への参加、執行の権限の業務執行取締役への委譲","c":"西日本旅客鉄道","y":2022,"col":"#0169B7","s":"コロナ禍で2期続けて赤字を計上した直後に、取締役会の監督機能の強化と意思決定の迅速化を掲げて監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移り、定款の員数枠と27年…","x":"2022 西日本旅客鉄道 監査等委員会設置会社へ移行 監査役会の廃止と監査等委員4名の取締役会への参加、執行の権限の業務執行取締役への委譲 2022年6月23日、第35回定時株主総会の承認を得て監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。監査役5名に代えて議決権を持つ監査等委員である取締役4名を選任し、定款の取締役の員数枠を40名から20名へ改めた。 コロナ禍で2期続けて赤字を計上した直後に、取締役会の監督機能の強化と意思決定の迅速化を掲げて監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移り、定款の員数枠と27年ぶりの報酬枠まで組み替えた機関設計の切り替え 監視を外から中へ移行した この移行の芯は、監視の置き場所を取締役会の外から中へ移したことにあると思われる。監査役は取締役の職務の執行を監査するが、取締役会で議決権を持たない。移行によって社外3名を含む監査等委員4名が議決権を持つ取締役となり、社外取締役は5名から8名へ増えた。同時に定款の員数枠を40名から20名へ半減し、重要な業務執行の意思決定は業務執行取締役へ大幅に委任している。監督する側を厚くしながら、執行の速さは業務執行取締役への委任で確保するという二段構えであり、コロナ禍で2期続けて赤字を計上した直後という時機を考えれば、決める速さと見張る目の両方が同時に要ると判断されたのだろう。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9021/decisions/local-line-disclosure-2022/","t":"輸送密度2,000人未満30区間の収支初開示による、地域との存廃協議の提起","c":"西日本旅客鉄道","y":2022,"col":"#0169B7","s":"沿線人口減とモータリゼーションで構造的に細るローカル線について、線区別収支を初公表して赤字の実態を地域と共有し、廃止・上下分離・存続を含む地域交通の再編を協議す…","x":"2022 西日本旅客鉄道 赤字ローカル線収支を公表 輸送密度2,000人未満30区間の収支初開示による、地域との存廃協議の提起 2022年4月に線区別の収支を初めて公表した。jr西日本が輸送密度2,000人未満の17路線30区間の収支率を示し、上下分離を含め地域と協議へ 沿線人口減とモータリゼーションで構造的に細るローカル線について、線区別収支を初公表して赤字の実態を地域と共有し、廃止・上下分離・存続を含む地域交通の再編を協議する枠組みを提起した判断 効率の論理と、地域の足 この判断の核心は、赤字を数字で開示することを、廃止の通告ではなく対話の出発点に据えた点にある。首都圏の通勤需要を持たない西日本にとって、都市部や新幹線の利益で山間部の赤字線を支える内部補助は、コロナ禍で細った収益基盤のもとでは重さを増していた。それでも会社は、線区ごとの採算を一方的な撤退の根拠とはせず、上下分離を含む選択肢を地域とともに考える枠組みを選んだと推察される。事実の共有から始める抑制的なやり方に、この開示の性格がうかがえる。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9090/decisions/holding-company-transition-2022/","t":"純粋持株会社体制への移行による、事業会社と統括機能の分離","c":"AZ-COM丸和ホールディングス","y":2022,"col":"#0085B2","s":"EC物流・低温食品物流・医薬医療物流という3本柱の急拡大に伴うグループ経営の複雑化に対応し、事業運営と持株会社機能を分離してグループ経営戦略・資本配分・ガバナン…","x":"2022 az-com丸和ホールディングス az-com丸和hdへ商号変更 純粋持株会社体制への移行による、事業会社と統括機能の分離 2022年10月に純粋持株会社体制へ移行した。丸和運輸機関がaz-com丸和ホールディングスへ商号を変更し、物流事業を吸収分割で新設の丸和運輸機関へ承継し、提出会社の従業員は1,621名から57名になった ec物流・低温食品物流・医薬医療物流という3本柱の急拡大に伴うグループ経営の複雑化に対応し、事業運営と持株会社機能を分離してグループ経営戦略・資本配分・ガバナンスに特化する体制へ転換する組織再編 事業の広がりと持株会社という選択 この判断の核心は、組織図の書き換えではなく、買い続けるための持株会社の仕組みを用意したことにあっただろう。ファイズホールディングス、m・kロジ、上組との提携を半年のうちに畳みかけ、その締めくくりとして10月1日に持株会社化とドラゴンの完全子会社化を同じ日に置いた運びは、拡大の速度そのものを制度に変える手つきである。提出会社の従業員が1,621名から57名へ減少した一方で、連結の人員も子会社数も減っていない。事業の実体はそのまま動かし、意思決定と資本配分だけを上へ抜き取ったことになる。 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/9147/decisions/holding-company-transition-2022/","t":"単独株式移転による純粋持株会社体制への移行とグループ経営機能の分離","c":"NIPPON EXPRESSホールディングス","y":2022,"col":"#1A005C","s":"欧米メガフォワーダーとの規模差を縮めるM&A戦略を加速するため、物流オペレーションを担う事業会社と資本政策・M&A戦略を担う持株会社を分離した組織再編","x":"2022 nippon expressホールディングス nippon expressホールディングス設立 単独株式移転による純粋持株会社体制への移行とグループ経営機能の分離 2022年1月4日、日本通運が単独株式移転で完全親会社nippon expressホールディングスを設立。株式移転比率1対1で90,599,225株を交付し、資本金は70,175百万円となった 欧米メガフォワーダーとの規模差を縮めるm&a戦略を加速するため、物流オペレーションを担う事業会社と資本政策・m&a戦略を担う持株会社を分離した組織再編 持株会社体制と、その後の資本配分 この移行が組み替えたのは資本の帰属先ではなく、意思決定の置き場所であるとみられる。株式移転比率は1対1で株主構成は前後で変わらず、会計上も共通支配下の取引として損益に影響しない。外形の上では何も動いていない。動いたのは、日本通運という事業会社の内側にあったグループ経営の機能が、二段目の吸収分割で182,123百万円の資産とともに持株会社へ切り出された点にある。日本通運株式会社単体中心の価値観をグローバル基準・グループ視点へ移すという長期ビジョンの言葉は、この切り出しによって初めて組織の形を得た。 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/9229/decisions/growth-market-listing-2022/","t":"パーキンソン病専門住宅の全国展開に向けた東証グロース市場への株式公開","c":"サンウェルズ","y":2022,"col":"#333333","s":"PDハウスの全国展開に要する設備資金と採用基盤を確保するため、地方発の介護事業者が東証グロース市場へ上場して公開市場から成長資金を調達した資本政策","x":"2022 サンウェルズ pdハウス展開へ上場 パーキンソン病専門住宅の全国展開に向けた東証グロース市場への株式公開 2022年6月に東証グロース市場へ上場。公開価格1株1,940円で野村証券を主幹事とし、パーキンソン病専門のpdハウス展開に充てた pdハウスの全国展開に要する設備資金と採用基盤を確保するため、地方発の介護事業者が東証グロース市場へ上場して公開市場から成長資金を調達した資本政策 成長資金と、その資金が急がせたもの この上場は、単なる資金調達という言葉には収まらない。地方の非上場企業が、専門施設を全国へ広げる設備資金と、看護師や脳神経内科医を集約する採用基盤を同時に欠いていた時期に、公開市場はその二つを一度に満たす場であった。公開価格1株1,940円で調達した成長資金を新規施設の設備投資に回し、単体売上高を2020年3月期の44億円から2024年3月期の201億円へ押し上げ、2024年にはプライム市場へ移った——上場が全国展開を現実の速度に変えた一手であっただろう。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9435/decisions/listed-subsidiary-buyout-2022/","t":"上場子会社を完全子会社化してグループに取り込む資本政策","c":"光通信","y":2022,"col":"#00469C","s":"自ら過半を持つ上場子会社を、公開買付けや株式交換で完全子会社化して非上場に戻す資本政策。上場子会社のままでは制限される資金の供給と取引条件を外し、グループの与信…","x":"2022 光通信 シック・hdの完全子会社化 上場子会社を完全子会社化してグループに取り込む資本政策 2022年1月にシック・ホールディングスへ公開買付け。光通信が完全子会社のhcmaアルファを通じ1株730円で取得し、議決権51.85%から積み増した 自ら過半を持つ上場子会社を、公開買付けや株式交換で完全子会社化して非上場に戻す資本政策。上場子会社のままでは制限される資金の供給と取引条件を外し、グループの与信力を子会社へ回すことを狙う 上場させる会社と、畳む会社 この資本政策の核心は、光通信が会社の持ち方を一律にせず、濃淡で選び分けた点にある。純投資では、外部の優良企業の株を過半に満たない比率で長く持ち、その利益の取り分を得る。一方、営業網や商材と深く組み合わせられる傘下の会社は、上場を外して100%取り込み、グループの一部として磨く。親子上場を整理して完全子会社化する動きは、この後者の極にあたる。集めた会社群を、投資として持つか、事業として統括するかを、光通信は会社ごとに仕分けている。 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/9435/decisions/power-contrarian-expansion-2022/","t":"電力取引価格が高騰し新電力が退くなかで電力小売を買い増した判断","c":"光通信","y":2022,"col":"#00469C","s":"電力取引価格の高騰で新電力の採算が崩れるなか、撤退ではなく、傾いた新電力を取得して顧客と市場を取り込んだ危機下の逆張りの判断","x":"2022 光通信 htbエナジーを子会社化 電力取引価格が高騰し新電力が退くなかで電力小売を買い増した判断 2022年に子会社hbdがhtbエナジーを取得。電力取引価格の高騰で新電力の採算が崩れるなか電力小売を買い増し、2023年3月期に割安購入益3,327百万円を計上した 電力取引価格の高騰で新電力の採算が崩れるなか、撤退ではなく、傾いた新電力を取得して顧客と市場を取り込んだ危機下の逆張りの判断 危機で退くか、拾うか この判断の核心は、業界全体が損を出して退く場面で、光通信が同じ電力を買い増す側に回った点にある。新電力の総崩れは、営業力で顧客を集めても、仕入価格の変動を吸収できなければ事業が成り立たないことを突きつけた。多くの会社がここで電力から手を引いた。光通信が引き取ったhtbエナジーは、支払った対価が引き受けた純資産を下回り、3,327百万円の割安購入益となって表れている。危機で値の付かなくなった事業を顧客ごと拾うこの動きは、割安な株を長く持つ純投資の発想と根でつながっているとみられる。 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/9613/decisions/ntt-ltd-integration-2022/","t":"規模の倍増と、1兆416億円の借入金の引き受け","c":"NTTデータグループ","y":2022,"col":"#0078C0","s":"単独の買収では届かなかった国別シェアと事業規模を、親会社のITインフラ事業を抱き込むことで一気に引き上げる統合","x":"2022 nttデータグループ ntt ltd.との海外事業統合 規模の倍増と、1兆416億円の借入金の引き受け 2022年5月にntt ltd.との海外事業統合を決議。10月1日に議決権55%を取得し、譲渡対価5,541億円と社債及び借入金1兆416億円を引き受けた 単独の買収では届かなかった国別シェアと事業規模を、親会社のitインフラ事業を抱き込むことで一気に引き上げる統合 借りた規模と、返す負債 この統合で手に入ったものは、自力では届かなかった数字であった。売上高は一年で9,383億円増え、国ごとのシェアが2%を超える国は数カ国から20カ国以上へ広がった。ただし増えた分の中身は、nttデータが十年余り買い集めてきたシステム開発の会社ではなく、データセンタとネットワークという資本集約の事業である。引き受けた社債及び借入金1兆416億円のうち9,790億円がグループ内のnttファイナンスとの取引残高であったことは、規模の飛躍が同時に親会社の金融機能への依存の深まりでもあったことを示している。 合併・経営統合 pmi・買収後統合 グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/2154/decisions/yumeshin-merger-2021/","t":"現金を使わず株式だけで行う統合と、3か月後に314億円を削られたのれん","c":"オープンアップグループ","y":2021,"col":"#ED6C00","s":"顧客が重ならない建設領域を株式の交付だけで取り込み、採用力と財務基盤を業界再編に耐える規模へ引き上げる判断","x":"2021 オープンアップグループ 夢真hdを吸収合併 現金を使わず株式だけで行う統合と、3か月後に314億円を削られたのれん 2021年4月に夢真ホールディングスを吸収合併。合併比率1対0.63で4,776万株を交付し、現金の支出なしに取得原価804億5,600万円の統合を成立させたが、3か月後に314億2,800万円を減損した 顧客が重ならない建設領域を株式の交付だけで取り込み、採用力と財務基盤を業界再編に耐える規模へ引き上げる判断 帳簿に残った456億円という値札 現金を一円も使わずに804億円の買い物をした、という手際の鮮やかさが、この合併の表の顔である。ただし株式で払うことは、払わずに済ませることとは違う。発行済株式総数は42,851,700株から91,000,534株へ倍増し、旧ビーネックス株主の持分は合併の日をもって半分を割った。引き換えに受け取ったのは、受入資産268億4,300万円・引受負債176億1,700万円という実体と、その差を大きく超える709億1,900万円ののれんである。対価の大半は、事業の実体ではなく将来の超過収益力という見積りへ払われていたのだろう。 合併・経営統合 pmi・買収後統合 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/2264/decisions/overseas-ma-plantbased-2021/","t":"海外買収への資金集中による、乳業の外への収益源の広がり","c":"森永乳業","y":2021,"col":"#E60011","s":"国内乳業市場の縮小を背景に、2021〜2023年に育児用ミルクとプラントベース食品の海外M&Aを集中し、乳業の枠を越えて成長軸を海外・周辺領域へ拡大した戦略","x":"2021 森永乳業 turtle island foods買収 海外買収への資金集中による、乳業の外への収益源の広がり 2023年2月に米国植物性食品への参入。森永乳業が大貫陽一社長のもとベトナム・パキスタンの買収に続き、米国の植物由来食品メーカーを取得 国内乳業市場の縮小を背景に、2021〜2023年に育児用ミルクとプラントベース食品の海外m&aを集中し、乳業の枠を越えて成長軸を海外・周辺領域へ拡大した戦略 乳業の枠を越える賭けの、その後 この判断の核にあるのは、縮む国内市場を前に、乳業という祖業の枠をどこまで越えて成長を求めるか、という問いである。育児用ミルクは乳の延長にあり、南・東南アジアの人口増という追い風も見込めた。これに対し、大豆を主原料とする植物性食品への参入は、40年続けた豆腐事業という足場があったとはいえ、乳から最も遠い賭けであった。3年に集中した買収は、その遠近の異なる領域を同時に取り込む選択であったと推察される。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2432/decisions/ceo-change-2021/","t":"10年ぶりの社長交代と、費用構造の筋肉質化による収益基盤の立て直し","c":"DeNA","y":2021,"col":"#79C7C9","s":"上場来初の最終赤字を受け、成長を前提に膨らんだ経営体制と費用構造を、新CEOのもとで収益水準に合わせて縮めるために踏み切った10年ぶりの社長交代","x":"2021 dena 岡村信悟氏が社長就任 10年ぶりの社長交代と、費用構造の筋肉質化による収益基盤の立て直し 2021年2月9日の取締役会で代表取締役の異動を決議。2020年3月期に減損損失51,165百万円を計上して上場来初の最終赤字となり、10年務めた守安功氏が退いてcooの岡村信悟氏が昇格した 上場来初の最終赤字を受け、成長を前提に膨らんだ経営体制と費用構造を、新ceoのもとで収益水準に合わせて縮めるために踏み切った10年ぶりの社長交代 成長の慣性を、どこでほどくか 2021年の社長交代の核心は、業績不振の責めを一人の経営者に負わせることよりも、成長を続ける前提で膨らんだ経営そのものを、稼ぎの実力に合わせて縮める点にあったと推察される。モバゲーの成功がdenaにもたらした急成長は、裏を返せば、拡大が続くことを見込んだ組織規模と費用を会社に根づかせていた。守安功元社長が10年をかけて広げた事業の幅は、ゲームへの収益依存という課題を残したまま、スマートフォンへの移行という環境の変化に直面していた。上場来初の最終赤字と、それに先立つ固定費見直しの表明は、その課題の先送りが限界に届いたことを示していた。 トップ交代・承継 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/268A/decisions/carlyle-joint-investment-2021/","t":"ファンドへの株式譲渡と、創業家持分約20%を残す形での資本再編","c":"リガク・ホールディングス","y":2021,"col":"#009CDE","s":"全株式を保有する創業家二代目が、後継者を社内に置かないまま事業承継に踏み切り、親族継承と事業会社への完全売却を退けて、投資ファンドとの共同出資で約20%を資本に…","x":"2021 リガク・ホールディングス カーライルとの共同出資 ファンドへの株式譲渡と、創業家持分約20%を残す形での資本再編 2021年1月にカーライルとの共同出資。創業家二代目の志村晶氏が全株を売却し新持株会社へカーライル約80%と20%で出資 全株式を保有する創業家二代目が、後継者を社内に置かないまま事業承継に踏み切り、親族継承と事業会社への完全売却を退けて、投資ファンドとの共同出資で約20%を資本に残した判断 全株を売却しなかったことの意味 志村晶氏が手放さなかったのは、リガクの約20%であった。事業会社へ全部を売れば従業員が散るという判断から出発した以上、買い手を選ぶ基準は価格ではなく従業員の扱いになる。その基準を守らせる立場は、資本に残ることでしか確保できない。約20%は経営を支配する量ではないが、独立した企業集団として維持するという約束の履行を見届けるには足りる。売却額を最大化する道から一歩引いた設計であっただろう。 外資傘下入り・対内m&a 創業家・同族 トップ交代・承継 上場・ipo・市場変更 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2809/decisions/krs-deconsolidation-2021/","t":"株式の一部の立会外分売と、物流子会社の連結からの切り離し","c":"キユーピー","y":2021,"col":"#E4002B","s":"食品事業への経営資源の集中と、物流子会社の独立した成長戦略を両立させるため、議決権を50%未満へ引き下げて連結から外した判断","x":"2021 キユーピー キユーソーの連結除外 株式の一部の立会外分売と、物流子会社の連結からの切り離し 2021年1月にキユーソーの連結除外。立会外分売で253,600株を売却し議決権を51.60%から49.56%へ引き下げkrsと子会社14社を外す 食品事業への経営資源の集中と、物流子会社の独立した成長戦略を両立させるため、議決権を50%未満へ引き下げて連結から外した判断 253,600株が動かしたもの 売った株数は発行済株式の2%にすぎず、代金の規模も開示されなかった。それでも連結売上高は1,241億円減り、報告セグメントの一つが消えた。この落差そのものが、判断の性格をよく示している。動かしたのは事業ではなく、事業を数える範囲であり、キユーピーが自社の姿をどこまでと定義するかの変更であった。1966年に自社の倉庫部門として生まれた会社が、55年を経て売上の9割超を外部から得るまでになっていた事実を踏まえれば、連結という括りのほうが実態から遅れていたとみることもできる。 選択と集中 上場廃止・親子上場解消 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/3038/decisions/strategy-2021/","t":"FC専業からの脱却と、店頭実験の装置を手にする出店戦略の転換","c":"神戸物産","y":2021,"col":"#00B180","s":"店頭がすべて加盟店資産のFCモデルでは新しい設備・運用を自ら試せないため、少数の直営店を実験装置として持ち、検証成果をFC網へ展開する","x":"2021 神戸物産 業務スーパーに直営店併設 fc専業からの脱却と、店頭実験の装置を手にする出店戦略の転換 2021年8月に業務スーパー直営店を開設。fc専業を改め大阪市西成区の天下茶屋駅前店でフルセルフレジと自動発注を検証 店頭がすべて加盟店資産のfcモデルでは新しい設備・運用を自ら試せないため、少数の直営店を実験装置として持ち、検証成果をfc網へ展開する 数店の直営が支える1,000店の網 この判断の妙は、直営化の規模を意図的に小さくとどめたところにある。fcモデルの強みは、加盟店の資本で売り場を広げ、本部は仕入と製造に集中できる資本効率にあった。だがその代償として、本部は店頭という実験室を持たない。セルフレジも自動発注も省エネ設備も、加盟店への提案として持ち込む限り、失敗のリスクを他人に負わせることになる。数店の直営は、この構造の欠落をfcの利点を損なわずに埋める、最小限の装置であると推察される。 販路・チャネル転換 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/3050/decisions/five-company-merger-2021/","t":"ホームセンター事業会社5社の吸収合併によるＤＣＭ株式会社の発足と、店名の「ＤＣＭ」への統一","c":"DCMホールディングス","y":2021,"col":"#7E0C1E","s":"地域別の事業会社5社を一つの法人へ統合し、戦略の意思決定と店舗執行を分離したうえで、屋号までそろえた","x":"2021 dcmホールディングス カーマ・ダイキら5社合併 ホームセンター事業会社5社の吸収合併によるdcm株式会社の発足と、店名の「dcm」への統一 2021年3月に事業会社5社を吸収合併。dcmカーマ・ダイキ・ホーマック・サンワ・くろがねやが消滅しdcm株式会社が発足。663店を1社に統一し、共通支配下の取引としてのれんは発生せず 地域別の事業会社5社を一つの法人へ統合し、戦略の意思決定と店舗執行を分離したうえで、屋号までそろえた 合併の日には、変えるものが残っていなかった 久田宗弘社長が2019年10月の説明会で挙げたのは、店舗運営部長・エリアマネージャー・店長を事業会社の間で入れ替えても、すでに支障なく店舗を運営できるという確認であった。合併の1年5カ月前に、店舗業務システムも店舗運営の手順も人事制度もそろえ終えていた。2021年3月1日に行われたのは、その下ごしらえを登記が追認する手続きに近い。中身を変え終えた後に法人格が追いつく、という順序であった。 持株会社化・グループ再編 pmi・買収後統合 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/3088/decisions/cocokara-integration-2021/","t":"株式交換による統合と、売上1兆円・3,000店舗という目標","c":"マツキヨココカラ&カンパニー","y":2021,"col":"#FF5624","s":"同質化とM&Aによる規模拡大が続くドラッグストア業界で、まず第三者割当増資でココカラファインの議決権2割を持ち、2021年10月に株式交換で残りを取得して完全子…","x":"2021 マツキヨココカラ&カンパニー ココカラファインと統合 株式交換による統合と、売上1兆円・3,000店舗という目標 2021年10月にココカラファインと統合。株式交換で1株に1.70株を割り当て、商号をマツキヨココカラ&カンパニーへ改める 同質化とm&aによる規模拡大が続くドラッグストア業界で、まず第三者割当増資でココカラファインの議決権2割を持ち、2021年10月に株式交換で残りを取得して完全子会社化し、取得原価2,550億円・のれん1,195億円を負って売上1兆円・3,000店舗の規模をめざした経営判断 買収された側に残っていた伸びしろ 売上高1兆円という数字は、競争優位を保って生き残る条件として掲げられたものであると同時に、単独の出店ではもう届かないという宣言でもあったのだろう。商圏の狭いドラッグストアで、同質化した異業種が同じ商品を売り始めたとき、店を増やし合う競争を続ける意味は薄れていく。マツモトキヨシhdは相手を丸ごと取り込む道を選び、その代価を現金ではなく自社株で払った。既存株主の持ち分を薄めてでも規模を取るという判断だが、統合後の株主にココカラ側を迎え入れることで、統合の摩擦を和らげる狙いもあったと思われる。買収の巧拙が問われる場は、価格の交渉から統合後の設計へ移っていた。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/3101/decisions/ul-quality-misconduct-2021/","t":"10年にわたるエンジニアリングプラスチックの試験不正と、品質保証部門を事業から切り離す体制刷新","c":"東洋紡","y":2021,"col":"#0093D6","s":"エンジニアリングプラスチック製品のUL認証をめぐる不適切行為が確認され、2020年10月から2021年3月にかけて7製品の認証が取り消されたことを受け、品質保証…","x":"2021 東洋紡 ul規格不正の隠蔽 10年にわたるエンジニアリングプラスチックの試験不正と、品質保証部門を事業から切り離す体制刷新 2020年10月から2021年3月にかけ、エンジニアリングプラスチック7製品のul認証が相次いで取り消された。2021年4月1日に品質保証部門を事業部門から切り離した品質保証本部を開設し、社長が交代した エンジニアリングプラスチック製品のul認証をめぐる不適切行為が確認され、2020年10月から2021年3月にかけて7製品の認証が取り消されたことを受け、品質保証部門を事業部門から切り離した品質保証本部の新設と経営体制の刷新に着手した 検める側を事業の外へ出す この事案で動いたのは、組織図の線である。品質保証統括部と品質保証部は各事業部門の下にあり、事業を推進する側と品質を検める側が同じ指揮系統に属していた。確認試験に販売品と異なる組成のサンプルを出す、登録のない工場で製造する──いずれも事業の都合が品質の判断を上書きした形であり、上書きを止める側が事業の内側にいる限り、検める仕事は事業の損得に従属する。品質保証本部の新設は、この線を事業部門の外側へ引き直す作業だったとみられる。同じ日にリスクマネジメント委員会を設置し、事業・管理・監査の3つのディフェンスラインを敷いたのも、同じ考えの延長にある。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/3349/decisions/dispensing-pharmacy-entry-2021/","t":"安売りの物販だけで来た店から処方箋を扱う側への転換","c":"コスモス薬品","y":2021,"col":"#DE527D","s":"低コスト物販で培った集客力を処方箋需要へつなぐべく、長く持たなかった保険調剤へ本格参入し、ドラッグストアに調剤薬局を併設していく事業領域の追加","x":"2021 コスモス薬品 保険調剤へ本格参入 安売りの物販だけで来た店から処方箋を扱う側への転換 2021年7月に保険調剤へ本格参入。食品の低コスト物販で伸びた集客力を処方箋の受け皿に変え、2022年5月期は関東中心に年20店 低コスト物販で培った集客力を処方箋需要へつなぐべく、長く持たなかった保険調剤へ本格参入し、ドラッグストアに調剤薬局を併設していく事業領域の追加 強みの上に、二本目をどう乗せるか この判断の性格は、既存のモデルを壊さずに、自社の一番の強みを別の需要へつなぐ点にある。コスモス薬品は創業以来、食品を軸にした低コストの物販で集客を組み立て、薬剤師を抱える保険調剤をあえて持たなかった。その同社が調剤へ入ったのは、業態を作り替えるためではなく、集めた客の流れに処方箋という新しい用を足すためであった。急がず、制度が痩せる先を待って入る時間の読みに、この会社らしい規律がにじむ。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/3549/decisions/food-supermarket-ma-pivot-2021/","t":"食品スーパーの連続M&Aによる、売り場と品揃えの組み替え","c":"クスリのアオキホールディングス","y":2021,"col":"#CE2112","s":"生鮮という自前化しにくい能力を地場食品スーパーの連続買収で統合し、ドラッグストアに生鮮と調剤を組み合わせたフード＆ドラッグへ業態を組み替えた判断","x":"2021 クスリのアオキホールディングス フード&ドラッグ転換 食品スーパーの連続m&aによる、売り場と品揃えの組み替え 2020年6月のナルックス取得から食品スーパーの取り込みを始め、2021年6月にスーパーマルモの事業を承継。3代目の青木宏憲のもとで地場の食品スーパーを連続して取り込み、フード&ドラッグへ 生鮮という自前化しにくい能力を地場食品スーパーの連続買収で統合し、ドラッグストアに生鮮と調剤を組み合わせたフード&ドラッグへ業態を組み替えた判断 生鮮を、自前で育成せず買収で取り込む この判断の核心は、生鮮という自前では築きにくい能力を、地場のスーパーごと買って取り込んだ点にある。ドラッグストアの多店舗化で全国へ広げてきたクスリのアオキは、青果や惣菜の売場を一から立ち上げる代わりに、その土地で生活の基盤を担ってきた食品スーパーを次々と取り込み、edlpと生鮮フルライン、調剤併設を1つの店に集めるフード&ドラッグへ業態を組み替えた。2016年に持株会社という受け皿を先に整えておいたことが、この連続買収を支えた。 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/3865/decisions/oasis-campaign-2021/","t":"大王製紙株の売却とバイオマス発電への集中を求めた4提案の公開","c":"北越コーポレーション","y":2021,"col":"#008CD6","s":"大株主が政策保有株式の縮減と成長分野への資本再配分を求め、長期政権の社長の資本配分と企業統治に外部から異議を突きつけたアクティビスト・キャンペーン","x":"2021 北越コーポレーション オアシスのキャンペーン開始 大王製紙株の売却とバイオマス発電への集中を求めた4提案の公開 2021年10月、香港の投資ファンドのオアシスがキャンペーン「より「強い」北越」を開始。議決権の9.50%を保有し、大王製紙株式の売却とバイオマス発電への集中投資、岸本晢夫社長の交代を求めた 大株主が政策保有株式の縮減と成長分野への資本再配分を求め、長期政権の社長の資本配分と企業統治に外部から異議を突きつけたアクティビスト・キャンペーン 縮む本業と、動かせなかった資本 この局面で問われたのは事業の巧拙ではなく、長期政権の社長が積み上げた資本の置き場所そのものだった。オアシスは大王製紙株式の売却を軸に据え、そこから外した資金をバイオマス発電へ振り向ければ、roeは4.3%から7.2%へ上がると計算してみせた。会社の答えは、大王製紙株式は一般的な政策保有株式ではなく中長期の事業戦略上の保有だ、というものである。同じ株式が、一方には遊休資本と映り、他方には戦略資産と映る。議論が噛み合わなかったのは、保有の目的が誰にでも検算できる数字の形になっていなかったからだと思われる。 アクティビスト・株主提案対応 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/3923/decisions/growth-investment-shift-2021/","t":"減益を織り込んだ5か年売上高CAGR目標の引き上げ","c":"ラクス","y":2021,"col":"#EA6F00","s":"需要が伸びるクラウド市場で顧客基盤の獲得を優先し、当面の利益率を落として広告宣伝費と人件費を積み増す成長投資へ資源を振り向ける判断","x":"2021 ラクス 利益より成長投資の優先 減益を織り込んだ5か年売上高cagr目標の引き上げ 2021年5月に投資先行の運営へ切り替え。ラクスが2022年3月期から2026年3月期の中期経営目標で当初4年の減益を織り込んだ 需要が伸びるクラウド市場で顧客基盤の獲得を優先し、当面の利益率を落として広告宣伝費と人件費を積み増す成長投資へ資源を振り向ける判断 24.1%から4.8%へという予告 中村崇則社長は2021年5月13日、営業利益率を24.1%から4.8%へ落とす四半期計画を先に公表した。通期の利益見通しは示さず、代わりに置いたのは5年後の純利益100億円以上と純資産200億円以上という2つの水準だけである。途中の各年度の利益を採点材料から外してほしいという申し出に近い。広告宣伝費を第2四半期だけで4億5,000万円から18億1,600万円へ積み増す計画も、顧客生涯価値が獲得費用を10円でも上回れば成り立つという同社長の物差しに沿っていた。 ブランド・マーケティング 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/4185/decisions/elastomer-divestiture-2021/","t":"素材事業の切り出しによる半導体材料・ライフサイエンスへの集中","c":"JSR","y":2021,"col":"#3061AC","s":"半導体材料とライフサイエンスへ資本を集中するため、市況と原料価格に振られるコモディティ素材である祖業を切り離した","x":"2021 jsr eneosへエラストマー譲渡 素材事業の切り出しによる半導体材料・ライフサイエンスへの集中 2021年5月にeneosへエラストマー譲渡。jsrが合成ゴムを含む事業を会社分割で新会社へ承継し、2022年4月にeneosが全株式を取得 半導体材料とライフサイエンスへ資本を集中するため、市況と原料価格に振られるコモディティ素材である祖業を切り離した 手放す側が整えてから渡した 1,431億円——譲渡が決まる直前の期にエラストマー事業が上げた売上収益は、全社の3割を超えていた。jsrはこれを、赤字が一期出たから畳んだのではない。前期に17億58百万円だったコア営業損失が114億20百万円へ膨らんだ二年の推移は、規模がありながら利益の読めない事業の姿を数字で示していた。半導体材料とライフサイエンスへ資本を寄せるうえでは、その規模こそが重荷になっていただろう。 事業売却・撤退 祖業・主力事業の転換 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4188/decisions/gilson-president-appointment-2021/","t":"化学素材を海外で率いた経営者を社外から社長に迎え、報酬とベネフィットの仕組みを構築し替えた","c":"三菱ケミカルグループ","y":2021,"col":"#FF000E","s":"社内に後継候補を立てる道を採らず、化学素材各社で経営を重ねた社外の人物を執行役社長に迎え、そのために報酬制度とベネフィットを再構築した。","x":"2021 三菱ケミカルグループ ジョンマーク・ギルソン氏が社長就任 化学素材を海外で率いた経営者を社外から社長に迎え、報酬とベネフィットの仕組みを構築し替えた 2021年4月に社外出身のジョンマーク・ギルソン氏が執行役社長へ就任した。指名委員会の指名によるもので、サインオン・ボーナスとセベランス・ペイを含む報酬パッケージを設け、在任3年で退任した。 社内に後継候補を立てる道を採らず、化学素材各社で経営を重ねた社外の人物を執行役社長に迎え、そのために報酬制度とベネフィットを再構築した。 人ではなく仕組みを入れ替えた起用 この起用の中身は、社外から人を連れてきたことよりも、連れてくるために会社の仕組みを構築し替えたところにある。社宅と医療保険を海外の慣行に合わせ、就任時に譲渡制限付株式を渡し、会社都合で契約を解いたときに払う手当まで先に定めた。いずれも、それまでの三菱ケミカルホールディングスの役員報酬には無かった部品である。報酬は2021年度の445百万円から2023年度には905百万円へ倍以上になった。日本の化学会社が外国人の経営者を社長に据えるとは、待遇を国際的な人材市場の側へ寄せることだったのだと読める。 トップ交代・承継 外部人材・プロ経営者 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4194/decisions/holding-company-ipo-2021/","t":"新設した持株会社の下への事業会社の再配置と株式公開","c":"ビジョナル","y":2021,"col":"#333333","s":"転職サイト「ビズリーチ」に売上が集中する段階で、事業会社の上に持株会社を新設して新規事業を別会社へ分社し、グループとしての姿を整えたうえで株式公開に踏み切った組…","x":"2021 ビジョナル 持株会社化とマザーズ上場 新設した持株会社の下への事業会社の再配置と株式公開 2020年2月3日に株式会社ビズリーチが単独株式移転でビジョナルを設立し、自らその完全子会社となった。同時に新設分割で3事業をビジョナル・インキュベーションへ移管し、2021年4月22日に東京証券取引所マザーズへ上場した 転職サイト「ビズリーチ」に売上が集中する段階で、事業会社の上に持株会社を新設して新規事業を別会社へ分社し、グループとしての姿を整えたうえで株式公開に踏み切った組織再編 名を外すという先行投資 上場のために持株会社を設立したのではなく、持株会社を設立してから上場した。この順序にこそ判断の芯があると思われる。株式移転から上場まで1年2か月が空き、その間に行われたのはa種優先株式の消却と100分割という、上場に必要な事務でしかない。会社の姿を組み替える作業は先に済んでいた。転職サイトの名をそのまま冠した会社が、投資家に見せる顔だけは別の名にしたということである。 持株会社化・グループ再編 上場・ipo・市場変更 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4543/decisions/csl-plasma-rika-2021/","t":"初めて入る原料血漿採取の市場を、CSL Plasma 1社の米国280超の採取センターへRikaを一斉に入れる契約で立ち上げる単一顧客型の参入","c":"テルモ","y":2021,"col":"#008D61","s":"成分採血システムの技術を原料血漿の採取へ広げるにあたり、多くの血漿事業者へ順に売り込む道を採らず、CSL Plasma 1社の米国の採取センター網へRikaを一…","x":"2021 テルモ csl plasmaとの原料血漿採取の協業 初めて入る原料血漿採取の市場を、csl plasma 1社の米国280超の採取センターへrikaを一斉に入れる契約で立ち上げる単一顧客型の参入 2021年4月にcsl plasmaと原料血漿採取の協業を始めた。レイクウッドの生産設備に計画総額772億円を投じ、2026年10月の供給契約の解除合意で約720億円の減損を見込む。 成分採血システムの技術を原料血漿の採取へ広げるにあたり、多くの血漿事業者へ順に売り込む道を採らず、csl plasma 1社の米国の採取センター網へrikaを一斉に入れる契約を選び、レイクウッドに専用の生産設備を積み上げた 1社に預けた新市場の値段 この協業は、原料血漿の市場へ入る決断というより、csl plasma 1社の採取センター網を丸ごと請け負う受注の決断であったと読める。レイクウッドに積み上げた既支払額751億円と、契約の解除で見込む減損約720億円はほぼ重なり、専用に組んだ生産設備の価値が、1社の契約の存続にそのまま懸かっていたことを示している。装置を一斉に入れ替える形は立ち上がりが速い反面、ロールアウトの速度も終わり方も相手に委ねる形でもあり、その代償が2027年3月期の損失として表に出たとみられる。 隣接領域への展開 大型設備投資 グローバル経営体制"},{"k":"decision","u":"/tse/4612/decisions/wuthelam-subsidiary-2021/","t":"1.3兆円の第三者割当増資と引き換えに進めたアジア合弁の完全子会社化","c":"日本ペイント","y":2021,"col":"#DA332D","s":"マイノリティ出資ゆえに連結できなかったアジア合弁の利益を自社の財務へ取り込むため、合弁相手を支配株主に迎える資本政策を選んだ","x":"2021 日本ペイント ウットラムの完全子会社化 1.3兆円の第三者割当増資と引き換えに進めたアジア合弁の完全子会社化 2020年8月にアジア合弁の完全子会社化を発表。シンガポールのウットラムグループへ第三者割当増資を行い、約1.3兆円で持ち分を取得 マイノリティ出資ゆえに連結できなかったアジア合弁の利益を自社の財務へ取り込むため、合弁相手を支配株主に迎える資本政策を選んだ 数字が動かした資本の主導権 この決断の核にあったのは、半世紀にわたり少数出資であるがゆえに連結決算へ取り込めなかったアジア合弁の利益を、自社の財務に収めたいという一貫した動機であったと思われる。技術を提供した側が、受け手が育てた事業の価値を梃子に資本面で被支配の立場へ転じるという展開は、通常の\"買収\"の語感とは逆向きの力学を含んでいる。 外資傘下入り・対内m&a 資金調達・財務戦略 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/4732/decisions/jaa-impairment-2021/","t":"完全子会社化と併せて踏み切ったHAA神戸会場の減損188億円の計上","c":"ユー・エス・エス","y":2021,"col":"#014099","s":"会場を買い増して市場シェアを拡大する拡大戦略のもと2017年に同業大手ジェイ・エー・エーを子会社化したが、成熟した市場で買収会場をUSS方式へ揃えるほど自社の他…","x":"2021 ユー・エス・エス ジェイ・エー・エー子会社化 完全子会社化と併せて踏み切ったhaa神戸会場の減損188億円の計上 2021年5月にジェイ・エー・エーの減損計上。2017年に子会社化した東京・神戸2会場をuss方式へ揃えるほど利用者が分かれ台数が減った 会場を買い増して市場シェアを拡大する拡大戦略のもと2017年に同業大手ジェイ・エー・エーを子会社化したが、成熟した市場で買収会場をuss方式へ揃えるほど自社の他会場との差別化が薄れて利用者が分かれ、回収見込みが立たずに2021年3月期の減損188億円へ至り、物理会場を増やす路線を整理した構造改革 買収で拡大する型が届いた先 このjaa買収を、成熟した市場で高値づかみした失敗とだけ読むと、判断の芯を外す。ユー・エス・エスは20年をかけて、地方の会場を買ってはuss方式へ作り替え、市場シェアを約2割から約4割へ広げてきた。同じ手を東京と神戸の会場に当てたのがこの買収であった。ところが、運営を自社へ揃えるほど買った会場の独自性が消え、自社の他会場との差別化が薄れて利用者が分かれた。買って広げる型が、それまでとは逆に自社会場の食い合いを生んだところに、188億円という減損の重さがあったと思われる。 pmi・買収後統合 リストラ・構造改革 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/4911/decisions/personal-care-divestiture-2021/","t":"日用品の一角を手放すことによる、事業の集中","c":"資生堂","y":2021,"col":"#BC1928","s":"魚谷雅彦社長CEOのプレステージ（高価格帯）集中戦略のもと、収益性の低いパーソナルケア（日用品）事業を1,600億円でCVCへ譲渡し、35％出資で合弁化して高付…","x":"2021 資生堂 パーソナルケア事業の売却 日用品の一角を手放すことによる、事業の集中 2021年2月にパーソナルケア事業の売却。tsubakiやunoを含む日用品事業を会社分割し、1,600億円でcvc系ファンドへ譲渡した 魚谷雅彦社長ceoのプレステージ(高価格帯)集中戦略のもと、収益性の低いパーソナルケア(日用品)事業を1,600億円でcvcへ譲渡し、35%出資で合弁化して高付加価値スキンビューティへ資源を集中させた事業売却 果実を残す売却手法と、緩衝材の喪失 資生堂は1,600億円という対価を受け取りつつ、持株会社の株式35%を残して将来の成長にも手をかけた。譲渡先のファイントゥデイがcvcのもとで営業利益率10%を超える収益性を実現したことは、その持分判断が一面で報われたことを示している。ただ、同じ事業が独立後にむしろ収益性を高めた事実は、なぜ資生堂自身の手ではその果実を引き出せなかったのか、という問いをあわせて残すことにもなった。 事業売却・撤退 選択と集中 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/5020/decisions/jre-renewable-acquisition-2021/","t":"再エネ専業ジャパン・リニューアブル・エナジーの1800億円買収——石油依存からの脱炭素シフト","c":"ENEOS HD","y":2021,"col":"#EB6005","s":"縮小する石油依存から脱炭素へ主力を転換するため、自前開発では間に合わない再エネ発電容量を専業大手JREの株式取得で一気に積み増した1,823億55百万円の買収","x":"2021 eneos hd 再エネのjre買収 再エネ専業ジャパン・リニューアブル・エナジーの1800億円買収——石油依存からの脱炭素シフト 2021年10月11日にジャパン・リニューアブル・エナジーの全株式を取得する契約を締結し、2022年1月14日に取得を完了。取得対価は1,823億55百万円で、自前開発では届かなかった再エネ発電容量を専業大手ごと確保した 縮小する石油依存から脱炭素へ主力を転換するため、自前開発では間に合わない再エネ発電容量を専業大手jreの株式取得で一気に積み増した1,823億55百万円の買収 時間を買った買収の重さ この買収の核心は、時間を金で買うという割り切りにある。用地の確保から系統接続、運転開始までに長い歳月を要する再エネを、自前の開発だけで積み上げていては、第2次中期経営計画が掲げた2022年度末100万kwにも脱炭素の期限にも間に合わない。その認識のもとで、専業大手を丸ごと取り込む道が選ばれた。取得対価1,823億55百万円のうち、のれんは695億10百万円で4割に満たない。残りの大半は発電設備という有形固定資産と、fitに基づく売電契約という無形資産であり、買ったものが将来の期待ではなく稼働中の電源と買取価格の束であったことを示している。石油で稼いだ資金を、縮小する本業ではなく次の収益源へ振り向ける判断が、そこにうかがえる。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/5020/decisions/nippo-bid-rigging-2021/","t":"独占禁止法違反を重ねた舗装子会社を非公開化し、ゴールドマン・サックスとの共同保有へ切り替えた選択","c":"ENEOS HD","y":2021,"col":"#EB6005","s":"上場子会社のNIPPOが3年のあいだに4度の独占禁止法違反を問われ、指導の強化を重ねても再発が止まらなかったことから、ゴールドマン・サックス・グループとの共同保…","x":"2021 eneos hd nippo談合と親子上場の解消 独占禁止法違反を重ねた舗装子会社を非公開化し、ゴールドマン・サックスとの共同保有へ切り替えた選択 2021年9月にnippoの非公開化で合意し、2022年3月に上場を廃止、5月に保有株式の全てを譲渡した。同社は2016年から2019年にかけて4度の独占禁止法違反を問われ、2016年9月には有罪判決も受けていた。 上場子会社のnippoが3年のあいだに4度の独占禁止法違反を問われ、指導の強化を重ねても再発が止まらなかったことから、ゴールドマン・サックス・グループとの共同保有に切り替えて親子上場を解消した 手放したのは持分ではなく形だった この非公開化は、違反を犯した子会社を切り離す処分ではなかった。nippo株式そのものは手放したが、ロードマップ・ホールディングスを通じた連結支配は残っている。変わったのは資本の所在ではなく、上場会社としてのnippoが消えたことだと読み替えたほうがよい。上場子会社には少数株主がいて、親会社の指導は市場の目と二重になる。3年のあいだに4度の処分を受けても止まらなかった以上、その二重性こそが統治の隙間だったと会社は見たのだろう。ゴールドマン・サックス・グループを共同保有者に迎えたのは、監督の担い手を不特定の株主から一人の投資家へ入れ替える選択でもあった。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5333/decisions/semiconductor-ceramics-pivot-2021/","t":"製造装置用部材を柱に据えたデジタル社会領域への事業構成の組み替え","c":"日本ガイシ","y":2021,"col":"#0173C3","s":"EV化で自動車排ガス浄化用セラミックスの成長性が細る一方、半導体・データセンター・AI関連の需要が拡大する市場環境の変化に対し、半導体製造装置用セラミックス部材…","x":"2021 日本ガイシ 半導体セラミックスへ転換 製造装置用部材を柱に据えたデジタル社会領域への事業構成の組み替え 2021年4月に半導体セラミックスへ転換。小林茂社長がroad to 2050を掲げ、カーボンニュートラルとデジタル社会を二本柱に据えた ev化で自動車排ガス浄化用セラミックスの成長性が細る一方、半導体・データセンター・ai関連の需要が拡大する市場環境の変化に対し、半導体製造装置用セラミックス部材を新たな主力事業に据えて事業構成を転換した 技術の連続性という転換の芯 この転換を、半導体ブームに乗り合わせた幸運とだけ読むのは早い。日本ガイシが半導体製造装置用製品へ主力を寄せられたのは、電力がいしと自動車排ガス浄化用セラミックスで積み上げた材料・精密加工・接合の技術が、そのまま半導体部材に接続したからである。2019年の多治見工場や、aiサーバーを支えるハイセラムキャリアは、飛び地への進出ではなく、同じセラミックス技術の適用先の付け替えであった。ev化で細る祖業を、業種を変えずに次の柱へ架けようとした点に、この事業構成転換の芯があると思われる。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/6269/decisions/parent-change-2021/","t":"発行済株式の1%売却で終わった三井造船系の親会社支配","c":"三井海洋開発","y":2021,"col":"#FC1921","s":"東京証券取引所の市場区分見直しでプライム市場の流通株式比率を満たす必要が生じ、親会社が保有株式の1%を売却して基準への適合を図った結果、支配関係が外れた","x":"2021 三井海洋開発 三井e&sの持株一部売却 発行済株式の1%売却で終わった三井造船系の親会社支配 2021年11月に三井e&sの持株一部売却。三井e&sホールディングスが564千株をブロックトレードで放出し、持株比率は50.10%から49.10%へ 東京証券取引所の市場区分見直しでプライム市場の流通株式比率を満たす必要が生じ、親会社が保有株式の1%を売却して基準への適合を図った結果、支配関係が外れた 1.0ポイントの不足が外した30年 30年続いた親会社の関係を終わらせたのは、経営方針の対立でも買収の申し入れでもなく、流通株式比率という一つの数字であった。移行基準日の2021年6月30日、三井海洋開発は株主数8,821人、流通株式時価総額418億円とプライム市場の他の要件を満たしながら、比率だけが34.0%で35.0%に届かない。押し下げていたのは発行済株式の50.10%を握る三井e&sホールディングスの保有であり、協力を求める相手は、届かせない当人でもあった。 上場・ipo・市場変更 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/6395/decisions/outsider-succession-2021/","t":"創業家以外から初めてトップを迎え入れる形での経営の引き継ぎ","c":"タダノ","y":2021,"col":"#004295","s":"創業家が70年余り務めてきた社長の座を、買収した欧州事業が赤字を続けるなかで、入社2年の外部出身者へ渡す判断","x":"2021 タダノ 氏家俊明氏が社長就任 創業家以外から初めてトップを迎え入れる形での経営の引き継ぎ 2021年4月にタダノの社長が交代した。1948年の設立以来の多田野家に代わり、2019年4月に入社したばかりの氏家俊明代表取締役副社長が代表取締役社長・ceoへ就任した 創業家が70年余り務めてきた社長の座を、買収した欧州事業が赤字を続けるなかで、入社2年の外部出身者へ渡す判断 よそ者を呼んだ側と、呼ばれた側 創業家から外部へ、と要約すると見落とすものがある。渡した多田野宏一氏自身が1977年に丸紅へ入り、1988年にタダノへ移ってきた人であった。同じ商社から来て創業家の名を負った当主が、同じ商社から来た11年後輩へ渡した形になる。創業家の継承を打ち切る判断というより、買った会社を一つにまとめる仕事に、社内で育った言葉では届かないという見立てが先にあったのだと推察される。経営を渡した年の当期純損失は12,987百万円で、リーマンショック後の2011年3月期に出した6,722百万円を上回っていた。 トップ交代・承継 創業家・同族 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/6501/decisions/astemo-merger-2021/","t":"自動車部品事業に外部資本を入れ、持分を100％から66.6％へ薄めて規模を取った統合","c":"日立製作所","y":2021,"col":"#C60202","s":"日立製作所が子会社の日立オートモティブシステムズにホンダ関連会社3社を吸収合併させ、対価196,058百万円の株式を発行して日立Astemoを発足させた統合。所…","x":"2021 日立製作所 日立astemoへのホンダ3社統合 自動車部品事業に外部資本を入れ、持分を100%から66.6%へ薄めて規模を取った統合 2019年10月にホンダ及びケーヒン、ショーワ、日信工業と経営統合契約を締結。2021年1月1日に日立オートモティブシステムズを存続会社とする吸収合併で日立astemoが発足し、所有持分は66.6%となった。 日立製作所が子会社の日立オートモティブシステムズにホンダ関連会社3社を吸収合併させ、対価196,058百万円の株式を発行して日立astemoを発足させた統合。所有持分は100%から66.6%へ下がり、外部顧客売上は通年寄与の2022年3月期に1兆5,910億円へ伸びた。 持分を薄めて獲得した時間 この統合で日立が手放したのは現金ではなく、支配の濃さである。対価は株式196,058百万円で現金の支出はなく、代わりに持分が100%から66.6%へ下がった。単独では9,000億円台で足踏みし、2020年3月期にはセグメントの独立区分すら失った事業に、規模と顧客基盤を一度に足すための選択だったと思われる。実際に通年で寄与した2022年3月期の外部顧客売上は1兆5,910億円と、統合前の1.6倍に達した。のれんが44,698百万円と取得規模のわりに小さく収まったのも、現金ではなく株式で持分を割ったからである。 合併・経営統合 pmi・買収後統合 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6501/decisions/globallogic-acquisition-2021/","t":"デジタルエンジニアリングの内製力の9,222億円での外部からの調達","c":"日立製作所","y":2021,"col":"#C60202","s":"デジタルエンジニアリングの内製力を外部買収で一気に確保し、Lumadaを核とするデジタル事業への転換を加速する判断","x":"2021 日立製作所 米globallogicの買収 デジタルエンジニアリングの内製力の9,222億円での外部からの調達 2021年3月に米globallogic inc.の買収を決定した。有利子負債の返済を含む買収総額は96億米ドル、取得の対価は9,222億円で、のれん8,221億円を計上した デジタルエンジニアリングの内製力を外部買収で一気に確保し、lumadaを核とするデジタル事業への転換を加速する判断 取得原価の9割がのれんという値づけ この買収で日立が手にしたものの大半は、帳簿の上で形を持たない。支払対価9,222億円に対し、識別できた無形資産は2,311億円にとどまり、差額の8,221億円は超過収益力とシナジーへの期待としてのれんに積まれた。取得原価の9割近くがのれんという構成は、買ったものが設備でも特許でもなく、世界各地の技術者と顧客との関係そのものだったことを示している。人と関係にこれだけの値をつけられるか、という一点にこの判断は集約される。日立が自ら覚悟の要る決断と位置づけたのも、そこに理由があったのだろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) デジタル化・dx 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6502/decisions/effissimo-governance-investigation-2021/","t":"エフィッシモの株主提案による独立調査と、経営陣への信任の否定","c":"東芝","y":2021,"col":"#E61E1E","s":"2020年7月の第181期定時株主総会の運営に疑義を抱いた大株主エフィッシモが、会社法第297条第1項に基づいて臨時株主総会の招集を請求し、2021年3月18日…","x":"2021 東芝 永山治議長の再任否決 エフィッシモの株主提案による独立調査と、経営陣への信任の否定 2020年12月にエフィッシモが臨時株主総会の招集を請求。2021年3月18日に調査者3名の選任議案が賛成57.90%で可決し、6月25日の定時株主総会で永山治氏の再任が43.74%で否決された 2020年7月の第181期定時株主総会の運営に疑義を抱いた大株主エフィッシモが、会社法第297条第1項に基づいて臨時株主総会の招集を請求し、2021年3月18日に調査者3名の選任を賛成57.90%で可決させ、その調査報告書が経済産業省と一体となった株主提案権への妨害を認定した結果、第182期定時株主総会で永山治取締役会議長の再任が賛成43.74%で否決されたガバナンス危機 株主が発動した「調べる権利」の重さ エフィッシモは取締役の入れ替えを再び求めるのではなく、会社法の調査者選任というほとんど使われてこなかった手続を選び、事実の解明だけを議案にした。会社側が反対しにくく、助言会社も機関投資家も賛成しやすい論点の立て方であり、その結果として、会社の内部資料に基づく認定が経営陣の正統性を直撃した。前年に97.70%の信任を得ていた取締役会議長が43.74%で退場したのだから、争点設計そのものが勝敗を分けたことがうかがえる。 アクティビスト・株主提案対応 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6502/decisions/toshiba-cvc-2021/","t":"外資ファンドによる非公開化提案の受け止めと、その頓挫","c":"東芝","y":2021,"col":"#E61E1E","s":"受領した初期提案は法的拘束力がなく、買収者の資本構成・買収後の経営方針・規制の適用関係が示されないまま、受領から13日後にCVC側が検討の中断を通知して失効した","x":"2021 東芝 cvc非公開化提案の破談 外資ファンドによる非公開化提案の受け止めと、その頓挫 2021年4月に英cvcから買収・非公開化の初期提案を受領。法的拘束力はなく、車谷暢昭社長ceoの辞任を経て4月19日にcvcが検討の中断を通知し、条件の協議に入る前に失効した 受領した初期提案は法的拘束力がなく、買収者の資本構成・買収後の経営方針・規制の適用関係が示されないまま、受領から13日後にcvc側が検討の中断を通知して失効した 提案の正当性という土台 破談と呼ぶには、そもそも交渉が始まっていない。受領から13日で失効したこの提案が問うたのは買収の可否ではなく、東芝の取締役会が買収提案を審査する材料と手順を持っているかどうかだったと思われる。会社が求めたのは価格ではなく、買収者の資本構成、買収後の具体的な経営方針、規制の適用関係という審査の前提である。それが揃わなければ検討に入らないという線引きは、非公開化そのものへの拒絶ではない。上場していることが安定的な資本構成を提供しているとしながら、非上場化を選択肢から排除するものではないと併記したのは、その現れだろう。 破談・撤回 mbo・非公開化 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6503/decisions/quality-misconduct-2021/","t":"長崎製作所の検査不正発覚と、漆間啓体制での3つの改革","c":"三菱電機","y":2021,"col":"#d80c18","s":"長崎製作所の検査不正発覚を契機に、社長交代と品質改革推進本部の新設、ビジネスエリア体制への移行で、失われた社会的信頼と社内ガバナンスの立て直しに着手した危機対応","x":"2021 三菱電機 長崎製作所の不正と社長辞任 長崎製作所の検査不正発覚と、漆間啓体制での3つの改革 2021年7月に杉山武史社長が引責辞任。長崎製作所の鉄道車両用空調装置等で購入仕様書と異なる検査が判明し、事務系出身の漆間啓氏が執行役社長へ昇格した 長崎製作所の検査不正発覚を契機に、社長交代と品質改革推進本部の新設、ビジネスエリア体制への移行で、失われた社会的信頼と社内ガバナンスの立て直しに着手した危機対応 縦割りを廃したのは品質のためだったのか この決断が突きつけたのは、不正の温床を製作所の現場に求めるか、それを許した本社の構えに求めるかという問いであった。調査委員会が挙げた直接の原因4項目のうち、品質部門の脆弱性もミドルマネジメント層の疲弊も現場の状態を指すが、背景として並べられた3項目は拠点単位の内向きな組織風土、独立性の高い事業本部制、経営陣の本気度である。つまり真因の分析は現場ではなく統治の構造を名指していた。社長交代から3カ月で品質改革推進本部とガバナンスレビュー委員会を同時に置いたのは、その名指しを受けた形をとるためだったと推察される。 不祥事・信頼回復 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/6632/decisions/portfolio-transformation-vision2023/","t":"民生AV主体からの脱却と、業務用無線を含む事業ポートフォリオの組み替え","c":"JVCケンウッド","y":2021,"col":"#0090D8","s":"家電・メディア市場の縮小のなか、民生AV主体の事業構成をモビリティ&テレマティクス・セーフティ&セキュリティ・エンタテインメントの3分野へ組み替え、業務用無線と…","x":"2021 jvcケンウッド モビリティ事業へ転換 民生av主体からの脱却と、業務用無線を含む事業ポートフォリオの組み替え 2021年5月に中期経営計画vision2023を発表した。江口祥一郎社長が家電中心の構成を業務用無線と車載中心へ組み替える目標を示した 家電・メディア市場の縮小のなか、民生av主体の事業構成をモビリティ&テレマティクス・セーフティ&セキュリティ・エンタテインメントの3分野へ組み替え、業務用無線と車載を収益の中核へ据えた全社的な事業構造転換 引き継がれた事業構想と、集中の裏側 この10年の組み替えの中心にあるのは、家電で稼ぐ会社から、業務用無線と車載で稼ぐ会社への作り替えである。2002年に河原春郎会長がケンウッド再建で描いた民生から業務用・車載への転換は、2008年の統合で出自の異なる二つの名門を一つにし、辻孝夫社長の3分野整理を経て、江口祥一郎社長のvision2023で数値目標を伴う全社計画へと結実した。20年越しに引き継がれた事業構想が、売上構成の過半を書き換えるところまで届いた点に、この判断の重みがうかがえる。 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6701/decisions/blustellar-transformation-2021/","t":"ハード売り切りからの脱却と、再成長に向けた事業モデルの組み替え","c":"NEC","y":2021,"col":"#003f87","s":"過去最大赤字を機に祖業周辺を整理して守りに徹してきたNECが、2020年代を通じてハードの売り切りから脱却し、DX・生成AI・セキュリティを統合するBluSte…","x":"2021 nec blustellar戦略へ転換 ハード売り切りからの脱却と、再成長に向けた事業モデルの組み替え 2021年4月に森田隆之社長が2025中期経営計画を掲げた。ハードの売り切りから離れ、dx・生成ai・セキュリティを統合する国内it事業へ寄せた 過去最大赤字を機に祖業周辺を整理して守りに徹してきたnecが、2020年代を通じてハードの売り切りから脱却し、dx・生成ai・セキュリティを統合するblustellar戦略へと事業モデルを組み替え、2025中期経営計画の完走と過去最高益に至った再成長の設計 危機で守った会社が、攻めへ転じるということ この判断の中心にあるのは、危機に追われて守りに徹した会社が、その守りの果てに再び攻めへ転じられるのか、という問いである。necは10年をかけて祖業周辺を手放し、国内it事業へ縮むことで赤字を止めた。blustellar戦略は、その縮んだ体から、売り切りではなく課題解決を売る事業モデルを立ち上げ直す試みであった。守りが生んだ身軽さを、攻めの資源へ組み替えられるかどうかに、この戦略の成否がかかっていたとみられる。 収益モデル転換 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/6702/decisions/2021-uvance-transformation/","t":"事業モデルの再定義と、DX企業への立ち位置の置き換え","c":"富士通","y":2021,"col":"#c8102e","s":"SE出身社長がジョブ型人事から着手し、Fujitsu Uvanceで業種横断のデジタルサービスへ事業モデルを再定義した転換","x":"2021 富士通 uvance戦略で事業転換 事業モデルの再定義と、dx企業への立ち位置の置き換え 2021年10月にfujitsu uvanceを掲げ事業モデルを組み替えた。se出身で初の社長となった時田隆仁氏が管理職へジョブ型人事を導入した se出身社長がジョブ型人事から着手し、fujitsu uvanceで業種横断のデジタルサービスへ事業モデルを再定義した転換 捨てた先の空白を、初めて埋めた判断 この転換の意味は、新しさよりも、順序と時機にある。祖業ハードを切り離す判断は20年前から続いていたのに、残した事業で何を売るかという問いは長く宙に浮いていた。時田隆仁氏がまず人事を変え、そのうえでuvanceという事業モデルを据えた順序は、組織を構築し替えてから中身を入れる手順であったと思われる。捨てた先に生まれた空白を、初めて具体的な成長軸で埋めた点に、この判断の位置づけがうかがえる。 収益モデル転換 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/6707/decisions/effissimo-tender-offer-2021/","t":"投資ファンドの支配的株主への台頭と、経営の主導権の移り変わり","c":"サンケン電気","y":2021,"col":"#1B7DC2","s":"純投資を掲げる大株主が公開買付けで持分を一段と積み増し、会社の賛同を前提としないまま支配的な株主の地位へ近づいた資本政策上の動き","x":"2021 サンケン電気 エフィッシモの公開買付け 投資ファンドの支配的株主への台頭と、経営の主導権の移り変わり 2021年2月にエフィッシモが公開買付けを開始した。サンケン電気株の所有割合を9.97%から30.00%へ引き上げるとして1株5205円を提示 純投資を掲げる大株主が公開買付けで持分を一段と積み増し、会社の賛同を前提としないまま支配的な株主の地位へ近づいた資本政策上の動き 中立という選択がのちに問うもの この一件の核心は、会社の賛同を取りつけないtobが、対象会社の中立という態度に支えられて成立した点にある。買付価格にプレミアムが乗り、買付者が経営関与を否定していた状況で、賛否を明示すれば株主の利益を狭めかねない——サンケン電気が中立を選んだ判断には、そうした慎重さがうかがえる。ただ、中立は防衛でも歓迎でもない以上、大株主の持分がどこまで膨らむかを会社が制御する手立てを、みずから手放す側面もあった。純投資という説明を額面どおり受け取るかどうかを、会社は株主に委ねたことになる。 アクティビスト・株主提案対応 敵対的・同意なき買収"},{"k":"decision","u":"/tse/6723/decisions/dialog-acquisition-2021/","t":"3度目の巨額M&Aに踏み切ったうえでの、車載依存からの脱却","c":"ルネサスエレクトロニクス","y":2021,"col":"#0047bb","s":"車載マイコンに残る依存を薄めるため、電源・低電力通信ICのDialogを6,311億円で取得して産業・インフラ・IoT領域を厚くした、インターシル・IDTに続く…","x":"2021 ルネサスエレクトロニクス 英dialog社の買収 3度目の巨額m&aに踏み切ったうえでの、車載依存からの脱却 2021年2月に英dialog semiconductorの買収で合意した。電源制御icに強い相手へ約4,886百万ユーロを投じ、同年8月に完全子会社とした 車載マイコンに残る依存を薄めるため、電源・低電力通信icのdialogを6,311億円で取得して産業・インフラ・iot領域を厚くした、インターシル・idtに続く3度目の巨額買収と、その資金を借入と増資で賄う財務戦略 3度の買収でポートフォリオを組み替えるという賭け この決断の性格は、インターシル・idt・dialogという3件を一続きの流れとして見たときに立ち上がってくる。かつて国の支援で救われ、リストラで黒字を絞り出していた会社が、わずか数年のあいだに計1兆7,032億円を投じ、車載マイコン一本足だった製品構成を電源・通信・アナログまで広げて組み替えた。守りで生き延びた会社が、自己資本を超える買い物を重ねて攻めへ転じた振れ幅に、この一連の判断の思い切りがうかがえる。dialogはその総仕上げとして、車依存を数字で下げる役割を担った。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6758/decisions/purpose-holding-company-2021/","t":"Purposeを軸とする体制と、祖業の商号の子会社への譲渡によるグループ本社への特化","c":"ソニー","y":2021,"col":"#003366","s":"グループ本社機能とエレクトロニクス事業の本社間接機能を同居させていた本体を分離・再定義し、商号をソニーグループ株式会社へ変えたうえでエレクトロニクスと半導体の事…","x":"2021 ソニー 持株会社への移行 purposeを軸とする体制と、祖業の商号の子会社への譲渡によるグループ本社への特化 2020年5月に公表し2021年4月1日に実施。商号をソニーグループ株式会社へ変え、エレクトロニクス事業を吸収分割で子会社へ承継させ、吉田憲一郎氏の下でグループ本社機能に特化した グループ本社機能とエレクトロニクス事業の本社間接機能を同居させていた本体を分離・再定義し、商号をソニーグループ株式会社へ変えたうえでエレクトロニクスと半導体の事業を吸収分割で完全子会社へ承継させ、purposeと資源配分を担うグループ本社に特化した判断 カリスマではなく、存在意義でまとめるということ 持株会社への移行は、2021年4月の一点で起きたことではない。2015年から事業を順に切り出してきた末に、最後まで残っていた本体の二重機能を分けただけとも言える。それでもこの一手には別の意味があった。井深大氏と盛田昭夫氏が個人の技術観と求心力で率いた会社を、創業者なきあとの世代が何でまとめるか——吉田憲一郎氏が置いた答えが、存在意義という共通の言葉だった。全事業と等距離で関わる本社をつくり、そこに事業ポートフォリオ管理と資源配分だけを残す。カリスマの直感が担っていた「どこに賭けるか」の判断を、制度の側へ移す作業だったのだろう。 持株会社化・グループ再編 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6971/decisions/ul-certification-misconduct-2021/","t":"半世紀近く続いた試験サンプルのすり替えと、外部委員会による全容の解明","c":"京セラ","y":2021,"col":"#DF0522","s":"フォローアップ検査で実際の製品と異なるサンプルをULへ提出していた行為が若手社員の申告で表面化し、外部委員会の調査で1972年に遡る不正と幹部層の黙認が認定され…","x":"2021 京セラ ケミカル製品のul認証不正 半世紀近く続いた試験サンプルのすり替えと、外部委員会による全容の解明 2021年1月、ケミカル製品のul認証で不適切な対応が判明した。465品番の認証が取り消され、特別調査委員会は1972年からの不正と幹部層の黙認を認定した フォローアップ検査で実際の製品と異なるサンプルをulへ提出していた行為が若手社員の申告で表面化し、外部委員会の調査で1972年に遡る不正と幹部層の黙認が認定された。買収先から引き継いだ事業の統合が果たされていなかったことが原因の一つに挙がった 買収できなかったのは、事業ではなく仕事のやり方だった この一件が突きつけたのは、品質の不正というより、買収した事業をどこまで自分のものにできていたのかという問いであった。1972年に始まった行為は、東芝ケミカルから京セラケミカル、そしてケミカル事業部へと、資本関係が二度変わっても途切れなかった。セラミックを本業とする買い手にケミカルの技術を測る物差しがなく、日常の業務は旧経営の出身者に委ねられた。京セラフィロソフィもアメーバ経営も、この事業部の内側には届いていなかったことになる。再発防止策がpmiの見直しを一項目として掲げたのは、原因の所在を自らそう認めたということだろう。 不祥事・信頼回復 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/7003/decisions/shipbuilding-exit-2021/","t":"造船事業からの撤退と、舶用エンジン・港湾クレーンへの集約","c":"三井E&S","y":2021,"col":"#008CD7","s":"海外発電土木工事の大規模損失で3期連続の営業損失に陥ったことを受け、事業再生計画のもとで創業事業の造船を切り離し、舶用推進システムと港湾クレーンへ経営資源を集約…","x":"2021 三井e&s 常石造船へ株式譲渡 造船事業からの撤退と、舶用エンジン・港湾クレーンへの集約 2021年3月29日に艦艇事業の譲渡を決議した。10月1日に艦艇事業を三菱重工業へ、三井e&s造船株式の49%を常石造船へ譲渡し、2022年10月に17%を追加譲渡して持分を34%とした 海外発電土木工事の大規模損失で3期連続の営業損失に陥ったことを受け、事業再生計画のもとで創業事業の造船を切り離し、舶用推進システムと港湾クレーンへ経営資源を集約した 残ったものを見て決めた撤退 巨額損失に追い込まれての切り売りという説明は、この撤退の半分しか捉えていない。艦艇事業で移転した資産は17,861百万円、商船の49%譲渡で動いた資本剰余金は890百万円にとどまり、いずれも財務を一気に立て直す規模の取引ではなかった。切る線は目先の資金繰りではなく、どの技術で稼ぐかで引かれていただろう。手放したのは船体の建造で、残したのは舶用ディーゼル機関と港湾クレーンであった。いずれも造船から派生し、船をつくらなくても維持できる事業である。 事業売却・撤退 祖業・主力事業の転換 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/7202/decisions/ud-trucks-acquisition-2021/","t":"ボルボとの戦略的提携と引き換えに手にした国内商用車大手","c":"いすゞ自動車","y":2021,"col":"#EC1C23","s":"CASE時代の研究開発負担を単独で背負う難しさから、中小型に強いいすゞが大型とアジア網を持つUDトラックスをボルボから取得し、資本を伴う長期提携で開発規模と地域…","x":"2021 いすゞ自動車 udトラックスの取得 ボルボとの戦略的提携と引き換えに手にした国内商用車大手 2021年にボルボからudトラックスを取得。片山正則社長のもとで取得原価587億円、ボルボへの支払総額3,203億円を投じ旧日産ディーゼル工業を傘下へ case時代の研究開発負担を単独で背負う難しさから、中小型に強いいすゞが大型とアジア網を持つudトラックスをボルボから取得し、資本を伴う長期提携で開発規模と地域を補い合う体制を構築した戦略的買収 補完で埋める、という選び方 この判断の要は、単独主義を捨て、足りないものを提携と買収で補うという選び方にある。中小型に強いいすゞが、大型とアジア網を持つudを買収し、caseの重い開発負担をボルボと分かち合う。gmの資本に頼って生き延びた1971年の提携が、事業設計を相手に委ねる従属を残したのに対し、2021年のいすゞは買い手として相手を選び、自らの品揃えと開発体制を主体的に組み立てた。同じ外部との提携でも、いすゞの立ち位置は逆になった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 資本提携・政策保有 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/7259/decisions/aisin-integration-2021/","t":"二社体制の解消と、社名を一つにそろえた事業の一本化","c":"アイシン","y":2021,"col":"#001A72","s":"EV・CASEでATの需要が先細るなか、AT事業と本体を一体化し、役員半減など重複を解いて電動化への投資余力を確保した組織再編","x":"2021 アイシン アイシン・エィ・ダブリュ吸収合併 二社体制の解消と、社名を一つにそろえた事業の一本化 2019年10月に経営統合を決議し、2021年4月1日に子会社アイシン・エィ・ダブリュを吸収合併。株式の割当てのない共通支配下の取引で、社名を株式会社アイシンへ改めた ev・caseでatの需要が先細るなか、at事業と本体を一体化し、役員半減など重複を解いて電動化への投資余力を確保した組織再編 子会社が親を超えた逆転を、親の名で解く この統合の核心は、1965年と1969年の二つの判断が生んだ二本柱を、evの時代に一つへ戻した点にある。2019年3月期には子会社のセグメント売上が1兆7,497億円と本体の1兆4,922億円を超えており、規模でいえば子が親を追い越していた。その子会社を株式の割当てもない共通支配下の取引として畳み込み、社名まで一つにしたのは、at依存の収益構造を電動駆動へ組み替える意思を、社内外に固めるためだったとみられる。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/7267/decisions/electrification-pledge-2021/","t":"2040年までに四輪をEV・FCVへ全面転換する目標の設定","c":"ホンダ","y":2021,"col":"#CC0100","s":"EV化とソフトウェア定義車両という技術潮流と、各国の脱炭素規制の強まりに対し、内燃機関に依存した事業構造を2040年までに全面電動化へ切り替えると宣言し、以後の…","x":"2021 ホンダ 脱エンジン宣言 2040年までに四輪をev・fcvへ全面転換する目標の設定 2021年4月に脱エンジンを宣言。三部敏宏社長が2040年に四輪車の販売をすべてevとfcvへ切り替えると打ち出した ev化とソフトウェア定義車両という技術潮流と、各国の脱炭素規制の強まりに対し、内燃機関に依存した事業構造を2040年までに全面電動化へ切り替えると宣言し、以後の再編の上位命題に据えた判断 エンジンの会社が、期限を切るということ 三部敏宏氏(社長)の宣言の核心は、電動化そのものよりも、達成の期限を世界に約束した点にあったとみられる。エンジンの技術で名を上げた会社が、その看板を自ら下ろすと宣言することは、社内の価値観にも投資の順序にも強い方向づけを与える。狭山や欧州の生産をたたみ、他社と組んでevを興す一連の動きは、この宣言があってはじめて一本の線につながった。好況のなかで先手を打った身軽な決断というより、規制と技術の潮目に押されつつ退路を断つ決断であった点に、この宣言の緊張がうかがえる。 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7267/decisions/europe-exit-2021/","t":"英国欧州完成車生産からの全面撤退","c":"ホンダ","y":2021,"col":"#CC0100","s":"欧州でのシェアが小さく販売基盤の育たない完成車工場が慢性的赤字と輸出依存を抱えるなか、電動化への資源集中を優先して欧州の現地生産から全面撤退した判断","x":"2021 ホンダ スウィンドン工場の閉鎖 英国欧州完成車生産からの全面撤退 2019年2月に英スウィンドン工場の閉鎖を発表。八郷隆弘社長のもとでトルコ工場も止め、欧州の完成車生産から全面撤退へ 欧州でのシェアが小さく販売基盤の育たない完成車工場が慢性的赤字と輸出依存を抱えるなか、電動化への資源集中を優先して欧州の現地生産から全面撤退した判断 進出と撤退を隔てる36年 この撤退で問われたのは、1985年の進出と2019年の撤退を隔てる36年という時間の重さである。欧州に完成車工場を構えながら、その生産の6割超を域外へ運ばなければ量がまとまらない状態が長く続いた。販売の裏づけを欠いた現地生産は、稼働率の低さと固定費、そして最後には撤退の費用となって積み上がっていく。好況のうちに整理する機会を逃し、電動化への転換で資源の集中を迫られるなかでようやく畳んだ点に、この判断の遅れと重さがにじむ。 海外撤退・縮小 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/7267/decisions/life-shift-program-2021/","t":"定年を65歳へ延ばした先の早期退職優遇と退職特別加算金429億円","c":"ホンダ","y":2021,"col":"#CC0100","s":"電動化への転換と国内の生産集約が重なるなかで、提出会社の従業員へ早期退職の割増を払い、2期で退職特別加算金429億円を計上して差し引き2,716名を送り出した人…","x":"2021 ホンダ 早期退職優遇制度導入 定年を65歳へ延ばした先の早期退職優遇と退職特別加算金429億円 2020年12月に早期退職の優遇制度を導入。退職特別加算金429億円を2期で計上し、提出会社の従業員は差し引き2,716名減った 電動化への転換と国内の生産集約が重なるなかで、提出会社の従業員へ早期退職の割増を払い、2期で退職特別加算金429億円を計上して差し引き2,716名を送り出した人員構成の見直し 設備ではなく人の側に立った再編の費用 この判断は、人員の若返りというより、抱える人が一気に増える一方で工場が減った時期の帳尻合わせだっただろう。2020年4月の合併で提出会社は1年に1万人を超える人を新たに抱え、その翌年には四輪完成車の一角を止めた。増やした頭数と、動かす工場の数が逆を向いたとき、割増を積んで出口を用意する以外の手は残っていなかったのだろう。定年を延ばした4年後に早期退職の窓を開けるという順序の悪さも、あらかじめ描いた設計というより、目の前の重さへの対処だったことをうかがわせる。特別損失に現れた429億円は、この時期の再編の費用が設備ではなく人の側に立ったことを示している。 リストラ・構造改革 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/7272/decisions/hamakita-plant-closure-2021/","t":"創業地・国内二輪生産の本社工場への集約","c":"ヤマハ発動機","y":2021,"col":"#FF0000","s":"需要が成熟・変動する二輪市場に対し、静岡県内に分散した生産拠点を本社工場へ集約して生産性と市場追従性を高める構造改革","x":"2021 ヤマハ発動機 浜北工場の閉鎖 創業地・国内二輪生産の本社工場への集約 2021年2月に浜北工場と中瀬工場の二輪生産機能を磐田の本社工場へ集約すると発表した。機能移転費用は約45億円、2024年中の完了予定が2025年3月に2031年めどへ延期された 需要が成熟・変動する二輪市場に対し、静岡県内に分散した生産拠点を本社工場へ集約して生産性と市場追従性を高める構造改革 効率の論理と、創業地という記憶 この決断の中心にあるのは、成熟した先進国二輪という事業を、分散した国内生産のまま抱え続けることの重さである。静岡県内に散らばる工程を本社工場へ集め、輸送と滞留を削減し、需要の変動に追従できるラインへ組み替える——集約それ自体は、売上収益が946,476百万円まで減少した2020年12月期のランドモビリティ事業にとって、理にかなった選択であっただろう。ただ、その対象が創業の地であったために、この判断は単なる工場再編を超えて、会社が自らの来歴とどう折り合うかを問う場面にもなった。好調なうちにではなく、収益に追われるなかで発祥の地に手を入れた点に、前段の経営判断とは異なる緊張感がうかがえる。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7453/decisions/second-founding-2021/","t":"都心旗艦店から生活圏の中型店へ、出店の主力の置き換え","c":"良品計画","y":2021,"col":"#7B0319","s":"グローバルSPA出身の新社長が、規模競争ではなく日本の生活圏に密着した中型店へ業態を再構築し、2030年売上高3兆円を掲げた成長モデルの転換","x":"2021 良品計画 第二創業と600坪の中型店 都心旗艦店から生活圏の中型店へ、出店の主力の置き換え 2021年9月に堂前宣夫社長が就任。ファーストリテイリング出身の社長が600坪前後の中型店へ出店の軸を転換し、2030年に売上高3兆円を掲げた グローバルspa出身の新社長が、規模競争ではなく日本の生活圏に密着した中型店へ業態を再構築し、2030年売上高3兆円を掲げた成長モデルの転換 規模の外し方——グローバルspaが選んだ逆方向 この判断の核心は、業績のv字回復そのものよりも、規模を追わないと宣言しながら大きな数字を掲げた矛盾の畳み方にある。堂前宣夫社長はファーストリテイリングが世界の都心で追った規模競争を無印良品では真似ず、同社が手薄だった日本の地方商圏へ資源を配分した。同じグローバルspaの系譜を歩んだ経営者が、あえて反対方向へ針路を定めた点に、この決断の性格がよく表れている。コロナ禍で露呈した利益集中の脆さへの答えを、海外の拡大ではなく、国内生活圏の面的な深耕に求めた選択であったのだろう。 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7606/decisions/covid-restructuring-2021/","t":"赤字転落を受けた店舗網の縮小と、EC基盤の刷新","c":"ユナイテッドアローズ","y":2021,"col":"#333333","s":"コロナ禍で上場来初の最終赤字に転落した危機を受け、不採算店の整理とEC基盤の刷新で店頭依存を薄め、高付加価値へ集中する事業構造改革","x":"2021 ユナイテッドアローズ コロナ禍で不採算店舗整理 赤字転落を受けた店舗網の縮小と、ec基盤の刷新 2021年4月に松崎善則社長が構造改革を継承。不採算店の整理とec基盤の刷新を柱に、2022年3月期に20店舗の純減を見込んだ コロナ禍で上場来初の最終赤字に転落した危機を受け、不採算店の整理とec基盤の刷新で店頭依存を薄め、高付加価値へ集中する事業構造改革 守りの整理が描き直した業態の輪郭 コロナ赤字を受けたこの整理は、単なる店じまいや守りの一手という言葉には収まらない。店頭での品ぞろえと接客で規模を追ってきた高感度セレクトの成長モデルそのものを、店舗とネットのあいだで組み替える転換であったと思われる。上場以来初の72億円の赤字を竹田光広社長が計上し、その立て直しと20店舗の純減という重い課題を、2021年4月に就任したばかりの松崎氏が引き継いだところに、この判断の緊張がうかがえる。 リストラ・構造改革 選択と集中 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/8136/decisions/multi-character-strategy-2021/","t":"ハローキティ一本足のライセンス収益を複数キャラクターへ分散させた収益構造の組み替え","c":"サンリオ","y":2021,"col":"#1860C0","s":"1995年以来の営業赤字を受けて2021年5月に公表した3ヶ年の中期経営計画で、組織風土改革・構造改革の完遂・再成長の種まきを三本柱に据え、ハローキティ一本足の…","x":"2021 サンリオ ハローキティ依存の脱却 ハローキティ一本足のライセンス収益を複数キャラクターへ分散させた収益構造の組み替え 2021年5月に中期経営計画『未来への創造と挑戦』を公表。ハローキティ一本足の収益を複数キャラクターへ組み替え、2024年3月期に営業利益269億円と過去最高を更新した 1995年以来の営業赤字を受けて2021年5月に公表した3ヶ年の中期経営計画で、組織風土改革・構造改革の完遂・再成長の種まきを三本柱に据え、ハローキティ一本足のライセンス収益を複数キャラクターへ分散させた収益構造の転換 増やしたのはキャラクターではなく育てる仕組み 複数キャラクター戦略と呼ばれたこの転換は、キャラクターを増やす話ではなかったように見える。450を超える絵柄は以前から手元にあり、足りなかったのは育てて売る仕組みのほうだった。snsでの反応を商品開発の評価基準に据え、1986年に始まった人気投票を育成の物差しへ置き直したことで、どの絵柄に資源を割くかが個人の勘ではなく会社の判断として決まるようになった。ハローキティの比率が下がったのは、この一体の人気が落ちたからではなく、ほかの絵柄が同じ土俵に乗ったからだと推察される。 ブランド・マーケティング 経営再建・ターンアラウンド グローバル経営体制"},{"k":"decision","u":"/tse/8179/decisions/sojitz-capital-alliance-2021/","t":"主要取引行4行を割当先とする優先株式による資本増強","c":"ロイヤルホールディングス","y":2021,"col":"#C6151E","s":"コロナ禍で自己資本比率が19.7%へ低下した会社が、返済義務のない資本を普通株式・新株予約権・優先株式の組み合わせで160億円入れ、その出し手に「モノ」を動かす…","x":"2021 ロイヤルホールディングス 双日との資本業務提携 主要取引行4行を割当先とする優先株式による資本増強 2021年2月に双日との資本業務提携を決議。ロイヤルホールディングスが双日へ99億9900万円の普通株を発行し、四行には優先株を割り当てた コロナ禍で自己資本比率が19.7%へ低下した会社が、返済義務のない資本を普通株式・新株予約権・優先株式の組み合わせで160億円入れ、その出し手に「モノ」を動かす機能を持つ総合商社を選んだ資本政策 資本の穴埋めではなく、相手を選んだ増資 160億円という金額だけであれば借入でも作れた。現に2020年に借入金を35億円から301億円へ積み増しており、資金を手当てする手段そのものは残っていた。それでも普通株式と新株予約権で双日を選んだ理由は、資本の穴を埋める相手ではなく事業の相手を求めたところにあるとみられる。人が動けないならモノを動かすほかなく、そのモノを動かす機能を自社が持たないという自覚が、出し手の条件を決めていた。 資金調達・財務戦略 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8219/decisions/structural-reform-2021/","t":"コロナ禍での159店の統廃合と、創業以来初の希望退職","c":"青山商事","y":2021,"col":"#1a5c9c","s":"コロナ禍でスーツ・フォーマル需要が急減したことを受け、店舗・人員・非中核事業を同時に削減して固定費を下げる構造改革","x":"2021 青山商事 リーバイス事業撤退 コロナ禍での159店の統廃合と、創業以来初の希望退職 2020年11月からリーバイス事業を撤退。不採算店159店の統廃合と初の希望退職を進め、2021年3月期に特別損失192億円 コロナ禍でスーツ・フォーマル需要が急減したことを受け、店舗・人員・非中核事業を同時に削減して固定費を下げる構造改革 削減の後に残るもの この構造改革で目を引くのは、削減の対象が店舗・人員・事業の三つに同時に及んだ点である。33店の閉鎖から始まった整理は最終的に159店の統廃合となり、希望退職には募集の1.5倍にあたる609人が応じ、リーバイス事業は11年で幕を閉じた。創業以来初の希望退職に募集を200人上回る応募があった事実をどう読むかは、公表された資料だけでは決められない。会社側の説明も応募理由には及んでおらず、ここでは数字が残ったという以上のことは言いにくい。 リストラ・構造改革 外的危機への対応 雇用・労使 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/8227/decisions/reborn-turnaround-2021/","t":"中期経営計画に掲げた原点回帰と、3期連続減益からの反転","c":"しまむら","y":2021,"col":"#BC0128","s":"過去最高益の直後に「2016年型売場」の少品種化が裏目に出て3期連続の減益に沈んだしまむらが、異例のトップ交代を経た鈴木誠社長の中期経営計画「リ・ボーン」で原点…","x":"2021 しまむら 「リ・ボーン」でv字回復 中期経営計画に掲げた原点回帰と、3期連続減益からの反転 2021年4月に中期経営計画リ・ボーンを策定。鈴木誠社長のもとで3期連続の減益から原点回帰し、pbとecとアプリを鍛え直す 過去最高益の直後に「2016年型売場」の少品種化が裏目に出て3期連続の減益に沈んだしまむらが、異例のトップ交代を経た鈴木誠社長の中期経営計画「リ・ボーン」で原点回帰の商品改革・pb強化・ecを進め、過去最高益を更新した再建 「元に戻す」という再建 この再建の核心は、危機の処方が新しい何かの追加ではなく、いちど手放したものを\"元に戻す\"ことにあった点にある。過去最高益をもたらした\"2016年型売場\"の整理整頓と少品種化は、売場を見やすくする合理的な改善に見えて、しまむらの強みだった品揃えの厚みと、掘り出し物を探す買い物の楽しさを削っていた。鈴木社長がまず取り組んだのは、目新しい成長の絵を描くことではなく、薄めた品揃えを回復し、値引き依存から質へ寄せ直すという、自社の芯の引き直しであった。好調の頂点にあった判断がのちの失速を招いたという反転に、この事例の教訓がある。 経営再建・ターンアラウンド トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/8267/decisions/fuji-subsidiary-2021/","t":"中四国最大手との共同持株会社の設立による地域スーパーの再編","c":"イオン","y":2021,"col":"#d6006e","s":"地域環境の変化と競争の激化に対応するため、フジを共同持株会社として会社分割と株式交換で中四国の店舗網を統合し、議決権の過半を取得して連結子会社とした地域再編","x":"2021 イオン フジを連結子会社化 中四国最大手との共同持株会社の設立による地域スーパーの再編 2021年9月にフジとの経営統合で基本合意。フジが共同持株会社となり、株式交換でマックスバリュ西日本を完全子会社として、イオンは議決権51.56%を取得した 地域環境の変化と競争の激化に対応するため、フジを共同持株会社として会社分割と株式交換で中四国の店舗網を統合し、議決権の過半を取得して連結子会社とした地域再編 持株会社を挟んで過半を確保するという再編の型 この統合は、買い手が地元最大手を飲み込んだ取引ではなかっただろう。会計上は、株式交換前からイオンの連結子会社であったマックスバリュ西日本が取得企業とされ、フジが被取得企業となる逆取得にあたる。フジという会社をそのまま残し、そこへ自社の地域会社を差し入れることで、イオンは議決権51.56%を得た。対価は株式で、取得原価52,496百万円に現金の支出は伴わず、連結開始時の現金及び現金同等物12,022百万円がむしろ手元に加わっている。地元最大手の名前と本店を動かさずに過半を握る段取りが、この判断の骨格だったといえる。 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/8316/decisions/jefferies-alliance-2021/","t":"海外投資銀行の機能を自前ではなく提携で補うという選択","c":"三井住友フィナンシャルグループ","y":2021,"col":"#00863c","s":"自前でグローバル投資銀行を築くのでなく、米独立系のジェフリーズに少数出資して資本を絡めた業務提携を締結し、協業領域と出資比率を段階的に深めて海外CIBを補強した…","x":"2021 三井住友フィナンシャルグループ 米ジェフリーズと資本提携 海外投資銀行の機能を自前ではなく提携で補うという選択 2021年7月に米ジェフリーズと戦略的資本・業務提携。三井住友銀行が普通株式10,500,000株を取得し、以後は無議決権優先株式も交えて持分を厚くしている 自前でグローバル投資銀行を築くのでなく、米独立系のジェフリーズに少数出資して資本を絡めた業務提携を締結し、協業領域と出資比率を段階的に深めて海外cibを補強した判断 機能を借りるという選び方 この判断の核心は、海外の投資銀行の機能を、自前で築くのでも丸ごと買うのでもなく、他社に少数出資して借りた点にある。3メガバンクは長く米欧の投資銀行業務で存在感を欠き、リーマン危機の後には日本勢が海外拠点を広げては退く例も相次いだ。太田純氏はその轍を避け、実績あるジェフリーズと資本で結びつきながら、まず業務の協働で果実を確かめ、成果に応じて持ち分を4.9%、15%、20%と刻んで上げていく道を選んだ。全株を取得する買収より危険は軽く、資本を伴わない提携より結びつきは固い。 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8316/decisions/vpbank-fecredit-2021/","t":"消費者金融FE Creditの49%取得から地場大手銀行15%へ拡大したベトナムへの出資","c":"三井住友フィナンシャルグループ","y":2021,"col":"#00863c","s":"国内の低金利で利ざやが細る銀行が、成長するベトナムの消費者金融と地場有力銀行へ二段で資本を入れ、東南アジアの個人金融に足場を築こうとした出資","x":"2021 三井住友フィナンシャルグループ vpbankへ出資 消費者金融fe creditの49%取得から地場大手銀行15%へ拡大したベトナムへの出資 2021年にベトナムのfe credit株49%を取得。smbcコンシューマーファイナンス経由で保有し、2023年にはvpbankへ15%出資 国内の低金利で利ざやが細る銀行が、成長するベトナムの消費者金融と地場有力銀行へ二段で資本を入れ、東南アジアの個人金融に足場を築こうとした出資 高成長への出資が、まず費用を先に映した この判断の核心は、国内で稼ぎにくくなった銀行が、成長するベトナムの個人金融へ二段構えで資本を入れた点にある。まず消費者金融最大手fe creditの株式半分を押さえ、続いてその親銀行vpbankの一角に入る。融資の利ざやが薄い日本を離れ、銀行口座を持たない層が厚い新興国の個人金融に、経営を丸ごと抱えるのではなく持分という軽い形で足場を求めた。インドネシアからベトナムへと、地場の担い手に出資して成長を分け取るアジア展開の一手だった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/8411/decisions/system-failures-2021/","t":"度重なるシステム障害と行政処分——経営責任とガバナンス改革への転換","c":"みずほフィナンシャルグループ","y":2021,"col":"#183181","s":"次世代基幹システムMINORIのもとで相次いだ障害と二度の業務改善命令を、技術の不具合ではなく経営と統治の問題と受け止め、執行役の引責と再発防止・ガバナンス改革…","x":"2021 みずほフィナンシャルグループ minori障害の頻発 度重なるシステム障害と行政処分——経営責任とガバナンス改革への転換 2021年2月以降、みずほ銀行でシステム障害が相次いだ。9月22日と11月26日に金融庁の業務改善命令を受け、経営陣が入れ替わった 次世代基幹システムminoriのもとで相次いだ障害と二度の業務改善命令を、技術の不具合ではなく経営と統治の問題と受け止め、執行役の引責と再発防止・ガバナンス改革に着手した判断 「システムの問題」を「経営の問題」と言い切れたか この判断の芯は、技術の不具合として片づけられたはずの障害を、経営と企業風土の問題として引き受けた点にある。原因究明を外部の識者・専門家に委ね、その提言を総括として自ら公表し、執行役3名が辞任・解任で退いた——巨額投資の失敗を認めるのとは別種の、扱いにくい責任の取り方であった。2002年、2011年と同じ轍を踏んだうえで、原因をシステムそのものではなく組織の側に見定めた点に、この決断の踏み込みがうかがえる。 不祥事・信頼回復 トップ交代・承継 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8473/decisions/shinsei-bank-acquisition-2021/","t":"負ののれん2,637億円を生んだ企業結合と、非公開化までの追加取得","c":"SBIホールディングス","y":2021,"col":"#0068B7","s":"地銀連合の中核銀行を得るため、SBIが2021年9月に新生銀行へ公開買付けを実施し、12月17日に議決権47.77％で連結子会社化した。取得原価199,235百…","x":"2021 sbiホールディングス 新生銀行の連結子会社化 負ののれん2,637億円を生んだ企業結合と、非公開化までの追加取得 2021年12月にsbiホールディングスが新生銀行を連結子会社化。取得原価199,235百万円に対し負ののれん発生益263,754百万円を計上し、連結総資産は7.2兆円から17.8兆円へ拡大した 地銀連合の中核銀行を得るため、sbiが2021年9月に新生銀行へ公開買付けを実施し、12月17日に議決権47.77%で連結子会社化した。取得原価199,235百万円に対して受け入れた純資産が大きく、負ののれん発生益263,754百万円を計上。連結総資産は17,838,200百万円へ拡大した。2023年に「sbi新生銀行」へ改称して非公開化し、2025年3月末に議決権所有割合は100.0%となった。 買い値より安く取得した銀行と、残された返済 取得原価199,235百万円に対し、受け入れた純資産の持分は上回っていた。差額の263,754百万円は負ののれん発生益として一気に損益へ落ち、当期利益を過去最高へ押し上げている。これは経営努力の成果ではなく、買収時点の市場が新生銀行の純資産を評価していなかったことの裏返しにすぎない。長く純資産割れが続く銀行だったからこそ、過半に満たない持分でも安く支配が取れた。割安に買えたという事実は、その資産の質にも同じだけの疑いが向いていたことを意味する。取得日から期末までの当期損失56,421百万円が、その疑いの一部を数字で示している。 敵対的・同意なき買収 上場廃止・親子上場解消 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/8473/decisions/shinsei-sbi-2021/","t":"同意なき部分買付けで議決権47.77％を確保し、過半に届かないまま連結子会社とした","c":"SBIホールディングス","y":2021,"col":"#0068B7","s":"2021年9月9日、SBIホールディングスと完全子会社のSBI地銀ホールディングスは各取締役会で新生銀行の普通株式を対象とする公開買付けを決議し、翌10日、相手…","x":"2021 sbiホールディングス 新生銀行への敵対的tob 同意なき部分買付けで議決権47.77%を確保し、過半に届かないまま連結子会社とした 2021年9月、sbiホールディングスが事前の同意を得ないまま新生銀行に公開買付けを仕掛けた。12月10日に買付けを終え、56,922,199株を取得して議決権47.77%を確保した 2021年9月9日、sbiホールディングスと完全子会社のsbi地銀ホールディングスは各取締役会で新生銀行の普通株式を対象とする公開買付けを決議し、翌10日、相手方の同意を得ないまま買付けを開始した。買付期間は12月10日まで。公開買付者は普通株式56,922,199株を取得し、支払対価は113,844百万円、1株当たり2,000円にあたる。\n決済の開始日である12月17日をもって、sbiグループが保有する新生銀行株は間接保有分を含め99,659,999株、議決権の47.77%となり、新生銀行はsbiホールディングスの連結子会社となった。 過半を取らない設計と、動かなかった大株主 この案件を敵対的たらしめたのは価格ではなく、始め方だった。公開買付者は相手方の取締役会に諮ることなく買付けを開始し、しかも議決権の上限を過半の手前に置いている。過半を取らずに支配を得るという設計は、銀行免許を持つ会社を傘下に収めるうえで規制と摩擦を最小にする現実的な解だったのだろう。実際に得た議決権は47.77%にとどまり、それでも新生銀行は連結子会社となった。買収の成否を分けるのは持株数の多寡ではなく、誰が反対に回らないかである——この部分買付けは、そこを正確に見抜いていたようにみえる。 敵対的・同意なき買収"},{"k":"decision","u":"/tse/9020/decisions/two-axis-management-2021/","t":"2期で6,700億円を失った後の、二軸経営への組み替え","c":"東日本旅客鉄道","y":2021,"col":"#008803","s":"感染症による鉄道需要の急減を一時的な減少ではなく構造変化と捉え、本部再編とグループ会社統合によって生活サービス側を鉄道と並ぶ軸へ引き上げた事業構造の転換。","x":"2021 東日本旅客鉄道 suica軸の二軸経営へ転換 2期で6,700億円を失った後の、二軸経営への組み替え 2020年6月に二軸経営への転換。二期で6,728億円を失い、需要は戻らない前提でsuicaと生活サービスをもう一軸へ 感染症による鉄道需要の急減を一時的な減少ではなく構造変化と捉え、本部再編とグループ会社統合によって生活サービス側を鉄道と並ぶ軸へ引き上げた事業構造の転換。 損益では二軸化し、資産ではなお運輸に偏る 2026年3月期のセグメント利益は、運輸事業1,944億円に対し不動産・ホテル事業1,283億円、流通・サービス事業681億円で、鉄道以外の二事業を合わせると運輸を上回った。損益で見る限り二軸化は成っている。ただし資産の配置は動いていない。運輸事業の資産は7兆5,221億円で、不動産・ホテル事業の2兆7,657億円の三倍近い。従業員数も運輸事業が5万3,165人を占め、不動産・ホテル事業6,007人・流通・サービス事業6,310人との差は大きい。利益の出どころは移ったが、資本と人の配置はまだ鉄道会社のままである。二軸経営が構造として定着したかどうかは、資産と人員がどこまで動くかで測られることになる。 外的危機への対応 リストラ・構造改革 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9021/decisions/covid-restructuring-2021/","t":"JRグループ初の公募増資2786億円と「鉄道一本足」からの構造転換","c":"西日本旅客鉄道","y":2021,"col":"#0169B7","s":"コロナ禍で発足以来初の純損失を計上した鉄道偏重のJR西日本が、JRグループ初の公募増資で資本を厚くし、非鉄道のライフデザイン分野を拡大して収益構造を組み替えた財…","x":"2021 西日本旅客鉄道 コロナ禍での資本増強 jrグループ初の公募増資2786億円と「鉄道一本足」からの構造転換 2021年9月に公募増資での資金調達を発表した。jr西日本が最大2,786億円を調達する計画で、jrグループ初の公募増資、長谷川一明社長のもとで実施 コロナ禍で発足以来初の純損失を計上した鉄道偏重のjr西日本が、jrグループ初の公募増資で資本を厚くし、非鉄道のライフデザイン分野を拡大して収益構造を組み替えた財務・事業の再建 危機が促した二正面の経営 この判断の中心にあったのは、鉄道という一つの事業で稼ぎ続けることの重さであった。首都圏の通勤需要を持たないjr西日本にとって、出張・観光・通学が同時に細るコロナ禍は、好況が覆い隠していた収益構造の弱さをそのまま露わにした。福知山線事故が経営の優先順位を安全へ固定したのに続き、二度目の危機は稼ぎ方そのものを問い直す力として働いた。jrグループで初めて公募増資に踏み切り、外部の資本を受け入れてまで財務を厚くした判断には、自力の利益だけでは危機を越えられないという冷めた認識がうかがえる。 外的危機への対応 資金調達・財務戦略 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9024/decisions/covid-loss-nishiyama-succession-2021/","t":"コロナ禍の純損失723億円を経た代表取締役2名体制への移行とアセットライトの継承","c":"西武ホールディングス","y":2021,"col":"#002F87","s":"コロナ禍で保有一体型モデルの固定費負担が直撃し、2021年3月期に連結純損失723億1百万円を計上したことが、代表取締役2名体制への移行とアセットライトの継承と…","x":"2021 西武ホールディングス 西山隆一郎氏が社長就任 コロナ禍の純損失723億円を経た代表取締役2名体制への移行とアセットライトの継承 2023年4月に代表取締役2名体制へ移行。創業以来最大の純損失723億1百万円を経て、後藤高志氏から西山隆一郎氏へ社長が渡り、後藤氏は会長兼ceoに残った コロナ禍で保有一体型モデルの固定費負担が直撃し、2021年3月期に連結純損失723億1百万円を計上したことが、代表取締役2名体制への移行とアセットライトの継承という構造転換の契機となった 代表取締役2名体制が担ったもの 後藤高志氏から西山隆一郎氏への交代は、社長の首をすげ替える人事というより、代表取締役を2名に割ってceoとcooの役割を分けた組織設計の変更であったのだろう。第一勧業銀行から2009年に入社し、広報部長・経営企画本部長を歩んだ西山隆一郎氏は、財務再建の専門家というよりも社内外への説明と計画の執行を担う位置にいた人物である。アセットライトという方針自体は2021年の中期経営計画で既に置かれており、新社長に渡されたのは方針の選択ではなく、その遂行であった。 外的危機への対応 トップ交代・承継 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9432/decisions/ministry-dining-scandal-2021/","t":"社外役員による特別調査委員会の設置と、会食ルールの策定による規律の引き直し","c":"NTT","y":2021,"col":"#0072BC","s":"経営層と省庁関係者などとの会食が問題となり、社外取締役を委員長とする特別調査委員会を設置して、会食等のルールの策定と役員処分による規律の引き直しを迫られた","x":"2021 ntt 省庁関係者との会食問題 社外役員による特別調査委員会の設置と、会食ルールの策定による規律の引き直し 2021年3月、経営層と省庁関係者などとの会食をめぐり、社外取締役を委員長とする特別調査委員会を設置した。報告を踏まえて会食等のルールを策定し、関係役員等に報酬減額等の処分を実施している 経営層と省庁関係者などとの会食が問題となり、社外取締役を委員長とする特別調査委員会を設置して、会食等のルールの策定と役員処分による規律の引き直しを迫られた 認可で結ばれた相手との距離 この事案で問われたのは、会食という個々の行為の是非よりも、認可と届出で監督官庁と結ばれた会社が、その相手との距離をどう律するかという設計の問題だったと推察される。定款の変更にも事業計画にも総務大臣の認可が要り、役員の就任退任まで届け出る会社にとって、官庁との接触は避けられる類のものではない。だからこそ線引きは個人の良識ではなくルールで引くほかなく、会社が選んだのも、会食等のルールの策定と、その運用状況を管理する体制の構築だった。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9766/decisions/audit-committee-transition-2021/","t":"監査役5名を退かせ、社外取締役3名に監査と監督を兼ねさせた機関設計の組み替え","c":"コナミグループ","y":2021,"col":"#BF0021","s":"取締役会の監督機能を強めるため、2021年6月の定時株主総会で定款を変更して監査等委員会設置会社へ移行し、監査役会を廃して社外取締役3名に監査を担わせるとともに…","x":"2021 コナミグループ 監査役会廃止と監査等委員会移行 監査役5名を退かせ、社外取締役3名に監査と監督を兼ねさせた機関設計の組み替え 2021年6月に監査等委員会設置会社へ移行。定款を変え監査役会を廃し、社外取締役3名を監査等委員として取締役会に残したうえで、報酬委員会にも独立役員を過半数入れた 取締役会の監督機能を強めるため、2021年6月の定時株主総会で定款を変更して監査等委員会設置会社へ移行し、監査役会を廃して社外取締役3名に監査を担わせるとともに、報酬委員会へ独立役員を過半数入れた 監査を置く場所の付け替え この移行で入れ替わったのは監査の担い手ではなく、監査を置く場所だった。監査等委員となった3名は移行前から取締役会に座っていた社外取締役であり、取締役会の顔ぶれはほとんど動いていない。消えたのは監査役会という別室と、そこに詰めていた常勤2名を含む社外監査役4名である。社外役員は7名から3名へ減り、社内に張りついて日々の執行を見る目はなくなった。監督の強化を掲げた組み替えが、実際には監視に充てる人数の圧縮をともなっていたことになる。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9831/decisions/otsuka-kagu-subsidiary-2021/","t":"父娘騒動で疲弊した名門家具の救済と取り込み","c":"ヤマダホールディングス","y":2021,"col":"#004EA1","s":"家電の先細りに備えた住関連への拡張と、救済出資した不振子会社を迅速な意思決定のもとで立て直すための完全子会社化","x":"2021 ヤマダホールディングス 大塚家具の完全子会社化 父娘騒動で疲弊した名門家具の救済と取り込み 2019年12月に第三者割当を4,374百万円で引き受けて議決権の51.74%を取得し、2021年9月1日の株式交換で完全子会社化。2022年5月にヤマダデンキが吸収合併した 家電の先細りに備えた住関連への拡張と、救済出資した不振子会社を迅速な意思決定のもとで立て直すための完全子会社化 名門を抱えるということ この判断の核心には、家電量販という業態が単独では立ちゆかなくなるという見通しがあった。安さと量で築いた土俵がecに侵食されるなかで、ヤマダは家具・住関連という隣接領域へ踏み出し、ニトリと競合しない高級の入り口として大塚家具を選んだ。もっとも支払った額は二段階で12,024百万円にとどまり、最初の出資では受け入れた資産と負債の純額が取得原価を上回って負ののれん発生益2,721百万円が利益に立っている。救済の形をとりながら、帳簿の上では安い買い物であった。 救済型m&a・支援受け入れ 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/9843/decisions/shimachu-acquisition-2021/","t":"同業ではない新業態の取り込みによる事業領域の広がり","c":"ニトリ","y":2021,"col":"#009E95","s":"かねて検討してきたホームセンター業界への参入を、公開買付けによる島忠株77.04％の取得で果たし、家具・インテリアの外へ商品領域を拡大した買収","x":"2021 ニトリ 島忠買収でホームセンター進出 同業ではない新業態の取り込みによる事業領域の広がり 2021年1月に島忠を連結子会社としホームセンターへ進出。公開買付けで議決権77.04%を取得し取得原価1,650億円を全額現金で支払う かねて検討してきたホームセンター業界への参入を、公開買付けによる島忠株77.04%の取得で果たし、家具・インテリアの外へ商品領域を拡大した買収 参入は買収で果たせても、機能は移らなかった この判断の核心は、かねて検討してきたホームセンター業界への参入を、自力の出店ではなく1,650億円の株式取得で一度に果たした点にある。ニトリが掲げたシナジーは、商品の相互補完とpb商品の開発、物流機能の共同利用、首都圏・都心部での相互出店と、いずれも製造物流it小売業として自社が積み上げてきた機能を島忠へ移すことを前提にしていた。取得した議決権は77.04%にとどまらず、半年足らずで端数を買い取って100%まで進めており、統合の自由度を確保する意図がうかがえる。 敵対的・同意なき買収 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/1928/decisions/shareholder-proposal-2020/","t":"地面師事件の責任追及として前会長が求めた取締役11名の入れ替えを、株主総会で退けるまで","c":"積水ハウス","y":2020,"col":"#E4002B","s":"地面師事件の責任追及を掲げた前会長らの取締役11名選任の株主提案に取締役会が反対し、第69回定時株主総会で否決された","x":"2020 積水ハウス 株主提案による取締役刷新の否決 地面師事件の責任追及として前会長が求めた取締役11名の入れ替えを、株主総会で退けるまで 2020年4月の第69回定時株主総会で、前会長の和田勇氏らによる取締役11名選任の株主提案を否決。提案株主の有する議決権の数は2,162個で、会社提案の取締役12名選任は原案どおり承認可決された 地面師事件の責任追及を掲げた前会長らの取締役11名選任の株主提案に取締役会が反対し、第69回定時株主総会で否決された 前会長が問うたもの この株主提案が問うたのは、取締役の顔ぶれというより、事実をどこまで開示するかという一点であったと推察される。提案株主が掲げた三つの理由は、事件そのものの是非ではなく、調査報告書の扱いと人事・報酬諮問委員会の答申の扱いに集中している。求めたのは第三者委員会による解明であり、そのために取締役会を丸ごと入れ替えるという要求であった。議決権2,162個の提案株主が、11名の候補者を立てて総会に臨んだこと自体が、社内の手続では届かなくなったことの表れだったのだろう。 アクティビスト・株主提案対応 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/215A/decisions/logistics-shift-2020/","t":"求人主力の飲食から物流への転換と、倉庫内軽作業の開拓","c":"タイミー","y":2020,"col":"#FFC700","s":"コロナ休業で主力の飲食求人が消失し売上が3分の1へ減少するなか、プラットフォーム上で唯一伸びていた物流へ求人の主力を移行し、一年ほどで売上を回復させた事業領域の…","x":"2020 タイミー コロナで物流求人へ転換 求人主力の飲食から物流への転換と、倉庫内軽作業の開拓 2020年4月にコロナで物流求人へ転換。掲載求人の約6割を占めた飲食関連が数%まで落ち、小川嶺社長が売上3分の1から立て直した コロナ休業で主力の飲食求人が消失し売上が3分の1へ減少するなか、プラットフォーム上で唯一伸びていた物流へ求人の主力を移行し、一年ほどで売上を回復させた事業領域の転換 替えたのは業種であって、仕事の渡し方ではなかった 危機に際して素早く方向を変えた、という要約ではこの決断の芯を外す。替えたのは業種であって、仕事の渡し方ではなかった。履歴書と面接を省いて短い単位の仕事を未経験者へ渡し、その日のうちに賃金を払う——事業をこの処理で定義していたからこそ、掲載求人の6割を占めていた飲食が閉じても、同じ仕組みのまま倉庫へ運び直すことができたとみられる。皿洗いも仕分けも、渡し方の側から見れば区別がなかった。 祖業・主力事業の転換 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/2168/decisions/awaji-hq-relocation-2020/","t":"東京一極集中に背を向け、本社機能を淡路島へ移す分散への踏み切り","c":"パソナグループ","y":2020,"col":"#E50012","s":"東京への一極集中を災害リスクととらえた創業者・南部靖之氏が、本社・本部機能の一部を兵庫県淡路島へ段階的に移転すると2020年9月に発表した立地の転換。拠点分散に…","x":"2020 パソナグループ 本社機能の一部を淡路島へ移転 東京一極集中に背を向け、本社機能を淡路島へ移す分散への踏み切り 2020年9月に本社機能の一部を淡路島へ移転。南部靖之グループ代表が東京都千代田区から段階的に移行し、bcp対策と地方創生を掲げた 東京への一極集中を災害リスクととらえた創業者・南部靖之氏が、本社・本部機能の一部を兵庫県淡路島へ段階的に移転すると2020年9月に発表した立地の転換。拠点分散によるbcpと地方創生を掲げ、コロナ禍が実行を後押しした逆張りの決断 本社はどこにあるべきか この決断の核心は、財務の危機に迫られた撤退や縮小ではなく、創業者の信念に発した立地の転換にある。東京への一極集中を災害への弱さととらえる問題意識を、南部靖之氏は観光や農業の事業と受け入れ体制を先に築くかたちで形にし、コロナ禍という追い風のなかで本社・本部機能の一部を動かした。人材サービスの規模と効率を競う業界の主流から一歩外れ、雇用を生む場は地方にあるという賭けに本社・本部の機能を割いた点に、この移転のほかにない性格がある。 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/2432/decisions/mov-japantaxi-integration-2020/","t":"タクシー配車アプリ事業を吸収分割で競合へ譲渡し、承継会社を38.39％保有の持分法適用会社として残した判断","c":"DeNA","y":2020,"col":"#79C7C9","s":"3期で133億円のセグメント損失を積んだ配車アプリMOV等の事業を簡易吸収分割でJapanTaxiへ承継し、持分比率38.39％の持分法適用会社として連結から外…","x":"2020 dena mov・japantaxi統合 タクシー配車アプリ事業を吸収分割で競合へ譲渡し、承継会社を38.39%保有の持分法適用会社として残した判断 2020年2月にタクシー配車アプリ等の事業統合で基本合意。次世代タクシー配車アプリ「mov」等の事業を簡易吸収分割でjapantaxiへ承継し、持分比率38.39%の持分法適用会社とした 3期で133億円のセグメント損失を積んだ配車アプリmov等の事業を簡易吸収分割でjapantaxiへ承継し、持分比率38.39%の持分法適用会社として連結から外した選択と集中の判断 事業を手放し、持分法の一行を残す この判断は、育てた事業を勝たせることと、会社の損益を守ることのどちらを優先するかという問いに、後者で答えたものだっただろう。競合と一つになるという体裁をとりながら、渡したのは事業そのもので、受け取ったのは金銭ではなく承継会社が新たに発行する株式だった。現金が動かない代わりに、持分比率38.39%という距離が残る。連結の内側で毎期数十億円の損失として現れていたものが、持分法という一行の損益に置き換わったことが、この取引の実質だったといえる。 選択と集中 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/2484/decisions/line-capital-injection-2020/","t":"未来Fund有限責任事業組合も加えた総額300億円の資本の受け入れ","c":"出前館","y":2020,"col":"#DA3734","s":"ウーバーイーツとの店舗・利用者の獲得競争のなかで配達代行への先行投資を続ける原資を自力で賄えず、議決権の6割を対価に300億円を調達した資本政策","x":"2020 出前館 lineからの第三者割当増資 未来fund有限責任事業組合も加えた総額300億円の資本の受け入れ 2020年3月にlineからの第三者割当増資。出前館の取締役会が資本業務提携を決議し、lineと未来fundへ発行価格730円で41,096,000株を割り当て ウーバーイーツとの店舗・利用者の獲得競争のなかで配達代行への先行投資を続ける原資を自力で賄えず、議決権の6割を対価に300億円を調達した資本政策 6割を渡して買った時間 議決権の6割と引き換えに得た300億円は、2019年8月期の売上高67億円の4倍を超えていた。ウーバーイーツの提携店舗が1万7000店へ伸びて出前館の2万1000店に迫るなかで、拠点と配送員に費用を積み増す以外に首位を守る道は乏しく、営業活動によるキャッシュ・フローが98,120千円まで細った会社の自力では、その原資を作れなかった。支配を手放してでも規模を取るという中村利江社長の判断は、当時の競争条件のもとでは合理的だったと思われる。 資金調達・財務戦略 資本提携・政策保有 韓国"},{"k":"decision","u":"/tse/2503/decisions/ifp-kirin-pharma-spinoff-2020/","t":"6,000億円の自己株式取得と非中核事業売却の要求の拒否と、多角化路線の堅持","c":"キリンHD","y":2020,"col":"#F00201","s":"キリン株の約2%を持つ英運用会社IFPが、医薬・ヘルスサイエンスなど非中核事業の売却と6,000億円規模の自己株式取得、社外取締役の選任を株主提案し、多角化の是…","x":"2020 キリンhd ifpの株主提案4件の否決 6,000億円の自己株式取得と非中核事業売却の要求の拒否と、多角化路線の堅持 2020年3月27日の第181回定時株主総会で、株主提案の第6号議案から第9号議案までを否決。自己株式取得の賛成率は8.40%、取締役選任は35.62%にとどまった キリン株の約2%を持つ英運用会社ifpが、医薬・ヘルスサイエンスなど非中核事業の売却と6,000億円規模の自己株式取得、社外取締役の選任を株主提案し、多角化の是非を株主総会で問うた 二つの見取り図のあいだで この総会が問うたのは、企業価値の源泉をどこに置くかという、単純だが決着しにくい問いであった。ifpの見取り図では、キリンの価値は評価の高いビール・飲料に凝縮しており、性格の異なる医薬やヘルスサイエンスの同居はその評価を薄める要因となる。対する磯崎功典氏(社長)の見取り図では、発酵とバイオという共通の技術基盤の上に食・医・ヘルスサイエンスを並べることでこそ、酒類の成熟を超える成長が描ける。株主の多数は後者を選んだが、それは多角化が正しいと確定させたのではなく、経営陣に時間の猶予を与えた選択と思われる。 アクティビスト・株主提案対応 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/3038/decisions/divestiture-2020/","t":"外食関連11社の一括売却による、本業への経営資源の回帰","c":"神戸物産","y":2020,"col":"#00B180","s":"本業より利益率が6ポイント近く低い外食を切り離し、製販一体の業務スーパー本業へ経営資源を集中した事業売却","x":"2020 神戸物産 クックイノベンチャー売却 外食関連11社の一括売却による、本業への経営資源の回帰 2020年6月に外食関連11社を売却。沼田博和社長が本業より利益率で6ポイント低いクックイノベンチャーを経営陣へ譲渡 本業より利益率が6ポイント近く低い外食を切り離し、製販一体の業務スーパー本業へ経営資源を集中した事業売却 買収による拡大より、製造と販売の本業へ この売却の意味は、創業家の2代目が、父である創業者の広げた事業を自らの判断で畳んだ点にある。神戸物産の強さは、問屋を介さず自社の工場で作って自社の値段で売る製販一体にあった。買収で他社の外食を抱える多角化は、その強さの外側にある事業で、利益率の差がそれを数字で示していた。沼田博和社長は、規模を追って広げた事業を切り、本業の一点へ資源を戻す道を選んだ。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/3086/decisions/parco-full-subsidiary-2020/","t":"公開買付けと株式売渡請求による、親子上場という状態の解消","c":"J.フロント リテイリング","y":2020,"col":"#A31B53","s":"縮小する百貨店本業の外側にSC・不動産収益を据える多角化の総仕上げとして、上場子会社の残る持分をすべて取得し、資本関係の制約を外して百貨店とSC事業を一体運営す…","x":"2020 j.フロント リテイリング パルコを完全子会社化 公開買付けと株式売渡請求による、親子上場という状態の解消 2019年12月に公開買付けを開始し、所有持分64.98%の上場子会社パルコの残り持分を取得。590億円を払って31.45%を買い増し、株式売渡請求で100%とした 縮小する百貨店本業の外側にsc・不動産収益を据える多角化の総仕上げとして、上場子会社の残る持分をすべて取得し、資本関係の制約を外して百貨店とsc事業を一体運営する構造改革 のれんの立たない買い物 この決断の核心は、縮んでいく百貨店本業を抱えた会社が、性格の異なる成長事業をあえて資本ごと買い切った点にある。すでに64.98%を握り、連結の数字には取り込めていた相手に、なお590億円の現金を投じて100%にする——買うのは事業ではなく、少数株主が持っていた発言権そのものであった。会計上も企業結合ではなく資本取引として扱われ、のれんは1円も立っていない。対価65,494百万円と帳簿価額42,465百万円の差額23,028百万円は、資産ではなく親会社の持分の減少として処理されている。買収の成否がのれんの減損として表に出ない以上、この判断は事業の数字そのもので測るほかない。 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/3132/decisions/fuji-electronics-absorption-2020/","t":"並立していた事業会社の統合と、一つの運営体制への一本化","c":"マクニカホールディングス","y":2020,"col":"#871D97","s":"持株会社の下で並立していた二つの営業組織を1法人へ統合し、取扱メーカーと顧客名簿を一つの事業会社で運用する","x":"2020 マクニカホールディングス 富士エレクトロニクス吸収合併 並立していた事業会社の統合と、一つの運営体制への一本化 2020年10月に富士エレクトロニクスを吸収合併。マクニカ・富士エレhdの完全子会社2社が1つになり国内半導体事業を一本化 持株会社の下で並立していた二つの営業組織を1法人へ統合し、取扱メーカーと顧客名簿を一つの事業会社で運用する 対等の看板を下ろすまでの5年半 2015年の共同株式移転は、相手の顧客名簿とそれを持つ人を失わずに取り込むための形であったとみられる。であればこの合併は、その形をいつ畳むかという判断にあたる。畳むのが早すぎれば、統合を受け入れた側の営業が離れて取りに行った価値が消える。遅すぎれば、二重の管理費と二つの名簿を抱えたまま半導体の波に乗り遅れる。原一将社長が社長就任の半年後に合併を発表し、実行を2020年10月に置いた時期の選び方には、その両側を見た跡がうかがえる。 pmi・買収後統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/3302/decisions/avi-crossholding-2020/","t":"増配・自社株買いと、ヒューリック政策保有株の売却を迫る要求","c":"帝国繊維","y":2020,"col":"#2F5E95","s":"現預金と有価証券に偏った資産構成、とりわけ本業と無縁なヒューリック政策保有株の売却と株主還元を、物言う株主が総会提案で迫った資本配分の攻防","x":"2020 帝国繊維 aviが株主提案 増配・自社株買いと、ヒューリック政策保有株の売却を迫る要求 2020年1月にaviが株主提案。英アセット・バリュー・インベスターズが1株76円への増配と20億円の自社株買いを求める 現預金と有価証券に偏った資産構成、とりわけ本業と無縁なヒューリック政策保有株の売却と株主還元を、物言う株主が総会提案で迫った資本配分の攻防 割安持株会社の資本配分という問い この攻防の中心にあるのは、本業で堅実に稼ぐ会社が、その利益をどこに置くべきかという問いである。帝国繊維は消防用ホースと防災という手堅い事業を持ちながら、稼いだ資金の相当部分を現預金とヒューリック株という金融資産にとどめてきた。物言う株主が突いたのは、事業の相乗効果を説明できない株を総資産の3割抱えたまま資本効率を語れるのか、という一点にあっただろう。芙蓉グループ系の持ち合いに守られた資本構成が、その問いへの回答を先送りする土台になっていた。 アクティビスト・株主提案対応 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/3382/decisions/speedway-acquisition-2020/","t":"取得原価2兆3,325億円を投じた北米コンビニ事業の規模拡大","c":"セブン&アイHD","y":2020,"col":"#EF8203","s":"北米市場のコンビニエンスストア事業をグループ全体の成長ドライバーと位置付け、子会社7-Eleven, Inc.を通じて米マラソン・ペトロリアムのコンビニ併設ガソ…","x":"2020 セブン&アイhd 米スピードウェイ買収 取得原価2兆3,325億円を投じた北米コンビニ事業の規模拡大 2020年8月に米マラソン・ペトロリアムとスピードウェイ事業の取得契約を締結。2021年5月14日に取得を完了し、取得原価は2兆3,325億円となった 北米市場のコンビニエンスストア事業をグループ全体の成長ドライバーと位置付け、子会社7-eleven, inc.を通じて米マラソン・ペトロリアムのコンビニ併設ガソリンスタンド事業を取得原価2兆3,325億円で取得した判断 買収する側の決断が、買収される側の輪郭を描いた この判断の核心は、価格の高さを承知のうえで、国内の成熟から北米の成長へと収益源を移し替えた点にあるのだろう。取得原価2兆3,325億円に対して受け入れた資産は1兆1,909億円、引き受けた負債は2,155億円であり、差額の大半がのれんとして残った。のれんの発生原因は今後の事業展開によって期待される将来の超過収益力であり、償却期間は20年と定められた。買収の是非は、この超過収益力が20年にわたって償却負担を上回り続けるかどうかに帰着する。海外コンビニエンスストア事業の営業収益は通年で連結した2023年2月期に8兆8,433億円へ達したが、その利益のどこまでが統合の実力で、どこからが燃料市況の産物かは、決算のたびに問われ続けている。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3391/decisions/president-transition-pb-pivot-2020/","t":"グループ共通のプライベートブランドと商品調達の統合による、事業会社の強みとの両立","c":"ツルハホールディングス","y":2020,"col":"#E50012","s":"グループ共通のプライベートブランドと商品調達の統合でスケールメリットを引き出しつつ、店舗名と営業施策は各社に残す、事業会社の強みとの両立を掲げた経営判断","x":"2020 ツルハホールディングス グループシナジー路線へ転換 グループ共通のプライベートブランドと商品調達の統合による、事業会社の強みとの両立 2020年6月に鶴羽順氏が社長に就任し、前任の堀川政司氏は同年6月2日付で取締役を退任した。2024年5月期に売上高1兆円・3,000店舗を掲げ、共通pb「くらしリズム」を700skuへ拡充する方針を示した グループ共通のプライベートブランドと商品調達の統合でスケールメリットを引き出しつつ、店舗名と営業施策は各社に残す、事業会社の強みとの両立を掲げた経営判断 拡大した規模を、どう一体で収益に変えるか この判断の芯は、外へ広げる成長を否定せずに、その中身を入れ替えた点にある。掲げたのは「事業会社の強みとグループシナジーの両立」であって、買収した各社を一色に染めることではない。店舗名も営業施策も各社に残したまま、商品調達と共通プライベートブランドという、店頭から見えにくいところだけを集約する。20年かけて磨いた買収の型はそのままに、統括する層を一段だけ足す——創業家出身の社長が最初に手を入れたのが、自分の家業が積み上げてきた成功の型の、その裏側だったことは示唆的だと思われる。 ブランド・マーケティング pmi・買収後統合 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/3769/decisions/macrokiosk-exit-2020/","t":"マレーシアで抱えた子会社の全株式譲渡と海外事業の整理","c":"GMOペイメントゲートウェイ","y":2020,"col":"#005BAC","s":"買収時の中期計画に届かず資産を全額減損した海外子会社を、債権放棄を付して創業者側へ戻し、連結から外した判断","x":"2020 gmoペイメントゲートウェイ macrokioskからの撤退 マレーシアで抱えた子会社の全株式譲渡と海外事業の整理 2020年4月にmacrokioskの全株式を譲渡。gmoペイメントゲートウェイが2016年8月に議決権70.0%を取得したマレーシア子会社から退いた 買収時の中期計画に届かず資産を全額減損した海外子会社を、債権放棄を付して創業者側へ戻し、連結から外した判断 取得した値段と、返した条件 数字だけを並べると、支出の全体像が見える。2016年に議決権70.0%へ支払った約1,121百万円、2019年9月期の減損992,503千円、2020年9月期の追加減損115,793千円と売却損172,466千円、そして貸付金・未収利息の約10億円の債権放棄。取得した持ち分の対価より、その後に貸して手放した資金のほうが大きい。ems事業とキャリア課金という、日本国内で積み上げてきたカード決済の処理とは技術も規制も異なる商売を、70%の持ち分と派遣取締役で動かす設計であった。 海外撤退・縮小 事業売却・撤退 pmi・買収後統合 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/4004/decisions/showa-denko-hitachi-chemical-2020/","t":"自社より大きい相手を取り込み、レゾナックが生まれる（2020年成立）","c":"レゾナックHD","y":2020,"col":"#00A5C0","s":"2019年12月18日、昭和電工が日立製作所の上場子会社・日立化成を1株4,630円の公開買付けで完全子会社化すると決め、2020年4月28日に支配を獲得した案…","x":"2020 レゾナックhd 日立化成の買収 自社より大きい相手を取り込み、レゾナックが生まれる(2020年成立) 2019年12月に日立化成の買収。1株4,630円の公開買付けで完全子会社化し、取得原価9,640億円で半導体・電子材料を取り込む 2019年12月18日、昭和電工が日立製作所の上場子会社・日立化成を1株4,630円の公開買付けで完全子会社化すると決め、2020年4月28日に支配を獲得した案件。取得原価は9,640億円で、半導体・電子材料を一気に取り込んだ。半導体・電子材料セグメントは2024年下期にebitdaマージン30%程度へ届き、買った事業のうち自動車成形部材は2025年に譲渡が決まった。 「小が大を飲む」買収が残したもの 昭和電工による日立化成の買収は、二つの大きな潮流が交差した案件として読み解ける。一つは、日立製作所に代表される日本の大企業が、上場子会社という独特の構造を解消し、選択と集中とコーポレートガバナンスの両面から事業を組み替えていく流れである。御三家と呼ばれた中核子会社さえ売却対象となったことは、親会社と少数株主の間に利益相反を抱える上場子会社のあり方が、もはや維持しがたくなっていたことを物語る。もう一つは、景気変動に左右されやすい総合化学が、半導体・電子材料という高付加価値領域へ軸足を移そうとする業界再編の流れである。日立化成は、その双方の思惑が出会う格好の対象であった。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4061/decisions/healthcare-covid-testkit-2020/","t":"デンカ生研の本体統合による検査試薬の内製化","c":"デンカ","y":2020,"col":"#053E8A","s":"新型コロナウイルスのパンデミックという外部衝撃を受け、傍流だったヘルスケアの技術を、検査キットの量産へ着手して事業戦略の中心へ引き上げ、スペシャリティ化の柱に据…","x":"2020 デンカ コロナ検査キットの量産化 デンカ生研の本体統合による検査試薬の内製化 2020年4月にコロナ検査キットの量産化。デンカが子会社デンカ生研を吸収合併してライフイノベーション事業へ統合し、山本学社長が1年以内の量産を宣言 新型コロナウイルスのパンデミックという外部衝撃を受け、傍流だったヘルスケアの技術を、検査キットの量産へ着手して事業戦略の中心へ引き上げ、スペシャリティ化の柱に据えた判断 偶然の系譜と外部衝撃 この判断の核心には、素材総合化学という本業の傍らで細く保たれてきた医薬の系譜がある。1979年の小さな子会社買収に始まる診断・バイオの積み重ねは、長らく事業の中核から外れた位置に置かれてきた。そこへ新型コロナという外部からの衝撃が加わり、検査キットの量産という具体的な目標を通じて、傍流が一気に事業戦略の中心へ引き上げられた。好調な本業の延長として選び取ったのではなく、パンデミックという不意の圧力が事業の主軸を動かした点に、この転換の性格がうかがえる。 外的危機への対応 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4217/decisions/showa-denko-tob-2020/","t":"1株4,630円の公開買付けへの賛同と、東証1部上場の廃止","c":"日立化成","y":2020,"col":"#CC0000","s":"親会社・日立製作所が保有株の全部を公開買付けに応募する契約を締結したのを受け、日立化成の取締役会は買付けへの賛同と応募推奨を決議した。自主独立の材料メーカーから…","x":"2020 日立化成 昭和電工がtobで買収 1株4,630円の公開買付けへの賛同と、東証1部上場の廃止 2019年12月に取締役会が昭和電工側の公開買付けに賛同。1株4,630円で議決権の87.61%が応募し、2020年6月19日に東証1部を上場廃止した 親会社・日立製作所が保有株の全部を公開買付けに応募する契約を締結したのを受け、日立化成の取締役会は買付けへの賛同と応募推奨を決議した。自主独立の材料メーカーから化学専業の完全子会社となり、上場を廃止した 誰の判断だったのか 日立化成は議決権の51.4%という距離のもとで経営を任され、グループ外へ材料を売る自主独立の会社として歩んできた。その独立性ごと化学専業の傘下へ移った点に、この取引が親会社の資本政策に主導された性格が表れている。昭和電工と公開買付応募契約を締結したのは日立製作所であり、日立化成の取締役会が決議したのは、開始された買付けに賛同し株主へ応募を推奨することであった。売る相手を先に決めたのは日立化成ではない。 上場廃止・親子上場解消 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/4310/decisions/founder-succession-2020/","t":"創業者と2代目社長の同時退任と、原田・三宅・細野による並立体制の発足","c":"ドリームインキュベータ","y":2020,"col":"#009BDA","s":"創業者と2代目社長が同時に退き、社内育ちの3氏へ代表権を分散した創業20年目の世代交代","x":"2020 ドリームインキュベータ 原田哲郎氏がceo就任 創業者と2代目社長の同時退任と、原田・三宅・細野による並立体制の発足 2020年6月29日の第20回定時株主総会で3代表制へ移行。創業者の堀紘一氏と2代目の山川隆義氏が退任し、原田哲郎氏を代表取締役ceo、三宅孝之氏と細野恭平氏を代表取締役cooに据えた 創業者と2代目社長が同時に退き、社内育ちの3氏へ代表権を分散した創業20年目の世代交代 制約としての創業者 山川隆義氏が退任の理由に挙げたのは、後継者が育ったことではなく、自分と堀紘一氏が残る限り社員の頭のなかが延長線上から動かないという見立てであった。創業者と2代目社長が、自分たちの存在そのものを社内の制約とみなした説明であった。20年かけてもビジネスプロデュースを世の中に浸透させられなかったという自己評価と、この説明は対になっている。一度は継続と開示した取締役会が方針を翻せたのも、上場時を下回る株価という実績が当事者に反論の余地を残さなかったからなのだろう。 トップ交代・承継 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4502/decisions/otc-divestiture-2020/","t":"創業以来の一般用医薬品事業を投資ファンドへ手放す選択","c":"武田薬品工業","y":2020,"col":"#E1242A","s":"Shire買収で膨らんだ有利子負債を圧縮するため、看板の大衆薬アリナミンを含む武田コンシューマーヘルスケアをブラックストーンへ企業価値2,420億円で売却し、医…","x":"2020 武田薬品工業 大衆薬をブラックストーンへ売却 創業以来の一般用医薬品事業を投資ファンドへ手放す選択 2020年8月に大衆薬をブラックストーンへ売却。ビタミン剤アリナミンを抱える武田コンシューマーヘルスケアを企業価値2,420億円で譲渡 shire買収で膨らんだ有利子負債を圧縮するため、看板の大衆薬アリナミンを含む武田コンシューマーヘルスケアをブラックストーンへ企業価値2,420億円で売却し、医療用医薬品へ集中する処方薬企業へ収斂した事業売却 買収で規模を追い、看板事業を売却する経営の代償 この売却の芯は、財務の立て直しと事業の絞り込みという二つの目的を、一つの取引で同時に果たした点にある。shire買収で世界トップ10へ規模を伸ばした武田は、その代償として重い負債を抱え、返済の原資を非中核事業の売却に求めた。売られたのが創業以来の看板アリナミンだった事実は、買収で広げた事業を、買収で膨らんだ負債で圧縮するという、規模拡大の裏側を映す。武田国男氏が四半世紀前に始めた選択と集中は、大衆薬の手放しをもって一つの区切りを迎えた。 事業売却・撤退 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/4516/decisions/viltepso-us-direct-sales-2020/","t":"国産初のアンチセンス核酸医薬の承認取得と、提携に頼らない自社販売","c":"日本新薬","y":2020,"col":"#023F73","s":"患者数が極めて限られるデュシェンヌ型筋ジストロフィーでは、届け先が専門の医療機関・患者団体・保険者に集約されるため、導出先に頼らず米国子会社を販売会社へ改組して…","x":"2020 日本新薬 ビルテプソの米国直販開始 国産初のアンチセンス核酸医薬の承認取得と、提携に頼らない自社販売 2020年8月にビルテプソの米国直販開始。デュシェンヌ型筋ジストロフィー治療剤がfdaの迅速承認を得て、子会社ns pharmaを販売会社へ 患者数が極めて限られるデュシェンヌ型筋ジストロフィーでは、届け先が専門の医療機関・患者団体・保険者に集約されるため、導出先に頼らず米国子会社を販売会社へ改組して自ら販売する体制を組んだ判断 相手が数えられるなら、自分で立てる セレキシパグでは日本以外の全世界を渡した会社が、ビルテプソでは米国に自社の人員を置いて売った。同じ難病領域で正反対の届け方を選べたのは、届け先の輪郭が違ったからなのだろう。エクソン53の変異を持つ患者は、専門の医療機関と患者団体、保険者という数えられる相手に集約される。広い営業網を持たない中堅でも、相手が数えられるなら自分で立てる——2024年度に米国売上が国内の3.7倍へ届いた事実は、その読みが外れていなかったことを示している。 海外進出・現地生産 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5108/decisions/portfolio-reform-2020/","t":"非タイヤ・非中核事業の一斉売却とタイヤ×ソリューションへの資源集中","c":"ブリヂストン","y":2020,"col":"#FE0000","s":"タイヤの成熟と低収益を受け、非タイヤ・非中核事業を相次いで売却し、タイヤとソリューションへ資源を集中した面的なポートフォリオ改革","x":"2020 ブリヂストン 非タイヤ事業の切り離し 非タイヤ・非中核事業の一斉売却とタイヤ×ソリューションへの資源集中 2020年4月の取締役会で中長期事業戦略を決定し、化工品・多角化事業を相次いで手放した。米国建築資材事業の売却益は3,035億円、防振ゴムと化成品ソリューションは安徽中鼎控股とエンデバー・ユナイテッドへ譲渡した タイヤの成熟と低収益を受け、非タイヤ・非中核事業を相次いで売却し、タイヤとソリューションへ資源を集中した面的なポートフォリオ改革 規模より、どの事業構成で強みを活かすか この改革の核心は、財務の危機に追われた縮小ではなく、成功体験として抱えてきた事業を自ら手放した点にある。1988年の米ファイアストン買収以来、ブリヂストンは事業を買い、広げることで世界大手の座を保ってきた。石橋秀一氏はその蓄積の一部を、タイヤとソリューションという二本へ絞るために売った。roicを最重要指標に据えたことが、その筋道を通している。資本効率で測れば、屋根材で稼ぐ3,000億円の収益も、タイヤに投じるべき資本を占める事業でしかない。買って広げる経営から、売って絞る経営への転換だった。 選択と集中 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/5631/decisions/material-business-spinoff-2020/","t":"素形材・エネルギー事業の切り出しと、6年後の本体への吸収合併","c":"日本製鋼所","y":2020,"col":"#00A291","s":"福島第一原子力発電所の事故後に原子力・火力向け部材の市場が縮小し、風力発電機器の不具合と室蘭製作所の減損で三期連続赤字に陥ったことを受け、素形材事業を別法人へ切…","x":"2020 日本製鋼所 日鋼mecへ吸収分割 素形材・エネルギー事業の切り出しと、6年後の本体への吸収合併 2020年4月に日鋼mecへ吸収分割。素形材・エネルギー事業と風力発電機器の保守技術部門を全額出資子会社へ承継させた 福島第一原子力発電所の事故後に原子力・火力向け部材の市場が縮小し、風力発電機器の不具合と室蘭製作所の減損で三期連続赤字に陥ったことを受け、素形材事業を別法人へ切り出して単体で黒字化させ、達成後に本体へ戻した組織再編 組織の形は、事業の状態に従う 2020年の分社は、赤字事業を連結から遠ざける処理ではなかった。承継先は全額出資の子会社で、会計上も共通支配下の取引として処理されており、連結の売上高も資産も動いていない。1986年から1998年まで累計900名の人員を削減してもなお構造赤字が残った室蘭に対し、人を減らす以外の手を探した結果が、製造・検査・保全の機能を一つの会社に集約して単体の決算で責任を負わせる形だったとみられる。提出会社の従業員は496名減ったが、その全員が出向者としてm&eへ移っている。 分社・スピンオフ・子会社上場 選択と集中 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/5711/decisions/portfolio-optimization-2020/","t":"中期経営戦略の策定と、それにもとづく事業構成の組み替え","c":"三菱マテリアル","y":2020,"col":"#EF0041","s":"品質不正で露呈した統制力の限界と収益性のばらつきを受け、資本効率と管理可能性を軸に事業構成を選別し直した経営機構・事業ポートフォリオの刷新","x":"2020 三菱マテリアル 超硬の取得とアルミの譲渡 中期経営戦略の策定と、それにもとづく事業構成の組み替え 2020年3月に事業ポートフォリオ入替。小野直樹社長のもとで2020〜2022年度の中期経営戦略を定め、注力事業への集中と不採算事業の売却へ 品質不正で露呈した統制力の限界と収益性のばらつきを受け、資本効率と管理可能性を軸に事業構成を選別し直した経営機構・事業ポートフォリオの刷新 規模より、どの事業構成で強みを生かすか この経営判断の核心は、個別の売却や買収の巧拙ではなく、事業を評価する物差しそのものを組み替えた点にある。1990年の合併以来、三菱マテリアルは\"規模の拡大\"を掲げて総合素材メーカーへと事業を広げてきたが、その拡大は、資源市況に揺れる収益と、末端まで及ばない統制という二つのひずみを同時に育てていた。品質不正はそのひずみを外部へ突きつけた危機であり、中期経営戦略はこれを機に、規模ではなく資本効率と管理可能性で事業を選び直す方針へと転換したものと思われる。危機が改革の触媒となった点で、不祥事対応と成長戦略が分かちがたく結びついた判断であった。 選択と集中 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/6501/decisions/abb-power-grids-2020/","t":"送配電の世界最大手の買収と、エネルギーの柱の火力からの入れ替え","c":"日立製作所","y":2020,"col":"#C60202","s":"火力を畳んで送配電を主力に据えるため、ABBのパワーグリッド事業を722,062百万円で取得し世界市場での地歩を短期間で確保した海外大型買収","x":"2020 日立製作所 abbパワーグリッド買収 送配電の世界最大手の買収と、エネルギーの柱の火力からの入れ替え 2018年12月にスイスabb社と契約し、2020年7月にパワーグリッド事業の80.1%を722,062百万円で取得。のれん448,977百万円を計上し、2022年12月に完全子会社化した 火力を畳んで送配電を主力に据えるため、abbのパワーグリッド事業を722,062百万円で取得し世界市場での地歩を短期間で確保した海外大型買収 火力を畳んでグリッド事業を買収するという選択 この買収で買ったのは工場でも技術でもなく、送配電という市場に世界規模で立つ位置そのものだった。取得原価7,220億円に対し、受け入れた有形固定資産は2,392億円にとどまり、残りはのれんと顧客関係・技術・受注残といった目に見えない資産に配分されている。祖業に連なる火力を畳む判断と、脱炭素で伸びる送配電を取りに行く判断が同じ数年のあいだに表裏で進んだ点に、選択と集中を平常運転に変えた日立の経営がうかがえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 祖業・主力事業の転換 グローバル経営体制 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6501/decisions/thermal-power-exit-2020/","t":"合弁関係の清算と、火力発電事業からの全面撤退","c":"日立製作所","y":2020,"col":"#C60202","s":"合弁へ移管した南アフリカ火力案件の譲渡価格調整金をめぐる仲裁を和解で決着させ、合弁株式の全部を三菱重工業へ譲渡して火力発電から撤退した判断","x":"2020 日立製作所 三菱日立パワーシステムズ解消 合弁関係の清算と、火力発電事業からの全面撤退 2019年12月に三菱重工業と和解し、三菱日立パワーシステムズの全普通株式を譲渡。南アフリカのボイラ建設をめぐる仲裁を終え、和解に伴う損失375,967百万円を計上した 合弁へ移管した南アフリカ火力案件の譲渡価格調整金をめぐる仲裁を和解で決着させ、合弁株式の全部を三菱重工業へ譲渡して火力発電から撤退した判断 合弁というリスク分担の残したもの この判断の核心は、財務上の損失処理であると同時に、合弁というリスク分担の形そのものを問い直した点にあるとみられる。単独で受注した案件を合弁へ持ち込めば、損失が生じたときに責任の所在が曖昧になりやすい。分割効力発生日より前の事象は日立が、以降の事業遂行は合弁が持つという線引きは、契約の文面としては明快でも、工程の遅れが何に起因するかを事後に切り分ける作業を残していた。和解に伴う損失375,967百万円という代償は、その構造から生じた面が小さくないと推察される。 事業売却・撤退 アフリカ"},{"k":"decision","u":"/tse/6544/decisions/regional-rollup-2020/","t":"地域保守会社の連続買収と吸収合併による全国保守網の構築","c":"ジャパンエレベーターサービスホールディングス","y":2020,"col":"#83B63F","s":"設置台数が頭打ちの国内保守市場で、自社営業だけでは埋まらない地域を地場業者の買収で補い、既存の地域事業子会社へ統合して保守契約台数を積み上げる戦略","x":"2020 ジャパンエレベーターサービスホールディングス セイコーエレベーター子会社化 地域保守会社の連続買収と吸収合併による全国保守網の構築 2020年4月にセイコーエレベーターを子会社にした。地域の保守会社を年に数社の速さで買収し、2015年に設立した事業子会社へ吸収合併 設置台数が頭打ちの国内保守市場で、自社営業だけでは埋まらない地域を地場業者の買収で補い、既存の地域事業子会社へ統合して保守契約台数を積み上げる戦略 台数を取得し、会社は畳む 同社が持株会社へ移り、北海道から東海まで地域ごとの事業子会社を設立したのは、最初の買収より5年早い2015年4月であった。受け皿を先に用意していたからこそ、セイコーエレベーターも昌和輸送機東北も、既存子会社の営業区域へそのまま載せられた。石田克史会長ceoが集めていたのは会社ではなく、保守契約台数とそれを回す技術者であったと推察される。 連続買収・ロールアップ pmi・買収後統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/6758/decisions/sony-financial-subsidiary-2020/","t":"3,967億円を投じた公開買付けによる上場子会社の取り込み","c":"ソニー","y":2020,"col":"#003366","s":"物言う株主が迫る金融分離を退け、コア事業と位置づけた金融子会社に3,967億円を投じて完全子会社化した資本再編。親子上場の構図を解消し、グループ本社体制と社名変…","x":"2020 ソニー フィナンシャルhdを完全子会社化 3,967億円を投じた公開買付けによる上場子会社の取り込み 2020年5月にソニーフィナンシャルホールディングスの完全子会社化を決議。1株2,600円の公開買付けを経て、9月に3,967億円で全株式と新株予約権を取得した 物言う株主が迫る金融分離を退け、コア事業と位置づけた金融子会社に3,967億円を投じて完全子会社化した資本再編。親子上場の構図を解消し、グループ本社体制と社名変更へ連なる一手。 3,967億円を払って、自己資本が増えた この取引は買収の形をとりながら、会計上は何も買っていない。支配はすでにあり、動いたのは持分の内訳だけである。だから帳簿にのれんは立たず、代わりに資本剰余金が1,955億円増えた。3,967億円を払って自己資本が増えるという逆説は、市場がsfhの少数株主持分を、ソニーの帳簿が抱えていた簿価より安く値付けしていたことの裏返しでもある。コロナ禍で沈んだ相場に1株2,600円という価格を置いた判断は、そういう意味では買い手として理に適っていたと推察される。 上場廃止・親子上場解消 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/6902/decisions/fuel-pump-recall-2020/","t":"樹脂製インペラの不具合による回収と、2,297億円の製品保証引当金繰入","c":"デンソー","y":2020,"col":"#DC0032","s":"樹脂製インペラの成形不良による燃料ポンプの大規模リコールに、回収・完成車メーカーへの賠償・製品保証引当金の計上で応じた危機対応。2020年3月期に2,297億円…","x":"2020 デンソー 燃料ポンプ大規模リコール 樹脂製インペラの不具合による回収と、2,297億円の製品保証引当金繰入 2020年3月に燃料ポンプの大規模リコールへ。樹脂製インペラの不具合を受けて2020年3月期に製品保証引当金へ2,297億円を繰り入れ、日本セグメントは888億円の損失に転じた 樹脂製インペラの成形不良による燃料ポンプの大規模リコールに、回収・完成車メーカーへの賠償・製品保証引当金の計上で応じた危機対応。2020年3月期に2,297億円を繰り入れ、日本セグメントは888億円の損失に転じた 一部品の欠陥が完成車全体に及ぶtier1の品質責任 この危機が示したのは、tier1部品メーカーが負う品質責任の重さである。デンソーが供給する燃料ポンプは、一台の完成車の中では小さな部品にすぎない。しかし同じ部品が数百万台の車に組み込まれていたために、樹脂製インペラという一点の不具合が、複数の完成車メーカーの車両を走行不能にしかねない全社規模の問題へ拡大した。系列や企業の境界を越えて同じ部品が広く使われるほど、その一点の欠陥は連鎖して波及する。有馬浩二社長が株主の前で謝罪する事態を招いた背景には、部品の共通化と量産が生む、この構造的なリスクがあった。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/7011/decisions/mhps-dissolution-2020/","t":"火力発電事業の合弁からの離脱と、単独運営への切り替え","c":"三菱重工業","y":2020,"col":"#E83C3E","s":"南アフリカ火力発電プロジェクトの損失負担（譲渡価格調整金の支払い条件）をめぐる係争が決着せず、和解で日立が持分全株式を譲渡して合弁を解消した","x":"2020 三菱重工業 三菱日立パワー合弁を解消 火力発電事業の合弁からの離脱と、単独運営への切り替え 2019年12月18日の和解で日立が三菱日立パワーシステムズ株式35%の全部と現金2,000億円を引き渡し、2020年9月1日に完全子会社化。同日に三菱パワーへ商号を変更した 南アフリカ火力発電プロジェクトの損失負担(譲渡価格調整金の支払い条件)をめぐる係争が決着せず、和解で日立が持分全株式を譲渡して合弁を解消した 条件面の溝が合弁を解く mhpsの解消は、シナジーや市場シェアといった統合の\"成果\"よりも、引き継いだ過去の損失をどちらがどこまで負うのかという\"条件面\"が、合弁の存続を左右しうることを示している。分割効力発生日に遡って工程と収支見積りを精緻化し、最終譲渡価格と暫定価格の差額を調整する——譲渡契約に置かれたこの一文が、約7,743億円の支払いを求める仲裁申立てにまで膨らんだ。発足時に仕掛かり案件のリスク分担を詰め切らないまま統合に踏み切れば、想定を超える損失が顕在化したとき、親会社同士の利害は鋭く対立する。合弁という枠組みの強さは、好調期ではなく、想定外の損失に直面したときに試されるのだろう。 資本提携・政策保有 破談・撤回 アフリカ"},{"k":"decision","u":"/tse/7211/decisions/southeast-asia-pivot-2020/","t":"全方位の拡大路線を捨て、欧州縮小とパジェロ生産終了に踏み込んだコロナ危機下の構造改革","c":"三菱自動車","y":2020,"col":"#EC0100","s":"拡大戦略の不振に新型コロナによる販売激減が重なり最終赤字に陥ったため、固定費を圧縮し欧州から退いて東南アジアへ資源を集中する構造改革","x":"2020 三菱自動車 東南アジア集中への転換 全方位の拡大路線を捨て、欧州縮小とパジェロ生産終了に踏み込んだコロナ危機下の構造改革 2020年7月に欧州での新車開発を凍結すると発表。中期経営計画small but beautifulで東南アジアへ資源を集中する 拡大戦略の不振に新型コロナによる販売激減が重なり最終赤字に陥ったため、固定費を圧縮し欧州から退いて東南アジアへ資源を集中する構造改革 規模を追わない選択の重さ この判断の中心にあるのは、規模の拡大そのものを目的にしてしまった前戦略への反省である。日産傘下で全市場のシェアを追った数年間は、台数こそ増えたものの利益を伴わず、固定費だけが会社に残った。コロナ危機はその矛盾を一気に表面化させ、稼げない欧州から退いて稼げる東南アジアに寄せるという選択は、限られた体力の小規模メーカーにとって理にかなった整理であっただろう。看板車種のパジェロを手放してまで生産能力を削った点に、拡大路線と決別する意思の強さがうかがえる。 リストラ・構造改革 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7404/decisions/takeover-bain-2020/","t":"三井E&Sホールディングス保有株の手放しと、公開買付けを経た上場廃止","c":"昭和飛行機工業","y":2020,"col":"#00365E","s":"海外火力発電工事の損失で3期連続赤字となった親会社が、期末までの資産売却を急ぐなかで非中核の上場子会社を投資ファンドへ売却し、公開買付けによる非公開化に至った","x":"2020 昭和飛行機工業 ベインキャピタル傘下入り 三井e&sホールディングス保有株の手放しと、公開買付けを経た上場廃止 2020年1月に米ベインキャピタルへ売却。三井e&sホールディングスが持つ65.6%を含む全株式を約455億円で譲渡した 海外火力発電工事の損失で3期連続赤字となった親会社が、期末までの資産売却を急ぐなかで非中核の上場子会社を投資ファンドへ売却し、公開買付けによる非公開化に至った 事業として値を付けた売り手と、土地として値を付けた買い手 簿価約88億円のゴルフ場とホテルは、1年後に1,256億円と推定される額で動いた。この開きは、同じ会社を売り手と買い手が別の物差しで測っていたことを示している。三井e&sホールディングスにとって昭和飛行機工業は、売上254億円・経常利益22億円の非中核事業であり、3期連続赤字と約700億円の資産売却という制約のなかで455億円を受け取る判断には、当時なりの理屈があった。ベインキャピタルが値を付けたのは、その事業ではなく、事業が乗っている昭島の土地であった。 外資傘下入り・対内m&a 上場廃止・親子上場解消 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7564/decisions/workman-joshi-2020/","t":"一般女性・非職人客に向けた新業態の立ち上げと客層の拡張","c":"ワークマン","y":2020,"col":"#FFA902","s":"作業着市場の先細りとWORKMAN Plusで進んだ一般客開拓を受け、作業着を扱わない女性客特化の専用業態を立ち上げ、次の成長軸の確立を狙った新規事業判断","x":"2020 ワークマン ワークマン女子の展開 一般女性・非職人客に向けた新業態の立ち上げと客層の拡張 2020年10月にワークマン女子の1号店を開設。作業着を扱わず一般女性客に特化した新業態を横浜に構え、デザインを前面に出した 作業着市場の先細りとworkman plusで進んだ一般客開拓を受け、作業着を扱わない女性客特化の専用業態を立ち上げ、次の成長軸の確立を狙った新規事業判断 職人の店を脇に置く決断 #ワークマン女子は、商品を変えずに客層を広げたworkman plusの延長ではなく、作業着そのものを店から外すという一段深い決断であっただろう。職人という強固な基盤を持つ企業が、その資産をいったん脇に置いた売り場を作った意味は小さくない。一方で高機能という同社最大の武器が、デザインで買うアパレルの世界ではかえって制約になった構図もうかがえる。 販路・チャネル転換 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/7716/decisions/overseas-ma-shift-2020/","t":"成長戦略を自力開発から海外M&Aへ切り替える方針の転換","c":"ナカニシ","y":2020,"col":"#0D295D","s":"回転機器の一点特化と直販で高収益ニッチを築いたナカニシが、成長の天井を越えるため自力開発から海外企業の買収へと成長の主力手段を切り替え、DCI・工業用スピンドル…","x":"2020 ナカニシ 米dci社の子会社化 成長戦略を自力開発から海外m&aへ切り替える方針の転換 2020年10月に米dciインターナショナルの親会社へ33%出資。2023年8月に残る51%を取得して完全子会社化し、のれん20,001百万円を計上した 回転機器の一点特化と直販で高収益ニッチを築いたナカニシが、成長の天井を越えるため自力開発から海外企業の買収へと成長の主力手段を切り替え、dci・工業用スピンドル・低価格帯歯科を相次いで取り込んで事業領域を拡張した成長戦略の転換 買収で得た成長と、築いた高収益 この転換は、自力開発の会社がm&aに手を出したという一言では捉えきれない。ナカニシが選んだのは、回転機器の一点で世界2位・利益率30%超まで築いた強みを、そのまま別の製品群へ広げる道であった。dciの歯科治療台も、イエガーの工業用スピンドルも、refineの低価格帯歯科も、いずれも回転機器の販売網と顧客基盤の上に載せられる隣接領域である。飛び地へ多角化するのではなく、既存の販路に事業を積み増す買収を重ねた点に、この戦略の芯があると思われる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開 グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/7733/decisions/camera-business-divestiture-2020/","t":"祖業であるカメラからの撤退と、映像事業の外部への切り出し","c":"オリンパス","y":2020,"col":"#001878","s":"スマートフォンの普及でデジタルカメラ市場が縮み3期連続営業赤字となった映像事業（カメラ）を、医療機器への集中のため日本産業パートナーズ（JIP）へ譲渡した判断。…","x":"2020 オリンパス 日本産業パートナーズへ譲渡 祖業であるカメラからの撤退と、映像事業の外部への切り出し 2020年9月に映像事業を日本産業パートナーズへ譲渡。3期連続の営業赤字となったカメラを切り離し、2021年1月にjipへ引き渡した スマートフォンの普及でデジタルカメラ市場が縮み3期連続営業赤字となった映像事業(カメラ)を、医療機器への集中のため日本産業パートナーズ(jip)へ譲渡した判断。2020年6月に意向確認書、9月30日に譲渡契約へ合意し、2021年1月1日に手続きを完了。新会社omデジタルソリューションズが「オリンパス・ペン」やom-dのブランドを継承した。1936年に始まった84年余りの映像事業から退き、2023年の科学事業(エビデント)売却へと続く選択と集中の第一歩となった 祖業と収益の相克 オリンパスは1919年に顕微鏡メーカーの高千穂製作所として出発し、カメラで世界に名を広げ、内視鏡で医療の領域に深く根を下ろしてきた。映像事業の譲渡は、この歩みのなかで築いた三つの柱のうち、最も広く消費者に知られた一つを手放す選択だった。\"オリンパス・ペン\"やom-dは、収益では医療事業に遠く及ばないものの、ブランドとしての価値は大きい。竹内康雄社長の\"選択と集中\"は、情緒的な看板よりも、営業利益の9割以上を稼ぐ事業構造を優先する判断であった。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7744/decisions/portfolio-exit-2020/","t":"買収した医療・シニア・農業事業の連続譲渡と、製造事業への集約","c":"ノーリツ鋼機","y":2020,"col":"#E60028","s":"相乗効果の薄い事業群を売却し、製造業に収益源を集約してグループの管理範囲を縮小した判断","x":"2020 ノーリツ鋼機 ハルメクhdを譲渡 買収した医療・シニア・農業事業の連続譲渡と、製造事業への集約 2020年8月にシニア向け通販会社を手放す。ハルメクホールディングスなど医療・シニア・農業・保険の事業を売却し、dj機器のalphathetaを取得 相乗効果の薄い事業群を売却し、製造業に収益源を集約してグループの管理範囲を縮小した判断 売却の役を誰が引き受けたか 買った事業を売る作業は、買った本人には難しい。取得の判断を否定することになり、社内では前任者の実績の引きはがしにも見える。ノーリツ鋼機ではその役を、2018年に外から来た岩切隆吉氏が引き受けた。西本博嗣氏が会長として残りながら執行を離れた形は、創業家が方向づけを保持したまま、個別の売却判断からは距離を置く仕組みとして働いただろう。 事業売却・撤退 選択と集中 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/familymart-tob-2020/","t":"株式公開買付けによる完全子会社化と、親子上場の解消","c":"伊藤忠商事","y":2020,"col":"#19479B","s":"1998年に約30％を取得して以来出資を重ね、2018年に子会社としたファミリーマートを、2020年に公開買付けと株式併合で完全子会社化し、上場廃止とした買収。…","x":"2020 伊藤忠商事 ファミリーマートの子会社化 株式公開買付けによる完全子会社化と、親子上場の解消 2020年7月に伊藤忠商事がファミリーマートの非公開化へ動く。出資比率50.2%の子会社に対し、1株2,300円で公開買付けを実施 1998年に約30%を取得して以来出資を重ね、2018年に子会社としたファミリーマートを、2020年に公開買付けと株式併合で完全子会社化し、上場廃止とした買収。コンビニを商社の一体経営へ取り込み、親子上場を解消した。 親子上場の解消と、支配株主による非公開化 この判断の核心は、過半を握る親会社が上場子会社を非公開化するとき、買い取りの価格をだれがどう決めるのかという点にある。示された価格に対し、少数株主に残された選択は、応募するか、応募せずに株式併合の端数処理で同じ価格のもとに買い取られるかの二つしかない。応募は買付予定数の3割強にとどまり、対象会社の取締役会自身が応募推奨を中立に置いたにもかかわらず、非公開化はそのまま完了した。売り渡しが実質的に強制される取引では、価格の当否を測る物差しは、取締役会が交渉で引き出せた条件そのものになる。 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/8002/decisions/chile-copper-impairment-loss-2020/","t":"資源投資の含み損を一括処理したうえでの、18年ぶりの最終赤字計上","c":"丸紅","y":2020,"col":"#c8102e","s":"資源ブーム期に積み上げたチリ銅・石油ガス権益の含み損を、市況急落とコロナ禍のもとで一括減損し、18年ぶり・過去最大の最終赤字を受け入れて非資源シフトと投資規律の…","x":"2020 丸紅 チリ銅権益の減損 資源投資の含み損を一括処理したうえでの、18年ぶりの最終赤字計上 2020年3月期に丸紅がチリ銅など資源権益を一括減損。柿木真澄社長の初年度に当期純損益は1,974億円の赤字へ沈んだ 資源ブーム期に積み上げたチリ銅・石油ガス権益の含み損を、市況急落とコロナ禍のもとで一括減損し、18年ぶり・過去最大の最終赤字を受け入れて非資源シフトと投資規律の立て直しへ進んだ構造改革 資源に賭ける商社と、その制御 この決断が映すのは、資源市況を連結損益が直接受けとめる総合商社の体質である。好況期に高い評価額で取得した権益は、市況が反転すれば減損となって跳ね返る。柿木体制の一斉減損は、就任直後という節目で前任期までの含み損をまとめて処理した点で、攻めよりも守りに寄った判断であっただろう。大きな赤字を計上してでも過去の荷物を下ろした身軽さが、その後のv字回復と、投資規律の立て直しの土台になった。好況のうちに膿を出すのではなく、市況の急落に押されて処理へ動いた点に、この判断の性格がにじむ。 リストラ・構造改革 選択と集中 中南米"},{"k":"decision","u":"/tse/8011/decisions/restructuring-oe-2020/","t":"売上規模の追求との決別と、2年間での基礎収益力の回復","c":"三陽商会","y":2020,"col":"#333333","s":"売上規模の追求を捨て、粗利率と販管費を経営の物差しに据え、不採算売場の撤退・希望退職・保有不動産の譲渡によって赤字体質を利益の出る体質へ転換した構造改革","x":"2020 三陽商会 再生プランによる粗利率への転換 売上規模の追求との決別と、2年間での基礎収益力の回復 2020年4月に2年間の再生プランを公表。大江伸治社長のもとで販管費40億円の削減と約150売場の撤退を進め、2023年2月期に7期ぶりの営業黒字 売上規模の追求を捨て、粗利率と販管費を経営の物差しに据え、不採算売場の撤退・希望退職・保有不動産の譲渡によって赤字体質を利益の出る体質へ転換した構造改革 規模を追わない、という選択 この判断の核心は、財務危機そのものへの対処ではなく、経営の物差しを取り替えた点にある。バーバリーが去った後も、会社は過去の規模を基準に売上計画を組み、そこへ希望的な観測を織り込んできた。再生プランが最初に置いたのは売上目標ではなく標準粗利率51.4%を55.2%へという数字で、続いて販管費の削減額が来る。量ではなく一着ごとの利益と、それを食う費用だけを測る——測り方を替えたことが、この再生の転回点だっただろう。 リストラ・構造改革 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/8011/decisions/rmb-proxy-fight-2020/","t":"取締役会による反対の決議と、双方が推した候補者を軸とする再生体制の維持","c":"三陽商会","y":2020,"col":"#333333","s":"4期連続の営業損失を背景に、議決権の6.32％を持つ大株主が取締役7名の選任を提案し、取締役会が利益相反の可能性などを理由に反対を決議して、総会で候補者全員が否…","x":"2020 三陽商会 rmbファンドの取締役選任提案 取締役会による反対の決議と、双方が推した候補者を軸とする再生体制の維持 2020年4月に株主提案への反対を決議。5月26日の総会で取締役7名の選任提案は候補者全員が否決され、大江伸治氏が社長に就任した 4期連続の営業損失を背景に、議決権の6.32%を持つ大株主が取締役7名の選任を提案し、取締役会が利益相反の可能性などを理由に反対を決議して、総会で候補者全員が否決された攻防 退けた提案が残した規律 この攻防の争点は、改革をするかどうかではなく、舵を誰が握るかにあった。それを最もよく示すのは、大江伸治氏が双方の名簿に載っていた事実だろう。会社も提案株主も、外部から招いた経営者に再生を託すという一点では一致していた。割れたのは残りの席の埋め方であり、会社は独立社外取締役6名を自ら迎え入れる形で、提案株主は自らに近い人物を送り込む形で、それぞれ答えを出したことになる。 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8130/decisions/design-2030-vision-2020/","t":"長期ビジョン「DESIGN 2030」に掲げた事業領域の転換宣言","c":"サンゲツ","y":2020,"col":"#333333","s":"専業卸モデルの成長の頭打ちを背景に、デザインを軸にした空間ソリューション提供へ事業を転換し、グローバルなスペースクリエーション企業を目指す長期ビジョンを策定した","x":"2020 サンゲツ スペースクリエーション企業へ転換 長期ビジョン「design 2030」に掲げた事業領域の転換宣言 2020年5月に10か年の長期ビジョン「design 2030」を策定。2030年3月期の連結売上高2,250億円・連結営業利益185億円を掲げ、内装企業からスペースクリエーション企業への転換を宣言した 専業卸モデルの成長の頭打ちを背景に、デザインを軸にした空間ソリューション提供へ事業を転換し、グローバルなスペースクリエーション企業を目指す長期ビジョンを策定した 「卸をやめる」と言い切ることの重さ この長期ビジョンの核心は、掲げた数値目標よりも、自らの事業の呼び名を変えると宣言した点にあるように見える。主要機能に据えた「サービス売りへの完全転換」という言葉は、商材を右から左へ流すことで得てきた付加価値を、自ら将来の制約と認めるに等しい。売上の4分の3を国内インテリアが稼ぐ構造のただ中で、その構造こそが頭打ちの正体だと言い切った。完成した事業モデルを持つ会社ほど成功体験は手放しにくい。成功の渦中で自己定義を書き換えたところに、この宣言の重さがある。 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8136/decisions/succession-turnaround-2020/","t":"創業60年で初のトップ交代と、第二の創業を掲げた構造改革","c":"サンリオ","y":2020,"col":"#1860C0","s":"創業者の辻信太郎氏が60年務めた社長を孫の辻朋邦氏（31歳）へ譲り、1995年以来の営業赤字を「第二の創業」と受け止めて組織風土改革と国内外の構造改革へ着手した…","x":"2020 サンリオ 辻信太郎氏の社長退任と辻朋邦氏への継承 創業60年で初のトップ交代と、第二の創業を掲げた構造改革 2020年7月に辻朋邦氏が31歳で社長へ就任した。創業者の辻信太郎氏が1960年の設立から60年務めた社長を孫へ譲り、翌期の営業赤字を受けて第二の創業を掲げた 創業者の辻信太郎氏が60年務めた社長を孫の辻朋邦氏(31歳)へ譲り、1995年以来の営業赤字を「第二の創業」と受け止めて組織風土改革と国内外の構造改革へ着手した世代承継 求心力を、一人と一頭から仕組みへ この承継の核心は、誰に社長を承継しせたかではなく、会社の稼ぎ方を一人と一頭から引き剥がした点にある。創業者の辻信太郎氏が60年かけて築いた求心力と、ハローキティという一頭の人気は、サンリオの強みであると同時に、それが揺らげば全体が傾く弱さでもあった。辻朋邦氏が掲げた「第二の創業」は、この二つの依存を同時に薄める作業だったのだろう。組織の壁とサイロ化を壊し、赤字が許容されてきた国内物販を利益重視へ転換し、海外は外部パートナーと組んで採算の高いライセンスへ寄せた。 トップ交代・承継 創業家・同族 経営再建・ターンアラウンド 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8306/decisions/ceo-succession-2020/","t":"三菱UFJ銀行の頭取を経ないトップの登用と、持株会社と銀行のトップ兼務の解消","c":"三菱UFJフィナンシャル・グループ","y":2020,"col":"#c8102e","s":"銀行のトップを兼ねる持株会社社長という形を1年で解き、グループCOOとグループCDTOを兼ねてデジタル改革を担っていた執行役を、頭取を経ないまま持株会社の社長に…","x":"2020 三菱ufjフィナンシャル・グループ 亀沢宏規氏が社長就任 三菱ufj銀行の頭取を経ないトップの登用と、持株会社と銀行のトップ兼務の解消 2020年4月に亀沢宏規氏が代表執行役社長グループceoに就任。グループcdtoとしてデジタル分野を率いた執行役で、前任の三毛兼承氏の在任は1年、三菱ufj銀行頭取との兼務も解けた 銀行のトップを兼ねる持株会社社長という形を1年で解き、グループcooとグループcdtoを兼ねてデジタル改革を担っていた執行役を、頭取を経ないまま持株会社の社長に据えた。 頭取の椅子を経ないという選択 この交代で動いたのは人だけではなく、持株会社のトップに至る道筋そのものだったのだろう。平野信行氏も三毛兼承氏も銀行の頭取を務めてから、あるいは務めながら持株会社の社長に就任した。亀沢宏規氏は副頭取までで、頭取の職を経ていない。銀行が背負う国内の預貸業務の重みが持株会社の意思決定にそのまま届く構造から、グループ全体の運営とデジタル改革を担った人物が上に立つ構造へ、椅子の意味が置き換わったのだろう。 トップ交代・承継 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/8309/decisions/proxy-miscounting-2020/","t":"先付処理の廃止と、郵便局から実際に受領した日を基準とする集計への切り替え","c":"三井住友トラストグループ","y":2020,"col":"#00763a","s":"株主総会の議決権行使書集計で期限日到着分を集計対象外としていた実務慣行を、委託会社からの調査要請を契機に不適切として公表し、再集計と受領方法の変更、責任の所在の…","x":"2020 三井住友トラストグループ 975社分の議決権再集計 先付処理の廃止と、郵便局から実際に受領した日を基準とする集計への切り替え 2020年9月に975社分の議決権を再集計。三井住友信託銀行が先付処理の存在を公表し、2021年3月に私書箱方式へ切り替え 株主総会の議決権行使書集計で期限日到着分を集計対象外としていた実務慣行を、委託会社からの調査要請を契機に不適切として公表し、再集計と受領方法の変更、責任の所在の明示まで踏んだ是正 締切ぎりぎりの1日分が持っていた重さ 外れていたのは期限日に届いた1日分だけで、全委託会社の総議決権数に対する比率は0.31%にとどまる。ただ締切ぎりぎりに投じられる票には、賛否の割れた議案で反対に回る株主の意思が集まりやすかったとみられる。再集計で賛成比率が1%を超えて下がった議案が40件あったことは、その一端を示している。証券代行は資本市場の社会インフラであり、株主の意思表示を数える一日の線引きが、そのまま議案の見え方を左右していた。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8425/decisions/aircastle-acquisition-2020/","t":"単独ではなく丸紅と組んだ共同買収と、議決権25％の取得","c":"みずほリース","y":2020,"col":"#1A3A6F","s":"国内リース市場の成熟を前提に海外の収益源を確保するため、合弁相手であった米航空機リース会社を丸紅と共同で買収し、少数持分で損益を取り込む形をとった","x":"2020 みずほリース 米aircastleの買収 単独ではなく丸紅と組んだ共同買収と、議決権25%の取得 2019年11月に米aircastleの全株式を丸紅と共同で取得することを決議。2020年3月に取得を完了し、子会社を通じて議決権の25%を保有する持分法適用関連会社とした 国内リース市場の成熟を前提に海外の収益源を確保するため、合弁相手であった米航空機リース会社を丸紅と共同で買収し、少数持分で損益を取り込む形をとった 25%という位置づけ 2016年に合弁の相手として選んだ会社を丸ごと買う場面で、みずほリースは主導権を取りにいかなかった。間に置いたのはmm air limitedという丸紅との共同出資会社で、その先のaircastleを丸紅とmm airが半分ずつ持つ。みずほリースに届く議決権は二段を経た25.00%であり、連結子会社ではなく持分法適用関連会社にとどまる。買付価格は1株32米ドルと丸紅の有価証券報告書に載るが、みずほリースは自らが出した額を開示していない。銀行から顧客基盤を得た翌年に商社の案件へ資金の側から乗る型が、持分の置き方にも表れているのだろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8801/decisions/tokyo-dome-acquisition-2020/","t":"読売新聞グループと組んだTOBによる完全子会社化","c":"三井不動産","y":2020,"col":"#004097","s":"スポーツ・エンターテインメントを軸とする街づくりとスタジアム・アリーナ事業への進出のため、三井不動産が東京都心に約4万坪を持つ東京ドームへ1株1,300円の公開…","x":"2020 三井不動産 東京ドームの買収 読売新聞グループと組んだtobによる完全子会社化 2020年11月に東京ドームへ公開買付けを決議した。買付価格は1株1,300円、取得原価は102,228百万円で2021年1月に子会社とした スポーツ・エンターテインメントを軸とする街づくりとスタジアム・アリーナ事業への進出のため、三井不動産が東京都心に約4万坪を持つ東京ドームへ1株1,300円の公開買付けを行い、読売新聞グループ本社に議決権20%を譲る枠組みで連結子会社とした のれんの立たない買収が意味するもの 取得原価102,228百万円に対してのれんが発生しなかったことは、この買収の性格をよく表している。払ったのは将来の超過収益力への上乗せではなく、東京都心に約4万坪という土地とその上の施設そのものの値段であった。掲げられた理屈はスタジアム・アリーナ事業という新規領域への進出だが、支払いの構造だけを見れば、実体は不動産の取得に近い。運営の経験と知見は価格に乗る資産としてではなく、相手が抱え続ける組織のなかにしか無かったと推察される。 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8848/decisions/reno-egm-2020/","t":"取締役10名の解任要求の撤回と、社外取締役2名を対置した会社提案の可決","c":"レオパレス21","y":2020,"col":"#0095D9","s":"施工不備で経営危機に陥ったレオパレス21に対し、レノとエスグラントコーポレーションが臨時株主総会で取締役の全面交代を迫り、現経営陣と再建の主導権を争った経緯","x":"2020 レオパレス21 レノの臨時株主総会請求 取締役10名の解任要求の撤回と、社外取締役2名を対置した会社提案の可決 2019年12月にレノとエスグラントコーポレーションが臨時株主総会の招集を請求した。取締役10名の解任要求は撤回され、2020年2月27日の総会で会社提案の社外取締役2名が可決、株主提案は44.48%で否決 施工不備で経営危機に陥ったレオパレス21に対し、レノとエスグラントコーポレーションが臨時株主総会で取締役の全面交代を迫り、現経営陣と再建の主導権を争った経緯 危機の会社を誰が立て直すのか 解任議案が撤回された時点で、この総会は経営権の争奪ではなくなっていた。残ったのは取締役1名の選任という小さな議案で、会社もまた社外取締役2名を対置しただけである。それでも会社提案の賛成率が56%台にとどまり、出席議決権の4割近くが棄権に回った事実は、株主が現経営陣にも提案株主にも委ねきれなかったことを示している。純資産が1,589百万円まで痩せ、自己資本比率が0.66%になった会社で、誰の手にも安心して預けられないという判断が数字に出たのだと思われる。 アクティビスト・株主提案対応 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9007/decisions/shinjuku-nishiguchi-shisan-irekae-2020/","t":"1,300億円再開発へ振り向けた資産の入替","c":"小田急電鉄","y":2020,"col":"#002395","s":"複々線化完成後の次の経営課題として浮上した新宿駅西口再開発を、コロナ禍で収益が急落したホテル・百貨店資産の売却益を原資に実行した資産入替（本稿の時点で建設は進行…","x":"2020 小田急電鉄 新宿駅西口の資産入替 1,300億円再開発へ振り向けた資産の入替 2022年2月に新宿駅西口の再開発へ着手した。小田急電鉄はハイアットリージェンシー東京と隣接オフィスビルを2023年3月に計約1,300億円で売却した 複々線化完成後の次の経営課題として浮上した新宿駅西口再開発を、コロナ禍で収益が急落したホテル・百貨店資産の売却益を原資に実行した資産入替(本稿の時点で建設は進行中) 老朽資産と大型投資のあいだ 新宿駅西口の資産入替は、単なる不動産の高値売却ではなく、稼ぐ力の乏しくなった老朽資産を手放し、その対価を次の投資に回す組み替えとして読み解くとわかりやすい。ハイアットリージェンシー東京は1980年の開業から40年以上を経てコロナ禍で稼働率が大きく落ち込んだ資産であり、百貨店本館もまた売場面積を縮小した後の姿を模索していた資産だった。複々線化という半世紀がかりの投資を終えたばかりの小田急が、続けてもう一つの大型投資に着手できたのは、こうした資産の組み替えを先に済ませていたためと思われる。 事業売却・撤退 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9022/decisions/nozomi-single-line-focus-2020/","t":"東海道新幹線への経営資源集中と、高速化・高頻度化の追求","c":"東海旅客鉄道","y":2020,"col":"#ED6D00","s":"多角化に走らず、収益の約9割を占める東海道新幹線一本に車両・ダイヤ・施設を集約し、対航空の競争のなかで「のぞみ」の自主開発と高速化・高頻度化によって単一路線の競…","x":"2020 東海旅客鉄道 のぞみ・n700系の自主開発 東海道新幹線への経営資源集中と、高速化・高頻度化の追求 2020年3月にのぞみ12本ダイヤを導入した。jr東海が東海道新幹線で1時間あたり最大12本の高頻度運転を実現し、収益の約9割を単一路線に集中させた 多角化に走らず、収益の約9割を占める東海道新幹線一本に車両・ダイヤ・施設を集約し、対航空の競争のなかで「のぞみ」の自主開発と高速化・高頻度化によって単一路線の競争力を極限まで高めた選択と集中 一本の路線に賭ける強さと脆さ jr東海の選択は、鉄道会社としては例外的なほど徹底した選択と集中であった。多くの鉄道事業者が沿線開発や流通へ収益源を広げるなか、同社は代替の利かない三大都市圏の路線に車両・ダイヤ・施設を集め、\"のぞみ\"の自主開発と高速化・高頻度化で一本の路線を磨き続けた。多角化を進めなかったことは、経営の怠慢ではなく、最も強い資産に資源を配分するという明確な意思の表れと推察される。1992年の須田寛社長の言葉から2020年の\"のぞみ12本ダイヤ\"まで、数十年にわたって貫かれたこの選択と集中が、東京〜大阪という日本最大の輸送市場での優位を支えてきたといえる。 選択と集中 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/9202/decisions/ana-covid-capital-raise-2020/","t":"過去最大級の資本調達と事業構造改革による自力再建の選択","c":"ANAホールディングス","y":2020,"col":"#0B308E","s":"コロナ禍で過去最大の赤字に陥ったANAが、公募増資と劣後ローンで自己資本を厚くし、機材削減・希望退職・賃金カットを伴う事業構造改革で自力再建を図った資本政策","x":"2020 anaホールディングス コロナ禍の公募増資で再建 過去最大級の資本調達と事業構造改革による自力再建の選択 2020年11月に公募増資での資金調達を発表。片野坂真哉社長のもと、発行済株式の約4割にあたる最大1億4,000万株で約3,321億円を確保した コロナ禍で過去最大の赤字に陥ったanaが、公募増資と劣後ローンで自己資本を厚くし、機材削減・希望退職・賃金カットを伴う事業構造改革で自力再建を図った資本政策 自力再建という選択の重さ この判断の中心にあったのは、10年前に破綻したjalと同じ道をとらないという一点であった。債権放棄も公的資金も仰がず、市場からの増資と社員への痛みで危機を乗り切る——その選択は、成長のために自社便を厚く抱えてきたanaが、その重さの代償を自ら払う場面でもあった。\"雇用を守る\"と繰り返してきた会社が希望退職に踏み込んだ事実には、拡大の裏で膨らんだ固定費の重さがにじんでいると推察される。 資金調達・財務戦略 外的危機への対応 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9432/decisions/ntt-docomo-2020/","t":"完全子会社化による親子上場の解消","c":"NTT","y":2020,"col":"#0072BC","s":"2020年9月29日、上場子会社NTTドコモの普通株式と米国預託証券を金融商品取引法に基づく公開買付けで取得することを決定した。買付価格は1株3,900円、買付…","x":"2020 ntt nttドコモの完全子会社化 完全子会社化による親子上場の解消 2020年9月にnttドコモの完全子会社化を決定。1株3,900円の公開買付けと株式売渡請求で売渡対価は4兆2,531億円に達し、同年12月29日に完全子会社となった。 2020年9月29日、上場子会社nttドコモの普通株式と米国預託証券を金融商品取引法に基づく公開買付けで取得することを決定した。買付価格は1株3,900円、買付期間は9月30日から11月16日までで、公開買付けによる取得額は3兆1,786億円となった。\n続いて11月27日に会社法第179条第1項の株式売渡請求を行い、12月29日にドコモは完全子会社となった。取得した非支配持分の帳簿価額1兆8,880億円に対し、売渡対価は4兆2,531億円だった。 自己資本を削って買い戻した指揮権 この取引は買収というより、外部へ出していた指揮権の買い戻しである。共通支配下の資本取引だからのれんは一円も立たず、代わりに帳簿へ残ったのは、取得した非支配持分の帳簿価額1兆8,880億円と売渡対価4兆2,531億円の差である。その差は資本剰余金2兆3,650億円を全額消し、なお足りずに利益剰余金まで削っている。買った資産が増えるのではなく、自己資本が減る買い物だっただろう。 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/9502/decisions/holding-structure-2020/","t":"送配電・小売の分社化と持株会社体制への移行","c":"中部電力","y":2020,"col":"#E60012","s":"2020年4月の送配電部門の法的分離という制度要請に対し、規制事業と競争事業を別法人へ分離し、持株会社が経営管理と原子力・新規事業を担う体制へ組み替えたグループ…","x":"2020 中部電力 パワーグリッドとミライズへ分社 送配電・小売の分社化と持株会社体制への移行 2020年4月に一般送配電事業等を中部電力パワーグリッド、小売電気事業等を中部電力ミライズへ吸収分割で承継させた。渡した資産は2兆1,311億円と2,743億円 2020年4月の送配電部門の法的分離という制度要請に対し、規制事業と競争事業を別法人へ分離し、持株会社が経営管理と原子力・新規事業を担う体制へ組み替えたグループ再編 分離することと、収益を上げること 制度が求めたのは送配電部門の切り出しであって、小売まで別法人にすることでも、持株会社へ移ることでもなかった。中部電力はその求めを超えて中部電力ミライズを分け、単体売上高の92.28%を占める小売電気事業等までを外へ出している。本体に残ったのは経営管理と浜岡原子力発電所、新規事業で、従業員は14,363人から3,092人になった。林欣吾社長が掲げた2020年代後半の連結経常利益2,500億円以上という目標と、利益創出割合を4対1から1対1へ組み替えるという方針は、電力を数ある事業の一つとして扱う宣言でもあった。 持株会社化・グループ再編 分社・スピンオフ・子会社上場 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9506/decisions/network-legal-separation-2020/","t":"発送電の法的分離を受けた送配電部門の切り出しと別会社化","c":"東北電力","y":2020,"col":"#E60012","s":"改正電気事業法が2020年4月の実施を定めた送配電部門の法的分離に対応し、中立性確保のため一般送配電事業を吸収分割で100％子会社へ切り出した制度対応の再編","x":"2020 東北電力 東北電力ネットワークへ分社 発送電の法的分離を受けた送配電部門の切り出しと別会社化 2020年4月に一般送配電事業と離島における発電事業等を吸収分割で東北電力ネットワークへ承継させた。渡した資産は2兆213億円、移った従業員は7,470人 改正電気事業法が2020年4月の実施を定めた送配電部門の法的分離に対応し、中立性確保のため一般送配電事業を吸収分割で100%子会社へ切り出した制度対応の再編 期日の決まった再編が残したもの この分社は、東北電力が自ら望んで描いたものではなく、2015年の改正電気事業法が期日まで指定した制度対応への回答であった。それでも回答の仕方には幅があり、東北電力は純粋持株会社を新設せず、発電と小売を営む本体を「事業持株会社」として残したうえで、その下に東北電力ネットワークを置いた。切り出した事業の売上高は単体の9.4%にすぎないが、移した従業員は7,470人で、提出会社の従業員は12,531人から5,061人へ減っている。売上の比率では小さく、人と設備の比率では大きい——この非対称が、送配電という事業の姿をそのまま映しているといえる。 分社・スピンオフ・子会社上場 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/9831/decisions/holding-company-2020/","t":"家電販売を事業会社へ切り出し、暮らしまるごと戦略を統括するグループ経営会社へ","c":"ヤマダホールディングス","y":2020,"col":"#004EA1","s":"家電から住宅・家具・金融・環境へ広がった事業を、持株会社による管理・監督と事業会社による業務執行に分離し、「暮らしまるごと」戦略を統括する体制へ組み替えたグルー…","x":"2020 ヤマダホールディングス ヤマダデンキ分社と持株会社化 家電販売を事業会社へ切り出し、暮らしまるごと戦略を統括するグループ経営会社へ 2020年10月に会社分割で持株会社体制へ移行。家電・情報家電等の販売及び住まいに関する商品販売事業をヤマダデンキへ承継し、商号をヤマダホールディングスへ変更した 家電から住宅・家具・金融・環境へ広がった事業を、持株会社による管理・監督と事業会社による業務執行に分離し、「暮らしまるごと」戦略を統括する体制へ組み替えたグループ再編 会社の形を替えて、はじめて事業が見えた この再編でいちばん大きく変わったのは、資本の形ではなく見え方だったと思われる。分社型吸収分割は完全子会社への事業移転で、対価も資本金の増減もなく、外形上は法人の付け替えにすぎない。だが移行を機に、それまで「デンキ以外に重要なセグメントがない」として省略されていた報告セグメントが、デンキと住建の2区分で開示されるようになった。2011年から積み上げてきた住宅・家具・金融・環境は、家電量販という一つの法人の内側にある限り、成績を持たない付属物のままだった。事業ごとに会社を割ったことで、はじめてそれぞれが数字で語られる対象になった。 持株会社化・グループ再編 隣接領域への展開 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9984/decisions/arm-nvidia-sale-2020/","t":"米——最大400億ドルの契約と、規制が壊した世紀のディール","c":"ソフトバンクグループ","y":2020,"col":"#757677","s":"英CMAの競争上の懸念、米FTCの差し止め提訴など各国の独禁当局・規制当局の壁を越えられず、両社が契約解消に合意した","x":"2020 ソフトバンクグループ エヌビディアへのアーム売却 米——最大400億ドルの契約と、規制が壊した世紀のディール 2020年9月にアーム株の売却契約を発表。米エヌビディアへ最大400億ドル・4.2兆円で譲る内容で英中欧米の規制当局の承認を得られず 英cmaの競争上の懸念、米ftcの差し止め提訴など各国の独禁当局・規制当局の壁を越えられず、両社が契約解消に合意した 売却できなかったことが残したもの この判断の出発点は、攻めではなく守りにあった。コロナショックで信用不安に追い込まれた投資会社が、赤字の続く虎の子を最高値で資金化する——売却契約そのものは、当時の財務状況に照らせば筋の通った選択であったと推察される。対価の過半を株式で受け取り、ai半導体で優位に立つ企業の主要株主に回るという設計にも、単純な撤退にとどめない計算がうかがえる。しかし、その成否を最終的に決めたのは、孫正義氏の意思でも市場でもなく、基幹技術の中立性を守ろうとする各国の規制当局であった。 事業売却・撤退 破談・撤回 資金調達・財務戦略 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/9984/decisions/elliott-buyback-2020/","t":"4.5兆円資産売却・2.5兆円自社株買い","c":"ソフトバンクグループ","y":2020,"col":"#757677","s":"保有株価値に対し株式時価が割安に放置されるなか、大規模な株主還元とガバナンス改善を求めるアクティビストの要求を受け、資産売却で資金を捻出して過去最大規模の自社株…","x":"2020 ソフトバンクグループ エリオットの株主還元要求 4.5兆円資産売却・2.5兆円自社株買い 2020年3月に最大4.5兆円の資産売却を発表。最大2兆円の追加自社株買いと有利子負債の圧縮に充て、13日公表分と合わせ自社株買いは計2.5兆円 保有株価値に対し株式時価が割安に放置されるなか、大規模な株主還元とガバナンス改善を求めるアクティビストの要求を受け、資産売却で資金を捻出して過去最大規模の自社株買いに踏み切った資本政策 割安ディスカウントと物言う株主 この判断の核心には、投資持株会社という形が抱える構造がある。保有する上場株の価値を積み上げても、市場は持株会社の株価をそれより低く値づけする——いわゆる割安ディスカウントである。この差を放置すれば、株主にとっては眠ったままの価値となり、物言う株主に是正の口実を与える。エリオットが二度にわたって同じ主題で接近したのは、この構造が同社に根づいているからなのだろう。2020年の巨額還元は、その差を自社株買いで縮める最も直接的な手であった。 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/1414/decisions/overseas-jv-mitsui-2019/","t":"商社との合弁による海外メンテナンスの段階展開","c":"ショーボンドホールディングス","y":2019,"col":"#003F7F","s":"三井物産の世界的な網を活用する合弁を皮切りに、東南アジア・北米へ段階的に進出し、製品販売から施工指導・技術提供へと海外モデルを組み替えた判断","x":"2019 ショーボンドホールディングス 三井物産と海外合弁 商社との合弁による海外メンテナンスの段階展開 2019年4月に三井物産と海外合弁。岸本達也社長のもとで合弁会社sho-bond & mitインフラメンテナンスを設立し東南アジアへ 三井物産の世界的な網を活用する合弁を皮切りに、東南アジア・北米へ段階的に進出し、製品販売から施工指導・技術提供へと海外モデルを組み替えた判断 国策依存へ引いた、海外という補助線 この判断の核心は、国内が国策で広がっているさなかに、あえて海外へ次の成長の余地を求めた点にある。需要の多くを国内の公共投資に依存する構造は、政策が縮めば業績も縮む裏返しでもあった。好調なうちに、三井物産の世界的な商流という他社の強みを借りて海外へ地歩を築いておく——単独では届かない現地市場への距離を、合弁によって縮めた選択だった。 海外進出・現地生産 収益モデル転換 東南アジア 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/1925/decisions/compliance-scandals-2019/","t":"中国子会社の不正・建築基準の不適合・資格の実務経験不備が続いた1年と、事業本部制への移行","c":"大和ハウス工業","y":2019,"col":"#D4002A","s":"中国の関連会社の不正行為、戸建住宅の建築基準不適合、施工管理技士の実務経験不備が相次いで表面化し、事業の拡大に追いつかなかった経営体制を、取締役会の再編と事業本…","x":"2019 大和ハウス工業 相次ぐ不祥事とガバナンス強化策 中国子会社の不正・建築基準の不適合・資格の実務経験不備が続いた1年と、事業本部制への移行 2019年11月にガバナンスの強化策を策定。中国の関連会社の不正行為、戸建住宅の建築基準不適合、施工管理技士の実務経験不備が相次ぎ、取締役会を14名へ削減して社外取締役比率を3分の1以上へ引き上げた 中国の関連会社の不正行為、戸建住宅の建築基準不適合、施工管理技士の実務経験不備が相次いで表面化し、事業の拡大に追いつかなかった経営体制を、取締役会の再編と事業本部制への移行で組み直した 取締役会を5人減らした意味 この強化策の芯は、不正の再発を防ぐ仕組みを足したことではなく、取締役会の構成そのものを作り替えた点にあるだろう。取締役会は19名から14名へ絞られ、社外取締役は2名から5名へ増えた。人数を減らして社外を増やすということは、内部の事情に通じた者の席を削り、事情を知らない者に問わせる構えへ移すということである。あわせて代表取締役69歳・取締役67歳の上限年齢が置かれた。長く座り続けられる席をなくしたこの一手は、監督の形式を整えるより踏み込んでいる。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/1928/decisions/jimenshi-governance-2019/","t":"分譲マンション用地取引で被った詐欺の引責による経営トップの刷新","c":"積水ハウス","y":2019,"col":"#E4002B","s":"分譲マンション用地取引の詐欺事件による損害計上と、これに続く会長・社長の交代およびガバナンス改革","x":"2019 積水ハウス 地面師事件で会長社長交代 分譲マンション用地取引で被った詐欺の引責による経営トップの刷新 2018年2月に地面師事件で会長社長交代。分譲マンション用地の代金約55億円を貸倒損失に計上し、和田勇会長は取締役相談役へ 分譲マンション用地取引の詐欺事件による損害計上と、これに続く会長・社長の交代およびガバナンス改革 稟議はどこで止まるか この一件が残したのは、損害の大きさそのものより、用地の購入という日常の稟議がどこでも止まらなかったという事実であったといえる。事件のあとに会社が手を付けた場所が、それを裏返しに示している。重要な投資案件を取締役会決議や稟議決裁に先立って審議する経営会議を設け、起案部署と審査部署の双方でリスク要因の分析を徹底する形へ稟議制度を組み替え、リスク情報が部署をまたいで届くよう機構を改めた。改めるべきは人ではなく決裁の通り道だと、会社は判断したことになる。 不祥事・信頼回復 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/1928/decisions/konoike-gumi-subsidiary-2019/","t":"持分法の関連会社から議決権の過半を取り、建築・土木を報告セグメントに立てるまで","c":"積水ハウス","y":2019,"col":"#E4002B","s":"業務提携から4年を経て優先株式を普通株式に転換し、鴻池組の持株会社を持分法適用関連会社から連結子会社としたうえで、翌年に持株会社を合併で解消した","x":"2019 積水ハウス 鴻池組を連結子会社化 持分法の関連会社から議決権の過半を取り、建築・土木を報告セグメントに立てるまで 2019年10月に鴻池組の持株会社である鳳ホールディングスを連結子会社化。a種優先株式の転換により議決権比率を40.82%から51.84%へ引き上げ、取得原価は475億17百万円だった 業務提携から4年を経て優先株式を普通株式に転換し、鴻池組の持株会社を持分法適用関連会社から連結子会社としたうえで、翌年に持株会社を合併で解消した 優先株式が開いた過半 この子会社化で新たな現金がほとんど動いていない点に、案件の性格が表れているとみられる。取得原価475億17百万円の中身は、企業結合の直前に所有していた普通株式と優先株式の時価であり、過半を取るために払った買収代金ではない。持分法で積み上げてきた投資の含みが、段階取得に係る差益85億98百万円として一度に表へ出ただけである。2015年の業務提携から4年、優先株式の転換請求権が行使可能になる日を待って議決権の過半へ踏み出した形で、交渉の相手も価格も当初から手の内にあったことになる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/2002/decisions/allied-pinnacle-2019/","t":"豪州事業の取り込みによる海外展開と、3年後の大型減損","c":"日清製粉グループ本社","y":2019,"col":"#E6001F","s":"米国・カナダに続く三極目としてアジア向け輸出拠点を狙い豪州最大手を468億10百万円で取得したが、コロナ禍とコストインフレで3年後に557億4百万円の減損に至っ…","x":"2019 日清製粉グループ本社 豪アライド・ピナクル買収 豪州事業の取り込みによる海外展開と、3年後の大型減損 2019年2月に豪アライド・ピナクルの親会社の全株取得を決議。日清製粉グループ本社は589百万豪ドル(468億10百万円)で議決権100%を取得し、米国・カナダに続く三極目の海外製粉拠点を得た 米国・カナダに続く三極目としてアジア向け輸出拠点を狙い豪州最大手を468億10百万円で取得したが、コロナ禍とコストインフレで3年後に557億4百万円の減損に至った海外製粉m&a 三極構想の完成と、成長投資の見積もり この判断の中心にあるのは、成熟した国内製粉から成長を海外へ移すという長年の路線の帰結である。カナダ、米国と段階を踏んで積み上げてきた海外製粉の系譜は、豪州の取得で三極目の拠点を得て、対外的には完成形に近づいた。ただ、その完成が単一の案件に411億円ののれんと211億円の顧客関連資産を集中させ、グループのバランスシートを海外資産へ傾ける賭けでもあった点に、この決断の緊張がうかがえる。買収時の考え方は間違っていなかったという振り返りと、557億円の減損という帳簿上の現実は、成長投資が織り込む将来と、実際に訪れる外部環境との距離を映しているのだろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) オセアニア"},{"k":"decision","u":"/tse/2193/decisions/decline-restructuring-2019/","t":"動画レシピの台頭による会員離れと、身の丈に合わせた事業の畳み込み","c":"クックパッド","y":2019,"col":"#F79432","s":"スマホ動画レシピへの対応が遅れて投稿型レシピが陳腐化するなか、規模を追わず費用を収益に見合わせる縮小均衡へ転換し、創業者の社長復帰で本業へ集中した選択","x":"2019 クックパッド 縮小均衡への転換 動画レシピの台頭による会員離れと、身の丈に合わせた事業の畳み込み 2019年12月に縮小均衡への転換。スマホ短尺動画レシピの台頭で有料会員が減るなか、希望退職と6事業の廃止で費用を削り、規模を追わない道へ スマホ動画レシピへの対応が遅れて投稿型レシピが陳腐化するなか、規模を追わず費用を収益に見合わせる縮小均衡へ転換し、創業者の社長復帰で本業へ集中した選択 動画への出遅れが招いた縮小均衡 この判断の核心は、規模の追求をやめ、料理という本業に合わせて費用を絞ることで、赤字の連鎖を止めた点にある。クックパッドは投稿型レシピの草分けとして国内で圧倒的な利用者を抱えていたが、スマートフォンの短尺動画という新しい形式への対応が遅れ、無料の動画に利用者の時間と関心を奪われた。長年かけて蓄積した投稿レシピという資産は、形式の転換の前で競争力へ結びつきにくくなった。有料会員は2018年をピークに細り、2019年の最終赤字から2021年以降の3期連続の営業赤字へと沈んだ。希望退職と6事業の廃止で従業員を半分以下に減らし、収益に費用を合わせにいく縮小均衡が、黒字転換の前提を整えた。 リストラ・構造改革 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/2379/decisions/dx-cobot-2019/","t":"求人広告一本だった事業への、採用後の業務までを担う領域の拡張","c":"ディップ","y":2019,"col":"#333333","s":"労働力不足の深刻化とAI・RPA市場の拡大を受け、求人広告に一本化された収益源へ業務自動化という第二の事業を加えた判断","x":"2019 ディップ ai・rpa事業「コボット」展開 求人広告一本だった事業への、採用後の業務までを担う領域の拡張 2019年4月にai・rpa事業の立ち上げ。求人広告を主力とするディップが同年9月に業務自動化サービスのコボットの提供を開始 労働力不足の深刻化とai・rpa市場の拡大を受け、求人広告に一本化された収益源へ業務自動化という第二の事業を加えた判断 媒体を販売する会社が、業務を販売できるか この判断の中心にあるのは、求人広告という商品の届く範囲を、顧客の困りごとの側から測り直した点である。人手が足りない企業に対して、募集の告知は入口までしか担わない。面接の日程調整も、採用ページの作成も、応募が来たあとに現場が抱える手間であり、そこはこれまで媒体の外側に置かれていた。ディップが2019年に選んだのは、その外側へ商品を伸ばし、求人広告で築いた中小企業への販路をそのまま使うことであった。新しい市場を探すのではなく、既存の顧客の隣にある未処理の業務を取りにいったと思われる。 デジタル化・dx 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/2502/decisions/australia-cub-acquisition-2019/","t":"取得対価1兆1,682億円による、豪州ビール事業の一挙獲得","c":"アサヒグループHD","y":2019,"col":"#004097","s":"縮む国内市場を背景に、欧州買収の次の柱としてAB InBevから豪州のCUB事業を1,168,241百万円で取得し、日本・欧州・豪州の三極体制を構築した海外展開","x":"2019 アサヒグループhd 豪cubの取得 取得対価1兆1,682億円による、豪州ビール事業の一挙獲得 2019年7月にab inbevと株式売買契約を締結し、豪州のカールトン&ユナイテッドブルワリーズを取得。2020年6月に完了し取得対価は1,168,241百万円 縮む国内市場を背景に、欧州買収の次の柱としてab inbevから豪州のcub事業を1,168,241百万円で取得し、日本・欧州・豪州の三極体制を構築した海外展開 買収を終えた先の三極と、承認の代償 cub事業の取得は、2016年の西欧、2017年の中東欧に続く海外ビール買収の締めくくりにあたる。ゼロから販売網を築くのではなく、定着した現地最大手を丸ごと買い取り、その販路に自社のブランドを乗せる。国内でカルピスやニッカを取り込んできた発想を、欧州から豪州へと連ねた一連の判断だったと推察される。取得対価1,168,241百万円のうち933,142百万円がのれんとして立ったことは、買ったものの大半が有形の設備ではなく、現地に根づいた地位そのものであったことを示している。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 オセアニア"},{"k":"decision","u":"/tse/2607/decisions/blommer-acquisition-2019/","t":"業務用チョコレートを手がける同業の取り込みと、規模の一気の拡大","c":"不二製油","y":2019,"col":"#44AF35","s":"業務用チョコレートを油脂・大豆たん白に続く柱とするため、単一市場で世界最大の米国の生産基盤を取得原価645億95百万円で取得した買収","x":"2019 不二製油 世界3位ブラマーの買収 業務用チョコレートを手がける同業の取り込みと、規模の一気の拡大 2018年11月に世界3位ブラマーの買収。米ブラマー・チョコレートの株式を645億95百万円で取得し2019年1月に完了 業務用チョコレートを油脂・大豆たん白に続く柱とするため、単一市場で世界最大の米国の生産基盤を取得原価645億95百万円で取得した買収 順位を買うことと、事業を持つこと この買収で不二製油グループが獲得したのは、北米の顧客基盤と、世界3位という位置であった。地域ごとに会社を買い足してきた進め方の最後に、単一市場で世界最大の米国の生産設備を押さえた判断だが、狙いは順位そのものよりも、自社の油脂技術をチョコレートへ持ち込める場を確保することにあったと思われる。素材メーカーが川下の加工まで抱えるとき、買っているのは工場ではなく、その工場に自社の技術を載せる権利なのだろう。買収後の5年で業務用チョコレート事業の売上高は3倍を超え、取り込んだ事業の大きさは数字にも表れた。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2678/decisions/independence-defense-2019/","t":"支配株主の要求の拒絶による独立性の選択と、創業社長・独立社外取締役3名の退任","c":"アスクル","y":2019,"col":"#111184","s":"支配株主ヤフーのLOHACO譲渡・社長退陣要求を独立役員会の審議を経て拒み、業務・資本提携の解消協議を申し入れた末に、第56回定時株主総会で創業社長と独立社外取…","x":"2019 アスクル ヤフーへの提携解消申入れと社長再任否決 支配株主の要求の拒絶による独立性の選択と、創業社長・独立社外取締役3名の退任 2019年7月にアスクルがヤフーへ業務・資本提携の解消協議を申し入れた。8月2日の第56回定時株主総会で所有割合45.13%のヤフーと11.63%のプラスが反対し、岩田彰一郎社長と独立社外取締役3名の再任が否決された 支配株主ヤフーのlohaco譲渡・社長退陣要求を独立役員会の審議を経て拒み、業務・資本提携の解消協議を申し入れた末に、第56回定時株主総会で創業社長と独立社外取締役3名の再任が否決された経営判断 親子上場が抱える「独立性」という難問 この決断の核心は、事業の損得よりも、上場子会社が支配株主に対してどこまで独立を保てるのかという統治の問いにあった。lohacoの赤字が連結を通じて自らの業績に響くヤフーにとって、事業の譲り受けや経営陣の刷新を求めること自体には株主としての理がある。一方でアスクルの取締役会は、独立役員会の審議という手続きを踏み、成長事業を安く明け渡さないことが少数株主の利益にかなうと判断した。どちらの立場にも筋が通っていたからこそ、この対立は単純な善悪では割り切れない。 アクティビスト・株主提案対応 資本提携・政策保有 機関設計・取締役会改革 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/268A/decisions/xwinsys-semiconductor-metrology-2019/","t":"イスラエル企業の取り込みによる、半導体量産ラインのX線計測への参入","c":"リガク・ホールディングス","y":2019,"col":"#009CDE","s":"研究用途の分析機器に偏っていた顧客層を、半導体の量産ラインへ拡大するため、X線に自動光学を足したハイブリッド計測をイスラエル企業の買収で取り込んだ","x":"2019 リガク・ホールディングス xwinsysの買収 イスラエル企業の取り込みによる、半導体量産ラインのx線計測への参入 2019年7月にイスラエルxwinsysの買収。x線技術に自動光学の3d・2d検査を組み合わせ半導体の量産計測へ展開する 研究用途の分析機器に偏っていた顧客層を、半導体の量産ラインへ拡大するため、x線に自動光学を足したハイブリッド計測をイスラエル企業の買収で取り込んだ 替えたのは製品ではなく顧客であった リガクが2015年に買ったのは単結晶x線分析の事業で、その顧客は研究室にいた。2019年に買ったのは半導体の量産ラインへ据える計測装置で、その顧客はウェーハを流す工場にいる。装置に載る技術はどちらもx線でありながら、買い手の性質は4年で入れ替わっている。半導体部門を広げる一歩として置かれたこの買収で、広がった先は製品の種類ではなく顧客の種類であったと推察される。同じx線でも、売る相手が替われば装置に求められる合格条件は替わる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 中東"},{"k":"decision","u":"/tse/2726/decisions/3coins-rebranding-growth-2019/","t":"大型店化と品揃えの拡張による、300円均一からの脱却と再成長","c":"パルグループホールディングス","y":2019,"col":"#FF4800","s":"頭打ちだった300円雑貨店を、大型店化・300円超商品・毎週の新商品投入というアパレル由来の売り場運営で再構築し、雑貨をグループの主力へ育てた業態転換","x":"2019 パルグループホールディングス 3coinsのリブランド 大型店化と品揃えの拡張による、300円均一からの脱却と再成長 2019年2月に3coinsのリブランド。パルグループhdが店舗数200前後の300円雑貨を大型化と3coins+plusへ組み替える 頭打ちだった300円雑貨店を、大型店化・300円超商品・毎週の新商品投入というアパレル由来の売り場運営で再構築し、雑貨をグループの主力へ育てた業態転換 アパレルの型を、雑貨に展開する この判断の核心は、雑貨事業の不振を、商品そのものの問題ではなく売り場の運営の問題として捉え直した点にある。多くの雑貨店は、安さや品ぞろえの珍しさで客を引こうとする。パルグループhdは逆に、アパレルで鍛えた売り場運営——短いサイクルで商品を入れ替え、鮮度で来店頻度を上げる型——を、そのまま雑貨へ移植した。大型店化で売り場を広げ、300円超の商品で客単価を取り、4週間mdで毎週の新しさを保つ。三つの手はいずれも、衣料で日常的にやってきたことの応用だった。 ブランド・マーケティング 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/2802/decisions/roic-management-2019/","t":"ROICを軸にした資本効率経営への転換と事業ポートフォリオの選択と集中","c":"味の素","y":2019,"col":"#ED1C24","s":"減損の計上を機に、規模を追う資本配分から、ROICを軸に六つの重点事業を選び、非重点事業の資産転用・撤退・売却と資源の再配分を進める資本効率経営へ転換した判断","x":"2019 味の素 roic13%超の目標設定 roicを軸にした資本効率経営への転換と事業ポートフォリオの選択と集中 2019年5月にroic重視の経営指標へ移行する。西井孝明社長のもと312億円の減損を機に六つの重点事業へ集中し、2030年にroic13%超を掲げた 減損の計上を機に、規模を追う資本配分から、roicを軸に六つの重点事業を選び、非重点事業の資産転用・撤退・売却と資源の再配分を進める資本効率経営へ転換した判断 「額」から「率」へ、味の素が変えた資本配分の作法 この判断の核心は、業績が傷んだなかで、味の素が事業の中身より先に\"資本をどう配るか\"という作法そのものへ手を入れた点にある。総合食品メーカーとして多様な事業を保有するなかで、売上の大きさや技術的な正しさ、社会的な意義といった物差しは、ときに投下資本の回収という問いを覆い隠してきた。roicという共通の尺度を持ち込み、事業を\"率\"で横並びにしたことは、抱えるか手放すかの判断を情や理念から切り離し、資本効率の言葉で語り直す試みであったと思われる。減損という痛みを管理手法の刷新へ転じ、その達成度を役員報酬の6割に結びつけたところに、この転換の本気度がうかがえる。 選択と集中 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/2815/decisions/us-subsidiary-sale-2019/","t":"現地子会社の全株式売却による米国市場からの撤退","c":"アリアケジャパン","y":2019,"col":"#E50012","s":"採算の悪化した米国事業を高い評価額で手放し、中国・アセアンへの投資と売上高1,000億円構想へ資源を振り向けた判断","x":"2019 アリアケジャパン 米子会社をkerryへ譲渡 現地子会社の全株式売却による米国市場からの撤退 2018年12月に米子会社をkerryへ譲渡。ariake u.s.a.の全株を手放し2019年3月に完了して1985年以来の初の海外拠点から退く 採算の悪化した米国事業を高い評価額で手放し、中国・アセアンへの投資と売上高1,000億円構想へ資源を振り向けた判断 収益力の高い事業を、なぜ手放したか この譲渡で目を引くのは、赤字の整理ではなかった点である。ariake u.s.a.は売上高60億円に対して営業利益14億8,000万円を稼いでおり、譲渡価格は純資産の3.5倍にあたる約200億円であった。手放す理由として説明されたのは足元の損益ではなく、この先の競争条件——液体から安価な粉体への代替、大手他社の参入、原料調達の難化であった。買い手が重要顧客であったことは、事業の価値を最も高く評価する相手が誰かを示していただろう。稼げているうちに、稼ぎ方が変わる前に売るという判断であった。 事業売却・撤退 海外撤退・縮小 選択と集中 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3092/decisions/succession-sawada-2019/","t":"創業者・前澤友作氏の辞任と、社長を選ぶ手続きの新設","c":"ZOZO","y":2019,"col":"#333333","s":"創業者・前澤友作氏の辞任を受けて澤田宏太郎氏が社長兼CEOに就任し、指名・報酬諮問委員会の設置と非業務執行取締役の増員によって、創業者の属人性を社長を選ぶ手続き…","x":"2019 zozo 前沢友作氏の社長退任と沢田宏太郎氏への継承 創業者・前沢友作氏の辞任と、社長を選ぶ手続きの新設 2019年9月に創業者の前沢友作氏が代表取締役を辞任し、沢田宏太郎氏が社長兼ceoに就任。2020年1月28日に指名・報酬諮問委員会を設置し、社長・ceoの後継者計画を付議事項に加えた 創業者・前沢友作氏の辞任を受けて沢田宏太郎氏が社長兼ceoに就任し、指名・報酬諮問委員会の設置と非業務執行取締役の増員によって、創業者の属人性を社長を選ぶ手続きへ置き換えた承継判断 創業者の属人性を規程に置き換える この交代の実質は、社長が入れ替わったことよりも、社長を選ぶ手続きが会社の内側に据えられたことにあったと思われる。前沢友作氏が果たしていた役割は事業活動全般に及び、それを補う手立ては経営幹部の拡充と権限委譲という運用上の努力にとどまっていた。2020年1月28日に設けられた委員会は、社長・ceoの選解任と後継者計画を付議事項として文書に書き込んでいる。人望や実績に頼っていた創業者の属人性は、次を選ぶ規程へ置き換えられたのだと思われる。 トップ交代・承継 経営再建・ターンアラウンド プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/3092/decisions/zhd-tob-2019/","t":"創業者による保有株の半分の売却と、独立を諦めての傘下入り","c":"ZOZO","y":2019,"col":"#333333","s":"増資を避けて守ってきた経営権を公開買付けに委ね、創業者が持株の半分と社長の座を手放して、Zホールディングスの連結子会社となった資本の異動","x":"2019 zozo zホールディングスのtob受け入れ 創業者による保有株の半分の売却と、独立を諦めての傘下入り 2019年9月にzホールディングスと資本業務提携契約を締結し、公開買付けを受け入れた。同社が50.10%を取得して親会社となり、前沢友作氏の持株比率は35.94%から17.87%へ下がった。 増資を避けて守ってきた経営権を公開買付けに委ね、創業者が持株の半分と社長の座を手放して、zホールディングスの連結子会社となった資本の異動 守るための選択が、手放す結末を導いた この決断の芯は、経営権を掌握し続けた創業者が、その持株の出口を自力で作れなかったところにある。前沢友作氏の持株比率は2016年3月期の43.16%から2019年3月期の35.94%へ緩やかに下がってはいたが、なお3分の1を超えていた。これだけの株数を市場で捌けば需給が崩れ、抱え続ければ創業者個人に依存した資本構成が残る。増資を避けて独立を保った資本政策が、成長の果てに自らの退路を塞いだのだと思われる。公開買付けは、その塞がった退路を一度に開ける手段でもあった。 資本提携・政策保有 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/3289/decisions/capital-efficient-shift-2019/","t":"総合デベロッパーから資本効率を軸とする不動産企業への転換","c":"東急不動産ホールディングス","y":2019,"col":"#2d9622","s":"開発物件を全量自己保有する資産積み上げ型を改め、重点立地は保有・非重点は他人資本を入れて段階売却する回収サイクル型へ移り、資本効率（ROE）を高める面的な戦略","x":"2019 東急不動産ホールディングス 広域渋谷圏で段階売却 総合デベロッパーから資本効率を軸とする不動産企業への転換 2019年に広域渋谷圏で段階売却。西川弘典氏が全量自己保有を改め、開発と賃貸と売却を組み合わせて回収の速度で収益を上げる 開発物件を全量自己保有する資産積み上げ型を改め、重点立地は保有・非重点は他人資本を入れて段階売却する回収サイクル型へ移り、資本効率(roe)を高める面的な戦略 持たざる開発という選択 この戦略の核心は、不動産デベロッパーの強みとされてきた\"資産を持つこと\"を、あえて相対化した点にある。良い立地を押さえて長く保有し、賃料を積み上げる経営は堅実だが、資本が寝て効率は伸びにくい。東急不動産ホールディングスは、重点立地は握りつつ非重点は他人資本を入れて段階的に手放すことで、開発の果実を早く回収し次の投資へ回す道を選んだ。規模で先行する三井・三菱地所と正面から資産量を競わず、資本の回転で差をつけるという判断は、後発の総合デベロッパーが取りうる現実的な戦略であったのだろう。 事業売却・撤退 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/3994/decisions/crypto-exchange-exit-2019/","t":"交換業者登録の手続き中止による参入計画そのものの取りやめ","c":"マネーフォワード","y":2019,"col":"#E2750F","s":"流出事故を受けた金融庁の登録審査凍結と体制整備費用の上昇により、あらかじめ定めた撤退ラインに触れたため、開発をほぼ終えた交換所事業を稼働前に止めた","x":"2019 マネーフォワード マネーフォワードフィナンシャル撤退 交換業者登録の手続き中止による参入計画そのものの取りやめ 2019年4月に仮想通貨事業からの撤退。子会社マネーフォワードフィナンシャルの交換業者登録手続きを中止し、取引所システムの開発も停止 流出事故を受けた金融庁の登録審査凍結と体制整備費用の上昇により、あらかじめ定めた撤退ラインに触れたため、開発をほぼ終えた交換所事業を稼働前に止めた 13か月で引き返した事業 参入を決めた2018年3月から中止の2019年4月まで、この事業が費やした時間は13か月であった。日本銀行と金融庁で20年以上を過ごした人物を社長に据え、業界団体にも加入し、社内での試験まで終えたところで止めている。準備の水準が低かったから止めたのではなく、準備が整っていたからこそ、残る障害が相場と規制の側にしかないことがはっきり見えていたのだろう。 事業売却・撤退 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/4114/decisions/sanyokasei-togo-hakushi-2019/","t":"最終契約まで結びながら実現しなかった共同株式移転による経営統合","c":"日本触媒","y":2019,"col":"#00A178","s":"最終契約の締結後に原材料価格と製品価格が著しく変動し、製品需要の先行きも不透明になったため、株式移転比率の見直しを経ても統合の実施が困難になった","x":"2019 日本触媒 三洋化成工業との統合破談 最終契約まで結びながら実現しなかった共同株式移転による経営統合 2019年5月に三洋化成工業との経営統合で基本合意し、同年11月に共同株式移転の最終契約を締結したが、2020年10月に両社の合意で解約した 最終契約の締結後に原材料価格と製品価格が著しく変動し、製品需要の先行きも不透明になったため、株式移転比率の見直しを経ても統合の実施が困難になった 比率が決まらないまま終わった統合 2019年11月29日の最終契約は、共同株式移転による統合の枠組みを細部まで定めていた。統合持株会社の商号はsynfomix株式会社、資本金は28,000百万円、本店は三洋化成の本店がある京都市東山区、本社機能は大阪市と東京都の二か所である。代表取締役は2名とし、会長に三洋化成の安藤孝夫社長、社長に日本触媒の五嶋祐治朗社長を充て、社長が株主総会と取締役会の議長を務める。統合を契機とする人員整理は行わず、効力発生後数年間は処遇の不利益な変更も行わないと定めた。対等の統合として形は整っていた。 合併・経営統合 破談・撤回"},{"k":"decision","u":"/tse/4151/decisions/bio-divestiture-2019/","t":"バイオ子会社株式95％の切り出しによる医薬事業への一本化","c":"協和キリン","y":2019,"col":"#EA5406","s":"キリンHD傘下で医薬事業への集中を進めた協和発酵キリンが、残る非医薬の主力事業・協和発酵バイオの株式95％を親会社へ約1,280億円で譲渡し、医薬単一事業へ移っ…","x":"2019 協和キリン キリンhdへ株式譲渡 バイオ子会社株式95%の切り出しによる医薬事業への一本化 2019年2月にキリンhdへ株式譲渡。協和発酵キリンが協和発酵バイオ株の95%を約1,280億円で親会社へ渡し、同年7月に協和キリンへ改称 キリンhd傘下で医薬事業への集中を進めた協和発酵キリンが、残る非医薬の主力事業・協和発酵バイオの株式95%を親会社へ約1,280億円で譲渡し、医薬単一事業へ移った再編。支配株主との取引として第三者委員会とフェアネス・オピニオンで価格の妥当性を担保した。 高収益事業を、だれのために手放すのか この判断の核心は、単体の収益基盤を縮める譲渡を、支配株主である親会社との取引として行った点にある。協和発酵キリンは第三者委員会を設置し、フェアネス・オピニオンで価格の妥当性を確かめており、少数株主保護の手続きは形の上で尽くされていた。それでも、年に81億円のコア営業利益を生む子会社を親会社が約1,280億円で買い取る取引そのものは、少数株主から見れば稼ぎ手が親会社側へ移るという性格を免れない。手続きの公正と、取引の中身が少数株主に有利かどうかは、別の問いである。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4188/decisions/tanabe-mitsubishi-tob-2019/","t":"4,918億円で上場子会社の少数株主持分を取得した、親子上場の解消","c":"三菱ケミカルグループ","y":2019,"col":"#FF000E","s":"収益が細る上場子会社・田辺三菱製薬の少数株主持分を4,918億円で取得し、親子上場を解消して医薬事業を持株会社の完全子会社とした判断","x":"2019 三菱ケミカルグループ 田辺三菱製薬の完全子会社化 4,918億円で上場子会社の少数株主持分を取得した、親子上場の解消 2019年11月に田辺三菱製薬への公開買付けを開始。議決権56.4%の上場子会社の株式を4,918億円で取得し、2020年3月2日の株式売渡請求で完全子会社とした 収益が細る上場子会社・田辺三菱製薬の少数株主持分を4,918億円で取得し、親子上場を解消して医薬事業を持株会社の完全子会社とした判断 取得した持分と、5年後の値付け この取引は企業結合ではない。田辺三菱製薬は既に連結子会社であり、動いたのは資本だけである。取得した非支配持分の帳簿価額348,615百万円に対し、支払った対価は493,271百万円で、差額144,656百万円がそのまま親会社の所有者に帰属する持分の減少として資本に直接認識された。のれんは立たず、償却も減損も起きない代わりに、1,446億円の減少が一度に資本へ計上されている。買い取る対象が帳簿より高いと判断した分だけ、持株会社の資本が薄くなる構図であった。 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/4329/decisions/hr-business-divestiture-2019/","t":"会社分割を伴う中核事業の切り出しと事業構成の再編","c":"ワークスアプリケーションズ","y":2019,"col":"#0762DC","s":"資金枯渇を前に、収益源であるHR事業を切り出して売却し、債務の返済と残存事業の再建原資を確保する選択","x":"2019 ワークスアプリケーションズ hr事業の売却 会社分割を伴う中核事業の切り出しと事業構成の再編 2019年6月にhr事業の売却。ワークスアプリケーションズが会社分割で主力事業を切り出し、ベインキャピタルへ約1,000億円で譲る 資金枯渇を前に、収益源であるhr事業を切り出して売却し、債務の返済と残存事業の再建原資を確保する選択 切り出す単位の選び方が値段を決めた この判断で効いたのは、売るか売らないかではなく、何を一つの束として売りに出すかだった。会社全体では500億円から600億円で頓挫した交渉が、hr事業だけを切り出した途端に約1,000億円へ跳ねた。買い手にとって値が付くのは、顧客基盤と収益が確定している部分であって、赤字の開発案件や係争中の訴訟ではない。束のままでは、値が付く部分の価格が値の付かない部分に引きずられる。会社分割は、その引きずりを断つ手続きとして働いた。 事業売却・撤退 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/4502/decisions/shire-acquisition-2019/","t":"自前創薬の細りを埋める6兆2,133億円の買収","c":"武田薬品工業","y":2019,"col":"#E1242A","s":"自前でアクトス級の新薬を生み出せず国内市場も頭打ちに近づくなか、規模とパイプラインを外から取り込むため、希少疾患・血漿分画製剤に強いシャイアーを6兆2,133億…","x":"2019 武田薬品工業 シャイアーの買収 自前創薬の細りを埋める6兆2,133億円の買収 2018年5月にシャイアーの買収で合意し、2019年1月に発行済普通株式の100%を取得した。移転した対価は6兆2,133億円で、のれん3兆1,655億円と無形資産3兆7,691億円を認識した 自前でアクトス級の新薬を生み出せず国内市場も頭打ちに近づくなか、規模とパイプラインを外から取り込むため、希少疾患・血漿分画製剤に強いシャイアーを6兆2,133億円で取得し、売上収益を3兆円台へ押し上げる代わりに5兆7,510億円の有利子負債を負った買収判断 買収に頼る経営が得たものと、育てる時間の遅れ この買収の性格は、対価の組み立てにあらわれている。6兆2,133億円のうち3兆1,313億円は新たに発行した自社株で、既存株主の持分を大きく薄めてでも獲得したかったのは、自前の研究所からは出てこなかった希少疾患のパイプラインだった。武田薬品工業は1989年のリュープリン以降、ミレニアム・ナイコメッド・ariadと外から事業基盤を買い足してきたが、シャイアーはその延長にありながら桁が違う。時間を金で買わなければ世界の上位に残れないという危機感の裏返しでもあり、育てる時間を省いた代償は、看板のアリナミンを手放す形で返ってきたのだろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/4506/decisions/roivant-alliance-2019/","t":"戦略的提携によるスミトバントの子会社化と、相手方株式11％の取得","c":"住友ファーマ","y":2019,"col":"#007A4C","s":"主力ラツーダの米国独占販売終了で失われる収益を、複数の後継候補と創薬プラットフォームを一括で取得することで先回りして埋める戦略","x":"2019 住友ファーマ 英ロイバントとの提携 戦略的提携によるスミトバントの子会社化と、相手方株式11%の取得 2019年9月に英ロイバントとの提携。新設持株会社スミトバント・バイオファーマの全株式を20億米ドルで取得し、12月に完了 主力ラツーダの米国独占販売終了で失われる収益を、複数の後継候補と創薬プラットフォームを一括で取得することで先回りして埋める戦略 確率を買った10年の帰結 セプラコールに26億ドルを払ったとき、会社が買ったのは米国の販売網であった。ロイバントに約30億ドルを払ったとき買ったのは、新薬候補を選別して走らせる仕組みと、そこにぶら下がる25以上の開発品である。10年で対象が製品から確率へ移ったのは、単剤ラツーダで一度当てた成功体験と、その一品が2023年2月に消えるという確定した日付の両方が経営を押していたからだと思われる。時間で買えないものを金額で買う判断であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 技術・r&d起点の勝負 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4516/decisions/rare-disease-focus-2019/","t":"第六次中期経営計画による注力領域の難病・希少疾患、泌尿器・血液内科への集中","c":"日本新薬","y":2019,"col":"#023F73","s":"薬価改定と後発品使用促進が続く国内市場で、大手と桁の違う研究開発費では患者数の多い領域を正面から戦えないため、1960年代末から製品を積み上げてきた泌尿器・血液…","x":"2019 日本新薬 難病・希少疾患の重点化 第六次中期経営計画による注力領域の難病・希少疾患、泌尿器・血液内科への集中 2019年5月に難病・希少疾患へ集中。第六次5ヵ年中期経営計画で泌尿器科・血液内科・婦人科へ自社創薬の的を寄せた日本新薬 薬価改定と後発品使用促進が続く国内市場で、大手と桁の違う研究開発費では患者数の多い領域を正面から戦えないため、1960年代末から製品を積み上げてきた泌尿器・血液と難病/希少疾患へ自社創薬の資源を配分する判断 手元にあったものを、選び直した 絞ると宣言したものは、実のところ半世紀かけて手元に残っていたものであった。1967年のエビプロスタットから1984年のエストラサイトカプセルまで、泌尿器と血液の製品は、大手が主戦場としない場所に途切れず積み上がっていた。2019年の第六次中期経営計画がしたのは、その細い領域に難病・希少疾患を足し、研究開発の資源をそこへ寄せると対外的に宣言することであった。薬価改定が続き大手と正面から戦えない環境で、新しく何かを買うのではなく、既にあるものを選び直した判断であったとみられる。 選択と集中 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/4527/decisions/succession-sugimoto-2019/","t":"創業家が会長として代表権を残し、執行を武田出身の社外人材へ委ねた交代","c":"ロート製薬","y":2019,"col":"#005BAB","s":"社長の急逝で生じた承継の空白を、創業家の会長が社長を兼ねてしのいだうえで、武田コンシューマーヘルスケアの前社長を戦略アドバイザーとして迎え、5か月後に代表取締役…","x":"2019 ロート製薬 杉本雅史氏が社長就任 創業家が会長として代表権を残し、執行を武田出身の社外人材へ委ねた交代 2019年6月に杉本雅史氏を代表取締役社長に迎え、創業家の山田邦雄氏は代表取締役会長に就任した。武田コンシューマーヘルスケアの前社長を招いた同社初の社外出身トップで、取締役会は12名・うち社外3名となった 社長の急逝で生じた承継の空白を、創業家の会長が社長を兼ねてしのいだうえで、武田コンシューマーヘルスケアの前社長を戦略アドバイザーとして迎え、5か月後に代表取締役社長へ据えた交代。会長は代表権を残し、就任翌日に指名委員会を新設した 同族の設計と、その現代化 この承継の核心は、社長の急逝という偶発に対処したことよりも、創業120年の同族企業が、独立性を保ったまま執行だけを外部へ開いた点にあるだろう。1949年の株式会社化で敷かれた、外部資本を抑える資本の設計は、他社の顔色をうかがわずに副業解禁や再生医療といった逆張りの多角化を可能にしてきた。その独立性は創業家がトップに座ることで担保されてきた面が大きい。所有株式数が「―」の社長と1,972千株を持つ会長という組み合わせは、所有は手放さず執行だけを専門家へ委ねるという、次の形を試したことの現れだろう。 トップ交代・承継 外部人材・プロ経営者 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/4568/decisions/enhertu-alliance-2019/","t":"提携相手と組んだエンハーツの世界展開と、がん事業への転換","c":"第一三共","y":2019,"col":"#00A4E2","s":"自社創製のADC「DS-8201（エンハーツ）」を単独ではなくアストラゼネカと日本を除く全世界で共同開発・商業化し、利益と費用を折半することで、開発の速さと世界…","x":"2019 第一三共 アストラゼネカと提携 提携相手と組んだエンハーツの世界展開と、がん事業への転換 2019年3月にアストラゼネカと提携。自社創製の抗体薬物複合体エンハーツを日本以外で共同開発し、利益と費用を折半し製造は第一三共が担う 自社創製のadc「ds-8201(エンハーツ)」を単独ではなくアストラゼネカと日本を除く全世界で共同開発・商業化し、利益と費用を折半することで、開発の速さと世界市場への到達を得て、がん事業を次の主力事業に据えた提携 自社の技術を、速さと引き換えに世界へ この提携の核心は、第一三共が自社で創り出したエンハーツを、あえて単独で世界展開せず、利益を折半してでもアストラゼネカと組んだ点にある。がん領域での世界規模の開発と販売には、巨額の資金と、各国の当局対応や販売網が要る。経営統合の後に次の収益源を探していた第一三共にとって、その負担とリスクを一社で抱えることは重かった。利益の半分と引き換えに、開発の速さと世界での到達範囲を買った判断だったといえる。 技術・r&d起点の勝負 祖業・主力事業の転換 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/4689/decisions/line-integration-2019/","t":"ヤフーの商号の放棄と、株式交換によるLINEの完全子会社化","c":"LINEヤフー","y":2019,"col":"#FF0033","s":"商号をZホールディングスへ改めて持株会社体制へ移行し、株式交換でLINEを完全子会社として取り込むことで、決済・広告・電子商取引を一体で組み直し、米Yahooラ…","x":"2019 lineヤフー lineとの経営統合 ヤフーの商号の放棄と、株式交換によるlineの完全子会社化 2019年10月に商号をヤフーからzホールディングスへ改め、12月にlineとの経営統合で最終合意した。2021年3月1日に株式交換比率1対11.75で完全子会社化し、のれんは1,384,985百万円となった。 商号をzホールディングスへ改めて持株会社体制へ移行し、株式交換でlineを完全子会社として取り込むことで、決済・広告・電子商取引を一体で組み直し、米yahooライセンスによる海外制約も迂回しようとした再編 競争を止めるための統合が、二度の再編を要した理由 この判断の核心は、新しい市場を開拓するための攻めの統合ではなく、同じ資本の下で競い合う二社の消耗を止め、抱えていた構造の弱みをまとめて解くための守りの再編にあった。自力の成長はzozoの連結化なしには続かず、1996年のライセンス契約は日本の外への道を塞いでいた。競合の統合という一手でそのいずれにも同時に手当てをする——それが、社名まで捨てて持株会社へと姿を変えたzホールディングスの選んだ答えだったのだろう。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/4689/decisions/zozo-acquisition-2019/","t":"4,007億円で議決権の過半だけを取り、ファッションECを時間ごと買収した選択","c":"LINEヤフー","y":2019,"col":"#FF0033","s":"eコマース事業のファッションECを強化するため、ZOZO株式の公開買付けで議決権の50.1％を4,007億円で取得して連結子会社とし、上場を残したまま過半だけを…","x":"2019 lineヤフー zozo買収で親子上場 4,007億円で議決権の過半だけを取り、ファッションecを時間ごと買収した選択 2019年9月にzホールディングスがzozo株式の公開買付けを決議した。11月に4,007億円で議決権の50.1%を取得し、のれん2,129億円と識別した無形資産5,022億円を計上した eコマース事業のファッションecを強化するため、zozo株式の公開買付けで議決権の50.1%を4,007億円で取得して連結子会社とし、上場を残したまま過半だけを押さえた買収 4,007億円で取得したのは客と名前だった 払った4,007億円の内訳を開くと、のれん2,129億円よりも、企業結合により識別した無形資産5,022億円のほうが大きい。その大半は顧客基盤と商標権で、つまりこの取引で取得したのはzozotownという名前と、そこに集まっている客そのものだった。自前のモールを持ちながらファッションのブランドと客を自力で積み上げれば年単位の時間がかかる。その時間を金で買ったのだと思われる。議決権を過半に絞ったのも同じ計算の延長で、同じ資金で連結できる事業を最大にする設計であった。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4751/decisions/governance-reform-2019/","t":"社長選任賛成率57.56%を機とする経営体制の見直し","c":"サイバーエージェント","y":2019,"col":"#82be28","s":"機関投資家の反対で露呈した取締役会の独立性不足に対し、任意委員会の設置と社外取締役の増員で統治を刷新した経営判断","x":"2019 サイバーエージェント コーポレートガバナンス改革 社長選任賛成率57.56%を機とする経営体制の見直し 2019年12月にコーポレートガバナンス改革。藤田晋社長の取締役選任賛成率が57.56%へ急落し、指名・報酬諮問委員会を設置した 機関投資家の反対で露呈した取締役会の独立性不足に対し、任意委員会の設置と社外取締役の増員で統治を刷新した経営判断 危機が制度を前に進めた この転換点の特徴は、改革の引き金が業績の悪化ではなく、株主による議決権行使だった点にある。安定株主を持たず、外国法人と機関投資家が株式の多くを握る株主構成は、平時には資本市場からの評価を素直に映す一方で、取締役会の独立性という一点で創業者にノーを突きつける力にもなった。藤田晋社長の持株を除けば過半が反対に回ったという事実は、創業者の求心力だけでは上場企業の統治が完結しないことを、数字で示していた。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4901/decisions/xerox-kaisho-2019/","t":"持ちかけた買収構想の破談と、その後に選んだ持分の全量取得","c":"富士フイルム","y":2019,"col":"#ED1C24","s":"半世紀以上続いた日米合弁のもとで結んだ米ゼロックスとの統合契約が相手方の終了通知で実現せず、2019年11月に合弁契約を解消して富士ゼロックス株25%を取得し、…","x":"2019 富士フイルム 富士ゼロックス完全子会社化 持ちかけた買収構想の破談と、その後に選んだ持分の全量取得 2018年1月に富士ゼロックス完全子会社化。米ゼロックス株式の50.1%を取得する契約を締結したが、同年5月に相手方から終了を通告された 半世紀以上続いた日米合弁のもとで結んだ米ゼロックスとの統合契約が相手方の終了通知で実現せず、2019年11月に合弁契約を解消して富士ゼロックス株25%を取得し、完全子会社とした判断 買収できなかった本体と、取得した残りの25% この判断の核心は、一つの製品群を日米で分けて持つという合弁の仕組みそのものに、富士フイルムが手を入れた点にある。当初めざしたのは、ゼロックスの過半の株式を握って二つの会社を一つに統合する世界規模の統合であった。それが相手方からの契約終了の通知で消えたとき、富士フイルムは構想を捨てず、対象を富士ゼロックスの残り25%だけに絞り直した。買えなかったのは欧米のゼロックス本体であり、取得したのは、半世紀以上分かち合ってきた富士ゼロックスの全株式であった。 破談・撤回 クロスボーダーm&a(日本→海外) 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5019/decisions/idemitsu-showa-shell-2019/","t":"交換比率1対0.41の株式交換で昭和シェル石油を完全子会社に","c":"出光興産","y":2019,"col":"#D50D2D","s":"出光興産を株式交換完全親会社、昭和シェル石油を株式交換完全子会社とする株式交換が、2019年4月1日に効力を生じた。企業結合直前に保有していた議決権比率31.6…","x":"2019 出光興産 昭和シェルと経営統合 交換比率1対0.41の株式交換で昭和シェル石油を完全子会社に 2019年4月に昭和シェルと経営統合。株式交換で取得原価5,794億円、のれん1,714億円を計上し、議決権比率は31.62%から100%となった 出光興産を株式交換完全親会社、昭和シェル石油を株式交換完全子会社とする株式交換が、2019年4月1日に効力を生じた。企業結合直前に保有していた議決権比率31.62%に68.38%を追加取得し、取得後の議決権比率は100.0%となった。昭和シェルの普通株式1株に対して出光興産の普通株式0.41株を割当交付し、交付株式数は104,411,875株、うち10,486,357株は自己株式を充当した。取得原価は5,794億74百万円で、直前に所有していた株式の企業結合日における時価1,832億31百万円と、交付した株式の時価3,962億43百万円の合計である。 大株主との合意形成という関門 この統合が示すのは、経済合理性が整っていても、大株主との合意形成という関門を越えなければ案件が進まないという現実であったと推察される。出光と昭和シェルの組み合わせは、需要が縮む装置産業で規模を確保する手段として一定の合理性を備えていた。それでも成立に約3年半を要したのは、創業家という拒否権を持ちうる大株主の同意が不可欠だったためである。株式交換契約に先立つ2018年7月10日、取締役会が決議したのが昭和シェルとの合意書と並ぶ大株主との合意書であり、そこには株主総会での賛成の議決権行使と統合後の運営が条件として並んだ。案件の実質的な関門が、相手方ではなく自社の株主名簿の側にあったことを、この決議の順序が物語っている。 合併・経営統合 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/5805/decisions/roic-management-2019/","t":"ROIC を経営指標に据えたことによる低資本効率事業の整理","c":"SWCC","y":2019,"col":"#003F87","s":"四度の最終赤字と自己資本比率26.6%という財務体質を前に、利益の絶対額ではなく投下資本に対する見返りで事業を測り直し、資本コストを下回る事業を整理した構造改革","x":"2019 swcc 古河電工と汎用電線統合 roic を経営指標に据えたことによる低資本効率事業の整理 2019年4月にroicを経営指標に導入。長谷川隆代社長が事業をセグメント制へ改め、黒字でも資本コストを下回る事業を撤退の対象とした 四度の最終赤字と自己資本比率26.6%という財務体質を前に、利益の絶対額ではなく投下資本に対する見返りで事業を測り直し、資本コストを下回る事業を整理した構造改革 物差しを替えるということ 長谷川隆代社長が替えたのは事業の顔ぶれではなく、事業を測る物差しであった。電線の付加価値は低くて当然という社内の受け止めに対し、稼ぐのにいくら使ったかを問うroicを持ち込み、黒字であっても資本コストを賄えない事業は手放す基準に改めている。創業以来の商域である汎用電線の販売を、競合の古河電気工業と一つにするところまで踏み込んだ点に、その徹底が表れているだろう。 リストラ・構造改革 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6178/decisions/kampo-misselling-2019/","t":"契約乗換をめぐる調査と、3社長の引責・グループ統治の立て直し","c":"日本郵政","y":2019,"col":"#ee2737","s":"傘下2社の募集品質問題の判明と、それに対する総務大臣・金融庁の行政処分を受け、経営陣の引責とグループ統治の立て直しを迫られた","x":"2019 日本郵政 かんぽ生命の不適切募集 契約乗換をめぐる調査と、3社長の引責・グループ統治の立て直し 2019年12月にかんぽ生命の不適切募集で行政処分。意向に沿わない契約乗換の疑いで約18.3万件を調査し、日本郵便とかんぽ生命保険が業務停止命令を受けた 傘下2社の募集品質問題の判明と、それに対する総務大臣・金融庁の行政処分を受け、経営陣の引責とグループ統治の立て直しを迫られた 「現場の暴走」か、「構造の帰結」か この問題を、成績に目がくらんだ一部の募集人による現場の逸脱として片づけることはできる。ただ、そう見ると多くを見落とすことになる。特別調査委員会が挙げたのは、不適正募集の実態把握につながる現場の声が経営陣に届かないこと、リスク事象を探知した際の原因追究・解決の先送り、問題の矮小化、上意下達のもとでの情報伝達の目詰まりであり、いずれも募集人個人ではなく組織の側にある事情であった。郵便事業の維持を最優先に傘下2社へ販売を担わせた親子上場の力学まで含めれば、営業現場だけの問題として閉じるには広がりが大きすぎたのだろう。3社の社長等が同時に辞めたのは、その広がりを持株会社の頂点まで認めた決着であった。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6395/decisions/demag-acquisition-2019/","t":"米テレックスからのドイツ生産拠点の集約","c":"タダノ","y":2019,"col":"#004295","s":"LEに事業を限った専業メーカーが、自力で埋めていない大型クレーンの領域を既存ブランドごと取得して埋める判断","x":"2019 タダノ デマーグクレーン事業の取得 米テレックスからのドイツ生産拠点の集約 2019年2月に米テレックスとデマーグブランドのクレーン事業の取得を契約。8社の株式取得と11社の事業譲受により7月31日に完了し、取得原価は212億82百万円 leに事業を限った専業メーカーが、自力で埋めていない大型クレーンの領域を既存ブランドごと取得して埋める判断 買えたのは製品で、買えなかったのは会社の形 大型のオールテレーンクレーンを一から設計し、欧州で顧客と保守網を自力で開くには、何年かかるか見通せない。2008年度以降、事業領域をleと定めた会社には、隣の分野へ逃げる道も残されていない。持っていない製品を持つ手段として買収を選んだこと自体には理屈がある。ただ、212億82百万円で受け入れた資産483億53百万円のうち425億90百万円は流動資産で、引き受けた負債265億30百万円のうち137億81百万円は固定負債であった。暫定処理の確定では退職給付に係る負債が21億40百万円積み増されている。取得したのは製品系列だけではなかった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) pmi・買収後統合 隣接領域への展開 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6472/decisions/nomination-committee-transition-2019/","t":"監査役会を廃止し、業務執行を15名の執行役へ渡した機関設計の組み替え","c":"NTN","y":2019,"col":"#009CE5","s":"監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行し、社外取締役を2名から5名へ増やして三委員会の委員長をすべて社外に委ねる一方、取締役会の決議事項以外の業務執行を…","x":"2019 ntn 指名委員会等設置会社へ移行 監査役会を廃止し、業務執行を15名の執行役へ渡した機関設計の組み替え 2019年6月に監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行した。取締役は14名から11名、社外取締役は2名から5名となり、監査役4名は退任して15名の執行役が業務執行を担う体制に変わった 監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行し、社外取締役を2名から5名へ増やして三委員会の委員長をすべて社外に委ねる一方、取締役会の決議事項以外の業務執行を15名の執行役へ委譲し、報酬の決定を株主総会の枠から報酬委員会へ移管した機関設計の組み替え 渡した権限と、受け止める側の厚み この移行で実際に動いたのは、監査の形よりも決定の置き場だったとみられる。取締役会は自らの決議事項を法令と定款が求める範囲まで絞り、残りの業務執行を15名の執行役へ渡した。同時に、株主総会が握っていた報酬の上限という縛りが外れ、方針と個人別の額を決める権限は報酬委員会へ移っている。社外取締役を2名から5名へ増やし、三委員会の委員長をすべて社外取締役に委ねた人事は、執行役へ渡した権限に見合う監督を取締役会に持たせる措置だったのだろう。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6501/decisions/uk-nuclear-exit-2019/","t":"英国での原発事業の凍結と、海外原発路線の断念","c":"日立製作所","y":2019,"col":"#C60202","s":"資金調達モデルなど英国政府との諸条件の合意に至らず、民間企業としての経済合理性の観点から英国原子力発電所建設プロジェクトを凍結し、関連資産を減損した判断","x":"2019 日立製作所 「ホライズンプロジェクト」撤退 英国での原発事業の凍結と、海外原発路線の断念 2019年1月17日、英国原子力発電所建設プロジェクトの凍結を取締役会で決定。減損損失277,208百万円を含む事業構造改革関連費用294,613百万円を計上し、2020年9月に事業から撤退した 資金調達モデルなど英国政府との諸条件の合意に至らず、民間企業としての経済合理性の観点から英国原子力発電所建設プロジェクトを凍結し、関連資産を減損した判断 見切りの巧拙と、社会インフラの選択 この判断の芯にあるのは、いつ見切るかという問いであった。294,613百万円という費用は、最終投資判断にも至らず、1基も着工していない計画に投じられたものである。2012年に88,886百万円で取得した会社が、6年で3倍を超える損失に化けた。それでも、諸条件の合意にさらなる時間を要すると見た時点で止めたのは、これ以上費用が積み上がる前に断つという意味で理にかなった選択だったと思われる。 事業売却・撤退 海外撤退・縮小 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6758/decisions/third-point-breakup-defense/","t":"物言う株主の切り出し要求を退けたうえでの一体経営の堅持","c":"ソニー","y":2019,"col":"#003366","s":"高収益のエンタメ・半導体を切り離せば価値が顕在化するという物言う株主サードポイントの二度の分離要求に対し、ソニーが平井一夫氏・吉田憲一郎氏の両体制で分離を拒み、…","x":"2019 ソニー サードポイントの事業分離要求 物言う株主の切り出し要求を退けたうえでの一体経営の堅持 2019年9月にサードポイントの分離要求を退ける。ダニエル・ローブ氏が半導体事業の分離と上場を迫り、2013年に続く二度目 高収益のエンタメ・半導体を切り離せば価値が顕在化するという物言う株主サードポイントの二度の分離要求に対し、ソニーが平井一夫氏・吉田憲一郎氏の両体制で分離を拒み、両事業を不可分の中核として統合したまま残した株主対応 会社を割らずに、価値を高められるか この判断の核心は、高収益の事業を切り離して価値を解き放つという物言う株主の論法に対し、ソニーが二度とも統合で応えた点にある。2013年に狙われたのはエンタテインメント、2019年に狙われたのは半導体で、標的は正反対だった。それでもソニーの答えは変わらなかった。個々の事業を分けて市場に評価させるより、映画・音楽・半導体・金融を一つの傘の下で協業させたほうが長い目で価値が大きい——平井体制も吉田体制も、この一点で分割論を退けた。ディスカウントという市場の値づけを認めながら、それを解くために会社を割ることは選ばなかった。 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/6770/decisions/oasis-merger-ratio-2019/","t":"株式交換による2社の経営統合の押し切りと、条件をめぐる攻防","c":"アルプスアルパイン","y":2019,"col":"#003DA5","s":"親会社が比率を決める親子上場の株式交換に対し、アルパインの少数株主である外資系ファンドが交換比率の不公正を突き、比率の妥当性と情報開示が統合成立の焦点となった","x":"2019 アルプスアルパイン オアシスと合併比率対立 株式交換による2社の経営統合の押し切りと、条件をめぐる攻防 2018年12月にオアシスが合併比率へ反対。株式交換比率1対0.68は少数株主に不利との立場 親会社が比率を決める親子上場の株式交換に対し、アルパインの少数株主である外資系ファンドが交換比率の不公正を突き、比率の妥当性と情報開示が統合成立の焦点となった 比率という一点に凝縮した親子上場の問い この一件の核心は、統合すべきか否かではなく、統合の値づけを誰がどう決めるかにあった。電子部品とソフトウエアを統合する事業の論理は、case時代の再編としてそれなりの説得力を持っていた。ただ、親会社が41.15%の議決権を握ったまま比率を設計する親子上場の構造では、少数株主にとって0.68という数字が公正だと信じる根拠が薄い。会社側は第三者算定機関の再算定と1株100円の特別配当で応じたが、買取価格の合意に至らない株主が残った事実は、その手当てが完全には信を得られなかったことを示しているとみられる。 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/7211/decisions/board-committee-transition-2019/","t":"監査役会を廃し、社外取締役12名と三委員会に執行の監督を委ねる体制への組み替え","c":"三菱自動車","y":2019,"col":"#EC0100","s":"前代表取締役会長の不正を受けて統治の設計をやり直し、監督と執行を分離して指名・報酬・監査の三委員会へ権限を移管した機関設計の変更","x":"2019 三菱自動車 指名委員会等設置会社への移行 監査役会を廃し、社外取締役12名と三委員会に執行の監督を委ねる体制への組み替え 2019年6月に定時株主総会の定款変更により監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行した。取締役15名のうち社外取締役は12名で、指名・報酬・監査の三委員会はいずれも社外取締役が過半数を占める 前代表取締役会長の不正を受けて統治の設計をやり直し、監督と執行を分離して指名・報酬・監査の三委員会へ権限を移管した機関設計の変更   機関設計・取締役会改革 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/7238/decisions/business-turnaround-adr-2019/","t":"560億円の債権放棄を前提とした国内外の生産拠点の縮小","c":"曙ブレーキ工業","y":2019,"col":"#0092EF","s":"北米事業の赤字と資金繰りの逼迫に対し、私的整理の枠組みで金融債務を圧縮し、拡大した生産拠点を計画的に減らした再建","x":"2019 曙ブレーキ工業 事業再生adrの申請 560億円の債権放棄を前提とした国内外の生産拠点の縮小 2019年1月に私的整理の手続へ踏み切る。9月18日の計画成立で取引金融機関から560億円の債権放棄を受け、jisファンドが200億円を出資した。 北米事業の赤字と資金繰りの逼迫に対し、私的整理の枠組みで金融債務を圧縮し、拡大した生産拠点を計画的に減らした再建 減らした拠点の数が示すもの 事業再生adrは、裁判所の手続によらず取引金融機関だけを相手に債務を調整する枠組みで、仕入先や顧客との取引を止めずに済む点に利点がある。曙ブレーキ工業でも、申請から計画成立までの約8か月間、国内では顧客との関係に変化は生じていない。ただし、金融支援が動かすのは貸借対照表であって損益計算書ではない。債務免除益560億円は2020年3月期に249億円の当期純利益を生んだが、翌期の売上高は1,340億円まで縮み、営業損益は赤字に戻った。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革 資金調達・財務戦略 トップ交代・承継 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/7532/decisions/uny-acquisition-2019/","t":"PPIHへの改称——総合スーパー大手を呑み2兆円企業","c":"パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス","y":2019,"col":"#E60012","s":"時間消費型のディスカウントで伸びたドンキホーテHDが総合スーパー大手ユニーを完全子会社化し、社名から「ドン・キホーテ」を外してPPIHへ改称、GMS取り込みの型…","x":"2019 パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス ユニーの完全子会社化 ppihへの改称——総合スーパー大手を呑み2兆円企業 2019年1月にユニーを完全子会社化。大原孝治社長のもと翌2月に商号をパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスへ改めた 時間消費型のディスカウントで伸びたドンキホーテhdが総合スーパー大手ユニーを完全子会社化し、社名から「ドン・キホーテ」を外してppihへ改称、gms取り込みの型を最大規模で反復して2兆円企業への軌道に乗せた買収 名を外して間口を広げる この決断で際立つのは、規模の拡大と自社の位置づけの描き直しを同時に進めたことである。2007年の長崎屋で身につけた、総合スーパーをmega業態へ作り替える手法を、はるかに大きなユニーで繰り返した。長崎屋の取得でグループ店舗数が200店に届いた2007年に対し、ユニーの取り込みでは一気に600店へ伸びた。自らの弱みを、相手を資産ごと取得して補うというドン・キホーテのm&aの型は、ユニーの買収で確立された。また、商号から\"ドン・キホーテ\"を外した判断には、国内のディスカウンターという顔を、環太平洋の小売業へ広げる宣言の意味があった。 隣接領域への展開 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/7649/decisions/sugi-cocokara-2019/","t":"規模拡大を狙った同業大手との経営統合の模索と、2019年の破談","c":"スギホールディングス","y":2019,"col":"#048851","s":"基本合意書の締結に至らず、ココカラが特別委員会の比較検討の末に全会一致でマツキヨを選定したため協議が終了","x":"2019 スギホールディングス ココカラファインとの統合協議 規模拡大を狙った同業大手との経営統合の模索と、2019年の破談 2019年6月にココカラファインへ統合を申し入れ。特別委員会の検討を経てココカラはマツモトキヨシhdを相手に選び、基本合意に至らず終了 基本合意書の締結に至らず、ココカラが特別委員会の比較検討の末に全会一致でマツキヨを選定したため協議が終了 争奪戦が映すもの この破談が映すのは、買い手が複数現れる争奪戦では、被買収側のガバナンスが結末を左右するという力学である。スギは先行するマツキヨの合意の翌日に名乗りを上げ、規模の補完性という合理性も備えていた。しかしココカラは社外取締役や第三者を中心とする特別委員会という独立性の高い場に選定を委ね、提案の順序や熱意ではなく、シナジーの厚みと統合後の現実味で相手を選んだ。誰が、どんな基準で相手を決めるのか——その設計が、提案する側の優劣以上に勝敗を分けたとみられる。 合併・経営統合 破談・撤回"},{"k":"decision","u":"/tse/7733/decisions/valueact-medtech-transformation-2019/","t":"物言う株主を経営に招き入れたうえでのメドテック企業への転換","c":"オリンパス","y":2019,"col":"#001878","s":"2011年の事件で失墜した統治の再建と事業の集中という二つの難題を、物言う株主バリューアクトの社外取締役受け入れという一手で同時に手当てし、企業変革プラン「Tr…","x":"2019 オリンパス バリューアクトの受入れ 物言う株主を経営に招き入れたうえでのメドテック企業への転換 2019年1月にバリューアクトを受け入れ。竹内康雄社長のもと物言う株主から社外取締役を迎え、医療への集中を変革計画で示した 2011年の事件で失墜した統治の再建と事業の集中という二つの難題を、物言う株主バリューアクトの社外取締役受け入れという一手で同時に手当てし、企業変革プラン「transform olympus」で医療専業へ転換した経営判断 外圧を変革の梃子にした意義 この判断の核心は、失墜した統治の立て直しと事業の絞り込みという二つの難題を、物言う株主の受け入れという一手で同時に手当てした点にある。2011年の事件を経た日本企業の多くは、活動的な株主を防衛の対象とみなし、取締役会に入れることを避けてきた。竹内康雄氏はその逆を選び、外部の株主を排除でなく監督と変革の担い手として招き入れた。指名委員会等設置会社への移行と外国人取締役の登用は、事件で傷ついた取締役会の監督機能を、外の目で立て直す試みでもあった。 アクティビスト・株主提案対応 選択と集中 機関設計・取締役会改革 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7752/decisions/effissimo-engagement-2019/","t":"大株主の保有目的転換を受けた大型自社株買いと資本効率重視への旋回","c":"リコー","y":2019,"col":"#D51B3E","s":"株価低迷と低い資本効率を突く物言う株主の追加取得・保有目的転換に対し、大型の自社株買いと総還元性向の引き上げで応じ、自己資本の膨張を抑えて資本効率を高める資本政…","x":"2019 リコー エフィッシモ受け自社株買い 大株主の保有目的転換を受けた大型自社株買いと資本効率重視への旋回 2021年3月に1,000億円を上限とする自社株買いを決定。発行済株式のおよそ2割にあたる規模で、その後も取得と消却を重ねた 株価低迷と低い資本効率を突く物言う株主の追加取得・保有目的転換に対し、大型の自社株買いと総還元性向の引き上げで応じ、自己資本の膨張を抑えて資本効率を高める資本政策への転換 資本効率をめぐる緊張の残り方 この一連の動きの核にあるのは、事業の稼ぐ力が回復しきらないまま、積み上がった自己資本の重さを問われ続けた点にある。株価の低迷と低い資本効率を突く物言う株主に対し、リコーは大型の自社株買いと総還元性向の引き上げで応じ、資本の使い方を市場の目線へ近づけていった。もっとも、2021年3月期が営業損失に沈むなかで約2割の自社株買いに踏み切った事実は、事業の立て直しと資本還元をどう両立させるかという問いを、いまも残している。 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/7806/decisions/governance-rebuild-2019/","t":"不適切な会計処理を受けた取締役会の刷新と、京セラ出身の会長の招聘","c":"MTG","y":2019,"col":"#80CCF9","s":"上場直後の不適切な会計処理と巨額赤字を受け、取締役会・会計監査人・目標管理の各層を入れ替えて統治を再構築した再建","x":"2019 mtg 大田嘉仁氏の会長招聘 不適切な会計処理を受けた取締役会の刷新と、京セラ出身の会長の招聘 2019年9月にmtgが大田嘉仁氏を会長へ招いた。連結子会社のmtg上海などでの不適切な会計処理を受けて取締役会を刷新し、松下剛社長は辞任せず続投 上場直後の不適切な会計処理と巨額赤字を受け、取締役会・会計監査人・目標管理の各層を入れ替えて統治を再構築した再建 速さを疑うところから始めた再建 赤字を知らないまま上場した会社だった。売上高は2014年9月期の15,317百万円から2018年9月期の58,377百万円へ4年で3.8倍に伸び、その速さのまま最初の通期を迎えている。再発防止策の筆頭に挙がったのが人の入れ替えではなく、現場の実態を軽視した過度な目標値の設定を防ぐ管理体制であり、策定の裏付けとなる資料と、卸先から消費者へ渡った実数を示すセルスルー情報を本社管理部門が検証する仕組みだったのは、数字が現場へ降りる経路そのものを作り替えなければ同じことが起きると見たからだろう。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革 外部人材・プロ経営者 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/7984/decisions/pentel-takeover-2019/","t":"議決権45.05%までの取得と、子会社化を断念しての全株譲渡","c":"コクヨ","y":2019,"col":"#D20E2E","s":"国内に偏った事業構成のなかで、自前では持てない筆記具の技術と海外販路を資本で取り込もうとした判断。投資組合の持分を一括で取得して議決権45.05%まで積んだが子…","x":"2019 コクヨ ぺんてる株の取得試み 議決権45.05%までの取得と、子会社化を断念しての全株譲渡 2019年5月にぺんてる株37.45%を持つ投資組合の持分を101億円で取得。議決権45.6%まで積んだが子会社化には至らず、2022年11月に全株をプラスへ譲渡した 国内に偏った事業構成のなかで、自前では持てない筆記具の技術と海外販路を資本で取り込もうとした判断。投資組合の持分を一括で取得して議決権45.05%まで積んだが子会社化には届かず、減損を経て3年後に全株を手放した 買収しきれなかったものと、残ったもの コクヨが取りにいったのは会社そのものではなく、自前では育たなかった筆記具の技術と、120以上の国と地域に伸びる販路であった。本邦の売上高が9割を超えて地域別の記載を省略するほど国内に偏った会社が海外で売るには、外から買うほかに道は乏しい。投資組合の持分を丸ごと買うという2019年5月の手法は、譲渡制限のある非上場株を動かす筋としては通っている。ただし、どれだけ買い進めても議決権は45.6%までで止まった。 敵対的・同意なき買収 破談・撤回 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/descente-tob-2019/","t":"同意なき買付けによる議決権の25.5％から40.0％への引き上げ","c":"伊藤忠商事","y":2019,"col":"#19479B","s":"1980年代以来の筆頭株主である伊藤忠が、取引と経営体制をめぐる対立の末に、持分法適用の関連会社であったデサントへ同意なきTOBを実施。議決権を25.5％から4…","x":"2019 伊藤忠商事 デサントへの敵対的tob 同意なき買付けによる議決権の25.5%から40.0%への引き上げ 2019年1月に伊藤忠商事がデサントへ同意なきtobを実施。筆頭株主として議決権の所有割合を25.5%から40.0%へ引き上げた 1980年代以来の筆頭株主である伊藤忠が、取引と経営体制をめぐる対立の末に、持分法適用の関連会社であったデサントへ同意なきtobを実施。議決権を25.5%から40.0%(うち間接9.6%)へ引き上げ、連結子会社化はせず持分法のまま経営への関与を強めた。 資本の論理と、事業の論理 この一件が異例だったのは、同意なき買付そのものよりも、対象が半世紀にわたり支え続けてきた自らの出資先であった点にある。筆頭株主として経営難を救い、役員を送り込んできた相手に対して、資本の論理で経営体制の刷新を迫る——支援の歴史と支配の意思が同じ相手のなかで交錯したところに、この判断の重さがあったと思われる。取引の強要をめぐる不信という、極めて生々しい商売上の齟齬が出発点にあったことも、通常のm&aとは温度の異なる対立を生んだ一因であったといえる。 敵対的・同意なき買収"},{"k":"decision","u":"/tse/8058/decisions/eneco-acquisition-2019/","t":"中部電力と8対2で組み、欧州の発電から小売りまでの全事業を抱える選択","c":"三菱商事","y":2019,"col":"#FF0000","s":"発電上流中心だった電力事業を発電から小売りまでの一貫モデルへ拡大するため、欧州の総合エネルギー事業会社を中部電力との共同出資会社を通じて全株取得した大型クロスボ…","x":"2019 三菱商事 蘭エネコの共同買収 中部電力と8対2で組み、欧州の発電から小売りまでの全事業を抱える選択 2020年3月に蘭eneco groep n.v.の全株式を取得した。中部電力と共同で設立したdiamond chubu europe b.v.(三菱商事の議決権所有割合80%)を通じた取得で、対価の公正価値は488,568百万円、のれんは101,828百万円 発電上流中心だった電力事業を発電から小売りまでの一貫モデルへ拡大するため、欧州の総合エネルギー事業会社を中部電力との共同出資会社を通じて全株取得した大型クロスボーダー買収 潮流に乗るという投資 この買収で払った488,568百万円のうち、識別可能な純資産として測れたのは387,382百万円だけであった。差の101,828百万円はのれん、すなわち帳簿に載らない将来の超過収益への支払いである。上流の権益を積み上げて売る商社の型ではなく、発電から小売りまでを持ち需要家と直接つながる事業会社をまるごと保有する型へ、この一手で足を踏み入れたとみられる。取得の主体を中部電力との共同出資会社に置き、自らはその議決権の一部を譲渡する設計を選んだところにも、単独で背負うには重い規模だったことがうかがえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8267/decisions/kajitaku-accounting-fraud-2019/","t":"孫会社の過年度の誤りを遡及修正せず、当期の損益で受け止めたグループの判断","c":"イオン","y":2019,"col":"#d6006e","s":"連結子会社イオンディライトの子会社カジタクで不正会計が判明し、外部専門家による特別調査委員会の調査を経て、過年度の累積影響額を遡及修正ではなく当期の損益として一…","x":"2019 イオン カジタク不正会計の一括計上 孫会社の過年度の誤りを遡及修正せず、当期の損益で受け止めたグループの判断 2019年4月にイオンディライトの子会社カジタクの不正会計が判明し、特別調査委員会が設置された。過年度の累積影響額は2020年2月期に一括計上され、営業利益は145億44百万円減少した 連結子会社イオンディライトの子会社カジタクで不正会計が判明し、外部専門家による特別調査委員会の調査を経て、過年度の累積影響額を遡及修正ではなく当期の損益として一括計上した対応 遡らずに、当期で飲み込む 不正会計が見つかったとき、会社には二つの道がある。過去の決算に遡って訂正するか、判明した累積額を当期の損益で受け止めるかである。イオンは後者を選んだ。過年度の数字は動かさず、145億44百万円の営業利益の減少を2020年2月期の第1四半期へ集めた。決算の連続性を守る代わりに、当期の数字に傷を引き受ける選択だったと推察される。営業収益と営業利益が過去最高を更新した期であったことも、この処理を可能にした条件のひとつだろう。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/8306/decisions/bank-danamon-2019/","t":"インドネシア大手行の3段階での取得による議決権94.1％の掌握","c":"三菱UFJフィナンシャル・グループ","y":2019,"col":"#c8102e","s":"国内の利ざや縮小を背負う邦銀最大手が、タイ・アユタヤ銀行に続き、テマセク傘下のファンドからインドネシア第5位の銀行を3段階・取得原価6,645億円で取得し、東南…","x":"2019 三菱ufjフィナンシャル・グループ バンクダナモン子会社化 インドネシア大手行の3段階での取得による議決権94.1%の掌握 2017年12月にインドネシアのバンクダナモン株73.8%の取得を契約。平野信行社長のもと3段階で出資比率を引き上げ、2019年4月に取得原価6,645億円で連結子会社とした 国内の利ざや縮小を背負う邦銀最大手が、タイ・アユタヤ銀行に続き、テマセク傘下のファンドからインドネシア第5位の銀行を3段階・取得原価6,645億円で取得し、東南アジアの成長を自らの連結へ組み込んだ判断 高い入場料と、保有の理屈 この判断の値段は、6,645億円という取得原価よりも、連結初年度に消えた2,128億円ののれんに出ている。純資産のpbr2.0倍という値付けは、支配権と将来の超過収益力にそれだけ払うという宣言であり、上場子会社を丸ごと抱える以上、株価が下がれば会計がそれを咎めることは初めから織り込めたはずだ。それでもmufgがダナモンを提携先ではなく子会社として取りにいったのは、進出から半世紀を経てなお支店ひとつと出張所しか置けなかった国で、リテールと中堅中小企業の基盤を連結の内側に据える以外に手がなかったからだと推察される。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/8411/decisions/minori-system-2019/","t":"3行の勘定系を一元化し、業務ごとに組み直した次期システムへの全面刷新","c":"みずほフィナンシャルグループ","y":2019,"col":"#183181","s":"出身3行の勘定系を接続で延命する路線を捨て、預金・為替・融資・外為・信託を業務・機能別のコンポーネントに分割した新基盤を構築する——2011年の業務改善計画に据…","x":"2019 みずほフィナンシャルグループ minoriへ全面刷新 3行の勘定系を一元化し、業務ごとに組み直した次期システムへの全面刷新 2011年6月の業務改善計画で3行の勘定系の完全一元化を決断。預金・為替・融資・外為・信託をコンポーネントに分割した次期システムへ、2018年6月から段階的に移行した 出身3行の勘定系を接続で延命する路線を捨て、預金・為替・融資・外為・信託を業務・機能別のコンポーネントに分割した新基盤を構築する——2011年の業務改善計画に据えた勘定系の完全一元化 完成は、安定を約束しなかった この決断の核心は、障害の手当てを求められた場で、手当ての範囲を越えた作り直しを選んだことにある。2011年6月の業務改善計画は本来、大量データ処理の不具合と緊急時対応の態勢を正す文書であった。そこに3行の勘定系の完全一元化を書き込んだ意味は、二度の障害の原因を個別の欠陥ではなく、出身行ごとの勘定系を接続して使い続ける構えそのものに見定めた点にある。2016年12月としていた完成が2019年7月まで延びたのは、規模を読み違えたというより、作り直しの射程が当初から手当ての枠に収まらなかったためだと思われる。 デジタル化・dx 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/8425/decisions/mizuho-capital-alliance-2019/","t":"メガバンクの持分法適用関連会社化と、それに伴う商号変更","c":"みずほリース","y":2019,"col":"#1A3A6F","s":"国内リース市場の成熟に対し、みずほフィナンシャルグループの顧客基盤と成長分野の協業を取り込むため、資本関係を持分法適用関連会社の水準まで引き上げた","x":"2019 みずほリース みずほとの資本業務提携 メガバンクの持分法適用関連会社化と、それに伴う商号変更 2019年2月にみずほとの資本業務提携を決議。興銀リースがみずほ銀行を割当先とする第三者割当増資を行い、みずほfgがグループ全体で22.2%を保有 国内リース市場の成熟に対し、みずほフィナンシャルグループの顧客基盤と成長分野の協業を取り込むため、資本関係を持分法適用関連会社の水準まで引き上げた 看板を渡した対価 この判断で興銀リースが差し出したものは、株式の22.2%と、50年使ってきた社名であった。受け取ったのは、みずほフィナンシャルグループの顧客基盤への接続と、成長分野で共同組成する権利である。銀行系リース会社が単独で顧客を開拓し続ける形に限界を感じたとき、選べる道は、独立を保って規模の劣後を受け入れるか、系列の内側へ入って案件の供給を受けるかのいずれかであった。興銀リースは後者を選び、しかも子会社ではなく持分法という距離を残した。上場と経営の自律を保ったまま、看板だけを先に渡した順序に、この取引の設計が表れている。 資本提携・政策保有 資金調達・財務戦略 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/8473/decisions/4th-megabank-2019/","t":"複数の地方銀行への出資を重ねて拡大する地域金融連合の形成","c":"SBIホールディングス","y":2019,"col":"#0068B7","s":"低金利と人口減で疲弊する地方銀行へ一行ずつ資本参加し、SBIのシステム・運用力を共通基盤として集約する分散型の銀行連合の形成","x":"2019 sbiホールディングス 島根銀行との資本業務提携 複数の地方銀行への出資を重ねて拡大する地域金融連合の形成 2019年9月に島根銀行と資本業務提携を締結する。地方銀行への出資を一行ずつ重ねる「第4のメガバンク構想」を掲げ、提携先は2022年6月末で9行に広がった 低金利と人口減で疲弊する地方銀行へ一行ずつ資本参加し、sbiのシステム・運用力を共通基盤として集約する分散型の銀行連合の形成 一行ずつ資本で結ぶ、分散型の銀行連合という賭け この判断の核心は、地方銀行の再生とsbi自身の成長を一つの構想の上で重ね合わせた点にある。低金利と人口減という同じ逆風が、地銀には収益の枯渇として、sbiには全国の顧客接点の不足として現れていた。北尾吉孝社長は、地銀を救う話としても、sbiが地域へ食い込む話としても語れる枠組みを選んだ。出資比率を相手方の意向に委ね、島根銀行から一行ずつ資本で結んでいく手法は、大型合併で一気に統合する従来の銀行再編とは異なる速度と手ざわりを持っていた。 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/8604/decisions/retail-reform-2019/","t":"対面営業モデルの転換と、ウェルス・マネジメントへの構造改革","c":"野村ホールディングス","y":2019,"col":"#b51e22","s":"手数料自由化とネット証券の台頭で「猛烈営業」型の対面リテールが採算の限界に達し、国内店舗2割削減と3年1,400億円のコスト削減、営業体制の富裕層・資産管理型へ…","x":"2019 野村ホールディングス 国内店舗の2割削減 対面営業モデルの転換と、ウェルス・マネジメントへの構造改革 2019年4月に国内店舗の2割削減。リーマン承継から10年で2度目の赤字を負い、3年で1,400億円のコストを削る構造改革 手数料自由化とネット証券の台頭で「猛烈営業」型の対面リテールが採算の限界に達し、国内店舗2割削減と3年1,400億円のコスト削減、営業体制の富裕層・資産管理型への再編を通じてウェルス・マネジメントへ転換した市況を契機とする構造改革 「猛烈営業」を捨てるということ この改革の含みは、野村が自らの代名詞を手放したところにある。戸別訪問と電話勧誘で相場を動かした猛烈営業は、戦後の証券民主化以来、野村を業界最大手へ押し上げた原動力であった。その営業スタイルを\"見直す\"と自ら宣言したことは、単なるコスト削減を超えて、稼ぎ方の哲学そのものを組み替える宣言に近い。売買の回転で手数料を得る仲介業から、顧客の資産を長く預かって助言で報いを得る資産管理業へ。証券会社が何で食べていくのかという問いに、野村は正面から向き合ったといえる。 収益モデル転換 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8876/decisions/bgrs-global-mobility-2019/","t":"グローバルリロケーション事業への参入と、5年での撤退","c":"リログループ","y":2019,"col":"#005BAC","s":"国内市場の頭打ちを見越して海外モビリティ最大手級を現金で取得したが、需要消失と金利上昇に耐えられず5年で持分を手放した判断","x":"2019 リログループ bgrsの買収と撤退 グローバルリロケーション事業への参入と、5年での撤退 2019年6月にbgrsを完全子会社にした。リログループが255億35百万円の現金で全株を取得し、2024年に関連資産476億円を全額減損した 国内市場の頭打ちを見越して海外モビリティ最大手級を現金で取得したが、需要消失と金利上昇に耐えられず5年で持分を手放した判断 取得した資産と、買えなかった時間 この投資で買ったものは、世界8カ国14カ所の拠点と、フォーチュン・グローバル500企業を含む顧客名簿であった。国内で借上社宅管理と福利厚生を積み上げてきた手つきからすれば、赴任という同じ事象の川下を海外まで延ばす選択には筋が通っている。ただし国内の事業が会費や管理戸数という月次の積み上げで成り立っていたのに対し、買った先の収益は赴任の発生件数と住宅の売買に連動するフロー型であった。門田cfoが撤退時に挙げた理由も、パンデミックへの脆弱さとフロー収益への依存であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外撤退・縮小 事業売却・撤退 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9005/decisions/holding-company-rail-spinoff-2019/","t":"商号の変更と、鉄軌道業を切り出した持株会社体制への移行","c":"東急","y":2019,"col":"#E60012","s":"約100年続いた鉄道・不動産の垂直統合を組み替え、資本負担の重い鉄軌道業を東急電鉄へ会社分割し、本体を開発と資産運用を担う事業持株会社へ移行した組織再編","x":"2019 東急 鉄道事業を東急電鉄に分社 商号の変更と、鉄軌道業を切り出した持株会社体制への移行 2019年9月に鉄軌道業を東急電鉄へ移管した。髙橋和夫社長のもと商号を東京急行電鉄から東急へ改め、本体を鉄道・不動産・生活サービスの事業持株会社に 約100年続いた鉄道・不動産の垂直統合を組み替え、資本負担の重い鉄軌道業を東急電鉄へ会社分割し、本体を開発と資産運用を担う事業持株会社へ移行した組織再編 「大東急」以来の垂直統合を自ら解く この判断の中心にあるのは、鉄道を軸に沿線を開発し、その利益で鉄道を支えるという1922年以来の垂直統合を、東急が自ら解いた点にある。多摩田園都市で理想とされた鉄道と不動産の一体経営は、育った沿線人口が鉄道を潤す循環を生んだ一方で、重い資本負担を長く抱える鉄道を本体の中心に据え続ける構造でもあった。持株会社化は、その鉄道を本体から外し、開発と資産運用を主役へ置き替える組織上の転換であったのだろう。戦時統合の\"大東急\"を戦後に手放した会社が、こんどは自らの手で鉄道を分け、持株会社の下の一事業会社へと移した。 持株会社化・グループ再編 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/9107/decisions/effissimo-governance-2019/","t":"筆頭株主の長期保有の受け入れと、社外取締役の招請による統治の見直し","c":"川崎汽船","y":2019,"col":"#CC0000","s":"海運不況で赤字が続くなか、6.18%から38.99%まで買い増して拒否権を確保した物言う株主エフィッシモに対し、排除ではなく同ファンドの推す社外取締役を取締役会…","x":"2019 川崎汽船 エフィッシモの大量保有受入 筆頭株主の長期保有の受け入れと、社外取締役の招請による統治の見直し 2019年4月にエフィッシモ推薦の社外取締役を受け入れ。株式の38.99%を持つ筆頭株主の投資ファンドから内田竜平氏を選定 海運不況で赤字が続くなか、6.18%から38.99%まで買い増して拒否権を確保した物言う株主エフィッシモに対し、排除ではなく同ファンドの推す社外取締役を取締役会へ迎え、長期保有を受け入れたガバナンス上の対応 拒否権を持つ株主と同席するということ この判断が突きつけたのは、3分の1を超える議決権を握った株主を、防戦の相手とみるか、経営に加える相手とみるかという分岐であった。買収防衛策で身構える道も、委任状争奪で全面的に争う道もありえたなかで、川崎汽船は取締役会に席を用意する道を選んだ。市況の波に翻弄され、巨額の赤字で投資余力を失った海運会社にとって、効率を求める大株主との協調は、再建の現実的な後ろ盾になりえたと思われる。対立の熱を下げた点では、双方に利のある選択であった。 アクティビスト・株主提案対応 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9107/decisions/shipping-focus-return-2019/","t":"非海運多角化の見送りと、鉄鋼原料輸送を含む海運本業への資源の集中","c":"川崎汽船","y":2019,"col":"#CC0000","s":"主力のコンテナ船を切り出して残った船種で収益を上げるしかない状態から、非海運の多角化ではなく自ら運航する海運事業への投資に集中し、脱炭素対応の新船種まで海運の内…","x":"2019 川崎汽船 自動車船・lng船へ集中投資 非海運多角化の見送りと、鉄鋼原料輸送を含む海運本業への資源の集中 2019年4月に自営の船隊へ投資を集中。社長となった明珍幸一氏が自動車船・lng船・鉄鋼原料輸送船を3本柱とした 主力のコンテナ船を切り出して残った船種で収益を上げるしかない状態から、非海運の多角化ではなく自ら運航する海運事業への投資に集中し、脱炭素対応の新船種まで海運の内側で投資先を拡大した方針 選んだのか、残ったのか 自己資本1,035億円、有利子負債5,021億円という2019年3月期の数字を見れば、異業種を買って収益源を増やす選択肢は初めから存在しなかった。事業を広げるより本業の船に専念するほうが稼ぎを増やせるとした明珍幸一社長の説明は、そのまま読めば戦略の宣言だが、財務の側から読めば制約の言い換えでもある。ただ、狭い範囲を1970年のpccと1983年の尾州丸に連なる船種に絞ったことで、半世紀の蓄積を使い切る投資になったとみられる。 選択と集中 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/9432/decisions/ntt-global-one-ntt-2019/","t":"海外システム構築事業の統合による国際事業の一本化と指揮系統の集約","c":"NTT","y":2019,"col":"#0072BC","s":"ドコモの国内携帯収益が頭打ちとなるなか、法人向けシステム構築を新たな成長の軸に据え、分散した海外事業を「One NTT」として統合してグローバル競争に臨む戦略転…","x":"2019 ntt one ntt体制の構築 海外システム構築事業の統合による国際事業の一本化と指揮系統の集約 2019年7月に海外事業を統括するnttリミテッド発足。沢田純社長のもとで中間持株会社を設立し、nttコミュニケーションズやディメンションデータを統合した ドコモの国内携帯収益が頭打ちとなるなか、法人向けシステム構築を新たな成長の軸に据え、分散した海外事業を「one ntt」として統合してグローバル競争に臨む戦略転換 収益を上げる地域を転換するという判断 携帯電話で世界に出て潰えたnttが、法人向けのシステム構築という別の入り口から海外へ挑む——\"one ntt\"が組み替えようとしたのは、稼ぐ場所そのものであったと思われる。国内の携帯市場が成熟し、ドコモの収益に先細りが見えたなかで、nttは買い集めてきた海外事業を一つの会社へ統合し、ブランドと規模で世界の巨人に対抗しようとした。効率と一体運営を優先する判断であった。 グローバル経営体制 祖業・主力事業の転換 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/9435/decisions/net-investment-portfolio-2019/","t":"本業で積み上げたストック利益の、上場株の長期保有への振り向け","c":"光通信","y":2019,"col":"#00469C","s":"本業のストック収益で得た余剰資金を、Earnings Yieldとハードルレートで律した上場株の長期保有へ回し、事業と投資の二輪経営を築いた資本配分の選択","x":"2019 光通信 株式運用への傾斜 本業で積み上げたストック利益の、上場株の長期保有への振り向け 2019年3月期に純投資目的の株式が452銘柄・1,771億円へ。光通信は法人営業の余剰資金を上場株の長期保有に回し、取引関係のために持つ株は非上場の225銘柄・17億円にとどめた 本業のストック収益で得た余剰資金を、earnings yieldとハードルレートで律した上場株の長期保有へ回し、事業と投資の二輪経営を築いた資本配分の選択 取引のために持つ株から、利益のために持つ株へ この判断の核心は、上場株を持つ理由を光通信が全面的に置き換えた点にある。多くの事業会社にとって上場株は取引関係を支える政策保有が主で、純投資はその残りにすぎない。光通信は逆で、2019年3月期の純投資目的は1,771億円に対し、純投資目的以外は非上場株だけの17億円しかない。上場株は1銘柄も政策保有に残っていない。余った資金の逃げ場としてではなく、事業と並ぶ資金の使い道として上場株を選んだろう。 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9502/decisions/jera-joint-venture-2019/","t":"国内火力発電事業の全面移管による発電資産の切り出し","c":"中部電力","y":2019,"col":"#E60012","s":"浜岡原子力発電所の停止で膨らんだ燃料費と縮小する国内市場に対し、東京電力と燃料・火力事業を折半出資会社へ集約し、燃料調達と発電の規模で国際市場に見合う交渉力を得…","x":"2019 中部電力 jeraへの既存火力発電事業統合 国内火力発電事業の全面移管による発電資産の切り出し 2019年4月に既存火力発電事業等をjeraへ承継し、資産1兆2,028億円と負債6,101億円を移転した。東京電力フュエル&パワーとの折半出資は1:1の割当で保たれた 浜岡原子力発電所の停止で膨らんだ燃料費と縮小する国内市場に対し、東京電力と燃料・火力事業を折半出資会社へ集約し、燃料調達と発電の規模で国際市場に見合う交渉力を得ようとした統合 規模を取り、電源を手放すということ 中部電力が渡したのは1兆2,028億円の資産と、地域独占の時代から電力会社の存在理由そのものであった自前の電源である。それでも株式割当比率は1:1で決着した。野村証券のdcf法による算定は中部電力1に対し東京電力フュエル&パワー0.73〜1.26という幅を示していたのだから、取り分を詰めることより対等の形を保つことが優先されただろう。狙いは赤字の穴埋めではなく、燃料の上流から発電、卸販売までを一社に垂直統合し、買う側に立つ交渉力をつくることにあった。 資本提携・政策保有 垂直統合・内製化 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9503/decisions/kickback-scandal-2019/","t":"役員らの金品受領問題の露見と、第三者委員会設置・指名委員会等設置会社移行によるガバナンス再建","c":"関西電力","y":2019,"col":"#E4002B","s":"金品受領という不祥事の露見と、それを長く隠していた統治構造への批判を受け、経営陣の退任・第三者委員会による検証・機関設計の刷新でガバナンスを立て直した判断","x":"2019 関西電力 森山栄治氏からの金品受領 役員らの金品受領問題の露見と、第三者委員会設置・指名委員会等設置会社移行によるガバナンス再建 2019年9月に役員らの金品受領が露見。2020年3月に第三者委員会の調査報告書を受領し、経済産業省の業務改善命令を受けて6月25日に指名委員会等設置会社へ移行した 金品受領という不祥事の露見と、それを長く隠していた統治構造への批判を受け、経営陣の退任・第三者委員会による検証・機関設計の刷新でガバナンスを立て直した判断 制度で断てるものと、断てないもの この問題が示したのは、金品を受け取った個々の役員の倫理にとどまらず、それを長く伏せてきた組織の構えであった。前年に社内調査がまとまりながら取締役会にも株主総会にも上がらなかった——不祥事そのものより、それを内部で処理できると考えた統治の閉鎖性のほうに、問題の重さがあったとみられる。根本原因として挙げられた「ユーザー目線」の欠落も、業績を優先する内向きの体質も、結局は外の目が届かない構造の言い換えであった。経営陣の退任と第三者委員会の設置は当然の後始末であり、指名委員会等設置会社への移行は、外部の目を制度として常設する点で、閉じた意思決定への一つの歯止めになりうる。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9532/decisions/sabine-shale-acquisition-2019/","t":"自主探鉱での減損を経た、シェールガス開発会社の丸ごと買収","c":"大阪ガス","y":2019,"col":"#003C82","s":"自主探鉱で価値の見えない鉱区に投じて減損を出した反省から、生産実績のある開発会社を全株取得する方法へ切り替えた、北米資源事業の投資手法の転換","x":"2019 大阪ガス 米サビンの全株取得 自主探鉱での減損を経た、シェールガス開発会社の丸ごと買収 2019年11月、米国子会社を通じて米サビン・オイル・アンド・ガスの全株式を630億円で取得。生産中の鉱区を持つ会社を丸ごと買収し、米国上流事業のオペレーターシップを得た 自主探鉱で価値の見えない鉱区に投じて減損を出した反省から、生産実績のある開発会社を全株取得する方法へ切り替えた、北米資源事業の投資手法の転換 掘らずに買収するという学習 失敗した海外投資を教訓に堅実な買収へ転じた、という筋書きで片づけると要点を外す。大阪ガスが変えたのは投資額の大小ではなく、価値の測り方の順序であった。自主探鉱では地層が想定どおりか掘るまで読めず、2014年3月期の減損28,567百万円はその不確実性の代償であった。サビン社では2018年に権益の35%を146百万ドルで取得し、生産実績を確かめてから全株を取得した。取得原価63,036百万円に対してのれんが立たなかったのは、買った値と受け入れた純資産が釣り合っていたからで、将来へ償却負担を繰り延べない買い方でもあった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 垂直統合・内製化 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/1419/decisions/succession-tamaki-shinya-2018/","t":"創業者による経営から、生え抜き第二世代への世代交代","c":"タマホーム","y":2018,"col":"#D8000F","s":"上場直後の2期連続赤字を経て、創業者・玉木康裕氏が会長へ退き、経営改革を担った長男・玉木伸弥氏へ社長を託した同族第二世代承継","x":"2018 タマホーム 玉木康裕氏の社長退任と玉木伸弥氏への継承 創業者による経営から、生え抜き第二世代への世代交代 2018年8月に玉木伸弥氏へ承継。創業者の玉木康裕氏は代表権を残して代表取締役会長の専任となり、創業20年・上場5年での同族第二世代への交代 上場直後の2期連続赤字を経て、創業者・玉木康裕氏が会長へ退き、経営改革を担った長男・玉木伸弥氏へ社長を託した同族第二世代承継 好調に戻してから渡す——創業者が選んだ承継のタイミング この承継判断の特徴は、危機のただ中ではなく、回復の軌道が見えた段階で創業者が第一線を退いた点にある。玉木康裕氏は上場直後の2期連続赤字に対し、外部から経営者を招くのではなく、生え抜きの長男・玉木伸弥氏を副社長兼cooに据えて4年間の経営改革を任せた。商品単価引き上げと店舗整理で2018年5月期の黒字回復が固まったところで社長を譲り、みずからは代表権を持つ会長に専念した。赤字を第二世代に押し付けて交代させるのではなく、回復の道筋を自らの体制で付けてから渡すという順序をとったと推察される。 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/1721/decisions/nationwide-integration-2018/","t":"株式交換による3社同時の完全子会社化と全国体制の確立","c":"コムシスホールディングス","y":2018,"col":"#0068b6","s":"固定電話の光化が一段落し工事量の縮小が見込まれるなか、西日本に残っていた地域会社を一度に取り込んで規模と発注窓口を確保した判断","x":"2018 コムシスホールディングス nds等3社を子会社化 株式交換による3社同時の完全子会社化と全国体制の確立 2018年10月にndsなど3社を子会社化。現金を使わず株式交換で名古屋のnds、熊本のsysken、金沢の北陸電話工事が同時に傘下へ 固定電話の光化が一段落し工事量の縮小が見込まれるなか、西日本に残っていた地域会社を一度に取り込んで規模と発注窓口を確保した判断 名前を消さなかった統合 この統合で現金は動いていない。取得原価55,554百万円は全額が、企業結合日に交付した自社株の時価であった。連結の株主資本は54,815百万円増えたが、その内訳は資本剰余金30,313百万円と自己株式24,501百万円で、資本金10,000百万円は1円も動いていない。すでに買い戻して手元に持っていた株を対価に充て、足りない分を資本剰余金で処理した形になる。そのうえ企業結合時の時価純資産が取得原価を上回り、負ののれん発生益5,159百万円が特別利益に立った。前年のカンドーでは逆にのれん5,966百万円が立って7年償却に入っている。同じ株式交換でも、相手の株価と帳簿の純資産の関係次第で、買い手の損益計算書に出てくる符号は反対になる。 合併・経営統合 連続買収・ロールアップ 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/1801/decisions/linear-bid-rigging-2018/","t":"公訴事実は独占禁止法違反に当たらないとして争う道の選択","c":"大成建設","y":2018,"col":"#E85312","s":"リニア中央新幹線のターミナル駅新設工事をめぐり公正取引委員会の刑事告発と起訴を受けたのち、公訴事実は独占禁止法違反に該当しないとして、刑事と行政処分の双方を裁判…","x":"2018 大成建設 リニア談合事件で起訴 公訴事実は独占禁止法違反に当たらないとして争う道の選択 2018年3月にリニア中央新幹線のターミナル駅新設工事をめぐり、大成建設と同社の顧問が独占禁止法違反で起訴された。会社は公訴事実は違反に該当しないとして法廷で争った リニア中央新幹線のターミナル駅新設工事をめぐり公正取引委員会の刑事告発と起訴を受けたのち、公訴事実は独占禁止法違反に該当しないとして、刑事と行政処分の双方を裁判手続で争い続けると決めた不祥事対応の判断 違法の線引きを法廷で確かめる この判断の芯は、不祥事をどう収めるかではなく、どこからが違法な取引制限なのかという線引きを法廷で確かめにいった点にあるだろう。会社が一貫して掲げたのは、事態を厳粛に受け止めるという姿勢と、公訴事実は独占禁止法違反に該当しないという法解釈の二つで、この二つは矛盾しない。刑事で二度の有罪判決を受けてなお上告し、排除措置命令の取消訴訟も三審まで運んだ経緯は、争う姿勢が一時の反発ではなく、方針として据えられていたことを示している。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/1802/decisions/linear-bid-rigging-2018/","t":"争わずに罰金と営業停止を受け、原因究明を外部へ預けた選択","c":"大林組","y":2018,"col":"#00a84d","s":"リニア中央新幹線工事の入札に関する独占禁止法違反で起訴されたのち、公訴事実を争わずに罰金と営業停止処分を受け入れ、発生原因の究明と再発防止策の提言を第三者委員会…","x":"2018 大林組 リニア談合で第三者委員会設置 争わずに罰金と営業停止を受け、原因究明を外部へ預けた選択 2018年9月にリニア中央新幹線工事の入札をめぐる独占禁止法違反で第三者委員会を設置した。罰金2億円の有罪判決と120日間の営業停止処分を受け、課徴金3,118百万円を納めた リニア中央新幹線工事の入札に関する独占禁止法違反で起訴されたのち、公訴事実を争わずに罰金と営業停止処分を受け入れ、発生原因の究明と再発防止策の提言を第三者委員会に委ねて実施状況の検証まで受けた不祥事対応の判断 規程ではなく運用を問い直す この会社が選んだのは、刑事処分の当否を法廷で問い直すことではなく、なぜ土木部門でそれが起きたのかを外部に調べさせることだった。起訴から半年で第三者委員会を設置し、提言を受けて応札可否の判断プロセスを文書化し、監査役直通の通報窓口を開ける。いずれも独占禁止法の解釈をめぐる争いではなく、決裁権者をどう牽制するかという社内の設計の話である。2006年に遵守プログラムを策定していたにもかかわらず事件を招いた以上、問われているのは規程の有無ではなく運用だという読み替えが、この選択には入っているとみられる。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/1812/decisions/linear-bid-rigging-2018/","t":"競争そのものが存在しなかったとして最高裁まで争う道の選択","c":"鹿島建設","y":2018,"col":"#e6002e","s":"リニア中央新幹線のターミナル駅新設工事をめぐり起訴されたのち、発注者が特定の会社にのみ技術検討を依頼しており競争そのものが存在していなかったとして、刑事と行政処…","x":"2018 鹿島建設 リニア談合事件で無罪主張 競争そのものが存在しなかったとして最高裁まで争う道の選択 2018年3月にリニア中央新幹線のターミナル駅新設工事をめぐり、鹿島建設と社員1名が独占禁止法違反で起訴された。罰金2億5,000万円の有罪判決を受けてなお、競争が存在しなかったとして最高裁判所へ上告している リニア中央新幹線のターミナル駅新設工事をめぐり起訴されたのち、発注者が特定の会社にのみ技術検討を依頼しており競争そのものが存在していなかったとして、刑事と行政処分の双方を最高裁判所まで争い続ける道を選んだ不祥事対応の判断 争ったのは競争の有無という前提 この会社が争ったのは、談合があったかどうかではなく、そこに競争があったかどうかだっただろう。掲げた根拠は、指名競争見積手続が始まる5年ほど前から直前まで、発注者が自社以外の特定の会社にのみ技術検討を依頼していたという事実関係で、これが認められれば独占禁止法の適用の前提そのものが崩れる。刑事で二度、行政で二度退けられてなお上告を重ねたのは、量刑を軽くするための争いではなく、この前提を法廷に確かめさせるための争いだったからではないか。罰金2億5,000万円という額は、この会社の年間の利益からすれば争う理由になる規模ではない。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/1951/decisions/telecom-3sha-integration-2018/","t":"現金を使わない3件の株式交換による同時完全子会社化と、負ののれん発生益183億円の計上","c":"エクシオグループ","y":2018,"col":"#2419AC","s":"地域ごとに分かれて上場してきた同業3社を、現金を使わない3件の株式交換で同時に完全子会社化し、東海から九州までの施工網を一度に取り込んだ経営判断","x":"2018 エクシオグループ シーキューブ等3社子会社化 現金を使わない3件の株式交換による同時完全子会社化と、負ののれん発生益183億円の計上 2018年10月、協和エクシオがシーキューブ・西部電気工業・日本電通を3件の株式交換で同時に完全子会社化した。取得原価は合計59,965百万円、交付した株式は17,949,533株で、負ののれん発生益18,313百万円を特別利益に計上した 地域ごとに分かれて上場してきた同業3社を、現金を使わない3件の株式交換で同時に完全子会社化し、東海から九州までの施工網を一度に取り込んだ経営判断 規模を買ったのか、差額を受け取ったのか この統合で協和エクシオが動かした現金はない。対価は自社の株式で、しかも発行済株式総数は117,812,419株のまま動かず、金庫に眠っていた自己株式が22,049千株から5,201千株へ減っただけである。その見返りに立った負ののれん発生益183億円は、3社の純資産が交換比率で測った時価を上回っていたことの裏返しで、連結キャッシュ・フロー計算書には株式交換に伴う現金及び現金同等物の増加額209億円が並ぶ。既存株主の持分を薄めず、現金も出さずに、東海から九州までの施工網と手元資金を同時に受け取った取引だっただろう。 合併・経営統合 連続買収・ロールアップ 上場廃止・親子上場解消 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/2124/decisions/jac-asia-acquisition-2018/","t":"主要株主からの海外統括会社の取得と、アジアの拠点網の連結化","c":"ジェイエイシーリクルートメント","y":2018,"col":"#00A9E0","s":"各国が独立して判断する業務提携の並列構造を資本関係へ置き換え、海外拠点の損益と運営を東京本社の連結・グループ戦略の下に収める","x":"2018 ジェイエイシーリクルートメント jacアジア法人を子会社化 主要株主からの海外統括会社の取得と、アジアの拠点網の連結化 2018年3月にjacアジア法人を子会社化。海外拠点を統括するjac recruitment asiaの全株式を主要株主3名から31億27百万円で取得した関連当事者取引 各国が独立して判断する業務提携の並列構造を資本関係へ置き換え、海外拠点の損益と運営を東京本社の連結・グループ戦略の下に収める 主要株主から取得し、7年かけて畳んだ 売り手は取締役最高顧問の田崎忠良氏、取締役会長の田崎ひろみ氏、主要株主の金親晋午氏の3名で、前の2名は買い手の取締役会6名のうちの2名でもあった。取得原価3,127百万円のうち2,585百万円がこの3名への支払いである。有価証券報告書が価格について述べるのは第三者の株式価値算定報告等を参考に決定したという一文だけで、特別委員会を設置したかどうかは書かれていない。買った資産の額は1,398百万円、負債は431百万円で、差額の2,295百万円がのれんになった。支払った額の7割強が将来の超過収益力への値付けだったことになる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 pmi・買収後統合 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/2193/decisions/recipe-focus-2018/","t":"本業への集中と、食領域の新規事業への再投資","c":"クックパッド","y":2018,"col":"#F79432","s":"お家騒動で創業者が多角化路線を退けたのち、岩田林平社長が買収各社を売却して料理・食領域へ事業を集約し、動画・生鮮EC・スマートキッチンの新規事業へ再投資した集中…","x":"2018 クックパッド レシピ事業への集中に転換 本業への集中と、食領域の新規事業への再投資 2017年3月にレシピ事業への集中を掲げる。岩田林平社長が穐田体制が買収した結婚情報や海外レシピ各社を売却し、動画・生鮮ecへ投資を振り向けた お家騒動で創業者が多角化路線を退けたのち、岩田林平社長が買収各社を売却して料理・食領域へ事業を集約し、動画・生鮮ec・スマートキッチンの新規事業へ再投資した集中化の判断 狭めた先で何に賭けるか この転換は、多角化のリスクを断つという意味では筋が通っていたとみられる。穐田体制の広げた結婚情報や海外レシピの事業は、料理という本業との距離が遠く、統合の負担も小さくなかった。それらを売り払い、食という一つの領域へ資源を集中した判断は、創業者の一貫した主張とも重なっていた。ただ、集中の先で選んだ動画・生鮮ec・スマートキッチンは、いずれも先行投資が重く回収に時間を要する事業で、本業が細るなかで支え続ける原資は乏しかったと推察される。 選択と集中 事業売却・撤退 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/2384/decisions/daikigyo-uketsara-renzoku-baishu-1chouen-2018/","t":"大企業の物流子会社を引き受ける連続買収と、2030年度に売上高7,000億円を掲げた成長構想","c":"SBSホールディングス","y":2018,"col":"#CA002C","s":"大手メーカーが本業集中のために切り出す非中核の物流子会社を、既存の「受け皿」型M&Aの延長で連続買収し、2030年度に連結売上高7,000億円を掲げる総合物流グ…","x":"2018 sbsホールディングス リコーロジスティクス取得 大企業の物流子会社を引き受ける連続買収と、2030年度に売上高7,000億円を掲げた成長構想 2018年8月にリコーロジスティクス取得。sbsホールディングスは東芝ロジ・古河物流・nskロジ・ブリヂストン物流など物流子会社を相次いで取得 大手メーカーが本業集中のために切り出す非中核の物流子会社を、既存の「受け皿」型m&aの延長で連続買収し、2030年度に連結売上高7,000億円を掲げる総合物流グループへ発展させる事業戦略 反復可能な「受け皿」の仕組みと、次代への課題 2018年以降のリコー・東芝・古河・nsk・ブリヂストンという連続買収は、2004年の雪印物流取得以来sbsが磨いてきた、物流子会社を引き受けるm&aの型を、より大きな相手へ反復的に適用した延長線上にあるのだろう。買収の理由は、リコーロジスティクスではメーカー系の物流サービスを強めること、東芝ロジスティクスでは4pl事業のノウハウを得てサービスの品ぞろえを広げ、海外網も強めること、ブリヂストン物流ではブリヂストングループと主要取引先との関係を保ちながら相乗効果を追うことであり、いずれも売り手の本業と結びついた顧客基盤をそのまま引き受けるものである。連結売上高が2,035億円(2018年12月期)から4,903億円(2025年12月期)へ伸びた過程は、単発の成功というより、切り出される物流子会社を継続的に見つけ、引き受け続ける仕組みそのものの成果と思われる。 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/2433/decisions/dac-full-subsidiary-2018/","t":"D.A.コンソーシアムホールディングスの公開買付けによる完全子会社化","c":"博報堂DYホールディングス","y":2018,"col":"#0A326F","s":"運用型広告とデータ基盤という、テレビ中心の営業組織では育てにくい技術と人材を、専業会社ごと資本で取り込み、上場子会社としての制約を外してグループ内へ再配置する判…","x":"2018 博報堂dyホールディングス dacの完全子会社化 d.a.コンソーシアムホールディングスの公開買付けによる完全子会社化 2018年8月にdacの完全子会社化。博報堂dyホールディングスがd.a.コンソーシアムホールディングスへ公開買付けを決議し、取得原価112,355百万円で所有割合を100%とした。共通支配下の取引等のためのれんは生じず、資本剰余金87,523百万円と利益剰余金5,352百万円が減った 運用型広告とデータ基盤という、テレビ中心の営業組織では育てにくい技術と人材を、専業会社ごと資本で取り込み、上場子会社としての制約を外してグループ内へ再配置する判断 九年かけて締めた資本 九年の長さで眺めると、博報堂dyホールディングスは一度も急いでいない。2009年に議決権を49.3%から53.7%へ、2016年に共同持株会社へ、2018年に100%へと、支配の度合いだけを段階的に上げてきた。デジタルの現場そのものは専業として走らせたまま、資本の側だけを締めていったやり方であったのだろう。単価が数十万円のネット広告を、数千万円から億円単位の案件を抱える営業組織に売らせようとすれば、テレビを優先する担当者の合理が勝つ。その合理を組み替えずに済ませる方法として、別会社を丸ごと抱える形が選ばれただろう。 デジタル化・dx 上場廃止・親子上場解消 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/285A/decisions/memory-carveout-2018/","t":"親会社からのメモリ事業の切り出しと、キオクシアとしての独立","c":"キオクシアホールディングス","y":2018,"col":"#333333","s":"東芝が会計不正とウェスチングハウス破綻で債務超過に陥り、上場廃止を避けるために最も収益を上げる半導体メモリ事業を分社し、ベインキャピタル連合の買収会社Pange…","x":"2018 キオクシアホールディングス ベイン連合が東芝メモリ取得 親会社からのメモリ事業の切り出しと、キオクシアとしての独立 2018年6月にベイン連合が東芝メモリ取得。日米韓連合の買収会社k.k. pangeaが約2兆円を投じ東芝から独立してキオクシアへ 東芝が会計不正とウェスチングハウス破綻で債務超過に陥り、上場廃止を避けるために最も収益を上げる半導体メモリ事業を分社し、ベインキャピタル連合の買収会社pangeaが約2兆円で取得。買収されて独立したこの会社が2019年にキオクシアへ改称した 発明した会社の手を離れて生まれた新会社 この誕生の中心にあるのは、健全に稼いでいた事業が、自らの業績とは無関係な理由で母体から切り出されたという逆説である。東芝が世界で初めて生んだnand型フラッシュメモリは、切り出しの直前まで親会社の利益の大半を稼いでいた。それでも売られたのは、事業が失敗したからではなく、原子力事業の失敗に追われた親会社が、最も高く売れる資産を現金へ換えるほかなかったからであった。危機が生んだ売却が、結果として一つの独立企業を世に送り出したと思われる。 分社・スピンオフ・子会社上場 外資傘下入り・対内m&a 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/2914/decisions/heated-tobacco-ploom-2018/","t":"先行を許した市場への後発参入と、そこからの巻き返し","c":"JT","y":2018,"col":"#00A273","s":"加熱式という新技術でPMIが先行するなか、紙巻きの成功体験を捨てて後発から巻き返す業態転換。紙巻きの高収益を保ちつつ資源を加熱式（RRP）へ傾け、国内シェアの奪…","x":"2018 jt プルームで加熱式参入 先行を許した市場への後発参入と、そこからの巻き返し 2018年6月にプルームで加熱式参入。最年少で社長に就任した寺畠正道氏がアイコスの後れを取り戻すため営業を加熱式へ寄せる 加熱式という新技術でpmiが先行するなか、紙巻きの成功体験を捨てて後発から巻き返す業態転換。紙巻きの高収益を保ちつつ資源を加熱式(rrp)へ傾け、国内シェアの奪回と海外での浸透を図る 後発の逆襲は、実を結ぶか この判断の要は、圧倒的な国内シェアを持つ最大手が、新技術の登場を前に守りへ入らず、自らの成功体験を崩す側へ回ろうとした点にある。紙巻きで約6割を握るjtにとって、加熱式の拡大は自社の主力を侵食しかねない。既存事業の強さがかえって転換を鈍らせる罠を、正面から避けようとした選択と思われる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/3092/decisions/zozosuit-pb-2018/","t":"採寸データを武器に自社ブランドへ踏み出し、海外事業からの撤退と特別損失で1年余りで畳んだ判断","c":"ZOZO","y":2018,"col":"#333333","s":"採寸技術を武器に受託モールから自社商品へ踏み出し、ネット通販の「サイズが合わない」を解いて新たな主力事業を構築しようとした投資。海外事業からの撤退を決め、201…","x":"2018 zozo zozosuitへの投資撤退 採寸データを武器に自社ブランドへ踏み出し、海外事業からの撤退と特別損失で1年余りで畳んだ判断 2018年1月にプライベートブランド「zozo」を立ち上げ、採寸用ボディースーツzozosuitを無料で配布した。2019年2月に海外事業からの撤退を決め、2019年3月期に減損損失1,407百万円を含む特別損失3,394百万円を計上した。 採寸技術を武器に受託モールから自社商品へ踏み出し、ネット通販の「サイズが合わない」を解いて新たな主力事業を構築しようとした投資。海外事業からの撤退を決め、2019年3月期に特別損失3,394百万円を計上して畳んだ。 配ったのは服ではなく、体型データを取る装置だった この判断は、アパレルへの参入というより、体型データを取るための装置を全国にばらまく投資だっただろう。無料配布の費用は広告宣伝費に立ち、2019年3月期は6,065百万円と前期の4倍に膨らんだ。それでいてpb事業の商品取扱高は2,763百万円、全社の0.9%にすぎない。売る商品より計測する体を集めることが先に来ていた構図で、装置と在庫を自前で抱えた瞬間に、受託販売モデルの身軽さが失われたのだと思われる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 海外撤退・縮小"},{"k":"decision","u":"/tse/3104/decisions/kaseihin-ma-daisan-hashira-2018/","t":"化成品事業を第4の柱に育てるための金型・射出成形の取り込み","c":"富士紡ホールディングス","y":2018,"col":"#C1212B","s":"研磨材事業への収益依存という構造的な集中リスクを見据え、化成品事業に金型・射出成形のM&Aを連続実行して第4の柱を育てようとした多角化","x":"2018 富士紡ホールディングス 東京金型とgfiの連続買収 化成品事業を第4の柱に育てるための金型・射出成形の取り込み 2018年10月に東京金型を710百万円で、2022年11月にgfiホールディングスを1,460百万円で完全子会社化。化成品事業を第4の柱に育てる連続買収だが、2026年3月期にのれん600百万円を減損した 研磨材事業への収益依存という構造的な集中リスクを見据え、化成品事業に金型・射出成形のm&aを連続実行して第4の柱を育てようとした多角化 第4の柱は立たなかった この一連のm&aの核心は、稼ぎ頭である研磨材事業を縮小することではなく、その隣に第4の収益源を意図的に積み増した点にある。半導体市況という単一の外部要因に連結業績が左右される構造を、富士紡ホールディングスは中期経営計画『加速17-20』の時点ですでに課題として掲げ、金型と射出成形品の組み合わせという同じ論理を東京金型・藤岡モールド・gfiホールディングスの3件で反復した。社長が中野光雄氏から井上雅偉氏へ替わっても方針が途切れなかった点は、この判断が個人の思いつきではなく、組織として共有された経営課題への対応であったことをうかがわせる。 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/3288/decisions/hawk-one-acquisition-2018/","t":"273億円を投じた、戸建の供給力を一段引き上げる規模の取り込み","c":"オープンハウスグループ","y":2018,"col":"#D7000F","s":"自前の出店と採用では追いつかない供給棟数の拡大を、準都心部で年間2,000棟を建てる同業の買収で一度に取り込む判断","x":"2018 オープンハウスグループ ホーク・ワンを買収 273億円を投じた、戸建の供給力を一段引き上げる規模の取り込み 2018年7月にホーク・ワンを買収。オープンハウスが273億円のうち現金200億円を全額借入で賄い簡易株式交換を組む 自前の出店と採用では追いつかない供給棟数の拡大を、準都心部で年間2,000棟を建てる同業の買収で一度に取り込む判断 時間を買うことの値段 273億円という金額は、2018年9月期の営業利益473億円と並べれば飛び抜けて大きくはない。それでもこの取引が節目に見えるのは、同社がそれまで営業センターを開設しては棟数を積む形で伸びてきたからであろう。27の営業拠点と2,000棟の供給を一括して抱える会社をそのまま買う選択は、出店と採用に費やす年数を金額に置き換えた判断とみられる。のれんが23億円で済んだ点も、実体のある資産と稼ぐ力を素直な値段で買った取引だったことを示している。 連続買収・ロールアップ pmi・買収後統合 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/3402/decisions/advanced-composites-acquisition-2018/","t":"買収を足がかりにした熱可塑性複合材料という新分野への参入","c":"東レ","y":2018,"col":"#004097","s":"熱可塑性樹脂を用いた炭素繊維基材で世界の先頭に立つ蘭TCACを取得原価117,117百万円で買収し、東レが持たない材料技術と航空宇宙向けの採用実績を取り込んだ案…","x":"2018 東レ テンカーテを買収 買収を足がかりにした熱可塑性複合材料という新分野への参入 2018年3月に蘭tencate advanced compositesの全株式取得で合意。取得価額は930百万ユーロで、連結上の取得原価は117,117百万円となった 熱可塑性樹脂を用いた炭素繊維基材で世界の先頭に立つ蘭tcacを取得原価117,117百万円で買収し、東レが持たない材料技術と航空宇宙向けの採用実績を取り込んだ案件 世界首位が自社に無い材料事業を買収する この買収は、首位企業が自らの強みの裏側に生まれた死角をどう埋めるか、という問いを映している。東レは炭素繊維そのもので世界首位に立ちながら、熱可塑性樹脂を用いた炭素繊維基材では先頭にいなかった。tcacはその領域で航空宇宙向けの採用実績を積み上げており、東レの説明も、自社の炭素繊維技術とポリマー技術をtcacの製品群に投入して相乗効果を出し、両社の商流を融合して品揃えを拡大する、という補完の論理で組み立てられている。取得原価117,117百万円は、前年12月期の売上高が197百万ユーロの会社への値付けとしては重い。その重さは、顧客関連資産と技術関連資産68,978百万円、のれん65,783百万円という形で帳簿に残った。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/3405/decisions/calgon-carbon-acquisition-2018/","t":"環境ソリューションを第3の柱に据える事業構成の組み替え","c":"クラレ","y":2018,"col":"#53BFED","s":"ビニルアセテートに寄りきった収益構造を是正するため、自前の技術開発ではなく買収によって活性炭という第3の事業領域を外から獲得する判断","x":"2018 クラレ 米カルゴン・カーボン取得 環境ソリューションを第3の柱に据える事業構成の組み替え 2017年9月に契約を締結し、2018年3月に活性炭で世界最大手の米calgon carbonの全株式を123,497百万円で取得。炭素材料事業を将来のコア事業の一つに据える組み替えであった ビニルアセテートに寄りきった収益構造を是正するため、自前の技術開発ではなく買収によって活性炭という第3の事業領域を外から獲得する判断 半歩の代金 受け入れた資産136,271百万円から引き受けた負債63,285百万円を引くと、取得した正味の資産は72,986百万円になる。払った123,497百万円との差、50,511百万円がのれんである。値がついたのは設備よりも、世界7か国の生産拠点と16か国の販売網、そして活性炭のグローバルリーダーという立ち位置であった。20年という償却期間の選び方にも、その超過収益力が長く続くという読みが表れている。主力の技術を保ったまま新しい領域へ半歩だけ踏み出す、その半歩の代金が1,234億円であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 資金調達・財務戦略 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3612/decisions/re-ipo-2018/","t":"MBOで市場を去ってから13年、非公開経営を終えての公開市場への復帰","c":"ワールド","y":2018,"col":"#002246","s":"構造改革で「利益の出やすい体質」に戻したうえで、デジタル事業への先行投資に耐える資金調達手段の確保と外部株主による規律を掲げ、13年ぶりに東証一部へ復帰した資本…","x":"2018 ワールド アパレル大手の東証一部再上場 mboで市場を去ってから13年、非公開経営を終えての公開市場への復帰 2018年9月にワールドが東証一部へ再上場。上山健二社長のもと2005年のmboから13年ぶりに復帰し、初値は公開価格を5%下回った 構造改革で「利益の出やすい体質」に戻したうえで、デジタル事業への先行投資に耐える資金調達手段の確保と外部株主による規律を掲げ、13年ぶりに東証一部へ復帰した資本政策。実態は優先株の償還と借入返済が資金使途の中心を占めた 「大義」はどこにあったのか この再上場を読み解く鍵は、掲げられた目的と実際の資金の流れとのあいだにある距離にある。会社はデジタル事業への先行投資と外部株主の規律を大義として掲げたが、調達した資金の多くは優先株の償還と借入返済という財務の後始末に充てられた。13年前のmboが長期の構造改革を掲げながら重い借入を残したのと同じく、この再上場もまた、掲げた理念と資本の実務とが必ずしも重ならない場面であったとみられる。 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/4091/decisions/europe-gas-acquisition-2018/","t":"未参入だった欧州へ6,358億円を投じ、4極体制を構築した買収","c":"日本酸素ホールディングス","y":2018,"col":"#0090D8","s":"長期経営ビジョンが掲げる海外売上収益比率50％以上の実現に向け、未参入だった欧州の産業ガス事業を6,358億円で一括取得し、日本・米国・欧州・アジア/オセアニア…","x":"2018 日本酸素ホールディングス プラクスエア欧州事業の取得 未参入だった欧州へ6,358億円を投じ、4極体制を構築した買収 2018年7月に米praxair, inc.と株式売買契約を締結し、同年12月3日に欧州事業を635,847百万円で取得。のれん310,401百万円を計上し、日本・米国・欧州・アジア/オセアニアの4極体制を確立した 長期経営ビジョンが掲げる海外売上収益比率50%以上の実現に向け、未参入だった欧州の産業ガス事業を6,358億円で一括取得し、日本・米国・欧州・アジア/オセアニアの4極体制を構築した海外成長戦略 空白を埋めた買収と、負ったものの重さ この決断の核心は、自力では届かなかった欧州という空白を、一度の取引で埋めた点にある。産業ガスは消費地の近くに拠点を開設する面の商売であり、地盤のない地域へ後から入るのは難しい。欧州の産業ガス市場は北米に次いで大きく、競争環境も安定していた。未参入であった当該地域で一定シェアの事業を獲得することでグローバル化を大きく進める、という理由づけは、地域網こそが競争力だという事業の本質を踏まえたものである。受け入れた無形資産208,301百万円のうち203,900百万円が顧客に係る無形資産であったことは、買ったものが設備ではなく既存の顧客基盤であったことを数字の側から示している。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産"},{"k":"decision","u":"/tse/4401/decisions/nichino-subsidiary-2018/","t":"1928年に分離した相手を公開買付けと第三者割当増資で51%まで戻す資本の再結合","c":"ADEKA","y":2018,"col":"#CF0F2E","s":"診断薬・医療機器の開発で不足していた許認可ビジネスの知見を、90年前に切り出した農薬専業メーカーを連結子会社化することで取り込み、第4の主力事業を立てる","x":"2018 adeka 日本農薬の連結子会社化 1928年に分離した相手を公開買付けと第三者割当増資で51%まで戻す資本の再結合 2018年8月に日本農薬の連結子会社化。adekaが資本業務提携で株式51%を取得し、公開買付けに108億円と第三者割当増資に80億円を投入 診断薬・医療機器の開発で不足していた許認可ビジネスの知見を、90年前に切り出した農薬専業メーカーを連結子会社化することで取り込み、第4の主力事業を立てる 支配権の取り方が残した傷 公開買付けだけでは51%に届かなかった。adekaは足りない分を、日本農薬に新株を発行させて埋めている。1株900円で市場から買い、同じ会社に1株670円で新株を出させる——この二段構えは、支配権を最短で確保する設計として合理的である一方、売らずに残った株主から見れば、自分の持分が安い価格で薄められる話でもあった。米国の機関投資家が少数株主の利益を無視していると反発したのは、価格の水準よりもこの組み合わせ方に対してであったとみられる。 隣接領域への展開 資本提携・政策保有 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/4612/decisions/wuthelam-board-majority-2018/","t":"取締役会の過半数を明け渡す形での経営主導権の移転","c":"日本ペイント","y":2018,"col":"#DA332D","s":"筆頭株主ウットラムが株主提案を通じて取締役会の過半数を求め、日本ペイントがこれを受け入れて経営権の所在が実質的に移った","x":"2018 日本ペイント ウットラムが取締役会掌握 取締役会の過半数を明け渡す形での経営主導権の移転 2018年3月にウットラムが取締役会掌握。シンガポールの塗料大手が出した株主提案の6人が全員選任され、取締役10人の過半へ 筆頭株主ウットラムが株主提案を通じて取締役会の過半数を求め、日本ペイントがこれを受け入れて経営権の所在が実質的に移った 出資比率と支配権のねじれをどう解いたか この判断の核心は、出資比率で少数にとどまっていたウットラムが、取締役会という意思決定の場では過半数を得たという逆転にある。長年のマイノリティ出資者が経営の主導権を先に握り、資本の過半を握るのはその数年後という順序は、日本企業の資本関係としては珍しい経路であったと推察される。ゴー・ハップジン氏が繰り返した\"乗っ取りではない\"という言葉は、敵対的な色彩を薄めながら実質的な支配権の移動を進めるという二面性をよく表している。 機関設計・取締役会改革 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/4661/decisions/fantasy-springs-2018/","t":"3,200億円を一つの区域に投じ、契約期間ごと半世紀先へ延ばした回収設計","c":"オリエンタルランド","y":2018,"col":"#005BAB","s":"二つのパークの集客が成熟するなか、東京ディズニーシー開業以来最大のエリア拡張に3,200億円を投じ、ディズニー社とのライセンス契約期間を2051年9月3日まで延…","x":"2018 オリエンタルランド ファンタジースプリングス投資 3,200億円を一つの区域に投じ、契約期間ごと半世紀先へ延ばした回収設計 2018年6月に東京ディズニーシーの拡張へ着手。予算2,500億円・完成予定2022年度で始め、予算3,200億円・2024年6月6日開業で完成した。ディズニー社とのライセンス契約期間も2051年9月3日まで延びた 二つのパークの集客が成熟するなか、東京ディズニーシー開業以来最大のエリア拡張に3,200億円を投じ、ディズニー社とのライセンス契約期間を2051年9月3日まで延ばして半世紀の回収を前提に設計した投資判断。コロナ禍の541億円赤字を挟んでも中断せず、2024年6月6日に開業して過去最高益につなげた 数十年で回収する投資という様式 この判断の芯は、財務の一時的な悪化に耐えたことよりも、投資の可否を数十年という時間の幅で測る同社固有の考え方にある。3,200億円という額そのものより重いのは、同じ2018年6月にライセンス契約の終期が2021年9月3日から2051年9月3日へ、30年ぶん先へ移ったことだろう。回収の期間を先に確保してから、そこへ収まる規模の箱を建てた順序だろう。埋め立てから半世紀をかけて土地と契約を積み上げてきた企業であればこそ、赤字の年にも半世紀先への投資を続けられた。 大型設備投資 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/4686/decisions/restatement-special-investigation-2018/","t":"元従業員の無断取引を受けて4期分の有価証券報告書を訂正し、内部統制を立て直した選択","c":"ジャストシステム","y":2018,"col":"#FA0000","s":"法人向け事業の一部製品で元従業員が無断の契約条件による取引を行っていた事実を受け、外部の専門家による特別調査委員会を設置し、過年度4期の決算を訂正した","x":"2018 ジャストシステム 特別調査委員会と過年度決算訂正 元従業員の無断取引を受けて4期分の有価証券報告書を訂正し、内部統制を立て直した選択 2018年に元従業員が会社の認めない契約条件で取引していた事実が判明し、特別調査委員会を設置した。第34期から第37期までの有価証券報告書と内部統制報告書、四半期報告書8本を訂正している 法人向け事業の一部製品で元従業員が無断の契約条件による取引を行っていた事実を受け、外部の専門家による特別調査委員会を設置し、過年度4期の決算を訂正した 訂正が映したもの この一件で問われたのは、決算の数字そのものよりも、何を「会社が認めた契約条件」とするかを誰がどこで押さえていたのか、という管理の所在であったと思われる。元従業員が組み立てていたのは会社の外を欺く取引ではなく、社内の承認を経ない条件による取引であり、それが4期にわたって収益として計上され続けた。訂正額のうち最も重いのが純資産の3,997百万円である点は、この取引が単年の誤りではなく、積み上がった残高の問題であったことを示している。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4733/decisions/saas-shift-2018/","t":"完全SaaS型への移行による、買い切り型から継続収益型への収益構造の入れ替え","c":"オービックビジネスコンサルタント","y":2018,"col":"#AC257D","s":"買い切りの初回販売収入を前提とする販売代理店の商売を守るために遅らせていたSaaS化へ踏み切り、年額の利用料による継続収益へ収益構造を入れ替えた判断","x":"2018 オービックビジネスコンサルタント 「奉行クラウド」投入 完全saas型への移行による、買い切り型から継続収益型への収益構造の入れ替え 2018年2月に奉行クラウドを投入。主力の奉行iシリーズを完全saas型に組み替え、買い切りから継続収益へ和田成史社長が舵を切った 買い切りの初回販売収入を前提とする販売代理店の商売を守るために遅らせていたsaas化へ踏み切り、年額の利用料による継続収益へ収益構造を入れ替えた判断 販売する側の商売が動くのを待った四年 saas化へ踏み出す条件として先に置かれたのは、自社の技術ではなく、パートナーの商談の70%がクラウド関連になっていたという数字である。2014年4月に日本マイクロソフトと協業してiaas対応を済ませてからの4年間、saas化に着手しなかった理由が販売パートナーの売り切りの商売を壊さないことにあった以上、踏み切る条件も同じ側に置くほかなかったとみられる。その間に買い替え需要は細り、2018年3月期の基幹系ソリューション出荷は前期比31.7%減っていた。売り手の準備が整ったからではなく、売る人たちの商売のほうが先に動いたことを確かめてから発表した判断といえる。 収益モデル転換 販路・チャネル転換 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/4751/decisions/zelvia-acquisition-2018/","t":"プロサッカークラブの取り込みによるスポーツ事業への参入","c":"サイバーエージェント","y":2018,"col":"#82be28","s":"本業と直結しないJリーグクラブ経営へ、経営者個人の関心とメディア戦略を接続して参入した投資判断","x":"2018 サイバーエージェント fc町田ゼルビア子会社化 プロサッカークラブの取り込みによるスポーツ事業への参入 2018年10月にfc町田ゼルビア子会社化。11.48億円で議決権の80%を取得し、本業と直接つながらないjリーグクラブへ乗り出した 本業と直結しないjリーグクラブ経営へ、経営者個人の関心とメディア戦略を接続して参入した投資判断 経営者の関心を事業に変える難しさ この投資は、経営指標だけを見れば説明のつきにくい判断である。取得額11.48億円もクラブ売上も、数千億円の連結からすれば小さく、スポーツ事業は決算上\"その他\"に埋もれている。それでもこの決断が単なる道楽と違うのは、藤田晋社長がメディア戦略とスポーツという強力なコンテンツの接続を初めから掲げ、上場企業の経営者として強気の計画と資金投入で結果を追い、みずから社長に就任して名将招聘という差別化にまで着手した点にある。関心を事業へ変えるには、関与の深さと相応のリスクが要ることを、この一連の行動は示している。 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/4912/decisions/2018-2025-brand-portfolio-reform/","t":"売上規模の拡大を目標から外す方針転換と、ブランドの選択と集中","c":"ライオン","y":2018,"col":"#007A46","s":"装置産業型の大量生産・大量消費モデルの限界に対し、非注力ブランドの譲渡とSKU削減で高価格帯ブランドへ経営資源を集中させる事業戦略上の判断","x":"2018 ライオン グロンサン等ブランド譲渡 売上規模の拡大を目標から外す方針転換と、ブランドの選択と集中 2024年2月にグロンサン等ブランド譲渡。グロモントやハリックスも手放し、一般用消費財のskuを2027年度までに3割減らす 装置産業型の大量生産・大量消費モデルの限界に対し、非注力ブランドの譲渡とsku削減で高価格帯ブランドへ経営資源を集中させる事業戦略上の判断 二代の社長にまたがる一貫性と、次の課題 この判断の背骨にあるのは、掬川正純氏の代に個別の事業整理として始まった動きを、竹森征之氏が\"量を追わない\"という一つの言葉に集約し、経営全体の物差しへ変えていった過程と推察される。バルサンの譲渡は殺虫剤という周辺分野からの撤退にとどまっていたが、グロンサンやハリックスの譲渡とsku3割削減は、洗剤・柔軟剤・オーラルケアという主力に近い分野そのものの組み替えに着手しており、対象の広がりは当初の整理とは明らかに異なっている。 選択と集中 高付加価値化・プレミアム 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/5032/decisions/pivot-to-talent-agency-2018/","t":"アプリ事業から所属ライバーの運営へ——創業1年での主力事業の入れ替え","c":"ANYCOLOR","y":2018,"col":"#333333","s":"個人勢中心で立ち上がりつつあったVTuber市場において、販促用に採用したライバーがアプリ本体を上回る支持を得たため、主力をツール提供からタレント運営へ入れ替え…","x":"2018 anycolor にじさんじの運営に転換 アプリ事業から所属ライバーの運営へ——創業1年での主力事業の入れ替え 2018年2月にライバーのタレント事業へ移行。田角陸氏が主導し、iphone向けアプリのにじさんじを販売する事業から主力を転換した 個人勢中心で立ち上がりつつあったvtuber市場において、販促用に採用したライバーがアプリ本体を上回る支持を得たため、主力をツール提供からタレント運営へ入れ替えた 主力製品を捨てるという判断 この転換で興味深いのは、捨てたものの性質である。いちからが手放したのは失敗した製品ではなく、会社が本業として売るつもりで作ったアプリのほうであった。宣伝のために用意した手段が売り物を追い越したとき、多くの会社は本業を守りながら副次的な人気を活用する道を選ぶ。田角陸氏は逆に、売り物を下ろして宣伝役を本業へ引き上げた。設立から1年に満たず、守るべき既存事業も雇用も小さかったことが、この入れ替えを容易にしたとみられる。 祖業・主力事業の転換 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/5105/decisions/mitsubishi-alliance-2018/","t":"総合商社を筆頭株主に迎える資本の受け入れと、TOYO TIREへの改称","c":"TOYOTIRE","y":2018,"col":"#0061A9","s":"データ不正からの立て直しを終えた段階で、海外市場の開拓という三菱商事との既存の協力関係を全社レベルの提携へ引き上げ、設備投資の原資と販路・人材を同時に取り込み、…","x":"2018 toyotire 三菱商事と資本業務提携 総合商社を筆頭株主に迎える資本の受け入れと、toyo tireへの改称 2018年11月に三菱商事と資本業務提携。1株1890円で新株2693万株を発行し、総額509億円を三菱商事から受け入れた データ不正からの立て直しを終えた段階で、海外市場の開拓という三菱商事との既存の協力関係を全社レベルの提携へ引き上げ、設備投資の原資と販路・人材を同時に取り込み、あわせて商号をタイヤ専業の名へ改めた判断 名前を替えた日に何が起きたか この提携で東洋ゴム工業が渡したのは、議決権の20%と取締役1名の指名権であった。データ不正の後始末を終えたばかりの会社が、市場からの分散した調達ではなく1社への大口割当を選んだ点に、この判断の性格が出ている。504億円は米国とマレーシアの増設、そして新拠点の建設という、いずれも回収に年月を要する設備へ向かった。希薄化を嫌った株価が急落しても走らせたい投資が先にあり、それを一度に賄える相手が半世紀の合弁先であった、という順序であったと思われる。 資本提携・政策保有 資金調達・財務戦略 不祥事・信頼回復 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6098/decisions/glassdoor-acquisition-2018/","t":"企業の口コミデータベースを1,430億円で取得したHRテクノロジー事業の第2手","c":"リクルートHD","y":2018,"col":"#006EBC","s":"求人検索のIndeedを抱えた会社が、求職者による企業の口コミという別のデータ資産を1,430億円の現金で追加取得し、検索・マッチング・評判の三つをオンラインH…","x":"2018 リクルートhd 米glassdoorを1,430億円で買収 企業の口コミデータベースを1,430億円で取得したhrテクノロジー事業の第2手 2018年6月にリクルートホールディングスが米glassdoorを買収。12億9,500万米ドル(1,430億45百万円)を現金で払って発行済全株式を取得し、indeedと並ぶhrテクノロジー主力事業に据えた 求人検索のindeedを抱えた会社が、求職者による企業の口コミという別のデータ資産を1,430億円の現金で追加取得し、検索・マッチング・評判の三つをオンラインhr領域で集約した買収 口コミという在庫を持たない資産 6年前に買ったindeedが求人を持たない検索エンジンだったとすれば、こちらは求人すら要らない。glassdoorが抱えていたのは、働いた人が書き残した企業の評判と給与の記録である。取得日の資産合計は52,704百万円で、対価143,045百万円の3分の1にすぎない。帳簿に資産として載らない書き込みの集積に、対価の7割を払ったことになる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ プラットフォーム・標準化 グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6134/decisions/fasford-acquisition-2018/","t":"商号の「FUJI」への変更","c":"FUJI","y":2018,"col":"#5D81BC","s":"実装機の需要循環に業績が連動する構造に対し、装置の設計思想が近く需要の波が別に立つ半導体後工程の会社を傘下に入れた","x":"2018 fuji ファスフォードテクノロジ買収 商号の「fuji」への変更 2018年8月にファスフォードテクノロジを取得原価21,799百万円で買収。富士機械製造は商号をfujiへ改め、半導体後工程のダイボンダを手がける山梨の会社を傘下に入れた。のれん14,271百万円は2026年3月期に減損した 実装機の需要循環に業績が連動する構造に対し、装置の設計思想が近く需要の波が別に立つ半導体後工程の会社を傘下に入れた 名前と中身を同じ年に替えた 社名の変更と買収を同じ年に置いたところに、この判断の性格が出ている。\"富士機械製造\"から\"fuji\"への改称は、工作機械の会社という自己説明をやめる宣言にあたり、ファスフォードテクノロジの買収は、その説明を裏づける事業を一つ買い足す動きであった。名前が先に変わって中身が後から追いつく順序ではなく、同じ年に手を付けた点に、社名変更を意匠の問題として扱わなかったことがうかがえる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/6178/decisions/aflac-investment-2018/","t":"出資を通じた、持分法適用をめざす戦略提携","c":"日本郵政","y":2018,"col":"#ee2737","s":"国内郵便・郵貯簡保の構造的縮小と豪トール減損の後、既知のがん保険パートナーへ少数出資し、4年後の持分法適用によって収益源を多様化する戦略提携","x":"2018 日本郵政 米アフラックに7%出資 出資を通じた、持分法適用をめざす戦略提携 2018年12月に米アフラックに7%出資。日本郵政が信託を通じて約2,700億円を投じ、長門正貢社長のもとで4年後の持分法適用をめざした 国内郵便・郵貯簡保の構造的縮小と豪トール減損の後、既知のがん保険パートナーへ少数出資し、4年後の持分法適用によって収益源を多様化する戦略提携 減損を避けた出資が、成長の穴を埋めるか この判断の輪郭は、直前の豪トールと引き比べると見えやすい。未知の海外事業を丸ごと買い、上場という時間の制約のなかで価値を見誤って減損に沈んだ買収の後で、日本郵政が選んだのは、勝手を知るパートナーへの少数出資であった。信託と定款の議決権条項を組み合わせ、支配のリスクを負わずに会計上の利益を取り込む——その設計は、m&aで痛手を負った企業がたどり着いた慎重な型といえる。減損の危うさから距離を置いた点で、トールとは対照的な選択であった。 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/6502/decisions/ceo-succession-2018/","t":"生え抜きによる社長継承の打ち切りと、10年で5人が替わった経営トップ人事","c":"東芝","y":2018,"col":"#E61E1E","s":"不正会計を受けて社長の選定を独立社外取締役のみの指名委員会へ委ねたうえで、生え抜きの継承を離れ、外部から会長CEOを迎えた経営トップ人事","x":"2018 東芝 車谷暢昭氏が会長ceo就任 生え抜きによる社長継承の打ち切りと、10年で5人が替わった経営トップ人事 2018年4月に車谷暢昭氏が代表執行役会長ceoに就任。三井住友銀行副頭取からの招聘で綱川智氏は社長cooへ移り、以後2022年3月の島田太郎氏まで社長ceoが3度替わった 不正会計を受けて社長の選定を独立社外取締役のみの指名委員会へ委ねたうえで、生え抜きの継承を離れ、外部から会長ceoを迎えた経営トップ人事 選ぶ仕組みと、選ばれた人の短さ この10年の東芝で起きたのは、社長が短命だったという事実以上に、トップの役職そのものが定まらなかったことだと読み替えられる。会長ceoと社長coo、社長ceoと取締役会長、そして取締役会長が社長ceoを兼ねる形。2018年から2022年までの4年で、最高経営責任者の置き方は三度変わった。人が替わるたびに体制のほうも作り替えられたのであって、決まった体制に人を入れ替えたのではない。不正会計の反省として指名委員会を社外だけで固め、後継者計画の策定を委ねたにもかかわらず選定の結果がこれほど揺れたのは、選ぶ仕組みより先に、何を任せる職なのかが定まっていなかったからだと思われる。 トップ交代・承継 外部人材・プロ経営者 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6502/decisions/memory-business-sale-2018/","t":"最大の収益源であった半導体メモリ事業の切り出しと売却","c":"東芝","y":2018,"col":"#E61E1E","s":"ウェスチングハウスの破綻で債務超過に陥り上場廃止の瀬戸際に立った東芝が、グループの利益の大半を占めていた半導体メモリ事業を2兆3億円でベインキャピタルを軸とする…","x":"2018 東芝 東芝メモリ(現キオクシア)分離 最大の収益源であった半導体メモリ事業の切り出しと売却 2018年6月に東芝メモリの全株式を譲渡。ウェスチングハウスの破綻を受け、ベインキャピタル軸のpangeaが2兆3億円を払った ウェスチングハウスの破綻で債務超過に陥り上場廃止の瀬戸際に立った東芝が、グループの利益の大半を占めていた半導体メモリ事業を2兆3億円でベインキャピタルを軸とする企業コンソーシアムへ売却し、資本を立て直した事業売却 収益力を売却して生き延びるという選択 この決断の中心にあるのは、上場を守るために、みずから最も稼ぐ事業を現金へ換えなければならなかったという逆説である。分社されたメモリ事業は、危機のさなかの2017年度も税引前で4,699億円を稼ぎ、継続事業の824億円を大きく上回っていた。その事業を、好況で高く売るのではなく、原子力事業の失敗に追われるなかで手放した。稼ぐ力そのものを差し出して延命した点に、この売却の重さがあったと推察される。契約時に置かれた2兆円という価格も、時間に追われた売り手が引き出せる上限に近かったのかもしれない。 事業売却・撤退 経営破綻・法的整理 分社・スピンオフ・子会社上場 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6525/decisions/kkr-buyout-spinoff-2018/","t":"日立国際電気の上場廃止と、成膜プロセスソリューション事業の吸収分割による承継","c":"KOKUSAIエレクトリック","y":2018,"col":"#003078","s":"映像・通信ソリューション事業と成膜プロセスソリューション事業の個別売却が税務・事業の連続性の面で困難と判断され、株式を非公開化したうえで吸収分割により二事業を分…","x":"2018 kokusaiエレクトリック kkrによる非公開化と成膜事業分割 日立国際電気の上場廃止と、成膜プロセスソリューション事業の吸収分割による承継 2017年4月に日立製作所とkkrが基本契約を締結し、hkeホールディングスの公開買付けで日立国際電気を非公開化した。2018年6月1日の吸収分割で成膜プロセスソリューション事業を承継し、商号をkokusai electricへ改めた 映像・通信ソリューション事業と成膜プロセスソリューション事業の個別売却が税務・事業の連続性の面で困難と判断され、株式を非公開化したうえで吸収分割により二事業を分離した再編 全株を売却しなかった売り手と、後から決まった値段 日立製作所は51.7%を手放しながら、映像・通信ソリューション事業には20.0%で残り、装置側を担うhkeホールディングスにはa種優先株式で10,000百万円を再出資した。支配の喪失によって32,049百万円の利益を認識しつつ、二つの事業のどちらとも資本の糸は切っていない。これは事業の売却というより、連結の外へ出したうえで資本の持ち方を組み替える取引だったと思われる。全株式の取得を入札の必要条件としながら、吸収分割後の映像・通信側への再出資を第一次入札の前提条件に据えた設計が、その意図を示している。 選択と集中 上場廃止・親子上場解消 分社・スピンオフ・子会社上場 外資傘下入り・対内m&a 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6526/decisions/solution-soc-2018/","t":"汎用ASSPの切り捨てと、顧客ごとのカスタム設計専業への集中","c":"ソシオネクスト","y":2018,"col":"#00b0eb","s":"汎用品では量産メーカーとのコスト競争で優位に立てないなか、量を追わず顧客ごとに設計するカスタムSoCへ事業を集中し、海外顧客と先端分野へ経営資源を振り向けた戦略…","x":"2018 ソシオネクスト 「ソリューションsoc」転換 汎用asspの切り捨てと、顧客ごとのカスタム設計専業への集中 2018年4月に顧客ごとに設計するカスタムsocへ事業を集中した。会長兼ceoに就任した肥塚雅博氏が営業と開発の人員を順次シフト 汎用品では量産メーカーとのコスト競争で優位に立てないなか、量を追わず顧客ごとに設計するカスタムsocへ事業を集中し、海外顧客と先端分野へ経営資源を振り向けた戦略転換 業界標準を捨てるということ この転換の芯は、時流に乗った成功譚というより、量産販売という半導体業界の標準そのものを捨てた点にあるのだろう。エヌビディアやクアルコムが既製品を大量に売って投資を回収するモデルは、統合前のソシオネクストが延長線上に置いていたやり方でもあった。肥塚雅博氏が2018年を\"第1の転機\"と呼び、汎用品でメガプレイヤーと量を競う道を自ら閉じたところに、この判断の性格が表れている。国内向けを7割近くから4割以下へ落とし、米国・中国向けカスタムsocでシェア12%・世界2位まで登ったのは、規模ではなく設計そのものを売る会社へ自らを定義し直した結果であった。 選択と集中 祖業・主力事業の転換 収益モデル転換 北米 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/6723/decisions/idt-acquisition-2018/","t":"車載・データセンター向けアナログ半導体の品揃えの増強","c":"ルネサスエレクトロニクス","y":2018,"col":"#0047bb","s":"車載マイコン一本足からの脱却を狙い、インターシルに続きIDTを7,267億円で取得してアナログ・ミックスドシグナル事業を増強した、縮小均衡から拡大路線への転換","x":"2018 ルネサスエレクトロニクス 米idtの買収 車載・データセンター向けアナログ半導体の品揃えの増強 2018年9月に米idtとの合併契約を締結した。1株49米ドル・総額約67億米ドルで全株式を取得し、2019年3月に7,267億円で完全子会社とした 車載マイコン一本足からの脱却を狙い、インターシルに続きidtを7,267億円で取得してアナログ・ミックスドシグナル事業を増強した、縮小均衡から拡大路線への転換 国有化された会社が、買収の主体になるという逆説 この買収の面白さは、かつて国の支援で救われた会社が、その数年後に7,000億円を超える買収の主体へ転じた点にある。2013年3月期に1,676億円の当期損失を計上し、産業革新機構の出資で辛うじて生き延びたルネサスは、リストラで黒字を絞り出す縮小均衡に長くとどまっていた。その会社が、インターシル、idtと立て続けに海外メーカーを取り込み、車載マイコン一本足から抜け出す拡大路線へ転換した。守りで生き延びた会社が攻めへ転じた振れ幅に、この決断の性格がうかがえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6773/decisions/baring-rescue-2018/","t":"上場廃止と引き換えに外部資本を受け入れる、時間を確保する立て直し","c":"パイオニア","y":2018,"col":"#BE274D","s":"カーナビOEMの巨額損失で資金繰りが行き詰まり、継続企業の前提に疑義がついた状況下で、独立を放棄してファンド傘下での資本増強と再建を選んだ判断","x":"2018 パイオニア ベアリングpe傘下で再建 上場廃止と引き換えに外部資本を受け入れる、時間を確保する立て直し 2018年9月にベアリングpe傘下で再建。香港ファンドから総額1,020億円の出資を受け、2019年3月27日付で東証1部の上場を廃止 カーナビoemの巨額損失で資金繰りが行き詰まり、継続企業の前提に疑義がついた状況下で、独立を放棄してファンド傘下での資本増強と再建を選んだ判断 独立を手放すという判断 この決断の中心にあるのは、切り離せる事業をあらかた合理化し尽くした企業が、次の危機で何を差し出せるのかという問いである。レーザーディスク、プラズマと撤退を重ね、オーディオまで手放して車載に賭けた末に、その車載でつまずいた。過去の合理化が固定費を軽くした一方で、いざというときに売って資金化できる余力までも削っていた。残された切り札が、事業ではなく上場という地位そのものであったところに、この判断の重さがうかがえる。 上場廃止・親子上場解消 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/7164/decisions/regional-guarantee-rollup-2018/","t":"地方金融機関系の信用保証会社の連続取得によるグループ化","c":"全国保証","y":2018,"col":"#003C92","s":"新規の住宅ローン市場が中長期的に縮む見通しのもとで、営業による提携先の開拓だけに頼らず、地方金融機関系の信用保証会社を取得して保証契約と残高ごと取り込む方法を併…","x":"2018 全国保証 東和信用保証を子会社化 地方金融機関系の信用保証会社の連続取得によるグループ化 2020年2月に東和信用保証を子会社化。以後2026年まで地方金融機関系の信用保証会社を相次いで取得し、保証債務残高を会社ごと取り込んだ 新規の住宅ローン市場が中長期的に縮む見通しのもとで、営業による提携先の開拓だけに頼らず、地方金融機関系の信用保証会社を取得して保証契約と残高ごと取り込む方法を併走させた 契約の束を取得するという商売 東北保証サービスの取得原価は16百万円であり、それと引き換えに全国保証が引き受けた保証債務残高は838億円であった。取得原価が時価純資産額を下回ったため、会計上は304百万円の負ののれん発生益が立っている。同じことは、ちば興銀カードサービスでも三重総合信用でも起きた。3件とも有価証券報告書に記された理由は同文で、中期経営計画に掲げる「基幹事業の拡大」すなわち保証債務残高の増加につながると判断した、とある。買っている対象は将来の営業力ではなく、過去に結ばれた保証契約の束と、それが生む残高であっただろう。提携先を一つずつ開拓して利用率を上げる作業と目的は同じで、時間の使い方だけが違う。 連続買収・ロールアップ pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/7201/decisions/ghosn-arrest-2018/","t":"一人に集まった権力の解体と、指名委員会等設置会社への移行","c":"日産自動車","y":2018,"col":"#BE022E","s":"大株主ルノーから派遣された会長への権力集中と統治の空洞化に対し、報酬不記載の摘発を機に、社内が検察の捜査と歩調を合わせて会長職を解いた統治上の判断","x":"2018 日産自動車 ゴーン会長の逮捕 一人に集まった権力の解体と、指名委員会等設置会社への移行 2018年11月にカルロス・ゴーン会長が逮捕される。東京地検特捜部が金融商品取引法違反の疑いで踏み込み3日後に会長職を解く 大株主ルノーから派遣された会長への権力集中と統治の空洞化に対し、報酬不記載の摘発を機に、社内が検察の捜査と歩調を合わせて会長職を解いた統治上の判断 権力の集中と、それを正す手だて この一件が問うているのは、権力が一人に集まった組織を、内側からどう正すのかという難題である。日産を救った実績が統治の目を曇らせ、異論を挟む者は中枢から遠ざけられ、監視の仕組みも実質を失っていた。そこまで空洞化した統治のもとで、社内が最後に頼ったのが検察の捜査であった点に、この決断の重さと危うさが同居していると推察される。正規の手続きで会長を退場させる道が閉ざされていたからこそ、外部の強制力に委ねる選択が現実味を帯びたのだろう。 不祥事・信頼回復 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/7269/decisions/inspection-fraud-2018/","t":"二度にわたる測定データの偽装の発覚と、再発防止に投じた1,700億円","c":"スズキ","y":2018,"col":"#E10B17","s":"2016年の燃費測定不正と2018年の完成検査不正という二度の法令違反を受け、スズキが約200万台のリコールと5年間で1700億円の設備投資に踏み切った経営判断…","x":"2018 スズキ 燃費・完成検査不正 二度にわたる測定データの偽装の発覚と、再発防止に投じた1,700億円 2016年5月に燃費と検査の偽りが表面化。スズキは約200万台をリコールし、5年間で1700億円の設備投資に踏み切った 2016年の燃費測定不正と2018年の完成検査不正という二度の法令違反を受け、スズキが約200万台のリコールと5年間で1700億円の設備投資に踏み切った経営判断。2019年4月公表の外部調査報告書は、検査人員や時間の不足に加え、無駄を排する\"小少軽短美\"の方針が現場で誤解されたことを原因に挙げた。鈴木修会長は2016年に責任を取ってceo職を辞している。   不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/7564/decisions/workman-plus-2018/","t":"WORKMAN Plusによる作業服から一般客・アウトドアへの客層転換","c":"ワークマン","y":2018,"col":"#FFA902","s":"飽和した作業服市場の外へ出るため、高機能・低価格という既存商品の強みを、一般客・アウトドア向けの見せ方に変えて販売する新業態WORKMAN Plusを立ち上げた…","x":"2018 ワークマン ワークマンプラス展開 workman plusによる作業服から一般客・アウトドアへの客層転換 2018年9月にワークマンプラスを立ち上げ。職人向けの高機能・低価格の商品を、ショッピングモールで一般客に届く販売手法で展開した 飽和した作業服市場の外へ出るため、高機能・低価格という既存商品の強みを、一般客・アウトドア向けの見せ方に変えて販売する新業態workman plusを立ち上げた客層転換 商品ではなく、販売手法と客を変える この判断の核心は、新しい商品を開発したのではなく、すでに持っていた強みを別の客に届け直した点にある。ワークマンが職人向けに磨いた高機能・低価格は、一般客やアウトドア客にも通用する水準にありながら、作業服店という売り場と、垢抜けない見せ方のなかに埋もれていた。土屋哲雄氏のデータ分析は、その強みがそのまま刺さる空白市場を特定した。商品を変えず、置く場所と見せ方だけを変える。低コストで大きな市場を開拓するこの発想は、ワークマンが元から持っていた資産の価値を、データで発見し直した結果だった。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7832/decisions/bandai-spirits-hightarget-2018/","t":"ハイターゲット事業を一つの会社へ集約し直すグループ内の事業再編","c":"バンダイナムコHD","y":2018,"col":"#E60000","s":"少子化で先細る子供向け市場に対し、大人のコア層向け高単価商品を専業組織BANDAI SPIRITSへ切り出し、ブランド軸の収益構造を確立した組織再編","x":"2018 バンダイナムコhd bandai spirits集約 ハイターゲット事業を一つの会社へ集約し直すグループ内の事業再編 2018年4月にbandai spirits集約。バンダイのハイターゲット事業とバンプレストの景品事業を寄せ、大人のコア層へ 少子化で先細る子供向け市場に対し、大人のコア層向け高単価商品を専業組織bandai spiritsへ切り出し、ブランド軸の収益構造を確立した組織再編 分社という手段が示した、規模とは別の伸び方 規模拡大の物語として語られがちなバンダイナムコの歴史のなかで、bandai spiritsの設立はあえて組織を割った判断として異彩を放つ。統合以来、複数のipを複数の事業で同時に展開する\"ip軸経営\"を積み重ねてきた会社が、事業の切り口としてもう一つ\"ブランド軸\"を持ち込んだ意味は小さくない。子供向けと大人向けという異なる顧客層を一つの組織に抱え続けることの限界を、規模の追求ではなく組織の分割によって解いたところに、この判断の独自性がうかがえる。 分社・スピンオフ・子会社上場 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/ceo-coo-system-2018/","t":"8年ぶりの社長交代を、最高経営責任者と最高執行責任者の分離として設計した","c":"伊藤忠商事","y":2018,"col":"#19479B","s":"最高益を更新し続ける経営の連続性と、商いの次世代化という課題を同時に満たすため、会長が最高経営責任者、社長が最高執行責任者を兼ねる総合商社初の体制へ移り、8年ぶ…","x":"2018 伊藤忠商事 会長ceo・社長coo体制への移行 8年ぶりの社長交代を、最高経営責任者と最高執行責任者の分離として設計した 2018年1月に伊藤忠商事は会長がceo、社長がcooを兼務する体制への移行を決議した。岡藤正広氏が会長ceo、鈴木善久氏が社長cooに就任し、4月1日から始動している 最高益を更新し続ける経営の連続性と、商いの次世代化という課題を同時に満たすため、会長が最高経営責任者、社長が最高執行責任者を兼ねる総合商社初の体制へ移り、8年ぶりの社長交代を指名委員会の審議を通して決めた。 譲らずに譲る形 この決断は、社長交代でありながら最高経営責任者は交代していない。会長ceoという役職を新たに設けたことで、岡藤正広氏は社長の座を譲りながら経営の最終責任を手元に残した。連続する最高益という実績が交代の必要を薄めるなかで、それでも次の世代へ渡す道筋をつけるには、渡すものと渡さないものを分けるほかなかったのだろう。総合商社で初めてと記されたこの形は、革新というより、ひとりの経営者が長く担ってきた役割を解きほぐす作業だったとみられる。 機関設計・取締役会改革 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/uniform-antitrust-2018/","t":"4件の排除措置命令と、調査が始まる前に自ら取り止めた違反行為","c":"伊藤忠商事","y":2018,"col":"#19479B","s":"2016年度以前の制服販売業務に独占禁止法違反があったとして2018年に4件の排除措置命令と429万円の課徴金納付命令を受け、社内ルールの整備・自主申告の促進・…","x":"2018 伊藤忠商事 制服販売業務の独占禁止法違反 4件の排除措置命令と、調査が始まる前に自ら取り止めた違反行為 2018年1月から10月にかけて、伊藤忠商事は制服の販売業務をめぐり公正取引委員会から4件の排除措置命令を受けた。nttドコモ向けでは課徴金429万円の納付命令も受けている 2016年度以前の制服販売業務に独占禁止法違反があったとして2018年に4件の排除措置命令と429万円の課徴金納付命令を受け、社内ルールの整備・自主申告の促進・遵守教育の強化を中核とする再発防止策をグループ全体へ展開した。 429万円という処分の軽さ 課徴金429万円は、総合商社の規模からすればないに等しい。それでも4件の命令が1年のうちに続いたことには別の意味がある。同じ制服販売業務から4つの発注者ごとに違反が切り出され、最初の2件が処分された後も、残りの2件は処分を待たずに自ら取り止められていた。会社の記述に従えば、再発防止策の実行が進むなかで違反が次々に自己申告の対象となり、その結果として命令が積み上がったことになる。処分の件数が増えることは、必ずしも統制の悪化を意味しない。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/unyfamilymart-tob-2018/","t":"持分法から連結へ移行し、総合スーパーを外してコンビニだけを残した再編","c":"伊藤忠商事","y":2018,"col":"#19479B","s":"持分法適用会社だったユニー・ファミリーマートホールディングスを公開買付で議決権50.29％の子会社とし、のれん261,450百万円を計上。同社は翌年にユニーを手…","x":"2018 伊藤忠商事 ユニー・ファミリーマート公開買付 持分法から連結へ移行し、総合スーパーを外してコンビニだけを残した再編 2018年8月に伊藤忠商事が公開買付でユニー・ファミリーマートホールディングスを子会社とした。議決権は50.29%となり、のれん261,450百万円を計上している 持分法適用会社だったユニー・ファミリーマートホールディングスを公開買付で議決権50.29%の子会社とし、のれん261,450百万円を計上。同社は翌年にユニーを手放し、ファミリーマートを吸収合併して商号も改めた。 取得したのは8.6% この取引で追加した議決権はわずか8.6%、支払った現金は1,196億円にすぎない。それでも連結の姿は一変した。既に保有していた持分を公正価値で測り直した1,679億円の利益が立ち、のれんは2,614億円、無形資産は4,937億円が新たに積まれ、総資産は1兆4,000億円近く増えている。持分法から連結へ移るという会計上の一線を越えるために必要だったのは、ごくわずかな議決権の上積みだけだった。支配とは何かを、これほど端的に示す数字も少ない。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/8015/decisions/lithium-supply-2018/","t":"リチウム・電池材料の川上資源確保——トヨタの電動化と一体の非鉄投資","c":"豊田通商","y":2018,"col":"#005CA2","s":"トヨタグループの電動化を見据え、電池材料であるリチウムの川上（資源権益）から精製・供給までを押さえ、原料の安定調達を差異化の軸に据えた非鉄・電池材料投資。","x":"2018 豊田通商 orocobreへの出資 リチウム・電池材料の川上資源確保——トヨタの電動化と一体の非鉄投資 2018年1月に豪orocobreへ出資。豊田通商が電気自動車用電池材料のリチウム権益へ約260億円を投じ、株式15%を取得した トヨタグループの電動化を見据え、電池材料であるリチウムの川上(資源権益)から精製・供給までを押さえ、原料の安定調達を差異化の軸に据えた非鉄・電池材料投資。 「原料から握る」ことの重さ この判断の芯にあるのは、電池材料という電動化の要を、市場からの調達に頼らず自社の経路で押さえようとする発想である。塩湖の権益、生産能力の増強、水酸化リチウムの国産化——一連の投資は、トヨタの電動化という大きな流れに合わせ、川下の完成車から川上の資源へと事業の比重を移す試みとみられる。ただ、資源は市況の波を避けられず、確保の代償として減損という損失も併せて負った。 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/8153/decisions/food-poisoning-disclosure-2018/","t":"腸管出血性大腸菌による健康被害の自主開示と、全店の衛生総点検","c":"モスフードサービス","y":2018,"col":"#E60012","s":"保健所の調査と行政処分を受け、感染源が未特定の段階で事実と対策を公表し、全店の衛生管理を点検し直した対応","x":"2018 モスフードサービス o121食中毒事故の公表 腸管出血性大腸菌による健康被害の自主開示と、全店の衛生総点検 2018年9月にo121による食中毒を公表。モスフードサービスは19店舗で28人が感染した事実を示し、営業自粛と全店の衛生点検に踏み切った。加盟店へのfc営業補償金11億27百万円を特別損失に計上した 保健所の調査と行政処分を受け、感染源が未特定の段階で事実と対策を公表し、全店の衛生管理を点検し直した対応 特定できない原因と、公表の重さ この事案で本部が置かれた立場は、原因を特定してから説明するという順序を選べないものであった。関係自治体の調査で複数店舗の患者から同じ遺伝子型の菌が確認された段階で、会社は本部から納入した食材が病因となった可能性が極めて高いと記し、感染源そのものは未特定のまま対策を公表している。加盟店が運営する店の名前を本部が挙げ、供給側としての関与に触れる判断は、フランチャイズという形態のもとでは重い部類に入るとみられる。 不祥事・信頼回復 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8154/decisions/fujitsu-electronics-acquisition-2018/","t":"取得原価154億円で引き受けた株式70％と、売上5,000億円級グループへの規模拡大","c":"加賀電子","y":2018,"col":"#003F87","s":"半導体メーカーの再編と代理店政策の見直しが進むなかで、販売チャネルと顧客基盤を一括して取得し、業界上位の規模を確保する買収","x":"2018 加賀電子 富士通エレクトロニクス買収 取得原価154億円で引き受けた株式70%と、売上5,000億円級グループへの規模拡大 2019年1月1日に富士通エレクトロニクスの株式70.0%を取得原価15,410百万円で取得し子会社化した。時価純資産が取得原価を上回り、負ののれん発生益2,164百万円を計上した 半導体メーカーの再編と代理店政策の見直しが進むなかで、販売チャネルと顧客基盤を一括して取得し、業界上位の規模を確保する買収 値札に書かれていなかったもの 154億円という取得原価は、受け入れた資産93,177百万円に対して低い。時価純資産が取得原価を上回り、その差額2,164百万円が負ののれん発生益として利益に立った。帳簿の上では、買った瞬間に利益が出る値段で株式を引き受けたことになる。値づけが映していたのは、買われる側の収益力の弱さである。加賀電子が獲得したのは利益ではなく、旧富士通系の販売チャネルと顧客基盤であった。中期経営計画で掲げたわが国業界no.1という言葉を、自力の営業ではなく他社の顧客名簿で実現しようとした選択といえる。 連続買収・ロールアップ pmi・買収後統合 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8308/decisions/kansai-mirai-2018/","t":"関西みらいフィナンシャルグループの創設と完全子会社化による関西リテール基盤の集約","c":"りそなホールディングス","y":2018,"col":"#00833f","s":"りそなホールディングスが、傘下の近畿大阪銀行と三井住友FG傘下の関西アーバン銀行・みなと銀行を新設の中間持株会社へ集約して2018年4月に関西みらいFGを発足・…","x":"2018 りそなホールディングス 関西みらいfg設立 関西みらいフィナンシャルグループの創設と完全子会社化による関西リテール基盤の集約 2018年4月に関西みらいフィナンシャルグループを創設し、近畿大阪銀行と三井住友fg傘下の関西アーバン銀行・みなと銀行を傘下に集約した再編。りそなhdの議決権は51.41%、負ののれん発生益は29,055百万円 りそなホールディングスが、傘下の近畿大阪銀行と三井住友fg傘下の関西アーバン銀行・みなと銀行を新設の中間持株会社へ集約して2018年4月に関西みらいfgを発足・上場させ、3年後に完全子会社化して関西リテール基盤を一体運営へ集約した組織再編 系列を超えた再編は、何を残したか この再編で目を引くのは、二つのメガグループが一つの上場地域金融グループに相乗りするという、通常なら成立しにくい構図を一度受け入れた点であった。りそなは自前の近畿大阪銀行だけでは届かなかった関西全域の店舗網を、三井住友傘下の2行ごと取り込むために、あえて三井住友を23.51%の持分法株主として残す形からはじめた。完全合併で看板を一度に消すのではなく、中間持株会社の下に各行を並べて段階的に寄せていくやり方は、関東と関西を一つの本社で統括してきたりそな自身の多銀行モデルの延長にあったとみられる。 持株会社化・グループ再編 合併・経営統合 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/8591/decisions/daikyo-tob-2018/","t":"マンション大手・大京のTOBによる完全子会社化","c":"オリックス","y":2018,"col":"#003c80","s":"不動産事業の相互補完を行い、総合不動産グループとして一体での中長期的な成長を目指すため、上場子会社を完全子会社として取り込む事業戦略","x":"2018 オリックス 大京をtobで買収 マンション大手・大京のtobによる完全子会社化 2018年10月に大京への公開買付けを決議。議決権の66%を保有するオリックスが残る株式を取得し、2019年1月に完全子会社とした 不動産事業の相互補完を行い、総合不動産グループとして一体での中長期的な成長を目指すため、上場子会社を完全子会社として取り込む事業戦略 純投資と取り込みのあいだで 同じ会社の株式を取得する取引でも、支配を得る買収と、すでに握っている子会社の少数株主から残りを買い取る取引とでは、帳簿に残るものがまるで違う。2014年2月に優先株式の取得請求権を行使して大京を連結子会社にしたときは、それまで持分法で扱っていた持分を公正価値1,246億円で測り直し、584億円の利益を計上したうえで、営業権と無形資産434億円を暫定計上した。これに対して2018年の公開買付けは、支配が続いたままの追加取得であるため資本取引として処理され、営業権は生じない。支払った金額と非支配持分の帳簿価額との差は資本剰余金を100億円減らす形で吸収され、損益計算書には現れなかった。代わりに当期の利益を押し上げたのは、未分配利益の回収方法を非課税取引へ改めたことによる繰延税金負債273億円の取崩しであった。 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/8698/decisions/coincheck-acquisition-2018/","t":"NEMの不正送金から3か月後の取得と、のれんの立たない45億円","c":"マネックスグループ","y":2018,"col":"#0068B0","s":"「第二の創業」の中核と位置づけた仮想通貨交換業へ、自前の登録を待たずに、先駆者とされた交換業者を丸ごと取得して参入する","x":"2018 マネックスグループ コインチェックの買収 nemの不正送金から3か月後の取得と、のれんの立たない45億円 2018年4月にコインチェックを完全子会社化。現金36億円と条件付対価9億6,000万円を合わせた45億6,000万円で全株式を取得し、のれんは生じなかった 「第二の創業」の中核と位置づけた仮想通貨交換業へ、自前の登録を待たずに、先駆者とされた交換業者を丸ごと取得して参入する のれんが立たなかったという事実 取得対価は現金3,600百万円と条件付対価960百万円の合計4,560百万円であった。これに非支配持分369百万円を加え、識別可能な純資産の公正価値4,929百万円を引くと差額は残らない。のれんも負ののれん発生益も生じなかった、と有価証券報告書は書く。買収でふつう生じる超過収益力への上乗せが、この取引にはない。受け入れた現金及び現金同等物は34,295百万円と対価の9倍を超えるが、負債側には利用者の預り金27,553百万円が対応しており、手元に残る現金ではない。結合の理由として挙げられているのは「第二の創業」と仮想通貨ビジネスの先駆者であることだけで、2018年1月の不正送金には触れていない。 救済型m&a・支援受け入れ pmi・買収後統合 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9007/decisions/fukufukusenka-1964-2018/","t":"半世紀を貫いた複々線化投資——1964年都市計画決定から2018年全面完成まで","c":"小田急電鉄","y":2018,"col":"#002395","s":"朝ラッシュの慢性的な混雑という都市インフラ課題に対し、54年・3,100億円規模の資金調達と財務負担を段階的な施工と多角化収益で吸収し続けた長期投資","x":"2018 小田急電鉄 代々木上原〜喜多見の複々線化 半世紀を貫いた複々線化投資——1964年都市計画決定から2018年全面完成まで 1964年12月に複々線化事業へ着手した。小田急電鉄は用地買収の難航で54年を費やし、2018年3月に約3,100億円で全線の複々線運転を開始した 朝ラッシュの慢性的な混雑という都市インフラ課題に対し、54年・3,100億円規模の資金調達と財務負担を段階的な施工と多角化収益で吸収し続けた長期投資 半世紀の忍耐と、次の半世紀への問い この決断の特徴は、一人の経営者による一度限りの選択ではなく、都市計画決定という行政手続きと、半世紀に及ぶ資金調達・工事の継続という、幾人もの社長の在任期間をまたぐ持続的な取り組みだった点にある。安藤楢六氏(当時社長)が1965年に案じた\"膨大な資金\"への不安は、星野晃司氏(社長)が2018年に語った\"感無量\"という一言に至るまで、半世紀以上にわたり小田急電鉄の経営課題の底流にあり続けたのだろう。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9434/decisions/mobile-ipo-2018/","t":"通信子会社の東証一部上場と親会社による約2.6兆円の資金調達","c":"ボーダフォン(現ソフトバンク)","y":2018,"col":"#E60000","s":"投資会社への転換を進める親会社SBGが、成熟した国内通信子会社を市場に切り出し、約2.6兆円の成長資金を確保する資本政策","x":"2018 ボーダフォン(現ソフトバンク) ソフトバンクグループの株式売出 通信子会社の東証一部上場と親会社による約2.6兆円の資金調達 2018年12月にソフトバンクを東証一部へ上場。ソフトバンクグループが国内通信子会社の保有株の約4割を売り出し、約2兆6,000億円を調達 投資会社への転換を進める親会社sbgが、成熟した国内通信子会社を市場に切り出し、約2.6兆円の成長資金を確保する資本政策 成熟事業を資金に変えるということ この判断の中心にあるのは、成長の乏しくなった国内通信事業を、抱え続けるべき資産と見るか、次の投資へ回すべき原資と見るかという選択であった。sbgは後者を採り、完全子会社の約4割を市場に切り出して2.6兆円を投資会社への転換に振り向けた。配当性向85%という高い還元は、親子上場につきまとう利益相反への回答として設計され、一般株主と親会社が同じ果実を分け合う建て付けを与えた。 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/1969/decisions/cleanroom-tech-pivot-2017/","t":"空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化","c":"高砂熱学工業","y":2017,"col":"#4599D8","s":"半導体製造・データセンター向けクリーンルーム需要の高度化に対応するため、インドのICT社を連結子会社化して設計・施工技術を自社グループへ取り込んだ","x":"2017 高砂熱学工業 インテグレーテッド社を子会社化 空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化 2017年11月にインテグレーテッド社を子会社化。2015年に出資したインドのict社を取り込み、クリーンルーム技術を専業のまま内製化 半導体製造・データセンター向けクリーンルーム需要の高度化に対応するため、インドのict社を連結子会社化して設計・施工技術を自社グループへ取り込んだ 専業のまま技術を持つという選択 高砂熱学工業のこの30数年は、専業に徹することと技術を持つことを同時に追求した経営判断の連なりとみられる。総合設備工事業者になれば受注機会は広がるが、電気・給排水を含む全領域で技術力を維持するのは容易ではない。逆に専業に閉じれば技術の幅は広がらない。高砂熱学は、空調・熱源・換気という狭い領域に的を絞ったうえで、自社研究所を持ち、必要な技術を持つ海外企業を子会社に取り込んだ。総合化でも受託への専念でもない、専業のまま技術を内製化するという選択が、半導体投資の拡大という追い風と重なったことが今日の高収益体質を導いたとみられる。 垂直統合・内製化 海外進出・現地生産 技術・r&d起点の勝負 選択と集中 インド・南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/2168/decisions/oasis-activist-2017/","t":"経営改善の要求への応答——上場子会社を持ち続けての南部体制の維持","c":"パソナグループ","y":2017,"col":"#E50012","s":"上場子会社の含み価値と低収益を突く物言う株主オアシスの公開キャンペーンに対し、南部体制を維持して要求に応じず、翌年の株主総会も会社提案のみで乗り切った資本政策・…","x":"2017 パソナグループ オアシスの経営改善要求 経営改善の要求への応答——上場子会社を持ち続けての南部体制の維持 2017年11月にオアシスの経営改善要求。パソナは上場子会社を持ち続け、2018年8月の定時株主総会は会社提案の取締役5名選任のみで南部靖之氏の体制を保った 上場子会社の含み価値と低収益を突く物言う株主オアシスの公開キャンペーンに対し、南部体制を維持して要求に応じず、翌年の株主総会も会社提案のみで乗り切った資本政策・株主対応(論点は2024年に再燃) 守り抜いた経営と、残された宿題 この一件の核心は、財務の危機でも不祥事でもなく、低収益と上場子会社の保有を突かれた創業経営が、外部の要求にどこまで応じるかという選択にあった。主力の人材派遣の利益率は1%前後に沈み、2017年5月期は最終赤字で配当性向が100%を超えていた。規模の拡大を優先してきた南部式経営の弱点は、有価証券報告書の数字にすでに表れていた。それでもパソナは上場子会社を抱えたままの体制を守り抜いた。創業者の求心力で会社をまとめてきた企業にとって、外部の株主の論理を容れることは、経営の主導権を手放すことと地続きに見えたのだろう。翌年の株主総会に株主提案は出ず、会社提案の取締役5名が原案どおり選ばれたことは、その防衛が短期的には成功したことを示している。 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/2181/decisions/programmed-acquisition-2017/","t":"全株式取得によるオセアニア人材サービス市場への本格進出","c":"パーソルホールディングス","y":2017,"col":"#333333","s":"アジア太平洋で最大の豪州市場を取るため、同市場の首位企業を一括で買収し、海外売上高3,000億円規模の事業を一度に組み立てた","x":"2017 パーソルホールディングス 豪programmed社買収 全株式取得によるオセアニア人材サービス市場への本格進出 2017年7月に豪programmed社買収。パーソルホールディングスが豪州上場の同社株式を全て取得し、同年10月以降に企業結合を完了 アジア太平洋で最大の豪州市場を取るため、同市場の首位企業を一括で買収し、海外売上高3,000億円規模の事業を一度に組み立てた 市場の大きさを買うということ この買収の理屈には、資料の上では隙が少ない。アジア太平洋で最大の市場は豪州であり、その市場で首位の会社を丸ごと買えば、拠点をひとつずつ作るより早く上位に立てる。実際に連結売上高は2年で5,920億円から9,258億円へ伸び、海外売上高3,000億円という目標にも近づいた。ただ、市場の大きさと自社が稼げる利益とは別の量である。豪州の人材派遣市場が域内最大であることは、そこで買った会社が日本と同じ収益性で回ることを意味しない。減損の理由として挙げられたのは、想定していた収益が見込めなくなったという一文であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 オセアニア"},{"k":"decision","u":"/tse/2229/decisions/frugra-china-overseas-2017/","t":"越境ECと現地専用工場を軸にした中国市場の攻め直し","c":"カルビー","y":2017,"col":"#EB0100","s":"国内スナックが寡占の天井に達したカルビーが、育て直したシリアル「フルグラ」を専用工場と越境ECで中国市場へ持ち込み、海外に主力事業を求めた進出判断","x":"2017 カルビー フルグラの中国再進出 越境ecと現地専用工場を軸にした中国市場の攻め直し 2017年8月にフルグラの中国再進出。カルビーが北海道工場で生産したシリアル食品フルグラを、中国の越境ec天猫国際で販売し始めた 国内スナックが寡占の天井に達したカルビーが、育て直したシリアル「フルグラ」を専用工場と越境ecで中国市場へ持ち込み、海外に主力事業を求めた進出判断 需要に後から生産を合わせる この判断の面白さは、進出の主役が最初から狙って選ばれた商品ではなかった点にあるといえる。訪日客が買い、転売業者が中国へ運び、出荷の2割が国境を越えていくという事実が先にあり、カルビーはその流れを追認する形で生産地と販路を整えた。市場を作ったというより、すでに動いていた需要に生産体制を後から合わせにいった構図で、原発の輸入規制が生産地を北海道と京都に決めたことも含め、外形的な条件が判断の輪郭を強く縁取っていたのだろう。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 大型設備投資 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/2502/decisions/east-europe-beer-acquisition-2017/","t":"取得対価899,077百万円のビール事業取り込みと、欧州の柱化","c":"アサヒグループHD","y":2017,"col":"#004097","s":"国内成熟市場の限界を背景に、AB InBevとSABMillerの統合で売却対象となった中東欧の高収益ビール事業を899,077百万円で取得し、欧州を収益源に据…","x":"2017 アサヒグループhd sabmiller中東欧買収 取得対価899,077百万円のビール事業取り込みと、欧州の柱化 2016年12月にab inbevと株式売買契約を締結し、旧sabmillerのチェコ・ポーランドなど5か国のビール事業を取得。取得対価は899,077百万円 国内成熟市場の限界を背景に、ab inbevとsabmillerの統合で売却対象となった中東欧の高収益ビール事業を899,077百万円で取得し、欧州を収益源に据えた買収 成熟市場を買収するという逆張りの重さ この判断の特徴は、伸びる市場ではなく、伸びきった市場をあえて選んだ点にある。新興国の数量成長に賭ける同業が多いなかで、アサヒは一人当たり消費量が頭打ちの先進国で、すでに定番となったブランドを丸ごと買った。対象事業は、チェコ・ポーランド・ハンガリー・ルーマニアで首位であり、強い事業基盤を背景に高い収益性を持つ事業群であった。国内でスーパードライがシェアを覆した経験が、固まった市場でこそポジションとプレミアム化で稼げるという確信を与えたと思われる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/2531/decisions/overseas-japanese-food-distribution-2017/","t":"海外日本食材卸事業を成長の主軸に据える戦略転換","c":"宝ホールディングス","y":2017,"col":"#1878D8","s":"成熟する国内酒類に代え、海外の日本食レストラン向け食材卸を欧米豪で連続買収し、2017年の分社で独立した統括会社・宝酒造インターナショナルへ統合して成長の主軸に…","x":"2017 宝ホールディングス 宝酒造インターナショナル設立 海外日本食材卸事業を成長の主軸に据える戦略転換 2017年7月に宝酒造インターナショナル設立。2010年の仏foodex買収以来の日本食材卸を統合し海外事業を分割して新会社へ 成熟する国内酒類に代え、海外の日本食レストラン向け食材卸を欧米豪で連続買収し、2017年の分社で独立した統括会社・宝酒造インターナショナルへ統合して成長の主軸に据えた戦略転換 酒をつくる会社から、日本食を運ぶ会社へ この転換の芯にあるのは、酒をつくって売る会社が、日本食そのものを世界へ流通させる会社へと主力を移した点である。国内の清酒・焼酎・みりんが成熟した市場のなかで伸び悩む一方、海外では日本食の広がりが黒子役の卸を押し上げていた。宝ホールディングスは自前のブランドを海外で売り伸ばすより、現地で日本食材を配る流通網を買い集め、2017年の分社でそれを独立した統括会社として統合した。ものをつくる会社が、ものを運び届ける会社の性格を強めていった過程と推察される。 祖業・主力事業の転換 海外進出・現地生産 連続買収・ロールアップ 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/2768/decisions/non-resource-differentiation-2017/","t":"資源市況に業績が振られない収益構造への、収益モデルの組み替え","c":"双日","y":2017,"col":"#003A7C","s":"資源市況の振れに左右される総合商社の収益構造から距離を置き、上位商社との規模差を非資源分野の機能と独自色で埋める差別化戦略。藤本昌義社長が「双日らしさ」として掲…","x":"2017 双日 非資源事業へのシフト 資源市況に業績が振られない収益構造への、収益モデルの組み替え 2017年6月、非資源分野の比重を高める。藤本昌義社長がベトナムの食料・リテールや省エネ・水産で上位商社との差を埋める 資源市況の振れに左右される総合商社の収益構造から距離を置き、上位商社との規模差を非資源分野の機能と独自色で埋める差別化戦略。藤本昌義社長が「双日らしさ」として掲げ、植村幸祐社長が「カタマリ戦略」として継いだ 規模を追わず、独自色で収益を上げるという選択 双日の非資源差別化は、規模で上位商社に及ばない中堅商社が、資源市況の振れという総合商社共通のリスクからどう身を守り、どこで独自に稼ぐかという問いへの一つの答えであった。藤本昌義社長が掲げた\"双日らしさ\"は当初、輪郭のつかみにくい標語でもあったが、非資源分野の利益が積み上がり、発足以来の最高益となって表れたことで、実体を伴う路線へと変わった。規模を追う競争から降り、事業のつながりで稼ぐという選び方は、下位に置かれた商社が生き残るための現実的な解の一つとみられる。 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/3099/decisions/onishi-ouster-2017/","t":"大西洋社長の退任を受けた社内からの後任のトップ選出","c":"三越伊勢丹ホールディングス","y":2017,"col":"#333333","s":"業績不振の表面化と、機関決定前の情報発信で現場を混乱させたトップへの社内の反発が重なり、求心力を失った社長が退場した内部統治の圧力によるもの","x":"2017 三越伊勢丹ホールディングス 杉江俊彦氏が社長昇格 大西洋社長の退任を受けた社内からの後任のトップ選出 2017年3月に大西洋社長の退任と杉江俊彦氏の社長昇格が決まった。2017年3月期の経常利益は27,418百万円と前期から9,286百万円減り、百貨店業の営業利益は11,093百万円に半減していた 業績不振の表面化と、機関決定前の情報発信で現場を混乱させたトップへの社内の反発が重なり、求心力を失った社長が退場した内部統治の圧力によるもの カリスマの退場が問うたもの この交代の中心にあるのは、統合会社を統括するトップの正統性がどこから生まれるかという問いであった。大西洋氏は旧三越と旧伊勢丹の融和を掲げて求心力を保とうとし、その代償として痛みを伴うリストラを先送りしてきた。ところが百貨店業の営業利益が11,093百万円まで半減すると、機関決定を待たずに発せられた改革のメッセージは現場の不信へ転じ、融和のために温存したはずの組織そのものが反旗を翻した。カリスマ性が支えていた統治の足場が、業績不振を触媒に崩れていった経緯がうかがえる。 機関設計・取締役会改革 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/4004/decisions/sgl-graphite-acquisition-2017/","t":"4期続けて営業損失の事業の市況の底での世界規模への拡大と、負ののれん71億円の計上","c":"レゾナックHD","y":2017,"col":"#00A5C0","s":"4期続けて営業損失であった黒鉛電極事業を、市況の低迷期に欧州・東南アジアへ展開した買収。取得原価192億円に対して受け入れた純資産が上回り、負ののれん発生益71…","x":"2017 レゾナックhd sgl黒鉛電極事業買収 4期続けて営業損失の事業の市況の底での世界規模への拡大と、負ののれん71億円の計上 2016年10月20日、市川秀夫社長のもとで独sgl carbonの黒鉛電極事業会社の全株式取得を決議。2017年10月2日に取得原価192億円で子会社化し、負ののれん発生益71億円を計上した 4期続けて営業損失であった黒鉛電極事業を、市況の低迷期に欧州・東南アジアへ展開した買収。取得原価192億円に対して受け入れた純資産が上回り、負ののれん発生益71億41百万円を計上した。翌期に国際市況が上昇し、連結は過去最高益となった。 逆張りは再現できるのか この決断の含みは、4期続けて営業損失を計上していた事業を、市況の底で欧州・東南アジアへ広げた点にある。ただし有価証券報告書が挙げた理由は、sgl carbonの黒鉛電極事業を買収してそのコスト競争力を取り込み、既存の事業と統合して効果を出すことであり、市況の反転を当て込んだ説明にはなっていない。2018年12月期の過去最高益をもたらしたのは、中国の環境政策の厳格化に伴う電炉鋼生産の拡大という外からの変化であった。買収の狙いとして書かれたものと、実際に利益をもたらしたものは、同じではないとみられる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/4042/decisions/chlor-alkali-vinyl-survival-2017/","t":"汎用品からの撤退を選ばず、クロールアルカリを含む基盤事業を磨き切る方針","c":"東ソー","y":2017,"col":"#E3022D","s":"中国勢の能力拡大と市況低迷で国内他社が縮小・撤退する汎用の塩ビ・電解二酸化マンガンを、コストと技術で磨いて残し、2010年代半ばの市況回復とEV需要で復活させた…","x":"2017 東ソー 塩ビ基盤事業の死守戦略 汎用品からの撤退を選ばず、クロールアルカリを含む基盤事業を磨き切る方針 2017年4月に塩ビ基盤事業を死守。アジア勢が縮小する汎用の塩ビ・クロールアルカリと電解二酸化マンガンを残し、コストと技術で磨き直す 中国勢の能力拡大と市況低迷で国内他社が縮小・撤退する汎用の塩ビ・電解二酸化マンガンを、コストと技術で磨いて残し、2010年代半ばの市況回復とev需要で復活させた基盤死守の戦略 捨てなかったことの意味 この判断の核心は、他社が\"儲からない汎用品\"として手放した分野を、東ソーがあえて抱え続けた点にある。市況が最も冷え込んだ時期に、電解二酸化マンガンは不当廉売関税と高い参入障壁で守り、塩ビは大型投資を避けてコスト競争力だけを磨いた。派手な成長物語ではなく、赤字に耐えながら足場を確立する地味な選択であったが、南陽の食塩電解という創業以来の基盤があったからこそ、撤退ではなく死守という構えをとれたと思われる。 選択と集中 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/4043/decisions/malaysia-silicon-2017/","t":"マレーシアの多結晶シリコン事業の減損確定と完全撤退","c":"トクヤマ","y":2017,"col":"#4F589B","s":"マレーシア多結晶シリコン事業の市況崩壊で3期連続の巨額赤字を計上し、2016年3月期に全面減損を確定、損失を確定して韓国OCIへ全株を譲渡し完全撤退した判断","x":"2017 トクヤマ ociへ全株譲渡し撤退 マレーシアの多結晶シリコン事業の減損確定と完全撤退 2017年5月にociへ全株を譲渡。トクヤマがマレーシアの多結晶シリコン子会社を売却し、太陽電池グレード多結晶シリコンから完全撤退 マレーシア多結晶シリコン事業の市況崩壊で3期連続の巨額赤字を計上し、2016年3月期に全面減損を確定、損失を確定して韓国ociへ全株を譲渡し完全撤退した判断 賭けの清算が残したもの この判断の中心にあるのは、減損後に残った工場を持ち続けるか、損失を確定して売却するかという分岐であった。太陽光発電の需要が膨らみ、多結晶シリコンが利益率50%超の高収益素材だった時期の強気が、中国勢の大量参入と価格崩壊という下振れへの備えを欠いたまま、史上最大級の海外投資へと会社を運んだ。一度立ち上がった装置は簡単に止められず、市況の前提が消えたあとも損失は積み上がった。そのなかで2009年の構想そのものを否定し、太陽電池グレードの市場から降りた点に、この撤退の重さがうかがえる。 事業売却・撤退 海外撤退・縮小 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/4188/decisions/mitsubishi-chemical-integration-2017/","t":"傘下事業会社3社を1つにまとめた単一の化学会社の発足","c":"三菱ケミカルグループ","y":2017,"col":"#FF000E","s":"2017年4月1日、三菱ケミカルホールディングス傘下の化学系3社（三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨン）が合併し、事業会社「三菱ケミカル」が発足した。存続会社は三菱…","x":"2017 三菱ケミカルグループ 三菱樹脂・レイヨン統合 傘下事業会社3社を1つにまとめた単一の化学会社の発足 2017年4月に化学系3社が合併。三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨンが一つになり、単体売上高1兆2,270億円の事業会社の三菱ケミカルが発足した 2017年4月1日、三菱ケミカルホールディングス傘下の化学系3社(三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨン)が合併し、事業会社「三菱ケミカル」が発足した。存続会社は三菱化学で、商号を三菱ケミカル株式会社へ改めている。発足後最初の通期となる2018年3月期の単体売上高は1兆2,270億円、経常利益1,254億円で、グループの連結売上収益3兆7,244億円のおよそ3分の1を担う中核事業会社となった。 財閥系の分立を一社にするワンカンパニー化の難しさ 三菱ケミカルの発足は、財閥系の分立した事業会社を一社に統合する難しさを映し出している。三菱化学・三菱樹脂・三菱レイヨンは、いずれも独自の歴史と買収の来歴を抱えた別法人であり、資本の上で一つのグループに属していても、業務や技術情報は互いに隔てられていた。法人格を合わせる形の上の統合は一日で済むが、システムや商習慣、組織文化まで含めた中身の統合には長い時間を要する。組織の形が先に整い、中身が後から追う順序は、拡大を急いだ日本の総合化学が抱えがちな課題であったと思われる。 合併・経営統合 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/4385/decisions/merpay-2017/","t":"スマホ決済への参入による、フリマと決済をつなぐ自社経済圏の構築","c":"メルカリ","y":2017,"col":"#ff0411","s":"フリマ事業の成長制約を見据え、売上金と利用データを決済・与信に転換する金融事業（メルペイ）を第二の柱として立ち上げ、「メルカリ経済圏」を構築する判断","x":"2017 メルカリ メルペイ設立で決済参入 スマホ決済への参入による、フリマと決済をつなぐ自社経済圏の構築 2017年11月にメルカリが100%子会社の株式会社メルペイを設立。資本金600百万円で資金移動業等の金融関連事業に参入し、2019年2月にスマホ決済の提供を開始した フリマ事業の成長制約を見据え、売上金と利用データを決済・与信に転換する金融事業(メルペイ)を第二の柱として立ち上げ、「メルカリ経済圏」を構築する判断 フリマの「その先」を、決済という別の原理で この判断の核心は、フリマで積み上がる\"売上金\"という滞留資産を、アプリの外でも使える貨幣に変え、取引のたびに生まれる決済と信用そのものを新たな収益源に据えようとした点にある。楽天やpaypayが進めた、自社サービスで消費を囲い込む\"経済圏\"とは力点がやや異なり、メルカリのフリマ利用データを与信に転換する\"信用\"を軸に置いた構想であった。フリマに次ぐ第二の柱を、既存事業の延長ではなく金融・決済という別の事業原理の上に築こうとしたところに、この決断の性格がうかがえる。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4540/decisions/pingan-capital-alliance-2017/","t":"第三者割当による外資の筆頭株主化と、業務面まで含めた協業関係の構築","c":"ツムラ","y":2017,"col":"#803B2D","s":"原料調達地であった中国を販売市場に変えるため、現地の顧客基盤と販路を持つ保険大手を筆頭株主に迎え、合弁で生薬加工と中成薬事業を立ち上げる資本政策","x":"2017 ツムラ 中国平安保険との資本提携 第三者割当による外資の筆頭株主化と、業務面まで含めた協業関係の構築 2017年9月に中国平安保険との資本提携。第三者割当を中国平安人寿保険が引き受け、議決権10.04%の筆頭株主となり調達額は273億円 原料調達地であった中国を販売市場に変えるため、現地の顧客基盤と販路を持つ保険大手を筆頭株主に迎え、合弁で生薬加工と中成薬事業を立ち上げる資本政策 生薬を調達する相手から、販売する相手へ この提携で動いたのは、出資比率よりも取引の向きであった。1991年に深センへ拠点を開設して以来、ツムラにとっての中国は生薬を買う場所であり、品質を管理する対象であった。約2万軒の契約農家に栽培記録を書かせる仕組みも、日本で売る製剤の品質を守るための投資である。その管理手法を持ったまま現地の会社を買い、現地の患者へ売る側に回ったとき、日本国内で積み上げた品質管理そのものが商品になった。2023年度に187億円を売った平安津村薬業の生薬販売は、その転換の最初の数字にあたる。 資本提携・政策保有 資金調達・財務戦略 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/4578/decisions/daiya-foods-acquisition-2017/","t":"医薬に寄せず栄養事業を植物性食品へ拡大した資源の振り分け","c":"大塚HD","y":2017,"col":"#236AB2","s":"医療関連事業への追加投資に資本を寄せず、1989年のファーマバイト以来の消費者向け栄養事業に海外ブランドをもう一つ追加で買収して、ニュートラシューティカルズ関連…","x":"2017 大塚hd 植物性食品デイヤフーズの買収 医薬に寄せず栄養事業を植物性食品へ拡大した資源の振り分け 2017年7月に大塚製薬がデイヤフーズinc.の全株式を取得する契約を締結し、8月31日に買収を完了した。支払対価は現金35,209百万円、議決権比率は100%で、のれん11,981百万円と無形資産24,522百万円を計上している 医療関連事業への追加投資に資本を寄せず、1989年のファーマバイト以来の消費者向け栄養事業に海外ブランドをもう一つ追加で買収して、ニュートラシューティカルズ関連事業を植物性食品まで拡大した成長投資 ブランドを買収するということ この買収は、植物性食品という新しい市場への賭けというより、1989年のファーマバイト以来つくってきた回路をもう一度動かしたものだと推察される。医薬で稼いだ資金を消費者向けの栄養事業へ回し、海外のブランドを丸ごと抱えて売り場を広げる。支払対価35,209百万円は、同じ年に医療関連事業で取得したニューロバンスに投じたのれん及び無形資産28,599百万円を上回った。研究開発費が年1,700億円を超え、グローバル4製品の世代交代に医薬側の投資が張り付いていた時期に、追加のパイプラインではなく非医薬の稼ぎ手を厚くする側へ配分したことになる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 ブランド・マーケティング 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4587/decisions/peptistar-jv-2017/","t":"塩野義製薬・積水化学工業と三社で担う原薬製造の内製化","c":"ペプチドリーム","y":2017,"col":"#0065CC","s":"探索に特化した創薬受託の川上を保ちつつ、高品質な原薬を低コストで安定供給できる製造受託会社が世界に無いという隘路を、3社同率17.3％の合弁で埋め、探索から生産…","x":"2017 ペプチドリーム 合弁でペプチスター設立 塩野義製薬・積水化学工業と三社で担う原薬製造の内製化 2017年9月に塩野義製薬・積水化学工業と合弁でペプチスターを設立。19億円を出資して17.3%を持ち、特殊ペプチド原薬の製造受託会社を設立して探索中心の事業から製造へ事業を拡大した 探索に特化した創薬受託の川上を保ちつつ、高品質な原薬を低コストで安定供給できる製造受託会社が世界に無いという隘路を、3社同率17.3%の合弁で埋め、探索から生産まで一気通貫の事業領域を組む戦略 探索の会社が製造を抱えるということ この判断の芯は、探索特化という軽い事業構造を崩さずに、製造という重い工程だけを別法人へ切り出した点にある。pdpsで候補を速く探し当てても、原薬を安定して量産できなければ薬にはならない。工場も在庫も持たない身軽さを守りつつ、川下の細さを塞ぐには、自前で工場を抱えるより、技術を持つ塩野義製薬・積水化学工業と資本を分け合う合弁が理にかなっていただろう。3社が同率の17.3%で並び、どこも単独では支配しない設計にしたところに、技術を出し合わせるための周到さがうかがえる。 垂直統合・内製化 資本提携・政策保有 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/4613/decisions/europe-helios-2017/","t":"買収を足がかりとした欧州市場への本格参入と地盤の獲得","c":"関西ペイント","y":2017,"col":"#0068B8","s":"インド・アジア・アフリカ・米国へ拡大した海外展開の空白であった欧州に、自前の拠点建設ではなくHelios Group38社の一括取得で参入する判断","x":"2017 関西ペイント 欧州helios買収 買収を足がかりとした欧州市場への本格参入と地盤の獲得 2017年3月31日に欧州の塗料グループannagab s.a.他38社(helios group)の全株式を42,733百万円で取得し完全子会社化。欧州市場への本格参入を図る判断 インド・アジア・アフリカ・米国へ拡大した海外展開の空白であった欧州に、自前の拠点建設ではなくhelios group38社の一括取得で参入する判断 一括で取得した地盤の重さ 受け入れた資産53,177百万円から引き受けた負債44,817百万円を差し引くと、手にした正味の資産は8,360百万円にすぎない。払った42,733百万円との差、当初34,981百万円と見積もられた金額がのれんであった。値がついたのは工場や在庫ではなく、欧州に張られた38社分の販売網と製品群である。取得原価とは別に33,084百万円の貸付けを実行している点も見落とせない。負債の重い会社を、負債ごと引き受ける買い方であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/4626/decisions/pharma-entry-2017/","t":"電子材料一辺倒からの脱却を狙った医療・医薬品事業への参入","c":"太陽ホールディングス","y":2017,"col":"#00AF64","s":"エレクトロニクス（ソルダーレジスト）一本足の景気変動リスクを抑えるため、循環の異なる医療・医薬品事業へ参入し、総合化学企業への多角化を進めた戦略判断","x":"2017 太陽ホールディングス 太陽ファルマ設立し医薬品参入 電子材料一辺倒からの脱却を狙った医療・医薬品事業への参入 2017年8月に太陽ファルマ設立し医薬品参入。中外製薬から長期収載品13製品を譲り受け、2019年に第一三共高槻工場を376億円で取得した エレクトロニクス(ソルダーレジスト)一本足の景気変動リスクを抑えるため、循環の異なる医療・医薬品事業へ参入し、総合化学企業への多角化を進めた戦略判断 守りの多角化が残したもの 太陽ホールディングスの医薬品参入は、世界首位の技術を持ちながら景気の波に業績を委ねてきた電子材料一辺倒の構造を、循環の異なる事業でならすという発想から始まった。長期収載品の製造販売権を買い、続いて工場を取り込むという二段構えは、開発を除く事業の骨格を短期間で組み上げる手際のよい設計であったと推察される。会計士出身の社長が財務とm&aを直接握る体制のもとで、電子材料で稼いだ資金を新たな収益源へ振り向ける多角化が、目に見える規模にまで到達した点は確かであった。 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/4666/decisions/overseas-parking-acquisitions-2017/","t":"豪SECURE PARKINGの5カ国事業を含む連続取得による海外事業の確立","c":"パーク24","y":2017,"col":"#254CA4","s":"国内で駐車場とカーシェアリングの二本を揃えた次の成長余地を国外に求め、現地の駐車場会社を自ら育てる代わりに、既に規模のある事業者を7カ月のうちに2件買収して海外…","x":"2017 パーク24 英ncpの海外駐車場買収 豪secure parkingの5カ国事業を含む連続取得による海外事業の確立 2017年1月に海外の駐車場事業を買収。豪州・英国などのsecure parkingを195億28百万円で取得し、8月に英ncpも傘下へ 国内で駐車場とカーシェアリングの二本を揃えた次の成長余地を国外に求め、現地の駐車場会社を自ら育てる代わりに、既に規模のある事業者を7カ月のうちに2件買収して海外駐車場事業を立ち上げた 件数は買収できたが、収益力は買収できなかった 1年で世界最大の駐車場網を獲得した話として語られやすい。だが二件の中身を並べると、買ったものは資産ではなく、20年で償却する将来の収益力の見積りであった。ncpでは取得原価234億89百万円に対しのれんが422億52百万円立ち、受け入れた負債は387億20百万円に上る。1991年に上野で5〜6台から始めた会社が、既に出来上がった大型駐車場の束を、その先の稼ぎの約束ごと引き受けたと推察される。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/4755/decisions/mno-mobile-entry-2017/","t":"既存3社に挑む第4の携帯事業者としての自前網の構築","c":"楽天グループ","y":2017,"col":"#BF0000","s":"EC・金融で築いた経済圏を通信へ延ばすため、自前基地局と完全仮想化ネットワークで第4のMNOに参入し、巨額の先行投資を経て黒字化にこぎ着けた新規事業投資","x":"2017 楽天グループ 完全仮想化でmno参入 既存3社に挑む第4の携帯事業者としての自前網の構築 2017年12月に完全仮想化でmno参入。既存3社から回線を借りるmvnoをやめ、基地局ソフトを汎用サーバー上で動かす方式を採用した ec・金融で築いた経済圏を通信へ延ばすため、自前基地局と完全仮想化ネットワークで第4のmnoに参入し、巨額の先行投資を経て黒字化にこぎ着けた新規事業投資 経済圏を通信へつないだ賭けの帰結 この決断の核心は、ec・金融で稼ぐネット企業が、最も資本を食う通信インフラを自前で抱えるという逆張りにある。回線を借りるmvnoにとどまれば毎月の顧客接点を他社の網に握られ続ける——楽天は、その依存を断つために基地局という重い固定資産を選んだ。完全仮想化ネットワークでコストを7〜8割削れるという三木谷浩史会長兼社長の読みは、設備投資の圧縮という一点で参入の採算を成り立たせる前提だったが、前例のない網の構築と全国整備の費用は当初の想定を超え、累積8000億円超の純損失と社債償還の重荷となって跳ね返った。 隣接領域への展開 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/4901/decisions/fuji-xerox-accounting-2017/","t":"ニュージーランド・豪州の販売子会社で判明した不適切な会計処理と、第117〜120期に及ぶ連結決算の訂正","c":"富士フイルム","y":2017,"col":"#ED1C24","s":"富士ゼロックスの海外販売子会社で不適切な会計処理及び取引が判明し、第三者委員会に全容の解明を委ねて第117〜120期の連結決算を訂正したうえ、子会社の本社機能の…","x":"2017 富士フイルム 富士ゼロックスの会計問題と決算訂正 ニュージーランド・豪州の販売子会社で判明した不適切な会計処理と、第117〜120期に及ぶ連結決算の訂正 2017年に富士ゼロックスの海外子会社で不適切な会計処理及び取引が判明。第三者委員会の調査を経て過年度の連結決算を訂正し、2016年3月期の当期純利益は123,313百万円から116,402百万円へ減った 富士ゼロックスの海外販売子会社で不適切な会計処理及び取引が判明し、第三者委員会に全容の解明を委ねて第117〜120期の連結決算を訂正したうえ、子会社の本社機能の一部を持株会社へ引き上げて内部統制を組み直した 子会社との距離 この件で問われたのは、海外の販売子会社2社の帳簿そのものよりも、議決権の75.0%を握りながら遠ざけていた子会社との距離のほうだっただろう。持株会社は子会社の重要な業務執行に承認や審議を要する仕組みを敷き、主要な子会社の取締役会の決議事項についても定期的に報告を受けていた。それでも内部統制システムの整備及び運用の不備を指摘され、2017年3月31日現在の財務報告に係る内部統制は有効でないと評価されるに至った。仕組みがあることと、それが届いていることは別だという当たり前が、4期分の決算訂正として顕在化したのだろう。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4902/decisions/ambry-acquisition-2017/","t":"巨額の買収を対価として得た、がん遺伝子診断への本格進出","c":"コニカミノルタ","y":2017,"col":"#0088CC","s":"成熟した事務機に依存した収益構造から脱するため、遺伝子診断という成長領域へ巨額を投じ、事業ポートフォリオの主軸を移そうとした戦略的買収","x":"2017 コニカミノルタ 米アンブリー・ジェネティクス買収 巨額の買収を対価として得た、がん遺伝子診断への本格進出 2017年10月に米アンブリー・ジェネティクス買収。産業革新機構と組み、取得原価905億円を投じてのれん605億円を計上した 成熟した事務機に依存した収益構造から脱するため、遺伝子診断という成長領域へ巨額を投じ、事業ポートフォリオの主軸を移そうとした戦略的買収 事務機依存という課題は残った この買収の核心にあったのは、成熟した事務機に稼ぎを頼る構造から、どうすれば主力事業をほかへ移せるかという問いであった。祖業のフィルムで培った化学技術を診断へ延長し、そこへ世界水準の遺伝子診断を接ぎ木する構想は、技術の系譜としては筋が通っていたと推察される。だが、約900億円という金額は、成熟事業を抱えたまま次の収益源を急ぐ会社にとって、失敗の許されない賭けでもあった。渾身の一手という当時の呼び名には、期待とともに、退路の狭さがにじんでいた。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/5019/decisions/showa-shell-merger-2017/","t":"合併に反対する創業家の持株比率を薄める3割の公募増資","c":"出光興産","y":2017,"col":"#D50D2D","s":"3分の1超の議決権で合併を拒否できる創業家に対し、公募増資で発行済株式を膨らませて創業家の持ち株比率を拒否権割れの水準まで引き下げ、昭和シェルとの経営統合を通そ…","x":"2017 出光興産 昭和シェル合併に対抗し増資 合併に反対する創業家の持株比率を薄める3割の公募増資 2017年7月に4800万株の公募増資。約1200億円を調達し、合併に反対する創業家の議決権を33.9%から約26%へ引き下げた 3分の1超の議決権で合併を拒否できる創業家に対し、公募増資で発行済株式を膨らませて創業家の持ち株比率を拒否権割れの水準まで引き下げ、昭和シェルとの経営統合を通そうとした資本政策 支配権争いと資本政策のあいだで この判断の核心には、上場企業の資本政策が支配権争いの手段になりうるという緊張がある。増資は本来、事業の資金を市場から募る行為であり、その正当性は資金使途の合理性に支えられる。だが今回の増資は、拒否権を握る創業家の持ち分を薄めるという目的が透けて見え、司法もその存在を認めた。それでもなお増資が止められなかった点に、資金調達の自由と株主の平等をどこで線引きするのかという、決着のつきにくい問いがうかがえる。 アクティビスト・株主提案対応 創業家・同族 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/5020/decisions/jxtg-tonen-general-integration-2017/","t":"統合会社JXTGホールディングスの発足による国内元売りの再編","c":"ENEOS HD","y":2017,"col":"#EB6005","s":"国内ガソリン需要の漸減と製油所の設備過剰、原油価格急落による赤字を背景に、首位JXが3位東燃ゼネラルを株式交換で完全子会社化し、シェア5割の巨大元売JXTGを発…","x":"2017 eneos hd 東燃ゼネラルと統合 統合会社jxtgホールディングスの発足による国内元売りの再編 2015年12月に東燃ゼネラルと統合合意。首位のjxと3位が2017年4月に株式交換し、jxtgホールディングスが発足した 国内ガソリン需要の漸減と製油所の設備過剰、原油価格急落による赤字を背景に、首位jxが3位東燃ゼネラルを株式交換で完全子会社化し、シェア5割の巨大元売jxtgを発足させた統合判断 シェア5割が映す二つの顔 この統合は、需要が縮む市場で規模を確保する防衛的な再編でありながら、結果として国内石油供給の過半を一つの企業が担う構図を生んだ。中原伸之氏が突いた寡占化の懸念と、経営陣が掲げた合理化・安定供給の論理は、いずれも同じシェア5割という事実の両面を指していたと推察される。統合の是非は、価格決定力を得た側がそれを需要縮小への備えに振り向けるのか、それとも収益の確保そのものに使うのかによって、評価が分かれる性質のものであった。 合併・経営統合 pmi・買収後統合 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/5214/decisions/ppg-glass-fiber-acquisition-2017/","t":"欧米3拠点（英国・オランダ・米国）の取り込みによるガラス繊維事業の海外展開","c":"日本電気硝子","y":2017,"col":"#0175C1","s":"液晶基板ガラスのコモディティ化に対し、ディスプレイ依存を低減してガラス繊維を主力事業へ育てるため、米PPGから欧米の三拠点を二段階で取得し海外生産基盤を一挙に拡…","x":"2017 日本電気硝子 米ppgのガラス繊維事業取得 欧米3拠点(英国・オランダ・米国)の取り込みによるガラス繊維事業の海外展開 2016年10月に欧州、2017年9月に米国の米ppgガラス繊維事業を取得。松本元春社長のもと英国・オランダ・米国の三拠点を得た 液晶基板ガラスのコモディティ化に対し、ディスプレイ依存を低減してガラス繊維を主力事業へ育てるため、米ppgから欧米の三拠点を二段階で取得し海外生産基盤を一挙に拡大した事業戦略 世界規模化の狙いと、後処理の速さ 液晶基板ガラスへの依存を解くという課題そのものは、この会社にとって切実であった。それゆえppgの欧米事業を二段階で取得し、繊維で世界規模の一角を占めようとした判断は、単なる高値づかみという言葉には収まらない。もっとも、踏み込んだ直後に中国メーカーの増産が市況を崩し、自動車向けの需要も伸びを欠いた。好況の裏づけを欠いたまま、二段階で合計720億円に迫る基盤を抱えた点に、この取得の難しさが表れていると推察される。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 海外進出・現地生産 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/5301/decisions/sgl-ge-acquisition-2017/","t":"アジア・北米・欧州にまたがる黒鉛電極3極体制の構築","c":"東海カーボン","y":2017,"col":"#E60013","s":"世界最大の電炉鋼市場である北米に黒鉛電極の生産・販売拠点を持たなかった東海カーボンが、他社買収に付帯した当局の譲渡条件を機にアジア・北米・欧州の3極体制を構築し…","x":"2017 東海カーボン 米sgl ge社を取得 アジア・北米・欧州にまたがる黒鉛電極3極体制の構築 2017年9月に米sgl ge社の取得を決議。東海カーボンが独sglの黒鉛電極事業を承継した米法人を取得原価134億円で取得し、11月7日に完了 世界最大の電炉鋼市場である北米に黒鉛電極の生産・販売拠点を持たなかった東海カーボンが、他社買収に付帯した当局の譲渡条件を機にアジア・北米・欧州の3極体制を構築した地理的補完のm&a 好機の取得と、市況に委ねた成否 この買収を\"先見の明\"とだけ評すると、話を単純にしすぎる。北米という空白を埋める好機は、東海カーボン自身が仕込んだものではなく、昭和電工のsgl ge買収に米当局が付けた譲渡条件から偶然生まれたものであった。長坂一社長の判断の芯は、創業以来最大の赤字を計上した直後に、他社案件の副産物として現れた134億円の拠点へためらわず手を挙げた点にある。低迷で守りに入ってもおかしくない時期に、供給網の空白を突く攻めを選んだところに、この判断の輪郭がうかがえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5406/decisions/data-fraud-2017/","t":"名門の信頼失墜と、経営刷新による再建への着手","c":"神戸製鋼所","y":2017,"col":"#0B61BA","s":"事業部門の収益を最優先する企業風土のもとで常態化した検査データ偽装が発覚し、ガバナンスと品質保証体制の是正を迫られた不祥事対応","x":"2017 神戸製鋼所 品質データ改ざんを公表 名門の信頼失墜と、経営刷新による再建への着手 2017年10月に品質データ改ざんを公表。検査結果を書き換えた不適合製品の納入先はのべ688社に上り、2019年3月に罰金1億円の有罪判決が確定した 事業部門の収益を最優先する企業風土のもとで常態化した検査データ偽装が発覚し、ガバナンスと品質保証体制の是正を迫られた不祥事対応 収益優先の風土と、名門の看板 この不正の根にあるのは、複合メーカーとして分立した事業部門が、それぞれの収益だけを物差しにして回ってきた運営の姿である。本社の収益評価に偏った経営が生産至上主義を生み、大幅な権限委譲が本社の統制力を削ぐ。その配置のもとで、遵守がおよそ困難な社内規格と、改ざんを可能にする検査プロセスが放置された。原因分析が真っ先に「収益偏重の経営と不十分な組織体制」を挙げたのは、現場の逸脱ではなく設計の問題だと認めたに等しいと推察される。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/5406/decisions/kobe-works-upstream-shutdown-2017/","t":"加古川製鉄所への一貫工程の集約","c":"神戸製鋼所","y":2017,"col":"#0B61BA","s":"中国を中心とした世界的な生産過剰で鋼材の採算が悪化するなか、神戸と加古川の二拠点に分散していた上工程を加古川へ一本化し、コスト構造を再構築した判断","x":"2017 神戸製鋼所 神戸製鉄所の上工程休止 加古川製鉄所への一貫工程の集約 2013年5月に神戸製鉄所の高炉休止を決議。加古川製鉄所に655億円を投じて上工程を集約し、2017年10月末に休止した 中国を中心とした世界的な生産過剰で鋼材の採算が悪化するなか、神戸と加古川の二拠点に分散していた上工程を加古川へ一本化し、コスト構造を再構築した判断 畳むために積んだ四年半 高炉を止める判断は、決めたその日に実行できるものではなかった。2013年5月に決めてから実際に火を落とすまで四年半を要したのは、加古川にブルーム連続鋳造設備と溶鋼処理設備を新設し分塊圧延機を増強する655億円の工事と、上工程の変更に伴う需要家の再承認取得が先に立っていたからである。しかも会社は、その原資の一部を2013年度の公募増資で市場から集めている。6億3,250万株を発行して調達した836億円は、戦略投資とこの構造改革の設備投資に充てられた。畳む決断が、まず投資として現れる構図であったとみられる。 リストラ・構造改革 選択と集中 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/5711/decisions/data-fraud-2017/","t":"連結子会社5社で相次いだ不適合品の出荷と、グループガバナンスの立て直し","c":"三菱マテリアル","y":2017,"col":"#EF0041","s":"素材業界へ広がった品質データ改ざんの連鎖と、顧客・社会からの信頼の問い直しを受け、傍流子会社の不正の公表と経営責任の明確化・ガバナンス改革へと追い込まれた不祥事…","x":"2017 三菱マテリアル 品質データ改ざん発覚 連結子会社5社で相次いだ不適合品の出荷と、グループガバナンスの立て直し 2017年11月と2018年2月の二度に分けて、連結子会社5社で検査記録データの書き換えによる不適合品の出荷を公表した。特別調査委員会の設置、直島製錬所のjis認証取消し、社長交代を経て指名委員会等設置会社へ移行した 素材業界へ広がった品質データ改ざんの連鎖と、顧客・社会からの信頼の問い直しを受け、傍流子会社の不正の公表と経営責任の明確化・ガバナンス改革へと追い込まれた不祥事対応 傍流に沈んだ改ざんが問うたもの この不祥事の芯にあるのは、規模を追って足し算で広げたグループの、末端に沈んだ品質の緩みであった。会社自身が原因として挙げたのは「受注」と「納期」の偏重、工程能力を超えた仕様での受注、他部門から品質保証部門へのプレッシャー、そして監査手続きの形骸化である。いずれも個人の逸脱ではなく仕組みの問題であり、子会社管理の不十分さと縦割り組織の弊害がその背後に置かれた。連結売上高1兆5,995億円に対し、この件で計上した特別損失は3,202百万円にとどまる。金額の小ささこそ、失ったものが会計に載らない種類のものであったことを示しているだろう。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5803/decisions/audit-committee-transition-2017/","t":"カンパニーへの権限委任と社外取締役4名の監督を、一つの取締役会へ収める機関設計を選んだ","c":"フジクラ","y":2017,"col":"#15C0F3","s":"カンパニーを統括する業務執行取締役の機動性と、社外取締役による客観的な監督を一つの取締役会で両立させるため、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した","x":"2017 フジクラ 監査等委員会設置会社へ移行 カンパニーへの権限委任と社外取締役4名の監督を、一つの取締役会へ収める機関設計を選んだ 2017年6月29日の定時株主総会で定款を変更し、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役会は監査等委員でない取締役9名と監査等委員である取締役5名の14名となり、社外取締役は1名から4名に増えた カンパニーを統括する業務執行取締役の機動性と、社外取締役による客観的な監督を一つの取締役会で両立させるため、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した 監督を内側へ入れた交換 この移行で変わったのは監査機関の名だけではない。監査役は取締役会の外から適法性を見る立場だったが、監査等委員は議決権を持つ取締役として取締役会の内側へ入った。社外取締役が1名から4名へ増えたのも、監査等委員5名のうち4名が社外だったからである。カンパニーへ個別事業の決定を委ね、取締役会には経営計画と規模の大きいm&aだけを残すという設計は、執行を速める代わりに、残した少数の議題を社外の目で厚く審議させる交換だっただろう。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6301/decisions/joy-global-acquisition-2017/","t":"米鉱山機械大手の取り込みによる製品群のフルライン化","c":"コマツ","y":2017,"col":"#150A9A","s":"超大型の露天掘り向け鉱山機械と坑内掘り向け鉱山機械を持たなかったコマツが、米ジョイ・グローバル社を3,161億28百万円で買収し、主要事業である鉱山機械事業の体…","x":"2017 コマツ 米ジョイ・グローバル買収 米鉱山機械大手の取り込みによる製品群のフルライン化 2016年7月21日の取締役会で決議し同日合併契約を締結。2017年4月5日に3,161億28百万円で買収を完了し、営業権1,328億65百万円を計上した 超大型の露天掘り向け鉱山機械と坑内掘り向け鉱山機械を持たなかったコマツが、米ジョイ・グローバル社を3,161億28百万円で買収し、主要事業である鉱山機械事業の体制を大幅に拡充した戦略的m&a 建機と鉱山機械という二本柱 この買収の中心にあるのは、資源市況の谷でこそ持たざる領域を買い足すという時機の選び方であった。鉱山機械の需要は資源価格に連れて振れやすく、市況が高いときには買収額もふくらむ。コマツ自身の営業利益が前の期から16.5%減って1,741億円に沈んだ2017年3月期に決議し、3,161億円を投じた判断は、需要の谷を織り込んで買うという逆張りの色を帯びていた。持たなかった超大型機を一度にそろえ、鉱山機械事業の体制を大幅に拡充する狙いは、市況が持ち直したのちの業績にひとまず表れただろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6305/decisions/mining-business-expansion-2017/","t":"鉱山機械への本格参入と、米H-Eパーツも交えた消耗部品事業の獲得","c":"日立建機","y":2017,"col":"#FF6600","s":"中国需要の縮小と資源価格の下落で機械本体の販売が伸びないなかで、寡占市場である鉱山機械の消耗部品・アフターサービスを買収で取り込み、収益の源を本体からバリューチ…","x":"2017 日立建機 豪ブラッドケンの買収 鉱山機械への本格参入と、米h-eパーツも交えた消耗部品事業の獲得 2017年3月に豪ブラッドケンを買収。2016年12月の米h-eパーツ約280億円に続く約516億円の取得で鉱山機械事業を拡大した 中国需要の縮小と資源価格の下落で機械本体の販売が伸びないなかで、寡占市場である鉱山機械の消耗部品・アフターサービスを買収で取り込み、収益の源を本体からバリューチェーンへ拡大した事業拡張 本体で勝てない年月の収益源 後発が2強に追いつく道として日立建機が選んだのは、機械本体の性能競争ではなく、摩耗して交換される部品の側であった。大型ダンプのシェアが10%弱で足踏みしていた会社が、4年に一度のオーバーホールで確実に落ちる需要を先に押さえに行ったのは、本体で勝てない年月の稼ぎ方を用意する動きだっただろう。主要鉱物の価格が10年来の最低水準にあり、本社で早期退職を募集していた同じ時期に約800億円を投じた点に、この判断の性格が表れている。 隣接領域への展開 クロスボーダーm&a(日本→海外) 収益モデル転換 オセアニア 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6532/decisions/trade-secret-poaching-2017/","t":"競合企業の営業秘密の領得に関与したという事実の表面化","c":"ベイカレント","y":2017,"col":"#0C27F4","s":"上流コンサルへ業態を転換する過程で外資系出身者の中途採用を成長の要としてきたベイカレントで、競合フューチャーからの引き抜きに絡み、二重雇用された元従業員が営業秘…","x":"2017 ベイカレント フューチャーから人材引抜 競合企業の営業秘密の領得に関与したという事実の表面化 2017年8月にフューチャーから人材引抜。競合2社が営業秘密の不正取得を主張して165百万円を請求し、二重雇用の元従業員は刑事で有罪 上流コンサルへ業態を転換する過程で外資系出身者の中途採用を成長の要としてきたベイカレントで、競合フューチャーからの引き抜きに絡み、二重雇用された元従業員が営業秘密を不正領得したとして刑事・民事で争われた事案。刑事で有罪となったのは元従業員のみ、民事は原告2社がベイカレントと元従業員に合計165百万円を請求し本稿の時点で係属中 認定された刑事の事実と、当事者の主張の区別 この事案が突きつけるのは、経験者を競って採る中途採用が、どこで違法な引き抜きと営業秘密の侵害に転じるかという線引きである。刑事で有罪となったのは、二重雇用を悪用して名簿を持ち出した元従業員のみで、ベイカレントは刑事の被告人ではない。ベイカレントの関与について語れるのは、元従業員を裁いた刑事判決の認定事実と、原告側の開示にとどまる。採用担当がリストアップを依頼したという認定は重いが、それが会社としての意思だったのか、どこまでの関与だったのかは、民事の審理に委ねられている。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/6544/decisions/mothers-listing-2017/","t":"創業家が過半を持ち続けたままの株式公開と、支配権を手放さない資金調達","c":"ジャパンエレベーターサービスホールディングス","y":2017,"col":"#83B63F","s":"設置台数が伸びない国内保守市場で、独立系として地域買収と成長投資に踏み出すための資金と信用を株式公開で得た資本政策。創業家の過半保有を残したまま公開市場へ移行し…","x":"2017 ジャパンエレベーターサービスホールディングス マザーズへ株式上場 創業家が過半を持ち続けたままの株式公開と、支配権を手放さない資金調達 2017年3月に東京証券取引所マザーズへ株式を上場した。公開価格550円に対し初値890円がつき、公開規模は約17.7億円 設置台数が伸びない国内保守市場で、独立系として地域買収と成長投資に踏み出すための資金と信用を株式公開で得た資本政策。創業家の過半保有を残したまま公開市場へ移行した 市場に出ることの意味 この上場を、成長企業が市場から資金を集めた話として読むと、要点を外す。公募と売出で得た公開規模は約17.7億円で、その後に重ねた地域買収の総額からすれば小さい。むしろ効いたのは、メーカー系列に属さない独立系の保守会社が公開市場に立ったという事実そのものであったとみられる。\"安かろう悪かろう\"と見られがちだった独立系が、上場企業の看板で信用の壁を一つ越えた点に、この判断の芯があったといえる。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略 低価格・コストリーダーシップ 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/6701/decisions/antitrust-cartel-2017/","t":"排除措置命令と課徴金納付命令を受け、公正取引の審査と教育を組み直した対応","c":"NEC","y":2017,"col":"#003f87","s":"官公庁と電力会社に納める通信機器の受注調整で独占禁止法違反を認定され、排除措置命令と課徴金納付命令を受けて、公正取引の教育・審査・監査を組み直した対応","x":"2017 nec 消防救急無線と電力機器の受注調整 排除措置命令と課徴金納付命令を受け、公正取引の審査と教育を組み直した対応 2017年2月、消防救急デジタル無線機器と中部電力向け通信装置の取引について、公正取引委員会から排除措置命令および課徴金納付命令を受けた。2015年5月の立入検査に始まる一連の事案で、necは公正取引教育と社内審査の組み直しで応じた 官公庁と電力会社に納める通信機器の受注調整で独占禁止法違反を認定され、排除措置命令と課徴金納付命令を受けて、公正取引の教育・審査・監査を組み直した対応 教訓を制度に変える手つき この事案でnecが選んだのは、違反の当事者を切り離して幕を引く道ではなく、調査に対応した従業員の経験そのものを社内の教材に据える道だったのだろう。企業倫理フォーラムで公正取引委員会の対応にあたった従業員が当時の状況を語り、違反と認定された行為の内容と教訓を扱う集合教育をグループで約140回重ねた。処分の重さを人事で示すのではなく、何が違反に当たるのかを現場が言葉で共有できる状態にすることに資源を割いたわけである。日付を刻んだ「necコンプライアンスの日」は、その記憶を毎年呼び戻すための仕掛けだろう。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/6807/decisions/nec-tob-2017/","t":"公開買付けによる、その他の関係会社から親会社への関係の転換","c":"日本航空電子工業","y":2017,"col":"#0374A4","s":"自動運転やIoT関連の事業強化を掲げた日本電気が、持分法適用会社を上場のまま連結子会社へ引き上げた資本政策","x":"2017 日本航空電子工業 日本電気の子会社化 公開買付けによる、その他の関係会社から親会社への関係の転換 2016年5月に日本電気の子会社となる道へ。11月28日に始まった買付けを経て、2017年1月に持分法適用会社から親会社の下へ 自動運転やiot関連の事業強化を掲げた日本電気が、持分法適用会社を上場のまま連結子会社へ引き上げた資本政策 資本の距離は、誰の都合で決まるか 2016年の公開買付けは、日本航空電子工業の側から出た話ではなく、大株主であった日本電気の事業戦略から出た判断であった。買付価格も、議決権を51%以下にとどめて上場を維持するという設計も、買付者の側が決めている。会社は1953年に日本電気を出自として生まれながら、長く\"その他の関係会社\"という中途の距離に置かれ、そこから連結子会社へ引き上げられた。自社の事業計画とは別の論理で資本の位置づけが動く点に、親会社を持つ上場企業の立場がよく表れていると推察される。 資本提携・政策保有 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6857/decisions/fujitsu-independence-2017/","t":"親会社による全株売却と、後ろ盾を失って始まる独立経営への移行","c":"アドバンテスト","y":2017,"col":"#A93F64","s":"1976年の救済出資で富士通の傘下に入ったアドバンテストが、2017年11月の富士通による残る全株売却（議決権第2位・11.35%、約530億円）を受けて約40…","x":"2017 アドバンテスト 富士通との資本関係解消 親会社による全株売却と、後ろ盾を失って始まる独立経営への移行 2017年11月に富士通が全保有株を売却。議決権11.35%の約2,014万株を約530億円で手放し、40年の資本関係が切れる 1976年の救済出資で富士通の傘下に入ったアドバンテストが、2017年11月の富士通による残る全株売却(議決権第2位・11.35%、約530億円)を受けて約40年の資本関係を解き、特定の親会社を持たない独立経営として資本政策を自ら決める立場へ移った資本市場の転換。 入った親会社が去り、独立が残した問い この売却の芯は、救済のために入った親会社が約40年後に去り、アドバンテストが特定の親会社を持たない会社になった点にある。1976年、倒れかけたタケダ理研を富士通が引き受けたとき、富士通は出資者であり、社長の派遣元であり、icテスタを買う最大顧客でもあった。その三役が同時に会社を支えた再建は、日本の技術ベンチャー救済の一つの型を示した。だが同じ関係は、資本の使い道を親会社との間で測るという制約も伴っていた。入るときに与えられた後ろ盾は、40年をかけて役目を終えた。 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/6920/decisions/2017-euv-monopoly/","t":"EUVマスク検査装置への集中開発と、他社にない供給体制の確立","c":"レーザーテック","y":2017,"col":"#003C8F","s":"実用化が不確実なEUV検査という最難関の技術に中堅企業が集中投資し、世界初の装置群で唯一の供給者の地位を確立した先行開発","x":"2017 レーザーテック abics e120を世界初開発 euvマスク検査装置への集中開発と、他社にない供給体制の確立 2017年4月にeuvマスク検査装置を世界初で実用化。大手が見送った領域へ岡林理社長が集中投資し、2019年に全工程を網羅 実用化が不確実なeuv検査という最難関の技術に中堅企業が集中投資し、世界初の装置群で唯一の供給者の地位を確立した先行開発 唯一であることの、強さと危うさ この判断の核心は、確実な市場が見えてから動くのではなく、不確実なうちに最難関へ先回りした点にある。大手が採算の読めなさから投資を見送ったeuvマスク検査へ、中堅企業が資源を集中できたのは、工場を持たず身軽に意思決定できるファブライト構造があってこそであった。小さいがゆえに大手が入らない隙間へ全力を注げたという逆説が、世界で唯一の供給者という稀有な地位を生んだろう。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6981/decisions/sony-battery-acquisition-2017/","t":"リチウムイオン二次電池の取り込みと、対価を上回る純資産が生んだ負ののれん","c":"村田製作所","y":2017,"col":"#F7002D","s":"情報機器向け電子部品に偏る収益構造を多角化するため、自社で育てた電池セルではなく、ソニーが1991年に世界で初めて商品化した既存事業を稼働中の工場ごと390億2…","x":"2017 村田製作所 ソニーの電池事業を譲受 リチウムイオン二次電池の取り込みと、対価を上回る純資産が生んだ負ののれん 2016年10月にソニーグループの電池事業の譲受を決める。2017年9月1日に390億22百万円で譲り受け、受け入れた純資産が対価を上回って64億42百万円の負ののれん発生益を計上した 情報機器向け電子部品に偏る収益構造を多角化するため、自社で育てた電池セルではなく、ソニーが1991年に世界で初めて商品化した既存事業を稼働中の工場ごと390億22百万円で引き受け、エネルギー分野の中核事業に据えようとした買収 純資産が対価を上回る買い物 390億22百万円で引き受けたのは、技術や設計ではなく、在庫と設備を抱えて動いている事業そのものだったと思われる。受け入れた純資産454億64百万円が取得対価を上回り、差額は負ののれん発生益として一括で利益に立った。買った瞬間に利益が出る買い物は、裏返せば、その資産が生む将来の利益に売り手も買い手も高い値を付けられなかったということでもある。世界で初めて商品化した事業を、商品化した側が手放す局面だった。 隣接領域への展開 pmi・買収後統合 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6988/decisions/polarizer-technology-transfer-2017/","t":"大型偏光板技術の外部提供と、ボリュームゾーンからの離脱","c":"日東電工","y":2017,"col":"#0B318F","s":"液晶パネルの大型分野がコモディティ化して価格競争の場になるなか、40年かけて世界首位にした偏光板の製造技術を中国メーカーへ供与し、自社はハイエンドとニッチトップ…","x":"2017 日東電工 杭州錦江集団へ技術供与 大型偏光板技術の外部提供と、ボリュームゾーンからの離脱 2017年11月に杭州錦江集団へ技術を供与。世界シェア首位級の大型偏光板の製造技術を中国大手へ渡し高付加価値品へ 液晶パネルの大型分野がコモディティ化して価格競争の場になるなか、40年かけて世界首位にした偏光板の製造技術を中国メーカーへ供与し、自社はハイエンドとニッチトップの領域へ資源を振り向けた判断 世界一の製品を渡す時期の読み 2番手や3番手では大した利益は望めない、という髙﨑秀雄社長の言い方は、事業をシェアではなく利益で測る立場を示している。1975年に始めて世界シェア約4割まで育てた偏光板は、その基準に照らすと大型パネル向けでは守る価値が薄れていた。渡さなければ価格競争の場で消耗するという読みと、まだ対価の付くうちに渡すという時期の読みが重なった判断だとみられる。何代か前の社長が売ってしまえと言った技術を残し、後の社長が一部を渡す側に回った経緯も、同じ製品への評価が時期で変わることを示している。 技術・r&d起点の勝負 事業売却・撤退 高付加価値化・プレミアム 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/7201/decisions/inspection-fraud-2017/","t":"国内全工場の出荷停止と大規模リコールに至った、量産体制への信頼の失墜","c":"日産自動車","y":2017,"col":"#BE022E","s":"国土交通省の立入検査で無資格者による完成検査が全工場で露見し、大規模リコールと出荷停止を経て、検査員の増員・教育と品質保証体制の再構築に着手した是正","x":"2017 日産自動車 完成検査の無資格発覚 国内全工場の出荷停止と大規模リコールに至った、量産体制への信頼の失墜 2017年9月に国内全6工場での検査不正が判明。無資格の従業員が新車の完成検査を担い約116万台38車種のリコールへ 国土交通省の立入検査で無資格者による完成検査が全工場で露見し、大規模リコールと出荷停止を経て、検査員の増員・教育と品質保証体制の再構築に着手した是正 制度への信頼と、現場の手順の距離 この判断の核心は、リコールの台数や出荷停止の期間よりも、国に代わって安全を担保する制度が現場でどれだけ軽く扱われていたか、という点にあったと思われる。数十年にわたって続いた慣行を、日産は検査員の増員と教育、有資格者だけを検査に就かせる仕組みで正そうとした。手順を厳格に縛る対策そのものは理にかなっていた一方、根にあった規範意識の鈍りは、人員や設備の手当てだけで消えるものではなかった。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/7261/decisions/toyota-alliance-2017/","t":"米アラバマ折半合弁の設立","c":"マツダ","y":2017,"col":"#A30112","s":"フォード撤退で単独化したマツダが、トヨタと約500億円の相互出資・5分野協業を結び、米国に折半出資の合弁工場を新設して北米生産と電動化投資の分散を図った資本業務…","x":"2017 マツダ トヨタとの資本業務提携 米アラバマ折半合弁の設立 2017年8月にトヨタと業務資本提携で合意。約500億円ずつを持ち合いトヨタがマツダ株5.05%マツダがトヨタ株0.25%を相互取得 フォード撤退で単独化したマツダが、トヨタと約500億円の相互出資・5分野協業を結び、米国に折半出資の合弁工場を新設して北米生産と電動化投資の分散を図った資本業務提携 支配される提携から、対等な相互保有へ この提携の意味は、マツダが誰と、どのように組むかを自ら選べる立場に戻ったことにあらわれている。フォードとの関係では、危機の資金繰りと引き換えに出資比率を高められ、商品も販売網も相手の世界戦略に沿って動かされた。それに対しトヨタとの提携では、金額をそろえた相互出資と折半出資の合弁の方式をとり、規模で勝る相手と組みながらも主導権を渡さない設計を選んだ。支配される提携から対等な相互保有へという転換に、独立を取り戻した中堅メーカーの意思がにじんでいるとみられる。 資本提携・政策保有 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7267/decisions/saitama-plant-closure-2017/","t":"国内四輪生産を一拠点にまとめる生産体制の再編","c":"ホンダ","y":2017,"col":"#CC0100","s":"国内四輪市場の縮小と生産能力の余剰、電動化への投資負担を背景に、1964年以来の狭山工場を畳み、最新設備を備える寄居工場へ国内四輪生産を集約して固定費と稼働率を…","x":"2017 ホンダ 狭山工場閉鎖し寄居集約 国内四輪生産を一拠点にまとめる生産体制の再編 2017年10月に狭山工場を閉鎖して寄居へ集約。1964年11月の稼働以来の最初の四輪拠点を畳み、埼玉製作所を寄居完成車工場に一本化 国内四輪市場の縮小と生産能力の余剰、電動化への投資負担を背景に、1964年以来の狭山工場を畳み、最新設備を備える寄居工場へ国内四輪生産を集約して固定費と稼働率を改善する再編 拡大の裏返しとしての国内再編 この判断の中心にあるのは、拡大期に広げた生産の版図を、需要の縮小と電動化を前にどう畳むかという問いである。1978年に北米メアリズビルで\"現地で作る\"拡張を始めたホンダは、その裏側で国内にも生産能力を積み増してきた。狭山の閉鎖は、外へ広げる論理で膨らんだ国内の設備を、内側から引き算する作業にあたる。好調のさなかではなく、市場の縮小と電動化投資の重さに追われるなかで最初の四輪拠点に手を入れた点に、拡張を重ねてきた時期とは異なる性格がうかがえる。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7312/decisions/civil-rehabilitation-2017/","t":"私的整理の主張を捨てた民事再生法の申請と、事業の全面承継","c":"タカタ","y":2017,"col":"#E74622","s":"引き当てきれないリコール費用を前に、株主責任を回避できる私的整理を主張し続けたが、債権者である自動車メーカーとスポンサー候補が法的整理で一致したため民事再生へ移…","x":"2017 タカタ キー・セイフティーへ承継 私的整理の主張を捨てた民事再生法の申請と、事業の全面承継 2017年6月にタカタが民事再生を申請。負債総額は1兆円を超え、事業は米キー・セイフティー・システムズへ1,750億円で承継 引き当てきれないリコール費用を前に、株主責任を回避できる私的整理を主張し続けたが、債権者である自動車メーカーとスポンサー候補が法的整理で一致したため民事再生へ移行し、事業をkssへ承継した 株主と再建者が一人に重なるとき 6割という持株比率は、上場した2006年の時点で意図して残されたものであった。分社型会社分割で事業会社を切り出し、旧会社をtkj株式会社として株式を保有する側に置く設計は、支配権を保ったまま市場から資金を得るために組まれている。その構造が、10年後には処理の速度を決める要因になった。株主責任を負う立場と、再建の意思決定をする立場が同一人物に重なると、どちらを優先しても批判が残る。 経営破綻・法的整理 創業家・同族 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/7974/decisions/switch-launch-2017/","t":"据置と携帯に分かれていた2つの製品ラインを1台へ集約する選択","c":"任天堂","y":2017,"col":"#E60012","s":"据置機と携帯機を別々に開発してきた任天堂が、両者を兼ねる1台へ製品ラインを集約し、開発資源と収益をひとつのプラットフォームへ集中させた投入","x":"2017 任天堂 nintendo switchの発売 据置と携帯に分かれていた2つの製品ラインを1台へ集約する選択 2017年3月に任天堂がnintendo switchを全世界で発売。据置と携帯を1台へ集約し、29日間で274万台を販売し、翌期の売上高は2.2倍の1兆556億円となった 据置機と携帯機を別々に開発してきた任天堂が、両者を兼ねる1台へ製品ラインを集約し、開発資源と収益をひとつのプラットフォームへ集中させた投入 二本立てを畳むということ 据置と携帯を1台にするのは、遊び方の提案である以上に、開発資源の置き場を1か所に決める判断だったと思われる。任天堂は長く2つのラインを並行して抱え、それぞれに専用のソフトを供給し続けてきた。wii uのソフト本数が1年で46%減少したのは、市場が離れたというより、限られた開発力が2つに割れていたことの帰結であろう。1台へ集約すれば、作ったソフトはどちらの遊び方でも売れる。翌期に販売実績が579%増えた事実は、新しい機械が売れたというより、供給が1本に揃ったことの効きだったように思われる。 プラットフォーム・標準化 選択と集中 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8011/decisions/post-burberry-restructuring-2017/","t":"Sanyo Innovation Plan 2017 の始動と、2年で修正に追い込まれた定量計画","c":"三陽商会","y":2017,"col":"#333333","s":"バーバリーの契約満了で過去最大の赤字に沈んだ三陽商会が、3ヵ年の新経営計画を掲げて2度の希望退職と不採算売場の撤退を進め、直営店とEコマースへ資源を移そうとした…","x":"2017 三陽商会 2度の希望退職と新経営計画 sanyo innovation plan 2017 の始動と、2年で修正に追い込まれた定量計画 2017年2月に3ヵ年の新経営計画を発表。岩田功社長のもとで不採算ブランドと売場から退き、2度の希望退職で496名が会社を去った バーバリーの契約満了で過去最大の赤字に沈んだ三陽商会が、3ヵ年の新経営計画を掲げて2度の希望退職と不採算売場の撤退を進め、直営店とeコマースへ資源を移そうとした再建判断 削ったものと、抱え直したもの 6本立ての施策それ自体が的を外していたわけではない。読み替えるべきは、この計画が最終年度に売上高650億円という「戻る」形を描いたことのほうだろう。百貨店の構成比を6ポイント下げる程度の組み替えは、卸売の商習慣そのものには手が届かない。2度の希望退職で合わせて496名が去りながら営業赤字が続いたのは、削ったのが人と売場であって、値引きを前提にした商いの作法ではなかったからなのだろう。 経営再建・ターンアラウンド 販路・チャネル転換 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/8050/decisions/grand-seiko-independence-2017/","t":"日本発ラグジュアリーへの転換","c":"セイコーグループ","y":2017,"col":"#0048A8","s":"消費者がデザインやブランドで時計を選ぶ市場変化を受け、クオーツで築いた量産ブランドの像から最高級ラインを切り離し、感性価値を軸に日本発のラグジュアリーウオッチへ…","x":"2017 セイコーグループ グランドセイコーの独立ブランド化 日本発ラグジュアリーへの転換 2017年にグランドセイコーを独立ブランド化。文字盤からseikoロゴを外し、服部真二会長と高橋修司が量産ブランドから最高級ラインを切り離した 消費者がデザインやブランドで時計を選ぶ市場変化を受け、クオーツで築いた量産ブランドの像から最高級ラインを切り離し、感性価値を軸に日本発のラグジュアリーウオッチへ育てる転換 量産で世界を制した会社が挑む、感性価値の領域 この判断の核心は、自らが生み出した\"安く正確\"という価値を、その頂点で相対化した点にある。クオーツで機械式の牙城を崩し量産時計の世界標準を築いた会社が、半世紀を経て、正確さでは劣る機械式と、比較しにくい感性の価値の側へ進んだ。効率と精度で勝ち上がった企業が、あえて効率では測れない領域へ参入する——その反転には、量産ブランドとしての成功が、かえって高級化の制約になるという時計産業の逆説がうかがえる。グランドセイコーをseikoから切り離す判断は、この矛盾に一つの区切りをつける試みであっただろう。 ブランド・マーケティング 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/8411/decisions/structural-reform-2017/","t":"約8万人の人員と約500拠点から、1.9万人と100拠点を削る10年計画","c":"みずほフィナンシャルグループ","y":2017,"col":"#183181","s":"マイナス金利の長期化で痩せた収益体質に対し、希望退職ではなく採用数の最適化と人員シフトで10年かけて約1.9万人・約100拠点を削り、固定費を圧縮してコスト競争…","x":"2017 みずほフィナンシャルグループ 抜本的構造改革への着手 約8万人の人員と約500拠点から、1.9万人と100拠点を削る10年計画 2017年11月に抜本的構造改革の原案を公表。2017年3月末に約8万人いた人員を2026年度までに約1.9万人、約500あった国内拠点を2024年度までに約100拠点減らす計画を掲げた マイナス金利の長期化で痩せた収益体質に対し、希望退職ではなく採用数の最適化と人員シフトで10年かけて約1.9万人・約100拠点を削り、固定費を圧縮してコスト競争力を立て直す構造改革 分母を軽くする改革だった この判断は人員削減の計画として語られやすいが、実態は収益体質の分母を軽くする決めごとであった。計画が置いた約8万人・約500拠点・1.45兆円という3つの数字は、いずれも2017年3月末と2017年度の実績で、削る先を10年先まで引いている。希望退職を使わず、退職動向を見極めた採用数の最適化で減らすという設計は、雇用を守る配慮であると同時に、効果が出るまでの時間を自ら長く取ることでもあった。10年という期限は、そこから逆算された数字だろう。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9064/decisions/takuhai-crisis-neage-2017/","t":"27年ぶりの価格改定と取扱総量の抑制による収益の立て直し","c":"ヤマトホールディングス","y":2017,"col":"#FCC707","s":"EC急増による荷物の小口化・単価下落と、再配達・人手不足による現場労務の逼迫という外部環境の変化に対応するための運賃体系の是正","x":"2017 ヤマトホールディングス 宅急便運賃の全面値上げ 27年ぶりの価格改定と取扱総量の抑制による収益の立て直し 2017年4月に宅急便運賃を全面値上げした。ec急増で経常利益が半減した山内雅喜社長が、27年ぶりの値上げと荷受け量の総量規制に踏み切った ec急増による荷物の小口化・単価下落と、再配達・人手不足による現場労務の逼迫という外部環境の変化に対応するための運賃体系の是正 個人宅配市場を創った当事者が、その市場の取扱量を抑えるという逆説 この判断が映し出すのは、1976年に自ら切り拓いた個人宅配という市場を、成長の限界という理由で自ら絞り込んだという逆説である。密度が採算を生むという宅急便本来の論理は、ec時代の小口化と再配達の増加によって裏側から崩された。値上げと総量規制は、量を追う経営から抜け出す決断であったのだろう。 プライシング・価格政策 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/9090/decisions/amazon-partnership-2017/","t":"ECラストワンマイル当日お届けサービスの立ち上げと、最大手顧客の入れ替わり","c":"AZ-COM丸和ホールディングス","y":2017,"col":"#0085B2","s":"小売向け3PLで最大手顧客への依存が2割に達するなか、蓄積したラストマイル運用を個人宅配へ振り向け、中期経営計画の利益計画を割ってでもEC配送網の構築へ経営資源…","x":"2017 az-com丸和ホールディングス アマゾンジャパンとの取引開始 ecラストワンマイル当日お届けサービスの立ち上げと、最大手顧客の入れ替わり 2017年6月にアマゾンジャパンとの取引を開始した。首都圏でecラストワンマイル当日お届けサービスを開始し、同社向け販売高は2018年3月期の4,188百万円・総売上高の5.6%から2023年3月期に45,752百万円・25.7%へ伸びた 小売向け3plで最大手顧客への依存が2割に達するなか、蓄積したラストマイル運用を個人宅配へ振り向け、中期経営計画の利益計画を割ってでもec配送網の構築へ経営資源を集中させた判断 集中がもたらした成長と脆さ この判断の核心は、荷主を一つ増やしたことではなく、収益の土台を小売3plから個人宅配へ載せ替えたことにあったとみられる。受託は進行中の中期経営計画に入っていなかったもので、2018年3月期は売上高が計画を上回った一方、経常利益は計画5,000百万円に対し4,752百万円にとどまった。拠点と車両と人を先に積み、料金改定を後から追いかける形になった期である。計画の枠外にある案件を、計画の利益を割ってでも取りにいったことになる。 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/9101/decisions/ocean-network-express-2017/","t":"邦船3社による共同出資会社の設立と、定期船事業の自社運営からの離脱","c":"日本郵船","y":2017,"col":"#CC0000","s":"2016年10月31日の取締役会で、川崎汽船・商船三井との定期コンテナ船事業（海外ターミナル事業を含む）の統合を目的とした事業統合契約と株主間契約の締結を決議し…","x":"2017 日本郵船 コンテナ船事業をoneに統合 邦船3社による共同出資会社の設立と、定期船事業の自社運営からの離脱 2016年10月に川崎汽船・商船三井と定期コンテナ船事業の統合契約を締結した。出資比率38%でoneを2017年7月7日に設立し、2018年4月1日にサービスを開始 2016年10月31日の取締役会で、川崎汽船・商船三井との定期コンテナ船事業(海外ターミナル事業を含む)の統合を目的とした事業統合契約と株主間契約の締結を決議し、同日3社間で締結した。2017年7月7日に持株会社オーシャンネットワークエクスプレスホールディングスを東京に、事業運営会社ocean network express pte. ltd.をシンガポールに設立している。\n出資比率は日本郵船38%、川崎汽船31%、商船三井31%で、3社の出資額は約3,000億円。新会社が2018年4月1日にサービスを開始し、同日をもって日本郵船の定期コンテナ船事業は終了した。oneは持分法適用の関連会社で、連結貸借対照表では共同支配企業に対する投資に区分される。 統合ではなく外部化 この決断は、コンテナ船事業の統合というより、その外部化だったと思われる。3社が持ち寄ったのは事業の運営であって船隊ではなく、船舶は譲渡されずに市場価格で貸し出され、海外ターミナルに至っては譲渡価格の評価がまとまらないまま2年以上も日本郵船に残った。企業結合等関係の注記も事業分離等関係の注記も置かれていないのは、会計上の移転がほとんど起きなかったことの裏返しである。自社の損益計算書から売上高5,728億円の事業を外し、代わりに持分法の一行で結果だけを受け取る——決めたのはその一点だったのだろう。 分社・スピンオフ・子会社上場 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/9104/decisions/container-carveout-one-2017/","t":"邦船3社の共同出資会社への切り出しと、単独運営の終了","c":"商船三井","y":2017,"col":"#003B7A","s":"世界シェア2〜3%では共同運航で有利な役割を得られず、部門営業赤字が3期続いて連結の足を引いた。邦船3社でコンテナ船・海外ターミナル事業を持ち寄る共同出資会社へ…","x":"2017 商船三井 コンテナ船事業をoneに統合 邦船3社の共同出資会社への切り出しと、単独運営の終了 2016年10月に商船三井がコンテナ船統合を発表した。日本郵船・川崎汽船と海外ターミナル事業も水平統合し、日本郵船38%の出資でoneを2017年7月に設立 世界シェア2〜3%では共同運航で有利な役割を得られず、部門営業赤字が3期続いて連結の足を引いた。邦船3社でコンテナ船・海外ターミナル事業を持ち寄る共同出資会社へ切り出し、商船三井は31%の持分法の側に回った 連結から外して初めて利益を上げた事業 同じ事業が、自分の連結にある間は3期続けて赤字を計上し、外へ出したあとに6,340億円を稼いだ。切り離しが運賃高騰を見越した判断であったとは考えにくい。31%という比率は、規模を得るために主導権を譲った対価であろう。 合併・経営統合 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/9107/decisions/container-business-one-2017/","t":"半世紀続けた自社運航の終了と、共同出資会社への事業移管","c":"川崎汽船","y":2017,"col":"#CC0000","s":"運賃暴落で10年に7度の部門赤字を重ね、外資傘下入りまで取り沙汰されるなかで、売上の5割を占めるコンテナ船事業を競合2社との共同出資会社へ切り出し、自社運航をや…","x":"2017 川崎汽船 コンテナ船事業をoneへ切り出し 半世紀続けた自社運航の終了と、共同出資会社への事業移管 2016年10月に川崎汽船がコンテナ船統合を発表した。日本郵船・商船三井と海外ターミナルも合わせ、2017年7月にシンガポールでoneを設立 運賃暴落で10年に7度の部門赤字を重ね、外資傘下入りまで取り沙汰されるなかで、売上の5割を占めるコンテナ船事業を競合2社との共同出資会社へ切り出し、自社運航をやめて出資者の立場に移った判断 主力を手放すという選択の後味 ターミナルと内陸輸送を自前で抱える以上、簡単には畳めないという認識である。その本人が翌年、売上の5割を占める事業を切り出す側に立った。10年で7度の赤字と1,000億円超の部門損失、そして外資の傘下入りまで語られる状況が、自らの前提を書き換えさせたと推察される。 事業売却・撤退 合併・経営統合 リストラ・構造改革 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/9143/decisions/ipo-2017/","t":"創業60周年に果たした、2017年最大規模となる株式公開","c":"SGホールディングス","y":2017,"col":"#003F87","s":"採算重視への転換で収益を立て直したうえで、総合物流企業への成長と人材確保、日立物流との経営統合をにらみ、非上場を貫いてきたオーナー系企業が株式を公開する判断","x":"2017 sgホールディングス 東証一部への上場 創業60周年に果たした、2017年最大規模となる株式公開 2017年12月に東京証券取引所第1部へ上場。初値は公開価格1,620円を17%上回る1,900円で、時価総額は約6,083億円 採算重視への転換で収益を立て直したうえで、総合物流企業への成長と人材確保、日立物流との経営統合をにらみ、非上場を貫いてきたオーナー系企業が株式を公開する判断 総合物流という像の行方 この上場は、量を追う宅配から採算を守る宅配へと転じた佐川急便が、その成果を資本市場に問うた場面であった。過去最高益の見通しを背に公開価格を上回る初値がつき、2017年最大のipoという評価も得た点をみれば、路線転換は市場に受け入れられたといえる。ただ、上場が単なる資金調達ではなく、日立物流との統合をにらんだ布石でもあったことを踏まえると、この判断の眼目は\"宅配の会社\"から\"総合物流の会社\"への脱皮にあったのだろう。公開はその脱皮を資本の面から支える装置として構想されていた。 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/9202/decisions/ana-peach-subsidiary-2017/","t":"独立系LCCの傘下入れによる低運賃市場への本格参入","c":"ANAホールディングス","y":2017,"col":"#0B308E","s":"独立系として伸びていたピーチを追加取得で連結子会社とし、フルサービスとローコストの二枚看板で事業ポートフォリオの最適化を図ったマルチブランド再編の一手","x":"2017 anaホールディングス ピーチを304億円で子会社化 独立系lccの傘下入れによる低運賃市場への本格参入 2017年4月に傘下の格安航空を連結へ取り込む。追加取得に304億円を投じて出資比率を38.7%から67%へ引き上げ、片野坂真哉社長がlccを取り込んだ 独立系として伸びていたピーチを追加取得で連結子会社とし、フルサービスとローコストの二枚看板で事業ポートフォリオの最適化を図ったマルチブランド再編の一手 独立系の成功を取り込むということ この判断の核心は、独立系であればこそ伸びた会社を、あえて親会社の側へ引き寄せた点にある。出資を持分法にとどめ、自由に走らせることでピーチは日本のlcc市場を開拓した。その距離感を手放してまで子会社化に踏み切った理由を、有価証券報告書は事業ポートフォリオの最適化と記す。フルサービスとローコストの二枚看板を自社の裁量で動かせる状態に置くことが、国内の空を固めるうえで優先されたとみられる。既に保有していた38.7%を時価で評価し直した段階取得に係る差益338億円が特別利益に立ち、2018年3月期の当期純利益は1,438億円と3期連続の過去最高を記録した。買収が会計上の利益を生む形で始まった点は、この案件の性格をよく表している。 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/9418/decisions/holding-company-integration-2017/","t":"両社の経営統合を機とした持株会社体制への移行とグループ再編","c":"U-NEXT HOLDINGS","y":2017,"col":"#00BFD3","s":"店舗の月額契約顧客と個人の定額制配信会員という二つの顧客基盤を、事業会社の分業を保ったまま一つの持株会社の下へ集約した再編","x":"2017 u-next holdings usenとの吸収合併 両社の経営統合を機とした持株会社体制への移行とグループ再編 2017年12月にu-nextがusenを吸収合併。商号をusen-next holdingsへ改め、同日に事業を6つの承継会社へ吸収分割した 店舗の月額契約顧客と個人の定額制配信会員という二つの顧客基盤を、事業会社の分業を保ったまま一つの持株会社の下へ集約した再編 存続会社になったのは、売れ残った側であった この統合は、買収の規模でいえば身の丈を超えている。2016年12月期のu-nextの売上高は45,846百万円で、usen株の取得と既存借入の借換えに組成したシンジケートローンは945億円であった。年商の2倍を借りて自社より古く大きい会社を買い、その会社を吸収して消滅させたことになる。存続したのが2010年に売れ残った側の法人格であったのは、7年かけて別会社として実績を積み、市場から資金を調達できる立場になっていたからだと思われる。 持株会社化・グループ再編 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/9449/decisions/crypto-mining-entry-2017/","t":"北欧の自社採掘にチップ開発とマシン販売を加え、1年後に販売を中止して自社採掘へ集中した判断","c":"GMOインターネットグループ","y":2017,"col":"#005BAC","s":"仮想通貨の三領域のうちマイニングを先に取りに行き、採掘設備・チップ開発・マシン販売へ380億円規模の投資を計画したが、価格下落とハッシュレート上昇で1年後にマシ…","x":"2017 gmoインターネットグループ 暗号資産マイニング事業参入 北欧の自社採掘にチップ開発とマシン販売を加え、1年後に販売を中止して自社採掘へ集中した判断 2017年9月に仮想通貨マイニング事業への参入を発表し、12月に北欧で採掘を始めた。投資計画は総額380億円まで膨らみ、2018年12月に再構築損失35,385百万円を計上した 仮想通貨の三領域のうちマイニングを先に取りに行き、採掘設備・チップ開発・マシン販売へ380億円規模の投資を計画したが、価格下落とハッシュレート上昇で1年後にマシン事業を中止し、自社マイニングだけを残した判断 本業の外に置いた賭け この参入は新事業というより、ネット金融で積んだ運用の勘を設備産業へ持ち込んだ投資だったのだろう。マイニングの採算はビットコイン価格と世界の採掘能力という、会社が一つも動かせない二つの変数で決まる。投資総額を半年で100億円から380億円へ積み増したのは、価格が高いうちに規模を取れば償却は数か月で済むという読みに立ったからだろう。自社チップとマシン販売を加えたのは、同じ変数に採算を左右される他社へ道具を売る側にも回り、変動の片側を埋めようとした方針と読める。 大型設備投資 飛び地・非関連多角化 リストラ・構造改革 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/9697/decisions/re-engine-digital-shift-2017/","t":"開発基盤の自前化とデジタル・DLC販売への構造転換","c":"カプコン","y":2017,"col":"#FFCC00","s":"第二次構造改革を経たカプコンが、自社開発エンジンRE ENGINEを軸に\"バイオハザード7\"\"モンスターハンター：ワールド\"を投入し、パッケージ売り切りからDL…","x":"2017 カプコン re engineの内製化 開発基盤の自前化とデジタル・dlc販売への構造転換 2017年に自社開発のre engineを実戦投入。バイオハザード7とモンスターハンター:ワールドでデジタル・dlc中心の継続販売へ移行する 第二次構造改革を経たカプコンが、自社開発エンジンre engineを軸に\"バイオハザード7\"\"モンスターハンター:ワールド\"を投入し、パッケージ売り切りからdlc・継続値下げで積み上げるデジタル販売モデルへ収益構造を転換した経営判断 売り切りからリピート販売へ パッケージの売り切りからデジタルの継続販売への転換は、単なる販売チャネルの切り替えにとどまらないと推察される。発売直後の初動本数に賭けるビジネスから、数年がかりでカタログを回収するビジネスへの移行は、開発費が数百億円規模に膨らんだ現在のゲーム産業で、ヒット作を継続的に生み出すための時間的な余裕を経営に取り戻す試みでもあった。re engineという内製技術と、dlc・価格戦略という販売設計が同時に噛み合って初めて成立した転換であった。 収益モデル転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/9984/decisions/vision-fund-2017/","t":"巨大ファンドによる投資会社への転身","c":"ソフトバンクグループ","y":2017,"col":"#757677","s":"10兆円規模のファンドを組成し、サウジPIFを中心とする他人資本をてこにしてAI関連の大型ベンチャーへ巨額出資する、事業会社から投資会社への転換","x":"2017 ソフトバンクグループ ビジョン・ファンドの組成 巨大ファンドによる投資会社への転身 2017年5月にソフトバンク・ビジョン・ファンドを組成。運用総額986億ドル・約10兆円で外部資金を調達し、サウジアラビアのpifが中心となる 10兆円規模のファンドを組成し、サウジpifを中心とする他人資本をてこにしてai関連の大型ベンチャーへ巨額出資する、事業会社から投資会社への転換 事業会社から投資会社へ この決断の核心は、aiという領域に賭けたこと以上に、他人の資本をてこにして世界最大級の投資家へと自らを作り替えた点にある。986億ドルという規模は、ソフトバンク単独の体力では決して届かない。その大半を外部から集め、なかでもサウジのオイルマネーを主軸に据えたからこそ、1社に数十億ドルを投じる投資が可能になった。自己資金の約3倍を外部から引き入れるこの設計は、うまく回れば少ない自己負担で巨大なリターンを取り込め、投資先の発掘と資金調達の力さえあれば規模を際限なく伸ばせる。孫正義氏がarm買収以来強めてきた投資家としての顔は、ここで一つの完成形を見た。 祖業・主力事業の転換 資金調達・財務戦略 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/2193/decisions/founder-return-2016/","t":"創業者に戻った経営権と、取締役9名への入れ替え","c":"クックパッド","y":2016,"col":"#F79432","s":"発行済株式総数の43.57％を保有する創業者が、株主提案を経て取締役9名のうち5名を入れ替え、多角化を進めた代表執行役を交代させて料理レシピへの回帰を選んだ経営…","x":"2016 クックパッド 穐田誉輝氏の解任と岩田林平氏への継承 創業者に戻った経営権と、取締役9名への入れ替え 2016年3月の定時株主総会で取締役は7名から9名に改まり、5名が新任となった。代表執行役は穐田誉輝氏から岩田林平氏へ交代し、発行済株式総数の43.57%を持つ創業者・佐野陽光氏が経営権を取り戻した 発行済株式総数の43.57%を保有する創業者が、株主提案を経て取締役9名のうち5名を入れ替え、多角化を進めた代表執行役を交代させて料理レシピへの回帰を選んだ経営権の奪還 創業者の持株が決めた監督機構の顔ぶれ この交代でほんとうに動いたのは、執行の側ではなく監督の側だっただろう。クックパッドは2007年7月から監督と執行を分け、社外取締役が過半を占める取締役会と三つの委員会が執行役を見張る機関設計を備えていた。ところが2016年3月の総会を境に、指名・報酬・監査の委員長がそろって新任の社外取締役に替わっている。監督する側の顔ぶれごと入れ替わったのだから、機関設計は残っても中身は別物になった。発行済株式総数の43.57%という持株は、執行役の首だけでなく、その首を判定する機構の構成までを決める力を持っていた。 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/2229/decisions/matsumoto-profit-reform-2016/","t":"松本晃氏の主導による、数字で管理する経営への転換","c":"カルビー","y":2016,"col":"#EB0100","s":"商品力に見合う利益を上げられずにいた国内スナック首位のカルビーが、外部経営者の松本晃氏のもとでコスト削減と収益指標を経営の中心に据え、営業利益率を約10%へ引き…","x":"2016 カルビー 収益体質改革の断行 松本晃氏の主導による、数字で管理する経営への転換 2016年3月期に収益体質の改革。営業利益率が1〜2%台だったカルビーを、松本晃会長兼ceoがコスト削減と商品革新で立て直した 商品力に見合う利益を上げられずにいた国内スナック首位のカルビーが、外部経営者の松本晃氏のもとでコスト削減と収益指標を経営の中心に据え、営業利益率を約10%へ引き上げた収益体質の改革 商品力を利益へ変える、という改革 この改革の中心にあったのは、強い商品を持ちながら、それに見合う利益を出せずにいた会社を、稼げる会社へ組み替えることであった。松本氏は複雑な管理ではなく、費用を下げて価値を生むという単純な原則を掲げ、過程ではなく結果で人と仕事を測る規律を持ち込んだ。営業利益率が1〜2%台から約10%へ移ったことが示すのは、カルビーの商品が弱かったということではなく、その強さを利益に変える仕組みが長く欠けていたことであったとみられる。外部から来た経営者が短い期間でこの隔たりを埋めた点に、この判断の意味がうかがえる。 外部人材・プロ経営者 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/2432/decisions/welq-2016/","t":"キュレーションプラットフォーム事業の全面停止と、事実調査を社外へ委ねた危機対応","c":"DeNA","y":2016,"col":"#79C7C9","s":"医療・健康を中心とするキュレーションプラットフォーム事業で、著作権法等の法令に違反する可能性がある記事と内容が不適切な記事の作成・公開を指摘され、DeNAは20…","x":"2016 dena welq問題で全サイト非公開 キュレーションプラットフォーム事業の全面停止と、事実調査を社外へ委ねた危機対応 2016年12月にキュレーションプラットフォーム事業の全記事を非公開化。独立した委員のみの第三者委員会へ調査を委ね、2017年3月期に減損損失4,874百万円を計上した 医療・健康を中心とするキュレーションプラットフォーム事業で、著作権法等の法令に違反する可能性がある記事と内容が不適切な記事の作成・公開を指摘され、denaは2016年12月7日までに全てのサービスの記事の公開を停止し、独立した委員のみで構成する第三者委員会へ事実関係の調査を委ねた危機対応 スピードを公共領域へ持ち込むということ この危機対応の芯は、財務の損失そのものよりも、事業のやり方が招いた信頼の毀損にどう向き合うかにあった。検索から流入を集めて記事を量産する運営を、医療や健康という正確さが命にかかわる領域へ、審査の仕組みを整えないまま持ち込んだところに、問題の根がある。守安功社長は事業の停止を選び、自社の解剖を社外の独立した委員に委ねた。事業計画が未定になったために使用価値をゼロとみなして認識した3,948百万円の減損損失は、事業の価値を自ら消したことの会計上の表現だったと思われる。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/2484/decisions/sharing-delivery-2016/","t":"注文の取次にとどまらず配達まで担う、事業範囲の拡大","c":"出前館","y":2016,"col":"#DA3734","s":"注文の取次だけでは加盟店が自前で運べる範囲を超えられないため、地域ごとに配達拠点を開設して配達工程そのものを引き受け、事業規模の上限を外す判断","x":"2016 出前館 「シェアリングデリバリー」開始 注文の取次にとどまらず配達まで担う、事業範囲の拡大 2016年8月に加盟店の配達を自前で代行。夢の街創造委員会が地域拠点のバイクと配達員で運び、取り次ぎだけの収益を配達工程まで拡大した 注文の取次だけでは加盟店が自前で運べる範囲を超えられないため、地域ごとに配達拠点を開設して配達工程そのものを引き受け、事業規模の上限を外す判断 取り次ぐ会社が、運ぶ会社になるということ 2010年の中期経営計画が自ら記した、流通金額約160億円・食品宅配市場全体の約1%という数字は、営業努力の不足ではなく、取り次ぐだけという事業の形が抱えていた限界を指していたのだろう。配達手段を持たない店は加盟しようがなく、加盟店が運べる量がそのまま取次の上限になる。中村氏がシェアリングデリバリーで動かしたのは加盟店の数ではなく、その上限そのものであった。毎期黒字の商売を手放してまで着手した理由は、そこに求められる。 収益モデル転換 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/2502/decisions/peroni-grolsch-acquisition-2016/","t":"欧州プレミアムビール4社の取り込みと、高価格帯ブランドの獲得","c":"アサヒグループHD","y":2016,"col":"#004097","s":"国内市場が成熟するなか、AB InBevとSABMillerの統合に伴って売却対象となった西欧のプレミアムブランド事業を取得し、欧州へ足場を構築した海外展開","x":"2016 アサヒグループhd peroni・grolsch取得 欧州プレミアムビール4社の取り込みと、高価格帯ブランドの獲得 2016年2月にperoni・grolsch取得。アサヒがab inbevによるsabmiller買収の実行を条件に、西欧のビール事業を取得対価297,020百万円で取得した 国内市場が成熟するなか、ab inbevとsabmillerの統合に伴って売却対象となった西欧のプレミアムブランド事業を取得し、欧州へ足場を構築した海外展開 独禁売却が生んだ「買える定番」という機会 この取得の面白さは、他社の巨大な統合が生んだ副産物を機会に変えた点にある。有価証券報告書は、買収実行の先行条件として、ab inbevによるsabmiller買収が実行されること、そしてアサヒが対象事業の買主として欧州委員会から承認されることの二つを挙げている。つまりこの取引は、買い手が単独で決められるものではなく、他社の統合審査に組み込まれた受け皿として成立していた。400年や150年の歴史を持つ定番ブランドが、通常なら市場に出てこない。それが一括して買える状態になり、アサヒがその受け皿となった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 高付加価値化・プレミアム 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/2503/decisions/brazil-exit-2016/","t":"巨額減損に至った現地事業の切り離しと、ブラジル展開の断念","c":"キリンHD","y":2016,"col":"#F00201","s":"ブラジル経済の低迷と競争激化、レアル安により収益が悪化し、単独での高収益化は限界とみて、巨額減損ののち事業ごと売却して撤退した判断","x":"2016 キリンhd ハイネケンへ売却し撤退 巨額減損に至った現地事業の切り離しと、ブラジル展開の断念 2017年2月にブラジル事業からの撤退を決議。2011年に取得した事業を、113,476百万円の減損を経てハイネケン傘下のババリア社へ2,200百万レアルで譲渡した ブラジル経済の低迷と競争激化、レアル安により収益が悪化し、単独での高収益化は限界とみて、巨額減損ののち事業ごと売却して撤退した判断 高値づかみと、損切りという決断 この撤退のそもそもの入り口は、brics景気の高揚のさなかに下された参入であった。世界3位の消費量を持つ市場は魅力的に映り、統合破談で行き場を失った海外戦略の受け皿にもなった。市場の悪化と通貨安が続いたとはいえ、根にあったのは、現地に任せきる不干渉主義のまま巨額を投じた前段の判断であったようにもみえる。撤退の是非は、しばしばその入り口にさかのぼって問われる。 事業売却・撤退 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/3201/decisions/rn130-vision-tomita-kazuya-2016/","t":"富田一弥の社長就任と、長期構想のもとでの経営の再構築","c":"日本毛織","y":2016,"col":"#E60010","s":"NN120ビジョンで業績を立て直した基盤の上に、創業130周年（2026年）を見据えた10ヵ年の成長戦略として4事業区分への再編と段階的なM&Aを組み込んだ中長…","x":"2016 日本毛織 rn130ビジョン策定 富田一弥の社長就任と、長期構想のもとでの経営の再構築 2016年11月にrn130ビジョン策定。富田一弥社長が事業を衣料繊維・産業機材・人とみらい開発・生活流通の4区分へ組み直す nn120ビジョンで業績を立て直した基盤の上に、創業130周年(2026年)を見据えた10ヵ年の成長戦略として4事業区分への再編と段階的なm&aを組み込んだ中長期ビジョンを策定した 10年がかりの戦略をどう評価するか rn130ビジョンの特徴は、単発の決断ではなく、10年という時間の幅そのものを設計に組み込んだ点にある。前身のnn120ビジョンがリーマン後の再建という守りの計画であったのに対し、rn130ビジョンは4事業区分への再編を土台に、第1次から第3次までの中期経営計画を通じて段階的にm&aを積み重ねる攻めの計画として設計された。富田一弥氏が語った\"規律\"という言葉は、拡大そのものよりも、拡大の仕方を制御しようとする経営観の表れと思われる。 選択と集中 連続買収・ロールアップ トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/3382/decisions/suzuki-succession-2016/","t":"カリスマ会長の退任にともなう、社内昇格による新体制への移行","c":"セブン&アイHD","y":2016,"col":"#EF8203","s":"カリスマ会長による後継指名が取締役会の承認を得られず、指名・報酬委員会の発足と歩調を合わせて経営体制が世代交代した","x":"2016 セブン&アイhd 鈴木敏文退任と井阪隆一昇格 カリスマ会長の退任にともなう、社内昇格による新体制への移行 2016年5月に鈴木敏文会長が任期満了で退任し、井阪隆一氏が代表取締役社長に就任。その2か月前に独立社外取締役を委員長とする指名・報酬委員会が発足していた カリスマ会長による後継指名が取締役会の承認を得られず、指名・報酬委員会の発足と歩調を合わせて経営体制が世代交代した 資本の論理とカリスマの去り際 この一件が示すのは、圧倒的な実績を持つ経営者であっても、雇われ経営者である以上は取締役会の合意から自由ではないという事実であった。鈴木敏文氏は半世紀にわたりコンビニを社会インフラへ育て、営業利益と経常利益は退任の期まで6期連続で過去最高を更新している。それでも後継の一点で取締役会の承認を欠いたとき、その2か月前に発足した指名・報酬委員会という仕組みが、カリスマの意思を押しとどめる装置として働いた。強すぎる求心力が反対意見を封じてきた組織で、その反作用が最後に表面化しただろう。 機関設計・取締役会改革 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/3397/decisions/multi-brand-acquisition-2016/","t":"持株会社への移行と、単一業態への依存からマルチブランド化への転換","c":"トリドールホールディングス","y":2016,"col":"#333333","s":"丸亀製麺の国内店舗網が飽和し既存店の食い合いで前年割れが起きるなか、持株会社体制への移行を機に、国内外の外食企業を連続買収して複数業態を統括するマルチブランド化…","x":"2016 トリドールホールディングス 丸亀製麺に次ぐ業態買収 持株会社への移行と、単一業態への依存からマルチブランド化への転換 2016年10月に丸亀製麺に次ぐ柱を求め持株会社体制へ移行。国内店舗網の飽和を受け、2017年に立呑み居酒屋の晩杯屋を傘下に収めた 丸亀製麺の国内店舗網が飽和し既存店の食い合いで前年割れが起きるなか、持株会社体制への移行を機に、国内外の外食企業を連続買収して複数業態を統括するマルチブランド化へ転換した戦略 買収を重ねた先に何を残したか この一連の動きを単なる多角化と呼ぶと、芯を取り逃す。丸亀製麺は780店規模で既存店が食い合い、立て直しには社外の森岡毅氏の手を借りるところまで追い込まれていた。単一業態の完成度で駆け上がった会社が、その完成度だけでは次の成長を描けないと悟り、自前で新業態を育てる時間を買収で買いにいった点にこそ、この転換の中心があるとみられる。持株会社体制への移行は、丸亀製麺の運営と切り離して外から事業を取り込むための足場だったといえる。 持株会社化・グループ再編 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開 グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/3407/decisions/ethylene-tettai-2016/","t":"自社設備を手放し、西日本3社による生産集約に加わる選択","c":"旭化成","y":2016,"col":"#005BAB","s":"国内需要の縮小と中東・中国の大型設備の増強でエチレンの輸出余力が細り、水島に年50万トンの設備が2基隣接する体制のままでは基礎石油化学原料事業を維持できないと判…","x":"2016 旭化成 水島エチレンセンター停止 自社設備を手放し、西日本3社による生産集約に加わる選択 2014年2月に水島エチレンセンターを停止。三菱化学と統合し、2基を三菱設備1基へ集約して1972年完成の自社設備を廃棄した 国内需要の縮小と中東・中国の大型設備の増強でエチレンの輸出余力が細り、水島に年50万トンの設備が2基隣接する体制のままでは基礎石油化学原料事業を維持できないと判断した 止めた年より、止めたあとの年数で測る 1972年に自ら建て、自ら運営してきた分解炉を、旭化成は一度に止めていない。2010年に運営を三菱化学と一体にし、2014年に廃棄する側へ自社を置き、2016年に火を落とし、2026年には10%の持ち分へ退いた。基礎化学品の引き取り手として残りながら、設備の負担だけを16年かけて先に外す手順であった。 事業売却・撤退 リストラ・構造改革 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/3938/decisions/line-ipo-dual-listing-2016/","t":"韓国NAVER傘下のままでの東京証券取引所第一部・ニューヨーク証券取引所への同時上場","c":"LINE","y":2016,"col":"#06C755","s":"アジア4か国に集中して収益体制を固めたうえで、グローバル企業として世界基準の評価を得るために東証とニューヨークへ同時上場し、親会社NAVERの持分は8割強を残し…","x":"2016 line 東証・nyse同時上場 韓国naver傘下のままでの東京証券取引所第一部・ニューヨーク証券取引所への同時上場 2016年7月にlineが東証とnyseへ同時上場。日本企業が東京とニューヨークに同時上場した初の例で、公開価格3300円、調達額は約1320億円 アジア4か国に集中して収益体制を固めたうえで、グローバル企業として世界基準の評価を得るために東証とニューヨークへ同時上場し、親会社naverの持分は8割強を残した資本政策 誰に値をつけてもらうかという選択 上場前のline株は、naverが100.0%を保有していた。上場後も8割強が親会社の手元に残り、市場に出回る株式は東証1部の原則である35%に遠く届かない。それでも東京とニューヨークの両方に名を出したのは、資金を集めるためというより、どの市場の誰に値をつけてもらうかを選ぶためだった。『私たちのような会社は日本市場には存在しない』という舛田淳氏の言葉は、比較される相手の不在を訴えている。国内最大のipoであることよりも、世界のテック企業として並べられることを、この会社は上場の意味に据えていた。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略 北米 韓国"},{"k":"decision","u":"/tse/4063/decisions/succession-after-kanagawa-2016/","t":"金川千尋氏からシンテック社長を経ての、二段階での承継","c":"信越化学工業","y":2016,"col":"#003B8E","s":"19年10か月続いた社長体制を、本社の社長職と米国子会社シンテックの社長職に分離して二段階で引き継ぎ、後継候補を米国事業の経営で五年五か月試したうえで本社の社長…","x":"2016 信越化学工業 斉藤恭彦氏が社長就任 金川千尋氏からシンテック社長を経ての、二段階での承継 2016年6月に斉藤恭彦氏が代表取締役社長に就任。金川千尋氏は2010年6月に森俊三氏へ社長を譲り、2011年1月には米シンテックの社長職も斉藤氏へ渡していた 19年10か月続いた社長体制を、本社の社長職と米国子会社シンテックの社長職に分離して二段階で引き継ぎ、後継候補を米国事業の経営で五年五か月試したうえで本社の社長に据えた承継 席を空けるという試し方 金川千尋氏が後継者に与えたのは教えではなく、席であった。1978年3月から握り続けた米国子会社シンテックの社長職を2011年1月に空け、そこへ斉藤恭彦氏を座らせている。本社の社長を森俊三氏へ渡した半年後という順序が、どちらを本命の持ち場とみていたかを示している。指名委員会は置かれず、社外取締役等で構成する委員会が扱うのは役員報酬の審査・評価だけで、誰を次に据えるかを諮る仕組みはなかった。教育ではなく持ち場での選別に賭けたこの承継が用意した試験は、自らが12年5か月かけて通った道を、候補にもう一度歩かせることであった。 トップ交代・承継 グローバル経営体制"},{"k":"decision","u":"/tse/4194/decisions/saas-diversification-2016/","t":"隣接市場への広がりによる成功報酬型からの収益源の分散","c":"ビジョナル","y":2016,"col":"#333333","s":"成功報酬型のBizReachに収益がほぼ集中する構造から抜け出すため、採用管理クラウドHRMOSを軸にSaaS群と隣接市場へ多角化し、景気連動の成功報酬に解約さ…","x":"2016 ビジョナル hrmosの投入とsaas多角化 隣接市場への広がりによる成功報酬型からの収益源の分散 2016年6月にhrmosの投入とsaas多角化。ビズリーチが採用管理クラウドを出し、同年3月にyjキャピタルなど10社から約37.3億円を調達 成功報酬型のbizreachに収益がほぼ集中する構造から抜け出すため、採用管理クラウドhrmosを軸にsaas群と隣接市場へ多角化し、景気連動の成功報酬に解約されにくい月額収益を重ねて収益源を分散させた戦略 収益源を分散するということ 成功報酬型からの収益源分散を、新しい収益源を次々に立てた多角化の成功物語として読むのは早い。2016年に投入したhrmosは7年を経ても累計86.1億円の営業赤字を抱え、物流やセキュリティといった飛び地は主力に育たず、ビズヒントやキャリトレは途中で手放された。南壮一郎社長が蒔いた種の多くは、単体では黒字の収益源になっていない。分散が形になったのは、bizreachと切り離した別の柱としてではなく、その周りにhrmosを集約した採用基盤の一体化としてであったとみられる。 隣接領域への展開 収益モデル転換 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/4324/decisions/karoshi-workstyle-reform-2016/","t":"新入社員の過労自殺を機とした働き方改革と社長交代","c":"電通グループ","y":2016,"col":"#333333","s":"新入社員の過労自殺と当局の書類送検を受け、電通が石井直社長の引責辞任と「労働環境改革基本計画」により、成長一辺倒の企業風土の転換と働き方改革に着手した判断","x":"2016 電通グループ 高橋まつりさんの死と社長交代 新入社員の過労自殺を機とした働き方改革と社長交代 2016年12月に過労自殺契機の働き方改革。高橋まつりさんの死を受け石井直社長が引責辞任し、翌年に山本敏博社長が労働環境改革基本計画を掲げる 新入社員の過労自殺と当局の書類送検を受け、電通が石井直社長の引責辞任と「労働環境改革基本計画」により、成長一辺倒の企業風土の転換と働き方改革に着手した判断 長時間労働という常識の自己否定 電通の働き方改革は、一人の新入社員の死をきっかけに、成長を最優先してきた企業の価値観そのものへ迫った点に重みがある。石井直社長が引責し、山本敏博社長が数値目標を伴う計画を掲げた過程は、長時間労働を品質の担保と見なしてきた広告業の常識に対する自己否定の色を帯びていた。トップの交代と全館消灯という象徴的な措置が、風土の転換の契機になったとみられる。 雇用・労使 不祥事・信頼回復 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/4478/decisions/bank-api-alliance-2016/","t":"国内初のメガバンクとの接続と、北国銀行への会計データの開放","c":"freee","y":2016,"col":"#2864F0","s":"銀行のAPI開放が改正銀行法案で実質義務化される直前に、口座明細をIDとパスワードの預かりで取る方式から公式なAPI接続へ切り替え、地方銀行とは会計データを銀行…","x":"2016 freee みずほ銀行とapi連携 国内初のメガバンクとの接続と、北国銀行への会計データの開放 2016年10月にみずほ銀行とapi連携。みずほビジネスwebとの接続はクラウド会計と大手銀行で国内初、翌年3月には北国銀行とも 銀行のapi開放が改正銀行法案で実質義務化される直前に、口座明細をidとパスワードの預かりで取る方式から公式なapi接続へ切り替え、地方銀行とは会計データを銀行側へ渡す協業まで着手した提携 窓口を開けさせるまでと、そこから先 北陸で導入が約4,000社まで増えてびっくりした、という北国銀行の杖村修司専務の言葉は、この接続がどちら側の必要から始まったかを示している。freeeは銀行に口座明細を求め、地方銀行は取引先の経理と実態を知る手立てを求めた。みずほ銀行との連携が新しかったのは技術よりも、idとパスワードを預かる関係をやめ、銀行に窓口を開けさせた点にある。その切り替えは、改正銀行法案の閣議決定より半年近く早かった。 プラットフォーム・標準化 デジタル化・dx 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4527/decisions/side-job-program-2016/","t":"複業を届出制で認めることによる、会社に閉じない自律的な人材への転換","c":"ロート製薬","y":2016,"col":"#005BAB","s":"成熟した国内市場で規模より人材の質に成長を求め、上場企業では稀だった複業（社外チャレンジワーク）と社内兼務（社内ダブルジョブ）を届出制で制度化し、自律的な人材と…","x":"2016 ロート製薬 社外チャレンジワーク導入 複業を届出制で認めることによる、会社に閉じない自律的な人材への転換 2016年2月に社外チャレンジワークを導入。社会人3年目以上を対象に土日祝・終業後の複業を届出制で認め、社内ダブルジョブも同時に開始した 成熟した国内市場で規模より人材の質に成長を求め、上場企業では稀だった複業(社外チャレンジワーク)と社内兼務(社内ダブルジョブ)を届出制で制度化し、自律的な人材と挑戦する企業文化への転換を図った経営判断 外部資本を持たない会社の、人事の逆張り 社外チャレンジワークの核心は、複業を認めたこと自体よりも、それを許可制ではなく届出制に置いた点にあると思われる。許可制なら会社が可否を握り、社員の時間はなお会社の管理下に残る。届出制はその判断を社員へ渡す手続で、社員は会社の持ち物ではないという前提を、制度の一行として書き下したものだった。成熟した国内市場で規模の拡大が描きにくくなるなか、成長の源を設備や買収ではなく人の質に求めた選択でもある。上場していながら創業家が主導権を保ち、市場の短期の評価に縛られにくい独立性が、この逆張りを可能にした面がうかがえる。 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/4704/decisions/2016-tippingpoint-acquisition/","t":"米HPからのネットワークセキュリティ参入","c":"トレンドマイクロ","y":2016,"col":"#d71920","s":"成熟したエンドポイント市場からの脱却を目指し、無借金で貯めた手元資金を投じて米HPからTippingPoint事業を取得し、ネットワークセキュリティ領域へ参入す…","x":"2016 トレンドマイクロ tippingpoint事業取得 米hpからのネットワークセキュリティ参入 2015年10月に米hpとtippingpoint事業の譲受で合意し、2016年3月8日に完了。取得原価318億5,400万円で、無借金経営の手元資金を初の大型買収に投じた 成熟したエンドポイント市場からの脱却を目指し、無借金で貯めた手元資金を投じて米hpからtippingpoint事業を取得し、ネットワークセキュリティ領域へ参入する事業戦略 貯める会社から、買収で取り込む会社への転換 この決断の中心にあるのは、無借金で貯め込んだ現金をどう使うかという、長年の問いへのひとつの答えである。トレンドマイクロは上場以来、大型の買収を避け、手元資金を配当と自社株買いに振り向けてきた。tippingpointという、規模も実績もあるネットワークセキュリティ資産をまとめて買い取る選択は、内製で一から積み上げるより早く整えられる近道であった。ゼロデイ攻撃の研究組織ごと取り込んだことは、技術だけでなく、業界内での発言力や研究者ネットワークという無形の資産まで一括で手にした選択でもあった。 隣接領域への展開 クロスボーダーm&a(日本→海外) 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4722/decisions/holding-company-2016/","t":"持株会社化と機能別グループ経営への転換","c":"フューチャー","y":2016,"col":"#0054A7","s":"主力のITコンサル事業を子会社へ承継して本体を持株会社に改め、機能・業種別の子会社を統括する骨格へグループを組み替えた組織再編","x":"2016 フューチャー フューチャーアーキテクト新設 持株会社化と機能別グループ経営への転換 2016年4月に持株会社体制へ移行。itコンサル事業を新設のフューチャーアーキテクトへ承継し、商号もフューチャーへ改めた 主力のitコンサル事業を子会社へ承継して本体を持株会社に改め、機能・業種別の子会社を統括する骨格へグループを組み替えた組織再編 持株会社を先に設立するという順序 この判断の特徴は、危機に追われての再編ではなく、本業が高い収益をあげている時期に、あえて主力事業を子会社へ移して本体を持株会社に改めた点にある。自ら築いた事業を手放し、本体を統括役に徹させたことで、その後の連続買収は個々の会社を独立採算のまま迎え入れられた。中身を先に膨らませるのではなく組織を先に整える順序が、多角化の受け皿として働いただろう。 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/5101/decisions/oht-programmatic-ma-2016/","t":"オフハイウェイタイヤ事業への連続M&Aによる事業構成の転換","c":"横浜ゴム","y":2016,"col":"#E21E31","s":"景気変動を受けやすい乗用車用タイヤ（タイヤ消費財）に依存した収益構造を、成長性・収益性の高いオフハイウェイタイヤ（OHT、タイヤ生産財）への連続M&Aによって組…","x":"2016 横浜ゴム atg・tws・グッドイヤーotrの連続取得 オフハイウェイタイヤ事業への連続m&aによる事業構成の転換 2016年にオランダのatgを取得し、2023年にトレルボルグ・ホイールシステムズ、2025年にグッドイヤーのotr事業と買収を重ねた 景気変動を受けやすい乗用車用タイヤ(タイヤ消費財)に依存した収益構造を、成長性・収益性の高いオフハイウェイタイヤ(oht、タイヤ生産財)への連続m&aによって組み替える事業戦略 連続m&aという経営手法をどう見るか この判断の中心にあるのは、景気変動を受けやすい乗用車用タイヤに偏った収益構造を、10年という時間をかけて組み替えたことである。2016年のatg取得は、投資ファンドの手にあった農機用タイヤ会社を1,339億円で買うという、当時の総資産7,025億円の横浜ゴムにとって規模の大きな賭けであった。それでも結果からみれば、農機・建機向けタイヤの収益性は利益率を押し上げ、tws・グッドイヤーotrという二段構えの取得へつながる橋渡しになっただろう。 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/5401/decisions/nisshin-steel-acquisition-2016/","t":"鋼材デフレ下での国内4位の取り込みによる高炉再編","c":"日本製鉄","y":2016,"col":"#086DAA","s":"中国発の鋼材デフレで世界的な供給過剰と市況急落が続くなか、国内同業を取り込んで高炉の集約と稼働率向上を進め、生き残りを図る再編判断","x":"2016 日本製鉄 日新製鋼を子会社化 鋼材デフレ下での国内4位の取り込みによる高炉再編 2016年2月に日新製鋼の子会社化の検討を開始する覚書を取り交わし、5月に契約を締結。公開買付けを経て2017年3月に議決権の51%を取得した 中国発の鋼材デフレで世界的な供給過剰と市況急落が続くなか、国内同業を取り込んで高炉の集約と稼働率向上を進め、生き残りを図る再編判断 生き残りのための取り込みが問うたもの この判断の核心は、需要が縮む国内市場で高炉をどう集約するかにあった。同業を取り込んで稼働率を上げ、ステンレスの重複を整理する——集約それ自体は、中国発の供給過剰に追われる最大手にとって理にかなった一手であったとみられる。ただ、支払った907億円に対して計上されたのれんは16億円にとどまり、受け入れた資産6,696億円に対して負債は4,810億円を数えた。買ったのは将来の超過収益力というより、設備と負債を抱えた生産能力そのものであった。 連続買収・ロールアップ 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/6098/decisions/usg-people-acquisition-2016/","t":"北米・豪州に続く人材派遣基盤を全株取得で一括して得た地域補完","c":"リクルートHD","y":2016,"col":"#006EBC","s":"北米・豪州で重ねてきた人材派遣の買収を欧州へ拡大するため、オランダの総合人材派遣USG Peopleの発行済普通株式の全株を対象に公開買付けを行い、子会社98社…","x":"2016 リクルートhd 欧州usg peopleを買収 北米・豪州に続く人材派遣基盤を全株取得で一括して得た地域補完 2016年6月にオランダのusg peopleを買収。取得原価1,811億40百万円で議決権98.68%と子会社98社を取得し、のれん1,252億46百万円を計上した 北米・豪州で重ねてきた人材派遣の買収を欧州へ拡大するため、オランダの総合人材派遣usg peopleの発行済普通株式の全株を対象に公開買付けを行い、子会社98社とともに1,811億40百万円で取得した成長投資 欧州で取得したのは帳簿に無いもの 支払った181,140百万円に対し、受け入れた資産と引き受けた負債の差は357億円ほどにすぎない。残りはのれんと顧客関連資産・商標権という、それまで帳簿に姿のなかった資産である。買ったのは事務所でも車両でもなく、オランダを中心に積み上げられた取引先との関係そのものだっただろう。人材派遣の海外展開は2010年の米csiに始まり、staffmark、advantage resourcing、豪chandler macleodと重ねられてきた。欧州はその最後の空白であり、子会社98社ごと一度に埋めた。自前で拠点を開設して年を重ねる方針は採らず、対価を払って時間を短縮する選択であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ グローバル経営体制 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6479/decisions/mitsumi-integration-2016/","t":"株式交換による完全子会社化と、ミネベアミツミへの商号変更","c":"ミネベアミツミ","y":2016,"col":"#004EA8","s":"機械加工品と電子機器を主力とするミネベアが、ミツミ電機の入力・制御デバイスを取り込んで事業ポートフォリオを拡充するために選んだ、株式交換による完全子会社化と商号…","x":"2016 ミネベアミツミ ミツミ電機との経営統合 株式交換による完全子会社化と、ミネベアミツミへの商号変更 2015年12月にミツミ電機との経営統合で基本合意した。2017年1月27日にミツミ株1株へミネベア株0.59株を割り当てる株式交換で完全子会社化し、商号をミネベアミツミへ改めた。 機械加工品と電子機器を主力とするミネベアが、ミツミ電機の入力・制御デバイスを取り込んで事業ポートフォリオを拡充するために選んだ、株式交換による完全子会社化と商号変更をともなう経営統合 名を分け合った完全子会社化 この統合の含みは、買収を重ねて拡大してきた会社が、相手の名を自社の商号に入れたことにある。取得した議決権比率は100.0%で、法的にはミツミ電機を完全子会社とする株式交換にすぎない。それでも商号をミネベアミツミへ改めたところには、統合を確実に前へ進めるために形式にこだわらないという実利と、相手の技術者や現場の気持ちを引き寄せる意図の両方が読み取れる。対価が現金ではなく自社株式と社債の承継で構成され、現金の流出をともなわない統合であった点も、この判断を軽くしたのだろう。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/6532/decisions/ipo-fund-exit-2016/","t":"PEファンドの出口として設計された、投資回収のための株式公開","c":"ベイカレント","y":2016,"col":"#0C27F4","s":"MBOで過半を取得した投資ファンドの売却機会を用意するため、公募を最小限に抑え売出し中心で設計された株式上場","x":"2016 ベイカレント 東証マザーズへ上場 peファンドの出口として設計された、投資回収のための株式公開 2016年9月にベイカレントが東証マザーズへ上場した。公募は5万株にとどまり、公開規模の大半を投資ファンド勢の売出が占めた mboで過半を取得した投資ファンドの売却機会を用意するため、公募を最小限に抑え売出し中心で設計された株式上場 出口の上場と、退場しなかった創業者 この上場の性格は、公募5万株という数字に集約されている。成長資金を市場から集める上場ではなく、mboから2年で投資を回収したいファンドのために市場を開いた上場であった。それ自体は、peファンドが関与した非公開化の標準的な出口であり、責められる筋のものではない。むしろ目を引くのは、出口の反対側で起きたことである。売る側に回ってもおかしくなかった創業者が、mboでは25億円を入れ直し、上場後には買い増して筆頭株主へ戻った。 上場・ipo・市場変更 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/6532/decisions/recruit-and-rate-model-2016/","t":"受注制限の撤回と顧客の呼び戻しによる稼働率の回復、採用増と単価引き上げを重ねる成長モデルへの立て直し","c":"ベイカレント","y":2016,"col":"#0C27F4","s":"前体制の受注制限で急落した稼働率を、顧客の呼び戻しで先に回復させ、そのうえで採用による人員増と単価の上昇を重ねる成長へ立て直した再建","x":"2016 ベイカレント 稼働率回復と採用投資による再建 受注制限の撤回と顧客の呼び戻しによる稼働率の回復、採用増と単価引き上げを重ねる成長モデルへの立て直し 2016年12月に阿部義之氏が社長に就き、前体制の受注制限を撤回した。失った顧客の約70%と再契約して稼働率を戻し、採用増と単価上昇を重ねる成長へ立て直した 前体制の受注制限で急落した稼働率を、顧客の呼び戻しで先に回復させ、そのうえで採用による人員増と単価の上昇を重ねる成長へ立て直した再建 先に守る数字を入れ替えた再建 この判断の核心は、前体制と目標を変えずに順序を入れ替えた点にあると思われる。高付加価値化という方向は残し、まず稼働率を守る。人を売る商売では、待機の人数がそのまま粗利を削るため、単価を上げる前に人を案件に戻す必要がある。顧客の約70%を呼び戻して稼働率を2か月で戻したうえで、採用で人員を積み、単価の上昇をその上に重ねた。上場直後の混乱から始まった体制が、5年で売上収益を3.4倍、営業利益を6.7倍にした事実は、この順序が需要の伸びる局面で機能したことを示している。 経営再建・ターンアラウンド トップ交代・承継 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/6532/decisions/si-order-restriction-2016/","t":"上場直後の継続案件の受注制限による稼働率の70％台への急落と、3か月での社長辞任","c":"ベイカレント","y":2016,"col":"#0C27F4","s":"上場時に掲げた高付加価値化を急ぐため、安定収益を生む継続案件の受注を制限した結果、空いた人員を埋める案件が取れずに稼働率が急落し、社長の辞任と方針の撤回に至った…","x":"2016 ベイカレント si案件の受注制限と高付加価値化 上場直後の継続案件の受注制限による稼働率の70%台への急落と、3か月での社長辞任 2016年10月に継続案件の受注を制限し高付加価値案件へ振り向けた。稼働率は90%超から70%台へ落ち、12月に業績予想の下方修正と萩平和巳社長の辞任に至った 上場時に掲げた高付加価値化を急ぐため、安定収益を生む継続案件の受注を制限した結果、空いた人員を埋める案件が取れずに稼働率が急落し、社長の辞任と方針の撤回に至った判断 上流化の速さを読み違えた3か月 この判断の誤りは、高付加価値化という方向ではなく、その速さにあったと思われる。全員を1つの母集団から案件へ割り当てる同社の運営では、案件を断れば翌月には待機の人数となって粗利を削る。上流の案件が取れる量は営業と評判で決まり、体制の組み替えだけでは増えない。安定案件を先に手放して後から高単価案件で埋めるという順序は、稼働率という単一の指標を最も急な形で崩した。上場から3か月での社長辞任は、その崩れがいかに速く業績と組織に伝わったかを物語っている。 プライシング・価格政策 高付加価値化・プレミアム トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/6674/decisions/panasonic-lead-acid-acquisition-2016/","t":"製造会社ごと引き取る形での取り込みと、国内鉛蓄電池事業の集約","c":"GSユアサ","y":2016,"col":"#007851","s":"拡大の望めない国内自動車用鉛蓄電池市場で、撤退するパナソニックの鉛蓄電池事業を国内外まとめて引き受け、供給の集約とグローバルシェアの拡大を図る戦略","x":"2016 gsユアサ パナソニック鉛電池事業を譲受 製造会社ごと引き取る形での取り込みと、国内鉛蓄電池事業の集約 2015年10月に基本合意し2016年4月に株式譲渡契約を締結。パナソニックの鉛蓄電池事業を国内・瀋陽・タイまとめて譲り受け、同年9月30日に取得を完了した 拡大の望めない国内自動車用鉛蓄電池市場で、撤退するパナソニックの鉛蓄電池事業を国内外まとめて引き受け、供給の集約とグローバルシェアの拡大を図る戦略 撤退する側と、引き受ける側 拡大の望めない市場で競合の事業を買い増すと聞けば、逆張りの一手に見えるかもしれない。だが、この譲受の芯にあるのは、鉛蓄電池を捨てる事業ではなく守る事業として抱え直す判断であった。パナソニックが成熟市場から退いたのに対し、gsユアサは約300億円の概算価格で国内・瀋陽・タイの鉛蓄電池をまとめて引き取り、国内のパナソニック ストレージバッテリーは取得原価16,057百万円で85.1%を取得してgsユアサ エナジーとして連結に組み入れた。同じ成熟市場を、一方は畳む対象と読み、一方は集約して守る対象と読んだところに、この取引の性格が表れている。 連続買収・ロールアップ グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/6702/decisions/2016-antitrust-bid-rigging/","t":"東京電力事案の発覚後に自ら社内調査を開始し、中部電力事案を課徴金減免申請で自主申告した","c":"富士通","y":2016,"col":"#c8102e","s":"東京電力向け受注調整で排除措置命令及び課徴金納付命令を受けたのち、取締役会の決議で社内調査を開始して中部電力向け取引の受注調整を自ら発見し、課徴金減免申請へ進ん…","x":"2016 富士通 東京電力向け受注調整の処分 東京電力事案の発覚後に自ら社内調査を開始し、中部電力事案を課徴金減免申請で自主申告した 2016年7月、東京電力向けの電力保安通信用機器の受注調整で排除措置命令及び課徴金納付命令を受けた。発覚後の社内調査で中部電力向け取引の受注調整を自ら見つけ、課徴金減免申請により全額免除を得ている 東京電力向け受注調整で排除措置命令及び課徴金納付命令を受けたのち、取締役会の決議で社内調査を開始して中部電力向け取引の受注調整を自ら発見し、課徴金減免申請へ進んだ 自ら掘り返すという選択 東京電力事案で処分を受けた会社が次に選んだのは、調査の進展を待つことではなく、自分の側から掘り返すことだった。取締役会の決議で社内調査を起こし、中部電力向けの取引に同じ受注調整を見つけ、取締役会の承認を得て課徴金減免申請へ進む。結果として課徴金は全額免除され、排除措置命令も免れている。不正を発覚した一件で止めるか、同種の取引をすべて洗い直すかは、処分を受けた会社が最初に迫られる分岐であり、ここでは後者を選んだと推察される。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6724/decisions/audit-committee-transition-2016/","t":"監督の担い手を取締役会の構成員とし、審議を重要議案に限定した機関設計の切り替え","c":"セイコーエプソン","y":2016,"col":"#10218A","s":"取締役会の監督機能の向上と意思決定の迅速化を両立させるため、監査役を議決権のある監査等委員へ組み替え、あわせて業務執行側への委任範囲を拡大して取締役会の審議を重…","x":"2016 セイコーエプソン 監査等委員会設置会社へ移行 監督の担い手を取締役会の構成員とし、審議を重要議案に限定した機関設計の切り替え 2016年6月28日の定時株主総会の決議により、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役会は社外取締役5名を含む12名となり、業務執行側への委任範囲を拡大して審議事項を重要性の高い議案に限定した 取締役会の監督機能の向上と意思決定の迅速化を両立させるため、監査役を議決権のある監査等委員へ組み替え、あわせて業務執行側への委任範囲を拡大して取締役会の審議を重要議案に限定した機関設計の切り替え 監督を薄くせずに執行を速くする 機関設計の切り替えは、名札を替える話として片づけられやすい。だがエプソンがこの移行で実際に動かしたのは、取締役会が何を議論するかの線引きだった。業務執行側への委任範囲を広げ、取締役会の審議を重要性の高い議案に絞る。そのうえで、議決権を持たない監査役という立場を、議決権を持つ監査等委員へ組み替え、監督の担い手を取締役会の内側へ入れた。監督を薄くしないまま執行を速くするための、配置の組み替えだったのだろう。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6753/decisions/foxconn-turnaround-2016/","t":"経営体制の入れ替えと、構造改革による自己資本の立て直し","c":"シャープ","y":2016,"col":"#EC3F47","s":"液晶の巨額赤字で債務超過に陥ったシャープが、鴻海精密工業グループの出資を受けて戴正呉氏を取締役社長に迎え、経営資源の最適化・責任ある事業推進体制・成果に報いる人…","x":"2016 シャープ 鴻海精密工業傘下での再建 経営体制の入れ替えと、構造改革による自己資本の立て直し 2016年8月に鴻海精密工業グループの出資を受けて戴正呉氏が取締役社長に就任した。自己資本比率は△2.7%から16.6%へ戻り、2017年12月に東証1部へ復帰した 液晶の巨額赤字で債務超過に陥ったシャープが、鴻海精密工業グループの出資を受けて戴正呉氏を取締役社長に迎え、経営資源の最適化・責任ある事業推進体制・成果に報いる人事制度の3つの構造改革と分社化経営で自己資本を立て直し、2018年3月期に4年ぶりの最終黒字を計上した再建 合議を速度へ、そのあとに残る問い この再建で入れ替わったのは、資本の出し手よりも、決める仕組みそのものだったと思われる。2016年6月の定時株主総会で12名の取締役が退き、残った取締役会は9名に絞られた。そこへ鴻海から迎えた戴正呉社長が就任初日に社長決裁の基準額を1億円から300万円へ下げ、稟議のハンコを3つに減らす。日本の大企業が長く前提としてきた「全員で決める」作法を、「だれかが速く決める」作法へ置き換える試みであった。自己資本比率が△2.7%から16.6%へ戻った1年に、事業構造改革費用の計上はない。大きな損失処理で身を軽くしたのではなく、決裁の速度と責任の所在を変えることで数字を戻した再建だったといえる。 経営再建・ターンアラウンド 外部人材・プロ経営者 台湾"},{"k":"decision","u":"/tse/6753/decisions/sharp-incj-2016/","t":"官民ファンド案と台湾企業案の二者択一と、外資の傘下入り","c":"シャープ","y":2016,"col":"#EC3F47","s":"債務超過に陥ったシャープが、鴻海精密工業グループ4社を割当先とする総額3,888億円の第三者割当増資を選び、議決権の66.1％を渡して台湾企業の子会社となった","x":"2016 シャープ 鴻海の出資受け入れと革新機構案の破談 官民ファンド案と台湾企業案の二者択一と、外資の傘下入り 2016年2月にシャープ取締役会が鴻海精密工業グループ4社を割当先とする第三者割当増資を決議した。総額3,888億円、8月12日の払込で議決権の66.1%が鴻海グループへ渡り、シャープは台湾企業の子会社となった 債務超過に陥ったシャープが、鴻海精密工業グループ4社を割当先とする総額3,888億円の第三者割当増資を選び、議決権の66.1%を渡して台湾企業の子会社となった 官民の再建か、外資の上積みか この決断は、支援者を選び直したというより、資本構成そのものを組み替える工事だった。増資で積み上がった資本金1,944億円は、払い込まれたその日のうちに50億円まで削られ、そこで生まれた分配可能額がb種種類株式の買い戻しに回っている。前年に主力行と投資組合から受けた優先株の支援は、優先配当と償還時のプレミアムという重さを抱えたままだった。それを消し、議決権を一つの株主のもとへ集める形へ作り替えることまでが、条件の中身だったといえる。債務超過を埋めるだけなら、ここまでの手順は要らない。 外資傘下入り・対内m&a 救済型m&a・支援受け入れ 経営再建・ターンアラウンド 台湾"},{"k":"decision","u":"/tse/7011/decisions/cruise-ship-exit-2016/","t":"2隻で2,718億円の損失を積み、船舶海洋事業をガス船と艤装主体船へ寄せるまで","c":"三菱重工業","y":2016,"col":"#E83C3E","s":"アイーダ・クルーズ向け大型客船2隻で4期にわたり2,718億94百万円の損失を計上し、大型客船から手を引いて船舶海洋事業をガス船と艤装主体船へ集中するまで","x":"2016 三菱重工業 アイーダ客船事業から撤退 2隻で2,718億円の損失を積み、船舶海洋事業をガス船と艤装主体船へ寄せるまで 2016年10月に大型客船事業から事実上撤退。2011年11月に受注したアイーダ・クルーズ向け2隻で、2014年3月期からの4期に2,718億94百万円を客船事業関連損失引当金繰入額として計上した アイーダ・クルーズ向け大型客船2隻で4期にわたり2,718億94百万円の損失を計上し、大型客船から手を引いて船舶海洋事業をガス船と艤装主体船へ集中するまで 最難度の船種へ向かった代償 この撤退の核心は、造船不況のなかで収益源を探した会社が、基本設計から手がけるプロトタイプという最難度の仕事を選んだ点にある。2隻で積んだ損失2,718億94百万円は、2017年3月期の親会社株主に帰属する当期純利益877億20百万円の3倍を超える。しかも損失は一度に見えたのではなく、2014年3月期から4期にわたって四半期ごとに積み増された。工程の遅れ、主機の不具合、騒音対策、火災事故と、見積りを崩す出来事が次々に現れたからで、着手の時点で見通せる種類のものではなかったのだろう。難度の高い船種で競合を避ける戦略は、その難度を自社が引き受けられるかという問いと表裏だったと思われる。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7105/decisions/unicarrier-acquisition-2016/","t":"買収を機とした商号変更と、三菱ロジスネクストとしての再出発","c":"三菱ロジスネクスト","y":2016,"col":"#52778B","s":"国内需要が頭打ちのなか、海外販売網と複数ブランドを一度に取り込み、世界シェア3位群を固めるための業界再編の総仕上げ","x":"2016 三菱ロジスネクスト ユニキャリアhd取得 買収を機とした商号変更と、三菱ロジスネクストとしての再出発 2015年7月にユニキャリアhd株式の35%取得を決議。約404億円を投じ、2017年1月に767億円で残る65%を取得する 国内需要が頭打ちのなか、海外販売網と複数ブランドを一度に取り込み、世界シェア3位群を固めるための業界再編の総仕上げ 規模を利益へ変える作業の始まり この買収を、単なる規模拡大の一手と読むと像を結ばない。ニチユ三菱フォークリフトは2013年の事業承継ですでに世界3位群へ届いていたが、地盤の国内需要は頭打ちで、海外の顧客基盤なしに次の成長は描けなかった。産業革新機構・日立建機・日産という別の系譜が育てたユニキャリアを、親会社と分け合う形で取り込んだ判断の芯は、規模そのものより、単独では届かない海外販売網と複数ブランドを一度に獲得することにあっただろう。 連続買収・ロールアップ グローバル経営体制"},{"k":"decision","u":"/tse/7148/decisions/real-estate-fund-shift-2016/","t":"信託機能を用いた不動産小口化商品の提供開始と、国内不動産ファンド事業の主力化","c":"FPG","y":2016,"col":"#2F2D83","s":"法人税の繰延べを求める中堅企業オーナー向けの単一商品に依存する構造から抜けるため、宅建業・不動産特定共同事業・信託の免許を積み上げ、都心不動産を自ら取得して信託…","x":"2016 fpg 1口1,000万円の不動産商品 信託機能を用いた不動産小口化商品の提供開始と、国内不動産ファンド事業の主力化 2016年4月に不動産小口化商品の提供を開始。都心一等地の不動産を信託し1口1,000万円から販売し初年度売上は2億7,400万円 法人税の繰延べを求める中堅企業オーナー向けの単一商品に依存する構造から抜けるため、宅建業・不動産特定共同事業・信託の免許を積み上げ、都心不動産を自ら取得して信託受益権として販売する不動産小口化商品を組成し、顧客の課題を法人の節税から個人の相続対策へ転換した 免許は前提を守らない 2016年9月期に2億7,400万円だった事業が、9年後に959億8,800万円になって創業以来の本業を抜いた。伸びた幅より効いたのは、初年度の販管費で不動産の販売体制を主力と同じ列に置いた配分であった。売上の1.5%にすぎない事業へ人と経費を先に配ったのは、コンテナから船舶、航空機へと対象を広げても法人の利益繰延という一つの需要しか持てない構造を、谷村尚永社長が限界と見ていたからだと推察される。宅建業から不動産特定共同事業、信託へと3年かけて免許を積んだ順序にも、行き先を決めてから道具を揃えた形跡が読める。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/7167/decisions/joyo-integration-2016/","t":"株式交換の形をとった統合と、めぶきフィナンシャルグループへの商号変更","c":"めぶきフィナンシャルグループ","y":2016,"col":"#6898B2","s":"人口減少・低金利で単独の収益基盤が細る北関東の地銀2行が、株式交換で持株会社の下に併存する広域連合を組み、規模拡大とコスト合理化を図った経営統合","x":"2016 めぶきフィナンシャルグループ 常陽銀行との経営統合 株式交換の形をとった統合と、めぶきフィナンシャルグループへの商号変更 2016年4月に常陽銀行との経営統合契約を締結。株式交換で完全子会社化し同年10月にめぶきフィナンシャルグループへ改称 人口減少・低金利で単独の収益基盤が細る北関東の地銀2行が、株式交換で持株会社の下に併存する広域連合を組み、規模拡大とコスト合理化を図った経営統合 二つの看板を残すという選択 この統合を、規模を追った地銀再編の一例として片づけるのは、設計の芯を見落とすことになる。足利hdと常陽銀行は、合併して看板を一つにする道を採らず、持株会社の下に二つの銀行を残したまま統括した。常陽銀行1株にめぶきfg1.17株という穏当な交換比率にも、どちらかがどちらかを飲み込む統合ではないという含意が読み取れる。栃木と茨城で長く根を張った看板と地盤に手をつけず、戦略・財務・リスク管理という後方の機能だけをhdへ集める——顧客との接点を動かさずに規模だけを合わせるところに、この判断の狙いがあったと思われる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/7211/decisions/fuel-fraud-nissan-2016/","t":"試験データ改ざんの発覚と、自主独立を捨てた資本の受け入れ","c":"三菱自動車","y":2016,"col":"#EC0100","s":"国の定める方法によらない燃費試験の不正が発覚して自力再建を断念し、日産自動車の34.0％出資を受け入れてルノー・日産アライアンスへ編入された救済","x":"2016 三菱自動車 燃費不正で日産傘下入り 試験データ改ざんの発覚と、自主独立を捨てた資本の受け入れ 2016年に燃費試験の不正が発覚し、日産自動車から第三者割当増資で2,373億円の出資を受けた。議決権比率34.0%で筆頭株主となり、ルノー・日産アライアンスへ編入された 国の定める方法によらない燃費試験の不正が発覚して自力再建を断念し、日産自動車の34.0%出資を受け入れてルノー・日産アライアンスへ編入された救済 三度目の外資・他社依存という選択 この判断の核心は、不正それ自体ではなく、不正が露呈した瞬間に単独での再建をほとんど検討せず、他社の資本へ一足飛びに走った速さにある。公表は2016年4月20日、提携の取締役会決議は5月12日で、その間はわずか22日しかない。特別調査委員会が原因の分析にも着手していない段階で、議決権の34.0%を委ねる枠組みが先に決まっていたことになる。資金調達の使途に挙がったのが戦略商品の研究開発と設備・itの刷新であったことを併せて読めば、この社がもはや自力では商品も信頼も立て直せないと当事者自身が見切っていた、と考えるのが自然だろう。 不祥事・信頼回復 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/7262/decisions/toyota-full-subsidiary-2016/","t":"株式交換による上場廃止と、独立した資本の手放し","c":"ダイハツ工業","y":2016,"col":"#E60012","s":"新興国向け小型車の共同開発を加速するため両社の意思決定を単純にする必要があり、国内の軽自動車市場が頭打ちになるなかで51%という関係の限界が近づいていた","x":"2016 ダイハツ工業 トヨタの完全子会社化 株式交換による上場廃止と、独立した資本の手放し 2016年1月にトヨタと株式交換契約を締結。同年8月に完全子会社となり、1967年の提携から続いた株式の上場を廃止 新興国向け小型車の共同開発を加速するため両社の意思決定を単純にする必要があり、国内の軽自動車市場が頭打ちになるなかで51%という関係の限界が近づいていた 資本を100%にしても届かなかったもの 51%という持株比率が18年動かなかった事実に、この判断の性格が表れている。トヨタは1998年に過半を握りながら、自動車事業に乗り出す20年以上前からエンジンを作ってきた企業の自主性を重んじ、完全子会社化を避けてきた。それを2016年に変えたのは、中国とインドで提携が進まず、国内の軽市場も頭打ちになったという行き詰まりであった。名門への配慮より意思決定の速さを採った判断だとみられる。 上場廃止・親子上場解消 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/7581/decisions/audit-committee-company-2016/","t":"社外取締役のいない取締役会を改め、過半数を社外とする監査等委員会を設置した機関設計の切り替え","c":"サイゼリヤ","y":2016,"col":"#05A645","s":"取締役会に社外取締役が1名もいない監査役会設置会社の体制を改め、過半数を社外取締役とする監査等委員会を設置することで取締役会の監督機能を強化し、あわせて意思決定…","x":"2016 サイゼリヤ 監査等委員会設置会社への移行 社外取締役のいない取締役会を改め、過半数を社外とする監査等委員会を設置した機関設計の切り替え 2016年11月、サイゼリヤが監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。社外取締役のいなかった取締役6名の体制を改め、取締役10名のうち3名を社外、うち2名を監査等委員である取締役とした 取締役会に社外取締役が1名もいない監査役会設置会社の体制を改め、過半数を社外取締役とする監査等委員会を設置することで取締役会の監督機能を強化し、あわせて意思決定を速める狙いで機関設計を切り替えた 同じ言葉のまま担い手が入れ替わった この移行でサイゼリヤが初めて手にしたのは、取締役会で票を投じる社外の目であった。移行前の取締役6名はいずれも社内の人間で、社外の監視は取締役会の外にいる監査役2名が担っていた。興味深いのは、体制を採用する理由の説明が移行の前後でほとんど変わっていないことである。迅速な意思決定と取締役会の活性による効率的な経営システムの実現、そして客観的・中立的監視による透明性と適法性の確保という二つの柱は同じ言葉のまま置かれ、後者の担い手だけが社外監査役から監査等委員である取締役へ入れ替わった。統治の思想を改めたというより、同じ思想を新しい機関設計へ移す作業だったとみられる。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7599/decisions/idom-rename-2016/","t":"「ガリバー」からモビリティ事業への業容拡大","c":"IDOM","y":2016,"col":"#333333","s":"中古車買取専業から新車ディーラー・海外・サブスクへ多角化するなかで、企業名を一事業名「ガリバー」から「IDOM」へ切り離し、モビリティ企業としての業容拡大を対外…","x":"2016 idom 「idom」への社名変更 「ガリバー」からモビリティ事業への業容拡大 2016年7月に社名をidomへ変更。羽鳥由宇介社長がガリバーインターナショナルの名を改め、買取事業の呼称だけを社内に残した 中古車買取専業から新車ディーラー・海外・サブスクへ多角化するなかで、企業名を一事業名「ガリバー」から「idom」へ切り離し、モビリティ企業としての業容拡大を対外的に示した経営判断 一事業の名から企業を解き放つということ この判断の核心は、社名という記号の付け替えにとどまらない。中古車買取という一事業で最短記録の上場まで駆け上がった会社が、その成功を象徴する\"ガリバー\"の名をあえて企業名から外した。羽鳥由宇介社長が選んだのは、いま最も強い一事業の名に企業全体を縛られないことだった。新車ディーラー、海外、サブスクと事業が枝分かれするなかで、会社の名を一段抽象化し、次の多角化に備えた選択と推察される。 隣接領域への展開 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/7731/decisions/audit-committee-transition-2016/","t":"監査役会を廃して監査等委員会（5名）を設置し、重要な業務執行の一部を執行側へ委ねた機関設計の組み替え","c":"ニコン","y":2016,"col":"#d1b500","s":"取締役会が実効性の高い監督を行うとともに、重要な業務執行の一部を業務執行取締役に委任できる体制を構築するため、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した","x":"2016 ニコン 監査等委員会設置会社への移行 監査役会を廃して監査等委員会(5名)を設置し、重要な業務執行の一部を執行側へ委ねた機関設計の組み替え 2016年6月29日の第152期定時株主総会の決議により、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した。取締役14名のうち5名が監査等委員となり、社外取締役は2名から4名へ増えた 取締役会が実効性の高い監督を行うとともに、重要な業務執行の一部を業務執行取締役に委任できる体制を構築するため、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した 監督する側の席が動いた この移行で実際に動いたのは、監督する側が座る席の位置であったとみられる。監査役4名は取締役会の外から意見を述べる立場にあったが、監査等委員5名は取締役として議決権を持つ。社外役員の数は移行の前後で4名のまま変わっていないのに、そのうち3名が票を投じる側へ移った。日常の業務執行を執行側へ降ろし、そのぶん取締役会は監督に時間を使う──取締役会付議報告基準で委任の範囲を線引きした設計は、監督と執行を同じ会議体のなかで役割として分ける試みだったといえる。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7731/decisions/mid-term-restructuring-2016/","t":"二本柱同時不振と1,143人の希望退職──2016年の全社構造改革","c":"ニコン","y":2016,"col":"#d1b500","s":"半導体露光装置と映像の二本柱が同時に不振に陥ったニコンが、外部登用の岡昌志氏の主導で1,143人の希望退職を含む全社構造改革を断行し、半導体装置の黒字化と映像の…","x":"2016 ニコン 希望退職者の募集 二本柱同時不振と1,143人の希望退職──2016年の全社構造改革 2016年11月に希望退職を中核とする構造改革を公表。牛田一雄社長のもと岡昌志cfoが主導し、国内で1,143人が退職、2017年3月期の構造改革関連費用は533億70百万円に達した 半導体露光装置と映像の二本柱が同時に不振に陥ったニコンが、外部登用の岡昌志氏の主導で1,143人の希望退職を含む全社構造改革を断行し、半導体装置の黒字化と映像の選択と集中で短期に採算を戻したが、縮小均衡にとどまり次の成長事業が残った構造改革 止血の速さと、成長の設計は別物である この判断の核心は、劣位にある戦線を見極めて先に損を確定させ、まず利益の出る体に戻すことにあった。構造改革関連費用533億70百万円のうち274億47百万円が半導体装置産業の棚卸資産評価損及び廃棄損で占められている事実は、この改革が人減らしである以前に、開発を縮小した製品の在庫を一度に落とす作業だったことを示している。祖業の技術に自負を持つ社内から見れば重い決断だったはずである。三菱銀行の出身で数字に立つ岡昌志氏が副社長として構造改革の前面に立ち、牛田一雄社長が祖業の継承を掲げて社内をつなぐ——攻めの縮小と守りの継承を役割で分けたところに、この構造改革の性格が表れている。 リストラ・構造改革 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/7751/decisions/toshiba-medical-acquisition-2016/","t":"6,655億円を投じた買収と、医療事業への本格的な参入","c":"キヤノン","y":2016,"col":"#CC0100","s":"祖業カメラの停滞と事務機の成熟に直面したキヤノンが、不正会計で経営危機の東芝から医療機器子会社を6,655億円で買収し、医療を次の主力事業に据えた事業転換。競争…","x":"2016 キヤノン 東芝メディカルの買収 6,655億円を投じた買収と、医療事業への本格的な参入 2016年3月17日に東芝と株式等譲渡契約を締結し6,655億円を払い込み、競争法当局の承認を経た12月19日に全普通株式を取得。のれん4,920億円を計上した 祖業カメラの停滞と事務機の成熟に直面したキヤノンが、不正会計で経営危機の東芝から医療機器子会社を6,655億円で買収し、医療を次の主力事業に据えた事業転換。競争法当局の承認前に代金を払い込む手法をとったため、公正取引委員会が異例の「注意」を行った 事業転換の必然と、手段の際どさ この買収の核心は、停滞する本業をどう越えるかという問いに、キヤノンが社外の巨額買収という答えを出した点にある。祖業のカメラがスマートフォンに削られ、事務機の成長も鈍るなか、光学と精密機械の技術が生きる医療機器へ本格的に参入する選択には、確かな合理があった。6,655億円という価格は過去最大級で、識別可能な純資産1,734億円に対し4,920億円ののれんが残ったが、東芝の危機という好機がなければ、優良な診断画像の事業を一括して取得することは難しかった。事業転換の方向として、この判断は理にかなっていた。 隣接領域への展開 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7915/decisions/medical-shift-2016/","t":"メディカルへの事業転換 — Graphic Controls 買収に始まるCDMOシフト","c":"NISSHA","y":2016,"col":"#0070B8","s":"メディカル（医療機器・医薬品CDMO）を収益の本流に据え直す業態転換。スマートフォン単一市場への依存を反省し、景気に左右されにくい医療分野へ買収を重ね、政策保有…","x":"2016 nissha グラフィックコントロールズの買収 メディカルへの事業転換 — graphic controls 買収に始まるcdmoシフト 2016年8月に日本写真印刷が米graphic controlsを買収。約148.5億円を投じ、医療機器の開発製造受託へ本格参入した メディカル(医療機器・医薬品cdmo)を収益の本流に据え直す業態転換。スマートフォン単一市場への依存を反省し、景気に左右されにくい医療分野へ買収を重ね、政策保有株式の売却を原資にメディカル優先の資本配分を敷いた 市場を入れ替えるという選択 この判断の芯にあるのは、単一の市場に稼ぎを託すことの危うさを、収益源そのものの入れ替えへと転じた点にあるとみられる。印刷から加飾へ、加飾からタッチセンサーへと技術を移し替えてきた会社が、こんどは市場そのものを、景気に揺さぶられにくい医療へと移し替えた。スマートフォンで負った痛手を、次の本流を探す動機に変えていった経緯には、変化し続けることを是としてきた同社の性格がにじんでいるようにみえる。 祖業・主力事業の転換 飛び地・非関連多角化 クロスボーダーm&a(日本→海外) 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7974/decisions/audit-committee-transition-2016/","t":"社外監査役を取締役会へ移行し、監督と執行を分離した機関設計の組み替え","c":"任天堂","y":2016,"col":"#E60012","s":"社長の急逝から1年を経た任天堂が、社外監査役を含む監査役4名を監査等委員である取締役4名に置き換え、同時に執行役員制度を導入して監督と業務執行を分離した機関設計…","x":"2016 任天堂 監査等委員会設置会社へ移行 社外監査役を取締役会へ移行し、監督と執行を分離した機関設計の組み替え 2016年6月29日の第76期定時株主総会で定款を変更し、監査等委員会設置会社へ移行。同時に執行役員制度を導入し、社外取締役は1名から3名、取締役会は10名から9名になった 社長の急逝から1年を経た任天堂が、社外監査役を含む監査役4名を監査等委員である取締役4名に置き換え、同時に執行役員制度を導入して監督と業務執行を分離した機関設計の変更 監査役を取締役会へ入れた移行 この移行で動いたのは社外の人数ではなく、社外の座る場所である。移行前も社外監査役2名は毎月の監査役会に出て会計監査人と意見を交わしており、欠けていたのは情報でも専門性でもなく取締役会の議決権だった。監査等委員会設置会社への移行は、その2名を取締役へ変え、議案の採決に加わる立場へ移す操作だったと思われる。社外取締役が1名から3名へ増えたという数字も、外から新しい人を招いた結果ではない。社内出身者だけで議決してきた取締役会に、既にいた監督者を入れ直した。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8022/decisions/sportsstyle-casual-shift-2016/","t":"競技用品偏重からの脱却と、街着向けブランドによるカジュアル領域への展開","c":"ミズノ","y":2016,"col":"#001489","s":"国内の競技人口縮小と競技用品市場の頭打ちに対し、野球・ゴルフに寄った商品構成を街着向けカジュアル領域へ拡大し、競技者以外の一般消費者を商圏に取り込む転換","x":"2016 ミズノ ミズノスポーツスタイル投入 競技用品偏重からの脱却と、街着向けブランドによるカジュアル領域への展開 2016年2月に街着ブランドを投入。ミズノがカジュアルシューズのミズノスポーツスタイルを立ち上げ、競技者以外へ売場を拡大した 国内の競技人口縮小と競技用品市場の頭打ちに対し、野球・ゴルフに寄った商品構成を街着向けカジュアル領域へ拡大し、競技者以外の一般消費者を商圏に取り込む転換 強みが遅れをつくったとき 野球の参加者が10年で1,250万人から680万人へ半減するなか、ミズノが街着の靴を出したのは2016年であった。アシックスがゴルフから退いてランニングへ寄せた2001年から数えれば、15年の差がついていた。遅れの理由は怠慢というより、日本人のトッププロから絶大な支持を得ていたという強みそのものにあったのだろう。契約選手を軸に商品を磨く仕組みが働く会社が、その外側へ人と金を回すには、内側の常識を壊す作業が要った。 隣接領域への展開 ブランド・マーケティング 販路・チャネル転換 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/8028/decisions/uny-integration-2016/","t":"サークルＫ・サンクスの自社ブランドへの一本化と店舗網の統合","c":"ファミリーマート","y":2016,"col":"#0171A6","s":"変化する国内外の小売事業環境で競争優位を確保するため、両社の経営資源を結集して新たな小売グループを形成する吸収合併","x":"2016 ファミリーマート ユニーグループの吸収合併 サークルk・サンクスの自社ブランドへの一本化と店舗網の統合 2016年9月にユニーグループ・ホールディングスを吸収合併し、ユニー・ファミリーマートhdへ商号変更。合併比率0.138、のれんは確定で1,521億円 変化する国内外の小売事業環境で競争優位を確保するため、両社の経営資源を結集して新たな小売グループを形成する吸収合併 規模で並ぶことと、質で並ぶこと この統合で得たものを金額で言えば、235,533百万円の株式を刷って、152,116百万円ののれんを背負い、国内の店舗網を11,656店から18,125店へ引き上げたということになる。ただし、のれんの正体は「取得から生じることが期待される既存事業とのシナジー効果及び超過収益力」であり、暫定の39,977百万円が確定で112,139百万円ふくらんだのは、シナジーが大きく見積もり直されたからではなく、受け入れた有形固定資産と繰延税金資産を時価で評価し直した差が、そのまま残りとしてのれんへ落ちたからである。買ったのは店の数であって、1店の稼ぐ力ではなかったと推察される。 合併・経営統合 pmi・買収後統合 持株会社化・グループ再編 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/8058/decisions/chile-copper-impairment-2016/","t":"約4,200億円で取得した銅権益を、市況低迷のなかで2,712億円減損した","c":"三菱商事","y":2016,"col":"#FF0000","s":"資源高のさなかにチリの銅資源権益24.5％を53.9億米ドルで取得したが、銅市況の低迷で2016年3月期に2,712億円を減損し、当期純利益1,494億円の損失…","x":"2016 三菱商事 チリ銅山アングロスールの減損 約4,200億円で取得した銅権益を、市況低迷のなかで2,712億円減損した 2011年11月にチリの銅資源権益保有会社アングロスール社の株式24.5%を取得。53.9億米ドル(約4,200億円)を投じたが、2016年3月期に2,712億円を減損した 資源高のさなかにチリの銅資源権益24.5%を53.9億米ドルで取得したが、銅市況の低迷で2016年3月期に2,712億円を減損し、当期純利益1,494億円の損失を招いた資源投資 資源投資の光と影 ブルネイlngとチリ銅山は、同じ事業投資の光と影である。資源に資本を投じて権益を握るという発想は変わらず、違ったのは投じた時点の価格だった。銅価が高値をつけた2011年に53.9億米ドルを払い、価格が崩れた2016年に2,712億円を落とした。権益は買った瞬間に価値が決まるのではなく、その後の数十年の価格見通しで測り直される。減損テストが見るのは短期の値動きではなく中長期の価格見通しであり、だからこそ一度その見通しを下げると、損失は一度に大きく出る。長く持てることは資源事業の強みだが、見通しが下がれば、その強さはそのまま減損の重さに変わるのだろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 外的危機への対応 中南米"},{"k":"decision","u":"/tse/8130/decisions/koroseal-acquisition-2016/","t":"壁装材大手の取り込みによる海外進出と、専業卸からの脱却","c":"サンゲツ","y":2016,"col":"#333333","s":"国内で完結していた内装卸の収益構造を変えるため、壁装材製造販売で米国内最大シェアを持つKorosealの全株式を買収のために設立した米国子会社を通じて取得し、北…","x":"2016 サンゲツ 米korosealの買収 壁装材大手の取り込みによる海外進出と、専業卸からの脱却 2016年11月、サンゲツが買収のために設立した米国子会社を通じてオハイオ州の壁装材大手korosealの全株式を14,276百万円で取得。国内で完結していた内装卸が北米へ出た 国内で完結していた内装卸の収益構造を変えるため、壁装材製造販売で米国内最大シェアを持つkorosealの全株式を買収のために設立した米国子会社を通じて取得し、北米市場へ出る 安定収益を手放す、という選択 払った14,276百万円に対し、受け入れた資産は8,839百万円、引き受けた負債は5,440百万円で、正味の資産は3,399百万円にすぎない。差額の10,877百万円が、当初はのれんとして立った。有価証券報告書は結合の理由に米国内最大のシェアと事業形態の酷似を挙げているが、値がついたのは工場でも在庫でもなく、その地位そのものであっただろう。会社設立以来赤字に陥ることなく続いた国内の安定を、あえて別の地面に置き換えようとした判断であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産"},{"k":"decision","u":"/tse/8194/decisions/bio-ral-2016/","t":"価格ではなく有機・自然派で選ばれる売り場の、店・商品・調達の三層での自前化","c":"ライフコーポレーション","y":2016,"col":"#009944","s":"価格で同質化する食品スーパーで価格以外の軸を構築するため、有機・自然派の独自業態を新設し、プライベートブランドの開発と、集荷・仲卸への資本参加まで拡大した判断","x":"2016 ライフコーポレーション 「ビオラル」業態の創出 価格ではなく有機・自然派で選ばれる売り場の、店・商品・調達の三層での自前化 2016年に大阪市西区の靭店を改装し、有機・自然派の新業態「ビオラル」を立ち上げた。pbは581アイテムに広がり、2030年度は売上高400億円・50店舗を目指す 価格で同質化する食品スーパーで価格以外の軸を構築するため、有機・自然派の独自業態を新設し、プライベートブランドの開発と、集荷・仲卸への資本参加まで拡大した判断 価格で戦わない棚を、上流まで囲い込む この新規事業の核心は、店を増やすことではなく、価格で戦う土俵から一つ横へ抜けたことにある。立地と特売で横並びになりやすい食品スーパーで、岩崎高治社長は値下げ合戦へ深入りするのではなく、有機・自然派という別の需要を自社の業態として抱えた。1号店が新設ではなく既存の靭店の改装だったことは、この判断が投資の規模ではなく品揃えと売り場の設計から始まったことを示している。総合スーパーが安さと品ぞろえで規模を競った時代に食品スーパーとして規模を絞ったライフが、こんどは食品のなかでさらに独自のカテゴリーを切り出した形で、価格以外の軸を選ぶという性格が続いている。 隣接領域への展開 垂直統合・内製化 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/8473/decisions/crypto-ripple-2016/","t":"提携を足がかりとした暗号資産事業への参入","c":"SBIホールディングス","y":2016,"col":"#0068B7","s":"手数料競争で証券収益が細るなか、ブロックチェーンを「金融を変える技術」と見定めた北尾吉孝氏が、米リップルへの11.3％の出資と出資比率60％の合弁、仮想通貨交換…","x":"2016 sbiホールディングス 米リップルとの提携 提携を足がかりとした暗号資産事業への参入 2016年に米リップルへ出資し、5月に合弁のsbi ripple asiaを設立。出資比率は60%、リップル本体にも11.3%を出資して暗号資産事業の柱を築いた 手数料競争で証券収益が細るなか、ブロックチェーンを「金融を変える技術」と見定めた北尾吉孝氏が、米リップルへの11.3%の出資と出資比率60%の合弁、仮想通貨交換業への参入で暗号資産事業を第3の柱に据えた新規事業判断 インフラの層から先に押さえる この判断の芯は、暗号資産そのものへの投機ではなく、送金・取引・保管というインフラの層を先に押さえたことにあると推察される。合弁の出資比率60%は、技術を持つ相手に主導権を渡さず、アジアでの事業設計をsbi側に残すための比率であり、リップル本体への11.3%の出資は、その技術が国際送金の標準になったときに果実を受け取るための布石でもあった。国内の銀行を集約したコンソーシアムも、単独では動かない送金インフラの入れ替えを、業界の合意という形に載せ替えるための装置だったといえる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8593/decisions/hitachi-capital-alliance-2016/","t":"単なる業務提携にとどまらない、資本を伴う提携関係の構築","c":"三菱HCキャピタル","y":2016,"col":"#E60012","s":"縮む国内リース市場で単独の資産拡大が限界に達するなか、事業領域と地域の重なりが小さい日立系リース会社と資本関係を結び、経営統合を含む将来の選択肢を確保する","x":"2016 三菱hcキャピタル 日立キャピタルと業務提携 単なる業務提携にとどまらない、資本を伴う提携関係の構築 2016年5月に日立キャピタルとの業務提携で合意。三菱ufjリースはmufg・三菱東京ufj銀行・日立製作所と結び、日立が持つ日立キャピタル株の一部が移った 縮む国内リース市場で単独の資産拡大が限界に達するなか、事業領域と地域の重なりが小さい日立系リース会社と資本関係を結び、経営統合を含む将来の選択肢を確保する 少数出資という入口 4.2%という出資比率は、事業会社同士の提携としては軽い。資本の重みは三菱ufjフィナンシャル・グループの23.0%が担い、三菱ufjリースは業務提携の相手という立場で入った。この軽さは、日立が金融から手を引く速度と、リース2社が互いを測る速度がそろっていなかったことの表れにも見える。実際、提携から1年たっても両社の社長は具体的な案件を語れずにいた。 資本提携・政策保有 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8630/decisions/endurance-acquisition-2016/","t":"約6,831億円を投じた、最大の米国市場への橋頭堡の確保","c":"SOMPOホールディングス","y":2016,"col":"#db0011","s":"国内損保市場の頭打ちと海外買収競争での出遅れに対し、最大の米国スペシャルティ保険市場に橋頭堡を築いて収益源を分散する戦略的買収","x":"2016 sompoホールディングス 米エンデュランスの買収 約6,831億円を投じた、最大の米国市場への橋頭堡の確保 2016年10月に米エンデュランスの買収で合意。損保ジャパン日本興亜を通じてバミューダ籍の保険持株会社に6,288百万米ドル(約6,831億円)を投じ、2017年3月28日に100%を取得した 国内損保市場の頭打ちと海外買収競争での出遅れに対し、最大の米国スペシャルティ保険市場に橋頭堡を築いて収益源を分散する戦略的買収 出遅れを一手で埋めた買収の意味 この判断の中心にあるのは、主力を国内損保という成熟事業に置いたままでは、投資家が求めるroeの水準にも、世界の損保大型化の潮流にも追いつけないという危機感であった。有価証券報告書が掲げた目算は明快で、グループ全体に占める海外保険事業からの収益比率を12%から27%へ引き上げることにある。6,831億円という金額は、2017年3月期の親会社株主に帰属する当期純利益1,664億円のおよそ4年分にあたる。企業結合日が期末の3日前であったため、この期の損益には被取得企業の数字が1円も入っていない。買った資産だけが貸借対照表に載り、成果は翌期以降に持ち越された買収であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産"},{"k":"decision","u":"/tse/8750/decisions/holding-company-2016/","t":"保険本業の事業子会社への移管と、持株会社によるグループの統括","c":"第一ライフグループ","y":2016,"col":"#f08300","s":"上場で得た資本を海外・非保険へ拡大したグループを、事業会社（第一生命保険）と並列させて統括する持株会社体制へ移行し、グループ経営の骨格を整えた組織再編","x":"2016 第一ライフグループ 第一生命hdへ改称 保険本業の事業子会社への移管と、持株会社によるグループの統括 2016年10月に第一生命ホールディングスへ改称。国内生命保険事業を吸収分割で子会社の第一生命保険へ承継し、渡邉光一郎社長が持株会社体制と監査等委員会設置会社へ移った 上場で得た資本を海外・非保険へ拡大したグループを、事業会社(第一生命保険)と並列させて統括する持株会社体制へ移行し、グループ経営の骨格を整えた組織再編 体制を先に構築するという順番 この判断の性格は、新しい事業を買うことそのものより、事業を統括する体制を先に整えた点にある。承継した国内生命保険事業は単体の経常収益の99.7%を占め、分割した資産は35兆円を超えた。ほぼ会社そのものを子会社へ移し、残った法人を経営管理だけを担う会社に変えたことになる。会計上は共通支配下の取引で、損益にも資産にも痕跡は残らない。持株会社化は華やかな買収の陰に隠れやすい地味な一手である。だが、後年の非保険への広がりは、この土台がなければグループの構造として説明しにくかっただろう。 持株会社化・グループ再編 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8919/decisions/used-house-consolidation-2016/","t":"同業の全株取得による、中古住宅買取再販での首位規模の確保","c":"カチタス","y":2016,"col":"#0994DC","s":"年間の処理件数が経験と競争条件を決める買取再販で、自力の積み上げを待たずに同業を取得して規模を確保し、再上場に向けた事業構成を整えた","x":"2016 カチタス リプライスの完全子会社化 同業の全株取得による、中古住宅買取再販での首位規模の確保 2016年3月にリプライスを完全子会社にした。カチタスが中古住宅の買取再販を手がける同業株式を約40億円で取得し、両社の年間再販は約3,500戸 年間の処理件数が経験と競争条件を決める買取再販で、自力の積み上げを待たずに同業を取得して規模を確保し、再上場に向けた事業構成を整えた 仕入れ量の拡大と、量が意味を持つ事業 同業を買って順位を確かめる買収は珍しくない。この案件が目を引くのは、すでに2位に2,000戸の差をつけて首位にあった会社が、それでも量を買った点にある。買取再販では、扱った物件の数が値づけと工事範囲の判断に直接はね返る。順位を守るためではなく、判断の精度を上げるために件数を買ったとみると、40億円という金額の意味も変わってくる。同じ理屈が働かない業種で同じ買収をしても、これほど素直に数字へ結びついたかは分からない。 pmi・買収後統合 選択と集中 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/9142/decisions/impairment-and-listing-2016/","t":"鉄道資産の一括減損を先に済ませ、自立を前提に踏み切った東証一部への株式公開","c":"九州旅客鉄道","y":2016,"col":"#EE3534","s":"完全民営化を定める改正JR会社法と、整備新幹線の財源を求める国の事情という制度側の要請が先にあり、その条件として経営安定基金の処理と鉄道事業の財務整理が求められ…","x":"2016 九州旅客鉄道 経営安定基金の取崩しと上場 鉄道資産の一括減損を先に済ませ、自立を前提に踏み切った東証一部への株式公開 2016年10月に東京証券取引所第一部へ上場。前期に経営安定基金3,877億円を全額取り崩し、jrグループで4社目の完全民営化に至った 完全民営化を定める改正jr会社法と、整備新幹線の財源を求める国の事情という制度側の要請が先にあり、その条件として経営安定基金の処理と鉄道事業の財務整理が求められた 返さずに使い切るという答え 2015年の交渉で問われたのは、経営安定基金を国へ返すか手元に残すかではなく、何に使えば返したのと同じ効果が出るかであった。財務省は基金を返納して長期債務の返済に充てるべきだとし、唐池恒二会長は返せというなら上場はしないと応じる。決着は、返さずに全額を使い切る形になった。九州新幹線の使用料の一括前払いに2,205億円、長期借入金の返済に800億円、鉄道事業に872億円。年102億円の支払いが将来にわたって消えている。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9531/decisions/power-retail-entry-2016/","t":"電力小売全面自由化に合わせた家庭向け低圧電力販売への参入とガス・電気のセット販売","c":"東京ガス","y":2016,"col":"#0068B7","s":"電力小売の全面自由化（2016年4月）と都市ガス小売の全面自由化（2017年4月）が相次いで施行され、首都圏のガス市場に大手電力が参入することが決まった制度変更…","x":"2016 東京ガス ずっともプランで電力参入 電力小売全面自由化に合わせた家庭向け低圧電力販売への参入とガス・電気のセット販売 2016年4月に家庭向け電力販売へ参入。電力小売全面自由化に合わせ2015年12月にずっともプランを発表し都市ガスとセット販売 電力小売の全面自由化(2016年4月)と都市ガス小売の全面自由化(2017年4月)が相次いで施行され、首都圏のガス市場に大手電力が参入することが決まった制度変更を受け、電力販売への参入とセット販売によって既存のガス顧客をつなぎ止める形へ収益構造を組み替えた判断 電気を販売することは、ガスを守ることであった 新規事業として語られた電力小売への参入は、その裏返しとして、ガスの顧客を手放さないための先手でもあったのだろう。 隣接領域への展開 プライシング・価格政策 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9831/decisions/president-rotation-2016/","t":"創業者が社長を託しては引き取る、9年におよぶ交代と復帰の反復","c":"ヤマダホールディングス","y":2016,"col":"#004EA1","s":"創業者が会長として残ったまま社長を2度外部に近い人材へ託し、いずれも3年前後で引き取って自ら社長を兼ね、2025年に生え抜きの副社長へ引き継いだ承継の反復","x":"2016 ヤマダホールディングス 山田昇氏の三度の社長交代 創業者が社長を託しては引き取る、9年におよぶ交代と復帰の反復 2016年4月に桑野光正氏、2018年6月に三嶋恒夫氏が社長に就任し、いずれも3年前後で退いた。2021年9月に山田昇氏が社長へ復帰し、2025年4月に上野善紀氏へ引き継いだ 創業者が会長として残ったまま社長を2度外部に近い人材へ託し、いずれも3年前後で引き取って自ら社長を兼ね、2025年に生え抜きの副社長へ引き継いだ承継の反復 社長が空席になるのではなく、創業者が戻る 9年で4度という交代の速さよりも、交代のたびに椅子が創業者のもとへ戻る形のほうが、この会社の承継を言い当てているように思われる。桑野光正氏の2年2か月も三嶋恒夫氏の3年3か月も、任期の途中で終わったわけではない。だが両氏が退いたあと、社長の座は次の候補へ渡らず、会長のままの山田昇氏が兼ねた。2021年9月から2025年4月までの3年7か月は、後継が決まらないあいだの暫定ではなく、創業者が会長と社長とceoを一人で持つ体制そのものだった。承継とは、託す相手を選ぶことである以上に、託したあとに戻らないことなのだと、この反復は逆から示している。 トップ交代・承継 創業家・同族 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/9984/decisions/arm-acquisition-2016/","t":"IoT・AI時代を見据えた3.3兆円という過去最大規模の投資","c":"ソフトバンクグループ","y":2016,"col":"#757677","s":"IoTとAIの普及であらゆる機器に半導体が組み込まれる時代を見据え、その設計IPを供給するARMを過去最大規模で買収した技術主導の判断","x":"2016 ソフトバンクグループ 英arm買収で最大m&a iot・ai時代を見据えた3.3兆円という過去最大規模の投資 2016年7月18日に英armホールディングスの買付条件で合意。同年9月5日に支配を獲得し、取得原価3兆3,670億円で半導体設計ipの最大手を完全子会社化した iotとaiの普及であらゆる機器に半導体が組み込まれる時代を見据え、その設計ipを供給するarmを過去最大規模で買収した技術主導の判断 畑違いの優良企業を3.3兆円で買収するという賭け この買収の面白さは、通信・投資を本業とする会社が、半導体という畑違いの領域で、しかも赤字企業ではなく利益の出ている優良企業に過去最大の3兆3,670億円を投じた点にある。有報が並べた目的は、armのライセンス事業の地位を支え、イノベーションへの傾注を維持し、投資を拡大できるという、被取得企業の成長そのものに寄せたものであった。あらゆる機器に半導体が組み込まれる時代が来るなら、その設計を握る企業は関所のような位置を占める。arm買収は、その関所を先回りして押さえる賭けであった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 技術・r&d起点の勝負 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/1375/decisions/bain-tob-2015/","t":"投資ファンドの公開買付けへの賛同と、東証二部からの退出","c":"ユキグニファクトリー","y":2015,"col":"#E60012","s":"創業家が臨時株主総会の招集許可を得て取締役会の支配に近づくなか、TOBへの賛同で株主構成そのものを入れ替え、非公開化して再建に移る選択","x":"2015 ユキグニファクトリー ベインのtobで上場廃止 投資ファンドの公開買付けへの賛同と、東証二部からの退出 2015年2月にベインのtobで上場廃止。取締役会が1株245円・最大約95億円の株式公開買付けに賛同し、6月に東証二部から退いた 創業家が臨時株主総会の招集許可を得て取締役会の支配に近づくなか、tobへの賛同で株主構成そのものを入れ替え、非公開化して再建に移る選択 株式の6割を保有する株主を入れ替えるという解き方 創業家が6割の株式を持つ限り、株主総会が開かれるたびに取締役会は作り替えられた。2014年6月の定時株主総会がそれを実証し、2015年3月末までの臨時株主総会の招集許可は同じことの繰り返しを予告していた。鈴木克郎社長らが選んだのは、取締役の頭数を争うことではなく、株主そのものを入れ替えることであった。第四銀行が大平喜信元社長への融資の担保権を実行して担保株をtobに応募したことで、6割という壁は議決権の争いを経ずに崩れただろう。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 創業家・同族 外資傘下入り・対内m&a 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/1605/decisions/abudhabi-adco-40years-2015/","t":"アブダビ陸上油田の権益をめぐる異例の長期契約","c":"INPEX","y":2015,"col":"#363581","s":"1939年締結の利権契約が期限を迎え、ADCO鉱区の権益が国際指名入札にかけられたという外部制度上の契機に、資源自主開発比率の引き上げを掲げる政府の資源外交が重…","x":"2015 inpex adco権益を40年確保 アブダビ陸上油田の権益をめぐる異例の長期契約 2015年4月にadco権益を40年確保。国際石油開発帝石がアブダビ陸上鉱区の参加権益5%を取り、契約期間は2054年まで 1939年締結の利権契約が期限を迎え、adco鉱区の権益が国際指名入札にかけられたという外部制度上の契機に、資源自主開発比率の引き上げを掲げる政府の資源外交が重なった判断 半世紀の実績が生んだ長期権益 この決断の核心は、一度限りの入札戦術ではなく、1970年代から積み重ねてきた操業実績と、政府の資源外交が組み合わさって初めて動いた点にあると思われる。仏トタルに次ぐ枠を日本が得た背景には、中韓にはない現地での長年の信頼関係があったとみられ、40年という異例の契約期間は、単発の交渉力ではなく蓄積の結果として読み解ける。資源自主開発比率の引き上げという政府目標と、企業の権益獲得が同じ方向を向いた事例であったといえる。 海外進出・現地生産 中東"},{"k":"decision","u":"/tse/2121/decisions/hunza-acquisition-2015/","t":"モンスト一本足からの脱却を狙ったチケット売買事業への参入と、その閉鎖","c":"MIXI","y":2015,"col":"#F5A000","s":"単一タイトルへの収益集中を解くため、成長中のチケット2次流通事業を買収して第2の柱に据えようとした多角化","x":"2015 mixi フンザを115億円買収 モンスト一本足からの脱却を狙ったチケット売買事業への参入と、その閉鎖 2015年3月31日にフンザの全株式を取得原価11,573百万円で取得。チケットフリマのチケットキャンプを自社最高額で取り、ゲーム偏重の収益から抜ける一手 単一タイトルへの収益集中を解くため、成長中のチケット2次流通事業を買収して第2の柱に据えようとした多角化 分散を急いだ会社が、分散の作法を知るまで この買収の判断そのものは、当時の材料から見れば理解しやすい。単一タイトルへの収益集中を解くという課題は明確で、対象事業は現に伸びており、資金も潤沢であった。第三者委員会も、買収判断に関する調査方法・意思決定プロセスに特段の問題はなかったとしている。躓いたのは買うかどうかの判断より、買った後に何を見ておくべきかという部分にあっただろう。同委員会の報告は、管理体制そのものに問題があったとは認められないとしつつ、その運用面で必ずしも十分な情報共有が図られていたとは言えない点、フンザの経営判断にレピュテーションリスクへの配慮が不足していた面は否めない点を挙げている。チケット2次流通は利用者の利便と興行主・演者の意向が正面から衝突しうる事業であり、収益の伸びだけを追っていると、その衝突が事業の存続条件であることに気づきにくい。 隣接領域への展開 pmi・買収後統合 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/2292/decisions/aurora-packing-2015/","t":"買収による米国食肉処理拠点の二か所化と、現地生産体制の拡張","c":"S Foods","y":2015,"col":"#E00010","s":"米国での食肉処理能力を1拠点から2拠点へ増やし、高品位の米国産牛を自社で処理・ブランド化して国内とアジアへ供給する体制を構築した","x":"2015 s foods aurora packing買収 買収による米国食肉処理拠点の二か所化と、現地生産体制の拡張 2015年12月にaurora packing買収。エスフーズが子会社sfa inc.を通じ米イリノイ州の牛肉処理業者を取得し、取得原価は現金263百万円 米国での食肉処理能力を1拠点から2拠点へ増やし、高品位の米国産牛を自社で処理・ブランド化して国内とアジアへ供給する体制を構築した 2億6,300万円の値札が指していたもの この買収で支払った263百万円は、同じ期の連結売上高の0.1%にすぎない。受け入れた現金のほうが取得価額を上回り、差引では65百万円が入ってきている。もっとも値札が小さかったのは、相手が稼いでいたからではない。期首に完了したと仮定した影響額は売上高31,239百万円に対して営業利益△618百万円・経常利益△663百万円で、年商312億円を挙げながら損失を計上する会社であった。取得したのは利益ではなく、米国の産地で牛を処理し続けている設備とその場所である。1989年にネブラスカ州へ合弁で入ったときの動機が原料の入口を押さえることだったとすれば、2015年の選択はその入口を2つに増やし、等級の高い米国産牛を自社の名前で売る側へ回る手立てだっただろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 垂直統合・内製化 グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2432/decisions/nintendo-alliance-2015/","t":"相互出資を伴う、スマートデバイス向けゲームの共同開発への着手","c":"DeNA","y":2015,"col":"#79C7C9","s":"成熟したソーシャルゲーム事業の次の成長を世界的な任天堂の知的財産との共同開発に求め、業務提携を担保するために相互の株式持ち合いを重ねた資本業務提携","x":"2015 dena 任天堂との資本業務提携 相互出資を伴う、スマートデバイス向けゲームの共同開発への着手 2015年3月に任天堂と資本業務提携。自己株式15,081,000株を1株1,458円で任天堂へ割り当て、denaも任天堂株1,759,400株を引き受けて約220億円ずつを持ち合った 成熟したソーシャルゲーム事業の次の成長を世界的な任天堂の知的財産との共同開発に求め、業務提携を担保するために相互の株式持ち合いを重ねた資本業務提携 なぜ提携に、株の持ち合いまで重ねたのか この判断の核にあるのは、業務提携だけでは足りず、株式の持ち合いまで重ねた点にある。任天堂は世界で通用する知的財産を、denaはモバイル向けサービスの構築・運営の経験を、それぞれ相手に開いて見せる必要があった。互いの強みの源泉であるノウハウを預け合う関係は、契約書の条項だけでは守りにくい。長期的に強固な信頼関係を築くための相互出資は、簡単には離れられないという担保を資本の形で用意したものと読める。ほぼ同額を出し合った釣り合いは、どちらかが優位に立つ支配ではなく、対等な協働を意図した設計であった。 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/2607/decisions/holding-company-2015/","t":"純粋持株会社への移行と、事業会社との役割の区分","c":"不二製油","y":2015,"col":"#44AF35","s":"拡大した海外拠点網を地域ごとに自立して動かすため、事業執行を子会社へ移管し、本社をグループ経営に専念させた組織の組み替え","x":"2015 不二製油 不二製油グループ本社へ改称 純粋持株会社への移行と、事業会社との役割の区分 2015年10月に不二製油グループ本社へ改称。新設分割で事業会社を切り出し同年6月にはブラジルのハラルド社も買収 拡大した海外拠点網を地域ごとに自立して動かすため、事業執行を子会社へ移管し、本社をグループ経営に専念させた組織の組み替え 体制を替えることで何が動き、何が動かなかったか この移行で不二製油が手放したのは、本社が個別の事業判断を握るという前提であったのだろう。地域統括会社に権限を渡し、各エリアが自分で買い、自分で建てる体制にしたことで、ブラジル・マレーシア・オーストラリア・米国と続く買収の速度は確かに上がった。売上高は10年で2.5倍近くになっている。組織の形を先に替え、そこへ案件を通していく順序で動いた点に、清水洋史社長が掲げた10年の工程表との整合がうかがえる。 持株会社化・グループ再編 グローバル経営体制 クロスボーダーm&a(日本→海外) 中南米"},{"k":"decision","u":"/tse/2810/decisions/ichibanya-acquisition-2015/","t":"買収を足がかりにした外食事業への進出と、川下への広がり","c":"ハウス食品グループ本社","y":2015,"col":"#E60012","s":"家庭内調理の縮小に対し、消費者と直接接する外食を子会社化して需要を確かめ、海外ではルウと店舗を組み合わせてカレー文化を普及させるための買収","x":"2015 ハウス食品グループ本社 壱番屋をtobで買収 買収を足がかりにした外食事業への進出と、川下への広がり 2015年10月に壱番屋をtobで買収。カレーハウスcoco壱番屋の1株6,000円で最大301億2,660万円を投じ議決権51.00%へ 家庭内調理の縮小に対し、消費者と直接接する外食を子会社化して需要を確かめ、海外ではルウと店舗を組み合わせてカレー文化を普及させるための買収 製造する会社が、販売の場を持つということ この買収には、二つの性格が重なっていると推察される。ひとつは食品メーカーによる川下への進出であり、家庭で作られる回数が減るなら、外で食べられる場を自ら押さえるという判断にあたる。もうひとつは事業承継の受け皿としての役割で、話はハウス食品からではなく、創業者の意向を携えた壱番屋の側から持ち込まれた。40年にわたってルウを納め続けた関係があったからこそ、渡す相手としてハウス食品が選ばれた。取引の積み重ねが買収の入口になった例といえる。 pmi・買収後統合 垂直統合・内製化 グローバル経営体制 中国・香港 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/2914/decisions/american-spirit-acquisition-2015/","t":"米国外の商標権と販売会社9社の約5,922億円での取得による高価格帯の柱づくり","c":"JT","y":2015,"col":"#00A273","s":"縮小する国内たばこ市場と成熟する海外市場のもとで、成長するブランドを買収して利益成長を確保する","x":"2015 jt ナチュラル・アメリカン・スピリット買収 米国外の商標権と販売会社9社の約5,922億円での取得による高価格帯の柱づくり 2015年9月にレイノルズ・アメリカンと契約し、ナチュラル・アメリカン・スピリットの米国外たばこ事業を取得した。取得価額は約50億米ドル(約5,922億円)で、2016年1月13日に取得を完了している。 縮小する国内たばこ市場と成熟する海外市場のもとで、成長するブランドを買収して利益成長を確保する ブランドを取得するということ この買収で買ったのは事業ではなく、ほとんど商標そのものであった。受け入れた資産324,232百万円のうち商標権が180,471百万円を占め、工場も設備もほぼ含まれない。米国外の販売数量の過半を日本が占めるため、のれんと商標権はどちらも海外たばこ事業ではなく国内たばこ事業に積まれた。つまりこれは海外展開の話ではなく、縮んでいく国内市場でシェアを買う取引だったと読むべきだと思われる。事実、2016年12月期の販売数量は前年から2.8%減りながら、シェアだけが59.9%から61.1%へ上がっている。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3186/decisions/superstore-format-2015/","t":"大型ワンストップ店フォーマットへの転換と、借入による規模拡大","c":"ネクステージ","y":2015,"col":"#0068B7","s":"実車を見たい需要と在庫の幅で集客・付帯販売を最大化する大型ワンストップ店へ店舗を転換し、用地・建屋の取得を借入で賄って規模を一気に拡大する戦略","x":"2015 ネクステージ 名古屋茶屋店を開業 大型ワンストップ店フォーマットへの転換と、借入による規模拡大 2015年に名古屋茶屋店を開業。広田靖治社長が敷地1500坪から4000坪の大型ワンストップ店を、借入を膨らませて全国へ展開する 実車を見たい需要と在庫の幅で集客・付帯販売を最大化する大型ワンストップ店へ店舗を転換し、用地・建屋の取得を借入で賄って規模を一気に拡大する戦略 借入で規模を拡大するという設計 この判断の核心は、2005年のクロスセルで作った収益モデルを、大型店への転換によって規模へ変えた点にある。クロスセルが1台あたりの粗利をどこに置くかという収益の質の設計だったのに対し、2015年からの大型店化は、店舗をどこまで広げ、その資金をどう賄うかという規模と財務の設計であった。広田靖治社長は、用地と建屋の取得を借入で賄い、自己資本比率の低下を受け入れてでも、成長の速度を優先した。財務レバレッジを引き上げて規模を買う判断であっただろう。 収益モデル転換 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/3382/decisions/gms-retreat-2015/","t":"祖業として続けてきた総合スーパー事業からの段階的な撤退戦","c":"セブン&アイHD","y":2015,"col":"#EF8203","s":"成熟したGMS市場で不振が続く祖業スーパーの不採算店を整理し、収益性の高い業態へ資源を集中する構造改革","x":"2015 セブン&アイhd イトーヨーカ堂40店閉鎖 祖業として続けてきた総合スーパー事業からの段階的な撤退戦 2015年10月にイトーヨーカ堂40店閉鎖。5年で不振店を畳み本部人員も3割削り、コンビニ最高益の裏で祖業のgmsを縮める 成熟したgms市場で不振が続く祖業スーパーの不採算店を整理し、収益性の高い業態へ資源を集中する構造改革 祖業を手放すまでの十年 2015年の40店閉鎖は、祖業スーパーの縮小に数値の目標を初めて据えた点で、一つの転換点であった。長年ヨーカ堂に改革を迫り続けた鈴木会長にとって、これは立て直しの総仕上げのつもりであったと思われる。だが結果として業績は営業赤字へと沈み、縮小の緩慢さは資本市場の不信を招いて、皮肉にも改革を主導した当人の退場を早める一因になった。効率を追う小売業の論理が、創業以来の求心力よりも前に立った場面であったのだろう。 リストラ・構造改革 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/3407/decisions/kuiuchi-gizou-2015/","t":"子会社・旭化成建材での発覚を受けた全国物件の自主調査と開示","c":"旭化成","y":2015,"col":"#005BAB","s":"住民の気づきと自治体・国土交通省の調査要請という外部からの問題提起を受け、旭化成グループが自ら全件調査と結果公表に踏み切った対応","x":"2015 旭化成 杭打ちデータ偽装 子会社・旭化成建材での発覚を受けた全国物件の自主調査と開示 2015年10月に杭打ちデータ改ざんが発覚。横浜市のマンションの傾きを端緒に、子会社の旭化成建材が過去10年の杭工事3000件超を全件調査した 住民の気づきと自治体・国土交通省の調査要請という外部からの問題提起を受け、旭化成グループが自ら全件調査と結果公表に踏み切った対応 開示という選択がもたらしたもの この決断の核心は、住民が気づいた小さな傾きを一現場の逸脱として処理せず、旭化成グループが自ら過去10年・3,052件という規模まで調査の網を広げ、途中経過も含めて数字を公表し続けた点にあっただろう。流用等の判明件数が調査のたびに積み上がっていった過程は、外部からは\"後出し\"に映りかねないものであったが、隠して後に露見するよりも、都度公表して批判を受け止める方を選んだ結果でもあった。北海道での別事案の発覚が示すように、問題は一人の現場代理人の資質にとどまらず、重層下請けと大臣認定工法という業界の構造に根差していた。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/3415/decisions/made-in-japan-spa-2015/","t":"海外輸入が主流の業界での逆張り——全量国産・高原価率の自主企画SPA","c":"TOKYO BASE","y":2015,"col":"#333333","s":"海外輸入が主流の業界で逆張りし、全量国産・高原価率の自主企画ブランドを立ち上げて、都心集中・中価格帯・ファン層重視のグローバルニッチ戦略の中核に据えた判断","x":"2015 tokyo base united tokyo業態開始 海外輸入が主流の業界での逆張り——全量国産・高原価率の自主企画spa 2015年3月に高原価率の国産ブランドを投入。tokyo baseが輸入主流の業界で全量国産の自主企画united tokyoを主力事業とした 海外輸入が主流の業界で逆張りし、全量国産・高原価率の自主企画ブランドを立ち上げて、都心集中・中価格帯・ファン層重視のグローバルニッチ戦略の中核に据えた判断 逆張りを事業モデルにする この判断の核心は、業界の常識の逆を、思いつきではなく事業モデルとして組み上げた点にある。海外の良品を輸入し、原価を抑えて粗利を取るのが主流のアパレルで、tokyo baseは日本でつくり、原価率を50%まで上げ、製造県までタグに示した。集める店からつくる店へ、輸入から輸出へ、低原価から高原価へ。谷正人氏が重ねた逆張りは、いずれも\"日本発を世界へ\"というミッションから一貫して導かれており、単なる差別化のための奇策ではなかった。 高付加価値化・プレミアム 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/3465/decisions/listing-and-regional-rollup-2015/","t":"東証2部への上場と1年での1部指定、調達資金を同業の取り込みに振り向けた全国展開","c":"ケイアイスター不動産","y":2015,"col":"#F03333","s":"人口減少で住宅着工が減ると自ら予測するなか、公開会社としての信用と調達力を得たうえで地場の住宅会社を連続して子会社化し、1都4県から全国へ商圏を拡大した面的な成…","x":"2015 ケイアイスター不動産 地場住宅会社を連続買収 東証2部への上場と1年での1部指定、調達資金を同業の取り込みに振り向けた全国展開 2015年12月にケイアイスター不動産が東証二部へ上場。翌2016年12月に一部へ指定され、地場の住宅会社を続けて子会社化した 人口減少で住宅着工が減ると自ら予測するなか、公開会社としての信用と調達力を得たうえで地場の住宅会社を連続して子会社化し、1都4県から全国へ商圏を拡大した面的な成長戦略 得たのは資金ではなく信用であった 上場で得た資金で地方の同業を買い集めた、と読むと順序が合わない。公募増資で増えた資本金と資本剰余金は合わせて11億6,550万円にすぎず、その後の買収を賄える額ではなかった。効いたのは金額よりも、公開会社という立場そのものであっただろう。事業を託す側から見れば、相手が東証二部、1年後には第一部の会社であり、有価証券報告書にm&aによる業容拡大を書いていることが、地場で築いた会社を手放す判断を支える材料になる。 上場・ipo・市場変更 連続買収・ロールアップ 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/3612/decisions/restructuring-2015/","t":"大規模な構造改革による店舗網の縮小と、不採算ブランドの廃止","c":"ワールド","y":2015,"col":"#002246","s":"ファストファッションの挟撃と重い固定費・有利子負債のなか、外部出身の上山健二社長が400〜500店の閉鎖と不採算ブランドの廃止・希望退職で固定費を落とし、定価販…","x":"2015 ワールド ファストファッション時代の500店閉鎖 大規模な構造改革による店舗網の縮小と、不採算ブランドの廃止 2015年5月にワールドが約500店の閉鎖を決定。外部出身の上山健二社長が不採算ブランドの廃止と希望退職で固定費を落とした ファストファッションの挟撃と重い固定費・有利子負債のなか、外部出身の上山健二社長が400〜500店の閉鎖と不採算ブランドの廃止・希望退職で固定費を落とし、定価販売率の改善と合わせて収益力を回復させた構造改革 売上を追うのをやめる、という選択 この判断の核心は、財務が破綻に瀕したための緊急避難ではなく、売上を積み上げること自体を目的にしてきた経営のかたちへ、外から来た経営者が正面から手を入れた点にある。多くのブランドと店舗を抱えて規模を競う戦い方は、ファストファッションが台頭するなかで利益を細らせていた。痛みを伴う縮小へ踏み込めた背景には、創業家の系譜を離れた社長だからこそ、過去の拡大路線への遠慮が薄かったという事情もうかがえる。 リストラ・構造改革 経営再建・ターンアラウンド 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/3769/decisions/smfg-alliance-2015/","t":"約80億円の第三者割当増資による大手金融グループの資本受け入れ","c":"GMOペイメントゲートウェイ","y":2015,"col":"#005BAC","s":"銀行の顧客基盤と決済インフラに接続するため、メガバンクを株主に迎えたうえで合弁会社を設立し、EC決済の外側へ販路を拡大した判断","x":"2015 gmoペイメントゲートウェイ 三井住友fgとの資本提携 約80億円の第三者割当増資による大手金融グループの資本受け入れ 2015年6月に三井住友fgと資本業務提携。三井住友銀行とgmoインターネットを割当先とする第三者割当増資で約80億円を調達した 銀行の顧客基盤と決済インフラに接続するため、メガバンクを株主に迎えたうえで合弁会社を設立し、ec決済の外側へ販路を拡大した判断 3.36%という距離のとり方 この提携で目を引くのは、銀行に渡した株式の少なさである。三井住友銀行の持株比率は3.36%で、親会社のgmoインターネットは51.65%を保った。資本の関係を薄く保ったまま、業務の実体は別会社の合弁へ移し、その合弁では逆に銀行が8割を握る。どちらの側も相手に主導権を渡さずに済む配分で、提携の重みは株式ではなく、合弁が扱う加盟店の側に置かれていた。 資本提携・政策保有 資金調達・財務戦略 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/3923/decisions/rignite-exit-2015/","t":"米国子会社の全株式売却によるSNSマーケティング事業の打ち切り","c":"ラクス","y":2015,"col":"#EA6F00","s":"米国での直営サービス運営を畳み、成長サービスへの集中と国内クラウド事業の拡大に経営資源を振り向けるための事業整理","x":"2015 ラクス rigniteの譲渡撤退 米国子会社の全株式売却によるsnsマーケティング事業の打ち切り 2015年1月に米子会社rigniteの全株式を譲渡。ラクスが2011年4月に設けた米国拠点を畳み、snsマーケティング支援の自社運営をやめた 米国での直営サービス運営を畳み、成長サービスへの集中と国内クラウド事業の拡大に経営資源を振り向けるための事業整理 602万7千円という値札 2011年にシリコンバレーへ置いた100%子会社の販売拠点を、中村崇則社長は上場を11か月後に控えた時点で602万7千円で手放した。単体には関係会社株式売却損1億1,922万円が残り、4年近く入れてきた資金は株式としては戻っていない。子会社名をサービス名と同じrigniteへ改め、拠点をマウンテンビュー市へ移した2012年8月から2年5か月での撤退であった。ceoであった松嶋祥文氏を戦略企画部長として国内へ戻した人事に、販売機能を海外に置かないという結論が表れている。 事業売却・撤退 海外撤退・縮小 選択と集中 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4061/decisions/dpe-chloroprene-acquisition-2015/","t":"三井物産との共同出資によるクロロプレンゴム事業の取り込みと、米国合弁会社の設立","c":"デンカ","y":2015,"col":"#053E8A","s":"クロロプレンゴムを青海工場の1拠点だけで生産する供給体制の弱みを、主要ユーザーが多い北米にブタジエン法の第2拠点を開設することで補い、世界トップシェアの維持を確…","x":"2015 デンカ dupont事業の譲受 三井物産との共同出資によるクロロプレンゴム事業の取り込みと、米国合弁会社の設立 2014年12月にデュポンの事業譲受。電気化学工業(現デンカ)が三井物産と米国にdenka performance elastomerを設け、取得原価10,411百万円でクロロプレンゴム事業を引き継ぐ クロロプレンゴムを青海工場の1拠点だけで生産する供給体制の弱みを、主要ユーザーが多い北米にブタジエン法の第2拠点を開設することで補い、世界トップシェアの維持を確実なものにしようとした判断 取得した設備に付いていたもの 買った工場には、1931年にこの合成ゴムを世に出した会社の名前が付いていた。1962年に独自技術で後から参入した側が、53年後に元祖の設備と約235名の従業員を引き取る——象徴としては申し分がない。もっとも有報が書いた狙いは奪取ではなく維持で、クロロプレンゴムの世界トップシェア維持を確実なものとすべく北南米市場の開拓を強化する、という位置づけであった。青海1拠点という供給体制の弱みを突く選択であり、判断の筋は通っていたとみられる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 海外撤退・縮小 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4194/decisions/luxa-ec-divestiture-2015/","t":"EC事業の分社と、通信大手への売却による非中核事業の整理","c":"ビジョナル","y":2015,"col":"#333333","s":"創業まもない時期にHR領域の外で育てたEC「LUXA」を、自社で伸ばす道ではなく相性のよいKDDIへ全株売却し、得た特別利益と経営資源を転職・採用のHR本業へ再…","x":"2015 ビジョナル ルクサをkddiへ売却 ec事業の分社と、通信大手への売却による非中核事業の整理 2015年4月にルクサをkddiへ売却。ビズリーチが2010年に始めたアウトレット型ecのルクサを分社し、同年10月に株式譲渡を完了 創業まもない時期にhr領域の外で育てたec「luxa」を、自社で伸ばす道ではなく相性のよいkddiへ全株売却し、得た特別利益と経営資源を転職・採用のhr本業へ再集中した事業売却 飛び地を畳むということ この売却を、本業に集中するための飛び地事業の整理と読むだけでは、事の半分しか見ていないことになる。ルクサは村田聡氏が4年で200人規模へ育て、上場も見えていた事業であった。それを自社で伸ばしきる道ではなく、より相性のよいkddiへ託す道を選んだところに、この判断の芯がある。育てた事業をどこで手放すかを見極め、得た資金を本業の勝負どころへ回す——ビズリーチはその資源の配分を、創業まもない時期に一度やってのけたのだろう。 事業売却・撤退 飛び地・非関連多角化 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/4568/decisions/oncology-pivot-2015/","t":"複眼経営を捨て、がんに特化する——中山讓治氏の選択と集中","c":"第一三共","y":2015,"col":"#00A4E2","s":"海外後発薬と新薬の二正面作戦を断念し、サン・ファーマ株の売却で得た資金を自社ADCなどの新薬・がん領域へ集中させることで、単品依存と複眼経営の行き詰まりから抜け…","x":"2015 第一三共 ランバクシー子会社化解消 複眼経営を捨て、がんに特化する——中山讓治氏の選択と集中 2015年3月にサン・ファーマ株を全売却。海外後発薬から退き、中山讓治社長兼ceoのもとで新薬とがん領域へ資源を振り向けた第一三共 海外後発薬と新薬の二正面作戦を断念し、サン・ファーマ株の売却で得た資金を自社adcなどの新薬・がん領域へ集中させることで、単品依存と複眼経営の行き詰まりから抜け出そうとした全社の選択と集中 掲げるより畳むほうが難しい この転換の要点は、新しい領域へ打って出た積極性よりも、広げた事業をどこまで手放せるかという撤退の徹底にあっただろう。ランバクシーで嫌ったはずの単品依存や巨額投資のリスクは、後発薬を続けても新薬に絞っても形を変えて残った。中山讓治社長は、競争劣位に立ちやすい二正面作戦を畳み、得意領域へ資源を配分する道を選んだ。四つの柱を掲げて広げた経営を自ら巻き戻す判断は、掲げるより畳むほうが難しいという経営の機微を示しているようにもみえる。 選択と集中 海外撤退・縮小 祖業・主力事業の転換 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/4689/decisions/askul-consolidation-2015/","t":"対価を払わずに得た支配と、抱えた親子上場の統治問題","c":"LINEヤフー","y":2015,"col":"#FF0033","s":"アスクルの自己株式取得で議決権比率が41.7%から44.4%へ上がり、ヤフーは追加の対価を払わずに実質的な支配を獲得。既保有持分の再測定益59,696百万円を計…","x":"2015 lineヤフー アスクルの連結子会社化 対価を払わずに得た支配と、抱えた親子上場の統治問題 2015年5月にアスクルが自己株式取得を決議し、8月27日にヤフーの連結子会社となった。議決権比率は41.7%から44.4%へ上がり、既保有持分の再測定で596億円の利益を計上した アスクルの自己株式取得で議決権比率が41.7%から44.4%へ上がり、ヤフーは追加の対価を払わずに実質的な支配を獲得。既保有持分の再測定益59,696百万円を計上し、のれんと無形資産を含むアスクルの資産・負債をifrs上の連結へ取り込んだ資本判断 買収によらない支配 この判断の芯は、支配が買われたのではなく、相手の資本政策によって相対的に生じた点にある。アスクルの自己株式取得でヤフーの議決権比率は41.7%から44.4%へ動き、過半数に満たないまま実質的な支配が認定された。追加の対価を払わないまま、アスクルの資産と負債は連結へ取り込まれ、既保有持分の再測定によって59,696百万円の利益まで計上されている。買収価格をめぐる交渉を経ずに連結の果実だけが手に入る形で、資本の論理としては極めて効率がよかったといえる。 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/4980/decisions/relisting-pe-exit-2015/","t":"東証一部への再上場と、PEファンドによる保有株式の売却","c":"デクセリアルズ","y":2015,"col":"#005582","s":"ソニーからカーブアウトした素材事業を保有するPEファンド（日本政策投資銀行・ユニゾン・キャピタル）が、2012年のカーブアウト時から見込んでいた投資回収の出口と…","x":"2015 デクセリアルズ ユニゾン・キャピタルが投資回収 東証一部への再上場と、peファンドによる保有株式の売却 2015年7月に東証一部へ株式を再上場。ソニーケミカルの上場廃止から15年ぶりで、カーブアウトを担ったファンドが投資を回収した ソニーからカーブアウトした素材事業を保有するpeファンド(日本政策投資銀行・ユニゾン・キャピタル)が、2012年のカーブアウト時から見込んでいた投資回収の出口として、2015年7月にデクセリアルズを東証一部へ再上場させ、保有株の売却を進めた資本政策 ファンドの回収と、会社の実力証明 この再上場を、peファンドの成功した出口という言葉だけで読むと芯を外す。ファンドは2012年のカーブアウトの時点から新規上場を投資回収の道筋に据えており、2015年の再上場はその設計どおりに実った。ただ、出口を果たした時点でのデクセリアルズは、ソニーの素材子会社という来歴を抱えたまま、独立企業として市場に何を約束できるかをまだ示せていなかった。 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/5233/decisions/us-west-coast-2015/","t":"西海岸でのレディング工場の取得と、生コン・骨材までの追加買収","c":"太平洋セメント","y":2015,"col":"#004098","s":"国内セメント需要が4割減るなかで、リーマンショック後に5年続けて赤字を計上した米国事業から撤退せず、西海岸5州でセメント工場・生コン・骨材を追加取得して国内に次…","x":"2015 太平洋セメント 米でオログランデ工場取得 西海岸でのレディング工場の取得と、生コン・骨材までの追加買収 2015年8月に米でオログランデ工場取得。米カリフォルニア・ポルトランド・セメントを足場に、2022年のレディング工場まで取得を重ねた 国内セメント需要が4割減るなかで、リーマンショック後に5年続けて赤字を計上した米国事業から撤退せず、西海岸5州でセメント工場・生コン・骨材を追加取得して国内に次ぐ収益源へ育てた海外投資 赤字の5年を挟んで、投資額が増えていった 2009年から2013年まで、カルポルトランドは5年続けて営業赤字を計上した。営業利益率がマイナス20%に達した事業を畳まず、そのあとで4億2000万ドル、2億5000万ドル、7億1200万ドルと投じる額を増やしていったところに、この判断の芯がある。 グローバル経営体制 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6098/decisions/australia-staffing-acquisition-2015/","t":"相次ぐ取得による、北米・欧州に続くアジア太平洋の人材派遣基盤の確保","c":"リクルートHD","y":2015,"col":"#006EBC","s":"北米・欧州で組み上げた海外人材派遣の型をアジア太平洋へ延ばすため、豪州のPeoplebankとChandler Macleodを3か月のあいだに相次いで全株取得…","x":"2015 リクルートhd chandler macleodなど豪州2社を買収 相次ぐ取得による、北米・欧州に続くアジア太平洋の人材派遣基盤の確保 2015年1月に豪州の人材派遣会社2社の取得を決めた。peoplebank holdingsを取得原価101億97百万円で取得し、chandler macleodは290百万豪ドル(約267億円)で同年4月に子会社とした 北米・欧州で組み上げた海外人材派遣の型をアジア太平洋へ延ばすため、豪州のpeoplebankとchandler macleodを3か月のあいだに相次いで全株取得し、上場で得た資金を投じて同地域の派遣基盤を一度に押さえた買収 3か月で2社を買収した理由 二つの買収は別々の案件でありながら、有価証券報告書の説明はほとんど同じ文で始まる。2010年の米the csi companies買収で国内の経営手法が海外でも応用可能と判断し、2011年に米欧へ広げ、その展開の速度と規模をさらに高める先として豪州を選んだ、という筋である。同じ理由づけを二度書いたということは、この2社が個別の投資判断というより、地域を一つ埋めるための一組として扱われていたことを示している。1月14日にchandler macleodの取得を決め、1月30日にpeoplebankの株式を取得したという日付の近さも、それを裏づけている。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ グローバル経営体制 オセアニア 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/6178/decisions/ipo-2015/","t":"親子3社を一度に市場へ出す最後の大型民営化","c":"日本郵政","y":2015,"col":"#ee2737","s":"郵政民営化法に基づく政府保有株の放出と、東日本大震災の復興財源確保という外部要請のもとで進められた3社同時上場","x":"2015 日本郵政 ゆうちょ・かんぽ同時上場 親子3社を一度に市場へ出す最後の大型民営化 2015年11月に3社が同時上場。日本郵政と完全子会社のゆうちょ銀行・かんぽ生命保険が東証一部に並ぶ親子上場へ踏み切った 郵政民営化法に基づく政府保有株の放出と、東日本大震災の復興財源確保という外部要請のもとで進められた3社同時上場 民営化の到達点と、残された課題 3社同時上場は、小泉政権以来の郵政民営化に一つの区切りをつける出来事であった。国が全株を握る特殊会社を、純粋持株会社と金融2社を統括したまま市場へ出し、復興財源という国民的な大義に結びつけた設計は、政治と財政と資本市場の要請を一つのスキームに畳み込む試みであったと推察される。初日に3社が公開価格を上回ったことは、少なくとも売り出しの段階では、その綱渡りが成功裏に着地したことを示している。 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/6178/decisions/toll-acquisition-2015/","t":"国際物流への進出と、そのつまずきとしての巨額減損","c":"日本郵政","y":2015,"col":"#ee2737","s":"国内郵便の構造的な縮小と上場を控えた成長ストーリーの確保のため、豪トールを買収して国際物流へ進出したが、のち巨額減損と事業譲渡に至った戦略判断","x":"2015 日本郵政 豪トールを買収 国際物流への進出と、そのつまずきとしての巨額減損 2015年2月に豪トールを買収。日本郵政が日本郵便を通じて豪州の物流大手を取得原価6,093億円で取得し、2017年3月期に4,003億円の減損損失を計上した 国内郵便の構造的な縮小と上場を控えた成長ストーリーの確保のため、豪トールを買収して国際物流へ進出したが、のち巨額減損と事業譲渡に至った戦略判断 成長を「買う」ことの代償 この買収を振り返ると、時間を金で買う海外m&aが、買う側の準備不足を容赦なく突く取引であったことがみてとれる。国内郵便の縮小という重い現実を前に、上場を控えた日本郵政は成長の絵を外に求めた。豪州の物流大手を丸ごと取り込めば、成熟した本業の外側に新しい事業が立つように見えた。だが資源ブームの追い風を前提にした事業価値は、ブームが去れば一気にしぼんだ。受け入れた資産と引き受けた負債の純額を474,454百万円も上回る値づけには、成長を急ぐ側の期待が過剰に織り込まれていたと推察される。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 海外撤退・縮小 オセアニア"},{"k":"decision","u":"/tse/6361/decisions/nomination-committee-transition-2015/","t":"監査役会を畳み、執行への権限委任と社外取締役の監督に組み替える機関設計の転換","c":"荏原製作所","y":2015,"col":"#F01830","s":"監督機能の強化と透明性の向上、執行への権限委任による競争力強化、海外から理解されやすい体制の構築を理由に、監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移り、法定の…","x":"2015 荏原製作所 指名委員会等設置会社へ移行 監査役会を畳み、執行への権限委任と社外取締役の監督に組み替える機関設計の転換 2015年6月に監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行した。取締役会は14名のうち独立社外取締役が7名を占め、監査役会に代えて監査委員会を設置し、剰余金の配当の決定も定款の変更で取締役会へ移管している 監督機能の強化と透明性の向上、執行への権限委任による競争力強化、海外から理解されやすい体制の構築を理由に、監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移り、法定の三委員会と執行役の体制へ組み替えた 監督を厚くし、執行を薄くする この移行で荏原が選んだのは、監督と執行のどちらに人を置くかという配分の組み替えだったとみられる。掲げた三つの理由のうち二つ目は「業務執行権限の拡大」であり、監督を強めることと執行を自由にすることが同じ決断のなかに並んでいる。監査役会という助言も議決権も持たない機関を畳み、監査を議決権のある取締役の仕事に変える一方で、日々の執行は取締役会が決めた基本方針の範囲で執行役へ委ねる。監督の実効を上げるためには執行を切り離すしかない、という割り切りがここにはあらわれている。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6370/decisions/overseas-chemical-rollup-2015/","t":"欧州の水処理薬品事業の丸ごとの譲り受けと、続く北米買収による海外事業の拡大","c":"栗田工業","y":2015,"col":"#0069C8","s":"国内需要の縮小に対し、海外子会社の自己資金による成長を待つ従来の海外政策を改め、親会社の資金で欧州・北米の水処理薬品事業を相次いで取得して収益源を分散させた投資","x":"2015 栗田工業 独bkギウリニの取得 欧州の水処理薬品事業の丸ごとの譲り受けと、続く北米買収による海外事業の拡大 2015年1月に独bkギウリニの取得。栗田工業が水処理薬品など3事業を取得原価323億17百万円で譲り受け、2017年に米フレモント、2019年に米u.s.ウォーターも傘下へ 国内需要の縮小に対し、海外子会社の自己資金による成長を待つ従来の海外政策を改め、親会社の資金で欧州・北米の水処理薬品事業を相次いで取得して収益源を分散させた投資 買収できたもの、できなかったもの 一連の買収を水ビジネスの世界化に沿った当然の動きと括ると、この判断の性質を取り逃がす。栗田工業が長く守ってきたのは、海外子会社が自ら稼いだ範囲で投資するという慎ましい海外政策であり、323億17百万円を一度に払って欧州の事業と人と拠点を丸ごと引き取る買い方は、その正反対にあたる。国内の顧客の工場に入り込んで技術を磨いてきた会社が、密着すべき相手をまず資本で確保する方法へ乗り換えたところに、この判断の芯があるだろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ pmi・買収後統合 グローバル経営体制 欧州 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6460/decisions/sega-restructuring-2015/","t":"事業会社の機能別3社への分割と、施設運営事業の切り離し","c":"セガサミーホールディングス","y":2015,"col":"#0082CA","s":"収益構造も投資判断の時間軸も異なる家庭用ゲーム・アーケード・店舗運営を機能別に分社化し、資産効率の低い施設運営を段階的に切り離した構造改革","x":"2015 セガサミーホールディングス アミューズメント施設撤退 事業会社の機能別3社への分割と、施設運営事業の切り離し 2015年4月にセガを3社へ新設分割。家庭用ゲーム・アーケード・施設運営に分割し、セガホールディングスなど3社を設立 収益構造も投資判断の時間軸も異なる家庭用ゲーム・アーケード・店舗運営を機能別に分社化し、資産効率の低い施設運営を段階的に切り離した構造改革 見えるようにした事業から、先に外れた 2015年4月の新設分割で変わったのは、組織図よりも損益の見え方であった。家庭用ゲーム、業務用機器、施設運営は、必要な資産も投資の回収にかかる時間も違う。一社に同居していたあいだ、店舗の賃料と人件費を抱える商売の重さは、家庭用の開発費やアーケードの製造原価と混ざって決算書に載っていた。三つを別会社へ立てた再編は、それぞれの売上と費用と資産を別々の決算書へ分けて置く作業にあたる。 リストラ・構造改革 分社・スピンオフ・子会社上場 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/6481/decisions/trw-ls-acquisition-2015/","t":"欧米にまたがる事業の引き受けによる海外基盤の獲得","c":"THK","y":2015,"col":"#CD1B2F","s":"リズム買収で生まれた輸送用機器事業を、欧州と北米の生産・開発拠点ごと引き取ることで、日米欧の完成車メーカーへ直接供給できる体制へ拡充した判断","x":"2015 thk trwのl&s事業譲受 欧米にまたがる事業の引き受けによる海外基盤の獲得 2015年8月にtrwのl&s事業を譲受。trw automotiveから欧州と北米のリンケージ事業を現金49,330百万円で得て、のれん13,235百万円を計上した リズム買収で生まれた輸送用機器事業を、欧州と北米の生産・開発拠点ごと引き取ることで、日米欧の完成車メーカーへ直接供給できる体制へ拡充した判断 493億円で得たのは、時間と工場 2015年の判断は、2007年に置いた二本目の柱を欧米へ伸ばす一手であった。買ったのは4社の株式と事業、そして欧米の完成車メーカーとの取引関係で、49,330百万円の対価のうち13,235百万円がのれん、20,097百万円が顧客関連資産として配分されている。買った中身の3分の2が、工場や在庫ではなく「これから稼ぐはずの関係」であった。設備投資の波で上下する産業機器に、自動車の生産台数という別の波を組み合わせれば、連結の振れは小さくなる。その読みは、売上高の面では初年度から数字に表れている。輸送用機器関連部門の外部売上高は52,956百万円から、通年で連結した2017年3月期には109,266百万円へ倍増した。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 隣接領域への展開 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6501/decisions/ansaldo-rail-acquisition-2015/","t":"信号のアンサルドSTSと車両アンサルドブレダの事業の取り込みによる欧州大陸への足場づくり","c":"日立製作所","y":2015,"col":"#C60202","s":"成熟する国内鉄道市場に対し、欧州で信号技術と製造拠点を一挙に獲得し、車両中心の事業を信号・運行管理まで含む一括請負へ拡大する海外成長戦略","x":"2015 日立製作所 アンサルド鉄道2社の買収 信号のアンサルドstsと車両アンサルドブレダの事業の取り込みによる欧州大陸への足場づくり 2015年2月、イタリアのフィンメカニカと信号システム・車両事業の買収で合意。同年11月2日にアンサルドsts株式の約40%を761百万ユーロ、アンサルドブレダの事業を30百万ユーロで取得し、stsを連結子会社とした 成熟する国内鉄道市場に対し、欧州で信号技術と製造拠点を一挙に獲得し、車両中心の事業を信号・運行管理まで含む一括請負へ拡大する海外成長戦略 40%で掌握した経営権と、残り60%の代金 この買収の要諦は、金額ではなく持分の設計にあったと推察される。日立が現金で買ったのはstsの発行済株式の約40%で、投じた額は761百万ユーロにとどまる。過半に届かない持分でありながら、同日の株主総会で推薦した取締役が過半数を占めたことをもって実質的な支配を獲得し、連結子会社として取り込んだ。上場を維持したまま少数株主と同居する形を選び、支配の獲得だけを先に済ませたのだと思われる。抱き合わせで引き受けたブレダの事業は、受け入れた資産115,202百万円に対し負債が111,161百万円とほぼ拮抗し、のれんも生じていない。値がつかないものを、値をつけずに引き取った格好である。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6502/decisions/accounting-scandal-2015/","t":"不正会計（不適切会計）の発覚と歴代3社長の引責辞任","c":"東芝","y":2015,"col":"#E61E1E","s":"社長月例で示された「チャレンジ」と呼ばれる過大な収益目標が現場を圧迫し、2008年度からの利益の水増しに至った不適切会計。第三者委員会の調査を経て、2015年7…","x":"2015 東芝 利益水増しの発覚と経営陣退任 不正会計(不適切会計)の発覚と歴代3社長の引責辞任 2015年7月に田中久雄氏の引責辞任。第三者委員会が税引前損益で累計約1,518億円の修正を認定し、取締役8名が退いた 社長月例で示された「チャレンジ」と呼ばれる過大な収益目標が現場を圧迫し、2008年度からの利益の水増しに至った不適切会計。第三者委員会の調査を経て、2015年7月に歴代3社長が引責辞任した。 制度の整備と、目標達成の運用 この一件が重いのは、制度の不在ではなく、制度を備えたうえで不正が長く続いた点にある。東芝は日本の大手で先駆けて委員会等設置会社へ移り、社外取締役による監督の形を整えていた。にもかかわらず、\"チャレンジ\"と呼ばれた収益目標が現場を圧迫し、損失の先送りや利益のかさ上げが7年近くにわたって重ねられた。統治の制度と、目標達成を最優先する運用との隔たりが、この事案の底に横たわっていただろう。 不祥事・信頼回復 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/6526/decisions/fujitsu-panasonic-soc-integration-2015/","t":"両社の半導体設計部門を会社分割で統合した新会社ソシオネクストの発足","c":"ソシオネクスト","y":2015,"col":"#00b0eb","s":"先進国半導体の競争力低下と水平分業の進展のなかで、富士通・パナソニックが単独では支えにくくなったシステムLSI事業を会社分割で切り出し、一つの独立ファブレスへ統…","x":"2015 ソシオネクスト 富士通・パナソニックのsoc統合 両社の半導体設計部門を会社分割で統合した新会社ソシオネクストの発足 2015年3月に富士通とパナソニックのsoc事業を統合した。2014年9月設立のソシオネクストが両社のシステムlsi事業を承継 先進国半導体の競争力低下と水平分業の進展のなかで、富士通・パナソニックが単独では支えにくくなったシステムlsi事業を会社分割で切り出し、一つの独立ファブレスへ統合した事業再編 受け皿が独立企業になるということ 富士通とパナソニックのsoc事業統合を、衰える国内半導体を寄せ集めた延命策とだけ読むと、その後の歩みを取り違える。発足時のソシオネクストは、両社の民生機器向け製品と顧客を引き継いだ受け皿にすぎず、独立企業として立てるかは市場から懐疑的に見られていた。二社を合わせて規模を得たこと自体が競争力を生んだのではなく、引き継いだ汎用品モデルを2018年に捨て、海外顧客向けの特注設計へ作り替えた判断が、この会社を成長軌道に乗せただろう。 合併・経営統合 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6628/decisions/pioneer-av-integration-2015/","t":"年商352億円・営業損失49億円の事業の、自社株の割当と現金16億円での引き受け","c":"オンキヨー","y":2015,"col":"#005BAC","s":"AVレシーバー分野の市場占有率を確保するため、パイオニアの赤字のホームAV事業を、自社株の第三者割当で受けた払込金とほぼ同額の現金で引き受け、統合を単独で背負う…","x":"2015 オンキヨー パイオニアav事業の取得 年商352億円・営業損失49億円の事業の、自社株の割当と現金16億円での引き受け 2014年11月にパイオニアと資本業務提携契約を締結し、2015年3月2日にパイオニアホームエレクトロニクスの全株式と海外6社の事業を取得原価16億59百万円で引き受けた avレシーバー分野の市場占有率を確保するため、パイオニアの赤字のホームav事業を、自社株の第三者割当で受けた払込金とほぼ同額の現金で引き受け、統合を単独で背負う判断 手にした裁量と、その使い道 現金は動いたが、持ち出しではなかった。オンキヨーが株式取得と事業譲受のために支出したのは16億37百万円、同じ日にパイオニアから受けた第三者割当の払込は16億79百万円である。差し引きすれば自社株を渡して事業を引き受けたに等しい。引き受けたものの中身は、売り手の連結で売上高352億40百万円・営業損失48億74百万円。自社の売上355億63百万円とほぼ同じ規模の、赤字の事業であった。時価純資産が取得原価を上回って792百万円の負ののれん発生益が立ったのは、相手が正味の財産を付けて手放したからにほかならない。44歳の社長は、資金の負担ではなく、赤字の負担を単独で背負う側に立った。 合併・経営統合 pmi・買収後統合 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/6954/decisions/third-point-shareholder-return-2015/","t":"専任部署の設置を伴う、株主還元と情報開示に対する方針の転換","c":"ファナック","y":2015,"col":"#dcb414","s":"潤沢な手元資金を抱える高収益企業に対し、アクティビストの株主還元要求とコーポレートガバナンス・コードの導入が重なり、配当性向倍増と株主対話体制の新設へと踏み切っ…","x":"2015 ファナック sr部新設と配当性向倍増 専任部署の設置を伴う、株主還元と情報開示に対する方針の転換 2015年4月に連結配当性向を60%へ引き上げ。従来の30%から倍にし、5年平均の総還元性向を純利益の80%以内と定める 潤沢な手元資金を抱える高収益企業に対し、アクティビストの株主還元要求とコーポレートガバナンス・コードの導入が重なり、配当性向倍増と株主対話体制の新設へと踏み切った資本政策の転換 外圧と内発のあいだ この判断の核心には、何が会社を動かしたのか、という問いが残る。実際、変化は父・清右衛門名誉会長の退場による経営体制の刷新から始まっており、その延長線上に還元と対話の強化を置くこともできる。外からの圧力と内側の世代交代のどちらを主因とみるかで、この\"豹変\"の意味は違って見えてくる。 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/6976/decisions/optical-media-exit-2015/","t":"一領域の切り離しによる、電子部品単一セグメントへの事業構成の回帰","c":"太陽誘電","y":2015,"col":"#E60013","s":"HDDの大容量化とクラウドの普及で光記録メディアの市場が想定を超えて縮小したため、27年続けた記録製品事業を畳み、人と設備を電子部品へ振り向けた事業構成の集約","x":"2015 太陽誘電 光記録メディア事業撤退 一領域の切り離しによる、電子部品単一セグメントへの事業構成の回帰 2015年6月に光記録メディア事業から撤退。cd-rやbd-rの販売を同年12月末で終え、1988年の世界初から27年目の幕引きとなる hddの大容量化とクラウドの普及で光記録メディアの市場が想定を超えて縮小したため、27年続けた記録製品事業を畳み、人と設備を電子部品へ振り向けた事業構成の集約 世界初を畳むということ 市場が消えた以上は撤退も当然だった、と読むのはたやすい。しかし記録製品その他事業の営業損益は2014年3月期に1億9600万円の黒字へ戻っており、その場で立ち行かなくなっていたわけではない。太陽誘電が畳んだのは、cd-rという名称まで自ら付け、追記型ブルーレイまで三世代を世界で最初に商品化した27年分の蓄積であった。この判断の芯は、技術で競争優位を築けるかどうかではなく、細る市場に人と設備を張り続けるかどうかにあっただろう。 事業売却・撤退 選択と集中 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7011/decisions/audit-committee-transition-2015/","t":"取締役会を監督に寄せ、重要な業務執行の決定を取締役社長へ委ねた統治の組み替え","c":"三菱重工業","y":2015,"col":"#E83C3E","s":"監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移り、重要な業務執行の決定を取締役社長へ委任して取締役会の主眼を監督に置いた機関設計の組み替え","x":"2015 三菱重工業 監査等委員会設置会社へ移行 取締役会を監督に寄せ、重要な業務執行の決定を取締役社長へ委ねた統治の組み替え 2015年6月に監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行。取締役14名(うち監査等委員5名)のうち5名を社外から選び、社外取締役全員と取締役社長で構成する役員指名・報酬諮問会議を設置した 監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移り、重要な業務執行の決定を取締役社長へ委任して取締役会の主眼を監督に置いた機関設計の組み替え 監督へ寄せた取締役会 この移行の核心は、機関の看板の掛け替えではなく、取締役会が何を決める場かの定義し直しにあったと思われる。重要な業務執行の決定は取締役社長へ委ね、取締役会には監督を残す。取締役会の外側から取締役の職務を監査していた監査役は姿を消し、議決権を持つ監査等委員として内側に入った。社外の顔ぶれも3名から5名へ増えている。19名だった取締役会が11名まで絞られてきた流れの先に置くと、意思決定の速さと監督の独立性を同時に取りにいった組み替えだと読める。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7148/decisions/amentum-acquisition-2015/","t":"アイルランド企業への25％出資と子会社化を通じた、航空機投資管理サービス事業への進出","c":"FPG","y":2015,"col":"#2F2D83","s":"航空機リースの案件組成量が売上の上限を決める構造のもとで、機材のマーケティングとリ・マーケティングを担うアイルランドのリースマネジメント会社にまず25％出資して…","x":"2015 fpg amentum社へ出資 アイルランド企業への25%出資と子会社化を通じた、航空機投資管理サービス事業への進出 2015年5月にamentumを連結子会社化。2013年11月に25%を取得したアイルランドのリース会社の議決権を75%へ引き上げ 航空機リースの案件組成量が売上の上限を決める構造のもとで、機材のマーケティングとリ・マーケティングを担うアイルランドのリースマネジメント会社にまず25%出資して共同で案件を組み、2年半後に追加取得して子会社化し、航空機投資管理サービスを自社グループに取り込んだ 組んでから買収する 2013年11月に25%を持ち、2015年3月に第2号案件で航空機2機を組み、その2か月後に75%へ引き上げた。買収の可否を書類の上で決めず、2年半のあいだ実際に案件を回してから比率を上げた順序に、この取引の性格が表れている。相手は欧州とアジアに機材のリース情報を持つ専業のリースマネジメント会社であり、日本の販売会社が丸ごと買うには荷が重い。まず組んでみせて、互いの仕事ぶりを確かめたうえで支配権を取る運びは、資金力の差を時間で埋める方法だったとみられる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 垂直統合・内製化 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/7157/decisions/kddi-capital-alliance-2015/","t":"インターネット直販一本からの脱却と、多チャネル化への転換","c":"ライフネット生命保険","y":2015,"col":"#8FB130","s":"ネット生保の競合増加と市場の伸び悩みで新契約が半減するなか、信用・販路・スマートフォン対応を通信事業者から調達し、ネット直販単独の販売方針を外した資本業務提携","x":"2015 ライフネット生命保険 kddiと資本業務提携 インターネット直販一本からの脱却と、多チャネル化への転換 2015年4月にkddiと資本業務提携を決議。5月22日に800万株を発行して30億4,000万円を調達しkddiが議決権15.95%へ ネット生保の競合増加と市場の伸び悩みで新契約が半減するなか、信用・販路・スマートフォン対応を通信事業者から調達し、ネット直販単独の販売方針を外した資本業務提携 借りた信用と、失った輪郭 数十年続く契約を売る会社では、新興であること自体が売れない理由になる。出口治明氏が挙げた狙いが資金ではなく\"信用の補完\"であったのは、値下げでも新商品でも新契約の減少に歯止めがかからなかった後の言葉として読むと重い。商品と価格で解けない問題が残ったとき、手元にあった手は、自社の外から信用を借りることであった。開業以来の看板であったネット直販単独を実質的に外した判断は、この順序で見るほうが理解しやすい。 資本提携・政策保有 販路・チャネル転換 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/7211/decisions/us-production-exit-2015/","t":"現地生産の看板を下ろし、米国での自社生産から全面撤退","c":"三菱自動車","y":2015,"col":"#EC0100","s":"稼働率が5割台に低下した米国唯一の組立工場を閉鎖し、過剰設備を一掃して岡崎工場へ生産を集約する「選択と集中」","x":"2015 三菱自動車 イリノイ工場の閉鎖 現地生産の看板を下ろし、米国での自社生産から全面撤退 2015年7月に米国で唯一の組立拠点の閉鎖を決める。相川哲郎社長のもとで11月末に生産を終えイリノイ州から車両生産を畳む 稼働率が5割台に低下した米国唯一の組立工場を閉鎖し、過剰設備を一掃して岡崎工場へ生産を集約する「選択と集中」 過剰設備の整理と、依存の付け替え この撤退の中心にあったのは、稼働率が5割台に低下した米国唯一の組立工場を、業績が回復した時期にこそ整理するという判断であった。一工場一車種にまで細った拠点を抱え続けることは、生産の集約を進めるほど非効率が際立つ構図になっていた。好調なうちに過剰設備へ手を入れた点は、収益に追われて動くよりも身軽な整理を可能にしたと推察される。北米に生産を持たない体制へ移ることで、三菱自動車は東南アジアを軸とする戦略に資源を振り向ける余地を得たと思われる。 事業売却・撤退 リストラ・構造改革 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7261/decisions/ford-exit-2015/","t":"36年に及ぶ資本関係の終了と、自主独立路線への転換","c":"マツダ","y":2015,"col":"#A30112","s":"リーマンショックでフォード自身が経営危機に陥り段階的にマツダ株を売却するなか、マツダは公募増資と独自技術で自力再建に転じ、2015年のフォード完全撤退で36年の…","x":"2015 マツダ フォードとの提携解消 36年に及ぶ資本関係の終了と、自主独立路線への転換 2015年にフォードとの資本提携が解消。2008年以降の段階的な売却で残る約2%強も手放し36年の関係が終わる リーマンショックでフォード自身が経営危機に陥り段階的にマツダ株を売却するなか、マツダは公募増資と独自技術で自力再建に転じ、2015年のフォード完全撤退で36年の資本提携が解消して独立性を回復した資本の異動 従属からの離脱と、独立の次の問い 1996年の経営権掌握が、償還と円高に追い詰められた末に従属を最も深く選んだ折り返し点であったとすれば、2015年の提携解消はその従属からの離脱にあたる。ただし離脱の主導権はフォードにあり、マツダが能動的に縁を切ったわけではない。支配を受け入れて延命するか、自律を保って自力で立つか——規模に劣るマツダが長く揺れ続けた問いに、今回は自律の側から答えを出したのだろう。 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7419/decisions/itx-acquisition-2015/","t":"携帯電話販売代理店の取り込みによる第二の収益源づくり","c":"ノジマ","y":2015,"col":"#182D7C","s":"家電の単線経営から脱するため、正社員販売員という自社の強みを携帯電話販売の現場へ振り向け、自社を上回る規模のITXを取得して事業の第二の柱を一挙に立ち上げた買収…","x":"2015 ノジマ アイ・ティー・エックス買収 携帯電話販売代理店の取り込みによる第二の収益源づくり 2014年11月にアイ・ティー・エックスの買収を決定。2015年3月2日に議決権99.0%を取得原価507億1百万円で取得して連結子会社とし、ノジマはキャリアショップ運営という第二の柱を得た 家電の単線経営から脱するため、正社員販売員という自社の強みを携帯電話販売の現場へ振り向け、自社を上回る規模のitxを取得して事業の第二の柱を一挙に立ち上げた買収。 規模を追うためでなく、強みを展開するために買収する この買収の核心は、規模の拡大そのものよりも、自社の強みをどの市場で活かすかという判断にある。有報が挙げる理由は、itxの高い収益力・広範な店舗網・法人顧客基盤を取り入れ、両者の強みを相互活用することであった。ノジマは価格で競う家電量販の消耗戦から距離を取り、正社員が接客するという自らの型を、専門性が要る携帯販売の現場へ持ち込んだ。家電販売店126店に対してitxのキャリアショップは直営257店・fc228店にのぼり、その規模の差は型を移し替える効き幅の広さでもあった。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7599/decisions/australia-dealer-2015/","t":"マルチブランド展開への参入と、7年で下した全面撤退の判断","c":"IDOM","y":2015,"col":"#333333","s":"2015〜2018年に買収した豪州の新車ディーラー事業を、収益性の伸び悩みを受けて2022年に全株式譲渡で全面撤退し、資本効率を優先して国内小売へ経営資源を集中…","x":"2015 idom 豪州新車ディーラー撤退 マルチブランド展開への参入と、7年で下した全面撤退の判断 2015年に豪州の新車ディーラーへ進出。idomがマルチブランドのbuick holdingsを取得し、2022年4月に全株式を譲渡して撤退 2015〜2018年に買収した豪州の新車ディーラー事業を、収益性の伸び悩みを受けて2022年に全株式譲渡で全面撤退し、資本効率を優先して国内小売へ経営資源を集中させた経営判断 7年の往復が残したもの この判断の核心は、いったん広げた海外・新車ディーラーという収益源を、7年で全面的にたたんだところにある。国内の中古車買取で標準化と全国網の強みを築いたidomは、その強みを豪州の新車ディーラーへそのまま移せるとみて、2015年から2018年にかけて買収を重ねた。だが、異なる市場・異なる業態で同じ収益力を再現するのは難しく、羽鳥由宇介社長は成長性と資本効率を基準に、伸び悩む海外新車事業を手放す判断へ傾いた。買うときの速さと同じ速さで、退くときも動いた。 海外進出・現地生産 海外撤退・縮小 オセアニア"},{"k":"decision","u":"/tse/7630/decisions/house-foods-subsidiary-2015/","t":"創業家保有株23.17%の譲渡による独立経営の放棄","c":"壱番屋","y":2015,"col":"#531C06","s":"創業者の売却意向を受けて経営側がハウス食品グループへ過半取得を持ちかけ、創業家の相続を待たずに安定株主へ資本を移転した資本政策","x":"2015 壱番屋 ハウス食品の子会社化 創業家保有株23.17%の譲渡による独立経営の放棄 2015年10月にハウス食品グループ本社がtobを開始。宗次徳二氏ら創業家が持ち株23.17%を譲り、12月に所有割合は51.00%へ 創業者の売却意向を受けて経営側がハウス食品グループへ過半取得を持ちかけ、創業家の相続を待たずに安定株主へ資本を移転した資本政策 誰のための株式譲渡だったか 創業家が持ち株を高値で現金化した話として読むと、この譲渡の要点を取り違える。動かしたのは売り手でも買い手でもなく、経営を承継した側であった。2015年7月にハウス食品へ出向いた浜島俊哉氏が理由に挙げたのは、創業者が亡くなったときのことであった。相続で23.17%が分散すれば、経営に一切関与しないという創業者の作法ごと崩れる。最高益の時期にそれを先回りしたところに、この判断の芯があるのだろう。 創業家・同族 資本提携・政策保有 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/7806/decisions/sixpad-athlete-brand-2015/","t":"EMS機器を軸に、クリスティアーノ・ロナウド選手を起用した第2ブランドの構築","c":"MTG","y":2015,"col":"#80CCF9","s":"美容ローラー1ブランドに偏った収益構成を改めるため、EMS機器という別領域に第2のブランドを立て、研究者の知見と世界的アスリートの認知を同時に商品へ取り込む","x":"2015 mtg sixpadの発売 ems機器を軸に、クリスティアーノ・ロナウド選手を起用した第2ブランドの構築 2015年7月にmtgがsixpadを発売。emsのトレーニングブランドで、京都大学名誉教授の森谷敏夫氏の研究と独自波形技術を用いた 美容ローラー1ブランドに偏った収益構成を改めるため、ems機器という別領域に第2のブランドを立て、研究者の知見と世界的アスリートの認知を同時に商品へ取り込む 商品より先に、顔を押さえた クリスティアーノ・ロナウド選手との契約は2013年11月で、sixpadの発売はその1年8か月後にあたる。売る商品が形になる前に、世界で最も知られた身体を先に押さえたことになる。単体売上高208億円の未上場メーカーにとって軽い支出ではなかったはずで、それでも踏み切れたのは、refaで美容ローラーが売れた実感と、emsには技術があっても信頼される商品がないという読みが重なっていたからなのだろう。森谷敏夫氏の20hzと日本ホームヘルス機器協会の基準を先に固めたのは、その読みを外さないための担保であった。 ブランド・マーケティング 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7867/decisions/mei-harold-presidency-2015/","t":"創業家が執行を外部のプロ経営者へ委ね、2年7か月で引き戻した社長人事","c":"タカラトミー","y":2015,"col":"#0948C1","s":"業績の下降とTOMY Internationalグループの不振を受け、監視と執行を分離するために創業家の富山幹太郎氏が会長へ退き、外部から招いたハロルド・ジョー…","x":"2015 タカラトミー ハロルド・ジョージ・メイ氏が社長就任 創業家が執行を外部のプロ経営者へ委ね、2年7か月で引き戻した社長人事 2015年6月にタカラトミーが代表取締役副社長のハロルド・ジョージ・メイ氏を代表取締役社長兼最高経営責任者に据えた。2017年12月31日に辞任し、在任は2年7か月だった 業績の下降とtomy internationalグループの不振を受け、監視と執行を分離するために創業家の富山幹太郎氏が会長へ退き、外部から招いたハロルド・ジョージ・メイ氏へ社長と最高経営責任者を委ねた人事。2年7か月で最高経営責任者は創業家へ戻り、メイ氏は辞任した。 執行を預けるという選択 この人事の芯は、外国人を社長に据えたことではなく、創業家が執行の一切を外部へ預けたことにある。28年あまり社長の座にあった富山幹太郎氏が会長へ退き、入社からわずか1年3か月の人物へ社長と最高経営責任者を同時に渡した。掲げた理由は監視と執行の分離だが、実質はtomy internationalグループの立て直しを職掌ごと託す判断だっただろう。海外事業統括本部長として招いた人物をそのまま全社の長へ押し上げた運びからは、その意図が読み取れる。 トップ交代・承継 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/7951/decisions/semiconductor-fabless-2015/","t":"製造事業の譲渡による自前工場の手放しと、電子部品事業の縮退","c":"ヤマハ","y":2015,"col":"#895ebd","s":"市場の変化と競争に対応して半導体の製造子会社を譲渡し、ウェハ工程から検査までを外部委託へ移行して製造の固定費を切り離した構造改革","x":"2015 ヤマハ 半導体のファブレス化 製造事業の譲渡による自前工場の手放しと、電子部品事業の縮退 2014年10月にヤマハが半導体をファブレス化へ動く。フェニテックセミコンダクターと基本合意し、鹿児島の製造事業を2015年に譲渡 市場の変化と競争に対応して半導体の製造子会社を譲渡し、ウェハ工程から検査までを外部委託へ移行して製造の固定費を切り離した構造改革 製造設備を譲渡し、垂直統合を解いた この判断は半導体事業からの撤退ではなく、半導体を自社の設備で製造しない形へ移した構造改革だったと思われる。1971年に開始した生産は、電子楽器の音源lsiを自前で調達するための内製であり、1983年のカスタムlsi外販、1987年の鹿児島への製造子会社設立と、楽器の外側へ広がってきた。ところが2012年に地磁気センサーの専用工場へ転換した時点で、その設備が対応する需要はスマートフォンの世界市場になっている。楽器のための内製が、他社市場の需要変動へ業績を連動させる設備に変わっていた。手放したのは半導体事業そのものではなく、その変動を自社の固定費で受け止める垂直統合のほうである。 事業売却・撤退 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7974/decisions/iwata-death-succession-2015/","t":"社長不在の2か月を代表取締役2名で凌ぎ、海外販売畑へ託した承継","c":"任天堂","y":2015,"col":"#E60012","s":"在職のまま社長を失った任天堂が、開発畑の代表取締役2名で2か月を凌ぎ、海外販売と管理を歩んだ君島達己氏を社長に据え、3年弱ののち生え抜きの古川俊太郎氏へ引き継い…","x":"2015 任天堂 岩田聡氏の急逝と君島達己氏への継承 社長不在の2か月を代表取締役2名で凌ぎ、海外販売畑へ託した承継 2015年7月に岩田聡社長が在職のまま逝去。2か月の社長不在を竹田玄洋氏と宮本茂氏の代表取締役2名で凌ぎ、9月に君島達己氏が社長へ就任した 在職のまま社長を失った任天堂が、開発畑の代表取締役2名で2か月を凌ぎ、海外販売と管理を歩んだ君島達己氏を社長に据え、3年弱ののち生え抜きの古川俊太郎氏へ引き継いだ承継 中継ぎを立てられる会社 社長を突然失った会社が2か月の空位に耐えられたのは、代表取締役が3名いたからである。竹田玄洋氏と宮本茂氏は2002年5月から13年にわたり代表権を持ち続けており、岩田聡氏が社長に就任したその日から会社を代表する権限は3人に分けて置かれていた。開発の2人に代表権を持たせる布陣は、創業家が去ったあとの任天堂が選んだ設計だったとみられる。危機のために用意されたものではないにせよ、結果としてそれが緩衝材になった。社長不在でも会社の意思表示は途切れず、後継の選定に2か月を使えたのである。 トップ交代・承継 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/citic-alliance-2015/","t":"CPグループと折半出資の合弁を挟み、中国最大のコングロマリットへ実質10％で入った","c":"伊藤忠商事","y":2015,"col":"#19479B","s":"CPグループと折半出資する合弁CTBを通じてCITIC Limitedの総議決権数20％を取得し、実質10％の持分で中国最大のコングロマリットと資本を結んだ戦略…","x":"2015 伊藤忠商事 citicへの出資提携 cpグループと折半出資の合弁を挟み、中国最大のコングロマリットへ実質10%で入った 2015年1月20日、伊藤忠商事はcitic limitedとcharoen pokphand groupとの3社間で戦略的業務・資本提携を決議した。折半出資の合弁ctbがcitic limited株式の総議決権数20%を取得し、伊藤忠の投融資は約6,000億円に上った cpグループと折半出資する合弁ctbを通じてcitic limitedの総議決権数20%を取得し、実質10%の持分で中国最大のコングロマリットと資本を結んだ戦略的業務・資本提携 20%を持つ、という距離の取り方 この提携の要は金額ではなく、持分の置き方にあったと推察される。伊藤忠は単独で出るのではなく、cpgと折半の合弁を挟み、さらにその手前に自社100%の保有会社を設立した。citic limitedに対する持分は形のうえでは20%だが、伊藤忠から見れば実質10%である。国営企業の系譜を引く相手に対して、連結もしなければ経営を握りにも行かず、持分法で損益だけを取り込む。中国の内需を取りにいきながら、相手の経営には踏み込まない距離を、二段構えの保有構造で作ったのだろう。 資本提携・政策保有 中国・香港 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/8011/decisions/burberry-license-end-2015/","t":"ライセンス契約の終了と、後継ブランドへの売場の置き換え","c":"三陽商会","y":2015,"col":"#333333","s":"半世紀続いた海外ブランドのライセンス事業を、ライセンサーとの合意によって2015年春夏で終え、後継の自社企画ブランドで売場を置き換えてライセンス依存モデルからの…","x":"2015 三陽商会 バーバリーライセンス喪失 ライセンス契約の終了と、後継ブランドへの売場の置き換え 2014年5月にバーバリーのライセンス契約の終了で合意。2015年春夏で事業を終え、マッキントッシュ ロンドンなど後継ブランドへ売場を置き換えた 半世紀続いた海外ブランドのライセンス事業を、ライセンサーとの合意によって2015年春夏で終え、後継の自社企画ブランドで売場を置き換えてライセンス依存モデルからの転換に踏み出した判断 失うことより、埋め合わせることの難しさ この判断の核心は、三陽商会が自ら望んで下したものではない点にある。契約の帰趨を決めるのはライセンサーの側であり、会社に残された選択は、失う事実そのものではなく、失ったあとの売場をどう埋めるかにあった。畳むのでなく後継ブランドで置き換える道を選んだのは、百貨店ルートという販売網と1,100億円という事業規模を保とうとする、経営として自然な発想だったといえる。中期5ヵ年経営計画が2018年度に売上1,000億円を置いたのは、その発想を数字にしたものだろう。 収益モデル転換 ブランド・マーケティング 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/8053/decisions/resource-pivot-2015/","t":"リスク回避路線からの転換と資源投資の膨張が招いた3,103億円の損失計上","c":"住友商事","y":2015,"col":"#6ab2b5","s":"「浮利を追わず」のリスク回避経営で約20年の競争優位を確立した住友商事が、資源高と競合との横並び圧力のなかで2005年にアンバトビーへ参画し、10年超の長期資源…","x":"2015 住友商事 アンバトビーの巨額減損 リスク回避路線からの転換と資源投資の膨張が招いた3,103億円の損失計上 2005年にマダガスカルのアンバトビーへ参画。住友商事は資源投資を鉄鉱石やタイトオイルへ拡大したが、2015年3月期に3103億円を減損した 「浮利を追わず」のリスク回避経営で約20年の競争優位を確立した住友商事が、資源高と競合との横並び圧力のなかで2005年にアンバトビーへ参画し、10年超の長期資源投資へ路線を転換した末に、2015年3月期の3,103億円減損・731億円の最終赤字に至った投資判断 リスクを取らないことで強くなった組織が、リスクを取る判断を誤った 住友商事のこの10年は、逆説をはらんでいる。同社はリスクを取らないことで競争上の強みを築いた組織であり、大型の資源案件を見送り続けた慎重さこそが、約20年にわたる優位の源だった。ところが2005年以降、その慎重さをみずから手放して資源投資に着手したとき、住友商事はリスクを取る判断の質を欠いていた。2015年3月期の3,103億円という減損は、1996年に銅の不正取引で被った巨額損失をも上回り、同社史上最大級の財務的な打撃となった。 大型設備投資 アフリカ"},{"k":"decision","u":"/tse/8219/decisions/mister-minit-acquisition-2015/","t":"スーツ一本足から離れるために買収した、靴修理と合鍵の577店","c":"青山商事","y":2015,"col":"#1a5c9c","s":"縮小する国内スーツ市場への依存を薄めるため、店舗運営のノウハウが生きる小型サービス業を買収して新しい収益セグメントに据えた","x":"2015 青山商事 ミスターミニット買収 スーツ一本足から離れるために買収した、靴修理と合鍵の577店 2015年12月、靴修理・鍵複製の「ミスターミニット」を展開するミニット・アジア・パシフィックの全株式と新株予約権を145億82百万円で取得し、完全子会社とした 縮小する国内スーツ市場への依存を薄めるため、店舗運営のノウハウが生きる小型サービス業を買収して新しい収益セグメントに据えた 買収したものは事業か、時間か この買収でいちばん目を引くのは、価格の付け方である。払った145億82百万円に対し、受け入れた資産は101億20百万円、引き受けた負債は79億61百万円で、差し引きの純資産は21億59百万円しかない。残りの124億22百万円はのれんとして立ち、15年で償却する計画になった。靴修理と鍵複製は、店が小さく、在庫を持たず、人の技能が売上に直結する商売で、郊外に大型店を構えて紳士服を売ってきた側とは、収益の作り方がかなり違う。店舗運営と人材配置のノウハウは共通するという説明は成り立つが、その共通項が価格差を埋めるほどのものであったかは、後年の営業損失と減損を見る限り断じにくい。 飛び地・非関連多角化 pmi・買収後統合 収益モデル転換 オセアニア 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/8252/decisions/tenant-model-shift-2015/","t":"消化仕入れから定期借家への小売業態転換と「売らない店」への転換","c":"丸井","y":2015,"col":"#333333","s":"消費のモノからコトへの変化と小売低迷を受け、消化仕入れの百貨店型から定期借家中心のショッピングセンター型へ小売を再構築し、家賃を軸とする収益構造へ移行した転換","x":"2015 丸井 定期借家方式への切り替え 消化仕入れから定期借家への小売業態転換と「売らない店」への転換 2015年3月期から定期借家方式へ切り替え。青井浩社長が消化仕入れ中心の百貨店型をやめ、家賃収入で収益を上げるsc型へ転換する 消費のモノからコトへの変化と小売低迷を受け、消化仕入れの百貨店型から定期借家中心のショッピングセンター型へ小売を再構築し、家賃を軸とする収益構造へ移行した転換 売る場から、人が集まる場へ この転換の核心は、商品を売って粗利を稼ぐという小売の当たり前を手放し、店舗を人が集まる場として貸し出す側へ回った点にある。丸井は都心の一等地に自前の店舗を構える強みを、商品の販売力ではなく集客力そのものとして値づけし直した。2003年の組織改革をトップダウンで断行して社員の信頼を損なった経験を踏まえ、青井浩社長は同じ轍を避け、現場との対話を重ねながら5年をかけて契約形態を入れ替えた。急がず、しかし後戻りせず作り替えた点に、対話型経営を掲げた経営者の一貫性がうかがえる。 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8304/decisions/capital-restructuring-repayment-2015/","t":"公的資金の分割返済と、期限を待たない一括での前倒し完済","c":"あおぞら銀行","y":2015,"col":"#00a0e9","s":"リーマン・ショックによる巨額損失で公的資金の返済が滞り、優先株の普通株への強制転換期限が迫ったため、減資と分割返済の枠組みを組んで国の関与の強まりを避け、収益回…","x":"2015 あおぞら銀行 資本再構成プラン完済 公的資金の分割返済と、期限を待たない一括での前倒し完済 2012年8月に資本再構成プランを公表。あおぞら銀行が政府保有の優先株1794億円の強制転換期限を前に減資と買い戻しへ動く リーマン・ショックによる巨額損失で公的資金の返済が滞り、優先株の普通株への強制転換期限が迫ったため、減資と分割返済の枠組みを組んで国の関与の強まりを避け、収益回復後に前倒しで完済した 筆者の見解 2012年10月という期限が、この判断のかたちを決めた。1,553億円を返せなければ政府保有の優先株は普通株に変わり、国が普通株主として経営に加わる。あおぞら銀行が選んだのは、資本金を4,200億円から1,000億円へ削って原資を作り、227億円の買い戻しと毎年205億円の特別優先配当という現金の形で返す道であった。減資は聞こえのよい施策ではないが、希薄化と国の関与を同時に避けられる手立ては、当時ほかに見えていなかったと思われる。 資金調達・財務戦略 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/8306/decisions/committee-governance-2015/","t":"監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移り、持株会社の執行と監督を分離した","c":"三菱UFJフィナンシャル・グループ","y":2015,"col":"#c8102e","s":"任意の委員会が取締役会に提言する仕組みを改め、株主総会の定款変更によって法定の指名委員会・報酬委員会・監査委員会を設置し、業務執行の決定を執行役へ委ねて取締役会…","x":"2015 三菱ufjフィナンシャル・グループ 法定三委員会の設置 監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移り、持株会社の執行と監督を分離した 2015年6月に指名委員会等設置会社へ移行。定時株主総会での定款変更により法定三委員会を設置し、取締役17名・執行役17名の体制で、g-sifiとして海外から理解されやすい統治態勢を目指した 任意の委員会が取締役会に提言する仕組みを改め、株主総会の定款変更によって法定の指名委員会・報酬委員会・監査委員会を設置し、業務執行の決定を執行役へ委ねて取締役会を監督に専念させた。 会議の数が語る権限の移動 この移行で実際に動いたのは、どこで何を決めるかという権限の所在だった。取締役会の開催が19回から12回、7回へと減少していく一方で、法定三委員会の開催は増えていく。決定を執行役へ委ね、取締役会と委員会は人事・報酬・監査という監督の仕事に資源を振り向けた結果だろう。任意の委員会が提言する立場にとどまっていたときと違い、指名・ガバナンス委員会は取締役の選解任議案そのものを決める権限を持つ。提言と決定の差は小さくない。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8630/decisions/nursing-care-entry-2015/","t":"約800億円を投じ、介護という別業種を自前で抱えることを選んだ本格参入","c":"SOMPOホールディングス","y":2015,"col":"#db0011","s":"国内損保市場の頭打ちに対し、保険の周辺で収益を上げるのではなく介護という別業種を自前の事業として抱える道を選び、ワタミの介護とメッセージという規模の大きい2社を…","x":"2015 sompoホールディングス ワタミの介護とメッセージ買収 約800億円を投じ、介護という別業種を自前で抱えることを選んだ本格参入 2015年10月にワタミの介護の全株式取得を決議し、2016年3月に株式会社メッセージを公開買付けで子会社化した。取得原価は2件で800億円、のれんは556億円にのぼる 国内損保市場の頭打ちに対し、保険の周辺で収益を上げるのではなく介護という別業種を自前の事業として抱える道を選び、ワタミの介護とメッセージという規模の大きい2社を半年で続けて取得して運営に本格参入した判断 保険会社が人を雇う事業を選んだ意味 この判断で選ばれたのは、介護という成長市場そのものよりも、その市場に「運営者として」立つ形であった。保険は事故の確率を引き受けて手数料を得る事業で、資本と数理が競争力になる。対して介護は、施設の数と働き手の数がそのまま供給力になる労働集約の事業である。2件の買収で正規の従業員が9,240人、臨時の従業員が14,348人増えた事実は、sompoが保険会社としての体つきを自ら変えたことを示している。出資や提携で外から関わる道もあったなかで、運営を自前で抱える側に踏み込んだところに、この決断の核があっただろう。 飛び地・非関連多角化 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/8725/decisions/amlin-acquisition-2015/","t":"英保険大手の取り込みによるロイズ市場への本格参入と海外収益基盤の確保","c":"MS&ADインシュアランスグループホールディングス","y":2015,"col":"#006060","s":"国内損保が成熟するなか、MS&ADが取得原価6,314億円でロイズ保険市場のアムリンを買収し、スペシャルティ保険と再保険で海外へ本格進出した戦略的M&A","x":"2015 ms&adインシュアランスグループホールディングス 英アムリンの買収 英保険大手の取り込みによるロイズ市場への本格参入と海外収益基盤の確保 2015年9月に英アムリンの完全子会社化で合意し、2016年2月に取得原価6,314億円で子会社化した。三井住友海上を通じてロイズ市場のスペシャルティ保険へ本格参入した 国内損保が成熟するなか、ms&adが取得原価6,314億円でロイズ保険市場のアムリンを買収し、スペシャルティ保険と再保険で海外へ本格進出した戦略的m&a 単発の大型買収で決着をつけない慎重さ アムリン買収の含意は、成功か失敗かの二分では捉えきれない点にある。取得原価6,314億円を投じた海外最大級のm&aは、のれん731百万ポンドを20年で償却する前提で組まれていた。しかし2018年3月期には海外で相次いだ自然災害の発生保険金で海外保険子会社セグメントが1,046億円の損失に落ち、2020年3月期には取得時の想定より収益性が低下していることを理由に、ロイズ事業と欧州元受保険事業ののれんと無形固定資産等1,719億円を減損した。買収から4年での減損であり、当初の見立てが外れたことを自ら認めた処理であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/8750/decisions/protective-acquisition-2015/","t":"上場で得た資本力を投じた、米生保大手の完全子会社化","c":"第一ライフグループ","y":2015,"col":"#f08300","s":"国内生保市場の成熟を背景に、2010年の株式会社化で得た調達力を行使して世界最大の米国市場へ本格進出し、北米の成長プラットフォームを完全子会社化で獲得した海外M…","x":"2015 第一ライフグループ 米プロテクティブ生命買収 上場で得た資本力を投じた、米生保大手の完全子会社化 2015年2月に米プロテクティブ生命を完全子会社化。第一生命保険が5,554百万米ドル(5,750億円)を投じ、世界最大の米国生保市場へ本格進出した 国内生保市場の成熟を背景に、2010年の株式会社化で得た調達力を行使して世界最大の米国市場へ本格進出し、北米の成長プラットフォームを完全子会社化で獲得した海外m&a 上場が可能にした海外m&a この買収は、資本構造の組み替えが企業の選べる戦略を変える事例として読める。相互会社は加入者のものであり、その利益は加入者に配当として戻る。市場から大規模な資本を機動的に集めることは、その仕組みのなかでは難しい。第一生命は2010年に株式会社へ転換して上場し、資本を市場から引ける会社に自らを組み替えた。その4年後に5,000億円を超える海外買収に踏み込めたのは、この転換があってこそだった。国内市場が成熟し、契約を積み増すだけでは成長の天井が見えるなかで、資本を武器に成長を域外へ求める——その選択肢は、株式会社化という前段の判断が開いたものであった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8766/decisions/overseas-ma-doctrine-2015/","t":"898,012百万円を現金で投じ、成長の場を国内損保から米国のスペシャルティ保険へ転じた","c":"東京海上ホールディングス","y":2015,"col":"#d50000","s":"国内損保市場の成熟を受け、東京海上ホールディングスが米国のスペシャルティ保険グループHCC社を898,012百万円で取得し、収益の軸を海外保険事業へ転換した経営…","x":"2015 東京海上ホールディングス 米hccの買収 898,012百万円を現金で投じ、成長の場を国内損保から米国のスペシャルティ保険へ転じた 2015年10月に米国のスペシャルティ保険グループhcc社の全株式を取得した。取得原価は898,012百万円、のれん339,086百万円を10年間で均等償却する 国内損保市場の成熟を受け、東京海上ホールディングスが米国のスペシャルティ保険グループhcc社を898,012百万円で取得し、収益の軸を海外保険事業へ転換した経営判断 資産とのれんが先に立ち、利益は後から来る買収 取得原価898,012百万円は、それまで最大だったフィラデルフィアの473,537百万円の2倍近い。全額を現金で払い、その一部は2,400百万米ドルの借入で賄った。のれんを10年間の均等償却と決めたことは、買った時点で毎期の費用を確定させ、その分を稼いで返す義務を自らに課したことを意味する。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ グローバル経営体制 祖業・主力事業の転換 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9041/decisions/president-succession-2015/","t":"純粋持株会社制へ移行する日に社長を入れ替え、8年近く執行を率いた小林哲也氏を会長に就けた引き継ぎ","c":"近鉄グループホールディングス","y":2015,"col":"#C8102E","s":"純粋持株会社制への移行と同じ日に社長を交代させ、8年近く執行を率いた小林哲也氏を会長へ、グループ会社での経営を経た吉田昌功氏を社長に据えた経営体制の引き継ぎ","x":"2015 近鉄グループホールディングス 吉田昌功氏が社長就任 純粋持株会社制へ移行する日に社長を入れ替え、8年近く執行を率いた小林哲也氏を会長に就けた引き継ぎ 2015年4月1日、会社分割で近鉄グループホールディングスが発足した日に吉田昌功氏が取締役社長へ就任した。小林哲也氏は2007年6月からの社長を退き、同日付で取締役会長に移った 純粋持株会社制への移行と同じ日に社長を交代させ、8年近く執行を率いた小林哲也氏を会長へ、グループ会社での経営を経た吉田昌功氏を社長に据えた経営体制の引き継ぎ 交代の日付が語るもの この交代について会社が書き残したのは、就任と退任の年月だけである。理由も、後継をどう選んだかも、公表資料には無い。それでも日付の置き方に意図は読める。交代日は定時株主総会の日ではなく、会社分割の効力発生日と同じ2015年4月1日であった。事業を営む会社の社長から、事業会社を統括する持株会社の社長へ、看板が替わるその日に人も替えた。制度の切り替えと人の切り替えを一つの出来事として見せる置き方だと推察される。 トップ交代・承継 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/9202/decisions/ana-skymark-rescue-2015/","t":"経営破綻した独立系への少数出資と、連結に取り込まない距離の置き方","c":"ANAホールディングス","y":2015,"col":"#0B308E","s":"破綻した最後の独立系スカイマークへ、連結にも持分法にも含めない規模で出資し、羽田発着枠を持つ航空会社との提携関係を確保しながら再建の負担は投資ファンドに委ねた判…","x":"2015 anaホールディングス スカイマーク再建へ出資 経営破綻した独立系への少数出資と、連結に取り込まない距離の置き方 2015年9月、民事再生手続中のスカイマークの株式を取得。投資ファンドを主軸とする再建の枠組みに加わり、連結にも持分法にも含めない少数出資にとどめた 破綻した最後の独立系スカイマークへ、連結にも持分法にも含めない規模で出資し、羽田発着枠を持つ航空会社との提携関係を確保しながら再建の負担は投資ファンドに委ねた判断 支配を持たずに関係を持つという選び方 この判断で目を引くのは、出資の規模である。anaは民事再生手続中のスカイマークへ資本を入れながら、連結子会社にも持分法適用会社にもしなかった。2016年3月期の有価証券報告書には企業結合等関係も重要な後発事象も該当事項なしと記され、取得した株式は非上場株式として131銘柄58,021百万円のなかに埋もれている。破綻会社の再建には巨額の資金と経営責任が伴うが、その負担は投資ファンドが主軸となって引き受け、anaは提携の相手方としての立場を確保した。支配を持たずに関係だけを持つ形を選んだと推察される。 救済型m&a・支援受け入れ 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/9435/decisions/multi-product-asset-strategy-2015/","t":"中小企業向け営業チャネルに水・保険・電力を載せ替える多品目化","c":"光通信","y":2015,"col":"#00469C","s":"訪問販売とテレマーケティングのチャネルに載せる商材を、OA機器と通信回線から宅配水・保険へ拡充した多品目化。事業会社を公開買付けで取り込み、契約後に積み上がるス…","x":"2015 光通信 ウォーターダイレクトの買収 中小企業向け営業チャネルに水・保険・電力を載せ替える多品目化 2015年2月に宅配水のウォーターダイレクトを子会社化。前年12月には保険比較のウェブクルーを公開買付けで取得し、議決権90.87%、のれん10,353百万円を計上した 訪問販売とテレマーケティングのチャネルに載せる商材を、oa機器と通信回線から宅配水・保険へ拡充した多品目化。事業会社を公開買付けで取り込み、契約後に積み上がるストック利益の源を増やした 商品ではなく、営業チャネルを資産と見る この多角化の核心は、光通信が売る対象を商品ではなく営業のチャネルそのものととらえた点にある。多くの会社は主力商品を軸に事業を組み立て、その商品の需要が細れば業績も細る。光通信は逆に、中小企業や個人へ直接届く訪問販売とテレマーケティングの網を動かない資産と見て、その上に載せる商材をoa機器や通信回線から水・保険へ差し替えた。しかも新しい商材を一から立ち上げるのではなく、事業会社ごと公開買付けで取り込んだ。ウェブクルーの取得原価13,920百万円のうち10,353百万円がのれんだったことは、買ったものが設備でも在庫でもなく、契約から毎月入る収益の源だったことを示している。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9501/decisions/jera-2015/","t":"燃料調達まで含めて中部電力との合弁へ委ねた発電資産の切り出し","c":"東京電力ホールディングス","y":2015,"col":"#F01818","s":"賠償と廃炉の負担で単独では燃料調達力を維持できないなか、中部電力との合弁JERAへ燃料・火力発電事業を3段階で移管し、規模の経済を合弁側で確保した判断","x":"2015 東京電力ホールディングス 火力発電をjeraへ移管 燃料調達まで含めて中部電力との合弁へ委ねた発電資産の切り出し 2015年4月に燃料と火力を担う準備会社を設立。同年10月に中部電力との合弁jeraが燃料輸送と燃料トレーディングを承継した 賠償と廃炉の負担で単独では燃料調達力を維持できないなか、中部電力との合弁jeraへ燃料・火力発電事業を3段階で移管し、規模の経済を合弁側で確保した判断 規模を外へ出すという選択 火力を切り出す判断は、事業の不振によるものではなかった。火力は長く売上の大半を生んできた事業であり、切り出しの理由は収益性ではなく規模にある。数千億円規模の燃料調達交渉で海外のメジャーと渡り合うには、東京電力単独の購買量では足りない。国内2位の中部電力と統合してはじめて世界最大の買い手になる、という算段が合弁の中身だった。垂直統合を前提としてきた電力会社が、規模の必要な機能だけを社外へ出して共同で持つ体制へ移った点で、地域独占の時代の会社の形からは明確に離れている。 事業売却・撤退 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9766/decisions/kojima-departure-mobile-shift-2015/","t":"看板クリエイターの離脱と、モバイル収益重視への経営資源の再配分","c":"コナミグループ","y":2015,"col":"#BF0021","s":"月次数十億円規模の収益を生むモバイル・ソーシャルゲームへ経営資源の配分が移るなか、大作コンソール開発を率いた小島秀夫氏と小島プロダクションが2015年の機構改革…","x":"2015 コナミグループ 開発本部制への移行とモバイル重視 看板クリエイターの離脱と、モバイル収益重視への経営資源の再配分 2015年3月に開発本部体制への機構改革を発表。小島秀夫監督を新体制の役員名簿から外し、同年12月15日付で退社しコジマプロダクション設立へ 月次数十億円規模の収益を生むモバイル・ソーシャルゲームへ経営資源の配分が移るなか、大作コンソール開発を率いた小島秀夫氏と小島プロダクションが2015年の機構改革で体制から外れ、同年末に退社・独立した 収益効率と、クリエイターというブランド資産 この決断の核心は、財務の危機対応ではなく、収益効率という物差しで開発体制そのものを組み替えた点にある。グループ全体の開発・制作費は2016年3月期に257億9百万円と前期から29.4%落ち、同じ期にデジタルエンタテインメント事業の利益率は17.6%から26.9%へ跳ねた。開発費と開発期間のかさむ大作コンソール開発は、たとえ批評的な評価が高くとも、収益効率の物差しの上では後退を迫られたのだろう。看板クリエイターとその制作組織を体制の外へ置くという選択は、創業家出身の上月拓也社長のもとで進んだモバイルシフトの、もっとも目に見える形での帰結であった。 収益モデル転換 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/9831/decisions/restructuring-2015/","t":"一斉閉店を伴う構造改革","c":"ヤマダホールディングス","y":2015,"col":"#004EA1","s":"テレビ特需の反動と消費増税後の需要減で急落した業績に対し、郊外・地方の不採算店を一斉閉店して都市部と店舗効率へ経営資源を集中し、創業家以外から社長を登用した立て…","x":"2015 ヤマダホールディングス 不採算46店の一斉閉店 一斉閉店を伴う構造改革 2015年5月に不採算の46店を一度に閉じる。テレビ特需の反動と消費増税後の需要減で悪化した業績を郊外・地方から都市部と店舗効率へ集中し直す テレビ特需の反動と消費増税後の需要減で急落した業績に対し、郊外・地方の不採算店を一斉閉店して都市部と店舗効率へ経営資源を集中し、創業家以外から社長を登用した立て直し 効率は戻せても、承継は残った この構造改革の眼目は、拡大一辺倒で膨らんだ店舗網を、都市部と効率へ絞り直した点にある。郊外ロードサイドに画一的な大型店を並べる安売りモデルは、店の数が売上を押し上げる間は強かったが、市場が縮み客足が都市へ移ると、1店舗当たり16億円台まで落ちた効率が重荷になった。46店の一斉閉店は、自ら築いた成功パターンを削る痛みを伴う判断だった。強さの源だった多店舗そのものに、初めて手を入れた。 リストラ・構造改革 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/2121/decisions/monster-strike-2014/","t":"単一タイトルに社運を託した1本足経営と65億円の公募増資","c":"MIXI","y":2014,"col":"#F5A000","s":"ガラケーからスマートフォンへの市場移行で主力の広告収入を失った会社が、成否の見えない1タイトルへ外部調達した資金を集中投下した判断","x":"2014 mixi モンストへ資源集中 単一タイトルに社運を託した1本足経営と65億円の公募増資 2014年2月にモンストへ資源集中。新株113万株の公募増資で得た手取概算63億円をモンスターストライクの広告宣伝費へ充てた ガラケーからスマートフォンへの市場移行で主力の広告収入を失った会社が、成否の見えない1タイトルへ外部調達した資金を集中投下した判断 沈む船を見ていた会社が、次に選んだ振れ幅 この判断で問われたのは、ゲームが当たるかどうかではなく、当たるかどうかが分からない時期に会社の資源をどこまで一本へ寄せられるかであった。2014年2月のミクシィは営業利益5億円に満たない会社であり、65億円の宣伝費を本業の稼ぎから出せる規模になかった。外部資金を入れ、創業者の持株比率が過半を割ることを織り込み、しかもその全額を、当たらなければ人材も技術も残らない広告に充当している。手元の現金を守って様子を見る選択もありえた場面で、経営陣は反対側を選んだ。 祖業・主力事業の転換 資金調達・財務戦略 ブランド・マーケティング 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/2702/decisions/chicken-scandal-turnaround-2014/","t":"期限切れ鶏肉問題で崩れた客足を、戦略的閉店と店舗改装で2年かけて取り戻すまで","c":"日本マクドナルド","y":2014,"col":"#FFBC0F","s":"上海福喜食品の期限切れ鶏肉問題を起点に2期連続の赤字へ沈んだ日本マクドナルドを、サラ・カサノバ社長がビジネスリカバリープランで立て直し、131店舗の戦略的閉店と…","x":"2014 日本マクドナルド ビジネスリカバリープランの始動 期限切れ鶏肉問題で崩れた客足を、戦略的閉店と店舗改装で2年かけて取り戻すまで 2015年4月にビジネスリカバリープランを公表。一時的な投資および費用228億円と131店舗の戦略的閉店を経て、2016年12月期に営業利益69億30百万円で2期ぶりの黒字へ戻した 上海福喜食品の期限切れ鶏肉問題を起点に2期連続の赤字へ沈んだ日本マクドナルドを、サラ・カサノバ社長がビジネスリカバリープランで立て直し、131店舗の戦略的閉店と401店舗の改装を経て2016年12月期に黒字へ戻すまでの再建 品質危機という決壊点と、店舗を閉じて縮小する再建 この判断の核心は、期限切れ鶏肉問題を単発の不運としてではなく、すでに弱っていた事業の決壊点として扱った点にある。営業利益は2010年12月期の281億35百万円から2013年12月期の115億24百万円へ半減し、既存店売上高はその2013年に6.2%減っていた。海の向こうの一工場の不正が客足を直撃したとき傷が深く広がったのは、供給網の一点の綻びを吸収する体力を会社がすでに失っていたからだと思われる。ビジネスリカバリープランが謝罪や品質管理の再徹底にとどまらず、131店舗の閉鎖と401店舗の改装という店舗網の作り直しへ及んだのは、そこを見ていたからだろう。 不祥事・信頼回復 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/2768/decisions/debt-reduction-integration-2014/","t":"有利子負債1兆5000億円の圧縮と旧二社の組織融合という10年の再建","c":"双日","y":2014,"col":"#003A7C","s":"経営統合で抱えた1兆5000億円超の有利子負債と旧二社の重複組織を、財務健全化を最優先に据えて約10年かけて圧縮・融合し、9200億円台までの負債削減と組織の一…","x":"2014 双日 10年がかりの債務圧縮 有利子負債1兆5000億円の圧縮と旧二社の組織融合という10年の再建 2004年4月に有利子負債の圧縮。旧ニチメン系と旧日商岩井系を一つにし連結有利子負債1兆5000億円超を9200億円台へ 経営統合で抱えた1兆5000億円超の有利子負債と旧二社の重複組織を、財務健全化を最優先に据えて約10年かけて圧縮・融合し、9200億円台までの負債削減と組織の一本化を進めた再建 再建が用意した次の10年 双日の10年の再建は、派手な一手ではなく、負債を圧縮し組織を集約する地味な作業の積み重ねであった。銀行の都合で急いだ統合は、事業を選ぶ前に財務と人員を圧縮させ、旧二社の亀裂という後遺症まで残した。その不利な条件のもとで、双日は事業の拡大よりも有利子負債と資産の圧縮を代々の社長が優先し、成長投資が減損に転じても圧縮の方向を変えなかった。攻めの物語になりにくいこの時期の判断が、のちに双日が独自色を語れるだけの体力を用意したのだろう。 経営再建・ターンアラウンド pmi・買収後統合 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/3132/decisions/fuji-electronics-integration-2014/","t":"共同株式移転という対等な形での二社の統合と、新体制への移行","c":"マクニカホールディングス","y":2014,"col":"#871D97","s":"世界の半導体流通が数社に集約されるなかで、顧客層の重ならない同業と持株会社をつくり、取扱メーカー数と顧客基盤の双方で国内首位の規模を確保する","x":"2014 マクニカホールディングス 富士エレクトロニクスと経営統合 共同株式移転という対等な形での二社の統合と、新体制への移行 2014年5月に富士エレクトロニクスと経営統合。共同株式移転で合意し、2015年4月にマクニカ・富士エレホールディングスが発足 世界の半導体流通が数社に集約されるなかで、顧客層の重ならない同業と持株会社をつくり、取扱メーカー数と顧客基盤の双方で国内首位の規模を確保する 対等の形をとった統合が持ち越したもの 売上高で5倍以上の差がある相手と共同株式移転を組んだところに、この統合の性格が出ていると推察される。マクニカが富士エレクトロニクスを買えば話は早いが、買われた側の営業組織は買収先の一部門になり、中堅・中小顧客との関係を支えてきた担当者の立ち位置も変わる。この統合で欲しかったのは工場でも技術でもなく、相手が数十年かけて作った顧客名簿と、その名簿を持つ人であった。人が動いてしまえば取りに行った価値は消える。持株会社という横並びの形は、その消失を避けるための時間の買い方であったといえる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/3141/decisions/aeon-tob-subsidiary-2014/","t":"公開買付けへの賛同と傘下入り、M&Aによる規模拡大の加速","c":"ウエルシアホールディングス","y":2014,"col":"#0086CD","s":"業界再編が進むなかで、イオンが分散していたドラッグストア事業をウエルシアへ集約するため過半の株式を取得し、ウエルシアは上場と経営の自主性を保つ条件で賛同して規模…","x":"2014 ウエルシアホールディングス イオンの連結子会社化 公開買付けへの賛同と傘下入り、m&aによる規模拡大の加速 2014年10月にイオンの連結子会社化。イオンが1株4,000円で上限5,606,000株を取得し、保有比率は37.37%から50.10%へ 業界再編が進むなかで、イオンが分散していたドラッグストア事業をウエルシアへ集約するため過半の株式を取得し、ウエルシアは上場と経営の自主性を保つ条件で賛同して規模拡大の資金と基盤を得た資本政策 過半という距離 創業者の遺志に応えた救済という筋立ては、この判断の半分しか説明しない。イオンが買い付けたのは発行済株式の12.73%にすぎず、成立後の所有割合は50.10%と、過半をわずかに超える水準に設計されていた。全部を取らずに過半だけを取り、上場と経営の自主性を残す——その距離の置き方に要点があったのだろう。タキヤやシミズ薬品を株式交換で迎えたとおり、買収の対価となる自社株式を、ウエルシアは手放さずに済んだ。 資本提携・政策保有 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/3186/decisions/ipo-tse-first-2014/","t":"マザーズへの新規上場から間を置かない最上位市場への移行","c":"ネクステージ","y":2014,"col":"#0068B7","s":"全国への多店舗展開を加速するため、株式上場で成長資金と社会的信用を確保し、東証一部昇格で資本市場での地位を高める資本政策","x":"2014 ネクステージ 東証一部へ異例昇格 マザーズへの新規上場から間を置かない最上位市場への移行 2014年9月に東証一部へ市場変更。中古車販売のネクステージがマザーズ上場から約1年2カ月で移り、広田靖治社長が全国展開を急ぐ 全国への多店舗展開を加速するため、株式上場で成長資金と社会的信用を確保し、東証一部昇格で資本市場での地位を高める資本政策 資本市場を、成長の後ろ盾に この判断の核心は、地方の中古車販売チェーンが、全国展開という次の段階へ進むために、資本市場という後ろ盾を早くに得た点にある。広田靖治社長は、2013年の上場と2014年の異例の速さの一部昇格によって、成長資金の調達力と上場企業としての信用を短期でそろえた。まだ売上300億円に満たない規模の会社が、200店舗・売上2000億円という長期目標を掲げられたのは、資本市場を使う道筋を先に確保したからであったのだろう。 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/3197/decisions/bain-relisting-2014/","t":"投資ファンド傘下で進めた経営再建と、八年ぶりの東証復帰","c":"すかいらーくホールディングス","y":2014,"col":"#E03500","s":"業績不振で創業家経営が行き詰まったすかいらーくを、大株主のファンドが経営者交代と不採算店整理で立て直し、外資ベインへの転売と再上場で出口を得た資本再編","x":"2014 すかいらーくホールディングス ベインキャピタル傘下で再上場 投資ファンド傘下で進めた経営再建と、八年ぶりの東証復帰 2014年10月に東証一部へ再上場。2011年に米ベインキャピタルへ転売されたすかいらーくが8年ぶりに市場へ戻り谷真社長が続投 業績不振で創業家経営が行き詰まったすかいらーくを、大株主のファンドが経営者交代と不採算店整理で立て直し、外資ベインへの転売と再上場で出口を得た資本再編 誰が畳み、誰が仕上げたのか この8年を、外資ファンドに切り売りされた迷走とだけ読むのは表層をなぞりすぎている。非上場化そのものは、四半期の株価と約5万人の株主の圧力を離れて改革するために、創業家の横川竟氏が自ら選んだ資本政策であった。ところが実際に不採算店を畳み、店舗運営を組み替えたのは、野村が持ち込んだ規律と、ベインが連れてきたアルバレス氏らマクドナルド出身の外部人材である。始めた者が道半ばで退場し、引き受けた者が仕上げたところに、この再建の捻れがあるとみられる。 上場・ipo・市場変更 経営再建・ターンアラウンド 外資傘下入り・対内m&a 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3291/decisions/material-vertical-integration-2014/","t":"一社の取り込みを起点とした、建材・木材の垂直統合への踏み出し","c":"飯田グループホールディングス","y":2014,"col":"#601818","s":"売値から逆算して原価を積み上げる量産モデルで、資材の価格と供給を自社で掌握するため、木材・ガラス・住宅設備・内装建材のメーカーを順に子会社化した垂直統合","x":"2014 飯田グループホールディングス ファーストウッドを子会社化 一社の取り込みを起点とした、建材・木材の垂直統合への踏み出し 2014年5月に木材加工会社へ資本参加。ファーストウッドの株式88.79%を約8億円で取得し、資材の内製へ踏み出す 売値から逆算して原価を積み上げる量産モデルで、資材の価格と供給を自社で掌握するため、木材・ガラス・住宅設備・内装建材のメーカーを順に子会社化した垂直統合 請求書を送ってきた相手を買収する 戸建分譲の量産は、売る側が価格を決められない商売である。周辺の相場が上限を決め、土地の仕入れ値は競り合いで決まる。残るのは建てる原価で、飯田グループホールディングスが2014年から重ねてきたのは、その原価の内側へ会社ごと入っていく作業であった。木材を挽く会社、ガラスを組む会社、キッチンをつくる会社、ドアと床材をつくる会社——買ったのはいずれも、それまで請求書を送ってきた相手であった。取引条件の交渉を、社内の管理へ置き換えた買い物といえる。 垂直統合・内製化 連続買収・ロールアップ 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/3402/decisions/zoltek-acquisition-2014/","t":"買収を通じた産業用炭素繊維という新たな市場への進出","c":"東レ","y":2014,"col":"#004097","s":"航空機向けに偏っていた炭素繊維事業を、風力発電の翼など産業用途のラージトウへ拡大するための初の大型買収。584百万米ドルで米ゾルテックの議決権100％を取得した…","x":"2014 東レ 米ゾルテックを買収 買収を通じた産業用炭素繊維という新たな市場への進出 2013年9月に米ゾルテックの全株式を取得する契約を締結。584百万米ドルでラージトウに参入したが、風力発電翼用途の需要は伸びなかった 航空機向けに偏っていた炭素繊維事業を、風力発電の翼など産業用途のラージトウへ拡大するための初の大型買収。584百万米ドルで米ゾルテックの議決権100%を取得したが、風力発電翼用途の需要が想定どおりには伸びず、2024年3月期に減損した 技術で勝つ会社が、量産市場の需要を読む この買収の核心は、技術を自前で育てて世界首位を確立した東レが、その成功体験の延長にある自前主義を手放し、初めての大型買収で性格の異なる量産市場へ参入した点にある。航空機向けの炭素繊維は認証の壁が高く、いったん採用されれば長く使われる。その参入障壁の高さが東レの強みだった。だが産業用途では、強みの中身は技術の壁から価格競争力と需要の読みへと入れ替わる。584百万米ドルという値付けは、ゾルテックの量産技術を取り込めば風力発電翼用途の拡大を取り込めるという前提の上に立っていた。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3880/decisions/cardboard-cartel-2014/","t":"段ボールの取引をめぐる命令を争わず、審判請求を見送った判断","c":"大王製紙","y":2014,"col":"#0068B7","s":"連結子会社の大王パッケージが段ボールシート及び段ボールケースの取引で排除措置命令及び課徴金納付命令を受け、命令の内容に一部見解の相違を残したまま、早期の信頼回復…","x":"2014 大王製紙 大王パッケージの排除措置命令受諾 段ボールの取引をめぐる命令を争わず、審判請求を見送った判断 2014年6月に連結子会社の大王パッケージが段ボールシート及び段ボールケースの取引に関して排除措置命令及び課徴金納付命令を受けた。命令を受け入れ、審判請求の申立てを行わないことを決めている 連結子会社の大王パッケージが段ボールシート及び段ボールケースの取引で排除措置命令及び課徴金納付命令を受け、命令の内容に一部見解の相違を残したまま、早期の信頼回復を優先して受け入れ、審判請求の申立てを見送った 争わないという時間の配分 争わないという選択は、法的な当否の放棄ではなく、時間の配分の決め直しだったとみられる。命令の内容に見解の相違があったと自ら記している以上、審判で争う余地は残っていた。それでも申立てを見送ったのは、争っている間ずっと係争中の会社という看板を背負い続けることの重さを見たからであろう。元会長の借入事件から3年、改善報告書と改善状況報告書を重ね、外部委員会の検証まで受けてきた会社にとって、公正取引委員会と数年にわたって向き合うことは、取り戻しかけた信用をもう一度預け直すのに等しかった。 不祥事・信頼回復 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/4203/decisions/vaupell-kawasumi-medical-2014/","t":"川澄化学工業の子会社化と併せた医療機器・航空機部品事業の構築","c":"住友ベークライト","y":2014,"col":"#79BD27","s":"半導体封止材に依存する収益構造に対し、米Vaupell買収と川澄化学工業の子会社化で航空機部品・医療機器という第三領域を外から取り込み、事業領域を拡大した買収戦…","x":"2014 住友ベークライト 米vaupellの買収 川澄化学工業の子会社化と併せた医療機器・航空機部品事業の構築 2014年6月に米vaupell holdingsを取得原価282億96百万円で子会社化し、2020年10月には川澄化学工業を270億38百万円で完全子会社として、医療機器・航空機部品を第三の領域に据えた 半導体封止材に依存する収益構造に対し、米vaupell買収と川澄化学工業の子会社化で航空機部品・医療機器という第三領域を外から取り込み、事業領域を拡大した買収戦略 買収を重ねて得た第三領域という性格 二つの買収は、値段の付き方が正反対であった。vaupellでは受け入れた資産104億3百万円から引き受けた負債16億74百万円を差し引いた純資産87億29百万円に対して282億96百万円を払い、差額の193億67百万円をのれんとして立てている。川澄化学工業では逆に、取得した資産474億89百万円が負債81億88百万円と支払対価270億38百万円を上回り、81億1百万円の負ののれんを利益へ計上した。同じ「医療機器を第三の柱にする」という説明の下で、一方は将来の超過収益力を買い、他方は割安な純資産を買ったことになる。住友ベークライトはもともと素材そのものを作るより、絶縁材や封止材といった用途ごとの加工で付加価値を載せてきた会社であり、成形加工の領域を外から取り込む動きという点では二つは同じ線上にある。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 高付加価値化・プレミアム 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4385/decisions/mass-marketing-2014/","t":"14.5億円の資金調達を原資としたマス広告への一気の投入","c":"メルカリ","y":2014,"col":"#ff0411","s":"手数料収入を持たない段階で調達資金をテレビCMへ振り向け、競合の本格参入前にフリマアプリの認知を一般層へ拡大し、ネットワーク効果による規模の優位を先取りしようと…","x":"2014 メルカリ テレビcmへの先行投資 14.5億円の資金調達を原資としたマス広告への一気の投入 2014年5月にメルカリが初のテレビcmを全国で放映。山田進太郎社長のもと第三者割当増資で調達した14.5億円を原資に、手数料の徴収前で経常損失1,373百万円の段階で広告を投下した 手数料収入を持たない段階で調達資金をテレビcmへ振り向け、競合の本格参入前にフリマアプリの認知を一般層へ拡大し、ネットワーク効果による規模の優位を先取りしようとした先行投資 規模を先取りする賭けの功罪 この判断の核心は、目先の採算ではなく、まだ競争優位・劣位の決まっていない市場の構造そのものを、時間を味方につけて先に固めにいった点にある。売上高の記載すらない会社が、調達した14.5億円の相当部分を数か月でテレビcmへ流し込むという選択は、外れれば資金を焼き付かせるだけで終わる。それでも、出品と購入が互いを呼ぶ市場では、認知と規模で先んじることが後発との差をそのまま決める。赤字を織り込んででも先に面を取りにいったところに、この決断の性格がよく表れている。 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/4385/decisions/us-expansion-2014/","t":"6億米ドルを注ぎ、11年目に営業黒字へ届いた米国事業","c":"メルカリ","y":2014,"col":"#ff0411","s":"日本で確立したCtoCモデルを未開拓とみた米国市場へ横展開し、11年にわたり出資を積み増して撤退せず、規律を効かせて損益分岐まで戻した判断","x":"2014 メルカリ mercari usへの継続出資 6億米ドルを注ぎ、11年目に営業黒字へ届いた米国事業 2014年9月に米国でctocマーケットプレイス「mercari」の提供を開始。山田進太郎社長が主導し、mercari, inc.への出資は2025年6月期末で620,511千米ドル、同期に米国事業は初のセグメント黒字へ届いた 日本で確立したctocモデルを未開拓とみた米国市場へ横展開し、11年にわたり出資を積み増して撤退せず、規律を効かせて損益分岐まで戻した判断 「再現」ではなく「再発明」——海外展開が突きつけた規律 この判断は海外展開というより、日本で当てたプロダクトを別の市場でもう一度作り直す試みだったと思われる。山田進太郎社長はみずからサンフランシスコに長期滞在し、開発は日本側が受託し、商品代金に応じた手数料は2年にわたって取らなかった。日本での成功が、未開拓の市場と短期間の認知獲得がかみ合って生まれたのに対し、ebayと対面取引の慣行が先にある米国では、スマホで手軽にという価値だけでは決め手にならなかった。同じ仕組みを持ち込むのではなく、同じ発明をもう一度やり直すことが求められたのだと思われる。 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4502/decisions/weber-ceo-2014/","t":"トップの外部登用に踏み切ったグローバル経営体制への転換","c":"武田薬品工業","y":2014,"col":"#E1242A","s":"創業家出身の武田國男氏から生え抜きの長谷川閑史氏へと続いた日本人トップが海外買収で事業を70カ国へ拡大したのち、買収先を統治できる経営人材を欠いたまま、英グラク…","x":"2014 武田薬品工業 クリストフ・ウェバー氏が社長就任 トップの外部登用に踏み切ったグローバル経営体制への転換 2014年6月にウェバー氏を社長へ招く。英グラクソ・スミスクライン出身の外国人トップを迎え、長谷川閑史社長が創業家中心の道を離れた 創業家出身の武田国男氏から生え抜きの長谷川閑史氏へと続いた日本人トップが海外買収で事業を70カ国へ拡大したのち、買収先を統治できる経営人材を欠いたまま、英グラクソ・スミスクライン出身のクリストフ・ウェバー氏を社長に招き、外国人トップによるグローバル経営体制へ移行した経営承継 経営を国籍から切り離した承継 この判断の核心は、海外で広げた事業を統治するために、経営そのものの国際化へ着手した点にある。武田は買収で世界に事業を広げながら、それを統括する経営者を社内で育てられずにいた。長谷川閑史氏と取締役会は、社内育成を待つのではなく、市場をよく知る外国人を外部から招く道を選んだ。200年余り創業家と生え抜きが担ってきた経営を、国籍を問わない一つの職務として開いたところに、この承継の性格がうかがえる。 トップ交代・承継 外部人材・プロ経営者 グローバル経営体制"},{"k":"decision","u":"/tse/4536/decisions/merck-eye-care-acquisition-2014/","t":"眼科用医薬品に加えた抗リウマチ薬事業の承継による製品群の拡張","c":"参天製薬","y":2014,"col":"#024097","s":"眼科領域で世界規模の売上を確立するため、既に販売実績のある緑内障製品群と各国での販売権を取得し、眼科以外の唯一の事業を売却して資源を集中した","x":"2014 参天製薬 米メルクの眼科事業譲受 眼科用医薬品に加えた抗リウマチ薬事業の承継による製品群の拡張 2014年5月に米メルクと譲受契約。日本・欧州・アジア太平洋地域の眼科用医薬品と関連権利を約600百万米ドルで譲り受け、翌年に抗リウマチ薬事業をあゆみ製薬へ承継 眼科領域で世界規模の売上を確立するため、既に販売実績のある緑内障製品群と各国での販売権を取得し、眼科以外の唯一の事業を売却して資源を集中した 販売実績のある薬を取得するということ 2014年の譲受と2015年の承継は、方向が逆に見えて一つの選択の表と裏にあたる。買ったのは緑内障・高眼圧症治療剤という眼科の中核と、それを各国で売るための権利であった。手放したのは抗リウマチ薬事業で、対価の450億円はそのまま眼科への投資余力になった。2年のあいだに参天製薬は、眼科以外の売上をゼロにし、眼科の売上を欧州とアジアへ広げている。買う判断と売る判断は別々の稟議を通ったはずだが、外から見れば同じ一つの線の上に並んでいる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 選択と集中 事業売却・撤退 欧州 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/4911/decisions/uotani-reform-2014/","t":"外部のプロ経営者に経営を委ねる決断と、「VISION 2020」の始動","c":"資生堂","y":2014,"col":"#BC1928","s":"国内偏重・多ブランドで停滞した老舗が、初の社外出身トップの下でブランド投資集中・地域本社制・グローバル化を進め、売上1兆円へ到達した構造改革","x":"2014 資生堂 魚谷雅彦氏が社長就任 外部のプロ経営者に経営を委ねる決断と、「vision 2020」の始動 2014年4月に魚谷雅彦氏を招聘。日本コカ・コーラ出身者を創業以来初の社外社長に据え、地域本社制と社内公用語の英語化を進めた 国内偏重・多ブランドで停滞した老舗が、初の社外出身トップの下でブランド投資集中・地域本社制・グローバル化を進め、売上1兆円へ到達した構造改革 外から来た変化の、その先 魚谷雅彦氏の招聘は、生え抜きの論理で回ってきた老舗が、外の視点に経営を委ねる思い切った選択であった。マーケティングの発想で投資を絞らずに攻め、社内の言葉づかいから組織のかたちまで作り替えて、資生堂を国内の盟主から世界で戦うブランド企業へと押し上げた——その成果は、2019年の1兆円という数字に一度は結実したとみられる。停滞した老舗にあっても、外部の経営者が変化を起こし得ることを、この時期の資生堂は示していた。 外部人材・プロ経営者 グローバル経営体制 選択と集中 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/4922/decisions/tarte-acquisition-2014/","t":"米メークアップブランドの株式93.5%取得による北米市場への参入","c":"コーセーホールディングス","y":2014,"col":"#418FDE","s":"アジアに偏っていた海外事業を北米へ拡大するため、現地の流通に食い込んだブランドを会社ごと取得する","x":"2014 コーセーホールディングス 「タルト」の株式取得 米メークアップブランドの株式93.5%取得による北米市場への参入 2014年3月に米タルトの株式譲渡契約を締結し、4月1日に議決権93.5%を取得。取得原価は13,642百万円で、のれん9,498百万円を13年で償却している アジアに偏っていた海外事業を北米へ拡大するため、現地の流通に食い込んだブランドを会社ごと取得する 売場を買うということ 取得原価13,642百万円から資産として残ったのは、のれん9,498百万円と商標権3,519百万円、顧客関連資産2,717百万円であった。工場も研究所も付いてこない。狭山と群馬に工場を構え、自社の研究所で処方を作ってきた会社が、ブランドと売場だけを買ったことになる。買収の理由として有価証券報告書が挙げるのも、北米における存在感を高め、新たな販路と顧客を獲得するという一点である。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 ブランド・マーケティング 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6098/decisions/ipo-2014/","t":"創業54年での東証一部上場——非上場のまま再建した元祖ベンチャーの株式公開","c":"リクルートHD","y":2014,"col":"#006EBC","s":"財務再建にめどをつけた会社が、グローバルなM&Aを加速する資金・信用・透明性を得るため、非上場を貫いてきた方針を転換して株式公開に踏み切った判断","x":"2014 リクルートhd 東証一部への新規上場 創業54年での東証一部上場——非上場のまま再建した元祖ベンチャーの株式公開 2014年10月に東証一部に上場。リクルートホールディングスは公開価格3,100円に対し初値3,170円、時価総額は約1兆8,200億円 財務再建にめどをつけた会社が、グローバルなm&aを加速する資金・信用・透明性を得るため、非上場を貫いてきた方針を転換して株式公開に踏み切った判断 市場を選んだベンチャーの、その後 この上場の核心は、資金の獲得そのものよりも、市場に依存せず再建を成し遂げた会社が、あえて株式市場へ歩み寄った点にあるだろう。有利子負債1.4兆円を本業のキャッシュだけで削減した経験は、上場という選択肢を切迫ではなく余裕の駒として扱う余地を経営に与えていた。追い込まれてではなく、業績を拡大する途上でグローバルm&aの原資と信用を獲得した判断には、危機発の資本政策とは異なる能動性がうかがえる。峰岸真澄社長が上場を目的でなく手段と言い切ったのも、その能動性の表れであったといえる。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6532/decisions/mbo-founder-exit-2014/","t":"創業者の持分縮小と、投資ファンドを主導役に据えた資本の組み替え","c":"ベイカレント","y":2014,"col":"#0C27F4","s":"創業者が保有する株式を経営陣へ譲渡することを目的に、ファンドの出資受入れの受皿会社を立てて全株式を取得し、吸収合併でファンドと専門経営者が組む体制へ組み替えた資…","x":"2014 ベイカレント sunrise主導のmbo 創業者の持分縮小と、投資ファンドを主導役に据えた資本の組み替え 2014年4月にバイロン・ホールディングスを設立しsunrise主導のmboを実施。6月に旧ベイカレントの全株式を取得し、創業者の江口新氏は再出資して持分を薄めた 創業者が保有する株式を経営陣へ譲渡することを目的に、ファンドの出資受入れの受皿会社を立てて全株式を取得し、吸収合併でファンドと専門経営者が組む体制へ組み替えた資本・経営の刷新 オーナー創業の限界を資本の組み替えで越える この判断の核心は、財務危機の回避ではなく、創業者が握る資本の構成そのものを組み替えた点にある。独立系の中堅が上流コンサルへ抜け出すには、高給の専門人材を継続して集め、案件を大型化する資金と、それを差配する専門経営者が要る。オーナー創業者が株式の多くを持つ体制のままでは、その両方を同時にそろえにくい。江口新氏はいったん全株式を譲渡し、そのうえで2,570,000千円を割当増資で引き受けて少数株主として戻った。所有をいったん解体してから配り直すこの手順が、ファンドの資本と外部の経営者を同じ株主名簿に並べることを可能にした。 mbo・非公開化 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/6752/decisions/automotive-battery-tesla-2014/","t":"ギガファクトリーへの生産設備ごとの踏み込みと、電池の主力の家電向けから自動車向けへの転換","c":"パナソニック","y":2014,"col":"#1450a0","s":"三洋買収で得た電池技術を車載用に生かし、テスラのギガファクトリーへ製造機能ごと参画して、家電からBtoBへ主力を転換した協業","x":"2014 パナソニック テスラとの車載電池協業 ギガファクトリーへの生産設備ごとの踏み込みと、電池の主力の家電向けから自動車向けへの転換 2014年7月にテスラとギガファクトリーでの協力に合意し、10月1日に包括契約を締結した。テスラが土地と建物を用意し、パナソニックがセル生産の設備に投資する 三洋買収で得た電池技術を車載用に生かし、テスラのギガファクトリーへ製造機能ごと参画して、家電からbtobへ主力を転換した協業 「対等を買う」の、車載版 この協業でパナソニックが引き受けたのは、電池を売ることではなく、他社の工場のなかへ自社の生産設備を置くことであった。テスラが土地・建物・工場設備を用意して管理し、パナソニックはセルの生産に要する設備・機械・治工具へ投資する——契約が定めた役割分担は、顧客の敷地に製造機能を預ける構えである。1952年のフィリップス提携で松下が販売力と経営力を対価に技術という足場を\"買った\"のに対し、ここでは電池技術を差し出して車という出口を得た。相手の強みに自分の別の強みをぶつけて釣り合いを取る呼吸は同じでも、教わる側と供給する側が入れ替わっていると推察される。 大型設備投資 収益モデル転換 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6758/decisions/sentaku-to-shuchu-2014/","t":"PC・電池・化学を資産と人員ごと手放し、五つの領域へ集中した構造改革","c":"ソニー","y":2014,"col":"#003366","s":"エレクトロニクスの行き詰まりと過去最大の純損失を受け、社長兼CEOの平井一夫氏が不振のPC・電池・化学の各事業を資産と人員ごと他社へ譲渡し、成長領域へ資源を集中…","x":"2014 ソニー vaioと電池事業の譲渡 pc・電池・化学を資産と人員ごと手放し、五つの領域へ集中した構造改革 2014年2月にpc事業の収束とテレビ事業の分社化を決議。vaio株式会社への譲渡は2014年7月1日に完了し、電池事業は2017年9月1日に村田製作所グループへ移った エレクトロニクスの行き詰まりと過去最大の純損失を受け、社長兼ceoの平井一夫氏が不振のpc・電池・化学の各事業を資産と人員ごと他社へ譲渡し、成長領域へ資源を集中させた構造改革。2018年3月期に連結営業利益7,349億円まで戻した 規模を縮めながら、雇用を壊さない この構造改革が示したのは、撤退にも値札があるという事実だった。pc事業の収束を決めた2013年度に長期性資産の減損12,817百万円を計上し、部品の補償費用や手元在庫の評価減、販売会社の規模縮小費用がそこへ重なった。一方で、vaio株式会社への譲渡そのものからは重要な追加損益が発生していない。譲渡は利益を生む取引ではなく、事業を畳むための費用を払い切る手続きだっただろう。工場を閉じずに事業ごと引き取り手を探す道は、雇用と地域への衝撃を薄めるかわりに、損失を会社が先に引き受けることを意味していた。 事業売却・撤退 選択と集中 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/7014/decisions/sasebo-acquisition-2014/","t":"株式交換を通じた傘下入りと、伊万里・函館を加えた3拠点体制の構築","c":"名村造船所","y":2014,"col":"#A51F24","s":"中韓勢のコスト攻勢と商船市況の変動に対し、函館どつくに続いて佐世保重工業を株式交換で完全子会社化し、伊万里・函館・佐世保の3拠点で国内最大級の生産網を構える規模…","x":"2014 名村造船所 佐世保重工業を完全子会社化 株式交換を通じた傘下入りと、伊万里・函館を加えた3拠点体制の構築 2014年5月に佐世保重工業の完全子会社化を決議。佐世保重工株1株に名村株0.128株を割り当て10月1日に効力発生 中韓勢のコスト攻勢と商船市況の変動に対し、函館どつくに続いて佐世保重工業を株式交換で完全子会社化し、伊万里・函館・佐世保の3拠点で国内最大級の生産網を構える規模拡大 拡大と縮小のあいだで この判断を、規模拡大の失敗という一語で片づけるのは早い。名村建介社長は現金を一円も出さずに245億円の買い物をした。対価は新株20,539,134株で、むしろ佐世保重工が抱えていた現金214億円がそのまま連結へ入っている。のれんが186百万円しか立たなかったことも見逃せない。払った額は相手の時価純資産とほぼ同じで、将来の超過収益力に上乗せを払っていない。手元資金を保ったまま竣工量国内3位の生産網を組むという意味では、取引の設計そのものは安く済んでいる。 連続買収・ロールアップ 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/7282/decisions/meteor-sealing-2014/","t":"シーリング事業の欧州拡張と、5年後の連結除外","c":"豊田合成","y":2014,"col":"#10355C","s":"欧州完成車メーカーとの取引と現地の技術・人材をまとめて取り込み、薄かった欧州のシーリング事業基盤を一挙に厚くする狙いの買収","x":"2014 豊田合成 独メテオール社の資産譲受 シーリング事業の欧州拡張と、5年後の連結除外 2014年に独メテオール社のゴム事業の資産を譲受。欧州の完成車向け基盤を得たが、2019年12月に全株式を手放し事業整理損失216億円を計上した 欧州完成車メーカーとの取引と現地の技術・人材をまとめて取り込み、薄かった欧州のシーリング事業基盤を一挙に厚くする狙いの買収 顧客を買収で得ることと、顧客に選ばれること この取引が示しているのは、製品で世界首位級であることと、その製品を別の商習慣のもとで売り切れることが別だという事実であった。ウェザストリップの設計・生産で高い水準を持つ会社が、同じ製品を作るドイツの会社を引き受けた——技術の重なりだけを見れば無理のない組み合わせで、資産譲受という慎重なスキームまで選んでいる。それでも欧州事業は苦戦が続いた。買えたのは工場と人と顧客名簿までで、現地の完成車メーカーが日本発の系列サプライヤーへ仕事を託す理由までは、資産に含まれていなかったのだろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) pmi・買収後統合 海外撤退・縮小 欧州 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7312/decisions/nationwide-recall-refusal-2014/","t":"NHTSAの要請を受け入れず原因究明を優先させる選択","c":"タカタ","y":2014,"col":"#E74622","s":"米当局が原因未特定のまま回収範囲の全米拡大を求めたのに対し、原因は調査中であるとして応じず、2015年3月期に製品保証引当金繰入額526億94百万円を特別損失へ…","x":"2014 タカタ 全米リコール拡大を拒否 nhtsaの要請を受け入れず原因究明を優先させる選択 2014年11月から12月にかけてnhtsaの全米リコール拡大要求に応じなかった。2015年3月期は製品保証引当金繰入額526億94百万円を特別損失に計上し、295億58百万円の最終赤字となった 米当局が原因未特定のまま回収範囲の全米拡大を求めたのに対し、原因は調査中であるとして応じず、2015年3月期に製品保証引当金繰入額526億94百万円を特別損失へ計上することとなった対応 原因の説明か、危険の除去か 原因が特定できていない部品を、同じ設計の部品に取り替えて回収したことにしてよいのか。この問いに対するタカタの答えは、技術者の順序としては筋が通っていた。インフレータが長期間高温多湿の環境下にさらされ、製造上の精度のばらつき等その他の要因が複合的に重なり合う場合に破損しうる、という理解へたどり着くまでに半年以上を要しており、同じ設計の部品への交換は解決の保証にならない。誤算は答えの中身ではなく、誰に向けて答えるかにあったと推察される。当局と米世論が求めていたのは原因の説明ではなく、危険の除去であった。 不祥事・信頼回復 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/7550/decisions/sukiya-oneope-2014/","t":"過重労働の露呈と第三者委員会の設置による労務体制の見直し","c":"ゼンショーホールディングス","y":2014,"col":"#0048A8","s":"「すき家」店舗の従業員の負担増を受けて第三者委員会を設置し、提言に沿って深夜帯の一人勤務体制を廃止、複数勤務体制の整わない店舗の深夜営業を休止した労務・ガバナン…","x":"2014 ゼンショーホールディングス すき家ワンオペ問題 過重労働の露呈と第三者委員会の設置による労務体制の見直し 2014年4月にすき家の労働環境改善へ着手。地域分社化と第三者委員会の設置を決め、久保利英明弁護士に委員の選定を任せた 「すき家」店舗の従業員の負担増を受けて第三者委員会を設置し、提言に沿って深夜帯の一人勤務体制を廃止、複数勤務体制の整わない店舗の深夜営業を休止した労務・ガバナンス対応 権限をどこに置くかという問い この判断は、深夜の店を閉めるかどうかの損得ではなく、店舗運営の権限をどこに置くかの組み替えであった。第三者委員会の提言を受けて会社がまず重要だと受け止めたのは労働時間の管理ではなく、持株会社と事業会社のあいだの権限の問題である。東京の本社が約2,000店をひとつの号令で動かす仕組みを7つの地域会社へ割り、あわせてすき家本部に社外取締役と常勤監査役を置いた。深夜の一人勤務は、その仕組みの末端に現れた症状にすぎず、1,167店の深夜営業を畳んだのは症状ではなく仕組みのほうに手を入れた結果なのだろう。 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/7564/decisions/data-management-2014/","t":"土屋哲雄氏の参画と、あわせて掲げた「しない経営」への転換","c":"ワークマン","y":2014,"col":"#FFA902","s":"成長の伸びしろが限られた作業服専業から抜け出すため、外部人材を招いて全社員のデータ経営を構築し、無理をしない「しない経営」で社風を保ちながら次の成長の土台を組ん…","x":"2014 ワークマン 「データ経営」への転換 土屋哲雄氏の参画と、あわせて掲げた「しない経営」への転換 2014年3月にデータで動かす経営へ移行。三井物産出身の土屋哲雄氏を2012年に招き、勘と経験の商売を全社員のデータ活用へ替えた 成長の伸びしろが限られた作業服専業から抜け出すため、外部人材を招いて全社員のデータ経営を構築し、無理をしない「しない経営」で社風を保ちながら次の成長の土台を組んだ転換 「しない」ことと、データで「する」こと この転換の核心は、相反する二つの原則を同時に置いた点にある。データ経営は、勘と経験を数字で置き換える徹底した\"する\"経営である。一方の\"しない経営\"は、急拡大やノルマで社員を追い立てない\"しない\"経営である。多くの企業変革は、数値目標を課して現場を締め上げる方向へ傾きがちだが、ワークマンは逆に、数字を徹底して使いながら、人には無理をさせなかった。土台をデータで固め、挑戦は無理のない速さで積む。この組み合わせが、専業企業の変革を長続きするものにした。 デジタル化・dx 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/7944/decisions/mbo-2014/","t":"創業者の反発の中でのMBOによる非公開化","c":"ローランド","y":2014,"col":"#FF5A00","s":"上場を離れて株価・短期利益の制約を外し、拠点統廃合や製品点数削減といった構造改革を非公開下で一気に進めるための資本政策","x":"2014 ローランド 常若コーポレーションの子会社化 創業者の反発の中でのmboによる非公開化 2014年5月にローランドがmboを発表。三木純一社長が米タイヨウ・ファンドと組み、spc常若コーポレーションを通じて全株式を取得へ 上場を離れて株価・短期利益の制約を外し、拠点統廃合や製品点数削減といった構造改革を非公開下で一気に進めるための資本政策 効率の論理と、創業者の理念 この判断の核心には、成熟し変質する電子楽器市場のなかで4期連続赤字を抱えた事業を、上場の制約のもとで立て直すことの難しさがあった。株価や短期の利益から離れ、拠点統廃合や製品点数の削減を非公開下で一気に進める——資本政策としてのmboは、改革の速度を優先する経営陣にとって理にかなった選択であっただろう。ただ、その対象が創業者みずから育て、世界共通規格midiとともに音楽産業に足跡を残した会社であったために、判断は財務や手続きの当否を超えて、会社が誰のものかという問いにまで及んだ。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 創業家・同族 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8133/decisions/car-dealer-entry-2014/","t":"買収を足がかりとした、自動車ディーラー事業への本格参入","c":"伊藤忠エネクス","y":2014,"col":"#002F87","s":"燃料販売とCS運営の枠を超えて自動車関連事業へ本格参入し、カーライフ領域のバリューチェーンを押さえるための子会社化","x":"2014 伊藤忠エネクス 大阪カーライフグループ買収 買収を足がかりとした、自動車ディーラー事業への本格参入 2014年4月に大阪カーライフグループを買収。伊藤忠エネクスが51.95%を取得し、日産大阪販売を傘下に自動車ディーラー事業へ参入した 燃料販売とcs運営の枠を超えて自動車関連事業へ本格参入し、カーライフ領域のバリューチェーンを押さえるための子会社化 燃料が減る時代に、何を販売する会社であるか 給油所を持つ会社が自動車ディーラーを買うという判断は、事業の連続性という点では理解しやすい。同じ顧客に対して、燃料を売るか、車を売るかの違いにすぎないからである。ただ、その選択が意味するところは軽くない。燃料の卸売は仕入と販売の差で稼ぐ商売で、扱う量が業績を決める。対して車の販売は在庫と店舗と人員を抱える小売であり、収益の作り方も必要な経営の技術も異なる。61億円という金額の小ささに比べて、会社の性格に与えた影響は大きかったとみられる。 垂直統合・内製化 隣接領域への展開 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/8174/decisions/subsidiary-share-exchange-2014/","t":"都市ガス子会社4社を株式交換で完全子会社化しグループの意思決定を一本化","c":"日本瓦斯","y":2014,"col":"#089F99","s":"ガス料金の全面自由化を前に、上場子会社の少数株主を挟んだ二重の意思決定を解き、料金・調達・保安の判断を一つに集約する再編","x":"2014 日本瓦斯 東日本ガスなど4社を株式交換 都市ガス子会社4社を株式交換で完全子会社化しグループの意思決定を一本化 2013年12月に上場2社を含むガス4社の統合を決めた。日本瓦斯が東日本ガス・新日本瓦斯・東彩ガス・北日本ガスを株式交換で取り込んだ ガス料金の全面自由化を前に、上場子会社の少数株主を挟んだ二重の意思決定を解き、料金・調達・保安の判断を一つに集約する再編 設立した子会社を畳むための第一歩 2014年の株式交換それ自体は、少数株主から持分を買い取る地味な手続きにすぎない。ただ、この取引がなければ、その後の10年に起きたことの多くは進まなかったとみられる。都市ガス小売への参入も、東京電力との合弁も、小売機能の本体集約も、4社それぞれの取締役会と少数株主の同意を要する構造のままでは、決めるたびに時間がかかる。自由化の日程が先に決まっている以上、決め方の側を先に直す順番であった。 上場廃止・親子上場解消 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/8411/decisions/committee-governance-2014/","t":"監督と経営を分離し、社外取締役を中心とする3委員会へ統治を組み替えた機関設計の転換","c":"みずほフィナンシャルグループ","y":2014,"col":"#183181","s":"反社会的勢力との取引で二度の業務改善命令を受けた翌年度、監査役会設置会社をやめて委員会設置会社へ移り、取締役会の監督と執行役の業務執行を分離し、社外取締役中心の…","x":"2014 みずほフィナンシャルグループ 委員会設置会社へ移行 監督と経営を分離し、社外取締役を中心とする3委員会へ統治を組み替えた機関設計の転換 2014年6月に委員会設置会社へ移行。反社会的勢力との取引で二度の業務改善命令を受けた翌年度、取締役13名のうち社外6名とし、指名・報酬の両委員会を全員社外取締役で構成した 反社会的勢力との取引で二度の業務改善命令を受けた翌年度、監査役会設置会社をやめて委員会設置会社へ移り、取締役会の監督と執行役の業務執行を分離し、社外取締役中心の3委員会に人事と報酬を委ねた機関設計の転換 人事の決定権を、社外へ預けた この移行の芯は、機関設計の看板を替えたことではなく、人事の決定権を社外へ預けた点にある。指名委員会は自社の取締役候補を決めるだけでなく、みずほ銀行・みずほ信託銀行・みずほ証券の取締役の選解任と代表取締役の選定までを承認する。旧3行の均衡を保つ人事が統合以来の宿痾であったことを思えば、その配分を委員長も委員も全員が社外という場へ移した意味は重い。反社会的勢力との取引で二度の命令を受けた直後に、法令遵守の手続きではなく人事の仕組みを組み替えたところに、この判断の踏み込みがうかがえる。 機関設計・取締役会改革 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/8591/decisions/shift-to-investment-company-2014/","t":"リース・融資という金融の型を捨て、自己資金を投じる側への立ち位置の移行","c":"オリックス","y":2014,"col":"#003c80","s":"低金利でリース本業の利幅が縮むなか、融資（デット）中心の収益構造を自己資金による事業投資（エクイティ）へ組み替え、リースの草分けを事業投資会社へ転換した戦略判断","x":"2014 オリックス リーマン後の事業投資転換 リース・融資という金融の型を捨て、自己資金を投じる側への立ち位置の移行 2014年に事業投資会社へ舵を切る。リーマン後に融資中心の商売から自己資金を投じるエクイティ型へ移り、旅館やホテルの運営や中堅企業への出資まで拡大した 低金利でリース本業の利幅が縮むなか、融資(デット)中心の収益構造を自己資金による事業投資(エクイティ)へ組み替え、リースの草分けを事業投資会社へ転換した戦略判断 身軽さを強みと読み替える この転換の要点は、稼ぎ方を金利差から投資リターンへ移したことと、免許や設備という\"基盤\"を持たない身軽さを弱みでなく強みと読み替えたことにあっただろう。手持ち資金で回収期限に縛られずに投資できる立ち位置は、借入依存のファンドとは異なる時間軸を同社に与えた。リーマンショックで負った傷が、逆に過剰レバレッジと決別する契機になった点も見落とせない。 祖業・主力事業の転換 収益モデル転換 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/9022/decisions/linear-self-funded-2014/","t":"外部資金に頼らない全額自己負担での新線建設という選択","c":"東海旅客鉄道","y":2014,"col":"#ED6D00","s":"運賃収入の約9割を東海道新幹線に依存する構造のもと、輸送力が限界に近づいた大動脈の代替路線を自社で確保するため、国費に頼らず全額自己負担で中央新幹線を建設する長…","x":"2014 東海旅客鉄道 リニア中央新幹線を自己負担建設 外部資金に頼らない全額自己負担での新線建設という選択 2014年10月にリニア中央新幹線へ着工した。jr東海が品川〜名古屋間の工事実施計画認可を受け、全額自己負担で建設する巨大事業に踏み出した 運賃収入の約9割を東海道新幹線に依存する構造のもと、輸送力が限界に近づいた大動脈の代替路線を自社で確保するため、国費に頼らず全額自己負担で中央新幹線を建設する長期の資本配分 自前で国家インフラを背負うということ この判断の核心は、国家的な高速鉄道を一民間企業が全額自己負担で建設するという、世界にも例の乏しい選択にあった。動機は理念よりも防衛に近い。東海道新幹線という一本の大動脈へ運賃収入の9割を委ねる会社にとって、次世代路線の主導権を他社や国に渡すことは、稼ぎ頭の足元を崩されかねない危うさをはらんでいた。実験線の負担を買って出てまで事業主体を確保し、着工へと押し進めた——一本の路線に絞って得た利益を、その集中がもたらす脆さを補うための巨大投資へ振り向ける構図であったのだろう。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9024/decisions/cerberus-tob-relisting-2014/","t":"TOB阻止と東証一部への再上場","c":"西武ホールディングス","y":2014,"col":"#002F87","s":"再上場の条件をめぐり対立した筆頭株主サーベラスのTOBを経営陣と個人株主が退け、サーベラスの持ち株比率を維持したまま東証一部への再上場を実現した","x":"2014 西武ホールディングス サーベラスのtob阻止 tob阻止と東証一部への再上場 2013年3月にサーベラスのtobを退けた。西武ホールディングスの筆頭株主による買い付けに後藤高志社長らが反対を表明し、応募は上限を大きく下回った 再上場の条件をめぐり対立した筆頭株主サーベラスのtobを経営陣と個人株主が退け、サーベラスの持ち株比率を維持したまま東証一部への再上場を実現した 買収防衛でなく、信頼の立て直しで得た再上場 サーベラスとの攻防で経営陣の対応が際立つのは、買収防衛策のような制度的な仕組みに頼るのではなく、個人株主・メインバンク、そして創業家という、いずれも2004年の事件で傷んだ信頼の当事者たちを取りまとめ直すことで対抗した点にある。堤義明氏が後藤体制を支持したという事実は、上場廃止から再上場までの10年が、単なる財務再建ではなく、経営の正統性を築き直す過程であったことを示している。 アクティビスト・株主提案対応 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/9101/decisions/car-carrier-cartel-2014/","t":"排除措置命令を争わず131億円を納め、対応の軸を海外当局へ移した選択","c":"日本郵船","y":2014,"col":"#CC0000","s":"自動車等の海上輸送をめぐる独占禁止法違反で公正取引委員会の排除措置命令と課徴金納付命令を受け、審判で争うか納付して海外当局の調査対応へ移るかの選択を迫られた","x":"2014 日本郵船 自動車船カルテルの課徴金受諾 排除措置命令を争わず131億円を納め、対応の軸を海外当局へ移した選択 2014年3月、自動車等の海上輸送をめぐり公正取引委員会から排除措置命令と課徴金納付命令を受けた。審判を請求せず131億円を納付し、欧州当局と豪州向けにはのちに約195億円を引き当てている 自動車等の海上輸送をめぐる独占禁止法違反で公正取引委員会の排除措置命令と課徴金納付命令を受け、審判で争うか納付して海外当局の調査対応へ移るかの選択を迫られた 争わずに納めるという選択 同じグループが5年の間に二度、独占禁止法違反の処分を受け、二度とも別の道を選んだ点にこの案件の芯がある。子会社の郵船航空サービスは命令に承服せず審判を請求し、審理は1年3か月に及んだ。本体は処分から1か月半で争わないと決め、13,101百万円を納めている。争って勝つ見込みよりも、まだ結論の出ていない海外当局の調査と集団民事訴訟にどれだけ資源を残せるかを重く見た判断だったと推察される。日本での決着を先に確定させたことで、その後の交渉相手は欧州と豪州に絞られた。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/9104/decisions/car-carrier-cartel-leniency-2014/","t":"立入検査より前に違反行為を止め、自ら申告する側に回って命令を免れた選択","c":"商船三井","y":2014,"col":"#003B7A","s":"完成自動車車両の海上輸送をめぐる独占禁止法違反の疑いで立入検査を受けた商船三井は、検査より前に違反行為を取り止め、課徴金減免制度の適用を申請した。2014年3月…","x":"2014 商船三井 自動車船カルテルで課徴金減免申請 立入検査より前に違反行為を止め、自ら申告する側に回って命令を免れた選択 2014年3月に公正取引委員会が特定自動車運送業務の取引で排除措置命令と課徴金納付命令を出した。商船三井は課徴金減免制度の適用を申請して認められ命令を受けず、連結子会社の日産専用船は減額にとどまり両命令を受けている 完成自動車車両の海上輸送をめぐる独占禁止法違反の疑いで立入検査を受けた商船三井は、検査より前に違反行為を取り止め、課徴金減免制度の適用を申請した。2014年3月の排除措置命令・課徴金納付命令をいずれも免れた一方、連結子会社の日産専用船は減額にとどまり両命令を受けた 申告する側に回るということ この判断の芯は、違反をどう弁明するかではなく、誰よりも先に申告する側へ回るかどうかにあった。立入検査より前に違反のある行為を取り止め、課徴金減免制度の適用を申請するという手順を踏んだ結果、商船三井は排除措置命令も課徴金納付命令も受けていない。違反があったと認定されながら命令を免れるという結末は、制度が設計どおりに働いた証しであると同時に、同じ事件で連結子会社の日産専用船が減額どまりで両命令を受けたという事実と並べたとき、申告の早さそのものが処分の重さを決めたことを示している。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/9301/decisions/nihonbashi-office-conversion-2014/","t":"日本橋の物流拠点を建て替え、賃貸オフィスとして収益を得る形への切り替え","c":"三菱倉庫","y":2014,"col":"#D61218","s":"都心に長く保有した倉庫用地を、外観保存を条件に地上18階の賃貸オフィスビルへ建て替え、保管の場から賃料収入を生む床へ用途を替えた投資判断","x":"2014 三菱倉庫 江戸橋倉庫ビルの用途転換 日本橋の物流拠点を建て替え、賃貸オフィスとして収益を得る形への切り替え 2010年1月に江戸橋倉庫ビルの用途転換。1930年竣工の外壁を7割残して地上18階へ建て、2014年9月に日本橋ダイヤビルディングが竣工 都心に長く保有した倉庫用地を、外観保存を条件に地上18階の賃貸オフィスビルへ建て替え、保管の場から賃料収入を生む床へ用途を替えた投資判断 残した外壁と、入れ替えた中身 歴史的建造物の保存という枠だけで読むと、この工事の芯を取り逃がす。三菱倉庫がここで行ったのは、簿価849億円に対し時価2,650億円という含みを抱えたまま眠っていた都心の土地を、賃料を生む18階分の床へ入れ替える資本の組み替えであった。外壁7割の保存は、その組み替えを地域と行政に受け入れてもらうために引き受けた条件でもあったのだろう。発祥の地という言葉は、余分な費用と工期を払う理由としても働いた。 収益モデル転換 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9302/decisions/holding-company-buyouts-2014/","t":"持株会社への移行とのれん減損254億円と分社の再統合","c":"三井倉庫ホールディングス","y":2014,"col":"#E60012","s":"持株会社移行とメーカー系物流子会社の連続取得で事業を拡大したが、買収先ののれん等の減損254億円で純損失に転落し、経営体制の交代と分社事業の再統合で立て直しを図…","x":"2014 三井倉庫ホールディングス ソニー系物流子会社の取得 持株会社への移行とのれん減損254億円と分社の再統合 2014年10月に三井倉庫ホールディングスへ改称。ソニーの物流子会社などの取得を重ね、2017年3月期に減損損失254億78百万円を計上した 持株会社移行とメーカー系物流子会社の連続取得で事業を拡大したが、買収先ののれん等の減損254億円で純損失に転落し、経営体制の交代と分社事業の再統合で立て直しを図った構造改革 拡大してから集約し直すということ この一連を買収の失敗とだけ読むのは、話を単純にしすぎるだろう。持株会社への移行と、ソニーサプライチェーンソリューションの株式66%を約180億円で取得したメーカー系子会社の連続買収は、荷主の物流子会社を取り込んで3plとサプライチェーン管理の基盤を一気に広げる戦略として、それ自体は筋が通っていた。難しさがあったのは拡大の向きではなく、買収価格に織り込んだ将来収益の見立てと、取り込んだ機能を採算へ集約し直す速度のほうであった。見込みと現実の差が、2017年3月期の254億円の減損として一度に表面化したとみられる。 持株会社化・グループ再編 連続買収・ロールアップ リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9404/decisions/hulu-japan-2014/","t":"持分の全部取得による定額動画配信への参入","c":"日本テレビホールディングス","y":2014,"col":"#8497A1","s":"配信技術によってテレビ番組の視聴経路が広がるなか、サービスを一から立ち上げず、外資が日本から退く既存プラットフォームを会員・技術ごと持分で引き取った","x":"2014 日本テレビホールディングス hulu日本事業の承継 持分の全部取得による定額動画配信への参入 2014年2月26日にフールージャパン合同会社と持分取得契約を締結。4月1日付でhulu日本事業の運営会社hjホールディングス合同会社の全持分を36億7,600万円で取得し、定額制動画配信に参入した 配信技術によってテレビ番組の視聴経路が広がるなか、サービスを一から立ち上げず、外資が日本から退く既存プラットフォームを会員・技術ごと持分で引き取った 赤字を承知で時間を買う サービスを一から立ち上げる案はとらなかった。2014年4月に日本テレビ放送網が36億7,600万円で引き取ったのは、月額933円で1万3,000本以上を配信し、会員と技術と契約を抱えた稼働中のプラットフォームであった。当年度の営業損失予想を30億円と置き、黒字化の目標を2016年度に定めたうえでの参入であり、赤字を承知で時間を買う判断だったのだろう。のれんが1億7,600万円にとどまり一括償却で済んだことは、値段の大半が将来の超過収益力ではなく、手元の資産と負債に対して払われたことを示している。 デジタル化・dx プラットフォーム・標準化 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9468/decisions/dwango-merger-2014/","t":"共同株式移転による持株会社の設立と対等統合の選択","c":"KADOKAWA","y":2014,"col":"#000066","s":"紙の出版市場が縮小するなかで、CGMの拡大を見据えた角川歴彦会長が、ドワンゴのネットプラットフォームと後継の経営者を同時に得るため、共同株式移転による対等統合を…","x":"2014 kadokawa ドワンゴとの経営統合 共同株式移転による持株会社の設立と対等統合の選択 2014年5月にドワンゴとの経営統合を締結。共同株式移転で両社の完全親会社を設立し、10月1日に発足して東京証券取引所第一部へ上場 紙の出版市場が縮小するなかで、cgmの拡大を見据えた角川歴彦会長が、ドワンゴのネットプラットフォームと後継の経営者を同時に得るため、共同株式移転による対等統合を選んだ判断 会社を渡して人を得るということ 旧メディアと新メディアの融合という当時の惹句は、この統合の芯を外している。売上高で4倍の差がある側が51対49の少数を受け入れ、株式移転比率でもドワンゴを高く評価した事実は、事業の掛け算からは説明がつかない。角川歴彦会長が会見で真っ先に語ったのも、統合の相乗効果ではなく、若い経営者である川上氏を迎え入れられたことへの安堵であった。71歳の経営者が後継者を社外から迎えるために会社ごと預けた判断と思われる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/mori-building/decisions/toranomon-hills-2014/","t":"立体道路制度を使った環状第二号線上空への超高層建設","c":"森ビル","y":2014,"col":"#9FA0A0","s":"1989年の立体道路制度の創設で道路の上下空間に建物を建てられるようになり、地上で用地を確保できずに半世紀動かなかった区間が、公共事業と一体の再開発として成立し…","x":"2014 森ビル 虎ノ門ヒルズ森タワーの竣工 立体道路制度を使った環状第二号線上空への超高層建設 2009年に環状第二号線の特定建築者となる。1946年決定の道路の上下空間に立体道路制度で高さ247メートルのタワーを建てた 1989年の立体道路制度の創設で道路の上下空間に建物を建てられるようになり、地上で用地を確保できずに半世紀動かなかった区間が、公共事業と一体の再開発として成立した 用地を取得せずに建てるという入り方 アークヒルズでは敷地の4分の3を買い、六本木ヒルズでは保有を3分の1に抑えた会社が、虎ノ門では用地の買収そのものを事業の外へ出した。1946年の道路計画が半世紀動かなかった理由も、森ビルが土地を買えなくなった理由も、ともに用地の取得にある。1989年の立体道路制度は、その二つの行き詰まりを道路の上下を分ける一点で解いた。都が用地をまとめ、森ビルは特定建築者として保留床を得る。創業の地へ戻る道は、土地を持たない形でしか開かなかったのだろう。 大型設備投資 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/suntory/decisions/beam-acquisition-2014/","t":"自前で育てれば30年かかる時間を、買収で一気に縮める選択","c":"サントリーホールディングス","y":2014,"col":"#5BC2DC","s":"国内市場の縮小とキリンとの統合破談で単独成長を迫られたなか、蒸留酒の本場である米国の大手を買収することで、自前では30年かかる海外展開の時間を短縮する","x":"2014 サントリーホールディングス 1兆円超で米ビーム買収 自前で育てれば30年かかる時間を、買収で一気に縮める選択 2014年1月に米ビームを1兆円超で買収。買収額は160億ドル・約1兆6500億円で、2013年度の売上高2兆円に迫った 国内市場の縮小とキリンとの統合破談で単独成長を迫られたなか、蒸留酒の本場である米国の大手を買収することで、自前では30年かかる海外展開の時間を短縮する 37年前に語られた目標との対応 この買収は、37年前に社長が語っていた目標と正確に対応している。1977年、佐治敬三氏は取材の最後にこう述べていた。国産ウイスキーを米国市場へ持ち込む道は結局開かず、代わりに米国のバーボンメーカーを買う形で市場そのものを獲得した。手段は違うが、狙った市場は同じである。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 資金調達・財務戦略 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/1333/decisions/aqli-foods-contamination-2013/","t":"農薬混入事件への危機対応と、グループ中核6社を1社へ統合する純粋持株会社体制の解消","c":"Umios","y":2013,"col":"#FA0014","s":"グループ会社アクリフーズの群馬工場で起きた農薬混入事件を受けて製品を回収し、第三者検証委員会の提言を踏まえた再発防止に着手する一方、事件の2か月前に決議していた…","x":"2013 umios アクリフーズ事件と6社合併 農薬混入事件への危機対応と、グループ中核6社を1社へ統合する純粋持株会社体制の解消 2013年年末にアクリフーズ群馬工場の冷凍食品で農薬混入が発覚し、製品回収関連費用5,042百万円を特別損失に計上。2014年4月に持株会社を含む中核6社が合併し、純粋持株会社体制を解消した グループ会社アクリフーズの群馬工場で起きた農薬混入事件を受けて製品を回収し、第三者検証委員会の提言を踏まえた再発防止に着手する一方、事件の2か月前に決議していた中核6社の合併を2014年4月1日に実施して純粋持株会社体制を解消した 合併した会社に統制を据え直す この決断を事件への対応として読むと、順序を取り違える。中核6社の吸収合併契約が締結されたのは2013年10月28日で、農薬混入が発覚する2か月前である。掲げた狙いも、よりシンプルな体制の下での一層の経営合理化・効率化であって、品質管理ではなかった。事件が変えたのは合併の中身ではなく、その意味だとみられる。別法人として並んでいた5社を1社へ畳む作業は、事件の直後には、グループガバナンスを強化する仕組みとしても働いた。同じ2014年4月1日に社長直轄の危機管理再構築委員会が置かれたのは、新会社ができたその日に統制の担い手を据えたということでもある。 不祥事・信頼回復 雇用・労使 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/1719/decisions/merger-ando-hazama-2013/","t":"同業との一体化と、株式会社安藤・間としての再出発","c":"安藤・間","y":2013,"col":"#005BAC","s":"縮小する国内建設市場で単独では規模の壁に阻まれる準大手2社が、土木の間組と建築の安藤建設という補完関係を生かし、受注の幅と事業規模を確保した合併","x":"2013 安藤・間 安藤建設と合併 同業との一体化と、株式会社安藤・間としての再出発 2012年5月に安藤建設との合併契約を締結し、2013年4月1日に合併した。合併比率は安藤建設1株に対し間組0.53株、負ののれん発生益は10,089百万円 縮小する国内建設市場で単独では規模の壁に阻まれる準大手2社が、土木の間組と建築の安藤建設という補完関係を生かし、受注の幅と事業規模を確保した合併 土木と建築を一つにするということ この合併を\"対等合併\"\"ベストパートナー\"という言葉だけで読むと、芯を外す。中心にあるのは、2003年の資本業務提携から10年をかけて築いた関係について、提携のままでは規模の壁を越えられないと見切ったことである。会社分割で身軽になった間組の合併直前の売上高は1,979億円で足踏みしており、一方で受け入れた安藤建設の資産と負債の純額は取得原価9,242百万円を上回って、負ののれん発生益10,089百万円が立った。安く買えたというより、単独では積み上がらない規模を株式の交付だけで獲得した取引だったとみられる。 合併・経営統合 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/1942/decisions/tepco-antitrust-suspension-2013/","t":"独占禁止法違反の命令確定を受け、主戦場である民間工事の営業を止めた対応","c":"関電工","y":2013,"col":"#1E3C82","s":"東京電力発注工事をめぐる独占禁止法違反で排除措置命令と課徴金納付命令を受け、その確定に伴う60日間の営業停止処分を受け入れたうえで、独占禁止法遵守ガイドラインの…","x":"2013 関電工 東京電力発注工事で営業停止 独占禁止法違反の命令確定を受け、主戦場である民間工事の営業を止めた対応 2013年12月に東京電力発注工事をめぐる独占禁止法違反で排除措置命令と課徴金納付命令を受けた。2014年4月10日には国土交通省から営業停止処分を命じられ、全国の電気工事業のうち民間工事に係る営業を60日間停止した 東京電力発注工事をめぐる独占禁止法違反で排除措置命令と課徴金納付命令を受け、その確定に伴う60日間の営業停止処分を受け入れたうえで、独占禁止法遵守ガイドラインの全面見直しと定期的な教育研修に取り組んだ 四割の発注者と、民間工事の停止 この処分が重かったのは、止められた範囲が主戦場そのものと重なっていたからだと思われる。停止を命じられたのは全国における電気工事業に関する営業のうち民間工事に係るもので、売上の4割弱を占める東京電力向けの工事はこの範囲に入る。違反の舞台となった発注者への営業が、そのまま60日間閉ざされる格好になった。官公庁の発注する工事が範囲から外れていることを思えば、処分の設計は建設業の営業の実態に即して、痛みの所在を正確に突いている。 不祥事・信頼回復 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/2154/decisions/listing-upgrade-2013/","t":"ジャスダックから最上位区分まで、6年半をかけた段階的な格上げ","c":"オープンアップグループ","y":2013,"col":"#ED6C00","s":"取引所再編に受け身で流されてきた上場区分を、株式分割と業績回復を揃えたうえで自らの手で最上位へ引き上げ、採用と買収の土台にする判断","x":"2013 オープンアップグループ 東証一部へ市場変更 ジャスダックから最上位区分まで、6年半をかけた段階的な格上げ 2013年12月3日に東証一部へ指定替え。2007年6月の新規上場から二度の株式分割を挟み、段階を踏んで上位市場へ 取引所再編に受け身で流されてきた上場区分を、株式分割と業績回復を揃えたうえで自らの手で最上位へ引き上げ、採用と買収の土台にする判断 移動の半分は自分で決めたものではなかった 6年半で5つの市場名を渡り歩いた経路のうち、会社が自ら決めたのは2013年8月と12月の二段だけであった。2010年4月の大証jasdaq移行も、2022年4月のプライム移行も、取引所側の再編に伴う受け身の移動にあたる。自分で決められる部分が限られているからこそ、決められる二段のために1株を100株に割り、監査法人へ225万円のアドバイザリー報酬を払うという段取りが組まれた。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/2181/decisions/intelligence-acquisition-2013/","t":"全株式取得による転職メディア・人材紹介事業の取り込み","c":"パーソルホールディングス","y":2013,"col":"#333333","s":"派遣単一の収益構造に、転職メディアと人材紹介という別の接点を買収で加え、人材市場の各領域を持株会社の下に揃えた","x":"2013 パーソルホールディングス インテリジェンスhd買収 全株式取得による転職メディア・人材紹介事業の取り込み 2013年3月にインテリジェンスhd買収。テンプホールディングスが普通株式と新株予約権の全部を取得原価512億円で取得し、翌4月26日に子会社化した 派遣単一の収益構造に、転職メディアと人材紹介という別の接点を買収で加え、人材市場の各領域を持株会社の下に揃えた 派遣会社が求職者との接点を買収で得た意味 この買収を、規模の追求として読むと半分しか見えない。テンプホールディングスが払った取得原価は512億円だが、企業結合日に受け入れた資産は327億円で、引き受けた負債376億円がそれを上回っていた。つまり帳簿上の純資産はマイナスであり、払った額はほぼそのまま563億円ののれんとして資産に立っている。買ったのは貸借対照表に載る資産ではなく、求職者が転職を考えたときに最初に開く画面であった。派遣会社は就業先の求人に対して登録者を送り出す立場にあり、求職者との関係は仕事の斡旋を通じてしか結べない。転職メディアと人材紹介を抱えることは、その関係を派遣の外側にも持つという意味を含む。2019年に\"an\"を畳んで doda に集めた選択も、媒体を集めることではなく接点を絞ることに主眼があったとみられる。 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/2587/decisions/ipo-2013/","t":"親会社を非公開に保ったまま、傘下の事業会社だけを東証一部へ送り出す形","c":"サントリービバレッジ&フード","y":2013,"col":"#5BC2DC","s":"成熟した国内飲料市場を越え、東南アジアなど成長市場でのM&Aを続けるための資金と対外信用力を、親会社を非上場に保ったまま事業会社の上場で確保する","x":"2013 サントリービバレッジ&フード 飲料子会社の単独上場 親会社を非公開に保ったまま、傘下の事業会社だけを東証一部へ送り出す形 2013年5月に飲料子会社の単独上場。サントリー食品インターナショナルが公開価格3,100円で東証一部へ時価総額約9,700億円 成熟した国内飲料市場を越え、東南アジアなど成長市場でのm&aを続けるための資金と対外信用力を、親会社を非上場に保ったまま事業会社の上場で確保する 非上場の思想と、市場から得た資金 この判断の核心には、グループ全体の独立性を守りながら、成長事業の資金だけを外から調達したいという二律を、どう両立させるかという問いがある。サントリーグループは長く非上場を貫き、四半期ごとの市場の評価に縛られない経営を強みとしてきた。その思想を頂点で保ったまま、飲料という最も外へ広がる事業だけを切り出して上場させた組み立ては、独立性と資金調達力のどちらも手放さないための折衷であったとみられる。 上場・ipo・市場変更 分社・スピンオフ・子会社上場 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/2685/decisions/adastria-holding-multibrand-2013/","t":"複数ブランドを一社に集約するマルチブランドSPAへの再編","c":"アンドエスティHD","y":2013,"col":"#333333","s":"縦割りのブランド専門店を、株式交換によるM&Aと会社分割による持株会社化で統合し、2年後に持株会社を解消して事業会社へ再集約、商号をポイントからアダストリアへ改…","x":"2013 アンドエスティhd アダストリアへの持株会社移行 複数ブランドを一社に集約するマルチブランドspaへの再編 2013年9月にアダストリアへの持株会社移行。ポイントがトリニティアーツなどと統合し2年後に持株会社を解消して事業会社へ 縦割りのブランド専門店を、株式交換によるm&aと会社分割による持株会社化で統合し、2年後に持株会社を解消して事業会社へ再集約、商号をポイントからアダストリアへ改めた組織再編(マルチブランド経営への転換) 一ブランド企業から多ブランドの持株会社へ この決断の核心は、ブランド別の専門店を寄せ集めた会社から、複数ブランドを一つの企業ブランドの下に統括する会社へと、組織そのものを組み替えた点にある。2013年に持株会社を立て、2015年にそれを畳むという1年半の回り道は、統合の実務が容易でないことを映す。商品企画も物流も、会社の箱を分けたり統合したりするだけでは噛み合わず、いったん増えた重複と経費を、再び一体化して削り直す必要があった。それでも、ポイントという創業以来の名を手放してアダストリアを掲げた選択は、一ブランドの成功体験に縛られない多ブランド経営への転換点となった。 持株会社化・グループ再編 低価格・コストリーダーシップ 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/3038/decisions/acquisition-2013/","t":"クックイノベンチャーを受け皿にした外食10社の取り込みと外食への本格参入","c":"神戸物産","y":2013,"col":"#00B180","s":"自前の外食が伸び悩むなか、グループ工場で生産した食材の提供先として、上場3社を含む外食企業集団を出資と融資で一括して傘下に収めた買収","x":"2013 神戸物産 ジー・コミュニケーション取得 クックイノベンチャーを受け皿にした外食10社の取り込みと外食への本格参入 2013年4月に外食10社を子会社化。新設のクックイノベンチャーがジー・コミュニケーション全株を取得し、上場3社を傘下へ 自前の外食が伸び悩むなか、グループ工場で生産した食材の提供先として、上場3社を含む外食企業集団を出資と融資で一括して傘下に収めた買収 出口を買収した判断が残したもの この買収の設計は、神戸物産の買い物の作法をよく表している。株式そのものの取得価額は5,000千円にすぎず、支配獲得日からみなし取得日までに実行した貸付金等66億17百万円と合わせて、取得のための支出は43億1百万円になった。議決権18.9%に優先株式を重ねて持分45.45%とし、重要事項には種類株主総会の決議を要する条件を付けて上場3社を含む10社を連結する——資本の量ではなく関係の設計で支配を成立させる買い方は、経営不振の食品工場を対価なしで引き受けて専用工場に組み替えた国内m&aの連鎖と、発想の根が同じであるのだろう。円安で本業の営業利益が半減した年に、あえて売上169億円規模の出口を確保しにいった判断には、輸入依存の構造を国内の販路で補強する意図もうかがえる。 隣接領域への展開 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/3289/decisions/holding-company-2013/","t":"持株会社体制への移行と、東急コミュニティーを含む三社の一斉上場廃止","c":"東急不動産ホールディングス","y":2013,"col":"#2d9622","s":"別々に上場していた開発・管理・仲介の三社を共同株式移転で完全子会社化し、資本と意思決定を持株会社へ集約して、経営の機動性と効率性を高めグループシナジーの拡大を図…","x":"2013 東急不動産ホールディングス 東急リバブル等三社を非公開化 持株会社体制への移行と、東急コミュニティーを含む三社の一斉上場廃止 2013年10月に共同株式移転で東急不動産ホールディングスを設立。上場三社を9月26日に廃止し、移転比率1.00対4.77対2.11で完全子会社化した 別々に上場していた開発・管理・仲介の三社を共同株式移転で完全子会社化し、資本と意思決定を持株会社へ集約して、経営の機動性と効率性を高めグループシナジーの拡大を図る再編 上場をやめて資本を一つにするということ この決断の核心は、上場していた三社を一つの資本のもとに統合した点にある。東急コミュニティーと東急リバブルは東急不動産の子会社でありながら市場で別々に値付けされ、その利益のうち少数株主に帰属する部分は親会社の手の届かないところにあった。株式移転はその少数株主持分35,206百万円を株主資本へ振り替える取引であり、事業そのものは何ひとつ動いていない。変わったのは、誰がその利益を受け取るかという配分だっただろう。 持株会社化・グループ再編 上場・ipo・市場変更 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/3291/decisions/six-builder-integration-2013/","t":"パワービルダー6社が共同株式移転で1つの傘の下に入る統合","c":"飯田グループホールディングス","y":2013,"col":"#601818","s":"住宅着工の低迷と用地取得の競争激化のなか、同根6社の用地仕入・資材調達を1つにまとめて交渉力と収益力を引き上げる経営統合","x":"2013 飯田グループホールディングス 飯田グループホールディングス設立 パワービルダー6社が共同株式移転で1つの傘の下に入る統合 2013年11月に飯田グループホールディングス発足。一建設・飯田産業・東栄住宅・タクトホーム・アーネストワン・アイディホームの6社が合流 住宅着工の低迷と用地取得の競争激化のなか、同根6社の用地仕入・資材調達を1つにまとめて交渉力と収益力を引き上げる経営統合 一つの工務店から出た6社が、一つの持株会社へ戻るまで 1967年に一つの工務店から枝分かれした会社が、それぞれ独立して株式を公開し、同じ土地を入札で競り合った末に、46年後、一つの持株会社の下へ戻った。統合の理屈は明快で、用地と資材を買う側の数を6から1へ減らせば、同じ棟数でも仕入れの条件は良くなる。実際に売上高と営業利益は3年で目標線を越え、供給棟数と市場シェアは統合前の各社が単独では届かない水準へ上がった。ただ、6社が商号もブランドも残したまま並存する構えを崩さなかったところに、この統合の性格がよく表れているのだろう。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/3549/decisions/dispensing-pharmacy-model-2013/","t":"「併設率70%」を掲げた店舗機能の再構築と医療分野への軸足移動","c":"クスリのアオキホールディングス","y":2013,"col":"#CE2112","s":"処方箋発行率の低い北陸で全店に調剤を組み込み、調剤を併設した売場を標準形として収益モデルに据え、併設率を経営指標として目標化した業態設計","x":"2013 クスリのアオキホールディングス 全店調剤併設化 「併設率70%」を掲げた店舗機能の再構築と医療分野への軸足移動 2013年7月に調剤併設の薬局が100店に到達。全店に調剤スペースと薬剤師を配置する売場を標準形とし、2022年に併設率70%を目標にした 処方箋発行率の低い北陸で全店に調剤を組み込み、調剤を併設した売場を標準形として収益モデルに据え、併設率を経営指標として目標化した業態設計 調剤を、差別化の軸に据えるという選び方 この判断の要点は、ドラッグストアを物販の場で終わらせず、調剤を売場の一部として組み込んだ点にある。処方箋の発行率が低い北陸を、同社は不利ではなく余地とみた。全店に調剤スペースと薬剤師を置いて発行率の上昇を待ち、医薬分業と薬価改定という政策の流れがドラッグ併設の調剤を押し上げた局面で、先に整えておいた設備と人員がそのまま受け皿になった。薬剤師の社長のもとで併設率を看板の指標に据えたことも、調剤を後回しにしない姿勢を社内外へ示す装置として働いた。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/3765/decisions/supercell-softbank-coinvestment-2013/","t":"ソフトバンクとの共同出資による取り込みと、10か月後の売却","c":"ガンホー・オンライン・エンターテイメント","y":2013,"col":"#87418D","s":"パズドラの資金力を得て親会社ソフトバンクのグローバルゲーム投資に3.06億米ドルで共同参画したが、10か月で持分をソフトバンクへ売却して撤退した判断","x":"2013 ガンホー・オンライン・エンターテイメント supercellの買収 ソフトバンクとの共同出資による取り込みと、10か月後の売却 2013年10月にソフトバンクと共同でsupercell株式51%を1,507億円で取得。ガンホーの投資額は3.06億米ドルで、10か月後に売却した パズドラの資金力を得て親会社ソフトバンクのグローバルゲーム投資に3.06億米ドルで共同参画したが、10か月で持分をソフトバンクへ売却して撤退した判断 親会社の投資戦略に組み込まれた10か月 この一件の意味は、ガンホーが単独の意思では手が届かない規模のグローバル投資を経験した一方で、その意思決定の主導権が親会社ソフトバンク側にあったことをうかがわせる点にある。総額15.3億米ドルのうちガンホーの負担は3.06億米ドルにとどまり、kahon 3 oyへの議決権所有割合は19.97%であった。supercellは子会社ではなく、損益を持分法で取り込むだけの相手であり、買ったのは事業そのものというより投資の一口であったのだろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外撤退・縮小 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/3994/decisions/cloud-accounting-entry-2013/","t":"個人向け一本足からの脱却と法人向けという二本目の柱の確立","c":"マネーフォワード","y":2013,"col":"#E2750F","s":"無料の個人向けサービスで培った自動取得・自動分類の仕組みを、対価を払う理由のある中小企業の経理へ向け直し、継続課金の収益源を構築する","x":"2013 マネーフォワード クラウド会計への参入 個人向け一本足からの脱却と法人向けという二本目の柱の確立 2013年11月にクラウド会計への参入。個人向け家計簿の口座接続と自動分類を法人経理へ展開しマネーフォワード クラウド会計を投入 無料の個人向けサービスで培った自動取得・自動分類の仕組みを、対価を払う理由のある中小企業の経理へ向け直し、継続課金の収益源を構築する 対価を払う相手を入れ替えた判断 2013年のクラウド会計参入は、新しい市場を見つけた話というより、すでに持っていた仕組みの売り先を変えた話に近い。金融機関の明細を自動で取り込み、費目へ振り分ける処理は、もともと家計簿のために作られていた。同じ処理を勘定科目へ向け直したところ、無料でしか受け取ってもらえなかった機能に、月額1,800円を払う相手が現れた。作り替えたのは技術ではなく、その技術を必要とする相手のほうであったといえる。 隣接領域への展開 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4385/decisions/mercari-founding-2013/","t":"スマホ前提の個人間取引への再定義による新市場の開拓","c":"メルカリ","y":2013,"col":"#ff0411","s":"ヤフオク!型のオークションを捨て、出品者が価格を決める即決価格のフリマをスマホ前提で組み直し、CtoCを日常の売買へと再定義した創業判断","x":"2013 メルカリ 即決価格型ctocの創業 スマホ前提の個人間取引への再定義による新市場の開拓 2013年7月に即決価格型ctocを開始。山田進太郎社長が同年2月に資本金20百万円で株式会社コウゾウを設立し、オークションではなく出品者が値を決めるフリマアプリをスマートフォン専用で公開した ヤフオク!型のオークションを捨て、出品者が価格を決める即決価格のフリマをスマホ前提で組み直し、ctocを日常の売買へと再定義した創業判断 規模より速さ、「1位」を賭けた創業設計 この創業判断の核心は、資金や技術の制約への対応ではなく、ctocという取引の形そのものをスマートフォン前提で組み替えた点にある。ヤフオク!以来の日本のctocはオークションを前提としてきたが、山田進太郎社長は価格を競り上げる方式を捨て、出品者が値を決める即決価格のフリマを選んだ。価格が確定していることは購入の判断を速め、出品と購入の回転を上げ、個人間の売買を特別な行為から日常の行為へと近づけた。html5で書いたものを捨ててまでネイティブへ作り直した選択にも、完成度ではなく体験の軽さを取る姿勢が表れている。既存のシェアを奪うのではなく、新しいカテゴリそのものを立ち上げにいった決断だったのだろう。 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/4443/decisions/tv-cm-market-creation-2013/","t":"黒字経営から赤字を許す先行投資への転換と、市場そのものの創出","c":"Sansan","y":2013,"col":"#004E98","s":"買い手が困り事として言語化していない領域で、製品の販売に先立って「名刺管理」という区分そのものを認知させ、その費用を外部資本で賄う判断","x":"2013 sansan 名刺管理サービスでcm放映 黒字経営から赤字を許す先行投資への転換と、市場そのものの創出 2013年8月に名刺管理サービスでcm放映。黒字経営をやめて第三者割当増資の資金を投じ、社名と同じsansanへサービス名を改称 買い手が困り事として言語化していない領域で、製品の販売に先立って「名刺管理」という区分そのものを認知させ、その費用を外部資本で賄う判断 呼び名を確立する費用は、誰が払うのか 創業から6年で集めた外部資金は5,000万円、次の5年でおよそ100億円。桁が二つ動いた資金の相当部分が、製品ではなく呼び名に向かった。企業が名刺をクラウドで共有するという行為に名前がない以上、営業をいくら重ねても比較検討の土俵に上がらない。寺田親弘社長が選んだのは、需要を取りに行くことではなく、需要の輪郭を先に描くことであった。黒字を出せる会社が黒字をやめる判断は、伸びない理由を製品ではなく市場の側に見立てたときにだけ成り立つと推察される。 ブランド・マーケティング プラットフォーム・標準化 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/4478/decisions/unbilled-launch-2013/","t":"課金機能を欠いた会計ソフトの投入と、その空白を「無料期間」と呼ぶ選択","c":"freee","y":2013,"col":"#2864F0","s":"クラウドと金融機関・カード会社との連携により記帳を業務の副産物にできる見通しに対し、自社が代金を受け取る仕組みの完成を待たず製品を投入し、利用者の反応を価格提示…","x":"2013 freee 未完成のまま先行公開 課金機能を欠いた会計ソフトの投入と、その空白を「無料期間」と呼ぶ選択 2013年3月に未完成のまま先行公開。cfo株式会社が全自動クラウド会計ソフトfreeeを課金機能なしで出し、6月まで無料 クラウドと金融機関・カード会社との連携により記帳を業務の副産物にできる見通しに対し、自社が代金を受け取る仕組みの完成を待たず製品を投入し、利用者の反応を価格提示より先に確かめた 順番を先に決めるということ 会計ソフトを売る会社が、自社が代金を受け取る仕組みを最後に回した。2013年3月に出たfreeeには課金機能がなく、6月までを無料の期間として告知しながら、裏で課金機能を作っていた。統合型という設計は、請求も入金もレジも支払いも一本につなぐことを前提としており、作り込みに時間がかかる。中核を先に仕上げ、代金の回収を後ろへ置く。この順番は、製品が受け入れられるかどうかを価格より先に確かめる選択だった。 プライシング・価格政策 低価格・コストリーダーシップ プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/4527/decisions/regenerative-medicine-2013/","t":"他家脂肪由来の幹細胞製剤を手がける再生医療への参入","c":"ロート製薬","y":2013,"col":"#005BAB","s":"成熟する大衆薬市場の先を見据え、皮膚科学や細胞培養で蓄えた知見を土台に、薬でなく幹細胞を治療に用いる再生医療へ研究資源を投じ、長期のパイプラインを築く多角化","x":"2013 ロート製薬 adr-001の開発 他家脂肪由来の幹細胞製剤を手がける再生医療への参入 2013年に再生医療研究企画部を新設し、ヒト脂肪由来幹細胞を用いる再生医療へ参入した。肝硬変を対象とするadr-001は塩野義製薬とライセンス契約を締結し、2025年5月時点で第ii相を終えている。 成熟する大衆薬市場の先を見据え、皮膚科学や細胞培養で蓄えた知見を土台に、薬でなく幹細胞を治療に用いる再生医療へ研究資源を投じ、長期のパイプラインを築く多角化 薬から細胞へ、製薬会社の越境 この参入の核心は、目薬や化粧水で稼ぐ会社が、棚に並ぶ商品とは時間軸も不確実性もまるで異なる細胞治療へ、あえて資源を割いた点にあったと推察される。参入前の研究開発費は5期にわたり37億円前後で動かず、投じ先を欠いたまま横ばいが続いていた。それが参入後の5期で6,578百万円まで積み上がり、設備投資額を上回る。四半期の利益を強く問われる立場であれば、承認まで十年を超えて費用だけが出ていく領域に、これだけの額を張り続けるのは選びにくい。創業家が経営を主導し、外部資本の短期的な圧力から距離を置けたロートであればこそ、成否を読み切れないものに賭けられたという面は否めない。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4587/decisions/mothers-ipo-2013/","t":"創業7年での公開と、製薬大手への技術提供を収益源に据える体制","c":"ペプチドリーム","y":2013,"col":"#0065CC","s":"赤字を前提に外部資金で研究を回す当時のバイオベンチャーの常識を退け、大手製薬への技術提供と多数の並行案件で黒字の単独経営を成り立たせる事業モデルを組み、その基盤…","x":"2013 ペプチドリーム マザーズ上場 創業7年での公開と、製薬大手への技術提供を収益源に据える体制 2013年6月に東証マザーズへ株式公開。2006年の設立から7年、赤字が常態だったバイオベンチャーで黒字を保った希少な例 赤字を前提に外部資金で研究を回す当時のバイオベンチャーの常識を退け、大手製薬への技術提供と多数の並行案件で黒字の単独経営を成り立たせる事業モデルを組み、その基盤の上で創業7年目にマザーズへ上場した 黒字の設計と、創薬企業としての課題 この判断の芯は、赤字を前提に外部資金で研究を回すという当時のバイオベンチャーの常識を退け、黒字の単独経営が成り立つ事業モデルを先に組み立てた点にある。自社で薬を売る\"ミニ製薬会社\"を目指せば、上場維持と研究の両立に追われる。窪田規一氏が大手への技術提供と多数の並行案件という設計を選び通せたのは、菅裕明氏の技術を独占して使える強みと、発明と経営を切り分けた体制が重なっていたからだと思われる。上場を、資金集めよりモデルの提示の場に置けた背景もそこにある。 上場・ipo・市場変更 収益モデル転換 技術・r&d起点の勝負 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/4689/decisions/ecommerce-revolution-2013/","t":"出店料収入を自ら手放すことと引き換えの、収益構造そのものの転換","c":"LINEヤフー","y":2013,"col":"#FF0033","s":"楽天・Amazonに劣後したYahoo!ショッピングのストア出店料・売上ロイヤルティを無料化し、収益源を手数料から広告へ組み替えてストア数と流通総額の極大化を狙…","x":"2013 lineヤフー eコマース革命で出店料無料化 出店料収入を自ら手放すことと引き換えの、収益構造そのものの転換 2013年10月、eコマース事業の新戦略として「yahoo!ショッピング」のストア出店料と売上ロイヤルティを無料にした。ストア数は2014年3月末に78,307idとなり、コンシューマ事業は翌期に減収減益となった 楽天・amazonに劣後したyahoo!ショッピングのストア出店料・売上ロイヤルティを無料化し、収益源を手数料から広告へ組み替えてストア数と流通総額の極大化を狙った構造改革 手数料モデルから広告モデルへ この決断の核心は、ec事業そのものの運営力で楽天やamazonを上回ることではなく、収益を得る仕組みを手数料から広告へ丸ごと組み替えた点にある。楽天が月額出店料と売上ロイヤルティで店舗から確実に徴収するモール運営で稼いできたのに対し、ヤフーは出店の壁を取り払ってストア数と商品数を極大化し、厚みを増した場のなかで広告を売って回収する設計へ移した。ストア数が2014年3月末の78,307idから2年で39万idへ膨らんだ事実は、この設計が集客の仕組みとしては機能したことを示している。短期の減収を受け入れてでも規模を最大化するという判断は、収益の質を手数料の確実さから広告の可能性へ賭け替えるものであった。 収益モデル転換 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/5471/decisions/chita-arc-furnace-2013/","t":"150トン級の大型炉導入による、高付加価値鋼へ向けた設備の刷新","c":"大同特殊鋼","y":2013,"col":"#E60012","s":"老朽化した知多工場の電炉を150トン級へ更新し、量産性と高品位化を一つの設備で両立させて高付加価値鋼へ製品構成を寄せる設備投資","x":"2013 大同特殊鋼 知多にアーク炉新設 150トン級の大型炉導入による、高付加価値鋼へ向けた設備の刷新 2012年1月に知多にアーク炉新設。大同特殊鋼が約200億円を投じ、電炉5基の1基を溶解能力150トンの大型炉に替える 老朽化した知多工場の電炉を150トン級へ更新し、量産性と高品位化を一つの設備で両立させて高付加価値鋼へ製品構成を寄せる設備投資 設備更新の一手を、どう読むか この設備投資の芯は、老朽化した炉の入れ替えという言葉に収まらない。1984年の増設以来20年以上動かさなかった知多の製鋼設備に、大同特殊鋼はあえて約200億円を投じ、70トンの溶解単位を150トンへ倍増させた。量を作る力と、コモンレール向け高耐圧合金のような高品位鋼を扱う力を、一つの電炉のうえで両立させる——需要が量から質へ移るなかで、生産の中核をどう組み替えるかという問いに答えた投資であったと推察される。 大型設備投資 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/5801/decisions/uacj-integration-2013/","t":"軽金属部門を担う連結子会社を統合新会社へ預け、支配ではなく持分で持ち続けた選択","c":"古河電工","y":2013,"col":"#0065CC","s":"競争が激化するアルミニウム圧延業界で、連結子会社の古河スカイを住友軽金属工業と統合させて規模を取り、その代わりに過半の支配を手放して持分法の関連会社として持ち続…","x":"2013 古河電工 古河スカイと住友軽金属の統合 軽金属部門を担う連結子会社を統合新会社へ預け、支配ではなく持分で持ち続けた選択 2013年10月、連結子会社の古河スカイが住友軽金属工業を吸収合併し、株式会社uacjが発足した。持株比率は53.0%から28.1%へ下がり、売上1,800億円台の軽金属セグメントが連結から外れた 競争が激化するアルミニウム圧延業界で、連結子会社の古河スカイを住友軽金属工業と統合させて規模を取り、その代わりに過半の支配を手放して持分法の関連会社として持ち続けることを選んだ 支配を手放して規模を獲得した この統合で古河電工が差し出したのは、株式でも現金でもなく支配そのものだった。合併の対価は存続会社である古河スカイが自ら発行した新株で、親会社は一円も出していない。それでいて持株比率は53.0%から28.1%へ落ち、売上1,800億円台のセグメントと子会社16社、従業員3,000人余りが連結から消えた。払ったのは希薄化という形の代金である。アルミ圧延で世界規模を取るには住友軽金属と足し合わせるしかなく、足し合わせれば過半は保てない。その引き換えを受け入れたところに、この判断の芯がある。 合併・経営統合 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/5938/decisions/american-standard-grohe-acquisition-2013/","t":"米アメリカンスタンダード北米事業の取得に続く欧州大手の取り込み","c":"LIXIL","y":2013,"col":"#EF7A00","s":"住生活産業におけるグローバルリーダーという経営目標に対し、北米のアメリカンスタンダードと欧州のグローエを相次いで取得し、水回り製品の拠点を一挙に拡大した買収","x":"2013 lixil 独グローエを買収 米アメリカンスタンダード北米事業の取得に続く欧州大手の取り込み 2013年8月に米アメリカンスタンダードの北米事業を取得原価31,273百万円で取得し、2014年1月に日本政策投資銀行と折半出資の特別目的会社を通じて独グローエの株式87.5%を取得した 住生活産業におけるグローバルリーダーという経営目標に対し、北米のアメリカンスタンダードと欧州のグローエを相次いで取得し、水回り製品の拠点を一挙に拡大した買収 取得の仕組みの巧みさと買収した事業の重さ 2件の買収は取得の仕組みの設計が際立っていた。アメリカンスタンダードは現金30,549百万円で全株を買い切っている一方、規模のはるかに大きいグローエでは、日本政策投資銀行と議決権を折半する特別目的会社graceaを間に立て、lixilの払込みは普通株式385百万ユーロと無議決権優先株式49,100百万円にとどめた。graceaは共同支配企業の形成として処理され、持分法適用関連会社として連結の外に置かれている。買った事業の資産も負債も、1年あまりのあいだ連結貸借対照表には乗らなかった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ グローバル経営体制 資金調達・財務戦略 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6471/decisions/bearing-cartel-2013/","t":"国内の課徴金納付命令には審判で争い、米欧中の罰金と制裁金は早期に受け入れた対応","c":"日本精工","y":2013,"col":"#DC0121","s":"軸受カルテルをめぐり、国内の課徴金納付命令には審判請求で4年争い、米国・欧州・中国など国外の当局とは罰金と制裁金の支払いで早期に区切りをつけた判断","x":"2013 日本精工 ベアリングカルテルの各国制裁 国内の課徴金納付命令には審判で争い、米欧中の罰金と制裁金は早期に受け入れた対応 2011年7月に公正取引委員会の立入検査を受け、2013年3月に排除措置命令と課徴金納付命令56億25百万円を受けた。米国司法省や欧州委員会をはじめ各国当局からも罰金と制裁金を命じられ、独占禁止法関連損失は3期で253億円に達した 軸受カルテルをめぐり、国内の課徴金納付命令には審判請求で4年争い、米国・欧州・中国など国外の当局とは罰金と制裁金の支払いで早期に区切りをつけた判断 争う国と、払う国 この件で日本精工が選んだのは、国内では争い、国外では早く払うという二本立ての構えだったのだろう。国内の課徴金納付命令には審判請求で4年争い、米国司法省とは立入検査から2年足らずで罰金の司法取引に合意している。刑事罰と行政処分が別々に走る日本と、司法取引で一度に区切りをつけられる米国とでは、争う費用も時間も釣り合わない。もっとも、争った国内の命令は棄却審決で確定し、課徴金相当額は最初に計上した2013年3月期の特別損失から動かなかった。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6752/decisions/plasma-exit-2013/","t":"尼崎の専用パネル工場を止め、内製で画質を競う路線を畳んだ判断","c":"パナソニック","y":2013,"col":"#1450a0","s":"液晶の大型化・低価格化にプラズマの画質優位を相殺され、尼崎の専用パネル工場を止めて内製を畳み、テレビ用パネルを外部調達へ切り替えた事業撤退","x":"2013 パナソニック プラズマテレビから撤退 尼崎の専用パネル工場を止め、内製で画質を競う路線を畳んだ判断 2013年10月に津賀一宏社長がプラズマから手を引いた。尼崎の専用工場を売却予定資産へ振り替え、2014年3月期に31,412百万円の評価損を計上した 液晶の大型化・低価格化にプラズマの画質優位を相殺され、尼崎の専用パネル工場を止めて内製を畳み、テレビ用パネルを外部調達へ切り替えた事業撤退 垂直統合の栄光と、その代償 自前パネルで画質を極める戦略は、うまくいけば他社が真似できない差を生む。だが液晶の価格破壊が進むと、内製ゆえの重い固定費が逆に制約となった。尼崎の第5工場を止めても止血は効かず、2012年3月期の長期性資産の減損損失は連結で399,259百万円に達している。かつて松下を強くした垂直統合が、市場の変化のなかで弱みへと反転した点に、この撤退の本質があったと思われる。 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/7012/decisions/kawasaki-heavy-mitsui-shipbuilding-2013/","t":"経営統合構想の白紙撤回と、単独での造船事業の継続","c":"川崎重工業","y":2013,"col":"#E60013","s":"統合反対派の取締役が主導した社長解任により交渉が白紙化","x":"2013 川崎重工業 三井造船との統合が破談 経営統合構想の白紙撤回と、単独での造船事業の継続 2013年に三井造船との経営統合が破談。造船再編をにらんだ交渉は約3か月で終わり両社の統合は実現しなかった 統合反対派の取締役が主導した社長解任により交渉が白紙化 合意形成という土台 この破談では、統合の経済合理性よりも、社内のガバナンスと事業ポートフォリオ観の違いが前面に出たと思われる。経営トップが主導するディールであっても、社内組織における重要人物や、取締役会の合意形成を欠いたまま進めば、株主総会の直前で白紙に戻ることがありえる。全社のなかでマイノリティに位置する事業——川重にとっての造船——の再編では、全社最適を重んじる経営トップの論理と、収益源を守ろうとする個別部門の論理が衝突する形となり、社長解任という事態に至った。 合併・経営統合 破談・撤回 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7013/decisions/japan-marine-united-2013/","t":"造船子会社をユニバーサル造船と合併させ、祖業を持分法適用会社へ移行させた選択","c":"IHI","y":2013,"col":"#2056AE","s":"分社した造船子会社をJFEホールディングス傘下のユニバーサル造船と合併させ、設計能力と生産体制を統合する代わりに、祖業を連結子会社から持分法適用関連会社へ移行さ…","x":"2013 ihi ジャパンマリンユナイテッド発足 造船子会社をユニバーサル造船と合併させ、祖業を持分法適用会社へ移行させた選択 2012年1月にihiマリンユナイテッドとユニバーサル造船の統合基本合意書を締結。2013年1月1日の合併でジャパン マリンユナイテッドが発足し、持株比率45.93%の持分法適用関連会社となった 分社した造船子会社をjfeホールディングス傘下のユニバーサル造船と合併させ、設計能力と生産体制を統合する代わりに、祖業を連結子会社から持分法適用関連会社へ移行させた判断 連結の外へ出した造船 この統合が決めたのは造船の規模ではなく、造船とihiの距離であった。対等の精神という言葉どおり、持株比率はjfeホールディングスと同じ45.93%で、どちらも過半を持たない。過半を握らないということは、造船所の統廃合も設備投資の順番も、ihiが単独では決められないということである。2002年の分社でいったん本体の外へ出した祖業を、今度は連結の外へ出す。持分変動利益118億円はその対価として立った会計上の数字にすぎず、実質は、造船の浮き沈みを損益計算書の一行に畳み込む取り替えであったと推察される。 合併・経営統合 事業売却・撤退 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7105/decisions/forklift-business-succession-2013/","t":"吸収分割による事業の引き受けと、譲渡元の連結子会社への移行","c":"三菱ロジスネクスト","y":2013,"col":"#52778B","s":"国内電動車専業のニチユと、海外・エンジン車に強い世界8番手の三菱重工業が、地域も車種も重ならない事業を一つに統合し、世界3位群の規模を得て成長市場での競争に臨む…","x":"2013 三菱ロジスネクスト 三菱重工のフォークリフト事業承継 吸収分割による事業の引き受けと、譲渡元の連結子会社への移行 2012年12月に三菱重工のフォークリフト事業を承継。吸収分割で切り出し日本輸送機が引き受け三菱重工は株式64.75%を保有する 国内電動車専業のニチユと、海外・エンジン車に強い世界8番手の三菱重工業が、地域も車種も重ならない事業を一つに統合し、世界3位群の規模を得て成長市場での競争に臨む事業統合 補完という言葉が言い当てたもの この統合を、格上の三菱重工業がニチユを傘下に収めた資本再編とだけ読むと、事の芯を取り逃す。動いた事業の実体は、国内で屋内電動車を磨いてきたニチユが、海外とエンジン車という自力では届かなかった領域をひとまとめに引き受けたところにある。世界8番手にとどまり単独では成長市場へ踏み込めなかった二社が、地域も車種も重ならない弱みを互いの強みで塞いだ。前川篤取締役が\"パーフェクトな補完関係\"と呼んだ言葉は、規模の論理を超えて、両社が抱えていた不足を言い当てていたと推察される。 合併・経営統合 グローバル経営体制"},{"k":"decision","u":"/tse/7167/decisions/privatization-relisting-2013/","t":"足利銀行全株式の取得と、東証一部への直接上場による再出発","c":"めぶきフィナンシャルグループ","y":2013,"col":"#6898B2","s":"バブル期の不良債権で一時国有化された地方銀行を、大手証券連合が受け皿となって全株式取得で民営化し、資本注入で再建したうえで東証一部へ再上場させた出口","x":"2013 めぶきフィナンシャルグループ 預金保険機構による民営化 足利銀行全株式の取得と、東証一部への直接上場による再出発 2008年3月に一時国有化からの受け皿が決まる。金融庁が野村フィナンシャル・パートナーズ中心の連合を選び4月に足利ホールディングスが発足 バブル期の不良債権で一時国有化された地方銀行を、大手証券連合が受け皿となって全株式取得で民営化し、資本注入で再建したうえで東証一部へ再上場させた出口 市場の担い手が担った再建の出口 この判断の特異なところは、破綻した地方銀行の受け皿が、他の地銀でも政府系機関でもなく、証券グループの企業連合だった点にある。金融庁は公的負担の極小化を審査基準の柱に据え、株式1,200億円の取得と増資引受などの資本注入で債務超過を埋めて、数年で株式市場へ戻せる民間の資本力と再建の担い手を選んだ。国有化からの出口を、証券会社側の投資回収と、栃木県の地域金融の存続とを同じ枠組みで成り立たせようとした点に、この設計の骨格がうかがえる。 経営再建・ターンアラウンド 救済型m&a・支援受け入れ 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/7744/decisions/medical-senior-rollup-2013/","t":"医療・シニア・農業の連続買収による事業ポートフォリオの組み立て","c":"ノーリツ鋼機","y":2013,"col":"#E60028","s":"祖業市場の消滅を前提に、需要が縮まない医療・高齢者向け分野の会社を短期間に相次いで買収して収益源を差し替えた","x":"2013 ノーリツ鋼機 日本医療データセンター等買収 医療・シニア・農業の連続買収による事業ポートフォリオの組み立て 2013年3月にオリンパスビジネスクリエイツと株式譲渡契約を締結し、5月2日に日本医療データセンターなど4社を取得。ノーリツ鋼機が医療・シニア通販・農業の会社を相次いで買収し、写真処理に代わる収益源を得た 祖業市場の消滅を前提に、需要が縮まない医療・高齢者向け分野の会社を短期間に相次いで買収して収益源を差し替えた 打率ではなく、一本の当たり 2009年から2017年にかけてノーリツ鋼機が取り込んだ会社は、医療コンサル、雑誌、通販、生鮮野菜、再生医療、バイオ、医療情報、少額短期保険、ペン先と、業種の並びとしてはまとまりを欠く。事業間の相乗効果を説明しにくい構成であり、管理の手間も増える。それでも買い続けられたのは、写真処理機器の市場が消えた経験から、一つの事業に頼る形へ戻る道を選ばなかったためと思われる。 連続買収・ロールアップ 飛び地・非関連多角化 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/7915/decisions/touch-sensor-investment-2013/","t":"スマートフォン向け部材に単年274億円を投じる一点集中の設備投資","c":"NISSHA","y":2013,"col":"#0070B8","s":"立ち上がるスマートフォンの量産需要を取り込むべく、フィルム式タッチセンサーへ2014年度に単年274億円を投じた特定市場への集中投資。新方式の台頭と顧客集中によ…","x":"2013 nissha フィルムタッチセンサー投資 スマートフォン向け部材に単年274億円を投じる一点集中の設備投資 2013年4月に日本写真印刷がタッチセンサーへ投資。鈴木順也社長の主導でスマートフォン向けに集中し、2014年度は単年274億円 立ち上がるスマートフォンの量産需要を取り込むべく、フィルム式タッチセンサーへ2014年度に単年274億円を投じた特定市場への集中投資。新方式の台頭と顧客集中による価格下落で、創業以来初の本格赤字を招いた。 伸びる市場に賭ける強さと、寄りかかる弱さ この決断の中心にあるのは、祖業から継いだ技術を大型市場へ賭けるという、同社が繰り返してきた型そのものといえる。写真製版を加飾へ、加飾をタッチセンサーへと応用してきた延長で、スマートフォンという桁違いの需要へ資源を集中した判断には、日本写真印刷らしい一貫性がうかがえる。ただ、これまでの多角化が複数の用途へ技術を配ってきたのに対し、2013年の投資は市場・顧客・方式をひとつへ集約した点で性格を異にしていた。伸びる市場に賭ける強さと、そこへ寄りかかる弱さは、同じ判断の表と裏であったと推察される。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/dole-acquisition-2013/","t":"加工食品事業とアジア青果事業をまとめて取り込む食料分野の拡大","c":"伊藤忠商事","y":2013,"col":"#19479B","s":"岡藤正広氏の非資源戦略のもと、ドール・フード・カンパニーからアジア青果物事業と世界の加工食品事業を総額1,685百万米ドルで切り出して取得し、生産・ブランドとい…","x":"2013 伊藤忠商事 米ドール事業の買収 加工食品事業とアジア青果事業をまとめて取り込む食料分野の拡大 2012年9月に伊藤忠商事が米ドールの2事業の取得で合意。アジア青果物事業と加工食品事業を総額1,685百万米ドルで買収し、2013年4月1日に取得を終えた 岡藤正広氏の非資源戦略のもと、ドール・フード・カンパニーからアジア青果物事業と世界の加工食品事業を総額1,685百万米ドルで切り出して取得し、生産・ブランドという食料バリューチェーンの上流まで押さえた買収 資源に代わる収益源を、ブランドに求める この買収の核心は、資源で最高益を競う総合商社の王道とは別の道で、伊藤忠が自社の強みを一段深めた点にある。繊維や食料といった非資源で稼いできた同社にとって、世界最大級の青果ブランドを握ることは、川下の販売だけでなく、生産とブランドという川上まで食料のバリューチェーンを伸ばす選択だった。しかも買ったのはドール・フード・カンパニーの全社ではなく、アジアの青果物事業と世界の加工食品事業という切り出しである。北米などの生鮮を相手に残し、ブランドと事業を地域と分野で切り分けたところに、資源価格が商社の順位を決める時代に非資源の上流へ1,685百万米ドルを投じた岡藤正広氏の戦略の輪郭が出ている。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 垂直統合・内製化 北米 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/8002/decisions/gavilon-acquisition-divestiture-2013/","t":"穀物大手の取り込みと、穀物事業のヴィテラへの売却","c":"丸紅","y":2013,"col":"#c8102e","s":"非資源シフトの目玉として米穀物大手ガビロンを2,712億円で取得したが、業績が事業計画を下回り続けて二度の減損に至り、2022年10月に穀物事業をヴィテラへ譲渡…","x":"2013 丸紅 米ガビロンの買収 穀物大手の取り込みと、穀物事業のヴィテラへの売却 2012年5月に米穀物大手ガビロンの持分譲渡契約を締結し、2013年7月に2,712億円で取得を完了した。穀物事業は2022年10月にヴィテラへ譲渡した 非資源シフトの目玉として米穀物大手ガビロンを2,712億円で取得したが、業績が事業計画を下回り続けて二度の減損に至り、2022年10月に穀物事業をヴィテラへ譲渡して肥料事業と一部の集荷資産だけを残した買収から出口までの一連の判断 規模を追う商社型m&aが残したもの ガビロンの買収と売却は、規模を追う商社型m&aの難しさを、丸紅自身の歴史のなかで浮き彫りにした。同社は戦後、吸収合併を重ねて商いの幅を広げてきた会社であり、大型の買収で規模を取りにいくという成功体験を長く持っていた。だが取得の翌期には早くも事業計画の見直しを迫られ、2015年3月期に48,053百万円、2020年3月期に88,416百万円と、のれんと無形資産を二度にわたって削っている。穀物の取扱量で世界の上位に立つという目標が、そのまま市場リスクを負うことと表裏であった事実が、減損の帳簿に残された。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 事業売却・撤退 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8035/decisions/tokyo-electron-amat-2013/","t":"2013年の合意から2015年の破談に至った経営統合の頓挫","c":"東京エレクトロン","y":2013,"col":"#00A7E1","s":"米司法省が両社共通の是正提案では統合で失われる競争を代替できないと判断し、統合完了の見通しが立たず解消","x":"2013 東京エレクトロン アプライドマテリアルズと経営統合 2013年の合意から2015年の破談に至った経営統合の頓挫 2013年9月24日に米アプライドマテリアルズと対等な経営統合を契約。自社株1株に統合持株会社の3.25株を割り当てる構想は関係当局の承認を得られず、2015年4月27日に解約された 米司法省が両社共通の是正提案では統合で失われる競争を代替できないと判断し、統合完了の見通しが立たず解消 競争政策が決める大型クロスボーダー統合の成否 この破談で前面に出たのは、社内の合意や統合条件ではなく、競争政策との折り合いであった。株式交換比率は自社株1株に3.25株と決まり、持株会社はオランダに設立され、その代表者と設立当初の取締役の顔ぶれまで置かれていた。契約が掲げた前提は2つ、両社の株主総会の承認と、競争法に基づく関係当局の承認等である。設計が具体化するほど、後者の壁は高くなった。世界の二大供給者を一つにするという事実そのものが市場の集中を意味する以上、戦略的に望ましい統合ほど成立から遠ざかるという逆説が、この案件には凝縮されているとみることもできる。 合併・経営統合 破談・撤回 クロスボーダーm&a(日本→海外) 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8263/decisions/aeon-takeover-2013/","t":"独立した上場企業としての歴史の終わりと、上場廃止の受け入れ","c":"ダイエー","y":2013,"col":"#F08300","s":"丸紅とイオンの二頭体制による再建の停滞を、イオンの公開買付けへの賛同と株式交換による完全子会社化でイオン主導へ一元化し、上場企業としてのダイエーの歴史を閉じた再…","x":"2013 ダイエー イオンの完全子会社化 独立した上場企業としての歴史の終わりと、上場廃止の受け入れ 2013年3月27日の取締役会でイオンの公開買付けに賛同を表明し、8月にイオンの子会社となった。産業再生機構と丸紅の再建を経て、2014年12月に上場を廃止し2015年1月にイオンの完全子会社となった 丸紅とイオンの二頭体制による再建の停滞を、イオンの公開買付けへの賛同と株式交換による完全子会社化でイオン主導へ一元化し、上場企業としてのダイエーの歴史を閉じた再編 屋号が消えても残ったもの この判断の核心は、財務的な危機への応急処置ではなく、長く決着のつかなかった主導権の一元化にあったとみられる。産業再生機構から丸紅、そして丸紅とイオンの二頭体制へと、ダイエーの再建は常に外部の資本の手に委ねられてきた。イオンの所有割合19.85%に対し丸紅の2社は29.28%で、どちらも過半に届かない。責任の所在があいまいなまま最終赤字が5期続いた末に、公開買付けと株式交換という資本の論理が二頭体制を解き、主導権をイオンへ寄せた。誰が再建の責任を負うのかという問いに、株式の比率で答えを出した決断だったと推察される。 救済型m&a・支援受け入れ 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/8267/decisions/daiei-acquisition-2013/","t":"完全子会社化が示した流通の世代交代","c":"イオン","y":2013,"col":"#d6006e","s":"小売業の頂点に立ったダイエーが総合スーパーの不振と過大債務で再建途上にあったところを、第2位株主だったイオンが公開買付けと株式交換で完全子会社化し、食品スーパー…","x":"2013 イオン ダイエーの完全子会社化 完全子会社化が示した流通の世代交代 2014年9月にダイエーの完全子会社化を決定。2013年8月の公開買付けで議決権44.24%を確保し、2015年1月の株式交換で全株を取得した 小売業の頂点に立ったダイエーが総合スーパーの不振と過大債務で再建途上にあったところを、第2位株主だったイオンが公開買付けと株式交換で完全子会社化し、食品スーパーへ集中して再生を図った買収。流通の主役がダイエーからイオンへ移った 流通の主役は、こうして移った この買収で計上したのは、のれんではなく13,820百万円の負ののれん発生益だった。時価で測ったダイエーの純資産が、イオンの払った26,476百万円を上回っていたということである。買い手が超過収益力に対して払う値段は付かず、帳簿の上ではむしろ益が出る──それが、\"流通革命\"を掲げて戦後の小売業を先導した会社に対する、2013年時点の値付けだった。1969年に岡田屋・フタギ・シロの連合として出発し、地方の中堅スーパーの合併を重ねて育ったジャスコ=イオンが、かつて業界の先頭を走っていた相手を引き取る。流通の主役がダイエーからイオンへ移ったことを、これほど明瞭に示す出来事は少ない。 救済型m&a・支援受け入れ 上場廃止・親子上場解消 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/8306/decisions/ayudhya-acquisition-2013/","t":"タイ大手行の取り込みによるアジア商業銀行基盤の獲得","c":"三菱UFJフィナンシャル・グループ","y":2013,"col":"#c8102e","s":"国内の低金利で細る収益を、成長するタイの個人・中小市場で補うため、タイの大手商業銀行そのものを公開買付けで取得し、アジアの商業銀行基盤へ組み込んだ買収","x":"2013 三菱ufjフィナンシャル・グループ アユタヤ銀行をtob買収 タイ大手行の取り込みによるアジア商業銀行基盤の獲得 2013年12月、三菱東京ufj銀行がタイの大手商業銀行アユタヤ銀行を公開買付けで子会社化。議決権の72.01%を取得原価5,382億円で取得し、のれん1,666億円を20年償却で計上した 国内の低金利で細る収益を、成長するタイの個人・中小市場で補うため、タイの大手商業銀行そのものを公開買付けで取得し、アジアの商業銀行基盤へ組み込んだ買収 支店を差し出してでも、現地の基盤を取りにいった この判断が普通の海外進出と違うのは、既にある法人取引の延長を選ばず、個人と中小企業の預金と貸出を抱える現地の銀行そのものを買い取った点にある。技術や商品を持ち込むのではなく、成長するタイ市場の顧客基盤を丸ごと取り込む。しかも取得の翌々期には、タイの一行主義に従って自前のバンコック支店をアユタヤ銀行へ現物出資した。この支店は開設から50年以上を数え、タイにおける外国銀行のなかで最大の資産規模を持っていた。買った側の看板を相手方の看板の下に収めるこの順序こそが、稼ぐ現場を成長市場へ移すという選択の実体だった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/8316/decisions/btpn-indonesia-2013/","t":"インドネシア——40%出資から現地二行統合までの6年","c":"三井住友フィナンシャルグループ","y":2013,"col":"#00863c","s":"国内貸出の成熟を見据え、成長するインドネシアの個人・中小企業市場へ、地場の商業銀行への40%出資から段階を踏んで子会社化・統合したアジア戦略の第一号","x":"2013 三井住友フィナンシャルグループ btpnの子会社化 インドネシア——40%出資から現地二行統合までの6年 2013年にインドネシアのbtpn株を取得し持分法適用会社とした。三井住友銀行は2019年1月に57.92%を追加取得し、議決権98.50%の連結子会社としている 国内貸出の成熟を見据え、成長するインドネシアの個人・中小企業市場へ、地場の商業銀行への40%出資から段階を踏んで子会社化・統合したアジア戦略の第一号 40%という中途から始めた、慎重な海外進出 この判断の核心は、成熟した国内市場を抱える邦銀が、成長するアジアの個人・中小企業市場へ、銀行そのものへの出資を通じて入り込んだ点にある。40%という過半に届かない持分から始めたのは、現地の経営と顧客基盤を壊さず、段階を踏んで関与を深めるためであった。出資、持分法、追加取得、そして現地二行の統合による子会社化——6年をかけた漸進の各段は、規制と現地事情の許す速さに合わせて関与を強める、慎重な海外進出の一つの型を示している。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 pmi・買収後統合 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/8411/decisions/one-mizuho-2013/","t":"コーポレート銀行との合併による2行分立体制の解消と一体運営への移行","c":"みずほフィナンシャルグループ","y":2013,"col":"#183181","s":"震災直後の大規模障害を引き金に、個人向けと法人向けに分離していた2つの銀行を1つへ畳み、旧3行分立と2行併存が生んだ二重のIT投資と統治の重さを解いた組織再編","x":"2013 みずほフィナンシャルグループ みずほ銀行に統合 コーポレート銀行との合併による2行分立体制の解消と一体運営への移行 2011年5月にみずほ銀行に統合。震災直後の大規模システム障害を受け、大企業向けのコーポレート銀行と2013年7月に一体化 震災直後の大規模障害を引き金に、個人向けと法人向けに分離していた2つの銀行を1つへ畳み、旧3行分立と2行併存が生んだ二重のit投資と統治の重さを解いた組織再編 技術の失敗を、統治の再構築へ引き取った この判断の芯は、金融のシステム障害という技術の失敗を、統治の作り直しへ引き取った点にある。義援金の振込が一口座に集まっただけで全国の決済が止まった背景には、旧3行の均衡を保つために銀行を2つに分け、勘定系まで二重に抱えた発足以来の構造があった。みずほは原因を現場の操作ミスに閉じ込めず、2行を1つへ畳み、意思決定を一元化する組織の問題として引き受けた。同じ失敗を二度重ねた末に、ようやく構造そのものへ手が届いた。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8591/decisions/robeco-acquisition-2013/","t":"2,551億円を投じた資産運用事業への本格進出","c":"オリックス","y":2013,"col":"#003c80","s":"金融とそれに付随するサービスを融合させた新しいビジネスモデルを追求する戦略の一環として、欧州の資産運用会社を取り込みグローバルな資産運用事業を拡大する事業戦略","x":"2013 オリックス 蘭ロベコの買収 2,551億円を投じた資産運用事業への本格進出 2013年2月にラボバンクと株式売買契約を締結。同年7月1日に蘭ロベコの普通株式の約90.01%を2,551億円で取得し、連結子会社とした 金融とそれに付随するサービスを融合させた新しいビジネスモデルを追求する戦略の一環として、欧州の資産運用会社を取り込みグローバルな資産運用事業を拡大する事業戦略 危機後の攻めと、運用という軸 この買収で取得したものの中身は、有価証券報告書の取得原価の配分によく表れている。2,551億円の取得価額に対し、受け入れた資産のうち識別できた無形資産が2,057億円、残差としての営業権が1,310億円であった。無形資産の内訳をみると、償却の対象とならないアセットマネジメント契約が1,526億円、商標権が181億円を占める。つまり支払った対価のほとんどは、建物や機械ではなく、顧客との運用契約とロベコという名前に対するものであったことになる。米国会計基準では営業権も耐用年数を確定できない無形資産も規則的に償却しないため、この買収の値打ちは毎期の減損テストを通じて問われ続ける構えとなった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 グローバル経営体制 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/8628/decisions/ichinichi-shinyo-2013/","t":"デイトレード限定の商品投入による、委託手数料に依存しない収益構造への移行","c":"松井証券","y":2013,"col":"#009682","s":"信用取引の保証金に関する府令改正で同一保証金の1日複数回転が可能になったのに合わせ、返済期限を当日限りに区切った無料の信用取引でデイトレーダーを獲得する判断","x":"2013 松井証券 「一日信用取引」導入 デイトレード限定の商品投入による、委託手数料に依存しない収益構造への移行 2013年1月にデイトレード限定の一日信用取引を導入。松井証券が返済期限を当日限りとし、手数料と金利・貸株料を原則無料にした業界初のサービス 信用取引の保証金に関する府令改正で同一保証金の1日複数回転が可能になったのに合わせ、返済期限を当日限りに区切った無料の信用取引でデイトレーダーを獲得する判断 無料にする相手を選び直した判断 2006年9月に無料にしたのは、無期限信用取引の売買手数料だった。2013年1月に無料にしたのは、当日限りに区切った信用取引の手数料と金利・貸株料だった。3か月での撤回と7期ぶりの増収増益は、値引きの大きさではなく無料の宛先で分かれた。0.01%台の手数料は長く建玉を持つ顧客に乗り換えの理由を与えないが、1日に何度も回転させる顧客には回数分だけ積み上がる。松井証券が取りにいったのは価格ではなく、価格差が効く客層であった。 収益モデル転換 プライシング・価格政策 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/8923/decisions/singapore-listing-2013/","t":"メインボードへのセカンダリー上場による、東証との同時上場","c":"トーセイ","y":2013,"col":"#71C7D4","s":"外資系機関投資家を主要顧客とする事業構造に合わせ、アジアの金融センターに二つ目の上場市場と調達手段を持った資本政策","x":"2013 トーセイ シンガポール証券取引所上場 メインボードへのセカンダリー上場による、東証との同時上場 2013年3月にシンガポール証券取引所へ上場した。トーセイが東証一部を保ったままメインボードへ重複上場し、証券コードはs2d、不動産業では初 外資系機関投資家を主要顧客とする事業構造に合わせ、アジアの金融センターに二つ目の上場市場と調達手段を持った資本政策 東京の物件を、東京の外の値付けに晒す 二つの取引所に載ることは、それ自体では株価を上げない。この上場で取れた資金は、同じ期の売上高に照らせば控えめな額にとどまった。この判断の実利は資金より、外資系機関投資家を主要顧客とする事業と、株主・開示の作りを揃えた点にあっただろう。ifrsの適用も日英同時開示も、上場に付随した事務ではなく、顧客と株主が同じ言語で同じ会社を読める状態を作る作業であった。首都圏の中小ビルを扱う会社が、その物件の値打ちをアジアの投資家の物差しで説明する側に回っている。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略 グローバル経営体制 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/9041/decisions/knt-ct-integration-2013/","t":"持分法適用会社としていた近畿日本ツーリストを連結子会社のクラブツーリズムと結び、旅行事業を一つの持株会社へまとめた選択","c":"近鉄グループホールディングス","y":2013,"col":"#C8102E","s":"連結子会社のクラブツーリズムと持分法適用関連会社の旧近畿日本ツーリストを株式交換で結び、店舗網に依る営業力と会員組織による無店舗販売という二つの型を一つの持株会…","x":"2013 近鉄グループホールディングス knt-ctホールディングス発足 持分法適用会社としていた近畿日本ツーリストを連結子会社のクラブツーリズムと結び、旅行事業を一つの持株会社へまとめた選択 2013年1月、連結子会社のクラブツーリズムと持分法適用関連会社であった旧近畿日本ツーリストが株式交換で統合した。議決権比率は39.9%から71.4%へ上がり、取得原価6,957百万円に対して生じたのれん3,396百万円は同じ期に全額を減損した 連結子会社のクラブツーリズムと持分法適用関連会社の旧近畿日本ツーリストを株式交換で結び、店舗網に依る営業力と会員組織による無店舗販売という二つの型を一つの持株会社の下へまとめた旅行事業の再編 統合の翌日に消したのれん この統合で近畿日本鉄道が実際に動かしたのは、資本ではなく持分の置き方だったのだろう。交付されたのは株式で、現金の支出はない。取得原価6,957百万円のうち5,150百万円は自らが受け取った株式の時価であり、外へ出ていった金は無い。にもかかわらず議決権比率は39.9%から71.4%へ上がり、持分法で利益だけを拾っていた老舗が連結の内側に入った。子会社どうしの統合という体裁の下で起きたのは、旅行事業の損益を自らの連結に引き受ける決断であった。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/9104/decisions/lng-stable-shift-2013/","t":"スポット運賃で収益を上げる不定期船経営からの脱却と、収益構造の安定化","c":"商船三井","y":2013,"col":"#003B7A","s":"中国の資源需要を読んで安値で大量発注したバラ積み船が、リーマンショック後の需給崩壊で損失源に転じた。2期連続赤字と1,254億円の特別損失を経て、変動幅の大きい…","x":"2013 商船三井 lng船・長期契約へ転換 スポット運賃で収益を上げる不定期船経営からの脱却と、収益構造の安定化 2013年6月にlng船へ収益源を転換した。商船三井がスポット運賃に賭ける不定期船経営から20年近い長期契約へ移行し、lng船隊69隻で世界首位 中国の資源需要を読んで安値で大量発注したバラ積み船が、リーマンショック後の需給崩壊で損失源に転じた。2期連続赤字と1,254億円の特別損失を経て、変動幅の大きいスポット契約から20年近い長期契約が主となるlng船へ収益源を転換した 負けたあとに勝ち方を変えた 同じ人物が3年で自分の否定した戦略へ回った点に、この転換の性格が表れている。踏み切れたのは、2期連続の赤字と1,254億円の特別損失で船の簿価を切り下げ、退路を断ったからだと推察される。優位に立っている最中にやり方を変えたのではなく、劣位に陥ってから変えた。 収益モデル転換 大型設備投資 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/9143/decisions/amazon-pullback-2013/","t":"大口顧客の宅配取引の縮小と、配送単価の維持を優先する選択","c":"SGホールディングス","y":2013,"col":"#003F87","s":"取扱個数が増える一方で配送単価が下落する市場環境のなか、変動の大きい大口荷主との取引を縮小し単価を守る収益構造改革","x":"2013 sgホールディングス アマゾンジャパン取引を縮小 大口顧客の宅配取引の縮小と、配送単価の維持を優先する選択 2013年4月にネット通販最大手への配送から手を引く。佐川急便が数量至上主義から離れ、法人向け配送単価の引き上げを進めた 取扱個数が増える一方で配送単価が下落する市場環境のなか、変動の大きい大口荷主との取引を縮小し単価を守る収益構造改革 量を追わない物流会社という輪郭 この決断の核心にあったのは、荷物の量を追うか、単価を守るかという単純な二択であった。数量至上主義から距離を置き、採算に合わない大口取引を切り離す判断は、短期的には取扱個数の急減という痛みを伴った。それでも佐川急便は、btob小口配送という創業以来の立ち位置に立ち返ることで、単価の回復という応えを得たと推察される。 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/9202/decisions/ana-holding-company-2013/","t":"持株会社体制への移行とマルチブランド体制の構築","c":"ANAホールディングス","y":2013,"col":"#0B308E","s":"LCC時代の到来を受け、フルサービスの全日本空輸とLCCを別ブランドのまま統括するため、持株会社の下に事業会社を並べるマルチブランド体制へ再編した組織判断","x":"2013 anaホールディングス anaホールディングスへ移行 持株会社体制への移行とマルチブランド体制の構築 2013年4月にanaホールディングスへ移行。伊東信一郎社長が全日本空輸とエアアジア・ジャパン、ピーチ・アビエーションを傘下に並べた lcc時代の到来を受け、フルサービスの全日本空輸とlccを別ブランドのまま統括するため、持株会社の下に事業会社を並べるマルチブランド体制へ再編した組織判断 会社を用意することと、育てること この判断の核心は、性格の異なる事業を一つの会社で抱えるのではなく、持株会社の下に別会社として並べ、ブランドごとに経営を分ける体制を用意した点にある。フルサービスとlccは費用の構造も客層も異なり、同じ看板と同じ意思決定で回すには無理があった。jalがシングルブランドを守ったのに対し、anaが複数ブランドを統括する道を選んだ違いは、その後の両社のlcc戦略の分かれ目にもつながっていると思われる。 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/9437/decisions/iphone-adoption-2013/","t":"自前の端末ラインアップで囲い込む方針を解き、AndroidとiOSの二本立てへ転じた","c":"NTTドコモ","y":2013,"col":"#E52222","s":"自社が仕様を主導する端末で顧客を囲い込む方針を解き、iPhoneを取り扱ってAndroidとiOSの二本立てに組み替えることで、契約数シェアの低下と番号持ち運び…","x":"2013 nttドコモ iphoneの取り扱い開始 自前の端末ラインアップで囲い込む方針を解き、androidとiosの二本立てへ転じた 2013年9月にiphone 5s・5cを発売。加藤薰社長がandroidとiosの二本立てへ転じ、5期続いた契約数シェアの低下と番号持ち運びの転出を止めにかかった 自社が仕様を主導する端末で顧客を囲い込む方針を解き、iphoneを取り扱ってandroidとiosの二本立てに組み替えることで、契約数シェアの低下と番号持ち運びによる転出を止めにいった端末戦略の転換 主導権を手放して顧客をつなぎ止めた判断 この判断が手放したのは端末の品揃えではなく、端末とサービスを自社が一体で提供するという形そのものだったと思われる。iモード以来、ドコモは仕様を主導した端末に自社サービスを載せて顧客基盤を構築してきた。その形を保ったまま5期を過ごすあいだに契約数シェアは50.8%から45.2%へ落ち、解約率は0.82%まで上がっている。他社が扱う端末を自社も扱うという選択は、商品戦略の修正ではなく、囲い込みの前提を降ろす決定であった。 プラットフォーム・標準化 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9468/decisions/nine-subsidiary-merger-2013/","t":"持株会社傘下の事業会社を吸収合併し1社に統合する組織の一本化","c":"KADOKAWA","y":2013,"col":"#000066","s":"買収を重ねて並立した出版事業会社9社を持株会社が吸収合併し、コンテンツと顧客情報を一社へ集約したグループ再編。社名はブランドカンパニーとして社内に残した","x":"2013 kadokawa 角川書店ら9社を吸収合併 持株会社傘下の事業会社を吸収合併し1社に統合する組織の一本化 2013年3月に連結子会社9社の吸収合併を発表。角川グループホールディングスが角川書店やアスキー・メディアワークスなど売上の8割を担う出版社を統合 買収を重ねて並立した出版事業会社9社を持株会社が吸収合併し、コンテンツと顧客情報を一社へ集約したグループ再編。社名はブランドカンパニーとして社内に残した 一社になるということ 重複した管理部門の整理という説明では、この合併は片づかない。角川歴彦会長兼ceoが解いたのは、角川書店とアスキー・メディアワークスが同じ作家を取り合いながら販売だけを集約するという、2000年代後半の収益を支えた仕組みそのものであった。クラウドに躊躇したところが脱落する、成功したものがいくら大きくてもそれを捨てないといけない——2010年に語ったその言葉を、自社のやり方に当てた判断だっただろう。 持株会社化・グループ再編 pmi・買収後統合 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/9508/decisions/rate-hike-and-restart-2013/","t":"全原発停止下での家庭向け料金値上げと、原子力復帰を先頭に据えた収支の立て直し","c":"九州電力","y":2013,"col":"#0073BC","s":"原発停止に伴う燃料費増で2期連続の巨額赤字となったため、規制料金の値上げと合理化の上積みで当座の収支を支え、収益の正常化は川内1・2号機の再稼働を前提とした","x":"2013 九州電力 川内1・2号機の再稼働申請 全原発停止下での家庭向け料金値上げと、原子力復帰を先頭に据えた収支の立て直し 2013年5月に規制部門の電気料金値上げを実施。原発6基停止で2期連続赤字となり川内1・2号機の適合性審査を申請 原発停止に伴う燃料費増で2期連続の巨額赤字となったため、規制料金の値上げと合理化の上積みで当座の収支を支え、収益の正常化は川内1・2号機の再稼働を前提とした 1円24銭と、2年3か月 2013年の判断は、三つの時間軸が噛み合わないところで下されている。燃料費は月単位で出ていき、料金の改定には申請から認可まで半年近くを要し、原発の適合性審査には年単位の時間がかかった。九州電力が選んだのは、いちばん速く効く手段で当座を支え、いちばん遅い手段に収支の回復を託す組み合わせであった。値上げ幅が申請の8.51%から6.23%へ削られたことは、その当座の支えが査定によって決まる性質のものであったことを示している。 外的危機への対応 経営再建・ターンアラウンド プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/9984/decisions/sprint-acquisition-2013/","t":"大型買収を足がかりとした北米携帯市場への進出と海外展開の本格化","c":"ソフトバンクグループ","y":2013,"col":"#757677","s":"成熟へ向かう国内市場の先に、規模がものを言う米国携帯市場へ約216億米ドルで進出した海外拡大の賭け","x":"2013 ソフトバンクグループ 米スプリントの買収 大型買収を足がかりとした北米携帯市場への進出と海外展開の本格化 2012年10月に米スプリントへの投資で合意。2013年7月10日に支配を獲得し、取得原価2兆1,886億円で米携帯3位の株式約78%を取得して子会社化した 成熟へ向かう国内市場の先に、規模がものを言う米国携帯市場へ約216億米ドルで進出した海外拡大の賭け 買収で規模は得ても、日本の手法は通じたか この買収の核心は、成功体験の移植がどこまで通じるかという問いにある。ソフトバンクは日本で、基地局への集中投資と料金競争という明確な手法でキャリア事業を立て直した実績を持っていた。有報が掲げた目的も、スマートフォンと次世代モバイルネットワークに関する知見、成熟市場で競合してきた経験をスプリントの競争力強化に活用するというものであった。約216億米ドルで規模は即座に買えたが、支配獲得日以降の9か月弱で純損失1,883億円という数字が示すとおり、赤字体質という中身までは金額では変えられなかった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/1605/decisions/ichthys-lng-fid-2012/","t":"総事業費340億米ドルを投じる自社主導の巨大開発","c":"INPEX","y":2012,"col":"#363581","s":"単独開発では担いきれない規模のLNG事業を、自己資本を上回る投資で完遂し、パートナー参画にとどまらない国際的な石油開発会社への転換を図る事業戦略上の判断","x":"2012 inpex イクシスlng最終投資決定 総事業費340億米ドルを投じる自社主導の巨大開発 2012年12月にイクシスlng最終投資決定。北村俊昭社長が主導し総事業費は約340億米ドル、日本企業として初のオペレーター 単独開発では担いきれない規模のlng事業を、自己資本を上回る投資で完遂し、パートナー参画にとどまらない国際的な石油開発会社への転換を図る事業戦略上の判断 単独開発という賭けの意味 この決断が意味したのは、産油国政府から一目置かれる\"オペレーター\"という立場を、自らの資金と交渉力で獲得しようとした賭けであっただろう。1998年の単独鉱区取得から数えれば14年、イクシス発見からでも10年をかけて積み上げた探鉱・技術・資金調達の蓄積を、340億米ドルという一点に集約したのがこの最終投資決定であった。自己資本を上回る投資に踏み切った背景には、パートナー参画にとどまる限り実績も交渉力も蓄積されないという、資源開発企業としての切迫した認識があったといえる。 海外進出・現地生産 大型設備投資 オセアニア"},{"k":"decision","u":"/tse/1942/decisions/power-generation-entry-2012/","t":"風力発電会社への資本参加による、発電事業そのものへの進出","c":"関電工","y":2012,"col":"#1E3C82","s":"震災後の受注環境の変動と固定価格買取制度の施行を受け、稼働中の風力発電会社を取得して売電収入を持つ側へ回った業態の拡張","x":"2012 関電工 銚子風力開発へ出資 風力発電会社への資本参加による、発電事業そのものへの進出 2012年10月に銚子風力開発へ出資。関電工が資本参加し、千葉県銚子市の銚子風力発電所と八木風力発電所を運転する側へ 震災後の受注環境の変動と固定価格買取制度の施行を受け、稼働中の風力発電会社を取得して売電収入を持つ側へ回った業態の拡張 工期のある商売と、工期のない商売 施工の請負には終わりがある。工事を受け、造り、引き渡し、代金を受け取れば、その現場との関係は保証の期間を残して切れる。発電事業にはその終わりがない。風車は建てた日から20年、30年と回り、そのあいだ売電収入が入り続ける代わりに、修繕も、設備の劣化も、買取価格が切れたあとの採算も、すべて持ち主の側に残る。2012年10月の資本参加は、関電工がこの二つ目の時間の流れを自社の帳簿に取り込む判断であった。 収益モデル転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/2193/decisions/diversification-2012/","t":"穐田誉輝体制のもとで進めた、レシピの外へも展開する事業領域の拡張","c":"クックパッド","y":2012,"col":"#F79432","s":"国内の料理レシピに集中していた単体決算の会社が、代表執行役の交代を機に習い事・海外レシピ・EC・結婚情報へ7件の買収を重ね、生活領域全般のプラットフォーム化をめ…","x":"2012 クックパッド 海外レシピ買収で多角化 穐田誉輝体制のもとで進めた、レシピの外へも展開する事業領域の拡張 2012年5月に穐田誉輝氏が代表執行役へ就任し、習い事・海外レシピ・ec・結婚情報へ7件の買収を重ねた。取得原価は合わせて7,776百万円、生じたのれんは6,700百万円で、その大半が5期のうちに減損で消えた 国内の料理レシピに集中していた単体決算の会社が、代表執行役の交代を機に習い事・海外レシピ・ec・結婚情報へ7件の買収を重ね、生活領域全般のプラットフォーム化をめざした選択 6,700百万円ののれんが5期で消えた 買収そのものは速く、きれいに運ばれた。2013年10月から2015年5月までの1年8か月で7件、取得原価7,776百万円。対価はすべて現金で、借入に頼らず手元資金と2014年12月期の新株発行で賄っている。売上収益は8か月決算の6,213百万円から2016年12月期の16,846百万円まで伸び、単体で会員と広告しか持たなかった会社は、習い事・ec・結婚情報と四つの国のレシピサービスを抱える連結企業に変わった。数字の上では、多角化はいったん形になっている。 飛び地・非関連多角化 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/2432/decisions/compu-gacha-2012/","t":"主力の課金手法を規制の前に廃止し、業界6社の自主規制へ移行した判断","c":"DeNA","y":2012,"col":"#79C7C9","s":"射幸性の高いコンプガチャが青少年の高額課金と景品表示法の観点から社会的批判を受けるなか、消費者庁の見解公表に先んじて順次中止を表明し、プラットフォーム事業者6社…","x":"2012 dena コンプガチャの自主廃止 主力の課金手法を規制の前に廃止し、業界6社の自主規制へ移行した判断 2012年5月、denaはコンプリートガチャを順次中止すると表明した。2011年度第4四半期決算説明会で守安功社長が示し、プラットフォーム事業者6社の連絡協議会でガイドラインを定めた 射幸性の高いコンプガチャが青少年の高額課金と景品表示法の観点から社会的批判を受けるなか、消費者庁の見解公表に先んじて順次中止を表明し、プラットフォーム事業者6社の連絡協議会で自主規制を制度化して規制リスクを抑えた危機対応 規制を待たずに主力の課金手法を廃止する判断が意味したもの この判断の核心は、規制がまだ確定していない段階で主力の課金手法を廃止した速さよりも、廃止しても崩れない収益構造を会社が読み切っていた点にあるだろう。中止の表明では、影響の及ぶ期間を5月中旬からの1か月半と第2四半期の全体に区切り、導入前の2011年度第1・第2四半期の利益水準は下回らないと言い切っている。失う額は約50億円と見積もりながら、第1四半期の業績予想だけは開示を控えた。射幸性の高い手法を外しても、内製・協業タイトルとサードパーティの厚みで埋められるという算段が、規制に先んじる自由を与えたのだと思われる。 外的危機への対応 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/3003/decisions/shoei-merger-2012/","t":"旧富士銀系の上場不動産会社の、本体への丸ごとの取り込み","c":"ヒューリック","y":2012,"col":"#006AAC","s":"財務の悪化した同系列の上場不動産会社を株式対価で取り込み、保有資産と収益基盤を一段拡大した統合","x":"2012 ヒューリック 昭栄の吸収合併 旧富士銀系の上場不動産会社の、本体への丸ごとの取り込み 2012年7月に上場不動産の昭栄と合併。法形式では昭栄が存続会社、会計上は逆取得でヒューリックが取得企業となる 財務の悪化した同系列の上場不動産会社を株式対価で取り込み、保有資産と収益基盤を一段拡大した統合 助けを求めた側の名義で、助けた側が残る この合併の面白さは、救済の向きと法形式の向きが食い違っている点にある。財務制限条項に触れ、継続企業の前提に関する重要事象等を書くことになったのは昭栄の側であった。それにもかかわらず、合併後に残る法人は昭栄で、消えるのはヒューリックである。会計は逆取得としてこのねじれを整理し、有価証券報告書の沿革は「実質的には旧ヒューリック株式会社が存続している形」と断ったうえで、旧ヒューリックの歴史を本線に、昭栄の歴史を「ご参考」に置いた。上場の歴史が長い会社の名義を残したまま中身を入れ替える手法は、同じ系列で長く並存してきた2社であるがゆえに選べた形だったと推察される。 合併・経営統合 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/3038/decisions/new-business-2012/","t":"自社施設の屋根29キロワットから始めた再生可能エネルギー事業","c":"神戸物産","y":2012,"col":"#00B180","s":"固定価格買取制度の施行によって売電が事業として成立する条件が整い、温暖化対策として検討していた太陽光発電を収益事業へ転換する","x":"2012 神戸物産 兵庫の屋根で太陽光参入 自社施設の屋根29キロワットから始めた再生可能エネルギー事業 2012年11月に太陽光発電事業に参入。兵庫県内の自社施設の屋根に29キロワットを据え、木質バイオマスを加えて第二の柱へ 固定価格買取制度の施行によって売電が事業として成立する条件が整い、温暖化対策として検討していた太陽光発電を収益事業へ転換する 本業と無関係な事業が残った理由 この判断を、食品会社による飛び地の多角化として片づけるのは惜しい。出発点にあったのは、冷蔵と冷凍で電気を食い続ける自社の事業構造への対処であり、発電はその延長線上で検討されていた。自家消費が採算に合わないと分かった時点で退く選択もあったなかで、制度が変わったところで売電へ切り替えて事業に仕立てた——制度の変化を、事業機会として即座に読み替える速さがうかがえる。ボタ山に発電所を建てた用地の選び方も、安く仕入れて安く供給するという本業の作法と地続きにみえる。 飛び地・非関連多角化 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/3038/decisions/succession-2012/","t":"創業者から次の世代へ、時間をかけて進めた経営の引き渡し","c":"神戸物産","y":2012,"col":"#00B180","s":"創業者が自らの型を押しつけず、指揮を後継者一人へ一本化した計画的な世代交代。異なる経歴の2代目へ製販一体の核を継いだ","x":"2012 神戸物産 沼田昭二氏の社長退任と沼田博和氏への継承 創業者から次の世代へ、時間をかけて進めた経営の引き渡し 2012年2月に沼田博和氏への事業承継。創業者の沼田昭二氏は会長兼ceoへ退き、指揮官を2人並べない一線をはっきり引く 創業者が自らの型を押しつけず、指揮を後継者一人へ一本化した計画的な世代交代。異なる経歴の2代目へ製販一体の核を継いだ 速さは継がず、核を継ぐ この承継の特徴は、創業者が自らの成功体験を後継者へ押しつけなかった点にある。沼田昭二氏は、走りながら考える自分の速さが一代限りのものだと承知していた。そうであればこそ後継者へは、同じことをするなと伝え、船頭を2人にしない一方で判断の余地を残した。成功した創業者ほど、自分の型を会社の正解として残したくなる。その誘惑をあえて避けたところに、この事業承継の設計があった。 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/3048/decisions/kojima-acquisition-2012/","t":"郊外型量販店の傘下入りによる、「都市×郊外」の連合の形成","c":"ビックカメラ","y":2012,"col":"#E60012","s":"都市型で伸びたビックカメラが、郊外で失速したコジマの店舗網と仕入れを取り込み、業界2位・売上1兆円規模の連合を形成した買収","x":"2012 ビックカメラ コジマの子会社化 郊外型量販店の傘下入りによる、「都市×郊外」の連合の形成 2012年5月にコジマの子会社化を決議。第三者割当増資141億18百万円を引き受けて議決権50.06%を取得し、連結売上高は8,054億円へ 都市型で伸びたビックカメラが、郊外で失速したコジマの店舗網と仕入れを取り込み、業界2位・売上1兆円規模の連合を形成した買収 自前出店ではなく、失速した同業を取り込むという選択 この判断の核心は、自力では作りにくい郊外・地方の店舗網を、増資の引受でまとめて取得した点にある。都市の駅前で伸びたビックカメラにとって、郊外ロードサイドへの新規出店を一から積み上げるには時間も資金もかかる。そこで、かつて売上首位に立ちながらヤマダ電機に対し競争劣位に立ったコジマへ141億18百万円を注ぎ、経営権と店舗改革の原資を同時に渡した。有報はこの増資の目的を、コジマの経営基盤の安定と財務体質の強化を図りつつ、仕入れ・物流・店舗運営の分野で業務提携を進めて収益性の改善と競争力の強化を図ることだと記している。2012年8月末の時点で、ビックカメラ本体の34店舗に対しコジマは44都道府県に202店舗を構えていた。 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/3148/decisions/outside-ceo-succession-2012/","t":"創業家によらない外部プロ経営者への継承と、店舗の型の刷新","c":"クリエイトSDホールディングス","y":2012,"col":"#F07830","s":"創業者が世襲によらず外部の調剤・ドラッグストア経営者を社長に招き、食品で集客し調剤で利益を取る「医・食」フォーマットへ店づくりを転換した経営判断","x":"2012 クリエイトsdホールディングス 医薬品と食品の併売店へ転換 創業家によらない外部プロ経営者への継承と、店舗の型の刷新 2012年8月に広瀬泰三氏が社長就任。創業者の山本久雄氏は世襲によらず薬剤師の外部人材を招き、調剤薬局の併設と食料品の拡充で店の型を変えた 創業者が世襲によらず外部の調剤・ドラッグストア経営者を社長に招き、食品で集客し調剤で利益を取る「医・食」フォーマットへ店づくりを転換した経営判断 会社を継がせず、足りない専門性を外から迎える この判断の核心は、一代でチェーンを築いた創業者が、事業を身内へ継がせる道を採らず、自社に薄かった調剤経営の専門性を外から迎えた点にある。神奈川県内の高密度なドミナントは山本久雄氏が築いた強みだったが、医薬分業が進むなかでその密度を稼ぎに変えるには、処方箋を扱う調剤と食料品を統括する業態づくりの経験が要った。山本久雄氏は会長にとどまり、4,665,355株の持株で求心力を保ちながら、日々の采配を他社で社長を務めた薬剤師に委ねている。成功した創業者が、自らの手で後継を身内の外へ求めた点に、この承継の性格がうかがえる。 祖業・主力事業の転換 外部人材・プロ経営者 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/3407/decisions/zoll-healthcare-2012/","t":"22.1億ドルを投じた、クリティカルケア事業への参入","c":"旭化成","y":2012,"col":"#005BAB","s":"医薬と医療機器の2領域では第3の柱に届かず、未保有のクリティカルケア（救命救急医療）を自前開発ではなく米国企業の全株取得で獲得する","x":"2012 旭化成 米zollを買収 22.1億ドルを投じた、クリティカルケア事業への参入 2012年3月に米医療機器大手zollの買収に合意し、4月に買収を完了。救命救急の医療機器を手がける同社に1株93米ドル・総額約22.1億米ドルを投じた 医薬と医療機器の2領域では第3の柱に届かず、未保有のクリティカルケア(救命救急医療)を自前開発ではなく米国企業の全株取得で獲得する 時間を買った値段 当時のヘルスケアは医薬と血液浄化の2領域で、医薬・医療事業の売上高は2012年3月期で1,195億円と連結の1割に届かない。三本目を人工腎臓のように自前で立ち上げれば、事業と呼べる規模まで十年単位を要する。22.1億ドルはその歳月を省く値段であっただろう。受け入れた資産1,022億円に対して取得原価は1,807億円で、差額はのれん1,134億円と技術・商標・顧客関連の無形固定資産649億円に配分された。買ったものの大半は簿価ではなく将来の収益力であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 連続買収・ロールアップ 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3436/decisions/business-recovery-plan-2012/","t":"事業再生計画に基づく尼崎・生野工場の閉鎖と生産能力の圧縮","c":"SUMCO","y":2012,"col":"#1c4e9d","s":"リーマン後の3期連続赤字を受け、発祥拠点を含む小口径ウェーハ工場の閉鎖と太陽電池事業からの撤退で生産を300mmへ集約し、1,300人削減と特別損失582億円の…","x":"2012 sumco 太陽電池用ウェーハ撤退 事業再生計画に基づく尼崎・生野工場の閉鎖と生産能力の圧縮 2012年2月に事業再生計画で太陽電池から撤退。2011年2月に尼崎工場を閉鎖し、生野工場の200mmウェーハ生産も止めた リーマン後の3期連続赤字を受け、発祥拠点を含む小口径ウェーハ工場の閉鎖と太陽電池事業からの撤退で生産を300mmへ集約し、1,300人削減と特別損失582億円の計上で損益分岐点を引き下げた経営再建 古い自分を切るということ この再建を、単なる不況期のリストラという言葉でくくると事実が薄くなる。sumcoが閉じたのは、住友系がシリコン生産を開始した尼崎と、旧来の小口径を担った生野という、いずれも会社の来歴に連なる拠点であった。最高益から一転して3期にわたり純損失を重ねるなかで、田口洋一社長は創業以来の資産をたたみ、需要の中心にある300mmへ事業を絞り込む道を選んだ。守るために古い自分を切るという、重い選別がここにあったと思われる。 リストラ・構造改革 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/3765/decisions/puzzle-dragons-original-ip-2012/","t":"自社で開発したオリジナルIPによる新規タイトルの投入","c":"ガンホー・オンライン・エンターテイメント","y":2012,"col":"#87418D","s":"先行するDeNA・GREEのソーシャルゲームに追随せず、自社IPのパズルRPGを開発投入して受託運営モデルからの脱却を図った市場環境への逆張り判断","x":"2012 ガンホー・オンライン・エンターテイメント パズル&ドラゴンズ投入 自社で開発したオリジナルipによる新規タイトルの投入 2012年2月にパズル&ドラゴンズを投入。他社ipの受託運営で食いつないだガンホーが自社ipのパズルrpgをスマートフォン向けに出した 先行するdena・greeのソーシャルゲームに追随せず、自社ipのパズルrpgを開発投入して受託運営モデルからの脱却を図った市場環境への逆張り判断 受託運営会社から自社ip企業への転換、そして依存という代償 この判断の核心は、市場で先行する手法を追いかけるのではなく、自社が信じるゲームの面白さに開発資源を集中させた点にあると思われる。オンセール時代にヤフオクに対し競争劣位に立ち、受託運営でしのいだ経験を持つ会社が、他社発のipに頼らない自前の一作へ賭けた判断は、結果として企業の性格そのものを塗り替えた。運営専業から開発力を武器にする企業への移行が、この一作を境に実現したといえる。 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3774/decisions/stock-model-shift-2012/","t":"フロー型のISP接続に依存した収益構造からの脱却と事業モデルの組み替え","c":"インターネットイニシアティブ","y":2012,"col":"#D7083B","s":"回収の読めないフロー型投資から、契約が積み上がる法人ストック型へ——MVNO・クラウド・データセンターを軸に「稼ぎ方」の設計を組み替えた事業モデル転換","x":"2012 インターネットイニシアティブ 法人ストック型への転換 フロー型のisp接続に依存した収益構造からの脱却と事業モデルの組み替え 2012年に法人ストック型へ収益構造を組み替え。2003年のクロスウェイブ破綻を転機に、iijが回収の読めないフロー型投資から離れた 回収の読めないフロー型投資から、契約が積み上がる法人ストック型へ——mvno・クラウド・データセンターを軸に「稼ぎ方」の設計を組み替えた事業モデル転換 設備投資ではなく「稼ぎ方」を替えるという選択 この判断の核心は、どの事業へ進出するかよりも、収益をどう積み上げるかを組み替えた点にあると推察される。クロスウェイブの破綻は、回収の読めない大型投資が自社の体力を超えたときに何が起きるかを、iijに突きつけた。その反省を、同社は撤退や縮小ではなく、月々の契約が積み上がるストック型へ稼ぎ方そのものを設計し直すことで受け止めようとした。単発の設備投資ではなく、稼ぎ方の設計変更であった点に、この転換の特徴がうかがえる。 収益モデル転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/3880/decisions/family-capital-exit-2012/","t":"創業家との資本関係の解消と、関連会社等株式の買い戻し","c":"大王製紙","y":2012,"col":"#0068B7","s":"元会長への貸付金問題で創業家一族が連結の判定要件を外れ、連結子会社が37社から8社へ縮んだことを受け、創業家の持株を同業に引き取らせる形で関連会社等株式を買い戻…","x":"2012 大王製紙 北越紀州製紙経由で株式取得 創業家との資本関係の解消と、関連会社等株式の買い戻し 2012年6月に創業家との資本関係を解消。元会長への貸付金問題を受け、2012年8月に北越紀州製紙から関連会社等の株式を引き取った 元会長への貸付金問題で創業家一族が連結の判定要件を外れ、連結子会社が37社から8社へ縮んだことを受け、創業家の持株を同業に引き取らせる形で関連会社等株式を買い戻し、グループの資本構成を組み替えた 支配を決算の外へ出すために払ったもの 創業家から関連会社株を直接買い取るという最短の道は、2012年3月14日の書面回答で閉ざされた。大王製紙が選んだのは、同業の北越紀州製紙にいったん創業家の持株を引き取らせ、そこから関連会社等株式だけを買い戻すという回り道である。連結子会社37社のうち自社で議決権の過半を持つのは5社という状態を解くには、創業家に売却先を用意するほかなかったのだろう。資本の出し手を替えることでしか、連結の範囲は決算の内側へ戻せなかった。 創業家・同族 不祥事・信頼回復 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/3994/decisions/product-pivot-2012/","t":"初代サービスを数か月で畳んだうえでの資産管理への転換","c":"マネーフォワード","y":2012,"col":"#E2750F","s":"米国発の資産共有モデルが国内では使われないと判断し、同じ技術の向き先を「他人と比べる」から「自分の家計を把握する」へ切り替えた製品の転換","x":"2012 マネーフォワード \"マネーブック\"から家計簿へ転換 初代サービスを数か月で畳んだうえでの資産管理への転換 2012年12月に商号をマネーフォワードへ変更。設立半年のマネーブックが資産共有サービスを閉じ、自動家計簿・資産管理サービスをリリース 米国発の資産共有モデルが国内では使われないと判断し、同じ技術の向き先を「他人と比べる」から「自分の家計を把握する」へ切り替えた製品の転換 閉じたのは技術ではなく、その販売方法であった この判断が示しているのは、撤退の速さそのものよりも、何を捨てて何を残すかの切り分けであった。\"マネーブック\"が売りにしていたのは資産を見せ合うつながりであり、使われなかったのはその部分に限られる。金融機関へ自動で接続して明細を取り、費目へ振り分けるという裏側の仕組みは、ほとんど使われないまま無傷で残っていた。辻氏が閉じたのは会社が作った技術ではなく、その技術に付けた売り方であったといえる。 祖業・主力事業の転換 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4114/decisions/himeji-bakuhatsu-jiko-2012/","t":"アクリル酸プラントの全面停止と、社是を最上位に据え直した安全管理の立て直し","c":"日本触媒","y":2012,"col":"#00A178","s":"姫路製造所の爆発・火災事故によって全プラントが使用停止命令で止まり、復旧と再発防止を最優先に据え直した事故対応","x":"2012 日本触媒 姫路製造所の爆発事故対応 アクリル酸プラントの全面停止と、社是を最上位に据え直した安全管理の立て直し 2012年9月に姫路製造所で爆発・火災事故が発生し、1人が死亡、36人が負傷した。全プラントが使用停止命令で止まり、爆発火災事故に係る損失は2期で172億円に達した 姫路製造所の爆発・火災事故によって全プラントが使用停止命令で止まり、復旧と再発防止を最優先に据え直した事故対応 一か所に集約した強みが、そのまま止まった この事故が突きつけたのは、アクリル酸から高吸水性樹脂までを姫路製造所へ集めた生産構造そのものであっただろう。爆発火災事故に係る損失17,205百万円は2期にわたる特別損失として姿を現したが、実際に効いたのは本業の側である。2013年3月期の営業利益は100億3千4百万円で、前年度から210億6千5百万円を失った。一つの製造所が止まったことで、連結の営業利益の3分の2が消えた計算になる。製品が違っても原料と工程でつながっている以上、停止は事業を横断して波及する。効率のために統合したものが、事故のときには同じ束のまま失われたのだといえる。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/4324/decisions/aegis-acquisition-2012/","t":"取得原価3,651億円を投じ、海外本社を英国に設置した","c":"電通グループ","y":2012,"col":"#333333","s":"事業領域とサービスの補完、地理的な広がり、デジタル分野における規模の拡大と財務資源の強化を理由に、完成した海外ネットワークを買収で一括取得して海外を主力事業に据…","x":"2012 電通グループ 英イージスの買収 取得原価3,651億円を投じ、海外本社を英国に設置した 2012年7月に英イージスの買収を公表。電通が約3,164百万ポンドの対価で全発行済株式を取得し、2013年3月26日に手続きを終えた。取得原価は365,119百万円 事業領域とサービスの補完、地理的な広がり、デジタル分野における規模の拡大と財務資源の強化を理由に、完成した海外ネットワークを買収で一括取得して海外を主力事業に据えた事業戦略 買収で規模を得る決断の二面性 この決断の核心は、自前でも提携でもなく、買収で時間を買うことを選んだ点にある。2002年に基本合意した仏ピュブリシスグループとの戦略的提携は、2012年2月に解除で合意し、翌年2月には保有株式をすべて売却した。出資と提携による海外展開から撤退したその年に、電通は英国法上のスキーム・オブ・アレンジメントによってイージス社の全発行済株式を取得している。取得原価365,119百万円のうち現金で払われたのは69,354百万円にとどまり、294,178百万円は未払金として翌期に持ち越され、その支払資金は借入で調達された。買うと決めた時点で、代金の手当ては後に回されていたことになる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 デジタル化・dx 欧州 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/4507/decisions/viiv-hiv-royalty-2012/","t":"合弁持分を手放す代わりに受け取った相手方株式10%の保有","c":"塩野義製薬","y":2012,"col":"#D80C24","s":"配合剤が主流となるHIV治療の見通しと、米国販売拠点の獲得による前提の変化を受け、合弁による共同開発・共同販売の枠組みを解き、知的財産を保持したままロイヤリティ…","x":"2012 塩野義製薬 viivへhiv事業移転 合弁持分を手放す代わりに受け取った相手方株式10%の保有 2012年10月にhiv事業の持分を移転。インテグラーゼ阻害薬ドルテグラビルを擁する合弁の持分50%を英viiv社へ渡した 配合剤が主流となるhiv治療の見通しと、米国販売拠点の獲得による前提の変化を受け、合弁による共同開発・共同販売の枠組みを解き、知的財産を保持したままロイヤリティと配当で収益を受け取る形へ組み替えた戦略判断 販売力を持たない会社の選び方 手放したのは合弁の持分であって、薬の知的財産ではなかった。この一点に、2012年の枠組み変更の性格が集約されている。塩野義製薬が引き受けたのは平均10%台後半という料率の受け取り手の立場であり、viiv社が世界で売り伸ばすほど自社の利益が増える一方、その伸び方を自分では動かせない。売る力を持たない中堅製薬が、売る力を持つ相手に販売を委ね、代わりに創薬という一点で価値を握り続ける——4年前に約1,500億円で米国の販売網を買った会社が、最も大きな新薬でその販売網を使わないと決めた点に、この判断の割り切りがうかがえる。 収益モデル転換 資本提携・政策保有 選択と集中 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/4676/decisions/sankei-building-real-estate-pivot-2012/","t":"都市開発と観光を第二の柱とする、放送一本の収益構成の組み替え","c":"フジ・メディア・ホールディングス","y":2012,"col":"#00489D","s":"連結売上高が横ばいで経常利益も減少するなか、持分法適用関連会社であったサンケイビルを公開買付けで議決権比率97.1％まで取得して都市開発事業を新設し、放送で上げ…","x":"2012 フジ・メディア・ホールディングス サンケイビルの子会社化 都市開発と観光を第二の柱とする、放送一本の収益構成の組み替え 2012年3月にサンケイビルを連結子会社化。公開買付けで議決権比率を31.8%から97.1%へ上げ、負ののれん発生益304億72百万円を計上して都市開発事業を新設した 連結売上高が横ばいで経常利益も減少するなか、持分法適用関連会社であったサンケイビルを公開買付けで議決権比率97.1%まで取得して都市開発事業を新設し、放送で上げた利益を賃料と宿泊という別の周期で動く資産へ振り向けた多角化。2018年に都市開発・観光を第二の柱として明文化した 利益の置き場所を組み替えるということ 放送局が不動産へ広げたこの多角化を、本業の頭打ちに対する場当たりの穴埋めと見るのは、話を単純にしすぎる。太田英昭社長のサンケイビル子会社化から宮内正喜社長の2本柱再編まで、一連の判断が組み替えたのは事業の顔ぶれというより、放送で稼いだ利益の置き場所であった。広告という一本の柱に収益を託す構造から、賃料と宿泊という別の周期で動く資産へ利益を移す——都市開発・観光を1,083億円から1,928億円へ育てた歩みは、その資本配分を形にしたものであったとみられる。 飛び地・非関連多角化 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4686/decisions/smile-zemi-launch-2012/","t":"売り切りのソフト販売から家庭向け通信教育への事業の組み替え","c":"ジャストシステム","y":2012,"col":"#FA0000","s":"学校向け学習ソフトで築いた基盤を家庭へ持ち出し、売り切りのパッケージ販売から月額課金の通信教育へ収益モデルを移行した","x":"2012 ジャストシステム タブレット教育スマイルゼミ投入 売り切りのソフト販売から家庭向け通信教育への事業の組み替え 2012年11月にタブレット教育スマイルゼミ投入。学校向けソフトで13年かけた知見を家庭に転用し、売り切りから月額課金へ 学校向け学習ソフトで築いた基盤を家庭へ持ち出し、売り切りのパッケージ販売から月額課金の通信教育へ収益モデルを移行した 端末を自社で開発するという選択 スマイルゼミの決断がふつうの新規事業と違うのは、社内に既に基盤があった点である。全国の公立小学校の約8割が使う学習ソフトを13年作ってきた会社にとって、子どもが操作する画面の作法は借り物ではなかった。足りなかったのは家庭という客先と、毎月代金を受け取る仕組みの二つで、専用タブレットはその両方を一度に埋める道具であった。汎用のタブレットにアプリを載せる形を選ばず、端末を自社で用意する負担を引き受けたところに、この判断の輪郭がある。 祖業・主力事業の転換 収益モデル転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4689/decisions/bakusoku-management-2012/","t":"16年続いた井上雅博体制を終え、44歳の宮坂学氏と社外3名を入れた取締役会に賭けた","c":"LINEヤフー","y":2012,"col":"#FF0033","s":"16年続いた井上雅博体制を終え、2012年4月に宮坂学氏を最高経営責任者執行役員、6月の定時株主総会で代表取締役社長に据えた社長交代。取締役会は社外取締役0名の…","x":"2012 lineヤフー 宮坂学氏が社長就任 16年続いた井上雅博体制を終え、44歳の宮坂学氏と社外3名を入れた取締役会に賭けた 2012年4月に宮坂学氏が最高経営責任者執行役員となり、6月の定時株主総会で代表取締役社長に就任した。取締役会は4名から5名へ、社外取締役は0名から3名へ替わり、ソフトバンクの持株比率は35.45%だった 16年続いた井上雅博体制を終え、2012年4月に宮坂学氏を最高経営責任者執行役員、6月の定時株主総会で代表取締役社長に据えた社長交代。取締役会は社外取締役0名の4名から社外3名を含む5名へ替わり、業務執行は統括本部制からカンパニー制へ移った 顔ぶれを入れ替えた交代 この交代の眼目は、44歳の社長が生まれたことよりも、取締役会そのものを組み替えた点にあると思われる。交代前の取締役会は4名で、社外取締役はジェリー・ヤン氏の辞任以来ひとりもいなかった。そこへ社外3名を入れて5名とし、留任した取締役は会長の孫正義氏だけになった。社長を替えるだけなら1名の差し替えで済むところを、監督する側の構成ごと入れ替えている。任期1年の取締役会が、事実上76.61%を握る親会社側の意思で毎年組み直せる形になったとも読める。 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/4751/decisions/cygames-stake-sale-2012/","t":"子会社株式460株の譲渡と引き換えに結んだ資本業務提携","c":"サイバーエージェント","y":2012,"col":"#82be28","s":"ソーシャルゲームで急伸したCygamesの株式460株を6,818百万円でディー・エヌ・エーへ譲り、持分を96.2％から74.04％へ薄めて協業相手を資本で迎え…","x":"2012 サイバーエージェント cygames株をdenaへ一部譲渡 子会社株式460株の譲渡と引き換えに結んだ資本業務提携 2012年11月にcygames株式の一部をディー・エヌ・エーへ譲渡する決議を行った。460株を6,818百万円で売却し、持分比率を96.2%から74.04%へ引き下げながら子会社として残した ソーシャルゲームで急伸したcygamesの株式460株を6,818百万円でディー・エヌ・エーへ譲り、持分を96.2%から74.04%へ薄めて協業相手を資本で迎え入れながら、子会社としての支配は手放さなかった判断 売却しても手放さなかった株 460株で6,818百万円という値は、cygamesの2012年9月期の純資産2,751百万円をはるかに上回る。その差は、ソーシャルゲームという当時いちばん勢いのあった領域で、すでに連結売上高の1割を超える規模の会社を育てきっていたことへの評価に他ならない。設立から1年半で、出資した側が売り手として値を付けられる位置に立ったことになる。売却益約6,000百万円という見込みは、同じ期の連結営業利益17,410百万円と比べても軽い額ではなかった。 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/4927/decisions/jurlique-acquisition-2012/","t":"化粧品会社の取り込みによる、初の本格的な海外M&Aへの踏み出し","c":"ポーラ・オルビスホールディングス","y":2012,"col":"#333333","s":"国内化粧品の成熟と手薄な海外を背景に、持株会社化・上場で得た機動力を初の本格海外M&Aへ振り向け、豪州のプレミアム自然派ジュリークを244億円で取得して海外事業…","x":"2012 ポーラ・オルビスホールディングス 豪ジュリークの買収 化粧品会社の取り込みによる、初の本格的な海外m&aへの踏み出し 2011年11月に豪ジュリークの全株式取得を決議。取得原価244億円を投じ2012年2月3日に完全子会社とした初の本格的な海外m&a 国内化粧品の成熟と手薄な海外を背景に、持株会社化・上場で得た機動力を初の本格海外m&aへ振り向け、豪州のプレミアム自然派ジュリークを244億円で取得して海外事業基盤の中核に据えようとした判断。業績は計画から乖離し、2016年・2018年の減損でのれんは消えた。 多ブランド経営と、減損の反復 この買収の底にあったのは、持株会社という構造がもたらした機動力であった。上場で得た資本を元手に、自前では時間のかかる海外の柱を、確立したブランドごと一度に抱える——この構造の論理からすれば、ジュリークの買収は理にかなった選択であったとみられる。ただ、取得原価244億84百万円のうち151億77百万円がのれん、さらに商標権1億200万豪ドルが無形固定資産に載ったことは、買ったものの大半がブランドの将来性そのものであったことを意味する。その前提が崩れれば、資産は減損で消える。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 海外撤退・縮小 オセアニア 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/4980/decisions/sony-chemical-carveout-2012/","t":"ケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の受け皿会社への移管","c":"デクセリアルズ","y":2012,"col":"#005582","s":"業績不振とグループ再編に追われるソニーが、事業ポートフォリオ改革・選択と集中の一環で好採算の素材子会社を日本政策投資銀行・ユニゾン系ファンドの受け皿会社VGケミ…","x":"2012 デクセリアルズ ソニーから分離独立 ケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の受け皿会社への移管 2012年3月にソニーから分離独立。ケミカルプロダクツ事業を日本政策投資銀行主導のファンドへ売却し、受け皿としてvgケミカルが生まれた 業績不振とグループ再編に追われるソニーが、事業ポートフォリオ改革・選択と集中の一環で好採算の素材子会社を日本政策投資銀行・ユニゾン系ファンドの受け皿会社vgケミカルへ売却し、旧ソニーケミカルをデクセリアルズとして独立させたカーブアウト 売却された側の十年 この売却を、親会社に見限られた非中核部門の切り離しという言葉だけで読むと芯を外す。手放された化学事業は好採算で、外部メーカーへも素材を売り、もともと独立心の強い子会社であった。むしろ親会社の資本配分の論理から外れたことが、投資判断の速さをこの会社にもたらしたと思われる。 選択と集中 事業売却・撤退 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/5344/decisions/yamagiwa-acquisition-2012/","t":"企業再生支援機構からの全株式7億円での引き受け","c":"MARUWA","y":2012,"col":"#3D62AD","s":"自社でLED光源を製造しながら販路とブランドを持てずにいた照明事業に対し、企業再生支援機構の管理下にあった照明器具会社を7億円で取得し、設計力と販売網を外から調…","x":"2012 maruwa ヤマギワ株式を取得 企業再生支援機構からの全株式7億円での引き受け 2012年12月にヤマギワ株式会社の発行済株式の全部を企業再生支援機構から取得。対価は現金7億円で、取得原価は7.5億円だった 自社でled光源を製造しながら販路とブランドを持てずにいた照明事業に対し、企業再生支援機構の管理下にあった照明器具会社を7億円で取得し、設計力と販売網を外から調達した買収 取得したのは市場ではなく名前だった 成長するled照明市場に賭けた多角化と読むと、この買収は的を外す。maruwaは2005年から自社でled光源を作り、マレーシアに生産子会社まで置きながら、照明機器事業の売上高は22億円で止まっていた。足りなかったのは市場でも技術でもなく、施設や住宅の照明設計に入り込む販路と、設計者が知っている名前であった。有価証券報告書が結合の理由の筆頭に「ブランド力」と「照明ソリューション力」を挙げていることは、それを裏づけているとみられる。 救済型m&a・支援受け入れ 隣接領域への展開 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/5401/decisions/nippon-steel-sumitomo-metal-2012/","t":"株式交換と吸収合併の二段階手続きで住金を取り込み、新日鐵住金が発足","c":"日本製鉄","y":2012,"col":"#086DAA","s":"2012年10月1日、新日本製鐵が住友金属工業を吸収合併し、新日鐵住金が発足した。法的形式は二段階で、まず統合期日に新日鉄が住金の全株主へ新日鉄株を交付する株式…","x":"2012 日本製鉄 住友金属工業と統合 株式交換と吸収合併の二段階手続きで住金を取り込み、新日鉄住金が発足 2011年2月に住友金属工業との経営統合で合意し、2012年10月1日に吸収合併した。住金の普通株式1株に0.735株を交付し、取得原価5,076億円、のれん340億円を計上して新日鉄住金が発足した 2012年10月1日、新日本製鉄が住友金属工業を吸収合併し、新日鉄住金が発足した。法的形式は二段階で、まず統合期日に新日鉄が住金の全株主へ新日鉄株を交付する株式交換を行って住金の発行済株式の全部を取得し、同日、株式・金銭等の対価を交付せずに新日鉄を存続会社・住金を消滅会社とする吸収合併を行った。\n住金の普通株式1株に新日鉄の普通株式0.735株を割り当て、交付した株式数は32億346万株。取得した議決権比率は100%、取得原価は5,076億円で、うち取得に直接要したアドバイザリー費用等は19億円だった。 規模の論理と「対等」の行方 対等の精神を掲げた統合だが、会計処理の上では最初から取得として整理されている。取得企業を新日鉄と決めた根拠は、対価の種類が株式である企業結合で株式を交付する側であること、そして結合前の新日鉄株主が結合後企業の議決権比率の最も大きい割合を占めること ── つまり0.735という割当比率そのものが、どちらが主でどちらが従かを決めていた。対等とは経営の運び方の作法であって、資本の構成のことではなかったのだろう。2019年に社名から住友の名が外れたのは、その構成が時間をかけて表に出てきた帰結だろう。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/6098/decisions/indeed-acquisition-2012/","t":"米国企業の取り込みによる海外への足がかり","c":"リクルートHD","y":2012,"col":"#006EBC","s":"国内情報事業を基盤とする非上場企業が、HRの主戦場が紙からデジタルへ移る構造変化を見据え、赤字の米求人検索エンジンを全株取得することで世界市場と技術基盤を一気に…","x":"2012 リクルートhd 米indeedを買収 米国企業の取り込みによる海外への足がかり 2012年9月に米indeedを買収。リクルートが株式100%の取得で合意し、10月に子会社化して米国法人をindeedへ吸収させた 国内情報事業を基盤とする非上場企業が、hrの主戦場が紙からデジタルへ移る構造変化を見据え、赤字の米求人検索エンジンを全株取得することで世界市場と技術基盤を一気に獲得した買収 求人を持たない会社を買収するということ 獲得したのは求人広告の在庫ではなく、他社のサイトに散らばる求人を集めて並べ替える仕組みであった、と思われる。それまでの海外展開は、人材紹介のrgf、人材派遣のcsiやstaffmarkと、いずれも人を介して収益を積み上げる事業の買収だった。indeedはその型から外れ、自社では求人を持たないまま月間8千万人を集める。掲げた「no1グローバル総合人材サービス企業」の最後の空白がオンラインhrであったことを踏まえれば、その空白を人手ではなく技術で埋める判断だったといえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) デジタル化・dx グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6367/decisions/2012-goodman-acquisition/","t":"買収を足がかりにした北米住宅用空調への本格参入","c":"ダイキン","y":2012,"col":"#14bee6","s":"自力進出とOYL買収で攻めきれなかった北米住宅用市場を、トップシェアのグッドマン買収で一挙に押さえる三段階目の一手","x":"2012 ダイキン 米goodmanの買収 買収を足がかりにした北米住宅用空調への本格参入 2012年11月に米goodmanを買収。北米住宅用空調でトップシェアの同社の議決権100%を取得の対価2,200百万米ドルで取得し、ダクト式市場へ参入 自力進出とoyl買収で攻めきれなかった北米住宅用市場を、トップシェアのグッドマン買収で一挙に押さえる三段階目の一手 買収の判断より、根づかせる力が問われた この買収の意味は、金額の大きさよりも、参入手法の選び方に表れている。ダイキンは中国では異業種と組んで自前の直売網を築き、欧州では現地販売会社を次々に買収して販路を得た。市場ごとに手を変える柔軟さで海外を広げてきた同社が、北米ではトップ企業の丸ごと買収という最も重い一手を選んだ。二度退いた市場を三度目で攻略するには、それだけの覚悟が要ったのだろう。有価証券報告書が企業結合の理由に、グローバル空調市場においてのリーディングカンパニーとしての地位を磐石なものとするためと記したのは、この一手に世界首位の座を懸けたことの表れであった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6460/decisions/resort-ir-investment-2012/","t":"遊技機で獲得した資金を新分野へ振り向けた同時多発の投資","c":"セガサミーホールディングス","y":2012,"col":"#0082CA","s":"国内市場に閉じた遊技機の収益を、リゾート運営とカジノ運営のノウハウという回収の遅い資産へ振り向けた資本配分の選択","x":"2012 セガサミーホールディングス リゾート・海外irへ投資 遊技機で獲得した資金を新分野へ振り向けた同時多発の投資 2012年5月にリゾート・海外irへ投資。セガサミーが宮崎のフェニックスリゾートを買収し、韓国paradiseとの合弁で統合型リゾートを開発 国内市場に閉じた遊技機の収益を、リゾート運営とカジノ運営のノウハウという回収の遅い資産へ振り向けた資本配分の選択 4億円で取得した教材と、45%を出資した施設 2012年の一連の投資は、金額の大きさよりも、買った対象の性質に特徴がある。フェニックスリゾートの株式は4億円、貸付を含めても58億円で、同じ年に川越の新工場へ投じた135億円より小さい。韓国の合弁でも出資は45%にとどまり、経営の主導権は韓国側にあった。セガサミーホールディングスが獲得しようとしたのは施設でも支配権でもなく、リゾートとカジノを実際に動かす経験であり、それは国内でカジノが解禁されたときに初めて値のつく資産であった。解禁が来るかどうかを他人が決める以上、回収の時期を自分では決められない投資であったといえる。 飛び地・非関連多角化 海外進出・現地生産 大型設備投資 韓国"},{"k":"decision","u":"/tse/6504/decisions/holding-company-reversal-2012/","t":"純粋持株会社への移行と、9年後の事業会社への再統合","c":"富士電機","y":2012,"col":"#005BAB","s":"事業別に分社化した運営から、デバイスからシステムまでを一社で抱えて一括提案する運営へ切り替えるための再統合","x":"2012 富士電機 持株会社体制の解消 純粋持株会社への移行と、9年後の事業会社への再統合 2012年4月に事業会社を吸収合併し商号を富士電機へ戻した。2003年10月の富士電機ホールディングス移行から9年での持株会社体制の解消 事業別に分社化した運営から、デバイスからシステムまでを一社で抱えて一括提案する運営へ切り替えるための再統合 分社化した9年をどう評価するか 高圧盤から低圧盤まで自社で揃えられる、という2025年の答え方が、9年で畳んだ理由をよく映している。変電機器を日本aeパワーシステムズへ出し、受配電・制御機器をシュナイダーエレクトリックへ渡した後に残ったのは、盤も変圧器も無停電電源装置も自前で持つ組み合わせであった。それを一括で納める売り方は、法人格が四つに分かれたままでは組みにくい。持株会社の解消は、残した事業の売り方を選び直した結果だと推察される。 持株会社化・グループ再編 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/6532/decisions/external-ceo-hagihira-2012/","t":"創業者・江口新氏の退任と、経営コンサル出身者を迎えた外部登用","c":"ベイカレント","y":2012,"col":"#0C27F4","s":"上流コンサルへの転換が収益構造の変化に結びつかないなか、創業者が自ら退き、マッキンゼーでITコンサルティングを率いた外部人材へ経営を委ねた承継","x":"2012 ベイカレント 萩平和巳氏が社長就任 創業者・江口新氏の退任と、経営コンサル出身者を迎えた外部登用 2012年3月にベイカレントが萩平和巳氏へ社長を承継した。創業者の江口新氏が退き、マッキンゼー出身のプロ経営者が後任に就任した 上流コンサルへの転換が収益構造の変化に結びつかないなか、創業者が自ら退き、マッキンゼーでitコンサルティングを率いた外部人材へ経営を委ねた承継 創業者が退場の順番を資本より先に選んだ意味 この承継の特徴は、順番にある。オーナー企業の創業者が身を引くとき、多くは株式の売却が先に立ち、経営の引き継ぎは資本の移動に付いてくる。江口氏は逆に、株式を握ったまま経営だけを先に外部へ渡した。入社10か月の萩平氏への交代は、社内に後継を育てる時間を掛けるより、上流コンサルの経営を知る人物を外から迎えるほうが早いという判断とみられる。2年後のmboで資本の側が追いついたことを踏まえれば、2012年の交代は退場の第一歩として設計されていたと読める。 トップ交代・承継 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/6665/decisions/corporate-reorganization-2012/","t":"会社更生法の適用申請と、自主再建を断念した末の傘下入り","c":"エルピーダメモリ","y":2012,"col":"#123A85","s":"4月の返済期日を前に提携交渉も増資もまとまらず、自力での資金手当てを断念して法的整理へ移行する","x":"2012 エルピーダメモリ 米マイクロンへ事業譲渡 会社更生法の適用申請と、自主再建を断念した末の傘下入り 2012年2月に東京地裁へ会社更生手続の開始を申し立てた。負債総額4480億円は国内製造業で過去最大で、2013年7月に米マイクロン傘下へ 4月の返済期日を前に提携交渉も増資もまとまらず、自力での資金手当てを断念して法的整理へ移行する 「あと1年」を誰が用意するのか 坂本幸雄前社長はそう総括した。数字だけを見れば主張には根拠がある。マイクロン傘下に入った直後の2013年4〜6月期、単体の売上高は1300億円、純利益は390億円に達した。想定した携帯電話市場の立ち上がりが1年遅れただけで、事業そのものは死んでいなかったとみられる。 経営破綻・法的整理 救済型m&a・支援受け入れ 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6703/decisions/ems-transformation-2012/","t":"閉鎖寸前だった生産拠点の受託生産化と、他社工場を取得する側への転身","c":"沖電気工業","y":2012,"col":"#CB1C1D","s":"NTTの調達方針転換で主力市場が消えた生産拠点を、自社製品を製造する工場から他社製品を請け負う工場へ転換し、買収で規模と収益性を確保した判断","x":"2012 沖電気工業 本庄工場をemsに転換 閉鎖寸前だった生産拠点の受託生産化と、他社工場を取得する側への転身 2012年10月に本庄工場を電子機器の受託生産の拠点へ転換した。ntt向け交換機の拠点が田中貴金属工業の山形・鶴岡の配線板工場を取得した nttの調達方針転換で主力市場が消えた生産拠点を、自社製品を製造する工場から他社製品を請け負う工場へ転換し、買収で規模と収益性を確保した判断 閉じるか、転換するか この判断の中心にあるのは、市場が消えた生産拠点を閉鎖する以外の道があるかという問いである。nttの調達方針が変わり、主力製品が海外勢のルーターに置き換わった時点で、本庄工場を畳む判断には十分な合理性があった。実際に社内の多数はそちらを支持していた。それでも清水光一郎氏が持ち出したのは、設備や人員ではなく、交換機で積み上げた段取りという工程の技能であった。売る製品を失った工場に、他社の製品を作る仕事を持ち込めば技能は生き続ける——受託生産への転換は、資産ではなく能力の側から拠点の価値を測り直した試みだったとみられる。 収益モデル転換 連続買収・ロールアップ 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/6703/decisions/spain-accounting-fraud-2012/","t":"5期分の有価証券報告書を訂正して純資産を262億円削り、当該子会社を営業休止させた処理","c":"沖電気工業","y":2012,"col":"#CB1C1D","s":"海外の連結子会社で5期にわたって積み上がった不適切な会計処理を、発覚から約1か月で過年度決算の一括訂正として表に出し、当該子会社は営業休止へ回した判断","x":"2012 沖電気工業 スペイン子会社の不適切会計と決算訂正 5期分の有価証券報告書を訂正して純資産を262億円削り、当該子会社を営業休止させた処理 2012年8月にスペインの連結子会社で不適切な会計処理が発覚した。9月14日に第84期から第88期までの有価証券報告書を訂正し、2012年3月期の純資産額は67,524百万円から41,251百万円へ減った 海外の連結子会社で5期にわたって積み上がった不適切な会計処理を、発覚から約1か月で過年度決算の一括訂正として表に出し、当該子会社は営業休止へ回した判断 五年ぶん積み上がるまで、連結の外にあったもの この件で問われたのは不正そのものよりも、連結の輪郭がどこまで見えていたかである。訂正の対象は第84期から第88期までの5期に及び、2012年3月期の純資産額は26,273百万円削られた。5年ぶん積み上がるまで気づけなかったということは、海外の販売拠点が親会社の統制の外側に置かれていたに等しい。発覚時に掲げていた中期経営計画は、注力分野へリソースを集中し戦略的アライアンスで成長を取りにいく設計で、稼ぐ側の絵は描かれていたが、増やした拠点を統括する側の絵は薄かったのではないか。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6723/decisions/incj-bailout-2012/","t":"官民ファンドと主要顧客連合を引受先とする1500億円の資本増強","c":"ルネサスエレクトロニクス","y":2012,"col":"#0047bb","s":"統合後3期連続赤字で累計純損失3,400億円を超えた財務危機に対し、KKRの買収案を退けて産業革新機構と顧客連合による官民出資を受け入れ、経営権を国内にとどめた…","x":"2012 ルネサスエレクトロニクス 産業革新機構らの出資受入 官民ファンドと主要顧客連合を引受先とする1500億円の資本増強 2012年12月に産業革新機構らを割当先とする増資を決めた。主要顧客8社を含む総額1500億円で、米kkrの買収提案を退けた 統合後3期連続赤字で累計純損失3,400億円を超えた財務危機に対し、kkrの買収案を退けて産業革新機構と顧客連合による官民出資を受け入れ、経営権を国内にとどめたまま資本を増強した判断 官民救済が残したもの この判断の中心にあるのは、経営権の帰趨と供給網の安定という、資本の論理だけでは割り切れない選択であった。外資ファンドの資本を受ければ再建の速度は上がったかもしれない一方で、車載半導体を握る企業の経営権が海外へ移ることへの警戒が、政府と顧客を同じ側に立たせた。 リストラ・構造改革 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/6728/decisions/business-restructuring-2012/","t":"純損失499億円を受けて踏み切った、創立以来初めての事業構造改革","c":"アルバック","y":2012,"col":"#007BD0","s":"液晶パネル向け装置の受注急減で自己資本比率が14.8％まで低下したことを受け、希望退職と損失の一括計上で固定費を削り、成長が見込める半導体・中小型パネル向けへ人…","x":"2012 アルバック 半導体・パネルに集約 純損失499億円を受けて踏み切った、創立以来初めての事業構造改革 2012年4月に国内グループで約700人の希望退職を募集した。液晶パネルメーカーの投資抑制で装置受注が急減し、中期経営計画も下方修正した 液晶パネル向け装置の受注急減で自己資本比率が14.8%まで低下したことを受け、希望退職と損失の一括計上で固定費を削り、成長が見込める半導体・中小型パネル向けへ人と設備を寄せ直した構造改革 削る決断と、残した種 この改革でアルバックが手放したものは、はっきりしている。国内グループの1割にあたる人員、大型テレビ用パネル向けの装置事業、マテリアル事業の不採算な製品と取引、そして周辺の子会社である。2年で300億円強の特別損失を一度に飲み込み、自己資本比率が14.8%まで低下したところを優先株150億円で支えた手当ては、資本市場の助けを借りて時間を買う選択にあたる。創立から60年、初めての事業構造改革という表現が有価証券報告書に残っている点に、この会社にとっての例外性がうかがえる。 リストラ・構造改革 選択と集中 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/7011/decisions/thermal-power-integration-2012/","t":"重電の中核事業を切り出した三菱日立パワーシステムズの発足","c":"三菱重工業","y":2012,"col":"#E83C3E","s":"震災後に国内の火力発電インフラ市場が競争入札の広がりと電力会社の財務悪化で急収縮する一方、海外は成長が続く。国内の消耗戦を避け、規模を得て世界市場で戦うための事…","x":"2012 三菱重工業 日立と火力発電事業統合 重電の中核事業を切り出した三菱日立パワーシステムズの発足 2012年11月に日立と火力発電事業の統合で基本合意。三菱重工が65%日立が35%を出資し2014年2月に三菱日立パワーが発足 震災後に国内の火力発電インフラ市場が競争入札の広がりと電力会社の財務悪化で急収縮する一方、海外は成長が続く。国内の消耗戦を避け、規模を得て世界市場で戦うための事業統合 規模の統合が抱えた火種 この判断の核心は、縮む国内市場を分け合う消耗戦を避け、規模を統合して世界の上位に食い込むという狙いの明快さにある。全社の一体化という大風呂敷が規模差とプライドで破談した翌年に、収益の8割を稼ぐ原動機の中でも中核の火力に対象を絞り、三菱重工が過半を握る形で折り合いをつけた。自社開発にこだわってきた同社が基幹事業で他社との合弁に踏み切った点に、単独主義からの転換がうかがえる。震災後の国内市場の急収縮という外圧が、長年のライバル同士を短期間で一つの会社に押し込んだ経緯には、この時期の日本の重電が置かれた立場が映っている。 合併・経営統合 選択と集中 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/7164/decisions/tse-direct-listing-2012/","t":"公募増資による資金調達と、公開市場での値付けを受け入れる立場への移行","c":"全国保証","y":2012,"col":"#003C92","s":"保証という商売では保証する側の信用が商品の品質を決めるため、上場と安定配当によって保証付案件を金融機関の資産査定上の優良保証に押し上げ、未提携先の開拓と既存提携…","x":"2012 全国保証 東証一部へ新規上場 公募増資による資金調達と、公開市場での値付けを受け入れる立場への移行 2012年12月19日に東証一部へ新規上場。二部を経ない直接上場で公募増資735万株と翌年1月の第三者割当により80億8,000万円を調達 保証という商売では保証する側の信用が商品の品質を決めるため、上場と安定配当によって保証付案件を金融機関の資産査定上の優良保証に押し上げ、未提携先の開拓と既存提携先の利用率向上につなげる狙いがあった 上場で得たのは資金ではない 上場のメリットとして会社が真っ先に書いたのは、調達額でも知名度でもなく、金融機関の資産査定であった。上場して安定した配当を続ければ、自社の保証が付いた案件は優良保証に分類され、提携先は引当金の負担を軽くできる。7兆円を保証していながら、非上場のままでは保証の確からしさを相手に説明する手立てが乏しかった。80億8,000万円という調達額は、735万株の新株を出した対価としては小さい。この上場で買ったものは資金というより、保証を売るときに提示できる格であったとみられる。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/7733/decisions/sony-capital-alliance-2012/","t":"大手からの資本の受け入れと、医療分野での合弁の立ち上げ","c":"オリンパス","y":2012,"col":"#001878","s":"粉飾決算で自己資本比率が4%台へ低下したオリンパスが、ソニーから500億円の出資を受けて筆頭株主に迎え、あわせて外科用内視鏡の医療合弁を設立して財務再建と新たな…","x":"2012 オリンパス ソニーとの資本業務提携 大手からの資本の受け入れと、医療分野での合弁の立ち上げ 2012年10月にソニーと資本業務提携。笹宏行社長のもと500億円の出資を受けて筆頭株主に迎え、外科用内視鏡の合弁会社も設けた 粉飾決算で自己資本比率が4%台へ低下したオリンパスが、ソニーから500億円の出資を受けて筆頭株主に迎え、あわせて外科用内視鏡の医療合弁を設立して財務再建と新たな主力事業づくりを両立させようとした資本業務提携 資本は受け、主導権は渡さない ソニーとの資本業務提携は、粉飾決算で傷ついた財務を建て直す救済増資という性格と、医療分野で新たな収益源を育てる成長投資という性格を併せ持っていた。ただしオリンパスがソニーの出資を11%に抑え、笹宏行社長が安定株主と距離を置いたことからは、資本を受け入れつつも経営の主導権は手放さないという慎重な線引きがうかがえる。危機のさなかにあってなお自力再建の余地を残そうとした判断であったとみられる。 資金調達・財務戦略 不祥事・信頼回復 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7741/decisions/lifecare-pivot-2012/","t":"資源の優先配分と、眼鏡レンズ事業の継続的な買収","c":"HOYA","y":2012,"col":"#4695CC","s":"市況変動を受けやすいエレクトロニクス事業と、生活必需品で景気に左右されにくいメガネレンズ事業をあわせ持つHOYAが、安定した生活財＝ライフケアへ優先して資源を振…","x":"2012 hoya ライフケアへの優先投資 資源の優先配分と、眼鏡レンズ事業の継続的な買収 2012年4月にライフケアへ優先して投資。2013年にセイコーエプソンの眼鏡レンズ事業を取得し、海外買収を重ねて世界2番手へ上がった 市況変動を受けやすいエレクトロニクス事業と、生活必需品で景気に左右されにくいメガネレンズ事業をあわせ持つhoyaが、安定した生活財=ライフケアへ優先して資源を振り向け、セイコーエプソンからの眼鏡レンズ事業取得を皮切りに海外メーカーを相次いで買収して世界で業界2番手の規模を築いた、事業構成の再編 二つの振れ方の違う収益を組み合わせる この経営判断の芯にあるのは、性格の異なる二つの事業を抱えた会社が、景気変動に強い生活財のほうへ意図して資源を配分した点にある。半導体やhdd向けの部材は、市況が上を向けば潤い、下を向けば悪化する。対してメガネレンズは、派手さこそないが、暮らしが続くかぎり売れ続ける。2008年以降の世界的な需要変動を経て、hoyaはこの安定を収益の土台に選び、エプソンからの取得を手始めに、中小メーカーを一社ずつ買い集めて事業の規模を積み上げた。 選択と集中 連続買収・ロールアップ 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/8015/decisions/cfao-acquisition-2012/","t":"買収による現地流通網の獲得を通じたアフリカ市場への進出","c":"豊田通商","y":2012,"col":"#005CA2","s":"資源・インフラを主力とする他の総合商社と異なる差異化を求め、アフリカ全土の自動車・医薬品・消費財の流通網を持つ仏CFAOを2012年に子会社化、2016年に完全…","x":"2012 豊田通商 仏cfaoの買収 買収による現地流通網の獲得を通じたアフリカ市場への進出 2012年に仏cfaoを買収し子会社化。アフリカ流通大手の株式を公開買付で97.81%まで高め、取得原価は2,420億円に上った 資源・インフラを主力とする他の総合商社と異なる差異化を求め、アフリカ全土の自動車・医薬品・消費財の流通網を持つ仏cfaoを2012年に子会社化、2016年に完全子会社化してアフリカ事業を単独連結で掌握した買収 資源商社と違う道を選ぶということ この取引で何を買ったのかは、取得原価の内訳よりも、のれんの大きさに表れている。受け入れた資産2,781億円から負債2,071億円を引いた差は710億円にすぎず、払った2,420億円との開きが暫定で1,965億円ののれんになった。つまり豊田通商が代価を払った相手は、cfaoが持つ在庫や設備ではなく、北・西アフリカ32カ国に張られた代理店と医薬品卸の網そのものであった。資源やインフラで各社が競い合う総合商社の世界にあって、暮らしに近い商材をアフリカでさばく土俵を選んだ判断であり、その網は資金を投じてすぐ手に入るものではない。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 アフリカ"},{"k":"decision","u":"/tse/8410/decisions/fcti-acquisition-2012/","t":"米国のATM運営会社の取り込みによる、初めての海外市場への進出","c":"セブン銀行","y":2012,"col":"#07A32B","s":"国内ATM網の成熟を受け、世界最大のATM市場である米国の運営専業会社を全株取得して海外事業の足がかりとした買収","x":"2012 セブン銀行 米fctiの買収 米国のatm運営会社の取り込みによる、初めての海外市場への進出 2012年9月に米fctiの買収を決める。atm運営専門会社の全発行済株式を取得する契約を締結し、同年10月6日に子会社化した 国内atm網の成熟を受け、世界最大のatm市場である米国の運営専業会社を全株取得して海外事業の足がかりとした買収 移植できたもの、できなかったもの 買収の判断そのものは、当時の材料から見れば無理のないものであったと思われる。国内のatm網は全国を覆い終え、伸びはコンビニの出店数に縛られていた。米国はatm運営として世界最大の市場で、グループのセブン-イレブンも存在した。有価証券報告書がfctiの特徴として挙げたのは、atmを自社で所有することで手数料設定を主体的に管理できるという点である。日本で成り立っていたのは、提携金融機関から受け取る手数料であり、自前のatmを減らしたい金融機関との関係に支えられた収益であった。買ったのは、それとは逆向きの型であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 pmi・買収後統合 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8593/decisions/jackson-square-aviation-2012/","t":"Jackson Square Aviation の買収と航空機リースの本格化","c":"三菱HCキャピタル","y":2012,"col":"#E60012","s":"国内の設備リース需要が細るなか、残価と流通性で収益を上げるアセットファイナンスを主力事業にするため、営業基盤と専門人材を抱えた航空機リース会社を丸ごと取得する","x":"2012 三菱hcキャピタル 米jsaの買収 jackson square aviation の買収と航空機リースの本格化 2012年10月に米jsaの買収を決議。三菱ufjリースが取得原価107,192百万円で全出資持分を取得し、約70機を保有する航空機リース会社とその子会社108社を傘下に収めた 国内の設備リース需要が細るなか、残価と流通性で収益を上げるアセットファイナンスを主力事業にするため、営業基盤と専門人材を抱えた航空機リース会社を丸ごと取得する 値札のついた時間 この買収で三菱ufjリースが獲得したのは、約70機の機体そのものよりも、機材の残価を読み、世界の航空会社と交渉し、売り時を決める人と関係の束であった。受け入れた資産286,467百万円から負債212,916百万円を差し引いた正味は73,551百万円で、107,192百万円の取得原価との差40,784百万円がのれんになっている。有価証券報告書はその発生原因を将来の超過収益力と書き、20年で均等に償却すると定めた。国内でその能力を一から育てれば10年はかかる。差額の値札は、その時間に対して付けられている。組成3年目の若い運用体を、立ち上げの赤字期を越えた直後に資金力のある側が引き取るという取引の形も、それをよく表している。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8601/decisions/insider-trading-committee-2012/","t":"子会社の元社員の関与認定を受けた調査委員会の設置と内部管理態勢の立て直し","c":"大和証券グループ本社","y":2012,"col":"#d32e0b","s":"証券取引等監視委員会が課徴金納付命令勧告を行った内部者取引の事案で、子会社の大和証券株式会社の元社員の関与が当局に認定され、社外の弁護士等から成る調査委員会の設…","x":"2012 大和証券グループ本社 大和証券内部者取引事案 子会社の元社員の関与認定を受けた調査委員会の設置と内部管理態勢の立て直し 2012年6月29日、証券取引等監視委員会が課徴金納付命令勧告を行った内部者取引の事案で、子会社の大和証券株式会社の元社員の関与が当局に認定された。同社は社外の弁護士等から成る調査委員会を設置している 証券取引等監視委員会が課徴金納付命令勧告を行った内部者取引の事案で、子会社の大和証券株式会社の元社員の関与が当局に認定され、社外の弁護士等から成る調査委員会の設置と改善策の実行を迫られた 処分を受けなかった会社が自ら調べた 調査委員会を設置したのは持株会社ではなく、元社員が籍を置いていた大和証券株式会社であった。法人としての処分を受けたわけでもない子会社が、社外の弁護士等を招いて自ら調べたという構図は、この事案が法令上の責任の所在をめぐる問題としてではなく、引受業務の現場に集まる法人関係情報をどう封じるかという実務の問題として扱われたことを示しているだろう。2012年4月にキャピタル・マーケッツを吸収合併し、リテールとホールセールが1つの会社に同居する体制へ移った直後でもあった。情報の壁を引き直す必要は、統合の側からも生じていたはずである。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/8630/decisions/turnaround-succession-2012/","t":"2期連続の赤字を受けて発足時のCEO体制を解き、事業会社2社を並存させる建付けを捨てて合併と一体化運営へ踏み込んだ選択","c":"SOMPOホールディングス","y":2012,"col":"#db0011","s":"発足2期で当期純損失129億円・922億円を重ねたNKSJホールディングスが、統合の巻き戻しではなく持株会社のトップを事業会社の現職社長2人に入れ替え、損保2社…","x":"2012 sompoホールディングス 損保ジャパンと日本興亜の合併 2期連続の赤字を受けて発足時のceo体制を解き、事業会社2社を並存させる建付けを捨てて合併と一体化運営へ踏み込んだ選択 2012年4月にnksjホールディングスの会長と社長を交代し、櫻田謙悟氏が第2代社長に就任した。発足から2期で当期純損失129億円と922億円を重ね、損保ジャパンと日本興亜損保の合併へ進む道を選んだ 発足2期で当期純損失129億円・922億円を重ねたnksjホールディングスが、統合の巻き戻しではなく持株会社のトップを事業会社の現職社長2人に入れ替え、損保2社の合併と合併前倒しの一体化運営で立て直しを図った判断 入れ替わったのは人ではなく統合の舵を握る場所 この交代で動いたのは顔ぶれというより、統合の決定権をどこが握るかである。発足時に持株会社の頂点へ座ったのは旧2社の社長を務めた世代で、会長と社長がともにceoを兼ねるという形そのものが、事業会社を2つ残す建付けと対になっていた。2012年4月にそこへ移ったのは、損保ジャパンと日本興亜損保の現職社長2人である。合併を決めた以上、持株会社の意思決定と事業会社の執行を同じ2人の手に握らせたほうが速い、という組み替えだったと思われる。合併日の1年半前に「実質合併」へ踏み込めたのは、この形が先にできていたからであろう。 経営再建・ターンアラウンド トップ交代・承継 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8697/decisions/tse-ose-integration-2012/","t":"国内2大市場の経営統合による日本取引所グループの発足","c":"日本取引所グループ","y":2012,"col":"#002b5f","s":"大西洋をまたぐ取引所の国際再編とシステム投資の規模の経済が進むなか、国内で競合してきた東京・大阪の取引所を一本化し、地盤沈下を食い止めて海外勢と伍する規模を確保…","x":"2012 日本取引所グループ 大阪証券取引所との統合 国内2大市場の経営統合による日本取引所グループの発足 2011年11月に大阪証券取引所との統合契約を締結。2013年1月に日本取引所グループが発足し、法的な存続会社は大阪証券取引所で斉藤惇が初代ceo 大西洋をまたぐ取引所の国際再編とシステム投資の規模の経済が進むなか、国内で競合してきた東京・大阪の取引所を一本化し、地盤沈下を食い止めて海外勢と伍する規模を確保する 一本化がもたらしたもの この統合の核心には、国内で競い合うことの意味が薄れていく感覚があっただろう。取引所がシステム投資を軸とする装置産業へ変わり、世界が国境を越えて統合されていくなかで、東京と大阪が別々に規模を張り合う構図は、次第に維持しにくくなっていた。設立免許から135年独立を保ってきた両取引所が、みずからの来歴を畳んで一つの持株会社へ収まった判断には、対抗の論理から規模の論理への切り替えが表れていたといえる。ただ、統合をもってしても時価総額や売買高で海外の先頭集団との差はなお大きく、一本化は競争の出発点を整えたにとどまる面もあった。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/8919/decisions/mbo-delisting-2012/","t":"PEファンドのTOBの受け入れによる非公開化と、中古住宅事業への一本化","c":"カチタス","y":2012,"col":"#0994DC","s":"業績悪化と新興市場での株価低迷のもとで、短期の損益に縛られずに中古住宅再生へ経営資源を集中させるため、投資ファンドのTOBを受け入れて非公開化した","x":"2012 カチタス 日本住宅再生の子会社化 peファンドのtobの受け入れによる非公開化と、中古住宅事業への一本化 2012年1月に日本住宅再生が公開買付を発表した。アドバンテッジパートナーズ系ファンドが1株627円でやすらぎ株を取得し、7月に上場廃止となった 業績悪化と新興市場での株価低迷のもとで、短期の損益に縛られずに中古住宅再生へ経営資源を集中させるため、投資ファンドのtobを受け入れて非公開化した 市場を降りることで確保した時間 やすらぎの場合、その一文が空文にならなかったのは、降りたあとに何を変えるかが具体的に決まっていたためであった。競売から仲介・直接買取への仕入の組み替えは、既存の担当者の動き方も評価の基準も入れ替える作業で、着手した年に数字が良くなる性質のものではない。四半期ごとに説明を求められる立場のまま同じことができたかは、なお考える余地が残る。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/9005/decisions/shibuya-redevelopment-2010s/","t":"鉄道の地下化で生み出した跡地への集中投資と、拠点駅の再構築","c":"東急","y":2012,"col":"#E60012","s":"相互直通運転の拡大で渋谷を通り抜ける流れが太る一方、乗り換え拠点としての性格が薄れるなか、東横線渋谷駅の地下化で生じた地上軌道跡と駅街区の一体再開発の機会をとら…","x":"2012 東急 渋谷ターミナル再開発 鉄道の地下化で生み出した跡地への集中投資と、拠点駅の再構築 2012年4月に渋谷駅周辺の再開発を始めた。渋谷ヒカリエに続き2018年に渋谷ストリーム、2019年に渋谷スクランブルスクエア第i期を開業した 相互直通運転の拡大で渋谷を通り抜ける流れが太る一方、乗り換え拠点としての性格が薄れるなか、東横線渋谷駅の地下化で生じた地上軌道跡と駅街区の一体再開発の機会をとらえ、渋谷を保有前提の中核資産と定めてオフィス・商業へ集中投資した面的な再開発 「線路と土地の一体経営」が結実した一点 多摩丘陵では、まだ何もない丘に鉄道を通し、区画整理で生んだ宅地を売って投資を回収した。渋谷では逆に、すでに動脈となった線路を地下へ送り、地上に空いた鉄道用地を自ら不動産へ変えて長く保有する。面を外へ広げる開発から、都心の一等地を深く掘り下げる開発への移り変わりが、そこにうかがえる。 大型設備投資 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/9302/decisions/logistics-subsidiary-acquisitions-2012/","t":"航空貨物・家電系物流子会社の連続取得による事業領域の拡張","c":"三井倉庫ホールディングス","y":2012,"col":"#E60012","s":"3PLを軸とする成長戦略のもと、自前で拠点を積み上げる拡大に替えて、航空貨物・家電系のメーカー系物流子会社を基盤ごと取得し、荷主基盤と受託規模を一挙に拡大した事…","x":"2012 三井倉庫ホールディングス 三洋電機ロジスティクスの取得 航空貨物・家電系物流子会社の連続取得による事業領域の拡張 2012年4月に三洋電機ロジスティクスの全株式を取得原価238億700万円で取得。前年のジェイティービーエアカーゴ47億円と合わせ、メーカー系物流子会社を続けて取り込んだ 3plを軸とする成長戦略のもと、自前で拠点を積み上げる拡大に替えて、航空貨物・家電系のメーカー系物流子会社を基盤ごと取得し、荷主基盤と受託規模を一挙に拡大した事業領域の拡張 取り込みの速さと、集約の遅れ この連続買収を単なる規模の追求とみるだけでは、判断の性格を捉えそこなう。三井倉庫が2011年から2012年にかけて選んだのは、自前で拠点を積み上げる拡大ではなく、荷主のメーカー系物流子会社を基盤ごと取り込む手法であった。ジェイティービーの航空貨物子会社を47億円で、三洋電機の物流子会社を238億700万円で取得し、航空と家電系3plの顧客と機能を一度に獲得した。時間を金で買い、総合物流の幅を数年で揃えたところに、この判断の芯があると思われる。 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9404/decisions/broadcasting-holding-company-2012/","t":"認定放送持株会社への移行と、地上波事業会社の分割設立","c":"日本テレビホールディングス","y":2012,"col":"#8497A1","s":"地上波放送の免許を会社本体が持つ形を改め、放送・衛星・事業各社を持株会社の下に並べて、放送外の収益源を育てられる体制へ組み替えた","x":"2012 日本テレビホールディングス bs日本統合と持株会社移行 認定放送持株会社への移行と、地上波事業会社の分割設立 2012年10月に認定放送持株会社体制へ移行。日本テレビ放送網が会社分割で免許を新会社へ承継させ、日本テレビホールディングスへ商号を変更した 地上波放送の免許を会社本体が持つ形を改め、放送・衛星・事業各社を持株会社の下に並べて、放送外の収益源を育てられる体制へ組み替えた 合併を塞がれた業界の答え 局どうしの合併は法律で塞がれている、と氏家斉一郎氏は2009年に明言していた。5局を4局にできない業界で、縮む広告費を前に規模を作る道は放送の外にしかない。2012年10月の組み替えは、その袋小路への現実的な答えであったとみられる。免許を新会社へ移し、本体を持株会社に変えたことで、地上波・bs・csと制作各社が同じ資本の下に並び、放送業以外の会社を買って子会社に置くことが手続き上ふつうの動作になった。 持株会社化・グループ再編 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9434/decisions/sprint-acquisition-2012/","t":"イー・アクセスの取り込みと並走した「世界作戦」の展開","c":"ボーダフォン(現ソフトバンク)","y":2012,"col":"#E60000","s":"国内で借入返済のめどをつけ成長投資へ転じるなか、市場の大きい米国の不振キャリアを買収して事業規模を一段引き上げ、LTEへの規格収斂を追い風に日本での再建手法を海…","x":"2012 ボーダフォン(現ソフトバンク) 米スプリントの買収 イー・アクセスの取り込みと並走した「世界作戦」の展開 2012年10月に米スプリントの買収で合意。株式約70%を201億ドルで取得し、あわせてイー・アクセスを約1,802億円で完全子会社化 国内で借入返済のめどをつけ成長投資へ転じるなか、市場の大きい米国の不振キャリアを買収して事業規模を一段引き上げ、lteへの規格収斂を追い風に日本での再建手法を海外で再現する戦略 「世界一への野望」は実を結んだか この判断の核心は、国内で稼いだキャッシュフローと返済のめどを元手に、成熟しつつある日本市場の外へ成長の場を移そうとした点にある。ボーダフォン日本法人の再建で磨いた営業とマーケティングの手法を、規格がlteへ収斂する米国でもう一度使えるという読みは、それ自体としては筋が通っていただろう。ただ、舞台は文化も商習慣も異なる米国で、日本での快進撃を支えた販売代理店網も存在しない。追い銭は出さないという歯止めをかけつつも、2強の壁が厚い市場へ約1.8兆円を投じた点に、この決断の重さがうかがえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 資金調達・財務戦略 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9501/decisions/nationalization-2012/","t":"1兆円の公的資金の受け入れと、議決権の過半の政府への移転","c":"東京電力ホールディングス","y":2012,"col":"#F01818","s":"福島第一原発事故による賠償・廃炉負担で債務超過が現実味を帯びるなか、機構を通じた1兆円の出資を受け入れて議決権の過半を政府へ渡し、総合特別事業計画のもとで経営を…","x":"2012 東京電力ホールディングス 原子力損害賠償支援機構が出資 1兆円の公的資金の受け入れと、議決権の過半の政府への移転 2012年7月に原子力損害賠償支援機構が出資。政府が1兆円を入れて議決権の50.11%を取得し、広瀬直己氏が社長、下河辺和彦氏が会長へ 福島第一原発事故による賠償・廃炉負担で債務超過が現実味を帯びるなか、機構を通じた1兆円の出資を受け入れて議決権の過半を政府へ渡し、総合特別事業計画のもとで経営を続けると決めた判断 救済と統治のあいだで この出資を\"国有化\"と呼ぶかどうかは、当時から定まらなかった。政府は議決権の過半を握ったが、株式は上場を保ち、現場の運営は東京電力に委ねられた。破綻処理を選べば電力債15兆円の信用に波及し、完全に国有化すれば賠償の主体が国へ移る。どちらも選ばずに議決権だけを移したのは、賠償責任を民間企業に残したまま資金だけを供給する、制度上の折衷にあたる。折衷であるがゆえに、東京電力は民間企業としての規律と国の管理という二重の要請を同時に受け続けた。 外的危機への対応 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9697/decisions/second-restructuring-mobile-2012/","t":"モバイル過大投資の反動とアミューズメント機器事業の見直し","c":"カプコン","y":2012,"col":"#FFCC00","s":"モバイル・ソーシャルゲームへの先行投資が裏目に出て純利益が前期比55%減となったカプコンが、2012年3月期決算で「第二次構造改革」を表明し、アミューズメント機…","x":"2012 カプコン 第二次構造改革 モバイル過大投資の反動とアミューズメント機器事業の見直し 2012年3月期に第二次構造改革を表明。純利益が前期比約55%減となりアミューズメント機器事業を縮小しモバイルへ集中 モバイル・ソーシャルゲームへの先行投資が裏目に出て純利益が前期比55%減となったカプコンが、2012年3月期決算で「第二次構造改革」を表明し、アミューズメント機器事業の縮小とモバイル事業の選択と集中を進め、コンシューマ事業中心の体制に戻した経営判断 二度目の構造改革が示したもの \"第二次\"という名称が示す通り、これはカプコンにとって最初の構造改革ではなかった。2003〜04年の第一次構造改革が開発と販売の管理体制を構築する\"守り\"の改革であったとすれば、2012年のそれは成長市場への投資が裏目に出たことへの、痛みを伴う選択と集中であったと思われる。過去最高売上を更新した期の翌期に55%の減益を経験するという急落は、成長領域への投資が本業であるコンシューマ事業を揺るがしかねないという危うさを同社に突きつけた。 リストラ・構造改革 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/9962/decisions/dayton-lamina-acquisition-2012/","t":"米Dayton Progress・Anchor Lamina買収による金型部品の製造機能取り込み","c":"ミスミグループ本社","y":2012,"col":"#0F218B","s":"設備投資需要の振れに揺さぶられる金型部品事業を、北米最大手の製造機能と顧客基盤ごと取り込むことで、現地供給と規模の両面から立て直す判断","x":"2012 ミスミグループ本社 デイトン買収で金型機能獲得 米dayton progress・anchor lamina買収による金型部品の製造機能取り込み 2012年10月にdayton progressの買収を決議。北米・欧州にダイセット拠点を持つanchor lamina americaと合わせ取得原価16,419百万円を投じ11月6日に取得を終えた 設備投資需要の振れに揺さぶられる金型部品事業を、北米最大手の製造機能と顧客基盤ごと取り込むことで、現地供給と規模の両面から立て直す判断 標準化の外側を買収するということ この買収は、ミスミが自ら発明した方法の届かない領域へ、別の方法で手を伸ばした取引だったとみられる。型番で選ばせ、決めた日に届ける——その仕組みは日本とアジアの現場では強く働いたが、相手先の設計へ深く食い込んだ北米の金型部品供給には、外から入り込む隙間が小さかった。ならば、その回路を持つ会社ごと引き受ける。2005年に委託生産という外部依存を解いた会社が、7年後には販路の外部性を買って解こうとした点で、二つの判断は同じ問いの別の答えであったといえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 垂直統合・内製化 グローバル経営体制 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/1878/decisions/housecom-listing-2011/","t":"賃貸仲介子会社の単独上場と、14年後の親子上場の解消","c":"大東建託","y":2011,"col":"#D7092F","s":"建築請負とは性格の異なる賃貸仲介事業に独立した資本と看板を与え、市場の評価を受けながら店舗網を伸ばさせる資本政策","x":"2011 大東建託 ハウスコムの単独上場 賃貸仲介子会社の単独上場と、14年後の親子上場の解消 2011年6月にハウスコムの単独上場。大東建託の連結子会社が大証jasdaqへ移り、以後14年続く親子上場の関係が始まった 建築請負とは性格の異なる賃貸仲介事業に独立した資本と看板を与え、市場の評価を受けながら店舗網を伸ばさせる資本政策 開くことと統合し直すこと 2011年の上場と2025年の非公開化は、逆向きの判断に見えて、同じ一つの問いへの答えであったと推察される。賃貸仲介という機能を、グループの内側で育てるか、外の市場に評価させながら育てるか。上場を決めた時期の大東建託は、創業者の持ち株を消し、外国人投資家と機関投資家を中心とする株主構成へ移っていた。子会社に独立した資本と看板を与えることは、この開き方と揃っていたといえる。 分社・スピンオフ・子会社上場 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/2222/decisions/shukurei-tokyo-gift-2011/","t":"別会社を立てて東京駅・空港の手土産市場を取りにいくプチ・ギフト戦略","c":"寿スピリッツ","y":2011,"col":"#E70113","s":"観光地ごとに別法人で地元銘菓を持つ分散立地の型を、地縁のない首都圏最大市場へ持ち込むため、別会社シュクレイを設立し売場ごとの限定ブランドで手土産需要を取りにいっ…","x":"2011 寿スピリッツ シュクレイによる首都圏ギフト展開 別会社を立てて東京駅・空港の手土産市場を取りにいくプチ・ギフト戦略 2011年12月にシュクレイで首都圏ギフト展開。寿スピリッツが東京都港区に別会社シュクレイを設け、東京駅や百貨店の売場ごとに限定ブランドを立てた 観光地ごとに別法人で地元銘菓を持つ分散立地の型を、地縁のない首都圏最大市場へ持ち込むため、別会社シュクレイを設立し売場ごとの限定ブランドで手土産需要を取りにいった面的戦略 地方の型を、地縁なき最大市場へ持ち込む この戦略の芯にあるのは、地方の観光地で磨いた稼ぎ方を、縁もゆかりもない東京の一等地でそのまま通せるか、という問いであった。売場の側に立って会社を分け、その土地でしか買えないものを置く——温泉地や小樽で機能した型を、寿スピリッツは別会社シュクレイに載せて首都圏へ持ち込み、東京駅の売場を売場ごとの別ブランドで埋めていった。地縁を欠く市場でこそ、あえて売る場所を絞り希少性を保つ設計が効いた点に、この判断の面白さがうかがえる。 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/2413/decisions/doctors-net-uk-2011/","t":"英国での買収を起点に、現地ポータルを傘下に収める海外展開の型の確立","c":"エムスリー","y":2011,"col":"#003060","s":"自前で海外の医師会員を獲得する方式から、現地で首位のポータルを買収して統合する方式へ切り替えた判断","x":"2011 エムスリー doctors.net.uk買収 英国での買収を起点に、現地ポータルを傘下に収める海外展開の型の確立 2011年8月にdoctors.net.uk買収。エムスリーが100%子会社のm3 usa corporationを通じ、英国の医師向けポータル運営会社を現金で取得 自前で海外の医師会員を獲得する方式から、現地で首位のポータルを買収して統合する方式へ切り替えた判断 名簿を買うということ この判断の核心は、金額の大きさではなく、何を買ったかにあったのだろう。取得原価18億円のうち、受け入れた資産は2億円あまりで、残りはすべてのれんであった。会計上の資産としてほとんど何も引き継がない買い物を、エムスリーは英国で最初の海外ポータル買収として実行している。買ったのは医師の名簿と、彼らが毎日そこへ戻ってくる理由——自社ドメインのメールアドレスや、病院のネットワーク制限のなかで唯一開くサイトという位置——であった。米国で8年かけて自前で作った基盤を、英国では13年分まとめて引き受けた計算になる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ プラットフォーム・標準化 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/2432/decisions/baystars-2011/","t":"ゲーム以外の看板を得るため、95億円を投じてプロ野球球団の運営を引き受けるという選択","c":"DeNA","y":2011,"col":"#79C7C9","s":"モバゲーで急成長したDeNAが、ブランド価値と知名度の向上による事業拡大を狙い、東京放送ホールディングスとBS-TBSから横浜ベイスターズの議決権66.92％を…","x":"2011 dena 横浜ベイスターズの買収 ゲーム以外の看板を得るため、95億円を投じてプロ野球球団の運営を引き受けるという選択 2011年11月に横浜ベイスターズの取得を決め、12月2日に子会社とした。東京放送ホールディングスとbs-tbsから議決権66.92%を現金6,500百万円で取得し、のれん5,935百万円を計上した モバゲーで急成長したdenaが、ブランド価値と知名度の向上による事業拡大を狙い、東京放送ホールディングスとbs-tbsから横浜ベイスターズの議決権66.92%を現金6,500百万円で取得し、プロ野球へ参入した経営判断 赤字球団を「最も効く広告」と見なした投資の帰結 この判断の核心は、赤字の球団を損失の源泉としてではなく、会社の知名度とブランドを高めるための出費として読み替えた点にある。取得の理由に据えたのは、プロ野球界の発展と地域社会への貢献を通じたブランド価値・知名度の向上であり、狙いは商品の宣伝そのものというより、事業の規模に見合わない知名度を補い、採用や利用者の獲得を有利に運ぶことにあったと思われる。株式の取得費用と保証金等を合わせた95億円は、売上高が1,457億円に達していた当時の規模からすれば、赤字の続く球団を抱えたまま数年を待てる大きさであった。 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/2503/decisions/schincariol-acquisition-2011/","t":"ブラジル2位の取り込みによる、南米ビール市場への足場づくり","c":"キリンHD","y":2011,"col":"#F00201","s":"国内ビール類市場が縮小するなか、世界3位の消費量を持つブラジルの成長性を取り込むため、現地2位メーカーの持株会社を取得して南米へ進出した判断","x":"2011 キリンhd スキンカリオールの買収 ブラジル2位の取り込みによる、南米ビール市場への足場づくり 2011年にブラジルのスキンカリオールを買収。持株会社の全発行済株式を取得原価304,365百万円で取得し、のれん182,714百万円を暫定計上した 国内ビール類市場が縮小するなか、世界3位の消費量を持つブラジルの成長性を取り込むため、現地2位メーカーの持株会社を取得して南米へ進出した判断 成長市場という誘惑と、参入のタイミング この買収を振り返るとき、まず目を引くのは、市場そのものの魅力と、それを手にした時期のずれである。世界3位の消費量を持ち、高い成長が語られたブラジルは、縮む国内市場を抱えるキリンにとって強い誘惑であったにちがいない。統合破談で行き場を失った海外拡大の意志が、その誘惑と重なった面もあったとみられる。ただ、飛ぶ鳥を落とす勢いに見えたbrics景気は、進出とほぼ同時に宴の終わりへ差しかかっていた。成長市場の物語は、しばしばその高揚の頂点で最も雄弁に語られる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 中南米"},{"k":"decision","u":"/tse/3105/decisions/tmd-friction-acquisition-2011/","t":"欧州のブレーキ摩擦材大手の全株式取得と、その完全な傘下入り","c":"日清紡ホールディングス","y":2011,"col":"#AA173D","s":"欧州に足場のなかった摩擦材事業へ生産販売網を一括で加え、世界シェア15％超のトップメーカーの位置を現金で取得した海外展開","x":"2011 日清紡ホールディングス tmd frictionの買収 欧州のブレーキ摩擦材大手の全株式取得と、その完全な傘下入り 2011年11月にtmd frictionの買収。欧州が主力のブレーキ摩擦材メーカーを取得原価46,164百万円で議決権100%の子会社に収める 欧州に足場のなかった摩擦材事業へ生産販売網を一括で加え、世界シェア15%超のトップメーカーの位置を現金で取得した海外展開 シェアは買えても、収益は買えるのか この買収が問うているのは、世界首位という位置に何を期待していたかである。摩擦材は自動車メーカーの地域ごとの調達に沿って売られる部品であり、欧州の顧客に届くには欧州の工場と商流が要る。それを一から建てれば十年単位の時間がかかる以上、稼働している会社を丸ごと買う判断には理屈が通っていたとみられる。シェアは自社調べで15%超へ届き、ブレーキ事業の売上も1年で2.5倍になった。買った時点で得られるはずのものは、おおむね手に入っている。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 pmi・買収後統合 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/3401/decisions/febuxostat-launch-2011/","t":"化合物の創製から発売までを自社で手がける開発体制の確立","c":"帝人","y":2011,"col":"#FD453E","s":"優先度の低い尿酸降下薬の創薬を少人数のまま長期にわたり継続し、約40年ぶりの新機序薬フェブリクとして事業化して繊維に代わる医薬の収益源を得た判断","x":"2011 帝人 フェブリクの創製発売 化合物の創製から発売までを自社で手がける開発体制の確立 2011年5月に痛風治療剤フェブリクを発売。帝人ファーマが1988年に研究者1名で着手した尿酸降下薬の創薬が実を結んだ 優先度の低い尿酸降下薬の創薬を少人数のまま長期にわたり継続し、約40年ぶりの新機序薬フェブリクとして事業化して繊維に代わる医薬の収益源を得た判断 「1名の創薬」が示した粘りと、その裏側 この判断の核心は、優先度が低く採算の見えないテーマを、わずか1名という最小の体制のまま打ち切らずに走らせ続けた点にある。撤退基準を欠いた1970年代の未来事業本部が50を超える新規事業へ資源を散らして失敗したのとは対照的に、フェブリクは資源を絞り込んだまま20年以上をかけて一つの成果へ結実した。繊維で培った有機合成の技術と、辛抱強い長期投資の文化が、約40年ぶりの新機序薬という果実を生んだ。この発明は2015年に全国発明表彰の内閣総理大臣発明賞を、2018年に大河内記念賞を受けている。 技術・r&d起点の勝負 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3563/decisions/korea-entry-2011/","t":"韓国子会社の設立とソウル1号店の開業による海外展開の第一歩","c":"FOOD&LIFECOMPANIES","y":2011,"col":"#2F79B4","s":"国内321店舗で出店余地が細るなか、生魚を食べる習慣と市場規模を理由に韓国へ現地法人を設立し、日本と同じ回転寿司業態が国外で成立するかを自社店舗で確かめた初の海…","x":"2011 food&lifecompanies sushiro korea設立 韓国子会社の設立とソウル1号店の開業による海外展開の第一歩 2011年4月にsushiro koreaを設立。あきんどスシローがソウル市に資本金30億ウォンで現地法人を設立し創業27年目で初の海外拠点 国内321店舗で出店余地が細るなか、生魚を食べる習慣と市場規模を理由に韓国へ現地法人を設立し、日本と同じ回転寿司業態が国外で成立するかを自社店舗で確かめた初の海外進出 店を出して確かめるほかない業態 国内が飽和したから外へ出た、という説明では、この進出の性格を捉えきれない。踏み切った時点のあきんどスシローは上場を廃してファンドの傘下にあり、国内では321店舗を運営していた。それでも豊崎賢一社長が資本金30億ウォンの現地法人を先に置き、7年で80店舗という遠い目標を掲げたのは、1皿100円均一という日本で組み上げた業態が国外でも成立するのかを、自社の店を出して確かめる以外に知る手立てがなかったからだとみられる。 海外進出・現地生産 低価格・コストリーダーシップ 韓国"},{"k":"decision","u":"/tse/3659/decisions/tse-listing-2011/","t":"韓国発祥のオンラインゲーム会社としての資金調達基盤の獲得","c":"ネクソン","y":2011,"col":"#b4e113","s":"韓国発祥のオンラインゲーム会社が、地理的な近さと投資家層の厚さ、ゲーム市場としての立地を理由に東証第一部への上場を選び、約980億円を調達した資本政策","x":"2011 ネクソン 東京証券取引所への上場 韓国発祥のオンラインゲーム会社としての資金調達基盤の獲得 2011年12月に東京証券取引所へ上場。韓国発祥のネクソンが韓国取引所や香港ではなく東京を選び、調達額は約980億円 韓国発祥のオンラインゲーム会社が、地理的な近さと投資家層の厚さ、ゲーム市場としての立地を理由に東証第一部への上場を選び、約980億円を調達した資本政策 立地と収益源が一致しない会社という選択 崔承祐社長が語った理由は、資金調達の効率だけでは説明がつかない。ナスダックの方が地理的に遠い分だけ知名度や調達規模で有利な場面もあり得たはずだが、同社は近さと\"ゲームのメッカ\"という土地の性格を選んだ。ゲーム会社として自らの価値をどこで測ってもらうかという問いに対し、韓国発祥のオンラインゲーム会社が日本の株式市場を選んだ判断には、単なる資本政策を超えた立地の選び方が表れているとみられる。 上場・ipo・市場変更 韓国"},{"k":"decision","u":"/tse/3778/decisions/ishikari-datacenter-2011/","t":"都市型の立地を捨てて郊外型の大規模拠点へ切り替える選択","c":"さくらインターネット","y":2011,"col":"#FF5577","s":"都市圏の用地取得で資本力に勝る商社・不動産会社に押されるなか、地価の安い北海道で広大な敷地と外気冷房を取り、コストを競争の焦点とする立地へ移行した戦略転換","x":"2011 さくらインターネット 石狩データセンター建設 都市型の立地を捨てて郊外型の大規模拠点へ切り替える選択 2010年6月に石狩データセンターの建設を発表。さくらインターネットが北海道石狩市に1棟最大500ラックの分棟式で最大8棟4000ラックまで拡張 都市圏の用地取得で資本力に勝る商社・不動産会社に押されるなか、地価の安い北海道で広大な敷地と外気冷房を取り、コストを競争の焦点とする立地へ移行した戦略転換 使わない面積を先に取得する 石狩で買われたのは土地ではなく、当面は使わない面積であった。敷地面積51,448平方メートルに対し1期棟の建築面積は3,850平方メートルにすぎず、開所した2011年11月15日の時点でもラックは計画の4,000に対して200にとどまる。この造りを選ばせたのは長期の構想ではなく体力の不足であった。1棟ずつ投資を積み増す分棟式は、一気に投じられない資金を年ごとに割り振りながら、最大8棟・4,000ラックまで規模を伸ばせる構えであった。買えなかった分が、そのまま空けておいた面積になったのだろう。 大型設備投資 低価格・コストリーダーシップ 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3938/decisions/line-messenger-launch-2011/","t":"検索・ゲームからメッセンジャーアプリへの主力の移行","c":"LINE","y":2011,"col":"#06C755","s":"フィーチャーフォンからスマートフォンへの移行期に、検索の開発資源をメッセンジャーへ振り向け、主力事業そのものを入れ替えた判断","x":"2011 line 「line」の投入 検索・ゲームからメッセンジャーアプリへの主力の移行 2011年6月にlineの提供を開始する。韓国nhnの日本法人ネイバージャパンが4月末に着手し開発期間は2か月弱だった フィーチャーフォンからスマートフォンへの移行期に、検索の開発資源をメッセンジャーへ振り向け、主力事業そのものを入れ替えた判断 賭けたのは資金より、検索に張りついていた人と時間 慎ジュンホ氏は検索のために2008年に来日し、第2次ネイバージャパンの検索事業を任された人物である。新規事業が既存事業と人手を奪い合って立ち消える例は珍しくない。ここでは奪う側と奪われる側の責任者が同一人物であり、しかも韓国本社の指示ではなく日本法人の独自企画であった。その二つが重なったからこそ、4月末から2か月弱という日程が通ったとみられる。 祖業・主力事業の転換 選択と集中 プラットフォーム・標準化 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/4329/decisions/mbo-delisting-2011/","t":"経営陣による買収と株式非公開化","c":"ワークスアプリケーションズ","y":2011,"col":"#0762DC","s":"四半期ごとの利益要求から離れ、人材採用と研究開発への長期投資を再開するための非公開化","x":"2011 ワークスアプリケーションズ wpkホールディングスのmbo 経営陣による買収と株式非公開化 2011年1月にmboによる非公開化。経営陣が参加するwpkホールディングスが1株5万5,000円で買い付け、最大255億円を投じ6月に上場廃止 四半期ごとの利益要求から離れ、人材採用と研究開発への長期投資を再開するための非公開化 非公開化そのものより、その後の使い道が結果を左右した 上場を続けたまま年間売上高に迫る額を製品の作り直しへ投じるのは難しく、実際に上場末期の3年間は経常利益が伸びていない。日本企業の例外処理を標準機能として取り込む設計は、基盤技術が変われば作り直しを避けられず、先送りすれば製品ごと陳腐化する。非公開化は、その作り直しに必要な時間を買う手段として理にかなっていた。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/4502/decisions/nycomed-2011/","t":"1兆664億円の買収で得た欧州と新興国の販路","c":"武田薬品工業","y":2011,"col":"#E1242A","s":"特許が満了すれば後発品の参入は避けられないという前提の下、大型成熟品への偏りを解くため、欧州と新興国に自社販路を持つナイコメッドを1兆664億円で取得した買収。…","x":"2011 武田薬品工業 ナイコメッドの買収 1兆664億円の買収で得た欧州と新興国の販路 2011年5月にナイコメッドの株式保有者と株式譲渡契約を締結し、同年9月30日に議決権の100%を取得した。取得原価は1兆664億円で、のれん3,890億円と無形固定資産6,971億円を計上した 特許が満了すれば後発品の参入は避けられないという前提の下、大型成熟品への偏りを解くため、欧州と新興国に自社販路を持つナイコメッドを1兆664億円で取得した買収。対価は全額現金で、6,000億円程度の借入を実施し、進出国は28カ国から約70カ国へ広がった。 買収で拡大する経営の一里塚 この買収の核心は、特許が満了すれば後発品の参入は避けられないという前提の下で、欧州と新興国の販路を自前で築くのではなく、完成した販路を1兆664億円で取得した点にある。両社の取締役会は全会一致で契約を承認し、2011年3月期末に26億円しか有利子負債を持たなかった財務に6,000億円程度の借入を加えて対価を賄った。子会社・関連会社93社と約12,500人の従業員が加わり、進出国は28カ国から約70カ国へ広がっている。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/4528/decisions/bms-alliance-2011/","t":"北米以外・日韓台を除く全世界の開発販売権を委ね、対価をロイヤルティで受け取る道を選んだ","c":"小野薬品工業","y":2011,"col":"#003F73","s":"がん領域と抗体技術・海外販売網を欠く中堅企業が、北米以外・日韓台を除く全世界の開発販売権を大手へ供与する代わりに世界規模の臨床開発と販売体制を確保し、世界初のが…","x":"2011 小野薬品工業 米bmsと抗pd-1抗体提携 北米以外・日韓台を除く全世界の開発販売権を委ね、対価をロイヤルティで受け取る道を選んだ 2011年9月、抗pd-1抗体「ono-4538/bms-936558」の北米以外・日本/韓国/台湾を除く全世界での独占的な開発販売権をブリストル・マイヤーズ スクイブ社へ供与した。対価はロイヤルティで、契約期間は特許有効期間又は発売後13年間のいずれか長い方 がん領域と抗体技術・海外販売網を欠く中堅企業が、北米以外・日韓台を除く全世界の開発販売権を大手へ供与する代わりに世界規模の臨床開発と販売体制を確保し、世界初のがん免疫薬を各国へ届けるための提携 権利を分割して世界へ届けるということ この提携を、規模で劣る中堅が世界市場を大手に明け渡した妥協と読むのは、事の順序を取り違えているとみられる。抗pd-1抗体はメダレックス社との共同研究から生まれ、その相手がブリストル・マイヤーズ スクイブ社に取り込まれた時点で、北米はすでに相手方の領域だった。小野薬品に残っていたのは北米以外という広い版図で、そこから日本・韓国・台湾だけを手元に置き、あとを独占的な開発販売権として渡した。単独では各国の承認競争に間に合わないという現実の前で、版図を切り分けてでも世界初のがん免疫薬を届けきることを選んだ判断だったといえる。 技術・r&d起点の勝負 グローバル経営体制 収益モデル転換 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/4661/decisions/per-capita-spending-shift-2011/","t":"入園者数の成長から客単価の成長への転換と入園料の段階的な引き上げ","c":"オリエンタルランド","y":2011,"col":"#005BAB","s":"用地の制約で入園者数を積み増す成長に上限が近づくなか、2011年からの入園料の段階的な引き上げと、商品・体験・季節イベントによる一人あたり消費の底上げで、人数で…","x":"2011 オリエンタルランド 1デーパスポートの値上げ 入園者数の成長から客単価の成長への転換と入園料の段階的な引き上げ 2011年4月に入園料の段階的な引き上げ。上西京一郎社長が入園者数を積む成長から、来園者一人あたりの消費額を高める道へ転換した 用地の制約で入園者数を積み増す成長に上限が近づくなか、2011年からの入園料の段階的な引き上げと、商品・体験・季節イベントによる一人あたり消費の底上げで、人数でなく客単価を成長軸に据えた収益モデルへの転換 数の成長が尽きた先を、単価で伸ばせるか この判断の核心は、拡張の余地が乏しい立地で、人数を増やす成長を早めに手放し、来園者一人あたりの支払意思を引き出す成長に賭けた点にある。ほかに代えのきかない体験であればこそ、価格を上げても人は離れにくい。オリエンタルランドはその価格決定力を、値上げと体験の更新を同じ時期に示すことで保った。用地という物理的な天井にぶつかる前に、天井のない単価へ成長の軸を移したことが、コロナ後に人数を戻さないまま最高益を重ねられた理由といえる。 プライシング・価格政策 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4901/decisions/bio-cdmo-2011/","t":"医薬品の受託生産という新領域に向けた生産能力への集中投資","c":"富士フイルム","y":2011,"col":"#ED1C24","s":"創薬ではなく製造受託（CDMO）に特化し、稼働中の受託拠点を連続して買収することで立ち上げを縮め、2011年の参入から2019年の大量生産拠点取得を経て、大型の…","x":"2011 富士フイルム バイオcdmo参入 医薬品の受託生産という新領域に向けた生産能力への集中投資 2011年3月にバイオcdmo参入。写真フィルム消失後の主力事業に創薬でなく製造受託を選び、米merckの子会社2社を269億円で 創薬ではなく製造受託(cdmo)に特化し、稼働中の受託拠点を連続して買収することで立ち上げを縮め、2011年の参入から2019年の大量生産拠点取得を経て、大型の設備投資を重ねてヘルスケアの中核へ育てた集中投資 創薬の一発ではなく、製造受託という選択 この判断の核心は、祖業を失った企業が、成否の見通しにくい創薬ではなく、製薬会社の薬を代わりにつくる製造受託という地味な事業へ資源を集中した点にある。創薬は当たれば大きいが、失敗の確率も高い。富士フイルムは稼働中の受託拠点の全株式・全持分を取得して立ち上げの時間を買い、写真フィルムで磨いた塗布と量産の技術を抗体医薬の生産へ移した。設備の規模と量産の巧拙が競争を左右し、参入障壁が高いという事業の性格を見抜いたうえでの、写真会社らしい選択だった。 連続買収・ロールアップ 選択と集中 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/5713/decisions/sierra-gorda-exit-2011/","t":"チリでの権益取得から、二度の減損を経た全持分の売却までの撤退","c":"住友金属鉱山","y":2011,"col":"#7cbbd6","s":"銅の権益分生産量を年30万トンとする長期ビジョンのもとで取得した大型鉱山を、二度の減損を経た全社的な資産ポートフォリオの見直しにより譲渡した資源事業の入れ替え","x":"2011 住友金属鉱山 シエラゴルダ鉱山を譲渡 チリでの権益取得から、二度の減損を経た全持分の売却までの撤退 2011年5月にシエラゴルダ銅鉱山へ参画。住友金属鉱業が住友商事と組み、約7億2,400万米ドルを出資して権益の45%を取得した 銅の権益分生産量を年30万トンとする長期ビジョンのもとで取得した大型鉱山を、二度の減損を経た全社的な資産ポートフォリオの見直しにより譲渡した資源事業の入れ替え 十年後の値踏み 二度目の減損を計上した2017年2月の時点でも、住友金属鉱山は権益を手放していない。参画した2011年は金属価格の高騰が続き、権益を持たない製錬業の先細りこそが目前の懸念であった。読み違えたのは相場観ではなく、約29億米ドルを投じて更地から可採鉱量13億トンの鉱山を立ち上げる難度の見積もりだったのだろう。生産開始は計画より1年遅れの2015年7月で、操業は当初から安定しなかった。 事業売却・撤退 海外撤退・縮小 クロスボーダーm&a(日本→海外) 中南米"},{"k":"decision","u":"/tse/5805/decisions/futong-capital-alliance-2011/","t":"第三者割当増資による筆頭株主の交代と、業務面まで踏み込んだ協業","c":"SWCC","y":2011,"col":"#003F87","s":"リーマン・ショック後の二期連続赤字で痛んだ財務を、富通集団への第三者割当増資による約60億円の資本受け入れで下支えし、あわせて中国での合弁事業を通じて海外事業の…","x":"2011 swcc 中国・富通集団と資本提携 第三者割当増資による筆頭株主の交代と、業務面まで踏み込んだ協業 2011年5月に中国・富通集団と資本提携。昭和電線ホールディングスが同年9月に香港子会社から約60億円の第三者割当増資を受け入れた リーマン・ショック後の二期連続赤字で痛んだ財務を、富通集団への第三者割当増資による約60億円の資本受け入れで下支えし、あわせて中国での合弁事業を通じて海外事業の拡大を図った提携 出自を賭けた資本の受け入れ この提携を中国市場への足がかりという言葉だけで説明するのは、事の半分しか捉えていない。リーマン・ショックで二期連続の赤字に沈み、自己資本比率を落とした昭和電線ホールディングスにとって、富通集団からの約60億円の払込みは、痛んだ財務を外部資本で下支えする現実的な意味を持っていた。しかもその代償として、1936年に東京電気から分離して以来の東芝系という出自を象徴する筆頭株主の座を、中国企業へ譲った。財務の必要と出自の重みが交錯する選択であったのだろう。 資本提携・政策保有 資金調達・財務戦略 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/5938/decisions/fujimori-ceo-appointment-2011/","t":"米GE出身の経営者を迎えての創業家からの経営権の移譲","c":"LIXIL","y":2011,"col":"#EF7A00","s":"縮む国内市場を前提に海外売上高1兆円を掲げた創業家二代目が、その実行を自らではなく外部のプロ経営者に委ねた経営体制の転換","x":"2011 lixil 藤森義明氏がceo就任 米ge出身の経営者を迎えての創業家からの経営権の移譲 2011年8月に藤森義明氏をceo招聘。住生活グループが米ge本社副社長を代表執行役社長に迎え、創業家の潮田洋一郎会長は議長へ就任した 縮む国内市場を前提に海外売上高1兆円を掲げた創業家二代目が、その実行を自らではなく外部のプロ経営者に委ねた経営体制の転換 招いた側の判断として読む 海外売上高を年400億円から1兆円へという目標を掲げたのは潮田洋一郎氏であり、藤森義明氏はその実行役として呼ばれた。創業家の二代目は就任前年から毎月ひざ詰めで社長就任を求めたうえで、社内を自分では動かせないと見切って執行の座を明け渡している。国内新築市場が数年で3割縮み、トステム・inax・新日軽など5社の合併で事業会社lixilが発足した直後の人事であった。 外部人材・プロ経営者 創業家・同族 グローバル経営体制"},{"k":"decision","u":"/tse/6146/decisions/personal-will-accounting-2011/","t":"会計単位の部門から個々の構成員への分解と、指示・命令によらない仕事の配分","c":"ディスコ","y":2011,"col":"#59B3E7","s":"部門単位で運用してきた社内通貨Willによる管理会計を個々の構成員まで分解し、値の付いた案件を各自が選んで取り組む形へ仕事の配分を改めることで、社員一人ひとりを…","x":"2011 ディスコ 個人will会計への移行 会計単位の部門から個々の構成員への分解と、指示・命令によらない仕事の配分 2011年、管理会計を従業員一人一人に落とし込む個人will会計をグループ全社へ展開した。仕事は指示・命令による配分から、willで値付けされた案件を各自が選ぶ形へ変わった 部門単位で運用してきた社内通貨willによる管理会計を個々の構成員まで分解し、値の付いた案件を各自が選んで取り組む形へ仕事の配分を改めることで、社員一人ひとりを採算の当事者とした組織運営の組み替え 会計の条文を書き替える この制度が何であるかは、会社が書き替えた条文の場所に出ている。直したのは内部統制システムの基本方針のうち、取締役の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制を定めた条であった。人材の育成や処遇を述べた箇所ではない。一人ひとりの収支を見えるようにすることは、取締役が経営方針と経営計画を最良の方法で実践するための仕組みとして位置づけられている。ただし社員の側から見れば、変わったのは仕事の来かたのほうである。割り当てられるものだった仕事が、値の付いた案件のなかから選ぶものになった。 雇用・労使 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/6367/decisions/2011-r32-patent-opening/","t":"独占を捨てて普及を優先する、微燃性冷媒をめぐる知財戦略","c":"ダイキン","y":2011,"col":"#14bee6","s":"フロン規制と新興国需要を背景に、自社の低温暖化冷媒R32の特許を無償開放して業界標準化を促す知財戦略","x":"2011 ダイキン 冷媒r32特許の無償開放 独占を捨てて普及を優先する、微燃性冷媒をめぐる知財戦略 2011年に冷媒r32特許の無償開放。ダイキンが新興国向けに開き2015年に全世界へ拡大、2019年には特許権を行使しない誓約へ フロン規制と新興国需要を背景に、自社の低温暖化冷媒r32の特許を無償開放して業界標準化を促す知財戦略 囲い込まず、標準を創るという選択 この判断の核心は、特許という独占の道具を、あえて開放の手段に用いた点にある。虎の子の技術を競合へ渡せば、短期的には自社優位を薄めかねない。それでも開いたのは、優れた冷媒が普及しなければ環境効果も市場拡大も生まれないという読みがあったためとみられる。守って独占するより、開いて市場そのものを広げ、そのなかで先行者の規模とブランドを効かせる——独占の論理とは逆向きの戦略がここにあった。 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/6764/decisions/panasonic-acquisition-2011/","t":"二度の公開買付けと株式交換を受け入れ、64年の独立を手放す選択","c":"三洋電機","y":2011,"col":"#D42727","s":"財務危機で自力再建の見通しを失った三洋が、二度の公開買付けと株式交換比率0.115株の株式交換を受け入れ、独立企業として消滅した救済的買収","x":"2011 三洋電機 パナソニック傘下入り 二度の公開買付けと株式交換を受け入れ、64年の独立を手放す選択 2009年12月にパナソニックの公開買付けを受け入れて親会社を迎えた。2010年の二度目の公開買付けで持株比率は80.77%となり、2011年4月1日に1株0.115株の株式交換で完全子会社となった 財務危機で自力再建の見通しを失った三洋が、二度の公開買付けと株式交換比率0.115株の株式交換を受け入れ、独立企業として消滅した救済的買収 分家から分家へ、還っていった会社 三洋電機に残されていたのは、独立を守るか手放すかの選択ではなく、どの条件で手放すかの選択だけであったのだろう。純資産は2005年3月期の288,268百万円から最終期の64,089百万円へ4分の1以下に細り、売上高も4割を失っていた。松下電器の分家として、本家との正面衝突を避けながら海外と新分野に活路を求めた会社は、最後もまた本家の傘に入ることで幕を下ろした。全方位に投資した技術のうち世界で戦えたのは電池と太陽電池だけであり、その一点が評価されたことが、独立の終わりと技術の存続を同時に決めている。 救済型m&a・支援受け入れ 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/6857/decisions/verigy-acquisition-2011/","t":"SoCテスタの取り込み──メモリからSoCへ、テスタ世界首位の確立","c":"アドバンテスト","y":2011,"col":"#A93F64","s":"メモリテスタで世界の先頭に立ちながら非メモリ（SoC）で米テラダインを追う立場にあったアドバンテストが、2011年にSoCテスタの担い手Verigyを1株15米…","x":"2011 アドバンテスト verigy買収 socテスタの取り込み──メモリからsocへ、テスタ世界首位の確立 2011年3月にverigyの買収を決める。1株15米ドル・買収総額約11億米ドルで非メモリ向けテスタの強豪を7月に完全子会社化 メモリテスタで世界の先頭に立ちながら非メモリ(soc)で米テラダインを追う立場にあったアドバンテストが、2011年にsocテスタの担い手verigyを1株15米ドルで買収し完全子会社化した。取得対価は78,729百万円で、メモリの量産技術と非メモリの計測技術を一社で統合し、半導体試験装置で世界最大の供給者となった 量のメモリと、機能のsocを一社で担う この決断の核心は、メモリで世界の先頭に立った会社が、性格の異なる非メモリのテスタを、提携ではなく買収で自社の内側に丸ごと置いた点にある。テスタの技術は、同じ素子を数多く速く測るメモリの量と、異なる機能を一台で測り分けるsocの機能に分かれる。アドバンテストは前者を極めながら、後者では先頭に届いていなかった。78,729百万円を投じてverigyを取り込む選択は、足りない半分を自前で育てる時間を買わず、非メモリの担い手と欧米の顧客網ごと手にする判断だった。首位は、二つの技術を一社で握ったところに生まれた。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/6954/decisions/robodrill-ramp-2011/","t":"短期の大口需要に生産能力を合わせ、月産2,500台を5,000台へ引き上げた設備投資","c":"ファナック","y":2011,"col":"#dcb414","s":"短期の大口需要に合わせて筑波工場のロボドリル生産能力を月産2,500台から5,000台へ倍増させた設備投資。需要の反転で部門売上が3年で山と谷を往復し、汎用ＮＣ…","x":"2011 ファナック 筑波工場でロボドリル増産 短期の大口需要に生産能力を合わせ、月産2,500台を5,000台へ引き上げた設備投資 2011年に筑波工場のロボドリルの増産へ踏み切る。生産能力を2012年末までに月産5,000台へ倍増させ、2012年3月期の設備投資総額は457億19百万円と前期の4.7倍に達した 短期の大口需要に合わせて筑波工場のロボドリル生産能力を月産2,500台から5,000台へ倍増させた設備投資。需要の反転で部門売上が3年で山と谷を往復し、汎用ncの安定収益と短期需要に連動する変動収益という二面構造が表面化した 短期の需要に能力を合わせるという賭け ロボドリルの増産は、工作機械向けncという寡占事業の外側に、まったく性質の違う収益源を抱える選択だったと思われる。ncが乗るのは各国の設備投資の波だが、ロボドリルが取り込んだのは、ある最終製品の量産立ち上げに合わせて一時に発注され、量産が終われば消える短期の需要である。能力を積み増すほど拾える山は高くなり、同時に谷も深くなる。増産の判断は、その振れ幅ごと引き受けるという意思表示でもあった。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/7203/decisions/tohoku-consolidation-2011/","t":"他社との統合ではない完全子会社3社の1社への統合と、東北の国内第3の生産拠点化","c":"トヨタ自動車","y":2011,"col":"#EB0A1E","s":"愛知・九州・東北の国内三極構想を固めるため、東北に分散する系列3社を統合し、小型車を一貫生産する自立した第3拠点に再編する","x":"2011 トヨタ自動車 トヨタ自動車東日本の新設 他社との統合ではない完全子会社3社の1社への統合と、東北の国内第3の生産拠点化 2011年7月に東北の生産子会社3社の統合を発表。関東自動車工業を存続会社にセントラル自動車・トヨタ自動車東北を吸収合併し、2012年7月にトヨタ自動車東日本が発足した 愛知・九州・東北の国内三極構想を固めるため、東北に分散する系列3社を統合し、小型車を一貫生産する自立した第3拠点に再編する 系列再編がもたらしたもの この判断は、外部の会社を買収する再編ではなく、すでに全株を握っている会社どうしを一つの会社に統合する作業だった。共通支配下の取引等として処理され、のれんは発生しない。動いたのは資本関係ではなく、拠点の置き場所である。本店は神奈川県横須賀市から宮城県黒川郡へ移り、主要な設備も東富士工場ほかから宮城大衡工場ほかへ移った。統合の実質は、東北で小型車を企画から生産まで担う一つの法人格をつくることにあったと推察される。 リストラ・構造改革 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/7733/decisions/accounting-fraud-woodford-2011/","t":"損失飛ばしの粉飾決算と、それを追及した社長の排除","c":"オリンパス","y":2011,"col":"#001878","s":"1980年代の財テクで抱えた含み損を簿外ファンドへの「飛ばし」で付け替え、損失計上を10年以上先送りしてきたオリンパスが、不透明な買収を調査した英国人社長マイケ…","x":"2011 オリンパス ウッドフォード氏解任 損失飛ばしの粉飾決算と、それを追及した社長の排除 2011年10月にマイケル・ウッドフォード氏を代表取締役から解職。1990年代からの損失計上の先送りを11月に公表し、過年度決算の訂正で2011年3月期の純資産は512億円減った 1980年代の財テクで抱えた含み損を簿外ファンドへの「飛ばし」で付け替え、損失計上を10年以上先送りしてきたオリンパスが、不透明な買収を調査した英国人社長マイケル・ウッドフォード氏を2011年10月に解職。直後に粉飾を自認し、第三者委員会が飛ばした損失を1177億円と算定した会計不正事件。 分離の受け皿と、疑問を口にした一人 オリンパス事件が示したのは、株式が広く分散し、過半を握る支配株主がいない企業でも、経営を監視する仕組みは容易に空洞化するという事実である。財務の実態を知る一握りの経営陣が損失を簿外へ移し、取締役会も監査役も、疑問を抱きながら踏み込まなかった。訂正で消えた純資産512億円は、隠していた期間の長さがそのまま帳簿に現れたものだと思われる。所有と経営が分離していても、経営を外から律する目が働かなければ、分離はかえって不正を覆い隠す。外国人社長という偶然がなければ、飛ばしはさらに先送りされていたかもしれない。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7752/decisions/pentax-acquisition-2011/","t":"祖業のカメラを外から補い、品ぞろえと技術を埋める選択","c":"リコー","y":2011,"col":"#D51B3E","s":"法人向け事務機に偏った事業構成のなかで、祖業でありながら手薄だった消費者向けカメラ事業を、ペンタックスの技術・ブランド・販路の取り込みで確立しようとした戦略判断","x":"2011 リコー hoyaからペンタックス買収 祖業のカメラを外から補い、品ぞろえと技術を埋める選択 2011年10月にhoyaのpentaxイメージング・システム事業を買収。ペンタックスリコーイメージング株式会社として議決権の100.0%を持ち、のれん3,726百万円を計上した 法人向け事務機に偏った事業構成のなかで、祖業でありながら手薄だった消費者向けカメラ事業を、ペンタックスの技術・ブランド・販路の取り込みで確立しようとした戦略判断 小さな祖業を抱え直すという選択 この買収の性格は、計上されたのれんの小ささによく表れている。3,726百万円は、同じ時期に連結貸借対照表へ載っていたのれん2,210億円の1.7%にすぎない。規模や収益を買いにいった案件ではなく、自前では埋まらなかったレンズ交換式カメラの技術とpentaxという名前を、外から調達した案件だった。祖業でありながら売上比率6%の事業を、撤退でも縮小でもなく補強という形で扱った判断だといえる。 隣接領域への展開 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/8078/decisions/soko-ka-strategy-2011/","t":"古川弘成社長のM&A+A","c":"阪和興業","y":2011,"col":"#008517","s":"中国の台頭で日本の鉄鋼業が縮小へ向かうという市場環境の変化を受け、独立系商社の阪和興業が即納・小口・加工を軸にした「そ・こ・か」戦略と、M&Aに業務提携を重ねる…","x":"2011 阪和興業 「そ・こ・か」戦略 古川弘成社長のm&a+a 2011年4月に古川弘成が社長へ就任した。即納・小口・加工を集約する営業と、m&aに業務提携を重ねる手法で10年かけて新規取引先を積み上げた 中国の台頭で日本の鉄鋼業が縮小へ向かうという市場環境の変化を受け、独立系商社の阪和興業が即納・小口・加工を軸にした「そ・こ・か」戦略と、m&aに業務提携を重ねる「m&a+a」戦略で新規取引先と子会社網を拡大した10年 拡大の10年から収益化の10年へ 古川弘成氏の10年は、独立系商社という後ろ盾のない立場を、弱みではなく機動力に変えた期間として振り返ることができる。\"そ・こ・か\"戦略が特別な発明ではなく、即納・小口・加工という古くからの現場機能の再編集であった点はむしろ注目に値する。すでにある強みを組み替え、\"m&a+a\"という型に落とし込んで反復可能にしたことが、6,000社・88社という数字を生んだ要因と思われる。 連続買収・ロールアップ 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/8174/decisions/oep-capital-alliance-2011/","t":"JPモルガン系ファンドを筆頭株主に迎えた、約103億円の資本業務提携","c":"日本瓦斯","y":2011,"col":"#089F99","s":"自由化後の競争に必要な投資資金と、資本の使い方を測る物差しを、外部の投資家を筆頭株主に迎える形で同時に取り込む判断","x":"2011 日本瓦斯 peファンドoepと資本提携 jpモルガン系ファンドを筆頭株主に迎えた、約103億円の資本業務提携 2011年9月にpeファンドoepと資本提携。jpモルガン系のoepが第三者割当増資と自己株式の処分で持株比率18.7%の筆頭株主へ 自由化後の競争に必要な投資資金と、資本の使い方を測る物差しを、外部の投資家を筆頭株主に迎える形で同時に取り込む判断 誰から受け取ったか この提携の要点は、金額よりも、誰から受け取ったかにあっただろう。約103億円は当時の日本瓦斯にとって小さくないものの、銀行借入で賄えない規模でもない。それでも投資ファンドを筆頭株主に迎えたのは、自由化後に効いてくるのが供給の安定だけでなく資本の使い方でもあるという読みによるものであろう。区域と許可に守られてきた事業者が、株主資本利益率という物差しを自ら招き入れた点に、この判断の性格が表れている。 資金調達・財務戦略 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8251/decisions/aeon-proxy-fight-2011/","t":"大株主連合による経営支配要求の拒否と、平野秀一社長の退任","c":"パルコ","y":2011,"col":"#CB0000","s":"筆頭株主との資本関係が断絶したところへ第2位株主が経営支配を要求し、議決権45％強に包囲されたパルコが、統合を拒みつつ社長の退任を対価に株主提案を取り下げさせた…","x":"2011 パルコ イオン・森トラストの要求拒否 大株主連合による経営支配要求の拒否と、平野秀一社長の退任 2011年3月にイオンと森トラストの要求を拒否。パルコ株12.31%を保有するイオンが平野秀一社長の退任と取締役派遣を迫る 筆頭株主との資本関係が断絶したところへ第2位株主が経営支配を要求し、議決権45%強に包囲されたパルコが、統合を拒みつつ社長の退任を対価に株主提案を取り下げさせた攻防 差し出したもの 物言う株主の要求を退けて独立を守った事例として読むと、この攻防の性格を取り違える。パルコが差し出したのは資本でも事業でもなく、社長の職であった。平野秀一社長は自らの退任を対価に、経営陣の総入れ替えと子会社化を封じ、会社の形をひとまず保っている。提案が総会前に取り下げられたのは、社長ひとりを替えれば矛を収めるという線を森トラストが受け入れたからであった。トップの首が交換材料になりうることを、この決着は示している。 アクティビスト・株主提案対応 敵対的・同意なき買収 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/8267/decisions/marunaka-acquisition-2011/","t":"中四国トップの食品スーパーの取り込みによる地盤の獲得","c":"イオン","y":2011,"col":"#d6006e","s":"手薄だった中四国の食品スーパー基盤を、世代交代を迎えた地場首位の創業家から株式のほぼ全てを取得して一体運営に取り込む地盤獲得","x":"2011 イオン マルナカ2社を子会社化 中四国トップの食品スーパーの取り込みによる地盤の獲得 2011年10月にマルナカ2社の子会社化を発表。イオンが中国・四国に211店を持つ2社の株式を創業者一族から取得し、マルナカの議決権94.96%、山陽マルナカの100.00%を確保した 手薄だった中四国の食品スーパー基盤を、世代交代を迎えた地場首位の創業家から株式のほぼ全てを取得して一体運営に取り込む地盤獲得 連邦経営と一体運営のあいだで この判断の芯にあるのは、出資先の自主性を重んじる連邦経営と、グループの相乗効果を引き出す一体運営という、イオンが長く抱えてきた二つの論理の折り合いである。ダイエーやマルエツに対しては5割未満の出資にとどめ、社風と人材を尊重する立場をとってきた同社が、四国首位のマルナカには議決権の94.96%を、山陽マルナカには100.00%を求めた。世代交代という相手の事情と、手薄な中四国という自社の弱点が重なったことで、踏み込むだけの理由がそろっていたのだろう。 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8309/decisions/mitsui-sumitomo-trust-merger-2011/","t":"両グループの経営統合による三井住友トラスト・ホールディングスの発足","c":"三井住友トラストグループ","y":2011,"col":"#00763a","s":"メガバンク傘下の信託子会社と競う専業信託が、資産運用・不動産・証券代行という固有業務の規模と幅を確保するため、財閥系列の異なる2グループを一つにした統合","x":"2011 三井住友トラストグループ 中央三井と住友信託統合 両グループの経営統合による三井住友トラスト・ホールディングスの発足 2010年8月に中央三井と住友信託が経営統合で最終合意。2011年4月1日の株式交換で三井住友トラスト・ホールディングスが発足し、交換比率は住友信託1株に1.49株、負ののれん発生益は43,431百万円 メガバンク傘下の信託子会社と競う専業信託が、資産運用・不動産・証券代行という固有業務の規模と幅を確保するため、財閥系列の異なる2グループを一つにした統合 交換比率と会計処理が語ったこと 対等統合と呼ばれたこの取引は、看板と実質が別々に割り振られていた。持株会社として残ったのは中央三井側の法人で、商号だけが三井住友トラストに架け替えられた。一方で会計上の取得企業は住友信託銀行であり、法人格を提供したはずの中央三井トラスト・ホールディングスが取得原価489,114百万円で評価される被取得企業となる。住友信託銀行の1株に1.49株という交換比率も、どちらの株式が重かったかを静かに示している。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/8316/decisions/promise-subsidiary-2011/","t":"銀行が消費者金融を丸ごと抱えた再編","c":"三井住友フィナンシャルグループ","y":2011,"col":"#00863c","s":"過払い金返還と規制強化で縮む消費者金融大手を、銀行が公開買付けと株式交換で完全子会社化し、増資で財務を支えて個人向け金融へ取り込んだ再編","x":"2011 三井住友フィナンシャルグループ プロミスの完全子会社化 銀行が消費者金融を丸ごと抱えた再編 2011年9月にプロミスの完全子会社化を決定。三井住友銀行の公開買付けとfgの第三者割当増資1,200億円で議決権98%を確保し、2012年4月に株式交換で完全子会社とした 過払い金返還と規制強化で縮む消費者金融大手を、銀行が公開買付けと株式交換で完全子会社化し、増資で財務を支えて個人向け金融へ取り込んだ再編 銀行は、なぜ消費者金融を丸ごと抱えたか この判断の核心は、規制で市場が縮むなか、銀行が消費者金融を切り離さず、完全子会社として保有する道を選んだ点にある。過払い金の返還は、過去の高い金利がそのまま将来の支払いに化ける重荷であった。単独で耐えられる会社は限られ、武富士は力尽き、アコムやプロミスは銀行の資本に寄って生き延びる。三井住友フィナンシャルグループにとって完全子会社化は、取得原価2,134億円で3,672億円の返還引当金ごと引き取り、あわせて個人向けの顧客と貸出の網を手にする選択であった。 隣接領域への展開 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/8331/decisions/chibagin-securities-2011/","t":"株式交換による証券子会社の取り込みと、証券業務の内製化","c":"千葉銀行","y":2011,"col":"#009edb","s":"銀行が顧客を紹介し系列証券が販売する分業を、48.79%の出資のまま速く回すことの限界を埋めるため、株式交換で完全子会社化して意思決定を一体化した組織再編","x":"2011 千葉銀行 ちばぎん証券を完全子会社化 株式交換による証券子会社の取り込みと、証券業務の内製化 2011年4月にちばぎん証券の完全子会社化を決議。千葉銀行と株式交換契約を同日締結し、効力発生日を10月1日と定める 銀行が顧客を紹介し系列証券が販売する分業を、48.79%の出資のまま速く回すことの限界を埋めるため、株式交換で完全子会社化して意思決定を一体化した組織再編 資本を100%にするということ グループ会社の完全子会社化を、たんなる資本関係の整理と読むと、この判断の芯を外す。1998年に中央証券を傘下へ入れてから13年、千葉銀行は48.79%の出資のまま、顧客を仲介で送り込む関係を保ってきた。2011年に埋めたのは残りの持分ではなく、送り手と売り手のあいだに残っていた意思決定の距離であったとみられる。交付株式を自己株式で賄い、負ののれん発生益34億800万円が立ったことからも、価格の面では無理のない取引であった。 垂直統合・内製化 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/8601/decisions/daiwa-next-bank-2011/","t":"証券グループの銀行業参入","c":"大和証券グループ本社","y":2011,"col":"#d32e0b","s":"三井住友との合弁を解消して独立系へ戻った大和証券グループ本社が、銀行を持たない証券会社の資金基盤の弱さを補うため、2009年10月に役員会でネット専業銀行の設立…","x":"2011 大和証券グループ本社 大和ネクスト銀行の設立 証券グループの銀行業参入 2009年10月の役員会でネット銀行の設立を決める。銀行を持たない証券会社の弱みを補い、2011年に大和ネクスト銀行が100%子会社として開業 三井住友との合弁を解消して独立系へ戻った大和証券グループ本社が、銀行を持たない証券会社の資金基盤の弱さを補うため、2009年10月に役員会でネット専業銀行の設立を決め、証券口座と預金を連動させて顧客の余裕資金を取り込む一手として2011年に大和ネクスト銀行を開業した新規事業 証券会社が銀行を内製化するということ この判断が踏み込んだのは、証券会社がみずからの銀行を持つという、業態の境をまたぐ発想であった。大和の源流である藤本ビルブローカーは、もともと銀行業と証券業を併営し、1933年の銀行法改正でどちらかを選べと迫られて証券専業へ転じた歴史を持つ。銀行免許を手放して出発した会社が、七十余年を経てみずから銀行免許を取り直した恰好になる。合弁で銀行の資本を借りるのでも、他行と提携するのでもなく、顧客の資金の入り口をグループの内側に置く選択であった。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8804/decisions/impairment-recovery-2011/","t":"出資SPCの評価損の一括計上による純損失717億円と、再開発・物件売却を両輪とする収益構造への組み替え","c":"東京建物","y":2011,"col":"#009348","s":"リーマンショック後の市況悪化で出資SPCの保有資産に含み損が積み上がり、先へ送れなくなった状況で、3案件の評価損を一度に計上して単年度で出し切った処理","x":"2011 東京建物 評価損の計上と引責辞任 出資spcの評価損の一括計上による純損失717億円と、再開発・物件売却を両輪とする収益構造への組み替え 2011年12月に業績見通しを下方修正した。spcの評価損で最終損益を60億円の黒字から720億円の赤字へ改め、通期は純損失717億円 リーマンショック後の市況悪化で出資spcの保有資産に含み損が積み上がり、先へ送れなくなった状況で、3案件の評価損を一度に計上して単年度で出し切った処理 出し切ることの意味と、その限界 1,437億円で取得した中野駅前の用地は、稼働を目前にしてテナントの内定が3割しか埋まらなかった。この赤字は市況を読み違えた買い物の後始末であって、経営が自ら選んだ攻めの一手ではない。それでも3案件の含み損を一度に出し切り、翌期以降へ持ち越さなかったことは、表に出にくいspcの内側へ損を残す道を断つ処理であっただろう。修正の発表翌日から株価が続伸したのは、処理の遅れをそれまで市場が織り込んでいたことの裏返しでもあった。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9202/decisions/ana-lcc-entry-2011/","t":"格安航空（LCC）への参入と二ブランド体制の構築","c":"ANAホールディングス","y":2011,"col":"#0B308E","s":"海外LCCの日本来襲と首都圏空港の発着枠拡大を前に、ANAブランドと切り離した別会社で格安航空市場へ参入し、訪日需要の取り込みと本体防衛を同時に狙った判断","x":"2011 anaホールディングス エアアジア・ジャパン設立 格安航空(lcc)への参入と二ブランド体制の構築 2010年9月に格安航空への参入を発表。伊東信一郎社長のもと、関西空港を拠点に運賃を大手の半額へ抑える別会社を立ち上げた 海外lccの日本来襲と首都圏空港の発着枠拡大を前に、anaブランドと切り離した別会社で格安航空市場へ参入し、訪日需要の取り込みと本体防衛を同時に狙った判断 価格破壊者を自ら抱えるという選択 この参入で目を引くのは、フルサービスの最大手が自らの手で低価格の担い手を育てた点である。海外の格安航空を迎え撃つには、同じ土俵に立つほかないという結論であった。本体のブランドと人事を切り離し、意思決定も別会社に委ねたのは、大手が抱えるlccが本体の論理に呑まれて失敗してきた歴史を踏まえた設計と推察される。ピーチが日本初のlccとして根づいたことは、その割り切りが働いたことを示している。 低価格・コストリーダーシップ 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9229/decisions/group-consolidation-2011/","t":"父の建築会社の介護子会社2社の吸収合併と、サンウェルズへの商号変更・傘下入り","c":"サンウェルズ","y":2011,"col":"#333333","s":"グループ内に通所介護・訪問介護・グループホームとして分かれていた介護事業を1社へ吸収合併し、経営の効率化を目的にサンウェルズへ商号変更した組織再編。自社を父の建…","x":"2011 サンウェルズ セントラルケアスタッフを合併 父の建築会社の介護子会社2社の吸収合併と、サンウェルズへの商号変更・傘下入り 2011年4月にセントラルケアスタッフを吸収合併。苗代亮達氏のケア・コミュニケーションズがサライも取り込み、サンウェルズへ商号を変更した グループ内に通所介護・訪問介護・グループホームとして分かれていた介護事業を1社へ吸収合併し、経営の効率化を目的にサンウェルズへ商号変更した組織再編。自社を父の建築会社の子会社とする形で事業を一本化した 傘下に入るという一本化の形 グループ会社の整理という言葉だけでは、2011年の一本化の含意は捉えきれない。苗代亮達氏が興したケア・コミュニケーションズは、このとき父・苗代明彦氏の建築会社アイテムの子会社となる形で、一族に散在した介護3社を1社へ統合した。自分の会社を親会社ではなく子会社の側に置き、経営の効率化を優先した構図だといえる。介護施設の運営を軸に据えると決めたからこそ、資本の上下より事業の一本化を先に取った判断なのだろう。その上下が2013年12月の株式交換で逆転するまでには、2年8か月を要している。 持株会社化・グループ再編 創業家・同族 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/9667/decisions/mbo-going-private-2011/","t":"創業家の資産管理会社によるMBOと、東京証券取引所市場第一部の上場廃止","c":"ホリプロ","y":2011,"col":"#0497E2","s":"国際会計基準の導入で上場を保つ費用が上がる一方、国内市場に依存する事業構造では上場の利点が乏しいとみて、海外展開とネット事業へ創業家の裁量で参入するために市場を…","x":"2011 ホリプロ 青春社のmboで上場廃止 創業家の資産管理会社によるmboと、東京証券取引所市場第一部の上場廃止 2011年12月にmboによる非公開化を公表。創業者堀威夫の資産管理会社の青春社が1株1050円で買付け626万株超の応募を得た 国際会計基準の導入で上場を保つ費用が上がる一方、国内市場に依存する事業構造では上場の利点が乏しいとみて、海外展開とネット事業へ創業家の裁量で参入するために市場を降りた判断 上場を道具として使い切った23年 1989年の株式公開に託されていたのは、資金でも規模でもなく、業界の見られ方であった。芸能プロが芸者の置屋と同じだと評された時代から、マネジメントフィーをかすりと呼ばれなくなるまでが、堀威夫氏の23年にあたる。営業利益が10億円台から20億円台で回り、大河ドラマの主役を2年続けて出せる状態で降りたのは、追い詰められたからではなく、公開の役目が終わったと判断したからだとみられる。上場は目的ではなく道具であった。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/9719/decisions/csk-merger-2011/","t":"株式会社SCSKへの商号変更を伴う、新たな体制での再出発","c":"SCSK","y":2011,"col":"#1A2792","s":"国内IT市場が成熟化しハードベンダーや海外勢との競争が激化するなか、商社系と独立系という補完関係にある顧客基盤を合併で一体化し、フルラインのITサービス会社をつ…","x":"2011 scsk cskとの合併 株式会社scskへの商号変更を伴う、新たな体制での再出発 2011年2月にcskとの合併契約を決議。10月1日に住商情報システムを存続会社として合併が成立し、商社系と独立系の二社が一社になった 国内it市場が成熟化しハードベンダーや海外勢との競争が激化するなか、商社系と独立系という補完関係にある顧客基盤を合併で一体化し、フルラインのitサービス会社をつくる統合 借り物ではない規模 救済の色を帯びた合併という読み方は、この案件には収まりが悪い。cskは2011年3月期まで三期続けて当期純損失を計上していたが、売上高では1,403億円と住商情報システムを上回り、従業員も8,755名を抱えていた。合併比率0.24と存続会社の選択が示したのは、事業の大小ではなく、損失を重ねた十年と、住友商事の信用力を背にできる財務基盤との差であったのだろう。買う側と買われる側を分けたのは規模ではなかった。 合併・経営統合 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/9831/decisions/home-business-2011/","t":"住宅事業への参入と「くらしまるごと」への多角化","c":"ヤマダホールディングス","y":2011,"col":"#004EA1","s":"縮む家電市場で余った店舗網・顧客基盤を、隣接する住宅とその周辺サービスへ振り向け、一世帯の暮らし全体を商圏とする多角化","x":"2011 ヤマダホールディングス ヒノキヤグループの子会社化 住宅事業への参入と「くらしまるごと」への多角化 2011年8月にエス・バイ・エルを子会社化。家電単品の頭打ちを前に住宅へ入り、2020年のヒノキヤ取得でくらしまるごとへ 縮む家電市場で余った店舗網・顧客基盤を、隣接する住宅とその周辺サービスへ振り向け、一世帯の暮らし全体を商圏とする多角化 家電の勝ち方は、家に通じるか この多角化の眼目は、縮む家電市場で余った経営資源を、隣接する住宅へ振り向けた点にある。全国の店舗と来店客のデータ、そして家電で鍛えた価格交渉力を、家という最も高額な買い物に接続すれば、一世帯あたりの取引額は家電の比ではなくなる。エス・バイ・エルで足場を得て、ヒノキヤで技術と規模を補い、持株会社化で家具・金融まで集約した一連の流れは、山田昇会長が語る\"くらしまるごと\"という一枚の絵に沿って進んできた。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/2317/decisions/catena-merger-2010/","t":"合併した二社を「システナ」の新社名の下に一体化する再編","c":"システナ","y":2010,"col":"#FF7830","s":"携帯電話ソフト受託に偏った顧客基盤を、金融系システム開発とIT商品販売の顧客・営業力で置き換え、総合SIベンダーへ移るための合併","x":"2010 システナ カテナ吸収合併と商号変更 合併した二社を「システナ」の新社名の下に一体化する再編 2009年12月14日にカテナとの合併契約を締結。株式会社システムプロが持分法適用関連会社を合併比率1対0.0048で2010年4月1日に吸収合併し、議決権100.0%を取得。のれん939百万円を計上し、7月に商号をシステナへ改めた 携帯電話ソフト受託に偏った顧客基盤を、金融系システム開発とit商品販売の顧客・営業力で置き換え、総合siベンダーへ移るための合併 顧客をひとつ持つことの危うさ この合併を、規模の小さい側が大きい側を飲み込んだ逆転劇として読むこともできる。ただ、開示された経緯をたどると、逆転そのものは目的ではなかったように見える。システムプロが抱えていた問題は成長率ではなく、売上の4分の1を一社に握られている構造にあった。技術者を増やせば売上が伸びる事業では、増員の速度を決めるのは自社の判断ではなく、発注元の開発計画になる。三年をかけて出資比率を引き上げ、最後に合併へ進んだ経緯は、その依存を解くための順序であったと推察される。 合併・経営統合 pmi・買収後統合 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/2413/decisions/corporate-rename-2010/","t":"冠していた社名の一部を外し、一語の商号へ改めた名乗りの整理","c":"エムスリー","y":2010,"col":"#003060","s":"親会社の資本比率を変えないまま、社名から系列ブランドを外して独自ブランドを立てた判断","x":"2010 エムスリー 「ソネット・エムスリー」から改称 冠していた社名の一部を外し、一語の商号へ改めた名乗りの整理 2009年5月に商号変更を取締役会で決議。6月22日の定時株主総会の承認を経て、2010年1月にソネット・エムスリーからエムスリーへ商号を変更した 親会社の資本比率を変えないまま、社名から系列ブランドを外して独自ブランドを立てた判断 看板を替えることと、支配が解けること 社名の変更は、それ自体では会社の中身を1つも変えない。2010年1月にエムスリーが手放したのは4文字の接頭辞であり、議決権の56.5%を握る親会社も、有料コンテンツの課金を親会社の仕組みに頼る取引関係もそのまま残った。それでも開示文書がわざわざ独自ブランドの確立と書いたのは、対外的な呼称が事業の説明そのものになっていたからだと推察される。医師と製薬会社の間に立つ会社が、通信サービスの名を冠して海外の医師コミュニティを買いに行くのは説明がつきにくい。 ブランド・マーケティング グローバル経営体制"},{"k":"decision","u":"/tse/2432/decisions/ngmoco-acquisition-2010/","t":"開発会社の取り込みによる、世界向けソーシャルゲーム基盤の構築","c":"DeNA","y":2010,"col":"#79C7C9","s":"国内モバゲーの高収益モデルは海外へそのまま持ち出せないと見たDeNAが、米ngmoco, Inc.を取得原価325百万米ドルで100％取得し、世界No.1のソー…","x":"2010 dena 米ngmoco社の買収 開発会社の取り込みによる、世界向けソーシャルゲーム基盤の構築 2010年10月に米ngmoco, inc.の買収契約を締結し、11月9日に議決権の100%を取得した。取得原価は325百万米ドル、発生したのれんは313百万米ドルで、mobageの世界展開を急いだ判断 国内モバゲーの高収益モデルは海外へそのまま持ち出せないと見たdenaが、米ngmoco, inc.を取得原価325百万米ドルで100%取得し、世界no.1のソーシャルゲームプラットフォーム構築による海外進出を図った経営判断 自社株を通貨にして買収したもの この判断は、稼いだ現金で海外の開発力を買った話として語られやすい。だが対価の内訳を見ると、現金は132百万米ドルにすぎず、残りは自社の株式と新株予約権だった。高い株価そのものを通貨にして、シリコンバレーの人材と会員基盤を獲得した取引だったとみられる。受け入れた純資産をはるかに超えて積まれたのれん313百万米ドルは、その通貨で何を買ったのかを一行で示している。買ったのは資産ではなく、これから生まれるはずの超過収益力の見積りだった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 プラットフォーム・標準化 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2503/decisions/kirin-suntory-2010/","t":"巨大再編を狙った経営統合構想の頓挫と、単独路線への回帰","c":"キリンHD","y":2010,"col":"#F00201","s":"統合新会社を公開会社として経営する前提での独立性・透明性の担保をめぐりサントリーとの認識が相違し、約7か月で交渉を終了した","x":"2010 キリンhd サントリーとの統合破談 巨大再編を狙った経営統合構想の頓挫と、単独路線への回帰 2009年7月にサントリーとの経営統合交渉を公表し、2010年2月8日に終了。統合新会社の独立性・透明性をめぐる認識の相違が理由で、約7か月で決裂した 統合新会社を公開会社として経営する前提での独立性・透明性の担保をめぐりサントリーとの認識が相違し、約7か月で交渉を終了した 条件と統治、二つの土台 この破談で表に出たのは、シナジーの見積りではなく、統合後の会社を誰がどう統治するかという問いであった。公開会社としての独立性・透明性が担保されるべきだという主張は、裏を返せば、非上場の創業家支配がそのまま持ち込まれる形は呑めないという宣言である。数字で詰められる論点ではないため、交渉の初期段階という位置づけのまま、条件を一つも公表しないうちに終わった。開示の薄さそのものが、詰められた合意の少なさを物語っているようにみえる。 合併・経営統合 破談・撤回 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/2767/decisions/tsuburaya-acquisition-2010/","t":"映像コンテンツ版権元の取り込みによる、遊技機の外への収益源の広がり","c":"円谷フィールズホールディングス","y":2010,"col":"#333333","s":"他社IPのタイアップ機を販売する販社の立場から、IPを保有して二次利用まで統括する側へ事業構成を組み替える判断","x":"2010 円谷フィールズホールディングス 円谷プロダクションの子会社化 映像コンテンツ版権元の取り込みによる、遊技機の外への収益源の広がり 2010年4月に円谷プロダクションの子会社化。ティー・ワイ・オーから議決権51.0%を10億9,100万円で取得しウルトラマンの版元を傘下に収める 他社ipのタイアップ機を販売する販社の立場から、ipを保有して二次利用まで統括する側へ事業構成を組み替える判断 借りる側から、貸す側へ この買収の核心は、金額の大きさではなく、取引関係のどちら側に立つかの選択にあったと推察される。遊技機の販社は、メーカーからは機械を仕入れ、版元からはキャラクターを借りる。売れる台を見抜く目利きは必要でも、作品そのものの価値は他人の手の中にある。ティー・ワイ・オーが手放した51%を、債務超過と12億円あまりの運転資金の面倒ごと引き取ったことで、フィールズは玩具・映像・ライセンスの各出口を自ら開ける立場に移った。事業の入れ替えというより、業界の中での位置を一段動かす判断だったといえる。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/3048/decisions/sofmap-acquisition-2010/","t":"時間をかけた段階的な取り込みと、完全子会社化への到達","c":"ビックカメラ","y":2010,"col":"#E60012","s":"中古パソコン・買取・秋葉原という自前では構築しにくい基盤を、提携から増資引受・株式交換へと段階的に関与を深めて取り込んだ買収","x":"2010 ビックカメラ ソフマップの子会社化 時間をかけた段階的な取り込みと、完全子会社化への到達 2006年1月にソフマップの子会社化を決議。20億円の増資引受で議決権59.4%を取得し、2010年1月29日の株式交換で完全子会社とした 中古パソコン・買取・秋葉原という自前では構築しにくい基盤を、提携から増資引受・株式交換へと段階的に関与を深めて取り込んだ買収 一気に買収せず、5年かけて関与を深めた意味 この判断の核心は、買収の踏み込み方を段階に分けた点にある。ビックカメラは2005年の資本業務提携、2006年の増資引受による過半取得、2010年の株式交換による完全子会社化と、5年をかけて関与を深めた。2006年2月に払い込んだ20億円で議決権の59.4%を握り、代表権を持つ取締役を含む役員を送り込んだうえで、中古商品のノウハウ共有、新品商品の仕入れ、携帯電話・ブロードバンドの販売ノウハウ、物流やリペアセンターの相互利用といった協力関係を一つずつ積み上げている。新品の家電・カメラを大都市で売る同社にとって、中古パソコン・買取・秋葉原という異質な顧客基盤は自前では作りにくく、専門のノウハウごと取り込む道を選んだ。 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/3606/decisions/shandong-ruyi-capital-2010/","t":"第三者割当増資の引き受けによる、中国資本の傘下への移行","c":"レナウン","y":2010,"col":"#001E43","s":"売却できる資産が尽き、株主からの退陣圧力も受けるなかで、資本と中国の売り場を同時に得られる相手として事業会社を選ぶ","x":"2010 レナウン 山東如意科技集団への増資 第三者割当増資の引き受けによる、中国資本の傘下への移行 2010年5月に山東如意科技集団へ第三者割当増資。約40億円で山東如意が4割を保有する筆頭株主となり、中国企業による東証一部の買収は初 売却できる資産が尽き、株主からの退陣圧力も受けるなかで、資本と中国の売り場を同時に得られる相手として事業会社を選ぶ 相手の体力に預けた時間 この状態で相手を選べる余地は、実際にはほとんどなかった。それでも北畑稔社長は投資ファンドではなく事業会社を選び、5年間の売買制限条項を付けている。資本を入れて数年で売り抜ける相手ではなく、中国の売り場を一緒に作る相手を求めた選択であり、当時の判断としては筋が通っていた。山東如意が中国政府に模範企業と目される優良企業だったことも、この判断を後押ししただろう。 資金調達・財務戦略 外資傘下入り・対内m&a 救済型m&a・支援受け入れ 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/3938/decisions/livedoor-acquisition-2010/","t":"63億円を投じた検索サービス「NAVER」への取り込み","c":"LINE","y":2010,"col":"#06C755","s":"日本語検索で自力の成長が既存大手に追いつかないと見たNHN Japanが、検索サービス「NAVER」の強化を目的に、ライブドア事件後も技術者とポータル資産を保っ…","x":"2010 line ライブドアの買収 63億円を投じた検索サービス「naver」への取り込み 2010年4月にライブドア株式の譲渡契約を締結。nhn japanがldhの保有する10万株すべてを取得し63億円を支払った 日本語検索で自力の成長が既存大手に追いつかないと見たnhn japanが、検索サービス「naver」の強化を目的に、ライブドア事件後も技術者とポータル資産を保っていたライブドアをldhから63億円で取得した判断 買収で得たものと、得られなかったもの 開始6か月で134万人という数字は、ネイバージャパンにとって速い伸びであると同時に、ヤフーとグーグルに追いつく速さではなかった。63億円は、その差を自力で詰めることを断念した金額であった。日本語検索で正面から競うのをやめ、月間約23億ページビューのポータルと、\"技術のライブドア\"と呼ばれた技術者を丸ごと抱える。 pmi・買収後統合 プラットフォーム・標準化 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4503/decisions/osi-hostile-tob-2010/","t":"同意なき買付からの出発と、価格の引き上げによる合意への持ち込み","c":"アステラス製薬","y":2010,"col":"#D81E49","s":"米国で主力の免疫抑制剤プログラフの後発医薬品が発売されるなか、がん領域の事業基盤を早期に立ち上げるため、抗がん剤タルセバを持つ米OSIへ同意なき株式公開買付けを…","x":"2010 アステラス製薬 米osiへの敵対的tob 同意なき買付からの出発と、価格の引き上げによる合意への持ち込み 2010年3月2日に米osiファーマシューティカルズへ株式公開買付けを開始した。当初提案は拒まれ、1株57.50米ドルへ引き上げて5月16日に最終契約を締結し、6月8日に全株式を取得した 米国で主力の免疫抑制剤プログラフの後発医薬品が発売されるなか、がん領域の事業基盤を早期に立ち上げるため、抗がん剤タルセバを持つ米osiへ同意なき株式公開買付けを仕掛けた買収。買付価格を1株57.50米ドルまで引き上げて最終契約に持ち込み、約40億米ドルを全額手元資金で払った。 同意なき買収という選択 この判断の核心は、拒まれてもなお買いにいったという一点にある。有価証券報告書に残る買付期間は米国東部時間の2010年3月2日から6月7日までで、最終契約を締結したのはその途中の5月16日である。買付けを始めてから合意に至るまでの2か月半が、そのまま同意なき買収から友好的な買収へ転じるのに要した時間だった。買付価格は1株当たり57.50米ドル、要した資金は約40億米ドルで、借入を起こさず全額を手元資金で払っている。 敵対的・同意なき買収 クロスボーダーm&a(日本→海外) 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4578/decisions/holding-company-listing-2010/","t":"公募・売出の総額が約2200億円に達した、同業に大きく遅れての株式公開","c":"大塚HD","y":2010,"col":"#236AB2","s":"エビリファイの特許切れを見据え、持株会社の屋根の下で医薬と消費財を並走させながら、大手製薬として最後発の上場で市場調達余地を確保しつつ創業家主導の統治を残す資本…","x":"2010 大塚hd 持株会社化と東証上場 公募・売出の総額が約2200億円に達した、同業に大きく遅れての株式公開 2010年12月に東京証券取引所へ上場。大塚ホールディングスが公募価格2100円に対し初値2170円を付け、調達規模は約2200億円 エビリファイの特許切れを見据え、持株会社の屋根の下で医薬と消費財を並走させながら、大手製薬として最後発の上場で市場調達余地を確保しつつ創業家主導の統治を残す資本政策 遅く上場するということ この上場を、資金調達の遅れとだけ読むのは表層にとどまる。1兆円企業が非上場のまま歩み、大手製薬で最後発となってようやく市場へ出た事実の芯には、上場を統治の設計として扱う発想がある。晴れ舞台で鐘を打ったのが樋口達夫社長ではなく大塚明彦会長であった一点に、そのねらいは表れていると思われる。遅らせることで短期の株主圧力を避け、創業家主導の判断を残したまま、必要な調達余地だけを市場から得る——約2200億円の公募・売出は、その線引きのうえに置かれた選択であった。 上場・ipo・市場変更 持株会社化・グループ再編 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/4626/decisions/accountant-ceo-2010/","t":"公認会計士出身のトップ登用と、持株会社制への移行による統治の組み替え","c":"太陽ホールディングス","y":2010,"col":"#00AF64","s":"開発課題が一巡しソルダーレジスト世界首位が定着した段階で、持株会社制へ移り、財務・M&A・グループ統括を担う会計士を社長に据えた経営体制の切り替え","x":"2010 太陽ホールディングス 佐藤英志氏が社長就任 公認会計士出身のトップ登用と、持株会社制への移行による統治の組み替え 2010年10月に太陽ホールディングスへ商号変更。翌2011年4月に技術系でも創業家でもない公認会計士の佐藤英志氏をグループceoへ 開発課題が一巡しソルダーレジスト世界首位が定着した段階で、持株会社制へ移り、財務・m&a・グループ統括を担う会計士を社長に据えた経営体制の切り替え 技術の首位を、誰の規律のもとで生かすか この経営判断の核心は、技術で首位に立った会社が、次の価値の源泉を研究室ではなく資本配分とグループ経営に見いだそうとした点にあるのだろう。技術者でも創業家でもない会計士を頂点に据え、持株会社を同時に用意したのは、開発が一巡した段階で経営の比重を財務とm&aへ移すための設計であった。ひとつの成功が定着したのちに、あえて経営の担い手の性格を入れ替えた選択には、独特の思い切りがうかがえる。 トップ交代・承継 外部人材・プロ経営者 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/4680/decisions/us-mall-entry-2010/","t":"海外第1号店の開設と、国内で育てたモール業態のそのままの移植","c":"ラウンドワン","y":2010,"col":"#D60C18","s":"日本市場に集中した事業のリスクを分散し、成熟に向かう国内の外へ成長余地を求めて、国内で確立した一施設一括型の複合業態を衰退する米国郊外モールへ移植した海外進出","x":"2010 ラウンドワン 米カリフォルニア初出店 海外第1号店の開設と、国内で育てたモール業態のそのままの移植 2010年8月に米カリフォルニア初出店。プエンテヒルズ店はボウリングとアーケードゲームを併設した海外第1号店 日本市場に集中した事業のリスクを分散し、成熟に向かう国内の外へ成長余地を求めて、国内で確立した一施設一括型の複合業態を衰退する米国郊外モールへ移植した海外進出 本国の外で伸びた業態 この出店を単なる海外進出の成功譚として読むと、判断の芯を取り逃す。杉野公彦社長が選んだのは、現地資本が見放しつつあった衰退する郊外モールへ、国内で標準化した一施設一括型の複合業態をそのまま持ち込むことであった。1施設に大きな資本を投じる国内の型を崩さず、居抜きの空き区画を使って初期費用を抑えたところに、この移植の勘所があったとみられる。日本市場への集中というリスクを分散する動機と、成熟する国内の外へ成長の場を求める狙いが、プエンテヒルズ店の一手に重なっていた。 海外進出・現地生産 大型設備投資 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4911/decisions/bare-escentuals-acquisition-2010/","t":"初の大型クロスボーダーM&Aとなった海外ブランドの取り込み","c":"資生堂","y":2010,"col":"#BC1928","s":"海外売上比率40％以上を掲げる3ヵ年計画のもと、SHISEIDO一本で攻めあぐねた北米市場を強化するため、ミネラル化粧品ブランドを初の大型買収で取り込んだ判断","x":"2010 資生堂 米ベアエッセンシャル買収 初の大型クロスボーダーm&aとなった海外ブランドの取り込み 2010年3月に米ベアエッセンシャルを現金公開買付けで取得。取得原価17億3,067万米ドルを投じ、北米への足がかりを求めた 海外売上比率40%以上を掲げる3ヵ年計画のもと、shiseido一本で攻めあぐねた北米市場を強化するため、ミネラル化粧品ブランドを初の大型買収で取り込んだ判断 買収で規模を得るという選択 この判断の核心は、自前で育てるには時間のかかる北米での地歩を、出来上がったブランドの買収で一気に埋めようとした点にある。3ヵ年計画の数値目標である海外売上比率40%以上は世界同時不況で達成が遠のき、アメリカ向けの売上は連結の7.5%にとどまっていた。17億3,067万米ドルという取得原価と、それを賄う借入で有利子負債が2,144億円へ膨らむこと、格付が2社から引き下げられることを承知で踏み切った背景には、時間を金で買う発想があっただろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5480/decisions/plant-spinoff-reintegration-2010/","t":"川崎・大江山の分社実験と、2010年の本体一体運営への回帰","c":"日本冶金工業","y":2010,"col":"#E60000","s":"構造不況下で製造所ごとに損益責任を切り出したのち、リーマンショック後の環境激変を受けて一貫生産の指揮系統を本体へ戻した組織再編","x":"2010 日本冶金工業 川崎・大江山を吸収合併 川崎・大江山の分社実験と、2010年の本体一体運営への回帰 2010年4月にyakin川崎などを吸収合併。2003年4月に分社した川崎・大江山の2製造所を7年で本体へ戻し、一体運営に復した 構造不況下で製造所ごとに損益責任を切り出したのち、リーマンショック後の環境激変を受けて一貫生産の指揮系統を本体へ戻した組織再編 分社化しても縮まらなかった距離 分社は、売ることも閉じることもできない資産に責任を持たせるための工夫であった。川崎と大江山はどちらも本業の中核で、外へ出す選択肢はない。それならせめて損益を切り分けて、製造所ごとに社長を置き、原価も投資も自分の会社の話として考えてもらう。1999年に人員も工場も削り終えた後で残された手が、この線引きであった。実際、yakin大江山の経営陣は分社後の文章で、業務内容は製造所時代と変わらないと明記している。変えたのは仕事ではなく、誰の勘定かという括りにとどまった。 分社・スピンオフ・子会社上場 垂直統合・内製化 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5801/decisions/antitrust-violations-2010/","t":"相次ぐ独占禁止法違反の摘発に対する第三者調査委員会の設置と、各国当局への向き合い方","c":"古河電工","y":2010,"col":"#0065CC","s":"架橋高発泡ポリエチレンシートに続いて光ファイバケーブルでも排除措置命令と課徴金納付命令を受け、社外有識者が過半数を占める第三者調査委員会による原因究明と、各国競…","x":"2010 古河電工 光ファイバとワイヤーハーネスのカルテル 相次ぐ独占禁止法違反の摘発に対する第三者調査委員会の設置と、各国当局への向き合い方 2010年5月、光ファイバケーブルおよび同関連製品の取引で排除措置命令および課徴金納付命令を受けた。2009年7月に社外有識者が過半数を占める第三者調査委員会を設置し、2011年9月には米国司法省と罰金2億米ドルの司法取引に合意した 架橋高発泡ポリエチレンシートに続いて光ファイバケーブルでも排除措置命令と課徴金納付命令を受け、社外有識者が過半数を占める第三者調査委員会による原因究明と、各国競争法当局への対応を迫られた 減免申請と司法取引の分かれ道 同じ自動車用ワイヤーハーネスという製品で、日本では命令の名宛人にすらならず、米国では2億米ドルを払った。この落差を生んだのは違反の重さではなく、いつ手を挙げたかである。日本では立入検査より前に違反行為を取り止めたうえで課徴金減免制度を申請し、それが認められた。米国では起訴事実を認めるほかなかった。制度の違いというより、摘発の順番に対する構えの違いが金額に化けたのだとみられる。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5802/decisions/harness-cartel-2010/","t":"日欧中の当局の摘発と競争法コンプライアンス規程の制定","c":"住友電工","y":2010,"col":"#2E008B","s":"主力の自動車用ワイヤーハーネスで日欧中の競争当局に摘発され、各国当局の調査に協力しつつ、競争法コンプライアンス規程と専任組織による監視体制を構築した","x":"2010 住友電工 ワイヤーハーネス国際カルテル 日欧中の当局の摘発と競争法コンプライアンス規程の制定 2010年2月に自動車用ワイヤーハーネスの取引で公正取引委員会の立入検査を受けた。日本で課徴金2,102百万円、中国で2億9,040万元を課され、欧州では調査協力により免除された 主力の自動車用ワイヤーハーネスで日欧中の競争当局に摘発され、各国当局の調査に協力しつつ、競争法コンプライアンス規程と専任組織による監視体制を構築した 主力に据え直した事業が抱えていたもの 摘発されたのは、会社が主力に据え直したばかりの事業であった。2006年に独フォルクスワーゲン ボードネッツェを買収し、2007年8月には住友電装を株式交換で完全子会社として、ワイヤーハーネスをグループの中核へ引き上げた直後の時期の取引が、違反行為として認定されている。しかも命令の名宛人は現場を担う子会社ではなく、住友電気工業そのものであった。事業を囲い込むという資本の判断と、その事業が背負っていた取引慣行とが、数年遅れで一つの帳簿の上で出会っただろう。 不祥事・信頼回復 欧州 北米 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/5803/decisions/antitrust-penalties-2010/","t":"4年続いた独占禁止法違反の摘発に、課徴金の納付と法令遵守体制の立て直しで応じた","c":"フジクラ","y":2010,"col":"#15C0F3","s":"光ファイバケーブル等の取引で排除措置命令と課徴金納付命令を受け、以後4年にわたって続いた独占禁止法違反の摘発に、課徴金の納付と法令遵守体制の立て直しで応じた","x":"2010 フジクラ 光ファイバケーブルの課徴金納付 4年続いた独占禁止法違反の摘発に、課徴金の納付と法令遵守体制の立て直しで応じた 2010年5月、光ファイバケーブル等の取引をめぐり公正取引委員会から排除措置命令と課徴金納付命令を受けた。課徴金は4,411百万円で、以後2014年まで自動車用ワイヤハーネス、電力ケーブルと摘発が続いた 光ファイバケーブル等の取引で排除措置命令と課徴金納付命令を受け、以後4年にわたって続いた独占禁止法違反の摘発に、課徴金の納付と法令遵守体制の立て直しで応じた 摘発が映した営業の型 この4年間に問われたのは、一つの商材での不当な取引制限ではなく、電線・ケーブルという事業そのものに染みついた営業の型だったのだろう。摘発を受けたのは光ファイバケーブル、建設・電販向け電線、自動車用ワイヤハーネス、電力ケーブルで、製品も顧客も生産拠点も異なり、特定の部署の逸脱では説明がつかない。規程類の整備と従業員教育を徹底してきたとしながら、その直後に次の検査を受ける繰り返しが、体制の不備というより現場の慣行の根深さを映していた。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/6361/decisions/environment-water-reorganization-2010/","t":"水事業子会社の株式の3分の2の譲渡と、3社同持分の共同経営への移行","c":"荏原製作所","y":2010,"col":"#F01830","s":"採算の振れる環境プラント事業を分社化し、水事業子会社に三菱商事・日揮の資本と機能を迎えて、自前請負型から外部連合による水インフラ事業へ組み替える再編","x":"2010 荏原製作所 三菱商事・日揮の資本参加 水事業子会社の株式の3分の2の譲渡と、3社同持分の共同経営への移行 2010年2月に三菱商事・日揮との水事業提携を決議し、3月31日に荏原エンジニアリングサービス株300万株のうち200万株を90億円で譲渡。3社が各3分の1の持分となった 採算の振れる環境プラント事業を分社化し、水事業子会社に三菱商事・日揮の資本と機能を迎えて、自前請負型から外部連合による水インフラ事業へ組み替える再編 自前主義を解くということ この判断の芯は、水事業を切り出して外に開いたこと自体ではなく、自前で建てて運営する荏原の環境事業のやり方を、資本ごと外部と分け合う形へ変えた点にある。プラント一括請負で採算が振れ、2009年3月期に連結で131億円の純損失を計上した荏原は、水事業子会社の株式の3分の2を90億円で手放し、三菱商事・日揮と同持分で持ち合う会社へ組み替えた。技術は自前でも、資金と海外網は他社に頼るという割り切りが、そこには表れているだろう。 選択と集中 分社・スピンオフ・子会社上場 資本提携・政策保有 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6504/decisions/power-semiconductor-focus-2010/","t":"パワーエレクトロニクスを軸に据えた経営資源の集中","c":"富士電機","y":2010,"col":"#005BAB","s":"SiCなど次世代デバイスの立ち上がりと自動車の電動化を見据え、事業の数を減らさずに投資と技術開発をパワー半導体・パワエレへ傾斜させた資源配分","x":"2010 富士電機 パワー半導体へ投資集中 パワーエレクトロニクスを軸に据えた経営資源の集中 2010年にパワー半導体へ投資と技術開発を集中させた。2009年3月期に733億円の最終赤字を計上した後、sicモジュール開発から着手 sicなど次世代デバイスの立ち上がりと自動車の電動化を見据え、事業の数を減らさずに投資と技術開発をパワー半導体・パワエレへ傾斜させた資源配分 何に集中したのかを読み直す この集中で減らしたものは、事業の数ではなかった。重電も自動販売機も計測も抱えたまま、投資と技術開発の宛先だけをパワー半導体とパワエレに寄せている。総合電機の幅を保ちながら稼ぎ頭を一つに絞る形は、幅を捨てる集中とは別種の選択だろう。 選択と集中 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/6701/decisions/renesas-merger-2010/","t":"半導体子会社NECエレクトロニクスの切り出しと、他社との一本化","c":"NEC","y":2010,"col":"#003f87","s":"リーマンショック後の半導体不況で単独維持が困難になった祖業・半導体を、日立製作所・三菱電機のルネサステクノロジと統合して世界第3位の会社に集約し、NECは主導権…","x":"2010 nec ルネサステクノロジと統合 半導体子会社necエレクトロニクスの切り出しと、他社との一本化 2009年4月にnecエレクトロニクスの統合を発表した。日立と三菱電機のルネサステクノロジと合わせ、2010年4月に世界3位の半導体会社が発足 リーマンショック後の半導体不況で単独維持が困難になった祖業・半導体を、日立製作所・三菱電機のルネサステクノロジと統合して世界第3位の会社に集約し、necは主導権を手放して実質的に撤退した選択と集中 祖業を手放すという判断 この判断の中心にあるのは、垂直統合で自前に築いてきた半導体を、規模の論理のもとで手放したという事実である。necは通信機から計算機、半導体までを一貫して内製し、コンピュータと通信の融合を掲げたc&cの時代には、その自前の半導体が全社の強みを支えていた。リーマン後の赤字は、その強みを維持する費用が会社の体力を上回ったことを突きつけた。統合による世界第3位という規模は合理の帰結であった一方、単独で世界首位を争った祖業を他社と分け合う側へまわった点に、選択と集中の重さがうかがえる。 合併・経営統合 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/6723/decisions/renesas-formation-2010/","t":"国内半導体2社を一本にまとめた、現在の会社としての成立","c":"ルネサスエレクトロニクス","y":2010,"col":"#0047bb","s":"2010年4月、NECエレクトロニクスを存続会社としてルネサステクノロジが合併し、ルネサスエレクトロニクスが発足した。NEC・日立・三菱電機の3系統の半導体部門…","x":"2010 ルネサスエレクトロニクス nec・ルネサステクノロジ統合 国内半導体2社を一本にまとめた、現在の会社としての成立 2010年4月にnec・日立・三菱電機の半導体部門が1社になった。ルネサスエレクトロニクスが発足し、マイコンで世界首位級の規模へ 2010年4月、necエレクトロニクスを存続会社としてルネサステクノロジが合併し、ルネサスエレクトロニクスが発足した。nec・日立・三菱電機の3系統の半導体部門を1社に統合した再編で、マイコンで世界首位級の規模となった。 「規模の統合」が収益力に直結しなかったこと この統合は、規模を一つに集約すること自体は計画どおりに実現したものの、それが直ちに収益力へ転化しなかった点に教訓があると思われる。発足の狙いは、不況下で巨額赤字に沈む各社の開発資源を集中し、世界の巨大メーカーに対抗できる規模を得ることにあった。実際に売上1兆円を超える日本最大の半導体メーカーは誕生した。だが、発足直後の震災という外部要因に加え、性格の異なる3系統の事業や組織を一つにまとめる難しさが重なり、シナジーの発現は容易には進まなかった。 合併・経営統合 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/6724/decisions/device-business-retreat-2010/","t":"電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡","c":"セイコーエプソン","y":2010,"col":"#10218A","s":"完成品を持たない部品事業が市況と取引先の販売動向に収益を振り回される構造を断つため、1位か2位になれない事業から手を引く基準を電子デバイス事業そのものに当てはめ…","x":"2010 セイコーエプソン se07で中小型液晶を譲渡 電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡 2003年1月に中期経営計画se07で電子デバイス事業を見直した。世界で1位か2位を取れない事業から手を引く基準を部品事業へ当てはめた 完成品を持たない部品事業が市況と取引先の販売動向に収益を振り回される構造を断つため、1位か2位になれない事業から手を引く基準を電子デバイス事業そのものに当てはめ、分社と譲渡を重ねて中小型液晶から退いた判断 決めた基準と、切り離すまでの距離 その同じ基準を部品事業そのものに当てはめたのが、草間三郎社長の『落下傘型の事業はやらない』という宣言であった。他社の売れ行きに収益を委ねる事業を中核事業から降ろすほかないと踏んだのは、完成品を持つシャープとの業績差が目の前にあったからだとみられる。 選択と集中 事業売却・撤退 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6806/decisions/hirose-korea-buyout-2010/","t":"29年続いた韓国合弁の段階的な買い増しと、単独支配への移行","c":"ヒロセ電機","y":2010,"col":"#004098","s":"韓国コネクタ市場での拡販と、グループのグローバル事業を担う生産・販売拠点としての円滑な運営を求め、合弁相手の持分を段階的に取得した判断","x":"2010 ヒロセ電機 ヒロセコリアの完全子会社化 29年続いた韓国合弁の段階的な買い増しと、単独支配への移行 2010年12月にヒロセコリアを連結子会社化。株式25%を追加取得して出資比率を75%とし、2015年に100%子会社とする 韓国コネクタ市場での拡販と、グループのグローバル事業を担う生産・販売拠点としての円滑な運営を求め、合弁相手の持分を段階的に取得した判断 合弁を畳むという後始末 合弁は、知らない市場に参入するための入場券である。1985年のヒロセ電機にとって、韓国で工場を建て顧客を開拓するには大徳産業と組むのが現実的な方法であった。ただ入場券は、入り終えたあとも相手方の持分として残る。2010年に計上した段階取得に係る差損18億9,500万円は、25年前に半額で買った持分と、いま買い足す持分との値段の差にほかならない。入場料の後払いと呼べる性質の損失であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) pmi・買収後統合 韓国"},{"k":"decision","u":"/tse/7004/decisions/europe-environment-acquisitions-2010/","t":"欧州・豪州の環境プラント企業の連続取得と、日立造船からカナデビアへの商号変更","c":"カナデビア","y":2010,"col":"#009078","s":"造船から撤退しても収益源が確立せず、環境プラントの受注が自治体の発注に依存する国内へ偏っていたため、同じ技術を販売できる欧州・豪州の同業を相次いで買収して海外に…","x":"2010 カナデビア ae&e inova買収 欧州・豪州の環境プラント企業の連続取得と、日立造船からカナデビアへの商号変更 2010年12月にae&e inovaを買収。スイスのごみ焼却発電会社を49億円で完全子会社化し豪osmofloやドイツ勢へ買収を重ねる 造船から撤退しても収益源が確立せず、環境プラントの受注が自治体の発注に依存する国内へ偏っていたため、同じ技術を販売できる欧州・豪州の同業を相次いで買収して海外に収益源を築き、事業実態に合わせて社名まで変更した判断 買収したのは会社ではなく、官需の外の需要であった 株の代金は26百万円、増資引受は4,493百万円。2010年のinova取得の数字は、支払ったものが会社の値段ではなく、欧州で受注できる地位であったことを示している。のれんはわずか662百万円で、主な発生原因は買収時の助言費用であった。取得価額が低かった理由も同じ注記にある。企業結合が期首に完了したと仮定した影響額は売上高34,095百万円・当期純損失9,587百万円で、inovaは買収された時点で赤字の会社であった。だからこそ株式の対価は26百万円で済み、代わりに増資引受で4,493百万円を注ぎ込んでいる。国内のごみ焼却発電は自治体の発注周期に業績が縛られる事業で、2010年3月期の海外売上高は連結売上の15.6%、ヨーロッパ向けは0.4%にとどまっていた。同じ技術で別の発注者に売れる場所を持つことが、造船から撤退したあとの会社に欠けていたものだったと推察される。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ グローバル経営体制 欧州 オセアニア"},{"k":"decision","u":"/tse/7004/decisions/waste-incinerator-bid-rigging-2010/","t":"公正取引委員会の審決を争いながら49億円を納付した選択","c":"カナデビア","y":2010,"col":"#009078","s":"ごみ焼却施設建設工事の入札をめぐる独占禁止法違反で、公正取引委員会の勧告を不応諾として審判・訴訟で争い続けた末に、4,901百万円の課徴金納付が確定した","x":"2010 カナデビア ごみ焼却炉談合の課徴金確定 公正取引委員会の審決を争いながら49億円を納付した選択 2010年11月に公正取引委員会がごみ焼却炉建設工事の入札をめぐる独占禁止法違反で4,901百万円の課徴金納付を命じた。日立造船は審決取消請求訴訟で争いながら2011年1月に納付し、2013年10月の上告棄却で確定した ごみ焼却施設建設工事の入札をめぐる独占禁止法違反で、公正取引委員会の勧告を不応諾として審判・訴訟で争い続けた末に、4,901百万円の課徴金納付が確定した 争う権利を使い切って残ったもの この件で日立造船が選んだのは、談合の認定そのものを受け入れないことであった。1999年の勧告不応諾から数えれば14年、排除措置審決にも課徴金納付命令にも審判と訴訟を重ね、高裁・最高裁のすべての段階を使っている。行政処分を争うのは企業の権利であり、命令の失効によって納付を先送りできた期間も長い。ただ、その時間の長さは、いつ確定するか分からない負担を毎期の決算で負い続けることと引き換えであったと推察される。訴訟損失引当金繰入額が3期続けて数十億円規模で積まれたのは、争いが終わらなかったためである。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/7012/decisions/liquefied-hydrogen-chain-2010/","t":"液化水素サプライチェーンへの集中と、世界初の液化水素運搬船の建造","c":"川崎重工業","y":2010,"col":"#E60013","s":"成熟した受注型事業の外側に収益源を求め、極低温の運搬技術を市場未成立の液化水素へ振り向けて船・基地・タービンを一貫して自社で担う判断","x":"2010 川崎重工業 「すいそふろんてぃあ」建造 液化水素サプライチェーンへの集中と、世界初の液化水素運搬船の建造 自社で通す範囲は受入基地まで。その起点となる船が「すいそふろんてぃあ」である。液化水素を運ぶ船としては世界で初めてとなる。液化水素サプライチェーン構想を打ち出したのは2010年 成熟した受注型事業の外側に収益源を求め、極低温の運搬技術を市場未成立の液化水素へ振り向けて船・基地・タービンを一貫して自社で担う判断 需要を待つ会社が、需要をつくろうとした 買い手も価格も決まっていない燃料の運搬船を、市場が生まれる前に造り始めた点に、この会社の選択がよく表れている。液化天然ガスの利用が始まった1970年代には海外の技術を導入する側に回り、規格もライセンスも他者が握った。橋本康彦社長が国際海事機関の基準づくりを自社船で押さえにいったのは、その順序を入れ替えるためであった。発注を待って造ってきた会社が、需要そのものを自分で立ち上げようとした試みだと推察される。 技術・r&d起点の勝負 選択と集中 プラットフォーム・標準化 大型設備投資 オセアニア"},{"k":"decision","u":"/tse/7203/decisions/recall-crisis-2010/","t":"市場処置費用の見積り方まで変えた品質保証体制の組み替え","c":"トヨタ自動車","y":2010,"col":"#EB0A1E","s":"北米でのリコールが続くなか、社長を委員長とするグローバル品質特別委員会を設置して品質保証と情報開示の体制を組み替え、市場処置費用の見積りを製品販売時点での包括的…","x":"2010 トヨタ自動車 米国リコール危機対応 市場処置費用の見積り方まで変えた品質保証体制の組み替え 2010年2月に米下院公聴会で証言し、3月にグローバル品質特別委員会の初会合を開催した。市場処置費用を製品販売時点で包括的に見積もる方法へ改め、繰入額は105,698百万円増えた 北米でのリコールが続くなか、社長を委員長とするグローバル品質特別委員会を設置して品質保証と情報開示の体制を組み替え、市場処置費用の見積りを製品販売時点での包括的な見積りへ切り替えた判断 危機を仕組みに変える この対応の芯は、謝罪でも委員会の設置でもなく、リコール費用の見積り方を変えたところにある。それまで市場処置の費用は、処置が決まるたびに個別に引き当てるものだった。2010年3月期の第4四半期から、過去の発生状況を基礎に製品を売った時点で包括的に見積もる方法を併用したことで、繰入額は一度に105,698百万円増えた。これは、市場処置を「起きてから数える例外」から「売った台数だけ確実に生じる原価」へ置き直す会計上の宣言に等しい。品質のガバナンスを組織図で語る前に、費用を認識する時点を販売時点まで引き上げた——そこにこの対応のいちばん硬い部分があったのだろう。 機関設計・取締役会改革 外的危機への対応 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7832/decisions/ip-axis-strategy-2010/","t":"作品の権利そのものを事業の軸に据える経営方針への切り替え","c":"バンダイナムコHD","y":2010,"col":"#E60000","s":"統合効果が不発に終わり赤字へ転落したバンダイナムコが、一つのIPを玩具・ゲーム・映像へ横断展開する「IP軸戦略」へ経営を組み替え、担当役員制と戦略会議で立て直し…","x":"2010 バンダイナムコhd ip軸戦略への転換 作品の権利そのものを事業の軸に据える経営方針への切り替え 2010年4月にバンダイナムコがip軸戦略を掲げた。石川祝男社長のもとで一つのipを玩具・ゲーム・映像・ライブへ横断展開し、担当役員を任命した 統合効果が不発に終わり赤字へ転落したバンダイナムコが、一つのipを玩具・ゲーム・映像へ横断展開する「ip軸戦略」へ経営を組み替え、担当役員制と戦略会議で立て直しを図った戦略転換 ipを共通言語に部門をつなぎ直す ip軸戦略の要点は、新しい事業を足すことよりも、すでに持っていた玩具・ゲーム・映像を一つのキャラクターの下で編み直したところにあったといえる。統合が生んだ縦割りは、二つの会社を並べたことの副作用であった。石川祝男社長が担当役員制と戦略会議で試みたのは、組織を再編するより先に、ipという共通言語で部門をつなぎ替えることであったと思われる。ドラゴンボールの復活は、その仕組みが具体的な数字に転じた象徴的な事例といえる。 収益モデル転換 ブランド・マーケティング 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/7843/decisions/mbo-going-private-2010/","t":"1株当たり純資産を大きく下回る株価のもとでの株式公開買付けと、ジャスダック上場の廃止","c":"幻冬舎","y":2010,"col":"#333333","s":"増収・無借金でありながら株価が1株当たり純資産の半値以下に沈んでいたこと、電子書籍による出版流通の変化を見越した事業の再構築を、市場の評価から離れた場所で進めよ…","x":"2010 幻冬舎 tkhdによるmbo非公開化 1株当たり純資産を大きく下回る株価のもとでの株式公開買付けと、ジャスダック上場の廃止 2010年10月に幻冬舎がmboで非公開化へ動いた。見城徹社長が代表を務めるtkホールディングスが公開買付けを実施し、2011年3月に大阪証券取引所(ジャスダック市場)の上場を廃止した 増収・無借金でありながら株価が1株当たり純資産の半値以下に沈んでいたこと、電子書籍による出版流通の変化を見越した事業の再構築を、市場の評価から離れた場所で進めようとした資本政策 値を付けたのは誰か 非公開化の是非は、結局のところ株価と純資産の開きをどう読むかに帰する。連結の1株当たり純資産額358,101円48銭に対し、第17期の株価は最高でも168,000円だった。市場の評価は実態に合わないという理由で降りるのであれば、降りる価格の出発点もその市場価格に置くほかない。編集者の目利きを貸借対照表に載らない資産と考えるなら、それを織り込まない株価を買い取りの基準に使うことは、自らの主張と噛み合わない。値付けの循環が、この判断の芯に残っている。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/7951/decisions/living-divestiture-2010/","t":"住宅設備事業のカーブアウトと音・音楽への集中","c":"ヤマハ","y":2010,"col":"#895ebd","s":"新設住宅着工数の減少で事業環境が悪化した住宅設備子会社の持分85.1％を投資ファンドへ譲渡し、経営資源を楽器・音楽・音響へ集中させた事業分離","x":"2010 ヤマハ リビング事業の譲渡 住宅設備事業のカーブアウトと音・音楽への集中 2010年3月にヤマハがリビング事業を譲渡。子会社ヤマハリビングテックの議決権85.1%にあたる株式を日本産業パートナーズ側へ渡した 新設住宅着工数の減少で事業環境が悪化した住宅設備子会社の持分85.1%を投資ファンドへ譲渡し、経営資源を楽器・音楽・音響へ集中させた事業分離 売却損を伴う譲渡が、事業領域を確定させた この譲渡の目的は資金の回収ではなく、事業ポートフォリオの境界を確定させることにあったとみられる。受け取った対価は1,276百万円で、これに対し関係会社株式売却損2,159百万円を特別損失へ計上している。対価より移転損失のほうが大きく、譲渡そのものは連結の損益を押し下げた。譲渡の翌月に始まる中期経営計画「yamaha management plan 125」は事業領域を再定義し、楽器・音楽・音響をコア事業と定めている。住宅設備は、その定義の外側に置かれた最初の事業だった。同じ年度にマグネシウム成形部品事業からも撤退しており、選択と集中は1事業の処分にとどまっていない。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/okafuji-reform-2010/","t":"非資源No.1・商社三冠を掲げた、資源依存からの収益構造の組み替え","c":"伊藤忠商事","y":2010,"col":"#19479B","s":"「万年4位」の総合商社を、資源に頼らない非資源の強みで収益を上げる体質へ転換した岡藤正広氏の経営改革。「稼ぐ・削る・防ぐ」で無駄を削り、非資源No.1を掲げて優…","x":"2010 伊藤忠商事 か・け・ふ改革 非資源no.1・商社三冠を掲げた、資源依存からの収益構造の組み替え 2010年4月に岡藤正広氏が伊藤忠商事の社長へ就任。稼ぐ・削る・防ぐを合言葉に、粗利益2位で純利益4位という万年4位の体質にメスを入れた 「万年4位」の総合商社を、資源に頼らない非資源の強みで収益を上げる体質へ転換した岡藤正広氏の経営改革。「稼ぐ・削る・防ぐ」で無駄を削り、非資源no.1を掲げて優位に立つ習慣をつけ、2012年3月期に4位を脱して商社三冠へ至った 負けにくい体質を先に整え、勝ち癖を積む この経営改革の核心は、財務の危機に追われての緊縮ではなく、稼ぐ力の中身を組み替えた点にある。伊藤忠の弱さは粗利の乏しさではなく、稼いだ粗利を経費が食いつぶすところにあった。岡藤氏はそこを\"削る・防ぐ\"で締め直し、そのうえで\"非資源no.1\"という手の届く目標から入った。大きな旗を最初に掲げるのではなく、取りやすい一番を積み重ねて優位に立つ習慣をつける。順位を上げる前に、競争優位を確立することに慣れた組織へ作り替える段取りが、この改革を貫いていた。 経営再建・ターンアラウンド 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/8050/decisions/governance-crisis-2010/","t":"取締役会による創業家出身・服部真二氏の社長登板","c":"セイコーグループ","y":2010,"col":"#0048A8","s":"金融危機後の2期連続の当期純損失と7年ぶりの無配のもと、取締役会がコーポレートガバナンスの問題と業績不振を理由に現職の会長兼社長を解任し、創業家出身の副社長を社…","x":"2010 セイコーグループ 村野晃一氏の解任と服部真二氏への継承 取締役会による創業家出身・服部真二氏の社長登板 2010年4月に村野晃一会長兼社長を解任。取締役会がコーポレートガバナンスの問題と業績不振を理由に、創業家出身の服部真二副社長を社長へ昇格させた 金融危機後の2期連続の当期純損失と7年ぶりの無配のもと、取締役会がコーポレートガバナンスの問題と業績不振を理由に現職の会長兼社長を解任し、創業家出身の副社長を社長へ昇格させて、統治と内部統制の再構築へ踏み切った経営体制の転換 機関の統治と、なお残る創業家の影 この交代の眼目は、創業家出身者が社長へ戻ったことよりも、それを決めたのが取締役会の決議だったという点にあると思われる。解任の理由に並べたのは「コーポレートガバナンスの問題」と「業績不振」の二つで、前者が先に置かれている。2期連続の当期純損失と7年ぶりの無配という数字は交代の引き金ではあったが、新体制が最初に掲げたのは収益計画ではなく、経営戦略会議と経営協議会の常設、社内委員会の拡充、外部通報窓口の新設という、意思決定と牽制の仕組みだった。数字より先に統治の仕組みを直すという順序が、この判断の性格をよく示している。 トップ交代・承継 創業家・同族 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/8053/decisions/jcom-tob-2010/","t":"公開買付けで議決権を40.1％へ高め筆頭株主を守った判断","c":"住友商事","y":2010,"col":"#6ab2b5","s":"15年育てたJ:COMへKDDIが議決権30.9％で参入したのに対し、間接保有を解いて直接保有へ移行したうえで公開買付けを実施し、議決権を40.1％へ高めて筆頭…","x":"2010 住友商事 ジュピターテレコムの争奪 公開買付けで議決権を40.1%へ高め筆頭株主を守った判断 2010年4月にジュピターテレコム株の公開買付けが成立。kddiの資本参加を受けて議決権を27.5%から40.1%へ高め、15年育てたケーブルテレビ最大手の筆頭株主となった 15年育てたj:comへkddiが議決権30.9%で参入したのに対し、間接保有を解いて直接保有へ移行したうえで公開買付けを実施し、議決権を40.1%へ高めて筆頭株主の座を守った判断 争って組んだ相手と、非資源の柱 この一手は、株式を買い増した話というより、持分の持ち方を組み替えた話として読むほうが実態に近い。住商はj:com株の大半を、lgiと経済的持分を41.3%対58.7%で分け合う持株会社の内側に置いていた。その持株会社を2010年2月に解いて自ら直接持つ形へ移し、そのうえで公開買付けに動いている。相手が去り、代わりに通信会社が入ってくる局面で、間接保有のまま眺めていれば発言力は低下する。持株会社を解いてから買い増したところに、育てた事業の担い手であり続けようとする意思が表れていると思われる。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8251/decisions/dbj-cb-dilution-2010/","t":"森トラストの増資提案の見送りと、150億円の資金調達先の選び直し","c":"パルコ","y":2010,"col":"#CB0000","s":"筆頭株主から持ち株比率49％までの増資を提案されたパルコが、経営の独立性を理由にこれを決議せず、政府系金融機関へ新株予約権付社債を発行して潜在的な希薄化余地を確…","x":"2010 パルコ 日本政策投資銀行へcb発行 森トラストの増資提案の見送りと、150億円の資金調達先の選び直し 2010年8月に日本政策投資銀行と資本業務提携。約150億円の新株予約権を割り当て、森トラストの49%出資案には応じず 筆頭株主から持ち株比率49%までの増資を提案されたパルコが、経営の独立性を理由にこれを決議せず、政府系金融機関へ新株予約権付社債を発行して潜在的な希薄化余地を確保した資本政策 独立を守る手段が招いたもの パルコが退けたのは敵対的な買い手ではなく、2001年の社債借り換え難を助けて株主となった相手であった。その筆頭株主に事前の説明をせず、翌月に政投銀へ150億円の新株予約権付社債を出し、全額転換なら18.7%という潜在的な希薄化余地を作っている。独立を守るために選んだ手段そのものが、支配権を失う道筋を開いたと思われる。 資金調達・財務戦略 アクティビスト・株主提案対応 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8304/decisions/shinsei-aozora-2010/","t":"同業大手との統合による規模拡大構想と、その白紙撤回","c":"あおぞら銀行","y":2010,"col":"#00a0e9","s":"合併後の経営方針・事業モデル（小口金融重視の新生と地銀連携の法人営業を志向するあおぞら）で折り合えず、対等合併の前提が崩れて合併契約を解消","x":"2010 あおぞら銀行 新生銀行との合併破談 同業大手との統合による規模拡大構想と、その白紙撤回 2009年7月に新生銀行との合併で合意。長期信用銀行を前身とする2行は総資産18兆円の準メガバンク構想を2010年5月に断念 合併後の経営方針・事業モデル(小口金融重視の新生と地銀連携の法人営業を志向するあおぞら)で折り合えず、対等合併の前提が崩れて合併契約を解消 出自の近さと、合意形成という土台 新生・あおぞら統合の破談は、出自が近い者どうしの統合が、必ずしも一つになりやすいとは限らないことを示している。ともに長期信用銀行を前身とし、公的資金を抱えるという共通点は、当初は合併を後押しする要因とみなされた。しかし、いざ統合の中身を詰める段になると、消費者金融を軸とする新生銀行と、地銀連携の法人営業を志向するあおぞら銀行とでは、目指す銀行像そのものが異なっていた。対等合併という建前は、どちらの路線を選ぶのかという最も重い問いを先送りにしやすく、結局は合併比率や条件以前に、合併後の事業モデルで折り合えなかったことが決裂を招いたとみられる。 合併・経営統合 破談・撤回"},{"k":"decision","u":"/tse/8306/decisions/mumss-jv-2010/","t":"国内証券を共同出資の2社体制とし、議決権と経済的持分を別々に設計した統合","c":"三菱UFJフィナンシャル・グループ","y":2010,"col":"#c8102e","s":"危機のさなかに結んだモルガン・スタンレーとの資本提携を、国内証券事業の統合という日々の事業へつなぎ替え、議決権と経済的持分を区分した2社体制で共同出資会社を発足…","x":"2010 三菱ufjフィナンシャル・グループ モルガン・スタンレーと証券合弁 国内証券を共同出資の2社体制とし、議決権と経済的持分を別々に設計した統合 2010年5月にモルガン・スタンレーと日本の証券業務を統合し、共同出資会社2社を発足させた。三菱ufjモルガン・スタンレー証券は議決権の60%、モルガン・スタンレーmufg証券は49%を保有し、経済的出資持分は両社とも60対40にそろえた 危機のさなかに結んだモルガン・スタンレーとの資本提携を、国内証券事業の統合という日々の事業へつなぎ替え、議決権と経済的持分を区分した2社体制で共同出資会社を発足させた判断 議決権を区分し、持分をそろえる この判断の芯は、支配と分配を切り離したところにある。三菱ufjモルガン・スタンレー証券の議決権は三菱ufj側が60%、モルガン・スタンレーmufg証券の議決権はモルガン・スタンレー側が51%。それぞれが自社側の会社の舵を握りながら、任意組合への現物出資を挟むことで、2社の経済的出資持分はどちらも60対40にそろえた。国内の顧客基盤を持つ側が主導する会社と、世界の商品供給力を持つ側が主導する会社を並べ、稼ぎだけは同じ比率で分ける——対等な提携と、指揮系統の明確さを同時に立てるための設計だと考えてよい。 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8564/decisions/corporate-reorganization-2010/","t":"会社更生法の適用申請と、主力だった消費者金融事業の切り出し","c":"武富士","y":2010,"col":"#31328A","s":"過去に受け取った利息の返還という遡及債務が返済可能額を超え、資産売却による延命では解決しないと判断して法的整理を選んだ","x":"2010 武富士 消費者金融事業のjトラスト譲渡 会社更生法の適用申請と、主力だった消費者金融事業の切り出し 2010年9月に武富士が会社更生法の適用を申請。負債総額は4336億円にのぼり、発行していた926億円の社債が債務不履行となった 過去に受け取った利息の返還という遡及債務が返済可能額を超え、資産売却による延命では解決しないと判断して法的整理を選んだ 黒字での申請をどう読むか 当期純利益46億円、営業キャッシュフロー1090億円の入超という直前期の数字を見れば、この会社はまだ動いていた。それでも法的整理へ進んだのは、過払い利息の返還が将来の減益ではなく過去の取り消しであり、100万人から200万人・1兆円から2兆円という見積もりが、稼ぐ力とは別の桁にあったからと思われる。本社ビルもローン債権もまだ売れたが、売って作った現金は返還原資として消え、翌年また同じ問いが来る。延命の各段階で資産を減らすほど、最後に配れる額は小さくなる。早く畳むことが債権者にとって不利とは限らない構造にあった。 経営破綻・法的整理 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/8750/decisions/demutualization-listing-2010/","t":"108年続いた相互会社の解体と、株式会社への組織変更","c":"第一ライフグループ","y":2010,"col":"#f08300","s":"108年続いた相互会社形態を解いて株式会社へ転換し東証一部に上場、加入者主権から株主主権へ会社の性格を改め、資本市場から成長資金を直接引く道を得た経営判断","x":"2010 第一ライフグループ 東証一部へ上場 108年続いた相互会社の解体と、株式会社への組織変更 2010年4月に株式会社へ組織変更して東京証券取引所市場第一部に上場。1902年の設立から108年続いた相互会社を解き、発行済株式総数1,000万株・資本金2,102億円の株式会社として発足した 108年続いた相互会社形態を解いて株式会社へ転換し東証一部に上場、加入者主権から株主主権へ会社の性格を改め、資本市場から成長資金を直接引く道を得た経営判断 加入者の会社から、株主の会社へ この判断の核心は、資金を集めたことより、会社の主役を入れ替えたことにある。上場は新株の払込みを伴わず、純資産の部の組替えで基金4,200億円が資本金と資本準備金の各2,102億円に置き換わっただけである。会社の手元に新しい現金が入ったわけではない。変わったのは、構成員として持分を持っていた保険契約者が1,371,035人の株主になり、剰余を社員配当として返す関係が、株主へ配当する関係に替わったことだ。108年守ってきた加入者主権の原理を、みずから解いて株主主権へ差し替えた点に、この決断の重さがある。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9110/decisions/nsu-merger-2010/","t":"郵船系と新日鉄系の2社の統合による、NSユナイテッド海運の発足","c":"NSユナイテッド海運","y":2010,"col":"#003F87","s":"金融危機後の船腹過剰と新造船の大量竣工を前に、同じ荷主を持つ中堅二社を一社に水平統合して船隊規模と財務基盤を確保した合併","x":"2010 nsユナイテッド海運 新和海運と日鉄海運が合併 郵船系と新日鉄系の2社の統合による、nsユナイテッド海運の発足 2010年5月に新和海運と日鉄海運が合併契約。同年10月1日に新和海運を存続会社として日鉄海運を吸収合併し、nsユナイテッド海運が発足した 金融危機後の船腹過剰と新造船の大量竣工を前に、同じ荷主を持つ中堅二社を一社に水平統合して船隊規模と財務基盤を確保した合併 対等の精神と、動いた資本の系列 この合併で目を引くのは、「対等の精神」という言葉と、実際に動いた資本構成との距離である。社名は日鉄海運の頭文字を先に置き、社長は日鉄海運から出て、新日本製鉄の議決権比率は15.04%から34.06%へ上がった。一方で存続会社は新和海運であり、上場もその株式が引き継いだ。どちらが吸収したのかを一言で言い切りにくい構成になっており、事業の対等と資本の非対等が同居した合併であったと推察される。1964年の海運集約以来、株主名簿の筆頭に座り続けた日本郵船が18.77%の第2位へ退いた点では、系列の入れ替わりでもあった。 合併・経営統合 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/9201/decisions/inamori-turnaround-2010/","t":"会社更生法下での稲盛和夫氏の招聘と、フィロソフィによる意識改革","c":"日本航空","y":2010,"col":"#CC0033","s":"2兆円超の負債を抱えた経営破綻を契機に、更生計画下のリストラと意識改革を同時に進め、半官半民時代から続く高コスト体質を転換した再建","x":"2010 日本航空 アメーバ経営で再建 会社更生法下での稲盛和夫氏の招聘と、フィロソフィによる意識改革 2010年1月に会社更生法の適用を申請。負債総額2兆3,200億円の破綻を受け、稲盛和夫氏が2月に無報酬の会長へ就任した 2兆円超の負債を抱えた経営破綻を契機に、更生計画下のリストラと意識改革を同時に進め、半官半民時代から続く高コスト体質を転換した再建 国策会社の繁栄とは別の論理 この再建が示したのは、売上の大きさではなく、稼ぐ構造を持てるかどうかが会社の生死を分けるという事実であったと推察される。半官半民時代の\"世界一\"は競争ではなく制度設計が与えた繁栄で、庇護を失った後には固定費の重さだけが残った。稲盛氏が持ち込んだアメーバ経営とフィロソフィは、その重さを部門ごとの採算と一人ひとりの意識へと分解し、削る判断を現場が自ら下せるようにした点で効いたといえる。航空の専門家ではなく行動原理を書き換える経営者を選んだ人選が、結果として再建の速さを決めた面がうかがえる。 経営破綻・法的整理 経営再建・ターンアラウンド 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/9202/decisions/ana-international-expansion-2010/","t":"競合の破綻を機とした、国内線中心の収益構造からの転換と路線網の組み替え","c":"ANAホールディングス","y":2010,"col":"#0B308E","s":"国内線の成長が頭打ちとなるなか、JAL破綻とオープンスカイを機に国際線を主力事業へ据え、欧米大手との共同事業とB787で内需に依存した事業構造を転換した判断","x":"2010 anaホールディングス jal破綻機に国際線拡大 競合の破綻を機とした、国内線中心の収益構造からの転換と路線網の組み替え 2010年1月のjal破綻を機に国際線を拡大。伊東信一郎社長が撤退路線と羽田の国際化を取り込み、米ユナイテッド航空と共同事業を組んだ 国内線の成長が頭打ちとなるなか、jal破綻とオープンスカイを機に国際線を主力事業へ据え、欧米大手との共同事業とb787で内需に依存した事業構造を転換した判断 後発の賭けが残したもの この判断の中心にあるのは、国内線という安定した本業だけでは成長の絵が描けないという、後発航空会社の事情であった。長く国際線で不利な立場に置かれてきたanaは、jalの破綻と日米オープンスカイという外部の変化を、自前では届かない路線をアライアンスと共同事業で補いながら国際線を伸ばす機会に変えた。b787で中規模都市に長距離便を通した工夫も含め、限られた発着枠のなかで打てる手を積み上げた選択であっただろう。 グローバル経営体制 祖業・主力事業の転換 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/9418/decisions/intelligence-sale-2010/","t":"米KKR系ファンドへの売却で区切りをつけた連続子会社譲渡","c":"U-NEXT HOLDINGS","y":2010,"col":"#00BFD3","s":"銀行団との財務制限条項を抱えるなかで、収益源であった人材事業を売却して有利子負債を圧縮し、音楽放送事業へ資源を集中した判断","x":"2010 u-next holdings インテリジェンスの譲渡 米kkr系ファンドへの売却で区切りをつけた連続子会社譲渡 2010年6月にインテリジェンスの譲渡を決議。usenが連結子会社の全株式をkohlberg kravis robertsの関連ファンドへ譲り渡した 銀行団との財務制限条項を抱えるなかで、収益源であった人材事業を売却して有利子負債を圧縮し、音楽放送事業へ資源を集中した判断 値のつく順に売却すれば、最後に何が残るか この売却には、事業を選び取った形跡があまり見当たらない。買い手がつき、まとまった額で売れる資産から順に現金へ換えていけば、残るのは値のつかないものになる。2010年のusenで最後まで買い手が現れなかったのが、動画配信のu-nextであった。 事業売却・撤退 経営再建・ターンアラウンド 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9433/decisions/jcom-stake-2010/","t":"自社網の積み増しから327万世帯の顧客基盤の持分取得への転換","c":"KDDI","y":2010,"col":"#E95721","s":"固定通信と映像の世帯基盤を自社網の積み増しで賄う道を採らず、LGIグループが持つ中間持株会社3社の持分を3,616億円で取得して、327万世帯を抱えるJ:COM…","x":"2010 kddi ジュピターテレコムへの資本参加 自社網の積み増しから327万世帯の顧客基盤の持分取得への転換 2010年1月にジュピターテレコムへの資本参加を決め、2月に中間持株会社3社の持分を3,616億円で取得した。327万世帯を抱える国内最大手を議決権30.9%の持分法適用関連会社とした 固定通信と映像の世帯基盤を自社網の積み増しで賄う道を採らず、lgiグループが持つ中間持株会社3社の持分を3,616億円で取得して、327万世帯を抱えるj:comを議決権30.9%の持分法適用関連会社とした投資 三割の持分で買った時間 この投資が買ったのは、ケーブルの設備でも回線でもなく、327万世帯という到達済みの世帯数そのものだったと思われる。自社網で同じ数の世帯へ届かせようとすれば、幹線の敷設と宅内の工事、そして営業に何年もかかる。3,616億円は、その年数を金額に置き換えた値付けだった。しかも取得の対象はj:com株ではなく米国llc3社の持分で、リバティ・グローバルが日本から退く出口の形に合わせ、llcごと引き受ける買い方をしている。売り手の事情に寄せたからこそ、3割という塊を一度に取れたのだろう。 資本提携・政策保有 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9684/decisions/ff14-reboot-2010/","t":"サービス崩壊を認め、吉田直樹氏を起用した\"","c":"スクウェア・エニックス・ホールディングス","y":2010,"col":"#E20A16","s":"サービス開始直後に利用者が離反した\"FF14\"の失敗を和田洋一社長が公式に認め、吉田直樹氏を起用してゲームを全面的に再開発した経営判断","x":"2010 スクウェア・エニックス・ホールディングス \"ff14\"の全面再開発 サービス崩壊を認め、吉田直樹氏を起用した\" 2010年12月にファイナルファンタジーxivの全面刷新を発表。和田洋一社長が公式に謝罪し吉田直樹をプロデューサー兼ディレクターへ据えた サービス開始直後に利用者が離反した\"ff14\"の失敗を和田洋一社長が公式に認め、吉田直樹氏を起用してゲームを全面的に再開発した経営判断 延命ではなく再開発するという賭け この判断の核心は、稼働中のオンラインサービスを止めずに延命させながら、裏側でまったく別のゲームを作るという二正面作戦を選んだ点にある。パッチを重ねて改善する道の方が短期的には穏当だったはずだが、吉田氏はそれでは\"ファイナルファンタジー\"の名に見合う水準に届かないと判断した。ブランドの信用を守るために、目先の効率を犠牲にする選択であったと思われる。 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/2229/decisions/carlyle-pepsico-capital-2009/","t":"外部資本を迎え入れた業務提携と、東証一部への上場","c":"カルビー","y":2009,"col":"#EB0100","s":"少子化で国内スナック市場が成熟するなか、創業家中心のオーナー経営に外部資本と外部経営者を迎え、収益体質の改革と上場によって成長基盤を組み替えた資本政策","x":"2009 カルビー カーライル・ペプシコとの資本提携 外部資本を迎え入れた業務提携と、東証一部への上場 2009年6月に米ペプシコと資本業務提携。ペプシコがカルビー株の約20%を取得し、カルビーは日本法人ジャパンフリトレーを完全子会社に 少子化で国内スナック市場が成熟するなか、創業家中心のオーナー経営に外部資本と外部経営者を迎え、収益体質の改革と上場によって成長基盤を組み替えた資本政策 オーナーの強さと、公開会社の規律 この判断の核心は、強い商品力を持ちながら利益に結びつけられずにいたオーナー企業が、外部の資本と経営者を受け入れて自らの構造を組み替えた点にある。創業家が握る資本と経営を公開会社の規律に開くことは、これまで社内で完結していた意思決定に、株主とプロ経営者という外の視線を通す試みでもあった。営業利益率1.4%という数字が示していたのは、商品の弱さではなく、稼ぐ仕組みの不在であり、そこに手を入れるために外部の力を呼び込んだ選択には一定の合理性がうかがえる。好調な商品群を抱えたまま、あえて創業家の手を離れる道を選んだところに、この決断の踏み込みがあった。 資本提携・政策保有 上場・ipo・市場変更 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/2270/decisions/milk-community-merger-2009/","t":"分かれていた乳業二社を一つにした雪印メグミルクの発足","c":"雪印メグミルク","y":2009,"col":"#0075C2","s":"市乳と乳製品をひとつの企業グループに戻し、縮小する国内の乳資源に対する調達力と商品開発力を合わせることで、総合乳業メーカーとしての立ち位置を取り戻す統合","x":"2009 雪印メグミルク 日本ミルクコミュニティと統合 分かれていた乳業二社を一つにした雪印メグミルクの発足 2009年1月に日本ミルクコミュニティと統合。雪印乳業が10月1日に共同持株会社の雪印メグミルクを設け、東証一部と札証へ上場した 市乳と乳製品をひとつの企業グループに戻し、縮小する国内の乳資源に対する調達力と商品開発力を合わせることで、総合乳業メーカーとしての立ち位置を取り戻す統合 0.2株という値段 統合の条件を見ると、雪印乳業の株主は1株につき持株会社の0.2株を受け取り、日本ミルクコミュニティの株主は1株につき0.48株を受け取った。株数の建て方が違うため単純な優劣は読み取れないが、再建にめどをつけた側と債務超過から抜けたばかりの側が、対等に近い形で一つの持株会社を設立した点は残る。市乳を手放すときに助けを求めた相手と、7年後には比率を交渉して同じ傘に入った。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/2432/decisions/kaito-royale-2009/","t":"広告収入に依存するモデルからアイテム課金へと収益源を移す転換","c":"DeNA","y":2009,"col":"#79C7C9","s":"無料の集客と広告・アバター販売に依存したモバゲータウンの収益を、内製ソーシャルゲーム「怪盗ロワイヤル」のアイテム課金とゲーム内専用仮想通貨による決済を軸とするモ…","x":"2009 dena 怪盗ロワイヤルの課金転換 広告収入に依存するモデルからアイテム課金へと収益源を移す転換 2009年10月にモバゲータウンで内製ソーシャルゲームの正式サービスを開始。守安功cooのもとでアイテム課金へ収益の軸を移行し、連結売上高は2年で37,607百万円から112,728百万円へ伸びた 無料の集客と広告・アバター販売に依存したモバゲータウンの収益を、内製ソーシャルゲーム「怪盗ロワイヤル」のアイテム課金とゲーム内専用仮想通貨による決済を軸とするモデルへ切り替え、連結売上高を2009年3月期の37,607百万円から2011年3月期の112,728百万円へ伸ばした収益モデルの転換 広告メディアから課金プラットフォームへ この転換の核心は、単一タイトルの商業的な成功よりも、収益を生む仕組みそのものを作り替えた点にある。無料で会員を集めて広告とアバターを売るモデルは、会員が増えても一人あたりの売上が伸びにくく、広告市場の変動に収益が縛られる。怪盗ロワイヤルで確立したのは、利用者同士の競争と協力を課金の動機へ変える設計と、外部の決済に頼らずゲーム内専用仮想通貨で売上を回収する体制であった。集客と課金と決済を一つに統合したこの仕組みは、2010年1月のプラットフォーム開放によって、他社の作ったゲームの売上までも自社の収益へ流し込むまでに広がった。 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/2730/decisions/single-company-integration-2009/","t":"事業会社を東西2社へ集約後に持株会社が吸収合併、純粋持株会社体制から単一運営体制への移行","c":"エディオン","y":2009,"col":"#284DB4","s":"他社を招き入れる受け皿として敷いた分権的な連邦制が間接部門の重複で高コスト体質を招いたため、事業会社を東西2社へ集約したうえで持株会社が吸収合併し、単一運営体制…","x":"2009 エディオン デオデオがミドリ電化吸収合併 事業会社を東西2社へ集約後に持株会社が吸収合併、純粋持株会社体制から単一運営体制への移行 2009年10月にデオデオがミドリ電化吸収合併。連邦制をあらためエディオンwestとeastに統合し翌年には持株会社が両社を吸収 他社を招き入れる受け皿として敷いた分権的な連邦制が間接部門の重複で高コスト体質を招いたため、事業会社を東西2社へ集約したうえで持株会社が吸収合併し、単一運営体制へ移行した組織再編 招く相手のいない連邦制を畳む この一社化を、単なる組織のスリム化という言葉に収めると、判断の芯を取り逃す。分権的な連邦制は、そもそも地方の有力店を対等の立場で迎え入れるための売りとして設計されていた。ところがギガスもビックカメラも去り、招くべき相手が現れないまま、間接部門の重複だけが2006年3月期に販管費比率21%という費用となって残った。久保允誉社長が踏み切ったのは、他社を迎える受け皿として保ってきた分権体制を、迎える相手がいないと見極めたうえで自ら畳む作業であったとみられる。 持株会社化・グループ再編 リストラ・構造改革 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/3064/decisions/grainger-majority-2009/","t":"自己株式取得と公開買付を通じた、住友商事の傘からの離脱","c":"MonotaRO","y":2009,"col":"#D51B28","s":"大株主の一方が投資方針を変えて全株売却へ動いたことを受け、自己株式取得・消却と公開買付を組み合わせて株価の混乱を避けつつ支配株主を入れ替えた資本政策","x":"2009 monotaro 親会社が米graingerに交代 自己株式取得と公開買付を通じた、住友商事の傘からの離脱 2009年6月に親会社が米graingerに交代。住友商事の全売却に応じ、1株875円で自己株1,828,000株を15億9,900万円で取得 大株主の一方が投資方針を変えて全株売却へ動いたことを受け、自己株式取得・消却と公開買付を組み合わせて株価の混乱を避けつつ支配株主を入れ替えた資本政策 誰が持つかより、誰が決めるか この資本異動が普通の外資による子会社化と違うのは、買い手が市場で買い集める前に、会社自身が売り手の株を引き取って消したところにあるだろう。株価の混乱を避け、残る株主の1株当たりの価値を高めながら、米側の持分を38%から48%へ自動的に押し上げる——3つの効果が同じ一手に載っていた。そのうえで公開買付は5%分にとどめ、過半数をわずかに超える52.85%で止めている。支配は確保するが、上場と少数株主は残す。設計の抑制のなかに、事業をそのまま走らせたいという意図がうかがえる。 外資傘下入り・対内m&a 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3465/decisions/hanamaru-house-2009/","t":"世帯収入300万〜500万円台の一次取得層に向けた規格型注文住宅への品揃え拡張","c":"ケイアイスター不動産","y":2009,"col":"#F03333","s":"金融危機後に住宅着工が45年ぶりの低水準へ減少するなか、大手ハウスメーカーが手薄な低価格帯に顧客の帯を定め、価格から逆算した規格型注文住宅を投入して分譲住宅偏重…","x":"2009 ケイアイスター不動産 「はなまるハウス」投入 世帯収入300万〜500万円台の一次取得層に向けた規格型注文住宅への品揃え拡張 2009年8月に規格型住宅はなまるハウスを投入。分譲中心の構成を改め、世帯収入300万から500万円台の若年層を主要顧客に据えた 金融危機後に住宅着工が45年ぶりの低水準へ減少するなか、大手ハウスメーカーが手薄な低価格帯に顧客の帯を定め、価格から逆算した規格型注文住宅を投入して分譲住宅偏重の事業構成を拡充した商品判断 価格から逆算した商品 低価格帯への参入とだけ読むと、この判断の順序を取り違える。ケイアイスター不動産が先に決めたのは商品ではなく客であった。世帯収入300万円から500万円台という帯を定め、そこから逆算して本体870万円という価格を置き、100種類以上の規格プランはその価格を守るための手段として用意された。自由設計の\"ケイアイカーザ\"を別立てにしたのも、価格の異なる客を一つの商品で追わないためだったと思われる。 低価格・コストリーダーシップ プライシング・価格政策 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/3635/decisions/koei-tecmo-integration-2009/","t":"スクウェア・エニックスの買収提案を拒んだ対等な統合の選択","c":"コーエーテクモホールディングス","y":2009,"col":"#DA1A32","s":"開発費高騰による業界再編圧力のなか、内紛で揺れたテクモがスクウェア・エニックスの買収提案を退け、光栄との株式移転による対等統合を選んで共同持株会社を設立した経営…","x":"2009 コーエーテクモホールディングス テクモとの経営統合 スクウェア・エニックスの買収提案を拒んだ対等な統合の選択 2008年11月にテクモとの経営統合で合意。経営危機のテクモがスクウェア・エニックスのtobを退け、2009年4月に共同持株会社が発足 開発費高騰による業界再編圧力のなか、内紛で揺れたテクモがスクウェア・エニックスの買収提案を退け、光栄との株式移転による対等統合を選んで共同持株会社を設立した経営判断 対等で合流するということ この統合の核心は、内紛で揺れたテクモが、資本の大きいスクウェア・エニックスの傘下ではなく、規模の近い光栄との対等合流を選んだ点にあると思われる。強い側が弱い側を買収する形をとれば主導権は明快になるが、テクモはそれよりも\"ブランドの維持発展\"と創業者同士の信頼関係を重んじた。歴史シミュレーションに強い光栄とアクション・格闘に強いテクモという、事業の重なりが薄いipポートフォリオも、対等統合の合理性を支えていたといえる。株式移転比率が光栄1株:新会社1株、テクモ1株:新会社0.9株とわずかな差にとどまったことも、この統合が救済ではなく合流であったことを物語っている。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/3697/decisions/software-testing-pivot-2009/","t":"製造業向けコンサルティングからの撤退を伴う業態転換","c":"SHIFT","y":2009,"col":"#D70228","s":"未開拓のソフトウェアテスト市場を見出し、製造業の工程管理手法と人材標準化を武器に専業へ業態を転換した判断","x":"2009 shift ソフトウェアテスト専業化 製造業向けコンサルティングからの撤退を伴う業態転換 2009年にソフトウェアテスト専業へ転換。製造業向けコンサルで創業したshiftが丹下大社長のもとテスト人材の大量育成へ進んだ 未開拓のソフトウェアテスト市場を見出し、製造業の工程管理手法と人材標準化を武器に専業へ業態を転換した判断 規模より、どんな仕組みで人を供給するか この判断の性格は、競争優位に立てる事業をみずから畳んだ転換というより、主力が定まらないまま社員を減らした4年の末に見つけた一手へ、全社を寄せた点にある。丹下氏自身、ビジネスの型を固めないまま起業し、今の事業にたどり着くまでに5年を費やしたことを自戒として語っている。裏を返せばこの転換は、創業時の構想を実現したものではなく、試行の末に引き当てた答えであった。丹下氏が賭けたのは、ソフトウェアテストという工程そのものより、製造業で当たり前だった標準化を品質保証の世界へ移せるという読みであったのだろう。テストを属人的な職人技のままにせず、検定と研修で誰でも一定の水準に届く標準の能力へ組み替えたことが、大量採用と短期の戦力化を同時に成り立たせたといえる。 祖業・主力事業の転換 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4188/decisions/mitsubishi-rayon-acquisition-2009/","t":"公開買付けと株式交換の二段で2,126億円を投じた、MMAと炭素繊維の取り込み","c":"三菱ケミカルグループ","y":2009,"col":"#FF000E","s":"石化系2セグメントが揃って赤字に沈んだ期の翌年度に、炭素繊維・MMAを持つ三菱レイヨンを2,126億円で取り込み、基幹事業会社を4社体制へ拡大した判断","x":"2009 三菱ケミカルグループ 三菱レイヨンの子会社化 公開買付けと株式交換の二段で2,126億円を投じた、mmaと炭素繊維の取り込み 2009年11月に三菱レイヨンとの経営統合に基本合意。2010年3月30日に公開買付けで議決権78.1%を取得し、同年10月の株式交換で完全子会社とした 石化系2セグメントが揃って赤字に沈んだ期の翌年度に、炭素繊維・mmaを持つ三菱レイヨンを2,126億円で取り込み、基幹事業会社を4社体制へ拡大した判断 赤字の直後に打った拡大 この買収の芯にあるのは、収益が最も悪化した直後に次の収益源を取りにいった点である。2009年3月期はケミカルズが営業損失555億円、ポリマーズが同129億円で、連結の当期純損失は671億円に達していた。その翌年度に2,126億円を投じ、総資産を一挙に5,527億円押し上げる会社を取り込んでいる。三菱レイヨン自身も2010年3月期は連結で当期純損失50億円、期首に結合したと仮定した通期換算の当期純損益も△6,055百万円で、買った時点では赤字の事業であった。逆風のなかで規模を選んだ判断であったとみられる。 垂直統合・内製化 連続買収・ロールアップ 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/4310/decisions/principal-investment-shift-2009/","t":"投資規律の厳格化と、株式市況に左右されない収益構造への組み替え","c":"ドリームインキュベータ","y":2009,"col":"#009BDA","s":"2期連続の巨額評価損を受け、自己資金による未公開株投資に依存した収益構造を、投資規律の厳格化とファンドの組成・運用によって組み替えた判断","x":"2009 ドリームインキュベータ ファンド組成型への転換 投資規律の厳格化と、株式市況に左右されない収益構造への組み替え 2009年6月にファンド組成型への転換。ドリームインキュベータが第9期の有価証券報告書で株式市場への依存脱却を課題に据え、自己資金投資を畳む 2期連続の巨額評価損を受け、自己資金による未公開株投資に依存した収益構造を、投資規律の厳格化とファンドの組成・運用によって組み替えた判断 相場から降りるということ 2009年3月期に営業投資有価証券を1,416,300千円分売って、手元に残ったキャピタルゲインは9,709千円であった。売るほど値下がりを確定させるだけで、コンサルティングで稼いだ利益は評価損に吸われた。ドリームインキュベータが決めたのは投資をやめることではなく、値上がり益を当てにする稼ぎ方をやめることであった。自己資金の含み益を待つ代わりに、外部の資金を預かる運用と、経営権を取った事業の連結利益へ収益の源を移している。 収益モデル転換 経営再建・ターンアラウンド 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/4506/decisions/sepracor-acquisition-2009/","t":"2,506百万米ドルを投じて獲得した米国市場での自前の販売網","c":"住友ファーマ","y":2009,"col":"#007A4C","s":"有望な新薬ルラシドンを米国で自社販売するため、現地に販売組織を持つ製薬会社を買収して北米の販路と営業基盤を一括で確保する戦略","x":"2009 住友ファーマ 米セプラコールの買収 2,506百万米ドルを投じて獲得した米国市場での自前の販売網 2009年9月に米セプラコールの買収で合意。マサチューセッツ州の製薬会社を1株23ドルの現金tobで完全子会社にし、取得原価は2,506百万米ドル 有望な新薬ルラシドンを米国で自社販売するため、現地に販売組織を持つ製薬会社を買収して北米の販路と営業基盤を一括で確保する戦略 単剤に賭けるという構造 この決断の核にあるのは、有望な新薬を一つ抱えた中堅メーカーが、それを大手の販路に委ねず自ら米国で売り切ろうとした選択である。現地に営業組織を持つ会社ごと買うという判断は、単剤ルラシドンの価値を最大化する道筋としては筋が通っていたのだろう。武田のミレニアム買収や第一三共のランバクシー買収と時期を同じくするこの案件で、同社は上位グループとは異なる、単独品を軸にした賭け方で規模の拡張を選んだ。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4530/decisions/noven-acquisition-2009/","t":"株式公開買付けを通じて進めた米国の医薬品会社の全株取得","c":"久光製薬","y":2009,"col":"#00519F","s":"米国での開発・製造・販売の事業体制を自社構築する時間とコストを避け、経皮吸収技術を持つ現地企業を買収して医療用の拠点とする判断","x":"2009 久光製薬 米ノーベンの完全子会社化 株式公開買付けを通じて進めた米国の医薬品会社の全株取得 2009年7月に米ノーベンの子会社化を契約。フロリダ州の医薬品会社を1株16.50ドルの公開買付けで取得し、取得原価は41,611百万円 米国での開発・製造・販売の事業体制を自社構築する時間とコストを避け、経皮吸収技術を持つ現地企業を買収して医療用の拠点とする判断 構築できなかった22年を買う 1987年4月に米国へ販売子会社を設立してから、この買収まで22年が経っていた。その間に一般用のサロンパスペインリリーフパッチは2008年に米fdaの承認を取っているが、医師に処方される薬を米国で開発し、承認を取り、売る組織は育たなかった。2009年7月14日に示された1株16.50ドル、既取得分を含めて約430百万ドルという値札が付いたのは、薬でも工場でもない。同じ1987年に設立されたノーベン・ファーマシューティカルズが、従業員610名で回していた組織そのものであったと推察される。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4666/decisions/mobility-entry-2009/","t":"レンタカー事業の取り込みによるモビリティ事業への参入","c":"パーク24","y":2009,"col":"#254CA4","s":"車への需要が「保有」から「利用」へ移るとみて、駐車場ネットワークと会員基盤の上に車両と車両管理の体制を買収で補い、レンタカーとカーシェアリングを自社事業に取り込…","x":"2009 パーク24 マツダレンタカー取得 レンタカー事業の取り込みによるモビリティ事業への参入 2009年3月にマツダレンタカー取得。発行済株式71,500株を20億71百万円で取得し、出資比率98.6%のモビリティ事業へ 車への需要が「保有」から「利用」へ移るとみて、駐車場ネットワークと会員基盤の上に車両と車両管理の体制を買収で補い、レンタカーとカーシェアリングを自社事業に取り込んだ 空き区画に載せた事業 この買収で支払われた20億71百万円は、パーク24の当時の年間営業利益106億円と比べても小さい。売上187億円に対して経常利益62百万円という会社の値段としては、それほど不思議な水準でもない。買われたのは利益ではなく、車18,000台と385店と、車を仕入れて整備して売るまでの手順であった。同じものを自前で用意しようとすれば、市場が立ち上がる前の数年を準備に費やすことになる。参入の判断としては、市場の大きさより先に、参入までの時間を短くすることが選ばれている。 隣接領域への展開 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4686/decisions/keyence-capital-alliance-2009/","t":"45億円の払い込みと引き換えに議決権の4割を明け渡す資本提携","c":"ジャストシステム","y":2009,"col":"#FA0000","s":"xfyへの先行投資が回収できないまま4期連続の最終赤字と資金繰り難に陥り、議決権の4割を渡して45億円を確保した","x":"2009 ジャストシステム キーエンスへ第三者割当増資 45億円の払い込みと引き換えに議決権の4割を明け渡す資本提携 2009年4月にキーエンスへ第三者割当増資。約45億円を調達し、キーエンスの持株比率は43.96%で創業者の浮川和宣氏を超えた xfyへの先行投資が回収できないまま4期連続の最終赤字と資金繰り難に陥り、議決権の4割を渡して45億円を確保した 45億円が買ったもの 2009年の45億円は、資金繰りを埋める金額としては足りていた。ただし対価として渡したのは株式の4割と、取締役会の多数派であった。同じ会社が1998年にソニーから受けた出資は約12億円で、持株比率は6.7%にとどまり、独立は保たれた。11年後に同じ条件を引き出せなかったのは、xfyに投じた数年分の開発費が回収されないまま、リーマンショック後の資金環境に行き当たったからであった。危機の深さが、そのまま条件を決めたとみられる。 資本提携・政策保有 救済型m&a・支援受け入れ トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/4751/decisions/gcrest-acquisition-2009/","t":"オンラインゲーム子会社の全株取得による課金事業の取り込み","c":"サイバーエージェント","y":2009,"col":"#82be28","s":"広告代理事業に偏った収益構造にAmebaと課金を接ぎ木するため、6年間59.3％で持ってきたオンラインゲーム子会社ジークレストの残る株式を1,424百万円で取得…","x":"2009 サイバーエージェント ジークレストを完全子会社化 オンラインゲーム子会社の全株取得による課金事業の取り込み 2009年10月に連結子会社ジークレストの株式を追加取得し、完全子会社とした。取得原価は1,424百万円、のれん1,142百万円を10年の定額法で償却し、議決権比率は59.3%から100.0%になった 広告代理事業に偏った収益構造にamebaと課金を接ぎ木するため、6年間59.3%で持ってきたオンラインゲーム子会社ジークレストの残る株式を1,424百万円で取得し、完全子会社とした判断 14億円で買った6年ぶんの助走 取得原価1,424百万円という額は、同じ年に動いた案件としては小さい。だが、この買い物の中身は株式そのものではなく、2003年から6年かけて子会社の内側に溜まっていたオンラインゲームの運営経験だったと思われる。会社が挙げた理由は「課金事業を多元的に強化し、収益を拡大させること」の一点で、シナジーの列挙も統合効果の試算もない。広告代理事業とamebaという二つの柱を持ちながら、ユーザーから直接お金を受け取る技術と組織だけが手薄だった会社が、すでに手元にあった59.3%を100%に詰めただけの取引である。 選択と集中 隣接領域への展開 収益モデル転換 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/4755/decisions/rakuten-securities-suspension-2009/","t":"三年半に三度の行政処分を招いたシステム障害の再発と、子会社の管理体制の立て直し","c":"楽天グループ","y":2009,"col":"#BF0000","s":"取引高の急増に耐えられなかった2005年度の大規模障害で最初の業務改善命令を受け、設備と運用体制を強化したのちも小規模な障害が残って2007年6月に二度目の命令…","x":"2009 楽天グループ 楽天証券への業務停止命令 三年半に三度の行政処分を招いたシステム障害の再発と、子会社の管理体制の立て直し 2009年3月に子会社の楽天証券が金融庁から1か月間の業務停止命令と業務改善命令を受けた。2005年11月と2007年6月の業務改善命令に続く三度目の処分で、いずれもシステム障害が理由である 取引高の急増に耐えられなかった2005年度の大規模障害で最初の業務改善命令を受け、設備と運用体制を強化したのちも小規模な障害が残って2007年6月に二度目の命令を受けた。それでも2008年11月と2009年1月に障害が起き、復旧態勢が不十分であるとして2009年3月24日に業務停止命令と業務改善命令を受けるに至った経緯と、そのつど会社が示した再発防止の中身 深くなっていった指摘 三度の処分を並べると、この件が単発の事故ではなく、同じ原因が形を変えて続いた四年間だったことが見えてくる。一度目は取引高の急増に容量が追いつかなかった障害への処分、二度目は大規模な障害が止まったのちも小規模な障害が残ったことへの処分、三度目は障害そのものよりも復旧態勢の不備を問われた処分である。当局が見る場所は、設備から運用へ、運用から有事の備えへと移っていったのだろう。改めるべき場所が、そのつど一段深いところへ動いた。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5411/decisions/india-jsw-alliance-2009/","t":"インド市場への足がかりとしての、地場鉄鋼会社との包括的な協業","c":"JFEホールディングス","y":2009,"col":"#004DA0","s":"急拡大するインドの鉄鋼需要と国内市場の先細りを前に、有力パートナーを欠いてきたJFEがJSWスチールと包括提携を締結し、高級鋼の技術供与と半製品供給で新興市場に…","x":"2009 jfeホールディングス jswスチールと提携 インド市場への足がかりとしての、地場鉄鋼会社との包括的な協業 2009年12月にjswスチールと提携。インド民間最大手に自動車用高級鋼材の技術を供与し、日本製の半製品を送る分業を組んだ 急拡大するインドの鉄鋼需要と国内市場の先細りを前に、有力パートナーを欠いてきたjfeがjswスチールと包括提携を締結し、高級鋼の技術供与と半製品供給で新興市場に食い込もうとした海外戦略の判断 孤立を身軽さに読み替える jfeの海外戦略は、手持ちの札の少なさから生まれた逆転の発想という性格を帯びていた。新日鉄が各国最大手と株式を持ち合う\"枝の広がり\"を築いたのに対し、jfeは母材を日本から供給して現地の合弁が下工程を担う\"枝の太さ\"で応じた。インドjswとの提携も、自前の高炉を新興国へ建てる重い投資を避け、高級鋼の技術と半製品という自社の強みを梃子に成長市場へ食い込む発想の延長にあったといえる。孤立という弱みを、身軽さという別の理屈に置き換えた判断であった。 海外進出・現地生産 高付加価値化・プレミアム 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/547A/decisions/debt-restructuring-adr-2009/","t":"大手4社で唯一、会社更生も銀行傘下入りも避けた独立系としての再建","c":"ムニノバホールディングス","y":2009,"col":"#333333","s":"会社更生でもメガバンク傘下入りでもなく、上場を保つ私的整理として事業再生ADRを選び、人員と店舗を半分近くまで削って取引金融機関に約2,800億円の返済猶予を求…","x":"2009 ムニノバホールディングス 事業再生adrで存続 大手4社で唯一、会社更生も銀行傘下入りも避けた独立系としての再建 2009年9月に事業再生adrで存続。アイフルがグループで約2,000人を減らし、取引金融機関へ約2,800億円の返済猶予を求めた 会社更生でもメガバンク傘下入りでもなく、上場を保つ私的整理として事業再生adrを選び、人員と店舗を半分近くまで削って取引金融機関に約2,800億円の返済猶予を求めた再建 独立を守るために、身を深く縮めた この判断の芯は、独立を守るために身を深く縮めることを選んだ点にある。会社更生なら債務は軽くなるが、上場と信用は失われる。銀行傘下入りなら資本は厚くなるが、創業家の経営は薄まる。アイフルはそのどちらの果実も取らず、金融機関に返済の猶予を求めて時間を買い、人員と店舗を半分近くまで削って身の丈を市場の縮小に合わせた。過払い金という過去の請求書を、独立したまま自力で払い続ける道を通した。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6473/decisions/timken-needle-bearing-2009/","t":"2期連続赤字のさなかに踏み切った同業からの事業買収","c":"ジェイテクト","y":2009,"col":"#E30602","s":"自動車用軸受で世界首位の技術力・提案力を得るため、最優先課題としていたニードル軸受分野を海外大手の事業ごと取り込んだ買収","x":"2009 ジェイテクト ティムケンのニードル軸受取得 2期連続赤字のさなかに踏み切った同業からの事業買収 2009年7月にティムケンのニードル軸受取得。2期連続の最終赤字のなかジェイテクトが取得原価296億円を投じ、同年12月末に事業を譲り受けた。負ののれん28億円が発生した 自動車用軸受で世界首位の技術力・提案力を得るため、最優先課題としていたニードル軸受分野を海外大手の事業ごと取り込んだ買収 底で買収することと、買収した事業を動かすこと 2期連続の最終赤字のさなかに290億円を投じた判断は、業績の数字だけを見れば説明が難しい。それでも取得を決めたのは、ニードル軸受という欠けた品目が、自動車用軸受で世界首位を狙ううえで避けて通れない位置にあったからだろう。低燃費車の普及で伸びる分野を、自前の投資で追いかければ工場も技術者も一から積み上げねばならない。稼働中の12工場と3,400人を一括で引き受ける方式は、需要の底という価格条件と噛み合っていた。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 選択と集中 技術・r&d起点の勝負 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6501/decisions/kawamura-reform-2009/","t":"製造業最大の赤字を受けて上場子会社を取り込み、主力事業に集中した再建","c":"日立製作所","y":2009,"col":"#C60202","s":"787,337百万円の当期純損失を受け、川村隆氏の下で事業の新設分割と社内カンパニー制、上場子会社5社の完全子会社化、公募増資と転換社債による資本増強を同時に進…","x":"2009 日立製作所 社会イノベーション事業への集中 製造業最大の赤字を受けて上場子会社を取り込み、主力事業に集中した再建 2009年4月、787,337百万円の当期純損失を受けて川村隆氏が執行役会長兼執行役社長に就任。上場子会社5社の完全子会社化と11億5,000万株の新株発行で財務と事業を立て直した。 787,337百万円の当期純損失を受け、川村隆氏の下で事業の新設分割と社内カンパニー制、上場子会社5社の完全子会社化、公募増資と転換社債による資本増強を同時に進め、社会イノベーション事業へ経営資源を集中させた再建。 二度目の淵から 川村改革の核心は、財務の穴埋めそのものよりも、危機を口実に\"聖域\"を解体した点にあったと思われる。赤字787,337百万円のうち505,249百万円は法人税等の計上であり、事業そのものの傷は税引前で289,871百万円だった。それでも上場子会社5社に2,556億円を投じ、稼いでいた情報システム3社まで市場から引き上げたのは、目先の穴埋めではなく資本関係の組み替えを狙ったからだろう。日立は1950年にも全工場の生産を止めてまで人員整理に踏み切り、倒産の淵から立ち直った歴史を持つ。平時には触れられない構造へ手が入るのは、二度とも淵に立ってからだった。 経営再建・ターンアラウンド 外的危機への対応 選択と集中 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6665/decisions/public-fund-injection-2009/","t":"改正産業活力再生特別措置法にもとづく優先株300億円という公的資金の導入","c":"エルピーダメモリ","y":2009,"col":"#123A85","s":"巨額赤字と有利子負債の膨張に対し、主力行を持たない資本構成のまま公的資金を受け入れて次世代投資の余力を確保する","x":"2009 エルピーダメモリ 日本政策投資銀行の出資受入 改正産業活力再生特別措置法にもとづく優先株300億円という公的資金の導入 2009年6月に事業再構築計画の認定を最初に受けた。日本政策投資銀行が300億円の優先株を引き受け、100億円を融資した 巨額赤字と有利子負債の膨張に対し、主力行を持たない資本構成のまま公的資金を受け入れて次世代投資の余力を確保する 300億円という額が決めたもの 坂本幸雄前社長は破綻の1年半後、支援の規模そのものを敗因に挙げた。シャープやルネサスエレクトロニクスのように1000億円規模の借入があれば、銀行は潰せなかったという見立てである。300億円は、危機を先送りするには足り、銀行を当事者にするには足りない額であった。公的資金が入ったことで、かえって民間の主力行が現れる余地が塞がれたと推察される。 経営再建・ターンアラウンド 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6674/decisions/automotive-lithium-jv-2009/","t":"完成車メーカーとの過半出資合弁による車載用リチウムイオン電池事業への参入","c":"GSユアサ","y":2009,"col":"#007851","s":"完成車メーカーがハイブリッド車・電気自動車へ傾斜するなかで、民生用リチウムイオン電池の投資競争で競争劣位に置かれた経験を踏まえ、納入先を確保したまま過半出資の合…","x":"2009 gsユアサ 本田技研とブルーエナジー設立 完成車メーカーとの過半出資合弁による車載用リチウムイオン電池事業への参入 2009年4月に車載用リチウムイオン電池へ参入した。本田技研工業とブルーエナジーを設け、2007年に三菱商事らと組んだ合弁も過半を出資 完成車メーカーがハイブリッド車・電気自動車へ傾斜するなかで、民生用リチウムイオン電池の投資競争で競争劣位に置かれた経験を踏まえ、納入先を確保したまま過半出資の合弁で量産設備を立ち上げる方式を選んだ新規事業参入 過半を確保するという条件 二つの合弁で最も変わっていたのは、電池メーカーの側が過半を出資したことであった。依田誠社長が、合弁交渉の前提条件としてマジョリティを要求したと語れたのは、1997年に三菱電機と組んだ民生用の合弁で投資競争についていけず、5年後に過半を手放した記憶が残っていたからだとみられる。相手の設備計画に従って投資だけを負う立場を、二度は取らないという条件であった。 隣接領域への展開 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6724/decisions/internal-control-weakness-2009/","t":"内部統制報告制度の初年度に重要な欠陥を開示し、海外子会社の管理を立て直した判断","c":"セイコーエプソン","y":2009,"col":"#10218A","s":"中南米の連結子会社で過去数年にわたる不適切な経理処理が発見され、その原因の一端が財務報告に係る内部統制の不備にあると判断して、制度の初年度に内部統制は有効でない…","x":"2009 セイコーエプソン epson america傘下の不適切な経理処理 内部統制報告制度の初年度に重要な欠陥を開示し、海外子会社の管理を立て直した判断 2009年3月期に中南米の連結子会社で過去数年にわたる不適切な経理処理が発見された。財務報告に係る内部統制は有効でないと表示し、2009年4月1日に代表取締役社長直轄の再発防止監視委員会を設置した 中南米の連結子会社で過去数年にわたる不適切な経理処理が発見され、その原因の一端が財務報告に係る内部統制の不備にあると判断して、制度の初年度に内部統制は有効でないと開示し、社長直轄の委員会で是正を進めた判断 初年度に「有効でない」と書いた意味 制度の初年度に内部統制は有効でないと表示することは、求められる誠実さであると同時に、自社の管理が届いていない場所を市場に向けて名指しすることでもあった。名指されたのはepson america, inc.の傘下会社であり、本社から見れば子会社のさらに下にぶら下がる会社である。関係会社管理規程が権限配分を網羅的に定めていても、規程の網が統括会社の下まで自動で届くわけではない。四半期報告書が期限に間に合わなかったという事実は、本社とそこまでの距離の長さをそのまま示していたのだろう。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6752/decisions/crt-cartel-2009/","t":"排除措置命令と欧州委員会の制裁金を争い、8年をかけて確定した独占禁止法違反","c":"パナソニック","y":2009,"col":"#1450a0","s":"ブラウン管事業の独占禁止法違反をめぐり、公正取引委員会の排除措置命令・課徴金納付命令と欧州委員会の制裁金決定のいずれについても、事実認定や法令の適用に疑義がある…","x":"2009 パナソニック mtpdのブラウン管カルテル 排除措置命令と欧州委員会の制裁金を争い、8年をかけて確定した独占禁止法違反 2009年10月に子会社のmt映像ディスプレイが排除措置命令を、東南アジア子会社3社が課徴金納付命令を受けた。2012年12月には欧州委員会が制裁金を課す決定を通知した ブラウン管事業の独占禁止法違反をめぐり、公正取引委員会の排除措置命令・課徴金納付命令と欧州委員会の制裁金決定のいずれについても、事実認定や法令の適用に疑義があるとして取消しを求めて争い続けた対応 消えた事業に費やした8年 会社が選んだのは、処分を受け入れて幕を引くことではなく、争うことだった。ブラウン管はすでに液晶とプラズマに置き換えられつつあり、争って競争優位を確立したところで戻ってくる事業はない。それでも取消しを求め続けたのは、カルテルの事実認定を受け入れることが、米国とカナダで進む集団代表訴訟や他の当局の判断へ跳ね返るためだっただろう。欧州普通裁判所が主張の一部を認めたことは、その選択に一定の実利があったことを示している。 不祥事・信頼回復 欧州 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/6752/decisions/sanyo-acquisition-2009/","t":"リチウムイオン電池と太陽電池の技術を、のれん5,144億円を積んで取りに行く選択","c":"パナソニック","y":2009,"col":"#1450a0","s":"リーマン直後に現金403,780百万円で三洋電機の議決権50.2％を取得し、のれん514,419百万円を積んでリチウムイオン電池と太陽電池の技術を取り込んだ買収","x":"2009 パナソニック 三洋電機の買収 リチウムイオン電池と太陽電池の技術を、のれん5,144億円を積んで取りに行く選択 2008年12月に三洋電機と資本・業務提携を締結した。2009年12月に1株131円の公開買付けで議決権50.2%を取得し、対価403,780百万円・のれん514,419百万円を計上した リーマン直後に現金403,780百万円で三洋電機の議決権50.2%を取得し、のれん514,419百万円を積んでリチウムイオン電池と太陽電池の技術を取り込んだ買収 技術は正しく、値付けが高すぎた この買収の本質は、電池の技術を買ったことではなく、成長の担い手を丸ごと外から調達したことにある。支払った現金は403,780百万円だが、受け入れた資産と引き継いだ負債の差から立ち上がったのれんは514,419百万円で、対価そのものを上回っていた。値付けの対象になったのは、三洋電機が抱える帳簿上の資産ではなく、二次電池と太陽電池がこの先生むはずの利益であっただろう。議決権50.2%という最小限の過半数から入り、追加取得と株式交換の二段で完全子会社化へ進んだ手順にも、重い値付けを分割して確かめようとする構えがうかがえる。 救済型m&a・支援受け入れ 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/6753/decisions/lcd-cartel-2009/","t":"米国では争わず日本では審判で争った、国際カルテル調査への二重の応じ方","c":"シャープ","y":2009,"col":"#EC3F47","s":"ＴＦＴ液晶事業への各国競争当局の調査に対し、米国司法省とは罰金の支払いなどで合意して独禁法関連損失12,004百万円を計上する一方、公正取引委員会の排除措置命令…","x":"2009 シャープ tft液晶カルテルの罰金合意 米国では争わず日本では審判で争った、国際カルテル調査への二重の応じ方 2006年12月にtft液晶事業が各国競争当局の調査を受けた。米国司法省とは罰金の支払いなどに合意し、2009年3月期に独禁法関連損失12,004百万円を特別損失へ計上している tft液晶事業への各国競争当局の調査に対し、米国司法省とは罰金の支払いなどで合意して独禁法関連損失12,004百万円を計上する一方、公正取引委員会の排除措置命令及び課徴金納付命令には審判開始請求で争った 制裁が財務に現れる形 この一件で問われたのは、液晶で世界を主導していた時期の取引の作法であった。興味深いのは、同じカルテルへの対応が当局ごとに割れている点である。米国司法省に対しては争わずに罰金の支払いへ合意し、12,004百万円という確定した金額を一期で損失に落とした。対して公正取引委員会の排除措置命令及び課徴金納付命令には審判開始請求で応じ、命令の当否そのものを争っている。早期に決着させる道と、争って結論を先へ送る道の両方を、同じ案件のなかで選び分けたことになる。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/6753/decisions/lcd-sakai-2009/","t":"世界初となる最大級の液晶量産ラインへの集中投資という一点賭け","c":"シャープ","y":2009,"col":"#EC3F47","s":"液晶で国内首位を確立した亀山モデルの成功を受け、片山幹雄社長が大阪・堺に世界初の第10世代マザーガラスを採る外販前提の巨大パネル工場を興した二段目の集中投資。リ…","x":"2009 シャープ 堺に第10世代パネル工場 世界初となる最大級の液晶量産ラインへの集中投資という一点賭け 2007年7月に大阪・堺で世界初の第10世代液晶パネル工場の建設を決めた。片山幹雄社長が外販を前提に用地1,261千m2の拠点を興し、2009年10月に稼働させた 液晶で国内首位を確立した亀山モデルの成功を受け、片山幹雄社長が大阪・堺に世界初の第10世代マザーガラスを採る外販前提の巨大パネル工場を興した二段目の集中投資。リーマンショック後の需要減と韓台勢の追い上げで大型パネルの販売が伸びず、経営危機の直接の引き金となった どこで賭けを止めるか この決断の核心は、亀山で確かめた勝ちパターンに、頂点でさらに賭けを重ねた点にある。液晶を自社だけの独自デバイスとして囲い込み、世界初の第10世代マザーガラスを使う工場で外販まで狙う構想は、成功体験をそのまま延ばせば筋の通った拡張であった。連結売上高が3兆4,177億円と過去最高を記録し、設備投資も3,442億円と最大規模に達した2008年3月期に着工へ踏み切ったのは、経営が最も強く見えた時期の攻めの判断だったといえる。危うさは、その前提を、自社の技術と規模で市場を主導し続けられることに置いた点にあった。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/6758/decisions/stringer-president-2009/","t":"CEOと社長を一人に集約し、エレクトロニクスとゲームを一体で動かす体制への転換","c":"ソニー","y":2009,"col":"#003366","s":"2009年3月期の営業損失2,277億円を受け、代表執行役会長兼CEOのハワード・ストリンガー氏が社長を兼ねてCEOと社長を一本化し、同じ日にエレクトロニクスと…","x":"2009 ソニー ストリンガー氏が社長兼務 ceoと社長を一人に集約し、エレクトロニクスとゲームを一体で動かす体制への転換 2009年4月にceoと社長を一本化。ハワード・ストリンガー氏が代表執行役会長兼社長ceoとなり、中鉢良治氏は副会長へ移って、エレクトロニクスとゲームを統合した2分野制の機構改革が同じ日に始まった 2009年3月期の営業損失2,277億円を受け、代表執行役会長兼ceoのハワード・ストリンガー氏が社長を兼ねてceoと社長を一本化し、同じ日にエレクトロニクスとゲームを統合する機構改革を始めた。体制は2012年4月の平井一夫氏への交代まで3年続いた 肩書きを足すという治療法 この人事は昇格ではなく、指揮系統の短縮だっただろう。ceoと社長が別人であれば、エレクトロニクスの現場は社長を見て動き、全社の資源配分はceoが決める。両者の間に議論の余地が残るかぎり、機構改革の決定が現場へ届くまでには一段の翻訳が挟まる。エレクトロニクスとゲームを一つに統合し、生産から販売までを横断機能へ移す設計は、その翻訳を許さない構造を前提にしていた。社長職の兼務は、その前提を人事の側から担保する措置だったのだろう。 トップ交代・承継 外部人材・プロ経営者 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6920/decisions/2009-semiconductor-focus/","t":"売上の半分を占めた主力事業を切り、半導体分野への一点張り","c":"レーザーテック","y":2009,"col":"#003C8F","s":"リーマン後の赤字転落を機に、差別化できない液晶事業を畳み、技術で競争優位を築ける半導体検査へ資源を集中した構造改革","x":"2009 レーザーテック 液晶撤退とeuv検査集中 売上の半分を占めた主力事業を切り、半導体分野への一点張り 2009年7月に半導体マスク検査へ資源を集中する。岡林理社長が売上の約半分を占めた液晶事業を縮小し、euv検査へ先行投資 リーマン後の赤字転落を機に、差別化できない液晶事業を畳み、技術で競争優位を築ける半導体検査へ資源を集中した構造改革 分散より、勝てる一点へ この判断の芯は、危機に追われた縮小でありながら、守りではなく攻めの集中であった点にある。二本柱は本来、片方が沈んでももう一方で支えるための構えである。だが両分野の設備投資が同じ景気の波で動く以上、分散はリスクを消さなかった。岡林理氏が選んだのは、沈んだ二本を均すことではなく、競争優位を築けない一本を捨てて競争優位を築ける一本へ資源を配分することであった。分散が守りにならないとき、集中こそがニッチ中堅の武器になるという逆説がうかがえる。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7182/decisions/zengin-system-connection-2009/","t":"郵便局網の中で完結していた送金に、銀行間の決済網を重ねた選択","c":"ゆうちょ銀行","y":2009,"col":"#009900","s":"郵便為替・郵便振替に由来する自前の送金の仕組みを郵便局網の中に残しながら、銀行間の決済網である全国銀行データ通信システムへ接続し、他の金融機関との内国為替を扱う…","x":"2009 ゆうちょ銀行 全国銀行データ通信システム接続 郵便局網の中で完結していた送金に、銀行間の決済網を重ねた選択 2009年1月、全国銀行データ通信システムによる他の金融機関との内国為替の取扱を開始。2017年3月期の取扱は仕向27,897千口・被仕向92,705千口 郵便為替・郵便振替に由来する自前の送金の仕組みを郵便局網の中に残しながら、銀行間の決済網である全国銀行データ通信システムへ接続し、他の金融機関との内国為替を扱う銀行へ移った選択 独自網を守らずに、普通の銀行の土俵へ出た この接続で起きたのは、送金の経路が増えたことではなく、ゆうちょの口座が他の金融機関から見て「振り込める口座」になったことだったのだろう。郵便為替と郵便振替の系譜に立つ独自の仕組みは、郵便局の窓口の数がそのまま強みになる閉じた世界で、他行と接続しなければ手数料を外へ払う必要もなかった。その優位を守る道もあり得たはずだが、選ばれたのは共通の決済網に乗ることだった。被仕向の口数が仕向の3.3倍という偏りは、その帰結をよく表しているように見える。給与や年金が他行から流れ込む受け皿として使われる口座は、閉じた網の中では成立しない。 プラットフォーム・標準化 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/7269/decisions/vw-alliance-2009/","t":"独最大手との資本提携と、一年九カ月で終わった蜜月の終幕","c":"スズキ","y":2009,"col":"#E10B17","s":"2009年12月、スズキが独フォルクスワーゲン（VW）と資本・業務の両面にわたる包括提携の契約に調印した経営判断。2006年にGMから買い戻していた金庫株19.…","x":"2009 スズキ フォルクスワーゲン提携解消 独最大手との資本提携と、一年九カ月で終わった蜜月の終幕 2009年12月に独フォルクスワーゲンと資本提携。金庫株19.9%を第三者割当でvwへ譲渡し、環境技術の供与を期待した 2009年12月、スズキが独フォルクスワーゲン(vw)と資本・業務の両面にわたる包括提携の契約に調印した経営判断。2006年にgmから買い戻していた金庫株19.9%を第三者割当でvwへ譲渡し、環境技術の供与を期待した。しかし経営の自主独立をめぐる齟齬が埋まらず、2011年9月に解消を表明、同年11月に契約を解除した。提携期間は1年9カ月にとどまる。   資本提携・政策保有 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/7272/decisions/restructuring-2009/","t":"リーマン後の構造改革と損益分岐点型経営への転換","c":"ヤマハ発動機","y":2009,"col":"#FF0000","s":"リーマン後の需要急減で膨らんだ固定費と在庫を、工場再編・希望退職・在庫圧縮で清算し、損益分岐点を引き下げる経営へ転換した再建","x":"2009 ヤマハ発動機 工場再編と希望退職 リーマン後の構造改革と損益分岐点型経営への転換 2009年12月に損益分岐点を引き下げる経営へ移行。2,161億円の最終赤字を受け、柳弘之社長が工場再編と希望退職を進めた リーマン後の需要急減で膨らんだ固定費と在庫を、工場再編・希望退職・在庫圧縮で清算し、損益分岐点を引き下げる経営へ転換した再建 危機のたびに立ち返る、損の断ち方 この判断の中心にあるのは、需要が半減した現実を一時のものと見なさず、その水準でも損を出さない体制へ先に作り替えた点にある。柳弘之社長は、工場を再編し、募集を超える希望退職を受け入れ、在庫の前提を10カ月から6カ月へ絞り込んだ。いずれも、売上の回復を待って負担を薄めるのではなく、戻らない前提で固定費と在庫を削減し、損益分岐点を引き下げる手であった。600億円のコストダウンを期限つきで宣言した点にも、痛みを先送りしないという一貫した考えが見てとれる。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7459/decisions/pure-holding-company-2009/","t":"会社分割による医薬品卸事業の切り出しと純粋持株会社への移行","c":"メディパルホールディングス","y":2009,"col":"#E7202C","s":"業界2位との統合が公正取引委員会の審査を理由に撤回された後、グループ内に9年分たまった卸6社を1社へ合併し、仕入・物流・システムを事業会社へ集約した組織再編","x":"2009 メディパルホールディングス メディパルhdへ移行 会社分割による医薬品卸事業の切り出しと純粋持株会社への移行 2009年10月にメディパルホールディングスへ改称。吸収分割で6,631億51百万円の資産をクラヤ三星堂へ承継させて純粋持株会社へ移り、同日に卸6社が合併した 業界2位との統合が公正取引委員会の審査を理由に撤回された後、グループ内に9年分たまった卸6社を1社へ合併し、仕入・物流・システムを事業会社へ集約した組織再編 統合できなかった年に、内側を畳んだ 2009年の再編は、前年に発表した4兆円の統合が消えた後に残された仕事であった。1位と2位が一つになれば拠点は半分で済むという計算は、公正取引委員会の審査という外の事情で立ち行かなくなった。代わりに実行されたのが、自社グループの内側に9年分たまっていた法人の数を減らす作業であった。千秋薬品や井筒クラヤ三星堂といった商号が消えた10月1日は、買収で全国網を埋めた時代の終わりにあたる。 持株会社化・グループ再編 破談・撤回 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7581/decisions/derivative-unwind-2009/","t":"含み損の先送りを避けた解約損の一括計上と、無借金経営の放棄","c":"サイゼリヤ","y":2009,"col":"#05A645","s":"為替相場の急変で含み損を抱えた為替デリバティブ契約を満期まで持ち越さず第37期に一括解約し、解約損153億10百万円を確定させたうえで、支払いを長期借入金160…","x":"2009 サイゼリヤ 為替デリバティブの一括解約 含み損の先送りを避けた解約損の一括計上と、無借金経営の放棄 2009年8月期に為替デリバティブ契約を解約し、解約損153億10百万円を計上した。37期連続増収のさなかで当期純損失48億96百万円へ転じ、無借金だった連結の有利子負債は123億72百万円となった 為替相場の急変で含み損を抱えた為替デリバティブ契約を満期まで持ち越さず第37期に一括解約し、解約損153億10百万円を確定させたうえで、支払いを長期借入金160億円で賄って無借金経営を手放した財務判断 良い年に、悪い契約を断ち切る この決断の芯は、為替で損を出したことではなく、含み損を抱えた契約を満期まで持ち越さずその期で断ち切ったところにある。相場が戻れば損は消えるという賭けを続けることもできたはずだが、サイゼリヤは153億10百万円を一度に払い、創業以来守ってきた無借金を崩してでも不確実性を帳簿の外へ出した。営業利益が91億68百万円まで伸びていた期に、あえて経常段階で赤字を見せている。本業の数字が良い年だからこそ払える代金だったと思われる。 資金調達・財務戦略 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/7751/decisions/oce-acquisition-2009/","t":"「自前主義」を返上した初の大型買収","c":"キヤノン","y":2009,"col":"#CC0100","s":"事務機の成熟とリーマン後の本業急落を受け、成長領域の商業印刷へ進むため、キヤノンが自前主義を離れて欧州最大級のオセをTOBで連結子会社化した初の大型買収（取得価…","x":"2009 キヤノン 蘭オセの連結子会社化 「自前主義」を返上した初の大型買収 2009年11月16日の取締役会で決議し、翌2010年3月9日に公開買付けが成立。従来保有分と合わせ持分87.2%、取得価額839億円でオランダの印刷機大手オセを連結子会社化した 事務機の成熟とリーマン後の本業急落を受け、成長領域の商業印刷へ進むため、キヤノンが自前主義を離れて欧州最大級のオセをtobで連結子会社化した初の大型買収(取得価額839億円、のれん773億円) 自前主義を、自らの手で書き換えた キヤノンの強さは、長く自前主義に支えられてきた。カメラで培った光学と精密機器の技術を社内で磨き、複写機やプリンターへ応用し、消耗品で稼ぐ仕組みまでを自社で組み立てる——その一貫した内製の思想が、事務機の世界市場を築く原動力だった。オセの買収は、その思想を環境の変化の前に自ら手放した選択にあたる。市場が成熟し、成長の空白が広がるとき、内製の速さだけでは埋めきれない領域がある。他社が積み上げた技術と販路を買う判断は、自前主義の否定ではなく、それを守るための現実的な補正であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/7806/decisions/refa-brand-shift-2009/","t":"美容ローラーを起点としたブランド開発企業への業態転換","c":"MTG","y":2009,"col":"#80CCF9","s":"技術力だけでは海外勢との競争で劣位に立つという認識のもと、企画・開発とブランドを自社に残し生産を外部へ委ねる会社へ組み替え、その第一号商品として高価格の美容ロー…","x":"2009 mtg refaの発売開始 美容ローラーを起点としたブランド開発企業への業態転換 2009年2月にmtgが美容ローラーrefaを発売。同じ月に化粧品製造販売業の許可を取り、企画とブランドを残して生産を外部へ委ねた 技術力だけでは海外勢との競争で劣位に立つという認識のもと、企画・開発とブランドを自社に残し生産を外部へ委ねる会社へ組み替え、その第一号商品として高価格の美容ローラーを投入した判断 製造しない会社が、開発だけを抱えた意味 千円前後で買える美容ローラーに、mtgは2万円を超える値段を付けた。その差を説明するのは自社の工場ではなく、ベアリングの選定とプラチナコーティング、そしてブランドの側であった。生産も受注も行っていないと有価証券報告書に書く会社が、2010年に研究開発センターを建て、2013年には本社をそこへ移している。作る設備を手放すことと開発を会社の中心に置くことは、 祖業・主力事業の転換 ブランド・マーケティング 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/8028/decisions/ampm-acquisition-2009/","t":"買収による店舗網の取り込みと、自社ブランドへの看板の一本化","c":"ファミリーマート","y":2009,"col":"#0171A6","s":"自力の出店では首都圏のドミナントを厚くする速度に限りがある市場で、店舗網の拡充によるスケールメリットと事業インフラの統合による効率化を、買収によって一括で取り込…","x":"2009 ファミリーマート am/pmジャパンの買収 買収による店舗網の取り込みと、自社ブランドへの看板の一本化 2009年11月にam/pmジャパンの取得を決議。ファミリーマートがレックス・ホールディングスから全株式と貸付債権を譲り受けた 自力の出店では首都圏のドミナントを厚くする速度に限りがある市場で、店舗網の拡充によるスケールメリットと事業インフラの統合による効率化を、買収によって一括で取り込む判断 買収したのは純資産ではなく立地であった 企業結合日に受け入れた資産は284億38百万円、引き受けた負債は391億16百万円で、資産より負債が106億78百万円多い会社に131億57百万円を払っている。貸借対照表だけを見れば説明のつかない値づけであり、その差額238億34百万円がのれんとして立った。一方で、のれん以外の無形固定資産に配分されたのは個店営業権46億74百万円のみで、加重平均償却年数は12年とされている。取得原価の配分先として個々の店の営業権が単独で立つという処理は、ファミリーマートが買ったものが純資産ではなく、首都圏に散らばる店の立地であったことを会計の側から示している。 合併・経営統合 pmi・買収後統合 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/8031/decisions/circular-trading-misconduct-2009/","t":"財務報告に係る内部統制を有効と報告した期に、二つの営業部署で判明した架空取引と再発防止策","c":"三井物産","y":2009,"col":"#333333","s":"九州支社と機能化学品本部の営業部署で一部に架空取引を含む循環取引が判明し、営業現場の管理と業務プロセスのコントロールを締め直す再発防止策を決めた","x":"2009 三井物産 九州支社と機能化学品の循環取引 財務報告に係る内部統制を有効と報告した期に、二つの営業部署で判明した架空取引と再発防止策 2009年6月、二つの営業部署で判明した循環取引を受けて再発防止策を決定した。九州支社の農業資材取引は2008年7月に、機能化学品本部の東南アジア向け輸出取引は2009年4月に判明している 九州支社と機能化学品本部の営業部署で一部に架空取引を含む循環取引が判明し、営業現場の管理と業務プロセスのコントロールを締め直す再発防止策を決めた 制度と現場の落差 米国企業改革法404条という制度の上では有効と結論された内部統制が、営業現場の伝票の段階では働いていなかった。この判断が問われたのは、その落差をどう埋めるかだったと思われる。選ばれたのは、外部の調査委員会でも新たな委員会の設置でもなく、営業現場での管理の再徹底と業務プロセス上のコントロール強化という、既にある仕組みの締め直しであった。売買の実体がない取引を売買として処理できてしまう以上、締め直すべきは制度ではなく現場の運用だという判断が、ここに表れている。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/8136/decisions/overseas-license-shift-2009/","t":"国内物販で収益を上げる会社から、欧米でロイヤリティを取る会社への組み替え","c":"サンリオ","y":2009,"col":"#1860C0","s":"国内物販中心の収益構造を欧米のキャラクター・ライセンスへ組み替え、現地ライセンシーの開拓でロイヤリティ収入を伸ばし、2011年12月に英国のMister Men…","x":"2009 サンリオ mr.men取得と欧米ライセンス転換 国内物販で収益を上げる会社から、欧米でロイヤリティを取る会社への組み替え 2009年5月に海外成長戦略を公表した。国内物販中心の収益構造から欧米のライセンス収入への移行を進め、2011年12月に英国のmister men ltd.ほか2社の全株式を取得した 国内物販中心の収益構造を欧米のキャラクター・ライセンスへ組み替え、現地ライセンシーの開拓でロイヤリティ収入を伸ばし、2011年12月に英国のmister men ltd.ほか2社を取得してキャラクターを拡充した海外成長戦略 物販の会社が権利の会社に変わった4年 この戦略が動かしたのは、売上高ではなく利益の出どころだった。2010年3月期から2014年3月期にかけて連結売上高は738億円から770億円へほとんど動かないのに、営業利益は92億円から210億円へ膨らんでいる。差を生んだのはロイヤリティ売上高の215億円から349億円への伸びで、商品を仕入れて売る仕事を手放し、権利を貸す仕事へ入れ替えた結果が数字にそのまま出た形だといえる。英国3社の取得も、負債が資産を上回る会社を実質的な対価なしで引き受け、86種類のキャラクターの権利だけを取りにいった取引であった。 グローバル経営体制 収益モデル転換 クロスボーダーm&a(日本→海外)"},{"k":"decision","u":"/tse/8154/decisions/post-lehman-ma-2009/","t":"金融危機を「創業以来、最大のチャンス」と読み、M&Aと海外拠点を同時に増やした方針","c":"加賀電子","y":2009,"col":"#003F87","s":"金融危機による資産価格の下落と円高を、規模拡大の原資と海外需要の追い風として同時に使う資本配分の方針転換","x":"2009 加賀電子 英・チェコに新会社設立 金融危機を「創業以来、最大のチャンス」と読み、m&aと海外拠点を同時に増やした方針 2009年に欧州拠点の新設と企業買収を始めた。加賀電子は金融危機で創業以来初の純損失を計上した後、2020年まで買い手に回り続けた 金融危機による資産価格の下落と円高を、規模拡大の原資と海外需要の追い風として同時に使う資本配分の方針転換 危機の値札を読んだ会社 2009年の加賀電子がしたことは、危機に耐えることではなく、危機がつけた値札を読むことであった。同じ年に赤字を計上しながら買い手に回れたのは、在庫を持たない商法が損失の上限を決めていたからにほかならない。創業時に資金がなくてやむなく採った受発注方式が、40年後には不況時の買収余力として働いた。守りの規律が攻めの資金源になるという逆転が、この会社の資本配分の特徴といえる。 連続買収・ロールアップ 外的危機への対応 グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/8316/decisions/nikko-cordial-2009/","t":"金融危機に揺れるシティからの証券リテール基盤の取り込み","c":"三井住友フィナンシャルグループ","y":2009,"col":"#00863c","s":"金融危機でシティが放出した大手証券のリテール基盤を5,450億円で取り込み、手薄な個人向け証券を補って銀証融合を進めた買収","x":"2009 三井住友フィナンシャルグループ 日興コーディアル買収 金融危機に揺れるシティからの証券リテール基盤の取り込み 2009年5月に日興コーディアル証券などの取得で合意。三井住友銀行がシティグループ傘下から5,450億円で買収し、10月に会社分割で承継した新会社の全株式を取得した 金融危機でシティが放出した大手証券のリテール基盤を5,450億円で取り込み、手薄な個人向け証券を補って銀証融合を進めた買収 危機を値切りの好機と見た一手 この買収の芯にあるのは、危機を値切りの好機と見た判断である。優良な証券会社が平時に売りに出ることはまれで、シティが金融危機で日本の稼ぎ頭を手放したからこそ、三井住友は自前で欠いていた個人向け証券を丸ごと得られた。純損失を計上した直後という自らの傷を承知のうえで、めったに来ない売り物へ手を伸ばした。守りに徹する選択肢もあったなかで、攻めを選んだところに、この決断の性格がうかがえる。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8439/decisions/tokyo-lease-merger-2009/","t":"リーマン破綻の2週間後に決めた","c":"東京センチュリー","y":2009,"col":"#003F87","s":"新リース会計基準の適用と設備投資の減退で縮む国内市場を前に、みずほ系で並立していた2社が金融危機のさなかに統合を決めた判断","x":"2009 東京センチュリー 東京リースとの合併 リーマン破綻の2週間後に決めた 2008年9月に東京リースとの合併へ基本合意。リーマン・ブラザーズ破綻の2週間後の発表で、2009年4月に東京センチュリーが誕生 新リース会計基準の適用と設備投資の減退で縮む国内市場を前に、みずほ系で並立していた2社が金融危機のさなかに統合を決めた判断 比率を空けたまま握手した2週間 この合併で目を引くのは、順番の妙にある。リーマン・ブラザーズが破綻したのが2008年9月15日、基本合意の発表が9月29日。株式交換比率は未定のままで、合意したのは統合するという事実と、存続会社と新社名だけであった。比率を先に固めていれば、10月に最低480円まで売られた株価のもとで交渉はほぼ確実にもつれた。決めるべきことを絞り、決められないことを後へ回した進め方が、危機のさなかに枠組みだけを残した。 合併・経営統合 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8601/decisions/smbc-jv-dissolution-2009/","t":"三井住友保有40%株の買取による完全子会社化","c":"大和証券グループ本社","y":2009,"col":"#d32e0b","s":"三井住友が日興コーディアル証券の買収で大和証券SMBCの主導権掌握を志向したことに対し、大和が経営の独立性を守るため合弁を解消し、住友保有40%株を1,739億…","x":"2009 大和証券グループ本社 大和証券smbcの合弁解消 三井住友保有40%株の買取による完全子会社化 2009年9月にsmfgとの合弁を解く。大和証券smbcの40%株を当初支払額1,739億円で取得して完全子会社とし、大和証券キャピタル・マーケッツへ改称 三井住友が日興コーディアル証券の買収で大和証券smbcの主導権掌握を志向したことに対し、大和が経営の独立性を守るため合弁を解消し、住友保有40%株を1,739億円で取得して完全子会社化した資本政策 銀行に付くか、独立を守るか この判断の芯にあるのは、規模を取るために銀行の資本に付くか、独立を守るために自前で抱えるか、という証券会社の古い問いである。大和は1999年に前者を選んでホールセールを住友と起こし、10年後に後者へ振り戻して40%を買い戻した。三井住友が日興コーディアル証券を得て主導権を求めたことで均衡が崩れた経緯を思えば、対等を装った合弁が実際には力関係の上に浮かんでいたことがうかがえる。銀行と証券をひとつの会社に収める難しさが、10年目の解消に凝縮しているとみられる。 破談・撤回 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8630/decisions/sompo-nipponkoa-integration-2009/","t":"NKSJホールディングス設立による持株会社体制への移行と、単独路線の放棄","c":"SOMPOホールディングス","y":2009,"col":"#db0011","s":"第2次業界再編で3位へ後退する損保ジャパンが、日本興亜損保との対等統合で東京海上・MS&ADに並ぶ規模を確保し、システム効率化で海外成長投資の原資を生む狙い","x":"2009 sompoホールディングス 日本興亜損保との経営統合 nksjホールディングス設立による持株会社体制への移行と、単独路線の放棄 2009年3月に日本興亜損保との経営統合を発表。業界3位と5位の対等の統合で共同ceo制を敷き、2010年4月にnksjホールディングスを設立 第2次業界再編で3位へ後退する損保ジャパンが、日本興亜損保との対等統合で東京海上・ms&adに並ぶ規模を確保し、システム効率化で海外成長投資の原資を生む狙い 対等という体面と、規模という現実 この統合の核にあるのは、縮小する国内損保市場のなかで、単独では守り切れない規模をどう確保するかという問いであった。先行するmsi3社の統合が3位への転落を突きつけた以上、損保ジャパンにとって日本興亜との連合は、退路の乏しい選択だったとみられる。ただ、その連合を対等の枠組みで統合した設計は、承認をまとめる求心力になった半面、二つの事業会社を残す構図をそのまま制度化した。規模を得る論理と、対等を保つ体面とは、当初から同じ方向を向いていたとは言い難い。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8725/decisions/msad-integration-2009/","t":"損保3社の統合によるMS&ADインシュアランスグループの結成","c":"MS&ADインシュアランスグループホールディングス","y":2009,"col":"#006060","s":"3メガ損保への業界収斂と国内市場の成熟のなか、系列の異なる2損保を持株会社へ統合して規模と経営資源を一気に拡大し、再編の対抗軸を築く判断","x":"2009 ms&adインシュアランスグループホールディングス あいおい・ニッセイ同和を子会社化 損保3社の統合によるms&adインシュアランスグループの結成 2009年1月に持株会社方式の経営統合で合意。2010年4月1日の株式交換であいおい損害保険・ニッセイ同和損害保険を議決権比率100%で子会社化し、取得原価は両社で5,503億円となった 3メガ損保への業界収斂と国内市場の成熟のなか、系列の異なる2損保を持株会社へ統合して規模と経営資源を一気に拡大し、再編の対抗軸を築く判断 対抗軸としての統合と、残された課題 この判断が示すのは、大手集約が進む損保業界で、単独の規模では劣後しかねない三井住友海上が、系列の異なる2社を呼び込んで対抗軸を築こうとした姿であるのだろう。持株会社を先に用意し、そこへ相手を迎え入れるという段取りの妙は、統合の会計処理にも表れている。あいおい損保は投資額が受け入れた純資産を上回って32,776百万円ののれんを負い、ニッセイ同和損保は逆に純資産が投資額を上回って13,543百万円の負ののれん発生益を生んだ。価格の高低ではなく、両社を同じ日に同じ形式で迎え入れたことに、この統合の設計の主眼があったのだろう。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/9401/decisions/rakuten-defense-holding-2009/","t":"異業種からの経営関与を退けたうえでの認定放送持株会社への移行","c":"TBSホールディングス","y":2009,"col":"#0050FF","s":"ネット企業・楽天による経営統合提案と株式買い増しに対し、業務提携を拒みつつ買収防衛策で時間を確保し、最終的に認定放送持株会社化という放送法の制度を用いて支配権を…","x":"2009 tbsホールディングス 楽天の統合提案拒否 異業種からの経営関与を退けたうえでの認定放送持株会社への移行 2008年12月に認定放送持株会社への移行を可決。一株主が33%を超えて持てない制度を使い、井上弘社長が楽天の支配権掌握をふさいだ ネット企業・楽天による経営統合提案と株式買い増しに対し、業務提携を拒みつつ買収防衛策で時間を確保し、最終的に認定放送持株会社化という放送法の制度を用いて支配権を防衛した資本政策 制度で守るということ 東京放送は最後まで、楽天の統合提案を事業の論理で拒んだ。井上弘社長の、事業で下から積み上げたい、株を買って上から来ようとする、という対比は、放送は積み重ねで築くものだという事業観の表明であった。ところが決着をつけたのは事業ではなく、認定放送持株会社という放送法の制度である。一株主の保有を33%で頭打ちにする仕組みが、1,200億円を投じた楽天の道をふさいだ。 敵対的・同意なき買収 持株会社化・グループ再編 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/9684/decisions/eidos-acquisition-2009/","t":"13年後のEmbracerへの売却","c":"スクウェア・エニックス・ホールディングス","y":2009,"col":"#E20A16","s":"欧米向けタイトルの開発能力と自社IPを100％取得の形で取り込み、13年後にその海外スタジオを譲渡して国内開発への集中に戻した判断","x":"2009 スクウェア・エニックス・ホールディングス 英eidosの完全子会社化 13年後のembracerへの売却 2009年4月に英eidosを完全子会社化。取得原価8,441万ポンド(12,217百万円)で全株式を取得し、のれん6,542百万円を計上した 欧米向けタイトルの開発能力と自社ipを100%取得の形で取り込み、13年後にその海外スタジオを譲渡して国内開発への集中に戻した判断 二つの値札のあいだにあったもの 12,217百万円で買い、300百万米ドルで売った取引を、値札だけ並べれば悪くない売買にみえる。ただし、その差額には13年分の運転費用が入っていない。欧米の大型タイトルは1本あたりの開発費も期間も大きく、完全子会社である以上、当たらなかった年の損も本社の連結損益に直接載る。10年で償却するはずだったのれん6,542百万円は2期で消え、2013年3月期の当期純損失13,714百万円と2017年3月期の関係会社整理損4,898百万円が続いた。少数株主に相談せずに動ける代わりに、失敗の全額を自社で持つ——100%取得とは、その二つが一体になった条件である。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 pmi・買収後統合 事業売却・撤退 欧州 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9989/decisions/direx-acquisition-2009/","t":"ドラッグストアとディスカウントストアによる二業態体制への移行","c":"サンドラッグ","y":2009,"col":"#FB1D1B","s":"首都圏で低コストのドラッグストアを磨いたサンドラッグが、地方に強いダイレックスを95億円で完全子会社化し、都市はドラッグストア・地方はディスカウントストアという…","x":"2009 サンドラッグ ダイレックスの買収 ドラッグストアとディスカウントストアによる二業態体制への移行 2009年12月にダイレックスの全株式を取得。95億円を投じ、九州・中四国のディスカウントストアを子会社化して二業態体制へ移った 首都圏で低コストのドラッグストアを磨いたサンドラッグが、地方に強いダイレックスを95億円で完全子会社化し、都市はドラッグストア・地方はディスカウントストアという二業態体制へ移った買収 強みの効く商圏を、別の業態で埋める 企業結合日に受け入れた資産288億29百万円に対し、引き受けた負債は211億55百万円で、時価の純資産は76億74百万円にとどまる。そこへ95億8百万円を払い、差額18億35百万円をのれんとして立てたうえで、5年間の均等償却という短い期間を選んでいる。企業結合の理由として有価証券報告書が挙げるのは、サンドラッググループの更なる競争力強化を図るため、という一文だけで、同じ第47期に取得した星光堂薬局と同じ文言が並ぶ。買収の意味は説明の側にではなく、九州・中四国という自社のドラッグストアが届きにくい商圏と、食料品まで扱う別の店の形を一度に獲得したという中身の側にある。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/2002/decisions/pharma-exit-2008/","t":"5本柱の一角だった医薬事業を合弁相手へ託して畳む決着","c":"日清製粉グループ本社","y":2008,"col":"#E6001F","s":"5本柱の一角だった医薬事業を、自社新薬の収益化が続かないなか合弁解消・杏林への統合で畳み、中核の製粉・食品と海外製粉へ資源を配分する選択と集中","x":"2008 日清製粉グループ本社 杏林製薬に合併し撤退 5本柱の一角だった医薬事業を合弁相手へ託して畳む決着 2008年10月に杏林製薬へ合併し撤退。日清キョーリン製薬をキョーリンとともに吸収合併させ、1965年以来の医薬事業を畳んだ 5本柱の一角だった医薬事業を、自社新薬の収益化が続かないなか合弁解消・杏林への統合で畳み、中核の製粉・食品と海外製粉へ資源を配分する選択と集中 選択と集中が畳んだもの この判断の核にあるのは、製粉本業の周辺で40年かけて育てた医薬事業が、ついに独立した収益源にはならなかったという現実である。ビタミン合成から補酵素の量産化、そして自社新薬へと、製粉技術の応用先を探し続けた歩みは、原薬の供給では一定の成功を収めながら、新薬の販売という最も付加価値の高い領域では規模を得られなかった。合弁相手への統合というかたちで畳んだのは、みずから新薬を売り続ける体力と、それに見合う市場を持てなかったことの裏返しであったと推察される。選択と集中は、伸びなかった事業を切る論理であると同時に、多角化の一本を手放す痛みを伴う判断でもあった。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/2181/decisions/people-staff-integration-2008/","t":"経営統合の受け皿となる共同持株会社テンプホールディングスの設立","c":"パーソルホールディングス","y":2008,"col":"#333333","s":"派遣法改正で拡大した市場が業界再編に入り、首位との規模差が開くなかで、商圏の重ならない同業と持株会社の下に並ぶ道を選んだ","x":"2008 パーソルホールディングス ピープルスタッフと統合 経営統合の受け皿となる共同持株会社テンプホールディングスの設立 2008年4月にピープルスタッフと統合。事務系派遣3位のテンプスタッフが東海地盤の同社と合意し、10月に共同持株会社テンプhdを設立 派遣法改正で拡大した市場が業界再編に入り、首位との規模差が開くなかで、商圏の重ならない同業と持株会社の下に並ぶ道を選んだ 相手ではなく、形式を選んだ統合 この統合で得たものを、相手企業の側から測ると小さく見える。ピープルスタッフの売上高301億円は、テンプスタッフの2,289億円に対して1割強にすぎず、東海の顧客基盤も後年には社名ごと吸収された。それでも、この判断が後の9年を決めたとみられるのは、統合の中身より形式のほうにある。株式移転で持株会社を新設し、事業会社を子会社として並べる構造は、1社を迎えるためには過大でも、2社目・3社目を迎えるには相応の仕組みであった。創業者が率いる単一の事業会社であり続けたなら、日本テクシードもインテリジェンスも、同じ手順では収まらなかったと思われる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/2269/decisions/meiji-integration-2008/","t":"取得企業を置かない共同株式移転と、菓子・乳業から食品・医薬品への事業区分の引き直し","c":"明治ホールディングス","y":2008,"col":"#FF0000","s":"原料高騰と国内市場の成熟という環境変化を前に、同根の菓子・乳業を持株会社へ統合し、のちに食品・医薬の事業軸で再編して成長路線に賭けた統合","x":"2008 明治ホールディングス 明治製菓・明治乳業の統合 取得企業を置かない共同株式移転と、菓子・乳業から食品・医薬品への事業区分の引き直し 2008年9月に明治製菓と明治乳業が統合契約を締結。2009年4月の共同株式移転で明治ホールディングスを設立し、2011年に食品の明治と医薬品のmeiji seika ファルマへ再編した 原料高騰と国内市場の成熟という環境変化を前に、同根の菓子・乳業を持株会社へ統合し、のちに食品・医薬の事業軸で再編して成長路線に賭けた統合 買収せずに組んだ統合 この統合は同じ「明治」を名乗る兄弟会社の再結合と読まれやすいが、会計の扱いはその読みを裏切らない形で対等だった。取得企業を置かず持分の結合と判定して持分プーリング法を適用し、資産・負債は帳簿価額のまま移り、のれんも負ののれんも立たない。企業結合のために支出したのは創立費129百万円だけである。買収なら生じるはずの値付けも対価も、この統合には最初から無かった。持株会社を作る費用がかからないということは、持株会社そのものは何も生まないということでもあったのだろう。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/2503/decisions/australia-dairy-acquisition-2008/","t":"現地の乳製品市場を一挙に押さえる巨額M&Aへの経営資源の集中","c":"キリンHD","y":2008,"col":"#F00201","s":"成熟する国内酒類・飲料に代わる成長軸として、豪州の乳業首位・2位を押さえて乳製品市場を制し、アジア・オセアニアでの事業基盤を確立する戦略","x":"2008 キリンhd 豪州乳業1位・2位を買収 現地の乳製品市場を一挙に押さえる巨額m&aへの経営資源の集中 2007年末に豪州ナショナルフーズの親会社を株式の取得価額76,965百万円で、2008年に2位デアリーファーマーズを74,311百万円で相次ぎ取得し、豪州の乳製品市場を押さえた 成熟する国内酒類・飲料に代わる成長軸として、豪州の乳業首位・2位を押さえて乳製品市場を制し、アジア・オセアニアでの事業基盤を確立する戦略 制覇と撤退のあいだ この判断の核心にあったのは、国内で稼いだ資金を成熟市場に留め置くことへの危機感であった。少子高齢化でビールが細っていくなかで、成長するアジア・オセアニアへ資金を振り向け、首位と2位を同時に押さえて市場を一気に制するという発想それ自体は、当時の攻めの機運のなかで理にかなった選択とみられる。所在地別の売上高でみれば、アジア・オセアニアは2007年の210,621百万円から2008年には438,097百万円へと一年で倍になった。ただ、市場シェアの高さと事業の稼ぐ力とは別物であり、豪州の乳飲料が置かれた流通構造への読みが十分であったかは、後から問われる点として残った。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 オセアニア"},{"k":"decision","u":"/tse/3003/decisions/renaming-and-listing-2008/","t":"東証一部の市場に立つ会社となった、ヒューリックとしての再出発","c":"ヒューリック","y":2008,"col":"#006AAC","s":"銀行の関連会社という出自を商号から外し、上場によって資金調達と株式対価の合併の道を開いた資本政策","x":"2008 ヒューリック 日本橋興業から改称し上場 東証一部の市場に立つ会社となった、ヒューリックとしての再出発 2008年11月に商号変更で東証一部上場。創業50周年に日本橋興業の名を改め、非上場の銀行関連会社から市場で値のつく側へ 銀行の関連会社という出自を商号から外し、上場によって資金調達と株式対価の合併の道を開いた資本政策 名を替えることと、値段がつくこと 商号の変更と上場は、外から見れば体裁を整える手続きに見える。ただ、この会社にとっては意味が重なっていた。日本橋興業という名は、旧富士銀行の不動産を預かるという役割そのものを指していた。名を替え、株式を市場に置けば、賃料の支払い手も、経営の評価者も、銀行の外側へ広がる。西浦三郎氏が就任から2年足らずでこの2つを続けて実行したところに、銀行の関連会社という立場を早く終わらせようとする判断が読み取れる。 上場・ipo・市場変更 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/3038/decisions/acquisition-2008/","t":"経営不振の食品メーカーを買収し続けた国内自社工場網の構築","c":"神戸物産","y":2008,"col":"#00B180","s":"輸入に依存したPB供給の限界と店舗網の拡大に対し、経営不振の国内食品メーカーを取り込んで自社専用工場へ転換し、製販一体を国内へ展開する","x":"2008 神戸物産 ウエボス・ターメルトフーズ取得 経営不振の食品メーカーを買収し続けた国内自社工場網の構築 2008年3月にウエボス・エルフーズ・ターメルトフーズの3社を取得。以後も中小食品メーカーを相次いで買収し、業務スーパーpbの自社工場網を築く 輸入に依存したpb供給の限界と店舗網の拡大に対し、経営不振の国内食品メーカーを取り込んで自社専用工場へ転換し、製販一体を国内へ展開する 買収した工場が、価格の主導権になるまで この判断の面白さは、買った対象が優良企業ではなかったところにある。3社の取得価額はいずれも「―」で、受け入れた資産と引き受けた負債が相殺され、差引では手元の現金が増えている。ターメルトフーズにいたっては民事再生法の再生計画による担保付債務をそのまま引き継いだ。行き詰まった中小メーカーの設備と人を引き受け、作ることだけに専念させる——買収の巧拙を企業価値の評価で測る発想からすれば、これは投資というより仕入れ先の作り替えに近い。安く仕入れる交渉を重ねる代わりに、原価の内訳が見える場所まで自ら入っていく方法を選んだと思われる。中国に工場を建設した1992年の判断と、発想の芯は変わっていない。 連続買収・ロールアップ 垂直統合・内製化 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/3099/decisions/isetan-mitsukoshi-2008/","t":"共同持株会社の設立による百貨店同士の統合と、比率に表れた力関係","c":"三越伊勢丹ホールディングス","y":2008,"col":"#333333","s":"2007年8月23日、三越と伊勢丹は株式移転により共同で持株会社を設立することに合意し、両社の取締役会が統合契約書の締結を決議した。同年11月20日の臨時株主総…","x":"2008 三越伊勢丹ホールディングス 伊勢丹と三越が経営統合 共同持株会社の設立による百貨店同士の統合と、比率に表れた力関係 2007年8月に伊勢丹と三越が経営統合で合意し、2008年4月に共同持株会社が発足。移転比率は伊勢丹1に対し三越0.34で、負ののれん661億円が発生した 2007年8月23日、三越と伊勢丹は株式移転により共同で持株会社を設立することに合意し、両社の取締役会が統合契約書の締結を決議した。同年11月20日の臨時株主総会で承認を受け、2008年4月1日に三越伊勢丹ホールディングスが発足して東京証券取引所に上場した。統合初年度にあたる2009年3月期の連結売上高は1兆4,266億円で、百貨店として国内最大の規模となった。 安く引き取ったということ この統合の会計上の顔つきは、負ののれんに表れている。伊勢丹が三越を取得した原価は290,137百万円で、企業結合時に受け入れた時価純資産はそれを66,171百万円上回っていた。老舗の看板と不動産を、帳簿の上では価値より安く引き取った格好である。移転比率でも経営体制でも躍進する側の伊勢丹が主導権を掌握し、対等統合の体裁の裏にある力関係ははっきりしていた。規模で業界首位に立つこと自体は、合意から発足までの8か月足らずで実現している。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/3141/decisions/holding-company-formation-2008/","t":"ウエルシア関東と高田薬局の共同株式移転による持株会社の発足と東証二部上場","c":"ウエルシアホールディングス","y":2008,"col":"#0086CD","s":"オーバーストアと改正薬事法による異業種参入を前に、緩やかな連合にとどまらず地盤の異なる二社を共同株式移転で資本統合し、上場持株会社を買収と規模拡大の受け皿として…","x":"2008 ウエルシアホールディングス グローウェルホールディングス設立 ウエルシア関東と高田薬局の共同株式移転による持株会社の発足と東証二部上場 2008年3月にグローウェルホールディングス設立。埼玉のウエルシア関東と静岡の高田薬局が株式移転で結び、同年9月に東証二部へ オーバーストアと改正薬事法による異業種参入を前に、緩やかな連合にとどまらず地盤の異なる二社を共同株式移転で資本統合し、上場持株会社を買収と規模拡大の受け皿として据えた経営統合 統合した日と、揃うまでの時間 規模を求めた対等統合という説明は、この判断の輪郭をなぞるだけにとどまる。ウエルシア関東はすでにツルハとイオンの双方と資本で結ばれ、イオンの連合にも属していた。それでも別会社との株式移転を選んだのは、連合という緩やかな関係のままでは店の運び方まで揃えられないと見切っていたからだろう。イオンのドラッグ事業を率いた西岡明賜氏が同じ年に大再編の到来を語った業界で、統合される側ではなく統合する側へ回った動きといえる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/3231/decisions/commercial-and-leasing-acquisitions-2008/","t":"ジオ・アカマツの全株式と65%の持分取得による商業・賃貸ビル事業の拡張","c":"野村不動産ホールディングス","y":2008,"col":"#F08300","s":"住宅分譲に偏った収益構成を、商業施設の企画・運営機能と大型賃貸資産の取得で複線化し、CRE戦略の基盤を構築する買収","x":"2008 野村不動産ホールディングス 東芝不動産の株式取得 ジオ・アカマツの全株式と65%の持分取得による商業・賃貸ビル事業の拡張 2008年7月に東芝不動産の株式取得。野村不動産hdが東芝から65%を譲り受け、前年のジオ・アカマツと合わせ上場2年で2件 住宅分譲に偏った収益構成を、商業施設の企画・運営機能と大型賃貸資産の取得で複線化し、cre戦略の基盤を構築する買収 買った床と、借りた時間 二つの買収に共通するのは、自分で用地を仕入れて造るという同社本来のやり方では届かない場所を、会社ごと取得した点にあるだろう。商業施設の企画・運営は経験の蓄積が要る仕事であり、東芝グループの社屋や商業施設は市場に出回る性質の資産ではない。上場で得た調達力の最初の使い道が、開発用地ではなく事業会社であったことには、住宅分譲の伸びだけでは持たないという当時の判断が表れているといえる。 隣接領域への展開 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/3404/decisions/lucite-acquisition-2008/","t":"買収によって一気に引き寄せた、ＭＭＡ市場での世界首位の座","c":"三菱レイヨン","y":2008,"col":"#E60012","s":"ＭＭＡ一品目への集中を極限まで進め、世界最大手の英専業メーカーを1,978億円の負債ごと引き受けた大型クロスボーダー買収","x":"2008 三菱レイヨン 英ルーサイトを買収 買収によって一気に引き寄せた、mma市場での世界首位の座 2008年11月に英ルーサイトの買収契約。三菱レイヨンがmmaモノマー世界最大手の同社の全株式を約16億米ドルで取得した mma一品目への集中を極限まで進め、世界最大手の英専業メーカーを1,978億円の負債ごと引き受けた大型クロスボーダー買収 首位を取ることと、首位で収益を上げ続けること 株式そのものに払った対価は1,000万円であった。取得原価18億9,500万円のほとんどは取得に直接要した支出で、実際に引き受けたのは2,020億円の資産と1,978億円の負債である。買収資金の総額約16億米ドルは、そのほとんどが被買収会社の既存借入金の返済に充てられている。買ったのは株式ではなく、借金を肩代わりする立場であったのだろう。当期純損失290億円を出した年に踏み切れたのは、mma一品目への集中を長く続けてきたことと、金融危機がもたらした円高とが重なったからである。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 選択と集中 資金調達・財務戦略 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/3563/decisions/going-private-2008/","t":"公開買付けの受け入れによる東証2部からの上場廃止と資本の入れ替え","c":"FOOD&LIFECOMPANIES","y":2008,"col":"#2F79B4","s":"筆頭株主ゼンショーが描くかっぱ寿司との統合を退けるため、ユニゾン・キャピタルの支援を受けて公開買付けに応じ、上場廃止・非公開化によって支配株主を入れ替えた資本政…","x":"2008 food&lifecompanies ユニゾンキャピタルによる非公開化 公開買付けの受け入れによる東証2部からの上場廃止と資本の入れ替え 2008年9月にユニゾンによる公開買付けを開始。買収目的会社が1株3250円で東証2部のあきんどスシロー株の65.19%を取得した 筆頭株主ゼンショーが描くかっぱ寿司との統合を退けるため、ユニゾン・キャピタルの支援を受けて公開買付けに応じ、上場廃止・非公開化によって支配株主を入れ替えた資本政策 誰の傘の下で戦うかという問い この非公開化を、単なる投資ファンドによる買収と読むと芯を外す。スシローが上場の看板を手放した最大の理由は、筆頭株主ゼンショーが描いたかっぱ寿司との統合、すなわち規模で市場を統合する\"1位2位連合\"に呑み込まれることを避ける点にあった。原価率50%と店内調理という自らのやり方を守るために、ユニゾン・キャピタルと組んで支配株主を入れ替える資本の一手を選んだ。そこにこの判断の核があるのだろう。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/3626/decisions/it-holdings-integration-2008/","t":"共同株式移転による持株会社ITホールディングスの設立","c":"TISインテック","y":2008,"col":"#027E9B","s":"案件の大規模化が進むなかで、一件の大型案件の不採算が決算を反転させる体格だったTISが、顧客基盤の重ならないインテックホールディングスと共同株式移転で持株会社を…","x":"2008 tisインテック インテックとの経営統合 共同株式移転による持株会社itホールディングスの設立 2007年12月にインテックホールディングスとの経営統合で基本合意。2008年4月1日、tis1対0.79の共同株式移転で持株会社itホールディングスを設立し、東証一部へ上場した 案件の大規模化が進むなかで、一件の大型案件の不採算が決算を反転させる体格だったtisが、顧客基盤の重ならないインテックホールディングスと共同株式移転で持株会社を設立し、どちらも相手の子会社にならない形で規模を確保した組織再編 対等であることに、いくら払ったか この統合の性格は、会計処理にあらわれている。対価要件・議決権比率要件・議決権比率以外の支配要件のいずれをとっても一方が他方を取得したとは言えず、適用されたのは持分プーリング法だった。取得企業を決めず、のれんも立たない。文字どおりの対等である。だが対等であることは無料ではなかった。新設した持株会社の下に二つの事業会社が並ぶ形は、一方が他方を買う形に比べて手続きが重く、統合後も階層が二重に残る。中間持株会社の解消、子会社9社の付け替え、事業会社どうしの合併と組み替えが続き、ひとつの事業会社になるまでに8年を要した。設立そのものは創立費110百万円で済んだ代わりに、支払いは時間の形でなされたのだろう。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/3778/decisions/sojitz-capital-alliance-2008/","t":"商社を引受先に迎えて資本を入れ直すことによる債務超過の解消","c":"さくらインターネット","y":2008,"col":"#FF5577","s":"債務超過の解消という財務上の要請から、自力での資本回復ではなく総合商社の出資を受け入れ、販路と信用を同時に取り込んだ資本政策","x":"2008 さくらインターネット 双日への第三者割当増資 商社を引受先に迎えて資本を入れ直すことによる債務超過の解消 2007年12月に双日と資本提携で基本合意。さくらインターネットが2008年2月に双日へ普通株12718株を1株78628円で割り当てた 債務超過の解消という財務上の要請から、自力での資本回復ではなく総合商社の出資を受け入れ、販路と信用を同時に取り込んだ資本政策 28.3%で入った商社が降りるまで この増資で動いたのは、9億9,999万円という金額ではなく、その後の資本構成を誰が決めるかであった。1株78,628円と1円単位まで刻んで総額を10億円の手前に収める一方、比率は基本合意で示された幅の下限寄りにあたる28.3%で落ち着いている。過半には遠いが、さくらインターネットは双日の持分法適用会社となり、役員1名を受け入れた。双日が持ち込んだのは資金だけでなく、総合商社の顧客網とasp・saasの販路でもある。埋めてもらった穴の分だけ、何を伸ばすかを説明する相手が一社増えただろう。 資金調達・財務戦略 資本提携・政策保有 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/4062/decisions/malaysia-plant-2008/","t":"2009年3月期の設備投資618億円を全額自己資金で賄った海外量産拠点の建設","c":"イビデン","y":2008,"col":"#64a0c8","s":"好況で積み上げた利益を全額自己資金で増産投資に振り向け、マレーシア新拠点でグローバル量産体制を構築した設備投資の判断","x":"2008 イビデン マレーシア新工場建設 2009年3月期の設備投資618億円を全額自己資金で賄った海外量産拠点の建設 2008年5月にマレーシアへ製造子会社を設立し、ペナンに新工場を建設。2009年3月期の設備投資618億34百万円を全額自己資金で賄った 好況で積み上げた利益を全額自己資金で増産投資に振り向け、マレーシア新拠点でグローバル量産体制を構築した設備投資の判断 堅実さが攻めの機動性を生むという逆説 この判断の核心は、618億円という金額の大きさより、その全額を自己資金でまかなった点にある。半導体部材は需要の振れが激しく、好況期に借りて増設すれば不況期に返済が重くのしかかる。イビデンは好況で稼いだ利益を次の設備へ回し、借入に頼らないことで、需要が減少しても資金繰りが揺らがない体をつくった。リーマンショックでも2017年3月期の巨額の減損でも財務の危機に至らず、赤字の翌期に黒字へ復せたのは、この堅さがあってこそだった。堅実な財務が、かえって攻めの投資の機動性を支えた。 海外進出・現地生産 大型設備投資 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/4151/decisions/kirin-tob-2008/","t":"同じ傘下の医薬品会社との統合による医薬への事業の集約","c":"協和キリン","y":2008,"col":"#EA5406","s":"発酵技術を基盤に多角化してきた協和発酵が、キリンHDの公開買付けを受け入れ、キリンの医薬子会社キリンファーマと統合。キリンHDが発行済株式総数の50.10％を保…","x":"2008 協和キリン キリンhdの傘下入り 同じ傘下の医薬品会社との統合による医薬への事業の集約 2007年10月にキリンhdの傘下入り。協和醱酵工業が公開買付けを受け入れ、キリンが50.10%を保有する親会社となりキリンファーマと統合 発酵技術を基盤に多角化してきた協和発酵が、キリンhdの公開買付けを受け入れ、キリンの医薬子会社キリンファーマと統合。キリンhdが発行済株式総数の50.10%を保有する親会社となり、医薬を核にした研究開発型ライフサイエンス企業として抗体医薬に集約した再編。 独立を手放して得た規模と、親会社という重し この判断の核心は、発酵の多角化企業が独立を手放し、医薬品に絞る規模をキリングループの資本のもとで得た点にある。敵対的な買収ではなく、同じ日の取締役会が公開買付けに賛同を決議した合意の統合であり、抗体医薬技術の補完性という説明にも相応の合理性があった。統合の翌期、医薬セグメントの売上高は1,380億円から2,097億円へ跳ね、5年後には2,595億円に達している。単独では届かなかった研究開発の規模を、統合はたしかにもたらしたとみてよい。 合併・経営統合 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4202/decisions/production-innovation-2008/","t":"自社で開発した生産方式の全社展開と、現場運営の再編","c":"ダイセル","y":2008,"col":"#00B3ED","s":"他社より早く迎えたベテラン大量退職と属人化した装置産業の技能承継に対し、網干工場発の「ミエル・ヤメル・カワル」で熟練者の暗黙知を形式知化し、生産性と収益体質を底…","x":"2008 ダイセル 生産革新spsの確立 自社で開発した生産方式の全社展開と、現場運営の再編 2008年11月に生産革新spsの体系化。ダイセル化学工業が網干工場で築いた手法をプロセス産業版のカイゼンとして整え、横河電機と外販 他社より早く迎えたベテラン大量退職と属人化した装置産業の技能承継に対し、網干工場発の「ミエル・ヤメル・カワル」で熟練者の暗黙知を形式知化し、生産性と収益体質を底上げした生産革新 効率と、匠の記憶 この判断の中心には、装置産業という業態の難しさがある。組立・加工業のトヨタ生産方式が工程を目で追えるのに対し、化学プラントでは反応が容器の中で進み、熟練したオペレーターの勘と経験に運転が委ねられてきた。ダイセルが早すぎる高齢化のなかで選んだのは、その勘と経験を数十万件のケースへ書き出し、1枚の運転画面へ移すことであった。人を減らしながら人の技を残すという、一見矛盾した課題に、可視化と標準化という順序で答えを出そうとした試みと思われる。 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/4213/decisions/functional-materials-consolidation-2008/","t":"グループ3社との合併を通じた機能材料への事業構成の寄せ","c":"三菱樹脂","y":2008,"col":"#E60012","s":"三菱ケミカルホールディングスの傘下に分かれていた機能材料事業を、三菱樹脂を受け皿に1社へ集約し、原料と加工を同じ会社の中で運営する体制へ組み替えた再編","x":"2008 三菱樹脂 三菱化学の機能材料事業承継 グループ3社との合併を通じた機能材料への事業構成の寄せ 2008年4月に三菱化学の機能材料事業承継。三菱樹脂が三菱化学ポリエステルフィルムなど3社を吸収合併し、持株会社が決めたグループ内の集約へ 三菱ケミカルホールディングスの傘下に分かれていた機能材料事業を、三菱樹脂を受け皿に1社へ集約し、原料と加工を同じ会社の中で運営する体制へ組み替えた再編 足した会社と、引いた会社 存続会社は三菱樹脂であった。合併した3社も、会社分割で渡された機能材料本部の事業も、いずれも三菱化学の側から来ている。原料を親会社から買っていた加工専業が、親会社の事業を受け取る側に回った。三菱樹脂が受け皿に選ばれたのは、グループで最も稼いでいたからではなく、加工の現場と販売の網を最も広く持っていたからなのだろう。1,901億円の会社が3,462億円の会社になったのは、稼ぐ力が増したからではなく、事業の置き場所が変わったからであった。 合併・経営統合 pmi・買収後統合 選択と集中 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/4217/decisions/housetec-divestiture-2008/","t":"投資ファンドへの株式売却による住宅設備事業からの撤退","c":"日立化成","y":2008,"col":"#CC0000","s":"国内住宅市場の頭打ちを背景に、独立初期を支えた住宅設備事業を独立系ファンドへ売却し、電子材料・機能性材料へ経営資源を集中させた事業再編","x":"2008 日立化成 日立ハウステックの譲渡 投資ファンドへの株式売却による住宅設備事業からの撤退 2007年12月に日立ハウステックの譲渡。日立化成工業が完全子会社株の約93%をニューホライズンキャピタル系のnh合同会社へ渡す 国内住宅市場の頭打ちを背景に、独立初期を支えた住宅設備事業を独立系ファンドへ売却し、電子材料・機能性材料へ経営資源を集中させた事業再編 恩人の事業を譲渡するということ 売却した住宅設備は、1962年の分離独立からしばらく会社の収益を支えた事業であった。2001年に会社分割で日立ハウステックとして分け、2008年には株式の約93%をニューホライズンキャピタルへ渡している。それでも切り離せたのは、住宅設備が日立という大口需要家を持たず、頭打ちの国内住宅市場だけを相手にしていたからだと思われる。電子材料へ会社を絞り込むうえで、由緒はあっても外部市場のみに依存する周辺事業から先に整理する順序を取っていた。 事業売却・撤退 選択と集中 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4502/decisions/millennium-us-2008/","t":"TAP合弁の解消と、北米処方薬事業の自前化への踏み込み","c":"武田薬品工業","y":2008,"col":"#E1242A","s":"アボットとの合弁解消とミレニアム買収を同じ2008年に重ね、米国の販売組織とがん創薬の研究拠点を自前で取得して北米の処方薬事業を本格化させた海外展開の判断","x":"2008 武田薬品工業 米ミレニアムの買収 tap合弁の解消と、北米処方薬事業の自前化への踏み込み 2008年4月に米ミレニアムを買収。長谷川閑史社長が米アボットとのtap合弁を解消し、約88億ドルを投じて北米の処方薬を自前化 アボットとの合弁解消とミレニアム買収を同じ2008年に重ね、米国の販売組織とがん創薬の研究拠点を自前で取得して北米の処方薬事業を本格化させた海外展開の判断 「時間を買う」経営の出発点 この判断の核心は、合弁という半身の関与から、米国の処方薬事業を自前で握る全身の関与へ切り替えた点にある。tapの解消は米国の販売組織を、ミレニアムの買収はがん創薬の研究拠点を、それぞれ自社の内側に取り込む選択だった。武田国男氏の時代に医薬専業へ絞り込んだ経営資源を、長谷川閑史社長は海外の創薬力の獲得へ振り向けた。国内で稼いだ利益を米国の事業基盤へ替える方針が、この年に固まった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4507/decisions/sciele-acquisition-2008/","t":"完全子会社化によって獲得した初の本格的な米国販売基盤","c":"塩野義製薬","y":2008,"col":"#D80C24","s":"海外に自社販売網を持たない制約を、既存の営業組織を抱える米製薬会社のTOB買収によって一挙に埋め、育ちつつある新薬候補群を自前で販売する体制を構築する戦略判断","x":"2008 塩野義製薬 米サイエルをtobで買収 完全子会社化によって獲得した初の本格的な米国販売基盤 2008年9月に米サイエルをtobで買収。ジョージア州の製薬会社に1株31ドルを投じ、取得価額1,566億円で同年10月9日に取得を終えた 海外に自社販売網を持たない制約を、既存の営業組織を抱える米製薬会社のtob買収によって一挙に埋め、育ちつつある新薬候補群を自前で販売する体制を構築する戦略判断 販売網を買収するという選択の意味 この決断の核心は、海外販売網という時間のかかる資産を、自前で積み上げる代わりに既存の会社ごと買って一挙に獲得した点にある。国内中堅の売上規模で米国の領域別営業組織をゼロから築くのは非現実的であり、社長就任直後の手代木氏は、1,566億円という大きな対価と引き換えに、動いている営業組織と販路を時間ごと取り込む道を選んだ。クレストール1品目での単独進出を避けるという守りの発想が、既存販売網の買収という攻めの手段に結びついた点に、この判断の設計がうかがえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4516/decisions/selexipag-licensing-2008/","t":"日本を除く全世界の開発販売権を他社へ委ねるという選択","c":"日本新薬","y":2008,"col":"#023F73","s":"世界規模でも患者数の限られる希少疾患で、国内中堅の販売網では欧米へ自力で届かないため、日本市場だけを手元に残して残りの権利を先行企業へ渡し、マイルストーンとロイ…","x":"2008 日本新薬 セレキシパグをアクテリオンへ導出 日本を除く全世界の開発販売権を他社へ委ねるという選択 2008年2月にセレキシパグをアクテリオンへ導出。自社創製の肺動脈性肺高血圧症治療剤ns-304につき日本を除く全世界の開発販売を委ねた 世界規模でも患者数の限られる希少疾患で、国内中堅の販売網では欧米へ自力で届かないため、日本市場だけを手元に残して残りの権利を先行企業へ渡し、マイルストーンとロイヤルティで創薬の成果を回収する判断 販売する役を降りて、創る役を残す 2008年の日本新薬には、肺動脈性肺高血圧症の薬を世界で売る体制が無かった。米国子会社ns pharmaは研究開発の情報を集めるための拠点で、販売の機能を持っていない。自社で創った化合物を最も早く患者へ届ける道を探せば、日本だけを手元に残し、それ以外をこの領域で先行するアクテリオンへ渡すという答えに行き着く。売る会社であることを一部あきらめる代わりに、創る会社としての成果を最大化する取引であったと推察される。2010年にマシテンタンを受け取ったことも、渡した相手との関係を一方通行にしない工夫であったと思われる。 技術・r&d起点の勝負 収益モデル転換 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/4540/decisions/bathclin-divestiture-2008/","t":"家庭用品事業からの撤退と、子会社を切り出す形での事業整理","c":"ツムラ","y":2008,"col":"#803B2D","s":"販促費のかさむ家庭用品を切り離し、成長する医療用漢方製剤と原料生薬の調達・設備投資へ経営資源を集中させる事業ポートフォリオの判断","x":"2008 ツムラ ツムラライフサイエンス売却 家庭用品事業からの撤退と、子会社を切り出す形での事業整理 2008年7月にツムラライフサイエンス売却。入浴剤バスクリンごと約46億円で手放し、買い手は経営陣が加わるワイズパートナーズ系 販促費のかさむ家庭用品を切り離し、成長する医療用漢方製剤と原料生薬の調達・設備投資へ経営資源を集中させる事業ポートフォリオの判断 入浴剤を販売する会社であり続けた部分 撤退の線引きは、商品カテゴリーではなく販路で引かれていた。ツムラが手放したのはマスの棚で広告費を競う家庭用品事業であって、入浴剤そのものではない。生薬エキスを配合した\"バスハーブ\"は今もツムラの製品として残り、2025年度のヘルスケア製品62億円の伸びを押し上げている。同じ湯船に入れる商品でも、生薬の説明が売りになるものは残り、香りと販促量で売るものは外へ出た。この会社の選別の基準がどこにあるかは、残った商品を見るとよく分かる。 事業売却・撤退 選択と集中 mbo・非公開化 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4568/decisions/ranbaxy-acquisition-2008/","t":"買収による事業構造の二本立て化と「複眼経営」への移行","c":"第一三共","y":2008,"col":"#00A4E2","s":"新薬の特許切れと開発リスクの高まりに対し、成長市場である新興国と後発薬を取り込み、新薬・後発薬の複眼で収益源を分散させる事業戦略","x":"2008 第一三共 印ランバクシーの買収 買収による事業構造の二本立て化と「複眼経営」への移行 2008年6月に印ランバクシーの買収で合意し、同年11月7日に議決権の63.92%を取得した。取得原価4,883億54百万円、のれん4,086億75百万円。庄田隆社長が掲げた複眼経営の中核 新薬の特許切れと開発リスクの高まりに対し、成長市場である新興国と後発薬を取り込み、新薬・後発薬の複眼で収益源を分散させる事業戦略 複眼という理想と、現場という現実 この買収でほんとうに買ったのは、後発薬の製造能力ではなく、インド企業の製造管理そのものだったのだろう。取得原価4,883億54百万円のうち4,086億75百万円がのれんだったという配分は、受け入れた有形の資産がごく薄かったことを意味する。値がついていたのは、新興国に広がる販路と、米国を含む先進国へ後発薬を出せるという資格である。その資格がfdaの警告状ひとつで宙に浮いた以上、のれんが5か月で8割方消えたのは会計処理の厳しさではなく、買った対象の性質がそのまま出たと読むべきかもしれない。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 グローバル経営体制 インド・南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/4676/decisions/broadcast-holding-transition-2008/","t":"認定放送持株会社体制への移行と、フジ・メディア・ホールディングスの発足","c":"フジ・メディア・ホールディングス","y":2008,"col":"#00489D","s":"放送法にもとづく認定放送持株会社の制度を用い、分社型新設分割でグループ経営管理事業を除く一切の事業を新設のフジテレビジョンへ承継させ、商号をフジ・メディア・ホー…","x":"2008 フジ・メディア・ホールディングス フジテレビジョン新設分割 認定放送持株会社体制への移行と、フジ・メディア・ホールディングスの発足 2008年10月に認定放送持株会社体制へ移行。商号をフジ・メディア・ホールディングスへ改め、会社分割で放送免許を持つフジテレビジョンを新設 放送法にもとづく認定放送持株会社の制度を用い、分社型新設分割でグループ経営管理事業を除く一切の事業を新設のフジテレビジョンへ承継させ、商号をフジ・メディア・ホールディングスへ改めた組織再編。承継させた資産は2,369億8百万円で、共通支配下の取引にあたりのれんは発生していない 収益を上げる会社と、資本を配分する会社を分離した設計 この移行を、ライブドア攻防を受けた買収防衛策とだけ読むのは事の半分しか見ていない。分割で切り出したのは放送そのものを含む主要事業で、分割会社に残したのはグループ経営管理事業だけであった。前期の単体実績で3,829億71百万円を売り上げる本業を子会社へ移し、親会社には資本を配分する機能しか置かない。放送で稼ぐ会社と、稼いだ資本をどこへ置くか決める会社を分けたところに、この組織設計の眼目があったのだろう。 持株会社化・グループ再編 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/4755/decisions/ebank-acquisition-2008/","t":"200億円の出資による銀行の取り込みと、金融事業の中核への据え直し","c":"楽天グループ","y":2008,"col":"#BF0000","s":"証券・クレジット・ポイントを統括する楽天経済圏に欠けていた銀行を、経営難のネット銀行への出資で取り込み、決済インフラを内製化して金融事業の中核を固める判断","x":"2008 楽天グループ イーバンク銀行を傘下化 200億円の出資による銀行の取り込みと、金融事業の中核への据え直し 2008年9月にイーバンク銀行を傘下化。199億8,000万円の優先株式を引き受け、2009年2月10日に連結子会社としてグループの決済網に加えた 証券・クレジット・ポイントを統括する楽天経済圏に欠けていた銀行を、経営難のネット銀行への出資で取り込み、決済インフラを内製化して金融事業の中核を固める判断 経済圏の中核を、なぜ買収したか 楽天のイーバンク出資は、単体の投資収益を狙った買収というより、経済圏という構想に欠けた一片を埋める判断であっただろう。証券もカードもポイントも押さえながら、資金の出入りする銀行口座だけを外部に委ねていては、囲い込みの環は閉じない。経営難に沈んでいた同行を199億8,000万円で支えたのは、救済であると同時に、割安に決済の基盤を取得する好機でもあった。海外投資の減損で創業以来初の赤字を計上したその年に、国内の金融インフラへ資本を振り向けた選択には、成長の軸をネットの金融サービスへ寄せる意思がにじむ。 資本提携・政策保有 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4901/decisions/toyama-chemical-2008/","t":"買収を足がかりにした医薬事業への進出","c":"富士フイルム","y":2008,"col":"#ED1C24","s":"写真事業の消失を見据え、画像診断に偏っていた医療事業を、製薬会社の富山化学を大正製薬と共同で買収して医薬（治療）へ拡大し、ヘルスケアを全社の主力事業に据えた非連…","x":"2008 富士フイルム 富山化学工業の買収 買収を足がかりにした医薬事業への進出 2008年2月に富山化学工業の買収。大正製薬と組んで普通株式66%を978億円で取得し、画像診断に偏る医療事業を治療へ拡大した 写真事業の消失を見据え、画像診断に偏っていた医療事業を、製薬会社の富山化学を大正製薬と共同で買収して医薬(治療)へ拡大し、ヘルスケアを全社の主力事業に据えた非連続な多角化 消える祖業を、次の医療へどう組み替えるか この買収が際立つのは、財務の危機に迫られた末の一手ではない点にある。まだ本業が利益を出しているうちに、富士フイルムは写真という一本足の消失を見越し、医療の裾野を治療まで広げた。画像診断の会社が製薬会社の過半を共同で握るのは、技術のつながりが細く、審査や開発の作法も異なる非連続な賭けだった。診断で像を撮る力と、薬で病を治す力は、同じ医療でも要る資源が違う。富士フイルムはその溝を、自前の育成ではなく買収で一気に越えた。 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/5020/decisions/nippon-oil-nikko-integration-2008/","t":"新日本石油を母体とする共同持株会社JXホールディングスの設立","c":"ENEOS HD","y":2008,"col":"#EB6005","s":"国内石油需要の構造的な減退と製油所の供給過剰を背景に、規模の拡大と設備削減で業界の需給調整を主導しようとした経営統合","x":"2008 eneos hd 新日鉱と経営統合 新日本石油を母体とする共同持株会社jxホールディングスの設立 2008年12月に新日鉱と経営統合。元売り最大手の新日本石油と合意し、2010年4月に共同持株会社jxホールディングスを設立 国内石油需要の構造的な減退と製油所の供給過剰を背景に、規模の拡大と設備削減で業界の需給調整を主導しようとした経営統合 縮む市場で、統合は時間を買えたのか この経営統合の核心は、成長の見込みにくい成熟産業で、規模の集約によって供給過剰の是正と成長投資の原資確保を同時に果たそうとした点にあるとみられる。国内の石油需要が構造的に細っていくなかで、単独では着手しにくい能力削減を、圧倒的なシェアを背景に業界全体へ促す。西尾進路氏(社長)が語った危機がなくても統合はあったという言葉には、景気循環とは別の次元で迫る需要減へ、時間を稼ごうとする問題意識がうかがえる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5105/decisions/bridgestone-alliance-2008/","t":"業界首位を相手にした業務提携と、対等ではない株式の持ち合い","c":"TOYOTIRE","y":2008,"col":"#0061A9","s":"需要・競争・収益の三つの構造が同時に変わるタイヤ産業で、中堅の規模のまま単独で戦う代わりに、業界首位と技術・調達・生産・物流を共有する緩やかな提携を選び、その信…","x":"2008 toyotire ブリヂストンと資本提携 業界首位を相手にした業務提携と、対等ではない株式の持ち合い 2008年5月にブリヂストンと資本提携。東洋ゴム工業が新株2000万株を割り当て、増資後の発行済株式の8.72%を渡した 需要・競争・収益の三つの構造が同時に変わるタイヤ産業で、中堅の規模のまま単独で戦う代わりに、業界首位と技術・調達・生産・物流を共有する緩やかな提携を選び、その信頼関係を株式の持ち合いで担保した判断 差し出したものと、残ったもの この提携で東洋ゴム工業が差し出したのは、新株の8.72%と、a.t.o.m.という自前の革新生産方式であった。中堅メーカーにとって独自の生産方式は数少ない交渉材料で、それを世界首位に開いたのは、規模で追いつけない相手と同じ土俵に立つための代金であったとみられる。見返りに得たのは、調達と物流の共同化、そして北米と中南米という互いの空白を埋め合う生産委託であった。買収でも統合でもなく、必要な機能だけを分け合う——2008年の時点で選べる手のなかでは、独立を保ったまま規模の不利を薄める現実的な選択であった。 資本提携・政策保有 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5202/decisions/foreign-ceo-governance-2008/","t":"買収先出身者と外部招聘による外国人社長2代の起用と委員会設置会社への移行","c":"日本板硝子","y":2008,"col":"#337AB7","s":"買収により売上・従業員の8割が海外となり執行を担える人材が国内に不在だったため、買収先出身者と外部招聘で外国人社長を2代続けて起用し、委員会設置会社への移行で任…","x":"2008 日本板硝子 スチュアート・チェンバース氏が社長就任 買収先出身者と外部招聘による外国人社長2代の起用と委員会設置会社への移行 2008年5月にピルキントン出身者を社長起用。買収したピルキントンのチェンバース氏が社長兼ceoに就任し、藤本勝司社長は会長へ回った 買収により売上・従業員の8割が海外となり執行を担える人材が国内に不在だったため、買収先出身者と外部招聘で外国人社長を2代続けて起用し、委員会設置会社への移行で任命権を指名委員会に委ねた経営体制の判断 選ぶ力と、替える仕組み 4年で社長が3人替わった事実を、招いた個人の資質に帰すと事態を見誤る。売上と従業員の8割が海外にある会社で、その規模の執行を担える人材は社内に育っていなかった。買収前の海外拠点がマレーシア1か所という状態で国際事業の人材だけが厚いはずもなく、外国人に執行を委ねる以外の選択肢は実際になかったのだろう。買収後の取締役と従業員の大半はピルキントン出身者で、日本板硝子のプロパー社員は約20%の少数派であった。買った側が降りて買われた側から社長を出したのは、その構成をそのまま人事に映した結果であった。 外部人材・プロ経営者 機関設計・取締役会改革 pmi・買収後統合 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6302/decisions/european-acquisitions-2008/","t":"欧州機械メーカーを続けて取り込む5社連続取得","c":"住友重機械工業","y":2008,"col":"#0162B0","s":"造船・建機の景気変動に翻弄されてきた事業構成を、変動の小さい機械分野へ拡大するため、2008年から2019年にかけて欧州の機械メーカー5社を相次いで取得した事業…","x":"2008 住友重機械工業 独デマーグなど5社買収 欧州機械メーカーを続けて取り込む5社連続取得 2008年3月に独デマーグなど5社買収。以後ベルギーのhansen、オランダのfw energie、イタリアのlafert、英invertek drivesと欧州の機械メーカーを傘下に 造船・建機の景気変動に翻弄されてきた事業構成を、変動の小さい機械分野へ拡大するため、2008年から2019年にかけて欧州の機械メーカー5社を相次いで取得した事業拡張 変動から逃れた先の、別の変動 欧州5社の取得を、海外m&aの見込み違いという言葉だけで片づけるのは、事の順序を見落とす。住友重機械が欧州勢を買い集めたのは、造船と建機の景気変動に二度の大量整理で痛めつけられた記憶があったからで、変動の小さい機械分野へ収益源を移すための拡張であった。ところが取り込んだギヤやプラスチック機械、ボイラもまた欧州の需要変動とエネルギーコストに揺れ、造船から逃れた先で別の循環に直面した。分散したはずの事業構成が、もう一つの景気の波を抱えたと推察される。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開 pmi・買収後統合 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6395/decisions/le-focus-2008/","t":"移動機能付き抗重力・空間作業機械への事業領域の集中と、多角化の不採用","c":"タダノ","y":2008,"col":"#004295","s":"国内建設投資の縮小で三度の損失を計上した会社が、多角化ではなく専業のまま世界市場へ出る道を選び、事業の外周を自社の言葉で定義した","x":"2008 タダノ le事業への限定 移動機能付き抗重力・空間作業機械への事業領域の集中と、多角化の不採用 2008年1月にタダノが事業領域をleへ限定。吊る・持ち上げる・高所で作業する移動機械に事業を集中し、多角化で需要の振れを吸収する道を捨てた 国内建設投資の縮小で三度の損失を計上した会社が、多角化ではなく専業のまま世界市場へ出る道を選び、事業の外周を自社の言葉で定義した 線を引いた側が、線に縛られる 『le以外の事業を営む選択肢もあったのかもしれませんが』という一文には、選ばなかった道を自ら書き残す律儀さがある。三度の当期損失と119人の退職を経た会社が、幅を広げて振れを吸収する常道ではなく、狭いまま世界一を目指す方を採った。この選択の実質は、業績が悪化したときに他の事業へ資金を逃がす操作を、あらかじめ自分に禁じたことにあった。欠けている製品は自力で作るか、持っている会社を買うしかない——2008年の定義は、その後の投資の形まで決めていたとみられる。 選択と集中 高付加価値化・プレミアム グローバル経営体制"},{"k":"decision","u":"/tse/6417/decisions/founder-family-succession-2008/","t":"創業家・毒島家から生え抜きＣＥＯ・ＣＯＯ体制・執行役員制度の導入","c":"SANKYO","y":2008,"col":"#E60012","s":"創業以来の創業家社長体制を、生え抜きの澤井明彦氏の社長起用とＣＥＯ・ＣＯＯ体制・執行役員制度の導入で組み替え、会長ＣＥＯに戦略と監督を、社長ＣＯＯに業務執行を割…","x":"2008 sankyo 沢井明彦氏が社長就任 創業家・毒島家から生え抜きceo・coo体制・執行役員制度の導入 2008年4月にsankyoが新経営体制へ移行。1978年入社の沢井明彦氏が社長cooに就任し、毒島秀行氏は会長ceoへ回った 創業以来の創業家社長体制を、生え抜きの沢井明彦氏の社長起用とceo・coo体制・執行役員制度の導入で組み替え、会長ceoに戦略と監督を、社長cooに業務執行を割り振った経営承継 生え抜き社長という形と、残された実権 この交代を、毒島家が経営の一線から退いた出来事とだけ読むと、実際の設計を取り逃す。つくられたのは、生え抜きの沢井氏を代表取締役社長cooに据える一方、毒島秀行氏を会長ceoとして戦略的意思決定と取締役会議長の座に置く二層の体制であった。日々の業務執行は生え抜きへ委ね、経営全般の最終判断と監督は毒島家が握る——2008年4月の社長交代と執行役員制度の導入は、権限を二つに切り分ける一連の組み替えだったのだろう。取締役会を10名から4名へ絞ったのも、執行を移した先を身軽にするためではなく、意思決定の卓を小さく保つためだったのだろう。 トップ交代・承継 創業家・同族 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6465/decisions/tse-listing-2008/","t":"創業61年目にしての株式公開と、二つの市場への同時上場","c":"ホシザキ","y":2008,"col":"#009FDF","s":"海外買収と国内グループ再編で資金と開示の負荷が増すなか、創業家が保有してきた株式を公開し、資金調達と外部規律の枠組みを取り入れた判断","x":"2008 ホシザキ 東証・名証への同時上場 創業61年目にしての株式公開と、二つの市場への同時上場 2008年12月に東証一部・名証一部上場。ホシザキ電機が1947年の創業から61年、創業家2代の手元にあった株式を市場へ開いた 海外買収と国内グループ再編で資金と開示の負荷が増すなか、創業家が保有してきた株式を公開し、資金調達と外部規律の枠組みを取り入れた判断 遅い公開が引き受けたもの 創業から61年という時間の長さは、この会社が資本市場を必要としてこなかった年月の長さでもある。氷を作る機械という一つの商品と、それを売って直す販売会社の網で、同社は長く自力の成長を続けてきた。上場を選んだのは、海外の会社を丸ごと買うという別種の投資を始めてからであった。買収の対価を払う手段としてだけでなく、買った会社を連結で説明し続ける立場に自らを置いたことに、この判断の重さがあると推察される。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/6502/decisions/hd-dvd-exit-2008/","t":"自ら仕掛けた次世代規格戦争の終息と、敗北の受け入れ","c":"東芝","y":2008,"col":"#E61E1E","s":"盟友ワーナーの離反と小売り最大手ウォルマートの撤退表明で北米市場の趨勢がブルーレイへ決定的に傾き、競争優位を失った標準規格から速やかに撤退した判断","x":"2008 東芝 「hd dvd」からの撤退 自ら仕掛けた次世代規格戦争の終息と、敗北の受け入れ 2008年2月にhd dvd事業を終息。2007年度に事業終息費用483億円を計上し、同事業の税引前損益は1,085億円の赤字になった。次世代dvdの規格争いはブルーレイ陣営の勝利で決着した 盟友ワーナーの離反と小売り最大手ウォルマートの撤退表明で北米市場の趨勢がブルーレイへ決定的に傾き、競争優位を失った標準規格から速やかに撤退した判断 仕掛けた側が畳むということ この判断の芯にあるのは、自ら旗を振った標準規格を、当の旗振り役が自らの手で降ろしたという事実である。統一交渉が決裂し、有力メーカーが集まらないまま孤軍で走り出した時点で、勝算は陣営の広がりでブルーレイに劣っていた。それでも現行dvdでの規格統一という成功体験が、統一や撤退を潔しとしない空気を社内に残し、走り続ける選択を後押ししていた。売上高274億円の事業が単年で1,085億円の税引前赤字を生んだ2007年度の数字は、規格戦争が製品の採算ではなく陣取りの費用として積み上がっていたことを示している。勝ち目を失うや2か月弱で幕を引いた素早さは、傷を最小限にとどめる損切りとして合理的であったとみられる。 事業売却・撤退 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/6504/decisions/metawater-joint-venture-2008/","t":"水環境事業を日本碍子の同事業と合併させ、連結子会社から持分法適用会社へ切り替えた選択","c":"富士電機","y":2008,"col":"#005BAB","s":"電気設備に寄った水環境事業を日本碍子の機械設備と一つの会社にまとめ、連結子会社としての支配を手放して持分法適用会社に切り替えた事業体制の組み替え","x":"2008 富士電機 メタウォーター発足 水環境事業を日本碍子の同事業と合併させ、連結子会社から持分法適用会社へ切り替えた選択 2007年11月に富士電機水環境システムズと日本碍子子会社の合併を決議。2008年4月1日にメタウォーターが発足し、議決権50.0%の共同支配企業として水環境事業が連結の外へ出た 電気設備に寄った水環境事業を日本碍子の機械設備と一つの会社にまとめ、連結子会社としての支配を手放して持分法適用会社に切り替えた事業体制の組み替え 支配を対価に規模を獲得する 合併の相手は競合ではなく、隣の工程を持つ会社であった。上下水の施設は電気設備と機械設備を揃えて初めて一括で受注できるが、富士電機が持っていたのは電気の側だけで、2007年4月に分割したばかりの富士電機水環境システムズは単独では半分の会社にすぎない。1対1の合併比率と50.0%という持分は、どちらも相手を支配しないことを先に決めた形である。連結売上から水環境事業が消える代わりに、電気と機械を揃えた会社の半分を持つ。手放したのは支配で、買ったのは規模だったのだろう。 合併・経営統合 資本提携・政策保有 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/6632/decisions/jvc-kenwood-merger-2008/","t":"株式移転方式による対等な統合と、両社を傘下に収める持株会社の発足","c":"JVCケンウッド","y":2008,"col":"#0090D8","s":"家電市場が縮小するなかで、重複する事業を抱えるケンウッドと日本ビクターが、買収ではなく株式移転による対等統合で共同持株会社を設立し、映像・音響・無線の融合による…","x":"2008 jvcケンウッド ビクター・ケンウッド統合 株式移転方式による対等な統合と、両社を傘下に収める持株会社の発足 2008年10月に株式移転で共同持株会社を設立し経営統合した。ケンウッドと日本ビクターが東証一部へ上場し、河原春郎氏が会長兼ceoに就任 家電市場が縮小するなかで、重複する事業を抱えるケンウッドと日本ビクターが、買収ではなく株式移転による対等統合で共同持株会社を設立し、映像・音響・無線の融合による生き残りをめざした再編 出自の違う二社を、対等で統合するということ この統合の核心は、縮む家電市場で単独では足りない規模を、買収ではなく対等の合流でつくろうとした点にある。強い側が弱い側を呑み込む形をとれば主導権は明快になるが、二社はあえて株式移転で持株会社に並び、映像・音響・無線という互いの技術を持ち寄る道を選んだ。対等という設計は、両社の技術と人材を残す利点を持つ一方で、パナソニック系・ビクター系・ケンウッド系という三系統の意思決定を一つにまとめる難しさも抱えていた。統合を発足させることと、統合を機能させることのあいだには、なお距離があったのだろう。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/6702/decisions/2008-hardware-divestiture/","t":"会津の200mm工場を段階的に渡し、前工程の製造を自前で抱えることをやめた","c":"富士通","y":2008,"col":"#c8102e","s":"会津若松の200mm製造会社の株式をオン・セミコンダクターへ段階的に譲渡し、前工程の製造を自前で抱えることをやめた","x":"2008 富士通 半導体事業をオンセミへ売却 会津の200mm工場を段階的に渡し、前工程の製造を自前で抱えることをやめた 2017年10月、会津若松の200mm製造会社の株式30%をオン・セミコンダクターへ追加譲渡することで合意した。出資比率は2018年4月に40%、10月に60%へ上がり、前工程の製造は手元から消えた 会津若松の200mm製造会社の株式をオン・セミコンダクターへ段階的に譲渡し、前工程の製造を自前で抱えることをやめた 工場を止めずに退く段取り 会津の200mm工場をオン・セミコンダクターへ渡した判断は、半導体からの撤退というより、前工程の製造設備を自前で抱える経営の終わりと推察される。作って売る垂直統合は、dramでもシステムlsiでも、需要の波と投資額の重さに耐えられなくなっていた。一部資本参加から始めて40%、60%、100%と持分を順に渡していく段取りは、工場を止めずに担い手だけを入れ替える方法であり、稼働と雇用を保ったまま退く道を選んだのだろう。三重をユナイテッド・マイクロエレクトロニクスへ、会津をオン・セミコンダクターへ、いずれも既に資本を入れていた相手へ渡した点に一貫性がある。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6762/decisions/epcos-acquisition-2008/","t":"受動部品・センサー領域への事業補完","c":"TDK","y":2008,"col":"#0046AD","s":"汎用部品の価格下落で成長が停滞するなか、手薄だった高周波部品・センサー・自動車向けモジュールと欧州基盤を、欧州の受動部品大手の買収で一挙に補完する事業補完型のM…","x":"2008 tdk 独epcosの買収 受動部品・センサー領域への事業補完 2008年7月に独epcosと事業統合契約を締結。上釜健宏社長が1株17.85ユーロの公開買付けに踏み切り、取得価額の総額は1,637億円に達した 汎用部品の価格下落で成長が停滞するなか、手薄だった高周波部品・センサー・自動車向けモジュールと欧州基盤を、欧州の受動部品大手の買収で一挙に補完する事業補完型のm&a 弱点を企業ごと買収する この判断の核心は、自力の素材開発では短期に埋めにくい空白を、その領域で世界上位にある企業ごと取り込むという発想にあった。高周波部品やセンサー、自動車向けモジュール、そして欧州という販路は、いずれもtdkが長く弱点として抱えてきたものである。有報が統合の理由として記す「製品分野及びマーケットにおける重複部分が少なく、互いに補完する関係にある」という一文は、そのまま買収の設計図でもあった。取得価額の総額1,637億円は、前期末に手元にあった現金及び現金同等物1,661億円とほぼ同じ規模で、手持ちの現金を一度に吐き出す買い物であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) pmi・買収後統合 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6787/decisions/victor-circuit-acquisition-2008/","t":"他社事業の譲り受けによる自前主義から外部成長への転換","c":"メイコー","y":2008,"col":"#0068B7","s":"「事業規模の拡大」を中核とする中期事業計画のもとで、自社の設備投資では得られない技術力と顧客基盤を他社の事業ごと取得し、国内の商品力を補強した判断","x":"2008 メイコー ビクターのサーキット事業譲受 他社事業の譲り受けによる自前主義から外部成長への転換 2008年1月に日本ビクターのサーキット事業を譲受。取締役会で事業譲渡契約を決議し、3月31日に他社の基板部門を引き取る 「事業規模の拡大」を中核とする中期事業計画のもとで、自社の設備投資では得られない技術力と顧客基盤を他社の事業ごと取得し、国内の商品力を補強した判断 買収で足したものと、買収では足せなかったもの 12億9,954万円という金額は、この年の同社の連結売上高785億円に照らせば小さい。それでも、1975年11月の設立から32年にわたり自ら工場を建設し、自ら人を雇って伸びてきた会社にとって、他社の事業部門をそのまま受け入れたことの意味は金額では測りにくい。移籍した147名のうち、研究開発部隊は翌月から共同研究に加わり、生産部門は1年足らずで宮城へ移された。事業譲受という一つの取引が、社内で二通りの扱いを受けた点にこの案件の性格がうかがえる。 技術・r&d起点の勝負 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/7157/decisions/disclosure-loading-premium-2008/","t":"付加保険料率の全面開示と、商品ごとの運営経費の公表","c":"ライフネット生命保険","y":2008,"col":"#8FB130","s":"情報の非対称性を前提に成り立っていた生命保険市場に対し、専属販売員を持たない低コスト構造を武器として、保険料の原価構成を商品ごとに開示した判断","x":"2008 ライフネット生命保険 保険料の内訳開示 付加保険料率の全面開示と、商品ごとの運営経費の公表 2008年11月に付加保険料の割合を全面公表。純保険料との内訳を商品ごとに示し同年5月の営業開始から半年での開示 情報の非対称性を前提に成り立っていた生命保険市場に対し、専属販売員を持たない低コスト構造を武器として、保険料の原価構成を商品ごとに開示した判断 開示できる側と、できない側 販売員を1人も雇わなかったことが、原価を明かせる条件になっていた。特約を持たず、商品を2種類に絞り、対面の販売網を持たない会社だけが、同じ数字を安さの証明として使えた。2008年11月の開示は、業界の慣行に踏み込んだ一手であると同時に、コスト構造が有利な側だけが取りうる手でもあった。 プライシング・価格政策 ブランド・マーケティング 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/7270/decisions/toyota-capital-alliance-2008/","t":"出資比率16.5％の受け入れと、実質的なグループ入りの選択","c":"SUBARU","y":2008,"col":"#0156A1","s":"GM離脱後に筆頭株主となったトヨタからの出資を16.5％まで受け入れ、独立を残しつつ実質的なグループ入りで後ろ盾を固めた資本系列の転換","x":"2008 subaru トヨタとの資本提携 出資比率16.5%の受け入れと、実質的なグループ入りの選択 2008年4月にトヨタと資本提携。出資比率が8.7%から16.5%へ上がり、金庫株を約311億円で取得してoem供給も拡大した gm離脱後に筆頭株主となったトヨタからの出資を16.5%まで受け入れ、独立を残しつつ実質的なグループ入りで後ろ盾を固めた資本系列の転換 したたかなトヨタと、残された独立 この判断の核心は、経営破綻ではなく業績の低迷という段階で、独立をできるだけ残したまま巨大グループの内側へ移った点にある。トヨタは持ち分法や役員派遣を避け、スバルブランドも残した。資本の論理をむき出しにせず、機が熟すまで待つ——ダイハツや日野自動車を数十年かけて子会社化してきたトヨタの流儀が、ここでも貫かれていると思われる。中堅にとっては、支配される手前で踏みとどまりながら後ろ盾を得る、綱渡りに近い選択であった。 資本提携・政策保有 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/7744/decisions/portfolio-company-shift-2008/","t":"創業家2代目の動議による経営陣刷新","c":"ノーリツ鋼機","y":2008,"col":"#E60028","s":"祖業市場そのものが消えるなかで、製品の改良ではなく事業の入れ替えで会社を存続させる方針への転換","x":"2008 ノーリツ鋼機 株主提案による投資会社化 創業家2代目の動議による経営陣刷新 2008年に株主提案で経営陣を刷新。創業者の孫にあたる西本博嗣氏が主導し、2010年4月に自ら社長へ就任して投資会社型へ移行した 祖業市場そのものが消えるなかで、製品の改良ではなく事業の入れ替えで会社を存続させる方針への転換 機械を守るか、会社を残すか 主力製品の性能で世界の過半を取った会社が、その製品の市場ごと消える場面に立った。とりうる道は二つあった。ひとつは機械の側で戦い続ける道で、デジタル対応のミニラボを出し、写真店の減少を単価と保守で埋める。もうひとつは、機械を持つ会社という定義を捨てる道である。西本博嗣氏が2008年に動議で求めたのは後者であり、その意味で刷新の対象は経営陣というより、会社の自己規定そのものだったのだろう。 アクティビスト・株主提案対応 創業家・同族 祖業・主力事業の転換 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/ethanol-accounting-2008/","t":"15年以上続いた在庫操作の一括処理と、人事ローテーションの制度化","c":"伊藤忠商事","y":2008,"col":"#19479B","s":"元従業員が15年以上にわたり在庫数量を操作して架空の利益を計上していた事実が2008年3月期に判明し、累計影響額3,765百万円を当期へ一括計上したうえで、人事…","x":"2008 伊藤忠商事 エタノール取引の不適切会計 15年以上続いた在庫操作の一括処理と、人事ローテーションの制度化 2008年3月期に元従業員による外国産飲料用エタノール取引の不適切な会計処理が判明した。累計影響額3,765百万円を当期に一括計上し、再発防止策を決定している 元従業員が15年以上にわたり在庫数量を操作して架空の利益を計上していた事実が2008年3月期に判明し、累計影響額3,765百万円を当期へ一括計上したうえで、人事ローテーションと未着在庫の検証手続きを制度として組み直した。 数字の小ささが示すもの 15年以上という期間の長さに対して、累計影響額3,765百万円という数字はあまりに小さい。当期純利益の1.7%にすぎず、各期に割れば年2億円前後にとどまる。私的な流用もなく、取引先に損害も出ていない。それでもこの事案が重いのは、金額ではなく、誰も気づけない構造が15年も温存された点にあるだろう。仕入から客先交渉、在庫区分、証憑管理までを一人が握っていれば、実在庫と帳簿在庫を突き合わせても差異は現れない。数字が安定していることそのものが、疑いを持たれない理由になっていた。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8267/decisions/holding-company-2008/","t":"総合スーパー事業を丸ごと会社分割で切り出し、戦略と事業を分離した純粋持株会社体制への移行","c":"イオン","y":2008,"col":"#d6006e","s":"連結営業収益5兆円・関係会社168社まで広がったグループで、成長戦略が主力の国内小売事業に引きずられることを避けるため、本体の事業を丸ごとイオンリテールへ会社分…","x":"2008 イオン イオンリテール分割と持株会社化 総合スーパー事業を丸ごと会社分割で切り出し、戦略と事業を分離した純粋持株会社体制への移行 2008年4月に取締役会が会社分割と純粋持株会社への移行を決議した。同年8月21日、387店舗・売上高1兆8,228億円の総合小売事業をイオンリテールへ承継し、提出会社の従業員数は1万4,031人から380人になった 連結営業収益5兆円・関係会社168社まで広がったグループで、成長戦略が主力の国内小売事業に引きずられることを避けるため、本体の事業を丸ごとイオンリテールへ会社分割し、戦略を担う純粋持株会社へ移行した再編 本体を空にして、戦略だけを残す この分割でイオン株式会社から出ていったのは、387店舗と1兆8,228億円の売上高、そして1万3,651人の従業員だった。残ったのは株式を持ち、支配し、資源を配る機能だけである。総合スーパーが本体そのものであった時代、グループの戦略は最大の事業の論理に引きずられる。持株会社への移行は、経営の中枢をその引力から外す操作だったとみられる。中立性を担保するという言葉は、裏返せば本体が最大の事業の当事者であり続ける限り中立ではいられない、という認識の表明でもある。 持株会社化・グループ再編 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/8306/decisions/morgan-stanley-investment-2008/","t":"リーマン危機のさなかに踏み切った米投資銀行への90億米ドルの資本投入","c":"三菱UFJフィナンシャル・グループ","y":2008,"col":"#c8102e","s":"統合で得た資本の厚みを元手に、株価急落のさなかの米投資銀行へ90億米ドルを年10％配当の優先株で出資し、潜在的議決権の20.9％を確保した資本提携","x":"2008 三菱ufjフィナンシャル・グループ モルガン・スタンレー出資 リーマン危機のさなかに踏み切った米投資銀行への90億米ドルの資本投入 2008年10月にモルガン・スタンレーへ90億米ドルを出資。年10%配当の優先株で潜在的議決権の20.9%を確保し、2011年6月に普通株へ転換して持分法適用関連会社とした 統合で得た資本の厚みを元手に、株価急落のさなかの米投資銀行へ90億米ドルを年10%配当の優先株で出資し、潜在的議決権の20.9%を確保した資本提携 救済の顔をした下値対策 恐怖が値を決める市場で買い手に回った判断として語られがちだが、条件を並べると見えてくるのは、救済の顔をした周到な下値対策である。90億米ドルは全額が優先株で、年10%の配当が付き、議決権は持たない。株価が転換価格の150%を上回るまで強制転換は起きず、相手の株価がどこまで沈もうと配当だけは受け取り、浮上して初めて普通株の値上がりを取りにいく。危機下の交渉としては、むしろ冷徹な組み立てだった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8410/decisions/jasdaq-listing-2008/","t":"新興企業向け証券取引所への上場と、株式公開企業への移行","c":"セブン銀行","y":2008,"col":"#07A32B","s":"全国ATM網の完成と黒字定着を受け、自己株式の売出による上場で流通株式を供給し、銀行としての独立した資本市場での評価を得た資本政策","x":"2008 セブン銀行 ジャスダックへ上場 新興企業向け証券取引所への上場と、株式公開企業への移行 2008年2月にジャスダックへ株式を上場。開業から6年10カ月で、流通グループを母体とする銀行が上場企業として市場の評価を受ける立場へ 全国atm網の完成と黒字定着を受け、自己株式の売出による上場で流通株式を供給し、銀行としての独立した資本市場での評価を得た資本政策 資金を調達しない上場が意味したもの 新株を発行せず、自己株式を4%あまり売り出しただけの上場は、資金調達としては小さい。設備投資の原資が要る会社であればこの形は選びにくいが、atmの購入資金を営業キャッシュフローで賄える収益力がすでにあった。この上場が求めていたのは資金というより、グループ内の一事業から、独立して値付けされる会社への移行だっただろう。開業時に否定論を浴びた収益モデルが、公開市場の評価に耐えるかどうかを確かめる場でもあった。 上場・ipo・市場変更 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/8572/decisions/mufg-subsidiary-2008/","t":"メガバンク傘下への移行と、それでも手放さなかった上場の維持","c":"アコム","y":2008,"col":"#C8102E","s":"改正貸金業法で利ざやが細るなか、消費者金融大手アコムがMUFGのTOB（1株4,000円）を受け入れ、議決権比率を15.77%から40.04%へ渡して連結子会社…","x":"2008 アコム 三菱ufjの連結子会社化 メガバンク傘下への移行と、それでも手放さなかった上場の維持 2008年9月に三菱ufjのtobを受け入れ。1株4,000円でmufgの議決権比率は15.77%から40.04%へ上がり、同年12月に連結子会社へ 改正貸金業法で利ざやが細るなか、消費者金融大手アコムがmufgのtob(1株4,000円)を受け入れ、議決権比率を15.77%から40.04%へ渡して連結子会社となり、上場と独自性は残した資本提携の強化 独立系の看板を残したまま、メガバンクの傘下へ この判断の核心は、銀行が消費者金融を丸ごと抱えるのではなく、連結子会社という距離で抱えた点にある。消費者金融の高い収益は欲しい。だが、盗聴事件などで評判の傷んだ業態を完全に取り込むには、銀行のブランドと世論への配慮が引っかかった。議決権40.04%で連結に収め、上場と独自性を残す設計は、収益を取り込みつつ距離を保つ折り合いであった。アコムは独立系の看板を掲げたまま、メガバンクの調達力を手にした。 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8584/decisions/mufg-alliance-2008/","t":"20%出資の受け入れと、三菱UFJニコスの個品割賦承継","c":"ジャックス","y":2008,"col":"#009944","s":"過払い利息返還の負荷を負わずに済んだジャックスが、三菱東京UFJ銀行の20％出資を受け入れて持分法適用関連会社となり、同時に三菱UFJニコスの個品割賦事業を承継…","x":"2008 ジャックス 三菱ufjの系列入り 20%出資の受け入れと、三菱ufjニコスの個品割賦承継 2008年3月に三菱東京ufj銀行の第三者割当増資を受け入れ、同行の持分法適用関連会社となった。28,215,000株を1株318円で発行して8,972百万円を調達し、議決権所有割合は20.00%になった 過払い利息返還の負荷を負わずに済んだジャックスが、三菱東京ufj銀行の20%出資を受け入れて持分法適用関連会社となり、同時に三菱ufjニコスの個品割賦事業を承継した資本業務提携 20%で止めた提携の意味 この提携は、資本の受け入れというより、負っていない傷を値打ちに変える取引だったとみられる。改正貸金業法は信販と消費者金融を等しく襲ったが、ジャックスは利息制限法の上限金利の範囲内で運営してきたため過払い利息返還の負荷がなく、「前向きな戦略に特化できる」側に立っていた。だからこそ、沈む側の営業基盤だけを従業員335名・5拠点という最小の受け入れで引き取り、同時に8,972百万円の資本を招き入れることができた。持分は20.00%で止まり、上場も経営の独立も手放していない。 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8604/decisions/lehman-acquisition-2008/","t":"アジア太平洋・欧州中東部門の引き受けによるグローバル投資銀行への転身","c":"野村ホールディングス","y":2008,"col":"#b51e22","s":"サブプライムで最初の赤字を負った野村が、リーマン破綻の翌月にアジア・パシフィックならびに欧州・中東地域部門の雇用等を承継し、邦証券の悲願だったグローバル投資銀行…","x":"2008 野村ホールディングス リーマン・ブラザーズ承継 アジア太平洋・欧州中東部門の引き受けによるグローバル投資銀行への転身 2008年10月にリーマン・ブラザーズのアジア・パシフィックならびに欧州・中東地域部門の雇用等を承継。連結従業員数は第105期に7,600名増えた サブプライムで最初の赤字を負った野村が、リーマン破綻の翌月にアジア・パシフィックならびに欧州・中東地域部門の雇用等を承継し、邦証券の悲願だったグローバル投資銀行への転身に賭けた海外戦略 日本企業が外資型投資銀行を経営するということ この承継の面白さは、買ったものの中身にある。取得価額481億円のうち受け入れた資産は648億円、引き受けた負債は399億円で、残る232億円はのれんとして立った。有価証券報告書【企業結合】が挙げるのれんの発生原因は、リーマンの顧客基盤の融合によってホールセール・ビジネスと投資銀行業務が強化拡大されることで得られる価値である。金融資産と金融負債は引き取らず、人員と業務上必要な資産だけを選んで承継した組み立ては、投資銀行の価値は人に宿るという業の本質を突いていた。第105期に連結従業員数は7,600名増え、ゼロから築けば10年かかる陣容が数か月で手に入った。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 祖業・主力事業の転換 グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/8754/decisions/nipponkoa-activist-2008/","t":"筆頭株主による社長再任反対と、経営統合をめぐるOB株主の反対","c":"日本興亜損害保険","y":2008,"col":"#FF9900","s":"引受採算の悪化と保険料収入の減少を背景に、筆頭株主の米ファンドが2年続けて社長再任に反対し、経営統合に反対する役員OBの動きと重なって株主総会が紛糾した株主対応","x":"2008 日本興亜損害保険 サウスイースタンの反対 筆頭株主による社長再任反対と、経営統合をめぐるob株主の反対 2008年6月に筆頭株主が社長再任へ反対。持ち株比率約17%の米サウスイースタン・アセット・マネジメントが兵頭誠社長の再任に反対票を投じると表明 引受採算の悪化と保険料収入の減少を背景に、筆頭株主の米ファンドが2年続けて社長再任に反対し、経営統合に反対する役員obの動きと重なって株主総会が紛糾した株主対応 同じ一点で重なった、逆向きの反対 反対は二つあり、向きが逆であった。サウスイースタンは損害保険ジャパンの株式も約7.5%持つ筆頭株主で、統合が成っても壊れてもどちらかの持ち分は残る。統合案そのものに固執する必要がなく、単独でもかまわないと言えたのは、この位置にいたからだろう。役員obが反対したのは統合の中身そのもので、メインバンクのねじれと、相談のない進め方の二つを理由に挙げた。理由の違う二つの反対が、兵頭誠社長の再任反対という一点だけで重なった。 アクティビスト・株主提案対応 トップ交代・承継 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9401/decisions/akasaka-redevelopment-2008/","t":"赤坂再開発による不動産事業化","c":"TBSホールディングス","y":2008,"col":"#0050FF","s":"放送収入への依存から脱するため、本社を構える赤坂の自社用地を賃貸ビルの運用にとどめず、赤坂サカスから赤坂二・六丁目の街区開発へと面的に組み替え、不動産を放送外の…","x":"2008 tbsホールディングス 赤坂サカスの開業 赤坂再開発による不動産事業化 2008年2月に複合施設の赤坂サカスを開業。井上弘社長のもとで赤坂二・六丁目地区の再開発を終え、放送収入に頼らない不動産事業を育てた 放送収入への依存から脱するため、本社を構える赤坂の自社用地を賃貸ビルの運用にとどめず、赤坂サカスから赤坂二・六丁目の街区開発へと面的に組み替え、不動産を放送外の収益源に育てた戦略 放送局が街の地主になるということ 放送に依存しない収益源づくり、という説明にこの判断は収まらない。芯にあるのは、創業以来70年にわたり本社を構えてきた赤坂の一等地という自社資産を、賃貸ビル一棟の運用ではなく街区そのものの開発へ組み替えた点にある。井上弘社長が2008年に開いた赤坂サカスは点であり、佐々木卓社長が継ぐ2028年竣工の街区は面である。放送局が番組を作る会社であると同時に、街を持ち運営する地主へと役割を広げたのだろう。 飛び地・非関連多角化 収益モデル転換 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9502/decisions/hamaoka-1-2-decommissioning-2008/","t":"運転終了と隣接地への6号機新設という設備更新の選択","c":"中部電力","y":2008,"col":"#E60012","s":"東海地震の想定震源域に立つ老朽の1・2号機を、耐震補強で延命させるより廃止して大型の6号機に置き換えるほうが合理的と判断したリプレース計画。実際には6号機新設は…","x":"2008 中部電力 浜岡1・2号機の廃炉 運転終了と隣接地への6号機新設という設備更新の選択 2008年12月に浜岡1・2号機の運転終了と6号機の建設を決定。2009年1月に540千kwと840千kwの2基を止め、関連損失1,536億円を特別損失へ計上した 東海地震の想定震源域に立つ老朽の1・2号機を、耐震補強で延命させるより廃止して大型の6号機に置き換えるほうが合理的と判断したリプレース計画。実際には6号機新設は実現せず、廃炉のみが進んだ 設備更新という計算が、時代に追い越されるとき この判断を\"安全のための廃炉\"とだけ読むと、芯を外す。決定は福島事故より前の2008年で、中心にあったのは安全そのものより費用対効果の計算であった。営業運転から30年を超えた出力の小さい2基を、東海地震向けの耐震補強を重ねて延命させるより、廃止して大型の新型機に置き換えるほうが得策とみた設備更新の選択である。想定震源域の直上という立地が、その計算の重みを他社より大きくしていた点に、この判断の特徴がうかがえる。 大型設備投資 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9507/decisions/overseas-ipp-2008/","t":"カタールの発電造水事業を足がかりとした海外電力事業への進出","c":"四国電力","y":2008,"col":"#E8053B","s":"自由化で国内市場の伸びが見込みにくくなるなか、海外の発電事業へ小口出資で参画し、入札で事業権を取る市場での経験を積む判断","x":"2008 四国電力 ラスラファンc発電事業への出資 カタールの発電造水事業を足がかりとした海外電力事業への進出 2008年7月にラスラファンc発電事業へ出資。出資比率5%で四国電力初の海外独立系発電事業となり出力273万kwを備える 自由化で国内市場の伸びが見込みにくくなるなか、海外の発電事業へ小口出資で参画し、入札で事業権を取る市場での経験を積む判断 小さく持ち、長く関わる この進出の特徴は、規模ではなく入り方にあらわれている。初めての海外発電事業で選んだ持分は5%で、事業を仕切る立場ではない。それでいて技術者を現地へ送り、建設から運転開始までの実務に加わった。資本のリスクは小さく抑え、経験だけは深く取りにいく——規制の下で守られてきた会社が競争市場へ出るときの、慎重で現実的な設計だったとみられる。16年後の案件で出資比率が11%へ上がっているのは、その時間のかけ方に見合う学習があったことをうかがわせる。 海外進出・現地生産 大型設備投資 中東 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/9513/decisions/tci-foreign-law-defense-2008/","t":"外為法の中止命令と株主提案の否決による海外ファンドの排除","c":"電源開発","y":2008,"col":"#E60020","s":"民営化した電力インフラ会社への外資の買い増しを、外為法の対内直接投資規制（公の秩序の維持）に基づき政府が初めて止めた事案。株主提案への対応と自己株式取得による決…","x":"2008 電源開発 英tciの買い増し阻止 外為法の中止命令と株主提案の否決による海外ファンドの排除 2008年に英tciによる株式買い増しへ中止命令。政府が外国為替及び外国貿易法に基づき、9.9%から20%への引き上げを止めた 民営化した電力インフラ会社への外資の買い増しを、外為法の対内直接投資規制(公の秩序の維持)に基づき政府が初めて止めた事案。株主提案への対応と自己株式取得による決着を含む 開放と防護のあいだで この事案の芯にあるのは、上場企業として市場の規律に服する立場と、電力という社会基盤を担う立場が、一つの会社のなかで衝突した点であった。民営化は国の後ろ盾を外して自律経営を促す選択であったが、外国人株主に開かれた資本構成は、同時に増配や資本効率の徹底を迫る圧力も呼び込んだ。その圧力を、政府は外為法という規制で押し戻した。市場開放の帰結を、開放を主導したはずの国が制度で制御し直したという、ねじれを含む場面であったと思われる。 アクティビスト・株主提案対応 敵対的・同意なき買収"},{"k":"decision","u":"/tse/9746/decisions/president-succession-2008/","t":"創業家2代目から生え抜き","c":"TKC","y":2008,"col":"#005EB8","s":"創業家2代目が会長へ退き、執行を生え抜き役員に委ねることで、理念の継承と日常の経営執行を分離した体制の切り替え","x":"2008 tkc 髙田順三氏が社長就任 創業家2代目から生え抜き 2008年12月に髙田順三氏が社長へ就任。創業家2代目の飯塚真玄氏は代表取締役会長に残り、飯塚家以外からの起用は初めてであった 創業家2代目が会長へ退き、執行を生え抜き役員に委ねることで、理念の継承と日常の経営執行を分離した体制の切り替え 理念を会社の外に置いた会社の承継 同族企業の社長交代では、創業家の理念をどう引き継ぐかが最大の難所となる場合が多い。tkcの2008年の交代がそれほど大きな軋みを見せずに済んだのは、理念と戦略の相当部分を会員組織である全国会が担う構造ができていたためと思われる。会社の側が理念の唯一の担い手ではない以上、社長の職は執行の責任に近づき、社内で育った人物が引き受けやすくなる。創業家は会長として全国会との関係を保ち、長期の方針づくりに関わり続けた。 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/1333/decisions/maruha-nichiro-merger-2007/","t":"水産大手2社の一体化と、持株会社体制での再出発","c":"Umios","y":2007,"col":"#FA0014","s":"縮む国内市場と枯渇へ向かう水産資源、流通の交渉力上昇という事業環境の悪化を前に、水産一位のマルハと三位のニチロが統合して調達力と品ぞろえを集約した業界再編","x":"2007 umios マルハとニチロの経営統合 水産大手2社の一体化と、持株会社体制での再出発 2006年12月にマルハとニチロの経営統合。水産最大手と業界三位が株式交換で結び、2007年10月にマルハニチロホールディングスが発足 縮む国内市場と枯渇へ向かう水産資源、流通の交渉力上昇という事業環境の悪化を前に、水産一位のマルハと三位のニチロが統合して調達力と品ぞろえを集約した業界再編 規模を得るということ この統合を、水産の二強が数を合わせて規模を得ただけの再編とみるのは、事の半分しか捉えていない。マルハグループ本社の五十嵐勇二社長は、縮む市場と減る資源を前に国内で単独の成長機会を見つけるのは至難と言い切り、就任予定のトップ自らが市場の成熟を正面から認めていた。旧日本興業銀行出身の社長が率いた金融主導の色合いは濃いものの、127年のマルハと100年のニチロという二つの水産史を一つに経営統合した判断の芯は、需要の頭打ちを直視したところにあったと思われる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/1961/decisions/profit-first-shift-2007/","t":"規模を超える受注拡大策の撤回と、身の丈に見合った量への引き下げ","c":"三機工業","y":2007,"col":"#F0830B","s":"増収のまま創業以来はじめての経常損失を計上したことを受け、仕事量の最大確保によって利益を確保するという戦略を降ろし、自社の技術力・施工力・要員数に見合った規模で…","x":"2007 三機工業 採算重視受注へ転換 規模を超える受注拡大策の撤回と、身の丈に見合った量への引き下げ 2007年3月に採算重視の受注へ転換。三機工業グループが創業以来はじめての経常損失87億8,200万円を計上し、量の確保を降ろした 増収のまま創業以来はじめての経常損失を計上したことを受け、仕事量の最大確保によって利益を確保するという戦略を降ろし、自社の技術力・施工力・要員数に見合った規模での採算重視受注へ切り替えた判断 量を積んでも利益が残らなかった増収期 売上高2,461億円余は前期を3.6%上回っており、2007年3月期の三機工業は仕事を取り損ねたわけではなかった。それでも経常損益は87億8,200万円の損失に転じる。仕事量を最大限確保すれば利益がついてくるという前提は、資機材価格と労務費が同時に上がり大型再開発物件の施工時期が重なった年度には成り立たなかった。第4四半期の方針転換は、量を積む戦略そのものが利益を生まなくなったことを期の途中で認めた行為にあたると推察される。 経営再建・ターンアラウンド プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/2168/decisions/holding-company-2007/","t":"人材派遣を軸にした単体経営の終了と、グループ戦略・資源配分の持株会社への移管","c":"パソナグループ","y":2007,"col":"#E50012","s":"人材派遣事業を中心とした経営体制を畳み、純粋持株会社がグループ戦略の策定と成長分野への資源配分を担う体制へ——単独株式移転でパソナグループを新設し、旧パソナを完…","x":"2007 パソナグループ 純粋持株会社パソナグループ設立 人材派遣を軸にした単体経営の終了と、グループ戦略・資源配分の持株会社への移管 2007年12月に単独株式移転で純粋持株会社パソナグループを設立。旧パソナを完全子会社とし、資本金5,000百万円の新会社が東証一部と大証ヘラクレスへ上場した 人材派遣事業を中心とした経営体制を畳み、純粋持株会社がグループ戦略の策定と成長分野への資源配分を担う体制へ——単独株式移転でパソナグループを新設し、旧パソナを完全子会社の事業会社に戻した二段階の組織再編 持株会社を先に設立し、中身は後から詰めた 単独株式移転は、資本関係も株主構成も動かさない。移転比率は1株に1株、交付金はゼロ、共通支配下の取引としてのれんも生じない。財務諸表の上では何も起きていない決断である。それでも2007年にこれを選んだのは、事業会社の頂点に立ったままでは人材派遣以外へ資源を振り向けられないという読みがあったからだと思われる。決議した期の売上高は9割超が人材派遣・請負と人材紹介で、再就職支援とアウトソーシングを足しても1割に届かない。「総合的な人材事業ポートフォリオ」という掲げた言葉に見合う中身は、この時点ではまだ無かった。 持株会社化・グループ再編 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/2212/decisions/fujiya-rescue-2007/","t":"二度重ねた第三者割当増資の引受と、菓子の老舗の再建支援","c":"山崎製パン","y":2007,"col":"#E50012","s":"独占禁止法上パンで買収できない分を菓子で伸ばす戦略と、不祥事で止まった老舗の再建支援が重なった資本参加","x":"2007 山崎製パン 不二家の51%子会社化 二度重ねた第三者割当増資の引受と、菓子の老舗の再建支援 2007年3月に不二家の第三者割当増資の引受を決議し、4月に68,032,000株を159億87百万円で取得して持株比率35%とした。2008年11月に63,470,000株を追加で引き受け、51%の連結子会社とした 独占禁止法上パンで買収できない分を菓子で伸ばす戦略と、不祥事で止まった老舗の再建支援が重なった資本参加 救済と拡大が同じ一手になるとき この判断の性格は、救済と事業拡大がひとつの取引に重なったところにある。独占禁止法の制約でパンの規模をこれ以上積み増せなかった山崎製パンにとって、菓子と洋菓子の両方を持つ会社は本来なら高い買い物であったはずが、不祥事によって自ら支援を求める立場に回っていた。逆に不二家は、洋菓子を切り離さずに立て直すという条件を守れる相手を探していた。互いの制約が噛み合った結果として、覚書による技術支援から始まる段階的な関与が成り立っただろう。 救済型m&a・支援受け入れ 経営再建・ターンアラウンド 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/2501/decisions/steel-partners-defense-2007/","t":"買付提案への大規模買付ルールの適用と、株主総会の承認による対応方針の発効","c":"サッポロビール","y":2007,"col":"#FDC426","s":"恵比寿ガーデンプレイスに象徴される不動産の含み益と低い資本効率を突いたスティール・パートナーズの買付提案に対し、サッポロが事前警告型の大規模買付ルールを適用して…","x":"2007 サッポロビール スティールへの買収防衛策 買付提案への大規模買付ルールの適用と、株主総会の承認による対応方針の発効 2007年3月にスティール・パートナーズの買付提案へ事前警告型の対応方針で応じた。第83回定時株主総会の承認を得て発効させ、議決権割合20%以上の買付に新株予約権の無償割当で対抗する枠組みを設けた 恵比寿ガーデンプレイスに象徴される不動産の含み益と低い資本効率を突いたスティール・パートナーズの買付提案に対し、サッポロが事前警告型の大規模買付ルールを適用して必要情報の提供と評価期間を求め、対応方針を株主総会の承認にかけながら2年にわたる協議の末に提案の撤回を引き出した敵対的買収への対応 守り抜いた構造と、残された課題 この対応は、買収を拒む装置というより、時間を買う装置だったとみられる。会社が使ったのは新株予約権ではなく手続きである。必要情報の提供を求め、やり取りを重ね、評価期間を置く。買付提案を受け取ってから撤回の書簡が届くまで、2年が過ぎた。その間にサッポロは恵比寿ガーデンプレイスの共有持分15%を500億円で手放してモルガン・スタンレーと組み、株主還元も引き上げている。対抗措置を一度も発動しないまま、買い手が退くのを待ち切った判断であった。 敵対的・同意なき買収 アクティビスト・株主提案対応"},{"k":"decision","u":"/tse/2593/decisions/preferred-stock-listing-2007/","t":"議決権を持たない第1種株式を市場で売買させる資本政策","c":"伊藤園","y":2007,"col":"#00A040","s":"買収や海外投資の資金需要に応えつつ、議決権のある株式を増やさずに自己資本を厚くするための種類株式の設計と上場","x":"2007 伊藤園 優先株式の東証上場 議決権を持たない第1種株式を市場で売買させる資本政策 2007年9月に優先株式の東証上場。議決権のない普通株の125%配当を受ける第1種優先株を1株につき0.3株ずつ無償割当 買収や海外投資の資金需要に応えつつ、議決権のある株式を増やさずに自己資本を厚くするための種類株式の設計と上場 議決権に値段はつくのか この資本政策は、会社が資金を欲しがる一方で議決権は配りたくないという、上場した創業家企業がしばしば抱える緊張を、制度の設計として正面から扱った例にあたる。伊藤園自身が挙げた目的は資金調達手段の拡大と株主への新しい投資対象の提供であり、支配権の維持を掲げてはいない。それでも、議決権のある株式を1株も増やさずに自己資本を厚くできる仕組みであった以上、創業家が経営を担い続ける体制と両立させる意味を持っていたのだろう。 資金調達・財務戦略 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/2702/decisions/franchise-conversion-2007/","t":"直営店の加盟店への移管と、店舗資産を抱えない体質への転換","c":"日本マクドナルド","y":2007,"col":"#FFBC0F","s":"直営中心の重い店舗網を、直営店のFCオーナーへの売却で軽くする資産圧縮。本社投資と人件費を削減する事業構造の改革であると同時に、売却益が営業利益を下支えし、20…","x":"2007 日本マクドナルド フランチャイズ転換 直営店の加盟店への移管と、店舗資産を抱えない体質への転換 2007年12月にフランチャイズ転換。原田泳幸氏が1,400店を超える直営店をfcオーナーへ売却し、本社の投資と人件費を圧縮 直営中心の重い店舗網を、直営店のfcオーナーへの売却で軽くする資産圧縮。本社投資と人件費を削減する事業構造の改革であると同時に、売却益が営業利益を下支えし、2013年の売却一巡で業績が急落するまで本業の弱さを覆い隠した 「改革」と「資産処分」の境界 原田氏の10年がもたらした変化は、二つの顔を持っていた。一つは、直営中心の重い体制を軽くし、fcオーナーへ運営を委ねて本社の投資と人件費を絞る事業構造の組み替えである。もう一つは、直営店という資産を売って利益を生む資産処分だった。前者は事業を続けるための改革であり、後者は一度きりで尽きる利益にすぎない。問題は、この二つが同じ営業利益の一行に溶け合い、外からは見分けにくかった点にある。増益が続くあいだ、本業の実力と資産売却の利益は区別されないまま、好調な数字として読まれていた。 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/2804/decisions/takeover-defense-2007/","t":"TOBに対する新株予約権無償割当の実施と、経営権を守る姿勢の明示","c":"ブルドックソース","y":2007,"col":"#AB0029","s":"換金性資産を温存した堅実な財務体質を突いた海外アクティビストの公開買付に対し、差別的行使条件付きの新株予約権無償割当で持株比率を希薄化させ、株主総会特別決議と最…","x":"2007 ブルドックソース スティールへの買収防衛策 tobに対する新株予約権無償割当の実施と、経営権を守る姿勢の明示 2007年7月にスティールへの買収防衛策。池田章子社長が新株予約権の無償割当を発動し最高裁の適法判断まで得た日本初の例 換金性資産を温存した堅実な財務体質を突いた海外アクティビストの公開買付に対し、差別的行使条件付きの新株予約権無償割当で持株比率を希薄化させ、株主総会特別決議と最高裁の適法判断で退けた買収防衛策 株主平等と企業価値の間で ブルドックソース事件は、敵対的買収に対する日本企業の防衛が、株主総会の意思と司法の判断という二つの関門を通って初めて許されることを示した先例といえる。会社は、スティールだけを狙い撃つ差別的な仕組みを、全株主への平等な割当という形式と、議決権の8割を超える賛成、そして相手方への現金補償で包み、株主平等原則との衝突をかろうじて避けた。守ったのは、更生法の記憶から50年かけて積み上げた堅実な財務体質そのものであった。もっとも、その堅実さがなぜアクティビストを招いたのかという問いには、防衛の勝利は答えていない。 アクティビスト・株主提案対応 敵対的・同意なき買収 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/285A/decisions/three-dimensional-nand-shift-2007/","t":"回路線幅を細める微細化の延長を捨て、メモリセルを縦に積む3次元構造へ主力技術を移行した選択","c":"キオクシアホールディングス","y":2007,"col":"#333333","s":"回路線幅を狭める微細化での大容量化が電子同士の干渉という壁に突き当たるのを見越し、メモリセルを垂直に積み上げる3次元構造へ主力技術を移行した、キオクシアの前史に…","x":"2007 キオクシアホールディングス bics flashへの積層転換 回路線幅を細める微細化の延長を捨て、メモリセルを縦に積む3次元構造へ主力技術を移行した選択 2007年6月、東芝が積層した電極を柱状の素子列で垂直に貫く3次元メモリセルアレイ技術を開発。微細化による大容量化の延長を捨て、2015年3月に48層のbics flashtmをサンプル出荷した。 回路線幅を狭める微細化での大容量化が電子同士の干渉という壁に突き当たるのを見越し、メモリセルを垂直に積み上げる3次元構造へ主力技術を移行した、キオクシアの前史にあたる東芝の技術転換 微細化という約束を降りた日 この判断は、新しい技術を一つ増やした話ではなく、半導体産業が長く信じてきた前提から降りる決断であっただろう。回路線幅を細くすれば容量が増えコストが下がるという微細化の約束は、電子同士が干渉するという物理の壁に突き当たった。東芝が選んだのは、平面の上で線を細くする競争から、縦に何層積めるかという競争へ土俵そのものを移すことだった。土俵が変われば、それまで積み上げてきた微細化の設備と経験の価値も低下する。捨てるものの大きさを引き受けた点に、この転換の重さがある。 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/2914/decisions/gallaher-acquisition-2007/","t":"75億スターリング・ポンドを投じて手にした欧州とロシアの柱","c":"JT","y":2007,"col":"#00A273","s":"RJRナビスコ買収で世界3位へ跳んだJTが、英ギャラハーを取得原価75億スターリング・ポンドで買収して販売網とブランドを取得し、欧州とロシアの事業基盤を加えて上…","x":"2007 jt 英ギャラハーの買収 75億スターリング・ポンドを投じて手にした欧州とロシアの柱 2006年12月に英ギャラハーの買収に合意。取得原価75億スターリング・ポンド(約1兆7,200億円)を投じ、1999年のrjrナビスコに続く二度目の巨額海外買収 rjrナビスコ買収で世界3位へ跳んだjtが、英ギャラハーを取得原価75億スターリング・ポンドで買収して販売網とブランドを取得し、欧州とロシアの事業基盤を加えて上位2社との差を詰めた海外m&a 世界3位を固めた二段目という位置づけ この買収の面白さは、一度目の賭けが果実を生んだ実績を踏み台に、二度目のより大きな賭けへ踏み込めた点にある。rjrナビスコ買収は世界規模のたばこメーカーへの跳躍であり、その海外たばこ事業は2006年3月期に営業利益710億円(前年度比59.8%増)、2007年3月期に810億円と伸びていた。その実績が、取得原価75億スターリング・ポンドというギャラハー買収の説得材料となった。一段目で世界3位級へ跳び、二段目で欧州とロシアという地理的な事業基盤を重ねる——jtの海外m&aは、成功を担保に次の規模へ進む積み上げの形をとった。もっとも、買値の重さは会計の扱いに現れている。ギャラハー株式を直接取得したjti (uk) management ltdが米国基準を採っていたため、発生した1兆7,213億円ののれんは当初、米国財務会計基準審議会基準書第142号に従って償却されず、年1回の減損判定だけが課されていた。ところが翌2009年3月期、在外子会社の会計処理を日本基準へ揃える実務対応報告第18号の適用によって償却が始まり、海外たばこ事業の営業利益はこの一事で942億円押し下げられた。のれん残高も2008年3月期末の2兆1,069億円から2009年3月期末に1兆4,540億円へ減り、同じ期に為替換算調整勘定は△410億円から△4,236億円へ振れている。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 欧州 ロシア・cis"},{"k":"decision","u":"/tse/2930/decisions/d2c-transformation-2007/","t":"わけあり物産ECからの撤退と、自社開発品を販売するメーカー型への移行","c":"北の達人コーポレーション","y":2007,"col":"#FF3826","s":"類似業者の参入で価格競争に陥った「わけあり」特産品ECを離れ、北海道産原料の自社開発商品を単品で販売するメーカー型D2Cへ事業構造を組み替えた業態転換","x":"2007 北の達人コーポレーション カイテキオリゴ軸のd2c転換 わけあり物産ecからの撤退と、自社開発品を販売するメーカー型への移行 2007年7月にカイテキオリゴ軸のd2c転換。北海道の規格外品を扱うわけあり特産品ecから自社開発の食用オリゴ糖を持つメーカー型へ 類似業者の参入で価格競争に陥った「わけあり」特産品ecを離れ、北海道産原料の自社開発商品を単品で販売するメーカー型d2cへ事業構造を組み替えた業態転換 模倣される市場を降りるということ この転換の芯は、売れているものを手放して、あえて作る側へ回った点にある。わけあり特産品ecは開設当初こそ注目を集め、売上も立っていた。それでも木下勝寿社長は、真似のできる事業は長く続かないという一点を重く見て、仕入れて売る手軽さを捨て、自社で企画開発する重さを引き受けた。2007年のカイテキオリゴ発売は、目先の売上より、模倣されない優位を築けるかどうかを優先した判断であったとみられる。 祖業・主力事業の転換 収益モデル転換 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/3086/decisions/daimaru-matsuzakaya-integration-2007/","t":"両社を統合する共同持株会社J.フロント リテイリングの設立","c":"J.フロント リテイリング","y":2007,"col":"#A31B53","s":"9年連続で縮む百貨店市場と買収圧力を前に、大阪の大丸と名古屋の松坂屋が共同持株会社で規模を確保し、仕入れ交渉力と首都圏への投資余力を高める再編","x":"2007 j.フロント リテイリング 大丸と松坂屋が経営統合 両社を統合する共同持株会社j.フロント リテイリングの設立 2007年3月に大丸と松坂屋が経営統合。同年9月に株式移転でj.フロント リテイリングを設け、売上高1兆円超の首位級へ 9年連続で縮む百貨店市場と買収圧力を前に、大阪の大丸と名古屋の松坂屋が共同持株会社で規模を確保し、仕入れ交渉力と首都圏への投資余力を高める再編 規模を選んだ判断の重さ この決断の核心は、9年連続で縮む市場を前に、単独での生き残りより規模の確保を先に置いた点にある。市場が縮むなら、いずれ単独では立ち行かなくなる——その読みが、質の改革をやり切ったという自負と重なって統合を後押ししたのだろう。買収の圧力が現実味を帯びるなかで、規模は攻めの手段であると同時に、守りの盾でもあった。老舗二社がのれんを残して一つの持株会社に入った形には、対等を装いつつ主導権は譲らないという、再編を仕掛ける側の計算もにじむ。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/3102/decisions/kanebo-breakup-dissolution-2007/","t":"残る全事業の個別売却による解体と、法人としての幕引き","c":"鐘紡","y":2007,"col":"#333333","s":"粉飾決算による債務超過で自力再建を断念した鐘紡に対し、産業再生機構が企業体の存続よりも事業単位での売却による債権者弁済原資の確保を優先し、化粧品事業を花王へ譲渡…","x":"2007 鐘紡 花王へ化粧品事業譲渡 残る全事業の個別売却による解体と、法人としての幕引き 2004年6月に花王へ化粧品事業譲渡。産業再生機構の下で唯一の高収益事業を約4,100億円で切り出し、2005年6月に上場廃止へ進む 粉飾決算による債務超過で自力再建を断念した鐘紡に対し、産業再生機構が企業体の存続よりも事業単位での売却による債権者弁済原資の確保を優先し、化粧品事業を花王へ譲渡したうえで会社解散に至った再建方針 企業体を残すことより、資産としての価値をどう活かすか この決断の核心は、粉飾という不祥事の後始末を、企業そのものの再建ではなく資産の切り分けという方法で処理した点にある。産業再生機構は、鐘紡という120年続いた法人格を存続させることよりも、事業ごとに買い手を見つけて価値を実現し、債権者への弁済を最大化する道を選んだ。結果として20種を超える事業のほとんどに買い手がつき、清算による大量解雇を避けられたことは、企業再生の手法として一定の合理性を示したとみられる。 事業売却・撤退 経営破綻・法的整理"},{"k":"decision","u":"/tse/3391/decisions/federated-ma-nationwide-2010s/","t":"連邦型M&Aによる全国チェーン化 ── くすりの福太郎からドラッグイレブンまで","c":"ツルハホールディングス","y":2007,"col":"#E50012","s":"各地の有力ドラッグストアを株式取得で連続的に子会社化し、屋号と経営陣を残す連邦型で運営して、北海道発チェーンを全国網へ拡大した成長戦略","x":"2007 ツルハホールディングス くすりの福太郎など買収 連邦型m&aによる全国チェーン化 ── くすりの福太郎からドラッグイレブンまで 2007年5月にくすりの福太郎を株式交換で完全子会社化。2000年の道外進出以降、屋号と経営陣を残す連邦型で地方チェーンを全国網へ 各地の有力ドラッグストアを株式取得で連続的に子会社化し、屋号と経営陣を残す連邦型で運営して、北海道発チェーンを全国網へ拡大した成長戦略 手段としてのm&a この判断の核心は、地方チェーンを全国化する手段としてm&aを選び、しかも買収先を塗り替えずに統合した点にある。北海道の寡占で得た資金力と、狭い商圏で複数店を回すために磨いた本部機能は、そのまま他地域へ移せる資産だった。単独出店で全国網を編もうとすれば数十年を要する。ツルハは地域ごとに完成した会社を丸ごと買い、屋号と経営陣を残すことで、時間と現地の信用を同時に獲得した。 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/3778/decisions/restructuring-after-insolvency-2007/","t":"債務超過を受けた社長交代と、上場後に増やした子会社の一斉整理","c":"さくらインターネット","y":2007,"col":"#FF5577","s":"上場後の多角化が収益を伴わず、オンラインゲームの減損で債務超過に陥ったことを受け、経営責任を明確にしたうえで子会社を整理し本業へ回帰した構造改革","x":"2007 さくらインターネット データセンター投資後の引責辞任 債務超過を受けた社長交代と、上場後に増やした子会社の一斉整理 2007年11月に笹田亮社長が引責辞任。2007年9月中間期の債務超過転落を受け、創業者で最高執行責任者の田中邦裕氏が社長兼ceoに就任した 上場後の多角化が収益を伴わず、オンラインゲームの減損で債務超過に陥ったことを受け、経営責任を明確にしたうえで子会社を整理し本業へ回帰した構造改革 増やす計画のない再建案 2007年11月に決まったのは、誰が社長を務めるかではなく、この会社が翌年から何を持たないかであった。田中邦裕社長が就任の挨拶に並べたのは、データセンター運営事業への回帰、不採算の事業と子会社の精査、事業の一部売却、資本増強で、増やす計画は一つも入っていない。上場から2年で買収と新会社設立とオンラインゲーム進出を重ねた会社が、次の2年ですることは外へ出すことと穴を埋めることだけになった。畳んだのが広げた本人であり、挨拶が謝罪から始まったところに、この交代の性格が表れている。 経営再建・ターンアラウンド 事業売却・撤退 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/3861/decisions/china-nantong-2007/","t":"中国での一貫生産の立ち上げと、排水パイプライン計画の撤回","c":"王子ホールディングス","y":2007,"col":"#00643D","s":"国内紙需要の頭打ちを越えるため、成長市場である中国にパルプからの一貫生産拠点を築こうとしたが、排水パイプライン計画が住民の抗議を受けて撤回され、投資は減損に至っ…","x":"2007 王子ホールディングス 南通への一貫生産工場建設 中国での一貫生産の立ち上げと、排水パイプライン計画の撤回 2007年10月に南通市で江蘇王子製紙を設立。王子製紙がクラフトパルプからの一貫生産で年産120万トンを狙い、総投資計画は約2000億円に達した 国内紙需要の頭打ちを越えるため、成長市場である中国にパルプからの一貫生産拠点を築こうとしたが、排水パイプライン計画が住民の抗議を受けて撤回され、投資は減損に至った 認可を与える側が、費用を負担していた 2012年7月28日、計画はわずか一日で白紙となった。手続きに欠落があったわけではなく、国家環境保護総局による環境アセスメントの認可と国務院の事業認可は、どちらもすでに下りていた。計画の要は日量15万トンを黄海へ流す排水パイプラインで、パルプ内製化を含めた一貫生産はこの一本を前提に組まれていたが、敷設したのは王子ではない。南通市が進出を招く見返りとして、約100億円を自ら負担して建設した設備であった。認可を出す側と設備の費用を持つ側がともに同じ地方政府であったことは、進出の段階では支えとなったが、住民が庁舎へ押し寄せた局面では退路をふさぐ方向に働いたとみられる。 海外進出・現地生産 大型設備投資 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/4188/decisions/mitsubishi-plastics-share-exchange-2007/","t":"株式交換による取り込みと、機能商品の持株会社直下への集約","c":"三菱ケミカルグループ","y":2007,"col":"#FF000E","s":"石油化学の市況変動を補いきれない収益構造のもとで、機能材料の中核である三菱樹脂を三菱化学の傘下から持株会社の直下へ移管し、事業会社を横並びに統括する体制を構築し…","x":"2007 三菱ケミカルグループ 三菱樹脂の完全子会社化 株式交換による取り込みと、機能商品の持株会社直下への集約 2007年10月に三菱樹脂を株式交換で完全子会社化。公開買付け・現物配当・株式交換の3段で上場子会社を持株会社の直下へ移管し、のれん2,036百万円を計上した 石油化学の市況変動を補いきれない収益構造のもとで、機能材料の中核である三菱樹脂を三菱化学の傘下から持株会社の直下へ移管し、事業会社を横並びに統括する体制を構築した 子会社の子会社であることをやめさせた再配置 三菱樹脂は2006年3月期に営業利益227億円を挙げた機能材料の中核にありながら、石化を担う三菱化学の子会社という位置にとどまっていた。同じ期の石化の営業利益は308億円で、外部売上高が1兆539億円と全体の4割を超える規模でありながら、機能化学と機能材料の合計693億円に届いていない。株式交換の意味は上場廃止よりも、機能材料を石化の傘下から引き上げ、持株会社が直に投資を決められる位置へ移した点にあっただろう。取得原価7,395百万円に対しのれんは2,036百万円にとどまり、対価そのものは大きな負担ではなかった。 上場廃止・親子上場解消 持株会社化・グループ再編 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/4523/decisions/mgi-pharma-acquisition-2007/","t":"約39億ドルを投じたバイオ医薬の取り込みによるがん領域の強化","c":"エーザイ","y":2007,"col":"#D6007F","s":"アリセプトへの依存から抜けるため、がん・救急治療の製品と米国の販売促進・研究開発機能を3,943百万米ドルで一括取得した大型クロスボーダーM&A","x":"2007 エーザイ 米mgiファーマの買収 約39億ドルを投じたバイオ医薬の取り込みによるがん領域の強化 2007年12月に米mgiファーマ社と買収契約を締結し、2008年1月に完全子会社化。取得原価3,943百万米ドルに対し1,744百万米ドルののれんが生じた アリセプトへの依存から抜けるため、がん・救急治療の製品と米国の販売促進・研究開発機能を3,943百万米ドルで一括取得した大型クロスボーダーm&a 買収による成長と、育てた成長 この買収の芯にあるのは、アリセプトという一剤への依存を前に、成長分野のがんと米国市場を金で買って時間を稼ぐという選択であった。取得原価3,943百万米ドルのうち、受け入れた資産から負債を差し引いた純額は3,136百万米ドル、のれんは1,744百万米ドルにのぼる。さらに840百万米ドルは研究開発費に配分され、その場で費用に落ちた。単年度の利益を吹き飛ばしてでも先を取ろうとした判断は、2006年10月のライガンド社からの事業譲受、2007年4月のモルフォテック社の買収と続いたがん領域への投資の総仕上げだったと思われる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4723/decisions/nursing-care-full-exit-2007/","t":"指定取消相当の通知を受けての介護事業からの全面撤退","c":"グッドウィル・グループ","y":2007,"col":"#204B8C","s":"改正介護保険法の連座制のもとで指定の更新が絶たれ、廃止届もグループ内譲渡も認められなかったため、全介護事業を外部へ出すほか継続の手段がなくなった","x":"2007 グッドウィル・グループ コムスン全介護事業を譲渡 指定取消相当の通知を受けての介護事業からの全面撤退 2007年6月にコムスン全介護事業を譲渡。訪問介護事業所8カ所の指定取消処分相当を厚生労働省老健局から指摘され、グループの介護事業すべてから退いた 改正介護保険法の連座制のもとで指定の更新が絶たれ、廃止届もグループ内譲渡も認められなかったため、全介護事業を外部へ出すほか継続の手段がなくなった 選べなかった撤退と、選べた条件 厚生労働省老健局が8事業所の指定取消処分相当を都道府県へ通知した時点で、コムスンを抱えたまま介護を続ける道は連座制によって閉じていた。裁量が残ったのは条件のほうで、折口会長はuiゼンセン同盟の求める一括譲渡を受け、ファンドへの売却を\"100%ありません\"と排した。譲渡先を介護業界の会社に限り、価格を最後に置くという条件は、買い手の候補をあらかじめ狭めた。 事業売却・撤退 不祥事・信頼回復 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/4901/decisions/astalift-cosmetics-2007/","t":"写真技術の化粧品への転用と、スキンケアブランドによる新市場への進出","c":"富士フイルム","y":2007,"col":"#ED1C24","s":"写真フィルムで培ったコア技術を人間の生命現象と結び付ける見立てから、スキンケアシリーズ「ASTALIFT（アスタリフト）」を発売し、インフォメーション ソリュー…","x":"2007 富士フイルム 「アスタリフト」発売 写真技術の化粧品への転用と、スキンケアブランドによる新市場への進出 2007年度にスキンケアシリーズ「astalift(アスタリフト)」を発売し、化粧品を事業として立ち上げた。インフォメーション ソリューション部門の研究開発費は93,432百万円へ増え、祖業のイメージング部門は16,933百万円まで削減された 写真フィルムで培ったコア技術を人間の生命現象と結び付ける見立てから、スキンケアシリーズ「astalift(アスタリフト)」を発売し、インフォメーション ソリューション部門のライフサイエンス事業として化粧品を立ち上げた技術転用型の多角化 消えゆく技術を、別の市場の資産に読み替える この判断は、化粧品という商品を一つ増やしたことではなく、研究開発の配分をどこへ寄せるかを決めたことだったと思われる。イメージング ソリューション部門の研究開発費は2006年3月期の32,678百万円から2008年3月期に16,933百万円へ半減し、同じ期にインフォメーション ソリューション部門は93,432百万円へ膨らんだ。写真フィルムとスキンケアは店頭で隣り合うことのない別世界の商品だが、蓄積したコア技術が人間の生命現象と関わるという読みに立てば、両者は同じ資産の別の出口になる。アスタリフトは、その読みを製品の形で世に問うたものだった。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5401/decisions/mittal-alliance-2007/","t":"世界最大手の攻勢に備えた提携覚書の締結と、3社連合による資本防衛","c":"日本製鉄","y":2007,"col":"#086DAA","s":"前年のアルセロール・ミタル誕生で高まった買収圧力とグローバル再編の脅威に対し、ミタルとの提携覚書と国内3社連合の強化で対抗軸を構築する判断","x":"2007 日本製鉄 ミタルと提携し資本防衛 世界最大手の攻勢に備えた提携覚書の締結と、3社連合による資本防衛 2007年7月にミタルと提携し資本防衛。新日本製鉄がアルセロール・ミタルと覚書を締結し、住友金属工業と神戸製鋼所の3社連合も強めた 前年のアルセロール・ミタル誕生で高まった買収圧力とグローバル再編の脅威に対し、ミタルとの提携覚書と国内3社連合の強化で対抗軸を構築する判断 対抗と協調のあいだで この判断の核心は、圧倒的な規模を持つ相手に対し、同じ規模で正面から張り合うのではなく、対抗と協調を使い分けた点にある。欧州に拠点を持たない新日鉄は、顧客である自動車メーカーへの供給責任を果たすため、対抗軸を掲げた当の相手とも覚書を交わした。同時に国内では、住金・神鋼との連合で規模と鉄源を補い、買収の圏外に完全には立てないという緊張のなかで足場を確立した。名を捨てて実を取る現実主義が、一連の動きを貫いていたのだろう。 資本提携・政策保有 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/5631/decisions/nuclear-forging-expansion-2007/","t":"製鋼・鍛錬設備の増強と、原子力発電向け大型鍛鋼への傾斜","c":"日本製鋼所","y":2007,"col":"#00A291","s":"世界的な資源・エネルギー需要の逼迫とクリーンエネルギーへの転換で原子力発電向け部材の需要が急増するなか、受注の波を理由に慎重論を取っていた経営が室蘭製作所の製鋼…","x":"2007 日本製鋼所 室蘭製作所を原子力向けに増強 製鋼・鍛錬設備の増強と、原子力発電向け大型鍛鋼への傾斜 2007年6月に原子力向け大型鍛鋼へ傾斜。日本製鋼所が室蘭製作所の製鋼・鍛錬熱処理設備の増強に着手し、投資は総額800億円超へ膨らんだ 世界的な資源・エネルギー需要の逼迫とクリーンエネルギーへの転換で原子力発電向け部材の需要が急増するなか、受注の波を理由に慎重論を取っていた経営が室蘭製作所の製鋼・鍛錬能力の大規模増強へ転じた設備投資 波の振れを、自社では決められない 2007年6月の着手時点で公表されていたのは、2007年度・2008年度の2年間で約550億円という枠であった。それが翌年度には鉄鋼製品関連事業を中心に800億円超へ改まり、資金の調達方法も自己資金から自己資金及び借入金へ変わっている。枠を書き替えてでも踏み出せたのは、原子炉の一次系部材となる大型鋼塊を作れるのが自社しかないという事実が、需要の波よりも強く見えたからだと思われる。作れるのが一社だけなら、増やした分は必ず売れる。設備理由の欄に並ぶ「増産」の二文字は、その読みをそのまま写している。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負 外的危機への対応 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/5929/decisions/holding-company-2007/","t":"事業を子会社へ移管する会社分割と、純粋持株会社体制への移行","c":"三和ホールディングス","y":2007,"col":"#005CAA","s":"事業運営とグループ戦略の決定を法人格の水準で分離し、三極に広がった事業を株主の視点で評価・配分する体制へ組み替えた内部構造の再編","x":"2007 三和ホールディングス 三和ホールディングス発足 事業を子会社へ移管する会社分割と、純粋持株会社体制への移行 2007年10月に純粋持株会社へ移行。三和シヤッター工業が吸収分割で国内3事業を新会社へ承継し、三和ホールディングスとなった 事業運営とグループ戦略の決定を法人格の水準で分離し、三極に広がった事業を株主の視点で評価・配分する体制へ組み替えた内部構造の再編 持株会社へ移ることで何が変わったのか 会社分割による持株会社移行は、事業そのものを増やしも減らしもしない手続きにあたる。それでもこの判断が節目として語られるのは、三和シヤッター工業という国内事業の当事者が、グループ全体を見る立場から降りた点にあると思われる。国内のシャッターで首位という自負と、北米や欧州で異なる製品を売る会社への資源配分は、同じ人間が同じ会議で両方を担うと、どうしても前者の重みが勝ちやすい。招集通知が株主としての視点という言い方をしたのは、その偏りを構造の側で断つ意図の表れと読める。 持株会社化・グループ再編 機関設計・取締役会改革 グローバル経営体制"},{"k":"decision","u":"/tse/6098/decisions/staffservice-acquisition-2007/","t":"持株会社ごとの取得による事業基盤の獲得","c":"リクルートHD","y":2007,"col":"#006EBC","s":"派遣市場で5位にとどまるなか、自前成長では届かない規模・拠点網・登録スタッフ基盤を、首位の非上場大手の全株式を取得することで一気に獲得し、総合人材企業への転換を…","x":"2007 リクルートhd スタッフサービス買収 持株会社ごとの取得による事業基盤の獲得 2007年12月にスタッフサービス買収。リクルートが岡野保次郎会長から発行済株式の80.14%を取得し、派遣・アウトソーシングを取り込んだ 派遣市場で5位にとどまるなか、自前成長では届かない規模・拠点網・登録スタッフ基盤を、首位の非上場大手の全株式を取得することで一気に獲得し、総合人材企業への転換を図った買収 「時間を買う」買収の代償とその後 この買収の核心は、時間を金で買った点にあるのだろう。派遣事業は登録スタッフ数と取引社数の量的な確保が競争力を左右する市場であり、5位のリクルートが自前の成長だけで首位に追いつくには長い時間を要した。首位の非上場大手の全株式を取得することで、リクルートは規模・拠点網・登録基盤を一挙に獲得し、情報誌中心の企業像から総合人材企業への転換を鮮明にした。約1,700億円を投じて量的な地位の逆転をひとまず実現した点に、この決断の狙いがうかがえる。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/6146/decisions/silicon-cycle-resilience-2007/","t":"市況の谷でも利益を確保する収益構造への転換と、経費支出の段階管理の導入","c":"ディスコ","y":2007,"col":"#59B3E7","s":"単年の利益ではなく4年累計の売上高経常利益率で収益力を測る中期目標を設定し、配当性向の引き上げ条件と連動させたうえで、市況の急落時には経費管理レベルの段階を増や…","x":"2007 ディスコ 経費管理レベルと4年累計20%目標 市況の谷でも利益を確保する収益構造への転換と、経費支出の段階管理の導入 2007年6月、4年累計で20%以上の売上高経常利益率を維持する態勢づくりを経営上の中期目標に掲げた。世界経済の悪化には経費管理fレベルと不況対策本部で臨み、売上高が42.0%減った2009年3月期も営業黒字を保った 単年の利益ではなく4年累計の売上高経常利益率で収益力を測る中期目標を設定し、配当性向の引き上げ条件と連動させたうえで、市況の急落時には経費管理レベルの段階を増やし不況対策本部で経費と報酬を削ることで、サイクルの谷でも利益を確保する収益構造へ転換した判断 測る期間を変えた目標 20%という水準よりも、4年という累計の期間のほうがこの目標の芯である。単年で測れば、2007年3月期の22.9%も2009年3月期の2.8%も同じ会社の数字として並び、好況の年に積んだ利益率は次の谷で帳消しになる。4年を単位に置けば、谷の低さは前後の山と一緒に均され、問われるのはサイクル一巡での稼ぎ方に変わる。配当性向を引き上げる条件に同じ4年累計を使ったことで、この物差しは社内の管理から株主との約束へ移った。 リストラ・構造改革 収益モデル転換 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6383/decisions/jervis-webb-acquisition-2007/","t":"技術提携先の取り込みによる空港システム事業への参入","c":"ダイフク","y":2007,"col":"#51489D","s":"北米で自動車搬送に偏っていた事業構成を多角化するため、半世紀前の技術提携相手であり空港手荷物搬送に強みを持つ専業会社の全株式を取得し、空港向けシステム事業へ参入…","x":"2007 ダイフク ジャービス・ビー・ウェブ買収 技術提携先の取り込みによる空港システム事業への参入 2007年12月20日に取得原価56億円でジャービス・ビー・ウェブを買収。1957年にチェン・コンベヤの技術供与を受けた相手を半世紀後に子会社化し、空港手荷物搬送も得た 北米で自動車搬送に偏っていた事業構成を多角化するため、半世紀前の技術提携相手であり空港手荷物搬送に強みを持つ専業会社の全株式を取得し、空港向けシステム事業へ参入した 教わる側から買収する側へ 北米で空港事業を買い足した案件として整理すると、この買収の含みは落ちてしまう。ダイフクが全株式を取得したのは、1919年創業のジャービス・ビー・ウェブ社、すなわち1957年にチェンコンベヤの技術を教えた側の会社であった。日本初の乗用車専用工場の一貫生産ラインは、その借りた技術で組まれている。半世紀のあいだに、教わる側と買う側が入れ替わったと思われる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6481/decisions/rhythm-acquisition-2007/","t":"同業の買収を足がかりとした新たな事業領域への進出","c":"THK","y":2007,"col":"#CD1B2F","s":"設備投資の波に振られる産業用機器一本の事業構成を改め、球面案内という技術の隣接領域で自動車部品という二本目の柱を買収した判断","x":"2007 thk リズム買収で輸送機器参入 同業の買収を足がかりとした新たな事業領域への進出 2007年5月にリズムを買収し輸送機器へ。静岡県浜松市の旧旭精工の株式等100%をカーライル・グループから125億89百万円で取得 設備投資の波に振られる産業用機器一本の事業構成を改め、球面案内という技術の隣接領域で自動車部品という二本目の柱を買収した判断 買収で得たのは技術の隣接か、別の産業か この買収でthkが手にしたのは、自動車部品の売上と、そこに付いてきた赤字であった。取得価額125億89百万円に対してのれんは135億11百万円で、貸借対照表の上では純資産をほとんど買っていない。ボール循環を球面案内へ応用できるという技術の親和性は理屈としては通っていたが、量産部品の現場で求められたのは、単価と歩留まりを一円単位で詰める別種の能力であった。技術が隣接していることと、事業が隣接していることは同じではない。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/6501/decisions/gis-antitrust-fine-2007/","t":"欧州委員会の納付命令を受け入れず4年8か月争い、棄却されて納付した選択","c":"日立製作所","y":2007,"col":"#C60202","s":"欧州委員会からガス絶縁開閉装置の欧州独占禁止法違反を理由に課徴金の納付を命令された日立製作所が、違反を認めず欧州第一審裁判所へ取消訴訟を提起し、4年8か月の審理…","x":"2007 日立製作所 ガス絶縁開閉装置の課徴金取消訴訟 欧州委員会の納付命令を受け入れず4年8か月争い、棄却されて納付した選択 2007年1月、欧州委員会が変電設備に用いるガス絶縁開閉装置の欧州独占禁止法違反を理由に課徴金の納付を命令した。日立製作所は同年4月に取消しを求めて提訴したが、2011年7月に棄却され、9月に納付した。 欧州委員会からガス絶縁開閉装置の欧州独占禁止法違反を理由に課徴金の納付を命令された日立製作所が、違反を認めず欧州第一審裁判所へ取消訴訟を提起し、4年8か月の審理の末に棄却されて納付した対応。同時期に液晶ディスプレイ・dram・変圧器など6分野で各国当局の調査を受けた。 認めない、という一行 この提訴は金額を値切る交渉ではなく、違反を認めないという立場を4年8か月にわたって保つための選択だったとみられる。争わずに納めた案件もある。変圧器は命令から3か月、dramは3か月で支払っており、日立は「命令が出たら払う」会社ではなかったわけでも、「常に争う」会社でもなかった。分けたのは金額の大小ではなく、事実認定を受け入れられるかどうかだったのだろう。gisは変電設備という日立の本業中の本業で、ここで違反を認めることは、電力会社を顧客とする事業そのものの信用に触れる話だった。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/6628/decisions/sotec-acquisition-2007/","t":"パソコン事業への参入と、量販店向け販売からの撤退","c":"オンキヨー","y":2007,"col":"#005BAC","s":"音楽を聴く装置がコンポからパソコンへ移る変化に対し、音響技術を載せた高音質パソコンで単品コンポの外側に客を求めた多角化","x":"2007 オンキヨー ソーテックの子会社化 パソコン事業への参入と、量販店向け販売からの撤退 2007年7月にソーテック株の50.1%取得を取締役会で決めた。公開買付と第三者割当増資で同年8月に取得し、2008年7月に完全子会社化 音楽を聴く装置がコンポからパソコンへ移る変化に対し、音響技術を載せた高音質パソコンで単品コンポの外側に客を求めた多角化 載せる先の選び方 ソーテックの年間出荷は20万台余りで、5年をかけても累計100万台に届いていない。台数で原価が決まる商売へ、その規模のまま入った点がこの判断の性格を決めている。音響機器では、音質のために積んだ原価を客が値段の上乗せとして受け入れてきた。同じ前提をパソコンでも置けると読んだところに、誤算があった。折しも約5万円のネットブックが市場を作り替えた時期にあたり、上乗せを払う客の層は最も薄くなっていた。 隣接領域への展開 pmi・買収後統合 高付加価値化・プレミアム 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/6665/decisions/taiwan-jv-rexchip-2007/","t":"台湾勢との折半出資によるDRAM生産拠点レックスチップの立ち上げ","c":"エルピーダメモリ","y":2007,"col":"#123A85","s":"単独では届かない生産能力と、日台の税・用地コスト差を踏まえ、最先端の量産拠点を台湾に設置して規模を確保する","x":"2007 エルピーダメモリ 力晶半導体との合弁設立 台湾勢との折半出資によるdram生産拠点レックスチップの立ち上げ 2007年1月に力晶半導体との合弁設立で正式合意した。台中の中部サイエンスパークにdram生産のレックスチップを設立し、3年で各年800億円を投じる 単独では届かない生産能力と、日台の税・用地コスト差を踏まえ、最先端の量産拠点を台湾に設置して規模を確保する 税と用地で決まった立地が残したもの 1ヘクタール月90万円の賃貸と、1ヘクタール2億円の分譲。この差は、経営者の気概や技術の優劣で埋められる種類のものではない。坂本幸雄社長が台中を選んだ判断は、当時の条件に照らせば合理的であったと思われる。単独では月産20万枚のサムスンに届かず、力晶と組めば39万枚に達する。日本に置けば同じ投資で作れる枚数が減る。規模で決まる産業にいる以上、立地は選べるものではなく、条件が決めるものであった。 海外進出・現地生産 大型設備投資 台湾"},{"k":"decision","u":"/tse/6773/decisions/sharp-capital-alliance-2007/","t":"同業大手からの出資受け入れと、業務面まで踏み込んだ関係の構築","c":"パイオニア","y":2007,"col":"#BE274D","s":"プラズマテレビの不振で三期連続の最終赤字に沈むなか、単独での事業継続が難しいとの認識から、シャープを筆頭株主に迎えて開発費負担の軽減とデバイス調達を図った資本・…","x":"2007 パイオニア シャープと資本提携 同業大手からの出資受け入れと、業務面まで踏み込んだ関係の構築 2007年9月にシャープと業務資本提携。三期連続の最終赤字のなか第三者割当増資でシャープが株式の14%台を取得し筆頭株主に プラズマテレビの不振で三期連続の最終赤字に沈むなか、単独での事業継続が難しいとの認識から、シャープを筆頭株主に迎えて開発費負担の軽減とデバイス調達を図った資本・業務提携 資本の傘は、事業の穴を埋めたか この提携の核心は、単独では立て直せない事業を抱えた会社が、資本の受け入れによって時間と体力を確保しようとした点にある。須藤民彦氏(社長)が語った\"単独では厳しい\"という認識それ自体は、規模と技術の速さに追われる電機業界の現実を正しく捉えていたと思われる。ただ、シャープが補えたのは開発費の一部とパネルの調達であって、赤字の源であるプラズマそのものではなかった。資本の傘は事業構造の穴を直接には埋めず、同時代の\"即効薬にならず\"という見方をなぞる経過をたどった。 資本提携・政策保有 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/6792/decisions/kenwood-integration-2007/","t":"松下電器の連結からの離脱と、共同株式移転による単独上場会社としての幕引き","c":"日本ビクター","y":2007,"col":"#CE342D","s":"デジタル化に遅れて4期続けて最終赤字となった日本ビクターが、ケンウッドとスパークス系ファンドへの第三者割当増資350億円で松下電器産業の連結から外れ、共同株式移…","x":"2007 日本ビクター ケンウッドと経営統合 松下電器の連結からの離脱と、共同株式移転による単独上場会社としての幕引き 2007年8月にケンウッドなどへ350億円の第三者割当増資を実施し、松下電器の持株比率は52.40%から36.81%へ下がった。2008年10月の共同株式移転でjvc・ケンウッド・ホールディングスの完全子会社となった デジタル化に遅れて4期続けて最終赤字となった日本ビクターが、ケンウッドとスパークス系ファンドへの第三者割当増資350億円で松下電器産業の連結から外れ、共同株式移転によりjvc・ケンウッド・ホールディングスの完全子会社となって単独上場会社としての歴史を閉じた再編 株を売却せずに親会社を降りるということ この統合でまず目を引くのは、松下電器産業が1株も手放していないことである。所有株式数133,227千株は増資の前後で変わらず、下がったのは比率だけで、52.40%から36.81%への低下はすべて新株の希薄化によって起きた。連結の対象から外れれば、日本ビクターの赤字は松下の連結損益に乗らなくなる。それでいて36.81%の持分は残り、統合後の持株会社の株主としての立場も保たれる。53年間の親子関係の終わり方として選ばれたのは、売却による清算ではなく、出資比率の引き下げによる責任の切り離しだったと推察される。 合併・経営統合 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/7003/decisions/bid-rigging-2007/","t":"公共工事をめぐる三件の独占禁止法違反と、45日間の営業停止を経た体制の立て直し","c":"三井E&S","y":2007,"col":"#008CD7","s":"鋼橋上部工事・し尿処理施設建設工事・水門工事の入札談合が相次いで摘発され、有罪判決と排除措置命令・課徴金納付命令、45日間の営業停止処分を受けたことから、コンプ…","x":"2007 三井e&s 鋼橋・し尿・水門の談合事件 公共工事をめぐる三件の独占禁止法違反と、45日間の営業停止を経た体制の立て直し 2007年3月に水門工事の入札をめぐり排除措置命令及び課徴金納付命令を受けた。鋼橋上部工事では45日間の営業停止処分、し尿処理施設建設工事では2007年4月23日に有罪判決を受けている 鋼橋上部工事・し尿処理施設建設工事・水門工事の入札談合が相次いで摘発され、有罪判決と排除措置命令・課徴金納付命令、45日間の営業停止処分を受けたことから、コンプライアンス体制の再構築に取り組んだ 仕組みはあった この三件が露わにしたのは、体制の欠如ではなく、体制が現場へ届いていなかったことだと思われる。企業行動規準もヘルプラインも独占禁止法遵守監視委員会も、談合が問われた時期を通じて存在した。にもかかわらず、公共発注の三つの工事で同時並行に摘発を受けている。会社が再発防止として掲げたのが新しい機関の設置ではなく、既存の委員会の機能強化と社内監査制度の充実、そして代表取締役による総点検であったのは、この認識の裏返しであろう。規則を足すのではなく、規則が守られているかを誰が見るのかを問い直したのだといえる。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7013/decisions/accounting-misstatement-2007/","t":"工事の見積誤りが招いた過年度決算の訂正と課徴金納付命令","c":"IHI","y":2007,"col":"#2056AE","s":"エネルギー・プラント事業の工事進行基準で見積原価の過誤が生じ、2007年3月期の決算訂正、特設注意市場銘柄への指定、15億9,457万円の課徴金納付命令へと至っ…","x":"2007 ihi 有価証券報告書の虚偽記載 工事の見積誤りが招いた過年度決算の訂正と課徴金納付命令 2008年2月に2007年3月期の決算を訂正。工事進行基準の見積原価の過誤で当期純利益が204億円減り、6月に15億9,457万円の課徴金納付命令の勧告を受けた エネルギー・プラント事業の工事進行基準で見積原価の過誤が生じ、2007年3月期の決算訂正、特設注意市場銘柄への指定、15億9,457万円の課徴金納付命令へと至った内部統制の失敗 数字の信頼という土台 この事案の核心は、法を犯そうとする意図の有無よりも、自社の工事がいくらの損失を抱えているかを会社自身が正しくつかめていなかった点にあるだろう。工事原価総額と工事収益総額の見積りは事業部門が握り、本社部門のモニタリングは万全ではなかった。技術で立ってきた会社が、その技術で受けた工事の採算を見誤り、しかもそのゆがみが公募増資と社債発行を挟んだ決算に表れた。当初158億円の利益として示された期が、訂正後には45億円の損失だったという落差が、そのまま曇りの大きさである。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/7182/decisions/privatization-yucho-bank-2007/","t":"国営の郵便貯金事業を条件付きの銀行免許で民間銀行へ移管した選択","c":"ゆうちょ銀行","y":2007,"col":"#009900","s":"郵政民営化関連6法の施行により、国の直営事業として始まった郵便貯金を、条件付きの銀行免許を受けた民間銀行へ移管し、預入限度額と新規業務の認可制という他行にない規…","x":"2007 ゆうちょ銀行 郵政民営化でのゆうちょ銀行開業 国営の郵便貯金事業を条件付きの銀行免許で民間銀行へ移管した選択 2007年10月に郵政民営化で日本郵政公社が解散し、郵便貯金事業はゆうちょ銀行として開業した。銀行法第4条の免許を条件付きで受け、預入限度額1,000万円と新規業務の認可制を負った 郵政民営化関連6法の施行により、国の直営事業として始まった郵便貯金を、条件付きの銀行免許を受けた民間銀行へ移管し、預入限度額と新規業務の認可制という他行にない規制を受け入れた転換 免許と引き換えに差し出したもの この民営化は、国営事業が民間企業になった瞬間として語られやすい。しかし条件表を並べ直すと、見えてくるのはむしろ逆の構図であるように思われる。ゆうちょ銀行が手にしたのは銀行の看板であり、差し出したのは銀行としての自由度であった。貸付けも、子会社の保有も、合併も、まず認可を通さなければ動かせない。預かれる金額にすら上限が置かれた。国内最大の預金量を持ちながら、集めた資金を自ら貸すことは原則として認可の向こう側にある銀行が、こうして生まれた。 祖業・主力事業の転換 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/7532/decisions/nagasakiya-acquisition-2007/","t":"食品・大型店への進出と、MEGAドン・キホーテ業態の母胎づくり","c":"パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス","y":2007,"col":"#E60012","s":"都市型・非食品に強いドン・キホーテが、破綻から再建途上の総合スーパー長崎屋を取得して食品・地方・大型店の弱みを補い、大型店を「MEGAドン・キホーテ」へ転換する…","x":"2007 パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス 長崎屋を買収しgms参入 食品・大型店への進出と、megaドン・キホーテ業態の母胎づくり 2007年10月に長崎屋を子会社化。ドン・キホーテが同社と子会社7社の発行済株式93.9%を12,484百万円で取得し、総合スーパー事業を得た 都市型・非食品に強いドン・キホーテが、破綻から再建途上の総合スーパー長崎屋を取得して食品・地方・大型店の弱みを補い、大型店を「megaドン・キホーテ」へ転換する型を得た初の大型m&a 弱みを埋めるm&aと、ユニーへ続く型 この買収の要点は、自力では埋めにくい弱みを、他社の資産ごと引き受けた点にある。都市型・非食品というドン・キホーテの強みは、裏を返せば食品と地方と大型店の弱さでもあった。長崎屋は経営破綻という傷を抱えていたが、その店舗網と食品の扱いは、ドン・キホーテに欠けたものをそのまま備えていた。時価評価した純資産が取得価額12,484百万円を上回り、負ののれん2,147百万円が立っていることが、傷んだ企業を割安に引き受けたという性格をそのまま表している。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7606/decisions/mitsubishi-corp-alliance-2007/","t":"自己株式162万株の譲渡による資本・業務両面での結び付き","c":"ユナイテッドアローズ","y":2007,"col":"#333333","s":"都心の高感度店から郊外・低価格帯へ業容を拡大する過程で不足した素材調達・商品製造の機能を、総合商社との資本を伴う提携で補った判断","x":"2007 ユナイテッドアローズ 三菱商事との資本提携 自己株式162万株の譲渡による資本・業務両面での結び付き 2007年8月に三菱商事と資本業務提携で基本合意。翌9月に自己株式162万株を29億円で譲渡し、素材調達と商品製造で組んだ 都心の高感度店から郊外・低価格帯へ業容を拡大する過程で不足した素材調達・商品製造の機能を、総合商社との資本を伴う提携で補った判断 商社の機能を借りた5年 この提携を総合商社による資本参加という一語で読むと、規模を見誤る。渡したのは自己株式162万株・29億円分、比率にして3.41%であり、経営に踏み込む持分ではない。ユナイテッドアローズが求めたのは資本ではなく、都心の高感度店の作法のままでは届かない量と価格の商品を、期日どおりに揃える手立てであった。売上総利益率が3.2ポイント落ち、たな卸資産が膨らんだ2008年3月期の数字を見れば、それが切実であったことがうかがえる。 資本提携・政策保有 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7741/decisions/pentax-acquisition-2007/","t":"買収による事業ポートフォリオの入れ替えと収益源の組み替え","c":"HOYA","y":2007,"col":"#4695CC","s":"複数のニッチ事業を統括するHOYAが、医療用内視鏡の獲得を主目的にペンタックスをTOBと株式交換で子会社化・吸収合併し、赤字のカメラ（イメージング）事業はリコー…","x":"2007 hoya ペンタックスの買収 買収による事業ポートフォリオの入れ替えと収益源の組み替え 2007年5月にペンタックスを子会社化。医療用内視鏡の獲得を狙ってtobと株式交換で傘下に入れ、2008年3月に吸収合併へ進んだ 複数のニッチ事業を統括するhoyaが、医療用内視鏡の獲得を主目的にペンタックスをtobと株式交換で子会社化・吸収合併し、赤字のカメラ(イメージング)事業はリコーへ譲渡した、買収と売却を組み合わせた事業ポートフォリオの入れ替え 買収と売却で、事業の中身を入れ替える この判断の核心は、ひとつの会社を丸ごと欲したのではなく、その中の一事業だけを狙って買い、残りを切り離した点にある。hoyaが求めたのは医療用内視鏡であり、赤字のデジタルカメラは初めから手元に残す前提ではなかった。対等の合併という建前で始まった統合は、ペンタックス側の白紙化という混乱を経て、hoyaが主導権を掌握するtobと吸収合併へ姿を変えた。名目こそ揺れたが、内視鏡を取りにいくという狙いは終始ぶれなかった。 合併・経営統合 事業売却・撤退 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7750/decisions/hoya-integration-2007/","t":"白紙化に伴う社長の解職と、最後に受け入れることになったTOB","c":"ペンタックス","y":2007,"col":"#F50104","s":"合併比率への大株主の不満と、カメラ事業売却への警戒を背景に、取締役会が社長を解職して合併を撤回。単独存続を模索したのち、1か月余りでHOYAのTOBを受諾した経…","x":"2007 ペンタックス hoyaとの合併撤回 白紙化に伴う社長の解職と、最後に受け入れることになったtob 2007年4月にhoyaとの合併を撤回。臨時取締役会が浦野文男社長を解職したものの、綿貫宜司社長が1か月余りでtob受諾を伝えた 合併比率への大株主の不満と、カメラ事業売却への警戒を背景に、取締役会が社長を解職して合併を撤回。単独存続を模索したのち、1か月余りでhoyaのtobを受諾した経営統合の判断 製品では、会社の大きさは変わらない 単独で生き残れるという主張には、根拠があった。\"k100d\"と\"k10d\"は空前の売れ行きで、2002年3月期に50億円の純損失を計上した会社が2007年3月期には純利益36億円まで戻していた。カメラ事業の売却に触れたhoyaに抗い、一眼レフを自社に残そうとした取締役会の判断は、製品の競争力という事実に立っている。誤算は、製品が売れても会社の大きさは変わらないところにあった。 合併・経営統合 破談・撤回 アクティビスト・株主提案対応 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/7762/decisions/device-exit-2007/","t":"携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルを切り離す選択と集中","c":"シチズン時計","y":2007,"col":"#333333","s":"韓国・台湾勢の台頭で電子部品の価格競争が激化し、多角化で拡大したデバイス事業が収益を失ったため、不採算品目を名指しして撤退し重点品目へ資源を配分した選択","x":"2007 シチズン時計 電子デバイス事業から撤退 携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルを切り離す選択と集中 2007年3月にシチズン時計が電子デバイスから撤退。中期経営計画でカメラ用cmosモジュール、小型液晶パネル、フロッピーディスク装置を整理 韓国・台湾勢の台頭で電子部品の価格競争が激化し、多角化で拡大したデバイス事業が収益を失ったため、不採算品目を名指しして撤退し重点品目へ資源を配分した選択 削った事業と残した事業 2007年の決定を難しくしていたのは、電子デバイスが失敗した事業ではなく、直前まで時計に並ぶ規模を持っていた事業だったことである。2006年3月期のセグメント売上は時計1,250億円に対して電子デバイス1,111億円で、第二の柱という言い方は誇張ではなかった。撤退の判断は、赤字事業を切る作業というより、伸びると信じて集めた事業のうちどれを手放すかを品目の水準で決める作業であった。カメラ用cmosモジュール、小型液晶パネル、フロッピーディスク装置という3つの名前は、当時の日本の電子機器産業がどこで競争力を失ったかの記録にもなっている。 選択と集中 事業売却・撤退 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8056/decisions/service-integrator-shift-2007/","t":"ネットマークスへのTOBと合わせたサービス事業への転換","c":"BIPROGY","y":2007,"col":"#1D2088","s":"ハードウェア販売の縮小に対し、上流のコンサルティングとネットワーク構築を買収で取り込み、開発・運用・保守を機能別のグループ会社に集約し直した事業モデルの転換","x":"2007 biprogy ケンブリッジの買収 ネットマークスへのtobと合わせたサービス事業への転換 2006年7月にケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズを買収。翌2007年にはネットマークスへ公開買付を行い、機器販売から一貫サービスへ移った ハードウェア販売の縮小に対し、上流のコンサルティングとネットワーク構築を買収で取り込み、開発・運用・保守を機能別のグループ会社に集約し直した事業モデルの転換 端から買収し、内側で並べ替える この転換で先に動いたのは、売る商品ではなく会社の配置であった。上流のコンサルティングはケンブリッジを買って埋め、ネットワーク構築はネットマークスを買って埋め、運用と保守はユニアデックスへ寄せ、地域の開発はusolホールディングスの下へ集約した。日本ユニシス本体に残ったのは、顧客との窓口と、どの機能をどこに置くかを決める役回りであった。機器の販売が細るなかで、売り物より先に組織の輪郭を引き直した点に、この判断の特徴が見える。 収益モデル転換 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8354/decisions/holding-company-formation-2007/","t":"共同株式移転による持株会社の設立と、その傘下への複数地銀の集約","c":"ふくおかフィナンシャルグループ","y":2007,"col":"#003e7e","s":"預金の9割超を福岡県内に依存する地盤集中の限界に対し、共同株式移転による持株会社を設立して熊本・長崎の2行を傘下に収め、県境を越えた営業基盤とシステム基盤を共有…","x":"2007 ふくおかフィナンシャルグループ 親和銀行を完全子会社化 共同株式移転による持株会社の設立と、その傘下への複数地銀の集約 2007年4月に福岡銀行と熊本ファミリー銀行の共同株式移転でふくおかフィナンシャルグループを設立。同年10月に親和銀行を完全子会社化し、取得原価176,372百万円、のれん122,896百万円を20年で償却する 預金の9割超を福岡県内に依存する地盤集中の限界に対し、共同株式移転による持株会社を設立して熊本・長崎の2行を傘下に収め、県境を越えた営業基盤とシステム基盤を共有する広域地銀グループへ組み替えた統合 先駆けという言葉の前にあったもの 福岡銀行が引き受けたのは、公的資金300億円の資本増強を受けた熊本ファミリー銀行と、不良債権処理に追われる親和銀行という、財務の傷んだ隣県の2行であった。谷正明会長兼社長が選んだのは、預金の9割を県内で集める安全な位置から降り、183,430百万円ののれんとともに他県の損失を財務ごと抱える道であったのだろう。親和銀行から受け入れた資産には1,706億円の貸倒引当金が付いていた。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/8473/decisions/netbank-sumishin-sbi-2007/","t":"住友信託銀行との折半出資で銀行業へ入り、連結子会社にはしなかった選択","c":"SBIホールディングス","y":2007,"col":"#0068B7","s":"ネット証券で首位を確立したSBIが、住友信託銀行との折半出資でネット専業銀行を設立し、連結子会社にはせず持分法適用関連会社として銀行機能を獲得した新規事業判断","x":"2007 sbiホールディングス 住信sbiネット銀行の設立 住友信託銀行との折半出資で銀行業へ入り、連結子会社にはしなかった選択 2005年10月に住友信託銀行と「新ネット銀行」の設立で基本合意。2006年4月に折半出資の設立準備会社を設立し、2007年9月24日に住信sbiネット銀行として開業した ネット証券で首位を確立したsbiが、住友信託銀行との折半出資でネット専業銀行を設立し、連結子会社にはせず持分法適用関連会社として銀行機能を獲得した新規事業判断 銀行を持たず、銀行を使う この判断の眼目は、銀行を持つことではなく、銀行を自らの連結の外に置いたまま銀行機能を得たことにあったといえる。出資は折半で議決権の所有割合は50.0%、連結子会社にはせず持分法適用関連会社にとどめた。証券口座に滞留していた資金へ預金と決済という出口を与えながら、銀行が抱える巨大な資産と負債、そして自己資本規制の重みは自社の貸借対照表に載せない。業態の壁を越える費用を相手方と分け合い、顧客基盤だけを共有する構えで、ネット証券の伸びをそのまま銀行の伸びへ写し取る設計になっていた。 隣接領域への展開 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8473/decisions/pts-odx-2007/","t":"米ゴールドマン・サックスとの折半出資で始めた私設取引システム（PTS）事業への参入","c":"SBIホールディングス","y":2007,"col":"#0068B7","s":"取引所集中義務の撤廃で解禁された私設取引システムに、米ゴールドマン・サックスとの折半出資と証券5社の資本参加という形で参入し、夜間取引から昼間取引・取引所化まで…","x":"2007 sbiホールディングス ジャパンネクストpts開業 米ゴールドマン・サックスとの折半出資で始めた私設取引システム(pts)事業への参入 2007年8月にジャパンネクストptsが取引を開始。sbiホールディングスと米ゴールドマン・サックスが各50.0%を出資して運営会社を設立し、証券5社が各5.0%で資本参加した 取引所集中義務の撤廃で解禁された私設取引システムに、米ゴールドマン・サックスとの折半出資と証券5社の資本参加という形で参入し、夜間取引から昼間取引・取引所化までを見据えた取引インフラを長期で構築した新規事業判断 値付けの場を誰が掌握するか この判断は、証券会社が新しい商品を売る話ではなく、売買の場そのものを自前で持つという選択だった。ネット証券として口座を伸ばすだけなら注文を取引所へ流していればよく、市場を開く必要はない。それでも折半出資で運営会社を立て、競合にもなりうる証券会社へ株式を各5.0%ずつ配ったのは、流動性は独占からは生まれないと見切ったからだろう。市場をつくる側に回るとは、参加者に主導権を分け渡すことでもあった。取引所に払う手数料を取り返す話ではなく、値付けの場を誰が握るかという話である。 プラットフォーム・標準化 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8572/decisions/grey-zone-interest-crisis-2007/","t":"過払金返還への対応——崩れた収益モデルの再建","c":"アコム","y":2007,"col":"#C8102E","s":"最高裁判決と改正貸金業法でグレーゾーン金利が消え過払金返還の負担が生じたため、上限金利を18.0%へ引き下げ、引当金を一括で積み増し、有人店の閉鎖と無人化で費用…","x":"2007 アコム グレーゾーン金利の消滅 過払金返還への対応——崩れた収益モデルの再建 2007年6月に約定上限金利を引き下げる。改正貸金業法を受けてアコムは2007年3月期に利息返還損失引当金を積み増し、連結純損失4,380億円を計上 最高裁判決と改正貸金業法でグレーゾーン金利が消え過払金返還の負担が生じたため、上限金利を18.0%へ引き下げ、引当金を一括で積み増し、有人店の閉鎖と無人化で費用を削って収益基盤を再構築した再建 収益構造を再構築した再建と、資本の答え この判断の重さは、稼ぎ方の前提が法によって消えたときの身の処し方にある。グレーゾーン金利という利ざやの源を失い、過去の貸付が過払金として返還を迫る以上、金利をむしろ自ら下げ、負担を一度に引き当てる道は、痛みを先送りせずに認める選択だった。前期の黒字から一年で▲4,380億円へ振れた決算は打撃を映すが、返す債務の見積もりを早く帳簿へ載せたからこそ、以後の再建の土台が定まる。有人店を閉じ、無人の運用へ費用を寄せた組み替えは、低い金利でも残る利益の形を先に描く作業でもあった。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/8593/decisions/ufj-central-lease-merger-2007/","t":"合併による三菱UFJリースの発足","c":"三菱HCキャピタル","y":2007,"col":"#E60012","s":"リース会計基準の変更と調達コストの反転により従来型ファイナンスリースの収益性が細るなか、営業基盤の重ならない同一グループのリース2社を合流させ、事業金融とオペレ…","x":"2007 三菱hcキャピタル ufjセントラルリースとの合併 合併による三菱ufjリースの発足 2006年10月にufjセントラルリースと基本合意。ダイヤモンドリースを存続会社とする吸収合併で、合併期日は2007年4月1日、合併比率は1対1、のれんは42,713百万円 リース会計基準の変更と調達コストの反転により従来型ファイナンスリースの収益性が細るなか、営業基盤の重ならない同一グループのリース2社を合流させ、事業金融とオペレーティングリースへ移行する規模と体力を確保する 統合の順番と、統合の中身 メガバンクの統合に続いて系列のリース会社が一つになるという流れだけを見れば、この合併は上流で決まったことの下流での処理に見える。ただ、条件はきわめて簡素だった。合併比率は1対1、交付株式は23,338,416株、資本金も資本準備金も動いていない。当事者が重く扱ったのは対価の交渉ではなく、統合後にどの法律の下に立つかという点であったと思われる。銀行の連結子会社になれば調達の後ろ盾は厚くなるが、物件を売り買いする業務は制限される。上場を保つ選択は、親の信用を一部手放して事業の自由度を取る取引にあたる。 合併・経営統合 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8697/decisions/jasdaq-acquisition-2007/","t":"公開買付けによる傘下入れと、分立していた新興市場の統合","c":"日本取引所グループ","y":2007,"col":"#002b5f","s":"東証マザーズ・ヘラクレス・ジャスダックが競合する新興市場で、東証主導の再編を待たず自ら統合を仕掛け、現物・新興市場での主導権を確保する","x":"2007 日本取引所グループ ジャスダックの子会社化 公開買付けによる傘下入れと、分立していた新興市場の統合 2008年12月にジャスダックを子会社化。大阪証券取引所がtobで議決権76.1%を取得し、2010年4月に吸収合併してjasdaq市場を開いた 東証マザーズ・ヘラクレス・ジャスダックが競合する新興市場で、東証主導の再編を待たず自ら統合を仕掛け、現物・新興市場での主導権を確保する 対抗軸が、同じ傘に収まるまで この買収は、東証主導の再編を待つのではなく、地盤沈下の続く現物・新興市場で自ら主導権を取りに行った一手として読める。取得原価5,860百万円に対し受け入れた資産と引き受けた負債の純額が上回り、負ののれん933百万円が生じたという数字は、相手が割安に手に入る状態にあったことを示している。デリバティブで稼ぐという確かな足場を持つがゆえに、大証は現物の弱さを補う相手を選び、システムの利用を一本化し、完全子会社化から吸収合併、市場統合までを2年足らずで進め切ることができた。乱立した新興市場を一つへ集約した点で、この判断は当時の証券市場が抱えていた重複と非効率に対する、大証なりの回答であったのだろう。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/9278/decisions/2007-founder-rebate-scandal/","t":"役員の近親者が関わる取引の未開示にともなう第13〜15期の訂正と、代表権の一本化","c":"ブックオフグループホールディングス","y":2007,"col":"#013559","s":"不適切な売上計上と役員の近親者が関わる取引の未開示を受け、第13〜15期の有価証券報告書を訂正し、代表権を新社長へ一本化して内部統制の体制を組み直した局面","x":"2007 ブックオフグループホールディングス 不適切な売上計上と有価証券報告書の訂正 役員の近親者が関わる取引の未開示にともなう第13〜15期の訂正と、代表権の一本化 2007年5月に不適切な売上計上が明らかになり、6月29日に第13〜15期の訂正報告書を3本同時に提出した。第15期の連結売上高の訂正は15,776千円で、代表取締役は佐藤弘志氏へ交代した 不適切な売上計上と役員の近親者が関わる取引の未開示を受け、第13〜15期の有価証券報告書を訂正し、代表権を新社長へ一本化して内部統制の体制を組み直した局面 訂正されたのは数字か、開示か この一件を会計の不正として読むと、規模が合わない。訂正で動いた連結売上高は第14期が6,286千円、第15期が15,776千円で、いずれも当該期の売上高の0.04%に満たない。損なわれたのは決算の正確さそのものよりも、誰と取引しているのかを株主に示す義務のほうだったと思われる。訂正の中心が関連当事者の注記にあり、第13期にいたっては数値の訂正がひとつもなく、注記の追記だけで終わっていることが、それを裏づけている。 不祥事・信頼回復 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/9412/decisions/jsat-holding-integration-2007/","t":"株式移転による衛星会社宇宙通信の子会社化","c":"スカパーJSAT","y":2007,"col":"#003399","s":"加入者を積み増して収益を上げる放送事業が頭打ちになるなか、設備を長期に貸す衛星事業を同じ持株会社のもとに統合し、グループの収益源を組み替えた再編","x":"2007 スカパーjsat jsatとの経営統合 株式移転による衛星会社宇宙通信の子会社化 2007年4月に共同株式移転でスカパーjsatを設立。スカイパーフェクト・コミュニケーションズとジェイサットが2006年10月の基本合意を経て一つになった 加入者を積み増して収益を上げる放送事業が頭打ちになるなか、設備を長期に貸す衛星事業を同じ持株会社のもとに統合し、グループの収益源を組み替えた再編 需要をつくるために持った設備が、主役になるまで この統合は、合併という言葉が想起する\"二つを一つにする\"作業とは性格が違っていた。事業の重複がない二社を持株会社の下に並べ、片方の稼ぎでもう片方の投資をまかなう構えである。発表当時に業界の大半が合併の利点は見えないと受け止めたのも無理はなく、放送の側からは衛星への依存を減らしたいという言い分があり、衛星の側からは放送という大口顧客を確保するだけに見えた。それでも、加入者を積み増して手数料を得る事業が2004年から純減に転じていた事実を前に置くと、収益源をもう一本用意する以外の道は乏しかったとみられる。 持株会社化・グループ再編 合併・経営統合 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/9449/decisions/loan-credit-exit-2007/","t":"参入からわずか2年で見切りをつけた金融分野の切り離し","c":"GMOインターネットグループ","y":2007,"col":"#005BAC","s":"過払い金返還を認める司法判断と引当の実務指針の変更で利息返還の損失が見通せなくなり、取得から2年で持株会社ごと手放した判断","x":"2007 gmoインターネットグループ ローン・クレジット事業撤退 参入からわずか2年で見切りをつけた金融分野の切り離し 2007年にローン・クレジット事業から撤退。2005年8月に250億4,100万円で取得したオリエント信販を、貸金業法の改正を受けて持株会社ごと528万円で手放した 過払い金返還を認める司法判断と引当の実務指針の変更で利息返還の損失が見通せなくなり、取得から2年で持株会社ごと手放した判断 528万円の値札が示したもの 254億円で取得した会社を528万円で手放すという結末は、値付けの誤りというより、値付けの前提が外から書き換えられた事例に近い。オリエント信販は連結に加わった2005年下期だけで売上高93億円・当期純利益11億円を出していた。崩れたのは、過去に受け取った利息を将来返さなくてよいという前提のほうである。司法判断が一つ変わると、買った資産の値だけでなく、過去に計上した利益まで引当金として取り崩される。貸金業という事業の性質を、gmoは自社の決算書で確かめたことになる。 事業売却・撤退 飛び地・非関連多角化 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/9983/decisions/barneys-acquisition-abort-2007/","t":"米高級百貨店への買収提示と、その取り下げによる海外拡張の見送り","c":"ファーストリテイリング","y":2007,"col":"#FF0000","s":"高級ゾーンのノウハウと世界的知名度を得るため高級百貨店の買収に名乗りを上げたが、価格競争で規律を優先し、争奪から退いた判断","x":"2007 ファーストリテイリング バーニーズ・ニューヨーク買収断念 米高級百貨店への買収提示と、その取り下げによる海外拡張の見送り 2007年7月にバーニーズ・ニューヨーク買収へ名乗り。ドバイ政府系イスティスマールの売却合意へ柳井正会長が割って入るが、価格は追わず9月に断念 高級ゾーンのノウハウと世界的知名度を得るため高級百貨店の買収に名乗りを上げたが、価格競争で規律を優先し、争奪から退いた判断 買収しなかったことの意味 この一件で目を引くのは、買収に名乗りを上げた大胆さよりも、価格を際限なく追わずに退いた引き際のほうである。1000億円の合意に100億円を上乗せして割って入りながら、最後は競り勝つことに固執しなかった。ブランドを丸ごと買うより自社の基盤になる企業を、という日ごろの言葉に照らせば、高級百貨店の争奪は方針の外への踏み込みであり、そこで無理をしなかったことに、拡大を急ぐなかの規律がうかがえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 破談・撤回 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/1605/decisions/merger-teisekki-kokusai-2006/","t":"石油開発2社の一体化と、共同持ち株会社の設立","c":"INPEX","y":2006,"col":"#363581","s":"単独では担いきれないイクシス開発規模に対し、海外開発の国際石油開発と国内操業基盤の帝国石油が経営統合し、旧石油公団解体後の「日の丸メジャー」構想と歩調を合わせた…","x":"2006 inpex 国際石油開発と帝国石油の統合 石油開発2社の一体化と、共同持ち株会社の設立 2005年11月に合意した国際石油開発と帝国石油の経営統合。国内首位と4位が2006年4月3日に共同持ち株会社を設立し、2008年10月に傘下2社を吸収合併 単独では担いきれないイクシス開発規模に対し、海外開発の国際石油開発と国内操業基盤の帝国石油が経営統合し、旧石油公団解体後の「日の丸メジャー」構想と歩調を合わせた事業戦略上の判断 官と民の論理が重なった統合の射程 この統合が示すのは、資源開発という国の安全保障にかかわる領域で、民間の経営判断と国の政策がどこまで重なり合えるかという問いであったとみられる。規模で見劣りする帝国石油との統合は、市場の論理だけで見れば国際石油開発にとって必ずしも有利とは言い切れない選択だったが、石油公団の解散を受けた答申が国際石油開発を中核的企業と位置づけた文脈に置くことで、初めて合理性を帯びた判断になったといえる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/2121/decisions/mothers-listing-2006/","t":"時価総額2,221億円という評価を得た資本市場デビュー","c":"MIXI","y":2006,"col":"#F5A000","s":"会員数と利用時間で国内屈指の媒体に育ったmixiを資本市場に開き、認知と人材の獲得につなげた資本政策","x":"2006 mixi 東証マザーズへ上場 時価総額2,221億円という評価を得た資本市場デビュー 2006年9月に東証マザーズへ上場。公募価格155万円に初日は値がつかず、買い気配315万円での時価総額は2,221億円 会員数と利用時間で国内屈指の媒体に育ったmixiを資本市場に開き、認知と人材の獲得につなげた資本政策 値付けが先に走った会社が引き受けたもの この上場が特異なのは、調達した金額の大きさよりも、会社の実力と市場の値付けの距離にあったと思われる。売上高50億円に満たない会社に2,000億円を超える評価がつき、創業者の持ち分だけで1,000億円に達した。会員の利用時間の濃さという、当時の会計上の売上高にはまだ現れていない資産を市場が先に評価した点に、snsという業態の性格がうかがえる。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/2317/decisions/dividend-payout-target-2006/","t":"配当性向目標の30％から40％への引き上げ","c":"システナ","y":2006,"col":"#FF7830","s":"設備投資を必要としない受託開発で積み上がる現金の使途として、株主還元の水準を利益の4割へ引き上げた資本配分の変更","x":"2006 システナ 増配方針への転換 配当性向目標の30%から40%への引き上げ 2006年10月に配当性向目標の引き上げ。システムプロが目標を30%から40%へ改め、同期の1株配当は1,000円・配当性向43.8%となった 設備投資を必要としない受託開発で積み上がる現金の使途として、株主還元の水準を利益の4割へ引き上げた資本配分の変更 約束を比率で定めた会社 この判断で目を引くのは、引き上げの幅よりも、約束の置き方であるように思われる。1株いくらという絶対額ではなく、利益に対する比率で株主への配分を定めておくと、業績が悪化した年には配当も減る代わりに、伸びた年には自動的に増える。事業の規模が20年で10倍以上に動いた会社が、同じ一文を毎期の有価証券報告書に載せ続けられたのは、約束の形が比率であったためと思われる。創業者の逸見愛親氏が受注の7割を断って身の丈を選んだ会社が、株主との関係でも絶対額でなく比率を選んだ点は、どこか通じているようにも読める。 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/2593/decisions/tullys-acquisition-2006/","t":"運営会社フードエックス・グローブの株式取得による店舗網の取り込み","c":"伊藤園","y":2006,"col":"#00A040","s":"無糖茶に偏った品揃えをコーヒーまで拡充するため、店舗網とブランドを持つ運営会社を丸ごと取得した多角化の判断","x":"2006 伊藤園 タリーズコーヒー日本を子会社化 運営会社フードエックス・グローブの株式取得による店舗網の取り込み 2006年10月にタリーズコーヒー日本を子会社化。フードエックス・グローブ株を買い増し所有割合を36.4%から51.0%へ 無糖茶に偏った品揃えをコーヒーまで拡充するため、店舗網とブランドを持つ運営会社を丸ごと取得した多角化の判断 買収で得たのは店舗か、時間か この買収を、茶の会社が畑違いの外食に手を出した話として読むと、性格を取り違えることになる。伊藤園は緑茶飲料でも、まず商品を作り、次に自動販売機と協力工場という販路と生産の仕組みを自前で組み上げてきた。コーヒーだけは、その順序を踏まずに完成した運営会社ごと取得している。缶コーヒーで大手と正面から争うより、店舗で確立したブランドを飲料の棚へ持ち出すほうが早いという計算が働いただろう。 隣接領域への展開 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/2819/decisions/diversification-exit-2006/","t":"冷凍食品・広告代理店・物流へ展開した周辺事業からの全面撤退","c":"エバラ食品工業","y":2006,"col":"#D2161A","s":"総合食品メーカーを目指して展開した冷凍食品・広告・外食の各事業を、収益貢献を確保できないまま順に手放し、調味料へ事業を集中し直した判断","x":"2006 エバラ食品工業 日本冷食をサンマルコ食品へ譲渡 冷凍食品・広告代理店・物流へ展開した周辺事業からの全面撤退 2006年3月に日本冷食をサンマルコ食品へ譲渡。1981年の子会社化から拡大した冷凍食品や外食が焼肉のたれに並ぶ主力事業に育たず周辺事業から手を引く 総合食品メーカーを目指して展開した冷凍食品・広告・外食の各事業を、収益貢献を確保できないまま順に手放し、調味料へ事業を集中し直した判断 一点集中の強さと、その裏側 焼肉のたれという商品を自ら作り出した会社が、その成功の資金で次の柱を探した経緯そのものは、成長の作法として珍しいものではない。ただエバラ食品工業の場合、選ばれた先が冷凍食品・広告・外食・米国と広く散り、いずれも精肉店と食品問屋という自社の販路や、たれの味を作る技術と直接には結びついていなかった。大手スーパーが指摘した、たれ以外ではマーケティング力が劣るという評価は、商品の力ではなく、届け方の力が特定の商品と結びついていたことを指していたようにも読める。 飛び地・非関連多角化 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/2897/decisions/myojo-acquisition-2006/","t":"スティール・パートナーズの敵対的TOBに対する、ホワイトナイトとしての介入","c":"日清食品ホールディングス","y":2006,"col":"#EE2528","s":"アクティビストのスティール・パートナーズが明星食品へ敵対的TOBを仕掛けたことを契機に、日清食品がホワイトナイトとして対抗TOB・友好的買収に踏み切り、即席麺市…","x":"2006 日清食品ホールディングス 明星食品の買収 スティール・パートナーズの敵対的tobに対する、ホワイトナイトとしての介入 2006年11月に明星食品への公開買付けを決議。安藤宏基社長のもとで取得原価327億円の買付けと株式交換により完全子会社化した アクティビストのスティール・パートナーズが明星食品へ敵対的tobを仕掛けたことを契機に、日清食品がホワイトナイトとして対抗tob・友好的買収に踏み切り、即席麺市場の統合と経営権の安定を図った 買収防衛と業界再編が交差した一件 この判断の核心には、他社に仕掛けられた敵対的買収を、自社の市場戦略へと引き寄せた発想がある。スティールの登場は日清にとって外から降ってきた出来事であったが、日清はそれを明星の防衛戦としてではなく、即席麺市場を統合する好機として受け止めた。数字の上では、これは高値づかみの買収ではない。公開買付けで払った取得原価32,686百万円に対し、企業結合日に受け入れた資産は60,207百万円、引き受けた負債は26,957百万円、少数株主持分は4,256百万円であり、差し引いた純資産28,994百万円をわずか3,693百万円上回るにすぎなかった。超過収益力として立てたのれんは、払った額の1割強でしかない。老舗メーカーの工場と土地という実物の裏付けが、対価のほとんどを説明していた。 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/3038/decisions/capital-2006/","t":"資金を必要としない会社が選んだ2006年の株式公開","c":"神戸物産","y":2006,"col":"#00B180","s":"創業者が全株式を保有したまま健康を損なった事態を受け、組織的な経営への移行と加盟店オーナーへの報い方を確保するため株式を公開する","x":"2006 神戸物産 大阪証券取引所への無借金上場 資金を必要としない会社が選んだ2006年の株式公開 2006年6月に無借金での株式公開。沼田昭二氏が全株を持つ状態から大阪証券取引所二部へ移り、加盟店オーナーへ株式で報いる 創業者が全株式を保有したまま健康を損なった事態を受け、組織的な経営への移行と加盟店オーナーへの報い方を確保するため株式を公開する 資金以外の理由で市場に出るということ 上場は資金を集める手段である、という前提から見ると、この判断は順序が逆に見える。資金が要らない仕組みをわざわざ組んだ会社が、その仕組みゆえに調達の必要を持たないまま市場へ出た——上場のねらいに置かれたのは、創業者の健康と、後継者の不在と、加盟店オーナーへの報い方であった。いずれも財務ではなく、会社に関わる人をめぐる問題であった。上場という制度が、資金調達の装置としてよりも、所有と承継を扱う装置として使われた例と推察される。 上場・ipo・市場変更 創業家・同族 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/3050/decisions/three-company-integration-2006/","t":"共同株式移転によるＤＣＭ Ｊａｐａｎホールディングスの設立","c":"DCMホールディングス","y":2006,"col":"#7E0C1E","s":"単独の仕入れ規模では価格を引き下げきれないホームセンター業界で、商圏の重ならない3社が持株会社の下に集まり、共同仕入れによって値入率と品ぞろえを集約した業界再編","x":"2006 dcmホールディングス カーマなど3社が経営統合 共同株式移転によるdcm japanホールディングスの設立 2006年9月にカーマなど3社が経営統合。ダイキ・ホーマックと共同株式移転で持株会社dcm japanホールディングスを設立し、159,439,199株を交付。資本金100億円、425店舗 単独の仕入れ規模では価格を引き下げきれないホームセンター業界で、商圏の重ならない3社が持株会社の下に集まり、共同仕入れによって値入率と品ぞろえを集約した業界再編 重ならない商圏という条件 札幌市厚別区、愛媛県松山市、愛知県刈谷市。本店が三つの地方に分かれていたことが、この統合を成り立たせた条件である。ホームセンターの再編で難しいのは、重なった店をどちらの看板で残すかの調整である。カーマは愛知県だけで売上の53.4%を挙げ、ダイキは瀬戸内4県に、ホーマックは北海道に集まっていた。閉める店を一つも決めずに仕入れだけを集約できる相手は、そう多くない。合併ではなく共同株式移転を選び、3社を完全子会社として残した形式は、この条件をそのまま写したものといえる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/3064/decisions/independent-brand-listing-2006/","t":"「住商」「グレンジャー」を外した社名変更と、それに伴う株式公開","c":"MonotaRO","y":2006,"col":"#D51B28","s":"合弁会社としての社名を捨てて顧客に通じるブランドへ一本化し、機関設計と資本の整理を経て株式公開まで進めた一連の資本政策","x":"2006 monotaro 東証マザーズへ上場 「住商」「グレンジャー」を外した社名変更と、それに伴う株式公開 2006年12月に東証マザーズへ上場。同年2月に住商グレンジャーからmonotaroへ改称し、9月に減資で欠損を埋める 合弁会社としての社名を捨てて顧客に通じるブランドへ一本化し、機関設計と資本の整理を経て株式公開まで進めた一連の資本政策 名を替えることは、誰の会社かを言い直すこと この判断の中心にあるのは、資金調達よりも、会社が誰の名で呼ばれるかという問題であったと推察される。公募で入った1億6千万円台は、当時の売上規模に照らしても小さく、これを目的に上場準備の手間をかけたとは考えにくい。むしろ、出資2社の名を並べた社名を捨て、顧客が知っている名に一本化したこと、そして上場企業として自分の数字を自分で開示する立場に立ったことのほうが、その後の展開に効いている。合弁会社が親の名を外すという行為は、事業の成否を自分で説明する責任を引き受ける宣言でもあった。 上場・ipo・市場変更 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/3197/decisions/mbo-delisting-2006/","t":"創業家と投資ファンドによる総額2,700億円超のMBOと東証一部からの非上場化","c":"すかいらーくホールディングス","y":2006,"col":"#E03500","s":"大型店中心の店舗構造や有利子負債といった上場のままでは着手しにくい課題に、四半期業績や株価の短期圧力から離れて向き合うため、創業家が投資ファンドと組み、外部資本…","x":"2006 すかいらーくホールディングス sncインベストメントがmbo 創業家と投資ファンドによる総額2,700億円超のmboと東証一部からの非上場化 2006年6月にsncインベストメントがmbo。創業家の横川竟社長が投資ファンドと組み、総額2,700億円超で東証一部の看板を下ろす 大型店中心の店舗構造や有利子負債といった上場のままでは着手しにくい課題に、四半期業績や株価の短期圧力から離れて向き合うため、創業家が投資ファンドと組み、外部資本の規律のもとで非上場化して構造改革を進める判断 主導権と時間をめぐる取り引き 四半期の株価に追われずに不採算店を畳み、大型店中心の構造を組み替えるには、市場の目から一度離れる必要があった。店舗網を作り替える時間を、上場企業の身分と引き換えに買う取り引きである。横川竟社長が再上場を5年後とし、人事権と資産処分権を自らに残す条件を付したのは、時間だけを買い、経営の主導権は手放さないという線引きだったのだろう。2,700億円という国内最大級の値づけは、その主導権の対価でもあった。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/3231/decisions/holding-company-listing-2006/","t":"独立した不動産持株会社としての発足と、株式公開による資本市場入り","c":"野村不動産ホールディングス","y":2006,"col":"#F08300","s":"銀行借入に依存した財務のまま開発量を伸ばす限界に対し、持株会社化とその2年後の新規上場で資本市場からの調達手段を確保した資本政策","x":"2006 野村不動産ホールディングス 東証一部に上場 独立した不動産持株会社としての発足と、株式公開による資本市場入り 2006年10月に東証一部へ上場。2004年6月に野村不動産ホールディングスを設けて持株会社体制へ移った資本政策の総仕上げ 銀行借入に依存した財務のまま開発量を伸ばす限界に対し、持株会社化とその2年後の新規上場で資本市場からの調達手段を確保した資本政策 傘を出るということ この判断の中心にあるのは、資金の出所を銀行と親会社グループから資本市場へ広げた点にあると推察される。自己資本比率9%未満という水準は、用地を先に買って寝かせる事業を営むには薄い。借入で伸ばせる量には限りがあり、その限りが開発の規模を決めていた。持株会社を立てて資本関係を整理し、外部株主を迎え入れる——2004年から2006年にかけての一連の手続きは、事業の中身を変える判断というより、事業を回すための燃料の取り方を変える判断であったといえる。 持株会社化・グループ再編 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/3360/decisions/central-uni-acquisition-2006/","t":"東証二部上場と、買収を通じた院内設備事業の新たな取り込み","c":"シップヘルスケアホールディングス","y":2006,"col":"#009944","s":"上場と公募増資で得た資金を材料流通の運転資金だけでなく、病院設備の製造・保守を持つ企業の買収に振り向け、一括受注の中身を厚くした判断","x":"2006 シップヘルスケアホールディングス セントラルユニを買収 東証二部上場と、買収を通じた院内設備事業の新たな取り込み 2006年11月にセントラルユニを買収。グリーンホスピタルサプライが子会社5社ごと72億4,989万円で医療ガス配管を得る 上場と公募増資で得た資金を材料流通の運転資金だけでなく、病院設備の製造・保守を持つ企業の買収に振り向け、一括受注の中身を厚くした判断 買い物の順番が示すもの 上場で得た資金の使い道として、材料流通の運転資金を厚くする道もあった。院外spdは在庫を自社で抱える商いであり、受託先を増やすほど資金が要る。それでも同社が2006年に最も大きな額を投じた先は、病院の壁の内側に配管を敷き、保守を続ける会社であった。診療報酬引き下げで機器の買い換えが止まる一方、老朽化した病院の建て替え計画は動き出していた。売り切りではなく建物の寿命に沿って続く収益を、材料の流通とは別に確保しようとしたのだろう。 上場・ipo・市場変更 連続買収・ロールアップ 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/3402/decisions/uniqlo-heattech-partnership-2006/","t":"戦略的パートナーシップの締結とヒートテックの共同開発","c":"東レ","y":2006,"col":"#004097","s":"繊維を斜陽産業とみなす風潮に逆らって繊維に残った東レが、ユニクロと素材の企画・開発から生産・物流までを一貫して結ぶ戦略的パートナーシップを締結し、ヒートテックの…","x":"2006 東レ ファーストリテイリングと提携 戦略的パートナーシップの締結とヒートテックの共同開発 2006年3月にファーストリテイリングと提携。榊原定征社長が繊維を斜陽とみなす風潮のなか、素材の企画・開発から生産・物流までを両社で結んだ 繊維を斜陽産業とみなす風潮に逆らって繊維に残った東レが、ユニクロと素材の企画・開発から生産・物流までを一貫して結ぶ戦略的パートナーシップを締結し、ヒートテックの共同開発で繊維事業の復活につなげた提携 繊維に残る選択と、垂直連携という設計 この決断の核心は、繊維を斜陽産業とみなす当時の空気に逆らって、東レがその事業に残る選択と、素材メーカーとアパレルを垂直に結ぶ協業の設計とを、同時に果たした点にある。1975年に藤吉次英社長が脱繊維を否定して以来、東レは繊維に人と資本を残してきた。ユニクロとの戦略的パートナーシップは、その残留を、川下の需要と直結させることで利益へ結び付けた仕組みだったと思われる。ただ繊維に留まるだけでは、斜陽という評価をくつがえすには足りなかった。 技術・r&d起点の勝負 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/3404/decisions/mma-core-shift-2006/","t":"初の非繊維出身社長の起用と、繊維以外へ軸足を移す判断","c":"三菱レイヨン","y":2006,"col":"#E60012","s":"繊維の縮小とMMA系事業の伸長という収益の逆転を受け、樹脂・化成品出身の社長のもとでアクリル系事業に経営資源を集中し、MMAの一貫生産を国境をまたいで展開する判…","x":"2006 三菱レイヨン mma基軸へ経営資源集中 初の非繊維出身社長の起用と、繊維以外へ軸足を移す判断 2006年6月に樹脂畑の鎌原正直が社長に就任。1933年にレーヨンで創業した同社で初の非繊維出身社長で、前任の皇芳之の路線を継ぎmma系へ集中 繊維の縮小とmma系事業の伸長という収益の逆転を受け、樹脂・化成品出身の社長のもとでアクリル系事業に経営資源を集中し、mmaの一貫生産を国境をまたいで展開する判断 社名に残った祖業 社名にレイヨンを残したまま、この会社は繊維を知らない社員を社長に据えた。鎌原正直社長が1965年に配属された樹脂課は、合繊全盛の当時、新規事業にすぎない。その樹脂・化成品が40年後には事業別営業利益の7割を稼ぎ、祖業の繊維は3%あまりに縮んでいた。皇芳之社長が進めたアクリルへの集中を、集中された側の当事者に引き継がせた人事であり、路線を変えるためではなく、決めた路線を速く回すための交代であった。 祖業・主力事業の転換 選択と集中 トップ交代・承継 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/3861/decisions/hokuetsu-tob-2006/","t":"日本初の本格的な敵対的買収に踏み切った業界再編の仕掛け","c":"王子ホールディングス","y":2006,"col":"#00643D","s":"国内紙需要の頭打ちと設備過剰のなか、業界再編で規模を集約しようとした王子が北越へ敵対的TOBを仕掛けたが、ホワイトナイトと対抗的な株式取得で過半数取得が見込めず…","x":"2006 王子ホールディングス 北越製紙へ敵対的tob 日本初の本格的な敵対的買収に踏み切った業界再編の仕掛け 2006年7月に北越製紙へ敵対的tob。国内首位の王子製紙が1株860円で発行済株式の50.1%以上を目標としたが北越の防衛策で退けられた 国内紙需要の頭打ちと設備過剰のなか、業界再編で規模を集約しようとした王子が北越へ敵対的tobを仕掛けたが、ホワイトナイトと対抗的な株式取得で過半数取得が見込めず不成立に終わった 敵対的tobが根づかなかったことの意味 日本の産業史で初の本格的な敵対的tobが不成立に終わった意味は、価格や勝敗だけでは測れない。王子が示したのは、合意に頼らず市場を通じて再編を仕掛けるという、それまでの日本企業になじみの薄い手立てであった。一方で北越が選んだホワイトナイトと第三者割当という防衛は、買収の是非を株主ではなく経営陣と事業パートナーの関係で決める色合いを帯びていた。どちらに理があったかは、その後に続く紙需要の縮小を見なければ判じにくい。 敵対的・同意なき買収 破談・撤回"},{"k":"decision","u":"/tse/3865/decisions/oji-tob-defense-2006/","t":"同業最大手からの敵対的買収提案をはねのけた自主独立の堅持","c":"北越コーポレーション","y":2006,"col":"#008CD6","s":"王子の敵対的TOBに対し、北越は三菱商事への第三者割当増資でホワイトナイトを迎え、買収防衛策と合わせて自主独立を選んだ。日本製紙の対抗的な株式取得も加わって王子…","x":"2006 北越コーポレーション 王子製紙tobへの防衛 同業最大手からの敵対的買収提案をはねのけた自主独立の堅持 2006年7月に王子製紙のtobへ防衛策を発動。北越製紙は1株860円の敵対的買収に対し、三菱商事への第三者割当増資でホワイトナイトを迎えた 王子の敵対的tobに対し、北越は三菱商事への第三者割当増資でホワイトナイトを迎え、買収防衛策と合わせて自主独立を選んだ。日本製紙の対抗的な株式取得も加わって王子は過半数取得を断念し、北越は独立を維持した 自主独立が残したもの 北越の防衛が映し出したのは、資本の論理だけでは割り切れない企業のかたちであった。王子が数字で統合効果を説いたのに対し、北越は地域や取引先、現場の誇りに支えられた独立を選び、その選択には\"日本的で非合理\"との批判も向けられた。もっとも、額に汗して築いた事業を守ろうとする気概は、日本にかぎった特殊なものとはいいがたい。買収に直面したとき企業は何を守るのか——この防衛は、その問いを資本市場の外側から照らし出したとみられる。 敵対的・同意なき買収 破談・撤回 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/4452/decisions/kanebo-acquisition-2006/","t":"約4,291億円を投じての、後発から国内2位への一気の浮上","c":"花王","y":2006,"col":"#05AC8F","s":"化粧品で後発の国内4位にとどまっていた花王が、専門店網とブランド資産を一括取得して上位へ躍り出るために、破綻したカネボウの化粧品事業へ約4291億円を投じて完全…","x":"2006 花王 カネボウ化粧品の買収 約4,291億円を投じての、後発から国内2位への一気の浮上 2006年1月にカネボウ化粧品を買収。尾﨑元規社長のもとで産業再生機構から株式86%を取得し、翌2月に完全子会社化した 化粧品で後発の国内4位にとどまっていた花王が、専門店網とブランド資産を一括取得して上位へ躍り出るために、破綻したカネボウの化粧品事業へ約4291億円を投じて完全子会社化したm&a。ただし現状維持型の統合設計により買収後の統合は長期化した。 買収の速さと、なじませる遅さ この買収の核にあるのは、自力では届かなかった化粧品の上位へ、専門店網とブランドをまとめて手にすることで一気に到達しようとした発想である。後発の花王にとって、資生堂やカネボウが長い年月をかけて築いた対面販売の基盤は、時間をかけて自前で組むよりも、破綻という機会に乗じて買うほうが速いとみえた。設備投資では和歌山の専用ラインで、撤退ではフロッピーディスク事業の一括処理で、後戻りできない手を素早く打ってきた花王の行動様式からすれば、4291億円の一括取得もまた、時間を金で買う速い一手であったと思われる。 ブランド・マーケティング pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/4684/decisions/founder-return-2006/","t":"大企業向けERPと成果主義の見直しに向けた、創業者の現場復帰","c":"オービック","y":2006,"col":"#E7241D","s":"大企業向けへの拡大と四半期評価がもたらした不採算受注を止め、創業者が社長へ戻って直販・内製・新卒育成の型へ引き戻した経営体制の変更","x":"2006 オービック 野田順弘氏が社長就任 大企業向けerpと成果主義の見直しに向けた、創業者の現場復帰 2006年2月に野田順弘氏が社長へ復帰。会長職と兼ねて代表取締役会長兼社長となり、年商1,000億円級の大企業向けerpへ販売先を拡大した3年を引き戻した 大企業向けへの拡大と四半期評価がもたらした不採算受注を止め、創業者が社長へ戻って直販・内製・新卒育成の型へ引き戻した経営体制の変更 創業者が戻ってきて何を止めたか 2003年からの3年で試されたのは、大企業向けの製品が作れるかどうかではなく、中途を採らず外注も増やさない会社がどこまで受注を伸ばせるかであった。\"obic7 ex\"は200ユーザーの同時接続に耐える構成まで仕上がっていたし、売上も利益も減ってはいない。壊れたのは工数のほうで、四半期ごとの数字を追う評価が、社員の育つ速さより早く受注を集めてしまった。野田順弘氏が2006年2月に社長へ戻って止めたのは大企業向けの製品というより、人の準備を待たずに売る仕組みだったのだろう。 トップ交代・承継 創業家・同族 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4723/decisions/crystal-acquisition-2006/","t":"事業領域の重なりを理由とした、売上が自社の3倍の請負最大手の借入による取り込み","c":"グッドウィル・グループ","y":2006,"col":"#204B8C","s":"総合人材サービスで首位を目指すグッドウィル・グループが、事業領域の重なりによるシナジーを理由に、売上高が自社の3倍にあたる請負最大手クリスタルの議決権67％を全…","x":"2006 グッドウィル・グループ クリスタルグループ買収 事業領域の重なりを理由とした、売上が自社の3倍の請負最大手の借入による取り込み 2006年10月にクリスタルグループを買収。議決権67%を取得原価725億28百万円で取得し、連結売上高は1,859億円から5,090億円へ3倍になった 総合人材サービスで首位を目指すグッドウィル・グループが、事業領域の重なりによるシナジーを理由に、売上高が自社の3倍にあたる請負最大手クリスタルの議決権67%を全額借入で取得した判断 借入金で買収した売上 取得原価725億28百万円に対し、買収資金871億円はそのまま借入であった。連結売上高は1,859億円から5,090億円へ3倍になったが、それを支える自己資本は増えず、自己資本比率は35.4%から2.6%へ低下している。買ったのは売上の流れであって、資本ではなかった。議決権も67%にとどめており、残る3分の1は買収後も外に置かれたままである。規模だけが先に来たと推察される。 連続買収・ロールアップ pmi・買収後統合 資金調達・財務戦略 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/4751/decisions/engineer-hiring-2006/","t":"人材の積み増しを通じた、外部依存から開発体制の内製化への転換","c":"サイバーエージェント","y":2006,"col":"#82be28","s":"急成長するメディアの負荷に外注体制が耐えられず、エンジニア採用と内製化で技術基盤を再構築した転換","x":"2006 サイバーエージェント エンジニア採用本格化 人材の積み増しを通じた、外部依存から開発体制の内製化への転換 2006年5月にエンジニア採用本格化。急成長するアメーバのトラフィックを支えるため、営業中心の組織に技術の内製を組み入れた 急成長するメディアの負荷に外注体制が耐えられず、エンジニア採用と内製化で技術基盤を再構築した転換 技術を持つことが次の事業を生んだ この決断の意味は、目先のサーバー増強にとどまらない。広告代理という営業主体の会社が、エンジニアを自ら採り、技術責任者に基盤の設計と運用を委ねたことは、事業を支える能力の中心を営業から技術へと移す判断だった。用途に応じてmysqlとoracleを使い分ける設計に象徴されるように、内製化は単なる人手の確保ではなく、自社のサービスを自社の技術で最適化できる状態をつくることであった。メディアを持つと決めた以上、それを支える技術も自前で持たねばならない——2004年のアメーバの選択が、必然としてこの内製化を呼び込んだ。 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/4753/decisions/delisting-and-cash-out-2006/","t":"上場廃止後の子会社売却による現金化と、解散を選ばなかった法人の存続","c":"ライブドア","y":2006,"col":"#DD0313","s":"損害賠償額が確定しないため解散も配当もできず、法人を存続させたまま子会社を順に売却して資産を現金化した判断","x":"2006 ライブドア マザーズ上場廃止後に現金化 上場廃止後の子会社売却による現金化と、解散を選ばなかった法人の存続 2006年4月にマザーズ上場廃止後に現金化。解散も再上場も退けて子会社を順に売却し、2010年5月にはライブドア株式も手放した 損害賠償額が確定しないため解散も配当もできず、法人を存続させたまま子会社を順に売却して資産を現金化した判断 畳まなかったのではなく、畳めなかった 平松庚三社長が2007年1月に語った理屈は単純であった。現金750億円に対して賠償請求が650億円あるとき、100億円を配ってよいかは誰にも答えられない。債権者の権利が株主より強い以上、賠償額が確定するまで会社を閉じることも配ることもできなかった。株主の側から見れば1000億円を超える換金資産が4年にわたり動かない状態が続いたが、それは経営陣が出口を選ばなかったのではなく、訴訟が出口を塞いでいたためだとみられる。 上場廃止・親子上場解消 リストラ・構造改革 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/4911/decisions/megabrand-strategy-2006/","t":"多品種の分散をやめ、少数の大型ブランドに資源を配分する戦略への転換","c":"資生堂","y":2006,"col":"#BC1928","s":"約100に分散していたブランドを少数の基軸ブランドへ集約し、ヘアケアのTSUBAKIへ発売初年度から50億円超の宣伝費を集中投下して、広告投資の配分を分散から集…","x":"2006 資生堂 tsubaki集中投資 多品種の分散をやめ、少数の大型ブランドに資源を配分する戦略への転換 2006年3月にtsubaki集中投資。前田新造社長が初年度だけで50億円超の宣伝費を投下し、約100のブランドを少数の基軸へ集約した 約100に分散していたブランドを少数の基軸ブランドへ集約し、ヘアケアのtsubakiへ発売初年度から50億円超の宣伝費を集中投下して、広告投資の配分を分散から集中へ転換した判断 集中という戦略の切れ味と危うさ この判断の意味は、2001年の集約から一歩進めた点にあった。約100に膨らんだブランドを絞る決断が\"増やす\"から\"減らす\"への転換であったとすれば、tsubakiへの大型投入は、絞ったうえで一点に賭けるという、より踏み込んだ実行であったのだろう。一つのシャンプーに50億円を超える宣伝費を投じる大胆さは、資源を薄く広く配ってきた資生堂の売り方への、明確な決別でもあった。数を競う発想から、競争優位に立てるブランドへ集めて育てる発想への切り替えが、初年度の成果によって裏づけられたといえる。 選択と集中 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/4927/decisions/holding-company-2006/","t":"事業会社の上に持株会社を置いたままの、東証一部への直接上場","c":"ポーラ・オルビスホールディングス","y":2006,"col":"#333333","s":"訪販・通販・製造という異質な事業を独立採算の子会社に分社化し、資本配分と新規ブランド育成を持株会社に集約したうえで直接上場し、家業から専業ホールディングスへ骨格…","x":"2006 ポーラ・オルビスホールディングス 持株会社への移行 事業会社の上に持株会社を置いたままの、東証一部への直接上場 2006年9月に純粋持株会社化。鈴木郷史氏がポーラ・オルビスホールディングスを設け、訪問販売と通信販売の2社を独立採算で統括した 訪販・通販・製造という異質な事業を独立採算の子会社に分社化し、資本配分と新規ブランド育成を持株会社に集約したうえで直接上場し、家業から専業ホールディングスへ骨格を組み替えた構造転換 組織が戦略を規定する この持株会社化の核心は、性格の異なる事業を一つの会社で抱えるのをやめ、独立採算の子会社に分けたうえで、資本の配分とブランドの育成だけを上位に集めた点にある。訪問販売という創業以来の対面の商いと、通信販売という非対面の商いを、それぞれの論理で回しながら、グループとしての投資判断は持株会社が握る——この役割分担が、家業から専業ホールディングスへの転換を支えた。設立から4年での直接上場は、その組織に資本市場からの資金を通し、海外とマルチブランドへ踏み出すための助走であったのだろう。 持株会社化・グループ再編 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/5001/decisions/petrochemical-shift-2006/","t":"ガソリン依存からの脱却と、10年2000億円を投じる製油所改造","c":"新日本石油","y":2006,"col":"#EB6005","s":"国内の燃料油需要が減少に向かうなかで、連産品という石油精製の制約を前提に、製油所の出口を石油化学基礎製品・電力へ組み替えて設備の付加価値を上げる改造","x":"2006 新日本石油 石油化学製品へ生産転換 ガソリン依存からの脱却と、10年2000億円を投じる製油所改造 2006年2月に石油化学製品へ生産転換。2003年に打ち出した製油所の改造計画は2015年完成を目標に2000億円超を見込んだ 国内の燃料油需要が減少に向かうなかで、連産品という石油精製の制約を前提に、製油所の出口を石油化学基礎製品・電力へ組み替えて設備の付加価値を上げる改造 蒸留塔から出てくるものの、販売先を変える 原油を蒸留すれば軽い成分から順に出てくる以上、ガソリンだけを作る製油所は存在しえない。改造はこの制約から始まっている。c重油を燃やして電力にし、分解してプロピレンにし、ヘビーナフサからガソリンではなくパラキシレンを多く取る。脱ガソリンと呼ばれた判断の実体は、石油からの離脱ではなく、同じ蒸留塔から出てくるものの売り先の組み替えであった。 祖業・主力事業の転換 大型設備投資 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/5019/decisions/stock-listing-2006/","t":"個人商店を理想としてきた会社の、公開市場への踏み出し","c":"出光興産","y":2006,"col":"#D50D2D","s":"銀行借入だけに依存する調達から抜けるため、優先株を消却して普通株へ組み替え、創業家以外へ割り当てる二段階の増資で上場に耐える株主構成を構築した","x":"2006 出光興産 東証一部へ上場 個人商店を理想としてきた会社の、公開市場への踏み出し 2006年10月に東証一部へ上場。1911年の創業以来外部資本を拒んできた出光興産が、年商2兆7636億円で株式市場に登場 銀行借入だけに依存する調達から抜けるため、優先株を消却して普通株へ組み替え、創業家以外へ割り当てる二段階の増資で上場に耐える株主構成を構築した 資金調達の必要と、経営の形を変える必要 上場の動機は、時期によって入れ替わっている。1998年の格付けの直後は、資金調達の道が銀行しかないことが問題だった。それでも上場をやめるという選択は残っていなかった。資金の必要から始まった話が、株主資本比率を他社並みに引き上げ、資本市場からも社債でも調達できる態勢にするという、財務の体質そのものを変える目的へ移っていたからである。同時に、この五年は創業家の支配をどう薄めるかという作業でもあった。二つの目的が同じ手段を要求したことが、一度白紙に戻った計画を二度目には通した理由といえる。 上場・ipo・市場変更 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/5202/decisions/pilkington-acquisition-2006/","t":"売上で2倍近い相手の、総額約6160億円での完全子会社化","c":"日本板硝子","y":2006,"col":"#337AB7","s":"約20%の出資では持分法適用の距離にとどまり、技術・開発から資材調達までのシナジーも規模の経済も取り出せないため、売上で2倍近い英ピルキントンの全株式を約6,1…","x":"2006 日本板硝子 英ピルキントンの完全子会社化 売上で2倍近い相手の、総額約6160億円での完全子会社化 2006年2月に英ピルキントンの全株式取得を決議。1株165ペンス、既保有分を除く買収総額は約3585億円、所要資金は総額約6160億円にのぼった 約20%の出資では持分法適用の距離にとどまり、技術・開発から資材調達までのシナジーも規模の経済も取り出せないため、売上で2倍近い英ピルキントンの全株式を約6,160億円の資金で取得し、板ガラス分野の世界トップシェアの獲得を目指した海外展開の一手 20%という距離を、一息に詰める この買収は規模の獲得というより、20%出資という中途半端な位置からの脱出であっただろう。2000年に10%、2001年に20%と買い進めた出資は持分法適用にとどまり、技術・開発から資材調達、物流、間接部門にいたるシナジーは、その距離では取り出せない。完全子会社化して初めて両社の開発拠点と製造拠点を一体で動かせる——買収の理由に挙げたのは、板ガラス分野での世界トップシェアの獲得と、規模の経済と技術融合による真のグローバルプレーヤー化の二つであった。売上で2倍近い相手へ約6,160億円を投じたのは、その距離を一息に詰めるためだったのだろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 資金調達・財務戦略 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/5393/decisions/asbestos-product-exit-2006/","t":"国内外での含有製品の製造・販売の全面終了","c":"ニチアス","y":2006,"col":"#00A8F0","s":"石綿の全面禁止を定めた政令の施行と、被害公表が相次いだ社会環境のもとで、法が残した限定使用の例外も使わずに石綿含有製品の製造・販売を国内外で終えた判断","x":"2006 ニチアス アスベスト製品を全廃 国内外での含有製品の製造・販売の全面終了 2006年12月にアスベスト製品を全廃。1896年の創業から110年扱った石綿の販売を止め、海外も2007年3月末で終えた 石綿の全面禁止を定めた政令の施行と、被害公表が相次いだ社会環境のもとで、法が残した限定使用の例外も使わずに石綿含有製品の製造・販売を国内外で終えた判断 素材を返上した後に残ったもの 110年扱った素材から手を引くという判断は、実務としては最後の数%を落とす作業でしかなかった。主力のシール材も摩擦材も建材も、2004年までに石綿を外し終えている。それでも2006年12月と2007年3月という2つの期日が意味を持つのは、法が例外として残した余地を自分から返上した点にある。使える権利を使わないという決め方は、損益の計算からは出てこない。 事業売却・撤退 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/5714/decisions/holding-company-urban-mine-2006/","t":"5部門を10社へ分社し、事業運営の権限を事業会社へ移管する再配置","c":"DOWA","y":2006,"col":"#008D9F","s":"製錬から熱処理まで5つの部門を分社型吸収分割で10社へ移管し、持株会社に全体戦略と資源配分だけを残した組織再編","x":"2006 dowa 持株会社制への移行 5部門を10社へ分社し、事業運営の権限を事業会社へ移管する再配置 2006年10月に持株会社制へ移行。製錬・環境・リサイクル・電子材料・金属加工・熱処理の5部門を分社型吸収分割で10社へ承継し、商号を同和鉱業からdowaホールディングスへ改めた 製錬から熱処理まで5つの部門を分社型吸収分割で10社へ移管し、持株会社に全体戦略と資源配分だけを残した組織再編 5つの箱の大きさは等しくなかった 5つの部門を横並びに分社したように見えて、承継させた資産221,007百万円のうち126,285百万円、6割近くを製錬のdowaメタルマインが占めていた。環境・リサイクルを引き受けたdowaエコシステムは15,359百万円で、その8分の1でしかない。分社後も資産の中心は依然として製錬にあり、原料を鉱石から廃棄物へ移すという方向は、この時点では資産の配分にまだ現れていない。移行が決めたのは事業ごとに損益と権限を持たせる形であって、どの事業を伸ばすかは、その後の投資が決めることになったのだと思われる。 持株会社化・グループ再編 祖業・主力事業の転換 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/5802/decisions/harness-acquisition-2006/","t":"独ワイヤーハーネスメーカーの買収と併せた自動車配線事業の囲い込み","c":"住友電工","y":2006,"col":"#2E008B","s":"日系自動車メーカーへの追随で伸びたワイヤーハーネス事業を、欧州完成車メーカーへの直接供給と中核子会社の完全子会社化によって、グループの主力事業へ組み替えた一連の…","x":"2006 住友電工 住友電装を完全子会社化 独ワイヤーハーネスメーカーの買収と併せた自動車配線事業の囲い込み 2006年3月に独vwボードネッツェを買収。松本正義社長のもと、2007年8月には53.9%出資の住友電装を株式交換で完全子会社化 日系自動車メーカーへの追随で伸びたワイヤーハーネス事業を、欧州完成車メーカーへの直接供給と中核子会社の完全子会社化によって、グループの主力事業へ組み替えた一連の買収 誰に販売する会社になるか この2年の動きを、シェアを買い足した海外m&aとだけ読むと要点を外す。フォルクスワーゲン ボードネッツェの買収で手に入ったのは生産設備よりも、日系メーカーへの追随では届かなかった欧州の完成車メーカーという顧客であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 上場廃止・親子上場解消 祖業・主力事業の転換 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6269/decisions/sofec-acquisition-2006/","t":"借りていた係留技術を自社のものにする全株式取得","c":"三井海洋開発","y":2006,"col":"#FC1921","s":"FPSO・FSOの構造上不可欠な一点係留技術を他社の特許ライセンスに依存し、その契約に2011年11月という期限が確定していたため、特許を持つ会社ごと取得して技…","x":"2006 三井海洋開発 米sofec社を買収 借りていた係留技術を自社のものにする全株式取得 2006年11月に米sofec社を買収。三井海洋開発の米国子会社modecが、fmc technologiesから係留システム専業の会社を取得した fpso・fsoの構造上不可欠な一点係留技術を他社の特許ライセンスに依存し、その契約に2011年11月という期限が確定していたため、特許を持つ会社ごと取得して技術を社内に移管した 2011年11月15日という値札 5,440万米ドルで買ったのは係留設備の会社ではなく、2011年11月15日という一日であった。その日付は三井海洋開発が選んだものではない。2004年11月15日にfmc technologies, inc.への新株予約権が行使されて合弁契約が解消され、契約書の定めでその7年後が期限に確定している。構造上外せない係留システムをいつまで使えるかが、他社の合弁の終わり方で決まっていた。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6361/decisions/public-works-bid-rigging-2006/","t":"公共工事の入札をめぐる摘発と、経営体制の刷新による再発防止","c":"荏原製作所","y":2006,"col":"#F01830","s":"公共工事の入札をめぐる独占禁止法違反で立入検査・刑事告発・起訴を受け、課徴金納付命令と有罪判決、営業停止処分に至った。経営体制の刷新と再発防止対策委員会の設置で…","x":"2006 荏原製作所 公共工事入札談合事件 公共工事の入札をめぐる摘発と、経営体制の刷新による再発防止 2006年3月に公共工事の入札で公正取引委員会の立入検査を受け、し尿処理施設建設工事では法人として起訴された。2007年3月に大阪地方裁判所で有罪判決を受け、1都8県で15日間の営業停止処分も科されている 公共工事の入札をめぐる独占禁止法違反で立入検査・刑事告発・起訴を受け、課徴金納付命令と有罪判決、営業停止処分に至った。経営体制の刷新と再発防止対策委員会の設置で応じ、摘発された工事種別からは事業再編で退いた 官需に寄りかかった事業構造 摘発が下水道ポンプ設備、し尿処理施設、鋼鉄製水門、トンネル換気設備と四つの工事種別に及んだことは、個々の現場の逸脱ではなく、公共事業に深く依存した事業構造そのものが問われたことを意味していたと思われる。風水力事業とエンジニアリング事業はどちらも官需の比率が高く、公共事業費の削減が続くなかで受注を維持しようとすれば、同じ顔ぶれの競合と同じ発注者に向き合い続けることになる。摘発の重なった2006年度に国内官需比率の引き下げを掲げ、汚泥再生処理施設事業からの撤退を決めたのは、処分への対応というより、談合が生まれる土壌そのものを手放す判断だったのだろう。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6370/decisions/public-works-exit-2006/","t":"入札談合の摘発を受けた官公需の建設工事事業からの全面撤退","c":"栗田工業","y":2006,"col":"#0069C8","s":"汚泥再生処理（し尿処理）施設建設工事の入札談合で刑事告発を受け、再発防止を徹底するため官公庁発注の建設工事事業を丸ごと手放し、水処理薬品と民需の水処理装置へ事業…","x":"2006 栗田工業 し尿処理談合で官公需撤退 入札談合の摘発を受けた官公需の建設工事事業からの全面撤退 2006年12月に官公需建設工事から撤退。し尿処理施設の入札談合で同年5月に公正取引委員会から刑事告発され、国・地方公共団体の全工事をやめた 汚泥再生処理(し尿処理)施設建設工事の入札談合で刑事告発を受け、再発防止を徹底するため官公庁発注の建設工事事業を丸ごと手放し、水処理薬品と民需の水処理装置へ事業を集中した撤退 談合の後始末という読み方では足りないもの 発覚した談合の後始末、という読み方では、この撤退の広さは説明しきれない。摘発されたのは汚泥再生処理(し尿処理)施設という一分野であり、そこだけを閉じれば形は整った。にもかかわらず栗田工業は建設業法28業種の官公需をすべて返上し、グループ会社への事業移管も一切行わないと明記した。再発を誓う文言ではなく、談合の起こりうる場そのものを社内から消す方法を選んだと推察される。 事業売却・撤退 不祥事・信頼回復 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6465/decisions/overseas-acquisitions-2006/","t":"二社同時買収による北米の飲料機器事業と欧州の冷蔵庫事業の取得","c":"ホシザキ","y":2006,"col":"#009FDF","s":"現地法人の設立を重ねる自前主義から、製品と販路を持つ既存メーカーの取得へ海外拡張の手段を切り替え、北米の飲料機器と欧州の冷蔵庫を短期間で取り込んだ判断","x":"2006 ホシザキ 米lancer・gramの買収 二社同時買収による北米の飲料機器事業と欧州の冷蔵庫事業の取得 2006年2月2日に米lancerの買収を完了し、株式の取得価額は253億円。飲料ディスペンサの同社に続き、2008年9月に業務用冷蔵庫のデンマークgramも81億円で傘下に収めた 現地法人の設立を重ねる自前主義から、製品と販路を持つ既存メーカーの取得へ海外拡張の手段を切り替え、北米の飲料機器と欧州の冷蔵庫を短期間で取り込んだ判断 時間を買うという選択の後始末 この2件の核心は、海外で何を売るかではなく、海外の事業をどう獲得するかという手段の選択にあっただろう。1981年から25年をかけて現地法人と工場を積み上げてきた会社が、飲料ディスペンサでは米国2位のメーカーを、冷蔵庫では欧州の老舗の製造会社を、それぞれ丸ごと買った。自前で製品を起こして販路を作れば10年単位の時間が要るところを、対価を払って短縮したことになる。創業家の当主が復帰して1年足らずでこの規模の投資に着手した点にも、意思決定の速さがうかがえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 隣接領域への展開 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6473/decisions/koyo-toyoda-merger-2006/","t":"軸受と工作機械の統合による新会社ジェイテクトの誕生","c":"ジェイテクト","y":2006,"col":"#E30602","s":"トヨタグループ内に並存したステアリング事業と海外拠点の重複を解消し、軸受・工作機械・ステアリングを1社に統合して規模を得るための合併","x":"2006 ジェイテクト 光洋精工と豊田工機の合併 軸受と工作機械の統合による新会社ジェイテクトの誕生 2005年2月に光洋精工と豊田工機が基本合意。2006年1月にジェイテクトが発足し、軸受・工作機械・ステアリングの3事業が1社に集まる トヨタグループ内に並存したステアリング事業と海外拠点の重複を解消し、軸受・工作機械・ステアリングを1社に統合して規模を得るための合併 重複をなくす合併と、混ざりきらない会社 この合併の理屈は明快であった。同じ製品を2社が別々の設備で作り、別々の海外拠点で顧客に納めている——その重複を消せば、開発も購買も生産も一本化できる。トヨタグループという単一の親会社を共有していたことが、合併の意思決定を早めたと思われる。実際、合併前の2005年3月期に5,702億円だった連結売上高は、通年で寄与した2007年3月期に1兆253億円と1.8倍になり、総資産も5,105億円から9,453億円へ膨らんだ。数字で測る限り、統合の効果は説明のつく形で表れている。 合併・経営統合 pmi・買収後統合 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6502/decisions/westinghouse-acquisition-2006/","t":"約54億ドルを投じた世界一の原子力事業の構築","c":"東芝","y":2006,"col":"#E61E1E","s":"地球温暖化対策と新興国の電力需要で原発が見直されるなかで、加圧水型を持つウェスチングハウスを競争入札の末に取得し、世界一の原子力事業を主力事業に据えようとした大…","x":"2006 東芝 米ウェスチングハウス買収 約54億ドルを投じた世界一の原子力事業の構築 2006年2月に米ウェスチングハウス買収。英bnflから総額54億米ドルで取得し、西田厚聰社長の2010年ビジョンの中核に位置づけた 地球温暖化対策と新興国の電力需要で原発が見直されるなかで、加圧水型を持つウェスチングハウスを競争入札の末に取得し、世界一の原子力事業を主力事業に据えようとした大型投資 世界一という賭けが残したもの この判断は、事業の位置づけを組み替える宣言でもあったとみられる。原子力を含む社会インフラは、それまで安定的な事業領域と考えられてきた分野であり、そこを半導体と並ぶ主力事業へ引き上げたところに、この買収の本当の意味がある。ただし払った対価は、のれん3,507億円という形で貸借対照表に残った。米国会計基準では毎期の費用として溶けていかない代わりに、年に一度、将来の稼ぐ力そのものを問われ続ける。買った時点では利益を圧迫せず、前提が狂えば一度に表面化する——そういう構造を抱えた買収であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 祖業・主力事業の転換 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6764/decisions/financial-crisis-recap-2006/","t":"転換可能優先株式3,000億円の第三者割当増資と、議決権のほぼ半分の譲り渡し","c":"三洋電機","y":2006,"col":"#D42727","s":"全方位投資の破綻で自己資本が毀損した三洋が、金融3社から転換可能優先株式で3,000億円を受け入れ、議決権のほぼ半分と引き換えに自力再建の時間を確保した資本政策","x":"2006 三洋電機 ゴールドマンら3,000億円増資 転換可能優先株式3,000億円の第三者割当増資と、議決権のほぼ半分の譲り渡し 2006年3月に転換可能優先株式で総額3,000億円の第三者割当増資を実施。大和証券smbc、ゴールドマン・サックス、三井住友銀行の3社が1株700円で引き受けた 全方位投資の破綻で自己資本が毀損した三洋が、金融3社から転換可能優先株式で3,000億円を受け入れ、議決権のほぼ半分と引き換えに自力再建の時間を確保した資本政策 資本で時間は確保できても、構造は変えられなかった この増資は、資本の注入であると同時に議決の譲り渡しであったとみられる。3,000億円は普通株式ではなく優先株式で入り、そのうちa種には議決権が付いた。総株主の議決権3,665,858個のうち1,825,422個が、払込の日に3社の手へ渡っている。自己資本比率は11.1%から18.7%へ戻ったが、会社は数字の回復と引き換えに、自らの意思決定の半分を外へ預けた。金融資本が主導する再建とは、支援の形をとった支配の移転でもある。 資金調達・財務戦略 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/7011/decisions/nuclear-areva-alliance-2006/","t":"ウェスチングハウス買収入札での敗退を受けた、中型炉共同開発への転進","c":"三菱重工業","y":2006,"col":"#E83C3E","s":"国内新設の細りを前に加圧水型の技術を海外へ展開する手段として買収を試み、敗退後は基本特許からの解放を活かして仏アレバとの共同開発へ転じた提携判断","x":"2006 三菱重工業 仏アレバと中型炉合弁設立 ウェスチングハウス買収入札での敗退を受けた、中型炉共同開発への転進 2006年に仏アレバとの中型炉での協業を決める。ウェスチングハウス買収で東芝に敗れ2007年9月に合弁atmeaを設立 国内新設の細りを前に加圧水型の技術を海外へ展開する手段として買収を試み、敗退後は基本特許からの解放を活かして仏アレバとの共同開発へ転じた提携判断 買収しなかったことで決まったもの のれん代を20年で償却すれば年300億円、買収資金の金利負担が年120億円、対するウェスチングハウス社の税前利益は約100億円という計算が社内にあった。数字の上では、降りた判断に理があったと推察される。ただ、この場で決まったのは値付けの是非だけではなく、加圧水型という技術を誰と組んで海外へ運ぶかという座組そのものであった。 グローバル経営体制 クロスボーダーm&a(日本→海外) 技術・r&d起点の勝負 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/7951/decisions/resort-exit-2006/","t":"減損会計の適用による損失の一括計上と、抱えてきた事業の整理","c":"ヤマハ","y":2006,"col":"#895ebd","s":"減損会計の適用で不採算のリゾート資産の帳簿価額を一括して切り下げ、6施設のうち4施設を三井不動産へ譲渡し、報告セグメントとしてのレクリェーション事業を廃止した判…","x":"2006 ヤマハ レクリェーション事業の撤退 減損会計の適用による損失の一括計上と、抱えてきた事業の整理 2006年3月期にヤマハがレクリェーション事業から退く。減損損失32,703百万円を一括計上し、キロロやつま恋など4施設が対象 減損会計の適用で不採算のリゾート資産の帳簿価額を一括して切り下げ、6施設のうち4施設を三井不動産へ譲渡し、報告セグメントとしてのレクリェーション事業を廃止した判断 帳簿価額を切り下げてから、譲渡の条件が整った この判断を先に動かしたのは経営の意思決定ではなく、会計基準の適用である。レクリェーション事業は2005年3月期に営業損失2,253百万円を計上し、営業活動から生ずる損益は継続してマイナスだった。それでも6施設は取得原価に基づく帳簿価額のまま資産に載り続けていた。2006年3月期の減損会計の適用がその前提を崩し、将来キャッシュ・フローを9.4%で割り引いた使用価値まで、32,703百万円の切り下げを一度に迫った。うち31,988百万円がリゾート4施設である。切り下げの翌期に三井不動産との基本合意が成立し、なお残る差額は減損損失4,728百万円の追加計上で埋めている。簿価を回収可能価額まで引き下げる処理が先にあり、それが譲渡の条件を成立させた。 事業売却・撤退 選択と集中 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7976/decisions/jetstream-2006/","t":"摩擦を半減させた油性ボールペンの発売と、芯を固定した軸展開によるシリーズ化","c":"三菱鉛筆","y":2006,"col":"#DF1B26","s":"ペン先の細さを競う開発から降り、油性インクの溶剤を替えて筆記摩擦を半減させ、芯の仕様を固定したまま軸を替え続けることで単品をシリーズへ展開した商品戦略","x":"2006 三菱鉛筆 ジェットストリームの発売 摩擦を半減させた油性ボールペンの発売と、芯を固定した軸展開によるシリーズ化 2006年に三菱鉛筆がジェットストリームを発売。筆記摩擦を最大50%低減した油性ボールペンを1本150円で出し、年間1億本へ育てた ペン先の細さを競う開発から降り、油性インクの溶剤を替えて筆記摩擦を半減させ、芯の仕様を固定したまま軸を替え続けることで単品をシリーズへ展開した商品戦略 絞った一点と、絞らなかった理由 ジェットストリームは、成熟した市場で競争の物差しを取り替えた製品である。各社がペン先の細さを詰めていた時期に、三菱鉛筆は書くときの摩擦という別の尺度を持ち込んだ。市川秀寿氏の切り替えは溶剤という原料の層まで下りており、従来の色剤も樹脂も添加剤も使えなくなると分かったうえで踏み切っている。細さの追求には社内からも疑問が出ていた。同じ物差しの上で先へ進む手立てが尽きかけたところから、この開発は出ている。 技術・r&d起点の勝負 ブランド・マーケティング 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/8015/decisions/tomen-merger-2006/","t":"資本提携から完全統合へ進めた経営再建中の商社の取り込みと総合商社化","c":"豊田通商","y":2006,"col":"#005CA2","s":"トヨタの生産・輸出の量に売上が連動する自動車商社だった豊田通商が、経営再建中の総合商社トーメンを2000年の資本提携から段階的に取り込み、2006年に吸収合併し…","x":"2006 豊田通商 トーメンとの吸収合併 資本提携から完全統合へ進めた経営再建中の商社の取り込みと総合商社化 2005年10月にトーメンとの合併へ合意。豊田通商を存続会社として2006年4月に統合し、2000年の第三者割当増資75億円から段階を踏んだ トヨタの生産・輸出の量に売上が連動する自動車商社だった豊田通商が、経営再建中の総合商社トーメンを2000年の資本提携から段階的に取り込み、2006年に吸収合併して化学品・食料・繊維・エレクトロニクスの非自動車事業を獲得した総合商社化 単線の商社が総合商社になるということ この判断の中心にあるのは、トヨタの生産と輸出の量に売上が連なる商社が、自らに薄かった非自動車の事業を、外から丸ごと取り込むことで手当てした点である。鉄鋼・化学品・食料・繊維・電子部品を一から育てれば長い時間がかかる。豊田通商は、経営再建中のトーメンを段階を踏んで傘下に収めることで、その時間を買った。2000年の資本提携から2006年の合併まで六年をかけ、資本で相手を支えながら事業を寄せていった進め方には、再建途上の会社を一度に抱える負担を避ける慎重さがうかがえる。 合併・経営統合 救済型m&a・支援受け入れ 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8056/decisions/unisys-capital-exit-2006/","t":"保有株の全売却による日米合弁体制の解消と独立経営への移行","c":"BIPROGY","y":2006,"col":"#1D2088","s":"米国本社が日本法人の株式をすべて手放し、商標・技術支援の対価を契約上の支払いへ置き換えて、資本関係と取引関係を分離した","x":"2006 biprogy 米ユニシス株の全売却 保有株の全売却による日米合弁体制の解消と独立経営への移行 2006年3月に米ユニシスが保有株を全て売却。日本ユニシス株3022万株が市場へ出され、1959年からの資本参加が46年で消えた 米国本社が日本法人の株式をすべて手放し、商標・技術支援の対価を契約上の支払いへ置き換えて、資本関係と取引関係を分離した 値段のついた独立 合弁の解消というと株式の移動が主役に見えるが、この判断で先に動いたのは契約のほうであった。2005年10月に商標使用権等の一括使用許諾料225百万ドルと年額20百万ドルの技術支援料を決め、その半年後に株式が売られている。親会社であるあいだは持分の裏側で処理されていた商標と技術の価値に、独立の直前で値札が付いたと読める。資本を抜くための片づけであり、同時に、抜いたあとも米国製品を売り続けるための備えでもあった。 資本提携・政策保有 外部人材・プロ経営者 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8086/decisions/retail-business-exit-2006/","t":"スーパーマーケット・ドラッグストア子会社の譲渡","c":"ニプロ","y":2006,"col":"#004386","s":"医療機器と医薬品への経営資源の集中を優先し、規模では連結の3分の1を占めながら利益率の低い小売事業を手放した","x":"2006 ニプロ ニッショー売却で小売撤退 スーパーマーケット・ドラッグストア子会社の譲渡 2006年に小売事業から撤退。ニプロがスーパーのニッショー株を阪急百貨店へ、ドラッグストアのニッショードラッグ株をキリン堂へ売却した 医療機器と医薬品への経営資源の集中を優先し、規模では連結の3分の1を占めながら利益率の低い小売事業を手放した 43年続けた事業を畳むということ 撤退を求められても、当時の佐野実社長は、事業と投資は長期と目先の釣り合いを見て決めるのが経営者の務めだとして応じなかった。その声は、営業利益率が1.6%から動かなくなった2002年以来、途切れずに上がり続けていたものである。4年後に事業を手放すにあたり同社が掲げたのは収益性ではなく、医療機器と医薬品に経営資源を集めるという理由であり、撤退の根拠が入れ替わったというより、撤退に踏み切れる条件がこの時点でそろったとみられる。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/8153/decisions/agri-farm-investment-2006/","t":"農業生産法人産地合弁への参入","c":"モスフードサービス","y":2006,"col":"#E60012","s":"商品の差別化を支える生鮮野菜の質と量を確保するため、調達先の育成から一歩進めて生産主体への出資に着手した選択","x":"2006 モスフードサービス サングレイスへの資本参加 農業生産法人産地合弁への参入 2006年2月に農業生産法人サングレイスを設立。モスフードサービスが野菜くらぶと共同でトマトの生産へ資本を入れ、産地ごとの合弁へ展開した 商品の差別化を支える生鮮野菜の質と量を確保するため、調達先の育成から一歩進めて生産主体への出資に着手した選択 抱えるか、支えるか この決断の性格は、垂直統合という言葉から連想されるものとは少し違っていた。資本の過半を出しながら議決権を10分の1に抑え、経営は生産者団体の側に委ねる設計は、農地法の制約に沿ったものであると同時に、産地を支配せずに支えるという立ち位置の表明でもあった。欠品するトマトを自ら作るという直接的な動機と、産地の活性化という掲げた目的の間には距離があり、その距離が国庫補助事業への指定という評価にもつながっただろう。 垂直統合・内製化 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/8194/decisions/succession-mitsubishi-2006/","t":"社長職の世襲を退け、自己株式の処分と引き換えに三菱商事から後継を迎えた承継","c":"ライフコーポレーション","y":2006,"col":"#009944","s":"後継を血縁に求めず、三菱商事出身の岩崎高治氏に社長を託した承継。自己株式5,100,000株を同社へ処分して75億210万円の払い込みを受け、資本提携を強めたう…","x":"2006 ライフコーポレーション 岩崎高治氏が社長就任 社長職の世襲を退け、自己株式の処分と引き換えに三菱商事から後継を迎えた承継 2005年7月に自己株式510万株を三菱商事へ処分し、翌年3月に同社出身の岩崎高治氏へ社長を託した。処分価額の総額は75億210万円、三菱商事の持株比率は19.53%となった 後継を血縁に求めず、三菱商事出身の岩崎高治氏に社長を託した承継。自己株式5,100,000株を同社へ処分して75億210万円の払い込みを受け、資本提携を強めたうえで経営を引き渡した 世襲の否定ではなく、承継を資本取引として組んだこと この承継の核心は、血縁を外したことよりも、後継者の出身母体そのものを大株主に据えた点にある。血を継がせないだけなら社内の昇格で足りる。清水信次氏が選んだのは、迎えた岩崎高治氏の背中に三菱商事の資本と人材を付ける形だった。1999年に取締役として迎えてから7年を置き、社長を渡す前年に5,100,000株を処分している順序に、その設計が見てとれる。翌月に三菱商事出身の下吉博孝氏が管理部門の長として入ったことまで含めれば、渡したのは社長の椅子ではなく、経営を回す体制ごとだったといえる。 トップ交代・承継 創業家・同族 外部人材・プロ経営者 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8243/decisions/seven-and-i-acquisition-2006/","t":"株式上場の断念と評価額2000億円","c":"そごう","y":2006,"col":"#333333","s":"投資ファンドの株式売却方針で安定株主の確保が迫るなか、2007年2月期の株式上場を断念し、評価額2000億円でセブン&アイ・ホールディングスとの経営統合を選んで…","x":"2006 そごう セブン&アイ傘下入り 株式上場の断念と評価額2000億円 2005年12月にセブン&アイとの統合を発表。西武百貨店とそごうを持つミレニアムリテイリングが4000億円規模の上場を断念 投資ファンドの株式売却方針で安定株主の確保が迫るなか、2007年2月期の株式上場を断念し、評価額2000億円でセブン&アイ・ホールディングスとの経営統合を選んで完全子会社となった判断 名を捨てた選択が問うたもの そごうの傘下入りは、破綻から立ち直った百貨店が独立の看板より安定株主と資金を選んだ選択であった。投資ファンドが去る前に受け皿を確保するという財務の要請と、20年来の信頼で結ばれた相手という属人的な縁とが、上場益4000億円という数字を退けた。名を捨てて実を取る判断は、当時の株主構成と財務の状況に照らせば理にかなっていたとみられる。 上場・ipo・市場変更 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8252/decisions/epos-financial-pivot-2006/","t":"グレーゾーン金利への依存からの脱却と、カード事業を軸とした業態の組み替え","c":"丸井","y":2006,"col":"#333333","s":"グレーゾーン金利の違法判断と改正貸金業法という制度変更を機に、店舗専用カードとキャッシング依存から汎用カード・リカーリング収益へ金融事業を再構築した業態転換","x":"2006 丸井 エポスカードで金融転換 グレーゾーン金利への依存からの脱却と、カード事業を軸とした業態の組み替え 2006年に汎用カードのエポスカードを発行。前年にvisaのライセンスを得た丸井が、グレーゾーン金利の依存からリカーリング収益へ グレーゾーン金利の違法判断と改正貸金業法という制度変更を機に、店舗専用カードとキャッシング依存から汎用カード・リカーリング収益へ金融事業を再構築した業態転換 逆風を構造転換に変えるということ この判断の核心は、規制強化という外から来た逆風を、単なる打撃で終わらせず金融の作り替えの契機に転じた点にある。グレーゾーン金利に支えられた高収益は、裏を返せば単一の事業と一つの制度に強く依存する体質でもあった。丸井が汎用カードへの切り替えと過去分の返還処理を同時に進め、収益の源泉を店頭のキャッシングから加盟店手数料やリボ・分割へ移したことは、危機を制度批判にとどめず自社の構造を問い直す方向へ向けた選択だったとみられる。 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8473/decisions/etrade-online-securities-2006/","t":"傘下のネット証券と対面証券の一社への統合と、上場子会社の解消","c":"SBIホールディングス","y":2006,"col":"#0068B7","s":"合弁と買収で生まれたグループ内の証券会社を、商号変更・吸収合併・株式交換の三段階で「SBI証券」一社へ集約し、ジャスダック上場を廃して完全子会社化することで、ネ…","x":"2006 sbiホールディングス イー・トレードの集約 傘下のネット証券と対面証券の一社への統合と、上場子会社の解消 2006年7月にイー・トレード証券をsbiイー・トレード証券へ改称。2007年10月に対面のsbi証券を吸収合併し、2008年8月に交換比率1対3.55の株式交換で完全子会社化した 合弁と買収で生まれたグループ内の証券会社を、商号変更・吸収合併・株式交換の三段階で「sbi証券」一社へ集約し、ジャスダック上場を廃して完全子会社化することで、ネット証券最大の顧客基盤と手数料競争の主導権をグループ本体に取り込んだ組織再編 借り物を返し、背骨に据え直す この再編は、派手な買収劇ではなく商号変更・吸収合併・株式交換という地味な三段階の積み重ねであった。だが意味は小さくない。合弁の出自を示す「イー・トレード」の名を段階的に外し、全国27店舗に約250名の営業員を抱える対面の店舗網を取り込み、親子上場を解いて利益を100%取り込む——ネット証券という当時まだ若い事業を、グループの背骨に据え直す作業だったと思われる。同じ2006年にソフトバンクとの資本関係がなくなったことと対で見れば、資本とブランドの両面で借り物を返した2年間であった。 持株会社化・グループ再編 上場廃止・親子上場解消 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/8473/decisions/softbank-independence-2006/","t":"資本の切り離しとSBIブランドの確立","c":"SBIホールディングス","y":2006,"col":"#0068B7","s":"ソフトバンクの金融子会社が持株会社化と「SBI」への商号変更で独自ブランドを確立し、ソフトバンク側の保有株処分と1,047,900株の自己株式取得によって資本関…","x":"2006 sbiホールディングス ソフトバンクからの資本独立 資本の切り離しとsbiブランドの確立 2005年7月に商号をsbiホールディングスへ改め持株会社体制へ移る。2006年8月、議決権の26.6%を保有していたソフトバンクが保有株を手放し資本関係が消滅した ソフトバンクの金融子会社が持株会社化と「sbi」への商号変更で独自ブランドを確立し、ソフトバンク側の保有株処分と1,047,900株の自己株式取得によって資本関係を解消、独立した総合金融グループとして再出発した資本独立 金融子会社の独立が意味したもの この判断の核心は、成長した金融子会社が、大株主の信用力と戦略から自らを切り離した点にある。ソフトバンクにとってsbi株の処分は、ボーダフォン日本法人の買収で膨らんだ有利子負債を圧縮する財務上の必要から来ていた。一方の北尾吉孝氏にとっては、免許事業である金融を営むうえで、過大な借入を抱える相手に議決権の26.6%を握られていること自体が制約だった。売り手の資金需要と買われる側の独立志向が、47,155百万円の自己株式取得という一つの取引のなかで一致した点に、この決別の特徴がある。 持株会社化・グループ再編 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/9021/decisions/yamazaki-succession-2006/","t":"定時株主総会を待たない交代が5度続いた、事故後の経営トップ人事","c":"西日本旅客鉄道","y":2006,"col":"#0169B7","s":"福知山線列車事故の10か月後に安全対策室長の経歴を持つ山崎正夫氏を社長へ据え、以後も定時株主総会を待たない交代を重ねながら、事故対応の履歴を持つ人物へ社長の座を…","x":"2006 西日本旅客鉄道 山崎正夫氏が社長就任 定時株主総会を待たない交代が5度続いた、事故後の経営トップ人事 2006年2月、福知山線列車事故の10か月後に山崎正夫氏が代表取締役社長へ就任し、垣内剛氏は取締役兼執行役員へ退いた。以後の在任は2年9か月から5年6か月で、7度の交代のうち5度は定時株主総会の時期を外れている。 福知山線列車事故の10か月後に安全対策室長の経歴を持つ山崎正夫氏を社長へ据え、以後も定時株主総会を待たない交代を重ねながら、事故対応の履歴を持つ人物へ社長の座を渡してきた経営トップ人事 任期の区切りより先に、事情の区切りがあった この連なりを短命と呼ぶだけでは足りないように思われる。交代の月が2月・8月・5月・12月と定時株主総会から外れているということは、任期の区切りではなく事情の区切りが人事を動かしたということである。事故の10か月後に安全対策室長を務めた山崎正夫氏が座に就き、起訴の翌月に佐々木隆之氏が副会長からわずか2か月で移り、その後も福知山線列車事故ご被害者対応本部長を経た2人が社長になった。事故への応答が人選と時期の両方を決めてきたのであって、経営計画の節目が決めてきたのではないだろう。 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/9042/decisions/hanshin-integration-2006/","t":"TOBと株式交換による経営統合と、阪急阪神ホールディングスへの商号変更","c":"阪急阪神ホールディングス","y":2006,"col":"#243D5F","s":"村上ファンドの買い占めで揺れた阪神電気鉄道のホワイトナイトとして、TOBと株式交換で完全子会社化し、輸送人員の減少が続く関西私鉄の再編に着手した経営統合","x":"2006 阪急阪神ホールディングス 阪神電気鉄道を完全子会社化 tobと株式交換による経営統合と、阪急阪神ホールディングスへの商号変更 2006年5月に阪神電気鉄道へtobを実施した。村上ファンドの買い占めにホワイトナイトとして応じ、1株930円で63.7%を取得した 村上ファンドの買い占めで揺れた阪神電気鉄道のホワイトナイトとして、tobと株式交換で完全子会社化し、輸送人員の減少が続く関西私鉄の再編に着手した経営統合 引き金と理由を分けて読む 関西私鉄5社の輸送人員は14年連続で減り、関東の落ち込みが4%にとどまるなかで25%減に達していた。村上ファンドの買い占めがなければ2006年の統合はなかったであろうが、買い占めが動かしたのは再編の日程であって、再編そのものの必要ではなかっただろう。 合併・経営統合 アクティビスト・株主提案対応 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/9434/decisions/vodafone-acquisition-2006/","t":"1兆6,935億円を投じたLBOによる携帯電話事業への参入","c":"ボーダフォン(現ソフトバンク)","y":2006,"col":"#E60000","s":"移動体通信への自前参入の準備を進めながら、英ボーダフォンから国内3位の日本法人を1兆6,935億円で丸ごと取得。基地局・顧客基盤・周波数を一括で取り込み、参入に…","x":"2006 ボーダフォン(現ソフトバンク) ボーダフォン日本法人買収 1兆6,935億円を投じたlboによる携帯電話事業への参入 2006年3月にボーダフォン日本法人の買収で合意。ソフトバンクとbbモバイルが英ボーダフォン側3社と結び、株式価値は約1.75兆円と算定された 移動体通信への自前参入の準備を進めながら、英ボーダフォンから国内3位の日本法人を1兆6,935億円で丸ごと取得。基地局・顧客基盤・周波数を一括で取り込み、参入に要する時間を対価で置き換えた買収 時間を買うという判断の型 この決断の芯は、参入の切符ではなく、すでに動いている網と顧客基盤をそのまま引き継いだ点にある。bbモバイルが払った1兆6,935億円のうち、ソフトバンク本体が直に出したのは子会社モバイルテックを通じた普通株式引受2,000億円で、残りは借入と、売り手である英ボーダフォン側やヤフーが引き受けた優先株式で賄われた。買った資産を担保に、その資産が生むキャッシュフローで返していく構えである。シェアを落としてなお安定した収入を生む携帯電話事業の性質が、この組み方を成り立たせたと推察される。 資金調達・財務戦略 経営再建・ターンアラウンド 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/9983/decisions/global-flagship-2006/","t":"郊外への多店舗から、一等地の1000坪旗艦店へ切り替えた世界展開","c":"ファーストリテイリング","y":2006,"col":"#FF0000","s":"英国郊外の不振と香港大型店の成功を踏まえ、進出国の一等地に1000坪規模の旗艦店を出してブランド認知を一気に得る海外展開戦略への転換","x":"2006 ファーストリテイリング ニューヨーク・ソーホー出店 郊外への多店舗から、一等地の1000坪旗艦店へ切り替えた世界展開 2006年11月にニューヨークのソーホーへ出店。売場面積1000坪のユニクロ初のグローバル旗艦店で、同年にグローバル化を経営方針に掲げた 英国郊外の不振と香港大型店の成功を踏まえ、進出国の一等地に1000坪規模の旗艦店を出してブランド認知を一気に得る海外展開戦略への転換 失敗の解像度を上げ続けた出店戦略 この意思決定の核心は、海外進出という華やかな見出しではなく、英国郊外の不振という失敗を、次の打ち手の精度へ変換した点にある。日本のロードサイド型の成功体験を海外へそのまま持ち込んで失敗し、香港の大型店との対比から、知名度のない市場では売場面積で圧倒してブランドを伝えるほかないという教訓を引き出した。山口県宇部市の零細紳士服店が世界企業へ届いた理由は、先見性でも資本でもなく、1984年の広島繁華街からロードサイドへの転換と同じく、限界にぶつかるたびに柳井正氏が仮説を修正して次の賭けの解像度を上げた学習の型にある。 海外進出・現地生産 ブランド・マーケティング 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9983/decisions/gu-launch-2006/","t":"主力ブランドより安い価格帯を担う新ブランドの立ち上げ","c":"ファーストリテイリング","y":2006,"col":"#FF0000","s":"グローバル化でユニクロの価格帯が上がるなか、空く国内低価格市場を別ブランドGUで自ら埋め、ユニクロのSPAを転用して価格帯別マルチブランド体制を構築した経営判断","x":"2006 ファーストリテイリング 低価格guの設立 主力ブランドより安い価格帯を担う新ブランドの立ち上げ 2006年3月に別ブランドで低価格帯へ踏み出す。株式会社ジーユーを全額出資で設立し同年10月に開業。旗艦店戦略で上がるユニクロの価格帯の下を埋める グローバル化でユニクロの価格帯が上がるなか、空く国内低価格市場を別ブランドguで自ら埋め、ユニクロのspaを転用して価格帯別マルチブランド体制を構築した経営判断 グローバル化の裏で打った「価格帯の穴埋め」 この意思決定の核心は、新規事業の派手さではなく、自社の成功が生む副作用を先回りして埋めた点にある。ユニクロがグローバル旗艦店で高品質・都市型ブランドへ移るほど、かつて自社が握っていた国内の低価格帯に空白が生まれる。その空白を競合に渡せば、いずれ自社の顧客が削られる。ファーストリテイリングは、その穴を他社ではなく自社の別ブランドで埋める道を選び、ユニクロのspaという既存資産を転用してコスト優位を持ち込んだ。 隣接領域への展開 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/2154/decisions/trust-tech-acquisition-2005/","t":"障害者雇用の特例子会社から、技術者派遣を本業に据える転換","c":"オープンアップグループ","y":2005,"col":"#ED6C00","s":"製造請負・技能労働者派遣だけでは薄い収益構造に、派遣期間の制限がない技術労働者派遣を買収で加え、上場に耐える事業構成へ組み替えた判断","x":"2005 オープンアップグループ トラスト・テック買収 障害者雇用の特例子会社から、技術者派遣を本業に据える転換 2005年6月に技術者派遣会社トラスト・テックの全株式を取得。1997年設立の法人格を残したまま、事業だけを二度入れ替える 製造請負・技能労働者派遣だけでは薄い収益構造に、派遣期間の制限がない技術労働者派遣を買収で加え、上場に耐える事業構成へ組み替えた判断 買収先の名前が会社の名前になるまで 2005年6月の取得を、通常の企業買収として読むと像を結びにくい。売り手も買い手も同じ投資ファンドの支配下にあり、対象会社は買収の8カ月前に設立されたばかりであった。取引の実体は、上場を目指す法人へどの事業を積むかという配置の選択に近い。障害者雇用のために作られた法人に、製造請負を載せ、次に技術者派遣を載せ、合わない事業を外す。その順序が2004年11月から2005年9月までの1年足らずに詰め込まれている。 祖業・主力事業の転換 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/2371/decisions/security-breach-2005/","t":"発覚を受けたサイトの全面閉鎖と、事業継続より信頼回復を採る選択","c":"カカクコム","y":2005,"col":"#FF6F00","s":"閲覧者への無差別なウイルス感染という被害の性質を前に、主力の価格.comを自ら全面閉鎖し、掲載料の全額返金と販売機会損失の補償、システムの全面刷新で信頼の回復を…","x":"2005 カカクコム 価格.com不正アクセス事件 発覚を受けたサイトの全面閉鎖と、事業継続より信頼回復を採る選択 2005年5月に価格.com不正アクセス事件。穐田誉輝社長が主力サイトを約10日間にわたり全面閉鎖し、60台を超えるサーバーを停止・入れ替えた 閲覧者への無差別なウイルス感染という被害の性質を前に、主力の価格.comを自ら全面閉鎖し、掲載料の全額返金と販売機会損失の補償、システムの全面刷新で信頼の回復を優先した危機対応 主力を自ら止めた判断は、プラットフォームに何を示したか 2005年の不正アクセス事件が突きつけたのは、集客力の高いサイトほど、その集客力そのものが加害の道具に転じうるという逆説であった。個人情報の窃取であれば被害は情報の持ち主にとどまるが、閲覧するだけで感染する改ざんは、来訪者の多さに比例して被害を膨らませる。穐田誉輝氏が5月14日に選んだ全面閉鎖は、稼ぎ頭を止めて日々の収益を捨てる判断でありながら、来訪者を感染から守る手立てが他に残されていなかったことの裏返しでもあった。守りの選択肢が全面停止しかないところに、当時のネットサービス全体の防御の層の薄さがのぞく。 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/2371/decisions/tabelog-2005/","t":"価格比較に続く二本目の収益源としての、飲食店口コミ事業の育成","c":"カカクコム","y":2005,"col":"#FF6F00","s":"価格.com単一事業のリスクに対し、同じユーザー投稿型の手法を外食領域へ別ブランドで展開し、飲食店の掲載料・予約手数料を中核にグループ最大の事業へ育てた新規事業","x":"2005 カカクコム 食べログの立ち上げ 価格比較に続く二本目の収益源としての、飲食店口コミ事業の育成 2005年3月にレストラン検索・予約サービス「食べログ」を開設。価格.comに収益を頼っていたカカクコムが飲食店のクチコミ評価サイトを別ブランドで立ち上げ、20年後にグループ第二の報告セグメントへ育てた 価格.com単一事業のリスクに対し、同じユーザー投稿型の手法を外食領域へ別ブランドで展開し、飲食店の掲載料・予約手数料を中核にグループ最大の事業へ育てた新規事業 価格比較の隣に築いた「食」のプラットフォーム 食べログの出発点には、価格.comという成功した創業事業への依存を薄めたい、という新規事業の動機があった。ここで選ばれたのは、価格.comの機能を広げて食を取り込む道ではなく、あえて別ブランドを立てる道だった。安さを競う色を持ち込めば、店を選ぶうえで肝心の評価が埋もれる——村上敦浩氏のその読みが、価格比較で名を上げた会社に、自らの看板を新規事業へは貸さないという選択をとらせた。投稿とデータベースと検索という価格.comの強みを、ブランドだけ切り離して外食へ持ち込んだところに、この判断の要があった。 隣接領域への展開 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/2730/decisions/midori-denka-acquisition-2005/","t":"近畿地盤の同業を株式交換で取り込み連結売上7,146億円へ","c":"エディオン","y":2005,"col":"#284DB4","s":"統廃合と再編が続く家電量販で、近畿地盤のミドリ電化を株式交換により完全子会社化し、仕入・システム・財務の統合で連結7,146億円の規模と仕入交渉力を確保した判断","x":"2005 エディオン ミドリ電化の完全子会社化 近畿地盤の同業を株式交換で取り込み連結売上7,146億円へ 2005年4月にミドリ電化を株式交換で完全子会社化。自社株16,676,797株を交付して議決権100%を取得し、近畿の直営85店舗が加わって連結売上高は7,146億円となった 統廃合と再編が続く家電量販で、近畿地盤のミドリ電化を株式交換により完全子会社化し、仕入・システム・財務の統合で連結7,146億円の規模と仕入交渉力を確保した判断 規模を得ることと、収益を上げること この統合を、規模を追っただけの合従連衡と読むと芯を外す。エディオンが選んだのは緩やかな共同購入連合ではなく、議決権の100%を握る完全子会社化であった。しかも対価は現金ではなく自社株式16,676,797株の交付で、資本金は1円も増えていない。受け入れた資産924億円・負債599億円の差額は資本準備金へ振り替えられ、連結調整勘定も増えていない。手元の資金を使わずに近畿の85店舗を取り込む形を選んだところに、指揮系統を一つへまとめる意思と、財務の負担を避ける計算の両方が表れているのだろう。 連続買収・ロールアップ 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/2831/decisions/maruai-acquisition-2005/","t":"乾物メーカー3社の全株式取得と、初めての連結決算","c":"はごろもフーズ","y":2005,"col":"#266AB2","s":"自前の設備投資では育たなかった非缶詰分野の事業を、後継者不在の乾物メーカーの買収によって外から取り込む多角化","x":"2005 はごろもフーズ マルアイなど3社を取得 乾物メーカー3社の全株式取得と、初めての連結決算 2005年1月にマルアイなど3社を取得。花かつおの削り節メーカーら3社の全株を44億62百万円で取得し連結決算を始めた 自前の設備投資では育たなかった非缶詰分野の事業を、後継者不在の乾物メーカーの買収によって外から取り込む多角化 依存を減らすことと、収益を上げることは別であった この買収は、単一商品への依存を数値の上で下げるという目的については達している。乾物とギフトを加えたことで、連結売上に占めるツナの比率は45%台まで下がった。売り手から持ち込まれた事業承継案件を、純資産を下回る価格で引き受けた点も、取引としては不利な条件ではなかったと思われる。買収直後の5年間、負ののれんの償却益が経常利益を押し上げたことも、財務上の余裕をもたらしたであろう。 隣接領域への展開 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/2871/decisions/holding-company-2005/","t":"純粋持株会社体制への移行と五事業会社への再編","c":"ニチレイ","y":2005,"col":"#EE2E22","s":"性格の異なる複数事業を本体集中で運営する限界に対し、会社分割で五つの事業会社へ権限を委ね、持株会社はグループ戦略と資源配分に専念する体制へ組み替えた再編","x":"2005 ニチレイ 持株会社化と五社分割 純粋持株会社体制への移行と五事業会社への再編 2004年11月に持株会社体制へ移行。加工食品・水産・畜産・低温物流・バイオサイエンスの五社へ分社化し2005年4月に発足 性格の異なる複数事業を本体集中で運営する限界に対し、会社分割で五つの事業会社へ権限を委ね、持株会社はグループ戦略と資源配分に専念する体制へ組み替えた再編 組織を組み替える決断と、使いこなす年月 この再編の核心は、冷凍食品と冷蔵倉庫という、同じ\"冷やす\"技術から育ちながら市場も採算も異なる二つの事業を、一つの本体で統括する運営の限界にあったと推察される。バブル期の拡大が投資判断の甘さと基幹部門の同時不振を招いた経験は、意思決定を各事業の現場へ返し、責任と採算を明確にする方向へニチレイを向かわせた。持株会社化は、その反省を組織の形に翻訳する試みであったといえる。 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/3001/decisions/tomioka-mill-transfer-2005/","t":"建物の寄付と翌年の社有地売却による保有の終了","c":"片倉工業","y":2005,"col":"#E7374E","s":"年1億円以上の維持費を要しながら収益を生まない保存建造物について、保存を継ぐ自治体へ建物を寄付し土地を売却して負担を断った判断","x":"2005 片倉工業 富岡工場を富岡市へ寄付 建物の寄付と翌年の社有地売却による保有の終了 2005年9月に富岡工場を富岡市へ寄付。旧官営の富岡製糸場を継ぎ1939年から66年に及ぶ保有を終え2006年1月に社有地も売却 年1億円以上の維持費を要しながら収益を生まない保存建造物について、保存を継ぐ自治体へ建物を寄付し土地を売却して負担を断った判断 自ら狭めた出口を、どう開けるか この判断の難しさは、譲渡そのものよりも、その前の18年にあったとみられる。『売らない、貸さない、壊さない』と決めた時点で、片倉工業は資産としての処分の手段を自ら封じ、年1億円以上の支出を期限なしで抱える立場を選んでいる。上場企業が収益を生まない資産にこれだけの期間と費用を投じ続けることは、株主に対して説明の要る選択であった。それでも方針を保った末に、無償で譲るという最後の一手で負担を解いたところに、この決断の性格がうかがえる。 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/3104/decisions/mochikabu-kenma-shufuriku-2005/","t":"持株会社化と研磨材事業への経営資源集中——中野光雄社長体制と中期経営計画「変身06-10」","c":"富士紡ホールディングス","y":2005,"col":"#C1212B","s":"慢性化した繊維事業の不振を受け、持株会社制移行と研磨材事業出身の社長登用を通じて事業ポートフォリオを研磨材・化学工業品中心へ組み替えた経営判断","x":"2005 富士紡ホールディングス 富士紡hdへ商号変更 持株会社化と研磨材事業への経営資源集中——中野光雄社長体制と中期経営計画「変身06-10」 2005年9月に富士紡hdへ商号変更。研磨材の現場を率いた中野光雄氏を第12代社長に据え、中期計画の変身06-10を掲げる 慢性化した繊維事業の不振を受け、持株会社制移行と研磨材事業出身の社長登用を通じて事業ポートフォリオを研磨材・化学工業品中心へ組み替えた経営判断 紡績会社が下した選択 この経営判断の核心は、持株会社化という組織形態の変更そのものよりも、誰を社長に据えたかという一点にあったとみられる。繊維畑の出身者ではなく、柳井化学工業で研磨材事業を率いてきた中野光雄氏を社長に選んだことは、グループの経営資源をどの事業へ振り向けるかという意思表示を、人事という最も分かりやすい手段で示す選択であった。持株会社制は事業ごとの収益責任を明確にする仕組みにすぎず、その仕組みを何のために使うかを決めたのは、研磨材事業の現場を知る経営者の登用だったといえる。 持株会社化・グループ再編 選択と集中 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3105/decisions/njr-tob-2005/","t":"公開買付による株式取得と、連結子会社としての取り込み","c":"日清紡ホールディングス","y":2005,"col":"#AA173D","s":"新規事業として育ててきた情報・エレクトロニクス分野の一翼を、上場する半導体メーカーの経営権ごと取り込んだ事業構造の組み替え","x":"2005 日清紡ホールディングス 新日本無線の子会社化 公開買付による株式取得と、連結子会社としての取り込み 2005年12月に新日本無線の子会社化。日清紡績が友好的な株式公開買付で追加取得し、半導体メーカーを連結子会社に収める 新規事業として育ててきた情報・エレクトロニクス分野の一翼を、上場する半導体メーカーの経営権ごと取り込んだ事業構造の組み替え 守るための資産から、組み替えるための事業へ 2005年の公開買付が示しているのは、半導体という事業を得た取引であると同時に、資産の使い道を選び直した場面でもあったということである。買付の資金は投資有価証券の売却で手当てされ、特別利益には137億円の売却益が立った。保有していた株式を売り、その代金で稼ぐ事業の経営権を買う——祖業である繊維が厳しい国際競争にさらされ、価格上昇分の売価への転嫁も難しいと自ら記していた会社にとって、含み益を抱えて持ちこたえるのではなく使い切る側へ回る選択だったと思われる。 飛び地・非関連多角化 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3186/decisions/cross-sell-2005/","t":"車を販売して終わりにせず保険・整備まで一体で手がける生涯顧客化への転換","c":"ネクステージ","y":2005,"col":"#0068B7","s":"車両販売単体で痩せる粗利を、車検・保険・板金などアフター領域の付帯販売で補い、乗り換えまでの生涯取引で収益を積み上げる設計への転換","x":"2005 ネクステージ クロスセル導入 車を販売して終わりにせず保険・整備まで一体で手がける生涯顧客化への転換 2005年11月にクロスセル導入。広田靖治社長が車検・保険・板金を中古車1台の販売に集約し、生涯取引で収益を上げる事業構造へ移行する 車両販売単体で痩せる粗利を、車検・保険・板金などアフター領域の付帯販売で補い、乗り換えまでの生涯取引で収益を積み上げる設計への転換 規模ではなく、顧客のどこで収益を上げるか この判断の核心は、中古車販売の利益をどこで得るかという問いに、車体そのものではなく顧客との生涯取引という答えを早くに置いた点にある。低価格で数を売る量販でも、単一車種を深掘りする専門店でもなく、1人の顧客が乗り換えるまでのあいだに車検・保険・整備を集約して稼ぐ。まだ非上場の小さな地方チェーンだった2005年に、広田靖治社長がこの設計を事業の中核に据えたことが、のちに同業との差を広げる利益率の土台になった。 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3382/decisions/holding-company-2005/","t":"3社共同株式移転による持株会社化と親子上場の解消","c":"セブン&アイHD","y":2005,"col":"#EF8203","s":"2人の経営者の求心力に依存していたグループを、鈴木敏文会長の後を見据えて資本関係の強化で統合し直し、あわせて親子上場のねじれを解消する組み替え","x":"2005 セブン&アイhd セブン&アイhdを設立 3社共同株式移転による持株会社化と親子上場の解消 2005年9月にセブン&アイhdを設立。イトーヨーカ堂・セブン-イレブン・ジャパン・デニーズジャパンの3社が共同株式移転で完全子会社となり、8月26日に上場廃止となった 2人の経営者の求心力に依存していたグループを、鈴木敏文会長の後を見据えて資本関係の強化で統合し直し、あわせて親子上場のねじれを解消する組み替え 資本だけを一つにした設計 合併という選択肢を採らなかった点に、この統合の設計が表れている。株式移転は3社の法人格をそのまま残し、株主だけを持株会社へ付け替える方法で、加盟店と契約を締結するフランチャイズ本部であるセブン-イレブン・ジャパンは事業会社としての輪郭を保った。会計上も持分プーリング法に準じた方法で処理され、のれんも取得企業の判定も生じない。時価総額で親を抜いた子会社を傘下に置き直す作業は、伊藤雅俊名誉会長と鈴木敏文会長という2人の求心力に依存していたグループを、制度の側から統合し直す試みでもあったとみられる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/3436/decisions/sumco-rebranding-and-tse-listing-2005/","t":"旧社名を捨てた商号の一本化と、東証一部上場による資本市場入り","c":"SUMCO","y":2005,"col":"#1c4e9d","s":"親会社2社の増資と欠損てん補に依存した資本構造のままでは300mmウェーハへの追加投資を続けられないとみて、優先株式の転換・株式分割・商号統一を経て公募増資と東…","x":"2005 sumco sumcoへ商号統一 旧社名を捨てた商号の一本化と、東証一部上場による資本市場入り 2005年8月に商号を株式会社sumcoへ改称。三菱住友シリコンが同年11月に公募増資601億9200万円を調達して東証一部へ上場した 親会社2社の増資と欠損てん補に依存した資本構造のままでは300mmウェーハへの追加投資を続けられないとみて、優先株式の転換・株式分割・商号統一を経て公募増資と東証一部上場に踏み切った資本政策 社名から2社の名を降ろすということ これを統合の仕上げのブランド刷新と読むと、要点を外す。2005年の手続きが向かった先は、親会社2社の懐から切り離された資金の通り道であった。住友金属工業は有利子負債の圧縮を優先して自社の投資を年300億円台に絞り、三菱住友シリコンには増資と欠損てん補で資本を継ぎ足していた。その関係のまま月産38万枚の先へ進む道は細く、公募601億円で借入を返した時点で、投資の原資は市場から取るものへ替わったとみられる。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/3612/decisions/going-private-mbo-2005/","t":"業績が伸びているさなかでの市場からの退出と短期株主の目からの離脱","c":"ワールド","y":2005,"col":"#002246","s":"業績が安定するなか、上場維持コストと短期業績への市場圧力を避けて長期の事業再構築を優先するため、社長が事実上100%を出資する受け皿を通じて実施した買収総額約2…","x":"2005 ワールド アパレル大手のmbo非公開化 業績が伸びているさなかでの市場からの退出と短期株主の目からの離脱 2005年7月にmboで株式を非公開化。寺井秀蔵社長が事実上全額出資した受け皿会社のtobに約95%が応じ、買収総額は約2300億円 業績が安定するなか、上場維持コストと短期業績への市場圧力を避けて長期の事業再構築を優先するため、社長が事実上100%を出資する受け皿を通じて実施した買収総額約2,300億円・当時最大級のmbo。買収資金の約8割を会社負担の銀行借入で賄い、13年に及ぶ非上場化の起点となった 長期の視点を得るための代償 この判断の核心は、財務の危機に追われての選択ではなく、業績が堅調なさなかに、経営陣が自らの意思で上場を降りた点にある。上場が企業に与える資金調達や信用の利点を、ワールドの経営陣は、短期の業績に向けられる市場の圧力や上場を維持するコストと引き比べ、長期の事業再構築には後者が重すぎると見た。畑崎一族と経営陣に株式を集め、四半期ごとの視線から離れて事業を組み替える自由を得る——その狙いは、業績が良いうちにしか選べない類いの決断でもあった。 mbo・非公開化 上場廃止・親子上場解消 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/3659/decisions/parent-flip-reorganization-2005/","t":"子会社が親会社の中核事業を逆に取り込む形での資本関係の組み替え","c":"ネクソン","y":2005,"col":"#b4e113","s":"韓国発の事業を日本の法人格で統括して国際展開するため、親会社の主力事業を子会社が逆に取り込み、東京を事業持株会社、ソウルを開発拠点とする二極構造をつくった再編","x":"2005 ネクソン 親会社nxcを買収 子会社が親会社の中核事業を逆に取り込む形での資本関係の組み替え 2005年10月に親会社nexonの事業を取得。韓国の親会社がpcオンライン事業を新会社へ分割し、その全株式を東京の子会社へ譲渡した 韓国発の事業を日本の法人格で統括して国際展開するため、親会社の主力事業を子会社が逆に取り込み、東京を事業持株会社、ソウルを開発拠点とする二極構造をつくった再編 逆向きの資本移動が残したもの 通常、日本企業の海外進出は、国内の親会社が海外に子会社をつくり、現地事業を傘下に収める形をとる。ネクソンの2005年再編はその逆で、韓国で生まれた事業を、先に設立した日本の法人格に集約する道を選んだ。開発力の源泉が韓国側にあることを認めたうえで、それでも事業の中核を日本法人に収めた判断には、国際展開の設計として一定の合理性があっただろう。資金調達や上場のしやすさという観点で、日本という市場を将来の選択肢として残しておく意図もうかがえる。 持株会社化・グループ再編 グローバル経営体制 韓国"},{"k":"decision","u":"/tse/4188/decisions/mitsubishi-chemical-holdings-2005/","t":"共同株式移転による持株会社の設立と、化学・医薬の二本柱化","c":"三菱ケミカルグループ","y":2005,"col":"#FF000E","s":"2005年10月3日、三菱化学と三菱ウェルファーマが共同株式移転で三菱ケミカルホールディングス（証券コード4188）を設立し、東証・大証に上場した。化学と医薬と…","x":"2005 三菱ケミカルグループ 三菱ウェルファーマとの統合 共同株式移転による持株会社の設立と、化学・医薬の二本柱化 2005年10月に共同株式移転で持株会社設立。三菱化学と三菱ウェルファーマが三菱ケミカルホールディングスを設け、東証・大証へ上場 2005年10月3日、三菱化学と三菱ウェルファーマが共同株式移転で三菱ケミカルホールディングス(証券コード4188)を設立し、東証・大証に上場した。化学と医薬という性格の異なる2事業を持株会社の下に統括する、国内首位の総合化学グループが発足した。 総合化学の持株会社化という選択 三菱ケミカルホールディングスの設立は、市況に揺れる総合化学が、性格の異なる医薬を同じ資本の下に抱えることで収益の振れをやわらげようとした選択とみられる。石化・機能材料と研究開発型の医薬では、投資回収の時間軸も収益の性格も異なる。両者を一つの事業会社に混ぜるのではなく、持株会社の下に自律した事業会社として並べる設計は、それぞれの事業運営を尊重しながらグループ全体の戦略と資本配分を一元化する狙いをもっていた。化学メーカーが医薬を第二の柱に据える構想を、持株会社という枠組みで実現した事例といえる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/4208/decisions/caprolactam-global-expansion-1955-2005/","t":"スペイン・タイでの現地生産まで拡大したナイロン原料の世界供給網の構築","c":"UBE","y":2005,"col":"#0175C1","s":"エネルギー革命後の次の主力として量産化学品を選び、円高・国内コスト劣位と成熟素材の市況競争に対して、国内増設ではなく海外取得・現地生産でカプロラクタム-ナイロン…","x":"2005 ube カプロラクタムの量産化 スペイン・タイでの現地生産まで拡大したナイロン原料の世界供給網の構築 1955年12月にカプロラクタム工場を新設。宇部興産が6ナイロン原料の量産に入り、1994年のスペイン取得と1997年のタイ一貫生産で世界3位へ エネルギー革命後の次の主力として量産化学品を選び、円高・国内コスト劣位と成熟素材の市況競争に対して、国内増設ではなく海外取得・現地生産でカプロラクタム-ナイロンの世界供給網を築いた海外展開 有限の石炭から、無限のはずだった工業へ この判断の核心は、枯れていく石炭に代わる次の収益源として量産化学品を選び、それを国内の二極からスペイン・タイの三極へと世界規模に広げた点にある。エネルギー革命という市場の激変に、量産の規模で応えたこの選択は、カプロラクタム世界3位という到達点を生み、一時は連結売上7,000億円台の好業績を支えた。もっとも、規模を世界へ広げるほど、収益は世界の市況とnies勢の供給に左右される度合いを増していった。参入の当初に『過大評価するのは禁物』と評された市況依存の性格は、世界展開を経てもなお、この事業の芯に残り続けたようにみえる。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 欧州 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/4503/decisions/astellas-formation-2005/","t":"二社の対等合併に踏み切って生まれた新会社アステラス製薬の発足","c":"アステラス製薬","y":2005,"col":"#D81E49","s":"2005年4月、山之内製薬と藤沢薬品工業が合併し、新社名アステラス製薬として発足した案件。武田薬品に次ぐ国内第2位の製薬企業が誕生した。","x":"2005 アステラス製薬 山之内製薬との合併 二社の対等合併に踏み切って生まれた新会社アステラス製薬の発足 2005年4月に山之内製薬と藤沢薬品が合併。新社名アステラス製薬として発足し、武田薬品に次ぐ国内第2位の製薬企業が誕生 2005年4月、山之内製薬と藤沢薬品工業が合併し、新社名アステラス製薬として発足した案件。武田薬品に次ぐ国内第2位の製薬企業が誕生した。 「対等」という設計が支えた統合 この合併が円滑に進んだ背景には、強みと地域が重ならない補完関係という経済合理性に加え、\"対等\"を周到に設計したことがあっただろう。法人格としては山之内を存続会社とする吸収合併で、比率も山之内に有利でありながら、旧2社の名を捨てた新社名と、社長・会長を旧2社で分け合う経営体制によって、どちらの企業に飲み込まれたわけでもないという感覚を社内に醸成した。合併で生じやすい吸収される側の不満や主導権争いを、象徴の次元であらかじめ和らげた設計と読むこともできる。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/4506/decisions/dainippon-sumitomo-merger-2005/","t":"社名を変更し、化学系グループの一員へと位置づけを変える再編","c":"住友ファーマ","y":2005,"col":"#007A4C","s":"単独では新薬パイプラインの原資を確保できないという結論のもと、開発品の補完性と住友化学グループの財務的な後ろ盾を同時に得るための合併","x":"2005 住友ファーマ 住友製薬との合併 社名を変更し、化学系グループの一員へと位置づけを変える再編 2004年11月に住友製薬との合併へ基本合意。翌年10月に大日本製薬を存続会社として合併比率1対1,290で大日本住友製薬が発足 単独では新薬パイプラインの原資を確保できないという結論のもと、開発品の補完性と住友化学グループの財務的な後ろ盾を同時に得るための合併 寄り合いで始まった会社の終わり方 21名の薬業家が出し合った10万円で始まった会社が、106年後に選んだのは、新薬候補を買い足すことではなく親会社を持つことであった。自社開発品が手薄で、海外の臨床開発を1本しか走らせられず、共同開発した薬で3倍の販売差をつけられている——2004年時点の弱さは、資金を一度投じれば消える種類のものではない。稼ぐ力そのものを別の資本の下に移さなければ、次の新薬の順番が回ってこないという計算が働いたとみられる。単独では競争劣位に立つ、と認めるところから設計された合併であった。 合併・経営統合 資本提携・政策保有 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/4530/decisions/ssp-rx-carveout-2005/","t":"吸収分割による医療用医薬品事業の譲り受けと品ぞろえの拡充","c":"久光製薬","y":2005,"col":"#00519F","s":"外用鎮痛消炎貼付剤に偏った医療用事業の品ぞろえとMR体制を、他社が切り離す医療用医薬品事業の譲受によって一度に拡充する判断","x":"2005 久光製薬 エスエス製薬の事業承継 吸収分割による医療用医薬品事業の譲り受けと品ぞろえの拡充 2004年5月にエスエス製薬の事業承継。医療用医薬品事業を休眠会社バイオメディクスへ移管し、2005年4月に吸収分割で全株を取得 外用鎮痛消炎貼付剤に偏った医療用事業の品ぞろえとmr体制を、他社が切り離す医療用医薬品事業の譲受によって一度に拡充する判断 二品目では医師に会えない 2004年の譲受で足りなかったのは薬の数ではなく、mrが医師を訪ねる理由であった。久光製薬の医療用は1981年以降の絞り込みでモーラスとモーラステープに集約され、2000年時点でこの二品目が414億円、医療用外用鎮痛消炎剤市場の27.6%を占めている。市場の4分の1を握りながら、整形外科や皮膚科の医師に差し出せる薬は貼付剤に限られ、面会の機会そのものが増えない。品ぞろえを広げる道は新薬の承認を待つか他社から事業ごと引き取るかの二つで、久光製薬は後者へ動いた。 隣接領域への展開 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/4568/decisions/daiichi-sankyo-formation-2005/","t":"国内2社の対等な結合による第一三共の誕生と、単独路線の放棄","c":"第一三共","y":2005,"col":"#00A4E2","s":"2005年9月28日、三共と第一製薬が商法第364条に定める株式移転を行い、両社を完全子会社とする共同持株会社「第一三共」が発足した。交付した株式は普通株式73…","x":"2005 第一三共 三共との経営統合 国内2社の対等な結合による第一三共の誕生と、単独路線の放棄 2005年9月28日に三共と第一製薬が共同株式移転で持株会社の第一三共を設立。第一製薬1株に1.159株を割り当て、2007年4月に両社を吸収合併して事業会社へ移った 2005年9月28日、三共と第一製薬が商法第364条に定める株式移転を行い、両社を完全子会社とする共同持株会社「第一三共」が発足した。交付した株式は普通株式735,011,343株、資本金は500億円、資本準備金は1兆833億49百万円。\n2007年4月1日には持株会社が両社を吸収合併し、医療用医薬品事業を自ら営む事業会社へ移った。合併ではなく持株会社を先に置く、二段構えの統合である。 「緩やかな統合」という選択 この統合の設計で効いているのは、株式移転を持分の結合として扱ったことだろう。取得企業を決めず、のれんも計上しない処理は、どちらが買ったのでもないという建前を会計の形で固定する。その建前があったからこそ、持株会社のもとで2年をかけて機能ごとに統合を進める道筋が成り立った。いきなり合併していれば、統合比率の交渉は勝ち負けの数字として社内に残ったはずである。三共1株に1株、第一製薬1株に1.159株という比率を置いたうえで、実体の一体化は後回しにする——移行設計としては周到だったのだろう。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/4676/decisions/livedoor-nippon-broadcasting-2005/","t":"ライブドア・パートナーズの買収と、逆立ちした資本関係の解消","c":"フジ・メディア・ホールディングス","y":2005,"col":"#00489D","s":"ニッポン放送株32.4％を保有するライブドア・パートナーズを670億円で買収して持株比率を68.87％へ上げ、産業活力再生特別措置法の認定に基づく金銭交付による…","x":"2005 フジ・メディア・ホールディングス ニッポン放送の完全子会社化 ライブドア・パートナーズの買収と、逆立ちした資本関係の解消 2005年9月にニッポン放送を完全子会社化。ライブドア・パートナーズを670億円で買収して持株比率を68.87%へ上げ、1株6,300円の金銭交付による簡易株式交換で残る株式を取得した ニッポン放送株32.4%を保有するライブドア・パートナーズを670億円で買収して持株比率を68.87%へ上げ、産業活力再生特別措置法の認定に基づく金銭交付による簡易株式交換で完全子会社化し、翌年の吸収合併と自己株式573,704.84株の消却まで進めて、子会社が親会社の株式を抱える資本の逆立ちを解いた資本政策 逆立ちした資本を清算するということ この一連の取引が正したのは買収者の排除ではなく、子会社の側が親会社の株式を大量に抱えるという資本の逆立ちであった。ニッポン放送が持つフジテレビジョン株式は1,456億円にのぼり、同社を完全子会社にしただけでは解けない。翌年4月に吸収合併し、承継した573,704.84株を5月に消却して、その関係はようやく消えている。638億円という支払予定総額は、株式を買い戻す代金というより、長く放置した資本構造を清算する費用であっただろう。 敵対的・同意なき買収 アクティビスト・株主提案対応 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/4704/decisions/2005-pattern-file-crisis/","t":"大規模PC障害と信頼回復への社内改革","c":"トレンドマイクロ","y":2005,"col":"#d71920","s":"検証工程を省いた人為的ミスが招いた信頼失墜という危機に対し、品質保証体制を二重化し、経営トップが自ら先頭に立って顧客対応に総力を挙げることで再建を図った判断","x":"2005 トレンドマイクロ パターンファイル配信不具合 大規模pc障害と信頼回復への社内改革 2005年4月にパターンファイル配信不具合。全国で大規模なパソコン障害を招き、就任間もないエバ・チェン社長が検証体制を組み直した 検証工程を省いた人為的ミスが招いた信頼失墜という危機に対し、品質保証体制を二重化し、経営トップが自ら先頭に立って顧客対応に総力を挙げることで再建を図った判断 スピードと質のはざまで この決断の中心にあったのは、検証を省いた小さな手抜きが、会社の存立を揺るがしかねない規模の危機に転じ得るという事実であった。エバ・チェン社長兼ceoは、就任直後という自らの立場に構わず、来日した当日に改善策を打ち出し、報酬を象徴的に\"594円\"とする振る舞いで責任の所在を明確にした。スピードを競争力の源泉としてきた企業が、そのスピードゆえに検証を軽んじて事故を起こし、同じ速さで信頼回復に動いた点に、この経営判断の芯があっただろう。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/4704/decisions/eva-chen-ceo-succession-2005/","t":"創業者スティーブ・チャンからの社長兼CEO職の引き継ぎ","c":"トレンドマイクロ","y":2005,"col":"#d71920","s":"創業者スティーブ・チャン氏が会長へ退き、CTOのエバ・チェン氏を社長兼CEOに据えた承継。技術とマーケティングを兼ね備えた非日本人経営者への交代で、日本本社・多…","x":"2005 トレンドマイクロ エバ・チェン氏が社長就任 創業者スティーブ・チャンからの社長兼ceo職の引き継ぎ 2005年1月にエバ・チェンへ社長承継。創業者のスティーブ・チャン氏が会長へ退き、最高技術責任者だった義妹が後を継いだ 創業者スティーブ・チャン氏が会長へ退き、ctoのエバ・チェン氏を社長兼ceoに据えた承継。技術とマーケティングを兼ね備えた非日本人経営者への交代で、日本本社・多国籍経営の体制を固めた判断 多国籍の出自をトップ人事まで貫く トレンドマイクロの承継は、創業者が身内の後継に道を譲ったという点では同族的でありながら、選ばれたのが技術と交渉を兼ね備えた非日本人の専門経営者であった点で、当時の日本企業の常識から外れていたとみられる。日本に本社を置き東証に上場する会社が、台湾出身の女性をceoに戴く姿は、多国籍という同社の出自を経営の形にまで貫いた選択だったといえる。 トップ交代・承継 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/4753/decisions/nippon-hoso-stake-2005/","t":"時間外取引という抜け道を使った株式の大量取得と、フジテレビジョンへの売却","c":"ライブドア","y":2005,"col":"#DD0313","s":"ポータルサイトの集客を放送局の視聴者規模まで拡大するため、市場外取引と転換社債を組み合わせて放送局の支配権取得を狙った判断","x":"2005 ライブドア ニッポン放送株を大量取得 時間外取引という抜け道を使った株式の大量取得と、フジテレビジョンへの売却 2005年2月にニッポン放送株を大量取得。800億円の転換社債で資金を調達し、2か月後にフジテレビジョンと基本契約を締結して440億円の出資を受け入れた ポータルサイトの集客を放送局の視聴者規模まで拡大するため、市場外取引と転換社債を組み合わせて放送局の支配権取得を狙った判断 得たのは支配権ではなく現金だった 東京高裁の支持を得ながら、ライブドアは支配株主としての権利を使わなかった。行使に伴う新たな裁判と第三者の介入という費用が、放送局の経営権から見込める利益を上回ると踏んだためなのだろう。ニッポン放送株の取得で実際に手元へ来たのは、テレビ局の支配権ではなく、フジテレビジョンが1株329円で払い込んだ440億円と、同じ日に市場から調達した社債800億円であった。買収の成否は、はじめから現金で測られていたのかもしれない。 敵対的・同意なき買収 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/5001/decisions/teikoku-oil-merger-rejection-2005/","t":"国際石油開発との経営統合案への反対と、20%超まで持分を高めた対抗","c":"新日本石油","y":2005,"col":"#EB6005","s":"上流強化の戦略パートナーであった帝国石油が国際石油開発との統合へ動いたため、筆頭株主として統合の理念と株式移転比率の妥当性を問い、上流戦略の再構築を迫られた判断","x":"2005 新日本石油 帝国石油株を買い増し 国際石油開発との経営統合案への反対と、20%超まで持分を高めた対抗 2005年12月に帝国石油株を買い増し。約167億円で1200万株を追加取得して持ち分を20%超へ上げ、渡文明会長が統合案に異を唱えた 上流強化の戦略パートナーであった帝国石油が国際石油開発との統合へ動いたため、筆頭株主として統合の理念と株式移転比率の妥当性を問い、上流戦略の再構築を迫られた判断 筆頭株主が使わなかった力 16.4%の株を持ちながら、統合の話を10日前にしか聞かされなかった——新日本石油が167億円を追加で投じたのは、移転比率を有利に書き換えるためというより、説明を求める席を確保するためであったと思われる。渡文明会長は買い増しをここで止めると明言し、株主提案も白紙とした。社内には否決できるという読みもあったのに、5分の1を超える株主は、統合を壊す側には回らなかった。異議の強さと、打った手の慎ましさが、ここでは食い違っている。 合併・経営統合 資本提携・政策保有 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/5715/decisions/machinery-focus-2005/","t":"建設機械事業からの撤退と、主要6事業の分社による体制再編","c":"古河機械金属","y":2005,"col":"#003F98","s":"3期で633億円の最終赤字と重い有利子負債を抱えた古河機械金属が、建設機械から撤退する一方で残す6事業を分社し、事業ごとに資産管理と損益責任を負わせる事業持株会…","x":"2005 古河機械金属 日立古河建機を譲渡 建設機械事業からの撤退と、主要6事業の分社による体制再編 2004年10月に日立古河建機を譲渡。3期続けて最終赤字の古河機械金属が建設機械から降り、翌2005年3月に主要6事業部門を会社分割した 3期で633億円の最終赤字と重い有利子負債を抱えた古河機械金属が、建設機械から撤退する一方で残す6事業を分社し、事業ごとに資産管理と損益責任を負わせる事業持株会社体制へ移行した再編 手放す時間と、分社化する時間 建設機械の株式を渡した2004年10月と、6事業を分けた2005年3月の間は5カ月しかない。降りる事業を決めたのと同じ時期に、残す事業へ資産と損益責任を負わせる形が用意されていた。しかも二つの時間の長さは対照的で、建機部門の分離から株式の譲渡までは5年半を費やした一方、金属製錬の分社から6事業の分社までは1年で通した。3期で633億円を失った会社が、時間をかけて手放すものと、一気に切り分けるものとを分けていた。 選択と集中 事業売却・撤退 持株会社化・グループ再編 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/6326/decisions/asbestos-disclosure-2005/","t":"疾病の自主公表と、周辺住民への見舞金・救済金の支払い","c":"クボタ","y":2005,"col":"#35A8A8","s":"工場周辺の住民に中皮腫の患者がいることが判明し、法的責任も因果関係も確定しないなかで、情報公開と支払いを先に行って行政の調査に協力する道を選んだ判断","x":"2005 クボタ 旧神崎工場の石綿公表 疾病の自主公表と、周辺住民への見舞金・救済金の支払い 2005年6月に旧神崎工場の石綿公表。周辺住民への見舞金を決め、翌年4月に最低2,500万円の救済金制度へ拡充した 工場周辺の住民に中皮腫の患者がいることが判明し、法的責任も因果関係も確定しないなかで、情報公開と支払いを先に行って行政の調査に協力する道を選んだ判断 認定を待たずに払うということ この決断の芯は、公表そのものよりも、補償の枠を労災の外へ広げたところにある。社内で最初の石綿疾病死亡者が出た1979年2月から四半世紀、会社は労災申請と法定外の上積み補償という枠内でこの問題を処理してきた。工場の外に住んでいた人には、その枠が届かない。法的責任も因果関係も確定していない2005年6月に見舞金を決め、1年足らずで最低2,500万円・最高4,600万円の救済金規程へ置き換えたのは、認定の外側にいる人へ払う仕組みを会社が自分で作ったということである。 不祥事・信頼回復 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/7182/decisions/investment-trust-entry-2005/","t":"貯金を運用するだけの収益構造に、窓口で他社の商品を販売して手数料を得る道を足した転換","c":"ゆうちょ銀行","y":2005,"col":"#009900","s":"預かった貯金を国債等で運用して利ざやを取る一本足の収益構造に、他社が設定した投資信託を郵便局の窓口で取り次いで手数料を得る道を足し、窓口の機能を貯金の受け入れか…","x":"2005 ゆうちょ銀行 日本郵政公社の投資信託募集業務開始 貯金を運用するだけの収益構造に、窓口で他社の商品を販売して手数料を得る道を足した転換 2005年10月、日本郵政公社が投資信託の募集業務を開始した。郵便局の窓口の機能を貯金の受け入れから運用商品の販売へ拡大し、2026年3月期の残高は3兆5,194億円、投資信託関連手数料は136億円となった。 預かった貯金を国債等で運用して利ざやを取る一本足の収益構造に、他社が設定した投資信託を郵便局の窓口で取り次いで手数料を得る道を足し、窓口の機能を貯金の受け入れから運用商品の販売へ拡大した選択 窓口を売り場に変えた20年 この決断が変えたのは、郵便局の窓口の意味であっただろう。1875年以来、窓口は貯金を預かる入口であって、集めた資金をどう運用するかは中央が決める仕事だった。投資信託の募集をそこへ載せた瞬間、窓口は預かる場所であると同時に売る場所になり、収益は預かった資金の厚みだけでなく、その窓口で何が売れたかにも左右されるようになる。銀行になる2年前に、公社の段階でこの形を作っておいた意味は小さくない。郵政民営化法が認可を求めるのは民営化時に認められていなかった業務であり、公社が先に始めた募集業務はそこに含まれないことになるからである。 収益モデル転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7270/decisions/north-america-suv-2005/","t":"北米市場への集中とクロスオーバーSUVの本格投入","c":"SUBARU","y":2005,"col":"#0156A1","s":"国内で大手と量を競えない中堅が、SUV需要の大きい北米に経営資源を集中し、SIAを生産基盤にクロスオーバー車で市場を深耕した製品・市場戦略","x":"2005 subaru 「b9トライベッカ」投入 北米市場への集中とクロスオーバーsuvの本格投入 2005年1月に7人乗りsuvのb9トライベッカを発表。米デトロイトの自動車ショーで示し、2003年に単独化したsiaを生産基盤に据えた 国内で大手と量を競えない中堅が、suv需要の大きい北米に経営資源を集中し、siaを生産基盤にクロスオーバー車で市場を深耕した製品・市場戦略 一つの市場に経営資源を集中する経営 スバルの北米集中は、資源の乏しい中堅が生き残るための、賭けに近い選択であった。国内でも欧州でもなく、suvとクロスオーバーの需要が大きい北米という一つの市場に、開発と生産と販売を寄せる。総花的に戦うのを避け、競争優位を築ける土俵を絞り込む判断であり、2003年のsia単独化から2005年のトライベッカ投入まで、数年をかけて固まった。 選択と集中 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7459/decisions/paltac-acquisition-2005/","t":"日用品卸最大手を株式交換で取り込む医薬・日用品の二本柱化","c":"メディパルホールディングス","y":2005,"col":"#E7202C","s":"薬価改定と医療機関の購買力で利幅が削られる医薬品卸が、ドラッグストア・量販店向けの日用品流通を取り込んで収益源を二本にした買収","x":"2005 メディパルホールディングス パルタックの完全子会社化 日用品卸最大手を株式交換で取り込む医薬・日用品の二本柱化 2005年5月に株式交換契約を締結。10月にメディセオhdが大阪のパルタックを完全子会社とし、普通株式45,353,485株を交付した 薬価改定と医療機関の購買力で利幅が削られる医薬品卸が、ドラッグストア・量販店向けの日用品流通を取り込んで収益源を二本にした買収 何を運ぶかではなく、誰に運ぶか 2005年の統合が扱ったのは、卸が何を運ぶかではなく、誰に運ぶかであった。医療用医薬品の得意先は医療機関と調剤薬局に限られ、そこでの価格は2年に1度の薬価改定と医療機関の購買力で決まる。熊倉貞武社長が\"業種卸から業態卸へ\"と言い換えたのは、扱う商品の種類で自社を定義する限り値決めの主導権は戻らないという見立てによるものと読める。医薬品と日用品が同じ棚に並ぶドラッグストアという売場の広がりが、この判断を支えていた。 隣接領域への展開 販路・チャネル転換 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/7550/decisions/mmd-strategy-2005/","t":"M&Aによる多業態フードチェーンの構築","c":"ゼンショーホールディングス","y":2005,"col":"#0048A8","s":"牛丼すき家の「製造販売業」（垂直統合）を全業態へ展開するMMD戦略のもと、ココス・はま寿司・ビッグボーイ・なか卯・華屋与兵衛を並列に取り込み、調達・製造・物流の…","x":"2005 ゼンショーホールディングス mmd戦略の確立 m&aによる多業態フードチェーンの構築 2005年3月に多業態のmmd戦略を確立。すき家を軸にココスやはま寿司、なか卯を統括し、調達と製造と物流を共通化した 牛丼すき家の「製造販売業」(垂直統合)を全業態へ展開するmmd戦略のもと、ココス・はま寿司・ビッグボーイ・なか卯・華屋与兵衛を並列に取り込み、調達・製造・物流の共通化で原価を低減して多業態フードチェーンを構築した多角化戦略 商品ではなく型を売る この時期の判断の核にあるのは、牛丼という一つの商品で確立した\"製造販売業\"を、商品ではなく型として捉え直した点にあったと推察される。調達から店頭までを自前で垂直統合する仕組みは、扱う業態が寿司であれファミレスであれ働く——そう見極めたからこそ、ゼンショーは異業態を次々に買い、畳まずに残したまま共通の運営基盤へ載せていった。個々のブランドの色を消さずに裏側だけを共通化する手法は、規模の経済と現場の多様性を両立させる試みであったといえる。 連続買収・ロールアップ 垂直統合・内製化 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7733/decisions/digital-camera-turnaround-2005/","t":"映像事業の構造改革によるコスト構造の立て直しと収益基盤の回復","c":"オリンパス","y":2005,"col":"#001878","s":"デジカメ市場の伸び鈍化と過剰在庫で239億円の営業赤字に陥った映像事業を、門外漢の大久保雅治氏を再建役に据え、部品の7割を共通化するプラットフォーム改革で黒字へ…","x":"2005 オリンパス デジカメ事業の黒字転換 映像事業の構造改革によるコスト構造の立て直しと収益基盤の回復 2005年4月にデジタルカメラ事業の再建に着手。前年度239億円の営業赤字を受け大久保雅治氏を子会社の社長に据え、部品の共通化で黒字へ戻した デジカメ市場の伸び鈍化と過剰在庫で239億円の営業赤字に陥った映像事業を、門外漢の大久保雅治氏を再建役に据え、部品の7割を共通化するプラットフォーム改革で黒字へ立て直した事業再建判断 足元を整え、問いは先送りする オリンパスの映像事業再建は、派手な新製品でなく部品と在庫という地味な足元を整える改革であった点に特徴があるといえる。ビス一つまで個別最適を貫く職人気質は、多品種を競う時代には過剰在庫と非効率の温床となっていた。門外漢の大久保雅治氏を据えて外からの目で当たり前のことを徹底させた手順は、内視鏡で培った現場主義を別の事業へ移し替える試みだったのだろう。 経営再建・ターンアラウンド プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/7832/decisions/bandai-namco-integration-2005/","t":"共同持株会社の発足と、両社を一体で運営する経営体制への移行","c":"バンダイナムコHD","y":2005,"col":"#E60000","s":"少子化による国内市場の縮小とソフト開発費の高騰を前に、事業の重複が少ないバンダイとナムコが株式移転で共同持株会社を設立し、IP展開の規模と補完性を確保した経営統…","x":"2005 バンダイナムコhd バンダイとナムコの統合 共同持株会社の発足と、両社を一体で運営する経営体制への移行 2005年5月にバンダイとナムコが経営統合を発表。同年9月に株式移転で共同持株会社バンダイナムコhdを設け、玩具とゲームを統合した 少子化による国内市場の縮小とソフト開発費の高騰を前に、事業の重複が少ないバンダイとナムコが株式移転で共同持株会社を設立し、ip展開の規模と補完性を確保した経営統合 足し算でなく掛け算を選ぶ この統合の特徴は、規模を合算する守りより、重ならぬ事業を組み合わせて質を変える攻めに力点があった点にあるといえる。少子化という共通の逆風を前に、多くの同業が同種の事業を寄せ集める\"足し算\"へ向かうなか、バンダイとナムコはガンダムの共同開発で確かめた補完性を土台に\"掛け算\"を選んだ。ただし掛け算は、事業と組織の融合が進むまで成果が見えにくい。統合直後の減益と株価急落は、その時間差が市場の失望として表れた場面であっただろう。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 創業家・同族 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8179/decisions/holding-company-transition-2005/","t":"事業6社への会社分割","c":"ロイヤルホールディングス","y":2005,"col":"#C6151E","s":"縮小へ転じた外食市場で顧客ニーズの多様化に対応するため、創業以来の中央集権的な組織を持株会社と事業分社へ分離し、事業執行の権限を各社へ委譲した組織再編","x":"2005 ロイヤルホールディングス 持株会社制への移行 事業6社への会社分割 2005年2月に持株会社化を決算とあわせて示した。同年7月にロイヤルホールディングスが発足し、新ロイヤルほか6社へ事業を承継させた 縮小へ転じた外食市場で顧客ニーズの多様化に対応するため、創業以来の中央集権的な組織を持株会社と事業分社へ分離し、事業執行の権限を各社へ委譲した組織再編 権限を配るということ 負の遺産の整理は2004年までにほぼ終えており、持株会社化はその後始末ではなかった。根拠に据えたのは、2001年からの経営構造改革で連結子会社の利益率が単体の約2倍に達したという数字である。創業以来50年続いた福岡本社の中央集権を解き、権限を配り直す統治の設計であった。仮説を子会社の数字で確かめてから本体へ広げる順序を取っている。 持株会社化・グループ再編 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/8231/decisions/four-store-closure-2005/","t":"大阪・枚方・倉敷を含む不採算店の整理と早期退職の実施、新設合併による連結欠損金の一掃","c":"三越","y":2005,"col":"#B7282E","s":"4店で年40億円の赤字が慢性化する一方、日本橋本店新館・専門館・大阪駅前再開発への投資を同時に抱える資金余力がなく、不採算店の閉鎖と人員削減に踏み切った","x":"2005 三越 横浜など4店を閉鎖 大阪・枚方・倉敷を含む不採算店の整理と早期退職の実施、新設合併による連結欠損金の一掃 2005年5月に横浜・大阪・枚方・倉敷の4店を閉鎖。中村胤夫社長のもとで早期退職も実施し、年40億円の赤字を断つ 4店で年40億円の赤字が慢性化する一方、日本橋本店新館・専門館・大阪駅前再開発への投資を同時に抱える資金余力がなく、不採算店の閉鎖と人員削減に踏み切った 北浜の9年 大阪店の閉鎖は、1996年11月に梅田を取れなかったことの後始末であった。二番札のパルコより低い値を付けてヨドバシカメラに敗れたあと、三越は北浜の店を改修して固定客をつなぐ道を選び、人の流れの外で赤字を積んだ。315年の店を畳んだのは、立地を取り直す機会を逃した判断を、これ以上先へ延ばせなくなったからだと思われる。4店で年40億円という赤字額には、その先延ばしに払った分が含まれている。 リストラ・構造改革 事業売却・撤退 雇用・労使 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8238/decisions/iwataya-tob-2005/","t":"議決権43.1％のまま実質支配で連結し、福証上場を残した子会社化","c":"伊勢丹","y":2005,"col":"#E60021","s":"持分法適用の関連会社として支えてきた岩田屋を公開買付で連結子会社とし、過半に届かない43.1%の持分と福証上場を残したまま、売り場と業務の仕組みを導入した判断","x":"2005 伊勢丹 岩田屋をtobで子会社化 議決権43.1%のまま実質支配で連結し、福証上場を残した子会社化 2005年2月に岩田屋を公開買付けで子会社化。株式の追加取得額は3,077百万円、議決権の所有割合は43.1%にとどまったが実質的な支配により連結子会社とした 持分法適用の関連会社として支えてきた岩田屋を公開買付で連結子会社とし、過半に届かない43.1%の持分と福証上場を残したまま、売り場と業務の仕組みを導入した判断 43.1%という選び方 伊勢丹が岩田屋に投じた追加取得額は3,077百万円で、受け入れた固定資産47,996百万円に比べれば小さい。岩田屋が抱えていた現金は5,828百万円あり、連結のうえでは2,750百万円の収入超過となった。議決権の所有割合も過半に届かぬ43.1%にとどまり、有報は「持分は100分の50以下でありますが、実質的に支配しているため連結子会社としたもの」と記すにすぎない。買い取ったというより、債務保証と運転資金の貸付で支えてきた関係を、支配の側へ一段進めた手続きに近い。 救済型m&a・支援受け入れ pmi・買収後統合 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/8306/decisions/mufg-formation-2005/","t":"二つの持株会社の統合による新金融グループの発足（2005年成立）","c":"三菱UFJフィナンシャル・グループ","y":2005,"col":"#c8102e","s":"2005年10月1日、三菱東京フィナンシャル・グループとUFJホールディングスが経営統合し、総資産約190兆円の三菱UFJフィナンシャル・グループ（MUFG）が…","x":"2005 三菱ufjフィナンシャル・グループ 三菱東京fgとufj統合 二つの持株会社の統合による新金融グループの発足(2005年成立) 2005年10月に三菱東京fgとufjが統合。総資産約190兆円の三菱ufjフィナンシャル・グループが生まれ、国内最大級の金融グループとなる 2005年10月1日、三菱東京フィナンシャル・グループとufjホールディングスが経営統合し、総資産約190兆円の三菱ufjフィナンシャル・グループ(mufg)が発足した。当時の国内最大級の金融グループである。 救済統合と株主価値のあいだ この統合は、経営難に陥ったufjを財務の強い三菱東京fgが受け入れる救済色の濃いものでありながら、単純な救済では終わらなかった。住友信託との信託売却合意、その白紙撤回、三井住友による対等統合の対抗提案という競合が、ufjと三菱東京fgに条件の上積みと外部専門家による比率検証を促した。救済される側であっても株主価値への配慮が問われたことは、当時の銀行再編が株主の利益という規律から無縁ではなかったことを示していると推察される。 合併・経営統合 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/8439/decisions/auto-lease-jv-2005/","t":"自動車リース子会社を50対50の対等出資へ組み替える再編","c":"東京センチュリー","y":2005,"col":"#003F87","s":"単独では業界中位にとどまる自動車リース子会社を、NTT系との対等合併で上位グループへ押し上げる代わりに、持分を100%から50%へ引き下げた選択","x":"2005 東京センチュリー nttとの合弁会社化 自動車リース子会社を50対50の対等出資へ組み替える再編 2005年1月にnttと合併覚書を締結。日本電信電話など4社が結び、同年10月にnttオートリースとセンチュリー・オート・リースが合併した 単独では業界中位にとどまる自動車リース子会社を、ntt系との対等合併で上位グループへ押し上げる代わりに、持分を100%から50%へ引き下げた選択 持分を半分にして、相手を増やす 2005年の判断は、事業を売ったわけでも買ったわけでもない。100%持っていた売上283億円の会社を、50%しか持たない売上660億円規模の会社へ組み替えた取引であった。連結売上高は267億円減り、従業員は196名減った。数字の上では縮小に見えるが、扱う車両は約15万台となり、単独では届かなかった上位グループの位置に入った。持分の比率と事業の規模のどちらを取るかを問われて、この会社は規模を取った。 合併・経営統合 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8850/decisions/holding-company-2005/","t":"会社分割による持株会社への移行と、建設・仲介・分譲・法人の事業別分社","c":"スターツコーポレーション","y":2005,"col":"#00A7DB","s":"周辺事業と地域会社が増えたグループを事業別の子会社へ分社化し、収益責任を子会社に、方針決定と資源配分を持株会社に担わせた組織再編","x":"2005 スターツコーポレーション ピタットハウス等4社へ分社 会社分割による持株会社への移行と、建設・仲介・分譲・法人の事業別分社 2005年10月に持株会社体制へ移った。会社分割で建設・不動産仲介・分譲など4事業を子会社へ承継し、本体はスターツコーポレーションへ商号を変更した 周辺事業と地域会社が増えたグループを事業別の子会社へ分社化し、収益責任を子会社に、方針決定と資源配分を持株会社に担わせた組織再編 統一する名と、分担する責任 1987年の商号統一と2005年の分社は、方向としては逆に見える。ただ、統一したのは対外的な名であり、分けたのは事業ごとの収益責任であった。地主や入居者から見た窓口は\"スターツ\"のまま、社内では建設・仲介・分譲・法人がそれぞれの損益を持つ——2005年の設計が狙ったのは、この二つを両立させることであったのだろう。すでに2003年から地域別の分社が動いていた点を踏まえれば、持株会社化は突然の転換というより、進んでいた分社の整理にあたる。 持株会社化・グループ再編 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/9021/decisions/fukuchiyama-derailment-2005/","t":"安全性向上計画から安全基本計画へ、安全の経営計画の根幹への据え直し","c":"西日本旅客鉄道","y":2005,"col":"#0169B7","s":"完全民営化の翌年に起きた福知山線列車事故を受け、安全性向上計画を国土交通大臣へ報告し、社外有識者の委員会と安全研究所を設置し、安全基本計画をグループ中期経営計画…","x":"2005 西日本旅客鉄道 福知山線事故後の安全改革 安全性向上計画から安全基本計画へ、安全の経営計画の根幹への据え直し 2005年4月25日、福知山線塚口・尼崎間の列車事故で106名のお客様の命が失われた。同年5月31日に安全性向上計画を国土交通大臣へ報告し、2008年4月には安全基本計画をグループ中期経営計画の根幹に位置づけた。 完全民営化の翌年に起きた福知山線列車事故を受け、安全性向上計画を国土交通大臣へ報告し、社外有識者の委員会と安全研究所を設置し、安全基本計画をグループ中期経営計画の根幹に据えた一連の改革 目標に足したのではなく、根に据え直した この改革の芯は、安全を経営の目標に加えたことではなく、経営計画の根に置き直したことにあるだろう。2008年4月の安全基本計画はグループ中期経営計画の根幹と位置づけられ、「お客様の死傷事故ゼロ」という到達点が中期の経営目標そのものへ書き込まれた。目標の一覧に並べるのではなく、他の目標がそこから派生する位置へ動かしたということである。投資も同じ方向へ動き、連結の設備投資額は2006年3月期の1,610億円から2011年3月期の2,827億円へ増えた。社外有識者の委員会と専任の研究所を置いて外の目を常設したことも、判断の質を自前だけに委ねない構えの表れだろう。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9024/decisions/reconstruction-cerberus-goto-2005/","t":"後藤高志氏の招聘と、持株会社体制への移行によるグループ再建","c":"西武ホールディングス","y":2005,"col":"#002F87","s":"上場廃止後に表面化した財務危機からの脱却を、外部資本の受け入れと持株会社化による経営体制の刷新で図った再建","x":"2005 西武ホールディングス サーベラス出資での再建 後藤高志氏の招聘と、持株会社体制への移行によるグループ再建 2005年8月にサーベラスの出資を受け入れた。堤家の経営が終わったコクドグループが後藤高志氏を迎え、2006年2月に西武ホールディングスを設立 上場廃止後に表面化した財務危機からの脱却を、外部資本の受け入れと持株会社化による経営体制の刷新で図った再建 妥協の上に立った再建という性格 この経営判断の核心は、財務危機からの脱却そのものよりも、創業家一代で築かれた地主経営の統治構造を、外部資本と外部経営者へ明け渡す決断にあったとみられる。堤義明氏が保有株を手放さないまま経営の一線から退くという妥協は、村上世彰氏や堤猶二氏が指摘したとおり、必ずしも明快な決着ではなかった。それでも、みずほ主導の改革委案と村上氏の対抗案という株主利益をめぐる争い、堤一族内部での名義偽装をめぐる法廷闘争という二重の緊張のなかで、後藤社長が\"一体再生がベスト\"という一つの方針を最後まで譲らなかった点に、この決断の特徴があったといえる。 経営再建・ターンアラウンド 持株会社化・グループ再編 外部人材・プロ経営者 救済型m&a・支援受け入れ 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9042/decisions/holding-company-2005/","t":"会社分割による全事業の新設会社への移管と、純粋持株会社体制への移行","c":"阪急阪神ホールディングス","y":2005,"col":"#243D5F","s":"バブル期の開発資産と娯楽施設の整理を終えた段階で、鉄道を含む全事業を新設会社へ移管し、資源配分と戦略を担う純粋持株会社と執行を担う事業子会社へ機能を分離したグル…","x":"2005 阪急阪神ホールディングス 阪急ホールディングスへ移行 会社分割による全事業の新設会社への移管と、純粋持株会社体制への移行 2005年4月に純粋持株会社へ移行した。会社分割で全営業を新設会社へ移管し、商号を阪急ホールディングスへ改め、承継会社が阪急電鉄を名乗った バブル期の開発資産と娯楽施設の整理を終えた段階で、鉄道を含む全事業を新設会社へ移管し、資源配分と戦略を担う純粋持株会社と執行を担う事業子会社へ機能を分離したグループ再編 先に体制を替えておくこと 純粋持株会社への移行を、当時流行した組織形態の後追いと読むと、この判断の位置が見えなくなる。阪急が組み替えたのは、鉄道・不動産・小売・娯楽を一社で回すという小林一三氏以来の設計そのものであった。開発用地の含み損を落とし、西宮スタジアムと宝塚ファミリーランドを閉じ、有利子負債を1兆1000億円から約9400億円まで縮めた後というのは、そう踏み込める数少ない時期であったとみられる。 持株会社化・グループ再編 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/9048/decisions/chubu-airport-line-2005/","t":"新空港の開港に合わせた常滑からの延伸と、空港アクセスの確保","c":"名古屋鉄道","y":2005,"col":"#004EA2","s":"バブル後の守りの再編を進める一方、2005年開港の中部国際空港へ乗換なしで直結する空港線を新設し、広域アクセスという新しい収益領域を鉄道事業へ取り込んだ設備投資","x":"2005 名古屋鉄道 中部国際空港線の新設 新空港の開港に合わせた常滑からの延伸と、空港アクセスの確保 2005年1月に中部国際空港線を新設した。名古屋鉄道が常滑から空港までを結んで名鉄名古屋駅から直通させ、連絡特急ミュースカイを投入 バブル後の守りの再編を進める一方、2005年開港の中部国際空港へ乗換なしで直結する空港線を新設し、広域アクセスという新しい収益領域を鉄道事業へ取り込んだ設備投資 守りと攻めを同じ時期に選ぶということ その最中に常滑から先の4.2kmを延ばし、名鉄名古屋から乗り換えなしで空港へ通じる線路をつないで特急ミュースカイを走らせている。守りと攻めを同じ時期に選んだところに、この投資の性格が表れていると推察される。 大型設備投資 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9613/decisions/overseas-ma-strategy-2005/","t":"自前の海外拠点づくりを採らず、買収の連続だけで欧米へ出た十年余りの海外戦略","c":"NTTデータグループ","y":2005,"col":"#0078C0","s":"国内の成長余地が細るなか、海外で事業を立ち上げるノウハウを持たない前提から、現地の顧客基盤ごと取得する連続買収を海外進出の唯一の手段として選んだ","x":"2005 nttデータグループ itelligence社買収 自前の海外拠点づくりを採らず、買収の連続だけで欧米へ出た十年余りの海外戦略 2005年にitelligence社買収。独cirquent・米keane・伊value team・西everisと、自前の拠点を構築せず買収だけで並べた欧米網 国内の成長余地が細るなか、海外で事業を立ち上げるノウハウを持たない前提から、現地の顧客基盤ごと取得する連続買収を海外進出の唯一の手段として選んだ 買えるものと、買えないもの この十年余りの海外戦略は、手段が先に決まった珍しい例であった。市場を選んでから入り方を考えたのではなく、自前で立ち上げる力がないという前提から出発して、買収以外を検討の対象から外している。その結果として得られたものは明快で、顧客名簿と技術者と売上高であった。bmwやテレコム、スペイン系の銀行という具体的な取引先が、会社ごと帳簿に乗った。フリーキャッシュフローの範囲という枠を守った点でも、この期間の買収は規律を欠いてはいなかったのだろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/9684/decisions/taito-acquisition-2005/","t":"株式公開買付けによる完全取得と「100%保有戦略」の始動","c":"スクウェア・エニックス・ホールディングス","y":2005,"col":"#E20A16","s":"ソフトの卸売にとどまっていた事業構造に、全国の店舗網と業務用機器という顧客接点を買収で加え、少数株主を残さない全株取得で経営の自由度を確保した判断","x":"2005 スクウェア・エニックス・ホールディングス タイトーの完全子会社化 株式公開買付けによる完全取得と「100%保有戦略」の始動 2005年8月に公開買付けを決議し、1株181,100円でタイトー株の93.7%を取得。9月28日に連結子会社とし翌年3月に完全子会社化した ソフトの卸売にとどまっていた事業構造に、全国の店舗網と業務用機器という顧客接点を買収で加え、少数株主を残さない全株取得で経営の自由度を確保した判断 取得したのは事業ではなく、毎日の売上だった この買収を、ipを持つ会社が店舗網を取得した話として読むと、狙いの半分しか見えない。スクウェア・エニックスが抱えていた不安定さは、ソフトの発売月に収入が集中し、開発が遅れれば期がまるごと空くという収益の形にあった。全国のゲームセンターと業務用機器のレンタルは、当たり外れの幅が小さいかわりに、賃料と機器投資という固定費を毎月生む事業でもある。振れ幅の大きい収入に、振れ幅の小さい収入を足す——その足し算は、連結売上高を1年で7割近く押し上げた一方、am等事業そのものは連結初年度に1,170百万円、通年で連結した翌期にも351百万円の営業損失を計上している。 垂直統合・内製化 販路・チャネル転換 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/9719/decisions/sumisho-electronics-merger-2005/","t":"住友商事グループIT事業の一本化","c":"SCSK","y":2005,"col":"#1A2792","s":"価格競争で収益力が低下するなか、ソフト側と機器側に分かれていた住友商事グループのIT二社を合併して顧客基盤と商品構成をひとつにまとめ、事業規模を倍にした統合","x":"2005 scsk 住商エレクトロニクスとの合併 住友商事グループit事業の一本化 2005年3月に住商エレクトロニクスとの合併を承認。8月1日に住商情報システムを存続会社として成立し住友商事グループのit事業を一本化 価格競争で収益力が低下するなか、ソフト側と機器側に分かれていた住友商事グループのit二社を合併して顧客基盤と商品構成をひとつにまとめ、事業規模を倍にした統合 規模を先につくるということ 住商情報システムは1989年の上場時点で系列外の売上が半分を占め、外販で立つ会社として歩んできた。その会社が機器販売に強い住商エレクトロニクスを取り込んで規模を倍にしたのは、ソフトから機器までを一社で引き受ける売り方へ商品構成を組み替える判断であっただろう。消える側の社長であった阿部康行氏が存続会社の社長として執行を担った点にも、事業の作り替えという性格がうかがえる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/9962/decisions/suruga-seiki-holdings-2005/","t":"持株会社移行による流通専業からの転換","c":"ミスミグループ本社","y":2005,"col":"#0F218B","s":"委託生産に依存した流通モデルの限界を、製造機能の内製化と持株会社化によって組み替え、品質・コスト・納期を自社で制御できる事業構造へ移行する判断","x":"2005 ミスミグループ本社 駿河精機の取り込み 持株会社移行による流通専業からの転換 2005年4月に駿河精機と株式交換で経営統合。商号をミスミグループ本社へ改めて持株会社へ移り流通専業から自前の製造機能を抱える 委託生産に依存した流通モデルの限界を、製造機能の内製化と持株会社化によって組み替え、品質・コスト・納期を自社で制御できる事業構造へ移行する判断 発明した会社が、発明を捨てずに再構築するということ この判断の核心は、買収そのものよりも、成功した事業モデルのどこを残しどこを手放すかの見極めにあっただろう。カタログ通販という発明でミスミが握っていたのは、部品の仕様を標準化し、顧客の選択と待ち時間を圧縮する技術であった。その価値は保ったまま、標準化した情報を製造工程へ流し込む側の機能を自社に引き寄せた——つまり、委託先に預けていた\"作る\"を取り戻したことで、規格化のうまみを納期と原価の両面へ伝えられるようになった。外部から招かれた三枝匡社長が最初に7件の事業を畳んでみせたことと、この統合とは、同じ判断軸の裏表であったといえる。 垂直統合・内製化 持株会社化・グループ再編 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/2267/decisions/danone-alliance-2004/","t":"世界最大手の乳製品会社との連携と、16年後の資本関係の解消","c":"ヤクルト本社","y":2004,"col":"#DA1A32","s":"国内訪問販売の成熟と海外拡大の必要から、買い増しで筆頭株主となったダノンを戦略提携へ組み替え、欧州網・共同研究・合弁でグローバル化を進めた提携と、16年後の資本…","x":"2004 ヤクルト本社 ダノンとの戦略提携 世界最大手の乳製品会社との連携と、16年後の資本関係の解消 2004年3月にダノンとの戦略提携。招かれざる筆頭株主となった仏ダノンの約2割を、欧州販売網と共同研究へ組み替え 国内訪問販売の成熟と海外拡大の必要から、買い増しで筆頭株主となったダノンを戦略提携へ組み替え、欧州網・共同研究・合弁でグローバル化を進めた提携と、16年後の資本関係の解消 外資を筆頭株主に迎え、手放すということ この提携の出発点は、対等な相互選択というより、招かれざる買い増しへの応答に近かった。ダノンは2000年に交渉が決裂した後も株を持ち続け、2003年には一気に筆頭株主へと迫った。ヤクルトはその圧力を、自社株取得枠による防戦と、翌年の戦略提携契約という二つの手で受け止めた。買い増してくる相手を正式な提携先として迎え入れることは、経営権をめぐる緊張を管理下に置きつつ、欧州網や共同研究というグローバル化の資源を引き出す試みであったと思われる。敵対と協力のあいだで均衡を探り続けた提携という性格が、この16年には色濃くにじんでいる。 資本提携・政策保有 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/2292/decisions/murachiku-merger-2004/","t":"株式交換で全株を取り込んだうえでの、本体への吸収合併","c":"S Foods","y":2004,"col":"#E00010","s":"米国産牛肉の輸入停止で細った商材を、国産牛肉の仕入ルートを持つ同業を丸ごと取り込むことで補い、あわせて後継の経営者を迎えた","x":"2004 s foods ムラチクの完全子会社化 株式交換で全株を取り込んだうえでの、本体への吸収合併 2004年9月にムラチクの完全子会社化。エスフーズが株式交換で子会社とし、2005年3月に吸収合併、創業者の村上真之助氏が2006年に社長へ 米国産牛肉の輸入停止で細った商材を、国産牛肉の仕入ルートを持つ同業を丸ごと取り込むことで補い、あわせて後継の経営者を迎えた 株を渡すという買収手法が連れてきたもの 現金を使わずに株式を渡す買い方は、手元資金を守る代わりに、買い手の株主構成を組み替える。エスフーズが発行した6,075,185株は交換後の発行済株式総数のおよそ19%にあたり、ムラチク側の株主は交換の日からエスフーズの成績を自分の資産として見る立場になった。輸入牛肉が国境で止まった年に、国産牛肉の仕入ルートと販売網を会社ごと迎え入れ、そこにいた経営者まで一緒に受け入れた点で、商材の穴埋めと後継者の確保が一つの取引に重なっている。 合併・経営統合 隣接領域への展開 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/2384/decisions/yukijirushi-tokyu-uketsara-model-2004/","t":"大企業が切り出すノンコア物流子会社の引受先という成長モデルの確立","c":"SBSホールディングス","y":2004,"col":"#CA002C","s":"大企業が本業集中のために切り出す物流子会社を、ブランドと組織文化を残したまま財務・ガバナンスだけを統合する持株会社体制で一括して引き受け、引受先としての独自の地…","x":"2004 sbsホールディングス 雪印物流・東急ロジスティック買収 大企業が切り出すノンコア物流子会社の引受先という成長モデルの確立 2004年5月に雪印物流の株式取得。エスビーエスは翌2005年6月に東急ロジスティック・日本貨物急送・伊豆貨物急送をtobで一括取得 大企業が本業集中のために切り出す物流子会社を、ブランドと組織文化を残したまま財務・ガバナンスだけを統合する持株会社体制で一括して引き受け、引受先としての独自の地位を確立する買収戦略 20年反復される「受け皿」の型 この2004〜2005年の連続買収の核心は、前年12月期の経常利益がわずか7億円という規模の会社が、単年で160億円規模のtobに踏み切った点にある。バンテック買収の失敗という原体験を踏まえ、店頭登録と持株会社化で先に買収の体制を整えたうえで実行した買収であり、財務規律だけを見れば無謀にも映る賭けであったともいえる。しかし大企業が本業集中のために売却する物流子会社を一括して引き受ける買い手は、当時の物流業界にほとんど存在しなかった。売り手と買い手の利害がかみ合う隙間を見いだし、そこに参入した点にこの判断の独自性がある。 連続買収・ロールアップ pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/2768/decisions/loss-processing-2500oku-2004/","t":"総額2500億円に及ぶ一括処理と、手を付けてこなかった事業への切り込み","c":"双日","y":2004,"col":"#003A7C","s":"銀行主導の統合で発足した双日が、UFJの再編と格付け低下による資金繰り懸念のなかで総額2500億円規模の損失処理と同規模の増資を打ち出し、旧日商岩井の聖域だった…","x":"2004 双日 航空機ファイナンス損失処理 総額2500億円に及ぶ一括処理と、手を付けてこなかった事業への切り込み 2004年7月に2500億円の損失処理。不動産の含み損処理と低採算撤退を進め優先株で同規模の増資を伴う新再建計画 銀行主導の統合で発足した双日が、ufjの再編と格付け低下による資金繰り懸念のなかで総額2500億円規模の損失処理と同規模の増資を打ち出し、旧日商岩井の聖域だった航空機ファイナンスにまで縮小・撤退候補を拡大した財務危機下の再建 銀行に背を押された会社は、どこまで自ら事業を選べるか この判断の中心には、自らの意思ではなく銀行の都合によって統合し、その後始末を急がされた総合商社の苦しさがある。本来であれば、どの事業を残しどの事業から撤退するかを見定めてから損失を確定するのが筋であろう。しかし双日に与えられた順序は逆で、格付けと資金繰りに追われ、事業の選別を先送りしたまま総額だけを掲げる再建策の発表に追い込まれた。西村英俊社長が損失処理額を\"目算値\"と呼んだ言葉に、その順序の転倒がにじんでいるだろう。 経営再建・ターンアラウンド 資金調達・財務戦略 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/2819/decisions/jasdaq-listing-2004/","t":"店頭登録を経て取引所市場へ移った株式公開","c":"エバラ食品工業","y":2004,"col":"#D2161A","s":"過小資本と無借金で通してきた同族企業が、法人体制の整理を経て店頭登録から取引所上場へ進み、株式に市場価格を持たせた判断","x":"2004 エバラ食品工業 ジャスダックへ上場 店頭登録を経て取引所市場へ移った株式公開 2003年11月に日本証券業協会へ店頭登録。焼肉のたれで国内シェア6割の調味料メーカーが2004年12月にジャスダックへ移る 過小資本と無借金で通してきた同族企業が、法人体制の整理を経て店頭登録から取引所上場へ進み、株式に市場価格を持たせた判断 46年遅れて乗った評価軸 焼肉のたれという市場を自ら作り、無借金と過小資本で走り続けた会社が、創業46年でようやく取引所へ上がった。急いで公開しなかったこと自体は、資金を必要としない事業の性格をよく表している。誌面が伝える実兄の会社の顛末は、公開すれば会社が強くなるとは限らないという実例を創業者に見せていた。上場が選ばれたのは、成長のための資金が要る時ではなく、むしろ本業の伸びが緩み、事業の構成を整理する時期であった点に、この判断の特徴があるだろう。 上場・ipo・市場変更 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/3092/decisions/zozotown-launch-2004/","t":"セレクトショップ17店舗の統合と、受託販売モールへの転換","c":"ZOZO","y":2004,"col":"#333333","s":"別々に運営していたセレクトショップ17店舗を一つのショッピングサイトへ統合し、自社在庫を持つ買取型の販売に、テナントの商品を受託在庫として預かる受託販売を加えた…","x":"2004 zozo zozotownへ一本化 セレクトショップ17店舗の統合と、受託販売モールへの転換 2004年12月、セレクトショップ17店舗を統合してショッピングサイト「zozotown」の運営を開始。前沢友作社長は自社在庫を抱える買取型の売り場を畳み、在庫リスクを負わない受託販売のモールへ切り替えた 別々に運営していたセレクトショップ17店舗を一つのショッピングサイトへ統合し、自社在庫を持つ買取型の販売に、テナントの商品を受託在庫として預かる受託販売を加えた事業モデルの再設計 既存の売り場を畳んで得たもの この判断の核心は、財務の危機に迫られた再建ではなく、まだ伸びていた買取型の売り場を自らの手でいったん畳み、一つの受託販売モールへ集約した点にある。稼働していた17店舗を廃してzozotownへ統合することは、既存売上の一時的な毀損という危険を引き受ける選択であった。前沢友作社長は、目先の売上よりも、出店審査と見せ方の編集権を運営側が握るファッション特化型モールという事業の骨格を優先したとみられる。在庫を抱えて磨いた目利きを、受託販売モールの審査と世界観づくりへ移し替えた連続性に、この転換の特徴がうかがえる。 プラットフォーム・標準化 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3102/decisions/kanebo-accounting-fraud-ircj-2004/","t":"粉飾決算の発覚と、自主再建を断念して公的枠組みに委ねた選択","c":"鐘紡","y":2004,"col":"#333333","s":"「低稼働」と呼ぶ不適切な会計処理と押し込み販売の蓄積が629億円の債務超過として発覚し、花王への化粧品事業売却が土壇場で頓挫したため、産業再生機構の支援を仰ぐ以…","x":"2004 鐘紡 産業再生機構に支援要請 粉飾決算の発覚と、自主再建を断念して公的枠組みに委ねた選択 2004年3月に産業再生機構に支援要請。繊維の赤字を化粧品の利益で覆い続け、2003年9月に629億円の連結債務超過へ落ちる 「低稼働」と呼ぶ不適切な会計処理と押し込み販売の蓄積が629億円の債務超過として発覚し、花王への化粧品事業売却が土壇場で頓挫したため、産業再生機構の支援を仰ぐ以外に道が残らなかった 一本足経営の限界が問うたもの 鐘紡の産業再生機構入りは、繊維事業の慢性赤字を化粧品の利益で穴埋めし続けた多角化の帰結であり、資金繰りの限界というよりも、長年の会計処理の限界が露呈した経営判断だっただろう。帆足隆氏が1998年に\"大企業病の払拭\"を掲げながら、帆足体制でもなお繰延税金資産によるかさ上げが続いた事実は、一人の経営者の交代だけでは会社に染みついた会計慣習を断ち切れなかったことを物語る。花王への売却という民間による解決策が、労組の反発と経営陣の内部対立という内側の力学によって土壇場で崩れたことも、この会社が抱えていた統治の脆さを映し出している。 不祥事・信頼回復 経営破綻・法的整理 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/3132/decisions/network-spinoff-2004/","t":"ネットワーク事業の分社化による独立した運営体制の確立","c":"マクニカホールディングス","y":2004,"col":"#871D97","s":"半導体のシリコンサイクルに連動する収益構造から、性質の異なるネットワーク事業を法人ごと切り離し、独立した損益と人事で育てる","x":"2004 マクニカホールディングス マクニカネットワークス設立 ネットワーク事業の分社化による独立した運営体制の確立 2004年4月にマクニカネットワークス設立。社内カンパニーを切り出し、初代社長に中島潔氏を据えて本体と別の損益で回す 半導体のシリコンサイクルに連動する収益構造から、性質の異なるネットワーク事業を法人ごと切り離し、独立した損益と人事で育てる 別会社を与えるということ 2004年の分社が動かしたのは、事業の中身より測り方であったと思われる。半導体と同じ損益計算書に置かれているかぎり、売上1割強・利益は赤字という年もあるネットワーク事業は、半導体の増減に埋もれて評価の対象になりにくい。別法人にすれば、貸借対照表も人員計画も採用も、その事業の物差しで決めることができる。神山治貴社長が説明会で語った2005年3月期の目標がpldと通信用icの数字で埋まっていたことを思えば、本体の視線は半導体に向いていた。そうであればこそ、視線の外に置く場所を用意する意味があったといえる。 分社・スピンオフ・子会社上場 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/3769/decisions/gmo-group-rollup-2004/","t":"資本の傘を得たうえで進めた同業の決済代行2社の連続取得","c":"GMOペイメントゲートウェイ","y":2004,"col":"#005BAC","s":"資本の帰属をGMOグループへ移管すると同時に同業2社の加盟店基盤を吸収し、上場に耐える事業規模を短期間で確保した判断","x":"2004 gmoペイメントゲートウェイ gmoグループ傘下入り 資本の傘を得たうえで進めた同業の決済代行2社の連続取得 2004年9月にgmoグループ傘下入り。4年で3度替わった親会社の下、9月と11月に同業2社の決済事業を続けて譲り受け 資本の帰属をgmoグループへ移管すると同時に同業2社の加盟店基盤を吸収し、上場に耐える事業規模を短期間で確保した判断 資本が先に動き、統合すべき相手がそこにいた 一連の動きで実際に動いた金額は大きくない。ペイメント・ワンの営業譲受価額は275百万円で、当時の年間連結売上高13億円に照らしても手が届く水準であった。効いたのはむしろ順番である。親会社が入れ替わる過程でccsホールディングという受け皿ができ、その受け皿ごとgmoグループへ渡り、渡った先には同種の決済子会社が既にあった。買収の相手を探し歩いた結果というより、資本の移動が先にあって、統合すべき相手がそこに用意されていた。 連続買収・ロールアップ 持株会社化・グループ再編 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/4005/decisions/sumitomo-chemical-rabigh-2004/","t":"サウジ・アラムコとの折半出資による石油精製と石油化学の一体運営","c":"住友化学","y":2004,"col":"#ED1A29","s":"原油高が続くなかで原料コストを制するため、産油国サウジの国営石油会社と折半合弁を組み、原料立地に石油精製・石油化学の一貫拠点を築く海外石化戦略","x":"2004 住友化学 「ラービグ」への進出 サウジ・アラムコとの折半出資による石油精製と石油化学の一体運営 2004年5月にサウジ・アラムコと合弁調印。米倉弘昌社長が紅海岸ラービグに石油精製・石油化学の一貫コンプレックスを建設、総投資額43億ドル 原油高が続くなかで原料コストを制するため、産油国サウジの国営石油会社と折半合弁を組み、原料立地に石油精製・石油化学の一貫拠点を築く海外石化戦略 正しそうな戦略という陥穽 ラービグの判断は、要素だけを取り出せばどれも理にかなっていた。原料高が続くなかで、産油国に立地し公定価格のエタンを握れば、ナフサ依存の日本勢に対して圧倒的なコスト差が生まれる。相手は世界最強とうたわれた国営石油会社で、選ばれたのはシンガポールで実績を積んだ住友化学であった。三井化学との統合が破談した焦りのなかで、単独で世界に伍する道筋がこの一手に凝縮されていたことも確かである。当時これを\"大逆転\"と持ち上げた同時代の評価は、決して的外れではなかったと推察される。 海外進出・現地生産 垂直統合・内製化 資本提携・政策保有 中東"},{"k":"decision","u":"/tse/4523/decisions/eisai-europe-holding-2004/","t":"拡大EUへの自社販売網の展開と、欧州内の資金を集約する持株会社機能を併せ持つ英国拠点の創設","c":"エーザイ","y":2004,"col":"#D6007F","s":"英独仏の販売子会社が黒字に届いた段階で、欧州を国別ではなく一つの地域として統括する会社を英国に置き、持株会社として域内の資金も集約した。販売網の拡張とハットフィ…","x":"2004 エーザイ 欧州統括会社eisai europeの設立 拡大euへの自社販売網の展開と、欧州内の資金を集約する持株会社機能を併せ持つ英国拠点の創設 2004年10月に英国で欧州統括・持株会社eisai europe ltd.を設立。各国の販売子会社を統括し、2026年10月には同社から150百万ポンドの配当を受け取る 英独仏の販売子会社が黒字に届いた段階で、欧州を国別ではなく一つの地域として統括する会社を英国に置き、持株会社として域内の資金も集約した。販売網の拡張とハットフィールドの拠点はこの統括会社のもとで進んだ 持株会社に溜めた欧州の稼ぎ この決断は、販売子会社を一つ増やした話ではなく、欧州を国の寄せ集めから一つの事業単位へ置き直した判断だったと思われる。英独仏の3社が黒字に届いたのが2001年3月期で、統括会社はその3年半後に置かれた。持株会社の機能を持たせたのは、各国の利益を英国に集め、次の国への進出や拠点の建設に回すためだろう。ハットフィールドの約150億円の拠点も、この器があって初めて欧州の資金で組めたとみられる。 グローバル経営体制 海外進出・現地生産 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/4751/decisions/ameba-blog-2004/","t":"ブログサービスの立ち上げによるメディア事業への参入","c":"サイバーエージェント","y":2004,"col":"#82be28","s":"労働集約な広告代理から、赤字を許容してでも自社メディアを保有するモデルへ、事業の性格を組み替えた判断","x":"2004 サイバーエージェント アメーバブログ開始 ブログサービスの立ち上げによるメディア事業への参入 2004年9月にアメーバブログ開始。翌年には藤田晋社長が自ら事業本部を率い、赤字を許容しながら広告代理からメディア保有へ進んだ 労働集約な広告代理から、赤字を許容してでも自社メディアを保有するモデルへ、事業の性格を組み替えた判断 「持つ」側に回ったことの意味 この決断の核心は、稼ぎ方の構造そのものを変えた点にある。広告代理は他社の広告枠や自社の営業力を売る商売で、成長は人員の増加とほぼ比例する。これに対しアメーバは、自ら媒体を持ち、集めたページビューを広告在庫として売る。人を増やさずとも読者が増えれば収益が伸びる構造へ移ることは、赤字の先行投資を数年抱える覚悟と引き換えに、レバレッジの効く事業を手にすることを意味した。藤田晋社長が経営トップでありながら一事業を直轄したのは、この転換を本気で成し遂げるための布石だった。 収益モデル転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4753/decisions/hundred-for-one-split-2004/","t":"投資事業組合を用いた自社株売却益の営業利益計上","c":"ライブドア","y":2004,"col":"#DD0313","s":"自社株を対価とする買収を続けるために株価を高く保つ必要があり、分割で需給を逼迫させ、投資事業組合を挟んで売却益を営業利益へ計上した判断","x":"2004 ライブドア 株式100分割の実施 投資事業組合を用いた自社株売却益の営業利益計上 2004年2月に株式100分割の実施。株式交換で得た株を投資事業組合経由で売却して営業利益に載せ、東京地裁は脱法目的と認定した 自社株を対価とする買収を続けるために株価を高く保つ必要があり、分割で需給を逼迫させ、投資事業組合を挟んで売却益を営業利益へ計上した判断 株価を作る作業が事業の中身になった 自社株を対価にして企業を買い、買った会社の株価を分割によって押し上げ、その売却益を営業利益に計上する——この循環は、株価の上昇が止まらない限り回り続ける。宮内亮治氏は逮捕の11日前の取材で、利益は特別利益より経常利益のほうが良く、浮動株は少ないほど株価は上昇しやすいと、悪びれることなく語っていた。株価を作り上げること自体が、事業の実体になっていたとみられる。 不祥事・信頼回復 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/4755/decisions/aozora-card-2004/","t":"カード会社の取得による個人金融事業への参入と、後の自社ブランド化","c":"楽天グループ","y":2004,"col":"#BF0000","s":"モール・旅行・証券に続く決済と個人与信を外部提携に委ねず自前で持つため、赤字のカードローン会社を74億円で取得し、後の楽天カードにつながる会社を確保した判断","x":"2004 楽天グループ あおぞらカード買収 カード会社の取得による個人金融事業への参入と、後の自社ブランド化 2004年8月にあおぞらカード買収。あおぞら銀行とオリックスから全株式を74億円で譲り受けた。同社がのちの楽天カードとなる モール・旅行・証券に続く決済と個人与信を外部提携に委ねず自前で持つため、赤字のカードローン会社を74億円で取得し、後の楽天カードにつながる会社を確保した判断 74億円の買収が残した法人格 74億円という金額は、旅の窓口の323億円やdlj証券の331億円と比べれば小さく、発表当時の扱いも連続買収の一つに過ぎなかった。だが法人格の系譜をたどると、この小さな買収の重みが浮かび上がる。クレジットカードの本流は翌年の国内信販買収が担ったものの、貸金業法の規制強化で信販由来の法人格を譲渡する2011年の再編では、あおぞらカード由来の会社にカード事業が移された。買収の主目的だったカードローンではなく、取得した法人格そのものが後年に効いた点に、この判断の妙があるといえる。 隣接領域への展開 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/4755/decisions/economic-zone-ma-2004/","t":"宿泊予約からDLJ証券にまで及んだ連続買収と、三領域にまたがる事業圏づくり","c":"楽天グループ","y":2004,"col":"#BF0000","s":"モール単体への依存から脱するため、運営に深入りしない買収で旅行・証券・カードを取り込み、ショッピング・旅行・金融の三領域を会員基盤で統合した判断","x":"2004 楽天グループ 旅の窓口買収で経済圏構築 宿泊予約からdlj証券にまで及んだ連続買収と、三領域にまたがる事業圏づくり 2003年11月に旅の窓口買収で経済圏構築。マイトリップ・ネットに続きdljディレクトsfg証券も取り込み、旅行と証券を並べた モール単体への依存から脱するため、運営に深入りしない買収で旅行・証券・カードを取り込み、ショッピング・旅行・金融の三領域を会員基盤で統合した判断 「場所貸し」と「金融」で収益を上げる設計 この決断の核心は、モール単体への依存から抜け出すために、みずから運営に深入りしない買収で複数の事業を統合した点にある。旅行も証券もカードも物流や在庫を伴わず、楽天は集客と会員基盤を握ったうえで手数料や取扱高を得る。同じネット通販でも、物流に巨額を投じて直販で攻めたアマゾンとは対照的に、楽天は場所貸しと金融を収益源とする方針を選んだ。三木谷浩史会長兼社長の言う\"ノータッチモデル\"は、在庫リスクを負わずに事業の幅を一気に広げるための選択だった。 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/4755/decisions/rakuten-eagles-2004/","t":"球界再編の渦中に踏み切ったプロ野球への新規参入と球団の保有","c":"楽天グループ","y":2004,"col":"#BF0000","s":"球界再編で開いた50年ぶりの参入機会を捉え、赤字必至とされた球団経営を全国的な知名度とブランドへの投資と位置づけて、公募増資で得た資金を球団設立に振り向けた判断","x":"2004 楽天グループ 楽天イーグルス設立 球界再編の渦中に踏み切ったプロ野球への新規参入と球団の保有 2004年9月に楽天イーグルス設立。仙台市を本拠地とする新球団を申請し、11月2日のオーナー会議で50年ぶりの新規参入が認められた 球界再編で開いた50年ぶりの参入機会を捉え、赤字必至とされた球団経営を全国的な知名度とブランドへの投資と位置づけて、公募増資で得た資金を球団設立に振り向けた判断 球団という広告資産 この判断の核心は、年30億円規模の赤字が常識とされた球団経営を、テレビcmに代わる広告宣伝の資産と捉え直した点にあると思われる。毎日の野球ニュースで社名が流れ、順位が上がるほど露出が増える。参入の決め手が収益力の差であったことは、この投資が財務の余力に裏打ちされていたことを示しており、実際に球団は低予算運営で初年度から単体黒字を確保した。宣伝効果を得ながら球団自体も赤字にしないという設計は、赤字を親会社の広告費で穴埋めしてきた球界の慣行とは異質のものであった。 飛び地・非関連多角化 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/4901/decisions/daini-sogyo-2004/","t":"本業の消失を前提に据えた構造改革と、事業の組み替え","c":"富士フイルム","y":2004,"col":"#ED1C24","s":"利益の源泉であった写真フィルムが2000年以降に構造的に消失するなか、保有技術を成長分野へ配り直し、イメージング事業で約5,000人を削減する痛みを伴う構造改革…","x":"2004 富士フイルム 「vision75」で第二の創業 本業の消失を前提に据えた構造改革と、事業の組み替え 2004年2月にvision75で第二の創業。古森重隆社長が創立75周年の2009年度を目標年に据え、急減する写真フィルムから成長分野へ資源を振り向けた 利益の源泉であった写真フィルムが2000年以降に構造的に消失するなか、保有技術を成長分野へ配り直し、イメージング事業で約5,000人を削減する痛みを伴う構造改革を断行して本業消失を生き延びた判断 何を残し、何を捨てるか この判断の核心は、財務の危機ではなく、利益の源泉であった本業そのものの消失に、成功体験の当事者がみずから手を入れた点にある。写真フィルムで世界2位を築いた富士写真フイルムにとって、祖業の縮小を認め、5,000人規模の削減に着手することは、過去の成功を否定する選択でもあった。古森重隆氏は、消えゆく写真フィルムの技術を捨てる資産ではなく転用できる資産としてとらえ直し、液晶材料やヘルスケアへ配り直した。守るものと捨てるものを選り分けた点に、この構造改革の性格がうかがえる。 祖業・主力事業の転換 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6395/decisions/recall-2004/","t":"死亡事故を受けた15,278台の届出と、CSR憲章の制定","c":"タダノ","y":2004,"col":"#004295","s":"自社製クレーンによる死亡事故と、欠陥の把握が遅れたとする国土交通省の判断を受け、20年前に販売した機体まで遡って回収・改修する判断","x":"2004 タダノ ラフテレーンクレーンのリコール 死亡事故を受けた15,278台の届出と、csr憲章の制定 2004年12月にラフテレーンクレーンのリコール。岡山県の国道での死亡事故を受け8型式16機種15,278台を届け出た同社最大の規模 自社製クレーンによる死亡事故と、欠陥の把握が遅れたとする国土交通省の判断を受け、20年前に販売した機体まで遡って回収・改修する判断 知ってから届け出るまでの時間 国土交通省が問題にしたのは、欠陥があったことではなく、それを把握しながら看過してリコール対応が遅れた点であった。機械に不具合が出ること自体は、どのメーカーにも起こりうる。1972年に日本で最初の過負荷防止装置を作り、危険な操作を機械の側で止める思想を売ってきた会社が、自社の装置の誤作動を知りながら届出を先延ばしにした——その落差が、15,278台という数字より重かったと思われる。事故で亡くなったのは、機械を買った人でも操作した人でもなく、国道を走っていた33歳の女性であった。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/6460/decisions/sega-integration-2004/","t":"株式取得にとどまらない共同持株会社の設立と両社の一体化","c":"セガサミーホールディングス","y":2004,"col":"#0082CA","s":"遊技機で獲得した資金をゲーム・施設事業の開発投資へ振り向けるため、合併の破談後に資本を先に押さえてから統合へ持ち込んだ判断","x":"2004 セガサミーホールディングス サミーによるセガの株式取得 株式取得にとどまらない共同持株会社の設立と両社の一体化 2003年12月にサミーがセガ株を取得。筆頭株主cskから22.4%を約453億円で取得し、2004年10月の共同株式移転で持株会社が発足 遊技機で獲得した資金をゲーム・施設事業の開発投資へ振り向けるため、合併の破談後に資本を先に押さえてから統合へ持ち込んだ判断 断られた側が、断った側を迎えに行く 2003年2月の合併交渉と2004年5月の統合発表は、同じ二社が同じ相手と組む話でありながら、進め方がまるで違っていた。最初の交渉は筆頭株主のcskとサミーの間で決まり、セガの現場には決定として降りてきた。二度目は、里見治氏が453億円で議決権を握ったうえで、なお開発担当者と一人ずつ会って社名とブランドを残すと約束するところから始まった。資本の力だけを見れば後者の説得は必要なかったはずで、22.4%を押さえた側が頭を下げに行った点に、この統合の性格が表れている。 合併・経営統合 破談・撤回 持株会社化・グループ再編 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/6471/decisions/committee-governance-shift-2004/","t":"2期連続の最終赤字を受けた、経営の監督と執行を分離する統治機構への移行","c":"日本精工","y":2004,"col":"#DC0121","s":"IT不況による2期連続の最終赤字と大規模な人員削減のなかで、執行と監督を分離し、役員の指名と報酬の決定を社外取締役の加わる委員会へ移管するため、商法改正で認めら…","x":"2004 日本精工 委員会等設置会社へ移行 2期連続の最終赤字を受けた、経営の監督と執行を分離する統治機構への移行 2004年4月に委員会等設置会社へ移行。2002年3月期の176億円と翌期26億円の損失に続き、指名・監査・報酬の3委員会を設置した it不況による2期連続の最終赤字と大規模な人員削減のなかで、執行と監督を分離し、役員の指名と報酬の決定を社外取締役の加わる委員会へ移管するため、商法改正で認められた委員会等設置会社へ移行した機関設計の変更 赤字の後に権限を委ねるということ 2期で200億円を超える最終損失を計上した会社が、次に選んだのは役員の指名と報酬を社外の委員会へ渡すことであった。任意の報酬委員会を条件として就任した伊藤建彦氏が、最終赤字の期に取締役の賞与を規定どおり支払わせた一件は、社外に渡した権限が飾りではなかったことを示している。赤字で発言力が低下した経営陣にとって、外から来た監督を受け入れることは、失った信用を制度の形で埋め直す手立てでもあっただろう。 機関設計・取締役会改革 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6472/decisions/it-bubble-revival-2004/","t":"部門間の壁の打破を掲げた全社運動による収益力の立て直し","c":"NTN","y":2004,"col":"#009CE5","s":"ITバブル崩壊後の業績低迷と重い人件費を、聖域の人員削減と縦割り組織の再編によって克服し、過去最高益への復活を果たした構造改革","x":"2004 ntn 「np21」で最高益に復活 部門間の壁の打破を掲げた全社運動による収益力の立て直し 2002年に経営計画np21を掲げる。前社長の急逝で登板した鈴木泰信社長が聖域の人員削減と縦割り組織の再編で2004年3月期に過去最高益 itバブル崩壊後の業績低迷と重い人件費を、聖域の人員削減と縦割り組織の再編によって克服し、過去最高益への復活を果たした構造改革 極限の危機が壊した壁 この経営判断の核心は、前社長の急逝と自身の余命への向き合いという極限のなかで、業績低迷の原因を景気でなく社内の壁に定め、聖域とされた人員削減と縦割り組織の再編を同時に断行した点にある。銀行・事務系が社長を承継してきた会社で、生産畑の傍流であった鈴木泰信氏が、既存の力学に縛られず改革を進めた。歴代が手をつけられなかった希望退職に切り込みながら、等速ジョイント世界一という攻めの目標で組織の向きを一つに揃えたことに、この復活の性格がうかがえる。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6532/decisions/partner-commission-model-2004/","t":"発案者が自ら事業を立ち上げる社内独立の風土の醸成と、事業構造の転換","c":"ベイカレント","y":2004,"col":"#0C27F4","s":"SIerからコンサルティング会社へ転じるため、自由裁量と社内起業の風土で外部の営業力ある人材を引き込み、商号変更で上流志向を対外的に掲げた業態転換","x":"2004 ベイカレント sierから上流コンサルへ転換 発案者が自ら事業を立ち上げる社内独立の風土の醸成と、事業構造の転換 2006年12月にピーシーワークスから商号を変更して上流へ転じた。独立系sierが発案者自らプロジェクトを立ち上げる裁量で起業志向の人材を獲得した sierからコンサルティング会社へ転じるため、自由裁量と社内起業の風土で外部の営業力ある人材を引き込み、商号変更で上流志向を対外的に掲げた業態転換 人が辞めて増える会社 この判断の面白さは、sierからコンサルへの転換という目的に対し、選ばれた手段が組織図でも買収でもなく、風土であった点にある。発案した者に事業を立ち上げさせ、起業を志す人材をあえて集める。囲い込みを前提にした日本企業の人事とは逆向きの設計で、辞める自由を掲げることが、優秀な人材を引き込む最大の誘因になっていた。2007年の広報記事と2025年の経済誌が同じ現象——巣立つ社員——を書いている符合は、この風土が一貫して会社の中核であり続けたことを示している。 祖業・主力事業の転換 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/6674/decisions/nippon-denchi-yuasa-merger-2004/","t":"株式移転による経営統合と、高槻事業所の閉鎖・希望退職を伴う減産","c":"GSユアサ","y":2004,"col":"#007851","s":"需要が伸びず価格下落が続く国内鉛蓄電池市場で、同規模の二社が生産能力を抱えたまま並ぶ余地が失われたため、株式移転で共同持株会社を設立し、工場閉鎖と希望退職で減産…","x":"2004 gsユアサ 日本電池・ユアサ統合 株式移転による経営統合と、高槻事業所の閉鎖・希望退職を伴う減産 2003年7月に日本電池・ユアサ統合。1917年と1918年に興った国内二強が、2004年4月の株式移転でジーエス・ユアサへ 需要が伸びず価格下落が続く国内鉛蓄電池市場で、同規模の二社が生産能力を抱えたまま並ぶ余地が失われたため、株式移転で共同持株会社を設立し、工場閉鎖と希望退職で減産に着手した経営統合 畳むための持株会社 持株会社ができて最初に実行されたのは、高槻事業所の閉鎖と600人規模の希望退職であった。四輪車用の需要がほぼ横ばいで価格も下がる市場で、統合後の国内シェアは補修用で約40%、二輪車用新車では約85%に達している。両社が株式移転という対等の形式を選んだのは、どちらが吸収されるかを先に決めずに生産能力の削減へ進める形式が要ったからだと推察される。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6728/decisions/listing-capacity-investment-2004/","t":"東証一部上場で調達した資本を半導体・FPD製造装置の生産能力へ積み増した資本政策","c":"アルバック","y":2004,"col":"#007BD0","s":"アジアの液晶・半導体設備投資の拡大に応じるため、上場と公募増資で得た資本を工場新設・事業譲受・海外生産拠点へ配分し、生産能力を先行して積み増した資本政策","x":"2004 アルバック 東証一部上場で資金調達 東証一部上場で調達した資本を半導体・fpd製造装置の生産能力へ積み増した資本政策 2004年4月に東証一部上場へあわせ500万株を公募した。同年12月にも400万株を発行し、4回の新株発行で資本金と資本準備金が214億円増えた アジアの液晶・半導体設備投資の拡大に応じるため、上場と公募増資で得た資本を工場新設・事業譲受・海外生産拠点へ配分し、生産能力を先行して積み増した資本政策 214億円を、振れの大きい産業に預ける 2004年に決まったのは資金の集め方ではなく、集めた資金をどの産業の設備投資の周期に預けるかであった。4回の新株発行で得た214億円あまりは手元にも配当にも回らず、富士通ヴィエルエスアイから譲り受けたfpd設備事業、台湾の組立会社、春日井の愛知工場へ姿を変える。装置の受注は組立場所と人の数に上限を規定される以上、能力を先に持つ判断には理屈があった。分かれ目は、誰の設備投資に合わせて積んだかにあったと思われる。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略 大型設備投資 中国・香港 台湾"},{"k":"decision","u":"/tse/6753/decisions/lcd-kameyama-2004/","t":"材料から完成品までを一つの拠点で生産する液晶一貫生産への賭け","c":"シャープ","y":2004,"col":"#EC3F47","s":"電卓で培った液晶技術を薄型テレビの主導権へ転じるため、パネルからテレビまでを一つの工場へ集約する一貫生産へ投じ、製造ノウハウの囲い込みで韓国・台湾勢の追随を遅ら…","x":"2004 シャープ 亀山モデルへ集中投資 材料から完成品までを一つの拠点で生産する液晶一貫生産への賭け 2004年1月、三重県亀山市に液晶パネルからテレビ組み立てまでを一つの敷地で行う工場を建設した。2006年5月には世界で初めて第8世代マザーガラスを採用した第二工場を同じ敷地に建て、亀山工場の帳簿価額は2007年3月末で268,929百万円に達した。 電卓で培った液晶技術を薄型テレビの主導権へ転じるため、パネルからテレビまでを一つの工場へ集約する一貫生産へ投じ、製造ノウハウの囲い込みで韓国・台湾勢の追随を遅らせようとした集中投資 独自デバイスへの集中は、どこまで許されるか この判断の核心は、電卓以来の液晶の蓄積を、パネルと完成品を同じ敷地に置くという工場の形へ賭けた点にある。パネルだけを外へ売れば製造の条件は買い手に伝わるが、テレビまで自社で組めばその手の内は工場の外へ出ない。外から真似されにくい強みは、こうして設備の配置そのものから生まれた。市場が薄型へ動く勃興期と重なったことで亀山モデルは当たり、連結売上高は2004年3月期の2兆2,572億円から2008年3月期の3兆4,177億円まで伸びた。ここまでを見れば、独自技術への集中投資が競争優位へまっすぐ結びついた成功例に映る。 大型設備投資 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/6773/decisions/pdp-price-crisis-2004/","t":"規模拡大への賭けと、それと重なったデジタル家電の価格急落","c":"パイオニア","y":2004,"col":"#BE274D","s":"生産能力で先行するライバルに対抗するためNECのプラズマ事業を約400億円で買収し累計投資1,000億円超の大勝負に出た直後、デジタル家電の価格急落に見舞われて…","x":"2004 パイオニア necのプラズマ事業買収 規模拡大への賭けと、それと重なったデジタル家電の価格急落 2004年2月にnecのプラズマ事業を買収。約400億円を投じてパネル生産能力を一気に4倍へ引き上げる社運の大勝負 生産能力で先行するライバルに対抗するためnecのプラズマ事業を約400億円で買収し累計投資1,000億円超の大勝負に出た直後、デジタル家電の価格急落に見舞われて赤字へ転落した装置産業への集中投資 市場を創る力と、育てきれないもろさ この投資判断の核心は、市場を先駆けて創ることに長けた会社が、それを継続的な収益へ育てる力を欠いたまま、装置産業という後戻りの効かない領域へ社運を懸けた点にある。パイオニアはレーザーディスクでも記録型dvdでもプラズマでも、いち早く市場を開拓した。だが記録型dvdが大手に押されて短期間でシェアを落としたように、先駆の優位を利益へ変え続けることは難しかった。慎重居士が慎重さを捨てた大勝負は、価格急落という市場の力の前で、そのもろさを最も重い形で露わにしたと推察される。 大型設備投資 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/7211/decisions/mitsubishi-group-rescue-2004/","t":"三菱グループ各社の支援を軸とした自主再建体制への移行","c":"三菱自動車","y":2004,"col":"#EC0100","s":"筆頭株主ダイムラーの支援打ち切りで資金繰りに窮した三菱自動車が、三菱グループ3社とファンドを引受先とする優先株増資と工場閉鎖・人員削減を組み合わせ、自主再建へ切…","x":"2004 三菱自動車 ダイムラー撤退後の自主再建 三菱グループ各社の支援を軸とした自主再建体制への移行 2004年5月に岡崎工場の閉鎖を含む自主再建計画を発表。7600人の人員削減を掲げ三菱重工業・三菱商事・東京三菱銀行が支える 筆頭株主ダイムラーの支援打ち切りで資金繰りに窮した三菱自動車が、三菱グループ3社とファンドを引受先とする優先株増資と工場閉鎖・人員削減を組み合わせ、自主再建へ切り替えた財務再建判断 面子を守り、負担を株主へ回す この再建策は、外資に委ねた経営を国内資本の手に取り戻すという一点では筋が通っていた。ただし三菱グループは債権放棄という直接の血を流すことを避け、優先株と債務株式化で自らの損益を守りながら、転換価格の下方修正という仕掛けを通じて一般株主に負担を回した。名門財閥の面子を保つ資金調達が、再建の初手で資本市場の信頼を削ったことは、後年まで尾を引いた論点だと思われる。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/7956/decisions/nursery-entry-exit-2004/","t":"院内託児の一括請負による新規事業の柱づくりと、14年後の撤退","c":"ピジョン","y":2004,"col":"#E65550","s":"出生数の減少で縮む国内育児用品市場に対し、同じ顧客を抱える保育・託児サービスへ事業を多角化し、独立行政法人化で民間に開かれた院内保育の運営を一括で引き受けた判断","x":"2004 ピジョン 国立病院機構の保育受託 院内託児の一括請負による新規事業の柱づくりと、14年後の撤退 2004年4月にピジョンが国立病院機構の院内保育を一括受託。保育士600人余りを転籍で引き受け、2018年3月の契約満了まで続けた 出生数の減少で縮む国内育児用品市場に対し、同じ顧客を抱える保育・託児サービスへ事業を多角化し、独立行政法人化で民間に開かれた院内保育の運営を一括で引き受けた判断 安く請け負えたからこそ成り立った事業 100を超える院内保育施設と、そこで働いていた600人余りの保育士を、ピジョンは一度に引き受けた。出生数が減り続ける以上、赤ちゃんという同じ顧客を商品以外の形で抱える先を探した判断そのものは、当時の条件では理にかなっていたと思われる。誤算は保育の需要を読み違えたことではなく、この事業の採算が働き手の賃金でしか作れない構造にあった。委託法人が3年ごとの公募で入れ替わる仕組みのもとでは、人に投じた費用を回収する時間が最初から与えられていなかった。 隣接領域への展開 事業売却・撤退 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/8113/decisions/second-founding-org-reform-2004/","t":"「脱・指示待ち」を掲げ、第2の創業と位置づけた組織改革","c":"ユニ・チャーム","y":2004,"col":"#184890","s":"カリスマ創業者からの承継を機に、意思決定の集中と指示待ち体質を改め、会議体を通じて権限と情報を現場へ開く組織改革","x":"2004 ユニ・チャーム saps経営会議の導入 「脱・指示待ち」を掲げ、第2の創業と位置づけた組織改革 2003年にsaps経営会議を導入。2001年に社長へ就任した高原豪久が指示待ちの体質を改め、第2の創業と呼ばれる改革で現場へ権限を委ねた カリスマ創業者からの承継を機に、意思決定の集中と指示待ち体質を改め、会議体を通じて権限と情報を現場へ開く組織改革 カリスマの後に仕組みを構築するということ この改革が向き合ったのは、強い創業者の後をどう継ぐかという普遍的な難題であった。カリスマの号令で動いてきた組織は、その号令が消えたとき指示待ちに陥りやすい。高原豪久社長がsaps経営会議で試みたのは、個人の求心力を、現場の顔が見える定例の仕組みへ置き換えることであった。全員が反省と目標を差し出し、社長も一参加者として同じ場に立つ——属人性を薄め、判断と情報を分散させる装置として読むことができる。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8253/decisions/independence-from-mizuho-2004/","t":"大手銀行の傘下に入らず、業務面の連携にとどめた独立路線の堅持","c":"クレディセゾン","y":2004,"col":"#004890","s":"業界がメガバンク系列へ再編されるなか、みずほとの提携を資本非関与に留め、連結子会社化の打診も固辞して独立系カード会社の路線を堅持した戦略判断","x":"2004 クレディセゾン みずほと資本非関与提携 大手銀行の傘下に入らず、業務面の連携にとどめた独立路線の堅持 2004年8月にみずほとカード分野で業務提携。クレディセゾンは資本関係を含めず、林野宏社長は後年の連結子会社化の打診も断る 業界がメガバンク系列へ再編されるなか、みずほとの提携を資本非関与に留め、連結子会社化の打診も固辞して独立系カード会社の路線を堅持した戦略判断 資本を持たず、相手を選ぶ自由を残す クレディセゾンの独立は、資本を持たないことの弱さと引き換えに、提携相手を選ぶ自由を手元に残す選択であったといえる。みずほとの15年は、盟友と呼ばれながら会議ばかりで結論が出ないという不満も残したが、傘下に入っていれば得られなかった機動力を守った側面がうかがえる。量を追わず富裕層の質を磨く戦い方も、資本の論理に縛られない独立ゆえに選べたと思われる。 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/8253/decisions/takashimaya-card-alliance-2004/","t":"系列の枠を越えて百貨店と組み、特定の資本系列に偏らない提携方針への転換","c":"クレディセゾン","y":2004,"col":"#004890","s":"系列を超えた等距離政策のもと、旧西武のライバルである髙島屋と組んで会員基盤とシェアを拡大し、業種・系列を超えたカード再編で中立の優位な座を固める判断","x":"2004 クレディセゾン 髙島屋とカード事業提携 系列の枠を越えて百貨店と組み、特定の資本系列に偏らない提携方針への転換 2004年に百貨店最大手との提携へ踏み切る。クレディセゾンが髙島屋クレジットの株式10%を取得し、髙島屋も同社株を持ち合う 系列を超えた等距離政策のもと、旧西武のライバルである髙島屋と組んで会員基盤とシェアを拡大し、業種・系列を超えたカード再編で中立の優位な座を固める判断 系列を捨てることで得た自由 この判断の核心は、出自であるセゾングループの記憶をむしろ制約とみなし、それを断ち切ることで交渉の自由を得た点にあるのだろう。緑屋として西武の傘下に入り、セゾングループのクレジット中核として育った会社が、旧西武のライバルである髙島屋と組む選択は、来歴からすれば逆説的である。だが林野宏社長にとって、系列は守るべき資産ではなく、規模の競争で優位に立つうえで捨てるべき制約であった。丸井、ローソン、りそな、そして髙島屋と、かつての対立相手を次々に提携先へ変えていく身のこなしに、系列を捨てることで動きの自由を得るという発想がうかがえる。 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8263/decisions/revival-agency-2004/","t":"自力での再建を断念し、公的な枠組みに委ねた経営の立て直し","c":"ダイエー","y":2004,"col":"#F08300","s":"二度の金融支援後も過剰債務と本業の不振が解消せず、民間ファンドによる自主再建を断念して産業再生機構の支援を受け入れた再建","x":"2004 ダイエー 産業再生機構の支援 自力での再建を断念し、公的な枠組みに委ねた経営の立て直し 2004年10月に産業再生機構の支援を受け入れ。ダイエーは民間ファンドによる自主再建を断念し、高木邦夫社長の案は退けられる 二度の金融支援後も過剰債務と本業の不振が解消せず、民間ファンドによる自主再建を断念して産業再生機構の支援を受け入れた再建 規模を追う経営が、規模を手放すまで この判断の核心は、危機そのものよりも、危機の主導権を誰が握るかという点にあったのだろう。高木邦夫氏が民間ファンドによる自主再建に執着したのは、単なる面子ではなく、同業の傘下で人材と士気が流出する事態を避けようとする経営判断でもあった。だが、二度の金融支援を受けてなお営業力を取り戻せなかった以上、主力銀行が三度目の損失負担に応じる論理は乏しく、正常債権への格上げを急ぐ銀行と、独立を守りたい経営との溝は埋めがたかったといえる。自主再建案を再生機構の腹案へ近づけていった過程は、選べる道が初めから狭かったことをうかがわせる。 経営再建・ターンアラウンド 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/8270/decisions/circlek-sunkus-integration-2004/","t":"2つのコンビニチェーンを1社にまとめる統合新会社の発足","c":"ユニー","y":2004,"col":"#C12B39","s":"上位3社に離された5位と6位が規模で追いつくため、資本提携から持株会社を経て合併へ進んだ統合。加盟店契約の統一を後回しにした順序が後年の離反を招いた","x":"2004 ユニー サークルkとサンクス統合 2つのコンビニチェーンを1社にまとめる統合新会社の発足 1998年11月にサンクスへ株式公開買付け。ユニーとサークルケイ・ジャパンが51%を400億円で取得し、2004年に合併 上位3社に離された5位と6位が規模で追いつくため、資本提携から持株会社を経て合併へ進んだ統合。加盟店契約の統一を後回しにした順序が後年の離反を招いた 統合の順序が、後から効いてきた 規模を確保するという目的だけを見れば、この統合は成立している。5位と6位を合わせて5,334店とし、3位ファミリーマートの5,685店に迫った。仕入と物流でスケールを取るという計算にも根拠があり、セブン-イレブンとの物流費率の2ポイント差は、放置すれば売るほど利益差が開く水準であった。両社の首脳が持株会社を選んだ判断も、加盟店オーナーという株主以外の当事者を抱えるフランチャイズビジネスでは現実的な選択だったといえる。 合併・経営統合 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8309/decisions/sumitomo-trust-ufj-2004/","t":"信託事業の統合による規模拡大構想と、2004年の破談","c":"三井住友トラストグループ","y":2004,"col":"#00763a","s":"経営難のUFJがより大規模な救済を選び、合意済みの相手を白紙撤回して三菱東京へ転じたことで破談","x":"2004 三井住友トラストグループ ufjと信託統合破談 信託事業の統合による規模拡大構想と、2004年の破談 2004年5月にufjと信託統合破談。信託・財産管理の協働事業化は約2か月でufjが白紙撤回し、三菱東京との統合へ転じる 経営難のufjがより大規模な救済を選び、合意済みの相手を白紙撤回して三菱東京へ転じたことで破談 基本合意書の拘束力という論点 この破談が残した最大の遺産は、m&aの基本合意書がもつ法的拘束力について、日本の最高裁が一定の指針を示した点にあると思われる。独占交渉義務や誠実協議義務は債務として認められうるものの、最終契約を締結する義務までは当然には含まれず、その違反による履行利益の賠償も容易には認められない。司法は合意の存在と効力を否定こそしなかったが、当事者を最終合意へと強制する道具にはならないことを明らかにした。基本合意の段階で何をどこまで縛るのか、違反時の違約金や差止めの可否をいかに明記するか——m&aの実務に重い教訓を残した事例といえる。 合併・経営統合 破談・撤回"},{"k":"decision","u":"/tse/8564/decisions/goldman-buyout-refusal-2004/","t":"米投資銀行からの一族保有株の取得提示を受け入れないという判断","c":"武富士","y":2004,"col":"#31328A","s":"創業者の有罪確定が貸金業登録の抹消事由となるため保有株の売却が迫られたが、提示価格の引き下げに応じず交渉を打ち切った判断","x":"2004 武富士 ゴールドマン・サックスの拒否 米投資銀行からの一族保有株の取得提示を受け入れないという判断 2004年秋にゴールドマンの株式取得提示を拒む。武井保雄前会長が一族保有株の売却交渉を決裂させ、提示価格は1万1500円から6500円以下へ 創業者の有罪確定が貸金業登録の抹消事由となるため保有株の売却が迫られたが、提示価格の引き下げに応じず交渉を打ち切った判断 値切りに応じないという判断の性格 1万1500円から6500円以下までの三度の値下げは、買い手が売り手の期限を握っていることを承知したうえでの交渉術であった。武井保雄前会長がこれを拒んだのは、経営者としてまっとうな反応であったのだろう。しかも一族の株は83%が担保に入っており、安値で売れば返済にも足りない恐れがあった。信託して議決権だけを放棄する案を並行して探っていたことからも、売らずに登録抹消を避ける道を最後まで探していたことがうかがえる。値段の問題として拒否したのであって、支配への執着だけで突っぱねたとは言い切れない。 敵対的・同意なき買収 創業家・同族 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8591/decisions/kintetsu-baseball-merger-2004/","t":"球団の数を一つ減らす統合と、そこから広がったプロ野球再編","c":"オリックス","y":2004,"col":"#003c80","s":"年間40億円の赤字を抱えた近鉄球団と、自社の赤字球団を統合し、パ・リーグ全体の赤字を圧縮しつつプロスポーツを事業として採算化する筋道を描いた再編判断","x":"2004 オリックス 近鉄バファローズとの統合 球団の数を一つ減らす統合と、そこから広がったプロ野球再編 2004年6月に経営難の大阪近鉄バファローズを吸収。オリックス・ブルーウェーブへの統合は史上初の選手会ストを招き、セ・パ二リーグ制は維持された 年間40億円の赤字を抱えた近鉄球団と、自社の赤字球団を統合し、パ・リーグ全体の赤字を圧縮しつつプロスポーツを事業として採算化する筋道を描いた再編判断 赤字の球団を採算で問い直す オリックスにとって球団統合は、本業のリース・金融とは離れた領域の判断であった。しかし赤字を垂れ流す事業をどう畳み、どう統合し直すかという問いは、後年に弥生や関西エアポートで見せた取得・整理・再設計の発想と通じるところがあると思われる。宣伝費という曖昧な名目でコストを正当化せず、事業として採算を問う発想が、球界という特殊な世界にも持ち込まれた。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8795/decisions/tandd-holdings-formation-2004/","t":"太陽生命・大同生命ほか生保3社の経営統合による持株会社体制への移行","c":"T&Dホールディングス","y":2004,"col":"#0033a0","s":"2004年4月1日、太陽生命・大同生命・T&Dフィナンシャル生命の3社が共同株式移転で株式会社T&Dホールディングスを設立し、東証・大証に上場した。生命保険を中…","x":"2004 t&dホールディングス t&dhdを設立 太陽生命・大同生命ほか生保3社の経営統合による持株会社体制への移行 2004年4月にt&dホールディングスを設立。太陽生命・大同生命・t&dフィナンシャル生命の共同株式移転で、生保を中核とする日本初の上場持株会社が誕生 2004年4月1日、太陽生命・大同生命・t&dフィナンシャル生命の3社が共同株式移転で株式会社t&dホールディングスを設立し、東証・大証に上場した。生命保険を中核とする日本初の上場持株会社が誕生した案件である。 連邦型統合の強みと弱み t&dホールディングスの発足は、合併という王道を採らずに規模を集約した統合の一例である。契約者を社員とする相互会社から株式会社へと会社形態を替え、共同株式移転で持株会社の傘下に3社を並べる設計は、企業市場の大同、家庭市場の太陽、銀行窓販のt&dフィナンシャルという、明治以来それぞれに築かれた販売基盤を壊さずに温存できる点に最大の利点があった。合併に伴う組織文化や人事、販売網の摩擦を回避できたことが、独自路線を歩んできた中堅生保どうしの合意形成を容易にしただろう。連邦型は、統合の入口の敷居を下げる枠組みだったといえる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/8801/decisions/asset-light-shift-2004/","t":"所有不動産に頼らない、開発と運営を担って収益を得る事業構造","c":"三井不動産","y":2004,"col":"#004097","s":"不動産を所有し続けることのバランスシート上のリスクを見直し、証券化・共同出資で自社資金を抑えつつ手数料とマネジメント収入で収益を上げるモデルへ、事業構造そのもの…","x":"2004 三井不動産 不動産保有から運用受託へ転換 所有不動産に頼らない、開発と運営を担って収益を得る事業構造 2004年に不動産事業モデルを入れ替えた。土地を先に取得して開発する従来型から、証券化と共同出資で手数料・マネジメント収入を獲得する形へ 不動産を所有し続けることのバランスシート上のリスクを見直し、証券化・共同出資で自社資金を抑えつつ手数料とマネジメント収入で収益を上げるモデルへ、事業構造そのものを組み替えた 「持てなかった」歴史が変身に変わるとき この転換を、単なる財務リストラの延長とみると読み違えることになる。持たざる経営は、バブルで受けた深い傷を手当てする策だった。同時にそれは、創業このかた\"持てなかった\"という来歴を、弱点ではなく武器として捉え直す試みでもあった。証券化と預かり資産という現代の道具を手にしたことで、埋め立てで土地をこしらえ、他社の資本を借りる技を磨いてきた歴史は、はじめて意図された戦略の形をとったのである。江戸英雄氏以来のパイオニア精神とは、持てなかったからこそ繰り返してきた挑戦の別名だったとも読める。 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9024/decisions/misrepresentation-delisting-2004/","t":"西武鉄道の有価証券報告書虚偽記載発覚と東証上場廃止","c":"西武ホールディングス","y":2004,"col":"#002F87","s":"コクドによる名義株を通じた株主構成の虚偽記載が約40年続き、発覚後に東京証券取引所が上場廃止を決定した不祥事","x":"2004 西武ホールディングス コクドの虚偽記載で上場廃止 西武鉄道の有価証券報告書虚偽記載発覚と東証上場廃止 2004年10月に有報の虚偽記載が発覚した。親会社コクドが約40年にわたり株主構成を偽り、東証は同年12月に西武鉄道株の上場廃止を決定 コクドによる名義株を通じた株主構成の虚偽記載が約40年続き、発覚後に東京証券取引所が上場廃止を決定した不祥事 同族支配の限界という問い この事件の核心は、単なる会計上の誤記ではなく、堤康次郎氏の代からおよそ40年にわたって温存されてきた名義株というブラックボックスが、株式市場の根幹に関わる上場基準を静かに侵し続けていた点にあるだろう。総会屋への利益供与という比較的小さな不祥事の捜査が、はるかに大きなコクドの資金構造という\"本丸\"を暴き出した経緯は、閉鎖的な同族支配がどれほど小さな綻びから崩れていくかを示している。 不祥事・信頼回復 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/9041/decisions/buffaloes-merger-2004/","t":"近鉄バファローズの消滅を受け入れた球団経営からの撤退","c":"近鉄グループホールディングス","y":2004,"col":"#C8102E","s":"パ・リーグ球団に共通する構造的な赤字に、親会社本体の財務悪化と沿線価値の希薄化が重なり、球団経営そのものからの撤退に至った","x":"2004 近鉄グループホールディングス オリックスとの球団合併 近鉄バファローズの消滅を受け入れた球団経営からの撤退 2004年6月にオリックスとの球団合併に合意し、11月にプロ野球事業を譲渡した。55年続いた球団経営から撤退し、レジャー・サービス業の営業損益は翌期に黒字へ転じた パ・リーグ球団に共通する構造的な赤字に、親会社本体の財務悪化と沿線価値の希薄化が重なり、球団経営そのものからの撤退に至った 撤退が転換の呼び水になった皮肉 この判断は球界再編の起点として語られることが多いが、近鉄の側から見れば、バブル期に広げた事業を畳んでいく一連の作業の一コマだったと思われる。総資産は2002年3月期からの3期で6,000億円近く縮み、鉄道以外の資産と子会社が次々に手放されていった。球団はその列の中にあった。宣伝装置としての価値を計り直した末の決断というより、切れるものから切っていく順番がついに球団まで回ってきたのだと考えるほうが、財務の動きには合う。 合併・経営統合 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/9069/decisions/fukuda-shacho-shunin-ma-honkakuka-2004/","t":"センコーの新社長が掲げた「陸運業界ビッグ5入り」宣言","c":"センコーグループホールディングス","y":2004,"col":"#00A33E","s":"新中期経営計画の始動と経営陣若返りを機に社長を交代し、新体制のもとで非物流事業の強化とM&Aによる事業領域拡大を志向する経営戦略へ転換した","x":"2004 センコーグループホールディングス 福田泰久氏が社長就任 センコーの新社長が掲げた「陸運業界ビッグ5入り」宣言 2004年6月に福田泰久氏がセンコー社長へ昇格した。陸運業界ビッグ5入りを掲げ、2007年に経営破綻したエーラインアマノの事業を譲り受けた 新中期経営計画の始動と経営陣若返りを機に社長を交代し、新体制のもとで非物流事業の強化とm&aによる事業領域拡大を志向する経営戦略へ転換した 破綻企業の救済という最初の一手が持つ意味 この判断の出発点にあったのは、就任時に語られた\"陸運業界ビッグ5入り\"という抽象的な目標であった。だが、それを最初に具体化した手段が新規事業の立ち上げでも大型買収でもなく、経営破綻した同業他社の事業を譲受して引き取ることであった点は、目を引く選択であったといえる。破産による清算ではなく事業譲受を選んだ判断には、住宅物流という手薄だった領域を埋める意図があったと思われる。 トップ交代・承継 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/9503/decisions/mihama-3-accident-2004/","t":"全原発停止に至った安全対策の見直しと、保守を担うサポート子会社の再編","c":"関西電力","y":2004,"col":"#E4002B","s":"電力自由化に伴うコスト圧縮のもとで検査と保守が関連会社に委ねられ形骸化した結果、死亡事故が発生。全原発停止とサポート子会社の再編で安全管理体制の立て直しを迫られ…","x":"2004 関西電力 美浜3号機の配管破損事故 全原発停止に至った安全対策の見直しと、保守を担うサポート子会社の再編 2004年8月に美浜3号機で2次系配管が破損。高温の2次冷却水を浴びた協力会社の作業員5名が死亡し、破損箇所は28年間点検から漏れていた 電力自由化に伴うコスト圧縮のもとで検査と保守が関連会社に委ねられ形骸化した結果、死亡事故が発生。全原発停止とサポート子会社の再編で安全管理体制の立て直しを迫られた 効率と安全のあいだで この事故の核心には、原発への依存度が最も高い会社が、自由化のもとで効率を追ううちに、検査という地味な仕事の意味を痩せさせていった過程がある。設備投資も修繕費も定期検査の期間も削られ、点検は関連会社に委ねられ、リストの漏れは28年間だれの目にも留まらなかった。関西電力は事故後に全原発を止め、サポート子会社を分野別に集約し直したが、組織図を描き替えることと、現場で異常を捉える力を取り戻すこととは、必ずしも同じではない。安全文化のほころびという総括は、体制の組み替えだけでは埋めきれない距離を指していただろう。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/9513/decisions/privatization-tse-listing-2004/","t":"52年ぶりに国の後ろ盾を手放し、市場の評価に身を置く体制への移行","c":"電源開発","y":2004,"col":"#E60020","s":"行政改革会議の特殊法人合理化方針で1997年に民営化が閣議決定され、2003年の電源開発促進法廃止を経て、2004年10月に東証一部へ上場。政府・9電力の保有株…","x":"2004 電源開発 東証一部上場で完全民営化 52年ぶりに国の後ろ盾を手放し、市場の評価に身を置く体制への移行 2004年10月に東証一部へ上場し完全民営化。政府と9電力会社の保有株を全量売却し、資金吸収額は3750億円でその年最大 行政改革会議の特殊法人合理化方針で1997年に民営化が閣議決定され、2003年の電源開発促進法廃止を経て、2004年10月に東証一部へ上場。政府・9電力の保有株を全量売却して完全民営化した。国策会社から自律経営の民間企業への転換で、人員削減と海外・新規事業への傾斜をともなった。 後ろ盾を失うということ この判断の核心は、規制と支援を同時に受けてきた国策会社が、その両方を手放して自らの判断だけで立つと決めた点にある。政府と9電力という確実な後ろ盾は、安定の源であると同時に、経営の自由を縛る枠でもあった。上場によって電源開発は3750億円を市場から得て、外国人を含む世界の投資家を株主に迎えたが、その代わりに、困っても政府に駆け込めない立場を引き受けた。中垣喜彦社長が繰り返した\"独立独歩\"という言葉には、支援がなくなる不安と、自分で決められる高揚とが同居していたとみられる。 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9744/decisions/dbm-acquisition-2004/","t":"不況期の新たな収益源を求めた企業買収による事業の上積み","c":"メイテックグループホールディングス","y":2004,"col":"#003F87","s":"派遣事業が縮小する不況期に収益を生む事業を取り込み、人員削減に頼らない景気耐性を事業構成でつくる多角化","x":"2004 メイテックグループホールディングス ドレーク・ビーム・モリン買収 不況期の新たな収益源を求めた企業買収による事業の上積み 2004年に再就職支援の事業を傘下へ収める。日本ドレーク・ビーム・モリンを取得し翌年に株式交換で完全子会社とし技術者派遣の不況期の主力に据える 派遣事業が縮小する不況期に収益を生む事業を取り込み、人員削減に頼らない景気耐性を事業構成でつくる多角化 景気の谷は、事業構成では埋められなかった この判断の核にあるのは、雇用を守るという約束を事業の設計で裏づけようとした点にある。稼動しない技術者を抱えたまま景気の谷を越えるには、谷でこそ稼ぐ商売が要る——理屈としては筋が通っており、再就職支援は逆相関の候補として自然な選択であった。ただ、逆相関を成立させるには、買った事業が独立して黒字を計上し続ける必要がある。日本dbmがキャリアサポート事業として計上したのは営業損失であり、好況期にはその赤字が本業の利益を削る側に回った。景気の谷に備える資産が、平時には負債のように振る舞っただろう。 飛び地・非関連多角化 pmi・買収後統合 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/9861/decisions/bse-beef-suspension-2004/","t":"輸入停止を受けても代替調達に踏み切らず、主力商品の販売を休止した選択","c":"吉野家ホールディングス","y":2004,"col":"#E57E2E","s":"政府の輸入停止措置で主原料を絶たれた際に、代替産地への切り替えではなく販売休止と品揃えの組み替えを選んだ判断","x":"2004 吉野家ホールディングス 米国産牛肉で牛丼販売休止 輸入停止を受けても代替調達に踏み切らず、主力商品の販売を休止した選択 2004年2月に牛丼の販売を休止。米国産牛肉の輸入停止を受けて代替の牛肉は採らず豚丼やカレー丼で950日後まで店を開け続けた 政府の輸入停止措置で主原料を絶たれた際に、代替産地への切り替えではなく販売休止と品揃えの組み替えを選んだ判断 守った味と、戻らなかった客数 この判断の中心にあったのは、牛丼を素材の組み合わせではなく一つの設計とみる考え方であった。肉の産地を替えればタレもタマネギも作り直しになり、量が減れば加熱による味の均質さも保てない。ゆえに代替の牛肉を採らず、売り物のない2年半を選んだ。常連客に対する約束を守るという意味では筋の通った判断であり、再開の日に全国で完売が続いたことも、その支持を示している。一方で、豪州産や中国産で牛丼を続けた同業との差は客数と業績に表れ、この期間に開いた差は簡単には埋まらなかった。 外的危機への対応 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9984/decisions/hawks-acquisition-2004/","t":"球団保有への進出","c":"ソフトバンクグループ","y":2004,"col":"#757677","s":"再建下のダイエーが手放す福岡ダイエーホークスの興行権を、本命視されないなかで取得し、Yahoo!BBの知名度づくりと地元密着を狙って球団保有に踏み込んだブランド…","x":"2004 ソフトバンクグループ 福岡ダイエーホークスの買収 球団保有への進出 2004年に福岡ダイエーホークスの買収へ名乗り。球団の興行権を一括で取得する交渉をまとめ2005年に福岡ソフトバンクホークスとして保有 再建下のダイエーが手放す福岡ダイエーホークスの興行権を、本命視されないなかで取得し、yahoo!bbの知名度づくりと地元密着を狙って球団保有に踏み込んだブランド戦略 「利益ゼロ」の球団を、あえて抱えた理由 この買収の核心は、球団単体では利益が出ないと分かったうえで、あえて引き受けた点にある。プロ野球は黒字にならないという業界の常識を、ソフトバンクは\"球団の収支\"ではなく\"グループの知名度\"という別の物差しで置き換えた。毎日の試合報道が社名を全国へ運び、消費者向けブランドの認知を底上げする——その効果を宣伝費として見れば、利益ゼロの球団は十分に引き合う投資であった。本命視されなかった会社が、常識の外から価値を読み替えて勝ち取った買収であった。 ブランド・マーケティング 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/9984/decisions/nippon-telecom-acquisition-2004/","t":"固定・携帯通信への布石","c":"ソフトバンクグループ","y":2004,"col":"#757677","s":"NTT一強の固定通信市場で苦戦する日本テレコムを約3,400億円で買収し、法人顧客基盤と光ファイバーを確保して、消費者向けの先行投資モデルを法人・携帯通信へ拡大…","x":"2004 ソフトバンクグループ 日本テレコムの買収 固定・携帯通信への布石 2004年7月に日本テレコムを買収。約3,400億円を投じ法人向け固定通信の600万ユーザーと光ファイバー事業を得る ntt一強の固定通信市場で苦戦する日本テレコムを約3,400億円で買収し、法人顧客基盤と光ファイバーを確保して、消費者向けの先行投資モデルを法人・携帯通信へ拡大する足場を構築した事業買収 「投資会社」から「通信会社」への曲がり角 この買収の意味は、単に固定通信という事業を1つ増やしたことにとどまらない。1990年代後半から2000年前後にかけて、ソフトバンクは買収と投資で膨らむ\"投資会社\"の色を濃くしていた。日本テレコムを丸ごと抱えたことは、他社に投資して値上がりを待つ立場から、自ら通信網を持ち顧客に日々サービスを届ける事業会社の立場へと、比重を移す判断であった。赤字が続くさなかに約3,400億円を投じた大胆さは、投資家というより事業家としての賭けであった。 連続買収・ロールアップ 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/1662/decisions/tse-listing-2003/","t":"東証一部上場の実現と、開発会社統合構想からの離脱","c":"石油資源開発","y":2003,"col":"#DC001E","s":"特殊法人整理による石油公団の廃止決定を受け、公団傘下の開発会社統合構想には加わらず、公団保有株の売り出しによる単独上場で民間上場企業としての立場を確保した判断","x":"2003 石油資源開発 石油公団株の売り出しで上場 東証一部上場の実現と、開発会社統合構想からの離脱 2003年12月に東証一部へ上場。廃止が決まった石油公団の保有株の売り出しで新株発行はなく、統合構想に加わらず単独で臨んだ 特殊法人整理による石油公団の廃止決定を受け、公団傘下の開発会社統合構想には加わらず、公団保有株の売り出しによる単独上場で民間上場企業としての立場を確保した判断 国策と採算のあいだ 4社統合に組み込まれれば、破綻したジャパン石油開発の債務整理と一体で再編される側へ回る。石油公団の解体という外から来た圧力のもとで、石油資源開発が守ろうとしたのは独立した経営そのものであった。中間報告書が出た2000年8月から準備を始め、サハリン1の資金調達を理由に単独上場の環境を整えた棚橋祐治社長の動きは、その回避を狙ったものなのだろう。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/1719/decisions/company-split-restructuring-2003/","t":"建設事業の切り出しと承継会社への移管という組織再編","c":"安藤・間","y":2003,"col":"#005BAC","s":"二度の金融支援でも本体での再建が成り立たず、含み損を抱える不動産と過剰債務を旧法人に残し、健全な建設事業だけを承継会社へ切り出して上場を継いだ財務再建","x":"2003 安藤・間 会社分割で間組設立 建設事業の切り出しと承継会社への移管という組織再編 2003年10月に会社分割で間組設立。1月に約1,100億円の特別損失を計上し、みずほコーポレート銀行など46行へ支援を求めた 二度の金融支援でも本体での再建が成り立たず、含み損を抱える不動産と過剰債務を旧法人に残し、健全な建設事業だけを承継会社へ切り出して上場を継いだ財務再建 社名だけを持って身軽になるということ 会社分割による再建は、債務を旧法人に置いて身軽になる手続きとして説明されることが多い。だが旧ハザマの場合、簿価分割に踏み切るまでに二度の金融支援があり、二度目は46行すべての同意を要した。全行がそろわなければ法的整理もありうる状態で、大和文哉社長は自らの退任を前提に計画を出している。切り出す側の経営陣が残らない形でしか建設事業を続ける道が開かなかったところに、この判断の性格が表れているだろう。 経営再建・ターンアラウンド 分社・スピンオフ・子会社上場 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/1721/decisions/holding-company-2003/","t":"3社の株式移転による持株会社体制への移行","c":"コムシスホールディングス","y":2003,"col":"#0068b6","s":"NTTグループの設備投資が減少へ向かうなか、同業3社を持株会社の下に統合して規模と交渉力を確保し、以後の再編の受け皿を用意した判断","x":"2003 コムシスホールディングス 3社統合でコムシスhd設立 3社の株式移転による持株会社体制への移行 2003年9月に3社統合でコムシスhd設立。日本コムシスと三和エレック、東日本システム建設が株式移転で東証・大証一部へ上場 nttグループの設備投資が減少へ向かうなか、同業3社を持株会社の下に統合して規模と交渉力を確保し、以後の再編の受け皿を用意した判断 先に体制を構築した15年 2003年9月の時点で、この統合が解いた問題は多くない。3社はいずれもnttグループ向けを主力とする会社で、足し合わせても発注者は増えなかった。連結売上高2,489億円という初年度の数字も、単体時代からの飛躍を示すものではない。ntt向けの受注を減らす計画も、依存の相手を切る計画も持っていなかった。この判断が実際に選んだのは、事業の中身ではなく、あとから会社を足せる形のほうであったと推察される。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/2379/decisions/yahoo-dependency-exit-2003/","t":"提携解消の通告を受けた上場の辞退と、一本足の集客からの離脱","c":"ディップ","y":2003,"col":"#333333","s":"集客を単一の提携先に預けたまま上場することを避け、提携解消の通告を機に自社集客への切り替えを先行させた判断","x":"2003 ディップ ヤフー依存からの脱却 提携解消の通告を受けた上場の辞退と、一本足の集客からの離脱 2003年12月にヤフー依存からの脱却。東証マザーズ上場の3日前にヤフーから提携解消を通告され、自社集客へ切り替えて2004年5月に改めて上場 集客を単一の提携先に預けたまま上場することを避け、提携解消の通告を機に自社集客への切り替えを先行させた判断 借りた集客は、いつ返すことになるか この判断の中心にあるのは、提携解消という事故への対処ではなく、その前から社内にあった依存への危機感を、どの時点で解くかという時間の問題であった。ヤフー経由の集客はディップの成長を押し上げていたが、押し上げが強いほど、自社で人を集める力は育たない。通告はその依存を強制的に終わらせたにすぎず、経営として決めたのは、前提が変わった事業計画のまま公開市場へ出ないという一点にあったと推察される。念願の上場を承認取得後に自ら取り下げたことは、その一点を優先した結果を示している。 ブランド・マーケティング 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/2384/decisions/mailbin-tettai-3pl-tokka-2003/","t":"祖業の売却による3PL特化と、荷主の物流を一括して請け負う側への転換","c":"SBSホールディングス","y":2003,"col":"#CA002C","s":"郵政民営化という外部の制度変化を見据え、価格競争に飲み込まれるメール便事業を売却し、売却後の財務体制でM&A中心の3PL事業へ転換する構造改革","x":"2003 sbsホールディングス メール便事業の売却 祖業の売却による3pl特化と、荷主の物流を一括して請け負う側への転換 2003年12月にメール便事業の売却。鎌田正彦社長が郵政民営化を控えた市場を見切り、上場時の中心事業を売却し法人向け3plへ集中した 郵政民営化という外部の制度変化を見据え、価格競争に飲み込まれるメール便事業を売却し、売却後の財務体制でm&a中心の3pl事業へ転換する構造改革 効率の論理と、公式記録に残らない決断 この判断の核心は、何を捨てるかを先に決めたことにある。信書・小口貨物を扱うメール便は、郵政民営化という制度変化の前で価格競争に沈む運命にあったとみられ、そこに固執しなかった判断が、その後20年におよぶ連続m&a戦略の土台を作ったといえる。捨てる決断が拡げる経営を可能にした事例とみられる。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/2413/decisions/portal-integration-2003/","t":"並行して運営していた二つの医療情報サイトを畳んでの一本化","c":"エムスリー","y":2003,"col":"#003060","s":"営業譲受で重複した2つの医師向けサイトを単一ポータルへ集約し、製薬会社向けマーケティングの土台を1本化した判断","x":"2003 エムスリー m3.comへ統合 並行して運営していた二つの医療情報サイトを畳んでの一本化 2003年7月にm3.comへ統合。ソネット・エムスリーが並行運営していたmymediproとso-netm3.comを一本化し、医師会員を単一のポータルへ集約した 営業譲受で重複した2つの医師向けサイトを単一ポータルへ集約し、製薬会社向けマーケティングの土台を1本化した判断 獲得することより、獲得し直さないこと この判断の核心は、会員を増やしたことよりも、増やす場所を1つに決めたところにあったとみられる。ソネット・エムスリーは自力で医師を集めるだけでなく、ウェブエムディと親会社から医療情報サイトを買い足して規模を作った。買い足しで育った会社が陥りやすいのは、譲り受けたブランドをそれぞれ残し、会員も収益も並列に管理する運営である。谷村格社長がとったのは逆の手で、看板を畳み、会員が戻ってくる場所を1枚のトップページに固定した。 プラットフォーム・標準化 pmi・買収後統合 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/2433/decisions/three-way-integration-2003/","t":"三社を一つの共同持株会社の下で統合する、博報堂DYホールディングスの設立","c":"博報堂DYホールディングス","y":2003,"col":"#0A326F","s":"電通の一強体制が強まり、ITバブル崩壊と金融再編特需の剥落で広告市況が悪化するなかで、二位以下の三社が媒体調達力を合算して収益力を立て直そうとした統合","x":"2003 博報堂dyホールディングス 大広・読売広告社と経営統合 三社を一つの共同持株会社の下で統合する、博報堂dyホールディングスの設立 2002年12月に大広・読売広告社との統合を発表。2003年10月に株式移転で博報堂dyホールディングスを設立し、初代社長に博報堂社長の宮川智雄氏が就任した 電通の一強体制が強まり、itバブル崩壊と金融再編特需の剥落で広告市況が悪化するなかで、二位以下の三社が媒体調達力を合算して収益力を立て直そうとした統合 一つにした範囲の狭さ 三社が差し出したのは広告枠の調達と媒体開発だけで、広告主と向き合う営業も、表現をつくる制作も、それぞれの会社に残された。同一業種の広告主を同じ会社が担当しないという広告業の作法を保ちながら、媒体社に対する交渉力だけを合算する切り分けである。商売の成り立ちを踏まえれば理屈は通っているが、そこから得られる合理化の幅は初めから限られており、発表の直後にその点は指摘されていた。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/2702/decisions/us-direct-control-2003/","t":"創業者の退場を経た、米本社による直接統治体制への移行","c":"日本マクドナルド","y":2003,"col":"#FFBC0F","s":"2期連続の最終赤字でカリスマ創業者への市場評価が反転するなか、藤田商店と米マクドナルド本社が提携を解消し、藤田家が経営権を失って米本社が大株主となり、異業種出身…","x":"2003 日本マクドナルド 藤田商店との提携解消 創業者の退場を経た、米本社による直接統治体制への移行 2003年3月に藤田商店との提携解消。2期連続の最終赤字を背景に米本社が大株主となり翌年に異業種出身の原田泳幸氏を招く 2期連続の最終赤字でカリスマ創業者への市場評価が反転するなか、藤田商店と米マクドナルド本社が提携を解消し、藤田家が経営権を失って米本社が大株主となり、異業種出身の原田泳幸氏を招いて日本法人を米本社の直接統治下に置いた経営体制の転換 カリスマの終わらせ方と、外資本社化がもたらしたもの この転換の核心は、財務の危機そのものよりも、一代のカリスマが築いた強みが制度として残らなかった点にある。折半出資の破格の条件も、直営を貫く経営術も、その多くは藤田個人の交渉力と個性に支えられていた。会社の規模が拡大しても、経営の自由度を次の世代へ渡す仕組みは用意されなかった。カリスマ経営は、始めるより終わらせるほうが難しい。 資本提携・政策保有 創業家・同族 外部人材・プロ経営者 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/2768/decisions/nichimen-nissho-integration-2003/","t":"株式移転による共同持株会社の設立と、2660億円の優先株発行","c":"双日","y":2003,"col":"#003A7C","s":"金融庁の特別検査を控えたUFJ銀行が、大口融資先である過剰債務商社2社の抜本処理を引き当て増なしに進めるため、株式移転による共同持株会社と2000億円規模の資本…","x":"2003 双日 ニチメンと日商岩井が統合 株式移転による共同持株会社の設立と、2660億円の優先株発行 2002年12月にニチメンと日商岩井が統合。共同持株会社方式で2003年4月にニチメン・日商岩井ホールディングスを設立 金融庁の特別検査を控えたufj銀行が、大口融資先である過剰債務商社2社の抜本処理を引き当て増なしに進めるため、株式移転による共同持株会社と2000億円規模の資本増強を組み合わせた統合 統合の規模を決めたのは、何であったか 説明されなかった2000億円の根拠は、後から数字を並べれば見当がつく。削減するコスト800億円の内訳が人員4000人と子会社130社であるなら、割増退職金や整理損を積み上げれば必要額は示せたはずである。ところが実際の引き受け要請額はufj銀行1000億円、みずほコーポレート銀行600億円というように、各行の融資残高に応じた割り当てであった。翌春の発行額も2660億円へ膨らんだ。統合の規模を決めたのは事業の重なりではなく、取引行から集められる金額の限度であったと推察される。 合併・経営統合 救済型m&a・支援受け入れ 持株会社化・グループ再編 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/2914/decisions/domestic-restructuring-2003/","t":"好業績のうちに踏み切った工場の大量閉鎖と4,000人の削減","c":"JT","y":2003,"col":"#00A273","s":"喫煙率の低下と増税で構造的に縮む国内たばこ市場に対し、専売公社時代から抱えた過剰な生産体制を工場閉鎖と希望退職で圧縮した国内構造改革","x":"2003 jt 国内工場の一斉閉鎖 好業績のうちに踏み切った工場の大量閉鎖と4,000人の削減 2003年8月に国内たばこ事業の再編。前年の国内8工場閉鎖に続き単独社員の約2割にあたる4,000人の希望退職を募集する 喫煙率の低下と増税で構造的に縮む国内たばこ市場に対し、専売公社時代から抱えた過剰な生産体制を工場閉鎖と希望退職で圧縮した国内構造改革 収益を上げられるうちに畳むという論理 この構造改革の中心にあったのは、市場が本格的に縮む前に、まだ稼げるうちに拠点と人員を削るという判断であった。喫煙率の低下と増税で国内需要の先細りが避けられないと見たjtは、危機に追われて縮むのではなく、好業績のうちに固定費を軽くする道を選んだ。効率の論理としては一貫しており、そのつど利益を守った点で成果もはっきりしている。ただ、その対象が、専売公社という国家財政の装置として全国の産地に張り付いた工場群であったために、この判断は単なる生産再編を超えて、地方の雇用と会社の来歴にどう向き合うかを問う場面にもなったのだろう。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/3569/decisions/datsu-shitauke-2003/","t":"下請け染色からの脱却と、自動車内装材・一貫生産への業態転換","c":"セーレン","y":2003,"col":"#020B5C","s":"発注元に採算を左右される委託加工の下請け構造から脱するため、在庫リスクを負う自動車内装材へ参入し、原糸から最終製品までの一貫生産と独自技術で自ら値決めできる事業…","x":"2003 セーレン 自社製品への転換 下請け染色からの脱却と、自動車内装材・一貫生産への業態転換 2003年に自動車内装材への業態転換。異端者と呼ばれた川田達男氏が、委託加工2位の下請けを原糸から最終製品までの一貫生産へ 発注元に採算を左右される委託加工の下請け構造から脱するため、在庫リスクを負う自動車内装材へ参入し、原糸から最終製品までの一貫生産と独自技術で自ら値決めできる事業へ転換する 下請けを抜けるという長い仕事 この転換の核心は、一つの製品を当てたことではなく、事業の構造そのものを組み替えた点にある。委託加工は在庫を持たず加工料を得る身軽なモデルだが、値段も採算も発注元が握る。川田達男氏は、在庫リスクを引き受けてでも原糸から最終製品までを自社に取り込み、自ら値決めできる立場を選んだ。異端者として窓際から始めた自動車の仕事を、一貫生産という重い設備投資で事業へ固め、社長就任後は電子染色やカネボウ繊維の取り込みで最後の工程まで内製化した。下請け気質を変えるとは、掛け声ではなく採算の決定権を取り戻す構造改革であったと推察される。 祖業・主力事業の転換 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/3774/decisions/crosswave-collapse-ntt-2003/","t":"クロスウェイブの破綻を受けた資本増強と経営基盤の立て直し","c":"インターネットイニシアティブ","y":2003,"col":"#D7083B","s":"クロスウェイブ破綻で生じた損失を自社の財務体力で吸収できず、NTTグループからの増資で財務を立て直す一方、創業以来の独立路線を資本面でいったん手放した判断","x":"2003 インターネットイニシアティブ nttグループからの増資受入れ クロスウェイブの破綻を受けた資本増強と経営基盤の立て直し 2003年9月にnttグループから増資を受入れ。合弁で設けたクロスウェイブの破綻を受け、第三者割当増資で120億円を調達した クロスウェイブ破綻で生じた損失を自社の財務体力で吸収できず、nttグループからの増資で財務を立て直す一方、創業以来の独立路線を資本面でいったん手放した判断 独立とは何を守ることだったのか この資本政策の性格は、事業の失敗に対する財務の後始末という一面だけでは捉えきれない。合弁のクロスウェイブを通じてnttの領分である通信インフラへ挑んだiijが、その挑戦の破綻を境に、当のnttから資本を受け入れた。独立系ispの旗手が掲げた対抗の標語と、通信最大手の資本系列へ入るという結末との落差に、資本集約的な事業を独立資本だけで背負うことの重さがうかがえる。 救済型m&a・支援受け入れ 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/4183/decisions/mitsui-sumitomo-chemical-2003/","t":"業界再編を狙った合意の解消と、単独路線への引き返し","c":"三井化学","y":2003,"col":"#00A1E9","s":"最重要条件である統合比率で見解の隔たりが埋まらず、双方の株主が納得する最終合意に至らなかった。背後には「対等」をめぐる経営方針・企業風土の対立があった","x":"2003 三井化学 住友化学との経営統合破談 業界再編を狙った合意の解消と、単独路線への引き返し 2000年11月に住友化学との全面統合を発表。三菱化学を抜く国内最大級の総合化学が生まれるはずが、2003年3月に統合比率で折り合えず白紙撤回 最重要条件である統合比率で見解の隔たりが埋まらず、双方の株主が納得する最終合意に至らなかった。背後には「対等」をめぐる経営方針・企業風土の対立があった 条件面より、合意形成の土台 この破談で前面に出たのは、独占禁止法のような外部のハードルではなかった。公正取引委員会の審査は対応策を前提にクリアの見通しが立っており、統合を止めたのは統合比率という条件面と、その背後にある\"対等か主導か\"をめぐる経営方針・企業風土の差であった。事業ポートフォリオが噛み合わない両社が、相手にしかない事業をどう評価するかで折り合えなかった点は、商品が似通う金融や保険の統合とは異なる、総合化学ならではの難しさを映しているのだろう。 合併・経営統合 破談・撤回"},{"k":"decision","u":"/tse/4502/decisions/focus-on-pharma-2003/","t":"事業の裾野を捨て医療用医薬品一本に特化する選択と集中","c":"武田薬品工業","y":2003,"col":"#E1242A","s":"食品・化学品・農薬・ビタミンなどの非医薬事業を1990年代から2000年代にかけて順次売却し、人員削減とカンパニー制で身軽にして経営資源を医療用医薬品へ集中させ…","x":"2003 武田薬品工業 非医薬事業の切り離し 事業の裾野を捨て医療用医薬品一本に特化する選択と集中 1993年6月に医療用医薬品への集中。武田国男社長が食品・化学品・農薬・ビタミン・動物薬を順次売却し、カンパニー制で身軽に 食品・化学品・農薬・ビタミンなどの非医薬事業を1990年代から2000年代にかけて順次売却し、人員削減とカンパニー制で身軽にして経営資源を医療用医薬品へ集中させた選択と集中 集中がひらいた道と、残した弱点 武田国男氏の選択と集中は、単年の決断ではなく、1993年の社長就任から2007年の非医薬売却まで、十年あまりをかけて固まった面的な戦略だった。食品や農薬を抱えた総合会社のままでは、膨らむ研究開発費を国内市場だけで回収できないという読みが、その根にある。医療用医薬品へ資源を配分し、高い付加価値と高配当で株主に報いるという方針は、国内首位の高収益体質となって実を結び、のちの北米強化や海外大型買収に必要な資源集中の前提をつくった。総合化学会社を一代で医薬専業へ戻した点に、この判断の重みがある。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4751/decisions/retention-2003/","t":"長く働き続けられる雇用方針の打ち出しと、離職率低減に向けた人事改革","c":"サイバーエージェント","y":2003,"col":"#82be28","s":"高い離職率で疲弊する若い組織に、長期雇用の方針と人事制度の整備で定着をもたらした人事改革","x":"2003 サイバーエージェント 終身雇用方針への転換 長く働き続けられる雇用方針の打ち出しと、離職率低減に向けた人事改革 2003年9月に終身雇用方針への転換。約30%に達した離職率を抑えるため、藤田晋社長が人事機能の強化と福利厚生の整備に動いた 高い離職率で疲弊する若い組織に、長期雇用の方針と人事制度の整備で定着をもたらした人事改革 使い捨てないことを競争力にした人事 この改革の要点は、実力主義のベンチャーが、あえて日本型の長期雇用を自らの武器として取り込んだ点にある。高い離職率は当時のネット業界では珍しくなく、辞めた分をまた採ればよいという発想もありえた。藤田晋社長はそれを採らず、採用コストと定着を天秤にかけたうえで、長く働ける会社をつくるほうが合理的だと判断した。2駅ルールも社員総会も理念小冊子も、一見すると情緒的な施策に見えて、離職という最大のコストを下げるための計算された投資だった。 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/4812/decisions/ge-alliance-exit-2003/","t":"祖業の閉鎖を伴う資本と事業の整理と、単独親会社体制への移行","c":"電通総研","y":2003,"col":"#0066B3","s":"汎用ホストのタイムシェアリング・サービスがオープン系システムに置き換わり、GEの設備とネットワークに依存した祖業とその資本関係の意味が失われたこと","x":"2003 電通総研 ge事業を閉じ電通単独に 祖業の閉鎖を伴う資本と事業の整理と、単独親会社体制への移行 2003年3月にge事業を閉じ電通単独に。設立以来の祖業だった国際遠隔情報処理サービスを終え、米ゼネラル・エレクトリックの設備から離れた 汎用ホストのタイムシェアリング・サービスがオープン系システムに置き換わり、geの設備とネットワークに依存した祖業とその資本関係の意味が失われたこと 借りた技術で始めた会社が、返す先を失うとき この会社は、他社の設備を売る代理人として生まれた。geのネットワークと電通の顧客をつなぐ役どころで、社名の\"international information services\"はその役どころの説明にあたる。ゆえに祖業の終了は、単なる不採算事業の整理では済まない。売る商品を自分で作る会社に変わらなければ、存在の理由が残らなかった。2003年3月期の損失は、その組み替えの途中に出た数字と思われる。 資本提携・政策保有 祖業・主力事業の転換 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4902/decisions/konica-minolta-integration-2003/","t":"株式交換方式の採用と、両社を子会社とする持株会社の設立","c":"コニカミノルタ","y":2003,"col":"#0088CC","s":"情報機器で三強との開発力の差を埋めるため、競合のままでは一元化できなかった開発・販売・生産を、持株会社の下で1つに集約する統合","x":"2003 コニカミノルタ ミノルタとの経営統合 株式交換方式の採用と、両社を子会社とする持株会社の設立 2003年1月にミノルタとの経営統合。持株会社方式で同年8月にコニカミノルタホールディングスが発足し、精密業界4位の1兆円企業となった 情報機器で三強との開発力の差を埋めるため、競合のままでは一元化できなかった開発・販売・生産を、持株会社の下で1つに集約する統合 先に決めたのは、事業ではなく統治だった 統合比率よりも先に固まっていたのは、統合後に誰が何を決めるかであった。コニカは統合の4カ月前に純粋持株会社へ移り、2カ月前には委員会等設置会社へ移って、3委員会をすべて社外取締役が過半数を占める形にしている。旧コニカ・旧ミノルタ・社外を4名ずつに割った取締役会は、どちらが飲み込んだかを議論の外へ置くための設計だったのだろう。人事制度を両社のいいとこ取りにせず一から作り直したのも、同じ考え方の延長にある。 合併・経営統合 pmi・買収後統合 選択と集中 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5405/decisions/three-way-capital-alliance-2003/","t":"神戸製鋼所を加えた三社での相互出資と、国内鉄鋼再編に向けた足場固め","c":"住友金属工業","y":2003,"col":"#00873C","s":"二度の信用不安に対し、経営統合に加わらず競合二社と住友グループからの出資で財務を立て直し、独立を維持した資本政策","x":"2003 住友金属工業 新日鉄と資本提携 神戸製鋼所を加えた三社での相互出資と、国内鉄鋼再編に向けた足場固め 2003年1月に新日鉄と神鋼が出資。下妻博社長が神戸製鋼所の水越浩士社長と組み、第三者割当増資で二度の信用不安を断った 二度の信用不安に対し、経営統合に加わらず競合二社と住友グループからの出資で財務を立て直し、独立を維持した資本政策 独立に付いた値段 この判断の核心は、独立を守るために競合の資本を招き入れた点にある。統合に加われば規模の問題は解決するが、住金という会社は消える。単独で耐えれば会社は残るが、市場は資金繰りを疑い続ける。下妻博社長が取ったのは第三の道であった。最大手に株主になってもらい、その与信で時間を買い、その間に和歌山問題を片づけるという順序である。資本を入れた相手は同時に競合でもあり、上工程では三社で協力し、対顧客では互いに競争するという線引きが提携の前提に置かれた。 資金調達・財務戦略 資本提携・政策保有 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/5411/decisions/china-guangzhou-auto-steel-2003/","t":"無名の地場企業と組んだ中国での自動車用鋼板の現地生産と垂直分業","c":"JFEホールディングス","y":2003,"col":"#004DA0","s":"中国の自動車市場が拡大するなか、JFEスチールが最大手ではなく無名の広州鋼鉄と51%出資の合弁を組み、上工程を国内に残す垂直分業で自動車用鋼板の現地下工程に集中…","x":"2003 jfeホールディングス 広州鋼鉄と合弁生産 無名の地場企業と組んだ中国での自動車用鋼板の現地生産と垂直分業 2003年9月に広州鋼鉄と合弁生産。jfeスチールが51%を出資し、上工程は国内に残して冷延と表面処理を現地に設置した 中国の自動車市場が拡大するなか、jfeスチールが最大手ではなく無名の広州鋼鉄と51%出資の合弁を組み、上工程を国内に残す垂直分業で自動車用鋼板の現地下工程に集中して進出した海外戦略の判断 看板より供給の形で差をつける この判断の性格は、規模で追いつくのでなく供給の形で差をつける選択にあったといえる。最大手と組めば看板は得られるが、母材の供給元としての立場は薄まる。jfeは無名の相手を選び、上工程を国内に握ったまま下工程だけを海外へ出すことで、国内高炉の稼働率と海外の販路を一本の線で結んだ。名よりも実という言葉は、手札の少なさを戦略の一貫性へ読み替える試みであっただろう。 海外進出・現地生産 垂直統合・内製化 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/5444/decisions/holding-company-2003/","t":"軌道用品・鉄鋼・重工加工品の各事業を分社し純粋持株会社へ移行","c":"大和工業","y":2003,"col":"#007860","s":"国内の製造事業を子会社へ移管し、本体を出資と管理に専念させることで、海外合弁を含むグループ全体を並べて見る体制へ組み替えた","x":"2003 大和工業 ヤマトスチールを設立 軌道用品・鉄鋼・重工加工品の各事業を分社し純粋持株会社へ移行 2003年10月にヤマトスチールを設立。2002年4月の大和軌道製造に続く分社で、大和工業本体は製造を持たない純粋持株会社へ 国内の製造事業を子会社へ移管し、本体を出資と管理に専念させることで、海外合弁を含むグループ全体を並べて見る体制へ組み替えた 製造する会社と、持つ会社を分離する この組み替えは、事業の売買をともなわない。工場も人も社内に残ったまま、法人の輪郭だけを引き直した判断であった。それでも意味は小さくないと推察される。海外の合弁は出資比率が過半に届かず、口を出せる範囲も限られる。その出資を、姫路の工場を回す組織と同じ帳簿のなかで抱えていれば、国内の操業と海外への投資が同じ物差しで語られにくい。事業会社を分けて本体を管理に専念させたことで、二つを別々に見て別々に判断する下地ができたと思われる。 持株会社化・グループ再編 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/5929/decisions/global-tripolar-2003/","t":"北米オーバーヘッドドアに続く買収による日米欧三極体制の確立","c":"三和ホールディングス","y":2003,"col":"#005CAA","s":"国内市場の成熟を前提に、現地首位級の同業を取得して北米・欧州に自社の供給基盤を構築した地域分散","x":"2003 三和ホールディングス 欧州ノボフェルム買収 北米オーバーヘッドドアに続く買収による日米欧三極体制の確立 2003年10月に欧州ノボフェルム買収。1996年7月の北米オーバーヘッドドア取得と合わせ、三和シヤッター工業が日本・北米・欧州の三極を築いた 国内市場の成熟を前提に、現地首位級の同業を取得して北米・欧州に自社の供給基盤を構築した地域分散 買収せずに済ませる道はあったか この7年間の判断で目を引くのは、海外市場に対して輸出や合弁ではなく、現地首位級の企業を丸ごと取得する道を一貫して選んだ点にある。開口部の建材は寸法も規格も施工の慣行も土地ごとに違い、製品を運んで売る形が成り立ちにくい。北米のオーバーヘッドドア、欧州の産業用ドアという、日本ではなじみの薄い製品を主力とする会社を傘下に置いたことは、日本流の製品を広げるのではなく、地域ごとの需要に合った事業をそのまま抱える方針の表れと思われる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 連続買収・ロールアップ 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6101/decisions/china-production-shift-2003/","t":"浙江省を拠点にした量産移管と、国内一本の生産体制からの脱却","c":"ツガミ","y":2003,"col":"#004098","s":"北米での現地生産の失敗を踏まえ、量産部品の加工需要が伸びる中国へ生産を移管し、CNC小型自動旋盤へ製品を集約した","x":"2003 ツガミ 中国に津上精密机床設立 浙江省を拠点にした量産移管と、国内一本の生産体制からの脱却 2003年9月に中国に津上精密机床設立。ツガミが浙江省に子会社を設立し、西嶋尚生社長のもとでcnc小型自動旋盤への集中と生産移管を同時に進めた 北米での現地生産の失敗を踏まえ、量産部品の加工需要が伸びる中国へ生産を移管し、cnc小型自動旋盤へ製品を集約した 撤退の経験が、次の進出の設計を変えたのか この判断の見どころは、北米で現地生産に失敗した会社が、その9カ月後に別の国で工場を立てた点にある。ウェルドン社の買収では、既存メーカーを丸ごと買って現地に生産を委ねる形をとり、11年で畳んだ。浙江では自前で工場を興し、経営を現地の人材に渡しながら、本体は生産技術とサービスの指導に回るという分け方をとっている。同じ\"現地化\"でも、何を渡して何を残すかの線が引き直されていたとみられる。 海外進出・現地生産 選択と集中 低価格・コストリーダーシップ 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/6134/decisions/nxt-development-2003/","t":"モジュール型を軸に据えた次世代機への設計転換","c":"FUJI","y":2003,"col":"#5D81BC","s":"テーブル固定型高速機の台頭でロータリー型CPシリーズが押されるなか、自社の主力機を捨ててモジュール型の装置構成へ移った","x":"2003 fuji 高速多機能装着機nxt開発 モジュール型を軸に据えた次世代機への設計転換 2003年6月に高速多機能装着機nxt開発。富士機械製造が寸法とタクトを先に決め、インターフェースの組み合わせで装置を構成する設計思想を採った テーブル固定型高速機の台頭でロータリー型cpシリーズが押されるなか、自社の主力機を捨ててモジュール型の装置構成へ移った 置き換えた相手が自社の成功作だったこと この判断が難しかったのは、置き換える相手が失敗作ではなく、十年以上会社を支えた成功作だった点にある。cpシリーズは速度で世界を取り、その成功が社内に復活への期待を残していた。小原正義社長が述べたとおり、ほかに対策は用意されておらず、反対と厳しい意見に押し切られる余地は十分にあった。押し返したのが経営の論理ではなく若手技術者の熱意だったと社史が書き残している点は、この会社の意思決定の作法を示している。 技術・r&d起点の勝負 プラットフォーム・標準化 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6178/decisions/public-corporation-2003/","t":"事業別の分割も株式会社化も先送りし、国の直営を独立採算の公社へ移行した経営形態の組み替え","c":"日本郵政","y":2003,"col":"#ee2737","s":"行政改革会議が示した「官から民へ」の見直しに対し、事業ごとの分割と株式会社化をいずれも採らず、郵便・郵便貯金・簡易生命保険を一体のまま独立採算の公社へ移管して、…","x":"2003 日本郵政 三事業一体での日本郵政公社発足 事業別の分割も株式会社化も先送りし、国の直営を独立採算の公社へ移行した経営形態の組み替え 2003年4月1日に日本郵政公社が発足。行政改革会議が示した三事業一体として新たな公社という形をとり、郵政公社化関連4法に基づいて郵便・貯金・保険を一体のまま国の直営から移管した 行政改革会議が示した「官から民へ」の見直しに対し、事業ごとの分割と株式会社化をいずれも採らず、郵便・郵便貯金・簡易生命保険を一体のまま独立採算の公社へ移管して、全国一律の窓口網を保ったまま企業会計を入れた経営形態の組み替え 分割しないと決めた4年半 この決断で決まったのは、民営化へ踏み出すことではなく、郵便・貯金・保険を分けないという一点であった。行政改革会議は「官から民へ」「国から地方へ」を掲げながら、郵政については三事業一体として新たな公社により実施すると、経営形態まで指定している。分けるか否か、国の手を離すか否かという二つの問いのうち、答えが出たのは前者だけで、後者は独立採算と企業会計を先に入れることで置き換えられた。130年余り国の直営で積み上げた全国一律の窓口網を、統括したまま企業会計の上へ載せ替えるという順序だったとみられる。 持株会社化・グループ再編 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6361/decisions/environment-gasification-2003/","t":"主力のポンプ事業に依存しない収益源づくりと、ダイオキシン規制下での環境事業への傾斜","c":"荏原製作所","y":2003,"col":"#F01830","s":"ダイオキシン規制の強化で生じた自治体の焼却炉更新需要を成長機会とみなし、実績の乏しい新型ガス化溶融炉で受注を拡大して環境事業を主柱に育てようとした判断","x":"2003 荏原製作所 act'95でガス化溶融炉参入 主力のポンプ事業に依存しない収益源づくりと、ダイオキシン規制下での環境事業への傾斜 1991年度にポンプ依存からの脱却を掲げる。中長期経営計画act'95で環境事業を第2の柱に据え、ダイオキシン規制で増えた焼却炉更新需要へガス化溶融炉 ダイオキシン規制の強化で生じた自治体の焼却炉更新需要を成長機会とみなし、実績の乏しい新型ガス化溶融炉で受注を拡大して環境事業を主柱に育てようとした判断 制度の変化を需要と読むということ 規制が強まれば設備は入れ替わる。その読み自体は当たっていて、官公需の都市ごみ処理装置の受注は2年で4,289億円から7,483億円へ膨らんだ。荏原が誤ったのは需要の量ではなく、その需要へ差し出す製品の成熟度のほうであった。ガス化溶融炉はabbへ技術供与するほどの技術ではあっても、自治体の現場で20年動かし続けた実績を持つ技術ではない。手直し工事と工期のずれで285億円を失ったのは、需要の見立てではなく、納める側の準備の側に穴があったからなのだろう。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/6594/decisions/sankyo-seiki-acquisition-2003/","t":"経営不振に陥った精密機器メーカーを傘下に収めての立て直し","c":"ニデック","y":2003,"col":"#009A48","s":"FDBモータ投資の回収難で3期続けて経常損失を計上した競合の三協精機に、2度の第三者割当増資で278億74百万円を払い込んで議決権55.6％を取得し、再建して精…","x":"2003 ニデック 三協精機の買収 経営不振に陥った精密機器メーカーを傘下に収めての立て直し 2003年10月に三協精機製作所の第三者割当増資を引き受けて筆頭株主となり、2004年1月に子会社化した。議決権の55.6%を取得し、2005年10月に日本電産サンキョーへ改称 fdbモータ投資の回収難で3期続けて経常損失を計上した競合の三協精機に、2度の第三者割当増資で278億74百万円を払い込んで議決権55.6%を取得し、再建して精密機器の拠点を取り込んだ判断 淘汰の引受先という買収の、意味と重さ この判断の核心は、価格でも規模でもなく、沈んだ競合を潰さずに引き受けたところにある。市場で株式を取得するのではなく、第三者割当増資を引き受けて新しい資本を注ぎ込む方式を採ったことに、その性格がよく表れている。払い込んだ278億74百万円は既存株主から株式を取得する対価ではなく、欠損をてん補したばかりの会社へ入る運転資金であり、支配権はその副産物として付いてきた。会社が多すぎて淘汰が遅れているという永守重信氏の業界観のもとで、日本電産は自ら再編の引受先となったのだといえる。 救済型m&a・支援受け入れ 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/6702/decisions/2003-kurokawa-turnaround/","t":"連結最終赤字3,825億円からの再建","c":"富士通","y":2003,"col":"#c8102e","s":"上場後最大級の赤字を機に社長を代え、ハード依存からの脱却とリストラで赤字体質の立て直しに動いた構造改革","x":"2003 富士通 構造改革の断行 連結最終赤字3,825億円からの再建 2003年6月に富士通が黒川博昭氏へ社長を代えた。2002年3月期の連結最終赤字3825億円を受け、秋草直之氏の後にリストラを進めた 上場後最大級の赤字を機に社長を代え、ハード依存からの脱却とリストラで赤字体質の立て直しに動いた構造改革 縮められても、描けなかった20年 この再建の意味は、成功譚としてよりも、構造改革の難しさを映す事例として重い。方向はすでに1993年から分かっていた。汎用機に依存する体質を脱し、ソフト・サービスで稼ぐという処方箋は、掲げるたびに『絵に描いた餅』と評された。黒川博昭氏の再建もまた、まず赤字を止めることに追われ、何を残して勝つかという問いへ答えを出すには至らなかっただろう。技術で頂点を極めた会社ほど、成功体験を手放して事業モデルを組み替えることが難しいことがうかがえる。 経営再建・ターンアラウンド トップ交代・承継 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6724/decisions/ipo-2003/","t":"非公開の会社から、市場の値付けに日々晒される会社への移行","c":"セイコーエプソン","y":2003,"col":"#10218A","s":"年1,000億円を超える設備投資を銀行借り入れで支える体制では機動的な事業展開に支障が出るとして、服部一族が株式の6割を保有する非公開の資本構成を改め、時計事業…","x":"2003 セイコーエプソン 東証一部へ株式上場 非公開の会社から、市場の値付けに日々晒される会社への移行 2003年6月に東京証券取引所第一部へ株式を上場した。三大未上場企業とも呼ばれた会社が公募価格2600円を上回る3690円の初値をつけた 年1,000億円を超える設備投資を銀行借り入れで支える体制では機動的な事業展開に支障が出るとして、服部一族が株式の6割を保有する非公開の資本構成を改め、時計事業の再編と並行して東証一部への単独上場に踏み切った判断 資本の再編を先に、時計を後に 服部一族が約6割の株を握り、年1,000億円を超える設備投資を銀行借り入れで支える。この組み合わせが、1996年から社内体制を構築してまで上場を求めた理由であっただろう。『早く上場させてくれというエプソンからの催促は、日増しに強くなるばかりだった』という服部純一セイコーインスツルメンツ社長の言葉が示すのは、上場が資金調達の話であると同時に、グループの中で自分の投資を自分で決める権限の話でもあったことである。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/6754/decisions/2003-mobile-measurement-bet/","t":"携帯通信の世代交代を先取りした、需要が立つ前からの資源投入","c":"アンリツ","y":2003,"col":"#009C73","s":"通信バブル崩壊の底で3G以降のモバイル計測へ先行投資し、世代交代のたびに回収を重ねて主力事業に育てた戦略","x":"2003 アンリツ モバイル計測に先行投資 携帯通信の世代交代を先取りした、需要が立つ前からの資源投入 2003年に携帯端末の開発用測定器へ先行投資を重ねた。itバブル崩壊で業績が半減した後も3g・lte・5gの世代交代を先取りした 通信バブル崩壊の底で3g以降のモバイル計測へ先行投資し、世代交代のたびに回収を重ねて主力事業に育てた戦略 波に賭ける、忍耐の投資 この判断の特徴は、目先の業績ではなく、まだ来ていない世代へ資源を投じた点にある。itバブル崩壊で在庫の怖さを味わった直後に、アンリツは汎用計測から手を引くのではなく、次に来る3gへ先行して投資した。市場が立ち上がる前に技術を仕込む賭けは、当たれば世代交代のたびに商機を生むが、外せば投資だけが先んじて重荷になる。危機の底でこの賭けに踏み込んだ判断が、後のモバイル計測の主力化を支えただろう。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6758/decisions/sony-ericsson-jv-2003/","t":"合弁会社の設立と、赤字下での追加出資による事業の継続","c":"ソニー","y":2003,"col":"#003366","s":"3G移行期の携帯電話端末で単独では規模と技術を賄えないとみた両社が事業を統合し、赤字が続いた発足初期にも追加出資で継続を選んだ判断","x":"2003 ソニー エリクソンと携帯電話合弁 合弁会社の設立と、赤字下での追加出資による事業の継続 2001年10月にエリクソンと携帯電話事業を統合。折半出資でソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズを設立 3g移行期の携帯電話端末で単独では規模と技術を賄えないとみた両社が事業を統合し、赤字が続いた発足初期にも追加出資で継続を選んだ判断 撤退観測の岐路で、資本が語ったもの この判断の核心は、2001年の設立そのものよりも、赤字と解消観測が続いた2003年に両親会社が追加出資で継続を選んだ一点にあるとみられる。合弁は撤退の敷居が低い形態であり、実際に市場は解消のシナリオを織り込みつつあった。しかもソニー本体は同じ年に\"ソニーショック\"に見舞われ、守勢に回ってもおかしくない年であった。それでも規模を追わず高付加価値機種に絞るという合弁側の戦略を信じ、資本で時間を買った判断が、t610からw800へ続くヒットの土台になったといえる。 グローバル経営体制 経営再建・ターンアラウンド 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/7167/decisions/ashigin-nationalization-2003/","t":"債務超過の認定と、預金保険法に基づく特別危機管理への移行","c":"めぶきフィナンシャルグループ","y":2003,"col":"#6898B2","s":"不良債権処理の遅れと繰延税金資産の取り崩しで債務超過に陥った足利銀行を、預金保険法に基づき特別危機管理銀行として国有化し、公的管理下で再建・再民営化した危機対応","x":"2003 めぶきフィナンシャルグループ 足利銀行の実質国有化 債務超過の認定と、預金保険法に基づく特別危機管理への移行 2003年11月に特別危機管理銀行へ移行。9月中間期の債務超過を金融庁へ申し出て預金保険機構が全株式を取得し事実上の国有化 不良債権処理の遅れと繰延税金資産の取り崩しで債務超過に陥った足利銀行を、預金保険法に基づき特別危機管理銀行として国有化し、公的管理下で再建・再民営化した危機対応 公的管理が引いた線 この一時国有化を、一地方銀行の破綻という言葉だけで片づけるのは、起きたことの半分しか見ていない。繰延税金資産を全額取り崩した時点で純資産はマイナス1,023億円へ沈み、株主の価値は失われた。それでも預金は全額が守られ、窓口は翌日も開き続けた。制度が救ったのは預金者と決済の流れであり、失われたのは株主価値と、拡大路線を止められなかった経営そのものであった。救うものと救えないものの線を、預金保険法という枠組みがはっきり引いた事例だったと推察される。 経営破綻・法的整理 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/7581/decisions/china-expansion-2003/","t":"低価格モデルの海外移植とアジア利益柱への反転","c":"サイゼリヤ","y":2003,"col":"#05A645","s":"国内で確立した低価格・製造直販の型を中国・上海へ移植し、赤字を織り込んで出店密度を積み上げた結果、アジア（中国中核）が国内不振を補うグループの収益源へ反転した海…","x":"2003 サイゼリヤ 中国・上海への進出 低価格モデルの海外移植とアジア利益柱への反転 2003年6月に中国・上海へ進出。サイゼリヤが独資の子会社を設立し、低価格と製造直販の型を展開して20年でアジアを収益源に育てた 国内で確立した低価格・製造直販の型を中国・上海へ移植し、赤字を織り込んで出店密度を積み上げた結果、アジア(中国中核)が国内不振を補うグループの収益源へ反転した海外進出 国内で生まれた型を、次はどこへ展開するか この判断の性格は、海外へ売り場を広げたことよりも、国内で磨いた原価設計をそのまま別の市場へ移せると見切った点にある。立地と味を動かさず価格を変数として絞り込み、食材の調達から加工までを自社で握るという国内の型は、賃料も人件費も為替も異なる中国で作り替えずに通用した。参入から20年、国内が薄利に沈むあいだにアジアが利益の中核へ回ったのは、模倣店が並ぶ前に密度を作るという当初の読みが、値づけと出店の両面で持ちこたえたからといえる。 海外進出・現地生産 低価格・コストリーダーシップ 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/7741/decisions/us-style-governance-2003/","t":"ROEを軸に据えた経営への切り替えと統治構造の再構築","c":"HOYA","y":2003,"col":"#4695CC","s":"米国事業からROEの低さを問われたことなどを契機に1990年代半ばに始めた資本効率重視の経営を、2003年6月の委員会設置会社への移行と社外取締役が過半を占める…","x":"2003 hoya 米国型ガバナンスへ移行 roeを軸に据えた経営への切り替えと統治構造の再構築 2003年6月に委員会設置会社へ移行。社外取締役が過半を占める取締役会を敷き、roe重視の経営を統治の形にまで落とし込んだ 米国事業からroeの低さを問われたことなどを契機に1990年代半ばに始めた資本効率重視の経営を、2003年6月の委員会設置会社への移行と社外取締役が過半を占める取締役会によって、経営を監督する統治のかたちにまで発展させた経営判断 資本効率を、統治のかたちにした会社 この経営判断の核心は、資本効率を掲げる経営を、掛け声にとどめず統治のかたちにまで落とし込んだ点にある。1990年代半ば、米国事業からroeの低さを問われた鈴木哲夫氏が事業の選択と集中に着手し、続く鈴木洋氏が2003年に委員会等設置会社へ移して、社外取締役が過半を占める取締役会をつくった。数値目標としてのroeと、経営を監督する仕組みとしてのガバナンス。二つを一続きのものとして扱った点に、この会社らしさがうかがえる。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8238/decisions/mens-building-2003/","t":"新宿本店ブランド区画の撤去、本館改装への150億円の投入","c":"伊勢丹","y":2003,"col":"#E60021","s":"冷え込んだメンズ市場と「増床なき改装は成功しない」という相場観のなかで、ブランドごとの仕切りを取り払って売り場の編集権を百貨店側へ引き寄せ、好調期に売上高の伸び…","x":"2003 伊勢丹 メンズ館の全面改装 新宿本店ブランド区画の撤去、本館改装への150億円の投入 2003年9月に新宿本店メンズ館を全面改装。武藤信一社長が取引先の反対を押して壁を崩し、館ごとロゴと什器を統一 冷え込んだメンズ市場と「増床なき改装は成功しない」という相場観のなかで、ブランドごとの仕切りを取り払って売り場の編集権を百貨店側へ引き寄せ、好調期に売上高の伸びを捨ててまで本館改装への投資を前に倒した判断 床を増やさずに売り場を取り戻す 2003年、伊勢丹は売場の床を広げる道をとらず、1968年開業の館の中身だけを組み替えた。ブランドごとに仕切られた区画を解き、売り場をどう編集するかの権限を百貨店の手元へ引き戻す改装であり、ブランドホルダーは武藤信一社長に対し、失敗した場合に元の姿へ戻す保証を求めた。床を増やさずに改装しても当たらないというのが当時の通説で、見通しの立ちにくい方へあえて踏み出した工事であり、男性が来店者の53%を占めるという成果はその後に付いてきた。 収益モデル転換 ブランド・マーケティング 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/8243/decisions/seibu-integration-millennium-2003/","t":"かつての商売敵との統合による、ミレニアムリテイリング傘下入り","c":"そごう","y":2003,"col":"#333333","s":"破綻したそごうが元西武百貨店会長の和田繁明氏を迎え、個店主義を捨てた「西武化」で9店閉鎖・約3200人削減の再建を断行、2003年に西武百貨店と経営統合してミレ…","x":"2003 そごう 西武百貨店と経営統合 かつての商売敵との統合による、ミレニアムリテイリング傘下入り 2003年6月に西武百貨店と経営統合。負債1兆8700億円で破綻したそごうが西武化で再建し、ミレニアムリテイリング傘下へ 破綻したそごうが元西武百貨店会長の和田繁明氏を迎え、個店主義を捨てた「西武化」で9店閉鎖・約3200人削減の再建を断行、2003年に西武百貨店と経営統合してミレニアムリテイリングの持株会社傘下へ入り、想定より早く民事再生を終結させた再編 破綻を触媒にした統合 そごうの再建が示したのは、破綻した企業を甦らせる力が、必ずしも自力の内には無いという逆説であった。かつて売り場を奪い合った西武百貨店の経営手法をそのまま移し、資本まで委ねることで、そごうは法的整理の重荷から2年半ほどで抜け出した。個店主義という百貨店の伝統を捨て、標準化と規模で高コスト体質を断つという和田繁明氏の設計は、少なくとも当座の再生という一点では答えを出したのだろう。 合併・経営統合 リストラ・構造改革 持株会社化・グループ再編 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/8252/decisions/management-reform-2003/","t":"組織制度改革——希望退職・成果主義・システム刷新の同時断行と撤回","c":"丸井","y":2003,"col":"#333333","s":"10年を超える小売低迷の原因を組織と制度の硬直に求め、希望退職・成果主義・システム刷新を一度に断行したが、社員の信頼を損ない4年で撤回した組織改革","x":"2003 丸井 希望退職700名と成果主義導入 組織制度改革——希望退職・成果主義・システム刷新の同時断行と撤回 2003年8月に組織と制度の改革を断行。希望退職700名、社員5500名の子会社転籍、約100億円のシステム刷新を同時に進める 10年を超える小売低迷の原因を組織と制度の硬直に求め、希望退職・成果主義・システム刷新を一度に断行したが、社員の信頼を損ない4年で撤回した組織改革 何を原因と見立てるか、が改革の成否を分ける この判断の核心は、財務の危機への応急処置ではなく、長い低迷の原因をどこに見立てたか、にある。当時の経営陣は原因を組織と制度の硬直に求め、人員・評価・給与・システムを一度に入れ替えれば会社は動き出すと考えた。だが、売り場が売れない理由が制度だけにあったわけではない。前提の診断がずれたまま速度と徹底を優先した結果、施策は狙いと反対に社員の信頼を削り、4年で撤回に追い込まれた。 リストラ・構造改革 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/8304/decisions/cerberus-ownership-2003/","t":"ソフトバンク保有株の売却を経た普通銀行への転換と再上場","c":"あおぞら銀行","y":2003,"col":"#00a0e9","s":"再生の受け皿だった筆頭株主が純投資として持分の売却に動き、銀行法改正で主要株主規制の対象となる見込みも重なって、株主の座が国内事業会社から米投資ファンドへ移った","x":"2003 あおぞら銀行 米サーベラス筆頭株主化 ソフトバンク保有株の売却を経た普通銀行への転換と再上場 2003年に米サーベラスが筆頭株主となる。ソフトバンクの保有株売却で三井住友銀行も名乗りを上げたが、あおぞら銀行は同ファンド傘下へ 再生の受け皿だった筆頭株主が純投資として持分の売却に動き、銀行法改正で主要株主規制の対象となる見込みも重なって、株主の座が国内事業会社から米投資ファンドへ移った 筆者の見解 三井住友銀行が名乗りを上げたのに、売り手は条件で決めた。銀行の株主がだれになるかは、この時、金融行政の設計よりも売り手の資金事情で決まったのだろう。 外資傘下入り・対内m&a 上場・ipo・市場変更 外部人材・プロ経営者 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8308/decisions/resona-nationalization-2003/","t":"預金保険法102条の初適用による公的資金約1兆9,600億円の受け入れと、外部招聘した細谷英二会長のもとでのリテール銀行再建","c":"りそなホールディングス","y":2003,"col":"#00833f","s":"繰延税金資産の取り崩しで自己資本が国内基準を割り込んだりそなホールディングスが、預金保険法第102条第1号による約1兆9,600億円の公的資金を受け入れて実質国…","x":"2003 りそなホールディングス 公的資金1.96兆円受入 預金保険法102条の初適用による公的資金約1兆9,600億円の受け入れと、外部招聘した細谷英二会長のもとでのリテール銀行再建 2003年5月に公的資金1兆9600億円を受け入れ。繰延税金資産の取り崩しで自己資本が国内基準を割り、細谷英二氏が会長へ 繰延税金資産の取り崩しで自己資本が国内基準を割り込んだりそなホールディングスが、預金保険法第102条第1号による約1兆9,600億円の公的資金を受け入れて実質国有化され、外部から招いた細谷英二会長のもとでリテール特化と徹底したコスト削減を進め、12年で公的資金を完済した財務再建 国有化が残したもの この判断の重さは、危機の底で経営の担い手を外に求めた思い切りにある。破綻処理ではなく予防的な資本増強という初めての枠組みで国が銀行を支え、金融の常識から離れた鉄道会社出身の会長に再建を託した。銀行の内側では当たり前とされてきた仕事の進め方を、外の目で問い直したことが、単なる資本の穴埋めを超えた再建の原動力になったと思われる。国有化という強い制約が、かえって思い切った改革の余地を開いた面もあった。 経営再建・ターンアラウンド 外部人材・プロ経営者 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8439/decisions/tse-listing-2003/","t":"設立から34年を経ての株式公開と、市場からの資金調達への道筋づくり","c":"東京センチュリー","y":2003,"col":"#003F87","s":"株主4社の信用に依存した薄い自己資本を、公開市場からの調達で厚くし、自前の格付と社債発行につなげた資本政策","x":"2003 東京センチュリー 東証二部上場 設立から34年を経ての株式公開と、市場からの資金調達への道筋づくり 2003年9月に東証二部へ株式を上場。新株1,000万株を発行価格800円で公募し、払込金総額は75億2,000万円、設立から34年での株式公開 株主4社の信用に依存した薄い自己資本を、公開市場からの調達で厚くし、自前の格付と社債発行につなげた資本政策 4社の名前で借りる会社から、自分の名前で借りる会社へ 1969年から2003年までの34年間、この会社の信用は株主4社の名前でできていた。伊藤忠商事の案件と第一銀行系の与信、日本生命保険と朝日生命保険の資金。総資産8,000億円を自己資本186億円で回せたのは、貸し手が同社の背後に4社を見ていたからにほかならない。上場によって同社が獲得したのは、公募で得た75億2,000万円という現金だけではない。株価と格付によって毎日値付けされる、自分自身の信用であった。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8754/decisions/nipponkoa-business-suspension-2003/","t":"代理店の違法な生保募集による代理店名の非公表","c":"日本興亜損害保険","y":2003,"col":"#FF9900","s":"代理店による保険業法違反を理由に金融庁から過去最長の生保募集業務停止命令を受け、代理店名を公表せず、研修と最終通告の実施を挙げて黙認を否定した不祥事対応","x":"2003 日本興亜損害保険 12日間の業務停止命令 代理店の違法な生保募集による代理店名の非公表 2003年11月に12日間の業務停止命令を受ける。金融庁が日本興亜損保と子会社2社を処分し、中古車販売代理店による虚偽説明と無登録募集が理由 代理店による保険業法違反を理由に金融庁から過去最長の生保募集業務停止命令を受け、代理店名を公表せず、研修と最終通告の実施を挙げて黙認を否定した不祥事対応 借りられるのは販売力だけであった 1年強で4,000件、自社の個人保険新規契約件数の5.5%を1社の代理店から受け取った時点で、この販売は会社が確かめられる範囲を超えていた。全国展開の代理店を持たなかった日本興亜生命が組んだ相手は、48店舗を構える中古車販売業者であった。研修を3度重ね、最終通告まで出したという説明が事実だとしても、その間も契約は積み上がり続けている。借りられるのは売る力であって、売り方を確かめる力ではなかった。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8804/decisions/condominium-brillia-2003/","t":"郊外マンション分譲への参入と、市場別5ブランドの一本化","c":"東京建物","y":2003,"col":"#009348","s":"大衆マンションから都心高価格帯まで需要が分化していく住宅市場に対し、市場別に展開した5ブランドを一つの名前へ集約し、商品の水準で選ばれる販売手法へ切り替えた判断","x":"2003 東京建物 「brillia」へブランド統一 郊外マンション分譲への参入と、市場別5ブランドの一本化 2003年4月に分譲マンションのブランドを統一した。1993年から市場別に5種類あった名称をbrilliaへ集約し、翌2004年には戸建てへも展開 大衆マンションから都心高価格帯まで需要が分化していく住宅市場に対し、市場別に展開した5ブランドを一つの名前へ集約し、商品の水準で選ばれる販売手法へ切り替えた判断 名前を減らして残ったもの 1993年に市場別の5ブランドを敷いた会社が、10年で名前を一つに畳んだ。買い手の層ごとに別の看板を立てるより、一つの名前で水準を示すほうが選ばれるという読み替えである。その判断が現場から出てきたことには理由がありそうで、バブル崩壊後に完成在庫を売り切る任にあたり、市場を無視した価格の物件は売れないと開発部門へ説いた畑中誠氏の十数人の部下が、住宅開発の中心にいたからだと思われる。 隣接領域への展開 ブランド・マーケティング 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/9001/decisions/skytree-toshi-2003/","t":"1,349億円を投じた、電波塔を核とする街づくりへの転換","c":"東武鉄道","y":2003,"col":"#00458F","s":"地上デジタル放送移行を機に浮上した新電波塔の建設地に自社保有地を提供し、沿線価値の向上と収益源の多角化をねらった大型投資判断","x":"2003 東武鉄道 東京スカイツリー建設に投資 1,349億円を投じた、電波塔を核とする街づくりへの転換 2006年3月期に押上・業平橋の自社用地へ新タワー建設を掲げた。東武タワースカイツリーが596億円、東武鉄道が街区開発に753億円を投じ、2012年5月に東京スカイツリータウンを開業した 地上デジタル放送移行を機に浮上した新電波塔の建設地に自社保有地を提供し、沿線価値の向上と収益源の多角化をねらった大型投資判断 巨額投資と、その先に残る問い 有利子負債965,605百万円を抱えたさなかに1,349億円を投じるという判断は、電波塔という一見畑違いの案件を、沿線価値向上のための都市開発として引き受けた点に核心があったと思われる。その性格は投資の内訳にも表れている。タワー本体の596億円より、足元の商業施設とオフィス施設に充てた753億円のほうが大きい。押上・業平橋の自社用地と地上デジタル放送への移行という外部の制度変更が重なった機会を、鉄道会社が街づくりへ転換した例といえる。 大型設備投資 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9435/decisions/debt-reduction-oa-pivot-2003/","t":"社債償還危機下の有利子負債圧縮と収益源の入れ替え","c":"光通信","y":2003,"col":"#00469C","s":"社債に付いた株主資本の維持条項に追われた光通信が、2期続けて第三者割当増資と資本準備金の取崩しで自己資本を守りつつ、収益源を携帯電話代理店からOA機器など自社商…","x":"2003 光通信 oa機器販売への転換 社債償還危機下の有利子負債圧縮と収益源の入れ替え 2003年3月にoa機器販売への転換。携帯電話販売ショップを全国470店舗まで縮小し、複写機を販売する法人事業の営業所22ヶ所へ収益源を組み替えた 社債に付いた株主資本の維持条項に追われた光通信が、2期続けて第三者割当増資と資本準備金の取崩しで自己資本を守りつつ、収益源を携帯電話代理店からoa機器など自社商材の直販へ組み替えた財務再建 商材を替えても販売手法は替えない この再建で目を引くのは、危機の引き金と再建の手段がいずれも販売力という同じ資産だった点である。過剰出店で会社を追い込んだのも、社債の償還原資をひねり出したのも、中小企業へ商材を売り込む営業網であった。携帯電話販売ショップを470店舗まで畳む一方で、同じ売り方を複写機に載せ替え、法人事業の営業所を全国へ立てていった。店を減らして営業所を増やすという入れ替えは、商材を替えても売り方は替えないという判断だったのだろう。 経営再建・ターンアラウンド 収益モデル転換 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9506/decisions/group-consolidation-2003/","t":"東北インテリジェント通信を含む2社の傘下入れによるグループ事業の再編","c":"東北電力","y":2003,"col":"#E60012","s":"部分自由化で地域独占の前提が崩れるなか、電気を中核としつつ周辺と位置する再生可能エネルギー電源と地域通信を連結の範囲に組み入れ直し、グループの事業領域を組み替え…","x":"2003 東北電力 東北水力地熱の子会社化 東北インテリジェント通信を含む2社の傘下入れによるグループ事業の再編 2003年10月に東北水力地熱を子会社化。東北電力が東北地熱エネルギーの増資新株を引き受けて筆頭株主となり、翌年に東北インテリジェント通信も傘下へ 部分自由化で地域独占の前提が崩れるなか、電気を中核としつつ周辺と位置する再生可能エネルギー電源と地域通信を連結の範囲に組み入れ直し、グループの事業領域を組み替えた判断 削減する対象と抱える対象 幕田圭一社長が引き継いだのは、evaという物差しで自らの資産を測り直している途中の会社であった。設備工事費をピークの5,000億円弱から2,000億円台前半まで削り、総資産を1999年度から約1,700億円圧縮する一方で、破綻した日本重化学工業グループの地熱・水力を65%出資で引き受け、96社に分かれていた通信会社の株式を自己株式で買い戻した。削る対象と抱える対象を同じ2年のうちに決めたところに、この再編の性格が表れているとみられる。 持株会社化・グループ再編 救済型m&a・支援受け入れ 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9602/decisions/virgin-cinemas-acquisition-2003/","t":"シネマコンプレックス網の取り込みによる映画興行の自社一元化","c":"東宝","y":2003,"col":"#003692","s":"シネコン化に出遅れた東宝が、外資が築いた運営会社を約100億円で丸ごと取得して興行網を業界首位へ拡大し、本体と子会社に分かれていた興行運営を一本化する足がかりと…","x":"2003 東宝 ヴァージン・シネマズ買収 シネマコンプレックス網の取り込みによる映画興行の自社一元化 2003年に英ヴァージン・シネマズ・ジャパンを買収。全株式を約100億円で取得し8館81スクリーンを加えて興行網は365スクリーンへ シネコン化に出遅れた東宝が、外資が築いた運営会社を約100億円で丸ごと取得して興行網を業界首位へ拡大し、本体と子会社に分かれていた興行運営を一本化する足がかりとした買収 興行を掌握するということ この買収は、映画館を数だけ増やしたという規模の話に収まらない。東宝は製作・配給を担いながら、直営館という旧来の形のままシネコン化の波に乗り切れずにいた。外資が三年ほどで築いた運営会社を丸ごと取り込み、全国8館・81スクリーンを一挙に手にして首位へ立ったところに、興行の主導権を自前で握り直そうとする意思が表れているのだろう。約100億円という買収額も、上映網が配給の収益を左右する映画会社にとっては、興行を外部に委ねないための対価だったといえる。 垂直統合・内製化 pmi・買収後統合 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/9684/decisions/square-enix-merger-2003/","t":"映画\"ファイナルファンタジー\"の失敗が導いた同業大手との統合","c":"スクウェア・エニックス・ホールディングス","y":2003,"col":"#E20A16","s":"映画事業の失敗で経営危機に陥ったスクウェアが、出版社型で安定した黒字を保つエニックスに合流し、エニックスを存続会社として吸収合併された経営統合","x":"2003 スクウェア・エニックス・ホールディングス エニックスとの合併 映画\"ファイナルファンタジー\"の失敗が導いた同業大手との統合 2003年4月にエニックスと合併。映画の興行失敗で危機に陥ったスクウェアがエニックスを存続会社としてスクウェア・エニックスへ 映画事業の失敗で経営危機に陥ったスクウェアが、出版社型で安定した黒字を保つエニックスに合流し、エニックスを存続会社として吸収合併された経営統合 「危機の統合」が残したもの この合併の型には、危機に陥った側が身軽な側に合流する統合でありながら、発表の場では\"攻めの合併\"という前向きな言葉が選ばれた点に特徴があるのだろう。映画事業の失敗という守勢の事情と、顧客接点の拡大やグローバル展開という攻勢の論理が同居し、合併比率をめぐる攻防では、劣勢に見えたスクウェア側が株主の反対を武器に条件を引き上げた。危機からの統合であっても、当事者の力関係は数字が示すほど一方的ではなかったことがうかがえる。 合併・経営統合 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/9744/decisions/china-entry-2003/","t":"中国エンジニア育成・供給事業への進出","c":"メイテックグループホールディングス","y":2003,"col":"#003F87","s":"顧客の製造業が中国へ移転した開発・生産拠点の人材需要を取りに行き、国内の研修モデルを現地の技術者育成へ移植する海外進出","x":"2003 メイテックグループホールディングス 上海現地法人の設立 中国エンジニア育成・供給事業への進出 2003年9月に中国での技術者育成事業へ進出。上海に明達科(上海)諮詢有限公司を設け、国内の客先常駐派遣で築いた研修の型を日系製造業向けに展開する 顧客の製造業が中国へ移転した開発・生産拠点の人材需要を取りに行き、国内の研修モデルを現地の技術者育成へ移植する海外進出 移植できたものと、できなかったもの この進出でメイテックが持ち込もうとしたのは、設備でも製品でもなく、技術者を育てて客先に置くという方法そのものであった。日本での強さは、研修施設と長い雇用、そして顧客の設計部門との深い関係が組み合わさって初めて成り立っている。中国では、育成した技術者を引き止める仕組みも、常駐を受け入れる商習慣も、日本と同じようには揃わなかったと思われる。教育と人材紹介から入るという慎重な設計は理にかなっていたが、慎重であるがゆえに規模が育たず、損失を計上しながら十数年を過ごした。 海外進出・現地生産 海外撤退・縮小 隣接領域への展開 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/mori-building/decisions/roppongi-hills-2003/","t":"用地の自社取得から地権者参画・床売却への切り替え","c":"森ビル","y":2003,"col":"#9FA0A0","s":"地価下落で土地の含みが失われ、土地を大量に仕入れて自社保有する手法が成り立たなくなったため、地権者と投資家に負担を分散する方式へ切り替えた","x":"2003 森ビル 六本木ヒルズの竣工 用地の自社取得から地権者参画・床売却への切り替え 1995年8月に六本木の用地取得方針を改める。敷地11万平方メートルで地権者参画と床売却へ切り替え、2003年4月に六本木ヒルズが完成 地価下落で土地の含みが失われ、土地を大量に仕入れて自社保有する手法が成り立たなくなったため、地権者と投資家に負担を分散する方式へ切り替えた 投資を抑える設計と、細部を決める経営 アークヒルズで敷地の4分の3を取得した会社が、六本木では3分の1に抑えたいと言うようになった。土地を買い集めて開発利益を独占する形から、地権者と投資家に負担を分ける形へ、事業の組み立てそのものを変えたことになる。含み益がピークの1兆5000億円から1000億円台まで落ちた会社にとって、10年単位の再開発を続ける道はこれしか残っていなかったと思われる。買わないことを選んだ結果、森ビルの仕事は土地を持つことから街を運営することへ寄っていった。 収益モデル転換 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/ykk/decisions/unlisted-employee-ownership-2003/","t":"株式を公開せず、社員が株主であり続ける資本政策","c":"YKK","y":2003,"col":"#0082BE","s":"株主を損得で売買する投資家ではなく事業に協力する当事者と定義し、社員が株を持つ仕組みを保つため株式公開を選ばなかった","x":"2003 ykk 非上場と社員持株の継続 株式を公開せず、社員が株主であり続ける資本政策 2003年8月に非上場と社員持株を続ける。賞与の半分を社内預金に回し、入社3年以上の社員が株主になる仕組みを保った 株主を損得で売買する投資家ではなく事業に協力する当事者と定義し、社員が株を持つ仕組みを保つため株式公開を選ばなかった 開示する非上場という位置 非上場を選ぶ企業は珍しくないが、ykkの場合は有価証券報告書を出し続けている点で普通の未公開企業と異なる。社債などの発行によって開示義務を負う立場にあり、売上も利益も大株主も役員報酬も公開されている。上場によって得られるもののうち、情報開示の規律は非上場のまま引き受けてきたことになる。 上場・ipo・市場変更 創業家・同族 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/1375/decisions/mushroom-war-2002/","t":"競合主力のぶなしめじ・エリンギへの参入と生産拠点の増設","c":"ユキグニファクトリー","y":2002,"col":"#E60012","s":"独占していたまいたけ市場へホクトが参入したことに対し、相手の主力であるぶなしめじ・エリンギへ量産設備を建てて逆に参入し、価格を引き下げて市場を拡大する創業以来の…","x":"2002 ユキグニファクトリー 五泉バイオセンター新設 競合主力のぶなしめじ・エリンギへの参入と生産拠点の増設 2002年3月に五泉バイオセンター新設。ぶなしめじを生産し、5月には第4バイオセンターで最大手ホクトの主力エリンギへ参入 独占していたまいたけ市場へホクトが参入したことに対し、相手の主力であるぶなしめじ・エリンギへ量産設備を建てて逆に参入し、価格を引き下げて市場を拡大する創業以来の方法で応じた 同じ方法を、同じ体力の相手に向けたとき まいたけの店頭価格は、1995年の時点で100グラム約150円と10年前の半分まで下がっていた。値を下げて食べる人を増やし、下がった価格で後続の参入を退ける。雪国まいたけは創業から20年近くこの回し方を使ってきた。2002年のぶなしめじとエリンギへの参入も、同じ方法をもう一度当てた判断だと思われる。違っていたのは相手で、ホクトも大規模施設で通年生産する会社であり、値下げにも増産にも同じ手で応じられた。価格は下がっても市場は広がらなかった。 隣接領域への展開 低価格・コストリーダーシップ 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/2270/decisions/shinyu-separation-2002/","t":"市乳事業の切り離しと、農協系資本の下での経営の立て直し","c":"雪印メグミルク","y":2002,"col":"#0075C2","s":"二度目の不祥事で販売と資金繰りが崩れ、単独での再建が成り立たなくなったため、赤字の市乳事業を農協系との統合会社へ移管し、本体は採算の取れる乳製品に集中した","x":"2002 雪印メグミルク 全農主導での再建受け入れ 市乳事業の切り離しと、農協系資本の下での経営の立て直し 2002年3月に全農主導での再建受け入れ。市乳事業を本体から切り離して全農・全酪連の2社と統合し、2003年1月に日本ミルクコミュニティが発足 二度目の不祥事で販売と資金繰りが崩れ、単独での再建が成り立たなくなったため、赤字の市乳事業を農協系との統合会社へ移管し、本体は採算の取れる乳製品に集中した 預けた事業が戻るまでの6年 この判断で雪印乳業が実際に選んだのは、事業を売って現金に換えることではなく、赤字の事業を持てる相手に預け、本体を採算の取れる範囲まで縮めることであった。市乳を切り離せば本体の止血にはなるが、預けた先が非営利に近い生産者団体である以上、そこで採算が立つ保証はない。当時の誌面が繰り返し指摘したのもその点で、消費者に向いたブランド経営のノウハウは全農の側に乏しかった。ネスレを望んだ社長の判断が通らなかったことも含め、選択の幅はきわめて狭かった。 リストラ・構造改革 不祥事・信頼回復 選択と集中 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/2282/decisions/beef-mislabeling-2002/","t":"食肉の産地表示をめぐる不正の発覚と、これを受けた執行部の総入れ替え","c":"日本ハム","y":2002,"col":"#DD0E20","s":"BSE対策の牛肉買い取り制度を子会社が悪用した偽装が発覚し、不買運動と信頼失墜のなかで社長交代と品質保証・コンプライアンス体制の再構築に至った不祥事対応","x":"2002 日本ハム 牛肉偽装事件と経営刷新 食肉の産地表示をめぐる不正の発覚と、これを受けた執行部の総入れ替え 2002年8月に牛肉偽装事件と経営刷新。子会社の日本フードが輸入牛肉に国産のラベルを貼りbse買い取り制度を悪用し、藤井良清氏が社長に就任した bse対策の牛肉買い取り制度を子会社が悪用した偽装が発覚し、不買運動と信頼失墜のなかで社長交代と品質保証・コンプライアンス体制の再構築に至った不祥事対応 けじめの重さと、統制が残したもの この事件が日本ハムに迫ったのは、責任者の交代だけではなく、会社の統治のかたちそのものへの問い直しであった。社長の座は、6年務めた大社啓二氏から、営業本部長を経て役員となった藤井良清氏へ移った。それと並んで会社が急いだのは、品質保証部と改革推進本部を新設し、企業倫理委員会を外部の委員長に委ね、翌年には執行役員制度で取締役を絞り込み、相談・通報の窓口を社外にも置くことであった。人を替えるだけでは足りないという認識が、この一年半に置かれた機関の数に表れている。 不祥事・信頼回復 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/2317/decisions/nasdaq-japan-listing-2002/","t":"システムプロとしての株式公開と、新興市場での資金調達の道の確保","c":"システナ","y":2002,"col":"#FF7830","s":"技術者の増員と開発環境の強化に充てる資金を、公開市場から継続的に調達できる立場を得るための株式上場","x":"2002 システナ ナスダック・ジャパン上場 システムプロとしての株式公開と、新興市場での資金調達の道の確保 2002年8月にナスダック・ジャパン上場。8月27日の有償一般募集で800株を出し、資本金と準備金に2億2,400万円 技術者の増員と開発環境の強化に充てる資金を、公開市場から継続的に調達できる立場を得るための株式上場 資金を得た会社が、次に迫られたもの この上場を、成長した会社が節目に選ぶ通過儀礼として読むと、見落とすものがあるように思われる。逸見愛親氏がかつて選んだのは、受注の7割を断って身軽さを保つ経営であった。上場はその反対側にある選択で、外部の株主に業績を説明し続ける代わりに、増員のための資金を市場から継続して引ける立場を買うものであった。2004年の二度目の公募が上場時の10倍規模だった事実は、この会社にとって上場が一回の資金調達ではなく、資金の蛇口そのものであったことを示している。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/2371/decisions/shareholder-changes-2002/","t":"デジタルガレージ・CCC・電通と移り変わった資本の受け皿の変遷","c":"カカクコム","y":2002,"col":"#FF6F00","s":"デジタルガレージ、CCC、電通、KDDIへと主要株主が次々に入れ替わりながらも、いずれも過半を占めず、カカクコムが独立した経営を保ち続けた資本の来歴","x":"2002 カカクコム kddi傘下入りへの株主変遷 デジタルガレージ・ccc・電通と移り変わった資本の受け皿の変遷 2002年にデジタルガレージの連結子会社化。その後も主要株主がccc・電通・kddiへ入れ替わり、いずれも過半を占めず事業の独立が続いた デジタルガレージ、ccc、電通、kddiへと主要株主が次々に入れ替わりながらも、いずれも過半を占めず、カカクコムが独立した経営を保ち続けた資本の来歴 親会社が二転三転しても事業が揺らがなかったのはなぜか カカクコムの資本の来歴で目を引くのは、主要株主が創業者から穐田誉輝氏、dg、ccc、電通、kddiへと次々に替わりながら、事業の担い手と方針がほとんど動かなかった点にある。鍵は、dgが2002年に握った45%の親会社の座を、株式上場と2009年の譲渡を通じて早々に持分法の範囲へ薄めたことにあった。過半を持つ支配株主が不在になったため、以後の買い手はいずれも15〜20%の少数株主として加わるほかなく、経営陣を入れ替えたり運営へ深く踏み込んだりする力を持たなかった。資本の所有が転々と移っても、事業の統治は連続していた。 資金調達・財務戦略 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/2531/decisions/holding-company-spinoff-2002/","t":"持株会社化による酒類・バイオ二事業の分割","c":"宝ホールディングス","y":2002,"col":"#1878D8","s":"収益サイクルとリスクの異なる酒類とバイオを、物的分割で別法人へ切り出し、事業ごとに独立した経営判断と資本市場対話ができる持株会社体制へ組み替えた組織再編","x":"2002 宝ホールディングス タカラバイオ分社 持株会社化による酒類・バイオ二事業の分割 2002年4月に宝酒造への事業承継。物的分割で酒類・食品を宝酒造へバイオをタカラバイオへ移管し宝ホールディングスとなる 収益サイクルとリスクの異なる酒類とバイオを、物的分割で別法人へ切り出し、事業ごとに独立した経営判断と資本市場対話ができる持株会社体制へ組み替えた組織再編 二つの流れを別々の会社に入れた判断 この分割の芯にあるのは、酒とバイオという性格の異なる二つの流れを、別々の会社に入れ直した判断である。成熟した酒類の安定収益と、資金を先に投じて成長を買うバイオを、一つの法人で同じ物差しにかけ続ければ、どちらの評価もかすむ。事業ごとに独立した経営と資本市場の対話を持たせるという発想は、1970年の中央研究所以来、半世紀かけて二本目の柱を育ててきた会社が、その柱を独り立ちさせるための選択だったと推察される。コロナ禍のpcr需要が全社の業績を押し上げた場面は、この構えが噛み合った一例といえる。 持株会社化・グループ再編 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/2670/decisions/korea-overseas-expansion-2002/","t":"自社で組み上げたSPA型小売モデルを国外へ持ち出す形での市場開拓","c":"ABCマート","y":2002,"col":"#E21913","s":"国内で組み上げたSPAと店舗運営の型を、生産委託先でもある韓国に導入し、そこを足がかりにアジアへ店舗網を拡大した市場開拓","x":"2002 abcマート 韓国からアジアへ海外展開 自社で組み上げたspa型小売モデルを国外へ持ち出す形での市場開拓 2002年8月に韓国からアジアへ海外展開。出資比率51.0%の合弁でabc-mart koreaを設け韓国はのちに最大の海外市場に 国内で組み上げたspaと店舗運営の型を、生産委託先でもある韓国に導入し、そこを足がかりにアジアへ店舗網を拡大した市場開拓 名前を持たずに出ていくということ この海外展開でまず目を引くのは、進出先の選び方よりも、進出の順序である。生産を委託していた国へ売りに行く——供給の経路をすでに持っている場所を最初の市場に選んだ点に、この会社の慎重さがうかがえる。合弁で入って現地の知見を借り、店舗網の型が固まってから持分を100%へ引き上げる運びも同じ性格を帯びている。国内でsc出店を加速していた時期に並行して着手した点を含め、大きな賭けというより、確かめながら踏み幅を広げる進め方であったとみられる。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 韓国 台湾 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/2670/decisions/wholesale-to-retail-2002/","t":"祖業である卸売を畳んでの小売専業への一本化と、業態そのものの転換","c":"ABCマート","y":2002,"col":"#E21913","s":"高収益だが成長の止まった卸売を畳み、店舗網で伸びる小売へ事業と法人格を寄せた主力事業の入れ替え","x":"2002 abcマート itcからabcマートへ改称 祖業である卸売を畳んでの小売専業への一本化と、業態そのものの転換 2002年3月にitcからabcマートへ改称。連結子会社のエービーシー・マートを吸収合併し1985年以来の輸入卸から小売専業へ 高収益だが成長の止まった卸売を畳み、店舗網で伸びる小売へ事業と法人格を寄せた主力事業の入れ替え 名前を譲るという再編の作法 この判断の面白さは、法人格の残し方にある。存続したのは祖業のitcでありながら、看板は小売子会社のものを名乗った。法務の手続きとしては珍しくない形ながら、会社が自分の来歴のどちらを外へ示すかという選択でもある。三木正浩氏は17年かけて育てた輸入卸の名を対外的に消し、社員数十名で始めた小売の屋号を全社の名前に据えた。畳んだ事業の利益率が25%前後であったことを思えば、収益の良し悪しではなく売り先の数え方で将来を測った判断であったのだろう。 祖業・主力事業の転換 販路・チャネル転換 事業売却・撤退 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/2730/decisions/deodeo-eiden-merger-2002/","t":"共同持株会社エディオンの設立と、三市場一部への上場","c":"エディオン","y":2002,"col":"#284DB4","s":"パソコン需要の鈍化と大手二社の大量出店で全国規模の淘汰戦へ移るなか、商圏の重ならない地方の雄二社が株式移転で持株会社を設立し、規模の確保と業界再編の受け皿づくり…","x":"2002 エディオン デオデオ・エイデンの株式移転 共同持株会社エディオンの設立と、三市場一部への上場 2002年3月にデオデオ・エイデンの株式移転。広島と名古屋の地盤を統合し資本金40億円のエディオンを設立し東名阪3市場へ上場 パソコン需要の鈍化と大手二社の大量出店で全国規模の淘汰戦へ移るなか、商圏の重ならない地方の雄二社が株式移転で持株会社を設立し、規模の確保と業界再編の受け皿づくりをねらった経営統合 連合という選択の意味 この統合を、大手二社に押される地方の中堅同士が生き残りで身を寄せ合った守りの一手と読むだけでは、足りない部分が残る。防御であると同時に、業界再編の主導権を先に握ろうとする攻めの布石でもあったと思われる。淘汰は必至という読みのもとで、淘汰される側ではなく統合する側に回ろうとしたところに、この判断の芯があった。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/2811/decisions/yasen-reform-2002/","t":"ヒット商品を連続して生み出すことをねらった、社内の進め方の再構築","c":"カゴメ","y":2002,"col":"#D71920","s":"飲料市場の伸び悩みと食品業界の淘汰が進むなか、喜岡浩二氏（社長）が新商品比率の数値目標と全社提案制度を軸に、単発のヒット依存から連続ヒットを生む商品開発体質へカ…","x":"2002 カゴメ 商品開発体制の刷新 ヒット商品を連続して生み出すことをねらった、社内の進め方の再構築 2002年10月に野戦型の商品開発改革。全社員から提案を募る仕組みと新商品比率の目標を入れ野菜飲料で年商100億円級を放つ 飲料市場の伸び悩みと食品業界の淘汰が進むなか、喜岡浩二氏(社長)が新商品比率の数値目標と全社提案制度を軸に、単発のヒット依存から連続ヒットを生む商品開発体質へカゴメを転換させた社内改革 ヒットを才覚から仕組みへ 喜岡浩二氏(社長)の改革が示したのは、ヒットを個人の才覚ではなく組織の仕組みに宿らせようとする発想であったといえる。新商品比率という指標や全社員参加の提案制度は、一発の当たりに一喜一憂する開発から、外れを織り込みつつ打席に立ち続ける開発へと、評価の軸をずらす試みだったのだろう。まだ市場の若かった野菜飲料の領域でこそ、その仕組みが市場とかみ合ったのだろう。 ブランド・マーケティング 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/3401/decisions/succession-system-2002/","t":"社外委員が社長候補を審査する後継者選抜システムの構築と長島徹社長の選出","c":"帝人","y":2002,"col":"#FD453E","s":"資本市場が経営の透明性を求めるなか、社長の独断に頼らず社外委員が後継候補を審査する仕組みを制度として確立し、長島徹氏への継承につなげた","x":"2002 帝人 経営諮問委員会で長島徹選出 社外委員が社長候補を審査する後継者選抜システムの構築と長島徹社長の選出 2001年11月にアラミド繊維を育てた長島徹を次期社長に選任。安居祥策が設けた経営諮問委員会で社外委員が5人の候補を審査した 資本市場が経営の透明性を求めるなか、社長の独断に頼らず社外委員が後継候補を審査する仕組みを制度として確立し、長島徹氏への継承につなげた 手続きが人を選ぶということ この決断の核心は、誰を選んだかよりも、どう選んだかにある。社長という最も属人的になりがちなポストを、社外委員の前でのプレゼンテーションと質疑という共通の手続きに載せ、現社長が自らの進退と報酬までを同じ委員会に預けた。社内の下馬評が財務・繊維担当の常務を推していたなかで、技術畑の長島徹氏が選ばれた事実は、手続きが個人の思惑を超えて働きうることを示している。透明性を経営改革の総仕上げに据えた安居祥策社長の狙いが、目に見える形で結実した場面であったといえる。 機関設計・取締役会改革 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/3436/decisions/silicon-wafer-integration-2002/","t":"シリコンウェーハを300mm専業会社に集約する新会社の設立","c":"SUMCO","y":2002,"col":"#1c4e9d","s":"300mmへの世代交代で1拠点数百億円規模の投資が単独では負えなくなり、住友金属工業と三菱マテリアルがシリコンウェーハ事業を折半出資の一社へ集約して専業会社を設…","x":"2002 sumco 住友・三菱で事業統合 シリコンウェーハを300mm専業会社に集約する新会社の設立 2002年2月に住友と三菱でシリコン事業を統合。1999年7月設立の共同出資会社が住友金属工業から営業を譲り受け三菱マテリアルシリコンと合併 300mmへの世代交代で1拠点数百億円規模の投資が単独では負えなくなり、住友金属工業と三菱マテリアルがシリコンウェーハ事業を折半出資の一社へ集約して専業会社を設立した業界再編 統合することと、収益を上げるようになること これを住友系と三菱系の合併とだけ読むと、要点を外す。1999年に折半で組まれた共同会社が引き受けたのは、300mmという次世代ウェーハを1社で量産する役割であった。三系列に分かれていた国産シリコンを1つに集めたのは、業界の体裁を整えるためではなく、大きくなり続ける投資を1社に背負わせるための設計であっただろう。 合併・経営統合 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/4329/decisions/problem-solving-internship-2002/","t":"問題解決能力の発掘を狙った、採用の物差しそのものの刷新","c":"ワークスアプリケーションズ","y":2002,"col":"#0762DC","s":"設計と実装を分離しない開発体制に必要な人材を、中途採用ではなく新卒の選抜と教育で確保する仕組みの構築","x":"2002 ワークスアプリケーションズ 問題解決型インターン導入 問題解決能力の発掘を狙った、採用の物差しそのものの刷新 2002年8月に問題解決型インターン導入。実務に近い課題の成績で入社資格を配り、2008年の受け入れは年間1,800人 設計と実装を分離しない開発体制に必要な人材を、中途採用ではなく新卒の選抜と教育で確保する仕組みの構築 強みの条件が、そのまま制約の条件になった この判断の核心は、採用の工夫ではなく、製品設計から人材要件を逆算した点にある。カスタマイズをなくすには標準機能を厚くするしかなく、厚くするには設計と実装を分けない社員が要り、その社員は新卒から育てるほかない。三つは一本の線でつながっており、どれか一つだけを真似ても機能しない。競合が追随できなかったのは、機能表を写すことはできても、この線を丸ごと引き直す必要があったからだと考えられる。同社が新卒に賭けたのは人材理念が先にあったからではなく、労働市場に必要な人材が存在しなかったためである。 雇用・労使 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/4505/decisions/suntory-pharma-2002/","t":"酒類大手の医薬品事業部門を分社化して受け止める共同出資会社の発足","c":"第一製薬","y":2002,"col":"#FC6703","s":"自社創薬の次弾が細るなかで、他社の医薬品事業部門を分社化させて共同出資会社に仕立て、研究者約300人と開発案件を丸ごと取り込んだ判断","x":"2002 第一製薬 第一サントリーファーマ設立 酒類大手の医薬品事業部門を分社化して受け止める共同出資会社の発足 2002年7月に第一サントリーファーマ設立。サントリーの医薬品事業を分社し、出資比率は第一製薬66%・サントリー34%で約300人が移籍 自社創薬の次弾が細るなかで、他社の医薬品事業部門を分社化させて共同出資会社に仕立て、研究者約300人と開発案件を丸ごと取り込んだ判断 買えなかったのは、薬になるまでの時間 第一製薬が取得したのは、売れる薬ではなく、薬を作る人の集団だった。研究開発費を全額引き受け、販売網も自社のものを使いながら、34%はサントリーに残す。完全子会社にするまでの移行の時間を、この34%で買っている。1974年に他社の新薬を導入する方針へ転じた会社が、今度は開発の工程ごと引き取る側へ回った。買う対象が、薬から人へ移っている。 技術・r&d起点の勝負 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/4519/decisions/roche-alliance-2002/","t":"資本業務提携と引き換えに差し出した経営権の過半の譲渡","c":"中外製薬","y":2002,"col":"#025DB8","s":"国内市場の縮小と主力薬エポジンの特許切れを前に、経営権の過半をロシュへ委ね、世界的な販売網と抗体医薬のパイプラインを取り込んで研究開発型のバイオ医薬企業へ移るた…","x":"2002 中外製薬 スイス・ロシュとの提携 資本業務提携と引き換えに差し出した経営権の過半の譲渡 2001年12月にスイス・ロシュとの提携。日本ロシュを吸収する代わりに約50.1%を渡し、独立系から連結子会社へ 国内市場の縮小と主力薬エポジンの特許切れを前に、経営権の過半をロシュへ委ね、世界的な販売網と抗体医薬のパイプラインを取り込んで研究開発型のバイオ医薬企業へ移るための資本業務提携 独立の看板と、成長の原資 この判断の特徴は、独立系の創業家企業が、経営権の過半を外資へ渡してなお、上場・社名・経営陣という独立の形を条件として残した点にある。国内市場が縮み、主力薬エポジンの特許切れが迫るなかで、中外が単独で世界的な研究開発競争を戦い抜くのは難しかった。永山治社長は、支配権をロシュへ委ねる代わりに、世界的な販売網と抗体医薬のパイプラインを取り込む道を選んだ。買収の実質を受け入れながら、自主経営の余地を契約で確保したところに、この統合の設計がある。 外資傘下入り・対内m&a 資本提携・政策保有 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/4578/decisions/abilify-global-pivot-2002/","t":"自社単独での米国販売を採らず、BMS社との共同商業化で収益源を国内消費財から海外医薬品へ切り替えた重点の転換","c":"大塚HD","y":2002,"col":"#236AB2","s":"米国で承認された抗精神病薬エビリファイを自社単独では販売せず、ブリストル・マイヤーズ スクイブと組んで米国市場へ出し、消費財で獲得した原資を販売網の構築ではなく…","x":"2002 大塚hd エビリファイ米国事業のbms提携 自社単独での米国販売を採らず、bms社との共同商業化で収益源を国内消費財から海外医薬品へ切り替えた重点の転換 2002年11月、大塚製薬が米国でエビリファイ(abilify)の販売を開始。米国での開発と商業化は1999年にブリストル・マイヤーズ スクイブ・カンパニーと結んだ契約に基づき、2009年4月には契約一時金400百万ドルを受け取って期間を2015年4月まで延ばした 米国で承認された抗精神病薬エビリファイを自社単独では販売せず、ブリストル・マイヤーズ スクイブと組んで米国市場へ出し、消費財で獲得した原資を販売網の構築ではなく開発と次の化合物へ振り向けた重点の転換 決めていたのは薬ではなく販売方法だった 2002年の米国上市を、新薬が当たった話として読むだけでは足りない。決めていたのは薬そのものではなく、その薬をどう売るかだっただろう。米国で自前の販売網を築いてから出すのでは間に合わず、権利を売り切ってしまえば果実が手元に残らない。ロイヤリティを受け取りながら現地の販売力を借りるという中間の形を選んだことで、消費財で稼いだ原資を販売組織の構築ではなく、開発と次の化合物へ振り向けることができた。米国での承認は結果であって、決断はその三年前の契約の設計にあったといえる。 祖業・主力事業の転換 グローバル経営体制"},{"k":"decision","u":"/tse/4753/decisions/livedoor-brand-acquisition-2002/","t":"破綻した無料プロバイダーの事業取得と、その名を冠した社名への変更","c":"ライブドア","y":2002,"col":"#DD0313","s":"受託制作には自社の会員も知名度も無く、破綻した無料プロバイダーから会員基盤と名称を引き受けることで、集客を持つ事業構成へ移行した判断","x":"2002 ライブドア オン・ザ・エッヂのライブドア取得 破綻した無料プロバイダーの事業取得と、その名を冠した社名への変更 2002年11月にライブドアの営業譲受。オン・ザ・エッヂが無料接続業者の営業全部を引き取り、2004年2月には社名まで受け継いだ 受託制作には自社の会員も知名度も無く、破綻した無料プロバイダーから会員基盤と名称を引き受けることで、集客を持つ事業構成へ移行した判断 名前だけが会社より長く残った 買ったのは会員100万人と、ライブドアという名であった。受託制作から抜け出すためにオン・ザ・エッヂに足りなかったものは技術ではなく、自社の名で人を集める力である。常時接続とブロードバンドの普及に前提を崩された会社を、行き詰まった後に引き取り、会社ごとの買収ではなく営業の譲受という形で会員と接続サービスと名称を取り、その名を自社に付け替えた。創業以来の社名を1年3か月のうちに二度替えた身軽さは、この会社の強みであり、同時に輪郭の薄さでもあったと思われる。 祖業・主力事業の転換 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/4755/decisions/fee-model-shift-2002/","t":"出店料を固定で取る料金体系との決別による、出店者との取り分の組み替え","c":"楽天グループ","y":2002,"col":"#BF0000","s":"出店数に依存する月額固定モデルの限界に対し、売上連動の従量課金と出店者支援型の営業へ切り替え、出店者とともに伸びる収益基盤を構築した転換","x":"2002 楽天グループ フランチャイズ型へ転換 出店料を固定で取る料金体系との決別による、出店者との取り分の組み替え 2002年2月にフランチャイズ型へ転換。月額5万円の固定出店料を改め、月商100万円超の店舗へシステム利用料を上乗せした 出店数に依存する月額固定モデルの限界に対し、売上連動の従量課金と出店者支援型の営業へ切り替え、出店者とともに伸びる収益基盤を構築した転換 経済圏の収益基盤を準備した転換 この意思決定の核心は、業績が絶好調のうちに、成功を支えてきた料金モデルそのものへ手を入れた点にある。出店数に比例して収入が積み上がる固定料金は、出店の敷居を下げて楽天を先発の首位に押し上げた反面、出店数が頭打ちになれば成長も止まる構造であった。売上連動の従量課金へ切り替えたことで、出店者の売上が伸びれば楽天の収入も伸びる関係へ組み替え、営業を新規開拓からコンサルティングへ振り向けた。楽天が\"第2の創業\"と呼んだこの転換は、のちの楽天経済圏の収益基盤を早い段階で用意したとみられる。 収益モデル転換 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/5014/decisions/nippon-mining-holdings-2002/","t":"共同持株会社・新日鉱ホールディングスの傘下入りと、自社株式の上場廃止","c":"ジャパンエナジー","y":2002,"col":"#EC008C","s":"市場と格付機関の評価が親子上場の構造を制約し、資本の論理でも自主独立の論理でも決着しなかった対立を、資本市場の側から決着させた再編","x":"2002 ジャパンエナジー 日鉱金属と持株会社設立 共同持株会社・新日鉱ホールディングスの傘下入りと、自社株式の上場廃止 2002年9月に新日鉱ホールディングスを設立。ジャパンエナジーと日鉱金属が株式移転で完全子会社となり、上場を廃止 市場と格付機関の評価が親子上場の構造を制約し、資本の論理でも自主独立の論理でも決着しなかった対立を、資本市場の側から決着させた再編 市場の掟が解いた親子の膠着 子会社は親会社の格付けを超えられない——この資本市場の扱いが、1年半動かなかった親子の関係を解いた。ジャパンエナジーは57.6%の株式を持ちながら日鉱金属を統合に引き込めず、日鉱金属は自主独立を掲げながら、鉱山運営まで含む一貫生産体制に必要な資金を得る道がなかった。統括を求める親の論理でも、独立を守る子の論理でも、この対立は決着しなかった。決め手になったのは、両社の外側にある評価の仕組みだった。 持株会社化・グループ再編 上場廃止・親子上場解消 破談・撤回 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/5406/decisions/ipp-kobe-power-2002/","t":"製鉄所構内での石炭火力発電所の建設と、電力卸供給という収益源の確保","c":"神戸製鋼所","y":2002,"col":"#0B61BA","s":"電力会社が電源を入札で調達する制度が開かれたことを受け、製鉄所の用地・港湾・自家発電の運転経験を転用して卸電力事業に参入した判断","x":"2002 神戸製鋼所 神戸製鉄所で電力事業参入 製鉄所構内での石炭火力発電所の建設と、電力卸供給という収益源の確保 1996年3月に神戸製鉄所で電力事業参入。関西電力の卸供給入札に応じ、2002年に1号機、2004年に2号機で約140万キロワット 電力会社が電源を入札で調達する制度が開かれたことを受け、製鉄所の用地・港湾・自家発電の運転経験を転用して卸電力事業に参入した判断 振れ幅を消したのではなく、入れ替えた 前期に200億円の営業利益を稼いだ半導体事業を手放したのと同じ年に、神戸製鋼所は2,000億円を石炭火力へ投じている。撤退と巨額投資が同時に走ったところに、この判断の性格が表れている。合併に加わらないと決めた以上、鉄鋼市況の振れを吸収する収益源は自前で作るほかなかった。電源を入札で調達する制度の窓、1959年以来の自家発電の運転経験、石炭バースを備えた市街地の用地——この三つが揃ったのは、複合経営を続けてきた会社だったからだと思われる。 隣接領域への展開 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/5406/decisions/nsc-sumitomo-cross-shareholding-2002/","t":"住友金属工業と結んだ株式の持ち合いと、23年後に迎えたその解消","c":"神戸製鋼所","y":2002,"col":"#0B61BA","s":"高炉五社体制が新日鉄連合とJFEの二つへ割れ、規模でも買収防衛でも単独では不利になるなか、合併を選ばず相互出資と業務提携で新日本製鐵・住友金属工業と組んだ判断","x":"2002 神戸製鋼所 新日鉄と相互出資 住友金属工業と結んだ株式の持ち合いと、23年後に迎えたその解消 2002年11月に新日鉄と相互出資。前年の包括提携では資本関係を持たないとしていた神戸製鋼所が、鉄源の共同活用へ株を持ち合った 高炉五社体制が新日鉄連合とjfeの二つへ割れ、規模でも買収防衛でも単独では不利になるなか、合併を選ばず相互出資と業務提携で新日本製鉄・住友金属工業と組んだ判断 傘は一度も開かなかった 株を持ち合ったのは、合併しないためであった。数%という比率は、相手の経営に手を入れるには小さすぎ、買収提案が来たときに相談する相手を確保するにはおそらく足りていた。時価総額1.3兆円の会社が独立を続けるための費用として、払える最小の額だったと思われる。 資本提携・政策保有 敵対的・同意なき買収"},{"k":"decision","u":"/tse/5411/decisions/jfe-kawasaki-nkk-2002/","t":"2002年に成立した日本鋼管との経営統合と、JFEホールディングスの発足","c":"JFEホールディングス","y":2002,"col":"#004DA0","s":"2002年9月、業界2位のNKK（日本鋼管）と同3位の川崎製鉄が株式移転で共同持株会社JFEホールディングスを設立し、鉄鋼大手は新日鉄とJFEの2強体制に移行し…","x":"2002 jfeホールディングス 川崎製鉄とnkkの統合 2002年に成立した日本鋼管との経営統合と、jfeホールディングスの発足 2002年9月にjfeホールディングス設立。業界2位のnkkと3位の川崎製鉄が株式移転で統合し、新日鉄との2強体制に移った 2002年9月、業界2位のnkk(日本鋼管)と同3位の川崎製鉄が株式移転で共同持株会社jfeホールディングスを設立し、鉄鋼大手は新日鉄とjfeの2強体制に移行した案件。 規模か、財務か——統合の論理を読み解く この統合は、業界1位の戦略転換と、川上・川下の世界的な寡占化という外圧が、収益力で劣る2社を結びつけた事例として読める。新日鉄が協調路線から離れ、ユーザー側の調達革命で価格支配力が崩れるなか、単独での縮小均衡では国際競争を戦えないという認識が、再編の合理性を支えていたと思われる。狙いが増収より有利子負債の削減というコスト側に置かれていた点は、当時の鉄鋼業がどれほど守りに入っていたかを映している。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/6432/decisions/jasdaq-listing-2002/","t":"登録上場による同族の非公開企業から公開企業への移行","c":"竹内製作所","y":2002,"col":"#E60012","s":"海外拠点の増設と生産能力の拡張に見合う資金と信用を確保するため、創業家中心の非公開企業から株式公開企業へ移行した資本政策","x":"2002 竹内製作所 jasdaqへの登録上場 登録上場による同族の非公開企業から公開企業への移行 2002年12月にjasdaqへの登録上場。創業から39年、創業家が株式の過半を保有する竹内製作所が2004年12月にジャスダック証券取引所へ移った 海外拠点の増設と生産能力の拡張に見合う資金と信用を確保するため、創業家中心の非公開企業から株式公開企業へ移行した資本政策 開いた資本と、開かなかった経営 この決断の中心にあるのは、資金の調達手段よりも、会社の性格を変えるかどうかという点にあったと推察される。創業者が旋盤1台から始め、自分の給料を止めて資金を繋いだ会社が、39年を経て外部の投資家に評価される場へ出た。輸出比率の高い事業は為替と海外景気に揺れやすく、拠点と生産能力への投資を続けるには、創業家と一社の投資育成会社が支える資本では細かったと思われる。登録から上場までを段階的に踏んだ運びにも、市場との距離を慎重に測った跡がうかがえる。 上場・ipo・市場変更 創業家・同族 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6436/decisions/omron-parking-2002/","t":"営業権の譲り受けという形での駐車場設備事業への進出","c":"アマノ","y":2002,"col":"#0081C0","s":"1967年から続けてきた駐車場機器事業に、同業の営業権を追加取得して国内の販売網と顧客基盤を一気に拡大した判断","x":"2002 アマノ オムロンから駐車場事業譲受 営業権の譲り受けという形での駐車場設備事業への進出 2002年に駐車場機器の営業権を取得する。1967年に始めた駐車券発行機の商売を、同業ごと引き取って国内の主力へ 1967年から続けてきた駐車場機器事業に、同業の営業権を追加取得して国内の販売網と顧客基盤を一気に拡大した判断 取得したのは顧客のいる場所であった 2002年の譲受でアマノが取得したのは、工場でも技術でもなく営業権であった。駐車場機器そのものは1967年から作っており、1973年にはマイコン搭載の全自動料金精算機まで出していたから、足りなかったのは作る力ではなく、届ける先の数であった。同じ年に武蔵電機製作所を買って国内の製造を固め、7カ月後に販売網を買っている。作る側と売る側を別々の相手から手当てした点に、この時期のアマノの割り切りがうかがえる。 連続買収・ロールアップ 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6632/decisions/kenwood-turnaround-2002/","t":"債務超過に陥ったケンウッドの再建と業務用・車載への事業転換","c":"JVCケンウッド","y":2002,"col":"#0090D8","s":"3期連続赤字と連結170億円の債務超過という財務危機に対し、外部から招いた社長のもとで債務の株式化・人員削減・不採算事業の縮小を進め、成長事業の携帯電話を切って…","x":"2002 jvcケンウッド 債務超過を脱する再建策 債務超過に陥ったケンウッドの再建と業務用・車載への事業転換 2002年6月に河原春郎氏を社長に迎え再建へ動いた。3期連続の最終赤字で連結170億円の債務超過に陥り、経営陣はほぼ総退陣 3期連続赤字と連結170億円の債務超過という財務危機に対し、外部から招いた社長のもとで債務の株式化・人員削減・不採算事業の縮小を進め、成長事業の携帯電話を切って黒字の業務用無線・車載へ経営資源を集中した再建 創業事業への愛着と、それを選別する冷徹さ この再建で目を引くのは、赤字部門を一律に切る手法ではなく、稼ぐ事業と失う事業を仕分けたうえで、赤字でも自社の核とみた家庭用オーディオを残し、収支の均衡していた携帯電話をあえて手放した選別の順序にある。会社の内側から見れば、どの事業が稼ぎ、どの事業が失っているかは早くから見えていた。外部から来た経営者であればこそ、その愛着を保ちながらも数字で選別できただろう。 経営再建・ターンアラウンド 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6701/decisions/semiconductor-carveout-2002/","t":"主力事業だった半導体の分社化と、本体からの切り離し","c":"NEC","y":2002,"col":"#003f87","s":"DRAM価格の崩壊で赤字の主因となった半導体を本体から切り離し、独立採算とスピード経営で立て直す構造改革","x":"2002 nec necエレクトロニクス設立 主力事業だった半導体の分社化と、本体からの切り離し 2002年11月にnecエレクトロニクスを設立。前年の過去最大級の赤字を受けた西垣浩司社長が、祖業の半導体を本体から外す分社 dram価格の崩壊で赤字の主因となった半導体を本体から切り離し、独立採算とスピード経営で立て直す構造改革 内製一体の祖業を切り出すということ この判断の中心にあるのは、世界首位まで登りつめた祖業を、赤字を理由に本体から切り離せるかという問いであった。半導体はc&c路線の多角化を支えた技術の源であり、通信やコンピュータと一体で開発してきた自前の主力事業でもあった。値崩れが続くメモリを先に合弁へ移し、残る論理系までも独立会社へ切り出した一連の動きは、内製で何もかも抱える総合電機の型から降りていく過程であったと思われる。好調なうちにではなく、過去最大級の赤字に追われながら祖業へ手を入れた点に、この構造改革の重さがうかがえる。 分社・スピンオフ・子会社上場 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6764/decisions/haier-alliance-2002/","t":"「箱舟経営」を掲げ、普及品市場を相手に譲り渡す選択","c":"三洋電機","y":2002,"col":"#D42727","s":"中国メーカーの低価格攻勢という市場環境に対し、正面の消耗戦を避けて中国最大手ハイアールと提携し、部品・OEMの大市場を取りに行った戦略","x":"2002 三洋電機 中国ハイアールと資本提携 「箱舟経営」を掲げ、普及品市場を相手に譲り渡す選択 2002年1月に中国ハイアールと資本業務提携。低価格家電の消耗戦を避け、部品供給とoemで中国市場を取りにいく 中国メーカーの低価格攻勢という市場環境に対し、正面の消耗戦を避けて中国最大手ハイアールと提携し、部品・oemの大市場を取りに行った戦略 正しい戦略と、測り違えた相手 この提携は、戦略の筋の良さと相手の見立ての甘さが同居した判断であったと思われる。中国勢との正面の消耗戦を避け、部品という自社の強い土俵で組むという発想は、持たざる会社が生き残るための現実的な選択であった。松下との衝突を避けて始まった会社が、最後まで棲み分けの論理で危機に向き合ったという意味で、三洋らしさのよく表れた一手でもあった。 資本提携・政策保有 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/6845/decisions/honeywell-capital-exit-2002/","t":"保有株1,099万株の自己株式取得による、49年続いた提携の終幕","c":"アズビル","y":2002,"col":"#A50000","s":"アジア展開の自由度を求める山武と、投資リターンの乏しい持株を整理したいハネウエルの思惑が重なり、包括提携の解体・商号変更・二度の自己株式取得を経て49年続いた資…","x":"2002 アズビル ハネウエルとの資本解消 保有株1,099万株の自己株式取得による、49年続いた提携の終幕 2002年7月にハネウエルとの資本解消。1997年のハワイ会談から二度の自己株式取得を重ね、49年続いた米国資本の傘を降りる アジア展開の自由度を求める山武と、投資リターンの乏しい持株を整理したいハネウエルの思惑が重なり、包括提携の解体・商号変更・二度の自己株式取得を経て49年続いた資本関係を清算した 売却したいと言ったのは相手であった ハワイの会談を持ちかけたのはハネウエルで、卓上に出されたのは保有株式を売却したいという話であった。山武が引き受けたのは、相手の撤収の意向を自社の再定義へ翻訳する仕事であったと推察される。新しい関係は新市場・新事業への投資と、とくにアジアでの事業拡大を可能にするものと位置づけられたが、裏返せば、それまでアジアでの動き方が提携の枠に縛られていたことになる。 資本提携・政策保有 資金調達・財務戦略 グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7004/decisions/shipbuilding-exit-2002/","t":"祖業・造船の分社化と環境企業への転身","c":"カナデビア","y":2002,"col":"#009078","s":"造船不況で悪化した事業構造を是正するため、祖業の造船をNKKと統合して折半出資のユニバーサル造船へ分社し、ごみ焼却プラントなど環境・機械事業を主力とする会社へ転…","x":"2002 カナデビア ユニバーサル造船へ譲渡 祖業・造船の分社化と環境企業への転身 2002年に祖業の造船をユニバーサル造船へ分社。重藤毅直社長のもとnkkと折半出資で統合しごみ焼却プラント中心へ 造船不況で悪化した事業構造を是正するため、祖業の造船をnkkと統合して折半出資のユニバーサル造船へ分社し、ごみ焼却プラントなど環境・機械事業を主力とする会社へ転換した判断 祖業の看板より、生き残れる事業構成へ この判断の核心は、単年度の赤字への対応ではなく、造船に偏った事業構造そのものへ、名門が自ら手を入れた点にある。社名に\"造船\"を負い、大型タンカーで戦後の造船王国を支えた成功体験は、裏を返せば市況の変動をそのまま業績に受ける弱さでもあった。祖業の看板を守るか、斜陽の本業から撤退して存続するか——日立造船は看板より生き残りを選び、造船を長年の競合nkkと一つにまとめて本体の外へ出し、環境事業を主力に据え直した。合理化を尽くしてなお赤字が止まらないなかでの、痛みをともなう転換だった。 事業売却・撤退 祖業・主力事業の転換 分社・スピンオフ・子会社上場 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/7013/decisions/shipbuilding-spinoff-2002/","t":"造船事業の切り出しによる、本体からの分離運営への移行","c":"IHI","y":2002,"col":"#2056AE","s":"円高と韓中勢の台頭で構造不況業種となった造船を、川崎重工との破談を経て住友重機械との合弁へ移管し、祖業を本体から分社化した判断","x":"2002 ihi ihiマリンユナイテッド設立 造船事業の切り出しによる、本体からの分離運営への移行 2002年10月に祖業の船舶・海洋事業を分社化。住友重機械工業との合弁ihiマリンユナイテッドへ移管し前年の川崎重工との統合は破談 円高と韓中勢の台頭で構造不況業種となった造船を、川崎重工との破談を経て住友重機械との合弁へ移管し、祖業を本体から分社化した判断 祖業を畳むという判断の重さ この分社化の核心は、造船という一事業を切り離した手際よりも、会社が半世紀にわたって背負ってきた祖業を本体の外へ出す判断に踏み込んだ点にある。1960年の播磨合併は、陸に厚い石川島と海に偏った播磨を噛み合わせ、\"海\"の事業を厚く保有することで頂点へ立つ選択であった。それから40年余り、同じ会社が今度は、いったん保有した海の事業を切り離す側へ回った。構造不況という外の変化に押されながら、祖業への未練を断って統合の形と相手を組み替えていく過程には、事業構成を絶えず描き直す経営の意思がうかがえる。 分社・スピンオフ・子会社上場 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/7201/decisions/nissan-180-2002/","t":"再建から成長への転換と、北米の新工場・中国の合弁を軸にした世界販売の上積み","c":"日産自動車","y":2002,"col":"#BE022E","s":"再建を終えた直後に、世界販売の100万台増を公約し、北米の大型車と中国の合弁という新しい領域で量を積み上げた成長計画","x":"2002 日産自動車 日産180による100万台増販 再建から成長への転換と、北米の新工場・中国の合弁を軸にした世界販売の上積み 2002年4月に3か年計画\"日産180\"を始め、世界販売の100万台増・営業利益率8%・実質有利子負債ゼロを公約した。米国キャントン工場と中国の東風汽車有限公司を軸に、2005年9月までに3つの目標をすべて達成した。 再建を終えた直後に、世界販売の100万台増を公約し、北米の大型車と中国の合弁という新しい領域で量を積み上げた成長計画 量の公約が日産の販売の主力を海外へ移した 日産180の意味は、利益率や負債ではなく\"1\"の目標にある。8%と0は初年度でほぼ手が届いており、3年をかけて問われたのは量だけだった。その量を、日産は国内の回復ではなく、タイタンやアルマーダといった持っていなかった大型車と、中国の合弁という新しい領域から持ってきた。2002年度から2005年度の増販のうち、日本の上積みは2万6000台にすぎず、米国と一般海外市場が大半を担っている。再建を終えた日産は、この計画を通じて販売の主力を海外へ移し、海外で稼ぎ海外で売る会社になったとみられる。 グローバル経営体制 海外進出・現地生産 大型設備投資 北米 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/7203/decisions/global-vision-2010-2002/","t":"市場予測の積み上げではない世界シェア15%を目標に掲げた、海外生産能力の先行拡大","c":"トヨタ自動車","y":2002,"col":"#EB0A1E","s":"市場予測から積み上げない世界シェア15%をグループ共通の目標に掲げ、中国・欧州・北米と新興国向けIMVの生産拠点へ投資を先行させて、5年で海外生産を倍にした長期…","x":"2002 トヨタ自動車 2010年グローバルビジョンの策定 市場予測の積み上げではない世界シェア15%を目標に掲げた、海外生産能力の先行拡大 2002年4月に「2010年グローバルビジョン」を発表し、2010年代の早い時期に世界シェア15%を目標に設定した。海外生産は2003年3月期の169万台から2008年3月期に339万台へ倍増した 市場予測から積み上げない世界シェア15%をグループ共通の目標に掲げ、中国・欧州・北米と新興国向けimvの生産拠点へ投資を先行させて、5年で海外生産を倍にした長期ビジョン 目標が先に動かした海外の能力 このビジョンの中身は、シェアの目標というより、海外の生産能力を先に積むという約束だったと読める。15%は市場予測から導いた数ではないとされ、実際に動いたのは中国・チェコ・テキサスの工場とimvの供給網への投資だった。国内で台数が収益を連れてこなくなった局面で、成長の場を海外へ移すための合図として数字を置いたのだろう。海外生産を5年で倍にした速さは、その合図が現場の投資判断まで届いた結果として受け取れる。 グローバル経営体制 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/7211/decisions/eckrodt-turnaround-2002/","t":"ダイムラー主導で進んだ、聖域を設けない再建計画の断行","c":"三菱自動車","y":2002,"col":"#EC0100","s":"リコール隠しで信頼を失った三菱自動車が、筆頭株主ダイムラーから派遣されたエクロート氏のもとで、品質刷新・工場閉鎖・系列見直しまで踏み込む聖域なき構造改革を進めた…","x":"2002 三菱自動車 エクロート氏の構造改革 ダイムラー主導で進んだ、聖域を設けない再建計画の断行 2002年にロルフ・エクロート氏を再建の指揮官に迎える。ダイムラークライスラー出身の下でターンアラウンドを進め工場閉鎖と人員削減へ リコール隠しで信頼を失った三菱自動車が、筆頭株主ダイムラーから派遣されたエクロート氏のもとで、品質刷新・工場閉鎖・系列見直しまで踏み込む聖域なき構造改革を進めた事業転換の判断 外から来た者だけが切れる聖域 エクロート氏の改革は、リコール隠しを生んだ隠蔽体質と、血縁・系列にもたれた甘えの構造へ正面から刃を向けた点で、三菱自動車の歴史に一つの断層を刻んだといえよう。クオリティ・ゲートや柏会解散、三菱重工業への発注見直しは、外部から来た経営者であればこそ踏み込めた領域であった。数字の上での黒字化も、少なくとも一時は市場の期待を集めた。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/7606/decisions/original-label-shift-2002/","t":"複数レーベルの併走と、デザイン主体の商品づくりへの移行","c":"ユナイテッドアローズ","y":2002,"col":"#333333","s":"量販メーカーの低価格追随商品でセレクトショップの価格優位が薄れるなか、輸入品の比率ではなく自社企画品のデザイン水準を引き上げ、レーベルを多層に持つ商品体制へ移行…","x":"2002 ユナイテッドアローズ 自主企画レーベルで東証上場 複数レーベルの併走と、デザイン主体の商品づくりへの移行 2002年3月に東証二部へ上場。ユナイテッドアローズは商品の6割を占める自社企画品を、デザイナーとパタンナーが設計する形へ切り替えた 量販メーカーの低価格追随商品でセレクトショップの価格優位が薄れるなか、輸入品の比率ではなく自社企画品のデザイン水準を引き上げ、レーベルを多層に持つ商品体制へ移行した転換 編集する店が、設計する店になるまで 自主企画を5割以上持つ形そのものは1999年の時点ですでに掲げられており、2002年からの数年で変わったのは比率ではなく中身であった。バイヤーが別注をかける水準の商品を、デザイナーとパタンナーが設計する商品へ入れ替える。上場で得た資金と信用を、店の数ではなくつくる側へ振り向けられたことが、この時期の分かれ目になっただろう。 収益モデル転換 垂直統合・内製化 ブランド・マーケティング 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/7846/decisions/holding-company-reintegration-2002/","t":"3社共同の株式移転による事業会社の吸収合併によるグループ一体化","c":"パイロットコーポレーション","y":2002,"col":"#002F9E","s":"2001年12月に株式会社パイロットが東証・大証一部の上場を廃止し、2002年1月、同社とパイロットインキ株式会社・パイロットプレシジョン株式会社の3社が共同の…","x":"2002 パイロットコーポレーション 持株会社の設立と3社統合 3社共同の株式移転による事業会社の吸収合併によるグループ一体化 2002年1月にパイロットグループホールディングスを設立。パイロットなど3社が共同株式移転で持株会社をつくり、前月に上場を廃止した 2001年12月に株式会社パイロットが東証・大証一部の上場を廃止し、2002年1月、同社とパイロットインキ株式会社・パイロットプレシジョン株式会社の3社が共同の株式移転により株式会社パイロットグループホールディングスを設立して両取引所の一部へ新規上場した。持株会社は1年半後に事業会社を吸収し、社名をパイロットコーポレーションへ改めた。 長く同じ方向へ押し続ける 3社が共同で株式移転を行ったのは、本体・インキ・機工がそれぞれ独立した法人として半世紀を過ごしてきたからで、まず全員を同じ資本の傘に入れる手続きが要った。髙橋清社長は1年半後に株式会社パイロットを吸収し、社名をパイロットコーポレーションへ改めている。純粋持株会社は分立を終わらせるための通過点であり、狙いは事業会社への一本化にあったとみられる。 持株会社化・グループ再編 上場・ipo・市場変更 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7956/decisions/china-breastfeeding-room-2002/","t":"国家衛生部と組んだ現地での育児支援拠点づくりと、海外売上高比率5割への移行","c":"ピジョン","y":2002,"col":"#E65550","s":"国内市場が縮み保育という別の収益源も伸びないなか、出生数の桁が違う中国へ入り、価格競争でも広告でもなく国家衛生部と組んだ病産院での母乳育児指導によってブランドを…","x":"2002 ピジョン 上海進出と母乳育児相談室 国家衛生部と組んだ現地での育児支援拠点づくりと、海外売上高比率5割への移行 2002年4月にピジョンが上海へ進出。2009年には中国国家衛生部と組み、全土の主要病院へ母乳育児相談室を設けていった 国内市場が縮み保育という別の収益源も伸びないなか、出生数の桁が違う中国へ入り、価格競争でも広告でもなく国家衛生部と組んだ病産院での母乳育児指導によってブランドを構築し、海外を収益の中心に据えた判断 宣伝を禁じられた場所で構築したブランド 病院で社員が教えられたのは、母乳の出し方と保存の仕方に限られていた。ピジョンブランドを前面に押し出す宣伝を、中国政府がこの場では認めていなかったためである。母乳育児相談室は、広告として機能する仕組みではなかった。宣伝の許されない場所に信頼だけを残すというやり方が、そのまま中国での売り方になった。2015年1月期、中国事業は売上高の3割、営業利益の6割を占めたが、その理由は、値下げ競争にも広告の競い合いにも加わらない道筋で市場に参入したことにあるとみられる。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 ブランド・マーケティング 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/7974/decisions/iwata-succession-2002/","t":"山内溥氏から次世代への経営権の移譲","c":"任天堂","y":2002,"col":"#E60012","s":"身内に適任者を求めず、ソフト事業を率いる「特殊な才能」を持つ創業家外の岩田聡氏へ社長を委ね、引退に備えて厚くした手元資金とともに次世代へ経営を渡した事業承継","x":"2002 任天堂 山内溥氏の社長退任と岩田聡氏への継承 山内溥氏から次世代への経営権の移譲 2002年5月に任天堂が岩田聡氏へ社長を譲る。山内溥氏が32歳年下でhal研究所出身の42歳を選び、創業家の経営に区切りをつけた 身内に適任者を求めず、ソフト事業を率いる「特殊な才能」を持つ創業家外の岩田聡氏へ社長を委ね、引退に備えて厚くした手元資金とともに次世代へ経営を渡した事業承継 求心力を、才能と資金に置き換える この交代の要点は、後継者を身内から出さないと早くから決めていた山内社長が、会社の求心力そのものを次の世代へ渡せる形に組み替えた点にある。22歳で会社を継ぎ、半世紀にわたって意思決定を一人に集めてきた経営者が、世襲を否定し、ソフト開発の現場を知る岩田聡氏という創業家外の人物を選んだ。個人の勘と度胸で回してきた会社を、同じ資質を持つ別の個人へ橋渡ししようとする試みだった。 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/7988/decisions/itw-tieup-end-2002/","t":"提携の完全な解消と、扱い品目の主力15種への集約","c":"ニフコ","y":2002,"col":"#FF6B00","s":"販売地域を極東に限る提携を解いて海外の自動車メーカーへ自ら販売する道を開き、非注力の品目を切り離して自動車部品へ資源を集中する判断","x":"2002 ニフコ itwとの提携解消 提携の完全な解消と、扱い品目の主力15種への集約 2002年にニフコが創業以来のitwとの提携を解消。合弁子会社ニフコ・ハイコーン・リーシングを譲り、主力品目を15種へ統一した 販売地域を極東に限る提携を解いて海外の自動車メーカーへ自ら販売する道を開き、非注力の品目を切り離して自動車部品へ資源を集中する判断 借りた技術を返し、販売先を取り戻す 1967年の合弁は、技術と引き換えに売り先の広さを差し出す取引であった。ニフコはその条件のもとで国内首位に立ち、東証一部にも上場している。制約が費用として意識されたのは、国内の自動車需要が伸びなくなってからであり、1996年の異業種買収も、売り先を広げられない会社が国内で別の収益を探した結果にあたる。提携の解消は、多角化とは逆向きに、本業の売り先そのものを取り戻す手であった。 選択と集中 グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8002/decisions/debt-cleanup-turnaround-2002/","t":"業績不振からの再建をめざした財務基盤の立て直しと不良資産の処理","c":"丸紅","y":2002,"col":"#c8102e","s":"不良資産処理の遅れで信用不安に陥り株価100円台まで沈んだ丸紅が、勝俣宣夫社長のもとで抜本処理・グループ整理・鉄鋼統合・融資枠確保で財務を立て直し、資源高を追い…","x":"2002 丸紅 勝俣宣夫の不良資産処理 業績不振からの再建をめざした財務基盤の立て直しと不良資産の処理 2002年に丸紅が不良資産の抜本処理へ着手する。株価が100円台へ沈むなか、勝俣宣夫社長がグループ会社の整理と鉄鋼事業の統合を進めた 不良資産処理の遅れで信用不安に陥り株価100円台まで沈んだ丸紅が、勝俣宣夫社長のもとで抜本処理・グループ整理・鉄鋼統合・融資枠確保で財務を立て直し、資源高を追い風に最高益へ転じた再建 守りを固めてから、市況の波に乗る この意思決定の核心は、派手な成長策ではなく、まず潰れない体をつくることに集中した点にある。不良資産の処理に遅れた丸紅は、株価100円台と重い有利子負債という\"失われた10年の縮図\"から抜け出すため、グループ会社を絞り、鉄鋼をライバルと統合し、融資枠をつなぎ止めた。これらは利益を増やす施策ではなく、資金繰りが途切れて信用不安が現実の破綻へ転じるのを防ぐ守りの手当てだった。 経営再建・ターンアラウンド 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8031/decisions/compliance-2002/","t":"DPFの虚偽データと併せて突きつけられた、内部統制の再構築と360億円の補償","c":"三井物産","y":2002,"col":"#333333","s":"逮捕・起訴に対して説明責任を果たさなかった経営が交代し、内部監査の拡充で次の不正を自ら掘り当てたものの、成果を急いだ現場での不正の再発までは防げず、補償費用45…","x":"2002 三井物産 国後島不正入札問題 dpfの虚偽データと併せて突きつけられた、内部統制の再構築と360億円の補償 2002年7月、国後島の不正入札で社員3人が逮捕され、経営が交代した。再構築した内部監査が2004年11月にdpfの虚偽データを掘り当て、補償費用360億円の計上につながった 逮捕・起訴に対して説明責任を果たさなかった経営が交代し、内部監査の拡充で次の不正を自ら掘り当てたものの、成果を急いだ現場での不正の再発までは防げず、補償費用450億円を負った 縦割りの外にあった統制の穴 この決断は不祥事の処分ではなく、タテ割り組織をどう開くかという同じ問いの別の顔であった。清水慎次郎社長が着手した組織改革は、16の営業本部を5つのグループへ集約し、本部長の投資権限を引き上げて縦の壁を薄くするものだった。ところが不正入札が発覚したとき、全社のコンプライアンス委員会は動かず、社内調査を担ったのは営業部門単位の委員会である。処分が役員報酬の20%を3か月自主返上するにとどまったのも、事件を部門の不始末として扱い、全社の問題として引き受けなかったことの表れなのだろう。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8088/decisions/makino-reform-quality-2002/","t":"規模を追う経営からの決別と、収益源を水素へ転換する先行投資","c":"岩谷産業","y":2002,"col":"#E60012","s":"バブル崩壊後の平成不況で温存された戸建住宅など低収益の周辺事業を整理し、経営資源を産業ガス・LPガス・水素の中核事業へ再配分した構造改革","x":"2002 岩谷産業 戸建住宅撤退と水素ステーション 規模を追う経営からの決別と、収益源を水素へ転換する先行投資 2002年7月に住宅子会社の清算へ踏み切った。牧野明次社長は量から質への切り替えを掲げ、同年2月に国内初の水素ステーションを動かした バブル崩壊後の平成不況で温存された戸建住宅など低収益の周辺事業を整理し、経営資源を産業ガス・lpガス・水素の中核事業へ再配分した構造改革 量から質への転換をどう評価するか この決断の核心は、財務危機への対応ではなく、平成不況という緩やかな逆風のなかで、創業者の代からの遺産をどう手仕舞うかという判断にあったのだろう。戸建住宅事業は赤字が急拡大していたわけではないが、住宅市場の長期低迷のもとでは撤退の決断を先延ばしにするほど傷が深くなる構図にあった。牧野明次氏(社長)が就任からわずか2年で清算に踏み切ったのは、量から質へという方針を掛け声だけに終わらせない実行力を示したものといえる。 事業売却・撤退 選択と集中 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8308/decisions/resona-formation-2002/","t":"二行の経営統合による新たな持株会社の誕生と、2002年の体制成立","c":"りそなホールディングス","y":2002,"col":"#00833f","s":"都市銀行再編から取り残された大和銀行とあさひ銀行が、近畿大阪銀行・奈良銀行とともに共同持株会社の傘下に集い、のちのりそなホールディングスを形づくった経営統合。","x":"2002 りそなホールディングス 大和・あさひ銀行統合 二行の経営統合による新たな持株会社の誕生と、2002年の体制成立 2001年に大和銀行とあさひ銀行が共同持株会社へ。近畿大阪銀行と奈良銀行も加わり、のちのりそなホールディングスを形づくる 都市銀行再編から取り残された大和銀行とあさひ銀行が、近畿大阪銀行・奈良銀行とともに共同持株会社の傘下に集い、のちのりそなホールディングスを形づくった経営統合。 規模の論理と、財務の実態 この統合は、再編から取り残された銀行どうしが規模を補い合い、メガバンクとは異なる地域密着型の路線を選んだ事例と推察される。だが統合そのものは、各行が抱えていた不良債権や資本の薄さという財務の実態を解消するものではなかった。組織を統括することと、財務体質を立て直すことは別の課題であり、両者を取り違えれば統合の直後に危機が表面化しうる——りそなショックは、その境目を可視化した出来事だったとも読める。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 経営破綻・法的整理"},{"k":"decision","u":"/tse/8698/decisions/margin-trading-2002/","t":"顧客保護を理由に見送ってきた貸株サービスの開始","c":"マネックスグループ","y":2002,"col":"#0068B0","s":"DLJディレクトSFG証券との合併検討の中断（2002年5月）で単独での黒字化が避けられなくなり、顧客保護を理由に見送ってきた信用取引を収益策として開始した","x":"2002 マネックスグループ dljとの合併検討中断後の信用取引参入 顧客保護を理由に見送ってきた貸株サービスの開始 2002年6月に信用取引へ参入。扱ってこなかったマネックス証券が、dljディレクトsfg証券との合併検討の中断(2002年5月)で単独での黒字化を迫られた dljディレクトsfg証券との合併検討の中断(2002年5月)で単独での黒字化が避けられなくなり、顧客保護を理由に見送ってきた信用取引を収益策として開始した 原則を降ろし、歯止めを残した 顧客数と預かり資産で首位にいながら、約定件数では信用取引を扱う各社に及ばず、2002年3月期には12億4,000万円の営業赤字を抱えていた。原因は、個人の投資家に損をさせかねない取引として信用取引を外してきたことにある。つまりマネックス証券にとって、この取引を扱わないことは思想の問題であり、同時に採算の問題でもあった。松本大社長が捨てたのは、扱わないという原則の側だった。dljディレクトとの合併検討が中断し、原則と採算を両方守る道がなくなったためである。 隣接領域への展開 収益モデル転換 破談・撤回"},{"k":"decision","u":"/tse/8755/decisions/sompo-japan-formation-2002/","t":"大成火災を加えた三社統合による損害保険ジャパンの発足","c":"損害保険ジャパン","y":2002,"col":"#CC0022","s":"料率自由化と外資参入による価格競争の激化で単独路線の維持が難しくなり、規模とローコストオペレーションを求めて全面統合へ踏み切った再編判断","x":"2002 損害保険ジャパン 安田火災・日産火災の合併 大成火災を加えた三社統合による損害保険ジャパンの発足 2000年12月に3社の全面合併を正式発表。安田火災海上・日産火災海上・大成火災海上が2002年4月の合併を掲げ、料率自由化の価格競争に備えた 料率自由化と外資参入による価格競争の激化で単独路線の維持が難しくなり、規模とローコストオペレーションを求めて全面統合へ踏み切った再編判断 破綻を抱き込んだ統合が残したもの 単独路線を誇ってきた業界2位が、規模で優劣が決まるという前提を自由化の帰結として受け入れた。挑戦者を自任してきた安田火災にとって、業界11位と15位を引き取る合併は華やかな選択ではない。それでも東京海上と日動火災の連合が現実になった時点で、独力で首位に届く見込みは薄れていた。むしろ目を引くのは、その統合準備が相手の簿外債務を掘り当て、テロという外からの衝撃と重なって当事者の一角を破綻させたことである。合併のための精査が、当事者を一社つぶすほどの債務を先に見つけた。 合併・経営統合 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/8761/decisions/us-reinsurance-loss-2002/","t":"米国再保険で生じた1300億円の損失処理と、旧2社の融和・システム統合による立て直し","c":"あいおい損害保険","y":2002,"col":"#11A292","s":"合併で引き継いだ米国再保険契約から1300億円の関連損失が発生し、発足初年度の決算で処理したうえで、社内の融和とシステム統合によって収益を立て直した構造改革","x":"2002 あいおい損害保険 旧千代田火災の損失処理 米国再保険で生じた1300億円の損失処理と、旧2社の融和・システム統合による立て直し 2002年3月期に米国再保険の損失1300億円を処理。発足初年度のあいおい損害保険が旧千代田火災の引受分を落とし、旧2社の融和とシステム統合を進めた 合併で引き継いだ米国再保険契約から1300億円の関連損失が発生し、発足初年度の決算で処理したうえで、社内の融和とシステム統合によって収益を立て直した構造改革 一期で切れた損失と、切れなかった社風 1300億円の損失は、旧千代田火災が結んでいた再保険契約から出たもので、合併後のあいおい損保が自ら選んだリスクではなかった。それを発足初年度の決算に集め、連結の経常損失973億円・当期純損失882億円として一度に外へ出した点に、この判断の重さがある。翌期の連結経常利益は217億円へ戻り、2004年3月期には430億円まで回復した。同じ再保険プールにいながら破綻した大成火災海上との差は、資本の厚みと、損失を先送りしなかったことの二つにあった。 経営再建・ターンアラウンド 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8766/decisions/millea-holdings-2002/","t":"国内初の上場保険持株会社ミレアホールディングスの設立","c":"東京海上ホールディングス","y":2002,"col":"#d50000","s":"2002年4月、東京海上火災保険と日動火災海上保険が共同株式移転で持株会社ミレアホールディングスを設立し、国内初の上場保険持株会社が誕生した案件。生損保を糾合す…","x":"2002 東京海上ホールディングス 日動火災との経営統合 国内初の上場保険持株会社ミレアホールディングスの設立 2002年4月にミレアホールディングスを設立。東京海上火災保険と日動火災海上保険の共同株式移転で、国内初の上場保険持株会社が生まれた 2002年4月、東京海上火災保険と日動火災海上保険が共同株式移転で持株会社ミレアホールディングスを設立し、国内初の上場保険持株会社が誕生した案件。生損保を糾合する総合金融グループ構想として始まったが、朝日生命・共栄火災の離脱で損保2社の統合へと縮退した。 持株会社を先につくるということ ミレアホールディングスの設立は、邦損保が持株会社という新しい会社形態を初めて上場の形で手にした画期であった。金融ビッグバンで解禁されたばかりの制度をいち早く使い、料率自由化と外資の攻勢に備えて生損保を糾合する——構想の射程は広く、時代の先を読んでいた面がある。だが、持株会社を先につくり、中身の融合を後から詰めるという順序は、そのまま構想の弱点にもなった。生保と損保の事業モデルの違い、明治生命を取り込めなかった誤算、株式会社化という重い前提——理念が先に立ち、それを支える実務の設計が追いつかないとき、統合は会社の形だけを残して中身を欠くことになりかねない。朝日生命と共栄火災の離脱は、その帰結であった。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/8876/decisions/shataku-tentai-2002/","t":"借上社宅の転貸事業への進出","c":"リログループ","y":2002,"col":"#005BAC","s":"企業の自社所有社宅の売却で増えた借上社宅の事務負担を引き受け、留守宅管理の頭打ちを別の管理戸数で埋めた判断","x":"2002 リログループ リロケーション・ジャパン転貸開始 借上社宅の転貸事業への進出 2002年4月に社宅転貸事業への進出。留守宅を預かる代理人から賃貸借の当事者へ移り、契約事務と法的リスクごと引き受け 企業の自社所有社宅の売却で増えた借上社宅の事務負担を引き受け、留守宅管理の頭打ちを別の管理戸数で埋めた判断 名義を引き受けるという商売 この判断で新しかったのは、市場の発見ではなく、契約書の名義を自分に書き換えたことにある。留守宅管理では貸主の代理人にとどまり、収入は物件1件ごとの手数料であった。転貸では自らが借主となり、空室の期間も原状回復の費用も引き受ける。企業が払うのは、その面倒を外へ出す対価となる。人事部が抱えて処理しきれない仕事を聞き取って商品にするという手つきは、1993年の福利厚生倶楽部と同じであった。 収益モデル転換 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/9005/decisions/aviation-entry-exit-2002/","t":"東亜国内航空への出資に始まる航空事業への参入と、その撤退","c":"東急","y":2002,"col":"#E60012","s":"筆頭株主として約30年関与した航空事業を、バブル後の再建と同時多発テロ後の航空不況のなかで日本航空グループへの経営統合を通じて手放し、鉄道・不動産・生活サービス…","x":"2002 東急 日本エアシステムへ統合 東亜国内航空への出資に始まる航空事業への参入と、その撤退 2002年10月に日本エアシステムが日本航空と統合した。東急は約30年の航空事業への関与を終え、30.66%あった持株比率は統合時に約4%へ下がった 筆頭株主として約30年関与した航空事業を、バブル後の再建と同時多発テロ後の航空不況のなかで日本航空グループへの経営統合を通じて手放し、鉄道・不動産・生活サービスへ資源を集中させた非中核事業の整理 参入と撤退が描いた弧 鉄道会社であった東急が、なぜ空へ向かったのか。五島昇社長が航空に賭けたのは、鉄道を敷き、沿線を宅地に変え、その人口が乗客となって鉄道を潤すという多摩田園都市以来の拡張の論理を、国境を越えた路線網へ延ばそうとする試みであっただろう。だが航空は、機材と空港整備に巨額の資本を要し、路線の割り当ても行政の通達に握られていた。土地と住宅で先行投資を回収する開発利益還元型の循環は、空では働きにくかった。約30年、東急は筆頭株主として資本と人を注いだが、事業の採算は最後まで安定しなかった。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/9020/decisions/full-privatization-2002/","t":"三次にわたる株式売却と、JR会社法からの離脱","c":"東日本旅客鉄道","y":2002,"col":"#008803","s":"政府・特殊法人が保有する株式を三段階で市場へ売却し、根拠法の適用対象から外れることで、大臣認可を要しない普通の株式会社へ移行した統治構造の変更。","x":"2002 東日本旅客鉄道 株式売却で完全民営化 三次にわたる株式売却と、jr会社法からの離脱 1993年10月に政府保有株の売却が始まった。250万株、1999年8月の100万株、2002年6月の50万株の三段でjr会社法の適用から外れた 政府・特殊法人が保有する株式を三段階で市場へ売却し、根拠法の適用対象から外れることで、大臣認可を要しない普通の株式会社へ移行した統治構造の変更。 言い訳の余地を外すという実質 大塚陸毅氏が完全民営化の意味として挙げたのは、認可が外れて何ができるようになるかではなかった。jr会社法の規制で実際に事業が妨げられた例は少なかったとしつつ、規制が残る限り経営者は認可を理由に責任を逃れられ、自己責任を貫きにくいという点を問題にしている。国鉄という組織が失敗した理由を、赤字の額ではなく責任構造に見ていた人物の言葉として読める。 資金調達・財務戦略 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/9201/decisions/jal-jas-2002/","t":"同業大手との経営統合による国内事業基盤の再編","c":"日本航空","y":2002,"col":"#CC0033","s":"2002年、国内大手3社のうち日本航空と日本エアシステムが共同持株会社を設立して経営統合し、全日本空輸とほぼ拮抗する規模の航空グループが誕生した案件。","x":"2002 日本航空 日本エアシステムと統合 同業大手との経営統合による国内事業基盤の再編 2002年に日本エアシステムと経営統合。国内大手3社のうち2社が共同持株会社を設立し、全日本空輸と拮抗する航空グループが生まれた 2002年、国内大手3社のうち日本航空と日本エアシステムが共同持株会社を設立して経営統合し、全日本空輸とほぼ拮抗する規模の航空グループが誕生した案件。 「規模」だけでは埋まらないもの この統合は、発着枠という制度の壁にシェアを縛られた市場で、規模の拡大によって1位企業に対抗しようとした試みであったと思われる。狙いどおり国内線はanaとほぼ拮抗する2強体制へと収れんし、グループは世界有数の旅客規模を手にした。しかし、規模の獲得が即座に収益力や利用者便益の向上を意味したわけではない。複占路線での運賃上昇や運賃引き下げ措置の早期打ち切り、統合後のシェア低下といった事実は、再編が市場全体の競争環境に及ぼす影響が一様ではないことを示しているといえる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/9433/decisions/cdma-unification-2002/","t":"二方式の併走を解いてCDMAへ寄せ、稼働中のPDC設備1,283億円を一期で落とした資産の入れ替え","c":"KDDI","y":2002,"col":"#E95721","s":"合併で抱えた二方式のうちPDCを捨て、稼働中の携帯電話設備1,283億円を2002年3月期に一括で除却してCDMAへ資源を集中させた設備の入れ替え","x":"2002 kddi auのcdma一本化とpdc除却 二方式の併走を解いてcdmaへ寄せ、稼働中のpdc設備1,283億円を一期で落とした資産の入れ替え 2002年3月、auのpdc方式の携帯電話設備をすべて除却しcdmaへ一本化。除却額1,283億円を特別損失に計上し、2003年3月末でpdcサービスを終えた 合併で抱えた二方式のうちpdcを捨て、稼働中の携帯電話設備1,283億円を2002年3月期に一括で除却してcdmaへ資源を集中させた設備の入れ替え 除却ではなく顧客の付け替え pdc設備の一括除却は、負の遺産の処理というより、合併で取得した二つの資産のうち一つを自ら使えなくする決断であった。稼働している設備を帳簿から外すことは、そこにいる契約者を他社へ逃がす危険と引き換えになる。kddiはその危険を、cdmaへの機種変更を促す費用として買い直した。サービス終了の期に計上した556億円のうち282億円が移行促進に充てられていることは、これが設備の処分であると同時に顧客の付け替えの費用でもあったことを示していると推察される。 選択と集中 大型設備投資 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9983/decisions/tamatsuka-succession-2002/","t":"柳井正氏の社長退任と経営の世代交代","c":"ファーストリテイリング","y":2002,"col":"#FF0000","s":"フリースブームの反動による減益のなかで、創業者への依存から脱するため53歳の柳井正氏が40歳の玉塚元一氏へ社長を譲った世代交代","x":"2002 ファーストリテイリング 玉塚元一氏が社長就任 柳井正氏の社長退任と経営の世代交代 2002年11月に玉塚元一を代表取締役社長へ登用。フリースブームの反動で減益に沈むなか53歳の柳井正が会長へ回り、40歳へ譲った フリースブームの反動による減益のなかで、創業者への依存から脱するため53歳の柳井正氏が40歳の玉塚元一氏へ社長を譲った世代交代 好調な創業者が試した「自分がいなくても回る経営」 この意思決定の核心は、事業の失敗を若手に押しつける後始末の人事ではなく、成功した創業者が自らの求心力への依存を解こうとした点にある。柳井正氏は、ユニクロを一代で築いた強い創業者であるがゆえに、その強さが会社を創業者個人へ縛る弱さでもあると見ていた。減益という逆風のなかで40歳の玉塚元一氏へ社長を譲り、自らは代表取締役会長として次代の経営者育成に回った選択は、日本電子の風戸健二氏が好調のさなかに合議制へ踏み込んだ判断と同じく、成功者があえて自己否定に踏み込む性格を帯びる。 トップ交代・承継 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/1331/decisions/frozen-foods-focus-2001/","t":"家庭用・業務用の調理冷凍食品への集中と、ライン直結の商品開発体制への移行","c":"ニチロ","y":2001,"col":"#B91A01","s":"拡大する調理冷凍食品市場へ経営資源を振り向け、開発をコンビニ向けの少量多品種に合わせて生産ラインへ寄せた事業構成の組み替え","x":"2001 ニチロ そばめしで冷凍食品へ集中 家庭用・業務用の調理冷凍食品への集中と、ライン直結の商品開発体制への移行 2001年2月に調理冷凍食品へ集中。ニチロは1999年発売のそばめしを機に全社一本の開発部を解体し生産ライン直結の体制へ 拡大する調理冷凍食品市場へ経営資源を振り向け、開発をコンビニ向けの少量多品種に合わせて生産ラインへ寄せた事業構成の組み替え 外れる前提で、安く出す それでも商品は世に出て、1,000箱で足りるはずの包材は1か月で3,000箱、4か月で1万箱に伸びた。ここで効いたのは商品を当てる目利きではなく、外れると見込んだ商品でもいちばん安いデザイナーと1,000箱の包材で出せる仕組みであった。全社一本の開発部を解体して生産ラインに直結させた体制は、外れる前提の試作を安く数多く回すために選ばれたとみられる。 選択と集中 祖業・主力事業の転換 販路・チャネル転換 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/1332/decisions/gortons-acquisition-2001/","t":"1億7500万ドルで米国首位ブランドを買収した前例なき北米進出","c":"ニッスイ","y":2001,"col":"#E60012","s":"漁場確保と輸出に閉じていた海外戦略を、ユニリーバからの米国首位ブランド一括取得によって現地ブランド保有・小売直販モデルへ転換した事業戦略上の買収","x":"2001 ニッスイ 米ゴートンズ買収 1億7500万ドルで米国首位ブランドを買収した前例なき北米進出 2001年10月に米ゴートンズ買収。日本水産がユニリーバから北米首位のブランドとカナダ2位のブルーウォーターを取得 漁場確保と輸出に閉じていた海外戦略を、ユニリーバからの米国首位ブランド一括取得によって現地ブランド保有・小売直販モデルへ転換した事業戦略上の買収 前例なき買収がもたらした柱と弱み この判断の中心にあるのは、輸出で原料を売る会社が、海外で製品を売る会社へ姿を変えるための、最も早い手立てとしての買収であった。棚を握る現地ブランドを一から育てる時間を、日本水産は1億7500万米ドルという対価で買った。米国首位のゴートンズを取得したことで、同社は輸出では届かない北米の消費者市場に足場を得て、1983年以来の総合食品メーカー化という課題に一つの答えを出した。獲る事業に強い水産会社が、作って売る事業へ移る道筋を、同業に先んじて描いただろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 販路・チャネル転換 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/1379/decisions/maitake-entry-price-war-2001/","t":"まいたけ市場への参入と、赤字を織り込んだ値下げの継続","c":"ホクト","y":2001,"col":"#00674E","s":"ブナシメジとエリンギに寄った収益構成を第三の品目で分散させ、あわせて価格と規模で競争相手を押し切る","x":"2001 ホクト 雪国まいたけへ対抗参入 まいたけ市場への参入と、赤字を織り込んだ値下げの継続 2001年にまいたけ市場へ参入。水野正幸社長は雪国まいたけの独壇場を崩し、相互参入がきのこ戦争と呼ばれる値下げ競争を招いた ブナシメジとエリンギに寄った収益構成を第三の品目で分散させ、あわせて価格と規模で競争相手を押し切る 規模で押し切る読みと、その代償 売上高の6割弱を一つの品目に預けていた会社が、第三の柱として選んだのは、他社が一手に握る市場であった。まいたけへの参入は単品依存を解く手であると同時に、相手の値決めを崩す手でもあった。2003年7月に水野正幸社長が示した、財務と規模の面で優位にあるうちに値下げで押すという方針は、大量生産ほど効率の良い装置産業では規模の大きい側が耐えられるという読みに立っていただろう。 隣接領域への展開 プライシング・価格政策 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/2002/decisions/holding-company-2001/","t":"全事業を分社して事業会社と切り離す、純粋持株会社体制への移行","c":"日清製粉グループ本社","y":2001,"col":"#E6001F","s":"多角化した事業群を本社に集約する集権体制の機動性の限界を受け、全事業を分社して純粋持株会社の傘下とし、事業会社ごとの自立と損益責任を促す分権型経営へ転換した再編","x":"2001 日清製粉グループ本社 日清製粉グループ本社へ移行 全事業を分社して事業会社と切り離す、純粋持株会社体制への移行 2001年7月に日清製粉グループ本社へ移行。正田修社長が製粉から医薬まで5事業を分社化し、本体から製造機能を外した分権型へ 多角化した事業群を本社に集約する集権体制の機動性の限界を受け、全事業を分社して純粋持株会社の傘下とし、事業会社ごとの自立と損益責任を促す分権型経営へ転換した再編 集権と分権のあいだで この再編の芯にあるのは、多角化した事業群を一つの会社で統括するか、切り分けて独立させるかという、集権と分権のあいだの選択である。1987年のni-90計画で子会社を本社へ吸収した集権から、2001年に全事業を分社する分権へ——日清製粉は十数年のあいだに、同じ事業群をめぐって逆向きの再編を続けて選んだことになる。組織の組み替えを繰り返す運営は、そのつど何が最適かを問い直してきたことの表れとみられる。ただ、分権が自立心を育てる一方で、間接部門の重複やシナジーの取りこぼしという代償を抱える点は、当時から課題として自覚されていた。 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/2168/decisions/business-refocus-listing-2001/","t":"新事業と旧事業を分離したうえでの本業回帰と株式公開","c":"パソナグループ","y":2001,"col":"#E50012","s":"多角化の失敗で債務超過に陥ったパソナが、本業の人材派遣事業を新旧分離で別会社へ切り出し、収益資産だけを上場させて財務再建と本業回帰を図った事業再構築判断","x":"2001 パソナグループ ナスダック・ジャパンへ上場 新事業と旧事業を分離したうえでの本業回帰と株式公開 2000年6月に人材派遣事業を新旧分離。南部靖之氏が債務超過の本業を別会社へ切り出し、2001年12月に大証ナスダック・ジャパンへ上場 多角化の失敗で債務超過に陥ったパソナが、本業の人材派遣事業を新旧分離で別会社へ切り出し、収益資産だけを上場させて財務再建と本業回帰を図った事業再構築判断 理念の旗と、本業だけの救出 南部靖之氏の経営は、雇用の流動化という理念と、次々に打ち上げる事業構想の華やかさで知られてきた。だが1990年代後半のパソナが直面したのは、その構想が生んだ不採算事業と、開示を欠いた不透明な財務であった。新旧分離は、理念の旗を掲げ続けながら収益源である本業だけを救い出す現実的な選択であったと思われる。中山隼雄氏という外部経営者を迎えて初めて、その整理に踏み切れた点も見逃せない。 分社・スピンオフ・子会社上場 経営再建・ターンアラウンド 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/2327/decisions/nssol-integration-ipo-2001/","t":"本体エレクトロニクス・情報通信事業部の営業譲受によるIT機能の一社集約と、東証一部への上場","c":"日鉄ソリューションズ","y":2001,"col":"#333333","s":"相手先別に四系統へ分立していた新日鉄グループのIT機能を一社へ再集約し、連結経営の中核として市場評価に晒すための組織再編と株式上場","x":"2001 日鉄ソリューションズ 新日本製鉄の事業譲受 本体エレクトロニクス・情報通信事業部の営業譲受によるit機能の一社集約と、東証一部への上場 2001年4月に新日本製鉄の事業譲受。情報通信事業を子会社enicomへ営業譲渡し、社名を新日鉄ソリューションズ、資本金を65億円とした 相手先別に四系統へ分立していた新日鉄グループのit機能を一社へ再集約し、連結経営の中核として市場評価に晒すための組織再編と株式上場 一社に戻すことで外販できる商品になった機能 発足時に八割を占めた親会社向けが十六%まで低下していた——この一点が、2001年の再集約と翌年の上場を成り立たせていた。四つに分かれていた会社を一つに戻し、本体に残る上流機能まで引き取ったのは、組織を構築するためというより、業種をまたぐ受託を単一の窓口で引き受けられる会社にするためであった。製鉄所の操業を止めないシステムを作り続けた経験が、金融の勘定系にも流通の受発注にも通じると読んだ判断であっただろう。 分社・スピンオフ・子会社上場 上場・ipo・市場変更 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/2678/decisions/stock-crash-return-to-origin-2001/","t":"株価の急落を受けた、岩田彰一郎社長による原点への引き返し","c":"アスクル","y":2001,"col":"#111184","s":"業績予想の下方修正を機に株価が急落し、「EC先駆者」という評価と流通業としての実態との差が問われるなか、岩田彰一郎社長が顧客第一主義の原点に立ち返り情報開示の立…","x":"2001 アスクル ec期待による株高の反動 株価の急落を受けた、岩田彰一郎社長による原点への引き返し 2001年4月にec先駆者としての高評価が反落。業績予想の下方修正でper100倍の株価が4日連続ストップ安となり半値以下へ 業績予想の下方修正を機に株価が急落し、「ec先駆者」という評価と流通業としての実態との差が問われるなか、岩田彰一郎社長が顧客第一主義の原点に立ち返り情報開示の立て直しに努めた経営判断 過大な期待とその代償 この株価急落の核心は、財務内容そのものの破綻ではなく、メディアと市場が作り上げた\"ec先駆者\"という像と、カタログとファクスに支えられた地道な通販事業という実態との差にあったのだろう。岩田彰一郎社長が新オフィスに据えたコールセンター中心の空間づくりは、株価が先行して評価していた\"ネット企業\"というイメージとは異なる、地に足の着いた顧客対応という原点を象徴していたといえる。 リストラ・構造改革 経営再建・ターンアラウンド 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/2811/decisions/fan-shareholders-2001/","t":"株主を「ファン」へ変えることによる、値動きで動かない持ち手の厚み付け","c":"カゴメ","y":2001,"col":"#D71920","s":"株式持ち合いの解消で放出される株の受け皿を個人投資家に求め、優待・懇親会など個人向けIRで株主を製品ファンとして囲い込み、個人を最大の安定株主とする資本政策","x":"2001 カゴメ 個人株主10万人構想 株主を「ファン」へ変えることによる、値動きで動かない持ち手の厚み付け 2001年8月に個人株主10万人構想。持ち合い解消で放出される金融機関株の受け皿を個人に定め約6,000人から数万人へ増やす 株式持ち合いの解消で放出される株の受け皿を個人投資家に求め、優待・懇親会など個人向けirで株主を製品ファンとして囲い込み、個人を最大の安定株主とする資本政策 株主を顧客として迎えるということ カゴメの株主10万人構想は、資本政策の技術であると同時に、会社を誰に向けて経営するかという問いへの一つの答えでもあった。持ち合いという相互の依存で安定株主を確保する代わりに、製品を愛用する多数の個人に株式を託す——その選択は、株主と消費者を重ね合わせ、資本市場とブランドを一体のものとして扱う発想に支えられていたとみられる。創業家が株式と経営を握ってきた会社が、非創業家の経営者のもとで市場へ開いていく流れと、この構想は分かちがたく結びついていた。 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/3288/decisions/in-house-development-2001/","t":"仲介専業から自社土地仕入・建物建築への転換","c":"オープンハウスグループ","y":2001,"col":"#D7000F","s":"仲介手数料に収益が限られる事業モデルを改め、土地仕入・建築・販売を自社グループに取り込んで一戸あたりの取り分と価格の自由度を確保する転換","x":"2001 オープンハウスグループ 創建ビルド取得で自社開発へ 仲介専業から自社土地仕入・建物建築への転換 2001年2月に自社開発体制へ転換。創業3年半のオープンハウスが仲介手数料の商いを離れ、9月に施工の創建ビルドの株式を100%取得する 仲介手数料に収益が限られる事業モデルを改め、土地仕入・建築・販売を自社グループに取り込んで一戸あたりの取り分と価格の自由度を確保する転換 販売力を先に構築し、商品を後から自前化した順序 垂直統合そのものは不動産業で珍しい発想ではない。この判断で目を引くのは順序であった。多くの分譲事業者が土地と建物を先に持ち、売り方を後から工夫するのに対し、オープンハウスは街頭で客をつかまえる仲介の営業網を先に築き、そこへ流す商品を自前化した。売り先の見えている状態で用地を仕入れられるなら、在庫を抱える怖さは薄まる。創業3年半という早い時期に手数料商売を捨てられた背景には、この順序があったと推察される。 垂直統合・内製化 祖業・主力事業の転換 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3405/decisions/rayon-exit-poval-shift-2001/","t":"祖業レーヨンの生産停止と、ポバール・PVB事業への軸足の移行","c":"クラレ","y":2001,"col":"#53BFED","s":"市況で殴り合う汎用繊維から降り、世界で寡占できる機能素材へ資源を配分するため、祖業の生産を止めて同時に海外の同種事業を買収する事業構成の組み替え","x":"2001 クラレ クラリアントから事業取得 祖業レーヨンの生産停止と、ポバール・pvb事業への軸足の移行 2001年2月に祖業のレーヨン生産を停止。同年12月にスイスのクラリアントからポバールとpvb事業をドイツの生産拠点ごと買収した 市況で殴り合う汎用繊維から降り、世界で寡占できる機能素材へ資源を配分するため、祖業の生産を止めて同時に海外の同種事業を買収する事業構成の組み替え 基準を祖業に当てたということ 世界で上位3位に入れない市場では戦わない——松尾博人氏が1998年に述べたこの物差しは、それ自体は多くの会社が口にする類のものといえる。クラレが他社と違ったのは、その物差しを1926年から続けてきた自社の創業事業に当てて、そのまま実行した点にある。和久井康明氏は人事畑を35年歩いた社長で、繊維の現場の情理を最もよく知る立場にいたはずであった。それでも2001年2月に生産を止められたのは、退出の理屈が前任者の代にすでに社内の言葉として定着しており、判断が個人の決断ではなく会社の基準の適用として運べたからだとみられる。 事業売却・撤退 祖業・主力事業の転換 クロスボーダーm&a(日本→海外) 選択と集中 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/4010/decisions/polyolefin-alliance-2001/","t":"合成樹脂5社によるポリエチレン・ポリプロピレン事業の統合","c":"三菱化学","y":2001,"col":"#E60012","s":"輸入関税の引き下げとアジアの大型プラント稼働を前に、国内に残る過剰設備を統合で整理し、汎用樹脂の規模とコストを立て直す","x":"2001 三菱化学 昭和電工等と事業統合 合成樹脂5社によるポリエチレン・ポリプロピレン事業の統合 2001年6月に昭和電工らと事業統合。三菱化学・チッソ・東燃化学・日本石油化学を含む5社がポリエチレンとポリプロピレン事業を統合し国内首位へ 輸入関税の引き下げとアジアの大型プラント稼働を前に、国内に残る過剰設備を統合で整理し、汎用樹脂の規模とコストを立て直す 過半という条件を外せたこと 2001年6月の発表で、三菱化学は二つの新会社のどちらにも日本ポリケムを通じて過半を出資すると決めていた。その4か月後には、石化基礎原料について共同出資でも過半数にこだわらないと表明する。生産能力で国内首位のエチレンについて、主導権を掌握し続ける前提を4か月で降ろした。 合併・経営統合 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4324/decisions/dentsu-tse-listing-2001/","t":"創業から100年を経ての株式公開——資金需要のないまま選んだ資本市場入り","c":"電通グループ","y":2001,"col":"#333333","s":"資金需要の乏しい非上場のガリバーが、大株主の売却ニーズと経営の透明化・世界戦略への布石を重ね、創業100年を経て東証一部に株式を公開した資本判断","x":"2001 電通グループ 東証一部への上場 創業から100年を経ての株式公開——資金需要のないまま選んだ資本市場入り 2001年11月に東証一部への上場。創業から約100年を経た電通が直接上場し、公募と売り出しは全株式の1割弱にとどめる 資金需要の乏しい非上場のガリバーが、大株主の売却ニーズと経営の透明化・世界戦略への布石を重ね、創業100年を経て東証一部に株式を公開した資本判断 上場の引き金と、上場の意味 この上場には、二つの物語が同居していた。ひとつは、筆頭株主の共同通信社と第二位株主の時事通信社が新社屋の建設資金を捻出したいという、大株主の売却の事情である。もうひとつは、成田豊社長が語った開示規律と世界戦略という物語である。前者は上場の引き金を、後者は上場の意味を説明しており、どちらか一方だけでは資金需要の乏しい巨人がなぜ悪環境を押して公開したのかを説き切れないのだろう。 上場・ipo・市場変更 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/4508/decisions/taisho-merger-collapse-2001/","t":"共同持株会社の設立で合意しながら二か月半で至った白紙撤回","c":"田辺製薬","y":2001,"col":"#333333","s":"欧米の巨大医薬品メーカーが資金力で開発競争を加速するなか、国内系で規模の足りない両社が持株会社方式で医療用と大衆薬を統括しようとした統合","x":"2001 田辺製薬 大正製薬との統合破談 共同持株会社の設立で合意しながら二か月半で至った白紙撤回 2001年9月に大正製薬との統合を発表。共同持株会社の大正田辺ファルマグループで連結売上高4600億円をめざしたが12月に破談 欧米の巨大医薬品メーカーが資金力で開発競争を加速するなか、国内系で規模の足りない両社が持株会社方式で医療用と大衆薬を統括しようとした統合 のめなかったのは比率ではなく、比率が意味するもの 医療用で1500億円を売る会社が、700億円強しか売らない会社に0.55で評価される。田辺製薬がのみ込めなかったのは、この数字そのものよりも、数字が決める順番であっただろう。統合後の利益はリポビタンdから出て、それが自社の研究開発へ回る。金を出す側が方針を決めるのが筋である以上、医療用の主導権を掌握するという田辺製薬側の前提は、資本の設計と最初から噛み合っていなかった。合意の時点で埋まっていなかった溝が、実務の部会で表に出たにすぎない。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/4527/decisions/skincare-hadalabo-2001/","t":"医薬品の発想の化粧品への持ち込みと、大衆薬への依存からの脱却","c":"ロート製薬","y":2001,"col":"#005BAB","s":"成熟した大衆薬への依存から抜けるため、皮膚科学の知見を機能性化粧品へ転換してスキンケアへ本格参入し、「オバジ」「肌研（ハダラボ）」を軸に医薬品と化粧品を両輪とす…","x":"2001 ロート製薬 「肌ラボ」でスキンケア参入 医薬品の発想の化粧品への持ち込みと、大衆薬への依存からの脱却 2001年に機能性化粧品「オバジ」を発売してスキンケアへ本格参入。2004年発売の「肌研(ハダラボ)」を主力に育て、スキンケア関連の販売高は2007年3月期に51,425百万円へ伸びた 成熟した大衆薬への依存から抜けるため、皮膚科学の知見を機能性化粧品へ転換してスキンケアへ本格参入し、「オバジ」「肌研(ハダラボ)」を軸に医薬品と化粧品を両輪とする収益構造へ移行させた多角化 畑違いを、強みの延長に変える この判断の核心は、医薬品への依存から抜け出す道を、まったくの畑違いにではなく、皮膚科学という自社の強みの延長に見いだした点にある。製薬会社が化粧品に手を出して成功した例は乏しかったが、ロート製薬は成分の効きに焦点を絞り、無駄をそぎ落として高い機能を低い価格で差し出す設計で参入した。それはドラッグストアという伸びる販路とも合致していた。目薬や外皮用薬で積んだ皮膚と成分の知見を、そのまま化粧品の訴求へ組み替えた——冒険というより、持ち場を横へずらす判断だったとみるほうが正確だろう。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4689/decisions/yahoo-bb-broadband-2001/","t":"回線を持たないままのブランドと集客の提供と、ISP料金の一部・加入インセンティブの取得","c":"LINEヤフー","y":2001,"col":"#FF0033","s":"BBテクノロジーとの業務提携でYahoo! BBに参画し、回線設備を持たないままプロモーションと申込受付を担って、ISP料金の一部と加入者獲得インセンティブを自…","x":"2001 lineヤフー yahoo!bb参入 回線を持たないままのブランドと集客の提供と、isp料金の一部・加入インセンティブの取得 2001年9月にyahoo! bbの商用サービスを開始。bbテクノロジーとの業務提携でプロモーションと申込受付を担い、isp料金1,290円のうち200円を対価として受け取った bbテクノロジーとの業務提携でyahoo! bbに参画し、回線設備を持たないままプロモーションと申込受付を担って、isp料金の一部と加入者獲得インセンティブを自社の損益へ取り込んだ事業判断 設備を持たずに設備産業の成長を借りる この判断の芯は、通信事業への進出ではなく、通信事業に出資も設備投資もせずに参加する形をどう設計するかにあった。契約でヤフーが引き受けたのは、プロモーション、申込受付、ポータルの運営という、すでに持っていた資産の転用ばかりである。回線の敷設もテクニカルサポートも相手側の負担で、対価は利用者が払うisp料金1,290円のうちの200円。薄いようだが、追加の費用がほとんど生じない会社にとっては、加入者が増えるだけ積み上がる収入だった。設備を持たない会社が、設備産業の成長を自社の損益へ移し替える回路をつくったとみられる。 隣接領域への展開 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4751/decisions/murakami-fund-2001/","t":"物言う株主の接近に晒された局面での経営権の維持と防衛","c":"サイバーエージェント","y":2001,"col":"#82be28","s":"現金超過の歪みを突いた村上ファンドの買収圧力に対し、三木谷氏の出資とワラント行使で創業者の支配権を守った買収防衛","x":"2001 サイバーエージェント 村上ファンドへ買収防衛 物言う株主の接近に晒された局面での経営権の維持と防衛 2001年5月に村上ファンドへ買収防衛。調達した225億円の還元と清算を迫られ、藤田晋社長は楽天の三木谷浩史氏から出資を仰いだ 現金超過の歪みを突いた村上ファンドの買収圧力に対し、三木谷氏の出資とワラント行使で創業者の支配権を守った買収防衛 現金という弱点と、貫いた長期投資 この攻防が突きつけたのは、バブルの頂点で得た資金余力が、そのまま会社の存続を脅かす弱点に転じるという皮肉である。時価総額が現金を下回れば、会社は現金を狙う買収の的になる。村上ファンドの論理は、遊ばせた資本を株主に返せという、資本市場の側からの一つの正論でもあった。それでも藤田晋社長は、要求どおりに調達資金を返して事業を縮小する道を選ばなかった。清算して現金を配るより、赤字を抱えてでもメディアという次の事業を育てるほうに賭けた。短期の株主還元と長期の事業投資、そのどちらを選ぶかという問いに、藤田晋社長は明確に後者で答えた。 アクティビスト・株主提案対応 敵対的・同意なき買収"},{"k":"decision","u":"/tse/4768/decisions/founder-succession-2001/","t":"創業者・大塚實から長男への世代交代と、データで判断する営業への移行","c":"大塚商会","y":2001,"col":"#E60012","s":"創業から40年社長を務めた大塚實氏が会長へ退き、社内情報システムと上場準備を担ってきた長男の大塚裕司氏へ経営を渡し、勘と足に頼る営業をデータで判断する営業へ組み…","x":"2001 大塚商会 大塚実氏の社長退任と大塚裕司氏への継承 創業者・大塚実から長男への世代交代と、データで判断する営業への移行 2001年8月に大塚裕司氏へ社長交代。40年間社長を務めた創業者の大塚実氏が会長へ退き、長男の副社長が社長の座を引き受けた 創業から40年社長を務めた大塚実氏が会長へ退き、社内情報システムと上場準備を担ってきた長男の大塚裕司氏へ経営を渡し、勘と足に頼る営業をデータで判断する営業へ組み替えた経営承継 継いだのは営業力ではなく、その測り方 大塚実氏の経営は長年の経験と勘が生んだ路線で、1975年の製品切り替えも1981年のパソコン参入も、社内の反発を押し切った社長個人の判断で決まっていた。対して大塚裕司氏が入社後に手をかけたのは社内情報システムであり、就任と同時に始めたsprは、誰に何を提案するかを数字で決める仕組みである。父が築いた営業力を、担い手が代わっても回る形へ置き直した承継であっただろう。 トップ交代・承継 創業家・同族 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/4911/decisions/brand-restructuring-2001/","t":"散らばった商標の集約による、チェーン店の立て直し","c":"資生堂","y":2001,"col":"#BC1928","s":"約100に膨らんだブランドを中核へ集約し、新チャネルではなく大正時代からのチェーン店網の再生に資源を集中して赤字から立て直した選択と集中の判断","x":"2001 資生堂 ブランドの集約 散らばった商標の集約による、チェーン店の立て直し 2001年4月にブランド集約。約100まで膨らんだ品目を中核に整理し、池田守男社長が大正時代からのチェーン店網の再生に取り組んだ 約100に膨らんだブランドを中核へ集約し、新チャネルではなく大正時代からのチェーン店網の再生に資源を集中して赤字から立て直した選択と集中の判断 選択と集中という、資生堂の反復 この判断の意味は、拡大の反対側へ転じた点にある。1987年の販社在庫の一括回収で数量拡大モデルを断ち切り、1997年に70年続いた再販価格維持を手放して市場競争に参入した資生堂は、その競争のなかでブランドを乱立させ、かえって資源を薄く広く散らしてしまった。池田守男氏の決断は、その反省の上で\"増やす\"から\"絞る\"へと経営を切り替え、創業の原点であるスキンケアと、最寄り性という固有資産に立ち返るものであった。 選択と集中 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/5108/decisions/firestone-recall-2001/","t":"米国での欠陥タイヤ問題と、大規模なリコールへの踏み切り","c":"ブリヂストン","y":2001,"col":"#FE0000","s":"海外子会社の欠陥タイヤ問題に大規模自主回収で対処し、権限委譲の下で断絶していたリスク情報の経路と経営体制を構築し直した危機対応","x":"2001 ブリヂストン ファイアストンで自主回収 米国での欠陥タイヤ問題と、大規模なリコールへの踏み切り 2000年8月にファイアストンで自主回収。フォードのエクスプローラー向けタイヤの剥離事故を受け、海崎洋一郎社長が役員を米国へ 海外子会社の欠陥タイヤ問題に大規模自主回収で対処し、権限委譲の下で断絶していたリスク情報の経路と経営体制を構築し直した危機対応 買収した会社を、どこまで自社の管理に組み込むか この判断の核心は、製品事故そのものよりも、海外子会社に委ねた権限とリスク情報が経営のトップに届かなかったという、連結ガバナンスの欠落にあった。ブリヂストンは日本企業のグローバル化の成功例とされてきたが、資本で子会社を統べることと、その現場に潜むリスクを本社が握ることは別の課題だった。買収から12年、現地主義の裏側に積もった情報の断絶が、危機の初動を鈍らせた。 不祥事・信頼回復 グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5406/decisions/semiconductor-exit-2001/","t":"テキサス・インスツルメンツ社と組んだ半導体合弁の設立と、その全株式の売却による撤退","c":"神戸製鋼所","y":2001,"col":"#0B61BA","s":"連結の財務体質を改善するため、300ミリウエハー対応に控える巨額投資を前に半導体子会社の全株式を合弁相手へ譲渡した判断","x":"2001 神戸製鋼所 マイクロンに株式譲渡 テキサス・インスツルメンツ社と組んだ半導体合弁の設立と、その全株式の売却による撤退 2000年10月にマイクロンに株式譲渡。1990年に米tiとの合弁で兵庫県西脇市に構えたktiセミコンダクターの株を全て譲り渡した 連結の財務体質を改善するため、300ミリウエハー対応に控える巨額投資を前に半導体子会社の全株式を合弁相手へ譲渡した判断 借りた技術は、借り続けなければ古びる 自前の特許を一つも持たないまま最先端の製造技術に触れる方法として、ti社の生産体制へ丸ごと組み込まれる道は、当時としては合理的な選択であった。歩留まり80%はその成果であり、亀高素吉社長の『損するビジネスをしているつもりはない』という言葉にも根拠があった。ただ、借りた技術は借り続けなければ古びる。0.28ミクロンから0.18ミクロンへ、さらに300ミリウエハーへと、参入時に見えていなかった投資の階段が十年のあいだに積み上がっていった。 事業売却・撤退 飛び地・非関連多角化 技術・r&d起点の勝負 選択と集中 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5703/decisions/cross-functional-teams-2001/","t":"横串チームの設置と、事業部の縦割りからグループ横断の開発体制への転換","c":"日本軽金属ホールディングス","y":2001,"col":"#0668AE","s":"5期連続の連結赤字と資金繰りの逼迫のなかで、事業部ごとに閉じていた開発と営業の情報を市場単位で集約し直し、グループ全体で新商品を生む体制へ組み替えた","x":"2001 日本軽金属ホールディングス 横串チームと商品化戦略室 横串チームの設置と、事業部の縦割りからグループ横断の開発体制への転換 2001年4月に横断開発体制へ転換。佐藤薫郷社長が事業部を横断する4市場別のグループへ日本軽金属をマトリクス型に組み替えた 5期連続の連結赤字と資金繰りの逼迫のなかで、事業部ごとに閉じていた開発と営業の情報を市場単位で集約し直し、グループ全体で新商品を生む体制へ組み替えた 顧客の情報が集まる場所を替えた 1998年にスイスから持ち帰ったのは、アルミの合金でも加工の技術でもなかった。佐藤社長が写したのは、精錬から加工品までを同じ市場に向かせるアルスイスの組織の作りである。横串チームと技術商談会が替えたのは組織図よりも、顧客の情報がどこに集まるかであった。事業部の内側で止まっていた市場の声は、市場ごとの4つのチームと、研究者が営業担当者と向き合う商談会へ集め直された。技術ではなく仕組みを他社から輸入した点に、この判断の性格がうかがえる。 経営再建・ターンアラウンド トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/5706/decisions/mining-to-electronics-2001/","t":"鉱山の段階的縮小と、銅箔・TABを柱とする事業への転換","c":"三井金属","y":2001,"col":"#009060","s":"円高と公害補償で競争力を失った神岡鉱山を段階的に縮小する一方、銅製錬の技術を転用した銅箔・TABなど電子材料を主力に据え、資源会社から電子材料メーカーへ事業構造…","x":"2001 三井金属 神岡鉱山を止め電子材料へ 鉱山の段階的縮小と、銅箔・tabを柱とする事業への転換 2001年4月に電子材料事業へ転換。約130年続いた神岡鉱山の自山採掘を止め、oak-mitsui以来の銅箔・tabを主軸に据えた 円高と公害補償で競争力を失った神岡鉱山を段階的に縮小する一方、銅製錬の技術を転用した銅箔・tabなど電子材料を主力に据え、資源会社から電子材料メーカーへ事業構造を組み替えた業態転換 資源会社が祖業をどう畳んだか 神岡鉱山の縮小を、斜陽の資源事業をたたんだ整理として読むと、この転換の芯は見えにくくなる。三井金属が電子材料で足場を築けたのは、銅を製錬する電解の工程が、電解銅箔をつくる工程とほとんど重なっていたからであった。手放したのは自山からの採掘という川上であって、金属を電気の力で扱う技術そのものではない。約130年続いた鉱山を畳みながら、そこで磨いた金属の扱いを川下の部材へ載せ替えた点に、単なる撤退とは異なるこの判断の性格がうかがえる。 祖業・主力事業の転換 リストラ・構造改革 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/5801/decisions/ofs-acquisition-2001/","t":"ケーブル部門の取り込みによる世界シェア2位への浮上","c":"古河電工","y":2001,"col":"#0065CC","s":"通信回線が銅線から光ファイバへ置き換わる技術転換を前に、シェア7%の4位から一気に2位へ上がるため、株式含み益を原資に世界最大級の光ファイバ事業を買収した判断","x":"2001 古河電工 米ルーセントの光ファイバ買収 ケーブル部門の取り込みによる世界シェア2位への浮上 2001年7月に米ルーセントの光ファイバ買収。総額27億5,000万ドルのうち自社負担は18億7,500万ドルで、コムスコープ・コーニングと分担 通信回線が銅線から光ファイバへ置き換わる技術転換を前に、シェア7%の4位から一気に2位へ上がるため、株式含み益を原資に世界最大級の光ファイバ事業を買収した判断 値上がりした担保で買収し、値下がりしてから払う 約2兆円と言われたjdsユニフェイズ株の含み益は、契約が締結される前に5,000億円へ、さらに1,500億円程度へと減っていた。値上がりした株を後ろ盾に決めた買い物の代金を、値下がりしたあとに払ったことになる。実際に戻るまでには十年以上を要し、その差が二期で2,500億円を超える最終赤字となって表れただろう。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5802/decisions/power-cable-transfer-2001/","t":"創業以来の高圧電力ケーブルを日立電線との折半会社へ移管した祖業の切り出し","c":"住友電工","y":2001,"col":"#2E008B","s":"創業以来の本業である電力用電線のうち、高圧・特別高圧の領域を自社単独で持つことをやめ、競合の日立電線と折半出資したジェイ・パワーシステムズへ2段階で営業譲渡した…","x":"2001 住友電工 ジェイ・パワーシステムズへの電力ケーブル譲渡 創業以来の高圧電力ケーブルを日立電線との折半会社へ移管した祖業の切り出し 2001年10月に高圧電力用電線事業をジェイ・パワーシステムズへ営業譲渡した。日立電線との折半出資会社で、2004年10月には国内電力会社向け販売事業も移管し、2014年4月に取得原価18,060百万円で完全子会社とした 創業以来の本業である電力用電線のうち、高圧・特別高圧の領域を自社単独で持つことをやめ、競合の日立電線と折半出資したジェイ・パワーシステムズへ2段階で営業譲渡した事業の切り出し 祖業を競合と半分ずつ抱えるという形 電線という祖業のうち、電力会社向けの高圧・特別高圧という最も古い事業を、自社単独で持つことをやめた判断である。ただし売却でも撤退でもなく、選ばれたのは競合との折半出資だった。国内の送配電投資が伸びなくなった市場で、生産と開発を1社に集約して重複を消しながら、事業そのものは半分持ち続ける。同じ時期にブレーキも高分子も特殊金属線も切り出しているが、それらの受け皿はいずれも自社の子会社である。相手と分け合う形をとったのは電力ケーブルだけで、ここだけは自社の努力では規模が足りないという読みがあったのだとみられる。 事業売却・撤退 祖業・主力事業の転換 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/5803/decisions/viscas-power-cable-2001/","t":"電力ケーブル事業の古河電工との合弁への移管と、15年後の国内事業の振り分け","c":"フジクラ","y":2001,"col":"#15C0F3","s":"国内需要が伸びず汎用品の価格下落が続く電力用電線を、競合の古河電工との折半出資会社へ切り出して共同運営に移行し、15年後に国内事業を製品別に振り分けて自社へ引き…","x":"2001 フジクラ ビスキャスへ事業切出 電力ケーブル事業の古河電工との合弁への移管と、15年後の国内事業の振り分け 2001年にビスキャスへ事業切出。古河電気工業と折半で設け、2005年1月に製造販売と研究開発まで移管した祖業の一角 国内需要が伸びず汎用品の価格下落が続く電力用電線を、競合の古河電工との折半出資会社へ切り出して共同運営に移行し、15年後に国内事業を製品別に振り分けて自社へ引き取った判断 共同で持つという時間の使い方 折半出資という形は、撤退でも継続でもない中間の答えであった。国内の電力用電線は品目が各社で重なり、単独では販価を維持できない。とはいえ送電網の保守需要が残る事業を畳めば、電力会社との取引そのものを失う。2001年に古河電工と会社を設立し、2005年に製造販売と研究開発まで移した判断は、需要の行き先が見えるまで採算を分け合う選択だったと思われる。切り出した資源が北米の光通信拠点と欧州のワイヤハーネス子会社へ向かった事実が、この間に何を優先したかを示している。 事業売却・撤退 選択と集中 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/5938/decisions/tostem-inax-merger-2001/","t":"純粋持株会社を受け皿とした住宅設備・建材2社の一体化","c":"LIXIL","y":2001,"col":"#EF7A00","s":"新設住宅着工の急減で単独成長の道が細るなか、水回り製品の空白を埋めて1兆円規模へ届かせるための住宅設備メーカー同士の統合","x":"2001 lixil トステムとinax統合 純粋持株会社を受け皿とした住宅設備・建材2社の一体化 2001年4月にトステムとinax統合。アルミ建材首位と衛生陶器2位が持株会社inaxトステム・ホールディングスを設けた 新設住宅着工の急減で単独成長の道が細るなか、水回り製品の空白を埋めて1兆円規模へ届かせるための住宅設備メーカー同士の統合 相思相愛と呼ばれた統合の中身 相思相愛と評された統合だが、二社の動機の重さは同じではなかった。inaxは衛生陶器でtotoの64%に対し28%にとどまり、単独での展望を描けないまま伊奈輝三会長の側から電話をかけている。対するトステムは、創業者の潮田健次郎氏が10年来掲げた1兆円企業の悲願を、163万戸から120万戸への着工減で危うくしていた。売り手の閉塞と買い手の焦りが同じ時期に重なったところに成立の条件があっただろう。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/6301/decisions/dantotsu-reform-2001/","t":"新体制が進めた経営構造改革とV字回復","c":"コマツ","y":2001,"col":"#150A9A","s":"建設機械の景気変動と多角化の行き詰まりから大幅な連結赤字に陥ったコマツが、固定費削減と選択と集中による「一度限りの大手術」を断行しつつ、ダントツ商品とKOMTR…","x":"2001 コマツ 「ダントツ経営」への転換 新体制が進めた経営構造改革とv字回復 2001年6月に坂根正弘社長が経営構造改革へ。固定費削減と不採算整理を一度限りの大手術として断行し、競合が数年追いつけない商品を開発 建設機械の景気変動と多角化の行き詰まりから大幅な連結赤字に陥ったコマツが、固定費削減と選択と集中による「一度限りの大手術」を断行しつつ、ダントツ商品とkomtraxの見える化を収益源に据えて反転させた、2000年代を通じて固まった構造改革 代を重ねるごとに強くなる会社 この構造改革の核心は、赤字という痛みを景気の谷で一度に引き受けたうえで、切り縮めるだけに終わらせなかった点にある。製品ラインを削り固定費を圧縮する一方で、競合が数年追いつけない商品と、機械の稼働を遠隔で捉える仕組みを同時に育てた。守りのリストラと攻めの差別化を切り離さずに進めたことが、単なる収益の底打ちではなく、その後の収益性の底上げにつながっただろう。谷でどこまで深く手を入れ、同時に何を伸ばすかという設計の巧拙が、再建の質を分けた事例といえる。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革 選択と集中 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/6460/decisions/hardware-exit-2001/","t":"セガの家庭用ゲーム機ハード事業からの撤退とソフトメーカーへの転身","c":"セガサミーホールディングス","y":2001,"col":"#0082CA","s":"5期に及ぶ赤字と800億円規模の撤退費用を一度に処理し、ハードを持たないソフト供給業へ事業構造を組み替えた判断","x":"2001 セガサミーホールディングス ドリームキャスト製造中止 セガの家庭用ゲーム機ハード事業からの撤退とソフトメーカーへの転身 2001年1月にドリームキャスト製造中止。セガが構造改革プランを発表し、2001年3月期かぎりで約20年のハード事業から退きソフト供給へ 5期に及ぶ赤字と800億円規模の撤退費用を一度に処理し、ハードを持たないソフト供給業へ事業構造を組み替えた判断 我が子のような存在を止める この判断の難しさは、採算の計算そのものにはなかった。1台売るごとに1万円の赤字と言われた機械を作り続ける不合理は、社内の誰の目にも明らかであった。難しかったのは、20年ハードを作ってきた会社が、その看板作品を長年争ってきた相手の機械に載せると決める点にある。ハードを持たないことが取引先を選ばない自由になる、という理屈は、その後のゲーム業界でしばしば繰り返されている。 事業売却・撤退 祖業・主力事業の転換 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6502/decisions/dram-rise-and-exit-2001/","t":"汎用DRAM事業からの撤退と、主力メモリの入れ替え","c":"東芝","y":2001,"col":"#E61E1E","s":"DRAM世界一の地位を確立した東芝が、コモディティ化と市況急落を受けて汎用DRAMから撤退し、NAND型フラッシュメモリとシステムLSIへ資源を集中させた選択と…","x":"2001 東芝 nand型フラッシュへ集中 汎用dram事業からの撤退と、主力メモリの入れ替え 2001年12月に汎用dram事業から撤退。米国生産拠点のドミニオン・セミコンダクタ社をマイクロン・テクノロジー社へ売却し、みずから発明したnand型フラッシュメモリとシステムlsiへ資源を集中した dram世界一の地位を確立した東芝が、コモディティ化と市況急落を受けて汎用dramから撤退し、nand型フラッシュメモリとシステムlsiへ資源を集中させた選択と集中の判断 世界一を畳むという選択 この判断の核心は、世界一という地位そのものよりも、その地位が置かれた市場の性格を見極めた点にあるとみられる。汎用dramは、微細化の競争が世代ごとに巨額の投資を求める一方で、製品が規格品へ近づくほど価格の主導権を掌握しにくい。市況の振れがグループ全体の収益をも揺るがすところまで来ていた以上、稼げない汎用品を手放し、みずから生んだnand型フラッシュメモリへ資源を配分する選択には一定の合理があったと推察される。電子デバイス部門が1,763億円の営業損失から翌期には黒字へ戻ったことは、決断の遅速がそのまま損益に出る事業だったことを示している。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6590/decisions/non-core-divestment-2001/","t":"自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中","c":"芝浦メカトロニクス","y":2001,"col":"#019671","s":"量産・販売型の事業と受注生産の装置事業が同じ会社で資金と人員を分け合う構造を解き、開発と組立で付加価値を生み出す装置事業に本体の事業を集中した","x":"2001 芝浦メカトロニクス 芝浦自販機へ事業移管 自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中 2001年1月に自販機事業の営業とサービスを移管した。1998年10月のモータ応用機器事業部の分離から2005年のグループ会社統合まで続いた 量産・販売型の事業と受注生産の装置事業が同じ会社で資金と人員を分け合う構造を解き、開発と組立で付加価値を生み出す装置事業に本体の事業を集中した 量産を外に出した7年 本体に残す条件は、開発と組立で値を付けられるかどうかであった。自販機の営業とサービスは1993年に設立していた芝浦自販機へ、小浜工場の製造は芝浦イーエムエスへ移された。同じ会社の中で資金と人員を分け合っていた性格の違う事業を、7年かけて法人の境目で仕分けている。 事業売却・撤退 選択と集中 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/6752/decisions/nakamura-destruction-creation-2001/","t":"長年の事業部制の解体と、グループ5社を取り込む組織の再編","c":"パナソニック","y":2001,"col":"#1450a0","s":"上場後初の赤字と成長の停滞を前に、事業部の重複・縦割りと分社経営という創業者以来の仕組みを崩し、ドメイン制・5社完全子会社化・人員削減で構造を再構築した業態転換","x":"2001 パナソニック 「破壊と創造」の断行 長年の事業部制の解体と、グループ5社を取り込む組織の再編 2001年1月に中村邦夫氏が破壊と創造の構造改革へ動いた。上場後初の連結最終赤字を受け、主要5社を株式交換で完全子会社にした 上場後初の赤字と成長の停滞を前に、事業部の重複・縦割りと分社経営という創業者以来の仕組みを崩し、ドメイン制・5社完全子会社化・人員削減で構造を再構築した業態転換 創業者の遺産を壊すということ 中村氏改革の重さは、切ったものが不採算事業ではなく、松下幸之助氏が遺した組織思想そのものだった点にある。分社による自主責任経営は、松下の強さの源泉であると同時に、重複と縦割りの温床でもあった。その両義性を承知のうえで、中村氏は聖域に手を入れた。財務の健全さに安住して成長を忘れた会社を動かすには、成功体験ごと壊すしかない——就任直後から一貫したこの見立ては、結果として2000年代半ばの回復に結びついたとみられる。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/6793/decisions/fukushima-plant-closure-2001/","t":"自社で生産する体制を手放し、生産機能を持たない事業構造への転換","c":"山水電気","y":2001,"col":"#F69A9C","s":"資金の出し手が親会社側に限られるなかで、生産設備と海外子会社を手放し、ブランドの管理に事業を集中した縮小の判断","x":"2001 山水電気 福島工場閉鎖し生産撤退 自社で生産する体制を手放し、生産機能を持たない事業構造への転換 2001年12月に福島工場を閉鎖して生産から撤退。香港グランデ・グループの資本参加を受け、海外子会社3社の株式も売却 資金の出し手が親会社側に限られるなかで、生産設備と海外子会社を手放し、ブランドの管理に事業を集中した縮小の判断 名前を担保に入れた会社に残された選択 工場を閉鎖する判断は避けようがなかった。売上高が20億円まで減少した会社に、かつて500億円規模を支えた生産設備は維持できず、国内工場と香港・中国の生産網を併せ持つ状態も重すぎた。海外子会社を先に売り、国内工場を閉鎖し、翌年に土地建物を処分する順序は、資金を作る手順として筋が通る。責めるべきは、整理が2001年まで持ち越された経緯である。2005年から2010年の決算は、売上高1億円前後で100億円規模の資産を抱え、自己資本比率9割超・従業員10人未満・毎期経常赤字と、事業会社より資産管理会社に近い。 事業売却・撤退 リストラ・構造改革 ブランド・マーケティング 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/7453/decisions/muji-v-recovery-2001/","t":"松井忠三の下での立て直しと、衣料品デザインの外部への全面委託","c":"良品計画","y":2001,"col":"#7B0319","s":"見かけの高収益が崩れた無印良品を、死に筋在庫の処分と衣料品のデザイン全面委託で立て直した松井忠三氏の再建","x":"2001 良品計画 ヨウジヤマモトへ全面委託 松井忠三の下での立て直しと、衣料品デザインの外部への全面委託 2002年10月に衣料品のデザインを全面委託。2001年に社長へ就任した松井忠三が死に筋在庫を処分し、山本耀司のヨウジヤマモトへ託した 見かけの高収益が崩れた無印良品を、死に筋在庫の処分と衣料品のデザイン全面委託で立て直した松井忠三氏の再建 安さより、商品の完成度で収益を上げる会社へ この再建の核心は、財務の穴埋めそのものより、稼ぎ方の前提を入れ替えた点にある。無印良品は安さの理由を示す打ち出し方を掲げて支持を広げたが、その安さは価格破壊の時代には守りにくくなっていた。松井忠三氏は、就任直後に売れ残りを処分して過去の拡大を清算し、そのうえで価格を上げてでも完成度で選ばれる商品へ舵を戻した。安さを守ることと商品で稼ぐことのどちらを取るかを迫られたとき、後者を選んだ判断だったと思われる。 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/7735/decisions/single-wafer-300mm-2001/","t":"300mm対応装置の先行量産","c":"SCREEN HD","y":2001,"col":"#1064B0","s":"バッチ式の量産効率を守るか、微細化・300mm大口径化に対応する枚葉式へ跳ぶか——1枚ずつ洗う枚葉式に賭けて300mm対応装置を先んじて投入・量産し、のちの主流…","x":"2001 screen hd 枚葉式ウエハ洗浄への転換 300mm対応装置の先行量産 2000年11月に枚葉式のウエハ洗浄へ移行。薬液槽でまとめて洗うバッチ式に対し、300ミリの大口径と微細化を見据えて1枚ずつ洗う方式に賭けた バッチ式の量産効率を守るか、微細化・300mm大口径化に対応する枚葉式へ跳ぶか——1枚ずつ洗う枚葉式に賭けて300mm対応装置を先んじて投入・量産し、のちの主流化を先取りした技術選択 足元の効率を守るか、次の技術に張るか この決断の核心は、当時の主流だったバッチ式の量産効率を守るのではなく、微細化と300ミリという技術の変化に賭けて、1枚ずつ洗う枚葉式へ資源を集中した点にある。まとめ洗いは一度に多くを処理できる強みを持つ一方、回路が細くなるほど1枚ごとの洗浄条件を揃えにくい。大日本スクリーンは、半導体市況が悪化し各社が投資を絞りがちな時期に、あえて先の技術に張った。効率という足元の強みと、微細化という将来の要請が衝突したとき、後者を選んだ判断だったといえる。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8050/decisions/holding-company-2001/","t":"持株会社体制への移行と、祖業であるウオッチ事業の切り出し","c":"セイコーグループ","y":2001,"col":"#0048A8","s":"多角化で拡散した事業群を機能別の専門会社へ相次いで分社し、祖業のウオッチ事業まで切り出して本体を持株会社化。各事業の独立採算と経営責任の明確化により、単一メーカ…","x":"2001 セイコーグループ セイコーウオッチの設立 持株会社体制への移行と、祖業であるウオッチ事業の切り出し 2001年7月にセイコーウオッチを分社。祖業のウオッチ事業を切り出してセイコーは持株会社へ移り、1996年からの事業別分社を仕上げた 多角化で拡散した事業群を機能別の専門会社へ相次いで分社し、祖業のウオッチ事業まで切り出して本体を持株会社化。各事業の独立採算と経営責任の明確化により、単一メーカーからグループ経営へ移行した再編 体制を構築することと、統括する人を得ること この判断の核心は、多角化で抱えた事業群を、それぞれに損益と経営者を負わせた独立の会社へ切り分け、その上に統括する層を置いた点にある。祖業のウオッチ事業まで子会社へ差し出した思い切りは、危機のなかで責任の所在をはっきりさせようとした再建の到達点とみられる。単一メーカーとして稼ぐ時代の終わりを、自ら組織のかたちで認めた選択であったといえる。もっとも、体制を構築することと、その体制を誰がどう統括するかは、必ずしも同じ問題ではない。 持株会社化・グループ再編 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/8113/decisions/takahara-succession-2001/","t":"創業家二代目への引き継ぎと、指示待ちの組織風土からの脱却","c":"ユニ・チャーム","y":2001,"col":"#184890","s":"カリスマ創業者のトップダウンが残した指示待ち体質と業績の陰りを前に、二代目へ承継して社風そのものの転換を託す判断","x":"2001 ユニ・チャーム 高原慶一朗氏の社長退任と高原豪久氏への継承 創業家二代目への引き継ぎと、指示待ちの組織風土からの脱却 2001年6月に高原豪久へ社長を譲った。創業者の高原慶一朗が入社10年・39歳の長男に任せ、指示待ちの社風の改革を託した カリスマ創業者のトップダウンが残した指示待ち体質と業績の陰りを前に、二代目へ承継して社風そのものの転換を託す判断 成功体験を捨てる承継 この承継の要は、創業者が自らの成功体験を\"捨てるべきもの\"と見なした点にあった。40年かけて築いた型が、成熟と競争のなかで組織の重荷に変わりつつあるとき、その型を体現する自分ごと退く——慶一朗会長の選択には、カリスマ経営の限界を創業者自身が見切る潔さがうかがえる。多くの創業者が手放せない成功体験を、次代のために否定してみせた点に、この交代の特異さがある。 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/8133/decisions/enex-rebranding-2001/","t":"改称に合わせた、燃料商社からエネルギー商社への転換","c":"伊藤忠エネクス","y":2001,"col":"#002F87","s":"扱う商品を石油とLPGに限らないエネルギー全般へ拡大するべく商号と子会社名を変更し、あわせて収益性の低い周辺事業を手放した業態転換","x":"2001 伊藤忠エネクス 伊藤忠エネクスへ改称 改称に合わせた、燃料商社からエネルギー商社への転換 2001年7月に伊藤忠エネクスへ社名を変更した。創立40年の伊藤忠燃料が連結子会社18社の社名も統一し、同年11月にはチコマート株を売却した 扱う商品を石油とlpgに限らないエネルギー全般へ拡大するべく商号と子会社名を変更し、あわせて収益性の低い周辺事業を手放した業態転換 名を先に変えるという順序 社名の変更は、多くの場合すでに変わった実体を追認するために行われる。2001年の伊藤忠エネクスの場合、順序は逆であった。電力も熱も手がけていない時点でエネルギーを名乗り、そのうえで扱う商品を後から広げている。40年にわたり石油とlpgの卸売で成り立ってきた会社が、自らの定義を先に書き換えたことになる。実体の伴わない看板は空回りしかねないが、この会社ではおよそ10年をかけて事業がその名に追いついた。 祖業・主力事業の転換 ブランド・マーケティング 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/8179/decisions/management-reform-2001/","t":"4年間の店舗整理に伴う300億円超の特別損失処理","c":"ロイヤルホールディングス","y":2001,"col":"#C6151E","s":"四期連続の減益と機内食子会社の債務超過で悪化した収益を、赤字店舗129店の閉店・300億円超の特別損失計上・減損会計の前倒し適用によって立て直した4年間の構造改…","x":"2001 ロイヤルホールディングス 経営構造改革本部と129店閉店 4年間の店舗整理に伴う300億円超の特別損失処理 2001年に経営構造改革本部を開設した。ロイヤルは4年で連結129店を閉め、3年で300億円超の特別損失を計上して負の遺産を片づけた 四期連続の減益と機内食子会社の債務超過で悪化した収益を、赤字店舗129店の閉店・300億円超の特別損失計上・減損会計の前倒し適用によって立て直した4年間の構造改革 負の遺産を畳むということ この4年を、不採算店舗を切っただけの縮小均衡と読むのは事実の一面しか見ていない。129店の閉店より重いのは、直近1年の経常利益が赤字なら理由を問わず会議の俎上に乗せるという撤退基準を定め、それを運用として固定したことにある。個別の事情で判断を先送りできる余地を、仕組みの側から潰した。今井明夫副社長がスクラップ中心に動いてきたと言い切れたのは、この基準が先にあったからなのだろう。 リストラ・構造改革 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/8316/decisions/smbc-formation-2001/","t":"二行の合併で生まれた新銀行への一本化と、2001年の体制成立","c":"三井住友フィナンシャルグループ","y":2001,"col":"#00863c","s":"2001年4月、住友グループの住友銀行と三井グループのさくら銀行が合併し、三井住友銀行が発足した。総資産で世界有数の規模となった大型行合併である。","x":"2001 三井住友フィナンシャルグループ さくら・住友銀行合併 二行の合併で生まれた新銀行への一本化と、2001年の体制成立 2001年4月に住友銀行とさくら銀行が合併。三井住友銀行が発足し、住友グループと三井グループの銀行が世界有数の規模で一つになる 2001年4月、住友グループの住友銀行と三井グループのさくら銀行が合併し、三井住友銀行が発足した。総資産で世界有数の規模となった大型行合併である。 規模と主導権、二つの論点 この合併は、金融危機後の大手行再編という大きな潮流のなかで、旧財閥の枠を越えて成立した点に歴史的な意味がある。みずほの誕生に象徴される持株会社・機能軸の再編に対し、住友・さくらは早くから一つの組織体としての\"合併\"を選び、規模の拡大よりも合併前のリストラと不良債権処理を優先する姿勢を打ち出した。同調圧力のなかで大規模化を競った時代にあって、体質強化を先に置くという考え方は、再編の評価軸を規模だけに置かないという一つの立場であったとみることもできる。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8410/decisions/atm-fee-model-2001/","t":"金利差ではなくATM受入手数料を収益源に据えた銀行の設計","c":"セブン銀行","y":2001,"col":"#07A32B","s":"小売店舗網に現金の窓口を組み込むため自前の銀行免許を取り、収益源を金利差ではなく提携金融機関からのATM受入手数料とした事業設計","x":"2001 セブン銀行 アイワイバンク銀行設立 金利差ではなくatm受入手数料を収益源に据えた銀行の設計 2001年4月にアイワイバンク銀行を設立。イトーヨーカ堂とセブン-イレブンが資本金202億円を出し、atm受入手数料を主収益源に据えた 小売店舗網に現金の窓口を組み込むため自前の銀行免許を取り、収益源を金利差ではなく提携金融機関からのatm受入手数料とした事業設計 銀行免許を、貸すためでなく置くために取ること この判断の核心は、銀行免許を\"貸すため\"ではなく\"置くため\"に取った点にあるだろう。atmを共同運営の形で他行から借りれば、稼働時間も台数も相手の事情に左右される。免許を自前で持てば、どの店に何台置き、いつ動かすかを自分で決められる。金融の側から見れば奇妙な銀行であっても、店舗網を運営する側から見れば、設備の主導権を掌握するための最短の道であった。反対論の多くが\"預金は集まるか\"\"運用はどうするか\"に集中していたのは、既存の銀行の損益構造でこの会社を測ろうとしたためであるとみられる。 収益モデル転換 プラットフォーム・標準化 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/8725/decisions/mitsui-sumitomo-marine-merger-2001/","t":"三社統合からの離脱と、財閥系2社による三井住友海上の発足","c":"MS&ADインシュアランスグループホールディングス","y":2001,"col":"#006060","s":"料率自由化で価格競争が始まった損害保険市場で、三井海上が規模で首位を狙う三社統合の枠から離れ、海上保険と海外営業網という同じ強みを持つ住友海上との対等合併へ組み…","x":"2001 ms&adインシュアランスグループホールディングス 住友海上火災保険との合併 三社統合からの離脱と、財閥系2社による三井住友海上の発足 2001年10月に三井海上火災保険と住友海上火災保険が合併し、三井住友海上火災保険が発足。三井海上は日本火災海上・興亜火災海上との三社統合の枠から2000年2月に離れ、業界4位で海上と火災に強い住友海上を相手に選んだ 料率自由化で価格競争が始まった損害保険市場で、三井海上が規模で首位を狙う三社統合の枠から離れ、海上保険と海外営業網という同じ強みを持つ住友海上との対等合併へ組み替えた業界再編 枠を替えて、何を重ねたのか 三社統合は、合わせれば首位に立てるという枠であった。そこから離れた三井海上が相手に選んだのは、業界4位の住友海上である。1995年の時点で三井海上は総合3位・海上保険で2位、住友海上はシェア8%で火災と海上に強い。順位の上では、三社の枠のほうが大きい。それでも二社へ組み替えたのは、重ならない販路を寄せ集めて得る規模より、海上保険と海外営業網という同じ強みを重ねて厚くすることを選んだからだと思われる。三井系と住友系という、規模も後ろ盾も釣り合う相手どうしの対等合併であった。 合併・経営統合 破談・撤回"},{"k":"decision","u":"/tse/8754/decisions/nipponkoa-formation-2001/","t":"三社統合構想の破談と、残る2社での合併による再出発","c":"日本興亜損害保険","y":2001,"col":"#FF9900","s":"料率自由化による価格競争と金融再編の連鎖のなかで、規模の首位を狙った三社統合が破談した後、地盤の重ならない2社での合併に切り替えて実行した判断","x":"2001 日本興亜損害保険 興亜火災海上保険との合併 三社統合構想の破談と、残る2社での合併による再出発 1999年10月に3社の経営統合を発表。2000年2月の三井海上離脱で崩れ、残る日本火災海上と興亜火災海上が2001年4月に日本興亜損害保険を発足 料率自由化による価格競争と金融再編の連鎖のなかで、規模の首位を狙った三社統合が破談した後、地盤の重ならない2社での合併に切り替えて実行した判断 規模を目的にしない合併が成り立つか 1998年度の正味収入保険料で、日本火災海上保険は6位、興亜火災海上保険は10位であった。2社が一つになっても、業界の上位の顔ぶれは変わらない。三井海上が抜けた時点で、1999年10月に掲げた規模の首位という目的は消えている。それでも松沢建社長と岡本睦治社長が合併を取り下げなかったのは、地銀の窓口を持つ日本火災と、日通の代理店網を抱える興亜火災という、重ならない販売基盤を一つにする理由が別に立っていたからだとみられる。 合併・経営統合 破談・撤回 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8759/decisions/nissaydowa-formation-2001/","t":"ニッセイ損害保険の吸収合併と、ニッセイ同和損害保険への商号変更","c":"ニッセイ同和損害保険","y":2001,"col":"#3366CC","s":"生保の顧客基盤に損保商品を重ねるため、伸び悩む損保子会社を畳まず、中堅損保との本体合併で販売網と引受規模を一体化した判断","x":"2001 ニッセイ同和損害保険 同和火災海上保険との合併 ニッセイ損害保険の吸収合併と、ニッセイ同和損害保険への商号変更 2001年4月に同和火災海上保険との合併。日本生命の損保子会社を業界12位が吸収し、存続会社も期数も同和火災のまま 生保の顧客基盤に損保商品を重ねるため、伸び悩む損保子会社を畳まず、中堅損保との本体合併で販売網と引受規模を一体化した判断 規模ではなく、割引を呑めるかで相手を選んだ 日本生命が同和火災を選んだ条件は、規模ではなく\"ニッセイ保険口座\"の顧客に割引を認めるかどうかにあった。自前の商売の仕組みを持つ上位損保に、他社の生保顧客のために価格を下げる理由はない。損保業界12位という順位は、条件を呑める相手を探した結果として付いてきた。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8761/decisions/aioi-formation-2001/","t":"三社連合案を退けての合併と、あいおい損害保険の発足","c":"あいおい損害保険","y":2001,"col":"#11A292","s":"自由化による価格競争で費用構造の重さが表面化した損保市場で、業界5位の大東京火災が単独存続を断念し、規模より主導権と販路を優先して合併相手を選んだ業界再編","x":"2001 あいおい損害保険 千代田火災海上保険と合併 三社連合案を退けての合併と、あいおい損害保険の発足 2001年4月にあいおい損害保険が発足。大東京火災の瀬下明社長は住友海上・日動火災との三社連合案を退け、トヨタ傘下の千代田火災海上保険を相手に選んだ 自由化による価格競争で費用構造の重さが表面化した損保市場で、業界5位の大東京火災が単独存続を断念し、規模より主導権と販路を優先して合併相手を選んだ業界再編 規模を捨てて、何を取ったか 規模で首位に立てる案は、机の上にあった。住友海上と日動火災を合わせればシェアは22%弱となり、当時の報道もその三社連合を最有力とみていた。瀬下明社長がそれを取らなかった理由は、系列色の強まりを避けることにあった。7〜8社と交渉したうえで選んだのは、自社が積み上げた事故対応の仕組みを軸に据えられる相手であった。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8795/decisions/tokyo-life-acquisition-2001/","t":"破綻した生保の受け皿として太陽・大同が引き受けたT&Dフィナンシャル生命の源流","c":"T&Dホールディングス","y":2001,"col":"#0033a0","s":"経営提携中の太陽生命・大同生命が、破綻した中堅生保・東京生命を共同で引き受けて株式会社化し、自前で持たない銀行窓販の担い手となる受け皿会社（T&Dフィナンシャル…","x":"2001 t&dホールディングス 東京生命の破綻処理 破綻した生保の受け皿として太陽・大同が引き受けたt&dフィナンシャル生命の源流 2001年に破綻した東京生命を共同で引き受ける。太陽生命と大同生命が受け皿会社として株式会社化し、のちのt&dフィナンシャル生命として再建した 経営提携中の太陽生命・大同生命が、破綻した中堅生保・東京生命を共同で引き受けて株式会社化し、自前で持たない銀行窓販の担い手となる受け皿会社(t&dフィナンシャル生命)として再建した買収 破綻の受け皿が、統合の3本目になった この判断の芯は、破綻処理を成長の機会へ変えた点にある。太陽・大同は、1999年に組んだグループに欠けていた銀行窓販という販路を、一から作るのではなく、行き詰まった同業を引き受ける形で獲得した。破綻会社の受け皿は、隠れた負債を負う危うさと背中合わせだが、傷の浅い相手を選べば、契約者を守りながら自らの弱点を補える。東京生命の破綻は、皮肉にも、引き受けた二社にとっては欠けた一片を埋める買い物になった。 救済型m&a・支援受け入れ 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9020/decisions/suica-launch-2001/","t":"交通ICから電子マネー・生活決済へ展開した事業領域の拡張","c":"東日本旅客鉄道","y":2001,"col":"#008803","s":"磁気式改札に代わる非接触IC（FeliCa）を全駅へ全面導入し、乗車券から電子マネー・モバイル決済・生活サービスの基盤へと用途を拡大した技術発の多角化","x":"2001 東日本旅客鉄道 suica導入で決済拡張 交通icから電子マネー・生活決済へ展開した事業領域の拡張 2001年11月にsuicaのサービスを開始した。東日本旅客鉄道が首都圏424駅でソニーのfelicaを用いた非接触icカード乗車券を投入した 磁気式改札に代わる非接触ic(felica)を全駅へ全面導入し、乗車券から電子マネー・モバイル決済・生活サービスの基盤へと用途を拡大した技術発の多角化 改札の内から、街の外へ この判断の中心にあるのは、改札を通すためだけに磨いた非接触icの技術を、乗車券の枠に収めなかった選択である。首都圏の1日数百万人という利用規模は、他の鉄道会社が容易には持ち得ない資産であり、その密度があったからこそ、suicaは電子マネーやモバイル決済へと用途を広げられたのだろう。乗車券から決済へ、そして生活サービスへと段階を踏んで用途を積み増したやり方には、単発の新規事業ではなく、既存の資産を別の市場へ差し向ける経営の型がうかがえる。 デジタル化・dx プラットフォーム・標準化 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9022/decisions/full-privatization-2001/","t":"完全民営化をめぐる条件闘争 ── 長期債務の返済策を引き出したうえでの規制離脱","c":"東海旅客鉄道","y":2001,"col":"#ED6D00","s":"規制からの解放を急ぐより、旧国鉄から承継した4.7兆円の長期債務の返済策を国から引き出すことを優先し、条件を得たうえで完全民営化を受け入れた","x":"2001 東海旅客鉄道 扇千景案の受諾と完全民営化 完全民営化をめぐる条件闘争 ── 長期債務の返済策を引き出したうえでの規制離脱 2001年2月に完全民営化の最終案を受け入れた。jr東海は規制解放より旧国鉄承継の長期債務返済を優先し、扇千景国土交通大臣から検討の言質を得た 規制からの解放を急ぐより、旧国鉄から承継した4.7兆円の長期債務の返済策を国から引き出すことを優先し、条件を得たうえで完全民営化を受け入れた   資金調達・財務戦略 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9022/decisions/related-business-restraint-2001/","t":"私鉄型の多角化を後追いしない選択 ── 名古屋圏の集客力という制約","c":"東海旅客鉄道","y":2001,"col":"#ED6D00","s":"名古屋圏の駅の集客力では首都圏型の駅ビル事業が成立しないと判断し、私鉄やJR東日本が進めた非鉄道事業の拡大を追わず、鉄道技術の磨き上げへ資源を集中した","x":"2001 東海旅客鉄道 jr東日本型の多角化を回避 私鉄型の多角化を後追いしない選択 ── 名古屋圏の集客力という制約 2001年5月に非鉄道事業の強化を見送った。完全民営化を前にjr東日本が駅の集客力を活かす道へ進むなか、jr東海は鉄道事業そのものへ資源を集中した 名古屋圏の駅の集客力では首都圏型の駅ビル事業が成立しないと判断し、私鉄やjr東日本が進めた非鉄道事業の拡大を追わず、鉄道技術の磨き上げへ資源を集中した   選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/9434/decisions/vodafone-japan-telecom-2001/","t":"固定通信と携帯J-フォンが外資の傘下に入った支配権の移動","c":"ボーダフォン(現ソフトバンク)","y":2001,"col":"#E60000","s":"通信自由化と時価会計で市場に放出された日本テレコムの株を、世界最大の携帯資本ボーダフォンが段階取得で66.7%を確保し、固定通信と携帯J-フォンの双方を世界戦略…","x":"2001 ボーダフォン(現ソフトバンク) 英ボーダフォンの子会社化 固定通信と携帯j-フォンが外資の傘下に入った支配権の移動 2001年9月に英ボーダフォンが日本テレコムを子会社化。公開買付を軸とする段階取得で議決権66.7%を取得し、j-フォンと固定通信網の経営権を掌握した 通信自由化と時価会計で市場に放出された日本テレコムの株を、世界最大の携帯資本ボーダフォンが段階取得で66.7%を確保し、固定通信と携帯j-フォンの双方を世界戦略に組み込んだ外資による支配権取得 呑み込んだ市場を持て余すということ この買収の面白さは、世界最大の携帯資本が資金力にあかせて日本の固定と携帯を一挙に呑み込みながら、その市場の作法を最後まで御しきれなかったところにある。時価会計と持ち合い解消で株が市場へ放出され、過剰負債の欧州勢が売り手に回るという好機に、ボーダフォンは1兆円を超す資金で支配権を買い取った。だが写メールと絵文字に象徴される日本独自の進化は、世界共通の端末とブランドの論理には収まりきらなかった。 外資傘下入り・対内m&a 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/9435/decisions/crayfish-venture-investment-loss-2001/","t":"ネットバブル期に膨らんだベンチャー投資と、その後始末に追われた経営の混乱","c":"光通信","y":2001,"col":"#00469C","s":"本業の急成長で得た資金と高株価を元手にインターネット関連のベンチャーへ出資したが、バブル崩壊で価値が痩せ、投資損失引当金103億円と経営者個人の私財投入、創業者…","x":"2001 光通信 クレイフィッシュ経営権争い ネットバブル期に膨らんだベンチャー投資と、その後始末に追われた経営の混乱 2001年4月にクレイフィッシュを巡る対立が表面化。1999年3月に子会社化し2000年3月にマザーズへ上場させた出資は、投資損失引当金と創業者との経営権争いを残した 本業の急成長で得た資金と高株価を元手にインターネット関連のベンチャーへ出資したが、バブル崩壊で価値が痩せ、投資損失引当金103億円と経営者個人の私財投入、創業者との経営権争いという代償を残した 熱狂の投資から、規律ある投資へ この投資の失敗の核心は、本業で得た資金と高い株価を、明確な物差しのないままインターネット関連のベンチャーへ投じた点にある。市場が熱狂していた時期には、成長分野の会社へ出資すること自体が勢いの証しに見えた。だが利回りや価格の規律を欠いた投資は、バブルが崩れれば損失へ直結する。しかも光通信は、既に子会社としていた会社の創業者と経営権を争い、経営者個人の私財投入という後味の悪い代償まで背負った。投資の巧拙以前に、投じる基準を持たなかったことの代償だったといえる。 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/9759/decisions/fsk-outsourcing-2001/","t":"地域の計算センターの取り込みと、運用受託部門の切り出し","c":"NSD","y":2001,"col":"#6FBA2C","s":"案件単位で切れる受託開発の収益構造に対し、月次で回る自治体向け受託計算・アウトソーシングを持つ地域計算センターをグループへ取り込み、開発の後工程を抱える体制へ拡…","x":"2001 nsd 福島総合計算センターの子会社化 地域の計算センターの取り込みと、運用受託部門の切り出し 2001年5月に福島総合計算センターへ出資。議決権81.6%を取得して子会社に収め、同月にコンピュータ室運営部門を分離独立 案件単位で切れる受託開発の収益構造に対し、月次で回る自治体向け受託計算・アウトソーシングを持つ地域計算センターをグループへ取り込み、開発の後工程を抱える体制へ拡大する判断 かつて退けた業態を買収するということ 大東清成社長は1988年の講演で、大型コンピュータを時間貸ししないこと、人材派遣とは本質的に異なることを、わざわざ挙げて自社を語っていた。その13年後、同社は自治体の月次処理を請け負う計算センターへ81.6%を出資し、同じ月に自社の運営管理部門を別会社へ切り出している。多角化でも規模の拡大でもなく、創業世代が強みとして退けた業態を、外から買い直した判断であった。 収益モデル転換 隣接領域への展開 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/9984/decisions/adsl-yahoo-bb-2001/","t":"自前の通信インフラ事業への参入と、それが招いた経営の危機","c":"ソフトバンクグループ","y":2001,"col":"#757677","s":"ネットバブル崩壊後の新たな収益源として、莫大な先行投資でYahoo!BBのADSL加入者を囲い込み、売上を超える赤字と「解体」の懸念に耐えて損益分岐点突破を目指…","x":"2001 ソフトバンクグループ yahoo!bbでadsl参入 自前の通信インフラ事業への参入と、それが招いた経営の危機 2001年にyahoo!bbでadsl事業へ参入。モデムの無料配布など莫大な先行投資でシェアを取りにいき、2002年度はブロードバンド事業が売上を超える赤字 ネットバブル崩壊後の新たな収益源として、莫大な先行投資でyahoo!bbのadsl加入者を囲い込み、売上を超える赤字と「解体」の懸念に耐えて損益分岐点突破を目指した消費者事業への転換 売上の2倍の赤字を許容できる会社 この決断の核心は、単にadslという事業へ参入したことではなく、売上の2倍を超える赤字を数年にわたって許容しきった点にある。ふつうの会社なら、上場以来初の最終赤字と\"解体しかない\"という外部の声の前で、投資を絞るのが自然であった。孫正義氏がそうしなかったのは、加入者数という一点さえ積み上げれば損益は必ず反転するという計算があり、その一点に資源を集中させたからである。危機の渦中で投資を続けられるかどうかが、この賭けの分かれ目であった。 大型設備投資 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/maruha/decisions/sugar-business-loss-2001/","t":"本社ビル証券化による穴埋め","c":"マルハ","y":2001,"col":"#DE0A06","s":"ソ連崩壊に始まるキューバの供給難で回収不能となった原糖取引を、リスケジュール交渉と引当金の設定で確定させ、本社ビルの含み益を処理原資にあてた損失の畳み方","x":"2001 マルハ ギル&ダファスの損失処理 本社ビル証券化による穴埋め 2000年12月に国際原糖事業の損失を処理。キューバとの20年のリスケ交渉をまとめ、貸倒引当金135億円と評価損39億円を計上 ソ連崩壊に始まるキューバの供給難で回収不能となった原糖取引を、リスケジュール交渉と引当金の設定で確定させ、本社ビルの含み益を処理原資にあてた損失の畳み方 含み益で埋めるという処理の性格 この処理を、失敗した事業を畳んだだけの後始末と読むと、原資の出どころが持つ意味を落とすことになる。損失を埋めたのは本業の利益ではなく、大手町の本社ビルが抱えていた含み益であった。営業の稼ぎで穴を埋められる状態になかったからこそ、資産の含みを現金化する必要があったとみるのが自然である。1982年から無配が続き、1990年代に入っても経常赤字を繰り返していた会社にとって、処理の原資を用意すること自体が一つの判断だった。 リストラ・構造改革 事業売却・撤退 資金調達・財務戦略 中南米"},{"k":"decision","u":"/tse/nichia/decisions/patent-strategy-2001/","t":"ライセンス供与の拒否、2001年の方針転換と発明対価訴訟の和解","c":"日亜化学工業","y":2001,"col":"#006AB7","s":"100件を超える特許で市場を1社に囲い込む方針が、特許の網羅性の欠如と発光効率での後れによって成り立たなくなり、優れた特許を持つ企業へのライセンス供与へ改めた判…","x":"2001 日亜化学工業 青色led特許の囲い込み ライセンス供与の拒否、2001年の方針転換と発明対価訴訟の和解 2001年に青色led特許の供与へ転じる。100件以上を囲い込む方針を改め、中村修二氏との職務発明訴訟は2005年1月に和解 100件を超える特許で市場を1社に囲い込む方針が、特許の網羅性の欠如と発光効率での後れによって成り立たなくなり、優れた特許を持つ企業へのライセンス供与へ改めた判断 守る道具として使い始めたとき ライセンスを出せば田舎の小さな会社は一気につぶされる——十数社に繰り返されたこの説明は、日亜化学工業が2000年に世界のled市場で首位に立った時点で、自らの成功によって成り立たなくなった。100件を超える特許は市場を守るために設計されたものではなく、中村修二氏が個々に出願した結果の集まりで、守る道具として使い始めたときに偏りが露呈した。 技術・r&d起点の勝負 雇用・労使 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/1925/decisions/debt-free-management-2000/","t":"「有利子負債ゼロ」への転換","c":"大和ハウス工業","y":2000,"col":"#D4002A","s":"財務が健全なうちに「有利子負債ゼロ」を数値目標に掲げ、不動産売却と含み損処理で無借金経営へ転換し、金利上昇に耐える財務規律を制度化した","x":"2000 大和ハウス工業 無借金経営への転換 「有利子負債ゼロ」への転換 2000年4月に有利子負債ゼロへ転換。創業者の石橋信夫氏の意向を樋口武男社長が継ぎ、販売用不動産の売却と含み損処理で達成 財務が健全なうちに「有利子負債ゼロ」を数値目標に掲げ、不動産売却と含み損処理で無借金経営へ転換し、金利上昇に耐える財務規律を制度化した 好況期に守りを固めるという選択 この決断の特徴は、財務がすでに健全だったにもかかわらず、あえて\"有利子負債ゼロ\"という数値目標を掲げた点にある。純有利子負債は1996年3月期からマイナスで、アナリストの多くは低金利を使って借入を増やし事業を拡大する方が合理的だと助言した。それでも樋口武男社長と石橋信夫相談役は、金利が数年後に上がる前提で守りを固める道を選んだ。1964年に都市銀行から資金を止められた屈辱と、戦争で『負ければ守るべき人を守れない』と刻んだ創業者の覚悟が、合理的な財務論よりも優先された。 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/2261/decisions/lg21-2000/","t":"味を競う商品から体への働きで選ばれる商品へと訴求を移す転換","c":"明治乳業","y":2000,"col":"#FF0000","s":"味と価格の競争が頭打ちになった乳製品で、乳酸菌の働きを前面に出す訴求へ切り替え、効能表示が許されない食品の線の手前まで使って新しい販売手法を成立させた判断","x":"2000 明治乳業 乳酸菌lg21ヨーグルト発売 味を競う商品から体への働きで選ばれる商品へと訴求を移す転換 2000年3月に乳酸菌lg21のヨーグルト発売。明治乳業が味ではなく胃への働きを訴え、初年度は販売目標30億円に対し80億円へ 味と価格の競争が頭打ちになった乳製品で、乳酸菌の働きを前面に出す訴求へ切り替え、効能表示が許されない食品の線の手前まで使って新しい販売手法を成立させた判断 効能を唱えられない商品に、効能に近い像ができるまで 20億円から30億円を売ればヒットと呼ばれる乳製品で、明治乳業は初年度の目標を30億円に置き、実際には80億円を売った。売り物にしたのは味ではなく、胃で働く乳酸菌という性質である。ヨーグルトを嗜好品の棚から体調を整える商品の棚へ移す作業を、特定保健用食品の認可を取らないまま、説明会と番組と一面広告の連鎖だけで成立させた。薬の言葉を一度も使わずに、胃に効く商品という評判だけが立った。 ブランド・マーケティング 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/2484/decisions/demaecan-launch-2000/","t":"初期負担も会費も課さない取り次ぎ条件による、宅配総合サイトの立ち上げ","c":"出前館","y":2000,"col":"#DA3734","s":"電話とチラシで成り立っていた出前の注文を、複数の飲食店を集約して取り次ぐサイトへ移行するため、加盟店に初期負担も会費も課さず、ネット経由の売上高の原則5%だけを…","x":"2000 出前館 「出前館」の開設 初期負担も会費も課さない取り次ぎ条件による、宅配総合サイトの立ち上げ 2000年10月に出前館の開設。1999年9月に設立された夢の街創造委員会が、加盟店に初期負担も会費も課さず飲食店の出前注文を取り次いだ 電話とチラシで成り立っていた出前の注文を、複数の飲食店を集約して取り次ぐサイトへ移行するため、加盟店に初期負担も会費も課さず、ネット経由の売上高の原則5%だけを受け取る条件を設定して加盟を拡大した判断 断る理由を残さない条件と、届け方の見誤り 加盟店に一円も先に払わせないことが、この設計の要であった。飲食店が受け取るのは無償のホームページと携帯メール端末\"エクシーレ\"で、差し出すのはすでに刷っている5万枚のチラシの余白に印刷するurlだけであり、夢の街創造委員会が取るのはネット経由で売れた分の5%にとどまる。ネットの知識も設備も持たない店を千単位で集めるには、店側が断る理由を一つも持たない水準まで条件を下げるほかなく、花蜜伸行社長は費用をその一点に寄せたと推察される。 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/2678/decisions/btob-ec-pioneer-2000/","t":"インターネット受注に特化した法人向け販売モデルの確立","c":"アスクル","y":2000,"col":"#111184","s":"顧客の声を経営に直結させる仕組みを核に、電話・ファクス中心の受注をインターネットへ拡大し、エージェント制度と物流網を組み合わせた法人向けBtoB EC先駆モデル…","x":"2000 アスクル jasdaq上場のec先駆モデル インターネット受注に特化した法人向け販売モデルの確立 2000年11月にjasdaq上場のec先駆モデル。プラスの社内ベンチャーとして1993年に始まり1997年にネット受注を開始 顧客の声を経営に直結させる仕組みを核に、電話・ファクス中心の受注をインターネットへ拡大し、エージェント制度と物流網を組み合わせた法人向けbtob ec先駆モデルを確立した経営判断 顧客志向の徹底とec先駆者評価の代償 この経営判断の核心は、インターネットという技術そのものではなく、顧客の要望を経営の中枢に取り込む仕組みを先に作り、その実現手段としてitを選んだ点にあるとみられる。文具業界の秩序を守る側からすれば異端であった他社製品の取り扱いや値下げも、岩田彰一郎社長にとっては顧客に忠実であろうとする原則の帰結であり、技術の新しさよりも顧客志向の徹底こそが急成長の推進力であったと推察される。 隣接領域への展開 販路・チャネル転換 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/2831/decisions/tse-listing-2000/","t":"創業から69年を経て踏み切った株式公開と資本市場からの調達","c":"はごろもフーズ","y":2000,"col":"#266AB2","s":"借入に依存した非公開経営から株式公開へ移り、新事業に投じる資金と人材を市場から得るための資本政策","x":"2000 はごろもフーズ 東証2部へ上場 創業から69年を経て踏み切った株式公開と資本市場からの調達 2000年2月に東京証券取引所2部へ上場。1931年の創業から69年を経て、創業家による非公開経営を続けた同社が資本を市場へ開く 借入に依存した非公開経営から株式公開へ移り、新事業に投じる資金と人材を市場から得るための資本政策 公開して、何を得たか 上場の動機として後藤康雄社長が挙げたのは、資金不足の解消ではなく\"体力の強化\"であった。借入で足りている会社が市場へ出る理由は、資金そのものより、新しい事業を興すための人材と、外から見られる緊張感の側にあっただろう。公開は、準備の整った時期に淡々と実行された。危機に追われた資本政策ではなかった点が、この判断の性格を決めている。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/285A/decisions/sandisk-flash-alliance-2000/","t":"四日市工場の増産投資を米社と折半し、設備を自前で抱える方式をやめた選択","c":"キオクシアホールディングス","y":2000,"col":"#333333","s":"東芝が四日市工場の増産投資を単独で背負うことをやめ、米サンディスクと製造棟ごとに議決権50.1％の合弁会社を立てて投資と生産能力を折半した提携。キオクシアはこの…","x":"2000 キオクシアホールディングス サンディスクとnand生産で合弁 四日市工場の増産投資を米社と折半し、設備を自前で抱える方式をやめた選択 2000年5月に米サンディスクとフラッシュメモリの協業を開始。2002年4月に四日市工場の生産を担う合弁会社フラッシュビジョン有限会社を設立し、議決権50.1%で投資と生産能力を折半した 東芝が四日市工場の増産投資を単独で背負うことをやめ、米サンディスクと製造棟ごとに議決権50.1%の合弁会社を立てて投資と生産能力を折半した提携。キオクシアはこの契約上の地位を承継し、四日市の生産は現在も共同支配事業として続く 工場を半分だけ持つという選び方 この判断を「協業の開始」と呼ぶと、実際に動いたものが見えにくくなる。動いたのは技術の融通ではなく、四日市工場の持ち方そのものであった。製造棟ごとに議決権50.1%の会社を立て、生産設備はその会社がリースで保有し、リース契約には両社が個別に50%ずつ債務保証を付ける。工場は建つが、それをすべて自社の資産として抱えることはしない。発明した技術を自前の工場で囲い込む垂直統合を、増産の規模と引き換えにやめた選択だったのだろう。 資本提携・政策保有 大型設備投資 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3003/decisions/forward-building-merger-2000/","t":"合併を通じた、旧富士銀系不動産の受け皿という立場への転回","c":"ヒューリック","y":2000,"col":"#006AAC","s":"3行統合による金融再編を受け、旧富士銀行系の不動産を法人ごと引き受ける会社へ役割を転換した合併","x":"2000 ヒューリック フォワードビル合併 合併を通じた、旧富士銀系不動産の受け皿という立場への転回 2000年11月にフォワードビル合併。旧富士銀行の関連会社だった日本橋興業が小舟町fビルなど15棟を一挙に取得し、現ヒューリックの原型となる 3行統合による金融再編を受け、旧富士銀行系の不動産を法人ごと引き受ける会社へ役割を転換した合併 親の都合で決まった資産が、独立の元手になった この合併には、経営者の構想が先にあって動いた形跡が乏しい。3行統合という親銀行の側の事情が先にあり、旧富士銀行系の不動産をどこかに寄せる必要が生まれ、その置き場所として日本橋興業が使われた面が強い。会社にとっては受け身の決定であったのだろう。それでも、他社が保有していたビルを法人ごと引き受けるという経験は、それまでの40年にはなかった。物件と借り手を丸ごと預かる作業を一度通した会社と、通していない会社では、次の合併に向き合うときの構えが違ってくる。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/3038/decisions/transformation-2000/","t":"食のSPAと呼ぶ、製造から販売までを自社で担う業態の確立","c":"神戸物産","y":2000,"col":"#00B180","s":"大手が掌握する「流通」の土俵を降り、製造から卸・販売までを一社で貫く製販一体のFC業態へ会社を設立し替えた業態転換","x":"2000 神戸物産 製販一体モデルの確立 食のspaと呼ぶ、製造から販売までを自社で担う業態の確立 2000年3月に製販一体モデルの確立。フレッシュ石守が中国・大連の自社工場で製造した冷凍食品pbを兵庫県三木市のfc店へ供給 大手が掌握する「流通」の土俵を降り、製造から卸・販売までを一社で貫く製販一体のfc業態へ会社を設立し替えた業態転換 「流通」を捨てて「製造」を選んだこと この判断の核心は、地方の一食品スーパーが、大手と同じ土俵である\"流通\"から降り、食品の製造という別の土俵を自ら作った点にある。仕入れの規模がものを言う流通業では、後発で小さい店ほど不利になる。沼田昭二氏は勝てない土俵で工夫を重ねるより、原材料から製造、卸、販売までを一社で握り、価格を自分で決められる仕組みへ会社を設立し替えた。中国・大連の自社工場を、まだ小売店主だった1992年に建てた先行の一手が、その後の業務スーパーを支えた。 垂直統合・内製化 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/3064/decisions/mro-ecommerce-jv-2000/","t":"住友商事との共同出資で立ち上げた住商グレンジャーの設立","c":"MonotaRO","y":2000,"col":"#D51B28","s":"紙カタログ通販が採算に乗せられなかった中小事業者向け間接資材を、電子カタログと自社物流を組み合わせたネット通販で開くために設けた日米合弁","x":"2000 monotaro 米graingerと合弁設立 住友商事との共同出資で立ち上げた住商グレンジャーの設立 2000年10月に米graingerと合弁設立。住友商事とgrainger internationalが資本金1億2千万円で住商グレンジャーを興す 紙カタログ通販が採算に乗せられなかった中小事業者向け間接資材を、電子カタログと自社物流を組み合わせたネット通販で開くために設けた日米合弁 合弁という入れ物と、日本市場向けのモデル この設立の中心にあるのは、既存の間接資材流通が採算を合わせられなかった相手を、別の売り方で引き受けられるかという問いであった。品目が多く、1件あたりの金額が小さく、注文の時期が読めない——紙のカタログと営業員を前提にする限り、この条件は費用の側にしか働かない。商品情報を電子化し、受注と出荷を一カ所に集めて処理単価を下げるという組み立ては、その条件を逆から使う試みであったと思われる。北米で同じ市場を扱ってきた米graingerの経験と、国内の商流を握る住友商事の接点が、同じ会社のなかで組み合わされた点にこの合弁の性格がうかがえる。 販路・チャネル転換 デジタル化・dx 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3626/decisions/komatsu-soft-acquisition-2000/","t":"金融に偏重した顧客基盤の是正を目的とした事業の取り込み","c":"TISインテック","y":2000,"col":"#027E9B","s":"成長率が鈍り企業数が過剰な情報サービス産業で、金融に偏った顧客基盤へ製造業を加えるとともに、案件の大規模化に耐える企業規模を買収で確保する事業戦略","x":"2000 tisインテック コマツソフトの取得 金融に偏重した顧客基盤の是正を目的とした事業の取り込み 2000年4月にコマツソフトの株式を取得。東洋情報システムが金融・カードに偏る顧客基盤へ製造業を加え、コマツを大口ユーザーに得た 成長率が鈍り企業数が過剰な情報サービス産業で、金融に偏った顧客基盤へ製造業を加えるとともに、案件の大規模化に耐える企業規模を買収で確保する事業戦略 偏りを買収で直す、という選び方 コマツソフトの取得は、金額の大きさでも技術の新しさでもなく、自社の弱点をそのまま埋める相手を選んだ点に特徴がある。三和銀行系という出自から与えられた金融・カードの顧客は、同社の強みであると同時に、そこから外へ出にくいという性質も帯びていた。製造業の情報子会社を丸ごと引き受けることは、顧客と技術者を同時に獲得する代わりに、収益性の低い組織を抱えることでもある。船木隆夫社長が\"顧客基盤と技術\"を基準として語ったのは、値段よりも欠けている部分を先に見る、という順序の表明であったとみられる。 連続買収・ロールアップ 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4205/decisions/pvc-exit-2000/","t":"水島工場での塩化ビニル生産の打ち切りによる祖業からの撤退","c":"日本ゼオン","y":2000,"col":"#00479D","s":"内需の縮小と設備過剰で採算の戻らない汎用樹脂から、事業統合会社への移管と自社生産の打ち切りという二段階で離脱した判断","x":"2000 日本ゼオン 新第一塩ビへ事業移管 水島工場での塩化ビニル生産の打ち切りによる祖業からの撤退 1995年7月に新第一塩ビへ事業移管。日本ゼオンが塩化ビニル樹脂を住友化学・トクヤマとの統合会社へ集約し、2000年3月に水島の生産を打ち切り 内需の縮小と設備過剰で採算の戻らない汎用樹脂から、事業統合会社への移管と自社生産の打ち切りという二段階で離脱した判断 祖業を手放せた条件 1997年度に118億円の営業利益を稼いだのは、塩ビではなく耐油性合成ゴムであった。祖業を外す判断は、収益の入れ替わりが撤退より先に済んでいたから成立した。塩ビは1971年に国内首位を占め、社名の由来にもなった事業であったが、内需が縮み設備の余った1990年代に、規模の小さい日本ゼオンが単独で採算を戻せる見込みは乏しかった。統合会社へ移し、生産を打ち切り、出資だけを残す。この順序が、損失の膨張を避けた。 事業売却・撤退 祖業・主力事業の転換 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/4324/decisions/dentsu-internet-consulting-jv-2000/","t":"米SIPS最大手と組んだネット時代のコンサルティング事業への進出","c":"電通グループ","y":2000,"col":"#333333","s":"インターネットの普及でテレビ広告枠の取次という強みが相対的に弱まるなか、戦略立案からシステム構築までを担うコンサルティング機能を合弁で外部から取り込む","x":"2000 電通グループ 米マーチファーストと合弁 米sips最大手と組んだネット時代のコンサルティング事業への進出 2000年10月に米マーチファーストと合弁。電通がシカゴのsips最大手と組み、同年11月に電通マーチファーストを設立して翌年1月から本格稼働 インターネットの普及でテレビ広告枠の取次という強みが相対的に弱まるなか、戦略立案からシステム構築までを担うコンサルティング機能を合弁で外部から取り込む 広告取次の外へ踏み出すということ この合弁は、広告枠の取次で成長してきた電通が、その外側にある業態へ足を踏み入れた早い試みにあたる。テレビ広告枠を押さえる能力は、右肩上がりの広告市場では圧倒的な強みであった。だが、ネットが広がり、広告主が費用対効果を厳しく問うようになると、枠を確保するだけでは足りず、企業戦略の水準まで助言する力が要る——1998年に同時代メディアが\"岐路に立つ王者\"と特集した構造変化に、電通は自前ではなく合弁によって応じようとしたと推察される。 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/4536/decisions/eyedrop-recall-2000/","t":"脅迫を受けた一般用目薬24品目の全品回収","c":"参天製薬","y":2000,"col":"#024097","s":"第三者からの脅迫という外部要因に対し、混入の事実を確認できない段階で消費者の安全を優先し、出荷済みの一般用目薬を全品回収した","x":"2000 参天製薬 異物混入脅迫による全品回収 脅迫を受けた一般用目薬24品目の全品回収 2000年6月に一般用目薬24品目回収。脅迫文が届いた翌15日に着手し、混入の確認がないまま出荷済みの全ロットを対象とした参天製薬 第三者からの脅迫という外部要因に対し、混入の事実を確認できない段階で消費者の安全を優先し、出荷済みの一般用目薬を全品回収した 被害が出ていない段階で棚を空にする この決断が特異なのは、自社に落ち度が見つかったからではなく、外から犯罪を予告されただけで動いた点にある。異物が実際に入れられたかどうかは分からず、健康被害の報告も一件もなかった。それでも参天製薬は、ロットを絞る道を選ばずに1998年2月以降に出荷した24品目すべてを対象とし、脅迫を受けた翌日に回収へ入った。売上の裏づけとなる商品を、確証のないまま自ら棚から下ろす判断であった。 外的危機への対応 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/4723/decisions/comsun-1208-centers-2000/","t":"公的介護保険の開始に合わせた全国一斉のケアセンター展開と、2か月半後の4割統廃合","c":"グッドウィル・グループ","y":2000,"col":"#204B8C","s":"公的介護保険という新しい公費市場が2000年4月に全国一斉に立ち上がるのに合わせ、ブランドと初期シェアを押さえるため、需要の所在を確かめる前に47都道府県へ均等…","x":"2000 グッドウィル・グループ コムスン1208カ所を同時開設 公的介護保険の開始に合わせた全国一斉のケアセンター展開と、2か月半後の4割統廃合 2000年4月にコムスン1208カ所を同時開設。介護保険の施行に合わせ社員4000人を中途採用し、折口雅博会長は広告に50億円を注ぎ込んだ 公的介護保険という新しい公費市場が2000年4月に全国一斉に立ち上がるのに合わせ、ブランドと初期シェアを押さえるため、需要の所在を確かめる前に47都道府県へ均等配置で拠点を設置し人員を配置した判断 1町の採算と、1208通りの競合 人口1万人強の栗駒町で取れた採算が、47都道府県への均等配置という計算の根拠になった。制度が全国同日に始まり、初年度に約4兆円の予算が動く市場で、先に拠点を並べて社名と初期シェアを押さえる算段には、当時の材料では理由があった。厚生省認定のモデル事業と1時間3730円での採算も手元にあった。外れたのは、拠点ごとに顔ぶれの違う社会福祉協議会や地元業者による利用者確保の強さで、1町の検算では測れない変数である。 ブランド・マーケティング 資金調達・財務戦略 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4733/decisions/new-erp-internet-2000/","t":"インターネット対応製品への新規開発資源の全面振替と、2005年3月期235億円の計画","c":"オービックビジネスコンサルタント","y":2000,"col":"#AC257D","s":"基本ソフトの世代交代と税制改正から来る買い替え需要に乗ってきた成長の次を、インターネットとERPに求め、新規開発の資源を全量そちらへ振り向けた判断","x":"2000 オービックビジネスコンサルタント 新erp開発へ全面転換 インターネット対応製品への新規開発資源の全面振替と、2005年3月期235億円の計画 1998年1月に新erp開発へ全面転換。新規開発の人手をすべて企業バンキング・新erp・会計事務所の3分野へ振り向けた 基本ソフトの世代交代と税制改正から来る買い替え需要に乗ってきた成長の次を、インターネットとerpに求め、新規開発の資源を全量そちらへ振り向けた判断 行き先ではなく、時期の読み違い 1998年1月に開発資源の全量を次の世代へ寄せた判断は、当時としては無理のない選択であった。受託ソフトは大規模・特殊な業務へ退き、erpとパッケージが市場の半分を超えるという見通しは業界で共有されており、64ビットへの移行も翌年に迫っていた。誤算があったのは行き先ではなく、時期のほうだっただろう。企業バンキングも会計事務所向けも、中小企業の経理の現場が新しい仕組みへ動くまでには、和田社長が見込んだより長い時間がかかった。 技術・r&d起点の勝負 選択と集中 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/4751/decisions/net-bubble-2000/","t":"ITバブルの頂点で公開に踏み切ったことによる時価の急落","c":"サイバーエージェント","y":2000,"col":"#82be28","s":"バブル頂点での上場で巨額資金を得た直後に株価が暴落し、資本市場との向き合い方と自社媒体保有への転換を迫られた経験","x":"2000 サイバーエージェント マザーズ上場後に株価暴落 itバブルの頂点で公開に踏み切ったことによる時価の急落 2000年3月にマザーズ上場後に株価暴落。創業わずか2年でitバブルの頂点に上場し207億円を調達した直後の崩落だった バブル頂点での上場で巨額資金を得た直後に株価が暴落し、資本市場との向き合い方と自社媒体保有への転換を迫られた経験 バブルの資金が生んだ長期の投資余力 この上場が残したものは、二つに整理できる。一つは、資本市場と向き合う経営者としての痛切な学びである。時価総額3,900億円から株価8分の1への暴落は、株主に対する責任と、公開企業の経営が市場の期待と現実の板挟みになることを、若い藤田晋社長に突きつけた。もう一つは、逆説的だが、バブルの頂点ゆえに手にできた207億円という資金である。赤字続きの会社が調達したこの巨額の余力は、直後には投資育成事業の評価損として重くのしかかったが、使い方しだいで長期の投資原資にもなりうるものだった。 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/4812/decisions/tse-first-section-listing-2000/","t":"二社の親会社を抱えたまま踏み切った東証一部への株式公開","c":"電通総研","y":2000,"col":"#0066B3","s":"案件の大型化と買収による事業領域の拡張に必要な資金・信用を、親会社の判断を待たずに市場から採るための株式公開","x":"2000 電通総研 電通・米ge合弁の上場 二社の親会社を抱えたまま踏み切った東証一部への株式公開 2000年11月に東証一部へ株式公開。1975年に電通と米geが設けた会社が、公募250万株・主幹事は野村証券で市場から資金を採る側へ 案件の大型化と買収による事業領域の拡張に必要な資金・信用を、親会社の判断を待たずに市場から採るための株式公開 市場で値をつけられる25年を選んだこと 上場の効き目は、掲げた1,200億円という目標では測れない。売上は数年横ばいで、赤字の期も挟んだ。それでも公開市場に出たことで、この会社は買収の対価にも従業員の報酬にも使える株式を持ち、決算を四半期ごとに問われる会社になった。1990年代前半に一度は流れた公開が実現したのは、株主の同意という一点が動いたためで、事業の勢いに押されたわけではない。二親会社の合意待ちという設立以来の制約を外したことこそ、この判断の実質であったのだろう。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/4816/decisions/otc-listing-2000/","t":"親会社の傘下にとどまったままの店頭公開と、自前の資金調達手段の獲得","c":"東映アニメーション","y":2000,"col":"#E94A38","s":"版権・海外販売へ移りつつあった収益構造と、デジタル化・海外拠点への投資需要を背景に、親会社への依存とは別に自前の資金調達手段を確保する資本政策","x":"2000 東映アニメーション 東映子会社のまま上場 親会社の傘下にとどまったままの店頭公開と、自前の資金調達手段の獲得 2000年12月に東映子会社のまま上場。ブックビルディング方式で普通株式100万株を発行し、親会社の傘下のまま資本市場への道を開いた 版権・海外販売へ移りつつあった収益構造と、デジタル化・海外拠点への投資需要を背景に、親会社への依存とは別に自前の資金調達手段を確保する資本政策 東映の手元を通らなかった40億円 2000年の公開で選ばれたのは、東映から独立するかどうかではなく、資金の入り口を一本増やすかどうかであった。100万株はすべて新株の公募で、東映は持分を売っていない。公開後も東映は筆頭株主に残り、2006年3月末で32.00%を保有している。それでも引受価額4,042円で入った約40億円は東映の手元を通らずに会社へ入り、作画工程のデジタル化と、2004年に置いた米国・フランスの販売子会社へ向かった。 上場・ipo・市場変更 分社・スピンオフ・子会社上場 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/4980/decisions/sony-full-subsidiary-2000/","t":"株式交換による東証二部からの上場廃止","c":"デクセリアルズ","y":2000,"col":"#005582","s":"カンパニー制再編とグループ経営の一体化を進める親会社ソニーが、1999年10月施行の株式交換制度を用いて上場子会社ソニーケミカルを100％子会社化し、東証二部の…","x":"2000 デクセリアルズ ソニーの完全子会社化 株式交換による東証二部からの上場廃止 1999年3月にソニーの完全子会社化。上場子会社3社を株式交換で取り込む計画に、東証二部のソニーケミカルも含まれた カンパニー制再編とグループ経営の一体化を進める親会社ソニーが、1999年10月施行の株式交換制度を用いて上場子会社ソニーケミカルを100%子会社化し、東証二部の上場を廃止して非公開子会社へ戻した資本政策 公開子会社を畳むということ この判断を、グループ経営の効率化という言葉だけで読むと芯を外す。1999年当時、上場子会社は親会社と少数株主の利害が分かれる構図を抱え、ソニーはその回路を親会社へ統合する道を選んだ。株式交換で少数株主の株を自社株と替え、独立心の強いソニーケミカルの資本市場との接点をいったん閉じた。素材子会社が外部にも製品を売り、独自の株主を持っていた12年間を、親会社の資本のなかへ畳んだ判断と思われる。 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/5012/decisions/general-sekiyu-merger-2000/","t":"ゼネラル石油と東燃の合併による東燃ゼネラル石油の発足","c":"東燃ゼネラル石油","y":2000,"col":"#E60021","s":"特石法廃止後の価格競争でコスト削減が急務となるなか、米エクソンとモービルの合併を受けて、日本で並立していた販売3社と精製専業1社を機能別に組み替え、精製と販売を…","x":"2000 東燃ゼネラル石油 エクソンモービル傘下に編入 ゼネラル石油と東燃の合併による東燃ゼネラル石油の発足 2000年7月に東燃ゼネラル石油へ再編。ゼネラル石油が東燃を吸収合併し、エクソンモービル傘下の4社を機能別に集約した 特石法廃止後の価格競争でコスト削減が急務となるなか、米エクソンとモービルの合併を受けて、日本で並立していた販売3社と精製専業1社を機能別に組み替え、精製と販売を担う元売会社を1社へ統合した 先に動いた実務に、法人の形を合わせた エッソ石油とゼネラル石油の社員は、1999年7月から同じフロアで二つの会社の仕事を並行してこなし、相手の会社のために働いた時間を集計して相殺していた。名刺には二つのマークが並び、名乗るときも社名を二つ告げた。合併という手続きを踏む前に、実務だけが先に一つになっていた。2000年7月の合併は新たな決断というより、先に動いた実態へ法人の形を合わせる手続きであった。 合併・経営統合 外資傘下入り・対内m&a 持株会社化・グループ再編 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5019/decisions/external-capital-2000/","t":"設立以来初の外部資本導入と、会長の一声で白紙に戻った上場","c":"出光興産","y":2000,"col":"#D50D2D","s":"投機的格付けと金融危機で銀行借入だけに依存する資金調達が行き詰まり、議決権のない優先株を発行して創業家の支配を保ったまま自己資本を積み増した","x":"2000 出光興産 ムーディーズ格下げと増資 設立以来初の外部資本導入と、会長の一声で白紙に戻った上場 2000年6月に優先株式で外部資本を導入。投機的格付けを受けた出光興産が優先株を発行し、合計378億円を調達した 投機的格付けと金融危機で銀行借入だけに依存する資金調達が行き詰まり、議決権のない優先株を発行して創業家の支配を保ったまま自己資本を積み増した 理念と資本のあいだにあったもの 社員が育っていれば必要な資金は後からついてくる、という順序である。この理念は、株主への説明責任を負わずに長期の設備投資へ踏み込める自由を与えた一方で、危機のときに株式市場から資本を入れる回路を持たないという弱さと表裏だった。1998年に効いたのは後者である。銀行が融資を拡大する体力を失うと、借入金だけに依存する資金調達は行き詰まった。優先株という妥協は、その弱さを認めながら支配権だけは手放さないという、二つの要請の折り合わせであったといえる。 資金調達・財務戦略 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/5233/decisions/waste-recycling-2000/","t":"都市ごみ・産業廃棄物の受け入れによる廃棄物処理事業の確立","c":"太平洋セメント","y":2000,"col":"#004098","s":"国内セメント需要のピークアウトと遊休設備・有利子負債の重さに対し、1450度のセメント窯を廃棄物処理設備として使い直し、排出者から処理費を受け取って原料コストを…","x":"2000 太平洋セメント エコセメントを事業化 都市ごみ・産業廃棄物の受け入れによる廃棄物処理事業の確立 2000年4月にゼロエミッション事業部を設置。セメント窯を廃棄物の処理設備として使い直し、排出者から処理費を受け取る事業に育てた 国内セメント需要のピークアウトと遊休設備・有利子負債の重さに対し、1450度のセメント窯を廃棄物処理設備として使い直し、排出者から処理費を受け取って原料コストを低減する事業へ組み替えた多角化 窯は変えず、勘定の立て方を変えた 1450度の焼成炉は、合併の前から同じ場所にあった。変えたのは設備ではなく、そこに入るものを何と呼ぶかであった。石炭灰や高炉スラグを\"原価低減に使う副産物\"と見ていた会社が、廃棄物を持ち込む相手から処理費を受け取る側に回り、千葉県の要請には100億円を投じて応じている。営業成績のよい者を集めた100人の部隊が自治体と企業を回り、受け入れる廃棄物は営業開始2年余りで120種類、取引先は190カ所に広がった。極端に言えばセメントのほうが副産物という順序であり、製品を売る会社という自己規定そのものを外しにいった判断なのだろう。 収益モデル転換 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6201/decisions/bt-industries-2000/","t":"買収による産業車両の世界首位への浮上","c":"豊田自動織機","y":2000,"col":"#0057AA","s":"国内首位のフォークリフト事業を世界規模へ拡大するため、欧州で強い屋内用小型運搬機器の世界首位BTインダストリーズを段階取得で子会社化し、産業用運搬機器の世界トッ…","x":"2000 豊田自動織機 スウェーデンbt買収 買収による産業車両の世界首位への浮上 2000年4月にスウェーデンbt買収。屋内用小型運搬機器で世界首位のbtインダストリーズを、25.1%から90%超まで買い増した 国内首位のフォークリフト事業を世界規模へ拡大するため、欧州で強い屋内用小型運搬機器の世界首位btインダストリーズを段階取得で子会社化し、産業用運搬機器の世界トップシェアを確立した判断 首位を守るために海外の首位を買収する この買収の核心は、国内で築いた首位を世界で守り抜くために、自前の成長ではなく現地の首位企業を取り込む道を選んだ点にある。生産台数で世界一といっても、欧州の販売網や屋内用小型機器の品ぞろえでは地場のbtに及ばなかった。時間をかけて欧州に食い込む代わりに、そこで強い会社ごと抱えることで、豊田自動織機製作所は産業運搬機器の世界シェアを一段で13%から21%へ引き上げた。国内で通用したトヨタ自販の販路という強みが、海外では通じない。その現実を、地場の首位企業ごと買うことで埋めた判断だった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6802/decisions/semitech-to-civil-rehabilitation-2000/","t":"延命と、独立電機メーカーとしての終焉","c":"赤井電機","y":2000,"col":"#E61C22","s":"輸出特化構造の為替脆弱性とVHS規格競争での薄利で採算が崩れ、三菱グループに代わる香港資本の下で大量リストラと国内生産撤退による延命をはかったが、資金繰りが破綻…","x":"2000 赤井電機 セミ・テックの傘下入り 延命と、独立電機メーカーとしての終焉 1995年1月に香港セミ・テックの傘下へ入る。第三者割当増資で発行済み株式の約55%を取得され、三菱電機の再建断念後に国内生産からも退く 輸出特化構造の為替脆弱性とvhs規格競争での薄利で採算が崩れ、三菱グループに代わる香港資本の下で大量リストラと国内生産撤退による延命をはかったが、資金繰りが破綻して民事再生に至った再建策 輸出高収益モデルの終着点 赤井電機の終わりは、戦後の成長を支えた輸出特化の構造がそのまま重荷へ転じた帰結として読むことができる。売上の9割を輸出に置くモデルは高い収益率を生んだ一方で、円高へ振れれば採算が崩れる弱さを併せ持っていた。プラザ合意後の円高と、vhs規格競争での出遅れによる薄利は、この弱さを同時に突いた。三菱グループの支援も、香港資本の受け入れも、崩れた採算構造そのものを組み替えるには至らなかったとみられる。 外資傘下入り・対内m&a 経営破綻・法的整理 リストラ・構造改革 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/6839/decisions/emerson-brand-walmart-2000/","t":"破綻した米社のブランド使用権を得て築くウォルマート専用の供給体制","c":"船井電機","y":2000,"col":"#C52121","s":"自社ブランドの弱さを他社の商標で補い、量販最大手への直接納入という販路を専用ブランドで固めた","x":"2000 船井電機 米エマーソン社ブランド取得 破綻した米社のブランド使用権を得て築くウォルマート専用の供給体制 2000年10月に米エマーソンの商標使用権を取得。1999年の感謝祭セールで信頼を得たウォルマート向け専用ブランドとして直接納入を築く 自社ブランドの弱さを他社の商標で補い、量販最大手への直接納入という販路を専用ブランドで固めた 名前を借りるという選択の、利と代償 この判断の中心にあるのは、自社に足りないものを買わずに借りたことにある。全米の店頭で通用する名前を一から育てれば、広告費と時間がかかり、船井電機が最も得意とする低価格の量産という強みとも噛み合わない。破綻した老舗の商標には、消費者の記憶だけが資産として残っていた。それを年数百万ドルの使用料で借り、ウォルマート専用の看板に仕立てたことで、無名のメーカーが全米最大の売り場の定番棚を占めることができた。持たざるものを持たないまま戦う方法として、よく設計された選択であったとみられる。 ブランド・マーケティング 販路・チャネル転換 低価格・コストリーダーシップ 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6869/decisions/2000-ietsugu-global-strategy/","t":"血液検査・世界シェア3冠","c":"シスメックス","y":2000,"col":"#1156A6","s":"国内市場の頭打ちを前に、代理店依存から自前の海外直販網へ切り替え、リカーリングを武器に血液検査で世界首位へ導いた面的戦略","x":"2000 シスメックス グローバル直販網の構築 血液検査・世界シェア3冠 1996年6月に家次恒が直販網への切り替えへ。機器と試薬を一体で販売するリカーリングを武器に、海外売上比率は約9割へ達する 国内市場の頭打ちを前に、代理店依存から自前の海外直販網へ切り替え、リカーリングを武器に血液検査で世界首位へ導いた面的戦略 神戸の中堅が世界首位に立てた理由 この経営の面白さは、成功の順序にある。多くの会社は、良い製品を作ってから売り方を考える。家次恒氏がしたのは、まず売り方を世界仕様へ組み替え、そこに得意の製品と試薬を載せることであった。代理店に委ねれば海外進出は速いが、顧客との距離と継続収益を手放す。あえて時間をかけて各地に直販網を築いたことが、装置を置くほど試薬が売れるリカーリングを世界規模で回す土台になったと推察される。 グローバル経営体制 販路・チャネル転換 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/6971/decisions/qualcomm-handset-2000/","t":"携帯電話端末事業の引き受けと、6期連続赤字という代償","c":"京セラ","y":2000,"col":"#DF0522","s":"NTTドコモの攻勢とPHSの苦戦で通信機器事業が行き詰まるなか、京セラが米クアルコムのCDMA端末事業を承継して完成品の世界市場へ出た判断。アメーバ経営による採…","x":"2000 京セラ 米クアルコムの端末事業承継 携帯電話端末事業の引き受けと、6期連続赤字という代償 2000年2月に米クアルコムの端末事業を承継。cdma方式の携帯電話を引き継ぎ、キョウセラ・ワイヤレス・コーポレーションを設ける nttドコモの攻勢とphsの苦戦で通信機器事業が行き詰まるなか、京セラが米クアルコムのcdma端末事業を承継して完成品の世界市場へ出た判断。アメーバ経営による採算改善を武器にしたが、規模の劣位を覆せず6期連続赤字となった。 アメーバ経営は規模の劣位を埋められたか この判断が突き当たったのは、採算管理では埋まらない規模の差であった。アメーバ経営は各アメーバに時間当たりの採算を負わせて既存事業の無駄を絞る手法であり、kwcでも単月黒字までは短期間で届いている。しかし携帯端末は台数が価格交渉力を決める市場で、億単位で作る上位メーカーに対して材料の購買力から劣後した。細かく採算を見る力と、規模で価格を決める力は別物である。 隣接領域への展開 クロスボーダーm&a(日本→海外) 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/7013/decisions/aerospace-shift-2000/","t":"他社事業の取り込みを通じた航空・宇宙への軸足の移動","c":"IHI","y":2000,"col":"#2056AE","s":"造船の構造的な縮小を見据え、戦前来の航空技術を土台に、日産の宇宙航空事業を取得して航空エンジンと宇宙を次の収益源に据えた判断","x":"2000 ihi 日産自動車の宇宙航空事業取得 他社事業の取り込みを通じた航空・宇宙への軸足の移動 2000年7月に日産自動車の宇宙航空事業を取得。伊藤源嗣社長のもとアイ・エイチ・アイ・エアロスペースを設立 造船の構造的な縮小を見据え、戦前来の航空技術を土台に、日産の宇宙航空事業を取得して航空エンジンと宇宙を次の収益源に据えた判断 「残った集中」の始まりにあった能動的な布石 のちにihiの航空エンジン集中は、造船や非注力事業を切り離した末に\"消去法で残った\"構造としてしばしば語られる。ただ、その始まりをたどると、1998年の航空への積極投資と2000年の日産事業の取得という、明確に能動的な判断が置かれていた。造船が細っていく時期に、守る事業と伸ばす事業を仕分け、参入障壁の高い航空・宇宙へ資源と技術を寄せていった選択には、受け身というより、次の収益源を自ら選び取ろうとする意思がうかがえる。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7211/decisions/daimler-alliance-2000/","t":"独米自動車連合を後ろ盾に据える資本関係の受け入れ","c":"三菱自動車","y":2000,"col":"#EC0100","s":"自力再建を断念し、GM・フォードとの交渉が流れた末に残ったダイムラークライスラーへ株式34%を譲り、乗用車の経営をドイツ資本に委ねた資本提携","x":"2000 三菱自動車 ダイムラーとの資本提携 独米自動車連合を後ろ盾に据える資本関係の受け入れ 2000年3月に独ダイムラーへ34%の株式を渡す。フルライン戦略の破綻と巨額の有利子負債で自力再建の限界に達する 自力再建を断念し、gm・フォードとの交渉が流れた末に残ったダイムラークライスラーへ株式34%を譲り、乗用車の経営をドイツ資本に委ねた資本提携 外資に賭けた再建の、日産とは逆の結末 この決断は、同じ時期にルノーの傘下で\"聖域なき再建\"を遂げた日産と、しばしば並べて語られた。だが両社の病は似て非なるものであった。日産の不振が国内2位への固執と拡大戦略の破綻にあったのに対し、三菱の病は品質不正という順法精神の欠落にあった。ダイムラーがもたらしたのは資本と規律であって、隠蔽を生む組織文化そのものを入れ替える力ではなかった。悪い情報を遮断する体質は提携の下でも生き延び、二度目のリコール隠しとなって噴き出したのだろう。 外資傘下入り・対内m&a 救済型m&a・支援受け入れ 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/7459/decisions/three-way-merger-2000/","t":"医薬品卸3社の対等合併と、これに伴う本店の東京移転","c":"メディパルホールディングス","y":2000,"col":"#E7202C","s":"薬価差の縮小と医療機関の価格交渉力の高まりに対し、仕入・物流・拠点の重複を削るために三社が一体化した合併","x":"2000 メディパルホールディングス 三社合併でクラヤ三星堂発足 医薬品卸3社の対等合併と、これに伴う本店の東京移転 2000年4月に三社合併でクラヤ三星堂が発足。神戸創業の三星堂が東京のクラヤ薬品・東京医薬品と一つになり、本店を中央区へ移転した。3社合算の売上高は約8,900億円 薬価差の縮小と医療機関の価格交渉力の高まりに対し、仕入・物流・拠点の重複を削るために三社が一体化した合併 足し算ではなく引き算の合併 206回の部会と245回の会議という数字は、統合の速さではなく、統合の手間を惜しまなかったことを示している。薬価差が19.6%から9%へ縮む過程で、卸に残された利益の源は仕入と物流の重複を削ることへ移っていた。3社が最初に手をつけたのが営業拠点24カ所と物流センター4施設の削減だったことは、この合併が販売網の足し算ではなく費用の引き算を目的としていたことをよく表している。 合併・経営統合 pmi・買収後統合 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/7630/decisions/founder-exit-and-listing-2000/","t":"株式の店頭公開と創業者の引退、生え抜き社長への経営承継","c":"壱番屋","y":2000,"col":"#531C06","s":"創業者個人の働き方に支えられた経営を、株式公開・社長交代・生え抜きへの指名という順序で解き、創業家を経営と資本の意思決定から外していった承継","x":"2000 壱番屋 浜島俊哉氏が社長就任 株式の店頭公開と創業者の引退、生え抜き社長への経営承継 2000年2月に株式を店頭公開。宗次徳二氏が1998年に妻の直美氏へ社長を譲り、2002年6月に徳二氏は経営から離れ、直美氏は取締役会長へ移った 創業者個人の働き方に支えられた経営を、株式公開・社長交代・生え抜きへの指名という順序で解き、創業家を経営と資本の意思決定から外していった承継 創業者が去るための順序 宗次徳二氏は53歳で、まだ十分に働ける年齢であった。目を引くのは順序で、まず株式を公開して会社を社外の目にさらし、次に社長を妻へ、さらに生え抜きへ渡し、最後に自分が意見を言える役職から消えている。年5,000時間働き1日1,000通の葉書を読む経営が創業者個人に依存していたからこそ、その依存を段階を踏んで解く必要があったと思われる。 トップ交代・承継 創業家・同族 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/7649/decisions/dispensing-drugstore-bet-2000/","t":"廉価販売によらない調剤併設ドラッグストアへの業態転換","c":"スギホールディングス","y":2000,"col":"#048851","s":"廉価販売に傾く当時のドラッグストア業界で、スギ薬局が利益の薄い処方箋調剤を全店併設の主軸に据え、上場を機に医薬分業の受け皿となる全国チェーン化を掲げた業態選択","x":"2000 スギホールディングス 東海を足場に調剤併設化 廉価販売によらない調剤併設ドラッグストアへの業態転換 2000年6月に調剤併設型への業態転換。安さと売場面積を競う業界で、利益の薄い処方箋調剤を東海のドミナントごと全店の主力事業へ 廉価販売に傾く当時のドラッグストア業界で、スギ薬局が利益の薄い処方箋調剤を全店併設の主軸に据え、上場を機に医薬分業の受け皿となる全国チェーン化を掲げた業態選択 逆張りが、本流になるまで この判断の芯は、業界の追い風から意識して身を引いた点にある。1990年代のドラッグストアは安さと売場面積で競い、その競争に乗るほど手早く伸びられた。杉浦夫妻はそこにあえて背を向け、薬剤師でなければ担えない処方箋調剤を全店の主力に据えた。利益が薄く、費用のかさむ道である。安売りが本流だった時代に、二人は自分たちの資格と、医薬分業という長い流れに賭けた。業界の常識より自社の見立てを優先する選択だったといえる。 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/special-loss-2000/","t":"特別損失約3,950億円の一括計上によるバブル期","c":"伊藤忠商事","y":2000,"col":"#19479B","s":"バブル期に膨らんだ不動産中心の不良資産を、1998年就任の丹羽宇一郎氏が先送りせず一括処理した財務リストラ。2000年3月期に単独約3,950億円・連結3,03…","x":"2000 伊藤忠商事 不良資産3,950億円の処理 特別損失約3,950億円の一括計上によるバブル期 2000年3月期に伊藤忠商事が不良資産を一括で処理。丹羽宇一郎社長が単独で約3,950億円、連結で3,039億円の特別損失を計上 バブル期に膨らんだ不動産中心の不良資産を、1998年就任の丹羽宇一郎氏が先送りせず一括処理した財務リストラ。2000年3月期に単独約3,950億円・連結3,039億円の特別損失を計上し、ctc上場益を原資に充て、翌期に過去最高益へ転じた 負の遺産を先送りしない、という選択 この判断の核心は、財務に沈んでいた含み損を先送りせず、単年度の巨額赤字を引き受けてでも一度に清算した点にある。10年、20年をかけて少しずつ償却すれば、毎期の負担は軽くなる。だが不良資産を抱えたままでは、本業でいくら稼いでも利益が利払いと償却に消えていく。丹羽氏が一括処理を選んだのは、痛みを将来へ分散するより、痛みを一度で終わらせて身軽になる道を採ったということだった。 リストラ・構造改革 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8058/decisions/lawson-alliance-2000/","t":"取引先からの株式取得と、資本業務提携への着手","c":"三菱商事","y":2000,"col":"#FF0000","s":"EC・金融の拠点として全国の店舗網を得るため、再建中ダイエーからローソン株20%・約1,700億円を取得し、経営に参画した資本業務提携","x":"2000 三菱商事 ダイエーからローソン株取得 取引先からの株式取得と、資本業務提携への着手 2000年にダイエーからローソン株を取得。三菱商事が私募債を約1700億円で引き受け、上場時に20%を保有する第2位の株主となった ec・金融の拠点として全国の店舗網を得るため、再建中ダイエーからローソン株20%・約1,700億円を取得し、経営に参画した資本業務提携 消費の現場で先取りした「入れ替え」の経営 この判断の意味は、商社が\"川下\"を資本で押さえにいった点にある。資源やインフラで稼いできた三菱商事にとって、消費者に日々接する店舗網は縁の薄い領域であった。電子商取引と金融という当時の新しい波が、その距離を一気に縮める。20%と役員派遣に固執したのは、取引先としてではなく経営の当事者としてローソンに関わるという意思の表れであった。再建を急ぐダイエーの足元と、健全なグループ銀行という手札が、その一手を可能にした。 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8086/decisions/ampoule-tube-exclusion-2000/","t":"独占販売権を用いた輸入品の締め出しと、公正取引委員会の排除勧告","c":"ニプロ","y":2000,"col":"#004386","s":"原料供給の独占的地位を用いて輸入品を扱う取引先を排除した行為が、独占禁止法の排除型私的独占にあたると認定された","x":"2000 ニプロ アンプル生地管の独占販売 独占販売権を用いた輸入品の締め出しと、公正取引委員会の排除勧告 2000年2月にアンプル生地管の独占販売。韓国から輸入したナイガイへ値上げと供給停止で応じ、公正取引委員会の排除勧告へ 原料供給の独占的地位を用いて輸入品を扱う取引先を排除した行為が、独占禁止法の排除型私的独占にあたると認定された 川上を確保するということ この事件を、独占的地位に驕った企業の逸脱と読むだけでは足りない。ニプロにとって生地管は、1950年に日本電気硝子と取引を開始し、1954年に西日本総代理店となったところから続く事業の入口であった。狭い市場で川上を押さえ、加工機械を売って材料を買ってもらい、商品より先に技術を売る——その商法は、供給を握ることと表裏にある。輸入という別の入口が開けば、その商法の前提そのものが崩れる。ナイガイへの申し渡しは、事業の型を守ろうとした行為だったとみられる。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/8111/decisions/wholesale-to-retail-2000/","t":"多角化事業の整理と自主管理売場への切り替え","c":"ゴールドウイン","y":2000,"col":"#333333","s":"多角化と卸型ビジネスが生んだ損失を3カ年計画で処理し、販売を自主管理売場へ、生産を海外へ移転して固定的な負担を減らした再構築","x":"2000 ゴールドウイン 卸型ビジネスからの転換 多角化事業の整理と自主管理売場への切り替え 2000年に卸中心の体制を直営売場へ組み替えた。ゴールドウインは1997年からの3カ年で事業とブランドを整理し、海外生産へ舵を切った 多角化と卸型ビジネスが生んだ損失を3カ年計画で処理し、販売を自主管理売場へ、生産を海外へ移転して固定的な負担を減らした再構築 損失の中身と、残した設備 2期96億円の損失は、スキー市場の縮小そのものというより、広げた事業とブランドを畳むために計上された費用であった。3カ年計画を終えた2000年に黒字へ戻し、そのうえで社長が交代し、売場と生産の作り替えに入るという順序は、危機のさなかの緊急避難とは性格が異なる。整理を先に終えたからこそ、直営店を出すという当時のスポーツ用品メーカーには前例の乏しい選択に資金を回せたと思われる。 リストラ・構造改革 販路・チャネル転換 選択と集中 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/8183/decisions/seven-dream-2000/","t":"店舗網を電子商取引の受け渡し拠点へ転用する事業の立ち上げ","c":"セブンイレブン・ジャパン","y":2000,"col":"#008833","s":"インターネット通販の台頭に対し、自宅配送の物流投資を負わずに済む出口として自社の店舗網を使い、不足する機能は7社との合弁で補った新規事業","x":"2000 セブンイレブン・ジャパン セブンドリーム・ドットコム設立 店舗網を電子商取引の受け渡し拠点へ転用する事業の立ち上げ 2000年2月にセブンドリーム・ドットコムを興した。セブンイレブン・ジャパンがnecや三井物産など7社と資本金50億円で立ち上げ、51.0%を出資した インターネット通販の台頭に対し、自宅配送の物流投資を負わずに済む出口として自社の店舗網を使い、不足する機能は7社との合弁で補った新規事業 実測値が先にあった参入 93%という数字が、この判断の芯にある。1999年11月に始めた書籍販売で、店舗での支払いと受け取りをそろって選んだ客が9割を超えた。鈴木敏文会長が『ecはリアルの店舗が伴わなければうまくいかない』と言い切れたのは、自社の客が先に行動で示していたからである。1年前のインタビューでは、ネット小売への対応を問われて研究の必要を述べるにとどまっていた。実測値が出て初めて、8,000カ所の店舗を電子商取引の出口として使う設計に踏み切れたのだろう。 デジタル化・dx 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8233/decisions/jr-nagoya-2000/","t":"共同出資という形をとった出店と、初年度黒字という別解","c":"高島屋","y":2000,"col":"#D3270C","s":"自前で土地を借りて建てる新宿方式が採算に苦しむなか、鉄道会社が持つ立地と資本を組み合わせ、出資を抑えたまま中京地区の空白を埋める","x":"2000 高島屋 jr東海と名古屋出店 共同出資という形をとった出店と、初年度黒字という別解 1997年7月にjr東海と名古屋出店で合意。jrセントラルタワーズへ入る運営会社をジェイアール名古屋タカシマヤと決める 自前で土地を借りて建てる新宿方式が採算に苦しむなか、鉄道会社が持つ立地と資本を組み合わせ、出資を抑えたまま中京地区の空白を埋める 同じ会社が同じ時期に出した二つの答え 高島屋はほぼ同じ時期に、二つの異なる方式で旗艦店を出した。新宿は自前で土地を借りて建てる形で、名古屋は鉄道会社と組んで資本参加にとどめる形である。結果は対照的だった。新宿が計画の半分に届かず投資回収の見通しを後ろへずらす一方、名古屋は初年度から黒字を計上し、二十年と見ていた累損解消を四年で終えた。立地の質だけでは説明が付かない差であり、誰と組み、どこまでリスクを負うかという設計そのものが採算を分けたと推察される。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/8243/decisions/sogo-civil-rehabilitation-2000/","t":"私的整理の頓挫から民事再生法申請へ——負債1兆8700億円の経営破綻","c":"そごう","y":2000,"col":"#333333","s":"会計制度の変更で連結外しが限界に達し、私的整理での債権放棄が政治問題化して頓挫、負債1兆8700億円を抱えて民事再生法を申請した経営破綻","x":"2000 そごう 長銀債権放棄の頓挫と民事再生 私的整理の頓挫から民事再生法申請へ——負債1兆8700億円の経営破綻 2000年7月に民事再生法の適用を申請。同年4月に史上最大の6390億円の債権放棄を銀行団へ求めた自力再建が行き詰まる 会計制度の変更で連結外しが限界に達し、私的整理での債権放棄が政治問題化して頓挫、負債1兆8700億円を抱えて民事再生法を申請した経営破綻 破綻が映したもの そごうの破綻は、単一のメインバンクへの依存と同族のワンマン経営、そして実態を覆い隠す連結外しが同時に限界へ達した帰結であった。会計制度の変更が引当を迫り、覆いが外れたとき、借入で膨らませた拡大の代償が一度に表へ出た。私的整理か法的整理かという処理方式の選択は、そごう一社の再建を超えて、不良債権を誰がどう負担するのかという当時の日本経済の問いそのものであったと思われる。 経営破綻・法的整理"},{"k":"decision","u":"/tse/8243/decisions/wada-rescue-seibu-merger-plan-2000/","t":"破綻処理から再建へ——興銀が招いた和田繁明氏が描いた百貨店再編の設計図","c":"そごう","y":2000,"col":"#333333","s":"民事再生法を申請したそごうの再建を託すため、興銀が元西武百貨店会長の和田繁明氏を特別顧問に招き、金融支援ではなく西武との合併とチェーンオペレーションで立て直す路…","x":"2000 そごう 西武との合併構想 破綻処理から再建へ——興銀が招いた和田繁明氏が描いた百貨店再編の設計図 2000年7月に和田繁明氏を再建トップへ招く。興銀の求めで元西武百貨店会長が就任し、米谷浩氏ら西武リストラの8名を送り込む 民事再生法を申請したそごうの再建を託すため、興銀が元西武百貨店会長の和田繁明氏を特別顧問に招き、金融支援ではなく西武との合併とチェーンオペレーションで立て直す路線へ転換した経営判断 破綻の設計図が残したもの 和田氏の招請は、破綻したそごうを\"どう清算するか\"から\"どう再建するか\"へと問いを移した転換であったと思われる。金融機関の債権放棄で延命させるのではなく、個店主義という百貨店の運営思想そのものを組み替える。会計制度の変更が引当を迫って破綻の覆いを外したのと同じように、破綻という危機が、平時には動かしがたかった業態の構造そのものへ手を入れる機会を開いたともいえる。 経営再建・ターンアラウンド 合併・経営統合 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/8304/decisions/nationalization-reprivatization-2000/","t":"特別公的管理による一時国有化と、民間企業連合への株式譲渡による再民営化","c":"あおぞら銀行","y":2000,"col":"#00a0e9","s":"系列ノンバンクの不良債権処理で資本が損なわれ、増資による自力再建が市場の許す時間内に収まらなかったため、特別公的管理を経て民間企業連合へ株式を譲渡した","x":"2000 あおぞら銀行 ソフトバンク連合へ譲渡 特別公的管理による一時国有化と、民間企業連合への株式譲渡による再民営化 1998年12月に特別公的管理で一時国有化。日本債券信用銀行は上場を廃止され、1999年9月にソフトバンクらの民間連合へ渡る 系列ノンバンクの不良債権処理で資本が損なわれ、増資による自力再建が市場の許す時間内に収まらなかったため、特別公的管理を経て民間企業連合へ株式を譲渡した 筆者の見解 2,900億円を集めた時点で日債銀に残っていたのは、市場が許す時間のうちに不良債権を落とし切る道だけで、その時間は1年5カ月で尽きた。責任を一人に絞れる材料は当時の誌面にも見当たらず、1957年に不動産担保で後発の不利を埋めると決めた設計が、担保価値の下落に耐えられなかったという説明が繰り返し現れる。 経営破綻・法的整理 救済型m&a・支援受け入れ 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8308/decisions/asahi-tokai-sanwa-2000/","t":"3行による大型連合の構想からの離脱と、単独路線への引き返し","c":"りそなホールディングス","y":2000,"col":"#00833f","s":"統合方式（持株会社方式か合併か、統合後の主導権と目指す銀行像）をめぐる意見対立からあさひ銀行が離脱。三和・東海は東洋信託を加えUFJへ、あさひは大和銀行とりそな…","x":"2000 りそなホールディングス 東海・三和と統合破談 3行による大型連合の構想からの離脱と、単独路線への引き返し 2000年3月に東海・三和と統合破談。共同持株会社方式で基本合意した3行から、統合方式の対立であさひが3カ月で離脱 統合方式(持株会社方式か合併か、統合後の主導権と目指す銀行像)をめぐる意見対立からあさひ銀行が離脱。三和・東海は東洋信託を加えufjへ、あさひは大和銀行とりそなへ分岐した 統合方式という土台 あさひ・東海・三和の3行構想は、条件交渉に入る前の、統合の枠組みそのものをめぐって崩れた案件である。持株会社方式で緩やかに統合するのか、合併によって一体化を急ぐのか——その設計は、どの銀行がどれだけ主導権を掌握し、統合後にどんな銀行像を目指すのかという問いと表裏一体であった。規模で勝る三和と、リテールに独自色を持つあさひとでは、その答えが重ならなかっただろう。比率や金額といった数字の交渉以前に、誰がどの方式で一つになるのかという土台で折り合えなければ、統合は前に進まない。みずほが対等統合の建前を抱えたまま発足後につまずいたことと併せて読めば、枠組みの設計こそが再編の成否を分けるという教訓が浮かぶ。 合併・経営統合 破談・撤回"},{"k":"decision","u":"/tse/8411/decisions/mizuho-formation-2000/","t":"3行が一つの傘の下に入り、2000年に成立した金融グループ「みずほ」","c":"みずほフィナンシャルグループ","y":2000,"col":"#183181","s":"1999年8月、第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行の3行が全面統合を発表し、2000年9月に株式移転で持株会社みずほホールディングスを設立。国内初のメガバンク…","x":"2000 みずほフィナンシャルグループ 第一勧業・富士・興銀統合 3行が一つの傘の下に入り、2000年に成立した金融グループ「みずほ」 1999年8月に第一勧業・富士・興銀統合。2000年9月の株式移転で持株会社を設立し、国内初のメガバンクが生まれる 1999年8月、第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行の3行が全面統合を発表し、2000年9月に株式移転で持株会社みずほホールディングスを設立。国内初のメガバンクが誕生した案件。 規模の統合と「対等」のコスト みずほの誕生は、邦銀が規模で世界に伍そうとした金融再編の象徴であり、その後の三菱東京ufjや三井住友といったメガバンク3極体制の先駆けともいえる。3行統合は、不良債権で傷んだ各行が生き残りをかけた合理的な選択であった面は否めない。一方で、規模の追求が先行し、業務やシステムをどう一本化するかという統合後の設計が後回しになったのだろう。対等統合という建前が旧3行の主導権争いを温存し、システム統合の停滞という形で表面化した点は、その後の障害の伏線として語られることが多い。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/8755/decisions/daiichi-life-alliance-2000/","t":"生保営業職員を通じた損害保険販売という新たな販路の獲得","c":"損害保険ジャパン","y":2000,"col":"#CC0022","s":"料率自由化で損保の価格競争が始まり、生損保の相互参入も計画に届かないなか、合併による規模拡大ではなく生保の営業職員という販売ルートを借りて増収を取りにいった提携…","x":"2000 損害保険ジャパン 第一生命との包括提携 生保営業職員を通じた損害保険販売という新たな販路の獲得 2000年9月に第一生命と包括業務提携を締結する。損保2位の安田火災海上と生保2位の第一生命が組み、第一生命の営業職員が損害保険を販売する形をとった 料率自由化で損保の価格競争が始まり、生損保の相互参入も計画に届かないなか、合併による規模拡大ではなく生保の営業職員という販売ルートを借りて増収を取りにいった提携判断 販路を借りるという選び方 1999年の時点で代理店制度は機能しており、販売方法を変える考えはなかった。その前提のまま増収を続けるなら、売り手は外から調達するほかない。第一生命の営業職員が、その調達先であった。生保への参入でも自前の会社を設立しずアイ・エヌ・エイひまわり生命に出資しており、足りない機能は買わずに借りるという選び方が一貫している。金融庁が保険会社同士の販売代理を認める方針を示した2000年8月に交渉が一気に煮詰まったのも、選び方が先にあったからである。 販路・チャネル転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9143/decisions/kurowada-coup-2000/","t":"創業者派閥によるクーデター未遂を経た経営権の掌握","c":"SGホールディングス","y":2000,"col":"#003F87","s":"東京佐川急便事件後の緊縮財政と創業家との距離が一部役員の不満を招き、社長解任の動議へ発展したが、栗和田榮一氏が寝返り工作で再任を勝ち取り創業家派閥を一掃した経営…","x":"2000 sgホールディングス 栗和田栄一氏が経営権掌握 創業者派閥によるクーデター未遂を経た経営権の掌握 2000年6月に栗和田栄一氏が解任動議を退ける。創業者派閥の提案をいったん受け入れたうえで反撃し、同日中に自らの社長再任を可決させた 東京佐川急便事件後の緊縮財政と創業家との距離が一部役員の不満を招き、社長解任の動議へ発展したが、栗和田栄一氏が寝返り工作で再任を勝ち取り創業家派閥を一掃した経営承継 派閥一掃という統治の代償 栗和田栄一氏が選び取ったのは、対立した相手を制度の内側で排除し、代表権を自らに集めるという統治のかたちであった。創業家の出身でありながら実父とあえて距離を置き、会社の存続を最優先に据えてきた栗和田栄一氏のそれまでの選択の延長線上に、この一連の対応があっただろう。 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/9147/decisions/postal-alliance-concept-2000/","t":"宅配便連合構想の提示と、共通ブランドをめぐる協議の開始","c":"NIPPON EXPRESSホールディングス","y":2000,"col":"#1A005C","s":"ヤマト運輸に取扱個数で10倍以上の差をつけられる中、郵政の郵便インフラを活用して宅配便事業の劣位を挽回しようとした連合構想","x":"2000 nippon expressホールディングス 郵政事業庁と宅配便連合 宅配便連合構想の提示と、共通ブランドをめぐる協議の開始 2000年秋に郵政事業庁との宅配便連合を構想。ヤマト運輸に対抗してペリカン便とゆうパックの統合を検討し、正式な合意には至らなかった ヤマト運輸に取扱個数で10倍以上の差をつけられる中、郵政の郵便インフラを活用して宅配便事業の劣位を挽回しようとした連合構想 連合という発想の限界と、反復された挑戦 この構想の核心は、単独では宅急便に追いつけない日本通運が、規模で優る国営の郵便事業と手を組むことで劣位を一気に挽回しようとした点にある。共通ブランドの検討にまで踏み込んだ野心の大きさは、裏を返せば、当時の日通が置かれていた劣位の深さを物語っていると推察される。ただ、国営事業との提携は独占禁止法や公正性の観点から反発を招きやすく、実務レベルの協議がどれほど詳細に積み上げられても、政治的・制度的な壁の前では脆さを抱えていたといえる。 資本提携・政策保有 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/9412/decisions/directv-rescue-listing-2000/","t":"ライバル 東証マザーズ上場","c":"スカパーJSAT","y":2000,"col":"#003399","s":"加入者で圧倒した相手を統合してプラットフォームを一本化し、損益分岐点の手前で新興市場に上場して先行投資の資金を確保した資本政策","x":"2000 スカパーjsat ディレクtvの救済統合 ライバル 東証マザーズ上場 2000年3月にディレクtvの統合を発表。日本デジタル放送サービスがライバルを取り込み、10月20日に東証マザーズへ上場した 加入者で圧倒した相手を統合してプラットフォームを一本化し、損益分岐点の手前で新興市場に上場して先行投資の資金を確保した資本政策 独占の値段 この決断は、競争相手を引き受けることと、資本市場に出ることを同じ年に重ねた点に特徴がある。ディレクtvの統合は優位に立つ側による吸収というより、外資が退場するにあたっての受け皿づくりであり、条件面ではむしろ退く側が得をした。それでもプラットフォームが一つになれば、販売奨励金の競り上げは止まり、加入者1人あたりの採算を立て直す前提が整う。損益分岐点の手前で上場を急いだのも、その立て直しに要する資金を、黒字化を待たずに取りにいく判断だっただろう。 救済型m&a・支援受け入れ 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9432/decisions/ntt-ftth-broadband-2000/","t":"各家庭へ光を直結する固定網への切り替えを選んだ基盤投資","c":"NTT","y":2000,"col":"#0072BC","s":"ADSLやusenのFTTHに押され固定電話事業が悪化するなか、共用型の光化を家庭直結のFTTHへ切り替えてブロードバンド基盤を再構築する転換投資","x":"2000 ntt πシステムからftthへ移行 各家庭へ光を直結する固定網への切り替えを選んだ基盤投資 2000年末に固定網の整備をftthへ切り替え。ntt東日本・西日本が一芯を複数世帯で共用する方式をやめ、各家庭へ光ファイバーを直に引いた adslやusenのftthに押され固定電話事業が悪化するなか、共用型の光化を家庭直結のftthへ切り替えてブロードバンド基盤を再構築する転換投資 効率を優先した光化と、引き直しの投資 この判断の中心にあるのは、低コストで光を配ろうとした一度目の設計が、競争と技術の変化で覆されたという事実である。工事費が敷設費の大半を占めるなかで芯数を惜しんだπシステムは、光ファイバーの材料費低下と毎秒一〇〇メガビット級の需要の到来によって役目を失った。ntt東西は、共用型の光を家庭直結の光へ引き直すという二度目の投資を負った。効率を優先した技術選択が、外部の競争者と規制の双方から押し戻された点に、インフラ企業が長期の技術を読み違える重さがうかがえる。 大型設備投資 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/9433/decisions/kddi-formation-2000/","t":"長距離・国際・携帯を1社に統合した総合通信事業者の発足","c":"KDDI","y":2000,"col":"#E95721","s":"次世代携帯電話の免許枠が3つに限られるなかで、営業区域が分断されたIDOとDDIセルラーを一体化し、毎期5000億円を超える設備投資に耐える規模を確保する事業戦…","x":"2000 kddi ddi・kdd・idoの合併 長距離・国際・携帯を1社に統合した総合通信事業者の発足 2000年10月にddi・kdd・idoが合併。第二電電を存続会社にkddiが発足し、単純合算で連結売上高2兆630億円と国内2位の規模 次世代携帯電話の免許枠が3つに限られるなかで、営業区域が分断されたidoとddiセルラーを一体化し、毎期5000億円を超える設備投資に耐える規模を確保する事業戦略。携帯電話事業を持たないkddにとっては単独での成長が描けず、国際通信の技術と光ファイバー網を持ち込む形で合流した 3社で足りたのか、遅すぎたのか 3社が持ち寄ったものは性格がまるで違っていた。ddiはセルラー8社を通じた国内の携帯営業基盤、kddは海底ケーブルと光ファイバーの基幹網と研究開発の陣容、idoは関東甲信・東海のcdmaone網を出した。西本社長の見通しどおり、固定通信の背骨はkdd側の基幹網で置き換わっている。合わせれば国際も国内も持つ全国網となり、足し算としては成立していた。旧3社の均衡を優先した役員構成も、たすきがけの排除という取り決めの不履行も、ツーカーとauの二重のブランドも、摩擦を避けて3社をまとめる設計の一部であった。 合併・経営統合 pmi・買収後統合 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9435/decisions/hitshop-flying-contract-crisis-2000/","t":"契約実態のない売上計上の露見を受けた携帯電話小売からの撤退","c":"光通信","y":2000,"col":"#00469C","s":"FC急拡大を支えたノルマ構造が架空契約を生み、株価暴落と信頼失墜を招いた不祥事。光通信は携帯小売から撤退し、店舗網を1,500店から470店へ縮めて破綻を回避し…","x":"2000 光通信 hit shop架空契約発覚 契約実態のない売上計上の露見を受けた携帯電話小売からの撤退 2000年3月にhit shopの架空契約が発覚。1999年5月に全国1,500店へ膨らんだ携帯電話販売ショップは、不採算店のリストラで2003年3月に470店まで縮んだ fc急拡大を支えたノルマ構造が架空契約を生み、株価暴落と信頼失墜を招いた不祥事。光通信は携帯小売から撤退し、店舗網を1,500店から470店へ縮めて破綻を回避した 語られなかった引き算 この事案の核心は、急拡大を支えた仕組みが、そのまま不正を生む仕組みでもあった点にある。店舗を増やすほど契約が積み上がる計算がフランチャイズによる出店を正当化し、携帯電話販売ショップは500店から9か月で全国1,500店に達した。だが同じ計算が加盟店へのノルマとなり、達成できない店を架空契約へ追い込む。成長の加速装置と崩壊の導火線が、一つのビジネスモデルの内側に同居していたとみられる。「被害者」という重田康光社長の弁が通らなかったのは、その仕組みを設計したのが光通信自身だったからである。 不祥事・信頼回復 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/9437/decisions/global-investment-2000/","t":"iモード・W-CDMAの世界展開を狙った海外通信事業者への約1.9兆円出資","c":"NTTドコモ","y":2000,"col":"#E52222","s":"国内市場の飽和を見据え、自社が主導したiモードとW-CDMAを世界に普及させるため、経営権を取らないマイノリティ出資の連合で海外へ成長機会を求めた事業戦略","x":"2000 nttドコモ at&t wirelessへ出資 iモード・w-cdmaの世界展開を狙った海外通信事業者への約1.9兆円出資 2000年に米at&tワイヤレスなどへ出資。立川敬二社長がiモードとw-cdmaの世界展開を掲げ、海外通信事業者へ累計約1.9兆円を投じた 国内市場の飽和を見据え、自社が主導したiモードとw-cdmaを世界に普及させるため、経営権を取らないマイノリティ出資の連合で海外へ成長機会を求めた事業戦略 規格の主導権を狙った投資が残したもの この判断の核心は、独り勝ちの資金力で\"規格\"を買おうとした点にあると推察される。経営権を取らない15〜20%の出資は、w-cdmaとiモードの普及を後押しする布石としては一応の筋が通っていた。ただ、その実行が通信株バブルの頂点と重なり、時価の膨らんだ株式を1兆円単位で引き受ける形になったことは、時期の不運と切り離せない。そして本業の絶好調が巨額損失を吸収できたために、投資規律への問いが株主から厳しく突きつけられないまま過ぎた面もうかがえる。 海外進出・現地生産 資本提携・政策保有 プラットフォーム・標準化 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/9449/decisions/group-listing-model-2000/","t":"連結子会社を個別に上場させるグループ多重上場モデルの確立","c":"GMOインターネットグループ","y":2000,"col":"#005BAC","s":"事業ごとに資本市場へのアクセスを持たせ、資金調達と人材確保を各社で自走させるためのグループ経営の型づくり","x":"2000 gmoインターネットグループ まぐクリックの上場 連結子会社を個別に上場させるグループ多重上場モデルの確立 2000年9月にまぐクリックを大証へ上場。インターキューが設立1年の子会社を公開し、2005年までにgmoペイメントゲートウェイなども送り出した 事業ごとに資本市場へのアクセスを持たせ、資金調達と人材確保を各社で自走させるためのグループ経営の型づくり 分離したことで守れたもの 事業ごとに株式を分けるという判断は、資金と人の取り合いを市場の側へ外に出す仕掛けであっただろう。決済の会社は決済の株価で人を集め、ホスティングの会社はホスティングの株価で報酬を組む。親会社が配分を決める手間は減り、各社の経営者は自分の株価に責任を負う。一方で、少数株主の利益と親会社の利益が食い違う場面をあらかじめ内包する設計でもあり、その指摘に対してgmoは型を解消するのではなく、上場会社を増やす方向で答えてきた。 分社・スピンオフ・子会社上場 上場・ipo・市場変更 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/9502/decisions/ashihama-nuclear-withdrawal-2000/","t":"36年保ち続けた初の原子力立地の、三重県知事の白紙表明を受けた断念","c":"中部電力","y":2000,"col":"#E60012","s":"1964年に内定し、敷地を買収したまま漁業者の反対で着工できなかった芦浜の原子力発電所計画を、36年後に三重県知事が白紙に戻す結論を示したのを受けて断念した判断","x":"2000 中部電力 芦浜原子力発電所の計画断念 36年保ち続けた初の原子力立地の、三重県知事の白紙表明を受けた断念 2000年2月、三重県知事の白紙表明を受けて芦浜原子力発電所の計画の断念を表明。1964年の内定から36年、約380万m2の敷地を買収しながら着工に至らなかった 1964年に内定し、敷地を買収したまま漁業者の反対で着工できなかった芦浜の原子力発電所計画を、36年後に三重県知事が白紙に戻す結論を示したのを受けて断念した判断 会社からは降ろせなかった候補地 芦浜の断念は、36年間続けてきた候補地点を手放さないという判断に、会社自身ではなく県知事が区切りをつけたものと読める。会社は1967年の知事談話で現地の動きが止まった後も敷地を保有したまま対話を重ね、1985年には施設計画に地点名を載せて立地の意思を改めて示していた。地元首長の白紙表明を受けてはじめて断念に踏み切った順序は、原子力の候補地を自ら降ろす判断が、会社の側からはきわめて下しにくかったことを示しているのではないか。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9983/decisions/fleece-boom-2000/","t":"都心一等地への進出とフリース単品集中がもたらした一気の知名度拡大","c":"ファーストリテイリング","y":2000,"col":"#FF0000","s":"郊外ロードサイド展開の成長限界と1990年代半ばの伸び悩みに対し、都心店と単品集中によって全国的な認知を獲得する戦略","x":"2000 ファーストリテイリング 原宿出店で全国ブランド化 都心一等地への進出とフリース単品集中がもたらした一気の知名度拡大 2000年にフリース一点への集中で全国ブランド化。1998年11月の原宿店開業を機に沢田貴司副社長の発案で商品を一つに限定する 郊外ロードサイド展開の成長限界と1990年代半ばの伸び悩みに対し、都心店と単品集中によって全国的な認知を獲得する戦略 一つの商品で全国区になるということ この判断の核心は、豊富な品揃えではなく一つの商品に絞ることで、無名に近かった企業が短期間に認知を得た点にある。郊外で個々の商品力を訴えきれずにいたユニクロが、原宿という情報発信地で自信のある一品だけを前面に出したことで、消費者はこの店が何を売る店なのかを一目で理解した。品揃えの幅ではなく焦点の鋭さが認知を生むという逆説を、フリースは体現したと推察される。 選択と集中 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/9984/decisions/bubble-burst-asset-sale-2000/","t":"ネットバブル崩壊下の資産圧縮と銀行取得","c":"ソフトバンクグループ","y":2000,"col":"#757677","s":"ネットバブル崩壊で含み益が急減するなか、投資先株式を選別売却して有利子負債を圧縮・資産整理する守りと、批判を押して破綻銀行の日債銀を買収する攻めを同時に進めた財…","x":"2000 ソフトバンクグループ 資産圧縮と日債銀買収 ネットバブル崩壊下の資産圧縮と銀行取得 2000年3月に資産圧縮と日債銀買収。投資先株を選別して売却する一方、国有化されていた日本債券信用銀行を批判のなかで取得する ネットバブル崩壊で含み益が急減するなか、投資先株式を選別売却して有利子負債を圧縮・資産整理する守りと、批判を押して破綻銀行の日債銀を買収する攻めを同時に進めた財務・事業の再編 含み益経営の危うさが露わになった転機 この時期の判断を貫く論点は、株価がつくった企業価値をどう扱うかであった。時価総額20兆円は、自前の利益ではなく他社株の含み益が生んだ数字であり、株価が反転すれば同じ速さで消える。崩落のなかで保有株を売って負債を減らした選別売却は、その危うさを認め、身軽になろうとする現実的な対応であった。攻めの拡大で膨らんだ帳簿を、みずから縮めにかかった時期である。 事業売却・撤退 救済型m&a・支援受け入れ 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/1925/decisions/president-resignation-1999/","t":"石橋伸康社長の退任と創業家による路線修正","c":"大和ハウス工業","y":1999,"col":"#D4002A","s":"創業者・石橋信夫氏が、実子の社長が進めた急進的な効率経営改革への役員陣の反発を受け、中坊公平氏を介して社長交代を主導した創業家主導の経営体制刷新","x":"1999 大和ハウス工業 石橋伸康氏の引責辞任と東郷武氏への継承 石橋伸康社長の退任と創業家による路線修正 1999年6月に石橋伸康氏退任、東郷武氏就任。表向きは営業不振の責任だが、石橋信夫名誉会長の拡大路線を否定した改革への反発が実相 創業者・石橋信夫氏が、実子の社長が進めた急進的な効率経営改革への役員陣の反発を受け、中坊公平氏を介して社長交代を主導した創業家主導の経営体制刷新 オーナー企業における創業家の求心力 この解任劇の核心は、社長という肩書きよりも、創業者本人が握り続けた実質的な決定権にあったのだろう。伸康氏は取締役から副社長まで社内の階段を順当に上り、社長就任も既定路線と受け止められていたが、それでも経営の大きな方向づけは、相談役となった信夫氏の最終決裁を必要としていた。実子であっても、拡大積極路線という創業の精神に反する改革を急ぎすぎれば、その地位は揺らぎ得る——このオーナー企業特有の力学が、この人事に表れているだろう。 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/2914/decisions/rjr-nabisco-1999/","t":"米国外たばこ事業だけを77億9,000万ドルで取得","c":"JT","y":1999,"col":"#00A273","s":"国内市場の縮小と喫煙率の低下を前にして、専売の遺産に安住せず77億9,000万ドルを投じてRJRナビスコの米国外たばこ事業を取得し、国内事業者から世界規模のメー…","x":"1999 jt rjrナビスコ事業の買収 米国外たばこ事業だけを77億9,000万ドルで取得 1999年3月にrjrナビスコ事業の買収。米国外たばこ事業を77億9,000万ドルで取得しウィンストンやキャメルを手にする 国内市場の縮小と喫煙率の低下を前にして、専売の遺産に安住せず77億9,000万ドルを投じてrjrナビスコの米国外たばこ事業を取得し、国内事業者から世界規模のメーカーへ転じた買収。以後の海外m&a依存モデルの始まりとなった 専売の枠を破って世界へ この買収の核心は、財務の危機に追われての決断ではなく、まだ国内で守られた地位を保つうちに、専売の遺産に安住することを自ら退けた点にある。国が株式を握り、生産の独占に守られた事業者にとって、縮む国内にとどまる道は当面の安全を約束するものだった。水野勝社長のもとでjtが選んだのは、その安全を捨て、公社体質という弱みを抱えたまま世界の競争へ出るという賭けであった。\"歴史的な賭け\"という当時の評は、揶揄であると同時に、決断の性格を正しく言い当ててもいた。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/3397/decisions/family-dining-pivot-1999/","t":"洋風居酒屋から和風焼き鳥ファミリーダイニングへの業態転換","c":"トリドールホールディングス","y":1999,"col":"#333333","s":"深夜客中心で単価の低い居酒屋の限界を、家族連れが昼も使える和風焼き鳥ファミリーダイニングへ業態を組み替えることで越えようとした主力業態の転換。翌年のセルフうどん…","x":"1999 トリドールホールディングス 「とりどーる」へ転換 洋風居酒屋から和風焼き鳥ファミリーダイニングへの業態転換 1999年3月に洋風居酒屋をとりどーるへ転換。粟田貴也が和風焼き鳥のファミリーダイニングへ主力を移行し、日の出食堂も名称を統一 深夜客中心で単価の低い居酒屋の限界を、家族連れが昼も使える和風焼き鳥ファミリーダイニングへ業態を組み替えることで越えようとした主力業態の転換。翌年のセルフうどん丸亀製麺の発見につながる助走になった 業態を替えるということ 焼き鳥居酒屋から洋風居酒屋、そして和風焼き鳥のファミリーダイニングへという一連の掛け替えは、業態を定めきれない迷走とだけ読むと芯を外す。深夜に二軒目・三軒目の客を相手にする酒場では単価が伸びず、事業の基盤が細いという壁を、粟田氏は早くから抱えていた。とりどーるへの転換は、その壁を、家族連れが昼から使える業態へ客層を広げることで越えようとした試みだったと推察される。 祖業・主力事業の転換 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4188/decisions/profit-first-restructuring-1999/","t":"赤字事業の撲滅を通じた「脱・総合」への路線の切り替え","c":"三菱ケミカルグループ","y":1999,"col":"#FF000E","s":"アジア通貨危機と化学不況で総合路線の限界が露呈するなか、赤字事業の撲滅と四日市エチレン停止・汎用石化の他社統合で利益重視へ転じ、脱「総合」へ向かった構造改革","x":"1999 三菱ケミカルグループ 四日市エチレン停止 赤字事業の撲滅を通じた「脱・総合」への路線の切り替え 1999年2月に四日市エチレン停止。三菱化学が1997年末の戦略会議で利益最重視へ改め、赤字事業の撲滅と汎用石化の他社統合へ動く アジア通貨危機と化学不況で総合路線の限界が露呈するなか、赤字事業の撲滅と四日市エチレン停止・汎用石化の他社統合で利益重視へ転じ、脱「総合」へ向かった構造改革 「総合」を降りるという判断 この一連の決断の芯にあったのは、総合化学最大手という自負と、そこに合う事業の広がりを保ちたいという引力であった。合併で世界有数の規模を得た三菱化学は、あらゆる石化製品を並べる\"百貨店\"であることを強みと考え、不採算でも品揃えを崩さない道を長く選んできた。利益重視への転換と赤字事業の撲滅は、その自負をいったん脇に置き、稼げる事業と稼げない事業を選り分ける作業であったと推察される。四日市のエチレンを止め、自前主義を降りるまでに合併から七年を要した事実に、看板の重さがにじんでいる。 リストラ・構造改革 祖業・主力事業の転換 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4452/decisions/eva-management-1999/","t":"20年かけて取り換えた事業評価の物差しと資本効率の重視","c":"花王","y":1999,"col":"#05AC8F","s":"売上規模を追う発想では事業別の資本効率が見えないなか、資本コストを差し引いて事業を測るEVAを日本で初めて導入し、20年余りを経て回収の長い投資に合わせてROI…","x":"1999 花王 eva・roic経営への転換 20年かけて取り換えた事業評価の物差しと資本効率の重視 1999年4月に日本初のeva経営を導入。後藤卓也社長のもとで資本コストを差し引いた利益を判断基準に統一し、のちにroicへ組み替え 売上規模を追う発想では事業別の資本効率が見えないなか、資本コストを差し引いて事業を測るevaを日本で初めて導入し、20年余りを経て回収の長い投資に合わせてroicへ物差しを組み替えた指標経営の再設計 優れた指標ほど、見直しを遅らせる この判断の中心にあるのは、事業を何で測るかという物差しそのものを、企業が自らの手で取り換えた点にある。1999年に日本の事業会社として先んじて導入したevaは、22期連続増益という成果に裏打ちされ、資本コストを問う規律として組織の深くに根づいた。だが、その合理性と成功体験がかえって、前提を問い直す動きを遅らせる面もあったと思われる。優れた指標ほど組織に馴染み、疑う理由を見えにくくする——花王のevaからroicへの歩みは、その逆説を映しているように思われる。 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/4689/decisions/yahoo-shopping-auction-1999/","t":"ショッピング事業との同時展開と、分かれたEC二本柱の明暗","c":"LINEヤフー","y":1999,"col":"#FF0033","s":"同じ集客基盤を土台に、総合モール型のショッピングとCtoC型のオークションを同時に立ち上げ、二事業を性格の異なる事業構造へ接続した多角化の判断","x":"1999 lineヤフー yahoo!オークション参入 ショッピング事業との同時展開と、分かれたec二本柱の明暗 1999年9月にyahoo!ショッピングとyahoo!オークションを同時に開始。オークションは2001年5月に本人確認と補償制度を骨子とする有料化、2002年4月に出品システム利用料の課金へ進んだ 同じ集客基盤を土台に、総合モール型のショッピングとctoc型のオークションを同時に立ち上げ、二事業を性格の異なる事業構造へ接続した多角化の判断 同じ集客を、どちらの課金へつないだか 同じ月に二つ立ち上げたことより、そのあとの課金の付け方が二事業を分けたのだと推察される。オークションは開始から2年半、出品システム利用料をかけずに置かれ、2001年5月の有料化も本人確認と補償制度という安全の対価として入った。利用者の厚みを先に作ってから課金へ移す順序を踏んだからこそ、2006年5月に落札システム利用料を3%から5%へ引き上げてもシステム利用料収入は大幅に増え、値上げが通る場が出来上がっていた。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4716/decisions/nihon-oracle-listing-1999/","t":"米本社の傘下にとどまったままの単独株式公開という異例の選択","c":"日本オラクル","y":1999,"col":"#C74634","s":"米本社の資金調達ニーズを受け、日本法人トップが自ら上場を提案し、情報公開による現地での信認獲得を狙った経営判断","x":"1999 日本オラクル 完全子会社のまま日本上場 米本社の傘下にとどまったままの単独株式公開という異例の選択 1999年2月に完全子会社のまま日本上場。日本証券業協会へ店頭登録し、米オラクル傘下のままjasdaq市場へ株式を公開した 米本社の資金調達ニーズを受け、日本法人トップが自ら上場を提案し、情報公開による現地での信認獲得を狙った経営判断 外資系子会社の異例モデルという評価 この決断の核心は、日本法人の経営者が本社の資本方針を書き換えたという点にある。100%子会社のまま現地で単独上場するというモデルは、当時の外資系企業では稀であった。本社が求めたのは単なる資金調達であったが、佐野力氏はそれを日本市場での信認獲得という別の目的に結びつけ、本社を説得し切ったことで実現に至った。トップ個人の押しの強さが、資本構成という会社の骨格を動かした事例といえる。 上場・ipo・市場変更 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4732/decisions/regional-auction-rollup-1999/","t":"地方の会場を次々に取り込み、自社方式へ転換した全国網の組み立て","c":"ユー・エス・エス","y":1999,"col":"#014099","s":"会場1つの新設に土地を含めて55億〜60億円を要する中古車オートオークションで、既にその地域で会員と出品車を抱える運営会社を買収してUSS方式へ転換する手段を選…","x":"1999 ユー・エス・エス サールオートオークション買収 地方の会場を次々に取り込み、自社方式へ転換した全国網の組み立て 1999年9月に名証2部へ株式上場。翌年のサールオートオークション東北を皮切りに中古車会場網を買収で拡大していった 会場1つの新設に土地を含めて55億〜60億円を要する中古車オートオークションで、既にその地域で会員と出品車を抱える運営会社を買収してuss方式へ転換する手段を選び、会場網と市場シェアを拡大した拡大型m&a 買収か、新設か この連続買収を、規模を買ってシェアを積み上げた話とだけ読むと、判断の芯を外す。ユー・エス・エスにとって会場の新設は、3,000台規模なら土地を含めて55億〜60億円を要する重い投資で、1999年3月期の連結当期純利益27億円の2倍を超えていた。既にその地域で営む会社を買えば、用地も建物も、そこへ通う販売業者の足も一度に手に入る。服部太社長が選んだのは、土地と時間をまとめて買う手段としての買収であった。 連続買収・ロールアップ pmi・買収後統合 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/5020/decisions/nippon-mitsubishi-oil-1999/","t":"合併による「日石三菱」の発足と、二つの系譜の一体化","c":"ENEOS HD","y":1999,"col":"#EB6005","s":"1999年4月、石油元売り大手の日本石油が三菱石油を吸収合併し、日石三菱が発足した案件。石油製品全体で約25%のシェアを占める国内最大の元売りが生まれた。","x":"1999 eneos hd 三菱石油と合併 合併による「日石三菱」の発足と、二つの系譜の一体化 1999年4月に三菱石油と合併。日本石油が吸収合併して日石三菱が発足し、石油製品で約25%を占める国内最大の元売りが生まれた 1999年4月、石油元売り大手の日本石油が三菱石油を吸収合併し、日石三菱が発足した案件。石油製品全体で約25%のシェアを占める国内最大の元売りが生まれた。 規制緩和が促した再編の論理 日石三菱の合併は、規制緩和が産業の構造そのものを動かした事例として読むことができる。特石法廃止による輸入自由化は、保護されてきた元売り各社を直接の価格競争にさらし、自前の効率化だけでは追いつかない圧力を生んだ。単独で生き残れるとみられた民族系最大手ですら合併へ舵を切った事実は、競争環境の変化が個別企業の合理化努力を超えて再編を要請する局面があることを示しているだろう。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/5405/decisions/wakayama-restructuring-1999/","t":"熱間圧延ラインの休止を含む、主力製鉄所の身の丈に合わせた立て直し","c":"住友金属工業","y":1999,"col":"#00873C","s":"二製鉄所体制で割を食い続けた和歌山を、下工程の休止と上工程の外資共同運営に分けて残した構造改革","x":"1999 住友金属工業 和歌山製鉄所を再建 熱間圧延ラインの休止を含む、主力製鉄所の身の丈に合わせた立て直し 1999年に和歌山製鉄所の再建に着手。部長級8人の特命チームが2年で200億円を削り、熱間圧延ラインの休止を発案した 二製鉄所体制で割を食い続けた和歌山を、下工程の休止と上工程の外資共同運営に分けて残した構造改革 閉じるより難しい、削って残す 不採算拠点への対処は、たいてい閉鎖か維持の二択で語られる。和歌山で選ばれたのはどちらでもない。下工程の主力設備を止めて薄板から撤退し、上工程は外資と組んで輸出向けの半製品工場として生かす。製鉄所を機能で分解し、採算の合う部分だけを別の枠組みへ移すやり方であった。高炉を外資と共同で回す製鉄所は国内に例がなく、参照できる前例のない解を選んだことになる。難しさは技術ではなく、同じ製鉄所の中で残す設備と止める設備を選り分ける点にあった。 リストラ・構造改革 選択と集中 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/5714/decisions/structural-reform-1999/","t":"1999年の緊急対策に始まる事業構造改革と、ROAを物差しにした資産・人員の圧縮","c":"DOWA","y":1999,"col":"#008D9F","s":"銅地金相場の急落で製錬事業が経常赤字に陥ったことを機に、バブル期に膨らんだ資産と人員をROAという物差しで圧縮した構造改革","x":"1999 dowa 製錬赤字を受けた緊急対策 1999年の緊急対策に始まる事業構造改革と、roaを物差しにした資産・人員の圧縮 1999年11月に資産・人員を圧縮。同和鉱業が従業員の1割超の希望退職を募集し、roaを2%から5%へ高める中期計画に入った 銅地金相場の急落で製錬事業が経常赤字に陥ったことを機に、バブル期に膨らんだ資産と人員をroaという物差しで圧縮した構造改革 悪い数字が出るのを待った改革 吉川広和氏は、長年にわたり蓄積された矛盾を一気に解消する改革は、業績の良い時期には実行できないと語り、この改革の性格を\"しめた\"という一語に込めた。裏を返せば、1998年3月期まで4期続いた増収増益の期間中、資産も人員も見直されないまま残っていたことになる。銅地金相場の急落と製錬事業の経常赤字という悪化した数字が表面化して初めて、1割以上の希望退職と総資産763億円の圧縮に着手できたのだろう。 リストラ・構造改革 経営再建・ターンアラウンド 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/5857/decisions/otc-listing-1999/","t":"貴金属リサイクル専業の姿のままでの、外部資本への門戸開放","c":"AREホールディングス","y":1999,"col":"#0090FF","s":"成長投資の原資を確保するため、貴金属リサイクル専業のアサヒプリテックが約4年の準備を経て株式を店頭公開し、上場企業として資本市場との接続を得た資本政策上の判断","x":"1999 areホールディングス 株式店頭公開 貴金属リサイクル専業の姿のままでの、外部資本への門戸開放 1999年10月に株式店頭公開。アサヒプリテックが日本証券業協会へ登録し、貴金属リサイクルと産廃処理の2本柱で市場に出た 成長投資の原資を確保するため、貴金属リサイクル専業のアサヒプリテックが約4年の準備を経て株式を店頭公開し、上場企業として資本市場との接続を得た資本政策上の判断 上場を事業モデルの開示とみる 貴金属を相場で売買する会社にとって、業績の振れ幅は投資家に警戒される要素であった。それでも同社が約4年をかけて株式公開に踏み切った背景には、電子材料分野の伸びを取り込むための継続的な設備投資と、その原資を安定的に確保したいという事情があったのだろう。歯科スクラップの再生で5割のシェアを占める回収技術と、相場変動の影響を受けにくい収益構造を外部へ示す機会でもあり、上場を資金調達の場であると同時に、事業モデルを開示する場ととらえていたことがうかがえる。 上場・ipo・市場変更 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/6141/decisions/mori-masahiko-early-succession-1999/","t":"予定を3年前倒しにした社長交代","c":"DMG森精機","y":1999,"col":"#F50506","s":"「一族経営の最後」とされた創業家で、海外開拓の実績を積んだ森雅彦氏への社長交代が3年前倒しで実施された世代交代","x":"1999 dmg森精機 森幸男氏の社長退任と森雅彦氏への継承 予定を3年前倒しにした社長交代 1999年6月に森雅彦氏が早期就任。森精機製作所の森幸男社長が2002年予定の交代を3年前倒しし、37歳の長男が最年少記録に並んだ 「一族経営の最後」とされた創業家で、海外開拓の実績を積んだ森雅彦氏への社長交代が3年前倒しで実施された世代交代 血統でなく力量が早めた承継 この経営判断の核心は、\"一族経営の最後\"とされた家で、承継が血統の順番ではなく実績によって早められた点にある。雅彦氏は跡取りとして用意されていたわけではなく、伊藤忠商事で商売を学び、入社後は海外開拓と現金決済化という具体的な成果で実質的なトップの座を実力で得た。幸男社長が当初予定を3年繰り上げたのは、その力量への評価であったと思われる。同族企業の承継が、家の論理でなく経営者としての実績で前倒しされた事例といえる。 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/6301/decisions/diversification-failure-1999/","t":"建設機械以外へ展開した多角化の拡大と、初の連結赤字への転落","c":"コマツ","y":1999,"col":"#150A9A","s":"建設機械のシクリカルな業績変動を嫌い、成長市場のエレクトロニクス（シリコンウエハー）など非建機分野へ多角化投資を集中したが、専業への後発参入と半導体不況が重なり…","x":"1999 コマツ コマツ電子金属へ巨額投資 建設機械以外へ展開した多角化の拡大と、初の連結赤字への転落 1993年4月に電子金属事業に巨額投資。片田哲也社長が脱建機を掲げ、コマツ電子金属への投資が半導体不況と重なり1999年3月期に連結赤字 建設機械のシクリカルな業績変動を嫌い、成長市場のエレクトロニクス(シリコンウエハー)など非建機分野へ多角化投資を集中したが、専業への後発参入と半導体不況が重なり初の連結赤字を招いた判断 成長を追うより、強みをどの事業で活かすか この判断の中心にあったのは、景気に激しく揺れる建設機械という事業から逃れようとした動機であった。シクリカルな変動を嫌い、成長市場のエレクトロニクスに新たな収益源を求めた発想は、それ自体としては筋が通っていた。難しさは、逃げ込んだ先が、信越半導体のような専業がシェアと技術で先行するシリコンウエハーだった点にある。専業が磨いてきた素材技術に建機メーカーが後発から追いつくには、市況の追い風が続くことが欠かせなかった。追い風が止まったとき、規模を追った投資は重荷へと転じたとみられる。 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/6701/decisions/sekimoto-era-end-1999/","t":"過去最大の連結赤字の公表と、金子尚志社長の退任","c":"NEC","y":1999,"col":"#003f87","s":"過去最大の連結赤字を前に、1万5,000人削減と社内カンパニー制で多角化の重みを整理し、トップ交代で経営体制を刷新した構造改革","x":"1999 nec 1万5,000人削減と社長交代 過去最大の連結赤字の公表と、金子尚志社長の退任 1999年2月にnecが1万5000人の削減と社長交代を公表した。1999年3月期の連結最終損益は過去最大の1500億円の赤字見通しだった 過去最大の連結赤字を前に、1万5,000人削減と社内カンパニー制で多角化の重みを整理し、トップ交代で経営体制を刷新した構造改革 カリスマ体制の長期化と、転換の遅れ この判断の中心にあるのは、過去最大の赤字と1万5,000人削減という財務の応急処置よりも、1978年のc&c提唱から約20年続いたカリスマ的な経営体制を、金子尚志社長の突然の退任という異例のかたちで手じまいした点にある。半導体・コンピュータ・通信を一枚看板のもとに統合したc&cは、necを理工系人気1位の企業へ押し上げた原動力であった。その求心力が多角化をまとめていた反面、体制の長期化は、世界市場の再編に合わせて事業を選び直す判断を遅らせた面もうかがえる。 リストラ・構造改革 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/6841/decisions/hp-jv-dissolution-1999/","t":"36年続いた合弁の清算と、持分売却による単独経営への移行","c":"横河電機","y":1999,"col":"#946C00","s":"HPの会社分割で合弁の前提が崩れる時機をとらえ、純投資先と化していた日本HP持分を高値で売却し、制御システムへの集中に向けた投資財源を確保した判断","x":"1999 横河電機 米hpとの合弁解消 36年続いた合弁の清算と、持分売却による単独経営への移行 1999年7月に米hpとの36年の合弁を解消。日本ヒューレット・パッカード株の保有分25%すべてを約600億円で売却する hpの会社分割で合弁の前提が崩れる時機をとらえ、純投資先と化していた日本hp持分を高値で売却し、制御システムへの集中に向けた投資財源を確保した判断 成功例を手放す冷静さ この判断の核心は、日米合弁の成功例という看板よりも、収益力・競合性・投資財源という実利をとった冷静さにある。年16億円を生む簿価14億円の超優良物件を、将来の配当が伸びにくいと見切って600億円で手放す。相手の会社分割という外的な契機を、横河は自社の事業転換の資金づくりへと転換したと思われる。\"信義に応じた\"という穏当な言葉と、価格の緻密な計算とが同居する点に、この決断の性格がにじむ。 事業売却・撤退 選択と集中 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/6902/decisions/toyota-grip-and-independence-1999/","t":"親会社の支配力強化と、系列見直しのなかでの独自路線の模索","c":"デンソー","y":1999,"col":"#DC0032","s":"欧米で完成車メーカーが部品部門を分離し巨大サプライヤーが規模を競うなか、親会社トヨタの支配力強化と系列見直し圧力の間で、デンソーが系列を越えた拡販と部品ビッグ3…","x":"1999 デンソー トヨタ系列下で自立模索 親会社の支配力強化と、系列見直しのなかでの独自路線の模索 1999年7月に岡部弘社長が系列を越えた拡大へ。部品ビッグ3への復帰を掲げ、トヨタの支配力と自立の間で活路を探る 欧米で完成車メーカーが部品部門を分離し巨大サプライヤーが規模を競うなか、親会社トヨタの支配力強化と系列見直し圧力の間で、デンソーが系列を越えた拡販と部品ビッグ3復帰を掲げて自立を探った経営判断 自立と依存は、対立ではなく表裏 この判断の核心は、系列部品メーカーが親会社の支配と自立のあいだで、どちらか一方を選べない構造にある。デンソーはトヨタの電装部門として生まれ、株式の2割強をトヨタに握られ、売上の半分をトヨタグループに負う。その一方で、良い部品なら系列の外からでも買うという時代は、トヨタ依存にとどまる部品メーカーの先細りを意味した。岡部弘社長が系列を越えた拡販とビッグ3復帰を掲げたのは、親会社から離れるためではなく、親会社に選ばれ続けるだけの実力を世界市場で保つためだった。自立と依存は、対立ではなく表裏にある。 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7201/decisions/nissan-revival-plan-1999/","t":"国内5工場の閉鎖と系列の解体による1兆円のコスト削減と、3つの必達目標の公約","c":"日産自動車","y":1999,"col":"#BE022E","s":"ルノーから迎えた経営陣のもとで、社員によるクロスファンクショナルチームが案を出し、工場閉鎖・人員削減・系列解体・購買改革を一体で断行した再建計画","x":"1999 日産自動車 日産リバイバルプランの断行 国内5工場の閉鎖と系列の解体による1兆円のコスト削減と、3つの必達目標の公約 1999年10月に日産リバイバルプランを公表し、国内5工場の閉鎖と2万1000人の削減、購買コストの2割削減を掲げた。2002年度を期限とした営業利益率と有利子負債の目標を1年前倒しで達成した。 ルノーから迎えた経営陣のもとで、社員によるクロスファンクショナルチームが案を出し、工場閉鎖・人員削減・系列解体・購買改革を一体で断行した再建計画 案ではなく、決め切る仕組みが足りなかった この決断の核心は、財務の再建そのものよりも、自前では手をつけられなかった\"聖域\"を外部の規律で断ち切った点にある。ただし、計画の中身を起こしたのはルノーから来た管理職ではなく、cftに集まった日米欧200名の社員で、検証した2,000件のアイデアの多くは社内にもともとあったものだろう。座間工場を閉じてなお赤字を止められなかった辻義文体制に欠けていたのは案ではなく、機能と地域を横断して決め切る仕組みと、それを押し通せる株主の後ろ盾だったとみられる。44.4%まで買い増せる権利を同時に渡したことが、工場・雇用・系列の結びつきを一気にほどく執行力を支えた。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革 選択と集中 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/7201/decisions/renault-alliance-1999/","t":"仏大手からの36.8％出資と経営陣の受け入れ、世界規模での事業の相互乗り入れ","c":"日産自動車","y":1999,"col":"#BE022E","s":"自力再建が届かないなか、ルノーの出資と経営陣を受け入れ、資本・経営・事業の3面で結びついた世界規模の提携","x":"1999 日産自動車 ルノーとの資本提携 仏大手からの36.8%出資と経営陣の受け入れ、世界規模での事業の相互乗り入れ 1999年3月27日にルノーとアライアンス及び資本参加契約を締結し、5,857億円の出資で株式の36.8%を渡した。最高執行責任者にカルロス・ゴーン氏を迎え、2002年には相互出資へ進んだ。 自力再建が届かないなか、ルノーの出資と経営陣を受け入れ、資本・経営・事業の3面で結びついた世界規模の提携 資本より重かった経営の受け入れ この提携の核心は、5,857億円という出資額よりも、経営の執行を外から受け入れた点にある。ルノーが得たのは株式の36.8%と44.4%までの買い増し権に加え、最高執行責任者と商品・企画、財務の要職だった。一方でgacとcctの仕組みは、両社が独立した会社として決定を実行する建て付けで、合併ではなく互いの強みを持ち寄る形を選んでいる。自力の再建計画で負債の圧縮が届かなかった日産にとって、資金と規律と執行者を一度に得る道はこれしかなかったのだろう。 外資傘下入り・対内m&a 救済型m&a・支援受け入れ 外部人材・プロ経営者 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/7270/decisions/gm-alliance-1999/","t":"20％の出資受け入れと、主体性を保ったままのグループ入り","c":"SUBARU","y":1999,"col":"#0156A1","s":"世界的な業界再編のなか、経営難ではない中堅が単独での生き残りを避け、出資20％・主体性維持という座組でGMグループに入った資本提携","x":"1999 subaru gmとの資本提携 20%の出資受け入れと、主体性を保ったままのグループ入り 1999年12月にgmと資本提携。田中毅社長が主導し、20%の出資を受けて水平対向エンジンと四輪駆動での相乗効果を狙った 世界的な業界再編のなか、経営難ではない中堅が単独での生き残りを避け、出資20%・主体性維持という座組でgmグループに入った資本提携 差し出す技術と、残そうとした独立 この判断の核心は、経営難ではなく好調なうちに、世界的な業界再編に対して\"20%・主体性維持\"という中間の設計を選んだ点にある。全面的な買収でも救済でもなく、水平対向エンジンと四輪駆動という技術を差し出す代わりに、独自のブランドと経営の主体性を残そうとした。20%という比率は、グループの一員だと旗幟を鮮明にしながら支配は避けるという、綱渡りの数字だった。差し出す技術が相手に足りない領域であるほど独立を保てるという読みは、中堅が巨大メーカーと組むときの一つの解答である。 外資傘下入り・対内m&a 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8004/decisions/tegata-loss-1999/","t":"最大100億円の穴埋めを機に踏み切った、採算による選別とカンパニー制の導入","c":"ニチメン","y":1999,"col":"#333333","s":"融通手形取引で最大100億円の損失を負ったことを受け、与信の効かない商いを事業仕分けで整理し、営業部門をカンパニー制へ組み替えた危機対応","x":"1999 ニチメン 融通手形損失と事業仕分けそうや 最大100億円の穴埋めを機に踏み切った、採算による選別とカンパニー制の導入 1999年6月に融通手形で損失が発覚。ニチメンが最大100億円を負い、渡利陽社長が事業の集約と組織の組み替えへ動いた 融通手形取引で最大100億円の損失を負ったことを受け、与信の効かない商いを事業仕分けで整理し、営業部門をカンパニー制へ組み替えた危機対応 減らすことで管理する 100本近い手形が半年のあいだ止まらなかった会社が最初に選んだのは、点検の手続きを重ねることではなく、扱う商いを減らすことであった。繊維本体を高機能繊維の輸出に絞って人員を50%削り、育てる・移す・やめるの三つに事業を仕分ける——渡利陽社長の\"そうや\"は、与信管理の失敗への答えとしては遠回りに見える。ただ、どこまで信用を出せるかを判断できるのは、その商いの中身を分かっている人間だけである。分からない商いを抱えたままでは、権限の線を引き直しても同じことが起きたと推察される。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/8020/decisions/structural-reform-1999/","t":"1,500億円の債権放棄を伴う「構造改革計画」","c":"兼松","y":1999,"col":"#E60012","s":"バブル崩壊後の含み損累積と資金繰り悪化を受け、主取引銀行団の主導により債権放棄と引き換えに大規模リストラ・業態転換を受け入れた","x":"1999 兼松 総合商社からの撤退 1,500億円の債権放棄を伴う「構造改革計画」 1999年5月に構造改革計画を発表。兼松が銀行団から約1500億円の債権放棄と337億円の減資を受け、総合商社の看板を下ろした バブル崩壊後の含み損累積と資金繰り悪化を受け、主取引銀行団の主導により債権放棄と引き換えに大規模リストラ・業態転換を受け入れた 生き延びるための選択、失われた自律性 この判断の核心は、更生法申請という法的整理と、銀行への全面依存という二つの道のうちどちらを選ぶかにあったのではなく、むしろ会社の存続そのものを銀行の手に委ねる決断をどこまで受け入れられるかにあったと推察される。取引先6万社の2割が連鎖倒産しかねないという試算は、兼松単体の延命というより日本経済の連鎖的な打撃を避けるための救済という色彩を帯びていた。倉地正社長が課単位まで経営の単位を細分化し、総合商社の看板を自ら下ろす選択をしたことは、規模を追う経営からの決別を意味していた。 リストラ・構造改革 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8063/decisions/debt-reduction-1999/","t":"6000億円の有利子負債1兆円の圧縮","c":"日商岩井","y":1999,"col":"#333333","s":"資本市場から締め出された総合商社が、銀行団の協調融資枠と引き換えに資産・人員・賃金を削り、事業の分社で有利子負債を本体の外へ出した財務再建","x":"1999 日商岩井 三和銀行8行の融資枠受入 6000億円の有利子負債1兆円の圧縮 1999年4月に有利子負債の圧縮へ着手した。日商岩井は三和銀行など8行から6000億円の融資枠を得て、1兆6000億円の資産圧縮を約した 資本市場から締め出された総合商社が、銀行団の協調融資枠と引き換えに資産・人員・賃金を削り、事業の分社で有利子負債を本体の外へ出した財務再建 返した金額と、残された問い 1兆円を返し終えたところで、ネットderは18.6倍から20.8倍へ悪化していた。返済が足りなかったのではなく、返す原資を作るたびに株主資本のほうも削られる構造にあった。安武史郎氏がこの3年で残したものを一つ選ぶなら、負債の額よりも、役員任期を1年に縮め、社外の3氏に社長の進退を勧告させる仕組みのほうであろう。派閥抗争が繰り返され、賃金を2割削ってなお動かねばならない会社で、まず手を入れたのが意思決定の側だった点に、この再建の性格がうかがえる。 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/8227/decisions/lowcost-model-1999/","t":"自前主義のローコスト経営——電算と物流を内製して築いた「しまむらモデル」","c":"しまむら","y":1999,"col":"#BC0128","s":"電算と物流を外注せず自社開発で内製し、単品管理・自社物流・M社員・セントラルバイイングを積み上げて、小商圏薄利多売を成立させる「自前主義」のローコスト経営を体系…","x":"1999 しまむら 電算と物流の自社開発 自前主義のローコスト経営——電算と物流を内製して築いた「しまむらモデル」 1975年から電算と物流を自社で開発。藤原秀次郎社長が外注に頼らない自前主義として体系化し、郊外小商圏の薄利多売を支える 電算と物流を外注せず自社開発で内製し、単品管理・自社物流・m社員・セントラルバイイングを積み上げて、小商圏薄利多売を成立させる「自前主義」のローコスト経営を体系化した業態設計の判断 規模ではなく、コスト構造を先に設計する この判断の核心は、外注すれば身軽でいられた電算と物流を、あえて内製化し、コスト構造そのものを設計した点にある。駅前を避けた小商圏で上限価格を守りながら薄利多売を成り立たせる不利な土俵で、しまむらは運営コストの圧縮を競争優位に変えた。全店オンラインの単品管理、夜間の定時配送と仕入伝票の廃止、定時社員による店舗運営、本部一括のセントラルバイイング——一つひとつは地味な合理化だが、集約して自前で持つと、外から模倣しにくい堀になった。 低価格・コストリーダーシップ 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/8601/decisions/holding-company-1999/","t":"証券業界初の純粋持株会社化","c":"大和証券グループ本社","y":1999,"col":"#d32e0b","s":"証券不況とビッグバンで単独路線の収益が細るなか、大和証券が住友銀行の資本を受け入れ、業界初の純粋持株会社の下でリテールとホールセールを業態別に分社化し、野村證券…","x":"1999 大和証券グループ本社 住友銀行との提携と持株会社化 証券業界初の純粋持株会社化 1998年に住友銀行との資本提携を決める。大和証券は1999年4月に上場会社として初の純粋持株会社、大和証券グループ本社へ移った 証券不況とビッグバンで単独路線の収益が細るなか、大和証券が住友銀行の資本を受け入れ、業界初の純粋持株会社の下でリテールとホールセールを業態別に分社化し、野村証券に規模で対抗しようとした組織再編 銀行と証券のあいだで、持株会社だけが残った この決断で効いたのは、提携そのものよりも、それを収めた組織の選び方であった。大和は住友銀行の資本を受け入れるために、業界で誰も試していなかった上場会社の純粋持株会社という形を選び、リテールとホールセールを業態ごとに切り分けた。野村証券より先にこの形を用意したことで、大和は市況の反転を素早く利益へ変え、その後の合弁の拡大も解消も、本体を揺らさずに子会社の組み替えとして進められた。銀行と組むという中身以上に、どんな体制に組み替えるかという判断が、2000年代の大和の身のこなしを軽くしたといえる。 持株会社化・グループ再編 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8628/decisions/box-rate-1999/","t":"定額制手数料への転換と、当初案7割引から9割引への引き下げ","c":"松井証券","y":1999,"col":"#009682","s":"株式委託手数料の完全自由化という制度変更に対し、自由化前の10分の1の水準となる定額制を先行して敷き、価格で決着を早める判断","x":"1999 松井証券 「ボックスレート」導入 定額制手数料への転換と、当初案7割引から9割引への引き下げ 1999年10月に定額制のボックスレートを導入。松井証券が売買金額300万円まで3回3000円と定め、自由化前の固定手数料のほぼ10分の1に設定した 株式委託手数料の完全自由化という制度変更に対し、自由化前の10分の1の水準となる定額制を先行して敷き、価格で決着を早める判断 値下げの判断が測っていたもの 5月に公表した手数料表は、最大でも7割引だった。それを9割引へ書き換えさせたのは調査でも競合分析でもなく、『松井証券を過大評価しすぎていた。残念だ』(日経ビジネス 1999/9/13)という顧客1人の電子メールである。7割で足りない理由を、松井道夫氏は価格の高低ではなく決着までの時間で説明した。競争が長引く間にインターネット取引を掲げた同業が倒れれば、取引形態そのものへの信用が損なわれる。値下げの判断でありながら、松井氏が実際に測っていたのは時間であった。 プライシング・価格政策 低価格・コストリーダーシップ 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9048/decisions/meimon-restructuring-1999/","t":"多角化で拡大した路線と関連会社の切り離し、本業への経営資源の集中","c":"名古屋鉄道","y":1999,"col":"#004EA2","s":"バブル崩壊で採算が悪化した多角化事業とレジャー施設・不採算路線を、地元利害との板挟みのなかで見直し、分社化と中部圏への資源集中でグループを身の丈に組み替えた面的…","x":"1999 名古屋鉄道 中部圏集中と不採算事業整理 多角化で拡大した路線と関連会社の切り離し、本業への経営資源の集中 1999年6月に不採算事業の見直しへ入った。名古屋鉄道がバブル崩壊で採算の悪化したレジャー施設と不採算路線を分社し、中部圏へ経営資源を配分した バブル崩壊で採算が悪化した多角化事業とレジャー施設・不採算路線を、地元利害との板挟みのなかで見直し、分社化と中部圏への資源集中でグループを身の丈に組み替えた面的な構造改革 根を張るがゆえの遅れ 名鉄の再編を\"リストラの遅れ\"とだけ評するのは、この会社が置かれた条件を単純にしすぎる。名鉄は戦時中の国策で中小私鉄を次々と水平統合して路線網を拡大し、沿線の観光地から子会社まで、地域そのものに深く根を張って大きくなった会社であった。内海フォレストパークの閉鎖が地元の要請で撤回され、502キロメートルの半分が赤字でも廃止交渉が進まなかった事実は、採算だけでは事業を畳めないという逆説を映している。 リストラ・構造改革 選択と集中 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/9104/decisions/navix-merger-1999/","t":"対等合併による規模の拡大と、「商船三井」への商号変更","c":"商船三井","y":1999,"col":"#003B7A","s":"定期船部門の赤字を不定期船部門で埋める収益構造のもと、日本郵船・昭和海運の合併で邦船の並びが動いた。船腹を自ら増やせば運賃市況を壊すため、不定期専用船・エネルギ…","x":"1999 商船三井 ナビックスラインと合併 対等合併による規模の拡大と、「商船三井」への商号変更 1998年11月に海運同士の対等合併を発表した。生田正治社長がナビックスラインの堀憲明社長へ持ちかけ、1999年4月に商船三井が生まれた 定期船部門の赤字を不定期船部門で埋める収益構造のもと、日本郵船・昭和海運の合併で邦船の並びが動いた。船腹を自ら増やせば運賃市況を壊すため、不定期専用船・エネルギー輸送に特化したナビックスラインを会社ごと取り込み、事業構成を組み替えた 船を造らずに規模を得るということ ギアバルクへの40%出資、東京マリンの買収、英バーマ社からのlng船会社の取得、そしてナビックスラインとの合併。自分で船腹を増やせば自分で運賃を壊す海運業では、他人の船隊を引き受けるほうが総量を増やさずに済む。郵船・昭和の発表より半年早く堀憲明社長へ話を持ちかけていた事実も、この説明を裏づけているのだろう。 合併・経営統合 選択と集中 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/9202/decisions/ana-join-star-alliance-1999/","t":"世界最大の航空連合への参加と「選択と集中」による経営再建","c":"ANAホールディングス","y":1999,"col":"#0B308E","s":"航空自由化で世界の大手が4つの巨大連合へ集約するなか、後発の全日空が単独の国際線拡大に代えて世界最大の連合への加盟を選び、あわせて不採算事業を整理して航空へ集約…","x":"1999 anaホールディングス スターアライアンスへ加盟 世界最大の航空連合への参加と「選択と集中」による経営再建 1999年10月にスターアライアンスへ加盟。野村吉三郎社長の中期経営計画の柱で、ルフトハンザやユナイテッドとの共同運航で国際線を拡大した 航空自由化で世界の大手が4つの巨大連合へ集約するなか、後発の全日空が単独の国際線拡大に代えて世界最大の連合への加盟を選び、あわせて不採算事業を整理して航空へ集約した戦略転換 世界連合に賭けた後発の再建 全日空のスターアライアンス加盟は、単独では国際線を伸ばしにくい後発が、世界連合の路線網を借りて活路を探る選択であった。国内5割超の収益に頼る構造のまま自由化の波に洗われれば、欧米の巨大キャリアとの体力差はそのまま現れる。野村吉三郎社長が加盟と\"選択と集中\"を一体で示したのは、連合の恩恵を受ける前にまず自社を身軽にしておく必要があったためと思われる。加盟効果を年90億円と細かく積み上げる一方で、提携の7割が解消されてきた事実にも触れ、飲み込まれない体制づくりを課題に挙げた慎重さがうかがえる。 グローバル経営体制 選択と集中 経営再建・ターンアラウンド 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/9432/decisions/ntt-communications-intl-1999/","t":"再編で生まれた新会社を足がかりとする国際通信への進出","c":"NTT","y":1999,"col":"#0072BC","s":"分離・分割論議の決着と1997年のNTT法改正を受け、長距離・国際を完全民営のNTTコミュニケーションズに担わせて国際通信へ進出し、IDC買収を見送って自前の国…","x":"1999 ntt nttコミュニケーションズ設立 再編で生まれた新会社を足がかりとする国際通信への進出 1999年7月にnttコミュニケーションズを設立。持株会社体制へ移ったnttが長距離と国際通信を担う完全民営会社を設立し、海外へ本格進出した 分離・分割論議の決着と1997年のntt法改正を受け、長距離・国際を完全民営のnttコミュニケーションズに担わせて国際通信へ進出し、idc買収を見送って自前の国際基盤で臨んだ判断 自前で築くという選好と、残された緊張 nttコミュニケーションズの発足は、国内の電話会社であったnttが、長距離・国際とデータ通信という新しい領域に参入する出発点であった。idcという既存の国際事業者を取り込むのではなく、自前の光ファイバー網とデータ基盤で進む道を選んだ点に、この判断の性格が表れている。 海外進出・現地生産 分社・スピンオフ・子会社上場 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/9432/decisions/ntt-holdingization-1999/","t":"民営化後も一体だった地域通信と長距離通信の分離","c":"NTT","y":1999,"col":"#0072BC","s":"民営化後14年続いた分離・分割論議と1997年の独占禁止法改正による純粋持株会社の解禁を受け、一体経営を保ちつつ公正競争条件を整える持株会社体制へ移行した組織再…","x":"1999 ntt ntt東日本・西日本へ分社 民営化後も一体だった地域通信と長距離通信の分離 1999年7月に純粋持株会社体制へ再編。宮津純一郎社長のもとでntt東日本・ntt西日本とnttコミュニケーションズへ分社した 民営化後14年続いた分離・分割論議と1997年の独占禁止法改正による純粋持株会社の解禁を受け、一体経営を保ちつつ公正競争条件を整える持株会社体制へ移行した組織再編 分割して持株会社で統括する設計の行方 この再編が示したのは、巨大な通信事業体を分割の形式に収めつつ、経営の実態としては一体を手放さないという判断であった。制度が求める分社と、規模の利益を守りたい経営の論理を、持株会社で折り合わせた設計といえる。ただ、その両立は公正な競争条件の確保という課題を先送りする面もはらんでおり、東西会社と長距離会社を隔てる壁の実効性は、移行の直後から問われ続けた。統制と競争のどちらか一方に立場を定めきらないまま発足した点に、この設計の不安定さがうかがえる。 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/9449/decisions/jasdaq-listing-1999/","t":"独立系インターネット接続事業者として初の店頭公開","c":"GMOインターネットグループ","y":1999,"col":"#005BAC","s":"接続・ホスティングの課金収入で公開要件を満たし、株式公開によって資金・知名度・人材の獲得手段を同時に確保する判断","x":"1999 gmoインターネットグループ jasdaqへの店頭公開 独立系インターネット接続事業者として初の店頭公開 1999年8月にインターキューが株式を店頭公開。独立系のインターネット接続事業者では日本初で、公募価格は4,200円、証券コードは9449 接続・ホスティングの課金収入で公開要件を満たし、株式公開によって資金・知名度・人材の獲得手段を同時に確保する判断 4,200円と21,000円のあいだ 公募価格4,200円と初値21,000円の差は、1999年夏の市場がインターネットという言葉に付けた値段であった。ただ、その値段を受け取れたのは、ダイヤルq2の課金網を接続料の回収に転用し、加盟者にアクセスポイントを持たせて設備投資を外へ逃がし、月次で利益を出し続けた4年間があったからでもある。公開準備を担ったのは社長を含めて5名、うち4名は実務の未経験者であった。制度に通じた人材を揃えてから動くのではなく、走りながら書類を埋める進め方で店頭市場に届いた点に、この会社の速さがうかがえる。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9766/decisions/yugioh-ocg-launch-1999/","t":"紙のトレーディングカードによって拓いたIP収益の新機軸","c":"コナミグループ","y":1999,"col":"#BF0021","s":"高橋和希氏原作の漫画\"遊☆戯☆王\"の劇中カードゲームを、前年にバンダイが先行商品化していた紙のトレーディングカード市場で、コナミが公式ライセンス商品として199…","x":"1999 コナミグループ 遊戯王カードゲーム発売 紙のトレーディングカードによって拓いたip収益の新機軸 1999年2月に遊☆戯☆王のトレーディングカードを発売。前年にバンダイがカードダス形式で先行した市場へ公式ライセンス商品として参入 高橋和希氏原作の漫画\"遊☆戯☆王\"の劇中カードゲームを、前年にバンダイが先行商品化していた紙のトレーディングカード市場で、コナミが公式ライセンス商品として1999年2月に発売し、ゲームソフト以外のip収益源を確立した多角化判断 本業の外へipを運ぶという、コナミの身軽さ この決断の核心は、ゲームソフトという主戦場を離れ、紙のカードという全く異なる媒体でipを収益化した点にある。バンダイが先に商品化していた\"カードダス\"という市場に、原作の版元である集英社との関係を背景に公式カードゲームとして参入した判断は、ゲームメーカーとしての本業に固執しない身軽さを示している。アーケードから家庭用ゲームへ舞台を移した1985年の転換と同じく、コナミは特定の媒体にこだわらずipを運ぶ企業としての性格を、この参入でもう一段強めたと推察される。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/ido/decisions/cdmaone-1999/","t":"DDIセルラーグループとの「au」へのブランド統一と、通信方式の一本化","c":"日本移動通信","y":1999,"col":"#0B4C97","s":"ドコモと同じ方式では違いを説明できないという判断から、CDMA方式のcdmaOneへ全面転換し、資本の統合に先んじて共同ブランドを「au」へ統一した","x":"1999 日本移動通信 cdmaoneへの転換 ddiセルラーグループとの「au」へのブランド統一と、通信方式の一本化 1999年4月にcdmaoneのサービス開始。ddiセルラーグループと共同で全国展開し、合併より先にauへブランドを統一 ドコモと同じ方式では違いを説明できないという判断から、cdma方式のcdmaoneへ全面転換し、資本の統合に先んじて共同ブランドを「au」へ統一した 商品で勝つことと、会社が残ること cdmaoneで日本移動通信がまず据えたのは、資本の統合ではなかった。ddiセルラーグループと共同で、cdmaoneを全国一つのサービスとして売ることであった。客が買うのは商品であって資本関係ではない。その順序に立って、方式の性能とブランドの統一を先へ置いた。 技術・r&d起点の勝負 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/1419/decisions/lowcost-housing-spinoff-1998/","t":"創業——筑後興産ローコスト住宅部門の分離独立","c":"タマホーム","y":1998,"col":"#D8000F","s":"家業で6年育てたローコスト住宅事業を分離独立させ、坪単価24.8万円・パッケージ設計・展示場と広告・職人教育に注力して量産注文住宅の会社を設立した創業判断","x":"1998 タマホーム タマホーム創業 創業——筑後興産ローコスト住宅部門の分離独立 1998年6月にタマホーム創業。玉木康裕氏が家業の筑後興産で温めた低価格住宅事業を分離し、資本金1000万円で福岡県筑後市へ 家業で6年育てたローコスト住宅事業を分離独立させ、坪単価24.8万円・パッケージ設計・展示場と広告・職人教育に注力して量産注文住宅の会社を設立した創業判断 価格を先に決める会社を、家業の外へ切り出した意味 この創業判断の核心は、住宅の値付けの順序を逆さにした点にある。原価を積み上げて売価を決めるのではなく、顧客が払える坪単価24.8万円を先に固定し、その価格で建つ家を設計と調達で成立させる。家業の建設業のなかで6年かけて確かめたこの型を、玉木康裕氏はあえて別会社へ切り出し、低価格の量販だけを追う専業として立ち上げた。既存の建設業と混ぜたままでは、量産と標準化に振り切った運営は難しかったとみられる。渡米を通じて国内の住宅価格が不当に割高だと確信したことを、事業の設計思想にまで落とし込んだところに、この創業の性格がうかがえる。 分社・スピンオフ・子会社上場 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/2193/decisions/founding-1998/","t":"創業とレシピ投稿サービスの段階的な収益化","c":"クックパッド","y":1998,"col":"#F79432","s":"レシピを無料で獲得して規模をつくり、広告と有料会員で段階的に回収する料理特化の収益モデルを確立した創業期の設計","x":"1998 クックパッド kitchen@coin提供開始 創業とレシピ投稿サービスの段階的な収益化 1998年3月にレシピ投稿サイトの公開。佐野陽光氏の有限会社コインが利用者投稿型で始め、2002年3月に広告、2004年9月に月額294円の有料会員へ レシピを無料で獲得して規模をつくり、広告と有料会員で段階的に回収する料理特化の収益モデルを確立した創業期の設計 無料で獲得し、料理特化で回収する投稿型モデルの確立 クックパッドの創業期の核心は、レシピを無料で公開して投稿と検索の裾野を広げ、収益化を広告(2002年)と有料会員(2004年)へ段階的に重ねた点にある。事業として始めた当初に選んだ月500円の課金をわずか2カ月あまりで撤回し、まず価値と規模をつくってから回収するという順序へ切り替えたことが、その後の展開を方向づけた。2005年4月期には損失を抱えていた事業が、2008年4月期には6億円を超える売上と3億円規模の経常利益を生む基盤へ育ったのは、無料で広げた裾野が広告と有料会員という複数の収益源を同時に支えたからにほかならない。 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/2379/decisions/ibm-partnership-1998/","t":"端末は相手方、中身は自社という分担で始めた人材情報事業の立ち上げ","c":"ディップ","y":1998,"col":"#333333","s":"端末設置網を自前で築く資力がないなかで、競合しかけた相手と役割を分担し、コンテンツ側に自社の価値を置いた事業立ち上げ","x":"1998 ディップ ibmとの提携で人材事業開始 端末は相手方、中身は自社という分担で始めた人材情報事業の立ち上げ 1998年1月にibmとコンテンツ提携。設立2年目のディップがコンビニ店頭端末で競合せず、端末はibm・情報と加盟企業の開拓は自社と分担した 端末設置網を自前で築く資力がないなかで、競合しかけた相手と役割を分担し、コンテンツ側に自社の価値を置いた事業立ち上げ 競合を設備の提供者として読み替える この判断の中心にあるのは、競合と映った相手を、自社に欠けている設備の提供者として読み替えた点である。無料カタログ送付サービスという構想は、端末という物理的な設置網なしには成立しない事業であり、その設置網こそディップが持ち得ないものであった。同じ場所を狙う相手が先に設置を終えていたという事実は、普通には敗色として読まれる。冨田氏はそれを、自社が資金を投じずに接点を使える機会として受け取った。競争の土俵をハードからコンテンツへずらすことで、資本の差が勝敗を決めない領域へ事業を移しただろう。 販路・チャネル転換 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/2802/decisions/abf-electronic-materials-1998/","t":"食品会社が世界シェア95%超を占めるに至ったパッケージ材事業の育成","c":"味の素","y":1998,"col":"#ED1C24","s":"うま味調味料の製造で培ったアミノ酸・樹脂の技術を、パソコン用半導体パッケージ基板の層間絶縁材料へ転用し、食品事業から切り離した専門子会社で育てた技術発の多角化","x":"1998 味の素 半導体材abfの育成 食品会社が世界シェア95%超を占めるに至ったパッケージ材事業の育成 1998年9月に味の素ファインテクノ設立。半導体パッケージ基板の絶縁材abfを食品の判断サイクルから切り離し専門子会社へ うま味調味料の製造で培ったアミノ酸・樹脂の技術を、パソコン用半導体パッケージ基板の層間絶縁材料へ転用し、食品事業から切り離した専門子会社で育てた技術発の多角化 食品会社が確保した異質な収益源 abfの歩みを振り返ると、味の素が握ったのは半導体材料という本業から遠い収益源であった。うま味調味料の副産物から生まれた樹脂の技術が、パソコンや生成aiの半導体を支える材料へと姿を変え、世界のほとんどを一社が担う立場にまで届いた。食品の判断軸から切り離した専門子会社が、短期の採算では測りにくい技術に時間を与えたことは、この事業が育った条件の一つであったと思われる。市場の変化を先読みし、そこへ蓄積した技術をあてる構えが、長い年月をかけて実を結んだ形といえる。 飛び地・非関連多角化 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/2811/decisions/fresh-tomato-farming-1998/","t":"「農業への原点回帰」の旗の下での、自社菜園の全国展開","c":"カゴメ","y":1998,"col":"#D71920","s":"多角化と国際化の行き詰まりを受け、自らの強みが利く農産物へ立ち返り、加工用の契約栽培とは別に生食用トマトを自社の大型温室で直接生産する生鮮事業へ参入した判断","x":"1998 カゴメ 生鮮トマト事業への参入 「農業への原点回帰」の旗の下での、自社菜園の全国展開 1998年に生鮮トマト事業への参入。蟹江嘉信社長の農業への原点回帰を受け約4.8億円を投じ大型温室で生食用を直接栽培 多角化と国際化の行き詰まりを受け、自らの強みが利く農産物へ立ち返り、加工用の契約栽培とは別に生食用トマトを自社の大型温室で直接生産する生鮮事業へ参入した判断 加工から農業へ、遠回りの意味 この判断の核心には、加工食品の会社が自らの立ち位置をどこに置くかという問いがあったと推察される。カゴメは長く、農家に育てさせたトマトを工場で加工して売る会社であった。生鮮トマトの自社栽培は、その分業のうち最も他人任せにしてきた\"栽培\"そのものを引き受け直す試みであり、多角化や国際化で外へと広げてきた事業を、農産物という原点へ引き戻す動きでもあった。効率や規模ではなく、素材を作る力にこそ自社の強みがあるという確信が、遠回りに見える農業回帰を支えていたことがうかがえる。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/3092/decisions/founding-1998/","t":"輸入CD通販という家業から、受託販売のモール運営への転身","c":"ZOZO","y":1998,"col":"#333333","s":"カナダ留学帰りに収集した輸入CD・レコードを音楽誌広告で販売する家業を月商500万円規模に育てたうえで法人化し、EC化とファッションモール化を重ねて受託販売のE…","x":"1998 zozo ファッションecモール創業 輸入cd通販という家業から、受託販売のモール運営への転身 1998年5月に東京都江戸川区で有限会社スタート・トゥデイを設立。22歳の前沢友作氏が出資金300万円で興し、輸入cd・レコードの通信販売から始める カナダ留学帰りに収集した輸入cd・レコードを音楽誌広告で販売する家業を月商500万円規模に育てたうえで法人化し、ec化とファッションモール化を重ねて受託販売のecプラットフォームへ転じた創業 趣味の延長から始めた者が編集権を掌握するまで この創業が示すのは、周到な事業計画からではなく、好きな音楽を売る趣味の延長から起こされた事業が、業態を何度も組み替えながら育っていった経緯である。輸入cdの紙カタログ通販から、cd の ec 化、買取型のアパレルec、そして単一ドメインのファッションモールへと、前沢氏は扱う商材と事業モデルを段階的に置き換えていった。固定した青写真を追うのではなく、そのつどの市場の反応に合わせて形を変えていった柔らかさが、初期の成長を支えていたとみられる。 プラットフォーム・標準化 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/3110/decisions/cotton-spinning-exit-glassfiber-1998/","t":"祖業の綿紡績からの撤退と、ガラス繊維専業への転換","c":"日東紡績","y":1998,"col":"#005EAE","s":"アジア勢との競争で採算が崩れた祖業の綿・合繊紡績から撤退し、1938年以来のガラス繊維を主力へ据え直す、不良資産圧縮とコア集中による構造改革","x":"1998 日東紡績 泊工場の綿紡績終了 祖業の綿紡績からの撤退と、ガラス繊維専業への転換 1995年に泊工場の綿紡績終了。相良敦彦社長のもとで拠点を順次閉め、1998年に祖業を畳んでガラス繊維を主力に据える アジア勢との競争で採算が崩れた祖業の綿・合繊紡績から撤退し、1938年以来のガラス繊維を主力へ据え直す、不良資産圧縮とコア集中による構造改革 祖業を畳むという、けじめ この判断の核心は、赤字の祖業をどう縮小するかではなく、会社の主力そのものを別の事業へ入れ替えた点にある。汎用の綿紡績を捨て、技術で差のつくガラス繊維へ資源を集中する——相良敦彦社長は、拡大の夢を語る役回りをあえて避け、不良資産を圧縮して一点へ絞る改革に徹した。祖業を畳むには、綿紡績で生きてきた会社としての痛みがともなう。将来的に成り立たない事業にけじめをつけるという相良社長の言葉には、その痛みを引き受ける覚悟がうかがえる。 事業売却・撤退 選択と集中 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3606/decisions/mizuno-full-mandate-1998/","t":"外様の会長への全権委任と、役員全員による辞職届の提出","c":"レナウン","y":1998,"col":"#001E43","s":"8期連続の経常赤字と資金繰り不安のなかで、経営責任の整理と再建の実務を外様の会長へ一元化する","x":"1998 レナウン アパレル不況下の全権委任 外様の会長への全権委任と、役員全員による辞職届の提出 1998年2月に水野史郎へ全権を委ねる。レナウンは外様の水野を顧問に迎え4月に会長へ据え、豊田圭二社長以下の役員全員が辞職届を預けた 8期連続の経常赤字と資金繰り不安のなかで、経営責任の整理と再建の実務を外様の会長へ一元化する 外様だからこそ断てた情実 水野史郎会長の『私は破産管財人のつもりでこの会社に来た』という一言で役員全員が辞職届を出した事実は、当時の社内に決着をつける力が残っていなかったことを示している。1995年に松坂万丈社長が退任せず副社長へ降格したとき、責任の取り方をめぐって批判が出た。生え抜きの序列では進退を決められない状態が3年続き、外様の68歳に預けるところまで来た。水野史郎会長が本体に長くいなかったからこそ、役員の削減も社長の降格も情実なしに並べられたのだろう。 経営再建・ターンアラウンド 外的危機への対応 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4118/decisions/solar-cell-entry-1998/","t":"専業子会社の設立と、薄膜シリコンへの100億円超の投資","c":"カネカ","y":1998,"col":"#005BAC","s":"人員整理を選ばない前提で収益構造の脱・石油化学を進めるため、既存事業と系統の違う住宅用太陽電池へ100億円超を投じ、薄膜シリコンで量産技術を自前で立ち上げた","x":"1998 カネカ カネカソーラーテック設立 専業子会社の設立と、薄膜シリコンへの100億円超の投資 1998年10月に薄膜太陽電池へ参入。鐘淵化学工業がカネカソーラーテックを設立し、100億円超を投じて1999年10月に電力用の製造開始 人員整理を選ばない前提で収益構造の脱・石油化学を進めるため、既存事業と系統の違う住宅用太陽電池へ100億円超を投じ、薄膜シリコンで量産技術を自前で立ち上げた 順位ではなく、時間で引いた線 100億円以上という金額よりも、武田正利社長が同じ取材で並べた二つの数字に、この判断の性格が表れている。500億円前後のニッチで過半を取り、3位なら即撤退する。その基準を語りながら、過半のシェアを見込める根拠のない太陽電池へ100億円超を投じ、三年後の黒字化を掲げた。基準を曲げたのではない。順位で測れない領域には、時間で線を引いた。人員の整理を選ばないと決めた会社に、収益構造を変える道は多くなかった。 飛び地・非関連多角化 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/417A/decisions/format-transformation-1998/","t":"狭山店リニューアルと食生活提案型スーパーへの業態転換","c":"ブルーゾーンホールディングス","y":1998,"col":"#133B67","s":"価格訴求型ディスカウントの攻勢に対し、規模ではなく食生活提案と店舗単位の品ぞろえ編集で差別化する業態へ転換した判断","x":"1998 ブルーゾーンホールディングス ヤオコー狭山店業態転換 狭山店リニューアルと食生活提案型スーパーへの業態転換 1998年10月に狭山店を全面改装。川野幸夫社長が価格訴求から食生活提案型へ切り替え、品ぞろえの権限を本部から店長とパートナーへ委ねる 価格訴求型ディスカウントの攻勢に対し、規模ではなく食生活提案と店舗単位の品ぞろえ編集で差別化する業態へ転換した判断 規模で追わず、現場の編集力で差別化する この判断の核心は、規模の経済をあえて追わないと決め、そのうえで本部の権限まで現場へ手放した二重の踏み込みにある。安く大量にという競争から降りるだけでも勇気がいるが、ヤオコーはさらに、チェーンが標準化で握ってきた品ぞろえの決定権を店舗の店長やパートナーに委ねた。効率と統制を旨とするチェーンの常識に逆行するこの選択が、価格競争の渦中で選ばれ続ける店の独自性を生み、長い連続増益を支え続けた。 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/4324/decisions/dentsu-crossroads-1998/","t":"3つの構造変化に直面した営業局の組み替えと、株式公開・海外展開への備え","c":"電通グループ","y":1998,"col":"#333333","s":"メディアの多様化・広告主の取引透明化要求・外資系広告会社の進出という市場構造の変化に対し、営業局の組織改革と上場・海外拡大で事業モデルを組み替える","x":"1998 電通グループ 組織改革と上場布石 3つの構造変化に直面した営業局の組み替えと、株式公開・海外展開への備え 1998年11月に組織改革と上場布石。広告市場で2割超のシェアを持つ電通が営業局を集約し直し、メディア多様化と外資参入に備え2001年の上場へ メディアの多様化・広告主の取引透明化要求・外資系広告会社の進出という市場構造の変化に対し、営業局の組織改革と上場・海外拡大で事業モデルを組み替える 王者の岐路が問いかけたもの 1998年の電通が立たされたのは、業績が傾いたための岐路ではなかった。売上高は過去最高を更新し、市場シェアは2割を超えていた。にもかかわらず、メディアの多様化・広告主の要求・外資の進出という三つの変化は、電通の強さそのものであった\"広告枠の確保能力\"を、少しずつ相対化していくものであった。好調のさなかに構造変化の兆しを読み、営業局の組み替えと上場・海外拡大に動いた点に、この判断の性格がうかがえる。 祖業・主力事業の転換 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/4452/decisions/floppy-disk-exit-1998/","t":"多角化路線に区切りをつけ、主力事業へ集中する事業構成の見直し","c":"花王","y":1998,"col":"#05AC8F","s":"海外OEMで約800億円規模に育った情報事業を、記録媒体市場の単価下落を受けて全面撤退し、パーソナルケア・ハウスホールドのコア事業へ資源を戻した本業回帰の判断","x":"1998 花王 フロッピー事業から撤退 多角化路線に区切りをつけ、主力事業へ集中する事業構成の見直し 1998年にフロッピー事業から撤退。後藤卓也社長が売上高約800億円の事業をたたみ、家庭用品へ集中して一部役員を降格 海外oemで約800億円規模に育った情報事業を、記録媒体市場の単価下落を受けて全面撤退し、パーソナルケア・ハウスホールドのコア事業へ資源を戻した本業回帰の判断 退く判断という作法 この撤退が際立つのは、成長を見込んで広げた事業を、なお赤字に転じる前に、経営陣の責任を明示しながら撤退した点にある。界面活性の技術がフロッピーディスクの製造と地続きであったことは確かで、その連続性が10年近い投資を後押しした。けれども、技術がつながっていることは、事業が続けられることを保証しない。記録媒体という商品が単価の下落から逃れられない構造に入ったとき、花王は技術の連続性に引きずられず、事業としての採算で退く側へ回った。設備で事業転換を固めてきた会社が、今度は撤退を人事で固めた点に、進む方向と退く方向のどちらでも後戻りを許さない発想がうかがえる。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4508/decisions/emergency-declaration-1998/","t":"全社員に向けた危機認識の共有と、構造改革委員会の設置による立て直し","c":"田辺製薬","y":1998,"col":"#333333","s":"医療費抑制を目的とした薬価の連続引き下げという制度側の変化に対し、売上の7割を医療用医薬品に依存する収益構造を組み替えようとした構造改革","x":"1998 田辺製薬 非常事態宣言 全社員に向けた危機認識の共有と、構造改革委員会の設置による立て直し 1998年1月に社長が非常事態を宣言。就任7か月の田中登志於社長が3月末までに構造改革委員会を設置し、研究開発の期間短縮に入った 医療費抑制を目的とした薬価の連続引き下げという制度側の変化に対し、売上の7割を医療用医薬品に依存する収益構造を組み替えようとした構造改革 期限を区切った経営者の見立て 70年という積み上げの長さと、3年という残り時間の短さである。研究開発畑を歩み、決裁の速さを信条とした田中登志於氏が、就任7か月で全社員に\"非常事態\"を宣言したのは、薬価の3年連続引き下げという制度側の日程が先に決まっていたからなのだろう。相手の都合で期限が切られる以上、自社の側も期限を切って構えるほかなかった。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4511/decisions/us-generics-exit-1998/","t":"米国後発医薬品事業の売却と、新薬子会社への集約","c":"藤沢薬品工業","y":1998,"col":"#333333","s":"後発品事業の黒字化と新薬との相乗効果が見込めないと判断し、本体に余力があるうちに米国の経営資源を新薬へ寄せる再編","x":"1998 藤沢薬品工業 ライフォメッドの売却 米国後発医薬品事業の売却と、新薬子会社への集約 1998年3月に米国後発医薬品事業売却。米国再編成で特別損失460億円を計上し、単独369億円・連結15億円の最終赤字に転落 後発品事業の黒字化と新薬との相乗効果が見込めないと判断し、本体に余力があるうちに米国の経営資源を新薬へ寄せる再編 買収で得られなかったもの 1070億円で手に入ったのは後発品の品ぞろえと全米の販売網であって、それを動かす人ではなかった。後発品の商売を自社が知らないために買収先の選定は米銀へ委ね、経営状態は慎重に調べても、fdaへの申請データの中身までは見ていない。買収先の申請データに虚偽があり得ると疑う手順が社内になかったことは、買った事業の作法を誰も知らなかったことの裏返しでもあったと思われる。段階的に出資を積み増した慎重さと、一度に全部を買った大胆さが、同じ相手に対して噛み合わなかった。 事業売却・撤退 海外撤退・縮小 pmi・買収後統合 創業家・同族 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4684/decisions/listing-and-offering-1998/","t":"創業30年での東証二部上場と一度きりの公募増資、1年余りでの市場第一部指定","c":"オービック","y":1998,"col":"#E7241D","s":"直販・内製で回る収益構造を保ったまま株式を公開し、1回だけの公募増資を挟んで東証一部へ移った資本政策","x":"1998 オービック 東証二部への新規上場 創業30年での東証二部上場と一度きりの公募増資、1年余りでの市場第一部指定 1998年12月に東証二部への上場。創業30年目のオービックが市場から資金を採ったのは、2000年1月の60万株一度だけ 直販・内製で回る収益構造を保ったまま株式を公開し、1回だけの公募増資を挟んで東証一部へ移った資本政策 一度きりの調達が示すもの オービックの上場は、資金が要って市場へ出た会社の型に当てはまらない。工場も在庫も持たず、社員が顧客先で業務を設計して自社製のソフトを納める商売では、成長のたびに大きな資金が要るわけではなく、実際に上場後も借入は置かれていない。2000年1月の公募60万株は、その意味で運転資金の調達というより、二部から一部へ移るための株式の流通量づくりに近い性格を持っていた。指定はその2か月後に下りている。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/4686/decisions/restructuring-after-first-loss-1998/","t":"「一太郎オフィス8」の失速による初の赤字と、人員削減を伴う外部資本の受け入れ","c":"ジャストシステム","y":1998,"col":"#FA0000","s":"主力新製品の販売不振で創業以来初の赤字と無配に陥り、人員・経費の圧縮と第三者割当増資で資金繰りと信用を立て直す","x":"1998 ジャストシステム ソニー出資による再建 「一太郎オフィス8」の失速による初の赤字と、人員削減を伴う外部資本の受け入れ 1998年6月にソニー出資による再建。一太郎オフィス8の不振で創業以来初の赤字となり、人員と経費を圧縮してソニーの増資で立て直した 主力新製品の販売不振で創業以来初の赤字と無配に陥り、人員・経費の圧縮と第三者割当増資で資金繰りと信用を立て直す 180万本に預けた返済計画 1998年に問われたのは製品の作り直しではなく、会社の大きさの決め方であった。1997年6月竣工の新本社は105億円、銀行借入は1年で31億円から111億円へ増え、その返済は同年10月の店頭公開と、9月に発売した\"一太郎オフィス8\"の売れ行きに預けられていた。公開で入ったのは75億円、オフィス8は11月に180万本へ引き上げた目標に対し77万本にとどまる。二つの前提が同時に外れたとき、崩れたのは製品の採算ではなく返済の道筋のほうであった。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/4704/decisions/capital-return-listing-1998/","t":"株式公開で得た資金を米国買収に投じず市場へ返した資本政策","c":"トレンドマイクロ","y":1998,"col":"#d71920","s":"国内首位のウイルス対策ベンダーが、株式公開で得た100億円強を米国買収に投じる計画を撤回し、パートナー戦略と自社株消却による市場返還を選んだ資本政策の判断","x":"1998 トレンドマイクロ 米国買収を避け株主還元 株式公開で得た資金を米国買収に投じず市場へ返した資本政策 1999年3月に米国買収を避け株主還元。店頭登録の公募で調達した100億円強をディーラー買収に投じずパートナーシップへ回した 国内首位のウイルス対策ベンダーが、株式公開で得た100億円強を米国買収に投じる計画を撤回し、パートナー戦略と自社株消却による市場返還を選んだ資本政策の判断 調達した資金を使わずに返す 上場で資金を集めながら、その資金を使わずに返すという判断は、一見すると矛盾している。だが同社の狙いは、米国市場を買収で一気に押さえることよりも、自社の技術とパートナー網でじわりと面を広げることにあったと思われる。買収に伴うのれんや統合の負担を避け、身軽なバランスシートを保つ選択が、結果として無借金・高収益の体質を用意したのだろう。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/5233/decisions/taiheiyo-cement-merger-1998/","t":"太平洋セメントの発足と、浅野・小野田・秩父の三系譜の一体化","c":"太平洋セメント","y":1998,"col":"#004098","s":"セメントの国内需要減退と恒常的な供給過剰、アジア市場での外資攻勢に対し、秩父小野田と日本セメントが合併して国内シェア約39%の首位企業をつくり、過剰設備の削減と…","x":"1998 太平洋セメント 日本セメントと合併 太平洋セメントの発足と、浅野・小野田・秩父の三系譜の一体化 1998年10月に日本セメントと合併。秩父小野田を存続会社として太平洋セメントが発足し、浅野系の日本セメントが加わった セメントの国内需要減退と恒常的な供給過剰、アジア市場での外資攻勢に対し、秩父小野田と日本セメントが合併して国内シェア約39%の首位企業をつくり、過剰設備の削減と合理化で業界再編を主導した経営統合 100年の競争を畳むということ 今村一輔氏が業界再編を思い描いたのはバブル崩壊のはるか前、1985年である。過剰供給から一社だけでも抜け出そうと、10年以上をかけて秩父小野田、続いて日本セメントとの二段の合併を仕掛けた。1998年10月の発足は、明治以来100年首位を競ってきた日本セメントと小野田の二つの系譜を、一つの会社の中で終わらせる決断でもあった。銀行はほとんど関与せず、企業集団を異にするトップ同士の合意で進んでいる。 合併・経営統合 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5404/decisions/toa-steel-1998/","t":"上場子会社の任意清算と、エヌケーケー条鋼への条鋼事業の承継","c":"日本鋼管","y":1998,"col":"#004DA0","s":"鹿島製造所への1,300億円投資と土地売却額の未達で債務超過が必至となった上場子会社を、法的整理によらず任意清算し、受け皿会社に設備と雇用を移管して条鋼事業を残…","x":"1998 日本鋼管 トーア・スチールを清算 上場子会社の任意清算と、エヌケーケー条鋼への条鋼事業の承継 1998年9月にトーア・スチールを清算。会社更生法によらず任意清算とし、エヌケーケー条鋼へ1300人のうち1000人を移籍させた 鹿島製造所への1,300億円投資と土地売却額の未達で債務超過が必至となった上場子会社を、法的整理によらず任意清算し、受け皿会社に設備と雇用を移管して条鋼事業を残した処理 誤ったのは投資の可否か、原資の見積りか 1,300億円の鹿島製造所は、東京(千住)製造所の土地が1,000億円で売れるという前提の上に組まれていた。入ったのは330億円余で、見込みの3分の1に届かない。合併時に2,866人を1,700人台へ絞り、年100億円を超える経常利益を出していた会社が、この一件で債務超過に沈んだことになる。神谷春樹社長が鹿島製造所に会社の存続を賭けたこと自体は、地価が下がらないという当時の相場観のもとでは無謀とはいえない。狂ったのは投資の可否ではなく、原資の見積りである。 経営破綻・法的整理 リストラ・構造改革 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/6503/decisions/dram-exit-1998/","t":"システムLSI・パワー半導体へ軸足を移す事業領域の縮小","c":"三菱電機","y":1998,"col":"#d80c18","s":"DRAM市況の崩落と赤字を機に、コスト競争の汎用メモリから撤退してシステムLSIへ特化し、後のパワー半導体特化につなげた「選択の時代」への転換","x":"1998 三菱電機 汎用dram事業から撤退 システムlsi・パワー半導体へ軸足を移す事業領域の縮小 1998年2月に汎用dram事業から撤退。市況悪化で各社が投資を縮めるなか沖電気と同時に決め、システムlsiへ資源を配分する dram市況の崩落と赤字を機に、コスト競争の汎用メモリから撤退してシステムlsiへ特化し、後のパワー半導体特化につなげた「選択の時代」への転換 コスト競争から退く、という選択 この決断の核心は、規模の大きさそのものを価値とする発想からの離脱であった。dramで世界の十指に入るという地位は、撤退するには惜しい看板であったはずである。それでも三菱電機は、コストだけが優劣を決める汎用品を抱え続ければ、韓国・台湾勢との際限ない価格競争に体力を削られると見て、規模ではなく優位を築ける領域を選んだ。総花的な\"百貨店型\"から降りるこの判断は、痛みを伴う撤退でありながら、後年の選択と集中の先触れになったと推察される。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6590/decisions/toshiba-mechatronics-merger-1998/","t":"液晶製造装置への参入と、芝浦メカトロニクスへの社名変更","c":"芝浦メカトロニクス","y":1998,"col":"#019671","s":"エアコン用モータの需要減退と韓国経済危機で単独での競争力維持が難しくなり、東芝グループの整理のなかでモータを手放して液晶・半導体製造装置へ主力事業を転換した","x":"1998 芝浦メカトロニクス 東芝メカトロニクスと合併 液晶製造装置への参入と、芝浦メカトロニクスへの社名変更 1998年10月に東芝が示した再編スキームで合併した。芝浦製作所が東芝メカトロニクスを吸収して商号を芝浦メカトロニクスへ改めた エアコン用モータの需要減退と韓国経済危機で単独での競争力維持が難しくなり、東芝グループの整理のなかでモータを手放して液晶・半導体製造装置へ主力事業を転換した 社名を返上した側の勘定 1997年度のモータ部門が出した6億円の赤字を、半導体関連部門の16億円の黒字が埋めていた。数字だけを見れば整理の対象ははっきりしていたが、切り離す相手は東京芝浦電気の\"芝浦\"の由来にあたり、東芝の重電部門の本流でもあった会社である。株式の61.6%を握る東芝は、その中身をモータから製造装置へ入れ替える側に回った。 合併・経営統合 祖業・主力事業の転換 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6703/decisions/dram-exit-1998/","t":"量産競争から降りたうえでの、半導体事業そのものの売却","c":"沖電気工業","y":1998,"col":"#CB1C1D","s":"巨額赤字と有利子負債4300億円のもとで、投資体力に見合わない最先端DRAMをまず切り、10年かけて半導体事業そのものを手放した","x":"1998 沖電気工業 dram事業から撤退 量産競争から降りたうえでの、半導体事業そのものの売却 1998年10月にdram量産からの撤退を決めた。社長に就任した篠塚勝正氏の再建計画フェニックス21が起点で、2008年に半導体事業をロームへ譲渡 巨額赤字と有利子負債4300億円のもとで、投資体力に見合わない最先端dramをまず切り、10年かけて半導体事業そのものを手放した 勝てない事業を、どこまで抱えるか この判断の中心にあるのは、競争優位を築けないと分かった事業をどの速さで手放すかという問いである。篠塚勝正氏は1997年7月の時点でdramで競争優位を築ける見込みがないという結論に達し、翌年の再建計画で量産投資を断った。判断そのものは早い。ただし工場も従業員も残し、現行製品は作り続けるという中途の形を選んだため、事業が完全に切り離されるまでにはさらに10年を要した。雇用と生産設備を抱えた会社が、市況の谷で決めた撤退を谷のうちに完了させることの難しさが、この10年に表れているだろう。 事業売却・撤退 選択と集中 リストラ・構造改革 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/6787/decisions/china-production-1998/","t":"香港に設置した拠点を軸とした、国内生産から海外への生産移管","c":"メイコー","y":1998,"col":"#0068B7","s":"円高と顧客の海外生産移転で国内受注が細るなか、生産能力の拡大と生産コストの引き下げを目的として香港・中国広東省に拠点を開設し、生産の主力を海外へ移管した判断","x":"1998 メイコー 中国広東省で海外生産 香港に設置した拠点を軸とした、国内生産から海外への生産移管 1998年12月に中国広東省へ生産を移管する。南沙地区に名幸電子有限公司を設け、2001年1月に広州工場の操業を開始する 円高と顧客の海外生産移転で国内受注が細るなか、生産能力の拡大と生産コストの引き下げを目的として香港・中国広東省に拠点を開設し、生産の主力を海外へ移管した判断 出ていく側に回るということ 1985年の円高で同社が失ったのは注文であって、技術でも設備でもなかった。顧客の工場が海を渡っただけで、国内に残った基板メーカーは仕事の届かない場所に立たされる。1998年の香港・広東省への進出は、その経験に対する13年越しの答えにあたる。取引と調達の窓口を香港に置き、量産の工場を南沙に建て、稼働まで2年を待つという運びには、値段だけを追って出ていく身軽さとは違う重さがうかがえる。 海外進出・現地生産 低価格・コストリーダーシップ 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/7272/decisions/marine-restructuring-1998/","t":"拡大しすぎた事業の整理と、船外機を軸に据えた資源の集中","c":"ヤマハ発動機","y":1998,"col":"#FF0000","s":"市場規模との乖離が広がった赤字のマリン事業を縮小し、需要が伸びる船外機へ資源を集中して総合エンジンメーカーへ転換した構造改革","x":"1998 ヤマハ発動機 マリン事業の構造改革 拡大しすぎた事業の整理と、船外機を軸に据えた資源の集中 1998年9月にマリン事業の構造改革を発表。国内のボート工場を5から3へ減らし志度工場を閉鎖し、伸びる船外機へ資源を配分した 市場規模との乖離が広がった赤字のマリン事業を縮小し、需要が伸びる船外機へ資源を集中して総合エンジンメーカーへ転換した構造改革 理念と収益、どちらを先に立てるか マリン事業は、市場そのものを育てる川上源一氏の構想から始まり、直営マリーナや免許教室まで手がける壮大な事業であった。だが、育てようとした市場は漁業権や基盤整備の遅れに阻まれ、思い描いた普及率には届かなかった。理念が正しかったかどうかとは別に、その理念のために赤字を垂れ流し続けることの是非を、長谷川武彦社長は問い直した。 選択と集中 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7944/decisions/lean-development-org-1998/","t":"開発と生産を分離し、製品企画に特化させる開発体制の改革","c":"ローランド","y":1998,"col":"#FF5A00","s":"事業規模の拡大でプロダクトリーダー制の開発機能が弱まり、改良型の製品に流れて2期連続減収減益に陥ったローランドが、開発と生産を分離して製品企画に特化させるプロデ…","x":"1998 ローランド プロデューサー制の導入 開発と生産を分離し、製品企画に特化させる開発体制の改革 1994年4月にローランドがプロデューサー制を導入。プロダクトリーダー制を改め、開発と生産を別組織に分離して製品企画へ集中させた 事業規模の拡大でプロダクトリーダー制の開発機能が弱まり、改良型の製品に流れて2期連続減収減益に陥ったローランドが、開発と生産を分離して製品企画に特化させるプロデューサー制へ転換した。市場の変化を読んで新技術を生む組織へ再編し、マニア層向けの新製品で業績を回復させた。 特化を組織で支えるということ この判断の核心は、業績の失速を営業の努力や商品数の増加で取り返すのではなく、開発組織の設計そのものに原因を求めた点にある。プロダクトリーダーが企画から生産までを抱えれば責任は明快だが、規模が大きくなると目先の採算が新技術への挑戦を抑えてしまう。ローランドはその構造を見抜き、企画と生産を切り離してプロデューサーを企画に専念させ、斬新さを経営会議で問う仕組みを重ねた。組織を大きくするのではなく役割を絞ることで挑戦を促す——\"縮小\"という言葉が示すのは後退ではなく、開発を身軽にする選択であったのだろう。 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7974/decisions/pokemon-company-1998/","t":"共同出資による作品管理会社の設立と、IP経営への移行","c":"任天堂","y":1998,"col":"#E60012","s":"ゲームボーイ延命から広がったポケモンのIPを、共同出資会社に集約して長期に管理する体制へ組み替えた提携","x":"1998 任天堂 ポケモン社の共同設立 共同出資による作品管理会社の設立と、ip経営への移行 1998年に任天堂がポケモンセンター株式会社を共同で設立。ゲームフリークとクリーチャーズと組み、のちの株式会社ポケモンとなる ゲームボーイ延命から広がったポケモンのipを、共同出資会社に集約して長期に管理する体制へ組み替えた提携 ハードでなくキャラクターを資産に変えた選択 この判断の核にあるのは、ヒット商品を一つ当てることではなく、そのキャラクターを長く生かし続ける組織を用意した点である。石原恒和氏がくり返し語ったのは、権利が各社に分散すると、キャラクターがどこでどう露出しているかが見えなくなり、原作者の意図した順番で子供たちの前に現れなくなるという問題だった。3社で作ったポケモンセンターを株式会社ポケモンへ改組し、関係企業を株主に集約したのは、ブームの熱を借りて商品を出し続ける売り方から、露出を管理してキャラクターの価値を保つ売り方へ移るためだった。単発のヒットの寿命ではなく、資産としての寿命を設計する試みだったといえる。 収益モデル転換 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/8028/decisions/itochu-shift-1998/","t":"西友による1,350億円での保有株譲渡と、親会社の交代","c":"ファミリーマート","y":1998,"col":"#0171A6","s":"親会社である西友の資金繰りと系列ノンバンクの不良債権処理が売却を強い、成長を続けるコンビニ子会社の筆頭株主が流通グループから総合商社へ移った","x":"1998 ファミリーマート 伊藤忠商事グループ入り 西友による1,350億円での保有株譲渡と、親会社の交代 1998年2月に伊藤忠商事へ株式を譲渡。西友が保有するファミリーマート株2862万株を1350億円で売却し、持株比率は30.6%となった 親会社である西友の資金繰りと系列ノンバンクの不良債権処理が売却を強い、成長を続けるコンビニ子会社の筆頭株主が流通グループから総合商社へ移った 名義の交代と、実態の交代 ファミリーマートの初代社長は伊藤忠商事出身の沖正一郎氏で、以後の歴代トップも例外なく伊藤忠商事から来ていた。1998年に1,350億円で動いたのは、経営を担う人の系譜ではなく株式の名義のほうである。セゾングループは資金繰りに追われて手放し、伊藤忠商事は1,500億円の特別損失を計上する最中にその名義を引き取った。双方にとって、余裕のあるうちに交わされた取引ではなかった。 pmi・買収後統合 リストラ・構造改革 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/8063/decisions/ni-finance-loss-1998/","t":"金融子会社の切り離しと、特別損失1,610億円の計上","c":"日商岩井","y":1998,"col":"#333333","s":"格付け引き下げで資本市場からの調達が細るなか、子会社へ付け替えていた財テク含み損とデリバティブ損失を一括処理し、無配へ転落した判断","x":"1998 日商岩井 エヌ・アイ・ファイナンス整理 金融子会社の切り離しと、特別損失1,610億円の計上 1998年9月にエヌ・アイ・ファイナンスの整理を公表。日商岩井は支援損1120億円を含む特別損失1610億円を計上し、今期無配へ転落した 格付け引き下げで資本市場からの調達が細るなか、子会社へ付け替えていた財テク含み損とデリバティブ損失を一括処理し、無配へ転落した判断 先に立て直す順序が、開示と引き換えだったこと 1994年まで3桁の実質経常利益がなかった会社が、1996年度に221億円、1997年度に315億円を稼いだ。草道昌武社長が掲げた収益力の向上は、数字のうえで達成されている。狂ったのは調達の側であった。1996年8月に1200億円を集めた時点で、nifの包括信託736億円と含み損395億円は伏せられたままである。一度伏せれば、株価が戻るまで伏せ続けるほかない。収益力を先に立て直すという順序は、含み損を開示しないことと引き換えでしか成り立たなかっただろう。 不祥事・信頼回復 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8314/decisions/mitsui-group-recapitalization-1998/","t":"三井グループ各社への総額約","c":"さくら銀行","y":1998,"col":"#CC0066","s":"不良債権処理で含み益と売却益を使い切り、株価下落で自己資本の裏づけを失うなかで、公的資金に先んじて三井グループ各社から資本を調達し、格付けの引き上げを図った資本…","x":"1998 さくら銀行 三井物産・トヨタへ増資要請 三井グループ各社への総額約 1998年8月に約3000億円の増資引き受けを要請。さくら銀行の岡田明重頭取が三井物産・三井不動産・トヨタ自動車に求める 不良債権処理で含み益と売却益を使い切り、株価下落で自己資本の裏づけを失うなかで、公的資金に先んじて三井グループ各社から資本を調達し、格付けの引き上げを図った資本政策 3000億円が届かなかったもの 約1兆2000億円を処理し、社員寮と保養所を売って2600億円の益を積んでもなお、さくら銀行の手元には次の処理に充てる原資が残らなかった。株式の含み益は3890億円の含み損に反転し、自力で作れる資本は尽きていた。公的資金が経営責任の追及と実質国有化の入り口として受け止められていた当時、まず三井の資本を求めた選択は、残された順序として理にかなっていたと思われる。要請した3000億円も、格付けをシングルaへ戻すという目標から逆算された額であった。 資金調達・財務戦略 外的危機への対応 資本提携・政策保有 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8317/decisions/yasuda-trust-rescue-1998/","t":"会社分割による財産管理3部門の切り出しと、その営業譲渡","c":"富士銀行","y":1998,"col":"#1a5c9c","s":"系列の信託銀行を自力で支えきれず、売却可能な事業を系列外の都市銀行と共同で切り出し、譲渡益を不良債権処理の原資に充てた","x":"1998 富士銀行 第一勧業富士信託に譲渡 会社分割による財産管理3部門の切り出しと、その営業譲渡 1998年11月に安田信託銀行を分割。富士銀行が第一勧業銀行と提携し、財産管理3部門を約1400億円で第一勧業富士信託へ譲渡 系列の信託銀行を自力で支えきれず、売却可能な事業を系列外の都市銀行と共同で切り出し、譲渡益を不良債権処理の原資に充てた 救えたのは、値のつく事業を持っていた相手だけだった 山本頭取のこの一言が、救う相手と救わない相手を分ける線であった。線を引いたのは芙蓉グループとの距離ではない。安田信託には年金・カストディー・証券代行という1400億円の値がつく部門があり、大倉商事にも山一証券にも、切り出して売れるものは見当たらなかった。再建の絵が描けるかどうかは、突き詰めればそこで決まっただろう。 救済型m&a・支援受け入れ 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8564/decisions/lending-cap-1998/","t":"無人契約機での1口座50万円上限の維持と、一人あたり","c":"武富士","y":1998,"col":"#31328A","s":"無人契約機による市場拡大と多重債務の増加が同時に進むなか、1件あたりの貸付枠を拡大せず回収可能性の側から与信を縛った判断","x":"1998 武富士 170万円の貸付上限 無人契約機での1口座50万円上限の維持と、一人あたり 1998年8月に一人あたりの貸付上限を170万円へ。業界が貸付枠を300万円へ拡大するなか、無人契約機による貸付は1口座50万円に据え置いた 無人契約機による市場拡大と多重債務の増加が同時に進むなか、1件あたりの貸付枠を拡大せず回収可能性の側から与信を縛った判断 貸さないことで守れたものと、守れなかったもの 月々2万1000円と12万6000円という二つの数字を社内会議で並べたとき、武井保雄会長が見ていたのは残高ではなく、借り手の家計であった。300万円を貸せる相手は、300万円を返せる相手ではない——この区別を、成長の只中で、しかも社内の本部長が緩和を求めるなかで保ったことに、この判断の価値がある。同業が枠を広げて残高を積んだ1998年に、武富士は1件50万円を動かさず、一人あたり170万円という総額の線まで引いた。伸びを自ら削る選択であり、他社と同じ土俵に乗らないという宣言でもあった。 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/8584/decisions/interest-rate-cut-1998/","t":"リボ払い金利を業界最低の16.8%へ——利息制限法を自ら割った先回りの値下げ","c":"ジャックス","y":1998,"col":"#009944","s":"グレーゾーン金利で収益を上げる業界慣行のなか、銀行系カードへの分割払い解禁を先読みし、リボ払い金利を業界最低の16.8%へ引き下げて顧客をつなぎ止め、10年後の…","x":"1998 ジャックス リボルビング金利の先行値下げ リボ払い金利を業界最低の16.8%へ——利息制限法を自ら割った先回りの値下げ 1998年2月にリボ払い金利を16.8%へ引き下げる。24.36%から二度の値下げを経て、利息制限法の上限18%を下回る業界最低の水準に グレーゾーン金利で収益を上げる業界慣行のなか、銀行系カードへの分割払い解禁を先読みし、リボ払い金利を業界最低の16.8%へ引き下げて顧客をつなぎ止め、10年後の過払い金危機を軽い傷で通り抜けた金利戦略 高い金利で収益を上げられるうちに、利ざやを削る この判断の芯は、最も稼げる時期に、自ら稼ぎを細らせた点にある。グレーゾーン金利は当時のクレジット会社に厚い利ざやをもたらし、下げる理由は目先には乏しかった。銀行系カードの分割払い解禁という近い脅威と、調達コストが底にある好機を重ね合わせ、余力のあるうちに動いた。 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/8591/decisions/nyse-listing-1998/","t":"外部の市場規律を経営に取り込むことを目的とした海外市場での株式公開","c":"オリックス","y":1998,"col":"#003c80","s":"厳しい米国の会計基準と情報開示に自社を晒すことで経営を外部から律し、あわせて海外資本市場での調達手段と海外投資家の基盤を拡大した海外上場","x":"1998 オリックス nyseへ上場 外部の市場規律を経営に取り込むことを目的とした海外市場での株式公開 1998年9月にnyseへの株式公開に踏み切る。日本の金融サービス会社として初めて海外市場に加わり、宮内義彦社長は米国の開示基準を経営を律する道具とした 厳しい米国の会計基準と情報開示に自社を晒すことで経営を外部から律し、あわせて海外資本市場での調達手段と海外投資家の基盤を拡大した海外上場 規律を、外から借りるという選び方 この判断の際立つところは、成長や調達より先に、自らを律する枠組みを外に求めた点にある。会計基準も株主も、経営者にとっては厳しいほど扱いにくい。宮内義彦氏はその厳しさを避けるのではなく、独善を防ぐ仕掛けとして進んで招き入れた。うるさい株主の少ない日本企業が内側から規律を保つのは難しい。ならば外の目を借りて経営を締める。海外上場を守りの道具に読み替えた発想に、この選択の性格がよく表れている。 上場・ipo・市場変更 機関設計・取締役会改革 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8759/decisions/dowa-liberalization-1998/","t":"料率自由化を前にした支店制への移行と代理店網の選別","c":"ニッセイ同和損害保険","y":1998,"col":"#3366CC","s":"算定会料率の使用義務が廃止される自由化を前に、組織・商品・代理店網を再構築して価格競争力と収益力を確保する試み","x":"1998 ニッセイ同和損害保険 「新創業運動」の展開 料率自由化を前にした支店制への移行と代理店網の選別 1998年に組織を支店制へ改める。料率自由化を前に同和火災海上保険が須藤秀一郎社長のもとで代理店の選別に着手し、関西を厚くする地域配分へ移行した 算定会料率の使用義務が廃止される自由化を前に、組織・商品・代理店網を再構築して価格競争力と収益力を確保する試み 遺産を守る改革であったこと \"ラッキーなタイミングだった\"という言葉から、この改革は始まっている。1996年4月に始めた新創業運動が、たまたま自由化を先回りしたという説明であり、自由化そのものを危機として語る言葉ではない。打ち手は具体的だった。支店制への移行、自立できない代理店の切り離し、関西を厚くする地域配分と、いずれも費用と人の配置に直接手を入れた。ただし、aaという格付けを\"先輩の遺産\"への評価と読み、足りないのは成長力だと診断したとき、改革の設計は蓄積を守る側へ寄った。 販路・チャネル転換 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/8766/decisions/rate-liberalization-response-1998/","t":"料率自由化を前に直販へ踏み込まず、代理店経由の販売を軸に据える選択","c":"東京海上ホールディングス","y":1998,"col":"#d50000","s":"護送船団行政の解体と1998年の料率完全自由化に対し、業界首位の東京海上が約8万の代理店網を捨てずに機械化・体質改革で価格競争に備えた規制対応","x":"1998 東京海上ホールディングス 代理店8万店の販売網維持 料率自由化を前に直販へ踏み込まず、代理店経由の販売を軸に据える選択 1998年7月の料率完全自由化に備える。正味保険料シェア18%で首位の東京海上火災保険が、樋口公啓社長のもとで約8万の代理店網を残す道を選んだ 護送船団行政の解体と1998年の料率完全自由化に対し、業界首位の東京海上が約8万の代理店網を捨てずに機械化・体質改革で価格競争に備えた規制対応 規制の傘が消えるとき、何を残し何を捨てるか この経営判断の核心は、財務の危機ではなく、規制という後ろ盾が消える前に何を守り何を変えるかという問いにある。料率の横並びと認可に守られた半世紀のなかで、東京海上は約8万の代理店網という業界最大の販売装置を築いた。自由化はこの装置を、最大の強みにも最大の重荷にも変えうる。規制の恩恵を最も受けた王者ほど自由化の打撃を最も受けるという逆説の前で、樋口体制は販売網を切り縮めるのではなく、抱えたまま鍛える道を選んだ。好調な首位のうちに、守るべき強みと変えるべきコスト構造を切り分けた点に、この決断の特徴がうかがえる。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8804/decisions/securitization-first-registration-1998/","t":"SPC法施行直後の国内第1号登録取得と、不動産証券化・資産運用事業への進出","c":"東京建物","y":1998,"col":"#009348","s":"資産流動化を認めるSPC法が制度として立ち上がった機会に、施行直後の国内第1号として登録し、不動産を投資家に持たせて運用報酬を得る事業へ参入した判断","x":"1998 東京建物 高輪物件のspc第1号登録 spc法施行直後の国内第1号登録取得と、不動産証券化・資産運用事業への進出 1998年11月にspc法の国内第1号登録を取得した。施行から2か月余りの早さで、高輪の外国人向けサービスアパートメントを日本初の不動産証券化商品に 資産流動化を認めるspc法が制度として立ち上がった機会に、施行直後の国内第1号として登録し、不動産を投資家に持たせて運用報酬を得る事業へ参入した判断 制度の先頭に立つということ 施行から2か月で第1号の登録に間に合わせるには、法律が形になる前から手を動かしていたはずである。好採算の不動産をこれ以上売れば体力を弱める——所有と経営の分離という発想は、その問いへ向けた答えであった。持ち続けるか売り払うかの二択ではなく、投資家に持たせて運用で稼ぐ第三の道を、制度が用意された最初の年に取りに行ったとみられる。 収益モデル転換 資金調達・財務戦略 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8919/decisions/used-house-renovation-1998/","t":"改正民事執行法を機に競売物件の中古住宅再生事業を立ち上げ","c":"カチタス","y":1998,"col":"#0994DC","s":"民事執行法の改正による競売手続の短期化・透明化を受け、競売物件の落札とリフォーム販売を組み合わせた中古住宅再生事業を主業に据えた","x":"1998 カチタス 桐生市で中古住宅再生に参入 改正民事執行法を機に競売物件の中古住宅再生事業を立ち上げ 1998年8月に中古住宅再生事業を確立した。群馬県桐生市の株式会社やすらぎが競売物件を落札してリフォーム後に販売し、地方圏の戸建てを安く仕入れた 民事執行法の改正による競売手続の短期化・透明化を受け、競売物件の落札とリフォーム販売を組み合わせた中古住宅再生事業を主業に据えた 制度の変わり目を仕入先として読むということ 1998年の判断は、新しい商品を開発したものでも、新しい市場を発見したものでもない。競売という既存の売却手続が使いやすくなったという制度の変化を、自社の仕入先の設計に読み替えただけである。ただ、その読み替えができたのは、石材業から不動産売買、戸建販売、賃貸へと本業を替え続けてきた会社だったことと無縁ではない。守るべき祖業を持たない事業者ほど、外の条件が動いたときに身を寄せる先を選び直しやすいと思われる。 祖業・主力事業の転換 低価格・コストリーダーシップ 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9412/decisions/skyperfectv-merger-1998/","t":"先行する2陣営の合併による衛星放送事業の一本化","c":"スカパーJSAT","y":1998,"col":"#003399","s":"三社が並び立てば共倒れになるという読みのもと、後発の申し出を受けて放送開始前に合併し、CSプラットフォームを一本化した判断","x":"1998 スカパーjsat スカイパーフェクtv発足 先行する2陣営の合併による衛星放送事業の一本化 1998年5月にスカイパーフェクtvが発足。パーフェクtvを運営する日本デジタル放送サービスがジェイ・スカイ・ビーと合併し、170チャンネルを擁した 三社が並び立てば共倒れになるという読みのもと、後発の申し出を受けて放送開始前に合併し、csプラットフォームを一本化した判断 競争を畳んだあとに残った問い この合併の性格は、優位に立った側が劣位の側を引き受けたというより、始まる前の競争を当事者どうしで畳んだ点にある。ジェイ・スカイ・ビーは150チャンネルの計画を掲げながら一度も放送せずに消え、消耗戦は数字で決着する前に打ち切られた。四商社にとっての実利は衛星の稼働率であり、放送はその需要をつくるための手段であった。合併を主導した動機が放送事業そのものへの確信ではなかったところに、その後の株主構成のちぐはぐさの芽があったと推察される。 合併・経営統合 プラットフォーム・標準化 外資傘下入り・対内m&a オセアニア"},{"k":"decision","u":"/tse/9431/decisions/kdd-law-abolition-1998/","t":"根拠法の消滅に伴う特殊会社の立場からの離脱と一民間企業への移行","c":"KDD","y":1998,"col":"#003163","s":"国際通信の独占を前提に組まれた特殊会社の枠組みを法ごと廃し、規制と保護の両方から離れて普通の株式会社になる選択","x":"1998 kdd 国際電信電話法の廃止 根拠法の消滅に伴う特殊会社の立場からの離脱と一民間企業への移行 1998年5月に特殊会社としての立場を手放す。1952年制定の国際電信電話株式会社法は規制合理化法で廃され、12月1日に効力を生じた 国際通信の独占を前提に組まれた特殊会社の枠組みを法ごと廃し、規制と保護の両方から離れて普通の株式会社になる選択 消えたのは独占ではなく、独占の後に残った保護 特殊会社をやめれば、国内へ出ることも他社と一つになることも自由になる。同時に、国が事業を保証しない立場へ自分を置く選択でもあった。制度上の独占は1985年に、実態の独占は1989年に失われ、法だけが残っていた。西本正社長が手放したのは独占ではなく、独占が消えたあとの保護であった。 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9431/decisions/teleway-merger-1998/","t":"同業他社の吸収と商号のKDD株式会社への変更","c":"KDD","y":1998,"col":"#003163","s":"国内と国際の垣根が消える通信再編のなかで、国内の陸上網と顧客を持たない国際専業が、トヨタ系の長距離会社を吸収して一貫提供の体裁を整えた合併","x":"1998 kdd テレウェイの吸収合併 同業他社の吸収と商号のkdd株式会社への変更 1998年12月に日本高速通信を吸収合併。国際電信電話がトヨタ自動車系のテレウェイを取り込み、商号をkddへ改めた 国内と国際の垣根が消える通信再編のなかで、国内の陸上網と顧客を持たない国際専業が、トヨタ系の長距離会社を吸収して一貫提供の体裁を整えた合併 線を取得するということ 時価総額で6倍近い開きがあり、売上高でも3倍あった側が、新会社の筆頭株主の座をトヨタに渡し、持株比率2割前後を受け入れた。高速道路沿いの光ファイバーと700万の顧客は、その値段でしか買えなかった。 合併・経営統合 隣接領域への展開 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/9432/decisions/ntt-docomo-ipo-1998/","t":"最大の収益源を資金化しつつ過半出資で支配を残した資本政策","c":"NTT","y":1998,"col":"#0072BC","s":"独占的な地位にある移動体子会社ドコモを上場して資金化しつつ、公取委の持ち株引き下げ指導に抗して過半出資で支配を残し、政府のNTT株放出とも連動させた資本政策","x":"1998 ntt nttドコモの株式上場 最大の収益源を資金化しつつ過半出資で支配を残した資本政策 1998年10月にnttドコモを東証へ上場。宮津純一郎社長のもとで95%出資の移動体子会社を公開し、2兆1255億円を調達した 独占的な地位にある移動体子会社ドコモを上場して資金化しつつ、公取委の持ち株引き下げ指導に抗して過半出資で支配を残し、政府のntt株放出とも連動させた資本政策 支配と資本効率のあいだで ドコモ上場は、稼ぎ頭をどう扱うかという問いにnttが最初に出した答えであった。市場で資金化して価値を顕在化させながら、過半の出資で経営権は握り続ける——資本効率と支配を同時に取りにいく設計には、独占の議論をかわしつつ果実は手放さないという計算が働いていたとみられる。上場子会社という二重構造は、少数株主への配慮と親会社の一体経営とが常に引き合う不安定さをはらむが、当時のnttはその緊張を抱えたまま前へ進む道を選んだといえる。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9697/decisions/loss-restructuring-1998/","t":"米国持株会社株式の評価減による最終赤字","c":"カプコン","y":1998,"col":"#FFCC00","s":"メキシコ子会社の清算と米国持株会社の株式評価減で223億円の特別損失を計上したカプコンが、経常利益が厚いうちに損失を一括処理する道を選び、上場後初の最終赤字を自…","x":"1998 カプコン メキシコ子会社の清算 米国持株会社株式の評価減による最終赤字 1998年にカプコンメキシコを清算。米持株会社カプコンu.s.a.の株式評価減と合わせ223億円の特別損失を計上し上場後初の最終赤字 メキシコ子会社の清算と米国持株会社の株式評価減で223億円の特別損失を計上したカプコンが、経常利益が厚いうちに損失を一括処理する道を選び、上場後初の最終赤字を自ら受け入れた財務再建の決断 見栄を捨てた決断が残したもの \"見栄を捨てて\"赤字決算を選んだという辻本氏の言葉は、当時の日本の経営者の間ではむしろ珍しい部類の判断であった、と思われる。本社を自社所有せずリースで済ませ、\"身の丈経営\"を掲げてきた創業者にとって、含み損を先送りせず一括処理する判断は、経営哲学の延長線上にあったといえる。監査法人の指摘を上回る範囲まで損失を認識したという逸話は、決算数字を取り繕うことより、将来の経営数字にプラスになる方を選ぶという一貫した判断の型を映している。 事業売却・撤退 海外撤退・縮小 資金調達・財務戦略 中南米"},{"k":"decision","u":"/tse/9983/decisions/store-level-shift-1998/","t":"本部による集中管理をやめ、店舗ごとの判断に委ねる運営への切り替え","c":"ファーストリテイリング","y":1998,"col":"#FF0000","s":"本部が全店一律に在庫と陳列を掌握する集中管理が店ごとの需要差を取りこぼして既存店を失速させたため、店舗へ権限を戻す個店対応へ切り替えた経営判断","x":"1998 ファーストリテイリング ファミクロ撤退と店舗別運営への転換 本部による集中管理をやめ、店舗ごとの判断に委ねる運営への切り替え 1998年に個店対応へ切り替え。本部が全店一律に決めていた品揃えと陳列を各店舗の裁量へ移管し、既存店売上高の前年割れに向き合う 本部が全店一律に在庫と陳列を掌握する集中管理が店ごとの需要差を取りこぼして既存店を失速させたため、店舗へ権限を戻す個店対応へ切り替えた経営判断 強みが裏返る前に、強みを畳んだ判断 この意思決定の核心は、不振の原因を商品や立地という\"外側の箱\"ではなく、本部集中管理という\"内部の仕組み\"に見定めた点にある。1995年に確立した本部主導の運営実務は、少ない人材で年50店を出すための合理的な仕組みだった。だが店舗数が数百に膨らむと、その強さは店ごとの需要差を取りこぼす弱さへ裏返る。柳井正氏が新業態の撤退から学んだのは、箱を増やしても内部の仕組みが古ければ売れないという因果だった。 祖業・主力事業の転換 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/ascii/decisions/csk-capital-injection-1998/","t":"95億円の第三者割当増資の引き受けによるグループ傘下入り","c":"アスキー","y":1998,"col":"#333333","s":"返済に追われて新事業へ資金を回せない状態を、資本の受け入れで断ち切ろうとした判断。相手の選定に経営者自身の続投が絡んだ","x":"1998 アスキー cskからの出資受け入れ 95億円の第三者割当増資の引き受けによるグループ傘下入り 1998年1月にcskへの第三者割当増資を実施。95億円を受け入れcskとセガ、大川功会長が株式45%を取得しグループ入り 返済に追われて新事業へ資金を回せない状態を、資本の受け入れで断ち切ろうとした判断。相手の選定に経営者自身の続投が絡んだ 続投を条件にした資本と、その代償 出資先を選ぶ基準に自身の続投が入った時点で、選べる相手は限られていた。興銀が挙げた3社のうちオーナー系を避けて松下に向かい、断られたのち10年来の知己に頼るという順序は、資本の質ではなく経営者個人の立場を軸に並んでいる。個人筆頭株主の座を譲れないという要請でcskとセガを経由させたことも同じ線上にあり、結果として大川氏が個人で出資して再建後に売却するという、セガ買収で実際に用いた手順は取られなかった。この形の違いが、4カ月後に株主への説明を難しくしたとみられる。 救済型m&a・支援受け入れ 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/2201/decisions/in-house-spinoff-1997/","t":"菓子事業の社内分社と、構想を取り下げての本業立て直し","c":"森永製菓","y":1997,"col":"#B6002A","s":"理想都市「エンゼルの森」構想の破綻と菓子の収益低迷で無配に転落するなか、菓子事業本部を5つの独立採算ユニットへ再編し、現場への権限委譲と本業集中で立て直しを図っ…","x":"1997 森永製菓 エンゼルの森構想の見直し 菓子事業の社内分社と、構想を取り下げての本業立て直し 1996年12月に菓子事業本部を5分割。独立採算の森永ビジネスユニットへ権限を委譲し、1997年3月期には11年ぶりの無配へ転落 理想都市「エンゼルの森」構想の破綻と菓子の収益低迷で無配に転落するなか、菓子事業本部を5つの独立採算ユニットへ再編し、現場への権限委譲と本業集中で立て直しを図った組織改革 拡張の記憶と、割り直された本業 この改革の核心は、聖域だった\"エンゼルの森\"を畳み、どんぶり勘定で括ってきた菓子を五つの企業内企業へ割り直した点にある。バブル期の理想都市に象徴される拡張の論理を、現場の採算と権限委譲という集中の論理へ切り替えようとした試みであったとみられる。好況期の余裕からではなく、11年ぶりの無配という結果に追われての着手であった点に、この判断の切迫がうかがえる。名門が長く抱えてきた大きな夢を、経営の重荷として手放す場面でもあった。 リストラ・構造改革 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/2782/decisions/data-management-1997/","t":"規模ではなくデータで競う路線への転換と、発注システムの全店整備","c":"セリア","y":1997,"col":"#75B727","s":"規模を追う大創産業に対し、均一価格ゆえ割に合わないとされたPOS・発注システムへ先行投資し、データの精度で品揃えを最適化して高収益の中堅へ転じた判断。","x":"1997 セリア リアルタイムpos導入 規模ではなくデータで競う路線への転換と、発注システムの全店整備 1997年に独自発注システムへ投資。業界3位の山洋エージェンシーで河合宏光氏が2004年に直営全店へリアルタイムposを入れる 規模を追う大創産業に対し、均一価格ゆえ割に合わないとされたpos・発注システムへ先行投資し、データの精度で品揃えを最適化して高収益の中堅へ転じた判断。 規模ではなく、情報の精度で競うという選択 この判断の核心は、規模で先行する相手を規模で追わず、情報の精度という別の物差しへ競争を移した点にある。均一価格ゆえpos投資は割に合わないという業界の通念を、河合宏光氏は逆から読んだ。価格が動かないからこそ、売れたという事実が需要の純粋な信号になる。1997年の発注システムから2004年の全店pos、2006年のspiへと続く投資は、中堅という規模の不利を、データの扱いという強みへ組み替える試みだった。 技術・r&d起点の勝負 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/3107/decisions/dis-listing-1997/","t":"子会社の東証2部上場と、そこから生じた親子上場のねじれ","c":"ダイワボウホールディングス","y":1997,"col":"#00A890","s":"店頭登録から本則市場への昇格をDIS単独で果たし、成長事業の資金調達と知名度を子会社側に持たせた資本政策。結果として親会社との規模逆転を市場に可視化した","x":"1997 ダイワボウホールディングス ダイワボウ情報システム上場 子会社の東証2部上場と、そこから生じた親子上場のねじれ 1997年12月にダイワボウ情報システム上場。東証二部と大証二部へ移り、1949年上場の親会社大和紡績と親子で並び立つ 店頭登録から本則市場への昇格をdis単独で果たし、成長事業の資金調達と知名度を子会社側に持たせた資本政策。結果として親会社との規模逆転を市場に可視化した 市場に出す側を間違えると何が起きるか 1997年の上場は、dis単独で見れば順当な昇格であった。店頭登録から6年、売上は1,411億円に届き、採用と資金の両面で本則市場の看板は役に立つ。問題は、その銘柄が親会社とは別に値付けされ、しかも親会社より速く伸びる事業をまるごと抱えていた点にある。持分法にとどまる限り、disの利益は親会社の連結損益に載らず、親会社の株主は伸びる事業の果実を数字の上で受け取れない。この構造が11年続いたあいだに、価値の差はグループの内部ではなく株式市場の側で処理された。 分社・スピンオフ・子会社上場 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/3360/decisions/spd-shift-1997/","t":"医療コンサルと写真フィルム販売から、院内物流代行を主軸とする体制への転換","c":"シップヘルスケアホールディングス","y":1997,"col":"#009944","s":"病院のコスト削減と経営効率化の需要に対し、商品を納める商いから院内物流そのものを受託する商いへ主力を移行した事業転換","x":"1997 シップヘルスケアホールディングス spd主体へ転換 医療コンサルと写真フィルム販売から、院内物流代行を主軸とする体制への転換 1997年2月にspd主体へ転換。創業5年目のグリーンホスピタルサプライが病院の材料在庫と院内配送を預かる側へ回る 病院のコスト削減と経営効率化の需要に対し、商品を納める商いから院内物流そのものを受託する商いへ主力を移行した事業転換 棚を預かるという条件を選んだこと この転換の要点は、新しい商材を見つけたところではなく、病院の在庫を自社の負担として引き受けたところにある。院外spdでは病院内の棚に並ぶ物品まで同社の在庫となり、必要運転資金は従来の納品形態より増える。有価証券報告書はそれをリスクとして書き、同時に、1社がすべての診療材料を管理する契約であるがゆえに他社に取られれば取引ごと失うとも書いた。取りにくく、失いやすい。その代わり、いったん入れば病院の物流の内側に居続けられる。医療機器商社の値引き競争とは別の条件に賭けた選択と思われる。 祖業・主力事業の転換 収益モデル転換 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/4501/decisions/noscal-global-launch-1997/","t":"糖尿病薬の海外展開が新たな収益源に育たず終わった戦略の挫折","c":"三共","y":1997,"col":"#339933","s":"メバロチン依存を脱するため、三共が世界初のインスリン抵抗性改善剤ノスカールを自社創薬・海外大手への販売権供与で国際展開し、第二の柱に育てようとした国際化判断","x":"1997 三共 ノスカールの国際展開 糖尿病薬の海外展開が新たな収益源に育たず終わった戦略の挫折 1997年3月にノスカールの国際展開。自社創製の糖尿病薬トログリタゾンを日米で同時発売し、世界初の抵抗性改善剤を英国へも メバロチン依存を脱するため、三共が世界初のインスリン抵抗性改善剤ノスカールを自社創薬・海外大手への販売権供与で国際展開し、第二の柱に育てようとした国際化判断 自ら創り自ら販売することの振れ幅 ノスカールのつまずきは、三共が積み上げた創薬力の高さと、単独で世界市場を取りにいくことの難しさを同時に映していた。世界初の作用機序を自ら生み出す力がありながら、副作用という不確実性が現れたとき、一社で欧州から米国までを支え切る体力と販売網を欠いていた。第二の柱を一つの製品に託した構造の危うさが、発売初年の副作用問題で一気に表れた。 グローバル経営体制 技術・r&d起点の勝負 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4536/decisions/finland-star-acquisition-1997/","t":"眼科薬メーカーの取り込みによる欧州拠点の確保","c":"参天製薬","y":1997,"col":"#024097","s":"国内シェア首位で成長余地が限られるなか、欧州で製造と承認と販売を一体で持つため、既存の眼科薬メーカーを買収した","x":"1997 参天製薬 フィンランド社スター買収 眼科薬メーカーの取り込みによる欧州拠点の確保 1997年3月にフィンランドのスターを買収。前月にタンペレへサンテン・オイを設立し、眼科薬メーカーの取得で欧州の生産と販売を確保 国内シェア首位で成長余地が限られるなか、欧州で製造と承認と販売を一体で持つため、既存の眼科薬メーカーを買収した 買収したのは製品ではなく手続きだった 1997年の買収でスターから受け取ったものを、製品の権利や工場だけで数えると小さく見える。参天製薬がタンペレで手にしたのは、欧州の規則に沿って薬を作り、各国の承認を取り、医師に説明して売るという一連の手続きを回せる組織であった。同じ時期に置いた米国と台湾の拠点が調査分析や販売の窓口にとどまったのに対し、欧州だけが製造の実体を伴っていた。 海外進出・現地生産 クロスボーダーm&a(日本→海外) 大型設備投資 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/4755/decisions/founding-1997/","t":"銀行を辞した31歳が月5万円で始めたインターネット上の商店街","c":"楽天グループ","y":1997,"col":"#BF0000","s":"百貨店系モールが月100万円の出店料を取るなか、個人商店主でも出せる月5万円固定の仮想商店街という機会に、興銀を辞した一バンカーが挑み、前受金型の収益構造で足場…","x":"1997 楽天グループ 興銀出身者が仮想商店街創業 銀行を辞した31歳が月5万円で始めたインターネット上の商店街 1997年2月に興銀出身者が仮想商店街創業。31歳の三木谷浩史氏が資本金1,000万円で会社を設立し、5月に楽天市場を13店で開いた 百貨店系モールが月100万円の出店料を取るなか、個人商店主でも出せる月5万円固定の仮想商店街という機会に、興銀を辞した一バンカーが挑み、前受金型の収益構造で足場を構築した創業 月5万円のモールが上場資金にたどり着くまで この創業が示すのは、資金や技術ではなく料金設計と地道な営業が新しい市場を開拓した経緯である。百貨店系モールが月100万円を求めていた市場で、月5万円という一桁低い固定料金は、インターネットに不慣れな個人商店主や農家までを出店者として引き込む入り口になった。半年分を前払いさせる前受金型の収益構造が、外部資金に頼らずに黒字を保つ運転資金を生み、無名のベンチャーが2期連続の経常黒字という数少ない実績を築く支えになっていたと推察される。 外的危機への対応 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/4911/decisions/resale-price-abolition-1997/","t":"定価を守る仕組みを捨て、価格決定を売り場に委ねる転換","c":"資生堂","y":1997,"col":"#BC1928","s":"公取委の排除勧告に抗戦せず受諾し、70年余り続いた化粧品の再販価格維持を放棄して価格競争と販売体質改革へ転じた判断","x":"1997 資生堂 再販価格維持の撤廃 定価を守る仕組みを捨て、価格決定を売り場に委ねる転換 1995年10月に再販価格維持の撤廃。公正取引委員会の排除勧告を約3カ月後に受け入れ、1953年以来の価格統制を1997年に解いた 公取委の排除勧告に抗戦せず受諾し、70年余り続いた化粧品の再販価格維持を放棄して価格競争と販売体質改革へ転じた判断 70年の価格統制を手放した勇気と、その空白 この決断の核心は、法規制への対応そのものよりも、公取委と争う道もあったなかで福原社長が争いを選ばず、守りに割く力を改革へ回すと決めた点にある。1987年に販社の滞留在庫を一括回収し高度成長期型の数量拡大モデルを断ち切ったのと同じく、痛みを先送りせず自ら流通の実態と向き合う判断であった。70年続いた価格統制を手放したことで、資生堂はようやく市場競争の土俵に立った。 プライシング・価格政策 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/5004/decisions/izumii-scandal-1997/","t":"山田菊男会長の引責と泉谷良彦社長の続投という責任の分担","c":"三菱石油","y":1997,"col":"#E60012","s":"泉井石油商会への不明朗な資金提供が発覚し、経営陣の関与を疑う見方が広がるなかで、会長を辞めさせ社長を残すことで引責の所在を定めた人事","x":"1997 三菱石油 泉井事件で会長辞任 山田菊男会長の引責と泉谷良彦社長の続投という責任の分担 1997年2月に泉井事件で会長辞任。泉井石油商会への不明朗な資金提供の責任を山田菊男会長が負い、泉谷良彦社長は職に留まった 泉井石油商会への不明朗な資金提供が発覚し、経営陣の関与を疑う見方が広がるなかで、会長を辞めさせ社長を残すことで引責の所在を定めた人事 会社の顔を守る人事が残したもの 辞めたのは会長で、残ったのは社長であった。この順序を決めたのは山田菊男氏自身で、財閥系企業として会社の顔である社長を温存する形をとった。山田氏は1996年12月初旬に辞任を決意し、三菱重工業・東京三菱銀行・三菱商事の3首脳へ相談したうえで結論を出している。退任の時期は検察の調査への心証を考えた泉谷社長の判断で1カ月延び、3月末での辞任・相談役就任となった。責任の切り分けとしては明快であった。ただ、路線を敷いた会長が退き、その路線を引き継いだ社長が残った。拡大の是非は、この人事の論点にならなかった。 不祥事・信頼回復 トップ交代・承継 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5831/decisions/share-buyback-1997/","t":"邦銀で初めて踏み切った資本の払い戻しと、発行済み株数の圧縮","c":"しずおかフィナンシャルグループ","y":1997,"col":"#7D001A","s":"不良債権の負担が軽く資本と剰余金を厚く抱えていた地銀が、規制緩和を待って株主還元とROE・EPSの向上へ資本を振り向けた判断","x":"1997 しずおかフィナンシャルグループ 自己株式の取得消却 邦銀で初めて踏み切った資本の払い戻しと、発行済み株数の圧縮 1997年12月に自己株式の取得消却。静岡銀行が邦銀で初めて自行株を市場で買い付けて消却し、発行済株式数を減らした 不良債権の負担が軽く資本と剰余金を厚く抱えていた地銀が、規制緩和を待って株主還元とroe・epsの向上へ資本を振り向けた判断 資本を返せる銀行であるということ 当たり前でなかったのは、それを1997年12月に銀行が言った点である。公的資金の注入が目前に迫るなかで、地銀の一行だけが逆を向き、稼いだ利益で自行株を買い戻した。定款だけ整えて様子をうかがう企業が大半のなかで実行へ移せたのは、消却しても比率が揺るがない資本を持っていたからだと思われる。 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6098/decisions/kono-presidency-1997/","t":"3代目トップへの交代と、経営陣の世代の入れ替え","c":"リクルートHD","y":1997,"col":"#006EBC","s":"リクルート事件・ダイエー傘下という再建局面で、創業者依存の経営から実力で昇進した営業出身の生え抜きへ経営を承継し、次の成長段階に備えた世代交代と経営体制の刷新","x":"1997 リクルートhd 河野栄子氏が社長就任 3代目トップへの交代と、経営陣の世代の入れ替え 1997年6月に河野栄子氏が社長就任。リクルート初の女性営業職として中途入社した生え抜きが、江副浩正氏・位田尚隆氏に続く3代目に就任した リクルート事件・ダイエー傘下という再建局面で、創業者依存の経営から実力で昇進した営業出身の生え抜きへ経営を承継し、次の成長段階に備えた世代交代と経営体制の刷新 実力で階段を上った「サラリーウーマン」が問うもの この社長交代の核心は、単なる女性経営者の登場ではなく、創業者の個性やカリスマに依存してきたリクルートが、実力で階段を上ってきた生え抜きの営業出身者へ経営を委ねた点にある。江副浩正氏の求心力とリクルート事件、そしてダイエー傘下という激動を経たあとに求められたのは、派手な創業精神ではなく、現場で数字をつくり続けてきた実務家の手腕であった。位田尚隆社長が難局を収拾したうえで河野栄子氏を指名し、河野栄子氏もまた副社長時代に増収増益で応えていた経緯は、この継承が感情や話題性ではなく実績の積み上げの上に成り立っていたことを示している。 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/6367/decisions/1997-china-premium-strategy/","t":"中国での業務用高価格帯への集中という差別化戦略","c":"ダイキン","y":1997,"col":"#14bee6","s":"後発ゆえの制約を逆手に取り、家庭用を避けて業務用高価格帯へ集中する差別化で中国事業を高収益化した参入戦略","x":"1997 ダイキン 上海合弁で業務用に集中 中国での業務用高価格帯への集中という差別化戦略 1997年5月に中国業務用高価格帯集中。1995年に上海の合弁で入ったダイキンが官公庁・オフィス向けの設計施工から保守まで一貫 後発ゆえの制約を逆手に取り、家庭用を避けて業務用高価格帯へ集中する差別化で中国事業を高収益化した参入戦略 選べなかったことが、最適を導いた この判断の面白さは、優れた市場調査の末に高価格帯を選んだのではなく、選べる場所がそこしか残っていなかった点にある。現地空調メーカーとの合弁を先取りされ、家庭用は400社の激戦地であった以上、後発のダイキンに残されたのは業務用の隙間だけであった。制約に追い込まれた末の絞り込みが、結果として値引き競争に巻き込まれない高収益の型を生んだと推察される。 高付加価値化・プレミアム 海外進出・現地生産 選択と集中 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/6594/decisions/ma-turnaround-model-1997/","t":"企業買収による成長モデルの確立","c":"ニデック","y":1997,"col":"#009A48","s":"自社開発の限界を越えるため、ムダを抱えて収支が均衡する会社を選んで買収し、雇用を保ったまま規律改善で高収益化する再建型M&Aを成長の主軸に据えた判断","x":"1997 ニデック トーソクへの資本参加 企業買収による成長モデルの確立 1997年3月に永守重信氏がトーソクへ資本参加した。日産系列で50年の歴史を持つ会社を取り込み、人を切らずに意識改革で立て直した 自社開発の限界を越えるため、ムダを抱えて収支が均衡する会社を選んで買収し、雇用を保ったまま規律改善で高収益化する再建型m&aを成長の主軸に据えた判断 ムダを資源に変える手法の、強さと限界 この判断の核心は、どの会社をいくらで買うかという選別にあるのではなく、良いものを持ちながら緩んで沈んだ会社を安く取り込み、規律を入れるだけで高収益へ反転させるという、再現を狙った再建の型を作った点にある。ムダを欠点ではなく手つかずの資源とみなし、人を切らずに掃除と意識改革で利益を生む発想は、価格競争や不況で疲れた優良資産を割安に拾う投資でもあった。歴史と信用まで一括で買うという割り切りが、実績を重んじる日本市場の壁を越える通路になった。 連続買収・ロールアップ 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/6966/decisions/board-reform-1997/","t":"型破りな社外監査役を招いた取締役会改革","c":"三井ハイテック","y":1997,"col":"#EBC100","s":"業績悪化への危機感と商法改正による監査役制度強化を背景に、オーナー社長が社外監査役を招いて事前監査と取締役会中心の意思決定へ組み替え、不正の牽制と投資の実効性を…","x":"1997 三井ハイテック 荒川勇二の社外監査役招へい 型破りな社外監査役を招いた取締役会改革 1994年4月に社外監査役を招いて取締役会を組み替え。三井孝昭が会長兼社長で復帰し、荒川勇二を迎えて常務会主導を改める 業績悪化への危機感と商法改正による監査役制度強化を背景に、オーナー社長が社外監査役を招いて事前監査と取締役会中心の意思決定へ組み替え、不正の牽制と投資の実効性を高めたガバナンス改革 オーナーゆえに律せた逆説 この判断の核心は、株式の約4割を三井家が握るオーナー企業が、あえて外部の厳しい監査役を招いて自社を律した点にある。毎日顔を合わせる社内の役員どうしでは、互いに傷を抱えて厳しいことを言いにくい。三井氏はその限界を認め、生え抜きでない荒川氏に思い切った権限を与えた。オーナーの一存で何でも決められる立場の人物が、むしろ自らその一存を封じ、取締役会に議論を戻そうとした構図には、規律ある株式会社をつくろうという意思がうかがえる。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/7164/decisions/private-mortgage-guarantee-1997/","t":"公的融資保証から民間金融機関向けへの主力の転換","c":"全国保証","y":1997,"col":"#003C92","s":"公的融資が住宅資金の中核を占める構造が1990年代半ばから崩れ、民間金融機関の住宅ローンが伸びる制度環境の変化に対し、公的融資保証の専業から民間住宅ローン保証へ…","x":"1997 全国保証 住宅ローン保証事業に参入 公的融資保証から民間金融機関向けへの主力の転換 1997年7月に民間住宅ローンの保証業務を開始。1981年の設立から16年、公的融資に付随する保証から競争のある市場へ 公的融資が住宅資金の中核を占める構造が1990年代半ばから崩れ、民間金融機関の住宅ローンが伸びる制度環境の変化に対し、公的融資保証の専業から民間住宅ローン保証へ主力を転換した 系列に属さないという一点 1997年7月に民間へ出た時点で、この会社が売り物にできたものは多くない。設立から16年の実績は公的融資制度に付随する保証に限られ、資本金は5,000万円のまま、支店も大阪・横浜・札幌を数えるだけであった。持っていたのは、どの金融機関グループにも属していないという一点である。系列保証会社を抱える銀行から見れば競合でも、受け皿を持たない信用金庫や信用組合、農協から見れば、業態を越えて同じ条件で組める相手であった。2012年3月末の残高で信用金庫の4兆6,146億円が銀行の1兆7,030億円を上回っていた事実は、参入時に手を伸ばした先がどこであったかを示している。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7211/decisions/sokaiya-scandal-1997/","t":"利益供与の発覚が長期支配体制を断ち切り、経営陣の刷新に至った局面","c":"三菱自動車","y":1997,"col":"#EC0100","s":"総会屋利益供与とセクハラの発覚を機に、木村社長を会長へ退かせて河添克彦氏を社長に据え、中村院政の打破と社風改革でガバナンス再建を図った経営刷新","x":"1997 三菱自動車 総会屋事件で中村院政終焉 利益供与の発覚が長期支配体制を断ち切り、経営陣の刷新に至った局面 1997年に河添克彦氏が社長に就任し院政を断つ。木村雄宗氏が1年余りで会長へ就任した後を継ぎ上席役員を越えて社風改革に着手 総会屋利益供与とセクハラの発覚を機に、木村社長を会長へ退かせて河添克彦氏を社長に据え、中村院政の打破と社風改革でガバナンス再建を図った経営刷新 腐った根幹は、社長交代では正せない この判断の核心は、不祥事の後始末を社長の首のすげ替えで済ませようとしたところにある。河添克彦社長の抜擢と合議改革は、形骸化した意思決定を実質へ戻す点で理にかなっていた。だが総会屋への利益供与も米国のセクハラも、人事権を握る中村嘉彦会長の院政という一点に根を持つと、当時から名指しされていた。その院政に正面から手を入れないまま新社長だけを立てても、腐った根幹は残る。順法意識の欠落は、経営会議の顔ぶれを変えれば消えるたぐいのものではなかった。 不祥事・信頼回復 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/7269/decisions/maruti-dispute-1997/","t":"合弁の社長人事を巡るインド政府との対立と、国際仲裁への持ち込み","c":"スズキ","y":1997,"col":"#E10B17","s":"スズキとインド政府が50%ずつ出資する合弁マルチ・ウドヨグで、社長人事を巡り対立。政府の独自任命にスズキが国際仲裁で対抗し、1998年に社長人事へのスズキの承認…","x":"1997 スズキ マルチ・ウドヨグ人事紛争 合弁の社長人事を巡るインド政府との対立と、国際仲裁への持ち込み 1997年8月にマルチ・ウドヨグで人事が対立。50%ずつ出資するインド政府が独自候補バスカルドゥ氏の社長任命を決議した スズキとインド政府が50%ずつ出資する合弁マルチ・ウドヨグで、社長人事を巡り対立。政府の独自任命にスズキが国際仲裁で対抗し、1998年に社長人事へのスズキの承認権を確保して和解した。折半合弁における経営権の所在が露わになり、2002年の子会社化へ連なった。 折半合弁が突きつけた、経営権の設計 この対立の核心は、50%ずつという資本構成が、平時は見えない経営権の所在を、社長人事という一点で露わにした点にある。折半のマルチでは、どちらも単独では意思を通せない。技術と生産の実質をスズキが担っても、社長という象徴の座では、元国営企業の出自を残す政府が独自候補を押し込めた。スズキが主権国家の政府を相手に国際仲裁という強い手段を選んだのは、この一点を譲れば、成長するインド事業の主導権を失うと見たためである。 機関設計・取締役会改革 インド・南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/7532/decisions/urban-ds-shinjuku-1997/","t":"郊外型ディスカウントストアからの決別と深夜営業への賭け","c":"パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス","y":1997,"col":"#E60012","s":"郊外で磨いた深夜営業を、金融再編で放出された都心の一等地へ持ち込み、都市型ディスカウントストアへ出店を拡大した業態転換","x":"1997 パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス 都市型の深夜営業店へ転換 郊外型ディスカウントストアからの決別と深夜営業への賭け 1997年4月に新宿駅前へ都市型店を出店。安田隆夫社長が深夜営業のディスカウントストアで都心の一等地に集中出店へ転じた 郊外で磨いた深夜営業を、金融再編で放出された都心の一等地へ持ち込み、都市型ディスカウントストアへ出店を拡大した業態転換 立地を制する者が業態を制する この判断の核心は、深夜営業という強みの置き場所を、郊外から都心へ移した点にある。地価の壁で都心に出られなかった時期に、金融再編で放出された一等地をいち早く押さえ、買わずに使う立地の組み立てを見つけた。安田隆夫氏が不動産業で培った土地勘は、顧客より先に地主の事情を読む視点として働いた。深夜マーケットという需要の発見と、都心一等地という供給の確保が噛み合ったとき、郊外の異色店は都市型ディスカウンターへ姿を変えた。 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7741/decisions/holding-company-carve-out-1997/","t":"本社50人化と持株会社型カンパニー制への移行","c":"HOYA","y":1997,"col":"#4695CC","s":"関連性の低い五事業を同じ物差しで管理する限界を背景に、1997年4月に成長事業をカンパニー・成熟事業を子会社とし、本社を投資家に徹する少人数組織へ縮小したうえで…","x":"1997 hoya sva導入と本社50人化 本社50人化と持株会社型カンパニー制への移行 1997年4月に持株会社を想定した組織へ改編。成長事業を社内カンパニー、成熟事業を子会社とし、本社を少人数の戦略組織へ縮小した 関連性の低い五事業を同じ物差しで管理する限界を背景に、1997年4月に成長事業をカンパニー・成熟事業を子会社とし、本社を投資家に徹する少人数組織へ縮小したうえで、1997年度から5年間の第2期経営改革で資本効率指標svaを経営の軸に据えた組織改革 事業ごとに別の物差しを当てる この改革の要点は、制度としての持株会社そのものより、事業を切り分けて別々の物差しで測るという発想にあったといえる。関連性の低い五事業を一つの会社で抱える限り、成熟事業のゆるみと成長事業の要求が同じ帳簿の中で相殺され、どこで稼ぎどこで失っているのかが見えにくくなる。カンパニーと子会社へ分け、事業別に資本コストを与えることで、hoyaは各事業に固有の採算をむき出しにした。本社を投資家に見立てる比喩は、その可視化を組織の形にまで徹底した表現だっただろう。 持株会社化・グループ再編 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7832/decisions/segabandai-merger-collapse-1997/","t":"ゲーム業界再編をねらった電撃発表から、わずか4カ月での白紙撤回","c":"バンダイナムコHD","y":1997,"col":"#E60000","s":"家庭用ゲーム機市場の競争激化と新規事業の不振で規模拡大を急いだバンダイが、セガ・エンタープライゼスとの対等合併を電撃発表したが、社内の反発を抑えきれず契約締結前…","x":"1997 バンダイナムコhd セガとの合併破談 ゲーム業界再編をねらった電撃発表から、わずか4カ月での白紙撤回 1997年1月にバンダイがセガとの対等合併を発表。10月のセガバンダイ発足を掲げたが社内の反発が収まらず、5月27日に解消 家庭用ゲーム機市場の競争激化と新規事業の不振で規模拡大を急いだバンダイが、セガ・エンタープライゼスとの対等合併を電撃発表したが、社内の反発を抑えきれず契約締結前に解消した 規模拡大という課題の8年越しの決着 山科誠氏が1997年に語った\"企業文化の溝\"という説明は、半分だけの真実だっただろう。対外的な言葉と、23年後に明かされた内実のずれは、同族創業家の一存が経営判断の帰趨を左右しうる、当時のバンダイの企業統治の姿を映し出している。取締役会が5月だけで方針を二転三転させた迷走ぶりも、この構造から生じたものと解釈できる。 合併・経営統合 破談・撤回"},{"k":"decision","u":"/tse/8198/decisions/bankruptcy-1997/","t":"転換社債の自力償還が行き詰まり、1997年9月の会社更生法申請へ——上場大手小売の破綻","c":"ヤオハン","y":1997,"col":"#333333","s":"償却前利益を上回る設備投資と関係会社への投融資で有利子負債が1000億円超に膨らみ、転換社債の自力償還が行き詰まって主力3行の支援も途絶え、1997年9月に会社…","x":"1997 ヤオハン 長銀・東海の支援途絶で更生法申請 転換社債の自力償還が行き詰まり、1997年9月の会社更生法申請へ——上場大手小売の破綻 1997年9月に会社更生法の適用を申請した。静岡地盤のヤオハンジャパンは転換社債の償還に行き詰まり、東海・住友信託・長銀の支援も途絶えた 償却前利益を上回る設備投資と関係会社への投融資で有利子負債が1000億円超に膨らみ、転換社債の自力償還が行き詰まって主力3行の支援も途絶え、1997年9月に会社更生法を申請した経営破綻 破綻が問うたもの ヤオハンの破綻は、規制のくびきを逃れて海外に活路を求めた戦略そのものが、国内の過剰な設備投資と関係会社への投融資、そして問題を先送りする体質と同時に限界へ達した帰結であっただろう。市場から調達した約600億円がリターンを生まないまま、修正バランスシートで覆いが外れたとき、拡大の代償は900億円を超える債務超過となって一度に表へ出た。 経営破綻・法的整理"},{"k":"decision","u":"/tse/8198/decisions/daiei-store-sale-1997/","t":"資金繰り危機下で主力16店、熱海の高収益店まで含めた中核店舗の売却","c":"ヤオハン","y":1997,"col":"#333333","s":"資金繰り危機のリストラ策として、熱海の高収益店を含む主力16店を競合ダイエー傘下のセイフーへ約330億円で一括売却し、代金の大半を有利子負債の返済に充てた事業売…","x":"1997 ヤオハン ダイエーへ主力店売却 資金繰り危機下で主力16店、熱海の高収益店まで含めた中核店舗の売却 1997年2月に主力店をダイエー系へ売却。セイフーへ16店を約330億円で譲渡し、年商674億円・営業利益23億円の中核店舗を手放す 資金繰り危機のリストラ策として、熱海の高収益店を含む主力16店を競合ダイエー傘下のセイフーへ約330億円で一括売却し、代金の大半を有利子負債の返済に充てた事業売却 高収益店を手放すという選択 熱海の一店から出発して海外に雄飛したヤオハンが最後に手放したのは、その熱海を含む国内の稼ぎ頭であった。目先の社債償還を凌ぐために、再建の中核となるはずの高収益店を競合へ渡す判断は、資金繰りの論理としては筋が通っていたが、事業の論理としては本業の土台を自ら掘り崩す選択でもあった。危機に直面した企業がまず何を守り、何を差し出すのか、という問いを、この売却は今日にも突きつけていると推察される。 事業売却・撤退 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8198/decisions/jusco-rescue-1997/","t":"会社更生下で競合を再建スポンサーに迎え、主力店を手放した末の存続策","c":"ヤオハン","y":1997,"col":"#333333","s":"転換社債の自力償還に行き詰まって会社更生法を申請したヤオハンジャパンが、主力店をダイエーへ手放した後、ジャスコの支援を受け入れて本業の存続を図った破綻後の再建判…","x":"1997 ヤオハン ジャスコの支援受け入れ 会社更生下で競合を再建スポンサーに迎え、主力店を手放した末の存続策 1997年10月にジャスコの支援を受け入れ。9月の会社更生法申請を経て岡田卓也会長が支援を表明し、納入業者との取引再開へ動く 転換社債の自力償還に行き詰まって会社更生法を申請したヤオハンジャパンが、主力店をダイエーへ手放した後、ジャスコの支援を受け入れて本業の存続を図った破綻後の再建判断 再建ではなく後始末の入り口 ジャスコの支援は、瀕死の更生会社に取引先をつなぎ止める時間を与えた点で、本業の命脈を保つ意味を持っていた。ただ支援は資金を伴わず、あくまで自力再建の介添えにとどまった。稼ぎ頭の大型店を競合へ手放した後の店舗網で、半減した日商から採算を取り戻すのは容易でなく、支援を受け入れた側にとっては、店を残すための最後の選択であったのだろう。 経営再建・ターンアラウンド 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/8233/decisions/soukaiya-settlement-1997/","t":"総会屋への利益供与と、株主代表訴訟を全面的に受け入れた和解","c":"高島屋","y":1997,"col":"#D3270C","s":"総会対策費への役員の関与が明白で勝算が薄いうえ、現役社長を被告に抱えたまま訴訟が長引けば企業イメージが傷むという判断から、争わずに全面的に受け入れた","x":"1997 高島屋 日高啓氏らの利益供与訴訟が和解 総会屋への利益供与と、株主代表訴訟を全面的に受け入れた和解 1997年4月に総会屋利益供与の訴訟が和解。日高啓前社長らが総会対策費と課税分を合わせた1億7000万円を負担 総会対策費への役員の関与が明白で勝算が薄いうえ、現役社長を被告に抱えたまま訴訟が長引けば企業イメージが傷むという判断から、争わずに全面的に受け入れた 「聞いていない」が通らなくなるということ この和解の重さは、支払った金額よりも、責任の書かれ方にあっただろう。高島屋の和解条項は、その逃げ道を正面から塞いだ。判例としては残らなかったものの、実質的には原告側の主張がほぼ通った決着であり、経営トップの無責任な体質に対する警鐘として受け止められた。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/8234/decisions/okuda-reform-1997/","t":"売上至上主義から海外百貨店からの撤退・売場業務の再設計","c":"大丸","y":1997,"col":"#007A8A","s":"消費不況と海外事業の損失で赤字転落が視野に入るなか、店舗・事業の整理と人員削減で損益を立て直し、売上高ではなく利益を指標に百貨店本業を組み替えた構造改革","x":"1997 大丸 利益第一主義への転換 売上至上主義から海外百貨店からの撤退・売場業務の再設計 1997年3月に奥田務氏が社長へ就任し改革に着手。海外百貨店の撤退と国内3店の閉鎖、希望退職746人で本業を組み直す 消費不況と海外事業の損失で赤字転落が視野に入るなか、店舗・事業の整理と人員削減で損益を立て直し、売上高ではなく利益を指標に百貨店本業を組み替えた構造改革 物差しを取り替えるということ 奥田務氏が最初に外したのは、売上高という物差しであった。中期経営計画で2001年度の単体売上高を4,100億円と当時の実績より低く置き、収益性の低い催事と値引きを削って売上を自ら落としにいった。売場面積と売上高で序列を語ってきた業界において、順位が下がる前提の計画を掲げるのは、老舗の看板を背負う社長にとって容易ではなかったとみられる。社内の反発を『ないといえばウソになります』と認めながら進めたところに、この改革の芯があったといえる。 リストラ・構造改革 海外撤退・縮小 低価格・コストリーダーシップ 雇用・労使 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/8235/decisions/sokaiya-scandal-governance-1997/","t":"総会屋への利益供与事件を受けた経営陣の退任と、不採算店舗の閉鎖・人員削減","c":"松坂屋","y":1997,"col":"#4072B6","s":"創業家と経営陣の内紛に付け入られた総会屋との関係を断ち、経営陣の交代と不採算子会社・店舗の整理によって統治体制を再構築する","x":"1997 松坂屋 利益供与事件での引責退陣 総会屋への利益供与事件を受けた経営陣の退任と、不採算店舗の閉鎖・人員削減 1997年10月に総会屋利益供与で経営陣が退任。広報室長の逮捕を受け岡田邦彦社長が子会社整理と四日市店・大阪店の閉鎖を進める 創業家と経営陣の内紛に付け入られた総会屋との関係を断ち、経営陣の交代と不採算子会社・店舗の整理によって統治体制を再構築する 付け入られたのは、商売ではなく内紛であった 芳賀竜臥氏が1985年に松坂屋の門を叩いたとき、目を付けたのは商売の弱みではなく、創業家を追った側と追われた側がにらみ合う社内の割れ目であった。鈴木正雄氏が伊藤家の支配を解いたことで、松坂屋は同族会社の統治を失いながら、それに代わる統治を持たないまま12年を過ごした。総会担当を務めた糸川英夫氏が同期最速で取締役に就任し、同じく秘書室を経た伊藤旺氏が社長になった人事は、その空白の産物だったと推察される。 不祥事・信頼回復 創業家・同族 トップ交代・承継 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8253/decisions/saison-amex-launch-1997/","t":"提携カードの追加による、4大国際ブランドを揃えた体制の完成","c":"クレディセゾン","y":1997,"col":"#004890","s":"アメックスが自社発行から提携戦略へ転換した機会をとらえ、VISA・MasterCard・JCBに続く第4の国際ブランドを取り込んで、会員に提供するカードの品揃え…","x":"1997 クレディセゾン セゾン・アメックス発行 提携カードの追加による、4大国際ブランドを揃えた体制の完成 1997年秋にセゾン・アメックスカードを発行。クレディセゾンがvisa・mastercard・jcbに続く4つ目の提携先を得る アメックスが自社発行から提携戦略へ転換した機会をとらえ、visa・mastercard・jcbに続く第4の国際ブランドを取り込んで、会員に提供するカードの品揃えを完成させる判断 ブランドを借りて品揃えを完成させるということ この判断の要は、自前で国際ブランドを立ち上げるのではなく、方針を転換した相手の資産を借りて品揃えを完成させた点にあるだろう。アメックスが自社発行に固執し続けていれば、クレディセゾンが4大ブランドを揃える道はなかった。相手が戦略を切り替えたときを逃さず、ビザ・マスターとの対立の間隙に第一号として滑り込んだ機動力に、流通系カード会社ならではの身の軽さがうかがえる。自社の色に固執せず、使える資産は外から借りるという構えは、その後の同社が提携を多用していく手法とも重なる。 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/8311/decisions/soukaiya-scandal-1997/","t":"大蔵省検査を機に迫られた経営陣の総退陣と、総務部そのものの廃止","c":"第一勧業銀行","y":1997,"col":"#1a5c9c","s":"総会屋への利益供与事件の摘発を受け、融資の窓口となっていた総務部を廃止し、役員21名の退任と機関設計の変更によって組織を構築し直した","x":"1997 第一勧業銀行 総会屋融資の隠蔽発覚 大蔵省検査を機に迫られた経営陣の総退陣と、総務部そのものの廃止 1997年6月に総会屋融資の隠蔽が発覚。第一勧業銀行は延べ69回・総額275億円の融資を認め、役員40名のうち21名が退任 総会屋への利益供与事件の摘発を受け、融資の窓口となっていた総務部を廃止し、役員21名の退任と機関設計の変更によって組織を構築し直した 本業のなかに置かれた特別扱い 株式担保の掛け目を10割にするという一点に、この12年の性格が表れている。大手都銀が優良株でも7割にとどめる慣行を、第一勧銀は小池氏側にだけ外していた。裏金であれば経理に痕跡が残り、当局の目にも触れる。しかし融資は本業であり、稟議も担保も形式だけは整っていたため、275億円の特別扱いは膨大な貸出案件のなかに紛れた。窓口が総務部に固定され、審査部門までがその扱いを追認したことで、行内で異常を指摘する回路が働かなかっただろう。 不祥事・信頼回復 トップ交代・承継 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8602/decisions/voluntary-closure-1997/","t":"会社更生法による再建を選ばず、営業停止に踏み切った清算の道","c":"山一證券","y":1997,"col":"#D11719","s":"簿外債務の発覚で市場からの資金調達と顧客の預かり資産の維持が立たなくなるなか、大蔵省が自主廃業を求め、会社更生の道も閉ざされたため営業停止を決議した","x":"1997 山一証券 自主廃業による事業終了 会社更生法による再建を選ばず、営業停止に踏み切った清算の道 1997年11月に自主廃業を発表。臨時取締役会で営業停止を決議し、簿外債務2648億円を含む約3300億円の損失を公表して101年の歴史を閉じた 簿外債務の発覚で市場からの資金調達と顧客の預かり資産の維持が立たなくなるなか、大蔵省が自主廃業を求め、会社更生の道も閉ざされたため営業停止を決議した 市場の判定ではなく、行政の判断として 山一証券は債務超過ではなかった。1998年3月末の時点でもそうであったと関係者は述べている。ここに手続き上の捻れがある。債務超過の証券会社には自主廃業が認められず日銀特融も使えないし、刑事事件になれば特融は実施できない。その両方の可能性を抱えた会社に、大蔵省は自主廃業という手順を選ばせた。市場が引導を渡したというより、行政の判断として下りてきただろう。 経営破綻・法的整理 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/8604/decisions/sokaiya-scandal-1997/","t":"再発と、氏家純一社長による二度目の企業統治改革","c":"野村ホールディングス","y":1997,"col":"#b51e22","s":"1991年の損失補塡不祥事から6年後、総会屋への利益供与が再発して社長が引責辞任し、氏家純一社長のもとで取引一任勘定と内部管理体制を断つ二度目の刷新に着手した判…","x":"1997 野村ホールディングス 総会屋事件で酒巻英雄辞任 再発と、氏家純一社長による二度目の企業統治改革 1997年3月に総会屋への利益供与が発覚。酒巻英雄社長が引責辞任し、常務から昇格した氏家純一のもとで内部管理体制の立て直しに入った 1991年の損失補塡不祥事から6年後、総会屋への利益供与が再発して社長が引責辞任し、氏家純一社長のもとで取引一任勘定と内部管理体制を断つ二度目の刷新に着手した判断 二度の不祥事が問うたもの この判断の重さは、同じ会社が6年のあいだに同じ種類の不祥事を繰り返した点にある。1991年に掲げた\"新生・野村\"は、標語としては原点回帰を語りながら、総会屋との一任勘定という現場の慣行までは断てなかった。二度目の刷新で氏家純一社長が危機感を前面に置いたのは、一度目が言葉の再生にとどまった反省の裏返しだったとみられる。理念の宣言と、受注や執行の仕組みを組み替える実務とのあいだには、埋めなければならない距離があった。 不祥事・信頼回復 トップ交代・承継 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8605/decisions/kosei-ho-application-1997/","t":"救済合併にも自主廃業にも拠らない法的再建の選択","c":"三洋証券","y":1997,"col":"#3030A5","s":"救済合併も追加増資も成立せず、劣後ローンの延長も止まったため、自己資本規制比率を維持できなくなり司法手続きによる処理を申請した","x":"1997 三洋証券 会社更生法の適用申請 救済合併にも自主廃業にも拠らない法的再建の選択 1997年11月に会社更生法の適用を申請。三洋証券の負債総額は3736億円にのぼり、上場する証券会社への適用は戦後初 救済合併も追加増資も成立せず、劣後ローンの延長も止まったため、自己資本規制比率を維持できなくなり司法手続きによる処理を申請した 分水嶺と呼ばれた理由 三洋証券の場合、従来の手法は通用せず、一般の会社と変わらない枠組みで処理が進んだ。免許業種に対して政府は明治以来、営業の許可にとどまらず細かな運営にまで口を出し、その代わりに業者が負うべき責任を引き受けてきた経緯がある。当時の誌面がこの処理を近代金融史の分かれ目と位置づけたのは、免許業者を救う旧来の仕組みがここで終わったとみたからである。行政が破綻させないと請け負う形の支援は、このとき一度途切れた。その見立ては、翌年以降の破綻処理に照らしてもおおむね外れていない。 経営破綻・法的整理 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/8761/decisions/toyota-exclusive-insurance-1997/","t":"自動車メーカーの依頼に応じた、メーカー主導の商品設計の受け入れ","c":"あいおい損害保険","y":1997,"col":"#11A292","s":"1998年7月の自動車保険料率自由化を前に、事業費率で規模の利益が働く価格競争を避け、筆頭株主トヨタの依頼に応じて専用商品を開発することで差別化の手立てを確保し…","x":"1997 あいおい損害保険 goa車専用保険の開発 自動車メーカーの依頼に応じた、メーカー主導の商品設計の受け入れ 1997年5月にgoa車専用の傷害保険を発売。トヨタ自動車の依頼で千代田火災海上保険が衝突安全ボディ採用車の購入者に限り、トヨタオート店1060店で扱った 1998年7月の自動車保険料率自由化を前に、事業費率で規模の利益が働く価格競争を避け、筆頭株主トヨタの依頼に応じて専用商品を開発することで差別化の手立てを確保した判断 借りた強さと、渡した主導権 事業費率で規模の利益が働く損保では、価格の自由化は中堅ほど不利に働く。トヨタの依頼に応じてgoa車だけの傷害保険を作った判断は、価格ではなく商品で差をつける道を、資本でも販売でもつながる相手と組んで確保する試みだった。 販路・チャネル転換 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/9431/decisions/domestic-entry-1997/","t":"企業向け国内電話への参入と、列島周回海底ケーブルの敷設","c":"KDD","y":1997,"col":"#003163","s":"国際電話の価格崩壊で本業の利幅が消えるなか、専用線接続の顧客基盤と海底ケーブル技術をそのまま国内市場へ持ち込んだ新規参入","x":"1997 kdd ルートkddの国内延伸 企業向け国内電話への参入と、列島周回海底ケーブルの敷設 1997年7月に企業向け国内電話へ参入。国際電信電話株式会社法の改正を受け、kddが専用線のルートkddを国内通話へ拡大した 国際電話の価格崩壊で本業の利幅が消えるなか、専用線接続の顧客基盤と海底ケーブル技術をそのまま国内市場へ持ち込んだ新規参入 手持ちの資産を、そのまま国内へ延ばす 3000社7600回線のルートkddと、海底に線を敷く技術。kddが国内へ出るときに手にしていたのは、この二つであった。営業網も市内回線もない会社が9兆円の市場に参入するには、すでにある資産を国内へ延ばすほかない。企業向けを先にして個人向けを1年後に回した順番も、国内幹線を海に敷いた選び方も、そこから素直に導かれる。西本正社長が国際通信を主力に据えたまま国内を足したのは、国際で付き合いのある企業をそのまま国内の顧客として数えられるとみていたからだろう。 隣接領域への展開 大型設備投資 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/9984/decisions/expansion-debt-concern-1997/","t":"相次ぐ買収による急膨張と、それに向けられた市場の視線","c":"ソフトバンクグループ","y":1997,"col":"#757677","s":"株式公開で得た資金力を梃子に社債でまかなう大型買収を続け、売上を超える有利子負債への市場の懸念に対して、買収先の情報とネットワークに価値を置く論理で拡大の継続を…","x":"1997 ソフトバンクグループ 拡大路線への懸念 相次ぐ買収による急膨張と、それに向けられた市場の視線 1997年に買収による拡大へ市場の懸念が高まる。1994年の株式公開を機に米ジフ・デービスやコムデックスを買収し売上を超える有利子負債を抱えた 株式公開で得た資金力を梃子に社債でまかなう大型買収を続け、売上を超える有利子負債への市場の懸念に対して、買収先の情報とネットワークに価値を置く論理で拡大の継続を選んだ経営判断 「借金してでも買い続ける」という賭けの評価 この時期の判断を貫くのは、財務の健全さよりも先に、情報とネットワークの獲得を置くという価値の順序であった。売上を超える有利子負債を抱えても買収を続けたのは、孫正義氏が買収先の帳簿上の利益ではなく、そこから見える次の商機に賭けていたからである。市場が財務体力を疑うなかで『浮利は追っていない』\"買収はやり続ける\"と言い切れたのは、この価値観に確信があったからにほかならない。数字の危うさを、情報の価値で上書きしようとする発想である。 連続買収・ロールアップ 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/ido/decisions/cellular-alliance-1997/","t":"次世代携帯電話でのCDMA方式の共同採用と、陣営づくりへの全面的な踏み込み","c":"日本移動通信","y":1997,"col":"#0B4C97","s":"NTTと共通の方式では対抗できないという判断のもと、次世代方式に米国発のCDMAを選び、営業区域が補完し合う第二電電系セルラー8社と共同で採用した技術提携","x":"1997 日本移動通信 ddiセルラーグループとの提携 次世代携帯電話でのcdma方式の共同採用と、陣営づくりへの全面的な踏み込み 1997年3月にddiセルラーグループと提携。米クアルコム開発のcdma方式を共同採用し、両陣営の営業区域を合わせて全国均一へ nttと共通の方式では対抗できないという判断のもと、次世代方式に米国発のcdmaを選び、営業区域が補完し合う第二電電系セルラー8社と共同で採用した技術提携 開発しないことを条件に選ばれた方式 米国で実用化済みの端末を持ち込めるかどうかが、方式選びの条件になった。無線方式を三つ抱え、1997年3月末に179億円の累積損失を残した会社に、四つ目を自力で仕上げる余力はない。塚田健雄社長の『nttと同じ方式を採用していては勝負にならない』という言葉は、独自技術への意欲を語ったものではなかったであろう。開発の負担を負わずにドコモと異なる系統へ移れる道が、一つしかなかったということである。区域が補完し合うセルラー8社という相手が同じ時期にいたことが、その道を通した。 技術・r&d起点の勝負 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/ltcb/decisions/swiss-bank-alliance-1997/","t":"業務・資本の両面で組む投資銀行への転換と、住友信託銀行への合併申し入れ","c":"日本長期信用銀行","y":1997,"col":"#C2023E","s":"主力である長期の貸出業務が細るなか、外資との業務・資本提携で信用力を補い、市場業務で収益を生む投資銀行への転換に活路を求めた判断","x":"1997 日本長期信用銀行 スイス銀行との資本提携 業務・資本の両面で組む投資銀行への転換と、住友信託銀行への合併申し入れ 1997年7月にスイス銀行と資本提携。株式の相互持ち合いと合弁会社設立を柱に、大野木克信頭取が投資銀行への活路を求めた 主力である長期の貸出業務が細るなか、外資との業務・資本提携で信用力を補い、市場業務で収益を生む投資銀行への転換に活路を求めた判断 引き戻された構想と、残された店舗網 第6次長期経営計画で投資銀行への転換を退けた企画部長が、頭取となって同じ構想に戻った。大野木克信氏にとってスイス銀行との提携は、貸出で稼ぐ銀行を市場で稼ぐ銀行へ作り替える手立てであり、主力業務が細っていた長期信用銀行に残された道としては合理的であったと思われる。狂ったのは構想ではなく順序であった。提携で信用を補ってから負の遺産を処理するという段取りは、隠している損失があると市場に読まれた時点で成り立たなくなる。 資本提携・政策保有 収益モデル転換 救済型m&a・支援受け入れ 経営破綻・法的整理 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/1808/decisions/special-loss-writeoff-1996/","t":"「毎年赤字より一回ドカンと出す」──1,850億円を一度に落とし、含み損を後年へ残さない決着","c":"長谷工コーポレーション","y":1996,"col":"#333333","s":"バブル崩壊による不動産含み損の拡大で財務基盤が揺らぐなか、損失処理を先送りせず一括計上して短期での収益改善を狙った財務再建","x":"1996 長谷工コーポレーション 不良資産1,850億円の一括処理 「毎年赤字より一回ドカンと出す」──1,850億円を一度に落とし、含み損を後年へ残さない決着 1996年3月に特別損失の一括処理。合田耕平社長が不動産含み損1,600億円を含む1,850億円を計上し最終赤字2,144億円 バブル崩壊による不動産含み損の拡大で財務基盤が揺らぐなか、損失処理を先送りせず一括計上して短期での収益改善を狙った財務再建 一括処理という速度と、続いた再建 1996年3月期の一括処理が示すのは、痛みを先送りしない決断の速さである。分割処理であれば表面上の赤字幅は毎年小さく抑えられたはずだが、合田耕平社長はその選択肢を退け、信用不安という短期のリスクを引き受けてでも財務の全体像を一度に明らかにした。バブル期の多角化という自らの経営判断の誤りを社長自身の言葉で認めたうえでの処理だった点にも、この決断の重みがうかがえる。 経営再建・ターンアラウンド 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/1878/decisions/vertical-integration-1996/","t":"賃貸経営に付随する仕事を外へ出さずグループ内で内製化する囲い込み","c":"大東建託","y":1996,"col":"#D7092F","s":"客付け・資金・管理という賃貸経営の周辺機能を外部依存から自社グループでの内製へ切り替え、請負一本の収益構造に継続収入を重ねる多角化","x":"1996 大東建託 大東ファイナンス設立で垂直統合 賃貸経営に付随する仕事を外へ出さずグループ内で内製化する囲い込み 1996年5月に周辺機能を垂直統合。5カ年の中長期経営計画を定め、1993年の大東ファイナンスから2001年のガスパルまで自前で持った 客付け・資金・管理という賃貸経営の周辺機能を外部依存から自社グループでの内製へ切り替え、請負一本の収益構造に継続収入を重ねる多角化 隣を埋めるという多角化 この一連の子会社設立は、飛び地への進出ではなく、既にある事業の隣を一つずつ埋める作業であった。仲介も、融資も、管理も、ガスも、いずれも賃貸住宅を建てた地主と入居者のあいだで必ず発生する仕事で、外部の事業者に渡していた収入を自社へ引き寄せる性格を持つ。多田勝美社長が\"トータルライズ化\"という言葉で説明したのは、新しい市場を開くというより、自分たちの作った市場から漏れていた分を回収するという発想であったとみられる。無借金で1,000億円規模の運用資産を抱えていたことが、その回収を一気に進めさせた。 垂直統合・内製化 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/2001/decisions/frozen-food-entry-1996/","t":"冷凍食品製造部門の切り出しによる専業体制の構築","c":"ニップン","y":1996,"col":"#E60014","s":"国内の小麦需要が頭打ちへ向かうなか、本体の一製造部門であった冷凍食品を分社し、製粉とは原価構造の異なる事業として独立させて育てる判断","x":"1996 ニップン ニップン冷食を設立 冷凍食品製造部門の切り出しによる専業体制の構築 1996年6月にニップン冷食を設立。日本製粉が同年10月に冷凍食品製造部門を分社し、高崎工場を移管して製造を本体の外へ出した 国内の小麦需要が頭打ちへ向かうなか、本体の一製造部門であった冷凍食品を分社し、製粉とは原価構造の異なる事業として独立させて育てる判断 受け皿を先に用意した会社 小麦の総需要が伸びをやめた1996年度は、ニップン冷食を設立した年度でもあった。沢田浩社長が1993年から率いた全社的再構築のなかで、冷凍食品はなお本体の一製造部門にすぎず、投資も人繰りも製粉の論理の下に置かれていた。別会社へ出したことで、人手のかかる製造の採算を単独で測る道が開く。高崎工場を移す一方、伊勢崎の新工場は本体が建てて子会社へ貸した。事業は切り離しながら資金の負担は本体で引き受ける構えがうかがえる。 隣接領域への展開 分社・スピンオフ・子会社上場 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/2801/decisions/attack-transformation-1996/","t":"商品ごとに責任者を配置する体制づくりを通じた、事業運営の方針転換","c":"キッコーマン","y":1996,"col":"#F08300","s":"縮小する国内しょうゆ市場とPBの価格攻勢に対し、プロダクト・マネジャー制で商品開発と販売を機動化し、周辺調味料と海外へ成長の軸を移す方針転換","x":"1996 キッコーマン プロダクトマネジャー制導入 商品ごとに責任者を配置する体制づくりを通じた、事業運営の方針転換 1996年4月にプロダクトマネジャー制導入。茂木友三郎社長が社長直属の商品横断組織を先導役に据え守りから攻めへ回る 縮小する国内しょうゆ市場とpbの価格攻勢に対し、プロダクト・マネジャー制で商品開発と販売を機動化し、周辺調味料と海外へ成長の軸を移す方針転換 縮む本業を、どこで埋めるか この判断の核心は、成熟して縮むしょうゆという本業を、値下げ競争で守るのではなく、組織の作り替えと市場の広げ方で乗り越えようとした点にある。米国で経営を学んだ茂木友三郎社長は、同族色の強い老舗に社長直属の商品別責任制を持ち込み、意思決定の速さそのものを競争力にしようとした。プロダクト・マネジャーに全責任を負わせる仕組みは、縦割りに慣れた組織にとっては大きな緊張をともなうものであっただろう。 リストラ・構造改革 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/2815/decisions/kyushu-plant-2-investment-1996/","t":"年商の7割にあたる75億円を投じた専用設備への集中投資","c":"アリアケジャパン","y":1996,"col":"#E50012","s":"即席麺向け粉末の頭打ちと外食・中食の拡大を見越し、年商規模の資金を液体エキス専用の完全自動化工場へ先回りで投じた判断","x":"1996 アリアケジャパン 液体エキス専用工場建設 年商の7割にあたる75億円を投じた専用設備への集中投資 1996年4月に液体エキス専用工場の用地を取得。総工費75億円を長崎県へ投じ九州第2工場は1998年6月に完成 即席麺向け粉末の頭打ちと外食・中食の拡大を見越し、年商規模の資金を液体エキス専用の完全自動化工場へ先回りで投じた判断 需要が来る前に、生産能力を確保できるか この投資の要点は、金額の大きさよりも、まだ立っていない需要に対して先に受け皿を用意した点にあると推察される。1996年の時点で液体エキスの市場は小さく、コンビニ総菜も外食チェーンの調理標準化も、これから広がる話であった。需要が確認できてから設備を建てれば、稼働までの2年で商機は他社に移る。逆に、需要が来なければ年商の7割にあたる資産が遊ぶ。不況期は建設費が安いという読みは、その賭けの分の値引きを取りにいく計算でもあったと思われる。 大型設備投資 販路・チャネル転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/3088/decisions/urban-station-drugstore-1996/","t":"複合小売からの脱却と、都心駅前への集中によるブランドの確立","c":"マツキヨココカラ&カンパニー","y":1996,"col":"#FF5624","s":"複合小売から薬粧専門店へ投資を集中し、都心駅前の一等地に化粧品中心の大型店を並べ、テレビCMで社名をブランド化した業態転換","x":"1996 マツキヨココカラ&カンパニー マツキヨへ薬粧専門転換 複合小売からの脱却と、都心駅前への集中によるブランドの確立 1996年に薬粧専門チェーンへ転換。食品スーパーを外して都心駅前の一等地に大型店を並べ、年10億円のテレビcmで社名を浸透させる 複合小売から薬粧専門店へ投資を集中し、都心駅前の一等地に化粧品中心の大型店を並べ、テレビcmで社名をブランド化した業態転換 場所と品ぞろえと名前を組み替えた決断 この判断の核心は、複合小売を薬粧専門へ絞り込み、店を売る場所を松戸から都心の駅前へ移したところにある。多角化を捨てて一事業に賭ける決断は、当たれば大きいが外せば戻りにくい。再販価格維持制度の廃止という追い風を読み、価格の自由な一般化粧品と都心の集客を組み合わせた点に、この時期のマツモトキヨシの選択があった。 祖業・主力事業の転換 ブランド・マーケティング 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/3563/decisions/hundred-yen-uniform-1996/","t":"兵庫県宝塚市の1店舗から始めた均一価格業態への全面移行","c":"FOOD&LIFECOMPANIES","y":1996,"col":"#2F79B4","s":"直営店主体への切り替えと自社加工場の併設で原価と品質を自社で管理したうえで、「安かろう悪かろう」と見られていた1皿100円均一の価格帯へ自ら移り、寿司屋を出自と…","x":"1996 food&lifecompanies 高司店で1皿100円均一開始 兵庫県宝塚市の1店舗から始めた均一価格業態への全面移行 1996年9月に1皿100円均一の高司店を開店。創業者の清水義雄が兵庫県宝塚市に第1号店を出店した 直営店主体への切り替えと自社加工場の併設で原価と品質を自社で管理したうえで、「安かろう悪かろう」と見られていた1皿100円均一の価格帯へ自ら移り、寿司屋を出自とする多店舗チェーンの型を定めた 原価の振れを店が引き受ける約束 1996年の均一価格への移行を、低価格競争への追随とだけ読むのは、その前の数年の動きに合わない。すし太郎は5年前に直営店主体へ切り替え、前年には宝塚安倉店の隣に加工場を構えていた。値段を100円に固定するとは、原価の振れを店の側が引き受けるという意味であり、仕込みを自分の手に握っていない会社には選びにくい一手であった。清水義雄社長が均一価格に踏み切れたのは、直営店主体への切り替えと自社加工の体制がそろっていたからだろう。 低価格・コストリーダーシップ 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3861/decisions/honshu-merger-1996/","t":"かつて分かれた同根の会社との再統合と47年ぶりの旧名復帰","c":"王子ホールディングス","y":1996,"col":"#00643D","s":"国内紙需要の頭打ちと業界2強化のなかで、板紙最大手の本州製紙を取り込んで規模と品種を集約し、1949年の分割で失った「王子製紙」の社名と国内首位の地位を回復した…","x":"1996 王子ホールディングス 本州製紙との合併 かつて分かれた同根の会社との再統合と47年ぶりの旧名復帰 1996年3月に本州製紙との合併を発表。新王子製紙が板紙最大手を吸収し、1949年の分割で失った王子製紙の社名を戻した 国内紙需要の頭打ちと業界2強化のなかで、板紙最大手の本州製紙を取り込んで規模と品種を集約し、1949年の分割で失った「王子製紙」の社名と国内首位の地位を回復した合併 名跡を取り戻した年に始まったこと 本州製紙が876億円を投じて釧路工場を買い戻すと決めた時点で、この合併の条件は整った。1988年に子会社へ譲渡していた主力工場を本州が取り戻すまで、王子にできたのは相手の事情が変わる時機を待つことだけであった。1993年の神崎合併で露見した75億円の損失問題が旧神崎勢の力を削ぎ、社内の意思決定が早くに一本化していたことも、次の交渉に集中できる条件になっている。大国昌彦氏が就任から9カ月で発表にこぎ着けられたのは、この二つが重なったからだと思われる。 合併・経営統合 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/4661/decisions/tokyo-disneysea-1996/","t":"既存パークの増設ではなく、第2パークとホテル・モノレールの同時建設で滞在型リゾートへ移る選択","c":"オリエンタルランド","y":1996,"col":"#005BAB","s":"単一パークの入園者数が年間1,700万人に迫って頭打ちとなる局面で、既存パークの増設と販促で伸ばす道ではなく、ほぼ同規模の第2パーク・直営ホテル・モノレールを同…","x":"1996 オリエンタルランド 東京ディズニーシーの建設決定 既存パークの増設ではなく、第2パークとホテル・モノレールの同時建設で滞在型リゾートへ移る選択 1996年4月にディズニー社と東京ディズニーシーの業務提携契約を締結。同年12月に東証第一部へ上場し、1998年4月に無担保社債1,000億円を発行して建設資金にあてた。 単一パークの入園者数が年間1,700万人に迫って頭打ちとなる局面で、既存パークの増設と販促で伸ばす道ではなく、ほぼ同規模の第2パーク・直営ホテル・モノレールを同時に建て、上場と社債で調達した資金を長期の設備投資へ振り向けて滞在型リゾートへ移行した転換 天井を壊すのではなく、もう一つ建てる この判断が選んだのは、1つのパークを広げ続けることではなく、隣にもう1つ建てることだった。舞浜という単一の立地に閉じたまま、テーマランドを7つまで増やしても、1日で帰る客の数には物理的な上限がある。オリエンタルランドは、その上限を押し上げる努力から降り、滞在の長さそのものを商品に変える側へ回った。ホテルとモノレールを外部に任せず100%出資で抱えたことは、入園料の外側にある宿泊と移動の収入まで自社の会計に取り込む意思の表れであったとみられる。 大型設備投資 収益モデル転換 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6278/decisions/stock-listing-1996/","t":"店頭登録から2年後の一部指定へ進む資本市場での歩みと香港子会社の設立","c":"ユニオンツール","y":1996,"col":"#007CCF","s":"ユニオンツールは1996年9月に東京証券取引所市場第二部へ株式を上場し、1998年5月に市場第一部へ上場した。二部への最初の申請は1988年11月期の決算をもと…","x":"1996 ユニオンツール 東証二部に上場 店頭登録から2年後の一部指定へ進む資本市場での歩みと香港子会社の設立 1996年9月にユニオンツールが東証二部へ上場。1988年11月期決算での申請は売上高が小さく認められず、1998年5月に一部へ ユニオンツールは1996年9月に東京証券取引所市場第二部へ株式を上場し、1998年5月に市場第一部へ上場した。二部への最初の申請は1988年11月期の決算をもとに行われたが、売上高が小さすぎるとして認められず、同社は1989年6月の店頭登録を経て8年をかけて二部へ入った。 何をしなかったかで市場を上がる 店頭登録から二部、二部から一部という段取りを、成長企業がたどる当然の道筋と読むと、この会社が何を待っていたのかが見えなくなる。1988年に足りないと判定されたのは収益力ではなく売上高であり、片山一郎氏は値引きをしないという条件を外せば規模をつくれる立場にいた。それを選ばず、経常利益率を30%近くに保ったまま売上高が100億円に届くのを待った点に、この判断の性格が表れていると推察される。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略 グローバル経営体制 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/6323/decisions/vietnam-plant-1996/","t":"開発と量産を国境で分担する国際分業体制の構築","c":"ローツェ","y":1996,"col":"#9F0D3E","s":"顧客の海外移転と価格競争に対し、標準品の量産をベトナムへ移管して費用を削減し、設計と特注品の仕上げを日本に残す国際分業を組んだ判断","x":"1996 ローツェ ハイフォンに量産拠点設立 開発と量産を国境で分担する国際分業体制の構築 1996年10月にハイフォンに量産拠点設立。ローツェがベトナムに子会社rorze robotechを設け、標準型搬送ロボットの量産を移管した 顧客の海外移転と価格競争に対し、標準品の量産をベトナムへ移管して費用を削減し、設計と特注品の仕上げを日本に残す国際分業を組んだ判断 量産を渡し、仕上げを残す 1996年にハイフォンへ置いたのは標準品の量産であって、顧客に接する工程ではなかった。装置が入っている国でフレームやカバーやソフトを付け、数の出ない特注品は日本で仕上げる。崎谷文雄社長は付加価値のつくところは日本に置くと整理していた。顧客のic製造メーカーが採算に合わないとして生産を海外へ移すなか、進出先での保守だけでは事業にならないと見切ったところから、この工程の切り分けが始まっている。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 低価格・コストリーダーシップ 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/7186/decisions/area-strategy-1996/","t":"都銀に対抗する地理情報システムを用いた営業網の組み替え","c":"横浜フィナンシャルグループ","y":1996,"col":"#00529b","s":"全国網を持つ都市銀行の県内リテール攻勢に対し、横浜銀行が神奈川県内の全支店を26のエリアへ集約し、地理情報システムで顧客の分布を可視化してエリア単位の地域密着営…","x":"1996 横浜フィナンシャルグループ 26エリア戦略の導入 都銀に対抗する地理情報システムを用いた営業網の組み替え 1996年に県内の全支店を26のエリアへ集約する。地理情報システムで顧客の分布を地図に可視化し都市銀行のリテール攻勢に対抗 全国網を持つ都市銀行の県内リテール攻勢に対し、横浜銀行が神奈川県内の全支店を26のエリアへ集約し、地理情報システムで顧客の分布を可視化してエリア単位の地域密着営業に組み替えた戦略転換 「面」で守る地域密着という選択 この判断の核心は、全国に店舗網を持つ都市銀行に、地方銀行が\"面\"で対抗しようとした点にある。かつての\"ミニ都銀\"路線は規模で都銀を追ったが、地元回帰は神奈川という土地を26のエリアへ細かく集約し、その一つひとつを固める発想へ切り替えた。地理情報システムは、勘や慣れに頼ってきた出店や営業を、顧客の分布というデータで裏づける道具だった。地域密着という掛け声を、組織の動き方と情報の使い方にまで落とし込もうとした試みといえる。 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7261/decisions/ford-takes-control-1996/","t":"経営権を外資の手に委ねる資本関係への移行","c":"マツダ","y":1996,"col":"#A30112","s":"転換社債の償還と円高で自力再建を断念したマツダが、筆頭株主フォードの出資引き上げ（24.5%→33.4%）と外国人社長を受け入れ、経営権を委ねた資本の異動","x":"1996 マツダ フォードの出資引き上げ 経営権を外資の手に委ねる資本関係への移行 1996年にフォードによる出資比率の引き上げを受け入れる。24.5%から33.4%へ高まりヘンリー・ウォレス氏が社長に就任する 転換社債の償還と円高で自力再建を断念したマツダが、筆頭株主フォードの出資引き上げ(24.5%→33.4%)と外国人社長を受け入れ、経営権を委ねた資本の異動 資本の危機管理としての「従属の極大化」 この決断は、成長を狙った資本提携ではなく、償還と円高に追い詰められた資本の危機管理だった。1979年に住友銀行主導で始まったフォードへの従属が、自主再建の断念によって経営権掌握まで極大化した判断である。地元部品メーカーへの配慮という\"独立\"の看板は、生き残りのために下ろされた。1979年の提携が従属の始まりなら、1996年の掌握はその極点にあたる。 外資傘下入り・対内m&a 救済型m&a・支援受け入れ 外部人材・プロ経営者 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7716/decisions/manufacturing-sales-integration-1996/","t":"販売代理店の取り込みと社名変更による製造・販売の一社統合","c":"ナカニシ","y":1996,"col":"#0D295D","s":"製造を担う中西歯科器械製作所と販売代理店に分かれていた体制を、社名変更と吸収合併で一社へ統合し、開発・製造・販売を自社で一貫して担う体制を築いた組織再編","x":"1996 ナカニシ エヌエスケーナカニシの吸収合併 販売代理店の取り込みと社名変更による製造・販売の一社統合 1996年1月に社名をナカニシへ変更。同年7月に販売代理店エヌエスケーナカニシを吸収合併し、製造と販売を一つの会社にまとめた 製造を担う中西歯科器械製作所と販売代理店に分かれていた体制を、社名変更と吸収合併で一社へ統合し、開発・製造・販売を自社で一貫して担う体制を築いた組織再編 呼び名より、製と販の壁を取り払ったこと 1996年の再編を、歯科器械専業から社名を替えただけの手続きと読むと、その芯を取り逃がす。核にあったのは、創業以来ものを作る会社と売る会社が別々だった体制を、一つの会社の内側にまとめた点であった。作り手と売り手が同じ組織になれば、顧客の要望は代理店を介さず直に開発へ届く。中西英一氏がのちに開発・製造・販売の三位一体を強みと呼び続けたのは、この年に製と販の壁を取り払ったことに支えられていると推察される。 垂直統合・内製化 販路・チャネル転換 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/7944/decisions/dan-katsuyoshi-succession-1996/","t":"技術先行の会社を営業出身のプロ経営者に託す第3代への交代","c":"ローランド","y":1996,"col":"#FF5A00","s":"前社長の菊本忠男氏が9カ月余りで退任した後、創業者・梯郁太郎会長が営業畑一筋の檀克義氏を第3代社長に指名した。技術先行型で営業が消化不良を起こし2期連続減収減益…","x":"1996 ローランド 檀克義氏が社長就任 技術先行の会社を営業出身のプロ経営者に託す第3代への交代 1996年4月にローランドが檀克義氏を社長へ据えた。創業者の梯郁太郎会長が営業畑の第3代を指名し、菊本忠男氏は9カ月で退いた 前社長の菊本忠男氏が9カ月余りで退任した後、創業者・梯郁太郎会長が営業畑一筋の檀克義氏を第3代社長に指名した。技術先行型で営業が消化不良を起こし2期連続減収減益に陥ったなかで、市場情報を的確に発信できる営業出身のプロ経営者へ経営を託した承継であった。 創業者の思想と、外から来た目 この承継の核心は、技術で会社を設立した創業者が、あえて技術者ではなく営業出身者を後継に選んだ点にある。国産初のシンセサイザーを生んだローランドにとって、技術は誇りであり存在の根拠でもあった。その会社が減収減益に沈んだとき、梯氏が求めたのは、より優れた技術者ではなく、技術と市場のあいだをつなぐ目であった。9カ月で去った技術者の後に営業畑を据えた人事には、技術先行のままでは成熟した楽器市場を生き抜けないという創業者自身の見立てが表れていたと思われる。 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/7974/decisions/n64-sony-split-1996/","t":"64ビット機NINTENDO64の単独開発という選択","c":"任天堂","y":1996,"col":"#E60012","s":"CD-ROM機の主導権とソフトのライセンス権を巡りソニーと決別し、カートリッジ式の64ビット機を単独開発した事業判断","x":"1996 任天堂 ソニー連合との決別 64ビット機nintendo64の単独開発という選択 1996年6月に任天堂がnintendo64を単独で発売。ソニーとのcd-rom機の共同開発から降り、記録媒体にカートリッジを選んだ cd-rom機の主導権とソフトのライセンス権を巡りソニーと決別し、カートリッジ式の64ビット機を単独開発した事業判断 開かれた市場か、管理された市場か この決断の核にあるのは、ゲーム機の競争をソフトで決めるという山内溥社長の経営観と、そのソフトの供給を任天堂が握るという選択である。カートリッジ式のnintendo64は読み込みの速さと供給量の管理を任天堂にもたらしたが、製造コストの高さと容量の小ささが、ソフト会社にとっての参入のしやすさを損なった。規格を公開して500を超える開発者を集めたプレイステーションと、規格を握って供給を管理したnintendo64の違いは、ハードの性能ではなくソフトの数と幅に表れた。 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/7988/decisions/japan-times-simmons-1996/","t":"シモンズを併せた取得で進めた、資本負担の軽い事業の多角化","c":"ニフコ","y":1996,"col":"#FF6B00","s":"国内自動車需要の頭打ちと極東に限られた販売地域のもとで、設備投資を伴わない既存事業の取得によって収益源を増やそうとした判断","x":"1996 ニフコ ジャパンタイムズの取得 シモンズを併せた取得で進めた、資本負担の軽い事業の多角化 1996年7月にニフコがジャパンタイムズを子会社化。英字新聞と米寝具ブランドのシモンズを同時に取得し、自動車部品の外へ収益源を求めた 国内自動車需要の頭打ちと極東に限られた販売地域のもとで、設備投資を伴わない既存事業の取得によって収益源を増やそうとした判断 資本を使わない多角化という選択 1996年の買収は、成長が止まった部品メーカーが選んだ逃げ道の設計として読める。海外へ売り先を広げる道は契約で塞がれ、国内の自動車需要は伸びない。残された手は本業の外に収益源を置くことであり、そこで工場を建設する投資ではなく、顧客と販路のついた会社を買う方法が採られた。技術を外から買って国内で売るという創業以来の型が、ここでは事業そのものを買うところまで進んだ。 飛び地・非関連多角化 ブランド・マーケティング 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/8053/decisions/copper-scandal-1996/","t":"銅地金の不正取引の発覚に際し、当局への全面協力を最優先した危機対応","c":"住友商事","y":1996,"col":"#6ab2b5","s":"属人的な高収益源が内部統制の盲点を生み、承認を得ない簿外取引が巨額損失に至った不祥事と、損失の公表・当局への全面協力・法令遵守の徹底で再建を図った危機対応","x":"1996 住友商事 浜中事件の損失公表 銅地金の不正取引の発覚に際し、当局への全面協力を最優先した危機対応 1996年に銅取引の巨額損失を公表。住友商事が前非鉄金属部長の浜中泰男による簿外取引で約2850億円を失い、法令遵守を経営の最優先に位置づけた 属人的な高収益源が内部統制の盲点を生み、承認を得ない簿外取引が巨額損失に至った不祥事と、損失の公表・当局への全面協力・法令遵守の徹底で再建を図った危機対応 一人の相場師に、なぜ長く任せてしまったのか この一件が突きつけたのは、なぜ一人のトレーダーの簿外取引を、会社が10年も止められなかったのかという問いである。銅の国際取引を差配する腕は、社内に図抜けた収益をもたらす一方で、その判断を誰も検証できない領域をつくった。属人的な高収益への依存が、社内の点検機構をおのずと空洞にしていく。突出した稼ぎ手ほど統制の外に置かれやすいという逆説が、ここにはある。損失が長い年月をかけて育ったこと自体が、監視の目が届かなかった時間の長さを物語っている。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/8306/decisions/bank-of-tokyo-mitsubishi-1996/","t":"二行の合併で発足した新銀行への一本化（1996年成立）","c":"三菱UFJフィナンシャル・グループ","y":1996,"col":"#c8102e","s":"1996年4月1日、財閥系の三菱銀行と外国為替専門の東京銀行が合併し、東京三菱銀行が発足した。総資産は約72兆円に達し、当時世界最大の銀行となった。","x":"1996 三菱ufjフィナンシャル・グループ 三菱・東京銀行の合併 二行の合併で発足した新銀行への一本化(1996年成立) 1996年4月に三菱銀行と東京銀行が合併。財閥系と外国為替専門の2行から東京三菱銀行が生まれ、総資産約72兆円で当時世界最大となる 1996年4月1日、財閥系の三菱銀行と外国為替専門の東京銀行が合併し、東京三菱銀行が発足した。総資産は約72兆円に達し、当時世界最大の銀行となった。 補完性で結ぶ統合という型 この合併は、危機からの救済としてではなく、事業の補完性を土台に相対的に健全な2行が結びついた点に特徴があると思われる。国内に厚い三菱銀行と海外に強い東京銀行という重なりの小さな組み合わせは、統合に伴う痛みの大きい店舗・人員の整理を相対的に小さく抑えつつ、総資産約72兆円という当時世界最大の規模と、国内と国際の双方で戦える機能とを一度に得る効果を狙えた。同質の事業を持ち寄って重複を削るタイプの統合とは異なる、補完性で結ぶ統合の型を示し、のちのメガバンク3グループ体制へつながる合併であった。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8759/decisions/nissay-general-insurance-1996/","t":"子会社ニッセイ損害保険の設立による損害保険業への新規参入","c":"ニッセイ同和損害保険","y":1996,"col":"#3366CC","s":"新保険業法による生損保相互参入の解禁を受け、損害保険子会社を新設して親会社の営業職員に販売を担わせた参入","x":"1996 ニッセイ同和損害保険 日本生命による設立 子会社ニッセイ損害保険の設立による損害保険業への新規参入 1996年に日本生命がニッセイ損害保険を設立。生損保の相互参入が解禁された第1陣として、本店を新宿区に置き資本金100億円で市場へ参入した 新保険業法による生損保相互参入の解禁を受け、損害保険子会社を新設して親会社の営業職員に販売を担わせた参入 販売網は買えても、事故処理は買えない 約3万4,000人——損害保険の初級資格を取った日本生命の営業職員の数が、この参入の元手だった。ニッセイ損害保険は資本金100億円で発足したものの、自動車事故の損害調査網も、育った代理店網も持たずに始まっている。手にしていたのは親会社の顧客接点だけで、伸びる速さは職員が普通資格をどこまで早く取るかに委ねられた。損害保険が成熟市場であることを森口昌司社長自身が認めたうえで、なお販売網の厚みだけで押し通す設計だった。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9005/decisions/tokyu-department-store-turnaround-1996/","t":"財テクの行き詰まりを受けた、仕入れと販売を自ら担う本業への回帰","c":"東急","y":1996,"col":"#E60012","s":"財テク依存で破綻した中核子会社・東急百貨店を、本社と縁の薄い現場主義の経営者を社長に据え、自主販売と単品管理による本業回帰で立て直した、東急グループのバブル後再…","x":"1996 東急 東急百貨店の立て直し 財テクの行き詰まりを受けた、仕入れと販売を自ら担う本業への回帰 1995年6月に内山徹氏が東急百貨店社長へ就任した。財テク依存で傾いた中核子会社を本業回帰で立て直し、自主販売と単品管理を全店に敷いた 財テク依存で破綻した中核子会社・東急百貨店を、本社と縁の薄い現場主義の経営者を社長に据え、自主販売と単品管理による本業回帰で立て直した、東急グループのバブル後再建を構成する個別判断 財テクに溺れた百貨店が、現場へ立ち返るということ 東急百貨店の再建は、本業の低い利益率を財テクで覆い隠してきた百貨店が、仕入れと販売という小売の原点へ引き返す過程であっただろう。三浦守氏が『グループ外の会社から経営者を1人、スカウトする気持ち』で子会社の現場経営者を招いたこと自体、本社の内側からは再建の担い手を見いだしにくかった事情をうかがわせる。内山徹氏が掲げた『自分で仕入れ、自分で売れ』は、真新しい戦略というより、百貨店が本来担うはずの機能の確認であった。財テクへ流れた1500億円規模の資金の裏側で、その当たり前が痩せ細っていたことを、この言葉は照らしている。 経営再建・ターンアラウンド 外部人材・プロ経営者 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/9069/decisions/crefeel-koto-1996/","t":"年間投資予算の3倍にあたる60億円を投じた研修施設への先行投資","c":"センコーグループホールディングス","y":1996,"col":"#00A33E","s":"慢性化するドライバー人材の獲得競争を見据え、年間投資予算の3倍規模を投じて教育研修インフラを自社で先行整備する人材戦略","x":"1996 センコーグループホールディングス クレフィール湖東への投資 年間投資予算の3倍にあたる60億円を投じた研修施設への先行投資 1996年7月にクレフィール湖東を開設した。センコーが滋賀県東近江市に物流研修施設を設け、年間投資予算20億円規模の当時に60億円を投じた 慢性化するドライバー人材の獲得競争を見据え、年間投資予算の3倍規模を投じて教育研修インフラを自社で先行整備する人材戦略 確信に基づく先行投資の重み この判断の核心は、投資の妥当性を数字だけで測れない場面で、福田泰久氏がどこまで自らの確信を貫いたかにある。年間予算の3倍という規模も、133名の地権者を一件ずつ回るという労力も、通常の経営判断であれば見送る理由になり得る条件であった。それでも取締役会を説得し切ったのは、現場で鍛えられた経営観からくる確信の強さがあったためと推察される。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9142/decisions/non-rail-business-1996/","t":"駅ビル・不動産・流通・介護へ拡大した非鉄道事業の構築","c":"九州旅客鉄道","y":1996,"col":"#EE3534","s":"経営安定基金の運用益で鉄道赤字を埋める前提が金利低下で崩れ、駅と沿線の土地を使える領域に鉄道以外の収益源を確立する必要が生じた","x":"1996 九州旅客鉄道 ジェイアール九州リーテイル設立 駅ビル・不動産・流通・介護へ拡大した非鉄道事業の構築 1996年2月にジェイアール九州リーテイル設立。駅ビルや建設・介護子会社を並べ、2003年までに鉄道以外の収益源を組み上げた 経営安定基金の運用益で鉄道赤字を埋める前提が金利低下で崩れ、駅と沿線の土地を使える領域に鉄道以外の収益源を確立する必要が生じた 鉄道を続けるための商売 この10年の判断は、鉄道の収支を改善する試みではなかった。鉄道が赤字であることを前提に置いたまま、赤字を負担できる別の利益をどこに作るかという問いに答えたものであった。答えの置き場所として選ばれたのが、駅の上の床と、沿線の宅地と、そこで暮らす人へのサービスであった。売店を子会社へ移し、駅ビルの運営会社を建物より先に作り、施工会社を買い、介護へ入る——一つひとつは小さな手続きだが、並べると鉄道会社が地域の不動産業へ移っていく道筋になる。基金の運用益という与えられた収入が細ることが分かった時点で、自前の収入源を探し始めた点に、この時期の経営の性格がうかがえる。 隣接領域への展開 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9984/decisions/yahoo-japan-jv-1996/","t":"米国企業との共同出資による国内法人の設立と日本での事業展開","c":"ソフトバンクグループ","y":1996,"col":"#757677","s":"米ジフ・デービスの情報網で発掘した創業間もない米ヤフーへ出資し、日本法人を合弁で設立して検索ポータルに最先発で参入するとともに、米ヤフー本体へ100億円を追加出…","x":"1996 ソフトバンクグループ 米ヤフーとの合弁設立 米国企業との共同出資による国内法人の設立と日本での事業展開 1996年1月に米ヤフーとの合弁でヤフー株式会社を設立。出資はソフトバンク60%・米ヤフー40%で4月には米本体へ35%・100億円を追加出資 米ジフ・デービスの情報網で発掘した創業間もない米ヤフーへ出資し、日本法人を合弁で設立して検索ポータルに最先発で参入するとともに、米ヤフー本体へ100億円を追加出資して筆頭株主となった投資判断 情報網から拾った一株が、企業価値を決めた この判断の核心は、日本で検索ポータルを立ち上げたことよりも、実績のない小さなベンチャーへ、情報網から得た確信だけを頼りに資本を集中させた点にある。1995年の2億円も、1996年の100億円も、当時の事業規模から逆算すれば説明のつかない金額であった。ソフトバンクがそれを投じられたのは、ジフ・デービスの買収で築いた情報網の先に、次に来る技術の姿が見えていたからである。買収先の利益ではなく、そこから拾い上げる情報に賭けるという論理が、ここで一つの果実を結んだ。 資本提携・政策保有 プラットフォーム・標準化 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/1505/decisions/corporate-reorganization-filing-1995/","t":"106年の会社をどう畳むかという選択","c":"北海道炭礦汽船","y":1995,"col":"#FD3737","s":"実質1,000億円超の債務超過と、最後のヤマの閉山退職金20億円の不足が信用不安を呼び、2年余の準備を経て会社更生法による法的整理を選んだ幕引きの判断","x":"1995 北海道炭礦汽船 空知炭鉱と本体の更生法申請 106年の会社をどう畳むかという選択 1995年2月に野々村郁雄氏が更生法申請。3日に子会社の空知炭鉱、5日に本体が申し立て、創立106年目の幕引きとなった 実質1,000億円超の債務超過と、最後のヤマの閉山退職金20億円の不足が信用不安を呼び、2年余の準備を経て会社更生法による法的整理を選んだ幕引きの判断 幕引きだけが設計どおりに進んだ 1955年の長期契約を除けば、北海道炭礦汽船の歴史のなかで意図したとおりに進んだ大きな判断は、この最後のものだった。夕張新炭鉱は開発費が倍近くに膨らみ、出炭は2年遅れ、採算に乗らないまま閉じた。石炭化学は事業化に届かず、3山分離は生産性を上げなかった。それに対して1995年の法的整理は、2年余の検討を経て選ばれ、異例の早さで手続きが開始され、労働債権には国の資金が回り、法人としての北炭は残った。畳む仕事だけが、設計どおりに終わっている。 経営破綻・法的整理 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/2801/decisions/mogi-top-down-reform-1995/","t":"米国流を持ち込んだ、意思決定の様式そのものの刷新","c":"キッコーマン","y":1995,"col":"#F08300","s":"前社長の急逝で就任した米国帰りの茂木友三郎社長が、同族色の強い老舗の意思決定を、情報集約と商品別責任制によるトップダウン型へ改めた経営体制の転換","x":"1995 キッコーマン トップダウン経営への転換 米国流を持ち込んだ、意思決定の様式そのものの刷新 1995年2月にトップダウン経営への移行。米国での経験を持つ茂木友三郎氏が同族色の強い老舗で社長室を拡充し直接指示を出す 前社長の急逝で就任した米国帰りの茂木友三郎社長が、同族色の強い老舗の意思決定を、情報集約と商品別責任制によるトップダウン型へ改めた経営体制の転換 老舗の統治を、実力本位へ この判断の核心は、事業の中身より先に、意思決定の様式に手を入れた点にある。茂木友三郎社長は、創業八家に連なる老舗の合議的な運営を、情報を社長に集めて速く指示を出すトップダウンへ組み替えようとした。米国の経営で身につけた指揮の型を、同族色の強い会社へ持ち込む試みには、緊張と反発もともなったと推察される。前社長の急逝で就任が早まった不利な条件のなかで、まず組織の動かし方そのものを変えにいったところに、この体制判断の性格が表れている。 機関設計・取締役会改革 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4540/decisions/turnaround-1995/","t":"バブル期に拡大した裾野の縮小と、創業家の外からの社長招聘","c":"ツムラ","y":1995,"col":"#803B2D","s":"多角化子会社の累積損失と売上高を上回る有利子負債に対し、創業家の外から社長を招いて子会社整理・人員削減・財務圧縮を進めた再建","x":"1995 ツムラ 多角化子会社の整理 バブル期に拡大した裾野の縮小と、創業家の外からの社長招聘 1995年に創業家外から社長を迎え子会社を整理。バブル期に拡大した子会社群と有利子負債を圧縮し、1997年3月期に特別損失96億円を計上 多角化子会社の累積損失と売上高を上回る有利子負債に対し、創業家の外から社長を招いて子会社整理・人員削減・財務圧縮を進めた再建 家伝薬の会社が外部の手を借りた10年 この判断の核心は、子会社を何社畳んだかよりも、畳む役を誰に任せたかにある。中将湯という家伝薬から始まり、創業家が三代にわたって経営してきた会社が、整理の段になって第一製薬出身の二人組に経営を委ねた。血縁のある人物を選んだ点に創業家の面目は残ったものの、実務の判断基準は製薬会社の経営経験に置かれていた。1992年に会長の津村重舎氏が説いた『地道に体質を改善し基礎体力を蓄えること』は、結局、創業家の外から来た経営者の手で実行された。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革 外部人材・プロ経営者 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/4543/decisions/culture-reform-1995/","t":"テルモ・ビジネス・ユニットの導入を軸とした企業風土の立て直し","c":"テルモ","y":1995,"col":"#008D61","s":"富士銀行から転じた和地孝氏が社長に就任し、縦割り組織に横ぐしを刺すTBUとアソシエイト経営を掲げて、事業戦略に先んじて企業風土そのものを改革した組織変革","x":"1995 テルモ tbu導入と企業風土改革 テルモ・ビジネス・ユニットの導入を軸とした企業風土の立て直し 1995年6月に企業風土改革の断行。社員一人ひとりが主役となるアソシエイト経営を掲げ、事業戦略よりも風土の再構築を優先した 富士銀行から転じた和地孝氏が社長に就任し、縦割り組織に横ぐしを刺すtbuとアソシエイト経営を掲げて、事業戦略に先んじて企業風土そのものを改革した組織変革 組織図より人の動き方に賭ける テルモのこの十年は、事業の中身を入れ替える前に、まず社員の動き方を変えた点に特徴があるだろう。tbuという煩雑な仕組みは、効率だけを見れば欠点の多い設計だが、二人の上司のあいだで自ら判断する経験を社員に強いる装置でもあった。答えを与えず考えさせるという和地氏のやり方は、短期には混乱を招いても、指示待ちの体質を内側から溶かす作用を持っていたとみられる。組織図の巧拙よりも、そこで人がどう動くかに賭けた改革であったといえる。 外部人材・プロ経営者 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/5344/decisions/otc-listing-1995/","t":"日本証券業協会への株式店頭登録と、増資資金による海外第3工場への増産投資","c":"MARUWA","y":1995,"col":"#3D62AD","s":"各ブロック圏に生産・販売拠点を開設する構想を自己資金だけでは支えきれず、設立22年目に株式を店頭公開して増資し、調達資金をマレーシア第3工場の建設に充てた資本政…","x":"1995 maruwa マレーシア第3工場建設 日本証券業協会への株式店頭登録と、増資資金による海外第3工場への増産投資 1995年8月に株式を店頭登録。丸和セラミックが設立から22年で公開し、同族の会社が初めて外部株主を迎え入れた 各ブロック圏に生産・販売拠点を開設する構想を自己資金だけでは支えきれず、設立22年目に株式を店頭公開して増資し、調達資金をマレーシア第3工場の建設に充てた資本政策 手放したのは株式ではなかった 判断の芯にあったのは、個人的な感情に左右されるなら株式を公開した意味がない、という言葉のほうである。同族の裁量で動いてきた会社を、外部の株主に説明できる会社へ作り替えることが狙いだったのだろう。この店頭登録を、海外工場向けの資金を集める手段とだけ見るのでは足りない。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略 海外進出・現地生産 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/6861/decisions/direct-sales-fabless-1995/","t":"自社工場も代理店も持たない構造による高粗利モデルの確立","c":"キーエンス","y":1995,"col":"#EA0336","s":"代理店を排した直販と、付加価値の高い2〜3割だけを自社で製造し残りを外注するファブレスを組み合わせ、高い粗利益を生む事業モデルを固めた判断","x":"1995 キーエンス 直販とファブレスの両立 自社工場も代理店も持たない構造による高粗利モデルの確立 1995年に直販とファブレスの型を固める。代理店を通さず営業が製造現場へ通い、生産の大半は協力会社へ委託して粗利を厚くする 代理店を排した直販と、付加価値の高い2〜3割だけを自社で製造し残りを外注するファブレスを組み合わせ、高い粗利益を生む事業モデルを固めた判断 両端を常識と逆に設計した含意 この決断の含意は、販売と生産という両端をどちらも常識と逆に設計した点にある。多くのメーカーが代理店で販路を拡大し、自社工場で量を作るなかで、キーエンスは代理店を排して現場へ直接入り、工場を持たずに付加価値の高い一部だけを自ら作った。直販の営業力と固定費の低さを組み合わせることで、原価ではなく導入効果に見合う価格が成り立ち、高い粗利益が生まれた。 販路・チャネル転換 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7203/decisions/toyota-okuda-reform-1995/","t":"販売網の刷新より販促費と海外生産の拡大に資金を配った4年","c":"トヨタ自動車","y":1995,"col":"#EB0A1E","s":"28年ぶりの非創業家社長が、販売網の刷新を後任に委ねて販促費と海外生産へ資金を配り、豊田家に依存しない経営へ踏み出した4年","x":"1995 トヨタ自動車 国内シェア40%の死守 販売網の刷新より販促費と海外生産の拡大に資金を配った4年 1995年8月に奥田碩氏が28年ぶりの非創業家社長へ就任する。登録車シェア40%の死守を掲げて販売諸費・広告宣伝費を2348億円へ約40%積み増し、在任中に海外生産事業体10社を新設した 28年ぶりの非創業家社長が、販売網の刷新を後任に委ねて販促費と海外生産へ資金を配り、豊田家に依存しない経営へ踏み出した4年 創業家の求心力に依存しない経営への転換 この人事の核心は、社長個人の交代よりも、豊田家がみずから求心力を薄める側に回った点にある。シェアが40%を割り、豊田達郎氏の退任という事情が重なったとき、創業家は番頭が大政奉還する型を選ばず、生え抜きの奥田碩氏に人事の公平までを委ねた。豊田家の血筋が経営の正統性を担保する構造から、業績と実行の速さがそれを担保する構造へ、会社がみずから移った決断だろう。 ブランド・マーケティング グローバル経営体制 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/7267/decisions/independent-path-1995/","t":"規模拡大を追う再編に加わらず、提携に頼らぬ道を選んだ経営の立て直し","c":"ホンダ","y":1995,"col":"#CC0100","s":"世界的な合併・資本提携の波のなかで規模の拡大を退け、RVへの集中と権限集中の社内改革で単独の生き残りを選んだ判断","x":"1995 ホンダ rv集中と単独路線の堅持 規模拡大を追う再編に加わらず、提携に頼らぬ道を選んだ経営の立て直し 1995年1月に単独路線での自力再建へ。川本信彦社長が合併と資本提携を退け、rvへの集中と権限集中で社内を建て直した 世界的な合併・資本提携の波のなかで規模の拡大を退け、rvへの集中と権限集中の社内改革で単独の生き残りを選んだ判断 規模ではなく、売れる車で独立を選んだ判断 この判断の核心は、生き残りを規模ではなく製品力と生産改革に賭けた点にある。世界の各社が\"規模の論理\"を掲げて合併・提携へ動いた1990年代後半に、ホンダ(本田技研工業)は逆の道を選んだ。合併とは資本の論理だけで従業員を軽んじる行いだという川本氏の反発は情緒的にも響くが、その裏にはrvへの集中と国内専用車、tqmによる品質・コストの両立、権限集中という具体的な打ち手が並んでいた。独立を精神論ではなく、売れる車を効率よく造る仕組みで支えようとした点に、この経営判断の実務性がうかがえる。 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7751/decisions/mitarai-consolidated-management-1995/","t":"連結経営への移行と、外部依存を排する自前主義への転換","c":"キヤノン","y":1995,"col":"#CC0100","s":"事業部ごとの採算から連結全体の利益とキャッシュフローへ管理の単位を移行し、セル生産と自前主義で収益を上げる体質へ転換した経営改革","x":"1995 キヤノン キャッシュフロー重視の経営 連結経営への移行と、外部依存を排する自前主義への転換 1995年9月に御手洗冨士夫氏が社長へ就任。事業部ごとの採算から連結全体の利益とキャッシュフローを物差しにし、セル生産で在庫を削減した 事業部ごとの採算から連結全体の利益とキャッシュフローへ管理の単位を移行し、セル生産と自前主義で収益を上げる体質へ転換した経営改革 自前で築いた強みを、自前のままでは越えられない この判断の核心は、財務の危機ではなく、絶好調のなかの死角に先んじて対策を講じた点にある。事業部ごとの採算を足し合わせる管理から、連結の利益とキャッシュフローを物差しにする経営へ。技術も販路も自前で握り、セル生産で在庫を絞る。単体の売上規模を競う企業が多かった1990年代の日本で、連結・利益・現金を先に見たことが、2000年代の高収益を用意した。 持株会社化・グループ再編 垂直統合・内製化 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8058/decisions/escape-gnp-company-1995/","t":"社長主導のトップダウン型の改革として進めた経営体制の再構築","c":"三菱商事","y":1995,"col":"#FF0000","s":"売上（取扱高）の量を競う「GNPカンパニー」から、財テクの後始末と事業投資の選別・意思決定機構改革を通じて利益の質を重んじる経営へ転換した槙原稔社長のトップダウ…","x":"1995 三菱商事 gnpカンパニーからの脱却 社長主導のトップダウン型の改革として進めた経営体制の再構築 1995年に売上高の大きさを競う経営から離れた。三菱商事の槙原稔社長が財テクの後始末で約660億円を特別損失に計上し、不採算事業を見直した 売上(取扱高)の量を競う「gnpカンパニー」から、財テクの後始末と事業投資の選別・意思決定機構改革を通じて利益の質を重んじる経営へ転換した槙原稔社長のトップダウン改革 売上の大きさは、強さではない この意思決定の核心は、日本最大級の売上を持つ商社が、その売上の大きさそのものを強さの証明とみなす発想を手放そうとした点にある。総合商社の売上高は取扱高であり、薄い口銭を巨大な取引量で積み上げた数字にすぎない。景気が良ければ膨らみ、悪ければしぼむこの数字を国のgnpになぞらえて誇る発想を、槙原稔氏は\"恐竜\"と呼んだ。財テクの含み損を早期に断ち、事業投資を利益の見込みで選別し直す作業は、量の慣性を止めて質へ方針を戻す地道な工程だった。 リストラ・構造改革 選択と集中 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8111/decisions/north-face-trademark-1995/","t":"日本と韓国という二つの市場を対象とした商標権の確保","c":"ゴールドウイン","y":1995,"col":"#333333","s":"輸入販売とライセンス生産では届かない日本市場向けの商品設計を可能にするため、日本・韓国という地域を限って商標権そのものを取得した判断","x":"1995 ゴールドウイン ノース・フェイス商標取得 日本と韓国という二つの市場を対象とした商標権の確保 1995年に米アウトドアブランドの商標を取得。ゴールドウインがザ・ノース・フェイスの日本と韓国の権利を確保し、自社企画へ移行した 輸入販売とライセンス生産では届かない日本市場向けの商品設計を可能にするため、日本・韓国という地域を限って商標権そのものを取得した判断 取得したのは商品ではなく決定権 1995年に支払った対価が向かった先は、在庫でも設備でもなく、日本と韓国で何を作るかを決める権限であった。輸入代理店のままでも当時のザ・ノース・フェイスは売れていたはずで、権利の買い取りは目の前の売上を増やす投資ではない。効いてきたのは、都市で着るダウンや通勤に使うリュックのような、本国の商品計画には載らない品目を自前で立てられた点にある。同じ手順が1990年のエレッセ、2016年のヘリーハンセンでも踏まれており、単発の思いつきというより、この会社が繰り返し使ってきた型と思われる。 ブランド・マーケティング 収益モデル転換 垂直統合・内製化 北米 韓国"},{"k":"decision","u":"/tse/8198/decisions/china-expansion-1995/","t":"食品スーパー1060店構想を掲げ、資金繰り悪化下も崩さなかった中国拡大","c":"ヤオハン","y":1995,"col":"#333333","s":"上海・浦東にアジア最大級の百貨店を出店し中国沿岸部へ食品スーパー1060店を出す構想に賭けたが、資金繰り悪化後も中国拡大を崩さず、主力3行の支援離脱と会社更生法…","x":"1995 ヤオハン 上海第一八佰伴への出店 食品スーパー1060店構想を掲げ、資金繰り悪化下も崩さなかった中国拡大 1995年12月に上海第一八佰伴を開業。売場約10万平方メートル、和田一夫会長は2005年までに中国へ食品スーパー1060店を構想 上海・浦東にアジア最大級の百貨店を出店し中国沿岸部へ食品スーパー1060店を出す構想に賭けたが、資金繰り悪化後も中国拡大を崩さず、主力3行の支援離脱と会社更生法申請を招いた海外拡大の判断 早すぎた賭けか、支え方の誤りか 上海第一八佰伴の出店と1060店構想には、上海の一人当たりgdpが1000ドルに届く前に大型店を据えた先見と、資金繰りの立て直しを迫られながら聖域を手放さなかった執着とが同居していた。中国という市場を先取りした判断そのものは、後年の日系流通各社の進出を先んじるものであった。ただ、社債の償還原資も定まらないなかで拡大を崩さなかったことは、銀行が最も警戒する海外リスクをかえって際立たせ、支援の途絶を早める側に働いたとみられる。 海外進出・現地生産 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/8267/decisions/mega-sc-developer-1995/","t":"郊外大型ショッピングセンターの本格展開とデベロッパー事業への多角化","c":"イオン","y":1995,"col":"#d6006e","s":"大店法の緩和と車社会の進展を受け、総合スーパー1店ごとの出店から専門店を集積した郊外大型SCの本格出店へ主力を移行し、土地を持たずリースで賄うデベロッパー事業を…","x":"1995 イオン 大型sc開発に多角化 郊外大型ショッピングセンターの本格展開とデベロッパー事業への多角化 1995年に大型ショッピングセンター開発へ本格進出。ジャスコが店舗を保有せずリースで賄い、郊外の出店を主力事業に据える 大店法の緩和と車社会の進展を受け、総合スーパー1店ごとの出店から専門店を集積した郊外大型scの本格出店へ主力を移行し、土地を持たずリースで賄うデベロッパー事業をグループの収益源に育てた多角化の判断 祖業が盛んなうちに、次の収益源を設計する この経営判断の核心は、総合スーパーという単一の業態で伸び続けることに頼らず、商業施設そのものを開発して貸す商売をグループの主力事業に加えた点にある。ジャスコは、車社会の進展で客の集まる場所が郊外へ移る変化を、総合スーパーを増やすだけでは受け止めきれないとみた。そこで専門店を集めた郊外scへ主力を移し、土地を持たずリースで身軽に数を増やす方式を選んだ。売り場で商品を売る小売業から、場を整えて人と店を集めるデベロッパーへと、事業の幅を意識して広げた判断だった。 収益モデル転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8318/decisions/npl-writeoff-1995/","t":"1995年3月期での一括処理に踏み切った結果としての、都市銀行初の経常赤字の計上","c":"住友銀行","y":1995,"col":"#004831","s":"決算の悪化と経営責任の追及を恐れて業界全体の償却が滞るなか、8000億円超の不良債権を1期に寄せて落とし、経常赤字を受け入れた処理","x":"1995 住友銀行 8000億円の不良債権償却 1995年3月期での一括処理に踏み切った結果としての、都市銀行初の経常赤字の計上 1995年3月期に8000億円超の不良債権を償却。森川敏雄頭取のもとで都市銀行として初の経常赤字を計上し、先送りの横並びから離れる 決算の悪化と経営責任の追及を恐れて業界全体の償却が滞るなか、8000億円超の不良債権を1期に寄せて落とし、経常赤字を受け入れた処理 早く落として減らしたのは、損失ではなく時間 8000億円超を1期に寄せれば、経常赤字は避けられない。赤字は経営責任の議論を呼び込む——産業史が償却の遅れた理由に挙げたのは、この怖さであった。住友銀行はそれを承知で1995年3月期に落とした。安宅産業の1132億円を1977年9月期に全額償却した経験が行内に残っており、それが二度目の一括処理を支えた。他行の首脳が本体分の処理はほぼ完了したと口をそろえたのは1997年の決算であり、その差は2年に及ぶ。 リストラ・構造改革 外的危機への対応 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8628/decisions/gaiko-eigyo-hitei-1995/","t":"広告・電話営業への転換、株式保護預り手数料の無料化","c":"松井証券","y":1995,"col":"#009682","s":"人件費圧縮で営業部隊を失った穴を広告営業で埋め、業界横並びの手数料慣行を価格で崩した営業モデルの転換","x":"1995 松井証券 外交営業の否定 広告・電話営業への転換、株式保護預り手数料の無料化 1996年に保護預り手数料を事実上無料にする。松井証券は対面の外交営業を捨てて新聞広告と電話へ移り、業界が横並びで徴収した年3000円をやめた 人件費圧縮で営業部隊を失った穴を広告営業で埋め、業界横並びの手数料慣行を価格で崩した営業モデルの転換 事故から始まった原則 外交営業の否定は、理念が先に立った改革ではなかった。手段が先に生まれ、理屈はそれを追いかけた。発端は1986年ごろの歩合給の圧縮である。エース級の営業幹部5人が去り、主要な顧客も離れて、営業部隊は崩れた。新聞広告で客を集める方法はその穴埋めとして残った唯一の手で、前向きな動機はなかったと当時の誌面も明記している。後始末として始めたこのやり方を、松井氏は、顧客に会って売る必要があるとは売り手の側が勝手に信じていたにすぎないという原則に仕立て直した。 販路・チャネル転換 プライシング・価格政策 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/8830/decisions/bubble-recession-rebuilding-1995/","t":"バブル不況からの再建——都心ビル路線の継続","c":"住友不動産","y":1995,"col":"#FFD800","s":"バブル崩壊後の不動産価格下落で主力の賃貸ビル収益が落ち込み最終赤字に転じた住友不動産が、1994年6月に社長へ就任した高島準司氏のもとで組織をスリム化し事業を整…","x":"1995 住友不動産 都心ビル路線での事業整理 バブル不況からの再建——都心ビル路線の継続 1994年6月に高島準司氏が社長へ就任した。不動産不況で悪化した住友不動産の組織を縮小し事業を整理し、1997年に第一次中期経営計画を定めた バブル崩壊後の不動産価格下落で主力の賃貸ビル収益が落ち込み最終赤字に転じた住友不動産が、1994年6月に社長へ就任した高島準司氏のもとで組織をスリム化し事業を整理した。1997年に中期経営計画体制へ切り替え、都心賃貸ビル路線を維持したまま傷を負いながら業績を立て直した。 逆張りを守るという再建 この再建の核心は、危機のなかでも会社の基本路線を変えなかった点にある。バブル崩壊で賃貸ビルの収益が沈んだとき、事業構成を大きく組み替えて身軽になる道もありえた。だが住友不動産が選んだのは、肥大化した組織を削って身を軽くしつつ、安藤太郎氏が逆張りで築いた都心オフィスビル集中の路線は手放さないという再建であった。特別損失を計上して最終赤字に沈んでもなお都心ビルの開発・取得を続けた判断には、価格が下がったときこそ好立地を仕込む好機だという読みがうかがえる。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9005/decisions/post-goto-group-restructuring-1990s/","t":"五島家の個人支配の終焉と、バブル期に膨らんだ","c":"東急","y":1995,"col":"#E60012","s":"バブル期に文化事業・リゾート・百貨店へ膨張した非中核事業が地価下落で不振に陥り、五島昇会長の死で創業家の求心力も薄れるなか、特別損失429億円を処理して非中核を…","x":"1995 東急 五島昇の死後の事業整理 五島家の個人支配の終焉と、バブル期に膨らんだ 1995年3月期に特別損失429億円を計上した。文化事業やリゾートへ展開した非中核事業をバブル崩壊後に整理し、横田二郎社長のもとで立て直した バブル期に文化事業・リゾート・百貨店へ膨張した非中核事業が地価下落で不振に陥り、五島昇会長の死で創業家の求心力も薄れるなか、特別損失429億円を処理して非中核を整理し、集団指導体制のもとで鉄道・不動産・生活サービスへ経営資源を集中した構造改革 恵まれた土地が尽きたとき この判断の中心にあったのは、五島家という創業家個人の統率と、地価上昇を当て込んだ開発利益に頼ってきた経営を、どう組織の経営へ移すかという問いであった。多摩田園都市の開発利益は、損益への大らかさと非中核事業への拡張を同時に許してきた。バブル崩壊はその前提を崩し、五島昇会長の死は求心力の空白を残した。特別損失429億円は、両方の後始末を一度に迫る数字だったと推察される。好況のなかで自発的に絞り込んだのではなく、損失に追われて非中核を手放した点に、この整理の性格がうかがえる。 リストラ・構造改革 選択と集中 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/9983/decisions/weekly-repricing-1995/","t":"自主企画品の比率を8割に引き上げ、在庫を残さず売り切る体制の確立","c":"ファーストリテイリング","y":1995,"col":"#FF0000","s":"返品不可のPB完全買い取りが生む売れ残りリスクを、POSデータを基にした毎週の値下げと完全売り切りで御し、低価格と高粗利益率を両立させる運営実務の確立","x":"1995 ファーストリテイリング pb衣料の毎週売価変更 自主企画品の比率を8割に引き上げ、在庫を残さず売り切る体制の確立 1995年に毎週の売価変更会議で全商品を値付け直す。売上高の約8割を占めるpb衣料をposデータで見直しシーズン越えの在庫を持たない 返品不可のpb完全買い取りが生む売れ残りリスクを、posデータを基にした毎週の値下げと完全売り切りで御し、低価格と高粗利益率を両立させる運営実務の確立 「売り切る力」を仕組みにした企業 この意思決定の核心は、派手な商品や大量出店ではなく、返品できないpb商品を完全買い取りするリスクを、毎週の値付けという地味な業務で御し切った点にある。spa(製造小売業)の内実は、売れ残りをいつ誰が処分するかという泥臭い作業に帰着する。ファーストリテイリングはその作業を社長と商品本部長が丸2日を費やす会議体にまで引き上げ、定価粗利50%以上・トータル40%という数字で守り抜き、低価格と高粗利を両立させた。後年フリースブームや世界展開へ進めたのも、在庫を残さず現金を回すこの基礎体力があったからと推察される。 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/2501/decisions/ebisu-garden-place-1994/","t":"工場跡地を売却せず自ら開発する道を選んだ、不動産事業への踏み出し","c":"サッポロビール","y":1994,"col":"#FDC426","s":"業界3位の低収益に悩むサッポロビールが、移転した恵比寿工場の都心跡地を売却せず、約3100億円を投じてみずから複合街区「恵比寿ガーデンプレイス」に再開発し、賃貸…","x":"1994 サッポロビール 恵比寿ガーデンプレイス開業 工場跡地を売却せず自ら開発する道を選んだ、不動産事業への踏み出し 1994年10月に恵比寿ガーデンプレイス開業。サッポロビールが約8万3000平方メートルの恵比寿工場跡地を売却せず、約3100億円を投じて複合街区にした 業界3位の低収益に悩むサッポロビールが、移転した恵比寿工場の都心跡地を売却せず、約3100億円を投じてみずから複合街区「恵比寿ガーデンプレイス」に再開発し、賃貸収入でビール本業を支える不動産事業へ本格参入した多角化 補う装置が、覆う装置に 恵比寿ガーデンプレイスの判断の中心にあるのは、都心一等地という含み資産を、一度きりの売却益に換えず、長期の賃貸収入を生む装置へ組み替えた点にある。3位に定着した薄利のビール事業を、本業の外側に築いた安定収益で支える——財務体質の改善を急ぐ当時の経営にとって、それは合理的な切り札だったと思われる。開業後の不動産の成功は、その読みが正しかったことを示している。ただし同じ選択が本業の弱さを覆い隠す面を併せ持っていたことも、開業前の日経ビジネスがすでに不動産依存体質の強化という言葉で書き留めていた。 飛び地・非関連多角化 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/2702/decisions/price-revolution-1994/","t":"値下げの断行と、低価格で客数を取りにいく路線への転換","c":"日本マクドナルド","y":1994,"col":"#FFBC0F","s":"都市部の出店が成熟するなかで、藤田田氏が主力ハンバーガーの大幅値下げ（価格破壊）を断行し、低価格による集客へ転換した経営判断。客数は伸びたが客単価の低下が利益を…","x":"1994 日本マクドナルド ハンバーガー価格破壊 値下げの断行と、低価格で客数を取りにいく路線への転換 1994年10月にハンバーガー価格破壊。藤田田社長が主力商品を大幅に値下げし安さで客数を積み増す外食の低価格化を先導 都市部の出店が成熟するなかで、藤田田氏が主力ハンバーガーの大幅値下げ(価格破壊)を断行し、低価格による集客へ転換した経営判断。客数は伸びたが客単価の低下が利益を圧迫し、2002年からの赤字の遠因となった 安さで得た客、安さに縛られた収益 この判断の核心は、成熟した市場をもう一度動かす手立てとして、藤田氏が価格そのものを選んだ点にある。手軽さで外食を国民食へ広げた同社にとって、安さはもともとの強みであった。その強みをさらに推し進め、値下げで客数を積み増す道は、短期には売上の伸びをもたらした。しかし一度定着した安さは、消費者の価格の見方を固め、同社の収益を長く縛る重しにもなった。安さで客を得るほど、単価では稼げなくなる——価格破壊は、集客と収益のあいだに解きにくい矛盾を残した。2002年からの赤字は、その代償が表に出たものであった。 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/2875/decisions/north-america-noodle-1994/","t":"米国第3工場を軸とした北米即席麺市場の現地化と、本国が知らぬ米国首位","c":"東洋水産","y":1994,"col":"#0E3192","s":"国内で日清食品に水をあけられた東洋水産が、NAFTAと移民市場を背景に北米へ生産拠点を築き、低価格と現地密着のコモディティー戦略で米国・メキシコの即席麺首位を確…","x":"1994 東洋水産 アーバイン工場で現地化 米国第3工場を軸とした北米即席麺市場の現地化と、本国が知らぬ米国首位 1994年11月にアーバイン工場で現地化。約100億円を投じた米国第3工場で1987年からの北米即席麺を面として固める 国内で日清食品に水をあけられた東洋水産が、naftaと移民市場を背景に北米へ生産拠点を築き、低価格と現地密着のコモディティー戦略で米国・メキシコの即席麺首位を確立した面的な海外事業戦略 別の土俵で得た首位という逆説 この判断の面白さは、国内で崩せなかった相手を、まったく別の土俵で追い越した点にある。日本の食品メーカーが海外へ出るとき、多くは品質やブランドの高さを掲げる。東洋水産が北米で選んだのは逆の道で、増え続ける移民の低所得層に値付けと品揃えを合わせ、現地で作り現地の価格で売り切る徹底であった。国内の万年2位という劣勢が、かえって身軽に別の市場へ賭けさせた面もあったと推察される。効率や高付加価値ではなく、暮らしへの密着で築いた優位という点に、この戦略の独自性がうかがえる。 海外進出・現地生産 低価格・コストリーダーシップ 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3405/decisions/hi-fiber-diversification-1994/","t":"繊維に依存しない収益源を拡大し、不況に揺るがない体質をつくる事業構成の組み替え","c":"クラレ","y":1994,"col":"#53BFED","s":"市況に左右される汎用繊維で大手と規模を競わず、独自技術の連鎖で高付加価値の非繊維製品群を拡充し、不況に揺るがぬ収益体質を構築する多角化戦略","x":"1994 クラレ 非繊維事業への構造転換 繊維に依存しない収益源を拡大し、不況に揺るがない体質をつくる事業構成の組み替え 1994年に地下茎経営を掲げて非繊維化。第2次中期経営計画で繊維の高収益化と非繊維の拡大を進め、合繊9社で最も低下が小さかった 市況に左右される汎用繊維で大手と規模を競わず、独自技術の連鎖で高付加価値の非繊維製品群を拡充し、不況に揺るがぬ収益体質を構築する多角化戦略 規模を追わない企業の強さ この転換の核心は、大手と同じ土俵で規模を競うことをやめた点にある。汎用の繊維で東レや帝人と生産能力を張り合っても競争劣位に立つという冷めた自己認識が、市況に振られにくい高付加価値の独自製品へと経営資源を集中する判断を生んだ。基盤技術から派生商品を枝分かれさせる地下茎経営は、限られた研究開発を無駄なく複数の市場へ広げる仕組みでもあった。バブル崩壊後の不況で他社が大きく沈むなか、クラレの減益幅が最も小さかった事実は、規模より質を選んだ長年の積み重ねが不況抵抗力に転じたことを示しているだろう。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/4062/decisions/intel-package-substrate-1994/","t":"勝負どころを一顧客に限定したプロジェクトへの経営資源の一点集中","c":"イビデン","y":1994,"col":"#64a0c8","s":"カーバイド撤退後の生き残りを賭け、研究開発費と人材を単一の開発テーマへ一点集中させ、プラスチック製パッケージでインテル供給を勝ち取った資源配分の判断","x":"1994 イビデン インテル攻略へ資源集中 勝負どころを一顧客に限定したプロジェクトへの経営資源の一点集中 1994年にインテル攻略へ資源を集中。遠藤優社長が半導体パッケージ開発を直轄に据え、研究開発費のほぼ全額を投じ2年で量産と期限を切る カーバイド撤退後の生き残りを賭け、研究開発費と人材を単一の開発テーマへ一点集中させ、プラスチック製パッケージでインテル供給を勝ち取った資源配分の判断 生き残りが生んだ一点集中 このプロジェクトの特異さは、開発手法の巧みさよりも、負けられない状況が組織の全エネルギーを一点へ集めさせた点にある。カーバイド撤退と3期連続の減収減益で後がないなか、遠藤優社長は研究開発費のほぼ全額を単一テーマへ振り向け、中核人材を元の部署から引きはがし、2年で結果が出なければ解散すると期限を切った。石油危機期の200人削減を悔い、社長就任後は人員整理をしないと誓った経営者が、事業では一切の妥協を許さない。人を守る一方で賭けには徹する、その二面が同居していた。 技術・r&d起点の勝負 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4188/decisions/mitsubishi-chemical-1994/","t":"合併による新会社の発足と、両社の石油化学事業の一本化","c":"三菱ケミカルグループ","y":1994,"col":"#FF000E","s":"1994年10月1日、三菱化成と三菱油化が合併し、総合化学最大手・三菱化学が発足した案件。合併後最初の通期の連結売上高は1兆円を超え、当時の世界で第9位の規模と…","x":"1994 三菱ケミカルグループ 三菱油化との合併 合併による新会社の発足と、両社の石油化学事業の一本化 1994年10月に三菱化成と三菱油化の合併。総合化学最大手の三菱化学が発足し、初の通期連結売上高は1兆円を超え世界9位の規模へ 1994年10月1日、三菱化成と三菱油化が合併し、総合化学最大手・三菱化学が発足した案件。合併後最初の通期の連結売上高は1兆円を超え、当時の世界で第9位の規模となった。石炭化学・機能材料の三菱化成と石油化学の三菱油化を一体化したこの新会社は、現在の三菱ケミカルグループ(証券コード4188)の直接の母体である。 「規模の追求」と、その後の揺り戻し 1994年の合併は、財閥系総合化学が抱いた\"規模の追求\"という発想を体現していた。三菱系で連携と重複を続けてきた石炭化学の三菱化成と石油化学の三菱油化を一つにまとめ、川上から川下までを自前で握るフルライン企業をつくる——業界再編の先駆けとして期待を集めた統合であった。だが、あらゆる石化製品を並べる\"百貨店\"の体質は、不採算事業の整理をむしろ遅らせる方向に働いた。対等色の強い合併ゆえの遠慮や、長く染みついた自前主義が、規模の利を数字として取り出す作業を鈍らせた面もあったとみられる。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/4680/decisions/roundone-rename-1994/","t":"旧ラウンドワンの吸収合併と、それに合わせた社名の刷新","c":"ラウンドワン","y":1994,"col":"#D60C18","s":"屋内型複合レジャー施設の運営を担う新会社ラウンドワン（旧）へ営業を移管したうえで吸収合併し、存続会社の商号を杉野興産からラウンドワンへ切り替えて事業と社名を一本…","x":"1994 ラウンドワン 杉野興産から商号変更 旧ラウンドワンの吸収合併と、それに合わせた社名の刷新 1994年12月に杉野興産から商号変更。前年に設けた子会社を吸収し、1980年以来の創業名を屋内型複合レジャーの屋号へ 屋内型複合レジャー施設の運営を担う新会社ラウンドワン(旧)へ営業を移管したうえで吸収合併し、存続会社の商号を杉野興産からラウンドワンへ切り替えて事業と社名を一本化したグループ再編 名を継ぐという再編 杉野興産からラウンドワンへの商号変更は、単なる社名の書き換えという言葉に収まらない。1990年の石津店で固めた屋内型複合レジャーという業態を、家業の遊戯場を営む杉野興産ではなく、その業態のために新設したラウンドワン(旧)の名で統合し直したところに、この再編の芯があるのだろう。創業者の杉野公彦氏は、子会社として作った新しい名を本体へ引き取り、会社そのものの看板に据えた。 持株会社化・グループ再編 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/5004/decisions/vietnam-exploration-1994/","t":"南部沖「15-2」鉱区の取得と、自社オペレーターとしての操業への転換","c":"三菱石油","y":1994,"col":"#E60012","s":"規制緩和による価格競争を前に、精製・販売だけでは守れない収益基盤を原油開発部門で補うため、メジャーへの出資による学習段階から自社オペレーターによる探鉱へ進んだ判…","x":"1994 三菱石油 ベトナムで原油探鉱に進出 南部沖「15-2」鉱区の取得と、自社オペレーターとしての操業への転換 1994年6月にベトナムで原油探鉱に進出。南部沖15-2鉱区で米メジャーの参加を断り、日本ベトナム石油が自ら操業 規制緩和による価格競争を前に、精製・販売だけでは守れない収益基盤を原油開発部門で補うため、メジャーへの出資による学習段階から自社オペレーターによる探鉱へ進んだ判断 小さな会社が、操業者の席に座ったこと ドイツの石油会社が3本掘って不発に終わらせた鉱区を、販売シェア8%の元売り6位が取りに行き、メジャーの参加申し出を断って自らオペレーターの席に座った。可能にした条件は四つ重なる。基盤岩の亀裂に油がたまるという地質解釈、バクホー油田と同じ構造だという読み、通産省の慎重論を押し切った1991年の訪越、1,700億円のエクイティ調達が生んだ100億円の余力。開発技術者15人の現場が試掘費用の試算をトップへ直に上げる小ささも効いた。どれか一つが欠けても、この鉱区は掘れなかった。 海外進出・現地生産 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負 資金調達・財務戦略 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/5201/decisions/pseudo-divisionalization-1994/","t":"意思決定の遅さからの脱却を狙った事業単位への権限移譲","c":"AGC","y":1994,"col":"#3456ac","s":"バブル崩壊で二本柱の収益が減少するなか、意思決定の遅い大企業体質を改め、事業部へ権限と責任を委ねて市場変化への追従を速める組織改革","x":"1994 agc 疑似分社制の導入 意思決定の遅さからの脱却を狙った事業単位への権限移譲 1994年4月に疑似分社制の導入。瀬谷博道社長のもと8事業本部に資本金と借入金を割り振り、予算と人事の権限を委ねた バブル崩壊で二本柱の収益が減少するなか、意思決定の遅い大企業体質を改め、事業部へ権限と責任を委ねて市場変化への追従を速める組織改革 大企業の速さという難題 この改革の核にあるのは、規模の大きさと意思決定の速さをどう両立させるかという問いである。旭硝子は、単一の指揮系統で扱える事業規模には限りがあるとみて、会社を独立採算の事業体の集まりに見立て、権限と責任を現場へ下ろした。作れば売れた時代に染みついた供給者優位の緩さを、業績評価と権限委譲の二つで断とうとした試みであったのだろう。数字で報いる査定制度をあわせて入れた点に、意識だけでは体質は変わらないという判断がうかがえる。 持株会社化・グループ再編 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/6367/decisions/1994-inoue-restructuring/","t":"多角化の中止と、主力一本への経営資源の集中","c":"ダイキン","y":1994,"col":"#14bee6","s":"業績低迷とフロン規制の転換期に、多角化を止めて空調へ集中投資し、井上体制の出発点となった経営機構の刷新","x":"1994 ダイキン 空調抜本改革計画の立案 多角化の中止と、主力一本への経営資源の集中 1994年6月に井上礼之による空調改革。3期連続赤字の商品から撤退し、多角化を止めて生産・開発・販売を統括する組織改革へ 業績低迷とフロン規制の転換期に、多角化を止めて空調へ集中投資し、井上体制の出発点となった経営機構の刷新 拡大より、集中して賭ける この判断の核心は、危機に追われた縮小ではなく、伸び悩みのなかで自ら事業の幅を狭めた点にある。多角化は本来、一つの事業への依存を薄めて危険を分散する構えでもある。それをあえて畳み、空調という一事業に原資を集めた選択は、分散の安心よりも集中の切れ味を採ったものと推察される。就任直後に『過去の延長線が嫌い』と評された新社長が、まず手をつけたのが自社の拡大路線そのものであったところに、この改革の性格がうかがえる。 選択と集中 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6503/decisions/kitaoka-restructuring-1994/","t":"長く3位にとどまった地位からの脱却を掲げた改革と、半導体投資の誤算","c":"三菱電機","y":1994,"col":"#d80c18","s":"「万年3位」で変化に縁遠い総合電機の体質を、メガコンペティションと技術の急変を前に選択と集中で変えようとした構造改革。半導体投資の誤算で挫折し社長辞任に至った","x":"1994 三菱電機 構造改革と社長の引責辞任 長く3位にとどまった地位からの脱却を掲げた改革と、半導体投資の誤算 1992年に北岡隆氏が選択と集中を掲げる。三菱電機初のハイテク出身社長が9事業本部への再編と本社人員の毎年削減、社内公募制に着手する 「万年3位」で変化に縁遠い総合電機の体質を、メガコンペティションと技術の急変を前に選択と集中で変えようとした構造改革。半導体投資の誤算で挫折し社長辞任に至った 得意分野でつまずいた改革者 この判断で際立つのは、方向は正しくとも、それを支える足場が伴わなかったことである。万年3位に安住した社風を選択と集中で変えるという発想は、後年の三菱電機の経営方針をおよそ先取りしていた。ただ、北岡隆社長は学閥や派閥をつくらない主義から自らの腹心を持たず、改革を自身の指導力だけで押し進めた。改革者が孤立しやすい構図のなかで、最後は自らの出身分野である半導体で足をすくわれた点に、この決断の苦さがうかがえる。 選択と集中 リストラ・構造改革 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/6594/decisions/hdd-motor-focus-1994/","t":"スピンドルモータ一本への集中と、従来主力への依存からの脱却","c":"ニデック","y":1994,"col":"#009A48","s":"HDD用スピンドルモータへの集中で世界首位を確立したのち、単一市場への依存を自ら断ち、製品構成を車載・家電・産業機器へ拡大して総合モータメーカーへ転換した判断","x":"1994 ニデック hddモータへ集中 スピンドルモータ一本への集中と、従来主力への依存からの脱却 1994年1月にhdd用スピンドルモータへ経営資源を配分した。1979年に始めた事業は1980年代末に世界シェア約7割を占め首位に立った hdd用スピンドルモータへの集中で世界首位を確立したのち、単一市場への依存を自ら断ち、製品構成を車載・家電・産業機器へ拡大して総合モータメーカーへ転換した判断 世界一を取り、その世界一に依らずに済む会社へ この判断の核心は、新しい市場を開拓したことではなく、自ら勝ち取った世界一の主力への依存を、盛りのうちに薄めにいった点にある。hdd用スピンドルモータは日本電産を世界首位へ押し上げた強みであり、そこへ集中したからこそ生まれた地位だった。永守重信氏は、その強みが同時に最大の弱点でもあると1995年の赤字から読み取り、主力の売上比率を意図して下げ、車載や家電へ製品を広げる転換を選んだ。伸びている事業の比率を自ら引き下げる決定は、危機が深まってからでは間に合わない。 選択と集中 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/6752/decisions/division-system-revival-1994/","t":"事業本部の廃止と、社長直轄へ現場を戻す組織の再編","c":"パナソニック","y":1994,"col":"#1450a0","s":"3期連続減益と炊飯器リコールでの意思決定の遅れを背景に、二重構造を生んだ事業本部制を廃し、社長直轄の事業部制へ回帰した組織改革","x":"1994 パナソニック 事業部制への回帰 事業本部の廃止と、社長直轄へ現場を戻す組織の再編 1993年12月に事業本部制を廃し事業部を社長直轄とした。森下洋一社長が3期連続減益と炊飯器リコールを受け組織の二重構造を断った 3期連続減益と炊飯器リコールでの意思決定の遅れを背景に、二重構造を生んだ事業本部制を廃し、社長直轄の事業部制へ回帰した組織改革 揺れ続ける組織のかたち 1933年に幸之助氏が生んだ事業部制は、松下の組織原理でありながら、危機のたびに導入と回帰を繰り返す振り子となっていた。1950年の再導入、1972年の廃止、1978年の山下俊彦氏による社長直結、1984年の事業本部制復活、そして1993年の森下洋一氏による回帰。組織のかたちそのものが、その時々の経営の悩みを映す鏡であった。森下氏改革もまた、その長い揺れの一つにすぎなかったと推察される。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6758/decisions/playstation-launch-1994/","t":"家庭用ゲーム市場への進出","c":"ソニー","y":1994,"col":"#003366","s":"任天堂とのCD-ROM機共同開発が決裂したのを機に、CD-ROMを採用した自前のゲーム機で家庭用ゲーム市場へ参入し、外部の開発会社を広く取り込んで任天堂・セガの…","x":"1994 ソニー playstation参入 家庭用ゲーム市場への進出 1994年12月に家庭用ゲーム機へ乗り出す。playstationを国内で売り出し、前年設立のsceで久夛良木健が開発を主導 任天堂とのcd-rom機共同開発が決裂したのを機に、cd-romを採用した自前のゲーム機で家庭用ゲーム市場へ参入し、外部の開発会社を広く取り込んで任天堂・セガの二強を崩した新規事業の創出 決裂を賭けに変えた設計思想 この判断の核心は、任天堂との決裂という不運を、独自の設計思想へ組み替えた点にある。ソニーが選んだcd-romは、記録媒体を替えただけの選択ではなかった。カートリッジより安く、大容量で、複製もしやすい光ディスクは、外部の開発会社がソフトを供給する負担を下げ、多様なタイトルを呼び込むプラットフォームになった。ハードの性能で競うより、ソフトの豊かさで人を集める――家庭用ビデオでベータマックスがソフトの数でvhsに競争劣位に置かれた経験を持つソニーにとって、これは自らの教訓の裏返しでもあった。 隣接領域への展開 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/7599/decisions/kaitori-senmon-1994/","t":"中古車「買取専業」モデルの確立と最短記録での株式上場","c":"IDOM","y":1994,"col":"#333333","s":"中古車オークション市場の成熟を待って買取専業へ特化し、本部査定とフランチャイズで最速の全国網を築いて創業9年で東証一部へ上場した経営判断","x":"1994 idom 下取りを切り出した買取専業 中古車「買取専業」モデルの確立と最短記録での株式上場 1994年に中古車の買取専業へ乗り出す。羽鳥兼市氏が郡山でガリバーインターナショナルを設立し、本部が査定価格を決めるfcで全国展開 中古車オークション市場の成熟を待って買取専業へ特化し、本部査定とフランチャイズで最速の全国網を築いて創業9年で東証一部へ上場した経営判断 一事業に集中する勇気と、その代償 この判断の核心は、事業の裾野を広げるのではなく、中古車流通の\"買い取り\"という一点へ絞り込んだところにある。羽鳥兼市氏は自らの倒産という失敗から、店頭で売るより仕入れて回す方に商機を見た。人目を気にせず車を手放したいという売り手の心理を突き、下取りをオークションでさばく型を作る。本部が価格を決め素人でも査定できる仕組みは、フランチャイズによる最速の全国展開と一体だった。一個人の現場体験を、情報システムと店舗網で再現できる事業へ翻訳した点に、この創業の特徴がうかがえる。 祖業・主力事業の転換 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/7616/decisions/central-kitchen-integration-1994/","t":"逗子工場の閉鎖と、配送センターを備えたセントラルキッチン網の構築","c":"コロワイド","y":1994,"col":"#1a5c9c","s":"直営一貫と多業態ドミナントで拡大した店舗網に対し、仕込みを店の厨房から工場へ移管して味の均質化・衛生管理・原価低減を自社で管理する体制を構築する判断","x":"1994 コロワイド 鎌倉キッチンの新設 逗子工場の閉鎖と、配送センターを備えたセントラルキッチン網の構築 1994年10月に鎌倉キッチン配送センターを新設。コロワイドが創業地の逗子工場を閉鎖し、自前の製造と物流を一体で持つ形に改めた 直営一貫と多業態ドミナントで拡大した店舗網に対し、仕込みを店の厨房から工場へ移管して味の均質化・衛生管理・原価低減を自社で管理する体制を構築する判断 機能として持った工場、資産になった工場 3カ所の配送センターを賃貸で賄い総投資額は1億20百万円程度になる——1999年の講演で蔵人金男社長が語ったこの答えに、判断の芯がある。直営一貫と地域1番店商法を選んだ以上、手作りの味を店ごとにばらつかせないためには仕込みを厨房から剥がすほかなかった。それでも資金は店に向けたい。賃貸のセントラルキッチンは、その二つを両立させる折衷であったとみられる。工場を持つことと自社で建てることを切り分けた点に、この時期の身軽さがあった。 垂直統合・内製化 大型設備投資 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8035/decisions/overseas-direct-sales-1994/","t":"海外販売の直販体制への全面転換","c":"東京エレクトロン","y":1994,"col":"#00A7E1","s":"半導体産業の主役が海外へ移るなか、代理店経由の海外販売を直販へ全面転換し、現地人トップの現地法人でユーザーと直結して国内依存の収益構造をグローバル型へ組み替えた…","x":"1994 東京エレクトロン オースティン拠点の直販化 海外販売の直販体制への全面転換 1994年10月に欧米販売を直販へ切り替え。東京エレクトロンが代理店経由をやめ、米テキサス州オースティンに拠点を開設し現地人をトップに据えた 半導体産業の主役が海外へ移るなか、代理店経由の海外販売を直販へ全面転換し、現地人トップの現地法人でユーザーと直結して国内依存の収益構造をグローバル型へ組み替えた販売体制改革 「国内で勝つ型」を、世界へ移植する この判断の要は、単なる海外進出ではなく、国内で築いた成功パターンをそのまま世界へ移植した点にある。最先端工場のそばに技術者を張り付け、メンテナンスから次の需要を先読みして装置へ反映する——国内で優位を支えてきたこの回路は、代理店を挟んでいては海外で再現できない。この回路を世界で再現するには、販売の仕組みごと直販へ組み替え、ユーザーと直結する必要があった。オースティンのクリーンルームも、現地人トップの起用も、顧客の生の声を最短距離で拾うという一点で筋が通っている。 グローバル経営体制 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8078/decisions/zaiteku-collapse-1994/","t":"本業回帰と8期ぶりの復配","c":"阪和興業","y":1994,"col":"#008517","s":"財テクで膨張した運用損失と株価急落を受け、創業家3代目・北修爾社長が本業回帰型の再建へ方針を変えた経営判断","x":"1994 阪和興業 財テク撤退と本業回帰 本業回帰と8期ぶりの復配 1994年に北修爾が社長へ就任し本業回帰へ動いた。北茂前社長の財テクで運用資産は最大3兆円超に膨らみ、8期連続無配からの脱出を果たした 財テクで膨張した運用損失と株価急落を受け、創業家3代目・北修爾社長が本業回帰型の再建へ方針を変えた経営判断 本業の外側に築いた収益への依存をどう測るか この決断の核心は、鉄鋼流通という本業の外側に築いた金融収益への依存を、経営陣がどこまで自覚し制御できるかという一点にあっただろう。北茂氏の下で膨らんだ財テクは、当初は実需の為替ヘッジの延長線上にあり、株価が右肩上がりの間はむしろ収益源として評価されていた。しかし、収益構造が本業と金融運用の二本立てになった時点で、金融市場の反転がそのまま経営そのものを揺るがすリスクを抱えていたことがうかがえる。 経営再建・ターンアラウンド 創業家・同族 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/8113/decisions/moony-man-development-1994/","t":"パンツ型紙おむつを短期間で世に出した開発体制の確立","c":"ユニ・チャーム","y":1994,"col":"#184890","s":"首位が入れ替わる紙おむつ市場で、価格競争を避け、使用者観察と製造マシン内製化によるスピード開発で製品力の優位を保つ判断","x":"1994 ユニ・チャーム 「ムーニーマン」の開発 パンツ型紙おむつを短期間で世に出した開発体制の確立 1992年に価格競争に乗らない開発体制を構築した。ユニ・チャームがパンツ型のムーニーマンを投入し、使用者観察と日次管理で紙おむつ首位を守った 首位が入れ替わる紙おむつ市場で、価格競争を避け、使用者観察と製造マシン内製化によるスピード開発で製品力の優位を保つ判断 価格でなく時間を買う競争 ユニ・チャームがとった構えは、価格ではなく製品で戦うという一点に貫かれていた。首位が30カ月で入れ替わる市場で、値下げの誘惑を断ち、使用者の暮らしを直接観察して次の一手を先に打つ——この地道さが、規模で勝る花王・p&gに差をつけた源泉であっただろう。立ったまま換えられるという発想が、実験室ではなく家庭の観察から出てきた点に、この会社の開発の性格がよく表れている。 隣接領域への展開 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8198/decisions/dual-front-expansion-overleverage-1990s/","t":"国内外の600億円の市場調達——1000億円超へ膨らんだ有利子負債","c":"ヤオハン","y":1994,"col":"#333333","s":"大店法緩和で牙城の静岡へ大手が進出する危機感から、国内の大型食品スーパー100店構想と中国・タイ・英国への海外展開を同時に進め、その原資を市場調達約600億円で…","x":"1994 ヤオハン 静岡と中国へ二正面の拡大投資 国内外の600億円の市場調達——1000億円超へ膨らんだ有利子負債 1990年代前半に国内と海外へ同時拡大。3000平方メートル級の食品スーパーを2000年までに100店出す計画とワラント債で資金を賄う 大店法緩和で牙城の静岡へ大手が進出する危機感から、国内の大型食品スーパー100店構想と中国・タイ・英国への海外展開を同時に進め、その原資を市場調達約600億円で賄って有利子負債を1000億円へ膨らませた拡大投資 拡大の型が残した問い ヤオハンジャパンの拡大は、大店法緩和という市場の変化への防衛と、海外雄飛という積年の志を、同時に果たそうとした試みであった。原資を株式ではなく社債に求めたことで、収益が計画に届かなくても元本の返済期限は動かず、稼ぎを上回る投資の差は借入で埋め続けるほかなかった。国内の大型化も海外の出店も、それ自体は当時の流通業が競って選んだ道であり、和田会長の海外戦略には先見もあった。ただ、成長への投資が回収に先立つ型を市場調達で支え続けたことが、破綻の根に横たわっていたと思われる。 海外進出・現地生産 資金調達・財務戦略 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/8309/decisions/real-estate-loan-cleanup-1994/","t":"取引先の再建案の策定と、1994年度の不良債権2,000億円の償却","c":"三井住友トラストグループ","y":1994,"col":"#00763a","s":"バブル崩壊で不動産関連融資が不良債権化し、メーンバンクとして麻布グループの再建案をまとめ、1994年度に2,000億円を償却して後始末に入った処理","x":"1994 三井住友トラストグループ 麻布グループ再建案策定 取引先の再建案の策定と、1994年度の不良債権2,000億円の償却 1992年2月に麻布グループの再建案を提示。三井信託銀行が渡辺喜太郎社長を会長へ退かせ、同行出身者を社長に据える バブル崩壊で不動産関連融資が不良債権化し、メーンバンクとして麻布グループの再建案をまとめ、1994年度に2,000億円を償却して後始末に入った処理 相場観が処理判断を縛るとき 『1年半、カネを垂れ流してしまった』——三井信託の幹部が漏らした言葉が、この判断の性質をよく言い当てている。1990年秋に約600億円だった麻布建物向けの融資は、1年3か月で2,150億円へ膨れた。遅れの理由は麻布の資産価値が読めなかったからではなく、1,200億円の株式売買契約が流れることを恐れて、社長交代も金利の棚上げも打ち出せなかった点にある。個別の株をめぐる相場観が、メーンバンクとしての処理判断を縛ったと推察される。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8605/decisions/bailout-acceptance-1994/","t":"系列ノンバンクの債務保証を抱えたままの、増資と劣後ローンによる延命","c":"三洋証券","y":1994,"col":"#3030A5","s":"系列ノンバンクの清算が本体の清算に直結する構図のなかで、自己資本規制比率を維持するために銀行・大株主・生保からの資本性資金を受け入れた","x":"1994 三洋証券 野村証券グループの支援 系列ノンバンクの債務保証を抱えたままの、増資と劣後ローンによる延命 1994年4月に再建策の支援を受ける。東京銀行など主力3行と大株主の野村証券が160億円の第三者割当増資を引き受け、生保9社が劣後ローンを供与 系列ノンバンクの清算が本体の清算に直結する構図のなかで、自己資本規制比率を維持するために銀行・大株主・生保からの資本性資金を受け入れた 延命は何を先送りしたか 1994年の再建策を、支援した側の判断の誤りとして読むこともできる。日本生命の専務が述べたとおり、この会社に資本性の資金を入れたこと自体が誤りだった、という整理である。ただ、その判断を当時の条件に戻して見ると、免許を与える官庁が破綻させないと明言している相手に資金を出さない選択のほうが、当時は説明しにくかった。支援する側が見ていたのは三洋証券の再建計画ではなく、大蔵省の約束だった。約束が守られる限り、劣後ローンは焦げつかない。 資金調達・財務戦略 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8923/decisions/mbo-second-founding-1994/","t":"倒産した父の会社ではなく、別法人のした第二創業","c":"トーセイ","y":1994,"col":"#71C7D4","s":"父の会社の事実上の倒産を受け、債務を切り離せる別法人を取得して不動産業を再建した第二創業","x":"1994 トーセイ 東誠ビルディングをmboで取得 倒産した父の会社ではなく、別法人のした第二創業 1994年6月に東誠ビルディングをmboで取得した。山口誠一郎氏が父の建物管理会社の全株式を譲り受け、代表取締役社長として不動産業を再出発させた 父の会社の事実上の倒産を受け、債務を切り離せる別法人を取得して不動産業を再建した第二創業 継いだのは会社ではなく、名前と人だった この判断で興味深いのは、何を継ぐかを法人の単位で選び直した点にある。父の東誠商事は事実上の倒産に至っており、そこには返しきれない借入と、業界全体が忌避されるなかでの評判が残っていた。一方、父が別に持っていた東誠ビルディングには、宅地建物取引業免許と管理の受託先、保有ビルという、明日から売上を立てられる材料が揃っていた。新設ではなく買取を選んだのは情の話ではなく、免許と実績をゼロから積み直す時間を節約する算段であったのだろう。 mbo・非公開化 創業家・同族 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9007/decisions/odakyu-hyakkaten-fusan-1994/","t":"不採算資産の処理と、取扱商品を限定した専門大店化による本業への立て直し","c":"小田急電鉄","y":1994,"col":"#002395","s":"バブル期の多角化投資（東京オペラシティ事業等）が2期連続赤字となる中、\"負の遺産\"の整理と専門大店化による本業回帰を打ち出した構造改革","x":"1994 小田急電鉄 小田急百貨店の再建 不採算資産の処理と、取扱商品を限定した専門大店化による本業への立て直し 1997年5月に利光国夫氏が小田急百貨店社長に就任した。1994年に専門大店化へ向かった同店は、東京オペラシティ事業など不採算投資を整理した バブル期の多角化投資(東京オペラシティ事業等)が2期連続赤字となる中、\"負の遺産\"の整理と専門大店化による本業回帰を打ち出した構造改革 自己認定から始まった改革の重み 祖父・利光鶴松氏が興した会社を率いる立場でありながら、自社の経営判断そのものを誤りと認めるところから改革を始めた点に、1994年の\"専門大店\"化とは異なる重みがうかがえる。電鉄専務を兼務したまま百貨店社長を引き受けたのも、東京オペラシティという電鉄本体の懸案と百貨店改革を切り離さず、一人で両方に責任を負う構えを選んだためと推察される。 リストラ・構造改革 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/9008/decisions/keio-hyakkaten-kaikaku-1994/","t":"自主MD化と専門大店化","c":"京王電鉄","y":1994,"col":"#00205b","s":"バブル崩壊後の収益悪化を背景に、問屋・メーカー依存の仕入れ体質を自主MDへ転換し、郊外の専門大店化で沿線需要を掘り起こした構造改革","x":"1994 京王電鉄 京王百貨店の構造改革 自主md化と専門大店化 1994年11月に京王百貨店の構造改革へ入った。京王ストアから転じた川村六郎社長が、仕入れから販売までを自社で担う自主mdと専門大店化へ進んだ バブル崩壊後の収益悪化を背景に、問屋・メーカー依存の仕入れ体質を自主mdへ転換し、郊外の専門大店化で沿線需要を掘り起こした構造改革 どこまでが経営改革の成果か この構造改革の核心は、赤字による差し迫った危機対応ではなく、新宿という立地に安住してきた経営体質そのものへ、スーパー出身の経営者が外から切り込んだ点にある。 収益モデル転換 リストラ・構造改革 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/9418/decisions/pole-use-normalization-1994/","t":"電柱の無断共架をやめ、事前許可と共架料支払いへ切り替えた正常化","c":"U-NEXT HOLDINGS","y":1994,"col":"#00BFD3","s":"行政・電柱所有者との協議会指導のもとで、無断共架を事前承諾と共架料支払いに切り替え、全国設備を法令に従った状態へ置き換えた判断","x":"1994 u-next holdings 有線音楽放送正常化協議会へ表明 電柱の無断共架をやめ、事前許可と共架料支払いへ切り替えた正常化 1994年12月に有線放送の正常化へ方針を示す。大阪有線放送社が郵政省などの協議会へ意向を伝え、6年で全国の違法施設を直す計画を出した 行政・電柱所有者との協議会指導のもとで、無断共架を事前承諾と共架料支払いに切り替え、全国設備を法令に従った状態へ置き換えた判断 数えて、払って、外す この判断には、劇的な転換点らしきものが見当たらない。1994年12月の意向表示も、1995年7月の6年計画も、外へ向けた宣言というより協議会への回答であった。実際に行われたのは、電柱を数え、所有者ごとに料金を払い、許可を取り直し、使わない線を外すという反復作業で、その量は全国に張った網の大きさに正比例した。創業から30年かけて先回りで敷いた設備を、こんどは1本ずつ法令の側へ登録し直す作業であったといえる。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9435/decisions/mobile-agency-fc-expansion-1994/","t":"携帯電話の売切り制移行を機とした販売代理店事業への本格参入とコミッション収益モデルの確立","c":"光通信","y":1994,"col":"#00469C","s":"携帯電話の売切り制移行を機に販売代理店事業へ本格参入し、端末の利ざやでなく通話料金に連動する変動コミッションを軸とする収益モデルと直営・加盟店の二本立ての店舗網…","x":"1994 光通信 hitshop展開を開始 携帯電話の売切り制移行を機とした販売代理店事業への本格参入とコミッション収益モデルの確立 1994年4月に携帯電話機器の売切り制導入へ合わせて機器販売を開始し、翌5月に東京都新宿区へhitshop第1号店を開店した。直営店と加盟店の二本立てで展開し、1999年5月に全国1,500店へ達した 携帯電話の売切り制移行を機に販売代理店事業へ本格参入し、端末の利ざやでなく通話料金に連動する変動コミッションを軸とする収益モデルと直営・加盟店の二本立ての店舗網で急拡大した新規事業判断 物でなく契約を積む商売 光通信が売切り制の導入で選んだのは、端末という物を売る商売ではなく、利用者が毎月払う通話料金に連なる権利を積む商売だったといえる。契約の獲得時に入る受付コミッションで当座の資金を回し、通話料金に応じて継続的に入る変動コミッションを積み上げる二段構えは、店舗を増やすほど翌年以降の収入が厚くなる仕組みでもあった。売るものは変わっても、契約を積んで細く長く回収するという骨格は、この時点ですでに固まっていたと思われる。 収益モデル転換 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9735/decisions/medical-home-care-entry-1994/","t":"在宅医療への参入と、医療機関の経営を分離する議論への一石","c":"セコム","y":1994,"col":"#01519b","s":"セキュリティーで培った24時間対応網を医療へ転用し、企業参入を阻む医療規制のなかで先行者利益を狙って在宅医療・訪問看護を全国展開する多角化戦略","x":"1994 セコム セコム在宅医療システム設立 在宅医療への参入と、医療機関の経営を分離する議論への一石 1994年4月にセコム在宅医療システム設立。企業の看護婦採用が厚生省に認められ、倒産寸前の病院再建まで引き受けて医経分離へ セキュリティーで培った24時間対応網を医療へ転用し、企業参入を阻む医療規制のなかで先行者利益を狙って在宅医療・訪問看護を全国展開する多角化戦略 規制の壁と、信頼という賭け この参入の核心は、儲けの大きい市場へ乗り込む話ではなく、規制で守られた領域へどう足がかりを築くかという点にあった。医療法が企業の参入を阻み、医師以外の医療行為に厳しい線が引かれるなかで、セコムは在宅輸液療法や病院再建という迂回路から、制度の側に\"医経分離\"の議論を起こさせた。飯田亮会長が信頼の競争の焦点とみたように、参入の論理は目先の採算ではなく、いったん信頼を得た者に長く続く先行者利益に置かれていた。規制と経営判断が絡み合う場面で、あえて制度の縁に踏み込んだ判断だっただろう。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9843/decisions/spa-overseas-production-1994/","t":"製造物流小売（SPA）への転換と海外自社生産","c":"ニトリ","y":1994,"col":"#009E95","s":"部品輸入から完成品の海外自社生産へ進み、インドネシアの労務難を経てベトナムへ生産を集約し、製造・物流・小売を自社で掌握するSPAで円高メリットと低価格を両立させ…","x":"1994 ニトリ インドネシアで自社生産開始 製造物流小売(spa)への転換と海外自社生産 1994年10月にインドネシアへ現地生産法人を設立する。1995年夏から箱物家具を一貫生産し2004年にベトナムへ生産を集約 部品輸入から完成品の海外自社生産へ進み、インドネシアの労務難を経てベトナムへ生産を集約し、製造・物流・小売を自社で掌握するspaで円高メリットと低価格を両立させた転換 円高が磨いた強みと、円安という裏面 この判断の核心は、小売業でありながら\"作る\"領域まで内製化した点にある。売上100億〜200億円規模で家具工場を持つのは当時の常識では過大な投資であり、インドネシアでの無断欠勤やストライキという授業料も払った。それでもニトリは撤退せず、完全子会社による直接管理へ切り替え、ベトナムへ集約して製造・物流・小売を一本の流れにまとめ上げた。商社や卸を通さずに完成品を調達できる体制が、値下げを続けても利益を確保できる価格競争力を生んだ。 垂直統合・内製化 海外進出・現地生産 低価格・コストリーダーシップ 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/9863/decisions/store-closures-1994/","t":"180店の即時整理を含む、3年で380店を減らす経営改善計画","c":"靴のマルトミ","y":1994,"col":"#333333","s":"個人消費の低迷と郊外型ショッピングセンターの台頭で既存店の売上が減少し、拡大を前提に積み上げた店舗網の不採算部分を一括で切り離した","x":"1994 靴のマルトミ 不採算店の一括閉鎖 180店の即時整理を含む、3年で380店を減らす経営改善計画 1994年2月に不採算180店の閉鎖を発表。総店舗数1850店の約1割を1年で閉じ社長は役員報酬と賞与を1年間全額返上 個人消費の低迷と郊外型ショッピングセンターの台頭で既存店の売上が減少し、拡大を前提に積み上げた店舗網の不採算部分を一括で切り離した 何を閉じ、何を再構築するのか 1994年の判断は、決断の速さという点では際立っていた。不採算店を洗い出して1年で一括して閉じ、出店を6分の1に絞り、社長自身の報酬も返上する。前年まで16期連続で増収増益を続けた会社が、翌期の減益を見た時点でここまで対策を講じた例はそう多くないだろう。ただ、閉じた対象は店であって、店の作り方ではなかった。富永氏が語った\"ロードサイド店同士の競争\"という認識は、競争の場が郊外の総合商業施設へ移りつつあることまでは射程に入れていなかったようにみえる。 リストラ・構造改革 経営再建・ターンアラウンド 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/9989/decisions/low-cost-growth-model-1994/","t":"20期連続の増収増益につながった低費用・高収益体質への転換","c":"サンドラッグ","y":1994,"col":"#FB1D1B","s":"創業家外初の社長・才津達郎が、徹底した低コスト運営と教育・業態開発で住宅地・郊外の高収益ドラッグストアを全国へ展開し、就任からの20期連続増収増益を実現した経営…","x":"1994 サンドラッグ ローコスト高収益モデルの確立 20期連続の増収増益につながった低費用・高収益体質への転換 1994年に才津達郎が創業家以外から初の社長へ就任。低コスト運営と教育・業態開発で住宅地や郊外の高収益店を全国へ展開し20期連続増収増益 創業家外初の社長・才津達郎が、徹底した低コスト運営と教育・業態開発で住宅地・郊外の高収益ドラッグストアを全国へ展開し、就任からの20期連続増収増益を実現した経営判断 派手さのない型を、長く回し続けた この経営判断の核心は、創業家の外から来た二代目が、派手さのない一つの型を長く回し続けた点にある。才津達郎氏が持ち込んだのは新しい商品でも新しい市場でもなく、住宅地・郊外に立地を絞り、費用を切り詰め、人を育てて売場の力を上げるという、地味な運営の徹底だった。小売業は何も新しいものを生み出していない、だから利益を出すのが当たり前だと言い切れたのは、利益が幸運や好況ではなく、日々の運営設計から生まれると信じていたからだろう。20期という長さは、その信念が一過性でなかったことを示している。 低価格・コストリーダーシップ 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/ddi/decisions/ddi-pocket-phs-1994/","t":"地域別9社によるポケット電話会社の設立","c":"第二電電","y":1994,"col":"#B02A30","s":"携帯電話の3分の1から4分の1という料金で移動体通信の利用者層を拡大するため、セルラー8社とは別系統でPHS事業会社を地域別に9社立てた多角化","x":"1994 第二電電 phs事業への参入 地域別9社によるポケット電話会社の設立 1994年11月に第二電電がphs事業へ参入。7月に設立した企画会社を東京ポケット電話へ商号変更し、ポケット電話会社8社を設立 携帯電話の3分の1から4分の1という料金で移動体通信の利用者層を拡大するため、セルラー8社とは別系統でphs事業会社を地域別に9社立てた多角化 安さは、相手との差でしか成り立たない 安くして広げるという考え方は、長距離電話でもphsでも変わっていない。『日本の長距離電話は大変高く、一般大衆の方々が大変苦しんでいる』と言って1984年に始めた会社が、10年後に携帯電話の3分の1から4分の1という料金でもう一つの移動体通信を立てたのは、同じ手の繰り返しであった。全国1社ではなく地域別9社に分けた形も、セルラー8社と同じ設計を方式を変えて使い直している。 隣接領域への展開 低価格・コストリーダーシップ 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/1928/decisions/brand-integration-1993/","t":"乱立した商品ブランドの集約と購買層別の再編","c":"積水ハウス","y":1993,"col":"#E4002B","s":"多角化で膨らんだ商品名の乱立によるブランド力の低下と、一戸建て住宅の価格競争激化のなかで、購買層別のブランド体系に整理し直した事業戦略上の決断","x":"1993 積水ハウス ワンズワンへブランド集約 乱立した商品ブランドの集約と購買層別の再編 1992年12月に商品ブランドを集約。一戸建て28種を7種、アパート11種を3種、木造ツーバイフォー10種を1つへ集約した 多角化で膨らんだ商品名の乱立によるブランド力の低下と、一戸建て住宅の価格競争激化のなかで、購買層別のブランド体系に整理し直した事業戦略上の決断 名称の整理か、開発の合理化か この決断の核心は、拡大の産物であった商品名の乱立を、成熟期に入った市場のなかで整理し直した点にある。3設計部が競い合いながら商品を生み出す体制は開発の活力を生んだが、その裏で一戸建て住宅だけで28種類という商品名の膨張を招き、個々のブランドの輪郭をかえって曖昧にしていた。価格帯でなく購買層でブランドを統合し直す発想は、多角化の果実を捨てずに訴求力を取り戻そうとする試みと推察される。 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/3349/decisions/small-trade-area-megadrug-1993/","t":"大商圏に頼らない大型店という、新しい業態の打ち出し","c":"コスモス薬品","y":1993,"col":"#DE527D","s":"都市型小型店が主流のなか、宇野正晃氏が競合の手薄な小商圏に食品まで積んだ大型店を出店し、医薬品の粗利を食品の安さに回す独自業態を開発して多店舗展開の型に据えた経…","x":"1993 コスモス薬品 小商圏メガドラッグ創造 大商圏に頼らない大型店という、新しい業態の打ち出し 1993年12月に小商圏メガドラッグ創造。宇野正晃氏が商圏人口2万人に大型店を出店し、医薬品の粗利で食品を安く販売する宮崎市の浮之城店 都市型小型店が主流のなか、宇野正晃氏が競合の手薄な小商圏に食品まで積んだ大型店を出店し、医薬品の粗利を食品の安さに回す独自業態を開発して多店舗展開の型に据えた経営判断 小さな商圏に、大型店を出店するという逆張り この判断の核心は、大型店は大きな商圏に出すという小売の常識を、宇野が裏返した点にある。人口の多い街を奪い合うのではなく、競合の手薄な小さな商圏に的を絞り、そこにあえて食品まで積んだ大型店を置く。医薬品・化粧品の粗利を食品の安さに回し、生鮮を捨てて手間を削る。ドラッグストアでも食品スーパーでもコンビニでもない、その全部の用を一店で足す業態を、宇野は地方の小さな町から組み立てた。延岡での20年の辛抱は、この一手のための助走だったと推察される。 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/3407/decisions/sentaku-to-shuchu-1993/","t":"事業を拡大し続ける路線からの転換と、食品・酒類事業の売却","c":"旭化成","y":1993,"col":"#005BAB","s":"宮崎輝氏の急逝を契機に、拡大路線から資本効率重視の選択と集中へ経営方針を転換し、非中核の食品・酒類事業を段階的に売却した","x":"1993 旭化成 宮崎輝の死後の事業売却 事業を拡大し続ける路線からの転換と、食品・酒類事業の売却 1993年9月に非中核の食品・酒類事業を売却。31年率いた宮崎輝の急逝を機に、弓倉礼一と山本一元が部門別バランスシートを導入した 宮崎輝氏の急逝を契機に、拡大路線から資本効率重視の選択と集中へ経営方針を転換し、非中核の食品・酒類事業を段階的に売却した 「健全な赤字」から資本効率経営へ——この転換をどう見るか この経営判断の核心は、宮崎輝氏という一人の経営者に31年間集中してきた意思決定の構造そのものを、後任の経営陣が資本効率という客観的な指標へ置き換えようとした点にある。\"健全な赤字\"は右肩上がりの成長期には多角化を前へ進める推進力であったが、成長が止まれば個々の事業の非効率を覆い隠す仕組みへと変わりかねない。宮崎氏の急逝という偶発的な契機がなければ、この転換がどれほど遅れていたかは分からない。 選択と集中 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/4185/decisions/electronics-materials-shift-1993/","t":"合成ゴム事業のリストラによる投資原資の捻出と、光・電子材料への集中投資","c":"JSR","y":1993,"col":"#3061AC","s":"汎用素材の採算が二度の外部ショックで崩れたため、黒字の本業の品目を削減してキャッシュフローを固め、それを原資に光・電子材料へ研究開発と設備を集中させた","x":"1993 jsr フォトレジストへ集中投資 合成ゴム事業のリストラによる投資原資の捻出と、光・電子材料への集中投資 1993年9月に光・電子材料へ集中投資。日本合成ゴムがスチレン・ブタジエンゴムの品目を40から半減させ、原資をフォトレジストへ振り向ける 汎用素材の採算が二度の外部ショックで崩れたため、黒字の本業の品目を削減してキャッシュフローを固め、それを原資に光・電子材料へ研究開発と設備を集中させた 痩せさせた本業が、次の柱を養った 40品目あったスチレン・ブタジエンゴムを半分近くまで削る——1994年3月期から三年かけて日本合成ゴムがやったのは、赤字事業の後始末ではなく、稼いでいる本業の品ぞろえを自ら痩せさせることであった。そこで浮いた毎年100億円超のキャッシュフローが、売上高の20%という研究開発費を光・電子材料へ投じ続ける原資になっている。同じ比率が合成ゴム事業では3%であった以上、この落差そのものが配分の意思であったといえる。 リストラ・構造改革 技術・r&d起点の勝負 祖業・主力事業の転換 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/4505/decisions/cravit-launch-1993/","t":"自社開発の合成抗菌剤による、輸出を通じた海外売上の拡大","c":"第一製薬","y":1993,"col":"#FC6703","s":"導入品で新薬の空白を埋めた10年を経て、タリビッドと同じオフロキサシン系列から二本目の合成抗菌剤を出し、薬価引き下げで鈍る国内ではなく輸出に伸びしろを求めた判断","x":"1993 第一製薬 クラビットの発売 自社開発の合成抗菌剤による、輸出を通じた海外売上の拡大 1993年に合成抗菌剤クラビットを発売。一般名レボフロキサシンの自社開発品で、1986年のタリビッドと合わせ輸出の主力に据えた 導入品で新薬の空白を埋めた10年を経て、タリビッドと同じオフロキサシン系列から二本目の合成抗菌剤を出し、薬価引き下げで鈍る国内ではなく輸出に伸びしろを求めた判断 一本で終わらせなかったことと、売る場所を持たなかったこと タリビッドの発売が1986年、クラビットの発売が1993年。7年の間隔で、同じオフロキサシンの系列から二本目が出ている。抗生物質は製品寿命が短く、大型化した一本もいずれ競合品と後発品に削られる。1980年代前半に国内順位を10位前後まで落とし、1967年発売の成熟品を拡販するしかなかった10年が、すぐ後ろに控えていた。一本で止める選択肢は、この会社にはない。導入品は製品の空白を埋めても、輸出できる自社の薬にはならなかった。 技術・r&d起点の勝負 グローバル経営体制 選択と集中 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/4768/decisions/management-grand-design-1993/","t":"支店ごとに分かれていた情報の集約を軸とする経営刷新構想の策定","c":"大塚商会","y":1993,"col":"#E60012","s":"年商の約半分にあたる借入金と、人を増やしても売上高が伸びない体質への危機感から、顧客情報を全社で一元化して同じ人数で多く販売できる形へ営業と管理の仕組みを構築し…","x":"1993 大塚商会 「大戦略」で顧客情報一元化 支店ごとに分かれていた情報の集約を軸とする経営刷新構想の策定 1993年に大戦略で顧客情報を一元化。大塚裕司氏が支店ごとの顧客情報を営業から経理まで集約し、基幹系と情報系をpc-lanでつないだ 年商の約半分にあたる借入金と、人を増やしても売上高が伸びない体質への危機感から、顧客情報を全社で一元化して同じ人数で多く販売できる形へ営業と管理の仕組みを構築し替えた経営刷新 財務の問題を、営業のやり方として解く 1993年の大戦略を、dxの先取りという言葉で読むと要点を外す。着手の理由は技術ではなく、年商の約半分にあたる868億円の借入金であった。借入金を減らすには売るか削るかしかないところで、大塚裕司氏が選んだのは、支店ごとに分かれていた顧客情報を一本にまとめ、同じ人数でより多く売れる形へ営業を組み替える道であった。財務の問題を、営業のやり方の問題として解いたところに、この構想の性格がうかがえる。 デジタル化・dx リストラ・構造改革 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/5101/decisions/hagiwara-tominaga-3i-koutai-1993/","t":"冨永靖雄氏へと受け継がれた、危機感に発するコスト削減と構造改革の10年","c":"横浜ゴム","y":1993,"col":"#E21E31","s":"円高による輸出環境の悪化と国内需要の低迷を受け、二代の社長が期限を区切ったコスト削減・構造改革で収益基盤を立て直した","x":"1993 横浜ゴム 萩原晴二氏が社長就任 冨永靖雄氏へと受け継がれた、危機感に発するコスト削減と構造改革の10年 1993年3月に萩原晴二氏が社長へ就任。本山一雄前社長から託され、円高による輸出環境の悪化にコスト削減で応じた 円高による輸出環境の悪化と国内需要の低迷を受け、二代の社長が期限を区切ったコスト削減・構造改革で収益基盤を立て直した 二代の危機感が残したもの この10年を貫くのは、社長が交代してもなお引き継がれた危機感の連続性である。冨永氏が1999年に730日という期限で改革を始めたのも、同じ危機感を、より具体的な7プロジェクトへ落とし込んだ延長線上にあったと推察される。世界の3強寡占とグッドイヤー陣営に加わった住友ゴムという外部環境の変化が、その危機感に絶えず現実味を与えていた。 リストラ・構造改革 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/6628/decisions/toshiba-exit-buyout-1993/","t":"36年に及ぶ親会社の傘からの離脱と、大朏直人氏個人による株式取得での独立","c":"オンキヨー","y":1993,"col":"#005BAC","s":"縮小する音響機器市場と本体家電の不振により、東芝が3期連続赤字の専業子会社を保有し続ける理由が薄れ、株式が個人の買い手へ移った資本異動","x":"1993 オンキヨー 東芝との資本提携解消 36年に及ぶ親会社の傘からの離脱と、大朏直人氏個人による株式取得での独立 1993年4月にオンキヨーが東芝との資本提携を解いた。引き受けたのはテクノグループ代表の大朏直人氏個人で、6月に社長へ就任した 縮小する音響機器市場と本体家電の不振により、東芝が3期連続赤字の専業子会社を保有し続ける理由が薄れ、株式が個人の買い手へ移った資本異動 個人が買収するということ 後藤光男社長が『これは大朏以外にない』と即断したとき、東芝の株式は事業会社ではなく一人の人間へ渡った。年商450億円・3期連続赤字の名門を引き受けたのは、年商530億円の中堅グループを率いる51歳の個人である。10万円の商品の不良が30万円の費用を生むと数字で示し、人員整理は選ばずに仕事のほうを取ってくる——大朏氏が持ち込んだのは、当たり前を実行させる技能だった。縮む市場で名門の買い手が個人でありえたのは、資金力ではなく、この再建の技能に値がついたからである。 救済型m&a・支援受け入れ 資本提携・政策保有 経営再建・ターンアラウンド 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/6792/decisions/vhs-success-trap-1993/","t":"上場以来初の無配に沈んだ経営再建と、単一規格に偏った体質の改造","c":"日本ビクター","y":1993,"col":"#CE342D","s":"VHSの世界標準化がもたらしたVTR偏重・開発技術志向の体質が、価格下落と円高のなかで赤字を生み、上場以来初の無配へ至った。成功体験から脱するための大規模なリス…","x":"1993 日本ビクター 無配転落を受けたリストラ 上場以来初の無配に沈んだ経営再建と、単一規格に偏った体質の改造 1993年3月期に無配へ沈む。上場以来初の転落で連結の最終赤字は約430億円に達し、坊上卓郎社長が新風事業を進める vhsの世界標準化がもたらしたvtr偏重・開発技術志向の体質が、価格下落と円高のなかで赤字を生み、上場以来初の無配へ至った。成功体験から脱するための大規模なリストラと、社長直属「新風事業」による個性派開発への転換 大きすぎた成功という重荷 この判断の中心にあるのは、vhsという一つの規格で世界を制した成功が、次の事業を育てる力をむしろ奪っていたという逆説である。特許収入が赤字を覆い隠し、開発陣の自負が生産技術や商品企画への投資を後回しにさせた。坊上卓郎社長のリストラと新風事業は、その成功が固めた体質をほどく試みであっただろう。好調なうちにではなく、上場以来初の無配という痛手を受けてから体質へ手を入れた点に、決断の遅れと難しさがうかがえる。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6841/decisions/mikawa-restructuring-1990s/","t":"人員整理に頼らずに進めた収益構造の立て直しと、雇用を守る経営路線の選択","c":"横河電機","y":1993,"col":"#946C00","s":"設備投資不況で売上と利益率が急落するなか、解雇をしない伝統を守りながら、出向・分社化・大幅コスト削減で人員と原価を組み替えた構造改革","x":"1993 横河電機 解雇によらない構造改革 人員整理に頼らずに進めた収益構造の立て直しと、雇用を守る経営路線の選択 1993年6月に美川英二が解雇なきリストラへ。出向専門の第2人事部を設け、間接部門の分社化で雇用を守ったまま立て直す 設備投資不況で売上と利益率が急落するなか、解雇をしない伝統を守りながら、出向・分社化・大幅コスト削減で人員と原価を組み替えた構造改革 公約と実質のあいだで この判断の核心は、\"雇用は守る\"という公約を掲げたまま、解雇以外のあらゆる手段で人と原価を組み替えた点にある。出向専門の第2人事部、間接部門の分社化、ゼロ発想による人員圧縮、若手主導の原価削減——美川英二社長が用いた手法は、いずれも社員を会社の外へ押し出さずに、働く場と仕事の中身を作り替えるものであった。温情主義の看板と熾烈な社内競争とを同居させる綱渡りには、日本企業が終身雇用のもとで構造改革をどこまで進められるかという問いが凝縮していたのだろう。 リストラ・構造改革 分社・スピンオフ・子会社上場 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/6981/decisions/yen-denominated-export-1993/","t":"輸出取引の円建てへの統一と、生産設備まで自前で開発する国内生産の維持","c":"村田製作所","y":1993,"col":"#F7002D","s":"円高と値下げ要求が重なるなかで、生産を低賃金国へ移転する同業の流れに乗らず、輸出を円建てに統一したまま材料と生産設備の内製で原価を低減し、国内生産を保った面的な…","x":"1993 村田製作所 海外移転によらない円建て輸出 輸出取引の円建てへの統一と、生産設備まで自前で開発する国内生産の維持 1993年12月に輸出取引を円建てへ統一。村田泰隆社長が海外移転を選ばず国内生産を保ち、原料と設備の内製で原価を低減する 円高と値下げ要求が重なるなかで、生産を低賃金国へ移転する同業の流れに乗らず、輸出を円建てに統一したまま材料と生産設備の内製で原価を低減し、国内生産を保った面的な戦略 設備の購入ではなく、内製の力に賭けた為替戦略 輸出を円建てに統一するとは、為替の振れを顧客の側に負わせることである。それが通ったのは、セラミックフィルターで世界シェア85%を占め、切り替える先が顧客に無かったからでもあった。ただ村田泰隆氏が語った理由は市場での立場ではなく、工法の独自性であった。機械を買わずに作り、材料から自分で焼く。同業が低賃金の国へ工場を移すなかで国内に残れたのは、原価の発生地と請求の通貨をそろえれば為替が商売の前提から外れるという読みがあったからだろう。 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負 プライシング・価格政策 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/7201/decisions/zama-closure-1993/","t":"主力拠点の車両生産打ち切りと、規模の拡大を追わない事業構造への転換","c":"日産自動車","y":1993,"col":"#BE022E","s":"過剰となった国内生産能力を座間工場の車両生産中止で圧縮し、車種・部品の整理と原価低減によって収益構造を立て直す減量経営への転換","x":"1993 日産自動車 座間工場の生産中止 主力拠点の車両生産打ち切りと、規模の拡大を追わない事業構造への転換 1993年2月に座間工場の車両生産中止を中核とする合理化計画を発表。国内の年産能力を270万台から230万台へ削り、5,000人を減らして年産200万台で利益が出る体制を目指した 過剰となった国内生産能力を座間工場の車両生産中止で圧縮し、車種・部品の整理と原価低減によって収益構造を立て直す減量経営への転換 聖域に手をつけても、枠組みは変えられなかった 座間工場の車両生産中止は、国内雇用という\"聖域\"に最大手が初めて手をつけた決断であり、その象徴性は大きかった。問題分析の鋭さと、つらい決断を引き受ける覚悟は、後のゴーン改革にも通じる再建の出発点だったのだろう。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7202/decisions/passenger-car-exit-1993/","t":"いすゞの乗用車事業からの全面撤退と商用車・ディーゼルへの集中","c":"いすゞ自動車","y":1993,"col":"#EC1C23","s":"連続赤字の乗用車の自社生産・開発から撤退し、筆頭株主GMを説得のうえ商用車・ディーゼルエンジンへ経営資源を集中した選択と集中","x":"1993 いすゞ自動車 gm説得で乗用車撤退 いすゞの乗用車事業からの全面撤退と商用車・ディーゼルへの集中 1992年に乗用車の自社生産と開発から全面撤退。関和平社長が就任直後に決め筆頭株主のgmを自ら説得しトラックへ集中 連続赤字の乗用車の自社生産・開発から撤退し、筆頭株主gmを説得のうえ商用車・ディーゼルエンジンへ経営資源を集中した選択と集中 名門の誇りより、強みをどこに集中するか この決断の核心は、財務危機そのものよりも、名門の誇りが手放せなかった乗用車を、就任直後の関社長が正面から畳んだ点にある。乗用車を続けていれば技術者が集まる、rvには乗用車の技術が要る——歴代の社長はそう言って撤退を先送りしてきた。関社長は400億から500億円を捨てる覚悟でその連鎖を断ち、トラックとディーゼルという自社の強みへ資源を集中した。参謀として長く問題を見てきた人物だからこそ、就任の機を逃さず切り込めただろう。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/8609/decisions/one-year-training-1993/","t":"新入社員研修の2週間から1年間への延長と、支店への「新入営業課」の設置","c":"岡三証券グループ","y":1993,"col":"#DF273D","s":"損失補填と強引な勧誘で問われた営業の作法を、赤字下の人員削減ではなく新入社員の教育量によって改める","x":"1993 岡三証券グループ 業界最長の1年研修 新入社員研修の2週間から1年間への延長と、支店への「新入営業課」の設置 1993年4月に新入社員研修を1年へ延ばす。従来の2週間から業界最長にあたる長さへ変え、総合職71人を半年の知識研修と半年の営業研修に充てた 損失補填と強引な勧誘で問われた営業の作法を、赤字下の人員削減ではなく新入社員の教育量によって改める 赤字が可能にした教育投資 184億円の経常赤字と3期続いた減収減益は、人を減らす理由としては十分に揃っていた。岡三証券が延ばしたのは、逆に新入社員71人を現場から外す時間であった。押し切れた条件も相場の低迷にある。日経平均が1万円台半ばに沈み、支店が人員の補充を求めなかったからこそ、難航した役員間の調整はまとまった。加藤哲夫専務の\"量で質を変える\"(日経ビジネス 1993/8/9)という言い方は、個々の営業社員を叱るのではなく、入り口の教育量で分布を動かす発想だったと思われる。 雇用・労使 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/8876/decisions/fukurikosei-club-1993/","t":"企業の福利厚生を代行する新事業による、第二の収益源づくり","c":"リログループ","y":1993,"col":"#005BAC","s":"留守宅管理の先細りに備え、既存顧客である企業人事部へ別の商品を載せて会費ストック型の第二事業を立ち上げた判断","x":"1993 リログループ 「福利厚生倶楽部」開始 企業の福利厚生を代行する新事業による、第二の収益源づくり 1993年9月に福利厚生倶楽部を始めた。日本リロケーションが企業の福利厚生を代行する会員制事業で、転勤者の留守宅管理に会費収入を重ねた 留守宅管理の先細りに備え、既存顧客である企業人事部へ別の商品を載せて会費ストック型の第二事業を立ち上げた判断 名簿に別の商品を載せるということ 佐々田正徳社長がこの事業へ踏み切った動機は、成長市場を見つけたという類のものではなく、本業の先細りへの危機感にあった。留守宅管理は転勤者が帰任すれば終わる契約で、企業が海外から引き揚げれば新規は入らない。手元に残るのは、大手企業約4,000社の人事部という取引の窓口だけであった。その窓口に別の商品を載せるという発想は、新分野への進出というより、すでに持っている関係の使い回しに近い。数年の赤字に耐えたのは、次の収益源の候補が他になかったからでもある。 隣接領域への展開 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9119/decisions/lng-transport-entry-1993/","t":"インドネシアを含む複数プロジェクトへの参画による、液化天然ガス輸送への進出","c":"飯野海運","y":1993,"col":"#D13709","s":"市況に左右される原油タンカーの隣に、20年単位の長期契約で収入を確保するLNG輸送を加え、船種による収益の分散を進めた","x":"1993 飯野海運 カタールlngに参画 インドネシアを含む複数プロジェクトへの参画による、液化天然ガス輸送への進出 1993年にカタールのlng計画へ参画。1996年から2000年に竣工するlng船10隻の共有船主となり、輸送はバダックivから始めた 市況に左右される原油タンカーの隣に、20年単位の長期契約で収入を確保するlng輸送を加え、船種による収益の分散を進めた 時間の長さを買った投資 lng輸送への参画は、船種を1つ増やした話にとどまらない。運賃市況で数カ月ごとに損益が変わる原油タンカーに対し、lng船は契約が20年単位で続く。飯野海運が1993年に選んだのは、収益の大きさよりも収益の続く時間であったと思われる。10隻を単独で抱えず共有持分で乗った形も、資本の規模に見合う範囲で長期契約に加わる工夫であったといえる。 隣接領域への展開 大型設備投資 海外進出・現地生産 中東 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/9201/decisions/oyakata-hinomaru-reform-1993/","t":"民営化後初の大幅赤字を受けて着手したコスト構造の全面的な見直し","c":"日本航空","y":1993,"col":"#CC0033","s":"民営化後初の大幅赤字を契機に、賞与抑制・償却見直し・人員合理化で高コスト体質を削り、利益重視への転換を図ったコスト構造改革","x":"1993 日本航空 公社体質との決別 民営化後初の大幅赤字を受けて着手したコスト構造の全面的な見直し 1993年6月に利益重視のコスト構造改革へ着手。完全民営化後初の大幅赤字を受け、利光松男社長が賞与抑制と人員合理化で親方日の丸と決別した 民営化後初の大幅赤字を契機に、賞与抑制・償却見直し・人員合理化で高コスト体質を削り、利益重視への転換を図ったコスト構造改革 再建史の、最初の分岐点 1993年の\"大手術\"は、赤字を外部要因と内部体質の双方に見た点で、当事者の認識としては正確であったとみられる。不平等な航空協定を挙げながらも、原因をそこだけに求めない態度は誠実であった。だが、好景気に改善を先送りした組織が、危機のさなかに自力で高コスト体質を削り切るのは難しい。賞与や償却の単年度対応は止血にはなっても、路線網や労使の構造にまでは踏み込めなかったところに、この改革の限界がうかがえる。 リストラ・構造改革 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/9606/decisions/corporate-reorganization-1993/","t":"ゴルフ場3カ所への80億円投資の行き詰まり","c":"日活","y":1993,"col":"#EF0000","s":"本業の映画で上げられなくなった収益を通信衛星とゴルフ場で補う5カ年計画が、3カ所へ約80億円を投じたゴルフ場の開発認可の遅れで行き詰まり、主力行の支援を得られな…","x":"1993 日活 ゴルフ場投資の破綻と更生法申請 ゴルフ場3カ所への80億円投資の行き詰まり 1993年7月に東京地裁へ会社更生法の適用を申請。ゴルフ場開発3カ所へ約80億円を投じて資金繰りが破綻し事実上倒産 本業の映画で上げられなくなった収益を通信衛星とゴルフ場で補う5カ年計画が、3カ所へ約80億円を投じたゴルフ場の開発認可の遅れで行き詰まり、主力行の支援を得られないまま会社更生法の適用申請に至った のれんが倒したもの、のれんが残したもの ゴルフ場投資でバブルに踊った末の倒産、という説明では足りない。本業が稼げない状態が四半世紀続き、その穴を本業の外で埋め続けた——1971年のロマンポルノも、1988年のロッポニカも、1989年の通信衛星とゴルフ場も、映画を撮り続けるための資金繰りであったとみられる。 経営破綻・法的整理 経営再建・ターンアラウンド 飛び地・非関連多角化 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/ddi/decisions/iridium-1993/","t":"米本社への218億円の出資と、2000年に終わった事業からの撤退","c":"第二電電","y":1993,"col":"#B02A30","s":"狭域のPHS、広域のセルラーに、全世界を覆う衛星を重ねて移動体通信を三層で揃えるという構想にもとづく新規事業への出資","x":"1993 第二電電 日本イリジウムの設立 米本社への218億円の出資と、2000年に終わった事業からの撤退 1993年4月に日本イリジウムを設立。米モトローラ主導の衛星携帯電話計画へ218億円を出資し、第2位株主となった 狭域のphs、広域のセルラーに、全世界を覆う衛星を重ねて移動体通信を三層で揃えるという構想にもとづく新規事業への出資 全球を一度に立ち上げる事業の時間 66機の衛星を打ち上げ終えるまで、この事業は端末を1台も売れなかった。1993年の出資の時点で、地上の携帯電話がその後どこまで小型化し、値下がりするかが決まっていたわけではない。1990年の計画表明から1998年11月の開業までの8年、資金は出るだけで戻らず、回収が始まる時点の端末仕様は打ち上げの時期に縛られる。誤算の所在は、全球分の設備を先に立ち上げるほかない構造が、この8年をそのまま地上との競走にしてしまった点にあったのだろう。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 事業売却・撤退 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/jp-ibm/decisions/restructuring-1993/","t":"三次にわたる人員削減と事業縮小による収益構造の立て直し","c":"日本アイ・ビー・エム","y":1993,"col":"#0F62FE","s":"赤字を機に人員をハードからサービスへ振り向け、分社と再統合を経て事業構成を組み替えた構造改革","x":"1993 日本アイ・ビー・エム 初の赤字とリストラ 三次にわたる人員削減と事業縮小による収益構造の立て直し 1992年10月に3分社化と人員削減へ着手。1993年12月期の初の赤字をはさみ三次にわたり削減し、1995年1月に3社を再統合 赤字を機に人員をハードからサービスへ振り向け、分社と再統合を経て事業構成を組み替えた構造改革 分社化してから再統合したことの意味 三次のリストラクチャリングで目を引くのは、分社と再統合が2年で往復した点にある。1992年の分社は市場ごとに焦点を絞った自立経営を掲げたものだったが、1995年には元へ戻された。分けたことで生まれたのは自立した3社ではなく、出向による人員の移動と、経費の切り分けだったとみることもできる。人を動かす手段として組織を分け、目的を果たしたのちに戻した、と読むほうが経過には合う。 リストラ・構造改革 経営再建・ターンアラウンド 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/maruha/decisions/maruha-rename-nonfamily-1993/","t":"三代続いた家業体制の幕引きと、それに合わせた社名の一新","c":"マルハ","y":1993,"col":"#DE0A06","s":"相場に揺れる収益と累積した不採算事業を前に、創業家が自ら損失処理を終えたうえで、外部から迎えた銀行出身者へ経営を委ねた統治の転換","x":"1993 マルハ 中部家三代の同族経営終幕 三代続いた家業体制の幕引きと、それに合わせた社名の一新 1993年に中部家の同族経営を終える。三代続いた株式と社長職の掌握を解き、2002年に興銀出身の五十嵐勇二氏が社長へ就任した 相場に揺れる収益と累積した不採算事業を前に、創業家が自ら損失処理を終えたうえで、外部から迎えた銀行出身者へ経営を委ねた統治の転換 畳んでから渡すという順序 創業家の退場を、業績不振に追われた末の敗退とだけ読むのは、この交代の順序を見落とすことになる。中部慶次郎氏は外部から社長を招く前に、本社ビルの証券化・原糖事業の整理・球団の売却という重い処理を自ら決め、2年間で550億円の特別損失を計上し終えていた。球団は二代社長が始めた事業であり、社標は初代の屋号に由来する。一族が広げたものを一族が畳み、そのうえで経営を渡す順序が選ばれた。損失を新社長の任期に持ち越さない配慮とみることもできる。 創業家・同族 トップ交代・承継 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/2810/decisions/low-share-business-exit-1992/","t":"低シェア事業は持たないという方針に沿った全面撤退","c":"ハウス食品グループ本社","y":1992,"col":"#E60012","s":"成長分野であっても首位グループを走れない事業からは撤退し、資源を上位を取れる商品へ集中させる方針への転換","x":"1992 ハウス食品グループ本社 チルド食品事業の撤退 低シェア事業は持たないという方針に沿った全面撤退 1992年1月にチルド食品事業の撤退。シェア下位にとどまった分野をたたみハウス食品が本業の食品事業へ人と資金を戻す 成長分野であっても首位グループを走れない事業からは撤退し、資源を上位を取れる商品へ集中させる方針への転換 畳む判断に、誰が責任を持つか この判断で目を引くのは、撤退の対象が不振事業ではなく成長分野だった点にある。チルド食品は毎年2桁近く伸びる市場であり、続ける理屈はいくらでも立った。それでも大塚社長は、伸びる市場かどうかではなく、その市場で自社が首位グループに入れるかどうかを基準に置いた。新規事業に5年という期限を切り、力のあるうちに畳むという考え方も、赤字が膨らんでから追い込まれて撤退する型とは順序が逆になっている。撤退の判断を合議に委ねず、始める時は皆で決め、やめる時はトップが決めると分けたところにも、その順序を守るための工夫がうかがえる。 選択と集中 事業売却・撤退 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/3197/decisions/gusto-conversion-1992/","t":"客単価760円の新業態への全店転換と、原点ブランド「すかいらーく」の廃止","c":"すかいらーくホールディングス","y":1992,"col":"#E03500","s":"バブル崩壊後のデフレと賃金停滞を受け、主力のファミリーレストラン「すかいらーく」を客単価760円の低価格業態ガストへ全店転換し、セルフサービス化と家賃圧縮でロー…","x":"1992 すかいらーくホールディングス 「ガスト」へ全店転換 客単価760円の新業態への全店転換と、原点ブランド「すかいらーく」の廃止 1992年3月に低価格業態ガストを開始。1994年8月に主力のすかいらーく全店を切り替え、客単価を約300円引き下げて760円へ バブル崩壊後のデフレと賃金停滞を受け、主力のファミリーレストラン「すかいらーく」を客単価760円の低価格業態ガストへ全店転換し、セルフサービス化と家賃圧縮でローコスト経営を構築した業態転換 原点を畳むということ \"デフレへの対応\"でこの転換を片づけるのはたやすい。だが、それではなぜ黒字で稼ぐ看板を自ら畳んだのかが抜け落ちる。すかいらーくは倒れかけていたのではなく、減益下でも主力として利益を生んでいた。その業態を、体力の残るうちに客単価760円のガストへ塗り替え、原点の名まで外したところにこの判断の芯がある。全面転換の発表は実験店が結果を出す前の宣言であり、創業者が単独で腹をくくれる会社の形が、その見切り発車の速さに表れている。 祖業・主力事業の転換 低価格・コストリーダーシップ プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/3774/decisions/founding-commercial-isp-1992/","t":"該当する事業者が一社も存在しない国内市場での事業の立ち上げ","c":"インターネットイニシアティブ","y":1992,"col":"#D7083B","s":"商用インターネット接続事業者が国内に存在しない段階で、非営利の研究接続を有償の商用サービスへ転じ、日本のインターネット産業の入り口を開いた起業判断","x":"1992 インターネットイニシアティブ 商用ispの創業 該当する事業者が一社も存在しない国内市場での事業の立ち上げ 1992年12月にインターネットイニシアティブ企画を設立。鈴木幸一らが商用の接続事業者が国内に一社もないなかで接続事業を興した 商用インターネット接続事業者が国内に存在しない段階で、非営利の研究接続を有償の商用サービスへ転じ、日本のインターネット産業の入り口を開いた起業判断 値段の付いていない需要を、誰が最初に開くか この起業の核心は、技術の新しさそのものよりも、まだ誰も値段を付けていない需要に最初に価格を付け、市場として開いた点にあるだろう。研究者のあいだで無償に流れていた接続を、企業が対価を払って使う商材へ置き換えるには、需要の実在を証明する数字も、参照できる先行事例もなかった。銀行に\"大ボラ\"と退けられた事業計画書は、裏を返せば、その需要がまだ誰の目にも見えていなかったことの証しでもあった。見えない需要に賭ける判断が、のちの国内インターネット産業の入り口を開いたといえる。 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4186/decisions/us-operations-consolidation-1992/","t":"米国現地法人の設立と1992年の二社統合による北米供給体制の構築","c":"東京応化工業","y":1992,"col":"#FF4D00","s":"劣化しやすい材料を顧客の近くで供給するため、米国にまず販売拠点を開設し、二つに分かれた現地法人を1992年に一社へ集約して現地生産へ進めた北米供給体制の構築","x":"1992 東京応化工業 オーカ・アメリカへ統合 米国現地法人の設立と1992年の二社統合による北米供給体制の構築 1992年12月に米国現地法人を統合。東京応化工業が1987年設立のオーカ・アメリカと1989年設立のt.o.k.インターナショナルを一本化 劣化しやすい材料を顧客の近くで供給するため、米国にまず販売拠点を開設し、二つに分かれた現地法人を1992年に一社へ集約して現地生産へ進めた北米供給体制の構築 顧客の隣で同じ品質を出すまで 1987年の米国進出を、円高と半導体摩擦に押された海外シフトとして読むと、順序を取り違える。当時の輸出比率は総売上高の3%程度で、押し出されるほどの輸出量はそもそも無かった。この判断の芯は、劣化しやすい材料を顧客の量産ラインの近くで持つという供給の型を、国内で先に確かめてから米国へ延ばしたところにある。全国を数ブロックに分けて出来たてのレジストを届けるという1984年の計画が、その原型であった。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5014/decisions/kyodo-oil-merger-1992/","t":"合併による石油精製・販売の一社化と、国内供給体制の再編","c":"ジャパンエナジー","y":1992,"col":"#EC008C","s":"精製と販売を別法人が担う分業が精販ギャップと利益配分をめぐる交渉を生み、政策の優遇に支えられた共石グループも解体へ向かうなかで、販売会社を本体へ戻して精製・販売…","x":"1992 ジャパンエナジー 共同石油と合併 合併による石油精製・販売の一社化と、国内供給体制の再編 1992年12月に共同石油と合併。日本鉱業が1965年に設立した共販会社を27年ぶりに取り込み、精製と販売を一社に収めて日鉱共石へ 精製と販売を別法人が担う分業が精販ギャップと利益配分をめぐる交渉を生み、政策の優遇に支えられた共石グループも解体へ向かうなかで、販売会社を本体へ戻して精製・販売一体の会社にした再編 分業を解くのに要した27年 1965年に日本鉱業が手放したのは、自社の石油販売部門そのものであった。集約化に応じれば精製設備の許可と給油所建設で優先的な配慮が得られる——その条件と引き換えに、売る仕事を共同石油へ預けた。設備は政策どおり広がり、精製シェアは10.4%から18.8%へ伸びた。だが販売シェアは13.7%で止まり、どの油種をどれだけ作るかの割り当てが各社の収益を左右する仕組みが残った。27年後の合併は、この分業を自社の内側へ戻す判断だった。 合併・経営統合 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/5014/decisions/nikko-metals-spinoff-1992/","t":"金属3部門を切り出しての新会社化と、東証一部への子会社上場","c":"ジャパンエナジー","y":1992,"col":"#EC008C","s":"外貨建て相場に連動する非鉄金属の採算が円高で悪化するなか、石油と併営してきた金属3部門を全額出資の新会社へ移管し、非鉄を単独の採算で立て直す判断","x":"1992 ジャパンエナジー 日鉱金属を分離設立 金属3部門を切り出しての新会社化と、東証一部への子会社上場 1992年5月に日鉱金属を分離設立。金属資源開発と製錬・加工の3部門を移管し、1998年8月には東証一部へ上場した 外貨建て相場に連動する非鉄金属の採算が円高で悪化するなか、石油と併営してきた金属3部門を全額出資の新会社へ移管し、非鉄を単独の採算で立て直す判断 別々の帳簿で引き受けたもの 赤字のグールドは本体に残り、非鉄金属だけが外へ出た。この配り方が、その後の6年を分けた。日鉱金属は発足の翌年度に26億円の経常赤字を計上したが、抱えていたのは自社の製錬と加工の採算だけであった。佐賀関の自溶炉を2炉から1炉へ落とし、従業員を2,261名から1,748名へ減らす手を、石油側の都合と切り離して打てている。専門に特化すれば効率が上がるという言い方の内側にあったのは、痛みを別々の帳簿で引き受ける仕組みである。 分社・スピンオフ・子会社上場 選択と集中 上場・ipo・市場変更 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5301/decisions/toyo-carbon-merger-1992/","t":"同年創業の同業との合流による、炭素製品国内首位の総合メーカーへの再編","c":"東海カーボン","y":1992,"col":"#E60013","s":"プラザ合意後の円高で低下した黒鉛電極の国際競争力を、同年創業の東洋カーボンを吸収する合併と生産拠点の組み替えで立て直そうとした再編","x":"1992 東海カーボン 東洋カーボンと合併 同年創業の同業との合流による、炭素製品国内首位の総合メーカーへの再編 1992年1月に東洋カーボンと合併。ともに1918年創業の2社が70年余の併存を終え、滋賀・山梨・茅ヶ崎第二の3工場を引き受けた プラザ合意後の円高で低下した黒鉛電極の国際競争力を、同年創業の東洋カーボンを吸収する合併と生産拠点の組み替えで立て直そうとした再編 狙ったものと、ついてきたもの 同じ年に生まれた二社が70年を経て一つになったという筋書きは、規模拡大の物語として読みたくなる。ただ会社側が挙げた目的は電極事業のコストダウンひとつであり、1992年12月期は売上を73億円伸ばしながら2億円の赤字に沈んだ。この合併の芯は、円高で失った電極の価格競争力を生産拠点の組み替えで取り戻すところにあったのだろう。翌1993年6月に山梨工場を閉鎖した早さが、その性格を示している。 合併・経営統合 低価格・コストリーダーシップ 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/6098/decisions/daiei-stake-1992/","t":"大株主の交代による、創業者色を離れた資本構成への移行","c":"リクルートHD","y":1992,"col":"#006EBC","s":"リクルート事件とバブル崩壊で系列2社が資本危機に陥るなか、創業者が保有株の33.9%をダイエーに売却し、経営統括を外部の後ろ盾に委ねた救済的な筆頭株主交代","x":"1992 リクルートhd ダイエーが筆頭株主に 大株主の交代による、創業者色を離れた資本構成への移行 1992年5月にダイエーが筆頭株主に。江副浩正氏が保有株の33.9%にあたる約1000万株を約455億円で中内氏へ売却した リクルート事件とバブル崩壊で系列2社が資本危機に陥るなか、創業者が保有株の33.9%をダイエーに売却し、経営統括を外部の後ろ盾に委ねた救済的な筆頭株主交代 「救済」と「自主再建」のはざまで この判断の核心は、成長を狙った買収ではなく、資本の危機管理にあったとみられる。本体の稼ぐ力は健在だった一方、リクルート事件で創業者が経営の表舞台を離れ、系列2社がバブル崩壊で銀行管理に陥りかねないなかで、江副浩正氏は自力での立て直しに限界を認め、旧知の中内社長という外部の後ろ盾に経営統括を託した。好調な本体を含むグループごと筆頭株主を差し替えた点に、通常の成長型m&aとは異なる救済的な性格がうかがえる。 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/6146/decisions/diffusion-furnace-exit-1992/","t":"半導体拡散炉事業からの撤退と開発費約50億円の損失計上","c":"ディスコ","y":1992,"col":"#59B3E7","s":"基軸技術である「切る」から外れた半導体前工程（拡散炉）の新規事業が量産化に届かず、半導体需要の低迷で本体も苦しくなるなかで開発を打ち切り、十年分の開発費約50億…","x":"1992 ディスコ 拡散炉事業の打ち切り 半導体拡散炉事業からの撤退と開発費約50億円の損失計上 1992年3月に半導体拡散炉事業撤退。ディスコが十年で投じた約50億円の開発費を損失として確定させ、前工程への飛び地を畳んだ 基軸技術である「切る」から外れた半導体前工程(拡散炉)の新規事業が量産化に届かず、半導体需要の低迷で本体も苦しくなるなかで開発を打ち切り、十年分の開発費約50億円を損失として確定させた事業撤退 動いている製品を畳むということ この撤退を、本業外への多角化の失敗と読むだけでは足りない。拡散炉は技術的な評価が高く、製品としては成功していたと関家憲一社長自身が認めている。国内95%を握った後工程に伸び代は乏しく、前工程は数少ない次の市場でもあった。売れない製品ではなく、動いている製品を畳む判断であった。それでも止められたのは、参入を決めたのが創業者であり父の関家三男氏だと名指しできる立場に、後を継いだ息子が座っていたからだと推察される。 事業売却・撤退 選択と集中 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/6963/decisions/downturn-restructuring-1992/","t":"半導体不況下の受注整理と生産改革","c":"ローム","y":1992,"col":"#e60012","s":"好況下でも利益が伴わない低収益に佐藤研一郎社長が危機感を強め、取締役の更迭と原因究明を経て、不採算受注の整理と部品単価の「値戻し」、生産性50%向上を同時に進め…","x":"1992 ローム 不採算受注の整理 半導体不況下の受注整理と生産改革 1992年に不採算品の整理と生産改革に着手。佐藤研一郎社長が小口注文を取引中止も覚悟で切り、値上げと品種削減を求める 好況下でも利益が伴わない低収益に佐藤研一郎社長が危機感を強め、取締役の更迭と原因究明を経て、不採算受注の整理と部品単価の「値戻し」、生産性50%向上を同時に進め、半導体不況下の1992年3月期に過去最高益を実現した収益体質の立て直し 量を追うか、利を採るか この判断の核心は、財務の危機ではなく、好況のなかで表に出た低収益に、佐藤研一郎社長が取引の中止も覚悟して切り込んだ点にある。注文が集まるほど利益が薄くなる\"繁盛貧乏\"は、完成品メーカーの求めに際限なく応じてきた部品メーカーの構造そのものが生んでいた。役員の更迭で社内に本気を示し、全営業部員に不採算受注の返上を命じ、同時に設備に頼らない生産性向上を課す——攻めと守りを一度に動かしたこの改革は、売上の拡大を追う経営から、一件ごとの採算を問う経営への切り替えだった。 リストラ・構造改革 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/7272/decisions/merger-denial-1992/","t":"親会社への吸収観測を退けての経営の独立維持","c":"ヤマハ発動機","y":1992,"col":"#FF0000","s":"親会社ヤマハとの合併観測に対し、資本の統合よりも各社の事業再建と組織の一体感を優先し、独立経営を守った判断","x":"1992 ヤマハ発動機 ヤマハとの合併観測否定 親会社への吸収観測を退けての経営の独立維持 1992年12月にヤマハとの合併観測を否定。江口秀人社長は親会社ヤマハの会長を兼ねながら、独立経営を守る考えを示した 親会社ヤマハとの合併観測に対し、資本の統合よりも各社の事業再建と組織の一体感を優先し、独立経営を守った判断 効率の統合か、独立の専念か この判断の中心にあるのは、資本のうえで近い二社を一つに統合する効率よりも、それぞれの事業を立て直し、組織の一体感を先に築くという順序を優先した点にある。江口氏は発動機社長と親会社会長を兼ね、合併を進めようと思えば最も動きやすい立場にいた。それでも『こんなまま合併したらぐしゃぐしゃになってしまう』と退けたのは、hy戦争後の10年で、資本の形を変えるより現場の心を一つにすることが再建を左右すると学んでいたからであった。独立の堅持は、心情ではなく再建の論理から導かれた選択であった。 破談・撤回 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/7735/decisions/single-wafer-cleaning-1992/","t":"一分野への集中による半導体装置メーカーへの転身","c":"SCREEN HD","y":1992,"col":"#1064B0","s":"半導体前工程の数ある工程のうち、露光や成膜ではなく歩留りを左右するウエハ洗浄に資源を集中し、祖業の印刷機器から半導体装置へ主力を移行した集中と業態転換の選択","x":"1992 screen hd ウエハ洗浄装置への集中 一分野への集中による半導体装置メーカーへの転身 1992年にウエハ洗浄装置へ資源を集中。石田明社長のもと200ミリ用のバッチ式ウェットステーションws-820lを投入した 半導体前工程の数ある工程のうち、露光や成膜ではなく歩留りを左右するウエハ洗浄に資源を集中し、祖業の印刷機器から半導体装置へ主力を移行した集中と業態転換の選択 勝てる工程を見定めて資源を集中する この決断が示すのは、半導体の数百に及ぶ工程のなかで、どこに資源を配分するかという選択の重さである。大日本スクリーン製造は、装置メーカーとして目立つ露光や成膜ではなく、地味だが歩留りを左右する洗浄を主戦場に選んだ。写真製版で磨いた表面処理や液体の扱いという技術が、そのまま半導体の洗浄で生きる——祖業との連続性が、この一点への集中を支えていた。あれもこれもと工程を広げず、優位に立てる領域を見定めて資源を配分した点に、この選択の性格がうかがえる。 選択と集中 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7747/decisions/medical-catheter-pivot-1992/","t":"極細ステンレスワイヤー販売から医療カテーテル製造業への転換","c":"朝日インテック","y":1992,"col":"#C8161D","s":"産業用の極細ステンレスワイヤーロープを扱う商社として1976年に出発した朝日インテックは、1990年代の前半に医療機器の製造へ業態を転じた。1991年に瀬戸メデ…","x":"1992 朝日インテック pciガイドワイヤーの国産化 極細ステンレスワイヤー販売から医療カテーテル製造業への転換 1992年3月に医療用具製造業の許可を取得。極細ワイヤーロープの商社から医療機器の製造へ転じ、1991年に瀬戸メディカル工場を新設 産業用の極細ステンレスワイヤーロープを扱う商社として1976年に出発した朝日インテックは、1990年代の前半に医療機器の製造へ業態を転じた。1991年に瀬戸メディカル工場を新設してメディカル開発部門を構え、1992年3月に医療用具製造業の許可を取得、国内で初めて心筋梗塞治療用のptcaガイドワイヤーとガイディングカテーテルを製品化した。創業者・宮田尚彦氏の主導による構造転換である。 転用先を、競合しない場所に見つけたこと この転換を、商社が製造業へ脱皮した成功譚として読むと、肝心のところを取り逃がす。朝日インテックが選んだのは、既存の取引先と正面から競合せず、伸線・トルク・コーティングという自社の極細ワイヤー技術がそのまま生きる場所であった。詰まった冠動脈へ通すガイドワイヤーは、産業用ロープの延長線上にありながら、国内では誰も手をつけていない領域であった。技術の転用先を、競争の薄い医療へ定めたところに、1992年の国内初の製品化を可能にした判断の芯があったとみられる。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7750/decisions/rebuilding-committee-1992/","t":"再建組織委員会の設置と、人員削減によらない全社コストダウン、カメラ生産の海外移管","c":"ペンタックス","y":1992,"col":"#F50104","s":"2期連続の最終赤字を受け、人員削減によらない全社的なコストダウンと生産拠点の海外移管で利益体質を再構築する再建","x":"1992 ペンタックス 解雇に頼らぬ全社原価低減 再建組織委員会の設置と、人員削減によらない全社コストダウン、カメラ生産の海外移管 1992年11月に松本徹氏の再建組織委員会。希望退職を計画に入れず、原価低減とカメラ生産の海外移管だけで利益体質へ 2期連続の最終赤字を受け、人員削減によらない全社的なコストダウンと生産拠点の海外移管で利益体質を再構築する再建 削る対象から人を外した設計 希望退職を計画から外し、そのぶんを原価と生産地の付け替えで賄う——旭光学工業の再建は、この順序で組み立てられていた。8ミリビデオから撤退しても110人は配置転換で吸収し、うち40人は黒字の定着していた内視鏡部門へ移した。減らす人数は中途採用の抑制と定年退職による自然減にとどめ、3年で300人という緩やかな線を引いている。固定費を一息に落とす手を自ら封じた以上、収益の回復はカメラの販売台数と海外移管の速さに委ねられた。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革 雇用・労使 海外進出・現地生産 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/7753/decisions/honeywell-patent-suit-1992/","t":"陪審評決を受けて控訴を見送り、1億2,750万ドルを支払う決着","c":"ミノルタ","y":1992,"col":"#333333","s":"米国の特許訴訟で陪審評決で損害賠償を命じられ、控訴の勝算・保証金・販売差し止めの波及を計算したうえで、評決額を上回る和解金の支払いを選んだ判断","x":"1992 ミノルタ ハネウェルとの特許和解 陪審評決を受けて控訴を見送り、1億2,750万ドルを支払う決着 1992年3月に米ハネウェルとの特許訴訟で和解。控訴せず1億2,750万ドル、日本円でおよそ165億円の支払いに応じた 米国の特許訴訟で陪審評決で損害賠償を命じられ、控訴の勝算・保証金・販売差し止めの波及を計算したうえで、評決額を上回る和解金の支払いを選んだ判断 敗訴を受け入れるのが遅れたことのコスト 1987年にハネウェルが示した和解額は2,000万〜3,000万ドルで、5年後に払った1億2,750万ドルの4分の1にも満たない。それでも、争う判断を後知恵で責めるのは難しい。相談した米国の特許専門弁護士は侵害していないと答え、最悪でも賠償は500万ドル前後という見立てを添えていた。誤算があったのは特許の中身の読みではなく、その中身を争う場所の読みであった。裁判官ではなく陪審が判断する土俵で、概念的すぎるという反論は通らなかった。 外的危機への対応 リストラ・構造改革 トップ交代・承継 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7867/decisions/tomy-singapore-withdrawal-1992/","t":"好調なうちに現地の生産を畳み、技術拠点へ切り替える転換","c":"タカラトミー","y":1992,"col":"#0948C1","s":"賃上げと労働力不足で採算が悪化したシンガポール生産を、トミーが好調なうちに中止し、生産をタイ・香港へ移管。拠点は設計・技術指導の機能へ転換し、従業員の再就職あっ…","x":"1992 タカラトミー シンガポール生産撤退 好調なうちに現地の生産を畳み、技術拠点へ切り替える転換 1991年にトミーがシンガポールでの玩具生産を中止。20年近く続けた生産をやめ、およそ4000万円を投じて設計・技術指導の拠点へ 賃上げと労働力不足で採算が悪化したシンガポール生産を、トミーが好調なうちに中止し、生産をタイ・香港へ移管。拠点は設計・技術指導の機能へ転換し、従業員の再就職あっせんと一部再雇用で摩擦を避けた円満な撤退を実現した。 撤退を設計するという経営 この判断の芯は、撤退を追い込まれてからの後始末ではなく、余裕のあるうちに設計する対象として扱った点にある。ヒット商品でフル操業のさなかに畳むという選択は、目先の利益だけを見れば惜しく映る。だが賃金上昇と労働力不足という流れが変わらない以上、体力が残るうちに退職金を払い、政府や従業員との関係を保ちながら移すほうが、傷は浅い。撤退の理由がはっきりしていても実行が難しいのは人の解雇が伴うからで、そこを事前の根回しと再雇用で和らげた運びには、引き際までを一つの経営行為として組み立てる周到さがうかがえる。 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/7951/decisions/kawakami-ouster-1992/","t":"解任動議と創業家出身社長の退任宣言","c":"ヤマハ","y":1992,"col":"#895ebd","s":"社長解任動議の根回しを察知した川上浩氏が先に退任を宣言し、持株比率によらず人事権で40年余り続いた川上家の経営支配が途切れた交代","x":"1992 ヤマハ 川上家支配の終わり 解任動議と創業家出身社長の退任宣言 1992年2月に川上浩社長が自ら退任を宣言。役員会の直前に先手を打ち取締役へ降格し、1950年から続いた川上家の支配が終わった 社長解任動議の根回しを察知した川上浩氏が先に退任を宣言し、持株比率によらず人事権で40年余り続いた川上家の経営支配が途切れた交代 所有によらない支配は、どこで終わったのか この交代が問うたのは業績不振の責任の取り方ではなく、所有と経営が分離したまま創業家が40年余り人事権だけで経営を握ってきた構造の清算であったと思われる。川上源一氏の所有は発行済株式の1%にも満たず、支配権の根拠は資本ではなく、誰を社長に指名し誰を解任するかを決める権限にあった。1980年の河島博氏の解任がその権限を最も鮮明に示し、1983年の川上浩氏への後継指名も、同時に決まった上島清介氏の副社長任命も、同じ権限から出ている。役員が解任動議という取締役会の手続きに依存したのは、持株比率を通じて川上家を退ける経路が誰にもなかったためと思われる。 創業家・同族 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/8002/decisions/financial-tech-cleanup-1992/","t":"財テクによって生じた損失の後始末と、経営体質の立て直し","c":"丸紅","y":1992,"col":"#c8102e","s":"バブル期の財テク（特金・ファントラ）の後始末を迫られた丸紅が、鳥海巌社長のもとで「素顔の美しい会社」を掲げ、子会社の清算・統合という初期リストラに着手した経営判…","x":"1992 丸紅 子会社見直しと原油ディーリング清算 財テクによって生じた損失の後始末と、経営体質の立て直し 1992年10月に丸紅が子会社の見直しを命じた。鳥海巌社長が営業部門630社を洗い、財テクの後始末と原油ディーリング2社の清算に入る バブル期の財テク(特金・ファントラ)の後始末を迫られた丸紅が、鳥海巌社長のもとで「素顔の美しい会社」を掲げ、子会社の清算・統合という初期リストラに着手した経営判断。含み損の抜本処理は先送りされ、1998年以降の不良資産問題へ持ち越された 診断と処置のあいだ この判断の核心は、鳥海巌氏が丸紅の弱点を正しく言い当てた点にある。悪い決算を先送りで取り繕う体質を戒め、含み損を表に出して危機感を共有せよという診断は、的を射ていた。だが実際に切り込めたのは、投資効率の低い子会社の清算と、利益会社と欠損会社を組み合わせる統合という、着手しやすい範囲にとどまった。体力と収益力で上位他社に劣る丸紅は、含み損を一度に損として出す思い切った処理には踏み込めず、痛みの大きい核心を後回しにした。診断が鋭くても、それに耐える体力がなければ処置は追いつかない。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8243/decisions/mizushima-debt-fueled-expansion-1980s/","t":"地域一番店戦略——別会社方式が築いた百貨店帝国","c":"そごう","y":1992,"col":"#333333","s":"別会社方式による連結外しと興銀への借入依存を組み合わせ、地域一番店の巨大店を全国展開して1992年に百貨店業界の売上高首位へ達した水島体制の拡張路線","x":"1992 そごう 借入依存の多店舗展開 地域一番店戦略——別会社方式が築いた百貨店帝国 1980年代に借入依存の全国多店舗化を進める。水島広雄社長が日本興業銀行の融資で巨大店を出し、1店1社の別会社として分離する 別会社方式による連結外しと興銀への借入依存を組み合わせ、地域一番店の巨大店を全国展開して1992年に百貨店業界の売上高首位へ達した水島体制の拡張路線 拡大の設計が抱えた影 水島氏の設計は、銀行や株主の掣肘を避けて店を出し続けるための危険分散であり、同時に実態を一人が握るための装置でもあった。地価が上がり続ける限り、含み益が累積損失を消して信用力を生む循環は回った。だがその循環は地価上昇という一つの前提に全体重を預けており、前提が反転すると逆回転を始めた。金融マンとして旧来の百貨店経営の限界を見抜いた水島氏の関心は大きな店を作ることにあり、そこで何を売るかは二の次であったようにみえる。 大型設備投資 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8264/decisions/anti-fukumi-management-1992/","t":"バブル期の不動産投資に乗らず、手元現金を積み増した守りの選択","c":"イトーヨーカ堂","y":1992,"col":"#ED1C24","s":"地価の上昇を前提に借入と出店を重ねる同業のやり方を採らず、含み益にも資本市場からの調達にも頼らずに、手元現金と株主資本利益率で経営を律する財務方針","x":"1992 イトーヨーカ堂 エクイティファイナンス見送り バブル期の不動産投資に乗らず、手元現金を積み増した守りの選択 1992年10月に含み益に頼らない財務を語る。伊藤雅俊社長がインタビューでバブル期の投資と新株発行を見送り現金を厚く保つ 地価の上昇を前提に借入と出店を重ねる同業のやり方を採らず、含み益にも資本市場からの調達にも頼らずに、手元現金と株主資本利益率で経営を律する財務方針 含みを持たないという費用 必要なものしか買わなかった、という伊藤雅俊氏の一言は、バブル期の経営としては地味に響く。しかし1972年の講演で、日本のチェーンストアの資金が商品ではなく不動産へ流れることを『チェーン経営の大きな問題点』と名指していた人物が、20年後に同じ理由で投資話を断っている。含みを持たない財務は、好況のあいだは弱点と呼ばれ、資金効率の悪さとしても批判された。それを20年変えなかったところに、この判断の芯がある。 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9143/decisions/tokyo-sagawa-scandal-1992/","t":"創業者・佐川清氏の経営からの退場と、創業者支配の終わり","c":"SGホールディングス","y":1992,"col":"#003F87","s":"本社が地域子会社を上納金で締め付けるグループ経営のもとで、渡辺広康・東京佐川急便元社長が政治家・反社会的勢力への数千億円規模の債務保証に着手し、合同強制捜査と創…","x":"1992 sgホールディングス 東京佐川急便事件で退場 創業者・佐川清氏の経営からの退場と、創業者支配の終わり 1992年に東京佐川急便への強制捜査が入る。政治家や反社会的勢力へ数千億円規模の債務保証を行い、渡辺広康元社長らが特別背任で起訴された 本社が地域子会社を上納金で締め付けるグループ経営のもとで、渡辺広康・東京佐川急便元社長が政治家・反社会的勢力への数千億円規模の債務保証に着手し、合同強制捜査と創業者・佐川清氏の退場に至った不祥事 上納金構造と献金という、ふたつの締め付けの果て この事件の核心は、本社が地域子会社を上納金で締め付ける集権的なグループ経営が、現場の責任者を法を越えた資金調達へと押し出した点にある。渡辺広康元社長が語った近代経営への危機感は、それ自体は的外れとはいえなかったとみられる。だが、その危機感を実現する手段として選んだのが、政治家や反社会的勢力への巨額の資金提供であったことが、事件をたんなる経営改革の挫折ではなく、刑事事件へと導いた。 不祥事・信頼回復 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/9735/decisions/executive-structure-reform-1992/","t":"会長個人への経営依存を解くための、専任役員制の導入と権限の分散","c":"セコム","y":1992,"col":"#01519b","s":"本業のセキュリティー事業と創業者会長への依存を薄め、事業を5分野へ対等分割して専任役員に権限を委ね、新規事業の自立と後継者育成を進める組織改革","x":"1992 セコム 事業5分野への対等分割 会長個人への経営依存を解くための、専任役員制の導入と権限の分散 1991年12月にグループ事業を5分野へ対等分割。28期連続増収増益のもとで専任役員を据え飯田亮会長への集中を解く 本業のセキュリティー事業と創業者会長への依存を薄め、事業を5分野へ対等分割して専任役員に権限を委ね、新規事業の自立と後継者育成を進める組織改革 カリスマが求心力を手放すということ この改革の際立った点は、業績が悪化したからではなく、28期連続増収増益という絶頂のなかで断行されたことにある。収益の大黒柱と、その事業を一人で牽引してきた創業者——その二つに寄りかかれるうちに、あえて寄りかかれない仕組みへ組み替えた。強い創業者が自らの影響力を制度的に引き下げる試みとして読むことができる。 機関設計・取締役会改革 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/1803/decisions/core-business-return-1991/","t":"多角化路線の撤回と本業回帰","c":"清水建設","y":1991,"col":"#3868AA","s":"1985年策定の多角化ビジョンの前提が、建設ブームとその後のバブル崩壊で共に崩れたことを機に、清水建設は建設本業への回帰と関西市場の強化へ路線を転換した","x":"1991 清水建設 shimz-21で本業回帰 多角化路線の撤回と本業回帰 1991年2月にshimz-21で本業回帰。今村治輔社長が新長期ビジョンを定め、1985年からの多角化路線を撤回して関西の強化へ 1985年策定の多角化ビジョンの前提が、建設ブームとその後のバブル崩壊で共に崩れたことを機に、清水建設は建設本業への回帰と関西市場の強化へ路線を転換した 好況の絶頂で立てた計画が、不況の入り口で覆される この決断の芯にあるのは、好況の絶頂で立てた計画が、不況の入り口で覆されるという逆説である。1985年のシミズスプリング計画は、建設周辺から異業種まで裾野を広げる将来図を描いたが、その後の空前の建設ブームによって皮肉にも本業の存在感がかえって増し、多角化目標は宙に浮いた。今村治輔社長が就任時に語った『デベロッパーなどの新規分野を広げていく』という攻めの構えも、就任からわずか半年ほどでバブル崩壊という現実に押し戻された形になった。\"遅まきながら\"という当時の評言が示すように、shimz-21による本業回帰は、市場の反転を追いかけるように打ち出された判断と推察される。 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/2282/decisions/australia-vertical-integration-1991/","t":"牛肉輸入の自由化に備えた、放牧から加工までの一貫した自前化","c":"日本ハム","y":1991,"col":"#DD0E20","s":"1991年4月の牛肉輸入自由化を長期の与件とみて、制度変化の前に豪州でと畜・加工・流通を垂直統合し、原料肉の調達基盤を海外に確保した海外進出。自由化後は米国進出…","x":"1991 日本ハム 豪州での食肉垂直統合 牛肉輸入の自由化に備えた、放牧から加工までの一貫した自前化 1991年4月に豪州での食肉垂直統合。牛肉輸入自由化に備え、1988年3月期からの3年で豪州へ1000億円を投じと畜から流通まで 1991年4月の牛肉輸入自由化を長期の与件とみて、制度変化の前に豪州でと畜・加工・流通を垂直統合し、原料肉の調達基盤を海外に確保した海外進出。自由化後は米国進出組が失敗するなか豪州主軸が奏功し国内首位を支えた 与件を先に見極めた先見と、残された課題 この判断の核心は、ハム・ソーセージという加工品のメーカーが、自らを食肉そのものを扱う企業として捉え直した点にあるだろう。牛肉輸入自由化という制度変化を、脅威ではなく長い与件として受けとめ、制度が動く前に川上の調達基盤を海外に築いておく——その先行の構えが、自由化後に多くの同業が退くなかで国内首位を守る力になったといえる。米国ではなく豪州を主軸に選んだ立地判断も、目先の条件より牛の質とアジアの需要の将来を重くみた点で、長い射程を持っていた。 垂直統合・内製化 海外進出・現地生産 オセアニア"},{"k":"decision","u":"/tse/4010/decisions/optical-media-1991/","t":"光磁気ディスクの量産設備の新設と米国の記録メディア大手の取り込み","c":"三菱化学","y":1991,"col":"#E60012","s":"石油化学の市況依存から脱するため機能商品の構成比を引き上げる方針のもと、素材技術の延長線上にある記録メディアへ設備と買収の両面で投資した","x":"1991 三菱化学 バーベイタムの買収 光磁気ディスクの量産設備の新設と米国の記録メディア大手の取り込み 1990年5月にバーベイタムの買収。三菱化成が米フロッピーディスク大手を約400億円で取得し、水島工場に60億円の光磁気ディスク設備 石油化学の市況依存から脱するため機能商品の構成比を引き上げる方針のもと、素材技術の延長線上にある記録メディアへ設備と買収の両面で投資した 素材の時間と、メディアの時間 塗る技術と膜を作る技術を最終製品まで持ち上げる——1985年に宮部義一常務が自社の強みとして挙げた蓄積は、光磁気ディスクの主材料である高機能樹脂・金属薄膜・レジストにそのまま重なっていた。国内40社近い参入表明のうち化学各社が競って名乗りを上げたのも同じ読みによるもので、水島の量産設備と販売網の買収を同時に打った三菱化成の手は、当時の方針としては筋が通っていた。誤算は、商品そのものの寿命の短さにあった。 大型設備投資 隣接領域への展開 クロスボーダーm&a(日本→海外) 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4042/decisions/petrochemical-boom-bust-1991/","t":"バブルをまたいだ強気拡張と反動、10事業の整理と塩ビへの選別再投資","c":"東ソー","y":1991,"col":"#E3022D","s":"バブル末期の活況を追い風に強気のエチレン増設へ進んだ東ソーが、湾岸危機と市況悪化の反動で10事業撤退の縮小に転じ、生き残る塩ビに集中して再投資した、市場環境発の…","x":"1991 東ソー エチレン増設と事業撤退 バブルをまたいだ強気拡張と反動、10事業の整理と塩ビへの選別再投資 1991年1月にエチレン増設と事業撤退。一貫体制を得た東ソーの強気の設備投資は、1993年に10事業の撤退へ転じ、1995年の塩ビ再投資に行き着く バブル末期の活況を追い風に強気のエチレン増設へ進んだ東ソーが、湾岸危機と市況悪化の反動で10事業撤退の縮小に転じ、生き残る塩ビに集中して再投資した、市場環境発の拡張・撤退・再集中の一連。 拡張と反動が残したもの この一連の判断は、装置産業がバブルという需要の山に合わせて能力を積み、崩落とともにその重さに苦しむ過程を、短い年数のなかで凝縮して見せている。一貫体制を手にした勢いのまま強気のエチレン新設へ向かい、湾岸危機と市況の暗転で反動を受け、10事業からの撤退で身を削り、そして塩ビへ絞り込んで投資を再開する——拡張から撤退、再集中へと2、3年で振れた足取りには、総合化学をめざした東ソーが規模の拡大と収益の確保のあいだで揺れたさまがうかがえる。 大型設備投資 リストラ・構造改革 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4217/decisions/early-restructuring-1991/","t":"好況のうちに低収益の品目を選別し、抱えきれない範囲の切り捨て","c":"日立化成","y":1991,"col":"#CC0000","s":"好況期に社内の計数部門が示した赤字転落の見通しを受け、数値基準で低収益製品を選別し、2年の期限を切って不採算製品の打ち切り・譲渡と固定費の削減を進めた収益体質の…","x":"1991 日立化成 低収益製品の見直し 好況のうちに低収益の品目を選別し、抱えきれない範囲の切り捨て 1991年6月に不採算製品からの撤退。社長に就任した丹野毅氏が売上高伸び率10%以下かつ損益率3%以下の製品をすべて見直しの対象とする 好況期に社内の計数部門が示した赤字転落の見通しを受け、数値基準で低収益製品を選別し、2年の期限を切って不採算製品の打ち切り・譲渡と固定費の削減を進めた収益体質の立て直し 好況のうちに線を引くということ バブル崩壊を先読みした先見の明、という評し方は、この判断を単純にしすぎる。1991年3月期の売上は過去最高の3147億円で、丹野毅社長が動いた根拠は景気の予測ではなく、2年間で150億円ふくらんで870億円に達した固定費と、経営企画部が出した来期赤字転落の見通しであった。外の環境が悪くなる前に社内の計数が異変を告げ、その報告を好況のさなかに額面どおり受け取ったところに、この決断の核心があると推察される。 リストラ・構造改革 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4666/decisions/times-parking-shift-1991/","t":"駐車場機器の販売代理店から無人時間貸駐車場の運営者への転身","c":"パーク24","y":1991,"col":"#254CA4","s":"路上駐車の取締り強化とバブル崩壊で行き場を失った都心の空き地という二つの変化を見て、機器を販売する立場から土地を借りて自ら駐車場を運営する立場へ回り、稼働率がそ…","x":"1991 パーク24 タイムズ運営への転換 駐車場機器の販売代理店から無人時間貸駐車場の運営者への転身 1991年12月に上野でタイムズ1号を開業。ロック付無人料金徴収装置による24時間無人の時間貸駐車場で、機器販売から運営する側へ 路上駐車の取締り強化とバブル崩壊で行き場を失った都心の空き地という二つの変化を見て、機器を販売する立場から土地を借りて自ら駐車場を運営する立場へ回り、稼働率がそのまま売上になる収益構造に替えた 販売する側から借りる側へ 新しい駐車場を思いついた話として語られやすい。だがこの転換の芯は、扱う機械ではなく、収益の出どころを他人の設備から自社の稼働へ移したところにある。パークロックは1971年から同じ機械で、西川清氏はそれを売る側から、土地を借りて自ら据える側へ回った。売上が地主の投資判断に左右される商いから、区画がどれだけ埋まったかで決まる商いへ移ったことが、店頭公開に足る安定をもたらしたと思われる。 祖業・主力事業の転換 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4922/decisions/brand-marketing-1991/","t":"CI導入による転換と、小林コーセーからコーセーへの商号変更","c":"コーセーホールディングス","y":1991,"col":"#418FDE","s":"外資系ブランドの台頭と販路の多様化に対し、全販路へ同一商品を流す商慣行をやめ、販路ごとに専用ブランドを開発する体制へ切り替えた","x":"1991 コーセーホールディングス 選択的流通システム導入 ci導入による転換と、小林コーセーからコーセーへの商号変更 1991年8月に販路別ブランド開発。ci導入を機に、百貨店・化粧品専門店・総合量販店・ドラッグストアごとに販売する商品を区分した 外資系ブランドの台頭と販路の多様化に対し、全販路へ同一商品を流す商慣行をやめ、販路ごとに専用ブランドを開発する体制へ切り替えた 売り場を細かく読むということ 降りたのは、どの売り場にも同じ商品を渡すという当時の商慣行であった。百貨店にコスメデコルテ、専門店と総合量販店にプレディア、ドラッグストアにマリ・クレールと売り先ごとに別の名前を立てれば、開発も広告も在庫もその数だけ要る。それでも1991年に踏み切れたのは、1988年に対面販売と一般品ルートの販社を分け、商品を分ける前に売る組織を分け終えていたからだと思われる。小林保清社長が資生堂との違いを問われて挙げた答えも、ブランドマーケティングとグループ経営の二つであった。 販路・チャネル転換 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/5332/decisions/us-market-entry-1991/","t":"国内市場への依存からの脱却——米国市場への本格参入と1兆円企業構想","c":"TOTO","y":1991,"col":"#14449C","s":"成熟する国内住宅市場を見据え、独自のハイテク商品と技術力を武器に米国など海外の新市場を開拓し、2001年グループ売上高1兆円をめざす長期成長への布石","x":"1991 toto ウォシュレットで米国参入 国内市場への依存からの脱却——米国市場への本格参入と1兆円企業構想 1990年4月に米国市場へ本格参入。1989年設立のtoto kiki usaを足場に、ウォシュレットで輸出比率1.5%の体質を破った 成熟する国内住宅市場を見据え、独自のハイテク商品と技術力を武器に米国など海外の新市場を開拓し、2001年グループ売上高1兆円をめざす長期成長への布石 独自商品を突破口にした、長い賭け この決断の核心は、内需で完結してきた衛生陶器メーカーが、何を武器に海外の大市場へ出るのかという問いにあった。東陶が選んだ突破口は、価格でも量でもなく、ウォシュレットに象徴される独自のハイテク商品と、電子制御まで抱える技術陣であった。重くて単価が低い旧来型の衛生陶器では輸送費に負けても、他国に例のない\"究極のトイレ\"であれば、文化の壁を越えて認知を得られるかもしれない——単品トップの技術力を海外の成長へ振り向ける発想は、内需依存の限界を先取りした選択であったのだろう。 海外進出・現地生産 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5423/decisions/hot-coil-entry-1991/","t":"高炉独占品種だった熱延広幅帯鋼への電炉メーカーとしての量産参入","c":"東京製鐵","y":1991,"col":"#2F5A99","s":"高炉大手による電炉メーカーの系列化でH形鋼市場に圧力がかかると読み、高炉が独占してきた薄板へ品種を拡大して独自性を保とうとした判断","x":"1991 東京製鉄 岡山工場で熱延帯鋼へ参入 高炉独占品種だった熱延広幅帯鋼への電炉メーカーとしての量産参入 1991年10月に熱延広幅帯鋼へ参入。東京製鉄が岡山工場で電炉初のホットコイルを生産し、1992年4月には150トン直流電気炉も完成 高炉大手による電炉メーカーの系列化でh形鋼市場に圧力がかかると読み、高炉が独占してきた薄板へ品種を拡大して独自性を保とうとした判断 品種を増やすことでしか独立を保てない会社 700億円という金額は、当時の東京製鉄の利益水準からすれば一期分の稼ぎに近い。それを借入なしで薄板へ振り向けた判断の背後には、h形鋼で首位に立ったことがそのまま安泰を意味しないという読みがあった。高炉大手が電炉各社を系列に収め終えたとき、独立のまま残るには相手の主力品種へ入っていくしかない——池谷正成氏が5年前から温めていた筋書きは、この点で一貫していただろう。薄スラブ連続鋳造を技術者の意見で見送った場面は、その筋書きのなかでは例外的に慎重な選択にあたる。 隣接領域への展開 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6417/decisions/merger-and-rename-1991/","t":"三共産業を存続会社とする吸収合併にともなう社名の一新","c":"SANKYO","y":1991,"col":"#E60012","s":"単位株制度の導入等のため三共産業を存続会社とする吸収合併で法人格を組み替え、商号を三共からSANKYOへ改めたうえで株式を店頭登録した、株式公開に向けた組織再編","x":"1991 sankyo 商号をsankyoに変更 三共産業を存続会社とする吸収合併にともなう社名の一新 1991年4月に三共産業へ吸収合併。存続会社の商号を株式会社三共に改め、同年8月に定款上の商号をsankyoへ変えた 単位株制度の導入等のため三共産業を存続会社とする吸収合併で法人格を組み替え、商号を三共からsankyoへ改めたうえで株式を店頭登録した、株式公開に向けた組織再編 会社の形を整えた一年 半年のあいだに法人格の入れ替え、商号のsankyoへの刷新、株式の店頭登録が一続きに並んだ。別々の年に散らしてもよかったはずの手続きが、一度にまとめられている。業界最後発から全国のホールの4分の3を得意先に抱えるまでになった会社が、創業25年目に手を入れたのは新しい機械でも工場でもなく、自らの法人としての形であっただろう。 持株会社化・グループ再編 上場・ipo・市場変更 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/6807/decisions/illegal-export-1991/","t":"事件をめぐる株主代表訴訟と、そこで確定した取締役個人の責任","c":"日本航空電子工業","y":1991,"col":"#0374A4","s":"防衛・宇宙向けの技術を主力に据えた事業構造で輸出管理が破られ、刑事責任と株主代表訴訟を通じて取締役の責任が確定した事案","x":"1991 日本航空電子工業 ミサイル部品不正輸出事件 事件をめぐる株主代表訴訟と、そこで確定した取締役個人の責任 1991年7月にミサイル部品の不正輸出が発覚。米当局の捜査依頼を受けた警視庁が摘発し、20年かけて育てた航機事業の中核が揺らぐ 防衛・宇宙向けの技術を主力に据えた事業構造で輸出管理が破られ、刑事責任と株主代表訴訟を通じて取締役の責任が確定した事案 技術の柱が、管理の弱点でもあったこと この事件が突いたのは、会社の弱い部分ではなく、むしろ強い部分であった。1961年の技術導入から20年をかけて育てたジャイロと慣性航法装置は、単価も技術の要求水準も高く、会社の看板といえる製品群である。同時にそれは、輸出管理という重い制約と一体でなければ扱えない製品でもあった。技術を持つことと、その技術が国境を越える経路を管理し続けることは別の仕事にあたる。摘発の対象が民生部品ではなくこの製品群であった点に、事業構造そのものが抱えていた危うさがうかがえる。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革 中東"},{"k":"decision","u":"/tse/6861/decisions/profit-sharing-1991/","t":"営業利益を厚く社員へ還元する高給の人事","c":"キーエンス","y":1991,"col":"#EA0336","s":"飛び抜けた営業利益の一部を月ごとに全社員へ分配し、メーカーでも上位の給与で人材を獲得する報酬制度を高収益と一体で運用した判断","x":"1991 キーエンス 月次の利益分配制度 営業利益を厚く社員へ還元する高給の人事 1991年4月に営業利益の月次分配を敷く。滝崎武光社長が利益の一定割合を基本給に応じて配り、株価は任天堂を抜いて日本一へ 飛び抜けた営業利益の一部を月ごとに全社員へ分配し、メーカーでも上位の給与で人材を獲得する報酬制度を高収益と一体で運用した判断 高収益を社員へ返すという設計の含意 この報酬制度の含意は、高収益をどこへ配るかという問いに、キーエンスが早くから明快な答えを持っていた点にある。多くの企業が利益を内部へため込むか株主へ配るなかで、滝崎武光氏は利益の一部を毎月社員へ返し、報酬そのものを人材獲得の差別化要因に変えた。基本給を抑えて業績で報いる設計は、利益率が下がれば報酬も下がる緊張を社員に共有させ、利益率を守る動機を組織へ埋め込んだ。 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/7186/decisions/domestic-refocus-1991/","t":"国際・証券部門の不振を受けた海外展開の縮小と地元市場への回帰","c":"横浜フィナンシャルグループ","y":1991,"col":"#00529b","s":"相場低迷と利ザヤ縮小で国際・証券部門の不振が収益を圧迫するなか、収益第一主義の「ミニ都銀化」から地元リテール重視へ経営資源を再配分した構造転換","x":"1991 横浜フィナンシャルグループ リテール重視への転換 国際・証券部門の不振を受けた海外展開の縮小と地元市場への回帰 1991年に県内リテール中心の地元回帰へ舵を切る。国際・証券部門を国内営業の支援部門へ位置づけ直した資金量首位の地方銀行 相場低迷と利ザヤ縮小で国際・証券部門の不振が収益を圧迫するなか、収益第一主義の「ミニ都銀化」から地元リテール重視へ経営資源を再配分した構造転換 拡大の反動としての回帰 この判断の核心は、地銀トップの資金力を頼りに背伸びした\"ミニ都銀化\"の反動として、本来の足場である地元へ引き返した点にある。国際・証券という華やかな部門で都銀を追い、海外買収や証券ディーリングを拡大した末に、相場の変調と不良債権が収益を蝕んだ。横浜銀行はそこで拡大を止め、薄いと知りつつ地元の基盤へ資源を戻した。もうかる部門を追う経営と、地域に根ざす地銀の役割との間で揺れた末の選択だっただろう。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8053/decisions/sogo-jigyo-kaisha-1991/","t":"「総合事業会社構想」——トレーディング依存から","c":"住友商事","y":1991,"col":"#6ab2b5","s":"手数料収入を収益源とするトレーディングから、事業会社に資本を入れて価値を高める事業投資へと主力を移行し、「顔のない会社」からの脱皮を図った収益構造の転換","x":"1991 住友商事 事業投資への転換 「総合事業会社構想」——トレーディング依存から 1988年に総合事業会社構想を打ち出した。住友商事が手数料収入のトレーディングから事業投資へ主力を移行し、1990年に秋山富一社長が実行に入った 手数料収入を収益源とするトレーディングから、事業会社に資本を入れて価値を高める事業投資へと主力を移行し、「顔のない会社」からの脱皮を図った収益構造の転換 口銭を収益源とする仲介者から、事業に資本を入れる投資家へ この判断の核心は、総合商社という業態のもうけ方そのものを組み替えた点にある。売り手と買い手をつなぎ、その手数料で稼ぐ仲介者から、事業に資本を入れて経営に関わり、価値を高めて報われる投資家へ——住友商事は主力の収益源を移そうとした。鉄鋼・非鉄に偏り\"顔のない会社\"と呼ばれた出自を逆手にとるように、特定の商権に頼らず有望な事業を選んで育てる会社像を描いた。トレーディング商社が事業投資へ向かう流れの先駆けとして、この構想は早い時期に方向を定めた試みだった。 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8136/decisions/financial-investment-1991/","t":"設備資金の名目で調達した546億円を有価証券で運用した選択","c":"サンリオ","y":1991,"col":"#1860C0","s":"版権と物販で収益を上げる会社が、転換社債とワラント債で546億円を設備資金の名目で調達し、施設に変わるまでの資金を有価証券と特定金銭信託で運用した資本政策。株価…","x":"1991 サンリオ 1993年満期ワラント債2億ドル発行 設備資金の名目で調達した546億円を有価証券で運用した選択 1989年7月に1993年満期米貨建分離型新株引受権付社債200,000千米ドルを発行。転換社債300億円と合わせて社債の発行総額は546億円となり、資金は有価証券と特定金銭信託へ向かった 版権と物販で収益を上げる会社が、転換社債とワラント債で546億円を設備資金の名目で調達し、施設に変わるまでの資金を有価証券と特定金銭信託で運用した資本政策。株価の反転で評価損を抱え、8期続く最終赤字の起点となった 設備資金という名目の行き先 設備資金という名目は、嘘ではなかった。ピューロランドもハーモニーランドも実際に建ち、有形固定資産は1991年3月末に91,163百万円へ積み上がっている。だが集めた546億円が施設に変わるまでには時間があり、その間の資金は有価証券と特定金銭信託に置かれた。1991年3月末の残高は合わせて2,038億円で、同じ期の連結売上高1,241億円を上回る。キャラクターの版権で稼ぐ会社の貸借対照表が、いつのまにか運用会社のそれに近づいていたとみられる。 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8183/decisions/southland-rescue-1991/","t":"ライセンス元であるイトーヨーカ堂との共同出資による再建の引き受け","c":"セブンイレブン・ジャパン","y":1991,"col":"#008833","s":"ライセンス元のサウスランド社がLBO後の金利負担で破綻し、フランチャイズ契約の相手そのものを資本ごと引き受けるかどうかが問われた","x":"1991 セブンイレブン・ジャパン 米サウスランド社の買収 ライセンス元であるイトーヨーカ堂との共同出資による再建の引き受け 1991年3月に米サウスランド社を買収。セブンイレブン・ジャパンとイトーヨーカ堂が4億3000万ドルを投じ、出資比率70.2%を得た ライセンス元のサウスランド社がlbo後の金利負担で破綻し、フランチャイズ契約の相手そのものを資本ごと引き受けるかどうかが問われた 買ったのは店舗網か、金利の除去か 4億3,000万ドルという値段の裏にあったのは、店舗網の取得よりも金利の除去であっただろう。1990年12月期のサウスランド社は2億7,600万ドルの損失を計上しながら、売上高を前年より約1%伸ばしていた。改修も仕入れも止まったまま1店あたりの売上高が落ちなかった以上、壊れていたのは商売ではなく資本であった。18億ドルのジャンク債が普通株へ振り替われば消える種類の損失だと見分けたところに、鎌田誠申専務が底力と呼んだ評価の実質がある。 救済型m&a・支援受け入れ クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8233/decisions/shinjuku-store-1991/","t":"35年越しの悲願だった大型店の実現による、都心商圏での地歩固め","c":"高島屋","y":1991,"col":"#D3270C","s":"首都圏随一の商圏である新宿に核店舗を持てなかった弱さを、35年越しの大型出店で埋め、日本橋と新宿の二核で東京のシェアを取りにいく賭け","x":"1991 高島屋 新宿へ旗艦店出店 35年越しの悲願だった大型店の実現による、都心商圏での地歩固め 1991年11月に新宿への出店を公表。日高啓社長が渋谷区千駄ケ谷に社運を賭け、1956年に阻まれた進出を35年越しで果たす 首都圏随一の商圏である新宿に核店舗を持てなかった弱さを、35年越しの大型出店で埋め、日本橋と新宿の二核で東京のシェアを取りにいく賭け 悲願と、巨額賃料という重し この決断の核心は、35年前に一度は手放した市場を、老舗があらためて社運を賭けて選び直した点にある。新宿は鉄道が幾重にも交わる首都圏随一の商圏であり、そこに核店舗を持てなかったことは、高島屋の東京での弱さを長く決定づけていた。日高啓社長にとっての『30年来の悲願』は、単なる感慨ではなく、日本橋一店に縛られてきた東京戦略の限界を正面から認める言葉であったと思われる。挫折の記憶を抱えたまま、あえて同じ市場へ二度目の賭けに出た点に、この判断の重さがうかがえる。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/8302/decisions/toyo-shinkin-1991/","t":"架空の預金証書を担保とした料亭経営者への2400億円融資","c":"日本興業銀行","y":1991,"col":"#1a5c9c","s":"企業の銀行離れで運用先が細るなか、割引金融債の大口保有者への貸し込みが架空預金証書事件で表面化した","x":"1991 日本興業銀行 東洋信金事件の焦げ付き 架空の預金証書を担保とした料亭経営者への2400億円融資 1991年8月に東洋信用金庫事件が表面化。尾上縫氏の3420億円の架空預金証書が発覚し、興銀は2400億円の融資で黒沢洋頭取が陳謝 企業の銀行離れで運用先が細るなか、割引金融債の大口保有者への貸し込みが架空預金証書事件で表面化した 調達と運用が、一人の顧客の上で重なるとき 尾上縫氏は、興銀にとって料亭を営む個人である前に、2900億円のワリコーを持つ大口の顧客であった。金融債を大量に買ってくれる相手は、興銀にとって資金の出し手である。その金融債を担保に借りてくれるなら、同じ相手が資金の受け手にもなる。出し手と受け手が一人に重なるとき、審査の目は鈍りやすい。企業の銀行離れで貸出先が細っていた時期に、この相手を手放す判断は取りにくかったと推察される。 不祥事・信頼回復 資金調達・財務戦略 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8602/decisions/off-balance-loss-1991/","t":"営業特金で生じた損失を連結対象外の会社へ移転した損益の先送り","c":"山一證券","y":1991,"col":"#D11719","s":"バブル崩壊で営業特金の利回り保証が果たせなくなり、損失を公表する代わりに決算期の外と連結の外へ移転して処理を先送りした","x":"1991 山一証券 含み損の簿外飛ばし 営業特金で生じた損失を連結対象外の会社へ移転した損益の先送り 1991年12月に含み損を簿外へ移転する。総額456億円の損失補填が発覚した山一証券が、連結対象外の受け皿会社を使う仕組みを動かした バブル崩壊で営業特金の利回り保証が果たせなくなり、損失を公表する代わりに決算期の外と連結の外へ移転して処理を先送りした 順位を守るための約束が、会社を越えた 預かり資産で他の三社に離されないという理由で、山一証券は自社の運用力を超える利回りを約束した。握りそのものは業界に広がった慣行であり、この会社だけの発明ではない。分岐が生じたのは、相場が崩れて約束が果たせなくなった時点であった。1991年に総額456億円の補填が表に出たとき、業界は一度精算の機会を得ている。そこで残りを出し切らず、決算期の外から連結の外へと置き場所を移した選択が、6年後に2648億円として戻ってきたのだろう。 不祥事・信頼回復 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8604/decisions/loss-compensation-1991/","t":"損失補填の証券不祥事を受けた「新生・野村」への機構改革","c":"野村ホールディングス","y":1991,"col":"#b51e22","s":"バブル崩壊下で発覚した大口顧客への損失補填という証券不祥事の震源となった野村證券が、田淵義久社長の引責辞任と「顧客と共に栄える」原点回帰＝「新生・野村」改革で、…","x":"1991 野村ホールディングス 損失補填による引責辞任 損失補填の証券不祥事を受けた「新生・野村」への機構改革 1991年6月に田淵義久社長が引責辞任。大口顧客への損失補填を中心とする証券不祥事の震源となり、田淵節也会長も辞任して酒巻英雄社長が継いだ バブル崩壊下で発覚した大口顧客への損失補填という証券不祥事の震源となった野村証券が、田淵義久社長の引責辞任と「顧客と共に栄える」原点回帰=「新生・野村」改革で、失った社会的信頼の回復に臨んだ経営判断 利益至上を、組織からどう抜くか この判断の重さは、危機を組織改革の機会に転じようとした点にある。最大手が自ら首脳陣を退け、新戦略ではなく\"顧客と共に栄える\"という創業の初心へ帰ると宣言した身ぶりには、失った信頼の大きさを正面から引き受ける潔さがあった。損失補填は野村一社の逸脱ではなく証券界に広がった慣行であり、その震源に立った最大手が範を示せるかどうかに、市場全体の再生がかかっていた。原点回帰という言葉の選び方には、奇策では体質は変わらないという醒めた自覚がにじむ。 不祥事・信頼回復 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/9022/decisions/shinkansen-buyout-1991/","t":"借り受けから自社保有への切り替えによる経営自主権の確立","c":"東海旅客鉄道","y":1991,"col":"#ED6D00","s":"民営化時に新幹線鉄道保有機構が一括保有しリース料を按分する変則的な所有形態を離れ、1991年10月に東海道新幹線施設を自社保有へ移行して減価償却と経営自主権を確…","x":"1991 東海旅客鉄道 東海道新幹線施設を譲受 借り受けから自社保有への切り替えによる経営自主権の確立 1991年10月に東海道新幹線の施設を譲り受けた。新幹線鉄道保有機構からの取得をjr東海の葛西敬之副社長が迫り、発足以来のリース方式を離れた 民営化時に新幹線鉄道保有機構が一括保有しリース料を按分する変則的な所有形態を離れ、1991年10月に東海道新幹線施設を自社保有へ移行して減価償却と経営自主権を確保した資本政策上の転換 収益を生む資産は手放さないという意思 この判断の中心にあるのは、運行だけを担う会社が、稼ぎ頭の施設そのものを自らの手に収めようとした点にある。民営化の設計では、新幹線という国家資産をひとまず保有機構に預け、各社は利用料を払って走らせる形が選ばれた。その枠組みを、発足からわずか数年で内側から崩し、施設を自社の帳簿へ移したところに、jr東海という会社の性格がよくあらわれているように見える。安定した路線を持つがゆえに、その路線を丸ごと自らのものにしておきたい——効率や自主権という言葉の裏には、稼ぐ資産は手放さないという素朴な意思がうかがえる。 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9503/decisions/mihama-2-accident-1991/","t":"事故を受けた自主保安体制の立て直し","c":"関西電力","y":1991,"col":"#E4002B","s":"伝熱管の振れ止め金具の施工不良と技術への過信が招いた細管破断事故を人災と位置づけ、経営トップが安全の責任を引き受ける自主保安体制へ組み替えた","x":"1991 関西電力 美浜2号機の細管破断事故 事故を受けた自主保安体制の立て直し 1991年2月に美浜2号機で蒸気発生器の細管が破断。非常用炉心冷却装置が動き、国内の商用原発では初のeccs作動となる 伝熱管の振れ止め金具の施工不良と技術への過信が招いた細管破断事故を人災と位置づけ、経営トップが安全の責任を引き受ける自主保安体制へ組み替えた 過信を戒めた総括の射程 この判断が際立つのは、事故の原因を機器の不具合や下請けの施工不良だけに求めず、『絶対にあるはずがない』と思い込む技術への過信という、組織の心のありようにまで踏み込んで総括した点にある。社長が原子力本部長を兼ねる制度、社外に置いた安全研究所、全社員に安全を最重点と意識させる仕掛け——いずれも、安全の責任を現場任せにせず経営の中枢に引き寄せようとする試みであったと思われる。トップ自身が誌上で『人災』と認めた率直さには、事故を組織として引き受けようとする構えがうかがえる。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/ascii/decisions/expansion-over-focus-1991/","t":"創業メンバー2名の退任と引き換えに選んだ多角化への傾斜","c":"アスキー","y":1991,"col":"#333333","s":"公開で得た資金を本業に集中するか周辺へ拡大するかをめぐる路線対立を、多数派工作を伴う採決で決着させた判断","x":"1991 アスキー 映画・地域含む拡大路線採用 創業メンバー2名の退任と引き換えに選んだ多角化への傾斜 1991年7月に臨時役員会で拡大路線を採決。西和彦社長の案が通り、対案を出した郡司明郎氏と塚本慶一郎氏が退任 公開で得た資金を本業に集中するか周辺へ拡大するかをめぐる路線対立を、多数派工作を伴う採決で決着させた判断 一票差が分けたもの 棄権が出なければ結論は逆になっていた。郡司氏と塚本氏は過半数を読んでおり、票読み自体は外れていない。分けたのは案の中身ではなく、採決の15分前に個別の説得へ動けるかどうかであった。会社の進路を決める場が、事業の見立てを競う場ではなく票の取り合いになったとき、より熱心に動いた側が優位に立つ。1992年の資金繰り悪化から逆算すれば堅実路線に理があったことになるが、その評価は結果を知っている側の後知恵にすぎない。 飛び地・非関連多角化 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/yamanouchi-seiyaku/decisions/europe-network-1991/","t":"欧州の生産販売網の自前構築","c":"山之内製薬","y":1991,"col":"#333333","s":"導出による技術輸出に頼らず、アイルランドの生産拠点と欧州各国の販売網を自前で持ち、自社創製の新薬を自社の名で販売する体制へ移行した判断","x":"1991 山之内製薬 アイルランドへの生産拠点設置 欧州の生産販売網の自前構築 1991年4月にアイルランドへ生産拠点を設置。国内の製薬メーカーとして初の海外生産拠点で、欧州の販売網を5年かけて整えた 導出による技術輸出に頼らず、アイルランドの生産拠点と欧州各国の販売網を自前で持ち、自社創製の新薬を自社の名で販売する体制へ移行した判断 売る薬より先に、売る場所を用意した ガスターを米メルク社へ渡したのと同じ時期に、山之内製薬はアイルランドに工場を建設している。売れる薬が一品しかない会社が、その一品を海外では他社に預けながら、欧州には自前の生産と販売を敷いた。順序としては、売り場のほうが品揃えより先に立っている。網の完成した翌年に森岡茂夫社長が掲げた目標は『国内だけでなく、海外でも、新薬を切れ目なく発売できるようにしたい』というものであり、売る仕組みを先に用意してから中身を埋める考え方であったと推察される。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 大型設備投資 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/1925/decisions/hotel-business-expansion-1990/","t":"ホテル事業の急拡大と、定まらないまま残されたブランド戦略","c":"大和ハウス工業","y":1990,"col":"#D4002A","s":"バブル経済下の地価上昇と低利の転換社債・ワラント債による資金調達を背景に、住宅メーカーが総合生活産業を目指してホテル事業を急拡大させたが、ブランドの一貫性を欠い…","x":"1990 大和ハウス工業 ダイワロイヤルホテルズ拡大 ホテル事業の急拡大と、定まらないまま残されたブランド戦略 1990年7月にダイワロイヤルホテルズ拡大。1978年に会長の石橋信夫氏が始めた事業を、1985年からの5年で15カ所まで拡大した バブル経済下の地価上昇と低利の転換社債・ワラント債による資金調達を背景に、住宅メーカーが総合生活産業を目指してホテル事業を急拡大させたが、ブランドの一貫性を欠いたまま量産が先行した 拡大の速度と、像を結ばなかったブランド この判断の核心は、資金と土地さえあれば拡大できたという点と、その拡大が何を目指すのかという像を最後まで結ばなかった点との落差にある。石橋殾一社長は海外リゾートの調査に基づく独自の哲学を語ったが、高級路線を志向する会員制度と、収益を実際に支えていた法人・団体中心の大衆営業とは、ねじれたまま同居していた。低利の転換社債という追い風がある間は、この矛盾は業績の拡大に隠れて表面化しなかったと推察される。 飛び地・非関連多角化 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/2261/decisions/borden-alliance-end-1990/","t":"事業運営の移管提案を拒み、20年続いた関係を断つ選択","c":"明治乳業","y":1990,"col":"#FF0000","s":"乳製品の輸入自由化を追い風にボーデンが事業運営の主導権を求めたのに対し、年間250億円のブランドを失うと分かったうえでこれを断り、自社ブランドで開発する体制へ移…","x":"1990 明治乳業 米ボーデンとの提携解消 事業運営の移管提案を拒み、20年続いた関係を断つ選択 1990年5月に米ボーデンとの提携解消。明治乳業の中山悠社長が最終提案を退け、年間250億円のレディボーデンなどブランド事業を手放した 乳製品の輸入自由化を追い風にボーデンが事業運営の主導権を求めたのに対し、年間250億円のブランドを失うと分かったうえでこれを断り、自社ブランドで開発する体制へ移った判断 断ったのは金額ではなく、誰が決めるかであった ボーデンブランドの年間売上高250億円は、明治乳業の総売上高3,921億円の6%にとどまる。ベントレス会長が示した最終提案は、ボーデン主導で設ける拠点が生産と販売を担い、明治乳業の役割を日本の商慣習への対応と保冷輸送に限るもので、日本での決定権をボーデン側へ移す内容だった。中山悠社長はこれを退けた。そのとき問われたのは、失われる売上高の大きさではなく、日本の事業の舵を誰が握るかであった。引き換えに、家庭用高級アイスの約6割を占めるレディボーデンを手放せば、出荷額シェア15.3%で森永と並んでいた首位の座も動くことになる。 ブランド・マーケティング 資本提携・政策保有 破談・撤回 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2503/decisions/ichiban-shibori-counter-1990/","t":"ドライ戦争の劣勢下、フルライン戦略の挫折を認めた反攻の一本への賭け","c":"キリンHD","y":1990,"col":"#F00201","s":"スーパードライの急伸で主力ラガーの市場そのものが縮み、首位企業がラガー防衛か新ブランド投入かの選択を迫られた","x":"1990 キリンhd 「一番搾り」の投入 ドライ戦争の劣勢下、フルライン戦略の挫折を認めた反攻の一本への賭け 1990年3月に一番搾りの投入。アサヒのスーパードライに主力ラガーを侵食されたキリンビールが、フルライン戦略の挫折を経て新ブランドを出した スーパードライの急伸で主力ラガーの市場そのものが縮み、首位企業がラガー防衛か新ブランド投入かの選択を迫られた 全方位の防衛より、一点の集中——守る側の教訓 この判断の推移で目を引くのは、同じ経営陣が2年続けて正反対の答えを出したことである。1989年のフルライン戦略は、他社の主力すべてに対抗商品をぶつける全方位の防衛であり、守るべきものが最も多い首位企業にとって自然な発想であった。それが流通の混乱を招いて挫折し、翌年は一転して一番搾り1本への集中で成功した。全方位に構えるほど焦点は薄まり、絞るほど力が届くという対照は、攻める挑戦者ではなく守るガリバーの側から示された点で示唆に富むと推察される。 ブランド・マーケティング 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/2670/decisions/korea-production-spa-1990/","t":"ライセンス取得を足がかりにしたカジュアルシューズの企画から販売までの一貫化","c":"ABCマート","y":1990,"col":"#E21913","s":"独占販売権に頼る輸入卸の薄い利益を、生産の内製化とライセンス取得によって組み替え、価格と粗利を自社で決められる体制へ移行した判断","x":"1990 abcマート 韓国生産委託でspa化 ライセンス取得を足がかりにしたカジュアルシューズの企画から販売までの一貫化 1990年2月に韓国生産委託でspa化。輸入卸のインターナショナル・トレーディングが翌1991年に英ホーキンスの権利も取得 独占販売権に頼る輸入卸の薄い利益を、生産の内製化とライセンス取得によって組み替え、価格と粗利を自社で決められる体制へ移行した判断 権利を借りる側から、製造する側へ この決断の中心にあるのは、輸入卸という商売の利益がどこで決まっているのかという問いである。海外で無名のブランドを見つけて独占販売権を押さえる商法は、見つけた者の目利きが利益になる。しかし権利を握っても、作る場所と原価を決めているのは相手側であり、円高が来れば粗利は削られる。三木氏が韓国の工場へ発注を移し、ライセンス生産の権利を買い、最後には商標そのものを取得したのは、他社に預けたままの部分を一つずつ手元へ引き取っていく作業であったと推察される。 垂直統合・内製化 低価格・コストリーダーシップ 海外進出・現地生産 ブランド・マーケティング 韓国"},{"k":"decision","u":"/tse/2760/decisions/semiconductor-trading-pivot-1990/","t":"建物保守管理業務のグループ他社への移管と、外国製半導体販売への業態転換","c":"東京エレクトロンデバイス","y":1990,"col":"#002F87","s":"半導体製造装置に資源を集中させつつ、外国製半導体・電子部品の販売機能をグループ内の別法人へ寄せるという東京エレクトロンの機能再配置。既存の管理子会社の中身を入れ…","x":"1990 東京エレクトロンデバイス テル管理サービスの転換 建物保守管理業務のグループ他社への移管と、外国製半導体販売への業態転換 1990年9月に半導体販売への転換。建物保守管理を営むテル管理サービスが東京エレクトロンデバイスへ改称し電子部品卸へ 半導体製造装置に資源を集中させつつ、外国製半導体・電子部品の販売機能をグループ内の別法人へ寄せるという東京エレクトロンの機能再配置。既存の管理子会社の中身を入れ替える形で受け皿がつくられた 既存の会社を転用するという発想 1986年3月に登記されたテル管理サービスの業務は、建物と付属設備の保守管理であった。同じ年、親会社は売上高が前年の約半分に落ち、創業以来初の営業赤字と代表取締役3人の同時辞任を経験している。その会社が4年半後、外国製半導体を売り始めた。事業を新会社へ出すのではなく、すでにグループ内にあった会社の業務を入れ替えるという手が選ばれたところに、装置と部品を一つの法人で抱え続けることへの警戒があったと推察される。1986年の急落は、二枚看板の重さを親会社に測らせるには十分な出来事であった。 祖業・主力事業の転換 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/3404/decisions/carbon-fiber-strategy-1990/","t":"炭素繊維での成形品重視の川下路線と、米プリプレグ・原糸2社の買収","c":"三菱レイヨン","y":1990,"col":"#E60012","s":"原糸の増産競争を避け、加工した成形品で収益を上げる川下路線を米国へも展開した炭素繊維事業への投資","x":"1990 三菱レイヨン コートルズ・グラフィル買収 炭素繊維での成形品重視の川下路線と、米プリプレグ・原糸2社の買収 1990年5月に米コートルズ・グラフィルを買収。三菱レイヨンが炭素繊維で原糸の増産競争を避け、米国でプリプレグ成形品を一貫生産する体制を構築した 原糸の増産競争を避け、加工した成形品で収益を上げる川下路線を米国へも展開した炭素繊維事業への投資 順位より、収益構造の選択 生産能力は年間500トンで、東邦レーヨンの2,020トンの4分の1程度にすぎなかった。その差を承知のうえで原糸の増産競争に加わらず、成形品で部門売上高の90%近くを稼ぐ形をつくったことが、1991年3月期の順位入れ替えにつながった。量では競わず高品質・高性能の商品開発を中心に置くという考えは、1982年に金沢脩三社長が講演で述べた時点から変わっていない。8年かけて加工の技術を積んだ会社に、軍需の急減で原糸が余った市況が結果として味方した。 高付加価値化・プレミアム 垂直統合・内製化 海外進出・現地生産 クロスボーダーm&a(日本→海外) 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3606/decisions/aquascutum-acquisition-1990/","t":"国内ライセンス権を欠いたまま踏み切った英国ブランドの取得","c":"レナウン","y":1990,"col":"#001E43","s":"デザイナー主導の市場に転じるなかで、自前で育ててこなかったブランドの格を海外買収で調達する","x":"1990 レナウン アクアスキュータムを買収 国内ライセンス権を欠いたまま踏み切った英国ブランドの取得 1990年4月にアクアスキュータムの買収を発表。レナウンが英国の高級紳士服ブランドを取り込み、後に社長となる松坂万丈が交渉を仕掛けた デザイナー主導の市場に転じるなかで、自前で育ててこなかったブランドの格を海外買収で調達する 育てたブランドほど先に売却される 自前でデザイナーを育ててこなかった会社が、格のあるブランドを外から買う。1990年の判断は、当時の選択肢として理に適っていた。1985年に28ブランドを一挙投入して成果が出ず、自社で作る道の答えは既に出ていたからである。踏み切れたのは、営業外収益で経常利益を作れる財務の余裕が残っていたことと、1988年に尾上清氏を失って社内の重石が外れたことが重なったためだと思われる。問題は、決着までの4日間で日本市場の権利関係をどこまで確かめられたかにある。 クロスボーダーm&a(日本→海外) ブランド・マーケティング 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/4063/decisions/kanagawa-full-production-1990/","t":"「フル生産、全量販売」を掲げた全社運営の切り替え","c":"信越化学工業","y":1990,"col":"#003B8E","s":"シンテックで検証した「フル生産、全量販売」の逆張りを全事業へ展開し、無借金経営と子会社の厳格な人事管理で規律化した経営体制への転換","x":"1990 信越化学工業 シンテック方式の全社展開 「フル生産、全量販売」を掲げた全社運営の切り替え 1990年8月に金川千尋氏が社長就任。三井物産出身で米シンテックを12年率いた人物が、塩ビ・半導体シリコン・シリコーンの全事業を無借金で統括する シンテックで検証した「フル生産、全量販売」の逆張りを全事業へ展開し、無借金経営と子会社の厳格な人事管理で規律化した経営体制への転換 常識破りの高収益をどう読むか この判断の中心にあるのは、差別化の効かない汎用品でも、経営の仕方しだいで高い収益を生めるという逆説の実証であった。景気に合わせて減産する同業のなかで、金川氏は不況期にこそ増設し、無借金という規律で高稼働を保った。手法そのものは奇抜ではないが、それを景気循環のたびに崩さず、全事業と国内外の子会社にまで一貫して通した点に、この経営の特異さがうかがえる。一つの子会社で長く検証してから全社へ広げた手順には、事業を賭けない慎重さと逆張りの大胆さが同居していた。 低価格・コストリーダーシップ 資金調達・財務戦略 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/6113/decisions/engineering-amada-1990/","t":"加工機単体の販売からの離脱と、システム販売への移行","c":"アマダ","y":1990,"col":"#FB1A1D","s":"NC化の普及で機械の同質化が進み単品では差がつかなくなったなかで、直販で貯めた加工ノウハウをソフトという商品に変え、機械とセットで販売する形へ商品の単位を組み替…","x":"1990 アマダ 加工ソフト組込みへ転換 加工機単体の販売からの離脱と、システム販売への移行 1990年5月に加工ソフト組込みへ転換。天田満明社長のもと、アマダが板金加工機の単体販売から加工ソフトと周辺装置を統合したシステム販売へ移った nc化の普及で機械の同質化が進み単品では差がつかなくなったなかで、直販で貯めた加工ノウハウをソフトという商品に変え、機械とセットで販売する形へ商品の単位を組み替えた経営判断 20年かけて蓄積したものに、値段をつけた 『ここで我々は加工ソフトを製造している』という一言で、展示会場は集客の装置から加工ノウハウの収集所へ読み替えられた。6万件のソフトが大型コンピューターに入り、顧客の要求の6割が既存ソフトの手直しで済むという歩留まりは、20年以上にわたって顧客を自社へ呼び寄せてきた直販がなければ出ない数字であった。1990年の転換は新しい商売を思いついたというより、1965年の判断が生んだ副産物に値段をつけた作業であったと推察される。 収益モデル転換 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/6326/decisions/parachute-diversification-1990/","t":"祖業と関わりの薄い分野へ次々と展開し、単一事業への依存を断つ経営刷新","c":"クボタ","y":1990,"col":"#35A8A8","s":"農機・鋳鉄管という祖業がともに成熟し大きな伸びを欠くなか、市場規模の大きい未経験分野へ飛び込んで第3の収益源を確立しようとした多角化","x":"1990 クボタ 落下傘型の多角化 祖業と関わりの薄い分野へ次々と展開し、単一事業への依存を断つ経営刷新 1990年5月に落下傘型多角化への転換。三野重和社長が未経験分野へ飛び込み、コンピューター事業を第3の柱に育てる 農機・鋳鉄管という祖業がともに成熟し大きな伸びを欠くなか、市場規模の大きい未経験分野へ飛び込んで第3の収益源を確立しようとした多角化 名門の賭けが残したもの この判断の核にあるのは、安定した2本柱に恵まれた名門が、その安定ゆえに縮こまることへの危機感であった。ただ、コンピューターという最も技術変化の激しい分野を選んだことで、その意志は最も手痛い授業料を払う結果にもなった。 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/6436/decisions/north-america-acquisitions-1990/","t":"シンシナティ タイムを含む連続買収による北米基盤の確立","c":"アマノ","y":1990,"col":"#0081C0","s":"輸出と現地生産で積み上げてきた北米事業を、清掃機器と時間管理機器それぞれの既存メーカーを買収して組み替えた戦略","x":"1990 アマノ パイオニアエクリプス買収 シンシナティ タイムを含む連続買収による北米基盤の確立 1990年3月にパイオニアエクリプス買収。清掃機器・溶剤の同社に続き、1991年12月に時間管理機器の米シンシナティタイムも取得 輸出と現地生産で積み上げてきた北米事業を、清掃機器と時間管理機器それぞれの既存メーカーを買収して組み替えた戦略 1896年の社名を残した買い手 この2件の買収でアマノが選んだのは、自前で26年かけた現地法人を主役から降ろすことであった。1989年に生産と販売を合併させ、翌年に持株会社を設立し、その持株会社で買った会社に既存の現地法人を吸収させている。順序を追うと、株式を持つ会社と受け皿となる事業会社を整えてから相手を選ぶ段取りを踏んでいたと思われる。清掃機器のパイオニア エクリプス、時間管理機器とパーキングのシンシナティ タイムという組み合わせも、国内で並走していた事業構成をそのまま北米に写したものであった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6471/decisions/upi-acquisition-worldwide-third-1990/","t":"現地最大の軸受メーカーの取り込みと、中国・ポーランドへの生産拠点の設置","c":"日本精工","y":1990,"col":"#DC0121","s":"欧州で輸出と自前工場1カ所ではシェアが3％にとどまっていた日本精工が、英国最大手の全株式を取得して製造・販売網を一括して取り込み、続けて中国・東欧・インドへ拠点…","x":"1990 日本精工 英upiの全株式取得 現地最大の軸受メーカーの取り込みと、中国・ポーランドへの生産拠点の設置 1990年3月に英upiの全株式取得。欧州に自前の工場を1カ所しか持たなかった日本精工がノッティンガム州の英国最大手の製造販売網を得た 欧州で輸出と自前工場1カ所ではシェアが3%にとどまっていた日本精工が、英国最大手の全株式を取得して製造・販売網を一括して取り込み、続けて中国・東欧・インドへ拠点を並べて世界3位の規模を確保した買収 買収で得た順位と、抱えた設備 欧州で3%のシェアしか持たない会社が、その市場の最大手の全株式を取得した。1974年に置いたピータリー工場は年2,400万個の能力で優良な収益を上げていたものの、skfが32%を占める市場でその1工場を積み増していく道筋は遠かった。接触から受注まで2年かかる保守的な顧客を相手に、自力で取引を開いていく時間を金で買った判断だったのだろう。世界4位から3位へという半歩の前進は、この方法でなければ届かなかったといえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/6702/decisions/1990-icl-acquisition/","t":"欧州拠点の取り込みによる、欧州・北米・日本にまたがるメインフレーム供給体制の構築","c":"富士通","y":1990,"col":"#c8102e","s":"IBM互換で国内を制した富士通が、英ICL買収と米Amdahl完全子会社化で欧州・北米・日本の3極体制を構築した国際展開","x":"1990 富士通 英icl買収で3極体制 欧州拠点の取り込みによる、欧州・北米・日本にまたがるメインフレーム供給体制の構築 1990年10月に英国のメインフレーム大手を傘下に収めた。出資比率80%でiclを買収し、1997年の米amdahl完全子会社化と合わせ3極へ ibm互換で国内を制した富士通が、英icl買収と米amdahl完全子会社化で欧州・北米・日本の3極体制を構築した国際展開 ニッチを世界で押さえるという賭け この買収の面白さは、追随者ゆえの強みを国際化した点にある。独自アーキテクチャを捨ててibm互換を選んだことは、自前の技術を持たない弱みにも見える。だが、ibmの顧客が世界中にいる以上、互換機の需要もまた世界中にあった。富士通はその需要を、欧州のiclと北米のamdahlを買うことで一気に取りに行った。国産育成の掛け声のなかで欧米メーカーを傘下に収めた身のこなしには、国内の枠にとらわれない独自の発想がうかがえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 欧州 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6724/decisions/cfc-phaseout-1990/","t":"規制の削減日程に先立つ前倒しの決定と、外注企業まで含めた切り替え","c":"セイコーエプソン","y":1990,"col":"#10218A","s":"モントリオール議定書によってフロンが従来のペースで使えなくなれば製品の生産が止まるという読みから、規制の削減日程に先立って1993年までの全廃を決め、自社工場だ…","x":"1990 セイコーエプソン 洗浄工程のフロン全廃 規制の削減日程に先立つ前倒しの決定と、外注企業まで含めた切り替え 1988年12月にフロンレス推進センターを茅野事業所に設置した。中村恒也社長が1993年までの全廃を決め、モントリオール議定書より早い日程とした モントリオール議定書によってフロンが従来のペースで使えなくなれば製品の生産が止まるという読みから、規制の削減日程に先立って1993年までの全廃を決め、自社工場だけでなく200社規模の外注先の洗浄工程まで切り替えの対象を拡大した判断 先に決めた期限と、外へ回らない金 フロンの使い道は1,400トンに及んでいた。その内訳を洗い直すと6割強を水切り乾燥が占め、本来は洗わなくてよい工程にまでフロン洗浄をかけていたことがわかった。中村恒也社長が1988年末に1993年という期限を打ち出した背景には、理想ではなく、フロンを失えば生産が止まるという現実的な見通しがあった。使用の実態をまず押さえ、規制の日程より早い期限を自ら置いたのは、外から日程を決められる前に対応する備えだったとみられる。 外的危機への対応 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6752/decisions/mca-acquisition-exit-1990/","t":"7800億円を投じた大型買収から短期で手を引く、方針の転換","c":"パナソニック","y":1990,"col":"#1450a0","s":"ハイビジョン時代にハードを支えるソフトを確保する狙いで史上最高額の海外買収に踏み切ったが、ハリウッドの事業を製造業の論理で御せず5年で撤退した多角化とその挫折","x":"1990 パナソニック 米mca買収し5年で売却 7800億円を投じた大型買収から短期で手を引く、方針の転換 1990年12月に米mcaを約61億ドルで買収した。日本企業の海外買収では史上最高額で、ハードとソフトの融合は5年で解けた ハイビジョン時代にハードを支えるソフトを確保する狙いで史上最高額の海外買収に踏み切ったが、ハリウッドの事業を製造業の論理で御せず5年で撤退した多角化とその挫折 ハードの会社がソフトを持つということ この決断の教訓は、事業の善し悪しよりも、事業の論理の違いにある。工場を回して良い製品を安く大量に作る松下の強みは、才能ある個人の関係が価値を生むハリウッドでは、そのまま通用しなかった。買収の是非を分けたのは金額の多寡ではなく、異なる論理で動く事業を、自分たちの物差しで測ろうとした構えそのものだっただろう。慎重で堅実な松下が、最も不慣れな領域で最も大胆に振る舞った点に、この判断のねじれがうかがえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 飛び地・非関連多角化 事業売却・撤退 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6754/decisions/1990-wiltron-acquisition/","t":"米国拠点の取り込みによる計測器事業のグローバル化への踏み出し","c":"アンリツ","y":1990,"col":"#009C73","s":"電電公社依存の国内メーカーが、社運を賭けた米Wiltron買収で北米の計測ビジネスとグローバル化の足場を得た判断","x":"1990 アンリツ 米wiltron社を買収 米国拠点の取り込みによる計測器事業のグローバル化への踏み出し 1990年2月に米国の計測器メーカーwiltronを買収した。当時の純利益約60億円に対し260億円を投じ、北米の販売網と技術ブランドを得た 電電公社依存の国内メーカーが、社運を賭けた米wiltron買収で北米の計測ビジネスとグローバル化の足場を得た判断 身の丈を超える買収が運んだもの この判断の重さは、金額そのものよりも、賭けの性格にある。国内で堅実に稼いできた会社が、純利益の4倍を超える資金を海外企業の買収へ投じるのは、失敗すれば経営を揺るがしかねない選択であった。それでも踏み込んだのは、通信が世界へ広がる時代に、国内の強みだけでは早晩通用しなくなるという読みがあったためと推察される。守って稼ぐより、世界へ出る足場を先に押さえるという発想が、ここにうかがえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6764/decisions/battery-focus-1990/","t":"二次電池に資源を配分する傾斜投資という、次の主力事業への賭け","c":"三洋電機","y":1990,"col":"#D42727","s":"コードレス化で拡大する二次電池を成長市場と見定め、全社設備投資の約2割を電池事業に集中させて次世代のニッケル水素まで一気に量産体制を構築した集中投資","x":"1990 三洋電機 二次電池へ経営資源を集中 二次電池に資源を配分する傾斜投資という、次の主力事業への賭け 1990年前後に二次電池へ傾斜投資。井植敏社長が全社の設備投資の約2割を電池へ振り向け、ニッケル水素でも先行 コードレス化で拡大する二次電池を成長市場と見定め、全社設備投資の約2割を電池事業に集中させて次世代のニッケル水素まで一気に量産体制を構築した集中投資 本業が沈む時こそ、次の柱に賭けられるか この判断の核心は、本業のav機器が景気後退で不振に沈むなかでも、長く傍流とされてきた電池事業に全社設備投資の約2割を投じ続けた点にある。かつて別会社化さえ検討された事業を、成長市場の到来を見定めて全社の中核へ引き上げた背景には、創業家が淡路島で電池を育ててきた歴史と、1964年のニッカド量産化以来積み上げてきた技術と顧客基盤があった。好況の余力ではなく、本業が苦しい局面で次の収益源に資源を集中させた点に、この傾斜投資の特徴がうかがえる。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6802/decisions/mitsubishi-alliance-reconstruction-1990/","t":"筆頭株主として大手を迎え入れることで描いた経営再建の道筋","c":"赤井電機","y":1990,"col":"#E61C22","s":"プラザ合意後の円高で輸出採算が崩壊し、単独再建が困難になった赤井電機が、メインバンク三菱銀行に加えて三菱電機の資本・事業支援を全面的に受け入れ、系列企業として再…","x":"1990 赤井電機 三菱電機と資本業務提携 筆頭株主として大手を迎え入れることで描いた経営再建の道筋 1986年6月に三菱電機と資本業務提携。円高で輸出偏重の採算が崩れ、三菱銀行出身の岡田真社長のもと筆頭株主に迎える プラザ合意後の円高で輸出採算が崩壊し、単独再建が困難になった赤井電機が、メインバンク三菱銀行に加えて三菱電機の資本・事業支援を全面的に受け入れ、系列企業として再建を図った判断 系列に寄りかかる自立という難題 この判断の核心は、輸出偏重で崩れた採算を、系列の資本と事業支援に身を寄せて立て直そうとした点にある。三菱電機を筆頭株主に迎え、開発・生産・販売までを一体化する一方で、岡田真社長は\"合併はあり得ない\"と独立を掲げ続けた。支援を最大限に受けながらも自立を手放さないという姿勢には、往時の高収益企業としての矜持と、単独では立ち行かない現実との間の緊張がにじむ。系列に深く依存しつつ独自性を保つという二つの要請の両立は、容易な道ではなかったのだろう。 資本提携・政策保有 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/7270/decisions/kawai-reconstruction-1990/","t":"独自の流儀を貫いた指揮による本体黒字化への立て直し","c":"SUBARU","y":1990,"col":"#0156A1","s":"北米のSIAとSOAが抱えた赤字と量産志向の誤算で1990年に営業赤字へ転落した富士重工業が、日産から迎えた川合勇社長のもとで量産追求を捨て、米国販売会社の立て…","x":"1990 subaru 量産路線の放棄と米国販社の再建 独自の流儀を貫いた指揮による本体黒字化への立て直し 1990年6月に川合勇社長のもとで再建へ着手。日産から迎えた社長が米国販売会社を立て直し、5年かけて本体を黒字化させた 北米のsiaとsoaが抱えた赤字と量産志向の誤算で1990年に営業赤字へ転落した富士重工業が、日産から迎えた川合勇社長のもとで量産追求を捨て、米国販売会社の立て直しと現場重視の経営によって5年で本体を黒字化させた再建。 規模を追うより、強みをどこで活かすか この再建で川合勇社長が向き合ったのは、財務の穴埋めそのものというより、中堅が大手と同じ量産で稼ごうとした誤りであった。トヨタや日産が握る市場で規模を競えば、部品の共有も販売網も及ばない富士重工はコスト高を避けられない。生産畑を歩いた経営者が、テストコースと工場と販売店を自ら回り、在庫と品質とコストという現場の数字から立て直していったところに、銀行主導の量産経営とは異なる性格がうかがえる。得意分野に絞って稼ぐという選択は、のちの北米suv事業へと引き継がれた。 経営再建・ターンアラウンド 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/7951/decisions/earnings-slump-1990/","t":"2期連続の減益を受けた事業の集約と、減量経営への転換","c":"ヤマハ","y":1990,"col":"#895ebd","s":"楽器市場の成熟という構造要因で2期連続減益に直面し、減量経営と有望事業の分社化によって事業ポートフォリオを組み替えようとした経営判断","x":"1990 ヤマハ 多角化路線の見直し 2期連続の減益を受けた事業の集約と、減量経営への転換 1990年前後にヤマハが多角化路線を見直す。楽器市場の成熟で営業利益と経常利益が2期連続で減り、希望退職と有望事業の分社化に踏み切った 楽器市場の成熟という構造要因で2期連続減益に直面し、減量経営と有望事業の分社化によって事業ポートフォリオを組み替えようとした経営判断 規模の拡大ではなく、事業構成をどう組み替えるか この経営判断の核心は、単年度の業績不振への対症療法ではなく、楽器市場の成熟という構造変化に、事業ポートフォリオと組織の両面から向き合おうとした点にある。世界のピアノ市場で首位を占めた成功は、裏を返せば\"作れば系列店が売ってくれる\"楽器の発想と、それに安住する体質を社内に根づかせていた。川上浩社長自身、ibmが大型コンピューター中心の体質から抜け出せなかった例を引いて、ヤマハに楽器へ安住する体質ができたことを認めていた。減量経営と有望事業の分社化は、その体質を外科的に切り分けようとする試みであっただろう。 リストラ・構造改革 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/8058/decisions/aristech-lbo-1990/","t":"日本企業初の大型LBOと6年越しの黒字化","c":"三菱商事","y":1990,"col":"#FF0000","s":"米国の製造・技術拠点を得るため、日本企業初の大型LBOで赤字の中堅化学会社を買収し、6年かけて建て直したうえで売却した事業投資","x":"1990 三菱商事 米アリステック・ケミカル買収 日本企業初の大型lboと6年越しの黒字化 1990年3月に米アリステック・ケミカルを買収。三菱商事が総額8億8000万ドルを投じ、日本企業の大型買収では初のlboを用いた 米国の製造・技術拠点を得るため、日本企業初の大型lboで赤字の中堅化学会社を買収し、6年かけて建て直したうえで売却した事業投資 買収し、再建し、売却する——事業投資のもう一つの形 この判断は、商社の事業投資がとりうるもう一つの形を示している。ブルネイlngが資源を開発して長く配当を得る投資だったとすれば、アリステックは借入金で赤字会社を買収し、経営に参画して建て直し、価値を回復させたうえで売却する投資であった。口銭を得る仲介からも、権益を長く抱える資源投資からも離れ、事業そのものを一定期間預かって値を上げる——lboという手法は、その関与のしかたを先鋭に映していた。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 資金調達・財務戦略 経営再建・ターンアラウンド 事業売却・撤退 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8133/decisions/oil-sales-consolidation-1990/","t":"グループ国内石油販売の一本化","c":"伊藤忠エネクス","y":1990,"col":"#002F87","s":"グループ内で二重になっていた国内石油販売の窓口を子会社側へ集約し、販売機能を一本の商流にまとめた組織再編","x":"1990 伊藤忠エネクス 伊藤忠オイルの営業権承継 グループ国内石油販売の一本化 1990年7月に伊藤忠オイルの営業権承継。親会社の内販子会社から従業員ごと引き取り、グループの国内石油販売を自社の窓口へ グループ内で二重になっていた国内石油販売の窓口を子会社側へ集約し、販売機能を一本の商流にまとめた組織再編 受け皿の会社が、機能を受け取る側になるまで 1990年の営業権承継は、金額も公表されず、社名が変わったわけでもない。有価証券報告書の沿革に一行だけ残る種類の出来事である。それでも、この一行が意味するところは小さくないのだろう。製油所の製品を捌くために設けられた会社が、親会社の販売機能そのものを引き受ける側に立ったからである。以後の同社の歩みは、伊藤忠商事が抱える石油関連の機能を段階的に受け取っていく過程として読める。 持株会社化・グループ再編 選択と集中 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8136/decisions/puroland-1990/","t":"紙とモノの販売で収益を上げてきた会社が616億円の固定資産を抱えるテーマパーク運営を選んだ判断","c":"サンリオ","y":1990,"col":"#1860C0","s":"物流拠点用に取得していた多摩ニュータウンの用地を屋内型テーマパークへ振り替え、全額出資の運営会社を設立して616億円の固定資産を保有した、キャラクター事業から体…","x":"1990 サンリオ サンリオピューロランド建設 紙とモノの販売で収益を上げてきた会社が616億円の固定資産を抱えるテーマパーク運営を選んだ判断 1987年11月に運営会社サンリオ・コミュニケーション・ワールドを設立し、東京都多摩市に屋内型テーマパークを建てた。投資予定額は300億円から500億円へ膨らみ、開業時の投下資本は616億円に達した 物流拠点用に取得していた多摩ニュータウンの用地を屋内型テーマパークへ振り替え、全額出資の運営会社を設立して616億円の固定資産を保有した、キャラクター事業から体験事業への設備投資 版権事業に加えて負った固定費 この判断の核心は、テーマパークを建てたことよりも、在庫も設備も持たずに稼げる版権事業の隣へ、毎期きまって償却が発生する616億円の資産を据えたことにあると思われる。連結の有形固定資産は1988年7月期の137億円から1991年3月期の911億円へ6.6倍になり、総資産に占める比率は5.5%から20.6%へ跳ね上がった。物流拠点のために押さえていた多摩の土地が、そのまま体験を売る装置に化けた形である。キャラクターを紙とモノに載せて配る会社が、キャラクターに会いに来てもらう会社へ半身を移す試みだったと思われる。 大型設備投資 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8198/decisions/overseas-expansion-hongkong-hq/","t":"国内の出店規制に見切りをつけた海外雄飛","c":"ヤオハン","y":1990,"col":"#333333","s":"大店法規制で国内出店が伸び悩む後発の不利を早くに見切り、1971年のブラジル進出から東南アジア・中国へ展開し、1990年にはグループ本部を香港へ移転して国際流通…","x":"1990 ヤオハン グループ本部の香港移転 国内の出店規制に見切りをつけた海外雄飛 1990年にグループ本部を香港へ移転。1971年のブラジル進出以来シンガポール・タイ・イギリスへ進出した和田一夫会長の海外展開 大店法規制で国内出店が伸び悩む後発の不利を早くに見切り、1971年のブラジル進出から東南アジア・中国へ展開し、1990年にはグループ本部を香港へ移転して国際流通グループへの転換を志向した海外戦略 原点であり遠因でもあった海外雄飛 ヤオハンの海外進出は、後発と規制という不利を攻めへ転じる発想から生まれ、静岡の一中堅が国際流通グループを志したという点で、日本の小売業のなかでも際立った選択であった。本社機能を香港へ移すという異例の判断は、成長市場の近くで意思決定を下そうとする一貫した志向の帰結でもあった。ただし本業の国内が細っていくなかで海外と国内を同時に広げ、その多くを社債で賄った拡大は、これまで何とかなってきたという成功体験への依存と表裏であったとみられる。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/8314/decisions/taiyo-kobe-mitsui-merger-1990/","t":"対等の立場での合併と、さくら銀行への商号変更による新体制の発足","c":"さくら銀行","y":1990,"col":"#CC0066","s":"店舗数と資金量の劣位を自力の出店では埋められない三井銀行が、太陽神戸銀行との対等合併によって店舗網と預金基盤を一度に取りにいった判断","x":"1990 さくら銀行 太陽神戸銀行と合併 対等の立場での合併と、さくら銀行への商号変更による新体制の発足 1990年4月に太陽神戸銀行と対等合併。末松謙一社長の主導で太陽神戸三井銀行が発足し、行員2万4000人・600店近くを抱える 店舗数と資金量の劣位を自力の出店では埋められない三井銀行が、太陽神戸銀行との対等合併によって店舗網と預金基盤を一度に取りにいった判断 量を取る判断と、量を利益に変える作業 175店という店舗数が、1981年の三井銀行の条件をそのまま表していた。第一銀行を分離した戦後からの差を自力の出店で埋めるには地価が高くなりすぎており、規模の小ささはグループ内での融資シェア9.8%という位置にまで及んでいた。太陽神戸銀行との合併は、店舗と資金量の不足を一度に埋める、当時としては数少ない現実的な手段であったのだろう。合併転換法以降の再編の流れも、大蔵官僚出身の松下康雄氏と末松謙一氏の旧知の関係も、決断を早める条件として重なっていた。 合併・経営統合 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8802/decisions/rockefeller-group-investment-1990/","t":"米国の象徴的物件への資本参加と、5年後の投資事業からの撤退","c":"三菱地所","y":1990,"col":"#DC000C","s":"現地パートナーからの持ち込みを受け、ニューヨークの象徴的な不動産を持つ会社へ資本参加して都市再開発のノウハウを得ようとした対米投資","x":"1990 三菱地所 米ロックフェラーグループへ出資 米国の象徴的物件への資本参加と、5年後の投資事業からの撤退 1990年4月に米ロックフェラーグループへ資本参加した。投資額は約2,200億円、ロックフェラーセンターを持つ同社の保有比率は最終的に80% 現地パートナーからの持ち込みを受け、ニューヨークの象徴的な不動産を持つ会社へ資本参加して都市再開発のノウハウを得ようとした対米投資 収益で正当化しなかった買収の重さ 高木丈太郎社長が買収の理由に据えたのは配当や賃料ではなく、ロックフェラーセンターの地下街のつなぎ方や地区内のlan網といった再開発のノウハウであった。株式の51%を握っても配当収入だけでプラスになる商売ではないと自ら述べており、収益で正当化しない投資であることは初めから明示されていた。それでも投資額は約2,200億円に達し、5年後に手放した所有権の簿価は約9億ドルにのぼる。学習という理由づけが、どの規模までなら許されるのかを問う買収であったと推察される。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外撤退・縮小 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9001/decisions/saks-ikebukuro-toshi-1990/","t":"東武百貨店による池袋店増床900億円投資","c":"東武鉄道","y":1990,"col":"#00458F","s":"バブル経済下の海外M&A機運と池袋東西口での百貨店間競争のもと、頓挫した海外買収の代わりに国内の大型設備投資へ資本を振り向け、その後のバブル崩壊で財務負担が長期…","x":"1990 東武鉄道 サックス断念と池袋店増床 東武百貨店による池袋店増床900億円投資 1990年4月に米サックス買収へ名乗りを上げた。東武百貨店はインベストコープの15億ドルの落札で退き、池袋駅東口では西武に対抗して増床を進めた バブル経済下の海外m&a機運と池袋東西口での百貨店間競争のもと、頓挫した海外買収の代わりに国内の大型設備投資へ資本を振り向け、その後のバブル崩壊で財務負担が長期化した 30年越しの後始末 海外の名門百貨店の取得に失敗した東武グループは、国内での存在感を示すために池袋西口へ資本を集中させたとみられる。堅実経営を掲げていたはずのグループが、わずか1年ほどの間にサックス買収と900億円の増床という2つの大型判断を相次いで下した点に、バブル期特有の投資機運がうかがえる。海外での失敗を国内投資で埋め合わせる発想自体は理解できるとしても、その規模と時期が崩壊直前のピークに重なったことが、後の重荷を決定づけたといえる。 大型設備投資 破談・撤回 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9020/decisions/ekinaka-lifestyle-business-1990/","t":"駅ナカ・生活サービス事業による鉄道外収益源化","c":"東日本旅客鉄道","y":1990,"col":"#008803","s":"駅という空間資産を物販・飲食・不動産へ収益化する面的な多角化。数年〜十数年かけて固め、駅ナカ・生活サービスを鉄道本業を補う収益源に育てた","x":"1990 東日本旅客鉄道 アトレ・エキュート展開 駅ナカ・生活サービス事業による鉄道外収益源化 1990年に東京圏駅ビル開発を設立した。jr東日本は現アトレを起点に駅空間を物販・飲食・不動産へ展開し、住田正二社長の構想を松田昌士社長が継いだ 駅という空間資産を物販・飲食・不動産へ収益化する面的な多角化。数年〜十数年かけて固め、駅ナカ・生活サービスを鉄道本業を補う収益源に育てた 含資産をどう収益に変えたか この判断の核にあるのは、鉄道会社が最も多く抱える資産、すなわち人の集まる駅そのものを、運賃とは別の収益に変えていった点である。発足時のjr東日本は、直営百貨店という華やかな一手で駅を主力事業に変えようとして空回りした。その後に効いたのは、東京圏駅ビル開発の設立や主要駅の店舗化といった、基盤づくりと地道な積み上げの連なりであった。単一の大構想ではなく、駅ごとの小さな商いを面で重ねるやり方が、結果として鉄道外収益源を育てたとみられる。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9041/decisions/shima-spain-village-1990/","t":"巨額投資と建物の全額評価減","c":"近鉄グループホールディングス","y":1990,"col":"#C8102E","s":"鉄道事業の伸び悩みを見据えて着手した大型リゾート投資が、開業後の来場者減少とテーマパーク市場全体の縮小により採算を維持できず、グループ経営改善計画で建物を全額評…","x":"1990 近鉄グループホールディングス 志摩スペイン村への投資 巨額投資と建物の全額評価減 1990年12月に志摩スペイン村の建設を発表した。金森茂一郎社長のもと志摩半島に第三セクターのテーマパークを開業し、2003年に約360億円の特別損失 鉄道事業の伸び悩みを見据えて着手した大型リゾート投資が、開業後の来場者減少とテーマパーク市場全体の縮小により採算を維持できず、グループ経営改善計画で建物を全額評価減し、投じた資本の損失処理に踏み切った経緯 第二の収益源は、なぜ損失処理まで8年を要したか 鉄道事業の伸び悩みを見据えた金森茂一郎社長の問題意識そのものは、的外れではなかったと思われる。関西圏の人口増加が鈍るなかで沿線の保有地を生かす発想は、近鉄がもともと得意としてきた鉄道・不動産・観光の垂直統合モデルの延長にあった。だが、テーマパーク事業は開業後も陳腐化を防ぐための追加投資を要する性質を持ち、単なる沿線開発とは異なる継続的な資本負担を伴う。志摩半島の雇用維持という地域振興の役割を負わされた第三セクター方式は、経営判断としての撤退の自由度を狭める要因にもなったとうかがえる。 隣接領域への展開 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/9278/decisions/1990-standardized-buyback-fc/","t":"目利きを捨てた買取基準の統一とフランチャイズ・チェーン化","c":"ブックオフグループホールディングス","y":1990,"col":"#013559","s":"熟練の目利きに閉じられていた古書市場を、標準化した査定基準で誰でも運営できる業態に改め、フランチャイズで全国へ複製した業態転換","x":"1990 ブックオフグループホールディングス 標準化買取モデルの構築 目利きを捨てた買取基準の統一とフランチャイズ・チェーン化 1990年代初頭に標準化買取モデルを構築。坂本孝氏が本の中身でなく汚れ具合で値を決め、査定をパートでも担える作業へ落とし込んだ 熟練の目利きに閉じられていた古書市場を、標準化した査定基準で誰でも運営できる業態に改め、フランチャイズで全国へ複製した業態転換 障壁を捨てるという選択 この判断の面白さは、多くの企業が守ろうとする参入障壁を、あえて自ら壊した点にある。目利きの熟練は、古書店にとって新規参入を阻む堀であると同時に、規模拡大を阻む足枷でもあった。坂本孝氏は、その堀を埋めて誰でも渡れる浅瀬に変えることで、堀の内側に閉じていた市場を一気に開いた。属人的な価値判断を、汚れ具合という誰の目にも同じ基準へ置き換えたことが、フランチャイズという複製装置に載る条件をつくった。強みを手放すことが、別の次元の強みに転じた例である。 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/1379/decisions/mushroom-production-entry-1989/","t":"きのこ栽培資材の供給から自社量産への転換と、消費地への生産センター開設","c":"ホクト","y":1989,"col":"#00674E","s":"主な顧客である農家の生産力低下を受け、資材の販売先を増やす形から、自ら消費地に工場を建設してきのこを量産する形へ主軸を転換した判断","x":"1989 ホクト 柳原きのこセンター設置 きのこ栽培資材の供給から自社量産への転換と、消費地への生産センター開設 1989年4月に柳原きのこセンター設置。福岡県広川町の広川きのこセンターも開き、水野正幸社長が資材販売から量産へ回った 主な顧客である農家の生産力低下を受け、資材の販売先を増やす形から、自ら消費地に工場を建設してきのこを量産する形へ主軸を転換した判断 資材の販売先と、同じ売り場に並ぶまで 栽培ビンを買っていた農家と、きのこそのものを並べる売り場で競う──1989年の量産着手は、ホクト産業をその位置へ動かした。水野正幸社長が量産の理由に挙げたのは農家の経営安定の手助けであり、顧客と競うという言葉は当時の記録に残っていない。それでも1997年度に26%のシェアを取った相手は、長野県を中心とした農協傘下のきのこ農家であった。資材を売る側が技術と資本を先に蓄え、売り先が細ったときにその技術を自分で使い始めた──後知恵で振り返れば、そう読める形になっている。 垂直統合・内製化 祖業・主力事業の転換 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/1802/decisions/non-family-president-1989/","t":"大林家による45年の同族支配から非同族経営への転換","c":"大林組","y":1989,"col":"#00a84d","s":"45年間社長の座にあった大林芳郎会長からの世代交代にあたり、大林家出身者ではなく生え抜きの技術系幹部を4代目社長に起用した経営承継","x":"1989 大林組 大林芳郎氏の社長退任と津室隆夫氏への継承 大林家による45年の同族支配から非同族経営への転換 1989年6月に津室隆夫氏が非同族社長就任。1943年から45年社長を務めた大林芳郎氏の後任として、生え抜きの技術系幹部が4代目へ 45年間社長の座にあった大林芳郎会長からの世代交代にあたり、大林家出身者ではなく生え抜きの技術系幹部を4代目社長に起用した経営承継 「非同族」の実像——社長は譲り、会長は残す 津室隆夫氏の登板は、大林一族が45年守ってきた社長の椅子を初めて血縁のない人物に譲った判断であった。バブル期の建設需要に沸くさなかに断行された点で、危機対応としての世代交代ではなく、創業100周年を見据えた企業イメージの刷新として、余裕のあるうちに着手した承継であったと推察される。ci導入という象徴的な演出を伴わせたことも、この判断が単なる人事にとどまらず、会社の見え方そのものを変える意図を含んでいたことを示している。 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/1963/decisions/overseas-procurement-reform-1989/","t":"円高危機で傷んだ収益の立て直しを狙った仕入れ先の組み替え","c":"日揮ホールディングス","y":1989,"col":"#E60013","s":"円高で膨らむ海外案件の建設費に対し、為替予約ではなく資材調達と設計・拠点の海外化で対応し、海外調達比率を50%へ引き上げてコスト競争力を再構築した判断","x":"1989 日揮ホールディングス 海外調達50%へ転換 円高危機で傷んだ収益の立て直しを狙った仕入れ先の組み替え 1989年4月に海外調達50%へ転換。日揮がプラント資機材の調達先を国内から海外へ拡大し、コスト競争力の確保を狙った 円高で膨らむ海外案件の建設費に対し、為替予約ではなく資材調達と設計・拠点の海外化で対応し、海外調達比率を50%へ引き上げてコスト競争力を再構築した判断 カネ・モノ・ヒトで受け止めた円高 ドルで受け取った代金を、そのまま外国企業からの機材購入に充てれば、為替差損は発生しない。渡辺英二社長は円高への手当てを、カネ(為替)にとどめず、モノ(機材調達)へ、さらにヒト(設計の海外移管)へと広げた。円建てで生じる費用がドルに直すとかさむという弱点を、会社の内側から小さくしていったのである。円高という外からの条件を為替予約でかわすのではなく、調達と拠点の仕組みそのものを組み直して受け止めたところに、この決断の核心がある。赤字で受注するのが当たり前という空気も、方針を号令するのではなく、80億円から340億円への実績とノウハウを積み重ねることで覆しており、そこにこの改革の性格が表れている。 経営再建・ターンアラウンド 海外進出・現地生産"},{"k":"decision","u":"/tse/2292/decisions/fremont-beef-jv-1989/","t":"丸紅らとの合弁による、米ネブラスカ州への現地拠点の設置","c":"S Foods","y":1989,"col":"#E00010","s":"米国産内臓肉・牛肉の調達を輸入卸から現地処理まで拡大し、原料の量と仕様を自社グループの側で決められる体制を構築した","x":"1989 s foods fremont beef設立 丸紅らとの合弁による、米ネブラスカ州への現地拠点の設置 1989年4月にfremont beef設立。スタミナ食品が丸紅らと米ネブラスカ州フリモント市に合弁を設け、森島征夫社長が取締役会長を兼ねた 米国産内臓肉・牛肉の調達を輸入卸から現地処理まで拡大し、原料の量と仕様を自社グループの側で決められる体制を構築した 値のつかない部位に、工場をひとつ持つということ この判断の核心は、海外へ売りに行くことではなく、原料の入口を自分の側に置くことにあった。米国で処分されていた内臓部位が日本では商品になる、という価格差の上に成り立つ事業は、その差を誰が取るかで利益の行き先が変わる。買い付ける立場のままなら、こてっちゃんが売れるほど現地の処理業者と商社の交渉力が増していく。フリモント市に自分たちの処理場を置いた1989年の選択は、売上を伸ばす投資というより、伸びた売上の取り分を守るための投資だったとみられる。森島征夫社長が国内の社長職と並行して現地法人の会長を13年続けたことにも、その性格が表れている。 海外進出・現地生産 垂直統合・内製化 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2871/decisions/logistics-transformation-1989/","t":"冷蔵倉庫の保管業を脱し、物流を丸ごと請け負う側への業態転換","c":"ニチレイ","y":1989,"col":"#EE2E22","s":"戦時由来の全国的な冷蔵倉庫網という資産に恵まれながら低収益にとどまる保管業に対し、評価軸を保管面積から処理能力へ改め、仕分け・軽加工・配送・情報管理を一体で提供…","x":"1989 ニチレイ システム物流・3plへ転換 冷蔵倉庫の保管業を脱し、物流を丸ごと請け負う側への業態転換 1989年にシステム物流・3plへ転換。冷蔵倉庫の保管業を仕分けや軽加工まで一体で担う形に定め直し1990年に物流部門を設置する 戦時由来の全国的な冷蔵倉庫網という資産に恵まれながら低収益にとどまる保管業に対し、評価軸を保管面積から処理能力へ改め、仕分け・軽加工・配送・情報管理を一体で提供するシステム物流・3plへ事業を定義し直した業態転換 「持てる強み」を断つという選択 この転換の芯は、評価軸を保管面積から処理能力へ移した点にあったのだろう。戦時に集めた全国の拠点網という\"持てる強み\"は、預かって寝かせる商いへ事業を縛る面も併せ持っていた。含み資産と保管能力に恵まれた会社が、あえてその延長を断ち、情報と輸送を軸にした物流サービス業へ舵を切る——金田幸三社長が\"ストックからフローへ\"と言い換えようとしたのは、強みの上にあぐらをかかない選択であったようにみえる。 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3382/decisions/dominant-strategy-1989/","t":"共同配送と単品管理を軸に組み上げた鮮度経営の確立","c":"セブン&アイHD","y":1989,"col":"#EF8203","s":"集中出店の密度を武器に、温度帯別の共同配送・多頻度小口配送・POS単品管理を組み上げ、調理済み食品の鮮度と欠品排除で他のコンビニ・スーパー・百貨店との競争を制し…","x":"1989 セブン&アイhd ドミナント出店戦略 共同配送と単品管理を軸に組み上げた鮮度経営の確立 1989年2月にドミナント出店戦略。温度帯別の共同配送と多頻度小口配送、pos単品管理で弁当の鮮度と欠品排除を詰める 集中出店の密度を武器に、温度帯別の共同配送・多頻度小口配送・pos単品管理を組み上げ、調理済み食品の鮮度と欠品排除で他のコンビニ・スーパー・百貨店との競争を制した運営体制の確立 密度を、何のために使うか この判断の核心は、出店地図の描き方ではなく、密度を何に変えるかの設計にある。近接して面を埋めるからこそ、多頻度小口の共同配送が採算に乗り、専門の協力工場網が成り立ち、加盟店の巡回指導とposの単品管理が回った。集中は目的ではなく、鮮度と欠品排除と商品開発力を生むための手段だった。1988年のnhkの一撃に総点検で応じた速さは、密度を強みに保つには仕組みを絶えず作り替えねばならないという自覚の表れといえる。 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/4021/decisions/nitchi-koroe-keiei-1989/","t":"農薬・機能性材料への集中投資による高収益経営の確立","c":"日産化学","y":1989,"col":"#21B7C5","s":"石油化学撤退後の1989年中期5カ年計画を機に、農薬・医薬品・機能性材料のニッチ領域へ経営資源を集中し、歴代社長が引き継いだ高収益経営","x":"1989 日産化学 中期5カ年計画の始動 農薬・機能性材料への集中投資による高収益経営の確立 1989年に中期5カ年計画を策定。中井武夫社長が農薬・医薬品・機能性材料の三分野へ経営資源を集中し、規模より利益率を追う路線を敷く 石油化学撤退後の1989年中期5カ年計画を機に、農薬・医薬品・機能性材料のニッチ領域へ経営資源を集中し、歴代社長が引き継いだ高収益経営 規模でなく利益率を追う経営哲学の行方 この決断で問われたのは、主力事業を手放したあとに何を中核に据えるかということであった。液晶や半導体という当時はまだ大きくなかった市場に的を絞り、汎用品ではなく顧客の製造工程に入り込む材料で稼ぐという選択は、1989年の時点では控えめな計画にしか見えなかったかもしれない。しかし、その計画を歴代の社長が言葉を変えながら守り続けたことが、40年近い年月をかけて同業他社とは異なる収益構造を築いただろう。 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4205/decisions/special-rubber-acquisitions-1989/","t":"米社の同事業取得と併せた日米欧3極生産体制の構築","c":"日本ゼオン","y":1989,"col":"#00479D","s":"ダンピング提訴で失った米国市場と、EC統合を控えた欧州市場を、輸出ではなく現地生産で取り直すための連続買収","x":"1989 日本ゼオン 英bpケミカルズ特殊ゴム買収 米社の同事業取得と併せた日米欧3極生産体制の構築 1989年3月に英bpケミカルズ特殊ゴム買収。日本ゼオンがニトリルゴム部門と米グッドリッチの特殊ゴム事業を総額200億円で取得し日米欧3極へ ダンピング提訴で失った米国市場と、ec統合を控えた欧州市場を、輸出ではなく現地生産で取り直すための連続買収 小さな市場を取るために、大きな金額を払う 買収に投じた200億円は、当時の日本ゼオンの経常利益88億円の2倍を超える。それでも滝沢毅社長は参入に踏み切った。汎用品で勝負しても勝てないという見切りと、1,000万台単位の需要を押さえれば特化分野でも事業として立つという持論は、同じ判断の表と裏である。その判断のもとでは、耐油性特殊ゴムの市場が小さいことは弱みではなく、むしろ入り込める条件と映っていた。nbrの世界総生産量は汎用sbrの14分の1しかなく、この大きさなら欧米の大手が本腰を入れて取りに来ることはない。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 選択と集中 技術・r&d起点の勝負 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/4213/decisions/videodisc-investment-1989/","t":"光学式ビデオディスク事業への24億円投資と、新領域への足がかり","c":"三菱樹脂","y":1989,"col":"#E60012","s":"成熟した塩ビパイプに代わる事業をメモリーメディアに求め、利幅の限られたICカードから川下へ出るため、LDの生産・販売会社へ創業以来初の三桁設備投資を充てた新規事…","x":"1989 三菱樹脂 三菱商事と共同出資会社設立 光学式ビデオディスク事業への24億円投資と、新領域への足がかり 1989年7月に三菱商事と共同出資会社設立。三菱樹脂が1989年度の設備投資100億円のうち24億円を光学式ビデオディスクへ投じる 成熟した塩ビパイプに代わる事業をメモリーメディアに求め、利幅の限られたicカードから川下へ出るため、ldの生産・販売会社へ創業以来初の三桁設備投資を充てた新規事業投資 購入する側に回った会社が、販売する側へ出るということ 『危険を冒さなければ柱となる大きな事業は見つからない』——村松寿久社長がldへの投資を語ったこの言葉は、icカードで学んだことの裏返しであったとみられる。原価の約6割を占めるicを半導体メーカーから買い、ソフトを外部のゲームソフト会社に頼り、代理店へ納入するだけの位置に置かれれば、100億円を売っても利幅は残らない。生産と販売を自ら持つ会社を三菱商事と作り、創業以来初の三桁投資を充てたのは、その位置から抜け出すための手であった。 大型設備投資 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/4501/decisions/mevalotin-launch-1989/","t":"青かびの一株から18年をかけて実らせた自社創薬の事業化","c":"三共","y":1989,"col":"#339933","s":"自社研究所が発見した阻害物質を18年かけて新薬に仕立て、導入品と農薬を並べる総合会社から自社創製の一品へ収益を集中させる構造へ転換した判断","x":"1989 三共 メバロチンの発売 青かびの一株から18年をかけて実らせた自社創薬の事業化 1989年に世界初のスタチンを送り出す。1973年に三共醗酵研究所が青かびから見つけた阻害物質を、18年かけて高脂血症薬メバロチンへ 自社研究所が発見した阻害物質を18年かけて新薬に仕立て、導入品と農薬を並べる総合会社から自社創製の一品へ収益を集中させる構造へ転換した判断 成功の大きさが縮めた猶予 18年を投じた自社創薬という判断そのものは、当時の三共にとって合理的であった。導入品と農薬を並べる総合会社のままでは、1970年代半ばに露呈した利益率の弱さを直せない。誤算があったとすれば、メバロチンが想定を超えて売れたことのほうだっただろう。一品で総売上の4割を稼ぐ状態は、社内の資源配分も研究の優先順位もその一品に引き寄せる。第二の柱を作る時間は、成功の大きさに比例して短くなった。三共が特異だったのは依存の深さであって、依存そのものではない。 技術・r&d起点の勝負 祖業・主力事業の転換 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/4578/decisions/pharmavite-acquisition-1989/","t":"経営権の取得による健康食品ブランド「ネイチャーメイド」の獲得","c":"大塚HD","y":1989,"col":"#236AB2","s":"医薬品メーカーとして世界で生き残るための国際化と、医薬・消費財を並走させる多角化の布石として、市場が未成熟な米国の健康食品会社を主力ブランドごと取得した経営判断","x":"1989 大塚hd 米ファーマバイトの取得 経営権の取得による健康食品ブランド「ネイチャーメイド」の獲得 1989年1月に米ファーマバイトの経営権取得。ネイチャーメイドを抱えるカリフォルニア州のサプリメント会社を、国内に市場が無い時代の買収 医薬品メーカーとして世界で生き残るための国際化と、医薬・消費財を並走させる多角化の布石として、市場が未成熟な米国の健康食品会社を主力ブランドごと取得した経営判断 市場より先に、ブランドを取りにいくということ 大塚明彦氏が国際化を掲げた背景には、世界の医薬品メーカーで最後まで残るのは20社にすぎないという見方があった。しかし1989年に買収先として選ばれたのは創薬の会社ではなく、カリフォルニアのファーマバイト社とネイチャーメイドだった。当時、日本の製薬企業による海外買収はほとんどが医薬品を目当てとしており、国内に市場さえない健康食品の会社を丸ごと買収した例は珍しかった。買収先の選び方には、医薬と消費財を分けて考えない発想がにじんでいる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 隣接領域への展開 海外進出・現地生産 ブランド・マーケティング 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4722/decisions/founding-it-consulting-1989/","t":"「業務とITの一体設計」を掲げた事業の立ち上げと、系列に属さない立場の選択","c":"フューチャー","y":1989,"col":"#0054A7","s":"メーカー系列の下請け構造の外で、業務改革とシステム実装を一体で担う独立系ITコンサルとして起業し、一気通貫モデルを主力事業に据えた創業判断","x":"1989 フューチャー 独立系itコンサル創業 「業務とitの一体設計」を掲げた事業の立ち上げと、系列に属さない立場の選択 1989年11月に独立系itコンサル創業。金丸恭文氏が鹿児島市でフューチャーシステムコンサルティングを興し、業務改革と実装を一体で担った メーカー系列の下請け構造の外で、業務改革とシステム実装を一体で担う独立系itコンサルとして起業し、一気通貫モデルを主力事業に据えた創業判断 一気通貫の思想は何を残したか この創業判断の核心は、安定した系列の受注を取りにいくか、後ろ盾のない独立で顧客の経営課題ごと引き受けるか、という立ち位置の選択にあった。1980年代の日本では、系列の下請けに連なることが事業の安全でもあった。その保険をあらかじめ手放し、業務とitを一体で設計する一気通貫モデルに賭けた点に、単なる技術者の独立とは異なる性格がうかがえる。提案の質と成果でしか案件を勝ち取れないという制約を、あえて自らに課した創業であったと思われる。 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/4912/decisions/1989-hair-growth-product-crisis/","t":"育毛剤のデータねつ造をめぐる小林敦社長による経営危機の総括","c":"ライオン","y":1989,"col":"#007A46","s":"花王「アタック」への対応遅れによる88年12月期の合併以来初の減収減益に、育毛剤データねつ造事件が追い打ちをかけ、小林敦社長が危機感の不足を総括して収益重視の経…","x":"1989 ライオン 「ペンタデカン」ねつ造事件 育毛剤のデータねつ造をめぐる小林敦社長による経営危機の総括 1989年5月にペンタデカンのねつ造事件。育毛剤の製造承認データが偽られ小田原工場は20日間の製造停止、小林敦社長は回収を即断した 花王「アタック」への対応遅れによる88年12月期の合併以来初の減収減益に、育毛剤データねつ造事件が追い打ちをかけ、小林敦社長が危機感の不足を総括して収益重視の経営指針転換に着手した財務危機 不祥事と自己総括が経営に残したもの ここで目を引くのは、小林社長が事件そのものへの対処よりも、事件を生んだ土壌を長い時間軸で語った点である。データねつ造という個別の不正を、担当者個人の逸脱にとどめず、80年の合併で膨張した組織と、拡大目標が先行した\"アタック100\"計画、そして現場に浸透しなかった危機感という、より根の深い経営課題に結びつけて語った。辞任という分かりやすい決着を避け、原因の分析と再発防止を優先した対応であったのだろう。 不祥事・信頼回復 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/6448/decisions/business-pivot-1989/","t":"ミシン・タイプライターから情報通信機器への業態転換","c":"ブラザー工業","y":1989,"col":"#005CAB","s":"円高と貿易摩擦で輸出タイプライターが行き詰まるなか、祖業ミシンと事務機を脇へ置き、情報通信機器へ主力を移行した選択と集中","x":"1989 ブラザー工業 プリンターへの事業転換 ミシン・タイプライターから情報通信機器への業態転換 1989年2月に情報通信機器への転換。第8代社長の安井義博氏がミシン・タイプライターからプリンター・複合機へ主力を移行する 円高と貿易摩擦で輸出タイプライターが行き詰まるなか、祖業ミシンと事務機を脇へ置き、情報通信機器へ主力を移行した選択と集中 「失敗を罰しない」という選択 この決断の核心は、財務危機への対応ではなく、祖業を捨てるに等しい業態転換を、買収や事業売却という劇的な手段ではなく、失敗を罰しない姿勢と社長直轄の新事業育成という地道な仕組みで進めた点にある。ソフト自販機\"タケル\"の失敗が通信カラオケを、モバイルプリンターの失敗が家庭用複合機を生んだように、ブラザーは敗北をタネとして次の商品へ回す循環をつくった。だからこそ社長が囲い、人と資金をつけて育てるという安井社長の流儀が、老舗の主力を入れ替える原動力になっただろう。 祖業・主力事業の転換 選択と集中 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/6481/decisions/stock-listing-1989/","t":"公開市場からの資金調達に踏み切り、世界市場を狙う体制づくり","c":"THK","y":1989,"col":"#CD1B2F","s":"世界市場の需要を取りにいくための設備投資と海外販売網の費用を、創業者の個人資金から株式市場での調達へ切り替えた資本政策","x":"1989 thk 株式の店頭公開 公開市場からの資金調達に踏み切り、世界市場を狙う体制づくり 1989年11月に株式店頭公開で資金調達。創業者の寺町博社長が直動案内の潜在需要を世界で何十倍とみて、設備投資と海外販売網の費用を市場から賄う 世界市場の需要を取りにいくための設備投資と海外販売網の費用を、創業者の個人資金から株式市場での調達へ切り替えた資本政策 需要の速度に、投資の速度を合わせる この判断の中身は、資金調達の手段選びというより、需要をどこまで取りにいくかの設定にあっただろう。国内の浸透率15%、海外2〜3%という数字を前にして、寺町博氏は市場が30倍になる前提で工場と海外拠点を先に用意する道を選び、その原資を創業者個人と銀行から株式市場へ移した。上場する以上は一部まで行く前提で店頭に出すべきだという助言も、店頭公開を到達点ではなく通過点として扱う考え方から出ている。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/6758/decisions/cbs-columbia-acquisition-1989/","t":"CBSレコードに続く連続買収と、ハードとソフトの垂直統合","c":"ソニー","y":1989,"col":"#003366","s":"ベータマックスのコンテンツ供給での競争劣位を教訓に、機器とコンテンツを自社で確保する垂直統合を狙い、CBSレコードとコロンビア映画を2年で連続買収した対米大型M…","x":"1989 ソニー コロンビア映画を買収 cbsレコードに続く連続買収と、ハードとソフトの垂直統合 1988年からcbsレコードとコロンビアを買収した。盛田昭夫会長と大賀典雄社長が主導し、2年でおよそ60億ドルをハリウッドへ投じた ベータマックスのコンテンツ供給での競争劣位を教訓に、機器とコンテンツを自社で確保する垂直統合を狙い、cbsレコードとコロンビア映画を2年で連続買収した対米大型m&a。高い授業料を払いつつ、以後30年のエンタテインメント収益基盤を構築した ハードを持つことと、中身で収益を上げること この決断の核心は、機器メーカーが、自ら流すコンテンツまで保有しようとした点にある。ベータマックスの競争劣位は、規格の優劣をコンテンツの供給力が握ることをソニーに教えた。cbsレコードとコロンビア映画の買収は、その教訓を先取りして、機器とソフトを同じ企業の内側に置こうとする賭けだった。もっとも、ソフトを保有することと、ソフトを収益に変えることは別の問題である。映画の制作は電機の量産とは異なる論理で動き、統合の果実はすぐには実らなかった。1994年の減損は、その距離が突きつけた代償にほかならない。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 垂直統合・内製化 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6793/decisions/polly-peck-capital-1989/","t":"株式51%の引き渡しによる経営権の移転と、外資傘下入り","c":"山水電気","y":1989,"col":"#F69A9C","s":"債務超過と国内での相手不在という条件下で、過半の株式と引き換えに156億円の資本を外資から入れた救済型の資本提携","x":"1989 山水電気 英ポリーペックへ株式譲渡 株式51%の引き渡しによる経営権の移転と、外資傘下入り 1989年10月に英ポリーペックへ株式を譲渡。債務超過のなか第三者割当増資で51%を割り当て、156億円の出資を受け入れる 債務超過と国内での相手不在という条件下で、過半の株式と引き換えに156億円の資本を外資から入れた救済型の資本提携 買い手を選べない側が背負うもの 外資への身売りと一言でくくると、判断の実質を取り逃がす。1988年10月期に債務超過となった会社に、国内で資金を出す相手はいなかった。大和証券が2年かけて20社以上を当たった末に残ったのが、日本の資本市場の開放を証明したい英国企業であった。伊藤瞭介社長に残された道は、過半を渡して156億円を得るか、当てのないまま持ちこたえるかの二つで、前者を選んだこと自体は当時の条件で合理的であった。日本企業の海外買収が急増する一方、外国企業が日本の上場企業を傘下に収めた例は少なく、投資摩擦の文脈で異例の注目を集めた。誤算は買い手の側にあった。 外資傘下入り・対内m&a 救済型m&a・支援受け入れ 資金調達・財務戦略 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6861/decisions/high-margin-focus-1989/","t":"利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中","c":"キーエンス","y":1989,"col":"#EA0336","s":"黒字であっても利益率の低い祖業を譲渡して大口受注を縮小し、営業利益率40%のFAセンサーへ資源を集中して高収益体質を固めた判断","x":"1989 キーエンス 自動線材切断機を譲渡 利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中 1982年に祖業の自動線材切断機の製販権を譲渡。営業利益率20%の黒字事業から撤退し、翌83年には大口受注も意図的に縮小する 黒字であっても利益率の低い祖業を譲渡して大口受注を縮小し、営業利益率40%のfaセンサーへ資源を集中して高収益体質を固めた判断 黒字を切る規律という含意 この判断が異例なのは、赤字事業ではなく黒字事業を、それも上場を控えた小さな企業が、売上の1割と3割を自ら削減した点にある。多くの企業は、これだけ利益が出ているという理由で低採算の部門を残す。黒字でも利益率が低ければ切るという規律を創業10年で実行したことが、以後の高収益を支える背骨となった。 選択と集中 事業売却・撤退 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/6963/decisions/san-banme-senryaku-1989/","t":"上位各社が先に押さえた市場へあえて後発で入り、大手が取り残した領域だけを狙う立ち位置の選択","c":"ローム","y":1989,"col":"#e60012","s":"大手が高集積度品へ投資を振り向けて旧世代品から力を抜く市場環境をとらえ、巨額投資の要る先端メモリー競争を避けて旧世代SRAMの限界供給部分を拾う後発戦略で参入し…","x":"1989 ローム 汎用sramへ参入 上位各社が先に押さえた市場へあえて後発で入り、大手が取り残した領域だけを狙う立ち位置の選択 1989年2月に旧世代sramで汎用メモリーへ参入。業界11位の中堅が16kや64kに集中し、日立や東芝の先端投資を避ける 大手が高集積度品へ投資を振り向けて旧世代品から力を抜く市場環境をとらえ、巨額投資の要る先端メモリー競争を避けて旧世代sramの限界供給部分を拾う後発戦略で参入した判断 大手を避けることの強さと危うさ この判断の核心は、正面から戦えば競争優位を築けない相手を、あえて避けることで戦える場を作った点にある。巨額投資が要る先端メモリーの量産競争に中堅が挑めば消耗は避けられない。ロームは大手が高集積度へ移って手を抜いた旧世代品に狙いを定め、回路図の購入や混流ラインで後発の不利を打ち消した。競争の土俵を選び直すこの発想は、資源の限られた企業がどこで戦うかを問う好例と推察される。大手が力を抜いた頃合いを見極める眼が、この戦略の生命線であった。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/6963/decisions/sato-kenichiro-keiei-1989/","t":"東証一部上場のもとで貫かれた個人主導の統治と意思決定のかたち","c":"ローム","y":1989,"col":"#e60012","s":"東証一部上場で資本市場へのアクセスを得たオーナー社長が、外部に姿を見せず社内には直接話法で臨むという非対称の統治スタイルを確立し、権限委譲と創業者支配を両立させ…","x":"1989 ローム 上場後も続くオーナー経営 東証一部上場のもとで貫かれた個人主導の統治と意思決定のかたち 1989年1月に佐藤研一郎が独自の統治を敷く。財界活動も挨拶回りもせず外に出ない一方、社内では直接話法で考えを説く 東証一部上場で資本市場へのアクセスを得たオーナー社長が、外部に姿を見せず社内には直接話法で臨むという非対称の統治スタイルを確立し、権限委譲と創業者支配を両立させた判断 属人的な求心力の強さと限界 この統治の核心は、外に閉じ内に開くという非対称のなかで、権限委譲と創業者の求心力を両立させた点にある。佐藤研一郎社長は日常の判断を現場へ委ね、取引先への挨拶回りすら断りながら、投資の当否のような重い決断は自らの責任で引き受けた。社内報や直接話法で肉声を届け、課長級までを把握する密なつながりが、委譲しても統治が緩まない土台を支えた。オーナーの株式保有と個人の魅力とが、上場企業になってもなお会社を一つにまとめていたとみられる。 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/7261/decisions/five-channel-1989/","t":"国内販売網の一挙拡大と、バブル崩壊で招いた行き詰まり","c":"マツダ","y":1989,"col":"#A30112","s":"輸出依存の体質を国内販売の倍増で改める「B-10」計画のもと、規模で劣るマツダがトヨタ並みの5系列体制へ拡大し、異業種提携で店舗を倍増させた拡張。バブル崩壊で過…","x":"1989 マツダ 5チャネル体制の破綻 国内販売網の一挙拡大と、バブル崩壊で招いた行き詰まり 1989年にオートザムとユーノスを新設し5系列へ。三越やjr九州を引き込み販売店を1607から3089拠点へ倍増し損益分岐点比率は97.5%へ 輸出依存の体質を国内販売の倍増で改める「b-10」計画のもと、規模で劣るマツダがトヨタ並みの5系列体制へ拡大し、異業種提携で店舗を倍増させた拡張。バブル崩壊で過剰な販売網と開発負担が収益を圧迫し、拡大策は数年で撤回に追い込まれた 拡大が招いた従属 この判断の核心は、規模で劣る\"弱者\"が、上位メーカーの土俵である多系列の拡販へ正面から競争を挑んだ点にある。異業種との提携で店舗投資こそ抑えたが、五つの系列に絶えず新車を供給する開発費という固定費は、規模の小ささを埋められないまま重くのしかかった。上級車への一斉移行と系列の細分化を同時に進め、バブルの追い風を恒久的な成長と見誤ったことが、本体の財務を痛めた。1977年のam制度5000人出向と同じく、販売現場の無理な拡大が本体を傷める失敗を、マツダは二度繰り返した。 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7276/decisions/pickens-boone-1989/","t":"米投資家が突きつけた取締役選任・増配要求への対応","c":"小糸製作所","y":1989,"col":"#E7161A","s":"米投資家ピケンズが渡辺喜太郎氏から小糸株の約20%を取得し筆頭株主となって取締役選任・増配・会計開示を要求したのに対し、トヨタを主要株主・主要顧客とする小糸の取…","x":"1989 小糸製作所 ピケンズの株式大量取得 米投資家が突きつけた取締役選任・増配要求への対応 1989年6月にピケンズの株式大量取得。渡辺喜太郎氏から約20%を取得した米ブーン社が、取締役3名の選任と増配を要求 米投資家ピケンズが渡辺喜太郎氏から小糸株の約20%を取得し筆頭株主となって取締役選任・増配・会計開示を要求したのに対し、トヨタを主要株主・主要顧客とする小糸の取締役会が、系列と株式持ち合いを土台に株主総会でくり返し否決し、要求を退けた防衛。ピケンズは1990年に26.4%へ買い増したが支配に届かず、1991年に撤退した。 筆頭株主が動かせなかった会社 この防衛の核心は、発行株式の4分の1超を握る筆頭株主でさえ、系列と株式持ち合いのもとでは会社を動かせなかった点にある。小糸の取締役会は、保有比率ではなく安定株主の意思で総会を制し、ピケンズに議席も帳簿も与えなかった。株主の利益と経営の自律のどちらを優先するかという問いに、小糸は取引先との系列の連続性を選んで答えた。所有と支配が切り離される日本型の株式会社の姿が、この総会に凝縮していた。 アクティビスト・株主提案対応 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7453/decisions/spinoff-from-seibu-1989/","t":"PB「無印良品」を売場ごと切り出しての、直営小売業への転換","c":"良品計画","y":1989,"col":"#7B0319","s":"母体内で一強となったPBを分社し、単品管理・海外・独自出店の自由を得るための事業切り出しと直営小売への業態転換","x":"1989 良品計画 西友からの分社独立 pb「無印良品」を売場ごと切り出しての、直営小売業への転換 1989年6月に西友からの分社独立。母体の棚で一強に育ったpbを資本金1億円で切り出し、1990年3月に直営小売へ 母体内で一強となったpbを分社し、単品管理・海外・独自出店の自由を得るための事業切り出しと直営小売への業態転換 借り物の売り場から、自前の小売へ この判断の核心は、うまくいっているpbをあえて母体から引き剥がした点にある。無印良品は西友の売り場で一強に育ち、そのまま置いておいても短期の売上は稼げた。だが母体の棚を借りて売る限り、在庫の管理も、海外への出店も、店の作り方も、親会社の小売事業の都合に従うほかない。西友はその天井を早い時期に見切り、売れているうちに別会社へ移して、無印が自前で伸びる余地を確保した。 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/7867/decisions/tomy-kogyo-saihen-1989/","t":"円高危機を受けた生産拠点の整理と、つくる機能を切り離す経営再編","c":"タカラトミー","y":1989,"col":"#0948C1","s":"プラザ合意後の急激な円高で輸出採算が崩れ過剰生産を抱えたトミー工業が、2工場閉鎖・大量希望退職・製造部門の分社化・32歳の新社長への世代交代を進め、製造主体の会…","x":"1989 タカラトミー 流山工場の閉鎖と分社化 円高危機を受けた生産拠点の整理と、つくる機能を切り離す経営再編 1986年からトミー工業が国内2工場を閉鎖。プラザ合意後の円高で悪化した業績を立て直すため、大量の希望退職と製造部門の分社化も進めた プラザ合意後の急激な円高で輸出採算が崩れ過剰生産を抱えたトミー工業が、2工場閉鎖・大量希望退職・製造部門の分社化・32歳の新社長への世代交代を進め、製造主体の会社から企画・開発・販売主体の会社へ転換した危機発の再編。 危機が迫った世代交代という賭け この再編の眼目は、単なる人員削減にはなかった。過剰生産という目先の危機に大ナタをふるう一方で、同じ時期に32歳の後継者への世代交代を重ねた点に、この判断の性格が表れている。番頭格の取締役が一斉に退き、先代が信頼を託した若い社長のもとで痛みの伴う整理が整然と進んだ——創業家の代替わりと構造改革が同時に走ったことで、責任の所在がはっきりし、社内の動揺が抑えられたと推察される。危機のさなかに経営を若返らせる賭けが、結果として第一幕を成立させた。 分社・スピンオフ・子会社上場 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8591/decisions/diversification-financial-services-1989/","t":"リース専業からの脱皮と金融サービス業への多角化","c":"オリックス","y":1989,"col":"#003c80","s":"リース専業のオリエント・リースが、宮内義彦氏の主導でM&Aを軸に証券・不動産・球団へ多角化し、1989年の商号変更で総合金融サービス企業へ転換した経営判断","x":"1989 オリックス オリックスへ改称 リース専業からの脱皮と金融サービス業への多角化 1989年に商号をオリックスへ改める。宮内義彦社長がm&aで証券・不動産からプロ野球球団まで事業を拡大し、リース専業から総合金融サービスへ転換した リース専業のオリエント・リースが、宮内義彦氏の主導でm&aを軸に証券・不動産・球団へ多角化し、1989年の商号変更で総合金融サービス企業へ転換した経営判断 社名を変更することが戦略になるとき この判断が示すのは、社名を変更することが、それ自体で戦略の言葉になりうるということだ。オリエント・リースは新しい市場を開拓したというより、自社を何と呼ぶかを変えることで、社内と取引先と市場に対して進む方向を宣言した。多角化はどの会社もうたうが、その到達点として登記上の商号まで書き換えた企業は多くない。リースの草分けが\"リース\"を名から外した決断には、事業を広げた事実以上に、自分をどう定義するかを経営の主題に据えた点で独特の重みがある。 祖業・主力事業の転換 飛び地・非関連多角化 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/9107/decisions/north-america-route-bet-1989/","t":"1,200億円を投じた邦船6社共同運航体制からの離脱と単独運航への移行","c":"川崎汽船","y":1989,"col":"#CC0000","s":"北米定期航路の巨額赤字で無配に転落し倒産が噂されるなかで、多角化や合併ではなく、船価の下がった不況期に1,200億円を同航路へ投じ、6社共同運航から離れて単独運…","x":"1989 川崎汽船 北米定期航路への集中投資 1,200億円を投じた邦船6社共同運航体制からの離脱と単独運航への移行 1986年4月に北米定期航路の単独運航へ移行。邦船6社の共同運航から離れ、資本金の4倍にあたる1,200億円を注ぎ込んだ 北米定期航路の巨額赤字で無配に転落し倒産が噂されるなかで、多角化や合併ではなく、船価の下がった不況期に1,200億円を同航路へ投じ、6社共同運航から離れて単独運航に移った再建策 資産を売却して船を取得した会社 資産の半分近くを売って船を買った、という一点にこの判断の性格が表れている。含み資産は日本郵船の1兆円以上に対して1,000億円そこそこで、資産を運用して時間を稼ぐ道は細かった。残った手は、赤字を計上している航路そのものに資本金の4倍を投じ、船価が下がった不況期に1隻50億円で大型コンテナ船を揃えることであっただろう。倒産の噂も合併観測も外からの見立てにすぎず、当事者の側では5年後に船を海外子会社へ売る段取りまで計算に入っていた。 大型設備投資 選択と集中 経営再建・ターンアラウンド 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9434/decisions/railway-telecom-merger-1989/","t":"二社体制を解き、国鉄の通信網を継いだ鉄道通信を法人として残して名だけを相手から受け継いだ一本化","c":"ボーダフォン(現ソフトバンク)","y":1989,"col":"#E60000","s":"第一種電気通信事業許可を持つ二つの会社が並立する体制を解き、国鉄の基幹通信網を承継した鉄道通信を存続会社として（旧）日本テレコムを吸収合併し、商号を日本テレコム…","x":"1989 ボーダフォン(現ソフトバンク) (旧)日本テレコムの吸収合併 二社体制を解き、国鉄の通信網を継いだ鉄道通信を法人として残して名だけを相手から受け継いだ一本化 1989年5月に鉄道通信が(旧)日本テレコムを吸収合併し、日本テレコムへ商号変更した。存続したのは資本金32億円で1986年12月に設立され、国鉄の基幹通信網を承継した側である 第一種電気通信事業許可を持つ二つの会社が並立する体制を解き、国鉄の基幹通信網を承継した鉄道通信を存続会社として(旧)日本テレコムを吸収合併し、商号を日本テレコムへ一本化した組織の統合 残ったのは、名ではなく網だった この合併で残ったのは、名ではなく網だったのだろう。先に免許を得たのは(旧)日本テレコムで、設立も2年早い。それでも法人として生き延びたのは、国鉄の分割民営化に合わせて作られ、線路沿いの基幹通信網をそのまま承継した鉄道通信のほうであった。通信事業で新規参入者が最も金と時間を要するのは全国の伝送路を敷くことで、それを国有財産の承継という形で手にしていた会社を消す理由はない。法人格は網を持つ側に残し、市場で通る名は相手から受け取る。二社を並立させたまま役割を分ける道を捨て、資産の側から法人を選んだ判断だった。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/nichia/decisions/blue-led-gan-1989/","t":"赤色系LEDの量産競争からの撤退と、窒化ガリウムという材料への賭け","c":"日亜化学工業","y":1989,"col":"#006AB7","s":"量産と価格競争が始まった赤色系から研究資源を引き揚げ、欠陥の少ない結晶膜を形成できないとして大手が見切った窒化ガリウムを材料に、高輝度の青色LED開発へ向かった…","x":"1989 日亜化学工業 青色ledの開発着手 赤色系ledの量産競争からの撤退と、窒化ガリウムという材料への賭け 1989年に青色ledの開発へ研究資源を振り向ける。赤色系の量産競争から退き、中村修二氏が窒化ガリウムを材料に高輝度化を進めた 量産と価格競争が始まった赤色系から研究資源を引き揚げ、欠陥の少ない結晶膜を形成できないとして大手が見切った窒化ガリウムを材料に、高輝度の青色led開発へ向かった判断 届いた技術を製品化せずに畳むということ 市販品を上回る明るさに届いた赤色系ledを、日亜化学工業は製品として押し出さずに畳んだ。技術で届くことと、事業として残ることが別だという見極めが、この撤退にはあった。量産設備と販路を持つ大手が価格競争に入った市場で、600人規模の会社に並ぶ手立ては乏しい。小川信雄氏が中小企業には利がないと判断し、10ミリカンデラしか出ていない青色へ資金が移った。届いた技術を手放せたことが、次の材料選択を可能にしたとみられる。 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/yamanouchi-seiyaku/decisions/tsukuba-research-1989/","t":"バイオテクノロジーを用いた医薬品への投資","c":"山之内製薬","y":1989,"col":"#333333","s":"導入した特許で国産化する構造から抜けるため、研究の拠点を筑波に構え、バイオテクノロジーを用いた医薬品の開発に資金を向けた投資","x":"1989 山之内製薬 筑波研究センターの開設 バイオテクノロジーを用いた医薬品への投資 1989年3月に筑波研究センターの開設。茨城県つくば市に構えた、有価証券報告書の沿革が工場以外で唯一記した研究拠点 導入した特許で国産化する構造から抜けるため、研究の拠点を筑波に構え、バイオテクノロジーを用いた医薬品の開発に資金を向けた投資 研究をやめたときに残るものが無い会社 『\"ジリ貧\"の悪循環を断つには独創技術の開発しかない』という森岡茂夫氏の言葉は、複数の道を比べて選んだ結果ではなく、道が一つしか無いという認識を示している。売上の99%を医療用医薬品が占め、新薬の承認時期がそのまま業績の振れになる会社にとって、研究への支出を絞ることは事業そのものを細らせることを意味した。筑波研究センターは、ガスターという一度きりの成功を続けられる形に変えるための拠点だったのだろう。 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/1801/decisions/taisei-kensetsu-decentralization-reform-1988/","t":"支店へ委ねた権限の本社への引き戻しと、受注待ちの請負体質を改める組織の組み替え","c":"大成建設","y":1988,"col":"#E85312","s":"分権主義の短所が低成長で表面化したことを受けた親会社の統制強化と、市場成熟に対応する請負業からの脱皮を組み合わせた面的な組織改革","x":"1988 大成建設 造注路線への機構改革 支店へ委ねた権限の本社への引き戻しと、受注待ちの請負体質を改める組織の組み替え 1987年4月に分権主義の軌道修正。設計部門を営業に組み込む造注路線へ機構改革を重ね、低成長と市場の成熟に合わせて再構築した 分権主義の短所が低成長で表面化したことを受けた親会社の統制強化と、市場成熟に対応する請負業からの脱皮を組み合わせた面的な組織改革 分権と集権の間で、強みをどう活かすか この一連の判断の核心は、財務の危機への応急処置ではなく、成功を支えてきた仕組みそのものへ手を入れた点にある。戦後いち早く同族を脱した大成建設にとって、現場と子会社に権限を委ねる分権主義は、求心力の代わりに社員の自立心を引き出す独自の武器であった。だが好況期に力を発揮したその仕組みは、低成長と成熟市場では土地の過剰な保有や子会社の共食い、意思決定の遅さとして裏目に出た。強みと弱みが同じ根から生じるとき、経営はどこまで手を入れるべきか——大成建設の選択は、分権の基調を残しながら集権を加えるという、振り子を戻しすぎない調整であったと推察される。 機関設計・取締役会改革 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/1808/decisions/hasekou-hotel-diversification-1988/","t":"本業の外へ1,000億円を投じたホテル・リゾートへの多角化","c":"長谷工コーポレーション","y":1988,"col":"#333333","s":"マンション市場の成熟と用地不足を受け、ホテル・リゾート事業へ1,000億円規模を投じる多角化に踏み切った経営判断","x":"1988 長谷工コーポレーション 京都ブライトンホテル開業 本業の外へ1,000億円を投じたホテル・リゾートへの多角化 1988年7月に脱マンションの多角化。長谷川工務店がホテル・リゾートへ1,000億円規模を投じ、商号を長谷工コーポレーションへ マンション市場の成熟と用地不足を受け、ホテル・リゾート事業へ1,000億円規模を投じる多角化に踏み切った経営判断 専業からどこまで多角化するか この経営判断の核心は、マンション専業ゆえの成長の限界に直面した長谷工が、本業で培った企画力・施工技術を競争優位の源泉として、まったく畑違いのホテル・リゾート事業へあえて自前で参入した点にある。運営を外部の専門企業に委ねる選択肢もありながら『長谷工の考え通りに開発、運営できるとは限らない』として自前主義を貫いた判断には、専業で築いた成功体験への自負がうかがえる。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/1878/decisions/kentaku-model-1988/","t":"土地活用を軸とする事業モデルの確立と、それを掲げた社名への刷新","c":"大東建託","y":1988,"col":"#D7092F","s":"建設請負の一回収入を、管理費・共済会費という継続収入へ組み替え、空室リスクを引き受けることで地主の建設判断を後押しする事業モデルへの転換","x":"1988 大東建託 大東建託へ社名変更 土地活用を軸とする事業モデルの確立と、それを掲げた社名への刷新 1988年4月に大東建託へ社名変更。地主から賃貸住宅を請け負い、入居者募集・管理・空室保証まで一括で担う土地建託システムへ 建設請負の一回収入を、管理費・共済会費という継続収入へ組み替え、空室リスクを引き受けることで地主の建設判断を後押しする事業モデルへの転換 不安を肩代わりして市場を開くということ この判断の中心にあるのは、建物を売る会社から、建てたあとの空室を引き受ける会社へ、収益と危険の置き場所を移した点である。地主の側から見れば、決断を阻んでいた不確実性が会社へ渡り、手取りは入居の有無にかかわらずほぼ一定になる。会社の側から見れば、一回限りの請負収入に、管理費と共済会費という細く長い収入が重なる。1988年の社名変更は、この交換を対外的に宣言する手続きであったのだろう。分散した工務店の市場を全国規模で寡占するのに、価格でも工法でもなく契約の設計を競争の焦点に据えた点に、この会社の性格がうかがえる。 収益モデル転換 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/2501/decisions/dry-shock-response-1988/","t":"主力の黒ラベルを終売し、サッポロドラフトへ全面的に切り替える賭け","c":"サッポロビール","y":1988,"col":"#FDC426","s":"アサヒ\"スーパードライ\"による生ビール市場の激変に対し、看板の黒ラベルを一度捨ててまで潮流を追った、商品・営業体質の刷新","x":"1988 サッポロビール アサヒ「スーパードライ」に対抗 主力の黒ラベルを終売し、サッポロドラフトへ全面的に切り替える賭け 1988年12月にスーパードライへの追随。業界2位のサッポロビールが看板の黒ラベルを一度終売し、1989年にアサヒへ2位を明け渡した アサヒ\"スーパードライ\"による生ビール市場の激変に対し、看板の黒ラベルを一度捨ててまで潮流を追った、商品・営業体質の刷新 攻めの2番手が、守りの3番手になった サッポロの反攻がなぜ実らなかったのかを考えると、皮肉な構図が浮かぶ。同社が長く拠り所にしてきたのは\"生ビールのトップブランド\"という自負であり、その旗のもとで二位を守ってきた。ところが同じ生の、辛口という新しい顔をまとったスーパードライが、その旗ごと大衆をさらっていった。奪われた側が慌てて看板を替え、最も売れている黒ラベルまで捨てた判断は、追随の焦りが招いた一手だったようにみえる。攻めの二番手が守りの三番手へ転じた歩みが、この十年に凝縮されているようにみえる。 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/2819/decisions/us-and-restaurant-1988/","t":"米国法人の設立と外食チェーンへの進出、そして二つの撤退","c":"エバラ食品工業","y":1988,"col":"#D2161A","s":"国内の焼肉のたれ市場で首位を確立した会社が、たれ依存からの脱却を掲げて米国市場と外食事業へ同時に進出し、いずれも撤退した判断","x":"1988 エバラ食品工業 エバラコーポレーション設立 米国法人の設立と外食チェーンへの進出、そして二つの撤退 1988年4月にエバラコーポレーション設立。3月の米国法人と合わせ海外と外食へ同時に出たが1996年と1999年にどちらも畳む 国内の焼肉のたれ市場で首位を確立した会社が、たれ依存からの脱却を掲げて米国市場と外食事業へ同時に進出し、いずれも撤退した判断 食文化は輸出できるか 焼肉のたれという商品は、日本の家庭に\"肉を焼いてたれで食べる\"という食べ方を根づかせることで市場そのものを作った。その成功の型をそのまま持ち出せば、米国でも店舗でも同じことが起きる——1988年の二つの設立には、そうした見立てがあったように読める。ただ、家庭の食卓に食べ方を広げる仕事と、店を構えて客に食事を出す仕事、あるいは食習慣の異なる国で棚を取る仕事は、必要になる能力が重なりにくい。精肉店を一軒ずつ回って試食を重ねた売り方は、国内の肉売場という具体的な場所と結びついていた。 海外進出・現地生産 海外撤退・縮小 飛び地・非関連多角化 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3001/decisions/silk-reeling-exit-1988/","t":"蚕糸事業を1製糸工場・1蚕種製造所へ集約し、製造業務から完全に撤退","c":"片倉工業","y":1988,"col":"#E7374E","s":"合繊への代替と安価な輸入生糸で採算を失った蚕糸事業について、残す拠点数を先に確定させたうえで製造業務そのものを終えた判断","x":"1988 片倉工業 熊谷工場休止で蚕糸撤退 蚕糸事業を1製糸工場・1蚕種製造所へ集約し、製造業務から完全に撤退 1988年3月に蚕糸事業からの撤退。熊谷工場と沼津蚕種製造所の2拠点へ集約し1994年12月に両拠点を休止して蚕糸の製造を終える 合繊への代替と安価な輸入生糸で採算を失った蚕糸事業について、残す拠点数を先に確定させたうえで製造業務そのものを終えた判断 畳み方を先に決めるということ この判断で目を引くのは、撤退の速さより決め方の順序であるのだろう。1988年3月の決定は\"どこを閉じるか\"ではなく\"何を残すか\"を先に示しており、製糸1・蚕種1という最終形が、その後6年の作業の目盛りとして働いた。祖業からの撤退は、関わる人にとって終わりが見えないことが最もこたえる作業になりやすい。残す姿を先に置いたことで、以後の閉鎖や休止は既定の手順として処理できただろう。 事業売却・撤退 祖業・主力事業の転換 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/3862/decisions/kushiro-mill-transfer-1988/","t":"主力拠点の売却代金1,198億円の借入金返済への充当","c":"本州製紙","y":1988,"col":"#544B37","s":"釧路工場への四次にわたる増設投資と二度の設備処理で積み上がった借入金を、主力工場そのものを子会社へ譲渡した代金で圧縮した財務上の判断","x":"1988 本州製紙 釧路工場の子会社譲渡 主力拠点の売却代金1,198億円の借入金返済への充当 1988年に釧路の生産設備を売却。本州製紙が日産2000トンの主力工場を子会社へ1198億円で譲渡し、代金を借入金の返済にあてた 釧路工場への四次にわたる増設投資と二度の設備処理で積み上がった借入金を、主力工場そのものを子会社へ譲渡した代金で圧縮した財務上の判断 売却した工場が、会社を設立し替えた工場であったこと 1959年に大楽毛の原野へ建てた工場は、上質紙で王子・十条に押された会社を、段ボール原紙の会社に作り替えた設備であった。資本金20億円で80億円を借りて建て、四次の増設で日産2,000トンにまで育てたその工場を、本州製紙は1,198億円で子会社へ渡し、代金を借入金の返済にあてた。同じ場所で同じ紙を作り続けながら、所有だけを内から外へ移す。設備の重さに耐えかねた会社に残された手として、現実的な形であっただろう。 資金調達・財務戦略 リストラ・構造改革 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/4021/decisions/sekiyu-kagaku-tettai-1988/","t":"石油化学からの完全撤退と、農薬・機能性材料への事業転換","c":"日産化学","y":1988,"col":"#21B7C5","s":"二期連続の最終赤字と累積損失57億円という財務危機を背景に、主力の石油化学全部門を売却し農薬・機能性材料へ経営資源を振り向けた","x":"1988 日産化学 ポリエチレンなど3事業の譲渡 石油化学からの完全撤退と、農薬・機能性材料への事業転換 1988年6月に石油化学からの完全撤退。社長に就任した中井武夫氏が高級アルコール・ポリエチレン・塩化ビニールの全3事業を畳む 二期連続の最終赤字と累積損失57億円という財務危機を背景に、主力の石油化学全部門を売却し農薬・機能性材料へ経営資源を振り向けた 規模で対抗せず、事業を丸ごと手放すという選択 この決断の核心は、財務危機への対応としてではなく、後発ゆえに規模の経済で対抗できないという構造的な限界への自覚から、主力事業そのものを手放す選択に踏み込んだ点にある。日産財閥という後ろ盾を失って以来、日産化学工業は財閥系化学メーカーと規模で戦う道を選ばなかった。石油化学という汎用樹脂の世界で投資を続けるのではなく、8年をかけて段階的に撤退の環境を整え、市況の好転期を待って売却を完了させたところに、この経営判断の緻密さがうかがえる。 事業売却・撤退 祖業・主力事業の転換 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/4307/decisions/nri-ncc-merger-1988/","t":"旧社との合併で生まれた現在の会社の発足と事業の一体化","c":"野村総合研究所","y":1988,"col":"#015CAA","s":"情報化時代に向けて、産業界の課題を発見するコンサルティング機能と、その解決に必要な情報システムを提供するITソリューション機能を一社に重ね合わせ、金融機関のシス…","x":"1988 野村総合研究所 野村コンピュータシステムとの合併 旧社との合併で生まれた現在の会社の発足と事業の一体化 1988年1月に野村コンピュータシステムとの合併。旧野村総合研究所と統合し、法人格は野村コンピュータシステムを残しつつ社名を野村総合研究所へ統一 情報化時代に向けて、産業界の課題を発見するコンサルティング機能と、その解決に必要な情報システムを提供するitソリューション機能を一社に重ね合わせ、金融機関のシステム投資拡大に応える体制をつくった経営統合 異質な二社を接続するということ 1988年の合併を、リサーチとitを組み合わせた先見的な統合とだけ読むのは、後からの筋書きに寄せすぎるとみられる。合併の時点で一つになったのは、顧客が野村証券グループと金融機関で重なるだけの、文化も人材も異なる二つの会社であった。紙の報告書を売る組織と計算機の時間を売る組織を同じ法人へ収めても、両者がかみ合う保証はどこにもない。実際、研究員と技術者を統合するには時間がかかり、一社で一貫して引き受ける形が固まるのは、合併から数年を経た後のことであった。 合併・経営統合 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/4527/decisions/mentholatum-buyout-1988/","t":"長年借りていたブランドを源流ごと自らのものにする選択","c":"ロート製薬","y":1988,"col":"#005BAB","s":"商標使用権に依存する契約型のブランド基盤を、源流企業の完全子会社化によって所有型へ切り替え、製造・販売・商標の主権を一体化してアジアを軸とする国際展開の足場を構…","x":"1988 ロート製薬 米メンソレータムの買収 長年借りていたブランドを源流ごと自らのものにする選択 1988年7月に米メンソレータムを買収。1975年に得た商標使用権に頼る形から、源流企業ごと所有して製造・販売・商標を一体で掌握した 商標使用権に依存する契約型のブランド基盤を、源流企業の完全子会社化によって所有型へ切り替え、製造・販売・商標の主権を一体化してアジアを軸とする国際展開の足場を構築した買収 借りるより、持つという選択 この買収の核心は、育てたブランドの権利を他社に握られたままにするか、源流ごと所有して主権を取り戻すかという二択に、所有の側で答えを出した点にある。ロイヤリティは売上に比例して膨らみ、契約は更新のたびに条件が問われる。借りている限り、事業の前提はつねに相手の手のうちにあった。ロート製薬は短期のコスト増を承知で源流企業を買い、製造・販売・商標を一体として握った。使用権から所有権へ——1975年に会社を買わずブランドだけを取った判断は、ここで裏返り、会社ごと取得する判断へと引き上げられた。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5108/decisions/firestone-acquisition-1988/","t":"米タイヤ大手の取り込みによる世界首位への跳躍","c":"ブリヂストン","y":1988,"col":"#FE0000","s":"国内成熟と円高のなか、伊ピレリとの買収合戦を制して米ファイアストンを総額26億ドルで取得し、欧米11工場を得て世界一の生産体制を構築した大型M&A","x":"1988 ブリヂストン 米ファイアストンの買収 米タイヤ大手の取り込みによる世界首位への跳躍 1988年2月に米ファイアストンの買収。伊ピレリの参入で対抗tobに転じ、家入昭社長のもと96.4%を26億ドルで取得 国内成熟と円高のなか、伊ピレリとの買収合戦を制して米ファイアストンを総額26億ドルで取得し、欧米11工場を得て世界一の生産体制を構築した大型m&a 国際化の機会に、いくら払うか この判断の核心は、国際化の機会に対していくらまで払う用意があるか、という問いにブリヂストンが『26億ドル』と答えた点にある。ピレリとの競り合いで価格は7.5億ドルから3倍以上に膨らんだが、ここで降りれば欧米への参入機会そのものを失う——家入昭社長はそう見て、積み増しに応じた。工場も販売網も一から築けば届かない世界一の生産体制を、一度に取得する賭けだった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6305/decisions/tripolar-oem-alliance-1988/","t":"欧米2社と組んで築いた日米欧3極の供給体制","c":"日立建機","y":1988,"col":"#FF6600","s":"油圧ショベル専業ゆえの品揃えの薄さと円高・貿易摩擦への対応として、得意分野の重ならない米欧の2番手メーカーと合弁・相互OEMで結び世界フルライン化を図った提携","x":"1988 日立建機 ディーア・フィアットと提携 欧米2社と組んで築いた日米欧3極の供給体制 1988年6月にディーア・フィアットと提携。油圧ショベル世界首位の日立建機が合弁と相互oem供給で日米欧3極体制を構築し、キャタピラーと小松製作所に挑む 油圧ショベル専業ゆえの品揃えの薄さと円高・貿易摩擦への対応として、得意分野の重ならない米欧の2番手メーカーと合弁・相互oemで結び世界フルライン化を図った提携 提携は足場か、目的か この経営判断の核心は、油圧ショベル専業という強みと弱みの表裏を、単独の海外進出でなく2番手連合で補った点にある。総合の2大巨人に品揃えで劣る日立建機は、得意分野の重ならない米欧のメーカーと組むことで、互いの強い地域と製品を持ち寄り、単独では届かなかった世界のフルライン化へ近づこうとした。円高と貿易摩擦のなかで、現地企業のインサイダーとして受け入れられる合弁の形を選んだのは、摩擦を避けつつ市場に食い込む現実的な設計だったと推察される。 資本提携・政策保有 海外進出・現地生産"},{"k":"decision","u":"/tse/6504/decisions/kaden-hanbaiki-jiritsu-1988/","t":"家電での敗北を経た自動販売機への転換と、その事業の自立","c":"富士電機","y":1988,"col":"#005BAB","s":"家電ブームに乗り遅れた総合電機が、後発でも競争優位を築ける自動販売機へ資源を振り向け、事業を子会社に集約して独立上場させた業態の組み替え","x":"1988 富士電機 富士電機冷機の上場 家電での敗北を経た自動販売機への転換と、その事業の自立 1988年2月に子会社の富士電機冷機を東証二部へ上場させた。自動販売機事業を集約し1987年に国内シェア約4割で首位に立った後発参入の帰結 家電ブームに乗り遅れた総合電機が、後発でも競争優位を築ける自動販売機へ資源を振り向け、事業を子会社に集約して独立上場させた業態の組み替え どの市場で戦い、どの市場から退くか この判断の核心は、競争劣位に置かれた市場に固執せず、競争優位を築ける隣接市場へ人と設備を移し替えた点にある。家電という一般消費市場では、先発の大手に対して富士電機の後発の不利は覆しにくかった。自販機という、当時まだ中規模ながら伸びしろのある業務用の市場を選び、製造から金融・材料まで抱える一貫体制で臨んだことが、遊びかけていた三重工場を稼ぎ手に変え、やがて子会社の独立上場にまで結び付いたと思われる。競争劣位を認めて資源を動かす速さが、この転換を支えていた。 祖業・主力事業の転換 選択と集中 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/6976/decisions/consumer-media-entry-1988/","t":"That''sブランドによる消費財市場への参入と、追記型光記録メディア","c":"太陽誘電","y":1988,"col":"#E60013","s":"値崩れの続く受動部品への依存を低減すべく、自社の材料技術を記録メディアという消費財へ応用し、CDと互換性を持つ追記型の光記録メディアを世界で最初に商品化した多角…","x":"1988 太陽誘電 cd-rの世界初商品化 that''sブランドによる消費財市場への参入と、追記型光記録メディア 1988年9月にcd-rを世界で初めて商品化。1982年の磁気テープ参入に続き、受動部品の専業が消費財市場へ参入する 値崩れの続く受動部品への依存を低減すべく、自社の材料技術を記録メディアという消費財へ応用し、cdと互換性を持つ追記型の光記録メディアを世界で最初に商品化した多角化 材料が市場を創出するということ これを数ある多角化の一つと数えると、芯を取り逃がす。太陽誘電が1988年に世に出したのは、反射率という一点の互換性を解いて、それまで存在しなかった書き込み可能なcdという市場そのものであった。反射率70%の壁を、アルミより明るい反射膜という材料の工夫で越えたところに、この会社の性格がうかがえる。川田貢社長の代で始めた消費財は、部品で稼ぐ会社が完成品の作り手として市場を立ち上げた場面であったといえる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 ブランド・マーケティング プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/7532/decisions/retail-pivot-1988/","t":"現金問屋からディスカウント小売への業態転換","c":"パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス","y":1988,"col":"#E60012","s":"卸売の先細りを見越し、卸で蓄えた商品力と資金力を小売へ振り向け、圧縮陳列・深夜営業・現場への権限移譲を柱とする独自業態へ転換した判断","x":"1988 パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス 府中に1号店を開設 現金問屋からディスカウント小売への業態転換 1989年3月に府中で小売の1号店を開設。現金問屋のジャストが安田隆夫社長のもと圧縮陳列と深夜営業の業態を構築した 卸売の先細りを見越し、卸で蓄えた商品力と資金力を小売へ振り向け、圧縮陳列・深夜営業・現場への権限移譲を柱とする独自業態へ転換した判断 卸の資産を、小売の思想で組み替える この転換の要点は、卸で得た資産を捨てずに、小売の思想で組み替えた点にある。大量仕入れで安く売る量販店の正攻法を持たない安田隆夫氏は、処分品や返品物を集める仕入れの機動力と、深夜に売るという時間の空きを、そのまま強みに変えた。チェーンストア理論が唯一の正解とされた時代に、その反対側にも成り立つ小売があると示そうとした。卸のままでも小売に転じても、既存の型をなぞらない選択だった。 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7994/decisions/jt-okamura-1988/","t":"たばこ工場を机の工場へ転用した、異業種同士の組み合わせによる生産の立ち上げ","c":"オカムラ","y":1988,"col":"#E60039","s":"オフィス家具の需要が毎年2割以上増え生産能力が不足するなか、岡村製作所は工場を新設せず、遊休化した日本たばこの高梁工場を合弁会社JTオカムラで机工場へ転換した。…","x":"1988 オカムラ jtとの合弁設立 たばこ工場を机の工場へ転用した、異業種同士の組み合わせによる生産の立ち上げ 1988年9月に岡村製作所がjtオカムラを設立。日本たばこ産業と共同出資し、遊休化した高梁工場を従業員ごとスチール机の工場へ替えた オフィス家具の需要が毎年2割以上増え生産能力が不足するなか、岡村製作所は工場を新設せず、遊休化した日本たばこの高梁工場を合弁会社jtオカムラで机工場へ転換した。短期間・低投資で即戦力の生産能力を得た異業種合弁で、後の新日鉄との合弁にも連なった。 借りる工場という選択 この判断の面白さは、生産能力の増強という重い課題を、自前の工場建設ではなく他社の遊休設備の転用で解いた点にある。需要が毎年2割で伸びるさなかに、工場を一から建てていては波に乗り遅れる。岡村製作所は、民営化で余った日本たばこの工場と、そこで鍛えられた従業員を丸ごと引き受けることで、時間と資金の両方を節約した。たばこ工場が机工場に変わるという意外な組み合わせは、異業種どうしが互いの不足を埋め合う合弁の一つの理想形を示しただろう。 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/8056/decisions/burroughs-merger-1988/","t":"吸収合併にともなう日本ユニシスへの商号変更と体制の一本化","c":"BIPROGY","y":1988,"col":"#1D2088","s":"米国親会社の世界合併により日本市場に二つの販売会社が並ぶ状態が生じ、これを一社に統合して商号も新しい親会社名に合わせた再編","x":"1988 biprogy バロースの吸収合併 吸収合併にともなう日本ユニシスへの商号変更と体制の一本化 1988年4月に日本ユニバックがバロースを吸収合併。米国でのスペリーとバロースの合併を受け、商号も日本ユニシスへ切り替えた 米国親会社の世界合併により日本市場に二つの販売会社が並ぶ状態が生じ、これを一社に統合して商号も新しい親会社名に合わせた再編 統合の規模と、自由度の変化の落差 この合併で日本ユニバックが手にしたのは、二系統の顧客基盤と全国の保守網であり、手にしなかったのは製品を決める権限であった。合併比率33対1で発行済株式総数の3分の1近くにあたる株式を新たに発行し、商号まで米国本社の新社名に合わせながら、同じ月に効力を持った総代理店契約の中身は輸入販売・保守・商標使用権という従来どおりの三点にとどまっている。統合の規模と、経営の自由度の変化との落差に、この判断の性格が表れている。 合併・経営統合 pmi・買収後統合 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8194/decisions/back-to-core-1988/","t":"実弟の更迭と引き換えの本業回帰","c":"ライフコーポレーション","y":1988,"col":"#009944","s":"株式運用に傾いた社長を退け、財テクが本業を侵食する前に創業者がトップへ復帰して本業の食品スーパーへ経営を戻した判断","x":"1988 ライフコーポレーション 清水三夫氏の解任と清水信次氏への継承 実弟の更迭と引き換えの本業回帰 1988年3月に清水三夫社長を役員会で解任した。会長の清水信次が株式運用に傾いた実弟を退け、自ら社長を兼ねて食品スーパーへ戻した 株式運用に傾いた社長を退け、財テクが本業を侵食する前に創業者がトップへ復帰して本業の食品スーパーへ経営を戻した判断 好調のうちに身内を律した決断 この解任の核心は、業績が傾いてからの整理ではなく、株価がなお上り坂にあるうちに、創業者が自らの弟へ手を入れた点にある。財テクが本業を侵食し切る前に、含み益を追う誘惑を断って本業へ戻す——好調のさなかに身内を退けるこの選択には、闇市帰りの商人として額に汗して稼ぐことを信条とした清水信次氏の事業観が濃く出ている。多くの事業会社が運用益に沸いた時期に逆を選んだ点で、当時としては異質な判断だった。 トップ交代・承継 創業家・同族 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/8231/decisions/kaku-department-store-1988/","t":"本業の外へ事業を拡大する多角化路線の採用と、土地取得への巨額投入","c":"三越","y":1988,"col":"#B7282E","s":"日本橋本店に収益が集まる構造を是正する手段として、売り場の中身ではなく店の外の周辺事業を選び、ゴルフ場開発に土地取得だけで580億円を投じた多角化","x":"1988 三越 580億円のゴルフ場開発 本業の外へ事業を拡大する多角化路線の採用と、土地取得への巨額投入 1988年にゴルフ場開発へ着手。1986年に社長へ就任した坂倉芳明氏が多角化を掲げ、土地取得だけで580億円を投じ融資は子会社経由 日本橋本店に収益が集まる構造を是正する手段として、売り場の中身ではなく店の外の周辺事業を選び、ゴルフ場開発に土地取得だけで580億円を投じた多角化 正しい問いに、土地で答えた10年 利益の75%を一店から得ている会社が、本店以外の収益源を欲したこと自体は正しい課題設定であった。総合生活産業が流行し、同業が本業の周辺へ広げていた1980年代後半に、坂倉芳明社長が拡・百貨店を掲げたのも同業と揃った選択にすぎない。誤算は目算の甘さより、答えの形にあったのだろう。ホテルもスポーツもゴルフ場も、土地を取得して施設を建てる事業であり、品ぞろえと接客という百貨店の中身へは還らない投資であった。 飛び地・非関連多角化 大型設備投資 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/8605/decisions/trading-center-1988/","t":"資本金に匹敵する300億円を投じる、自社史上最大の設備投資","c":"三洋証券","y":1988,"col":"#3030A5","s":"証券業務が人手から機械へ移ると読み、ホールセールを一箇所の巨大な取引フロアに集約する体制を先に構築するために約300億円を投じた","x":"1988 三洋証券 世界最大の取引フロア建設 資本金に匹敵する300億円を投じる、自社史上最大の設備投資 1988年に世界最大の取引フロアを建てる。三洋証券が東京・江東区塩浜に約6400平方メートルのワンフロアを設け、端末3000台と最大800人を収容 証券業務が人手から機械へ移ると読み、ホールセールを一箇所の巨大な取引フロアに集約する体制を先に構築するために約300億円を投じた 読みは当たり、時計が合わなかった この投資を無謀と片づけるのは易しいが、判断の中身は当時としても後から見ても筋が通っている。証券業務が人手から機械へ移ること、個人が自分の端末から市場に参加するようになること、その両方が現実になった。1999年秋に株式委託手数料が完全に自由化されたあと、生き残った証券会社が実際に投じたのも同種の設備だった。誤っていたのは方向ではなく、到達までの時間と、そこまで会社を保たせる収益の水準である。 大型設備投資 デジタル化・dx 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8802/decisions/marunouchi-manhattan-plan-1988/","t":"構想発表と、初代丸ビルの建て替えによる複合都市への転換","c":"三菱地所","y":1988,"col":"#DC000C","s":"所有ビルの老朽化と新宿・臨海部など新しいオフィス街との競争に対し、オフィス専用の街を商業と混ぜた複合都市へ組み替え、丸の内の賃料水準と借り手を保つための建て替え","x":"1988 三菱地所 「丸の内マンハッタン化計画」 構想発表と、初代丸ビルの建て替えによる複合都市への転換 1988年1月に丸の内再開発計画を発表した。東京駅周辺113ヘクタールへ総投資額約6兆円で40〜50階建てビル約60棟を建てる構想 所有ビルの老朽化と新宿・臨海部など新しいオフィス街との競争に対し、オフィス専用の街を商業と混ぜた複合都市へ組み替え、丸の内の賃料水準と借り手を保つための建て替え 構想が挫けた会社が、自分の一棟から始めた意味 1988年に描いた絵と、2002年に建った建物は同じではない。113ヘクタールに40〜50階建てを約60棟という構想は『他人のビルまで勝手に変える気か』という反発で挫け、実際に動いたのは自社が所有する丸ビル一棟の建て替えからであった。福沢武社長が建て替えの理由に挙げたのも街の将来像ではなく、阪神大震災後の耐震診断の結果と、壁を増やせば使い勝手が悪くなるという事情であった。地権者に拒まれた会社が、反論の出ない自分の建物から街を変えただろう。 収益モデル転換 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9042/decisions/braves-sale-1988/","t":"球団経営という本業外の資産の手放しと、プロ野球からの全面撤退","c":"阪急阪神ホールディングス","y":1988,"col":"#243D5F","s":"沿線への集客装置として半世紀抱えたプロ野球球団を譲渡し、鉄道と不動産を軸とする本業へ経営資源を集中した事業撤退","x":"1988 阪急阪神ホールディングス 球団をオリエント・リースへ譲渡 球団経営という本業外の資産の手放しと、プロ野球からの全面撤退 1988年10月に阪急ブレーブスを譲渡した。阪急電鉄が会見でオリエント・リースへの売却を発表し、同年11月に球団名はオリックス・ブレーブスへ 沿線への集客装置として半世紀抱えたプロ野球球団を譲渡し、鉄道と不動産を軸とする本業へ経営資源を集中した事業撤退 広告塔を畳むということ 阪急にとって球団は損益の一項目である前に、1937年の西宮球場開場以来、沿線へ客を運ぶ理由そのものであった。2リーグ制が始まった1950年に15球団のうち7球団を鉄道会社が持っていた事実は、当時の私鉄が球団を設備投資の一種として扱っていたことを示している。戦後に娯楽の選択肢が増えるにつれ、沿線へ人を呼ぶ装置としての効きは薄れていく。手放すとは、その前提を降ろすことでもあったのだろう。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/9435/decisions/founding-1988/","t":"通信自由化を機とした創業と、後の主力となる販売手法の設計","c":"光通信","y":1988,"col":"#00469C","s":"NTT民営化に始まる通信自由化を好機と見て販売代理業で創業し、猛烈な営業と実力主義人事による組織設計を競争力の核に据えた起業の判断","x":"1988 光通信 訪問販売モデルの確立 通信自由化を機とした創業と、後の主力となる販売手法の設計 1988年2月、資本金100万円でoa機器・電話機の販売及びリースを目的に光通信を設立。重田康光氏は同年7月に市外電話サービスの回線販売へ進み、1996年2月に株式を店頭公開した ntt民営化に始まる通信自由化を好機と見て販売代理業で創業し、猛烈な営業と実力主義人事による組織設計を競争力の核に据えた起業の判断 何を扱うかではなく、どう販売するか 光通信の創業の核心は、扱う商材ではなく、売る仕組みを競争力に据えた点にある。設立の目的に掲げたのはoa機器と電話機の販売及びリースだったが、市外電話、複写機、コンピュータ、携帯電話と、商材は次々に入れ替わっていった。変わらなかったのは、中小企業や個人へ足で届く訪問営業と、その効率を上げるデータベース、そして成果だけを見て人を動かす実力主義の人事である。重田康光氏が創業時から『最も成果の上がる組織、仕組み』を問い続けたことは、この会社が商品を売る会社ではなく、売る力を設計する会社として始まったことを示している。営業チャネルを資産とみなす発想は、この起業の時点ですでに芯にあった。 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9613/decisions/spinoff-from-ntt-1988/","t":"民営化直後のデータ通信事業本部の切り出しと資本金100億円での独立","c":"NTTデータグループ","y":1988,"col":"#0078C0","s":"通信自由化にあわせてNTTの独占力を弱める制度上の要請のもと、データ通信部門を別会社へ切り出して公正競争の確保と効率的な事業運営を図った分社","x":"1988 nttデータグループ nttからの分社独立 民営化直後のデータ通信事業本部の切り出しと資本金100億円での独立 1988年5月にnttからエヌ・ティ・ティ・データ通信を設立。資本金100億円で7月にデータ通信事業本部の営業を譲り受けた 通信自由化にあわせてnttの独占力を弱める制度上の要請のもと、データ通信部門を別会社へ切り出して公正競争の確保と効率的な事業運営を図った分社 制度が切り出し、資産が付いてきた この分社の中心にあるのは、競争政策上の要請と、実際に移された事業の中身とのずれである。効率的な事業展開と公正競争の確保という二つの理由は、いずれも新会社の外側にある論理であった。切り出された側が持って出たのは、銀行anserやcafis、郵便貯金や厚生年金といった、公社でなければ作れなかった基幹システムである。競争を促すために別法人にした結果、その独占的な資産だけが親会社の外へ移り、独立した会社の収益基盤になっただろう。 分社・スピンオフ・子会社上場 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/9861/decisions/dandc-merger-1988/","t":"合併を通じた多角化と、京樽買収・東証一部上場への到達","c":"吉野家ホールディングス","y":1988,"col":"#E57E2E","s":"牛肉輸入自由化で単品の調達優位が薄れる前に業態を拡充し、株式公開によって資本市場へ復帰するための多角化","x":"1988 吉野家ホールディングス ディーアンドシーの吸収合併 合併を通じた多角化と、京樽買収・東証一部上場への到達 1988年3月にディー・アンド・シーを吸収合併。セゾングループでダンキンドーナツを営む会社を取り込み、牛丼一品への集中から業態を拡充した 牛肉輸入自由化で単品の調達優位が薄れる前に業態を拡充し、株式公開によって資本市場へ復帰するための多角化 業態を拡充しても、収益源は変わらなかった 1988年からの十数年で、吉野家は社名にドーナツ会社の頭文字を加え、女性客向けの新業態を出し、持ち帰りずしの会社を傘下に収めた。それでも収益の大半は牛丼が稼ぎ続けた。ドーナツもカレーも撤退か縮小に終わり、京樽は二度目の機会をつかむまでに4年を要している。単品への集中で倒れた会社が幅を広げようとすると、往々にして本業の強さがそのまま基準になり、新しい業態の未熟さが目につく。この時期の多角化が長く実らなかった背景には、そうした比較の厳しさもあったと思われる。 合併・経営統合 飛び地・非関連多角化 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/9983/decisions/spa-hongkong-sourcing-1988/","t":"製造小売業（SPA）の原型づくり","c":"ファーストリテイリング","y":1988,"col":"#FF0000","s":"低価格と高品質を両立する「安くて品質の良い普段着」を生産するため、商社を挟まず香港経由で中国の縫製工場へ直接発注し、企画から販売までを一貫させる製造小売業（SP…","x":"1988 ファーストリテイリング 香港経由の直接調達 製造小売業(spa)の原型づくり 1988年に香港を窓口とする直接調達へ着手する。中国などアジアの縫製工場へ発注し多段階の国内アパレル流通を通さず普段着を安く生産する 低価格と高品質を両立する「安くて品質の良い普段着」を生産するため、商社を挟まず香港経由で中国の縫製工場へ直接発注し、企画から販売までを一貫させる製造小売業(spa)の原型を築いた調達構造の転換 「作る」まで踏み込んだ小売業 核心は、安く仕入れる交渉術ではなく、小売業でありながら作る側まで参入した調達構造を築いた点にある。ロードサイドの顧客が求めた安くて品質の良い普段着は、メーカーから問屋を経て小売へ渡る国内の多段階流通では作れなかった。香港の購買事務所を窓口に中国やベトナムの縫製工場へ直接発注し、一流ブランドを手がける工場の生産ラインを完全買い取りで押さえ、アイテムを色・サイズを除いて約400点に絞る設計は、その必然から生まれた。 垂直統合・内製化 海外進出・現地生産 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/ido/decisions/ntt-standard-1988/","t":"開業時の無線方式へのTACS方式の不採用","c":"日本移動通信","y":1988,"col":"#0B4C97","s":"商用実績のある無線方式が国内にNTT大容量方式しかない条件下で、開業時の技術調達を実績重視で決めた選択","x":"1988 日本移動通信 ntt大容量方式の採用 開業時の無線方式へのtacs方式の不採用 1988年12月に首都圏と中部圏で開業。自動車電話の無線方式にnttと同じ大容量方式を採り、英国生まれのtacs方式は退けた 商用実績のある無線方式が国内にntt大容量方式しかない条件下で、開業時の技術調達を実績重視で決めた選択 借り賃は、金額と時間の両方で支払われた 1988年12月の開業に間に合わせるという条件のもとでは、選べる無線方式は実質的に一つであった。基地局と端末が現に動き、供給者も価格も確かめられる方式は、nttのものしかない。出資者のトヨタ自動車には、ディーラーでnttの自動車電話を売った経験もある。参入時点の材料に照らせば、実績を採った判断に無理は無い。狂いはその先にあった。規格の所有者が、同時に最大の競争相手でもある。この一点から、ムーバに1年5カ月遅れた\"ミニモj\"のような後追いが繰り返された。 プラットフォーム・標準化 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2502/decisions/super-dry-launch-1987/","t":"従来の味を捨てる全面転換に社運を賭けた新商品への集中","c":"アサヒグループHD","y":1987,"col":"#004097","s":"シェアが10%割れの瀬戸際まで沈み店頭からの排除が進むなか、寡占4社で似通っていたビールの味そのものを転換し、固定化した市場の構造を崩しにいく賭け","x":"1987 アサヒグループhd 「スーパードライ」発売 従来の味を捨てる全面転換に社運を賭けた新商品への集中 1987年3月にスーパードライの発売。シェア10%割れ寸前だった朝日麦酒が辛口の生ビールを出し、寡占4社で似通ったビールの味を変えた シェアが10%割れの瀬戸際まで沈み店頭からの排除が進むなか、寡占4社で似通っていたビールの味そのものを転換し、固定化した市場の構造を崩しにいく賭け 失うものの少なさと、時代の追い風 この決断の中心には、失うものの少なさという逆説がある。シェアが1割を割る瀬戸際まで沈んだ企業であったがゆえに、既存の主力の味を捨てて全面転換に踏み切れた。半分近い市場を握るキリンには、既存顧客の味を裏切る同じ賭けができない——高いシェアがかえって動きを縛る非対称は、各社のドライ追随が先発のアサヒを利するだけに終わった経過にも表れている。銀行出身の樋口広太郎社長が、味の決定を作り手の誇りではなく消費者の試飲に委ねた割り切りも、業界の外から来た経営者であればこそ可能だったと推察される。 ブランド・マーケティング 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/3402/decisions/maeda-reform-1987/","t":"組織の肥大と意思決定の遅れという自己診断から着手した、社内体制の立て直し","c":"東レ","y":1987,"col":"#004097","s":"ナイロン・ポリエステルで急成長した優等生・東レが、高度成長後の「大企業病」と1985年前後の脱繊維の失敗による繊維部門の大赤字から立ち直るため、社長の前田勝之助…","x":"1987 東レ 組織のスリム化と意思決定の迅速化 組織の肥大と意思決定の遅れという自己診断から着手した、社内体制の立て直し 1987年に前田勝之助が東レ社長に就任。社内の大企業病を自己診断し、評論家的な社員を入れ替えて繊維と先端材料へ集中した ナイロン・ポリエステルで急成長した優等生・東レが、高度成長後の「大企業病」と1985年前後の脱繊維の失敗による繊維部門の大赤字から立ち直るため、社長の前田勝之助氏が評論家的な社員の入れ替えと繊維・先端材料への集中で風土と事業構造を再構築した経営改革 優等生は自らの病を診断できるか この改革の核心は、業績の危機そのものよりも、その原因を外にではなく自社の内側に見た点にある。石油危機や円高という逆風は、どの繊維会社にも等しく吹いていた。多くの会社がそこから逃れるように非繊維へ進むなか、前田は東レの不振を\"大企業病\"という自社の体質の問題として引き受けた。頭のよい社員がそろいながら成果に結びつかないという診断は、優等生であった会社がみずからの成功体験を疑うことなしには下せないものであった。 経営再建・ターンアラウンド 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/5401/decisions/structural-reform-1987/","t":"管理職の処遇を年功から実力本位へ改める人事制度の転換","c":"日本製鉄","y":1987,"col":"#086DAA","s":"構造不況で営業赤字に陥った新日鉄が、大規模な人員削減と多角化に加え、合理化を大義名分に管理職の年功賃金を能力主義へ組み替えた構造改革","x":"1987 日本製鉄 第4次合理化で能力賃金導入 管理職の処遇を年功から実力本位へ改める人事制度の転換 1987年2月に能力賃金制を導入。営業赤字の新日本製鉄が4年で1万9000人を減らし、管理職1万1000人を能力主義に移行させた 構造不況で営業赤字に陥った新日鉄が、大規模な人員削減と多角化に加え、合理化を大義名分に管理職の年功賃金を能力主義へ組み替えた構造改革 危機を改革の梃子にできるか この経営判断の核心は、設備と雇用の縮小という合理化にとどまらず、日本的経営の核であった年功と平等の賃金慣行にまで踏み込んだ点にある。格差を意識させない微温的な環境が社員の安心を支えてきた会社で、営業赤字という財務危機を大義名分として、優秀な層に報い滞留した層に痛みを求める制度を一気に入れた。過去には受け入れられなかった改革が、鉄冷えという危機のもとで社内の同意を得たことに、この決断の性格がうかがえる。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/5444/decisions/nucor-yamato-jv-1987/","t":"現地合弁会社の設立を通じた北米H形鋼事業への進出","c":"大和工業","y":1987,"col":"#007860","s":"国内で磨いたH形鋼の製造技術を、現地最大手の電炉メーカーと組んで北米市場へ持ち出し、少数持分の合弁として運営する型を確立した","x":"1987 大和工業 米ニューコアとの合弁 現地合弁会社の設立を通じた北米h形鋼事業への進出 1987年2月に米ニューコアとの合弁。大和工業がニューコア・ヤマト・スチールを設立し、アーカンソー州でh形鋼を生産する北米事業を得た 国内で磨いたh形鋼の製造技術を、現地最大手の電炉メーカーと組んで北米市場へ持ち出し、少数持分の合弁として運営する型を確立した 相手の土俵で、少数株主のまま この決断で目を引くのは、進出先で主導権を握らなかった点にある。技術を持つ側が49%にとどまり、市場を知る側と並んで座る。買収して支配する道を選べば、意思決定は速くなる代わりに、現地の商習慣も人も価格交渉も自前で背負うことになる。井上浩行社長が選んだのは、h形鋼という一品種の技術を差し出す代わりに、米国の鉄鋼市場を知る相手の土俵を借りるという交換であった。国内で先に素材まで内製化していたからこそ、差し出せるものがあったのだろう。 海外進出・現地生産 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5715/decisions/unic-acquisition-1987/","t":"車載型クレーンを手がける会社の全株式取得と佐倉工場の開設","c":"古河機械金属","y":1987,"col":"#003F98","s":"非鉄部門の縮小が避けられないなかで、削岩機で不足していた油圧の技術者と国内向けの販路を、黒字の車載型クレーンメーカーの全株式取得によって一度に取り込んだ買収","x":"1987 古河機械金属 ユニックを買収 車載型クレーンを手がける会社の全株式取得と佐倉工場の開設 1987年3月にユニックを買収。車両搭載型クレーンで約40%のシェアを持つ同社を、古河鉱業が3商社から36億円で取得 非鉄部門の縮小が避けられないなかで、削岩機で不足していた油圧の技術者と国内向けの販路を、黒字の車載型クレーンメーカーの全株式取得によって一度に取り込んだ買収 救済ではなく、育った会社を値のついた状態で買収する 買い手が最初に確かめたのは、価格でも技術でもなく、売り手の本気であった。奥村豊副社長は、経常利益7億3000万円を上げている会社をなぜ手放すのかと山一証券へ重ねて問うた。14年前に自分が調べたまま見送った赤字会社が、商社3社の手で1,300人を300人へ減らし小型クレーンへ絞った末に、シェア約40%を持つ黒字会社となって戻ってきた。1987年のm&aは業績の低迷した相手を救済する型が多く、育った会社を値のついた状態で買う例は目立った。 隣接領域への展開 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6141/decisions/block-build-to-craftsmanship-1987/","t":"量産方式の限界に直面した末の、一台ごとに作り込む方式への回帰","c":"DMG森精機","y":1987,"col":"#F50506","s":"量産で業界首位の高収益を得た森精機が、需要のシステム化を見据えて量から質への転換を宣言し、伊賀新工場で機械の基本性能を磨く原点回帰へ方針を変えた経営判断","x":"1987 dmg森精機 伊賀工場を新設し生産方式を転換 量産方式の限界に直面した末の、一台ごとに作り込む方式への回帰 1990年7月に量から質への転進を宣言。森精機製作所が伊賀に総工費250億円の新工場を建設し、営業利益率24.1%の量産方式を改めた 量産で業界首位の高収益を得た森精機が、需要のシステム化を見据えて量から質への転換を宣言し、伊賀新工場で機械の基本性能を磨く原点回帰へ方針を変えた経営判断 強みを否定する転換の重さ この経営判断の核心は、業界首位の高収益をあげていた絶頂期に、その収益を生んだ量産方式そのものを自ら問い直した点にある。標準品の量産で御三家に上りつめた森精機が、需要がシステム化へ向かう先を読み、財務にゆとりのあるうちに質への転換へ動いたのは、成功体験に安住しない先見だったと推察される。強みを否定する転換に、好調のうちに手を入れた点で、危機に追われて動く再建とは性格が異なっていた。 祖業・主力事業の転換 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/6273/decisions/tse-listing-1987/","t":"東京証券取引所市場第二部への株式上場と社名のSMCへの変更","c":"SMC","y":1987,"col":"#0072C1","s":"業容が安定した段階で5年がかりの上場準備と社名変更を進め、設備投資を自己資金で賄える財務状態のまま東証第二部へ株式を公開した資本政策","x":"1987 smc 東証二部での株式公開 東京証券取引所市場第二部への株式上場と社名のsmcへの変更 1987年12月に東証二部に株式上場。準備は1982年に始まり、1986年4月の焼結金属工業からsmcへの社名変更を挟んだ 業容が安定した段階で5年がかりの上場準備と社名変更を進め、設備投資を自己資金で賄える財務状態のまま東証第二部へ株式を公開した資本政策 資金が要る前ではなく、要らなくなった後の公開 1987年12月の上場を、成長資金を集めるための調達と読むと説明が合わない。同社は1992年3月期までの国内250億円の設備投資を、利益と償却だけで賄える構えにあった。国内シェア42%、経常利益率11〜13%という数字を先に作り、公開はその後に置かれた。1982年ごろから5年をかけた準備は、資金の必要に追われた動きではなく、事業の型が固まった会社が対外的な資格を整える手続きであっただろう。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/6302/decisions/voluntary-retirement-1987/","t":"主力2部門を対象とした1,700人の人員削減と事業規模の縮小","c":"住友重機械工業","y":1987,"col":"#0162B0","s":"円高後の造船不況で2期続けて当期損失を計上した住友重機械工業が、不況部門の35歳以上を対象に希望退職を募集し、3カ月で1,700人を減らした雇用調整","x":"1987 住友重機械工業 造船・製鉄機械部門の希望退職 主力2部門を対象とした1,700人の人員削減と事業規模の縮小 1987年2月に造船・製鉄機械部門の希望退職。35歳以上の1,600人を対象とし、3カ月で希望退職1,300人を含む1,700人を削減 円高後の造船不況で2期続けて当期損失を計上した住友重機械工業が、不況部門の35歳以上を対象に希望退職を募集し、3カ月で1,700人を減らした雇用調整 「やめてほしい」と告げること 変えたのは削減の規模ではなく、伝え方であった。中期経営計画から4年先の組織像を描き、残す人とやめてもらう人のリストを作り、対象者一人ひとりにあなたはやめてほしいと直接告げる。兵頭博副社長の語るこの手順は、退職を社員の自発に委ねる建前を会社の側から降ろすものであったと思われる。プラザ合意後の円高で当期損益は2期続けて赤字に沈んでいた。 リストラ・構造改革 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/6361/decisions/semiconductor-vacuum-entry-1987/","t":"半導体製造装置分野への参入と、CMP装置の事業化","c":"荏原製作所","y":1987,"col":"#F01830","s":"成熟した祖業ポンプの流体技術を、気体を扱う半導体向け真空機器へ転用し、さらに顧客の求めに応じて部品供給から製造装置へ参入した新規事業の育成","x":"1987 荏原製作所 藤沢工場で真空ポンプ生産 半導体製造装置分野への参入と、cmp装置の事業化 1987年7月に藤沢工場で真空ポンプ生産。液体を送るポンプの技術を気体へ振り向け、1985年の社内プロジェクトから育てた電子事業 成熟した祖業ポンプの流体技術を、気体を扱う半導体向け真空機器へ転用し、さらに顧客の求めに応じて部品供給から製造装置へ参入した新規事業の育成 畑違いを引き受けた順序 1992年にcmp装置へ手を伸ばしたとき、荏原は自分から装置メーカーになろうとしたわけではなかった。真空ポンプで信頼を得た先に『製造装置もやってみたらいいのでは』という顧客の言葉があり、そこから始まったと南部勇雄氏は語っている。部品を納める会社が装置を売る会社へ変わる転換を、荏原は自社の構想としてではなく顧客の求めに応じて引き受けた。社内の計画でも半導体は環境事業の後ろに置かれており、この判断が全社の看板を背負っていたわけではないのだろう。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6839/decisions/domestic-entry-1987/","t":"輸出専業からの転換——製パン器とVTR","c":"船井電機","y":1987,"col":"#C52121","s":"円高で流入するNIES製品と同じ土俵で戦うため、輸出専業の量産体制を国内販売へ振り向けた業態の転換","x":"1987 船井電機 国内市場参入 輸出専業からの転換——製パン器とvtr 1987年2月に家庭用製パン器で国内市場へ参入。3月にはvtrも商品化し、1961年以来の輸出専業を改めて国内売上比率30%を掲げる 円高で流入するnies製品と同じ土俵で戦うため、輸出専業の量産体制を国内販売へ振り向けた業態の転換 安さは、売り場の信用と一組でしか効かない この判断が示したのは、価格競争力という強みが、そのままでは別の市場へ移らないという事実であった。日本の家電流通は系列と付き合いの長さで棚が決まる世界であり、そこへ安さだけを持ち込めば、安売り業者へ流した製品が量販店の信用を傷つける。参入2カ月で出荷を止め、5000店の販路を築き直すまでの数年は、その作法を学び直す時間であったのだろう。 販路・チャネル転換 低価格・コストリーダーシップ ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/6988/decisions/membrane-desalination-1987/","t":"米企業の取り込みを足がかりとした高分子分離膜事業への参入","c":"日東電工","y":1987,"col":"#0B318F","s":"粘着と絶縁で培った高分子の合成・製膜技術を水処理へ転用し、市場が立ち上がる前に自社開発を続けたうえで、米国の逆浸透膜専業メーカーを買収して販路と実績を取り込んだ…","x":"1987 日東電工 米ハイドロノーティクス買収 米企業の取り込みを足がかりとした高分子分離膜事業への参入 1987年11月に米ハイドロノーティクスを買収。1976年4月に製造を開始した高分子分離膜を海外の販路ごと水処理事業へ 粘着と絶縁で培った高分子の合成・製膜技術を水処理へ転用し、市場が立ち上がる前に自社開発を続けたうえで、米国の逆浸透膜専業メーカーを買収して販路と実績を取り込んだ判断 市場が来る前に始めた事業の勘定 1976年に膜の製造を開始した時点で、海水淡水化の市場は存在していなかった。主流は蒸発法で、膜は塩分除去の性能でも造水コストでも劣っていた。それでも続けられたのは、半導体・液晶向けの純水という取引価格の高い用途が発達途上の膜を採算に乗せたためで、電子材料を持つ会社であったことが水の事業を支えたのだろう。薄い膜はメディカルにも公害防止にもエレクトロニクスにも用途を持ち、その広さが時間を稼ぐ形で働いたといえる。 隣接領域への展開 クロスボーダーm&a(日本→海外) 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7013/decisions/structural-shift-1987/","t":"造船不況の直撃を受けた事業構成の抜本的な再編","c":"IHI","y":1987,"col":"#2056AE","s":"オイルショック後の造船の構造不況を受け、人員削減にとどめず陸上機械・産業機械へ事業構成を組み替え、造船会社から総合機械メーカーへ脱皮した構造転換","x":"1987 ihi 造船依存からの事業転換 造船不況の直撃を受けた事業構成の抜本的な再編 1987年に造船一本の事業構成を陸上機械へ組み替え。稲葉興作社長のもとで二度の人員削減を伴う2.5次産業型企業への脱皮 オイルショック後の造船の構造不況を受け、人員削減にとどめず陸上機械・産業機械へ事業構成を組み替え、造船会社から総合機械メーカーへ脱皮した構造転換 造る量より、事業の構成を選ぶ この判断の核心は、人員削減という痛みを伴う縮小そのものよりも、削減で空いた資源を造船の外へ振り向け、事業の比重を意識して移し替えた点にある。造船で世界の頂点に立った成功体験は、裏を返せば造船市況の波を丸ごと引き受ける体質でもあった。稲葉興作社長が二度目の削減を陸上機械・産業機械への組み替えと一体で進め、\"2.5次産業型企業\"への変身として掲げたのは、その体質そのものを作り替えようとする試みであったのだろう。 祖業・主力事業の転換 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7201/decisions/culture-reform-1987/","t":"官僚体質の解体と労使関係の結び直しによる構造不況体質からの脱却","c":"日産自動車","y":1987,"col":"#BE022E","s":"財務のリストラに先んじて官僚的な企業風土へ手を入れ、呼称・賃金・労使関係を組み替えることで構造不況体質からの脱却をはかった試み","x":"1987 日産自動車 企業文化の刷新 官僚体質の解体と労使関係の結び直しによる構造不況体質からの脱却 1985年6月に社長へ就任した久米豊氏が企業風土の刷新に着手。呼称の「さん」づけから本給の4割を能力給に切り替える賃金体系の組み替えまで、財務のリストラより先に体質へ手を入れた 財務のリストラに先んじて官僚的な企業風土へ手を入れ、呼称・賃金・労使関係を組み替えることで構造不況体質からの脱却をはかった試み 文化を変えても、過剰は消えない 久米豊氏の改革の特徴は、財務のリストラに先んじて\"会社の体質・文化\"へ手を入れた点にある。お客より社内を向く体質を断ち、呼称や賃金、労使の関係から作り替えるという順序は、数字の手術を急ぎがちな再建のなかでは異質であった。10年前に石原俊氏が掲げた社風刷新が挫折したのは、業績が順調で社員の危機感が薄かったからだった。営業赤字という屈辱をそのまま梃子に使えた点で、久米豊氏の改革は前任者より有利な位置から始まっていたとみられる。 経営再建・ターンアラウンド 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/7270/decisions/if-alliance-isuzu-1987/","t":"系列の垣根を越えた他社との組み合わせによる現地生産拠点の確保","c":"SUBARU","y":1987,"col":"#0156A1","s":"単独では工場の採算ラインを埋められない中堅が、系列の異なるいすゞと51対49の合弁を組み、北米現地生産の拠点SIAを確保した提携","x":"1987 subaru いすゞとの北米合弁sia 系列の垣根を越えた他社との組み合わせによる現地生産拠点の確保 1987年3月にいすゞと北米で合弁。田島敏弘社長のもと51対49の出資で米インディアナ州にスバル・いすゞオートモーティブを設立 単独では工場の採算ラインを埋められない中堅が、系列の異なるいすゞと51対49の合弁を組み、北米現地生産の拠点siaを確保した提携 何を先に確保するか この判断の核心は、系列という当時の自動車業界の枠を越えて、規模で劣る中堅同士が北米に工場を持ち寄った点にある。単独では埋められない採算ラインを、別のグループに属するいすゞと分け合うことで越えようとした選択であった。工場という重い固定資産を先に抱えたことは、需要が読みきれない時期には大きな賭けでもあった。事実、siaの赤字は1990年の営業赤字転落と経営再建の引き金の一つとなり、田島体制の崩壊とも重なった。 海外進出・現地生産 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7312/decisions/airbag-entry-1987/","t":"運転席用製品の量産開始と、インフレータまで含めた内製化","c":"タカタ","y":1987,"col":"#E74622","s":"効果への懐疑から量産の引き受け手が限られていたエアバッグで、完成車メーカーとの既存の取引関係を足がかりに参入し、基幹部品のインフレータまで自社で抱えて供給責任を…","x":"1987 タカタ 愛知川製造所でエアバッグ量産 運転席用製品の量産開始と、インフレータまで含めた内製化 1987年9月に愛知川製造所でエアバッグを量産。ホンダからの協力要請に応じ運転席用モジュールの製造販売を開始し、1990年に助手席用も加えた 効果への懐疑から量産の引き受け手が限られていたエアバッグで、完成車メーカーとの既存の取引関係を足がかりに参入し、基幹部品のインフレータまで自社で抱えて供給責任を担う 工程を掌握すれば、誤りの逃げ場もない 需要のない製品を設立目的に掲げた1956年の定款と、効果を疑われていた装置の量産を1987年に引き受けた判断は、同じ性格を持っている。どちらも市場が立ち上がる前に生産の準備を置く形で、繊維技術と完成車メーカーとの取引という手持ちの資産があってはじめて成り立った。高田重一郎氏が本田宗一郎氏に直接シートベルトを説いた1960年代の距離が、20年後にエアバッグの依頼として戻ってきたとみられる。 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7965/decisions/premium-shift-1987/","t":"電気炊飯ジャーを低価格路線から高級品路線へ切り替える商品戦略の転換","c":"象印マホービン","y":1987,"col":"#1D87D0","s":"大手家電の攻勢と円高で創業以来の営業赤字に陥った電気炊飯ジャーで、低価格競争を避けて高級品へ転じ、運動「サクセス90」と「クリエイト15」で商品開発とコスト削減…","x":"1987 象印マホービン サクセス90の発売 電気炊飯ジャーを低価格路線から高級品路線へ切り替える商品戦略の転換 1987年10月に象印マホービンがサクセス90運動を始める。創業以来の営業赤字を受け、市川博邦社長が炊飯ジャーを高級品路線へ寄せた 大手家電の攻勢と円高で創業以来の営業赤字に陥った電気炊飯ジャーで、低価格競争を避けて高級品へ転じ、運動「サクセス90」と「クリエイト15」で商品開発とコスト削減を同時に進めた経営再建 値段で戦わないという選び方 象印がしたのは製品を高くしたことではなく、設備と量産で押す大手家電と同じ土俵を降り、コンセプトとデザインという模倣されにくい軸へ競争の場を移したことであった。営業担当者を売り場へ通わせて高齢者の需要を掘り当て、うるし塗りを思わせる意匠で家電ではない炊飯ジャーを押し出している。市川博邦社長の、正面から競争しないという言葉の実質が、そこにうかがえる。 高付加価値化・プレミアム 収益モデル転換 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/8002/decisions/strong-trading-house-1987/","t":"収益体質の歪みを社内に名指しし、収益力の回復を軸に据えた経営の立て直し","c":"丸紅","y":1987,"col":"#c8102e","s":"ロッキード事件の後遺症で「海図なき航海」に陥った丸紅で、1987年就任の春名和雄社長が売上至上・国内商売の弱さ・タテワリ組織という総合商社化の負の側面を自ら診断…","x":"1987 丸紅 「強い商社」への再生 収益体質の歪みを社内に名指しし、収益力の回復を軸に据えた経営の立て直し 1987年3月に春名和雄氏が丸紅の社長へ就任。強い商社への再生を掲げ、売上一番の競争と内地屋・貿易屋に区分した人事の弊害を名指しした ロッキード事件の後遺症で「海図なき航海」に陥った丸紅で、1987年就任の春名和雄社長が売上至上・国内商売の弱さ・タテワリ組織という総合商社化の負の側面を自ら診断し「\"強い商社\"への再生」を掲げた自己診断 病名を言い当てることと、治すこと この判断の核心は、大きな組織改革を断行した点ではなく、就任した社長が自社の弱さを自らの言葉で名指しした点にある。売上一番の競争、国内商売の弱さ、部門を隔てるタテワリ。いずれも繊維商から総合商社へ駆け上がった成功の裏返しであり、外からは見えにくい内側の弱点だった。春名和雄氏はそれを、飾らない口ぶりで一つずつ言い当てた。\"強い商社への再生\"という掲げ方は、まず自社の現在地を認めることから始めるという宣言でもあった。 経営再建・ターンアラウンド トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/8755/decisions/yasuda-gogh-sunflowers-1987/","t":"落札作品を自社美術館で一般公開する、文化事業としての位置づけ","c":"損害保険ジャパン","y":1987,"col":"#CC0022","s":"美術館の目玉となる作品を求めた文化事業上の必要と、損保業界2位として世界での知名度を高めたいという事業判断が重なり、上限を設けずに競売へ臨んだ","x":"1987 損害保険ジャパン ゴッホ「ひまわり」落札 落札作品を自社美術館で一般公開する、文化事業としての位置づけ 1987年3月にゴッホのひまわりを落札。安田火災海上保険がロンドンのクリスティーズで約53億円を投じ、後藤康男社長は上限を決めずに社員を送り出した 美術館の目玉となる作品を求めた文化事業上の必要と、損保業界2位として世界での知名度を高めたいという事業判断が重なり、上限を設けずに競売へ臨んだ 値付けを放棄した保険会社 損害保険は、起こりうる損害を確率と統計で見積もり、それに見合う対価を決める商売である。その会社のトップが、20億円と聞かされていた絵に上限を決めず社員を送り出した。『20億円だったら20億円の値打ちだし、100億円で落ちたら100億円の作品だ』という言葉は、値付けの根拠を自社の外に委ねる宣言でもあった。館蔵の最高額が岸田劉生の8000万円だった美術館にとって、53億円は桁が二つ違う買い物である。 ブランド・マーケティング 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/8850/decisions/starts-brand-unification-1987/","t":"スターツへの改称と、関係会社の吸収合併による一体化","c":"スターツコーポレーション","y":1987,"col":"#00A7DB","s":"機能別に分かれた法人と呼称を「スターツ」の1社へ統合し、地主・入居者に対する窓口と責任の所在を一本化した組織再編","x":"1987 スターツコーポレーション 千曲不動産からの商号変更 スターツへの改称と、関係会社の吸収合併による一体化 1987年7月に千曲不動産から商号を変更した。スターツ株式会社となり千曲建設などの関連会社を吸収合併し、仲介・建設・管理を1社へ集約した 機能別に分かれた法人と呼称を「スターツ」の1社へ統合し、地主・入居者に対する窓口と責任の所在を一本化した組織再編 名を統一することと、責任を分担すること この再編は、事業の数がまだ増えている途中に行われた点に特徴がある。四つに分かれた法人を1社へ寄せた判断は、地主との取引を長期の関係として扱う会社にとって、窓口と責任の所在を一つにする実務であったとみられる。創業者が自分の郷里の名を外して社員の側に名の根拠を移したという説明は情緒的にも読めるが、名が個人に紐づいたままでは、規模が増えるほど社外にも社内にも説明が要る。改称の動機と組織の要請が、たまたま同じ方向を向いていたともいえる。 ブランド・マーケティング 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/9142/decisions/founding-stabilization-fund-1987/","t":"国鉄分割民営化に伴う分離独立と、それを前提に組まれた事業設計","c":"九州旅客鉄道","y":1987,"col":"#EE3534","s":"日本国有鉄道改革法による分割民営化に伴い、三島会社に長期債務を承継させない代わりに経営安定基金を交付する枠組みのもとで会社の収益構造が定められた","x":"1987 九州旅客鉄道 経営安定基金3877億円で発足 国鉄分割民営化に伴う分離独立と、それを前提に組まれた事業設計 1987年4月に九州旅客鉄道として発足。国は長期債務を承継させない代わりに経営安定基金3,877億円を交付した 日本国有鉄道改革法による分割民営化に伴い、三島会社に長期債務を承継させない代わりに経営安定基金を交付する枠組みのもとで会社の収益構造が定められた 猶予の使い道は指定されなかった 1987年に九州旅客鉄道が受け取ったのは、鉄道の赤字を消す補助金ではなかった。本州3社が国鉄の長期債務を背負ったのに対し、三島会社には債務が承継されず、代わりに営業損失を埋めるだけの運用益を生む経営安定基金が置かれる。九州への交付額3,877億円は資産総額のおよそ3分の1にあたり、想定利率7.3%で運用して得る年約300億円が、発足時に見込まれた鉄道営業損失約300億円と向き合った。失う額と生む額が最初から釣り合う設計であったといえる。 隣接領域への展開 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9746/decisions/no-diversification-1987/","t":"東証2部上場でも多角化せず、会計事務所と地方公共団体の二本柱へ専門特化","c":"TKC","y":1987,"col":"#005EB8","s":"上場による資金調達を新事業ではなく既存二領域の深掘りに充て、多角化と機器売り切りを断つと定めた事業領域の選択","x":"1987 tkc 会計事務所と自治体への集中 東証2部上場でも多角化せず、会計事務所と地方公共団体の二本柱へ専門特化 1987年7月に東証二部へ上場し専門特化を表明。第2代社長の飯塚真玄が会計事務所とそのクライアント、市町村の仕事に集中する 上場による資金調達を新事業ではなく既存二領域の深掘りに充て、多角化と機器売り切りを断つと定めた事業領域の選択 狭さを選び続けられた理由 上場の場で多角化を否定するという表明は、成長の手段を自ら封じる宣言でもある。それでもこの選択が保たれたのは、二つの顧客層が制度に結び付いていたためと推察される。税制や商法が変わるたびに会計事務所の仕事は作り替えを迫られ、行財政改革が進めば市町村の電算化需要が生まれる。外から来る制度の変化が仕事を運んでくる構造のもとでは、新しい市場を探しに行くより、制度対応の速度と品質を上げるほうが合理的であった。 選択と集中 上場・ipo・市場変更 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/9863/decisions/owner-system-1987/","t":"直営店を独立採算の販売委託店へ切り替える運営方式への転換","c":"靴のマルトミ","y":1987,"col":"#333333","s":"店数を増やしても1店当たりの売上と利益が伸びない状態を、直営から独立採算の販売委託へ切り替えることで打開し、株式上場をにらんだ増収増益を図った","x":"1987 靴のマルトミ オーナーシステムの導入 直営店を独立採算の販売委託店へ切り替える運営方式への転換 1987年3月に独立採算制オーナーシステムを導入。直営店を販売委託店へ順次切り替え店舗の粗利益の75%を毎月オーナーへ支払う 店数を増やしても1店当たりの売上と利益が伸びない状態を、直営から独立採算の販売委託へ切り替えることで打開し、株式上場をにらんだ増収増益を図った 意欲を制度で買うということ この判断の中心にあるのは、店の数を増やす力から、1店の稼ぐ力へ経営の目盛りを付け替えたことであるのだろう。粗利の75%という配分は、本部の取り分をあえて売上の1割に抑える設計でもあり、増えた分はほぼ店に残る。富永氏が闇市で靴を売っていたころの働き方を各店に再現しようとした試みであり、成果は1店当たり経常利益の倍増となって現れた。人を雇って管理する代わりに、意欲そのものを制度で引き出す道を選んだ経営判断であっただろう。 収益モデル転換 雇用・労使 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/ddi/decisions/cellular-subsidiaries-1987/","t":"全国8地域への分散設立による移動体通信への参入と、首都圏・中部圏の割り当ての譲歩","c":"第二電電","y":1987,"col":"#B02A30","s":"半導体の集積度向上により自動車電話が携帯電話へ小型化するという読みに立った移動体通信への参入と、郵政省の全国二分割を受け入れたうえでの地域別8社の分散設立","x":"1987 第二電電 関西セルラー電話を設立 全国8地域への分散設立による移動体通信への参入と、首都圏・中部圏の割り当ての譲歩 1987年6月に第二電電が移動体通信へ参入。郵政省が首都圏・中部圏を日本移動通信に割り当てた残りの地域へ、4年で8社を設立した 半導体の集積度向上により自動車電話が携帯電話へ小型化するという読みに立った移動体通信への参入と、郵政省の全国二分割を受け入れたうえでの地域別8社の分散設立 面積を取り、人口を渡した参入 取ったのは面積で、渡したのは人口である。東京・名古屋という最も有利な市場を日本移動通信に渡し、代わりに他社と相乗りしない会社を手元に残した。ただし、残った地域の埋め方まで受け身だったわけではない。関西電力をはじめ地域電力会社や地元資本を株主に迎え、8社に分けて建てた形は、割り当てへの対応であると同時に、営業をどこから起こすかの設計でもあったと思われる。全国1社で運営していれば、この株主構成は生まれなかった。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/konica/decisions/konica-renaming-1987/","t":"輸出ブランドを社名に据え、「写真工業」を外した商号の一新","c":"コニカ","y":1987,"col":"#005CA3","s":"感光材料の成長鈍化と販売網整備の遅れに直面した会社が、輸出ブランドとして定着していた「コニカ」を社名に据え、事務機・情報機器を含めて名乗れる呼称へ改めた商号変更","x":"1987 コニカ コニカへの商号変更 輸出ブランドを社名に据え、「写真工業」を外した商号の一新 1987年10月に商号をコニカへ改める。輸出向けブランドを社名に据え、小西六写真工業から業種を示す語を外した 感光材料の成長鈍化と販売網整備の遅れに直面した会社が、輸出ブランドとして定着していた「コニカ」を社名に据え、事務機・情報機器を含めて名乗れる呼称へ改めた商号変更 名を先に変えるということ 『このままでは21世紀にらんだ展望が開けない』との危機意識を抱いた井手恵生社長が社名から取り去ったのは、\"写真工業\"という業種名であった。一方、同じ1987年に米国では印画紙の製造工場が建っている。事業の入れ替えを予告する改称ではなく、国内外で買い集めた販売会社と製造拠点を一つの呼称で集約するための実務であったと思われる。 ブランド・マーケティング 祖業・主力事業の転換 グローバル経営体制 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/2531/decisions/overseas-liquor-diversification-1986/","t":"焼酎が健在なうちに進めた海外酒類ブランドの取得","c":"宝ホールディングス","y":1986,"col":"#1878D8","s":"焼酎ブームで本業が絶頂にあるうちに、海外のスコッチ・バーボンのブランドを取得して事業領域を拡大した先行的な多角化。本体不振後の多角化は危険という経営判断に基づく","x":"1986 宝ホールディングス tomatinを設立 焼酎が健在なうちに進めた海外酒類ブランドの取得 1986年2月に英トマーチンを買収。焼酎ブームで最大手となった宝酒造がスコッチに続き1991年に米バーボンも取得 焼酎ブームで本業が絶頂にあるうちに、海外のスコッチ・バーボンのブランドを取得して事業領域を拡大した先行的な多角化。本体不振後の多角化は危険という経営判断に基づく ピークで動くことの割り切れなさ 本業が強いうちに次を仕込むという判断は、言葉にすれば正論に聞こえる。だが実際には、稼ぎ頭が好調なさなかに、成果の読めない海外事業へ資金と人を割く割り切りが要る。宝酒造がそれを実行できたのは、ビール撤退で本業を痛めた記憶が経営に残っていたからだと思われる。焼酎のブームがいつか終わることを、この会社は身をもって知っていた。ゆえに、絶頂で動いたところにこの判断の凄みがあるといえる。 海外進出・現地生産 隣接領域への展開 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/4186/decisions/tse-listing-1986/","t":"東証二部への株式上場と生産能力投資の資金基盤の確保","c":"東京応化工業","y":1986,"col":"#FF4D00","s":"予算枠を設けない研究開発と全国分散のレジスト工場網という二つの支出を、利益と銀行借入だけで賄う段階を終えるために、創業50年目に株式を公開して投資原資の調達先を…","x":"1986 東京応化工業 フォトレジスト事業で上場 東証二部への株式上場と生産能力投資の資金基盤の確保 1986年7月に東証二部へ株式上場。半導体用フォトレジストで国内シェア7割強を占めながら、資本金5億円台・従業員700人規模での公開 予算枠を設けない研究開発と全国分散のレジスト工場網という二つの支出を、利益と銀行借入だけで賄う段階を終えるために、創業50年目に株式を公開して投資原資の調達先を市場へ拡大した資本政策 寡占を守るための財布 この上場を、増産資金の手当てとだけ読むのは早い。伊藤毅雄社長が理由に挙げたのは資金ではなく、フォトレジストで70%強、精製水酸化カリウムで90数%という寡占の立場に見合う社会的な責任であった。多数の顧客の企業秘密を預かり、製品が一つ狂えば翌日に数億円の損害を与えかねない事業を、非公開のまま続けることへの居心地の悪さが経営の側にあったのだろう。上場は資金の調達より先に、寡占という立場の申告であった。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/4613/decisions/india-nerolac-1986/","t":"子会社化を起点とした、新興国を軸に据える成長路線への転換","c":"関西ペイント","y":1986,"col":"#0068B8","s":"国内向け生産体制を固めた関西ペイントが、タイ進出に続いて現地上場企業ネロラックを取得し、新興国市場を成長の軸に据えた海外展開戦略","x":"1986 関西ペイント 印nerolac子会社化 子会社化を起点とした、新興国を軸に据える成長路線への転換 1986年9月に印ネロラックを連結子会社化。ボンベイ証券取引所に上場していたkansai nerolac paintsの株式を取得し、新興国へ 国内向け生産体制を固めた関西ペイントが、タイ進出に続いて現地上場企業ネロラックを取得し、新興国市場を成長の軸に据えた海外展開戦略 現地企業を取り込む型の海外進出が残したもの 1986年の判断で目を引くのは、白紙から現地法人を設立したタイ方式と異なり、すでにボンベイ証券取引所に上場していた現地企業をそのまま取り込んだ点である。塗料は輸送コストの制約が大きく、現地生産・現地販売の性格が強い業種であり、ブランドと販売網を持つ既存企業を子会社化するほうが、市場への浸透は速かったと推察される。経営陣を入れ替えずに運営を委ねるやり方も、この時期から一貫して保たれてきたとうかがえる。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 インド・南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/4631/decisions/sun-chemical-acquisition-1986/","t":"グラフィックアーツ部門の取得による印刷インキ世界首位への到達","c":"DIC","y":1986,"col":"#8AC731","s":"創業80周年に売上高1兆円という長期計画に残った年率数%の差を、自力開発ではなく既存企業の取得で埋める判断。印刷インキは技術サービスの密着が要り、輸出や現地生産…","x":"1986 dic 米サン・ケミカル部門買収 グラフィックアーツ部門の取得による印刷インキ世界首位への到達 1986年12月に米サン・ケミカル部門買収。グラフィックアーツ部門を5億5,000万ドルで取得し、自己資本約1,000億円に迫る投資 創業80周年に売上高1兆円という長期計画に残った年率数%の差を、自力開発ではなく既存企業の取得で埋める判断。印刷インキは技術サービスの密着が要り、輸出や現地生産では入りにくいため、米国市場への参入手段は買収に限られていた 開発では埋まらなかった数% 5億5,000万ドル、当時の言い方で850億円は、自己資本およそ1,000億円の8割強にあたる。それを一度に投じた理由は、新製品開発で埋めるはずだった年率数%の差が、10年計画の後半に入っても残っていたところにある。研究開発費を売上高の6%まで積む構想は、成果が出るまでに年月を要する。その年月が1987年度という期限と噛み合わなかった。川村社長がポリクローム買収を\"時間の節約\"と言い換えたのは、期限から逆算した言葉であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 連続買収・ロールアップ グローバル経営体制 創業家・同族 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5012/decisions/nakahara-reform-1986/","t":"経営会議の組織風土の立て直しと、遊休地を収益源に変える新規事業の立ち上げ","c":"東燃ゼネラル石油","y":1986,"col":"#E60021","s":"精製と財務のコストだけが利益を左右する精製専業の枠内で、意思決定の場を議論の場へ変え、規制緩和を見越して石油以外の安定収益源を確保する","x":"1986 東燃ゼネラル石油 和歌山で電力卸売に参入 経営会議の組織風土の立て直しと、遊休地を収益源に変える新規事業の立ち上げ 1986年3月に中原伸之氏が社長へ就任。経営会議に担当課長を呼んで議論させ、1995年には和歌山で50万kwの電力卸売へ 精製と財務のコストだけが利益を左右する精製専業の枠内で、意思決定の場を議論の場へ変え、規制緩和を見越して石油以外の安定収益源を確保する 動かせる場所を選んだ改革 経営会議に担当課長を呼び、担当者に直接報告させ、傍らの若手にまで\"君はどう思うんだ\"と尋ねる——中原伸之社長が手を入れたのは、外資折半出資の精製専業という枠のなかで、自らの裁量が届く数少ない場所であった。原油の値決めも製品の販売も自社の手にはなく、精製と財務のコストだけが利益を左右する会社では、決定の質は議論の質にほぼ等しくなる。根回し済みの案件を承認する会議を、担当者が論じ合う会議へ変えたのは、その構造から素直に導かれた手であろう。 収益モデル転換 隣接領域への展開 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/7004/decisions/shipyard-rationalization-1986/","t":"二度の合理化策による人員・設備の削減と生産拠点の集約","c":"カナデビア","y":1986,"col":"#009078","s":"円切り上げと石油危機で超大型タンカーの需要が消え、堺・有明で積み上げた設備能力と2万5,000人の従業員が過剰になったため、二度の合理化で人員と設備を削減し、造…","x":"1986 カナデビア 因島・向島工場を縮小 二度の合理化策による人員・設備の削減と生産拠点の集約 1986年10月に第二次経営合理化策をまとめる。1975年の間接人員1,260人削減に続き二度にわたり人員と設備を削減 円切り上げと石油危機で超大型タンカーの需要が消え、堺・有明で積み上げた設備能力と2万5,000人の従業員が過剰になったため、二度の合理化で人員と設備を削減し、造船以外の事業へ収益源を移行した判断 守ろうとしたものが、減らす順番を決めた \"百万人の経営\"を掲げた会社が最初に手をつけたのは、間接部門の1,260人であった。しかもその内訳は自然減耗の不補充が510人、残りは関連会社への出向で、解雇は入っていない。労使協定で労働条件の平和的解決を約した経営が、削減の順番をどう並べたかがここに表れている。永田敬生社長は1972年春から適正操業度と減配・賃上げ抑制を唱えており、危機の読みが遅かったとはいえない。遅れたのは読みではなく、人を減らす速度であったとみられる。 リストラ・構造改革 雇用・労使 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7203/decisions/kentucky-plant-1986/","t":"合弁に頼らず北米で単独現地生産へ踏み出す決断","c":"トヨタ自動車","y":1986,"col":"#EB0A1E","s":"対米輸出自主規制とローカルコンテント法案の圧力に対し、合弁NUMMIでの検証を踏まえて北米単独工場の建設を決めた現地生産の決断","x":"1986 トヨタ自動車 ケンタッキー工場の建設 合弁に頼らず北米で単独現地生産へ踏み出す決断 1985年7月の臨時取締役会で米国・カナダへの単独工場進出を決定。2,000cc級乗用車を年産20万台規模とし、1986年1月にトヨタ モーター マニュファクチャリング u.s.a.を設立した 対米輸出自主規制とローカルコンテント法案の圧力に対し、合弁nummiでの検証を踏まえて北米単独工場の建設を決めた現地生産の決断 合弁で確かめ、単独で投資する この決断の核心は、合弁で確かめてから単独で投資する二段階の手順にある。トヨタはnummiで、北米の労働環境でも自社の生産方式が機能すると確かめたうえで、ケンタッキーに単独工場を建設した。引き金は対米輸出自主規制という外圧であったが、トヨタはそれを規制回避の受け身の投資にとどめず、未経験者を一から育てて日本製と同等の品質を出すという、より重い課題を自らに課した点に特徴がある。工場用地の選考を『歴史のなかで最も困難なことの一つ』と呼んだ慎重さも、逃げ場のない単独投資の重みを物語る。 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7238/decisions/gm-joint-venture-1986/","t":"ベンディックスとの技術提携を解いての米国生産への踏み出し","c":"曙ブレーキ工業","y":1986,"col":"#0092EF","s":"米国での生産を封じていた技術提携を打ち切り、世界最大の完成車メーカーとの合弁でブレーキシステム全体のノウハウと現地生産の足場を得た判断","x":"1986 曙ブレーキ工業 gm合弁アムブレーキ設立 ベンディックスとの技術提携を解いての米国生産への踏み出し 1986年に米gmと合弁アムブレーキを設立。1960年以来のベンディックス社との技術提携を解きケンタッキー州で米国生産を開始する 米国での生産を封じていた技術提携を打ち切り、世界最大の完成車メーカーとの合弁でブレーキシステム全体のノウハウと現地生産の足場を得た判断 賭けの相手が、最大の取引先になった この判断は、対米進出という表向きの目的よりも、提携の解消を先に置いた点に性格がよく表れている。米国進出を果たせなくとも当面の経営に支障はないが、技術提携を続けたままでは、提携先の都合ひとつで事業が揺らぐ。曙ブレーキは、その不確実な相手から離れるために、より大きなgmという相手を選んだ。筆頭株主に伏せて交渉を進め、呑めない条件をあえて提示して物別れの形を作る手順には、四半世紀にわたって技術を借りてきた側が主導権を掌握し直そうとする意図がうかがえる。 海外進出・現地生産 技術・r&d起点の勝負 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8318/decisions/heiwa-sogo-merger-1986/","t":"同業行の吸収合併によって一挙に獲得した首都圏の店舗網","c":"住友銀行","y":1986,"col":"#004831","s":"出店規制のもとで首都圏の店舗網を一度に得るため、内紛で株式が動いた相互銀行を吸収合併し、預金量で国内2位の規模を実現した判断","x":"1986 住友銀行 平和相互銀行を吸収合併 同業行の吸収合併によって一挙に獲得した首都圏の店舗網 1986年10月に平和相互銀行を吸収合併。住友銀行が首都圏の約100店を得て、新資本金1266億円・預金24兆円で国内2位へ 出店規制のもとで首都圏の店舗網を一度に得るため、内紛で株式が動いた相互銀行を吸収合併し、預金量で国内2位の規模を実現した判断 制度が生んだ稀少性を、制度が変わる前に買う 首都圏の100店舗という数字が、この合併の理由をほぼ説明している。出店規制のもとでは支店の免許そのものが価値を持ち、店を一つ増やすより銀行を一つ引き受けるほうが早いという計算が成り立っていた。しかも住友銀行は交渉で相手を選んだのではなく、創業家の内紛で動いた株式を仲介者から引き受ける形で、大阪の銀行に欠けていた東京の窓口を一度に獲得している。制度が作った稀少性を、制度が変わる前に買った判断である。 合併・経営統合 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/9065/decisions/nakamura-kisen-tosan-1986/","t":"親会社の経営破綻を受けた35歳・中村公一氏への経営の引き継ぎ","c":"山九","y":1986,"col":"#E60012","s":"海運不況による親会社・中村汽船の自己破産（負債595億円）と社長急逝という二重の危機を受け、創業家から35歳の中村公一氏が5代目社長に就任し、負債を背負う形で再…","x":"1986 山九 中村公三氏の急逝と中村公一氏への継承 親会社の経営破綻を受けた35歳・中村公一氏への経営の引き継ぎ 1986年3月に中村公一氏が5代目社長に就任した。親会社の中村汽船が負債595億円で自己破産し、中村公三社長の急逝を受け創業家から35歳で継いだ 海運不況による親会社・中村汽船の自己破産(負債595億円)と社長急逝という二重の危機を受け、創業家から35歳の中村公一氏が5代目社長に就任し、負債を背負う形で再建に着手した 危機下の継承という始まり この判断の核心は、親会社の破産という自らの手の及ばない外部要因と、社長の急逝という内部の空白が、わずか1カ月足らずのうちに重なった点にある。平時の事業承継であれば、後継者選定に時間をかける余地もあっただろう。しかし山九の場合、35歳という若さの中村公一氏が、負債を背負ったまま経営の舵取りを引き継がざるを得ない状況に置かれた。同族経営における継承が、選ばれた継承ではなく、迫られた継承として始まった点に、この判断の特異性がうかがえる。 トップ交代・承継 創業家・同族 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/9502/decisions/hekinan-coal-1986/","t":"ガス火力の計画から海外炭の石炭火力への転換と、70万kW3基の建設","c":"中部電力","y":1986,"col":"#E60012","s":"2度の石油危機を経て電源構成の最適化を目指すなか、ガス火力として準備していた碧南の地点を海外炭の大容量石炭火力へ切り替え、県との環境保全の折衝と20漁協の同意を…","x":"1986 中部電力 碧南火力発電所の新設 ガス火力の計画から海外炭の石炭火力への転換と、70万kw3基の建設 1986年1月に愛知県と碧南市へ石炭火力70万kw3基の建設を正式に申し入れ。ガス火力として計画した地点を海外炭の石炭火力へ転換し、1988年6月に着工し、1993年4月に3基がそろった 2度の石油危機を経て電源構成の最適化を目指すなか、ガス火力として準備していた碧南の地点を海外炭の大容量石炭火力へ切り替え、県との環境保全の折衝と20漁協の同意を経て70万kw3基を建設した判断 一度手放した燃料を戻した理由 碧南の決断は、新しい発電技術の導入というより、一度手放した石炭という燃料を電源構成へ戻す決断であったと思われる。1970年代半ばに最後の石炭火力を石油へ切り替えた会社が、わずか10年ほどで海外炭の大容量火力を計画したのは、2度の石油危機で燃料を一つに依存する危うさを知ったからだろう。ガス火力として準備していた地点をそのまま石炭へ振り向けた転換は、lngの拡大と並行して、燃料の分散をもう一段進める意図の表れと読める。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/konica/decisions/royal-business-machines-1986/","t":"北米の事務機販売網を自前で持つための完全子会社化","c":"コニカ","y":1986,"col":"#005CA3","s":"感光材料の成長鈍化と販売網整備の立ち遅れに直面した会社が、34%の資本参加にとどめず親会社から残る66%を取得し、北米の事務機販売網を代理店経由から自前へ移行し…","x":"1986 コニカ 米ロイヤル社の子会社化 北米の事務機販売網を自前で持つための完全子会社化 1986年1月に米ロイヤル社を完全子会社化。西ドイツ・フォルクスワーゲンから残る66%を取得し、北米の事務機販売網を得た 感光材料の成長鈍化と販売網整備の立ち遅れに直面した会社が、34%の資本参加にとどめず親会社から残る66%を取得し、北米の事務機販売網を代理店経由から自前へ移行した買収 半分だけ取得しても、網は動かない 34%の資本参加から2年で残る66%を買い取ったのは、販売会社を半分だけ持っても動かせないと見たからであろう。1979年に米国のカメラ販売を代理店から合弁へ移したときも、セールスマンはバーキィ・フォトが担当し、コニカ社独自の販売員はいなかった。同じ持ち方を事務機で繰り返さないために、親会社のフォルクスワーゲンごと相手にする道を選んなのだろう。井手恵生社長が自ら交渉に乗り込んだのも、価格より全株の取得を優先したためである。 クロスボーダーm&a(日本→海外) pmi・買収後統合 販路・チャネル転換 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/ltcb/decisions/eie-lending-and-withdrawal-1986/","t":"取引開始から深入りし、1993年に至って関係を断つまでの経緯","c":"日本長期信用銀行","y":1986,"col":"#C2023E","s":"社債市場の発達で基幹産業の借入依存度が下がるなか、産業金融に代わる借り手をノンバンク・不動産開発に求め、7年半で引き揚げた貸出方針","x":"1986 日本長期信用銀行 イ・アイ・イへの支援打ち切り 取引開始から深入りし、1993年に至って関係を断つまでの経緯 1986年1月にイ・アイ・イとの取引を開始。高橋治則氏の会社へ1988年4月に役員を送り、1993年7月に支援を打ち切った 社債市場の発達で基幹産業の借入依存度が下がるなか、産業金融に代わる借り手をノンバンク・不動産開発に求め、7年半で引き揚げた貸出方針 審査の届く範囲を超えた貸出 店舗数が大手都銀の20分の1以下という銀行が、社債市場へ移っていく基幹産業に代わる借り手を探したこと自体は、当時の条件では避けようのない判断であった。狂ったのは相手の選び方より、審査の届く範囲だっただろう。大野木克信氏が認めたとおり、長銀はリストラ期間まで高橋治則氏の明の部分だけを見ていればよいと考えていた。設備資金を審査してきた銀行が、不動産とレジャーの事業計画を同じ物差しで測れると考えたところに無理があった。 収益モデル転換 隣接領域への展開 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/mori-building/decisions/ark-hills-mixed-use-1986/","t":"サントリーホール・テレビ朝日の誘致と、住宅・ホテルまで含めた用途構成の選択","c":"森ビル","y":1986,"col":"#9FA0A0","s":"賃料の取れるオフィスで街区を埋めるのではなく、収益を生まない文化施設と住宅・ホテル・放送局を同じ街区に配置し、情報化と外資金融の誘致を重ねて街全体の価値を上げる…","x":"1986 森ビル アークヒルズの用途複合化 サントリーホール・テレビ朝日の誘致と、住宅・ホテルまで含めた用途構成の選択 1982年6月にアークヒルズの用途を複合化。オフィスに住宅・ホテルを重ね、テレビ朝日とサントリーホールを同じ街区へ迎えた 賃料の取れるオフィスで街区を埋めるのではなく、収益を生まない文化施設と住宅・ホテル・放送局を同じ街区に配置し、情報化と外資金融の誘致を重ねて街全体の価値を上げる構成をとった ふさわしいかどうかで決めた床 坪当たりの賃料と入居率を積み上げて収支を組むのが賃貸ビル業の常道で、そこから街区との釣り合いを物差しにする発想は生まれない。だがアークヒルズでは、クラシック音楽だけを演奏するホールは文化の香りが強くこの街区に似合うとして、森泰吉郎氏が賃料や稼働率を脇に置いてサントリーホールを迎え入れた。その性格こそが、1985年にバンク・オブ・アメリカが1160坪を借りた理由になり、同行はホテルを備え、終業後をコンサートホールで過ごせる複合開発である点を挙げた。収益を生まない床が、最も賃料の取れる床を呼び込んだと推察される。 ブランド・マーケティング 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/mori-building/decisions/ark-hills-redevelopment-1986/","t":"単独ビルの建設から市街地再開発事業への転換","c":"森ビル","y":1986,"col":"#9FA0A0","s":"1棟ずつ取得していく手法の延長では扱えない規模の街区を、都市再開発法の枠組みで地権者を巻き込みながら開発する方式へ切り替えた","x":"1986 森ビル アークヒルズの竣工 単独ビルの建設から市街地再開発事業への転換 1971年2月に赤坂・六本木の再開発へ着手。都市再開発法の民間活用第1号として16年で用地をまとめ、1986年3月に竣工 1棟ずつ取得していく手法の延長では扱えない規模の街区を、都市再開発法の枠組みで地権者を巻き込みながら開発する方式へ切り替えた 急がないという原則が背負ったもの 1棟のビルが相手なら10年の交渉として現れた『決して急がないこと。それが土地買収のコツだ』という原則は、街区ごと扱う赤坂の案件になると、用地の集約に16年、完成までに20年を費やす長さへと広がった。1971年に報じられた時点では着工は翌年とされていたが、竣工したのは1986年である。交渉を急がなかった理由には、資金繰りの上で急ぐ余力がなかった事情も重なっていたとみられる。裏を返せば、付加価値を地権者と分け合う方式をとる以上、完成までの資金を抱え続ける決断も伴っていた。 祖業・主力事業の転換 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/2914/decisions/privatization-1985/","t":"公社から日本たばこ産業への衣替え","c":"JT","y":1985,"col":"#00A273","s":"需要の頭打ちと市場開放圧力のもと、専売公社を株式会社へ改組し、経営の自由度と多角化の余地を段階的に得た制度転換","x":"1985 jt 専売公社の株式会社化 公社から日本たばこ産業への衣替え 1985年4月に専売公社の株式会社化。塩とたばこを独占してきた日本専売公社が日本たばこ産業となり全株を大蔵大臣が持つ 需要の頭打ちと市場開放圧力のもと、専売公社を株式会社へ改組し、経営の自由度と多角化の余地を段階的に得た制度転換 「民」と「官」の間に線を引いた設計の意味 この判断の核心は、公社を一気に民間企業へ切り替えたのではなく、全株を政府に残したまま段階的に移していく\"特殊会社\"という中間形態を選んだ点にある。専売という制度は財政と農政の双方に深く根を張っており、そのすべてを一度に手放すことは現実的でなかった。経営の自由度をどこまで、どの順で渡すか——その線引きを時間をかけて動かしていく設計は、混乱を避ける知恵であると同時に、旧習を長く残す装置にもなった。 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3407/decisions/yoshino-lithium-ion-nobel-2019/","t":"吉野彰氏による基本構造の確立と、それを囲い込む特許戦略","c":"旭化成","y":1985,"col":"#005BAB","s":"研究員だった吉野彰氏が負極に炭素材料を採用する技術的判断を下し、1985年から86年の特許出願を経て2019年のノーベル化学賞受賞に至った","x":"1985 旭化成 リチウムイオン電池を確立 吉野彰氏による基本構造の確立と、それを囲い込む特許戦略 1985年にリチウムイオン電池の基本構造を確立。旭化成の研究員だった吉野彰が負極に炭素材料を用いる特許を出願し、2019年にノーベル化学賞を受賞 研究員だった吉野彰氏が負極に炭素材料を採用する技術的判断を下し、1985年から86年の特許出願を経て2019年のノーベル化学賞受賞に至った 技術の起源を保持し続けることの価値 この決断の核心は、経営会議で下された事業戦略ではなく、一人の研究員が2年ごとに与えられた基礎研究のテーマ設定のなかで下した技術的な選択にあったと推察される。負極に炭素材料を選ぶという判断は、当時は電池の量産や事業化の成否を左右する経営上の一手として意識されていたわけではなかった。だが、この技術的判断こそが、その後30年余りにわたる旭化成の電池事業の浮き沈みを超えて生き残る資産となったと思われる。 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4118/decisions/fontaine-transfer-to-aderans-1985/","t":"女性かつら直営事業の手放しと、人工毛カネカロンの素材供給への専念","c":"カネカ","y":1985,"col":"#005BAC","s":"市況に左右されにくい電子材料・特殊樹脂・バイオサイエンスへ資源を集中するため、化学メーカーの技術と経営力を発揮しにくい川下事業を、収益力があるうちに専業メーカー…","x":"1985 カネカ フォンテーヌをアデランスへ譲渡 女性かつら直営事業の手放しと、人工毛カネカロンの素材供給への専念 1985年8月に女性用かつら子会社を手放す。鐘淵化学工業が全額出資のフォンテーヌ株式を10億円強でアデランスへ渡し、事業の入れ替えを急ぐ 市況に左右されにくい電子材料・特殊樹脂・バイオサイエンスへ資源を集中するため、化学メーカーの技術と経営力を発揮しにくい川下事業を、収益力があるうちに専業メーカーへ譲渡した テストの場が要らなくなった日 フォンテーヌは、カネカロンの用途を自前で作るために置いた会社であった。年商230億円まで育った素材のうちかつら向けは1割ほどにとどまり、難燃性を生かした住宅用品やインテリアが用途の主役を引き受けた。製品テストの場という役割が薄れた時点で、鐘淵化学工業はフォンテーヌを専業メーカーへ渡した。手放したのは不振の事業ではなく、役目を終えた事業である。新納真人社長の挙げた『技術と経営力を発揮しにくい事業分野』という基準は、この一件にそのまま当てはまる。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/4182/decisions/functional-materials-shift-1985/","t":"汎用化学品から機能化学品・電子材料への主力事業の転換","c":"三菱瓦斯化学","y":1985,"col":"#FF0000","s":"逆オイルショックと円高で汎用化学品の原料優位が崩れた市場環境の変化を機に、製品群を高機能・高付加価値へ組み替え、電子材料を主力事業へ育てた業態転換","x":"1985 三菱瓦斯化学 bt樹脂で機能化学品へ転換 汎用化学品から機能化学品・電子材料への主力事業の転換 1985年に機能化学品へ主力を移行する。三菱瓦斯化学が逆オイルショックと円高を受け、1976年開発のbt樹脂を半導体パッケージ用積層板へ展開する 逆オイルショックと円高で汎用化学品の原料優位が崩れた市場環境の変化を機に、製品群を高機能・高付加価値へ組み替え、電子材料を主力事業へ育てた業態転換 危機が前へ押し出した選択 汎用から機能への転換を、市況に疲れた会社が逃げ場を探した動きとだけ読むのは、順序を取り違えている。bt樹脂は環境が悪化する前の1976年に生まれ、銅張積層板の事業も1975年に始まっていた。1985年の逆オイルショックと円高が突きつけたのは、すでに手元にある高機能の種を主力へ育てるという決断の期限であった。汎用品の原料優位が崩れたからこそ、傍流だった電子材料へ資源を振り向ける整理がついた——危機が転換を生んだというより、危機がすでにあった選択肢を前へ押し出したのだろう。 祖業・主力事業の転換 高付加価値化・プレミアム 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/4183/decisions/mitsui-cho-sekkagaku-1985/","t":"エチレン生産の一極化と、汎用品からの脱却を掲げたビジョンの提示","c":"三井化学","y":1985,"col":"#00A1E9","s":"設備過剰と二度の石油危機・変動相場制による競争力低下に直面し、産構法に基づくエチレン集約と「超石油化学」ビジョンで汎用品依存から特殊品・機能材へ事業構造を転換し…","x":"1985 三井化学 浮島集約と超石化転換 エチレン生産の一極化と、汎用品からの脱却を掲げたビジョンの提示 1985年10月に浮島石油化学へ全量集約。三井石油化学工業が産構法の過剰設備処理でエチレン生産を移管し、超石油化学を掲げ特殊化学品と機能性素材へ 設備過剰と二度の石油危機・変動相場制による競争力低下に直面し、産構法に基づくエチレン集約と「超石油化学」ビジョンで汎用品依存から特殊品・機能材へ事業構造を転換した判断。 火を落とすという決断 この判断の核心は、日本の石油化学発祥の地からエチレンの火を落とし、量産で競う汎用石化から、特殊品と機能材で稼ぐ体質へと事業の重点を移そうとしたことにある。産構法という国主導の枠組みに乗りながら、浮島石油化学、三井日石ポリマー、外資合弁、そしてグランドポリマーと、共同事業の型を再編の場面でも繰り返し用いた点に、1955年の共同出資に始まる同社の意思決定の底流がうかがえる。設備を減らす決断と、進む方向を示す宣言とを同じ年に重ねたところに、この転機の輪郭が表れていると推察される。 祖業・主力事業の転換 高付加価値化・プレミアム リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4511/decisions/household-divestment-1985/","t":"トイレ用芳香剤を含む家庭用品20品目の一括での切り離し","c":"藤沢薬品工業","y":1985,"col":"#333333","s":"薬価引き下げで営業利益がピーク時の約半分に減少するなか、収益率の低い家庭用品部門を切り離して医薬品へ人と資金を寄せる構造転換","x":"1985 藤沢薬品工業 ピコレットなどライオンへ譲渡 トイレ用芳香剤を含む家庭用品20品目の一括での切り離し 1985年5月にピコレットなどライオンへ譲渡。トイレ用芳香剤を含む家庭用品約20品目で、売上高37億円の部門を商標ごと手放した藤沢薬品 薬価引き下げで営業利益がピーク時の約半分に減少するなか、収益率の低い家庭用品部門を切り離して医薬品へ人と資金を寄せる構造転換 10億円が語るもの 藤沢が受け取った額は、業界推定で10億円前後にすぎない。営業利益が138億円まで減少した会社の穴を埋める金額ではなく、資金の手当てが目的でなかったことは、この一点からうかがえる。手放したのは、シェアが11%まで下がったピコレットを抱えて家庭用品市場で他社と競う立場そのものであった。会社が挙げた集中先は大衆薬であったが、半年後に決めたのは米ライフォメッドへの22.5%資本参加であり、空いた手が向かった先は欧米の医療用医薬品であったと推察される。 事業売却・撤退 選択と集中 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4966/decisions/overseas-follow-customers-1985/","t":"顧客の海外移転に追随した10か国への拠点設置と、地域完結型の営業体制の構築","c":"上村工業","y":1985,"col":"#416F9C","s":"プラザ合意後の円高で自動車・家電の顧客が生産を海外へ移転したため、顧客の工程のそばで薬品と技術サービスを供給する体制を現地に再構築した判断","x":"1985 上村工業 プラザ合意後の10か国展開 顧客の海外移転に追随した10か国への拠点設置と、地域完結型の営業体制の構築 1985年12月に海外10か国に拠点設置。プラザ合意で生産を移転する自動車・家電の顧客を追い、米国から2012年のインドネシアまで会社を設立した プラザ合意後の円高で自動車・家電の顧客が生産を海外へ移転したため、顧客の工程のそばで薬品と技術サービスを供給する体制を現地に再構築した判断 追随の中身を決めたのは誰か 顧客に付いていく、という言い方は受け身に聞こえる。実際、上村工業は自ら市場を選んだのではなく、自動車や家電のメーカーが出ていった先へ会社を設立した。ただ、追随の中身を決めたのは同社であった。上村寛也社長が掲げた地域完結型は、日本から薬品を送って売る輸出の延長ではなく、販売と技術サービスをその地域の中で完結させる形である。為替の振れから商売を切り離す目的をそこに置いた点で、この判断は移動の後追いにとどまらなかったとみられる。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/5110/decisions/dunlop-overseas-acquisition-1985/","t":"保有株の取得による欧州3社・米国のタイヤ事業の取り込み","c":"住友ゴム工業","y":1985,"col":"#0081CC","s":"資本の40パーセントとダンロップ商標の使用条件を英国側に掌握された関係を解き、同時に欧州3社と米国ダンロップ社の生産拠点を引き受けて、日米欧の三極に製造販売の拠…","x":"1985 住友ゴム工業 英ダンロップ事業を取得 保有株の取得による欧州3社・米国のタイヤ事業の取り込み 1983年12月に英ダンロップ保有株を取得。発行済株式の40%を日本側が引き取り、1986年までに欧米4カ国のタイヤ事業も譲り受けた 資本の40パーセントとダンロップ商標の使用条件を英国側に掌握された関係を解き、同時に欧州3社と米国ダンロップ社の生産拠点を引き受けて、日米欧の三極に製造販売の拠点を開設するための買収 買収で得た自由と、抱えた工場 1984年から1986年に買収へ投じた約300億円は、1985年の経常利益37億4,000万円の8倍にあたる。40パーセントの株式を取り戻すだけなら、この額は要らなかった。横瀬社長は2年の交渉の末、資本の従属を解くと同時に赤字の親会社の工場まで引き受ける道を選んだ。ダンロップの商標を使える範囲を英国側に握られたままでは、国内が円高で細ったときに売る先がない。買う側と買われる側が入れ替わったこの取引で住友ゴム工業が得たのは、規模よりも、どの市場へ売るかを自分で決められる立場であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) pmi・買収後統合 グローバル経営体制 経営再建・ターンアラウンド 欧州 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5232/decisions/hi-cement-50-1985/","t":"売上構成比50%を目標に据えた10年計画と、「電・光・石・化」4分野への進出","c":"住友大阪セメント","y":1985,"col":"#7DBD33","s":"セメント需要の成熟と円高による輸入増を前に、設備と人員の削減だけでは収益が戻らないと判断し、非セメント部門を売上の半分まで育てる10年計画を策定した","x":"1985 住友大阪セメント 非セメント事業に多角化 売上構成比50%を目標に据えた10年計画と、「電・光・石・化」4分野への進出 1985年4月に非セメント事業に多角化。今川彦二社長がrcp作戦を決め、非セメント比率を8.7%から50%へ引き上げる目標 セメント需要の成熟と円高による輸入増を前に、設備と人員の削減だけでは収益が戻らないと判断し、非セメント部門を売上の半分まで育てる10年計画を策定した 届かない数字を掲げた理由 非セメント50%という数字は、達成の見込みから逆算されたものではなかった。1984年3月期の非セメント売上126億円に対し、10年後に置いた1,250億円は10倍にあたる。2期連続の赤字と3期に及ぶ無配で身動きの取れない会社が、最も回収の遅い研究開発型の4分野を選び、届きそうにない比率を対外的に掲げた。rcp研修会と組織風土改善運動を同時に走らせたことをあわせれば、この数字は計画であると同時に、セメント単一事業を前提に固まった社内の見方を外から崩す道具でもあったと読める。 飛び地・非関連多角化 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5403/decisions/semiconductor-1985/","t":"LSI事業推進部の発足によるASIC事業への参入と、独立会社への切り出し","c":"川崎製鉄","y":1985,"col":"#23429A","s":"国内鉄鋼市場の成熟と円高で本業の利益が消えるなかで、設備規模を競う汎用半導体ではなく設計で収益を上げるASICを選び、製造を外部と分担した多角化","x":"1985 川崎製鉄 川崎マイクロエレクトロニクス分社 lsi事業推進部の発足によるasic事業への参入と、独立会社への切り出し 1985年にlsi事業推進部を設置し半導体へ参入。川崎製鉄がasicの設計販売を開始し、1990年に宇都宮工場、2001年7月に分社した 国内鉄鋼市場の成熟と円高で本業の利益が消えるなかで、設備規模を競う汎用半導体ではなく設計で収益を上げるasicを選び、製造を外部と分担した多角化 抱えるか、手放すかの線引き 売上高1兆923億円に対し、1984年3月期の当期純利益は8億円だった。その翌年に川崎製鉄が次の収益源として選んだのは、汎用メモリではなく受託設計のasicで、製造設備も自前では抱えなかった。高炉メーカーが半導体に持ち込めるものは資金と土地であって、微細化の設備競争を続ける体力でも、量産品の値下げ合戦で競争優位を保って生き残る経験でもない。設計と顧客対応で稼ぐ形は、自社にない資源を最小限しか要求しない。 飛び地・非関連多角化 技術・r&d起点の勝負 分社・スピンオフ・子会社上場 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/6479/decisions/acquisition-strategy-1985/","t":"試みと、買収される側に回ったコングロマリット戦略","c":"ミネベアミツミ","y":1985,"col":"#004EA8","s":"極小ベアリング専業からM&Aで多角化したミネベアが、コングロマリット戦略の頂点として三協精機に敵対的買収を仕掛けたが、銀行・取引先・労組の防戦に阻まれ1988年…","x":"1985 ミネベアミツミ 三協精機への敵対的買収 試みと、買収される側に回ったコングロマリット戦略 1985年に三協精機への敵対的買収。極小ベアリング世界最大手のミネベアが株式約19%を取得し筆頭株主となり、高橋高見氏が対等合併を要求 極小ベアリング専業からm&aで多角化したミネベアが、コングロマリット戦略の頂点として三協精機に敵対的買収を仕掛けたが、銀行・取引先・労組の防戦に阻まれ1988年3月に断念。交渉中に自らも海外投資家トラファルガー・グレンに約23%を取得され、買収される側に回った攻防 規模を追うか、本業に徹するか この決断の核心は、本業のベアリングに徹するか、買収で規模と多角化を取るかという問いにある。高橋高見氏は迷わず後者を選び、部品の専業から世界屈指のメーカーへと会社を押し上げた。その拡大の勢いが最も強く表れたのが、1985年の三協精機への敵対的買収の試みであった。だが日本の敵対的m&aの先駆けとなったこの一手は、銀行・取引先・労働組合が一体で独立を守る\"家\"のような企業社会の壁に阻まれ、退けられた。規模を至上とする論理は、まだこの時代の日本には根を張れなかった。 敵対的・同意なき買収 破談・撤回 外資傘下入り・対内m&a"},{"k":"decision","u":"/tse/6702/decisions/1985-datsu-ibm-diversification/","t":"互換路線に頼らない通信・AI・パソコンという新市場への同時攻勢","c":"富士通","y":1985,"col":"#c8102e","s":"汎用機でIBMを追い抜いた後、一本足の限界を見越して通信・AI・パソコンへ多角化し成長軸を拡大した判断","x":"1985 富士通 脱ibm路線での多角化 互換路線に頼らない通信・ai・パソコンという新市場への同時攻勢 1985年11月に脱ibmを掲げ汎用機以外へ多角化した。1980年に日本ibmを追い抜いた富士通が通信機・ai・パソコンの新市場へ展開した 汎用機でibmを追い抜いた後、一本足の限界を見越して通信・ai・パソコンへ多角化し成長軸を拡大した判断 追い抜いた先に、何を目指すか この多角化の意味は、成功のあとに訪れる方向の喪失にどう向き合ったか、という点にある。追いかける目標があるうちは、汎用機でibmを抜くという一途さが力になった。だが抜いてしまうと、その一途さは行き場を失った。1985年の\"脱ibm\"は、目標を失った会社が新しい成長軸を自分で立てようとした試みであったのだろう。追う対象があった時代の強さと、それを失った後の難しさが、同じ会社に同居していた。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/6869/decisions/reagent-instrument-recurring-1985/","t":"装置単体ではなく「計数結果を売る会社」への業態の設計","c":"シスメックス","y":1985,"col":"#1156A6","s":"機器の単発販売を避け、機器と専用試薬をセットで提供する継続課金型に業態を設計し、高収益・安定成長の基盤を構築した判断","x":"1985 シスメックス 機器・試薬セット販売 装置単体ではなく「計数結果を売る会社」への業態の設計 1985年に機器と試薬をセットで販売する型へ。血球計数器を単発販売で終わらせず、設置後も検査のたびに試薬の需要が生じる仕組みを設計 機器の単発販売を避け、機器と専用試薬をセットで提供する継続課金型に業態を設計し、高収益・安定成長の基盤を構築した判断 装置ではなく、結果を販売する この判断の芯は、自社を何を売る会社と定義したかにある。血球計数器のメーカーであれば、より速く正確な装置を作って売ることに向かうのが自然である。だが東亜医用電子は、装置そのものより、その装置が生む\"計数結果\"を売る会社だと自らを定義した。機器を入口に、試薬という消耗品で継続して稼ぐこの型は、装置単体の性能競争から一歩引いた場所に事業の重みを置く選択であったと思われる。 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6954/decisions/high-margin-1985/","t":"NC装置の圧倒的シェアを、規模ではなく収益性の追求に振り向けた経営","c":"ファナック","y":1985,"col":"#dcb414","s":"競争相手より優位に立てる価格と利益率35%を先に決めて開発する独自の商品哲学で、高シェアと高収益を同じ商品の上に同時に成り立たせた経営","x":"1985 ファナック 利益率35%の高収益経営 nc装置の圧倒的シェアを、規模ではなく収益性の追求に振り向けた経営 1985年に利益率35%を経営の基本に据える。nc装置で国内シェア約75%・世界約50%を占め、売上高経常利益率も3割半ば 競争相手より優位に立てる価格と利益率35%を先に決めて開発する独自の商品哲学で、高シェアと高収益を同じ商品の上に同時に成り立たせた経営 「利益率」経営が数値の上でも定着した1980年代半ば 市場で優位に立てる価格を先に置き、利益率35%を前提に原価を絞り込む手法は、本来は両立の難しい高シェアと高収益を、同じ商品の上に同時に成り立たせようとするものであった。本稿が主に依拠する数値は1983年3月期の決算と1984年春の調査記事によるものだが、その後も業績は拡大し、単体の経常利益は1984年3月期の438億円から1985年3月期には519億円へ、売上高もほぼ同期間に1,154億円から1,417億円へと伸び、売上高経常利益率はなお3割半ばを保った。nc工作機械での高シェアと日本トップ級の高利益率という同社の姿は、1980年代半ばに定着し、頂点に達した時期と推察される。 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/7753/decisions/alpha-7000-autofocus-1985/","t":"オートフォーカス一眼レフへの賭けと、通常の4倍にあたる初回投入","c":"ミノルタ","y":1985,"col":"#333333","s":"成熟したと見られていた一眼レフ市場に対し、オートフォーカスという技術でピント合わせの不満を解消し、1桁だった国内シェアを取り戻す判断","x":"1985 ミノルタ α-7000の発売 オートフォーカス一眼レフへの賭けと、通常の4倍にあたる初回投入 1985年2月にミノルタカメラがα-7000を発売。世界初の実用オートフォーカス一眼レフで、通常の4倍にあたる1万台を積み上げた 成熟したと見られていた一眼レフ市場に対し、オートフォーカスという技術でピント合わせの不満を解消し、1桁だった国内シェアを取り戻す判断 当たり方が大きすぎた 国内シェアが1桁の会社が、成熟したと言われ続けた市場で、自社の常識の4倍にあたる1万台を発売初日の店頭に積んだ。技術が売れるかどうかは出してみなければ分からないから、不確実さは残る。ただし資源を投じて備えたのは需要の有無ではなく、需要が出たときに供給しきれるかどうかであった。発売の2カ月以上前、1984年12月から生産を開始した点に、その用心深さが出ている。 技術・r&d起点の勝負 ブランド・マーケティング 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8113/decisions/diversification-3000oku-1985/","t":"本業の外へ事業を拡大する多角化を軸とした、長期の企業規模拡大構想の策定","c":"ユニ・チャーム","y":1985,"col":"#184890","s":"成熟へ向かう生理用品の一本足を脱し、女性・子供・老人へと商品を拡充する多角化で2,000億〜3,000億円企業を目指す成長戦略","x":"1985 ユニ・チャーム 売上高3000億円構想 本業の外へ事業を拡大する多角化を軸とした、長期の企業規模拡大構想の策定 1985年3月に多角化の成長構想を掲げた。高原慶一朗社長が生理用品からベビー用品とシルバー分野へ展開し、売上高3000億円を狙った 成熟へ向かう生理用品の一本足を脱し、女性・子供・老人へと商品を拡充する多角化で2,000億〜3,000億円企業を目指す成長戦略 先取りの構想と、事業集中の重さ 高原慶一朗氏が1985年に描いた3,000億円企業構想は、女性から子供、そして老人へと生活の各段階に商品を広げる、息の長い多角化の設計図であった。紙おむつという次の柱を早くから見抜いた先見は、その後の同社の成長を大きく支えたのだろう。ただ、構想として並べた5分野が等しく育ったわけではなく、掛け声と実際に利益を生む事業との間には距離が残った。先取りの構想は、時間をかけて選別されながら形になっていったといえる。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8153/decisions/stock-listing-1985/","t":"盟友の急死を機に決めた株式公開と東証二部上場","c":"モスフードサービス","y":1985,"col":"#E60012","s":"中核幹部の急死で露わになった属人的経営の危うさに対し、株式公開を通じて組織と企業基盤を整える選択","x":"1985 モスフードサービス 吉野祥の急死後に株式公開 盟友の急死を機に決めた株式公開と東証二部上場 1985年11月に株式を店頭市場へ登録した。吉野祥専務の急死を機に櫻田慧社長が公開を決め、1988年3月に東証二部へ上場した 中核幹部の急死で露わになった属人的経営の危うさに対し、株式公開を通じて組織と企業基盤を整える選択 制度に移し替えられなかったもの この決断が置かれた場所は、資金需要ではなく、人の不在であった。ロイヤルティー1%と厳しい加盟審査という仕組みは、選び抜いた相手との信頼を前提にしており、その信頼を日々つないでいたのがスーパーバイザーの現場であった。要を担う一人を失って初めて、チェーンの強さが個人の力に負っていたことが見えたと思われる。株式公開という、およそ弔いに似つかわしくない手段が選ばれた理由は、失った機能を人ではなく制度で補おうとした点にあったのだろう。 上場・ipo・市場変更 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/8154/decisions/otc-listing-1985/","t":"店頭登録から1年での東証二部上場と、無借金・在庫レス経営の公開","c":"加賀電子","y":1985,"col":"#003F87","s":"海外販売網の拡張に見合う成長資金と信用力を得るため、無借金・在庫レスの帳簿をそのまま公開市場に開いた資本政策","x":"1985 加賀電子 東証二部への株式上場 店頭登録から1年での東証二部上場と、無借金・在庫レス経営の公開 1985年12月に東京店頭市場へ株式を公開した。加賀電子は創業17年、資本金100万円から始めた無借金・在庫レスの商法を市場に示した 海外販売網の拡張に見合う成長資金と信用力を得るため、無借金・在庫レスの帳簿をそのまま公開市場に開いた資本政策 帳簿を見せることが商品になった会社 株式公開は、多くの会社にとって資金を集めるための手続きである。加賀電子の場合、集めた資金より、開示そのものが持つ意味のほうが大きかったようにみえる。1986年2月の講演で塚本社長が投資家に語ったのは、扱う半導体の性能でも将来の市場規模でもなく、売掛金15日分・在庫1カ月分という自社の回転の速さであった。資金がないところから始まった会社が、資金の回し方を最大の説明材料に選んだところに、この公開の性格がうかがえる。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9766/decisions/famicom-entry-1985/","t":"アーケード専業から家庭用ゲームへの事業領域の広がり","c":"コナミグループ","y":1985,"col":"#BF0021","s":"ロケーション単位の販売で市場規模に天井のあるアーケード事業から、任天堂ファミコンの普及で急拡大する家庭用ソフト市場へ開発力を転用し、サードパーティーとしての地位…","x":"1985 コナミグループ 任天堂プラットフォームへ参入 アーケード専業から家庭用ゲームへの事業領域の広がり 1985年にファミリーコンピュータ向けソフトへ参入。イー・アル・カンフーを皮切りにアーケード専業から家庭用ゲーム機メーカーへ足場を構築する ロケーション単位の販売で市場規模に天井のあるアーケード事業から、任天堂ファミコンの普及で急拡大する家庭用ソフト市場へ開発力を転用し、サードパーティーとしての地位を確立した事業転換 天井のある市場から、伸びる市場への賭け この決断の要点は、すでに国際的な評価を得ていたアーケード事業を捨てずに、その開発力を伸び盛りの新市場へ転用した点にある。ロケーション単位でしか売れないアーケード機器は、ヒットしても収益の伸びしろが限られる。任天堂という他社のプラットフォームに乗るという選択は、開発の主導権の一部を手放す代わりに、桁違いの販売本数という果実を得る賭けであったとみられる。専業メーカーとしての誇りよりも、市場規模の伸びを取った判断であった。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/jnr/decisions/division-privatization-1985/","t":"旅客6社・貨物1社に分割する案の提言と、一体経営の終幕","c":"日本国有鉄道","y":1985,"col":"#000000","s":"公社制度と全国一元的組織の双方を経営破綻の原因とみて、民営化と分割を一体で行った経営形態の組み替え","x":"1985 日本国有鉄道 分割民営化でjrへ移行 旅客6社・貨物1社に分割する案の提言と、一体経営の終幕 1985年7月に分割民営化の意見提出。再建監理委員会が旅客6分割と貨物全国1社を提言し、1987年4月にjr各社へ移行 公社制度と全国一元的組織の双方を経営破綻の原因とみて、民営化と分割を一体で行った経営形態の組み替え 決めた者と、引き受けた者 1985年7月26日に意見書を受け取ったのは内閣総理大臣であって、国鉄の総裁ではなかった。経営形態を決める場は第二次臨時行政調査会からの4年で国鉄の外へ移り、監理委員会と対立した高木文雄氏と仁杉巌氏の二代の総裁が更迭されている。実行を担った杉浦喬也総裁は運輸省事務次官からの就任で、みずから設計に加わった案を配ったわけではない。38年の歴史を閉じる判断を当事者が下せなかったこと自体が、全国一元的組織の帰結だろう。 分社・スピンオフ・子会社上場 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/yamanouchi-seiyaku/decisions/gaster-license-out-1985/","t":"自社創製のH2ブロッカー「ガスター」の発売と、技術を海外へ導出する側への転換","c":"山之内製薬","y":1985,"col":"#333333","s":"H2受容体を塞ぐという新しい機序の登場に対し、導入ではなく自社創製で応じ、販売力は米メルク社への導出で補った","x":"1985 山之内製薬 米メルクへの技術輸出 自社創製のh2ブロッカー「ガスター」の発売と、技術を海外へ導出する側への転換 1985年に消化性潰瘍薬ガスターを発売。自社創製のh2ブロッカーを米メルクへ技術輸出し、森岡茂夫社長が立場を変えた h2受容体を塞ぐという新しい機序の登場に対し、導入ではなく自社創製で応じ、販売力は米メルク社への導出で補った 格下と書かれた側が、格上へ薬を渡した 1954年に西独ベーリンガー社から導入したパラキシンは、三共が米パークデヴィス社から導入したクロロマイセチンと特許を争った。争っていた二社のどちらも、化合物そのものは海外の提携先から受け取っている。その30年後、山之内製薬は自社で創った化合物を米メルク社へ渡す側に回った。『資本力、技術力、過去の実績など何をとっても格下』と書かれた相手に、売る権利を与えたことになる。導入で伸びた会社が、導入という型そのものを裏返した一件と推察される。 技術・r&d起点の勝負 祖業・主力事業の転換 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/1942/decisions/sogo-setsubi-shift-1984/","t":"土木・空調管・原子力工事へ拡大した業域と、総合設備業への転換","c":"関電工","y":1984,"col":"#1E3C82","s":"電気工事の専業から土木・空調管・原子力を含む総合設備工事業へ広がった事業範囲に合わせ、略称の「関電工」を正式商号とした業容の再定義","x":"1984 関電工 関電工へ商号変更 土木・空調管・原子力工事へ拡大した業域と、総合設備業への転換 1984年9月に関電工へ商号変更。1970年の土木・空調管、1979年の原子力へ広がった範囲を、略称の格上げで受け止める 電気工事の専業から土木・空調管・原子力を含む総合設備工事業へ広がった事業範囲に合わせ、略称の「関電工」を正式商号とした業容の再定義 名前を変えても発注書は変わらない 社名の変更それ自体は、誰の取引条件も動かさない。1984年9月に\"関東電気工事\"の四文字が消えた日、工事現場も発注書も前日と同じであった。それでも改称を経営判断として読む価値があるとすれば、この会社が自分の事業をどう説明するかを一度決め直した点にある。電気工事という業務名は、発注元である配電会社の仕事の呼び名でもあった。その呼び名を社名から外すことは、発注元の外側に顧客を探すという宣言と重なる。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/2101/decisions/nitto-business-transfer-1984/","t":"負債を残した営業全部の譲り渡しと、会社の解散","c":"大日本製糖","y":1984,"col":"#333333","s":"累積赤字と債務超過を抱えたままの再建を断念し、負債を旧会社に残したまま営業だけを新会社へ譲渡して、親会社である三菱商事の債権を一括償却する処理","x":"1984 大日本製糖 ニットーへ営業譲渡 負債を残した営業全部の譲り渡しと、会社の解散 1984年3月にニットーへ営業譲渡。大日本製糖が臨時株主総会で解散を決議し、三菱商事が全額出資した新会社へ従業員と取引先を移管した 累積赤字と債務超過を抱えたままの再建を断念し、負債を旧会社に残したまま営業だけを新会社へ譲渡して、親会社である三菱商事の債権を一括償却する処理 帳消しにできたものと、残されたもの 金利の棚上げが続く貸付金を抱えるより、債権を帳消しにするほうが得策である——三菱商事がそう判断した時点で、大日本製糖の存廃は資本の側の計算に移っていた。三菱商事から社長を迎え、ホテル・ニュージャパンを売って上場を守り、生産部門を共同生産会社へ切り出す。1965年以来の手はいずれも会社の形を変えるもので、負債には届いていない。1984年の解散は、負債を旧会社に置いて営業だけを新しい会社へ移した点で、それまでの再建策と性格を異にしていたのだろう。 経営破綻・法的整理 事業売却・撤退 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/2103/decisions/business-transfer-1984/","t":"三菱商事全額出資の受け皿への全営業譲渡と、旧会社の解散","c":"明治製糖","y":1984,"col":"#333333","s":"累積赤字77億円と貸付金の金利棚上げが続く状態を断ち切るため、負債を旧会社に残したまま営業の一切を三菱商事全額出資の新会社へ移管し、旧会社を解散した処理","x":"1984 明治製糖 明糖産業へ営業譲渡 三菱商事全額出資の受け皿への全営業譲渡と、旧会社の解散 1984年3月に明糖産業へ営業譲渡。明治製糖は77億円の累積赤字を負債ごと旧会社に残し、従業員と商号は三菱商事出資の新会社へ 累積赤字77億円と貸付金の金利棚上げが続く状態を断ち切るため、負債を旧会社に残したまま営業の一切を三菱商事全額出資の新会社へ移管し、旧会社を解散した処理 会社を畳んで、事業だけを残す 解散したのは会社であって、事業ではなかった。従業員と取引先、商号と商標はそのまま明糖産業へ移り、砂糖の生産は東日本製糖と西日本製糖への委託が続いた。旧会社に置いていかれたのは、累積赤字77億円と法人格だけである。この切り分けが成り立ったのは、債権のほとんどが三菱商事一社に集まっており、160億円の大半を自ら償却できる相手だったからだと推察される。工場を持たない販売会社になっていたことも、営業だけを持ち出せた条件であった。 事業売却・撤退 経営破綻・法的整理 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/2267/decisions/lipson-mail-order-1984/","t":"通信販売という新しい販路への進出と、それを畳む清算までの一巡","c":"ヤクルト本社","y":1984,"col":"#DA1A32","s":"頭打ちの乳飲料本業を補い6万人の訪問販売網を生かす多角化として三菱商事と通販子会社を設立したが、コンセプトの誤りと固定費先行で4年後に清算した撤退判断","x":"1984 ヤクルト本社 三菱商事との合弁リプソン設立 通信販売という新しい販路への進出と、それを畳む清算までの一巡 ヤクルト本社は51%を出資し、三菱商事と組んで1984年にリプソンを立ち上げ、約6万人のヤクルトレディに\"こっとんぽけっと\"というカタログ誌を配布させた 頭打ちの乳飲料本業を補い6万人の訪問販売網を生かす多角化として三菱商事と通販子会社を設立したが、コンセプトの誤りと固定費先行で4年後に清算した撤退判断 既存チャネルの転用という読み この失敗の中心にあるのは、強みだと思われた資産が、別の事業ではそのまま強みにならなかった事実である。6万人の販売員という日本でも稀な訪問網は、毎日の飲料配達という一点に最適化されており、月1回の集金でしか客と向き合わない販売員に、カタログの対話販売まで担わせる余力は乏しかった。既存チャネルを新規事業へ転用すれば効率が上がるという読みは、チャネルの性格を細かく見れば、必ずしも成り立たないものであっただろう。 飛び地・非関連多角化 販路・チャネル転換 事業売却・撤退"},{"k":"decision","u":"/tse/3201/decisions/factory-site-to-shopping-center-1984/","t":"跡地活用から生まれた不動産事業の、新たな収益源への育成","c":"日本毛織","y":1984,"col":"#E60010","s":"繊維不況で余剰化した工場跡地を売却せず、賃貸を軸とする不動産事業へ転用し、多角化企業への体制転換を進めた経営判断","x":"1984 日本毛織 中山工場跡地を商業施設化 跡地活用から生まれた不動産事業の、新たな収益源への育成 1984年2月にニッケパークタウンを開業。日本毛織が中山工場の跡地を売却せず、1988年に市川市でニッケコルトンプラザを続ける 繊維不況で余剰化した工場跡地を売却せず、賃貸を軸とする不動産事業へ転用し、多角化企業への体制転換を進めた経営判断 跡地処分から資産効率戦略への40年 この経営判断の核心は、縮小する祖業の後始末を、単なる資産処分ではなく次の事業への転換点としてとらえた点にある。1961年のニッケ不動産設立以来、日本毛織の経営陣は繊維専業からの脱却先を探り続けており、1982年の中山工場閉鎖は、その布石が具体的な跡地と結びついた出来事だったと推察される。売却して現金化する選択肢もあったなかで、賃貸を軸とする長期の収益モデルを選んだことが、その後40年にわたる不動産事業の骨格を決めた。 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/4043/decisions/polysilicon-entry-1984/","t":"多結晶シリコンと乾式シリカの二本立てによる新分野への参入","c":"トクヤマ","y":1984,"col":"#4F589B","s":"石油危機後の高付加価値型新規事業の育成方針のもと、副生原料と精製技術を転用して高純度多結晶シリコンと乾式シリカの製造技術を2年半で立ち上げた判断","x":"1984 トクヤマ 東工場でシリコン製造開始 多結晶シリコンと乾式シリカの二本立てによる新分野への参入 1984年7月に東工場で多結晶シリコンの製造開始。徳山曹達が1981年に始めた開発を2年半で立ち上げ、年産200トンと乾式シリカ500トンで始動 石油危機後の高付加価値型新規事業の育成方針のもと、副生原料と精製技術を転用して高純度多結晶シリコンと乾式シリカの製造技術を2年半で立ち上げた判断 期限を先に切った参入 多結晶シリコン年200トンという立ち上がりの数字が、この参入の性格をよく表している。手元にあったのは副生原料と、ソーダで積み上げた精製の経験だけであった。それでも2年半という期限を先に決め、完成度より速度を選んだところに、資源大量消費型から抜け出したいという当時の切迫がうかがえる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/4186/decisions/photoresist-focus-strategy-1984/","t":"塩化ビニールなど大型市場への不参入と、狭い分野への資源の集中","c":"東京応化工業","y":1984,"col":"#FF4D00","s":"規模で劣る大型市場への多角化を採らず、大手が本気で取り組みにくい狭い材料分野へ研究開発と生産の資源を集中させた事業領域の限定","x":"1984 東京応化工業 フォトレジストへ資源集中 塩化ビニールなど大型市場への不参入と、狭い分野への資源の集中 1984年にフォトレジストへ資源を集中する。東京応化工業は大手化学各社の参入後も配分を変えず、技術的に近い塩化ビニールへの進出を見送る 規模で劣る大型市場への多角化を採らず、大手が本気で取り組みにくい狭い材料分野へ研究開発と生産の資源を集中させた事業領域の限定 狭さを選んだ側の計算 東京応化が絞ったのは、競争優位に立てる市場ではなく、大手が本気で来ない市場であった。塩化ビニールを断った理由が、大手が本気で量産に入れば規模で競争劣位に立つという一点にあった以上、判断の出発点は自社の強さではなく、資本力で競争劣位に立つ側の計算にある。資本金5億円台・従業員700人の中堅企業にとって、年60億円というフォトレジスト市場の小ささこそが避難場所であった。 選択と集中 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/4927/decisions/orbis-mail-order-1984/","t":"通信販売の専業会社を別に立てることによる、販路の二本柱化","c":"ポーラ・オルビスホールディングス","y":1984,"col":"#333333","s":"対面の訪問販売が在宅率の低下で頭打ちとなるなか、非対面の通信販売を別ブランドで興し、取りこぼしていた顧客層を迎え入れる第二チャネルを創出した判断","x":"1984 ポーラ・オルビスホールディングス オルビスの設立 通信販売の専業会社を別に立てることによる、販路の二本柱化 1984年6月にオルビスの設立。2代目社長の鈴木常司氏が、訪問販売の祖業とは別に通信販売専業の別会社と別ブランドを立てた 対面の訪問販売が在宅率の低下で頭打ちとなるなか、非対面の通信販売を別ブランドで興し、取りこぼしていた顧客層を迎え入れる第二チャネルを創出した判断 異質を同居させる組織 この判断の核心は、強みを持つ会社が、あえてその強みと相容れないモデルを自らの内側に立てた点にある。訪問販売で成長したポーラにとって、対面を介さない通信販売は祖業の否定にもなりかねない選択であった。それでも鈴木常司氏は、既存の強みを守るために新しい接点を排するのではなく、名と組織を分けることで両者を同居させる道を選んだ。取りこぼしていた顧客を、祖業を傷つけずに迎え入れる——その割り切りが、後年のブランド多角化の原型になったと推察される。 販路・チャネル転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/6971/decisions/ddi-founding-1984/","t":"中心的な出資者として担った、通信の新規参入事業者の立ち上げ","c":"京セラ","y":1984,"col":"#DF0522","s":"通信自由化を受け、本業のセラミック・電子部品とは異質な通信事業へ、京セラが中心企業として出資し、巨大NTTへの新規参入をめざす第二電電（後のKDDI）の設立に加…","x":"1984 京セラ 第二電電(ddi)設立 中心的な出資者として担った、通信の新規参入事業者の立ち上げ 1984年6月に第二電電企画の設立へ出資。ファインセラミック本業の京セラが中心企業として責任を負い、nttの独占へ挑む 通信自由化を受け、本業のセラミック・電子部品とは異質な通信事業へ、京セラが中心企業として出資し、巨大nttへの新規参入をめざす第二電電(後のkddi)の設立に加わった新規事業への賭け 志は事業の成否とどう関わるか この判断の特徴は、財務の必要からではなく、通信料金の高さという社会の不合理へ、本業と無縁の経営者が私財を賭けて挑んだ点にある。京セラをファインセラミックで一代のうちに大企業へ育てた稲盛氏は、その成功体験をいったん脇に置き、巨大なnttが独占してきた市場へ後発で割り込んだ。出資と危険を中核5社で分け合い、責任の所在をはっきりさせた\"緩い連合体\"の設計は、一社では背負いきれない賭けを、共同の事業として成り立たせるための工夫だった。 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/7201/decisions/uk-sunderland-1984/","t":"決断——石原俊氏と労連会長・塩路一郎氏の攻防","c":"日産自動車","y":1984,"col":"#BE022E","s":"貿易摩擦下で完成車輸出の限界を破るべく英国現地生産に踏み切った海外展開の決断。国内空洞化を警戒する労連会長・塩路一郎氏との労使対立を越えて実行された","x":"1984 日産自動車 英国サンダーランド進出 決断——石原俊氏と労連会長・塩路一郎氏の攻防 1984年2月、英国サンダーランドでの乗用車現地生産を決定。約200億円を投じ年産2万4000台のノックダウン工場から始め、1986年7月に生産を開始した 貿易摩擦下で完成車輸出の限界を破るべく英国現地生産に踏み切った海外展開の決断。国内空洞化を警戒する労連会長・塩路一郎氏との労使対立を越えて実行された 決断は簡単、問題は「フォロー」 この決断は、大型投資というより退路を残した実験だったと思われる。1981年に掲げた一貫生産・約1000億円の構想は、3年の企業化調査を経て、まず約200億円で年産2万4000台のノックダウン工場を建設するところまで縮んだ。後に『戦略的』と評される進出の実体は、英国で乗用車が採算に乗るかを確かめる賭けであり、日産自身が第1段階をいつでも撤退できる設計にしていた。それでもこの慎重な一歩は国内で空洞化の象徴と受け取られ、唐突な進め方が役員の亀裂と労使対立を呼び込んで、攻めの一手が社員のモラールを削ぐ結果を招いた。踏み出した幅と、社内が払った代償とが釣り合っていない。 海外進出・現地生産 雇用・労使 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/7203/decisions/toyota-gm-nummi-1984/","t":"世界最大手と手を組むことで得た米国現地生産への足がかり","c":"トヨタ自動車","y":1984,"col":"#EB0A1E","s":"対米摩擦下で単独進出のリスクを避け、GMとの折半合弁で北米生産を検証する枠組みを選んだ提携","x":"1984 トヨタ自動車 gmとの提携でnummi設立 世界最大手と手を組むことで得た米国現地生産への足がかり 1984年2月、gmとの折半出資でnummiを設立した。カリフォルニア州フリーモントで乗用車を共同生産する合弁で、議決権の所有割合は50.00%、出資金は310,000千米ドル 対米摩擦下で単独進出のリスクを避け、gmとの折半合弁で北米生産を検証する枠組みを選んだ提携 リスクを分担して未知を確かめる提携設計 この提携の核心は、世界市場で1、2位を争う宿敵と手を組んだ意外性そのものよりも、未知の事業をどう検証するかという設計にある。トヨタは対米摩擦で現地生産を迫られながら、単独では年産20〜25万台で3000億円を投じ、なお操業後のコストに確信が持てなかった。選んだのは、議決権をきっかり50.00%で分け合い、資本も経営も相手と等分に背負う折半出資である。リスクを折半できる相手が、ほかならぬ最大の競合gmだったところに、この判断の性格がよく表れている。 海外進出・現地生産 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7731/decisions/stepper-entry-second-pillar-1984/","t":"半導体露光装置を軸にした光学・半導体の二本柱の確立","c":"ニコン","y":1984,"col":"#d1b500","s":"カメラ専業の成熟と多角化の遅れを背景に、精密光学の技術を半導体露光装置へ転用して参入し、量産拠点の新設まで進めてカメラと並ぶ第二の柱を確立した経営判断","x":"1984 ニコン ステッパーへの参入 半導体露光装置を軸にした光学・半導体の二本柱の確立 1980年11月にステッパーへ参入。日本光学工業がカメラの光学と精密位置決めを転用し、1984年に熊谷へ量産拠点を開設した カメラ専業の成熟と多角化の遅れを背景に、精密光学の技術を半導体露光装置へ転用して参入し、量産拠点の新設まで進めてカメラと並ぶ第二の柱を確立した経営判断 成功の方程式が抱えた影 この判断の核心は、危機に追われた撤退ではなく、成熟した本業の外へ、自社の最も深い技術をあえて持ち出した点にある。カメラ用の光学ガラスと精密な位置決めは、半導体の微細化が求める精度とそのまま重なった。傍流の受注部門が抱えていた技術を時代の需要へ差し出したとき、名門は\"半導体製造装置のニコン\"というもう一つの顔を得る。多角化の遅れを長く指摘された会社が、一転して多角化の成功例に数えられた転換だった。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8098/decisions/pharma-divestiture-1984/","t":"合弁会社への営業譲渡による、直営の医薬品事業からの撤退","c":"稲畑産業","y":1984,"col":"#003F87","s":"住友化学工業と共同出資の医薬会社を設立したうえで直営の医薬事業を移管し、商社としての事業構成を化成品中心へ集約した判断","x":"1984 稲畑産業 住友製薬へ医薬事業譲渡 合弁会社への営業譲渡による、直営の医薬品事業からの撤退 1984年10月に直営の医薬品事業から撤退した。稲畑産業と住友化学工業が同年2月に設けた合弁の住友製薬へ、45年続けた事業を渡した 住友化学工業と共同出資の医薬会社を設立したうえで直営の医薬事業を移管し、商社としての事業構成を化成品中心へ集約した判断 販売力だけでは残れない事業を、どこに預けたか この判断の中心には、販売力で競争できる事業とそうでない事業の線引きがある。稲畑産業の医薬品部門は、全国に200数十名の医薬情報担当者を置き、業界から\"メーカー\"と呼ばれるほどの販売組織を持っていた。それでも、新薬を開発する力のあるメーカーとそうでないメーカーの差は、この時期から開いていく。開発機能を持たない商社が、開発力で勝負が決まる市場で販売だけを担い続けることの難しさを、早い段階で見切った判断であったのだろう。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/8270/decisions/circlek-entry-1984/","t":"専業会社を立てる形をとったコンビニエンスストア事業への参入","c":"ユニー","y":1984,"col":"#C12B39","s":"大型店規制で出店が詰まるなか、規制の枠外にある小型店を別会社で立ち上げ、総合スーパーとは別の成長経路を確保する判断","x":"1984 ユニー サークルケイ・ジャパン設立 専業会社を立てる形をとったコンビニエンスストア事業への参入 1984年1月にサークルケイ・ジャパンを設立。ユニーが総合スーパーとは別会社でコンビニエンスストア事業へ乗り出す 大型店規制で出店が詰まるなか、規制の枠外にある小型店を別会社で立ち上げ、総合スーパーとは別の成長経路を確保する判断 規制への迂回が、結果として本業を上回った 1984年の参入は、新しい市場を開拓するという性格の判断ではなかった。セブン-イレブンはすでに2,000店を超え、ローソンもファミリーマートも動いており、市場の形はできあがっていた。ユニーが動いた理由は、主力である大型店の出店が規制で詰まったことにある。 隣接領域への展開 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8309/decisions/land-trust-first-1984/","t":"国内初の事例を手がけたことによる、公有地分野への足がかりの獲得","c":"三井住友トラストグループ","y":1984,"col":"#00763a","s":"基幹産業への長期資金供給という戦後の役回りが縮み、金融自由化で商品競争が始まるなかで、信託協会と建設省が用意した土地信託の制度に第1号として乗り、不動産業務へ収…","x":"1984 三井住友トラストグループ 土地信託の受託第1号 国内初の事例を手がけたことによる、公有地分野への足がかりの獲得 1984年6月に本邦第1号の土地信託を受託。住友信託銀行が日本パイプ製造から引き受け、1986年には熊本県の公有地へ広がる 基幹産業への長期資金供給という戦後の役回りが縮み、金融自由化で商品競争が始まるなかで、信託協会と建設省が用意した土地信託の制度に第1号として乗り、不動産業務へ収益源を多角化した判断 発明ではなく、半歩の差だった 『信託銀行の業務はどこも同じです。やっていることの基本は変わらない』——1981年に早崎博常務が語った言葉が、この受託の性格を言い当てている。土地信託の仕組みそのものは1973年に信託協会で作られ、旗を振ったのは三井信託銀行だった。住友信託が取ったのは発明ではなく、誰も第1号になっていない商品に最初に手を挙げる半歩の差である。不動産取扱高で業界首位に立っていた蓄積があって、はじめてその半歩が届いたのだろう。 隣接領域への展開 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8311/decisions/consumer-finance-1984/","t":"都市銀行初となる消費者金融専門会社の設立と、取引先企業との提携ローンの導入","c":"第一勧業銀行","y":1984,"col":"#1a5c9c","s":"1983年12月の規制緩和を受け、本体では外せない金利・担保・営業時間・審査基準の制約を別会社で越え、取引先企業との提携ローンを軸に個人向け無担保融資へ参入した…","x":"1984 第一勧業銀行 ハートファイナンス設立 都市銀行初となる消費者金融専門会社の設立と、取引先企業との提携ローンの導入 1984年10月にハートファイナンス設立を発表。第一勧業銀行が資本金3億円のうち5%を直接出資し、翌年1月に営業を開始する 1983年12月の規制緩和を受け、本体では外せない金利・担保・営業時間・審査基準の制約を別会社で越え、取引先企業との提携ローンを軸に個人向け無担保融資へ参入した判断 5%の出資が示すもの ハートファイナンスに第一勧業銀行が直接出した資本は5%にすぎず、残る95%は関連会社が持った。資金量では日本一を掲げながら、個人への無担保融資では利息制限法の上限も、担保に取れるものも、午後3時に閉まる窓口も動かせない。その制約を外す場所として、本体から一歩離れた会社が選ばれたのだろう。羽倉信也頭取の言う『銀行の窓口で貸しにくい人』という線引きは、銀行そのものを変えずに個人へ貸すための線引きでもあった。 隣接領域への展開 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9507/decisions/telecom-entry-1984/","t":"情報通信事業への参入を担う専業子会社の設立と新事業の立ち上げ","c":"四国電力","y":1984,"col":"#E8053B","s":"通信自由化という制度改革に合わせ、分離した情報システム部門を第一種電気通信事業者へ育てて非電気の収益源を構築する判断","x":"1984 四国電力 stnetの設立 情報通信事業への参入を担う専業子会社の設立と新事業の立ち上げ 1984年7月に四電情報ネットワークサービス設立。資本金5千万円・本店高松市で情報システム部門を分離し1989年にstnetへ商号変更 通信自由化という制度改革に合わせ、分離した情報システム部門を第一種電気通信事業者へ育てて非電気の収益源を構築する判断 制度が開くまで待つ、という時間の使い方 この判断で目を引くのは、参入の速さではなく間の取り方である。1984年に分離した時点の新会社は通信事業者ではなく、グループの情報処理を担う会社にすぎなかった。第一種電気通信事業の許可を取るのはその5年後で、制度が整い、社内に回線を売る体制ができるのを待ってから参入している。会社を先に作り、事業の中身を後から入れるという順序が、電気事業の外で稼ぐ足場を静かに用意したと思われる。 隣接領域への展開 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9831/decisions/yamada-model-1984/","t":"「ヤマダモデル」の確立","c":"ヤマダホールディングス","y":1984,"col":"#004EA1","s":"系列に縛られない混売店として自前物流・全店POS・低価格販売を武器に郊外大型店を全国へ展開し、メーカー主導の流通秩序を量販店の販売力で覆した業態確立","x":"1984 ヤマダホールディングス 前橋に流通センター新設 「ヤマダモデル」の確立 1984年に前橋市へ流通センターを開設する。メーカーを介さない自前物流と1986年の全店posで混売店の低価格販売を支えた 系列に縛られない混売店として自前物流・全店pos・低価格販売を武器に郊外大型店を全国へ展開し、メーカー主導の流通秩序を量販店の販売力で覆した業態確立 低価格販売の強さが、次の重荷になる この転換の眼目は、メーカーが握っていた仕入れと価格の秩序を、量販店の販売力で覆した点にある。系列の網が薄い北関東という地の利を足がかりに、自前の物流と情報で安く大量に売る業態を作り、大規模小売店舗法の規制緩和を追い風に全国へ広げた。 販路・チャネル転換 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/1332/decisions/trawler-investment-1983/","t":"漁場半減下でも止めなかった約120億円のトロール船集中投資","c":"ニッスイ","y":1983,"col":"#E60012","s":"200カイリ規制で遠洋漁場を失う市場激変に対し、脱漁労ではなく漁労部門の強化へ資本を集中させ、相対優位の維持を優先した資本配分の判断","x":"1983 ニッスイ 越前丸へ集中投資 漁場半減下でも止めなかった約120億円のトロール船集中投資 1983年9月に越前丸へ集中投資。200カイリ規制で漁場が半減するなか、大口駿一社長が新鋭トロール船4隻へ総額約120億円を投じた 200カイリ規制で遠洋漁場を失う市場激変に対し、脱漁労ではなく漁労部門の強化へ資本を集中させ、相対優位の維持を優先した資本配分の判断 逆張りが残したもの この判断の中心にあるのは、事業の前提そのものが崩れたときに、なお得意の型へ資本を集めるという選択であった。200カイリ規制は、遠洋の漁場という同社最大の資産を外から消し去る変化であり、漁船をいくら新しくしても失われた漁場は戻らなかった。それでも同社が漁労へ約120億円を注いだのは、利益の大半をそこが生むという現実の裏返しでもあった。漁労を縮めれば足元の利益が消え、食品へ転じる原資も細る——この二律背反のなかで、当面の稼ぎ頭を磨くほうへ針が振れたことには、一定の合理があったのだろう。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/1375/decisions/maitake-industrialization-1983/","t":"太もやしの過当競争を経ての量産参入","c":"ユキグニファクトリー","y":1983,"col":"#E60012","s":"自動栽培装置の発売で栽培技術の優位が消えた経験から、技術が模倣された後も残る販売経路と販売先構成を先に決めてから会社を設立した","x":"1983 ユキグニファクトリー 雪国まいたけ設立 太もやしの過当競争を経ての量産参入 1983年7月に雪国まいたけ設立。大平喜信氏が産地直送と菌床栽培、1社への販売比率20%以下を満たし新潟県六日町で量産へ 自動栽培装置の発売で栽培技術の優位が消えた経験から、技術が模倣された後も残る販売経路と販売先構成を先に決めてから会社を設立した 技術ではなく、技術が真似された後を先に決めた 太もやしの栽培法を3年かけて見つけた大平喜信氏から優位を奪ったのは、競合の努力ではなく機械メーカーの自動栽培装置であった。技術は装置に載った時点で誰のものでもなくなる。まいたけで会社設立の前に3条件を置いたのは、この経験があったからだと推察される。独自の菌床栽培技術は3条件の1つにすぎず、残る産地直送の経路と1社20%以下の販売先構成は、技術が模倣された後も残る条件であった。 低価格・コストリーダーシップ 販路・チャネル転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/3050/decisions/hokkaido-logistics-system-1983/","t":"計算機と物流センターを組み合わせた、商いの土台づくり","c":"DCMホールディングス","y":1983,"col":"#7E0C1E","s":"本州との仕入条件の差を問屋との交渉では動かせないと見て、情報システムと物流拠点への投資で在庫と発注の側から埋めた判断","x":"1983 dcmホールディングス ibmシステム38の導入 計算機と物流センターを組み合わせた、商いの土台づくり 1983年にibmシステム38の導入。10店舗・年商100億円で増収減益の石黒商店が物流センターを併設し全店発注を一括処理 本州との仕入条件の差を問屋との交渉では動かせないと見て、情報システムと物流拠点への投資で在庫と発注の側から埋めた判断 原価で負けている相手に、回転の速さで並ぶ 青森までは問屋が商品をバラで補充し、海を渡った先ではそれが受けられない。この差は、石黒商店がどれだけ売っても消えなかった。1983年の増収減益に対して経営が動かしたのは、仕入価格ではなく在庫の置き方であった。システム38に全店の発注を集約し、検品も値付けも配送も物流センターへ集めた結果、商品回転率は2倍になっている。原価で競争劣位に立つ相手に、商品の回る速さで並びにいく判断だったと思われる。 デジタル化・dx 垂直統合・内製化 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/4661/decisions/tokyo-disneyland-opening-1983/","t":"開業がもたらした市場への衝撃と、国内レジャー産業への波及","c":"オリエンタルランド","y":1983,"col":"#005BAB","s":"1979年の独占契約を受けて浦安の埋立地に着工し、米国式テーマパークの世界観と運営様式をそのまま移植して1983年4月に開業、初年度から1,000万人近くの入園…","x":"1983 オリエンタルランド 東京ディズニーランド開業 開業がもたらした市場への衝撃と、国内レジャー産業への波及 1983年4月に東京ディズニーランドを開業。浦安の埋立地に総工費約1,500億円を投じ、300冊の接客マニュアルまで持ち込んだ 1979年の独占契約を受けて浦安の埋立地に着工し、米国式テーマパークの世界観と運営様式をそのまま移植して1983年4月に開業、初年度から1,000万人近くの入園者を獲得して日本の消費・サービス文化を変えた判断 借金で建てた「王国」が変えたもの この判断の核心は、遊園地というハードを建てたことではなく、米国が育てたサービスというソフトを丸ごと日本へ移した点にある。清潔さも、接客も、300冊のマニュアルに支えられた運営も、日本の遊園地が持たなかったものだった。\"たかが遊び\"に1,500億円を投じ、6,000人の人手を惜しまず配したその本気を、外食や小売りやホテルが競って学びに来た。東京ディズニーランドが変えたのは、レジャーのかたちだけではない。人をもてなすことを産業として設計するという発想を、日本の消費とサービスの現場に持ち込んだ。 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5406/decisions/midrex-direct-reduction-1983/","t":"天然ガス直接還元製鉄技術の取得と、高炉に依らない製鉄への足がかり","c":"神戸製鋼所","y":1983,"col":"#0B61BA","s":"高炉を使わずに鉄鉱石を還元する製法を、自社で使うためではなくプラントとして販売するために取得した技術投資","x":"1983 神戸製鋼所 米ミドレックス社を買収 天然ガス直接還元製鉄技術の取得と、高炉に依らない製鉄への足がかり 1983年7月に米ミドレックス社を買収。天然ガスで鉄鉱石を還元する技術を得るが、当時の用途は電炉向けの鉄源だけ 高炉を使わずに鉄鉱石を還元する製法を、自社で使うためではなくプラントとして販売するために取得した技術投資 使わない技術を持ち続けるということ 1983年に買った製法を、神戸製鋼所は自社の製鉄所で一度も使っていない。天然ガスで鉄鉱石を還元するミドレックス法が作るのは電炉向けの鉄源で、高炉法が主流の国内には需要がなく、立地も天然ガスの産地に限られていた。それでも買えたのは、カタール・スチールの製鉄所を自ら建てた機械・エンジニアリング部門が、この製法を使う側ではなく売る側の目で見ていたからだと推察される。高炉の規模で新日本製鉄や日本鋼管に並べない会社が選んだ、別の土俵であった。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6383/decisions/north-america-entry-1983/","t":"現地法人を設立することによる北米市場への初めての自力進出","c":"ダイフク","y":1983,"col":"#51489D","s":"石油危機後に国内需要の頭打ちを経験した搬送機械メーカーが、自動倉庫・無人搬送車という自前の製品系列を得たうえで、技術導入元であった北米へ初の現地法人を設立して自…","x":"1983 ダイフク daifuku u.s.a.設立 現地法人を設立することによる北米市場への初めての自力進出 1983年2月にdaifuku u.s.a.設立。大福機工が米国シカゴに初の海外現地法人を設立し、自動車工場向け無人搬送車やコンベヤの需要に応える 石油危機後に国内需要の頭打ちを経験した搬送機械メーカーが、自動倉庫・無人搬送車という自前の製品系列を得たうえで、技術導入元であった北米へ初の現地法人を設立して自ら売り手として進出した 技術を借りた市場へ戻るまで この進出を、日本メーカーの海外展開の一例として並べるだけでは、時期の選び方が見えにくい。出て行った先は、1957年に自動車搬送の技術を借りたジャービス・ビー・ウェブ社の本拠であった。手にしていたのは、日本初の無人搬送車\"プロントウ\"や高層自動倉庫\"ラックビルシステム\"のように、国内で自ら育てた製品系列である。借りた技術を自前の商品に変え終えたという手応えが、進出の時期を決めただろう。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6965/decisions/photonics-renaming-1983/","t":"テレビの名を捨て、光子工学を軸に据え直した事業領域の再定義","c":"浜松ホトニクス","y":1983,"col":"#003E92","s":"撮像管に由来する「テレビ」を社名から外し、光電変換素子とその応用機器を扱う光子工学の専業として事業領域を定義し直した改称","x":"1983 浜松ホトニクス 浜松ホトニクスへ改称 テレビの名を捨て、光子工学を軸に据え直した事業領域の再定義 1983年4月に浜松ホトニクスへ社名を変更する。工業用撮像管に由来するテレビを外し、光電子増倍管など光電変換素子を軸に据える 撮像管に由来する「テレビ」を社名から外し、光電変換素子とその応用機器を扱う光子工学の専業として事業領域を定義し直した改称 何を製造する会社かではなく、何を究める会社か 社名の変更を看板の掛け替えとみるのは、この判断を小さく見積もりすぎる。浜松テレビが1953年に名乗ったテレビは、工業用撮像管という一製品に由来する具体的な言葉であった。それを外して光子工学という耳慣れない語を選んだ以上、社名は製品ではなく研究対象を指す名になる。光電管も光電子増倍管も、光を追う過程の一形態となる。何を作る会社かではなく何を究める会社かを名前で宣言したところに、この改称の芯があったとみられる。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7272/decisions/hy-war-1983/","t":"シェア争いの代償として受け入れた、年産半減までの縮小再建","c":"ヤマハ発動機","y":1983,"col":"#FF0000","s":"HY戦争の競争劣位で膨らんだ過剰生産と隠れ損失を、年産半減と一括損失処理で清算し、損益分岐点を引き下げて二輪車事業を立て直した再建","x":"1983 ヤマハ発動機 hy戦争での敗北 シェア争いの代償として受け入れた、年産半減までの縮小再建 1983年にhy戦争で競争劣位に置かれ、戦後初の営業赤字。8月に就任した江口秀人社長が、二輪車の年産350万台を半減させる再建計画 hy戦争の競争劣位で膨らんだ過剰生産と隠れ損失を、年産半減と一括損失処理で清算し、損益分岐点を引き下げて二輪車事業を立て直した再建 数量を追った先で学んだ、損の断ち方 この判断の中心にあるのは、攻めの増産で膨らんだ損失を、時間をかけて薄めるのではなく、一度に表へ出し切った点にある。年産を半分以下へ縮め、不稼働の設備に縄を張ってまで休止を可視化し、就任初年度に350億円の赤字を計上する——これは、傷の深さを自ら世間にさらす選択であった。損を小出しにすれば決算の見栄えは保てるが、固定費を削減できないまま次の需要変動を迎える。江口秀人社長は、先の見通しが立たないなかでも、まず損益分岐点を下げることを再建の前提に置いた。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7951/decisions/divisional-system-1983/","t":"事業部制導入と社長直結の指揮系統","c":"ヤマハ","y":1983,"col":"#895ebd","s":"父から社長を承継した川上浩氏が、楽器から半導体まで広がった事業ポートフォリオを掌握するため、マッキンゼーの助言で事業を細分化し、全事業部を社長直轄の指揮系統とし…","x":"1983 ヤマハ マッキンゼー助言の事業部制導入 事業部制導入と社長直結の指揮系統 1983年にヤマハが事業部制を導入。川上浩氏が父・源一氏から社長を承継すると同時に、マッキンゼーの助言で業績責任の単位を小さく割った 父から社長を承継した川上浩氏が、楽器から半導体まで広がった事業ポートフォリオを掌握するため、マッキンゼーの助言で事業を細分化し、全事業部を社長直轄の指揮系統とした組織判断 10事業部への分割は、分権ではなく集権だった この判断が解こうとしたのは多角化の管理手法ではなく、承継に伴う情報の非対称であったと思われる。父が河島博社長を解任して自ら埋め、3年後に譲った席に座った新社長にとって、半導体から家具まで広がった事業群は、業績も課題も社長の手元に集まらない対象だった。事業を細かく割り、一つずつ業績責任単位として社長へ結び直す設計は、その非対称を埋める手続きとして理にかなっている。事業部制は現場へ権限を下ろす分権の形式をとるが、ヤマハでは統括の階層を挟まず報告線を社長一人へ引いたため、実質は集権として働いた。1987年に単一商品のために事業部を1つ立てた徹底ぶりが、その性格を表している。 飛び地・非関連多角化 創業家・同族 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/7974/decisions/famicom-1983/","t":"本体を低価格に抑え、ソフトで収益を上げる家庭用ゲーム機の収益モデルへの転換","c":"任天堂","y":1983,"col":"#E60012","s":"高価な多機能パソコンでも一発頼みの玩具でもなく、安い本体と別売ソフトを分離して長く収益を上げる構造へ、事業の仕組みを組み替えた判断","x":"1983 任天堂 ファミコンの発売 本体を低価格に抑え、ソフトで収益を上げる家庭用ゲーム機の収益モデルへの転換 1983年7月にファミリーコンピュータを発売。本体1万4800円は3万円台のパソコンも米アタリの2万4800円も下回り、ソフトで長く収益を上げる設計 高価な多機能パソコンでも一発頼みの玩具でもなく、安い本体と別売ソフトを分離して長く収益を上げる構造へ、事業の仕組みを組み替えた判断 本体を配り、ソフトで長く収益を上げる設計 この判断の核は、優れたゲーム機を一台作ることではなく、安い本体をできるだけ多くの家庭に配り、別売ソフトで長く稼ぐという事業の作りそのものを設計した点にある。ディズニー・トランプの需要一巡や\"ゲーム&ウオッチ\"のブーム終息で、任天堂は一発のヒットのはかなさを二度も味わっていた。1万4800円という本体価格は、その反省の上で、母数となる普及台数を最優先に置いた選択だった。本体で薄く売り、ソフトで厚く回収する構造が、山内社長の言う『売れている割には儲けが少ない』本体をあえて成立させた。 収益モデル転換 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/ascii/decisions/msx-standard-1983/","t":"メーカー各社を一つのパソコン統一規格へまとめる旗振り役の獲得","c":"アスキー","y":1983,"col":"#333333","s":"機種ごとに分断されていた国内パソコン市場に共通仕様を持ち込み、規格の側から産業の主導権を取ろうとした判断","x":"1983 アスキー msx規格提唱で国産結集 メーカー各社を一つのパソコン統一規格へまとめる旗振り役の獲得 1983年6月にパソコン規格msxを提唱。ばらばらだった国内仕様を統一し、松下電器産業など国産メーカーを結集させた 機種ごとに分断されていた国内パソコン市場に共通仕様を持ち込み、規格の側から産業の主導権を取ろうとした判断 通り道を押さえる側に回ろうとして 20代後半の西氏が松下電器産業を動かして共通仕様をまとめた事実は、当時の力量として際立っている。ただし、その規格が乗ろうとした場所は、自社が代理店として稼いでいた場所と同じであった。マイクロソフトのbasicを売る会社が、そのbasicを載せた規格を自ら主導すれば、開発元から見れば代理店が自分の商圏で別の商売を始めたことになる。両立させるには開発元の同意が要ったはずで、そこが十分に揃わないまま規格を先に立てたことが、1986年の決別を招いたと推察される。 プラットフォーム・標準化 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/1721/decisions/optical-fiber-entry-1982/","t":"光ファイバーケーブル工事への早期参入","c":"コムシスホールディングス","y":1982,"col":"#0068b6","s":"伝送媒体が銅線から光ファイバーへ切り替わる技術転換に対し、施工実績を早期に確保して受注資格を保つための参入","x":"1982 コムシスホールディングス 日本通信建設が光ファイバー参入 光ファイバーケーブル工事への早期参入 1982年8月に日本通信建設が光ファイバー参入。電電公社を唯一の発注者とするなか初受注し、銅線とは別の施工技術を早くに取り込んだ 伝送媒体が銅線から光ファイバーへ切り替わる技術転換に対し、施工実績を早期に確保して受注資格を保つための参入 最初の1件が買ったもの 1982年の受注は、金額でも利益でも記録に残る規模ではなかった。745億円の売上に対して減益の期であり、光ファイバーの工事量が業績に効いたのは10年以上あとになる。それでも、この1件が意味を持ったのは、電電公社の資格審査制度が実績で受注範囲を決める仕組みだったからにほかならない。等級と工種の認定を握られた会社にとって、新しい工法の最初の現場を引き受けることは、次の10年に請け負える仕事の幅を先に確保する行為に近かった。技術を選んだというより、受注できる資格を選んだと思われる。 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/2212/decisions/convenience-store-chain-1982/","t":"自前のコンビニ網の構築による小売チャネルの内製化","c":"山崎製パン","y":1982,"col":"#E50012","s":"量販店とコンビニへ移る売り場に対し、既存のパン屋を業態転換させて自社製品の専用販路を築いた流通戦略","x":"1982 山崎製パン サンエブリーをデイリーヤマザキ化 自前のコンビニ網の構築による小売チャネルの内製化 1982年1月にサンショップヤマザキ発足。山崎製パンは1977年12月のサンエブリー設立から20年余りをかけ、1999年1月にデイリーヤマザキへ商号を変更 量販店とコンビニへ移る売り場に対し、既存のパン屋を業態転換させて自社製品の専用販路を築いた流通戦略 売り場を抱えることの元は取れたのか この判断を小売業への進出として採点すると、成績はよくない。店舗数はピークから半減し、単体で見た収益も長く赤字であった。ただ、山崎製パンがこの網に求めていたものは、小売事業そのものの利益とは少し違っていたと思われる。量販店とコンビニに売り場が移るなかで、減少していく取引先のパン屋を業態ごと作り替え、自社製品を置く棚を残す——1977年からの転換は、販売店網という収益基盤を守るための投資という色合いが濃い。棚を確保するための費用として見れば、評価の物差しも変わってくる。 販路・チャネル転換 垂直統合・内製化 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/2502/decisions/murai-ci-reform-1982/","t":"副頭取・村井勉氏を迎え入れ、外部の目に託した朝日麦酒の組織再建","c":"アサヒグループHD","y":1982,"col":"#004097","s":"四半世紀を超えるシェア低落と業績不振を受け、メインバンク出身のトップが社風と教育から再建の土台を築いた組織刷新","x":"1982 アサヒグループhd 村井勉氏が社長就任 副頭取・村井勉氏を迎え入れ、外部の目に託した朝日麦酒の組織再建 1982年3月に村井勉氏を社長へ招く。シェア10%割れ目前の朝日麦酒が東洋工業を再建した住友銀行副頭取を迎え、教育・tqc・ciで体質を刷新 四半世紀を超えるシェア低落と業績不振を受け、メインバンク出身のトップが社風と教育から再建の土台を築いた組織刷新 成果が任期の外で実ることを織り込んだ改革 この判断の核心は、再建をまず新製品や設備ではなく、社風と教育という成果の見えにくい領域から始めた点にある。村井氏の在任4年で数字に表れたのはコクキレビールによる下げ止まりまでであり、シェアの逆転は後任の樋口氏の時代に実った。研修所・tqc・ciという一見遠回りの投資が、味の全面転換という非連続な決断を受け止められる組織を先に用意していたのだろう。成果が自分の任期の外で実ることを織り込んだ改革であった点に、この4年間の性格がうかがえる。 外部人材・プロ経営者 経営再建・ターンアラウンド ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/3101/decisions/nonfiber-diversification-1982/","t":"創業100年を機に急ピッチで進めた事業領域の外への拡張","c":"東洋紡","y":1982,"col":"#0093D6","s":"合繊出遅れと繊維不況で本業採算が悪化するなか、宇野収社長が創業100年を機にプラスチック・生化学・分離膜・エレクトロニクスへの資源シフトを数値目標つきで打ち出し…","x":"1982 東洋紡 非繊維分野への多角化 創業100年を機に急ピッチで進めた事業領域の外への拡張 1982年6月に非繊維事業への多角化。宇野収社長が創業100年を機にプラスチック・生化学・分離膜へ数値目標つきで人と金を振り向ける 合繊出遅れと繊維不況で本業採算が悪化するなか、宇野収社長が創業100年を機にプラスチック・生化学・分離膜・エレクトロニクスへの資源シフトを数値目標つきで打ち出した経営判断 危機意識の刷新と、選別されていく事業群 この経営判断の核心は、財務危機への直接的な対応ではなく、創業100年という節目に自ら危機意識を刷新した点にある。しかも、その旗を振ったのが呉羽紡績出身で社内に疎外感を抱いた経験を持つ宇野収氏であったことは示唆的である。生え抜きではない経営者であったからこそ、繊維の名門という自己認識に安住せず、プラスチック・生化学・分離膜・エレクトロニクスへの資源シフトを数値目標つきで打ち出せただろう。 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/3107/decisions/dis-founding-1982/","t":"繊維不況を抜け出す策としての新会社設立と、情報分野への進出","c":"ダイワボウホールディングス","y":1982,"col":"#00A890","s":"オイルショック後の繊維不況で設備の3割廃棄が見込まれるなか、繊維以外に収益源を構築するためパソコン流通の子会社を設立した判断","x":"1982 ダイワボウホールディングス ダイワボウ情報システム設立 繊維不況を抜け出す策としての新会社設立と、情報分野への進出 1982年4月にダイワボウ情報システム設立。大和紡績が資本金2,000万円を投じ、日本電気pc-9800の販売特約店として動く オイルショック後の繊維不況で設備の3割廃棄が見込まれるなか、繊維以外に収益源を構築するためパソコン流通の子会社を設立した判断 飛び地に見えて、本業の作法の移植だった 紡績会社がパソコン流通を始めた話は、外から見れば脈絡のない多角化に映る。だが中身をたどると、繊維の現場が持っていたものがそのまま移されている。売れる分の在庫を先に抱えて即納するという商売の作法は繊維の営業から、システムを扱える技術者は新鋭機を24時間回すために自作したモニタリングから、そして最初の支店の立地は佐賀・出雲・金沢という工場のあった土地から来ていた。捨てる予定の設備が生んだ副産物を、別の市場で売り物にした事業と思われる。 飛び地・非関連多角化 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6762/decisions/global-electronics-pivot-1982/","t":"磁気テープ世界首位とニューヨーク上場を足がかりとした事業の組み替え","c":"TDK","y":1982,"col":"#0046AD","s":"磁気テープ世界一とニューヨーク上場を機に、フェライト部品メーカーから自社ブランドのグローバル電子部品メーカーへ移行した業態転換","x":"1982 tdk グローバル部品メーカーへ転換 磁気テープ世界首位とニューヨーク上場を足がかりとした事業の組み替え 1982年6月にグローバル部品メーカーへ転換。磁気テープで世界首位の年に素野福次郎社長がニューヨークへ上場し、翌年に社名をtdkへ 磁気テープ世界一とニューヨーク上場を機に、フェライト部品メーカーから自社ブランドのグローバル電子部品メーカーへ移行した業態転換 世界一を看板にせず、次の柱へ この転換の核心は、世界一という到達点を守りに入る理由にしなかった点にある。ニューヨークとロンドンへの上場や社名の世界統一は、単なる資金調達や体裁づくりにとどまらず、素材メーカーが自社ブランドを世界に問う立場へ踏み出す意思表示と推察される。同じ年に磁気ヘッドの新工場を建設して次の主力を仕込んだ動きと合わせると、頂点で見せた素野福次郎社長の慎重さは、幸運な主力交代を偶然で終わらせないための布石だっただろう。 グローバル経営体制 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6773/decisions/ishizuka-death-succession-1982/","t":"トップの突然の不在を埋めるための緊急の経営体制の引き継ぎ","c":"パイオニア","y":1982,"col":"#BE274D","s":"外部から招いた社長の急死を受け、創業家出身の副社長が緊急に昇格し、VTR進出の観測を退けてレーザーディスク重視の路線を継いだ経営承継","x":"1982 パイオニア 石塚庸三氏の急逝と松本誠也氏への継承 トップの突然の不在を埋めるための緊急の経営体制の引き継ぎ 1982年4月に石塚庸三社長が客死し松本誠也が昇格。ソウルでの急死を受け、創業者松本望の子息にあたる副社長が継ぐ 外部から招いた社長の急死を受け、創業家出身の副社長が緊急に昇格し、vtr進出の観測を退けてレーザーディスク重視の路線を継いだ経営承継 突然の交代が問うた、路線の継続 この承継の特徴は、外部から招いた専門経営者が事業の方向を定めきる前に急逝し、創業家出身の後継者がその路線を否定せず引き継いだ点にある。松本社長は積極派と目され、業界はvtrへの転換を予想した。だが自らが育った混血経営の内側から、大手が大量生産で競う消耗戦に加わらず、独自のビデオディスクを腰を据えて育てるという石塚流の判断を引き取った。トップの顔ぶれが変わっても事業の芯は継がれただろう。 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/7203/decisions/toyota-merger-1982/","t":"32年におよぶ工販分離体制の終わり","c":"トヨタ自動車","y":1982,"col":"#EB0A1E","s":"1982年7月1日、生産を担うトヨタ自動車工業と販売を担うトヨタ自動車販売が合併し、自工を存続会社としてトヨタ自動車株式会社が発足した。合併比率は自工1に対し自…","x":"1982 トヨタ自動車 製造・販売部門の合併 32年におよぶ工販分離体制の終わり 1982年7月に工販の合併でトヨタ自動車が発足。トヨタ自動車工業を存続会社に自工1・自販0.75の比率で合併し、32年ぶりに生産と販売が一体化した 1982年7月1日、生産を担うトヨタ自動車工業と販売を担うトヨタ自動車販売が合併し、自工を存続会社としてトヨタ自動車株式会社が発足した。合併比率は自工1に対し自販0.75、新株203,798千株を発行し、資本金は110,715百万円から120,905百万円になった。\n1950年4月に自工が販売業務を移して自販を設立してから32年、両社の社員が同じ屋根の下で働くのは32年ぶりであった。合併直前の規模は自工が1982年6月期の売上高38,495億円、自販が1981年3月期の売上高35,902億円で、合併後は売上高4兆円、従業員5万4000人の規模になると見込まれた。 分離と統合、それぞれの合理 1950年の分離と1982年の合併を、方針の反転として読むのは当たらない。分離は倒産寸前の自工を金融機関の意向のもとで再建するための措置であり、合併は対米輸出が自主規制へ追い込まれ、先進国での現地生産に踏み出すほかなくなったときの措置であった。どちらも、そのときに解かねばならない問題に形を合わせただけである。むしろ注目すべきは、自工の自販に対する持株比率が1976年3月期の38.9%から1981年3月期の44.1%へ静かに上がっていたことで、合併が発表された時点で、対等という建前を支える実質はすでに薄れていたのだろう。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/7716/decisions/industrial-spindle-entry-1982/","t":"歯科用の高速回転技術を医療の外へ展開した新規事業の立ち上げ","c":"ナカニシ","y":1982,"col":"#0D295D","s":"歯科用ハンドピースで確立した毎分数十万回転の精密回転技術を工業用の切削・研磨機器へ応用し、単一市場への依存から歯科・工業の二分野体制へ移行した多角化","x":"1982 ナカニシ 工業用切削機器へ参入 歯科用の高速回転技術を医療の外へ展開した新規事業の立ち上げ 1982年6月に工業用の切削機器へ参入。ナカニシが歯科用ハンドピースの毎分数十万回転の技術を転用し、歯科と工業の二本柱を築いた 歯科用ハンドピースで確立した毎分数十万回転の精密回転技術を工業用の切削・研磨機器へ応用し、単一市場への依存から歯科・工業の二分野体制へ移行した多角化 一つの技術を二つの市場へ ナカニシが工業用で手掛けたのは新しい事業の立ち上げというより、毎分数十万回転でぶれずに回すという一つの技術を、歯科と工業という性格の異なる二つの顧客へ同時に貸し出すことであった。祖業を畳まず、同じ回転機構を別の産業へ広げる。小径高速スピンドルが競合の少ない領域で優位を築けたのも、歯科で数十年をかけて精度と信頼性を磨いてきた蓄積があったからだとみられる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7906/decisions/golf-entry-1982/","t":"商号のヨネックスへの変更と新素材クラブの発売","c":"ヨネックス","y":1982,"col":"#036A03","s":"バドミントンとテニスのラケットで積んだ新素材と成形の技術を第3の競技へ振り向け、あわせて海外で読める社名へ統一した多角化","x":"1982 ヨネックス ゴルフ事業への進出 商号のヨネックスへの変更と新素材クラブの発売 1982年7月にヨネックスがゴルフ事業へ進出。新素材のクラブを発売し、同じ月に商号をヨネックススポーツから改めた バドミントンとテニスのラケットで積んだ新素材と成形の技術を第3の競技へ振り向け、あわせて海外で読める社名へ統一した多角化 素材で負けた者の多角化 ゴルフ参入を、成長市場への相乗りとみるのは当たらない。ヨネックスが持ち込んだのは資本でも販路でもなく、バドミントンラケットへの世界初のアルミ採用から始まり、グラスファイバー・カーボンファイバー・ボロン繊維へと積み上げた素材と成形の技術であった。木の浮きが樹脂に置き換わるのを見抜けず大失敗した経営者が、素材の切り替えを自ら仕掛ける側へ回ったところに、この判断の芯があるとみられる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/8264/decisions/business-reform-1982/","t":"業務改革（業革）の開始と、単品管理・仮説検証の本体への持ち込み","c":"イトーヨーカ堂","y":1982,"col":"#ED1C24","s":"出店規制と市場の成熟で店数による成長が止まり、需要が旺盛だった時代の販売手法では利益が保てなくなったため、仕入れと売場の判断の仕組みそのものを組み替えた","x":"1982 イトーヨーカ堂 セブンーイレブン方式導入 業務改革(業革)の開始と、単品管理・仮説検証の本体への持ち込み 1982年に社内呼称の業革へ着手。上場以来初の経常減益を受け、鈴木敏文副社長がセブン-イレブンの単品管理を総合スーパーへ導入する 出店規制と市場の成熟で店数による成長が止まり、需要が旺盛だった時代の販売手法では利益が保てなくなったため、仕入れと売場の判断の仕組みそのものを組み替えた 削らなかった費目 減益の年に会社がまずやることは経費を削ることである。鈴木敏文副社長が業革で守らせたのは、その逆であった。タクシーは禁じる。しかし衣料の発注書に\"赤\"と文字だけ書いていたのをやめ、カラーサンプルを付け、商品を全部写真に撮って配らせる。費用は跳ね上がる。売れ筋を本部の理屈ではなく売場の目でつかむには、その情報の費用が要る。仕入れる者と売る者を一人の人間に近づけるための投資であった。 収益モデル転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/9684/decisions/publisher-model-1982/","t":"開発部門を持たない出版社型モデルの採用と、外部作者との提携","c":"スクウェア・エニックス・ホールディングス","y":1982,"col":"#E20A16","s":"米国で見たパソコン普及を先取りしてソフト流通に賭ける一方、社内に技術者を持たない制約を、公募と著作権料という出版社の手法で事業モデルへ組み替えた判断","x":"1982 スクウェア・エニックス・ホールディングス エニックスへ商号変更 開発部門を持たない出版社型モデルの採用と、外部作者との提携 1982年8月にエニックスへ商号を変更。福嶋康博社長は社内にプログラム部門を設置せず公募で見つけた社外の作者へ開発を委ねた 米国で見たパソコン普及を先取りしてソフト流通に賭ける一方、社内に技術者を持たない制約を、公募と著作権料という出版社の手法で事業モデルへ組み替えた判断 自社で開発しない会社が、開発者に権利を残した 著作権を買い取れば安く済むところを、売り上げに応じた著作権料を払う形に改めたことで、コンテストで見つけた作者はエニックスの外にいたまま次の作品を作る動機を得た。堀井雄二氏が自社を出版社になぞらえたのは体制の説明であると同時に、作者の側から見た取引条件の評価でもあった。技術を持たない経営者が技術者を雇う代わりに選んだのは、雇わずに済む契約の形であった。 祖業・主力事業の転換 収益モデル転換 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/jnr/decisions/reform-group-1982/","t":"国鉄内部の改革派の形成と、臨調","c":"日本国有鉄道","y":1982,"col":"#000000","s":"自助努力による再建を断念した国鉄内部の改革派が、外部の委員会へ情報と理論を供給して自らの組織の分割・民営化を進めた選択","x":"1982 日本国有鉄道 三塚委員会への情報提供 国鉄内部の改革派の形成と、臨調 1982年2月に国鉄再建小委員会が発足。改革派が三塚博氏へ職場の荒廃を訴え、井手正敬・松田昌士・葛西敬之の3氏が動いた 自助努力による再建を断念した国鉄内部の改革派が、外部の委員会へ情報と理論を供給して自らの組織の分割・民営化を進めた選択 計画を書いた者が、その計画を捨てた 最後の再建計画を書いた当人が、その計画を捨てて解体の側へ回った。井手氏は1980年に職員を42万人から35万人へ減らす5カ年計画をまとめ、翌年の秋にはそれを見捨てている。国鉄の外にいる者にとって分割・民営化は制度設計の問題であったが、内部の3人にとっては、自分たちの再建策ではヤミ手当の横行する職場に届かないという、現場を見た末の結論であった。3人の情報が臨調と自民党の委員会を動かしたのは、そこに現場の実情が付いていたからだとみられる。 外部人材・プロ経営者 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/2593/decisions/canned-oolong-tea-1981/","t":"無糖のウーロン飲料という新市場の開拓と、飲料業界への進出","c":"伊藤園","y":1981,"col":"#00A040","s":"夏に販売が落ちる茶葉商売の季節変動と家庭内緑茶消費の減少を、屋外で飲める無糖の缶飲料で乗り越えようとした新規事業の判断","x":"1981 伊藤園 中国茶の独占輸入から缶入り化 無糖のウーロン飲料という新市場の開拓と、飲料業界への進出 1981年3月に中国茶の独占輸入から缶入り化。福建省産の独占販売権を得た伊藤園が無糖の缶入りウーロン茶を全国発売 夏に販売が落ちる茶葉商売の季節変動と家庭内緑茶消費の減少を、屋外で飲める無糖の缶飲料で乗り越えようとした新規事業の判断 全員が賛成する新製品では、なかったのかもしれない 確信があったから押し切ったのではなく、大手にない商品でなければ競争劣位に立つという競争上の必要と、外注生産ゆえに最悪でも3億円で済むという損失の上限が、確信の不足を埋めていた。新規事業の可否を、成功の見込みではなく失敗したときの傷の深さで測る判断のしかたは、資金力の乏しい新参企業がとりうる数少ない攻め方だったと思われる。 隣接領域への展開 販路・チャネル転換 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/2809/decisions/egg-materials-finechemical-1981/","t":"卵素材品の切り出しと、副産物を機能性素材に変えるファインケミカルへの進出","c":"キユーピー","y":1981,"col":"#E4002B","s":"主原料の卵を素材品と機能性素材の二方向で事業化し、マヨネーズの製造で生じる副産物を収益源へ転じた多角化","x":"1981 キユーピー キユーピータマゴの設立 卵素材品の切り出しと、副産物を機能性素材に変えるファインケミカルへの進出 1981年12月にファインケミカルへ進出。1977年設立のキユーピータマゴに続き卵黄レシチンなど機能性素材の製造を開始する 主原料の卵を素材品と機能性素材の二方向で事業化し、マヨネーズの製造で生じる副産物を収益源へ転じた多角化 主原料を深く扱うという選択 この判断を、廃棄物の再利用という話に縮めて読むと、性格を見誤ることになる。1977年のキユーピータマゴ設立は、卵の加工を専門の会社に任せて外へ売るという流通の設計であり、1981年のファインケミカル進出は、食品会社が化粧品や医薬品の原料供給者として別の産業へ入っていく決断であった。二つに共通するのは、主原料をどれだけ深く扱えるかを競争力の源と見たことであり、完成品の市場が成熟しても原料の側にはまだ手つかずの領域が残っているという読みであったと思われる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/4530/decisions/tts-focus-1981/","t":"赤字決算を受けた経皮吸収型製剤への経営資源集中","c":"久光製薬","y":1981,"col":"#00519F","s":"大衆薬市場の成熟による赤字決算を受け、社長交代を機に経皮吸収型製剤へ研究開発と生産の資源を集中させた事業転換","x":"1981 久光製薬 サロンパス軸へ資源集中 赤字決算を受けた経皮吸収型製剤への経営資源集中 1981年5月に経皮吸収型製剤へ集中。1980年の赤字決算を受け44歳で社長に就任した中冨博隆氏が、サロンパスの製剤技術を深めた 大衆薬市場の成熟による赤字決算を受け、社長交代を機に経皮吸収型製剤へ研究開発と生産の資源を集中させた事業転換 総合製薬にならないと決めた年 1981年の絞り込みで捨てられたのは、売れない商品ではなく、総合製薬になるという道であった。前年に赤字を計上した会社が普通に採るのは不採算品の整理か別分野への進出であり、同年5月に44歳で社長へ就任した中冨博隆氏はどちらも主眼に置いていない。1934年発売のサロンパスは看板のまま残し、その中にある皮膚刺激を抑える技術と経皮吸収性を高める技術だけを抜き出す。二つを合わせて経皮吸収治療システムと名づけ、会社の中核技術に据えた。 選択と集中 技術・r&d起点の勝負 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/5332/decisions/sanitary-to-housing-equipment-1981/","t":"衛生陶器の単品トップからの脱却と、水まわり全体を扱う品揃えへの拡大","c":"TOTO","y":1981,"col":"#14449C","s":"単品でシェアが飽和した衛生陶器・水栓金具に代えて、「水」を軸にした住宅設備機器の総合化と給湯機参入で次の成長を求める攻めの経営への転換","x":"1981 toto 住設機器総合へ転換 衛生陶器の単品トップからの脱却と、水まわり全体を扱う品揃えへの拡大 1980年に住宅設備機器の総合化へ進出。衛生陶器と水栓金具で国内シェア65%超の東陶機器が、給湯機にも踏み出した 単品でシェアが飽和した衛生陶器・水栓金具に代えて、「水」を軸にした住宅設備機器の総合化と給湯機参入で次の成長を求める攻めの経営への転換 単品トップが背負った、需要変動という宿命 この転換の核心は、単品で高いシェアを取り切った会社が、次の成長をどこに置くのかという問いにあった。衛生陶器と水栓金具で国内の3分の2を握れば、市場そのものが伸びない限り売上高は頭打ちになる。東陶機器が選んだのは、浴室・洗面・給湯へと\"水まわり\"で事業を広げ、住宅一軒の水回り全体から取り分を増やす道であった。守りに徹した石油ショック後の投資抑制を解き、攻めへ切り替えた判断は、成長の限界を先取りした動きであったと推察される。 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/5393/decisions/asbestos-name-change-1981/","t":"主原料を代替素材へ切り替える転換の宣言","c":"ニチアス","y":1981,"col":"#00A8F0","s":"欧米で石綿規制が強まり、国内でも石綿の使用そのものが取引上の障害となるなか、社名と製品の主原料の双方から石綿を外していった転換","x":"1981 ニチアス アスベストを社名から除外 主原料を代替素材へ切り替える転換の宣言 1981年10月にアスベストを社名から除外。日本アスベストが85年使った社名をニチアスへ改め、主原料を代替素材に転換していった 欧米で石綿規制が強まり、国内でも石綿の使用そのものが取引上の障害となるなか、社名と製品の主原料の双方から石綿を外していった転換 看板を先に下ろした会社の時間感覚 1981年に社名から素材の名を外し、建材の無石綿化が完了したのは1992年10月であった。間に11年が挟まっている。この間隔は、素材メーカーが主原料を替えるという作業の性質をよく示している。代替素材の性能を確かめ、顧客の設計や施工基準を書き替え、工場の設備を入れ替えるまでには、決断だけでは届かない時間が必要となる。社名の変更は、その長い作業に入る前に、外へ向けて先に打った手であったと推察される。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6134/decisions/electronics-mounter-shift-1981/","t":"工作機械専業から電子部品実装機への主力転換","c":"FUJI","y":1981,"col":"#5D81BC","s":"設備投資の増減に振られる工作機械の収益から抜けるため、組立作業の自動化を経て電子部品の実装機へ主力を移行した","x":"1981 fuji cp-1で実装機へ転換 工作機械専業から電子部品実装機への主力転換 1981年7月に電子部品実装機へ転換。富士機械製造が自動挿入機baと自動装着機cp-1を出し、自動旋盤の会社から実装機の会社へ変わった 設備投資の増減に振られる工作機械の収益から抜けるため、組立作業の自動化を経て電子部品の実装機へ主力を移行した 畳まなかった数年が決めたもの 単能機で出発した会社が電子部品実装機の会社になるまでに、明確な号令が下された記録は残っていない。1971年の自動組立機、1978年の挿入機、1981年の装着機と製品が一つずつ増え、そのうちの一つが伸びた。決断らしい決断があったとすれば、それは新しい機械をつくり始めた時点ではなく、苦情の絶えないcp-1と亜流という社内評価に耐えて、この部門を畳まなかった数年間にあっただろう。大津谷輝男氏が果たしたのは、開発を指示したことよりも、成果の出ない期間を見守り続けたことであった。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7269/decisions/gm-isuzu-alliance-1981/","t":"3社連合に加わりながら、小規模な経営体制を保ち続ける選択","c":"スズキ","y":1981,"col":"#E10B17","s":"大手が輸出拡大と小型車開発を競う自動車産業で、軽四輪専業の鈴木自動車工業はGMと資本・業務提携を締結し、GMの資本参加を受け入れつつ小型車を供給する補完関係を築…","x":"1981 スズキ gm・いすゞとの提携 3社連合に加わりながら、小規模な経営体制を保ち続ける選択 1981年8月にgmと資本業務提携。鈴木自動車工業がgmの資本参加を受け入れ、いすゞを含む3社でgm向け小型乗用車を供給 大手が輸出拡大と小型車開発を競う自動車産業で、軽四輪専業の鈴木自動車工業はgmと資本・業務提携を締結し、gmの資本参加を受け入れつつ小型車を供給する補完関係を築いた。規模を追わず軽と二輪の限定市場に特化する「中小企業」として独立を保つ選択で、後の対等な補完提携路線の原型となった。 身の丈を選ぶという経営 この判断の核心は、規模の拡大こそ自動車産業で生き残る条件とされた時代に、あえてそれを追わないと決めた点にある。トヨタや日産が世界市場の最大公約数を狙う車づくりで規模を競うなか、鈴木自動車工業は自らを\"中小企業\"と規定し、大手が採算を確保しにくい軽と二輪の限定市場へ資源を集中した。gmとの提携も、その延長にあった。世界最大のメーカーの資本を受け入れながら、開発と経営の主導権は譲らず、小型車という得意分野でgmを補う——対等でありうる相手とだけ手を結ぶ選び方が、早くもここに現れていたと推察される。 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/8053/decisions/long-project-avoidance-1981/","t":"10年以上の長期プロジェクトを手がけない原則の明示と、体力に見合った経営の徹底","c":"住友商事","y":1981,"col":"#6ab2b5","s":"後発の資本蓄積の薄さを前提に、投融資を体力の範囲へ限り、回収に10年以上かかる案件を原則として手がけない方針を明示した","x":"1981 住友商事 10年超の案件を避ける原則 10年以上の長期プロジェクトを手がけない原則の明示と、体力に見合った経営の徹底 1981年に長期プロジェクトを避ける原則を掲げた。社長に就任した植村光雄が10年超の案件から手を引き、投融資は体力で償却できる範囲に限った 後発の資本蓄積の薄さを前提に、投融資を体力の範囲へ限り、回収に10年以上かかる案件を原則として手がけない方針を明示した 責任の取れる時間軸に事業を合わせる 植村光雄氏が長期案件を避ける理由に挙げたのは、市場の見通しでも資金繰りでもなく、経営者が在任中に結果を見届けられるかどうかであった。責任の取れる範囲に事業の時間軸を合わせるという考え方で、審査部を長く率いた人物らしい規律といえる。後発として商権も資本も薄いという条件のもとでは、これは弱者が選びうる数少ない合理的な構えであった。実際に1981年3月期の経常利益率は業界1位、有利子負債は5社中最小に収まっている。 選択と集中 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9064/decisions/yamato-postal-monopoly-battle-1981/","t":"官業による独占体制に挑み、約20年におよんだ規制との争い","c":"ヤマトホールディングス","y":1981,"col":"#FCC707","s":"郵便事業の国家独占という規制環境のもとで、宅急便が価格・サービス面で優位を確立し、規制緩和と信書解釈の是正を求め続けた対抗の構図","x":"1981 ヤマトホールディングス 宅急便で郵便小包に対抗 官業による独占体制に挑み、約20年におよんだ規制との争い 1981年4月に郵便小包へ宅急便で対抗した。小倉昌男社長が官業の市場を奪える理由を語り、以後20年ほど価格と行政への働きかけで押し返した 郵便事業の国家独占という規制環境のもとで、宅急便が価格・サービス面で優位を確立し、規制緩和と信書解釈の是正を求め続けた対抗の構図 規制対抗という経営の型の継続性 この判断の中心にあるのは、郵便という国の独占事業に対し、価格でもサービスでも劣らないという実証を積み重ね続けた経営の型そのものであった。1981年に官業を脅かすまでになった優位は、単発の値引き競争ではなく、路線免許の取得や全員経営という現場主導の体制づくりの延長線上にあり、規制対抗そのものが同社の経営文化として根づいていたことをうかがわせる。小倉昌男氏という一人の経営者の発言に留まらず、有冨慶二氏が社長として同じ論理を引き継いだ点に、この型の継続性がみてとれる。 プライシング・価格政策 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9502/decisions/kawagoe-thermal-1981/","t":"誘致を決議した町の埋立地への、超々臨界圧LNG火力2基の建設","c":"中部電力","y":1981,"col":"#E60012","s":"石油火力の新設が国際的に制約されるなか、発電所の誘致を決議して埋立地を用意していた三重県川越町に、大容量機で世界初の超々臨界圧を採るLNG専焼火力2基を建て、四…","x":"1981 中部電力 川越火力発電所の新設 誘致を決議した町の埋立地への、超々臨界圧lng火力2基の建設 1981年8月に三重県川越町へ川越火力1・2号機の建設を申し入れ。70万kwのlng専焼火力2基に大容量機で世界初の超々臨界圧を採り、1989年6月と1990年6月に運転を始めた 石油火力の新設が国際的に制約されるなか、発電所の誘致を決議して埋立地を用意していた三重県川越町に、大容量機で世界初の超々臨界圧を採るlng専焼火力2基を建て、四日市の燃料基地から供給した判断 合意の見通せる地点で引き受けた技術の賭け 川越の決断で目を引くのは、立地の苦労が少なかった地点に、中部電力としても世界としても前例のない技術を載せた組み合わせである。町は8年前に誘致を決議して埋立地を用意しており、申し入れから国の計画への組み入れまでわずか7か月で進んだ。渥美や尾鷲三田で10年を超える紛争を経験した会社にとって、合意の見通しが立つ地点は、大容量の超々臨界圧という技術上の賭けを引き受けられる場所でもあったとみられる。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/9502/decisions/yokkaichi-combined-cycle-1981/","t":"石油関連企業の立地を拒んだ埋立地の条件解除と、中部電力初のコンバインドサイクルの採用","c":"中部電力","y":1981,"col":"#E60012","s":"公害裁判を経た四日市で、埋立地の立地制限と県条例の燃料規制が解かれたのを受け、既設火力の隣接地に中部電力初のコンバインドサイクルのLNG火力を建て、周辺の火力へ…","x":"1981 中部電力 四日市火力4号系列の新設 石油関連企業の立地を拒んだ埋立地の条件解除と、中部電力初のコンバインドサイクルの採用 1981年8月に四日市火力4号系列の建設を三重県と四日市市へ申し入れ。中部電力初のコンバインドサイクル発電で5軸計56万kwを1988年7月に動かし、燃料基地に905億円を投じた 公害裁判を経た四日市で、埋立地の立地制限と県条例の燃料規制が解かれたのを受け、既設火力の隣接地に中部電力初のコンバインドサイクルのlng火力を建て、周辺の火力へ燃料を送る基地を自前で整えた判断 公害の地域に戻るためのガス 四日市4号系列の決断は、公害裁判の舞台となった地域に、会社が新たな発電設備を置き直すための選択だったのだろう。霞埋立地には石油関連企業を拒む市議会の条件があり、県条例も燃料設備の新増設を認めていなかった。条件が解かれた後に会社が申し入れたのは、ガス燃料と高効率のコンバインドサイクルという、この地域で説明のつく設備であった。市議会が解除に付けた条件が地区の熱源をクリーンエネルギーへ転換させる指導であったことも、技術の選択と立地の条件が一体であった構図を裏づけている。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/9984/decisions/nihon-softbank-founding-1981/","t":"日本ソフトバンクの創業","c":"ソフトバンクグループ","y":1981,"col":"#757677","s":"書籍取次に相当する卸機能を欠いたパソコンソフト市場の空白を突き、ソフトハウス・小売店・ユーザを1社で結ぶ流通業を、特許売却金と財界の信用を元手に創業した事業判断","x":"1981 ソフトバンクグループ パソコンソフト卸売事業の立ち上げ 日本ソフトバンクの創業 1981年9月に福岡で日本ソフトバンクを設立。米国留学から帰った孫正義がパソコン用パッケージソフトの卸売に乗り出す 書籍取次に相当する卸機能を欠いたパソコンソフト市場の空白を突き、ソフトハウス・小売店・ユーザを1社で結ぶ流通業を、特許売却金と財界の信用を元手に創業した事業判断 23歳が財界の信用と流通の空白を突いて築いた原点 この創業の核心は、ソフト流通の空白という着眼そのものよりも、その空白を突く事業を、23歳の創業者が財界の信用で裏打ちしながら立ち上げた点にある。孫正義氏は米国留学中に1日1件の発明を課して250件のアイデアをひねり出し、帰国後は数業種を1年半かけて調べ上げたうえでパソコンソフト流通に絞り込んでいる。一介の学生が大企業のトップに特許を売り込み、その縁でシャープ副社長の個人保証や経営経験者の招聘を引き出したのは、ひらめきよりも周到な設計に近い。販売網もブランドもない新会社が、メーカーと小売店に卸の位置を認めさせられたのは、この信用の裏打ちがあったからである。 事業売却・撤退 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/2202/decisions/pharma-shift-1980/","t":"不採算な菓子工場の閉鎖による食品事業の構造改善と主力の入れ替え","c":"明治製菓","y":1980,"col":"#FF0000","s":"菓子需要の連続減少と国産原料の高値という構造要因を前に、祖業の菓子は畳まずに縮め、人・モノ・カネを薬品部門へ寄せた配分の組み替え","x":"1980 明治製菓 薬品部門への経営資源集中 不採算な菓子工場の閉鎖による食品事業の構造改善と主力の入れ替え 1980年8月に薬品部門への経営資源集中。食料部門の30億円の経常欠損を薬品の61億円の黒字が埋め、研究開発費の8割を薬品へ振り向けた 菓子需要の連続減少と国産原料の高値という構造要因を前に、祖業の菓子は畳まずに縮め、人・モノ・カネを薬品部門へ寄せた配分の組み替え 順序が入れ替わった年に、何を残したか 菓子部門の30億円の欠損と薬品部門の61億円の黒字は、社名を背負ってきた事業と、後から加えた事業の順序が入れ替わった数字であった。中川赳社長が掲げた\"3年後に半々\"は、4年後の1984年になっても薬品40%・菓子50%のままで、期限には届いていない。それでも1982年3月期に過去最高益へ戻せたのは、構成比の目標ではなく、研究開発費の8割を薬品へ回し続けた配分が効いたためである。 祖業・主力事業の転換 リストラ・構造改革 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/2229/decisions/potato-vertical-integration-1980/","t":"主原料を小麦から芋へ転換した、調達までさかのぼる垂直統合","c":"カルビー","y":1980,"col":"#EB0100","s":"全国流通を掴んだ小麦菓子の量産メーカーが、主力を国産じゃがいものスナックへ切り替えるにあたり、契約農家・自社工場・自社物流を統括する原料調達網を自社構築して量産…","x":"1980 カルビー カルビーポテト設立で原料内製化 主原料を小麦から芋へ転換した、調達までさかのぼる垂直統合 1980年10月にカルビーポテト設立で原料内製化。主原料を小麦からじゃがいもへ転換し、契約農家と自社工場・自社物流を一体で運営する垂直統合を組んだ 全国流通を掴んだ小麦菓子の量産メーカーが、主力を国産じゃがいものスナックへ切り替えるにあたり、契約農家・自社工場・自社物流を統括する原料調達網を自社構築して量産の前提を整えた業態転換 原料を自社で確保するという選択のいま この転換の中心にあるのは、量産の主力を輸入穀物から国産の生鮮農産物へ移すという、原料の入り口そのものの組み替えであった。市場で必要量を買い付ける調達では、収穫期ごとに振れるじゃがいもを安定して扱いにくい。種苗の開発から契約農家との取引までを自社の管理下に収めた垂直統合は、生鮮原料を量産に載せるための現実的な選択であったと思われる。原料・生産・物流を一本に統合した構造が、ポテトチップス市場での寡占と、シリアルやじゃがりこといった新カテゴリの連打を下支えしたのだろう。 垂直統合・内製化 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3407/decisions/datsu-sekiyu-1980/","t":"原子力・電子・医薬という三分野に賭けた第二次多角化","c":"旭化成","y":1980,"col":"#005BAB","s":"二度の石油危機による原燃料コストの急騰で石油化学・合繊の収益基盤が揺らぎ、「油漬け」の企業構造そのものの転換を迫られた","x":"1980 旭化成 石油依存の収益構造から脱却 原子力・電子・医薬という三分野に賭けた第二次多角化 1980年12月に脱石油の第二次多角化。宮崎輝社長がウラン濃縮と原子力発電から電子材料・医薬まで並べ、重荷の石油化学に代える事業へ 二度の石油危機による原燃料コストの急騰で石油化学・合繊の収益基盤が揺らぎ、「油漬け」の企業構造そのものの転換を迫られた 二度目の脱皮が示すもの この判断は、1961年の徹底多角化と対で読むと輪郭がはっきりする。第一次多角化は繊維一本足という弱点への解であり、その到達点が石油化学であった。ところが石油危機によって、解であったはずの石油化学そのものが弱点に転じた。第二次多角化は自らの成功の産物からの脱皮であり、多角化を重ねても\"何に依存しているか\"という問いは消えないことを示す事例とみられる。 飛び地・非関連多角化 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/4733/decisions/founding-1980/","t":"公認会計士業からの転身と、得た1億円の製品開発への全額投入","c":"オービックビジネスコンサルタント","y":1980,"col":"#AC257D","s":"帳簿を監査する側から、会計処理そのものを商品として開発する側へ回るための会社設立と、手元資金を全額製品開発へ振り向けた資金設計","x":"1980 オービックビジネスコンサルタント 沖電気の資金で会計ソフト設立 公認会計士業からの転身と、得た1億円の製品開発への全額投入 1980年12月に沖電気の資金で会計ソフト設立。公認会計士の和田成史氏が1億円を全額開発へ投じ、製品完成の時点で運転資金が尽きた 帳簿を監査する側から、会計処理そのものを商品として開発する側へ回るための会社設立と、手元資金を全額製品開発へ振り向けた資金設計 資金が尽きる設計で走れた条件 沖電気から入った1億円は、製品ができあがった時点で1円も残っていなかった。開発費と運転資金を分けて持つという初歩の手順を、和田成史氏は踏んでいない。企業の財務を外から検めてきた公認会計士が、自分の会社ではその原則の外に出た点に、この創業の性格が表れている。1億円を薄く延ばして小さく作れば、パソコン用の会計ソフトという市場そのものを取り逃がすという読みが働いていたのだろう。父の土地は、その読みに賭けた分の担保であった。 技術・r&d起点の勝負 資金調達・財務戦略 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/4912/decisions/1980-merger-lion-hamigaki-yushi/","t":"対等合併による二社体制の解消と、単一の事業会社としての発足","c":"ライオン","y":1980,"col":"#007A46","s":"花王を追う事業戦略として、60年間別法人だった歯磨・油脂の２社を対等合併し、口腔ケア・洗剤・医薬品を集約する総合家庭用品メーカーへ転換した経営判断","x":"1980 ライオン ライオン歯磨と油脂の合併 対等合併による二社体制の解消と、単一の事業会社としての発足 1980年1月にライオン歯磨と油脂の合併。口腔ケアと石鹸・油脂の2社が対等合併し、小林富次郎の事業を60年ぶりに一つへ戻した 花王を追う事業戦略として、60年間別法人だった歯磨・油脂の2社を対等合併し、口腔ケア・洗剤・医薬品を集約する総合家庭用品メーカーへ転換した経営判断 二つの家業が合流した意味 この決断の中心にあるのは、創業家の家業が大正初期に分岐してから60年を経て、なお別会社のまま競い合う体質をどう解消するかという問いであった。花王という共通の追走目標を持ちながら別法人であり続けた期間の長さは、技術やマーケティングの重複という非効率を生んでいたと思われる。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/5201/decisions/amoeba-diversification-1980/","t":"戦略型研究開発を核とした新規事業の相次ぐ立ち上げ","c":"AGC","y":1980,"col":"#3456ac","s":"板ガラス寡占の安定に安住せず成長を確保するため、研究開発を長期の事業創出へ振り向け、中核技術に連なる周辺事業を増やしていく多角化戦略","x":"1980 agc アミーバ的多角化 戦略型研究開発を核とした新規事業の相次ぐ立ち上げ 1980年11月にアミーバ的な多角化へ。旭硝子が板ガラスを核に化学品やセラミックス、電子へ拡大し、戦略型研究開発を軸に据えた 板ガラス寡占の安定に安住せず成長を確保するため、研究開発を長期の事業創出へ振り向け、中核技術に連なる周辺事業を増やしていく多角化戦略 安定と進歩をどう両立させるか この判断の底にあるのは、寡占の首位という安定を、成長を止める理由にしないという意思である。旭硝子は板ガラスで5割のシェアを持ち、作れば売れる事業を抱えていた。その安定に安住せず、研究開発を長期の事業創出へ振り向け、中核技術に連なる周辺事業を一つずつ増やしていった。減量経営のさなかに研究開発の人員だけを増やした判断は、目先の収益より技術の蓄積を優先する経営の性格をよく表していると推察される。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5803/decisions/optical-fiber-investment-1980/","t":"他社技術に頼らない独自方式の選択と、融着接続機の自社開発","c":"フジクラ","y":1980,"col":"#15C0F3","s":"銅を素材とする電線の量産で財閥系に規模で劣る立場から、光ファイバという新しい伝送媒体と、その接続に要する装置の技術へ研究資源を集中させ、価格競争から距離のある領…","x":"1980 フジクラ 光ファイバ技術に投資 他社技術に頼らない独自方式の選択と、融着接続機の自社開発 1980年に光ファイバ技術に投資。藤倉電線がcvd法の母材検討から電電公社らとの共同研究を経て、シングルモード用融着接続機を開発 銅を素材とする電線の量産で財閥系に規模で劣る立場から、光ファイバという新しい伝送媒体と、その接続に要する装置の技術へ研究資源を集中させ、価格競争から距離のある領域を自社に確保した判断 つなぐ道具を持つということ 3名で始めた融着接続機の研究が、この判断のいちばん効いた部分であったと推察される。光ファイバそのものは電電公社との共同研究に古河電工・住友電工と並んで参加した成果で、藤倉電線だけの持ち物ではない。だが、現場でファイバをつなぐ装置は誰も持っていなかった。ケーブルは銅と同じく量産と価格を競争の焦点とする製品であり、その外側にある道具を押さえたことが、素材相場に握られない収益を残した。接続という不便を商売の種と読んだ判断は、結果として当たった。 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/6473/decisions/toyota-rescue-1980/","t":"巨額赤字を背景にした第三者割当増資による資本関係の深化","c":"ジェイテクト","y":1980,"col":"#E30602","s":"大幅赤字と累積損失で自力再建が難しくなった軸受専業が、最大の取引先へ経営陣の派遣と資本の受け入れを求めた危機対応","x":"1980 ジェイテクト トヨタ自動車工業へ支援要請 巨額赤字を背景にした第三者割当増資による資本関係の深化 1979年6月にトヨタ自動車工業へ支援要請。68億8,200万円の最終赤字と全取締役の辞任を経て、1980年の減資と第三者割当増資でトヨタが筆頭株主に 大幅赤字と累積損失で自力再建が難しくなった軸受専業が、最大の取引先へ経営陣の派遣と資本の受け入れを求めた危機対応 独立を手放す代わりに得たもの この決断の中心にあるのは、赤字そのものよりも、判断の遅れという事実であった。同業が1976年3月期の赤字と同時に4割の減産へ動いたのに対し、光洋精工は1977年3月期まで黒字を保ち、無配も1年遅れた。悪化を表に出さずにやりくりする時間が長かったぶん、手を着けたときには自力で立て直せる幅が残っていなかったとみられる。全取締役の辞任と支援要請は、経営の失敗を外部に開示する行為でもあり、独立系の名門にとっては痛みの大きい選択であった。 救済型m&a・支援受け入れ 経営再建・ターンアラウンド 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6702/decisions/overtake-ibm-1980/","t":"システムエンジニアを前面に立てた営業体制の構築と、その積み上げによる逆転","c":"富士通","y":1980,"col":"#c8102e","s":"世界市場を支配するIBMへ独自技術ではなく互換路線とSE営業で挑み、国内首位から世界2位の汎用機メーカーへと駆け上がった競争戦略","x":"1980 富士通 ibm互換で国内首位に システムエンジニアを前面に立てた営業体制の構築と、その積み上げによる逆転 1980年に国内売上で日本ibmを追い抜いて首位に立った。池田敏雄氏が主導したibm互換の大型汎用機とシステムエンジニア主体の営業が実を結んだ 世界市場を支配するibmへ独自技術ではなく互換路線とse営業で挑み、国内首位から世界2位の汎用機メーカーへと駆け上がった競争戦略 追随がもたらした光と、その裏の脆さ この決断の核心は、世界の巨人へ独自技術で正面から挑むのではなく、互換とサービスという搦め手で挑んだ点にある。アーキテクチャを一から築く重荷を負わず、ibmが育てた生態系に相乗りして体力を温存し、そのうえで人によるサポートで差をつける——正攻法を避けたこの構えは、後発の国産勢が世界最大手を追い抜くうえで、きわめて合理的な賭けであったのだろう。とりわけ小林大祐氏が主戦力に据えたシステムエンジニアの営業文化は、機械そのものより顧客の課題解決で稼ぐという発想を早くから根づかせ、のちに富士通の背骨となるシステムインテグレーション事業の源流ともなった。 プラットフォーム・標準化 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6773/decisions/laserdisc-business-1980/","t":"レーザーディスク事業への集中投資と、映像メディアへの進出","c":"パイオニア","y":1980,"col":"#BE274D","s":"VTR全盛の逆風下で、音響専業の強みを生かせる光学式ディスク（LD）に経営資源を集中し、映像メディアの新たな収益源を築こうとした技術先行の事業判断","x":"1980 パイオニア ldプレーヤーvp-1000発表 レーザーディスク事業への集中投資と、映像メディアへの進出 1980年6月に家庭用ldプレーヤーvp-1000を発表。石塚庸三社長がvtrへ向かう同業を横目に光ディスクへ資源を集中 vtr全盛の逆風下で、音響専業の強みを生かせる光学式ディスク(ld)に経営資源を集中し、映像メディアの新たな収益源を築こうとした技術先行の事業判断 賭けの筋の良さと、勝ちきれなかった市場 この決断の核心は、vtrという時代の本流に背を向け、音響メーカーの強みを生かせる光ディスクという一筋に、規模の小さな会社が大手に先んじて賭けた点にある。石塚社長は4分のリスクが残る段階でこそ走り出すべきだと技術陣に説いており、勝算が定まってからでは大手に先を越されるという読みがあった。非接触・高音質・高画質という光ディスクの筋の良さはのちにdvdとblu-rayへ受け継がれ、音響の一点を掘り下げてきた企業がその延長線上に映像メディアの次世代規格を見いだした点に、この賭けの一貫性がうかがえる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6787/decisions/multilayer-pwb-1980/","t":"両面板専業からの脱却と、より高度な製品分野への転換","c":"メイコー","y":1980,"col":"#0068B7","s":"民生機器の高機能化で多層基板の採用が広がるなか、両面板だけを扱う専業から層数3以上の製品へ生産設備ごと移行した判断","x":"1980 メイコー 多層プリント配線板へ進出 両面板専業からの脱却と、より高度な製品分野への転換 1980年12月に多層プリント配線板へ進出。多層プレス機を導入し、層数2の両面板から内層にも回路を持つ3層以上へ 民生機器の高機能化で多層基板の採用が広がるなか、両面板だけを扱う専業から層数3以上の製品へ生産設備ごと移行した判断 設備で決まる受注の範囲 プリント配線板の会社にとって、層数は品質の等級ではなく、受けられる仕事の範囲そのものにあたる。両面板しか作れない工場には、内層に配線を通した機器の図面は届かない。1980年の名幸電子工業は、ゲーム基板の注文が伸びている最中に、まだ注文の来ていない層のための機械を買った。両面板の需要が続くかどうかを読んだのではなく、届く図面の種類を自分で広げにいった判断と思われる。 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/6806/decisions/overseas-network-1980/","t":"北米を第一歩とする海外拠点網の構築による、国内中心の事業体制からの転換","c":"ヒロセ電機","y":1980,"col":"#004098","s":"取引先の電機セットメーカーが生産と設計を海外へ移転するのに合わせ、販売会社を先行させ生産拠点を後続させる形で拠点網を拡大した判断","x":"1980 ヒロセ電機 米国現地法人設立 北米を第一歩とする海外拠点網の構築による、国内中心の事業体制からの転換 1980年9月に米国現地法人を設立。以後30年余りにわたり韓国・欧州・東南アジア・中国・インドへ拠点を継ぎ足す 取引先の電機セットメーカーが生産と設計を海外へ移転するのに合わせ、販売会社を先行させ生産拠点を後続させる形で拠点網を拡大した判断 追いかける側の拠点網 ヒロセ電機の海外進出には、自社の市場を海外に作りにいくという趣きが薄い。出ていく理由はいつも取引先の側にあり、セットメーカーが移った先に販売会社を設立し、量産が移った先に工場を置いた。1980年の米国法人から2016年のインド法人まで、36年かけて置かれた拠点の並びは、日本の電機産業が生産をどこへ移したかの記録とほぼ重なる。追いかける側に徹したからこそ、進出先の選定に迷いが少なかったと思われる。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/6981/decisions/erie-etp-acquisition-1980/","t":"多国籍企業をまるごと取り込む買収による海外拠点の一挙獲得","c":"村田製作所","y":1980,"col":"#F7002D","s":"CBブームで蓄えた資金を元手に、北米・欧州・中南米に拠点を持つ多国籍企業ETPをまるごと買収し、対米輸出頼みから多極的な生産・販売網へ移った海外展開の総仕上げ","x":"1980 村田製作所 加エリー社(etp)買収 多国籍企業をまるごと取り込む買収による海外拠点の一挙獲得 1980年3月に加エリー社etpを買収。村田昭社長が株式の3分の2をまず取得し、5年以内の完全子会社化を契約に盛る cbブームで蓄えた資金を元手に、北米・欧州・中南米に拠点を持つ多国籍企業etpをまるごと買収し、対米輸出頼みから多極的な生産・販売網へ移った海外展開の総仕上げ 低賃金を追わない海外化という選択 この買収の核心は、安い労働力を求める海外進出とは逆の発想にあった。当時の電子部品メーカーの多くは、円高と人件費を避けて低賃金の国へ生産を移した。村田昭氏は、産業用・軍事用を主力とし自社製品とほとんど競合しないetpをまるごと引き受け、北米・欧州・中南米の拠点と顧客を一度に手にした。cbブームの高株価で蓄えた資金と、売りに出たetpという偶然が噛み合い、対米輸出頼みから多極的な生産・販売網への移行を、一つの買収で仕上げた。 クロスボーダーm&a(日本→海外) グローバル経営体制 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/7867/decisions/tomy-global-expansion-1980/","t":"バイヤー依存の輸出から海外現地法人の直接進出への転換","c":"タカラトミー","y":1980,"col":"#0948C1","s":"「国内市場は小さい」と見た創業者・富山栄市郎氏が、バイヤー依存の輸出から自前の海外進出へ転じ、1970年代を通じて香港・シンガポール・米国・西独に現地法人を設立…","x":"1980 タカラトミー 香港・米国へ現地法人設立 バイヤー依存の輸出から海外現地法人の直接進出への転換 1970年代にトミー工業が海外へ自ら進出。輸出をバイヤーに委ねる商法から脱し、香港・シンガポール・米国・西独へ現地法人を設立した 「国内市場は小さい」と見た創業者・富山栄市郎氏が、バイヤー依存の輸出から自前の海外進出へ転じ、1970年代を通じて香港・シンガポール・米国・西独に現地法人を設立した。各国の条件で生産地を切り替える多国籍網を築き、成功と躓きの両方を経ながらミニ多国籍企業化を進めた。 世界に賭けた自立精神の両面 バイヤー依存を脱して自前の販売網を持てば、利益も市場情報も自社に残る。生産地を条件次第で組み替える仕組みは、規模の小さな玩具メーカーが大手と世界で渡り合うための工夫だったとみられる。同時に、西独での合弁解消が示すように、勢いに任せた進出は事前の見極めを欠くと高くつく。成功と躓きが同じ時期に併存していた点に、この面的な戦略の実像がうかがえる。 海外進出・現地生産"},{"k":"decision","u":"/tse/8252/decisions/young-fashion-shift-1980/","t":"若者向けファッションへの品ぞろえ転換","c":"丸井","y":1980,"col":"#333333","s":"月賦離れと現金比率の上昇という消費者の変化に対し、品ぞろえを若者向けファッションへ切り替え、DCブランドとカード分割払いで高収益を得た小売の業態転換","x":"1980 丸井 dcブランドの取り込み 若者向けファッションへの品ぞろえ転換 1980年前後に若者向けファッションへ品揃えを切り替える。丸井が紳士服と家具中心をやめ、dcブランドの高額衣料を分割払いで販売する 月賦離れと現金比率の上昇という消費者の変化に対し、品ぞろえを若者向けファッションへ切り替え、dcブランドとカード分割払いで高収益を得た小売の業態転換 何を売る店か——一度作り替えた問いは再び戻る この判断の核心は、月賦販売の会社が、月賦になじまないはずの若者の高額ファッションを主力に据えた点にある。予測しにくい市場の需要をカードの分割払いで取り込み、都心の一等地という不動産の強みと結んだ設計は、丸井を月賦百貨店から都市の若者向けファッション小売へ作り替えた。消費者のクレジット離れという逆風を、品ぞろえの転換で追い風へ変えた判断だったといえる。 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/8801/decisions/lets-joint-venture-scheme-1980/","t":"用地を自ら取得せずに開発機会だけを取り込む事業方式の確立","c":"三井不動産","y":1980,"col":"#004097","s":"地価高騰による用地取得難と、10年単位で資金が拘束される土地本位経営の負担を背景に、地主と組んで自社で土地を抱えずに開発機会を取り込む共同事業の仕組みを制度化し…","x":"1980 三井不動産 共同事業「レッツ」の開始 用地を自ら取得せずに開発機会だけを取り込む事業方式の確立 1980年に共同事業システムのレッツを始めた。地主と組んで土地を活用する仕組みで、1980年代後半には全社的な意識改革運動へ拡大した 地価高騰による用地取得難と、10年単位で資金が拘束される土地本位経営の負担を背景に、地主と組んで自社で土地を抱えずに開発機会を取り込む共同事業の仕組みを制度化した 低成長期を貫いた一本の線 レッツを、単なる用地取得の一手段とみると全体像を取り逃がすことになる。1980年の制度化、1986年の意識改革運動への昇格、1993年の脱土地経営の中核化という三つの段階を並べると、地価上昇を前提としない事業モデルへ会社を寄せていく一本の線が浮かび上がる。共同事業から事業受託、そして小口化商品へと、土地を持たずに稼ぐ手法が段階的に厚みを増していった。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/9861/decisions/corporate-reorganization-1980/","t":"不採算店閉鎖・生タレ復帰による再建","c":"吉野家ホールディングス","y":1980,"col":"#E57E2E","s":"過剰出店と牛肉高騰、味の低下による客離れが重なって資金繰りが尽き、清算ではなく会社更生手続による再建を選んだ判断","x":"1980 吉野家ホールディングス 会社更生法の申請 不採算店閉鎖・生タレ復帰による再建 1980年7月に東京地方裁判所へ会社更生法を申請。負債は約122億円で飲食企業への適用は前例がなく6年8カ月で再建を終えた 過剰出店と牛肉高騰、味の低下による客離れが重なって資金繰りが尽き、清算ではなく会社更生手続による再建を選んだ判断 資金の話に見えて、商品の話であった この倒産は、外形だけを追えば過剰出店と借入金の膨張という古典的な行き詰まりに見える。ただ、社内で200店が限界と共有されていながら出店が止まらなかった事情と、輸入制限を迂回するために味を犠牲にした乾燥肉の判断は、いずれも牛丼一品という商品の条件を、拡大の都合が上回った結果と推察される。再建で最初に戻したものが店舗数や人員ではなく生タレであった点は、その裏返しとして読める。 経営破綻・法的整理 経営再建・ターンアラウンド 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/1928/decisions/demand-creation-strategy-1979/","t":"石油危機下の需要創造——自社ローンと売り建て方式による受注確保","c":"積水ハウス","y":1979,"col":"#E4002B","s":"石油危機で細った住宅需要を、自社ローン・売り建て・仲介・品ぞろえの工夫で自ら掘り起こす需要創造の経営","x":"1979 積水ハウス 積和不動産設立 石油危機下の需要創造——自社ローンと売り建て方式による受注確保 1976年3月に積和不動産設立。第1次石油危機で需要が細るなか、業界初の自社ローンや売り建て方式を重ねて受注を掘り起こした 石油危機で細った住宅需要を、自社ローン・売り建て・仲介・品ぞろえの工夫で自ら掘り起こす需要創造の経営 需要は所与か、創り出すものか この経営判断の核心は、外的な需要の増減を所与のものとして受け入れず、金融・土地・仲介・品ぞろえという複数の面から需要を自ら掘り起こした点にある。石油危機で住宅需要が細り、後発の大資本が撤退するなかで、積水ハウスは自社ローンで資金の壁を下げ、\"売り建て\"で土地の壁を越え、積和不動産で買い換えの壁を取り払い、\"家のデパート化\"で好みの多様化に応えた。いずれも、注文を待つのでなく、受注そのものを掘り起こす発想で貫かれていた。 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3110/decisions/tokka-sakusen-specialization-1979/","t":"「特化作戦」による多角化事業の集約と品質重視への転換","c":"日東紡績","y":1979,"col":"#005EAE","s":"1965年の大幅赤字を機に、乱立した多角化事業を集約し、コスト中心から品質重視へ転換して不況抵抗力のある事業構成へ組み替える「特化作戦」","x":"1979 日東紡績 特化作戦による事業絞込 「特化作戦」による多角化事業の集約と品質重視への転換 1979年に特化作戦による事業絞込。綿紡大手で最も早く1965年に赤字に転じた日東紡績が量を追わず質を求める道を選ぶ 1965年の大幅赤字を機に、乱立した多角化事業を集約し、コスト中心から品質重視へ転換して不況抵抗力のある事業構成へ組み替える「特化作戦」 早く転ぶことを、経営の資産に変える この判断の核心は、業界で最も早く赤字に沈んだ痛手を、量から質への転換によって経営の資産に変えた点にある。長島武夫社長は、好況の利益より不況に耐える体質を優先し、コスト中心主義を品質重視へ、多角化の広がりを特化へと絞り込んだ。工場の売却と新設を組み合わせ、人員も抑えながら、質で戦える品目へ資源を集中する——派手さのない、地道な入れ替えの積み重ねが、収益力の回復を支えたのだろう。 選択と集中 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/3880/decisions/elleair-household-paper-1979/","t":"ティシューペーパーを起点とした紙おむつ・ナプキンへの品目拡大","c":"大王製紙","y":1979,"col":"#0068B7","s":"市況と輸入に晒される新聞用紙・段ボール原紙に対し、輸送費の壁で海外品が入りにくく、ブランドと直販網で戦える家庭紙を新たな品目として持つ判断","x":"1979 大王製紙 「エリエール」で家庭紙参入 ティシューペーパーを起点とした紙おむつ・ナプキンへの品目拡大 1979年4月にエリエールで家庭紙へ参入。新聞用紙と段ボール原紙の専業だった大王製紙が初めて一般消費者向けの品目を持った 市況と輸入に晒される新聞用紙・段ボール原紙に対し、輸送費の壁で海外品が入りにくく、ブランドと直販網で戦える家庭紙を新たな品目として持つ判断 系列が効かない品目を先に取る 後発メーカーの紙は、製品が不足したときにしか代理店に扱われない。1970年代の大王製紙が置かれていた位置は、そういうものであった。井川高雄氏が1975年に営業担当を志願し、代理店を飛び越えて卸商とユーザーを押さえにいったのも、抜け道が流通のほかになかったためだと思われる。家庭紙への参入は、その延長にある。300年、400年の系列が支配する産業用紙と違い、店頭で消費者に選ばれる商品では代理店の歴史が効かない。後発が不利にならない品目を先に取りにいった。 隣接領域への展開 販路・チャネル転換 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/4063/decisions/semiconductor-silicon-independence-1979/","t":"共同出資で設立した半導体事業会社の、優先交渉権行使による全株取得","c":"信越化学工業","y":1979,"col":"#003B8E","s":"シリコーンの副産物から始めた半導体シリコンを合弁会社に委ねていた構造を、合弁相手の撤退申し入れを機に優先交渉権の行使で解き、単結晶からウエハまでの量産投資を単独…","x":"1979 信越化学工業 ダウコーニングとの合弁設立 共同出資で設立した半導体事業会社の、優先交渉権行使による全株取得 1979年に信越半導体の全株式を取得。小田切新太郎社長が米ダウコーニングの合弁解消申し入れに優先交渉権を行使し、単独運営へ移行する シリコーンの副産物から始めた半導体シリコンを合弁会社に委ねていた構造を、合弁相手の撤退申し入れを機に優先交渉権の行使で解き、単結晶からウエハまでの量産投資を単独で決められる体制へ切り替えた資本の判断 分け合って始め、引き取って仕上げる 1979年にダウコーニング社が抜けると言い出したとき、信越化学の手元には優先交渉権があった。合弁は事業を始めるための形にすぎず、終わり方まで契約に書き込んであったことになる。小田切新太郎社長にとっては、1976年のシンテックに続く二度目の行使であった。他社と分け合って始めた事業を、相手の退場と同時に丸ごと引き取る。半導体シリコンでも塩ビでも同じ設計が働いた点に、この会社の資本の扱い方が表れていると思われる。 資本提携・政策保有 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4661/decisions/disney-exclusive-license-1979/","t":"三井不動産の反対を退けての、使用許諾を自社だけで得る","c":"オリエンタルランド","y":1979,"col":"#005BAB","s":"浦安沖の埋立地を住宅分譲で早く回収せよという大株主・三井不動産の反対を退け、高橋政知氏が数十年での回収を前提に米ディズニーとの独占ライセンス契約に賭けた超長期投…","x":"1979 オリエンタルランド ディズニー独占ライセンス契約 三井不動産の反対を退けての、使用許諾を自社だけで得る 1979年4月にディズニー独占ライセンス契約。高橋政知専務が大株主三井不動産の撤回圧力を退け、米ウォルト・ディズニーと調印した 浦安沖の埋立地を住宅分譲で早く回収せよという大株主・三井不動産の反対を退け、高橋政知氏が数十年での回収を前提に米ディズニーとの独占ライセンス契約に賭けた超長期投資。1983年の東京ディズニーランド開業につながり、京成電鉄・三井不動産が今も大株主として保有するオリエンタルランド株の資産価値を生んだ。 数十年で回収するという同社の投資の型 この判断の核心は、財務の計算ではなく、回収までの時間の取り方にある。三井不動産が推した住宅分譲は、数年で確実に現金を戻す堅実な道だった。高橋政知氏が選んだのは、開業してから数十年をかけて入園料と園内消費で取り戻す、桁違いに気の長い道である。埋立に11年をかけ、漁業補償を一軒ずつ解いてきた会社にとって、時間を味方につける投資は不得手ではなかった。短期の採算では退けられて当然の計画を、時間軸をずらすことで正当化した点に、この契約の特徴がうかがえる。 大型設備投資 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6432/decisions/us-subsidiary-1979/","t":"円高下でも引き揚げなかった北米残留","c":"竹内製作所","y":1979,"col":"#E60012","s":"輸出主軸への転換を裏づける自前の販売拠点を最大市場である米国に設置し、円高で採算が崩れた時期も撤退せずに維持した海外拠点の判断","x":"1979 竹内製作所 米国現地法人の設立 円高下でも引き揚げなかった北米残留 1979年2月に米国現地法人の設立。竹内明雄社長が輸出開始の翌年にtakeuchi mfg.を設立し、円高でも赤字のまま北米に残った 輸出主軸への転換を裏づける自前の販売拠点を最大市場である米国に設置し、円高で採算が崩れた時期も撤退せずに維持した海外拠点の判断 残ることの費用と、残ったことの果実 1979年の米国進出そのものは、輸出を開始した会社が販売先に拠点を開設するという、順序としては自然な一手であった。この判断を際立たせているのは、その後の円高で赤字になっても畳まなかったことのほうだとみられる。撤退すれば当期の損は止まるが、名の通っていないブランドを扱ってくれる相手と、現地で積んだ時間はもう一度は買えない。他社が引き揚げた同じ時期に耐えたことが、後に北米が最大市場になったときの差になった。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 外的危機への対応 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6472/decisions/quality-turnaround-1979/","t":"守りから攻めへの転換と、需要変動に合わせて生産量を調整する体制の立て直し","c":"NTN","y":1979,"col":"#009CE5","s":"オイルショック後の3年連続赤字から、同業に先んじた減量作戦と増産への機敏な転換、成長商品の先取りによってV字回復を果たした構造改革","x":"1979 ntn 等速ボールジョイントで回復 守りから攻めへの転換と、需要変動に合わせて生産量を調整する体制の立て直し 1979年3月に減量から増産への転換。3年連続の経常赤字だったエヌ・テー・エヌ東洋ベアリングが等速ボールジョイントを育てv字回復 オイルショック後の3年連続赤字から、同業に先んじた減量作戦と増産への機敏な転換、成長商品の先取りによってv字回復を果たした構造改革 機敏さと、それを支える体制の両義性 この経営判断の核心は、不況という同じ外部環境のもとで、生産調整のタイミングをいかに読むかという一点にあった。東洋ベアリングは、在庫を積んで粘るのでなく早期に減量し、回復の兆しをとらえて増産へ転じ、加えてff車という次の需要を等速ボールジョイントで先取りした。この機敏な\"運動神経\"が、同業の光洋精工が赤字転落から再建を他社に委ねたのと対照的な回復を生んだと推察される。危機のさなかで動く速さそのものが、競争優位を左右した。 リストラ・構造改革 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/6773/decisions/konketsu-keiei-1979/","t":"スカウトによる幹部登用と、生え抜きに頼らない経営体制への転換","c":"パイオニア","y":1979,"col":"#BE274D","s":"オーナー経営の限界を認めた創業者が、社長・役員・管理職の大半を外部スカウトで固め、合理主義と無借金化による自立した経営体質を1970年代を通じて築いた統治の確立","x":"1979 パイオニア 外部人材で経営体制を刷新 スカウトによる幹部登用と、生え抜きに頼らない経営体制への転換 1979年10月に外部人材による混血経営を確立。1971年に迎えた石塚庸三社長のもと役員から中間管理職までスカウトで固める オーナー経営の限界を認めた創業者が、社長・役員・管理職の大半を外部スカウトで固め、合理主義と無借金化による自立した経営体質を1970年代を通じて築いた統治の確立 だれが経営を担うかという問い この統治の核心は、成功したオーナーが自らの経営能力の限界を認め、外部の専門家に実権を委ねた点にある。同族による支配を維持したまま規模を拡大する同業が多いなかで、パイオニアは創業家の系譜と経営陣の専門性を切り離す道を選んだ。オーナーが最終責任を引き受けつつ実権を手放すという仕組みが、外部から集まった人材の合理主義を引き出し、業界一の収益力に結びついたとみられる。 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/7261/decisions/ford-alliance-1979-sumitomo-rescue/","t":"フォードの資本を受け入れ、銀行の手で進めた経営の立て直し","c":"マツダ","y":1979,"col":"#A30112","s":"オイルショックで死に体となった東洋工業を、メインバンクの住友銀行が司令塔となり、フォードへの株式約25%放出という外資提携で救った再建","x":"1979 マツダ 住友銀行主導の再建 フォードの資本を受け入れ、銀行の手で進めた経営の立て直し 1979年に住友銀行の主導でフォードとの資本提携へ。在日法人フォード工業を吸収合併する方式で発行済み株式の約25%を渡す オイルショックで死に体となった東洋工業を、メインバンクの住友銀行が司令塔となり、フォードへの株式約25%放出という外資提携で救った再建 自力再建を捨てて資本の傘を選ぶという判断 この判断の特異さは、財務危機の再建でありながら、当事者である東洋工業ではなくメインバンクの住友銀行が司令塔となった点にある。同社は広島経済との一体性ゆえに倒産させられず、住友銀行は本来なら減量すべき時期に拡大路線をとり、松田耕平氏の更迭からフォードの再誘致まで全方位の根回しで再建を主導した。自力での立て直しや同業との合併ではなく、外資への株式放出を選んだところに、他の再建劇とは異なる性格がうかがえる。 外資傘下入り・対内m&a 救済型m&a・支援受け入れ 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8183/decisions/parent-child-listing-1979/","t":"親会社が過半を保有したままの東証二部上場、いわゆる親子上場の選択","c":"セブンイレブン・ジャパン","y":1979,"col":"#008833","s":"出店資金を加盟店に負担させる構造ゆえに調達の必要が薄いなかで、親会社の支配を維持したまま公開会社となり、加盟店を獲得する側の信用を得る","x":"1979 セブンイレブン・ジャパン イトーヨーカ堂傘下で上場 親会社が過半を保有したままの東証二部上場、いわゆる親子上場の選択 1979年10月に東証二部へ株式を上場した。セブンイレブン・ジャパンは公募380万株で資本金を10億円とし、イトーヨーカ堂が62.54%を持つ親子上場 出店資金を加盟店に負担させる構造ゆえに調達の必要が薄いなかで、親会社の支配を維持したまま公開会社となり、加盟店を獲得する側の信用を得る 資金ではないものを調達した公開 公募380万株で資本金に加わったのは1億9,000万円である。土地も建物も加盟店が持ち、本部が置くのは冷蔵庫と陳列棚という会社にとって、この額が出店の速度を決めたとは考えにくい。1,500万円の改装費を15年のローンで背負う相手に契約を求める以上、増やすべきは資金ではなく、応じる店主の数であった。東証二部の上場企業という事実は、その交渉で使える材料になったと思われる。上場直前に62.54%あった親会社の持分を、公募後も過半に保つ形が通ったのは、公開の目的が資金の一点になかったからである。 上場・ipo・市場変更 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/9009/decisions/crisis-1977-oil-shock-diversification/","t":"経営危機がもたらした川崎体制の終焉","c":"京成電鉄","y":1979,"col":"#015BAB","s":"石油危機後の副業不振と本業の収益力低下が重なった財務危機に対し、主力銀行団との協議のもとで人員削減と経営陣刷新に踏み切った構造改革","x":"1979 京成電鉄 石油ショック後の経営危機 経営危機がもたらした川崎体制の終焉 1979年6月に佐藤光夫氏が社長へ就任した。京成電鉄は鉄道・バスの収益低下と副業不振で危機に陥り、主力9行との協議で川崎千春氏は会長へ就任した 石油危機後の副業不振と本業の収益力低下が重なった財務危機に対し、主力銀行団との協議のもとで人員削減と経営陣刷新に踏み切った構造改革 だれの経営で立て直すか、という問い この判断の核心は、石油危機という外部要因への対応にとどまらず、21年におよぶ自らの経営そのものへ川崎千春氏が向き合った点にあるだろう。京成は国鉄と並んで走らざるを得ないという構造上の不利を抱えており、それを補う手立てとして副業へ進出した。地下鉄への乗り入れやオリエンタルランドの設立以降、成長を支えたのはこの副業である。皮肉なことに、石油危機でもっとも深い打撃を受けたのも、手を付けるのが遅れたその副業であった。同じ人物が20年にわたって社長を務めるのは筋が通らない、と川崎氏本人が口にしたところにも、経営者としての率直さが表れている。 外的危機への対応 経営再建・ターンアラウンド トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/1812/decisions/tqc-management-reform-1978/","t":"全社的な品質管理の導入による経営体質の立て直し","c":"鹿島建設","y":1978,"col":"#e6002e","s":"石油危機後の低成長期に、製造業で実績のあった品質管理手法（TQC）を建設業へ持ち込み経営体質を改善。受注高業界初の1兆円とデミング賞実施賞につながった経営判断","x":"1978 鹿島建設 tqcの全社導入 全社的な品質管理の導入による経営体質の立て直し 1978年2月に石川六郎氏がtqc導入。鹿島守之助会長の女婿として社長を承継し、製造業で実績のある品質管理手法を建設業へ運んだ 石油危機後の低成長期に、製造業で実績のあった品質管理手法(tqc)を建設業へ持ち込み経営体質を改善。受注高業界初の1兆円とデミング賞実施賞につながった経営判断 低成長期を、価格ではなく品質管理で乗り切る この経営判断の核心は、市場が縮むなかで、値下げによる受注争いではなく、品質と管理の徹底という遠回りに見える道を選んだ点にある。石油危機で需要が細り、頼みとしてきた創業家会長も失うなかで、石川六郎氏(社長)は工場向けと見られていたtqcを建設業へ持ち込んだ。一品ごとに条件の異なる現場を規格品の工場と同じようには扱えないという反論もあり得たはずだが、鹿島建設は全社的な取り組みとしてこれをやり遂げ、受注高業界初の1兆円とデミング賞実施賞という形で成果を確かめた。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/1928/decisions/corporate-in-corporation-1978/","t":"全国65営業所を独立採算の「企業内企業」にした組織改革","c":"積水ハウス","y":1978,"col":"#E4002B","s":"急拡大する営業所網の官僚化・大企業病を避けるため、各営業所を独立採算の「企業内企業」とし権限と評価を現場へ移管した組織改革","x":"1978 積水ハウス 企業内企業制を導入 全国65営業所を独立採算の「企業内企業」にした組織改革 1978年11月に企業内企業制を導入。全国65カ所の営業所を独立採算とし、65人の経営者を据えて評価と権限を現場へ移管した 急拡大する営業所網の官僚化・大企業病を避けるため、各営業所を独立採算の「企業内企業」とし権限と評価を現場へ移管した組織改革 権限を手放した経営はどこまで続くか この経営判断の核心は、急成長のさなかにありながら、あえて権限を営業の最前線へ委ねた点にある。田鍋健氏が1975年の時点ですでに稟議を後回しにする即断即決の指揮系統を敷いていたことを踏まえると、1978年の企業内企業構想は思いつきの制度ではなく、社長個人の意思決定様式を組織全体の設計原理へ広げた到達点とみられる。65カ所の営業所を独立採算の\"経営者\"とみなし、1人当たり付加価値という単純な物差しで評価した仕組みは、拡大する組織にありがちな官僚化を避ける装置として働いたとうかがえる。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/3401/decisions/workforce-reduction-1978/","t":"減量経営による約2,600名の人員削減","c":"帝人","y":1978,"col":"#FD453E","s":"石油危機後の合繊不況で主力・繊維事業が採算割れに陥ったため、拡大期に膨らんだ人員を短期に圧縮した減量経営","x":"1978 帝人 合繊不況下の2600人削減 減量経営による約2,600名の人員削減 1978年に従業員の4人に1人を削減。合繊不況で採算割れに陥り、大屋晋三社長が半年間に約2650名を減らす減量経営に踏み切った 石油危機後の合繊不況で主力・繊維事業が採算割れに陥ったため、拡大期に膨らんだ人員を短期に圧縮した減量経営 「昔の人数に戻す」という決断の重さ この経営判断の核心は、拡大を前提に膨らませてきた人員を、収益力に見合う規模まで一気に引き戻した点にある。『主力の繊維でもうからなくなった以上、人の数は昔に戻さなければならない』という大屋晋三社長の言葉は、高成長期の成功体験を自ら否定するに等しい。半年で従業員の約4人に1人が職場を去るという速さは、危機の深さと、経営側が退路を断って臨んだ姿勢の両方を映していただろう。合繊不況という外部要因が引き金であった以上、規模の圧縮は避けられなかったものの、その進め方が現場に残した傷は小さくなかった。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/4010/decisions/life-science-diversification-1978/","t":"生命科学の専門研究所の設立と、そこを起点とする研究体制の構築","c":"三菱化学","y":1978,"col":"#E60012","s":"石油化学の量的拡大が鈍り知識集約型への転換が求められるなかで、一度撤退した医薬・生命科学へ戻る足場として、営利から切り離した基礎研究所を別会社で持つ判断","x":"1978 三菱化学 ライフサイエンス分野へ再参入 生命科学の専門研究所の設立と、そこを起点とする研究体制の構築 1971年6月にライフサイエンス分野へ再参入。三菱化成工業が発足20周年の記念事業として資本金2億5,000万円の三菱化成生命科学研究所を町田に設立 石油化学の量的拡大が鈍り知識集約型への転換が求められるなかで、一度撤退した医薬・生命科学へ戻る足場として、営利から切り離した基礎研究所を別会社で持つ判断 測れない投資を、測れないまま持ち続けたこと 売上高2,000億円台の会社が、営利を目的としないと明記した研究所を20周年の記念事業として別会社で抱えた。医薬から一度撤退した会社が再参入の手段に選んだのは、製品開発の部隊ではなく基礎研究の場である。研究の自由も発表の自由も所長の求めるまま認め、年間経費は10数億円に据えた。すぐ金にはならないと所長自身が言う組織へ、その額を10年以上出し続ける決定だった。 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4452/decisions/capex-drive-1978/","t":"設備投資と工場自動化の積極化——欧米市場をにらんだ攻めの投資","c":"花王","y":1978,"col":"#05AC8F","s":"国内で築いた高収益と販社網を原資に、設備投資・工場自動化・研究開発を一気に積み増し、欧米市場での競争と技術革新に備えた攻めの投資判断","x":"1978 花王 九州工場の無人化投資 設備投資と工場自動化の積極化——欧米市場をにらんだ攻めの投資 1979年8月に工場自動化への積極投資。丸田芳郎社長が今年度500億円、3年で1200億円超の投融資を掲げ、九州工場を24時間無人運転へ 国内で築いた高収益と販社網を原資に、設備投資・工場自動化・研究開発を一気に積み増し、欧米市場での競争と技術革新に備えた攻めの投資判断 余力を守りに回さず、次の成長へ この判断の核心は、好業績で得たキャッシュを内部留保や当面の増配に回すのではなく、償却負担の重い設備投資と研究開発へ思い切って振り向けた点にある。53年3月期の経常利益74億円に対し、3年で600億円という償却計画は、目先の利益を犠牲にしても償却後に強い体質を残すという、時間軸の長い賭けであった。販社網で国内首位を確立した成功体験に安住せず、その余力を次の成長の原資として投じたところに、丸田芳郎社長の経営の攻めの性格がうかがえる。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/5101/decisions/advan-goodrich-dokuritsu-1978/","t":"外資の後ろ盾を失った後の「ADVAN」投入と独自路線の確立","c":"横浜ゴム","y":1978,"col":"#E21E31","s":"二期連続の最終赤字という財務危機を機に、量産競争を避けて性能差別化と資本的独立で収益体質を立て直す判断に踏み切った","x":"1978 横浜ゴム グッドリッチが資本離脱 外資の後ろ盾を失った後の「advan」投入と独自路線の確立 1978年に乗用車用タイヤadvanを発売。二期連続の最終赤字のなか高性能路線へ進み、1981年5月にグッドリッチとの資本関係を解消 二期連続の最終赤字という財務危機を機に、量産競争を避けて性能差別化と資本的独立で収益体質を立て直す判断に踏み切った 危機のなかで動いた転換の含み この決断の核心は、二期連続の最終赤字という守勢のなかで、量から質へと経営モデルを組み替える選択をした点にある。首位ブリヂストンと同じ基準で価格と量を競っても競争劣位に立つという構造認識は1960年代から指摘されていたが、それを実際の商品と資本構成の転換にまで落とし込んだのは、業績が底を打った1978年から1981年にかけてであった。追い込まれてから動いたのではなく、追い込まれたことを転換の号砲にしたのだろう。 経営再建・ターンアラウンド 高付加価値化・プレミアム 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5423/decisions/open-hearth-exit-1978/","t":"岡山工場の平炉停止とあわせて進めた電炉一貫体制への移行","c":"東京製鐵","y":1978,"col":"#2F5A99","s":"公害対策と熱源コストの逆転で平炉の維持が難しくなり、主力炉を電気炉へ全面転換すると同時に首都圏の旧拠点を閉鎖して岡山へ生産を寄せた判断","x":"1978 東京製鉄 江戸川工場閉鎖と電炉化 岡山工場の平炉停止とあわせて進めた電炉一貫体制への移行 1977年12月に電炉一貫体制へ移行。岡山工場の平炉を止め、1978年1月に江戸川工場を閉鎖し、4月に140トン電気炉2基を入れた 公害対策と熱源コストの逆転で平炉の維持が難しくなり、主力炉を電気炉へ全面転換すると同時に首都圏の旧拠点を閉鎖して岡山へ生産を寄せた判断 不況の底で炉を替えるという型 この判断の中身は、平炉を電気炉に替えたことそのものよりも、替える時期の選び方にあったとみられる。公害規制と燃料費の逆転で平炉の寿命が尽きるのは、遅かれ早かれ避けられなかった。ところが東京製鉄は、3期続けて経常赤字を計上している最中に220億円を投じ、需要が戻る前に工事を終えている。設備の廃棄を求める構造不況業種の指定と、新規投資を制限する法律に対して不服を申し立てながら、同じ時期に自社の炉を入れ替えていた点に、この会社の判断の順序が表れている。 リストラ・構造改革 大型設備投資 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6103/decisions/glass-walled-management-1978/","t":"大隈孝一社長の引責退陣と、大隈武雄社長への交代","c":"オークマ","y":1978,"col":"#025DB8","s":"オイルショック後の赤字累積と労使交渉の行き詰まりを受け、30年続いた社長を交代させ、労組を意思決定に組み入れた体制で再建を進める判断","x":"1978 オークマ 経営情報の開示で再建 大隈孝一社長の引責退陣と、大隈武雄社長への交代 1978年2月にガラス張り経営で再建。30年社長を務めた大隈孝一が退き、大隈武雄社長が労働組合三役を加えた経営会議を最高機関に据えた オイルショック後の赤字累積と労使交渉の行き詰まりを受け、30年続いた社長を交代させ、労組を意思決定に組み入れた体制で再建を進める判断 社長の首と引き換えの賃金カット この交代で目を引くのは、退陣の理由ではなく退陣の日付である。大隈孝一社長が職を退任したのは、労組が賃金カットと昇給停止を受け入れたのと同じ日であった。従業員が賃金を削るという取り引きの、相手側に経営者の首が置かれている。大隈武雄社長が就任初日に社用車6台を処分し、3年放置されていた本社前の駐車場の区画線を2時間で引かせたのも、その取り引きを目に見える形へ落とす作業であったのだろう。 機関設計・取締役会改革 雇用・労使 経営再建・ターンアラウンド トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/6432/decisions/takeuchi-brand-shift-1978/","t":"OEM供給依存から竹内ブランドでの直接販売への転換","c":"竹内製作所","y":1978,"col":"#E60012","s":"OEM供給先が相次いで自社生産へ回り取引が先細ったことを受け、自社ブランドでの直接販売へ移り、国内で名が通らない分を輸出で開いた販路の転換","x":"1978 竹内製作所 ヤンマーoemから直販転換 oem供給依存から竹内ブランドでの直接販売への転換 1978年1月にoem依存から自社ブランドへ転換。ミニショベルを製品化した竹内製作所がヤンマーディーゼルなどへの供給をやめ直販へ oem供給先が相次いで自社生産へ回り取引が先細ったことを受け、自社ブランドでの直接販売へ移り、国内で名が通らない分を輸出で開いた販路の転換 販売力を持たない技術は、誰の名で世に出るか この判断の核心は、技術で先んじた会社が、売る力を他社から借り続けるかどうかにあったのだろう。他社に先んじて作った製品を、相手先の名で出している限り、量は稼げても市場での評価は他社に積み上がる。供給先が自ら作り始めればその量も消える。竹内製作所が受けた『竹内なんて聞いたこともない』という反応は、開発の先行と市場での認知が別のものであることを、当事者にもっとも痛い形で示したといえる。 販路・チャネル転換 ブランド・マーケティング 海外進出・現地生産 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6701/decisions/candc-vision-1978/","t":"コンピュータと通信の融合という全社ビジョン","c":"NEC","y":1978,"col":"#003f87","s":"コンピュータと通信の融合という技術洞察のもとで、通信機・半導体・コンピュータの多角化を一つの事業ビジョンに統合し、相乗効果で世界市場に対抗する戦略","x":"1978 nec c&c構想の提唱 コンピュータと通信の融合という全社ビジョン 1977年10月に小林宏治会長がc&cを世界へ提唱した。米アトランタの通信展インテルコム77の基調講演で、通信機・半導体・計算機を一つに統合した コンピュータと通信の融合という技術洞察のもとで、通信機・半導体・コンピュータの多角化を一つの事業ビジョンに統合し、相乗効果で世界市場に対抗する戦略 一つのビジョンが多角化に与える意味 この判断の中心にあるのは、多角化した事業をどう一つの意味でまとめるか、という問いだった。通信機・半導体・コンピュータのどれをとっても単独で世界の頂点を狙う体力はなく、日本電気はそれぞれを別々に育てる道を選べなかった。小林宏治会長がc&cという三文字に込めたのは、事業を足し算で並べるのではなく、コンピュータと通信の融合という一本の技術観で掛け合わせるという発想だった。個々の製品や技術がたがいを引き上げる関係を、社員にも顧客にも投資家にも同じ言葉で語れるようにした点に、この提唱の働きがあったと思われる。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7267/decisions/us-local-production-1978/","t":"日本メーカーとして初めての四輪現地生産への踏み切り","c":"ホンダ","y":1978,"col":"#CC0100","s":"日米貿易摩擦の高まりを受け、日本の自動車メーカーとして初めて北米に四輪の現地生産拠点を開設し、輸出依存と摩擦リスクからの脱却をはかった判断","x":"1978 ホンダ hamによる北米現地生産 日本メーカーとして初めての四輪現地生産への踏み切り 1978年3月に北米での四輪現地生産を決定。日本勢で初めて米オハイオ州メアリズビルにhamを設け、1982年11月に生産を開始した 日米貿易摩擦の高まりを受け、日本の自動車メーカーとして初めて北米に四輪の現地生産拠点を開設し、輸出依存と摩擦リスクからの脱却をはかった判断 「作る場所」を市場に合わせるという選択 この判断の芯にあるのは、輸出で稼ぐという戦後日本の自動車産業の型を、最大市場のただ中で崩してみせた点にある。摩擦を政治で受け止めるのではなく、生産の配置を市場に合わせて組み替える——防御のための一手が、結果として北米という土壌への深い定着を生んだ。他社が様子を見るなかで単独で先んじ、後発の四輪メーカーが業界の常道を先取りしてみせた判断であったのだろう。 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7309/decisions/pro-strategy-1978/","t":"値引きを拒み、高付加価値部品と海外直販で輸出採算を守る道の選択","c":"シマノ","y":1978,"col":"#0066b3","s":"急速な円高で輸出採算が悪化するなか、価格競争に加わらず、値引きを拒んで高付加価値部品と海外直販を貫き、米国向けの小幅値上げと合理化で為替を吸収して増収増益を守っ…","x":"1978 シマノ 部品の高付加価値化で円高対応 値引きを拒み、高付加価値部品と海外直販で輸出採算を守る道の選択 1978年4月に値引きを拒む商いで円高へ対処。輸出比率6割の島野工業が高付加価値部品と海外直販を貫き、増収増益を守った 急速な円高で輸出採算が悪化するなか、価格競争に加わらず、値引きを拒んで高付加価値部品と海外直販を貫き、米国向けの小幅値上げと合理化で為替を吸収して増収増益を守った輸出戦略。 価格で競うか、価値で通すか この判断の核心は、円高という為替の逆風に、値引きや価格転嫁で応じるのではなく、製品の価値と海外直販の信用で吸収した点にある。家電をはじめ日本の花形輸出品の多くが価格競争力で世界へ出た道とは逆に、島野工業は値段だけの価値ある商品を掲げ、得意先の値引き要求さえ拒んだ。自己資本比率52.5%という自己責任の経営が、金融機関の顔色をうかがわずに価格競争から降りる選択を支えた。円高で採算が細るとき、量産の安値で守るのか、製品の価値で守るのか——同社は後者を選んだ。 高付加価値化・プレミアム プライシング・価格政策 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9506/decisions/lng-conversion-1978/","t":"石油専焼火力への依存を改めるLNGへの燃料転換","c":"東北電力","y":1978,"col":"#E60012","s":"石油危機による原油価格の急騰で石油専焼火力の燃料費が膨らんだため、LNG受入基地を共同出資で設けて火力の燃料を天然ガスへ替え、電源構成の振れを抑える判断","x":"1978 東北電力 日本海エル・エヌ・ジー設立 石油専焼火力への依存を改めるlngへの燃料転換 1978年8月に日本海エル・エヌ・ジーを設立。東北電力が新潟県や石油資源開発らと資本金120億円を出し、新潟東港に日本海側で最初のlng受入基地 石油危機による原油価格の急騰で石油専焼火力の燃料費が膨らんだため、lng受入基地を共同出資で設けて火力の燃料を天然ガスへ替え、電源構成の振れを抑える判断 燃料を替えるという判断の時間 若林強社長のもとでまとまった出資構成には新潟県と北海道東北開発公庫、石油資源開発、北陸瓦斯が並び、東北電力の議決権は42.3%にとどまった。替えたのは燃料だけではなく、その燃料を受け入れる設備の持ち方であった。120億円の資本金を5者で分け合ったために、新潟東港の受入基地は一社の燃料倉庫ではなく、都市ガスの原料も工業用の冷熱も供給する設備になった。発電会社が単独で建てていれば、この使われ方は生まれなかったと推察される。 外的危機への対応 大型設備投資 垂直統合・内製化 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/9509/decisions/tomari-nuclear-siting-1978/","t":"道内初の原子力発電所をめぐる内陸型から海側への計画変更","c":"北海道電力","y":1978,"col":"#002F87","s":"石炭に偏った電源構成を補うベースロード電源として原子力を据えるため、漁業者の同意が得られない内陸型の立地点を海側へ変更し、用地・同意・補償の要件を揃えた立地の推…","x":"1978 北海道電力 泊村での立地決定 道内初の原子力発電所をめぐる内陸型から海側への計画変更 1978年に原発の立地点を泊村へ変更。1969年に定めた共和村との境界付近から漁業者の同意を得られず海側に改める 石炭に偏った電源構成を補うベースロード電源として原子力を据えるため、漁業者の同意が得られない内陸型の立地点を海側へ変更し、用地・同意・補償の要件を揃えた立地の推進 譲れる条件と、譲れない条件 泊の立地を、地元を粘り強く説得した成果として読むと、実際に効いた手が見えなくなる。立地点の決定から9年、交渉を止めていたのは説得の量ではなく、岩内港から専用道路で核燃料と廃棄物を運ぶという計画そのものであった。1978年に立地点を海側の泊村へ移して運搬路を消したことで、反対を続けていた漁協は条件付き賛成に転じている。譲る対象を交渉の技術ではなく計画の中身に置いた点が、この判断の芯であろう。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/1331/decisions/onshore-processing-shift-1977/","t":"二百カイリ規制を受けた漁労依存からの脱却と、加工・畜産事業への軸足移動","c":"ニチロ","y":1977,"col":"#B91A01","s":"漁獲割当と二百カイリ規制で海の成長が閉じるなか、陸上加工・畜産加工と冷凍食品へ資金を振り向けて収益源を転じた業態転換","x":"1977 ニチロ 北洋漁業の縮小で陸上転換 二百カイリ規制を受けた漁労依存からの脱却と、加工・畜産事業への軸足移動 1977年に北洋漁業の縮小で陸上転換。日ソ漁業条約下で各国の二百カイリ設定を受け、日魯漁業が加工食品と海外の加工会社へ収益源を移行する 漁獲割当と二百カイリ規制で海の成長が閉じるなか、陸上加工・畜産加工と冷凍食品へ資金を振り向けて収益源を転じた業態転換 権利を守る競争から降りるということ 資本金70億円の会社が9年間で約350億円を投じ、その6割を船に向けた。この設備投資が会社を無配へ追い込んだ理由を、平野赳副社長は水産業の認許可制に求めている。許可を得た以上は権利を確保するために無理な投資も強行するほかなかった、という説明であった。陸上加工と畜産加工への配分替えは、その権利争いから降りる判断でもあった。二百カイリで漁場が閉じる17年前に、日魯漁業は獲る量ではなく加工する量で稼ぐ会社へ移り始めていたのだろう。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開 大型設備投資 外的危機への対応 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2264/decisions/bifidus-launch-1977/","t":"他社が扱わない菌を製品の軸に据えた独自路線への踏み出し","c":"森永乳業","y":1977,"col":"#E60011","s":"明治・雪印との規模競争で量では先頭に立ちにくい構造のもと、ビフィズス菌という菌種で差別化する独自カテゴリを創出し、規模の外側で高付加価値により収益を上げる路線を…","x":"1977 森永乳業 ビフィズス菌ビヒダスの発売 他社が扱わない菌を製品の軸に据えた独自路線への踏み出し 1977年6月にビフィズス菌ビヒダスの発売。森永乳業が1969年に見つけたヒト由来のbb536を用い、明治・雪印との規模競争を避けて菌種で差をつけた 明治・雪印との規模競争で量では先頭に立ちにくい構造のもと、ビフィズス菌という菌種で差別化する独自カテゴリを創出し、規模の外側で高付加価値により収益を上げる路線を選んだ判断 規模の劣勢を差別化に転じる選択 この判断の核心にあったのは、規模で先頭に立ちにくい土俵から、いったん降りるという選択であった。明治や雪印と同じ製品を全国で量産して競う限り、売上は伸びても利は薄く、順位も入れ替わりにくい。森永はその競争の外側に、自社が発見した菌という別の物差しを持ち込んだ。量ではなく中身で選ばせるという発想は、乳業という成熟した産業のなかで、規模の劣勢を差別化に転じようとする試みであっただろう。 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/2501/decisions/draft-beer-offensive-1977/","t":"「サッポロびん生」を旗艦に据え、瓶の主力を生へ移行する全面転換","c":"サッポロビール","y":1977,"col":"#FDC426","s":"キリンビールがシェア6割超で独走する寡占市場で、味の差別化が通用しないと悟った3位企業が、消費者の嗜好変化を先取りして\"生ビール\"という新しい市場を創出し、市場…","x":"1977 サッポロビール 生ビール全国発売でキリンに挑む 「サッポロびん生」を旗艦に据え、瓶の主力を生へ移行する全面転換 1977年4月に生ビールの全国発売。サッポロビールが熱処理しないサッポロびん生に広告と設備投資を集中し、キリン独走の市場へ挑んだ キリンビールがシェア6割超で独走する寡占市場で、味の差別化が通用しないと悟った3位企業が、消費者の嗜好変化を先取りして\"生ビール\"という新しい市場を創出し、市場構造そのものの転換を狙った カテゴリーを創出した者が、それを守れるとは限らない この判断の要諦は、商品の中身ではなく市場の切り口を変えた点にあるとみられる。ファイブスターもライトもヱビスも、キリンのラガーが作った嗜好の土俵の上で味を競い、キリンラガーに対し競争劣位に立った。びん生はラガーと原料も醸造法もほぼ同じで、熱処理をするかどうかの僅少差しかない。だがその僅少差を\"生はビールの原点\"という物語に仕立て、広告・設備・販売員をそこへ集中したことで、キリンが持たない土俵が生まれた。指名買いの厚い首位に正面から挑まず、拒否率の低い領域で戦場を再定義する——2番手企業の定石を、これほど徹底して実行した例は同時代でも多くなかったといえる。 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/3201/decisions/nikke-argentina-coup-survival/","t":"度重なる政変とクーデターをくぐり抜けた海外拠点の維持","c":"日本毛織","y":1977,"col":"#E60010","s":"度重なる軍事クーデターと高インフレ、外資規制という政治・市場環境の激変の中で、現地法人ニホンケオリアルゼンチナの経営を維持し続けた判断","x":"1977 日本毛織 アルゼンチン子会社の存続 度重なる政変とクーデターをくぐり抜けた海外拠点の維持 1977年8月にアルゼンチン子会社の存続。伊藤忠商事・兼松江商との合弁ニホンケオリアルゼンチナを軍事クーデターと高インフレの下で守る 度重なる軍事クーデターと高インフレ、外資規制という政治・市場環境の激変の中で、現地法人ニホンケオリアルゼンチナの経営を維持し続けた判断 財務の合理より、逃げないという意思 この経営判断の核心は、財務的な打算というより、政変が続く現地でなお経営を続けるという意思そのものにあったと思われる。米国系企業の重役が続々と帰国するなかで、日本からの唯一の進出企業が現地に踏みとどまり、経営幹部が身の危険を冒してまで自ら指揮を執り続けた背景には、1956年の進出以来20年をかけて積み上げた労務対策への確信があったといえる。過激派を入れない採用審査、給料の遅配なし、家族ぐるみのクラブ活動という地味な積み重ねが、政変のたびに問われる従業員の支持という一点を支え続けた。 外的危機への対応 中南米"},{"k":"decision","u":"/tse/4511/decisions/antibiotics-growth-1977/","t":"主力薬効を抗生物質と神経系へ集中する事業構成の組み替え","c":"藤沢薬品工業","y":1977,"col":"#333333","s":"品目を広く分散させる1960年代の売上構成から、自社開発の抗生物質セファメジンを軸とする構成へ主力を寄せ、研究開発投資を収益で回収する型に切り替えた判断","x":"1977 藤沢薬品工業 セファメジンへ集中投資 主力薬効を抗生物質と神経系へ集中する事業構成の組み替え 1977年3月にセファメジンへ集中投資。抗生物質を軸に薬効構成を組み替え、経常利益191億円で武田薬品の168億円を上回った 品目を広く分散させる1960年代の売上構成から、自社開発の抗生物質セファメジンを軸とする構成へ主力を寄せ、研究開発投資を収益で回収する型に切り替えた判断 一製品に構成の四割を託すということ 発売年度に37億円だった一つの抗生物質が、6年後には薬効構成の40.9%を占めるに至った。藤沢薬品工業が選んだのは、品目を広く分散させて危険を薄める1960年代の型を捨て、セファメジンという単一製品の伸びに全体を委ねることであった。販売高の6%以上を研究開発へ投じ、新製品比率を40%以上に保ってきた蓄積があったからこそ、一製品への傾斜を怖れずに済んだとみられる。 技術・r&d起点の勝負 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/5333/decisions/ngk-baudour-acquisition-1977/","t":"欧州生産拠点NGKボドゥールの発足による現地生産体制の獲得","c":"日本ガイシ","y":1977,"col":"#0173C3","s":"輸出と技術供与で押さえてきた欧州市場に、稼働中の碍子メーカーを工場・人員ごと買収して製造拠点を確保し、販売会社を同年に併設した現地生産への転換","x":"1977 日本ガイシ ベルギーの碍子メーカー買収 欧州生産拠点ngkボドゥールの発足による現地生産体制の獲得 1977年3月にベルギーの碍子メーカー買収。製造のngk-baudourと販売のngk europeを、同じ年にベルギーでそろえる 輸出と技術供与で押さえてきた欧州市場に、稼働中の碍子メーカーを工場・人員ごと買収して製造拠点を確保し、販売会社を同年に併設した現地生産への転換 技術で勝つことと、市場に参入すること 日本碍子は超々高圧送電の技術をめぐって先進国からも商談が殺到し、ge社が頭を下げて合弁を申し入れてくる立場にあった。それでも欧州では自社で工場を建てず、稼働中の碍子メーカーを設備と人員ごと買っている。技術で競争優位に立つことと、各国の電力会社が持つ規格と納入実績の壁を越えることは別だと見切っていたからだと推察される。北米でge社の工場を引き継いだ入り方と同じであった。 海外進出・現地生産 クロスボーダーm&a(日本→海外) 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6471/decisions/overseas-plants-labor-1977/","t":"販売会社中心の海外展開から現地生産体制へ切り替える方針の転換","c":"日本精工","y":1977,"col":"#DC0121","s":"米欧の輸入制限や輸出自粛の圧力と、オーストラリアのような高関税国の存在を前に、販売会社の設置にとどめていた海外事業を現地生産へ切り替え、あわせて現地の労務と管理…","x":"1977 日本精工 豪州・英国・米国に工場設置 販売会社中心の海外展開から現地生産体制へ切り替える方針の転換 1969年から1975年にかけて豪州・英国・米国に工場設置。1962年からの販売会社に続き、豪州・英国ダーラム州・米国アイオワ州へ相手国の内側で生産する拠点 米欧の輸入制限や輸出自粛の圧力と、オーストラリアのような高関税国の存在を前に、販売会社の設置にとどめていた海外事業を現地生産へ切り替え、あわせて現地の労務と管理の仕組みを組み立てた10年の判断 関税を避けるために背負ったもの 操業4年目のオーストラリア工場を、今里広記社長は自ら『マッチ箱のような工場』と呼んだ。月産30万個、シェア3.5%、累積赤字。輸出を続ければ関税と輸入制限に削られ、現地で作れば市場が日本の20分の1しかない国で規模の利を得られない——1960年代末の日本精工が置かれていたのは、どちらを選んでも痛みの残る条件であった。それでも関税を嘆くより内側に入るという判断を通したのは、米国での輸入阻止の動きを目の前で見ていたからだと推察される。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 雇用・労使 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/6503/decisions/market-oriented-shift-1977/","t":"生産志向でつくられてきた事業部編成の解体と、市場を起点とする体制への組み替え","c":"三菱電機","y":1977,"col":"#d80c18","s":"電化ブームの終焉で「作れば売れる」体質が通用しなくなり、生産都合で分かれていた事業部編成を市場ごとの責任体制へ組み替えた組織転換","x":"1977 三菱電機 営業本部・4事業本部制移行 生産志向でつくられてきた事業部編成の解体と、市場を起点とする体制への組み替え 1977年6月に営業本部・4事業本部制へ。1975年6月の営業本部新設に続き、生産都合の事業部を重電・電子・機器・商品へ組み替えた 電化ブームの終焉で「作れば売れる」体質が通用しなくなり、生産都合で分かれていた事業部編成を市場ごとの責任体制へ組み替えた組織転換 誰に向かって仕事をするか 客の求めより作る側の都合を先に立て、良い製品を作りさえすればよいとする経営はもう通らない。1977年末、進藤貞和社長自身がそう認めた。10年前に業界誌が浴びせていた批判を、今度は社長が自社の説明に用いるようになったのである。4事業本部制の要点は、冷熱部門がありながらウインドクーラーを商品事業部が扱うといった、生産側の都合による線引きを、客の立場から引き直すことだった。組織図の書き換えというより、誰に向かって仕事をするかの向きを変える作業であっただろう。 販路・チャネル転換 ブランド・マーケティング 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/6752/decisions/yamashita-presidency-1977/","t":"序列を飛び越えた社長人事による、年功に縛られない経営陣の入れ替え","c":"パナソニック","y":1977,"col":"#1450a0","s":"巨大化した組織の次代を、序列25番手からの抜擢で現場派の山下俊彦氏に託し、事業部の社長直結による決断経営へ移行した世代交代","x":"1977 パナソニック 山下俊彦氏の序列外抜擢 序列を飛び越えた社長人事による、年功に縛られない経営陣の入れ替え 1977年2月に取締役の山下俊彦氏を社長へ据えた。序列25番手からの25段跳びと言われた抜擢で、松下幸之助氏が高橋荒太郎会長と諮って決めた 巨大化した組織の次代を、序列25番手からの抜擢で現場派の山下俊彦氏に託し、事業部の社長直結による決断経営へ移行した世代交代 二重統治という型 山下氏抜擢のいちばんの妙味は、能力本位で序列の外から実力者を引き上げながら、創業者の権威を\"バックの権威\"として残した点にある。純粋な実力主義でも同族経営でもない、専門経営者が実務を握り創業者が後ろ盾となる二重統治の型が、ここで生まれたとみられる。固辞する山下俊彦氏が求めた条件が、この二重性を最もよく物語っていた。後ろ盾なしには務まらないという自己認識こそが、松下の統治の輪郭を決めたといえる。 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/7751/decisions/kaku-divisional-reform-1977/","t":"事業部制による組織の再編と、事務機事業への経営資源の集中","c":"キヤノン","y":1977,"col":"#CC0100","s":"危機下の社長抜擢を機に事業部制で損益を可視化し、多角化を整理して事務機へ研究開発を集中させた経営再建","x":"1977 キヤノン 無配転落と事業部制の導入 事業部制による組織の再編と、事務機事業への経営資源の集中 1977年6月に賀来竜三郎氏を社長へ抜擢。前田武男社長の急逝と無配転落を受け、事業部制で各事業の損益を見えるようにした 危機下の社長抜擢を機に事業部制で損益を可視化し、多角化を整理して事務機へ研究開発を集中させた経営再建 危機下の抜擢が持ち込んだもの この経営判断の核心は、財務の危機そのものよりも、危機に乗じて経営のかたちを組み替えた点にある。無配という数字は、多角化で広げた事業の採算が社内で溶け合い、誰がどこで損を出しているかが見えなくなった結果でもあった。賀来竜三郎社長は事業部制でその採算を切り分け、見込みの薄い事業をたたんで事務機へ資源を配分した。危機の直後に外から招かれたのではなく、内側で常務にとどまっていた人物が前任の甘さを名指しできたことに、この人事の性格がうかがえる。 経営再建・ターンアラウンド 選択と集中 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/7936/decisions/asics-merger-1977/","t":"ジィティオ・ジェレンクとの合併によるアシックスの発足","c":"アシックス","y":1977,"col":"#001E62","s":"シューズ専業から総合スポーツ用品メーカーへ広がるための3社対等合併を、創業家の世襲を断つ「脱同族」を条件に成立させた再編","x":"1977 アシックス オニツカなど3社合併 ジィティオ・ジェレンクとの合併によるアシックスの発足 1977年7月にオニツカがジィティオ・ジェレンクと合併。シューズ専業とスポーツウエアの3社が対等合併し、株式会社アシックスが発足 シューズ専業から総合スポーツ用品メーカーへ広がるための3社対等合併を、創業家の世襲を断つ「脱同族」を条件に成立させた再編 世襲を断つことで統合を成立させた合併 この再編の核心は、事業の足し算そのものよりも、対等合併を成立させるために創業者が差し出した\"世襲の放棄\"にあったのだろう。オーナー3人が集まる合併では、誰の子が跡を継ぐか、どの社が主導権を掌握するかをめぐる争いが起きやすい。鬼塚喜八郎氏はその火種を、合併の入り口で\"同族企業からの脱皮\"という約束に置き換えた。自らも創業者でありながら、真っ先に自分の一族の特権を放棄して見せたところに、この合併の説得力があっただろう。 合併・経営統合 創業家・同族 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/ataka-rescue-merger-1977/","t":"「39年の恩」に応えた経営破綻企業の引き受け","c":"伊藤忠商事","y":1977,"col":"#19479B","s":"倒産状態の安宅産業を、メインバンク住友銀行への義理から救済合併。鉄鋼・化学の有力商権を選別取得し社員は約3分の1のみ引き受けて、非繊維部門を拡大した経営判断","x":"1977 伊藤忠商事 安宅産業の救済合併 「39年の恩」に応えた経営破綻企業の引き受け 1977年10月に伊藤忠商事が安宅産業を救済合併。カナダの石油精製で倒れた商社から、鉄鋼や化学の有力な商権を選んで引き取った 倒産状態の安宅産業を、メインバンク住友銀行への義理から救済合併。鉄鋼・化学の有力商権を選別取得し社員は約3分の1のみ引き受けて、非繊維部門を拡大した経営判断 義理が動かした合併という意思決定 この意思決定の核心は、倒産した同業を引き受けるという重い判断が、綿密な事業計算ではなく\"39年の恩\"というメインバンクへの義理から下された点にある。越後正一氏が住友銀行の要請に即答したのは、1964年に自社が資金繰りに苦しんだとき同行が支えた記憶があったからで、企業間の貸し借りが十数年後の巨大な経営判断を規定した。戦後日本のメインバンク制が、資金の融通にとどまらず、危機に瀕した企業の受け皿の選定にまで及んでいたことを、この合併は具体的に示している。 救済型m&a・支援受け入れ 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8060/decisions/nrc-oil-collapse-1977/","t":"単一事業への傾斜投資が招いた、戦後最大級の商社破綻","c":"安宅産業","y":1977,"col":"#333333","s":"商社の仲介の枠を超え、原油の価格変動リスクを自ら引き受けるNRC石油与信へ傾斜投資し、オイルショックを機に損失が全社の存続を脅かした拡大路線の帰結","x":"1977 安宅産業 nrc製油所への投資破綻 単一事業への傾斜投資が招いた、戦後最大級の商社破綻 1973年にカナダのnrcと総代理店契約を締結した。安宅産業は中東原油を10年間購入する義務まで負い、市川政夫社長の借入依存が石油で傾いた 商社の仲介の枠を超え、原油の価格変動リスクを自ら引き受けるnrc石油与信へ傾斜投資し、オイルショックを機に損失が全社の存続を脅かした拡大路線の帰結 与信の枠を超えた商社と、牽制なき拡大 この判断の核心は、商社が本来引き受けない価格変動リスクを、一案件で全社の体力に見合わぬ規模まで負った点にある。鉄鋼や木材の仲介で堅実に稼いできた会社が、石油では原油を10年買い切る当事者の立場へ踏み込んだ。オイルショックは引き金ではあっても、破綻の芯は契約の設計そのものにあった。 経営破綻・法的整理 外的危機への対応 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/8318/decisions/ataka-sangyo-rescue-1977/","t":"救済で背負った1132億円を先送りせず一度に処理する道の選択","c":"住友銀行","y":1977,"col":"#004831","s":"取引先1社の破綻で生じた1132億円の損失を、分割せず1977年9月期決算で全額償却し、翌期以降の決算を実態に戻した処理","x":"1977 住友銀行 安宅産業支援の全額償却 救済で背負った1132億円を先送りせず一度に処理する道の選択 1977年9月期に安宅産業救済の負担を全額償却。住友銀行が総合商社の処理で負った1132億円を数期に分散せず1期で落としきる 取引先1社の破綻で生じた1132億円の損失を、分割せず1977年9月期決算で全額償却し、翌期以降の決算を実態に戻した処理 損失を確定できるのは、確定に耐える体力がある側である 1132億円は、当時の住友銀行の2期分の経常利益に相当する。住友銀行はそれを1977年9月期の1期で落としきり、損失の大きさをそのまま決算に載せた。翌期以降の数字からは、取引先の破綻が切り離される。回収を見込んで資産に残す道も、数期に分けて薄く落とす道もあった。どちらを選んでも当座の決算は整うが、帳簿と実態の差は残り続ける。磯田一郎頭取が2年半後に『まぁ、すてたんです』と一言で振り返れたのは、その差を残さなかったからである。 外的危機への対応 救済型m&a・支援受け入れ 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8766/decisions/gogo-operation-1977/","t":"序列の維持ではなく、創業100周年の1979年度に保険料収入5,500億円とシェア1%増を掲げた3年計画","c":"東京海上ホールディングス","y":1977,"col":"#d50000","s":"免許と認可料率に守られて序列が動かない業界で、他社との比較ではなく創業100周年という期限と保険料収入5,500億円・シェア1%アップという自ら設定した数字で経…","x":"1977 東京海上ホールディングス gogo作戦の開始 序列の維持ではなく、創業100周年の1979年度に保険料収入5,500億円とシェア1%増を掲げた3年計画 1977年4月に3年間の経営体質強化計画gogo作戦を始めた。創業100周年の1979年度へ保険料収入5,500億円・シェア1%アップを掲げた。 免許と認可料率に守られて序列が動かない業界で、他社との比較ではなく創業100周年という期限と保険料収入5,500億円・シェア1%アップという自ら設定した数字で経営を測ることにした全社運動 比較で測る会社から、数字で測る会社へ gogo作戦は効率化運動という名前のわりに、実際には自らの測り方を変える決断だった。免許制と認可料率に守られた業界で、東京海上の位置は常に他社との比較でしか語られてこなかった。『損害保険業界には、1位はあっても2、3位はない』という言い方がそれである。だが比較で見ているかぎり、シェアが16.6%から15.6%へ8年かけて1ポイント低下しても、首位である事実は動かない。創業100周年という期限を切り、保険料収入5,500億円・マーケットシェア1%アップという自分だけの数字を置いたとき、東京海上は他社にではなく目標に対して負けうる会社になった。 リストラ・構造改革 グローバル経営体制"},{"k":"decision","u":"/tse/9005/decisions/shin-tamagawa-line-1977/","t":"路面電車に代わる地下新線への切り替えと、都心直通ネットワークの完成","c":"東急","y":1977,"col":"#E60012","s":"多摩田園都市の宅地開発で増える沿線人口を都心へ運ぶため、輸送力に限る路面電車の玉川線を廃し、会社の前途を左右する巨額投資に踏み切って地下新線の新玉川線を建設し、…","x":"1977 東急 新玉川線建設で都心直通化 路面電車に代わる地下新線への切り替えと、都心直通ネットワークの完成 1977年4月に新玉川線が渋谷〜二子玉川で開通した。五島昇社長が路面電車の玉川線を廃し、田園都市線の乗客増に応える地下新線へ巨額投資を決めた 多摩田園都市の宅地開発で増える沿線人口を都心へ運ぶため、輸送力に限る路面電車の玉川線を廃し、会社の前途を左右する巨額投資に踏み切って地下新線の新玉川線を建設し、営団半蔵門線との全列車直通運転で都心直通の輸送網を整えた鉄道インフラ投資 「線を伸ばす」判断の重さ 新玉川線の建設は、宅地を開発するのとは異なる種類の重さを持つ判断であったとみられる。土地や住宅は売れ残っても在庫として抱えられるが、鉄道の新線は途中で引き返せず、開業までの長い期間、収益を生まないまま巨額の資金を沈めていく。山戸松身氏が会社の将来を左右しかねないとためらった苦悩は、線を一本引くという行為が会社全体の命運を左右しうることへの、実務者としての実感であったと推察される。多摩田園都市が土地・住宅・電車の三層で稼ぐ構造だったとすれば、新玉川線はその最後の一層である電車を、都心まで通し切るための投資であった。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/maruha/decisions/catch-to-food-transformation-1977/","t":"遠洋漁業に依存した主力事業からの撤退と養殖への軸足移動","c":"マルハ","y":1977,"col":"#DE0A06","s":"二百カイリ規制で公海の漁場を失った遠洋漁業最大手が、陸上の加工・養殖・外食へ資本を振り向け、獲る会社から製造・販売する会社へ体質を転換した面的な事業構造の組み替…","x":"1977 マルハ 二百カイリ後の加工食品転換 遠洋漁業に依存した主力事業からの撤退と養殖への軸足移動 1977年に二百カイリで公海の漁場を失う。水産最大手の大洋漁業が陸上の加工・養殖・外食へ資本を振り向け、獲る側から生産する側へ回った 二百カイリ規制で公海の漁場を失った遠洋漁業最大手が、陸上の加工・養殖・外食へ資本を振り向け、獲る会社から製造・販売する会社へ体質を転換した面的な事業構造の組み替え 漁場を失うことと、収益構造を組み替えること 獲る会社から作り売る会社への転換を、二百カイリ規制に追われた受け身の縮小とだけ読むのは、この判断の射程を狭くする。大洋漁業は漁場を失うのと同じ時期に、陸上の加工・研究へ資本を移し替え、量産のめども立たないマグロの養殖へ研究チームを置いた。経常赤字と無配のさなかに中央研究所へ資金を割き、外食という新しい売り場まで自ら開いた点に、規制への防御を超えて稼ぎ方そのものを組み替える意思がうかがえる。天辰祐之郎社長の\"自らつくる漁業\"という言葉は、その意思を映していた。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/1911/decisions/kutai-timber-indonesia-1976/","t":"インドネシアでの合板現地生産に踏み切る海外生産拠点の設立","c":"住友林業","y":1976,"col":"#00873C","s":"国内材の調達余力が細るなか、住友林業がインドネシアに合弁で現地製造拠点を開設し、輸入依存から自社資源保有へ転換した判断","x":"1976 住友林業 クタイ・ティンバー設立 インドネシアでの合板現地生産に踏み切る海外生産拠点の設立 1970年9月にクタイ・ティンバー設立。現地資本カルティメクス・ジャヤと組み、1974年12月に合板の製造販売を開始 国内材の調達余力が細るなか、住友林業がインドネシアに合弁で現地製造拠点を開設し、輸入依存から自社資源保有へ転換した判断 輸入材依存から現地資源保有へ、海外製造拠点モデルの最初の実例 この決断の核心は、原木を輸入に頼るだけの立場から、自ら現地に資源と製造拠点を持つ立場へ切り替えた点にあるのだろう。合板需要がほぼ存在しない市場に工場を建設するという判断は、短期的な採算だけを見れば無謀にも映るが、政府との約束を履行しながら現地の需要変化に合わせて内需へ転換した対応力が、事業を軌道に乗せる決め手になったといえる。 海外進出・現地生産 資本提携・政策保有 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/1925/decisions/roadside-store-business-1976/","t":"流通店舗事業への参入と非住宅多角化","c":"大和ハウス工業","y":1976,"col":"#D4002A","s":"住宅販売のために蓄えた土地情報と施工力を、遊休地を持つ地主とテナントを結ぶ店舗事業へ転用し、住宅と競合しない非住宅の需要を掘り当てた","x":"1976 大和ハウス工業 ロードサイド店舗への進出 流通店舗事業への参入と非住宅多角化 1976年に流通店舗事業へ参入。石橋信夫氏が自ら旗を振り、住宅で培った土地情報と施工力を地主とテナントの仲立ちへ 住宅販売のために蓄えた土地情報と施工力を、遊休地を持つ地主とテナントを結ぶ店舗事業へ転用し、住宅と競合しない非住宅の需要を掘り当てた 住宅メーカーの資源を、非住宅の市場へ この決断の核心は、住宅販売のために蓄えた土地情報と施工力を、そのまま非住宅の店舗市場へ振り向けた点にある。ところが、遊休地を抱える地主が別に大勢いるという裏返しの事実へ目を向けると、住宅ではなく店舗を建てて地主とテナントを結ぶ事業が見えてくる。既存資源の転用でありながら、住宅とは競合しない新しい需要を掘り当てた点に、この事業の巧みさがある。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/1963/decisions/lump-sum-contract-risk-1976/","t":"海外プラント受注の拡大への傾斜と、それに合わせた社名の刷新","c":"日揮ホールディングス","y":1976,"col":"#E60013","s":"名実の一致した社名への転換と、実績と信用づくりによるリスク回避を軸に、海外プラント事業を成長の主軸に据えた戦略的な経営判断","x":"1976 日揮ホールディングス 日揮へ商号変更 海外プラント受注の拡大への傾斜と、それに合わせた社名の刷新 1976年10月に日揮へ商号変更。鈴木義雄社長のもとで実態に合う名へ改め、同年アルジェリアのガスプラントを1,450億円で受注 名実の一致した社名への転換と、実績と信用づくりによるリスク回避を軸に、海外プラント事業を成長の主軸に据えた戦略的な経営判断 看板の刷新と、引き受けたリスクの中身 この決断の軸は、社名という表看板を実態に合わせたことにとどまらない。鈴木義雄会長が語った\"実績と信用づくり\"は、契約の型やカントリーリスクの分散だけでは埋まらない領域、すなわち発注者との関係そのものをリスク管理の対象に据える考え方だった。数字に表れにくいこの資産を積み上げることが、社名変更と並ぶもう一つの決断の核だったのだろう。 ブランド・マーケティング グローバル経営体制"},{"k":"decision","u":"/tse/2168/decisions/founding-1976/","t":"家事代行から事務派遣へ展開した人材サービスの立ち上げ","c":"パソナグループ","y":1976,"col":"#E50012","s":"結婚・出産で退職した女性の再就職という社会の空白と、事務労働の繁閑を外部で調整したい企業の需要に着目し、派遣が未合法の時代に家事代行という契約形態で事務派遣とい…","x":"1976 パソナグループ テンポラリーセンター創業 家事代行から事務派遣へ展開した人材サービスの立ち上げ 1976年2月にテンポラリーセンター創業。関西大学の学生だった南部靖之氏が、派遣がまだ合法でない時代に家事代行から始めた大阪市北区の1室 結婚・出産で退職した女性の再就職という社会の空白と、事務労働の繁閑を外部で調整したい企業の需要に着目し、派遣が未合法の時代に家事代行という契約形態で事務派遣という新業態を立ち上げた創業 制度が事業を追いかけた創業 この創業の核心は、制度がまだ形にしていない働き方を、事業の側が先につくり出した点にある。労働者派遣という業態は、法が定義してから会社が生まれたのではない。働きたい女性と、事務の繁閑を調整したい企業のあいだにある需要を、南部氏は家事代行という契約に載せて先に結び、その実績の上に、十年後の労働者派遣法が制度の輪郭を与えた。事業が制度を追い越し、あとから制度が事業を追いかける。人材派遣の草分けは、その順序で立ち上がった。 収益モデル転換 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/3289/decisions/tokyu-hands-1976/","t":"不動産デベロッパーが自ら手がける、異業種である小売への参入","c":"東急不動産ホールディングス","y":1976,"col":"#2d9622","s":"余暇時間の増加と個人のライフスタイル重視という市場の変化をとらえ、住宅供給に偏った事業を分散するため、住関連・DIY用品の大型専門店という異業種小売へ参入する多…","x":"1976 東急不動産ホールディングス 東急ハンズを設立 不動産デベロッパーが自ら手がける、異業種である小売への参入 1976年8月に東急ハンズを設立。デベロッパーが小売へ参入し、住関連とdiy用品の大型専門店に一芸の専門職を据える 余暇時間の増加と個人のライフスタイル重視という市場の変化をとらえ、住宅供給に偏った事業を分散するため、住関連・diy用品の大型専門店という異業種小売へ参入する多角化 素人が主役の店という賭け この判断の核心は、不動産という本業から遠く離れた小売に、しかも玄人の効率を捨てた素人商法で挑んだ点にある。売れ筋に絞らず客の選択にまかせるという発想は、生産性で競う小売の常識からみれば非効率そのものだった。だが、余暇と趣味に個人が時間と金を使い始めた時代に、一芸のプロが並ぶ売り場と探す楽しさは確かな支持を得た。渋谷の使い道に困ったビルから生まれた業態が、後にグループの流通事業へと育ったことを思えば、立地の不利を発想の自由で埋めた賭けであったと推察される。 隣接領域への展開 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/4063/decisions/shintec-pvc-world-top-vertical/","t":"テキサス立地を軸とした、原料から塩ビまでの自前での押さえ込み","c":"信越化学工業","y":1976,"col":"#003B8E","s":"テキサスの安価な岩塩・天然ガスという立地優位を軸に、後発の米国塩ビ子会社を完全子会社化して投資判断の全権を掌握し、原料を内製化する垂直統合とフル生産で世界最大の…","x":"1976 信越化学工業 シンテックの完全子会社化 テキサス立地を軸とした、原料から塩ビまでの自前での押さえ込み 1976年7月にシンテックの完全子会社化。小田切新太郎社長が取締役会の反対を押し切り、安価な岩塩と天然ガスを軸に原料の内製化を積み上げる テキサスの安価な岩塩・天然ガスという立地優位を軸に、後発の米国塩ビ子会社を完全子会社化して投資判断の全権を掌握し、原料を内製化する垂直統合とフル生産で世界最大の塩ビメーカーへ押し上げた事業構造の選択 立地という与件と、垂直統合という選択 この判断の核心は、技術でも販売でもなく、原料が安く手に入る場所に工場を置くという立地の選択にあった。全原料を輸入に頼る日本の塩ビメーカーは、どれほど工程を磨いても、テキサスの岩塩と天然ガスという地の利には届かなかった。差別化の効かない汎用品でこそ、立地が競争力を決めるという製造業の原理を、シンテックの半世紀は静かに示しているだろう。後発13位からの逆転は、経営者の力量である以上に、競争優位に立てる場所を選んだ最初の一手に負うところが大きかったといえる。 垂直統合・内製化 クロスボーダーm&a(日本→海外) 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5012/decisions/tonen-diversification-1976/","t":"石油精製専業からの多角化と、エンジニアリング事業の立ち上げ","c":"東燃ゼネラル石油","y":1976,"col":"#E60021","s":"石油ショック後に設備投資を抑制して財務を固め、そのうえで石炭液化・エンジニアリング・石油化学など石油精製以外の分野へ事業を多角化した判断","x":"1976 東燃ゼネラル石油 石炭液化分野へ進出 石油精製専業からの多角化と、エンジニアリング事業の立ち上げ 1976年4月に石炭液化分野へ進出。設備投資を減価償却の範囲に抑え、エンジニアリングや石油化学へも事業を拡大した 石油ショック後に設備投資を抑制して財務を固め、そのうえで石炭液化・エンジニアリング・石油化学など石油精製以外の分野へ事業を多角化した判断 守りを固めた者だけが、先に手を伸ばせた キャンセル料を払ってまで直接脱硫装置の建設を取りやめた1974年の決定が、1976年の構想を支えていた。250億円の見積りが資材の高騰で700億〜800億円へふくらむはずだった投資を負わずに済み、金利と償却の重荷を抱えないまま利益を内部に残せた。石炭液化から医療機器までを一度に並べられたのは、守りを固めた後に手元が空いていたからであろう。業界全体が逆ざやに沈んでいた年に、この会社は次の投資先を選ぶ側に立っていた。 隣接領域への展開 飛び地・非関連多角化 外的危機への対応 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5471/decisions/three-company-merger-1976/","t":"特殊製鋼を加えた3社の合流と、大同特殊鋼への商号変更","c":"大同特殊鋼","y":1976,"col":"#E60012","s":"石油危機後に減量経営を迫られた特殊鋼業界で、主要3社を一社に統合し、量産性と多品種生産を業界再編で両立させた統合","x":"1976 大同特殊鋼 日本特殊鋼と3社合併 特殊製鋼を加えた3社の合流と、大同特殊鋼への商号変更 1976年9月に日本特殊鋼と3社合併。存続会社の大同製鋼に特殊製鋼を含む2社が合流し、商号は大同特殊鋼となって現在の社名が定まった 石油危機後に減量経営を迫られた特殊鋼業界で、主要3社を一社に統合し、量産性と多品種生産を業界再編で両立させた統合 合併の会社が、規模を収益へ変えるまで 1976年の3社統合を、単なる規模拡大の合併とだけ見るのは、この会社の歩みを平らにしすぎる。大同特殊鋼はその名のとおり、1921年の\"合併大合同\"以来、合併と統合を重ねて姿を変えてきた会社であり、1976年の統合もその系譜の延長にある。石油危機の後、特殊鋼各社が減量経営と赤字に苦しむなかで、主要3社を一社へ統合したこの再編は、業界全体の過剰を一度に整理する選択でもあったと思われる。 合併・経営統合 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/6098/decisions/housing-info-1976/","t":"新たな情報誌を足がかりとした住宅・不動産分野への多角化","c":"リクルートHD","y":1976,"col":"#006EBC","s":"不動産広告が氾濫する一方で供給者と需要者を結ぶ媒体が空白だった住宅市場に、求人情報で確立した情報誌の型を持ち込み、多角化の第一歩とした経営判断","x":"1976 リクルートhd 「住宅情報」創刊 新たな情報誌を足がかりとした住宅・不動産分野への多角化 1976年1月に月刊の住宅情報を創刊。現リクルートの日本リクルートセンターが首都圏の読者向けに送り出した新媒体 不動産広告が氾濫する一方で供給者と需要者を結ぶ媒体が空白だった住宅市場に、求人情報で確立した情報誌の型を持ち込み、多角化の第一歩とした経営判断 強い「型」を隣接領域へ展開するという多角化の作法 自社で媒体を持ち、広告主を足で開拓し、掲載情報の質を保って読者を集めるという営みは、扱う対象が仕事から住まいへ替わっても構造は変わらない。就職情報専業からの脱却は、まったく異なる事業への飛躍ではなく、確立した仕組みを隣接分野へ横展開することで始まったと思われる。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/6278/decisions/nagaoka-consolidation-1976/","t":"本社工場の機能を新設工場へ全面移転する生産体制の一本化","c":"ユニオンツール","y":1976,"col":"#007CCF","s":"加工機械を自社で設計・製作する方針を続けるために、機械の製作と量産を同じ敷地へ並べる必要があった。縁で得た長岡の部品工場を本社工場機能の移転先に選び、以後の設備…","x":"1976 ユニオンツール 新潟県長岡に拠点集約 本社工場の機能を新設工場へ全面移転する生産体制の一本化 1976年12月に新潟県長岡に拠点集約。ローラーガイド専用工場を新設し、1979年7月に長岡工場を新設して東京の生産を移管 加工機械を自社で設計・製作する方針を続けるために、機械の製作と量産を同じ敷地へ並べる必要があった。縁で得た長岡の部品工場を本社工場機能の移転先に選び、以後の設備投資を新潟県内へ集約した 偶然の立地を本拠に変えたもの 加工機械をすべて自社でつくる会社にとって、工場は製品をつくる場所であると同時に、その製品をつくる機械をつくる場所でもある。片山一郎氏が1979年に本社工場の生産機能ごと長岡へ移したのは、設計と製作と量産を一つの敷地に並べなければ内製という方針が続かないと見たからだとみられる。約50人で始めた部品専用工場は、3年足らずで本社工場の受け皿へ格上げされた。 大型設備投資 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/6764/decisions/warwick-acquisition-1976/","t":"買収した拠点を足がかりとする、輸出から北米現地生産への切り替え","c":"三洋電機","y":1976,"col":"#D42727","s":"貿易摩擦と最大顧客シアーズの取引維持という市場環境に対し、ウォーイック社の買収を通じて北米現地生産へ転換した判断","x":"1976 三洋電機 米ウォーイック社を買収 買収した拠点を足がかりとする、輸出から北米現地生産への切り替え 1976年9月に米ウォーイック社を買収。最大顧客シアーズの打診を受け約31億円を投じ、アーカンソー州でカラーテレビを生産 貿易摩擦と最大顧客シアーズの取引維持という市場環境に対し、ウォーイック社の買収を通じて北米現地生産へ転換した判断 受け身の判断が先駆になるということ この買収の面白さは、戦略として構想されたものではなく、最大顧客の依頼を断れないという受け身の事情から始まった点にあるだろう。断れば販路を失うという切迫が、結果的に日本企業で最も早く大規模な北米現地生産へと三洋を押し出した。摩擦を避けるために現地で作るという発想は、のちに日本の製造業が広く採る道であり、三洋はそれを能動的な戦略としてではなく、顧客関係の力学のなかで先取りした。 クロスボーダーm&a(日本→海外) 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6792/decisions/vhs-standard-war-1976/","t":"独自開発したVTR規格を他社へ広く供与して普及させた標準化の戦い","c":"日本ビクター","y":1976,"col":"#CE342D","s":"オーディオ市場の頭打ちに直面した音響の名門が、独自開発した家庭用VTR規格VHSを親会社・松下電器を含む他社へ供与し、仲間を増やして事実上の標準を確立した技術主…","x":"1976 日本ビクター vhs開発で世界標準に 独自開発したvtr規格を他社へ広く供与して普及させた標準化の戦い 1976年9月に家庭用vtr規格vhsを商品化。高野鎮雄氏が主導し、松下電器の採用を得て日立や三菱電機へも規格を供与 オーディオ市場の頭打ちに直面した音響の名門が、独自開発した家庭用vtr規格vhsを親会社・松下電器を含む他社へ供与し、仲間を増やして事実上の標準を確立した技術主導の転身 開いて標準を獲るという賭けの、強さと弱さ この判断の核心は、独自に開発した技術を自社で独占せず、競合を含む他社へ開いたところにある。ソニーがベータマックスを自前の陣営で守ろうとしたのに対し、日本ビクターは親会社・松下電器を含む各社に規格を供与し、量産と販売の力を一つの標準へ統合した。技術そのものの優劣以上に、仲間をどれだけ集められるかが標準を決めるという読みがあり、それを可能にしたのが、高野鎮雄氏の開発力と各社の利害を調整する力であった。後発でありながら市場を制した背景には、この開放の戦略があったと思われる。 プラットフォーム・標準化 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/6857/decisions/fujitsu-rescue-1976/","t":"救済出資を受けてのICテスタ集中による再建","c":"アドバンテスト","y":1976,"col":"#A93F64","s":"オイルショック後の赤字と創業者失脚で存続が危ぶまれたタケダ理研工業に、富士通が資金と経営陣を送って救済し、原価管理の立て直しとミニコン撤退・ICテスタ集中で再建…","x":"1976 アドバンテスト 富士通の救済出資 救済出資を受けてのicテスタ集中による再建 1976年2月に富士通の救済出資を受け入れる。清宮博社長が海輪利正を送り込み、ミニコン計測器から退いてicテスタへ オイルショック後の赤字と創業者失脚で存続が危ぶまれたタケダ理研工業に、富士通が資金と経営陣を送って救済し、原価管理の立て直しとミニコン撤退・icテスタ集中で再建、1983年の東証2部上場で区切った構造改革 技術に賭けたベンチャーを、親会社はなぜ救えたか この再建で決め手になったのは、金融支援そのものよりも、欠けていた経営管理を外から補った点である。武田氏がつくったタケダ理研は、代わりのない技術を高値で売る強さと、原価すら把握しない管理の弱さを併せ持っていた。富士通は資金だけでなく経営の規律を持ち込み、広がりすぎた事業をicテスタへ集約し直した。技術で市場を開拓する力と、それを採算に乗せる管理の力は別物であり、後者を独力で用意できなかった技術者ベンチャーが、親会社の手でそれを得た再建だったといえる。 救済型m&a・支援受け入れ 経営再建・ターンアラウンド 選択と集中 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/7404/decisions/realestate-shift-1976/","t":"米軍返還地・約40万坪の分譲の不採用と、不動産賃貸業への進出","c":"昭和飛行機工業","y":1976,"col":"#00365E","s":"本業の工場用地としては広すぎる返還地について、分譲による一度きりの売却益ではなく、自社で保有したまま施設を建てて賃料を得る形を選んだ判断","x":"1976 昭和飛行機工業 昭島の米軍返還地を賃貸 米軍返還地・約40万坪の分譲の不採用と、不動産賃貸業への進出 1976年7月に不動産賃貸業を開始。米軍から返還された昭島の約40万坪へ自社で施設を建て、2015年まで貸し続けた 本業の工場用地としては広すぎる返還地について、分譲による一度きりの売却益ではなく、自社で保有したまま施設を建てて賃料を得る形を選んだ判断 売却せずに貸すという算段 約40万坪が一度に戻ってきたとき、工場に戻せる面積は本業の必要をはるかに超えていた。金属ハニカムと特装車を作る会社には広すぎ、宅地として分譲すれば代金は一度で入る。昭和飛行機工業がそれを採らず、容積率を抑えて道路を敷き、貸す側に回ったのは、土地を売り物ではなく収益源として数える算段が立っていたからである。2019年3月期に不動産賃貸事業の営業利益23億8,000万円が連結営業利益のほぼ全額を占めた事実が、その算段の答えにあたる。 飛び地・非関連多角化 収益モデル転換 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7762/decisions/movement-oem-1976/","t":"腕時計の心臓部を他社へも販売し、量産で世界一を取る戦略への転換","c":"シチズン時計","y":1976,"col":"#333333","s":"クオーツ化でパーツを購入すれば時計を製造できる時代に入り、完成品の低価格競争が激化したため、駆動部分の量産と外販でコスト競争力を取りに行った選択","x":"1976 シチズン時計 ムーブメントの外販開始 腕時計の心臓部を他社へも販売し、量産で世界一を取る戦略への転換 1976年に腕時計用ムーブメントの外販を開始。他社が自社ブランドの時計を製造する心臓部を販売し、1980年代を通じて量産規模を積み増した クオーツ化でパーツを購入すれば時計を製造できる時代に入り、完成品の低価格競争が激化したため、駆動部分の量産と外販でコスト競争力を取りに行った選択 自社ブランドを譲って得たもの 外販は、時計メーカーとしての取り分をどこに置くかの選択であった。完成品で戦えば自社ブランドの値段がそのまま売上になるが、量は自社の販売力で頭打ちになる。駆動部分だけを売れば、買い手のブランドと販路の分まで数量が伸びる代わりに、消費者の目に触れる名前は他社のものになる。シチズンは後者を取り、1990年には生産の70%がムーブメント、自社ブランドの完成品は15%に満たない構成へ移った。世界一という言葉が指していたのは、店頭に並ぶ時計の数ではなく、動いている駆動部分の数であった。 低価格・コストリーダーシップ プラットフォーム・標準化 収益モデル転換 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/8002/decisions/lockheed-scandal-1976/","t":"先行きの見通せない環境に踏み出した商社の再出発と経営の立て直し","c":"丸紅","y":1976,"col":"#c8102e","s":"米ロッキード社の日本代理店として航空機販売活動に深く関与した丸紅が、田中角栄元首相への資金供与の舞台となり、経営陣の訴追・退任と業界地位の低下という代償を負った…","x":"1976 丸紅 ロッキード事件への関与 先行きの見通せない環境に踏み出した商社の再出発と経営の立て直し 1976年にロッキード事件が表面化。丸紅は全日空へのトライスター販売活動で田中角栄元首相への資金供与の舞台となり、檜山広会長らが訴追 米ロッキード社の日本代理店として航空機販売活動に深く関与した丸紅が、田中角栄元首相への資金供与の舞台となり、経営陣の訴追・退任と業界地位の低下という代償を負った事件 商権を政治で支える構造の代償 この事件の核心は、大型商材の商権を政治との近さで確保しようとする商社のビジネスモデルが、法を越えたときに会社そのものを揺るがした点にある。航空機のように高額で機種選定に政治が絡む商材では、代理店の商権と政界工作の距離が近づきやすい。丸紅はその距離を踏み越え、贈収賄事件の中心に置かれて、経営陣・信用・業界地位という有形無形の資産を一度に失った。個人の犯罪であると同時に、そこへ踏み込ませた取引の慣行という組織の問題でもあった。 不祥事・信頼回復 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8031/decisions/ijpc-iran-petrochemical-1976/","t":"凍結論を退けて続けた末に、1,300億円の計画は7,400億円へ膨らんだ","c":"三井物産","y":1976,"col":"#333333","s":"石油部門の強化を焦る三井物産が、ロレスタン鉱区の見返りにイラン石化事業を引き受け、投資額が1,300億円から7,400億円へ膨らんでも池田芳蔵社長が不退転で進め…","x":"1976 三井物産 イラン石油化学ijpcの続行 凍結論を退けて続けた末に、1,300億円の計画は7,400億円へ膨らんだ 1976年、創業100周年の三井物産はイラン石油化学(ijpc)の本格推進を決めた。投資額は1,300億円から7,400億円へ膨らみ、1982年3月期に395億円を引き当てて151億円の欠損を計上した 石油部門の強化を焦る三井物産が、ロレスタン鉱区の見返りにイラン石化事業を引き受け、投資額が1,300億円から7,400億円へ膨らんでも池田芳蔵社長が不退転で進めた末に、革命と戦争で頓挫した大型投資の失敗 引くに引けない構造と、撤退の勇気 この判断の核心は、革命や戦争という不運の前に、事業が引くに引けない構造として設計されていた点にある。鉱区の権益と石油化学コンビナートをひとつの取引に一括され、企業化調査の前提を確かめないまま折半出資の協定を締結した時点で、撤退の出口は塞がれていた。基本協定は一方的に手を引けばイラン側が仲裁裁定に持ち込める契約で、仲裁地はイラン、解釈はイラン法による。1982年3月末の自己資本1,700億円に対し、撤退時の賠償金要求は1兆円ともうわさされた。三井物産が背負っていたのは石油化学プラントではなく、この契約そのものだったとみられる。 大型設備投資 外的危機への対応 中東"},{"k":"decision","u":"/tse/8253/decisions/seibu-ryutsu-group-1976/","t":"緑屋の西武百貨店との資本提携","c":"クレディセゾン","y":1976,"col":"#004890","s":"月賦百貨店の成熟と丸井との格差拡大を前に、単独での収益改善が難しくなった緑屋が、経営ノウハウと資金力を求めて西武流通グループの支援を受け入れた判断","x":"1976 クレディセゾン 西武流通グループ入り 緑屋の西武百貨店との資本提携 1976年に緑屋が西武百貨店と資本提携。月賦百貨店2位が堤清二氏の西武流通グループへ入り、創業者の岡本虎二郎氏は会長へ退く 月賦百貨店の成熟と丸井との格差拡大を前に、単独での収益改善が難しくなった緑屋が、経営ノウハウと資金力を求めて西武流通グループの支援を受け入れた判断 月賦百貨店の幕引きと金融への転生 この判断の核心は、月賦百貨店という業態そのものが役割を終えつつあった時期に、創業家がどのかたちで会社の来歴に区切りをつけるかという点にあったと推察される。丸紅による一度目の輸血で資金と近代化は得たものの、小売業の専門性という肝心の欠落は埋まらなかった。二度目の輸血で緑屋が求めたのは、資金以上に\"低成長を生き抜くノウハウ\"であり、それを最も鮮やかに体現していた西武流通グループに、引退を控えた岡本氏は有終の美を重ねたようにも読める。劣位のまま退くのではなく、話題の中心と自らの意思で組むという体裁への配慮に、創業者の矜持がうかがえる。 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/9064/decisions/takkyubin-launch-1976/","t":"路線トラック三番手からの個人宅配市場への転換","c":"ヤマトホールディングス","y":1976,"col":"#FCC707","s":"長距離路線で三番手に沈んだ市場環境のなか、誰も参入していなかった個人向け宅配市場に活路を見出し、法人の商業貨物から個人宅配へ主軸を切り替えた業態転換","x":"1976 ヤマトホールディングス 宅急便事業の創業 路線トラック三番手からの個人宅配市場への転換 1976年1月に宅急便のサービスを始めた。大和運輸が関東一円で電話1本の集荷と翌日配達を掲げ、路線便で三番手だった同社を小倉昌男社長が導いた 長距離路線で三番手に沈んだ市場環境のなか、誰も参入していなかった個人向け宅配市場に活路を見出し、法人の商業貨物から個人宅配へ主軸を切り替えた業態転換 三番手企業が市場の創出者へ変わった意味 宅急便という判断の核心は、儲かる法人貨物を追いかける競争から離れ、誰も採算が取れないとみられていた個人向け市場そのものを事業に仕立て直した点にあると推察される。ニューヨークで見た集配車の配置から密度の理論を引き出し、電話網の普及に採算の道筋を重ねる発想は、既存の路線貨物事業の延長では出てこない転換であった。三番手という劣位を、正面から追いつく努力にではなく、土俵を変えることで解いた判断であったといえる。 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9468/decisions/media-mix-film-entry-1976/","t":"東宝と提携した劇場映画の製作による映画事業への参入","c":"KADOKAWA","y":1976,"col":"#000066","s":"翻訳小説で確かめた映像と書物の相乗効果を、自社が原作権を持つ作品で再現するため、出版社が自ら映画の製作費と公開時期を掌握した新規事業への参入","x":"1976 kadokawa \"犬神家の一族\"で映画参入 東宝と提携した劇場映画の製作による映画事業への参入 1976年10月に犬神家の一族で映画へ参入。角川書店が東宝と組んで横溝正史の作品を製作し、角川文庫と角川映画を連動させた 翻訳小説で確かめた映像と書物の相乗効果を、自社が原作権を持つ作品で再現するため、出版社が自ら映画の製作費と公開時期を掌握した新規事業への参入 発明ではなく、権利を持つ側の越境 春樹氏が1976年に述べた狙いは、海外の翻訳物を手がけて映画との相乗効果で売れることがわかった、それなら手持ちの作品で競おうという、すでに他社の映画で確かめた現象の再現であった。新奇な着想ではなく、原作を持つ側が製作費と公開時期を握りにいった点に、この参入の性格がある。文庫のカラー表紙と同じく、既存の分業を無視したところに賭けがあったのだろう。 隣接領域への展開 収益モデル転換 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/9667/decisions/talent-scout-caravan-1976/","t":"新人発掘の他社番組依存からの転換と、全国公募オーディションの創設","c":"ホリプロ","y":1976,"col":"#0497E2","s":"他社の番組に委ねてきた新人発掘を自前の全国公募へ移行し、採否の決め方と発掘の場を社内へ引き取った商品開発の転換","x":"1976 ホリプロ タレントスカウトキャラバン創設 新人発掘の他社番組依存からの転換と、全国公募オーディションの創設 1976年に新人発掘を全国公募へ切り替え。スター誕生に頼らずホリプロタレントスカウトキャラバンを始め堀威夫社長が初回に1億5,000万円を投じた 他社の番組に委ねてきた新人発掘を自前の全国公募へ移行し、採否の決め方と発掘の場を社内へ引き取った商品開発の転換 買い戻したのは志願者ではなく、採否の決め方 他社の番組の審査席では、目の輝きと歯ならびと声の大きさで新人を採れなかった。多数決は難点の少ない志願者を残す仕組みで、1人でもベタほめする者がいれば押し切る堀威夫社長の手法と相容れない。1976年の1億5,000万円は、志願者を集める費用であり、採否の決め方を他社から買い戻す費用でもあった。年商35億円の会社が利益の2割を超える額を一度の催しに充てたのは、前編を他社に預けては後編で稼げないという見立てによるものだと推察される。 垂直統合・内製化 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/1414/decisions/maintenance-specialization-1975/","t":"製造・研究を切り離しての補修専業への集中","c":"ショーボンドホールディングス","y":1975,"col":"#003F7F","s":"製造・研究部門を別会社へ分離し、接着剤メーカーの体質から補修に特化した特殊土木工事会社へ業態転換した分社の判断","x":"1975 ショーボンドホールディングス ショーボンド化学へ分社 製造・研究を切り離しての補修専業への集中 1975年4月にショーボンド化学へ分社。上田昭社長がショーボンド建設へ改称・増資し、コンクリート補修に特化した特殊土木へ 製造・研究部門を別会社へ分離し、接着剤メーカーの体質から補修に特化した特殊土木工事会社へ業態転換した分社の判断 規模ではなく、業態の純度を選ぶ この判断の核心は、目先の財務危機への対応ではなく、製造と工事を別会社に分けることで工事会社としての純度を高めた点にある。接着剤メーカーとして生まれ、素材の内製という強みを持つ同社は、その強みをショーボンド化学に残しながら、本体は補修工事の施工と管理に集中した。素材と施工を一体で抱える便利さより、それぞれの役割をはっきり分けることを選んだ判断だった。 分社・スピンオフ・子会社上場 選択と集中 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3103/decisions/plant-closures-1975/","t":"一度に3拠点を手放す国内生産体制の縮小と減量経営への転換","c":"ユニチカ","y":1975,"col":"#009DE4","s":"繊維の構造的な設備過剰と急激な需要減という外部環境の悪化に対し、拠点・設備・人員を削る減量経営で対応し、巨額の経常赤字は土地・有価証券の売却益で穴埋めした経営判…","x":"1975 ユニチカ 名古屋・犬山・桐生工場閉鎖 一度に3拠点を手放す国内生産体制の縮小と減量経営への転換 1975年に名古屋・犬山・桐生工場閉鎖。積水化学出身の小幡謙三氏が綿紡・毛紡の設備を縮め、希望退職と一時帰休に踏み切る 繊維の構造的な設備過剰と急激な需要減という外部環境の悪化に対し、拠点・設備・人員を削る減量経営で対応し、巨額の経常赤字は土地・有価証券の売却益で穴埋めした経営判断 拡大の代償を、どこで・何で払うか この経営判断の核心は、拡大を前提に増設を重ねてきた繊維専業が、構造不況の直撃を受けて初めて拠点・設備・人員を同時に削る守りへ転じた点にある。名古屋・犬山・桐生の3工場閉鎖と綿紡・毛紡の設備縮小、希望退職と本社間接部門の一時帰休は、いずれも痛みを伴う削減であり、合併後も先送りされてきた設備過剰の調整に正面から着手する減量経営の第一波であった。積水化学から迎えた小幡氏の体質改善路線が、好況期の含み損処理から一転して事業規模そのものの圧縮へと及んだ局面と思われる。 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/3402/decisions/fiber-commitment-1975/","t":"非繊維化の潮流に乗らず、主軸を繊維に置き続けた事業構成の選択","c":"東レ","y":1975,"col":"#004097","s":"繊維各社が非繊維へ多角化する不況期に、藤吉次英社長が安易な「脱繊維」を否定し、繊維と、そこから派生する先端材料に事業の中心を据え続けると決めた経営判断","x":"1975 東レ 脱繊維路線への不参加 非繊維化の潮流に乗らず、主軸を繊維に置き続けた事業構成の選択 1975年9月に繊維事業への残留を表明。藤吉次英社長が編集長インタビューで安易な脱繊維を否定し、繊維と先端材料に軸足を据えた 繊維各社が非繊維へ多角化する不況期に、藤吉次英社長が安易な「脱繊維」を否定し、繊維と、そこから派生する先端材料に事業の中心を据え続けると決めた経営判断 「脱繊維」の空気に抗うということ この判断の核心は、財務の立て直しでも新規事業への転身でもなく、繊維から離れることが正解とされた時代の空気に、あえて抗った点にある。円高と後発国の追い上げのなかで、汎用の繊維は先進国では稼ぎにくい——その認識は、藤吉次英氏も共有していた。それでも彼は、競争力の源を事業の分野そのものではなく、素材をめぐる技術の深さに見た。脱繊維を促す問いに『繊維をやめた方がいい』と言い返した強さは、繊維をやめないと決めた者の自負でもあった。 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/3626/decisions/computer-service-merger-1975/","t":"合併による計算機の保有と受託計算への主軸の移行","c":"TISインテック","y":1975,"col":"#027E9B","s":"調査・計画業務と計算受託の二本立てで出発した会社が、事務計算の受託基盤を合併で取り込み、あわせて首都圏へ進出して収益の土台を計算受託へ寄せた事業構成の組み替え","x":"1975 tisインテック 東洋コンピュータサービス合併 合併による計算機の保有と受託計算への主軸の移行 1975年10月に東洋コンピュータサービスを合併。三和グループ60社出資の東洋情報システムが事務計算の受託を取り込み、同月に東京支社を開設 調査・計画業務と計算受託の二本立てで出発した会社が、事務計算の受託基盤を合併で取り込み、あわせて首都圏へ進出して収益の土台を計算受託へ寄せた事業構成の組み替え 系列に守られた会社が、外へ出た月 1975年10月の合併は、規模から見れば小さな出来事にとどまる。ただ、同じ月に東京支社を開設している点を並べると、この判断が何を選んだかは見えやすくなる。系列60社の共同計算センターという安全な立場に留まらず、事務計算という日々の処理を引き受ける会社として、系列の外へ営業に出る——設立からわずか4年半の会社が、収益の土台をどこに置くかを決めた月であったのだろう。 合併・経営統合 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4527/decisions/mentholatum-license-1975/","t":"倒産した近江兄弟社から看板ブランドを引き受けるという判断","c":"ロート製薬","y":1975,"col":"#005BAB","s":"倒産した近江兄弟社の救済を避け、米メンソレータム社から商標使用権のみを取得することで、負債を負わずに確立済みブランドを継承し軟膏市場へ参入した多角化の一手","x":"1975 ロート製薬 メンソレータム商標取得 倒産した近江兄弟社から看板ブランドを引き受けるという判断 1975年8月にメンソレータム商標取得。負債20億円と従業員約260名は引き継がず、米社からの使用権だけで軟膏市場へ 倒産した近江兄弟社の救済を避け、米メンソレータム社から商標使用権のみを取得することで、負債を負わずに確立済みブランドを継承し軟膏市場へ参入した多角化の一手 会社を買収せず、ブランドの使用権を得るということ この判断の核心は、倒産した会社を丸ごと救うのではなく、そこに残ったブランドという無形資産だけを取り出した点にある。再建に踏み込めば、約20億円の負債と数百名の人員が付いて回った。ロート製薬はそれを負わず、確立済みのブランドと顧客だけを継承し、少品種を量産する自社の強みで生産を担った。ゼロから広告を積み上げてブランドを育てる時間と費用を省きつつ、破綻企業の重荷は遮断する——大衆薬という成熟市場で、参入の手数料をいかに小さくするかに徹した設計だっただろう。 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5703/decisions/retrenchment-vertical-integration-1975/","t":"アルミ製錬の拡張計画の撤回と、減量経営・垂直統合への転換","c":"日本軽金属ホールディングス","y":1975,"col":"#0668AE","s":"第一次石油危機による電力料金の急騰でアルミ製錬の採算が崩れ、無配転落に至った財務危機を受けて、製錬の拡張投資を撤回し、減量と圧延・加工への垂直統合へ資本を振り替…","x":"1975 日本軽金属ホールディングス 日軽アルミ吸収で垂直統合 アルミ製錬の拡張計画の撤回と、減量経営・垂直統合への転換 1975年3月に垂直統合へ転換。売上高1,165億円に対し経常赤字54億円で無配へ落ち、年産60万トンの製錬拡張計画を撤回した 第一次石油危機による電力料金の急騰でアルミ製錬の採算が崩れ、無配転落に至った財務危機を受けて、製錬の拡張投資を撤回し、減量と圧延・加工への垂直統合へ資本を振り替えた 需要が伸びた産業からの退却 1969年8月に松永義正副社長が示した1975年度200万トンという需要見通しは、外れていない。アルミの需要は現に伸び、日本の需要は世界第2位に達した。外れたのは1キロワット時4円という電力価格の前提だけであり、それが8円になった時点で、地金1トンあたり6万4,000円の差は製錬技術の改良では埋まらなくなった。60万〜70万トンへ能力を積む判断は当時の条件では合理的で、誤算は電力という一点にあったと推察される。 リストラ・構造改革 垂直統合・内製化 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/6146/decisions/dicing-saw-1975/","t":"切断装置の自社開発と、砥石・装置・使い方を一社で担う体制への転換","c":"ディスコ","y":1975,"col":"#59B3E7","s":"米国で切断砥石だけを販売しようとして、それを使いこなす装置が現地に無く撤退した経験から、装置を自社で設計する道へ進み、砥石・機械・使い方の三つを一社で抱える体制…","x":"1975 ディスコ ダイシングソーを自社開発 切断装置の自社開発と、砥石・装置・使い方を一社で担う体制への転換 1975年2月にダイシングソーを自社開発。砥石メーカーの第一製砥所が極薄切断砥石を使う装置を自ら設計し、1977年に商号をディスコへ改めた 米国で切断砥石だけを販売しようとして、それを使いこなす装置が現地に無く撤退した経験から、装置を自社で設計する道へ進み、砥石・機械・使い方の三つを一社で抱える体制に転換した業態の組み替え 砥石屋が機械を開発するということ 米国に足りなかったのは砥石そのものではなく、切断という結果に責任を持つ担い手だった。関家憲一氏の総括は、砥石の販売のために機械を手がけ、いつの間にか精密機械メーカーへ変わっていたというものとして読める。分業が常識の業界で三者分の役割を一社に抱えるのは当時の規模には重かったが、そうしなければ砥石が売れなかったから抱えたのであり、戦略的な選択ではなく、ほかに道がなかったとみるべきだろう。 垂直統合・内製化 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6802/decisions/vtr-entry-format-war-1975/","t":"家庭用ビデオへの参入と、規格争いで後発として陣営に付く選択","c":"赤井電機","y":1975,"col":"#E61C22","s":"テープ駆動技術の親和性に依拠して家庭用ビデオへ参入したが、VHS対ベータマックスの規格競争に後発で合流し、規格の主導権を掌握できないまま量産販売に依存する第2の…","x":"1975 赤井電機 ビデオ参入とvhs後発合流 家庭用ビデオへの参入と、規格争いで後発として陣営に付く選択 1975年11月に家庭用ビデオへ参入。輸出比率9割の音響メーカーが第2の柱を求め、規格競争では後発でvhs方式を採る テープ駆動技術の親和性に依拠して家庭用ビデオへ参入したが、vhs対ベータマックスの規格競争に後発で合流し、規格の主導権を掌握できないまま量産販売に依存する第2の柱を抱えた判断 型を替えられなかった代償 この判断の核心は、テープ駆動という技術の連続性に依拠して、オーディオの成功の型をそのままビデオへ持ち込もうとした点にある。優れた機器を数多く作って世界の販売網に載せるという赤井電機の強みは、規格そのものを握る企業が利益の源泉を押さえる家庭用ビデオでは、そのまま通用しなかった。後発でvhsに合流した以上、量を売るほど陣営の中核を利する立場は初めから定まっていたと推察される。技術の親和性の高さが、事業として稼げるかどうかを覆い隠していた面がうかがえる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/6988/decisions/sanshin-activity-1975/","t":"新製品比率30%を常設の規律とした三新活動","c":"日東電工","y":1975,"col":"#0B318F","s":"石油危機で製造業偏重の販売構造の弱さが露呈するなか、新製品比率30%・研究開発費約5%という数値の規律と、製・販・研を横断するSPGを常設し、新陳代謝を経営の基…","x":"1975 日東電工 三新活動の導入 新製品比率30%を常設の規律とした三新活動 1975年に三新活動の導入。土方三郎社長が新製品比率30%と研究開発費5%を自らに課し、1977年には製・販・研を横断するspgへ 石油危機で製造業偏重の販売構造の弱さが露呈するなか、新製品比率30%・研究開発費約5%という数値の規律と、製・販・研を横断するspgを常設し、新陳代謝を経営の基本動作として制度化した判断 数値を自らに課すという規律 この判断の特徴は、財務の危機に追われた縮小ではなく、新製品を生み続ける仕組みを経営の常設の規律として制度化した点にある。石油危機で製造業向けの売上が揺れたとき、土方三郎氏は人員や事業の削減ではなく、過去3年以内の新製品が売上の30%を占めるという数値目標と、売上の約5%を研究開発に充てる約束を自らに課した。spgという横断組織は、その規律を開発と販売の現場で日々回すための装置だった。景気に業績を委ねない体質を、外の需要ではなく内の開発力で作ろうとした。 外的危機への対応 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7581/decisions/low-price-italian-1975/","t":"思い切った値下げを起点にした低価格チェーンへの業態転換","c":"サイゼリヤ","y":1975,"col":"#05A645","s":"数年の不振に対し、動かせない立地と料理の腕を与件として切り離し、残った価格を前の相場より5割から7割安く引き下げることで低価格イタリア料理店へ業態を変え、素材に…","x":"1975 サイゼリヤ 全品半額でイタリア料理転換 思い切った値下げを起点にした低価格チェーンへの業態転換 1975年に低価格のイタリア料理店へ業態を変更。正垣泰彦氏が全メニューを相場より6〜7割安くし、看板のミラノ風ドリアが客を呼んだ 数年の不振に対し、動かせない立地と料理の腕を与件として切り離し、残った価格を前の相場より5割から7割安く引き下げることで低価格イタリア料理店へ業態を変え、素材に原価を集中する配分を定めた判断 動かせるものを、どこに集中するか この判断の芯は、安売りそのものではなく、動かせるものと動かせないものを切り分けた選別にある。正垣泰彦氏は立地と料理の腕を早々に不変の与件と見切り、手をつけられる価格へ資源を集中した。しかも値下げを一度きりの客寄せに終わらせず、賃料の安い立地で家賃を削り、その分を素材の原価へ振り向ける配分として組み立てた。物理を学んだ創業者が、原因と結果を切り分ける習い性を商売の設計に持ち込んだところに、この転換の性格がうかがえる。 低価格・コストリーダーシップ プライシング・価格政策 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7735/decisions/semiconductor-entry-1975/","t":"写真製版技術の転用による半導体製造装置への参入","c":"SCREEN HD","y":1975,"col":"#1064B0","s":"印刷市場の頭打ちと石油危機のなか、写真製版で培った位置決め・塗布・表面処理の技術を半導体の製造工程へ転用し、ウエハー腐食機を皮切りに装置群をそろえて、印刷から半…","x":"1975 screen hd ウエハー腐食機の自社開発 写真製版技術の転用による半導体製造装置への参入 1975年に半導体製造装置へ参入。写真製版で首位の大日本スクリーン製造が石油危機の赤字下でウエハー腐食機を自社開発した 印刷市場の頭打ちと石油危機のなか、写真製版で培った位置決め・塗布・表面処理の技術を半導体の製造工程へ転用し、ウエハー腐食機を皮切りに装置群をそろえて、印刷から半導体装置への業態転換を進めた判断 製品ではなく技術の組み合わせで自社をとらえ直す この判断の核心は、危機を前にした撤退や縮小ではなく、手元の技術を別の産業へ差し向けた点にある。印刷市場の頭打ちと石油危機で本業が赤字に沈んだ年に、大日本スクリーン製造は写真製版で磨いた位置決め・塗布・表面処理の技術を、勃興していた半導体の製造工程へ向けた。畑違いに見える半導体への参入は、製品でみれば飛躍でも、技術の中身でみれば地続きだった。専業にはかなわなくとも集積の力なら競争優位に立てるという見立ては、自社の強みを製品の名前ではなく技術の組み合わせでとらえ直すものであった。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8850/decisions/land-inventory-zero-1975/","t":"オイルショック下での保有用地の売却と、地価が下がりきるまでの建売停止","c":"スターツコーポレーション","y":1975,"col":"#00A7DB","s":"金融引き締めによる地価下落を見越して在庫を落とし、事業そのものを止めて相場の底を待った仕入判断","x":"1975 スターツコーポレーション 土地在庫のゼロ化 オイルショック下での保有用地の売却と、地価が下がりきるまでの建売停止 1973年末の石油危機で保有地を全て売却した。千曲不動産の村石久二社長が仕入在庫をゼロにして建売を止め、1975年に他社へ先駆けて再開 金融引き締めによる地価下落を見越して在庫を落とし、事業そのものを止めて相場の底を待った仕入判断 止まれる会社が、次の型を選んだ この判断の核心は、相場観の的中よりも、事業を止めるという選択が実際に採れた点にあるだろう。値下がりを予想する経営者は当時も少なくなかったはずで、それでも仕入を続けるのは、止めればただちに売上と人件費の帳尻が合わなくなるからである。歩合制を採らず、好況でも伸びを年2〜3割に抑えていた会社は、その意味で止まる余地を平時から残していた。石油危機に際して発揮された判断力というより、平時の設計が危機のさなかに効いた例に近い。 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/9508/decisions/post-oil-shock-power-mix-1975/","t":"石油に頼りきった発電構成から抜け出すための、原子力を先頭に据えた組み替え","c":"九州電力","y":1975,"col":"#0073BC","s":"原油価格の急騰で石油火力の燃料費が経営を圧迫したため、原子力を軸にLNG・地熱・揚水を並べた電源構成へ切り替え、同時に要員と組織の効率化を進めた","x":"1975 九州電力 玄海1号機による電源多角化 石油に頼りきった発電構成から抜け出すための、原子力を先頭に据えた組み替え 1975年10月に玄海原子力1号機の運転を開始。第1次石油危機後に原子力とlng・地熱・揚水を並行導入し石油火力を圧縮 原油価格の急騰で石油火力の燃料費が経営を圧迫したため、原子力を軸にlng・地熱・揚水を並べた電源構成へ切り替え、同時に要員と組織の効率化を進めた 1971年3月に着工した1基が、44年後に終わるまで 1970年代の電源多角化を\"原子力への転換\"とだけ読むと、実際の手当ての幅を取り落とす。九州電力が同じ10年に決めたのは、原子力の2基だけでなく、lngの導入、当時世界最高揚程の揚水、2か所目の地熱、そして50万ボルトの基幹系統であった。燃料の種類を分け、出力の性格を分け、それらを運ぶ系統を厚くする。石油の値段に賭けない構成をつくるという意味では、どれも同じ判断の別の面にあたる。 大型設備投資 外的危機への対応 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9532/decisions/natural-gas-conversion-1975/","t":"全供給エリアの天然ガス転換","c":"大阪ガス","y":1975,"col":"#003C82","s":"大気汚染対策と石油依存からの脱却を背景に、海外LNGの長期契約を原料の主力に据え、供給エリア全域の機器交換をともなう天然ガス転換を約15年かけて完遂した原料・供…","x":"1975 大阪ガス ブルネイlngの導入 全供給エリアの天然ガス転換 1975年5月に近畿の供給ガスを天然ガスへ切り替え開始。1972年に泉北製造所で受入を始めたブルネイlngを使い2府4県を地区ごとに進めた 大気汚染対策と石油依存からの脱却を背景に、海外lngの長期契約を原料の主力に据え、供給エリア全域の機器交換をともなう天然ガス転換を約15年かけて完遂した原料・供給構造の再構築 供給の質と、収益の変動をどこに置くか この15年を、環境対応のための設備更新という言葉でくくるのは、事業の性格を見誤らせる。天然ガスへの転換は、原料と製造設備を替えるだけでなく、近畿2府4県に散らばる膨大な数の需要家のガス機器を一台ずつ作り替える、後戻りのできない一斉工事であった。供給を止めず、事故も起こさずにそれを1975年から1990年まで15年かけてやり切ったところに、公益事業としての大阪ガスの構えがあらわれていると推察される。 祖業・主力事業の転換 大型設備投資 海外進出・現地生産 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/9863/decisions/roadside-shift-1975/","t":"都心100店のうち60店の閉鎖と、駐車場付き","c":"靴のマルトミ","y":1975,"col":"#333333","s":"都心からの人口流出と自家用車の普及に対応し、店舗網の主軸を地下街・商店街から郊外ロードサイドへ移行した立地転換","x":"1975 靴のマルトミ 郊外ロードサイド店への転換 都心100店のうち60店の閉鎖と、駐車場付き 1975年に郊外ロードサイドへの立地転換に踏み切る。名古屋市内の商店街と地下街に構えた都心60店を5年かけて閉じ80店を出す 都心からの人口流出と自家用車の普及に対応し、店舗網の主軸を地下街・商店街から郊外ロードサイドへ移行した立地転換 立地を選び直した会社が、次に受け取ったもの この決断の核心は、売れなくなった店を閉じたことよりも、稼いでいる本拠地を先に手放した点にあると推察される。1975年当時の60店は不良資産の山ではなく、名古屋一と呼ばれた店舗網そのものであった。人口の移動と自家用車の普及という、店側からは制御できない変化を読み、まだ体力のあるうちに立地の前提を書き換えた判断であったと思われる。閉店を縮小ではなく資源の振り替えとして扱ったところに、後年の大量閉店との性格の違いがうかがえる。 販路・チャネル転換 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/jnr/decisions/strike-right-struggle-1975/","t":"条件付きで争議権を認める案の表明と、実力行使への歯止め","c":"日本国有鉄道","y":1975,"col":"#000000","s":"争議権の可否を決める権限を持たないまま8日間のストを受けた当局が、条件付き付与論の表明と中止要請にとどまった経緯","x":"1975 日本国有鉄道 スト権奪還ストの中止要請 条件付きで争議権を認める案の表明と、実力行使への歯止め 1975年11月にスト権スト中止を要請。公共企業体等労働組合協議会と国労・動労が8日間192時間、全国の列車を止めた 争議権の可否を決める権限を持たないまま8日間のストを受けた当局が、条件付き付与論の表明と中止要請にとどまった経緯 決める相手が、交渉の席にいない 8日間192時間のストを打ったのは公労協と国労・動労であって、国鉄当局ではなかった。それでも輸送を止められ、旅客269億円・貨物68億円の減収を負い、1億5,090万人の足を奪った責めを問われたのは国鉄であった。争点であるスト権を決めるのは国会と政府で、条件付き付与という当局の意見は12月1日の閣議決定に採られなかった。藤井松太郎総裁に残されたのは、両委員長を呼んで中止を要請することだけであった。決定の権限だけが、よそにあった。 雇用・労使 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/jp-ibm/decisions/japanization-1975/","t":"外資の現地法人を国内企業と同等に位置づけて販売を進める構え","c":"日本アイ・ビー・エム","y":1975,"col":"#0F62FE","s":"国産勢の追い上げに対し、製品・販路・開発を国内へ寄せて外資の不利を打ち消した路線転換","x":"1975 日本アイ・ビー・エム 日本化路線の採用 外資の現地法人を国内企業と同等に位置づけて販売を進める構え 1975年2月に椎名武雄社長が日本化路線を採用。45歳で就任し、特約店制度・日本語対応製品・国内開発拠点を整備した 国産勢の追い上げに対し、製品・販路・開発を国内へ寄せて外資の不利を打ち消した路線転換 現地化はどこまで可能だったか この路線の評価は、何が日本側へ移り、何が移らなかったかで分かれる。移ったのは製品仕様と販路、開発拠点である。日本語処理を組み込んだ製品を国内で開発し、特約店を通じて売る体制は、外資の現地法人としては踏み込んだ現地化にあたる。日本ibmの取締役が米本社の会長補佐を務め、社員が本社のグローバル・サービス部門の要職に就任するという逆方向の人事も現れた。 販路・チャネル転換 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/mori-building/decisions/flow-finance-unlisted-1975/","t":"取引銀行へ差し入れた担保の解除と、グループ収益力を裏づけとする借入への転換","c":"森ビル","y":1975,"col":"#9FA0A0","s":"資産ごとの担保に依存した調達では先行投資型の事業を支えきれないため、グループの収益力を裏づけに借り入れる方式へ替え、株式公開は選ばなかった","x":"1975 森ビル フロー収益型融資への転換 取引銀行へ差し入れた担保の解除と、グループ収益力を裏づけとする借入への転換 1975年に土地・建物の担保をはずす。グループの収益力を裏づけに融資を受ける方式へ切り替え、株式公開も選ばなかった 資産ごとの担保に依存した調達では先行投資型の事業を支えきれないため、グループの収益力を裏づけに借り入れる方式へ替え、株式公開は選ばなかった 「いいとこ取り」という批判 1975年ごろに森ビルが外したのは、取引銀行へ差し入れていた土地・建物の担保であった。資産を一つひとつ担保に入れる代わりに、グループ全体を1つのプロジェクトと考えて融資してほしいと銀行を説得し、条件をのませるまでに2年ほどかかっている。不動産賃貸業の営業収益は営業原価が小さく粗利に近い。その収益で借入を返す設計に替えたことが、20年後に土地の含み益がピークの1兆5000億円から1000億円台まで落ちたとき、財務を持ちこたえさせた要因の一つになっただろう。 資金調達・財務戦略 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/3382/decisions/seven-eleven-franchise-1974/","t":"米国から持ち帰った小型店をフランチャイズ方式で拡大する展開","c":"セブン&アイHD","y":1974,"col":"#EF8203","s":"業界十位の総合スーパーが本体の外に次の成長源を求め、米サウスランド社との提携でコンビニの国内展開権を取得し、直営でなくフランチャイズで零細店を系列化する分業を設…","x":"1974 セブン&アイhd セブンイレブンの創業 米国から持ち帰った小型店をフランチャイズ方式で拡大する展開 1973年12月にセブンイレブンの創業。業界十位のイトーヨーカ堂が米サウスランド社と組み、1974年5月に東京・豊洲の酒屋で開店 業界十位の総合スーパーが本体の外に次の成長源を求め、米サウスランド社との提携でコンビニの国内展開権を取得し、直営でなくフランチャイズで零細店を系列化する分業を設計した新規事業の創出 規模ではなく、分業をどう設計するか この判断の核心は、本体の成長制約を、本体を大きくすることではなく、本業と競合しない新しい業態を外に立ち上げることで超えようとした点にある。しかも同社は直営でなくフランチャイズを選び、行き詰まりかけた零細な既存店を淘汰の対象から系列化の担い手へと転じた。商品力・物流・情報を本部が握り、店頭の商いを店主が担うという分業を、業態の芯に据えたのである。規模を先に追うのではなく、誰が何を担うかの設計を先に決めたところに、この創業の性格がうかがえる。 隣接領域への展開 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4684/decisions/software-shift-1974/","t":"商号変更に合わせた会計機販売から情報処理サービスへの業態転換","c":"オービック","y":1974,"col":"#E7241D","s":"メーカーのハードを渡す代理店から、業種別の業務システムを自社で開発して販売する情報処理サービスへ商品の定義を改めた業態転換","x":"1974 オービック 自社開発ソフトへ転換 商号変更に合わせた会計機販売から情報処理サービスへの業態転換 1974年1月に自社開発ソフトへ転換。商号を大阪ビジネスからオービックへ改め、業種別の業務システムを自前で開発し始めた メーカーのハードを渡す代理店から、業種別の業務システムを自社で開発して販売する情報処理サービスへ商品の定義を改めた業態転換 誰の都合で商品の値段が決まるか 1974年の改称でオービックが手放したのは、社名に入っていた地名と、事務機商という職業の定義であった。メーカーの機械を運ぶ限り、値段も納期も新製品の周期も供給側が決め、代理店に残る取り分は運賃と据え付けの手間に近づく。予約システムを商品と呼び、機械を材料と呼び替えた野田順弘氏の言い方は、値付けの根拠を機械の原価から顧客の業務へ移す宣言でもあった。6人の技術集団という出発点を持つ会社が、技術者を抱える理由をここで初めて事業の説明と一致させただろう。 祖業・主力事業の転換 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5929/decisions/building-materials-shift-1974/","t":"合併を機としたシャッター専業から建材総合メーカーへの脱皮","c":"三和ホールディングス","y":1974,"col":"#005CAA","s":"シャッター市場の成長鈍化を見越し、同じ開口部の建材であるドア・雨戸を製品系列に加えて成長余地を拡大した製品構成の組み替え","x":"1974 三和ホールディングス 三和ドアー工業を合併 合併を機としたシャッター専業から建材総合メーカーへの脱皮 1974年3月に三和ドアー工業を合併。1973年3月の雨戸参入と1974年8月のオーバーヘッドドア発売を重ね、シャッター専業から建材へ事業を拡大した シャッター市場の成長鈍化を見越し、同じ開口部の建材であるドア・雨戸を製品系列に加えて成長余地を拡大した製品構成の組み替え 専業の看板を下ろすという判断 この決断の核心は、業績が悪化したから多角化したのではなく、主力製品が最も伸びている最中に製品構成へ手を入れた点にある。1973年8月期の重量シャッターは前年同期比55%増、建築ブームの真っ只中であった。それでも髙山万司社長は、軽量シャッターの比率がいずれ3分の1へ低下すると見て、雨戸とドアを並べる会社の形を先に作った。創業から17年をかけて築いた専業の形を、需要が旺盛なうちに自ら崩した判断とみられる。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6113/decisions/troubled-company-turnaround-1974/","t":"不振に陥った同業の連続買収と、企業再建を事業に組み込む路線への転換","c":"アマダ","y":1974,"col":"#FB1A1D","s":"受注急増で生産能力の限界に達したアマダが、新工場建設を避け、不振同業の買収と生産特化によって規模拡大と再建を同時に進めた経営判断","x":"1974 アマダ 園池製作所の株式取得 不振に陥った同業の連続買収と、企業再建を事業に組み込む路線への転換 1973年11月に園池製作所の株式取得。アマダが淀川プレス製作所・佐賀機械工業・三正製作所も系列下に収め、生産を任せて再建へ導いた 受注急増で生産能力の限界に達したアマダが、新工場建設を避け、不振同業の買収と生産特化によって規模拡大と再建を同時に進めた経営判断 財務の強さが買い手をつくる この経営判断の核心は、成長の踊り場で直面した生産能力の限界を、新工場でなく不振同業の買収で埋めた点にある。地価の上昇と機械業界の景気循環を前に、土地と設備を自前で抱える危険を避け、すでに用地・設備・人を持つ企業を安く取り込んで即戦力に変えた。相手のメンツを重んじ、買い占めを避けて話し合いで経営権を得るという日本的な作法は、ドライな買収が根づきにくい風土を逆手にとった選択だったのだろう。 経営再建・ターンアラウンド 大型設備投資 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/6254/decisions/ultrapure-water-system-1974/","t":"米GE製ろ過膜の輸入販売から超純水製造システムへの転換","c":"野村マイクロ・サイエンス","y":1974,"col":"#004DFF","s":"米アクアメディア社の超純水技術を導入し、膜という部品の販売から、膜を組み込んだ超純水製造システムの設計・施工・保守へ事業の単位を組み替えた","x":"1974 野村マイクロ・サイエンス アクアメディア社から技術導入 米ge製ろ過膜の輸入販売から超純水製造システムへの転換 1974年1月に超純水製造システムへ転換。野村マイクロ・サイエンスが米アクアメディア社から技術を導入し、ge製ろ過膜の輸入商から装置メーカーへ 米アクアメディア社の超純水技術を導入し、膜という部品の販売から、膜を組み込んだ超純水製造システムの設計・施工・保守へ事業の単位を組み替えた 販売する単位を、部品から一式へ 1970年10月にgeと北興化学工業が掲げた開発目標は、純水製造装置・廃液処理装置・アルコール類のろ過殺菌装置・空気浄化装置の4つであった。並んでいるのは膜ではなく、どれも膜を組み込んだ装置である。極東10カ国の独占販売権を持ちながら売る単位を部品から一式へ移したのは、膜の性能を値段に換えられるのが装置を組む側だったからだとみられる。1972年のnpc社への出資も、1973年の部門統合も、その一式を自前で組むための順序であったといえる。 祖業・主力事業の転換 収益モデル転換 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6305/decisions/tsuchiura-consolidation-1974/","t":"製販統合による新生日立建機の発足と、足立工場の閉鎖","c":"日立建機","y":1974,"col":"#FF6600","s":"分離独立直後の2期連続赤字と首都圏の工場立地規制に対し、製造会社と販売会社を1社に統合し、後発機種を捨てて足立工場を閉鎖し、土浦工場の一貫生産へ集約した組織・生…","x":"1974 日立建機 土浦一貫生産への集約 製販統合による新生日立建機の発足と、足立工場の閉鎖 1974年3月に土浦工場へ生産を全面集約。1970年10月に販売会社と合併して製販を一体化し、後発のトラクター類を捨て東京の足立工場を閉鎖 分離独立直後の2期連続赤字と首都圏の工場立地規制に対し、製造会社と販売会社を1社に統合し、後発機種を捨てて足立工場を閉鎖し、土浦工場の一貫生産へ集約した組織・生産の再編 東京の土地と、茨城の工場 足立を閉じる決定の重さは、跡地の売却代金が移転投資135億円の主な財源になった点に表れている。2期続けて経常損失を計上した会社に、新しい一貫工場を自力で建てる余力はなく、東京の土地を手放して茨城に設備を積み直すという入れ替えでしか、生産体制の作り替えは成り立たなかったと思われる。首都圏の工業等制限法が増産投資さえ塞いでいた以上、足立に残るという選択肢は初めから細かった。 合併・経営統合 リストラ・構造改革 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6849/decisions/crisis-recovery-plan-1974/","t":"無配転落下での減量経営「」と、復配目標「0、1、2、3計画」の設定","c":"日本光電工業","y":1974,"col":"#326BC9","s":"二度の無配に沈んだ医用電子機器の専業メーカーが、人員・経費の削減と営業拠点の分社化を同時に進め、復配と創立30周年の目標設定で立て直した経営再建","x":"1974 日本光電工業 危機突破2-4作戦 無配転落下での減量経営「」と、復配目標「0、1、2、3計画」の設定 1974年8月に危機突破2-4作戦を掲げる。荻野義夫社長が二度の無配を受けて人員削減と経費圧縮を進め、営業拠点を分社化 二度の無配に沈んだ医用電子機器の専業メーカーが、人員・経費の削減と営業拠点の分社化を同時に進め、復配と創立30周年の目標設定で立て直した経営再建 削る3年に、何を掲げるか 日本光電工業の無配は石油危機より先に始まっており、最初の転落は1973年7月に終わる第22期、長期ストライキと競争激化による2,700万円の赤字であった。危機突破2-4作戦が目を引くのは、大幅な人員削減を進めた同じ1974年8月に、福岡営業所を切り出して販売子会社の設立へ着手した点にある。縮める手と、売る仕組みを組み替える手が同時に動いていた。 経営再建・ターンアラウンド リストラ・構造改革 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/6952/decisions/digital-watch-1974/","t":"デジタル電子腕時計での時計事業への参入と、事業領域の拡大","c":"カシオ計算機","y":1974,"col":"#005BAC","s":"電卓で蓄えた電子技術を「数える・伝える」機能が共通する腕時計へ応用し、電卓一本足に次ぐ収益源をつくった技術発の新規事業","x":"1974 カシオ計算機 「カシオトロン」発売 デジタル電子腕時計での時計事業への参入と、事業領域の拡大 1974年11月にデジタル腕時計カシオトロンを発売。電卓で蓄えた電子技術を時計へ応用し、のちのg-shockへ続く収益源を得る 電卓で蓄えた電子技術を「数える・伝える」機能が共通する腕時計へ応用し、電卓一本足に次ぐ収益源をつくった技術発の新規事業 逃げ道ではなく、技術の隣へ 時計参入の核心は、電卓競争からの避難ではなく、蓄えた電子技術を機能の近い隣の市場へ移した点にある。計算機の\"数える・伝える\"機能と電子時計の親近性という理解に立てば、時計は畑違いの多角化ではなく、同じ技術の応用先にあたる。ゆえにカシオは、量を絞って市場の反応を確かめ、消費電力という時計固有の課題には液晶で応えるという、堅実な立ち上げ方を選んなのだろう。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/6954/decisions/robot-entry-1974/","t":"NC装置の部品供給から自社開発の最終製品へ拡大する立ち位置の転換","c":"ファナック","y":1974,"col":"#dcb414","s":"部品（NC装置）供給にとどまっていた富士通ファナックが、顧客の工作機械メーカーと競合しない最終製品として産業用ロボットを選び、NCとサーボの要素技術を転用して自…","x":"1974 ファナック 産業用ロボット事業参入 nc装置の部品供給から自社開発の最終製品へ拡大する立ち位置の転換 1977年に産業用ロボットを最終製品として出す。nc装置の部品メーカーだった同社が稲葉清右衛門のもと1974年に開発へ着手 部品(nc装置)供給にとどまっていた富士通ファナックが、顧客の工作機械メーカーと競合しない最終製品として産業用ロボットを選び、ncとサーボの要素技術を転用して自社開発・参入した判断 顧客と競わない最終製品という選択 この判断の核心は、部品メーカーが顧客と競合しない最終製品を選び、手元の要素技術を組み替えて新しい事業を興した点にある。nc装置の買い手は工作機械メーカーであり、同じ工作機械を自ら手がければ、その顧客を敵に回す。稲葉氏が選んだ産業用ロボットは、自社工場の自動化から生まれた需要であり、なおかつncとサーボを転用できる、顧客と競わない領域だった。\"憲法\"に事業を絞るという制約が、皮肉にも参入先を選ぶ指針として働いた。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7267/decisions/cvcc-oil-crisis-1974/","t":"他社に頼らない独力開発と、石油危機下での四輪シェア逆転","c":"ホンダ","y":1974,"col":"#CC0100","s":"業界再編と排出ガス規制の圧力に対し、外部提携に頼らずCVCCエンジンを独力開発して規制適合と低燃費を両立させ、石油危機下で四輪シェアを押し上げた技術主導の転換","x":"1974 ホンダ cvccエンジンの開発 他社に頼らない独力開発と、石油危機下での四輪シェア逆転 1972年7月にcvccエンジンを開発。触媒に頼らず排出ガス規制へ適合し、石油危機下で低燃費のシビックが支持を得た 業界再編と排出ガス規制の圧力に対し、外部提携に頼らずcvccエンジンを独力開発して規制適合と低燃費を両立させ、石油危機下で四輪シェアを押し上げた技術主導の転換 規制を商品力に変えた独立路線 この判断の芯にあるのは、業界再編に乗って規模を取るのか、自前の技術に賭けて独立を守るのか、という後発メーカーの選択であった。特振法の集約構想を退けたホンダは、排出ガス規制という重い制約を、触媒に頼らないcvccという独自技術で越え、それを商品の魅力へ転じた。規制対応をコストとしてではなく差別化の源泉として扱えた点に、この時期のホンダの独自性があったのだろう。石油危機という予期しない外圧が味方に回ったのは幸運でもあったが、その幸運を受け止める技術を先に用意していた事実は動かない。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7956/decisions/total-babycare-shift-1974/","t":"哺乳器専業からの品目入れ替えと、育児用品の総合メーカーへの転換","c":"ピジョン","y":1974,"col":"#E65550","s":"出生数のピークアウトで顧客の母数そのものが縮むなか、耐久品である哺乳器の専業から消耗品と隣接領域へ品目を入れ替え、赤ちゃん1人当たりの売上を積み増す構成へ変えた…","x":"1974 ピジョン ベビーフード・介護用品への進出 哺乳器専業からの品目入れ替えと、育児用品の総合メーカーへの転換 1974年を境にピジョンが育児用品の総合メーカーへ移る。出生数が209万人から減るなか、1983年就任の仲田洋一氏が品目を入れ替えた 出生数のピークアウトで顧客の母数そのものが縮むなか、耐久品である哺乳器の専業から消耗品と隣接領域へ品目を入れ替え、赤ちゃん1人当たりの売上を積み増す構成へ変えた判断 替え続けることが条件になった 哺乳器は赤ちゃん1人につき一度しか売れず、顧客は2歳半で入れ替わる。仲田洋一社長が1989年に語った限度は、占有率ではなく商売の形の問題であった。母数が4割減る市場で単品の首位を守っても、売上は減る。ピジョンが採ったのは、耐久品から消耗品へ品目を移し、そのうえで機能によって単価を取る方法であった。通常の体温計が600円のときに2,480円のチビオンが初年度に約40万本売れた事実は、1人当たりを積み増す算術が成り立つことを示している。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/7984/decisions/order-backlog-reset-1974/","t":"受注残240億円の全件白紙撤回と紙製品の3割減産、三事業部制への移行","c":"コクヨ","y":1974,"col":"#D20E2E","s":"石油危機で膨らんだ受注を思惑買いとみて全件白紙に戻し、確かめ直した実需に合わせて生産・商品・組織を構築し替えた判断","x":"1974 コクヨ 実需に合わせた受注の取り直し 受注残240億円の全件白紙撤回と紙製品の3割減産、三事業部制への移行 1974年にコクヨが受注残を全件白紙へ戻す。石油危機で膨らんだ240億円を黒田暲之助社長が取り消し、3月から紙製品を3割減産した 石油危機で膨らんだ受注を思惑買いとみて全件白紙に戻し、確かめ直した実需に合わせて生産・商品・組織を構築し替えた判断 読みを2カ月で数字に変えたもの 7カ月分の受注残は、売り手にとって最良の数字にみえる。黒田社長がそこで疑ったのは金額ではなく、ノートや帳簿の使われ方であった。年に一度12月に集中する需要を見てきた会社に、使用量が急に2倍、3倍になるという説明は通らない。全国の中小企業の帳票をほとんど一手に供給する立場が、注文の内訳を最も早く読み取れる場所を与えていた。同氏が先見の明ではなく市場シェアの効用として振り返っているのは、読みの出所を正確に述べたものとみられる。 外的危機への対応 リストラ・構造改革 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/8035/decisions/consumer-electronics-exit-1974/","t":"消費財輸出からの全面撤退","c":"東京エレクトロン","y":1974,"col":"#00A7E1","s":"石油ショックで採算が崩れた消費財輸出（売上の約6割）から全面撤退し、7つの選定基準に沿ってIC製造装置へ資源を集中させた事業ポートフォリオの選択と集中","x":"1974 東京エレクトロン 電卓・カーステレオからの撤退 消費財輸出からの全面撤退 1974年に消費財輸出から全面撤退。久保徳雄社長と小高敏夫専務が売上の6割を占めた電卓・カーステレオを捨て、半導体製造装置へ集中した 石油ショックで採算が崩れた消費財輸出(売上の約6割)から全面撤退し、7つの選定基準に沿ってic製造装置へ資源を集中させた事業ポートフォリオの選択と集中 「稼ぎ頭を捨てる」という選択の重み この経営判断の核心は、赤字事業の整理という守りではなく、まだ売上の6割を稼いでいた事業を、構造的な縮小を見越して先に撤退した点にある。目先の売上を守るなら、輸出にテコ入れして採算改善を図る選択肢もあった。久保徳雄氏と小高敏夫氏がそれを採らなかったのは、消費財輸出が自社の体質に合わず、大手との消耗戦から抜け出せないと見切ったからであった。主力事業から撤退する痛みは、最も強硬に反対した常務の辞任という経営陣の交代まで含んでおり、決して滑らかな決断ではなかった。 事業売却・撤退 祖業・主力事業の転換 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8136/decisions/character-license-model-1974/","t":"自社キャラクターを版権で収益を上げるライセンスモデルの確立","c":"サンリオ","y":1974,"col":"#1860C0","s":"他社キャラクターの使用権を借りていた物販会社が、社内で生んだハローキティを軸に自社キャラクターを商品化し、1976年4月から他社への使用許諾を始めて、標準小売価…","x":"1974 サンリオ ハローキティの誕生 自社キャラクターを版権で収益を上げるライセンスモデルの確立 1974年11月にハローキティを企画し、1976年4月に自社開発キャラクターの使用許諾提携業務を開始した。1984年7月期のロイヤルティ収入は15億1,692万円 他社キャラクターの使用権を借りていた物販会社が、社内で生んだハローキティを軸に自社キャラクターを商品化し、1976年4月から他社への使用許諾を始めて、標準小売価格に料率を乗じた対価で在庫を抱えずに収益を上げるモデルを確立した新規事業の創出 借りる側から、貸す側へ この判断の核心は、モノの機能ではなく\"かわいい\"という情緒に値をつけ、それを自社で生んだ図柄に載せた点にある。借りた権利は、対象の品目も契約期間も相手が決める。自社の図柄なら、誰にどの製品でどれだけの料率で使わせるかを自分で決められる。辻信太郎氏が愛嬌に乏しいとみた子猫が売れた事実は、どのデザインが当たるかを経営者が読み切れないことも示している。だからこそテスト販売で売れ筋を選び、直販網で運ぶ仕組みが要った。生む力と選ぶ力と届ける力の三つを統合したところに、この事業の性格がうかがえる。 収益モデル転換 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/8801/decisions/housing-conglomerate-split-1974/","t":"住宅の企画と販売を担う機能別子会社の分離による、土地依存からの転換","c":"三井不動産","y":1974,"col":"#004097","s":"第一次石油危機後の不況とゼロ成長のもとで、土地を仕入れて値上がりを待つ経営の限界を見極め、専門機能を分社し他企業の力を借りて開発機会を取り込む「商社機能」型の体…","x":"1974 三井不動産 三井ホームなど2社を設立 住宅の企画と販売を担う機能別子会社の分離による、土地依存からの転換 1974年に専門子会社3社を相次いで設立した。社長に就任した坪井東氏が5カ月でツーバイフォー工法住宅・臨海土地造成・レジャーの各分野を切り出した 第一次石油危機後の不況とゼロ成長のもとで、土地を仕入れて値上がりを待つ経営の限界を見極め、専門機能を分社し他企業の力を借りて開発機会を取り込む「商社機能」型の体制へ切り替えた 分社と再吸収の往復が意味したもの この機能別分社を、単なる子会社づくりとみると全体像を取り逃がすことになる。坪井東氏が就任早々に打ち出したのは、土地を仕入れて値上がりを待つという不動産業の稼ぎ方そのものを疑い、専門機能を切り出したうえで他企業の資本と技術を集約する\"商社機能\"を会社の中心に据える試みであった。江戸英雄氏の積極商法が土地を作り出す方向で活路を開いたのに対し、坪井東氏の脱土地経営は土地への依存を薄める方向で活路を探った点に、二つの世代の違いが表れているとみられる。\"他人のフンドシ\"という風評が付きまとったのは、その手法が当時の業界の常識から外れていたことの裏返しでもあった。 持株会社化・グループ再編 分社・スピンオフ・子会社上場 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/9509/decisions/coal-fired-shift-1974/","t":"600万kW級の大型計画を取り下げ、石炭を軸に据えた電源構成への組み替え","c":"北海道電力","y":1974,"col":"#002F87","s":"第一次石油危機で石油の価格前提が崩れ、着工前の600万kW級石油火力構想を、産炭地の足元にある石炭を燃やす火力へ組み替えた電源計画の変更","x":"1974 北海道電力 苫東の石油火力構想を撤回 600万kw級の大型計画を取り下げ、石炭を軸に据えた電源構成への組み替え 1974年に苫小牧東部の石油火力構想を撤回。600万kw級を同じ地点で石炭火力へ組み替え1980年に苫東厚真1号機が運転開始 第一次石油危機で石油の価格前提が崩れ、着工前の600万kw級石油火力構想を、産炭地の足元にある石炭を燃やす火力へ組み替えた電源計画の変更 選べる燃料が一つしかない会社 北海道電力にとって石炭は、価格を比べて選び直した燃料であると同時に、国と道から使うよう求められた燃料でもあった。燃料の調達を自社の経済合理性だけで割り切ることはできず、産炭地の需要家という役回りを引き受けたうえでの選択であったのだろう。本州と結ぶ送電線が細く、1979年まで域内で需給を完結させる制約も重なっていた。 外的危機への対応 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/1518/decisions/coal-spinoff-diversification-1973/","t":"石炭生産部門の分離と兼業会社への転換 ― 松島炭鉱から松島興産へ","c":"三井松島ホールディングス","y":1973,"col":"#333333","s":"石油との競争で国内炭が劣勢に立ち、石炭政策が区分経理を求めるなかで、石炭生産部門を別会社へ営業譲渡し、本体を販売・不動産・スーパー等の兼業会社へ組み替えた経営判…","x":"1973 三井松島ホールディングス 石炭部門を池島炭鉱へ譲渡 石炭生産部門の分離と兼業会社への転換 ― 松島炭鉱から松島興産へ 1973年4月に石炭部門を池島炭鉱へ譲渡。本体は松島興産へ社名を変更し、石炭と資材の販売に不動産・スーパー・観光を重ねた兼業会社へ 石油との競争で国内炭が劣勢に立ち、石炭政策が区分経理を求めるなかで、石炭生産部門を別会社へ営業譲渡し、本体を販売・不動産・スーパー等の兼業会社へ組み替えた経営判断 生産を手放し、販売する側に残るという選択 この判断の核心は、祖業である石炭の生産そのものを別会社へ移し、上場する本体を\"売る側\"に残した点にある。エネルギー革命で採算の見通しが立ちにくくなった採掘事業を切り離すことで、本体の損益から生産の重い固定費を分け、石炭の販売と資材・不動産・スーパーといった稼ぎ口へ経営資源を振り向けられるようにした。同じ石炭政策のもとで各社が採った型に沿いつつ、松島は生産機能に旧社名を与えて別会社化するという、社名と機能の入れ替えまで着手した。 分社・スピンオフ・子会社上場 飛び地・非関連多角化 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/2801/decisions/us-production-1973/","t":"輸出頼みから現地生産への切り替えと、海外での醤油づくりの開始","c":"キッコーマン","y":1973,"col":"#F08300","s":"完成品輸出の限界を前に、会社の資本金を上回る資金を米国ウィスコンシンの醤油工場に投じ、輸出型から現地生産型へ海外事業を組み替えた判断","x":"1973 キッコーマン 米ウィスコンシンで工場建設 輸出頼みから現地生産への切り替えと、海外での醤油づくりの開始 1972年3月に米ウィスコンシンで工場建設。1957年以来の販売で育てた需要を土台に資本金を上回る額をウォルワースへ投じる 完成品輸出の限界を前に、会社の資本金を上回る資金を米国ウィスコンシンの醤油工場に投じ、輸出型から現地生産型へ海外事業を組み替えた判断 輸出の先に工場を建設するという選択 この判断の核心は、輸出で稼ぎ続ける安全な道を選ばず、資本金を上回る資金を海の向こうの工場に投じた点にある。醤油は蔵付きの微生物が味を左右する発酵食品であり、その品質を異国で再現できるかは、実際に造ってみるまで誰にも保証できなかった。キッコーマン醤油は、1957年からの販売で米国の食卓に需要を育て、その手応えを頼りに、確実な輸出益より不確実な現地生産の将来を採った。成功した事業のただ中で、あえて次の投資へ資金を回した判断だった。 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/3001/decisions/factory-land-redevelopment-1973/","t":"製糸工場跡地を自社で商業施設へ組み替える不動産事業への転換","c":"片倉工業","y":1973,"col":"#E7374E","s":"外部株主が突いた保有土地と株価の落差を、売却益ではなく自社開発による賃料収入へ置き換えた事業構造の転換","x":"1973 片倉工業 取手ショッピングプラザ開業 製糸工場跡地を自社で商業施設へ組み替える不動産事業への転換 1973年3月に工場跡地の商業施設化。香港系投資家の買い占めを受け取手ショッピングプラザを開業し製糸工場跡を不動産へ回す 外部株主が突いた保有土地と株価の落差を、売却益ではなく自社開発による賃料収入へ置き換えた事業構造の転換 事業を失った会社に残るものは何か この判断の核心は、多角化の成否よりも、資産の使い方を誰が先に決めるかという点にあったと推察される。1972年の買い占めは、片倉工業が自社で気づいていなかった価値を突きつけたのではなく、気づいていても動かせなかった価値を外から動かした出来事に近い。工場から商業施設へという転用は、1967年のゴルフ練習場から1983年の大宮カタクラパークまで16年をかけており、買い占めが一夜で方向を変えたわけではない点にも留意が要る。 祖業・主力事業の転換 飛び地・非関連多角化 アクティビスト・株主提案対応 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/3050/decisions/homecenter-pivot-1973/","t":"176店舗のドラッグストアチェーン構想の撤回と、業態の切り替え","c":"DCMホールディングス","y":1973,"col":"#7E0C1E","s":"法規制で薬局の出店が年1店ほどに限られると判明し、合併で集約した経営資源をホームセンターという新しい業態へ振り向けた転換","x":"1973 dcmホールディングス カーマがホームセンターへ転換 176店舗のドラッグストアチェーン構想の撤回と、業態の切り替え 1973年10月にカーマがホームセンターへ転換。薬局6社の合併で得た店と人のまま176店のドラッグストア構想を1年で下ろす 法規制で薬局の出店が年1店ほどに限られると判明し、合併で集約した経営資源をホームセンターという新しい業態へ振り向けた転換 手段を残し、目的を差し替える 6社の合併は、176店舗のドラッグストアチェーンを築くために行われた。その目的が『1年に1店舗ぐらいしか出店できない』と分かるまでに、1年もかからなかった。合併を解くことも、規制が緩むのを待つこともできたはずである。鏡味社長が選んだのは、集めた店と人と資本をそのままにして、売る商品のほうを住まいまわりへ入れ替える道であった。1号店の開店は合併から1年4カ月後にあたる。手段を残して目的を差し替える速さに、この転換の性格が表れている。 祖業・主力事業の転換 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/5238/decisions/three-way-merger-1973/","t":"三菱セメントを加えた3社の一体化と、三菱鉱業セメントへの商号変更","c":"三菱鉱業セメント","y":1973,"col":"#EF0041","s":"石炭からの転身を進めた三菱鉱業が、1971年3月期の復配で財務面の前提を整えたうえで、子会社として育てた三菱セメントとその子会社である豊国セメントを本体へ吸収し…","x":"1973 三菱鉱業セメント 豊国セメントと合併 三菱セメントを加えた3社の一体化と、三菱鉱業セメントへの商号変更 1972年8月に3社合併の覚書を締結。三菱鉱業・三菱セメント・豊国セメントが翌1973年4月に合併し、三菱鉱業セメントへ 石炭からの転身を進めた三菱鉱業が、1971年3月期の復配で財務面の前提を整えたうえで、子会社として育てた三菱セメントとその子会社である豊国セメントを本体へ吸収し、セメントを当面の主力とする総合資源会社へ組み替えた合併 19年越しの申し合わせが、会談一回で決着した意味 この合併を一回の会談で決めさせたのは、両社が同じ約束を19年持ち越していたことである。1954年の三菱セメント設立時に、同社の経営基盤が固まり三菱鉱業の経営が安定した時には合併するという含みが置かれており、別会社方式はその含みを前提とした暫定の形であった。条件を探り合う交渉を経ずに1972年8月9日の覚書へ進めたのは、この前提が両社で共有されていたためだとみられる。三菱セメントが伸びる一方で三菱鉱業がエネルギー革命の苦境にあるあいだ機は熟さず、1954年に置かれた含みは、1971年3月期の9年ぶりの復配で条件が整うと、そのまま履行された。 合併・経営統合 pmi・買収後統合 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/5715/decisions/ashio-closure-1973/","t":"採掘事業の幕引きと、収益源の機械部門への移行","c":"古河機械金属","y":1973,"col":"#003F98","s":"銅価の下落で採算の合わなくなった足尾銅山を閉じ、定款変更と85億円増資でボーリング機械を軸とする機械部門と電子材料へ資金を振り向けた事業構成の組み替え","x":"1973 古河機械金属 足尾銅山を閉山 採掘事業の幕引きと、収益源の機械部門への移行 1973年に96年続いた足尾の採掘を終了。古河鉱業が85億円の増資と定款変更で機械部門と電子材料へ資金を振り向けた 銅価の下落で採算の合わなくなった足尾銅山を閉じ、定款変更と85億円増資でボーリング機械を軸とする機械部門と電子材料へ資金を振り向けた事業構成の組み替え 埋蔵量ではなく、採算で事業の輪郭を引き直す 足尾銅山には鉱量がかなり残っていた。それでも1973年2月に閉じたのは、掘れるかどうかではなく、トン当たり35万円の銅価では合わないという採算の計算による。同じ年度、機械部門は売上高370億円のうち180億円を稼ぎ、ボーリング機械だけで110億円を挙げていた。1970年の石炭撤退から3年で二つの祖業を手放し、設備計画42億円と85億円の増資を機械と電子材料へ向けたこの連続は、埋蔵量ではなく採算で事業の輪郭を引き直す作業だっただろう。 祖業・主力事業の転換 事業売却・撤退 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6594/decisions/founding-1973/","t":"資本金200万円からの出発と、米国経由の信用を足がかりにした世界シェアの獲得","c":"ニデック","y":1973,"col":"#009A48","s":"精密小型モータの需要を捉えた28歳の技術者が、変動期を好機と読んで安定した勤めを辞して独立し、国内大手に拒まれた信用を米国市場経由で獲得した創業","x":"1973 ニデック 精密小型モータで創業 資本金200万円からの出発と、米国経由の信用を足がかりにした世界シェアの獲得 1973年7月に永守重信氏が資本金200万円で日本電産を興した。28歳の創業者は国内大手に信用がないと拒まれ、米国市場から販路を開拓した 精密小型モータの需要を捉えた28歳の技術者が、変動期を好機と読んで安定した勤めを辞して独立し、国内大手に拒まれた信用を米国市場経由で獲得した創業 無名の技術者が信用を外から調達した創業 この創業から見えてくるのは、製品の性能ではなく企業の歴史と実績で取引の可否が決まる国内市場の慣行に、無名の新興メーカーがどう向き合ったかという問題である。永守重信氏は国内で得られなかった信用を、性能と価格だけで評価される米国市場での採用実績と、日本初のベンチャーキャピタルからの出資という二つの外部評価に置き換えていったとみられる。若さと実績の乏しさという弱みを、評価の場を移すことで補った経緯が読み取れる。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6753/decisions/calculator-to-lcd-1973/","t":"電卓の価格競争から降り、半導体と液晶という独自デバイスに賭けた転進","c":"シャープ","y":1973,"col":"#EC3F47","s":"値下げが続く電卓市場で価格の消耗戦から降り、半導体の内製化と世界初の液晶電卓EL-805に象徴される独自デバイスへ技術と資金を寄せ、のちの液晶事業の土台を築いた…","x":"1973 シャープ 液晶電卓el-805発売 電卓の価格競争から降り、半導体と液晶という独自デバイスに賭けた転進 1973年6月に世界初の液晶電卓el-805を出した。価格競争から降り、1970年の天理の半導体内製化と液晶で消耗戦を抜けた 値下げが続く電卓市場で価格の消耗戦から降り、半導体の内製化と世界初の液晶電卓el-805に象徴される独自デバイスへ技術と資金を寄せ、のちの液晶事業の土台を築いた転進 価格で競うか、自前の技術で差別化するか この判断の核心は、優劣の見えない価格競争から降り、半導体と液晶という自前の基幹デバイスに技術と資金を寄せた点にある。電卓は、1桁1万円を割るかどうかを競う消耗戦に沈みつつあった。そこでシャープが選んだのは、より安く作る競争に踏みとどまることではなく、他社がまだ持たない部品を自分で作り、その部品で製品の中身に差をつける道だった。『シャープは半導体投資でつぶれる』と言われながら投資を続けた点に、目先の採算より技術の蓄積を優先する経営の色がにじむ。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6839/decisions/overseas-production-1973/","t":"変動相場制移行を機とした海外工場建設と生産の国外移転","c":"船井電機","y":1973,"col":"#C52121","s":"ドル建て輸出の採算を為替変動から切り離すため、国内生産を縮小して工場を海外へ移転する長期の生産再編に着手した","x":"1973 船井電機 ニクソンショック後の生産移転 変動相場制移行を機とした海外工場建設と生産の国外移転 1973年2月に海外への生産移転を本格化。ニクソンショックと変動相場制でドル建て輸出が傷み、船井哲良が台湾や欧州へ拠点を展開する ドル建て輸出の採算を為替変動から切り離すため、国内生産を縮小して工場を海外へ移転する長期の生産再編に着手した 為替から逃げるのではなく、為替の外へ出る この判断の中心にあるのは、円高を価格転嫁や高付加価値化でしのぐのではなく、原価の発生する場所そのものを国外へ移したことにある。値札の安さで取引を得ていた会社にとって、値上げは取引先を失うことと同義であった。だとすれば残る道は、賃金の低い国へ組立を移し、部材の調達と売買の建て値をドル圏に揃えて、為替の振れが通り抜けにくい構造を作ることだけであった。海外市場向けの輸出と海外子会社からの仕入がともにドル建てで、差額分しか為替の影響を受けないという後年の説明は、その到達点を端的に示している。 海外進出・現地生産 低価格・コストリーダーシップ 雇用・労使 台湾 東南アジア 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6951/decisions/management-reform-1973/","t":"経営機構改革と三事業部制への移行","c":"日本電子","y":1973,"col":"#003E92","s":"オーナー主導の意思決定を合議制へ開き、三事業部制と多角化で次の成長段階に備えた経営機構の刷新","x":"1973 日本電子 常務会の廃止と合議制の導入 経営機構改革と三事業部制への移行 1973年4月に三事業部制へ移る。風戸健二社長が常務会を廃して合議制を敷き、65歳の社長定年制も同時に定める オーナー主導の意思決定を合議制へ開き、三事業部制と多角化で次の成長段階に備えた経営機構の刷新 規模より、強みをどの事業構成で活かすか この経営判断の核心は、財務的な危機への対応ではなく、急成長そのものが生んだ組織のひずみへ、創業者が自ら踏み込んだ点にある。電子顕微鏡という特殊市場で世界有数の地位を確立した成功体験は、裏を返せば一人の創業者の技術観と求心力に強く依存する体質でもあった。風戸健二社長が常務会を廃して合議制を敷き、三事業部制と社長定年制を同時に打ち出したのは、その依存をみずから解体し、次の成長段階に耐える組織へ作り替えようとする試みだったとみられる。好調なうちにワンマン経営の限界へ手を入れた点に、ほかの事業承継とは異なる性格がうかがえる。 機関設計・取締役会改革 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7267/decisions/founders-retirement-1973/","t":"創業者2人の同時引退と、次代への経営の引き渡し","c":"ホンダ","y":1973,"col":"#CC0100","s":"創業者2人が好調のさなかに世襲を退けて同時に引退し、創業一族でない河島喜好氏へ承継、一人の求心力に頼る個人経営から全員参加の組織経営へ移行した事業承継","x":"1973 ホンダ 河島喜好氏への承継 創業者2人の同時引退と、次代への経営の引き渡し 1973年10月に河島喜好氏へ社長を継承。本田宗一郎社長と藤沢武夫副社長が66歳と62歳で同時に第一線を退いた 創業者2人が好調のさなかに世襲を退けて同時に引退し、創業一族でない河島喜好氏へ承継、一人の求心力に頼る個人経営から全員参加の組織経営へ移行した事業承継 好調のうちに求心力を手放すという選択 この事業承継の核心は、財務の危機に追われた交代ではなく、業績が好調なさなかに、創業者みずからが自分の求心力に依存する経営を手放そうとした点にある。世界の二輪トップを築いた成功は、裏を返せば一人の技術者の才覚と求心力に強く依存する体質でもあった。宗一郎氏が『本田家のものじゃない』と世襲を退け、藤沢氏が『その時々で最適の人材を選ぶ』という原則を敷いたのは、その依存をみずから解体し、自分たちがいなくても回る会社へ組み替えようとする試みだったとみられる。しかも二人は、世襲否定を精神論で終わらせず、代表権の分散、大部屋重役室、トロイカ方式という具体的な仕組みで支えた。 創業家・同族 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/7976/decisions/beyond-pencil-and-back-1973/","t":"手芸用品・粘着テープ・化粧品・印章への多角化と、英企業の買収・売却","c":"三菱鉛筆","y":1973,"col":"#DF1B26","s":"鉛筆需要の頭打ちを受けて非筆記具の領域へ事業を多角化し、30年かけて筆記具への集中へ戻した事業構成の判断","x":"1973 三菱鉛筆 royalsovereign買収 手芸用品・粘着テープ・化粧品・印章への多角化と、英企業の買収・売却 1973年に三菱鉛筆が粘着テープへ乗り出す。鉛筆の外へ拡大した事業を整理し、1990年に買収した英royal sovereignを2002年に売却 鉛筆需要の頭打ちを受けて非筆記具の領域へ事業を多角化し、30年かけて筆記具への集中へ戻した事業構成の判断 拡大する判断と、畳む判断 1975年の手芸用品店を、三菱鉛筆は開店の時点から試験店と呼んでいた。鉛筆の伸びが止まった会社が、需要そのものが無い市場へ小さく入ってみる——当時の判断として無謀ではなく、むしろ慎重な入り方だった。誤算は、その慎重な入り方を30年続けた点にあったのだろう。手芸用品・粘着テープ・化粧品・印章と会社を一つずつ増やしながら、どれも鉛筆とボールペンを代われる規模には届かなかった。 飛び地・非関連多角化 選択と集中 事業売却・撤退 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/9069/decisions/senko-shameihenkou-1973/","t":"旧社名からセンコー株式会社への改称による社名の一新","c":"センコーグループホールディングス","y":1973,"col":"#00A33E","s":"運送専業のままでは広がりを欠くという経営認識から、社名そのものから「運輸」を外し、事業領域を運送以外へ拡張する方針を示した多角化宣言","x":"1973 センコーグループホールディングス 扇興運輸からの社名変更 旧社名からセンコー株式会社への改称による社名の一新 1973年10月に扇興運輸から社名を変更した。運輸の二文字を外し、旧社名の扇興の音を残したセンコー株式会社が事業多角化への意志を示した 運送専業のままでは広がりを欠くという経営認識から、社名そのものから「運輸」を外し、事業領域を運送以外へ拡張する方針を示した多角化宣言 社名に刻まれた方向性と、実行の時差 1973年の改称そのものは、社名から\"運輸\"の二文字を外すという控えめな一手にとどまり、当時それがどこまで具体的な事業戦略を伴っていたかは、残された資料からは判然としない。シベリア・ランド・ブリッジや引越事業、pdセンターといった具体化は、改称からなお数年を要しており、『運輸だけにこだわらない』という決意が最初から明確な設計図を持っていたと断定するには慎重さが求められる。 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9502/decisions/chita-lng-1973/","t":"大気汚染の重い臨海部での増設を通した、中部電力初のLNG専焼火力の採用","c":"中部電力","y":1973,"col":"#E60012","s":"大気汚染の重い臨海工業地帯で既設火力を増設するにあたり、市の強い環境要請に応えて燃料を中部電力初のLNGに切り替え、東邦瓦斯と受入基地を共同で設けて、インドネシ…","x":"1973 中部電力 知多火力5・6号機のlng導入 大気汚染の重い臨海部での増設を通した、中部電力初のlng専焼火力の採用 1973年11月に知多火力5・6号機の立地を愛知県知多市へ申し入れ。燃料に中部電力初のlngを選び、インドネシアから年170万tを20年受け入れる計画で、1978年3月と4月に各70万kwが運転を始めた 大気汚染の重い臨海工業地帯で既設火力を増設するにあたり、市の強い環境要請に応えて燃料を中部電力初のlngに切り替え、東邦瓦斯と受入基地を共同で設けて、インドネシアからの長期調達で70万kw2基を動かした判断 燃料で増設の同意を得た発電所 知多5・6号機のlng導入は、脱石油の先取りである以前に、大気汚染の重い地域で増設の同意を得るための燃料の選択だったと思われる。申し入れは第1次石油危機の直後であったが、燃料をlngにした直接の理由は市の強い環境要請であり、硫黄酸化物もばいじんも出さない燃料と国内初の全量脱硝が、既設地点の限界を越える条件となった。受入基地を自社で持たず、ガス会社と用地を分け合った枠組みも、燃料そのものより立地の制約を解くための工夫だったといえる。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/1959/decisions/stock-listing-1972/","t":"大証二部・福証への上場から4年での最上位市場への昇格","c":"クラフティア","y":1972,"col":"#333333","s":"九州電力の受注に支えられた安定収益と業域拡張を背景に、地方の非上場会社から4年で東証・大証一部の上場会社へ移り、全国の資本市場から資金を調達する経路を確保した資…","x":"1972 クラフティア 東証一部へ指定替え 大証二部・福証への上場から4年での最上位市場への昇格 1972年9月に東証一部へ指定替え。1968年11月の大証二部・福証上場から進み、東証二部から10ヶ月で東京・大阪の一部へ 九州電力の受注に支えられた安定収益と業域拡張を背景に、地方の非上場会社から4年で東証・大証一部の上場会社へ移り、全国の資本市場から資金を調達する経路を確保した資本政策 借りずに拡大するための4年間 上場は、それ自体が事業を変える決定ではない。1968年から1972年までの4年間に会社が実際に手を付けたのは、水処理工事への参入、首都圏の施工会社の子会社化、住宅事業の立ち上げであり、上場はその費用の出どころを借入から資本へ移し替える作業にあたる。九州電力の工事という安定した収益がありながら、そこで得た信用を担保にした借入だけで拡張を進めなかった点に、この時期の経営の選択が現れている。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/1963/decisions/algeria-refinery-loss-1972/","t":"大赤字を機とするコスト・プラス・フィー方式への転換","c":"日揮ホールディングス","y":1972,"col":"#E60013","s":"海外プラントで一括請負のランプサム契約が生んだ大赤字を教訓に、実費精算のコスト・プラス・フィー方式とカントリーリスクの分散へ、契約とリスク配分の型を組み替えた判…","x":"1972 日揮ホールディングス アルジェリアで巨額損失 大赤字を機とするコスト・プラス・フィー方式への転換 1972年にアルジェリアで巨額損失。約250億円で受注した製油所建設で約50億円の赤字を計上し、減配と賞与カットに追い込まれた 海外プラントで一括請負のランプサム契約が生んだ大赤字を教訓に、実費精算のコスト・プラス・フィー方式とカントリーリスクの分散へ、契約とリスク配分の型を組み替えた判断 失敗を「方法論」に変える この決断の核心は、約50億円という財務の傷そのものではなく、その傷から契約の型とリスクの分散という再現可能な方法論を引き出した点にある。天災や賃金の高騰は事前に読み切れない。ゆえに、変動を一身に負うランプサム一辺倒をやめて実費精算を組み合わせ、一国への集中を避けて受注先を分散する——制御できない不運を、契約と配分の設計で受け止めようとした。好調な受注を追うより先に、失敗の構造を分解して次の受注戦略へ織り込んだ点に、この判断の性格がうかがえる。 収益モデル転換 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/2222/decisions/regional-subsidiary-model-1972/","t":"地域別子会社による分散立地——観光地ごとに別法人で地元銘菓を持つ収益モデルの原型","c":"寿スピリッツ","y":1972,"col":"#E70113","s":"地元市場の狭い鳥取から出発し、統一ブランドの全国出荷ではなく、観光地ごとに別法人で地元銘菓を持つ分散立地を1972年以降全国へ展開した面的戦略。売場を確保する構…","x":"1972 寿スピリッツ コトブキ設立による分散立地 地域別子会社による分散立地——観光地ごとに別法人で地元銘菓を持つ収益モデルの原型 1972年に北陸寿の設立で分散立地へ。寿製菓は観光地ごとに別法人を立てて土地の銘菓を製造し、のちのケイシイシイやシュクレイの土台とした 地元市場の狭い鳥取から出発し、統一ブランドの全国出荷ではなく、観光地ごとに別法人で地元銘菓を持つ分散立地を1972年以降全国へ展開した面的戦略。売場を確保する構造がグループの収益モデルの原型となった 売場の側に別会社を設立するという選択 この判断の核にあるのは、統一ブランドを全国に配るのではなく、売られる場所の側に会社を分けて置く、という選び方であった。地元市場の狭さから県外へ出荷先を求めた地方メーカーが、観光地・駅・空港という最終接点ごとに地元法人を並べ、その土地の銘菓を掲げていく。効率だけを見れば重複の多い分散だが、売場を握ることを最優先した構えが、観光需要の追い風のなかで固有の強さに転じただろう。 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/2503/decisions/share-cap-diversification-1972/","t":"麒麟麦酒、独禁法分割論下の拡販自制とビール外への多角化","c":"キリンHD","y":1972,"col":"#F00201","s":"公取委の監視と独禁法の企業分割論という外部圧力を先取りし、拡販の自制と非ビール分野への進出で成長の領域を転換した判断","x":"1972 キリンhd キリンシーグラム設立で多角化 麒麟麦酒、独禁法分割論下の拡販自制とビール外への多角化 1972年8月にキリンシーグラム設立で多角化。国内ビールシェア6割で独禁法の企業分割論に直面し洋酒・飲料・食品へ事業を拡大した 公取委の監視と独禁法の企業分割論という外部圧力を先取りし、拡販の自制と非ビール分野への進出で成長の領域を転換した判断 「勝ちすぎの管理」という逆説の経営課題 この判断の核心は、競争の勝利を極限まで追わないという、通常の企業行動とは逆向きの選択を独走企業が自ら制度に組み込んだ点にある。同時代の資料からは、拡販の自制が受け身の萎縮ではなく、品質本位と代金回収の規律、慎重な設備投資という戦前来の体質の延長線上にあったことがうかがえる。分割論という外部圧力は、その体質を\"勝ちすぎない経営\"として明文化させる触媒になったと推察される。なお、分割論への社内対応の具体的な経緯は本稿の資料からは確認できず、記録に残るのは販売の現場での自制と経営計画への反映までである。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/2809/decisions/direct-sales-shift-1972/","t":"半世紀続いた製販分離の解消と、販売先を自ら確保する自社販売への切り替え","c":"キユーピー","y":1972,"col":"#E4002B","s":"創業家の商店に委ねてきた販売機能を自社へ取り込み、店頭と生産を直につなぐ体制へ改めた製販一体化の判断","x":"1972 キユーピー 中島董商店の販売網継承 半世紀続いた製販分離の解消と、販売先を自ら確保する自社販売への切り替え 1972年12月に中島董商店の販売網継承。20営業所を開設して自社販売へ切り替え1925年以来の製造と販売の分業をあらためる 創業家の商店に委ねてきた販売機能を自社へ取り込み、店頭と生産を直につなぐ体制へ改めた製販一体化の判断 販路を持つ会社になるということ この判断の性格は、資本の組み替えでも工場の増設でもなく、会社が外の世界と接する面をどこに置くかの変更にあったとみられる。中島董商店に販売を委ねる形は、洋風調味料が売れるかどうかも分からない時代には合理的であり、実際にマヨネーズを家庭へ届けたのは商店側の努力であった。ただ、その形のままでは、店頭で何が起きているかという情報は必ず一社を経由してから製造会社へ届く。1970年の上場で公開企業となった会社にとって、その一拍の遅れと、説明のしにくさは重かったといえる。 販路・チャネル転換 垂直統合・内製化 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/3116/decisions/auto-parts-entry-1972/","t":"定款への製造品目追加と、紡織を本業とする会社であることの返上","c":"トヨタ紡織","y":1972,"col":"#E60012","s":"国際競争で採算の細る紡織事業を抱えたまま、隣接するトヨタ自動車工業の需要へ織物技術を振り向けるため、定款の営業目的を書き換えて自動車部品の製造・加工・販売へ入っ…","x":"1972 トヨタ紡織 自動車部品メーカーへ転換 定款への製造品目追加と、紡織を本業とする会社であることの返上 1972年12月に自動車部品メーカーへ転換。1918年の創立以来紡績と織布を営んだ豊田紡織が定款の事業目的を書き換える 国際競争で採算の細る紡織事業を抱えたまま、隣接するトヨタ自動車工業の需要へ織物技術を振り向けるため、定款の営業目的を書き換えて自動車部品の製造・加工・販売へ入った業態転換 定款の一行が持っていた時間 1972年12月の決議は、工場の建設でも他社の買収でもなく、営業の目的に一行を足しただけの手続きであった。それでも、この一行がなければ紡績会社は自動車部品を作れない。1966年のボーリング進出が数年で6億円の赤字に終わったのに対し、同じ\"紡織の外側\"への進出でありながら今回が続いたのは、シートファブリックという織物の延長線上の商品を用意していたからだろう。技術の連続性がある領域を選んだかどうかが、二度の多角化の分かれ目にあった。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/3407/decisions/miyazaki-house-hebel-1972/","t":"ALC建材を戸建てブランドに仕立て直した事業領域の拡張","c":"旭化成","y":1972,"col":"#005BAB","s":"繊維のサイクル到来を見据えた宮崎輝社長が「住の不足」に次の成長の種を求め、自社素材ALCを足がかりに住宅産業へ参入した多角化戦略","x":"1972 旭化成 「ヘーベル」で住宅参入 alc建材を戸建てブランドに仕立て直した事業領域の拡張 1972年9月にヘーベルハウスで住宅参入。宮崎輝社長が軽量気泡コンクリートを構造材に据え、同年11月に旭化成ホームズを設立 繊維のサイクル到来を見据えた宮崎輝社長が「住の不足」に次の成長の種を求め、自社素材alcを足がかりに住宅産業へ参入した多角化戦略 素材の企業化と産業への参入は別の決断であった この判断の要は、\"素材の企業化\"と\"住宅産業への参入\"が別々の決断として積み重なっている点にある。1961年からの徹底多角化はヘーベルという素材を生んだが、それを戸建てブランドに仕立てるかどうかは、また別の問いであった。素材の外販に留まれば建材メーカーの一部門で終わったところを、施工と販売まで抱える住宅業へ踏み込んだことで、繊維や石油化学とは景気の律動が異なる収益源を獲得した、とみられる。 飛び地・非関連多角化 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/5236/decisions/sf-kiln-development-1972/","t":"小型テスト窯を飛ばして実用窯で挑んだ新焼成法の開発","c":"秩父セメント","y":1972,"col":"#004098","s":"回転窯の大型化が限界に達したため、窯を大型化せずに焼成能力を上げる新方式を重機メーカーと共同開発し、小型テストの中間段階を省いて実用窯で一気に実証した","x":"1972 秩父セメント sf式焼成法を開発 小型テスト窯を飛ばして実用窯で挑んだ新焼成法の開発 1971年4月にsf式焼成法を開発。石川島播磨重工業からの申し出で気流炉を共同研究し、セメントの焼成能力は2〜2.5倍へ 回転窯の大型化が限界に達したため、窯を大型化せずに焼成能力を上げる新方式を重機メーカーと共同開発し、小型テストの中間段階を省いて実用窯で一気に実証した 稼働窯を実験台にするという賭け方 この決断の核心は、共同開発に応じたことではなく、小型テストキルンという中間段階を省いた点にある。相手が持ちかけたのは小型機での共同研究で、そちらを選べば失敗しても工場の生産には影響しない。実用窯での開発は、数次の改造を稼働中の第7号窯に加えることを意味した。段階を飛ばした判断が成果の実現を早めたと社史は書くが、飛ばさなければ失わずに済んだものもあったはずである。その計算は記録に残っていない。 技術・r&d起点の勝負 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/5706/decisions/itaiitai-compensation-1972/","t":"控訴審敗訴を受けた責任の全面的な引き受けと、公害防止協定・土壌復元の締結","c":"三井金属","y":1972,"col":"#009060","s":"神岡鉱業所のカドミウム汚染をめぐる公害訴訟で控訴審にも敗れ、上告せず賠償・立入調査・汚染田復元を受諾。負担が円高と重なって無配へ転落するなか、公害対策と経営再建…","x":"1972 三井金属 イタイイタイ病賠償受諾 控訴審敗訴を受けた責任の全面的な引き受けと、公害防止協定・土壌復元の締結 1972年8月にイタイイタイ病賠償受諾。名古屋高裁金沢支部の全面敗訴判決に上告せず、翌日に公害防止協定と土壌復元の誓約書を結んだ 神岡鉱業所のカドミウム汚染をめぐる公害訴訟で控訴審にも敗れ、上告せず賠償・立入調査・汚染田復元を受諾。負担が円高と重なって無配へ転落するなか、公害対策と経営再建を並行させた判断。 責任を数十年の関与として引き受けること この判断を、公害訴訟に敗れて渋々賠償に応じた事例とだけ読むのは、その後の重さを見落とす。三井金属鉱業は上告を選ばず、判決の翌日には本社で11時間の交渉に応じ、賠償・毎年の立入調査・33年がかりの土壌復元という、終わりの見えない義務を自ら引き受けた。原告506人への賠償額そのものよりも、発生源である神岡鉱業所の操業を被害者に点検させ続ける枠組みを受け入れた点に、この決着の性格が表れていると思われる。 不祥事・信頼回復 外的危機への対応 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/6005/decisions/recurring-revenue-1972/","t":"機器の売り切りから、保守料を積み上げる継続収益モデルへの転換","c":"三浦工業","y":1972,"col":"#004EA2","s":"無料が常識だった保守を有料の収益事業へ転換し、製品とメンテナンスで継続的に収益を上げる構造を築いた事業戦略の転換","x":"1972 三浦工業 eh型発売とメンテ有料化 機器の売り切りから、保守料を積み上げる継続収益モデルへの転換 1972年にeh型発売とメンテ有料化。三浦保社長が小型貫流ボイラーの投入に合わせ、無料が常識だった保守を独立採算の収益事業へ育てた 無料が常識だった保守を有料の収益事業へ転換し、製品とメンテナンスで継続的に収益を上げる構造を築いた事業戦略の転換 「満足を売る」を収益に変えた逆張り この判断の核心は、製品の安売り競争に陥らないために、形のない保守を継続的な収入へ作り替えた点にある。故障対応のためのユーザー回りから生まれた現場発の着想を、社内の猛反対を押し切って事業のしくみへ組み込んだ。\"アフターサービスはタダ\"が常識だった時代に、あえて保守を有料で売る逆張りを選び、軌道に乗るまでの4〜5年を耐えたことが、その後の高シェアと高収益を支えた。 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6326/decisions/north-america-tractor-export-1972/","t":"水田向け小型トラクタを武器とした北米・欧州市場への進出","c":"クボタ","y":1972,"col":"#35A8A8","s":"減反政策で国内の農機需要が縮み、石油危機で公共投資も細るなかで、多角化を増やすのではなく水田向け小型トラクタの販路を先進国へ振り向けて国内の頭打ちを吸収しようと…","x":"1972 クボタ クボタトラクターcorp.設立 水田向け小型トラクタを武器とした北米・欧州市場への進出 1972年9月にクボタトラクターcorp.設立。広慶太郎社長のもと水田向け25〜30馬力の小型トラクタを北米へ持ち出し、1974年3月に仏にも販売会社 減反政策で国内の農機需要が縮み、石油危機で公共投資も細るなかで、多角化を増やすのではなく水田向け小型トラクタの販路を先進国へ振り向けて国内の頭打ちを吸収しようとした海外進出 事業を増やさずに市場を替えた 広慶太郎社長は多角経営そのものに疑問を持っていた。そう考える社長が減反と石油危機に向き合って選んだのは、新しい事業を足すことではなく、水田向けに作った小型トラクタを別の国の別の用途に当てる道であった。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6806/decisions/tse-listing-1972/","t":"外資と組まない純国産コネクタ専業のまま東証二部へ上場","c":"ヒロセ電機","y":1972,"col":"#004098","s":"銀行借入に依存した資金繰りから抜けるため株式を公開し、外資との合弁・技術提携によらずに設備と開発の資金を確保した判断","x":"1972 ヒロセ電機 創業35年での株式上場 外資と組まない純国産コネクタ専業のまま東証二部へ上場 1972年12月に東証二部へ株式を上場。創業から35年、株式会社への改組から24年を経て酒井秀樹が上場を主導する 銀行借入に依存した資金繰りから抜けるため株式を公開し、外資との合弁・技術提携によらずに設備と開発の資金を確保した判断 資本は市場から、技術は自前で 上場は、会社の資金の出どころを銀行から市場へ移す手続きにすぎない。ただヒロセ電機の場合、その手続きが技術の独立と結びついていた点に特徴がある。1972年の業界地図では上位5社のうち4社が米国大手との合弁か技術提携であり、資本と技術をまとめて外から入れるのが上位へ並ぶ標準的な道であった。同社は資本だけを公開市場から調達し、技術は自主開発で持ち続けた。両方を外から入れていれば、コネクタの仕様も価格も相手の都合に従わざるを得なかったのだろう。 上場・ipo・市場変更 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6861/decisions/founding-1972/","t":"創業——リード電機の自動線材切断機から付加価値価格のセンサー専業","c":"キーエンス","y":1972,"col":"#EA0336","s":"二度の起業に失敗した技術者が、原価ではなく顧客が得る導入効果で値付ける付加価値価格を差別化要因に、金型破損などの現場課題を解くセンサーで市場を開拓し、利益率を最…","x":"1972 キーエンス 滝崎武光氏が創業 創業——リード電機の自動線材切断機から付加価値価格のセンサー専業 1972年3月に滝崎武光がリード電機を創業。二度の起業に失敗した27歳が兵庫県伊丹市で自動線材切断機から始める 二度の起業に失敗した技術者が、原価ではなく顧客が得る導入効果で値付ける付加価値価格を差別化要因に、金型破損などの現場課題を解くセンサーで市場を開拓し、利益率を最上位に据えて祖業から撤退した創業 利益率を最上位に置いた創業 この創業から見えてくるのは、二度の倒産を経た滝崎武光氏が、売上の大きさではなく利益率を事業の物差しに選んだ経緯である。数億円の金型を守るセンサーを8万5000円で売る値付けは、原価の積み上げではなく顧客が受け取る効果から価格を決める発想に立っており、資金の乏しい会社が薄い利益では生き残りにくいという二度の失敗の実感と地続きのものだっただろう。地味な線材切断機で確保した利益を元手にセンサーを育てた初期の運び方にも、同じ物差しが働いていたと読める。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6952/decisions/casio-mini-1972/","t":"12,800円という個人が購入できる価格の設定と、電卓の大衆化","c":"カシオ計算機","y":1972,"col":"#005BAC","s":"事務用の高級機という電卓の常識を、機能を限定した1万円台の個人向け商品で崩し、家庭という新しい需要層を自ら開拓した価格戦略","x":"1972 カシオ計算機 電卓「カシオミニ」発売 12,800円という個人が購入できる価格の設定と、電卓の大衆化 1972年8月にカシオミニを発売。表示を6桁に限定した個人向け電卓を12,800円で出し、パーソナル電卓の市場を開拓する 事務用の高級機という電卓の常識を、機能を限定した1万円台の個人向け商品で崩し、家庭という新しい需要層を自ら開拓した価格戦略 値段を引き下げて、まだない需要を創出する カシオミニの判断は、既存の電卓を安く売る値下げ競争とは性格が異なっていた。表示を6桁に絞るという機能の割り切りと、特注lsiによる原価づくりを組み合わせ、事務所ではなく家庭という買い手を新たに立ち上げた点に核心がある。奪い合いになりがちな市場で、まだ電卓を持たない層へ商品を届けて需要そのものを起こすという発想は、後発でも市場を取るための一つの型であったと思われる。 隣接領域への展開 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/6954/decisions/founding-1972/","t":"親会社の制御部門を切り出して立てたNC専業メーカーの創業","c":"ファナック","y":1972,"col":"#dcb414","s":"富士通の社内事業として約10年の赤字を経て高収益部門に育ったNC部門を、通信機事業と顧客層・営業文化の異なる独立採算の会社として切り出した分社創業","x":"1972 ファナック 富士通「3c構想」から分社 親会社の制御部門を切り出して立てたnc専業メーカーの創業 1972年5月に富士通のnc部門が分社。資本金20億円の富士通ファナックが川崎で発足し、1956年の3c構想を源流とする 富士通の社内事業として約10年の赤字を経て高収益部門に育ったnc部門を、通信機事業と顧客層・営業文化の異なる独立採算の会社として切り出した分社創業 社内事業として育てた技術が独立したとき この創業が示すのは、独立系の企業であれば途中で息切れしかねない約10年の赤字を、富士通という大企業の収益が肩代わりした経緯である。1956年から1965年にかけての技術蓄積は、市場がまだ立ち上がらない時期に基盤特許と量産設計を仕込む時間を与えた。その懐の深さがあってこそ、分社後のファナックは競合が短期には埋められない技術の差を手にしていたとみられる。社内事業として育てられた技術が、分社で独立して一気に開花した経緯が読み取れる。 分社・スピンオフ・子会社上場 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6976/decisions/beyond-ceramic-capacitor-1972/","t":"主力製品への依存を断つ方針の表明と、新製品領域への多角化","c":"太陽誘電","y":1972,"col":"#E60013","s":"過当競争で単価が低下した磁器コンデンサへの依存を低減し、自社の材料技術から生んだ新製品群と回路のユニット化へ製品構成を移行する方針の表明","x":"1972 太陽誘電 「脱磁器コンデンサ」方針表明 主力製品への依存を断つ方針の表明と、新製品領域への多角化 1972年1月に脱磁器コンデンサの路線を掲げる。佐藤彦八社長が売上構成比45%の磁器コンデンサを30%以下へ引き下げると表明 過当競争で単価が低下した磁器コンデンサへの依存を低減し、自社の材料技術から生んだ新製品群と回路のユニット化へ製品構成を移行する方針の表明 主力製品を縮小するという設計 佐藤彦八社長が1971年末の講演で示したのは、磁器コンデンサの売上構成比45%を今後30%以下へ下げるという、祖業をみずから細らせる数値目標であった。撤退ではなく比率の設計として語られている。単価は1個1円60銭程度、たばこ1本の半値以下まで低下していた。どの部門でも利益が出る状態を衰退の兆しとみなし、利益の出ない部門を五つ抱えていた同氏にとって、稼ぎ頭の縮小は矛盾ではなかったのだろう。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7014/decisions/imari-shipyard-relocation-1972/","t":"大阪を離れての新工場建設と、主力生産の全面的な置き換え","c":"名村造船所","y":1972,"col":"#A51F24","s":"船舶の大型化に木津川筋の敷地が対応できず、市場の確保と生産性の向上を目的に進出先を探した。産炭地域の指定を受けていた佐賀県・伊万里市の誘致に応じ、8万総トン型を…","x":"1972 名村造船所 造船拠点を伊万里へ移転 大阪を離れての新工場建設と、主力生産の全面的な置き換え 1972年10月に伊万里で新造船工場を起工。創業以来の大阪・木津川筋を離れ佐賀県七ツ島工業団地へ移り1975年3月に第1船を引き渡す 船舶の大型化に木津川筋の敷地が対応できず、市場の確保と生産性の向上を目的に進出先を探した。産炭地域の指定を受けていた佐賀県・伊万里市の誘致に応じ、8万総トン型を年3.5隻建造する新鋭工場を建設した 川幅を捨てて湾を選ぶという判断 1961年3月末の時点で、大阪の本社工場の生産能力は年間40,000総トンだった。伊万里で名村造船所が想定したのは8万総トン型を年3.5隻建造する能力で、これとは大きく異なる規模である。手持ちの拠点を強めるのではなく、会社の大きさ自体を一段引き上げる投資だった。創業60年を過ぎ、堅実経営を旨としながら勝負どころでは設備を大胆に広げるという自らの方針を、会社は自分で確かめることになった。 大型設備投資 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7101/decisions/accounting-fraud-rescue-merger-1972/","t":"7年に及ぶ累積粉飾の発覚を受けた、単独での存続の断念","c":"汽車製造","y":1972,"col":"#333333","s":"7年間の累積粉飾決算の発覚を機に、メインバンク第一銀行の主導で川崎重工業の救済を受け入れ、1972年に吸収合併されて独立75年の歴史に幕を下ろした経営判断","x":"1972 汽車製造 川崎重工業への救済合併 7年に及ぶ累積粉飾の発覚を受けた、単独での存続の断念 1970年4月に7年間の累積粉飾決算を公表。1970年3月期の当期純損失33.9億円で第一銀行の主導により川崎重工業の救済へ 7年間の累積粉飾決算の発覚を機に、メインバンク第一銀行の主導で川崎重工業の救済を受け入れ、1972年に吸収合併されて独立75年の歴史に幕を下ろした経営判断 「延命」が奪った、向き合う時間 この決断の核心は、粉飾という延命策が、最後には会社の独立そのものと引き換えになった点にある。多角化への投資と国鉄発注の減少で採算が崩れたとき、汽車製造は損失を計上せず、公表利益を少しずつ細らせながら7年かけて軟着陸を探った。だが買った時間で採算構造は立て直らず、粉飾が隠しきれなくなったとき、残された道は銀行が用意した救済合併、すなわち社名の消滅だけだった。粉飾は損失を先送りしたのではなく、損失に向き合う機会を組織から奪っていた。 合併・経営統合 救済型m&a・支援受け入れ 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/8263/decisions/price-destruction-1972/","t":"廉売と多店舗チェーン化による小売業日本一の座の獲得","c":"ダイエー","y":1972,"col":"#F08300","s":"多店舗チェーンとストアブランドで定価販売に挑み、価格破壊を面的な事業モデルへ育てて三越を抜き小売業日本一に立った戦略","x":"1972 ダイエー 三越を抜く価格破壊 廉売と多店舗チェーン化による小売業日本一の座の獲得 1972年に価格破壊を事業モデルへ育てる。中内㓛氏がよい品をどんどん安くを掲げ、多店舗チェーンとストアブランドで三越を抜く 多店舗チェーンとストアブランドで定価販売に挑み、価格破壊を面的な事業モデルへ育てて三越を抜き小売業日本一に立った戦略 安さの原点は、どこで規模の追求へすり替わったか この戦略の核心は、メーカーが握っていた価格の決定権を、多店舗チェーンと独自商品という面的な仕組みで小売と消費者の側へ引き寄せた点にあったと思われる。牛肉の値下げに始まった安売りは、単発の安値ではなく、仕入れから売り場、出店、資本調達までを貫く一つのモデルへと育っていった。三越を抜いた1972年は、その仕組みが百貨店中心の秩序を塗り替えた到達点であり、大衆消費社会の主役が交代した節目とも重なっていた。安く大量にという原点が、これほど短い期間で日本の小売業の頂点へ届いた例は、戦後の産業史でも数えるほどしかない。 低価格・コストリーダーシップ プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/8264/decisions/low-land-price-policy-1972/","t":"商圏規模に比例させた店舗規模と、坪二十万〜三十万円の立地への出店","c":"イトーヨーカ堂","y":1972,"col":"#ED1C24","s":"売上規模で先行するダイエー・西友ストアに並ぶ道を取らず、地価の安い立地に商圏規模と釣り合う大型店を開設し、1店ごとの採算を確保する出店基準","x":"1972 イトーヨーカ堂 坪20〜30万円で出店 商圏規模に比例させた店舗規模と、坪二十万〜三十万円の立地への出店 1972年11月に低地価政策を公表。伊藤雅俊社長が坪当り20万〜30万円の土地に出店する投資基準を証券アナリスト協会で示す 売上規模で先行するダイエー・西友ストアに並ぶ道を取らず、地価の安い立地に商圏規模と釣り合う大型店を開設し、1店ごとの採算を確保する出店基準 地価から先に決める採算 衣料品の専門店は坪当り200万円以上を売らなければ成り立たない——伊藤雅俊社長がアナリストの前でこの相場を挙げたのは、自社の店の多くが坪当り20万〜30万円の土地にあることを言うためであった。売上を積んで高い地価を吸収するのではなく、地価の低い場所を選んで吸収すべき額を減らす。規模でダイエーや西友ストアに届かない会社が1店も赤字の店を持たずに済んだのは、店ごとの採算を土地の値段の側から作っていたためだろう。 低価格・コストリーダーシップ 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9531/decisions/heat-value-conversion-1972/","t":"供給熱量の11,000キロカロリーへの引き上げと、首都圏550万件のガス機器の自社調整","c":"東京ガス","y":1972,"col":"#0068B7","s":"LNGの受け入れで原料は替わったものの、石炭や石油の熱量に合わせて設定された首都圏550万件のガス機器はそのままでは使えなかったため、外部委託ではなく社員が一軒…","x":"1972 東京ガス 上尾を起点に熱量変更 供給熱量の11,000キロカロリーへの引き上げと、首都圏550万件のガス機器の自社調整 1972年6月に供給ガスの熱量変更へ着手。埼玉県上尾地区を皮切りに5,000から11,000キロカロリーへ首都圏550万件を調整 lngの受け入れで原料は替わったものの、石炭や石油の熱量に合わせて設定された首都圏550万件のガス機器はそのままでは使えなかったため、外部委託ではなく社員が一軒ずつ訪ねて機器を調整する工程を選び、1972年6月から1988年10月まで16年4か月をかけて供給熱量を5,000キロカロリーから11,000キロカロリーへ引き上げた判断 訪ねる側が受け取ったもの 一軒ずつ回る作業を外へ出さなかったところに、この事業の性格が表れている。社員なら知見を活かせるという実務上の理由と並べて、同社は顧客と接する機会になるという理由を挙げた。1976年1月に社長となった村上武雄氏のもとでは、器具の点検修理を業者任せにせず、その後に必ず社員が出向く体制が求められた。同じ年の4月、520万軒に担当者の名を配る体制が始まった。 技術・r&d起点の勝負 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/9843/decisions/chain-store-vision-1972/","t":"アメリカ流チェーンストア構想と「ロマン」の設定","c":"ニトリ","y":1972,"col":"#009E95","s":"渡米視察で見たアメリカの低価格チェーンを手本に、多店舗化と低価格の両立を「60年でアメリカに追いつく」長期目標として掲げ、以後の全国展開と海外生産の方向を定めた…","x":"1972 ニトリ 似鳥家具卸センター設立 アメリカ流チェーンストア構想と「ロマン」の設定 1972年3月に似鳥家具卸センターを設立。同年の渡米視察で家具が日本の3分の1の価格と知った似鳥昭雄が多店舗化へ進む 渡米視察で見たアメリカの低価格チェーンを手本に、多店舗化と低価格の両立を「60年でアメリカに追いつく」長期目標として掲げ、以後の全国展開と海外生産の方向を定めた判断 「ロマン」が敷いた線路と、その前提 多店舗化・低価格・海外調達という三つの要素は、いずれも1972年の渡米視察で一度に目にした光景から導かれ、以後のニトリはその線路の上を走り続けた。数値目標を額に入れて掲げ、そこから逆算して施策を講じる経営手法は、後任へも受け継がれた。 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/2702/decisions/japan-landing-1971/","t":"折半出資による日本マクドナルドの設立と銀座1号店の開業","c":"日本マクドナルド","y":1971,"col":"#FFBC0F","s":"1969年の飲食業100%自由化で外資が相次いで上陸するなか、藤田商店と米マクドナルドが折半出資で日本マクドナルドを設立し、ロイヤリティ1%の合弁条件と銀座の立…","x":"1971 日本マクドナルド 藤田商店との折半出資設立 折半出資による日本マクドナルドの設立と銀座1号店の開業 1971年5月に藤田商店との折半出資設立。同年7月に銀座三越へ第1号店を出店しロイヤリティは通常より低い1%に抑えた 1969年の飲食業100%自由化で外資が相次いで上陸するなか、藤田商店と米マクドナルドが折半出資で日本マクドナルドを設立し、ロイヤリティ1%の合弁条件と銀座の立地選定で外食市場に参入した創業判断 効率と土地勘、二つの精度 この創業判断の核心は、外資に開いたばかりの市場へ、外食の経験を持たない輸入雑貨商が、破格の合弁条件と立地の精度を武器に参入した点にある。ロイヤリティ1%という条件は、藤田氏の交渉力だけでなく、ハンバーガーの将来を見誤った国内食品大手の無関心の産物でもあった。先に手を挙げた者が有利な条件を得られるのは、その者の能力よりも、市場がまだ空白であることに多くを負う。藤田氏はその空白を、直営という統制の効いた運営と、メートル単位で選ぶ立地とで埋めていった。 外資傘下入り・対内m&a 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2897/decisions/cupnoodle-launch-1971/","t":"発売を機に始まった、即席麺という商品そのものの再発明","c":"日清食品ホールディングス","y":1971,"col":"#EE2528","s":"箸も鍋も要さず容器が食器を兼ねる調理型により袋めんとは別の即席麺カテゴリを創り、100円の高価格を流通を飛ばした直接販売で市場に定着させた判断","x":"1971 日清食品ホールディングス カップヌードルの発売 発売を機に始まった、即席麺という商品そのものの再発明 1971年9月にカップヌードルの発売。袋めん30円の時代に1個100円を貫き問屋を通さずテレビcmと銀座の歩行者天国で販売する 箸も鍋も要さず容器が食器を兼ねる調理型により袋めんとは別の即席麺カテゴリを創り、100円の高価格を流通を飛ばした直接販売で市場に定着させた判断 常識を動かした商品と、守り続ける重さ この判断の中心にあるのは、価格を市場に合わせるのではなく、食べ方の常識のほうを動かそうとした点にある。袋めんが30円で安売りされる市場に、日清食品は3倍を超える100円の容器入り麺を投じ、問屋が扱わないなら消費者へ直接売るという遠回りを選んだ。鍋も丼も要らず容器がそのまま食器になるという発想は、単なる新商品ではなく、麺という食品が食卓で占める場所そのものを描き直す試みであったとみられる。効率や価格の論理だけでは、この選択は説明しにくい。 販路・チャネル転換 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/3002/decisions/sales-subsidiary-reorganization-1971/","t":"代理店に委ねてきた流通の直接掌握と、首都圏販売の3系列への集約","c":"グンゼ","y":1971,"col":"#1E89EF","s":"需要が横ばいのメリヤス肌着市場で他社の取り分を奪うには、代理店任せの流通では販売力も物流費も制御できないとみて、流通と物流を自社系列へ取り込んだ","x":"1971 グンゼ 販売子会社23社体制へ再編 代理店に委ねてきた流通の直接掌握と、首都圏販売の3系列への集約 1971年に販売子会社23社体制へ再編。代理店を順次置き換え、1978年末までに全国を23社で覆い、首都圏は3系列へ集約 需要が横ばいのメリヤス肌着市場で他社の取り分を奪うには、代理店任せの流通では販売力も物流費も制御できないとみて、流通と物流を自社系列へ取り込んだ 23社という数が残したもの 需要が横ばいの商品で他社の取り分を奪うには、店頭へ商品を運ぶ側を押さえるほかない。グンゼが7年かけて代理店を23社の販売子会社へ入れ替えたのは、値引きでも新商品でもなく、流通の権限を自社へ移す選択であった。首都圏で小売店・百貨店専門店・問屋を3系列に分けた設計は、系列同士が同じ市場で重なる無駄を消すと同時に、どの層にどの条件で売るかを本社が決められる構造を残した。1人当たり年間売上高が295万円から456万円へ伸びた背景には、この権限の移動があったと思われる。 販路・チャネル転換 ブランド・マーケティング 大型設備投資 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/3402/decisions/carbon-fiber-commercialization-1971/","t":"炭素繊維を事業に育てる決断と、黒字化まで約40年に及ぶ赤字の引き受け","c":"東レ","y":1971,"col":"#004097","s":"国の研究所が発明した炭素繊維を東レが世界で最初に量産・商品化したものの、用途はスポーツ用品にとどまり、約40年におよぶ赤字を歴代社長が引き継いで抱え続けた技術投…","x":"1971 東レ 「トレカ」の事業化 炭素繊維を事業に育てる決断と、黒字化まで約40年に及ぶ赤字の引き受け 1971年8月に世界初のpan系炭素繊維トレカを量産。用途はスポーツ用品にとどまり、事業は約40年にわたり赤字を続けた 国の研究所が発明した炭素繊維を東レが世界で最初に量産・商品化したものの、用途はスポーツ用品にとどまり、約40年におよぶ赤字を歴代社長が引き継いで抱え続けた技術投資 続けるという判断が、何度も下された 榊原定征氏の、自分の前の5人の社長がみんな赤字を許容してきたという一言が、この事業の性格を言い当てている。1971年に売り出した時点で買い手は釣り竿とゴルフシャフトしかなく、東レ本体は1976年3月期に59.4億円の経常損失を計上していた。畳む理由は毎期そろっていたとみてよい。それでも残ったのは、必ず構造材料に使えるという確信を、社長が代わるたびに次の社長が引き取ったからだとみられる。始めた判断より、引き継いだ判断のほうが数は多い。 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4182/decisions/merger-founding-1971/","t":"三菱江戸川化学との合併で生まれた新会社の発足と事業基盤の一本化","c":"三菱瓦斯化学","y":1971,"col":"#FF0000","s":"天然ガス化学系の日本瓦斯化学工業と石油化学系の三菱江戸川化学という、三菱グループの原料・製品系統が異なる二社を対等合併で一社に集約し、総合化学会社として再編した…","x":"1971 三菱瓦斯化学 日本瓦斯化学工業との合併 三菱江戸川化学との合併で生まれた新会社の発足と事業基盤の一本化 1971年10月に三菱江戸川化学との合併。日本瓦斯化学工業が天然ガス由来のメタノール・ホルマリンと過酸化水素を統合し、三菱瓦斯化学へ改称 天然ガス化学系の日本瓦斯化学工業と石油化学系の三菱江戸川化学という、三菱グループの原料・製品系統が異なる二社を対等合併で一社に集約し、総合化学会社として再編した経営統合 二つの技術系譜を統合するということ 二社が対等合併したという言葉だけでは、この統合の性格は掴みきれない。合わさったのは、天然ガスを原料とするc1化学と、石油化学系の基礎化学品という、原料も技術も異なる二つの系譜であった。三菱グループの中で別々に化学を営んできた日本瓦斯化学工業と三菱江戸川化学を一社に統合した狙いは、単なる規模の拡大よりも、重ならない技術を一つ屋根の下に集めることにあったとみられる。 合併・経営統合 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4204/decisions/sekisui-heim-1971/","t":"鉄骨系ユニット住宅を武器にした新しい主力事業の立ち上げ","c":"積水化学工業","y":1971,"col":"#004EA2","s":"塩ビ加工専業の限界と1965年危機からの再建を背景に、樹脂加工の量産技術とユニット工法を掛け合わせて「素人集団」で住宅事業に参入し、後の最大収益源を育てた多角化","x":"1971 積水化学工業 セキスイハイムで住宅参入 鉄骨系ユニット住宅を武器にした新しい主力事業の立ち上げ 1971年2月にセキスイハイムで住宅参入。積水化学工業が鉄骨系ユニット住宅を発売し、樹脂加工の量産技術と工場で箱型に組むユニット工法を重ねる 塩ビ加工専業の限界と1965年危機からの再建を背景に、樹脂加工の量産技術とユニット工法を掛け合わせて「素人集団」で住宅事業に参入し、後の最大収益源を育てた多角化 弱みを武器に転じた多角化の原型 この決断の核心は、素人であることを弱みではなく武器に読み替えた点にある。設計図を引ける社員がいないという欠落が、かえって住宅を工場生産物ととらえるメーカーの発想を許し、在来工法の常識に縛られない工業化へ踏み出させた。原料を持たぬ加工メーカーが1965年の危機で味わった縮小均衡への恐れが、\"毎日が残業\"という無理を社内に受け入れさせ、\"だまし討ち\"の人事が素人集団に活力を注いだ。追い込まれた末の捨て身が、結果として後発の弱みをコスト競争力へと転じた過程には、危機が組織の常識を書き換えていく様がうかがえる。 隣接領域への展開 経営再建・ターンアラウンド 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5001/decisions/kiire-cts-vlcc-1971/","t":"37万重量トン「日石丸」の就航に合わせた大型タンカー時代への備え","c":"新日本石油","y":1971,"col":"#EB6005","s":"製油所ごとに異なる入港の制限を、原油の受け入れを一点へ集約する中継基地と巨大タンカーの組み合わせで解き、運賃の低減と貯油能力の増強を同時に取りにいった投資","x":"1971 新日本石油 喜入に原油中継基地建設 37万重量トン「日石丸」の就航に合わせた大型タンカー時代への備え 1971年9月に喜入基地へ大型タンカー就航。貯蔵能力360万キロリットルの中継基地に37万重量トンの日石丸を配した 製油所ごとに異なる入港の制限を、原油の受け入れを一点へ集約する中継基地と巨大タンカーの組み合わせで解き、運賃の低減と貯油能力の増強を同時に取りにいった投資 運賃のために建て、備蓄として残った 製油所ごとに着けられる船の寸法が違う——喜入への投資は、この一点への答えであった。15万トン級を受けられるのは根岸と麻里布だけ、新潟は3万5000トン級という条件のもとでは、船を大型化しても効きは桟橋で頭打ちになる。原油を降ろす場所を精製する場所から切り離し、鹿児島の一点へ大型船を着けて中小型船で配る。投下資本約500億円は、当時の年間経常利益110億円のおよそ5年分にあたる。 大型設備投資 低価格・コストリーダーシップ 中東"},{"k":"decision","u":"/tse/5423/decisions/daimaru-merger-1971/","t":"全株式を取得済みだった子会社の取り込みと、九州工場の開設","c":"東京製鐵","y":1971,"col":"#2F5A99","s":"岡山・高知に続く西日本の生産拠点を九州へ展開し、買収した設備を電気炉と連続鋳造へ入れ替えて全国配置を完成させる判断","x":"1971 東京製鉄 大丸製鋼を吸収合併 全株式を取得済みだった子会社の取り込みと、九州工場の開設 1971年9月に大丸製鋼を吸収合併。東京製鉄が資本金500万円の同社を九州工場とし、岡山・高知に続く拠点を北九州に得た 岡山・高知に続く西日本の生産拠点を九州へ展開し、買収した設備を電気炉と連続鋳造へ入れ替えて全国配置を完成させる判断 買収した拠点を、取得時の形のまま使わない この合併で東京製鉄が得たものは、大丸製鋼という会社ではなく、北九州に鋼をつくる場所を持つ権利であった。全株式を先に押さえて2年余り置き、用地を隣に確保してから法人を消し、2カ月後には50トン電気炉2基と連続鋳造設備2基へ設備を入れ替えている。買収した事業をそのまま動かして果実を待つやり方とは、時間の使い方がまるで違う。市況が沈んで自社の当期純利益が1億円まで減少した年にこの工程を進めたところに、池谷太郎氏の\"10年の先取り\"という物差しがそのまま表れているのだろう。 合併・経営統合 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/5714/decisions/akita-zinc-smelter-1971/","t":"臨海型の亜鉛拠点の新設と、自山鉱から輸入鉱への原料の切り替え","c":"DOWA","y":1971,"col":"#008D9F","s":"鉱石輸入の比率が上がり自山鉱の優位が崩れるなかで、収益源を鉱山から製錬能力へ移行させた臨海型亜鉛製錬所の新設","x":"1971 dowa 秋田製錬所を設立 臨海型の亜鉛拠点の新設と、自山鉱から輸入鉱への原料の切り替え 1971年2月に秋田製錬所を設立。同和鉱業が輸入鉱を原料とする臨海型の亜鉛製錬会社を設立し、1972年11月に秋田市飯島へ工場を設置した 鉱石輸入の比率が上がり自山鉱の優位が崩れるなかで、収益源を鉱山から製錬能力へ移行させた臨海型亜鉛製錬所の新設 頂点で見えた詰まり 1960年代の同和鉱業に足りなかったのは、掘る力ではなく処理する力であった。1959年の内の岱、1963年の松峰と大鉱床の発見が続き、小坂は国内一の産銅量に達している。そこから出る銅と亜鉛を消化する炉は、内陸の小坂に置かれた設備しかない。しかも銅製錬に使う鉱石の海外依存は1967年に75%へ達し、自山鉱だけで炉を回す前提はすでに崩れていた。産出が頂点にあるうちに、その先の詰まりへ設備を向けた点に、1971年2月の秋田製錬設立という投資の出発点があったとみられる。 大型設備投資 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7202/decisions/gm-alliance-1971/","t":"株式34.2％の受け入れと、全面提携による独立性の譲り渡し","c":"いすゞ自動車","y":1971,"col":"#EC1C23","s":"乗用車投資の重荷とトラック競争力の低下で単独再建が困難になるなか、資本自由化を前に世界最大手GMの資本を受け入れ、独立性を残しつつ生き残りを図った資本提携","x":"1971 いすゞ自動車 gmとの資本提携 株式34.2%の受け入れと、全面提携による独立性の譲り渡し 1971年7月にgmとの全面提携に踏み切る。伊藤忠商事の仲介で第三者割当増資により株式34.2%を渡し筆頭株主に迎える 乗用車投資の重荷とトラック競争力の低下で単独再建が困難になるなか、資本自由化を前に世界最大手gmの資本を受け入れ、独立性を残しつつ生き残りを図った資本提携 独立と従属のあいだで この判断の芯には、独立を守るために独立の一部を明け渡すという逆説がある。過半を渡さず社名を残した34.2%は、gmに経営を支える動機を与えるだけの重みを持たせながら、支配には至らせない——その一線を数字で引いたものだった。だが、単独では世界競争を戦えないと見切った中堅にとって、誇りと存続を両立させる道は、この一線を引くほかになかった。 外資傘下入り・対内m&a 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7459/decisions/osaka-entry-1971/","t":"38%を占めた兵庫に留まらず、主戦場を大阪へ転じた三星堂の府外進出","c":"メディパルホールディングス","y":1971,"col":"#E7202C","s":"兵庫県内のシェアは38%程度と断トツになった一方で、市場そのものが頭打ちとなり投資効率も見込めなくなっていた。三星堂は地元を守り抜くのではなく、人口が多く需要の…","x":"1971 メディパルホールディングス 大阪支社の開設 38%を占めた兵庫に留まらず、主戦場を大阪へ転じた三星堂の府外進出 1971年に大阪支社・大阪支店・堺支店・茨木支店を一挙に開設し、府外の大阪へ本格進出した。兵庫県内で38%程度のシェアを占めながら地元市場の頭打ちを見越した判断で、12年後には売上の46.7%を大阪が占めた 兵庫県内のシェアは38%程度と断トツになった一方で、市場そのものが頭打ちとなり投資効率も見込めなくなっていた。三星堂は地元を守り抜くのではなく、人口が多く需要の厚い大阪へ支社と3支店を一挙に開設し、主戦場を県外へ転じた 断トツの地元を、なぜ薄めにいったのか 兵庫県内で38%という数字は、卸の商売ではほとんど取り切った状態に近い。その地位を確立するのに三星堂は70年をかけている。1960年の尼崎を皮切りに明石・伊丹・西脇・豊岡と県内へ支店を継ぎ足す動きは、地元を隅々まで塗りつぶす作業であった。ところが塗り終えた地元は、そこから先の伸びしろを持たない。市場が頭打ちである以上、同じ場所へ投じた金は同じ率では返ってこない。1971年に大阪支社と3支店を同時に置いた判断は、優位にある場所から資源を引き剥がして、劣位にある場所へ移す決断である。翌年に東大阪へ出ながら地元の尼崎と伊丹を1つの阪神支店へ統合した手つきに、その割り切りがよく表れている。 販路・チャネル転換 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/8270/decisions/nishikawaya-hoteiya-merger-1971/","t":"合併によって生まれた新会社ユニーとしての新たな出発","c":"ユニー","y":1971,"col":"#C12B39","s":"資本自由化による外資上陸への備えとして、中京の同業二社が対等合併で規模を確保し、中部圏での首位を先に取る判断","x":"1971 ユニー 西川屋とほていや合併 合併によって生まれた新会社ユニーとしての新たな出発 1971年2月に4社が合併しユニーが発足。1969年に西川屋チエンとほていや、タキヒヨーが共同仕入会社を設立した2年後にあたる 資本自由化による外資上陸への備えとして、中京の同業二社が対等合併で規模を確保し、中部圏での首位を先に取る判断 規模の確保が先で、国際化は後回しになった この合併の性格は、掲げた経営ポリシーの第一項と、実際に打った手の落差に表れている。資本の自由化に対処して国際企業を完成させるという看板は、当時の業界を覆っていた外資への恐れをそのまま映したものであった。だが西川俊男氏(社長)が語った当面の課題は地元での首位であり、合併の計算も中部圏でいち早く一番になれるという点にあった。外資への備えという掲げ方は、同業との合併を地元で説明するための言葉としても機能したとみられる。 合併・経営統合 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/8311/decisions/dai-ichi-kangyo-bank-1971/","t":"都市銀行と特殊銀行系の一体化による新銀行の成立","c":"第一勧業銀行","y":1971,"col":"#1a5c9c","s":"1971年、第一銀行と日本勧業銀行が対等合併し、預金量で国内首位となる第一勧業銀行が発足した。都市銀行同士の合併は第二次世界大戦後初であった。","x":"1971 第一勧業銀行 第一・勧業銀行の合併 都市銀行と特殊銀行系の一体化による新銀行の成立 1971年に預金量で国内首位の銀行が生まれる。第一銀行と日本勧業銀行の対等合併で第一勧業銀行が発足し、戦後初の都銀同士の合併となる 1971年、第一銀行と日本勧業銀行が対等合併し、預金量で国内首位となる第一勧業銀行が発足した。都市銀行同士の合併は第二次世界大戦後初であった。 「対等」の理念と融合の現実 規模の利を求める行政の後押しのもとで、非財閥系の二行が対等の立場で結びついた。戦後初の都銀対等合併として国内首位行を生んだ意義は大きい一方、対等合併が抱える固有の難しさも示している。双方の自尊を立てる\"対等\"という理念を、両行は頭取の交互選出と併存人事として制度に落とした。それが結果として組織の縦割りと旧行意識を温存した。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/9501/decisions/fukushima-daiichi-1971/","t":"原子力を主力電源に据える選択と、その第一号機の実現","c":"東京電力ホールディングス","y":1971,"col":"#F01818","s":"膨張する首都圏の電力需要に対し、水力の適地を欠き火力の燃料・立地に制約を抱える東京電力が、地域独占と総括原価方式に支えられて原子力を基幹電源として自前で確保した…","x":"1971 東京電力ホールディングス 福島第一原発の建設 原子力を主力電源に据える選択と、その第一号機の実現 1966年に福島第一原子力発電所1号機を着工。米ゼネラル・エレクトリック設計の沸騰水型軽水炉を据え、出力46万kwで1971年3月に営業運転へ 膨張する首都圏の電力需要に対し、水力の適地を欠き火力の燃料・立地に制約を抱える東京電力が、地域独占と総括原価方式に支えられて原子力を基幹電源として自前で確保した設備投資判断 供給を支えた選択と、その代償 この決断の核心は、増え続ける首都圏の需要に対し、東京電力が原子力という資本集約的な基幹電源を自前で抱えると決めた点にある。水力の適地を欠き、火力の燃料と立地に制約を抱えた同社にとって、原子力は供給力を長期に確保する合理的な選択に見えた。福島第一の稼働は、日本の商用原子力の先駆けとして、以後の東京電力の電源構成を長く方向づけたとみられる。当時の判断としては、時代の要請にかなった前向きな一手であった。 大型設備投資 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/konica/decisions/copier-entry-1971/","t":"電子複写機の投入に合わせた八王子工場のカメラからの転換","c":"コニカ","y":1971,"col":"#005CA3","s":"天候に売上が左右される写真材料への依存を断つため、ゼロックスの特許網を避けた電子複写機U-Bixで事務機市場へ参入し、八王子工場をカメラから複写機へ転換した多角…","x":"1971 コニカ u-bixで事務機参入 電子複写機の投入に合わせた八王子工場のカメラからの転換 1971年1月に電子複写機u-bixを発売。米ゼロックスの約900件の特許に触れない設計でまとめ、八王子工場を複写機へ転じた 天候に売上が左右される写真材料への依存を断つため、ゼロックスの特許網を避けた電子複写機u-bixで事務機市場へ参入し、八王子工場をカメラから複写機へ転換した多角化 特許の隙間に見つけた、二つ目の市場 ゼロックスが張りめぐらせた約900件の特許に、一つも触れない。u-bixはこの条件を満たして完成し、各国の販売業者から注文が殺到した。参入の競争の焦点は、複写の性能より先に他社の特許をどこまで調べ切れるかにあったとみられる。開発に先立って全技術者をゼロックスのユーザーへ送り、半年をクレーム集めに費やした手順も、同じ構えから出ている。冨岡弘社長が後年語った\"抜け穴\"を、u-bixは特許の空白と利用者の不満という二か所で突いた。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負 雇用・労使 経営再建・ターンアラウンド 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/1505/decisions/yubari-new-mine-1970/","t":"石炭の斜陽を15年前に予言しながら新鉱開発へ社運を賭けた判断","c":"北海道炭礦汽船","y":1970,"col":"#FD3737","s":"石炭の斜陽化を早くから認識していた北海道炭礦汽船が、国の石炭政策と需要家の融資を背景に、高品位の夕張炭を掘る高能率鉱へ306億円を投じた設備投資判断","x":"1970 北海道炭礦汽船 夕張新炭鉱へ投資 石炭の斜陽を15年前に予言しながら新鉱開発へ社運を賭けた判断 1969年に夕張新炭鉱へ投資。国の石炭政策に沿い海抜下600メートルの深部から高品位の原料炭を掘る計画で、開発費は当初160億円 石炭の斜陽化を早くから認識していた北海道炭礦汽船が、国の石炭政策と需要家の融資を背景に、高品位の夕張炭を掘る高能率鉱へ306億円を投じた設備投資判断 正しく読んだ者が、正しく賭けられなかった 萩原吉太郎氏の診断は正しかった。1955年の時点で燃料革命を見抜き、長期契約で時間を買い、石炭化学に資金を投じた一連の手当ては、斜陽産業の経営者として講じうる対策を講じた記録である。1959年には欧米4か国を回って各国の石炭政策を調べ、帰国後ただちに運賃補助を中核とする意見書を政府へ出したが実現せず、翌年に西独が同じ政策を採った。政府は頼むに足らずという一文が、その落胆を残している。国にも業界にも頼れないという結論が、自社の資源に賭ける判断を用意した。 大型設備投資 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/2212/decisions/nabisco-joint-venture-1970/","t":"日綿実業を加えた合弁によるビスケット事業への進出","c":"山崎製パン","y":1970,"col":"#E50012","s":"販売店の棚をパン以外の商品でも埋めるため、外部ブランドの技術と商標を借りて菓子分野に参入した多角化","x":"1970 山崎製パン 米ナビスコとの合弁進出 日綿実業を加えた合弁によるビスケット事業への進出 1970年10月に米ナビスコとの合弁進出。山崎製パンが米ナビスコ・日綿実業と資本金8億円のヤマザキ・ナビスコを設立し、ビスケット分野へ 販売店の棚をパン以外の商品でも埋めるため、外部ブランドの技術と商標を借りて菓子分野に参入した多角化 借りた棚は、いつまで自分のものか この合弁の要点は、菓子という新しい分野に参入するときに、山崎製パンが技術も商標も自前で用意しなかったところにある。工場を建設して量を作る力はすでに持っていたから、足りないのは中身と名前であった。米ナビスコの技術と商標、商社の日綿実業の実務を借り、自社は製造と販路を出す——役割を分けたこの組み方は、参入の速さという点で理にかなっていたと推察される。販売店の棚をパン以外の商品でも埋めるという目的からすれば、ブランドが自社のものかどうかは二の次であった。 隣接領域への展開 資本提携・政策保有 ブランド・マーケティング 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/2531/decisions/central-lab-biotech-1970/","t":"発酵を軸にした基礎研究への投資と、次世代技術への種まき","c":"宝ホールディングス","y":1970,"col":"#1878D8","s":"酒精製造の発酵技術を土台に、遺伝子工学という未知の領域へ研究資源を集中する新規事業の布石。再建期の逆風下で反対を押し切って設けた中央研究所が、後のバイオ事業の源…","x":"1970 宝ホールディングス 中央研究所設置で遺伝子工学着手 発酵を軸にした基礎研究への投資と、次世代技術への種まき 1970年9月に中央研究所設置で遺伝子工学着手。滋賀県大津市に大宮隆社長が反対を押し切って設置した拠点で後のタカラバイオの源流 酒精製造の発酵技術を土台に、遺伝子工学という未知の領域へ研究資源を集中する新規事業の布石。再建期の逆風下で反対を押し切って設けた中央研究所が、後のバイオ事業の源流となった 目先の利益にならない投資という賭け この決断の核心は、最も苦しい時期に、最も回収の遠い投資を選んだことにある。経常利益を上回る運営費を研究所に投じるという判断は、当時の財務からみれば合理性を説明しにくい。それでも大宮隆社長が反対を押し切れたのは、酒造で得た発酵技術への確信と、縮小一辺倒では会社が痩せるという危機感が重なっていたからだとみられる。撤退と投資を同じ時期に決めた経営の呼吸に、この判断の性格がうかがえる。 技術・r&d起点の勝負 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/2915/decisions/commercial-mayonnaise-turnaround-1970/","t":"家庭用の売り場を大手2社に委ねた業務筋への集中と、キユーピー出身の工場次長による再建の引き受け","c":"ケンコーマヨネーズ","y":1970,"col":"#E12B22","s":"キユーピーから移った松生睦氏が、従業員約30人の弱小メーカーを、家庭用の寡占市場を避けて業務用マヨネーズの専門メーカーとして立て直し、提案営業・商材開発・直営工…","x":"1970 ケンコーマヨネーズ 業務用マヨネーズ専業による再建 家庭用の売り場を大手2社に委ねた業務筋への集中と、キユーピー出身の工場次長による再建の引き受け 1970年11月に業務用マヨネーズの専門メーカーへ転換。従業員約30人・年商3億円程度の同社を、キユーピーから移った松生睦氏が業務筋に集中して立て直した キユーピーから移った松生睦氏が、従業員約30人の弱小メーカーを、家庭用の寡占市場を避けて業務用マヨネーズの専門メーカーとして立て直し、提案営業・商材開発・直営工場で24年後の店頭公開と独立まで導いた再建 大手の外で勝つという再建 この再建の芯は、資金の注入ではなく戦う市場の選び直しにあった。家庭用マヨネーズは店頭の知名度で決まり、従業員約30人の会社が棚を取り返す見込みはない。これに対して業務筋は、惣菜店やコックが自分の舌と原価で採否を決める市場で、信用の無さは訪問の回数と試作の数で埋められた。キユーピーの工場で10年を過ごした松生睦氏は、大手が本気で取りに来ない客がどこにいるかを、内側から知っていたのだろう。1976年2月期に28億円へ届いた売上高は、その読みが数年で数字になったことを示している。 経営再建・ターンアラウンド 選択と集中 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/3197/decisions/family-restaurant-shift-1970/","t":"食料品店からファミリーレストランへの、業態そのものの転換","c":"すかいらーくホールディングス","y":1970,"col":"#E03500","s":"大型スーパーの台頭で細る小売から、モータリゼーションを追い風に立ち上がる外食へ、四兄弟が生業を移行し、郊外型チェーンレストランを日本で最初に確立した業態転換","x":"1970 すかいらーくホールディングス 「すかいらーく」1号店開業 食料品店からファミリーレストランへの、業態そのものの転換 1970年7月にファミリーレストラン1号店を開業。食料品店ことぶき食品を営む横川家の四兄弟が東京都府中市で小売から外食へ移る 大型スーパーの台頭で細る小売から、モータリゼーションを追い風に立ち上がる外食へ、四兄弟が生業を移行し、郊外型チェーンレストランを日本で最初に確立した業態転換 生業を移すということ 食料品店からファミリーレストランへの転身を、時代を先読みした先見の一手とだけ読むのは、話を単純にしすぎる。四兄弟が握っていたのは未来図ではなく、小さな小売の商圏で稼ぐことの限界という手触りの実感であった。大型スーパーの安さに押される日々のなかで、量販の作法を外食へ移せばもっと大きな商いになると踏んだ。横川竟氏が早朝の築地で身につけた仕入れと薄利多売の勘が、そのまま郊外チェーンの標準化へつながったと思われる。 祖業・主力事業の転換 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/3231/decisions/housing-spinout-1970/","t":"不動産部門を二社に分離した末の、野村住宅産業（現・野村不動産）の設立","c":"野村不動産ホールディングス","y":1970,"col":"#F08300","s":"親会社向けの賃貸管理と、外部市場で用地を仕入れて販売する開発分譲とを別法人とし、後者を専業とする事業会社を立てた機能分離","x":"1970 野村不動産ホールディングス 野村証券から不動産部門分離 不動産部門を二社に分離した末の、野村住宅産業(現・野村不動産)の設立 1970年1月に野村証券から不動産部門分離。賃貸管理と開発分譲に分割し、後者を担う野村住宅産業へ営業を譲り渡す 親会社向けの賃貸管理と、外部市場で用地を仕入れて販売する開発分譲とを別法人とし、後者を専業とする事業会社を立てた機能分離 誰から仕事をもらう会社なのか この判断の中心にあったのは、誰から仕事をもらう会社なのか、という区分であったのだろう。親会社の社屋を預かる業務は、発注元が確かで収入も読みやすい代わり、伸び方の上限も親会社の店舗網に縛られる。宅地開発と住宅分譲は、自ら土地を探して仕入れ、売れるかどうかの判断を自分で背負う。性格の違う二つを一社に置いたままにせず、後者を専業とする会社を立てた選択は、外部市場で競争する側に会社の重さを移す意味を持っていたといえる。 分社・スピンオフ・子会社上場 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4114/decisions/acrylic-sap-genryo-ikkan-1970/","t":"アクリル酸の国産化と後発参入を結び付けた原料一貫戦略の確立","c":"日本触媒","y":1970,"col":"#00A178","s":"無水フタル酸で培った気相酸化技術とバナジウム触媒をアクリル酸へ転用し、後発ながらSAP市場へ参入して原料一貫生産体制を構築した技術主導の多角化","x":"1970 日本触媒 sap市場への後発参入 アクリル酸の国産化と後発参入を結び付けた原料一貫戦略の確立 1970年にアクリル酸の国産化に成功。日本触媒が1983年に三洋化成へ7年遅れて高吸水性樹脂へ参入し、アクリル酸からsapまで一貫生産を築く 無水フタル酸で培った気相酸化技術とバナジウム触媒をアクリル酸へ転用し、後発ながらsap市場へ参入して原料一貫生産体制を構築した技術主導の多角化 一つの技術を次の製品へつなぐという型 1959年の石油化学参入から1970年のアクリル酸国産化、そして1983年のsap参入に至る一連の判断を貫くのは、原料に近い技術を自前で押さえ続けるという一つの型であったと思われる。無水フタル酸で磨いた触媒と気相酸化の技術をアクリル酸へ転用し、そのアクリル酸をさらにsapへとつなげる——既存の技術を次の製品へ展開する経路の連鎖が、後発というハンディキャップを覆す下地になったといえる。 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/5231/decisions/plant-self-reliance-1970/","t":"小規模工場を関連製品で自立させる第1次体質強化策の実行","c":"日本セメント","y":1970,"col":"#004098","s":"セメント需要の伸び鈍化と売価の低迷、労働力不足による賃金上昇に対し、運転を大型工場へ集約する一方で、原価の高い小規模工場を閉鎖せずセメント以外の関連製品で自立さ…","x":"1970 日本セメント 大型工場へ生産集約 小規模工場を関連製品で自立させる第1次体質強化策の実行 1970年3月に大型工場へ生産集約。第1次体質強化策として西多摩・大阪・門司・八代の4工場からセメント生産を外した セメント需要の伸び鈍化と売価の低迷、労働力不足による賃金上昇に対し、運転を大型工場へ集約する一方で、原価の高い小規模工場を閉鎖せずセメント以外の関連製品で自立させる道を選んだ判断 転換と閉鎖を並べて書いた構想 1970年3月の基本構想は、原価の高い非能率的な小型工場について、他部門に転換するか閉鎖するかを並べて書いていた。会社が選んだのは転換で、西多摩・大阪・門司・八代の4工場に自立を求めた。大阪工場はアサノライトの専焼工場となって1973年6月にセメント焼成を止め、香春製鋼所は1974年12月に機械事業部となる。非セメント部門の売上高は1963年度の6億円から1972年度の120億円へ、10年で19倍に伸びた。 選択と集中 隣接領域への展開 リストラ・構造改革 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/5401/decisions/yawata-fuji-merger-friction-1970/","t":"合併後の内部統合の難航と、旧2社の並立が生んだ組織の軋み","c":"日本製鉄","y":1970,"col":"#086DAA","s":"世界最大級の規模を得た合併の裏で表面化した旧二社の文化摩擦と意思疎通の停滞に、合議による統合で向き合った経営判断","x":"1970 日本製鉄 八幡・富士の統合摩擦 合併後の内部統合の難航と、旧2社の並立が生んだ組織の軋み 1970年3月に八幡・富士の統合摩擦。新日本製鉄は発足5カ月で旧二社の企業文化の違いに直面し、合議で統合を進めた 世界最大級の規模を得た合併の裏で表面化した旧二社の文化摩擦と意思疎通の停滞に、合議による統合で向き合った経営判断 規模の一体化は自動では訪れない この経営判断の核心は、合併が生んだ世界一の規模と、その規模が同時にもたらした内部摩擦とを、どう両立させるかという点にあった。旧二社の文化の違いは『水と油』と評され、意思疎通は会議の肥大化のなかで滞った。新日鉄の首脳部が性急な組織改編を避け、摩擦を経てこそ新しい合意ができ上がるとして合議による融和を優先したのは、統合の痛みを時間をかけて吸収しようとする選択だっただろう。規模の拡大が組織の一体化を自動的に約束するわけではないという事実を、発足直後の新日鉄は自ら体現していた。 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/5401/decisions/yawata-fuji-steel-1970/","t":"鉄鋼二社の統合による新日本製鐵の誕生（1970年成立）","c":"日本製鉄","y":1970,"col":"#086DAA","s":"1968年に公表された八幡製鐵と富士製鐵の合併。公正取引委員会との約2年の攻防を経て、1970年3月31日に新日本製鐵が発足した案件。","x":"1970 日本製鉄 八幡と富士が合併 鉄鋼二社の統合による新日本製鉄の誕生(1970年成立) 1970年3月31日に新日本製鉄が発足。1968年の公表から公正取引委員会との攻防に2年を要した、世紀の合併と呼ばれた統合 1968年に公表された八幡製鉄と富士製鉄の合併。公正取引委員会との約2年の攻防を経て、1970年3月31日に新日本製鉄が発足した案件。 シェアだけでは測れない企業結合 八幡・富士の合併が今なお参照されるのは、企業結合の可否をどう判断するかという問いを正面から突きつけたからである。財界が説く効率性向上効果と、近代経済学者が懸念する競争制限効果——この相反する2つの効果をどう比較考量するかは、半世紀を経た現在の企業結合審査にも通じる論点であろう。rietiの定量分析が、マーケットシェアやhhiの大小だけで合併の可否を判断することの経済学的な妥当性は乏しいと結論づけている点は、シェアの数字に引きずられがちな議論への一つの問い直しとして読める。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/5406/decisions/kakogawa-integrated-mill-1970/","t":"灘浜での自社高炉の建設と尼崎製鉄の吸収合併を経た、一貫製鉄体制の完成","c":"神戸製鋼所","y":1970,"col":"#0B61BA","s":"転炉法の普及で銑鋼一貫メーカーが優位に立つなか、高炉・銑鉄・用地を自前で確保して加工メーカーから総合鉄鋼メーカーへ移るための資本投下","x":"1970 神戸製鋼所 加古川製鉄所を新設 灘浜での自社高炉の建設と尼崎製鉄の吸収合併を経た、一貫製鉄体制の完成 1965年4月に尼崎製鉄を吸収合併。線材と鋳鍛鋼が主力だった神戸製鋼所が、1968年から加古川に新鋭一貫製鉄所を建設した 転炉法の普及で銑鋼一貫メーカーが優位に立つなか、高炉・銑鉄・用地を自前で確保して加工メーカーから総合鉄鋼メーカーへ移るための資本投下 身軽さを捨てるという買い物 1964年の時点で、神戸製鋼所は大手6社のうち熱間圧延設備を持たない唯一の会社でありながら、鋼板への進出よりも先に、銑鉄の供給元である尼崎製鉄を自社へ取り込む段取りを進めていた。灘浜には1957年から1962年にかけて370億円を投じて2基の高炉を持ったが、そこでも一貫工程までは踏み込んでいない。特殊線材で全国の4割を握り、溶接棒と機械で稼ぐ会社にとって、高炉を持たないことは弱点であると同時に、資本を寝かせずに済む身軽さでもあっただろう。 大型設備投資 垂直統合・内製化 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/6586/decisions/overseas-sales-network-1970/","t":"欧州・オセアニア各国への販売子会社網の構築","c":"マキタ","y":1970,"col":"#E60011","s":"55カ国へ輸出しながら現地法人を持たなかった状態から、米国を最初に各国へ販売子会社を設立し、在庫・修理・部品供給を自社で抱える海外体制と地域統括会社を14年かけ…","x":"1970 マキタ マキタusaの設立 欧州・オセアニア各国への販売子会社網の構築 1970年7月に海外初の販売会社マキタusaを米国に設立した。以後1971年のフランスを皮切りに英国・カナダ・ブラジルなど各国へ販売子会社を設立した 55カ国へ輸出しながら現地法人を持たなかった状態から、米国を最初に各国へ販売子会社を設立し、在庫・修理・部品供給を自社で抱える海外体制と地域統括会社を14年かけて整えた海外進出 量が出る前に会社を設立するということ 輸出が伸びたから販売会社を設立した話として読むと、順番を取り違える。1968年2月の時点で製品は55〜56カ国へ出ていたが、輸出比率は6%にすぎなかった。それでも後藤十次郎社長は1カ月半かけて米国と欧州を自ら回り、駐在員の派遣を口にしている。量が出そろう前に現地へ人と会社を設立する順で動いた点に、この判断の芯がある。国内で販売を問屋に委ね、自社の拠点をアフターサービスに充てた設計を、そのまま外へ移したと思われる。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 販路・チャネル転換 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/7011/decisions/automobile-separation-1970/","t":"自動車部門の切り出しと、独立会社としての新たな出発","c":"三菱重工業","y":1970,"col":"#E83C3E","s":"売上の3割近くを占める最大部門でありながら乗用車が弱い自動車事業を、クライスラーとの合弁比率を保つために100％子会社として切り出し、重工業本体は長期投資型の専…","x":"1970 三菱重工業 三菱自動車工業を分離設立 自動車部門の切り出しと、独立会社としての新たな出発 1970年6月に三菱自動車工業を分離設立。クライスラーとの合弁を見据え売上の28%を占める最大部門の自動車営業を譲渡 売上の3割近くを占める最大部門でありながら乗用車が弱い自動車事業を、クライスラーとの合弁比率を保つために100%子会社として切り出し、重工業本体は長期投資型の専業体制へ組み替えた判断 切り出すことと、切り離すこと 牧田与一郎社長が自動車部門を社外へ切り出す理由に挙げたのは、事業がふるわないことではなく、合弁の出資比率だった。クライスラーとの65対35という比率を守るには、100%を持つ子会社にしておく必要がある、というのが社長の説明である。その自動車部門は、1968年度の三菱重工業で売上の28%にあたる1,769億円を占める最大の部門だった。乗用車を自社の\"アキレス腱\"と呼び、外資の販売網を借りてその弱みを補うと決めた時点で、最大部門を自社の内に抱え続ける選択肢はなくなっていたのだろう。 分社・スピンオフ・子会社上場 選択と集中 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7211/decisions/mmc-founding-1970/","t":"自動車部門の分離独立と、米大手を迎え入れての発足","c":"三菱自動車","y":1970,"col":"#EC0100","s":"乗用車で劣勢の自動車部門を三菱重工から分離独立させ、クライスラーの資本と販売網を頼りに完成車メーカーとして再出発した設立判断","x":"1970 三菱自動車 クライスラーとの提携 自動車部門の分離独立と、米大手を迎え入れての発足 1970年4月に三菱重工業が自動車部門を分離して設立。全額出資の三菱自動車工業として発足し翌年に米クライスラーが株式15%を取得 乗用車で劣勢の自動車部門を三菱重工から分離独立させ、クライスラーの資本と販売網を頼りに完成車メーカーとして再出発した設立判断 提携に左右される経営の、最初の形 この設立判断の核心は、独立と引き換えに外資の販売網へ北米を委ねた点にある。三菱重工から分かれて自動車専業になること自体は、受注体質を脱して競争へ踏み出すために避けられなかった。だが乏しい蓄積で出発した新会社は、単独で米国市場を開拓できるだけの力を持たず、クライスラーの資本と販売権に頼らざるを得なかった。設計者出身の久保富夫社長が早くから契約の是正を口にしたのは、その依存が自社ブランドの成長を封じると見抜いていたからである。 分社・スピンオフ・子会社上場 外資傘下入り・対内m&a 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7965/decisions/electronic-jar-entry-1970/","t":"自社開発の製品を足がかりに、魔法瓶専業から家庭用電気製品部門への進出","c":"象印マホービン","y":1970,"col":"#1D87D0","s":"ガラス製「魔法のおひつ」が破損と保温力の低さで行き詰まるなか、村田製作所のサーミスタ「ポジスター」を用いて保温の熱源を真空断熱から電気へ替え、電子ジャーで家庭用…","x":"1970 象印マホービン 電子ジャーの発売 自社開発の製品を足がかりに、魔法瓶専業から家庭用電気製品部門への進出 1970年5月に象印マホービンが電子ジャーを発売。1万円のrh型で家庭用電気製品へ進み、村田製作所のサーミスタを採用した ガラス製「魔法のおひつ」が破損と保温力の低さで行き詰まるなか、村田製作所のサーミスタ「ポジスター」を用いて保温の熱源を真空断熱から電気へ替え、電子ジャーで家庭用電気製品部門へ進出した多角化 保温の原理を替えるということ この一歩を、魔法瓶メーカーによる新商品の追加という言葉で片づけると芯を外す。象印がしたのは製品を一つ増やしたことではなく、保温という一貫した目的を、真空断熱という祖業の原理から電気という別の原理へ載せ替えたことであった。ガラスの魔法のおひつが割れやすさと保温力の低さで行き詰まったとき、同じ目的を別の手段で追い直した点に、この判断の重さがうかがえる。電気という畑違いの技術へ参入するまでに逡巡があったことは、専業の会社にとってその距離が遠かったことを物語っている。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8032/decisions/nakai-fuji-merger-1970/","t":"二社対等の立場での統合と、日本紙パルプ商事への商号変更","c":"日本紙パルプ商事","y":1970,"col":"#333F48","s":"業界には共通の危機感があった。設備投資調整の撤廃と資本自由化が迫っていた。資金を調達する力を備えた代理店ができなければ、競争を耐え抜けないという見方である","x":"1970 日本紙パルプ商事 中井・富士洋紙店合併 二社対等の立場での統合と、日本紙パルプ商事への商号変更 1970年1月に中井と富士洋紙店が対等合併。1対1の比率で日本紙パルプ商事となり、資本金17億円・従業員1160名で発足した 業界には共通の危機感があった。設備投資調整の撤廃と資本自由化が迫っていた。資金を調達する力を備えた代理店ができなければ、競争を耐え抜けないという見方である 名を譲り、経営の実を取る この合併は、メーカーの合併が公正取引委員会に止められた翌年に、止められなかった側が動いた案件である。生産の集約はシェアの壁に阻まれたが、流通の集約は同じ壁に当たらなかった。7代理店が連名で見解を出し、メーカーがそれに応じて体質強化を求め、そのうちの2社が合併する——業界の再編が、生産ではなく流通から先に進んだ順序に、この時期の紙業界の事情が表れている。 合併・経営統合 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8267/decisions/jusco-merger-1970/","t":"吸収ではなく対等合併という形の選択と、「連邦経営」の設計","c":"イオン","y":1970,"col":"#d6006e","s":"仕入規模で大手に劣る地方の中堅スーパー5社が、吸収合併ではなく対等合併でジャスコを発足させ、旧経営陣を地域会社の社長として残す連邦経営で全国化と地域分権を両立さ…","x":"1970 イオン 5社合併でジャスコ発足 吸収ではなく対等合併という形の選択と、「連邦経営」の設計 1970年3月に中堅スーパー5社が合併。三重の岡田屋を中心にジャスコが発足し、岡田卓也社長は旧経営陣を地域会社の社長に残す 仕入規模で大手に劣る地方の中堅スーパー5社が、吸収合併ではなく対等合併でジャスコを発足させ、旧経営陣を地域会社の社長として残す連邦経営で全国化と地域分権を両立させた組織再編 分権と全国化を両立させた設計 この判断の核心は、合併そのものではなく、合併をどう設計したかにある。地方の中堅スーパーが単独では越えられない仕入規模の壁を、岡田卓也氏は合併で越えようとした。その際、ダイエーが説いた吸収合併ではなく、創業家の名を社名から外す対等合併を選び、旧経営陣を地域会社の社長として残した。規模を一つに集約しながら、地域ごとの判断は現地に委ねる——連邦経営と名づけられたこの二重構造が、合流する経営者の抵抗を和らげ、地元との出店調整を現実に進めやすくした。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8331/decisions/tse-listing-1970/","t":"公開市場での資金調達への踏み出しと、翌年の第一部指定替え","c":"千葉銀行","y":1970,"col":"#009edb","s":"預貸金の伸びと店舗投資に自己資本が追いつかず、増資を重ねたうえで東証二部へ上場し、翌年一部へ指定替えとなった資本政策","x":"1970 千葉銀行 東証二部に株式上場 公開市場での資金調達への踏み出しと、翌年の第一部指定替え 1970年10月に東証二部へ株式を上場。10か月後の1971年8月に市場第一部へ指定替えとなり、店舗投資の自己資金を市場から調達 預貸金の伸びと店舗投資に自己資本が追いつかず、増資を重ねたうえで東証二部へ上場し、翌年一部へ指定替えとなった資本政策 上場がもたらしたもの 1958年に12億円の不正融資が国会で取り上げられ、53日におよぶ争議を経て、頭取は2代続けて日本銀行から迎えられた。1970年の上場は、その再建の締めくくりとして、市場に信用を評価してもらう手続きであったと思われる。1963年に7億円だった資本金が1972年に100億円まで積み上がった事実が、資本増強の切迫を示している。 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/9107/decisions/car-carrier-container-1970/","t":"フルコンテナ船の投入と、世界初となる専用船型による輸送の刷新","c":"川崎汽船","y":1970,"col":"#CC0000","s":"コンテナ化が定期船の船腹を余らせ膨大な資金を求める技術転換であったなかで、フルコンテナ船の建造に定期船部門の全力を注ぐ一方、自動車だけを積む専用船を並行して実用…","x":"1970 川崎汽船 自動車専用船pccの実用化 フルコンテナ船の投入と、世界初となる専用船型による輸送の刷新 1970年7月に自動車専用船を実用化した。川崎汽船が第十とよた丸を竣工させ、自動車だけを積む船型をpure car carrierと名づけた コンテナ化が定期船の船腹を余らせ膨大な資金を求める技術転換であったなかで、フルコンテナ船の建造に定期船部門の全力を注ぐ一方、自動車だけを積む専用船を並行して実用化し、船種ごとに需要を取りにいった判断 二つの船種を並行させたことの意味 全力を注ぐと宣言したのはコンテナ船の側であって、自動車専用船は同じ数年に静かに立ち上がった。1969年1月の講演で植田一夫専務が語った内容は、700個積1隻で50億円、収支均衡は長期、乗り遅れれば会社全体の失敗という重い条件ばかりであった。その資金計画のなかで冷凍船や自動車専用船を並べて挙げていたのは、定期船の運賃が競争で崩れても運ぶ品目を残しておこうという読みが働いていたからだとみられる。 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/9507/decisions/ikata-nuclear-siting-1970/","t":"地元からの誘致を受け入れた原子力発電所の建設地の確定","c":"四国電力","y":1970,"col":"#E8053B","s":"火力3拠点だけでは追いつかない需要の伸びに対し、誘致のあった伊方町を建設地点に定めて原子力を電源構成へ加えた立地判断","x":"1970 四国電力 伊方原発の立地決定 地元からの誘致を受け入れた原子力発電所の建設地の確定 1970年9月に伊方原発の建設地点を伊方町へ正式決定。津島町の計画中止を経て1969年の誘致申し入れから調査に入る 火力3拠点だけでは追いつかない需要の伸びに対し、誘致のあった伊方町を建設地点に定めて原子力を電源構成へ加えた立地判断 誰の求めで、どこに建設したのか この決断を経営判断として見るとき、目を引くのは技術の選択よりも入口の作られ方である。津島町で候補地を失った四国電力は、次の用地を自力で探す立場にあった。そこへ、過疎に悩む町の側から誘致の申し入れが届き、町議会の決議、県議会の可決、漁業補償の調印という順で合意が積み上がっていった。用地取得という最も時間を要する工程を早く進められた一方で、地盤や環境の評価は買収と並行することになり、その順序が後年の安全論議で繰り返し参照される論点を残したのだろう。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/9675/decisions/coal-spinoff-1970/","t":"石炭生産部門の新会社への営業譲渡と、常磐炭礦から常磐興産への商号変更","c":"常磐興産","y":1970,"col":"#E60013","s":"エネルギーの主役が石炭から石油・電力へ移り、石炭鉱業が国の合理化政策のもとで縮小を続けるなかで、採掘部門を別会社へ分離し、本体を観光・港運などの非石炭事業を営む…","x":"1970 常磐興産 常磐湯本温泉観光を吸収合併 石炭生産部門の新会社への営業譲渡と、常磐炭礦から常磐興産への商号変更 1970年5月に新常磐炭礦を設立。7月に石炭生産部門を営業譲渡し、常磐湯本温泉観光を合併したうえで常磐興産として再発足 エネルギーの主役が石炭から石油・電力へ移り、石炭鉱業が国の合理化政策のもとで縮小を続けるなかで、採掘部門を別会社へ分離し、本体を観光・港運などの非石炭事業を営む会社として定義し直した判断 社名を渡したことの意味 掘るのをやめた側が新しい名を引き受け、掘り続ける側が\"常磐炭礦\"を名乗った。石炭を捨てて身軽になるだけが狙いなら、この向きは逆になる。温泉観光と港運を抱えた本体が元の名を保ち、赤字の採掘に新しい名を与えるほうが、取引先にも金融機関にも通りやすい。中村豊社長は、炭田を開いた二社の来歴が付いた社名を採掘会社へ持たせ、自らは実績のない名で市場に向き合う道を採った。 祖業・主力事業の転換 分社・スピンオフ・子会社上場 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/jnr/decisions/productivity-movement-1970/","t":"全国展開した労使協調路線の、不当労働行為認定による撤回","c":"日本国有鉄道","y":1970,"col":"#000000","s":"財政再建の企業努力として職員の意識面から生産性を上げる教育を全国で行い、現場での組合脱退工作が不当労働行為と認定されて中止した判断","x":"1970 日本国有鉄道 生産性向上運動の中止 全国展開した労使協調路線の、不当労働行為認定による撤回 1970年に生産性向上運動を開始。1年半後に公共企業体等労働委員会が不当労働行為と認定し、磯崎叡総裁が陳謝して中止 財政再建の企業努力として職員の意識面から生産性を上げる教育を全国で行い、現場での組合脱退工作が不当労働行為と認定されて中止した判断 投資効果を、誰の頭数で測ったか 教育に投じた金の効果を出せという指示が、国労からの脱退者の頭数へ翻訳された時点で、この運動は別のものになっていた。1970年度に約30万人、職員の65%へ届いた生産性教育は、当局にとっては財政再建の自助努力を職員の意識の側から支える手立てであった。しかし苗穂工場で職場長らに示されたのは、意識の変化ではなく、工作局長が来るまでに何名を脱退させるかという期限つきの数であり、鉄労との勢力逆転という目標であった。 雇用・労使 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/1511/decisions/dissolution-1969/","t":"会社更生法によらない解散と、企業ぐるみの閉山","c":"明治鉱業","y":1969,"col":"#1a5c9c","s":"第4次石炭政策が国の助成の限界を告げ、継続困難な企業に進退を迫るなかで、会社更生法でも石炭部門の分離でもなく解散を選び、企業ぐるみ閉山に踏み切った","x":"1969 明治鉱業 新明治鉱業へ移管解散 会社更生法によらない解散と、企業ぐるみの閉山 1969年5月に新明治鉱業へ移管解散。第4次石炭対策のもと企業ぐるみ閉山に踏み切り、杵島炭砿と麻生産業も同じ月に続いた 第4次石炭政策が国の助成の限界を告げ、継続困難な企業に進退を迫るなかで、会社更生法でも石炭部門の分離でもなく解散を選び、企業ぐるみ閉山に踏み切った 残す事業を持たない会社に開いていた道 石炭以外の売上は、石油販売を含めても販売実績の13%に届かなかった。三菱鉱業が石炭生産部門を子会社へ出し、松島炭鉱や住友石炭が兼業部門を分離できたのは、切り離したあとに残る事業と保証力が親会社側にあったからである。1961年に出光興産と組んで石油販売へ入り、鉱石と建設へ広げた明治鉱業の多角化は、1963年の時点でその厚みに達していなかった。企業ぐるみ閉山に乗ったのは、残す側を持たない会社の道が狭かったためだろう。 経営破綻・法的整理 リストラ・構造改革 上場廃止・親子上場解消"},{"k":"decision","u":"/tse/2103/decisions/industry-capacity-cut-1969/","t":"精製糖業界への設備能力3割削減案の提出と、任意・補償方式への後退","c":"明治製糖","y":1969,"col":"#333333","s":"設備過剰による市価下落に対し、各社が同率の犠牲を同時に負う能力削減を業界全体へ求めた構造改善案","x":"1969 明治製糖 精糖工業会への3割削減案 精製糖業界への設備能力3割削減案の提出と、任意・補償方式への後退 1969年に設備能力3割削減案を提出。相馬敏夫社長が輸入自由化で膨れた精製糖の設備過剰へ同時普遍の削減を求めたが、案は退けられた 設備過剰による市価下落に対し、各社が同率の犠牲を同時に負う能力削減を業界全体へ求めた構造改善案 負担の配り方を先に決めるという発想 3割という数字よりも、案の要は削減を同時に、全社へ、同じ基準で課すという条件の側にあった。相馬敏夫社長は、一社が能力を削っても削らない会社が空いた需要を取れば効果は業界に届かないと読み、負担の均等を先に置いた。市価が戻らない原因を各社の売り方ではなく設備の総量に見た点で、4回のカルテルがことごとく効かなかった経験から引き出された結論であったと思われる。最寄りのものが集まる合併では届かないという見立ても、同じ読みから出ている。 リストラ・構造改革 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/3103/decisions/unitika-merger-1969/","t":"対等合併による新社の発足と、旧社名・日本レイヨンの終幕","c":"ユニチカ","y":1969,"col":"#009DE4","s":"43年間別法人として運営してきた親会社ニチボーと子会社日本レイヨンを対等合併させ、業界2位の売上規模を確保する一方、雇用維持を前提とした統合設計のもとで1人あた…","x":"1969 ユニチカ ニチボーとの合併で発足 対等合併による新社の発足と、旧社名・日本レイヨンの終幕 1969年10月にニチボーとの合併で発足。売上1,661億円で業界2位に立ちながら、1人あたり売上高は東レ・帝人に届かず 43年間別法人として運営してきた親会社ニチボーと子会社日本レイヨンを対等合併させ、業界2位の売上規模を確保する一方、雇用維持を前提とした統合設計のもとで1人あたり生産性の劣位という構造的課題を負った経営判断 リスク遮断の代償として現れた統合コスト この経営判断の核心は、43年間別法人として運営されてきた親会社と子会社を、対等合併という枠組みのもとに一つの経営体へ組み替えた点にある。1926年の日本レイヨン設立は、化学繊維という不確実性の高い事業のリスクを本体の綿紡績事業から遮断する、当時としては合理的な選択だった。しかし分離の期間が43年に及んだことで、綿紡と化繊はそれぞれ独自の事業慣行と管理手法を育て、1969年の再統合はその差異を解消するどころか、社内に持ち込む結果を招いたのだろう。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/5238/decisions/coal-division-spinoff-1969/","t":"石炭生産部門の分離と、三菱大夕張炭砿など採炭子会社への切り出し","c":"三菱鉱業セメント","y":1969,"col":"#EF0041","s":"第四次石炭対策が石炭部門と非石炭部門の経理区分を求め、助成下では配当もできないなか、国家管理的な再編に巻き込まれる前に石炭生産部門を分離して商号と本体の自由を残…","x":"1969 三菱鉱業セメント 三菱高島炭砿を設立 石炭生産部門の分離と、三菱大夕張炭砿など採炭子会社への切り出し 1969年5月に三菱高島炭砿を設立。大槻文平社長が創業以来の石炭部門を三菱高島炭砿と三菱大夕張炭砿の2社に切り離した 第四次石炭対策が石炭部門と非石炭部門の経理区分を求め、助成下では配当もできないなか、国家管理的な再編に巻き込まれる前に石炭生産部門を分離して商号と本体の自由を残す判断 体力の残るうちに祖業を切り離す 全国出炭のうち5.5%をなお担い、業界で第5位の位置にあったのが、分離を決めた時点の三菱鉱業の石炭部門である。大槻社長は、力の残っている今こそ動くべきだと考えていた。その判断のとおり、これは追い込まれた末の整理ではなく、分けられる余地があるうちに分けたものだった。国家管理を伴う全国規模の再編が避けられないなら、先に石炭を子会社に移し、伝統ある商号と助成に縛られない本体を手元に確保しておく。商号の維持と復配の条件づくりが両立したのは、体力の残るこの時期を選んで分けたからである。 分社・スピンオフ・子会社上場 祖業・主力事業の転換 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/6302/decisions/uraga-heavy-merger-1969/","t":"造船大手の取り込みによる重工業メーカーへの転換","c":"住友重機械工業","y":1969,"col":"#0162B0","s":"機械専業では総合重機に規模で届かない住友機械工業が、大型ドックを持てずにいた浦賀重工業を吸収合併し、造船を加えた重工業メーカーへ移行した判断","x":"1969 住友重機械工業 浦賀重工業を吸収合併 造船大手の取り込みによる重工業メーカーへの転換 1969年6月に浦賀重工業を吸収合併。住友機械工業が10対5.5の比率で合併して住友重機械工業が発足し、資本金71億6,000万円 機械専業では総合重機に規模で届かない住友機械工業が、大型ドックを持てずにいた浦賀重工業を吸収合併し、造船を加えた重工業メーカーへ移行した判断 安く買えたことと、うまく使えたこと 赤字の造船会社を救済したという説明では、この合併の芯を取り逃がす。住友機械工業が求めたのは造船そのものではなく、三菱重工業や石川島播磨重工業と並ぶ規模であった。専門店として絞るには間口を広げすぎており、残る道は総合重機になることであった。代価は資本金17億6,000万円の負担にとどまり、浦賀は半額減資で累積赤字を消した後であった。 合併・経営統合 祖業・主力事業の転換 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/7012/decisions/three-company-merger-1969/","t":"陸海空にわたる総合重工業をめざした川崎3社の合併","c":"川崎重工業","y":1969,"col":"#E60013","s":"財閥解体で分かれた造船・航空・車両を、国際化と船型巨大化が進む重工業で戦い抜くために、松方幸次郎氏以来の総合重工業の理想のもと一つの経営体へ統合し直すために踏み…","x":"1969 川崎重工業 川崎航空機・車輛を吸収合併 陸海空にわたる総合重工業をめざした川崎3社の合併 1969年4月に航空機と車輌の2社を吸収する。1968年3月の発表から一年、砂野仁社長の主導で陸海空の総合重工業として一体化 財閥解体で分かれた造船・航空・車両を、国際化と船型巨大化が進む重工業で戦い抜くために、松方幸次郎氏以来の総合重工業の理想のもと一つの経営体へ統合し直すために踏み切った3社合併 統合することの、その後の問い 川崎3社の合併の核心は、単なる規模の拡大よりも、分割・再編で断たれた祖業の総合性を、20年の時を経て一つの経営体へ回復した点にあったのだろう。明治の松方幸次郎氏が描いた\"陸海空にわたる総合重工業\"という理想は、造船・車両・航空・製鉄が別々の会社へ分かれるなかで、いったんは分散していた。砂野仁氏が主導した合併は、その理想を経営の求心力として掲げつつ、国際化と船型の巨大化という時代の要請に応える現実的な選択でもあった。理念の継承と競争環境への適応が同じ方向を指したとき、緩やかな5社会の連携を超えて資本と経営を統合し直す判断が現実のものとなったといえる。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/7259/decisions/borg-warner-jv-1969/","t":"AT特許の壁を折半出資の合弁会社設立で乗り越えた選択","c":"アイシン","y":1969,"col":"#001A72","s":"ワーナー方式ATの基本特許を持つ相手と、係争ではなく折半出資の合弁で組み、AT量産への道をひらいた提携","x":"1969 アイシン ボーグ・ワーナーと合弁 at特許の壁を折半出資の合弁会社設立で乗り越えた選択 1969年5月に米ボーグ・ワーナーと折半出資で合弁。オートマチックトランスミッションの基本特許をめぐる争いをアイシン・ワーナーで決着 ワーナー方式atの基本特許を持つ相手と、係争ではなく折半出資の合弁で組み、at量産への道をひらいた提携 支配より継続を選んだ入口 この判断の核心は、知財の争いを避けて、特許を持つ相手そのものと組んだ点にある。基本特許がボーグ・ワーナー社にある以上、係争に勝てるかは不確かで、勝っても時間と信用を損なう。アイシン精機とトヨタ自動車工業は、争いの優劣ではなく、at時代に確実に量産へ入ることを選び、折半という対等の形で相手を味方に変えた。マジョリティに2年半こだわった末に折半へ落ち着いたのは、支配より継続を重んじた判断だったと推察される。 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7733/decisions/daisan-jigyobu-endoscope-1969/","t":"専任の事業部の新設による、腰を据えた本格展開への踏み出し","c":"オリンパス","y":1969,"col":"#001878","s":"医師の要請で始まった内視鏡を、第三事業部の新設で顕微鏡・カメラに次ぐ独立した投資対象に引き上げた事業体制の組み替え","x":"1969 オリンパス 胃カメラ・内視鏡事業の独立 専任の事業部の新設による、腰を据えた本格展開への踏み出し 1969年3月に第三事業部を新設。オリンパス光学工業が胃カメラと内視鏡を顕微鏡・カメラに次ぐ主力とし、内藤隆福社長は医療機械と情報を二本柱に定めた 医師の要請で始まった内視鏡を、第三事業部の新設で顕微鏡・カメラに次ぐ独立した投資対象に引き上げた事業体制の組み替え 顧客コミュニティを自ら担い、市場をつくる この判断の核心は、優れた製品を作る前に、その製品を使う医師の集まりそのものをオリンパスが引き受けた点にある。全国胃カメラ研究会の事務局、医師との連絡会、海外の研修財団——顧客コミュニティの基盤を自社が運営することで、臨床の声を製品へ還流させ、販路も同時に厚くした。優れた技術で先行するだけでは医療市場のシェアは取れない。1969年の第三事業部は、この仕組みへ会社の資源を初めて正面から振り向けた決定だった。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8050/decisions/quartz-revolution-1969/","t":"世界初のクオーツウオッチの技術を開放したことによるデファクト化","c":"セイコーグループ","y":1969,"col":"#0048A8","s":"機械式で世界と精度を競う立場にありながら、水晶発振式という技術変化に自ら参入し、特許公開でクオーツを業界標準として普及させて、対応の遅れたスイス勢を市場覇者の座…","x":"1969 セイコーグループ 「アストロン」の特許公開 世界初のクオーツウオッチの技術を開放したことによるデファクト化 1969年12月に世界初のクオーツ腕時計を発売。諏訪精工舎が開発と製造を担い、服部時計店の販売でクオーツアストロンを世に出した 機械式で世界と精度を競う立場にありながら、水晶発振式という技術変化に自ら参入し、特許公開でクオーツを業界標準として普及させて、対応の遅れたスイス勢を市場覇者の座から追い落とした転換 独占せず広めた技術のその後 クオーツアストロンの判断の核心は、優れた技術を自らの足場を崩してでも世に出し、しかも囲い込まずに広げた点にあると思われる。頂点にあった機械式の作り手が電子式へ全面的に参入し、特許を公開して他社の参入まで招いたことは、短期の利益より市場そのものを作り替える方を選んだ振る舞いであった。開発を実際に担ったのが諏訪精工舎(現セイコーエプソン)であり、それを製品として世に問うたのが服部時計店であったように、この達成はグループの複数の担い手が競い合うなかから生まれた。技術で先んじた企業が、その技術をどこまで開くかという問いに、当時のセイコーは普及の側で答えたといえる。 技術・r&d起点の勝負 プラットフォーム・標準化 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8058/decisions/brunei-lng-1969/","t":"資源開発への参画を通じた、商いから事業投資への転換","c":"三菱商事","y":1969,"col":"#FF0000","s":"口銭を得るトレーディングから、資源開発に直接資本を投じて権益と長期契約を確保する事業投資型へ——その転換を象徴する最初の大型案件","x":"1969 三菱商事 ブルネイlng開発参画 資源開発への参画を通じた、商いから事業投資への転換 1967年12月にブルネイlng開発への参画を決めた。三菱商事は数億ドル規模の投資に着手し、1969年に三者合弁の生産会社を設立した 口銭を得るトレーディングから、資源開発に直接資本を投じて権益と長期契約を確保する事業投資型へ——その転換を象徴する最初の大型案件 商社は「何で稼ぐか」を描き替えた この決断の核心は、商社が\"何で稼ぐか\"を自ら描き替えた点にある。生産者と需要者を仲介して口銭を得る——長く商社の骨格だったこの稼ぎ方を、藤野忠次郎氏は成長の天井が見えるものと捉えた。眠れぬ夜を重ね、途中で何度も止めようとしながら投じた数億ドルは、やがて石油危機という追い風を受けて、一社の決算を単独で支えるほどの配当に化けた。技術ではなく販路を元手に国際メジャーと対等の権益を得た構図は、日本の総合商社が資源開発へ入っていくときの範型となり、以後の豪州原料炭やチリ銅山へと引き継がれた。 収益モデル転換 海外進出・現地生産 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/8060/decisions/founding-family-governance-1969/","t":"人事を通じて創業家の支配を残したことによる独立路線の選択","c":"安宅産業","y":1969,"col":"#333333","s":"社長も株式も創業家の手を離れたまま、創業家を会長に戴いた体制の下で合併の可否と社長人事が決まり、外からも内からも牽制の働かない統治が20年余り続いた経緯","x":"1969 安宅産業 住友商事との合併撤回 人事を通じて創業家の支配を残したことによる独立路線の選択 1955年5月に安宅英一が会長へ就任した。社長も株式も創業家を離れたまま、1966年には住友銀行頭取の勧めで住友商事との対等合併に合意した 社長も株式も創業家の手を離れたまま、創業家を会長に戴いた体制の下で合併の可否と社長人事が決まり、外からも内からも牽制の働かない統治が20年余り続いた経緯 だれが反対したかを記した紙が無いということ 頭取の勧めで両社がいったん合意した対等合併が、安宅側の反対で流れた。1966年のこの一件に、安宅産業の統治の像が浮かぶ。社長の座は1945年に創業家を離れ、株主名簿からも創業家の名は消えていたのに、会社の重い選択は創業家を会長に戴いた体制の下で覆った。だれが反対したのかを記した資料が残っていないこと自体が、決定の所在の見えにくい会社であったことを示していると思われる。 創業家・同族 機関設計・取締役会改革 破談・撤回"},{"k":"decision","u":"/tse/8251/decisions/transformation-fashion-building-1969/","t":"百貨店業からの撤退と、専門店に場所を貸す商売への転換","c":"パルコ","y":1969,"col":"#CB0000","s":"累積赤字18億円を抱え月々2億円の赤字を計上する百貨店を、小売業として建て直す道は無いと診断し、テナントに場所を貸して賃料を得る不動産賃貸業へ全面転換した経営再…","x":"1969 パルコ ファッションビル運営へ転換 百貨店業からの撤退と、専門店に場所を貸す商売への転換 1969年に東京丸物が百貨店を辞めビル賃貸へ。累積赤字18億円を抱えた会社の再建を託された増田通二氏が専門店へ場所を貸す 累積赤字18億円を抱え月々2億円の赤字を計上する百貨店を、小売業として建て直す道は無いと診断し、テナントに場所を貸して賃料を得る不動産賃貸業へ全面転換した経営再建 商品ではなく、値段の付け方を変えた 増田通二氏が変えたのは売り物ではなく、値段の付け方であった。小売業は商品もサービスも建物もすべて直したところで、客に染みついた印象が残れば効かない。その診断が正しいなら、直すべきは店ではなく稼ぎ方そのものになる。自社を賃料で食ってる不動産屋と規定し、駅から遠ければ安いという当たり前から値づけを組み直している。 祖業・主力事業の転換 収益モデル転換 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/8424/decisions/fuyo-group-founding-1969/","t":"丸紅飯田と富士銀行を軸とする共同出資による総合リース会社の設立","c":"芙蓉総合リース","y":1969,"col":"#003F87","s":"米国式リースが法人設備投資の新手段として広がる黎明期に、結束の弱さを指摘されていた企業集団が、単独では抱えにくい先行投資分野へ共同出資の機能会社で参入した","x":"1969 芙蓉総合リース 芙蓉グループ6社による共同設立 丸紅飯田と富士銀行を軸とする共同出資による総合リース会社の設立 1969年5月に芙蓉グループ6社が共同設立。丸紅飯田を中心に富士銀行・安田信託・安田火災・安田生命が資本金1億円を出し芙蓉総合リースが発足 米国式リースが法人設備投資の新手段として広がる黎明期に、結束の弱さを指摘されていた企業集団が、単独では抱えにくい先行投資分野へ共同出資の機能会社で参入した 二つの資源を一つの会社に同居させたこと 丸紅飯田が共同出資の中心に立ち、富士銀行の持分は各8%の一角にすぎない——\"銀行系リース会社\"という後年の呼び名だけでは、この出発点は見えにくい。芙蓉総合リースが揃えたのは、物件を買い続けるための長期資金と、それを売り込むための営業網という、片方では足りない二つの資源であった。自己資本比率3.3%で回る業態で大手行を株主に持つことは資金繰りの前提であり、仕入の45.3%が株主商社経由という同業の数字は、商社が名前だけの出資者ではないことを示している。 資本提携・政策保有 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8766/decisions/savings-type-insurance-1969/","t":"掛け捨ての補償に貯蓄性を足した長期商品への踏み出し","c":"東京海上ホールディングス","y":1969,"col":"#d50000","s":"主力種目が自賠責・自動車へ入れ替わり、その2種目が高い損害率に苦しむなかで、掛け捨ての補償に貯蓄性を加えた長期の積立保険を発売し、前受した保険料の運用まで含む収…","x":"1969 東京海上ホールディングス 長期総合保険の発売 掛け捨ての補償に貯蓄性を足した長期商品への踏み出し 1969年4月、山本源左衛門氏が積立保険(長期総合保険)を発売した。掛け捨ての補償に貯蓄性を加え、保険料を長期に前受けして運用する商品へ踏み出す 主力種目が自賠責・自動車へ入れ替わり、その2種目が高い損害率に苦しむなかで、掛け捨ての補償に貯蓄性を加えた長期の積立保険を発売し、前受した保険料の運用まで含む収益の形へ踏み出した商品判断 商品を1本足したのではなく、収益の源泉を変えた 1969年の判断は、品揃えを1本増やした話ではないと読める。掛け捨ての損害保険は1年で完結し、保険料は会社に滞留しない。そこへ貯蓄性を足した長期商品を置けば、契約者から預かった金を年単位で抱えることになり、引き受けの巧拙とは別に、その金をどう運用するかが損益を決めはじめる。事実、積立保険料の増大は資産運用の多様化とオンライン化を促した。損害率に押されて苦しかったのは自賠責と自動車という引き受けの現場だが、山本源左衛門氏が動かしたのは、その現場ではなく金の置き場のほうだった。 収益モデル転換 隣接領域への展開 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9502/decisions/owase-mita-unit3-1969/","t":"既設の公害を理由に止まった増設計画の、15年後の建設同意による再開","c":"中部電力","y":1969,"col":"#E60012","s":"需要の伸びに応えて尾鷲三田火力の増設を申し入れたが、既設発電所の公害問題を理由とする反対で延期され、排煙脱硫と市による環境調査を先に済ませたうえで、15年後に3…","x":"1969 中部電力 尾鷲三田火力3号機の増設 既設の公害を理由に止まった増設計画の、15年後の建設同意による再開 1969年2月に尾鷲三田火力3・4号機の増設を三重県尾鷲市へ申し入れ。反対運動で延期された計画は1984年6月に3号機の建設同意を得て、1987年6月に50万kwで運転を始めた 需要の伸びに応えて尾鷲三田火力の増設を申し入れたが、既設発電所の公害問題を理由とする反対で延期され、排煙脱硫と市による環境調査を先に済ませたうえで、15年後に3号機1基の建設同意を得た判断 増設の条件は既設の後始末だった 尾鷲三田3号機の15年は、新しい発電所を建てる交渉ではなく、既設の発電所が残した不信を解く交渉だったと推察される。中部電力初の公害防止協定とともに始まった発電所で、増設の申し入れはそのまま市長のリコール運動と延期の表明を招いた。会社が増設より先に排煙脱硫装置を完成させ、市の事業としての環境調査の結果を待った順序は、既設の後始末を済ませない限り次の設備は認めないという地元の論理を受け入れたものだったのだろう。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9531/decisions/lng-import-1969/","t":"15年の長期契約・東京電力との共同調達と根岸基地の建設","c":"東京ガス","y":1969,"col":"#0068B7","s":"大気汚染の深刻化を受けて硫黄分を含まないLNGへの原料転換を決めたものの、単価の高さと前例のない設備投資が経済性を阻んだため、隣接地に火力発電所を計画していた東…","x":"1969 東京ガス アラスカ産lngの導入 15年の長期契約・東京電力との共同調達と根岸基地の建設 1967年にアラスカ産lngの15年契約を締結。東京電力と共同で年間96万トンを引き取り、公害対策が迫った原料転換の受け皿として根岸に基地 大気汚染の深刻化を受けて硫黄分を含まないlngへの原料転換を決めたものの、単価の高さと前例のない設備投資が経済性を阻んだため、隣接地に火力発電所を計画していた東京電力に共同購入を提案し、年間96万トン・期間15年のアラスカ産lng長期契約と根岸基地の建設によって日本初のlng輸入を実現した判断 引取量を分担する相手を、競争相手に求めた 年間96万トンのうち、東京ガスが引き取ったのは24万トンにすぎない。残る4分の3を受け取ったのは、熱と電気をめぐって需要を奪い合う東京電力であった。単価の高い燃料を前例のない規模の設備で受け入れる以上、量をまとめなければ経済性は立たない。その量を、当時lng火力を1基も持たない相手から引き出したところに、この判断の芯があった。安西浩氏が木川田氏のもとへ何度も足を運んだのは、隣接地に発電所が建つという一点を競争関係よりも重いと踏んだためであろう。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負 祖業・主力事業の転換 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/jnr/decisions/financial-rehabilitation-1969/","t":"特別措置法に基づく設備投資3兆7000億円・要員約6万人縮減","c":"日本国有鉄道","y":1969,"col":"#000000","s":"輸送量の増加を前提に借入で設備投資を進め、同時に要員を縮減して1978年度の黒字回復をめざした10年計画","x":"1969 日本国有鉄道 財政再建10年計画の策定 特別措置法に基づく設備投資3兆7000億円・要員約6万人縮減 1969年に財政再建10年計画を策定。1978年度までの黒字化を目標に、設備投資3兆7000億円と約6万人の要員縮減を並べた 輸送量の増加を前提に借入で設備投資を進め、同時に要員を縮減して1978年度の黒字回復をめざした10年計画 検証されなかった前提 設備投資3兆7000億円と約6万人の要員縮減を一つの計画に並べられたのは、1978年度に旅客約2930億人キロ・貨物約960億トンキロという輸送量が実現する前提があったからである。ところが、貨物のトンキロ・シェアが1955年度の52.0%から1967年度の28.1%へ低下した事実は、策定の時点ですでに数字として出ていた。それでも10年後の輸送量は1968年度の1.6倍に置かれた。成熟産業に成長の絵を描いたことが、計画の前提を狂わせた。 経営再建・ターンアラウンド 大型設備投資 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/1812/decisions/kasumigaseki-skyscraper-1968/","t":"超高層・耐震技術への先行投資と開発事業への進出","c":"鹿島建設","y":1968,"col":"#e6002e","s":"未踏だった超高層・耐震技術に先行投資し、施主・設計者・施工者の三位一体体制で日本初の柔構造超高層を実現。技術の声価を土台に、請負から開発事業への多角化へ布石を打…","x":"1968 鹿島建設 霞が関ビル完成 超高層・耐震技術への先行投資と開発事業への進出 1968年4月に霞が関ビル完成。三井不動産の発注で日本初の本格的超高層ビルを柔構造で建て、1971年に定款を変え開発事業へ 未踏だった超高層・耐震技術に先行投資し、施主・設計者・施工者の三位一体体制で日本初の柔構造超高層を実現。技術の声価を土台に、請負から開発事業への多角化へ布石を打った経営判断 請負一辺倒から、技術と開発で収益を上げる会社へ この経営判断の核心は、目の前の1棟を受注することにとどまらず、まだ誰も手がけていない超高層・耐震という領域へ、人と組織を先回りして投じた点にある。耐震構造の第一人者を副社長に迎え、構造計算のための計算機を社内に持つという備えは、工事の依頼が来てから整えられるものではない。鹿島守之助会長が語った\"着々態勢を整えていた\"という言葉は、成功した会社が次の技術的難所を見越して布石を打っていたことを示している。 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/2267/decisions/plastic-container-revolution-1968/","t":"瓶の廃止と全国の原液工場の統合による、本社集権体制への移行","c":"ヤクルト本社","y":1968,"col":"#DA1A32","s":"乱立した地方フランチャイズの既得権を組み替え、瓶からプラ容器への転換と全国原液工場の直営化で本社主導の販売・製造体制を構築した業態転換","x":"1968 ヤクルト本社 プラスチック容器への転換 瓶の廃止と全国の原液工場の統合による、本社集権体制への移行 1968年にプラスチック容器への転換。松園尚巳専務が瓶からの切り替えを緊急動議で通し、1970年に社長、1973年に全国8社の原液工場を買収 乱立した地方フランチャイズの既得権を組み替え、瓶からプラ容器への転換と全国原液工場の直営化で本社主導の販売・製造体制を構築した業態転換 既得権を崩した集権化が残したもの この判断の核心は、身内の取り分を守るか、仕組みそのものを作り替えるかという選択にあった。松園氏が挑んだのは、単なる容器の材質変更ではない。瓶の回収を前提にした配達の仕組みと、そこにぶら下がる地方瓶工場の既得権を、まとめて組み替える試みであった。追放の投票を受けてなお案を通し、全事業者の4分の1の離反を代償に払った点に、この決断の重さがうかがえる。効率の数字だけでは動かない既得権を、脱落者を出す覚悟で動かしたところに、後の本社集権体制の性格が表れていると推察される。 垂直統合・内製化 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/2815/decisions/livestock-extract-shift-1968/","t":"アサリエキスの卸売からの離脱と、原料から製造・販売する側への転身","c":"アリアケジャパン","y":1968,"col":"#E50012","s":"漁獲に左右されるアサリ原料の調達難を受け、主力を畜産エキスへ切り替え、抽出工程を自社で持つメーカーへ業態を転換した判断","x":"1968 アリアケジャパン 畜産エキスの自社製造 アサリエキスの卸売からの離脱と、原料から製造・販売する側への転身 1968年6月に畜産エキスの自社製造。アサリエキスから牛豚鶏へ主力を転換し埼玉県越ケ谷市に工場を建て柳川工場を閉鎖する 漁獲に左右されるアサリ原料の調達難を受け、主力を畜産エキスへ切り替え、抽出工程を自社で持つメーカーへ業態を転換した判断 原料を替えるか、産地を追うか この判断で目を引くのは、原料が枯れたときに産地を追うのをやめた点にある。浦安から柳川へ工場を移した対応は、アサリという商材を守るための選択であった。それを1年ほどで打ち切り、原料そのものを畜肉へ取り替えたことで、同社は漁場の状況から切り離された供給者になった。顧客である即席麺メーカーが求めていたのは、珍しい素材ではなく、毎月同じ量が同じ品質で届くことであったのだろう。誰も工業化していない領域を選んだのは冒険にも映るが、需要側の要件から逆算すれば、むしろ自然な帰着であった。 祖業・主力事業の転換 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/3101/decisions/inuyama-film-conversion-1968/","t":"パルプ主体の事業モデルからフィルムへの全面的な転換","c":"東洋紡","y":1968,"col":"#0093D6","s":"合成繊維の普及でパルプ・スフ需要が細るなか、採算の悪化した犬山工場を閉鎖せずフィルム生産へ転用し、非繊維事業の技術的な足場を構築した経営判断","x":"1968 東洋紡 犬山工場のフィルム転換 パルプ主体の事業モデルからフィルムへの全面的な転換 1968年3月に犬山工場のフィルム転換。採算の悪化したパルプ・スフ設備をそのまま生かし、半世紀後のコスモシャインsrfへつながる立地の再利用 合成繊維の普及でパルプ・スフ需要が細るなか、採算の悪化した犬山工場を閉鎖せずフィルム生産へ転用し、非繊維事業の技術的な足場を構築した経営判断 撤退と創造は同じ判断の裏表 この決断の核心は、構造不況に陥った一事業を単に畳むのではなく、設備と立地という有形資産の使い道を白紙に近い状態から見直し、既存技術の応用範囲を再定義した点にある。パルプという素材加工の技術基盤は、フィルムという似て非なる製品領域への転用が可能であり、河崎邦夫氏の『衣料繊維としては不成功だが、フィルムやプラスチックの面では伸びる余地がある』という言葉は、失敗した用途からの撤退と別の用途への転用が一つの判断のなかで同時に進んだことを示していると思われる。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/3401/decisions/mirai-jigyo-honbu-1968/","t":"繊維一本足からの脱却を掲げた新規事業探索の専門組織づくり","c":"帝人","y":1968,"col":"#FD453E","s":"ポリエステル繊維に依存する収益構造から脱するため、社外人材を集めた専属組織を構築し、技術と経験の及ぶ範囲で資本効率の高い新規事業を広く探索する多角化戦略","x":"1968 帝人 未来事業本部を発足 繊維一本足からの脱却を掲げた新規事業探索の専門組織づくり 1968年に繊維以外を担う未来事業本部を新設。大屋晋三社長のトップダウンで社外から約100名の専門人材を中途採用した ポリエステル繊維に依存する収益構造から脱するため、社外人材を集めた専属組織を構築し、技術と経験の及ぶ範囲で資本効率の高い新規事業を広く探索する多角化戦略 分散の代償と、残った芽への集中 未来事業本部の顛末は、多角化の意欲そのものより、それを一人の判断に委ねた体制の限界を映している。技術と経験の及ぶ範囲で資本効率の高い事業をという大屋晋三社長の号令は明快だったが、撤退基準を欠いたまま50を超える領域へ広げた結果、経営資源は薄く分散し、石油開発の躓きが業績の差となって表れた。日常は分権的でありながら新規事業だけは独走するという経営の型が、危険を引き受ける組織文化の裏側で、選別の遅れを招いたと思われる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/3407/decisions/sekiyu-kagaku-mizushima-1968/","t":"売上高に匹敵する1000億円を投じた石油化学への本格進出","c":"旭化成","y":1968,"col":"#005BAB","s":"合繊原料が石油化学の誘導品として安価に生産される見通しのなか、基礎原料を他社から購入する立場のままでは総合化学会社への脱皮も原料コストの主導権も得られないと判断…","x":"1968 旭化成 水島コンビナート建設 売上高に匹敵する1000億円を投じた石油化学への本格進出 1968年7月に水島コンビナートへ着工。宮崎輝社長が当時の売上高に匹敵する1000億円近い投資を社内の反対論を押し切った 合繊原料が石油化学の誘導品として安価に生産される見通しのなか、基礎原料を他社から購入する立場のままでは総合化学会社への脱皮も原料コストの主導権も得られないと判断した 念願であることと、正しいことは別に決まる 1000億円という金額は、宮崎氏自身が掲げた『自分の実力の範囲でなければならぬ』という選択基準の外側にあった。売上高に匹敵し、年間の設備投資の5倍を超え、社内の反対論も強かった。それでも押し切れたのは、モノマーを三菱化成工業などから買っていた時期の供給不安の記憶と、最低規模基準が30万トンへ上がって単独計画の余地が消えつつあった事情が重なっていたからだろう。実力の範囲という物差しは、ここでは踏み越える側の理由に使われている。 大型設備投資 垂直統合・内製化 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/3861/decisions/three-company-merger-1968/","t":"旧王子3社の合併覚書の取り下げと、同業を一社ずつ吸収する路線への転換","c":"王子ホールディングス","y":1968,"col":"#00643D","s":"資本自由化を前に旧王子3社が分割前への一括復元を図ったが、八幡・富士の合併構想と重なって独占禁止政策の論点が国政化し、否認の見通しを受けて覚書を取り下げ、以後は…","x":"1968 王子ホールディングス 十条・本州合併の撤回 旧王子3社の合併覚書の取り下げと、同業を一社ずつ吸収する路線への転換 1968年3月に十条・本州との合併覚書に調印。戦後の企業分割で生まれた旧王子3社は同年9月に公正取引委員会の審査を前に覚書を取り下げた 資本自由化を前に旧王子3社が分割前への一括復元を図ったが、八幡・富士の合併構想と重なって独占禁止政策の論点が国政化し、否認の見通しを受けて覚書を取り下げ、以後は同業を一社ずつ吸収する路線へ切り替えた 一括の復元から、一件ずつの審査へ 中島慶次会長が公取委から得ていた感触は、183日後には何の保証にもならなかった。同じ1968年4月に八幡製鉄と富士製鉄の合併構想が公表され、個別企業の統合ではなく大型合併そのものが国政の論点に変わったためである。取り下げの席で王子が選んだのは、訴訟でも2社への縮小でもなく、審査にかける単位を小さくすることであった。相手を一社に絞れば、シェアの論点は品種ごとに分解され、独占禁止法の壁は一件ずつの高さに下がる。この置き換えが、以後四半世紀の合併の型を決めたのだろう。 合併・経営統合 破談・撤回 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/4966/decisions/central-lab-hirakata-1968/","t":"めっき用化学品製造部門の移転を伴う研究開発拠点の集約","c":"上村工業","y":1968,"col":"#416F9C","s":"資本自由化で外資との競争にさらされる前提のもと、価格や規模ではなく自社開発の技術で優位を築くため、当時の会社規模に見合わない基礎研究の設備を先に持った投資","x":"1968 上村工業 枚方に中央研究所建設 めっき用化学品製造部門の移転を伴う研究開発拠点の集約 1968年7月に枚方に中央研究所建設。めっき用化学品の製造を淀川工場から移転し、走査型電子顕微鏡とx線回折装置を備えた 資本自由化で外資との競争にさらされる前提のもと、価格や規模ではなく自社開発の技術で優位を築くため、当時の会社規模に見合わない基礎研究の設備を先に持った投資 批判の合理と、誤算の所在 売上高33億円・純利益4,647万円の会社が、走査型電子顕微鏡とx線回折装置を備えた延べ2,188m2の建物を建てた。分不相応という批判が出たのは当然で、当時の数字だけを見れば批判した側が正しかった。上村晃史社長がそれを押し切れたのは、資本自由化という期限つきの外圧が、投資の可否を採算の問題から生存の問題へ置き換えたからだろう。上村長兵衛会長が受章の言葉で述べた認識を、社長就任の年に建物へ換えた判断だった。 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/6146/decisions/semiconductor-blade-entry-1968/","t":"注射針と万年筆で収益を上げる砥石屋が、まだ市場のない半導体用の薄さへ開発を向けた選択","c":"ディスコ","y":1968,"col":"#59B3E7","s":"客の相談に応じて薄さを詰める受注仕事を重ねてきた砥石メーカーが、国内にまだ市場の無い半導体用の切断砥石へ開発を向け、砥石の単体販売では需要が伸びない構造に踏み込…","x":"1968 ディスコ 極薄砥石ミクロンカットの開発 注射針と万年筆で収益を上げる砥石屋が、まだ市場のない半導体用の薄さへ開発を向けた選択 1968年に半導体用の極薄切断砥石の開発へ着手。注射針と万年筆ペン先で用途の七割を占めた第一製砥所が、厚さ0.05ミリのミクロンカットを完成させ、1970年9月に精密切断装置へ進んだ 客の相談に応じて薄さを詰める受注仕事を重ねてきた砥石メーカーが、国内にまだ市場の無い半導体用の切断砥石へ開発を向け、砥石の単体販売では需要が伸びない構造に踏み込んだ用途の選択 市場の無い用途に薄さを合わせる この判断を、砥石屋が半導体へ進出した話として読むと、順序を取り違えることになるように思われる。1968年の時点で日本に半導体切断の市場は無く、あったのは客が語る数年先の見通しと、七十ミクロンという数字だけであった。第一製砥所が引き受けたのは製品ではなく仕様である。用途を自ら選んだというより、示された薄さに自社の技術を合わせにいった——積算電力計の磁石も注射針も万年筆も、同じ形で受けてきた仕事であった。違ったのは、その一件の先にあった市場の大きさだけだっただろう。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6301/decisions/hydraulic-excavator-1968/","t":"後発での参入と、直販網で挑んだ総合建機化","c":"コマツ","y":1968,"col":"#150A9A","s":"需要急増が予測された油圧ショベルへ、自主開発の頓挫を世界一流メーカーとの提携でおぎない、ブルドーザーで築いた巨大直販網を武器に後発参入した総合建機化の判断","x":"1968 コマツ 油圧ショベルに参入 後発での参入と、直販網で挑んだ総合建機化 1968年5月に油圧ショベルに参入。米ビサイラス・エリーと提携して小松ビサイラスを設立し、全国650カ所の直販網で後発から挽回 需要急増が予測された油圧ショベルへ、自主開発の頓挫を世界一流メーカーとの提携でおぎない、ブルドーザーで築いた巨大直販網を武器に後発参入した総合建機化の判断 製品より販売網——後発が先発を逆転する構造 この決断の中心にあるのは、技術で先行できない後発が、既存事業で築いた販売の広さを競争優位へ転じた点である。油圧ショベルそのものは、自主開発でつまずき、世界一流メーカーの技術を借りて世に出した後発の製品であった。それでも国内で首位に立てたのは、ブルドーザーで顧客と拠点をあらかじめ押さえていたからであり、勝敗を分けたのは製品の優劣よりも、買い手へ届く経路の広さであったと思われる。 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6436/decisions/aleco-data-1968/","t":"コンピューター就業管理システム","c":"アマノ","y":1968,"col":"#0081C0","s":"計算機の実用化を受けて、打刻機の販売からコンピューターによる就業管理システムの販売へ主力商品の性格を変えた判断","x":"1968 アマノ 「アレコデータ」の発売 コンピューター就業管理システム 1968年6月に就業管理システムを発売。国産第1号のタイムレコーダーを開発した会社が、打刻機からアレコデータの計算へ商品を変える 計算機の実用化を受けて、打刻機の販売からコンピューターによる就業管理システムの販売へ主力商品の性格を変えた判断 割れた英国製タイムスタンプの続き アレコデータの判断は、新商品の投入というより、売り物の定義を変える作業であった。タイムレコーダーは1932年に1台280円で売り始めた機械で、値段も寿命もはっきりしている。対してコンピューター就業管理は、機器と計算と保守をまとめて売る商売で、中身は顧客ごとに変わる。国内シェア70%という有利な位置にいながら、自ら売り物を作り替えにいった点に、この判断の性格がうかがえる。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8063/decisions/nissho-iwai-merger-1968/","t":"対等合併による日商岩井の発足","c":"日商岩井","y":1968,"col":"#333333","s":"四〇年不況と業界再編の連鎖のなかで、第7位から動けない日商が、取引先の倒産で経営の安定を欠いた岩井産業を主力銀行の打診を受けて合併し、規模と鉄鋼の取引関係を同時…","x":"1968 日商岩井 日商と岩井産業の合併 対等合併による日商岩井の発足 1968年10月に日商が岩井産業を合併。三和銀行が西川政一社長へ持ちかけ、年商約1兆2000億円で業界5位の商社が生まれた 四〇年不況と業界再編の連鎖のなかで、第7位から動けない日商が、取引先の倒産で経営の安定を欠いた岩井産業を主力銀行の打診を受けて合併し、規模と鉄鋼の取引関係を同時に得た再編 銀行が持ち込んだ縁組 合併の話は、日商が岩井産業へ持ちかけたのではなく、岩井産業の主力銀行である三和銀行から西川政一社長へ持ち込まれた。サンウエーブ工業と平松商店の倒産で経営の安定を欠いた会社を、体力のある同業へ寄せる縁組である。日商がこれを機会として使えたのは、八幡製鉄と富士製鉄の合併準備という未公表の情報を握っていたからだと推察される。富士に緊密で八幡に薄い日商と、その逆の岩井産業。鉄鋼の取引関係で見れば、両社は互いの欠けを埋める組み合わせであった。 合併・経営統合 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/8795/decisions/himawari-household-market-1968/","t":"個人世帯への顧客層の特化と、保障商品「ひまわり」の多品種化","c":"T&Dホールディングス","y":1968,"col":"#0033a0","s":"短満期月掛けの単品商いに徹してきた太陽生命が、ひまわりブランドを軸に貯蓄へ保障を重ねる多品種販売へ転じ、訪問販売と拠点政策で家庭市場を面で押さえた経営判断","x":"1968 t&dホールディングス 太陽生命の家庭市場特化 個人世帯への顧客層の特化と、保障商品「ひまわり」の多品種化 1968年に太陽生命がひまわり保険を投入。短満期月掛けの貯蓄保険に保障機能を重ね、単品商いから多品種販売へ移行して家庭市場に集中した 短満期月掛けの単品商いに徹してきた太陽生命が、ひまわりブランドを軸に貯蓄へ保障を重ねる多品種販売へ転じ、訪問販売と拠点政策で家庭市場を面で押さえた経営判断 数で押さえた家庭市場に、何を重ねて販売するか この判断の核心は、新しい市場を開拓したことではなく、すでに握っていた家庭との接点を手放さずに、そこへ何を重ねて売るかを問い直した点にある。短満期の月掛け貯蓄で庶民の世帯を数で押さえた太陽生命にとって、貯蓄一本の単品商いは規模を作る強みであると同時に、成熟すれば伸びしろを欠く弱みでもあった。ひまわりというひとつのブランドを軸に、貯蓄から医療、年金、終身へと保障を段階的に重ねた組み立ては、顧客基盤の広さを商品の厚みへ変える試みだったのだろう。大手の外交員モデルを追わず、みずからの販売機構に合う商品を積み上げた点に、中堅生保の生き方がうかがえる。 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/9005/decisions/goto-noboru-diversification-1970s/","t":"五島昇社長による、流通・観光・航空にまで及ぶ事業領域の拡張","c":"東急","y":1968,"col":"#E60012","s":"多摩田園都市の開発で得た資金と組織力を元手に、五島昇社長が鉄道・不動産を超えて流通・ホテル・観光・航空へ事業を多角化し、上場13社を含む企業集団を築いた面的な多…","x":"1968 東急 東急ホテルチェーン設立 五島昇社長による、流通・観光・航空にまで及ぶ事業領域の拡張 1968年から流通・ホテル・航空へ事業を多角化した。五島昇社長が多摩田園都市の開発で得た資金を元手に、上場13社を含む企業集団を築いた 多摩田園都市の開発で得た資金と組織力を元手に、五島昇社長が鉄道・不動産を超えて流通・ホテル・観光・航空へ事業を多角化し、上場13社を含む企業集団を築いた面的な多角化。1980年代には3c(catv・カルチャー・消費者クレジット)を重点新規事業に掲げた 「量」を追った拡大の功罪 五島昇社長の多角化は、多摩田園都市という一つの大成功が生んだ余力を、生活に関わる幅広い事業へ振り向ける試みであったとみられる。鉄道が沿線に人を集め、その人々の消費や余暇までグループで受け止める——高度成長と地価の上昇が続くかぎり、この拡大は事業の裾野を広げ、旅客と収益をともに押し上げる好循環として働いた。上場13社を数える企業集団は、その循環が形になった姿であったといえる。ただし、成功が続くあいだは、個々の事業がどれだけ稼いでいるかという問いは後景に退きやすい。 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/jnr/decisions/local-line-classification-1968/","t":"輸送需要によるA・B・C線区の3分類","c":"日本国有鉄道","y":1968,"col":"#000000","s":"線区を輸送需要でA・B・Cに区分して赤字の所在を示しながら、地元の反対と別法にもとづく新線建設のために廃止へ進めなかった判断","x":"1968 日本国有鉄道 赤字ローカル線の廃止見送り 輸送需要によるa・b・c線区の3分類 1968年に赤字ローカル線をa・b・cへ分類。b・c線区の損失はa線区の利益の約3倍に達し、廃止・撤去へは進まず 線区を輸送需要でa・b・cに区分して赤字の所在を示しながら、地元の反対と別法にもとづく新線建設のために廃止へ進めなかった判断 分けて見る力と、畳む力は別だった b・c線区が生んだ損失は、a線区の利益の約3倍にあたる。国鉄はこの数字を自ら監査報告書に載せ、採算の合わない線区は切りすてるべきものだとまで書いた。それでも廃止は進まなかった。足りなかったのは分析ではなく、決める権限であったと推察される。廃止は地元の人々の鉄道への執着を前に至難となり、建設は鉄道敷設法と日本鉄道建設公団という別の仕組みで進んだ。収益で線を引く作業と、その線に沿って路線を畳む作業とが、同じ手の中にそろっていなかった。 選択と集中 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/2531/decisions/beer-business-exit-1967/","t":"ビール事業からの全面撤退と、二工場を手放しての経営資源の集約","c":"宝ホールディングス","y":1967,"col":"#1878D8","s":"販売ルートを築けず5期連続無配に陥ったビール事業を、就任直後の社長が撤退・工場売却・人員整理で切り離し、在来の酒類事業へ資源を集中し直した経営再建","x":"1967 宝ホールディングス キリン・サッポロへ工場売却 ビール事業からの全面撤退と、二工場を手放しての経営資源の集約 1967年7月にキリン・サッポロへ工場売却。1966年就任の大宮隆社長が1957年参入のビール事業をたたみ京都・木崎両工場を手放す 販売ルートを築けず5期連続無配に陥ったビール事業を、就任直後の社長が撤退・工場売却・人員整理で切り離し、在来の酒類事業へ資源を集中し直した経営再建 悲願を畳むということ この判断の重さは、単なる不採算事業の整理という言葉に収まらない。撤退の対象は、前会長であり養父でもある大宮庫吉氏が社運を賭けて始めた事業であった。後を継いだばかりの大宮隆社長が、就任の最初の仕事としてその悲願を畳んだところに、この決断の緊張が凝縮されているのだろう。決断に時間をかけて機会を失うことを恐れ、反対を押し切って一気に進めるやり方を、大宮隆氏は後年\"ワンマン\"という言葉で振り返っている。 事業売却・撤退 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/3116/decisions/ishida-chairman-1967/","t":"石田退三氏の会長就任と、名を改めての立て直しの着手","c":"トヨタ紡織","y":1967,"col":"#E60012","s":"紡織以外への多角化が失敗して6億円の赤字と無配に至った会社へ、トヨタグループの総帥が会長として入り、社名の復旧・遊休資産処分・子会社合併で再建を図った経営体制の…","x":"1967 トヨタ紡織 豊田紡織への社名変更 石田退三氏の会長就任と、名を改めての立て直しの着手 1967年6月に石田退三氏が会長就任。トヨタグループ総帥が民成紡績を率い、8月に社名を豊田紡織へ戻して遊休資産を処分 紡織以外への多角化が失敗して6億円の赤字と無配に至った会社へ、トヨタグループの総帥が会長として入り、社名の復旧・遊休資産処分・子会社合併で再建を図った経営体制の刷新 名前を戻すという再建策 この再建で実際に効いたのは、新規事業でも増資でもなく、社名と資産の整理であった。ボーリングという畑違いの領域で開いた損失を、豊田紡織という古い商号の信用と、遊休資産の売却と、子会社の吸収でふさいでいる。石田退三氏が持ち込んだのは資金ではなく、規模を追わずまず採算を取るという順序であった。傘下会社の危機に対してグループの最上位者が会長として入る型は、当時のトヨタグループが持っていた再建の手続きをよく示している。 経営再建・ターンアラウンド トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/4118/decisions/vinyl-chloride-feedstock-shift-1967/","t":"塩ビモノマー原料のカーバイド法からオキシクロリネーション法への切り替え","c":"カネカ","y":1967,"col":"#005BAC","s":"エチレンプラントの大型化により塩ビモノマーの石油化学方式への転換が進むなか、カーバイド法との原価差20円/kgを取りに行くための原料・製法の入れ替え","x":"1967 カネカ 高砂に新製法設備建設 塩ビモノマー原料のカーバイド法からオキシクロリネーション法への切り替え 1967年7月に高砂へ新製法設備を建設。塩化ビニールモノマーの原料をカーバイドから石油へ改め、米ストーファー社の技術で51億円を投じる エチレンプラントの大型化により塩ビモノマーの石油化学方式への転換が進むなか、カーバイド法との原価差20円/kgを取りに行くための原料・製法の入れ替え 自社技術の会社が、原料工程だけ技術導入した意味 塩ビの企業化を自社技術で成し遂げ、それを国内首位の根拠としてきた会社が、原料の製法だけは米国ストーファー社から買った。判断の材料は1キログラムあたり58円と38円という原価の比較で、資本金43億8,000万円を上回る51億円を高砂へ投じている。自前の技術で押したのは樹脂までで、原料工程は他社から買って早く据えた。国内のナフサ供給が不足しはじめた時期にコンビナートのエチレンへ寄せた読みは、当時の材料で見るかぎり筋が通っている。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負 低価格・コストリーダーシップ 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5334/decisions/ceramic-ic-package-1967/","t":"自社技術を電子部品へ展開する非自動車領域への多角化","c":"日本特殊陶業","y":1967,"col":"#00646D","s":"集積回路の普及でICを封止するセラミックの需要が生まれ、点火プラグの絶縁体で培ったアルミナ焼成とメタライズ封着の技術を転用して、非自動車の第二の事業柱を立ち上げ…","x":"1967 日本特殊陶業 セラミックicパッケージ発売 自社技術を電子部品へ展開する非自動車領域への多角化 1967年10月にセラミックicパッケージ発売。点火プラグの絶縁体アルミナ磁器で培った焼成技術を半導体向けへ転用した 集積回路の普及でicを封止するセラミックの需要が生まれ、点火プラグの絶縁体で培ったアルミナ焼成とメタライズ封着の技術を転用して、非自動車の第二の事業柱を立ち上げた多角化 草分けが先を越されたということ 日本特殊陶業はニューセラミックの草分けであり、1967年のicパッケージ参入も焼成技術の自然な延長であった。問われるのはむしろ、最大手の地歩を持ちながら、なぜ後発の京都セラミックに追い越されたのかという点である。無借金と現金決済を貫き、石橋をたたいて渡ると評された堅実経営が、多品種少量で先の読みにくい新市場への本腰を遅らせた面は否めないと推察される。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6370/decisions/accounting-fraud-recovery-1967/","t":"粉飾決算の露見と、増資引受を受け入れての再出発","c":"栗田工業","y":1967,"col":"#0069C8","s":"出血受注の損失を工事進行基準で覆い隠した粉飾決算が露見し倒産寸前に陥った水処理専業メーカーが、最大の債権者である伊藤忠商事の増資引受と社長派遣を受け、経営の公開…","x":"1967 栗田工業 伊藤忠商事による経営再建 粉飾決算の露見と、増資引受を受け入れての再出発 1967年12月に伊藤忠商事による経営再建。粉飾決算で隠れた累積赤字26億円は資本金の2.6倍にあたり、貝石真三氏が社長に就任する 出血受注の損失を工事進行基準で覆い隠した粉飾決算が露見し倒産寸前に陥った水処理専業メーカーが、最大の債権者である伊藤忠商事の増資引受と社長派遣を受け、経営の公開と原価意識の徹底で6年かけて累積赤字を消し復配に至った再建 曲げられたのは、判断より物差しであった 粉飾の発端となったのは、まず仕事を確保し、採算は競合に勝ってから考えればよいという方針だった。装置部門でオルガノに先行を許していた後発の立場からすれば、受注を得るために取りうる手立てはそう多くなかった。誤りの本体は、その無理な受注を工事進行基準による決算へそのまま映し込まずに済ませてしまった処理にある。この一件の核心は、下した判断そのものより、判断の結果を測る物差しのほうを曲げてしまった点にあると思われる。 不祥事・信頼回復 経営再建・ターンアラウンド 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/6645/decisions/social-systems-1967/","t":"制御技術を社会インフラへ展開する社会システム事業と世界初の無人駅システム","c":"オムロン","y":1967,"col":"#025DB8","s":"制御技術に電子計算機を結んだサイバネーションを武器に、工場の自動化から駅務・交通・金融という社会インフラの自動化へ応用先を拡大した多角化","x":"1967 オムロン 阪急北千里駅の無人化 制御技術を社会インフラへ展開する社会システム事業と世界初の無人駅システム 1967年3月に阪急電鉄北千里駅で無人駅システムを動かした。制御技術と電子計算機を組み合わせた世界初の大規模な駅務自動化 制御技術に電子計算機を結んだサイバネーションを武器に、工場の自動化から駅務・交通・金融という社会インフラの自動化へ応用先を拡大した多角化 制御を社会の側へ差し出すということ この判断が示すのは、工場の自動化で培った制御技術を、駅務・交通・金融という社会の側のインフラへ橋渡しした発想である。券売機のためにコインの真偽を見分けるパターン認識と電子計算機を組み合わせ、サイバネーションという当時最新の技術を自前で獲得したことが、無人駅・交通管制・現金自動機へと連なった。制御を製造ラインの内側に閉じ込めず、社会の仕組みそのものを自動化する対象に選んだ点に、この事業の性格がうかがえる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7003/decisions/fujinagata-merger-1967/","t":"合併比率5対4の株式交換による同業造船所の取り込み","c":"三井E&S","y":1967,"col":"#008CD7","s":"開放経済体制への移行で企業再編成が進むなか、人材・技術・設備を結集して国際競争力を高めるため、業務提携先の藤永田造船所を吸収合併して規模を拡大した","x":"1967 三井e&s 藤永田造船所を吸収合併 合併比率5対4の株式交換による同業造船所の取り込み 1967年10月に大阪の藤永田造船所を吸収する。藤永田株5株に三井造船株4株を割り当て1967年2月28日に合併契約へ調印 開放経済体制への移行で企業再編成が進むなか、人材・技術・設備を結集して国際競争力を高めるため、業務提携先の藤永田造船所を吸収合併して規模を拡大した 提携を先行させた合併 開放経済への対応という当時の常套句だけでは、この合併の輪郭は見えてこない。三井造船が藤永田造船所から受け取ったものの中心は、船台ではなく陸上部門であったのだろう。1927年に化学工業用諸機械から始まった藤永田の化工機部門は、薬品から製油までの装置を一貫して手がけ、都市向けの環境衛生装置や鉄骨・橋梁も抱えていた。造船市況が振れるたびに収益が揺れる会社にとって、この製品群を2,000名の技術者ごと引き受ける意味は小さくない。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/7261/decisions/rotary-engine-1967/","t":"外資との資本提携を退けて選んだ独自技術による単独路線","c":"マツダ","y":1967,"col":"#A30112","s":"資本自由化と業界再編の圧力のなか、後発の東洋工業が外資提携・合併ではなく独自技術のロータリーに賭けて単独路線を選び、1967年に世界初の量産ロータリーを実現した…","x":"1967 マツダ ロータリーエンジン量産化 外資との資本提携を退けて選んだ独自技術による単独路線 1967年5月にロータリーエンジンの量産へ踏み出す。1961年に西独nsu・バンケル両社から技術を導入しコスモスポーツで世界初 資本自由化と業界再編の圧力のなか、後発の東洋工業が外資提携・合併ではなく独自技術のロータリーに賭けて単独路線を選び、1967年に世界初の量産ロータリーを実現した判断。技術的には成功したが、石油危機で燃費の弱点が露呈し、のちの外資フォードとの提携へ連なった。 独自技術に、どこまで事業を託すか この判断の核心は、資本自由化と業界再編の圧力のもとで、後発メーカーが外資提携や合併ではなく、独自技術による独立を選んだ点にある。トヨタ・日産という大手に規模で挑めない東洋工業にとって、他社の持たないロータリーは、集約に飲み込まれずに立つための数少ない差別化要因だった。1967年に世界で初めて量産にこぎつけたことで、単独路線は構想にとどまらなかった。1972年に資本提携の白紙還元が高く評価されたのも、独自技術が独立の裏づけとして働いていたからである。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7262/decisions/toyota-alliance-1967/","t":"業務提携の受け入れと、自前の販売部門の切り出し","c":"ダイハツ工業","y":1967,"col":"#E60012","s":"資本自由化による本格的な開放経済を前に、単独では先の見込みが立たないとの判断から、三和銀行の仲介でトヨタ両社と業務提携した","x":"1967 ダイハツ工業 トヨタとの業務提携 業務提携の受け入れと、自前の販売部門の切り出し 1967年11月にトヨタ両社と業務提携。第一段階として販売部門を分離し、1968年6月にダイハツ自動車販売を設立した 資本自由化による本格的な開放経済を前に、単独では先の見込みが立たないとの判断から、三和銀行の仲介でトヨタ両社と業務提携した 危機ではなく、見通しで結んだ提携 この提携は経営危機によるものではなかった。それでも小石雄治社長が三和銀行に仲介を頼んだとみられているのは、資本自由化後の競争を年産十数万台の規模で戦えるかという見通しの問題であったからだろう。危機ではなく見通しによって系列に入った点に、第一次業界再編の性格がよく出ている。 技術・r&d起点の勝負 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7988/decisions/itw-joint-venture-1967/","t":"日英物産との出資による日本工業ファスナーの立ち上げ","c":"ニフコ","y":1967,"col":"#FF6B00","s":"金属の留め具がプラスチックへ置き換わる米国の技術を取り込むため、販売地域を極東に限る条件を受け入れて合弁で会社を設立した判断","x":"1967 ニフコ 米itwとの合弁設立 日英物産との出資による日本工業ファスナーの立ち上げ 1967年2月に日本工業ファスナーが発足。貿易商社の日英物産が60%、米イリノイ・ツール・ワークスが40%を出し、資本金は48,000千円 金属の留め具がプラスチックへ置き換わる米国の技術を取り込むため、販売地域を極東に限る条件を受け入れて合弁で会社を設立した判断 借りた技術と、引かれた線 この合弁の要点は、技術と市場を交換した点にある。プラスチック製ファスナーの特許も量産の技術も持たない貿易商社が、先行する米国企業から一式を借り受け、日本の自動車と家電の量産に間に合わせた。対価はロイヤリティだけではなく、売ってよい地域を極東に限るという線引きでもあった。日本市場が伸びるあいだ、その線引きは費用として意識されにくい種類のものであったのだろう。 技術・r&d起点の勝負 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/8020/decisions/kanematsu-gosho-merger-1967/","t":"規模を求めた同業との統合と、両社名を並べた新商号での再出発","c":"兼松","y":1967,"col":"#E60012","s":"繊維単一品種構造からの脱却と資本市場アクセスの拡大を、経営危機に陥った同業との合併で同時に実現した経営判断","x":"1967 兼松 江商との合併 規模を求めた同業との統合と、両社名を並べた新商号での再出発 1967年4月に江商を合併。東京銀行の仲介で兼松江商が発足し、繊維単一の品目構成と東証一部上場の課題を一手で解いた 繊維単一品種構造からの脱却と資本市場アクセスの拡大を、経営危機に陥った同業との合併で同時に実現した経営判断 資本構成の壁を、合併という一手で解いた判断 この合併の核心は、単なる救済にとどまらず、資本市場アクセスの壁そのものを取り払った点にある。従業員持株制度が長く続いた兼松は、規模で並ぶ総合商社に伍していながら、株式の外部流通を欠くという構造的な理由で東京第一部への上場を果たせずにいた。江商との合併は、経営危機に陥った同業を救う形をとりながら、実質的には兼松自身が抱えていた資本構成の閉鎖性を解く手段になったとみられる。 合併・経営統合 救済型m&a・支援受け入れ 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8219/decisions/menswear-focus-1967/","t":"食料品・特産品部門から撤退し","c":"青山商事","y":1967,"col":"#1a5c9c","s":"採算の合わない兼業部門を切り離し、紳士服という単一品目に経営資源を集中する品目整理","x":"1967 青山商事 広島県府中で紳士服へ一本化 食料品・特産品部門から撤退し 1967年10月に紳士服の小売へ一本化。広島県府中市の青山商事が食料品・県特産品の卸売と婦人服・呉服部門を整理 採算の合わない兼業部門を切り離し、紳士服という単一品目に経営資源を集中する品目整理 何を捨てたかが、何を構築できるかを決めた 1967年の一本化は、危機を脱するための撤退というより、商いの設計図を一枚に描き直す作業であったと思われる。食料品卸も呉服も、単体では赤字でなかったかもしれない。ただ、品目が並んでいる限り、売場は何坪あればよいのか、仕入はどの形が有利か、宣伝はいくら使えるのかという問いに、会社は一つの答えを出せない。扱いが紳士服だけになってはじめて、150坪という面積も、完全買取という仕入形式も、売上の17%を宣伝に投じるという配分も、同じ物差しの上で決められるようになった。捨てた側の判断が、作れるものの範囲を決めていたのだろう。 選択と集中 事業売却・撤退 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9502/decisions/hamaoka-nuclear-construction-1967/","t":"芦浜の行き詰まりを受けた浜岡への立地の切り替えと、沸騰水型軽水炉1号機の建設","c":"中部電力","y":1967,"col":"#E60012","s":"芦浜地点の立地が漁業者の反対で止まるなか、計画地点を静岡県浜岡町へ切り替え、地元の了解を国の計画組み入れの条件として受け入れたうえで、沸騰水型軽水炉による初の原…","x":"1967 中部電力 浜岡原子力発電所の建設 芦浜の行き詰まりを受けた浜岡への立地の切り替えと、沸騰水型軽水炉1号機の建設 1967年9月に静岡県浜岡町の浜岡地点を原子力発電所の計画地点として発表。4年近い地元との協議を経て1971年3月に54万kwの1号機を着工し、1976年3月に営業運転を始めた 芦浜地点の立地が漁業者の反対で止まるなか、計画地点を静岡県浜岡町へ切り替え、地元の了解を国の計画組み入れの条件として受け入れたうえで、沸騰水型軽水炉による初の原子力発電所を建設した判断 代わりの場所ではなく、合意の順序を組み替えた立地 浜岡の決断は、芦浜が止まったから別の場所を探したという代替の話にとどまらないだろう。芦浜では県の発表と町議会の誘致決議を先に積み上げてから漁業者と向き合い、反対が固まった。浜岡では用地の取得を先に済ませながら、国の計画への組み入れを地元の了解待ちとし、漁業者自身による影響調査と安全監視機構という条件を受け入れてから着工した。発表から着工までの3年半をかけた合意の順序の組み替えこそが、原子力を中部電力の電源に加えるための本当の選択だったのではないか。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/jnr/decisions/crew-reduction-1967/","t":"5万人合理化計画の提示と、電気機関車・ディーゼル","c":"日本国有鉄道","y":1967,"col":"#000000","s":"動力の近代化で不要となった機関助士約7500人を、解雇ではなく機関士・運転士への昇格による配置転換で吸収し、1人乗務へ移行した判断","x":"1967 日本国有鉄道 第3次長期計画の1人乗務化 5万人合理化計画の提示と、電気機関車・ディーゼル 1967年3月に機関車の1人乗務化を提示。第3次長期計画の要員計画として各労働組合へ示し、1969年11月に決着した 動力の近代化で不要となった機関助士約7500人を、解雇ではなく機関士・運転士への昇格による配置転換で吸収し、1人乗務へ移行した判断 技術が消した仕事と、消せなかった人数 機関助士の仕事は、動力の近代化が進んだ時点で技術のうえではほぼ失われていた。当局が示せたのは機関士・運転士への昇格による配置転換であり、それは職を守る約束であると同時に、要員が実際に減るのは何年も先になるという約束でもあった。解雇でないことが当局の強気を支え、同じ理由で交渉を長引かせた。 雇用・労使 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/3101/decisions/kureha-merger-1966/","t":"ナイロン事業への足がかりを得るための同業大手の取り込み","c":"東洋紡","y":1966,"col":"#0093D6","s":"ポリエステルで先発2社に8年出遅れた東洋紡が、呉羽紡績の吸収合併によってナイロンを含む主要合繊をひとまとめに揃え、複合繊維時代に対応する事業基盤を構築した技術主…","x":"1966 東洋紡 呉羽紡績を吸収合併 ナイロン事業への足がかりを得るための同業大手の取り込み 1966年4月に呉羽紡績を吸収合併。谷口豊三郎社長がナイロン設備を得て、ポリエステル・アクリルとあわせ合繊を自社に揃える ポリエステルで先発2社に8年出遅れた東洋紡が、呉羽紡績の吸収合併によってナイロンを含む主要合繊をひとまとめに揃え、複合繊維時代に対応する事業基盤を構築した技術主導の経営判断 規模の合成と技術の合成は別物 この合併の核心は、単独の技術開発では埋めがたい8年の出遅れを、呉羽紡績が持つナイロンという\"ピース\"の獲得によって一気に埋めようとした点にある。もっとも、ポリエステルそのものの技術力で帝人・東洋レーヨンに追いついたわけではなく、出遅れの根本は合併後もなお残ったのだろう。 合併・経営統合 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/6762/decisions/cassette-tape-1966/","t":"カセットテープ参入とSDカセットによる自社ブランドの世界展開","c":"TDK","y":1966,"col":"#0046AD","s":"フィリップスが規格化したコンパクトカセットに1966年参入し、素材技術を生かした高品質テープで自社ブランドの世界展開へ進んだ多角化","x":"1966 tdk フィリップスと特許契約 カセットテープ参入とsdカセットによる自社ブランドの世界展開 1966年6月にカセットテープの販売を開始。フィリップスと特許契約を締結してコンパクトカセットを国産第1号として量産 フィリップスが規格化したコンパクトカセットに1966年参入し、素材技術を生かした高品質テープで自社ブランドの世界展開へ進んだ多角化 素材メーカーが得た、消費者に届く商品 この判断の意味は、単に新製品を一つ増やしたことではなく、素材メーカーが初めて消費者と直接つながる商品を手にした点にある。フェライトコアや録音用テープは、あくまで機器メーカーや放送局に納める中間の部品であり、tdkという名が家庭に届く経路は乏しかった。カセットテープは、蓄えてきた磁性材料の技術を消費者の手元まで運ぶ商品となり、以後のブランド戦略の土台になったと推察される。 海外進出・現地生産 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7012/decisions/motorcycle-north-america-1966/","t":"二輪車の米国販売会社の設立と、中・大型車に集中した北米市場への傾斜","c":"川崎重工業","y":1966,"col":"#E60013","s":"原付第一種が7割を占める国内市場で正面から戦う条件を欠いたため、中・大型車の需要が厚い米国に販売会社を設立し、輸出中心の事業構造とブランドで競争する道を選んだ海…","x":"1966 川崎重工業 american kawasaki設立 二輪車の米国販売会社の設立と、中・大型車に集中した北米市場への傾斜 1966年3月に米国へ二輪車の販売会社を設立。国内で主流の原付第一種を追わず中大型車の需要が厚い北米でamerican kawasakiを販売拠点とする 原付第一種が7割を占める国内市場で正面から戦う条件を欠いたため、中・大型車の需要が厚い米国に販売会社を設立し、輸出中心の事業構造とブランドで競争する道を選んだ海外進出 勝てる場所を選ぶ前に、勝てない場所を降りている 原付第一種の国内シェア0.09%という数字は、国内の二輪車市場に川崎が事実上いなかったことを示している。国内販売の72%を占める帯を持たないまま中・大型車だけで会社の顔をつくるには、その帯が厚い場所へ出るほかなかった。1966年に米国へ販売会社を設立した選択は、競争優位を築ける場所を選んだというより、競争優位を築けない場所を降りたところから始まっている。輸出比率が8割を超える構造は、その裏返しであったと思われる。 海外進出・現地生産 ブランド・マーケティング 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7201/decisions/nissan-prince-1966/","t":"同業他社の取り込みによる、乗用車事業の一段の規模拡大","c":"日産自動車","y":1966,"col":"#BE022E","s":"1966年8月、日産自動車がプリンス自動車工業を吸収する形で両社が合併した、戦後日本の自動車再編の先駆けとなった案件。","x":"1966 日産自動車 プリンス自動車との合併 同業他社の取り込みによる、乗用車事業の一段の規模拡大 1965年5月にプリンス自動車工業との合併を公表し、1966年8月に吸収合併した。比率はプリンス5株に日産2株、新会社は資本金398億円・従業員約3万1600人となり、村山工場が日産に帰属した 1966年8月、日産自動車がプリンス自動車工業を吸収する形で両社が合併した、戦後日本の自動車再編の先駆けとなった案件。 外圧と再編、そして消えるブランド 日産・プリンスの合併は、純粋な企業間の経営判断というより、資本自由化という外圧と通産省の再編誘導という政策的な文脈のなかで成立した案件とみられる。実際、当事者の川又克二氏は自動車を\"国家的企業\"と呼び、通産大臣が自ら二社のトップを招いて合併を促し、系列を越えて二人の頭取が条件を仲裁した。技術で評価されたプリンスが、量産競争と開発コストの重さに耐えきれず、より大きな相手に身を寄せた構図は、優れた技術が必ずしも単独での存続を保証しないことを示しているのだろう。半世紀を経て振り返れば、これは日本車が国際競争へ踏み出す前夜の、象徴的な一歩であったとも読める。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/7203/decisions/corolla-takaoka-1966/","t":"大衆車市場を狙った高岡工場への集中投資と量産体制の構築","c":"トヨタ自動車","y":1966,"col":"#EB0A1E","s":"大衆車市場の到来と資本自由化を見越し、専用工場への集中投資でカローラを量産化し、競争の軸を設備投資へ転換した戦略","x":"1966 トヨタ自動車 カローラの本格投入 大衆車市場を狙った高岡工場への集中投資と量産体制の構築 1966年9月、月産10万台体制の第1陣として高岡工場を稼働させ大衆車カローラを投入。約125万m2の用地に乗用車の量産専門工場を築き、第1期で月産1万6000台の能力を加えた 大衆車市場の到来と資本自由化を見越し、専用工場への集中投資でカローラを量産化し、競争の軸を設備投資へ転換した戦略 需要を待たず、量産で市場を創出する この決断の核心は、需要の確証を待たずに専用工場を先に建て、量産そのもので大衆車市場を切り開こうとした点にある。用地の買収に着手してから第1号車のラインオフまで1年4か月、第1期で加えた能力は月産1万6000台にすぎないが、元町で敷いた乗用車専門工場という発想を、高岡はカローラ1車種へ的を絞るかたちでさらに徹底させた。長谷川竜雄氏が掲げた\"80点主義\"は、突出した個性よりも、あらゆる面で高い合格点を量産で安定して出すという思想であり、集中投資による原価低減と表裏をなしていた。高岡は単独の工場ではなく、専門工場を建て継いでいく体制構想の一手であった。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/oil-major-1966/","t":"石油の開発から精製・販売までを自社で一貫させる体制づくり","c":"伊藤忠商事","y":1966,"col":"#19479B","s":"繊維偏重からの脱却を進める越後正一社長が、資源確保を総合商社の使命と位置づけ、東亜石油の系列化（精製・販売）とジャワ海イアプコ油田の権益取得（開発）によって、石…","x":"1966 伊藤忠商事 東亜石油の系列化 石油の開発から精製・販売までを自社で一貫させる体制づくり 1966年に伊藤忠商事が東亜石油を系列に収めた。アラビア石油から株式を取得し、1970年にはジャワ海のイアプコ油田権益も手にした 繊維偏重からの脱却を進める越後正一社長が、資源確保を総合商社の使命と位置づけ、東亜石油の系列化(精製・販売)とジャワ海イアプコ油田の権益取得(開発)によって、石油の川上から川下までの一貫体制=和製メジャーを志向した経営判断 資源をめぐる使命と、その代償 この判断の中心にあるのは、資源を持たない国の商社が、原油の権益を自らの手で押さえることをどこまで使命として背負えるか、という問いである。資源ナショナリズムが強まる前夜に、越後正一社長は開発から精製・販売までを一社でつなぐ絵を描き、進退まで賭けて川上と川下の双方に参入した。理念としては、のちの資源高の時代を先取りする構えであったとみることもできる。ただ、油田の一発を当てることと、製油所を採算に乗せて回し続けることは、まるで性質の異なる仕事であった。 垂直統合・内製化 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/8174/decisions/city-gas-entry-1966/","t":"関東の中堅都市ガス事業者を傘下に収めた、都市ガス事業への進出","c":"日本瓦斯","y":1966,"col":"#089F99","s":"容器配送では1戸ずつしか増えない顧客を、供給区域ごと面で押さえるために、導管を敷く装置産業へ自ら入る判断","x":"1966 日本瓦斯 新日本瓦斯の設立 関東の中堅都市ガス事業者を傘下に収めた、都市ガス事業への進出 1966年6月に新日本瓦斯を設立。家庭用lpガス専業だった日本瓦斯が都市ガスへ入り、翌年の我孫子ガスを皮切りに関東の小規模事業者を統合した 容器配送では1戸ずつしか増えない顧客を、供給区域ごと面で押さえるために、導管を敷く装置産業へ自ら入る判断 面で押さえるという設計の寿命 この決断は、容器でガスを配る会社が、性質の異なる装置産業へ自ら入る選択であった。容器で運ぶガスは区域に縛られない代わりに、顧客は1戸ずつしか増えない。導管で送るガスは区域の許可と設備の重さを引き受ける代わりに、区域内の家庭をまとめて抱えられる。本山修策社長が語った35キロから50キロ圏という言い方には、東京ガスの区域の外側を、二つの燃料の使い分けで埋めていくという地理的な発想がうかがえる。 隣接領域への展開 連続買収・ロールアップ"},{"k":"decision","u":"/tse/9005/decisions/tama-garden-city-1966/","t":"鉄道の敷設と沿線の開発を一体で回す事業モデルの確立","c":"東急","y":1966,"col":"#E60012","s":"首都圏への人口流入という市場機会に対し、鉄道単独では赤字を覚悟しつつ、多摩丘陵の区画整理による宅地と住宅の販売益で投資を回収する「開発利益還元型」の事業構造を築…","x":"1966 東急 多摩田園都市の建設 鉄道の敷設と沿線の開発を一体で回す事業モデルの確立 1966年に多摩丘陵の面的開発を事業として進めた。五島慶太氏の構想を五島昇氏が継ぎ、区画整理で生んだ宅地と住宅の販売益で鉄道投資を回収した 首都圏への人口流入という市場機会に対し、鉄道単独では赤字を覚悟しつつ、多摩丘陵の区画整理による宅地と住宅の販売益で投資を回収する「開発利益還元型」の事業構造を築くために踏み切った、鉄道と沿線開発を一体で回す面的開発 開発利益還元型モデルの到達点と限界 多摩田園都市の建設は、鉄道会社であった東急を、沿線を面で開発するデベロッパーへと作り替えた判断であったのだろう。鉄道単独の赤字を覚悟しながら土地と住宅の販売益で投資を回収し、そこで育った人口が今度は鉄道の収益を安定させる。私鉄経営の理想とされた循環を、多摩丘陵という広大な実地で回し切った事例といえる。もっとも、高度成長と地価の上昇という追い風があってこそ成り立った、リスクの大きな賭けであったと言って良いだろう。 大型設備投資 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9201/decisions/boeing747-jumbo-1966/","t":"ジャンボ機の導入に踏み切った大量輸送体制への転換","c":"日本航空","y":1966,"col":"#CC0033","s":"旅客・貨物需要の倍増予測と空港の過密という市場環境に対し、便数増ではなく大型機による輸送力拡大で応えた設備投資","x":"1966 日本航空 ボーイング747導入決定 ジャンボ機の導入に踏み切った大量輸送体制への転換 1966年6月にボーイング747型機の購入を決定。490人乗りの大型機を1機66.6億円で取得し、1970年から羽田発の太平洋路線へ投入した 旅客・貨物需要の倍増予測と空港の過密という市場環境に対し、便数増ではなく大型機による輸送力拡大で応えた設備投資 繁栄を用意した投資の、長い射程 倍増する需要を大型機一発で受け止める判断は、免許独占という前提のうえでは理にかなっていたのだろう。増便を政治的に抑えつつ輸送力を確保する策として、ジャンボは技術と制度の双方に噛み合った。売上規模を上回りかねない機体投資に踏み切れたのも、需要が制度で保証されていたからであり、この一手が1980年代の\"世界一\"までを準備した面は大きい。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9675/decisions/hawaiian-center-1966/","t":"坑内から湧く温泉を観光資源へ転じた新事業の立ち上げ","c":"常磐興産","y":1966,"col":"#E60013","s":"エネルギー革命による石炭の斜陽化を受け、排水費として支出していた坑内湧出温泉と、閉山で行き場を失う労働力を観光事業へ転用した多角化","x":"1966 常磐興産 常磐ハワイアンセンター開業 坑内から湧く温泉を観光資源へ転じた新事業の立ち上げ 1966年1月に常磐ハワイアンセンターを開業。坑内から湧く温泉を使い、合理化で職を失う炭鉱労働者1,000人余りを受け入れた エネルギー革命による石炭の斜陽化を受け、排水費として支出していた坑内湧出温泉と、閉山で行き場を失う労働力を観光事業へ転用した多角化 買わずに済ませた資産と、買い戻せなかった時間 石炭を1トン掘るのに4トンの湯を汲み上げ、排水処理に年2億円を払っていた会社が、その湯で客を集めた。同じ時期にレジャーへ出た会社は多く、進出先を観光に定めたこと自体に新しさはない。中村豊副社長の着想の非凡さは、進出のために何も取得しなくて済ませた点にあるだろう。客を呼ぶ湯も、それを汲み上げる設備も、すでに帳簿の費用側に載っていた。買収も探鉱もいらない多角化は、資金の乏しい斜陽企業に残された数少ない選択肢である。 飛び地・非関連多角化 雇用・労使 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9735/decisions/online-security-1966/","t":"人海警備から機械警備へ、日本初のオンライン安全システムによる転換","c":"セコム","y":1966,"col":"#01519b","s":"人件費に比例して費用が膨らむ人手警備の限界に対し、センサーと通信回線による無人化警備へ移行し、レンタル制で契約がストックとして積み上がる収益構造へ転換した経営判…","x":"1966 セコム 「spアラーム」の開発 人海警備から機械警備へ、日本初のオンライン安全システムによる転換 1966年6月に無人の機械警備へ転換する。日本初のオンライン安全システムspアラームを発売し、センサーと通信回線で異常を検知する 人件費に比例して費用が膨らむ人手警備の限界に対し、センサーと通信回線による無人化警備へ移行し、レンタル制で契約がストックとして積み上がる収益構造へ転換した経営判断 人手に依存しない収益構造という賭け この決断の核心は、現に売れている人手警備をあえて断ち、当時ほとんど売れていなかった機械警備へ主力を移した点にある。オリンピック後の警戒注文は殺到しており、そのまま警備員を増やせば売上は伸びた。飯田氏はその道を断ち、開発から3年で売上の0.5%しかない無人化警備に会社の将来を賭けた。人を増やすほど費用が膨らむ構造から、契約が積み上がるほど利益が残る構造へ——収益の作り方そのものを組み替える選択であったと推察される。 収益モデル転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/9746/decisions/computing-center-founding-1966/","t":"会計事務所共同の計算センター構想によるTKC創業","c":"TKC","y":1966,"col":"#005EB8","s":"コンピューターによる会計処理の集中化が避けられないとみて、会計事務所が共同で使える計算受託会社を設立した創業判断","x":"1966 tkc 栃木県計算センター設立 会計事務所共同の計算センター構想によるtkc創業 1966年10月に宇都宮で栃木県計算センターを設立。鹿沼で会計事務所を営む公認会計士の飯塚毅が職域防衛と行政効率向上を定款に掲げる コンピューターによる会計処理の集中化が避けられないとみて、会計事務所が共同で使える計算受託会社を設立した創業判断 守るために設立した会社という出発点 この創業判断の特徴は、新しい市場を取りに行く攻めの起業というより、自分と同業者の仕事を守るために会社を立てた点にあると推察される。飯塚毅氏は当局との係争の渦中で、会計事務所という職業の足場がいかに脆いかを身をもって知った。そこへ欧米で見た電算化の波が重なり、手作業のままでは職業ごと押し流されるという見通しが生まれた。定款の第1号に\"職域防衛\"という言葉が置かれたのは、その二つの経験が同じ結論を指していたためであろう。 創業家・同族 プラットフォーム・標準化"},{"k":"decision","u":"/tse/1801/decisions/collegial-management-1965/","t":"創業家個人による支配から、複数の役員による合議で決める体制への切り替え","c":"大成建設","y":1965,"col":"#E85312","s":"創業家のワンマン支配に代えて、経営方針を常務会に諮る合議経営と本部制による分権を制度化し、集団指導体制へ移行した組織改革","x":"1965 大成建設 大倉家支配解消と本部制移行 創業家個人による支配から、複数の役員による合議で決める体制への切り替え 1965年1月に合議経営・本部制へ移行。大倉家の同族支配を解いた大成建設が営業・事務・建築・土木の4本部を開設し、社長は議長に徹した 創業家のワンマン支配に代えて、経営方針を常務会に諮る合議経営と本部制による分権を制度化し、集団指導体制へ移行した組織改革 ワンマンを据えない経営という選択 この経営判断の核心は、財閥解体で否応なく失われた創業家の求心力を、合議と分権の仕組みで置き換えた点にある。オーナーが去った会社をふたたび一人の強力なトップに委ねるのではなく、本間嘉平社長は経営方針を常務会に諮り、自らは議長に徹する\"チェックシステム\"を敷いた。社名\"大成\"を\"集大成\"=\"コーラス\"と解いた説明は、この集団指導体制を、外から借りた制度ではなく会社の由来に根ざす理念として示すものだった。 機関設計・取締役会改革"},{"k":"decision","u":"/tse/2206/decisions/efficiency-management-1965/","t":"取扱品目を菓子30品種まで集約する減量経営への踏み切り","c":"江崎グリコ","y":1965,"col":"#F44336","s":"売上債権と借入金の膨張を止めるため、押し込み販売と多品種生産をやめ、末端の販売動向に出荷を合わせる体制へ切り替えた減量経営","x":"1965 江崎グリコ 末端出荷主義へ転換 取扱品目を菓子30品種まで集約する減量経営への踏み切り 1965年3月に減量経営への転換。江崎グリコが新製品の押し込み販売をやめ、全国の支店を7支店へ整理し、生産品種を約30種に削減した 売上債権と借入金の膨張を止めるため、押し込み販売と多品種生産をやめ、末端の販売動向に出荷を合わせる体制へ切り替えた減量経営 売上を落とす決定を、好況の入口で下せるか この判断の難しさは、危機のさなかではなく、まだ伸びているように見える時点で売上を作る仕組みを止めた点にある。売上高が4年で2.7倍という数字だけを見れば、経営が誤っているとは誰も言わない。実際に壊れていたのは回収と在庫の側であり、そこに手を入れれば当期の利益は減少する。1965年3月期の13%減益は、その代償を先に払った結果と推察される。創業者が自ら指揮を執った点も、痛みを伴う転換を短期で通しきるうえで働いたのだろう。 選択と集中 販路・チャネル転換 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/6113/decisions/direct-sales-shift-1965/","t":"代理店経由の販売からの離脱と直接販売網の構築","c":"アマダ","y":1965,"col":"#FB1A1D","s":"代理店経由では中小顧客の要望が入らず不況期のキャンセルにも振り回されるとみたアマダが、販売を自社に取り込み、展示場と技能者教育を販売の設備として自社で整えた経営…","x":"1965 アマダ 代理店を通さない直販網 代理店経由の販売からの離脱と直接販売網の構築 1965年1月に直接販売網を構築。帯ノコ盤メーカーのアマダが商社・代理店に委ねた販売を自社へ切り替え、展示場と技能者教育で支えた 代理店経由では中小顧客の要望が入らず不況期のキャンセルにも振り回されるとみたアマダが、販売を自社に取り込み、展示場と技能者教育を販売の設備として自社で整えた経営判断 中抜きではなく、顧客の声を獲得する投資 ディーラーに払う15〜20%のマージンと、顧客を全国から呼び寄せる交通費・宿泊費を並べたとき、天田勇氏の計算では後者のほうが安かった。しかも代理店経由では売り切りで終わり、入ってくるのは客の要望ではなく代理店の要望にすぎない。1965年の切り替えは、流通を中抜きして粗利を取り戻す話ではなく、顧客の声を自社の設計台へ載せるための買い物であっただろう。本社と展示場に100億円、教育には無料の学校を置くという配分は、その理屈に沿っている。 販路・チャネル転換 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/6465/decisions/ice-machine-shift-1965/","t":"ジュース自販機から直販販社網の構築","c":"ホシザキ","y":1965,"col":"#009FDF","s":"大手が参入した自販機市場から、市場そのものが未成立だった業務用製氷機へ主力を転換し、営業と保守を自社で担う直販網を同時に整えた判断","x":"1965 ホシザキ 業務用製氷機への転換 ジュース自販機から直販販社網の構築 1965年1月に業務用製氷機への転換。星崎電機がジュース自動販売機に代わる主力として全自動製氷機を出し、代理店から自社販売会社の直販へ 大手が参入した自販機市場から、市場そのものが未成立だった業務用製氷機へ主力を転換し、営業と保守を自社で担う直販網を同時に整えた判断 需要のない商品を、誰が販売し、誰が修理するか この決断の中心にあるのは、商品の入れ替えそのものよりも、商品と売り方を同時に選び直した点にあると推察される。氷を機械で作るという商品には、当時の日本に買い手がいなかった。買い手がいない以上、既存の代理店に預けても売れる道理がない。星崎電機が自社で飲食店を一軒ずつ回る方式を採ったのは、販路の効率を求めた結果ではなく、需要そのものを自分たちで作るしかなかった事情の裏返しだったと思われる。結果として同社は、製氷機という商品と、営業と保守を一体で担う販社という仕組みを、二つで一つの資産として獲得した。 祖業・主力事業の転換 販路・チャネル転換 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/6856/decisions/mexa-emission-1965/","t":"自動車から出る気体を測る装置の製品化と、世への送り出し","c":"堀場製作所","y":1965,"col":"#478CD0","s":"医学用に高速化した赤外線分析計の技術を、モータリゼーションと排ガス規制が生む新市場へ転じ、自動車排ガス測定装置を事業化した判断","x":"1965 堀場製作所 排ガス測定装置の事業化 自動車から出る気体を測る装置の製品化と、世への送り出し 1965年11月に自動車排ガス測定装置を事業化。phメータや赤外線ガス分析計の技術を自動車という新市場へ向ける 医学用に高速化した赤外線分析計の技術を、モータリゼーションと排ガス規制が生む新市場へ転じ、自動車排ガス測定装置を事業化した判断 一点の技術が新市場を開く この判断の核心は、まったく新しい技術を起こしたのではなく、医学用に磨いた分析計の速さを別の対象へ転じた点にある。呼気ガスの分析で得た0.1秒の応答が、運転条件で変わる排ガスの測定にそのまま生きた。自社でセンサーを持ち、周辺は外に委ねるという堀場の分業が、対象を医学から自動車へ移す身軽さを支えただろう。持てる技術をどの市場へ向けるかという問いに、この事業化は一つの答えを示している。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7259/decisions/aisin-seiki-merger-1965/","t":"両社を一体化してのアイシン精機の発足","c":"アイシン","y":1965,"col":"#001A72","s":"同分野・同規模の兄弟会社2社を対等の精神で合併し、トヨタグループの中核部品メーカーに育てた組織再編","x":"1965 アイシン 愛知工業と新川工業合併 両社を一体化してのアイシン精機の発足 1965年8月に愛知工業と新川工業が合併。豊田英二副社長の提案を機に約4年をかけ対等の精神で統合しアイシン精機が発足 同分野・同規模の兄弟会社2社を対等の精神で合併し、トヨタグループの中核部品メーカーに育てた組織再編 対等という入口の思想 この合併の核心は、優劣のある吸収ではなく、対等の統合として設計された点にある。形式のうえでは愛知工業が新川工業を吸収したが、新しい社名は両社の頭文字を一字ずつ採り、どちらの名も消さなかった。豊田英二氏の提案から4年をかけた慎重な熟成は、条件が整っていてもなお、融和なき合併が根を張らないことを、トヨタグループがよく知っていたことをうかがわせる。急がずに果実の熟すのを待った点に、この統合の性格がある。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8302/decisions/yamaichi-rescue-1965/","t":"日高輝氏を送り込む形での、主力3行による再建責任の分担","c":"日本興業銀行","y":1965,"col":"#1a5c9c","s":"証券恐慌下で資金繰りが行き詰まった主要取引先に、融資の継続ではなく経営者の派遣と再建の責任引き受けで臨んだ判断","x":"1965 日本興業銀行 山一証券の再建引受 日高輝氏を送り込む形での、主力3行による再建責任の分担 1965年5月に山一証券の再建を引き受け。中山素平頭取の主導で日高輝氏を社長に送り、富士銀行・三菱銀行と主力3行を組む 証券恐慌下で資金繰りが行き詰まった主要取引先に、融資の継続ではなく経営者の派遣と再建の責任引き受けで臨んだ判断 貸すことと、預かること 中山素平氏が動かしたのは、融資の枠ではなく、日産化学工業の社長だった日高輝氏という一人の人物だった。赤坂の座敷での一言に始まり、富士・三菱の頭取と小林中氏を巻き込んで一年近くをかけ、興銀は債権者の位置から、経営の責任を負う側へ自らを移した。氷川寮の会談に臨んだのは興銀の頭取であり、その帰りを興銀で待っていたのは山一の社長である。救済の当事者がどちら側にいたかは、この一夜の座の配置が示している。 経営再建・ターンアラウンド 外部人材・プロ経営者 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/8602/decisions/boj-special-loan-1965/","t":"日本銀行法二十五条による特別融資の受け入れと、新旧勘定分離による再建","c":"山一證券","y":1965,"col":"#D11719","s":"証券不況で運用預かりの解約が資金繰りを直撃し、信用システムへの波及を防ぐため日銀法二十五条の特別融資を受けたうえ、商号を変えずに債務と営業を区分する新旧勘定分離…","x":"1965 山一証券 日銀特融の受け入れ 日本銀行法二十五条による特別融資の受け入れと、新旧勘定分離による再建 1965年5月に日銀特融を受け入れる。蔵相の田中角栄の決断で日本銀行法25条の無担保・無制限の融資が決まり、山一証券向けは282億円に達した 証券不況で運用預かりの解約が資金繰りを直撃し、信用システムへの波及を防ぐため日銀法二十五条の特別融資を受けたうえ、商号を変えずに債務と営業を区分する新旧勘定分離で返済した 純財産70億円の会社が抱えた477億円 純財産額70億円の会社が、運用預かりを477億円抱えていた。大蔵省が純財産額の2倍程度に抑えるよう指導していた枠を、不況の深刻化のなかで7倍近くまで超えていたことになる。日高輝氏はこの実態を知らされないまま社長を引き受け、就任してから健全化委員会で現状を集めた。特融が信用機構全体への波及を理由に発動されたのは、山一一社の資金繰りが問題だったからではなく、運用預かりが銀行預金に近い性格を持ち、解約が他社と銀行へ連鎖する構造だったためと思われる。 経営再建・ターンアラウンド 外的危機への対応 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/9048/decisions/tsuchikawa-diversification-1965/","t":"名鉄百貨店・バスターミナルを核とする多角化とグループ経営の構築","c":"名古屋鉄道","y":1965,"col":"#004EA2","s":"鉄道の需要は自ら生み出すという発想のもと、百貨店・観光・文化・不動産へ多角化し、輸送と開発をかみ合わせるグループ経営の型を1960年代を通じて築いた面的な戦略","x":"1965 名古屋鉄道 明治村など多角化経営 名鉄百貨店・バスターミナルを核とする多角化とグループ経営の構築 1965年3月に鉄道を核とする多角化を進めた。土川元夫社長が名鉄百貨店・博物館明治村・日本モンキーセンターを整え、鉄道の需要を自ら生む仕組みを構築した 鉄道の需要は自ら生み出すという発想のもと、百貨店・観光・文化・不動産へ多角化し、輸送と開発をかみ合わせるグループ経営の型を1960年代を通じて築いた面的な戦略 需要を自ら生む多角化とは何だったか 私鉄の多角化という言葉でくくると、この時期の名鉄は不動産やレジャーに参入した同業各社の一例に映る。だが土川元夫氏が据えた芯は、鉄道の需要は自ら生み出すという一点にあった。交通機関は百年足らずで移り変わるという危機感から、百貨店・バスターミナル・明治村という異業種の集客装置を沿線に並べ、鉄道へ人を呼び込む仕掛けそのものを事業にした。採算を無視すると否決された明治村を押し通したところに、その発想の徹底ぶりがうかがえる。 飛び地・非関連多角化 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9502/decisions/atsumi-thermal-1965/","t":"国定公園の保安林に建てた大容量火力と、申し入れから着工まで9年を要した増設","c":"中部電力","y":1965,"col":"#E60012","s":"臨海工業地帯の埋立地に集約してきた火力を、地元の協力を得て国定公園内の保安林へ拡大し、県との環境保全協定と湾内漁協との補償交渉を自ら引き受けて大容量の石油火力を…","x":"1965 中部電力 渥美火力発電所の建設 国定公園の保安林に建てた大容量火力と、申し入れから着工まで9年を要した増設 1965年に愛知県渥美町で約108万m2の火力発電所用地を買収。三河湾国定公園の保安林に各50万kwの1・2号機を建て、3・4号機の増設は申し入れから着工まで9年を要した 臨海工業地帯の埋立地に集約してきた火力を、地元の協力を得て国定公園内の保安林へ拡大し、県との環境保全協定と湾内漁協との補償交渉を自ら引き受けて大容量の石油火力を建設した判断 埋立地の外へ出た火力 渥美の決断は、臨海工業地帯の埋立地という火力の定位置から初めて外へ出た立地だったとみられる。埋立地では漁業補償も土地利用の調整も埋立権者が済ませており、会社が向き合う相手は限られていた。渥美では用地の買収、国定公園の保全協定、湾内21組合との補償交渉を、会社が一つずつ自ら引き受けた。1・2号機を短期間で動かせたのは町の積極的な協力があったからで、その協力が揺らげば同じ地点の増設が格段に難しくなることまで、この時点で見通していたかは疑わしい。 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9667/decisions/copyright-self-ownership-1965/","t":"放送局系列の音楽出版会社への楽曲著作権譲渡の不採用","c":"ホリプロ","y":1965,"col":"#0497E2","s":"目先の出演機会と引き換えに楽曲の著作権を放送局系列へ譲る業界の慣行を採らず、自前の音楽出版会社で権利を保有して継続的な使用料収入をつくる判断","x":"1965 ホリプロ 東京音楽出版の設立 放送局系列の音楽出版会社への楽曲著作権譲渡の不採用 1965年8月に東京音楽出版を設立。堀威夫社長の判断で所属歌手の楽曲著作権を放送局系列へ譲らず自社で保有管理する 目先の出演機会と引き換えに楽曲の著作権を放送局系列へ譲る業界の慣行を採らず、自前の音楽出版会社で権利を保有して継続的な使用料収入をつくる判断 何を会社の資産と数えるか 1965年に東京音楽出版へ移した権利が数字で語られたのは、売上高の20%強という比率が示された1989年の講演であった。設立から20年余り、この会社は放棄した出演機会の埋め合わせをすぐには返さない持ち場であり続けた。堀威夫社長が譲渡に同調しなかったのは、守屋浩氏の謹慎と舟木一夫氏の独立という創業直後の2件で、タレント1人の身に起きたことがそのまま売上を消す構造を、創業直後の2件で見ていたからだった。放送局との関係を優先した同業他社の判断も、当時の力関係のもとでは合理的であった。 垂直統合・内製化 隣接領域への展開 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/1959/decisions/total-facility-shift-1964/","t":"空調・管工事と水処理工事への参入による総合設備工事会社への転換","c":"クラフティア","y":1964,"col":"#333333","s":"電力会社の設備投資計画に連動する配電工事の外側へ、建物の空調・給排水・水処理という新しい工事品目を継ぎ足し、発注元を電力会社以外へ拡大した業態の転換","x":"1964 クラフティア 九州電工ホーム設立で総合設備化 空調・管工事と水処理工事への参入による総合設備工事会社への転換 1964年7月に総合設備工事会社へ転換。空気調和・冷暖房・管工事を始め、1971年に水処理工事、1972年に九州電工ホームを設立 電力会社の設備投資計画に連動する配電工事の外側へ、建物の空調・給排水・水処理という新しい工事品目を継ぎ足し、発注元を電力会社以外へ拡大した業態の転換 品目を足すという遅い手 1964年の決定は、事業の買収でも大型の設備投資でもなく、営業品目を一つ増やすという地味な手であった。効き始めるまでには時間がかかる。参入10年後の空調管工事は売上の16%、20年後で22%にとどまり、主力を置き換えるほどの勢いはない。それでも、電力会社の設備投資という一つの蛇口に受注を委ねていた会社が、建築主・自治体という別の蛇口を自分で開ける手立てを持った意味は小さくなかった。1971年の水処理、1972年の住宅と続く並びをみると、品目を足す手が繰り返し選ばれている。 隣接領域への展開 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/2501/decisions/sapporo-brand-unification-1964/","t":"かつての商標「サッポロ」の復活から社名までを揃えるブランドの一本化","c":"サッポロビール","y":1964,"col":"#FDC426","s":"旧銘柄を選ぶ消費者のリバイバル志向と麒麟麦酒のシェア拡大に対し、継承商標\"サッポロ\"への一本化で対抗した銘柄戦略","x":"1964 サッポロビール 「ニッポンビール」から改称 かつての商標「サッポロ」の復活から社名までを揃えるブランドの一本化 1964年1月に社名をサッポロビールへ。1949年の大日本麦酒分割でニッポンビールを掲げた日本麦酒が、1957年に商標サッポロを復活させた 旧銘柄を選ぶ消費者のリバイバル志向と麒麟麦酒のシェア拡大に対し、継承商標\"サッポロ\"への一本化で対抗した銘柄戦略 銘柄という資産に帰る この判断の核心は、分割で背負わされた\"歴史のない商標\"を8年で見切った点にあるのだろう。ニッポンビールを育て続ける道もあったはずで、実際に発足当初は通用していた。それでも消費者が昔の銘柄へ帰っていく現実を前に、会社は投資してきた新商標ではなく、消費者の記憶の側に賭けた。1957年の商標復活が売れ行きでその正しさを示し、1964年の社名変更は、その路線を会社の名前ごと引き受ける宣言であったといえる。味で差がつきにくい商品において、来歴こそが差になるという見立てが、そこには働いていたのであろう。 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/2809/decisions/egg-procurement-network-1964/","t":"4工場での割卵と全販連60%・3年契約による鶏卵調達網の掌握","c":"キユーピー","y":1964,"col":"#E4002B","s":"卵黄を多く使う製品設計を維持するため、4工場での割卵と全販連60%・3年契約・直営養鶏場によって鶏卵の調達網を自社の内側へ取り込んだ判断","x":"1964 キユーピー 年4万トンの割卵体制 4工場での割卵と全販連60%・3年契約による鶏卵調達網の掌握 1964年の鳥栖工場新設で仙川・伊丹・挙母・鳥栖の4工場が割卵を担う体制が整った。年間約4万トンは国内の鶏卵生産量の5%にあたり、全販連関係60%と3年単位の年間契約で原料を押さえた 卵黄を多く使う製品設計を維持するため、4工場での割卵と全販連60%・3年契約・直営養鶏場によって鶏卵の調達網を自社の内側へ取り込んだ判断 製品設計を原料調達が支える この判断は工場を建てた話ではなく、真似のできない製品設計を維持するための調達の話であったのだろう。卵黄20%という配合は、味の決め手であると同時に原価の重石でもある。年間80億円の鶏卵を買い続けられなければ成立しない設計で、逆にいえば、その量を安定して集められる会社にしか作れない。全販連との取引が6割を占め、3年単位の契約で数量を押さえ、足りない分を時価で買い、さらに直営の養鶏場まで持つ調達網は、味の再現ではなく供給の再現を難しくした。 垂直統合・内製化 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/4452/decisions/hansha-reform-1964/","t":"販社制度の構築——問屋を外し、全国約27万件の小売と直接結ぶ流通改革","c":"花王","y":1964,"col":"#05AC8F","s":"問屋を介する流通の非効率と値崩れを断つため、全国の小売と再販契約を締結し、花王製品専売の販社を軸とする自前の流通経路へ組み替えた業態転換","x":"1964 花王 問屋を外す再販契約 販社制度の構築——問屋を外し、全国約27万件の小売と直接結ぶ流通改革 1964年に販社制度による流通改革。全国約27万件の小売店と再販契約を締結し、丸田芳郎副社長が花王販社を軸とする自前の販路を築く 問屋を介する流通の非効率と値崩れを断つため、全国の小売と再販契約を締結し、花王製品専売の販社を軸とする自前の流通経路へ組み替えた業態転換 代償を先に払う経営 この判断の芯にあるのは、目先の売上や首位の座を守ることよりも、流通の経路を自らの手に握ることを優先した点である。問屋を外せば一時的に出荷は滞り、シェアも低下する。実際に花王は1971年に首位を明け渡した。それでも経路の主導権の獲得を優先したのは、店頭までの動きが見えなければ値崩れも需要変化も抑えられない、という見立てがあったためと考えられる。代償を先に払い、そのうえで長く効く仕組みを残す——設備を組み替えて事業転換を固め、人事で撤退を固めてきた花王の手筋は、流通の領域でも同じ形をとったと推察される。 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/4578/decisions/otsuka-pharma-spinoff-1964/","t":"医薬品事業を切り出して据えた二階建ての事業モデルの構築","c":"大塚HD","y":1964,"col":"#236AB2","s":"他社新薬の類似品づくりに傾いたグループから医薬品事業を分社し、自社開発を担う大塚製薬を新設。輸液で収益を上げる土台の上に開発と消費財を重ねる二階建ての事業構造を…","x":"1964 大塚hd 大塚製薬の分社設立 医薬品事業を切り出して据えた二階建ての事業モデルの構築 1964年8月に大塚製薬を分社して新設。大塚正士氏がグループの長男と位置づけ、息子の大塚明彦氏に開発と生産を託した 他社新薬の類似品づくりに傾いたグループから医薬品事業を分社し、自社開発を担う大塚製薬を新設。輸液で収益を上げる土台の上に開発と消費財を重ねる二階建ての事業構造を敷いた 収益を上げる事業と育てる事業を分離するということ 1964年の分社を、単なる節税目的の組織いじりと見るのは浅い。企業集団が税務の都合で膨らんでいたのは確かだが、正士氏がこの一社にだけ\"グループの長男\"という重みを与え、他社の模倣を脱する自社開発を託した点にこそ、この判断の芯がある。しかも担い手には、営業を離れ開発だけを歩む息子の明彦氏を据えた。稼ぎ頭の輸液から切り離して開発専業の会社を設立する構えは、目先の売上より次の商品を生む力を選んだ配置だったのだろう。 分社・スピンオフ・子会社上場 収益モデル転換 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/5214/decisions/crt-glass-entry-1964/","t":"ブラウン管ガラスへの後発参入と、専用工場による生産体制の確立","c":"日本電気硝子","y":1964,"col":"#0175C1","s":"テレビが大きな市場を築くという確信のもと、世間の評価が定まらぬ段階でCRTガラスへ後発参入し、資本金の数倍にあたる資金を専用工場へ集中させた投資判断","x":"1964 日本電気硝子 滋賀高月にcrt工場新設 ブラウン管ガラスへの後発参入と、専用工場による生産体制の確立 1964年12月に滋賀高月にcrt工場新設。米オーエンズ・イリノイの技術を導入し、約20億円を投じてテレビ用ガラスへ後発参入 テレビが大きな市場を築くという確信のもと、世間の評価が定まらぬ段階でcrtガラスへ後発参入し、資本金の数倍にあたる資金を専用工場へ集中させた投資判断 読みの当否ではなく、規模の置き方 技術提携先のオーエンズ・イリノイでさえ、ニュージャージーの新工場を火入れ直前に撤収していた。1964年の時点でテレビの将来は共通の見方ではない。それでも日本電気硝子は、資本金3億円・売上高38億円の身で約20億円を滋賀高月の一工場へ集めている。読みを当てたことよりも、伸びる見込みのある事業なら進出の早晩を問わず相応の規模でやるという構えが、この投資の形に表れている。 大型設備投資 隣接領域への展開 祖業・主力事業の転換 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5333/decisions/long-term-plan-1964/","t":"第1次長期経営計画での「碍子6・非碍子4」構想の策定と周辺分野への多角化","c":"日本ガイシ","y":1964,"col":"#0173C3","s":"碍子生産で世界的規模の基盤を確立したという認識のもと、成長の方向を本業周辺分野へ向け、5年後の売上構成を碍子6・非碍子4とする数値目標で多角化を組織に課した経営…","x":"1964 日本ガイシ 6対4構想で非碍子へ 第1次長期経営計画での「碍子6・非碍子4」構想の策定と周辺分野への多角化 1964年に非碍子分野へ多角化。熱田・小牧両工場の完成を受け、5年後の売上構成を碍子6対非碍子4とする6対4構想 碍子生産で世界的規模の基盤を確立したという認識のもと、成長の方向を本業周辺分野へ向け、5年後の売上構成を碍子6・非碍子4とする数値目標で多角化を組織に課した経営計画 どこまでを自社の領域とするか 野淵三治社長は1959年の就任と同時に事業部制を敷いて化工機部と新商品部を置き、1962年には米レオポルド社から集水装置の技術を導入していた。1964年の6対4構想が定めたのは、多角化の量だけではない。碍子の焼成技術と耐酸機器の販路が届く範囲を先に区切り、そこだけを成長の候補としたところに、この計画の性格がある。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6724/decisions/printer-business-origin-1964/","t":"東京オリンピックの計時用プリンターを起点とした印刷機事業の立ち上げ","c":"セイコーエプソン","y":1964,"col":"#10218A","s":"時計の極限的な精密加工技術を五輪の計時用プリンターへ転用したのを手がかりに、時計と無縁な事務機・情報機器へ用途を転換し、SEIKOとは別のEPSONブランドと販…","x":"1964 セイコーエプソン \"epson\"ブランド制定 東京オリンピックの計時用プリンターを起点とした印刷機事業の立ち上げ 1964年10月に東京オリンピックへミニプリンターを供給した。計時したタイムを印字する世界初の水晶式ポータブルプリンターが事務機への入口 時計の極限的な精密加工技術を五輪の計時用プリンターへ転用したのを手がかりに、時計と無縁な事務機・情報機器へ用途を転換し、seikoとは別のepsonブランドと販売網を自前で立ち上げた判断 副業を本業にできた条件 五輪の計時装置に付ける印字装置は、注文としては小さな仕事であった。それを時計と縁のない事務機の側へ持ち出し、ep-101という完成品にまで仕上げたところに、この判断の芯がある。中村恒也氏と相沢進氏が同じ技術で二つの市場を見ていたこと、そして時計の全盛期から機械・電気・化学の技術者を集めていたことが、転用を思いつきで終わらせずに事業へ組み立てられた条件であったとみられる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/6752/decisions/atami-conference-1964/","t":"「松下電器が悪かった」と非を認めることから始めた代理店との関係の再構築","c":"パナソニック","y":1964,"col":"#1450a0","s":"乱売競争で販売会社・代理店が赤字に陥るなか、トップが非を認めて和解し、一地域一販社制・事業部直販制・新月販制度で販売網を組み替えた再編","x":"1964 パナソニック 熱海会談で販売制度改革 「松下電器が悪かった」と非を認めることから始めた代理店との関係の再構築 1964年7月に全国170社の販売会社社長を熱海へ招集した。激論の末に松下幸之助会長が営業本部長を代行し、一地域一販社制へ進んだ 乱売競争で販売会社・代理店が赤字に陥るなか、トップが非を認めて和解し、一地域一販社制・事業部直販制・新月販制度で販売網を組み替えた再編 謝ることが、制度を変えた 熱海会談の凄みは、トップが公衆の面前で全面的に非を認めた点にあった。だが、涙と謝罪だけでは商いは変わらない。幸之助氏が並みの経営者と違ったのは、和解の直後に自ら第一線へ返り咲き、感情の融和を制度の改革で裏打ちしたところにあった。長期手形への依存を断ち、一地域一販社・事業部直販・新月販という具体的な仕組みへ落とし込む。頭を下げることと、構造を組み替えることを、一続きの動作として成し遂げただろう。 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7004/decisions/sakai-mammoth-dock-1964/","t":"総工費150億円の桜島工場の造船からの撤収","c":"カナデビア","y":1964,"col":"#009078","s":"石油消費の増大で油送船が大型化し、20万重量トン級を建造できるドックを持たない会社は超大型船の受注から外れるという市場の読みに沿って、堺に新造船所を建設し桜島の…","x":"1964 カナデビア 堺工場マンモスドック建設 総工費150億円の桜島工場の造船からの撤収 1964年3月に堺の臨海工業地帯で新造船所を着工。総工費150億円で長さ400メートルのドックを構え1966年4月に竣工 石油消費の増大で油送船が大型化し、20万重量トン級を建造できるドックを持たない会社は超大型船の受注から外れるという市場の読みに沿って、堺に新造船所を建設し桜島の造船から撤退した判断 ドックの大きさより、桜島からの撤退 150億円を投じたことよりも、発祥の地の船台を閉じたことが、この投資の芯であった。桜島工場は1899年に安治川河口へ置かれ、因島とともに日本三大造船所と呼ばれる基礎をつくった工場である。\"総力を堺に\"という合言葉は、そこから造船を引き揚げると宣言する言葉でもあった。中小の経営の枠内に入らないために超大型船に主力を置くと永田敬生社長が語っていたことと併せれば、堺は逃げ場を残さない選び方であったといえる。 大型設備投資 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/7011/decisions/three-heavies-merger-1964/","t":"財閥解体で分割された三社の再合併による一体経営への復帰","c":"三菱重工業","y":1964,"col":"#E83C3E","s":"財閥解体で三社に分割され15年別々に運営された三菱重工系を、二重投資の調整と国際競争力強化のために再合併し、日本最大級の重機械メーカーへ再統合した判断","x":"1964 三菱重工業 三菱造船など三社の再合併 財閥解体で分割された三社の再合併による一体経営への復帰 1964年6月に三菱重工業として再合併。財閥解体で分かれた新三菱重工業・三菱日本重工業・三菱造船の三社が一体へ 財閥解体で三社に分割され15年別々に運営された三菱重工系を、二重投資の調整と国際競争力強化のために再合併し、日本最大級の重機械メーカーへ再統合した判断 分立を解いた規模を、どう使いこなすか この判断の核心は、財閥解体という外的な力で人為的に三つに分けられた組織を、15年の分立を経て、国際競争力の要請のもとに再び一つへ集約した点にある。合併の狙いが規模そのものよりもグループ内の二重投資と研究重複の調整に置かれていたことを踏まえれば、これは拡大の判断であると同時に、切り分けられた事業を国際競争の時代に合わせて組み直す整理の判断でもあっただろう。日本の重工業の骨格を一社に統合し直した点で、戦後の産業再編を象徴する一手であった。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/9101/decisions/shipping-consolidation-1964/","t":"海運6グループへの集約と中核会社としての生き残り","c":"日本郵船","y":1964,"col":"#CC0000","s":"1963年に成立した海運二法を受け、1964年4月1日に外航海運95社が日本郵船・大阪商船三井船舶・川崎汽船・ジャパンライン・山下新日本汽船・昭和海運の6グルー…","x":"1964 日本郵船 三菱海運を合併 海運6グループへの集約と中核会社としての生き残り 1964年4月に外航海運6グループへ集約した。1963年の海運二法を受け外航海運95社が日本郵船・大阪商船三井船舶・川崎汽船など戦後最大の再編に臨んだ 1963年に成立した海運二法を受け、1964年4月1日に外航海運95社が日本郵船・大阪商船三井船舶・川崎汽船・ジャパンライン・山下新日本汽船・昭和海運の6グループに集約された、戦後最大規模の業界再編である。 国策再編という手法の功罪 1964年の海運集約は、不況業種の構造問題を市場の淘汰に委ねるのではなく、法制と財政支援を組み合わせて国が一度に業界を再編した事例と思われる。過当競争に陥った産業を一定規模の企業集団へ水平統合するという発想は、規模の経済と国際競争力の確保という明快な論理を備えていた。一方で、どの会社とどの会社が組むかは政策の枠内で各社の利害が交錯する交渉でもあり、当初の組み合わせが組み替えられた経緯は、国策といえども当事者の合意形成を抜きには進まないことを示しているとも読める。 合併・経営統合 リストラ・構造改革"},{"k":"decision","u":"/tse/9104/decisions/osaka-shosen-mitsui-merger-1964/","t":"海運集約政策のもとでの二社統合による、新会社発足という再編","c":"商船三井","y":1964,"col":"#003B7A","s":"1963年7月施行の海運二法が、利子猶予・利子補給という助成の条件として海運会社の合併と運航船腹100万重量トン以上を求めた。外航海運は6中核体へ集約され、大阪…","x":"1964 商船三井 三井船舶との対等合併 海運集約政策のもとでの二社統合による、新会社発足という再編 1963年12月に三井船舶との合併へ調印した。海運二法が助成の条件に合併と運航船腹100万重量トンを課し、1964年4月に大阪商船三井船舶が発足 1963年7月施行の海運二法が、利子猶予・利子補給という助成の条件として海運会社の合併と運航船腹100万重量トン以上を求めた。外航海運は6中核体へ集約され、大阪商船は近海と遠洋で航路の重複が少ない三井船舶を相手に選んで対等合併した 国が決めた集約と、自分で選んだ相手 集約の枠は国が決めたが、枠のなかで誰と組むかは会社が決めた。大阪商船が選んだのは、同じ近海で客と荷を争う相手ではなく、三池炭の輸送から始まって遠洋を主戦場としてきた三井船舶であった。ニューヨーク航路の配船が月2航海ずつから4航海になり、代理店が一本化され、荷主系列に住友系と三井系の金融が並んだのは、重複の少ない血統を足したからだろう。武田氏が合併の利は他の中核体と比べて最も大きいと自負したのも、この選び方についての自負であった。 合併・経営統合 pmi・買収後統合"},{"k":"decision","u":"/tse/9110/decisions/shipping-consolidation-1964/","t":"海運集約のもとでの独立経営の断念と、大手グループ傘下入りという選択","c":"NSユナイテッド海運","y":1964,"col":"#003F87","s":"海運再建整備法による企業集約という制度上の要請に対し、単独存続ではなく日本郵船グループの系列会社となる道を選んだ","x":"1964 nsユナイテッド海運 日本郵船グループへ系列編入 海運集約のもとでの独立経営の断念と、大手グループ傘下入りという選択 1964年5月に海運再建整備法の企業集約へ参加。新和海運は日本郵船を中核会社とする企業グループに所属し、その系列に入った 海運再建整備法による企業集約という制度上の要請に対し、単独存続ではなく日本郵船グループの系列会社となる道を選んだ 選べなかったのではなく、選び方が限られていた 1964年の集約は、法律が枠を決め、行政が確認する再編であった。中堅の海運会社にとって、参加するかどうかを選ぶ自由は事実上なく、残された判断は、どの中核会社の傘に入り、階層のどの位置に置かれるかという点にあった。新和海運が郵船グループの系列会社という位置を得たことは、船を貸すだけの専属会社に落ちず、運航会社としての事業を保ったという意味を持つ。制度に組み込まれる過程でも、会社としての輪郭をどこまで残せるかという判断は働いていただろう。 資本提携・政策保有 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/9119/decisions/liner-division-transfer-1964/","t":"海運集約での定期航路部門の譲渡とタンカー専業体制への転換","c":"飯野海運","y":1964,"col":"#D13709","s":"運輸省主導の海運集約という制度変更に対し、中核体を組む側ではなく定航を手放して液体貨物・不定期船の専業に残る道を選んだ","x":"1964 飯野海運 川崎汽船へ定期航路を移管 海運集約での定期航路部門の譲渡とタンカー専業体制への転換 1964年3月に定期航路部門を飯野汽船へ譲渡。運輸省主導の海運集約に応じた分離で、新会社は4月に川崎汽船と合併した 運輸省主導の海運集約という制度変更に対し、中核体を組む側ではなく定航を手放して液体貨物・不定期船の専業に残る道を選んだ 降りた市場と、残った市場 飯野海運の答えは、規模を追わずに市場を選ぶというものであった。定期航路は、貨物を集める営業網と船腹の量がそのまま競争力になる事業であり、中堅の資本で中核6社に伍していく見通しは立ちにくい。定航を渡してタンカーと不定期船に残った判断は、勝てる場所を先に見極めた選択であったと推察される。 事業売却・撤退 選択と集中 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/1928/decisions/tanabe-direct-sales-turnaround-1963/","t":"販売と施工を自社で担う体制への切り替えと、高級化路線の採用","c":"積水ハウス","y":1963,"col":"#E4002B","s":"代理店販売を廃した直接販売・責任施工と高級化路線への転換で、累損企業を黒字体質へ立て直した経営判断","x":"1963 積水ハウス 代理店販売の廃止と直販への転換 販売と施工を自社で担う体制への切り替えと、高級化路線の採用 1963年6月に田鍋健氏が直販へ転換。設立3年で累積赤字を抱えた積水ハウス産業で代理店販売を廃し、社名を積水ハウスへ変えた 代理店販売を廃した直接販売・責任施工と高級化路線への転換で、累損企業を黒字体質へ立て直した経営判断 値段でなく質で選ばせるという選択 この経営判断の核心は、売れない原因を製品や市場のせいにせず、売り方と商品の位置づけの両方を同時に変えた点にある。代理店任せの販売を社員による直接販売・責任施工へ改めたことは、コストの上昇を承知のうえで、顧客との接点と品質の責任を自社に取り戻す選択だった。同業他社が量産・量販に不利とみて避けた道を、田鍋健社長はあえて選んだ。 販路・チャネル転換 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/3402/decisions/thailand-production-1963/","t":"現地資本と組んで踏み出した、日本国外での生産という初めての選択","c":"東レ","y":1963,"col":"#004097","s":"大口輸出先だったタイが輸入代替と国内産業の育成へ動き、輸出のままでは市場が閉じる見通しになったため、現地生産で輸出市場を置き換える判断","x":"1963 東レ タイで合弁2社設立 現地資本と組んで踏み出した、日本国外での生産という初めての選択 1963年3月にタイで合弁2社を設立。東洋レーヨンが現地資本とタイ東レ・テクスタイル・ミルズを設け、翌1964年4月に操業した 大口輸出先だったタイが輸入代替と国内産業の育成へ動き、輸出のままでは市場が閉じる見通しになったため、現地生産で輸出市場を置き換える判断 早さと、畳まなかったこと 東レがタイに工場を建設した1963年は、日本の電機や自動車が海外生産へ動く前にあたる。輸出先が輸入代替へ向かったから現地で作る——理屈としては素直だが、当時の日本企業の相場観に照らせば相当に早い。しかもその早さは、作るものをレイヨンと決めてかかった読み違いとして最初の2年で露呈した。流行がレイヨンからポリエステルやアクリルへ移り、tttmは営業2年度で設備の手直しに追い込まれている。早く動くことと正しく動くことは、この件では重ならなかったのだろう。 海外進出・現地生産 グローバル経営体制 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/4204/decisions/us-foam-paper-1963/","t":"新素材にかけた海外展開の挫折と、成長会社からの転落","c":"積水化学工業","y":1963,"col":"#004EA2","s":"独自素材「第三の紙」を武器に、日本企業として先駆けて北米で現地生産に踏み切ったが、現地大手の追い上げと技術の未完成で在庫を抱え、1965年の赤字と社長更迭に至っ…","x":"1963 積水化学工業 新素材の紙で北米進出 新素材にかけた海外展開の挫折と、成長会社からの転落 1963年に米ペンシルベニア州で現地生産。積水化学工業が日本企業に先駆け、上野次郎男社長のもと発泡ポリスチレンペーパーの量産を開始する 独自素材「第三の紙」を武器に、日本企業として先駆けて北米で現地生産に踏み切ったが、現地大手の追い上げと技術の未完成で在庫を抱え、1965年の赤字と社長更迭に至った海外進出 先んじて出ることの意味 積水化学の北米進出は、輸送コストを現地生産で越え、独自素材で世界市場を獲るという、時代を先取りした構想であった。運賃をかけて運ぶより現地でつくるという論理は、その後の日本企業の海外展開に通じる。ただ、狙った\"第三の紙\"の技術がまだ固まりきらないうちに、ダウ・ケミカルやモンサントという桁違いの研究力を持つ相手と正面から競う場所を、自ら選んでしまった。先んじて動いたことと、競争優位を保ち切れなかったこととが同じ一つの決断のなかに同居している点に、この挑戦の難しさがうかがえる。 海外進出・現地生産 トップ交代・承継 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4922/decisions/loreal-alliance-1963/","t":"国内資本にこだわらず、外資との合弁を受け入れる道の選択","c":"コーセーホールディングス","y":1963,"col":"#418FDE","s":"貿易自由化に続く資本の自由化を控え、外国メーカーの参入が見込まれるなかで、外資を競争相手として遠ざけず、技術と販売手法の導入路として提携相手に迎えた判断","x":"1963 コーセーホールディングス 仏ロレアルと技術提携 国内資本にこだわらず、外資との合弁を受け入れる道の選択 1963年5月に仏ロレアルと技術提携。小林コーセーは技術導入にとどまらず合弁も組み、2001年8月の解消まで38年を共にした 貿易自由化に続く資本の自由化を控え、外国メーカーの参入が見込まれるなかで、外資を競争相手として遠ざけず、技術と販売手法の導入路として提携相手に迎えた判断 内側に入れて学ぶという選び方 外資を締め出すのではなく、内側に入れて学ぶ。1963年5月の小林コーセーの選択は、その一点にある。同じ業界の最大手である資生堂は、米国進出でも現地企業の買収を退け、自社で会社を設立して資生堂ブランドで売る方針をとった。創業17年のコーセーは反対に、のちに世界最大となる化粧品会社と技術提携を締結し、その関係を38年抱えた。1970年のコスメデコルテ、1980年の化粧品メーカー初のデミング賞事業所表彰は、いずれもその38年の途中に置かれた成果である。 技術・r&d起点の勝負 資本提携・政策保有 ブランド・マーケティング 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/5101/decisions/jiritsu-5kanen-1963/","t":"首位を明け渡した後の巻き返しと、島崎敬夫社長による経営刷新","c":"横浜ゴム","y":1963,"col":"#E21E31","s":"ブリヂストンとの過当競争で首位を失った市場環境のもと、増産投資と経営刷新で生産性を高め、規模でなく体質改善によって2位からの巻き返しをめざす","x":"1963 横浜ゴム 新城工場建設で立て直し 首位を明け渡した後の巻き返しと、島崎敬夫社長による経営刷新 1963年10月に横浜ゴムへ社名を改称。首位をブリヂストンに譲った横浜護謨製造が、島崎敬夫社長のもと新城工場へ増産投資 ブリヂストンとの過当競争で首位を失った市場環境のもと、増産投資と経営刷新で生産性を高め、規模でなく体質改善によって2位からの巻き返しをめざす 首位を追う立場が残したもの この判断の核心は、失った首位をどう取り戻すかではなく、二番手のまま何で戦うかを定めた点にあったと思われる。日米合弁ゆえの意思決定の遅さは、資本構造に根ざす制約であり、簡単には解けなかった。島崎敬夫社長が選んだのは、規模でブリヂストンに追いつくことよりも、人員を絞り省力投資で生産性を上げ、導入技術から自社技術へ移る体質改善であった。首位争いの土俵から一歩引いて、競争優位に立てる領域を見定める判断であったともいえる。 祖業・主力事業の転換 資本提携・政策保有 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/5110/decisions/sumitomo-management-transfer-1963/","t":"住友電気工業を中心とする日本側への経営権の移行と、住友ゴム工業への商号変更","c":"住友ゴム工業","y":1963,"col":"#0081CC","s":"英国の国際収支悪化に伴う海外投資規制で本国から増資資金を送れなくなり、日本側への持株譲渡と経営権の移行が進んだ","x":"1963 住友ゴム工業 ダンロップから経営権移管 住友電気工業を中心とする日本側への経営権の移行と、住友ゴム工業への商号変更 1963年10月に住友ゴム工業へ改称。日本ダンロップ護謨が英ダンロップとの合意で経営権を住友電気工業側へ移管した 英国の国際収支悪化に伴う海外投資規制で本国から増資資金を送れなくなり、日本側への持株譲渡と経営権の移行が進んだ 資本の比率より、輸出先の範囲 1962年から1963年にかけての交渉で、住友側は資本の比率よりも輸出先の範囲を最後まで譲らなかった。世界をテリトリーに分ける英国ダンロップ社の仕組みのもとでは、日本の工場がどれだけ能力を積んでも売り先は極東までしか伸びない。持株が過半になっても、この制約が残れば増産の意味は薄い。独自技術で\"住友タイヤ\"を作るという逆提案は、拒まれ続けた地域の拡大を、相手の許可ではなく自前の商品で解く道であった。 資本提携・政策保有 トップ交代・承継 ブランド・マーケティング 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/5232/decisions/sumitomo-group-entry-1963/","t":"磐城セメントの企業集団入りと、住友セメントへの商号変更","c":"住友大阪セメント","y":1963,"col":"#7DBD33","s":"旧財閥系3グループがセメント業界で並び立つ前に、自ら住友グループへ加入して競争相手を減らし、原料と販路を確保する","x":"1963 住友大阪セメント 住友グループに加入 磐城セメントの企業集団入りと、住友セメントへの商号変更 1963年5月に住友グループに加入。業界3位の磐城セメントが斎藤次郎社長の申し入れで加わり、10月に住友セメントへ改称 旧財閥系3グループがセメント業界で並び立つ前に、自ら住友グループへ加入して競争相手を減らし、原料と販路を確保する 好調なうちに、自ら差し出したもの 配当30%を続け、月産能力で業界3位にあった会社が、外から迫られたわけでもなく1907年以来の社名を手放した。財務の窮迫による身売りではなく、住友石炭鉱業の福島県での工場新設が実現すれば三菱・三井・住友の旧財閥系がセメント業界に出そろう、という先の競争図を読んだうえでの申し入れであった。手元の持株で会社を守る道を早々に諦め、経営と資本が分かれた旧財閥の側へ自社を置き直している。加入は1963年5月29日の株主総会で商号変更・本社の東京移転・役員増員として一括決議され、翌1964年6月の白水会加盟まで一年余りで完了した。好調なうちに系列を選んだこの順序は、当時としては珍しい。 資本提携・政策保有 機関設計・取締役会改革 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6103/decisions/in-house-nc-osp-1963/","t":"制御装置の内製化による、機械と制御を一体で設計する体制の構築","c":"オークマ","y":1963,"col":"#025DB8","s":"数値制御という新しい技術が工作機械の性能を左右し始めるなかで、制御を外部に委ねず自社で抱え、機械と制御を一体で設計できる体制を確保する判断","x":"1963 オークマ nc装置「osp」開発 制御装置の内製化による、機械と制御を一体で設計する体制の構築 1963年に自社製nc装置ospを開発。大隈鉄工所が本体と数値制御装置の双方を自社で設計・製造する体制へ進み、大隈孝一社長が主導 数値制御という新しい技術が工作機械の性能を左右し始めるなかで、制御を外部に委ねず自社で抱え、機械と制御を一体で設計できる体制を確保する判断 制御を外から購入しなかった15年 1963年の判断で選ばれたのは、制御装置の調達先ではなく、赤字を計上し続ける部門を社内に抱えるという状態であった。制御を外から買えば開発費も人員も要らず、当時の分業の流れにも沿っている。大隈孝一社長が採ったのは逆の道で、その帰結として同社は採算に乗らない部門を1970年代半ばの赤字期まで抱え続けた。技術者の熱意が市場から離れていく危うさは、後に大隈武雄社長が\"道楽息子\"と呼んだ言葉に率直に出ている。 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8035/decisions/founding-tbs-1963/","t":"放送局の資本を後ろ盾として踏み出した事業の立ち上げ","c":"東京エレクトロン","y":1963,"col":"#00A7E1","s":"無一文の商社マンが東京放送から資本金500万円の出資を引き出して独立し、まだ懐疑的に見られていたIC製造装置という最先端領域を事業ドメインに選んだ創業判断","x":"1963 東京エレクトロン 東京放送の出資で創業 放送局の資本を後ろ盾として踏み出した事業の立ち上げ 1963年11月に東京エレクトロン研究所を設立。日商を辞めた久保徳雄が東京放送から資本金500万円の出資を得た 無一文の商社マンが東京放送から資本金500万円の出資を引き出して独立し、まだ懐疑的に見られていたic製造装置という最先端領域を事業ドメインに選んだ創業判断 「誰と組むか」で決まった会社の骨格 この創業判断の核心は、資金の乏しい二人が、財界の実力者という強力な後ろ盾を人脈をたどって引き当てた点にある。500万円という出資額そのものより、東京放送が背後に付いたという信用が重要だった。翌年、社員6人の会社が1台4,000万円のicテスターを買う賭けに出られたのは、東京放送の債務保証があったからにほかならない。無名の青年が\"財界の怪物\"から出資を引き出せた背景に、駐在時代の人のつながりがあったことは、この会社の骨格が\"何を売るか\"だけでなく\"誰と組むか\"で定まったことを示している。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/suntory/decisions/beer-entry-1963/","t":"主力が順風のうちに、勝ち目の薄い市場へあえて踏み出す選択","c":"サントリーホールディングス","y":1963,"col":"#5BC2DC","s":"主力の洋酒が順調なうちに、あえて成算の薄いビール市場へ出ることで社内に緊張を生み、洋酒の縮小に備える","x":"1963 サントリーホールディングス ビール市場への参入 主力が順風のうちに、勝ち目の薄い市場へあえて踏み出す選択 1963年4月にサントリービールを発売。同じ年に社名を寿屋から改め、資本金20億円・従業員約2,000名の洋酒会社として大手3社の市場に挑んだ 主力の洋酒が順調なうちに、あえて成算の薄いビール市場へ出ることで社内に緊張を生み、洋酒の縮小に備える 赤字事業が果たした役割をどう見るか 40年以上黒字にならない事業を抱え続けた判断は、通常の投資基準では説明がつかない。佐治自身は損得ではなく効用でこれを説明している。1977年の取材で、ビール参入が経営にもたらしたものを問われ、こう答えた。赤字事業が主力事業の緩みを正した、という見方になる。 隣接領域への展開 ブランド・マーケティング 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/2897/decisions/chicken-ramen-patent-1962/","t":"製法特許を武器とした、即席麺市場の主導権の掌握","c":"日清食品ホールディングス","y":1962,"col":"#EE2528","s":"麺を油で揚げて乾かす製法の発明で即席麺市場を開拓した先行者が、乱立する模倣業者に対して製造法特許を取得・行使し、市場の主導権と秩序形成を掌握しようとした判断","x":"1962 日清食品ホールディングス チキンラーメンの発明 製法特許を武器とした、即席麺市場の主導権の掌握 1962年6月にチキンラーメン製法の特許取得。安藤百福社長が約110社の同業をけん制し模倣業者への提訴で新市場の主導権を掌握する 麺を油で揚げて乾かす製法の発明で即席麺市場を開拓した先行者が、乱立する模倣業者に対して製造法特許を取得・行使し、市場の主導権と秩序形成を掌握しようとした判断 特許は支配の道具か、主導権の道具か この判断の核心は、発明そのものよりも、発明をどう囲い込んで先行者の地位に変えるかにあった。安藤百福社長は、模倣の横行する新市場で製造法の特許を取り、約110社へのけん制と提訴という強い対抗策を講じた。しかし特許の行使は、競合を排除して市場を独占するには届かず、警告と係争を通じて業界の秩序を自らに有利な形へ整える程度にとどまった。先願をめぐる混乱を抱えていた点も踏まえれば、これは無傷の勝利ではなく、係争含みの主導権確立であっただろう。 技術・r&d起点の勝負 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3106/decisions/non-textile-diversification-1962/","t":"化成品・環境エンジニアリング・エレクトロニクスへ本体で多角化","c":"倉敷紡績","y":1962,"col":"#00A0E9","s":"過剰設備と慢性不況を抱える紡績本業の外に収益源を確保するため、化成品・環境・エレクトロニクスを本体の事業部として順に立ち上げた判断","x":"1962 倉敷紡績 寝屋川工場を新設 化成品・環境エンジニアリング・エレクトロニクスへ本体で多角化 1962年11月に寝屋川工場を新設。ポリウレタンフォームを起点に環境エンジニアリングとエレクトロニクスを事業部で積む 過剰設備と慢性不況を抱える紡績本業の外に収益源を確保するため、化成品・環境・エレクトロニクスを本体の事業部として順に立ち上げた判断 積み上げた事業の並び この多角化には派手な買収も新会社の設立もない。工場を一つ建て、事業部を一つ置き、製品を一つ増やすという手順が14年続いただけである。速度は遅く、1975年3月期の赤字を防ぐ役には立たなかった。それでも、公害対策の設備投資が排煙脱硫装置になり、染色現場の色合わせがカラーマッチングシステムになったように、自社の工場が抱える課題を商品へ組み替える経路が、この期間に社内へ通った。繊維の会社が非繊維で稼ぐための技術は、外から買うのではなく現場から出てきた。 飛び地・非関連多角化 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/3880/decisions/corporate-reorganization-1962/","t":"会社更生法の適用申請と、操業を止めないままの再建手続","c":"大王製紙","y":1962,"col":"#0068B7","s":"原木価格の異常高騰と過剰生産による製品価格の下落に、設備投資の借入金利が重なって資金繰りに窮し、救済協議の決裂を受けて会社更生法の適用を申請した","x":"1962 大王製紙 三島工場の操業維持 会社更生法の適用申請と、操業を止めないままの再建手続 1962年5月に会社更生法の適用を申請。原木高と製品安に借入金利が重なり、井川伊勢吉社長は伊藤忠商事との協議決裂を経て決めた 原木価格の異常高騰と過剰生産による製品価格の下落に、設備投資の借入金利が重なって資金繰りに窮し、救済協議の決裂を受けて会社更生法の適用を申請した 更生法は次善の策であった 井川伊勢吉社長が最初に選んだのは更生法ではなく、経営陣の総退陣と一族株式の全部譲渡を条件とする伊藤忠商事の救済であった。経営権を手放す条件を示してなお資金の出し手が決まらなかったところに、借入負担の重さがうかがえる。原木からパルプ、紙までを自社で持つ体制は、購入パルプに頼っていた時期の弱さを消す代わりに、原木価格が上がれば製造原価がそのまま上がる構造をつくった。そこへ増設分の借入金利が重なれば、販売力や製品の優劣とは別のところで資金は詰まる。 経営破綻・法的整理 経営再建・ターンアラウンド 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/4061/decisions/chloroprene-domestic-1962/","t":"国産技術によるクロロプレンゴムの企業化と、丸善石油化学コンビナートへの参加","c":"デンカ","y":1962,"col":"#053E8A","s":"電力と炭素材が原価の半分を占めるカーバイド化学が石油化学のエチレンに価格で押されるなか、カーバイド系では国産技術のクロロプレンゴムで高付加価値品へ登り、同時に石…","x":"1962 デンカ 青海工場でゴム国産化 国産技術によるクロロプレンゴムの企業化と、丸善石油化学コンビナートへの参加 1962年6月に青海工場でゴムの国産化。電気化学工業がクロロプレンゴムの企業化に国内で初めて成功し、デンカ石油化学工業を設立して五井へ 電力と炭素材が原価の半分を占めるカーバイド化学が石油化学のエチレンに価格で押されるなか、カーバイド系では国産技術のクロロプレンゴムで高付加価値品へ登り、同時に石油化学へも参入して原料系統を二本立てにした判断 逃げ場のない原価と、二本立ての代償 カーバイド1トンに3,000キロワット時——この数字が電気化学工業の選択肢を狭めていた。電力と炭素材で原価の半分が決まる事業は、買電の価格が上がれば逃げ場がない。野村与曽市 社長が1962年に選んだのは、原料系統を石油へ乗り換えることでも、カーバイドに賭け続けることでもなく、その両方を同じ年に始めることであった。爆発の危険から2社しか作れなかった製品に世界3社目として挑む一方で、五井には20万坪の用地を押さえている。 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4581/decisions/lipovitan-d-launch-1962/","t":"20mlのアンプル剤から100mlのドリンク剤へ、飲み方ごとの再設計","c":"大正製薬ホールディングス","y":1962,"col":"#0097E0","s":"アンプル剤への味・量・開けにくさの不満と、症状によらない保健薬需要の広がりを受けた剤形の全面変更","x":"1962 大正製薬ホールディングス リポビタンdの発売 20mlのアンプル剤から100mlのドリンク剤へ、飲み方ごとの再設計 1962年3月にドリンク剤リポビタンdを発売。20mlのアンプル剤を100ml入りに改め、定価150円で売り出した上原正吉社長の発案 アンプル剤への味・量・開けにくさの不満と、症状によらない保健薬需要の広がりを受けた剤形の全面変更 効くかどうかではなく、飲みたくなるかどうか 変えたのは薬の中身ではなく、量と飲み口であった。薬に水を加えて量を多くすれば苦味は薄まる、という上原正吉社長の着想には、薬効を高める話が一つも出てこない。100mlという容量は先行のタウローゼcの実績から採り、開けやすさはポンキャップに、飲みやすさはパインの風味に委ねている。いずれも成分表の外側にある工夫である。効くかどうかではなく、進んで飲みたくなるかどうかを設計の基準に置いた点に、この判断の性格がうかがえる。 祖業・主力事業の転換 販路・チャネル転換 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/4612/decisions/nipsea-minority-jv-1962/","t":"出資を30%にとどめた少数持分方式によるアジア市場への再進出","c":"日本ペイント","y":1962,"col":"#DA332D","s":"欧米勢が先行する東南アジア市場に後発参入するため、シンガポール政府の関税・合弁1社限定という時間の制約のもとで、出資30%・技術本社/販売現地という非対称な分業…","x":"1962 日本ペイント シンガポール合弁で再進出 出資を30%にとどめた少数持分方式によるアジア市場への再進出 1962年にシンガポール合弁で再進出。小畑千秋社長がチャロンポカパン・グループと組み、出資は30%にとどめ販売を現地へ委ねた 欧米勢が先行する東南アジア市場に後発参入するため、シンガポール政府の関税・合弁1社限定という時間の制約のもとで、出資30%・技術本社/販売現地という非対称な分業を受け入れた 小さな譲歩が半世紀後にもたらしたもの 出資30%という譲歩は、時間に追われた1962年の日本ペイントにとって、東南アジア市場への足がかりを得るための現実的な選択であったとみられる。関税と合弁1社限定という制約のなかで、経営の主導権を明け渡してでも先んじてパートナーを確保する道は、後発企業に残された数少ない選択肢であった。技術供与に徹し、現地の商習慣に通じた実務家に販売と経営を委ねる分業は、実際に1970年代の急速な拡大を支える土台となった。 海外進出・現地生産 東南アジア"},{"k":"decision","u":"/tse/5404/decisions/fukuyama-works-1962/","t":"第4の総合製鉄所への約2,500億円の投入と、粗鋼年産600万トン計画の遂行","c":"日本鋼管","y":1962,"col":"#004DA0","s":"京浜地区の粗鋼能力350万トンが限界に達し、伸ばす土地が残っていなかった会社が、広島県福山に第4の総合製鉄所を建設して最終粗鋼年産600万トン・約2,500億円…","x":"1962 日本鋼管 福山に総合製鉄所建設 第4の総合製鉄所への約2,500億円の投入と、粗鋼年産600万トン計画の遂行 1962年1月に福山で埋立に着工。京浜の粗鋼350万トンが限界に達した日本鋼管が、粗鋼600万トン・約2500億円の第4製鉄所へ 京浜地区の粗鋼能力350万トンが限界に達し、伸ばす土地が残っていなかった会社が、広島県福山に第4の総合製鉄所を建設して最終粗鋼年産600万トン・約2,500億円を投じると決めた設備投資 売上の3倍を、埋立地に投じた 会社が当期の売上高として示したのは810億円、福山ひとつの計画額は約2,500億円であった。京浜の粗鋼能力350万トンが天井に達したという事実だけなら、既存3製鉄所の手直しで数年を凌ぐ道もあったはずである。赤坂武副社長がそれを採らず、埋立から始まる新立地に売上の3倍を超える額を割り当てたのは、設備の規模そのものが国際競争の条件になるとみていたからである。槇田久生氏が\"社運をかけた計画\"と呼んだのは、この不釣り合いを指している。 大型設備投資 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6098/decisions/job-magazine-1962/","t":"就職情報誌という新たな媒体の立ち上げ","c":"リクルートHD","y":1962,"col":"#006EBC","s":"教授推薦や縁故に依存していた大学生の就職市場に、企業からの広告料だけで成り立つ就職情報誌という新しい媒体を創り出し、大学新聞の広告取次業から、媒体を自社で発行し…","x":"1962 リクルートhd 「企業への招待」創刊 就職情報誌という新たな媒体の立ち上げ 1962年に企業への招待を創刊。大学広告の江副浩正社長が学生向けの求人情報だけを集約し、掲載企業の広告料で届ける媒体を構築した 教授推薦や縁故に依存していた大学生の就職市場に、企業からの広告料だけで成り立つ就職情報誌という新しい媒体を創り出し、大学新聞の広告取次業から、媒体を自社で発行して広告主を直接開拓するモデルへ転じた事業判断 「広告で情報を成り立たせる」という発明 学生には情報が届き、企業には人材との接点が生まれ、その費用は広告主が負担する。三者の利害を一冊の冊子の上でかみ合わせたことで、リクルートは他社の媒体に広告を取り次ぐ代理業から、情報が集まる場そのものを握る側へと回った。個人と企業が出会う場を設計し、双方から価値を引き出す——のちに\"リボンモデル\"と呼ばれる構造の原型が、この零細企業の一冊から始まったと推察される。 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7101/decisions/diversification-declining-industry-1962/","t":"車両専業という立ち位置からの脱却と、事業多角化への転換","c":"汽車製造","y":1962,"col":"#333333","s":"蒸気機関車の製造中止で創業以来の主力を失った汽車製造が、「鉄道は斜陽産業」との危機感からボイラ・化工機・空調・車両などへ多角化し、国鉄依存を8割から4割へ引き下…","x":"1962 汽車製造 滋賀製作所の建設と多角化 車両専業という立ち位置からの脱却と、事業多角化への転換 1962年に後藤悌次社長が車両専業からの多角化を進める。滋賀製作所を建設し国鉄受注比率を1959年の8割から1964年の4割へ 蒸気機関車の製造中止で創業以来の主力を失った汽車製造が、「鉄道は斜陽産業」との危機感からボイラ・化工機・空調・車両などへ多角化し、国鉄依存を8割から4割へ引き下げた事業転換 正しい診断と、競争優位を持てない事業 後藤悌次氏の診断は、正しかった。鉄道が斜陽産業だという米国発の危機感を早くに受け止め、車両専業からの脱却を進めた判断は、国鉄依存を1959年の8割から1964年の4割へと下げてみせた。方向を読む目は確かだった。問題は、その先にあった。多角化で入った分野のどれもが、汽車製造に決め手となる強みをもたらさなかった。正しい方向へ動くことと、その先で優位に立てる事業を築くことは、別の課題だった。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7238/decisions/bendix-alliance-1962/","t":"岩槻製造所への資本金数倍の投資","c":"曙ブレーキ工業","y":1962,"col":"#0092EF","s":"摩擦材の単品供給から抜け出すため、世界の専門メーカーから技術を導入し、同時に量産工場を自前で建てて総合ブレーキメーカーへ移った判断","x":"1962 曙ブレーキ工業 ベンディックス提携と岩槻製造所 岩槻製造所への資本金数倍の投資 1960年に米仏英の3社からブレーキ技術を導入。埼玉県岩槻市に資本金の数倍にあたる12億円を投じ岩槻製造所を建設 摩擦材の単品供給から抜け出すため、世界の専門メーカーから技術を導入し、同時に量産工場を自前で建てて総合ブレーキメーカーへ移った判断 借りた技術に、あとから支払い続ける この判断の特徴は、技術と設備で異なる調達の仕方を選んだところにある。ブレーキ装置そのものの技術は、世界の専門メーカー3社から契約で借りた。一方で、量産の工場とテストコースは、資本金の数倍という無理をしてでも自前で建てた。技術は買えば数年で手に入るが、工場と顧客との取引関係は買えないという読みが、この非対称な資金配分に表れているだろう。1950年代半ばに追放の理由となった主張を、10年足らずで市場占有率65%という数字に変えた実行力も、あわせて記録に値する。 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資 垂直統合・内製化 北米 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/7951/decisions/recreation-entry-1962/","t":"志摩・英虞湾の土地取得を起点とした事業領域の拡張","c":"ヤマハ","y":1962,"col":"#895ebd","s":"楽器が自動車や家庭電気製品と可処分所得を奪い合う時代を見越し、真珠産業の没落で地価の下がった志摩・英虞湾の土地を安く取得し、リゾート施設を中核にレジャー事業へ参…","x":"1962 ヤマハ レジャー事業への参入 志摩・英虞湾の土地取得を起点とした事業領域の拡張 1962年に日本楽器製造がリゾート事業へ参入。川上源一社長が三重県志摩の土地を坪180〜200円で取得し、合歓の郷を開業した 楽器が自動車や家庭電気製品と可処分所得を奪い合う時代を見越し、真珠産業の没落で地価の下がった志摩・英虞湾の土地を安く取得し、リゾート施設を中核にレジャー事業へ参入した経営判断 宿泊施設への投資ではなく、英虞湾の用地への投資 この判断を施設への投資ではなく用地の取得として読み直すと、輪郭がはっきりする。坪180〜200円は真珠産業が沈んだ土地でしか成立しない取得価格で、川上源一社長が先に押さえたのは宿泊事業ではなく英虞湾の用地そのものだったとみられる。10年後、簿価と時価の差は含み益として数えられ、施設の営業採算とは別の勘定が投資を支えた。ヤマハ=高級というブランド・エクイティを補強する広告の役割も、同じ勘定に乗っている。取得の年月も開業の年月も会社は公表資料に残しておらず、投資条件を外部から検算できる案件でもない。単体の損益で採算を強く求められた投資ではなかったとみてよい。 飛び地・非関連多角化 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/9110/decisions/toho-kaiun-merger-1962/","t":"日鐵汽船からの改称をともなう2社統合と、新社名での再出発","c":"NSユナイテッド海運","y":1962,"col":"#003F87","s":"海運不況下で荷主の偏りと船腹規模の小ささを同時に補うため、事業の性格が異なる中堅二社を一社に統合した合併","x":"1962 nsユナイテッド海運 東邦海運と合併し新和海運に 日鉄汽船からの改称をともなう2社統合と、新社名での再出発 1962年2月に東邦海運と合併し新和海運へ改称。日本製鉄の海運部門を継ぐ日鉄汽船が、旧満鉄系の大連汽船を前身とする会社を迎えた 海運不況下で荷主の偏りと船腹規模の小ささを同時に補うため、事業の性格が異なる中堅二社を一社に統合した合併 社名を捨てて、荷主の幅を獲得した この合併で注目されるのは、存続会社であった日鉄汽船が自らの社名を残さなかったことである。製鉄の海運部門から生まれた会社にとって、\"日鉄\"の二文字は出自の証明であると同時に、鉄鋼一業種の専属船社という枠組みの表明でもあった。旧満鉄系の一般貨物船社と一社になり、どちらの名も引かない商号を選んだ判断には、荷主の幅を持つ海運会社として立つという意図が読み取れる。船を増やすだけの合併ではなく、会社の性格そのものを組み替える試みであったとみられる。 合併・経営統合 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9735/decisions/founding-1962/","t":"創業——巡回ガードマンから日本初のオンライン警備「SPアラーム」","c":"セコム","y":1962,"col":"#01519b","s":"「安全はタダ」とされ民間警備が存在しなかった日本で、前金で対価を得られる未開拓の安全需要という機会に着目した二人の若者が会社を設立し、東京オリンピック警備で信用…","x":"1962 セコム 日本警備保障を設立 創業——巡回ガードマンから日本初のオンライン警備「spアラーム」 1962年7月に日本警備保障を設立。29歳の飯田亮と学習院時代の友人戸田寿一が資本金600万円・社員5名で渋谷に構える 「安全はタダ」とされ民間警備が存在しなかった日本で、前金で対価を得られる未開拓の安全需要という機会に着目した二人の若者が会社を設立し、東京オリンピック警備で信用を得て機械警備モデルへ転換した創業 未開拓の市場に業態そのものを興した創業 この創業が示すのは、既存の需要を奪い合うのではなく、日本にまだ存在しなかった民間警備という業態そのものを興した選択の意味である。\"安全はタダ\"という通念のもとで創業初年度の売上は小さくとどまり、東京オリンピックの警備という国家的行事の実績を得て、ようやく民間警備の社会的な認知が広がった。前金で対価を得られる未開拓の安全需要に賭けた二人の若者の判断が、警備を有償のサービスとして成立させる出発点になったのだろう。 デジタル化・dx"},{"k":"decision","u":"/tse/jnr/decisions/safety-system-1962/","t":"労使が一体となって臨んだ再発防止のための組織づくり","c":"日本国有鉄道","y":1962,"col":"#000000","s":"死者160人の事故を受け、団体交渉の外に労使一体の事故防止委員会を設置して考査・訓練・審査の回復をはかった措置","x":"1962 日本国有鉄道 三河島事故後の防止委設置 労使が一体となって臨んだ再発防止のための組織づくり 1962年5月に事故防止委員会を設置。死者160人の三河島事故を受け、団体交渉とは別に労使一体で検討する場を設けた 死者160人の事故を受け、団体交渉の外に労使一体の事故防止委員会を設置して考査・訓練・審査の回復をはかった措置 誰も反対できない主題を、どこに置いたか 安全という主題には、労使のどちらからも正面から反対できない。国鉄が事故防止委員会を団体交渉の外に置いたのは、その一点でなら組合と同席できると見たためだと推察される。ただし監査報告が労働組合との関連を原因の一つに挙げた同じ時期、東京・新橋間には片道210本の列車が走り、国電区間は2分10秒間隔で運転されていた。訓練と考査を欠いた要員が、限界点に近いダイヤを担っていたことになる。責任の所在は、どちらか一方には置けない。 雇用・労使 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/2875/decisions/instant-noodle-entry-1961/","t":"魚を商う水産商社から加工食品メーカーへの転身（1961）","c":"東洋水産","y":1961,"col":"#0E3192","s":"冬に需要が細る水産・魚肉加工を補い、急成長する即席ラーメン市場を取りにいくため、後発ながら即席麺の生産に乗り出して「マルちゃん」ブランドを確立し、水産卸から加工…","x":"1961 東洋水産 マルちゃんで即席麺参入 魚を商う水産商社から加工食品メーカーへの転身(1961) 1961年4月に即席麺の生産へ参入。冷凍マグロ輸出と魚肉ハムの水産商社だった東洋水産が翌1962年5月にマルちゃんを掲げる 冬に需要が細る水産・魚肉加工を補い、急成長する即席ラーメン市場を取りにいくため、後発ながら即席麺の生産に乗り出して「マルちゃん」ブランドを確立し、水産卸から加工食品メーカーへ主業を転換した多角化 補完から主業へという転身 この判断の芯にあるのは、水産という本業の季節性を、隣り合う加工食品で埋めようとした発想である。冷凍マグロや魚肉ソーセージで培った低温・加工の技術と、全国へ広げた工場網が、後発でありながら即席麺市場に食い込む足場になっただろう。多角化がしばしば本業の希薄化に終わるなかで、東洋水産の場合は補完のために始めた事業がやがて主業を置き換えていった点に、この転身の特徴がうかがえる。 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3102/decisions/greater-kanebo-pentagon-1961/","t":"グレーターカネボウ計画を掲げ、繊維・化粧品など5事業を柱に据える組み替え","c":"鐘紡","y":1961,"col":"#333333","s":"天然繊維依存からの脱却を迫られた鐘紡が、ナイロン・化粧品・食品への規模先行の多角化に踏み切り、1967年には五本柱のペンタゴン経営へ再編した経営判断","x":"1961 鐘紡 ペンタゴン経営による多角化 グレーターカネボウ計画を掲げ、繊維・化粧品など5事業を柱に据える組み替え 1961年10月にペンタゴン経営による多角化。武藤糸治社長がグレーターカネボウ計画を掲げ、1967年に伊藤淳二社長が五本柱へ再編 天然繊維依存からの脱却を迫られた鐘紡が、ナイロン・化粧品・食品への規模先行の多角化に踏み切り、1967年には五本柱のペンタゴン経営へ再編した経営判断 規模先行の多角化が残したもの この判断の中心にあるのは、天然繊維一本足という構造的な限界に、武藤糸治氏が正面から向き合った点である。イタリアへ自ら飛んでナイロン技術を持ち帰るという個人的な行動力に始まり、防府工場と化粧品販売網へ大型投資を続けたgk計画は、\"大鐘紡\"の再興を急いだ経営判断だったと思われる。化粧品・食品を戦前の事業へ結びつけて説明した点にも、多角化を思いつきの拡大ではなく、鐘紡の歴史の延長線上に位置づけようとする意図がうかがえる。 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/3407/decisions/miyazaki-tettei-takakuka-1961/","t":"宮崎輝氏の社長就任と、赤字を許容してでも柱を育てる路線の始動","c":"旭化成","y":1961,"col":"#005BAB","s":"ポリエステル台頭による合繊業界の供給過剰とカシミロンの採算悪化という市場環境の急変が、経営体制刷新と多角化方針の確立を促した","x":"1961 旭化成 赤字部門を抱えての多角化 宮崎輝氏の社長就任と、赤字を許容してでも柱を育てる路線の始動 1961年7月に健全な赤字部門の方針を掲げる。宮崎輝が社長に就任し、繊維の利益の範囲内で新規事業の赤字を計画的に許容した ポリエステル台頭による合繊業界の供給過剰とカシミロンの採算悪化という市場環境の急変が、経営体制刷新と多角化方針の確立を促した 赤字許容という手法の光と影 この決断の核心は、繊維という祖業の先行きに見切りをつけたことではなく、既存事業の稼ぐ力を土台として新規事業のリスクを計画的に引き受けた点にある。赤字そのものを敵視せず、全社の財務を壊さない範囲であれば新規事業の赤字を\"健全\"と呼び切った発想は、当時の日本の大企業経営としては異色であった。配当と株価に恵まれた時代からすでに危機感を抱いていた宮崎氏の判断が、その後の投資の規模と速さを支えたと思われる。 飛び地・非関連多角化 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/4403/decisions/petrochemical-turnaround-1961/","t":"連続赤字下で踏み切った新工場の建設と主力事業の入れ替え","c":"日油","y":1961,"col":"#E60000","s":"石鹸向け油脂の採算悪化で三期続けて当期損失を計上した会社が、川崎・千鳥工場の新設による石油化学進出に踏み切り、油脂偏重の収益構造を設備投資で組み替えようとした再…","x":"1961 日油 川崎・千鳥工場で石化進出 連続赤字下で踏み切った新工場の建設と主力事業の入れ替え 1961年に川崎・千鳥工場で石化進出。1956年11月期から三期続いた当期損失を脱し、油脂化学から石油系原料へ踏み出した日本油脂 石鹸向け油脂の採算悪化で三期続けて当期損失を計上した会社が、川崎・千鳥工場の新設による石油化学進出に踏み切り、油脂偏重の収益構造を設備投資で組み替えようとした再建 設備は数年で建つが、組織は後から追う 連続赤字からの再建を石油化学への進出が救ったと読むのは、時間の順序を取り違えている。半期ごとの業績をたどると、1956年11月期から三期続いた赤字は1958年5月期に黒字へ戻り、千鳥工場を新設した1961年の11月期には当期純利益3.51億円と、回復の頂点に届いていた。塗料工場を構えていた川崎への投資は赤字を止めた手ではなく、止まったあとに次の停滞を見越して打った先回りの一手だったと思われる。 経営再建・ターンアラウンド 隣接領域への展開 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/4507/decisions/original-drug-research-1961/","t":"導入品依存からの転換と、独創品開発に向けた新研究所の建設","c":"塩野義製薬","y":1961,"col":"#D80C24","s":"技術導入に頼る製品構成では国際競争に耐えられないという判断のもと、売上の拡大より研究所への投資を優先し、自社創製品と技術輸出で立つ会社へ組み替えた戦略判断","x":"1961 塩野義製薬 独創品への路線転換 導入品依存からの転換と、独創品開発に向けた新研究所の建設 1961年に新研究所を建て独創品開発へ。技術導入に頼る製品構成を改め、1962年3月に塩野孝太郎社長が自社創製へ舵を切った 技術導入に頼る製品構成では国際競争に耐えられないという判断のもと、売上の拡大より研究所への投資を優先し、自社創製品と技術輸出で立つ会社へ組み替えた戦略判断 自社の来歴を否定できる経営者 1962年3月、塩野孝太郎氏は社内へ「人真似の歴史」からの転換を宣言した。この宣言が、この判断のいちばん強い部分にあたる。人真似で安く売ることを業界の常道とし、過去の自社もその例外ではなかったと社員の前で認めたうえで、そこから出ると告げている。売上の拡大を止めて研究所を建設するという選択に社内が納得するには、まず自社の商売のどこが借り物であったかを名指しする必要があった。ペニシリンの国産化の失敗も4工場の休止も済ませた後であればこそ、拡張を選ばない説明が通ったのだとみられる。 技術・r&d起点の勝負 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/5403/decisions/mizushima-works-1961/","t":"岡山県倉敷市への第2の一貫製鉄所の建設と、千葉と並ぶ二極体制への移行","c":"川崎製鉄","y":1961,"col":"#23429A","s":"高度成長期の鉄鋼需要の伸びに千葉一つでは応えきれず、西日本に第二の銑鋼一貫製鉄所を新設して規模と原価を取りにいった判断","x":"1961 川崎製鉄 水島製鉄所を建設 岡山県倉敷市への第2の一貫製鉄所の建設と、千葉と並ぶ二極体制への移行 1961年7月に水島製鉄所を開設。西山弥太郎社長のもと千葉と並ぶ二極とし、のちに高炉4基・粗鋼年産1200万トンへ育った 高度成長期の鉄鋼需要の伸びに千葉一つでは応えきれず、西日本に第二の銑鋼一貫製鉄所を新設して規模と原価を取りにいった判断 需要が確定する前に、用地と高炉を確保した 倉敷市の埋立地に高炉を置いたのは1961年で、日本鋼管福山も八幡製鉄君津も神戸製鋼所加古川も住友金属工業鹿島も、まだ稼働していなかった。製鉄所の規模が原価を決める以上、需要が確定してから土地を探したのでは間に合わない。西山弥太郎社長は、千葉を埋立地に築いたときと同じやり方を西日本でもう一度とった。まず用地を造成して1基目の高炉を据え、あとは需要の伸びに合わせて足す形である。 大型設備投資 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/5991/decisions/toyota-seat-plant-1961/","t":"豊田工場の新設と、完成車メーカー専用の生産体制の確立","c":"日本発條","y":1961,"col":"#C51313","s":"車種ごとに設計が異なるシートを、得意先の本拠地に専用工場を設置して生産する配置へ切り替え、ばね部品から座席の完成品へ製品領域を拡大した","x":"1961 日本発条 トヨタ向けシート事業参入 豊田工場の新設と、完成車メーカー専用の生産体制の確立 1961年6月にトヨタ向けシート事業参入。日本発条が愛知県豊田市にシート専門の豊田工場を設置し、川崎工場には精密ばね専門工場を新設した 車種ごとに設計が異なるシートを、得意先の本拠地に専用工場を設置して生産する配置へ切り替え、ばね部品から座席の完成品へ製品領域を拡大した 隣に建てるという選び方 1961年の判断で決まったのは、シートに入るかどうかよりも、どう入るかであった。設計が客先ごとに違う製品を扱う以上、汎用工場で集約する道は最初から閉じている。日本発条は資本では中立を保ちつつ、工場という物理的な単位で得意先に寄り添う道を選んだ。豊田市に建てた工場は、その最初の一つである。以後の川崎・広島・太田も、フォルシア社と組んだ九州・襄陽・インドの合弁も、同じ図面の引き直しであった。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6101/decisions/toyo-seiki-merger-1961/","t":"三井へ手放した初代の後身を茨城工場として取り込む再統合","c":"ツガミ","y":1961,"col":"#004098","s":"高度成長期の受注増に応える関東の生産拠点を、新設ではなく25年前に手放した法人の吸収合併で確保した","x":"1961 ツガミ 東洋精機を吸収合併 三井へ手放した初代の後身を茨城工場として取り込む再統合 1961年10月に東洋精機を吸収合併。1936年に津上退助氏が手放した初代の津上製作所が東洋精機であり、25年を経て茨城工場へ収まった 高度成長期の受注増に応える関東の生産拠点を、新設ではなく25年前に手放した法人の吸収合併で確保した 系譜を取り戻すことと、拠点を持ち続けること 1961年の合併は、増産の手当てと、分かれた法人系譜の回収という二つの意味を同時に持っていた。前者は3工場体制として数字に表れ、後者は商号整理を経て今日のツガミにつながる一本の来歴として残った。ただ、二つの意味は釣り合っていたわけではない。創業者にとって旧法人を引き取ることは特別な出来事であっても、会社にとっての茨城工場は、長岡から遠く、150名を抱える三番目の拠点という位置にとどまっていたと思われる。 合併・経営統合 創業家・同族 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/6273/decisions/pneumatic-equipment-shift-1961/","t":"焼結フィルターから空気圧補助機器の製造への転換と、主要機構の内製化","c":"SMC","y":1961,"col":"#0072C1","s":"焼結フィルターの部品供給から空気圧補助機器の製造へ移り、加工産業の自動化需要に合わせて駆動機器・方向制御機器まで内製の範囲を拡大した業態転換","x":"1961 smc エア三点セット製造へ転換 焼結フィルターから空気圧補助機器の製造への転換と、主要機構の内製化 1961年9月に空気圧機器製造へ転換。焼結金属工業がエア三点セットの製造販売を開始し、10年で駆動機器まで自社製品化 焼結フィルターの部品供給から空気圧補助機器の製造へ移り、加工産業の自動化需要に合わせて駆動機器・方向制御機器まで内製の範囲を拡大した業態転換 一区間ずつ拡大した10年 この転換を垂直統合と呼ぶと、10年という時間が見えなくなる。焼結金属工業が1961年9月に手にしたのは空気圧補助機器という一区間だけで、シリンダーは1970年6月、電磁弁は1971年1月まで自社の製品にならなかった。1971年にすべて作れるようになったという大村進社長の言葉は、回路を端から端まで埋めるのに要した年月の長さを示している。部品屋が完成品へ飛躍したのではなく、受け持てる区間を一つずつ増やした結果であった。 祖業・主力事業の転換 垂直統合・内製化 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/6301/decisions/maru-a-quality-1961/","t":"資本自由化に備えてキャタピラーへの正面対抗を掲げた全社運動","c":"コマツ","y":1961,"col":"#150A9A","s":"資本・輸入自由化とキャタピラーの日本上陸という外圧に対し、唯一の弱点だった品質へ経営資源を集中し、全社的な品質管理でブルドーザーを世界一流の水準へ引き上げた全社…","x":"1961 コマツ マルa対策で品質集中 資本自由化に備えてキャタピラーへの正面対抗を掲げた全社運動 1961年8月にマルa対策で品質集中。キャタピラーと新三菱重工の合弁上陸に備え、河合良一専務を責任者にブルドーザーの品質を高める 資本・輸入自由化とキャタピラーの日本上陸という外圧に対し、唯一の弱点だった品質へ経営資源を集中し、全社的な品質管理でブルドーザーを世界一流の水準へ引き上げた全社プロジェクト 論点を絞るという戦略設計 この判断の核心は、巨大な競争相手を前にして、競争の焦点を一つに絞り込んだところにある。世界最大のキャタピラーが上陸しても、小松製作所は販売網と生産力では引けを取らず、劣っていたのは品質の信頼性と耐久性だけであった。経営はそこを冷静に見極め、限られた資本と人を品質の一点へ集めた。ユーザー批判会や稼働調査で弱点を主観でなく数え上げ、統計と全社的な管理で潰し、必要とあれば自前主義を捨ててカミンズのエンジンまで迎え入れる——正面から総合力を競うのでなく、相手に一番近づける論点を選び抜いた設計が、この対策を支えていたとみられる。 高付加価値化・プレミアム 外的危機への対応 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6807/decisions/honeywell-alliance-1961/","t":"海外大手との技術援助契約を足がかりにした航空機搭載機器への進出","c":"日本航空電子工業","y":1961,"col":"#0374A4","s":"自主技術ではコネクタも航空機搭載機器も製造できない時代に、技術援助契約という手法を二度使って製品の柱を組み立てた判断","x":"1961 日本航空電子工業 米ハネウェルと技術提携 海外大手との技術援助契約を足がかりにした航空機搭載機器への進出 1961年8月に米ハネウェルと技術援助契約。f104戦闘機に積むジャイロや自動操縦装置の製造を開始し、航機事業の基礎とする 自主技術ではコネクタも航空機搭載機器も製造できない時代に、技術援助契約という手法を二度使って製品の柱を組み立てた判断 導入した技術を、誰の需要に載せるか 1961年の技術援助契約は、独自技術で競争するという物語からは遠い判断であった。当時のコネクタ業界では大手ですら自主技術で生産できず、外国技術との提携が事業の前提になっていた。そのなかで会社が二度にわたり選んだのは、まず輸入代理や修理受託の位置に身を置き、そこで技術を覚えてから自社製品へ移るという順序である。地味ではあるが、資本も実績も乏しい会社が先端分野に居場所を作る方法としては合理的であっただろう。ハネウェル社から入った技術が10年後に慣性航法装置という自社の中核製品へ届いた事実は、その順序が機能したことを示している。 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6988/decisions/maxell-divestiture-1961/","t":"乾電池・磁気テープ部門の切り出しと、親会社への売却","c":"日東電工","y":1961,"col":"#0B318F","s":"絶縁材料とマクセル製品の二部門がそれぞれ工場と販路を求めるなか、消費者向けの乾電池・磁気テープ部門を分離してかつての親会社へ売却し、産業向け材料の専門メーカーへ…","x":"1961 日東電工 マクセル分離と日立へ売却 乾電池・磁気テープ部門の切り出しと、親会社への売却 1961年2月にマクセルを分離し日立へ売却。乾電池と磁気テープの消費者向け部門を切り出し絶縁材料と粘着テープの専業へ 絶縁材料とマクセル製品の二部門がそれぞれ工場と販路を求めるなか、消費者向けの乾電池・磁気テープ部門を分離してかつての親会社へ売却し、産業向け材料の専門メーカーへ人と資金を集中した判断 育てた事業を旧親会社へ渡すということ 1950年に始めた乾電池と録音テープは、手放した時点ではまだ伸びる商品であった。分離の理由を当事者が語った記録は残らないが、絶縁塗料の吹田工場とマクセル部門の千里丘工場を1年あまりの間に建て続けた事実と、1967年度にテープ類が販売高の68%を占めた事実を並べると、限られた資金と人をどちらへ置くかという選択だったと思われる。消費者向けの販路を一から築く負担を、産業向け材料の深掘りと引き換えに降ろした判断といえる。 事業売却・撤退 選択と集中 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/7974/decisions/diversification-1961/","t":"トランプ専業を脱するための多角化とその全敗","c":"任天堂","y":1961,"col":"#E60012","s":"トランプ・かるた専業の需要一巡による頭打ちを破ろうと、タクシー・即席食品・乳母車・複写機など本業と連続性のない分野へ多角化したが全敗し、娯楽専業への収斂と在庫を…","x":"1961 任天堂 ダイヤ交通など多角化の全敗 トランプ専業を脱するための多角化とその全敗 1961年に任天堂が本業の外へ多角化に乗り出す。山内溥社長のもとタクシーのダイヤ交通や即席食品、乳母車や複写機まで事業を拡大した トランプ・かるた専業の需要一巡による頭打ちを破ろうと、タクシー・即席食品・乳母車・複写機など本業と連続性のない分野へ多角化したが全敗し、娯楽専業への収斂と在庫を持たない経営を選ばせた新規事業の失敗 失敗が消去法で教えた勝ち筋 この多角化の失敗が任天堂に残したのは、二つの教訓だった。一つは、競争優位に立てるのは自分たちが土地勘を持つ娯楽の領域に限るという、事実上の選択と集中である。もう一つは、当たり外れの大きい娯楽で工場も在庫も自前で抱えない、身の丈をわきまえた経営である。次の収益源を外に求めて全敗した経験こそが、任天堂に進むべき方向を消去法で指し示した。 飛び地・非関連多角化 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/8609/decisions/succession-tokyo-1961/","t":"創業者の急逝を受けた32歳での社長承継と本部の東京移転、投資信託部門の分離と証券業免許の取得","c":"岡三証券グループ","y":1961,"col":"#DF273D","s":"創業者の急逝で32歳の二代目が承継し、本部の東京移転・投資信託部門の分離・兜町の本社ビル建設・証券業免許の取得によって地場業者から全国業者へ移行した","x":"1961 岡三証券グループ 日本橋江戸橋へ本店移転 創業者の急逝を受けた32歳での社長承継と本部の東京移転、投資信託部門の分離と証券業免許の取得 1961年に本部を東京へ移転し社長が代わる。創業者の加藤清治が死去し、32歳の長男・加藤精一が兜町の本社ビル建設と投資信託部門の分離を掲げた 創業者の急逝で32歳の二代目が承継し、本部の東京移転・投資信託部門の分離・兜町の本社ビル建設・証券業免許の取得によって地場業者から全国業者へ移行した 外から替えるほかなかった近代化 加藤精一氏が1961年6月に引き受けたのは、東京へ移したばかりの本部と、その前月に頂点を越えた相場であった。資本金は設立時の18万円から15億円になっていたが、増資と本部移転で全国業者の体裁が整っただけで、営業の中身は父である清治社長の代のまま残っていた。32歳の二代目が近代化として掲げたものが、投資信託部門の分離と本社ビルの建設という外から見える二つに絞られていたのは、そこからしか手が付けられなかったからだと推察される。 分社・スピンオフ・子会社上場 大型設備投資 トップ交代・承継 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/8795/decisions/daido-corporate-market-1961/","t":"契約の8割を法人市場で獲得した中堅生保の一点集中","c":"T&Dホールディングス","y":1961,"col":"#0033a0","s":"大手と同じ土俵での規模競争を避け、養老保険を捨てて定期保険と法人団体提携に販売を特化し、企業市場で契約の8割を獲得した中堅生保の一点集中","x":"1961 t&dホールディングス 大同生命の企業市場特化 契約の8割を法人市場で獲得した中堅生保の一点集中 1960年代から大同生命が企業市場へ集中する。三木助九郎社長のもとで契約の80.7%を法人経由で積み上げ、1970年には養老保険を原則廃止した 大手と同じ土俵での規模競争を避け、養老保険を捨てて定期保険と法人団体提携に販売を特化し、企業市場で契約の8割を獲得した中堅生保の一点集中 規模で戦わず、どの市場に深く浸透するか この判断の核心は、規模で大手に挑むのをやめ、どの市場を深く握るかへ問いを組み替えた点にある。護送船団行政のもとでは、横並びのままでも生き延びられた。その業界で大同生命は、収益性の高い養老保険をあえて捨て、法人団体という一つの経路に販売を絞り込む逆張りに踏み切った。個人市場で大手と正面から競うのではなく、中小企業経営者の保障という限られた領域を面で押さえる。中堅が生き残る筋道を、商品とチャネルの両面から設計し直した選択だった。 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/9606/decisions/hori-expansion-1961/","t":"映画斜陽論を退けた堀久作社長による本業外への資産拡大","c":"日活","y":1961,"col":"#EF0000","s":"映画斜陽論を否定した堀社長が、裕次郎ブームで得た体力を映画製作の再開とホテル・不動産・株式へ投じ続け、業績転落後は資産の売却で損益を繕った拡大路線","x":"1961 日活 ホテル・不動産への多角化 映画斜陽論を退けた堀久作社長による本業外への資産拡大 1961年6月に資本金を50億円へ引き上げ。堀久作社長が映画斜陽論を否定し登別・天城・小倉のホテルと株式へ資金を投じる 映画斜陽論を否定した堀社長が、裕次郎ブームで得た体力を映画製作の再開とホテル・不動産・株式へ投じ続け、業績転落後は資産の売却で損益を繕った拡大路線 斜陽を否定した者が沈めた本業 この判断の核心は、財務の危機そのものより、斜陽論を否定した経営者が本業でなく多角化と株に会社を託した点にある。堀氏は倒産寸前の日活をトーキー化と撮影所建設で立て直し、戦後は洋画興行とホテル・不動産で高収益を築いた実力者だった。その成功があったからこそ、テレビに客を奪われた米国映画界の惨状を自ら見ながらも、日本ではまだ大丈夫だと信じ込み、観客が減り始めた後も拡大を止められなかった。過去の成功体験が、環境の変化を認める目を鈍らせたと思われる。 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/1961/decisions/steel-pipe-divestiture-1960/","t":"合弁で持った製造部門の切り離しと、本業への経営資源の集中","c":"三機工業","y":1960,"col":"#F0830B","s":"設備資金を要する鋼管部門を鋼管の本業者へ渡し、回収した25億円を借入金の返済と工事・サッシ・荷役運搬機械への投資へ振り向けた資源の入れ替え","x":"1960 三機工業 鋼管株を富士製鉄へ売却 合弁で持った製造部門の切り離しと、本業への経営資源の集中 1960年7月に鋼管株を富士製鉄へ売却。鋼管部門を分離して富士三機鋼管を設立し、2回にわたり1株2,500円・総額25億円で手放した 設備資金を要する鋼管部門を鋼管の本業者へ渡し、回収した25億円を借入金の返済と工事・サッシ・荷役運搬機械への投資へ振り向けた資源の入れ替え 売上を減らして利益を増やした年 1961年3月期に三機工業が示したのは、売上高を30億円減らしながら経常利益を倍にした決算であった。売るほどに設備資金の要る鋼管を外し、工事・サッシ・荷役運搬機械という受注と据付を軸にした商売を残したことが、この形をつくったと思われる。山田熊男社長は前年の対談で、月商15億円に対する資本金10億円は少なすぎるとし、増資の狙いを借入金の返済に置いていた。その返済を果たしたのは5億円の増資ではなく、鋼管を売って得た25億円であった。 事業売却・撤退 選択と集中 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/2206/decisions/total-food-diversification-1960/","t":"栄養菓子の一本足からアイス・チョコ・ガム・カレーへ拡充した総合食品化","c":"江崎グリコ","y":1960,"col":"#F44336","s":"栄養菓子の二本柱に冷菓・チョコレート・ガム・カレーを重ね、菓子会社から総合食品会社へ事業構成を組み替えた品目拡大","x":"1960 江崎グリコ 総合食品化への転換 栄養菓子の一本足からアイス・チョコ・ガム・カレーへ拡充した総合食品化 1960年9月に総合食品化への転換。大阪証券取引所に上場した江崎グリコが、1957年のアイスクリームからチョコレート・ガム・カレーへ品目を拡大した 栄養菓子の二本柱に冷菓・チョコレート・ガム・カレーを重ね、菓子会社から総合食品会社へ事業構成を組み替えた品目拡大 拡大と集中は、同じ理念の両面だったか この時期の品目拡大は、市場の伸びに乗るための業容拡大というより、栄養で社会に奉仕するという創業の理念をどこまで運べるかという試みだったとみられる。薬ではなく健康な人の食品を作るという最初の選択があったからこそ、菓子の外にあるカレーや牛乳も同じ理屈の内側に置けた。逆に言えば、扱う商品を決めていたのは市場調査でも競合分析でもなく、創業者が持っていた一つの物差しであった。この一貫性は強みでもあり、拡大の歯止めを効きにくくする要因でもあったと推察される。 隣接領域への展開 ブランド・マーケティング 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/2811/decisions/delmonte-rejection-1960/","t":"合弁の申し出を退け、契約栽培で原料を確保する国産・自主路線の選択","c":"カゴメ","y":1960,"col":"#D71920","s":"資本自由化で対日進出を狙う米デルモンテからの合弁提携提案を退け、契約栽培による国産原料の囲い込みを軸に単独で外資を迎え撃つことを選んだ判断","x":"1960 カゴメ デルモンテとの提携拒否 合弁の申し出を退け、契約栽培で原料を確保する国産・自主路線の選択 1960年にデルモンテとの提携拒否。三井物産を介した米社の合弁話を蟹江一太郎氏が断り契約栽培の国産原料で単独を通す 資本自由化で対日進出を狙う米デルモンテからの合弁提携提案を退け、契約栽培による国産原料の囲い込みを軸に単独で外資を迎え撃つことを選んだ判断 誰の土俵で戦うかという選択 デルモンテの提案を断った判断の核には、自前の基盤への確信があったのだろう。外資の資本と世界的なブランドを取り込めば、市場を広げる宣伝も、海外への足がかりも得られたはずである。それでも蟹江一太郎氏は、原料の契約栽培から国内の販路までを自ら握る一貫性の方を選んだ。効率や規模の論理よりも、誰の土俵で戦うかを優先した選択であり、外資と組む道を早い段階で手放した点に、この判断の性格がうかがえる。 垂直統合・内製化 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5301/decisions/cabot-carbon-black-alliance-1960/","t":"カーボンブラック製造技術の導入と、知多工場の新設","c":"東海カーボン","y":1960,"col":"#E60013","s":"自動車・タイヤ向け需要の急拡大に対し、自社技術の改良だけでは追いつかない量産と品質を米キャボット社との技術提携で補い、若松工場の設備改善と知多工場の新設によって…","x":"1960 東海カーボン 米キャボット社と技術提携 カーボンブラック製造技術の導入と、知多工場の新設 1960年に米キャボット社と技術提携。東海電極製造がカーボンブラックの技術を導入し、1962年12月に愛知県武豊町へ知多工場 自動車・タイヤ向け需要の急拡大に対し、自社技術の改良だけでは追いつかない量産と品質を米キャボット社との技術提携で補い、若松工場の設備改善と知多工場の新設によってカーボンブラックを黒鉛電極に次ぐ収益源へ育てた提携 借りたのは技術か、時間か 外国から技術を買って第二の柱ができた、という筋書きでこの提携をまとめると、起きたことを取り違える。東海電極製造は1950年に独自の技術でファーネス式の国産化に成功し、1955年には国内シェア40%を占めていた。足りなかったのは技術の有無ではなく、自動車生産の伸びに設備と品質を合わせる時間であった。1960年の提携は、その時間を対価を払って買い、若松の改善と知多の新設に振り向けた判断と推察される。 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開 大型設備投資 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5631/decisions/injection-molding-entry-1960/","t":"技術導入によるプラスチック射出成形機事業の立ち上げと、一般産業機械部門の拡大","c":"日本製鋼所","y":1960,"col":"#00A291","s":"兵器に代わる収益源が戦後十数年定まらないなか、石油化学の勃興と自社の押出成形機の蓄積を足場に、西ドイツ二社からの技術導入で射出成形機事業を立ち上げた新規事業投入","x":"1960 日本製鋼所 アンケル・ベルクと成形機提携 技術導入によるプラスチック射出成形機事業の立ち上げと、一般産業機械部門の拡大 1960年に射出成形機事業に参入。日本製鋼所が西ドイツのアンケル・ベルク社と小型機の技術援助契約を締結し、1963年には大型機も加えた 兵器に代わる収益源が戦後十数年定まらないなか、石油化学の勃興と自社の押出成形機の蓄積を足場に、西ドイツ二社からの技術導入で射出成形機事業を立ち上げた新規事業投入 導入してきた技術と、続けてきた技術 射出成形機は買ってきた技術で始まった事業である。それでも根づいたのは、1950年に自社技術で押出成形機を開発してからの十年分の蓄積が下にあり、樹脂を溶かして形にするという工程が同社の手の内にあったからなのだろう。買えたのは金型に射ち込む部分だけで、スクリュもシリンダも制御も、その後は自前で作り替えている。1987年に全電動機を業界で最初に出したのは、導入から二十七年後であった。 隣接領域への展開 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6098/decisions/founding-1960/","t":"23歳が大学新聞の求人広告から興した「情報を商品にする」事業","c":"リクルートHD","y":1960,"col":"#006EBC","s":"教授推薦・縁故が占めた就職市場の情報の非対称を機会に、大学新聞への求人広告取次から企業と学生を仲介する情報メディアを事業化した創業","x":"1960 リクルートhd 江副浩正氏が創業 23歳が大学新聞の求人広告から興した「情報を商品にする」事業 1960年3月に江副浩正氏が創業。東京大学を出た23歳が港区で大学新聞広告社を興し、芝信用金庫から借りた300万円を運転資金にした 教授推薦・縁故が占めた就職市場の情報の非対称を機会に、大学新聞への求人広告取次から企業と学生を仲介する情報メディアを事業化した創業 情報を商品にした創業の型 この創業が後年まで残したものは、大学新聞の求人広告という一見ささやかな取次のなかに、情報そのものを商品として流通させる事業の型を見いだした点にあったといえる。企業と学生という、互いを探しあぐねる二者の間に紙の媒体を差し込み、双方から情報を集めて再び双方へ返す——住宅情報も、とらばーゆも、カーセンサーも、仲介する対象を替えただけで、骨格は就職情報の創業期に組み上がった型を踏襲していた。 プラットフォーム・標準化 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6326/decisions/farm-machinery-mainstay-1960/","t":"耕うん機から完成機体系への農業機械の組み替え","c":"クボタ","y":1960,"col":"#35A8A8","s":"鋳鉄管が公共投資、発動機と耕うん機が農村の景気に左右されるなか、農業基本法と構造改善事業が生んだ機械化需要を読み、耕うん機の延長ではなく乗用トラクタ・収穫機・田…","x":"1960 クボタ 純国産トラクタt15形の発売 耕うん機から完成機体系への農業機械の組み替え 1960年3月に純国産トラクタt15形の発売。久保田鉄工が15馬力の完成機を出し、耕うん機からバインダー・田植機の体系へ拡充した 鋳鉄管が公共投資、発動機と耕うん機が農村の景気に左右されるなか、農業基本法と構造改善事業が生んだ機械化需要を読み、耕うん機の延長ではなく乗用トラクタ・収穫機・田植機という完成機へ資源を振り向けた製品転換 飽和を認めながら台数を積み増した 1963年の耕うん機の普及台数は200万台、農家は600万戸弱で、3戸あたり1台まで行き渡っていた。この数字を需要の飽和と読めば、農業機械は縮小へ向かう部門でしかなかった。久保田鉄工が選んだのは、その普及台数と2,000軒の特約店網を土台に、乗用トラクタ・バインダー・田植機という別の製品体系を積み増す道であった。農業基本法と構造改善事業が乗用トラクタやコンバインの導入を押し上げると読めたことが、踏み切りを可能にしたとみられる。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6645/decisions/automation-pivot-1960/","t":"保護継電器メーカーから制御機器メーカーへ、世界初の製品を軸に据えた業態の組み替え","c":"オムロン","y":1960,"col":"#025DB8","s":"オートメーションという未知の技術潮流を先取りし、保護継電器の単品依存から制御機器メーカーへ事業を再定義した技術先行の転換","x":"1960 オムロン 無接点近接スイッチで転換 保護継電器メーカーから制御機器メーカーへ、世界初の製品を軸に据えた業態の組み替え 1960年に立石電機が制御機器メーカーへ転換した。世界初の無接点近接スイッチを開発し、立石一真社長が自動制御の部品市場へ賭けた オートメーションという未知の技術潮流を先取りし、保護継電器の単品依存から制御機器メーカーへ事業を再定義した技術先行の転換 市場を持たぬところに市場をつくる この判断の核心は、既存の市場で競うのではなく、市場そのものが存在しない領域へ先に参入した点にある。立石社長が保護継電器の単品依存から抜けるために選んだのは、他社の後を追う多角化ではなく、日本にまだ言葉すらないオートメーションという需要を自ら定義することであった。制御に使う機能部品を片端から自前で開発し、無接点近接スイッチで世界の大手に先んじた選択は、技術で市場を先取りする経営の型を早い時期に定めたものと推察される。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7013/decisions/harima-merger-1960/","t":"造船同業との一本化による石川島播磨重工業の発足と、事業規模の拡大","c":"IHI","y":1960,"col":"#2056AE","s":"エネルギー転換とタンカーの大型化を先取りし、陸上機械に厚い石川島と造船に偏った播磨が、設備と事業構成を補い合う形で結んだ合併","x":"1960 ihi 播磨造船所と合併 造船同業との一本化による石川島播磨重工業の発足と、事業規模の拡大 1960年12月に業界三位の播磨造船所と一つになる。土光敏夫社長の主導で陸上機械に厚い石川島と造船の播磨が結合 エネルギー転換とタンカーの大型化を先取りし、陸上機械に厚い石川島と造船に偏った播磨が、設備と事業構成を補い合う形で結んだ合併 規模より、事業構成の設計を この合併の核心は、規模を一足飛びに広げること自体ではなく、陸に偏った石川島と海に偏った播磨が、互いの欠けを補い合う一対であった点にある。土光敏夫社長が石油とタンカー大型化という時代の流れを早くに読み、その読みに合う設備を播磨に見いだして両社を噛み合わせ、真藤氏の生産革新がその噛み合わせを安値・短工期の受注力へと変えた。好況に沸く造船業界のただ中で、単独では届かない大型船の市場へ設備と人材ごと組み替えていった判断には、規模より事業構成の設計を重んじる意思がうかがえる。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/7984/decisions/steel-furniture-entry-1960/","t":"鋼製家具・ファイリング用品への参入と、協力工場生産によるコクヨ商標での販売","c":"コクヨ","y":1960,"col":"#D20E2E","s":"紙製品市場の成熟で売上高の伸びが鈍り、事務合理化とオフィス革命の兆しが見えるなかで、既存の販売網に乗せられる鋼製家具・ファイリング用品へ品揃えを拡充した","x":"1960 コクヨ オフィス什器への進出 鋼製家具・ファイリング用品への参入と、協力工場生産によるコクヨ商標での販売 1960年4月に黒田国光堂が鋼製家具の販売を開始する。和式帳簿の表紙から出た紙製品メーカーが、ファイリング用品とともに鋼の什器へ 紙製品市場の成熟で売上高の伸びが鈍り、事務合理化とオフィス革命の兆しが見えるなかで、既存の販売網に乗せられる鋼製家具・ファイリング用品へ品揃えを拡充した 入れ物という一語で渡った 1960年の会長室で黒田暲之助氏が口にしたのは、ルーズリーフが売れ、バインダーが売れ、それを納める入れ物が要る、という一続きの話だけであった。鋼製家具という新分野の宣言ではなく、紙製品に付いてまわる入れ物の話に組み替えてある。言い換えは父を通すための方便にとどまらず、参入の設計そのものでもあったと思われる。工場は建てず協力工場に作らせ、文具店までつながる自前の販売網に乗せた。売る力の延長として始めたので、しくじっても紙製品の本体は傷まない。 隣接領域への展開 祖業・主力事業の転換 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/non-textile-shift-1960/","t":"非繊維部門の拡充——繊維専業商社から","c":"伊藤忠商事","y":1960,"col":"#19479B","s":"繊維取扱高で世界一を保ちつつも繊維依存の事業構成に危うさを抱えた伊藤忠が、越後正一社長のもとで非繊維部門の拡充を最重点に掲げ、重化学・資源・海外への配置換えと資…","x":"1960 伊藤忠商事 総合商社への転換 非繊維部門の拡充——繊維専業商社から 1960年に越後正一氏が伊藤忠商事の第5代社長へ就任。以後14年の在任で非繊維部門を最重要に据え、重化学と資源、海外へ展開した 繊維取扱高で世界一を保ちつつも繊維依存の事業構成に危うさを抱えた伊藤忠が、越後正一社長のもとで非繊維部門の拡充を最重点に掲げ、重化学・資源・海外への配置換えと資本増強によって総合商社へ転換した面的な戦略 強みを残して弱みを埋めるという転換 この判断の核心は、世界一という繊維の看板を掲げたまま、あえて手薄な非繊維へ社運を振り向けた点にある。強みが際立つ会社ほど、その成功体験に縛られて次の収益源を育てそこねる。越後正一氏が就任と同時に非繊維部門の拡充を\"最重要目標\"と言い切り、人員の配置換えと不況直前の資本増強までを一続きの戦略として進めた運びには、強みに安住しない規律がうかがえる。繊維を捨てずに非繊維を伸ばす二正面の経営を14年やり切ったことが、総合商社・伊藤忠の骨格を形づくったのだろう。 祖業・主力事業の転換 海外進出・現地生産 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/jp-ibm/decisions/patent-disclosure-1960/","t":"特許の公開と引き換えに国内生産の認可を得た三者合意","c":"日本アイ・ビー・エム","y":1960,"col":"#0F62FE","s":"参入規制の解除と引き換えに特許を開き、国内生産とノウハウの優位を同時に確保した合意","x":"1960 日本アイ・ビー・エム 特許公開で千鳥町工場生産へ 特許の公開と引き換えに国内生産の認可を得た三者合意 1960年に特許公開で生産認可を得る。通商産業省とibmワールド・トレード社が技術援助契約の認可と特許公開を一括で解決 参入規制の解除と引き換えに特許を開き、国内生産とノウハウの優位を同時に確保した合意 開いた特許が育てた競合 この判断の核心は、参入規制を外すために自社の最大の資産を差し出した点にある。特許はibmが日本市場で持つ最大の防壁であり、それを開けば国産メーカーが立ち上がることは見えていた。それでも合意したのは、特許を抱えたまま市場の外に立ち続けるより、開いてでも中で作るほうが得だという計算が働いたためだろう。公開の範囲を製造特許権に限り、ノウハウを渡さなかったところに、その計算の輪郭が表れている。 技術・r&d起点の勝負 海外進出・現地生産"},{"k":"decision","u":"/tse/5334/decisions/brazil-plug-localization-1959/","t":"点火プラグの海外現地生産へ踏み出す第一歩","c":"日本特殊陶業","y":1959,"col":"#00646D","s":"自動車の現地生産が進むブラジルで、国際規格品である点火プラグの現地供給という新市場が立ち上がったのを受け、輸出でなく100%出資の現地生産で欧米系メーカーの需要…","x":"1959 日本特殊陶業 ブラジル特殊陶業を設立 点火プラグの海外現地生産へ踏み出す第一歩 1959年8月にブラジル特殊陶業を設立。日本特殊陶業が森村勇社長のもと100%出資で点火プラグの海外生産に初めて踏み切った 自動車の現地生産が進むブラジルで、国際規格品である点火プラグの現地供給という新市場が立ち上がったのを受け、輸出でなく100%出資の現地生産で欧米系メーカーの需要を取り込んだ海外進出 規格品ゆえに踏み込めた海外現地生産 この進出を、単に早すぎた海外展開と読むのは物足りない。1959年当時、日本の部品メーカーが自ら海外へ工場を建設する例はまだ乏しく、インフレ率180%のブラジルは投資先として穏やかな相手ではなかった。それでも踏み込めたのは、点火プラグが世界のどの車にも合う規格品であったからなのだろう。特定の完成車メーカーに需要を握られる部品であれば、単独出資で見知らぬ市場へ出る判断は下しにくい。規格品という製品の性質が、現地生産という重い選択を後押ししていたといえる。 海外進出・現地生産 中南米"},{"k":"decision","u":"/tse/5393/decisions/sogaku-merger-1959/","t":"し竹鼻工場（現羽島工場）を岐阜の生産拠点として受け入れ","c":"ニチアス","y":1959,"col":"#00A8F0","s":"東西2工場に偏っていた生産体制へ中部の拠点を加えるため、稼働中の工場を持つ会社を合併して製造能力をまとめて取得した判断","x":"1959 ニチアス 祖岳製作所を合併 し竹鼻工場(現羽島工場)を岐阜の生産拠点として受け入れ 1959年10月に祖岳製作所を合併。日本アスベストが岐阜県羽島市の竹鼻工場を得て、東西2工場の体制に中部拠点を加えた 東西2工場に偏っていた生産体制へ中部の拠点を加えるため、稼働中の工場を持つ会社を合併して製造能力をまとめて取得した判断 引き受けた工場が背負ったもの 1959年の合併は、経営判断としては地味な部類に入る。買収額も交渉の経緯も記録に残らず、社史の年表では一行で済まされている。それでも、この一行が同社の後半世紀を規定した面はある。中部に工場を1つ得たことで、製品ごとに工場を割り振る多工場体制が組めるようになり、シール材という同社の中核製品を量産する場所が確保された。会社を丸ごと引き受ける方法を採ったために、立ち上げの時間を買えた点も見落とせない。 合併・経営統合 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/6503/decisions/semiconductor-entry-1959/","t":"半導体量産専門工場・西条・高知への量産設備の拡大","c":"三菱電機","y":1959,"col":"#d80c18","s":"電子部品を外部調達に頼らず内製するため量産専用工場を建設し、米国勢の攻勢で赤字に転落した後も撤退せず、1980年代には反対を押し切って西条・高知へ設備を積み増し…","x":"1959 三菱電機 北伊丹工場の新設 半導体量産専門工場・西条・高知への量産設備の拡大 1959年8月に北伊丹工場の新設。三菱電機が兵庫県に半導体の量産専門工場を設置し、2年後に国産ic第一号モレクトロンを商品化 電子部品を外部調達に頼らず内製するため量産専用工場を建設し、米国勢の攻勢で赤字に転落した後も撤退せず、1980年代には反対を押し切って西条・高知へ設備を積み増した 商品より先に、設備を建てるということ 国産ic第一号となる\"モレクトロン\"が世に出たのは1961年で、量産専門の北伊丹工場はその2年前に建っていた。用途も需要も定まらない部品に、商品より先に量産の設備を用意したことになる。半導体を電子産業の\"コメ\"と呼んだ進藤貞和氏の言い方には、当たれば重電も家電も電算機もそれを土台に組み立てるという読みがあり、米国勢の攻勢で国産各社が赤字に転落した1970年代前半にも撤退しなかった理由は、そこにあったのだろう。 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/6971/decisions/kyocera-founding-1959/","t":"設立と、持株第4位の技術者が経営の実権を掌握するま","c":"京セラ","y":1959,"col":"#DF0522","s":"松風工業で培ったファインセラミックスの技術を事業化するにあたり、信用も資本もない27歳の技術者が京都財界人の出資と個人保証を受けて会社を設立し、所有ではなく量産…","x":"1959 京セラ 京都セラミックとして設立 設立と、持株第4位の技術者が経営の実権を掌握するま 1959年4月に京都セラミックを設立。松風工業を退いた27歳の稲盛和夫は資本金300万円のうち第4位の株主にとどまる 松風工業で培ったファインセラミックスの技術を事業化するにあたり、信用も資本もない27歳の技術者が京都財界人の出資と個人保証を受けて会社を設立し、所有ではなく量産実績と利益によって経営の主導権を得る順序を選んだ創業 所有を持たない創業者が実権を得る順序 この創業で目を引くのは、技術の当事者が持株第4位で、社長の椅子も出資者に譲ったまま会社を始めた点である。資金も信用も他人のものだった以上、稲盛氏に選べる手は限られていた。値段も納期も先に引き受けて技術を後から間に合わせる受注の取り方は、無謀にみえて、信用のない会社が取引の入口を開く数少ない方法であっただろう。所有で押さえられないなら稼ぎで示すという順序が、結果として7年後の社長就任につながっていったといえる。 技術・r&d起点の勝負 資金調達・財務戦略 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/7203/decisions/motomachi-plant-1959/","t":"日本初の乗用車専門工場・量産体制への転換","c":"トヨタ自動車","y":1959,"col":"#EB0A1E","s":"需要が定まらぬうちに月産5,000台の乗用車専門工場を築き、トラック中心からの転換と量産体制の起点とした先行投資","x":"1959 トヨタ自動車 元町工場の建設 日本初の乗用車専門工場・量産体制への転換 1959年8月に乗用車専門の元町工場が稼働。石田退三社長が旧東海飛行機挙母工場跡の約33万m2に第1期25億2,369万円を投じ、月産5,000台の設備を建屋だけ月産1万台に対応させて構えた 需要が定まらぬうちに月産5,000台の乗用車専門工場を築き、トラック中心からの転換と量産体制の起点とした先行投資 需要を待たず、工場を先に用意する この決断の核心は、需要が確証される前に量産工場を先に築いた点にある。1959年の乗用車はなお富裕層やタクシーのものであり、月産1万台に対応する専門工場は明らかに需要を先取りした賭けであった。設備は月産5000台に抑えながら建屋だけを1万台に構えた設計は、読み違えの痛手を抑えつつ拡張余地を残す、周到な賭け方でもあった。元町の狙いは台数の膨張そのものではなく、量産を通じて品質と内容を練り上げることにあり、のちのトヨタの生産思想に通じる問題意識がうかがえる。 祖業・主力事業の転換 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/8802/decisions/marunouchi-redevelopment-1959/","t":"策定と、赤煉瓦街から9階建てビル街への建て替え","c":"三菱地所","y":1959,"col":"#DC000C","s":"戦後の事務所需要の膨張と赤煉瓦建物の陳腐化に対し、街区単位の建て替えで床と設備を入れ替え、丸ノ内の借り手を保つための改造計画","x":"1959 三菱地所 丸ノ内総合改造計画 策定と、赤煉瓦街から9階建てビル街への建て替え 1959年7月に丸ノ内総合改造計画を策定した。明治期からの3、4階建て赤煉瓦建物を街区ごとに壊し、鉄骨鉄筋コンクリート造の不燃ビルへ建て替え 戦後の事務所需要の膨張と赤煉瓦建物の陳腐化に対し、街区単位の建て替えで床と設備を入れ替え、丸ノ内の借り手を保つための改造計画 屋上を揃えた街が残したもの 31mに屋上を揃えるという決めごとは、床を積める限り積まないという決めごとでもあった。渡辺武次郎社長は皇居前広場の美観を理由に『実益のないのに高さを競争するのは困る』と述べ、同じ三菱系の東京海上の建て替えにまで中止を申し入れている。丸ノ内で最も多くの土地を持つ会社が自ら高さの上限を引いたことで、街区ごとに屋上の高さが揃う景観が生まれた。借り手の一流企業から赤煉瓦を拒まれながら、建て替えの理由を床の量に置かなかった点に、当時の判断の性格が表れているとみられる。 大型設備投資 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/9041/decisions/nagoya-line-gauge-1959/","t":"軌間の統一による、名阪間直通特急の実現という悲願の達成","c":"近鉄グループホールディングス","y":1959,"col":"#C8102E","s":"伊勢湾台風という自然災害への対応を、名古屋線の軌間拡幅という懸案実行の好機に転じた判断","x":"1959 近鉄グループホールディングス 名古屋線の軌間拡幅 軌間の統一による、名阪間直通特急の実現という悲願の達成 1959年9月に名古屋線を標準軌へ拡幅した。伊勢湾台風の直撃後、佐伯勇社長が役員全員の反対を押し切って復旧と同時に施工し、年内に直通特急を走らせた 伊勢湾台風という自然災害への対応を、名古屋線の軌間拡幅という懸案実行の好機に転じた判断 危機をタイミングに変えた決断の代償 この決断の核心は、被災という動かしがたい非常事態を、佐伯勇社長がむしろ懸案実行の好機と読み替えた点にある。役員全員の反対を押し切ってまで復旧と軌間拡幅を同時に進めたのは、資金に余裕があったからではなく、平時であれば長期の運休を確保しにくい大工事を、線路がすでに使えないいましか実行できないという、時機についての見立てであっただろう。危機のさなかでの決断のほうが平時よりも迅速に下されたところに、この案件の逆説がある。 外的危機への対応 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/9065/decisions/unyu-kiko-kaisho-jojo-1959/","t":"機工・建設部門への進出と、株式上場による資本市場からの調達手段の確保","c":"山九","y":1959,"col":"#E60012","s":"特定発注者の構内荷役に依存する労務請負一本足経営から脱するため、機工・建設部門への進出を社名に明示し、上場によって資本市場からの調達手段を確保する経営戦略","x":"1959 山九 山九運輸機工に商号変更 機工・建設部門への進出と、株式上場による資本市場からの調達手段の確保 1959年7月に山九運輸機工に商号変更。先代の急逝で継いだ中村健治氏が、製鉄機械と石油化学装置の据付へ拡大した機工・建設 特定発注者の構内荷役に依存する労務請負一本足経営から脱するため、機工・建設部門への進出を社名に明示し、上場によって資本市場からの調達手段を確保する経営戦略 機工と物流を両輪とする事業構造への転換 社名変更と上場という一対の判断が持った意味は、単なる看板の掛け替えや資金調達にとどまらない。特定発注者の構内に張り付く労務請負を土台にしながら、そこに機工という技術領域を正式に据え、上場によって大型設備投資を継続できる財務基盤を得たことで、山九運輸機工は発注者の生産計画に受動的に従う会社から、みずから設備投資を先行させて技術優位を確立する会社へと立場を変えていったとみられる。 隣接領域への展開 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/jnr/decisions/shinkansen-construction-1959/","t":"在来線の改良でしのぐ案を退け、広軌の別線に投じる選択","c":"日本国有鉄道","y":1959,"col":"#000000","s":"在来線の改良では吸収できない東海道の輸送需要に対し、標準軌の別線を新設して輸送力を確保する方式の選択","x":"1959 日本国有鉄道 東海道新幹線の建設 在来線の改良でしのぐ案を退け、広軌の別線に投じる選択 1959年に東海道新幹線の建設へ着手。在来線改良ではなく標準軌の別線新設を選び、十河信二総裁と島秀雄技師長が進めた 在来線の改良では吸収できない東海道の輸送需要に対し、標準軌の別線を新設して輸送力を確保する方式の選択 五案が出そろった時点で、安い道は残っていなかった 東海道線増強調査会の五つの案が、狭軌の併設から広軌電鉄まで、どれも1000億円を越えると分かった時点で、国鉄に安上がりな道は残っていなかった。同じ桁の資金を投じるなら、狭軌の線路に列車をさらに詰め込む改良ではなく、標準軌の別線を敷いて時速200kmで走らせる。幹線調査会の第1回から、戦前に始まった広軌新幹線を下回る計画では間に合わないという前提が置かれたのは、その比較を先に済ませていたからだと思われる。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/mori-building/decisions/incorporation-toranomon-1959/","t":"森事務所の法人化による森ビルの設立","c":"森ビル","y":1959,"col":"#9FA0A0","s":"副業として建てた4棟の賃貸ビルを法人の資産へ移転し、投資地域を虎ノ門に限定することで採算の計算できる範囲に事業をとどめた","x":"1959 森ビル 虎ノ門への集中投資 森事務所の法人化による森ビルの設立 1959年6月に森ビル株式会社を設立。森泰吉郎氏が横浜市立大学商学部長を辞し、4棟を管理する個人経営の森事務所を法人化 副業として建てた4棟の賃貸ビルを法人の資産へ移転し、投資地域を虎ノ門に限定することで採算の計算できる範囲に事業をとどめた 計算する習慣を持ち込んだ学者 説明によれば、理由は土地勘の差にあった。よく知らない場所に投じれば不安が残るが、長年親しんだ虎ノ門なら収支を前もって細かく読める。地価が上がると見た根拠も東京へ人が集まり続けるという前提であり、1956年に斡旋業者へ5割増しの値を呑ませたときから、この推論の立て方は変わっていない。相場を嗅ぎ分ける業者の勘よりも、仮定を置いてその帰結を割り出す研究者の癖がこの事業を動かしていたとみられる。 創業家・同族 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/ykk/decisions/aluminum-sash-entry-1959/","t":"余ったアルミ合金の使い道として選んだ新分野への進出","c":"YKK","y":1959,"col":"#0082BE","s":"ファスナー用に内製したアルミ合金が自社消費を上回ったため、余剰を振り向ける先としてアルミサッシに参入し、既存メーカーと異なる直接販売で販路を開拓した","x":"1959 ykk アルミサッシへの参入 余ったアルミ合金の使い道として選んだ新分野への進出 1959年11月にアルミサッシの生産に入る。生地工場に溶解工場と1,400トンの押出機を設置し、余るアルミ合金の使い道とした ファスナー用に内製したアルミ合金が自社消費を上回ったため、余剰を振り向ける先としてアルミサッシに参入し、既存メーカーと異なる直接販売で販路を開拓した 余剰から始めた事業の性格 この参入の理由は市場の魅力ではなく、自社の内側にあった。一貫生産は品質のために選んだ設計であったが、その設計はファスナー用に内製したアルミ合金を使い切れずに余らせる構造でもあり、その余剰だけが出発の条件である。市場を調べて有望と判断したのではないため、参入後5年以上売れなかったのは当然の帰結でもあった。役員がためらったのは、事業の見立てとしてはむしろ正しい。余剰を新事業に振り向ける判断は、垂直統合を選んだ企業がいずれ直面する問いへの一つの答えにあたる。 隣接領域への展開 大型設備投資 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/2202/decisions/kanamycin-1958/","t":"梅沢浜夫博士が発見した抗生物質を、菌の培養から原末・製剤まで一貫して生産する体制へ","c":"明治製菓","y":1958,"col":"#FF0000","s":"原末を輸入して製剤化するだけの当時の日本の製薬業から外れ、設備資金と自主技術を先に投じて原体の内製へ回った判断","x":"1958 明治製菓 カナマイシンの工業化 梅沢浜夫博士が発見した抗生物質を、菌の培養から原末・製剤まで一貫して生産する体制へ 1958年にカナマイシンの工業化。明治製菓が国立予防衛生研究所の梅沢浜夫博士の発見した抗生物質を、菌の培養から製剤まで一貫生産で発売 原末を輸入して製剤化するだけの当時の日本の製薬業から外れ、設備資金と自主技術を先に投じて原体の内製へ回った判断 購入できる物を、あえて自製した 原末は買えた。非自由化のもとで入手は容易であり、買えば設備も技術も要らない。明治製菓はその道を選ばず、1958年のカナマイシンで菌の培養から製剤までを自前に置いた。5年後には川崎と淀川の原末を足柄へ集めている。医薬品の新陳代謝が激しく、原末への投資に危険がつきまとうことは当人たちが認めていた。危険を承知したうえでの選択であった。 垂直統合・内製化 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5991/decisions/spring-consolidation-1958/","t":"日発販売の分離独立とあわせて固めたばね国内首位の地盤","c":"日本発條","y":1958,"col":"#C51313","s":"ばね鋼の安定調達と懸架ばね生産能力の取り込みを合併で果たし、性格の異なる補修品の販路を別会社に切り出して全国販売を確立した","x":"1958 日本発条 大同発条を合併 日発販売の分離独立とあわせて固めたばね国内首位の地盤 1958年5月に大同発条を合併。日本発条が大同製鋼の懸架ばね会社を川崎工場とし、翌1959年5月に販売部門を日発販売として分社化した ばね鋼の安定調達と懸架ばね生産能力の取り込みを合併で果たし、性格の異なる補修品の販路を別会社に切り出して全国販売を確立した 買った工場と、手放した売り場 この二手は、方向が逆に見えて出所が同じであった。ばね鋼が細りかけたとき、日本発条は素材メーカーの内側にあったばね工場ごと引き取り、調達と生産をまとめて手当てした。一方、数量では10%まで低下した補修品については、自社で抱えず、在庫と即納で回る別会社へ売り場を移した。作る場所は近くへ、売る場所は遠くへ。どちらも、自分の得意な仕事の輪郭をはっきりさせるための線引きであったと思われる。 合併・経営統合 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6849/decisions/transistor-shift-1958/","t":"主要部品を真空管から置き換えることによる小型ME機器への移行","c":"日本光電工業","y":1958,"col":"#326BC9","s":"量産段階に入ったトランジスタへ主力の心電計・脳波計の主要部品を置き換え、小型軽量のME機器を軸とする製品体系へ切り替えた技術転換","x":"1958 日本光電工業 トランジスタへの転換 主要部品を真空管から置き換えることによる小型me機器への移行 1958年に真空管からトランジスタへ置き換え。高感度の前置増幅器を除く大部分を切り替え、初の3カ年計画と10部門制も敷く 量産段階に入ったトランジスタへ主力の心電計・脳波計の主要部品を置き換え、小型軽量のme機器を軸とする製品体系へ切り替えた技術転換 部品を替えるのではなく、設計を替える 時代の波に乗った部品更新として片づけるのは、この転換を軽く見すぎている。1958年の日本光電工業は従業員83名、前々期に初の黒字390万円を出したばかりの会社で、主力の心電計も脳波計も真空管を前提に組まれていた。その中身を入れ替える判断は、既存の設計を捨てる作業に等しい。同じ年に初の3カ年計画を掲げ、技術部と設計部を分ける組織へ改めた事実に、荻野義夫社長がこれを部品ではなく設計の問題とみていたことがうかがえる。 技術・r&d起点の勝負 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7912/decisions/electronics-diversification-1958/","t":"フォトマスクへの展開を伴うエレクトロニクス分野への多角化","c":"大日本印刷","y":1958,"col":"#1532A9","s":"印刷の微細な製版技術を紙以外へ応用し、シャドーマスク・フォトマスクでエレクトロニクス部材へ多角化した1957年からの一連の判断（代表年1958）。","x":"1958 大日本印刷 シャドーマスクの量産開始 フォトマスクへの展開を伴うエレクトロニクス分野への多角化 1958年に大日本印刷がシャドーマスクを国内で初めて量産。印刷の製版技術を応用し、北島織衛氏の主導でフォトマスクへも展開した 印刷の微細な製版技術を紙以外へ応用し、シャドーマスク・フォトマスクでエレクトロニクス部材へ多角化した1957年からの一連の判断(代表年1958)。 印刷技術を紙の外へ——次の柱を育てる賭け この判断の核心は、財務の危機に迫られた守りの一手ではなく、本業がなお伸びる時期に、あえて畑違いの電子部品へ踏み込んだ攻めの選択にあったのだろう。北島織衛氏は『一本や二本の柱では危うい』という考えを、紙器・包装だけでなく、カラーテレビや半導体という当時の最先端市場へも当てはめた。印刷でつちかった微細な製版技術が金属やガラスの上でも生きるという見立てに、研究所と資金を賭けた点に、この会社の技術志向がうかがえる。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9602/decisions/real-estate-utilization-1958/","t":"興行の場である劇場を不動産資産として運用する体制への移行","c":"東宝","y":1958,"col":"#003692","s":"テレビ普及で映画市場が成熟へ向かうなか、直営館という不動産資産の利用度を高め、家賃収入を収益源の一つに据えて興行の変動を吸収する収益構造へ組み替えた判断","x":"1958 東宝 不動産活用委員会の設置 興行の場である劇場を不動産資産として運用する体制への移行 1958年5月に本社へ不動産活用委員会を設置。清水雅社長の構想で劇場の屋上や壁面まで洗い直し総合ビル建設へ進む テレビ普及で映画市場が成熟へ向かうなか、直営館という不動産資産の利用度を高め、家賃収入を収益源の一つに据えて興行の変動を吸収する収益構造へ組み替えた判断 持っている資産を測り直すという経営 東宝がしたのは新しい事業への進出ではなく、すでに手にしていた劇場という資産を、上映のための建物から賃貸の床へと読み替えることであった。清水雅社長は階段も壁も空間も最大限に活用するという一点を方針に据え、不動産活用委員会という常設機関でそれを制度化している。テレビの普及で観客が減り、他の映画各社が製作費の競争へ向かうなかで、手持ちの資産の値打ちを測り直した判断であった。 収益モデル転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/3402/decisions/polyester-ici-alliance-1957/","t":"ポリエステル繊維技術をめぐる、同業他社と足並みを揃えた共同導入","c":"東レ","y":1957,"col":"#004097","s":"ナイロンに次ぐ第二の合成繊維としてポリエステルを選び、独占を諦める代わりに競合の帝国人造絹絲と共同で英ICIの特許実施許諾を受けた技術導入","x":"1957 東レ 英iciから技術導入 ポリエステル繊維技術をめぐる、同業他社と足並みを揃えた共同導入 1957年2月に英iciと技術提携契約に調印。競合の帝国人造絹糸と2社同資格でライセンスを受け、ロイヤルティも商標テトロンも共通とした ナイロンに次ぐ第二の合成繊維としてポリエステルを選び、独占を諦める代わりに競合の帝国人造絹糸と共同で英iciの特許実施許諾を受けた技術導入 独占を捨てて素材を販売する 『東レは独占の意思は毛頭ない』——田代茂樹氏がパリで競合各社の首脳に自ら告げた一言に、この提携の性格が表れている。1951年のデュポン提携では資本金の1.5倍にあたる前払金を単独で払い、ナイロンの特許を自社に囲った。今度は逆に、ライセンス料もロイヤルティも帝国人造絹糸と合算し、商標\"テトロン\"まで共通にした。名も知られていない素材は、一社で抱えても売り場が生まれない。二社で綿紡・毛紡との混紡から市場を起こす方が早いという読みが働いていたと思われる。 技術・r&d起点の勝負 祖業・主力事業の転換 ブランド・マーケティング 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/3862/decisions/rebuilding-1957/","t":"第一次・第二次の合理化工事と一体で進めた生産体制の立て直し","c":"本州製紙","y":1957,"col":"#544B37","s":"二度の減配と経営首脳の退陣を経て、既設工場の合理化と釧路の新工場建設を同時に走らせた再建計画","x":"1957 本州製紙 釧路の段ボール原紙工場新設 第一次・第二次の合理化工事と一体で進めた生産体制の立て直し 1957年1月に第一次合理化工事計画を決定。二度の減配と経営首脳の退陣を経た本州製紙が約16億円の工事に続き3月に釧路へ段ボール原紙工場を新設 二度の減配と経営首脳の退陣を経て、既設工場の合理化と釧路の新工場建設を同時に走らせた再建計画 手直しを急ぎながら、別の柱を建てた 木下氏が本州製紙で最初に測ったのは、既設七工場の伸びしろであった。明治時代の機械がなお動く工場を、16億円と13億円の二度の工事で手直しはする。ただしそれは当面の補強にとどまると見切り、同じ1957年1月に釧路の第一期工事へ入っている。手直しか新設かを選ぶのではなく、手直しを急ぎながら別の事業を興す二重の投資を、二度減配したばかりの会社が決めた点に、この再建計画の性格が表れている。 経営再建・ターンアラウンド 大型設備投資 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3867/decisions/champion-alliance-1957/","t":"キャスト・コーティングでの自社方式から相手方式への全面切替","c":"神崎製紙","y":1957,"col":"#1a5c9c","s":"自前で工業化したキャスト・コーテッド紙の製法を、コストの安い相手方式へ全面的に切り替え、日本特許の専用実施権とあわせて独占生産の地位を確保した技術提携","x":"1957 神崎製紙 チャンピオン社の技術導入 キャスト・コーティングでの自社方式から相手方式への全面切替 1957年9月に米チャンピオンから技術を導入。神崎製紙が自前のミラーコートから切り替え、キャスト・コーティングの専用実施権を得た 自前で工業化したキャスト・コーテッド紙の製法を、コストの安い相手方式へ全面的に切り替え、日本特許の専用実施権とあわせて独占生産の地位を確保した技術提携 自前の技術は、捨てるためにつくられたわけではない 藤井浩氏が交渉の席で確かめたのは、神崎方式がチャンピオン社の特許のコピーではなく、品質でむしろまさっていたという一点であった。その自前の方式を、神崎製紙は1959年8月に自ら止めている。コストと独占という二つの理由のうち、決め手になったのは後者だと思われる。アート紙の3社独占が破れかけていた会社にとって、キャスト・コーテッド紙は独占を保てる数少ない商品で、特許を持たない側で走り続けることの危うさが見えていた。 技術・r&d起点の勝負 低価格・コストリーダーシップ 高付加価値化・プレミアム 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4208/decisions/ube-coal-withdrawal-1957/","t":"祖業を畳んだうえでの約7,000名の他部門への配置転換","c":"UBE","y":1957,"col":"#0175C1","s":"エネルギー革命で採算を失った祖業の石炭鉱業から、化学・セメント・機械の量産事業を受け皿に据えて段階的に撤退し、石炭部門の約7,000名を大量解雇ではなく配置転換…","x":"1957 ube 石炭からセメント・化学への転身 祖業を畳んだうえでの約7,000名の他部門への配置転換 1957年に石炭鉱業からの撤退。中安閑一社長が石炭部門の約7,000名を化学・セメント・機械の多角化事業へ配置転換し、1967年までに撤収 エネルギー革命で採算を失った祖業の石炭鉱業から、化学・セメント・機械の量産事業を受け皿に据えて段階的に撤退し、石炭部門の約7,000名を大量解雇ではなく配置転換で吸収した構造改革 有限の石炭から無限の工業へ、という約束の果たし方 この判断の核心は、祖業が採算を失うと見切ったうえで、そこで働く人々をどう次へ渡すかという一点にあったと推察される。エネルギー革命という後戻りのしない変化を前に、石炭を延命させる選択も、一気に畳んで人を切り離す選択もありえた。宇部興産が選んだのは、10年をかけて量産化学という受け皿を先に育て、約7,000名を配置転換で吸収しながら祖業を閉じる道であった。地域と出資者と従業員がほぼ重なって始まった会社にとって、雇用を抱えたまま事業を組み替えることは、経済合理性であると同時に創業以来の約束を守る営みでもあったと思われる。 祖業・主力事業の転換 事業売却・撤退 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/4966/decisions/plating-chemicals-1957/","t":"本社に薬品部を設置しての、自社での薬品づくりへの踏み出し","c":"上村工業","y":1957,"col":"#416F9C","s":"朝鮮戦争の特需でニッケルが値上がりし不足すると、光沢ニッケルめっきを求める動きが起こった。仕入れた商品を販売するだけの商いでは応じきれないとみて、薬品を自社で製…","x":"1957 上村工業 めっき用化学品の製造開始 本社に薬品部を設置しての、自社での薬品づくりへの踏み出し 1957年9月にめっき用化学品の製造開始。本社に薬品部を設け、仕入れて販売するだけだった薬品を研摩剤に次ぐ二本目の自社製品にした 朝鮮戦争の特需でニッケルが値上がりし不足すると、光沢ニッケルめっきを求める動きが起こった。仕入れた商品を販売するだけの商いでは応じきれないとみて、薬品を自社で製造する道へ踏み出した 仕入品に寄りかかることの弱さ 研摩剤が自社製品で、その他は仕入商品——上村長兵衛商店が自らをそう書き残せたのは、そこに引け目があったからだと推察される。1957年に動いたのは扱う品目ではなく、処方を持つ側に回るかどうかであった。青化第一銅を月10トンから15トン売っても、作っていたのは千葉の総房化学であり、供給元が方針を変えれば商いはそのまま揺れる。ニッケルの高騰は材料難であると同時に、仕入品に寄りかかる商いの弱さを見せた出来事でもあった。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5947/decisions/infrared-burner-license-1957/","t":"独シュバンク社との技術提携を足がかりとした新分野への進出","c":"リンナイ","y":1957,"col":"#E60012","s":"器具の組み立てで差がつきにくいガス機器市場に対し、欧州が先行していた赤外線燃焼方式を特許料を払って導入し、製造の中核技術を自社側に取り込む判断","x":"1957 リンナイ 赤外線ガスバーナー参入 独シュバンク社との技術提携を足がかりとした新分野への進出 1957年12月に赤外線ガスバーナー参入。林内製作所が独シュバンク社と技術提携し、シュバンク式ガス赤外線ストーブを国内で初めて商品化 器具の組み立てで差がつきにくいガス機器市場に対し、欧州が先行していた赤外線燃焼方式を特許料を払って導入し、製造の中核技術を自社側に取り込む判断 2億円を払った人と、その先を引き受けた人 2億円という特許料の額に、この決断の性格が出ている。年商が10億円に届かない会社が、まだ売れる保証のない燃焼方式の使用権にその2割を払った。踏み切ったのは林兼吉社長で、その方式を製品に仕立てる側に回ったのが、当時まだ技術側にいた内藤明人氏であった。買う範囲は狭く切られている。燃やし方の原理だけを買い、ストーブへの組み込みも加工も自社に残した。払える限界と、払う必要のない範囲の見極めが、同じ場面で下されていたとみられる。 技術・r&d起点の勝負 垂直統合・内製化 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6383/decisions/material-handling-shift-1957/","t":"ジャービス・ビー・ウェブ社との提携も重ねた搬送機械への転換","c":"ダイフク","y":1957,"col":"#51489D","s":"戦後の存続危機で祖業の鍛圧機械が行き詰まるなか、海外の搬送技術を導入して運搬機械（マテハン）へ業態を転換し、トヨタ向けチェン・コンベヤの量産で搬送機械の専業メー…","x":"1957 ダイフク ビューラー社と技術提携 ジャービス・ビー・ウェブ社との提携も重ねた搬送機械への転換 1957年に鍛圧機械から運搬機械へ主力を転換する。大福機工が1952年にスイスのビューラー社、1957年に米ジャービス・ビー・ウェブと技術提携 戦後の存続危機で祖業の鍛圧機械が行き詰まるなか、海外の搬送技術を導入して運搬機械(マテハン)へ業態を転換し、トヨタ向けチェン・コンベヤの量産で搬送機械の専業メーカーへ姿を変えた 借りた技術と残した技術 大福機工がビューラーとウェブの技術を導入できたのは、親会社の兼松から資金を打ち切られ、自らの技術しか頼るものがないところまで追い込まれていたからであった。累積赤字は6,000万〜7,000万円に達し、社員の約4割を整理して工場も売っている。益田乾次郎氏は相手側代表を説き伏せ、大赤字の会社に世界水準の提携先を引き入れた。退路を断たれた機械工場の選択が、搬送機械への道を開いたのだろう。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負 欧州 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6586/decisions/power-tool-shift-1957/","t":"特殊モーター受注生産からの脱却と、国産第一号の完成品を持つ専業化","c":"マキタ","y":1957,"col":"#E60011","s":"大企業のモーター生産再開で受注生産の余地が狭まるなか、業績が上向いている最中にモーターを使う最終製品の生産へ移行し、輸入品しかなかった電気カンナを国産化して電動…","x":"1957 マキタ 電気カンナで電動工具化 特殊モーター受注生産からの脱却と、国産第一号の完成品を持つ専業化 1958年1月に電気カンナを出し電動工具メーカーへ移った。1955年に社長へ就任した後藤十次郎氏が特殊モーターの受注生産から離れた 大企業のモーター生産再開で受注生産の余地が狭まるなか、業績が上向いている最中にモーターを使う最終製品の生産へ移行し、輸入品しかなかった電気カンナを国産化して電動工具の専業メーカーへ転じた製品転換 好調の最中に転換へ着手するということ 大企業に競争優位を築けないから隙間へ逃げた話として読むと、この転換の勘所を取り落とす。後藤十次郎社長が特殊モーターを離れにかかったのは、業績が崩れたときではなく、神武景気で無配を脱し1割配当へ復した好調の最中であった。不況が来れば再び無配へ転落するという読みが先にあり、まだ余力があるうちに次の製品を社内に探させている。しかも選んだ電気カンナは、造船所が輸入品を使っていた領域で、需要の実在が確かめられていた。 祖業・主力事業の転換 選択と集中 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/6952/decisions/casio-14a-founding-1957/","t":"世界初の小型純電気式カシオ計算機の設立","c":"カシオ計算機","y":1957,"col":"#005BAC","s":"機械式でも真空管式でもない継電器式の小型計算機という独自技術を軸に、部品下請けから計算機メーカーへ転じた会社設立","x":"1957 カシオ計算機 計算機「14-a」の商品化 世界初の小型純電気式カシオ計算機の設立 1957年6月に純電気式計算機14-aを商品化。樫尾4兄弟が7年の開発を経てカシオ計算機を設立し、下請けから製造業へ 機械式でも真空管式でもない継電器式の小型計算機という独自技術を軸に、部品下請けから計算機メーカーへ転じた会社設立 何を持つ会社になるかを、創業時に決めた この会社設立の核心は、既存の機械式計算機の改良ではなく、継電器という電気部品だけで計算をこなす小型機を、自前の技術で立ち上げた点にある。下請け加工で日銭を稼ぎながら、夜なべの開発に7年を費やした四兄弟の選択は、注文を受けて他社の設計どおりに作る立場から、何を作るかを自分で決める立場への移り方であった。発明・生産・販売・経理を一族で分け持つ体制は、以後の意思決定の速さを支える土台にもなったと推察される。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7750/decisions/slr-focus-1957/","t":"距離計連動式を採らない一眼レフカメラへの集中と、専業メーカーへの転換","c":"ペンタックス","y":1957,"col":"#F50104","s":"主流の距離計連動式を採らず、量産の前例がない一眼レフへ製品と技術を集中させ、専業メーカーの事業構成を確立した判断","x":"1957 ペンタックス アサヒペンタックスの開発 距離計連動式を採らない一眼レフカメラへの集中と、専業メーカーへの転換 1957年にアサヒペンタックスを発売。旭光学工業が一眼レフに集中し、クイックリターン装置とペンタプリズム式で専門メーカーとして立った 主流の距離計連動式を採らず、量産の前例がない一眼レフへ製品と技術を集中させ、専業メーカーの事業構成を確立した判断 普及している方式を採らなかったこと 1948年9月に始めた双眼鏡と望遠鏡が当座の食いぶちで、同時に着手したカメラは売り先も定まらない試作にすぎなかった。その試作の的を、ミラーが戻らないという難点のために誰も量産していなかった一眼レフに置いた点が、この判断の中身である。距離計連動式で各社が稼いでいた時期に、その方式には付かなかった。クイックリターン装置もペンタプリズムもその選択の後に来た成果で、1970年6月期には売上の96.2%を一眼レフとその付属品が占める会社になった。 選択と集中 技術・r&d起点の勝負 祖業・主力事業の転換 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/7956/decisions/founding-takeover-1957/","t":"破綻状態の哺乳器メーカーへの経営参加と支配権の掌握、株式会社ピジョン哺乳器本舗の設立","c":"ピジョン","y":1957,"col":"#E65550","s":"経営参加した哺乳器メーカーの経営が成り立たず、前任者との間で経営権の帰属が争われたため、撤退ではなく支配権の掌握と法人の再設立を選んだ","x":"1957 ピジョン 茅ヶ崎市で哺乳器業参入 破綻状態の哺乳器メーカーへの経営参加と支配権の掌握、株式会社ピジョン哺乳器本舗の設立 1957年8月に仲田祐一氏がピジョン哺乳器本舗を興す。前任者との訴訟20数種類と2度の職務遂行停止命令を経て支配権を掌握した 経営参加した哺乳器メーカーの経営が成り立たず、前任者との間で経営権の帰属が争われたため、撤退ではなく支配権の掌握と法人の再設立を選んだ 取り方が、会社の形を決めた 1か月の売上高が23万円の会社で、月給の支払いだけが20万円から25万円出ていた。1951年の時点で常識的だったのは、損を切って降りることである。仲田祐一氏はそこから4年をかけて訴訟20数種類を戦い、自身も裁判所から職務遂行停止命令を2度受けながら、経営権を取りに行った。大連で築いた10万坪の農園を敗戦で失い、郷里にも頼る資産を残していなかったことが、退く理由を持たない側の計算を可能にしていたと推察される。 経営再建・ターンアラウンド 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/2802/decisions/total-food-transformation-1956/","t":"うま味調味料の単品依存から総合食品企業への転換","c":"味の素","y":1956,"col":"#ED1C24","s":"直接発酵法で単品の製法優位が崩れるなか、MSG専業の収益モデルから脱し、外部ブランド提携と多品目化で総合食品企業へ転じる面的な事業戦略","x":"1956 味の素 協和発酵とmsg買取契約 うま味調味料の単品依存から総合食品企業への転換 1956年11月に協和発酵とmsg買取契約。直接発酵法の発表で製法優位が揺らぐなか訴訟を避け全量購入で市場の混乱を防ぐ 直接発酵法で単品の製法優位が崩れるなか、msg専業の収益モデルから脱し、外部ブランド提携と多品目化で総合食品企業へ転じる面的な事業戦略 単品の強さと、総合化という選択 この転換の中心にあったのは、うま味調味料という強い単品を持っていたがゆえの難しさであった。抽出法と特約店網に守られた独占は、直接発酵法という一手で優位の根拠を失いかねない構造でもあった。訴訟でなく全量買取を選び、競合技術を取り込みながら事業の幅を広げていった判断は、単一技術への依存から抜け出す現実的な道であっただろう。守り切れない独占を、競合技術の買取で乗り越えようとした点に、この時期の判断のありようがうかがえる。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/2831/decisions/domestic-market-shift-1956/","t":"輸出依存からの脱却と、国内市場向け自社ブランド缶詰への転換","c":"はごろもフーズ","y":1956,"col":"#266AB2","s":"商社経由の輸出下請けから抜け、自社ブランドと自前の流通経路で国内市場を開拓する事業構造への転換","x":"1956 はごろもフーズ 東京営業所開設で内需へ 輸出依存からの脱却と、国内市場向け自社ブランド缶詰への転換 1956年5月に自社ブランド缶詰へ転換。2代目の後藤磯吉社長が東京営業所を開設し米英向け輸出依存から国内販売主体へ移行する 商社経由の輸出下請けから抜け、自社ブランドと自前の流通経路で国内市場を開拓する事業構造への転換 好調な事業を細らせて、名を得る この判断の特徴は、うまくいっている事業から資金と人を引き剥がした点にある。1956年の輸出は好調で、内需へ移る必要は数字の上では見当たらなかった。それでも2代目後藤磯吉氏が動いたのは、収益の多寡ではなく、作ったものが誰にどう届くのかが自社に返ってこない仕組みへの不満からであった。商社経由の受託生産は、需要の波に乗るかぎり安定した仕事であり、その安定と引き換えに顧客の顔を失う——この取引を拒んだところに、後年のブランド企業としての性格が芽生えたとみられる。 祖業・主力事業の転換 販路・チャネル転換 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/3867/decisions/tomioka-mill-1956/","t":"広葉樹100%のパルプから加工紙までの一貫生産への移行","c":"神崎製紙","y":1956,"col":"#1a5c9c","s":"1社1工場では規模の利益を追う各社に対抗できないとして、総資産の2倍を超える100億円を徳島県の新工場に投じた設備投資","x":"1956 神崎製紙 阿南に富岡工場建設 広葉樹100%のパルプから加工紙までの一貫生産への移行 1956年10月に徳島県阿南へ富岡工場を建設。尼崎の1社1工場では規模の利益に抗せず、概算100億円は総資産41億円余の2倍を超えた 1社1工場では規模の利益を追う各社に対抗できないとして、総資産の2倍を超える100億円を徳島県の新工場に投じた設備投資 見積りは工場が動くまでのものだった 概算100億円という見積りは、当時の総資産41億円余の2倍を超えていた。半期売上高が23億円、資本金が5億円の会社が、その規模の投資を1956年春に決めている。踏み切れた理由として蓮見勝氏が挙げたのは、資金計画でも需要予測でもなく、新工場を建設する技術的な裏づけと社員の団結、それに対する加藤藤太郎社長の信頼であった。scpで広葉樹を使いこなし、晒しscpを高級印刷紙に入れた日本で最初の会社になった経験が、その裏づけを支えていたのだろう。 大型設備投資 垂直統合・内製化 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/4816/decisions/nichido-acquisition-1956/","t":"短編の外注先だった制作会社を長編漫画映画の自前スタジオへ改組","c":"東映アニメーション","y":1956,"col":"#E94A38","s":"二本立て興行の児童向けプログラムと、教育映画・テレビ・コマーシャルフィルムという新しい映像市場を確保するため、短編の外注先であった日動映画を買収し、劇場用長編を…","x":"1956 東映アニメーション 日動映画買収し専属化 短編の外注先だった制作会社を長編漫画映画の自前スタジオへ改組 1956年7月に日動映画買収し専属化。商号を東映動画へ改め、製作所を新宿区原町に設置して劇場用長編アニメの拠点とした 二本立て興行の児童向けプログラムと、教育映画・テレビ・コマーシャルフィルムという新しい映像市場を確保するため、短編の外注先であった日動映画を買収し、劇場用長編を継続して制作する自前のスタジオを持つ判断 人と技能ごと買収するということ この買収で東映が獲得したのは、23名のアニメーターと、彼らが短編で積んできた製作の経験である。設備も配給網も資金も東映の側にあり、日動映画が持っていたのは人と技能だけであった。それでも東映は、委託を重ねる関係を続けずに会社ごと買う道を選んでいる。長編アニメーションのように、一作へ人手と時間を注ぎ込まなければ完成しない商品では、作品ごとに条件を交渉する相手方に製作能力を預けたままでは、費用も工期も読みにくい。製作の能力を自社の内側へ移したことが、年に1本の長編を10年近く出し続ける前提になっただろう。 垂直統合・内製化 隣接領域への展開 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/6301/decisions/bulldozer-pivot-1956/","t":"砲弾生産への依存を断ち切る建設機械への業態転換","c":"コマツ","y":1956,"col":"#150A9A","s":"朝鮮特需の砲弾生産が細るのを見越し、戦前来蓄えたブルドーザー技術を土台に、大阪工場を建設機械へ転換して収益構造を組み替えた業態転換","x":"1956 コマツ ブルドーザーへ転換 砲弾生産への依存を断ち切る建設機械への業態転換 1956年5月にブルドーザーへ転換。河合良成社長が朝鮮特需の砲弾生産の細りを見越し、大阪工場を軍需から建設機械へ切り替え 朝鮮特需の砲弾生産が細るのを見越し、戦前来蓄えたブルドーザー技術を土台に、大阪工場を建設機械へ転換して収益構造を組み替えた業態転換 需要が消える前に、次の柱を仕込む この判断の要は、巨額の需要のただ中で、その需要が消えたあとを見据えていた点にある。砲弾特需は会社を救う太い収入であったが、小松製作所はそれに全てを賭けず、傍らでブルドーザーの一貫生産を整えていった。特需が細ったときに慌てて代わりを探したのではなく、平時から次の柱を育てていたからこそ、大阪工場の転換は滞りなく運んだと思われる。目の前の好況に会社の未来を預けなかった抑制が、この業態転換を静かに支えていた。 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6802/decisions/export-focused-model-1956/","t":"商社を通さぬ現地直販に着手した、輸出特化の事業モデルの確立","c":"赤井電機","y":1956,"col":"#E61C22","s":"国内でテープレコーダーの需要が薄いなか、商社を通さず現地代理店と直接契約する代理店制を敷き、輸出特化で高い利益率を確保した判断","x":"1956 赤井電機 縦型テープレコーダーで輸出 商社を通さぬ現地直販に着手した、輸出特化の事業モデルの確立 1956年に縦型テープレコーダーで輸出を伸ばす。赤井三郎社長が自ら渡米し、商社を通さず米キャリホン・ロバーツ社と直接契約 国内でテープレコーダーの需要が薄いなか、商社を通さず現地代理店と直接契約する代理店制を敷き、輸出特化で高い利益率を確保した判断 輸出特化という選択が残したもの この判断の中心にあるのは、量産で勝る大手と価格で競うことを避け、高級品を直販で世界に売るという選び方であった。赤井三郎社長は商社を外して現地代理店と直接結び、縦型で先発のソニーと競合しない位置を取った。中間マージンを排した高い利益率と、値段でなく品質で選ばれる製品づくりが、独立系中堅を短期間で高収益企業へ押し上げた。輸出への特化そのものが、赤井電機という会社の輪郭を決めたと推察される。 海外進出・現地生産 販路・チャネル転換 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7011/decisions/mammoth-tanker-1956/","t":"超大型船の建造に耐える設備の拡充と、大型化への舵切り","c":"三菱重工業","y":1956,"col":"#E83C3E","s":"スエズ運河の閉鎖で前倒しになった油送船の大型化を見越し、計画造船の枠内での横並びから離れて、まだ一般的でない船型に設備を先に合わせた判断","x":"1956 三菱重工業 マンモスタンカー建造着手 超大型船の建造に耐える設備の拡充と、大型化への舵切り 1956年11月にマンモスタンカーの建造へ踏み切る。スエズ運河の閉鎖による油送船の大型化を見越し三菱造船が設備を拡充 スエズ運河の閉鎖で前倒しになった油送船の大型化を見越し、計画造船の枠内での横並びから離れて、まだ一般的でない船型に設備を先に合わせた判断 先に持つか、確かめてから持つか 1956年11月の読売新聞が伝えた『マンモスタンカー建造には設備の拡充が必要となる』という一文に、この判断の順序が表れている。注文を取ってから設備を足すのではなく、設備の側を先に将来の船型へ合わせた。当時の話題は4万5,000重量トン級のスーパータンカーで、6万〜8万重量トンが常態になるまでになお四年ほどの間があった。計画造船の枠内で横並びに戻ることもできた会社が、枠の外の輸出船の大型化へ設備を寄せた点に、この判断の性格がうかがえる。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負 多地域・全世界"},{"k":"decision","u":"/tse/7701/decisions/aviation-equipment-entry-1956/","t":"専門部門の新設による防衛装備品市場への足がかりづくりと、主力事業の追加","c":"島津製作所","y":1956,"col":"#C40029","s":"戦中の軍需品製造で蓄えた計測・油圧の技術を、航空機・防衛装備品の国産化にあわせて新設部門へ集約し、計測機器・医用機器に続く主力事業とした多角化","x":"1956 島津製作所 航空機器分野への参入 専門部門の新設による防衛装備品市場への足がかりづくりと、主力事業の追加 1956年10月に航空機器分野への参入。戦中の軍需品製造で得た技術を土台に、計測機器と医用機器に続く3本目の柱へ 戦中の軍需品製造で蓄えた計測・油圧の技術を、航空機・防衛装備品の国産化にあわせて新設部門へ集約し、計測機器・医用機器に続く主力事業とした多角化 7%が70年動かなかったこと 防衛の需要を早くから押さえた先見と読むのは、筋道を単純にしすぎる。1956年の島津製作所にあったのは、戦中の軍需品製造で身につけた計測と油圧の技術、空襲を免れてそのまま残った工場と人材、そして\"むずかしいけどうからん仕事\"を引き受けてきた技術尊重の気風であった。航空機器部門は、その手持ちを置く場所として選ばれている。市場を見つけたというより、技術の行き先を用意した判断だったと推察される。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/nichia/decisions/phosphor-material-1956/","t":"塩化カルシウムを主原料とする蛍光灯用蛍光体原料の開発と、日亜化学工業の設立","c":"日亜化学工業","y":1956,"col":"#006AB7","s":"薬の原料で確かめた高純度塩化カルシウムの製造技術を蛍光灯用蛍光体原料へ振り向け、通説と異なる原料系統で光度を高めた技術判断","x":"1956 日亜化学工業 阿南市で蛍光体原料開発 塩化カルシウムを主原料とする蛍光灯用蛍光体原料の開発と、日亜化学工業の設立 1956年12月に日亜化学工業を設立。小川信雄氏が資本金400万円で興し、通説を外した塩化カルシウム主原料の蛍光体を開発した 薬の原料で確かめた高純度塩化カルシウムの製造技術を蛍光灯用蛍光体原料へ振り向け、通説と異なる原料系統で光度を高めた技術判断 測られるまで証明できない選択 手持ちの塩化カルシウムを蛍光体原料へ振り向けた選択は、技術の飛躍ではなく、既存の工程の行き先を付け替えるものであった。硝酸カルシウムでなければ駄目だという通説を退けられたのは、小川氏が協和醗酵向けの量産を通じて、自分の作る塩化カルシウムの純度をメルク社の原料と比べて把握していたからだと思われる。東芝も松下も三菱も取り合わなかった1955年の時点で、判断を支える材料は市場の評価ではなく、自社の測定値しかなかった。 技術・r&d起点の勝負 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/1505/decisions/fuel-revolution-long-term-contract-1955/","t":"石炭が上向いていた1955年に、萩原吉太郎氏が炭価を自ら抑えた判断","c":"北海道炭礦汽船","y":1955,"col":"#FD3737","s":"石炭市況が上向いていた1955年に、燃料革命の到来を読んだ社長が値上がり益を放棄して10年間の安定販売を確保し、その猶予で脱石炭を進めようとした販売方針の転換","x":"1955 北海道炭礦汽船 東京瓦斯・富士製鉄と長期契約 石炭が上向いていた1955年に、萩原吉太郎氏が炭価を自ら抑えた判断 1955年に萩原吉太郎氏が販売方針を改めた。東京瓦斯や富士製鉄など需要家と10年間の契約を締結し、値上がり益より数量を取る 石炭市況が上向いていた1955年に、燃料革命の到来を読んだ社長が値上がり益を放棄して10年間の安定販売を確保し、その猶予で脱石炭を進めようとした販売方針の転換 時間は買えたが、答えは出なかった 1955年の判断は、単体で見れば働いている。石炭の斜陽化を国内生産がピークを打つ6年前に読み、東京瓦斯・富士製鉄に始まり10社を超えた長期契約で売り先を固定し、その猶予で石炭化学とレジャーという二つの道を試した。1969年にはレジャー部門が石炭部門の約半分を稼ぐまでに育っている。萩原吉太郎氏の視野は自社にとどまらず、1959年秋には西独・フランス・イギリス・アメリカの石炭政策を調べ、帰国後ただちに運賃補助を中核とする意見書を政府へ提出した。診断も時間の買い方も、順序として誤っていない。 プライシング・価格政策 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/2264/decisions/arsenic-milk-incident-1955/","t":"被害者への償いを打ち切らず、恒久的に続ける枠組みの確立","c":"森永乳業","y":1955,"col":"#E60011","s":"自社製品が引き起こした大規模食中毒に対し、被害者運動・社会的批判・司法判断という外部からの問い直しを受けて、14年を経て責任を受諾し、加害企業が半永久的に費用を…","x":"1955 森永乳業 ヒ素ミルク中毒事件の救済体制 被害者への償いを打ち切らず、恒久的に続ける枠組みの確立 1974年4月にヒ素ミルク中毒事件の救済体制。徳島工場の粉ミルクへのヒ素混入で死者131人・患者1万2159人を出し、14年の空白ののち責任を受諾 自社製品が引き起こした大規模食中毒に対し、被害者運動・社会的批判・司法判断という外部からの問い直しを受けて、14年を経て責任を受諾し、加害企業が半永久的に費用を負う恒久救済体制を構築した判断 責任は、いつ完結するのか この判断の核心は、自社の製品が引き起こした大規模な被害に対し、会社が責任をどう引き受けるかにあった。混入から公表までの過程には検査の不在があり、公表後の14年には被害を小さく見せようとする力が働いた。その空白を破ったのは、被害者と、それに寄り添った専門家や市民の粘り強い調査であった。責任の受諾が、被害の発生からではなく、社会の側からの問い直しを経てようやく訪れた点に、この事件の重さがうかがえる。 不祥事・信頼回復"},{"k":"decision","u":"/tse/4203/decisions/sumitomo-bakelite-merger-1955/","t":"住友化工材工業との合併と、住友化学傘下での新会社の発足","c":"住友ベークライト","y":1955,"col":"#79BD27","s":"住友化学の系列下にあった合成樹脂2社を1社へまとめ、原料は住友化学、川下の成形・加工は住友ベークライトという分業でグループの合成樹脂事業を再編した統合","x":"1955 住友ベークライト 日本ベークライトとの合併 住友化工材工業との合併と、住友化学傘下での新会社の発足 1955年3月に日本ベークライトとの合併。国産フェノール樹脂の草分けと住友化工材工業が一本化し、社名は住友ベークライトへ 住友化学の系列下にあった合成樹脂2社を1社へまとめ、原料は住友化学、川下の成形・加工は住友ベークライトという分業でグループの合成樹脂事業を再編した統合 草分けが系列に合流したということ この合併を対等な企業結合とみるのは、実態から遠い。日本ベークライトは国産フェノール樹脂の草分けだったが、戦後はすでに住友化学工業の傘下にあり、相手の住友化工材工業も、自らが住友化学と設けた合成樹脂工業所を源流とする系列会社であった。むしろこれは、原料と基礎化学を握る住友化学が、川下の成形・加工を担う会社を一社へまとめ直す系列内の整理統合だったとみられる。同じ親会社を戴き、資本と原料でつながっていたからこそ統合された合併であった。 合併・経営統合 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/6758/decisions/sony-brand-export-1955/","t":"他社の看板を借りず自社ブランドを掲げて輸出に踏み出す道の選択","c":"ソニー","y":1955,"col":"#003366","s":"米ブローバ社からの約10万台のOEM供給を断って自社ブランドSONYでの米国輸出を選び、無名の製造業者から日本発のグローバルブランドへの転換を決めた経営判断","x":"1955 ソニー トランジスタ技術で米国輸出 他社の看板を借りず自社ブランドを掲げて輸出に踏み出す道の選択 1955年8月に自社ブランドsonyで米国へ輸出。時計大手ブローバのoem供給の申し出を断り、日本初のトランジスタラジオを販売する 米ブローバ社からの約10万台のoem供給を断って自社ブランドsonyでの米国輸出を選び、無名の製造業者から日本発のグローバルブランドへの転換を決めた経営判断 下請けを断るという一点 この判断の核心は、目の前の合理を捨てて無形の資産に賭けた点にある。10万台の注文は、資金繰りに追われる新興メーカーに即座の売上と工場の稼働を約束した。盛田氏がそれを断ったのは、下請けとして安く作るかぎり価格でしか競えず、値切られ続ける立場から抜け出せないと見抜いたためである。自社ブランドは、当座は一円も生まない。それでも、消費者が名前で選ぶ商品を持てるかどうかが製造業者の取り分と将来を分けると、盛田氏は早くに読み切っていた。 ブランド・マーケティング 海外進出・現地生産 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7752/decisions/copier-entry-1955/","t":"複写機を足がかりに据えた事務機市場への本格的な進出","c":"リコー","y":1955,"col":"#D51B3E","s":"感光紙の陽画技術を複写機という機器へ応用し、事務合理化ブームの需要をとらえて主力を感光紙・カメラから事務機へ切り替えた多角化","x":"1955 リコー リコピーによる市場参入 複写機を足がかりに据えた事務機市場への本格的な進出 1955年10月に理研光学工業が事務機市場へ参入。卓上型のジアゾ式複写機リコピー101を発売し、感光紙の技術を機器へ組み込んだ 感光紙の陽画技術を複写機という機器へ応用し、事務合理化ブームの需要をとらえて主力を感光紙・カメラから事務機へ切り替えた多角化 素材から機器へ、隣にある需要をつかむ この判断の核心は、まったく新しい技術で市場を開拓した点にあるのではなく、自社がすでに握っていた素材と顧客の隣に、機器という次の商いを見つけた点にあるのだろう。感光紙で複写の現場に触れ、その現場が何を欲しているかを実地で掴んでいたからこそ、複写機という機械へ参入する勝算が立った。事務合理化という社会の動きが背中を押したのは確かだが、動きを先に読んで隣の領域へ資源を移したところに、この参入の特徴がうかがえる。 隣接領域への展開 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8354/decisions/boj-president-succession-1955/","t":"日銀考査役を迎え入れ、4代続くこととなった中央銀行出身のトップ体制","c":"ふくおかフィナンシャルグループ","y":1955,"col":"#003e7e","s":"従業員ストライキと地盤産業の衰退で業容が停滞した地方銀行が、労使問題の収拾と経営の安定を中央銀行出身者に託し、以後4代続く外部からの頭取継承へ移行した経営体制の…","x":"1955 ふくおかフィナンシャルグループ 蟻川五二郎氏が頭取就任 日銀考査役を迎え入れ、4代続くこととなった中央銀行出身のトップ体制 1955年5月に日銀出身の頭取を招く。福岡銀行が日本銀行考査役の蟻川五二郎を迎え、以後4代の頭取を日銀出身者が占めた 従業員ストライキと地盤産業の衰退で業容が停滞した地方銀行が、労使問題の収拾と経営の安定を中央銀行出身者に託し、以後4代続く外部からの頭取継承へ移行した経営体制の転換 外から迎えるということ 1945年に県内4行の合併で発足し、131カ店を擁して全国地方銀行の預金高首位を走った銀行が、1953年7月のストライキを境に首位の座から下がっていった。就任までの2年近く、労使のいずれかに軍配を上げる形での決着は選ばれず、争いの外にいる日本銀行の考査役・蟻川五二郎氏へ収拾が託されている。勝ち負けを決める代わりに、決める人を替えた選択であった。 トップ交代・承継 外部人材・プロ経営者 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/9119/decisions/real-estate-entry-1955/","t":"一社を丸ごと取り込むかたちで踏み出した不動産事業への進出","c":"飯野海運","y":1955,"col":"#D13709","s":"運賃市況に連動して振れる海運業の収益を、都心の賃貸ビルという別の収益源で補う多角化","x":"1955 飯野海運 千代田土地建物を買収 一社を丸ごと取り込むかたちで踏み出した不動産事業への進出 1955年8月に千代田土地建物を買収。海運のほかに不動産賃貸業を抱え、1960年10月には本社を飯野ビルへ移転した 運賃市況に連動して振れる海運業の収益を、都心の賃貸ビルという別の収益源で補う多角化 収益構造の異なる資産を1社で持つということ 1955年の判断は、海運会社が土地を取得したという話にとどまらない。船は市況が上がれば数カ月で利益を生み、下がれば係船して損を垂れ流す。ビルは急に儲からない代わりに、契約が続くかぎり毎月同じ額が入る。性格の異なる2つの資産を1社の貸借対照表に並べたことで、飯野海運は片方が止まってももう片方で息をつなぐ構成を整えたのだろう。規模で中核6社に及ばない船社が、規模とは別の軸で経営の安定を買った選択であった。 飛び地・非関連多角化 大型設備投資 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9501/decisions/thermal-shift-1955/","t":"水力中心の電源構成を改め、火力を基幹に据えた供給体制の組み替え","c":"東京電力ホールディングス","y":1955,"col":"#F01818","s":"戦後の需要膨張と渇水による供給危機を背景に、水力偏重（水主火従）から火力を基幹電源とする（火主水従）電源構成へ設備増強計画を転換した判断","x":"1955 東京電力ホールディングス 火主水従への転換 水力中心の電源構成を改め、火力を基幹に据えた供給体制の組み替え 1955年8月に火主水従へ設備計画を改める。東京電力が水主火従の原則を捨て、天候に左右されにくい火力を供給の基幹電源に据えた 戦後の需要膨張と渇水による供給危機を背景に、水力偏重(水主火従)から火力を基幹電源とする(火主水従)電源構成へ設備増強計画を転換した判断 基幹電源に何を選ぶか、という問い この転換の核心は、天候に左右される水力への依存を、東京電力が需要膨張と渇水の二重の圧力のなかで改めた点にある。水主火従という電気事業の常識を、首都圏最大の需要地を担う会社が率先して火主水従へ書き換えたのは、供給責任を果たすうえで避けられない選択であったと思われる。渇水のたびに工場のモーターが鈍る不安定さを、基幹電源そのものの入れ替えによって断とうとした判断であり、戦後に導入された火力の新技術がその決断を経済的に裏づけた。 祖業・主力事業の転換 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/2804/decisions/corporate-reorganization-1954/","t":"法的整理による立て直しと、無借金・手元流動性を守る体質の定着","c":"ブルドックソース","y":1954,"col":"#AB0029","s":"関西進出計画の失敗と創業家二代目の株式投資で経営破綻し会社更生法を申請、大蔵省出身の佐藤和雄氏の主導で堅実財務へ転換して再建、無借金・換金性資産の温存という財務…","x":"1954 ブルドックソース 会社更生法による再建 法的整理による立て直しと、無借金・手元流動性を守る体質の定着 1954年に会社更生法による再建。大蔵省出身の佐藤和雄氏が石橋を叩く堅実経営へ切り替え1959年に更生債務を一掃し無借金へ 関西進出計画の失敗と創業家二代目の株式投資で経営破綻し会社更生法を申請、大蔵省出身の佐藤和雄氏の主導で堅実財務へ転換して再建、無借金・換金性資産の温存という財務方針を定着させた 堅実さが残した二面性 会社更生法からの再建でブルドックソースが手にしたのは、危機を二度と繰り返さないという規律であった。株式投資で財務を傷めた反省から、余資を市場にさらさず手元に厚く抱える——この選択は、成熟した調味料という事業の性格ともよく釣り合っていたと思われる。堅実さは長く同社の信用を支え、景気の波に対する備えとして働いた。破綻の痛手を規律へと転じた点に、この再建の意義があったといえる。 経営破綻・法的整理 経営再建・ターンアラウンド 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6101/decisions/composition-restructuring-1954/","t":"会社更生法の申立て棄却を受けた和議法への切替え","c":"ツガミ","y":1954,"col":"#004098","s":"不渡り後の法的整理が更生法で行き詰まったため、経営権を創業者に残せる和議法へ切り替え、債務切捨てと減増資で財務を組み直した","x":"1954 ツガミ 和議法による再建 会社更生法の申立て棄却を受けた和議法への切替え 1954年12月に津上退助氏が社長復帰。1953年に不渡りを出した津上製作所が更生法の申立てを棄却され、和議法による再建へ切り替えた 不渡り後の法的整理が更生法で行き詰まったため、経営権を創業者に残せる和議法へ切り替え、債務切捨てと減増資で財務を組み直した 倒産処理で何を守るかという選び方 この判断の核心は、債務をいくら切ったかよりも、再建の指揮権をどこに置いたかにあると推察される。津上製作所の資産は工作機械と測定機をつくる技術であり、その技術は創業者の設計思想と職人の手に宿っていた。管財人が経営を預かる更生法では、負債の整理は進んでも、取引先が製品に寄せる信用まで引き継げたかどうかは分からない。更生法が使えなくなった末の消去法だったにせよ、会社を最もよく知る者に指揮を戻した和議は、この会社の資産の在りかと噛み合っていたといえる。 経営破綻・法的整理 経営再建・ターンアラウンド 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6201/decisions/agri-machinery-1954/","t":"手持ち技術の転用から踏み出した多角化と、そこで味わった躓き","c":"豊田自動織機","y":1954,"col":"#0057AA","s":"祖業の紡織機に不安を抱えるなか、S型エンジンの転用先として農用トラクターと耕うん機へ参入し、販売会社8社を自前で設けて全国網を築いたが、需要の頭打ちと専門工場計…","x":"1954 豊田自動織機 s型エンジンで農機参入 手持ち技術の転用から踏み出した多角化と、そこで味わった躓き 1954年12月に農業機械へ参入。豊田自動織機製作所がs型エンジンの転用先を探して農用トラクターの研究に入り、耕うん機へ進んだ 祖業の紡織機に不安を抱えるなか、s型エンジンの転用先として農用トラクターと耕うん機へ参入し、販売会社8社を自前で設けて全国網を築いたが、需要の頭打ちと専門工場計画の中止による価格競争力の欠如で事業部が苦境に陥った判断 販路の有無では説明できない 同時期に始めたフォークリフトがトヨタ自販の全国網に乗って国内首位を取ったのに対し、農機はヤンマーやクボタが押さえる農協ルートに入れなかった、という対比である。だが実際の経緯はその読み方を支えない。豊田自動織機製作所は豊田通商との総代理店契約を自ら打ち切り、全国を数ブロックに分けて販売会社8社を設立し、1962年末には全国網を完成させている。販路は与えられなかったのではなく、時間と資本を投じて自前で築いたものだった。 隣接領域への展開 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6201/decisions/mexico-toyoda-1954/","t":"経営移譲を前提にした、国家的保護に頼る初の海外進出","c":"豊田自動織機","y":1954,"col":"#0057AA","s":"祖業の紡織機が不況に沈むなか、メキシコ政府の税免除と紡織機輸入禁止の確約を前提に現地生産へ進出したが、輸入禁止の立法が業界の反対で覆り、資金繰りの行き詰まりから…","x":"1954 豊田自動織機 メキシコ豊田を設立 経営移譲を前提にした、国家的保護に頼る初の海外進出 1954年6月にメキシコ豊田を設立。メキシコ政府の要請でイダルゴー州に資本金5,000万ペソを投じ、10年の免税と紡織機輸入禁止を得た 祖業の紡織機が不況に沈むなか、メキシコ政府の税免除と紡織機輸入禁止の確約を前提に現地生産へ進出したが、輸入禁止の立法が業界の反対で覆り、資金繰りの行き詰まりから合弁相手へ経営を移譲した判断 他国の保護を採算の前提に置くということ この事業の採算は、はじめから『操業開始後に紡織機の輸入を禁止する』という他国政府の約束の上に組み立てられていた。老朽機が過半を占める市場で唯一の国産メーカーになれば独占できるという読みは、その約束が守られる限りにおいて正しい。だが約束の相手は政府であり、その政府を動かすのは現地の紡績業界だった。輸入禁止の立法が公布1カ月余で廃止された時点で、事業の前提そのものが失われている。工場建設の遅延もペソ切下げも現地工員の能率も、それ単独なら時間が解決する種類の問題だった。 海外進出・現地生産 海外撤退・縮小 中南米"},{"k":"decision","u":"/tse/6857/decisions/takeda-riken-founding-1954/","t":"大企業が目を向けない電子計測器に集中し、量産と値引きで競う市場を捨てた出発","c":"アドバンテスト","y":1954,"col":"#A93F64","s":"電電公社の研究所を出た31歳の技術者が、資本金50万円と3人で電子計測器の専門メーカーを設立し、大企業が目を向けない分野で代替のない商品を高値で販売する型を選ん…","x":"1954 アドバンテスト 豊橋でタケダ理研工業を創業 大企業が目を向けない電子計測器に集中し、量産と値引きで競う市場を捨てた出発 1954年12月にタケダ理研工業を設立。電電公社電気通信研究所を出た31歳の武田郁夫氏が、資本金50万円と3人で愛知県豊橋市に電子計測器の専門メーカーを創業した 電電公社の研究所を出た31歳の技術者が、資本金50万円と3人で電子計測器の専門メーカーを設立し、大企業が目を向けない分野で代替のない商品を高値で販売する型を選んで、量産と価格競争の土俵を捨てた創業 商売を捨てた創業が用意したもの この創業が選んだのは技術ではなく、技術だけで立つという構えである。資本金50万円と3人という規模で、電機の大手が目を向けない測定器へ入り、代替のない商品を高い値段で売る。価格の比べようがない市場に身を置けば、値引きに耐える原価も、商品を押し込む販売力も要らない。零細でありながら米ge社の副社長が訪ねてきたのは、その構えが効いた証拠だと思われる。捨てたのは、既製品の商流に乗る道と、量で稼ぐ道の両方であった。 技術・r&d起点の勝負 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/7951/decisions/music-school-1954/","t":"教室を通じて弾き手を育て、楽器需要そのものを喚起する市場の創造","c":"ヤマハ","y":1954,"col":"#895ebd","s":"欧州のピアノメーカーの斜陽と、自動車・家庭電気製品による可処分所得の奪い合いを見て、楽器の潜在需要を幼児教育から自社で育てる需要創造に踏み切った経営判断","x":"1954 ヤマハ ヤマハ音楽教室の開設 教室を通じて弾き手を育て、楽器需要そのものを喚起する市場の創造 1954年に日本楽器製造がヤマハ音楽教室を開業した。川上源一社長が幼児への情操教育を掲げ、演奏人口づくりそのものを事業へ組み入れた 欧州のピアノメーカーの斜陽と、自動車・家庭電気製品による可処分所得の奪い合いを見て、楽器の潜在需要を幼児教育から自社で育てる需要創造に踏み切った経営判断 潜在需要を自社で創出する、回収の遅い投資 この判断の核心は、教育という非関連分野への多角化ではなく、自社製品の潜在需要そのものを内部に取り込んだ点にある。川上源一社長が競争相手を自動車と家庭電気製品へ置き換えた時点で、競争の焦点は楽器メーカー同士の性能比較から、家庭の可処分所得と可処分時間の獲得へ移った。テレビや自動車は購入した日から効用を得られるが、ピアノは演奏できるようにならなければ効用が生じない。生産能力の増強でも販売網の拡張でもなく、演奏人口を増やす場所を全国へ配置したのは、この一点に絞った投資だったと思われる。価格でも性能でもなく、購入したあとに効用が生じる状態のほうを先に作りにいった。 隣接領域への展開 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8004/decisions/maruei-merger-1954/","t":"繊維商社・資本金4億3000万円への増強","c":"ニチメン","y":1954,"col":"#333333","s":"朝鮮動乱の反動と外貨割当制のもとで弱体化した専門商社が、同じ繊維業者を取り込んで資本と規模を先に確保し、総合商社化へ進むための集中","x":"1954 ニチメン 丸永の吸収合併 繊維商社・資本金4億3000万円への増強 1954年11月に丸永を吸収合併。関西五綿の一角として日綿実業が繊維商社を取り込み、資本金を4億3000万円へ増やした 朝鮮動乱の反動と外貨割当制のもとで弱体化した専門商社が、同じ繊維業者を取り込んで資本と規模を先に確保し、総合商社化へ進むための集中 順位を守るための合併という読み方 1951年度の輸出入取扱高で、日綿実業のシェアは4.3%、伊藤忠に次ぐ二番手であった。この順位は実力だけで得たものではなく、三井物産と三菱商事がghqの指令で解体され、市場から消えていたからこそ成り立っていた。1952年8月に旧財閥の称号使用禁止が解け、両社の再合同が動き出したとき、岡島美行社長らが見ていたのは両社が戻った後の序列だったとみられる。丸永の合併は、その前に規模を積んでおく判断であった。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/8058/decisions/founding-1954/","t":"創業——GHQに解体された旧三菱商事から1954年の四社合同","c":"三菱商事","y":1954,"col":"#FF0000","s":"GHQの財閥解体で約150社に分散した旧三菱商事系の商権を、第二会社の光和実業を母体に商号復帰と四社合同で一法人へ再結集し、総合商社として再発足させた創業","x":"1954 三菱商事 不二商事など3社合併 創業——ghqに解体された旧三菱商事から1954年の四社合同 1954年7月に四社合同で三菱商事が再発足。財閥解体で約150社に分かれた旧社の系譜を、第二会社の光和実業を軸に統合し直した ghqの財閥解体で約150社に分散した旧三菱商事系の商権を、第二会社の光和実業を母体に商号復帰と四社合同で一法人へ再結集し、総合商社として再発足させた創業 創業者を欠いた集団による再起 この創業が示すのは、特定の創業者個人ではなく、財閥解体で分散した人と商権を寄せ集めた集団が総合商社を組み直した経緯である。1870年の九十九商会から続いた岩崎家の商事系譜は1947年の解散で単一法人としては途切れ、約150社に分かれた勢力の主要な部分を1954年の四社合同が再び一法人へ統合した。創業者の名を掲げた出発ではなかったことが、戦後三菱商事を特徴づける集団的な再起の性格を形づくっていたと推察される。 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/8234/decisions/tokyo-yaesu-entry-1954/","t":"駅舎に民間資本を入れる「民衆駅」への大口賃借と、東京店の開設","c":"大丸","y":1954,"col":"#007A8A","s":"事業整理では解消しなかった中堅層の過剰を、東京に大規模な事業場を新設して吸収するための出店。国鉄が民間資金に頼る民衆駅の制度と、大口契約者を求める国鉄側の事情が…","x":"1954 大丸 東京駅八重洲へ出店 駅舎に民間資本を入れる「民衆駅」への大口賃借と、東京店の開設 1951年に東京駅八重洲へ出店。北沢敬二郎社長が国鉄総裁に貸し下げを願い出て、約9億8,000万円で2万8,000平方メートルを確保 事業整理では解消しなかった中堅層の過剰を、東京に大規模な事業場を新設して吸収するための出店。国鉄が民間資金に頼る民衆駅の制度と、大口契約者を求める国鉄側の事情が噛み合った 人の問題から始まった出店 東京進出の動機は、市場でも成長でもなく人であった。外地から帰った中堅層が厚くなりすぎ、事業の存廃を整理しても余る——その人々を移す先として、北沢敬二郎氏は\"大きな事業場\"を東京に求めた。約9億8,000万円の拠出は、年商195億1,000万円の会社には軽い額ではない。荒れた埋め立て地に社運を賭けると社員へ表明できたのは、田中盛和氏の調査が乗降客と客数の数字で裏を取っていたからだと思われる。度胸の逸話として語られやすい判断だが、支えていたのは調査と、旧知の総裁への直談判であった。 大型設備投資 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/9065/decisions/yugoslavia-plant-export-1954/","t":"戦後の日本企業として初の受注と、一貫作業による海外進出の足がかり","c":"山九","y":1954,"col":"#E60012","s":"製鐵所構内荷役で培った重量物ハンドリング技術を、海外輸出プラントの梱包・輸送・通関を一括で請け負う「機工」領域へ転用する事業戦略","x":"1954 山九 ユーゴスラビアへのプラント輸出 戦後の日本企業として初の受注と、一貫作業による海外進出の足がかり 1954年11月にユーゴスラビア向け輸出を受注した。山九運輸が戦後初のレーヨンビスコースプラントを、梱包から通関・船積みまで一貫で受け持った 製鉄所構内荷役で培った重量物ハンドリング技術を、海外輸出プラントの梱包・輸送・通関を一括で請け負う「機工」領域へ転用する事業戦略 労務請負業から機工へ ── ひとつの受注が変えた会社の性格 この判断の核心は、製鉄所の構内という一つの現場で磨いた重量物の据付・運搬という技能を、海外への輸出プラントという全く異なる文脈へ持ち出せると見抜いた点にある。国内の構内荷役だけを続けていては、発注者である製鉄所の生産計画に業績が左右される構造から抜け出しにくい。ユーゴスラビア向け案件は、その構造に風穴を開ける最初の一手であったのだろう。 海外進出・現地生産 隣接領域への展開 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/1719/decisions/sakuma-dam-atkinson-alliance-1953/","t":"米社との共同企業体を通じた機械化施工の導入","c":"安藤・間","y":1953,"col":"#005BAC","s":"在来の人力工法では10年以上かかるとされた150メートル級ダムを短期で完成させるため、米国の請負業者と共同企業体を組み、重機械群による施工体系を丸ごと導入した技…","x":"1953 安藤・間 米アトキンソン社と共同企業体 米社との共同企業体を通じた機械化施工の導入 1953年4月に米アトキンソン社と共同企業体。天竜川中流の佐久間ダム国際入札に熊谷組も加えて臨み、発電所と堰堤で約85億円 在来の人力工法では10年以上かかるとされた150メートル級ダムを短期で完成させるため、米国の請負業者と共同企業体を組み、重機械群による施工体系を丸ごと導入した技術提携 借りた体系を自社の技術に変えるまで 技術提携という言葉から思い浮かぶのは、図面や特許のやり取りかもしれない。だが佐久間で間組が受け取ったのは、ワゴンドリルからケーブルクレーンに至る機械群と、それを動かす現場の編成そのものであった。人力とモッコとトロッコで組み上げてきた段取りを、約85億円の工事を抱えたまま入れ替える。 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4063/decisions/silicone-entry-1953/","t":"技術提携を足がかりとした事業化と、肥料中心の売上構成の入れ替え","c":"信越化学工業","y":1953,"col":"#003B8E","s":"肥料統制の廃止による販売戦の激化を受け、終戦直後から自社で続けていたシリコーン研究を米ゼネラル・エレクトリック社の技術提携で事業化し、肥料一本の売上構成を10年…","x":"1953 信越化学工業 geとの提携でシリコーン事業化 技術提携を足がかりとした事業化と、肥料中心の売上構成の入れ替え 1953年1月にgeとの提携でシリコーン事業化。売上の8割を肥料が占める会社が米ゼネラル・エレクトリックの技術を導入し、同年4月に生産販売へ 肥料統制の廃止による販売戦の激化を受け、終戦直後から自社で続けていたシリコーン研究を米ゼネラル・エレクトリック社の技術提携で事業化し、肥料一本の売上構成を10年かけて入れ替えた事業構造の選択 売れない5年を数えなかったこと 1953年に契約したシリコーンが収益に結びついたのは1960年ごろで、需要が本格的に伸びたのはさらに10年あとであった。企業化から5年ほとんど売上に寄与しない事業を、肥料が売上の8割を占める会社が抱え続けた点に、この判断の重さがある。技術を買う決断そのものより、買ったあと売れない期間を数えずに続けた経営のほうが、実際には難しかったと推察される。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5019/decisions/independent-management-1953/","t":"国際石油カルテルに抗した民族系独立路線の確立","c":"出光興産","y":1953,"col":"#D50D2D","s":"国際石油メジャーの供給支配と国内の生産調整に与せず、産油国との直接取引と調達・輸送・精製・販売の垂直統合で自主独立を貫いた面的な経営路線","x":"1953 出光興産 イランから石油輸入を断行 国際石油カルテルに抗した民族系独立路線の確立 1953年5月にイランから石油輸入を断行。国際石油メジャーのカルテルに与せず、1963年には石油連盟からも脱退 国際石油メジャーの供給支配と国内の生産調整に与せず、産油国との直接取引と調達・輸送・精製・販売の垂直統合で自主独立を貫いた面的な経営路線 何に依存せず、何から自由であろうとしたか この経営判断の核心は、特定の事業や単年に収まらない、一貫した立場そのものにある。国際石油メジャーのカルテルにも、国内の生産調整という業界の協調にも与しない——出光佐三氏が選んだのは、外からの支配にも横並びの秩序にも従わず、産油国と直接向き合う独立の道であった。日章丸事件の大胆さも、石油連盟脱退の頑なさも、根はひとつで、安い原油を自らの手で確保し消費者へ届けるという信念に貫かれている。短期の調達の安定や業界内の摩擦回避を捨ててでも理念を優先したこの選択は、戦後日本の石油業のなかで際立った独自性を持っていたと思われる。 垂直統合・内製化 中東"},{"k":"decision","u":"/tse/5238/decisions/cement-entry-separate-company-1953/","t":"石炭に代わる事業の選定と、系列各社の共同出資による別会社方式での参入","c":"三菱鉱業セメント","y":1953,"col":"#EF0041","s":"集排法の分割で金属部門を失い石炭一本になった三菱鉱業が、石炭の安定需要先にもなるセメントを代替事業に選び、資金調達と労務管理の制約から三菱系共同出資の別会社で参…","x":"1953 三菱鉱業セメント 三菱セメントを設立 石炭に代わる事業の選定と、系列各社の共同出資による別会社方式での参入 1953年8月にセメント事業への進出を決定。三菱鉱業が直営を避け、翌1954年2月に三菱系各社の出資で資本金6億円の三菱セメントを設立 集排法の分割で金属部門を失い石炭一本になった三菱鉱業が、石炭の安定需要先にもなるセメントを代替事業に選び、資金調達と労務管理の制約から三菱系共同出資の別会社で参入した 石炭の窮迫を、新事業へ持ち込まないために 工場建設に要する10数億円は、同じ年に4,000人の人員整理を提案していた三菱鉱業が自力で背負える額ではなかった。セメントを選んだこと以上に、それを自社の一部門にしなかったことが、この決定で効いた点である。三菱系各社に出資を求めれば資金と危険は分かれ、炭労傘下の組合を新事業へ持ち込まずに済み、自らセメント進出を計画していた旭硝子とも衝突しない。石炭の窮迫がそのまま新事業の重荷になる経路を、会社の外へ出すことで断った選択であっただろう。 隣接領域への展開 大型設備投資 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/5405/decisions/ogura-steel-merger-1953/","t":"合併による銑鋼一貫体制の確立と、一貫メーカーとしての出発","c":"住友金属工業","y":1953,"col":"#00873C","s":"銑鉄の自給という戦後最大の制約を、高炉メーカーの吸収合併によって外し、銑鋼一貫体制を確立した判断","x":"1953 住友金属工業 小倉製鋼と合併 合併による銑鋼一貫体制の確立と、一貫メーカーとしての出発 1953年7月に小倉製鋼を吸収合併。住友金属工業が小倉製鉄所を得て銑鋼一貫を確立し、資本金は25億円、翌1954年6月には50億円へ 銑鉄の自給という戦後最大の制約を、高炉メーカーの吸収合併によって外し、銑鋼一貫体制を確立した判断 取得した高炉は、内陸にあった 銑鉄の自給という制約は外れたが、外れ方には限界があった。小倉製鉄所は北九州の内陸に位置し、原料の鉄鉱石と原料炭を輸入して大型船で運び込み、製品を船で出すという臨海一貫製鉄所の経済性を持たない。同じ時期、川崎製鉄の西山弥太郎社長は千葉での一貫製鉄所建設に踏み切り、銑鉄を外部から買う方式そのものから抜け出す道を選んでいた。住友金属が選んだのは、既存の高炉を買って当面の供給を確保する道である。速く、確実で、資金の負担も小さい。反面、立地の制約は買った時点で決まってしまう。 合併・経営統合 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/6201/decisions/toyota-oem-1953/","t":"完成車の受託生産を通じた織機会社の構造転換","c":"豊田自動織機","y":1953,"col":"#0057AA","s":"朝鮮特需の反動で祖業の繊維機械が長期低迷に沈むなか、人員を削るのではなくトヨタ向けの部品・車両のOEM生産とフォークリフトの自社生産へ振り向け、織機専業から自動…","x":"1953 豊田自動織機 トヨタ向けoem生産参入 完成車の受託生産を通じた織機会社の構造転換 1952年12月にトヨタ向けoem生産参入。豊田自動織機製作所が繊維機械の長期低迷のなか車両部品を請け負い、フォークリフトの自社生産も始めた 朝鮮特需の反動で祖業の繊維機械が長期低迷に沈むなか、人員を削るのではなくトヨタ向けの部品・車両のoem生産とフォークリフトの自社生産へ振り向け、織機専業から自動車関連の総合機械メーカーへ事業構造を転換した判断 販路を持てたものが残った この転換の核心は、沈む祖業を前にして人員を削るのではなく、抱えた技術者と工場を自動車関連の製造へ振り向けた点にある。石田退三氏の、他人の資金に頼らず自前で城を守るという経営は、目先の数字のために人を切る道より、受託と新製品で事業ごと組み替える道と親和的だった。織機で培った精密加工と鋳造の技術は、自動車部品にもフォークリフトにも活きた。祖業の斜陽を、別の製品への転換で受け止めた。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/6501/decisions/ge-alliance-1953/","t":"海外技術の相次ぐ受け入れと、国産技術主義の撤回","c":"日立製作所","y":1953,"col":"#C60202","s":"創業以来の国産技術主義を撤回し、GE・RCA・WEと三年連続で技術提携して重電・家電・半導体の技術基盤を一括で導入した判断","x":"1953 日立製作所 ge・rca・weと技術提携 海外技術の相次ぐ受け入れと、国産技術主義の撤回 1953年にge・rca・weと技術提携。駒井健一郎氏が主導し、創業以来40年以上の国産技術主義を撤回し火力発電の技術格差を埋める 創業以来の国産技術主義を撤回し、ge・rca・weと三年連続で技術提携して重電・家電・半導体の技術基盤を一括で導入した判断 理念の看板より、技術で対等に立つ実 この判断の核心は、財務危機への対応ではなく、創業の理念そのものへ後継の世代が手を入れた点にある。小平浪平氏が掲げた自前主義は、日立を財閥にも外資にも属さない独立の技術企業として立たせた原点であった。その原点を、東芝に後れを取るという現実の前で、駒井健一郎氏ら電源部門の実務家が対等に競争するために手放した。守るべき理念と勝つための現実がぶつかったとき、日立は理念の看板よりも技術で対等に立つ実を選んだろう。 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6845/decisions/honeywell-alliance-1953/","t":"50対50の折半出資と、工業計器・空調制御機器・マイクロスイッチの包括的な技術導入","c":"アズビル","y":1953,"col":"#A50000","s":"戦争で途切れた計器技術の導入路を講和発効と同時に復活させ、経営権の過半を渡さない条件で空調制御機器・マイクロスイッチまで含む包括契約を取り付けた技術導入","x":"1953 アズビル 米ハネウエルと資本提携 50対50の折半出資と、工業計器・空調制御機器・マイクロスイッチの包括的な技術導入 1953年1月に米ハネウエルと工業計器で提携。山口武彦社長が51%の出資要求を退け、対等の折半出資で合弁をまとめる 戦争で途切れた計器技術の導入路を講和発効と同時に復活させ、経営権の過半を渡さない条件で空調制御機器・マイクロスイッチまで含む包括契約を取り付けた技術導入 対等という条件の値段 技術を採るために経営権を渡す道もあったところで、対等の資本構成を条件として先に置いたことになる。しかも同時に、経験が皆無だと相手が渋る空調制御機器とマイクロスイッチまで包括契約に押し込んでいる。すぐには作れなくとも輸入して売るだけなら何とかなるという発想は、輸入商から出発した会社の順序をよく表しているとみられる。 技術・r&d起点の勝負 資本提携・政策保有 隣接領域への展開 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6902/decisions/bosch-alliance-1953/","t":"外部の品質基準と製品領域を借りることで築いた技術自立の土台","c":"デンソー","y":1953,"col":"#DC0032","s":"独立直後の技術・品質の不足を、ボシュへの株式10%割当と配当連動型ロイヤリティーという対価で補い、品質管理と製品領域を取り込んで総合自動車部品メーカーへの土台を…","x":"1953 デンソー ボッシュとの資本業務提携 外部の品質基準と製品領域を借りることで築いた技術自立の土台 1953年5月に独ボシュと業務資本提携。株式10%を割り当て、配当連動のロイヤリティーと引き換えに特許と技術の全面公開を得る 独立直後の技術・品質の不足を、ボシュへの株式10%割当と配当連動型ロイヤリティーという対価で補い、品質管理と製品領域を取り込んで総合自動車部品メーカーへの土台を築いた提携 借りた技術を、自立の核に変えられるか この提携の要点は、資金でも設備でもなく、独立企業として自立するための技術と品質の物差しを、外からまとめて借りた点にある。株式10%と配当連動型のロイヤリティーという対価は、日本電装が伸びるほどボシュも潤う設計であり、技術を出す側へ長く利益を返し続ける約束でもあった。ドイツへ送り返される検査に三度耐える屈辱を、品質を作り込む工程管理として社内に残したことが、電装品専業から総合部品メーカーへ数年で脱皮する足場になった。 資本提携・政策保有 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/7270/decisions/founding-1953/","t":"占領政策で解体された旧5社の再統合による富士重工業の誕生","c":"SUBARU","y":1953,"col":"#0156A1","s":"航空機製造を禁じられ12社に分割された旧中島飛行機系の企業が、講和条約後の規制緩和を機に富士工業を母体として再結集し、航空機技術を民需へ応用する事業会社を築いた…","x":"1953 subaru 中島飛行機の戦後再結集 占領政策で解体された旧5社の再統合による富士重工業の誕生 1953年7月に富士重工業を設立。旧中島飛行機系の5社が出資する持株会社として、資本金1億円で東京都新宿区に発足 航空機製造を禁じられ12社に分割された旧中島飛行機系の企業が、講和条約後の規制緩和を機に富士工業を母体として再結集し、航空機技術を民需へ応用する事業会社を築いた創業 集団として再結集した企業が示すもの この創業が示すのは、一人の創業者の物語ではなく、解体された技術者集団が再び1つの会社にまとまった経緯である。中島飛行機は敗戦で航空機という主力を失い、過度経済力集中排除法によって組織として分割された。それでも工場間の取引や技術者の結び付きが戦前から残っていたことが、5社の再結集を現実的なものにしただろう。特定の創業者を欠いたまま、旧中島系の企業が持株会社の設立と合併という手順で1つの法人を得た点に、この再編の特徴があらわれている。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7729/decisions/air-micrometer-shift-1953/","t":"日本初の工業化と、切削工具から精密測定機器への主力の移行","c":"東京精密","y":1953,"col":"#00358E","s":"切削工具を製造していた会社が、学術の研究にとどまっていた空気マイクロメータを工場で生産できる製品に仕上げたのをきっかけに、検品に使う計器を販売する側へ回り、電気…","x":"1953 東京精密 空気マイクロメータの工業化 日本初の工業化と、切削工具から精密測定機器への主力の移行 1953年1月に空気マイクロメータを発売。東京精密工具が高圧流量式で国内初の工業化を果たし、諫早艮三社長のもと計測へ踏み出した 切削工具を製造していた会社が、学術の研究にとどまっていた空気マイクロメータを工場で生産できる製品に仕上げたのをきっかけに、検品に使う計器を販売する側へ回り、電気マイクロメータを量産して社名も改め、精密な計測機器だけを手がける会社へ事業の軸を転換した 主力商品が入れ替わるということ 空気マイクロメータの工業化は、新技術の開発に成功した一件として読むと、判断の性格を取り違える。切削工具屋にとって測定器は、本来は自社が削り上げた寸法を検めるための道具であって、外へ売るものではなかった。東京精密工具は1952年10月に試作を終え、翌1953年1月にそれを市販へ回す。検査の道具を商品へ裏返したところにこの判断の芯があり、1962年4月に社名から\"工具\"の二字が落ちたことが、その帰結を端的に示している。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7951/decisions/wood-drying-1950s/","t":"木材乾燥システム開発と量産品質の確立","c":"ヤマハ","y":1953,"col":"#895ebd","s":"流れ作業による大量生産へ移るには木材の乾燥を完璧にしなければならないと見て、奨学生を米欧へ送って乾燥技術の理論と乾燥機の設計を学ばせ、乾燥機の製作だけに5〜6年…","x":"1953 ヤマハ 木材乾燥技術への投資 木材乾燥システム開発と量産品質の確立 1953年に日本楽器製造が木材乾燥へ投資。欧米視察から戻った川上源一社長が奨学生1人を米国の大学へ送り、乾燥技術の理論を学ばせた 流れ作業による大量生産へ移るには木材の乾燥を完璧にしなければならないと見て、奨学生を米欧へ送って乾燥技術の理論と乾燥機の設計を学ばせ、乾燥機の製作だけに5〜6年を費やした投資 乾燥室の輸入ではなく、工程能力の内製に重点を置いた5〜6年 この判断を乾燥機という設備への投資として読むと、規模を見誤る。米国のウーリッツアーやガルブランセンはすでに立派な乾燥室を備えており、機械そのものを輸入で揃える道もあったのではないか。にもかかわらず川上源一社長が選んだのは、奨学生を米国の大学へ送って乾燥技術の理論から学ばせ、その人間に欧州で乾燥機を設計させる経路である。獲得の対象は乾燥機ではなく、乾燥機を設計し直せる工程能力そのものだった。ピアノは下請けの部品供給も他社のノウハウも使えず、工作機械まで自社で開発するほかない製品で、自社で設計した機械のノウハウは市販機を据えた他社へは移らない。垂直統合を工作機械の層まで下ろしたことが、後発の模倣しにくい原価構造を作った。 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/8088/decisions/marui-propane-nationwide-1953/","t":"家庭用LPガスを全国へ届ける流通体制の構築と販売の転換","c":"岩谷産業","y":1953,"col":"#E60012","s":"都市ガスが届かない家庭の炊事需要という市場機会をとらえ、工業用途中心だったプロパンガスを消費財として全国流通させた事業判断","x":"1953 岩谷産業 マルヰプロパンの発売 家庭用lpガスを全国へ届ける流通体制の構築と販売の転換 1953年11月にマルヰプロパンを売り出した。産業ガス商社の岩谷産業が家庭用lpガスの全国販売へ日本で初めて踏み出した 都市ガスが届かない家庭の炊事需要という市場機会をとらえ、工業用途中心だったプロパンガスを消費財として全国流通させた事業判断 川下を掌握する経営哲学の原型 マルヰプロパンの決断が示すのは、既存事業の延長線上にはない市場を、既存の商流の外側に見つけ出す嗅覚である。工業用のボンベを工場や商店に卸す仕事から、家庭の台所に届く消費財事業への転換は、扱う商品を変えただけでなく、顧客との接点そのものを作り替える賭けであっただろう。都市ガスのインフラが届かない領域を狙った着眼は、後発の弱みを逆手に取った選択であったといえる。 販路・チャネル転換 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8130/decisions/hyogushi-to-kabegami-1953/","t":"表具師の家業から壁紙卸専業への業態転換","c":"サンゲツ","y":1953,"col":"#333333","s":"戦後の住宅着工急増と内装の洋風化を見据え、先発卸のいない未成熟の壁紙市場へ一点集中で参入し、家業の表装業から近代的な内装卸へ業態を転換した","x":"1953 サンゲツ 山月堂から壁紙卸へ転換 表具師の家業から壁紙卸専業への業態転換 1953年の法人化から1970年にかけて業態を入れ替えた。日比賢昭社長のもとで襖や掛軸の表装業から塩化ビニル壁紙の卸専業へ 戦後の住宅着工急増と内装の洋風化を見据え、先発卸のいない未成熟の壁紙市場へ一点集中で参入し、家業の表装業から近代的な内装卸へ業態を転換した 一点集中が残したもの この転換の中心にあるのは、家業として持っていた技術ではなく、市場を読み替える判断であったように見える。表具の腕そのものは、洋風化する住宅内装にそのまま生かせるものではなかった。それでも、襖や掛軸を扱ってきた商流と職人との結びつきを土台に、まだ市場になっていない壁紙へ先んじて賭けた。伝統工芸の担い手が自らの得意技を手放し、新しい商材の流通業へ立ち位置を移した点に、この判断の思い切りがうかがえる。 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8802/decisions/dissolution-remerger-1953/","t":"財閥解体で3分割された丸ノ内を、3年後に1社へ戻す再統合","c":"三菱地所","y":1953,"col":"#DC000C","s":"財閥解体で3社に分割された丸ノ内の土地建物を、株の買い占めを契機に1社へ統合し直し、街として一体で運営できる所有形態に戻した再編","x":"1953 三菱地所 陽和不動産・開東不動産を合併 財閥解体で3分割された丸ノ内を、3年後に1社へ戻す再統合 1953年4月に陽和・開東の両不動産を合併した。1950年の三菱本社解散で3社に分かれた丸ノ内を一体に戻し、同年5月に東京・大阪両取引所へ上場 財閥解体で3社に分割された丸ノ内の土地建物を、株の買い占めを契機に1社へ統合し直し、街として一体で運営できる所有形態に戻した再編 外から分割され、外からの脅威で統合し直した 分割と再統合は同じ判断の裏表ではない。1950年の3分割は、丸の内は一貫した開発方式で開発すべきだという持株会社整理委員会の野田岩次郎氏の主張がghqに退けられた結果で、三菱地所の側に選ぶ余地はなかった。これに対し1953年の合併は自社と旧三菱系各社の判断であり、直接の引き金は1952年9月の買い占めで、旧三菱関係の土地建物がすべて人手に渡りかねない事態であった。外から分けられた資産を、外から来た脅威をきっかけに自ら統合し直したと思われる。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/9404/decisions/founding-street-tv-1953/","t":"街頭受像機を設置して視聴者層そのものを創出する事業の立ち上げ","c":"日本テレビホールディングス","y":1953,"col":"#8497A1","s":"受像機が家庭に普及しておらず、広告価値を家庭の受信機の数で測る常識のままでは収入が立たない市場条件のもとで、視聴の場を自社で用意して視聴者数を先につくった","x":"1953 日本テレビホールディングス 民間テレビ局の開局 街頭受像機を設置して視聴者層そのものを創出する事業の立ち上げ 1953年8月に日本初の民間テレビ局として開局。受像機がほとんど無いなか正力松太郎氏の主導で放送を始め、繁華街へ大型受像機を据えた 受像機が家庭に普及しておらず、広告価値を家庭の受信機の数で測る常識のままでは収入が立たない市場条件のもとで、視聴の場を自社で用意して視聴者数を先につくった 視聴者を先につくる順序 1955年6月になっても、全国の受像機は約11万台、正式に登録されたものは6万7000台ほどにすぎなかった。この数を前提に広告枠を売ろうとすれば、開局から数年は赤字を抱えるほかない。日本テレビ放送網が繁華街へ据えた大型受像機は、それ自体が一円も売上を生まない設備である。にもかかわらず7か月目の黒字を引き寄せたのは、広告の値段を支える根拠を、家庭の受信機の台数から街頭に立つ人数へ置き換えたからだと推察される。 収益モデル転換 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/4631/decisions/reichhold-jv-1952/","t":"米国の化学メーカーと組んだ合弁による合成樹脂事業への参入","c":"DIC","y":1952,"col":"#8AC731","s":"日本の印刷インキが天然油脂を原料としていたのに対し、米国では合成樹脂に切り替わっていた。原料技術の差を自前で埋めず、技術を持つ米国メーカーとの合弁で取り込んだ判…","x":"1952 dic 日本ライヒホールド設立 米国の化学メーカーと組んだ合弁による合成樹脂事業への参入 1952年2月に日本ライヒホールド設立。米reichhold chemicalsと55対45で出資し、印刷インキ専業から合成樹脂へ踏み出す 日本の印刷インキが天然油脂を原料としていたのに対し、米国では合成樹脂に切り替わっていた。原料技術の差を自前で埋めず、技術を持つ米国メーカーとの合弁で取り込んだ判断 比率に表れた決断 資本金3,000万円の会社が、増資で得る3,000万円のうち2,000万円を、認可もまだ下りていない合弁会社へ振り向けると決めた。印刷インキで全国比14%を握る首位企業が、増資金の三分の二を、まだ一円も売上のない事業に置いた計算になる。原料が天然油脂のままでは米国に追いつけない——渡米前から川村勝巳専務が抱いていたこの見立てに、会社は本業の増産ではなく資金の大半を張った。首位の足場が固かったからこそ、インキの増設を後回しにできた。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 合併・経営統合 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5703/decisions/alcan-capital-alliance-1952/","t":"カナダ大手との技術援助契約の締結と、増資新株の引き受けによる資本の受け入れ","c":"日本軽金属ホールディングス","y":1952,"col":"#0668AE","s":"国内に原料を持てないアルミニウム製錬業で、技術水準の向上とボーキサイトの安定調達を同時に確保するため、カナダの製錬企業から資本と技術を受け入れた","x":"1952 日本軽金属ホールディングス アルミニウム社と資本提携 カナダ大手との技術援助契約の締結と、増資新株の引き受けによる資本の受け入れ 1952年10月にアルミニウム社と資本提携。日本軽金属がカナダのアルミニウム・リミテッドと結んだ契約が、大蔵・通産両省の認可を得た 国内に原料を持てないアルミニウム製錬業で、技術水準の向上とボーキサイトの安定調達を同時に確保するため、カナダの製錬企業から資本と技術を受け入れた 資本で埋めた弱点 アルミニウム製錬は、国産の明礬石では採算が合わず南方のボーキサイトへ切り替え、その移入が絶えた1944年に生産を止めた産業であった。原料を国内に持てない弱点は、合理化をいくら重ねても埋まらない。リミテッドの払込金7億4,400万円は1株60円・額面50円の新株1,240万株ぶんで、うち6億2,000万円が資本金へ組み入れられ、差額の1億2,400万円がプレミアムにあたる。日本軽金属はこれと引き換えに持株のちょうど半分を渡した。受け取ったのが資金ではなく技術と原料であった点にこの提携の性格が表れており、鉱区を持つ側と資本でつながる道が当時は最も確実に見えただろう。 外資傘下入り・対内m&a 技術・r&d起点の勝負 垂直統合・内製化 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6367/decisions/1952-korea-war-pivot/","t":"砲弾でつかんだ資金を元手とする、化学と冷熱機器への業態の組み替え","c":"ダイキン","y":1952,"col":"#14bee6","s":"無配転落の危機下で朝鮮戦争特需に賭け、その利益を軍需ではなく空調・冷媒へ再投資して業態を転換した判断","x":"1952 ダイキン 朝鮮特需で空調へ転換 砲弾でつかんだ資金を元手とする、化学と冷熱機器への業態の組み替え 1952年5月に朝鮮特需で空調へ転換。大阪金属工業が米軍の迫撃砲弾特需の利益を冷凍機・空調・フロンの民需へ再投資 無配転落の危機下で朝鮮戦争特需に賭け、その利益を軍需ではなく空調・冷媒へ再投資して業態を転換した判断 収益を上げた場所ではなく、注ぎ込む先が会社を決めた この判断を、単なる戦争特需の一場面と見るのは惜しい。軍需で得た資金を民需へ振り向ける動きは、戦後の多くの日本企業に共通する型であった。ダイキンに固有だったのは、その再投資先を冷凍機とフロンという、当時はまだ小さかった事業に定めた点にある。目先の砲弾増産に資金を寝かせず、平時に伸びる領域へ賭けたことが、後の空調専業への道を開いただろう。 祖業・主力事業の転換 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/6752/decisions/philips-alliance-1952/","t":"「5分と5分、対等である」を貫いた条件交渉と、対等での技術導入","c":"パナソニック","y":1952,"col":"#1450a0","s":"テレビ参入に必要なブラウン管技術を、フィリップスとの合弁（松下電子工業）で導入し、経営力を対価に対等な提携条件を勝ち取った技術導入","x":"1952 パナソニック フィリップスと技術提携 「5分と5分、対等である」を貫いた条件交渉と、対等での技術導入 1952年12月にフィリップスと技術提携を締結した。合弁で松下電子工業を設立してブラウン管技術を導入し、テレビ参入の技術的な壁を越えた テレビ参入に必要なブラウン管技術を、フィリップスとの合弁(松下電子工業)で導入し、経営力を対価に対等な提携条件を勝ち取った技術導入 対等を買うということ この提携の妙味は、技術で劣る側が、金ではなく経営力を対価に対等を主張した点にある。単なる技術ライセンスの受け手にとどまらず、対等な合弁会社をつくって相手と並んだ交渉は、何を差し出せば対等とみなされるのかを、幸之助氏が自ら定義しにいったものであった。持たざる技術を、持てる販売力と経営力で埋め合わせる——その天秤の掛け方に、松下の交渉の呼吸がうかがえる。 資本提携・政策保有 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/8111/decisions/sportswear-shift-1952/","t":"一般メリヤス雑貨の生産をやめてのスポーツウエア専業への集中","c":"ゴールドウイン","y":1952,"col":"#333333","s":"競合の密集する一般メリヤス雑貨から、選手側の要望が具体的に届いていた競技用ウエアへ生産品目を全面的に移行した判断","x":"1952 ゴールドウイン 野球用品中心へ全面転換 一般メリヤス雑貨の生産をやめてのスポーツウエア専業への集中 1952年7月に野球用品中心の生産へ切り替えた。創業7カ月の津沢メリヤス製造所が一般メリヤス雑貨をやめ、野球ストッキングの専業へ進んだ 競合の密集する一般メリヤス雑貨から、選手側の要望が具体的に届いていた競技用ウエアへ生産品目を全面的に移行した判断 面倒な注文を選ぶという選択 1952年の転換で選ばれたのは、伸びる市場ではなく、注文の中身が面倒な市場であった。肌着や靴下は誰でも編めるが、スライディングの熱で溶けないパンツや、倒立したときに脚へ沿うタイツは、使う本人に聞かなければ寸法すら決まらない。津沢メリヤス製造所が引き受けたのはその往復であり、以後の富山の工場は、生産量ではなく仕様の細かさで対価を得る工場になった。創業から7カ月という時期の速さは、迷って選んだというより、注文が来た側に身を寄せた結果とみられる。 祖業・主力事業の転換 選択と集中 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8302/decisions/long-term-credit-bank-1952/","t":"興銀法の廃止に伴う普通銀行への転換と、長期資金供給への特化","c":"日本興業銀行","y":1952,"col":"#1a5c9c","s":"特殊銀行制度の廃絶と長期信用銀行法の制定という制度変更に対し、業務の中身を変えず根拠法だけを切り替えた選択","x":"1952 日本興業銀行 長期信用銀行へ移行 興銀法の廃止に伴う普通銀行への転換と、長期資金供給への特化 1952年12月に長期信用銀行へ移行。日本興業銀行は1950年の興銀法廃止で普通銀行となった後も債券発行による長期資金の供給を続ける 特殊銀行制度の廃絶と長期信用銀行法の制定という制度変更に対し、業務の中身を変えず根拠法だけを切り替えた選択 変えなかったことが、この判断の中身であった 1950年4月、日本興業銀行法は廃止され、興銀は制度のうえで普通銀行になった。特殊銀行の看板を外された以上、預金を集めて都市銀行と同じ商売へ移る道はあった。行内でも支店網の配置や日本勧業銀行との合併が検討されている。それでも興銀は、債券で集めて設備資金を貸すという中身を動かさなかった。1952年12月の長期信用銀行法は、二宮善基副総裁の言う『aでもbでもない道』を2年8カ月続けた実務を、法律の側から追認した。 資金調達・財務戦略 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/ltcb/decisions/four-priority-industries-1952/","t":"電力・鉄鋼・海運・石炭へ貸出の5割を振り向ける配分と、後発企業への肩入れ","c":"日本長期信用銀行","y":1952,"col":"#C2023E","s":"資金運用部の債券引受で得た政府資金を電力・鉄鋼・海運・石炭へ約5割配分し、同時に川崎製鉄や住友金属工業など興銀系以外の後発企業へ融資先を拡大した創業期の資金配分","x":"1952 日本長期信用銀行 川崎製鉄・トヨタへ融資 電力・鉄鋼・海運・石炭へ貸出の5割を振り向ける配分と、後発企業への肩入れ 1952年12月に日本長期信用銀行が営業開始。創業期の貸出の約5割を電力・鉄鋼・海運・石炭へ配し、川崎製鉄など新興企業を開拓 資金運用部の債券引受で得た政府資金を電力・鉄鋼・海運・石炭へ約5割配分し、同時に川崎製鉄や住友金属工業など興銀系以外の後発企業へ融資先を拡大した創業期の資金配分 制約が先にあり、そこから融資先が選ばれた 三白景気に沸く砂糖や肥料へ貸すほうが効果的である、というのが当時の金融の常識であった。資金量が約90億円で第1期に赤字が見込まれていた新銀行にとって、過重な投資負担で経営が困難を極める電力・鉄鋼・海運・石炭へ貸出の半分を回す配分は、採算の面では不利にみえる。それでも杉浦敏介次長らがそこへ約5割を置いたのは、資金運用部の債券引受という政府資金を預かる立場が、貸出先の選定そのものを新銀行の存在理由に変えていたからだとみられる。 選択と集中 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/2103/decisions/sugar-refining-restart-1951/","t":"倉庫業と製薬業でつないだ操業の空白と、精製糖業への復帰","c":"明治製糖","y":1951,"col":"#333333","s":"砂糖の統制撤廃と原糖の優先輸入という制度の転換を待ち、倉庫業・製薬業で操業を繋いだうえで精製糖業へ復帰した判断","x":"1951 明治製糖 川崎工場復旧で復帰 倉庫業と製薬業でつないだ操業の空白と、精製糖業への復帰 1951年12月に川崎工場の復旧で復帰。明糖が日産原料糖溶解能力235トンで立ち上げ、倉庫業と製薬で凌いだ数年に区切りをつけた 砂糖の統制撤廃と原糖の優先輸入という制度の転換を待ち、倉庫業・製薬業で操業を繋いだうえで精製糖業へ復帰した判断 待てた会社と、待つほかなかった条件 他社が製造を開始していたあいだ、川崎の敷地で動いていたのは砂糖倉庫と転化糖注射薬の工場であった。この転換事業は食いつなぎであると同時に、製糖の従業員をそのまま転用して抱える手立てでもあり、丹野恒次氏が1937年に取った砂糖の利用法の学位が、そこで医薬品の製造として使われていた。人と技術を散らさずに保てたからこそ、1951年に9月着工・12月完成という速さで川崎を復旧できたのだろう。待てたのは我慢ではなく、待つあいだの生業が用意されていたからであった。 祖業・主力事業の転換 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/2871/decisions/total-food-strategy-1951/","t":"冷蔵倉庫業から「冷力を核とする総合食品企業」への転換","c":"ニチレイ","y":1951,"col":"#EE2E22","s":"製氷・冷蔵の装置に依存した業態から、冷力を核とする総合食品企業へ事業を面的に拡大し、冷凍・缶詰・畜産・海外へ多角化する戦略","x":"1951 ニチレイ コールド・ベルトによる総合食品化 冷蔵倉庫業から「冷力を核とする総合食品企業」への転換 1951年に冷力を核に総合食品化。木村鉱二郎社長のもと冷蔵倉庫と水産一次加工に依存した業態を缶詰や畜産へ伸ばす 製氷・冷蔵の装置に依存した業態から、冷力を核とする総合食品企業へ事業を面的に拡大し、冷凍・缶詰・畜産・海外へ多角化する戦略 装置の意味を書き換える発想と、その後 この判断の核心は、製氷・冷蔵という重い装置を、事業の制約としてではなく、意味を書き換えられる基盤として扱った点にある。冷蔵倉庫を保管の場から生産・流通の連鎖へ、水産一次加工を総合食品へと、同じ装置の上に載せる事業を組み替えていく。戦時統制の遺産として引き継いだ全国の冷凍工場網が、そのまま多角化の土台になった。装置を抱えたまま、その使い道を次々と定義し直すこの発想は、後年の低温物流事業や、工場跡地を賃貸資産へ転じる不動産事業にも受け継がれていったと推察される。 隣接領域への展開 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/3402/decisions/dupont-nylon-alliance-1951/","t":"ナイロン技術の導入と、自社での生産に踏み出す足がかりの確保","c":"東レ","y":1951,"col":"#004097","s":"レーヨン専業だった東洋レーヨンが、資本金のほぼ1.5倍にあたる前払金を投じて米デュポンからナイロンの特許使用許諾を受け、合成繊維メーカーへ転じた社運を賭けた技術…","x":"1951 東レ 米デュポンと技術提携 ナイロン技術の導入と、自社での生産に踏み出す足がかりの確保 1951年に米デュポンとナイロン特許の使用許諾契約。会長の田代茂樹が主導し、前払金300万ドルは資本金の約1.5倍にあたった レーヨン専業だった東洋レーヨンが、資本金のほぼ1.5倍にあたる前払金を投じて米デュポンからナイロンの特許使用許諾を受け、合成繊維メーカーへ転じた社運を賭けた技術導入 外から技術を取得し、自前の技術に変える この経営判断の核心は、レーヨン一本で歩んできた東洋レーヨンが、資本金の1.5倍にあたる技術導入費を投じ、自社に欠けていた合成繊維の技術を海の向こうから丸ごと買った点にある。戦後まもない繊維会社にとって、300万ドルの前払金は失敗の許されない賭けであり、社内向けの記事が『浮沈に影響する』と書いたのは誇張ではなかった。会長の田代茂樹氏が5回分割で負担を延ばし、先発の有利な立場を守って量産に集中した段取りは、この賭けを短い年月で取り返すための現実的な計算に支えられていた。 技術・r&d起点の勝負 祖業・主力事業の転換 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/4530/decisions/three-way-merger-1951/","t":"三養基製薬・田代鉱機工業を含む合併による株式会社への改組","c":"久光製薬","y":1951,"col":"#00519F","s":"戦時統制下の統制会社設立と戦後の別法人設立で三つに分かれていた事業を合併し、合名会社から株式会社へ組織を移行した再編","x":"1951 久光製薬 三養基製薬など三社合併 三養基製薬・田代鉱機工業を含む合併による株式会社への改組 1951年2月に久光兄弟合名など三社合併。三養基製薬と田代鉱機工業を併せ、1903年から続いた合名会社を畳んで久光兄弟株式会社へ 戦時統制下の統制会社設立と戦後の別法人設立で三つに分かれていた事業を合併し、合名会社から株式会社へ組織を移行した再編 鍛造会社ごと株式会社になる 1951年2月の合併で入れ替わったのは、売る薬ではなく、薬を売る会社の登記であった。統合し直した三社のうち田代鉱機工業は鉱山機械と鍛造品を扱う会社で、朝日万金膏ともサロンパスとも縁がない。三養基製薬も、戦時の統制下で医薬品の製造だけを外へ出すために1944年5月に立てた会社である。中身のそろわない三つを畳んだのは、1903年12月以来の合名会社という無限責任の組織を株式会社へ替えるためであった。中冨正義氏が社長に就任した久光兄弟株式会社は、株式を発行して外から資金を集める資格をこの日に得ている。 合併・経営統合 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/5108/decisions/goodyear-alliance-1951/","t":"自前の技術開発ではなく米最大手の製造方法を丸ごと持ち込んだ選択","c":"ブリヂストン","y":1951,"col":"#FE0000","s":"戦後に残った2工場で量産技術を立て直すため、自前の開発ではなく米グッドイヤーとの技術提携とタイヤ生産委託契約によって米国の製造方法と設備を丸ごと導入した技術提携","x":"1951 ブリヂストン グッドイヤーからタイヤ製法を導入 自前の技術開発ではなく米最大手の製造方法を丸ごと持ち込んだ選択 1951年6月に米グッドイヤーと技術提携およびタイヤ生産委託契約を締結した。生産設備を近代化してレーヨンコードタイヤの生産に入り、1953年に業界首位へ立った 戦後に残った2工場で量産技術を立て直すため、自前の開発ではなく米グッドイヤーとの技術提携とタイヤ生産委託契約によって米国の製造方法と設備を丸ごと導入した技術提携 取得したのは製法か、時間か この提携で得たのは、製法そのものというより、製法を自力で作り上げるはずだった年数である。創業以来、外国製の半値で市場をこじ開けてきた会社が、量産の工程では米国に届いていないことを認め、最も進んだ製造方法をそのまま持ち込む道を採った。国産化を掲げて始まった会社が、その国産の中身を輸入で埋めるという矛盾を引き受けた判断だっただろう。生産能率が提携前の約3倍へ上がったという説明は、独力で積み上げていれば何年を要したかを裏返しに語っているのだろう。 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5403/decisions/chiba-works-1951/","t":"製鉄所の新設による、平炉メーカーから銑鋼一貫メーカーへの転換","c":"川崎製鉄","y":1951,"col":"#23429A","s":"圧延で首位に立ちながら素材を外部に依存する構造を解くため、埋立地に高炉から圧延までの一貫工場を新設した","x":"1951 川崎製鉄 千葉製鉄所を建設 製鉄所の新設による、平炉メーカーから銑鋼一貫メーカーへの転換 1951年2月に千葉製鉄所を建設。前年に川崎重工業から分かれた資本金5億円の新会社が、高炉から圧延までを一つの工場でつないだ 圧延で首位に立ちながら素材を外部に依存する構造を解くため、埋立地に高炉から圧延までの一貫工場を新設した 購入せずに建てるという選び方 『ペンペン草を生やす』と反対した日本銀行の一万田尚登総裁の見立ては、当時の相場観として無理のないものであった。会社は発足して半年、資本金は5億円、実績は圧延の工程に限られていた。銑鉄を買う立場から、埋立地で鉄鉱石を受けて圧延までを自前で回す立場へ移ることは、工程を足すのではなく会社の形を変える話であった。西山弥太郎社長がそれを押し通せたのは、薄鋼板と高級仕上鋼板で国内首位を占めながら素材の原価だけは他社次第という不均衡を、圧延の現場で長く見ていたからだとみられる。 大型設備投資 垂直統合・内製化 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6368/decisions/rohm-and-haas-alliance-1951/","t":"イオン交換樹脂アンバーライトの日本総代理店化","c":"オルガノ","y":1951,"col":"#0095DA","s":"装置に充填するイオン交換樹脂を他社購入に頼っていた日本オルガノ商会が、米国の樹脂大手ローム・アンド・ハース社と提携してアンバーライトを扱う立場を得た技術基盤の確…","x":"1951 オルガノ ローム・アンド・ハースと提携 イオン交換樹脂アンバーライトの日本総代理店化 1951年1月にローム・アンド・ハースと提携。日本オルガノ商会がイオン交換樹脂アンバーライトの日本総代理店へ進む 装置に充填するイオン交換樹脂を他社購入に頼っていた日本オルガノ商会が、米国の樹脂大手ローム・アンド・ハース社と提携してアンバーライトを扱う立場を得た技術基盤の確保。1957年の国産開始まで進み、樹脂・薬品事業の土台となった 借りた技術で何を身につけたか 日本オルガノ商会が押さえに行ったのは製造の技術ではなく、自社が売る装置の中身そのものであった。樹脂を筒に詰めて売る業態にとって、樹脂の性能と供給量が事業の上限を決める。丸山正武社長は陸軍軍医学校でイオン交換樹脂を研究した技術者であり、装置の出来が材料に縛られることを誰よりも承知していたと推察される。三菱化成工業から買う立場を、自ら選んだ相手との取引へ組み替えた判断であった。 技術・r&d起点の勝負 垂直統合・内製化 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/6503/decisions/westinghouse-alliance-1951/","t":"技術・資本両面での関係の復活と、「三菱」商号の存続","c":"三菱電機","y":1951,"col":"#d80c18","s":"戦時中の断絶で開いた重電技術の差を、戦前の提携相手からの技術導入で埋める判断。商号の存続が提携の前提条件であった","x":"1951 三菱電機 ウエスチングハウスと再提携 技術・資本両面での関係の復活と、「三菱」商号の存続 1951年4月にウエスチングハウスと再提携。戦争で中断していた技術提携に資本提携も加え、三菱の商号存続運動と一体で決着 戦時中の断絶で開いた重電技術の差を、戦前の提携相手からの技術導入で埋める判断。商号の存続が提携の前提条件であった 名前を守ることが、技術を守ることであった 高杉晋一社長が最後まで譲らなかったのは、工場でも人員でもなく\"三菱\"の三文字であった。ウエスチングハウス社が商号の存続を提携の条件として示した以上、社名を失うことは技術の断絶をそのまま受け入れるに等しい。分割の実施を引き延ばし、三井・住友と組み、吉田茂首相にまで持ち込んだ二年の運動は、のれんへの情緒的な執着ではなく、事業の再建に欠かせない条件を確保する行動として読める。 技術・r&d起点の勝負 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7404/decisions/recapitalization-1951/","t":"米軍接収下での自動車修理への転換と、第二会社の設立・九割減資による資本の清算","c":"昭和飛行機工業","y":1951,"col":"#00365E","s":"軍需補償の打切りと航空機需要の消滅で生じた損失を、企業再建整備法の枠組みに沿って第二会社の分離と九割減資で処理し、本体の存続認可を得た資本の整理","x":"1951 昭和飛行機工業 昭和食料工業の設立と減資 米軍接収下での自動車修理への転換と、第二会社の設立・九割減資による資本の清算 1951年5月に第二会社の昭和食料工業を設立。決定整備計画のもとで会社存続の認可を受け、同年7月に九割の減資を行った 軍需補償の打切りと航空機需要の消滅で生じた損失を、企業再建整備法の枠組みに沿って第二会社の分離と九割減資で処理し、本体の存続認可を得た資本の整理 資本を捨てて、仕事を残した 620万円まで減少した資本金は、3年半後に1億2,400万円へ達した。この会社が生き延びたのは、減資という処理そのものよりも、米軍に接収された工場で他人の自動車を直すという、航空機会社らしからぬ仕事を引き受けていたからである。企業再建整備法は損失を株主に負わせる仕組みを用意したが、切り縮めた資本を積み直せるかどうかは、その間に稼ぐ事業があるかに懸かっていた。昭和飛行機工業には、占領軍の車両という需要があった。 経営再建・ターンアラウンド 資金調達・財務戦略 分社・スピンオフ・子会社上場 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9508/decisions/nine-utility-founding-1951/","t":"電気事業再編成令による九州一円の発送配電一貫会社としての設立","c":"九州電力","y":1951,"col":"#0073BC","s":"占領下の電気事業再編成令により電力の国家管理を解き、九州の発電・送電・配電を1社に垂直統合した民営会社として発足させた制度起因の設立","x":"1951 九州電力 日本発送電の解体で発足 電気事業再編成令による九州一円の発送配電一貫会社としての設立 1951年5月に電気事業再編成令で九州電力が発足。日本発送電と九州配電の解体により資本金7億6,000万円の民営会社として創立 占領下の電気事業再編成令により電力の国家管理を解き、九州の発電・送電・配電を1社に垂直統合した民営会社として発足させた制度起因の設立 設立の設計図が決めた、その後70年の可動域 1951年の設立は、経営者が事業機会を見つけて会社を設立したたぐいの創業ではない。占領下の政令が全国9地域の区割りを決め、既存の設備をその区割りに沿って割り付けた結果として、九州電力という法人が生まれた。それでも、これを制度に従っただけの手続きとみるのは狭い。発電・送電・配電をどこで切り、どこで垂直統合するかという設計は、投資の意思決定を誰が担うかを決める設計でもあった。九州電力は、九州7県の需要をひとまとまりの計画対象として引き受ける会社として出発している。 垂直統合・内製化 大型設備投資 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/2101/decisions/second-company-1950/","t":"日糖興業の内地財産だけを承継した第二会社の設立と、門司一工場からの再出発","c":"大日本製糖","y":1950,"col":"#333333","s":"在外会社の整理という制度上の要請のもとで、海外資産を失った日糖興業から内地財産だけを承継し、門司工場の醗酵技術と精製糖設備を元手に法人を建て直した判断","x":"1950 大日本製糖 門司工場ひとつでの再起 日糖興業の内地財産だけを承継した第二会社の設立と、門司一工場からの再出発 1950年4月に大日本製糖として再出発。在外資産を失った日糖興業の残財産5,497万余円と藤山愛一郎氏の現金出資により資本金5,500万円で発足 在外会社の整理という制度上の要請のもとで、海外資産を失った日糖興業から内地財産だけを承継し、門司工場の醗酵技術と精製糖設備を元手に法人を建て直した判断 承継したのは資産と社名だけであった 承継したのは、内地に残った5,497万余円の資産と、1943年に手放していた社名であった。台湾もジャワも戻らない以上、戦前の大日本製糖の続きを演じることはできない。門司工場で先に立ち上がったのは精製糖ではなく、往時の醗酵技術によるパン用イーストであり、営業倉庫も焼酎も残っていたものから逆算して選ばれている。制度が法人を組み替える時期を決めた以上、会社に残された選択は、承継したあとに何を建てるかだけだったとみられる。 経営再建・ターンアラウンド 上場・ipo・市場変更 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/2270/decisions/shuhaiho-split-1950/","t":"過度経済力集中排除法による分割を受けた、新会社としての再出発","c":"雪印メグミルク","y":1950,"col":"#0075C2","s":"占領下の経済民主化政策にもとづく集排法の指定を受け、乳業体を2社に分割したうえで周辺部門を切り出し、上場によって株式会社としての資本基盤を整えた","x":"1950 雪印メグミルク 雪印乳業の設立 過度経済力集中排除法による分割を受けた、新会社としての再出発 1950年6月に雪印乳業の設立。北海道酪農協同が過度経済力集中排除法で二分され、雪印の商標を継いだ同社は8月に東証・札証へ上場 占領下の経済民主化政策にもとづく集排法の指定を受け、乳業体を2社に分割したうえで周辺部門を切り出し、上場によって株式会社としての資本基盤を整えた 分割された会社と、分割した会社 1950年の分割は、経営が望んで選んだものではない。占領政策が決めた枠のなかで、どこに線を引くかだけが会社に残された裁量であった。それでも決めた内容を見ると、雪印乳業には商標と乳製品の中核を残し、皮革・食肉・薬品・種苗は別法人として立てている。分割の命令を、事業を手放す機会ではなく、資本関係で結ばれた複数の会社へ組み替える作業として処理した跡がうかがえる。設立2カ月で上場に踏み切った速さも、縮んだ生産基盤の建て直しを急いだ選択といえる。 分社・スピンオフ・子会社上場 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/2607/decisions/founding-1950/","t":"親会社の全額出資による設立と、大阪の既存設備を引き継いだ操業開始","c":"不二製油","y":1950,"col":"#44AF35","s":"商社の原料油脂取扱を担う事業会社として発足し、既存大手が押さえる液体油を避けて固型脂の加工に領域を集中した参入","x":"1950 不二製油 伊藤忠出資で不二蚕糸工場買収 親会社の全額出資による設立と、大阪の既存設備を引き継いだ操業開始 1950年10月に伊藤忠出資で不二蚕糸工場買収。伊藤忠商事の全額出資で不二製油を設立し大阪工場を得て最後発で製油業へ 商社の原料油脂取扱を担う事業会社として発足し、既存大手が押さえる液体油を避けて固型脂の加工に領域を集中した参入 弱い立場から始まった領域選択について この設立で決まったのは、会社を設立したことよりも、どこで戦わないかであったと推察される。天ぷら油という日本の製油業の本流には、宣伝費を投じても入れなかった。その失敗のあとに残ったのが、南方系の固まる油と、その油を融点の違いで分ける技術という、当時は誰も主戦場と考えていなかった領域であった。最後発で資本も小さいという条件が、結果として大手と重ならない事業構成を選ばせたと思われる。強い会社の合理的な多角化ではなく、弱い立場での消去法から出発している点に、この判断の性格がうかがえる。 技術・r&d起点の勝負 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/2809/decisions/price-cut-policy-1950/","t":"交際費を持たない原価を原資とした20数回の値下げと、水産大手の採算割れ","c":"キユーピー","y":1950,"col":"#E4002B","s":"交際費を持たない原価構造を原資に値下げを重ね、単純な製品ゆえに参入しやすいマヨネーズ市場で大資本の採算を成り立たなくさせた価格政策","x":"1950 キユーピー 標準品70グラムの半値化 交際費を持たない原価を原資とした20数回の値下げと、水産大手の採算割れ 1950年から1952年にかけて標準品70グラムを110円から55円へ引き下げた。交際費を持たない原価を原資に戦後20数回の値下げを重ね、日本水産・大洋漁業の参入を採算面で退けた 交際費を持たない原価構造を原資に値下げを重ね、単純な製品ゆえに参入しやすいマヨネーズ市場で大資本の採算を成り立たなくさせた価格政策 値下げを続けることが参入障壁になる マヨネーズは卵黄と油と酢を混ぜるだけの製品で、家庭でも作れる。だから参入しようと思えば誰でもできるし、実際に水産大手も乳業も調味料メーカーも入ってきた。それでも定着しなかったのは、技術で締め出されたからではなく、既に付いている値段では採算が合わなかったからだろう。交際費を持たず、景品も温泉招待も使わないという原価の作り方は、それ自体が競争手段になっていた。接待費を価格に載せている会社は、同じ値段では戦えない。 プライシング・価格政策 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/3116/decisions/minsei-boseki-spinoff-1950/","t":"戦時にトヨタ自工へ吸収された紡織事業の別法人としての切り出し","c":"トヨタ紡織","y":1950,"col":"#E60012","s":"戦時補償の打ち切りと企業再建整備法という制度の要請のもとで、自動車会社に抱えられていた紡織部門を第二会社として切り出した組織再編","x":"1950 トヨタ紡織 民成紡績として分離独立 戦時にトヨタ自工へ吸収された紡織事業の別法人としての切り出し 1950年5月に民成紡績として分離独立。1943年に中央紡績が併合されて以来7年ぶりにトヨタ自動車工業の紡織部が法人格を取り戻す 戦時補償の打ち切りと企業再建整備法という制度の要請のもとで、自動車会社に抱えられていた紡織部門を第二会社として切り出した組織再編 制度が切り出した祖業 この分離を動かしたのは、経営者の構想よりも先に、戦時補償の打ち切りという制度の締め切りであった。企業再建整備法の枠組みがなければ、紡織部はトヨタ自動車工業の一部門としてしばらく残った可能性もある。日本電装・愛知琺瑯・民成紡績という3社が数カ月の間に切り出された事実は、この時期の分離が個別事業の将来性を吟味した末の選択というより、損失処理の設計に従った並べ替えであったことを示している。トヨタグループの部品会社群の輪郭は、法律の期限のなかで引かれた線に多くを負っている。 分社・スピンオフ・子会社上場 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/3405/decisions/vinylon-industrialization-1950/","t":"国産技術の合成繊維をポバールから一貫して生産する体制の立ち上げ","c":"クラレ","y":1950,"col":"#53BFED","s":"輸入技術に頼らず、国内で採れる石灰石・石炭・水を原料とする自社技術の合成繊維を、原料樹脂から繊維までの一貫生産で企業化する判断","x":"1950 クラレ ビニロンの企業化 国産技術の合成繊維をポバールから一貫して生産する体制の立ち上げ 1949年10月にビニロンの一貫生産設備に着工。大原総一郎社長が京都大学発の国産技術を社内の賛成が乏しいまま企業化した 輸入技術に頼らず、国内で採れる石灰石・石炭・水を原料とする自社技術の合成繊維を、原料樹脂から繊維までの一貫生産で企業化する判断 賛成が少ないうちに始めるということ 資本金2億5000万円の会社が、14億1000万円を15行から借りて一つの繊維に賭けた。この一事だけで、大原総一郎社長の判断が当時どれほど常識から外れていたかが分かる。使う原料は石灰石と水と電力だけであり、外貨の乏しい国ではこの組み立てこそ他社がまねできない条件になる、と読んでいたのだろう。だからこそ、海外技術の導入が持ち上げられ国産技術が顧みられない時代にあっても、自前の技術に賭けることができたと思われる。賛成する者が10人中1人か2人のうちに着手せよという言葉も、勇ましいかけ声というより、多くが賛成するころにはその事業はもう自社だけのものではない、という冷静な計算に近い。 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/4205/decisions/goodrich-joint-venture-1950/","t":"技術を持つ相手と組んで興した新会社による塩化ビニル樹脂の国産化","c":"日本ゼオン","y":1950,"col":"#00479D","s":"国内資源と遊休設備を活かす製品として塩化ビニル樹脂を選び、品質と価格の両立に必要な技術を自前の研究ではなく外国からの全面導入で調達した判断","x":"1950 日本ゼオン 米グッドリッチとの合弁設立 技術を持つ相手と組んで興した新会社による塩化ビニル樹脂の国産化 1950年4月に米グッドリッチとの合弁設立。日本軽金属・古河電気工業・横浜護謨が資本金500万円の日本ゼオンを興し、株式の35%を相手へ割当 国内資源と遊休設備を活かす製品として塩化ビニル樹脂を選び、品質と価格の両立に必要な技術を自前の研究ではなく外国からの全面導入で調達した判断 自前か、導入か 18社の反対には、筋が通っていた。塩ビ工業は国内技術でも達成できる産業であり、外国技術を認めれば国内の研究意欲が減退するという論拠は、当時の産業政策としてありえた立場である。それでも日本軽金属が全技術の導入に踏み切れたのは、カーバイドから得るアセチレン、副産の塩素と水素、自家発電の余剰電力という手持ちの資源が、技術さえあればただちに事業になる状態でそろっていたからである。自前の技術を待つ時間そのものが、遊休設備の費用になっていた。 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資 資本提携・政策保有 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5706/decisions/kamioka-mining-spinoff-1950/","t":"三井鉱山からの金属部門の切り離しと、東京証券取引所への上場","c":"三井金属","y":1950,"col":"#009060","s":"財閥解体と企業再建整備法という外部制度に迫られ、三井鉱山の金属部門を分離して新会社を創立し、上場・増資によって独立企業としての資本基盤を整えた事業分離","x":"1950 三井金属 神岡鉱業として独立 三井鉱山からの金属部門の切り離しと、東京証券取引所への上場 1950年5月に神岡鉱業として独立。財閥解体の整備計画で三井鉱山の金属部門を資本金6億円で分離し、1952年に三井金属鉱業へ改称 財閥解体と企業再建整備法という外部制度に迫られ、三井鉱山の金属部門を分離して新会社を創立し、上場・増資によって独立企業としての資本基盤を整えた事業分離 与えられた独立をどう使ったか 財閥解体による分離を、上から命じられた解体の一場面として読むと、この一件は見えにくくなる。三井鉱山から切り出されたのは整理の対象ではなく、1200年の採掘史をもつ神岡鉱山と、三池・彦島・日比という製錬所群を備えた、それ自体で立つ事業であった。創立から5か月で東京証券取引所第一部へ上場し、翌1951年10月には資本金を6億円から12億円へ倍増している運びの速さに、制度への受け身の対応とは違うものがうかがえる。 分社・スピンオフ・子会社上場 上場・ipo・市場変更 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/6856/decisions/ph-meter-1950/","t":"ガラス電極式の製品化を足がかりとした計測器専業への転換","c":"堀場製作所","y":1950,"col":"#478CD0","s":"湿度の高い日本で使えるガラス電極式pHメータを京大の研究陣と国産化し、計測器の自社開発を軸に据えた技術主導の事業転換","x":"1950 堀場製作所 国産初のphメータ開発 ガラス電極式の製品化を足がかりとした計測器専業への転換 1950年3月に国産初のphメータを完成。輸入品に頼っていた酸・アルカリ度の測定器を国産で供給し、計測器専業へ進む 湿度の高い日本で使えるガラス電極式phメータを京大の研究陣と国産化し、計測器の自社開発を軸に据えた技術主導の事業転換 一製品の国産化が決めた進路 この判断の意味は、断念した事業の穴を埋める代替品を得たことにとどまらない。輸入品しかなかったph計を、湿度の高い日本で使えるものへ作り替えた技術が、その後の会社の進路を決めた。センサーは自社で開発し周辺は外部に委ねるという分業は、phメータの開発でつかんだ手応えから生まれ、赤外線分析計へ、やがて自動車排ガス測定装置へと受け継がれていったとみられる。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6981/decisions/titanium-capacitor-origin-1950/","t":"原料と生産設備の内製化による垂直統合の構築と、完成品分野への不参入","c":"村田製作所","y":1950,"col":"#F7002D","s":"外部から購入する原料と設備では焼き物の品質が安定しないという技術上の壁に対し、材料から完成品までの全工程と生産機械を内に取り込み、完成品分野には出ないと決めて部…","x":"1950 村田製作所 部品専業への特化 原料と生産設備の内製化による垂直統合の構築と、完成品分野への不参入 1950年12月に町工場を株式会社の村田製作所へ改組。原料の調合から焼成・加工まで自社で担い、完成品には出ず部品専業を貫く 外部から購入する原料と設備では焼き物の品質が安定しないという技術上の壁に対し、材料から完成品までの全工程と生産機械を内に取り込み、完成品分野には出ないと決めて部品専業を貫いた創業期の型づくり 値段で競わないと決めた一線 昭氏が創業から通して守ったのは、値段で競わないという一線であった。原料を外から買わない、生産機械も自分で作る、完成品には出ない——三つはいずれも、他社と同じものを安く作る競争から降りるための手であった。不良品の続出という品質の失敗から始めた一貫生産が、結果として価格の交渉力になった順序に、この会社の型がよく出ている。 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/7012/decisions/kawasaki-steel-separation-1950/","t":"製鉄部門の切り出しと、造船・造機・電機3部門への集約","c":"川崎重工業","y":1950,"col":"#E60013","s":"賠償指定とドッジデフレのもとで復興資金が限られるなか、造船と直接の関連が薄い製鉄部門を第二会社として切り離し、本体は造船・造機・電機に事業を集約した","x":"1950 川崎重工業 川崎製鉄を分離独立 製鉄部門の切り出しと、造船・造機・電機3部門への集約 1950年8月に川崎製鉄を分離独立させる。企業再建整備計画に基づき資本金5億円の第二会社とし西山弥太郎氏が初代社長へ 賠償指定とドッジデフレのもとで復興資金が限られるなか、造船と直接の関連が薄い製鉄部門を第二会社として切り離し、本体は造船・造機・電機に事業を集約した 外へ出したから、追えたもの 1950年の製鉄部門は、薄鋼板と高級仕上鋼板で全国第1位を占めながら、銑鉄は外から買うしかない立場にあった。広畑製鉄所の共同管理を関西系メーカーとして求め、日本製鉄の巻き返しに遭って退けられた経緯を思えば、銑鉄まで自前で持つには造船と同じ財布のままでは足りなかったのだろう。分離は製鉄を切り捨てる処理ではなく、造船の資金繰りから解いた先で西山弥太郎氏に追わせる形をとった判断であったといえる。 分社・スピンオフ・子会社上場 選択と集中 事業売却・撤退 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/7846/decisions/ink-spinoff-1950/","t":"名古屋のインキ工場を本体から切り出し、別会社として独立させる分離","c":"パイロットコーポレーション","y":1950,"col":"#002F9E","s":"万年筆の増産に本体の設備と人手を集中するなか、化学に属するインキの製造を名古屋の別法人へ移管した生産体制の組み替え。1960年の機工設立と合わせて本体・インキ・…","x":"1950 パイロットコーポレーション パイロットインキの設立 名古屋のインキ工場を本体から切り出し、別会社として独立させる分離 1950年4月にパイロット万年筆がパイロットインキを設立。1926年に始めたインキ製造を本体から切り離し、名古屋の別法人へ移管した 万年筆の増産に本体の設備と人手を集中するなか、化学に属するインキの製造を名古屋の別法人へ移管した生産体制の組み替え。1960年の機工設立と合わせて本体・インキ・機工の3社分立となった 外へ出したものが残るということ この分社を、工場をひとつ法人に改めた手続きとだけ読むのは惜しい。1950年のパイロット万年筆は万年筆の注文に追われ、平塚に工場を建設したばかりであった。それでも切り出したのは売れている万年筆ではなく、染料と溶剤を扱うインキの側であった。付属品として本体に置いたままなら、化学の仕事は増産の都合に従ったと推察される。名古屋という離れた土地に別の会社を設立したことが、その従属を避ける形になった。 分社・スピンオフ・子会社上場 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8234/decisions/postwar-business-consolidation-1950/","t":"人員整理によらない事業の存廃決定","c":"大丸","y":1950,"col":"#007A8A","s":"復員・帰国による中堅層の過剰を抱えたまま不慣れな事業へ進出した結果、欠損が出て経理状態が悪化しており、人員ではなく事業の側を整理して百貨店業へ戻す必要があった","x":"1950 大丸 非百貨店部門の分離独立 人員整理によらない事業の存廃決定 1950年4月に非百貨店部門を分離独立。社長へ就任した北沢敬二郎氏が人員整理を避け、戦後に拡大した事業を業態ごとに別会社へ切り出す 復員・帰国による中堅層の過剰を抱えたまま不慣れな事業へ進出した結果、欠損が出て経理状態が悪化しており、人員ではなく事業の側を整理して百貨店業へ戻す必要があった 順序を先に決めた整理 人員に手をつけないという前提を先に置き、そのうえで何を残すかを決めた。順序はそこで決まっていた。戦後の欠損は、慣れない事業を抱えたことから生じていた。ふつうに考えれば、慣れない事業をやめて人も減らせば欠損は止まる。北沢敬二郎氏はその二つを切り離し、事業だけを止めて、人は分離先の独立会社へ移した。住友本社の解体で同僚が浪人するのを見てきた人物が雇用を先に置いたことは、大丸入りを一度辞退した理由と地続きであると推察される。 リストラ・構造改革 選択と集中 分社・スピンオフ・子会社上場 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/2201/decisions/dairy-spinoff-1949/","t":"牛乳を手放し「菓子専業」へ集中する事業構成の組み替え","c":"森永製菓","y":1949,"col":"#B6002A","s":"戦時統制と戦後の財閥解体・過度経済力集中排除法のもとで膨らんだ事業を、乳業の新設分離と再上場・社名復元によって菓子専業へ集中した再編","x":"1949 森永製菓 乳業部門の森永乳業への譲渡 牛乳を手放し「菓子専業」へ集中する事業構成の組み替え 1949年4月に乳業部門を新設分離。森永食糧工業が5月に東京・大阪・名古屋へ上場し、10月に乳業を森永乳業へ譲渡して社名を森永製菓に復す 戦時統制と戦後の財閥解体・過度経済力集中排除法のもとで膨らんだ事業を、乳業の新設分離と再上場・社名復元によって菓子専業へ集中した再編 外部の要請が決めた菓子専業という輪郭 1949年の乳業分離は、経営が自ら好機を選んで打った手というより、財閥解体と集排という外部の制度に背中を押された再編であった。ただ結果として、この半年の畳みかけは、菓子一本で稼ぐ戦後の森永製菓の骨格を決めた。量産技術を菓子の収益構造へ絞り込み、長寿命ブランドの定番化で利益を積む型は、乳業や軍需食料品まで抱えた戦時の姿を解いたところから始まっただろう。外部からの要請が、結果的に事業の輪郭をはっきりさせた場面であったといえる。 分社・スピンオフ・子会社上場 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/2262/decisions/deconcentration-split-1949/","t":"集中排除法による会社分割指令への抵抗と、裏金を拒んだ指定解除運動","c":"雪印乳業","y":1949,"col":"#0075C2","s":"過度経済力集中排除法の該当会社への指定という占領政策のもとで、原料乳の集荷と製造を統合した一体の事業が、外見上の独占性を理由に強制分割を迫られた","x":"1949 雪印乳業 雪印乳業と北海道バターに分割 集中排除法による会社分割指令への抵抗と、裏金を拒んだ指定解除運動 1949年6月に会社分割の指令を受諾。北海道酪農協同が過度経済力集中排除法の該当会社に指定され、黒沢酉蔵社長は解除運動の末に二分割をのんだ 過度経済力集中排除法の該当会社への指定という占領政策のもとで、原料乳の集荷と製造を統合した一体の事業が、外見上の独占性を理由に強制分割を迫られた 外から引き裂かれた出発と、内から崩れた終幕 北海道の酪農家が四半世紀をかけて築いた、原料乳の集荷から製造までを貫く一体の事業は、占領下の集中排除政策によって、その外形だけを理由に解体された。市場を支配するための独占ではなく、酪農民が自らの乳を持ち寄って支えた協同の組織であったことを思えば、この分割には拭いがたい不条理の影がつきまとうと思われる。それでも黒沢氏は、道理はいつか通じると信じ、近道となる裏金を最後まで拒んで正攻法を貫いた。敗れてなお筋を曲げなかった黒沢氏には、一個の経営者としての矜持がうかがえる。 外的危機への対応 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/4403/decisions/second-company-reorganization-1949/","t":"企業再建整備法に基づく第二会社としての分離独立と、日本油脂の再設立","c":"日油","y":1949,"col":"#E60000","s":"戦時期の合併で油脂・塗料・火薬・溶接棒と肥料を抱えた日産化学工業が、集中排除法と企業再建整備法の適用を受け、肥料を存続会社に残して四事業を承継する第二会社を分離…","x":"1949 日油 東京証券取引所へ上場 企業再建整備法に基づく第二会社としての分離独立と、日本油脂の再設立 1949年7月に第二会社の日本油脂が発足。集中排除法により日産化学工業から油脂・塗料・火薬・溶接棒の事業を継承し、本社は日本橋の白木屋 戦時期の合併で油脂・塗料・火薬・溶接棒と肥料を抱えた日産化学工業が、集中排除法と企業再建整備法の適用を受け、肥料を存続会社に残して四事業を承継する第二会社を分離独立させた戦後再編 どこで切り、何を一つに残したか 肥料は存続会社に残り、油脂・塗料・火薬・溶接棒という技術も顧客も異なる四つが、まとめて第二会社へ渡された。企業再建整備法の手続きそのものより、この線をどこに引いたかが後の日油の形を決めている。1965年の独立採算制6事業部は、その出自を組織の形に置き換えたものといえる。1991年3月期でも、四つの系統だけで売上高1374億円の86%を占めていた。 分社・スピンオフ・子会社上場 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/4528/decisions/manufacturing-integration-1949/","t":"小野市兵衛商店の吸収合併による製造と販売の一本化、小野薬品工業としての再出発","c":"小野薬品工業","y":1949,"col":"#003F73","s":"戦時統制で問屋の商いが立ち行かなくなるなか、薬を仕入れて卸す流通業から自社製剤を持つ製造業へ主力を移行し、分立していた製造・資材・販売の三つの法人を一社へ統合し…","x":"1949 小野薬品工業 日本有機化工から改称 小野市兵衛商店の吸収合併による製造と販売の一本化、小野薬品工業としての再出発 1948年に日本有機化工を小野薬品工業へ改称。小野雄造専務が小野市兵衛商店の医薬品製造部門と硝子資材部門を分離し、製造に生きる道を求めた 戦時統制で問屋の商いが立ち行かなくなるなか、薬を仕入れて卸す流通業から自社製剤を持つ製造業へ主力を移行し、分立していた製造・資材・販売の三つの法人を一社へ統合した組織再編 商号を畳むということ 230年余の歴史を持つ合名会社小野市兵衛商店は、2年前に設けたばかりの製造会社を子会社に抱えたのではなく、その製造会社に呑み込まれた。専務取締役の小野雄造氏が、生き抜くために進むべき道は医薬品の製造しかないと考えた以上、会社の名も資本も薬をつくる側へ寄せるほかなかっただろう。1717年から掲げた小野市兵衛の名は、1949年に製造会社の内側へ収められている。 祖業・主力事業の転換 垂直統合・内製化 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/5236/decisions/plant-rejuvenation-1949/","t":"常務会が決めた新工場建設案を翌日に覆しての、既設設備の刷新","c":"秩父セメント","y":1949,"col":"#004098","s":"朝鮮動乱の需要急増を前に同業が回転窯の増設へ走るなか、既設設備の全面改造を優先して能力を倍増させ、その完工後に新工場建設へ進む順序を選んだ","x":"1949 秩父セメント 秩父工場の若返り選択 常務会が決めた新工場建設案を翌日に覆しての、既設設備の刷新 1949年4月に秩父工場の若返り選択。常務会が決めた新工場建設案を諸井貫一社長が翌日に覆し、秩父工場の整備計画に着手した 朝鮮動乱の需要急増を前に同業が回転窯の増設へ走るなか、既設設備の全面改造を優先して能力を倍増させ、その完工後に新工場建設へ進む順序を選んだ 常務会を覆すという決め方について 4常務が賛成して出た結論を、翌日に社長が一人で覆した。手続きとしては危うい決め方である。それが正当化されるのは、覆した側が理由を数字で示したからだった。若返りなら能力は倍増する。新工場を先にすれば旧工場の改造機会は失われる。順序を入れ替えるだけで両方が手に入る、という論理に反論は出なかった。 大型設備投資 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/6703/decisions/second-company-1949/","t":"企業再建整備法にもとづく旧沖電気の解散と、新法人への事業引き継ぎ","c":"沖電気工業","y":1949,"col":"#CB1C1D","s":"戦時補償の打ち切りと企業再建整備法という戦後処理の制度に沿って、旧会社を解散し、旧債を切り離した第二会社で通信機事業を続けるという選択","x":"1949 沖電気工業 第二会社として設立 企業再建整備法にもとづく旧沖電気の解散と、新法人への事業引き継ぎ 1949年11月に第二会社として沖電気工業が設立された。企業再建整備法の法定整備計画で旧沖電気が解散し、資本金1億8000万円で発足 戦時補償の打ち切りと企業再建整備法という戦後処理の制度に沿って、旧会社を解散し、旧債を切り離した第二会社で通信機事業を続けるという選択 会社を畳むという再建の作法 1949年の決定は、経営者が自ら選んだ戦略というより、戦時補償の打ち切りと企業再建整備法という制度の枠組みのなかで採りうる手を採った処理に近い。それでも、旧勘定に閉じ込めた損失を株主と債権者に負担させ、法人格そのものを作り替えて事業を新しい会社へ移すという手順は、負債を抱えたまま延命を図るのとは異なる決着であった。整理対象者の氏名を発表するところまで踏み込んだ神戸捨二氏の判断が、そのあとの高配当と設備投資の余地を生んだと推察される。痛みの配分を先に確定させた再建であった。 経営破綻・法的整理 リストラ・構造改革 雇用・労使 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/7282/decisions/second-company-1949/","t":"企業再建整備法にもとづく第二会社","c":"豊田合成","y":1949,"col":"#10355C","s":"戦時補償打ち切りへの救済制度である企業再建整備法の第二会社方式に沿って、国華工業のゴム生産拠点を独立の株式会社として切り出した再編","x":"1949 豊田合成 名古屋ゴムの分離独立 企業再建整備法にもとづく第二会社 1949年6月に名古屋ゴムとして分離独立。企業再建整備法にもとづく国華工業の第二会社が、資本金800万円で発足 戦時補償打ち切りへの救済制度である企業再建整備法の第二会社方式に沿って、国華工業のゴム生産拠点を独立の株式会社として切り出した再編 制度が決めた形と、その後に効いたもの 1949年の分離独立は、経営者が白紙から描いた戦略というより、企業再建整備法という制度が用意した枠に沿った処理であった。戦時の企業整備令でいったん他社へ預けたゴム部門を、戦後にトヨタ自動車工業本体へ戻す選択もありえたはずだが、実際にとられたのは独立した株式会社として立てる形であった。同じ時期に日本電装や民成紡績が分かれていったことを併せて見ると、部品と素材の領域を別法人の独立採算に委ねる発想が、当時のトヨタ側にあっただろう。 分社・スピンオフ・子会社上場 リストラ・構造改革 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/7936/decisions/onitsuka-founding-1949/","t":"焼野原の神戸でスポーツシューズを専業とした","c":"アシックス","y":1949,"col":"#001E62","s":"陸軍時代の先輩の助言と戦死した戦友への誓いを継ぎ、青少年育成の志をスポーツシューズ事業で具現化した個人創業","x":"1949 アシックス 鬼塚商会の創業 焼野原の神戸でスポーツシューズを専業とした 1949年3月に鬼塚喜八郎氏が神戸で鬼塚商会を創業。ゴム履物問屋から翌年にスポーツシューズ専門へ移り、吸着ソールの靴を軸に据えた 陸軍時代の先輩の助言と戦死した戦友への誓いを継ぎ、青少年育成の志をスポーツシューズ事業で具現化した個人創業 私欲を抑え、会社を公器とする経営観の原点 この創業の核心は、優れた製品を生んだ着想の妙よりも、事業を営む鬼塚喜八郎氏自身の身の処し方にあったとみられる。家計と会社の経理を厳しく分け、夫人には社員寮の賄いを任せ、自らの家計収入を月給の1万円だけに抑えた。会社を私物化した前の勤め先を反面教師とし、法人化によって公私を隔てるところから事業を始めた点は、戦後の成金たちがたどった道とは異質のものであった。青少年育成という動機と、私欲を抑えるという律し方は、初めから分かちがたく結びついていたと推察される。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/9007/decisions/hakoneyama-sensou-1949/","t":"神奈川中央乗合自動車と登山鉄道の株式取得による観光地一帯の掌握","c":"小田急電鉄","y":1949,"col":"#002395","s":"大東急解体で再独立した小田急が箱根観光を担う沿線バス・観光船会社の株式を一括して取得し、同じ観光地を狙う西武グループとの「箱根山戦争」と呼ばれる縄張り争いを経て…","x":"1949 小田急電鉄 西武との箱根山戦争 神奈川中央乗合自動車と登山鉄道の株式取得による観光地一帯の掌握 1949年2月に箱根登山鉄道の株式を取得した。大東急解体で独立した小田急電鉄が神奈川中央乗合自動車も押さえ、西武と1968年まで箱根山戦争を続けた 大東急解体で再独立した小田急が箱根観光を担う沿線バス・観光船会社の株式を一括して取得し、同じ観光地を狙う西武グループとの「箱根山戦争」と呼ばれる縄張り争いを経て、1968年の決着後もエリアを分け合う競争を続けてきた経営判断 「戦争」ではなく「競争」という距離感 この一連の経緯の核心は、1949年の株式取得が、単なる沿線資産の買い増しではなく、同じ観光地を狙う同業との縄張りをどう線引きするかという問いを70年以上抱え続けた点にある。バス路線の物理的な妨害にまで至った1950〜60年代の対立と、2025年の投資競争を並べると、規模も手段もまるで異なる。小田急は鉄道沿線からの誘客動線を軸に、西武は不動産の売却益を再投資に回すキャピタルリサイクル型の成長を軸に据えており、両社が同じ土俵で殴り合った時代とは競争の形そのものが変わっているとみられる。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/9983/decisions/founding-1949/","t":"駅前の一店舗「小郡商事」を引き継いだ長男・柳井正氏の飛躍の起点","c":"ファーストリテイリング","y":1949,"col":"#FF0000","s":"戦後復興期の企業城下町・宇部の駅前商店街という市場に着目して柳井等氏が紳士服店を興し、のちに家業を承継した長男・柳井正氏が業態転換を重ねて全国衣料チェーンへ育て…","x":"1949 ファーストリテイリング 宇部での紳士服店創業 駅前の一店舗「小郡商事」を引き継いだ長男・柳井正氏の飛躍の起点 1949年3月に柳井等が宇部で紳士服店を開業。宇部新川駅前商店街のメンズショップ小郡商事に始まり1963年に資本金600万円で法人化 戦後復興期の企業城下町・宇部の駅前商店街という市場に着目して柳井等氏が紳士服店を興し、のちに家業を承継した長男・柳井正氏が業態転換を重ねて全国衣料チェーンへ育てた創業 町の紳士服店が残したもの この創業が示すのは、事業の形そのものは後を継ぐ者の手でいくらでも姿を変えうるということである。柳井等氏が宇部の駅前で始めたのは、あくまで一軒の紳士服店であった。それを全国の衣料チェーンへ組み替えたのは、家業を受け継いだ柳井正氏が、祖業を守らずに別の業態へ賭けた選択の連なりであった。創業の値打ちは開業の一点にあるのではなく、そこで生まれた事業体が誰の手にどう引き継がれたかにあらわれるのだろう。 創業家・同族 祖業・主力事業の転換 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/jnr/decisions/personnel-reduction-1949/","t":"行政機関職員定員法にもとづく9万5018人の人員整理","c":"日本国有鉄道","y":1949,"col":"#000000","s":"ドッジ・ラインと定員法という外から与えられた枠に従い、職員の約6分の1にあたる9万5018人を団体交渉を経ずに整理した","x":"1949 日本国有鉄道 人員整理と下山・三鷹・松川事件 行政機関職員定員法にもとづく9万5018人の人員整理 1949年に定員法にもとづく人員整理。公共企業体として発足した国鉄が、職員の約6分の1にあたる9万5018人を整理した ドッジ・ラインと定員法という外から与えられた枠に従い、職員の約6分の1にあたる9万5018人を団体交渉を経ずに整理した 枠を決めた者と、選別を任された者 9万5018人という数を決めたのは国鉄ではない。定員法附則第7項が1949年10月1日時点の上限を50万6734人と書き、附則第9項が団体交渉の適用を外した以上、国鉄総裁に残されたのは誰をその枠の外へ置くかという選別だけであった。6月27日の準則が人格や熟練の優劣を先に置き、差を認め難いときは勤務の長さで比べるとしたのは、削減の幅も期限も動かせない以上、選び方の公平さでしか整理を説明できなかったからだと思われる。 リストラ・構造改革 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/ykk/decisions/chain-machine-import-1949/","t":"資本金の60倍を投じた設備投資","c":"YKK","y":1949,"col":"#0082BE","s":"手植え方式では米国製の原価と品質に並べないため、資本金の60倍にあたる借入によって自動植え付け機を導入し、生産方式そのものを入れ替えた","x":"1949 ykk チェーンマシーン4台の輸入 資本金の60倍を投じた設備投資 1949年12月に米国製植え付け機を輸入。高速自動植え付け機4台の代金3万5,000ドルは、資本金19万8,000円の60倍を超えた 手植え方式では米国製の原価と品質に並べないため、資本金の60倍にあたる借入によって自動植え付け機を導入し、生産方式そのものを入れ替えた 業界が乗らなかったことの意味 共同輸入に賛成者が一人も出なかったことを、業界の不明として片づけるのは公平でない。当時のファスナー業界は供給が需要に追いつかない好況にあり、米国製品の輸入もわずかだった。手植え式で売り先に困らない状況で、資本金の何十倍にもあたる機械を共同購入する理由は薄い。1948年時点の判断としては、乗らないほうが合理的にも見えた。 大型設備投資 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6988/decisions/hitachi-tie-up-dissolution-1948/","t":"全額出資を受け入れていた関係の清算と独立経営への回帰","c":"日東電工","y":1948,"col":"#0B318F","s":"顧客への単品依存で行き詰まった会社が顧客自身の全額出資を受け入れて存続し、戦後の財閥解体という制度の側から資本提携が解かれて独立系企業へ戻った経緯","x":"1948 日東電工 日立との資本提携解消 全額出資を受け入れていた関係の清算と独立経営への回帰 1948年7月に日立との資本提携を解消。1937年5月に株式100%を渡して再建を託した日東電気工業が独立系へ戻った 顧客への単品依存で行き詰まった会社が顧客自身の全額出資を受け入れて存続し、戦後の財閥解体という制度の側から資本提携が解かれて独立系企業へ戻った経緯 制度が解いた縁の後に残るもの 1937年に株式の全部を顧客へ渡した時点で、この会社は取引先の内部に入った。11年後にその縁を解いたのは自社の意思ではなく、財閥解体という戦後の制度である。空襲で大崎を失って茨木の1工場だけになった会社が、独立と同時に手にしていたのは絶縁布管紙と絶縁塗料をつくる技術に限られていた。1951年の国内初のビニルテープは、その技術を石油化学の高分子材料へ載せ替えた最初の成果だと推察される。制度に押された独立が、自前の製品を探す動機として働いた面がある。 資本提携・政策保有 救済型m&a・支援受け入れ 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/7267/decisions/founding-1948/","t":"創業——旧軍払下げの補助エンジンから始めた戦後二輪国産化","c":"ホンダ","y":1948,"col":"#CC0100","s":"戦後の移動需要と旧軍払下げ部材という機会に、補助エンジンから完成車へと事業を組み替えつつ1948年に法人化した創業","x":"1948 ホンダ 本田宗一郎の創業 創業——旧軍払下げの補助エンジンから始めた戦後二輪国産化 1948年9月に本田技研工業を設立。本田宗一郎氏が資本金100万円を投じ、自転車用補助動力エンジンの製造から出発 戦後の移動需要と旧軍払下げ部材という機会に、補助エンジンから完成車へと事業を組み替えつつ1948年に法人化した創業 走る道具の商機が世界企業を興した この創業が示すのは、資材難と移動難という戦後の制約そのものが、事業機会の源泉になったことである。旧日本陸軍の払下げエンジンという有り合わせの部材を走る道具に転用した最初の一手は、豊かな資本や整った設備からではなく、欠乏の側から立ち上がっていた。制約を商機へ読み替える技術者の眼が、のちの世界企業の出発点にあったと推察される。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8317/decisions/fuji-renaming-1948/","t":"安田の名を手放した改称と、商号解禁後も旧称号へ戻らないという選択","c":"富士銀行","y":1948,"col":"#1a5c9c","s":"財閥の名称使用を禁じた占領下の措置に従って安田銀行から富士銀行へ改称し、1952年に制約が解けたのちも旧称号へ復さず、財閥色を脱いだ大衆銀行の路線を選んだ","x":"1948 富士銀行 富士銀行に改称 安田の名を手放した改称と、商号解禁後も旧称号へ戻らないという選択 1948年10月に安田銀行が富士銀行へ改称。資本金13億5000万円への増資と同時に行い、財閥名の使用を認めない措置に従う 財閥の名称使用を禁じた占領下の措置に従って安田銀行から富士銀行へ改称し、1952年に制約が解けたのちも旧称号へ復さず、財閥色を脱いだ大衆銀行の路線を選んだ 戻る先の消えた名 新しい行名を決めたのは、行員のアンケートであった。財閥の名を制度に取り上げられた銀行が、代わりの名を自分たちの投票で選んでいる。1952年に旧商号の使用が解けたとき、住友・三菱・三井には取り戻すべき看板があった。富士銀行にはそれがない。安田保善社は1945年10月に他の財閥本社に先んじて解散を決議し、全株式の40%を持っていた安田家は銀行の事業から完全に離れていた。戻らなかったというより、戻る先の財閥がすでに解けていたのだろう。 ブランド・マーケティング 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/9602/decisions/sogi-restructuring-1948/","t":"1,200名の人員整理と撮影所の一時閉鎖","c":"東宝","y":1948,"col":"#003692","s":"撮影所の争議が続くなかで資本金の倍額に及ぶ赤字を抱え、1,200名の整理と撮影所の一時閉鎖に踏み切った判断。当時の報道は冷戦初期の共産党員排除という文脈でもこれ…","x":"1948 東宝 第三次東宝争議と人員整理 1,200名の人員整理と撮影所の一時閉鎖 1948年4月に1,200名の人員整理を発表。撮影所の一時閉鎖を伴い第三次東宝争議を招き8月には武装警官と米軍が出動 撮影所の争議が続くなかで資本金の倍額に及ぶ赤字を抱え、1,200名の整理と撮影所の一時閉鎖に踏み切った判断。当時の報道は冷戦初期の共産党員排除という文脈でもこれを論じた 現場を取り戻して、製作する力を失う この整理を過剰人員の削減という言葉で括ると、芯を外す。東宝が取り戻そうとしたのは人件費ではなく、撮影所の主導権であった。1946年3月の経営管理から三ヵ月の大罷業まで、映画を撮る現場を動かしていたのは組合の側であり、公職追放で現業役員13名が抜けた経営には、それを押し返す手が残っていなかった。1,200名の整理と撮影所の閉鎖を同時に出したのは、人を減らす手続きというより、現場を一度空にして握り直す手であったと推察される。 リストラ・構造改革 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/5231/decisions/asano-family-exit-1947/","t":"財閥解体に伴う創業家の経営からの退場と、社名を変更した新体制への移行","c":"日本セメント","y":1947,"col":"#004098","s":"GHQの財閥解体と公職追放を受け、創業家の浅野一族が指定より先に役員を退き、1947年5月には財閥にちなむ商号を捨てて日本セメントへ改めた判断。海外資産の全喪失…","x":"1947 日本セメント 浅野一族が役員退任 財閥解体に伴う創業家の経営からの退場と、社名を変更した新体制への移行 1947年5月に浅野の名を社名から外す。財閥解体と公職追放で浅野総一郎社長ら一族が退き、初代以来63年の同族経営が終わった ghqの財閥解体と公職追放を受け、創業家の浅野一族が指定より先に役員を退き、1947年5月には財閥にちなむ商号を捨てて日本セメントへ改めた判断。海外資産の全喪失と企業再建整備法下の新旧勘定分離が並行していた 創業家の名と、会社の存続 浅野八郎専務と浅野良三取締役が席を降りたのは1945年12月で、財閥家族の指定が下る1947年3月より1年以上前であった。ghqの財閥解体の真意が厳しいと察しての先行であり、翌年4月には浅野総一郎社長も辞めて常務取締役の徳根吉郎氏に社長を渡している。63年続いた創業家との関係を自ら断ち、1947年5月には財閥にちなむ商号まで捨てた。守る対象を、家の名ではなく会社の側に置いたのだろう。 創業家・同族 トップ交代・承継 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/6764/decisions/founding-1947/","t":"松下を退いての独立と、北条工場を拠点とする総合家電への出発","c":"三洋電機","y":1947,"col":"#D42727","s":"GHQ財閥解体による公職追放で松下電器を退いた専務が、譲り受けた工場設備と旧来の量産・販売ノウハウを元手に、乾電池不足で伸びる自転車用発電ランプ市場へ後発参入し…","x":"1947 三洋電機 井植歳男氏が自転車ランプで創業 松下を退いての独立と、北条工場を拠点とする総合家電への出発 1947年2月に井植歳男が三洋電機製作所を創業。松下電器を公職追放で退き、譲り受けた北条工場で自転車用発電ランプを製造する ghq財閥解体による公職追放で松下電器を退いた専務が、譲り受けた工場設備と旧来の量産・販売ノウハウを元手に、乾電池不足で伸びる自転車用発電ランプ市場へ後発参入した創業 松下から分かれた者が築いた量産体制 この創業が示すのは、公職追放という外からの力で松下を退いた専務が、譲り受けた工場設備と旧来の量産・販売ノウハウを元手に、後発から寡占へ駆け上がった経緯である。自転車用発電ランプは要素技術の差が付きにくい製品であり、競争優位を左右したのは量産の設計と流通、価格であった。松下で約29年かけて体得した現場の技法をそのまま新会社へ移せたことが、17社目の後発を3年で国内シェア約7割へ押し上げた背景にあったと推察される。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開 低価格・コストリーダーシップ"},{"k":"decision","u":"/tse/7004/decisions/ownership-shifts-1947/","t":"日立製作所保有株の整理を経た独立系造船会社への再出発","c":"カナデビア","y":1947,"col":"#009078","s":"戦時統合と財閥解体という外からの力で資本の持ち主と拠点の構成が決まっていくなかで、彦島工場の譲渡と独立後の技術・受注の選び方によって、誰の系列でもない造船会社と…","x":"1947 カナデビア 彦島工場を三菱重工へ譲渡 日立製作所保有株の整理を経た独立系造船会社への再出発 1947年1月に日立の保有株を持株会社整理委員会へ移管。1881年創立の大阪鉄工所が久原鉱業・日本産業を経て独立系造船会社へ 戦時統合と財閥解体という外からの力で資本の持ち主と拠点の構成が決まっていくなかで、彦島工場の譲渡と独立後の技術・受注の選び方によって、誰の系列でもない造船会社としての位置を定めた経過 与えられた変化のなかで、選べたもの 1881年から1947年までに、この会社の資本の持ち主は範多家から久原鉱業、日本産業、日立製作所と替わり、最後は持株会社整理委員会へ移った。どれも会社が望んで起こした移動ではない。それでも1943年に彦島工場を三菱重工業へ渡し、1949年に技術研究所を開設し、1950年にb&wのサブライセンスを取り、1951年にキャラス社から4隻を一括受注したのは、いずれも自社の判断であった。資本が外から決まる会社にも、選べる範囲は残っていたと思われる。 上場・ipo・市場変更 事業売却・撤退 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/1801/decisions/zaibatsu-dissolution-1946/","t":"財閥解体を経ての社名一新と、社員の会社としての再建","c":"大成建設","y":1946,"col":"#E85312","s":"財閥解体を受けて社名を「大成建設」へ改め、大倉家保有の全株式を役員・従業員が譲り受けて同族支配を資本・経営の両面で解消し、社員の会社として再建した資本政策","x":"1946 大成建設 大成建設に改称 財閥解体を経ての社名一新と、社員の会社としての再建 1946年1月に大成建設に改称。大倉財閥の解体を受け、大倉家が持つ全株式を役員と従業員が譲り受け、社員の会社として再建へ 財閥解体を受けて社名を「大成建設」へ改め、大倉家保有の全株式を役員・従業員が譲り受けて同族支配を資本・経営の両面で解消し、社員の会社として再建した資本政策 同族支配の解消が開いた公開企業への道 この資本政策の核心は、財閥解体という外部からの強制を、資本と経営を大倉家から切り離す機会として使い切った点にある。常務以上の追放で創業家の求心力が失われた状況を、同社は同族支配の温存ではなく、株式を社員へ移して\"社員の会社\"に作り替える方向で受け止めた。社名から\"大倉\"を外し、業界でまだ例のなかった\"建設\"を掲げたことは、旧財閥の看板を降ろして近代法人としての業態を明示する選択でもあった。 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/2202/decisions/penicillin-1946/","t":"抗生物質の原末まで自前で生産する体制の構築と、戦災を受けた川崎工場の再起","c":"明治製菓","y":1946,"col":"#FF0000","s":"菓子原料が統制下で手に入らない戦後に、既存の発酵技術と焼け残った設備を抗生物質へ転用し、原末から一貫生産する製薬事業を新たな主力事業に育てた判断","x":"1946 明治製菓 ペニシリン製造の開始 抗生物質の原末まで自前で生産する体制の構築と、戦災を受けた川崎工場の再起 1946年10月にペニシリン製造の開始。空襲で川崎工場を焼失した明治製菓が、菓子素材の発酵技術を抗生物質へ向け、原末から製剤まで一貫生産へ 菓子原料が統制下で手に入らない戦後に、既存の発酵技術と焼け残った設備を抗生物質へ転用し、原末から一貫生産する製薬事業を新たな主力事業に育てた判断 導入した技術ではなく、向きを変えた技術 1946年に替えたのは、設備でも資金でもなく用途であった。焼け残った川崎工場の発酵設備はそのまま使い、培養する対象を菓子素材から抗生物質へ移している。砂糖も小麦粉も統制下にあり、菓子の設備を菓子のために動かせない時期であった。抗生物質はカビの産物で、培養と発酵の技術は菓子や食品と地続きにある。そこで明治製菓は、設備を作り替えることなく、技術の向きだけを変えた。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/3002/decisions/knit-underwear-pivot-1946/","t":"紡績への復帰を捨てた、フルファッション技術の編み物への転用","c":"グンゼ","y":1946,"col":"#1E89EF","s":"ナイロンの普及で生糸が靴下市場から駆逐され、製糸の復元枠そのものが戦前の3割に縮んだため、絹靴下で積んだフルファッションの技術が効く分野へ主力を移行した","x":"1946 グンゼ メリヤス業への転換 紡績への復帰を捨てた、フルファッション技術の編み物への転用 1947年にメリヤス業への進路決定。紡績設備400万錘の復元が認められるなか大紡績との衝突を避け社長決裁で自らの特技を採る ナイロンの普及で生糸が靴下市場から駆逐され、製糸の復元枠そのものが戦前の3割に縮んだため、絹靴下で積んだフルファッションの技術が効く分野へ主力を移行した 避けることと、生かすこと 紡績設備400万錘の復元枠は、手を挙げれば誰にでも開かれた入り口であった。郡是製糸はそこへ手を伸ばさず、積立金と留保金を全部はたいて36億円の戦時損失を処理しきった大紡績と正面から競うことを避けた。選んだのは、絹靴下で積んだフルファッションの技術が効く場所である。避けることと生かすことが一つの決裁に同居しており、片方だけでは説明が付かない。相手を避けるだけなら家内工業の群れに埋もれ、技術を生かすだけなら紡績でも理屈は立った。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/3407/decisions/nicchitsu-dokuritsu-1946/","t":"母体からの分離と、旭化成工業への商号変更による再出発","c":"旭化成","y":1946,"col":"#005BAB","s":"財閥解体・制限会社の指定・過度経済力集中排除法・賠償指定・公職追放令という占領政策の枠組みが、日窒コンツェルンからの分離と商号変更を促した","x":"1946 旭化成 日窒コンツェルンから独立 母体からの分離と、旭化成工業への商号変更による再出発 1946年4月に旭化成工業へ社名を変更。財閥解体で日窒コンツェルンから離れ、延岡の繊維・火薬・化学品を一社で抱えた 財閥解体・制限会社の指定・過度経済力集中排除法・賠償指定・公職追放令という占領政策の枠組みが、日窒コンツェルンからの分離と商号変更を促した 名を捨てて事業を残した戦後の出発 日窒の名を外したことは、看板の書き換えでは終わらなかった。延岡の事業は1931年に硫安工場が延岡アンモニア絹糸として独立した時点で法人としては別だったが、電力も原料も日本窒素肥料の系につながっていた。1946年の商号変更は、その連なりを名前の上でも断ち、硫安・繊維・火薬・食品を抱えた一社として自力で立つ側へ移る手続きであったのだろう。 分社・スピンオフ・子会社上場 外的危機への対応 上場・ipo・市場変更"},{"k":"decision","u":"/tse/6758/decisions/founding-1946/","t":"資本金19万円で掲げられた「理想工場」という設立の理念","c":"ソニー","y":1946,"col":"#003366","s":"終戦で軍需が消失した焼け跡から、民生用エレクトロニクスを志向する技術者が名望家の信用と特許を武器に戦後ベンチャーを興した創業","x":"1946 ソニー 井深・盛田両氏が創業 資本金19万円で掲げられた「理想工場」という設立の理念 1946年5月に井深大と盛田昭夫が創業。資本金19万円・従業員20人余りの東京通信工業を日本橋の白木屋3階で設立する 終戦で軍需が消失した焼け跡から、民生用エレクトロニクスを志向する技術者が名望家の信用と特許を武器に戦後ベンチャーを興した創業 三層の組み合わせと、特許という最初の盾 この創業を可能にしたのは、一つの技術ではなく、異なる持ち味を持ち寄った組み合わせであった。民生用エレクトロニクスを志向した技術者・井深氏、その構想を市場につなぐ事業家・盛田氏、そして無名のベンチャーに信用を貸した名望家・前田氏と万代氏——このいずれを欠いても、焼け跡の20人が大手に伍する会社は組み上がらなかったと推察される。若い技術と老練な信用を接ぎ木した布陣が、戦後ベンチャーの離陸を支えていた。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/6952/decisions/founding-1946/","t":"下請けからの脱却と、世界初の小型純電気式計算機14-Aの実現","c":"カシオ計算機","y":1946,"col":"#005BAC","s":"下請けの手間賃仕事では将来がないと見た四兄弟が、外国製電動計算機に触発されて独自のリレー式計算機を開発し、世界初の小型純電気式計算機14-Aの事業化に結びつけた…","x":"1946 カシオ計算機 三鷹の町工場で創業 下請けからの脱却と、世界初の小型純電気式計算機14-aの実現 1946年4月に樫尾忠雄が三鷹で樫尾製作所を興す。顕微鏡部品や歯車の下請けに将来はないと見た四兄弟が順次合流する 下請けの手間賃仕事では将来がないと見た四兄弟が、外国製電動計算機に触発されて独自のリレー式計算機を開発し、世界初の小型純電気式計算機14-aの事業化に結びつけた創業 四兄弟が分担した仕事と独自製品の重み この創業が示すのは、手間賃の下請けに甘んじず独自製品へ向かった選択の重みである。顕微鏡部品や歯車の加工では暮らしが楽にならないという実感から、四兄弟は約8年をかけてリレー式計算機を作り上げ、酷評や資金難をしのぎながら14-aの製品化にこぎ着けた。現場の下請けで得た資金と技術を独自製品の開発へ注ぎ込んだ積み重ねが、無名の町工場を計算機メーカーへ押し上げていっただろう。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7267/decisions/honda-founding-1946/","t":"旧軍払下げエンジンから始めた完成車への転身","c":"ホンダ","y":1946,"col":"#CC0100","s":"燃料統制と交通麻痺で近距離の移動手段が枯れた戦後市場に対し、安価な旧軍払下げエンジンを自転車用補助動力へ転用して事業を立ち上げ、部材の枯渇を機に自製エンジンと完…","x":"1946 ホンダ 本田技術研究所の創業 旧軍払下げエンジンから始めた完成車への転身 1946年10月に本田技術研究所を創業。本田宗一郎氏が浜松で旧陸軍の小型エンジンを自転車に付けて販売する事業を始めた 燃料統制と交通麻痺で近距離の移動手段が枯れた戦後市場に対し、安価な旧軍払下げエンジンを自転車用補助動力へ転用して事業を立ち上げ、部材の枯渇を機に自製エンジンと完成車へ組み替えた創業 欠乏から始めるということ この創業を貫いているのは、制約が選択を先に決めていったという順序である。織機を断念したのは資金がなかったからであり、払下げエンジンから始めたのは、それが安く手に入る唯一の部材だったからであった。自製へ移ったのも、売れた分だけ払下げが尽きたからにほかならない。一手ごとに、選べる範囲のなかで最も前へ出られる方を選び続けた連なりが、この時期の本田宗一郎氏にはうかがえる。ガソリンがない時代にこそ少ないガソリンで動く道具が要るという反対論への答えに、欠乏を需要の側から読む眼が凝縮されていると思われる。 技術・r&d起点の勝負 垂直統合・内製化 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/7459/decisions/regional-expansion-1946/","t":"得意先52軒から全県下を回って販売し、復員者を全員迎えるために営業区域を拡げた三星堂の戦後","c":"メディパルホールディングス","y":1946,"col":"#E7202C","s":"空襲で卸部営業所を失い、芦屋から垂水までの得意先は52軒に減っていた。復員者が続々と帰ってくる一方で神戸の需要は戻らず、社は営業区域を守る道ではなく、名簿を頼り…","x":"1946 メディパルホールディングス 地方開拓日誌と支店網の構築 得意先52軒から全県下を回って販売し、復員者を全員迎えるために営業区域を拡げた三星堂の戦後 1946年4月に地方開拓日誌を書き始め、全県下から福知山・舞鶴まで営業区域を拡げた。空襲で得意先が52軒に減った神戸の卸が、姫路・淡路に支店を開設し、続々と帰ってくる復員者を一人残らず受け入れた 空襲で卸部営業所を失い、芦屋から垂水までの得意先は52軒に減っていた。復員者が続々と帰ってくる一方で神戸の需要は戻らず、社は営業区域を守る道ではなく、名簿を頼りに全県下と福知山・舞鶴まで回って販売し、支店を開設して商圏そのものを拡大する道を採った 販路を拡大する話が、なぜ雇用の話になるのか 陸海軍の解体で、召集されていた従業員が相次いで戻ってきた。一方で得意先は52軒まで減っており、戦前の営業はほとんど残っていなかった。仕事が減るなかで人は増えるという順序に置いてみると、1946年4月に始まる地方開拓は、販路を広げる施策というより、人を雇い続ける理由をこしらえる仕事に近い。社史は支店網について、復員した者を一人残らず迎え入れられたと述べ、続けてそれは迎える体制づくりのために苦心して打った手でもあったとしている。売り先を見つけたから雇えたのではなく、雇うべき人がいたから売り先を探しに出た、という順序がこの一文から読み取れる。姫路出張所の初代所長となった竹田好太朗氏は、従業員3人で東は加古川、西は竜野・山崎までを受け持ち、食糧難のさなかを自転車で回った。人を先に置いてから商圏を埋める形で支店は増えていった。 販路・チャネル転換 雇用・労使 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/7762/decisions/watch-return-1946/","t":"軍需会社からの再転換とミシン・農具案の不採用","c":"シチズン時計","y":1946,"col":"#333333","s":"敗戦で軍需の需要が消え、疎開から戻った従業員の職と食を確保する必要に迫られたなかで、残存した工員の技能に合う事業として腕時計へ戻した選択","x":"1946 シチズン時計 腕時計専業への復帰 軍需会社からの再転換とミシン・農具案の不採用 1946年3月に大日本時計が腕時計専業へ戻る。ミシンや農具への転業案を退け、山田栄一氏の社長就任とともに軍需生産から切り替えた 敗戦で軍需の需要が消え、疎開から戻った従業員の職と食を確保する必要に迫られたなかで、残存した工員の技能に合う事業として腕時計へ戻した選択 500人の手が決めた事業選択 1946年の判断は、新しい事業を探す作業ではなく、手元に残ったものを数え直す作業であった。ミシンも農具もラジオも、終戦直後の機械工場ではどこでも挙がった候補で、実際にそちらへ移って伸びた会社もある。シチズンが時計に戻ったのは、市場の見通しよりも先に、残った500名の特技という具体的な事実があったからだといえる。時計は資材よりも技術を売る仕事だという山田栄一氏の見立ては、資材の乏しい時期にはむしろ有利に働いた。 祖業・主力事業の転換 選択と集中 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/5105/decisions/founding-merger-1945/","t":"ゴム二社が一つとなり、東洋ゴム化工から東洋ゴム工業へと改まった出発点","c":"TOYOTIRE","y":1945,"col":"#0061A9","s":"空襲で主力工場を失った2社が、それぞれ単独で生産を建て直す代わりに合併して1社となり、東洋紡績の資本と工場を土台に軍需品から民需品へ製品を切り替えて再起した判断","x":"1945 toyotire 平野護謨と合併し発足 ゴム二社が一つとなり、東洋ゴム化工から東洋ゴム工業へと改まった出発点 1945年8月に平野護謨と合併し発足。東洋紡績が育てた東洋ゴム化工と合併し、空襲で工場を失った2社が終戦直前に結んだ 空襲で主力工場を失った2社が、それぞれ単独で生産を建て直す代わりに合併して1社となり、東洋紡績の資本と工場を土台に軍需品から民需品へ製品を切り替えて再起した判断 焼けた設備を持ち寄って始まった会社 焼けた設備を抱えた2社が、別々に建て直す時間を選ばなかった。ここにこの合併の性格が表れている。東洋紡績は1944年の時点で西成工場を現物出資し、平野護謨製造所の資本の内側へ入っていた。1945年8月の合併は、すでにあった関係を1社の形へ整理する手続きでもあった。終戦の直前に商号を変更し、翌年には履物の生産を開始するという切り替えの速さは、設備と人が同じ場所に残っていたことに支えられていたと推察される。 合併・経営統合 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/5444/decisions/track-supplies-shift-1945/","t":"終戦にともなう軍需協力工場から国鉄・私鉄向け軌道用品事業への全面転換","c":"大和工業","y":1945,"col":"#007860","s":"終戦による軍需発注の消滅を受け、鉄道の復旧・保守という戦後の継続需要へ事業そのものを移行させた転換","x":"1945 大和工業 川西航空機から軌道用品へ 終戦にともなう軍需協力工場から国鉄・私鉄向け軌道用品事業への全面転換 1945年8月に軌道用品事業へ転換。川西航空機の姫路地区協力工場から、国鉄と各私鉄向けの軌道用品の製作・修理を担う会社へ 終戦による軍需発注の消滅を受け、鉄道の復旧・保守という戦後の継続需要へ事業そのものを移行させた転換 会社を残すために、作る物を替える この判断の核心は、技術の乗り換えではなく需要家の乗り換えにある。軍需協力工場という立場は、発注元が一つであるかぎり、その一つが消えた時点で仕事も消える。井上浅次氏が選んだのは、同じ鉄の加工技術で、国鉄と私鉄という別の買い手に向き直ることであった。線路の金物は単価も高くなく、目立つ製品でもない。ただ、路線が使われるかぎり摩耗し、補修と交換の注文が続く。戦後の混乱期に、途切れない需要をどこに見るかという読みが働いていただろう。 祖業・主力事業の転換 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/6856/decisions/student-venture-1945/","t":"創業した研究所の株式会社への改組と、製作所としての再出発","c":"堀場製作所","y":1945,"col":"#478CD0","s":"大学に残らず自前の研究所を構え、pHメータの国産化を足場に生産設備を引き継いで株式会社へ企業化した創業判断","x":"1945 堀場製作所 京都の無線研究所で創業 創業した研究所の株式会社への改組と、製作所としての再出発 1953年1月に堀場製作所として法人化。1945年に京都大学在学中の堀場雅夫が開いた無線研究所を資本金100万円の会社へ 大学に残らず自前の研究所を構え、phメータの国産化を足場に生産設備を引き継いで株式会社へ企業化した創業判断 大学発ベンチャーの草分けとして この創業の核心は、資金も信用も乏しい学生が、大学の研究室で培った技術を頼りに自前の企業を立ち上げた点にある。設備と言えば間口3間半の借家であり、主力事業も電解コンデンサからphメータへと二転した。それでも国産初のガラス電極phメータという確かな技術が、京都財界の重鎮を保証人として引き寄せた。技術を核にした新興企業を、地場の資本と人脈が支える構図が、法人化の時点で既に形をとっていたと推察される。 創業家・同族 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8022/decisions/yami-torihiki-kinshi-1945/","t":"軍需資材の転用による公定価格での事業再開","c":"ミズノ","y":1945,"col":"#001489","s":"敗戦で軍需が消え、資材が統制価格と闇市場に二分されるなかで、闇ルートを断ち、軍需資材の転用許可と公定価格の販売だけで事業を再開する方針","x":"1945 ミズノ 闇取引の全面禁止 軍需資材の転用による公定価格での事業再開 1945年8月に闇商売への関与を禁じた。軍需生産を止めた美津濃で水野利八社長が公定価格の商いだけを許し、1週間で業務を再開した 敗戦で軍需が消え、資材が統制価格と闇市場に二分されるなかで、闇ルートを断ち、軍需資材の転用許可と公定価格の販売だけで事業を再開する方針 販売する商品を持たない会社が守ったもの 闇に手を出せば材料も法外な利益も手に入る状況で、水野利八社長は闇で儲けるより築いてきた信用を落とす方が大損だと言い切った。ここで効いているのは道徳よりも値踏みで、美津濃という名前の値打ちを、目先の利益より高く見積もっただろう。ただし禁じるだけなら会社は止まる。同じ時期に水野健次郎氏が上京し、帆布10万6千ヤールの転用許可を取って、公定価格で売れるリュックサックを作った。禁止と代わりの調達を同時に置いたところに、この判断の実質があった。 外的危機への対応 ブランド・マーケティング 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/8053/decisions/trading-ban-lifted-1945/","t":"25年続いた不動産会社を母体とした商事部門の開設","c":"住友商事","y":1945,"col":"#6ab2b5","s":"財閥解体と敗戦による雇用の受け皿確保を優先し、25年の商社設立禁令を撤回して既存の不動産会社に商事部門を設置した","x":"1945 住友商事 古田俊之助の商社禁令撤回 25年続いた不動産会社を母体とした商事部門の開設 1945年に商社設立の禁令を撤回。住友本社の古田俊之助総理事が25年の禁を解き、住友土地工務の商事部門は11月に日本建設産業へ改称した 財閥解体と敗戦による雇用の受け皿確保を優先し、25年の商社設立禁令を撤回して既存の不動産会社に商事部門を設置した 雇用の必要が家訓を上回る 禁令を解いた動機は攻めではなく守りであった。古田俊之助総理事が動いたのは商機を見たからではなく、職を失う社員をどこかに収容しなければならなかったからで、竹腰健造氏が事業転換を願い出た理由にも一人でも多く収容したいという考えが含まれていた。新会社を設立せず既存の不動産会社の一部門として始めた形にも、家訓を正面から破らずに実を取ろうとした加減がうかがえる。25年守った鉄則を、雇用という具体的な必要が上回った。 祖業・主力事業の転換 雇用・労使"},{"k":"decision","u":"/tse/8354/decisions/four-bank-merger-1945/","t":"一県一行主義に沿った県内各行の新立合併による地盤の一本化","c":"ふくおかフィナンシャルグループ","y":1945,"col":"#003e7e","s":"大蔵省の1県1行主義と戦時の金融統制を受け、県内の商業・炭鉱・農村・貯蓄の各金融を担っていた4行を解散して1行に統合し、県域の預金と貸出を単一の銀行へ集約した統…","x":"1945 ふくおかフィナンシャルグループ 十七・筑邦ら4行の合併 一県一行主義に沿った県内各行の新立合併による地盤の一本化 1945年3月に4行合併で福岡銀行が発足。十七・筑邦・嘉穂・福岡貯蓄の4行が新立合併し、資本金2500万円・店舗131カ店の九州最大行へ 大蔵省の1県1行主義と戦時の金融統制を受け、県内の商業・炭鉱・農村・貯蓄の各金融を担っていた4行を解散して1行に統合し、県域の預金と貸出を単一の銀行へ集約した統合 制度が配した地盤と、その十年後 戦時の統制に従っただけの合併という説明では、この統合の中身が落ちる。一県一行主義が命じたのは県内の銀行を一つにすることであって、どんな地盤が持ち寄られるかまでは決めていない。福岡市の商業金融を担う十七銀行に、筑豊の炭鉱資本を背景とする嘉穂銀行、県南18行を集約した筑邦銀行、県下唯一の貯蓄銀行が加わり、福岡県の産業構成がほぼそのまま1行に集まった。発足時に全国の地方銀行で預金高第1位を占めたのは、この合算による。 合併・経営統合 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/9532/decisions/wartime-consolidation-1945/","t":"京都を含む近隣事業者の吸収による近畿2府4県一元供給への移行","c":"大阪ガス","y":1945,"col":"#003C82","s":"戦時下でのガス事業の統合という国全体の流れを受け、経営基盤の弱い中小のガス会社を大阪瓦斯へ集約し、近畿2府4県を一社で担う供給体制へ移行した合併","x":"1945 大阪ガス 神戸ガスなど14社を合併 京都を含む近隣事業者の吸収による近畿2府4県一元供給への移行 1945年10月に神戸ガスなど14社を合併吸収。供給区域が大阪府から京都・兵庫・奈良・和歌山を含む近畿2府4県へ広がる 戦時下でのガス事業の統合という国全体の流れを受け、経営基盤の弱い中小のガス会社を大阪瓦斯へ集約し、近畿2府4県を一社で担う供給体制へ移行した合併 受け身の統合が意味を持ち直すまで 大阪瓦斯の14社合併を、戦時統制に従っただけの受け身の出来事として片づけるのは、その後の歩みを見落とすことになる。統合そのものは国の企業統合の流れに沿ったものであったとしても、結果として近畿2府4県の都市ガス供給が一つの会社へ集約された意味は小さくない。神戸ガスや京都ガスをはじめ散在していた供給の責任を一元化したこの体制が、戦後の関西のエネルギー基盤の骨格になっただろう。 合併・経営統合 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/mantetsu/decisions/dissolution-1945/","t":"終戦後の全社員の職場確守と全事業財産の管理・使用権の引渡し","c":"南満洲鉄道","y":1945,"col":"#1B3A6B","s":"敗戦とソ連軍侵攻により関東軍と満洲国政府が消えたなかで、全社員を現職に止めてソ連軍の管理を受け入れ、輸送機能の維持と引き換えに全事業財産の管理・使用権を引き渡し…","x":"1945 南満洲鉄道 ソ連軍管理の受け入れ 終戦後の全社員の職場確守と全事業財産の管理・使用権の引渡し 1945年8月にソ連軍の管理を受け入れ。終戦と関東軍停戦命令を受け、全社員に現職での業務続行を命じて輸送を続けた 敗戦とソ連軍侵攻により関東軍と満洲国政府が消えたなかで、全社員を現職に止めてソ連軍の管理を受け入れ、輸送機能の維持と引き換えに全事業財産の管理・使用権を引き渡した判断 決められたことの範囲 8月17日に関東軍司令官が総裁へ告げたのは、監督も管理もなくなるから独自の立場で収拾に当たれ、ということであった。会社に残されていたのは、鉄道と炭鉱を誰の手に渡すかではなく、渡されるまでの間に何を動かし続けるかだけである。首脳部が出した結論は、輸送の機能と秩序を再建し、進駐するソ連軍の希望を容認するほかないというもので、翌18日には各民族の協力をラジオで求めた。鉄道に依存して動く満洲の物流を抱えた組織に、ほかの選択肢は乏しかったのだろう。 外的危機への対応 雇用・労使 中国・香港 ロシア・cis"},{"k":"decision","u":"/tse/1942/decisions/kanto-haiden-founding-1944/","t":"電気工事業整備要綱に沿った7社統合と、配電会社の資本を受けた発足","c":"関電工","y":1944,"col":"#1E3C82","s":"戦時統制経済下の電気工事業整備要綱による業界の地域一元化を受け、関東の同業7社を統合し、発注元の関東配電が資本参加して設立された会社","x":"1944 関電工 協立興業社ほか7社を統合 電気工事業整備要綱に沿った7社統合と、配電会社の資本を受けた発足 1944年9月に関東電気工事として発足。電気工事業整備要綱に基づき協立興業社ほか7社が統合し、関東配電も加えて資本金300万円 戦時統制経済下の電気工事業整備要綱による業界の地域一元化を受け、関東の同業7社を統合し、発注元の関東配電が資本参加して設立された会社 選べなかった株主と、選べた仕事 会社の出発点に創業者がいない例は珍しくないが、発注元が最初から株主として同席していた例はそう多くない。関東電気工事は、統合の相手も、資本を入れる相手も、営業の区域も自分では決めていない。決まっていなかったのは、与えられた区域のなかで何をどこまで請け負うかだけであった。1959年の大阪支社、1970年の土木工事と空調管工事、1979年の原子力関連工事は、いずれもその余白を使う判断にあたる。 合併・経営統合 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/1959/decisions/wartime-merger-founding-1944/","t":"電気工事業整備要綱に基づく九州19社の三次統合による一社化","c":"クラフティア","y":1944,"col":"#333333","s":"戦時統制経済下の電気工事業整備要綱による業界一元化を受け、九州の同業19社を三次にわたり統合して一社に集約した設立","x":"1944 クラフティア 九州電気工事として発足 電気工事業整備要綱に基づく九州19社の三次統合による一社化 1944年12月に九州電気工事として発足。電気工事業整備要綱に基づき営電社ほか九州の主要13社が統合し、資本金は250万円 戦時統制経済下の電気工事業整備要綱による業界一元化を受け、九州の同業19社を三次にわたり統合して一社に集約した設立 誰かが決めた需要の上に立つということ 会社の性格は、たいてい最初の顧客が決める。九州電気工事は、統合の命令によって技術と人を先に持たされ、需要をあとから探す順序で出発した。1947年の配電工事委託契約は、その空白を電力会社の設備投資計画で埋める選択であった。以後、施工力を高めれば高めるほど発注元との関係は深くなり、県別の子会社網も、研修所も、その関係を前提に積み上げられていく。安定と依存が同じ一つの構造の表と裏になっていた点に、この設立の後遺症がある。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/4114/decisions/musuifutarusan-zanzonsya-1944/","t":"爆発事故を越えて無水フタル酸の生産を守り抜いた残存者利益の確立","c":"日本触媒","y":1944,"col":"#00A178","s":"国産触媒技術に賭けた八谷泰造氏が、死亡事故を経てもなお事業継続と生産能力の拡大を選び、危険な量産技術に他社が踏み切れないなかで市場での優位を確立した技術面での経…","x":"1944 日本触媒 戦時下のフタル酸生産継続 爆発事故を越えて無水フタル酸の生産を守り抜いた残存者利益の確立 1944年3月に八谷泰造氏が事業継続を選ぶ。吹田工場の無水フタル酸プラントが試運転中に爆発した後も量産に着手し、1950年代半ばに全国の7割 国産触媒技術に賭けた八谷泰造氏が、死亡事故を経てもなお事業継続と生産能力の拡大を選び、危険な量産技術に他社が踏み切れないなかで市場での優位を確立した技術面での経営判断 危険な技術に踏みとどまった判断の意味 この決断の核心は、命に関わる爆発事故を経験してなお、八谷氏が無水フタル酸という危険な量産技術を手放さなかった点にある。事故の原因を技術的に検証し、工学博士の学位や大河内記念賞に結びつけて自らの知見を積み上げていったことは、危険を撤退の理由にせず、制御すべき対象として引き受けた技術者の判断と思われる。財閥や銀行の後ろ盾を持たない中小企業が量産技術という一点に賭けたことが、後年の事業基盤を規定したといえる。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8098/decisions/sumitomo-chemical-distributorship-1944/","t":"日本染料製造の合併にともなう特約販売店としての立場の確定","c":"稲畑産業","y":1944,"col":"#003F87","s":"戦時下の企業統合で系列メーカーを失う代わりに、統合先である住友化学工業の販売代理権を得て商社機能に集約した判断","x":"1944 稲畑産業 住友化学の特約販売店に 日本染料製造の合併にともなう特約販売店としての立場の確定 1944年7月に住友化学工業の特約販売店となった。創業者の稲畑勝太郎が社長を務めた日本染料製造が合併され、染料・化学品・医薬品を扱う立場を得た 戦時下の企業統合で系列メーカーを失う代わりに、統合先である住友化学工業の販売代理権を得て商社機能に集約した判断 メーカーを持たない会社が、何を持つことにしたか 1944年の特約販売店指定は、稲畑産業が自ら選び取った施策というより、戦時統制と企業統合が外から与えた条件への応答に近い。それでも、系列メーカーを失った会社が同じ月に統合先の販売代理権を確保していた事実は、この会社が何を守ろうとしたかを示している。創業者が二代にわたって作った製造の資産は住友化学工業へ移り、稲畑家の手元には販売の機能が残っただろう。 販路・チャネル転換 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/8725/decisions/osaka-sumitomo-marine-merger-1944/","t":"大阪商船系の独立損保から、住友系損保の系譜への移行","c":"MS&ADインシュアランスグループホールディングス","y":1944,"col":"#006060","s":"1944年3月、大阪商船の関係会社であった大阪海上火災保険と、住友グループの旧住友海上火災保険が合併し、大阪住友海上火災保険として新たに発足した案件。政府の企業…","x":"1944 ms&adインシュアランスグループホールディングス 大阪海上と旧住友海上の合併 大阪商船系の独立損保から、住友系損保の系譜への移行 1944年3月に大阪海上火災保険と旧住友海上火災保険が合併し、大阪住友海上火災保険が発足。政府の企業整備統合の要請に基づく合併で、新会社の営業規模は当時の業界第3位にあたる 1944年3月、大阪商船の関係会社であった大阪海上火災保険と、住友グループの旧住友海上火災保険が合併し、大阪住友海上火災保険として新たに発足した案件。政府の企業整備統合の要請に基づく合併で、新生の大阪住友海上の営業規模は当時の業界第3位にあたる。\n合併から10年後の1954年7月に商号を住友海上火災保険へ改め、2001年の三井海上火災保険との合併を経て現在のms&adへ連なる、住友海上の直接の前身にあたる会社である。 要請に従いながら、相手は選ばれていた 戦時の企業整備統合は、合併するかどうかの自由を会社から奪った。それでも、どこと一つになるかまでが指定されていたわけではない。大阪海上は1942年4月にまず自らの再保険子会社である摂津海上を吸収し、そのうえで資本営業面ですでに密接だった旧住友海上と組んでいる。政府の要請という外圧のもとで実際に働いたのは、平時から積み上げてきた資本と営業の縁だったとみられる。1893年に海運の荷主を後ろ盾として出発した独立の損保は、この時点で財閥系損保という別の系譜へ移った。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/5480/decisions/oheyama-nickel-merger-1943/","t":"合併によって進めたニッケル原料の内製化と上流工程の取り込み","c":"日本冶金工業","y":1943,"col":"#E60000","s":"ニッケル鉱石の輸入が細るなかで、自ら開いた鉱山と製錬所を本体の勘定へ移管し、合金成分の調達を内製に切り替えた合併","x":"1943 日本冶金工業 大江山ニッケル工業合併 合併によって進めたニッケル原料の内製化と上流工程の取り込み 1943年12月に大江山ニッケル工業合併。日本冶金工業が京都府の同社を取り込み、ニッケル鉱石の採掘とフェロニッケル製錬を継承した ニッケル鉱石の輸入が細るなかで、自ら開いた鉱山と製錬所を本体の勘定へ移管し、合金成分の調達を内製に切り替えた合併 貧鉱を諦めなかったことが、80年分の違いになった 1943年の合併そのものは、書類の上では地味な手続きにみえる。すでに自ら開いた鉱山と製錬所を、法人格ごと本体へ寄せただけの整理であった。判断の重さは、その前の数年に積まれている。品位の低い珪酸質の鉱石を前にして、輸入に戻るのではなく、ドイツで生まれた直接製鉄法を製鉄以外へ持ち込み、他社が使わない炉を自前で回すと決めたところに賭けがあった。合併は、その賭けを会社の恒常的な設備として引き受ける宣言にあたる。 合併・経営統合 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8331/decisions/three-bank-merger-1943/","t":"小見川農商・第九十八を交えた統合による千葉銀行の設立","c":"千葉銀行","y":1943,"col":"#009edb","s":"一県一行主義の国策のもとで県内に残った有力3行が合併し、県内金融を一手に担う新銀行を設立した戦時統制下の銀行合同","x":"1943 千葉銀行 千葉合同ら3行合併 小見川農商・第九十八を交えた統合による千葉銀行の設立 1943年3月に千葉合同ら3行が合併。公称資本金1,000万円・店舗70か店で千葉銀行が発足し、初代頭取は古荘四郎彦 一県一行主義の国策のもとで県内に残った有力3行が合併し、県内金融を一手に担う新銀行を設立した戦時統制下の銀行合同 統合の完成と、選べなかった時期 この合併を県内銀行の自主的な再編の到達点とだけ読むと、時代の条件を見落とす。1901年に74行あった県内の銀行は1931年に6行へ減っており、統合そのものは30年続いた流れであった。1943年に起きたのは、その流れの最後の一歩を、戦時の国策が銀行側の都合を待たずに踏ませたことであると推察される。合併契約書の調印から創立総会まで3か月、営業開始はその2日後であった。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/9602/decisions/vertical-integration-1943/","t":"製作・配給・興行・演劇を一社で手がける一貫経営体制の確立","c":"東宝","y":1943,"col":"#003692","s":"劇場興行から出発した会社が、他社に依存していた映画の製作機能を設立・合併で取り込み、製作・配給・興行・演劇を一社に集約した垂直統合","x":"1943 東宝 東京宝塚劇場と東宝映画が合併 製作・配給・興行・演劇を一社で手がける一貫経営体制の確立 1943年12月に東京宝塚劇場が東宝映画を合併。社名を東宝へ改め製作・配給・興行・演劇を一社で垂直統合する体制を固めた 劇場興行から出発した会社が、他社に依存していた映画の製作機能を設立・合併で取り込み、製作・配給・興行・演劇を一社に集約した垂直統合 劇場から始めて、製作を呑み込んだこと この合併を、戦時下の企業整理の一齣とだけ見ると芯を外すことになる。東京宝塚劇場は劇場という出口を先に押さえ、そこへ流す作品の製作を1937年の東宝映画設立でわざわざ外に作り、1943年に本体へ呑み込んだ。劇場興行の会社が製作の固定費と撮影所の労務まで引き受けた背景には、作品の調達を他社に握られない一貫経営を求める判断があったと思われる。 合併・経営統合 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/9005/decisions/dai-tokyu-1942/","t":"戦時交通統合による戦後の解体","c":"東急","y":1942,"col":"#E60012","s":"戦時下の資材・輸送の効率化という国策のもと、陸上交通事業調整法に基づいて関東の主要私鉄を一社へ水平統合し、敗戦後の占領期の再編でふたたび分割された、外部の制度に…","x":"1942 東急 「大東急」の形成 戦時交通統合による戦後の解体 1942年5月に東京急行電鉄へ商号を変更した。東京横浜電鉄が京浜電気鉄道と小田急電鉄を合併し資本金2億480万円、1944年に京王電気軌道も加えた 戦時下の資材・輸送の効率化という国策のもと、陸上交通事業調整法に基づいて関東の主要私鉄を一社へ水平統合し、敗戦後の占領期の再編でふたたび分割された、外部の制度に規定された組織再編 統合と分割が引いた首都圏私鉄の地図 今日、東急・小田急・京急・京王が別々の会社として首都圏の私鉄地図を分け合う姿は、この6年間の統合と、それをほどいた解体の産物であると思われる。四社をいったん一つに集めたのも、ふたたび分けたのも、経営者の構想というより戦争と占領という外の力であった。五島社長の合併経営は関東の私鉄を水平統合する素地を用意したが、その到達点である大東急は、平時の事業戦略として選ばれたものではなく、戦時の国策が生んだ暫定の形であったのだろう。 合併・経営統合 分社・スピンオフ・子会社上場 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/2262/decisions/kono-kosha-consolidation-1941/","t":"酪連と森永・明治・極東の道内乳業を一つに統合した組織の発足","c":"雪印乳業","y":1941,"col":"#0075C2","s":"戦時統制と、国土計画に基づく北海道総合開発の要請のもと、狭い道内で競合していた酪連と練乳三社の乳業を一本化する国策統合","x":"1941 雪印乳業 北海道興農公社の設立 酪連と森永・明治・極東の道内乳業を一つに統合した組織の発足 1941年3月に北海道興農公社の設立。酪連と森永煉乳・明治製菓・極東煉乳の道内事業を統合し、戦時統制下で乳業を一本化 戦時統制と、国土計画に基づく北海道総合開発の要請のもと、狭い道内で競合していた酪連と練乳三社の乳業を一本化する国策統合 国策と協同のあいだで 北海道興農公社の設立は、戦時統制と国策のもとで進められた乳業の大同団結であった。狭い北海道で酪連と練乳三社が競い合う非効率を、国土計画に基づく総合開発の一環として一本化する——その枠組み自体は、上からの統制の産物であったと思われる。ただ、その中心にいた黒沢酉蔵氏は、営利を第一とせず、従業員を使用人と見ない協同の理念を公社に持ち込もうとした。国策が求めた効率と、酪農家が育てた協同の思想とが、一つの公社のなかで交わろうとしていた点に、この統合の両義性がうかがえる。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/3107/decisions/textile-bloc-merger-1941/","t":"紡績ブロック結成案に応じて4社が1社に合わさる統合","c":"ダイワボウホールディングス","y":1941,"col":"#00A890","s":"大日本紡績聯合会が提唱した紡績ブロック結成案という業界再編の枠組みに、4社が業界に先駆けて応じた合併","x":"1941 ダイワボウホールディングス 大和紡績を設立 紡績ブロック結成案に応じて4社が1社に合わさる統合 1941年5月に大和紡績を設立。紡績ブロック結成案に従い錦華紡績・日出紡織・出雲製織・和歌山紡織の4社が合併し大阪市東区へ 大日本紡績聯合会が提唱した紡績ブロック結成案という業界再編の枠組みに、4社が業界に先駆けて応じた合併 業界に先駆けたことの意味 この合併には、自ら描いた戦略と呼べる部分が乏しい。統合の枠組みは大日本紡績聯合会の側が用意し、4社はそれに応じた。ただし応じ方には差があった。4社は業界で最初に動き、対等合併に踏み切って自社の看板をそろって下ろしている。結果として新会社は全国4位の設備を手にし、以後の統制のなかでも一定の発言力を保った。統制に先んじて動いた者が相対的に有利な位置を得るという、戦時期の企業行動の一例とみられる。 合併・経営統合 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/2261/decisions/meiji-nyugyo-formation-1940/","t":"極東煉乳から明治乳業への商号変更と、経営受任から全面譲受への移行","c":"明治乳業","y":1940,"col":"#FF0000","s":"道庁主導で北海道の乳業を興農公社へ一本化する国策が固まり、道内工場を差し出す前後に、明治系へ分かれていた乳業を極東煉乳の法人へ寄せて本州事業へ集中した再編","x":"1940 明治乳業 明治製菓乳製品部門の受任 極東煉乳から明治乳業への商号変更と、経営受任から全面譲受への移行 1940年12月に明治製菓乳製品部門の受任。極東煉乳が商号を明治乳業へ改め、1917年設立の同社を存続法人として明治系の乳業を一つに寄せた 道庁主導で北海道の乳業を興農公社へ一本化する国策が固まり、道内工場を差し出す前後に、明治系へ分かれていた乳業を極東煉乳の法人へ寄せて本州事業へ集中した再編 統合先に古い法人を選んだこと 統合先に選ばれたのは新しい会社ではなく、1917年に資本金150万円で発足した極東煉乳であった。商号を明治乳業へ替え、明治製菓の乳製品部門はまず経営受任という預かりで引き取り、全面譲受は3年近く後の1943年9月に置いている。北海道の工場を興農公社へ差し出す前後の時期に、中身だけが入れ替わった。工場も牧場も次々に持ち主が変わる最中で、変わらなかったのは極東煉乳という法人格だけであった。 合併・経営統合 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/6201/decisions/toyota-motor-spinoff-1937/","t":"織機会社の内部で興した自動車事業の分離独立","c":"豊田自動織機","y":1937,"col":"#0057AA","s":"祖業の織機で得た特許収入を元手に自動車事業を興し、量産に必要な巨額の設備投資を織機本体から切り離すため、自動車部門を資本金1,200万円の新会社トヨタ自動車工業…","x":"1937 豊田自動織機 トヨタ自動車工業を分離 織機会社の内部で興した自動車事業の分離独立 1937年8月にトヨタ自動車工業を分離。1933年の自動車部設置から4年、豊田自動織機製作所が資本金1,200万円で自動車部門を独立させた 祖業の織機で得た特許収入を元手に自動車事業を興し、量産に必要な巨額の設備投資を織機本体から切り離すため、自動車部門を資本金1,200万円の新会社トヨタ自動車工業として分離独立させた判断 育てた事業を手放すことで生まれた企業群 この判断の核心は、祖業で得た資金と技術で新規事業を育てながら、それが一定の規模に達した時点で本体から切り離した点にある。乗用車の量産には、織機の利益では背負いきれない設備投資が要る。その重さを織機本体に持ち込まず、独立採算で責任を負う別会社に移すことで、豊田自動織機製作所は自らの財務を守りつつ自動車事業に量産への道を開いた。既存事業の稼ぎを新規事業の原資とし、育った新規事業を独立させるという型が、ここで一度に示された。 分社・スピンオフ・子会社上場 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7003/decisions/tamano-shipyard-spinoff-1937/","t":"商社の一部門からの独立と、造船専業会社としての新たな出発","c":"三井E&S","y":1937,"col":"#008CD7","s":"商社の一部門として毎期赤字を重ねた造船部を、独立採算の株式会社として切り出し、船台増設と事業拡張の判断を造船専業の会社側へ移管した組織再編","x":"1937 三井e&s 三井物産造船部から分離 商社の一部門からの独立と、造船専業会社としての新たな出発 1937年7月に三井物産の造船部を分離独立。1917年設置の部門が岡山県児島郡の玉工場を拠点に株式会社玉造船所となる 商社の一部門として毎期赤字を重ねた造船部を、独立採算の株式会社として切り出し、船台増設と事業拡張の判断を造船専業の会社側へ移管した組織再編 商社の帳簿では測れなかったもの 戦時体制に合わせた分社という説明では、この判断の芯を捉えきれない。造船部を廃止する案は1920年代の三井物産にすでにあり、創業から昭和初期にかけて営業利益を計上できたのが1921年度と1924年度のみという成績を前に、商社の一部門として抱え続ける理由は乏しかった。それでも三井物産が畳まずに独立会社として立てたのは、赤城山丸で確かめたディーゼル船の優位と、b&w社から得た製造販売実施権という、商社の帳簿には映りにくい資産が造船部にあったからだといえる。 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/7203/decisions/founding-1937/","t":"織機メーカーの自動車部を母体とした国産量産車の事業化","c":"トヨタ自動車","y":1937,"col":"#EB0A1E","s":"織機の特許譲渡金と量産技術を元手に、豊田自動織機の自動車部を分離独立させ、国産大衆車の量産に挑んだ創業","x":"1937 トヨタ自動車 豊田自動織機からの独立 織機メーカーの自動車部を母体とした国産量産車の事業化 1937年8月27日に豊田自動織機製作所から自動車部を分離し、資本金1,200万円のトヨタ自動車工業を設立。社長は豊田利三郎氏、副社長に豊田喜一郎氏が就任した 織機の特許譲渡金と量産技術を元手に、豊田自動織機の自動車部を分離独立させ、国産大衆車の量産に挑んだ創業 織機を土台に賭けを続けた創業 この創業が示すのは、既存事業で得た資金と技術を、成算の定かでない次の産業へ振り向ける事業転換の構図である。豊田喜一郎氏はプラット社への特許譲渡金を元手に、織機会社の量産経験を土台として自動車へ踏み出し、取締役会の承認に先んじて現場を走らせた。織機という母体があったからこそ、国産乗用車という当時としては無謀にも映る賭けに、資金と人と設備を投じ続けられたと推察される。 事業売却・撤退 分社・スピンオフ・子会社上場 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/mantetsu/decisions/heavy-industry-transfer-1937/","t":"保有株75%など重工業持分1億890万円の満州国政府への譲渡","c":"南満洲鉄道","y":1937,"col":"#1B3A6B","s":"日中事変下で軍事鉄道の整備と重工業の急速育成という二つの要請が同時に高まるなか、日本産業の対満移駐と満州重工業の設立という国策の枠組みに沿って、重工業関係特殊会…","x":"1937 南満洲鉄道 昭和製鋼所株の譲渡 保有株75%など重工業持分1億890万円の満州国政府への譲渡 1937年10月に昭和製鋼所株を譲渡。資本金4億5000万円の満州重工業設立に伴い、持分1億890万円を満州国政府へ譲った 日中事変下で軍事鉄道の整備と重工業の急速育成という二つの要請が同時に高まるなか、日本産業の対満移駐と満州重工業の設立という国策の枠組みに沿って、重工業関係特殊会社の持分1億890万円を満州国政府へ譲渡し重工業から撤退した判断 手放したものと、残ったもの 1億890万円という譲渡額は、満州事変後に満鉄が特殊会社へ投じた資本の大部分に当たる。価格を交渉した形跡は資料に見えず、譲渡分はそのまま満州国政府が満州重工業へ払い込む出資の原資になった。前年10月に産業部を組み上げ、五カ年計画の実行機関を自任した会社が一年で重工業から外された経緯を見れば、これは満鉄が選んで畳んだ撤退というより、1933年の改組案でいったんは退けられた構想が、資金難という別の入口から通されたものだと推察される。 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/5334/decisions/spark-plug-spinoff-1936/","t":"点火プラグ・濾過器・耐酸モルタル三部門を引き継いだ独立会社の発足","c":"日本特殊陶業","y":1936,"col":"#00646D","s":"母体・日本碍子が1921年から蓄積したセラミック焼結技術を土台に、輸入依存の点火プラグ国産化を専業会社へ委ねるべく、三製造部門を分離して独立させた事業戦略","x":"1936 日本特殊陶業 日本碍子から分離独立 点火プラグ・濾過器・耐酸モルタル三部門を引き継いだ独立会社の発足 1936年10月に日本碍子から分離独立。点火プラグ・濾過器・耐酸モルタルの三部門を資本金100万円で名古屋に切り出した 母体・日本碍子が1921年から蓄積したセラミック焼結技術を土台に、輸入依存の点火プラグ国産化を専業会社へ委ねるべく、三製造部門を分離して独立させた事業戦略 母体から独り立ちするということ この分離独立を、母体が余った部門を切り出しただけの整理とみるのは、設立の性格を捉えそこなう。日本碍子が手放したのは、碍子と同根の焼結技術から生まれ、輸入依存の解消という将来性を秘めた点火プラグであった。三部門をまとめて受け継ぎながら、七年後には濾過器と耐酸モルタルを母体へ返して点火プラグ一本に絞った経緯に、専業化を貫く意思がうかがえる。技術資産を独立会社へ移し、国産化という一点に賭けた設立であったと思われる。 分社・スピンオフ・子会社上場 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5480/decisions/stainless-transformation-1936/","t":"消火器から火工品へ、さらに特殊鋼へと続いた二度の業態転換","c":"日本冶金工業","y":1936,"col":"#E60000","s":"火工品の量産投資を通じて金属精錬の技術と資金を得たうえで、合金類の国産化という需要へ主力を移行した業態転換","x":"1936 日本冶金工業 ステンレスへ業態転換 消火器から火工品へ、さらに特殊鋼へと続いた二度の業態転換 1936年2月にステンレスへ業態転換。消火器から火薬へ移った日本火工が、川崎製造所の稼動で特殊鋼・軽合金・ステンレス鋼の製造へ入った 火工品の量産投資を通じて金属精錬の技術と資金を得たうえで、合金類の国産化という需要へ主力を移行した業態転換 技術は残り、商品だけが入れ替わった 二度の業態転換を並べると、捨てたものと残したものの線引きがはっきりする。消火器も火工品もステンレスも、商品としては互いに無関係にみえる。それでも社内に残り続けたのは、火薬を扱うために必要だった高温と反応の制御であり、これが炉の運転を通じて鋼へ受け継がれた。1935年10月に溶かした18-8ステンレスを、木型の代わりのおかめの面へ注いだという逸話は、技術者が手元にある道具で新しい素材を確かめた記録として読める。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/7752/decisions/riken-sensitized-1936/","t":"感光紙部門の分離独立と、一人の男に全てを預けた経営の委託","c":"リコー","y":1936,"col":"#D51B3E","s":"発明の工業化を目的とする理研コンツェルンが、感光紙事業を独立採算の会社として切り出し、営業に長けた外部出身の市村清氏に経営を委ねた事業化の判断","x":"1936 リコー 市村清への経営一任 感光紙部門の分離独立と、一人の男に全てを預けた経営の委託 1936年2月に理研感光紙が発足し市村清氏へ経営を一任。理研コンツェルンが感光紙部門を分離して設けた資本金35万円の新会社 発明の工業化を目的とする理研コンツェルンが、感光紙事業を独立採算の会社として切り出し、営業に長けた外部出身の市村清氏に経営を委ねた事業化の判断 組織に収まらぬ人材を、独立した会社で活かす この決断の核心は、優れた営業人材をどう処遇するかという問いに、独立の会社を与えて答えた点にあるとみられる。大河内は、装置を壊すほど激しい市村清氏を組織の内側に押し込めるのではなく、事業ごと外へ切り出して丸ごと任せた。発明の工業化を掲げ、傍系会社を独立採算で走らせてきた理研コンツェルンの体質があったからこそ選べた道であり、財閥本体からの分離とも戦時統合からの再分割とも異なる、独特の起業の型がうかがえる。 分社・スピンオフ・子会社上場 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/6504/decisions/telecom-division-spinoff-1935/","t":"通信機部門の本体からの切り離しと、独立した会社としての発足","c":"富士電機","y":1935,"col":"#005BAB","s":"逓信省の指定工場となって受注が伸びる通信機事業に、重電機とは別の資本を立て、設備投資の枠を区分するための分離","x":"1935 富士電機 富士通信機製造の設立 通信機部門の本体からの切り離しと、独立した会社としての発足 1935年6月に通信機事業を分離し富士通信機製造を設立した。資本金300万円で電話工場の設備を継承し、社長には吉村万治郎氏 逓信省の指定工場となって受注が伸びる通信機事業に、重電機とは別の資本を立て、設備投資の枠を区分するための分離 資本を分離した判断をどう読むか 逓信省の指定工場となった電話工場は、受注が増えるほど新たな設備を要したが、初配当に届いた直後の社内でも資金の回しはなお苦しかったと和田恒輔氏は書き残している。重電機の設備投資と同じ資金から賄うのは難しく、300万円の資本を別に立てて外に切り出したのは、資金の制約から選ばれた形だと思われる。事業を手放す判断ではなく、伸びる事業に別の財布を与える判断であったのだろう。 分社・スピンオフ・子会社上場 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6762/decisions/founding-1935/","t":"資本金2万円と私財10万円による、大学発の新材料の工業化","c":"TDK","y":1935,"col":"#0046AD","s":"東京工業大学が発明しながら5年間担い手のなかった世界初フェライトの技術を、連続起業家の齋藤憲三氏が津田信吾氏の私財出資を得て事業化した創業","x":"1935 tdk 世界初のフェライトで創業 資本金2万円と私財10万円による、大学発の新材料の工業化 1935年12月に世界初のフェライトの工業化へ踏み切る。斎藤憲三が東京市芝区で資本金2万円の東京電気化学工業を設立 東京工業大学が発明しながら5年間担い手のなかった世界初フェライトの技術を、連続起業家の斎藤憲三氏が津田信吾氏の私財出資を得て事業化した創業 世界初の技術と、それを産業に変えた縁 この創業から見えてくるのは、市場が未成熟な素材を先に握り、用途と顧客を後から探すという逆順の起こし方である。大手が採算の立たない発明を見送るなか、連続起業家の斎藤憲三氏が加藤与五郎氏の独創の理念に賭け、鐘淵紡績の津田信吾氏が本業の外で個人の財産を投じて、通常の投資判断の外にあった事業を成り立たせた。世界初の技術それ自体よりも、それを産業に変える担い手と資金の縁が、この会社の出発を支えていたと読める。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/7912/decisions/nisshin-merger-1935/","t":"同業との対等な立場での一体化と、新たな社名を掲げての再出発","c":"大日本印刷","y":1935,"col":"#1532A9","s":"大量印刷需要の膨張と昭和恐慌後の過当競争のもと、書体・活版の秀英舎とグラビア・オフセットの日清印刷が対等合併し、規模と版式を同時に押し上げて業界最大手を形づくっ…","x":"1935 大日本印刷 日清印刷との対等合併 同業との対等な立場での一体化と、新たな社名を掲げての再出発 1935年3月に秀英舎と日清印刷が対等合併。資本金600万円の大日本印刷が発足し、当時の国内最大の印刷会社となった 大量印刷需要の膨張と昭和恐慌後の過当競争のもと、書体・活版の秀英舎とグラビア・オフセットの日清印刷が対等合併し、規模と版式を同時に押し上げて業界最大手を形づくった判断 対等ゆえに残った、版式の幅という遺産 この合併の特徴は、一方が他方を呑み込む買収ではなく、規模でも技術でも近い二社が対等の立場で一つになった点にみることができる。書体と活版に厚い秀英舎、グラビアとオフセットに強い日清印刷という、補い合う設備を持つ相手を選んだことが、版式をすべて備えた最大手を一挙に生んだ。過当競争が利幅を削る時代に、規模と品ぞろえを同時に獲得する合併は、その後の印刷業界の集約を先取りする選択だっただろう。 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/4901/decisions/founding-1934/","t":"国策助成金を得ての写真フィルム専業会社としての出発","c":"富士フイルム","y":1934,"col":"#ED1C24","s":"米コダック・独アグファに依存する写真フィルムの輸入構造を国産で置き換えるため、大日本セルロイドが乳剤化学と精密塗布を要する写真フィルム部門を分社化し、国策助成金…","x":"1934 富士フイルム 大日本セルロイドから分社 国策助成金を得ての写真フィルム専業会社としての出発 1934年1月に大日本セルロイドから分社。資本金300万円で足柄工場に発足し、年1500万円に及ぶコダックなどからの輸入を国産へ替えた 米コダック・独アグファに依存する写真フィルムの輸入構造を国産で置き換えるため、大日本セルロイドが乳剤化学と精密塗布を要する写真フィルム部門を分社化し、国策助成金を受ける独立採算の専業会社として設立した創業 母体の技術を継いだ分社が自立するまで この創業が示すのは、著名な個人創業者に始まる物語ではなく、母体である大日本セルロイドの支持体技術と資本、そして国策の助成金を土台に、写真フィルム部門が独立した法人格を得た経緯である。乳剤化学と精密塗布という写真専業の技術文化を、セルロイド本業から切り離して独立採算で磨く判断が、専業メーカーの出発を支えていたと読める。 分社・スピンオフ・子会社上場 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/onoda-cement/decisions/cement-cartel-exit-1934/","t":"第3次関東州・朝鮮への別法人設立","c":"小野田セメント","y":1934,"col":"#004098","s":"増産の是正を伴わない業界協定を拒み、重要産業統制法の効力が及ばない関東州・朝鮮に別法人を設立して、外地4工場の生産と販売を内地の統制から切り離した","x":"1934 小野田セメント セメント聯合会への不参加 第3次関東州・朝鮮への別法人設立 1934年11月に関東州と朝鮮へ別会社を設立。資本金50万円の2社へ大連・鞍山・平壌・川内の4工場を貸し、聯合会に加わらず 増産の是正を伴わない業界協定を拒み、重要産業統制法の効力が及ばない関東州・朝鮮に別法人を設立して、外地4工場の生産と販売を内地の統制から切り離した 統制の外で守ったものと、壊したもの セメント聯合会を1924年に作り、初代議長を出したのは小野田セメントであった。その会社が10年後、第3次聯合会に加わらず、法の発動の9日前に外地4工場を別法人へ移して統制の枠の外へ出した。訣別声明書が掲げた需要者の利益という論拠は、商工省に各地の基準価格を引き下げさせてもいる。拒んだのは製造業者だけを守る統制であって、統制そのものではなかった。 プライシング・価格政策 海外進出・現地生産 中国・香港 韓国"},{"k":"decision","u":"/tse/1961/decisions/nippon-kozai-control-1933/","t":"三建工業との合併による鋼材事業の本体への取り込み","c":"三機工業","y":1933,"col":"#F0830B","s":"総代理店契約への依存から抜けるため、争議で行き詰まった日本鋼材へ日本資本を入れ、子会社の三建工業と合わせて製造部門を一本化した判断","x":"1933 三機工業 日本鋼材の経営権掌握 三建工業との合併による鋼材事業の本体への取り込み 1933年11月に日本鋼材の経営権掌握。子会社の三建工業を合併させて安本明治郎専務が社長に就任し、製品の販売権まで一手に 総代理店契約への依存から抜けるため、争議で行き詰まった日本鋼材へ日本資本を入れ、子会社の三建工業と合わせて製造部門を一本化した判断 名を継いだ側と、法人が残った側 1928年上期の契約高は見積高の1割8分強にとどまり、翌年には契約期限を1年余り残したまま東京建鉄から解除を申し出られた。安本明治郎専務が三建工業を創立し、さらに日本鋼材の経営権まで取りにいった動きは、価格でも納期でも供給元の都合に振り回される立場から抜け出すための一続きの手であったとみられる。ゴルフ練習場の帰りに持ち込まれた話へ即座に反応できたのも、製造部門を自前で抱える算段が4年前からできていたためであろう。 合併・経営統合 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/6752/decisions/division-system-1933/","t":"製品別に編成して独立採算とする、自主責任経営への組織の組み替え","c":"パナソニック","y":1933,"col":"#1450a0","s":"多品目化で一人では見切れなくなった事業を製品別の事業部に分割し、独立採算・自主責任で経営させることで、拡大に耐える組織と経営者育成の仕組みを同時に整えた組織再編","x":"1933 パナソニック 事業部制の導入 製品別に編成して独立採算とする、自主責任経営への組織の組み替え 1933年5月に工場を製品別の三事業部に再編した。門真への本店移転と同時に、松下幸之助氏が各事業部長へ製造から販売までの損益責任を負わせた 多品目化で一人では見切れなくなった事業を製品別の事業部に分割し、独立採算・自主責任で経営させることで、拡大に耐える組織と経営者育成の仕組みを同時に整えた組織再編 任せることを制度にした発明 この決断で注目したいのは、動機が経営理論ではなく、創業者自身の身体と性分にあった点である。体が弱く一人では全部を抱えられないという自覚が、他人に任せるという流儀を生み、それが事業部制という仕組みに結晶した。強い個人が全体を統べるのではなく、責任を分けて配ることで組織を回す——弱さから出発した設計であればこそ、規模が膨らんでも壊れにくい型になったとみられる。 持株会社化・グループ再編"},{"k":"decision","u":"/tse/6845/decisions/instrument-manufacturing-1933/","t":"輸入商から自社製造へ踏み出した製作所の開設と、商いから工業への軸足移動","c":"アズビル","y":1933,"col":"#A50000","s":"為替下落と関税で輸入計器が割高になり輸入商としての収益が細るなか、未完成品を輸入して国内で組み立てる方式に踏み切り、大森に計器工場を構えて製造業へ移った業態転換","x":"1933 アズビル 大森で計器メーカーへ転換 輸入商から自社製造へ踏み出した製作所の開設と、商いから工業への軸足移動 1933年4月に計器工場を大森に開設。八重洲ビルの一室で始めた米ブラウン社製計器の組立を移転し、山武商会計器製作所を設置する 為替下落と関税で輸入計器が割高になり輸入商としての収益が細るなか、未完成品を輸入して国内で組み立てる方式に踏み切り、大森に計器工場を構えて製造業へ移った業態転換 商社が工場を持つとき 1932年の山武商会は、売掛金と在庫で18万円、営業権を12万円と見積もってようやく資本金30万円をひねり出した会社で、負債は棚上げしたまま安田銀行の管理下にあった。組立に踏み切るにも念証に従って銀行の了承が要り、最初の作業場は八重洲ビル3階の事務室、初回の納入は計6,133円分である。作る力を持たない商社が、扱ってきた商品の割高さを自分で埋めにいった判断であったと思われる。 祖業・主力事業の転換 垂直統合・内製化 技術・r&d起点の勝負 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7751/decisions/founding-1933/","t":"創業——医・証券・技術の三者結合が興した国産高級カメラ","c":"キヤノン","y":1933,"col":"#CC0100","s":"舶来品が独占する高級カメラ市場の輸入代替という機会に、技術・資金・販売の三者が結合して国産化に挑んだ創業","x":"1933 キヤノン 精機光学研究所の発足 創業——医・証券・技術の三者結合が興した国産高級カメラ 1933年11月に精機光学研究所を創立。吉田五郎氏ら三人が東京六本木のアパートで興し、舶来品が占めていた高級小型カメラの国産化に挑んだ 舶来品が独占する高級カメラ市場の輸入代替という機会に、技術・資金・販売の三者が結合して国産化に挑んだ創業 志が個人を超えて事業を残した この創業が示すのは、事業機会が技術者・資金・販売という異なる出自の人間を一つの目的のもとにまとめたときに立ち上がるという構図である。吉田五郎氏の分解研究、内田三郎氏の資金調達力、御手洗毅氏の出資と決断——三者のどれを欠いても、舶来品が独占する高級カメラ市場に国産で挑む体制は組み上がらなかった。創業からわずか1年で技術の主導者だった吉田五郎氏が去ってなお事業が続いたのは、目的が特定個人ではなく\"国産化\"という共有された志にあったからだといえる。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8238/decisions/shinjuku-relocation-1933/","t":"新宿本店への本拠の全面移転と、あわせて進めた株式組織への改組","c":"伊勢丹","y":1933,"col":"#E60021","s":"震災で壊滅し再建した神田店を「地の利が悪く」と見切り、株式組織への改組と本館建設を経て新宿の一店へ移転した立地の入れ替え","x":"1933 伊勢丹 神田店を閉店 新宿本店への本拠の全面移転と、あわせて進めた株式組織への改組 1933年9月に神田店を閉じ新宿へ本社を移転。関東大震災後に再建した店を地の利が悪いとして9年で畳み、新宿本館へ一本化 震災で壊滅し再建した神田店を「地の利が悪く」と見切り、株式組織への改組と本館建設を経て新宿の一店へ移転した立地の入れ替え 自分で建て直した店を、自分で閉じたこと 大正13年4月に建て直した店を、伊勢丹は昭和8年9月に閉じた。同じ会社が同じ土地について、9年の間に正反対の決定を二度下している。効いたのは、再建した店を\"地の利が悪く\"と早い時期に見切った点にあるとみられる。いったん投じた金を惜しんで神田に留まる道はあり、資本金50万円という規模なら、そちらの方が安全でもあった。二代目小菅丹治氏が退路を残さない移転を選べたのは、震災で店を失った経験が、建物より土地を疑う目を残していたからかもしれない。 祖業・主力事業の転換 選択と集中 大型設備投資 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/mantetsu/decisions/manchukuo-railway-mandate-1933/","t":"奉天に鉄路総局を設置し、国有線を一元運営する体制への移行","c":"南満洲鉄道","y":1933,"col":"#1B3A6B","s":"満洲事変と満洲国の成立という体制の変化を受け、包囲鉄道網と運賃競争で赤字に陥っていた満鉄が、所有権を満洲国に残したまま国有既成鉄道の経営を受託し、奉天の鉄路総局…","x":"1933 南満洲鉄道 満洲国鉄道の受託経営 奉天に鉄路総局を設置し、国有線を一元運営する体制への移行 1933年2月に満洲国鉄道の経営を受託。所有権は満洲国に残す委任経営で、同年3月に奉天に鉄路総局を新たに設置した 満洲事変と満洲国の成立という体制の変化を受け、包囲鉄道網と運賃競争で赤字に陥っていた満鉄が、所有権を満洲国に残したまま国有既成鉄道の経営を受託し、奉天の鉄路総局で一元管理した判断 所有を取らずに運営を取った形が残したもの 満鉄が引き受けたのは鉄道そのものではなく、鉄道を動かす仕事だった。所有権は満洲国に残り、手元に来たのは約1億3,000万金円の債務を財産と収入で担保に括り直した経営権にすぎない。それでも受託に応じられたのは、包囲鉄道網と運賃競争で創業以来初めての赤字を計上し、約二千名を解雇したばかりの会社にとって、自社を締め上げてきた国線が管理下に入ること自体が収支の前提を変える出来事だったからなのだろう。 祖業・主力事業の転換 プラットフォーム・標準化 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/2262/decisions/price-war-holdout-1932/","t":"値下げ競争に乗らず、空売りで相場水準を引き戻す構え","c":"雪印乳業","y":1932,"col":"#0075C2","s":"不況下でバター市況が崩れ廉売合戦となるなか、値下げに追従せず金利負担に耐えて待機し、呼び値だけで相場を落とす空売りで市況を本来水準へ引き戻す価格戦略","x":"1932 雪印乳業 廉売合戦への不追従 値下げ競争に乗らず、空売りで相場水準を引き戻す構え 1931年に廉売合戦への不追従。酪連は呼び値だけで相場を落とす空売りで市況を動かし、他社の在庫が尽きた1932年に価格を戻した 不況下でバター市況が崩れ廉売合戦となるなか、値下げに追従せず金利負担に耐えて待機し、呼び値だけで相場を落とす空売りで市況を本来水準へ引き戻す価格戦略 品質と我慢で秩序を取り戻す型 この判断の核心は、目先の在庫を捌くための値下げに加わらず、他社の在庫が尽きて相場が戻るまで金利負担に耐え抜くという、時間を味方につける我慢にあった。呼び値だけで相場を動かす空売りは、実弾を伴わずに市況の主導権を掌握する手であったが、それを成り立たせていたのは、値を崩さずとも売れるという品質への自信であっただろう。安売りではなく品質と我慢で相場を取り戻す型が、ここに現れていた。 プライシング・価格政策 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/6506/decisions/motor-focus-1932/","t":"配電盤と変圧器の切り捨てと、単一製品への集中","c":"安川電機","y":1932,"col":"#0156B9","s":"17年連続赤字と昭和恐慌のなか、勝算の乏しい総合重電を畳み、設備を活かせる電動機・制御器へ経営資源を集中した危機下の再建","x":"1932 安川電機 モートル事業へ集中 配電盤と変圧器の切り捨てと、単一製品への集中 1932年5月に配電盤と変圧器から退き品目を電動機へ集中した。創業以来17年続いた赤字を量産の利く電動機と制御器で解消へ 17年連続赤字と昭和恐慌のなか、勝算の乏しい総合重電を畳み、設備を活かせる電動機・制御器へ経営資源を集中した危機下の再建 何を捨てるかで立て直す この判断の核心は、何を伸ばすかではなく、何を捨てるかにあったと推察される。17年の赤字は、後発でありながら先発と同じ全品目を抱えたことの帰結であった。第五郎氏が配電盤と変圧器を中止し、設備を活かせる電動機へ絞ったのは、競争優位を築けない領域を手放して初めて資源が一つに集まるという理屈に沿っていた。腕のいい技術者を涙をのんで手放してまで品種を減らした点に、集中が痛みと引き換えでしか成り立たなかった事情がうかがえる。 経営再建・ターンアラウンド 事業売却・撤退 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/5004/decisions/tidewater-alliance-1931/","t":"外資との折半出資による三菱石油の設立と、川崎製油所の建設","c":"三菱石油","y":1931,"col":"#E60012","s":"製品の輸入販売にとどまらず原油を輸入して国内で精製する道を選び、国内に無い精製設備と技術を外資との折半出資で調達した判断","x":"1931 三菱石油 米アソシエイテッド石油と合弁設立 外資との折半出資による三菱石油の設立と、川崎製油所の建設 1931年2月に米アソシエイテッド石油と合弁設立。三菱本社など3社と折半出資し、資本金500万円で三菱石油が発足 製品の輸入販売にとどまらず原油を輸入して国内で精製する道を選び、国内に無い精製設備と技術を外資との折半出資で調達した判断 折半の設計と、その後の非対称 原油も精製技術も持たない側が、持っている側と対等の議決権を確保する。昭和4年の基本契約が定めたのは、そういう取り決めであった。三菱商事は大正13年から一手販売権を握り、輸入品の売り先を押さえていた。精製設備を用意できる外資と、販路を持つ商社が向かい合えば、どちらも相手なしには石油を国内産業にできない。折半という比率は、譲り合いではなく、持ち分が釣り合っていることの確認である。 資本提携・政策保有 技術・r&d起点の勝負 垂直統合・内製化 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/5108/decisions/founding-1931/","t":"家業の商いを土台に踏み出した国産自動車タイヤメーカーへの転身","c":"ブリヂストン","y":1931,"col":"#FE0000","s":"地下足袋の量産で蓄えたゴム加硫技術を自動車タイヤへ転用するため、日本足袋のタイヤ部を分離独立させ、欧米のゴム工業の中心が自動車タイヤになるとの判断で国産化に踏み…","x":"1931 ブリヂストン 久留米の足袋商から創業 家業の商いを土台に踏み出した国産自動車タイヤメーカーへの転身 1931年3月に久留米の足袋商から創業。日本足袋のタイヤ部を分離し、42歳の石橋正二郎氏が資本金100万円でブリッヂストンタイヤを設立 地下足袋の量産で蓄えたゴム加硫技術を自動車タイヤへ転用するため、日本足袋のタイヤ部を分離独立させ、欧米のゴム工業の中心が自動車タイヤになるとの判断で国産化に踏み切った創業 足袋の加硫技術が国産タイヤを生むまで この創業が示すのは、布製の足袋を商う家業が、ゴム加工の量産技術を介して自動車タイヤという重工業製品へたどり着いた経路である。地下足袋やゴム靴で身につけた加硫の技術は自動車タイヤの工程と重なり、その連続性が未経験の分野への参入を支えていたのだろう。既存の事業で蓄えた技術を隣接する新製品へ移す判断が、久留米の一足袋商をタイヤメーカーへ橋渡ししたと読める。 分社・スピンオフ・子会社上場 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5631/decisions/iron-works-divestiture-1931/","t":"製鉄・採鉱事業の切り離しと、鋳鍛鋼・兵器・産業機械への集中","c":"日本製鋼所","y":1931,"col":"#00A291","s":"海軍軍縮による兵器需要の減退と第一次大戦後の鉄鋼不況が重なるなか、銑鋼一貫の設備を別会社へ移管し、鋳鍛鋼品・兵器・産業機械へ事業を集中した構造整理","x":"1931 日本製鋼所 輪西製鉄を分離設立 製鉄・採鉱事業の切り離しと、鋳鍛鋼・兵器・産業機械への集中 1931年12月に輪西製鉄を分離設立。日本製鋼所が製鉄・採鉱を本体から切り離し、室蘭・広島は鋳鍛鋼品と兵器、産業機械の3分野に集中した 海軍軍縮による兵器需要の減退と第一次大戦後の鉄鋼不況が重なるなか、銑鋼一貫の設備を別会社へ移管し、鋳鍛鋼品・兵器・産業機械へ事業を集中した構造整理 川上を捨てて、鍛える工程に残ったこと 軍縮による事業整理という言い方だけでは、この分離の意味は捉えにくい。日本製鋼所が手放したのは不振の一部門ではなく、1919年に北海道製鉄を合併して自ら組み込んだ川上工程そのものであった。高炉を持てば素材を自給できるが、稼働率が下がれば固定費が居座る。国家の方針ひとつで受注が増減する兵器を主力とする会社にとって、振れの大きい設備を二重に抱える危うさが、軍縮の数年で表に出ただろう。残したのは、鋼を鍛える技術であった。 事業売却・撤退 選択と集中 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/6504/decisions/restructuring-1931/","t":"全従業員の16%に及ぶ人員削減と、これに伴う社長の退任","c":"富士電機","y":1931,"col":"#005BAB","s":"川崎工場の借入依存と連続赤字で資金が続かなくなり、人員と給与を削って収支の均衡を取りにいった再建策","x":"1931 富士電機 205名の人員整理と社長退任 全従業員の16%に及ぶ人員削減と、これに伴う社長の退任 1931年1月に富士電機製造が人員整理へ踏み切った。全従業員の16%にあたる205名を減らし、初代社長の名取和作氏も同年春に退いた 川崎工場の借入依存と連続赤字で資金が続かなくなり、人員と給与を削って収支の均衡を取りにいった再建策 205名という数字の読み方 削られたのは人件費であって、赤字の源はそこになかった。現金の入らない資本構成と、借入で建てた578万円の川崎工場、そこに積み上がる利息と償却が損失の中身であり、1931年3月期の損失7万円は売上681万円に対する額として、人員の16%を削れば消える規模に見えていたと推察される。それでも翌期の損失は12万円へ膨らんだ。手元の現金が続かない会社に残された手が限られていたことのほうが、この数字から読み取れる。 リストラ・構造改革 雇用・労使 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/7459/decisions/restructuring-1931/","t":"創業家を経営から外し、負債20万円の肩代わりを仰いだ再建","c":"メディパルホールディングス","y":1931,"col":"#E7202C","s":"同族ガラス会社の倒産に連鎖した1922年の整理以来、三星堂は現金払込8,500円という空疎な資本で再出発し、高利の借入と止まった仕入れに苦しんだ。創業家が経営か…","x":"1931 メディパルホールディングス 熊田兄弟の退陣と武田長兵衛商店の救援 創業家を経営から外し、負債20万円の肩代わりを仰いだ再建 1931年3月に末弟熊田庸三氏が退陣し、三宅健太郎氏を代表取締役とする新体制が発足した。資本金を30万円から12万円へ減額し、背負った買掛金と借金20万円は武田長兵衛商店が全額引き受けて長期分割払いとなった 同族ガラス会社の倒産に連鎖した1922年の整理以来、三星堂は現金払込8,500円という空疎な資本で再出発し、高利の借入と止まった仕入れに苦しんだ。創業家が経営から退くことと引き換えに、幹部は自主再建を捨てて大口債権者へ負債の引き受けを願い出た 20万円を引き受けた側が、6割の株を持つということ 1922年の整理で三星堂が失ったのは信用であって、帳簿上の資本ではなかった。株式会社の資本金20万円のうち現金は8,500円しか入らず、残りは熊田佐一郎氏の店舗と営業権を換算して埋めている。増資は優先株で重ね、配当は無理算段で第5期まで続けたのちに止まった。そうして積み上げた30万円を1931年に12万円へ落とした減資は、9年かけて実体のない資本を認めて消す手続きにあたる。創業家の退場もその処理の一部であった。熊田佐一郎氏は1926年に社長として戻り、1928年に辞めている。1931年3月に熊田庸三氏が退いたとき、代表を務められる熊田佐一郎氏はもう残っていない。三矢の訓にちなんで父が贈った屋号の店から、三兄弟がそろって消えた。 経営再建・ターンアラウンド 創業家・同族 救済型m&a・支援受け入れ"},{"k":"decision","u":"/tse/2001/decisions/kyohan-cartel-1930/","t":"三井物産への製品一手販売の委託と、日清製粉を含む共同販売体制の構築","c":"ニップン","y":1930,"col":"#E60014","s":"設備能力が需要を上回り値崩れが避けられない市場で、販売を商社に委ね、競争相手と共同販売機関を設けて市況の維持を図った判断","x":"1930 ニップン 製粉共販組合を結成 三井物産への製品一手販売の委託と、日清製粉を含む共同販売体制の構築 1930年4月に製粉共販組合を結成。日本製粉が1927年の三井物産との一手販売契約と1928年の価格協約を経て、日清製粉と手を結んだ 設備能力が需要を上回り値崩れが避けられない市場で、販売を商社に委ね、競争相手と共同販売機関を設けて市況の維持を図った判断 値を決める相手が、市場から組合へ移った五年 製粉共販組合の資金20万円のうち、日本製粉の持ち分は5万円にとどまった。日清製粉の半分であり、自社製品の販売を担う三井物産と同額である。設備能力では業界の8割強を相手と二分しながら、共同販売の枠内での立場は対等ではなかった。1927年5月に販売を三井物産へ委ね、1928年10月に競争相手と価格を取り決め、1930年4月に共同販売の機関へ加わる。三段の手はいずれも自社で値を決める余地を削っており、設備過剰を自力の販売力で吸収する道は、この時点では残っていなかったと思われる。 プライシング・価格政策 販路・チャネル転換 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/3106/decisions/social-research-spinoff-1930/","t":"世界恐慌下での会社からの切り離しと、大原孫三郎の個人経営への移管","c":"倉敷紡績","y":1930,"col":"#00A0E9","s":"世界恐慌で綿業が沈むなか、紡績の現場から離れた研究部門を会社の負担から外し、社長個人の経営へ移管した判断","x":"1930 倉敷紡績 倉敷労働科学研究所を分離 世界恐慌下での会社からの切り離しと、大原孫三郎の個人経営への移管 1930年6月に倉敷労働科学研究所を分離。世界恐慌で綿業が沈むなか、工場内の研究所を大原孫三郎氏の個人経営へ移管する 世界恐慌で綿業が沈むなか、紡績の現場から離れた研究部門を会社の負担から外し、社長個人の経営へ移管した判断 会社が持てるもの、個人が持てるもの 恐慌下の判断としては、穏当な部類に入る。研究所を閉じれば研究は消え、会社に置いたままにすれば株主の利益と衝突する。大原孫三郎氏が選んだのは、帰属だけを自分へ移して仕事を残す道であった。ただし個人が抱えられる規模には限りがあり、外部資金への依存と東京移転は、その限界が現れた結果と推察される。会社の福利厚生として始まった研究が、会社の外で自立する道を探し始めた6年間であった。 外的危機への対応 選択と集中 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/7262/decisions/sanrin-jidosha-1930/","t":"国産エンジンを積んだ三輪自動車の完成車製作への進出","c":"ダイハツ工業","y":1930,"col":"#E60012","s":"国産化したガソリンエンジンが三輪車組立業者に採用されなかったため、エンジンの供給から完成車の製作へ事業を転換した判断","x":"1930 ダイハツ工業 ダイハツ三輪一号車の完成 国産エンジンを積んだ三輪自動車の完成車製作への進出 1930年12月に三輪自動車の製作へ進出。発動機製造が国産エンジンを初めて積んだ500型ダイハツ三輪一号車ha型を完成させた 国産化したガソリンエンジンが三輪車組立業者に採用されなかったため、エンジンの供給から完成車の製作へ事業を転換した判断 販売先のない技術をどう使ったか この判断は、輸入エンジンに慣れた組立業者が国産エンジンを買わなかったという事実から始まっている。部品メーカーが完成車へ進むのは、既存の顧客と競合する道でもあった。同社はそれを承知で車体まで手がけ、1930年12月に500型ダイハツ三輪一号車ha型を世に出している。エンジンの売り先が無いなら自分で車を作るという解き方は、内燃機関の技術を自前で持つ会社にしか取れない選択であったと思われる。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/kureha-spinning-1929/","t":"繊維商社から工業（紡績）経営への進出","c":"伊藤忠商事","y":1929,"col":"#19479B","s":"商品の仲立ちで収益を上げる商社が、販売した紡機の代金回収から関わった紡績経営の経験と外国資金の活用を土台に、自ら工場を持つ工業経営へ多角化した戦略判断","x":"1929 伊藤忠商事 呉羽紡績の創立 繊維商社から工業(紡績)経営への進出 1929年7月に二代伊藤忠兵衛氏が呉羽紡績を創立。金解禁を控えた不況下で、繊維貿易商社の伊藤忠が紡績経営へ自ら踏み出した 商品の仲立ちで収益を上げる商社が、販売した紡機の代金回収から関わった紡績経営の経験と外国資金の活用を土台に、自ら工場を持つ工業経営へ多角化した戦略判断 逆張りの工業進出が残したもの この判断の核心は、商品の仲立ちで稼ぐ商社が、自ら工場を持ちリスクを抱える工業経営へ乗り出した点にある。しかも乗り出した時機は、金解禁を目前にした不況の入口という、最も不利な条件のもとであった。売った機械の代金回収から始まった不本意な関わりを、革新的な紡績技術への自信と外国資金の活用でひとつの事業へ組み替えていった過程には、商社の金融力を工業の元手へ転じる発想がうかがえる。逆風のなかで先手を取ろうとした選択は、のちの伊藤忠が資源開発や事業投資へ乗り出す際の型を先取りしていたとみることもできる。 垂直統合・内製化 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4581/decisions/dealer-shareholder-system-1928/","t":"特約株主制度による株式会社化と、取引先小売店を株主とする直販網の構築","c":"大正製薬ホールディングス","y":1928,"col":"#0097E0","s":"卸商・問屋が販路網を掌握する薬品業界に対し、取引先の小売店を株主として取り込むことで直接取引を一挙に拡大し、同時に慢性不況下の資本を固める仕組みをつくった判断","x":"1928 大正製薬ホールディングス 特約株主制度での法人化 特約株主制度による株式会社化と、取引先小売店を株主とする直販網の構築 1928年4月に特約店を株主とする直販網構築。大正製薬所の法人化に合わせ上原正吉氏が特約株主制度を提案し、資本金100万円で発足した 卸商・問屋が販路網を掌握する薬品業界に対し、取引先の小売店を株主として取り込むことで直接取引を一挙に拡大し、同時に慢性不況下の資本を固める仕組みをつくった判断 株主名簿の上で片づけた二つの課題 取引先に株を持たせるという上原正吉氏の案は、資金を集める手立てと販路を押さえる手立てを、一枚の株主名簿の上で同時に片づけるものであった。加盟金100円を預かる特約店連盟は、山竹東京支店長が見抜いたとおり資金集めの算段でもあった。それを株式に置き換えれば、預かった金は返す必要のない資本になり、相手は配当と割戻を受け取る取引先として残る。卸を通さなければ売れない業界で、卸と争わずに小売店と直接つながる関係を資本の側から作った設計であっただろう。 販路・チャネル転換 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/7753/decisions/minolta-founding-1928/","t":"日独写真機商店としての旗揚げと、カメラの国産化への挑戦","c":"ミノルタ","y":1928,"col":"#333333","s":"値の通らない雑貨貿易に見切りをつけ、輸入品が占めていた写真機を自らつくる側へ回ることで、加工度の高い独創的な製品づくりへ経営資源を集中した創業の判断","x":"1928 ミノルタ 田嶋一雄氏の創業 日独写真機商店としての旗揚げと、カメラの国産化への挑戦 1928年11月に田嶋一雄氏が日独写真機商店を創業。兵庫県武庫郡鳴尾村でドイツ人技術者2人の協力を得て小型カメラの製造に着手 値の通らない雑貨貿易に見切りをつけ、輸入品が占めていた写真機を自らつくる側へ回ることで、加工度の高い独創的な製品づくりへ経営資源を集中した創業の判断 舶来品への従属を断つという選択 1928年の判断は、値の通らない雑貨貿易に見切りをつけ、輸入品が占める写真機を自らつくる側へ回るというものであった。買って売る側から、つくって値を決める側へ移る選択である。パリで測距儀に引きつけられた一個人が、父の反対と恐慌の逆風のなかで独立に踏み切った背景には、加工度の高い独創的な製品でなければ日本の商いは立ち行かないという、外遊で得た危機感があった。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5713/decisions/besshi-incorporation-1927/","t":"住友家直営だった銅山と四阪島製錬所の切り出しによる会社組織への移行","c":"住友金属鉱山","y":1927,"col":"#7cbbd6","s":"236年にわたり住友家が直営してきた別子銅山と四阪島製錬所を住友合資会社から分離し、資本金1,500万円の独立した鉱山会社に移管した組織改編","x":"1927 住友金属鉱山 住友別子鉱山を設立 住友家直営だった銅山と四阪島製錬所の切り出しによる会社組織への移行 1927年7月に住友別子鉱山を設立。住友合資会社が直営の別子鉱山と四阪島製錬所を分離し、資本金1,500万円の鉱山会社を設立した 236年にわたり住友家が直営してきた別子銅山と四阪島製錬所を住友合資会社から分離し、資本金1,500万円の独立した鉱山会社に移管した組織改編 家が持つものを、勘定が持つものへ 236年続いた直営の解消を、近代化の一環と呼ぶだけでは足りない。住友家は1882年の家法書で別子を『万世不朽の財本』と記し、日清戦争のころまで事業はほとんど別子一本であった。その別子を、1927年に住友合資会社は自らの直営から外し、資本金1,500万円という値のついた一会社の資産へ置き換えた。家の名で持っていたものを法人の名義と勘定へ移したところに、この判断の芯があると思われる。 分社・スピンオフ・子会社上場 持株会社化・グループ再編 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/6792/decisions/founding-us-victor-1927/","t":"外資の出先としての出発と、その後四度に及ぶ資本の移り変わり","c":"日本ビクター","y":1927,"col":"#CE342D","s":"高率の輸入関税を避けるための国産化拠点として米ビクターが全額出資で設立し、以後は外資撤収・戦時管理・戦後再建を経て資本の主体が国内資本へ渡り歩いた創業と資本変遷","x":"1927 日本ビクター 米ビクター日本法人として創業 外資の出先としての出発と、その後四度に及ぶ資本の移り変わり 1927年9月に米ビクターの日本法人として創業。資本金200万円を全額出資され、横浜でレコードと蓄音器の製造販売を始める 高率の輸入関税を避けるための国産化拠点として米ビクターが全額出資で設立し、以後は外資撤収・戦時管理・戦後再建を経て資本の主体が国内資本へ渡り歩いた創業と資本変遷 出自が定めた性格 日本ビクターの創業は、自前の技術や資本から会社を設立する通常の起業とは性格が異なる。関税を避けるための国産化拠点として外国企業が全額を出資し、その資本がやがて撤収したあとは、国内の財閥や電機メーカーが代わる代わる株主の座を占めた。会社の顔である蓄音器とレコードは一貫していたが、資本の帰属は落ち着かなかった。強い技術と製品を持ちながら、資本の主体を自ら選べない構造が、創業の時点で刻まれていたとみられる。 外資傘下入り・対内m&a 資本提携・政策保有"},{"k":"decision","u":"/tse/7012/decisions/kinyu-kyoko-separation-1927/","t":"昭和金融恐慌下での鉄道車両・航空機事業の分離独立","c":"川崎重工業","y":1927,"col":"#E60013","s":"十五銀行の取り付けで資金繰りが詰まるなか、造船の本体を残すために、比較的業績の安定した鉄道車両部門を1928年に、陸軍と結びついた航空機部門を1937年に別会社…","x":"1927 川崎重工業 川崎車輛を分離設立 昭和金融恐慌下での鉄道車両・航空機事業の分離独立 1928年5月に兵庫工場を切り出して車輌の会社へ。昭和金融恐慌で行き詰まり1937年11月には飛行機部門を川崎航空機工業へ 十五銀行の取り付けで資金繰りが詰まるなか、造船の本体を残すために、比較的業績の安定した鉄道車両部門を1928年に、陸軍と結びついた航空機部門を1937年に別会社として切り離した分離 担保にするために切り出した部門が、40年の分立になった 川崎車輌の分離は、伸ばしたい事業を独立させる話ではなかった。会社銀行八十年史が危険の分散と金融上の操作と書いたとおり、比較的業績の安定した兵庫工場を切り出して担保に供し、再建資金を引き出すための手当てであった。従業員17,000名と神戸の盛衰を抱えたまま造船の本体を残すには、稼げる部分を外へ出して別の信用をこしらえるほかなかったのだとみられる。切り出す順序に、当時の資金繰りの切迫が表れている。 経営再建・ターンアラウンド 経営破綻・法的整理 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/2262/decisions/snow-brand-quality-1926/","t":"品質と冷蔵物流への投資による、道産バターを名前で選ばせる商品への転換","c":"雪印乳業","y":1926,"col":"#0075C2","s":"産地名を伏せて安く流れていた道産バターに対し、商標・品質・冷蔵物流・原料を一体で立て直し、安物から品質ブランドへ市場での位置づけを変える判断","x":"1926 雪印乳業 「雪印」商標の制定 品質と冷蔵物流への投資による、道産バターを名前で選ばせる商品への転換 1926年12月に雪印の商標を制定。有限責任北海道製酪販売組合が苗穂の新工場・冷蔵貨車・原料塩へ投資し、黒沢酉蔵専務理事が主導した 産地名を伏せて安く流れていた道産バターに対し、商標・品質・冷蔵物流・原料を一体で立て直し、安物から品質ブランドへ市場での位置づけを変える判断 品質という方針の出発点 振り返れば、この判断の核心は、量では全国を圧しながら価値では安物に甘んじていた道産バターに、品質という一点で立つ覚悟を与えたことにあった。名前を偽られ、包装も冷蔵もないまま安く流れていた産物を、商標・工場・物流・原料という複数の側面から同時に立て直す——生産者自身の組合がそこまで踏み込んだ点に、単なる販路づくりを超えた志がうかがえる。品質を理念に掲げるというこの選択が、その後の\"雪印\"という名を支える背骨になったと推察される。 ブランド・マーケティング 高付加価値化・プレミアム 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/2810/decisions/curry-powder-entry-1926/","t":"薬種問屋が培った調合技術の転用と、製造・販売する側への転身","c":"ハウス食品グループ本社","y":1926,"col":"#E60012","s":"原料の納入先にとどまらず、自社ブランドの完成品を製造・販売する側へ移るための業態転換","x":"1926 ハウス食品グループ本社 カレー粉の自社製造 薬種問屋が培った調合技術の転用と、製造・販売する側への転身 1926年にカレー粉の自社製造。薬種化学原料店の浦上靖介氏がホーム食品を吸収し東大阪市御厨の工場で胡椒や七味も製造する 原料の納入先にとどまらず、自社ブランドの完成品を製造・販売する側へ移るための業態転換 問屋が窯を持つということ この判断の核心は、扱う商品を替えたことではなく、商いの立場を替えたところにあるとみられる。仕入れて売る問屋は、商品の中身も名前も他社が決めた条件のうえで働く。工場を持てば、原料の配合も商品名も値付けも自社の判断になるかわりに、売れ残りの在庫と設備の負担を抱える。浦上靖介氏が1926年に選んだのは、後者の重さを引き受ける道であった。ブランド名を寿屋の申し入れで変えざるをえなかった一件も、自社の名で売る立場に立って初めて生じる問題といえる。 祖業・主力事業の転換 垂直統合・内製化 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/3106/decisions/rayon-subsidiary-1926/","t":"人絹工業への進出を本体から切り離して担わせた新会社（現クラレ）","c":"倉敷紡績","y":1926,"col":"#00A0E9","s":"綿糸・綿布一本の商いから抜けるため、化学繊維レーヨンの事業化を目的とする別会社を設立して人絹工業に入った判断","x":"1926 倉敷紡績 倉敷絹織を別会社設立 人絹工業への進出を本体から切り離して担わせた新会社(現クラレ) 1926年に倉敷絹織を別会社設立。倉敷紡績が綿紡の一部門とせず、レーヨン事業化だけを担う会社の本社を岡山県倉敷市に設置する 綿糸・綿布一本の商いから抜けるため、化学繊維レーヨンの事業化を目的とする別会社を設立して人絹工業に入った判断 綿の会社が化学に触れた距離 この判断で注目したいのは、進出先の目新しさよりも、置き場所の選び方である。倉敷紡績は人絹を自社の工場に足す道を選ばず、別会社に出した。綿糸の相場で毎期揺れる本体の損益に、立ち上がりの読めない化学繊維を混ぜないという配慮が働いていたと思われる。裏返せば、化学の技術を自社の中で育てる機会は、その分だけ遠ざかった。母体は綿を紡ぐ会社であり続けた。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/3402/decisions/founding-toyo-rayon-1926/","t":"人絹事業への進出と、親会社の名を冠さない社名での設立","c":"東レ","y":1926,"col":"#004097","s":"人造絹糸の輸入が増え続けるなか、総代理店として市場を見ていた三井物産が自ら製造へ回った創業の判断。ただし成否の読めない新産業であったため、物産の内部事業ではなく…","x":"1926 東レ 三井物産の出資で設立 人絹事業への進出と、親会社の名を冠さない社名での設立 1926年1月に三井物産の出資で設立。資本金1000万円の初の製造事業に本家の名を冠さず、設備も技術も欧州から調達して石山へ 人造絹糸の輸入が増え続けるなか、総代理店として市場を見ていた三井物産が自ら製造へ回った創業の判断。ただし成否の読めない新産業であったため、物産の内部事業ではなく別会社とし、社名からも「三井」を外した 筆者の見方 安川雄之助氏は二年がかりで団琢磨氏を説き伏せておきながら、出来上がった会社の看板から\"三井\"を外した。許可を勝ち取ることと、失敗したときに本家へ累を及ぼさないことは、この人にとって別々に処理すべき課題だったと推察される。商人が手を出して成功したらお目にかかりたいと財界から言われる事業に、物産は初の製造業として1000万円を積み、名前だけを引き上げて送り出した。 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資 隣接領域への展開 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/6201/decisions/founding-1926/","t":"創業——専業メーカーとしての分社から、トヨタ自動車の独立へ至る起点","c":"豊田自動織機","y":1926,"col":"#0057AA","s":"豊田佐吉氏が実用化したG型自動織機の量産責任を、紡績本業と採算が混在する豊田紡織から切り出し、織機専業の量産会社として独立させた創業","x":"1926 豊田自動織機 g型自動織機を量産化 創業——専業メーカーとしての分社から、トヨタ自動車の独立へ至る起点 1926年11月に豊田自動織機製作所を設立。豊田佐吉氏がg型自動織機の量産を豊田紡織の子会社として刈谷町に資本金100万円で切り出した 豊田佐吉氏が実用化したg型自動織機の量産責任を、紡績本業と採算が混在する豊田紡織から切り出し、織機専業の量産会社として独立させた創業 分社が準備した二つの独立 この創業が示すのは、発明を量産へ移す過程で、織機製造を紡績本業から切り出して専業会社へ移した選択の意味である。紡績と織機を同じ法人に同居させたままでは、量産の責任と採算の管理が混じり合い、国際水準に達したg型を継続して出荷する体制を構築しにくかっただろう。刈谷での分社が、佐吉氏の発明を安定した量産事業へ橋渡しする受け皿になっていた。 分社・スピンオフ・子会社上場 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5231/decisions/cement-federation-1924/","t":"生産・販売数量と最低価格を業界で取り決める協定の主導","c":"日本セメント","y":1924,"col":"#004098","s":"震災復興需要の見込みはずれと各社の増産で生産過剰に陥るなか、能力の42.5%を占める最大手として、生産量・販売量を能力に比例して割り当て最低販売価格を協定する全…","x":"1924 日本セメント セメント連合会を創設 生産・販売数量と最低価格を業界で取り決める協定の主導 1924年10月にセメント連合会を創設。浅野セメントの金子喜代太氏が同業18社を取りまとめ、生産量と最低価格を協定させた 震災復興需要の見込みはずれと各社の増産で生産過剰に陥るなか、能力の42.5%を占める最大手として、生産量・販売量を能力に比例して割り当て最低販売価格を協定する全国カルテルの結成を主導した 縛れた量と、縛れなかった動機 679万2000樽、全社能力の42.5%。絶対量として最も多く削られる会社が、削る仕組みを自分で作りに行った。装置産業の固定費は生産量に関係なくかかり、セメントは在庫がきかないため、市価が崩れれば能力を最も多く抱える会社が最も長く安値で売り続けるほかない。金子喜代太氏が笠井真三氏と組んだ背景には、競争を放置した場合に最大の損を負うのが自社だという計算があっただろう。生産を縛る側に回ったのは譲歩ではなく、最大手の防衛であった。 プライシング・価格政策 外的危機への対応"},{"k":"decision","u":"/tse/6753/decisions/osaka-restart-1924/","t":"機械とシャープペンシルの特許を手放しての債務清算と、無一物からの再出発","c":"シャープ","y":1924,"col":"#EC3F47","s":"震災による工場と資産の喪失、および販売特約先からの2万円即時返済の求めに対し、機械と特許の引き渡しで債務を清算したうえ、製造権を失った繰出鉛筆に代わる製品として…","x":"1924 シャープ 大阪でラジオへ転身 機械とシャープペンシルの特許を手放しての債務清算と、無一物からの再出発 1924年9月に大阪で早川徳次氏が事業を立て直した。関東大震災で工場と家族を失い、シャープペンシル特許48種を渡して債務2万円を清算した 震災による工場と資産の喪失、および販売特約先からの2万円即時返済の求めに対し、機械と特許の引き渡しで債務を清算したうえ、製造権を失った繰出鉛筆に代わる製品としてラジオ受信機へ転じた再起 失った特許が変えた製品 この判断の中心にあるのは、事業を続けるために事業の中身を渡すという逆説である。早川氏が日本文具へ引き渡したのは、機械と特許48種と主だった職人——つまり繰出鉛筆の事業そのものであった。残ったのは債務の消えた身と、金属を扱う手の熟練だけであったといえる。もし特許を守り抜いて東京で再建していれば、本人が書いているとおり文具界で終始した可能性が高い。作るものを固守せず、作る力の方を持って移った選択が、結果として製品の乗り換えを可能にしたと推察される。 祖業・主力事業の転換 外的危機への対応 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8235/decisions/ginza-store-1924/","t":"関東大震災で焼失した上野店の復旧と、都心繁華街への進出","c":"松坂屋","y":1924,"col":"#4072B6","s":"関東大震災で東京の拠点である上野店を焼失した直後に、同店の復旧と並行して、客層の異なる銀座へ新店を構えた判断","x":"1924 松坂屋 銀座へ新規出店 関東大震災で焼失した上野店の復旧と、都心繁華街への進出 1924年12月に銀座店を開業。関東大震災で上野店を焼失した直後で、10月に資本金を1000万円へ増やし復旧へ動く 関東大震災で東京の拠点である上野店を焼失した直後に、同店の復旧と並行して、客層の異なる銀座へ新店を構えた判断 焼け跡から増やした側 焼けた店を建て直す金と、新しい街に店を構える金は、同じ財布から出る。1923年10月に1,000万円へ増やした資本金は、上野の建て直しだけに充てることもできた。それを上野の再開と銀座の開店に割り、翌々年には名古屋の本店まで建て替えている。東京の売場2,000坪を失った直後に、東京の売場を震災前より増やす側を選んだ点に、この判断の芯があるだろう。伊藤祐民社長が駆逐艦を借りて名古屋の品を東京へ運んだのも、名古屋と東京を一つの店として動かす感覚の表れであった。 外的危機への対応 大型設備投資 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/4911/decisions/chain-store-system-1923/","t":"販売会社方式と組み合わせた、店と流通を組織化する体制の確立","c":"資生堂","y":1923,"col":"#BC1928","s":"化粧品の乱売と関東大震災後の配給機構の壊滅に対し、問屋依存の流通をメーカー主導の販売会社・チェインストア制へ組み替え、値引きを抑えて価格を統一した業態転換","x":"1923 資生堂 チェインストア方式確立 販売会社方式と組み合わせた、店と流通を組織化する体制の確立 1923年12月にチェインストア方式確立。松本昇氏が米国から持ち帰った仕組みを手本に、値引きを抑えて価格を統一する店網を敷いた 化粧品の乱売と関東大震災後の配給機構の壊滅に対し、問屋依存の流通をメーカー主導の販売会社・チェインストア制へ組み替え、値引きを抑えて価格を統一した業態転換 銀座の薬局が描いた流通支配の型 この判断の芯にあるのは、銀座の一調剤薬局が、製造から小売までの流れを自らの手で垂直統合しようとした構想の大きさである。問屋の無関心と乱売という流通の摩擦を、資生堂は取引条件の交渉ではなく、流通の構造そのものを作り替えることで解こうとした。関東大震災で既存の配給機構が崩れた偶然を好機に変え、問屋を専業の販売会社へ、小売店をチェインストアへ、消費者を花椿会へと、川上から川下までを一本の系列で貫いた設計は、のちに\"家電の松下\"と並べて語られる流通支配の型を、化粧品の世界で先に描いたものとみられる。 販路・チャネル転換 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/5236/decisions/chichibu-founding-1923/","t":"臨海立地という定型を破り、原料山の足元に立地した内陸型セメント生産の始まり","c":"秩父セメント","y":1923,"col":"#004098","s":"原料山に近接し鉄道本線に沿う内陸に工場を建設することで建設費と生産費を既設会社の水準以下に抑え、運賃差で1円高い東京市場へ後発として参入した","x":"1923 秩父セメント 武甲山麓に工場建設 臨海立地という定型を破り、原料山の足元に立地した内陸型セメント生産の始まり 1923年1月に秩父セメントを創立。諸井恒平氏を発起人総代に資本金500万円で興し、海運の便のない秩父盆地に工場を建設した 原料山に近接し鉄道本線に沿う内陸に工場を建設することで建設費と生産費を既設会社の水準以下に抑え、運賃差で1円高い東京市場へ後発として参入した 定型を外した立地が成立した条件 海運の便を持たない内陸に大工場を置くという判断は、当時の業界では非常識に属した。それが成り立ったのは、武甲山の石灰石と山麓の粘土という原料が近接し、秩父鉄道が1914年に秩父まで通じ1922年初に全線電化を終えていて、東京市場との間に1樽1円という運賃差が存在したという3つの条件が重なったためである。どれか一つでも欠ければ、既設会社の半額という建設費も全国最低という生産費も成り立たなかった。計画書が説得力を持ったのは、立地の非常識さを数字で相殺してみせたからだった。 大型設備投資 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/5801/decisions/siemens-alliance-1923/","t":"資本・技術提携にもとづく合弁会社の設立と、重電分野への足がかり","c":"古河電工","y":1923,"col":"#0065CC","s":"1923年8月、古河電気工業はドイツのシーメンスと結んだ資本・技術提携契約に基づき、資本金1,000万円で富士電機製造株式会社を設立した。20万株のうち古河が7…","x":"1923 古河電工 独シーメンスと富士電機設立 資本・技術提携にもとづく合弁会社の設立と、重電分野への足がかり 1923年8月に独シーメンスと富士電機設立。資本金1,000万円の20万株を古河が7万株、シーメンスが6万株引き受けた 1923年8月、古河電気工業はドイツのシーメンスと結んだ資本・技術提携契約に基づき、資本金1,000万円で富士電機製造株式会社を設立した。20万株のうち古河が7万株、シーメンスが6万株を引き受け、残りは公募とした。社名は古河の\"ふ\"とシーメンスの\"じ\"から採り、初代社長には社外の名取和作氏を迎えた。 事業部とせず、別会社を設立した 重電機を自社の一事業部として起こす道は選ばれなかった。古河電工が採ったのは、資本金1,000万円の別会社を設立し、20万株のうち7万株を自社が、6万株をシーメンスが持ち、残りを公募に委ねる形であった。技術も特許も外から丸ごと入れ、経営は社外の名取和作氏に託している。第一次大戦後の不況で古河合名も古河電工も自力で資金を出しきれなかった事情が、結果として外部の資本と人材に開いた会社を設立しせたとみられる。 隣接領域への展開 技術・r&d起点の勝負 資本提携・政策保有 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/suntory/decisions/whisky-domestic-production-1923/","t":"資本が数年寝るのを承知で始めた","c":"サントリーホールディングス","y":1923,"col":"#5BC2DC","s":"毎年現金を生む甘味葡萄酒を元手に、資本が数年固定されるため誰も手を出していなかった本格ウイスキーの国産化へ着手し、洋酒メーカーとしての主力事業を確立する","x":"1923 サントリーホールディングス 本格ウイスキーの国産化 資本が数年寝るのを承知で始めた 1923年に山崎で蒸溜所の建設に着手。株式会社寿屋が本格ウイスキーの国産化を目指し、6年後の1929年に第1号を発売 毎年現金を生む甘味葡萄酒を元手に、資本が数年固定されるため誰も手を出していなかった本格ウイスキーの国産化へ着手し、洋酒メーカーとしての主力事業を確立する 現金を生む商品があって初めて選べた投資 この判断を\"先見の明\"だけで説明すると、肝心の条件が抜け落ちる。八十年史が書いているとおり、当時ウイスキーの国産化を塞いでいたのは技術ではなく資本の性質であった。数年間ずっと寝る資金に耐えられる企業だけが着手でき、寿屋にはその耐性を作る商品が先にあった。赤玉ポートワインが毎年現金を生んでいなければ、竹鶴政孝氏を迎えても蒸溜所は建たなかったとみられる。 技術・r&d起点の勝負 大型設備投資 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/9005/decisions/railway-and-land-model-1922/","t":"創業を機とした「鉄道と沿線開発を一体で回す」経営モデルの確立","c":"東急","y":1922,"col":"#E60012","s":"都心の人口が郊外へあふれる市場環境のもと、鉄道単独では重い建設費を賄えない郊外電鉄を、沿線の土地と住宅の販売益で投資を回収する一体構造として設計し、関東初の本格…","x":"1922 東急 目黒蒲田電鉄を設立 創業を機とした「鉄道と沿線開発を一体で回す」経営モデルの確立 1922年9月に目黒蒲田電鉄が発足した。渋沢栄一氏らの田園都市株式会社から鉄道部門を分離し、五島慶太専務のもとで関東初の郊外電鉄が動き出した 都心の人口が郊外へあふれる市場環境のもと、鉄道単独では重い建設費を賄えない郊外電鉄を、沿線の土地と住宅の販売益で投資を回収する一体構造として設計し、関東初の本格的な郊外電鉄を成り立たせた判断 鉄道が街をつくるという発想の原点 目黒蒲田電鉄の創業でできあがったのは、一本の郊外電車ではなく、鉄道と沿線の土地を一つの収支で回すという経営の型であった。運賃だけでの黒字化を初めから当てにせず、沿線に宅地を開き、そこで暮らす人々の移動そのものを収益に変える。関東に前例のなかったこの設計を、五島慶太専務は田園調布という具体的な土地の上で動かしてみせた。鉄道会社が線路を敷くだけでなく、街をつくり、その住人を乗客にするという発想の原点が、ここにあったのだろう。 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/4543/decisions/founding-1921/","t":"創業——独製体温計の輸入途絶に医学者と実業家が組んだ検温器国産化の受け皿会社","c":"テルモ","y":1921,"col":"#008D61","s":"第一次大戦による独製体温計の輸入途絶という機会に、伝染病研究所系の医学者と医薬実業家が組み、検温器の国産化を掲げた創業","x":"1921 テルモ 赤線検温器として設立 創業——独製体温計の輸入途絶に医学者と実業家が組んだ検温器国産化の受け皿会社 1921年9月に赤線検温器として設立。独イェナ製体温計の輸入が途絶えるなか、北里柴三郎や仁丹創業者らが資本金50万円を投じた 第一次大戦による独製体温計の輸入途絶という機会に、伝染病研究所系の医学者と医薬実業家が組み、検温器の国産化を掲げた創業 役割を分担した集団創業が残したもの 第一次大戦による輸入の途絶という外部の事態が、検温器の国産化を一事業者の商機を越えた医療・公衆衛生上の課題へ押し上げ、医学的な正統性と資本・流通が別々の担い手から供給された。個人の才覚よりも、立場の異なる者が課題を共有して集まった枠組みに、この創業の特徴があると思われる。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/3941/decisions/rengo-integration-1920/","t":"法人化と同業の統合による原紙から製品までの一社への集約","c":"レンゴー","y":1920,"col":"#004793","s":"急伸した個人事業を株式会社へ改め、同業の統合と原紙設備の取り込みで原紙から製品までを一社に抱える垂直統合へ組み替えた事業戦略の判断","x":"1920 レンゴー 聯合紙器の設立 法人化と同業の統合による原紙から製品までの一社への集約 1920年5月に聯合紙器が発足。井上貞治郎が個人経営の三成社を母体に資本金200万円で東京電気の斡旋で同業各社を統合した 急伸した個人事業を株式会社へ改め、同業の統合と原紙設備の取り込みで原紙から製品までを一社に抱える垂直統合へ組み替えた事業戦略の判断 囲い込みが、標準になった 1920年の判断の核心は、個人の技量と信用に依存した商店を、資本と設備で回る会社へ組み替えた点にある。井上貞治郎氏は同業の統合と原紙の取り込みをほぼ同時に進め、品質で差がつかない緩衝材の世界で、規模と垂直統合を競争のよりどころに据えた。加工専業のままでは原料高のたびに収益が揺れる事業を、原料から製品までを自前に閉じる構造へ作り替えたことが、その後の安定した競争力につながったと思われる。 合併・経営統合 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/7261/decisions/founding-1920/","t":"創業から三輪トラック「マツダ号」へ至る自動車事業への踏み出し","c":"マツダ","y":1920,"col":"#A30112","s":"第一次大戦の代替需要を狙って設立されたコルク再建会社が、大戦終結で行き詰まり、外部から迎えた発明家の構想で工作機械と三輪自動車を二本柱とする機械メーカーへ転じた…","x":"1920 マツダ 広島のコルク会社から転身 創業から三輪トラック「マツダ号」へ至る自動車事業への踏み出し 1920年1月に東洋コルク工業として創立。大戦終結でコルク需要が縮み1921年に松田重次郎氏が2代目社長として再建へ 第一次大戦の代替需要を狙って設立されたコルク再建会社が、大戦終結で行き詰まり、外部から迎えた発明家の構想で工作機械と三輪自動車を二本柱とする機械メーカーへ転じた事業再構築としての創業 発明家に託した再建が生んだもの この創業が示すのは、コルクという単一の素材に事業を絞っていた再建会社が、外部から迎えた技術者の構想によって事業の土台をつくり替えていった経緯である。大戦終結で消えたコルクの代替需要に代えて、海軍向けの精密機械で培った工作機械の技術と、荷馬車に代わる商用三輪車という新しい市場を組み合わせた転換が、コルク専業の行き詰まりを越える二本柱を用意した。 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/panic-restructuring-1920/","t":"危機で傷んだ経営の立て直しを若い世代に託した世代交代","c":"伊藤忠商事","y":1920,"col":"#19479B","s":"反動恐慌で資産を失い破綻状態に陥った危機に対し、紡績各社の協力で債務を整理し、重役を総入替して平均35歳へ若返らせ、徹底した堅実経営へ転換して再建を図った経営判…","x":"1920 伊藤忠商事 大正9年恐慌後の重役総入替 危機で傷んだ経営の立て直しを若い世代に託した世代交代 1920年の反動恐慌で伊藤忠が破綻状態に陥る。二代伊藤忠兵衛氏は前年の絶頂で見込み商いを断って備え、恐慌後は重役を総入替した 反動恐慌で資産を失い破綻状態に陥った危機に対し、紡績各社の協力で債務を整理し、重役を総入替して平均35歳へ若返らせ、徹底した堅実経営へ転換して再建を図った経営判断 好況の絶頂で退く経営 この判断の核心は、最も儲かっている時に、あえて攻めを手控えたことにある。神武以来と呼ばれた好況のただ中で見込み商いを断ち、現金を厚くして反動に備えた構えは、勢いに乗って商いを膨らませる同業とは逆を向いていた。それでも避けきれなかった暴落に対しては、紡績業との信頼で債務を整理し、経営陣そのものを平均35歳へ入れ替えて再出発した。攻めの抑制と、危機での思い切った若返りが、同じ経営者の中で両立していた点に、この再建の性格がうかがえる。 外的危機への対応 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/3105/decisions/spinning-rollup-1919/","t":"宮島清次郎氏による同業紡績の連続買収と大規模工場の新設","c":"日清紡ホールディングス","y":1919,"col":"#AA173D","s":"後発の綿紡績会社が、同業の買収と大規模工場の新設を並行させて設備規模を一気に引き上げた拡大策","x":"1919 日清紡ホールディングス 岡崎紡績を買収 宮島清次郎氏による同業紡績の連続買収と大規模工場の新設 1919年に岡崎紡績を買収。宮島清次郎氏が高岡紡績の買収から青島・名古屋の新設まで進め、六工場・紡機23万錘へ 後発の綿紡績会社が、同業の買収と大規模工場の新設を並行させて設備規模を一気に引き上げた拡大策 規模は、買うものか、建てるものか この判断の中心にあるのは、後発企業が規模の差をどう埋めるかという、きわめて素朴な問いである。買収は時間を買う代わりに、他人の作った設備と職場をそのまま引き受ける。新設は時間を要する代わりに、自社の水準どおりの工場を得られる。宮島清次郎氏はどちらかに寄せず、1919年に岡崎紡績の買収と名古屋11万錘の新設を同じ年に並べた。買った設備は機械の入れ替えで水準を合わせ、建てた工場で全体の原価を押し下げる——二つの手段を補い合わせた運び方であったのだろう。 連続買収・ロールアップ 大型設備投資 垂直統合・内製化 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/9064/decisions/founding-1919/","t":"創業——東京京橋のトラック4台から日本初の路線トラック便","c":"ヤマトホールディングス","y":1919,"col":"#FCC707","s":"荷馬車が主流の大正期の都心商業貨物に、輸入トラック4台を揃えた小倉康臣氏が自動車輸送の機動力で参入し、都心法人配送に特化して路線トラック便の草分けへ進んだ創業","x":"1919 ヤマトホールディングス 大和運輸を京橋で創立 創業——東京京橋のトラック4台から日本初の路線トラック便 1919年11月に大和運輸を京橋で創立した。小倉康臣氏が資本金10万円・トラック4台で興し、荷馬車主流の都心へ貨物自動車の配送を持ち込んだ 荷馬車が主流の大正期の都心商業貨物に、輸入トラック4台を揃えた小倉康臣氏が自動車輸送の機動力で参入し、都心法人配送に特化して路線トラック便の草分けへ進んだ創業 荷を運ぶ手段を起点に創業した会社 この創業から見えてくるのは、完成した商品ではなく荷を運ぶ手段の側から事業を起こした選択の意味である。荷馬車と大八車が街の貨物を担っていた時代に、康臣氏は輸入トラック4台という限られた設備で都心の法人配送に絞り込み、車庫と得意先の距離を詰めることで少ない車両で採算を確保した。派手な新製品ではなく、荷主の配送という地味な需要に応える積み重ねが、無名の運送会社を業界で有数の位置へ押し上げたのだろう。 技術・r&d起点の勝負 収益モデル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/6752/decisions/matsushita-founding-1918/","t":"販路のない改良品を抱えたままの独立と、電気器具製作所の設立","c":"パナソニック","y":1918,"col":"#1450a0","s":"電灯の普及で配線器具の需要が広がるなか、勤め先で採用されなかった改良ソケットを自らの手で製品にするため、七年勤めた電力会社を辞して独立した創業の判断","x":"1918 パナソニック 松下幸之助氏、ソケットで創業 販路のない改良品を抱えたままの独立と、電気器具製作所の設立 1918年3月に大阪市大開町で松下電気器具製作所を興した。大阪電灯を辞めた松下幸之助氏が妻むめの氏と井植歳男氏を含む数人で始めた 電灯の普及で配線器具の需要が広がるなか、勤め先で採用されなかった改良ソケットを自らの手で製品にするため、七年勤めた電力会社を辞して独立した創業の判断 拒まれた者が、自分で市場をこしらえる この創業を貫いているのは、拒まれた側がそのまま引き下がらなかったという一点にみえる。ソケットの案は主任に\"だめだよこれは\"と退けられ、製品にしてからは電気屋に、のちにランプは問屋に断られた。学歴も資本も後ろ盾も持たない職工に残されていたのは、拒んだ相手を説き伏せるか、拒まれない道を自分でこしらえるかの二つであった。松下幸之助氏が選んだのは後者で、会社が採らないなら自分で作り、問屋が扱わないなら外交員を雇って小売店の店頭で点けて回った。四カ月で10円という売上を前にしてなお続けられたのは、扇風機の碍盤という下請けの注文が細々と資金をつないだためで、志だけが事業を支えたわけではないところに、この時期の生々しさがうかがえる。 低価格・コストリーダーシップ 販路・チャネル転換 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/4401/decisions/founding-furukawa-1917/","t":"電解の副生水素を使う硬化油事業を併せ持つ会社としての出発","c":"ADEKA","y":1917,"col":"#CF0F2E","s":"輸入に頼っていた苛性ソーダの電解法国産化にめどが立ち、研究組織を事業会社へ組み替えるとともに、電解で必ず出る副生水素を硬化油に振り向けて二本目の事業とした","x":"1917 adeka 古河系電気化学として創立 電解の副生水素を使う硬化油事業を併せ持つ会社としての出発 1917年1月に古河系電気化学として創立。古河合名会社が東京電化工業所を解消し、資本金100万円の旭電化工業として尾久に苛性ソーダ工場を建設する 輸入に頼っていた苛性ソーダの電解法国産化にめどが立ち、研究組織を事業会社へ組み替えるとともに、電解で必ず出る副生水素を硬化油に振り向けて二本目の事業とした 捨てなかった副産物が残したもの 食塩水を電気分解すれば、水素は望むと望まざるとにかかわらず出てくる。1917年当時、その水素にほとんど使い道はなかった。旭電化が選んだのは、用途の乏しい副産物のほうに合わせて、豊富で安価な魚油という原料を探し当て、発明から数年しか経っていない硬化油工業へ入っていく道であった。無機化学の会社が創立の直後に有機化学へ手を伸ばしたのは、多角化を狙ったというより、電解という工程が二つの出口を持っていたことに素直に従った結果であろう。 技術・r&d起点の勝負 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/mantetsu/decisions/korea-railway-mandate-1917/","t":"朝鮮総督府が管理する路線の引き受けと、鮮満両鉄道の一体運営","c":"南満洲鉄道","y":1917,"col":"#1B3A6B","s":"朝鮮と満洲の交通貿易が年々緊密になるなかで、鮮満両鉄道の経営を統一して機能を発揮させる必要を認め、所有権を総督府に残したまま経営だけを引き受けた判断","x":"1917 南満洲鉄道 朝鮮国有鉄道の受託経営 朝鮮総督府が管理する路線の引き受けと、鮮満両鉄道の一体運営 1917年7月に朝鮮国有鉄道を受託経営。勅令第九十号にもとづき朝鮮総督府の鉄道の建設・改良・運輸一切を預かった 朝鮮と満洲の交通貿易が年々緊密になるなかで、鮮満両鉄道の経営を統一して機能を発揮させる必要を認め、所有権を総督府に残したまま経営だけを引き受けた判断 預かるという形が会社に教えたこと 総督府が資金を出し、線路も新設された財産も国有に帰属したまま、会社が持ったのは運営と収支の責任だけであった。それでも引き受けたのは、鮮満の連絡が明治四十四年の鴨緑江架橋以来すでに動いており、協定を重ねて他人の線とつなぐより、両側を一つの手で回すほうが速いと踏んでいたからだと思われる。会社は受託した朝鮮鉄道を「会社の一線」として扱いながら、運賃料金や貨物等級の諸規程は従来のままに置いた。 隣接領域への展開 収益モデル転換 プラットフォーム・標準化 韓国"},{"k":"decision","u":"/tse/4505/decisions/arsemin-founding-1915/","t":"匿名組合から出発してのサルバルサン国産化と、株式会社への改組","c":"第一製薬","y":1915,"col":"#FC6703","s":"大戦によるドイツからの医薬品輸入の杜絶を受け、国産化に成功したサルバルサンの工業化に集中して匿名組合を設立し、3年で株式会社へ改組した創業判断","x":"1915 第一製薬 アーセミン商会の創立 匿名組合から出発してのサルバルサン国産化と、株式会社への改組 1915年10月にアーセミン商会の創立。薬学博士の慶松勝左衛門が梅毒治療剤サルバルサンの工業化をめざし、1918年に第一製薬へ 大戦によるドイツからの医薬品輸入の杜絶を受け、国産化に成功したサルバルサンの工業化に集中して匿名組合を設立し、3年で株式会社へ改組した創業判断 製法が先にあり、会社が後から追いついた 慶松勝左衛門氏がサルバルサンの製造に成功した1915年7月から、匿名組合アーセミン商会の創立までは3か月ほどしかない。先に製法があり、それを工業化するために事業を起こし、株式会社という法人格は2年余り遅れて1918年1月に整えられた。大阪の薬種商が資本を蓄えてから工場を建設したのとは、順序がちょうど逆である。匿名組合、合資会社、株式会社と2年3か月で組織を二度組み替えたのは、製造と販売の実態に法人の形式が追いつくまでに、それだけの時間がかかったからである。 技術・r&d起点の勝負 合併・経営統合"},{"k":"decision","u":"/tse/6506/decisions/mining-to-electric-1915/","t":"安川財閥の石炭資本を電機国産化へ投じた創業","c":"安川電機","y":1915,"col":"#0156B9","s":"石炭で得た財閥資本を、輸入頼みだった電機の国産化へ投じ、総合重電メーカーとして後発参入した創業判断","x":"1915 安川電機 安川敬一郎の電機国産化 安川財閥の石炭資本を電機国産化へ投じた創業 1915年7月に合資会社安川電機製作所を福岡県黒崎町へ興した。筑豊炭田で財を成した安川敬一郎氏が資本金25万円を投じた創業 石炭で得た財閥資本を、輸入頼みだった電機の国産化へ投じ、総合重電メーカーとして後発参入した創業判断 資本の投下先としての創業 この創業の性格は、石炭という成熟産業で得た財閥の資本を、輸入に頼っていた電機の国産化という未成熟な分野へ振り向けた点にあるだろう。父・安川敬一郎氏が『資金は出すが、口出しはせぬ』と経営を委ね、技術者である第五郎氏が電機機械を選んだ構図は、資本の出し手と技術の担い手を分けたうえで、稼ぎ頭の産業とは異なる領域へ資本を移す判断であった。良い物を作れば売れるという理想から出発した点に、技術者が興した会社らしい始まりがうかがえる。 飛び地・非関連多角化 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/8022/decisions/gakusei-yakyu-taikai-1915/","t":"全国中等学校優勝野球大会への開催権の移譲","c":"ミズノ","y":1915,"col":"#001489","s":"運動用具の市場そのものが小さく輸入品が中心であった段階で、競技人口を先に増やし、そのうえで用具の生産へ進むために野球大会の主催へ費用を投じた判断","x":"1915 ミズノ 関西学生連合野球大会の主催 全国中等学校優勝野球大会への開催権の移譲 1913年8月に関西学生連合野球大会を主催。美津濃商店の水野利八が運動具を広め、1915年には中等学校野球大会の開催権を朝日新聞社へ譲った 運動用具の市場そのものが小さく輸入品が中心であった段階で、競技人口を先に増やし、そのうえで用具の生産へ進むために野球大会の主催へ費用を投じた判断 商品より先に、競技を置く 店頭の野球用品を売り尽くしても、洋品雑貨の売上高の1割に届かない。その規模の店が、宣伝効果のほとんど見込めない野球大会に金を投じ続けた。ボールもグラブも輸入品が中心で、革をなめす技術すら国内に揃っていなかった段階では、商品を磨いても買い手の数は増えない。水野利八氏はその薄さを競技人口の問題として読み、まず大会を開き、続けるあいだに用具をつくりはじめた。順序を逆に置いたことが、この判断の中身であるといえる。 ブランド・マーケティング 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/1331/decisions/hokuyo-salmon-canning-1914/","t":"米国式缶詰機械の導入によるサケ缶詰の量産化への踏み切り","c":"ニチロ","y":1914,"col":"#B91A01","s":"手詰めで704箱の缶詰工場が隣接するデンビー商会の半自動機械に5倍から10倍の差をつけられ、有り金をはたいて米国製の自動機械を購入し、缶詰の能率的大量生産を目的…","x":"1914 ニチロ 北洋サケ・マス漁場取得 米国式缶詰機械の導入によるサケ缶詰の量産化への踏み切り 1914年3月に北洋サケ・マス漁場取得。堤清六氏と平塚常次郎氏が米国製の自動缶詰機械を入れ、1921年の三社合同で北洋最大へ 手詰めで704箱の缶詰工場が隣接するデンビー商会の半自動機械に5倍から10倍の差をつけられ、有り金をはたいて米国製の自動機械を購入し、缶詰の能率的大量生産を目的とする三社合同へ進んだ判断 獲る量ではなく、詰める量で競うと決めたとき 隣の漁場に据えられたスウェーデン式の半自動機械は、堤商会の5倍から10倍を缶に詰めた。平塚常次郎氏と堤清六氏がここで選んだのは、漁場を増やして獲る量で押し返すことではなく、有り金をはたいて同じ土俵の機械を買うことであった。魚を獲る会社であれば、漁場の数と漁の腕が競争の中身になる。缶詰を売る会社になると決めた時点から、競争の中身は1日に何缶詰められるかへ移る。1921年の合同が缶詰の能率的大量生産を目的に掲げたのは、その延長にあったと思われる。 海外進出・現地生産 大型設備投資 垂直統合・内製化 収益モデル転換 ロシア・cis 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/5404/decisions/nkk-founding-1912/","t":"白石元治郎氏による日本鋼管の設立と、継目無鋼管専業での発足","c":"日本鋼管","y":1912,"col":"#004DA0","s":"官営八幡製鉄所も手をつけず全量を輸入に頼っていた継目無鋼管を、民間資本だけの新会社が専業に選んで発足した創業","x":"1912 日本鋼管 横浜で継目無鋼管専業創業 白石元治郎氏による日本鋼管の設立と、継目無鋼管専業での発足 1912年6月に横浜で継目無鋼管専業創業。白石元治郎氏が資本金200万円、20トン平炉2基で興し、官営八幡もなし得ない鋼管を狙った 官営八幡製鉄所も手をつけず全量を輸入に頼っていた継目無鋼管を、民間資本だけの新会社が専業に選んで発足した創業 小さな市場を選ぶという選択 創立の時点で、継目無鋼管は国内の誰も作っていない製品であった。需要が数量として小さく、特別の設備と高度の技術を要したためである。白石元治郎氏は、量が出ないと承知のうえでその一点に資本金200万円を集め、銑鉄からの一貫生産は後回しに置いた。官営八幡製鉄所が圧倒的な地位を占める産業で、後発の民間資本が生き残る道を、規模ではなく品目の選び方に求めた判断である。 技術・r&d起点の勝負 選択と集中 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/6753/decisions/founding-1912/","t":"創業——金属繰出鉛筆から関東大震災を経て大阪のラジオメーカー","c":"シャープ","y":1912,"col":"#EC3F47","s":"金属加工の徒弟修業で培った技術を繰出鉛筆やラジオ部品の量産へ転用し、震災による東京の事業喪失を経て大阪で電機メーカーとして再起した創業","x":"1912 シャープ 早川徳次氏、大阪で創業 創業——金属繰出鉛筆から関東大震災を経て大阪のラジオメーカー 1912年9月に早川徳次氏が東京市本所松井町で創業した。19歳の金属加工職人が雑貨金具の下請けから出発し、1915年に金属繰出鉛筆を発明した 金属加工の徒弟修業で培った技術を繰出鉛筆やラジオ部品の量産へ転用し、震災による東京の事業喪失を経て大阪で電機メーカーとして再起した創業 金属の手仕事から電機メーカーへ この創業から見えてくるのは、華やかな完成品ではなく、金属を打ち抜き曲げる下請けの手仕事から事業を起こした選択の意味である。早川氏が最初に売ったのはバックルや万年筆の金具で、そこで培った金属加工の精度が、繰出鉛筆の量産にも、後の受信機部品の量産にも受け継がれていった。特定の完成品への思い入れではなく、金属を扱う一つの技術を軸に、扱う製品を文具から電機へと乗り換えていった柔らかさが、この会社の初期を貫いていたと読める。 外的危機への対応 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5019/decisions/idemitsu-founding-1911/","t":"出光佐三による出光商会の旗揚げと、行商から海と大陸へ拡大した販路","c":"出光興産","y":1911,"col":"#D50D2D","s":"実家の破産で独立を急いだ佐三氏が、返済不要の8,000円を元手に、毎月需要が見込める機械油を商材として門司に店を構え、電化で細るとみられた陸上需要ではなく漁船と…","x":"1911 出光興産 門司で機械油商として創業 出光佐三による出光商会の旗揚げと、行商から海と大陸へ拡大した販路 1911年6月に門司で機械油商として創業。出光佐三氏が個人商店の出光商会を興し、日田重太郎氏の無利子の資金が元手 実家の破産で独立を急いだ佐三氏が、返済不要の8,000円を元手に、毎月需要が見込める機械油を商材として門司に店を構え、電化で細るとみられた陸上需要ではなく漁船と大陸の鉄道へ販路を求めた創業の判断 他人の金で始めるという条件 この創業を特徴づけているのは、元手の出どころよりも、その金に付いていた条件の少なさであるのだろう。日田重太郎氏が佐三氏に渡した8,000円には、返済も利子も事業報告も求められず、独立を貫くことと兄弟仲良くすることだけが望まれた。借りた金であれば返済期限が商いの速度を決め、出資であれば配当と口出しが付いてくる。どちらでもない資金を持って出発した佐三氏は、月々の採算に追われず、先輩たちが先細ると見た油を扱い、問屋を飛ばして消費者へ直接届けるという定石外の商いを、初手から試すことができた。神戸高商を出ながら大商店に入らず前垂れ掛けを選んだ判断と、この資金の性質は、独立そのものを目的に置く点で地続きになっていただろう。 販路・チャネル転換 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/5802/decisions/wire-works-separation-1911/","t":"住友伸銅場からの電線部門の切り出しと、独立した経営基盤の確立","c":"住友電工","y":1911,"col":"#2E008B","s":"電灯・電話の拡張で増えた電線ケーブル需要に応じるため、伸銅場の一部門であった電線製造業を独立の製造所へ切り出し、被覆線・ケーブルの国産化に資源を集中した組織再編","x":"1911 住友電工 住友電線製造所設置 住友伸銅場からの電線部門の切り出しと、独立した経営基盤の確立 1911年8月に住友電線製造所設置。住友伸銅場から建物・機械・原料を引き継ぎ、200人足らずで電線ケーブルの専業へ踏み出した 電灯・電話の拡張で増えた電線ケーブル需要に応じるため、伸銅場の一部門であった電線製造業を独立の製造所へ切り出し、被覆線・ケーブルの国産化に資源を集中した組織再編 損の出ている部門を切り出すということ 需要の伸びに合わせた自然な分社と読むと、この判断の芯を取り逃がす。分離の前の3年間、ケーブル工場は毎年5万円前後の損失を計上し続けていた。伸銅場の一部門であれば、銅板や銅棒の稼ぎで穴埋めしながら細々と続ける道もあった。住友がそれを選ばず、200人足らずの製造所として切り出したところに、輸入依存を断ちたいという湯川寛吉氏の意図がうかがえる。赤字の部門ほど、責任と採算の見える単位へ移す必要があったと推察される。 分社・スピンオフ・子会社上場 選択と集中 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5803/decisions/cable-division-spinoff-1910/","t":"合名会社からの切り出しと株式会社化","c":"フジクラ","y":1910,"col":"#15C0F3","s":"電線とゴム引防水布という販売先の異なる二事業を一つの合名会社で抱える状態を解き、電線部門を株式会社として分離独立させ、増資と設備投資の余地を電線に集中させた判断","x":"1910 フジクラ 松本留吉の電線部門分離 合名会社からの切り出しと株式会社化 1910年3月に電線部門を分離独立。藤倉電線護謨合名会社が資本金50万円の藤倉電線を設立し、ゴム引防水布事業と別会社に分離した 電線とゴム引防水布という販売先の異なる二事業を一つの合名会社で抱える状態を解き、電線部門を株式会社として分離独立させ、増資と設備投資の余地を電線に集中させた判断 二つに分けた線の引き方 松本留吉氏が引いた線は、製品の似かよりではなく、資金の集め方に沿っていた。電線は熔銅から伸線、ケーブル化までの工程を内製化するほど設備が重くなる事業で、合名会社の資本金20万円では次の投資に足りない。新会社が50万円で出発し、6年後に200万円まで積み上げた事実は、分離が増資のための手続きでもあったことを示している。銅山を持たない会社が銅を扱う工程へ進むには、外から資本を入れられる株式会社の形が要ったとみられる。 分社・スピンオフ・子会社上場 選択と集中"},{"k":"decision","u":"/tse/6501/decisions/founding-1910/","t":"修理工場から自前主義で興した国産電機メーカーの始まり","c":"日立製作所","y":1910,"col":"#C60202","s":"外国製機器に依存する電力・産業設備の輸入代替という機会に、技術提携を避けて自前で国産化を進めた創業","x":"1910 日立製作所 日立鉱山からの創業 修理工場から自前主義で興した国産電機メーカーの始まり 1910年に日立鉱山からの創業。東京電灯出身の小平浪平氏が国産技術で5馬力誘導電動機を完成させ、1920年2月に資本金1,000万円で独立 外国製機器に依存する電力・産業設備の輸入代替という機会に、技術提携を避けて自前で国産化を進めた創業 自前主義が残したもの この創業が示すのは、既存の技術体系に従属しない選択が、一企業の気質をどこまで規定しうるかという点である。舶来品と外国人技術者に囲まれた電力業界の内側で、小平氏はロイヤリティに依存する成長ではなく、同じ費用を自前の研究に投じて技術を蓄える道を選んだ。修理工場という小さな組織から出発したこの判断は、目先の効率よりも技術の自立を優先するものであり、以後の日立の骨格を形づくったのだろう。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8235/decisions/ito-gofukuten-incorporation-1910/","t":"株式会社いとう呉服店への改組と、座売りを廃した陳列方式への切り替え","c":"松坂屋","y":1910,"col":"#4072B6","s":"渡米実業団で外国の百貨店を見た伊藤祐民氏が、上野の店での試行を経て、名古屋市から打診された栄町の市有地に陳列方式の店を建て、三百年続いた呉服商を資本金50万円の…","x":"1910 松坂屋 名古屋で百貨店開業 株式会社いとう呉服店への改組と、座売りを廃した陳列方式への切り替え 1910年2月に株式会社いとう呉服店を設立。1611年創業の店を改組し、資本金50万円で名古屋栄町に本店を構え百貨店業を主目的に掲げる 渡米実業団で外国の百貨店を見た伊藤祐民氏が、上野の店での試行を経て、名古屋市から打診された栄町の市有地に陳列方式の店を建て、三百年続いた呉服商を資本金50万円の株式会社へ改組した判断 反対を説得ではなく既成事実で越えた手順 注文を受けてから品を出す商いを、店頭に並べた品で客の欲しさを誘う商いへ切り替えるのは、売り方だけでなく商人の倫理にかかわる問題だった。祐昌氏の見方もそこにあり、客の買う気をあおって売る商いは道に外れると考えていた。当時の呉服商に広く通じる考え方である。祐民氏は議論で打ち負かす道を取らず、まず上野で試して成功させた。名古屋でも、市が持ちかけてきた栄町の土地を受けて店を建てた。反対を説得ではなく既成事実で越えたところに、この判断の実務的な性格がうかがえる。 祖業・主力事業の転換 販路・チャネル転換 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/2101/decisions/nitto-scandal-1909/","t":"関税還付の期限延長を狙った代議士買収と粉飾の露見、全重役の辞職と藤山雷太氏の招聘","c":"大日本製糖","y":1909,"col":"#333333","s":"株主が選任した社外の監査役による報告でタコ配当と未納税金の操作が明るみに出て、贈賄と株価操縦を重ねた経営陣が総退陣し、後継役員の指名で再建に入った","x":"1909 大日本製糖 日糖疑獄事件が発覚 関税還付の期限延長を狙った代議士買収と粉飾の露見、全重役の辞職と藤山雷太氏の招聘 1909年4月に日糖疑獄事件が発覚。取締役の磯村音介氏らによる衆議院議員への贈賄とタコ配当が露見し、酒匂常明社長以下が総辞職 株主が選任した社外の監査役による報告でタコ配当と未納税金の操作が明るみに出て、贈賄と株価操縦を重ねた経営陣が総退陣し、後継役員の指名で再建に入った 制度の果実と、身内でない監査役 1908年11月の総会で株主が通せた議案は、調査委員会の設置ではなく監査役の入れ替え一つにすぎない。資本金1,200万円の会社が額面50円の株を18円10銭まで落とすあいだ、社内に経営を止める仕組みはなかった。そこへ座った瓜生震氏が社外で実務を積んだ人物であったことが、タコ配当と未納税金の操作を表に出す唯一の回路になっただろう。磯村音介氏と秋山一裕氏が握っていたのは事業の成績ではなく、還付の延長と官営化という制度の側の果実であった。 不祥事・信頼回復 機関設計・取締役会改革 トップ交代・承継"},{"k":"decision","u":"/tse/3941/decisions/corrugated-board-1909/","t":"「段ボール」の命名と国産化に踏み出した事業の立ち上げ","c":"レンゴー","y":1909,"col":"#004793","s":"舶来品しか無かった弾力性のある緩衝紙を井上貞治郎氏が独力で試作・命名し、国産の紙器事業として立ち上げた市場創出の判断","x":"1909 レンゴー 井上貞治郎の三成社創業 「段ボール」の命名と国産化に踏み出した事業の立ち上げ 1909年4月に井上貞治郎が三成社を創業。東京で輸入品に頼る弾力性のある緩衝紙を手製の機械で国産化し、段ボールと名づけた 舶来品しか無かった弾力性のある緩衝紙を井上貞治郎氏が独力で試作・命名し、国産の紙器事業として立ち上げた市場創出の判断 名づけることが、市場をつくった この判断の核心は、技術の独創よりも、輸入品を分解して国産の製造手段に置き換え、そこに呼びやすい名前を添えた点にある。井上貞治郎氏は舶来の\"なまこ紙\"を手製の機械で作り替え、\"段ボール\"という語呂の良い呼び名を与えた。呼び名すら無かった資材に名称と国産品が同時に生まれたことで、国内にそれまで存在しなかった商品カテゴリーが立ち上がったと推察される。先行者がカテゴリーの標準を握る強さが、その後の事業の土台になった。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/1511/decisions/three-mine-integration-1908/","t":"大爆発を起こした豊国炭砿の引き受けと、3炭砿を1社にまとめる統合","c":"明治鉱業","y":1908,"col":"#1a5c9c","s":"殉職者365名の大爆発で経営者を欠いた豊国炭砿を、債権者である三井への肩代わり交渉が不調に終わったのち自己の資産を賭して引き受け、明治・赤池と合わせた3炭砿を一…","x":"1908 明治鉱業 明治鉱業の設立 大爆発を起こした豊国炭砿の引き受けと、3炭砿を1社にまとめる統合 1908年1月に明治鉱業の設立。安川敬一郎氏が殉職者365名の豊国炭砿を私財で引き受け、3炭砿を資本金500万円で統一 殉職者365名の大爆発で経営者を欠いた豊国炭砿を、債権者である三井への肩代わり交渉が不調に終わったのち自己の資産を賭して引き受け、明治・赤池と合わせた3炭砿を一つの会社へ統一した 肩代わりを頼む側から、背負う側へ 三井への肩代わりを頼む側に立っていた安川敬一郎氏は、交渉が不成功に終わった時点で、自分が示した200万円の条件をそのまま呑む側へ回った。その数か月前に、手許に残った400万円近い資金のうち330万円を明治専門学校の基金へ振り向けており、豊国を背負う余力が残っていたとは考えにくい。赤池の立坑を共同で仕上げた平岡浩太郎氏との間柄と、自営の意思を持たない遺族の生活とが、採算の計算より先に立ったとみられる。 救済型m&a・支援受け入れ 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/mantetsu/decisions/gauge-conversion-1908/","t":"三呎六吋の狭軌からの改軌と、狭広軌併用による営業の継続","c":"南満洲鉄道","y":1908,"col":"#1B3A6B","s":"設立命令書第二条が課した「営業開始の日より満三箇年以内に四呎八吋半の軌間へ改築せよ」という義務のもと、戦時応急の三呎六吋狭軌を、輸送を止めないまま標準軌へ改築し…","x":"1908 南満洲鉄道 四呎八吋半への本線改築 三呎六吋の狭軌からの改軌と、狭広軌併用による営業の継続 1907年5月に本線の広軌改築へ着手。三呎六吋の狭軌を四呎八吋半へ改め、1908年5月30日に全線で広軌列車が開通 設立命令書第二条が課した「営業開始の日より満三箇年以内に四呎八吋半の軌間へ改築せよ」という義務のもと、戦時応急の三呎六吋狭軌を、輸送を止めないまま標準軌へ改築した判断 何に自らを合わせるかという選択 狭軌のままでも相当の利益は収められる、と会社自身が書いている。それでも三呎六吋を捨てたのは、満鉄線の値打ちが自線の輸送量ではなく、東清線と京奉線のあいだに立つ位置にあると踏んでいたからだろう。四呎八吋半への改築は政府命令書が課した義務であったが、期限まで一年十箇月を残して畳み、しかも狭軌の運転を一日も止めずに軌間を移した進め方は、義務の消化とは別の速度で動いていたとみられる。 大型設備投資 プラットフォーム・標準化 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/mantetsu/decisions/national-policy-company-1906/","t":"国営論も退け、半官半民の特殊会社として設立する道の選択","c":"南満洲鉄道","y":1906,"col":"#1B3A6B","s":"ポーツマス条約第七条が満州鉄道を商工業目的に限ると定めたため政府直轄案が閉ざされ、日米共同経営の予備協定も外相の反対で破棄された結果、形式は民営・実体は国家の別…","x":"1906 南満洲鉄道 日米共同経営案不採用 国営論も退け、半官半民の特殊会社として設立する道の選択 1906年6月に半官半民の特殊会社で発足。勅令第百四十二号により、長春旅順口間の鉄道を政府直轄でも日米共同経営でもなく営ませた ポーツマス条約第七条が満州鉄道を商工業目的に限ると定めたため政府直轄案が閉ざされ、日米共同経営の予備協定も外相の反対で破棄された結果、形式は民営・実体は国家の別働隊とする特殊会社の形式に落着した判断 条約の内側に国策を収めるという設計 ロシアが敷き、戦争の講和によって無償で移された鉄道である。事業を起こしたのではなく、荒廃した路線と年々一〇〇〇万ルーブル規模の欠損を引き受けたところから満鉄は始まった。児玉源太郎が構想した政府直轄の満州鉄道庁は、条約第七条が満州鉄道を商工業の目的に限ると縛った以上そのままでは置けない。形式を民営の会社とし実体を国家の別働隊とする解は、条文を満たしながら国営論の中身を温存する設計であり、国策を条約の内側へ収める作業だっただろう。 機関設計・取締役会改革 資金調達・財務戦略 中国・香港"},{"k":"decision","u":"/tse/8231/decisions/department-store-declaration-1904/","t":"座売りの全廃による陳列販売への転換","c":"三越","y":1904,"col":"#B7282E","s":"座売りの全廃で不特定多数を扱える売場を先に設け、株式会社化と同時に呉服以外へ品目を拡大する意思を宣言した業態転換","x":"1904 三越 デパートメントストア宣言 座売りの全廃による陳列販売への転換 1904年12月にデパートメントストア宣言。資本金50万円の株式会社三越呉服店として設立され、越後屋以来の事業を承継する 座売りの全廃で不特定多数を扱える売場を先に設け、株式会社化と同時に呉服以外へ品目を拡大する意思を宣言した業態転換 宣言は、売場が先に出した結論であった 明治33年10月に本店の全階を陳列場とし、座売りを全廃した時点で、三越は呉服以外を並べられる店になっていた。デパートメントストア宣言が出るのはその4年後、株式会社三越呉服店を設立した明治37年12月である。宣言が新しい業態を呼び込んだのではなく、陳列販売を採り入れてから9年かけた売場の改造が、宣言を出せる状態を先に作っていた。日比翁助氏が会社の形を変える月にそれを対外へ示したのは、売り方の改造がひととおり済んだという判断があったからだと推察される。 収益モデル転換 販路・チャネル転換 ブランド・マーケティング 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8804/decisions/tianjin-keijo-expansion-1903/","t":"租界地の払い下げを受けた支店開設と、漢口・満州へ広がる版図","c":"東京建物","y":1903,"col":"#009348","s":"反動不況で国内の月賦金融が伸びなくなったなかで、政府が進める日本専管居留地の払い下げという制度上の機会に乗り、外地で住宅・ビルの建設と管理運営を営んだ進出","x":"1903 東京建物 天津・京城への外地展開 租界地の払い下げを受けた支店開設と、漢口・満州へ広がる版図 1903年3月に清国天津へ支店を開設した。外務省から日本租界地3万7,838坪の払い下げを受け、以後は漢口・京城・満州へ拠点を展開した 反動不況で国内の月賦金融が伸びなくなったなかで、政府が進める日本専管居留地の払い下げという制度上の機会に乗り、外地で住宅・ビルの建設と管理運営を営んだ進出 国家が用意した枠組みの内側で 不況で伸びなくなった国内の月賦金融に代えて、この会社が取得したのは外務省から払い下げられた租界地3万7,838坪であった。自力で市場を開拓したのではなく、政府が用意した枠組みの内側に、住宅とビルを建てて貸すという本業をそのまま持ち出した進出とみられる。昭和10年代に租界内の一等地の大半を所有するまで育ったのは、その枠組みが40年余り続いたからでもあった。 海外進出・現地生産 海外撤退・縮小 中国・香港 韓国"},{"k":"decision","u":"/tse/8750/decisions/mutual-company-founding-1902/","t":"株式会社の資本調達を捨て、剰余を契約者へ還す形の選択","c":"第一ライフグループ","y":1902,"col":"#f08300","s":"保険業法を起草した矢野恒太氏が、業法に自ら設けた相互会社の規定を用いて、株主への配当と株式による資本調達を持たない会社を設立し、剰余を契約者へ還す形を生命保険の…","x":"1902 第一ライフグループ 矢野恒太氏が相互会社で創業 株式会社の資本調達を捨て、剰余を契約者へ還す形の選択 1902年9月に基金20万円で第一生命保険相互会社を設立。矢野恒太氏が自ら起草した保険業法の相互会社規定を用い、日本で最初の相互組織による生命保険会社を設立した 保険業法を起草した矢野恒太氏が、業法に自ら設けた相互会社の規定を用いて、株主への配当と株式による資本調達を持たない会社を設立し、剰余を契約者へ還す形を生命保険の骨格に据えた創業 資本を持たない会社が持ったもの 相互会社を選ぶという判断は、理念の表明であると同時に、当時の生命保険業が抱えた最大の欠陥への処方箋だったのだろう。会社が相次いで消え、営利の手段として保険を扱う経営が信用を失っていた市場では、資本を出した株主が利益を取るという構造そのものが不信の源だった。剰余を契約者へ返す形は、その不信を制度の側から断つ工夫であり、代理店を置かず募集の費用を抑える方針も同じ線の上にある。株主への配当という出口を塞ぐかわりに、契約者への約束を会社の唯一の債務にしたのだといえる。 機関設計・取締役会改革 プライシング・価格政策"},{"k":"decision","u":"/tse/onoda-cement/decisions/mitsui-bussan-sales-1901/","t":"販売機能を自前で持たず外部へ全面的に委ねる体制への切り替え","c":"小野田セメント","y":1901,"col":"#004098","s":"日清戦後恐慌と宗像事件で払込資本金の23%に当たる欠損を計上したのを受け、自前の販売機能を三井物産合名会社へ全面的に委ね、製造に専念して稼働と資金繰りを立て直し…","x":"1901 小野田セメント 三井物産との一手販売契約 販売機能を自前で持たず外部へ全面的に委ねる体制への切り替え 1901年12月に三井物産と一手販売契約。宗像事件で払込資本金の23%の欠損を出し、笠井順八社長は私財を投じて辞任した 日清戦後恐慌と宗像事件で払込資本金の23%に当たる欠損を計上したのを受け、自前の販売機能を三井物産合名会社へ全面的に委ね、製造に専念して稼働と資金繰りを立て直した判断 危機を切り抜けた手段が残したもの 払込資本金の23%を一度に失った会社が次に手放したのは、工場ではなく販売であった。1901年12月21日の一手販売契約で、小野田セメントは製品を売る仕事ごと三井物産へ渡し、製造だけを手元に残す。神戸出張所の裏書手形が10万7615円の穴を開け、売込み競争が旅費と交際費を積み上げていた直後である。自前の販路を守るより、稼働を落とさずに製品をさばく相手を確保するほうが先だと判断しただろう。 販路・チャネル転換 経営再建・ターンアラウンド"},{"k":"decision","u":"/tse/4501/decisions/takadiastase-agency-1899/","t":"引き受けを機とした、薬種問屋によらない新薬販売への踏み出し","c":"三共","y":1899,"col":"#339933","s":"高峰譲吉氏が発明した消化酵素剤の一手販売を引き受け、薬種問屋の暖簾によらずに新薬業へ入り、輸入代理店から自家生産へ進んだ創業判断","x":"1899 三共 タカヂアスターゼの試売 引き受けを機とした、薬種問屋によらない新薬販売への踏み出し 1899年にタカヂアスターゼの試売。絹物業の塩原又策が高峰譲吉から委嘱を受け、西村庄太郎らと資本金3000円の三共商店を設立する 高峰譲吉氏が発明した消化酵素剤の一手販売を引き受け、薬種問屋の暖簾によらずに新薬業へ入り、輸入代理店から自家生産へ進んだ創業判断 暖簾がないことの自由と危うさ 暖簾を持たずに始めたことは、弱みであると同時に選択の自由でもあったと推察される。道修町の問屋であれば、既存の取引先と扱い品目に縛られ、一つの発明品にすべてを賭けることは通りにくい。塩原又策氏には守るべき販路がなく、失うものも小さかった。ただし、その自由は一人の科学者への依存と裏表であった。高峰譲吉氏が発明を他へ渡していれば、三共商店は成り立たない。この危うさを、塩原又策氏は代理店契約と自家生産工場という二つの実体で埋めた。 技術・r&d起点の勝負 収益モデル転換 北米"},{"k":"decision","u":"/tse/7459/decisions/founding-1898/","t":"同業と争わず店を移転し、病院と官需の卸へ回った","c":"メディパルホールディングス","y":1898,"col":"#E7202C","s":"元町通は薬店が密集し、同業組合の距離制限が新参の小売を締め出していた。熊田佐一郎氏は組合と争わずに店を東へ移転し、病院・官庁・鉄道といった大口の需要へ回ることで…","x":"1898 メディパルホールディングス 三星堂の創業 同業と争わず店を移転し、病院と官需の卸へ回った 1898年10月に神戸元町で開業。21歳の薬剤師が7坪の小売薬舗から出発し、同業組合と争わず店を東へ移転して卸へ回った 元町通は薬店が密集し、同業組合の距離制限が新参の小売を締め出していた。熊田佐一郎氏は組合と争わずに店を東へ移転し、病院・官庁・鉄道といった大口の需要へ回ることで、小売から卸へ業態を移行した 距離制限に負けた店が、なぜ卸になれたのか 徳盛会の距離制限は、開業したばかりの三星堂を問屋との取引から締め出す仕打ちであった。ところが熊田佐一郎氏はこれに抗議も対抗もせず、2年目に店を東へ動かしている。組合に頭を下げて入会が許され、店は約70坪と10倍になった。この移転を敗北とみるかどうかで、創業の読み方が変わる。争えば競争優位に立てたとしても、優位に立った相手は元町通に並ぶ薬店であり、卸に回ったときの得意先そのものである。小売の店頭で同業と客を奪い合う位置から半歩退き、彼らへ薬を流す側に立つ。距離制限に押し出された移転が、結果として業態の選択になっただろう。 垂直統合・内製化 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/5802/decisions/copper-works-founding-1897/","t":"日本製銅の買収を足がかりとする銅線製造事業の立ち上げ","c":"住友電工","y":1897,"col":"#2E008B","s":"別子銅山で掘った銅を地金のまま販売せず国内で製品へ加工するため、経営難の日本製銅を買収して伸銅と銅線の製造工程を自社に取り込んだ創業","x":"1897 住友電工 住友伸銅場を開設 日本製銅の買収を足がかりとする銅線製造事業の立ち上げ 1897年1月に住友伸銅場を開設。住友本店が行き詰まった日本製銅を買収し、大阪市北区で銅板・銅棒と銅線の製造を開始した 別子銅山で掘った銅を地金のまま販売せず国内で製品へ加工するため、経営難の日本製銅を買収して伸銅と銅線の製造工程を自社に取り込んだ創業 買収したのは会社ではなく、銅の行き先 住友本店はすでに別子銅山という原料を握り、新居浜の製錬所が出す煙の後始末に四阪島移設という巨額の投資まで払っていた。足りなかったのは、掘って精錬した銅を国内で製品に変える工程だけである。1895年に設立されて経営に行き詰まっていた日本製銅を1897年に買い受けて取得したのは、伸銅の設備と職工を備えた一つの会社ではなく、別子の銅の行き先だったと思われる。 垂直統合・内製化 救済型m&a・支援受け入れ 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/7951/decisions/founding-1897/","t":"一台の修理を出発点とした国産楽器メーカーへの踏み出し","c":"ヤマハ","y":1897,"col":"#895ebd","s":"明治政府の音楽科教育で広がる学校向けの楽器需要に、医療機器修理で培った技術を持つ山葉寅楠氏が輸入品の国産代替で応え、個人事業から株式会社化して国産楽器メーカーを…","x":"1897 ヤマハ 浜松尋常小学校のオルガン修理 一台の修理を出発点とした国産楽器メーカーへの踏み出し 1897年10月に山葉寅楠氏が日本楽器製造を設立。浜松市板屋町に資本金10万円で興し、1887年のオルガン1台の修理を出発点とした 明治政府の音楽科教育で広がる学校向けの楽器需要に、医療機器修理で培った技術を持つ山葉寅楠氏が輸入品の国産代替で応え、個人事業から株式会社化して国産楽器メーカーを設立した創業 修理の技術が国産楽器へ橋渡しされるまで この創業から見えてくるのは、まったく新しい技術ではなく、輸入品を分解して構造を読み解く修理の技術が、国産楽器という新しい事業へ橋渡しされた経緯である。山葉寅楠氏は時計や医療機器の修理で培った精密機器の扱いを、オルガンという未知の対象へ応用し、輸入品の模倣から量産へと段階を踏んで事業を組み上げていった。明治政府の音楽科教育が生んだ学校需要という時代の追い風が、この技術転用に事業として立つ足場を与えていたとみられる。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/5801/decisions/founding-1896/","t":"足尾銅山の電気銅を自社で加工し製品に変える事業としての創業","c":"古河電工","y":1896,"col":"#0065CC","s":"電灯と通信網の拡大で銅線需要が高まる市場機会に、足尾銅山の電気銅の加工先を社内へ取り込む垂直統合として、古河市兵衛氏が横浜電線製造を設立した創業","x":"1896 古河電工 横浜に電線工場開設 足尾銅山の電気銅を自社で加工し製品に変える事業としての創業 1896年6月に横浜に電線工場開設。足尾銅山を経営する古河市兵衛氏が雨宮敬次郎氏らと資本金30万円の横浜電線製造を設立した 電灯と通信網の拡大で銅線需要が高まる市場機会に、足尾銅山の電気銅の加工先を社内へ取り込む垂直統合として、古河市兵衛氏が横浜電線製造を設立した創業 鉱山王の垂直統合が残したもの この創業が示すのは、鉱山で得た資本を川下の加工業へ振り向けた垂直統合の判断である。足尾銅山の電気銅という自社資源に確実な出口を用意するため、古河市兵衛氏は電線製造という加工部門を社内に設けた。完成品の華やかさではなく、電気を運ぶ線材という産業の土台を担う領域を選んだ点に、鉱山業から一歩を進めた事業家の計算が読み取れる。銅の採掘・製錬・加工を一つの系列で結ぶ構えが、後の非鉄金属メーカーへの道筋を用意したのだろう。 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/8804/decisions/founding-1896/","t":"月賦建築請負・担保貸付・売買仲介を1社で手がけた不動産金融の始まり","c":"東京建物","y":1896,"col":"#009348","s":"住宅金融制度のない明治の都市膨張という機会に、安田銀行で担保不動産の処分を扱ってきた銀行家が、月賦建築請負・担保貸付・売買仲介を1社に集約した法人組織の不動産金…","x":"1896 東京建物 安田善次郎による設立 月賦建築請負・担保貸付・売買仲介を1社で手がけた不動産金融の始まり 1896年10月に東京建物が設立された。安田銀行を率いた初代安田善次郎氏らの発起で、日本橋区呉服町に資本金100万円を据えた 住宅金融制度のない明治の都市膨張という機会に、安田銀行で担保不動産の処分を扱ってきた銀行家が、月賦建築請負・担保貸付・売買仲介を1社に集約した法人組織の不動産金融会社を設立した創業 制度の空白に法人の受け皿を用意した創業 この創業が示すのは、住宅ローンも住宅金融公庫もない時代に、市民の住宅資金という制度の空白へ法人組織で応えようとした選択の意味である。月賦で建て、担保に取って貸し、売買を仲介するという三つの機能を一つの会社に集約した設計は、銀行の融資業務で担保不動産を扱ってきた安田善次郎氏の実務経験を、独立した会社の形へ移し替えたものと読める。個人の金融業者に頼るしかなかった住宅資金の流れに、法人という受け皿を用意した創業であったのだろう。 垂直統合・内製化 隣接領域への展開"},{"k":"decision","u":"/tse/8766/decisions/kagami-london-restructuring-1894/","t":"増資ではなく払込資本金の半額切り捨てを選び、引受量より危険の選別を取った英国営業の立て直し","c":"東京海上ホールディングス","y":1894,"col":"#d50000","s":"1890年以降のイギリス営業が招いた巨額の損失に対し、増資や現地ブローカー任せの継続ではなく、26歳の各務鎌吉氏をロンドンへ送り、年度別計算の採用と払込資本金の…","x":"1894 東京海上ホールディングス ロンドン損失の半額減資 増資ではなく払込資本金の半額切り捨てを選び、引受量より危険の選別を取った英国営業の立て直し 1894年7月に26歳の各務鎌吉をロンドンへ派遣した。英国営業の損失を払込資本金75万円の半額切り捨てで整理し、年度別計算を採用した。 1890年以降のイギリス営業が招いた巨額の損失に対し、増資や現地ブローカー任せの継続ではなく、26歳の各務鎌吉氏をロンドンへ送り、年度別計算の採用と払込資本金の半額切り捨てで損失を整理した縮小再建 引き受けを削る資本の切り下げ この判断が示すのは、海外で負った損失を資本の側から始末した点である。増資で穴を埋めれば引受量は保てるが、損失を生んだ引き受けの構えはそのまま残る。払込資本金75万円の半額を切り捨てる処理は、失った約50万円を帳簿の上で確定させ、会社の規模をいったん損失の実態へ合わせる作業にあたる。あわせて採った年度別計算は、期をまたいで曖昧になっていた損益を毎年締める仕組みであり、次の損失を早く見つけるための装置だった。資本を縮め、勘定を締め、引き受けを選ぶ——三つが一組で動いている。 経営再建・ターンアラウンド 資金調達・財務戦略 海外撤退・縮小 欧州"},{"k":"decision","u":"/tse/1802/decisions/founding-1892/","t":"乾物問屋の三男が商家の家業を離れて選んだ土木建築請負業への出発","c":"大林組","y":1892,"col":"#00a84d","s":"市制施行後の大阪で近代港湾・鉄道・官公庁舎の建設需要が立ち上がる機会に、商家の信用と人脈を持つ若い商人が技術蓄積の乏しさを受注力で補い、建築と土木の双方で工事を…","x":"1892 大林組 阿波座で創業 乾物問屋の三男が商家の家業を離れて選んだ土木建築請負業への出発 1892年1月に阿波座で創業。乾物問屋大徳の三男で27歳の大林芳五郎氏が土木建築の請負を興し、1898年の大阪市築港工事へ 市制施行後の大阪で近代港湾・鉄道・官公庁舎の建設需要が立ち上がる機会に、商家の信用と人脈を持つ若い商人が技術蓄積の乏しさを受注力で補い、建築と土木の双方で工事を取り込む請負業の創業 商家の信用を足場にした創業が残したもの この創業が示すのは、技術の蓄積ではなく商家として培った信用と人脈を足場に、建設という成長業種へ入った選択の意味である。大林芳五郎氏は建築と土木のどちらにも絞らず、市制施行後の大阪で立ち上がる官需を受注の力で取り込んでいった。無名の個人業者が大阪市築港と内国勧業博覧会という大阪の大工事を相次いで手がけたことが、関西の先行業者と並ぶ足場を用意しただろう。 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/8004/decisions/founding-1892/","t":"外商依存から脱するための綿花直輸入機関","c":"ニチメン","y":1892,"col":"#333333","s":"大規模紡績の続出で原料綿の輸入が急増する一方、綿花の供給は神戸在留の外国商が掌握していた。紡績各社が個別には持てなかった買い付けの機能を一社に集約し、産地から直…","x":"1892 ニチメン 日本綿花の設立 外商依存から脱するための綿花直輸入機関 1892年11月に日本綿花を設立。摂津や平野など四紡績と綿花商ら発起人25名が集い、公称資本金100万円で同年12月に開業 大規模紡績の続出で原料綿の輸入が急増する一方、綿花の供給は神戸在留の外国商が掌握していた。紡績各社が個別には持てなかった買い付けの機能を一社に集約し、産地から直に綿花を調達する経路を構築した 100万円の会社が引き受けたのは、どの機能だったか 摂津・平野・尼崎・天満の四紡績は、綿糸の市場では互いに客を奪い合う間柄でありながら、綿花の買い方については同じ会社に相乗りした。神戸在留の外国商の暴利に苦しんだのは一社ではなく紡績業全体で、単独で産地へ人を出しても相場も船も押さえられない。買い付けの機能を一箇所に集めるほかなかっただろう。原料の値決めを外に握られている限り、工場の錘数をいくら増やしても採算は自分たちの手に戻らない。日本綿花の100万円は、その共通の困りごとに対して出された金であった。 海外進出・現地生産 垂直統合・内製化"},{"k":"decision","u":"/tse/8802/decisions/founding-1890/","t":"創業——誰も手を挙げなかった土地の引き受けから始まる日本最大の不動産会社","c":"三菱地所","y":1890,"col":"#DC000C","s":"入札不調に終わった官有地の払い下げを機に、三菱財閥2代目の岩崎弥之助氏が政府との長期関係を優先して丸ノ内一帯を一括買収し、西洋式のオフィス街を築いて都市不動産の…","x":"1890 三菱地所 丸ノ内の入札ゼロ買収 創業——誰も手を挙げなかった土地の引き受けから始まる日本最大の不動産会社 1890年3月に丸ノ内の陸軍用地を一括買収した。岩崎弥之助氏が大蔵大臣松方正義氏の打診を受け、入札不調の練兵場跡地約35万坪を128万円で取得 入札不調に終わった官有地の払い下げを機に、三菱財閥2代目の岩崎弥之助氏が政府との長期関係を優先して丸ノ内一帯を一括買収し、西洋式のオフィス街を築いて都市不動産の専業経営へ育てた創業 不用の地とされた買収が残したもの この創業が示すのは、目立った使い道の見えない原野を一括で買い取り、そこに西洋式のオフィス街を築くという長い時間軸の選択である。買収の当初は社内からも批判を招き、地元紙も繁盛の見込みを疑った。1894年の三菱1号館から1918年の一丁倫敦、そして1923年の丸ビルへと、賃貸を担う建物を1棟ずつ積み上げた歩みが、値の付かなかった土地を東京の中心的なビジネス街へ変えていったのだろう。 大型設備投資 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/7974/decisions/founding-1889/","t":"京都で興した手工の家業の始まりと、3代にわたる同族での承継","c":"任天堂","y":1889,"col":"#E60012","s":"1886年の花札公認で表に出た遊技具需要に、セメント商家の山内家が副業として花札・骨牌の手工製造で参入した創業","x":"1889 任天堂 山内房治郎氏の花札製造 京都で興した手工の家業の始まりと、3代にわたる同族での承継 1889年9月に山内房治郎氏が花札の手工製造を開始した。京都市下京区でセメント販売の灰孝本店の副業として創業し、村井吉兵衛氏の販路に乗った 1886年の花札公認で表に出た遊技具需要に、セメント商家の山内家が副業として花札・骨牌の手工製造で参入した創業 副業から始まった家業が残したもの 任天堂の創業が示すのは、確たる本業を持つ商家が、その収益を後ろ盾に副業として新たな事業を起こしたことである。セメント販売で得た商いの経験と資金が、生活必需品ではない娯楽商品を継続して供給する事業を支え、村井兄弟商会という他社の流通に相乗りする軽やかさが、京都の小さな工房に全国市場への道を開いた。既存の稼ぎに支えられた副業として遊技具を手がけた出発点は、後年の任天堂が新規の事業で赤字を抱えても揺らがずにいられた体質の原型と思われる。 創業家・同族 飛び地・非関連多角化"},{"k":"decision","u":"/tse/4452/decisions/founding-1887/","t":"舶来雑貨の小売から桐箱入り「花王石鹸」の製造業への転身","c":"花王","y":1887,"col":"#05AC8F","s":"舶来の高級品と粗製の国産品に二極化した石鹸市場の空白という機会に、輸入石鹸を扱った小売が需要と品質評価を先に掴み、桐箱入りの国産高級石鹸「花王石鹸」を自社製造で…","x":"1887 花王 日本橋の洋小間物商で創業 舶来雑貨の小売から桐箱入り「花王石鹸」の製造業への転身 1887年6月に日本橋の洋小間物商で創業。24歳の長瀬富郎が馬喰町に長瀬商店を出店し、1890年10月に桐箱入りの国産石鹸を発売 舶来の高級品と粗製の国産品に二極化した石鹸市場の空白という機会に、輸入石鹸を扱った小売が需要と品質評価を先に掴み、桐箱入りの国産高級石鹸「花王石鹸」を自社製造で投じて流通から製造へ転じた創業 需要を読んでから製造へ進んだ商人の選択 この創業が示すのは、完成品の製造から始めるのではなく、輸入石鹸を売り歩く小売の側から市場に参入した選択の意味である。舶来の高級品と粗製の国産品に二極化した市場で、価格と品質のあいだの空白を需要の側から読み取り、そのうえで桐箱入りの高級石鹸を自社で製造した。需要を確かめてから製造へ参入するという順序が、無名の一小売商を石鹸の全国メーカーへ育てる下地になったとみられる。 祖業・主力事業の転換 ブランド・マーケティング 高付加価値化・プレミアム"},{"k":"decision","u":"/tse/7976/decisions/founding-pencil-1887/","t":"輸入品を使う逓信省への納入・三菱マークの商標登録","c":"三菱鉛筆","y":1887,"col":"#DF1B26","s":"輸入品しか存在しなかった鉛筆を、代理販売ではなく自製で国内に立ち上げ、品質を比べられる官庁を最初の顧客に据えた創業","x":"1887 三菱鉛筆 真崎鉛筆製造所の創業 輸入品を使う逓信省への納入・三菱マークの商標登録 1887年に真崎仁六氏が真崎鉛筆製造所を創業。パリ万博で見た鉛筆を約10年かけて試作し、輸入品を使う逓信省を最初の顧客とした 輸入品しか存在しなかった鉛筆を、代理販売ではなく自製で国内に立ち上げ、品質を比べられる官庁を最初の顧客に据えた創業 顧客の品番が、そのまま社章になった 三菱鉛筆の社章は、自社の中から出てきた意匠ではない。三個のダイヤが表しているのは、逓信省に採用された局用鉛筆1号・2号・3号という顧客側の品番である。真崎家代々の家紋である三鱗にも重ねられているが、三つという数は発注する側の区分から来ている。最初の顧客を官庁に置いた判断は、販路を一つ得たにとどまらず、会社が現在まで使い続ける印までを外から決めた。 技術・r&d起点の勝負 販路・チャネル転換 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/9531/decisions/gas-privatization-1885/","t":"引き受けと東京瓦斯会社の創立","c":"東京ガス","y":1885,"col":"#0068B7","s":"東京府議会が1881年に決議した官営ガス事業の民間払い下げに対し、赤字のまま安価に譲渡することへ反対して延期させ、屋内需要の開拓と設備増強で黒字化させたうえで1…","x":"1885 東京ガス 東京府瓦斯局の払い下げ 引き受けと東京瓦斯会社の創立 1885年10月に東京府瓦斯局の払い下げを受けて創立。渋沢栄一と藤本精一が総代となり資本金27万円で日本最初の民間ガス会社となる 東京府議会が1881年に決議した官営ガス事業の民間払い下げに対し、赤字のまま安価に譲渡することへ反対して延期させ、屋内需要の開拓と設備増強で黒字化させたうえで1885年に引き受けて創業した判断 安く取得する機会を、四年分の手間と引き換えにした 1881年に東京府議会が決議した払い下げを止めたのは、それを受け取る側になりうる渋沢栄一氏本人であった。安く買える機会をその場で使わず、屋内需要の開拓と設備増強、上海への技術者派遣に四年を費やし、黒字にしてから27万円で引き受けている。順序を入れ替えれば、税で支えた分の値打ちを府民から民間へ移す取引になっていた。公益事業を民間が引き受ける条件を、引き受ける当人が先に整えた例といえる。 経営再建・ターンアラウンド 大型設備投資"},{"k":"decision","u":"/tse/5714/decisions/founding-1884/","t":"藤田組が官営鉱山を受け、黒鉱自溶製錬で果たした再生","c":"DOWA","y":1884,"col":"#008D9F","s":"官営事業の民間払下げで採算難の小坂鉱山を取得し、黒鉱自溶製錬の技術を確立して国内一の産銅地へ再生させた鉱山会社の創業","x":"1884 dowa 小坂鉱山の払下げ 藤田組が官営鉱山を受け、黒鉱自溶製錬で果たした再生 1884年9月に小坂鉱山の払下げ。奇兵隊を経た藤田伝三郎氏の藤田組が秋田県小坂村で鉱山業に入り、黒鉱の製錬に長く苦しんだ 官営事業の民間払下げで採算難の小坂鉱山を取得し、黒鉱自溶製錬の技術を確立して国内一の産銅地へ再生させた鉱山会社の創業 官需の商人が鉱業の会社になるまで この創業が示すのは、既存の官営資産を払下げで引き受けた企業が、その資産に眠る技術の壁を越えられるかどうかで命運を分けた経緯である。藤田組は長州人脈と官需で蓄えた資本を元手に小坂鉱山を取得したものの、黒鉱の製錬という難題の前に一度は閉山の指示を受けている。手にした鉱山を手放さずに残せたのは、久原房之助氏の技術と井上馨氏の後ろ盾という、資本の外にある要素が働いた結果と思われる。 経営再建・ターンアラウンド 技術・r&d起点の勝負"},{"k":"decision","u":"/tse/onoda-cement/decisions/kinroku-bond-founding-1881/","t":"株主が差し出した公債を元手とするセメント製造業の立ち上げ","c":"小野田セメント","y":1881,"col":"#004098","s":"政府の拝借金が事業資金の見積の半ばに届かず、不足分を株主の現金出資ではなく、秩禄処分で交付された金禄公債の抵当運用によって賄った創業","x":"1881 小野田セメント 金禄公債を担保に設立 株主が差し出した公債を元手とするセメント製造業の立ち上げ 1881年5月にセメント製造会社が成立。山口県厚狭郡小野田で、政府の拝借金2万5000円と発起人の金禄公債を資本に据えた 政府の拝借金が事業資金の見積の半ばに届かず、不足分を株主の現金出資ではなく、秩禄処分で交付された金禄公債の抵当運用によって賄った創業 制度がもたらした証券を、事業資本へ 政府が認めた拝借金2万5000円は、笠井順八氏らが積み上げた見積6万1600円の半ばにも届かなかった。残りを埋める道は、現金を集めるか、士族が家禄に代えて受け取った公債に頼るかしかない。笠井氏が採ったのは後者で、公債の所有権は株主に残し、会社は抵当として使う権利だけを預かった。国立銀行が同じ公債を現物出資として吸い上げていた時代にここまで譲ったのは、前例のないセメント事業へ萩や山口の士族を引き入れるには、そこまで下りる必要があったからなのだろう。 資金調達・財務戦略"},{"k":"decision","u":"/tse/8031/decisions/founding-1876/","t":"資本を持たずに興した商社と、解体と再結集を重ねた二層構造","c":"三井物産","y":1876,"col":"#333333","s":"三井家の商事部門を別法人として切り離し、資本金を計上せず人材主義で若手を海外へ送り、石炭・米・官用品の三品から綿花・機械・生糸へ取扱を拡大して総合商社の業態を日…","x":"1876 三井物産 益田孝氏による無資本創業 資本を持たずに興した商社と、解体と再結集を重ねた二層構造 1876年7月に旧三井物産会社を発足。28歳の益田孝氏が日本橋駿河町の三井組ハウスで、資本金を計上せず石炭・米・官用品の三品から始めた 三井家の商事部門を別法人として切り離し、資本金を計上せず人材主義で若手を海外へ送り、石炭・米・官用品の三品から綿花・機械・生糸へ取扱を拡大して総合商社の業態を日本に築いた創業 無資本で興した商社が二度生まれた意味 この創業で効いたのは、資本を持たないことが制約ではなく機動力として働いた点だろう。自前の資本金を計上しない以上、拠点も商材も固定して保有する対象にはならない。益田孝氏は開業後まもなく上海からミラノまで7都市へ人を送り、直輸出が伸びないと見るや1881年から順に閉鎖した。石炭・米・官用品の三品で始めて明治末に300種まで広げた歩みも、人を置く場所と扱う物を選び直し続けた延長にある。資本ではなく人材を組織の原理に据えた選択が、後の総合商社という業態の型を用意したと読める。 分社・スピンオフ・子会社上場 海外進出・現地生産 外部人材・プロ経営者"},{"k":"decision","u":"/tse/7182/decisions/postal-savings-founding-1875/","t":"手紙のために引かれた窓口網を小口貯蓄の受け皿にも使うという選択","c":"ゆうちょ銀行","y":1875,"col":"#009900","s":"全国均一料金で結ばれた郵便局の窓口を、手紙だけでなく小口貯蓄の受け皿としても使うと決め、国の直営事業として貯蓄を預かり運用する形をつくった選択","x":"1875 ゆうちょ銀行 郵便局で郵便貯金を創業 手紙のために引かれた窓口網を小口貯蓄の受け皿にも使うという選択 1875年5月に郵便貯金事業を創業。1871年に創設された郵便局の窓口を小口貯蓄の受け皿に転用し、2007年10月の民営化までは国の直営事業として続いた。 全国均一料金で結ばれた郵便局の窓口を、手紙だけでなく小口貯蓄の受け皿としても使うと決め、国の直営事業として貯蓄を預かり運用する形をつくった選択 窓口を持たずに預金を調達する銀行のかたち この創業が決めたのは、預金を集める場所を自分では作らないという形であった。1873年に全国均一料金が敷かれた郵便局の網は、手紙のために引かれたものであって、貯蓄のために引かれたものではない。そこへ為替と貯金を相次いで載せた選択は、金融機関としての店舗投資をほとんど払わずに、当時の日本で最も細かく張られた窓口を獲得することに等しかったとみられる。150年後のゆうちょ銀行が、直営店235箇所に対して2万を超える郵便局に代理店を置くという他の銀行に例のない形をとっているのは、この起点から一度も外れていないためである。 隣接領域への展開 販路・チャネル転換"},{"k":"decision","u":"/tse/1801/decisions/founding-1873/","t":"大倉喜八郎氏による創業と、業界初となる「建設」の社名採用","c":"大成建設","y":1873,"col":"#E85312","s":"文明開化期の輸入需要と明治政府の公共工事需要という二つの機会に、欧米視察で洋式商社を学んだ大倉喜八郎氏が貿易と建設工事請負を両輪とする商会を創業し、のちに業界初…","x":"1873 大成建設 大倉組商会として創業 大倉喜八郎氏による創業と、業界初となる「建設」の社名採用 1873年10月に大倉組商会として創業。大倉喜八郎氏が日本橋通三丁目に資本金15万円で興し、直輸入貿易と建設請負を両輪に据えた 文明開化期の輸入需要と明治政府の公共工事需要という二つの機会に、欧米視察で洋式商社を学んだ大倉喜八郎氏が貿易と建設工事請負を両輪とする商会を創業し、のちに業界初の株式会社化と「建設」社名の採用へ至った創業 二層の創業がたどり着いたもの この創業が示すのは、会社の組織形態が制度環境に強く規定されていた経緯である。大倉喜八郎氏個人の商会として発足した土木部門は、公共工事の拡大を受けて1887年に法人へ、会計法の競争入札移行を受けて1892年に再び個人へ差し戻され、1917年に株式会社として独立し直した。法人と個人を往復した二層の創業は、随意契約から競争入札へと移る官公需の制度が、建設会社の形そのものを規定していたことをうかがわせる。 飛び地・非関連多角化 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/4911/decisions/founding-1872/","t":"西洋医薬の店頭販売から化粧品メーカーへ広がった事業の起点","c":"資生堂","y":1872,"col":"#BC1928","s":"医師が処方も販売も担う慣行のなか、医薬分業を実地に示す民間洋風調剤薬局として発足し、医薬品の品質管理を武器に衛生用品・化粧品へ業域を拡大した創業","x":"1872 資生堂 銀座の洋風調剤薬局で創業 西洋医薬の店頭販売から化粧品メーカーへ広がった事業の起点 1872年9月に銀座の洋風調剤薬局で創業。海軍病院薬局長を辞した福原有信氏が現在の銀座8丁目に開き、屋号は易経の万物資生から 医師が処方も販売も担う慣行のなか、医薬分業を実地に示す民間洋風調剤薬局として発足し、医薬品の品質管理を武器に衛生用品・化粧品へ業域を拡大した創業 万物資生という名が結んだもの 医薬分業という一つの理念から出発した薬局が、化粧品メーカーへ姿を変えていった道筋は、創業判断の帰結として振り返るに値する。医薬品の成分管理という薬局の強みが、練歯磨や化粧水という消費財の品質差別化へと移し替えられた。社名に掲げた\"万物資生\"の四字が、薬学と美という異なる領域を一社のうちに結ぶ言葉として働いていたと思われる。 祖業・主力事業の転換 隣接領域への展開 ブランド・マーケティング"},{"k":"decision","u":"/tse/8063/decisions/founding-1862/","t":"1862年の鈴木商店系・日商との合併による日商岩井の発足","c":"日商岩井","y":1862,"col":"#333333","s":"幕末の大阪に開いた舶来雑貨商と、金融恐慌で破綻した鈴木商店の再起組が興した貿易会社が、106年をへて1968年10月に合併し、日商岩井として一つの法人になった創…","x":"1862 日商岩井 岩井文助商店の創業 1862年の鈴木商店系・日商との合併による日商岩井の発足 1862年に岩井文助が大阪で雑貨商を開店した。舶来雑貨と石油を商う店は1912年に株式会社岩井商店へ改組し、神戸の鈴木商店の系譜と結ばれた 幕末の大阪に開いた舶来雑貨商と、金融恐慌で破綻した鈴木商店の再起組が興した貿易会社が、106年をへて1968年10月に合併し、日商岩井として一つの法人になった創業 二つの商店が持ち寄ったもの 岩井商店と鈴木商店に共通するのは、輸入した品を売るだけで終えなかったことである。岩井商店は英ブラナモンド社のソーダ灰と苛性ソーダに対抗して資本金200万円の日本曹達工業を興し、鈴木商店は東洋高圧や帝人を含む50社以上の子会社を抱えた。舶来品を取り次ぐ過程で得た情報が、そのまま国産化の投資先を選ぶ材料になったのだろう。1968年に合併した二社が、ともに製造会社の親であった点は偶然とは考えにくい。 経営破綻・法的整理"},{"k":"decision","u":"/tse/8001/decisions/founding-1858/","t":"15歳の若者が始めた持下り商いから戦後商社への再独立までの道のり","c":"伊藤忠商事","y":1858,"col":"#19479B","s":"近江商人の家業作法に沿って始めた麻布の持下り行商を、明治の交通網整備や関西の紡績業勃興という環境変化に応じて店舗・貿易・綿糸卸へ組み替え、法人化と戦時集約・戦後…","x":"1858 伊藤忠商事 近江商人の麻布行商 15歳の若者が始めた持下り商いから戦後商社への再独立までの道のり 1858年に初代伊藤忠兵衛氏が麻布の持下り行商を始めた。近江国犬上郡豊郷村を出た15歳が兄の6代目伊藤長兵衛氏と歩き、三方よしを掲げる 近江商人の家業作法に沿って始めた麻布の持下り行商を、明治の交通網整備や関西の紡績業勃興という環境変化に応じて店舗・貿易・綿糸卸へ組み替え、法人化と戦時集約・戦後再独立を経て戦後商社へ育てた創業 家業の連続と法人格の断絶 この創業が示すのは、特定の起業家が一つの会社を設立した出来事というより、近江商人の家業作法を負った一族が、時代の求めに応じて商いの形を繰り返し組み替えてきた経緯である。麻布の行商から呉服太物、対米貿易、綿糸卸へと約40年で四度も業態を変えた初代伊藤忠兵衛氏の身の軽さは、産地と需要地を往復する持下り商いが、扱う品目や取引の形にこだわらず利の立つ場所へ商いを移す性質を備えていたことと地続きだったと推察される。 祖業・主力事業の転換 海外進出・現地生産 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/8002/decisions/founding-1858/","t":"15歳の近江商人が開いた「紅忠」から、分離を経て別会社として立つまでの歩み","c":"丸紅","y":1858,"col":"#c8102e","s":"近江商人の家業「紅忠」に源を持つ屋号「紅」を継ぐ系譜が、1920年戦後恐慌の赤字を機に貿易・綿の伊藤忠商事と国内繊維卸の丸紅商店へ系統別に分かれ、戦時統合と19…","x":"1858 丸紅 伊藤忠からの再独立 15歳の近江商人が開いた「紅忠」から、分離を経て別会社として立つまでの歩み 1858年に初代伊藤忠兵衛氏が麻布の行商で創業する。1872年に大阪本町で開いた呉服太物卸の紅忠が、屋号の紅から丸紅の原型となる 近江商人の家業「紅忠」に源を持つ屋号「紅」を継ぐ系譜が、1920年戦後恐慌の赤字を機に貿易・綿の伊藤忠商事と国内繊維卸の丸紅商店へ系統別に分かれ、戦時統合と1949年の過度経済力集中排除法による分割を経て、綿以外の繊維を受け持つ商社として再独立した創業 家業の分岐と、綿を持たなかったことの意味 この創業が示すのは、特定の起業家が一つの会社を設立した出来事というより、近江商人の家業から出た屋号\"紅\"の系譜が、時代の変化と外圧のたびに商いの形を分けられ、統合し直されてきた経緯である。1858年の麻布行商と1872年の\"紅忠\"に遡る家業は、1921年の系統別分割で伊藤忠商事と丸紅商店に分かれ、1941年の三興・1944年の大建産業でいったんひとつに統合され、1949年の分割で再び同じ形に分けられた。分離と統合を往復する家業の系譜のなかに、丸紅の輪郭が置かれていたとみられる。 選択と集中 分社・スピンオフ・子会社上場"},{"k":"decision","u":"/tse/1812/decisions/founding-1840/","t":"大工棟梁「大岩」から「鉄道の鹿島」への転身","c":"鹿島建設","y":1840,"col":"#e6002e","s":"江戸後期の京橋の建築需要という機会に、町方大工の独立棟梁が大名屋敷と町家の普請を直接受注して開業し、のちに横浜の洋館建築と鉄道請負への転身を重ねていった創業","x":"1840 鹿島建設 江戸京橋で創業 大工棟梁「大岩」から「鉄道の鹿島」への転身 1840年に江戸京橋で創業。大工棟梁の鹿島岩吉氏が大岩の屋号を掲げ、松平越中守邸など諸大名の江戸屋敷の普請を得意とした 江戸後期の京橋の建築需要という機会に、町方大工の独立棟梁が大名屋敷と町家の普請を直接受注して開業し、のちに横浜の洋館建築と鉄道請負への転身を重ねていった創業 二つの創業——個人棟梁の家業と法人化の年 鹿島の歩みが示すのは、一人の大工棟梁の家業として江戸期に生まれた起こりと、1930年の株式会社化という近代企業としての出発が、90年の隔たりをもって二層に重なっている点である。1840年に京橋で店を構えた鹿島岩吉氏の個人営業は、法人でも資本市場でもなく、大名屋敷と町家の普請を直接受ける職人の請負として続いた。その長い個人棟梁の時代に蓄えた大規模建築の技術と得意先が、のちの横浜の洋館建築や鉄道土木への進出を担う人と技の下地になっていたのだろう。 祖業・主力事業の転換 技術・r&d起点の勝負 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/8233/decisions/founding-1831/","t":"義父の屋号「高島屋」を継いでの、三都に広がる呉服系百貨店への成長","c":"高島屋","y":1831,"col":"#D3270C","s":"京の古手・木綿の商圏で義父の屋号と信用を引き継いで開業し、呉服・洋反物へ品目を拡充しながら三都に店を構える百貨店へ育っていった創業","x":"1831 高島屋 京の古手・木綿商から創業 義父の屋号「高島屋」を継いでの、三都に広がる呉服系百貨店への成長 1831年1月に京都で古着と木綿の店を開業。初代飯田新七氏が義父の高島屋飯田儀兵衛氏から屋号を譲り受け烏丸松原に構える 京の古手・木綿の商圏で義父の屋号と信用を引き継いで開業し、呉服・洋反物へ品目を拡充しながら三都に店を構える百貨店へ育っていった創業 屋号を借りて始めた家業が百貨店になるまで この創業が示すのは、自ら一から看板を立てたのではなく、義父の屋号と近江・京間で培われた信用を受け継いで商いを始めた経緯である。初代飯田新七氏が掲げた\"高島屋\"は米穀商の屋号であり、古手・木綿という日常の衣料を商う地味な家業として、京の商業地の一角から出発している。既存の信用を看板として借り受け、そこに自らの商いを重ねていく歩みは、のちに呉服から百貨店へと商材を広げていく過程にも通じているとみられる。 創業家・同族 祖業・主力事業の転換"},{"k":"decision","u":"/tse/8243/decisions/founding-1830/","t":"大坂・坐摩神社前の一軒から心斎橋の百貨店へ至る出発点","c":"そごう","y":1830,"col":"#333333","s":"新品呉服を三井越後屋系の老舗が支配する大坂の商業秩序の外側で、参入障壁の低い古手（古着）流通に商機を見出し、初代十合伊兵衛氏が坐摩神社前に古手商「大和屋」を開店…","x":"1830 そごう 古手商「大和屋」を開業 大坂・坐摩神社前の一軒から心斎橋の百貨店へ至る出発点 1830年に初代十合伊兵衛氏が古着商を興す。大坂船場の坐摩神社前で開き、三井越後屋系が支配する新品呉服の外側で信用と資金を積む 新品呉服を三井越後屋系の老舗が支配する大坂の商業秩序の外側で、参入障壁の低い古手(古着)流通に商機を見出し、初代十合伊兵衛氏が坐摩神社前に古手商「大和屋」を開店した創業 古手から始めた商家が上場企業に至るまで この創業からうかがえるのは、老舗が支配する新品呉服の表通りではなく、参入障壁の低い古手(古着)の裏通りから商いを起こした選択の意味である。振売や仲買が古着を持ち寄る坐摩神社前で、初代十合伊兵衛氏は多額の元手を持たずに信用と資金を少しずつ積み上げ、その蓄積を三代にわたって受け継いだ。派手さのない日常着の商いが、後の百貨店へつながる商家の土台を用意したと推察される。低い場所から出発した商いであればこそ、次代が業態を引き上げる余地も残されていたと読める。 祖業・主力事業の転換 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/1803/decisions/founding-1804/","t":"絵草紙屋の裏店からの創業と、渋沢栄一氏による民間建築工事への事業展開","c":"清水建設","y":1804,"col":"#3868AA","s":"江戸後期に広がる町家・商家の建築需要に、宮大工の技倆を携えた清水喜助氏が独立棟梁として応え、官公需に依存しない民間請負を出発点に据えた創業","x":"1804 清水建設 神田鍛冶町で創業 絵草紙屋の裏店からの創業と、渋沢栄一氏による民間建築工事への事業展開 1804年に神田鍛冶町で創業。越中富山出身の宮大工・清水喜助氏が22歳、銀三分を元手に大工業を開業し屋号を清水屋と定めた 江戸後期に広がる町家・商家の建築需要に、宮大工の技倆を携えた清水喜助氏が独立棟梁として応え、官公需に依存しない民間請負を出発点に据えた創業 民間の普請から出発した家業が公開企業になるまで この創業から見えてくるのは、幕府や大名の御用ではなく、町場の民間の普請から身を起こした選択の意味である。初代清水喜助氏は宮大工の技を町家や商家の請負へ振り向け、官の格式に連なるよりも施主と直に向き合う民間請負の場に足場を構築した。2代清水喜助氏が横浜開港で得た幕府御用と西洋建築の経験も、その多くは居留地の外国商館という民間の施主に近い現場から積み上げられたものと読める。民間の建築を軸に据える家業の性格が、明治期の技術蓄積を通じて形づくられていったとみられる。 技術・r&d起点の勝負 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/4502/decisions/founding-1781/","t":"他人の薬を仕入れて販売する商いから、自社で薬を製造する製薬企業への転換","c":"武田薬品工業","y":1781,"col":"#E1242A","s":"幕府公認の株仲間が薬の真贋鑑定と流通を統制する道修町の信用秩序に、自家製造を持たない和漢薬の仲買として加わり、襲名制で信用を継いだ創業","x":"1781 武田薬品工業 道修町の薬種仲買から創業 他人の薬を仕入れて販売する商いから、自社で薬を製造する製薬企業への転換 1781年6月に道修町の薬種仲買から創業。初代武田長兵衛が近江屋長兵衛の屋号で和漢薬種商を開業し、当主が名を襲名する慣行で信用を継ぐ 幕府公認の株仲間が薬の真贋鑑定と流通を統制する道修町の信用秩序に、自家製造を持たない和漢薬の仲買として加わり、襲名制で信用を継いだ創業 流通の信用から製造の企業へ この創業が示すのは、自家製造を持たない和漢薬の仲買として、幕府公認の株仲間が統括する道修町の信用秩序へ末端から加わった選択の意味である。武田は製造設備への投資ではなく、当主名と屋号に信用を集める襲名の慣行を選び、130年余にわたって薬を仕入れて卸す流通業の内側で足場を保ってきたと思われる。属人的な信用に支えられた問屋的な商いが、江戸から明治半ばまでの武田の基盤を形づくっていた。 祖業・主力事業の転換 垂直統合・内製化 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/8267/decisions/founding-1758/","t":"四日市の天秤棒行商として始まり、屋号を変更して構えた店の出発点","c":"イオン","y":1758,"col":"#d6006e","s":"東海道と浜往還が交わる四日市で、岡田惣左衛門氏が店を持たない天秤棒の行商として太物・小間物の小売を始め、以後「大黒柱に車をつけよ」の家訓のもとで久六町・辻・新道…","x":"1758 イオン 篠原屋から岡田屋への転換 四日市の天秤棒行商として始まり、屋号を変更して構えた店の出発点 1758年に四日市で太物と小間物の行商を始める。岡田惣左衛門氏が店を構えず天秤棒で行商し、屋号を篠原屋と名乗る 東海道と浜往還が交わる四日市で、岡田惣左衛門氏が店を持たない天秤棒の行商として太物・小間物の小売を始め、以後「大黒柱に車をつけよ」の家訓のもとで久六町・辻・新道・駅前へと店の場所を動かしながら家業を組み立てていった創業 店を持たない商いが、店の場所を動かす技法になるまで この創業から見えてくるのは、店を持たないところから始めた商いが、店の場所を動かすこと自体を家業の技法にしていった経緯である。天秤棒の行商は大八車の出張販売になり、久六町の住まいは辻の借店になり、辻の借店は新道の新店になった。『大黒柱に車をつけよ』という家訓は、良い立地を選ぶ知恵であると同時に、老舗であることが一等地への固執を生むという弱さへの戒めでもあったのだろう。千鶴子氏の移転案が二年ものあいだ店の中で通らなかった事実は、その戒めが必要だったことを裏返しに示している。 販路・チャネル転換 プライシング・価格政策 創業家・同族"},{"k":"decision","u":"/tse/8314/decisions/founding-1673/","t":"創業——三井高利氏の「現銀掛値なし」から1876年の三井銀行への系譜","c":"さくら銀行","y":1673,"col":"#CC0066","s":"呉服の三都間取引で生じる為替決済を自社で担う機会に、越後屋の新商法で得た資金力を背景として本両替商を開店し、近世最大規模の金融業から近代銀行へ連なる事業を始めた…","x":"1673 さくら銀行 越後屋から私立銀行第一号 創業——三井高利氏の「現銀掛値なし」から1876年の三井銀行への系譜 1673年に三井高利氏が越後屋呉服店を開店する。江戸本町一丁目と京都室町の仕入店を同時に構え、現銀掛値なしの商法で町人の顧客を獲得する 呉服の三都間取引で生じる為替決済を自社で担う機会に、越後屋の新商法で得た資金力を背景として本両替商を開店し、近世最大規模の金融業から近代銀行へ連なる事業を始めた創業 商家の資金力が銀行へ転じるまで この創業が示すのは、呉服の小売という具体の商いから金融業が枝分かれしていった経緯である。三井高利氏が越後屋で採った\"現銀掛値なし\"の現金商法は、掛売りに伴う貸倒れと回収の遅れを避け、手元に現金を厚く残す売り方であり、三都間の仕入決済という日々の資金移動が、両替商の内製化を促していったとみられる。金融は初めから目的だったというより、呉服商の資金の循環から立ち上がってきた業であったと読める。 垂直統合・内製化 祖業・主力事業の転換 創業家・同族"}],"excerpt":{"1301":"極洋捕鯨は1937年9月、南氷洋での母船式捕鯨を主たる目的に掲げ、資本金2000万円で設立された。","1331":"明治期の日本の漁業は沿岸に張りついたまま生産が伸びず、低い技術水準から抜け出すことが官民の課題だった。","1332":"明治政府は1897年に遠洋漁業奨励法を公布し、漁船・漁具・乗組員への補助金で沖合遠洋漁業への転換を促した。","1333":"のちの商号の林兼は、林屋兼松という人名から取ったものである。","1375":"創業者の大平喜信氏は、六日町立五十沢中学校を卒業したのち地元の電機部品メーカーに勤めていた。","1377":"事業の出発点は、1913年7月に坂田武雄氏が横浜の六角橋に開いた農園である。","1379":"1964年7月、長野県長野市大字箱清水にデラップス商事株式会社が設立され、一般包装資材の販売を開始した。","1407":"吉川隆氏は1981年、住宅建材を扱う商社として広島市で事業を始めた。","1414":"1958年6月4日、上田昭氏が31歳で\"昭和工業株式会社\"を東京都世田谷区に設立した。","1417":"大明電話工業は1944年12月21日、電気通信工事の請負を目的に資本金5万円で設立された。","1419":"1998年6月、玉木康裕氏が48歳で福岡県筑後市にタマホーム株式会社を設立した。","1503":"住友の鉱業は、1691年に愛媛の別子銅山を銅商の泉屋吉左衛門が開発したことに始まる。","1505":"幌内の官営炭山と、手宮・幌内間で石炭を運ぶ鉄道は北有社が借りて運営していたが、その経営は消極的で、冬には札幌以東の列車を止めていた。","1511":"1871年7月、廃藩置県で世禄を失った筑前福岡藩士の松本潜・幾島徳の兄弟は家業として炭坑業を選び、発意を兄の松本潜氏が、経営の実務を弟の幾島徳氏が受け持った。","1515":"日鉄鉱業は1939年5月20日、石炭・鉄鉱石・石灰石など製鉄用原料の総合開発と資源確保を目的に、資本金5,000万円で設立された。","1518":"松島炭鉱株式会社は、三井鉱山が長崎という積出市場を手放さないために置いた傍系会社であった。","1524":"北海道北西部の苫前炭田が外部の目に触れたのは1874年である。","1605":"帝国石油は1941年9月、帝国石油株式会社法に基づき、政府と民間が半額ずつ出資して資本金1億円で設立された。","1662":"1953年9月、石油および可燃性天然ガス資源開発審議会による、国産原油が年約34万klにとどまり大部分を輸入に依存しているとの答申。","1719":"現在の安藤・間は、1889年創業の間組を母体として法人格と上場を受け継いでいる。","1720":"東京建設工業は1946年3月12日、資本金200万円で設立された。","1721":"戦後の電信電話事業は政府が復旧整備を進めていたが、電気通信施設工事を民間の請負へ移し、民間の資本・技術・労力を活用して工事能率を高めるべきだという声が高まった。","1751":"岩手県松尾村の山中で硫黄の大露頭が見つかったのは1882年ごろで、発見したのは地元の村民だった。","1801":"1873年10月、大倉喜八郎氏は資本金15万円で大倉組商会を設け、東京・京橋区銀座三丁目に事務所を置いた。","1802":"1892年1月、大阪の乾物問屋\"大徳\"の三男である大林芳五郎氏が、大阪市西区阿波座で土木建築の請負業を個人名義で興した。","1803":"1804年、越中富山出身の宮大工・清水喜助氏は22歳で江戸神田鍛冶町の絵草紙屋の裏店に住みつき、銀三分を元手に大工業を開業した。","1808":"1937年2月、長谷川武彦氏は兵庫県尼崎市で個人企業の長谷川工務店を興した。","1812":"1840年、鹿島岩吉氏が江戸・京橋に\"大岩\"の屋号で店を構え、大工棟梁として独立した。","1820":"西松建設の起点は、1874年（明治7年）に初代の西松桂輔氏が個人で始めた土木請負にある。","1833":"1907年2月22日、奥村太平氏は奈良県北葛城郡下田村で土木建築請負業を創業した。","1835":"1943年7月7日、資本金150万円の会社として東京鐵道工業が発足。","1852":"淺沼組は1892年、奈良県郡山町で建築工事を請け負う個人営業として発足した。","1860":"初代戸田利兵衛氏は1881年1月、東京・赤坂で「戸田方」の名を掲げ、土木建築の請負を個人で始めた。","1861":"京都電灯は1897年11月に福井県宿布で水力発電所の建設に着手し、その石工事を熊谷三太郎氏に任せた。","1870":"矢作建設工業は1949年5月14日、愛知県西加茂郡挙母町（現豊田市）で設立された。","1871":"東日本重工業の七尾造船所は1950年ごろ、造船の受注不足を補うため起重機船を自ら建造し、港湾土木への進出を図った。","1878":"1974年6月20日、多田勝美氏が名古屋市千種区に大東産業株式会社を資本金100万円で設立した。","1879":"新日本建設の源流は、1923年（大正12年）に創業者が数寄屋造りの設計と施工に絞って始めた建築業である。","1882":"1930年11月28日、東京市麹町区丸の内に本店を置く資本金30万円の日本ビチュマルスの設立。","1887":"日本国土開発は1951年4月10日、東京・西銀座の貿易会館での創立総会を経て、資本金1億円で発足した。","1893":"水野組の起点は、1896年に水野甚次郎氏が広島県呉市で始めた土木建築請負の個人営業である。","1898":"1950年1月16日、前社長の瀬戸政章氏と大島秀信氏らが中心となり、道路建設工事を目的とする会社を設立した。","1911":"住友林業の山林経営は、住友家が開坑した別子銅山（愛媛県）へ、坑木と精錬用薪炭を自給する事業として始まった。","1925":"1955年4月、石橋信夫氏は18人の仲間と大和ハウス工業を創業した。","1926":"上條唯雄氏は1943年7月、秋田県花輪町で上條防水工業所を創業した。","1928":"1960年8月、積水化学工業のハウス事業部を母体として積水ハウス産業が資本金1億円で発足し、初代社長には積水化学工業社長の上野次郎男氏が兼任で就任した。","1934":"東北の電気工事業者の統合は、1944年3月29日に軍需省電力局長が政府の方針として発した電気工事業整備要綱から始まった。","1939":"1963年5月、徳島電気工事・南海電気工事・伊豫電気工事・香川電気工事の4社が合併し、南海電工株式会社を設立した。","1941":"1942年ごろから配電統制令によって配電会社の再編が進み、電気工事業者のあいだにも統合の気運が起きた。","1942":"1944年9月1日、電気工事業整備要綱に基づいて㈱協立興業社ほか7社が統合し、これに関東配電株式会社が参加して関東電気工事株式会社が設立された。","1944":"太平洋戦争が始まって間もない1942年4月、配電統制令によって全国の配電会社は9社に集中され、大阪市や電力・電鉄など14の電気事業者が電気供給設備を現物出資して関西配電が誕生した。","1946":"東海電気工事は1961年11月の株主総会で定款を改め、冷暖房と衛生・水道の管工事を事業目的に加えた。","1950":"1942年12月15日、国鉄の電気設備工事を専業とする鉄道電気工業が資本金100万円で設立登記を終えた。","1951":"1954年5月、日本電信電話公社の電気通信設備拡張計画に対応することを目的として、資本金3,100万円で協和電設株式会社が東京に設立された。","1959":"1944年12月、軍需省電力局の電気工事業整備要綱に基づき、株式会社営電社ほか九州の主要電気工事業者13社が統合された。","1961":"1920年代半ばの管工事業界で、暖房設備材料の独占的な供給者は高田商会だった。","1963":"社名に「揮発油」の語が入ったのは、発足時に石油事業へ乗り出すつもりだったからである。","1965":"1949年12月、創業者の近重八郎氏は名古屋市の瑞穂区熱田東町にレイト工業株式会社を設立した。","1968":"1947年3月、資本金18万円・発行株式3,600株で太平電業の設立。","1969":"1923年11月、高砂工業の煖房工事部が高砂煖房工事株式会社として独立した。","1975":"1925年4月3日、創業者の高須茂氏は大阪市北区の中之島ビルに合資会社朝日工業社を設立した。","1979":"合資会社建材社は1913年4月10日、ドイツ製建築資材の輸入販売を担う会社として創立された。","1980":"ダイダンの起点は、1903年（明治36年）3月に菅谷元治氏が大阪で開いた個人商店の菅谷商店である。","2001":"1879年秋、大蔵省は浅草蔵前の米倉に製粉所を設け、欧米式工場の手本にしようとした。","2002":"1900年10月27日、正田貞一郎氏は群馬県館林町で館林製粉の創立総会の議長を務め、専務取締役に就任した。","2004":"伊藤英夫氏は1935年春、資本金250万円で昭和製粉を設立し、農産加工の最初の事業を製粉とした。","2101":"大日本製糖の事業は、鈴木藤三郎氏が1890年に東京の砂村へ開設した鈴木製糖所に始まる。","2102":"安政の開港以来、安価な外国糖の輸入が続いて内地の糖業は衰え、明治初年には砂糖と綿花の輸入額が輸入総額の約半ばを占めた。","2103":"台湾領有の当初、日本の糖業は含蜜糖をわずかに産出するにとどまり、内需の大部分は外国産の糖に依存していた。","2109":"1947年9月、湘南糖化工業が資本金19万5,000円で発足し、神奈川県茅ケ崎市に工場を建設した。","2121":"経済学部3年の1997年、笠原健治氏は東京大学の新宅純二郎氏の経営戦略ゼミに入った。","2124":"1988年3月、人材紹介事業を目的とする株式会社ジェイ エイ シー ジャパンが東京都千代田区で設立された。","2127":"分林保弘氏は1943年8月28日に生まれ、1966年4月に日本オリベッティ株式会社へ入社した。","2154":"1997年8月、相模原市で製造請負と特定派遣を営む三栄商事と室町タミ氏らによる、資本金10百万円での共生産業の設立。","2160":"佐保井久理須氏は2001年6月、米国でGene Networks, Inc.を設立し、会長兼CEOに就任した。","2168":"南部靖之氏は大学1年の秋、千里山に学習塾の大阪スタディ学院を開き、1年後には生徒が200人近くに増えていた。","2170":"小笹芳央氏は2000年、14年間勤めたリクルートを退職し、同年3月にリンクアンドモチベーションを設立して代表取締役社長に就任した。","2175":"諸藤周平氏は2002年8月、不動産販売のゴールドクレストから独立し、同社で出会った同僚と合資会社エス・エム・エスを設立した。","2181":"1973年5月、テンプスタッフの設立。","2193":"1997年10月、佐野陽光氏が神奈川県藤沢市で有限会社コインを設立した。","2201":"森永製菓の出発は、1899年8月に森永太一郎氏が東京・赤坂溜池の二坪の職場に構えた森永西洋菓子製造所である。","2202":"明治製菓の資本は、台湾の砂糖から出ている[op]。","2204":"相馬愛蔵氏は1890年に東京専門学校を卒業し、郷里の長野県東穂高村で蚕種の製造に従事した。","2206":"江崎グリコの創業者である江崎利一氏は、1882年12月23日に佐賀県神崎郡蓮池村の薬種業を営む家に生まれた。","2211":"1910年11月16日、藤井林右衛門氏は25歳の誕生日に横浜市中区元町2丁目で「不二家洋菓子舗」を開店した。","2212":"飯島藤十郎氏は1948年3月9日、千葉県市川市国府台に委託加工の店として山崎製パン所を開業した。","2215":"細貝義雄氏は1946年末に米軍横須賀基地のベーカリーを辞め、1947年6月1日にアイスキャンデーの店「第一屋」を開店した。","2220":"古泉栄治氏は1946年9月、新潟県中蒲原郡亀田町で水飴の委託加工を始め、この年月が亀田製菓の創業にあたる。","2222":"河越庄市氏は1952年4月、鳥取県米子市角盤町に寿製菓株式会社を設立し、飴菓子の製造を始めた。","2226":"小池和夫氏は長野県の高校を卒業したのち、高田馬場（東京）にあった甘納豆屋に入り、6年間働いた。","2229":"松尾糧食工業所は1949年4月に法人へ改組し、広島市で松尾糧食工業として発足した。","2261":"極東煉乳は1917年12月、資本金150万円で設立された。","2262":"雪印乳業の源流は、1925年5月に札幌で設立された有限責任北海道製酪販売組合である。","2264":"森永乳業の製酪は、千葉県で始めた酪農の事業にその根をもつ。","2267":"株式会社ヤクルト本社が1955年4月、東京都中央区西八丁堀に資本金200万円で設けられたのは、乱れた販売の体制を立て直すためだった。","2268":"不二家は1973年12月、ビー・アールジャパン株式会社を資本金40百万円で設立した。","2269":"1906年12月29日、糖業技術者の相馬半治氏を専務取締役として、資本金500万円の明治製糖が創立総会を開催した。","2270":"1923年9月の関東大震災の後、米国から救援の練乳が7万数千箱届き、政府は物価対策として乳製品の輸入関税を撤廃した。","2281":"竹岸政則氏は1910年2月、富山県氷見市加納町の中農の家に生まれた。","2282":"創業者の大社義規氏は1942年3月、徳島駅に近い徳島市寺島本町に徳島食肉加工場を創業した。","2284":"伊藤傳三氏は1908年11月19日、三重県四日市市富田町の漁師町に生まれた。","2288":"小森敏之氏は1954年10月、大阪市福島区に個人経営の丸大食品工場を設け、魚肉を原料にハムとソーセージを作り始めた。","2292":"1967年5月、森島征夫氏は兵庫県尼崎市大西老松町で有限会社スタミナ食品を設立し、内臓肉の販売から事業を始めた。","2296":"伊藤傳三氏は三重県四日市市の漁師町に生まれ、16歳で学校を出ると大阪の海産物問屋へ丁稚奉公に出された。","2317":"逸見愛親氏は1979年に大学を出てソフトウェア会社へ入社したものの、取引先への出向が続く勤務を2年で辞め、フリーのプログラマーになった。","2326":"デジタルアーツは1995年6月、資本金1,000万円の株式会社として東京都港区に設立された。","2327":"1980年10月、新日本製鐵は全額を出資し、東京都千代田区に日鐵コンピュータシステムを設立した。","2331":"村井順氏は1909年5月に東京で生まれ、在学中に高等文官試験に合格したうえで、1935年に東京帝国大学法学部を卒業して内務省に入った。","2371":"1997年4月、槙野光昭氏は千葉県市川市で創業し、翌5月に個人のサイトとして「価格.com」を開設した。","2379":"ディップは1997年3月、愛知県名古屋市中区で設立された。","2384":"鎌田正彦氏は1987年12月、東京都江東区に株式会社関東即配を設立し、取締役に就任した。","2413":"マッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナーだった谷村格氏は、2000年9月のソネット・エムスリー設立と同時に代表取締役に就任した。","2432":"南場智子氏は1999年3月、東京都世田谷区に有限会社ディー・エヌ・エー（DeNA）を設立した。","2484":"1999年9月、大阪市住之江区に夢の街創造委員会株式会社を設立した。","2492":"インフォマートは1998年2月、食品の企業間電子取引の場「FOODS Info Mart」の運営を目的に、東京都大田区で設立された。","2501":"大日本麦酒は1906年3月、日本麦酒醸造（恵美須麦酒）・大阪麦酒・札幌麦酒の3社が合流し、資本金560万円で新たに設けられた。","2502":"1949年9月、大日本麦酒が過度経済力集中排除法の適用を受けて二社に分割され、その一方の受け皿として資本金1億円の朝日麦酒が発足した。","2503":"日本のビール産業は1869年、横浜山手天沼に建てられた一つの醸造所から始まった。","2531":"寳酒造の源流は、京都伏見で天保13年（1842年）から酒造業を営んできた四方家にさかのぼる。","2541":"竹鶴政孝氏は広島県竹原町のつくり酒屋に生まれ、大阪高等工業の醸造科を1916年に卒業する前から、大阪の摂津酒造で洋酒づくりに就いた。","2579":"日米飲料は1960年12月、飲料の製造と販売を事業に掲げ、資本金5千万円で福岡市長浜町に発足した。","2587":"1899年、鳥井信治郎氏は20歳で独立し、大阪市西区靱中通二丁目に鳥井商店を開業し、葡萄酒の製造販売を始めた。","2591":"三島海雲氏は1878年、大阪府豊能郡萱野村の浄土真宗の寺に、住職の長男として生まれた。","2593":"本庄正則氏は1964年、29歳で埼玉県川口市に資本金300万円の日本ファミリーサービスを設立した。","2602":"日清豆粕製造は1907年2月22日に東京地学協会会館で創立総会を開催し、同年3月7日に東京区裁判所で設立登記を済ませた。","2607":"伊藤忠商事は1950年10月、資本金300万円を全額出資して不二製油を設立した。","2670":"1985年6月、三木正浩氏は東京都新宿区早稲田に株式会社国際貿易商事を設立し、代表取締役社長に就任した。","2678":"プラスは1963年11月、事務用品と事務用器具の製造を目的に、全額出資でプラス工業株式会社を設立した。","2702":"藤田田氏は東京大学法学部を卒業した1951年に輸入雑貨商の藤田商店を設立し、婦人物アクセサリーなど高級雑貨の輸入を本業としていた。","2726":"1973年10月、株式会社スコッチ洋服店がカジュアル部門を分離し、大阪市中央区に本社を置く株式会社パルを設立した。","2733":"あらたは2002年4月2日、ダイカ・伊藤伊・サンビックの3社を傘下に置く共同持株会社として、株式移転により発足した。","2749":"1993年3月、山口洋氏は名古屋市名東区に有限会社ジェイ・プランニングを設立し、代表取締役に就任した。","2760":"1986年3月、東京エレクトロン株式会社(TEL、当時は半導体製造装置メーカーとして急成長中)の子会社で機器のリースを主要業務としていた株式会社テル・データ・システムが、資本金5百万円をもって東京都新…","2767":"山本英俊氏は1988年6月、愛知県名古屋市緑区に株式会社東洋商事を設立した。","2768":"ニチメンと日商岩井は2002年12月11日に経営統合を発表し、2003年4月1日に共同持株会社ニチメン・日商岩井ホールディングスを上場させた。","2782":"セリアの創業者である河合宏光氏は、家業のクリーニング店を手伝っていた37歳のころ、偶然に目にした100円均一の催事の集客力に関心を持ち、この商売に参入した。","2801":"千葉県野田の醤油醸造は室町時代の永禄年間に飯田市郎兵衛氏が始め、寛文年間の1661年には茂木家と高梨家の祖先が醤油業を起こした。","2802":"味の素の事業は、鈴木家が1888年に神奈川県葉山で始めたヨード製造にさかのぼる。","2804":"英国で生まれたソースという調味料は、明治も半ばを過ぎてから日本に入り、洋食が広まるのにあわせて家庭にも浸透した。","2805":"山崎峯次郎氏（ヱスビー食品・創業者）は1903年に埼玉県北葛飾郡金杉村で生まれ、1920年に上京して浅草の清水ソース店で業務用ソースを西洋料理店へ売り込んだ。","2809":"キユーピーの創業者である中島董一郎氏は、缶詰の技術者として出発し、一代で国産マヨネーズの市場を創出し、さらに首位シェアを築いた人物である。","2810":"浦上靖介氏は1913年11月、大阪市南区で薬種化学原料を扱う店を開業した。","2811":"蟹江一太郎氏は1899年春、愛知県知多郡荒尾村の自家の畑で、トマト・キャベツ・ハクサイなどの西洋野菜の試作に取りかかった。","2815":"1966年6月、岡田甲子男氏は東京都千代田区で有明特殊水産販売を設立し、当初は仕入れたアサリエキスの販売も手掛けた。","2819":"エバラ食品工業の前身は、1958年5月に横浜市神奈川区松見町で設立された荏原食品である。","2831":"当時の清水の缶詰業者は輸出先メーカーのブランドで納める相手先ブランド供給を事業の柱とし、製品は国内の食卓ではなく海外の市場へ送られていた。","2871":"ニチレイの前身は、1942年5月19日公布の水産統制令に基づき、海洋漁業に伴う水産物の販売、製氷・冷蔵業などの中央統制機関として設けられた帝国水産統制株式会社である。","2874":"1948年5月13日、横浜冷凍企業株式会社の設立。","2875":"森和夫氏は1953年3月、東京都中央区の築地魚市場の中に横須賀水産を設立した。","2897":"1948年9月、安藤百福氏は魚介類の加工販売、紡績その他繊維工業、洋品雑貨の販売、図書の出版及び販売を目的として株式会社中交総社を大阪府泉大津市汐見町に設立した。","2908":"1960年11月、山岸八郎氏は神戸市東灘区で株式会社富士昆布を設立し、とろろ昆布の製造と販売を始めた。","2914":"日本専売公社は、専売局の経営を改めたいという内側の要求からではなく、占領下の労働政策の帰結として生まれた組織である。","2915":"ケンコーマヨネーズの前身は、1952年3月に設立された有限会社森本商店であるが、その創業については不明な点が多い。","2930":"2002年5月、木下勝寿氏が大阪市淀川区で株式会社北海道・シーオー・ジェイピーを資本金1千万円で設立し、代表取締役社長に就任した。","2986":"ラ・アトレは2020年2月13日の取締役会で、単独株式移転により純粋持株会社のLAホールディングスを設けることを決めた。","3001":"片倉家の製糸は、1873年に長男の片倉兼太郎氏（初代）が諏訪の自邸前の小屋で始めた10人繰りの座繰り製糸を起点とする。","3002":"丹波地方は気候も風土も蚕業に向いており、養蚕は昔から盛んだったが、当時の蚕糸業は振るわず、小規模な製糸家をまとめて大工場に集約し、作業を近代化して品質を高めることが急がれていた。","3028":"1972年7月、水野泰三氏は名古屋市押切で資本金300万円の株式会社アルペンを設立し、代表取締役に就任した。","3038":"沼田昭二氏が1981年に兵庫県加古川市で開いた食品スーパーは、1992年に中国の大連へ自社工場を置いた。","3046":"創業者の田中仁氏は1988年7月、群馬県前橋市に資本金5百万円で有限会社ジェイアイエヌを設立した。","3048":"ビックカメラの創業者である新井隆司氏が最初に売ったのは、カメラでも現像でもなく、仏壇に飾る写真の複写だった。","3050":"ＤＣＭホールディングスを構成した3社のうち最も古い店は北海道にあり、1919年に石黒信市郎氏が釧路市で金物の卸と小売を営む石黒金物店を出店したことに始まる。","3064":"住商グレンジャーは2000年10月、工場用間接資材の通信販売を目的に大阪市西区立売堀で設立された。","3086":"1952年秋の東京では、日本橋高島屋と銀座松坂屋の増築が完成し、接収を解かれた松屋の再開も決まるなかで、戦前から機会をうかがっていた大阪勢が一斉に東京進出へ動き出していた。","3088":"創業者の松本清氏は、1932年12月に千葉県東葛飾郡小金町（現在の松戸市小金）で個人経営の薬舗を開設し、医薬品の小売を始めた。","3092":"前澤友作氏は、バンド活動の傍らで始めた輸入レコードの販売を本業へ育てた人物である。","3099":"伊勢丹と三越は2007年8月23日、共同持株会社を設立して経営統合する計画を公表した。","3101":"1882年5月、渋沢栄一を中心とする華族資本と民間企業家の連携のもと、大阪府大阪市に大阪紡績会社が設立された。","3102":"1880年代半ばの東京で繰綿問屋と称したのは三越・白木屋・大丸・荒尾・奥田ら九軒で、国内の綿花相場はこの九軒が左右し、問屋の手を経なければ綿花を買い入れることもできなかった。","3103":"尼崎紡績は1889年6月11日、有限責任尼崎紡績会社の創立願書を兵庫県知事に提出した。","3105":"日露戦争後の1907年2月、日清紡績株式会社が東京の亀戸に誕生した。","3106":"1887年7月、倉敷村の大橋沢三郎氏ら3人の青年は、資本金10万円・紡機5,000錘の紡績所案を岡山県知事の千阪高雅氏に内々に示した。","3107":"大和紡績は1941年5月12日、錦華紡績・日出紡織・出雲製織・和歌山紡織の4社合併で発足した。","3109":"資本金10万円、払込4万円で始まった有限責任伝法紡績会社の設備は、日本綿繰から受け継いだ伝法・八幡の両工場の3,336錘にとどまった。","3110":"日東紡績の前史は、福島県内で別々に始まった2つの絹糸紡績会社にある。","3116":"豊田紡織は1918年1月に創立した。","3132":"富士エレクトロニクスは1970年9月、理経に勤めていた息栖邦夫氏が同社を辞めて設立し、元手の資本金は200万円だった。","3141":"2008年9月1日、ウエルシア関東と高田薬局は共同株式移転によりグローウェルホールディングスを設立し、株式を東京証券取引所市場第二部に上場した。","3148":"クリエイトSDグループの起点は、1975年に横浜市緑区（現・青葉区）桜台で開業したみどり薬局である。","3156":"2009年10月1日、ユーエスシーと共信テクノソニックは共同株式移転でＵＫＣホールディングスを設立した。","3182":"髙島宏平氏は2000年6月、勤めていたマッキンゼーを退職し、10人でオイシックスを設立した。","3186":"広田靖治氏は1998年12月、輸入車の販売を目的に資本金300万円で有限会社オートステージヒロタを設立し、本店を愛知県尾張旭市に置いた。","3197":"茅野亮氏・横川竟氏・横川紀夫氏の三兄弟は、1962年4月、東京都下保谷市のひばりが丘でことぶき食品有限会社を興し、食料品の小売を始めた。","3201":"日本毛織は1896年12月3日、神戸で資本金50万円で発足した。","3202":"東京モスリン紡織は1896年2月、資本金100万円で設立された。","3216":"名古屋の毛織物工業は1892、93年ごろの綿毛布業に始まり、1904年に津島市の片岡工場が着尺セル地を織り始めて以来、梳毛織物が盛んになった。","3232":"三重交通と三交不動産は2006年4月26日、両社の取締役会決議を経て、株式移転で共同持株会社をつくる覚書を締結した。","3288":"1997年9月、荒井正昭氏が東京都渋谷区に株式会社オープンハウスを創業し、新築一戸建住宅の売買仲介事業を始めた。","3289":"東急不動産の起点は、1918年9月2日に創立した田園都市株式会社である。","3302":"帝国繊維の起点は、1884年に滋賀県大津で設立された近江麻糸紡織にある。","3349":"1973年2月、宇野正晃は医薬品の販売を目的として、宮崎県延岡市に宇野回天堂薬局を個人で開業した。","3360":"古川國久氏は1992年8月、大阪府吹田市に株式会社シップコーポレーションを設立し、医療・保健・福祉施設の企画コンサルティングを始めた。","3382":"2005年9月1日、イトーヨーカ堂・セブン-イレブン・ジャパン・デニーズジャパンは共同株式移転でセブン&アイ・ホールディングスを設立。","3387":"クリエイト・レストランツ・ホールディングスの前身は、株式会社ヨコスカ・ブルーイング・カンパニーである。","3391":"ツルハの起点は、1929年5月に北海道旭川市で開業した鶴羽薬師堂。","3397":"1985年8月、粟田貴也氏は兵庫県加古川市で炭火焼鳥屋「トリドール三番館」を個人事業として開店した。","3401":"帝人の祖業は、東工業が1915年に米沢へ設けた分工場\"米沢人造絹糸所\"の操業にさかのぼり、その人造絹糸部が1918年に分離独立してわが国最古の化繊会社となった。","3402":"三井物産は第一次世界大戦の利益の使い道として、人絹の製造を国内で起こす案を固めた。","3404":"この会社の起点は、毛織工場の隅に置かれた200坪余りの試験工場だった。","3405":"倉敷紡績社長の大原孫三郎氏は、社内で進めた多角経営の調査を経て、1926年6月に資本金1000万円の倉敷絹織を設立した。","3407":"人絹にも先があると初代社長の野口遵氏が見通したのは大正10年の渡欧の折であり、この旅の主な目的はイタリア人ルイギ・カザレーが発明したアンモニア合成法の特許を買い取ることだった。","3415":"2008年12月、谷正人氏と中水英紀氏は資本金300万円で株式会社STUDIOUSを設立した。","3436":"SUMCOの源流のうち最も早い会社は、化学会社の新日本窒素肥料が1958年12月に設立した日窒電子化学である。","3445":"ラサ工業は2010年12月にシリコンウェーハの再生事業から撤退した。","3465":"ケイアイスター不動産の起源は、1990年11月に埼玉県本庄市本庄で設立された有限会社ケイアイプランニングにある。","3479":"ティーケーピーは2005年8月に東京都港区浜松町で設立され、ポータルサイト「TKP貸会議室ネット」の運営を始めた。","3482":"岩野達志氏は2012年3月14日、東京都渋谷区恵比寿でロードスターキャピタルを設立し、代表取締役社長に就任した。","3529":"堀祿助氏は1908年に神奈川県で生まれ、1937年に東京工業大学を卒業して片倉工業に入り、研究生活を送ったのち企画・考査・調査の仕事に長く携わった。","3549":"クスリのアオキの前身は、1869年に石川県で創業した薬種商である。","3563":"のちにあきんどスシローの社長となる清水義雄氏は、1975年7月、大阪市阿倍野区の阿倍野筋で個人のすし店を開業した。","3569":"1887年（明治20年）に羽二重の生産機運が高まった時点で、福井市内には輸出向けの精練を営む業者が1軒もなかった。","3591":"1920年9月17日に滋賀県で生まれた塚本幸一氏は、1938年に滋賀県立八幡商業学校を出た。","3606":"レナウンの源流は、1906年（明治39年）に大阪で始まった繊維雑貨の卸商、佐々木営業部。","3608":"2010年10月14日、東京スタイルとサンエー・インターナショナルは、共同株式移転で持株会社を設立する契約を結び、株式移転計画書を作成した。","3612":"1959年1月、神戸の光商会で専務だった木口衞氏と、部下の畑崎廣敏氏が2人で独立し、婦人用セーターの卸売を営むワールドを設立した。","3626":"東洋情報システムは1971年4月28日、三和銀行とその取引先企業60社の出資を受けて設立された。","3632":"田中良和氏は2000年2月に楽天へ転職し、オークションやブログのサービス開発を担当した。","3635":"テクモの前身は、1967年7月に発足した日本ヨット株式会社である。","3636":"三菱グループは1970年5月、東京都千代田区有楽町に資本金5億円で三菱総合研究所を設立した。","3659":"ネクソンジャパンの起源は、金正宙氏が1994年12月にソウル市で創業した旧NEXON Corporation（現NXC Corporation）にある。","3663":"株式会社セルシスは、1991年5月に設立したソフトウェアの会社である。","3668":"2003年5月、馬場功淳氏は個人サイト「コロニーな生活」をDDIポケットの端末向けに公開した。","3697":"2005年9月、丹下大氏は東京都渋谷区に株式会社SHIFTを資本金700万円で設立した。","3765":"オンセール株式会社は1998年7月、ネットオークションの運営を目的に東京都中央区日本橋箱崎で設立された。","3769":"カード・コール・サービス株式会社は1995年3月、クレジットカード決済処理業務を目的に東京都渋谷区で設立され、資本金は60百万円だった。","3774":"インターネットイニシアティブ（IIJ）の前身は、インターネットイニシアティブ企画である。","3778":"さくらインターネットの始まりは、1996年12月23日、京都府の舞鶴工業高等専門学校に在学していた田中邦裕氏が立ち上げたレンタルサーバサービスにさかのぼる。","3817":"創業者の丸森隆吾氏は早稲田大学大学院商学研究科を修了し、沖電気のコンピューターを販売する沖ビジネスマシン販売に入社した。","3854":"岩本哲夫氏は1991年2月、オフィスコンピュータの販売とソフトウェア開発を目的に、大阪市福島区でアイルを設立した。","3861":"大蔵省に在職していた1871年、渋沢栄一氏は洋式の製紙・印刷設備が国内にない状況を政府の事業で補うよう建議したが、否決された。","3862":"1949年8月1日、過度経済力集中排除法にもとづく王子製紙の三分割によって本州製紙が発足した。","3863":"明治初年の日本は、紙幣や証券に使う洋紙を輸入に依存していた。","3864":"三菱製紙の起点は、1898年4月1日に岩崎久弥氏が資本金50万円で設立した合資会社神戸製紙所である。","3867":"神崎製紙の工場は、洋紙業の先覚者である真島襄一郎氏が1894年4月に兵庫県川辺郡小田村常光寺へ開いた真島製紙所に始まる。","3880":"戦前の日本の製紙業は、洋紙のおよそ9割を王子製紙1社が抄き、残る1割を他の洋紙メーカー数社が分け合う構造にあった。","3883":"創業者の増田義雄氏は1922年に板紙業を始め、戦前は今福製紙株式会社や昭栄製紙株式会社などの板紙工場を経営していた。","3923":"中村崇則氏は1996年3月に神戸大学経営学部を卒業し、同年4月に日本電信電話（NTT）へ入社した。","3938":"ハンゲームジャパンは2000年9月4日、韓国のNHN Corporationが東京都渋谷区桜ヶ丘に資本金3,500万円で設けた会社である。","3941":"井上貞治郎氏は1909年8月、北品川の目黒川沿いに月5円の家賃で20坪余りの平屋を借り、波形の紙を作る機械を奥の6畳間に据えて三盛舎を始めた。","3962":"2003年4月、神保吉寿氏と福留大士氏は大阪市北区で株式会社チェンジを設立し、ITプロジェクトの助言とIT人材の研修を同時に始めた。","3964":"藤崎眞孝氏は1984年3月、東京都港区北青山に資本金100万円で株式会社エフティーエスを設立し、同年9月に商号をオークネットへ改めた。","3994":"2012年5月、マネックス証券のマーケティング部長兼COO補佐だった辻庸介氏が、東京都新宿区高田馬場にマネーブック株式会社を設立した。","4004":"森矗昶氏は1908年12月、千葉県夷隅郡清海村を本拠に房総のヨード業者を合同し、資本金5万円の総房水産を設立した。","4005":"住友総本店は1913年9月22日、愛媛県新居浜に肥料製造所を設け、支配人に梶浦鎌次郎氏を充てた。","4006":"日本窒素肥料の出発点は、1906年1月に鹿児島県の曾木で資本金20万円をもって設立した曾木電気である。","4008":"住友化学工業と多木製肥所は1944年7月20日、資本金1200万円の住友多木化学工業を設立した。","4010":"日本タール工業は1934年8月1日に資本金500万円で設立され、旭硝子が4万9,200株、三菱鉱業が4万8,800株を引き受けた。","4021":"英国に留学していた化学者の高峰譲吉氏は、現地で過燐酸肥料の製造現場を見て化学肥料に目を向けた。","4028":"石原廣一郎氏は1919年8月、知人の田所久吾氏の話を手がかりにシンパンキリ川を丸木舟でさかのぼり、スリメダンの丘で鉄鉱床を見つけた。","4041":"日本曹達は1920年2月に資本金75万円で設立され、新潟県中頸城郡の信越線の二本木駅の前に工場を建てた。","4042":"東洋曹達工業は1935年2月11日の創立総会を経て、資本金300万円で発足した。","4043":"岩井商店店主の岩井勝次郎氏は、1918年2月16日に資本金200万円で日本曹達工業を設立した。","4044":"1935年ごろ、宇部セメント取締役の中安閑一氏は、社内で調べていたソーダ工業の計画を国吉信義氏に引き継ぐよう持ちかけた。","4045":"1933年5月、矢作水力は資本金300万円で化学工業の子会社、矢作工業を設立した。","4046":"1915年11月9日、資本金75万円で大阪曹達の設立登記が完了。","4061":"電気化学工業は1915年5月、藤山常一氏の北海カーバイド工場と特許7件を譲り受け、資本金500万円で発足した。","4062":"大垣の有志が最初に描いたのは電力会社で、1906年2月に社名を揖斐川電力、資本金を100万円とする案を固め、同年11月に広瀬川の水利使用許可を得た。","4063":"1926年9月、信濃電気の越寿三郎と日本窒素肥料の野口遵が提携し、資本金500万円で信越窒素肥料株式会社を設立した。","4071":"2006年12月、イージーコンサルティングは神奈川県横浜市鶴見区で設立され、2007年3月に本社を東京都港区三田へ移した。","4088":"北海酸素は1929年9月24日、札幌で資本金15万円をもって設立された。","4091":"山口武彦氏が1910年10月30日に資本金5万円で設立した日本酸素合資会社の起こりは、自ら営む輸入商の山武商会で扱った酸素の不便にある。","4099":"四国化成工業は1947年10月10日、香川県丸亀市で資本金200万円をもって設立された。","4109":"ステラケミファの源流は、1998年時点の社長・深田純子氏の祖父が1916年に創業した橋本升高堂製薬所にある。","4114":"納五平氏は1926年、硫酸製造装置を設計・施工するヲサメ硫酸工業事務所を大阪に開設した。","4118":"1949年9月1日、鐘淵紡績の企業再建整備計画の認可に基づき、繊維部門を除く全事業を引き受けて鐘淵化学工業が発足した。","4151":"1937年11月1日、宝酒造市川工場長の加藤辨三郎氏は、同業3社の共同機構である協和会へ出向した。","4182":"日本瓦斯化学工業は1951年4月、資本金500万円で発足した。","4183":"東洋高圧工業は1933年4月1日、三井鉱山が大牟田に建てる硫安工場の担い手として、資本金2,000万円で発足した。","4185":"日本合成ゴムは1957年12月10日に設立登記を終え、国策会社として発足した。","4186":"東京工業試験所に1920年ごろ入り応用化学に携わった向井繁正は、まだ揺籃期にあった日本の化学工業がドイツ製品の輸入に依存しているのを見て、身につけた技術で世に打って出ようと、輸入品を国内で作ることに力…","4188":"2005年10月、三菱化学と三菱ウェルファーマの株式移転による共同持株会社、三菱ケミカルホールディングスの設立。","4194":"創業者の南壮一郎氏は、2004年9月に楽天野球団の創業メンバーとなり、2007年まで球団の立ち上げと運営に携わった。","4202":"網干工場の源流は三菱が出資した日本セルロイド人造絹糸株式会社、堺工場の源流は三井が出資した堺セルロイドである。","4203":"日本ベークライトは1932年1月25日、三共のベークライト部門を分離独立させて設立された。","4204":"積水化学工業は、1947年3月に日本窒素肥料株式会社（現・チッソ）の一部従業員がプラスチックの総合事業化を計画し、積水産業株式会社として発足した。","4205":"日本ゼオンは1950年4月12日、塩化ビニル樹脂の専門メーカーとして資本金500万円で設立された。","4206":"愛知時計電機は1936年10月、化学製品部門を切り離し、愛知化学工業を別会社として設立した。","4208":"渡辺祐策氏は1897年6月、資本金4万5000円の匿名組合として沖ノ山炭鉱を山口県宇部に創業した。","4212":"積水樹脂の前身は、1954年11月に資本金400万円で設立したアドヘヤ紙工である。","4213":"1943年9月、三菱化成工業は大塚商店が長浜市三ツ矢町（滋賀県）に持っていた縮緬工場を買収し、自社の長浜工場とした。","4217":"日立製作所は1962年9月29日、化学製品部門を分離して独立の会社とする方針を社内外に公表した。","4221":"四国住宅は1947年7月、建材関係を事業の主体として資本金19万5千円で設立された。","4272":"第1次世界大戦の好況で鉱業の火薬需要が急増し、陸軍岩鼻火薬製造所の年間1000トン程度の生産は、必要量の半分にとどまる水準である。","4293":"1990年10月、リクルート出身の七村守氏らが株式会社サブ・アンド・リミナルを設立した。","4307":"野村證券は1960年11月の株主総会で、創立40周年の記念事業として研究所の設立計画を初めて公表した。","4310":"2000年4月、ボストンコンサルティンググループ日本法人の元社長、堀紘一氏は資本金45百万円でドリームインキュベータを設立した。","4324":"1901年7月1日、光永星郎氏による資本金10万円の日本広告株式会社の設立。","4329":"1996年7月、石川芳郎氏が埼玉県与野市鈴谷にワークスアプリケーションズを設立した。","4337":"1972年7月10日、中央大学法学部の学生だった矢内廣氏は、アルバイト仲間と東京都中野区で月刊の情報誌「ぴあ」を創刊した。","4362":"日本樟脳は1918年2月、粉末樟脳と型物樟脳の製造を目的に資本金600万円で発足し、本社と工場を神戸市に置いた。","4368":"扶桑化学工業は1957年6月、帝國製薬大阪工場を独立させて大阪市淀川区に設立された。","4385":"2013年2月、東京都港区六本木に資本金2,000万円で株式会社コウゾウが設立された。","4401":"1914年8月に第1次世界大戦が始まると輸入が途絶え、国内の苛性ソーダは品薄になった。","4403":"1908年、合名会社鈴木商店が業務の一部として魚油の集荷販売を始めた。","4413":"ボードルアは2007年4月、ニキティスの全額出資子会社として東京都文京区湯島に設立された。","4443":"三三株式会社（現・Sansan株式会社）は2007年6月、名刺管理サービスの提供を目的として東京都新宿区市谷田町で設立された。","4452":"当時の日本では石鹸製造の技術が未熟で、品質も劣り、上質の化粧石鹸は残らず輸入品に依存していた。","4471":"三洋油脂工業は1949年11月1日、資本金400万円・従業員123名で京都に発足した。","4478":"佐々木大輔氏は2012年7月、東京都港区にCFO株式会社を資本金100万円で設立し、代表取締役CEOに就任した。","4501":"1899年、塩原又策氏は西村庄太郎氏・福井源次郎氏と資本金3000円の匿名組織を作り、3人の共同にちなむ三共商店の名で消化薬の試売を始めた。","4502":"大阪道修町二丁目で薬種仲間ができたのは1722年である。","4503":"2005年4月1日、山之内製薬を存続会社に藤沢薬品工業を吸収合併し、アステラス製薬が発足した。","4505":"第一製薬の前身であるアーセミン商会は、1915年10月1日に医薬品の国産化を目的とする匿名組合として発足した。","4507":"塩野義製薬の起点は、1878年3月に大阪の道修町で開いた和漢薬の個人商店である。","4508":"初代田邊屋五兵衞は、延宝6年、すなわち1678年に大坂・土佐堀で合薬の製造販売を家業として独立開業した。","4511":"藤沢友吉氏は1894年1月4日、大阪・道修町2丁目に薬種商の藤沢商店を発足させた。","4512":"わかもとは1929年に発表された栄養剤で、発売当初はドイツから輸入したビール酵母を製剤に加工した製品だった。","4516":"市野瀬潜は、輸入新薬を医師へ直に説いて回る職能を先に身につけ、それを元手に独立した人物である。","4519":"中外製薬の起点は、1925年6月に創業者の上野十蔵氏が東京で起こした中外新薬商会である。","4521":"1948年3月1日、財団法人理化学研究所は組織を株式会社に改め、資本金500万円の株式会社科学研究所として再出発した。","4522":"1950年11月20日、資本金3,000万円の創立総会を経て、国内初の血液銀行である日本ブラッド・バンクが大阪に発足。","4523":"1936年11月、田辺元三郎商店の新薬部長だった内藤豊次氏は、勤め先の外に桜ケ岡研究所を発足させた。","4524":"森下博氏は1893年2月、薬種商の森下南陽堂を創業した。","4527":"山田安民氏は1899年2月、大阪市南区清水町に信天堂山田安民薬房を構えた。","4534":"創業者の持田良吉氏は1913年2月、東京・本郷に持田商会薬局を開業した。","4536":"田口謙吉氏は1890年（明治23年）、大阪の北浜に営業所を置き、高麗橋には薬をつくる工場を構えた。","4540":"中将湯本舗津村順天堂は1893年4月10日、津村重舎氏の個人経営として東京市日本橋区通四丁目7番地に店を構えた。","4543":"欧州製体温計の輸入は第一次世界大戦で止まり、医療界では国産の良品を求める声が強まった。","4547":"1946年8月、医薬品の製造と販売を目的とする橘生化学研究所が、長野県松本市大字筑摩（現・埋橋1丁目）に資本金198千円で設立された。","4549":"栄研化学の前身となる興亜化学工業は、1939年2月に資本金5万円で東京都葛飾区に設立された。","4552":"日本ケミカルリサーチは1975年9月、医薬品とその原料を製造・販売する会社として神戸市東灘区で設立された。","4559":"ゼリア新薬工業は、1955年12月22日に株式会社ゼリア薬粧研究所として東京都中央区で設立された。","4568":"三共と第一製薬は2005年9月28日、株式移転で共同持株会社の第一三共を設立し、同日に東京・大阪・名古屋の各証券取引所第1部へ上場した。","4569":"荻原廣氏は1923年12月、東京市大森区（現在の東京都大田区）で東洋新薬社を創立し、医薬品の製造販売を始めた。","4578":"大塚製薬工場は、大塚武三郎氏が徳島県鳴門で営んだ炭酸マグネシウムの製造工場である。","4581":"ドイツなどの製薬業界と違って日本では薬局を起こりとする製薬会社は少ないが、大正製薬は近代薬学教育を受けた薬剤師の店を出発点とする、業界でも珍しい出自を持っていた。","4587":"2006年7月、人工RNA触媒フレキシザイムを開発した東京大学教授の菅裕明氏と、窪田規一氏の2人が東京都千代田区でペプチドリームを設立した。","4612":"茂木重次郎は、開成学校で化学を学び、ドイツ人化学者ワグネルから塗料製造の技術を習得した技術者である。","4613":"関西ペイントは1918年5月17日、資本金50万円で兵庫県川辺郡小田村（現在の尼崎市神崎）に設立された。","4617":"中国塗料は、1917年5月に広島市で資本金5万円の中国化学工業合資会社として発足した。","4631":"川村喜十郎氏は1908年2月15日、東京・本所北二葉町で川村インキ製造所を創業した。","4633":"阪田恒四郎氏は1896年11月1日、大阪市西区本田通三丁目で新聞インキと印刷インキの製造販売を個人経営で始めた。","4634":"小林鎌太郎氏は1896年春、数え年22歳で主家を辞し、日本橋のペンキ屋の2階を借りてインキの賃練屋を開業した。","4641":"1968年7月、松井利夫氏は神奈川県相模原市相武台で松井設計事務所を開業した。","4661":"株式会社オリエンタルランドの出資者は、京葉工業地帯で交通網と商業地・住宅地を開発していた京成電鉄、同地帯の埋立を担っていた三井不動産、そして船橋地区を埋め立てて船橋ヘルスセンターを営んでいた朝日土地興…","4665":"創業者の鈴木清一氏は、1911年に愛知県碧南市で生まれた。","4666":"創業者の西川清氏は1971年夏、資本金100万円でニシカワ商会を設けた。","4680":"杉野興産は1980年12月、遊戯場の経営を目的として資本金300万円で大阪府泉南市に設立された。","4681":"創業者の伊藤與朗氏は、名古屋で飲食店や貸しビルを営んだ父の宝塚観光を22歳で継いでいた。","4684":"1968年4月、野田順弘氏が大阪市西区阿波座南通に株式会社大阪ビジネスを設立した。","4686":"浮川和宣氏は1949年5月に愛媛県で生まれ、1973年3月に愛媛大学工学部を卒業して船舶用電機メーカーの西芝電機に入社した。","4689":"ソフトバンクと米国のYahoo Corporationは1996年1月、共同でヤフー株式会社を設立した。","4704":"台湾出身のスティーブ・チャン氏は1988年、米カリフォルニア州でトレンドマイクロを創業した。","4716":"米オラクル・コーポレーションは1985年10月15日、東京都新宿区に資本金1,000千円の日本オラクル株式会社を設立した。","4722":"金丸恭文氏は1989年11月、故郷の鹿児島市にフューチャーシステムコンサルティングを設立した。","4723":"会長の折口雅博氏は1995年2月、軽作業の請負に特化した事業を目的に、東京都新宿区西新宿に株式会社グッドウィルを設立した。","4732":"1980年10月、愛知自動車総合サービス株式会社が設立された。","4733":"1980年12月、株式会社ビック・システム・コンサルタント・グループが東京都千代田区に設立された。","4746":"東計電算は1970年4月、自動車部品メーカーである東京濾器のコンピュータ部門を独立させ、東京濾器計算センターとして創業した。","4751":"藤田晋氏は1998年3月18日、東京都港区にサイバーエージェントを設立した。","4753":"有限会社オン・ザ・エッヂは、ホームページの制作・運営・管理を目的として東京都港区に設けられた。","4755":"三木谷浩史氏は、日本興業銀行の本店企業金融開発部で企業の合併・買収を助言し、ソフトバンクの孫正義氏やカルチュア・コンビニエンス・クラブの増田宗昭氏の案件を担当していた。","4756":"増田宗昭氏は1983年3月、故郷の大阪府枚方市で蔦屋書店を創業した。","4768":"大塚實氏はビルマ戦線から1947年に復員し、同年に理研光学工業へ入社して営業で実績を上げた。","4776":"1997年8月、サイボウズは愛媛県松山市で設立された。","4812":"電通取締役の大竹猛雄氏は1968年9月下旬、総勢28名の訪米情報産業特別調査団に加わった。","4816":"日本動画株式会社は1948年1月、東京都新宿区原町に設立され、アニメーションの製作を始めた。","4819":"林郁氏は1983年4月、フロムガレージの代表取締役となった。","4825":"1976年8月、石橋博良氏が29歳でオーシャンルーツ日本法人の社長に就任。","4848":"平野岳史氏は1987年に友人と家庭教師の派遣センター「神奈川進学研究会」を始め、1992年に年商1億2000万円を計上した。","4901":"富士写真フイルムは1934年1月20日、大日本セルロイドの写真フイルム部の事業一切を継承して設立された。","4902":"コニカとミノルタは2003年1月7日に統合覚書を締結し、同年8月5日の株式交換で経営統合を完了した。","4911":"福沢諭吉に学んだ福原有信氏は、わが国で最初に薬剤師の免許を得た人物でもある。","4912":"1891年10月、初代小林富次郎氏が東京・神田柳原河岸の店舗（小林富次郎商店）にて、石鹸・燐寸（マッチ）の原料と石鹸の製造販売を開始した。","4914":"甲斐荘楠香氏が京都帝国大学理工科純正化学科を出たのは1904年で、1910年には教職を辞し、費用を自ら負って欧州へ渡った。","4919":"鴻池一郎氏は1962年、美容院を1軒ずつ回って製品を届けるディーラーとして、ミルビー商会を設立した。","4922":"コーセーは、1946年3月に小林孝三郎氏が東京都北区王子に設立した小林合名会社に始まる。","4951":"鈴木誠一氏は1946年8月にエステー化学工業所を個人で創業し、整髪料のポマードの製造から事業を始めた。","4958":"長谷川藤太郎氏は1891年、14歳で芳香原料の輸入商である日本橋の松沢商店に丁稚として入店した。","4966":"上村工業の商いは、1848年に大阪の薬種問屋街・道修町でひらかれた讃岐屋長兵衞の店に始まる。","4971":"メックは1969年5月1日、民間化学会社に勤めていた前田耕作氏が、同じ会社の部下数名とともに設立した会社である。","4980":"ソニーケミカルは1962年3月、ソニーが東京都品川区北品川に設けた子会社として発足した。","4996":"庵原郡柑橘同業組合は1928年（昭和3年）、別途会計を設けて機械油乳剤の共同調製に着手した。","4997":"旭電化工業は1925年5月31日、古河電気工業から大井の農業薬品製造所を譲り受け、旭電化大井農業薬品工場と改めた。","5001":"有限責任日本石油会社は、1888年5月10日に寺泊村（新潟県三島郡）の聖徳寺で催した創立総会をもって発足した。","5004":"三菱の石油事業は、三菱商事がアソシエーテッド石油（以下ア社）の製品を日本で独占的に扱う契約から始まった。","5011":"池田英一氏は1943年、勤めていた田島応用化工から独立し、日本瀝青化学工業所を創立した。","5012":"日本の石油市場では、1888年設立の日本石油と1893年設立の宝田石油が二大会社として競い、米スタンダードと英蘭シェル（ライジングサン社）の系列が輸入と販売で攻勢をかけていた。","5014":"赤沢銅山の売買契約を大橋真六氏と交わしたのは1905年12月11日で、久原房之助氏は同月26日に日立鉱山の名で開業した。","5016":"久原房之助氏は1905年12月11日、茨城県多賀郡の赤沢銅山を大橋真六氏から代金30万円で買収する契約を結んだ。","5019":"出光佐三氏は1909年に神戸高等商業学校を卒業し、神戸の酒井商会で小麦粉と機械油を扱う丁稚として2年を過ごした。","5020":"有限責任日本石油会社は1888年5月10日、新潟県三島郡寺泊村の聖徳寺で創立総会を催し、同日に新潟県庁へ開業届を提出して発足した。","5021":"1934年施行の石油業法は、規模の小さい製油工場を整理させ、基準を満たす大きさの製油所を新設するよう求めた。","5032":"創業者で代表取締役の田角陸氏は2017年5月、東京都新宿区に資本金100万円でいちから株式会社を設立した。","5076":"前田又兵衛氏（初代）は1919年1月、個人経営の前田事務所を開設して土木請負を始めた。","5101":"横濱電線製造は1914年、ゴム被覆電線で得た加工の経験を工業用ゴム製品へ広げる多角化を計画した。","5108":"1931年3月、石橋正二郎氏は日本足袋のタイヤ部を分離し、石橋家が全額を出資する同族企業としてブリッヂストンタイヤ株式会社を福岡県久留米市に設立した。","5110":"日露戦争後、政府は維新以来抑えてきた外資導入へ転じた。","5122":"日本ゴム工業は1934年1月10日に資本金5万円で設立され、荏原区戸越町に本社を置いた。","5186":"愛媛県松山市出身の新田長次郎氏は、少年期に大阪へ出て米屋で働いた。","5192":"1919年10月10日、小田源蔵氏は神戸で三ツ星商会を起こし、木綿製の伝動ベルトの製造に着手。","5194":"前身のアサヒラテックス化学研究所は1934年1月に創立し、ラテックスを原料とするコンドームを国内で初めて製品にして売り出した。","5201":"1907年9月8日、岩崎俊弥は三菱財閥の支援を受け、資本金100万円で旭硝子株式会社を設立し、本社を兵庫県尼崎に置いた。","5202":"1918年11月22日、日米板硝子株式会社が大阪で設立された。","5214":"日本電気硝子は1944年10月31日、日本電気と岩城硝子が共同で出資し、資本金300万円で発足した。","5231":"維新政府は殖産興業の方針のもと、1873年秋に隅田川沿いの旧仙台藩屋敷跡へセメント工場を建設し、摂綿篤製造所と名づけた。","5232":"磐城セメントの起業は、1906年に横浜で立案された計画に始まる。","5233":"笠井順八氏は1881年5月、山口県厚狭郡西須恵村字小野田にセメント製造会社を設立した。","5236":"創業者の諸井恒平氏は1862年5月26日、諸井泉右衛門の次男として埼玉県本庄町に生まれた。","5238":"三菱鉱業は1918年4月、三菱合資が鉱山部・炭坑部および鉱業研究所の営業一切を継承する形で発足した。","5262":"日本ヒュームコンクリートは1925年10月20日、資本金100万円で設立され、遠心力を応用した鉄筋コンクリート管の量産と販売を目的に掲げた。","5290":"ゼニス羽田ホールディングスとホクコンは、2018年10月にベルテクスコーポレーションとして一つになった。","5301":"東海電極製造は1918年4月8日、資本金50万円で設立された。","5302":"石川等氏は技師長として東京カーボンの製造を立ち上げたが、増資後に入った技術重役と技術方針で対立して退社した。","5331":"1904年1月1日、森村組の首脳は愛知県愛知郡鷹羽村大字則武の水田地帯に日本陶器合名会社を創立した。","5332":"国産の衛生陶器が初めて売り出されたのは1914年8月で、研究を重ねて工業化にこぎつけた成果だった。","5333":"日本の電気事業は1886年に東京電灯が営業を始めたのを皮切りに各地で興り、電力を長距離送電する送電線が年々増えた。","5334":"日本特殊陶業は、森村系の企業から枝分かれして生まれた会社である。","5336":"伊奈家は1766年以来、愛知県知多郡常滑で代々陶磁器を製造し、五代前の初代伊奈長三郎氏が長三と号して陶芸に名をなして以後、四代まで長三郎と長三の名を襲名して常滑の陶芸界で重きをなした。","5344":"1973年4月、愛知県瀬戸市祖母懐町に株式会社丸和セラミックが発足した。","5351":"西村勝三氏は1875年、東京芝浦で耐火煉瓦の製造を開始。","5384":"創業者の越山照次氏は1950年8月、名古屋市で不二見研磨材工業所を個人で起こした。","5393":"日本アスベストは1896年4月9日に設立された石綿製品の会社で、国内の同業で最も古い歴史を持つ。","5401":"江戸時代の日本で鉄をつくる方法は、中国地方に産する砂鉄を木炭とフイゴ送風で処理するたたら吹きに限られていた。","5403":"1950年8月、川崎重工業の製鉄所が分離し、資本金5億円の川崎製鉄として発足。","5404":"日本鋼管が最初に選んだのは、国内の誰もつくっていない製品であった。","5405":"住友家当主の住友吉左衞門氏は1897年4月1日、大阪・安治川にあった日本製銅の工場設備を一括して引き継ぎ、個人事業の住友伸銅場として操業を始めた。","5406":"小林清一郎氏は、出版業で得た利を投じて資本金約100万円の小林製鋼所を神戸に起こし、1904年に工場を構えた。","5411":"川崎製鉄とNKKは2002年9月、株式移転で完全親会社のJFEホールディングスを設立した。","5423":"1934年11月、東京都足立区にて各種鋼材の製造販売を目的として、岡田菊治郎氏が資本金100万円で東京製鐵株式会社を設立した。","5444":"井上浅次氏は1944年11月8日、兵庫県飾磨郡御国野村（現姫路市）で大和工業を設立した。","5445":"東京鐵鋼は1939年6月23日、足立区にあった大和製鉄の設備などを譲り受けて設立され、銑鉄を造り始めた。","5449":"1978年5月15日、大鐵工業と大和製鋼の2社を吸収合併するための新会社として、大阪製鐵が大阪市大正区南恩加島に設立された。","5463":"吉村福松氏は1913年、大阪の平野郷町（現・大阪市平野区平野東）に福松製作所を構え、社員8名と2馬力のモーター1基で自転車用ブレーキをつくり始めた。","5471":"大同製鋼は1950年2月1日、企業再建整備法に基づいて第二会社の新大同製鋼を資本金4億2,000万円で発足させた。","5480":"1925年8月、東京で中央理化工業株式会社が設立された[op]。","5481":"1933年12月、姫路市飾磨区中島の工場で山陽製鋼所が特殊鋼の操業を始めた。","5482":"1934年1月29日の臨時株主総会で、豊田自動織機製作所は定款に製鋼製鉄の業務を加え、資本金を300万円に増やして製鋼部を置いた。","5631":"1907年11月1日、北海道炭礦汽船と英国のアームストロング・ウイットウォース、ビッカースの3社は日本製鋼所を設立した。","5703":"日本にアルミニウム製錬業が成立したのは昭和に入ってからである。","5706":"神岡鉱山は西暦708年の和銅年間に開坑して銅を産出し、奈良・平安から戦国・江戸の各時代を通じて金・銀・銅・鉛が掘り継がれてきた古い鉱山で、三井金属鉱業はみずからの源流をこの長い採掘の歴史にさかのぼって…","5711":"岩崎彌太郎氏が率いた九十九商会は、1871年5月から15年の期限で紀伊国新宮藩の萬歳・音河の2炭山を租借した。","5713":"伊予の別子で住友家が鉱床を見いだしたのは元禄三年（1690年）で、翌四年には幕府から許しを得て採掘に取りかかった。","5714":"1884年9月18日、明治政府は官営小坂鉱山を藤田組へ払い下げた。","5715":"古河市兵衛氏は、主家の小野組が破綻したのち、独立して再起を図った。","5741":"1897年4月、住友家は大阪市安治川上通に住友伸銅場を開設し、銅と真鍮の板・棒・線を製造する伸銅事業に着手。","5801":"横浜電線製造は1896年6月6日、山田電線製造所を営んでいた山田与七氏の事業を土台に、横浜の有力商人の出資で創立総会を開催した。","5802":"住友伸銅場が伸銅製品の事業の一部として製造に着手した裸銅線が、住友電工の直接の起点となった。","5803":"1910年3月、藤倉電線護謨合名会社は電線とゴム引防水布の2事業を分け、電線部門を資本金50万円の藤倉電線株式会社として発足させた。","5805":"東京電気は1936年5月26日に川崎の本社で昭和電線電纜の創立総会を開催し、資本金100万円を全額出資。","5830":"愛媛県で最初に開業した国立銀行は、1878年3月15日に営業を始めた、旧宇和島藩領の西宇和郡川之石浦の第二十九国立銀行。","5831":"1943年3月1日、静岡三十五銀行と遠州銀行が対等合併し、資本金2,550万6,000円の静岡銀行が発足した。","5832":"岡山県の銀行統合は、1919年9月に県南から始まった。","5838":"2000年1月、松尾泰一氏は銀行の設立を目的とする日本電子決済企画を、資本金4億円で東京都千代田区に設立した。","5844":"1941年10月1日、両丹銀行・宮津銀行・丹後商工銀行・丹後産業銀行の4行が合同し、資本金319万円の丹和銀行が発足した。","5851":"浦上豊氏は1943年12月16日、株式会社菱備製作所を設立した。","5857":"1964年4月、写真の定着液から出る廃液の回収を目的に、株式会社朝日化学研究所が大阪市城東区で設立された。","5901":"高碕達之助氏は明治44年から大正4年まで米大陸に滞在し、缶詰工業と製缶業の研究に取り組んだ。","5911":"工学博士の横河民輔氏は1903年4月に東京市日本橋楓河岸で横河工務所を開設し、建築の設計と工事監督を本業とした。","5929":"髙山萬司氏は1956年4月、兵庫県尼崎市に資本金100万円で株式会社三和シヤッター製作所を設立した。","5930":"1955年4月、関本亘氏は東京・浅草に本社を置く日本文化鉄扉を資本金200万円で設立し、工場は板橋区志村に置いた。","5938":"潮田健次郎氏は1947年、父の潮田竹次郎氏が営む木製建具の小売店「妙見屋」とは別に、建具の卸売業を始めた。","5943":"能率風呂工業は1951年3月に資本金53万円で設立され、本店を神戸市生田区（現中央区）に置いた。","5946":"1954年7月、資本金500万円の株式会社長府製作所が設立され、山口県経済農業協同組合連合会の長府工場を譲り受けて農機具の製造を始めた。","5947":"林内製作所は1950年9月、個人商店の林内商会を改組し、株式会社として設立された。","5982":"渡邉昌彦氏は1961年3月、業務用の石油ガスバーナーを製造販売する目的で、資本金100万円の渡辺商事株式会社を東京都荒川区で設立した。","5988":"加藤発條の起こりは、1933年に東京・本所菊川町で開業した加藤発条製作所である。","5991":"1936年6月6日、芝浦スプリング製作所が東京・芝浦で資本金60万円の会社として発足した。","6005":"三浦製作所は1927年12月、愛媛県松山市で精麦機と精米機の製造と販売を始めた。","6011":"直江津港から北へは鉄道が通っておらず、港と事業地の往来は主に小汽船頼みだった。","6013":"田熊常吉氏は1872年2月8日、鳥取県八橋郡瑞穂村東園で、父の田熊豊蔵氏と母の田熊ふゆ氏の末子に生まれた。","6028":"日設エンジニアリング株式会社は、1973年11月にプラント設計等を事業目的として東京都豊島区に設立された。","6088":"三菱商事とベルギーの金融サービス会社RHJ International SAは、2008年5月、合弁でシグマクシスを東京都港区赤坂に設立した。","6098":"1960年3月、江副浩正氏は東京都港区で大学新聞広告社を創業し、大学新聞に各企業の求人広告を掲載する事業を始めた。","6101":"津上退助氏は大正期に東京で個人の工場を興し、長さの基準となるブロックゲージと各種の原器を作り始めた。","6103":"大隈栄一氏は1898年1月、名古屋市石町3丁目で個人経営の大隈麺機商会を興し、自身の発明による製麺機を作って売り始めた。","6104":"1938年12月、芝浦製作所（現・東芝）は工作機械の部門を分離し、資本金1,000万円の芝浦工作機械を設立した。","6106":"1936年7月8日、国産工業の会長の鮎川義介氏と社長の村上正輔氏は、工作機械の国産化を目指して国産精機を設立した。","6113":"1946年9月、天田勇は東京都豊島区高田南町で天田製作所を創業した。","6134":"富士機械製造の創業者・坂上守は、独立前に勤めた菅鉄工所で工作機械の一種である単能機を独自に開発し、その本格生産を経営側へ進言したものの容れられず、自ら新会社を設立する道を選んだ。","6135":"牧野常造氏は1937年5月、東京・目黒で牧野商店製作部を個人で設立し、工作機械の専門メーカーとして事業を始めた。","6141":"1948年10月、森林平氏と森茂氏の兄弟は、奈良県大和郡山市で、メリヤス機械を製造・販売する森精機製作所を設立した。","6146":"1937年5月、関家三男氏は広島県呉市で工業用砥石の製造と販売を目的に、個人営業の第一製砥所を創業した。","6178":"前島密氏は1869年12月に民部省改正局の九等出仕を命じられ、翌1870年正月から勤めた。","6183":"ベルシステム二四は1982年9月、東京都新宿区で設立された。","6196":"荒井邦彦氏が太田昭和監査法人（現 EY新日本有限責任監査法人）へ入所したのは1993年4月だった。","6201":"豊田佐吉氏は1890年に木製人力織機の特許を取得し、以後30年余りを織機の発明に費やした。","6203":"豊田式織機は1907年2月9日、三井物産大阪支店で創立総会を開催し、資本金100万円で発足した。","6209":"2022年7月27日、リケンと日本ピストンリングは、共同株式移転で共同持株会社を設け、対等の精神で経営統合することに基本合意した。","6217":"津田駒次郎氏は1909年（明治42年）3月、金沢市茨木町に個人経営の工場を設け、織機の生産を始めた。","6218":"エンシュウの前身は、1904年（明治37年）から浜松市で織機を製造していた合資会社鈴政式織機製作所である。","6250":"共立農機は1947年9月6日、資本金18万円で東京都杉並区に設立された。","6254":"野村マイクロ・サイエンスは1969年4月、米国ゼネラル・エレクトリック（GE）が開発した超精密ろ過膜ニュクリポアー・メンブレンを日本と極東地区で独占して販売する会社として、東京都中央区日本橋本石町に設…","6268":"帝人製機とナブコは2003年3月13日、株式移転で共同の完全親会社を設ける契約に調印した。","6269":"1987年6月、旧三井海洋開発株式会社（1968年12月に三井造船株式会社と三井物産株式会社の出資により設立、海洋開発関連船舶や各種海洋構造物及び海洋関連工事の企画・設計・建造・施工を事業としていた）…","6273":"大村進氏は、1939年に東京帝国大学工学部を卒業して東京タングステンに入社し、ステンレスやブロンズの焼結理論を研究していた技術者である。","6277":"細川鉄工所は1949年8月に株式会社へ改組し、粉砕機の製造と販売を事業の中心に置いた。","6278":"片山一郎氏は1960年12月、東京都大田区に株式会社ユニオン化学研究所を設立し、ドリルやエンドミルなど工業用超硬精密工具の試作研究を始めた。","6287":"佐藤竹工機械製作所は1951年5月、埼玉県大宮市で株式会社に改組し、佐藤陽氏が代表取締役に就任した。","6301":"コマツの源流は、土佐出身の実業家・竹内明太郎氏が率いた竹内鉱業にさかのぼる。","6302":"住友重機械工業は、住友が1888年に別子鉱業所の中へ置いた工作方を自らの起点としている。","6305":"日立製作所の建設機械は、1948年に建設省からパワーショベル2台を受注したことに始まった。","6310":"井関邦三郎氏は1918年、農作業を続ける体力に自信を持てず、田畑と家屋敷を処分した3635円を元手に商いへ転じた。","6323":"ローツェ創業者の崎谷文雄氏は、1945年4月に岡山県井原市の農家の長男として生まれ、中学時代のラジオ修理をきっかけに電気回路の技術一筋で歩んだ。","6326":"1890年2月、久保田権四郎は大阪市南区御蔵跡町に久保田鉄工所を興し、各種鋳物の製造と販売を始めた。","6332":"黒板傳作氏は東京帝国大学を卒業後、鈴木藤三郎氏が個人で営む鈴木鉄工部に技師として入社し、日本精製糖の器械係嘱託技師も兼ねた。","6349":"1923年10月20日、小森善七氏と弟の小森善一氏は、東京・本所の焼け跡に小森機械製作所を創業した。","6361":"東京帝国大学教授の井口在屋氏は1905年（明治38年）、渦巻ポンプに関する学理を論文にまとめて発表した。","6363":"酉島製作所の起点は、藤田鉱業が1919年8月に大阪市此花区酉島町へ設けたポンプ専門の製作工場である。","6367":"1924年に大阪砲兵工廠の元工場長であった山田晃が40歳で官を辞して独立し、従業員15名未満の合資会社大阪金属工業所を大阪の難波新川に設立したのがダイキン工業の源流となった。","6368":"終戦でイオン交換樹脂の研究は一時中断したが、陸軍軍医学校薬剤部で主任研究者を務めた丸山正武氏は、その将来性を確信していた。","6370":"栗田春生氏は1949年7月、資本金30万円で神戸市生田区に栗田工業を設立し、社長に就任した。","6371":"1917年12月、椿本説三氏が大阪府西成郡豊崎町南浜に自転車チェーン製造の椿本工業所を設立。","6376":"音桂二郎氏は1919年1月1日、音申吉氏の次男として東京に生まれ、東京帝国大学工学部機械工学科を卒業したのち海軍造機技術士官に任命された。","6383":"社長の坂口嘉兵衛氏が率いる坂口機械製作所は、1937年5月20日に大阪市西淀川区大和田町で資本金30万円をもって設立された。","6395":"多田野益雄氏は1919年8月、北海道旭川で溶接業を立ち上げた。","6407":"日本航空電機は1943年4月、資本金1,000万円で名古屋市に設立された。","6412":"中島健吉氏は1949年8月、群馬県桐生市で個人事業の平和商会を創業し、パチンコ機の製造販売を始めた。","6413":"羽山昇氏は1945年10月、東京・世田谷区若林の留守宅へ復員し、翌1946年5月に日本大学の哲学科へ入学した。","6417":"毒島邦雄氏は1966年4月、個人事業の中央製作所からパチンコ機の製造販売の事業を継承した。","6419":"マースエンジニアリングは1974年9月、東京都新宿区新宿で設立された。","6425":"1969年12月2日、栃木県小山市間々田にユニバーサルリースが設立された。","6432":"竹内明雄氏は1949年、15歳で都筑製作所に入社した。","6436":"天野修一氏は、海軍技師として工廠の原価管理に行き当たったところからタイムレコーダーへ入った人物である。","6445":"1921年、小瀬與作氏は、飛松謹一氏が東京・滝野川に工場を持つ龜松茂氏とミシンの製造・販売を開始するため融資を求めているという話を聞いた。","6448":"1908年4月、熱田兵器廠の技師だった安井兼吉氏が職を辞し、名古屋市熱田区伝馬町に安井ミシン商会を開店した。","6454":"山田航空工業は1942年11月26日、群馬県高崎市東町80番地に資本金40万円で設立された。","6459":"1958年2月、尾崎茂氏は大阪市生野区で大和冷機工業所を個人で開き、業務用冷蔵庫の販売と修理から事業を始めた。","6460":"セガサミーホールディングスは2004年10月、株式会社セガとサミー株式会社が株式移転で設立した持株会社として誕生し、同日付で東京証券取引所第一部に上場した。","6465":"星崎電機は1981年12月、米国カリフォルニア州に現地法人HOSHIZAKI AMERICAを設け、海外に初めての拠点を持った。","6471":"創業者の山口武彦氏は1906年12月、欧米の機械や測定器具を輸入する山武商会を東京・京橋に設立した。","6472":"西園鉄工所は1918年3月、三重県桑名町内堀に50坪に満たない町工場として発足した。","6473":"創業者の池田善一郎氏は、1921年1月に大阪市生野区猪飼野へ工場を建て、ボール・ベアリングの本格生産に入った。","6474":"1928年12月21日、中越水電の元支配人の井村荒喜氏は、富山県上新川郡山室村石金に資本金20万円の不二越鋼材工業を創立した。","6479":"日本ミネチュアベアリングは1951年7月、国内最初のミニチュアベアリング専門メーカーとして東京都板橋区に設立された。","6481":"日本トムソンを創業し、独自のニードルベアリングで上場企業に育てた寺町博氏は、1971年4月に東京都目黒区で東邦精工を設立した。","6486":"日本オイルシール工業は1964年4月に米国シーロール社と合弁契約を結び、同年10月に日本シールオールを設立した。","6501":"当時の電気機械は需要が小さく、技術面でも資材面でも国内で造るのは至難と見られていた。","6502":"東芝の源流のひとつは、幕末から明治にかけて活動した発明家、田中久重氏の工場にさかのぼる。","6503":"三菱電機の源流は1905年、三菱合資会社造船部神戸造船所の構内で舶用・鉱山用を主とした電気機械器具の製造が始まったところにある。","6504":"1923年8月、古河電気工業とドイツ・シーメンス社の資本・技術提携により富士電機製造株式会社が設立された。","6506":"1915年7月、筑豊炭田で財をなした安川財閥の安川敬一郎は、息子の清三郎と第五郎に事業を起こすよう勧め、『資金は出すが、口出しはせぬ』と経営を兄弟に委ねた。","6507":"1878年、廃藩置県で職を失った鳥羽稲垣藩の旧藩士数名が資金を出し合い、旧城跡の二の丸に小船渠を設けて造船業を始めた。","6508":"1897年12月、重宗芳水氏は東京・船松町（現在の中央区湊町3丁目）に個人経営の電気機械工場「明電舎」を創設した。","6516":"無線を仕事に選ばせたのは、ロンドンでの留学を終えて戻った直後の八木秀次博士が行った無線電信の講義であった。","6517":"久保山洩左氏は1947年11月、東京都中野区上高田で電気溶接機の修理と販売を個人経営で始めた。","6525":"国際電気は1949年11月17日、電元工業の狛江工場を承継する第2会社として発足した。","6526":"富士通とパナソニックは2014年9月、両社のシステムLSI事業を受け入れる準備会社としてソシオネクストを設立した。","6532":"ベイカレントの前身は、1998年3月に神奈川県藤沢市で設立された有限会社ピーシーワークスである。","6544":"石田克史氏は1985年4月にエス・イー・シーエレベーターへ入社し、育英管財とペムスでもエレベーターの実務を積んだ。","6586":"1915年3月21日、名古屋市中区横三ツ蔵町で\"牧田電機製作所\"が個人創業した。","6588":"1919年、伊豆の田中村で金庫を製造していた合資会社間宮堂は、株式会社間宮堂に組織を改めた。","6590":"1939年10月12日、東京芝浦電気が兵器と機械の生産・販売部門を継承させる形で、株式会社芝浦京町製作所が資本金500万円で設立された。","6592":"1946年6月、馬渕健一氏は香川県高松市で関西理科研究所を創立し、小型モーターの開発に入った。","6594":"永守重信氏は、京都府向日市の農家に六人兄弟の末子として生まれ、中学二年のときに父を亡くした。","6622":"大阪変圧器は1919年12月、資本金50万円で大阪府西成郡中津町に設立され、人員16名の工場で柱上用変圧器だけを量産する事業を始めた。","6627":"テラプローブは2005年10月1日に営業を開始し、広島エルピーダメモリの発注を受けてDRAM製品のテストを請け負った。","6628":"五代武氏は、松下電器でスピーカーの製造と設計に携わった技術者として独立した。","6632":"日本ビクターは2007年7月24日、再建の実行計画「アクションプラン2007」を公表した。","6645":"1933年5月10日、立石一真氏は33歳で大阪市都島区東野田に立石電機製作所を創業した。","6651":"日東工業は1948年11月24日、愛知県瀬戸市で資本金100万円の株式会社として発足した。","6665":"エルピーダメモリの前身は、日本電気と日立製作所が折半出資して設立したNEC日立メモリである。","6670":"株式会社ＭＣＪの出発点は、1998年8月にマウスコンピュータージャパン株式会社の製造部門と卸部門を切り離して設けられた有限会社エムシージェイである。","6674":"島津製作所の起点は、先代の島津源蔵氏が1875年（明治8年）3月に京都・木屋町二条で始めた学校用品の製造である。","6701":"日本電気の誕生に先立ち、わが国の通信制度は段階的に整った[op]。","6702":"1923年9月の関東大震災で電話は壊滅的な打撃を受け、これを機に交換手による電話交換を自動交換方式へ切り替える方針が固まり、逓信省が音頭を取ってアメリカ式とドイツ式の自動交換機技術が通信機メーカー各社…","6703":"沖牙太郎氏は1848年、広島県沼田郡新庄村の農家の末子に生まれた。","6707":"1937年10月、東邦電力創立50周年記念事業として、当時の社長松永安左ヱ門により財団法人東邦産業研究所が設立された。","6723":"日本電気は1999年12月に汎用DRAM事業を日立製作所との共同出資会社へ分社しており、残る半導体事業も2002年11月に会社分割で切り出した。","6724":"1942年5月、長野県諏訪に有限会社大和工業が時計部品の加工を目的として設立された。","6728":"日本真空技術は1952年8月、資本金6百万円で創業した。","6736":"1971年4月、前田昌美氏は愛知県江南市でサン電子を設立し、繊維から電子機器へ事業を移した。","6741":"1928年12月、日本信号は資本金100万円で設立された。","6744":"能美防災の出発点は火災報知機ではなく貿易にあった[op]。","6745":"東京報知機は1918年4月2日の創立総会を経て、資本金100万円（払込金25万円）で発足した。","6752":"松下幸之助氏は、九歳で丁稚奉公に出て火鉢店と自転車店を経たのち、電気の仕事へ移った人物である。","6753":"1912年9月、早川徳次氏は東京市本所松井町で金属加工の個人企業を興し、バックルや万年筆の金具といった雑貨の下請けから出発した。","6754":"1931年3月、株式会社安中電機製作所と共立電機株式会社の合併により、資本金50万円で安立電気株式会社が設立された。","6758":"ソニーの前身は、1945年10月に元海軍技術者の井深大氏が旧日本測定器の同志約20人と、東京・日本橋の白木屋百貨店の一隅で電気通信機と測定器の研究製作を始めた東京通信研究所である。","6761":"池尻光夫氏は終戦直後、名古屋で個人企業を興し、マイクロホンの製造を始めた。","6762":"1930年、東京工業大学の加藤与五郎博士と武井武博士が世界初の酸化物磁性体フェライトを発明した。","6764":"井植歳男氏は松下幸之助氏の妻の弟にあたり、1917年から松下電器に約29年在籍して専務を務めた。","6770":"片岡勝太郎氏は、電子部品のほかに何も知らない技術者として戦地から戻った人物である。","6773":"創業者の松本望氏は1938年1月、東京・文京区で福音商会電機製作所を創業し、スピーカーづくりに着手した。","6787":"名屋佑一郎氏は1975年11月、プリント配線板の製造と販売を目的に名幸電子工業を設立し、両面板の販売から事業を始めた。","6791":"1907年、F.W.ホーン氏の個人経営の日米蓄音器商会と同系の製造会社として、日米蓄音器製造株式会社が設立された。","6792":"1927年9月、蓄音機市場の拡大を見据えた米ビクタートーキングマシンが対日直接進出の形で日本ビクター蓄音機を設立した。","6793":"菊池幸作氏は1944年12月、東京都渋谷区代々木上原で個人経営の山水電気製作所を開業した。","6796":"創業者の滝澤左内氏は養蚕の盛んな長野県に生まれ、生家も生糸業に関わっていた。","6802":"赤井電機の起点は、赤井舛吉が大正13年に従業員15名ほどで興した赤井電機製作所にある。","6804":"古橋了氏は1947年4月、大阪市東成区で古橋製作所を創業した。","6806":"広瀬銈三氏は1937年8月、東京市赤坂区榎坂町（現在の東京都港区）に広瀬商会を創立した。","6807":"1953年1月、日本電気の出資により東京都中央区に日本航空エレクトロニクス株式会社が設立された。","6808":"井上信太郎氏は1955年、勤め先の東京無線電機を離れて独立を決めた。","6810":"日立マクセルの前身は、1960年9月に大阪府茨木市で設立されたマクセル電気工業である。","6839":"1951年4月、船井哲良氏が大阪でミシンの卸商・船井ミシン商会を興した。","6841":"横河電機の創業者は帝国劇場や三越本店、東京株式取引所といった当時の代表的な建築の設計で知られた工学博士・横河民輔であり、1903年に横河工務所を設立した建築家でありながら技術そのものを軸とした事業展開…","6845":"1906年12月、山口武彦が東京市京橋区五郎兵衛町（現在の中央区八重洲）に山武商会を創立した。","6849":"日本光電工業は1951年8月7日、医学と工学を結び付ける目的を掲げ、12名の陣容で発足した。","6856":"堀場製作所の創業者は1924年生まれの堀場雅夫氏で、京都帝国大学（現京都大学）理学部の在学中に堀場無線研究所を1945年に開設した経歴を持つ。","6857":"1954年12月、武田郁夫氏は電子計測器専門メーカーとして資本金50万円のタケダ理研工業株式会社を愛知県豊橋市に設立した。","6859":"1947年7月、田葉井五郎氏は大阪市北区で個人経営の田葉井製作所を創業した。","6861":"滝崎武光氏は1945年に生まれた。","6866":"日置美三氏は1935年6月、東京都内に個人企業の日置電機製作所を創立し、仲間3、4人で指示電気計器の組立を始めた。","6869":"1968年2月、兵庫県神戸市兵庫区下沢通5丁目4番地に東亞医用電子株式会社が設立された。","6871":"日本マイクロニクスは1970年11月、東京都目黒区上目黒五丁目27番16号にトーワ電気株式会社として設立された。","6875":"メガチップスは1990年4月、大阪府吹田市に資本金10,000千円で設立され、受託開発事業から始めた。","6890":"1980年9月、米フェローフルイディクス社は東京都港区に日本フェローフルイディクスを設立した。","6902":"デンソーの源流は、1933年7月に豊田喜一郎氏が自動車の国産化を目的として豊田自動織機製作所内に設けた自動車部の電装部門にある。","6920":"内山康氏は1960年7月、東京ITV研究所を資本金10万円で設立。","6923":"北野隆春氏は1920年12月、東京市芝区金松町で北野商会を創業した。","6924":"1944年8月18日、岩崎通信機の常務取締役だった岩崎福市氏が、当時の軍部からの要請を受け、東京都渋谷区代々木上原町に資本金200万円で岩崎電波工業を創設した。","6925":"1964年3月、ウシオ工業の電球部門が分離し、資本金1,250万円のウシオ電機として発足した。","6947":"1976年12月17日、金子真人氏は武藤工業で開発に携わった仲間4人と独立し、図形処理技術研究所を横浜市磯子区で発足させた。","6951":"風戸健二氏ら若い技術者は1949年5月、千葉県茂原の電子科学研究所の経営者と分かれ、東京で日本電子光学研究所を創業した。","6952":"1946年4月、樫尾忠雄ら樫尾4兄弟は東京都三鷹市に樫尾製作所を設立した。","6953":"日本で最初のレジスターは、1897年に横浜の貿易商である牛島商会が米国のナショナル・キャッシュ・レジスターから輸入した機械で、店頭で現金を数え記録する道具は当初すべて輸入品でまかなわれた。","6954":"1956年、富士通信機製造の技術担当常務であった尾見半左右氏は、通信機にコンピュータと制御を加える\"3C構想\"を掲げ、制御分野の責任者に機械技術者の稲葉清右衛門氏を指名した。","6960":"創業者福田孝氏の次兄福田正氏は、1925年春に千葉県印旛郡大森町の小学校を出て上京し、東京市本郷区の河西医療電機製作所へ丁稚として入った。","6963":"1954年12月、立命館大学理工学部を卒業したばかりの佐藤研一郎氏は、京都市上京区で個人企業・東洋電具製作所を創業した。","6966":"三井孝昭氏は1948年12月に安川電機製作所を退職して独立し、1949年1月に福岡県八幡市筒井町で金型の製造販売業を始めた。","6971":"稲盛和夫氏は1958年9月に京都の碍子会社である松風工業を退職し、翌1959年に京都セラミックを設立した。","6976":"太陽誘電の前身は佐藤彦八が1943年に設立した東京電気化学工業であり、戦時中から磁器コンデンサとステアタイト磁器絶縁体の研究と製造を独自に手がけてきた歴史を持つ[op]。","6981":"創業者の村田昭氏は1944年10月、京都市内の染物工場の跡を借り、個人経営の村田製作所を始めた。","6988":"日東電気工業は1918年10月、東京・大崎で既存の絶縁材料メーカーの事業を引き継いで発足した。","6995":"東海理化電機製作所は1948年8月30日、愛知県西春日井郡西枇杷島町で資本金40万円の会社として発足した。","6996":"二井製作所は大正期に創業し、輸入に依存していた電話機用ペーパーコンデンサの国産化を先駆けたメーカーである。","7003":"三井造船は、三井物産の船舶部が自前の造船・修繕拠点を求めたことに始まる[op]。","7004":"1881年4月1日、英国人貿易商のE.H.ハンター氏は大阪・安治川の川岸で大阪鉄工所を開業した。","7007":"佐世保海軍工廠は1889年の鎮守府設置と同時に生まれ、日清戦争・日露戦争・第一次大戦と佐世保が戦争の基地になるたびに施設を広げた。","7011":"三菱重工業は1884年7月7日を創立日としている。","7012":"国家がまず急ぐべきは、和船をはるかにしのぐ西洋型の船を造ることだ──貿易商の川崎正蔵氏はそう考え、1878年4月に東京築地で造船業を起こした。","7013":"石川島の始まりは、幕府の命令で隅田川口の石川島に建てられた、わが国で最初の造船所である。","7014":"名村造船所の出発点は、創業者・名村源之助（1878年生まれ）が造船の現場で積んだ修業にある。","7101":"1896年9月、鉄道局長を退任した井上勝氏が大阪府西成郡川北村に汽車製造合資会社を創立した。","7105":"日本輸送機は1937年8月、大阪市西淀川区で日本輸送機製作所の事業を継承して発足し、蓄電池式の機関車と運搬車の生産販売を始めた。","7148":"谷村尚永氏は1983年4月に住商リースへ入社し、1998年8月からING Lease Japan東京支店の在日代表を務めた。","7157":"ライフネット生命保険の前身であるネットライフ企画は、2006年10月23日に設立された。","7164":"全国保証は1981年2月、東京都千代田区大手町に資本金50百万円で設立された。","7167":"足利銀行は1895年8月31日、足利の織物業の金融を円滑にする目的で設立された。","7182":"前島密氏は1870年6月、鉄道借款の処理にあたる使節の副使として英国へ渡り、本務の合間に郵便とあわせて為替と貯金の運営を調べた。","7186":"1920年5月24日、横浜で最大規模の普通銀行だった七十四銀行が休業を発表。","7189":"福岡無尽は1924年6月8日に資本金20万円で設立され、福岡県下で無尽業法に基づく営業を始めた。","7201":"1930年代初頭の国内自動車市場では、日本フォードと日本ゼネラル・モーターズの組立車が大半を占めていた。","7202":"いすゞの源流は、明治末から大正期に自動車製造へ乗り出した二つの母体に遡る[op]。","7203":"トヨタ自動車の出発点は、1926年11月18日に愛知県碧海郡刈谷町で設立された資本金100万円の豊田自動織機製作所である。","7205":"日野自動車の源流は、1910年に創業した東京瓦斯電気工業にさかのぼる。","7210":"日本デイゼル工業は1935年12月、初代社長の安達堅造氏のもとで資本金600万円をもって創立された。","7211":"三菱重工業が乗用車市場へ本格的に踏み出したのは1960年4月、通商産業省の国民車構想に沿って小型乗用車\"三菱500\"を発売したときである。","7220":"1938年4月、大塚美春氏は東京都品川区戸越で個人経営の大塚製作所を創業した。","7222":"1941年7月1日、日本航空工業と国際工業が対等合併し、資本金3,600万円の日本国際航空工業が発足した。","7224":"新明和工業の起点は、1918年5月に航空機を製作する目的で設立された日本飛行機製作所である。","7226":"極東開発機械工業は1955年6月、資本金2,500千円で横浜市鶴見区に設立され、特装車の販売から事業を始めた。","7231":"トピー工業の源流で最も古いのは、高妻俊秀氏が1921年10月に個人経営で創業した圧延工場の宮製鋼所である。","7238":"曙ブレーキ工業の源流は、1929年に納三治氏が東京で興した曙石綿工業所にさかのぼる。","7239":"1954年4月、立川スプリングが東京都立川市に株式会社として発足した。","7240":"日本ベアリング製造は1941年7月、軸受の製造を目的に神戸市林田区で発足した。","7241":"関東重工業は1935年3月、東京市で設立された。","7242":"萱場資郎氏は1919年、東京市芝区日之出町に萱場発明研究所を開設した。","7246":"1925年2月16日、合資会社プレッス作業所が東京府荏原郡大井町（現在の品川区南大井）に誕生した。","7259":"1943年、トヨタ自動車工業と川崎航空機の共同出資で資本金5,000万円の東海飛行機株式会社が設立された。","7261":"東洋コルク工業は1920年1月30日、資本金50万円で広島市中島新町に設立された。","7262":"当時のわが国で何より必要とされた機械は原動機だったが、その大半は輸入に頼っていた。","7267":"1946年10月、本田宗一郎氏は静岡県浜松市に本田技術研究所を開設し、内燃機関および各種工作機械の製造と研究に取り組んだ。","7269":"1909年10月、鈴木道雄氏は鈴木式織機製作所の看板を掲げ、織機の製作を本業に据えた。","7270":"中島知久平氏は『経済的に貧しいわが国の国防は、航空機中心にするべきであり、世界の航空情勢に追いつくには、民間航空機産業を興さなければならない』との考えから、民間による飛行機研究所として事業を興した。","7272":"二輪車への進出は、まず母体である日本楽器製造（現在のヤマハ株式会社）が1954年にオートバイ部門へ参入し125ccの生産に着手したことに始まる。","7276":"1915年4月、小糸源六郎が東京・京橋（現在の中央区）で個人経営の小糸源六郎商店を創業し、鉄道用信号レンズと色硝子の販売を開始した。","7282":"豊田喜一郎氏は1934年、豊田自動織機製作所の構内に自動車の試作工場と製鋼所を設け、その一角でゴム部品の試作研究を始めた。","7283":"藤田製作所は1938年5月10日、擲弾筒を発注するという内命を陸軍造兵廠名古屋工廠より受けた。","7312":"1984年刊の記念誌で、タカタは前年の1983年に創立50周年を迎えたと記しており、起点は1933年にさかのぼる。","7322":"2017年2月28日、三重銀行と第三銀行は各取締役会で、持株会社を設けて経営を統合する協議の基本合意を決議し、基本合意書を締結した。","7327":"第四銀行と北越銀行は2017年4月、経営統合の検討に関する基本合意書を締結した。","7337":"広島県で最初の銀行は、1878年11月に尾道で設立された第六十六国立銀行である。","7381":"北國銀行は1943年12月18日、石川県下の加能合同銀行・加州銀行・能和銀行の3行が合併して設立された。","7404":"昭和飛行機工業は1937年6月5日、資本金3,000万円で設立された。","7412":"1972年1月、佐々木正時氏は福井市開発に資本金200万円で株式会社徳兵衛寿司を設立した。","7419":"ノジマの起点は、1959年8月に野島絹代氏が神奈川県相模原市で開いた野島電気工業社にある。","7421":"のちのカッパ・クリエイトが外食事業に参入した入口は、ミスタードーナツのフランチャイズ加盟店だった。","7433":"伯東は1953年11月7日、資本金500万円で東京都中央区銀座に発足した。","7453":"西友は1989年6月、無印良品の事業を資本金1億円の良品計画として分社した。","7456":"松田産業の起点は1935年（昭和10年）の創業にある。","7459":"熊田佐一郎氏は1898年10月8日、21歳で神戸市元町6丁目に熊田三星堂薬舗を開業し、医薬品などの小売から出発した。","7476":"井内盛一氏は1933年、大阪市北区で個人商店の井内盛栄堂商舗を創業し、医業向けのガラス製品を卸した。","7516":"コーナン商事は1978年9月に設立され、3か月後の同年12月に第1号店のコーナン泉北店を堺市に開店した。","7532":"安田隆夫氏は1978年、東京都杉並区に20坪ほどの安売り店「泥棒市場」を個人で開業した。","7545":"1956年10月3日、茂理満氏と息子の茂理佳弘氏は兵庫県姫路市本町に「赤ちゃんの西松屋株式会社」を設立した。","7550":"1982年6月、小川賢太郎氏が株式会社ゼンショーを設立し、神奈川県横浜市鶴見区に横浜工場を併設した本社を置いた。","7552":"1969年6月、創業者の河合洋氏が東京都北区滝野川に有限会社トウショウを設立。","7564":"土屋嘉雄氏は1951年4月に藤五へ入社し、1958年12月に株式会社いせやを設立して専務取締役に就任した。","7581":"1967年7月、創業者の正垣泰彦氏が個人店舗「レストラン・サイゼリヤ」を開店した。","7599":"創業者の羽鳥兼市氏は1994年4月、福島県郡山市に中古車の買取専門店「ガリバー」を出店した。","7606":"1989年10月、重松理氏は東京都渋谷区神宮前二丁目に資本金5,000万円で株式会社ユナイテッドアローズを設立し、代表取締役社長に就任した。","7616":"コロワイドの歴史は、1963年4月に神奈川県逗子市逗子312番地で設立された飲食店の会社に始まる。","7630":"宗次徳二氏は、高校を出てから不動産と住宅の業界を渡り歩いたのち、二十代の半ばで客商売へ移った人物である。","7649":"杉浦広一氏は1976年12月、出身地の愛知県西尾市にスギ薬局を創業した。","7701":"明治政府が殖産興業を掲げて近代の科学技術の取り込みを急いでいたころ、学校や研究機関で使う物理・化学の実験器械は大半を輸入に頼っており、初代島津源蔵はその国産化に乗り出した。","7721":"和田嘉衡氏は1896年5月1日、東京市小石川区原町120番地の茶畑に小屋を建て、和田計器製作所として圧力計の研究製作を始めた。","7729":"1949年3月28日、前身の東京機器製作所が解散し、同日に資本金160万円の東京精密工具が設立された。","7731":"日本光学工業の前史は、明治末に芽生えた国内光学工業の黎明にさかのぼる[op]。","7733":"第一次世界大戦のさなか、それまでドイツに頼っていた顕微鏡の輸入が止まり、国内で自給できる体制を整えることが急務となっていた。","7735":"SCREEN ホールディングスの技術の起点は、明治初年に石田才次郎氏が京都で興した印刷業にある。","7741":"1941年11月、東京近郊の保谷町に東洋光学硝子製造所が生まれ、光学ガラスの製造に着手した。","7744":"1943年4月、西本貫一氏は和歌山市で報国写真館を開業した。","7747":"1976年7月、極細ステンレスロープを製造する朝日ミニロープ株式会社の販売部門として、朝日ミニロープ販売株式会社が名古屋市守山区に設立された。","7750":"旭光学工業株式会社は1938年12月17日、梶原熊雄氏を社長として設立された。","7751":"1933年11月、映写機技術者の吉田五郎氏と証券業の内田三郎氏が、東京麻布六本木のアパートの一室に精機光学研究所を興した。","7752":"分離独立した感光紙部門が扱っていたのは、理化学研究所が発明し当時は日・独・米・カナダで特許化されていた理研陽画感光紙で、その製造販売権は理研コンツェルンの中核会社・理化学興業（1941年8月解散）が持…","7753":"日独写真機商店は、田嶋一雄氏がドイツ人技術者2人の協力を得て興した写真機の工場である。","7755":"牛山善政氏は1939年、18歳で上諏訪に新設された東洋バルブの工場に平の工員として入った。","7757":"山田正彦氏と弟の山田六一氏、小川憲二郎氏の3人は1946年6月、長野県諏訪市清水町で個人企業の三協精機製作所を創立した。","7762":"シチズン時計の源流は、銀座の貴金属商山崎商店を率いた山崎亀吉氏が興した時計事業にさかのぼる。","7806":"創業者の松下剛氏は、1994年6月、23歳でオートサービスブレイズを創業した。","7822":"永大産業は1946年7月29日、深尾茂氏が資本金18万円で大阪市大正区小林町に設立した会社である。","7823":"阿久津三郎氏は1965年、男性用かつらだけを手がける事業を国内で初めて興した。","7832":"山科直治氏は1950年7月に株式会社萬代屋を設立し、セルロイド製を中心とする玩具の販売で事業を起こした。","7843":"1993年11月、角川書店の取締役編集部長だった見城徹氏ほか5名が同社を退社し、東京都新宿区三栄町18番7号に資本金10百万円で幻冬舎を設立した。","7846":"パイロットコーポレーションの原点は、1918年1月に並木良輔氏が東京で設立した株式会社並木製作所である。","7860":"エイベックス・ディー・ディーは1988年4月、東京都町田市原町田二丁目に設立され、輸入レコードの販売を開始した。","7867":"創業者精神として掲げた「世界の友だち、日本のトミー」「われらの優良な商品で世界の市場をにぎわせよう」は、のちのちまで経営理念に据えられた。","7906":"米山稔氏は1957年春、バドミントンラケットの最大手だったサンバタから製造技術の指導を受け、ラケットの下請け製造に入った。","7911":"1900年1月17日、凸版印刷合資会社は東京市下谷区二長町で設立された。","7912":"活版印刷が木版印刷に取って代わると西洋人宣教師から聞いたのは、布教を担う大教院や仏教新聞「明教新誌」の仕事に携わっていた佐久間貞一で、これが自ら活版所を開く決断につながった[op]。","7914":"共同印刷の起点は、1897年6月に東京市京橋区で操業を始めた博文館印刷工場である。","7931":"山田昭男氏は1965年8月に電設資材メーカーの未来工業を岐阜県大垣市で設立した。","7936":"1949年3月、鬼塚喜八郎氏が神戸市生田区山本通で個人名義のゴム履物問屋として鬼塚商会を発足したのが原点である。","7942":"日本瓦斯化学工業（現・三菱瓦斯化学）は1962年1月、全額出資の子会社として日本スチレンペーパーを設立した。","7943":"1956年6月、中村國一氏は繊維板の製造・販売を目的として、日本ハードボード工業を愛知県名古屋市に設立した。","7944":"1972年4月、梯郁太郎氏が大阪府大阪市住吉区（現住之江区）に資本金3,300万円でローランド株式会社を設立したのが原点である。","7951":"山葉寅楠は、楽器ではなく器械の修業から出発した人物である。","7956":"ピジョンの前身は1948年に創業した哺乳器メーカーであり、当時としては目新しいアメリカ式の哺乳ビンを作っていた。","7965":"1918年5月、市川銀三郎氏と弟の市川金三郎氏は大阪市西区九条に住居兼作業所を借り、「市川兄弟商会」の看板を掲げた。","7966":"塩飽啓祐氏は1927年（昭和2年）、東京・巣鴨で個人企業の不二商会を創立し、ガムテープの製造と販売を始めた。","7972":"創業者の伊藤喜十郎氏は1890年4月、東京・上野公園の第3回内国勧業博覧会を見学し、発明特許品を広く売る事業を思い立った。","7974":"1889年9月、山内房治郎氏は京都市下京区正面通大橋西入において花札類の製造を開始した。","7976":"創業のころ、官庁が使う鉛筆は輸入品で、国内で量産を手がける事業者はほとんどいなかった。","7979":"松風陶歯製造は1922年5月15日、京都市東山区の現在の本社所在地で設立され、人工歯の製造を始めた。","7984":"コクヨの創業者である黒田善太郎氏は、1879年に富山市の商家に生まれた。","7988":"日本工業ファスナーは1967年2月13日、日英物産と米イリノイ・ツール・ワークス（ITW）の合弁会社として設立された。","7994":"1945年10月、航空機の技術者だった吉原謙二郎氏を中心に、職を失った技術者たちが横浜市の岡村町で事業を始めた。","7995":"1927年1月21日、川口累一氏と広瀬米四郎氏は日本ブレーキライニング製作所を創立した。","8001":"初代伊藤忠兵衛は、家業を継げない次男として、店を構えない行商から商いを起こした人物である。","8002":"1858年（安政5年）5月、15歳の初代伊藤忠兵衛氏は郷里特産の近江麻布を背負い、上方へ最初の持ち下りに出た。","8003":"綿花部長の児玉一造氏は1918年ごろから、三井物産の取扱高のおよそ3分の1を占める綿花部を独立会社にする案を本社へ建議した。","8004":"1858年の通商条約以来、日本の貿易は開港場の居留地で外国商人と日本商人が向き合う商館貿易の形をとった。","8009":"1883年1月、のちに初代社長となる伊藤萬助氏が、大阪・南本町の心斎橋筋に店員5人の洋反物商「羽州屋」を開いた。","8011":"吉原信之氏は1942年12月、東京府板橋区で個人経営の三陽商会を開業した。","8015":"1936年10月31日、豊田自動織機製作所は自動車の月賦販売を目的とする国内初の会社として、トヨタ金融を名古屋で創立した。","8016":"1927年2月、25歳の樫山純三氏は雇い人1人を連れて大阪・東区備後町に樫山商店を創業した。","8020":"1889年8月15日、兼松房治郎氏は神戸市栄町5丁目に「日濠貿易兼松房治郎商店」を開業した。","8022":"水野利八氏の生家は大垣で建築業を営んでいた。","8028":"1974年5月、セブン-イレブン・ジャパンが東京都江東区に1号店を出店し、日本のコンビニエンスストアが本格的に始まった。","8031":"1876年7月1日、三井組は井上馨氏の先収会社の残務と自前の国産方を合わせ、三井物産会社を開業した。","8035":"理想の会社をつくりたいという夢を抱いた日商（現・日商岩井）の久保徳雄氏は、同社を退き、1963年11月に東京放送の出資500万円を元手として東京エレクトロン研究所を東京都港区に立ち上げた。","8051":"1943年5月、山本猛夫氏による大阪市での機械工具商の創業。","8053":"住友財閥は1920年、総理事の鈴木馬左也氏が商社設立禁止を宣言し、以後25年にわたり商社事業への参入を自ら封じた。","8057":"内田小太郎氏は1910年2月、大連に測量製図器械と事務用品を扱う満鉄御用商の翠苔号を創立した。","8058":"岩崎弥太郎氏は1870年閏10月、土佐藩大阪商会の事業を私商社の九十九商会へ移し、藩の責任者として統轄した。","8059":"第一実業は1948年8月12日、資本金48万円の機械専門商社として東京で設立された。","8060":"1904年7月、安宅弥吉氏が個人経営の安宅商会を創業した。","8061":"1947年10月、旧三菱商事で西日本の機械取引を担った社員が中核となり、門司市で西華産業を設立した。","8063":"日商岩井の系譜でもっとも古い店は、1862年に岩井文助氏が大阪で開いた雑貨商であり、舶来雑貨と石油の取扱から商いを始めた。","8066":"三谷商事の前身は、1914年に三谷弥平氏が個人営業で始めたセメントと石炭の販売店である。","8074":"炭屋の起点は、寛文6年（1666）3月に湯淺庄九郎氏が京都西堀川松原上ル堀川町で始めた木炭の商いである。","8078":"北二郎氏は戦時中に安宅産業のサイゴン支店長代理を務め、1946年5月に引き揚げると名古屋支店の金属課長を命じられた。","8084":"1947年4月22日、資本金19万5,000円での株式会社利興商会の設立。","8086":"1947年3月、東海科学専門学校電気科を卒業した佐野實氏は、滋賀県の天然ガス会社に身を寄せて電球の製造を始めた。","8088":"岩谷直治氏は1918年3月に大田農学校を卒業し、父の友人が営む神戸の楫野海陸運送店へ入店した。","8097":"三愛石油は1952年6月9日に設立登記を終え、資本金1,000万円、本店を東京都中央区銀座5丁目に置いて発足した。","8098":"創業者の稲畑勝太郎氏は1890年10月、フランスのサンドニー染料薬品製造会社から人造染料を直接輸入する稲畑染料店を京都で開業した。","8111":"1951年12月、西田東作氏は富山県西砺波郡津沢町に株式会社津沢メリヤス製造所を資本金50万円で設立した。","8113":"高原慶一朗氏は1961年2月、郷里の愛媛県川之江市に資本金300万円で大成化工を設立し、社長に就任した。","8129":"松谷義範氏は1948年9月、東京都世田谷区で資本金30万円の東邦薬品を設立した。","8130":"山月堂は1850年（嘉永3年）に名古屋城下で開業した経師屋で、掛軸や襖、屏風を仕立てる家業である。","8131":"田島達策氏は1886年10月、高崎線新町駅前の塩納屋を取得して運送店を開業した。","8133":"伊藤忠燃料は1961年1月、伊藤忠商事の子会社だった伊藤忠石油を分割し、資本金6,000万円で設立された。","8136":"辻信太郎氏は1927年12月に山梨県で生まれ、1947年に桐生工業専門学校（現群馬大学）化学工業学科を卒業したのち、1949年12月に山梨県庁へ入庁した。","8153":"モスバーガーを運営するモスフードサービスの創業者・櫻田慧氏は1937年、岩手県に生まれた[op]。","8154":"1968年2月、塚本勲氏は東京・神田で電子部品を扱う個人商店の加賀電子を創業した。","8160":"木曽路の起点は、1952年9月に名古屋市中区裏門前町で設立された株式会社まつば喫茶である。","8172":"永長佐京氏は1948年（昭和23年）、40歳でラジオを月賦で売る店「鈴や」を創業した。","8174":"日本瓦斯は1955年7月、資本金250万円・社員5人で東京に設立された。","8179":"日本航空が国内線の営業を始めた1951年10月、江頭匡一氏は福岡空港で機内食の搭載と喫茶の営業を始めた。","8183":"セブン-イレブン・ジャパンの事業は、新しい商売を思いついたところからではなく、親会社が大型店を出せない事情から始まった。","8185":"チヨダ靴店は、1936年5月に舟橋義雄氏が東京都杉並区高円寺で開いた靴の小売店から始まった。","8194":"ライフの元手は、創業者の清水信次氏の父が大阪天満で営んだ乾物問屋だった。","8198":"ヤオハンの起点は、1930年12月に和田良平氏が静岡県熱海市で開いた八百半熱海支店である。","8200":"1962年7月、長崎市鍛冶屋町にとんかつ店の浜かつが開業した。","8218":"捧寅七氏は1952年4月、新潟県から主食の小売販売店として登録を得て、三条市で米穀商の米利商店を創業した。","8219":"青山五郎氏は1949年4月に日本専売公社へ入社し、府中支局の経理課でたばこの葉の平均単価を算出する業務に携わった。","8227":"島村恒俊氏は1948年4月、父の島村喜一氏が1924年6月に埼玉県小川町で開業した個人商店、島村呉服店の経営を継承した。","8231":"三越の起源は、延宝元年（1673年）に三井高利氏が江戸へ開いた呉服商\"越後屋\"にさかのぼる。","8233":"1831年（天保2年）正月10日、初代飯田新七氏は京都烏丸松原上ル西側の借家で古着と木綿の店「高島屋」を開業した。","8234":"大丸は、下村正啓氏（通称は彦右衛門）が1717年（享保2年）に京都伏見で開業した年を創業と定めた。","8235":"伊藤源左衛門祐道氏が名古屋本町に呉服と小間物を扱う小売の店「伊藤屋」を開業したのは、1611年（慶長16年）である。","8237":"1919年3月1日、古屋家は合名会社の鶴屋呉服店と松屋呉服店から営業権のすべてを譲り受け、株式会社松屋鶴屋呉服店を設立した。","8238":"伊勢丹は1886年11月、東京神田の伊勢屋丹治呉服店として始まった。","8241":"阪神百貨店の起点は、阪神電気鉄道が1933年3月に旧梅田停留場の跡で開業した食料品店「阪神マート」である。","8242":"阪神急行電鉄は1929年4月15日、梅田駅の第1期阪急ビル（地下2階地上8階）で、2〜6階を売場とする直営の阪急百貨店を開店した。","8243":"初代十合伊兵衛は、大和国十市郡十市村の農家に生まれ、呉服の行商を兼ねる家で育った。","8251":"パルコの前身は、1953年2月に東京都豊島区で設立された池袋ステーションビル株式会社である。","8252":"創業者の青井忠治氏は1931年2月、勤め先の丸二商会から中野の店をのれん分けで譲り受けて独立した。","8253":"岡本虎二郎氏は1946年9月、東京・三軒茶屋で和洋家具を扱う岡本商店を始め、1947年11月に有限会社大丸へ改組した。","8255":"1967年8月、長岡市の有限会社原信商店は組織を改め、株式会社原信として発足した。","8259":"十字屋の創立者は山藤捷七氏であり、1923年に神奈川県平塚市で呉服の店を興した。","8263":"ダイエーの法人としての始まりは、1957年4月に神戸市長田区で設立された大栄薬品工業株式会社にさかのぼる。","8264":"伊藤家の商いの元は、1920年4月に吉川敏雄氏が東京・浅草で開業した個人経営の洋品店だった。","8267":"イオンの源流は、1758年（宝暦8年）に岡田惣左衛門氏が三重県四日市で始めた太物・小間物の小売にある。","8268":"西友の法人格の起点は、1946年12月に設立された日本復興計画株式会社にある。","8269":"ニチイの創業者である西端行雄氏は、商家に生まれながら、いったんは商売と別の道を選んだ人物である。","8270":"1927年、古川政治郎氏と弟の古川秀一氏による、横浜市中区伊勢佐木町での古川呉服店の開業。","8271":"忠実屋の起点は1935年10月、高木国勝氏が八王子の本町に開いた食料品店である。","8273":"山西義政氏は1961年10月、資本金500万円で株式会社いづみを広島市堀川町に設立した。","8276":"平和堂の起点は、1953年12月に創業者の夏原平次郎氏が滋賀県彦根市で個人として始めた夏原商店である。","8278":"フジは1973年3月、本店所在地を愛媛県松山市宮西へ移した。","8281":"1973年7月、諸橋廷蔵氏は福島県いわき市にサンスーツを設立し、紳士服の小売をこの新会社に移した。","8282":"1947年3月、加藤馨氏は茨城県水戸市元台町5丁目の借家で、ラジオ受信機を主とする販売と修理の商いを始めた。","8302":"日清戦争のあと東洋市場が広がり、日本の近代工業は急速に立ち上がった[op]。","8303":"1952年6月、政府は銀行法とは別に、長期金融を専業とする銀行の制度として長期信用銀行法を制定した。","8304":"日本不動産銀行の元手は、朝鮮の中央銀行だった朝鮮銀行の国内資産である。","8306":"2001年4月2日、東京三菱銀行・三菱信託銀行・日本信託銀行の3行は、持株会社の三菱東京フィナンシャル・グループ（MTFG）を設立した。","8308":"野村徳七は、株式の売買で築いた資産を銀行業へ移すことで、相場師から金融業者へ立場を変えた。","8309":"1924年3月25日に設立された三井信託は、信託業法に基づく日本で最初の信託会社である。","8311":"第一国立銀行は、民間の資金需要に応じて生まれたのではなく、国立銀行条例という制度に合わせて作られた銀行である。","8314":"1673年、三井高利氏は江戸本町一丁目に間口9尺の店を借りて越後屋呉服店を開店し、同時に京都室町へ仕入店を置いた。","8316":"2001年4月、住友銀行とさくら銀行（旧三井銀行）が合併し、三井住友銀行（SMBC）が営業を始めた。","8317":"安田善次郎氏は、越中富山の半農半商の家に生まれ、1858年に19歳で江戸へ出た。","8318":"寛文10年（1670年）に大坂で十人両替が置かれたとき、住友家からは泉屋平兵衛友貞が名を連ねた。","8320":"旧幕時代からの商業都市であった大阪は、明治維新の変革に立ち遅れ、近代産業の導入による新時代への適応の道を探していた。","8321":"名古屋では1877年に第十一国立銀行が最初の本店銀行として立ち、1878年に第百三十四国立銀行が続いた。","8331":"千葉銀行の系譜で最も古い流れは、1878年11月に千葉町で設立された千葉第九十八国立銀行。","8336":"1949年11月に政府が一県一行主義の修正を打ち出すと、各地で地方銀行を新設する運動が起きた。","8337":"戦時の一県一行主義により、1943年3月31日に千葉合同・第九十八・小見川農商の3行が合併して千葉銀行が生まれた。","8341":"第七十七国立銀行は1878年12月、資本金25万円で宮城県仙台に設立された。","8345":"岩手殖産銀行は1932年5月2日、資本金210万円で設立された。","8346":"東邦銀行は1941年11月4日、郡山商業銀行・会津銀行・白河瀬谷銀行の3行の合併で発足した。","8354":"福岡銀行の前身となる第十七国立銀行は1877年9月に福岡市で創立され、同行はこの年を自らの創業年に定めている。","8358":"岡野喜太郎氏は1885年秋、自ら願い出て師範学校を退き、郷里の駿東郡愛鷹村青野で農作業に戻った。","8359":"第十九国立銀行は1877年10月、早川重右衛門氏ら10名を発起人として設立し、本店を上田町に置いた。","8361":"第百二十九国立銀行は1878年12月に創立され、1898年12月に営業満期を迎えることになっていた。","8366":"百卅三銀行と八幡銀行は互いの資産の優劣を自ら判定できず、合併比率の決定を日本銀行の裁定に委ねた。","8367":"1928年1月施行の銀行法は最低資本金を定め、奈良県では無資格銀行に当たった十津川銀行が1932年1月に解散を決めた。","8370":"1894年末の和歌山県には8つの銀行があり、和歌山市に本店を置くのはそのうち第四十三国立銀行と山崎銀行の2行である。","8377":"2003年5月23日、北陸銀行（頭取・髙木繁雄氏）と北海道銀行（頭取・藤田恒郎氏）は、持株会社方式による経営統合で基本合意した。","8381":"政府は1876年8月に国立銀行条例を改め、秩禄処分で華族・士族に交付した金禄公債を銀行の元手に使えるようにした。","8386":"旧高松百十四銀行は頭取の都崎秀太郎氏のもと、1924年1月4日に高松銀行と合併の仮契約を結んだ。","8387":"第37国立銀行は1878年10月17日に開業免許を受け、同年12月8日に高知で営業を始めた。","8388":"徳島で最初の大型の私立銀行は、藍商の久次米家が1879年11月に開業した久次米銀行である。","8392":"大分銀行の発起人は1892年11月6日、西大分町の蓬来館で創業総会を催し、定款と創立委員を定めた。","8393":"1932年5月7日、宮崎銀行の延岡支店で約1万円の当座小切手に支払の猶予を求めたことを機に、取付けが起きた。","8410":"1999年10月、イトーヨーカ堂グループはネット上で預金口座を受け付ける専業銀行を設け、2000年にも銀行免許を得る構想を明らかにした。","8411":"2000年9月29日、第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行の3行は株式移転により、みずほホールディングスという持株会社を設けた。","8418":"第百十国立銀行は1878年11月25日に設立の免許を受け、翌1879年3月10日に山口米屋町で開業した。","8424":"芙蓉総合リースは1969年5月、丸紅飯田と富士銀行を中心とする芙蓉グループ6社の出資で、資本金100百万円の総合リース会社として発足した。","8425":"1969年12月、日本興業銀行を中心に事業会社15社が株主となり、資本金5億円でパシフィック・リースが設立された。","8439":"センチュリー・リーシング・システムは1969年7月、伊藤忠商事・第一銀行・日本生命保険・朝日生命保険の4社の共同出資で設立された。","8473":"1999年3月、ソフトバンクが純粋持株会社へ移る事業再編を受けて、同社管理本部がソフトバンク・ファイナンス株式会社として独立し、金融関連分野の事業会社を統括する事業持株会社となった。","8508":"1977年3月、増田光一氏は大阪市南区（現・中央区）に一光商事を設立した。","8511":"東株代行は1927年7月8日の創立総会を経て、公称資本金1千万円・払込資本金250万円で発足した。","8522":"終戦後のインフレ期に中小企業は極端な資金難に陥り、日掛の殖産金融会社が各地で再び生まれた。","8524":"1915年の無尽業法の施行で共栄貯金小樽支店など4社の営業無尽が閉じ、1917年6月時点の道内の無尽会社10社に小樽の会社は1社もなかった。","8544":"千葉県の無尽会社は、金融統制の強化に沿って1943年3月に3社合併で1社へまとめられた。","8564":"武井保雄氏は1930年1月に埼玉県深谷市で生まれ、1948年に深谷商業高校を卒業した。","8566":"リコーは1976年12月、リコー製のOA機器のリースと割賦購入のあっせんを担わせるため、出資してリコークレジットを設立した。","8570":"1981年6月、ジャスコは100%出資で日本クレジットサービスを設立した。","8572":"アコムの起点は、創業者の木下政雄氏が1936年4月に神戸で開業した丸糸呉服店である。","8583":"山田光成氏は1948年7月、名古屋に資本金40万円で日本百貨サービス株式会社を設立し、月賦販売の取次を始めた。","8584":"1953年10月、函館の渡邊達弥氏は新聞の家庭欄で、東京の日本信販が百貨店と提携して月賦販売を広げているとの記事を読んだ。","8591":"オリエント・リースの設立準備としてリースの研究が始まったのは1962年である。","8593":"日立製作所は、家庭電気製品の販売を割賦で後押しするため、本体とは別の会社に販売金融を担わせた。","8601":"藤本清兵衛氏は1902年5月1日、合資会社藤本銀行の店内の一室を営業所とし、無限責任を負う個人の事業としてビル・ブローカーの営業を始めた。","8602":"小池国三氏は山梨県甲府に生まれ、甲州の実業家若尾逸平氏の下で修業を積んだあと、1895年に兜町の有力な仲買店である小布施商店に入り、証券取引の実務を覚えた。","8603":"遠山元一氏は1918年7月7日、東京市日本橋区坂本町で現物商の川島屋商店を個人で開業した。","8604":"野村家の商いは、1872年に初代野村徳七氏が大阪で開いた両替店\"野村徳七商店\"に始まる。","8605":"土屋鋭太郎氏は1894年7月に東京株式取引所の仲買人である伴田六之助商店へ移り、場立として売買の実務を身につけた。","8609":"1923年4月、加藤清治氏は三重県津市京口町にあった元宿屋・若林亭の八畳間で岡三商店を開業した。","8613":"丸三証券の起点は、1909年12月に東京・兜町で設けられた多田岩吉商店である。","8628":"松井証券の起点は、1918年5月に東京・日本橋で開かれた松井房吉商店である。","8630":"損保ジャパンと日本興亜損保は2009年7月29日、共同株式移転の比率に合意した。","8697":"1878年5月、東京株式取引所が設立免許を取得し、翌6月に大阪株式取引所も同じく免許を受けた。","8698":"松本大氏は1999年4月、ソニーとの共同出資でマネックス証券を設立し、代表取締役社長に就任した。","8725":"大阪保険の設立は1893年6月に計画され、中心に立ったのは大阪製銅社長の増田信之氏、米穀商の木谷伊助氏、朝日紡績取締役の中村惣兵衛氏であった。","8729":"1979年8月10日、ソニーは米国最大の生命保険会社プルデンシャルとの合弁で、ソニー・プルデンシャル生命保険を設立した。","8750":"1902年9月、農商務省の初代保険課長を務めた矢野恒太氏が官を辞し、東京・日本橋で第一生命保険相互会社を基金20万円で設立した。","8754":"日本火災保険は、大阪財界の有力者が数度の会談を重ね、1892年2月24日に資本金50万円の設立案をまとめて動き出した。","8755":"東京経済雑誌主筆の田口卯吉氏らは国営強制保険案に反対し、政府は1882年3月に家屋保険法案を否決した。","8759":"1897年8月、横浜の生糸業者を中心とする出資で、保険会社が横浜に設立された。","8761":"日本の損害保険は、輸入された知識から始まっている[op]。","8766":"1878年12月、わが国最初の保険会社として東京海上保険会社が設立され、翌1879年8月から貨物海上保険の引き受けを目的に営業を開始した。","8795":"名古屋生命保険は1893年5月、中京の有力者の発起により名古屋市西区伝馬町に創立された。","8801":"三井家の土地と建物の管理は、1914年8月5日に新設された三井合名会社の不動産課へ一本化された。","8802":"1889年に明治政府は財政難から陸軍用地の丸ノ内を売却に付したが、東京市予算3年分にあたる150万円という価格設定と、当時の交通アクセスの悪さから、入札では落札者がひとりも現れなかった[op]。","8803":"1947年4月16日、戦時統制に協力した国策会社の日本証券取引所（日証）は解散し、清算に入った。","8804":"初代安田善次郎は、住宅の代金を一度に払える市民が乏しいという都市の事情に、法人組織の不動産金融で応じようとした。","8830":"泉不動産は1949年12月、財閥解体で解散する住友本社の清算の途中に、不動産部門の第二会社として設立された。","8840":"横山修二氏は1960年7月、個人で営んでいた大京商事を株式会社に改め、不動産の仲介を主な業務として発足させた。","8841":"星製薬の起点は、米国から帰国した星一氏が始めた製薬事業である。","8848":"深山祐助氏は1973年8月、資本金300万円で東京都中野区に株式会社ミヤマを設立し、不動産仲介業を主として営業を開始した。","8850":"村石久二氏は、大和銀行の行員から不動産業の経営者へ転じた人物である。","8868":"1990年5月、マンションの企画と販売代理を目的とする資本金5,000千円のアーバンコーポレイションを、房園博行氏が広島市南区皆実町に設立。","8871":"安川秀俊氏は1992年1月、30歳でゴールドクレストを設立し、同年5月に事業を始めた。","8876":"リログループの母体は、1967年3月に島根県津和野町で設立された日本建装という工事会社である。","8877":"1992年5月、マンション大手の大京で大阪支店に属していた30人近い営業部隊が独立し、日本エスリードを興した。","8892":"日本エスコンの前身は、1995年4月に設立された株式会社デザート・インである。","8919":"須田忠雄氏が1978年9月に群馬県桐生市で設立した株式会社やすらぎは、資本金1,000万円の石材業から出発した。","8923":"トーセイの事業上の源流は、山口誠一郎氏の父・山口誠氏が1964年に設立した東誠商事株式会社にある。","8934":"1999年4月8日、堀口智顕氏が代表を務める株式会社サンフロンティアが東京都千代田区神田錦町で設立された。","9001":"1897年11月、東京から北関東を結ぶ鉄道を敷設する目的で東武鉄道が設立された[op]。","9002":"武蔵野鉄道が敷かれるまで、埼玉県の飯能から東京へ出る道は限られていた。","9003":"相模鉄道は、相模川沿いの農村に鉄道を通し、東海道線の茅ヶ崎と横浜鉄道線の橋本を結ぶ計画から生まれた。","9005":"田園都市会社は1922年9月、鉄道部門を分離して資本金350万円の目黒蒲田電鉄を設立。","9006":"大師電気鉄道は1898年2月25日、資本金9万8,000円で創立した。","9007":"鬼怒川水力電気の社長だった利光鶴松氏は、1923年5月1日に資本金1350万円で小田原急行鉄道を設立した。","9008":"京王電気軌道は1910年9月21日、資本金125万円で創立された。","9009":"京成電気軌道は1909年6月30日に東京商業会議所で創立総会を開催し、専務取締役に本多貞次郎氏を選んだ。","9010":"堀内良平氏は1925年2月10日、東京市麹町区有楽町の帝国鉄道協会で、在京の甲州系実業人と山梨県の協議委員に北麓の新鉄道計画を示した。","9020":"1987年4月、国鉄の旅客鉄道事業と旅客自動車運送事業を引き継いだ東日本旅客鉄道の発足。","9021":"1949年6月、日本国有鉄道法に基づく公共企業体として日本国有鉄道が設立され、のちに西日本旅客鉄道が引き継ぐ北陸・近畿・中国地方の路線もこの組織に入った。","9022":"日本国有鉄道は1949年6月1日、国の鉄道事業を引き継ぐ公共企業体として発足した。","9023":"東京地下鉄道は1920年8月29日、東京海上ビルでの創立総会を経て設立された。","9024":"1895年3月に川越鉄道が開通すると、飯能の人々は馬車で入間川町へ出てから同鉄道で国分寺に向かい、中央線に乗り継いで新宿へ入るようになった。","9028":"日産陸送は1961年10月、日産自動車が全額を出資して資本金30百万円で設立された。","9031":"九州電気軌道の母体は、北九州で別々に計画された2つの軌道会社である。","9041":"大阪電気軌道の前身の奈良軌道は、1910年9月16日に大阪商業会議所で創立総会を開催した。","9042":"1907年10月19日の箕面有馬電気軌道の創立総会で、社長を置かないまま小林一三氏が専務取締役に就任。","9044":"1884年6月、大阪の財界人が発起した大阪堺間鉄道が資本金25万円で発足し、のちに阪堺鉄道へ改称した。","9045":"大阪と京都を結ぶ電気鉄道の計画は、1903年11月に畿内電気鉄道の名で敷設の認可を得ていた。","9048":"名古屋電気鉄道の起点は、1894年6月12日に設立認可を得た愛知馬車鉄道である。","9064":"小倉康臣氏は1919年11月29日、資本金10万円の大和運輸株式会社を東京・京橋区で創立した。","9065":"1918年10月、創業者の中村精七郎氏は福岡県門司で磯部組を買収し、山九運輸株式会社を設立した。","9069":"1916年、日本窒素肥料コンツェルン（日窒）の専属物流会社として大阪府に富田商会が設立された。","9072":"1953年8月27日、黒岩恒雄氏は資本金100万円で株式会社日本梱包運搬社を設立し、代表取締役に就任した。","9075":"福山通運の源流は、第二次世界大戦前に広島県福山市を中心として小規模に営業していた運送業者12社が合同して設立した備後陸運株式会社にある。","9076":"田口利八氏は1930年2月11日、岐阜県益田郡萩原町でフォード製の中古トラック1台を元手に田口自動車を開業した。","9090":"和佐見勝氏は1945年5月に埼玉県で生まれ、母の長期入院で進学を断念して東京・日本橋の青果店に勤めた。","9101":"1885年10月、郵便汽船三菱会社と共同運輸会社が統合し、資本金1100万円の日本郵船会社が発足した。","9104":"西南戦争が終わると瀬戸内海には船が余り、船主は互いに運賃を引き下げて貨客を奪い合った。","9107":"1919年4月10日、川崎造船所は所有する汽船11隻を現物出資し、資本金2,000万円で川崎汽船を設立した。","9110":"日鐵汽船は1950年4月1日、日本製鉄の船舶部門を継ぐ第二会社として設立された。","9112":"三光汽船の前身にあたる三光海運は、1934年8月31日に大阪北堀江で設立された。","9119":"飯野寅吉氏は1899年7月、京都府加佐郡余部村に飯野商会を設け、石炭の販売と人夫の供給を始めた。","9142":"九州旅客鉄道は1987年4月、日本国有鉄道改革法にもとづいて設立された。","9143":"創業者の佐川清氏は九州で鳶の組「佐川組」を率い、組員に他の組より高い給料を払っていた。","9147":"江戸以来の定飛脚問屋の書状逓送は、1871年3月に東海道で官営郵便が開設されると、官と同じ市場で競うことになった。","9201":"日本航空の創立を準備したのは、戦前の日本航空輸送と大日本航空に関わった人々だった。","9202":"1952年12月、第2次世界大戦で壊滅した日本の定期航空事業を再興する目的で、日本ヘリコプター輸送株式会社が資本金1億5千万円で設立された。","9204":"1996年11月、スカイマークエアラインズが東京都新宿区に資本金1億5,000万円で設立された。","9229":"1979年12月、建築業を目的とする有限会社アイテム商業建築研究所が石川県金沢市に設立された。","9247":"2021年10月1日、タケエイとリバーホールディングスが共同持株会社TREホールディングスを設立し、経営統合した。","9248":"1962年、本州四国連絡橋を想定した長大吊橋の研究を担う出向グループが、東京大学土木工学科の教授のもとに組まれた。","9278":"甲府の倉庫業を父から継いだ坂本孝氏は、中古ピアノの販売で得た経験を下敷きに、古本の事業化を決めた。","9301":"1880年4月1日、郵便汽船三菱会社は海運業を育てる一助として三菱為換店を開設した。","9302":"1905年11月、三井銀行本店営業部長の池田成彬氏は支店長会議で信託業への進出を提案した。","9303":"住友家の倉庫業は、1873年に営業の本部を大阪・川口の富島町へ移したところから始まった。","9324":"興亜起業は1919年12月20日、東京市日本橋区呉服町の保善社ビルで創立総会を開催し、資本金1,000万円・払込400万円で発足した。","9364":"神戸市の記録では、神戸港は慶応3年12月7日（1868年1月1日）に兵庫として開港し、翌1868年に運上所（現神戸税関）が業務を始めた。","9401":"1951年5月、朝日・毎日・読売の新聞3社と電通の系列4社を統合し、資本金1億5,000万円で株式会社ラジオ東京が設立された。","9404":"正力松太郎氏は1951年8月6日に公職追放を解かれ、翌月4日に東京・丸の内の日本工業倶楽部で民間テレビ局の構想を発表した。","9412":"1985年3月、三菱商事副社長の皆川広宗氏が、新設の宇宙通信の社長に就任した。","9416":"佐野健一氏は1991年2月に光通信へ入社し、1995年6月に有限会社ビジョンを設けて代表取締役に就任した。","9418":"大阪有線放送社の創業は、宇野元忠氏が飲食店で目にした非効率の着想に発する。","9431":"日本の国際通信は明治4年に始まる。","9432":"1952年8月、逓信省と電気通信省から電信電話事業を引き継ぎ、日本電信電話公社が発足した。","9433":"2000年10月1日、第二電電（DDI）を存続会社としてKDDと日本移動通信（IDO）が合併し、KDDIが発足した。","9434":"国鉄は1984年10月9日、通信事業の企業化調査を担う日本テレコムの創立総会を開催した。","9435":"1988年2月、重田康光氏は資本金100万円で光通信を設立した。","9437":"1991年8月14日、日本電信電話の出資によってエヌ・ティ・ティ・移動通信企画が設立された。","9449":"創業者の熊谷正寿氏が東京都世田谷区にボイスメディアを設立したのは、1991年5月である。","9468":"角川源義氏は1945年11月に角川書店を創業し、国史と国文の書籍を刊行の中心に据えた。","9474":"1974年3月、住宅地図と各種地図・図書の企画出版を目的として、株式会社善隣を組織変更により北九州市小倉区に設立した（資本金10百万円）。","9501":"東京電力は1951年5月1日、関東配電の資産・負債の全部と日本発送電の一部を引き継ぎ、資本金14億6,000万円で発足した。","9502":"中部電力は1951年5月、電力再編成令に基づく日本発送電と中部配電の発起設立により、資本金7億5,000万円で発足した。","9503":"1951年5月1日、電気事業再編成令にもとづき、日本発送電と9つの配電会社が解散し、発送配電を一貫して営む9社が発足した。","9504":"1951年5月1日、中国配電と日本発送電の中国地方の資産が統合され、資本金5億4,000万円の中国電力が発足した。","9505":"北陸電力は1951年5月1日、電気事業再編成令にもとづき資本金3億7,000万円で発足した。","9506":"1951年5月1日、東北電力は日本発送電の東北地区の設備と、東北配電の設備のすべてを継いで、仙台で発足した。","9507":"四国電力は1951年5月1日、電気事業再編成令にもとづく9電力会社の1社として発足した。","9508":"九州電力は1951年5月1日、電気事業再編成令に基づき資本金7億6000万円で発足し、九州一円を供給区域とした。","9509":"1951年5月1日、日本発送電北海道支店と北海道配電の設備を継ぎ、発送配電を一貫で担う北海道電力が発足した。","9511":"琉球電力公社の発送電は、1972年5月の本土復帰と同時に、国と県が出資する特殊法人の沖縄電力株式会社へ移った。","9513":"1952年9月16日、電源開発促進法にもとづく電源開発株式会社（電発）が設立され、東京・有楽町の東京会館で創立総会が行われた。","9519":"2000年5月30日、木南陽介氏は東京都港区赤坂で株式会社リサイクルワンを資本金1,000万円で設立した。","9531":"1885年8月28日、瓦斯局長の渋沢栄一氏は副長の藤本精一氏と連名で、東京府知事に瓦斯局払下願を提出した。","9532":"大阪瓦斯は1897年4月10日、松田平八氏・志方勢七氏・広海二一郎氏ら有志10名の手で設立された。","9533":"1922年6月26日、名古屋瓦斯は最後の株主総会で解散し、同じ日に資本金2,200万円（払込880万円）の東邦瓦斯が創立総会を開催した。","9536":"東邦瓦斯は1930年12月1日、福岡・熊本・佐世保・長崎の4地区のガス事業を分け、資本金1,000万円の西部瓦斯を設立した。","9601":"白井松次郎氏と大谷竹次郎氏は、1877年12月13日に京都三条柳馬場で双子として生まれた。","9602":"1932年8月、小林一三氏は丸ノ内の中央電気倶楽部で株式会社東京宝塚劇場の創立総会を開催し、初代社長に就任した。","9603":"澤田秀雄氏は1980年12月、東京・新宿に旅行会社インターナショナルツアーズを設立し、社長に就任した。","9605":"東京映画配給は1949年10月1日、東横映画と太泉映画の作品を配給する会社として発足した。","9606":"1912年9月、横田商会・吉沢商店・福宝堂・エム・パテーの映画4商社が合同し、資本金1000万円の日本活動写真株式会社が創立された。","9613":"日本電信電話公社がデータ通信本部を置いたのは1967年10月である。","9627":"第一臨床検査センターは1969年8月、医師が診断を下す際の補助となる受託臨床検査を目的として、札幌市北区に資本金130万円で設立された。","9661":"1949年11月、大谷竹次郎氏らが発起人となり、資本金1億5千万円で株式会社歌舞伎座を設立した。","9665":"1912年4月、吉本吉兵衛と妻のせいは、大阪・天満天神の裏門にあった寄席「第二文芸館」を買い取り、寄席経営に乗り出した。","9667":"堀威夫氏は明治大学商学部を卒業し、ウエスタンバンド\"スウィング・ウエスト\"を結成してリーダーを務め、一時は渡辺プロダクションに所属していた。","9672":"1948年7月の競馬法改正で、地方競馬は国と公共団体が主催して収入を財政に入れる事業に改められ、馬匹組合連合会は解散した。","9675":"渋沢栄一氏と浅野総一郎氏は、明治初年から東京近県で使う石炭を九州から取り寄せていた。","9678":"1964年10月、北海道室蘭市で個人商店の金本一郎商店を株式会社に改め、株式会社金本商店が設立された。","9681":"後楽園スタヂアムは1936年12月、プロ野球専用球場の建設を目的に資本金200万円で設立された。","9684":"福嶋康博氏は1975年9月に営団社募集サービスセンターを設立し、公営住宅の空き家募集を1冊にまとめた情報誌を売り出した。","9692":"1968年2月、富士通の情報機器を扱う三岩商事から開発部門が分離し、株式会社コンピューターエンジニアーズが発足した。","9697":"1979年、辻本憲三氏による、電子応用ゲーム機器の開発と販売を目的としたアイ・アール・エムの設立。","9705":"目黒雅叙園は、昭和初期に細川力蔵氏が開いた料亭だった。","9706":"羽田の新ターミナル・ビルは、国の予算ではなく民間資本で建てることになった。","9708":"1887年初め、外務大臣の井上馨氏は『本邦ノ首府ニシテ外来賓客ノ需ニ応スヘキ壮大ノ客館ナキハ国際上缺典ナリ』との意見を持ち、のちに株主となる財界人へ客館の建設を諮った。","9716":"乃村工藝社は1942年12月9日、陸軍省の許可を得て組織を改め、資本金7万5千円の日本軍事工藝株式会社を設立した。","9719":"現在のSCSKの法的な母体は、1969年10月に大阪市東区北浜で設立された住商コンピューターサービス株式会社である。","9722":"1877年9月、藤田傳三郎氏は大阪で藤田組の規則を定め、「藤田傳三郎商社」と称して社主頭取に就任した。","9733":"永瀬昭幸氏は東京大学の経済学部に在学していた1971年、住まいのアパートで塾の授業を始めた。","9735":"1962年7月7日、飯田亮氏と戸田壽一氏は日本警備保障株式会社を東京に設立した。","9743":"丹青社は1959年12月25日、東京都千代田区神田司町に資本金100万円の株式会社として発足した。","9744":"関口房朗氏が経営していた機器メーカーの関西精器は、1973年に創業10年目で倒産した。","9746":"TKCの源流は、1946年に飯塚毅氏が郷里の栃木県鹿沼市で開設した会計事務所にある。","9749":"1970年5月、野澤徹氏と野澤宏氏が株式会社富士ソフトウエア研究所を設立した。","9755":"1957年5月、陶山國男氏と深田淳夫氏は東京・日本橋通に株式会社応用地質調査事務所を設立した。","9759":"1969年4月、日本システムディベロップメントは資本金3,000万円で大阪市東区に発足した。","9766":"創業者の上月景正氏は1969年3月、大阪府豊中市で個人経営の「コナミ工業」を興し、ジュークボックスなどの電子応用製品を作って売った。","9783":"福武哲彦氏は1949年、岡山で小学生向けのテストブックとドリルブックを出版する富士出版を設立し、業界の最高峰を目指すという意味を\"富士\"の社名に込めた。","9830":"1959年5月15日、中山注次氏は大阪市天王寺区で機械工具卸売業の中山機工商会を創業した。","9831":"山田昇氏は1973年4月、群馬県前橋市でヤマダ電化サービスを個人で創業した。","9832":"1947年2月、住野利男氏は大阪市福島区で個人経営の末広商会を創業した。","9843":"似鳥昭雄氏は、1967年12月に札幌市で約99平方メートルの似鳥家具店を開き、家具の小売から出発した。","9861":"東京・築地の牛丼屋は、1958年12月に株式会社吉野家として法人になった。","9863":"富永光行氏は1927年に岐阜県で生まれ、1942年に浄心国民学校の高等科を出た。","9887":"1966年6月16日、瓦葺利夫氏は東京都練馬区羽沢1丁目4番地で、個人経営の中華飯店「松屋」を開業した。","9934":"創業者の因幡弥太郎氏は、今宮工業高校を経て南海電鉄の変電所に勤める給与生活者だった。","9956":"伊藤喜美氏は1958年7月、岐阜県恵那市大井町251番地の1に株式会社主婦の店を資本金450万円で設立した。","9962":"三住商事は1963年2月、電子機器とベアリングなどの販売を目的に、資本金500千円で東京都千代田区に設立された。","9983":"1949年3月、柳井等氏が山口県宇部市の宇部新川駅前商店街で紳士服店メンズショップ小郡商事を開店した。","9984":"1981年9月、24歳の孫正義氏は東京都千代田区四番町に日本ソフトバンクを設立し、パーソナルコンピューター用パッケージソフトの流通業を始めた。","9987":"鈴木謙三氏は13歳から薬品問屋に勤め、小学校を終えたところで学業を離れた。","9997":"安野清氏は1968年9月、埼玉県上尾市で個人経営の友華堂を創業した。","215A":"代表取締役の小川嶺氏は2017年8月、東京都国立市で株式会社Recolleを設立した。","268A":"理学電機は、1951年12月に東京都千代田区有楽町で、国産のX線装置の製造と販売を事業目的として設立された。","285A":"キオクシアのNAND型フラッシュメモリ事業は、母体である東芝（東京芝浦電気）の半導体事業から分かれた。","417A":"ブルーゾーンホールディングスの中核子会社ヤオコーの起点は、1890年に川野幸太郎氏が埼玉県比企郡小川町で構えた青果店である。","429A":"凸版印刷の前身は、1900年1月に創立された凸版印刷合資会社である。","543A":"東京瓦斯電気工業は1933年1月16日に和議の認可を受け、債務の整理を終えて再出発した。","547A":"福田吉孝氏は1967年4月、京都市上京区で消費者向けの貸金業を個人経営で始めた。","ascii":"早大理工学部の学生だった西和彦氏は1976年11月、友人らとマイコン誌「I/O」を創刊した。","daiei-film":"1941年8月16日、情報局は業界団体の常務理事3氏を呼び、映画用生フィルムの原料を軍需品として民需に回さない方針を伝えた。","dainippon-pharmaceutical":"明治維新の後に和漢薬が衰えて洋薬が広がると、道修町の薬業家は洋薬の輸入と国産化に取り組んだ。","ddi":"1983年暮れ、京セラ社長の稲盛和夫氏は少人数の会合の席で『電気通信をやろうと思う』と切り出した。","hankyu-department":"1929年4月15日、阪神急行電鉄は梅田駅の8階建て第1期阪急ビルへ直営の阪急マーケットを移し、阪急百貨店として開業した。","hokushin-denki":"清水荘平氏は東京帝国大学の物理学教室で長岡半太郎のもとに実験を担当しながら、講義を聴いた。","ido":"日本移動通信は1985年の通信自由化のあとに登場した新電電の1社で、中継系の新電電である日本高速通信を母体に別会社として設立された。","jnr":"1949年6月1日、国有鉄道は日本国有鉄道の名称で公共企業体として改組し、76年続いた国営の幕を閉じて政府の行政機関から切り離された。","jp-ibm":"1923年10月、日本陶器の取締役兼支配人だった加藤理三郎氏は、生産管理の合理化策を調べるためニューヨークへ出張した。","kawamoto":"川本𨨞三氏は1919年（大正8年）、名古屋市中区大池町で手押しポンプの製造と販売を個人経営で始めた。","konica":"この時期の事業拡大を支えたのは、民需だけではない[op]。","kowa":"服部兼三郎氏は1870年11月29日、名古屋近郊の丹羽郡北野村に堀尾伸右衛門氏の長男として生まれ、地元の赤童子学校を13歳で卒業したのち、家業の農業を手伝うかたわら村役場へ見習いに通った。","lotte":"重光武雄氏は1946年、『食べていくため』に「ひかり特殊化学研究所」を起こし、ポマードとクリームなど化粧品の製造を始めた。","ltcb":"1952年6月、長期信用銀行法が第13回国会で成立した。","mantetsu":"南満洲鉄道の営業権は、会社が発足する前から売買と国際交渉の対象になった[op]。","maruha":"マルハの前身は、兵庫県明石市で鮮魚の仲買を営んだ中部幾次郎氏の個人商店・林兼商店である。","mitsubishi-bank":"三菱の銀行業は、1880年4月に東京・京橋霊岸島で開業した三菱為換店から始まった。","mori-building":"森ビルの創業者である森泰吉郎氏は、東京・虎ノ門で米屋を営む家に生まれた。","nichia":"1912年に徳島県阿南市長生町で生まれた小川信雄氏は、3歳で父を亡くし、1932年4月に徳島高等工業学校応用化学科製薬部へ進んだ。","onoda-cement":"初代社長となる笠井順八氏は、1835年に萩で生まれ、1855年から萩藩の呉服方御用紙方を振出しに藩財政関係の役職を歴任した。","prince-motor":"戦後の自動車工業は、戦災の被害が比較的少なく賠償指定も免れたうえ、輸送力の復興が急がれたため、早く立ち直った。","riccar":"日本殖産工業は1939年9月16日、資本金2万円で設立された。","suntory":"1899年、鳥井信治郎氏は20歳で大阪市西区靭中通2丁目に鳥井商店を創業し、葡萄酒の製造販売を始めた。","suzuya":"鈴屋の源流は、1909年に鈴木房吉氏が上野駅に近い上車坂の住まいにミシン1台を据えて始めた鈴木屋にある。","takenaka":"竹中家の始祖竹中藤兵衛正高氏は、織田信長の普請奉行として清洲城下に住み、禄800石を受けていた。","tohatsu":"東京発動機の起点は、1922年4月に高田益三氏が東京・大崎に開設したタカタモーター研究所である。","yamanouchi-seiyaku":"創業者の山内健二氏は1923年4月3日、大阪市で山之内薬品商会を創立した。","ykk":"YKKの創業者である吉田忠雄氏は、東京・日本橋の中国陶器輸入商、古谷商店に住み込みで働いていた。","yodobashi":"藤沢昭和氏は1960年、小売店へ写真機材を卸す商いで独立した。"},"companies":[{"c":"1946","n":"トーエネック","k":"トーエネック","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 電気工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.5},{"c":"1965","n":"テクノ菱和","k":"テクノリョウワ","o":"レイト工業、菱和調温工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.4},{"c":"2146","n":"UTグループ","k":"ユーティーグループ","o":"UTホールディングス、エイムシーアイシー","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#1a5c9c","d":null,"f":48.1},{"c":"2659","n":"サンエー","k":"サンエー","o":"那覇市にサンエー","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 総合スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":54.6},{"c":"3076","n":"あいホールディングス","k":"アイホールディングス","o":"グラフテック、ドッドウエルビー・エム・エス、ドッドウエル・ビジネスマシーンズ・サービス社、渡辺測器","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 電子部品商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.2},{"c":"3156","n":"レスター","k":"レスター","o":"ＵＫＣホールディングス、ユーエスシー、共信テクノソニック、レスターホールディングス","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 電子部品商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.5},{"c":"3608","n":"TSIホールディングス","k":"ティーエスアイホールディングス","o":"東京スタイル、サンエー・インターナショナル","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 アパレル","col":"#1a5c9c","d":null,"f":55.2},{"c":"3762","n":"テクマトリックス","k":"テクマトリックス","o":"ニチメンデータシステム","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.9},{"c":"3950","n":"ザ・パック","k":"ザパック","o":"日本ケース","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 製紙","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.7},{"c":"4023","n":"クレハ","k":"クレハ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.8},{"c":"4028","n":"石原産業","k":"イシハラサンギョウ","o":"南洋鉱業公司、石原産業海運","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.6},{"c":"4543","n":"テルモ","k":"テルモ","o":"赤線検温器","ok":"セキセンケンオンキ","a":"","e":"Terumo","dr":"","i":"医薬品・医療 医療機器","col":"#008D61","d":null,"f":55},{"c":"4641","n":"アルプス技研","k":"アルプスギケン","o":"松井設計事務所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.6},{"c":"5440","n":"共英製鋼","k":"キョウエイセイコウ","o":"共栄製鉄","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 電炉鉄鋼","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.6},{"c":"5726","n":"大阪チタニウムテクノロジーズ","k":"オオサカチタニウムテクノロジーズ","o":"住友シチックス、住友チタニウム、大阪特殊製鉄所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 非鉄金属","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.5},{"c":"5943","n":"ノーリツ","k":"ノーリツ","o":"能率風呂工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 空調・熱機器","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.1},{"c":"6315","n":"TOWA","k":"トーワ","o":"東和精密工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"半導体・部品 半導体製造装置","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.2},{"c":"6455","n":"モリタホールディングス","k":"モリタホールディングス","o":"モリタ、森田ポンプ、森田喞筒工業、森田製作所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 商用車・トラック","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.1},{"c":"6616","n":"トレックス・セミコンダクター","k":"トレックスセミコンダクター","o":"","ok":"","a":"","e":"Torex Semiconductor","dr":"","i":"半導体・部品 半導体メーカー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":null},{"c":"6737","n":"EIZO","k":"エイゾー","o":"ナナオ、七尾電機","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 av・音響機器","col":"#1a5c9c","d":null,"f":51.7},{"c":"6741","n":"日本信号","k":"ニホンシンゴウ","o":"三村製作所、日本信號","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 重電","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.3},{"c":"7128","n":"ユニソルホールディングス","k":"ユニソルホールディングス","o":"フルサト工業、マルカ、マルカキカイ、丸嘉、丸嘉商会、丸嘉機械","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.4},{"c":"7240","n":"NOK","k":"エヌオーケー","o":"日本オイルシール工業、東京都葛飾区に江戸川精機","ok":"ニホンオイルシールコウギョウ","a":"日本ベアリング製造|日本ユーシー工業|日本油止工業|東京油止工業|東京オイルシール工業|江戸川精機","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#000078","d":null,"f":51.4},{"c":"7287","n":"日本精機","k":"ニホンセイキ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 電装・電子部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.4},{"c":"7917","n":"ZACROS","k":"ザクロス","o":"藤森工業、藤森工業所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.5},{"c":"7981","n":"タカラスタンダード","k":"タカラスタンダード","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 シャッター・建材","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.6},{"c":"7995","n":"バルカー","k":"バルカー","o":"日本ブレーキライニング製作所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40},{"c":"8244","n":"近鉄百貨店","k":"キンテツヒャッカテン","o":"丸物、京都近鉄百貨店","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#1a5c9c","d":null,"f":55},{"c":"8273","n":"イズミ","k":"イズミ","o":"いづみ、広島市堀川町にいづみ","ok":"イヅミ","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 総合スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":58.2},{"c":"8367","n":"南都銀行","k":"ナントギンコウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.4},{"c":"8386","n":"百十四銀行","k":"ヒャクジュウシギンコウ","o":"高松百十四銀行、第百十四国立銀行、高松銀行","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":48.2},{"c":"8544","n":"京葉銀行","k":"ケイヨウギンコウ","o":"千葉相互銀行","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.9},{"c":"9028","n":"ゼロ","k":"ゼロ","o":"日産陸送","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"運輸 陸運","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.7},{"c":"9474","n":"ゼンリン","k":"ゼンリン","o":"善隣","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":54.5},{"c":"9536","n":"西部ガスホールディングス","k":"サイブガスホールディングス","o":"西部瓦斯","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"インフラ 都市ガス","col":"#1a5c9c","d":null,"f":55.8},{"c":"9948","n":"アークス","k":"アークス","o":"ラルズ、大丸スーパー、大丸産業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":61.4},{"c":"1301","n":"極洋","k":"キョクヨウ","o":"極洋捕鯨","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"食品・飲料 水産・缶詰","col":"#1a5c9c","d":null,"f":57.1},{"c":"1377","n":"サカタのタネ","k":"サカタノタネ","o":"坂田農園、坂田商会、坂田種苗","ok":"サカタノウエン、サカタショウカイ、サカタシュビョウ","a":"","e":"Sakata Seed Corporation","dr":"","i":"食品・飲料 種苗","col":"#1a5c9c","d":null,"f":50.4},{"c":"1407","n":"ウエストホールディングス","k":"ウエストホールディングス","o":"西日本鐘商、西武ハウス工業、ウエスト","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.7},{"c":"1414","n":"ショーボンドホールディングス","k":"ショーボンドホールディングス","o":"昭和工業、ショーボンド、ショーボンド建設","ok":"ショウワコウギョウ、ショーボンド、ショーボンドケンセツ","a":"","e":"Shobond Holdings","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#003F7F","d":null,"f":39.9},{"c":"1417","n":"ミライト・ワン","k":"ミライトワン","o":"ミライト・ホールディングス、東洋電機通信工業","ok":"ミライトホールディングス","a":"","e":"MIRAIT ONE","dr":"","i":"建設 通信工事","col":"#0046FF","d":null,"f":51},{"c":"1419","n":"タマホーム","k":"タマホーム","o":"","ok":"","a":"","e":"Tama Home","dr":"","i":"建設 ハウスメーカー","col":"#D8000F","d":null,"f":58.2},{"c":"141A","n":"トライアルホールディングス","k":"トライアルホールディングス","o":"あさひ屋","ok":"アサヒヤ","a":"トライアルカンパニー","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 ディスカウント・100円","col":"#002D65","d":null,"f":61.8},{"c":"1505","n":"北海道炭礦汽船","k":"ホッカイドウタンコウキセン","o":"北海道炭礦鉄道","ok":"ホッカイドウタンコウテツドウ","a":"北炭","e":"Hokkaido Colliery & Steamship","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 石炭・資源","col":"#FD3737","d":1995,"f":29.8},{"c":"1515","n":"日鉄鉱業","k":"ニッテツコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 石炭・資源","col":"#3D79CD","d":null,"f":43.2},{"c":"1524","n":"羽幌炭礦鉄道","k":"ハボロタンコウテツドウ","o":"羽幌鉄道","ok":"ハボロテツドウ","a":"羽幌炭砿鉄道、羽幌炭鉱鉄道","e":"Haboro Tanko Tetsudo","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 石炭・資源","col":"#333333","d":1970,"f":36.7},{"c":"1663","n":"K&Oエナジーグループ","k":"ケーアンドオーエナジーグループ","o":"大多喜天然瓦斯、朝日興業、関東天然瓦斯開発","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"インフラ 都市ガス","col":"#1a5c9c","d":null,"f":50},{"c":"167A","n":"リョーサン菱洋ホールディングス","k":"リョーサンリョウヨウホールディングス","o":"リョーサン、菱洋エレクトロ、菱洋電機、菱三貿易、菱三電気、森電気商会","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 電子部品商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.4},{"c":"1720","n":"東急建設","k":"トウキュウケンセツ","o":"東京建設工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 準大手ゼネコン","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.4},{"c":"1723","n":"日本電技","k":"ニホンデンギ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35},{"c":"1751","n":"松尾鉱業","k":"マツオコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Matsuo Mining Co., Ltd.","dr":"会社更生法申請","i":"鉄鋼・非鉄 非鉄金属","col":"#1a5c9c","d":1969,"f":38.6},{"c":"1762","n":"髙松コンストラクショングループ","k":"タカマツコンストラクショングループ","o":"髙松建設","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 準大手ゼネコン","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.7},{"c":"1766","n":"東建コーポレーション","k":"トウケンコーポレーション","o":"東名リース建設","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 資産管理・賃貸経営","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.2},{"c":"1786","n":"オリエンタル白石","k":"オリエンタルシライシ","o":"オリエンタル建設、白石基礎工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.7},{"c":"1799","n":"第一建設工業","k":"ダイイチケンセツコウギョウ","o":"新潟鉄道工業、新鉄工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":34.7},{"c":"1803","n":"清水建設","k":"シミズケンセツ","o":"清水組","ok":"シミズグミ","a":"","e":"Shimizu","dr":"","i":"建設 スーパーゼネコン","col":"#3868AA","d":null,"f":54.8},{"c":"1820","n":"西松建設","k":"ニシマツケンセツ","o":"西松組","ok":"ニシマツグミ","a":"","e":"Nishimatsu Construction Co., Ltd.","dr":"","i":"建設 スーパーゼネコン","col":"#009A53","d":null,"f":46.1},{"c":"1833","n":"奥村組","k":"オクムラグミ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 スーパーゼネコン","col":"#008ED8","d":null,"f":45},{"c":"1835","n":"東鉄工業","k":"トウテツコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.3},{"c":"1852","n":"淺沼組","k":"アサヌマグミ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 準大手ゼネコン","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.1},{"c":"1870","n":"矢作建設工業","k":"ヤハギケンセツコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 準大手ゼネコン","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.8},{"c":"1871","n":"ピーエス・コンストラクション","k":"ピーエスコンストラクション","o":"ピーエス三菱、ピー・エス","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.4},{"c":"1878","n":"大東建託","k":"ダイトウケンタク","o":"大東産業/大東建設","ok":"ダイトウサンギョウ/ダイトウケンセツ","a":"","e":"Daito Trust Construction","dr":"","i":"不動産 資産管理・賃貸経営","col":"#D7092F","d":null,"f":52.7},{"c":"1879","n":"新日本建設","k":"シンニホンケンセツ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 準大手ゼネコン","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.4},{"c":"1882","n":"東亜道路工業","k":"トウアドウロコウギョウ","o":"日本ビチュマルス、ビチュマルス道路工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.4},{"c":"1885","n":"東亜建設工業","k":"トウアケンセツコウギョウ","o":"東亜港湾工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 準大手ゼネコン","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.3},{"c":"1887","n":"日本国土開発","k":"ニホンコクドカイハツ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 準大手ゼネコン","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41},{"c":"1898","n":"世紀東急工業","k":"セイキトウキュウコウギョウ","o":"世紀建設、世紀建設工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.8},{"c":"1899","n":"福田組","k":"フクダグミ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 準大手ゼネコン","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.1},{"c":"1926","n":"ライト工業","k":"ライトコウギョウ","o":"東北防水工業所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.3},{"c":"1934","n":"ユアテック","k":"ユアテック","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 電気工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.8},{"c":"1939","n":"四電工","k":"ヨンデンコウ","o":"南海電工、四国電気工事","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 電気工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.2},{"c":"1941","n":"中電工","k":"チュウデンコウ","o":"","ok":"","a":"","e":"CHUDENKO CORPORATION","dr":"","i":"建設 電気工事","col":"#033884","d":null,"f":43.8},{"c":"1950","n":"日本電設工業","k":"ニッポンデンセツコウギョウ","o":"鉄道電気工業","ok":"テツドウデンキコウギョウ","a":"","e":"NIPPON DENSETSU KOGYO CO.,LTD.","dr":"","i":"建設 電気工事","col":"#00448C","d":null,"f":42.2},{"c":"1952","n":"新日本空調","k":"シンニホンクウチョウ","o":"東洋キヤリア工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.1},{"c":"1963","n":"日揮ホールディングス","k":"ニッキホールディングス","o":"日揮、日本揮発油","ok":"ニッキ","a":"","e":"JGC Holdings","dr":"","i":"重工 プラント・海洋エンジニアリング","col":"#E60013","d":null,"f":50.9},{"c":"1968","n":"太平電業","k":"タイヘイデンギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.1},{"c":"1975","n":"朝日工業社","k":"アサヒコウギョウシャ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.6},{"c":"1976","n":"明星工業","k":"メイセイコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39},{"c":"1979","n":"大気社","k":"タイキシャ","o":"建材社","ok":"ケンザイシャ","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#4982CF","d":null,"f":43},{"c":"197A","n":"タウンズ","k":"タウンズ","o":"タウンズホールディングス、アルノジャパン、アルノホールディングス","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.6},{"c":"1980","n":"ダイダン","k":"ダイダン","o":"大阪電気暖房、大阪電気商会、大阪電気商会大阪暖房商会、大阪電気鉄管工業","ok":"オオサカデンキダンボウ","a":"","e":"DAI-DAN CO., LTD.","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#0068B7","d":null,"f":43.8},{"c":"1982","n":"日比谷総合設備","k":"ヒビヤソウゴウセツビ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":36.4},{"c":"2003","n":"日東富士製粉","k":"ニットウフジセイフン","o":"日東製粉、松本米穀製粉","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"食品・飲料 製粉・製油","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.9},{"c":"2004","n":"昭和産業","k":"ショウワサンギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"食品・飲料 製粉・製油","col":"#1a5c9c","d":null,"f":51},{"c":"205A","n":"ロゴスホールディングス","k":"ロゴスホールディングス","o":"豊栄建設、ロゴスホーム、豊栄ホールディングス","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 ハウスメーカー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45},{"c":"2109","n":"DM三井製糖","k":"ディーエムミツイセイトウ","o":"DM三井製糖ホールディングス、三井製糖、新三井製糖、横浜精糖、湘南糖化工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"食品・飲料 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49.9},{"c":"2117","n":"ウェルネオシュガー","k":"ウェルネオシュガー","o":"合同氷糖、新光製糖、日新製糖","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"食品・飲料 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.1},{"c":"2124","n":"ジェイエイシーリクルートメント","k":"ジェイエイシーリクルートメント","o":"","ok":"","a":"ジェイ エイ シー ジャパン|ジェイエイシージャパン","e":"JAC Recruitment","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#00A9E0","d":null,"f":41.2},{"c":"2127","n":"日本M&Aセンター","k":"ニッポンエムアンドエーセンター","o":"日本M&Aセンターホールディングス","ok":"","a":"","e":"Nihon M&A Center Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 m&a仲介","col":"#016057","d":null,"f":43.1},{"c":"2157","n":"コシダカホールディングス","k":"コシダカホールディングス","o":"コシダカ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 娯楽施設・興行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":53.9},{"c":"215A","n":"タイミー","k":"タイミー","o":"Recolle","ok":"レコレ","a":"Timee","e":"Timee","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#FFC700","d":null,"f":40.6},{"c":"2160","n":"ジーエヌアイグループ","k":"ジーエヌアイグループ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 バイオ・抗体","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38},{"c":"2168","n":"パソナグループ","k":"パソナグループ","o":"テンポラリーセンター","ok":"","a":"","e":"Pasona Group","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#E50012","d":null,"f":46.7},{"c":"2170","n":"リンクアンドモチベーション","k":"リンクアンドモチベーション","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.4},{"c":"2204","n":"中村屋","k":"ナカムラヤ","o":"","ok":"","a":"新宿中村屋","e":"Nakamuraya","dr":"","i":"食品・飲料 菓子","col":"#5D1B30","d":null,"f":49},{"c":"2206","n":"江崎グリコ","k":"","o":"江崎商店、株式会社江崎、グリコ","ok":"","a":"グリコ","e":"Ezaki Glico","dr":"","i":"食品・飲料 菓子","col":"#F44336","d":null,"f":59},{"c":"2208","n":"ブルボン","k":"ブルボン","o":"北日本製菓、北日本産業、北日本食糧工業、北日本食品工業","ok":"キタニホンセイカ、キタニホンサンギョウ、キタニホンショクリョウコウギョウ、キタニホンショクヒンコウギョウ","a":"","e":"BOURBON CORPORATION","dr":"","i":"食品・飲料 菓子","col":"#004098","d":null,"f":55.4},{"c":"2211","n":"不二家","k":"フジヤ","o":"","ok":"","a":"株式会社第二不二家|合名会社不二家","e":"FUJIYA CO., LTD.","dr":"","i":"食品・飲料 菓子","col":"#DB5C68","d":null,"f":56.5},{"c":"2215","n":"第一屋製パン","k":"ダイイチヤセイパン","o":"","ok":"","a":"第一パン|第一屋|合資会社第一屋","e":"FIRST BAKING CO., LTD.","dr":"","i":"食品・飲料 製パン","col":"#FF1A33","d":null,"f":49.3},{"c":"2216","n":"カンロ","k":"カンロ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"食品・飲料 菓子","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49.6},{"c":"2221","n":"岩塚製菓","k":"イワツカセイカ","o":"岩塚農産加工場","ok":"イワツカノウサンカコウジョウ","a":"","e":"IWATSUKA CONFECTIONERY","dr":"","i":"食品・飲料 菓子","col":"#E71A25","d":null,"f":47.3},{"c":"2226","n":"湖池屋","k":"コイケヤ","o":"フレンテ","ok":"フレンテ","a":"","e":"","dr":"","i":"食品・飲料 菓子","col":"#C62A19","d":null,"f":50},{"c":"2261","n":"明治乳業","k":"メイジニュウギョウ","o":"極東煉乳","ok":"キョクトウレンニュウ","a":"極東煉乳|明治乳業株式会社|Meiji Dairies|Meiji Dairies Corporation|株式会社明治|大日本乳製品|北海道煉乳","e":"Meiji Dairies Corporation","dr":"","i":"食品・飲料 乳業","col":"#FF0000","d":2009,"f":48.3},{"c":"2267","n":"ヤクルト本社","k":"ヤクルトホンシャ","o":"","ok":"","a":"","e":"Yakult Honsha","dr":"","i":"食品・飲料 清涼飲料","col":"#DA1A32","d":null,"f":66.6},{"c":"2268","n":"B-Rサーティワンアイスクリーム","k":"ビーアールサーティワンアイスクリーム","o":"ビー・アールジャパン、ビー・アールサーティワンアイスクリーム","ok":"ビーアールジャパン","a":"バスキン・ロビンス|サーティーワン","e":"B-R 31 ICE CREAM CO.,LTD.","dr":"","i":"食品・飲料 乳業","col":"#F04E98","d":null,"f":47.5},{"c":"2281","n":"プリマハム","k":"プリマハム","o":"竹岸畜産工業","ok":"タケギシチクサンコウギョウ","a":"","e":"Prima Meat Packers, Ltd.","dr":"","i":"食品・飲料 食肉","col":"#E81D16","d":null,"f":58.7},{"c":"2288","n":"丸大食品","k":"マルダイショクヒン","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"食品・飲料 食肉","col":"#1a5c9c","d":null,"f":56.1},{"c":"2317","n":"システナ","k":"システナ","o":"シスプロカテナ","ok":"","a":"ヘンミエンジニアリング|システムプロ|システム・プロ","e":"Systena","dr":"","i":"it・通信 itコンサル・品質保証","col":"#FF7830","d":null,"f":45.2},{"c":"2325","n":"NJS","k":"エヌジェイエス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.9},{"c":"2326","n":"デジタルアーツ","k":"デジタルアーツ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":30.6},{"c":"2329","n":"東北新社","k":"トウホクシンシャ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 映画","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.9},{"c":"2337","n":"いちご","k":"イチゴ","o":"いちごグループホールディングス、アセット・マネジャーズ、ピーアイテクノロジー","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 資産管理・賃貸経営","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.2},{"c":"2353","n":"日本駐車場開発","k":"ニホンチュウシャジョウカイハツ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 駐車場","col":"#1a5c9c","d":null,"f":53.5},{"c":"2379","n":"ディップ","k":"ディップ","o":"","ok":"","a":"はたらこねっと|バイトルドットコム","e":"Dip","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#333333","d":null,"f":43.6},{"c":"2395","n":"新日本科学","k":"シンニホンカガク","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ヘルスケアサービス","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.4},{"c":"2484","n":"出前館","k":"デマエカン","o":"夢の街創造委員会、大阪市住之江区に夢の街創造委員会","ok":"ユメノマチソウゾウイインカイ","a":"","e":"Demae-can","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#DA3734","d":null,"f":48.6},{"c":"2492","n":"インフォマート","k":"インフォマート","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.9},{"c":"2573","n":"北海道コカ・コーラボトリング","k":"ホッカイドウコカコーラボトリング","o":"北海道飲料","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"食品・飲料 清涼飲料","col":"#1a5c9c","d":null,"f":51.9},{"c":"2579","n":"コカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス","k":"コカコーラボトラーズジャパンホールディングス","o":"日米飲料、日米コカ・コーラボトリング、北九州コカ・コーラボトリング、コカ・コーラウエストジャパン、コカ・コーラウエストホールディングス、コカ・コーラウエスト、コカ・コーラボトラーズジャパン","ok":"","a":"CCBJI|CCBJH|コカ・コーライーストジャパン|東京飲料|東京コカ・コーラボトリング|中京コカ・コーラボトリング|仙台コカ・コーラボトリング|富士コカ・コーラボトリング|利根コカ・コーラボトリング|近畿コカ・コーラボトリング|三国コカ・コーラボトリング|四国コカ・コーラボトリング|山陽コカ・コーラボトリング|南九州コカ・コーラボトリング|三笠コカ・コーラボトリング","e":"Coca-Cola Bottlers Japan Holdings Inc.","dr":"","i":"食品・飲料 清涼飲料","col":"#F40009","d":null,"f":63.9},{"c":"2585","n":"ライフドリンク カンパニー","k":"ライフドリンクカンパニー","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"食品・飲料 清涼飲料","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.3},{"c":"2588","n":"プレミアムウォーターホールディングス","k":"プレミアムウォーターホールディングス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"食品・飲料 清涼飲料","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49.7},{"c":"2590","n":"ダイドーグループホールディングス","k":"ダイドーグループホールディングス","o":"ダイドー、ダイドードリンコ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"食品・飲料 清涼飲料","col":"#1a5c9c","d":null,"f":59.2},{"c":"2593","n":"伊藤園","k":"イトウエン","o":"フロンティア製茶","ok":"フロンティアセイチャ","a":"日本ファミリーサービス","e":"ITO EN","dr":"","i":"食品・飲料 清涼飲料","col":"#00A040","d":null,"f":63.1},{"c":"2602","n":"日清オイリオグループ","k":"ニッシンオイリオグループ","o":"日清製油","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"食品・飲料 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":53.8},{"c":"2607","n":"不二製油","k":"フジセイユ","o":"","ok":"","a":"不二製油グループ本社","e":"Fuji Oil","dr":"","i":"食品・飲料 製粉・製油","col":"#44AF35","d":null,"f":54.6},{"c":"2612","n":"かどや製油","k":"カドヤセイユ","o":"加登屋製油","ok":"カドヤセイユ","a":"加登屋製油所","e":"Kadoya Sesame Mills Incorporated","dr":"","i":"食品・飲料 調味料","col":"#E3971C","d":null,"f":48.8},{"c":"2613","n":"J-オイルミルズ","k":"ジェイオイルミルズ","o":"豊年製油","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"食品・飲料 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49.6},{"c":"262A","n":"インターメスティック","k":"インターメスティック","o":"","ok":"","a":"Zoff|ゾフ","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":51.3},{"c":"2653","n":"イオン九州","k":"イオンキュウシュウ","o":"九州ジャスコ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 総合スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":59.5},{"c":"2664","n":"カワチ薬品","k":"カワチヤクヒン","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 ドラッグストア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":58.3},{"c":"2681","n":"ゲオホールディングス","k":"ゲオホールディングス","o":"ゲオミルダ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 リユース","col":"#1a5c9c","d":null,"f":59.8},{"c":"2695","n":"くら寿司","k":"クラスシ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":58.3},{"c":"2702","n":"日本マクドナルド","k":"ニッポンマクドナルド","o":"日本マクドナルドHD、日本マクドナルドホールディングス","ok":"","a":"マクドナルド","e":"McDonald's Japan","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#FFBC0F","d":null,"f":63.1},{"c":"2726","n":"パルグループホールディングス","k":"パルグループホールディングス","o":"パル、パルグループHD","ok":"","a":"","e":"Pal Group Holdings","dr":"","i":"小売・日用品 アパレル","col":"#FF4800","d":null,"f":58.3},{"c":"2733","n":"あらた","k":"アラタ","o":"ダイカ、伊藤伊、サンビック","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 医薬品・日用品卸","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.2},{"c":"2734","n":"サーラコーポレーション","k":"サーラコーポレーション","o":"豊橋瓦斯","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"インフラ 都市ガス","col":"#1a5c9c","d":null,"f":56},{"c":"2742","n":"ハローズ","k":"ハローズ","o":"府中スーパーマーケット","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52},{"c":"2749","n":"JPホールディングス","k":"ジェイピーホールディングス","o":"ジェイ・プランニング、ゲオ・ジェイピー","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":54.5},{"c":"2752","n":"フジオフードグループ本社","k":"フジオフードグループホンシャ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52.9},{"c":"277A","n":"グロービング","k":"グロービング","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 itコンサル・品質保証","col":"#1a5c9c","d":null,"f":27.8},{"c":"2782","n":"セリア","k":"セリア","o":"","ok":"","a":"","e":"Seria","dr":"","i":"小売・日用品 ディスカウント・100円","col":"#75B727","d":null,"f":51},{"c":"2784","n":"アルフレッサホールディングス","k":"アルフレッサホールディングス","o":"アズウェル、福神、日本商事、中島商事","ok":"アズウェル、フクジン、ニホンショウジ、ナカジマショウジ","a":"大正堂薬房|ヨコヰ薬局|福神薬局|福神商店|中島茂商店|東京医薬品","e":"","dr":"","i":"総合商社 医薬品・日用品卸","col":"#0D50A5","d":null,"f":51},{"c":"2790","n":"ナフコ","k":"ナフコ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 ホームセンター","col":"#1a5c9c","d":null,"f":53},{"c":"2791","n":"大黒天物産","k":"ダイコクテンブッサン","o":"倉敷きのしん","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":54.6},{"c":"2805","n":"ヱスビー食品","k":"エスビーショクヒン","o":"日賀志屋","ok":"ヒガシヤ","a":"エスビー食品","e":"S&B FOODS INC.","dr":"","i":"食品・飲料 調味料","col":"#D62828","d":null,"f":53.6},{"c":"2871","n":"ニチレイ","k":"ニチレイ","o":"日本冷蔵、帝国水産統制","ok":"ニッポンレイゾウ","a":"","e":"Nichirei","dr":"","i":"食品・飲料 冷凍食品","col":"#EE2E22","d":null,"f":63.1},{"c":"2874","n":"横浜冷凍","k":"ヨコハマレイトウ","o":"横浜冷凍企業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"運輸 倉庫","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.9},{"c":"2897","n":"日清食品ホールディングス","k":"ニッシンショクヒンホールディングス","o":"サンシー殖産、中交総社、日清食品、日清食品HD","ok":"","a":"","e":"Nissin Foods Holdings","dr":"","i":"食品・飲料 即席麺","col":"#EE2528","d":null,"f":66.8},{"c":"2908","n":"フジッコ","k":"フジッコ","o":"富士昆布","ok":"フジコンブ","a":"","e":"Fujicco","dr":"","i":"食品・飲料 冷凍食品","col":"#E66300","d":null,"f":53.3},{"c":"2930","n":"北の達人コーポレーション","k":"キタノタツジンコーポレーション","o":"化学、北海道・シーオー・ジェイピー","ok":"","a":"","e":"Kitanotatsujin Corporation","dr":"","i":"小売・日用品 ec・通販","col":"#FF3826","d":null,"f":49.2},{"c":"2986","n":"LAホールディングス","k":"エルエーホールディングス","o":"ラ・アトレ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":32.9},{"c":"3028","n":"アルペン","k":"アルペン","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 スポーツ用品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":58.4},{"c":"3034","n":"クオールホールディングス","k":"クオールホールディングス","o":"クオール","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 ドラッグストア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":58.6},{"c":"3046","n":"ジンズホールディングス","k":"ジンズホールディングス","o":"ジェイアイエヌ、ジンプロダクツ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":55.9},{"c":"3048","n":"ビックカメラ","k":"ビックカメラ","o":"","ok":"","a":"","e":"Bic Camera","dr":"","i":"小売・日用品 家電量販","col":"#E60012","d":null,"f":67.6},{"c":"3064","n":"MonotaRO","k":"モノタロウ","o":"","ok":"","a":"","e":"MonotaRO","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#D51B28","d":null,"f":56.6},{"c":"3087","n":"ドトール・日レスホールディングス","k":"ドトールニチレスホールディングス","o":"ドトールコーヒー","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":57.7},{"c":"3091","n":"ブロンコビリー","k":"ブロンコビリー","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":50.3},{"c":"3097","n":"物語コーポレーション","k":"モノガタリコーポレーション","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":58},{"c":"3148","n":"クリエイトSDホールディングス","k":"クリエイトエスディーホールディングス","o":"クリエイトエス・ディー、クリエイトエス・ディーHD、ヤマモト","ok":"","a":"","e":"Create SD Holdings","dr":"","i":"小売・日用品 ドラッグストア","col":"#F07830","d":null,"f":59.6},{"c":"3150","n":"グリムス","k":"グリムス","o":"ユビキタスエナジー","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"インフラ 電力(大手)","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.9},{"c":"3151","n":"バイタルケーエスケー・ホールディングス","k":"バイタルケーエスケーホールディングス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 医薬品・日用品卸","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.4},{"c":"3167","n":"TOKAIホールディングス","k":"トーカイホールディングス","o":"ザ・トーカイ、東海瓦斯","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"インフラ 都市ガス","col":"#1a5c9c","d":null,"f":61.4},{"c":"3182","n":"オイシックス","k":"オイシックス","o":"オイシックス、オイシックスドット大地、オイシックス・ラ・大地","ok":"オイシックス、オイシックスドットダイチ、オイシックスラダイチ","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 ec・通販","col":"#1a5c9c","d":null,"f":59.1},{"c":"3191","n":"ジョイフル本田","k":"ジョイフルホンダ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 ホームセンター","col":"#1a5c9c","d":null,"f":56.1},{"c":"319A","n":"技術承継機構","k":"ギジュツショウケイキコウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 m&a仲介","col":"#1a5c9c","d":null,"f":32.1},{"c":"3202","n":"ダイトウボウ","k":"ダイトウボウ","o":"東京モスリン紡織、大東工業、大東紡織、資本金100万円で東京モスリン紡織","ok":"トウキョウモスリンボウショク、ダイトウコウギョウ、ダイトウボウショク","a":"","e":"Daitobo Co., Ltd.","dr":"","i":"化学・素材 紡績","col":"#64B8B6","d":null,"f":30},{"c":"3222","n":"ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス","k":"ユナイテッドスーパーマーケットホールディングス","o":"マルエツ、丸悦ストアー","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":65.2},{"c":"3232","n":"三重交通グループホールディングス","k":"ミエコウツウグループホールディングス","o":"三重交通、三交不動産","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#1a5c9c","d":null,"f":54.7},{"c":"3245","n":"ディア・ライフ","k":"ディアライフ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.5},{"c":"3252","n":"地主","k":"ジヌシ","o":"日本商業開発","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.5},{"c":"325A","n":"TENTIAL","k":"テンシャル","o":"Aspole","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 アパレル","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.4},{"c":"3289","n":"東急不動産ホールディングス","k":"トウキュウフドウサンホールディングス","o":"東急不動産、前身・田園都市","ok":"トウキュウフドウサン","a":"","e":"Tokyu Fudosan Holdings","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#2d9622","d":null,"f":55.8},{"c":"3349","n":"コスモス薬品","k":"コスモスヤクヒン","o":"","ok":"","a":"","e":"Cosmos Pharmaceutical","dr":"","i":"小売・日用品 ドラッグストア","col":"#DE527D","d":null,"f":59.8},{"c":"3371","n":"ソフトクリエイトホールディングス","k":"ソフトクリエイトホールディングス","o":"ソフトクリエイト、白坂産業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#1a5c9c","d":null,"f":36.1},{"c":"3395","n":"サンマルクホールディングス","k":"サンマルクホールディングス","o":"サンマルク、大元サンマルク","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":54.7},{"c":"3397","n":"トリドールホールディングス","k":"","o":"トリドール、トリドールHD","ok":"","a":"丸亀製麺|トリドール|Toridoll|トリドールコーポレーション","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#333333","d":null,"f":63.1},{"c":"3433","n":"トーカロ","k":"トーカロ","o":"東洋カロライジング工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.7},{"c":"3443","n":"川田テクノロジーズ","k":"カワダテクノロジーズ","o":"川田工業、川田鉄工所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.3},{"c":"3445","n":"RS Technologies","k":"アールエステクノロジーズ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"半導体・部品 半導体材料","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.2},{"c":"3479","n":"ティーケーピー","k":"ティーケーピー","o":"TKP","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 資産管理・賃貸経営","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.6},{"c":"3480","n":"ジェイ・エス・ビー","k":"ジェイエスビー","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 資産管理・賃貸経営","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.6},{"c":"3482","n":"ロードスターキャピタル","k":"ロードスターキャピタル","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 資産管理・賃貸経営","col":"#1a5c9c","d":null,"f":31.6},{"c":"3491","n":"GA technologies","k":"ジーエーテクノロジーズ","o":"GlobalGA","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 戸建分譲・中古再生","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52.4},{"c":"3498","n":"霞ヶ関キャピタル","k":"カスミガセキキャピタル","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.6},{"c":"350A","n":"デジタルグリッド","k":"デジタルグリッド","o":"デジタルグリッドプラットフォーム","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"インフラ 電力(大手)","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.7},{"c":"3539","n":"JMホールディングス","k":"ジェイエムホールディングス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":55.5},{"c":"3543","n":"コメダホールディングス","k":"コメダホールディングス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":54.6},{"c":"3632","n":"グリーホールディングス","k":"グリーホールディングス","o":"グリー","ok":"グリー","a":"","e":"GREE Holdings, Inc.","dr":"","i":"it・通信 ゲーム・モバイル","col":"#00A0DC","d":null,"f":52.9},{"c":"3636","n":"三菱総合研究所","k":"ミツビシソウゴウケンキュウショ","o":"技術経済情報センター","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 itコンサル・品質保証","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.2},{"c":"3661","n":"エムアップホールディングス","k":"エムアップホールディングス","o":"エムアップ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.6},{"c":"3663","n":"セルシス","k":"セルシス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":33.8},{"c":"3668","n":"コロプラ","k":"コロプラ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ゲーム・モバイル","col":"#1a5c9c","d":null,"f":50.4},{"c":"3673","n":"ブロードリーフ","k":"ブロードリーフ","o":"翼システム","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":36},{"c":"3687","n":"フィックスターズ","k":"フィックスターズ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":34.2},{"c":"3733","n":"ソフトウェア・サービス","k":"ソフトウェアサービス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":34.9},{"c":"3817","n":"SRAホールディングス","k":"エスアールエーホールディングス","o":"ソフトウエア・リサーチ・アソシエイツ、SRA","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.6},{"c":"3836","n":"アバントグループ","k":"アバントグループ","o":"アバント","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35},{"c":"3844","n":"コムチュア","k":"コムチュア","o":"日本コンピューターテクノロジー","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.1},{"c":"3854","n":"アイル","k":"アイル","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#1a5c9c","d":null,"f":33.6},{"c":"3862","n":"本州製紙","k":"ホンシュウセイシ","o":"","ok":"","a":"本州製紙|Honshu Paper","e":"Honshu Paper Mfg. Co., Ltd.","dr":"","i":"化学・素材 製紙","col":"#544B37","d":1996,"f":36.7},{"c":"3863","n":"日本製紙","k":"ニホンセイシ","o":"十條製紙、王子製紙、製紙会社","ok":"ジュウジョウセイシ","a":"","e":"Nippon Paper Industries","dr":"","i":"化学・素材 製紙","col":"#02A1EA","d":null,"f":55.7},{"c":"3864","n":"三菱製紙","k":"ミツビシセイシ","o":"神戸製紙所、三菱製紙所","ok":"コウベセイシショ、ミツビシセイシショ","a":"","e":"Mitsubishi Paper Mills Limited","dr":"","i":"化学・素材 製紙","col":"#537A91","d":null,"f":42.7},{"c":"3962","n":"チェンジホールディングス","k":"チェンジホールディングス","o":"チェンジ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":51.7},{"c":"3964","n":"オークネット","k":"オークネット","o":"エフティーエス","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49.3},{"c":"3993","n":"PKSHA Technology","k":"パークシャテクノロジー","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.9},{"c":"3994","n":"マネーフォワード","k":"マネーフォワード","o":"マネーブック","ok":"マネーブック","a":"","e":"Money Forward","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#E2750F","d":null,"f":39},{"c":"4008","n":"住友精化","k":"スミトモセイカ","o":"別府化学工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.6},{"c":"4041","n":"日本曹達","k":"ニッポンソーダ","o":"","ok":"","a":"日曹","e":"Nippon Soda Co., Ltd.","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#1868D3","d":null,"f":42.4},{"c":"4043","n":"トクヤマ","k":"トクヤマ","o":"徳山曹達","ok":"トクヤマソーダ","a":"","e":"Tokuyama","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#4F589B","d":null,"f":48},{"c":"4044","n":"セントラル硝子","k":"セントラルガラス","o":"宇部曹達工業、セントラル化学","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.4},{"c":"4045","n":"東亞合成","k":"トウアゴウセイ","o":"東亞合成化学工業","ok":"トウアゴウセイカガクコウギョウ","a":"アロンアルフア","e":"Toagosei Co., Ltd.","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#005BAD","d":null,"f":44.6},{"c":"4046","n":"大阪ソーダ","k":"オオサカソーダ","o":"大阪曹達、ダイソー","ok":"オオサカソーダ、ダイソー","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#83B63F","d":null,"f":38.1},{"c":"4047","n":"関東電化工業","k":"カントウデンカコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38},{"c":"4051","n":"GMOフィナンシャルゲート","k":"ジーエムオーフィナンシャルゲート","o":"シー・オー・シー","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 決済","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.3},{"c":"4062","n":"イビデン","k":"イビデン","o":"揖斐川電力","ok":"イビガワデンリョク","a":"揖斐川電化|揖斐川電気|揖斐川電気工業","e":"Ibiden","dr":"","i":"半導体・部品 基板・ウェハ","col":"#64a0c8","d":null,"f":50.1},{"c":"4071","n":"プラスアルファ・コンサルティング","k":"プラスアルファコンサルティング","o":"イージーコンサルティング","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":33.4},{"c":"4095","n":"日本パーカライジング","k":"ニホンパーカライジング","o":"日本化学防錆、東京都千代田区に会社","ok":"ニホンカガクボウセイ","a":"パーカライジング","e":"Nihon Parkerizing Co., Ltd.","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#2D72E0","d":null,"f":41.2},{"c":"4099","n":"四国化成ホールディングス","k":"シコクカセイホールディングス","o":"四国化成工業","ok":"シコクカセイコウギョウ","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#EB1C24","d":null,"f":37.1},{"c":"4109","n":"ステラケミファ","k":"ステラケミファ","o":"橋本升高堂製薬所、橋本化成工業、橋本化成","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"半導体・部品 半導体材料","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.6},{"c":"4114","n":"日本触媒","k":"ニッポンショクバイ","o":"日本触媒化学工業、ヲサメ合成化学工業","ok":"ニッポンショクバイカガクコウギョウ","a":"","e":"Nippon Shokubai","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#00A178","d":null,"f":49.1},{"c":"4116","n":"大日精化工業","k":"ダイニチセイカコウギョウ","o":"彩華色素工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 塗料","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.6},{"c":"4180","n":"Appier Group","k":"アピアグループ","o":"台湾台北でAppier,Inc.","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.1},{"c":"4187","n":"大阪有機化学工業","k":"オオサカユウキカガクコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#1a5c9c","d":null,"f":34.5},{"c":"4188","n":"三菱ケミカルグループ","k":"ミツビシケミカルグループ","o":"","ok":"","a":"三菱ケミカル|三菱ケミカルホールディングス|MCHC|Mitsubishi Chemical Group|Mitsubishi Chemical Holdings|KAITEKI|三菱化学|三菱ウェルファーマ|三菱樹脂|三菱レイヨン","e":"Mitsubishi Chemical Group","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#FF000E","d":null,"f":61.3},{"c":"4189","n":"KHネオケム","k":"ケーエイチネオケム","o":"協和油化、協和発酵ケミカル","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.9},{"c":"4194","n":"ビジョナル","k":"ビジョナル","o":"ビズリーチ","ok":"ビズリーチ","a":"","e":"Visional","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#333333","d":null,"f":37.5},{"c":"4206","n":"アイカ工業","k":"アイカコウギョウ","o":"愛知化学工業","ok":"アイチカガクコウギョウ","a":"愛知化学工業","e":"AICA Kogyo Company, Limited","dr":"","i":"化学・素材 樹脂・成形","col":"#91001F","d":null,"f":44.7},{"c":"4212","n":"積水樹脂","k":"セキスイジュシ","o":"アドヘヤ紙工、アドヘヤ化工、積水アドヘヤ工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 樹脂・成形","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.5},{"c":"4216","n":"旭有機材","k":"アサヒユウキザイ","o":"旭有機材工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 樹脂・成形","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.2},{"c":"4220","n":"リケンテクノス","k":"リケンテクノス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 樹脂・成形","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.1},{"c":"4221","n":"大倉工業","k":"オオクラコウギョウ","o":"四国住宅、四国実業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 樹脂・成形","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.6},{"c":"4272","n":"日本化薬","k":"ニホンカヤク","o":"日本火薬製造","ok":"ニホンカヤクセイゾウ","a":"","e":"NIPPON KAYAKU CO.,LTD.","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#007BCF","d":null,"f":46.9},{"c":"4290","n":"プレステージ・インターナショナル","k":"プレステージインターナショナル","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.5},{"c":"4293","n":"セプテーニ・ホールディングス","k":"セプテーニホールディングス","o":"サブ・アンド・リミナル、セプテーニ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 広告","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.9},{"c":"429A","n":"テクセンドフォトマスク","k":"テクセンドフォトマスク","o":"トッパンフォトマスク","ok":"トッパンフォトマスク","a":"トッパンフォトマスク","e":"Tekscend Photomask","dr":"","i":"半導体・部品 基板・ウェハ","col":"#14944A","d":null,"f":43.5},{"c":"4310","n":"ドリームインキュベータ","k":"ドリームインキュベータ","o":"","ok":"","a":"","e":"Dream Incubator","dr":"","i":"it・通信 itコンサル・品質保証","col":"#009BDA","d":null,"f":31.4},{"c":"4326","n":"インテージホールディングス","k":"インテージホールディングス","o":"インテージ、社会調査研究所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":51.4},{"c":"4329","n":"ワークスアプリケーションズ","k":"ワークスアプリケーションズ","o":"","ok":"","a":"WORKS APPLICATIONS|Works Applications|ワークスアプリ|ワークス|COMPANY|HUE","e":"Works Applications Co., Ltd.","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#0762DC","d":2011,"f":34.9},{"c":"4337","n":"ぴあ","k":"ピア","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 映画","col":"#1a5c9c","d":null,"f":50.2},{"c":"4362","n":"日本精化","k":"ニッポンセイカ","o":"日本樟脳、日本樟腦","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#1a5c9c","d":null,"f":33.8},{"c":"4365","n":"松本油脂製薬","k":"マツモトユシセイヤク","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#1a5c9c","d":null,"f":29.4},{"c":"4368","n":"扶桑化学工業","k":"フソウカガクコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#006F32","d":null,"f":36.7},{"c":"4369","n":"トリケミカル研究所","k":"トリケミカルケンキュウショ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"半導体・部品 半導体材料","col":"#1a5c9c","d":null,"f":34.9},{"c":"4373","n":"シンプレクス・ホールディングス","k":"シンプレクスホールディングス","o":"シンプレクス・テクノロジー、シンプレクス、東京都港区にシンプレクス・リスク・マネジメント","ok":"シンプレクステクノロジー","a":"","e":"Simplex Holdings","dr":"","i":"it・通信 itコンサル・品質保証","col":"#FF0000","d":null,"f":38.9},{"c":"4385","n":"メルカリ","k":"メルカリ","o":"コウゾウ","ok":"コウゾウ","a":"","e":"Mercari","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#ff0411","d":null,"f":56.4},{"c":"4413","n":"ボードルア","k":"ボードルア","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#1a5c9c","d":null,"f":34.8},{"c":"4431","n":"スマレジ","k":"スマレジ","o":"プラグラム","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":31.4},{"c":"4432","n":"ウイングアーク1st","k":"ウイングアークファースト","o":"ウイングアークテクノロジーズ、エイ・ピー・ツー、テックヤマギワ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":34.6},{"c":"4443","n":"Sansan","k":"サンサン","o":"三三","ok":"サンサン","a":"三三,Eight","e":"Sansan, Inc.","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#004E98","d":null,"f":40},{"c":"4471","n":"三洋化成工業","k":"サンヨウカセイコウギョウ","o":"三洋油脂工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.8},{"c":"4475","n":"HENNGE","k":"ヘンゲ","o":"HDE、ホライズン・デジタル・エンタープライズ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":32.7},{"c":"4478","n":"freee","k":"フリー","o":"CFO","ok":"シーエフオー","a":"フリー株式会社|freee株式会社|フリー|CFO株式会社","e":"freee K.K.","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#2864F0","d":null,"f":37.6},{"c":"4480","n":"メドレー","k":"メドレー","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":50},{"c":"4481","n":"ベース","k":"ベース","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#1a5c9c","d":null,"f":34.4},{"c":"4483","n":"JMDC","k":"ジェイエムディーシー","o":"日本医療データセンター","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":50.3},{"c":"4501","n":"三共","k":"サンキョウ","o":"三共商店","ok":"サンキョウショウテン","a":"三共商店|三共商会|三共合資会社|三共製薬|Sankyo Company|Sankyo|SANKYO","e":"Sankyo Company, Limited","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#339933","d":2005,"f":36.7},{"c":"4505","n":"第一製薬","k":"ダイイチセイヤク","o":"アーセミン商会、匿名組合アーセミン商会","ok":"アーセミンショウカイ","a":"アーセミン商会|合資会社アーセミン商会|第一製薬株式会社|Daiichi Pharmaceutical|Daiichi Seiyaku","e":"Daiichi Pharmaceutical Co., Ltd.","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#FC6703","d":2005,"f":36.7},{"c":"4509","n":"三菱ウェルファーマ","k":"ミツビシウェルファーマ","o":"ウェルファイド、吉富製薬、武田化成","ok":"ウェルファイド","a":"ウェルファイド|吉富製薬|ミドリ十字|三菱東京製薬|東京田辺製薬|日本ブラッドバンク|Mitsubishi Pharma|Welfide|Yoshitomi|Green Cross","e":"Mitsubishi Pharma Corporation","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#1a5c9c","d":2005,"f":36.7},{"c":"4512","n":"わかもと製薬","k":"ワカモトセイヤク","o":"わかもと本舗栄養と育児の会、栄養と育児の会","ok":"ワカモトホンポエイヨウトイクジノカイ","a":"","e":"Wakamoto Pharmaceutical","dr":"","i":"医薬品・医療 otc・家庭薬","col":"#BF0800","d":null,"f":43.1},{"c":"4516","n":"日本新薬","k":"ニッポンシンヤク","o":"京都新薬堂","ok":"キョウトシンヤクドウ","a":"","e":"Nippon Shinyaku","dr":"","i":"医薬品・医療 専門医薬","col":"#023F73","d":null,"f":42.1},{"c":"4521","n":"科研製薬","k":"カケンセイヤク","o":"科研化学、科学研究所","ok":"カケンカガク、カガクケンキュウジョ","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.7},{"c":"4522","n":"ミドリ十字","k":"ミドリジュウジ","o":"日本ブラッドバンク、資本金3000万円で日本ブラッドバンク","ok":"ニホンブラッドバンク","a":"ミドリ十字|日本ブラッドバンク|日本ブラツドバンク|緑十字|Green Cross|The Green Cross|Midori Juji|血液銀行","e":"The Green Cross Corporation","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#00913A","d":1998,"f":36.7},{"c":"4524","n":"森下仁丹","k":"モリシタジンタン","o":"森下南陽堂、森下博薬房","ok":"モリシタナンヨウドウ、モリシタヒロシヤクボウ","a":"","e":"Morishita Jintan","dr":"","i":"医薬品・医療 otc・家庭薬","col":"#0D5BAB","d":null,"f":44},{"c":"4526","n":"理研ビタミン","k":"リケンビタミン","o":"理研ビタミン油","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"食品・飲料 調味料","col":"#1a5c9c","d":null,"f":54.6},{"c":"4534","n":"持田製薬","k":"モチダセイヤク","o":"持田商会薬局、持田製薬所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39},{"c":"4540","n":"ツムラ","k":"ツムラ","o":"津村順天堂、個人経営の中将湯本舗津村順天堂","ok":"","a":"津村順天堂、中将湯本舗、バスクリン","e":"Tsumura","dr":"","i":"医薬品・医療 専門医薬","col":"#803B2D","d":null,"f":46.4},{"c":"4544","n":"H.U.グループホールディングス","k":"エイチユーグループホールディングス","o":"みらかホールディングス、富士レビオ、富士臓器製薬","ok":"ミラカホールディングス、フジレビオ、フジゾウキセイヤク","a":"みらかホールディングス|富士レビオ|H.U.グループ","e":"H.U. Group Holdings, Inc.","dr":"","i":"サービス・外食 ヘルスケアサービス","col":"#0F59A7","d":null,"f":50.5},{"c":"4547","n":"キッセイ薬品工業","k":"キッセイヤクヒンコウギョウ","o":"橘生化学研究所、橘生薬品工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.7},{"c":"4549","n":"栄研化学","k":"エイケンカガク","o":"興亜化学工業、興亜栄養化学研究所、日本栄養化学","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.4},{"c":"4552","n":"JCRファーマ","k":"ジェイシーアールファーマ","o":"日本ケミカルリサーチ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.8},{"c":"4553","n":"東和薬品","k":"トウワヤクヒン","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 専門医薬","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.2},{"c":"4559","n":"ゼリア新薬工業","k":"ゼリアシンヤクコウギョウ","o":"ゼリア薬粧研究所、ゼリア化工、ゼリア","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 otc・家庭薬","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52.5},{"c":"4569","n":"杏林製薬","k":"キョウリンセイヤク","o":"東洋新薬社、杏林化学研究所、杏林薬品、キョーリン、キョーリン製薬ホールディングス","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.8},{"c":"4587","n":"ペプチドリーム","k":"ペプチドリーム","o":"","ok":"","a":"","e":"PeptiDream","dr":"","i":"医薬品・医療 バイオ・抗体","col":"#0065CC","d":null,"f":37.2},{"c":"4599","n":"ステムリム","k":"ステムリム","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 バイオ・抗体","col":"#1a5c9c","d":null,"f":33.5},{"c":"4613","n":"関西ペイント","k":"カンサイペイント","o":"関西ペイント工業所","ok":"カンサイペイントコウギョウショ","a":"","e":"Kansai Paint","dr":"","i":"化学・素材 塗料","col":"#0068B8","d":null,"f":50.5},{"c":"4617","n":"中国塗料","k":"チュウゴクトリョウ","o":"中国化学工業","ok":"チュウゴクカガクコウギョウ","a":"","e":"CHUGOKU MARINE PAINTS, LTD.","dr":"","i":"化学・素材 塗料","col":"#158C65","d":null,"f":42.4},{"c":"4626","n":"太陽ホールディングス","k":"タイヨウホールディングス","o":"太陽インキ製造、太陽HD","ok":"タイヨウインキセイゾウ","a":"","e":"Taiyo Holdings","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#00AF64","d":null,"f":41.3},{"c":"4628","n":"エスケー化研","k":"エスケーカケン","o":"四国化学研究所、四国化研工業","ok":"シコクカガクケンキュウショ、シコクカケンコウギョウ","a":"","e":"SK Kaken","dr":"","i":"化学・素材 塗料","col":"#00478A","d":null,"f":35.3},{"c":"4633","n":"サカタインクス","k":"サカタインクス","o":"阪田商会、阪田インキ製造所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 塗料","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.2},{"c":"4634","n":"artience","k":"アーティエンス","o":"東洋インキ製造、東洋インキSCホールディングス","ok":"トウヨウインキセイゾウ、トウヨウインキエスシーホールディングス","a":"東洋インキ|トーヨーインキ","e":"artience Co., Ltd.","dr":"","i":"化学・素材 塗料","col":"#00A390","d":null,"f":46.3},{"c":"4661","n":"オリエンタルランド","k":"オリエンタルランド","o":"","ok":"","a":"","e":"Oriental Land","dr":"","i":"サービス・外食 娯楽施設・興行","col":"#005BAB","d":null,"f":68.2},{"c":"4666","n":"パーク24","k":"パークニジュウヨン","o":"西山興産、パーク二四","ok":"ニシヤマコウサン","a":"","e":"Park24","dr":"","i":"サービス・外食 駐車場","col":"#254CA4","d":null,"f":60.1},{"c":"4681","n":"リゾートトラスト","k":"リゾートトラスト","o":"宝塚エンタープライズ","ok":"","a":"エクシブ","e":"Resorttrust","dr":"","i":"サービス・外食 娯楽施設・興行","col":"#05407A","d":null,"f":60.5},{"c":"4684","n":"オービック","k":"オービック","o":"大阪ビジネス","ok":"","a":"","e":"Obic","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#E7241D","d":null,"f":42.9},{"c":"4686","n":"ジャストシステム","k":"ジャストシステム","o":"","ok":"","a":"","e":"JustSystems","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#FA0000","d":null,"f":33.9},{"c":"4687","n":"TDCソフト","k":"ティーディーシーソフト","o":"TDCソフトウェアエンジニアリング、ティーディーシー、ティーディーシーソフトウェアエンジニアリング、東京データーセンター","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.7},{"c":"4694","n":"ビー・エム・エル","k":"ビーエムエル","o":"相互生物医学研究所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ヘルスケアサービス","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49.3},{"c":"4704","n":"トレンドマイクロ","k":"トレンドマイクロ","o":"リンク","ok":"リンク","a":"ロンローインターナショナルネットワークス|インターナショナル・メディア|株式会社リンク","e":"Trend Micro","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#d71920","d":null,"f":45.1},{"c":"4716","n":"日本オラクル","k":"ニッポンオラクル","o":"","ok":"","a":"","e":"Oracle Japan","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#C74634","d":null,"f":43.8},{"c":"471A","n":"NSグループ","k":"エヌエスグループ","o":"日本セーフティー、BCJ-54、BCJ-53、BVアセット","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 信用保証","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.1},{"c":"4733","n":"オービックビジネスコンサルタント","k":"オービックビジネスコンサルタント","o":"","ok":"","a":"OBC","e":"OBIC BUSINESS CONSULTANTS CO.,LTD.","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#AC257D","d":null,"f":38.6},{"c":"4746","n":"東計電算","k":"トウケイデンサン","o":"東京濾器計算センター、東計電算センター","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.4},{"c":"4751","n":"サイバーエージェント","k":"サイバーエージェント","o":"","ok":"","a":"","e":"CyberAgent","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#82be28","d":null,"f":64.3},{"c":"4756","n":"カルチュア・コンビニエンス・クラブ","k":"カルチュアコンビニエンスクラブ","o":"","ok":"","a":"CCC|TSUTAYA|蔦屋","e":"Culture Convenience Club Co., Ltd.","dr":"","i":"サービス・外食 映画","col":"#003C6B","d":2011,"f":52.2},{"c":"4765","n":"SBIグローバルアセットマネジメント","k":"エスビーアイグローバルアセットマネジメント","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.4},{"c":"4768","n":"大塚商会","k":"オオツカショウカイ","o":"","ok":"","a":"","e":"Otsuka Corporation","dr":"","i":"it・通信 it商流・販売","col":"#E60012","d":null,"f":48.4},{"c":"4776","n":"サイボウズ","k":"サイボウズ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.1},{"c":"4819","n":"デジタルガレージ","k":"デジタルガレージ","o":"","ok":"","a":"","e":"Digital Garage","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#0050A4","d":null,"f":48.4},{"c":"4820","n":"イーエムシステムズ","k":"イーエムシステムズ","o":"エム.シイ.エス","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":36.5},{"c":"4825","n":"ウェザーニューズ","k":"ウェザーニューズ","o":"ウェザーニュース、オーシャンルーツ日本社","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49.7},{"c":"4848","n":"フルキャストホールディングス","k":"フルキャストホールディングス","o":"リゾートワールド、フルキャスト","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.1},{"c":"4849","n":"エン・ジャパン","k":"エンジャパン","o":"日本ブレーンセンター","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.6},{"c":"4886","n":"あすか製薬ホールディングス","k":"アスカセイヤクホールディングス","o":"あすか製薬、帝国臓器製薬","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 専門医薬","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.2},{"c":"4887","n":"サワイグループホールディングス","k":"サワイグループホールディングス","o":"沢井製薬","ok":"サワイセイヤク","a":"沢井製薬|澤井製薬|サワイ|Sawai","e":"Sawai Group Holdings","dr":"","i":"医薬品・医療 専門医薬","col":"#008077","d":null,"f":43.1},{"c":"4919","n":"ミルボン","k":"ミルボン","o":"ユタカ美容化学","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 トイレタリー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52.8},{"c":"4928","n":"ノエビアホールディングス","k":"ノエビアホールディングス","o":"ノエビア","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 トイレタリー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52.3},{"c":"4931","n":"新日本製薬","k":"シンニホンセイヤク","o":"新日本リビング","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 化粧品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49.4},{"c":"4951","n":"エステー","k":"エステー","o":"エステー化学工業、エステー化学","ok":"エステーカガクコウギョウ、エステーカガク","a":"","e":"S.T. Corporation","dr":"","i":"化学・素材 トイレタリー","col":"#00AC6B","d":null,"f":51.3},{"c":"4956","n":"コニシ","k":"コニシ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.6},{"c":"4958","n":"長谷川香料","k":"ハセガワコウリョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"T.HASEGAWA CO.,LTD.","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#9D1334","d":null,"f":40.7},{"c":"4966","n":"上村工業","k":"ウエムラコウギョウ","o":"","ok":"","a":"ウエムラ,Uyemura,上村","e":"C.Uyemura & Co.,Ltd.","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#416F9C","d":null,"f":35.1},{"c":"4971","n":"メック","k":"メック","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#1a5c9c","d":null,"f":34.6},{"c":"4975","n":"JCU","k":"ジェイシーユー","o":"荏原ユージライト","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#1a5c9c","d":null,"f":33.6},{"c":"4985","n":"アース製薬","k":"アースセイヤク","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 トイレタリー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":57.7},{"c":"4996","n":"クミアイ化学工業","k":"クミアイカガクコウギョウ","o":"イハラ農薬","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.4},{"c":"4997","n":"日本農薬","k":"ニホンノウヤク","o":"藤井製薬","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40},{"c":"5004","n":"三菱石油","k":"ミツビシセキユ","o":"三菱石油","ok":"ミツビシセキユ","a":"三菱石油|三菱石油販売|タイドウォーター|Tide Water|Mitsubishi Oil|日石三菱|三菱グループ石油部門|水島製油所|川崎製油所","e":"Mitsubishi Oil Co., Ltd.","dr":"","i":"化学・素材 石油元売","col":"#E60012","d":1999,"f":36.7},{"c":"5011","n":"ニチレキグループ","k":"ニチレキグループ","o":"ニチレキ、日瀝化学工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.9},{"c":"5016","n":"JX金属","k":"ジェイエックスキンゾク","o":"新日鉱ホールディングス、JX日鉱日石金属、JXAdvancedMetals、ジャパンエナジー、日本産業","ok":"","a":"久原鉱業|日本鉱業|日鉱金属|久原鉱業所","e":"JX Advanced Metals Corporation","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 非鉄金属","col":"#00ADA9","d":null,"f":55.3},{"c":"5032","n":"ANYCOLOR","k":"エニーカラー","o":"","ok":"","a":"","e":"Anycolor","dr":"","i":"サービス・外食 映画","col":"#333333","d":null,"f":50.7},{"c":"5036","n":"日本ビジネスシステムズ","k":"ニホンビジネスシステムズ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.9},{"c":"5122","n":"オカモト","k":"オカモト","o":"日本ゴム工業、日本理研ゴム、岡本理研ゴム、岡本ゴム工業、国際護謨工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.1},{"c":"5184","n":"ニチリン","k":"ニチリン","o":"日本輪業、日本輪業ゴム、日輪ゴム工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.2},{"c":"5192","n":"三ツ星ベルト","k":"ミツボシベルト","o":"三ツ星調帯","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.5},{"c":"5194","n":"相模ゴム工業","k":"サガミゴムコウギョウ","o":"アサヒラテックス化学研究所、日本ラテックスゴム工業","ok":"アサヒラテックスカガクケンキュウジョ、ニホンラテックスゴムコウギョウ","a":"相模ゴム|SAGAMI","e":"Sagami Rubber Industries","dr":"","i":"化学・素材 樹脂・成形","col":"#EB6EA5","d":null,"f":30.7},{"c":"5195","n":"バンドー化学","k":"バンドーカガク","o":"阪東式調帯、阪東調帯ゴム","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.2},{"c":"5214","n":"日本電気硝子","k":"ニホンデンキガラス","o":"","ok":"","a":"","e":"Nippon Electric Glass","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 ガラス","col":"#0175C1","d":null,"f":47.1},{"c":"5236","n":"秩父セメント","k":"チチブセメント","o":"","ok":"","a":"秩父セメント|Chichibu Cement","e":"Chichibu Cement Co., Ltd.","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 セメント","col":"#004098","d":1994,"f":36.7},{"c":"5243","n":"note","k":"ノート","o":"ピースオブケイク","ok":"ピースオブケイク","a":"ピースオブケイク","e":"note","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":null},{"c":"5253","n":"カバー","k":"カバー","o":"東京都渋谷区道玄坂でカバー","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 映画","col":"#48C5F4","d":null,"f":51.9},{"c":"5262","n":"日本ヒューム","k":"ニホンヒューム","o":"日本ヒュームコンクリート、日本ヒューム管","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 セメント","col":"#1a5c9c","d":null,"f":36.1},{"c":"5273","n":"三谷セキサン","k":"ミタニセキサン","o":"セキサン工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 セメント","col":"#1a5c9c","d":null,"f":36.9},{"c":"5290","n":"ベルテクスコーポレーション","k":"ベルテクスコーポレーション","o":"ゼニス羽田ホールディングス、ホクコン","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 セメント","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.5},{"c":"5302","n":"日本カーボン","k":"ニホンカーボン","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 炭素素材","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.6},{"c":"5310","n":"東洋炭素","k":"トウヨウタンソ","o":"近藤カーボン工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 炭素素材","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.5},{"c":"5331","n":"ノリタケ","k":"ノリタケ","o":"日本陶器、ノリタケカンパニーリミテド","ok":"ニホントウキ、ノリタケカンパニーリミテド","a":"","e":"NORITAKE CO., LIMITED","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 陶磁器・ファインセラミックス","col":"#0D3078","d":null,"f":43.2},{"c":"5332","n":"TOTO","k":"トートー","o":"東陶機器、東洋陶器","ok":"トウトウキキ","a":"","e":"TOTO","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 陶磁器・ファインセラミックス","col":"#14449C","d":null,"f":52.9},{"c":"5333","n":"日本ガイシ","k":"ニホンガイシ","o":"日本碍子","ok":"","a":"","e":"NGK Insulators","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 陶磁器・ファインセラミックス","col":"#0173C3","d":null,"f":51.9},{"c":"5344","n":"MARUWA","k":"マルワ","o":"","ok":"","a":"","e":"MARUWA","dr":"","i":"機械・精密 電子部品","col":"#3D62AD","d":null,"f":35.2},{"c":"5351","n":"品川リフラクトリーズ","k":"シナガワリフラクトリーズ","o":"品川白煉瓦製造所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 陶磁器・ファインセラミックス","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.7},{"c":"5384","n":"フジミインコーポレーテッド","k":"フジミインコーポレーテッド","o":"不二見研磨材工業","ok":"フジミケンマザイコウギョウ","a":"","e":"Fujimi Incorporated","dr":"","i":"半導体・部品 半導体材料","col":"#12376D","d":null,"f":39.6},{"c":"5393","n":"ニチアス","k":"ニチアス","o":"日本アスベスト","ok":"","a":"","e":"Nichias","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#00A8F0","d":null,"f":43.7},{"c":"5410","n":"合同製鐵","k":"ゴウドウセイテツ","o":"大阪製鋼","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 電炉鉄鋼","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.6},{"c":"543A","n":"ARCHION","k":"アーチオン","o":"AIB、日野自動車工業","ok":"エーアイビー","a":"","e":"ARCHION","dr":"","i":"自動車・部品 商用車・トラック","col":"#333333","d":null,"f":50.4},{"c":"5444","n":"大和工業","k":"ヤマトコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Yamato Kogyo","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 電炉鉄鋼","col":"#007860","d":null,"f":41.3},{"c":"5445","n":"東京鐵鋼","k":"トウキョウテッコウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 電炉鉄鋼","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.8},{"c":"5449","n":"大阪製鐵","k":"オオサカセイテツ","o":"大鐵工業、大鉄工業、大和製鋼、日鐵鋼機","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 電炉鉄鋼","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.4},{"c":"5451","n":"ヨドコウ","k":"ヨドコウ","o":"淀川製鋼所","ok":"ヨドガワセイコウショ","a":"淀鋼|ヨド物置","e":"YODOKO,Ltd.","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 特殊鋼","col":"#E94B6D","d":null,"f":45.5},{"c":"5461","n":"中部鋼鈑","k":"チュウブコウハン","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 電炉鉄鋼","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.8},{"c":"5482","n":"愛知製鋼","k":"アイチセイコウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 特殊鋼","col":"#EB5C01","d":null,"f":45.6},{"c":"5535","n":"ミガロホールディングス","k":"ミガロホールディングス","o":"プロパティエージェント","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":36.4},{"c":"5602","n":"栗本鐵工所","k":"クリモトテッコウショ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 特殊鋼","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.5},{"c":"5741","n":"UACJ","k":"ユーエーシージェイ","o":"スカイアルミニウム、古河スカイ","ok":"スカイアルミニウム、フルカワスカイ","a":"","e":"UACJ","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 非鉄金属","col":"#0089B6","d":null,"f":49.8},{"c":"5830","n":"いよぎんホールディングス","k":"イヨギンホールディングス","o":"伊予銀行、伊豫銀行","ok":"イヨギンコウ","a":"","e":"Iyogin Holdings","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#037461","d":null,"f":51.6},{"c":"5832","n":"ちゅうぎんフィナンシャルグループ","k":"チュウギンフィナンシャルグループ","o":"中国銀行","ok":"チュウゴクギンコウ","a":"ちゅうぎんFG|中国銀行|ちゅうぎん","e":"Chugin Financial Group","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#167AC6","d":null,"f":50.2},{"c":"5838","n":"楽天銀行","k":"ラクテンギンコウ","o":"イーバンク銀行","ok":"イーバンクギンコウ","a":"日本電子決済企画|イーバンク銀行","e":"Rakuten Bank, Ltd.","dr":"","i":"金融 専業銀行","col":"#BF0000","d":null,"f":43.5},{"c":"5842","n":"インテグラル","k":"インテグラル","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":28.3},{"c":"5844","n":"京都フィナンシャルグループ","k":"キョウトフィナンシャルグループ","o":"京都銀行、丹和銀行","ok":"キョウトギンコウ","a":"","e":"Kyoto Financial Group","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#008A00","d":null,"f":51.8},{"c":"5851","n":"リョービ","k":"リョービ","o":"菱備製作所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 非鉄金属","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.8},{"c":"5901","n":"東洋製罐グループホールディングス","k":"トウヨウセイカングループホールディングス","o":"東洋製罐","ok":"トウヨウセイカン","a":"","e":"Toyo Seikan Group Holdings","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 金属容器・製缶","col":"#014099","d":null,"f":50},{"c":"5911","n":"横河ブリッジホールディングス","k":"ヨコガワブリッジホールディングス","o":"横河ブリッジ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.1},{"c":"5930","n":"文化シヤッター","k":"ブンカシャッター","o":"日本文化鉄扉、日本文化シヤッター","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 シャッター・建材","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.2},{"c":"5946","n":"長府製作所","k":"チョウフセイサクショ","o":"長府ボイラー","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 空調・熱機器","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.1},{"c":"5947","n":"リンナイ","k":"リンナイ","o":"","ok":"","a":"","e":"Rinnai","dr":"","i":"機械・精密 空調・熱機器","col":"#E60012","d":null,"f":45.8},{"c":"5970","n":"ジーテクト","k":"ジーテクト","o":"菊池プレス工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.1},{"c":"5975","n":"東プレ","k":"トウプレ","o":"東京プレス工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.8},{"c":"5982","n":"マルゼン","k":"マルゼン","o":"渡辺商事、マルゼン燃器製造","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.5},{"c":"5988","n":"パイオラックス","k":"パイオラックス","o":"加藤発條、加藤発条、加藤發條","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.7},{"c":"5989","n":"エイチワン","k":"エイチワン","o":"ヒラタ、平田プレス工業、平田工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.3},{"c":"6011","n":"新潟鐵工所","k":"ニイガタテッコウショ","o":"新潟鉄工所","ok":"ニイガタテッコウショ","a":"新潟鉄工","e":"NIIGATA ENGINEERING CO., LTD.","dr":"会社更生法の適用申請","i":"重工 重機械","col":"#333333","d":2002,"f":36.7},{"c":"6023","n":"ダイハツディーゼル","k":"ダイハツディーゼル","o":"ダイハツインフィニアース","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"重工 重機械","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.6},{"c":"6027","n":"弁護士ドットコム","k":"ベンゴシドットコム","o":"オーセンスグループ","ok":"オーセンスグループ","a":"オーセンスグループ","e":"Bengo4.com","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":null},{"c":"6028","n":"テクノプロ・ホールディングス","k":"テクノプロ・ホールディングス","o":"ジャパン・ユニバーサル・ホールディングス・アルファ、テクノプロ・HD","ok":"","a":"テクノプロ、テクノプロHD、TechnoPro","e":"TechnoPro Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#007EA2","d":2025,"f":34.7},{"c":"6035","n":"アイ・アールジャパンホールディングス","k":"アイアールジャパンホールディングス","o":"アイ・アールジャパン","ok":"アイアールジャパン","a":"アイ・アールジャパン","e":"IR Japan Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 m&a仲介","col":"#1a5c9c","d":null,"f":null},{"c":"6036","n":"KeePer技研","k":"キーパーギケン","o":"タニ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":48.8},{"c":"6047","n":"Gunosy","k":"グノシー","o":"","ok":"","a":"","e":"Gunosy","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":null},{"c":"6055","n":"ジャパンマテリアル","k":"ジャパンマテリアル","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"半導体・部品 半導体製造装置","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.4},{"c":"6080","n":"M&Aキャピタルパートナーズ","k":"エムアンドエーキャピタルパートナーズ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 m&a仲介","col":"#1a5c9c","d":null,"f":33.1},{"c":"6088","n":"シグマクシス・ホールディングス","k":"シグマクシスホールディングス","o":"シグマクシス","ok":"シグマクシス","a":"シグマクシス","e":"SIGMAXYZ Holdings","dr":"","i":"it・通信 itコンサル・品質保証","col":"#1a5c9c","d":null,"f":null},{"c":"6094","n":"フリークアウト・ホールディングス","k":"フリークアウトホールディングス","o":"フリークアウト","ok":"フリークアウト","a":"フリークアウト","e":"FreakOut Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 広告","col":"#1a5c9c","d":null,"f":null},{"c":"6103","n":"オークマ","k":"オークマ","o":"大隈鐵工所、オークマホールディングス","ok":"オオクマテッコウショ","a":"","e":"Okuma","dr":"","i":"機械・精密 工作機械","col":"#025DB8","d":null,"f":43.1},{"c":"6104","n":"芝浦機械","k":"シバウラキカイ","o":"芝浦工作機械、芝浦工機、芝浦機械製作所、東芝機械","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 工作機械","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.9},{"c":"6106","n":"日立精機","k":"ヒタチセイキ","o":"国産精機","ok":"コクサンセイキ","a":"国産精機","e":"Hitachi Seiki Co., Ltd.","dr":"民事再生法の適用申請","i":"機械・精密 工作機械","col":"#333333","d":2002,"f":36.7},{"c":"6118","n":"アイダエンジニアリング","k":"アイダエンジニアリング","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 工作機械","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.4},{"c":"6134","n":"FUJI","k":"フジ","o":"富士機械製造","ok":"","a":"","e":"FUJI","dr":"","i":"機械・精密 工作機械","col":"#5D81BC","d":null,"f":42.4},{"c":"6136","n":"OSG","k":"オーエスジー","o":"大沢螺子研削所、オーエスジー、東京府に大沢螺子研削所","ok":"オオサワネジケンサクショ","a":"","e":"OSG Corporation","dr":"","i":"機械・精密 工作機械","col":"#00559D","d":null,"f":43.8},{"c":"6143","n":"ソディック","k":"ソディック","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 工作機械","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.8},{"c":"6146","n":"ディスコ","k":"ディスコ","o":"第一製砥所","ok":"ダイイチセイトショ","a":"","e":"Disco","dr":"","i":"機械・精密 半導体製造装置","col":"#59B3E7","d":null,"f":45.8},{"c":"6183","n":"ベルシステム24ホールディングス","k":"ベルシステムニジュウヨンホールディングス","o":"ベルシステム二四、ベルシステム24","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.4},{"c":"6196","n":"ストライク","k":"ストライク","o":"天会計社","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 m&a仲介","col":"#1a5c9c","d":null,"f":33.6},{"c":"6200","n":"インソース","k":"インソース","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.9},{"c":"6203","n":"豊和工業","k":"ホウワコウギョウ","o":"豊田式織機、豊和重工業","ok":"トヨダシキショッキ、ホウワジュウコウギョウ","a":"HOWA","e":"Howa Machinery, Ltd.","dr":"","i":"機械・精密 工作機械","col":"#E60000","d":null,"f":36.6},{"c":"6209","n":"リケンNPR","k":"リケンエヌピーアール","o":"リケン、日本ピストンリング","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.9},{"c":"6217","n":"津田駒工業","k":"ツダコマコウギョウ","o":"津田駒次郎工場・津田駒次郎会社","ok":"ツダコマジロウコウジョウ・ツダコマジロウカイシャ","a":"","e":"Tsudakoma","dr":"","i":"機械・精密 繊維・縫製機械","col":"#516DC8","d":null,"f":35.2},{"c":"6218","n":"エンシュウ","k":"エンシュウ","o":"鈴政式織機・遠州織機・遠州機械・遠州製作、遠州製作","ok":"スズマサシキショッキ・エンシュウショッキ・エンシュウキカイ・エンシュウセイサク","a":"遠州織機|鈴政式織機製作所","e":"Enshu","dr":"","i":"機械・精密 工作機械","col":"#A40000","d":null,"f":33.4},{"c":"6235","n":"オプトラン","k":"オプトラン","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 半導体製造装置","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.2},{"c":"6250","n":"やまびこ","k":"ヤマビコ","o":"共立農機","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.5},{"c":"6254","n":"野村マイクロ・サイエンス","k":"ノムラマイクロサイエンス","o":"","ok":"","a":"","e":"Nomura Micro Science","dr":"","i":"機械・精密 ポンプ・水処理","col":"#004DFF","d":null,"f":39.4},{"c":"6268","n":"ナブテスコ","k":"ナブテスコ","o":"","ok":"","a":"帝人製機|ナブコ|日本エヤーブレーキ","e":"NABTESCO CORPORATION","dr":"","i":"機械・精密 精密部品・機械要素","col":"#007EC0","d":null,"f":47.5},{"c":"6273","n":"SMC","k":"エスエムシー","o":"焼結金属工業","ok":"ショウケツキンゾクコウギョウ","a":"","e":"SMC","dr":"","i":"機械・精密 ロボット・fa","col":"#0072C1","d":null,"f":47.5},{"c":"6277","n":"ホソカワミクロン","k":"ホソカワミクロン","o":"細川鉄工所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39},{"c":"6278","n":"ユニオンツール","k":"ユニオンツール","o":"","ok":"","a":"ユニオン化学研究所","e":"Union Tool","dr":"","i":"機械・精密 精密部品・機械要素","col":"#007CCF","d":null,"f":38.7},{"c":"6282","n":"オイレス工業","k":"オイレスコウギョウ","o":"日本オイレス工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 精密部品・機械要素","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.4},{"c":"6284","n":"日精エー・エス・ビー機械","k":"ニッセイエーエスビーキカイ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 工作機械","col":"#1a5c9c","d":null,"f":36},{"c":"6287","n":"サトー","k":"サトー","o":"佐藤竹工機械製作所、サトー機工、サトーホールディングス","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 プリンタ・複合機","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49.4},{"c":"6310","n":"井関農機","k":"イセキノウキ","o":"井関農具商会","ok":"イセキノウグショウカイ","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.5},{"c":"6324","n":"ハーモニック・ドライブ・システムズ","k":"ハーモニックドライブシステムズ","o":"","ok":"","a":"","e":"Harmonic Drive Systems Inc.","dr":"","i":"機械・精密 精密部品・機械要素","col":"#E03500","d":null,"f":39.7},{"c":"6332","n":"月島ホールディングス","k":"ツキシマホールディングス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 ポンプ・水処理","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.6},{"c":"6340","n":"澁谷工業","k":"シブヤコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.8},{"c":"6345","n":"アイチコーポレーション","k":"アイチコーポレーション","o":"愛知車輌","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 建機・農機","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.5},{"c":"6349","n":"小森コーポレーション","k":"コモリコーポレーション","o":"小森印刷機械","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 プリンタ・複合機","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.8},{"c":"6351","n":"鶴見製作所","k":"ツルミセイサクショ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 ポンプ・水処理","col":"#1a5c9c","d":null,"f":36.2},{"c":"6363","n":"酉島製作所","k":"トリシマセイサクショ","o":"藤田鉱業酉島製作所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 ポンプ・水処理","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40},{"c":"6364","n":"AIRMAN","k":"エアマン","o":"北越工業、北越鋳物機械、地蔵堂鋳物工業所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 建機・農機","col":"#1a5c9c","d":null,"f":34.8},{"c":"6371","n":"椿本チエイン","k":"ツバキモトチエイン","o":"椿本チヱイン製作所","ok":"ツバキモトチヱインセイサクショ","a":"ツバキ|椿本チヱイン","e":"TSUBAKIMOTO CHAIN CO.","dr":"","i":"機械・精密 精密部品・機械要素","col":"#0099FF","d":null,"f":47.3},{"c":"6379","n":"レイズネクスト","k":"レイズネクスト","o":"三興製作所、新興プランテック、法専組鉄工所、法専鉄工所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.3},{"c":"6407","n":"CKD","k":"シーケーディー","o":"日本航空電機、中京電機、シーケーディ","ok":"ニホンコウクウデンキ、チュウキョウデンキ、シーケーディ","a":"","e":"CKD","dr":"","i":"機械・精密 ロボット・fa","col":"#009B64","d":null,"f":42.9},{"c":"6412","n":"平和","k":"ヘイワ","o":"平和工業、東和工業","ok":"ヘイワコウギョウ、トウワコウギョウ","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 パチンコ機・遊技機","col":"#1a5c9c","d":null,"f":48},{"c":"6413","n":"理想科学工業","k":"リソウカガクコウギョウ","o":"理想社、理想科学研究所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 プリンタ・複合機","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.9},{"c":"6419","n":"マースグループホールディングス","k":"マースグループホールディングス","o":"マースエンジニアリング","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 パチンコ機・遊技機","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.3},{"c":"6420","n":"ガリレイ","k":"ガリレイ","o":"ガリレイホールディングス、フクシマガリレイ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":51},{"c":"6425","n":"ユニバーサルエンターテインメント","k":"ユニバーサルエンターテインメント","o":"アルゼ、ユニバーサル","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 パチンコ機・遊技機","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.8},{"c":"6432","n":"竹内製作所","k":"タケウチセイサクショ","o":"","ok":"","a":"","e":"Takeuchi Mfg.","dr":"","i":"機械・精密 建機・農機","col":"#E60012","d":null,"f":42.9},{"c":"6454","n":"マックス","k":"マックス","o":"山田航空工業、山田興業、マックス工業","ok":"ヤマダコウクウコウギョウ、ヤマダコウギョウ、マックスコウギョウ","a":"","e":"MAX CO., LTD.","dr":"","i":"機械・精密 電動工具","col":"#F06000","d":null,"f":51.5},{"c":"6457","n":"グローリー","k":"グローリー","o":"グローリー工業、グローリー機器","ok":"グローリーコウギョウ","a":"","e":"Glory","dr":"","i":"電機・事務機 事務機・複合機","col":"#002773","d":null,"f":52.3},{"c":"6458","n":"新晃工業","k":"シンコウコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 空調・熱機器","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.3},{"c":"6459","n":"大和冷機工業","k":"ダイワレイキコウギョウ","o":"大和冷機工業所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":48.1},{"c":"6463","n":"TPR","k":"ティーピーアール","o":"帝国ピストンリング","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.1},{"c":"6474","n":"不二越","k":"フジコシ","o":"不二越鋼材工業","ok":"フジコシコウザイコウギョウ","a":"","e":"Nachi-Fujikoshi","dr":"","i":"機械・精密 工作機械","col":"#E5211F","d":null,"f":44.9},{"c":"6486","n":"イーグル工業","k":"イーグルコウギョウ","o":"日本シールオール","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.1},{"c":"6490","n":"PILLAR","k":"ピラー","o":"日本ピラー工業","ok":"ニホンピラーコウギョウ","a":"日本ピラー","e":"PILLAR Corporation","dr":"","i":"機械・精密 精密部品・機械要素","col":"#004AA3","d":null,"f":38.4},{"c":"6498","n":"キッツ","k":"キッツ","o":"北沢バルブ、北澤バルブ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.9},{"c":"6507","n":"シンフォニアテクノロジー","k":"シンフォニアテクノロジー","o":"神鋼電機","ok":"シンコウデンキ","a":"","e":"SINFONIA TECHNOLOGY CO.,LTD.","dr":"","i":"電機・事務機 重電","col":"#008342","d":null,"f":41.5},{"c":"6508","n":"明電舎","k":"メイデンシャ","o":"MEIDENSHACORPORATION","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 重電","col":"#415ED3","d":null,"f":45.8},{"c":"6516","n":"山洋電気","k":"サンヨウデンキ","o":"山洋商会","ok":"サンヨウショウカイ","a":"","e":"SANYO DENKI CO., LTD.","dr":"","i":"電機・事務機 重電","col":"#1C6ECD","d":null,"f":39.4},{"c":"6517","n":"デンヨー","k":"デンヨー","o":"日本電気熔接機材、日本電気溶接機材","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 建機・農機","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.9},{"c":"6523","n":"PHCホールディングス","k":"ピーエイチシーホールディングス","o":"パナソニックヘルスケア、パナソニック四国エレクトロニクス","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 医療機器","col":"#1a5c9c","d":null,"f":48.1},{"c":"6524","n":"湖北工業","k":"コホクコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 電子部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":36.7},{"c":"6526","n":"ソシオネクスト","k":"ソシオネクスト","o":"","ok":"","a":"","e":"Socionext","dr":"","i":"半導体・部品 半導体メーカー","col":"#00b0eb","d":null,"f":45.5},{"c":"6552","n":"GameWith","k":"ゲームウィズ","o":"","ok":"","a":"","e":"GameWith","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":null},{"c":"6564","n":"ミダックホールディングス","k":"ミダックホールディングス","o":"ミダック","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 廃棄物処理・環境","col":"#1a5c9c","d":null,"f":31.3},{"c":"6588","n":"東芝テック","k":"トウシバテック","o":"間宮堂、日本金銭登録機、東京電気器具、テック、東京電気","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 事務機・複合機","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52.9},{"c":"6620","n":"宮越ホールディングス","k":"ミヤコシホールディングス","o":"クラウン、宮越商事","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":20.8},{"c":"6622","n":"ダイヘン","k":"ダイヘン","o":"大阪変圧器","ok":"オオサカヘンアツキ","a":"","e":"DAIHEN","dr":"","i":"電機・事務機 重電","col":"#0191D8","d":null,"f":43.2},{"c":"6627","n":"テラプローブ","k":"テラプローブ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"半導体・部品 半導体メーカー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.4},{"c":"6638","n":"ミマキエンジニアリング","k":"ミマキエンジニアリング","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 プリンタ・複合機","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.7},{"c":"6651","n":"日東工業","k":"ニットウコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 重電","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.6},{"c":"6652","n":"IDEC","k":"アイデック","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 ロボット・fa","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.8},{"c":"6670","n":"MCJ","k":"エムシージェイ","o":"エムシージェイ","ok":"エムシージェイ","a":"","e":"MCJ","dr":"","i":"電機・事務機 パソコン","col":"#2147A3","d":2026,"f":55},{"c":"6727","n":"ワコム","k":"ワコム","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 パソコン","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52.6},{"c":"6736","n":"サン電子","k":"サンデンシ","o":"","ok":"","a":"","e":"Sun Corporation","dr":"","i":"電機・事務機 総合電機","col":"#014898","d":null,"f":39.3},{"c":"6740","n":"ジャパンディスプレイ","k":"ジャパンディスプレイ","o":"日立ディスプレイズ、東京都千代田区に日立ディスプレイズ","ok":"ヒタチディスプレイズ","a":"","e":"Japan Display Inc.","dr":"","i":"電機・事務機 総合電機","col":"#00558C","d":null,"f":58.7},{"c":"6745","n":"ホーチキ","k":"ホーチキ","o":"東京報知機","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 通信工事","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.7},{"c":"6750","n":"エレコム","k":"エレコム","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 パソコン","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52.3},{"c":"6761","n":"アイワ","k":"アイワ","o":"愛興電機産業","ok":"アイコウデンキサンギョウ","a":"","e":"AIWA CO., LTD.","dr":"株式交換によるソニーの完全子会社化","i":"電機・事務機 av・音響機器","col":"#333333","d":2002,"f":48.3},{"c":"6762","n":"TDK","k":"ティーディーケー","o":"東京電気化学工業","ok":"トウキョウデンキカガクコウギョウ","a":"","e":"TDK","dr":"","i":"機械・精密 電子部品","col":"#0046AD","d":null,"f":58.7},{"c":"6777","n":"santec Holdings","k":"サンテックホールディングス","o":"santec、サムコムエレクトロニクス、サンテック、協同商事","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 光デバイス","col":"#1a5c9c","d":null,"f":32.9},{"c":"6791","n":"日本コロムビア","k":"ニッポンコロムビア","o":"日本蓄音器商会、日蓄工業、コロムビアミュージックエンタテインメント、東京市京橋区に日本蓄音器商会","ok":"","a":"","e":"Nippon Columbia","dr":"","i":"電機・事務機 av・音響機器","col":"#043985","d":2017,"f":42.7},{"c":"6802","n":"赤井電機","k":"アカイデンキ","o":"","ok":"","a":"","e":"Akai Electric","dr":"","i":"電機・事務機 av・音響機器","col":"#E61C22","d":2000,"f":49.2},{"c":"6804","n":"ホシデン","k":"ホシデン","o":"古橋製作所、星電器製造","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 電子部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.9},{"c":"6806","n":"ヒロセ電機","k":"ヒロセデンキ","o":"広瀬商会","ok":"ヒロセショウカイ","a":"","e":"Hirose Electric","dr":"","i":"機械・精密 電子部品","col":"#004098","d":null,"f":40.7},{"c":"6807","n":"日本航空電子工業","k":"ニホンコウクウデンシコウギョウ","o":"日本航空エレクトロニクス","ok":"ニホンコウクウエレクトロニクス","a":"","e":"Japan Aviation Electronics Industry","dr":"","i":"機械・精密 電子部品","col":"#0374A4","d":null,"f":44.7},{"c":"6808","n":"シントム","k":"シントム","o":"新東京無線","ok":"シントウキョウムセン","a":"","e":"Shintom Co.,Ltd.","dr":"","i":"電機・事務機 av・音響機器","col":"#3332CB","d":2002,"f":44.6},{"c":"6810","n":"マクセル","k":"マクセル","o":"マクセル電気工業、日立マクセル、マクセルホールディングス","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 電池","col":"#1a5c9c","d":null,"f":55},{"c":"6839","n":"船井電機","k":"フナイデンキ","o":"","ok":"","a":"FUNAI|フナイ","e":"Funai Electric","dr":"","i":"電機・事務機 av・音響機器","col":"#C52121","d":2021,"f":51.1},{"c":"6857","n":"アドバンテスト","k":"アドバンテスト","o":"タケダ理研工業","ok":"タケダリケンコウギョウ","a":"","e":"Advantest","dr":"","i":"半導体・部品 半導体製造装置","col":"#A93F64","d":null,"f":51.9},{"c":"6859","n":"エスペック","k":"エスペック","o":"田葉井製作所、タバイエスペック","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 計測機器","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.1},{"c":"6861","n":"キーエンス","k":"キーエンス","o":"リード電機","ok":"リードデンキ","a":"","e":"Keyence","dr":"","i":"機械・精密 計測機器","col":"#EA0336","d":null,"f":51},{"c":"6866","n":"日置電機","k":"ヒオキデンキ","o":"日置電機製作所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 計測機器","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.1},{"c":"6871","n":"日本マイクロニクス","k":"ニホンマイクロニクス","o":"トーワ電気","ok":"トーワデンキ","a":"","e":"Micronics Japan","dr":"","i":"半導体・部品 半導体製造装置","col":"#F59700","d":null,"f":40.7},{"c":"6875","n":"メガチップス","k":"メガチップス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"半導体・部品 半導体メーカー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.5},{"c":"6877","n":"OBARA GROUP","k":"オバラグループ","o":"小原、小原金属工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 工作機械","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.9},{"c":"6890","n":"フェローテック","k":"フェローテック","o":"フェローテックホールディングス","ok":"フェローテックホールディングス","a":"","e":"Ferrotec","dr":"","i":"半導体・部品 半導体材料","col":"#0C214C","d":null,"f":49},{"c":"6902","n":"デンソー","k":"デンソー","o":"日本電装","ok":"ニッポンデンソウ","a":"日本電装","e":"Denso","dr":"","i":"自動車・部品 電装・電子部品","col":"#DC0032","d":null,"f":64.1},{"c":"6908","n":"イリソ電子工業","k":"イリソデンシコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 電子部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.1},{"c":"6914","n":"オプテックスグループ","k":"オプテックスグループ","o":"オプテックス","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 計測機器","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.7},{"c":"6920","n":"レーザーテック","k":"レーザーテック","o":"東京ITV研究所","ok":"トウキョウアイティーブイケンキュウショ","a":"日本自動制御","e":"Lasertec","dr":"","i":"半導体・部品 半導体製造装置","col":"#003C8F","d":null,"f":46.4},{"c":"6923","n":"スタンレー電気","k":"スタンレーデンキ","o":"北野商会、資本金50万円で株式会社に改組のうえスタンレー電気","ok":"キタノショウカイ","a":"北野電気工業","e":"Stanley Electric","dr":"","i":"自動車・部品 電装・電子部品","col":"#FF5611","d":null,"f":47.2},{"c":"6929","n":"日本セラミック","k":"ニホンセラミック","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 電子部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.2},{"c":"6947","n":"図研","k":"ズケン","o":"図形処理技術研究所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":36.9},{"c":"6952","n":"カシオ計算機","k":"カシオケイサンキ","o":"樫尾製作所","ok":"カシオセイサクショ","a":"","e":"Casio","dr":"","i":"機械・精密 時計","col":"#005BAC","d":null,"f":60},{"c":"6954","n":"ファナック","k":"ファナック","o":"富士通ファナック","ok":"フジツウファナック","a":"","e":"Fanuc","dr":"","i":"機械・精密 ロボット・fa","col":"#dcb414","d":null,"f":52.9},{"c":"6976","n":"太陽誘電","k":"タイヨウユウデン","o":"","ok":"","a":"","e":"Taiyo Yuden","dr":"","i":"機械・精密 電子部品","col":"#E60013","d":null,"f":50},{"c":"6995","n":"東海理化電機製作所","k":"トウカイリカデンキセイサクショ","o":"","ok":"","a":"東海理化","e":"TOKAI RIKA CO., LTD.","dr":"","i":"自動車・部品 電装・電子部品","col":"#12327F","d":null,"f":48.5},{"c":"6996","n":"ニチコン","k":"ニチコン","o":"関西二井製作所、日本コンデンサ工業、大阪市に関西二井製作所","ok":"カンサイニイセイサクショ、ニホンコンデンサコウギョウ","a":"","e":"NICHICON CORPORATION","dr":"","i":"機械・精密 電子部品","col":"#113293","d":null,"f":44},{"c":"7071","n":"アンビスホールディングス","k":"アンビスホールディングス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ヘルスケアサービス","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.6},{"c":"7085","n":"カーブスホールディングス","k":"カーブスホールディングス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ヘルスケアサービス","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.5},{"c":"7101","n":"汽車製造","k":"キシャセイゾウ","o":"大阪汽車製造、汽車製造合資会社","ok":"オオサカキシャセイゾウ、キシャセイゾウゴウシガイシャ","a":"","e":"Kisha Seizo","dr":"","i":"重工 重機械","col":"#333333","d":1972,"f":37.9},{"c":"7130","n":"ヤマエグループホールディングス","k":"ヤマエグループホールディングス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 医薬品・日用品卸","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.9},{"c":"7157","n":"ライフネット生命保険","k":"ライフネットセイメイホケン","o":"ネットライフ企画","ok":"ネットライフキカク","a":"ライフネット生命","e":"LIFENET INSURANCE COMPANY","dr":"","i":"金融 生命保険","col":"#8FB130","d":null,"f":44.3},{"c":"7164","n":"全国保証","k":"ゼンコクホショウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Zenkoku Hosho","dr":"","i":"金融 信用保証","col":"#003C92","d":null,"f":40.9},{"c":"7172","n":"ジャパンインベストメントアドバイザー","k":"ジャパンインベストメントアドバイザー","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 リース","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.7},{"c":"7173","n":"東京きらぼしフィナンシャルグループ","k":"トウキョウキラボシフィナンシャルグループ","o":"住宅土地信用購買組合調節社","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":48},{"c":"7177","n":"GMOフィナンシャルホールディングス","k":"ジーエムオーフィナンシャルホールディングス","o":"GMOインターネット証券","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 証券","col":"#1a5c9c","d":null,"f":50.8},{"c":"7180","n":"九州フィナンシャルグループ","k":"キュウシュウフィナンシャルグループ","o":"","ok":"","a":"肥後銀行|鹿児島銀行|九州FG","e":"Kyushu Financial Group","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#007332","d":null,"f":52.8},{"c":"7181","n":"かんぽ生命保険","k":"カンポセイメイホケン","o":"かんぽ","ok":"カンポ","a":"かんぽ生命","e":"JAPAN POST INSURANCE","dr":"","i":"金融 生命保険","col":"#085BA6","d":null,"f":69.8},{"c":"7182","n":"ゆうちょ銀行","k":"ユウチョギンコウ","o":"ゆうちょ","ok":"ユウチョ","a":"ゆうちょ","e":"Japan Post Bank","dr":"","i":"金融 専業銀行","col":"#009900","d":null,"f":58.9},{"c":"7184","n":"富山第一銀行","k":"トヤマダイイチギンコウ","o":"富山合同無尽、富山相互銀行","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.2},{"c":"7189","n":"西日本フィナンシャルホールディングス","k":"ニシニッポンフィナンシャルホールディングス","o":"西日本シティ銀行、福岡シティ銀行と合併し西日本シティ銀行、福岡無尽、西日本相互銀行","ok":"ニシニッポンシティギンコウ","a":"西日本シティ銀行|NCB|西日本銀行|福岡シティ銀行|西日本FH|Nishi-Nippon City Bank","e":"Nishi-Nippon Financial Holdings","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#FE6B01","d":null,"f":50.3},{"c":"7199","n":"プレミアグループ","k":"プレミアグループ","o":"SBIクレジット、プレミアファイナンシャルサービス","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 消費者金融","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.4},{"c":"7202","n":"いすゞ自動車","k":"イスズジドウシャ","o":"ヂーゼル自動車工業、東京自動車工業","ok":"ヂーゼルジドウシャコウギョウ","a":"","e":"Isuzu Motors","dr":"","i":"自動車・部品 商用車・トラック","col":"#EC1C23","d":null,"f":58.4},{"c":"7210","n":"日産ディーゼル工業","k":"ニッサンディーゼルコウギョウ","o":"民生デイゼル工業、UDトラックス、埼玉県川口市に日本デイゼル工業、民生産業、鐘淵デイゼル工業","ok":"ミンセイデイゼルコウギョウ","a":"","e":"Nissan Diesel Motor Co., Ltd.","dr":"ボルボによる完全子会社化","i":"自動車・部品 商用車・トラック","col":"#D22810","d":2007,"f":39.6},{"c":"7211","n":"三菱自動車","k":"ミツビシジドウシャ","o":"三菱自動車工業","ok":"","a":"","e":"Mitsubishi Motors","dr":"","i":"自動車・部品 乗用車","col":"#EC0100","d":null,"f":70.5},{"c":"7220","n":"武蔵精密工業","k":"ムサシセイミツコウギョウ","o":"武蔵産業","ok":"ムサシサンギョウ","a":"","e":"Musashi Seimitsu Industry","dr":"","i":"自動車・部品 駆動系・シャシー部品","col":"#E60012","d":null,"f":45.7},{"c":"7222","n":"日産車体","k":"ニッサンシャタイ","o":"日本国際航空工業、日国工業、新日国工業、日産車体工機","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 乗用車","col":"#1a5c9c","d":null,"f":53.6},{"c":"7224","n":"新明和工業","k":"シンメイワコウギョウ","o":"川西航空機、明和興業、新明和興業、川西機械製作所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 商用車・トラック","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.7},{"c":"7226","n":"極東開発工業","k":"キョクトウカイハツコウギョウ","o":"極東開発機械工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 商用車・トラック","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.7},{"c":"7231","n":"トピー工業","k":"トピーコウギョウ","o":"宮製鋼所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.2},{"c":"7238","n":"曙ブレーキ工業","k":"アケボノブレーキコウギョウ","o":"曙石綿工業所、曙石綿工業、曙産業","ok":"アケボノセキメンコウギョウショ、アケボノセキメンコウギョウ、アケボノサンギョウ","a":"曙ブレーキ","e":"Akebono Brake Industry","dr":"","i":"自動車・部品 駆動系・シャシー部品","col":"#0092EF","d":null,"f":45},{"c":"7239","n":"タチエス","k":"タチエス","o":"立川スプリング","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":48.1},{"c":"7241","n":"フタバ産業","k":"フタバサンギョウ","o":"関東重工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":48.3},{"c":"7242","n":"カヤバ","k":"カヤバ","o":"KYB、カヤバ工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.2},{"c":"7246","n":"プレス工業","k":"プレスコウギョウ","o":"プレッス作業所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.6},{"c":"7267","n":"ホンダ","k":"ホンダ","o":"本田技研工業","ok":"ホンダギジュツケンキュウショ","a":"本田技研工業","e":"Honda","dr":"","i":"自動車・部品 乗用車","col":"#CC0100","d":null,"f":80.5},{"c":"7278","n":"エクセディ","k":"エクセディ","o":"大金製作所","ok":"ダイキンセイサクショ","a":"大金製作所","e":"EXEDY Corporation","dr":"","i":"自動車・部品 駆動系・シャシー部品","col":"#034A96","d":null,"f":50.1},{"c":"7279","n":"ハイレックスコーポレーション","k":"ハイレックスコーポレーション","o":"日本ケーブル・システム、時田産業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.3},{"c":"7283","n":"愛三工業","k":"アイサンコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.1},{"c":"7292","n":"村上開明堂","k":"ムラカミカイメイドウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.4},{"c":"7296","n":"エフ・シー・シー","k":"エフシーシー","o":"不二化学工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"自動車・部品 駆動系・シャシー部品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.8},{"c":"7309","n":"シマノ","k":"シマノ","o":"島野鉄工所→島野工業、島野工業、島野鉄工所","ok":"シマノテッコウショ→シマノコウギョウ","a":"","e":"Shimano","dr":"","i":"機械・精密 精密部品・機械要素","col":"#0066b3","d":null,"f":46.4},{"c":"7312","n":"タカタ","k":"タカタ","o":"高田工場","ok":"タカダコウジョウ","a":"タカタ|Takata|高田工場","e":"TAKATA CORPORATION","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#E74622","d":2017,"f":52.4},{"c":"7313","n":"テイ・エス テック","k":"テイエステック","o":"東京シート","ok":"トウキョウシート","a":"東京シート","e":"TS Tech","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#0054A7","d":null,"f":51},{"c":"7322","n":"三十三フィナンシャルグループ","k":"サンジュウサンフィナンシャルグループ","o":"三重銀行、第三銀行","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.8},{"c":"7327","n":"第四北越フィナンシャルグループ","k":"ダイシホクエツフィナンシャルグループ","o":"第四銀行、北越銀行","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":51.1},{"c":"7337","n":"ひろぎんホールディングス","k":"ヒロギンホールディングス","o":"広島銀行","ok":"ヒロシマギンコウ","a":"ひろぎん","e":"Hirogin Holdings, Inc.","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#CE2D26","d":null,"f":54.5},{"c":"7350","n":"おきなわフィナンシャルグループ","k":"オキナワフィナンシャルグループ","o":"沖縄銀行","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.2},{"c":"7351","n":"グッドパッチ","k":"グッドパッチ","o":"","ok":"","a":"","e":"Goodpatch","dr":"","i":"it・通信 itコンサル・品質保証","col":"#1a5c9c","d":null,"f":null},{"c":"7380","n":"十六フィナンシャルグループ","k":"ジュウロクフィナンシャルグループ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":48.6},{"c":"7381","n":"CCIグループ","k":"シーシーアイグループ","o":"北國フィナンシャルホールディングス","ok":"ホッコクフィナンシャルホールディングス","a":"北國銀行","e":"CCI Group","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#100ACE","d":null,"f":48},{"c":"7388","n":"FPパートナー","k":"エフピーパートナー","o":"あんしんFP、あんしんFPパートナー","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42},{"c":"7389","n":"あいちフィナンシャルグループ","k":"アイチフィナンシャルグループ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":48},{"c":"7412","n":"アトム","k":"アトム","o":"徳兵衛寿司、元禄寿司、資本金200万円で徳兵衛寿司","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":54.1},{"c":"7421","n":"カッパ・クリエイト","k":"カッパクリエイト","o":"ニッシン","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":55.7},{"c":"7433","n":"伯東","k":"ハクトウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 電子部品商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.1},{"c":"7447","n":"ナガイレーベン","k":"ナガイレーベン","o":"ナガイ、永井衣料","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 アパレル","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.2},{"c":"7453","n":"良品計画","k":"リョウヒンケイカク","o":"","ok":"","a":"","e":"Ryohin Keikaku (Muji)","dr":"","i":"小売・日用品 家具・生活雑貨","col":"#7B0319","d":null,"f":65.9},{"c":"7456","n":"松田産業","k":"マツダサンギョウ","o":"竹善商事、豊洋物産、マツダメタル工業、マツダ貴金属工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 非鉄金属","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.2},{"c":"7458","n":"第一興商","k":"ダイイチコウショウ","o":"ニットー","ok":"ニットー","a":"","e":"Daiichikosho","dr":"","i":"サービス・外食 娯楽施設・興行","col":"#C02027","d":null,"f":58.1},{"c":"7476","n":"アズワン","k":"アズワン","o":"井内盛栄堂","ok":"イウチセイエイドウ","a":"","e":"AS ONE","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#E50112","d":null,"f":38.3},{"c":"7483","n":"ドウシシャ","k":"ドウシシャ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 医薬品・日用品卸","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.6},{"c":"7508","n":"G‐7ホールディングス","k":"ジーセブンホールディングス","o":"G-7ホールディングス、オートセブン","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52.7},{"c":"7512","n":"イオン北海道","k":"イオンホッカイドウ","o":"ポスフール、マイカル北海道","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 総合スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":60.6},{"c":"7513","n":"コジマ","k":"コジマ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 家電量販","col":"#1a5c9c","d":null,"f":59.9},{"c":"7516","n":"コーナン商事","k":"コーナンショウジ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 ホームセンター","col":"#1a5c9c","d":null,"f":58.4},{"c":"7545","n":"西松屋チェーン","k":"ニシマツヤチェーン","o":"西松屋ストアー、西松屋チエーン","ok":"ニシマツヤストアー、ニシマツヤチエーン","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 アパレル","col":"#FF7084","d":null,"f":55.6},{"c":"7552","n":"ハピネット","k":"ハピネット","o":"トウショウ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 医薬品・日用品卸","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.1},{"c":"7564","n":"ワークマン","k":"ワークマン","o":"","ok":"","a":"","e":"Workman","dr":"","i":"小売・日用品 spa・専門チェーン","col":"#FFA902","d":null,"f":51.4},{"c":"7575","n":"日本ライフライン","k":"ニホンライフライン","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 医療機器","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39},{"c":"7581","n":"サイゼリヤ","k":"サイゼリヤ","o":"マリアーヌ商会→マリアーノ、マリアーノ","ok":"マリアーヌショウカイ→マリアーノ","a":"","e":"Saizeriya","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#05A645","d":null,"f":58.9},{"c":"7593","n":"VTホールディングス","k":"ブイティーホールディングス","o":"ホンダベルノ東海","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 中古車","col":"#1a5c9c","d":null,"f":59.5},{"c":"7595","n":"アルゴグラフィックス","k":"アルゴグラフィックス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.4},{"c":"7606","n":"ユナイテッドアローズ","k":"ユナイテッドアローズ","o":"","ok":"","a":"","e":"United Arrows","dr":"","i":"小売・日用品 アパレル","col":"#333333","d":null,"f":56.5},{"c":"7611","n":"ハイデイ日高","k":"ハイデイヒダカ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":51.7},{"c":"7613","n":"シークス","k":"シークス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 電子部品商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49},{"c":"7685","n":"BuySell Technologies","k":"バイセルテクノロジーズ","o":"エース","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 リユース","col":"#1a5c9c","d":null,"f":48.8},{"c":"7716","n":"ナカニシ","k":"ナカニシ","o":"中西歯科器械製作所","ok":"ナカニシシカキカイセイサクショ","a":"","e":"Nakanishi","dr":"","i":"機械・精密 医療機器","col":"#0D295D","d":null,"f":40},{"c":"7721","n":"東京計器","k":"トウキョウケイキ","o":"トキメック","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 計測機器","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.2},{"c":"7730","n":"マニー","k":"マニー","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 医療機器","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.1},{"c":"7734","n":"理研計器","k":"リケンケイキ","o":"富国機械","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 計測機器","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.4},{"c":"7735","n":"SCREEN HD","k":"スクリーンエイチディー","o":"大日本スクリーン製造、SCREENホールディングス","ok":"ダイニッポンスクリーンセイゾウ","a":"","e":"Screen Holdings","dr":"","i":"半導体・部品 半導体製造装置","col":"#1064B0","d":null,"f":48.4},{"c":"7745","n":"A&Dホロンホールディングス","k":"エーアンドディーホロンホールディングス","o":"エー・アンド・デイ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 計測機器","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.3},{"c":"7755","n":"ヤシカ","k":"ヤシカ","o":"八洲精機、八洲光学精機、八洲光学工業","ok":"ヤシマセイキ、ヤシマコウガクセイキ、ヤシマコウガクコウギョウ","a":"","e":"Yashica Ltd.","dr":"京セラによる吸収合併","i":"電機・事務機 av・音響機器","col":"#1a5c9c","d":1983,"f":48.3},{"c":"7780","n":"メニコン","k":"メニコン","o":"東洋コンタクトレンズ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 医療機器","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.5},{"c":"7821","n":"前田工繊","k":"マエダコウセン","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 紡績","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37},{"c":"7822","n":"永大産業","k":"エイダイサンギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Eidai Co., Ltd.","dr":"","i":"建設 ハウスメーカー","col":"#26953E","d":null,"f":50},{"c":"7823","n":"アートネイチャー","k":"アートネイチャー","o":"","ok":"","a":"","e":"ARTNATURE INC.","dr":"","i":"サービス・外食 ヘルスケアサービス","col":"#0269B6","d":null,"f":44.5},{"c":"7826","n":"フルヤ金属","k":"フルヤキンゾク","o":"古屋商店、東京都三鷹市に古屋商店","ok":"フルヤショウテン","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 非鉄金属","col":"#058024","d":null,"f":36.7},{"c":"7839","n":"SHOEI","k":"ショウエイ","o":"昭栄化工、シヨウエイ","ok":"ショウエイカコウ、ショウエイ","a":"昭栄化工、シヨウエイ","e":"SHOEI","dr":"","i":"自動車・部品 二輪","col":"#1a5c9c","d":null,"f":null},{"c":"7843","n":"幻冬舎","k":"ゲントウシャ","o":"","ok":"","a":"幻冬舎｜GENTOSHA｜見城徹","e":"GENTOSHA INC.","dr":"","i":"サービス・外食 出版","col":"#333333","d":2011,"f":40.7},{"c":"7860","n":"エイベックス","k":"エイベックス","o":"エイベックス・グループ・ホールディングス、エイベックス・エンタテインメント、東京都町田市にエイベックス・ディー・ディー","ok":"エイベックスグループホールディングス","a":"エイベックス・グループ・ホールディングス","e":"Avex Inc.","dr":"","i":"サービス・外食 映画","col":"#004CAD","d":null,"f":54.6},{"c":"7864","n":"フジシールインターナショナル","k":"フジシールインターナショナル","o":"フジシール","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.6},{"c":"7868","n":"広済堂ホールディングス","k":"コウサイドウホールディングス","o":"廣済堂、廣済堂印刷","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49.3},{"c":"7914","n":"共同印刷","k":"キョウドウインサツ","o":"博文館印刷所、博進社工場","ok":"ハクブンカンインサツショ、ハクシンシャコウジョウ","a":"","e":"Kyodo Printing Co., Ltd.","dr":"","i":"電機・事務機 印刷","col":"#DF003A","d":null,"f":42.1},{"c":"7931","n":"未来工業","k":"ミライコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 樹脂・成形","col":"#1a5c9c","d":null,"f":36.9},{"c":"7942","n":"ジェイエスピー","k":"ジェイエスピー","o":"日本スチレンペーパー","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 樹脂・成形","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.6},{"c":"7943","n":"ニチハ","k":"ニチハ","o":"日本ハードボード工業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 シャッター・建材","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.5},{"c":"7947","n":"エフピコ","k":"エフピコ","o":"福山パール紙工","ok":"フクヤマパールシコウ","a":"福山パール紙工","e":"FP CORPORATION","dr":"","i":"化学・素材 樹脂・成形","col":"#0067B7","d":null,"f":43.7},{"c":"7965","n":"象印マホービン","k":"ゾウジルシマホービン","o":"協和製作所、協和魔法瓶工業","ok":"","a":"","e":"Zojirushi","dr":"","i":"機械・精密 空調・熱機器","col":"#1D87D0","d":null,"f":40.1},{"c":"7966","n":"リンテック","k":"リンテック","o":"不二商会、不二紙工、FSK、四国製紙・創研化工と合併しリンテック","ok":"フジショウカイ、フジシコウ、エフエスケー","a":"","e":"LINTEC","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#083388","d":null,"f":44.3},{"c":"7970","n":"信越ポリマー","k":"シンエツポリマー","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"化学・素材 樹脂・成形","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.8},{"c":"7972","n":"イトーキ","k":"イトーキ","o":"イトーキクレビオ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 文具・オフィス家具","col":"#1a5c9c","d":null,"f":53.7},{"c":"7974","n":"任天堂","k":"ニンテンドウ","o":"任天堂骨牌","ok":"ニンテンドウコッパイ","a":"ニンテンドー","e":"Nintendo","dr":"","i":"サービス・外食 ゲーム・玩具・キャラクター","col":"#E60012","d":null,"f":68.2},{"c":"7979","n":"松風","k":"ショウフウ","o":"松風陶歯製造","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"医薬品・医療 医療機器","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.2},{"c":"7992","n":"セーラー万年筆","k":"セーラーマンネンヒツ","o":"セーラー万年筆阪田製作所、阪田製作所","ok":"セーラーマンネンヒツサカタセイサクショ、サカタセイサクショ","a":"","e":"The Sailor Pen Co., Ltd.","dr":"","i":"機械・精密 文具・オフィス家具","col":"#0D3246","d":null,"f":41.6},{"c":"8003","n":"トーメン","k":"トーメン","o":"東洋棉花、TOMENCORPORATION","ok":"トウヨウメンカ","a":"","e":"TOMEN Corporation","dr":"","i":"総合商社 中堅総合商社","col":"#1a5c9c","d":2006,"f":43.5},{"c":"8011","n":"三陽商会","k":"サンヨウショウカイ","o":"","ok":"","a":"","e":"Sanyo Shokai","dr":"","i":"小売・日用品 アパレル","col":"#333333","d":null,"f":50.9},{"c":"8012","n":"長瀬産業","k":"ナガセサンギョウ","o":"長瀬商店","ok":"ナガセショウテン","a":"NAGASE","e":"Nagase","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#A50034","d":null,"f":50.1},{"c":"8014","n":"蝶理","k":"チョウリ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.7},{"c":"8016","n":"オンワードホールディングス","k":"オンワードホールディングス","o":"オンワード樫山","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 アパレル","col":"#1a5c9c","d":null,"f":60.2},{"c":"8022","n":"ミズノ","k":"ミズノ","o":"水野兄弟商会、ミズノアパレルテクニクス、ミズノスポーツサービス","ok":"ミズノキョウダイショウカイ","a":"美津濃|美津濃運動用品|美津濃商店|水野兄弟商会","e":"MIZUNO Corporation","dr":"","i":"小売・日用品 スポーツ用品","col":"#001489","d":null,"f":56.5},{"c":"8035","n":"東京エレクトロン","k":"トウキョウエレクトロン","o":"東京エレクトロン研究所","ok":"トウキョウエレクトロンケンキュウショ","a":"","e":"Tokyo Electron","dr":"","i":"半導体・部品 半導体製造装置","col":"#00A7E1","d":null,"f":55.1},{"c":"8037","n":"カメイ","k":"カメイ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.5},{"c":"8051","n":"山善","k":"ヤマゼン","o":"山善工具製販、山善機械器具","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.7},{"c":"8057","n":"内田洋行","k":"ウチダヨウコウ","o":"翠苔号","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 it商流・販売","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.1},{"c":"8058","n":"三菱商事","k":"ミツビシショウジ","o":"","ok":"","a":"","e":"Mitsubishi Corporation","dr":"","i":"総合商社 五大商社","col":"#FF0000","d":null,"f":66.5},{"c":"8059","n":"第一実業","k":"ダイイチジツギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.6},{"c":"8060","n":"安宅産業","k":"アタカサンギョウ","o":"安宅商会","ok":"アタカショウカイ","a":"","e":"Ataka & Co.","dr":"","i":"総合商社 中堅総合商社","col":"#333333","d":1977,"f":44.1},{"c":"8061","n":"西華産業","k":"セイカサンギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.4},{"c":"8066","n":"三谷商事","k":"ミタニショウジ","o":"","ok":"","a":"","e":"MITANI CORPORATION","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#E85A49","d":null,"f":39.6},{"c":"8074","n":"ユアサ商事","k":"ユアサショウジ","o":"湯浅商事、湯淺金物","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.9},{"c":"8078","n":"阪和興業","k":"ハンワコウギョウ","o":"","ok":"","a":"阪和商会","e":"Hanwa","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#008517","d":null,"f":48.6},{"c":"8079","n":"正栄食品工業","k":"ショウエイショクヒンコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 医薬品・日用品卸","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43},{"c":"8084","n":"RYODEN","k":"リョウデン","o":"利興商会、菱電商事","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 電子部品商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.4},{"c":"8088","n":"岩谷産業","k":"イワタニサンギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Iwatani","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#E60012","d":null,"f":52.3},{"c":"8095","n":"アステナホールディングス","k":"アステナホールディングス","o":"イワキ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.4},{"c":"8097","n":"三愛オブリ","k":"サンアイオブリ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.3},{"c":"8098","n":"稲畑産業","k":"イナバタサンギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Inabata","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#003F87","d":null,"f":50.3},{"c":"8111","n":"ゴールドウイン","k":"ゴールドウイン","o":"","ok":"","a":"津沢メリヤス製造所","e":"Goldwin","dr":"","i":"小売・日用品 スポーツ用品","col":"#333333","d":null,"f":55.1},{"c":"8125","n":"ワキタ","k":"ワキタ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.2},{"c":"8129","n":"東邦ホールディングス","k":"トウホウホールディングス","o":"東邦薬品、東京都世田谷区に東邦薬品","ok":"トウホウヤクヒン","a":"東邦薬品","e":"TOHO HOLDINGS CO., LTD.","dr":"","i":"総合商社 医薬品・日用品卸","col":"#3F435D","d":null,"f":46.4},{"c":"8130","n":"サンゲツ","k":"サンゲツ","o":"SangetsuCorporation","ok":"","a":"","e":"Sangetsu","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#333333","d":null,"f":45.4},{"c":"8131","n":"ミツウロコグループホールディングス","k":"ミツウロコグループホールディングス","o":"ミツウロコ、三鱗無煙炭","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.4},{"c":"8136","n":"サンリオ","k":"サンリオ","o":"山梨シルクセンター","ok":"ヤマナシシルクセンター","a":"","e":"Sanrio","dr":"","i":"サービス・外食 ゲーム・玩具・キャラクター","col":"#1860C0","d":null,"f":60.6},{"c":"8153","n":"モスフードサービス","k":"モスフードサービス","o":"モス・フード・サービス、モスフードサービス東日本","ok":"モス・フード・サービス","a":"モスバーガー、モス","e":"Mos Food Services","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#E60012","d":null,"f":55.1},{"c":"8159","n":"立花エレテック","k":"タチバナエレテック","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"電機・事務機 電子部品商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.5},{"c":"8160","n":"木曽路","k":"キソジ","o":"東郊松葉、まつば喫茶","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52.8},{"c":"8167","n":"リテールパートナーズ","k":"リテールパートナーズ","o":"丸久、防府専門大店","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":56.4},{"c":"8172","n":"第一家庭電器","k":"ダイイチカテイデンキ","o":"","ok":"","a":"第一家電","e":"DAI-ICHI KATEI DENKI Co.,Ltd.","dr":"","i":"小売・日用品 家電量販","col":"#FF0000","d":2002,"f":48.3},{"c":"8173","n":"上新電機","k":"ジョウシンデンキ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 家電量販","col":"#1a5c9c","d":null,"f":58.3},{"c":"8185","n":"チヨダ","k":"チヨダ","o":"チヨダ靴店","ok":"チヨダクツテン","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 靴小売","col":"#3366CC","d":null,"f":53.5},{"c":"8194","n":"ライフコーポレーション","k":"ライフコーポレーション","o":"ライフ、ライフストア、清水實業","ok":"","a":"","e":"Life Corporation","dr":"","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#009944","d":null,"f":60.3},{"c":"8200","n":"リンガーハット","k":"リンガーハット","o":"浜勝商事","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":51.9},{"c":"8214","n":"AOKIホールディングス","k":"アオキホールディングス","o":"アオキ、アオキインターナショナル、アオキファッション","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 spa・専門チェーン","col":"#1a5c9c","d":null,"f":57.8},{"c":"8218","n":"コメリ","k":"コメリ","o":"米利商店、米利","ok":"コメリショウテン","a":"","e":"KOMERI","dr":"","i":"小売・日用品 ホームセンター","col":"#E5002D","d":null,"f":56.2},{"c":"8227","n":"しまむら","k":"シマムラ","o":"","ok":"","a":"","e":"Shimamura","dr":"","i":"小売・日用品 spa・専門チェーン","col":"#BC0128","d":null,"f":58.3},{"c":"8237","n":"松屋","k":"マツヤ","o":"松屋鶴屋呉服店、松屋呉服店","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#1a5c9c","d":null,"f":50.1},{"c":"8241","n":"阪神百貨店","k":"ハンシンヒャッカテン","o":"阪神マート","ok":"","a":"","e":"Hanshin Department Store","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#00A040","d":2005,"f":48.3},{"c":"8242","n":"エイチ・ツー・オー リテイリング","k":"エイチツーオーリテイリング","o":"阪急百貨店","ok":"","a":"H2O","e":"H2O Retailing","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#6FACC4","d":null,"f":62.5},{"c":"8252","n":"丸井","k":"マルイ","o":"丸井、丸井グループ","ok":"マルイ","a":"","e":"Marui Group","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#333333","d":null,"f":58.8},{"c":"8255","n":"アクシアル リテイリング","k":"アクシアルリテイリング","o":"原信、原信ナルスホールディングス","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":55.4},{"c":"8259","n":"十字屋","k":"ジュウジヤ","o":"十字屋呉服店","ok":"ジュウジヤゴフクテン","a":"山形十字屋|十字屋百貨店","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#C8102E","d":2005,"f":48.3},{"c":"8264","n":"イトーヨーカ堂","k":"イトーヨーカドー","o":"株式会社ヨーカ堂、セブン&アイ・ホールディングス、伊藤ヨーカ堂","ok":"ヨーカドー","a":"ヨーカ堂|イトーヨーカドー|羊華堂|Ito-Yokado|Ito Yokado|株式会社イトーヨーカ堂","e":"Ito-Yokado","dr":"","i":"小売・日用品 総合スーパー","col":"#ED1C24","d":2005,"f":48.3},{"c":"8268","n":"西友","k":"セイユウ","o":"西友ストアー、東都興業","ok":"セイユウストアー","a":"","e":"The Seiyu, Ltd.","dr":"ウォルマートによる完全子会社化","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#E60012","d":2008,"f":53.9},{"c":"8269","n":"マイカル","k":"マイカル","o":"ニチイ","ok":"ニチイ","a":"ニチイ,サティ,ビブレ","e":"MYCAL Corporation","dr":"","i":"小売・日用品 総合スーパー","col":"#088B38","d":2001,"f":48.3},{"c":"8271","n":"忠実屋","k":"チュウジツヤ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#1a5c9c","d":1994,"f":48.3},{"c":"8276","n":"平和堂","k":"ヘイワドウ","o":"夏原商店","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 総合スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":57.8},{"c":"8278","n":"フジ","k":"フジ","o":"トーワフジマート、フジマート","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 総合スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":63},{"c":"8281","n":"ゼビオホールディングス","k":"ゼビオホールディングス","o":"サンスーツ、サンキョウ、ゼビオ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 スポーツ用品","col":"#1a5c9c","d":null,"f":57.6},{"c":"8282","n":"ケーズホールディングス","k":"ケーズホールディングス","o":"カトーデンキ販売、カトーデンキ、ギガスと株式交換しギガスケーズデンキ、ギガスケーズデンキ","ok":"カトーデンキハンバイ","a":"カトーデンキ販売|ケーズデンキ","e":"K'S HOLDINGS CORPORATION","dr":"","i":"小売・日用品 家電量販","col":"#1a5c9c","d":null,"f":62.9},{"c":"8283","n":"PALTAC","k":"パルタック","o":"大粧、角倉商店、パルタックKS","ok":"ダイショウ、カドクラショウテン","a":"パルタック","e":"","dr":"","i":"総合商社 医薬品・日用品卸","col":"#E50019","d":null,"f":43.4},{"c":"8302","n":"日本興業銀行","k":"ニッポンコウギョウギンコウ","o":"","ok":"","a":"興銀|IBJ|Industrial Bank of Japan|日本興業銀行","e":"The Industrial Bank of Japan, Limited","dr":"","i":"金融 メガバンク・大手銀行","col":"#1a5c9c","d":2000,"f":48.3},{"c":"8303","n":"SBI新生銀行","k":"エスビーアイシンセイギンコウ","o":"新生銀行","ok":"シンセイギンコウ","a":"新生銀行|長銀|日本長期信用銀行","e":"SBI Shinsei Bank, Limited","dr":"","i":"金融 専業銀行","col":"#0050A0","d":null,"f":53.4},{"c":"8304","n":"あおぞら銀行","k":"アオゾラギンコウ","o":"日本債券信用銀行","ok":"ニッポンサイケンシンヨウギンコウ","a":"","e":"Aozora Bank","dr":"","i":"金融 専業銀行","col":"#00a0e9","d":null,"f":47.6},{"c":"8320","n":"三和銀行","k":"サンワギンコウ","o":"","ok":"","a":"","e":"The Sanwa Bank, Limited","dr":"持株会社設立に伴う株式移転","i":"金融 メガバンク・大手銀行","col":"#009944","d":2001,"f":48.3},{"c":"8334","n":"群馬銀行","k":"グンマギンコウ","o":"群馬大同銀行、三十九銀行","ok":"グンマダイドウギンコウ","a":"群馬大同銀行","e":"Gunma Bank","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#007238","d":null,"f":51.4},{"c":"8336","n":"武蔵野銀行","k":"ムサシノギンコウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.7},{"c":"8337","n":"千葉興業銀行","k":"チバコウギョウギンコウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.8},{"c":"8341","n":"七十七銀行","k":"シチジュウシチギンコウ","o":"第七十七国立銀行","ok":"ダイシチジュウシチコクリツギンコウ","a":"77銀行|The 77 Bank|第七十七国立銀行|七十七銀行","e":"The 77 Bank","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#004EA2","d":null,"f":49},{"c":"8345","n":"岩手銀行","k":"イワテギンコウ","o":"岩手殖産銀行","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44},{"c":"8346","n":"東邦銀行","k":"トウホウギンコウ","o":"郡山商業銀行、会津銀行、白河瀬谷銀行","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.5},{"c":"8358","n":"スルガ銀行","k":"スルガギンコウ","o":"駿河銀行、駿東実業銀行","ok":"スルガギンコウ","a":"","e":"Suruga Bank, Ltd.","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#38BDEF","d":null,"f":47.1},{"c":"8359","n":"八十二長野銀行","k":"ハチジュウニナガノギンコウ","o":"八十二銀行","ok":"ハチジュウニギンコウ","a":"","e":"Hachijuni Nagano Bank","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#007561","d":null,"f":52.3},{"c":"8360","n":"山梨中央銀行","k":"ヤマナシチュウオウギンコウ","o":"興益社","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.2},{"c":"8361","n":"大垣共立銀行","k":"オオガキキョウリツギンコウ","o":"第百二十九国立銀行","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49.1},{"c":"8366","n":"滋賀銀行","k":"シガギンコウ","o":"百卅三銀行、八幡銀行","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.8},{"c":"8368","n":"百五銀行","k":"ヒャクゴギンコウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49},{"c":"8370","n":"紀陽銀行","k":"キヨウギンコウ","o":"紀陽貯蓄銀行","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.8},{"c":"8377","n":"ほくほくフィナンシャルグループ","k":"ホクホクフィナンシャルグループ","o":"ほくぎんフィナンシャルグループ","ok":"ホクギンフィナンシャルグループ","a":"ほくほくFG|ほくぎんフィナンシャルグループ","e":"Hokuhoku Financial Group, Inc.","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#0C3388","d":null,"f":51.5},{"c":"8381","n":"山陰合同銀行","k":"サンインゴウドウギンコウ","o":"松江銀行、米子銀行、第五十三国立銀行、浜田銀行、津和野第五十三国立銀行","ok":"マツエギンコウ、ヨナゴギンコウ","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":48.7},{"c":"8387","n":"四国銀行","k":"シコクギンコウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.7},{"c":"8388","n":"阿波銀行","k":"アワギンコウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.7},{"c":"8392","n":"大分銀行","k":"オオイタギンコウ","o":"大分合同銀行","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.9},{"c":"8393","n":"宮崎銀行","k":"ミヤザキギンコウ","o":"日向興業銀行","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":44.3},{"c":"8418","n":"山口フィナンシャルグループ","k":"ヤマグチフィナンシャルグループ","o":"山口銀行","ok":"ヤマグチギンコウ","a":"山口銀行|やまぎん|第百十国立銀行|百十銀行|YMFG","e":"Yamaguchi Financial Group","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#83B63F","d":null,"f":51.8},{"c":"8508","n":"Jトラスト","k":"ジェイトラスト","o":"イッコー、一光商事","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 消費者金融","col":"#1a5c9c","d":null,"f":54.4},{"c":"8511","n":"日本証券金融","k":"ニホンショウケンキンユウ","o":"東株代行、東京証券","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 専業銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":36.2},{"c":"8522","n":"名古屋銀行","k":"ナゴヤギンコウ","o":"名古屋殖産無尽、名古屋相互銀行","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.3},{"c":"8524","n":"北洋銀行","k":"ホクヨウギンコウ","o":"北洋相互銀行、北洋無尽、北海道無尽、小樽無尽","ok":"ホクヨウソウゴギンコウ、ホクヨウムジン、ホッカイドウムジン","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":50},{"c":"8566","n":"リコーリース","k":"リコーリース","o":"リコークレジット","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 リース","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46},{"c":"8570","n":"イオンフィナンシャルサービス","k":"イオンフィナンシャルサービス","o":"イオンクレジットサービス、日本クレジットサービス","ok":"イオンクレジットサービス、ニホンクレジットサービス","a":"","e":"AEON Financial Service","dr":"","i":"金融 消費者金融","col":"#0695D1","d":null,"f":63.3},{"c":"8572","n":"アコム","k":"アコム","o":"","ok":"","a":"","e":"Acom","dr":"","i":"金融 消費者金融","col":"#C8102E","d":null,"f":59.1},{"c":"8583","n":"三菱UFJニコス","k":"ミツビシユーエフジェイニコス","o":"日本信販、UFJニコス、日本信用販売","ok":"ニッポンシンパン、ユーエフジェイニコス、ニッポンシンヨウハンバイ","a":"日本信販|ニコス|NICOS","e":"Mitsubishi UFJ NICOS Co., Ltd.","dr":"","i":"金融 消費者金融","col":"#E60000","d":2008,"f":54.2},{"c":"8585","n":"オリエントコーポレーション","k":"オリエントコーポレーション","o":"広島信販、広島信用販売、協同組合広島クーポン、オリエントファイナンス","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 消費者金融","col":"#1a5c9c","d":null,"f":58.2},{"c":"8593","n":"三菱HCキャピタル","k":"ミツビシエイチシーキャピタル","o":"三菱UFJリース","ok":"","a":"三菱UFJリース|ダイヤモンドリース|日立キャピタル|日立クレジット|日立リース|日立家庭電器月賦販売|UFJセントラルリース|菱信リース","e":"Mitsubishi HC Capital","dr":"","i":"金融 リース","col":"#E60012","d":null,"f":57.9},{"c":"8595","n":"ジャフコ グループ","k":"ジャフコグループ","o":"日本合同ファイナンス、ジャフコ","ok":"ニホンゴウドウファイナンス","a":"ジャフコ|JAFCO","e":"JAFCO Group","dr":"","i":"金融 証券","col":"#43709C","d":null,"f":44.7},{"c":"8600","n":"トモニホールディングス","k":"トモニホールディングス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":46.7},{"c":"8603","n":"日興コーディアルグループ","k":"ニッコウコーディアルグループ","o":"日興證券","ok":"ニッコウショウケン","a":"","e":"Nikko Cordial Corporation","dr":"シティグループによる完全子会社化","i":"金融 証券","col":"#004831","d":2008,"f":52.3},{"c":"8613","n":"丸三証券","k":"マルサンショウケン","o":"丸三商店","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 証券","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52.3},{"c":"8616","n":"東海東京フィナンシャル・ホールディングス","k":"トウカイトウキョウフィナンシャルホールディングス","o":"六鹿証券、東京証券、東海東京証券","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 証券","col":"#1a5c9c","d":null,"f":56.6},{"c":"8628","n":"松井証券","k":"マツイショウケン","o":"","ok":"","a":"松井","e":"Matsui Securities Co., Ltd.","dr":"","i":"金融 証券","col":"#009682","d":null,"f":50.7},{"c":"8707","n":"岩井コスモホールディングス","k":"イワイコスモホールディングス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 証券","col":"#1a5c9c","d":null,"f":48},{"c":"8708","n":"アイザワ証券グループ","k":"アイザワショウケングループ","o":"藍澤商店、藍澤證券","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 証券","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.3},{"c":"8714","n":"池田泉州ホールディングス","k":"イケダセンシュウホールディングス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49.7},{"c":"8729","n":"ソニーフィナンシャルグループ","k":"ソニーフィナンシャルグループ","o":"ソニーフィナンシャルホールディングス、ソニー損害保険","ok":"ソニーフィナンシャルホールディングス","a":"","e":"Sony Financial Group","dr":"","i":"金融 生命保険","col":"#333333","d":null,"f":71.9},{"c":"8739","n":"スパークス・グループ","k":"スパークスグループ","o":"スパークス投資顧問、虎ノ門投資顧問","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":33.4},{"c":"8771","n":"イー・ギャランティ","k":"イーギャランティ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 信用保証","col":"#1a5c9c","d":null,"f":31.1},{"c":"8793","n":"NECキャピタルソリューション","k":"エヌイーシーキャピタルソリューション","o":"NECリース、エヌイーシーリース、日本電気リース","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"金融 リース","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.9},{"c":"8803","n":"平和不動産","k":"ヘイワフドウサン","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":35.9},{"c":"8804","n":"東京建物","k":"トウキョウタテモノ","o":"","ok":"","a":"","e":"Tokyo Tatemono","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#009348","d":null,"f":46.7},{"c":"8818","n":"京阪神ビルディング","k":"ケイハンシンビルディング","o":"京阪神不動産、京阪神競馬","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":29.2},{"c":"8840","n":"大京","k":"ダイキョウ","o":"大京観光、東京都文京区に大京観光","ok":"ダイキョウカンコウ","a":"","e":"DAIKYO INCORPORATED","dr":"オリックスによる完全子会社化","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#00479D","d":2019,"f":40.2},{"c":"8841","n":"テーオーシー","k":"テーオーシー","o":"星製薬、東京卸売りセンター、旧星製薬","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":31.3},{"c":"8848","n":"レオパレス21","k":"レオパレスニジュウイチ","o":"エムディアイ、ミヤマ、レオパレス二十一","ok":"","a":"","e":"Leopalace21","dr":"","i":"不動産 資産管理・賃貸経営","col":"#0095D9","d":null,"f":47.3},{"c":"8850","n":"スターツコーポレーション","k":"スターツコーポレーション","o":"スターツ、千曲不動産","ok":"","a":"","e":"Starts Corporation","dr":"","i":"不動産 資産管理・賃貸経営","col":"#00A7DB","d":null,"f":42.2},{"c":"8868","n":"アーバンコーポレイション","k":"アーバンコーポレイション","o":"","ok":"","a":"","e":"Urban Corporation","dr":"民事再生法申請による経営破綻","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#333333","d":2008,"f":39.6},{"c":"8871","n":"ゴールドクレスト","k":"ゴールドクレスト","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":30.7},{"c":"8877","n":"エスリード","k":"エスリード","o":"日本エスリード","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.5},{"c":"8892","n":"日本エスコン","k":"ニホンエスコン","o":"デザート・イン","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.1},{"c":"8897","n":"MIRARTHホールディングス","k":"ミラースホールディングス","o":"タカラレーベン、宝工務店","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.7},{"c":"8914","n":"エリアリンク","k":"エリアリンク","o":"ウェルズ技研、ミスター貸地","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 資産管理・賃貸経営","col":"#1a5c9c","d":null,"f":30.7},{"c":"8919","n":"カチタス","k":"カチタス","o":"","ok":"","a":"株式会社やすらぎ","e":"Katitas","dr":"","i":"不動産 戸建分譲・中古再生","col":"#0994DC","d":null,"f":50.4},{"c":"8934","n":"サンフロンティア不動産","k":"サンフロンティアフドウサン","o":"サンフロンティア","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.8},{"c":"9002","n":"西武鉄道","k":"セイブテツドウ","o":"西武農業鉄道、西武バス、西武運輸","ok":"セイブノウギョウテツドウ","a":"武蔵野鉄道、西武農業鉄道","e":"Seibu Railway Co., Ltd.","dr":"有価証券報告書の虚偽記載","i":"運輸 私鉄","col":"#002F87","d":2004,"f":52.4},{"c":"9003","n":"相鉄ホールディングス","k":"ソウテツホールディングス","o":"相模鉄道、神奈川県高座郡茅ヶ崎町で相模鉄道","ok":"サガミテツドウ","a":"相鉄","e":"","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#0C0C34","d":null,"f":59.4},{"c":"9006","n":"京浜急行電鉄","k":"ケイヒンキュウコウデンテツ","o":"京浜電気鉄道","ok":"","a":"","e":"Keikyu","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#ED2939","d":null,"f":60.7},{"c":"9007","n":"小田急電鉄","k":"オダキュウデンテツ","o":"小田原急行鉄道","ok":"","a":"","e":"Odakyu Electric Railway","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#002395","d":null,"f":62.7},{"c":"9010","n":"富士急行","k":"フジキュウコウ","o":"富士山麓電気鉄道","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52.4},{"c":"9023","n":"東京地下鉄","k":"トウキョウチカテツ","o":"東京地下鉄道","ok":"","a":"東京メトロ|帝都高速度交通営団|営団地下鉄","e":"Tokyo Metro","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#0AAFDE","d":null,"f":65.6},{"c":"9025","n":"鴻池運輸","k":"コウノイケウンユ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"運輸 陸運","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.4},{"c":"9031","n":"西日本鉄道","k":"ニシニホンテツドウ","o":"九州電気軌道","ok":"キュウシュウデンキキドウ","a":"西鉄","e":"","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#154B97","d":null,"f":60.8},{"c":"9037","n":"ハマキョウレックス","k":"ハマキョウレックス","o":"浜松協同運送","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"運輸 陸運","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.6},{"c":"9039","n":"サカイ引越センター","k":"サカイヒッコシセンター","o":"堺引越センター","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"運輸 陸運","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.8},{"c":"9044","n":"南海電気鉄道","k":"ナンカイデンキテツドウ","o":"高野山電気鉄道","ok":"コウヤサンデンキテツドウ","a":"NANKAI|南海電鉄|南海鉄道|阪堺鉄道","e":"Nankai Electric Railway","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#E94E00","d":null,"f":60.8},{"c":"9045","n":"京阪ホールディングス","k":"ケイハンホールディングス","o":"京阪電気鉄道、京阪神急行電鉄","ok":"ケイハンデンキテツドウ","a":"","e":"Keihan Holdings","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#1D2088","d":null,"f":60},{"c":"9064","n":"ヤマトホールディングス","k":"ヤマトホールディングス","o":"ヤマト運輸、ヤマトHD","ok":"ヤマトウンユ","a":"","e":"Yamato Holdings","dr":"","i":"運輸 宅配・郵便","col":"#FCC707","d":null,"f":70.6},{"c":"9065","n":"山九","k":"サンキュウ","o":"山九運輸機工","ok":"","a":"","e":"Sankyu","dr":"","i":"運輸 陸運","col":"#E60012","d":null,"f":48.9},{"c":"9068","n":"丸全昭和運輸","k":"マルゼンショウワウンユ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"運輸 陸運","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.3},{"c":"9069","n":"センコーグループホールディングス","k":"センコーグループホールディングス","o":"センコー、センコーグループHD、扇興運輸","ok":"センコー","a":"","e":"Senko Group Holdings","dr":"","i":"運輸 陸運","col":"#00A33E","d":null,"f":51.8},{"c":"9072","n":"ニッコンホールディングス","k":"ニッコンホールディングス","o":"日本梱包運輸倉庫","ok":"ニホンコンポウウンユソウコ","a":"ニッコン","e":"NIKKON Holdings","dr":"","i":"運輸 陸運","col":"#007AFF","d":null,"f":45.2},{"c":"9076","n":"セイノーホールディングス","k":"セイノーホールディングス","o":"西濃運輸、西濃トラック運輸","ok":"セイノウウンユ","a":"","e":"Seino Holdings","dr":"","i":"運輸 陸運","col":"#1565BF","d":null,"f":52.6},{"c":"9112","n":"三光汽船","k":"サンコウキセン","o":"三光海運","ok":"サンコウカイウン","a":"三光海運","e":"The Sanko Steamship Co., Ltd.","dr":"","i":"運輸 海運","col":"#333333","d":1985,"f":36.7},{"c":"9166","n":"GENDA","k":"ジェンダ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 娯楽施設・興行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52.9},{"c":"9204","n":"スカイマーク","k":"スカイマーク","o":"スカイマークエアラインズ、東京都新宿区にスカイマークエアラインズ","ok":"スカイマークエアラインズ","a":"","e":"Skymark Airlines Inc.","dr":"","i":"運輸 空運","col":"#001871","d":null,"f":55.6},{"c":"9247","n":"TREホールディングス","k":"ティーアールイーホールディングス","o":"タケエイ、リバーホールディングス","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 廃棄物処理・環境","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.7},{"c":"9248","n":"人・夢・技術グループ","k":"ヒトユメギジュツグループ","o":"長大","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.5},{"c":"9267","n":"Genky DrugStores","k":"ゲンキードラッグストアーズ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 ドラッグストア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52},{"c":"9279","n":"ギフトホールディングス","k":"ギフトホールディングス","o":"ギフト、町田商店","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49},{"c":"9303","n":"住友倉庫","k":"スミトモソウコ","o":"","ok":"","a":"","e":"The Sumitomo Warehouse","dr":"","i":"運輸 倉庫","col":"#6180C6","d":null,"f":45.5},{"c":"9310","n":"日本トランスシティ","k":"ニホントランスシティ","o":"四日市倉庫、四日市港運","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"運輸 倉庫","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.5},{"c":"9324","n":"安田倉庫","k":"ヤスダソウコ","o":"興亜起業、太洋倉庫、臨港倉庫","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"運輸 倉庫","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.1},{"c":"9336","n":"大栄環境","k":"ダイエイカンキョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Daiei Kankyo Co., Ltd.","dr":"","i":"サービス・外食 廃棄物処理・環境","col":"#72AF43","d":null,"f":38.9},{"c":"9347","n":"日本管財ホールディングス","k":"ニホンカンザイホールディングス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 警備・ビルメンテナンス","col":"#1a5c9c","d":null,"f":54.8},{"c":"9369","n":"キユーソー流通システム","k":"キユーソーリュウツウシステム","o":"キユーピー倉庫、キユーピー倉庫運輸","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"運輸 陸運","col":"#1a5c9c","d":null,"f":45.1},{"c":"9404","n":"日本テレビホールディングス","k":"","o":"日本テレビ放送網","ok":"","a":"","e":"Nippon Television Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 放送局","col":"#8497A1","d":null,"f":59.2},{"c":"9409","n":"テレビ朝日ホールディングス","k":"テレビアサヒホールディングス","o":"日本教育テレビ／全国朝日放送／テレビ朝日、テレビ朝日、全国朝日放送、日本教育テレビ","ok":"ニホンキョウイクテレビ／ゼンコクアサヒホウソウ／テレビアサヒ","a":"テレ朝／NETテレビ","e":"TV Asahi Holdings Corporation","dr":"","i":"サービス・外食 放送局","col":"#009FE8","d":null,"f":57.8},{"c":"9413","n":"テレビ東京ホールディングス","k":"テレビトウキョウホールディングス","o":"東京十二チャンネルプロダクション、東京十二チャンネル、テレビ東京、TVTOKYOCorporation","ok":"トウキョウジュウニチャンネルプロダクション、トウキョウジュウニチャンネル、テレビトウキョウ","a":"テレ東","e":"TV TOKYO Holdings Corporation","dr":"","i":"サービス・外食 放送局","col":"#E6465A","d":null,"f":53},{"c":"9416","n":"ビジョン","k":"ビジョン","o":"ビジョン・ビジネス・ソリューションズ、旧ビジョン","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 法人向け販売代理","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.3},{"c":"9418","n":"U-NEXT HOLDINGS","k":"ユーセンネクストホールディングス","o":"USEN-NEXT HOLDINGS、U-NEXT、USEN、有線ブロードネットワークス","ok":"","a":"","e":"U-NEXT HOLDINGS","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#00BFD3","d":null,"f":61},{"c":"9431","n":"KDD","k":"ケイディディ","o":"国際電信電話","ok":"コクサイデンシンデンワ","a":"国際電信電話|国際電信電話株式会社|KDD|ケイディディ|国際電電|KDD Corporation|Kokusai Denshin Denwa","e":"KDD Corporation","dr":"","i":"it・通信 通信キャリア","col":"#003163","d":2000,"f":48.3},{"c":"9436","n":"沖縄セルラー電話","k":"オキナワセルラーデンワ","o":"","ok":"","a":"","e":"OKINAWA CELLULAR TELEPHONE COMPANY","dr":"","i":"it・通信 通信キャリア","col":"#004098","d":null,"f":52},{"c":"9468","n":"KADOKAWA","k":"カドカワ","o":"角川書店、角川グループホールディングス、KADOKAWA・DWANGO、カドカワ","ok":"カドカワショテン、カドカワグループホールディングス、カドカワドワンゴ、カドカワ","a":"","e":"KADOKAWA","dr":"","i":"サービス・外食 出版","col":"#000066","d":null,"f":59.4},{"c":"9504","n":"中国電力","k":"チュウゴクデンリョク","o":"","ok":"","a":"","e":"The Chugoku Electric Power Company, Incorporated","dr":"","i":"インフラ 電力(大手)","col":"#4F86C5","d":null,"f":65.9},{"c":"9505","n":"北陸電力","k":"ホクリクデンリョク","o":"","ok":"","a":"","e":"Hokuriku Electric Power","dr":"","i":"インフラ 電力(大手)","col":"#003399","d":null,"f":62.4},{"c":"9506","n":"東北電力","k":"トウホクデンリョク","o":"","ok":"","a":"東北配電","e":"Tohoku Electric Power","dr":"","i":"インフラ 電力(大手)","col":"#E60012","d":null,"f":68.9},{"c":"9507","n":"四国電力","k":"シコクデンリョク","o":"四国計器工業","ok":"","a":"","e":"Shikoku Electric Power","dr":"","i":"インフラ 電力(大手)","col":"#E8053B","d":null,"f":63.2},{"c":"9509","n":"北海道電力","k":"ホッカイドウデンリョク","o":"","ok":"","a":"","e":"Hokkaido Electric Power","dr":"","i":"インフラ 電力(大手)","col":"#002F87","d":null,"f":64.2},{"c":"9511","n":"沖縄電力","k":"オキナワデンリョク","o":"琉球電力公社","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"インフラ 電力(大手)","col":"#1a5c9c","d":null,"f":56},{"c":"9513","n":"電源開発","k":"デンゲンカイハツ","o":"","ok":"","a":"","e":"J-Power","dr":"","i":"インフラ 電力(大手)","col":"#E60020","d":null,"f":64.1},{"c":"9517","n":"イーレックス","k":"イーレックス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"インフラ 電力(大手)","col":"#1a5c9c","d":null,"f":50.5},{"c":"9519","n":"レノバ","k":"レノバ","o":"リサイクルワン","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"インフラ 電力(大手)","col":"#1a5c9c","d":null,"f":50.2},{"c":"9531","n":"東京ガス","k":"トウキョウガス","o":"東京瓦斯","ok":"","a":"","e":"Tokyo Gas","dr":"","i":"インフラ 都市ガス","col":"#0068B7","d":null,"f":66.9},{"c":"9532","n":"大阪ガス","k":"オオサカガス","o":"","ok":"","a":"大阪瓦斯","e":"Osaka Gas","dr":"","i":"インフラ 都市ガス","col":"#003C82","d":null,"f":67.1},{"c":"9533","n":"東邦ガス","k":"トウホウガス","o":"東邦瓦斯","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"インフラ 都市ガス","col":"#009CD0","d":null,"f":59.9},{"c":"9543","n":"静岡ガス","k":"シズオカガス","o":"静岡瓦斯","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"インフラ 都市ガス","col":"#1a5c9c","d":null,"f":53.4},{"c":"9551","n":"メタウォーター","k":"メタウォーター","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"機械・精密 ポンプ・水処理","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.5},{"c":"9552","n":"クオンツ総研ホールディングス","k":"クオンツソウケンホールディングス","o":"Ｍ＆Ａ総研ホールディングス","ok":"エムアンドエーソウケンホールディングス","a":"Ｍ＆Ａ総研ホールディングス","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 m&a仲介","col":"#1a5c9c","d":null,"f":null},{"c":"9603","n":"エイチ・アイ・エス","k":"エイチアイエス","o":"インターナショナルツアーズ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":62.1},{"c":"9605","n":"東映","k":"トウエイ","o":"東京映画配給","ok":"トウキョウエイガハイキュウ","a":"東京映画配給","e":"TOEI COMPANY, LTD.","dr":"","i":"サービス・外食 映画","col":"#550E1C","d":null,"f":52.8},{"c":"9616","n":"共立メンテナンス","k":"キョウリツメンテナンス","o":"","ok":"","a":"","e":"Kyoritsu Maintenance","dr":"","i":"サービス・外食 娯楽施設・興行","col":"#005BAC","d":null,"f":61},{"c":"9621","n":"建設技術研究所","k":"ケンセツギジュツケンキュウショ","o":"建設技研","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.7},{"c":"9661","n":"歌舞伎座","k":"カブキザ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 映画","col":"#1a5c9c","d":null,"f":36.7},{"c":"9663","n":"ナガワ","k":"ナガワ","o":"長和石油","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.8},{"c":"9665","n":"吉本興業","k":"ヨシモトコウギョウ","o":"吉本興行部、吉本興業合名会社","ok":"ヨシモトコウギョウブ","a":"吉本興業ホールディングス|よしもと|吉本","e":"Yoshimoto Kogyo Co., Ltd.","dr":"","i":"サービス・外食 映画","col":"#E84709","d":2010,"f":47.4},{"c":"9672","n":"東京都競馬","k":"トウキョウトケイバ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 娯楽施設・興行","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.9},{"c":"9678","n":"カナモト","k":"カナモト","o":"金本商店、北海道室蘭市に金本商店","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":53.6},{"c":"9681","n":"東京ドーム","k":"トウキョウドーム","o":"後楽園スタヂアム","ok":"コウラクエンスタヂアム","a":"後楽園スタヂアム|後楽園|東京ドームシティ","e":"TOKYO DOME CORPORATION","dr":"","i":"サービス・外食 娯楽施設・興行","col":"#DF0023","d":2021,"f":51},{"c":"9682","n":"DTS","k":"ディーティーエス","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.5},{"c":"9692","n":"シーイーシー","k":"シーイーシー","o":"コンピューターエンジニアーズ、コンピュータエンジニアーズ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.4},{"c":"9697","n":"カプコン","k":"カプコン","o":"サンビ","ok":"","a":"アイ・アール・エム|日本カプセルコンピュータ","e":"Capcom","dr":"","i":"it・通信 ゲーム・モバイル","col":"#FFCC00","d":null,"f":57.6},{"c":"9699","n":"ニシオホールディングス","k":"ニシオホールディングス","o":"宝電産、西尾リース、西尾レントオール、西尾実業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":53.2},{"c":"9705","n":"雅叙園観光","k":"ガジョエンカンコウ","o":"雅叙園観光ホールディングス","ok":"","a":"目黒雅叙園|東北雅叙園|雅叙園観光ホテル","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ホテル・宿泊","col":"#333333","d":1997,"f":48.3},{"c":"9706","n":"日本空港ビルデング","k":"ニホンクウコウビルデング","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#1565C0","d":null,"f":43.1},{"c":"9708","n":"帝国ホテル","k":"テイコクホテル","o":"有限責任帝国ホテル会社","ok":"","a":"","e":"Imperial Hotel, Ltd.","dr":"","i":"サービス・外食 ホテル・宿泊","col":"#856C34","d":null,"f":51.9},{"c":"9715","n":"トランス・コスモス","k":"トランスコスモス","o":"","ok":"","a":"","e":"transcosmos","dr":"","i":"サービス・外食 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":null},{"c":"9716","n":"乃村工藝社","k":"ノムラコウゲイシャ","o":"日本軍事工藝、日本軍事工芸","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.7},{"c":"9722","n":"藤田観光","k":"フジタカンコウ","o":"藤田興業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ホテル・宿泊","col":"#1a5c9c","d":null,"f":52},{"c":"9729","n":"トーカイ","k":"トーカイ","o":"東海綿業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ヘルスケアサービス","col":"#1a5c9c","d":null,"f":47.2},{"c":"9733","n":"ナガセ","k":"ナガセ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":50.6},{"c":"9743","n":"丹青社","k":"タンセイシャ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":42.1},{"c":"9746","n":"TKC","k":"ティーケーシー","o":"","ok":"","a":"栃木県計算センター|テイケイシイ","e":"TKC","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#005EB8","d":null,"f":40.7},{"c":"9755","n":"応用地質","k":"オウヨウチシツ","o":"応用地質調査事務所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.2},{"c":"9757","n":"船井総研ホールディングス","k":"フナイソウケンホールディングス","o":"日本マーケティングセンター、船井総合研究所","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 itコンサル・品質保証","col":"#1a5c9c","d":null,"f":39.5},{"c":"9759","n":"NSD","k":"エヌエスディー","o":"ステラス","ok":"","a":"日本システムディベロップメント","e":"NSD","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#6FBA2C","d":null,"f":44.7},{"c":"9790","n":"福井コンピュータホールディングス","k":"フクイコンピュータホールディングス","o":"福井コンピュータ、福井コンピューター、福井コンピューター販売","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":31.6},{"c":"9793","n":"ダイセキ","k":"ダイセキ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 廃棄物処理・環境","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.7},{"c":"9824","n":"泉州電業","k":"センシュウデンギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":40.5},{"c":"9828","n":"Genki Global Dining Concepts","k":"ゲンキグローバルダイニングコンセプツ","o":"元気寿司、元禄、元禄商事","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":49.7},{"c":"9830","n":"トラスコ中山","k":"トラスコナカヤマ","o":"中山機工商会、中山機工","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":43.2},{"c":"9832","n":"オートバックスセブン","k":"オートバックスセブン","o":"末広商会、末廣商會、大豊産業、日本ドライブショップチェン","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":59.8},{"c":"9842","n":"アークランズ","k":"アークランズ","o":"アークランドサカモト、坂本産業","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 ホームセンター","col":"#1a5c9c","d":null,"f":59.7},{"c":"9863","n":"靴のマルトミ","k":"クツノマルトミ","o":"","ok":"","a":"","e":"Kutsu no Marutomi","dr":"","i":"小売・日用品 靴小売","col":"#333333","d":2000,"f":50},{"c":"9869","n":"加藤産業","k":"カトウサンギョウ","o":"","ok":"","a":"カンピー","e":"","dr":"","i":"総合商社 医薬品・日用品卸","col":"#0055A0","d":null,"f":45.7},{"c":"9882","n":"イエローハット","k":"イエローハット","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 ","col":"#1a5c9c","d":null,"f":57.7},{"c":"9887","n":"松屋フーズホールディングス","k":"マツヤフーズホールディングス","o":"松屋商事、松屋フーズ","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":56.6},{"c":"9902","n":"日伝","k":"ニチデン","o":"日本伝導精機","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":38.7},{"c":"9928","n":"ミロク情報サービス","k":"ミロクジョウホウサービス","o":"ミロク計算センター","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#1a5c9c","d":null,"f":37.2},{"c":"9936","n":"王将フードサービス","k":"オウショウフードサービス","o":"餃子の王将チェーン、王将チェーン","ok":"ギョウザノオウショウチェーン、オウショウチェーン","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":56.2},{"c":"9956","n":"バローホールディングス","k":"バローホールディングス","o":"主婦の店バロー、バロー","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":61.5},{"c":"9960","n":"東テク","k":"トウテク","o":"東京機工","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#1a5c9c","d":null,"f":41.1},{"c":"9974","n":"ベルク","k":"ベルク","o":"主婦の店ベルク","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#1a5c9c","d":null,"f":55.7},{"c":"9997","n":"ベルーナ","k":"ベルーナ","o":"友華堂","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"小売・日用品 ec・通販","col":"#1a5c9c","d":null,"f":59},{"c":"ascii","n":"アスキー","k":"アスキー","o":"アスキー出版","ok":"アスキーシュッパン","a":"アスキー出版|ASCII|月刊アスキー|週刊アスキー|アスキー・メディアワークス","e":"ASCII Corporation","dr":"","i":"サービス・外食 出版","col":"#333333","d":2002,"f":48.3},{"c":"daiei-film","n":"大映","k":"ダイエイ","o":"大日本映画製作","ok":"ダイニッポンエイガセイサク","a":"","e":"Daiei Motion Picture Co., Ltd.","dr":"","i":"サービス・外食 映画","col":"#1a5c9c","d":1971,"f":48.3},{"c":"dainippon-pharmaceutical","n":"大日本製薬","k":"ダイニッポンセイヤク","o":"大阪製薬、住友製薬と合併し大日本住友製薬","ok":"オオサカセイヤク","a":"大阪製薬|大日本製薬合資会社|Dainippon Pharmaceutical|ダイニホンセイヤク","e":"Dainippon Pharmaceutical","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#1B4F9C","d":2005,"f":36.7},{"c":"hankyu-department","n":"阪急百貨店","k":"ハンキュウヒャッカテン","o":"エイチ・ツー・オーリテイリング","ok":"","a":"","e":"Hankyu Department Stores","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#7F2457","d":2007,"f":52.2},{"c":"hokushin-denki","n":"北辰電機製作所","k":"ホクシンデンキセイサクショ","o":"","ok":"","a":"","e":"Hokushin Electric Works","dr":"横河電機製作所への吸収合併","i":"電機・事務機 楽器","col":"#333333","d":1983,"f":36.7},{"c":"ido","n":"日本移動通信","k":"ニホンイドウツウシン","o":"","ok":"","a":"日本移動通信|日本移動通信株式会社|IDO|アイディーオー|IDO Corporation","e":"IDO Corporation","dr":"","i":"it・通信 通信キャリア","col":"#0B4C97","d":2000,"f":48.3},{"c":"kawamoto","n":"川本製作所","k":"カワモトセイサクショ","o":"","ok":"","a":"川本ポンプ","e":"Kawamoto Pump Mfg.","dr":"","i":"機械・精密 ポンプ・水処理","col":"#5C9EFF","d":null,"f":36.7},{"c":"lotte","n":"ロッテ","k":"ロッテ","o":"ひかり特殊化学研究所","ok":"ヒカリトクシュカガクケンキュウジョ","a":"","e":"LOTTE CO., LTD.","dr":"","i":"食品・飲料 菓子","col":"#DD1D18","d":null,"f":48.3},{"c":"ltcb","n":"日本長期信用銀行","k":"ニホンチョウキシンヨウギンコウ","o":"","ok":"","a":"長銀","e":"The Long-Term Credit Bank of Japan, Limited","dr":"","i":"金融 専業銀行","col":"#C2023E","d":1998,"f":36.7},{"c":"mantetsu","n":"南満洲鉄道","k":"ミナミマンシュウテツドウ","o":"","ok":"","a":"満鉄|南満州鉄道|南満洲鉄道|SMR","e":"South Manchuria Railway","dr":"","i":"運輸 jr","col":"#1B3A6B","d":1945,"f":48.3},{"c":"mori-building","n":"森ビル","k":"モリビル","o":"","ok":"","a":"森不動産|Mori Building|六本木ヒルズ|虎ノ門ヒルズ|麻布台ヒルズ|アークヒルズ|森泰吉郎|森稔","e":"Mori Building Co., Ltd.","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#9FA0A0","d":null,"f":30.6},{"c":"nichia","n":"日亜化学工業","k":"ニチアカガクコウギョウ","o":"徳島県阿南市新野町に日亜化学工業","ok":"","a":"日亜化学|Nichia|青色LED|中村修二|小川信雄|阿南","e":"Nichia Corporation","dr":"","i":"電機・事務機 光デバイス","col":"#006AB7","d":null,"f":40.1},{"c":"onoda-cement","n":"小野田セメント","k":"オノダセメント","o":"小野田セメント製造","ok":"オノダセメントセイゾウ","a":"小野田セメント|小野田セメント製造|セメント製造会社|Onoda Cement","e":"Onoda Cement Co., Ltd.","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 セメント","col":"#004098","d":1994,"f":36.7},{"c":"sanko-seika","n":"三幸製菓","k":"サンコウセイカ","o":"","ok":"","a":"","e":"Sanko Seika Co., Ltd.","dr":"","i":"食品・飲料 菓子","col":"#E50012","d":null,"f":48.3},{"c":"suzuya","n":"鈴屋","k":"スズヤ","o":"鈴木シャツ被服店","ok":"スズキシャツヒフクテン","a":"","e":"SUZUYA","dr":"composition","i":"小売・日用品 アパレル","col":"#333333","d":1997,"f":48.3},{"c":"takenaka","n":"竹中工務店","k":"タケナカコウムテン","o":"","ok":"","a":"","e":"Takenaka","dr":"","i":"建設 スーパーゼネコン","col":"#861C3C","d":null,"f":39.4},{"c":"tanabe-mitsubishi-seiyaku","n":"田辺三菱製薬","k":"タナベミツビシセイヤク","o":"田辺製薬、田邊製薬、三菱ウェルファーマ","ok":"","a":"田辺三菱|Mitsubishi Tanabe Pharma|MTPC|レミケード|ステラーラ|ラジカット","e":"Mitsubishi Tanabe Pharma Corporation","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#1a5c9c","d":2020,"f":48},{"c":"tohatsu","n":"東京発動機","k":"トウキョウハツドウキ","o":"タカタモーター研究所、タカタモーター企業社、タカタモーター製作","ok":"タカタモーターケンキュウジョ、タカタモーターキギョウシャ、タカタモーターセイサク","a":"トーハツ","e":"TOHATSU CORPORATION","dr":"会社更生法申請による上場廃止","i":"自動車・部品 二輪","col":"#E03500","d":1964,"f":48.3},{"c":"toyo-takushoku","n":"東洋拓殖","k":"トウヨウタクショク","o":"","ok":"","a":"東拓|東洋拓殖株式会社|Oriental Development","e":"Oriental Development Company","dr":"","i":"金融 専業銀行","col":"#4B5D3A","d":1945,"f":36.7},{"c":"ykk","n":"YKK","k":"ワイケーケー","o":"吉田工業","ok":"ヨシダコウギョウ","a":"吉田工業|サンエス商会|YKK AP|吉田忠雄|ファスナー|ワイ・ケー・ケー","e":"YKK Corporation","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 シャッター・建材","col":"#0082BE","d":null,"f":50.7},{"c":"yodobashi","n":"ヨドバシカメラ","k":"ヨドバシカメラ","o":"藤沢写真商会、淀橋写真商会","ok":"フジサワシャシンショウカイ、ヨドバシシャシンショウカイ","a":"","e":"Yodobashi Camera Co., Ltd.","dr":"","i":"小売・日用品 家電量販","col":"#E60012","d":null,"f":48.3},{"c":"4922","n":"コーセーホールディングス","k":"コーセーホールディングス","o":"コーセー、コーセートラベルリテール","ok":"コーセー","a":"コーセー|小林コーセー|コーセーHD|KOSE","e":"KOSÉ Holdings Corporation","dr":"","i":"小売・日用品 化粧品","col":"#418FDE","d":null,"f":60.7},{"c":"7203","n":"トヨタ自動車","k":"トヨタジドウシャ","o":"トヨタ自動車工業、トヨタ自動車販売と合併しトヨタ自動車","ok":"トヨタジドウシャコウギョウ","a":"","e":"Toyota Motor","dr":"","i":"自動車・部品 乗用車","col":"#EB0A1E","d":null,"f":84.7},{"c":"8219","n":"青山商事","k":"アオヤマショウジ","o":"","ok":"","a":"","e":"AOYAMA TRADING Co. Ltd.","dr":"","i":"小売・日用品 spa・専門チェーン","col":"#1a5c9c","d":null,"f":59},{"c":"9075","n":"福山通運","k":"フクヤマツウウン","o":"福山貨物運送","ok":"フクヤマカモツウンソウ","a":"","e":"","dr":"","i":"運輸 陸運","col":"#1E8C60","d":null,"f":45.4},{"c":"1331","n":"ニチロ","k":"ニチロ","o":"日魯漁業","ok":"ニチロギョギョウ","a":"日魯漁業、堤商会、ニチロサンフーズ、Nichiro","e":"Nichiro Corporation","dr":"","i":"食品・飲料 水産・缶詰","col":"#B91A01","d":2007,"f":48.3},{"c":"1333","n":"Umios","k":"ウミオス","o":"マルハニチロ","ok":"マルハニチロ","a":"マルハニチロ、マルハニチロホールディングス、大洋漁業、マルハ、ニチロ、日魯漁業","e":"Umios","dr":"","i":"食品・飲料 水産・缶詰","col":"#FA0014","d":null,"f":64.9},{"c":"1511","n":"明治鉱業","k":"メイジコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Meiji Mining Co., Ltd.","dr":"解散","i":"鉄鋼・非鉄 石炭・資源","col":"#1a5c9c","d":1969,"f":40.3},{"c":"1808","n":"長谷工コーポレーション","k":"ハセコウコーポレーション","o":"長谷川工務店","ok":"ハセガワコウムテン","a":"","e":"Haseko","dr":"","i":"建設 準大手ゼネコン","col":"#333333","d":null,"f":51.6},{"c":"2101","n":"大日本製糖","k":"ダイニホンセイトウ","o":"日本精製糖、日糖興業","ok":"ニホンセイセイトウ、ニットウコウギョウ","a":"日糖","e":"Dai-Nippon Sugar Manufacturing Co., Ltd.","dr":"債務超過・無配継続","i":"食品・飲料 ","col":"#333333","d":1979,"f":42.5},{"c":"2220","n":"亀田製菓","k":"カメダセイカ","o":"","ok":"","a":"亀田|亀田町農産加工農業協同組合","e":"KAMEDA SEIKA CO., LTD.","dr":"","i":"食品・飲料 菓子","col":"#BD0505","d":null,"f":55.7},{"c":"2262","n":"雪印乳業","k":"ユキジルシニュウギョウ","o":"北海道製酪販売組合、北海道興農公社、北海道酪農協同","ok":"ホッカイドウセイラクハンバイクミアイ、ホッカイドウコウノウコウシャ、ホッカイドウラクノウキョウドウ","a":"雪印","e":"Snow Brand Milk Products","dr":"","i":"食品・飲料 乳業","col":"#0075C2","d":2009,"f":58.5},{"c":"2284","n":"伊藤ハム","k":"イトウハム","o":"伊藤ハム栄養食品","ok":"イトウハムエイヨウショクヒン","a":"伊藤ハム栄養食品","e":"Itoham Foods Inc.","dr":"共同株式移転による完全子会社化","i":"食品・飲料 食肉","col":"#003366","d":2016,"f":60.6},{"c":"2531","n":"宝ホールディングス","k":"タカラホールディングス","o":"宝酒造、寳酒造","ok":"","a":"宝酒造","e":"Takara Holdings","dr":"","i":"食品・飲料 酒類","col":"#1878D8","d":null,"f":61.3},{"c":"2591","n":"カルピス","k":"カルピス","o":"カルピス食品工業、カルピス製造","ok":"カルピスショクヒンコウギョウ","a":"","e":"CALPIS","dr":"","i":"食品・飲料 清涼飲料","col":"#084F95","d":2007,"f":50.6},{"c":"2768","n":"双日","k":"ソウジツ","o":"双日HD","ok":"","a":"","e":"Sojitz","dr":"","i":"総合商社 中堅総合商社","col":"#003A7C","d":null,"f":58},{"c":"2914","n":"JT","k":"ジェイティー","o":"日本専売公社","ok":"ニッポンセンバイコウシャ","a":"日本たばこ産業|日本専売公社","e":"Japan Tobacco","dr":"","i":"食品・飲料 たばこ","col":"#00A273","d":null,"f":75.2},{"c":"3086","n":"J.フロント リテイリング","k":"ジェイフロントリテイリング","o":"","ok":"","a":"大丸|松坂屋|大丸松坂屋百貨店|Jフロントリテイリング|Jフロント","e":"J. Front Retailing","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#A31B53","d":null,"f":63.2},{"c":"3088","n":"マツキヨココカラ&カンパニー","k":"マツキヨココカラアンドカンパニー","o":"マツモトキヨシホールディングス、マツモトキヨシ","ok":"マツモトキヨシホールディングス、マツモトキヨシ","a":"","e":"Matsukiyococokara & Co.","dr":"","i":"小売・日用品 ドラッグストア","col":"#FF5624","d":null,"f":65.3},{"c":"3102","n":"鐘紡","k":"カネボウ","o":"カネボウ、鐘淵紡績","ok":"","a":"","e":"Kanebo","dr":"","i":"化学・素材 紡績","col":"#333333","d":2005,"f":26.9},{"c":"3110","n":"日東紡績","k":"ニットウボウセキ","o":"郡山絹糸紡績","ok":"","a":"","e":"Nitto Boseki","dr":"","i":"化学・素材 紡績","col":"#005EAE","d":null,"f":41.7},{"c":"3216","n":"御幸毛織","k":"ミユキケオリ","o":"御幸ホールディングス、御幸HD","ok":"ミユキホールディングス","a":"","e":"Miyuki Keori Co., Ltd.","dr":"東洋紡との株式交換による完全子会社化","i":"化学・素材 紡績","col":"#183366","d":2009,"f":34.3},{"c":"3404","n":"三菱レイヨン","k":"ミツビシレイヨン","o":"新光レイヨン","ok":"シンコウレイヨン","a":"新光レイヨン|新興人絹|三菱レーヨン|三菱レイヨン|Mitsubishi Rayon|ボンネル|アクリライト|ルーサイト|Lucite|3404","e":"Mitsubishi Rayon Co., Ltd.","dr":"","i":"化学・素材 合成繊維","col":"#E60012","d":2010,"f":36.7},{"c":"3407","n":"旭化成","k":"アサヒカセイ","o":"旭化成工業、旭絹織","ok":"アサヒカセイコウギョウ","a":"旭化成工業","e":"Asahi Kasei","dr":"","i":"化学・素材 合成繊維","col":"#005BAB","d":null,"f":59.6},{"c":"3606","n":"レナウン","k":"レナウン","o":"レナウンダーバンホールディングス、佐々木営業部、レナウン商事","ok":"レナウンダーバンホールディングス、ササキエイギョウブ","a":"RENOWN|ダーバン|アクアスキュータム","e":"Renown Incorporated","dr":"","i":"小売・日用品 アパレル","col":"#001E43","d":2020,"f":52.6},{"c":"3938","n":"LINE","k":"ライン","o":"NHN Japan、AHD","ok":"エヌエイチエヌジャパン","a":"LINE|LINE株式会社|ＬＩＮＥ|LINE Corporation|NHN Japan|エヌエイチエヌ・ジャパン|ハンゲームジャパン|ネイバージャパン|NAVER Japan|ライン","e":"LINE Corporation","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#06C755","d":2020,"f":48.3},{"c":"4006","n":"チッソ","k":"チッソ","o":"新日本窒素肥料","ok":"シンニホンチッソヒリョウ","a":"日本窒素肥料|新日本窒素肥料|日窒|曾木電気|日本カーバイド商会|野口遵|水俣病|JNC|チツソ","e":"CHISSO CORPORATION","dr":"水俣病補償負担による債務超過・無配","i":"化学・素材 総合化学","col":"#036702","d":1978,"f":42.4},{"c":"4010","n":"三菱化学","k":"ミツビシカガク","o":"三菱化成工業","ok":"ミツビシカセイコウギョウ","a":"三菱化成|三菱化成工業|日本化成工業|日本タール工業|三菱化学|Mitsubishi Chemical|Mitsubishi Kasei|4010","e":"Mitsubishi Chemical Corporation","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#E60012","d":2005,"f":43.6},{"c":"4063","n":"信越化学工業","k":"シンエツカガクコウギョウ","o":"信越窒素肥料","ok":"シンエツチッソヒリョウ","a":"","e":"Shin-Etsu Chemical","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#003B8E","d":null,"f":58.6},{"c":"4182","n":"三菱瓦斯化学","k":"ミツビシガスカガク","o":"日本瓦斯化学工業","ok":"ニッポンガスカガクコウギョウ","a":"","e":"Mitsubishi Gas Chemical","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#FF0000","d":null,"f":49.8},{"c":"4183","n":"三井化学","k":"ミツイカガク","o":"三井東圧化学、三井東圧化学と合併し三井化学","ok":"ミツイトウアツカガク","a":"三井東圧|三井石油化学|三井東圧化学","e":"Mitsui Chemicals","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#00A1E9","d":null,"f":54.6},{"c":"4185","n":"JSR","k":"ジェイエスアール","o":"日本合成ゴム","ok":"ニホンゴウセイゴム","a":"","e":"JSR Corporation","dr":"","i":"半導体・部品 半導体材料","col":"#3061AC","d":2024,"f":46.3},{"c":"4204","n":"積水化学工業","k":"セキスイカガクコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Sekisui Chemical","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#004EA2","d":null,"f":56.6},{"c":"4213","n":"三菱樹脂","k":"ミツビシジュシ","o":"長浜樹脂","ok":"ナガハマジュシ","a":"長浜樹脂|三菱樹脂|Mitsubishi Plastics|アルポリック|ALPOLIC|ヒシプレート|ダイヤプレート|4213","e":"Mitsubishi Plastics, Inc.","dr":"","i":"化学・素材 樹脂・成形","col":"#E60012","d":2007,"f":40.8},{"c":"4217","n":"日立化成","k":"ヒタチカセイ","o":"日立化成工業、昭和電工マテリアルズ","ok":"ヒタチカセイコウギョウ","a":"日立化成","e":"Hitachi Chemical","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#CC0000","d":2020,"f":48.3},{"c":"4307","n":"野村総合研究所","k":"ノムラソウゴウケンキュウショ","o":"","ok":"","a":"野村電子計算センター|野村コンピュータシステム","e":"Nomura Research Institute","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#015CAA","d":null,"f":51.9},{"c":"4452","n":"花王","k":"カオウ","o":"花王石鹸","ok":"カオウセッケン","a":"花王石鹸","e":"Kao","dr":"","i":"小売・日用品 化粧品","col":"#05AC8F","d":null,"f":68.7},{"c":"4507","n":"塩野義製薬","k":"シオノギセイヤク","o":"塩野義商店","ok":"シオノギショウテン","a":"","e":"Shionogi","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#D80C24","d":null,"f":49.5},{"c":"4508","n":"田辺製薬","k":"タナベセイヤク","o":"田邊屋","ok":"タナベヤ","a":"田邊製薬|田邊屋|たなべや|Tanabe Seiyaku|Tanabe Pharmaceutical|アスパラカリウム|タナベ","e":"Tanabe Seiyaku Co., Ltd.","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#333333","d":2007,"f":39},{"c":"4581","n":"大正製薬ホールディングス","k":"タイショウセイヤクホールディングス","o":"大正製薬","ok":"タイショウセイヤク","a":"大正製薬|大正製薬所|大正製薬HD|リポビタンD|Taisho Pharmaceutical","e":"Taisho Pharmaceutical Holdings Co., Ltd.","dr":"","i":"医薬品・医療 otc・家庭薬","col":"#0097E0","d":2024,"f":59.2},{"c":"4723","n":"グッドウィル・グループ","k":"グッドウィルグループ","o":"グッドウィル、ラディアHD","ok":"グッドウィル","a":"ラディアホールディングス|コムスン|グッドウィル|折口雅博|Goodwill","e":"Goodwill Group, Inc.","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#204B8C","d":2009,"f":45.9},{"c":"4753","n":"ライブドア","k":"ライブドア","o":"オン・ザ・エッヂ、ライブドアHD","ok":"オンザエッヂ","a":"オン・ザ・エッヂ|エッジ|ライブドアホールディングス|LDH|livedoor|堀江貴文","e":"livedoor Co., Ltd.","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#DD0313","d":2006,"f":45.1},{"c":"4812","n":"電通総研","k":"デンツウソウケン","o":"電通国際情報サービス","ok":"デンツウコクサイジョウホウサービス","a":"ISI電通|ISID","e":"Dentsu Soken","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#0066B3","d":null,"f":40.4},{"c":"5012","n":"東燃ゼネラル石油","k":"トウネンゼネラルセキユ","o":"東亜燃料工業","ok":"トウアネンリョウコウギョウ","a":"東亜燃料工業|東燃|トウネン|ゼネラル石油|ゼネラル物産|スタンヴァック|ソコニー・ヴァキューム|エッソ石油|モービル石油|エクソンモービル有限会社|TonenGeneral|Tonen|General Sekiyu","e":"TonenGeneral Sekiyu K.K.","dr":"","i":"化学・素材 石油元売","col":"#E60021","d":2017,"f":49.9},{"c":"5014","n":"ジャパンエナジー","k":"ジャパンエナジー","o":"久原鉱業、日本鉱業、日鉱共石","ok":"クハラコウギョウ、ニホンコウギョウ、ニッコウキョウセキ","a":"日本鉱業|久原鉱業|久原房之助|日本産業|日鉱共石|共同石油|キョウドウセキユ|新日鉱ホールディングス|日鉱金属|日鉱|JOMO|Japan Energy|Nippon Mining","e":"Japan Energy Corporation","dr":"","i":"化学・素材 石油元売","col":"#EC008C","d":2002,"f":36.7},{"c":"5301","n":"東海カーボン","k":"トウカイカーボン","o":"東海電極製造、東海電極","ok":"トウカイデンキョクセイゾウ","a":"","e":"Tokai Carbon","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 炭素素材","col":"#E60013","d":null,"f":49.9},{"c":"5405","n":"住友金属工業","k":"スミトモキンゾクコウギョウ","o":"住友伸銅鋼管、扶桑金属工業","ok":"スミトモシンドウコウカン","a":"住友金属|住金|Sumitomo Metal|住友伸銅鋼管|住友製鋼所|住友伸銅場|住友金属工業株式会社|住友鋳鋼場|住友鋳鋼所","e":"Sumitomo Metal Industries, Ltd.","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 高炉鉄鋼","col":"#00873C","d":2012,"f":43.1},{"c":"5406","n":"神戸製鋼所","k":"コウベセイコウショ","o":"","ok":"","a":"","e":"Kobe Steel","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 高炉鉄鋼","col":"#0B61BA","d":null,"f":59.1},{"c":"5703","n":"日本軽金属ホールディングス","k":"ニホンケイキンゾクホールディングス","o":"日本軽金属","ok":"ニホンケイキンゾク","a":"日軽金","e":"Nippon Light Metal Holdings Company, Ltd.","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 非鉄金属","col":"#0668AE","d":null,"f":49.8},{"c":"5706","n":"三井金属","k":"ミツイキンゾク","o":"三井金属鉱業、神岡鉱業","ok":"ミツイキンゾクコウギョウ、カミオカコウギョウ","a":"","e":"Mitsui Kinzoku","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 非鉄金属","col":"#009060","d":null,"f":49.6},{"c":"5713","n":"住友金属鉱山","k":"スミトモキンゾクコウザン","o":"住友別子鉱山","ok":"","a":"","e":"Sumitomo Metal Mining","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 非鉄金属","col":"#7cbbd6","d":null,"f":53},{"c":"5857","n":"AREホールディングス","k":"エーアールイーホールディングス","o":"AREHD、アサヒプリテック、朝日化学研究所","ok":"","a":"","e":"ARE Holdings","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 非鉄金属","col":"#0090FF","d":null,"f":45.6},{"c":"6013","n":"タクマ","k":"タクマ","o":"田熊汽罐製造","ok":"タクマキカンセイゾウ","a":"","e":"Takuma","dr":"","i":"機械・精密 ポンプ・水処理","col":"#0032C9","d":null,"f":41.7},{"c":"6141","n":"DMG森精機","k":"ディーエムジーモリセイキ","o":"森精機製作所","ok":"モリセイキセイサクショ","a":"","e":"DMG Mori","dr":"","i":"機械・精密 工作機械","col":"#F50506","d":null,"f":51.4},{"c":"6201","n":"豊田自動織機","k":"トヨタジドウショッキ","o":"豊田自動織機製作所","ok":"","a":"","e":"Toyota Industries","dr":"","i":"自動車・部品 産業車両","col":"#0057AA","d":2026,"f":53.9},{"c":"6302","n":"住友重機械工業","k":"スミトモジュウキカイコウギョウ","o":"住友機械製作、四国機械工業、住友機械工業、住友別子鉱業所工作方","ok":"スミトモキカイコウギョウ","a":"住友重機","e":"Sumitomo Heavy Industries","dr":"","i":"重工 重機械","col":"#0162B0","d":null,"f":52.4},{"c":"6326","n":"クボタ","k":"クボタ","o":"久保田鉄工","ok":"クボタテッコウ","a":"","e":"Kubota","dr":"","i":"機械・精密 建機・農機","col":"#35A8A8","d":null,"f":58.9},{"c":"6367","n":"ダイキン","k":"ダイキン","o":"大阪金属工業、ダイキン工業","ok":"オオサカキンゾクコウギョウ","a":"大阪金属工業所","e":"Daikin","dr":"","i":"機械・精密 空調・熱機器","col":"#14bee6","d":null,"f":60.3},{"c":"6368","n":"オルガノ","k":"オルガノ","o":"日本オルガノ商会、オルガノプラントサービス、丸栄工業に資本参加しオルガノ工事","ok":"ニッポンオルガノショウカイ","a":"","e":"Organo","dr":"","i":"機械・精密 ポンプ・水処理","col":"#0095DA","d":null,"f":42},{"c":"6448","n":"ブラザー工業","k":"ブラザーコウギョウ","o":"安井ミシン商会、日本ミシン製造、安井ミシン兄弟商会","ok":"ヤスイミシンショウカイ、ニッポンミシンセイゾウ","a":"","e":"Brother Industries","dr":"","i":"機械・精密 プリンタ・複合機","col":"#005CAB","d":null,"f":57.5},{"c":"6504","n":"富士電機","k":"フジデンキ","o":"富士電機製造、富士電機HD、富士電機ホールディングス","ok":"フジデンキセイゾウ","a":"","e":"Fuji Electric","dr":"","i":"電機・事務機 重電","col":"#005BAB","d":null,"f":52.7},{"c":"6506","n":"安川電機","k":"ヤスカワデンキ","o":"安川電機製作所","ok":"ヤスカワデンキセイサクショ","a":"","e":"Yaskawa Electric","dr":"","i":"機械・精密 ロボット・fa","col":"#0156B9","d":null,"f":51.5},{"c":"6532","n":"ベイカレント","k":"ベイカレント","o":"ピーシーワークス、ベイカレント・コンサルティング","ok":"ピーシーワークス","a":"","e":"Baycurrent","dr":"","i":"it・通信 itコンサル・品質保証","col":"#0C27F4","d":null,"f":44.5},{"c":"6592","n":"マブチモーター","k":"マブチモーター","o":"東京科学","ok":"トウキョウカガク","a":"東京科学|東京科学工業","e":"Mabuchi Motor","dr":"","i":"機械・精密 電子部品","col":"#0166B3","d":null,"f":48.7},{"c":"6628","n":"オンキヨー","k":"オンキヨー","o":"大阪電気音響社、大阪音響","ok":"オオサカデンキオンキョウシャ","a":"ONKYO|オンキョー|オンキヨーホームエンターテイメント|オンキヨー＆パイオニア","e":"Onkyo Corporation","dr":"","i":"電機・事務機 av・音響機器","col":"#005BAC","d":2021,"f":50.2},{"c":"6665","n":"エルピーダメモリ","k":"エルピーダメモリ","o":"NEC日立メモリ","ok":"エヌイーシーヒタチメモリ","a":"エルピーダ｜NEC日立メモリ｜マイクロンメモリジャパン｜Elpida","e":"Elpida Memory, Inc.","dr":"","i":"半導体・部品 半導体メーカー","col":"#123A85","d":2012,"f":44.7},{"c":"6701","n":"NEC","k":"エヌイーシー","o":"日本電気、住友通信工業","ok":"ニッポンデンキ","a":"","e":"NEC","dr":"","i":"電機・事務機 総合電機","col":"#003f87","d":null,"f":73.4},{"c":"6702","n":"富士通","k":"フジツウ","o":"富士通信機製造","ok":"フジツウシンキセイゾウ","a":"","e":"Fujitsu","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#c8102e","d":null,"f":61.3},{"c":"6758","n":"ソニー","k":"ソニー","o":"東京通信工業、ソニーグループ","ok":"トウキョウツウシンコウギョウ","a":"","e":"Sony Group","dr":"","i":"電機・事務機 総合電機","col":"#003366","d":null,"f":77.9},{"c":"6764","n":"三洋電機","k":"サンヨウデンキ","o":"","ok":"","a":"","e":"Sanyo Electric","dr":"","i":"電機・事務機 総合電機","col":"#D42727","d":2011,"f":63.9},{"c":"6793","n":"山水電気","k":"サンスイデンキ","o":"山水電気製作所","ok":"サンスイデンキセイサクショ","a":"SANSUI|サンスイ|Sansui|山水","e":"Sansui Electric Co., Ltd.","dr":"","i":"電機・事務機 av・音響機器","col":"#F69A9C","d":2012,"f":24.2},{"c":"6796","n":"クラリオン","k":"クラリオン","o":"帝国電波","ok":"テイコクデンパ","a":"","e":"Clarion Co., Ltd.","dr":"","i":"電機・事務機 av・音響機器","col":"#086bb2","d":2019,"f":54.9},{"c":"6924","n":"岩崎電気","k":"イワサキデンキ","o":"岩崎電波工業","ok":"イワサキデンパコウギョウ","a":"","e":"Iwasaki Electric","dr":"MBOによる非公開化","i":"電機・事務機 光デバイス","col":"#0B183D","d":2023,"f":36.7},{"c":"6971","n":"京セラ","k":"キョウセラ","o":"京都セラミック","ok":"キョウトセラミック","a":"","e":"Kyocera","dr":"","i":"半導体・部品 基板・ウェハ","col":"#DF0522","d":null,"f":58.4},{"c":"6981","n":"村田製作所","k":"ムラタセイサクショ","o":"","ok":"","a":"","e":"Murata Manufacturing","dr":"","i":"機械・精密 電子部品","col":"#F7002D","d":null,"f":59},{"c":"7004","n":"カナデビア","k":"カナデビア","o":"大阪鉄工所、日立造船","ok":"オオサカテッコウショ、ヒタチゾウセン","a":"","e":"Kanadevia (Hitachi Zosen)","dr":"","i":"重工 プラント・海洋エンジニアリング","col":"#009078","d":null,"f":51.7},{"c":"7007","n":"佐世保重工業","k":"サセボジュウコウギョウ","o":"佐世保船舶工業","ok":"サセボセンパクコウギョウ","a":"","e":"Sasebo Heavy Industries","dr":"名村造船所による完全子会社化","i":"重工 造船","col":"#2684C9","d":2014,"f":35.7},{"c":"7013","n":"IHI","k":"アイエイチアイ","o":"石川島播磨重工業、有限責任石川島造船所、東京石川島造船所、石川島重工業","ok":"イシカワジマハリマジュウコウギョウ","a":"","e":"IHI","dr":"","i":"重工 総合重工","col":"#2056AE","d":null,"f":57.9},{"c":"7262","n":"ダイハツ工業","k":"ダイハツコウギョウ","o":"発動機製造","ok":"ハツドウキセイゾウ","a":"ダイハツ|発動機製造|DAIHATSU|大発","e":"DAIHATSU MOTOR CO., LTD.","dr":"","i":"自動車・部品 乗用車","col":"#E60012","d":2016,"f":55.9},{"c":"7272","n":"ヤマハ発動機","k":"ヤマハハツドウキ","o":"","ok":"","a":"","e":"Yamaha Motor","dr":"","i":"自動車・部品 二輪","col":"#FF0000","d":null,"f":73.2},{"c":"7404","n":"昭和飛行機工業","k":"ショウワヒコウキコウギョウ","o":"","ok":"","a":"昭和飛行機|Showa Aircraft Industry|昭和の森","e":"SHOWA AIRCRAFT INDUSTRY CO., LTD.","dr":"","i":"自動車・部品 商用車・トラック","col":"#00365E","d":2020,"f":32.3},{"c":"7550","n":"ゼンショーホールディングス","k":"ゼンショーホールディングス","o":"ゼンショー、ゼンショーHD","ok":"ゼンショー","a":"すき家|すきや","e":"Zensho Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#0048A8","d":null,"f":67},{"c":"7729","n":"東京精密","k":"トウキョウセイミツ","o":"東京精密工具、前身の東京精密工具","ok":"トウキョウセイミツコウグ","a":"","e":"Tokyo Seimitsu (Accretech)","dr":"","i":"機械・精密 半導体製造装置","col":"#00358E","d":null,"f":42.9},{"c":"7731","n":"ニコン","k":"ニコン","o":"日本光学工業、三菱合資岩崎小彌太氏の出資で日本光学工業","ok":"ニッポンコウガクコウギョウ","a":"","e":"Nikon","dr":"","i":"半導体・部品 半導体光学","col":"#d1b500","d":null,"f":51.4},{"c":"7750","n":"ペンタックス","k":"ペンタックス","o":"旭光学工業、前身の旭光学工業","ok":"アサヒコウガクコウギョウ","a":"旭光学工業|旭光学|旭光学工業合資会社|アサヒペンタックス|Asahi Optical|ASAHI OPTICAL CO., LTD|PENTAX|Pentax|ペンタックス株式会社","e":"PENTAX Corporation","dr":"","i":"半導体・部品 半導体光学","col":"#F50104","d":2008,"f":42.4},{"c":"7751","n":"キヤノン","k":"キヤノン","o":"キヤノンカメラ、キヤノン販売","ok":"キヤノンカメラ","a":"","e":"Canon","dr":"","i":"電機・事務機 事務機・複合機","col":"#CC0100","d":null,"f":70},{"c":"7757","n":"三協精機製作所","k":"サンキョウセイキセイサクショ","o":"","ok":"","a":"日本電産サンキョー、ニデックインスツルメンツ","e":"Sankyo Seiki Mfg. Co., Ltd.","dr":"日本電産による完全子会社化","i":"機械・精密 ロボット・fa","col":"#009B4A","d":2012,"f":37.5},{"c":"7912","n":"大日本印刷","k":"ダイニッポンインサツ","o":"秀英舎","ok":"シュウエイシャ","a":"","e":"Dai Nippon Printing","dr":"","i":"電機・事務機 印刷","col":"#1532A9","d":null,"f":53.9},{"c":"8009","n":"イトマン","k":"イトマン","o":"伊藤萬","ok":"イトマン","a":"伊藤萬|伊藤萬商店|伊藤萬助商店|羽州屋|Itoman","e":"Itoman & Co., Ltd.","dr":"","i":"総合商社 中堅総合商社","col":"#333333","d":1993,"f":36.7},{"c":"8028","n":"ファミリーマート","k":"ファミリーマート","o":"ユニー・ファミリーマートホールディングス","ok":"ユニーファミリーマートホールディングス","a":"ファミマ|ユニー・ファミリーマートホールディングス|ユニー・ファミマHD|ユニーファミマ|FamilyMart|全家便利商店|エーエム・ピー・エム・ジャパン|am/pm|西友ストアー|上田準二|澤田貴司|中山勇|高柳浩二|髙柳浩二|沖正一郎|田邉充夫|細見研介|サークルKサンクス|サークルＫサンクス|ココストア","e":"FamilyMart Co., Ltd.","dr":"","i":"小売・日用品 コンビニ","col":"#0171A6","d":2020,"f":58.6},{"c":"8198","n":"ヤオハン","k":"ヤオハン","o":"八百半商店、マックスバリュ東海、ヤオハンジャパン、八百半デパート、八百半食品デパート","ok":"ヤオハンショウテン","a":"","e":"Yaohan","dr":"","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#333333","d":1997,"f":54.5},{"c":"8231","n":"三越","k":"ミツコシ","o":"三越呉服店","ok":"ミツコシゴフクテン","a":"越後屋|三井呉服店|三越呉服店|Mitsukoshi|2779","e":"Mitsukoshi, Ltd.","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#B7282E","d":2008,"f":53.5},{"c":"8234","n":"大丸","k":"ダイマル","o":"大丸呉服店、下村呉服店、陳列式","ok":"ダイマルゴフクテン、シモムラゴフクテン","a":"大丸呉服店|大丸屋|下村呉服店|Daimaru","e":"Daimaru","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#007A8A","d":2007,"f":57.4},{"c":"8235","n":"松坂屋","k":"マツザカヤ","o":"いとう呉服店、松坂屋ホールディングス","ok":"イトウゴフクテン、マツザカヤホールディングス","a":"いとう呉服店|伊藤呉服店|松坂屋ホールディングス|Matsuzakaya","e":"Matsuzakaya","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#4072B6","d":2007,"f":58.2},{"c":"8238","n":"伊勢丹","k":"イセタン","o":"伊勢屋丹治呉服店","ok":"イセヤタンジゴフクテン","a":"伊勢屋丹治呉服店|Isetan|いせたん","e":"Isetan Co., Ltd.","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#E60021","d":2008,"f":53.5},{"c":"8243","n":"そごう","k":"ソゴウ","o":"十合呉服店、ミレニアムリテイリング","ok":"ソゴウゴフクテン","a":"","e":"Sogo","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#333333","d":2000,"f":50.5},{"c":"8251","n":"パルコ","k":"パルコ","o":"東京丸物、池袋ステーションビル、百貨店業","ok":"トウキョウマルブツ","a":"","e":"PARCO","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#CB0000","d":2020,"f":54.7},{"c":"8263","n":"ダイエー","k":"ダイエー","o":"主婦の店ダイエー、大栄薬品工業","ok":"シュフノミセダイエー、ダイエイヤクヒンコウギョウ","a":"","e":"The Daiei","dr":"","i":"小売・日用品 総合スーパー","col":"#F08300","d":2015,"f":64.3},{"c":"8270","n":"ユニー","k":"ユニー","o":"西川屋チエン、前身の一つである西川屋","ok":"ニシカワヤチエン","a":"ユニーグループ・ホールディングス|ユニーグループ|ユニーGHD|UNY|西川屋|西川屋チェーン|ほていや|ホテイヤ|アピタ|ピアゴ|ユーストア|サークルK|サークルＫ|サークルケイ・ジャパン|サークルＫサンクス|サンクス|さが美|パレマルシェ|西川俊男|家田美智雄|西川屋チエン|ニシカワヤチエン|ユニー・ファミリーマートホールディングス|佐々木孝治|前村哲路|佐古則男","e":"UNY Co., Ltd.","dr":"","i":"小売・日用品 総合スーパー","col":"#C12B39","d":2016,"f":53.7},{"c":"8317","n":"富士銀行","k":"フジギンコウ","o":"安田銀行","ok":"ヤスダギンコウ","a":"安田銀行|合本安田銀行|富士銀|芙蓉グループ|安田財閥|Fuji Bank","e":"The Fuji Bank, Limited","dr":"","i":"金融 メガバンク・大手銀行","col":"#1a5c9c","d":2000,"f":48.3},{"c":"8321","n":"東海銀行","k":"トウカイギンコウ","o":"","ok":"","a":"東海銀行|東海銀|愛知銀行|名古屋銀行|伊藤銀行|Tokai Bank","e":"The Tokai Bank, Limited","dr":"持株会社設立に伴う株式移転","i":"金融 メガバンク・大手銀行","col":"#1a5c9c","d":2001,"f":null},{"c":"8564","n":"武富士","k":"タケフジ","o":"富士商事","ok":"フジショウジ","a":"タケフジ,TFK,富士商事","e":"TAKEFUJI CORPORATION","dr":"","i":"金融 消費者金融","col":"#31328A","d":2010,"f":49.9},{"c":"8602","n":"山一證券","k":"ヤマイチショウケン","o":"小池国三商店、小池合資会社、山一合資会社","ok":"コイケクニゾウショウテン、コイケゴウシガイシャ、ヤマイチゴウシガイシャ","a":"山一証券|山一|Yamaichi","e":"Yamaichi Securities","dr":"","i":"金融 証券","col":"#D11719","d":1997,"f":48.3},{"c":"8766","n":"東京海上ホールディングス","k":"トウキョウカイジョウホールディングス","o":"ミレアホールディングス、東京海上HD、東京海上火災保険","ok":"ミレアホールディングス","a":"","e":"Tokio Marine Holdings","dr":"","i":"金融 損害保険","col":"#d50000","d":null,"f":75},{"c":"9041","n":"近鉄グループホールディングス","k":"キンテツグループホールディングス","o":"大阪電気軌道、参宮急行電鉄、関西急行鉄道、近畿日本鉄道、近鉄グループHD","ok":"","a":"近鉄","e":"Kintetsu Group Holdings","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#C8102E","d":null,"f":70.8},{"c":"9104","n":"商船三井","k":"ショウセンミツイ","o":"大阪商船三井船舶","ok":"オオサカショウセンミツイセンパク","a":"","e":"Mitsui O.S.K. Lines","dr":"","i":"運輸 海運","col":"#003B7A","d":null,"f":57},{"c":"9437","n":"NTTドコモ","k":"エヌティーティードコモ","o":"エヌ・ティ・ティ移動通信網、各地域移動通信企画8社","ok":"エヌティーティイドウツウシンモウ","a":"ドコモ|NTT移動通信網|エヌ・ティ・ティ・ドコモ","e":"NTT DOCOMO","dr":"","i":"it・通信 通信キャリア","col":"#E52222","d":2020,"f":71.8},{"c":"9503","n":"関西電力","k":"カンサイデンリョク","o":"","ok":"","a":"","e":"Kansai Electric Power","dr":"","i":"インフラ 電力(大手)","col":"#E4002B","d":null,"f":71.8},{"c":"9606","n":"日活","k":"ニッカツ","o":"日本活動写真、にっかつ","ok":"ニホンカツドウシャシン、ニッカツ","a":"","e":"Nikkatsu","dr":"","i":"サービス・外食 映画","col":"#EF0000","d":1993,"f":44.8},{"c":"9667","n":"ホリプロ","k":"ホリプロ","o":"ホリプロダクション","ok":"ホリプロダクション","a":"ホリプロダクション|堀プロダクション|ホリプロ・グループ・ホールディングス|堀威夫|ホリプロコム","e":"HoriPro Inc.","dr":"","i":"サービス・外食 映画","col":"#0497E2","d":2012,"f":45},{"c":"9675","n":"常磐興産","k":"ジョウバンコウサン","o":"常磐炭礦、磐城炭礦","ok":"ジョウバンタンコウ","a":"スパリゾートハワイアンズ|ハワイアンズ|常磐ハワイアンセンター|フラガール|常磐炭鉱|常磐炭礦","e":"Joban Kosan Co.,Ltd.","dr":"","i":"サービス・外食 娯楽施設・興行","col":"#E60013","d":2025,"f":48.3},{"c":"9749","n":"富士ソフト","k":"フジソフト","o":"富士ソフトウエア研究所、富士ソフトウエア、富士ソフトエービーシ、神奈川県横浜市に富士ソフトウエア研究所","ok":"フジソフトウエアケンキュウジョ、フジソフトウエア、フジソフトエービーシ","a":"","e":"","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#0C5ECB","d":2025,"f":40.1},{"c":"9983","n":"ファーストリテイリング","k":"ファーストリテイリング","o":"小郡商事","ok":"オゴオリショウジ","a":"ユニクロ|UNIQLO|ジーユー|GU","e":"Fast Retailing (Uniqlo)","dr":"","i":"小売・日用品 spa・専門チェーン","col":"#FF0000","d":null,"f":66.1},{"c":"9984","n":"ソフトバンクグループ","k":"ソフトバンクグループ","o":"ソフトバンク、日本ソフトバンク","ok":"ソフトバンク","a":"","e":"SoftBank Group","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#757677","d":null,"f":75.3},{"c":"jp-ibm","n":"日本アイ・ビー・エム","k":"ニホンアイビーエム","o":"日本ワットソン統計会計機械","ok":"ニホンワットソントウケイカイケイキカイ","a":"日本IBM、IBM Japan、日本インターナショナル・ビジネス・マシーンズ","e":"IBM Japan, Ltd.","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#0F62FE","d":null,"f":42},{"c":"kowa","n":"興和","k":"コーワ","o":"興服産業、名古屋市中区に綿布問屋の服部兼三郎商店","ok":"コウフクサンギョウ","a":"興和株式会社|Kowa|KOWA|バンテリン|キューピーコーワ|コルゲンコーワ|キャベジンコーワ|服部兼三郎商店|服部商店|カネカ服部商店|興服産業|服部兼三郎|三輪芳弘","e":"Kowa Company, Ltd.","dr":"","i":"医薬品・医療 otc・家庭薬","col":"#E50012","d":null,"f":52.2},{"c":"suntory","n":"サントリーホールディングス","k":"サントリーホールディングス","o":"サントリー","ok":"サントリー","a":"サントリー|壽屋|寿屋|鳥井商店|サントリーHD|Suntory|Suntory Holdings|サントリー株式会社","e":"Suntory Holdings Limited","dr":"","i":"食品・飲料 酒類","col":"#5BC2DC","d":null,"f":54.7},{"c":"1860","n":"戸田建設","k":"トダケンセツ","o":"戸田組","ok":"トダグミ","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 準大手ゼネコン","col":"#1BB8CE","d":null,"f":47.9},{"c":"2175","n":"エス・エム・エス","k":"エスエムエス","o":"東京都町田市にエス・エム・エス","ok":"","a":"","e":"SMS Co., Ltd.","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#F59600","d":null,"f":41.2},{"c":"2269","n":"明治ホールディングス","k":"メイジホールディングス","o":"明治乳業、明治製菓","ok":"メイジニュウギョウ","a":"","e":"Meiji Holdings","dr":"","i":"食品・飲料 乳業","col":"#FF0000","d":null,"f":67.8},{"c":"2296","n":"伊藤ハム米久ホールディングス","k":"イトウハムヨネキュウホールディングス","o":"伊藤ハム","ok":"イトウハム","a":"伊藤ハム|米久","e":"Itoham Yonekyu Holdings Inc.","dr":"","i":"食品・飲料 食肉","col":"#003366","d":null,"f":63.2},{"c":"2433","n":"博報堂DYホールディングス","k":"ハクホウドウディーワイホールディングス","o":"博報堂DYHD","ok":"","a":"内外通信社|内外通信社博報堂","e":"Hakuhodo DY Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 広告","col":"#0A326F","d":null,"f":50},{"c":"2501","n":"サッポロビール","k":"サッポロビール","o":"日本麦酒、サッポロホールディングス","ok":"ニッポンビール","a":"大日本麦酒|札幌麦酒|大阪麦酒","e":"Sapporo Holdings","dr":"","i":"食品・飲料 酒類","col":"#FDC426","d":null,"f":61.2},{"c":"2502","n":"アサヒグループHD","k":"アサヒグループエイチディー","o":"アサヒビール、アサヒグループホールディングス","ok":"アサヒビール","a":"アサヒビール","e":"Asahi Group Holdings","dr":"","i":"食品・飲料 酒類","col":"#004097","d":null,"f":70.6},{"c":"2503","n":"キリンHD","k":"キリンエイチディー","o":"キリンビール、キリンビバレッジ、キリンホールディングス、持株会社制に移行・キリンHD","ok":"キリンビール","a":"キリンビール|麒麟麦酒","e":"Kirin Holdings","dr":"","i":"食品・飲料 酒類","col":"#F00201","d":null,"f":72},{"c":"2678","n":"アスクル","k":"アスクル","o":"プラスの全額出資でプラス工業","ok":"","a":"プラス工業|リンクス","e":"Askul","dr":"","i":"小売・日用品 ec・通販","col":"#111184","d":null,"f":60.4},{"c":"3050","n":"DCMホールディングス","k":"ディーシーエムホールディングス","o":"DCMジャパンホールディングス、DCMHD、DCMJapanホールディングス","ok":"ディーシーエムジャパンホールディングス","a":"DCM カーマ ダイキ ホーマック ケーヨー","e":"DCM Holdings Co., Ltd.","dr":"","i":"小売・日用品 ホームセンター","col":"#7E0C1E","d":null,"f":62.2},{"c":"3116","n":"トヨタ紡織","k":"トヨタボウショク","o":"豊田紡織","ok":"","a":"","e":"Toyota Boshoku","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#E60012","d":null,"f":54.9},{"c":"3197","n":"すかいらーくホールディングス","k":"スカイラークホールディングス","o":"すかいらーく、ことぶき食品、すかいらーくHD","ok":"スカイラーク","a":"","e":"Skylark Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#E03500","d":null,"f":65.8},{"c":"3288","n":"オープンハウスグループ","k":"オープンハウスグループ","o":"オープンハウス","ok":"","a":"","e":"Open House Group","dr":"","i":"不動産 戸建分譲・中古再生","col":"#D7000F","d":null,"f":58},{"c":"3302","n":"帝国繊維","k":"テイコクセンイ","o":"","ok":"","a":"","e":"Teikoku Sen-i","dr":"","i":"化学・素材 紡績","col":"#2F5E95","d":null,"f":35.1},{"c":"3549","n":"クスリのアオキホールディングス","k":"クスリノアオキホールディングス","o":"クスリのアオキ","ok":"","a":"","e":"Kusuri no Aoki Holdings","dr":"","i":"小売・日用品 ドラッグストア","col":"#CE2112","d":null,"f":58.3},{"c":"3697","n":"SHIFT","k":"シフト","o":"","ok":"","a":"","e":"SHIFT","dr":"","i":"it・通信 itコンサル・品質保証","col":"#D70228","d":null,"f":46},{"c":"3923","n":"ラクス","k":"ラクス","o":"アイティーブースト","ok":"","a":"","e":"Rakus","dr":"","i":"it・通信 ソフトウェア","col":"#EA6F00","d":null,"f":42.8},{"c":"4503","n":"アステラス製薬","k":"アステラスセイヤク","o":"","ok":"","a":"アステラス|Astellas|Astellas Pharma|XTANDI|イクスタンジ","e":"Astellas Pharma","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#D81E49","d":null,"f":57.8},{"c":"4980","n":"デクセリアルズ","k":"デクセリアルズ","o":"ソニーケミカル&インフォメーションデバイス、ソニーケミカル","ok":"ソニーケミカルアンドインフォメーションデバイス","a":"","e":"Dexerials","dr":"","i":"半導体・部品 半導体材料","col":"#005582","d":null,"f":43.6},{"c":"5020","n":"ENEOS HD","k":"エネオスエイチディー","o":"JXTGホールディングス、ENEOSホールディングス","ok":"ジェイエックスティージーホールディングス","a":"新日本石油|日本石油|JXTGホールディングス|JXホールディングス|ジャパンエナジー|新日鉱ホールディングス","e":"ENEOS Holdings","dr":"","i":"化学・素材 石油元売","col":"#EB6005","d":null,"f":63.7},{"c":"5202","n":"日本板硝子","k":"ニホンイタガラス","o":"日米板硝子","ok":"ニチベイイタガラス","a":"","e":"Nippon Sheet Glass","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 ガラス","col":"#337AB7","d":null,"f":52.6},{"c":"6178","n":"日本郵政","k":"ニッポンユウセイ","o":"","ok":"","a":"","e":"Japan Post Holdings","dr":"","i":"運輸 宅配・郵便","col":"#ee2737","d":null,"f":79.2},{"c":"6445","n":"ジャノメ","k":"ジャノメ","o":"帝国ミシン・蛇の目ミシン工業、帝国ミシン、蛇の目ミシン工業","ok":"テイコクミシン・ジャノメミシンコウギョウ","a":"蛇の目ミシン","e":"Janome","dr":"","i":"機械・精密 繊維・縫製機械","col":"#CC2C2F","d":null,"f":39.3},{"c":"6525","n":"KOKUSAIエレクトリック","k":"コクサイエレクトリック","o":"国際電気、日立国際電気","ok":"コクサイデンキ、ヒタチコクサイデンキ","a":"日立国際電気|国際電気|KOKUSAI ELECTRIC","e":"KOKUSAI ELECTRIC","dr":"","i":"半導体・部品 半導体製造装置","col":"#003078","d":null,"f":45.4},{"c":"6594","n":"ニデック","k":"ニデック","o":"日本電産","ok":"ニッポンデンサン","a":"","e":"Nidec","dr":"","i":"機械・精密 ロボット・fa","col":"#009A48","d":null,"f":60.8},{"c":"6728","n":"アルバック","k":"アルバック","o":"日本真空技術、ULVACJAPANLtd.、新生産業に吸収合併され日本真空技術","ok":"ニッポンシンクウギジュツ","a":"","e":"Ulvac","dr":"","i":"半導体・部品 半導体製造装置","col":"#007BD0","d":null,"f":44.9},{"c":"7167","n":"めぶきフィナンシャルグループ","k":"メブキフィナンシャルグループ","o":"足利ホールディングス","ok":"アシカガホールディングス","a":"","e":"Mebuki Financial Group","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#6898B2","d":null,"f":55.1},{"c":"7532","n":"パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス","k":"パンパシフィックインターナショナルホールディングス","o":"ドンキホーテホールディングス、ジャスト、ドンキホーテHD、パン・パシフィック・インターナショナルHD","ok":"ドンキホーテホールディングス","a":"ドン・キホーテ|ドンキホーテ","e":"Pan Pacific International Holdings (Don Quijote)","dr":"","i":"小売・日用品 ディスカウント・100円","col":"#E60012","d":null,"f":66.3},{"c":"7747","n":"朝日インテック","k":"アサヒインテック","o":"朝日ミニロープ販売","ok":"アサヒミニロープハンバイ","a":"","e":"Asahi Intecc","dr":"","i":"医薬品・医療 医療機器","col":"#C8161D","d":null,"f":45.1},{"c":"8725","n":"MS&ADインシュアランスグループホールディングス","k":"エムエスアンドエーディーインシュアランスグループホールディングス","o":"MS&ADインシュアランスグループHD、大阪保険","ok":"","a":"三井住友海上|三井住友海上グループホールディングス|あいおいニッセイ同和損害保険|MS&AD|MSAD","e":"MS&AD Insurance Group","dr":"","i":"金融 損害保険","col":"#006060","d":null,"f":72.8},{"c":"9278","n":"ブックオフグループホールディングス","k":"ブックオフグループホールディングス","o":"","ok":"","a":"","e":"Bookoff Group Holdings","dr":"","i":"小売・日用品 リユース","col":"#013559","d":null,"f":55.9},{"c":"1332","n":"ニッスイ","k":"ニッスイ","o":"日本水産","ok":"ニッポンスイサン","a":"","e":"Nissui","dr":"","i":"食品・飲料 水産・缶詰","col":"#E60012","d":null,"f":64.7},{"c":"1375","n":"ユキグニファクトリー","k":"ユキグニファクトリー","o":"雪国まいたけ","ok":"ユキグニマイタケ","a":"","e":"Yukiguni Factory","dr":"","i":"食品・飲料 きのこ","col":"#E60012","d":null,"f":54.2},{"c":"1379","n":"ホクト","k":"ホクト","o":"デラップス商事、ホクト産業","ok":"デラップスショウジ、ホクトサンギョウ","a":"","e":"Hokuto","dr":"","i":"食品・飲料 きのこ","col":"#00674E","d":null,"f":57.2},{"c":"1503","n":"住石ホールディングス","k":"スミセキホールディングス","o":"住友石炭鉱業、井華鉱業、住友鉱業、住友別子鉱山、住石マテリアルズ","ok":"スミトモセキタンコウギョウ、セイカコウギョウ、スミトモコウギョウ","a":"","e":"Sumiseki Holdings, Inc.","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 石炭・資源","col":"#BC002D","d":null,"f":30.6},{"c":"1518","n":"三井松島ホールディングス","k":"ミツイマツシマホールディングス","o":"松島炭鉱、三井松島産業、三井松島HD、松島興産","ok":"マツシマタンコウ、ミツイマツシマサンギョウ","a":"","e":"Mitsui Matsushima Holdings","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 石炭・資源","col":"#333333","d":null,"f":40.9},{"c":"1605","n":"INPEX","k":"インペックス","o":"国際石油開発帝石、インドネシア石油、インドネシア石油資源開発、国際石油開発、国際石油開発帝石ホールディングス、帝国石油資源開発","ok":"コクサイセキユカイハツテイセキ","a":"","e":"INPEX","dr":"","i":"化学・素材 石油元売","col":"#363581","d":null,"f":54.4},{"c":"1662","n":"石油資源開発","k":"セキユシゲンカイハツ","o":"","ok":"","a":"","e":"Japan Petroleum Exploration (JAPEX)","dr":"","i":"化学・素材 石油元売","col":"#DC001E","d":null,"f":47.1},{"c":"1719","n":"安藤・間","k":"アンドウハザマ","o":"","ok":"","a":"","e":"Hazama Ando","dr":"","i":"建設 準大手ゼネコン","col":"#005BAC","d":null,"f":49.5},{"c":"1721","n":"コムシスホールディングス","k":"コムシスホールディングス","o":"日本コムシス、三和電氣興業","ok":"ニッポンコムシス","a":"","e":"Comsys Holdings","dr":"","i":"建設 通信工事","col":"#0068b6","d":null,"f":49.3},{"c":"1801","n":"大成建設","k":"タイセイケンセツ","o":"大倉土木、日本土木","ok":"オオクラドボク","a":"","e":"Taisei","dr":"","i":"建設 スーパーゼネコン","col":"#E85312","d":null,"f":54.1},{"c":"1802","n":"大林組","k":"オオバヤシグミ","o":"","ok":"","a":"","e":"Obayashi","dr":"","i":"建設 スーパーゼネコン","col":"#00a84d","d":null,"f":55.5},{"c":"1812","n":"鹿島建設","k":"カジマケンセツ","o":"鹿島組","ok":"カジマグミ","a":"","e":"Kajima","dr":"","i":"建設 スーパーゼネコン","col":"#e6002e","d":null,"f":55.8},{"c":"1861","n":"熊谷組","k":"クマガイグミ","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"建設 スーパーゼネコン","col":"#0063BE","d":null,"f":47.2},{"c":"1893","n":"五洋建設","k":"ゴヨウケンセツ","o":"水野組","ok":"ミズノグミ","a":"","e":"Penta-Ocean","dr":"","i":"建設 準大手ゼネコン","col":"#048AD4","d":null,"f":50},{"c":"1911","n":"住友林業","k":"スミトモリンギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Sumitomo Forestry","dr":"","i":"建設 ハウスメーカー","col":"#00873C","d":null,"f":68.3},{"c":"1925","n":"大和ハウス工業","k":"ダイワハウスコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Daiwa House Industry","dr":"","i":"建設 ハウスメーカー","col":"#D4002A","d":null,"f":70.6},{"c":"1928","n":"積水ハウス","k":"セキスイハウス","o":"積水ハウス産業","ok":"セキスイハウスサンギョウ","a":"","e":"Sekisui House","dr":"","i":"建設 ハウスメーカー","col":"#E4002B","d":null,"f":72.4},{"c":"1942","n":"関電工","k":"カンデンコウ","o":"関東電気工事","ok":"カントウデンキコウジ","a":"","e":"Kandenko","dr":"","i":"建設 電気工事","col":"#1E3C82","d":null,"f":50},{"c":"1944","n":"きんでん","k":"キンデン","o":"近畿電気工事","ok":"キンキデンキコウジ","a":"","e":"Kinden","dr":"","i":"建設 電気工事","col":"#007D42","d":null,"f":48.6},{"c":"1951","n":"エクシオグループ","k":"エクシオグループ","o":"協和エクシオ、協和電設","ok":"","a":"","e":"Exeo Group","dr":"","i":"建設 通信工事","col":"#2419AC","d":null,"f":51.2},{"c":"1959","n":"クラフティア","k":"クラフティア","o":"九州電気工事、九電工","ok":"","a":"","e":"KRAFTIA","dr":"","i":"建設 通信工事","col":"#333333","d":null,"f":46},{"c":"1961","n":"三機工業","k":"サンキコウギョウ","o":"三機テクノサポート","ok":"","a":"","e":"Sanki Engineering Co., Ltd.","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#F0830B","d":null,"f":43.4},{"c":"1969","n":"高砂熱学工業","k":"タカサゴネツガクコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Takasago Thermal Engineering","dr":"","i":"建設 特殊工事","col":"#4599D8","d":null,"f":47.2},{"c":"2001","n":"ニップン","k":"ニップン","o":"日本製粉、東京深川扇橋に日本製粉","ok":"ニホンセイフン","a":"日本製粉","e":"NIPPN CORPORATION","dr":"","i":"食品・飲料 製粉・製油","col":"#E60014","d":null,"f":53},{"c":"2002","n":"日清製粉グループ本社","k":"ニッシンセイフングループホンシャ","o":"館林製粉","ok":"タテバヤシセイフン","a":"","e":"Nisshin Seifun Group","dr":"","i":"食品・飲料 製粉・製油","col":"#E6001F","d":null,"f":57.1},{"c":"2102","n":"台糖","k":"タイトウ","o":"台湾製糖、新日本興業、大東殖産","ok":"タイワンセイトウ、シンニホンコウギョウ、ダイトウショクサン","a":"台湾製糖、スプーン印","e":"Taito Co., Ltd.","dr":"新三井製糖への吸収合併","i":"食品・飲料 ","col":"#333333","d":2005,"f":42.5},{"c":"2103","n":"明治製糖","k":"メイジセイトウ","o":"明糖","ok":"メイトウ","a":"明糖","e":"Meiji Sugar Manufacturing Co., Ltd.","dr":"","i":"食品・飲料 ","col":"#333333","d":1980,"f":42.5},{"c":"2121","n":"MIXI","k":"ミクシィ","o":"イー・マーキュリー、ミクシィ","ok":"イー・マーキュリー、ミクシィ","a":"ミクシィ","e":"MIXI","dr":"","i":"it・通信 ゲーム・モバイル","col":"#F5A000","d":null,"f":54.8},{"c":"2154","n":"オープンアップグループ","k":"オープンアップグループ","o":"ビーネックスグループ、夢真HD","ok":"ビーネックスグループ","a":"トラストワークスサンエー|トラストワークス|トラスト・テック|夢真ビーネックスグループ|夢真|夢真ホールディングス","e":"Open Up Group","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#ED6C00","d":null,"f":47.7},{"c":"2181","n":"パーソルホールディングス","k":"パーソルホールディングス","o":"パーソルHD","ok":"","a":"テンプスタッフ|テンプホールディングス","e":"Persol Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#333333","d":null,"f":57},{"c":"2193","n":"クックパッド","k":"クックパッド","o":"コイン","ok":"コイン","a":"kitchen@coin|有限会社コイン","e":"Cookpad","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#F79432","d":null,"f":43.8},{"c":"2201","n":"森永製菓","k":"モリナガセイカ","o":"","ok":"","a":"","e":"Morinaga & Co.","dr":"","i":"食品・飲料 菓子","col":"#B6002A","d":null,"f":58.6},{"c":"2202","n":"明治製菓","k":"メイジセイカ","o":"東京菓子","ok":"トウキョウカシ","a":"東京菓子|明治製菓株式会社|Meiji Seika|Meiji Seika Kaisha|Meiji Seika ファルマ|メイジセイカファルマ","e":"Meiji Seika Kaisha, Ltd.","dr":"","i":"食品・飲料 菓子","col":"#FF0000","d":2009,"f":48.3},{"c":"2212","n":"山崎製パン","k":"ヤマザキセイパン","o":"","ok":"","a":"ヤマザキ","e":"Yamazaki Baking","dr":"","i":"食品・飲料 製パン","col":"#E50012","d":null,"f":64},{"c":"2222","n":"寿スピリッツ","k":"コトブキスピリッツ","o":"寿製菓、九十九島グループ","ok":"コトブキセイカ","a":"","e":"Kotobuki Spirits","dr":"","i":"食品・飲料 菓子","col":"#E70113","d":null,"f":56.4},{"c":"2229","n":"カルビー","k":"カルビー","o":"松尾糧食工業、カルビー製菓","ok":"マツオリョウショクコウギョウ、カルビーセイカ","a":"","e":"Calbee","dr":"","i":"食品・飲料 菓子","col":"#EB0100","d":null,"f":60.3},{"c":"2264","n":"森永乳業","k":"モリナガニュウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Morinaga Milk Industry","dr":"","i":"食品・飲料 乳業","col":"#E60011","d":null,"f":60.1},{"c":"2270","n":"雪印メグミルク","k":"ユキジルシメグミルク","o":"全国農協直販","ok":"","a":"雪印、メグミルク","e":"MEGMILK SNOW BRAND","dr":"","i":"食品・飲料 乳業","col":"#0075C2","d":null,"f":60},{"c":"2282","n":"日本ハム","k":"ニッポンハム","o":"徳島ハム、NHFoodsLtd.","ok":"トクシマハム","a":"","e":"NH Foods","dr":"","i":"食品・飲料 食肉","col":"#DD0E20","d":null,"f":64.8},{"c":"2292","n":"S Foods","k":"エスフーズ","o":"エスフーズ","ok":"","a":"スタミナ食品","e":"S Foods","dr":"","i":"食品・飲料 食肉","col":"#E00010","d":null,"f":55.3},{"c":"2327","n":"日鉄ソリューションズ","k":"ニッテツソリューションズ","o":"","ok":"","a":"日鐵コンピュータシステム|日鉄コンピュータシステム|新日鉄情報通信システム|新日鉄ソリューションズ|新日鉄住金ソリューションズ","e":"NS Solutions","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#333333","d":null,"f":45.1},{"c":"2331","n":"ALSOK","k":"アルソック","o":"綜合警備保障","ok":"ソウゴウケイビホショウ","a":"","e":"ALSOK CO.,LTD.","dr":"","i":"サービス・外食 警備・ビルメンテナンス","col":"#1D50A2","d":null,"f":57.7},{"c":"2371","n":"カカクコム","k":"カカクコム","o":"","ok":"","a":"コアプライス","e":"Kakaku.com","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#FF6F00","d":null,"f":51.5},{"c":"2384","n":"SBSホールディングス","k":"エスビーエスホールディングス","o":"SBSHD、エスビーエス、総合物流システム、関東即配","ok":"","a":"","e":"SBS Holdings","dr":"","i":"運輸 陸運","col":"#CA002C","d":null,"f":44.9},{"c":"2413","n":"エムスリー","k":"エムスリー","o":"ソネット・エムスリー","ok":"ソネットエムスリー","a":"","e":"M3","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#003060","d":null,"f":63.2},{"c":"2432","n":"DeNA","k":"ディーエヌエー","o":"ディー・エヌ・エー","ok":"","a":"","e":"DeNA","dr":"","i":"it・通信 ゲーム・モバイル","col":"#79C7C9","d":null,"f":56.8},{"c":"2541","n":"ニッカウヰスキー","k":"ニッカウヰスキー","o":"大日本果汁","ok":"ダイニッポンカジュウ","a":"","e":"THE NIKKA WHISKY DISTILLING CO., LTD.","dr":"","i":"食品・飲料 酒類","col":"#8B6C1D","d":2001,"f":48.3},{"c":"2587","n":"サントリービバレッジ&フード","k":"サントリービバレッジアンドフード","o":"","ok":"","a":"サントリー食品インターナショナル","e":"Suntory Beverage & Food","dr":"","i":"食品・飲料 清涼飲料","col":"#5BC2DC","d":null,"f":65.2},{"c":"2670","n":"ABCマート","k":"エービーシーマート","o":"エービーシー・マート、エービーシーマート","ok":"エービーシーマート","a":"国際貿易商事|インターナショナル・トレーディング・コーポレーション","e":"ABC-Mart","dr":"","i":"小売・日用品 靴小売","col":"#E21913","d":null,"f":57.4},{"c":"2685","n":"アンドエスティHD","k":"アンドエスティエイチディー","o":"アダストリアHD、ポイント","ok":"","a":"福田屋洋服店|アダストリアホールディングス|アダストリア","e":"and ST Holdings","dr":"","i":"小売・日用品 アパレル","col":"#333333","d":null,"f":60.4},{"c":"268A","n":"リガク・ホールディングス","k":"リガクホールディングス","o":"理学電機","ok":"リガクデンキ","a":"リガク|理学電機|理学電機工業|Rigaku","e":"Rigaku Holdings Corporation","dr":"","i":"機械・精密 計測機器","col":"#009CDE","d":null,"f":43},{"c":"2730","n":"エディオン","k":"エディオン","o":"","ok":"","a":"デオデオ|エイデン|栄電社|ミドリ電化","e":"Edion","dr":"","i":"小売・日用品 家電量販","col":"#284DB4","d":null,"f":65.6},{"c":"2760","n":"東京エレクトロンデバイス","k":"トウキョウエレクトロンデバイス","o":"","ok":"","a":"","e":"Tokyo Electron Device","dr":"","i":"電機・事務機 電子部品商社","col":"#002F87","d":null,"f":42.6},{"c":"2767","n":"円谷フィールズホールディングス","k":"ツブラヤフィールズホールディングス","o":"円谷フィールズHD、東洋商事","ok":"","a":"フィールズ株式会社","e":"Tsuburaya Fields Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 パチンコ機・遊技機","col":"#333333","d":null,"f":42.8},{"c":"2801","n":"キッコーマン","k":"キッコーマン","o":"野田醤油、キッコーマン醤油","ok":"ノダショウユ","a":"","e":"Kikkoman","dr":"","i":"食品・飲料 調味料","col":"#F08300","d":null,"f":64.7},{"c":"2802","n":"味の素","k":"アジノモト","o":"","ok":"","a":"","e":"Ajinomoto","dr":"","i":"食品・飲料 調味料","col":"#ED1C24","d":null,"f":69.2},{"c":"2804","n":"ブルドックソース","k":"ブルドックソース","o":"ブルドック食品","ok":"","a":"","e":"Bull-Dog Sauce","dr":"","i":"食品・飲料 調味料","col":"#AB0029","d":null,"f":46},{"c":"2809","n":"キユーピー","k":"キユーピー","o":"食品工業","ok":"ショクヒンコウギョウ","a":"","e":"Kewpie","dr":"","i":"食品・飲料 調味料","col":"#E4002B","d":null,"f":64.2},{"c":"2810","n":"ハウス食品グループ本社","k":"ハウスショクヒングループホンシャ","o":"ハウス食品","ok":"","a":"浦上靖介商店|浦上糧食工業所|ハウスカレー浦上商店|ハウス食品工業","e":"House Foods Group","dr":"","i":"食品・飲料 調味料","col":"#E60012","d":null,"f":61.2},{"c":"2811","n":"カゴメ","k":"カゴメ","o":"","ok":"","a":"愛知トマトソース製造|愛知トマト製造|愛知トマト","e":"Kagome","dr":"","i":"食品・飲料 調味料","col":"#D71920","d":null,"f":62.2},{"c":"2815","n":"アリアケジャパン","k":"アリアケジャパン","o":"","ok":"","a":"有明特殊水産販売|有明特殊水産|有明食品化工|日本食資工業|有明フードマテリアル","e":"Ariake Japan","dr":"","i":"食品・飲料 調味料","col":"#E50012","d":null,"f":49.9},{"c":"2819","n":"エバラ食品工業","k":"エバラショクヒンコウギョウ","o":"","ok":"","a":"荏原食品","e":"Ebara Foods Industry","dr":"","i":"食品・飲料 調味料","col":"#D2161A","d":null,"f":49.1},{"c":"2831","n":"はごろもフーズ","k":"ハゴロモフーズ","o":"後藤物産、後藤物産罐詰、後藤罐詰、清水屋","ok":"","a":"","e":"Hagoromo Foods","dr":"","i":"食品・飲料 水産・缶詰","col":"#266AB2","d":null,"f":47.8},{"c":"285A","n":"キオクシアホールディングス","k":"キオクシアホールディングス","o":"東芝メモリホールディングス","ok":"トウシバメモリホールディングス","a":"東芝メモリ","e":"Kioxia Holdings","dr":"","i":"半導体・部品 半導体メーカー","col":"#333333","d":null,"f":55.4},{"c":"2875","n":"東洋水産","k":"トウヨウスイサン","o":"築地魚市場内に横須賀水産","ok":"","a":"横須賀水産|東京水産興業","e":"Toyo Suisan (Maruchan)","dr":"","i":"食品・飲料 即席麺","col":"#0E3192","d":null,"f":57.8},{"c":"2915","n":"ケンコーマヨネーズ","k":"ケンコーマヨネーズ","o":"ケンコー・マヨネーズ、森本油脂、森本商店、前身の森本商店","ok":"ケンコーマヨネーズ、モリモトユシ、モリモトショウテン","a":"","e":"Kenko Mayonnaise","dr":"","i":"食品・飲料 調味料","col":"#E12B22","d":null,"f":51.8},{"c":"3001","n":"片倉工業","k":"カタクラコウギョウ","o":"","ok":"","a":"片倉組|片倉製糸紡績","e":"Katakura Industries","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#E7374E","d":null,"f":37.9},{"c":"3002","n":"グンゼ","k":"グンゼ","o":"郡是製絲、グンゼメディカル、郡是工業","ok":"グンゼセイシ","a":"郡是製糸","e":"GUNZE LIMITED","dr":"","i":"化学・素材 紡績","col":"#1E89EF","d":null,"f":45.6},{"c":"3003","n":"ヒューリック","k":"ヒューリック","o":"昭栄","ok":"","a":"","e":"Hulic","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#006AAC","d":null,"f":52.6},{"c":"3038","n":"神戸物産","k":"コウベブッサン","o":"","ok":"","a":"","e":"Kobe Bussan (Gyomu Super)","dr":"","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#00B180","d":null,"f":59.3},{"c":"3092","n":"ZOZO","k":"ゾゾ","o":"スタートトゥデイ、スタート・トゥデイ","ok":"スタートトゥデイ","a":"","e":"ZOZO","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#333333","d":null,"f":55.3},{"c":"3099","n":"三越伊勢丹ホールディングス","k":"ミツコシイセタンホールディングス","o":"","ok":"","a":"","e":"Isetan Mitsukoshi Holdings","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#333333","d":null,"f":65.6},{"c":"3101","n":"東洋紡","k":"トウヨウボウ","o":"東洋紡績、大阪紡績会社","ok":"トウヨウボウセキ","a":"","e":"Toyobo","dr":"","i":"化学・素材 紡績","col":"#0093D6","d":null,"f":50.1},{"c":"3103","n":"ユニチカ","k":"ユニチカ","o":"ニチボー、尼崎紡績会社","ok":"ニチボー","a":"尼崎紡績|大日本紡績","e":"Unitika","dr":"","i":"化学・素材 紡績","col":"#009DE4","d":null,"f":44},{"c":"3104","n":"富士紡ホールディングス","k":"フジボウホールディングス","o":"富士紡HD、富士紡績","ok":"","a":"","e":"Fujibo Holdings","dr":"","i":"化学・素材 紡績","col":"#C1212B","d":null,"f":36},{"c":"3105","n":"日清紡ホールディングス","k":"ニッシンボウホールディングス","o":"日清紡HD、日清紡績","ok":"","a":"","e":"Nisshinbo Holdings","dr":"","i":"化学・素材 紡績","col":"#AA173D","d":null,"f":51.6},{"c":"3106","n":"倉敷紡績","k":"クラシキボウセキ","o":"","ok":"","a":"","e":"Kurabo Industries","dr":"","i":"化学・素材 紡績","col":"#00A0E9","d":null,"f":42.9},{"c":"3107","n":"ダイワボウホールディングス","k":"ダイワボウホールディングス","o":"ダイワボウHD、大和工業、大和紡績","ok":"","a":"","e":"Daiwabo Holdings","dr":"","i":"it・通信 it商流・販売","col":"#00A890","d":null,"f":46.2},{"c":"3109","n":"シキボウ","k":"シキボウ","o":"敷島紡績、大阪市此花区伝法町に有限責任伝法紡績会社、福島紡績","ok":"シキシマボウセキ","a":"","e":"SHIKIBO LTD.","dr":"","i":"化学・素材 紡績","col":"#023894","d":null,"f":40.2},{"c":"3132","n":"マクニカホールディングス","k":"マクニカホールディングス","o":"マクニカ、マクニカHD、マクニカ・富士エレホールディングス、富士エレクトロニクス","ok":"","a":"","e":"Macnica Holdings","dr":"","i":"電機・事務機 電子部品商社","col":"#871D97","d":null,"f":49.6},{"c":"3141","n":"ウエルシアホールディングス","k":"ウエルシアホールディングス","o":"グローウェルホールディングス、グローウェルHD","ok":"","a":"ウエルシア、ウエルシアHD","e":"Welcia Holdings","dr":"ツルハホールディングスによる完全子会社化","i":"小売・日用品 ドラッグストア","col":"#0086CD","d":2025,"f":67.2},{"c":"3186","n":"ネクステージ","k":"ネクステージ","o":"オートステージヒロタ","ok":"","a":"","e":"Nextage","dr":"","i":"小売・日用品 中古車","col":"#0068B7","d":null,"f":57.1},{"c":"3201","n":"日本毛織","k":"ニッポンケオリ","o":"","ok":"","a":"","e":"Nikke (Japan Wool Textile)","dr":"","i":"化学・素材 紡績","col":"#E60010","d":null,"f":44.5},{"c":"3231","n":"野村不動産ホールディングス","k":"ノムラフドウサンホールディングス","o":"","ok":"","a":"野村不動産|野村住宅産業|野村土地建物","e":"Nomura Real Estate Holdings","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#F08300","d":null,"f":53},{"c":"3291","n":"飯田グループホールディングス","k":"イイダグループホールディングス","o":"東栄住宅","ok":"","a":"","e":"Iida Group Holdings","dr":"","i":"不動産 戸建分譲・中古再生","col":"#601818","d":null,"f":63.5},{"c":"3360","n":"シップヘルスケアホールディングス","k":"シップヘルスケアホールディングス","o":"グリーンホスピタルサプライ","ok":"","a":"","e":"Ship Healthcare Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 ヘルスケアサービス","col":"#009944","d":null,"f":50.5},{"c":"3382","n":"セブン&アイHD","k":"セブンアンドアイエイチディー","o":"セブン&アイ・ホールディングス","ok":"","a":"","e":"Seven & i Holdings","dr":"","i":"小売・日用品 総合スーパー","col":"#EF8203","d":null,"f":73.9},{"c":"3387","n":"クリエイト・レストランツ・ホールディングス","k":"クリエイトレストランツホールディングス","o":"株式会社ヨコスカ・ブルーイング・カンパニー","ok":"ヨコスカブルーイングカンパニー","a":"クリレス;クリレスHD;クリエイト・レストランツ","e":"create restaurants holdings inc.","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#FF6300","d":null,"f":61.9},{"c":"3391","n":"ツルハホールディングス","k":"ツルハホールディングス","o":"クレーン商事、ツルハHD","ok":"","a":"","e":"Tsuruha Holdings","dr":"","i":"小売・日用品 ドラッグストア","col":"#E50012","d":null,"f":67.8},{"c":"3401","n":"帝人","k":"テイジン","o":"帝国人造絹糸、帝国人絹","ok":"テイコクジンゾウケンシ","a":"","e":"Teijin","dr":"","i":"化学・素材 合成繊維","col":"#FD453E","d":null,"f":52.9},{"c":"3402","n":"東レ","k":"トウレ","o":"東洋レーヨン","ok":"トウヨウレーヨン","a":"","e":"Toray Industries","dr":"","i":"化学・素材 合成繊維","col":"#004097","d":null,"f":59.1},{"c":"3405","n":"クラレ","k":"クラレ","o":"倉敷絹織、倉敷レイヨン","ok":"クラシキレーヨン","a":"倉敷レイヨン|倉敷レーヨン","e":"Kuraray","dr":"","i":"化学・素材 合成繊維","col":"#53BFED","d":null,"f":52.5},{"c":"3415","n":"TOKYO BASE","k":"トウキョウベース","o":"STUDIOUS","ok":"","a":"","e":"TOKYO BASE","dr":"","i":"小売・日用品 アパレル","col":"#333333","d":null,"f":47.7},{"c":"3436","n":"SUMCO","k":"サムコ","o":"三菱住友シリコン","ok":"ミツビシスミトモシリコン","a":"日窒電子化学|チッソ電子化学|東洋シリコン|日本シリコン|日本電子金属|三菱マテリアルシリコン|大阪チタニウム製造|九州電子金属|住友シチックス|小松電子金属|コマツ電子金属|SUMCO TECHXIV","e":"SUMCO","dr":"","i":"半導体・部品 基板・ウェハ","col":"#1c4e9d","d":null,"f":51.5},{"c":"3465","n":"ケイアイスター不動産","k":"ケイアイスターフドウサン","o":"ケイアイプランニング","ok":"","a":"","e":"KI-Star Real Estate","dr":"","i":"不動産 戸建分譲・中古再生","col":"#F03333","d":null,"f":56.3},{"c":"3529","n":"アツギ","k":"アツギ","o":"厚木編織、厚木ナイロン工業","ok":"アツギヘンショク、アツギナイロンコウギョウ","a":"","e":"ATSUGI CO., LTD.","dr":"","i":"化学・素材 合成繊維","col":"#E60012","d":null,"f":37.4},{"c":"3563","n":"FOOD&LIFECOMPANIES","k":"フードアンドライフカンパニーズ","o":"スシローグローバルホールディングス、あきんどスシロー、すし太郎、スシローグローバルHD","ok":"","a":"スシロー","e":"Food & Life Companies (Sushiro)","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#2F79B4","d":null,"f":62.5},{"c":"3569","n":"セーレン","k":"セーレン","o":"京越組","ok":"","a":"","e":"Seiren","dr":"","i":"化学・素材 紡績","col":"#020B5C","d":null,"f":43.2},{"c":"3591","n":"ワコールホールディングス","k":"ワコールホールディングス","o":"和江商事、ワコール","ok":"ワコウショウジ、ワコール","a":"","e":"Wacoal Holdings","dr":"","i":"小売・日用品 アパレル","col":"#6b2454","d":null,"f":57.9},{"c":"3612","n":"ワールド","k":"ワールド","o":"","ok":"","a":"","e":"World","dr":"","i":"小売・日用品 アパレル","col":"#002246","d":null,"f":60},{"c":"3626","n":"TISインテック","k":"ティーアイエスインテック","o":"東洋情報システム、ITホールディングス、TIS","ok":"","a":"ITHD","e":"TIS","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#027E9B","d":null,"f":49.6},{"c":"3635","n":"コーエーテクモホールディングス","k":"コーエーテクモホールディングス","o":"コーエーテクモHD","ok":"","a":"","e":"Koei Tecmo Holdings","dr":"","i":"it・通信 ゲーム・モバイル","col":"#DA1A32","d":null,"f":55.6},{"c":"3659","n":"ネクソン","k":"ネクソン","o":"ネクソンジャパン","ok":"ネクソンジャパン","a":"","e":"Nexon","dr":"","i":"it・通信 ゲーム・モバイル","col":"#b4e113","d":null,"f":54.8},{"c":"3765","n":"ガンホー・オンライン・エンターテイメント","k":"ガンホーオンラインエンターテイメント","o":"オンセール","ok":"","a":"","e":"GungHo Online Entertainment","dr":"","i":"it・通信 ゲーム・モバイル","col":"#87418D","d":null,"f":53},{"c":"3769","n":"GMOペイメントゲートウェイ","k":"ジーエムオーペイメントゲートウェイ","o":"カード・コール・サービス","ok":"","a":"","e":"GMO Payment Gateway","dr":"","i":"金融 決済","col":"#005BAC","d":null,"f":48.6},{"c":"3774","n":"インターネットイニシアティブ","k":"インターネットイニシアティブ","o":"","ok":"","a":"","e":"Internet Initiative Japan","dr":"","i":"it・通信 ネット接続・ホスティング","col":"#D7083B","d":null,"f":56.9},{"c":"3778","n":"さくらインターネット","k":"サクラインターネット","o":"エスアールエス・さくらインターネット","ok":"エスアールエス・サクラインターネット","a":"さくら","e":"SAKURA internet","dr":"","i":"it・通信 ネット接続・ホスティング","col":"#FF5577","d":null,"f":52.5},{"c":"3861","n":"王子ホールディングス","k":"オウジホールディングス","o":"王子製紙","ok":"オウジセイシ","a":"王子製紙","e":"Oji Holdings","dr":"","i":"化学・素材 製紙","col":"#00643D","d":null,"f":58},{"c":"3865","n":"北越コーポレーション","k":"ホクエツコーポレーション","o":"北越紀州製紙、北越製紙","ok":"ホクエツキシュウセイシ","a":"","e":"Hokuetsu Corporation","dr":"","i":"化学・素材 製紙","col":"#008CD6","d":null,"f":43.2},{"c":"3867","n":"神崎製紙","k":"カンザキセイシ","o":"","ok":"","a":"神崎製紙|Kanzaki Paper|真島製紙所","e":"Kanzaki Paper Mfg. Co., Ltd.","dr":"","i":"化学・素材 製紙","col":"#1a5c9c","d":1993,"f":36.7},{"c":"3880","n":"大王製紙","k":"ダイオウセイシ","o":"","ok":"","a":"エリエール","e":"Daio Paper Corporation","dr":"","i":"化学・素材 製紙","col":"#0068B7","d":null,"f":51.9},{"c":"3883","n":"セッツ","k":"セッツ","o":"摂津板紙","ok":"セッツイタガミ","a":"","e":"Settsu Board Mfg. Co., Ltd.","dr":"レンゴーへの吸収合併","i":"化学・素材 製紙","col":"#333333","d":1999,"f":36.7},{"c":"3941","n":"レンゴー","k":"レンゴー","o":"","ok":"","a":"","e":"Rengo","dr":"","i":"化学・素材 製紙","col":"#004793","d":null,"f":52.6},{"c":"4004","n":"レゾナックHD","k":"レゾナックエイチディー","o":"昭和電工、レゾナック・ホールディングス","ok":"ショウワデンコウ","a":"昭和電工|日立化成|昭和電工マテリアルズ","e":"Resonac Holdings","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#00A5C0","d":null,"f":54.1},{"c":"4005","n":"住友化学","k":"スミトモカガク","o":"住友化学工業","ok":"スミトモカガクコウギョウ","a":"住友肥料製造所|日新化学工業|日本染料製造|住友アルミニウム製錬","e":"Sumitomo Chemical","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#ED1A29","d":null,"f":58.6},{"c":"4021","n":"日産化学","k":"ニッサンカガク","o":"日産化学工業、大日本人造肥料、東京人造肥料会社","ok":"ニッサンカガクコウギョウ","a":"","e":"Nissan Chemical","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#21B7C5","d":null,"f":44.6},{"c":"4042","n":"東ソー","k":"トウソー","o":"東洋曹達工業","ok":"トウヨウソーダコウギョウ","a":"","e":"Tosoh","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#E3022D","d":null,"f":53.7},{"c":"4061","n":"デンカ","k":"デンカ","o":"電気化学工業","ok":"デンキカガクコウギョウ","a":"","e":"Denka","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#053E8A","d":null,"f":48.6},{"c":"4088","n":"エア・ウォーター","k":"エアウォーター","o":"大同酸素","ok":"ダイドウサンソ","a":"北海酸素|ほくさん|共同酸素|大同ほくさん","e":"Air Water","dr":"","i":"化学・素材 産業ガス","col":"#1D2088","d":null,"f":52.8},{"c":"4091","n":"日本酸素ホールディングス","k":"ニッポンサンソホールディングス","o":"大陽日酸、大陽東洋酸素、日本酸素、日本酸素HD","ok":"タイヨウニッサン","a":"","e":"Nippon Sanso Holdings","dr":"","i":"化学・素材 産業ガス","col":"#0090D8","d":null,"f":50.6},{"c":"4118","n":"カネカ","k":"カネカ","o":"鐘淵化学工業","ok":"カネガフチカガクコウギョウ","a":"鐘淵化学|鐘化","e":"KANEKA CORPORATION","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#005BAC","d":null,"f":49.8},{"c":"4151","n":"協和キリン","k":"キョウワキリン","o":"協和発酵キリン、協和醱酵工業","ok":"キョウワハッコウキリン","a":"","e":"Kyowa Kirin","dr":"","i":"医薬品・医療 バイオ・抗体","col":"#EA5406","d":null,"f":47.9},{"c":"417A","n":"ブルーゾーンホールディングス","k":"ブルーゾーンホールディングス","o":"ヤオコー","ok":"ヤオコー","a":"","e":"Blue Zone Holdings","dr":"","i":"小売・日用品 食品スーパー","col":"#133B67","d":null,"f":59.2},{"c":"4186","n":"東京応化工業","k":"トウキョウオウカコウギョウ","o":"東京応化工業、東京市品川区に東京応化研究所","ok":"トウキョウオウカコウギョウ","a":"","e":"Tokyo Ohka Kogyo","dr":"","i":"半導体・部品 半導体材料","col":"#FF4D00","d":null,"f":43.8},{"c":"4202","n":"ダイセル","k":"ダイセル","o":"大日本セルロイド、ダイセル化学工業","ok":"ダイニッポンセルロイド","a":"","e":"Daicel","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#00B3ED","d":null,"f":50.2},{"c":"4203","n":"住友ベークライト","k":"スミトモベークライト","o":"日本ベークライト","ok":"ニッポンベークライト","a":"","e":"Sumitomo Bakelite","dr":"","i":"化学・素材 樹脂・成形","col":"#79BD27","d":null,"f":45.2},{"c":"4205","n":"日本ゼオン","k":"ニホンゼオン","o":"","ok":"","a":"ゼオン","e":"ZEON CORPORATION","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#00479D","d":null,"f":47.5},{"c":"4208","n":"UBE","k":"ユービーイー","o":"宇部興産","ok":"ウベコウサン","a":"沖ノ山炭鉱|宇部新川鉄工所|宇部鉄工所|宇部セメント製造|宇部窒素工業","e":"UBE","dr":"","i":"化学・素材 総合化学","col":"#0175C1","d":null,"f":50.7},{"c":"4324","n":"電通グループ","k":"デンツウグループ","o":"電通","ok":"デンツウ","a":"","e":"Dentsu Group","dr":"","i":"サービス・外食 広告","col":"#333333","d":null,"f":56},{"c":"4401","n":"ADEKA","k":"アデカ","o":"旭電化工業","ok":"アサヒデンカコウギョウ","a":"","e":"Adeka","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#CF0F2E","d":null,"f":45.6},{"c":"4403","n":"日油","k":"ニチユ","o":"日本油脂","ok":"ニッポンユシ","a":"","e":"NOF Corporation","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#E60000","d":null,"f":44.5},{"c":"4502","n":"武田薬品工業","k":"タケダヤクヒンコウギョウ","o":"武田長兵衛商店","ok":"タケダチョウベエショウテン","a":"","e":"Takeda Pharmaceutical","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#E1242A","d":null,"f":63},{"c":"4506","n":"住友ファーマ","k":"スミトモファーマ","o":"大日本住友製薬","ok":"ダイニッポンスミトモセイヤク","a":"","e":"Sumitomo Pharma","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#007A4C","d":null,"f":49.2},{"c":"4511","n":"藤沢薬品工業","k":"フジサワヤクヒンコウギョウ","o":"藤沢友吉商店","ok":"フジサワトモキチショウテン","a":"藤沢友吉商店|藤沢商店|藤沢薬品|フジサワ|Fujisawa|Fujisawa Pharmaceutical|プログラフ|セレニカ","e":"Fujisawa Pharmaceutical Co., Ltd.","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#333333","d":2005,"f":36.7},{"c":"4519","n":"中外製薬","k":"チュウガイセイヤク","o":"","ok":"","a":"","e":"Chugai Pharmaceutical","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#025DB8","d":null,"f":52},{"c":"4523","n":"エーザイ","k":"エーザイ","o":"日本衛材、桜ヶ丘研究所","ok":"ニッポンエイザイ","a":"","e":"Eisai","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#D6007F","d":null,"f":52.9},{"c":"4527","n":"ロート製薬","k":"ロートセイヤク","o":"","ok":"","a":"信天堂山田安民薬房|信天堂","e":"Rohto Pharmaceutical","dr":"","i":"医薬品・医療 otc・家庭薬","col":"#005BAB","d":null,"f":61.3},{"c":"4528","n":"小野薬品工業","k":"オノヤクヒンコウギョウ","o":"伏見屋市兵衛","ok":"フシミヤイチベエ","a":"","e":"Ono Pharmaceutical","dr":"","i":"医薬品・医療 専門医薬","col":"#003F73","d":null,"f":50.1},{"c":"4530","n":"久光製薬","k":"ヒサミツセイヤク","o":"久光兄弟","ok":"","a":"久光","e":"Hisamitsu Pharmaceutical","dr":"","i":"医薬品・医療 専門医薬","col":"#00519F","d":2026,"f":41.4},{"c":"4536","n":"参天製薬","k":"","o":"","ok":"","a":"","e":"Santen Pharmaceutical","dr":"","i":"医薬品・医療 専門医薬","col":"#024097","d":null,"f":45.7},{"c":"4568","n":"第一三共","k":"ダイイチサンキョウ","o":"","ok":"","a":"Daiichi Sankyo|第一三共ヘルスケア|第一三共エスファ|DS","e":"Daiichi Sankyo","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#00A4E2","d":null,"f":57.1},{"c":"4578","n":"大塚HD","k":"オオツカエイチディー","o":"大塚製薬、大塚ホールディングス","ok":"オオツカセイヤク","a":"","e":"Otsuka Holdings","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#236AB2","d":null,"f":56.9},{"c":"4612","n":"日本ペイント","k":"ニッポンペイント","o":"日本ペイント、日本ペイントHD、日本ペイントホールディングス","ok":"ニッポンペイント","a":"","e":"Nippon Paint Holdings","dr":"","i":"化学・素材 塗料","col":"#DA332D","d":null,"f":53.7},{"c":"4631","n":"DIC","k":"ディーアイシー","o":"大日本インキ化学工業、川村喜十郎商店","ok":"ダイニッポンインキカガクコウギョウ","a":"大日本インキ、川村インキ製造所、大日本印刷インキ製造","e":"DIC Corporation","dr":"","i":"化学・素材 塗料","col":"#8AC731","d":null,"f":53.3},{"c":"4665","n":"ダスキン","k":"ダスキン","o":"サニクリーン","ok":"サニクリーン","a":"","e":"DUSKIN CO., LTD.","dr":"","i":"サービス・外食 警備・ビルメンテナンス","col":"#1D3994","d":null,"f":53.1},{"c":"4676","n":"フジ・メディア・ホールディングス","k":"フジメディアホールディングス","o":"フジテレビジョン、フジ・メディア・HD、富士テレビジョン","ok":"フジテレビジョン","a":"フジテレビ","e":"Fuji Media Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 放送局","col":"#00489D","d":null,"f":61.1},{"c":"4680","n":"ラウンドワン","k":"ラウンドワン","o":"杉野興産","ok":"スギノコウサン","a":"","e":"Round One","dr":"","i":"サービス・外食 娯楽施設・興行","col":"#D60C18","d":null,"f":58},{"c":"4689","n":"LINEヤフー","k":"ラインヤフー","o":"Zホールディングス","ok":"ゼットホールディングス","a":"ヤフー|Yahoo! JAPAN|Yahoo Japan|Zホールディングス|Z Holdings|ZHD|LINEヤフー|LY Corporation|ＬＩＮＥヤフー","e":"LY Corporation","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#FF0033","d":null,"f":70.5},{"c":"4722","n":"フューチャー","k":"フューチャー","o":"フューチャーシステムコンサルティング、フューチャーアーキテクト","ok":"フューチャーシステムコンサルティング","a":"","e":"Future","dr":"","i":"it・通信 itコンサル・品質保証","col":"#0054A7","d":null,"f":40.1},{"c":"4732","n":"ユー・エス・エス","k":"ユーエスエス","o":"","ok":"","a":"","e":"USS","dr":"","i":"小売・日用品 中古車","col":"#014099","d":null,"f":54.4},{"c":"4755","n":"楽天グループ","k":"ラクテングループ","o":"楽天、エム・ディー・エム、公正価値測定","ok":"ラクテン","a":"楽天","e":"Rakuten Group","dr":"","i":"it・通信 ネットプラットフォーマー","col":"#BF0000","d":null,"f":72.9},{"c":"4816","n":"東映アニメーション","k":"トウエイアニメーション","o":"東映動画、日動映画","ok":"トウエイドウガ","a":"","e":"Toei Animation","dr":"","i":"サービス・外食 映画","col":"#E94A38","d":null,"f":53.3},{"c":"4901","n":"富士フイルム","k":"フジフイルム","o":"富士フイルム、富士フイルムホールディングス","ok":"フジフイルム","a":"富士写真フイルム|富士ゼロックス|ゼロックス|富士フイルムビジネスイノベーション","e":"Fujifilm Holdings","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#ED1C24","d":null,"f":60.9},{"c":"4902","n":"コニカミノルタ","k":"コニカミノルタ","o":"","ok":"","a":"コニカミノルタホールディングス|コニカミノルタHD|Konica Minolta|KONICA MINOLTA","e":"Konica Minolta","dr":"","i":"機械・精密 プリンタ・複合機","col":"#0088CC","d":null,"f":61},{"c":"4911","n":"資生堂","k":"シセイドウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Shiseido","dr":"","i":"小売・日用品 化粧品","col":"#BC1928","d":null,"f":67.2},{"c":"4912","n":"ライオン","k":"ライオン","o":"ライオン油脂","ok":"ライオンユシ","a":"","e":"Lion","dr":"","i":"化学・素材 トイレタリー","col":"#007A46","d":null,"f":65},{"c":"4914","n":"高砂香料工業","k":"タカサゴコウリョウコウギョウ","o":"高砂香料、高砂化学工業","ok":"タカサゴコウリョウ、タカサゴカガクコウギョウ","a":"","e":"TAKASAGO INTERNATIONAL CORPORATION","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#A81B4B","d":null,"f":43.8},{"c":"4927","n":"ポーラ・オルビスホールディングス","k":"ポーラ・オルビスホールディングス","o":"ポーラ化成工業、ポーラ化粧品本舗","ok":"","a":"","e":"Pola Orbis Holdings","dr":"","i":"小売・日用品 化粧品","col":"#333333","d":null,"f":60.4},{"c":"4967","n":"小林製薬","k":"コバヤシセイヤク","o":"小林盛大堂","ok":"コバヤシセイダイドウ","a":"","e":"Kobayashi Pharmaceutical","dr":"","i":"医薬品・医療 otc・家庭薬","col":"#1178C1","d":null,"f":58.6},{"c":"5001","n":"新日本石油","k":"シンニホンセキユ","o":"日本石油","ok":"ニホンセキユ","a":"日本石油|日石|日石三菱|ニッセキ|Nippon Oil|Nippon Mitsubishi Oil|新日本石油精製|日本石油精製|興亜石油|九州石油","e":"Nippon Oil Corporation","dr":"","i":"化学・素材 石油元売","col":"#EB6005","d":2010,"f":36.7},{"c":"5019","n":"出光興産","k":"イデミツコウサン","o":"","ok":"","a":"昭和シェル石油|昭和シェル","e":"Idemitsu Kosan","dr":"","i":"化学・素材 石油元売","col":"#D50D2D","d":null,"f":57.9},{"c":"5021","n":"コスモエネルギーホールディングス","k":"コスモエネルギーホールディングス","o":"コスモ石油","ok":"","a":"","e":"Cosmo Energy Holdings","dr":"","i":"化学・素材 石油元売","col":"#E60012","d":null,"f":51.6},{"c":"5076","n":"インフロニア・ホールディングス","k":"インフロニアホールディングス","o":"前田建設工業、高野建設","ok":"","a":"前田建設、前田道路","e":"Infroneer Holdings","dr":"","i":"建設 準大手ゼネコン","col":"#CCE70B","d":null,"f":53.2},{"c":"5101","n":"横浜ゴム","k":"ヨコハマゴム","o":"横濱護謨製造","ok":"ヨコハマゴムセイゾウ","a":"","e":"Yokohama Rubber","dr":"","i":"自動車・部品 タイヤ","col":"#E21E31","d":null,"f":62.1},{"c":"5105","n":"TOYOTIRE","k":"トーヨータイヤ","o":"","ok":"","a":"東洋ゴム工業|東洋ゴム化工|平野護謨製造所","e":"Toyo Tire","dr":"","i":"自動車・部品 タイヤ","col":"#0061A9","d":null,"f":62.8},{"c":"5108","n":"ブリヂストン","k":"ブリヂストン","o":"ブリヂストンタイヤ、ブリッヂストンタイヤ、日本タイヤ","ok":"ブリヂストンタイヤ","a":"","e":"Bridgestone","dr":"","i":"自動車・部品 タイヤ","col":"#FE0000","d":null,"f":72.9},{"c":"5110","n":"住友ゴム工業","k":"スミトモゴムコウギョウ","o":"ダンロップ護謨（極東）、中央ゴム工業、日本ダンロップ護謨","ok":"ダンロップゴム","a":"住友ゴム|ダンロップ|DUNLOP|SRI|ダンロップ護謨|Sumitomo Rubber","e":"Sumitomo Rubber Industries, Ltd.","dr":"","i":"自動車・部品 タイヤ","col":"#0081CC","d":null,"f":65.9},{"c":"5186","n":"ニッタ","k":"ニッタ","o":"新田帯革製造所、新田ベルト","ok":"ニッタタイカクセイゾウショ、ニッタベルト","a":"","e":"NITTA CORPORATION","dr":"","i":"化学・素材 樹脂・成形","col":"#3A5DAE","d":null,"f":40.6},{"c":"5201","n":"AGC","k":"エージーシー","o":"旭硝子、日本化成工業と合併し三菱化成工業","ok":"アサヒガラス","a":"","e":"AGC","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 ガラス","col":"#3456ac","d":null,"f":58.3},{"c":"5231","n":"日本セメント","k":"ニホンセメント","o":"浅野セメント","ok":"アサノセメント","a":"日本セメント|浅野セメント|浅野工場|浅野セメント合資会社|Nihon Cement|Asano Cement","e":"Nihon Cement Co., Ltd.","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 セメント","col":"#004098","d":1998,"f":36.7},{"c":"5232","n":"住友大阪セメント","k":"スミトモオオサカセメント","o":"住友セメント","ok":"スミトモセメント","a":"住友セメント|磐城セメント|大阪セメント|Sumitomo Osaka Cement|Sumitomo Cement|Iwaki Cement","e":"Sumitomo Osaka Cement Co., Ltd.","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 セメント","col":"#7DBD33","d":null,"f":43.6},{"c":"5233","n":"太平洋セメント","k":"タイヘイヨウセメント","o":"日本セメント","ok":"","a":"","e":"Taiheiyo Cement","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 セメント","col":"#004098","d":null,"f":50.9},{"c":"5238","n":"三菱鉱業セメント","k":"ミツビシコウギョウセメント","o":"三菱鉱業","ok":"ミツビシコウギョウ","a":"三菱鉱業セメント|三菱鉱業|三菱セメント|豊国セメント|Mitsubishi Mining & Cement","e":"Mitsubishi Mining & Cement Co., Ltd.","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 セメント","col":"#EF0041","d":1990,"f":36.7},{"c":"5334","n":"日本特殊陶業","k":"ニッポントクシュトウギョウ","o":"NiterraCo.,Ltd.","ok":"","a":"","e":"Niterra (NGK Spark Plug)","dr":"","i":"自動車・部品 電装・電子部品","col":"#00646D","d":null,"f":53.5},{"c":"5336","n":"INAX","k":"イナックス","o":"伊奈製陶、イナックス","ok":"イナセイトウ","a":"","e":"INAX Corporation","dr":"INAXトステム・ホールディングス設立に伴う株式移転","i":"鉄鋼・非鉄 陶磁器・ファインセラミックス","col":"#333333","d":2001,"f":36.7},{"c":"5401","n":"日本製鉄","k":"ニッポンセイテツ","o":"新日本製鐵、富士製鐵と合併し新日本製鐵","ok":"シンニッポンセイテツ","a":"新日本製鐵|新日鉄|新日鉄住金|新日鐵住金|住友金属工業|八幡製鉄|富士製鉄","e":"Nippon Steel","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 高炉鉄鋼","col":"#086DAA","d":null,"f":67.3},{"c":"5403","n":"川崎製鉄","k":"カワサキセイテツ","o":"","ok":"","a":"川崎製鉄|川鉄|Kawasaki Steel|Kawasaki Steel Corporation|JFEスチール","e":"Kawasaki Steel Corporation","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 高炉鉄鋼","col":"#23429A","d":2002,"f":36.7},{"c":"5404","n":"日本鋼管","k":"ニッポンコウカン","o":"","ok":"","a":"日本鋼管|NKK|Nippon Kokan|NKK Corporation|エヌケーケー|JFEエンジニアリング","e":"NKK Corporation","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 高炉鉄鋼","col":"#004DA0","d":2002,"f":36.7},{"c":"5411","n":"JFEホールディングス","k":"ジェイエフイーホールディングス","o":"JFEHD、ジェイエフイーHD、ジェイエフイーホールディングス","ok":"","a":"JFEスチール|JFEエンジニアリング|JFE商事|JFEグループ|JFE Holdings","e":"JFE Holdings","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 高炉鉄鋼","col":"#004DA0","d":null,"f":62},{"c":"5423","n":"東京製鐵","k":"トウキョウセイテツ","o":"","ok":"","a":"","e":"Tokyo Steel","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 電炉鉄鋼","col":"#2F5A99","d":null,"f":41.5},{"c":"5463","n":"丸一鋼管","k":"マルイチコウカン","o":"丸一鋼管製作所","ok":"マルイチコウカンセイサクショ","a":"","e":"Maruichi Steel Tube Ltd.","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 特殊鋼","col":"#0C4097","d":null,"f":44.9},{"c":"5471","n":"大同特殊鋼","k":"ダイドウトクシュコウ","o":"大同製鋼、新大同製鋼","ok":"","a":"","e":"Daido Steel","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 特殊鋼","col":"#E60012","d":null,"f":50.7},{"c":"547A","n":"ムニノバホールディングス","k":"ムニノバホールディングス","o":"アイフル、丸高","ok":"アイフル、マルタカ","a":"","e":"Muninova Holdings","dr":"","i":"金融 消費者金融","col":"#333333","d":null,"f":55.6},{"c":"5480","n":"日本冶金工業","k":"ニッポンヤキンコウギョウ","o":"中央理化工業","ok":"","a":"","e":"Nippon Yakin Kogyo","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 特殊鋼","col":"#E60000","d":null,"f":43.2},{"c":"5481","n":"山陽特殊製鋼","k":"サンヨウトクシュセイコウ","o":"山陽製鋼","ok":"サンヨウセイコウ","a":"","e":"Sanyo Special Steel Co., Ltd.","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 特殊鋼","col":"#115FAD","d":2025,"f":44.9},{"c":"5631","n":"日本製鋼所","k":"ニホンセイコウショ","o":"","ok":"","a":"","e":"Japan Steel Works","dr":"","i":"重工 重機械","col":"#00A291","d":null,"f":46.1},{"c":"5711","n":"三菱マテリアル","k":"ミツビシマテリアル","o":"三菱金属、三菱鉱業セメントと合併・三菱マテリアル","ok":"ミツビシキンゾク","a":"","e":"Mitsubishi Materials","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 非鉄金属","col":"#EF0041","d":null,"f":55.4},{"c":"5714","n":"DOWA","k":"ドーワ","o":"同和鉱業、DOWAHD、DOWAホールディングス","ok":"ドウワコウギョウ","a":"","e":"Dowa Holdings","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 非鉄金属","col":"#008D9F","d":null,"f":47.4},{"c":"5715","n":"古河機械金属","k":"フルカワキカイキンゾク","o":"古河鉱業、古河石炭鉱業、会社組織、個人経営","ok":"フルカワコウギョウ、フルカワセキタンコウギョウ","a":"","e":"FURUKAWA CO., LTD.","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 非鉄金属","col":"#003F98","d":null,"f":44.6},{"c":"5801","n":"古河電工","k":"フルカワデンコウ","o":"古河電気工業、古河鉱業","ok":"フルカワデンキコウギョウ","a":"","e":"Furukawa Electric","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 電線・ケーブル","col":"#0065CC","d":null,"f":54.5},{"c":"5802","n":"住友電工","k":"スミトモデンコウ","o":"住友電線製造所","ok":"スミトモデンセンセイゾウショ","a":"住友電気工業","e":"Sumitomo Electric Industries","dr":"","i":"自動車・部品 電装・電子部品","col":"#2E008B","d":null,"f":62.8},{"c":"5803","n":"フジクラ","k":"フジクラ","o":"藤倉電線","ok":"フジクラデンセン","a":"藤倉電線護謨合名会社|藤倉電線","e":"Fujikura","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 電線・ケーブル","col":"#15C0F3","d":null,"f":55.9},{"c":"5805","n":"SWCC","k":"エスダブリュシーシー","o":"昭和電線電纜、昭和電線ホールディングス","ok":"ショウワデンセンデンラン、ショウワデンセンホールディングス","a":"","e":"SWCC","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 電線・ケーブル","col":"#003F87","d":null,"f":44.2},{"c":"5831","n":"しずおかフィナンシャルグループ","k":"シズオカフィナンシャルグループ","o":"静岡銀行","ok":"シズオカギンコウ","a":"","e":"Shizuoka Financial Group","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#7D001A","d":null,"f":53.5},{"c":"5929","n":"三和ホールディングス","k":"サンワホールディングス","o":"三和シヤッター工業、三和シヤッター製作所","ok":"","a":"","e":"Sanwa Holdings","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 シャッター・建材","col":"#005CAA","d":null,"f":48.3},{"c":"5938","n":"LIXIL","k":"","o":"日本建具工業、トーヨーサッシ、トステム、INAXトステム・ホールディングス、住生活グループ、LIXILグループ、INAXトステム・HD","ok":"","a":"東洋ドアー|東洋サッシ","e":"LIXIL","dr":"","i":"鉄鋼・非鉄 シャッター・建材","col":"#EF7A00","d":null,"f":58.7},{"c":"5991","n":"日本発條","k":"ニッポンハツジョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"NHK Spring","dr":"","i":"自動車・部品 駆動系・シャシー部品","col":"#C51313","d":null,"f":49.2},{"c":"6005","n":"三浦工業","k":"ミウラコウギョウ","o":"三浦製作所、株式会社三浦製作所","ok":"ミウラセイサクショ、カブシキガイシャミウラセイサクショ","a":"","e":"Miura","dr":"","i":"機械・精密 空調・熱機器","col":"#004EA2","d":null,"f":45.3},{"c":"6098","n":"リクルートHD","k":"リクルートエイチディー","o":"リクルート、リクルートホールディングス","ok":"リクルート","a":"リクルート","e":"Recruit Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#006EBC","d":null,"f":57.7},{"c":"6101","n":"ツガミ","k":"ツガミ","o":"津上製作所、津上","ok":"ツガミセイサクショ、ツガミ","a":"","e":"Tsugami","dr":"","i":"機械・精密 工作機械","col":"#004098","d":null,"f":41.5},{"c":"6113","n":"アマダ","k":"アマダ","o":"アマダホールディングス、アマダHD","ok":"アマダホールディングス","a":"","e":"Amada","dr":"","i":"機械・精密 工作機械","col":"#FB1A1D","d":null,"f":49.3},{"c":"6135","n":"牧野フライス製作所","k":"マキノフライスセイサクショ","o":"","ok":"","a":"牧野商店製作部|牧野竪フライス製作所","e":"","dr":"","i":"機械・精密 工作機械","col":"#457CBE","d":null,"f":41},{"c":"6269","n":"三井海洋開発","k":"ミツイカイヨウカイハツ","o":"旧三井海洋開発、モデック","ok":"キュウミツイカイヨウカイハツ","a":"","e":"Modec","dr":"","i":"重工 プラント・海洋エンジニアリング","col":"#FC1921","d":null,"f":48.4},{"c":"6301","n":"コマツ","k":"コマツ","o":"小松製作所","ok":"コマツセイサクショ","a":"","e":"Komatsu","dr":"","i":"機械・精密 建機・農機","col":"#150A9A","d":null,"f":61.2},{"c":"6305","n":"日立建機","k":"ヒタチケンキ","o":"日立建設機械製造","ok":"","a":"日立建設機械、LANDCROS","e":"Hitachi Construction Machinery","dr":"","i":"機械・精密 建機・農機","col":"#FF6600","d":null,"f":53.2},{"c":"6323","n":"ローツェ","k":"ローツェ","o":"ローツェライフサイエンス","ok":"","a":"","e":"Rorze","dr":"","i":"機械・精密 半導体製造装置","col":"#9F0D3E","d":null,"f":43.5},{"c":"6361","n":"荏原製作所","k":"エバラセイサクショ","o":"","ok":"","a":"","e":"Ebara","dr":"","i":"機械・精密 ポンプ・水処理","col":"#F01830","d":null,"f":52.4},{"c":"6370","n":"栗田工業","k":"クリタコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Kurita Water Industries","dr":"","i":"機械・精密 ポンプ・水処理","col":"#0069C8","d":null,"f":47.8},{"c":"6376","n":"日機装","k":"ニッキソウ","o":"日本機械計装","ok":"","a":"","e":"NIKKISO CO., LTD.","dr":"","i":"機械・精密 精密部品・機械要素","col":"#1565C0","d":null,"f":45.2},{"c":"6383","n":"ダイフク","k":"ダイフク","o":"坂口機械製作所、兼松機工、大福機工","ok":"サカグチキカイセイサクショ","a":"","e":"Daifuku","dr":"","i":"機械・精密 ロボット・fa","col":"#51489D","d":null,"f":49.9},{"c":"6395","n":"タダノ","k":"タダノ","o":"多田野鉄工所","ok":"タダノテッコウショ","a":"タダノ鉄工所,多田野鉄工所","e":"TADANO LTD.","dr":"","i":"機械・精密 建機・農機","col":"#004295","d":null,"f":45.2},{"c":"6417","n":"SANKYO","k":"サンキョウ","o":"中央製作所、三共","ok":"チュウオウセイサクショ","a":"三共製作所|三共産業","e":"Sankyo","dr":"","i":"サービス・外食 パチンコ機・遊技機","col":"#E60012","d":null,"f":41.5},{"c":"6436","n":"アマノ","k":"アマノ","o":"横浜機器、天野特殊機械","ok":"ヨコハマキキ、アマノトクシュキカイ","a":"","e":"Amano","dr":"","i":"機械・精密 ポンプ・水処理","col":"#0081C0","d":null,"f":44.9},{"c":"6460","n":"セガサミーホールディングス","k":"セガサミーホールディングス","o":"","ok":"","a":"","e":"Sega Sammy Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 ゲーム・玩具・キャラクター","col":"#0082CA","d":null,"f":62.1},{"c":"6465","n":"ホシザキ","k":"ホシザキ","o":"星崎電機、ホシザキ電機","ok":"ホシザキデンキ","a":"","e":"Hoshizaki","dr":"","i":"機械・精密 空調・熱機器","col":"#009FDF","d":null,"f":46.8},{"c":"6471","n":"日本精工","k":"ニッポンセイコウ","o":"NSKステアリング&コントロール社","ok":"","a":"","e":"NSK","dr":"","i":"自動車・部品 ベアリング","col":"#DC0121","d":null,"f":54.1},{"c":"6472","n":"NTN","k":"エヌティーエヌ","o":"東洋ベアリング製造、エヌ・テー・エヌ東洋ベアリング","ok":"トウヨウベアリングセイゾウ","a":"","e":"NTN","dr":"","i":"自動車・部品 ベアリング","col":"#009CE5","d":null,"f":53.4},{"c":"6473","n":"ジェイテクト","k":"ジェイテクト","o":"光洋精工、KOYOROMANIA","ok":"","a":"豊田工機","e":"JTEKT","dr":"","i":"自動車・部品 駆動系・シャシー部品","col":"#E30602","d":null,"f":54.3},{"c":"6479","n":"ミネベアミツミ","k":"ミネベアミツミ","o":"ミネベア、日本ミネチュアベアリング","ok":"ミネベア","a":"ミネベア|ミツミ電機","e":"Minebea Mitsumi","dr":"","i":"機械・精密 精密部品・機械要素","col":"#004EA8","d":null,"f":55.6},{"c":"6481","n":"THK","k":"ティーエイチケー","o":"東邦精工","ok":"","a":"","e":"THK","dr":"","i":"機械・精密 精密部品・機械要素","col":"#CD1B2F","d":null,"f":48.5},{"c":"6501","n":"日立製作所","k":"ヒタチセイサクショ","o":"","ok":"","a":"","e":"Hitachi","dr":"","i":"電機・事務機 総合電機","col":"#C60202","d":null,"f":78.8},{"c":"6502","n":"東芝","k":"トウシバ","o":"東京芝浦電気","ok":"トウキョウシバウラデンキ","a":"","e":"Toshiba","dr":"","i":"電機・事務機 総合電機","col":"#E61E1E","d":2023,"f":73.2},{"c":"6503","n":"三菱電機","k":"ミツビシデンキ","o":"","ok":"","a":"","e":"Mitsubishi Electric","dr":"","i":"電機・事務機 総合電機","col":"#d80c18","d":null,"f":74.4},{"c":"6544","n":"ジャパンエレベーターサービスホールディングス","k":"ジャパンエレベーターサービスホールディングス","o":"ジャパンエレベーターサービス、ジャパンエレベーターサービスHD","ok":"ジャパンエレベーターサービス","a":"","e":"Japan Elevator Service Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 警備・ビルメンテナンス","col":"#83B63F","d":null,"f":45},{"c":"6586","n":"マキタ","k":"マキタ","o":"牧田電機製作所、マキタ電機製作所","ok":"マキタデンキセイサクショ","a":"","e":"Makita","dr":"","i":"機械・精密 電動工具","col":"#E60011","d":null,"f":61.2},{"c":"6590","n":"芝浦メカトロニクス","k":"シバウラメカトロニクス","o":"芝浦製作所、東芝メカトロニクスと合併し芝浦メカトロニクス","ok":"シバウラセイサクショ","a":"","e":"Shibaura Mechatronics","dr":"","i":"機械・精密 半導体製造装置","col":"#019671","d":null,"f":39.9},{"c":"6632","n":"JVCケンウッド","k":"ジェイブイシーケンウッド","o":"JVC・ケンウッド・ホールディングス、JVC・ケンウッド・HD","ok":"ジェイブイシーケンウッドホールディングス","a":"日本ビクター|ケンウッド|トリオ|日本ビクター蓄音器|春日無線電機商会","e":"JVCKenwood","dr":"","i":"電機・事務機 av・音響機器","col":"#0090D8","d":null,"f":60.9},{"c":"6645","n":"オムロン","k":"オムロン","o":"立石電機","ok":"タテイシデンキ","a":"","e":"Omron","dr":"","i":"機械・精密 ロボット・fa","col":"#025DB8","d":null,"f":52.7},{"c":"6674","n":"GSユアサ","k":"ジーエスユアサ","o":"日本電池、ジーエス・ユアサコーポレーション","ok":"ニッポンデンチ","a":"","e":"GS Yuasa","dr":"","i":"電機・事務機 電池","col":"#007851","d":null,"f":61.5},{"c":"6703","n":"沖電気工業","k":"おきでんきこうぎょう","o":"明工舎、沖電機工場、沖商会、沖電気","ok":"","a":"OKI","e":"Oki Electric Industry","dr":"","i":"電機・事務機 総合電機","col":"#CB1C1D","d":null,"f":61.8},{"c":"6707","n":"サンケン電気","k":"サンケンデンキ","o":"東邦産研電気","ok":"トウホウサンケンデンキ","a":"","e":"Sanken Electric","dr":"","i":"半導体・部品 半導体メーカー","col":"#1B7DC2","d":null,"f":38.9},{"c":"6723","n":"ルネサスエレクトロニクス","k":"ルネサスエレクトロニクス","o":"NECエレクトロニクス","ok":"エヌイーシーエレクトロニクス","a":"","e":"Renesas Electronics","dr":"","i":"半導体・部品 半導体メーカー","col":"#0047bb","d":null,"f":55.1},{"c":"6724","n":"セイコーエプソン","k":"セイコーエプソン","o":"諏訪精工舎","ok":"スワセイコウシャ","a":"","e":"Seiko Epson","dr":"","i":"機械・精密 プリンタ・複合機","col":"#10218A","d":null,"f":61.7},{"c":"6744","n":"能美防災","k":"ノウミボウサイ","o":"上海能美西科姆消防設備有限公司、能美防災工業","ok":"","a":"","e":"NOHMI BOSAI LTD.","dr":"","i":"電機・事務機 総合電機","col":"#32AC57","d":null,"f":51.8},{"c":"6752","n":"パナソニック","k":"パナソニック","o":"松下電器産業、パナソニックHD、パナソニックホールディングス","ok":"マツシタデンキサンギョウ","a":"松下電器産業|松下電器|松下電工","e":"Panasonic Holdings","dr":"","i":"電機・事務機 総合電機","col":"#1450a0","d":null,"f":77},{"c":"6753","n":"シャープ","k":"シャープ","o":"早川電機工業","ok":"ハヤカワデンキコウギョウ","a":"","e":"Sharp","dr":"","i":"電機・事務機 総合電機","col":"#EC3F47","d":null,"f":69.1},{"c":"6754","n":"アンリツ","k":"アンリツ","o":"安立電気","ok":"","a":"","e":"Anritsu","dr":"","i":"機械・精密 計測機器","col":"#009C73","d":null,"f":44.9},{"c":"6770","n":"アルプスアルパイン","k":"アルプスアルパイン","o":"アルプス電気、アルパイン","ok":"アルプスデンキ","a":"","e":"Alps Alpine","dr":"","i":"機械・精密 電子部品","col":"#003DA5","d":null,"f":52.1},{"c":"6773","n":"パイオニア","k":"パイオニア","o":"福音電機","ok":"フクインデンキ","a":"","e":"Pioneer","dr":"","i":"電機・事務機 av・音響機器","col":"#BE274D","d":2019,"f":57.2},{"c":"6787","n":"メイコー","k":"メイコー","o":"名幸電子工業、メイコーテック","ok":"メイコウデンシコウギョウ","a":"","e":"Meiko","dr":"","i":"機械・精密 電子部品","col":"#0068B7","d":null,"f":43.5},{"c":"6792","n":"日本ビクター","k":"ニッポンビクター","o":"日本ビクター蓄音器、日本ビクター蓄音機、日本音響","ok":"ニッポンビクターチクオンキ","a":"","e":"JVC (Victor Company of Japan)","dr":"","i":"電機・事務機 av・音響機器","col":"#CE342D","d":2008,"f":58.2},{"c":"6814","n":"古野電気","k":"フルノデンキ","o":"","ok":"","a":"","e":"Furuno Electric","dr":"","i":"機械・精密 計測機器","col":"#004ea2","d":null,"f":43.5},{"c":"6841","n":"横河電機","k":"ヨコガワデンキ","o":"横河電機製作所","ok":"","a":"","e":"Yokogawa Electric","dr":"","i":"機械・精密 計測機器","col":"#946C00","d":null,"f":49},{"c":"6845","n":"アズビル","k":"アズビル","o":"株式会社山武、山武ハネウエル、山武ハネウエル計器、山武商会、山武工業","ok":"カブシキガイシャヤマタケ","a":"","e":"Azbil","dr":"","i":"機械・精密 計測機器","col":"#A50000","d":null,"f":46.3},{"c":"6849","n":"日本光電工業","k":"ニホンコウデンコウギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Nihon Kohden","dr":"","i":"機械・精密 医療機器","col":"#326BC9","d":null,"f":43.9},{"c":"6856","n":"堀場製作所","k":"ホリバセイサクショ","o":"","ok":"","a":"","e":"Horiba","dr":"","i":"機械・精密 計測機器","col":"#478CD0","d":null,"f":45},{"c":"6869","n":"シスメックス","k":"シスメックス","o":"東亞医用電子","ok":"トウアイヨウデンシ","a":"","e":"Sysmex","dr":"","i":"機械・精密 医療機器","col":"#1156A6","d":null,"f":50.4},{"c":"6925","n":"ウシオ電機","k":"ウシオデンキ","o":"","ok":"","a":"","e":"USHIO INC.","dr":"","i":"電機・事務機 光デバイス","col":"#009A74","d":null,"f":43.8},{"c":"6951","n":"日本電子","k":"ニホンデンシ","o":"日本電子光学研究所、JEOLLtd.","ok":"ニホンデンシコウガクケンキュウショ","a":"","e":"JEOL","dr":"","i":"機械・精密 計測機器","col":"#003E92","d":null,"f":42.9},{"c":"6953","n":"日本NCR","k":"ニホンエヌシーアール","o":"間宮堂・日本金銭登録機・日本ナショナル金銭登録機・日本エヌ・シー・アール、日本エイ・ティ・アンド・ティ情報システム、日本エヌ・シー・アール","ok":"マミヤドウ・ニホンキンセントウロクキ・ニホンナショナルキンセントウロクキ・ニホンエヌシーアール","a":"日本ナショナル金銭登録機","e":"NCR Japan","dr":"米NCRによる完全子会社化","i":"電機・事務機 事務機・複合機","col":"#5F249F","d":2000,"f":42.5},{"c":"6960","n":"フクダ電子","k":"フクダデンシ","o":"福田エレクトロ、フクダ医療電機との合併でフクダ電子、福田エレクトロ製作","ok":"フクダエレクトロ","a":"","e":"FUKUDA DENSHI","dr":"","i":"医薬品・医療 医療機器","col":"#026EB9","d":null,"f":39.3},{"c":"6963","n":"ローム","k":"ローム","o":"東洋電具製作所、ROHM","ok":"トウヨウデングセイサクショ","a":"","e":"Rohm","dr":"","i":"半導体・部品 半導体メーカー","col":"#e60012","d":null,"f":52.9},{"c":"6965","n":"浜松ホトニクス","k":"ハママツホトニクス","o":"浜松テレビ","ok":"ハママツテレビ","a":"","e":"Hamamatsu Photonics","dr":"","i":"電機・事務機 光デバイス","col":"#003E92","d":null,"f":48.6},{"c":"6966","n":"三井ハイテック","k":"ミツイハイテック","o":"三井製作所","ok":"ミツイセイサクショ","a":"三井工作所","e":"Mitsui High-tec","dr":"","i":"電機・事務機 精密金型","col":"#EBC100","d":null,"f":46.1},{"c":"6988","n":"日東電工","k":"ニットウデンコウ","o":"日東電気工業、日東電気工業より日東電工","ok":"ニットウデンキコウギョウ","a":"日東電気工業","e":"Nitto Denko","dr":"","i":"化学・素材 機能化学","col":"#0B318F","d":null,"f":52.5},{"c":"7003","n":"三井E&S","k":"ミツイイーアンドエス","o":"三井造船、三井E&SHD、三井E&Sホールディングス","ok":"ミツイゾウセン","a":"","e":"Mitsui E&S","dr":"","i":"重工 造船","col":"#008CD7","d":null,"f":49},{"c":"7011","n":"三菱重工業","k":"ミツビシジュウコウギョウ","o":"三菱重工","ok":"","a":"","e":"Mitsubishi Heavy Industries","dr":"","i":"重工 総合重工","col":"#E83C3E","d":null,"f":64.1},{"c":"7012","n":"川崎重工業","k":"カワサキジュウコウギョウ","o":"川崎造船所","ok":"カワサキゾウセンショ","a":"","e":"Kawasaki Heavy Industries","dr":"","i":"重工 総合重工","col":"#E60013","d":null,"f":57.9},{"c":"7014","n":"名村造船所","k":"ナムラゾウセンショ","o":"","ok":"","a":"","e":"Namura Shipbuilding","dr":"","i":"重工 造船","col":"#A51F24","d":null,"f":43.4},{"c":"7105","n":"三菱ロジスネクスト","k":"みつびしろじすねくすと","o":"日本輸送機、ニチユ三菱フォークリフト","ok":"","a":"ニチユ、ロジスネクスト","e":"Mitsubishi Logisnext","dr":"","i":"自動車・部品 産業車両","col":"#52778B","d":2026,"f":48},{"c":"7148","n":"FPG","k":"エフピージー","o":"FinancialPartnersGroup、エフ・ピー・ジー","ok":"","a":"","e":"FPG","dr":"","i":"金融 リース","col":"#2F2D83","d":null,"f":40.6},{"c":"7186","n":"横浜フィナンシャルグループ","k":"ヨコハマフィナンシャルグループ","o":"横浜銀行、コンコルディア・フィナンシャルグループ","ok":"ヨコハマギンコウ、コンコルディアフィナンシャルグループ","a":"","e":"Yokohama Financial Group","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#00529b","d":null,"f":55.1},{"c":"7201","n":"日産自動車","k":"ニッサンジドウシャ","o":"自動車製造","ok":"ジドウシャセイゾウ","a":"","e":"Nissan Motor","dr":"","i":"自動車・部品 乗用車","col":"#BE022E","d":null,"f":78},{"c":"7205","n":"日野自動車","k":"ヒノジドウシャ","o":"日野自動車工業、日野重工業","ok":"ヒノジドウシャコウギョウ","a":"","e":"Hino Motors","dr":"","i":"自動車・部品 商用車・トラック","col":"#ED1C22","d":2026,"f":54.9},{"c":"7259","n":"アイシン","k":"アイシン","o":"アイシン精機","ok":"アイシンセイキ","a":"","e":"Aisin","dr":"","i":"自動車・部品 駆動系・シャシー部品","col":"#001A72","d":null,"f":59.8},{"c":"7261","n":"マツダ","k":"マツダ","o":"東洋工業、東洋コルク工業","ok":"トウヨウコウギョウ","a":"","e":"Mazda","dr":"","i":"自動車・部品 乗用車","col":"#A30112","d":null,"f":71.9},{"c":"7269","n":"スズキ","k":"スズキ","o":"鈴木自動車工業","ok":"スズキジドウシャコウギョウ","a":"スズキ自動車工業","e":"Suzuki","dr":"","i":"自動車・部品 乗用車","col":"#E10B17","d":null,"f":72.1},{"c":"7270","n":"SUBARU","k":"スバル","o":"富士重工業、富士産業","ok":"フジジュウコウギョウ","a":"","e":"SUBARU","dr":"","i":"自動車・部品 乗用車","col":"#0156A1","d":null,"f":70.8},{"c":"7276","n":"小糸製作所","k":"コイトセイサクショ","o":"小糸源六郎商店、福州小糸車灯有限公司","ok":"コイトゲンロクロウショウテン","a":"","e":"Koito Manufacturing","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#E7161A","d":null,"f":50.6},{"c":"7282","n":"豊田合成","k":"トヨダゴウセイ","o":"名古屋ゴム","ok":"ナゴヤゴム","a":"","e":"Toyoda Gosei","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#10355C","d":null,"f":52.1},{"c":"7419","n":"ノジマ","k":"ノジマ","o":"野島電気商会","ok":"ノジマデンキショウカイ","a":"","e":"Nojima","dr":"","i":"小売・日用品 家電量販","col":"#182D7C","d":null,"f":62.1},{"c":"7459","n":"メディパルホールディングス","k":"メディパルホールディングス","o":"三星堂、クラヤ三星堂、メディセオホールディングス、メディセオ・パルタックホールディングス、MP五協フード&ケミカル、メディセオHD、メディセオ・パルタックHD、メディパルHD","ok":"サンセイドウ、クラヤサンセイドウ、メディセオホールディングス、メディセオパルタックホールディングス","a":"","e":"Medipal Holdings","dr":"","i":"総合商社 医薬品・日用品卸","col":"#E7202C","d":null,"f":51.2},{"c":"7599","n":"IDOM","k":"アイドム","o":"ガリバーインターナショナル","ok":"ガリバーインターナショナル","a":"ガリバーインターナショナル・コーポレーション","e":"IDOM","dr":"","i":"小売・日用品 中古車","col":"#333333","d":null,"f":59.3},{"c":"7616","n":"コロワイド","k":"コロワイド","o":"","ok":"","a":"","e":"Colowide","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#1a5c9c","d":null,"f":62.2},{"c":"7630","n":"壱番屋","k":"","o":"","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#531C06","d":null,"f":56.4},{"c":"7649","n":"スギホールディングス","k":"スギホールディングス","o":"スギ薬局","ok":"スギヤッキョク","a":"","e":"Sugi Holdings","dr":"","i":"小売・日用品 ドラッグストア","col":"#048851","d":null,"f":63.5},{"c":"7701","n":"島津製作所","k":"シマヅセイサクショ","o":"","ok":"","a":"","e":"Shimadzu","dr":"","i":"機械・精密 計測機器","col":"#C40029","d":null,"f":50.8},{"c":"7733","n":"オリンパス","k":"オリンパス","o":"オリンパス光学工業、高千穂光学工業、高千穂製作所","ok":"オリンパスコウガクコウギョウ","a":"","e":"Olympus","dr":"","i":"医薬品・医療 医療機器","col":"#001878","d":null,"f":54.2},{"c":"7740","n":"タムロン","k":"タムロン","o":"泰成光学工業、杉本商店に吸収合併されタムロン","ok":"タイセイコウガクコウギョウ","a":"","e":"Tamron","dr":"","i":"半導体・部品 半導体光学","col":"#005BAC","d":null,"f":43},{"c":"7741","n":"HOYA","k":"ホーヤ","o":"保谷硝子、保谷クリスタル硝子製造所、東洋光学硝子製造所","ok":"ホウヤガラス","a":"","e":"Hoya","dr":"","i":"半導体・部品 半導体光学","col":"#4695CC","d":null,"f":52},{"c":"7744","n":"ノーリツ鋼機","k":"ノーリツコウキ","o":"","ok":"","a":"","e":"Noritsu Koki","dr":"","i":"電機・事務機 av・音響機器","col":"#E60028","d":null,"f":51.8},{"c":"7752","n":"リコー","k":"リコー","o":"理研光学工業","ok":"リケンコウガクコウギョウ","a":"","e":"Ricoh","dr":"","i":"電機・事務機 事務機・複合機","col":"#D51B3E","d":null,"f":63.1},{"c":"7753","n":"ミノルタ","k":"ミノルタ","o":"ミノルタカメラ","ok":"ミノルタカメラ","a":"ミノルタカメラ|千代田光学精工|日独写真機商店|日独写真機商会|モルタ商会|ミノルタフレックス|ミノルタハイマチック|α-7000|アルファ7000|Minolta|Minolta Camera|Chiyoda Kogaku Seiko","e":"Minolta Co., Ltd.","dr":"","i":"機械・精密 プリンタ・複合機","col":"#333333","d":2003,"f":42.5},{"c":"7762","n":"シチズン時計","k":"シチズントケイ","o":"シチズン時計、シチズンHD、シチズンホールディングス","ok":"シチズントケイ","a":"","e":"Citizen Watch","dr":"","i":"機械・精密 時計","col":"#333333","d":null,"f":63.2},{"c":"7806","n":"MTG","k":"エムティージー","o":"エムティージーブレイズ、エムティージー、愛知県岡崎市でエムティージーブレイズ","ok":"エムティージーブレイズ、エムティージー","a":"エムティージー","e":"MTG Co., Ltd.","dr":"","i":"小売・日用品 化粧品","col":"#80CCF9","d":null,"f":52.6},{"c":"7832","n":"バンダイナムコHD","k":"バンダイナムコエイチディー","o":"バンダイナムコホールディングス","ok":"","a":"バンダイ|ナムコ|バンダイナムコゲームス|萬代屋|中村製作所|ポピー","e":"Bandai Namco Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 ゲーム・玩具・キャラクター","col":"#E60000","d":null,"f":64.2},{"c":"7846","n":"パイロットコーポレーション","k":"パイロットコーポレーション","o":"並木製作所","ok":"ナミキセイサクショ","a":"","e":"Pilot Corporation","dr":"","i":"機械・精密 文具・オフィス家具","col":"#002F9E","d":null,"f":54.8},{"c":"7867","n":"タカラトミー","k":"タカラトミー","o":"トミー、三陽工業","ok":"トミー","a":"","e":"Takara Tomy","dr":"","i":"サービス・外食 ゲーム・玩具・キャラクター","col":"#0948C1","d":null,"f":61.1},{"c":"7906","n":"ヨネックス","k":"ヨネックス","o":"米山製作所","ok":"ヨネヤマセイサクショ","a":"","e":"Yonex","dr":"","i":"小売・日用品 スポーツ用品","col":"#036A03","d":null,"f":54.1},{"c":"7911","n":"TOPPAN(凸版印刷)","k":"トッパン","o":"凸版印刷、TOPPANHD、TOPPANホールディングス","ok":"トッパンインサツ","a":"","e":"Toppan","dr":"","i":"電機・事務機 印刷","col":"#333333","d":null,"f":55},{"c":"7915","n":"NISSHA","k":"ニッシャ","o":"日本写真印刷","ok":"","a":"","e":"NISSHA","dr":"","i":"電機・事務機 印刷","col":"#0070B8","d":null,"f":43.9},{"c":"7936","n":"アシックス","k":"アシックス","o":"鬼塚商会、オニツカ","ok":"オニツカショウカイ","a":"","e":"Asics","dr":"","i":"小売・日用品 スポーツ用品","col":"#001E62","d":null,"f":63.6},{"c":"7944","n":"ローランド","k":"ローランド","o":"","ok":"","a":"","e":"Roland","dr":"","i":"電機・事務機 楽器","col":"#FF5A00","d":null,"f":41.1},{"c":"7951","n":"ヤマハ","k":"ヤマハ","o":"日本楽器製造","ok":"ニッポンガッキセイゾウ","a":"","e":"Yamaha","dr":"","i":"電機・事務機 楽器","col":"#895ebd","d":null,"f":50.8},{"c":"7956","n":"ピジョン","k":"ピジョン","o":"ピジョン哺乳器本舗、神奈川県茅ヶ崎市にピジョン哺乳器本舗","ok":"ピジョンホニュウキホンポ","a":"ピジョン","e":"PIGEON CORPORATION","dr":"","i":"化学・素材 トイレタリー","col":"#E65550","d":null,"f":57.5},{"c":"7976","n":"三菱鉛筆","k":"ミツビシエンピツ","o":"眞崎大和鉛筆","ok":"マサキヤマトエンピツ","a":"真崎大和鉛筆","e":"MITSUBISHI PENCIL COMPANY, LIMITED","dr":"","i":"機械・精密 文具・オフィス家具","col":"#DF1B26","d":null,"f":52.4},{"c":"7984","n":"コクヨ","k":"コクヨ","o":"黒田国光堂","ok":"クロダコッコウドウ","a":"黒田表紙店,国誉","e":"KOKUYO Co., Ltd.","dr":"","i":"機械・精密 文具・オフィス家具","col":"#D20E2E","d":null,"f":59.2},{"c":"7988","n":"ニフコ","k":"ニフコ","o":"日本工業ファスナー","ok":"ニッポンコウギョウファスナー","a":"","e":"Nifco","dr":"","i":"自動車・部品 内外装・車体部品","col":"#FF6B00","d":null,"f":43.6},{"c":"7994","n":"オカムラ","k":"オカムラ","o":"岡村製作所","ok":"オカムラセイサクショ","a":"","e":"Okamura","dr":"","i":"機械・精密 文具・オフィス家具","col":"#E60039","d":null,"f":58.3},{"c":"8001","n":"伊藤忠商事","k":"イトウチュウショウジ","o":"","ok":"","a":"","e":"Itochu","dr":"","i":"総合商社 五大商社","col":"#19479B","d":null,"f":66.1},{"c":"8002","n":"丸紅","k":"マルベニ","o":"丸紅飯田、大建産業","ok":"マルベニイイダ","a":"丸紅商店","e":"Marubeni","dr":"","i":"総合商社 五大商社","col":"#c8102e","d":null,"f":62.7},{"c":"8004","n":"ニチメン","k":"ニチメン","o":"日綿實業","ok":"ニチメンジツギョウ","a":"日綿實業|日綿実業|日本綿花|ニチメン實業|Nichimen","e":"Nichimen Corporation","dr":"","i":"総合商社 中堅総合商社","col":"#333333","d":2003,"f":36.7},{"c":"8015","n":"豊田通商","k":"トヨタツウショウ","o":"日新通商、TOYOTATSUSHOCORPORATION","ok":"ニッシンツウショウ","a":"","e":"Toyota Tsusho","dr":"","i":"総合商社 中堅総合商社","col":"#005CA2","d":null,"f":60.7},{"c":"8020","n":"兼松","k":"カネマツ","o":"兼松江商","ok":"","a":"","e":"Kanematsu","dr":"","i":"総合商社 中堅総合商社","col":"#E60012","d":null,"f":51.2},{"c":"8031","n":"三井物産","k":"ミツイブッサン","o":"","ok":"","a":"","e":"Mitsui & Co.","dr":"","i":"総合商社 五大商社","col":"#333333","d":null,"f":64.2},{"c":"8032","n":"日本紙パルプ商事","k":"ニホンカミパルプショウジ","o":"越三商店、中井商店、中井","ok":"エツサンショウテン、ナカイショウテン、ナカイ","a":"","e":"Japan Pulp & Paper","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#333F48","d":null,"f":47.4},{"c":"8050","n":"セイコーグループ","k":"セイコーグループ","o":"服部金太郎、セイコー、セイコーホールディングス","ok":"ハットリキンタロウ","a":"","e":"Seiko Group","dr":"","i":"機械・精密 時計","col":"#0048A8","d":null,"f":57.9},{"c":"8053","n":"住友商事","k":"スミトモショウジ","o":"SUMITOMOCORPORATION、住友土地工務、大阪北港、日本建設産業","ok":"","a":"","e":"Sumitomo Corporation","dr":"","i":"総合商社 五大商社","col":"#6ab2b5","d":null,"f":63.1},{"c":"8056","n":"BIPROGY","k":"ビプロジー","o":"日本ユニシス、日本ユニバック","ok":"","a":"","e":"BIPROGY","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#1D2088","d":null,"f":45.4},{"c":"8063","n":"日商岩井","k":"ニッショウイワイ","o":"日商","ok":"ニッショウ","a":"日商|岩井産業|岩井商店|岩井文助商店|鈴木商店|日商産業|Nissho Iwai","e":"Nissho Iwai Corporation","dr":"","i":"総合商社 中堅総合商社","col":"#333333","d":2003,"f":36.7},{"c":"8086","n":"ニプロ","k":"ニプロ","o":"日本硝子商事、ニッショー","ok":"ニホンガラスショウジ、ニッショー","a":"ニッショーストア","e":"Nipro","dr":"","i":"医薬品・医療 医療機器","col":"#004386","d":null,"f":53.4},{"c":"8113","n":"ユニ・チャーム","k":"ユニチャーム","o":"","ok":"","a":"","e":"Unicharm","dr":"","i":"化学・素材 トイレタリー","col":"#184890","d":null,"f":65.7},{"c":"8133","n":"伊藤忠エネクス","k":"イトウチュウエネクス","o":"東京","ok":"","a":"","e":"Itochu Enex","dr":"","i":"総合商社 専門商社","col":"#002F87","d":null,"f":47.8},{"c":"8154","n":"加賀電子","k":"カガデンシ","o":"","ok":"","a":"","e":"Kaga Electronics","dr":"","i":"電機・事務機 電子部品商社","col":"#003F87","d":null,"f":47.6},{"c":"8174","n":"日本瓦斯","k":"ニッポンガス","o":"北日本ガス、日本瓦斯の前身となる関東商事、東日本ガス","ok":"","a":"","e":"Nippon Gas (Nichigas)","dr":"","i":"インフラ 都市ガス","col":"#089F99","d":null,"f":52.5},{"c":"8179","n":"ロイヤルホールディングス","k":"ロイヤルホールディングス","o":"キルロイ特殊貿易、ロイヤル、ロイヤルHD","ok":"キルロイトクシュボウエキ、ロイヤル","a":"ロイヤルホスト|ロイホ|てんや|リッチモンドホテル","e":"ROYAL HOLDINGS","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#C6151E","d":null,"f":56},{"c":"8183","n":"セブンイレブン・ジャパン","k":"セブンイレブンジャパン","o":"株式会社ヨークセブン","ok":"ヨークセブン","a":"セブンイレブン|セブン‐イレブン|セブンーイレブン|セブンイレブン・ジャパン|ヨークセブン|Seven-Eleven Japan|7-Eleven Japan|株式会社セブン-イレブン・ジャパン|セブン-イレブン・ジャパン|株式会社セブンイレブン・ジャパン","e":"Seven-Eleven Japan","dr":"","i":"小売・日用品 コンビニ","col":"#008833","d":2005,"f":48.3},{"c":"8233","n":"高島屋","k":"タカシマヤ","o":"","ok":"","a":"","e":"Takashimaya","dr":"","i":"小売・日用品 百貨店","col":"#D3270C","d":null,"f":64.3},{"c":"8253","n":"クレディセゾン","k":"クレディセゾン","o":"西武クレジット、緑屋","ok":"セイブクレジット","a":"","e":"Credit Saison","dr":"","i":"金融 消費者金融","col":"#004890","d":null,"f":58.3},{"c":"8267","n":"イオン","k":"イオン","o":"ジャスコ、岡田屋","ok":"ジャスコ","a":"","e":"Aeon","dr":"","i":"小売・日用品 総合スーパー","col":"#d6006e","d":null,"f":80.2},{"c":"8306","n":"三菱UFJフィナンシャル・グループ","k":"ミツビシユーエフジェイフィナンシャルグループ","o":"三菱東京フィナンシャル・グループ","ok":"ミツビシトウキョウフィナンシャルグループ","a":"東京三菱銀行|UFJ銀行|三和銀行|東海銀行|三菱東京UFJ銀行","e":"Mitsubishi UFJ Financial Group","dr":"","i":"金融 メガバンク・大手銀行","col":"#c8102e","d":null,"f":81.1},{"c":"8308","n":"りそなホールディングス","k":"リソナホールディングス","o":"大和銀行、りそなHD、大阪野村銀行","ok":"ダイワギンコウ","a":"","e":"Resona Holdings","dr":"","i":"金融 メガバンク・大手銀行","col":"#00833f","d":null,"f":68.4},{"c":"8309","n":"三井住友トラストグループ","k":"ミツイスミトモトラストグループ","o":"中央三井トラスト・ホールディングス、三井トラスト・ホールディングス、三井住友トラスト・ホールディングス、三井信託、中央三井トラスト・HD、富士信託銀行、東京信託銀行","ok":"チュウオウミツイトラストホールディングス","a":"","e":"Sumitomo Mitsui Trust Group","dr":"","i":"金融 信託銀行","col":"#00763a","d":null,"f":56.8},{"c":"8311","n":"第一勧業銀行","k":"ダイイチカンギョウギンコウ","o":"第一銀行","ok":"ダイイチギンコウ","a":"第一勧銀|第一銀行|日本勧業銀行|第一国立銀行|勧銀|DKB|Dai-Ichi Kangyo Bank","e":"The Dai-Ichi Kangyo Bank, Limited","dr":"","i":"金融 メガバンク・大手銀行","col":"#1a5c9c","d":2000,"f":48.3},{"c":"8314","n":"さくら銀行","k":"サクラギンコウ","o":"三井銀行","ok":"ミツイギンコウ","a":"さくら銀行|三井銀行|太陽神戸三井銀行|太陽神戸銀行|神戸銀行|太陽銀行|帝国銀行|三井両替店|Sakura Bank|Mitsui Bank|Taiyo Kobe Mitsui Bank","e":"The Sakura Bank, Limited","dr":"","i":"金融 メガバンク・大手銀行","col":"#CC0066","d":2001,"f":48.3},{"c":"8316","n":"三井住友フィナンシャルグループ","k":"ミツイスミトモフィナンシャルグループ","o":"","ok":"","a":"三井住友銀行|SMBC|三井住友FG|Sumitomo Mitsui Banking Corporation","e":"Sumitomo Mitsui Financial Group","dr":"","i":"金融 メガバンク・大手銀行","col":"#00863c","d":null,"f":78},{"c":"8318","n":"住友銀行","k":"スミトモギンコウ","o":"大阪銀行","ok":"オオサカギンコウ","a":"住友銀行|住銀|大阪銀行|泉屋|Sumitomo Bank","e":"The Sumitomo Bank, Limited","dr":"","i":"金融 メガバンク・大手銀行","col":"#004831","d":2001,"f":48.3},{"c":"8331","n":"千葉銀行","k":"チバギンコウ","o":"","ok":"","a":"千葉第九十八国立銀行|第九十八銀行|成田銀行|総武銀行|千葉合同銀行|小見川農商銀行|野田商誘銀行|千葉貯蓄銀行","e":"Chiba Bank","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#009edb","d":null,"f":54},{"c":"8354","n":"ふくおかフィナンシャルグループ","k":"フクオカフィナンシャルグループ","o":"福岡銀行","ok":"フクオカギンコウ","a":"","e":"Fukuoka Financial Group","dr":"","i":"金融 地方銀行","col":"#003e7e","d":null,"f":55.5},{"c":"8410","n":"セブン銀行","k":"セブンギンコウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Seven Bank","dr":"","i":"金融 決済","col":"#07A32B","d":null,"f":59.8},{"c":"8411","n":"みずほフィナンシャルグループ","k":"ミズホフィナンシャルグループ","o":"","ok":"","a":"みずほ銀行|みずほコーポレート銀行|みずほFG|Mizuho","e":"Mizuho Financial Group","dr":"","i":"金融 メガバンク・大手銀行","col":"#183181","d":null,"f":76},{"c":"8424","n":"芙蓉総合リース","k":"フヨウソウゴウリース","o":"","ok":"","a":"","e":"Fuyo General Lease","dr":"","i":"金融 リース","col":"#003F87","d":null,"f":48.1},{"c":"8425","n":"みずほリース","k":"ミズホリース","o":"パシフィック・リース、興銀リース","ok":"","a":"","e":"Mizuho Leasing","dr":"","i":"金融 リース","col":"#1A3A6F","d":null,"f":49.6},{"c":"8439","n":"東京センチュリー","k":"トウキョウセンチュリー","o":"センチュリー・リーシング・システム、東京センチュリーリース","ok":"","a":"","e":"Tokyo Century","dr":"","i":"金融 リース","col":"#003F87","d":null,"f":50.7},{"c":"8473","n":"SBIホールディングス","k":"エスビーアイホールディングス","o":"SBIHD、ソフトバンク・インベストメント","ok":"","a":"","e":"SBI Holdings","dr":"","i":"金融 証券","col":"#0068B7","d":null,"f":69},{"c":"8584","n":"ジャックス","k":"ジャックス","o":"デパート信用販売、北日本信用販売","ok":"","a":"","e":"Jaccs","dr":"","i":"金融 消費者金融","col":"#009944","d":null,"f":60.1},{"c":"8591","n":"オリックス","k":"オリックス","o":"オリエント・リース","ok":"オリエントリース","a":"","e":"Orix","dr":"","i":"金融 リース","col":"#003c80","d":null,"f":62.1},{"c":"8601","n":"大和証券グループ本社","k":"ダイワショウケングループホンシャ","o":"大和証券、さくら証券、大和証券エスエムビーシー、藤本ビルブローカー証券、藤本ビルブローカー銀行、藤本証券","ok":"ダイワショウケン","a":"","e":"Daiwa Securities Group","dr":"","i":"金融 証券","col":"#d32e0b","d":null,"f":67.3},{"c":"8604","n":"野村ホールディングス","k":"ノムラホールディングス","o":"野村證券、野村HD","ok":"ノムラショウケン","a":"","e":"Nomura Holdings","dr":"","i":"金融 証券","col":"#b51e22","d":null,"f":72.2},{"c":"8605","n":"三洋証券","k":"サンヨウショウケン","o":"土屋鋭太郎商店、土屋證券、日東証券、江口日東証券","ok":"ツチヤエイタロウショウテン、ツチヤショウケン、ニットウショウケン、エグチニットウショウケン","a":"三洋證券|日東証券|江口日東証券|土屋証券|Sanyo Securities","e":"Sanyo Securities","dr":"","i":"金融 証券","col":"#3030A5","d":1997,"f":48.3},{"c":"8609","n":"岡三証券グループ","k":"オカサンショウケングループ","o":"岡三証券","ok":"オカサンショウケン","a":"岡三証券|岡三ホールディングス|岡三","e":"OKASAN SECURITIES GROUP INC.","dr":"","i":"金融 証券","col":"#DF273D","d":null,"f":55.8},{"c":"8630","n":"SOMPOホールディングス","k":"ソンポホールディングス","o":"損保ジャパン日本興亜ホールディングス、SOMPOHD、損保ジャパン日本興亜HD","ok":"ソンポジャパンニッポンコウアホールディングス","a":"NKSJホールディングス|損保ジャパン日本興亜ホールディングス|SOMPO|Sompo Holdings","e":"Sompo Holdings","dr":"","i":"金融 損害保険","col":"#db0011","d":null,"f":70.2},{"c":"8697","n":"日本取引所グループ","k":"ニッポントリヒキジョグループ","o":"大阪証券取引所","ok":"オオサカショウケントリヒキジョ","a":"","e":"Japan Exchange Group","dr":"","i":"金融 取引所","col":"#002b5f","d":null,"f":45.7},{"c":"8698","n":"マネックスグループ","k":"マネックスグループ","o":"マネックス・ビーンズ・ホールディングス","ok":"マネックスビーンズホールディングス","a":"マネックス証券|マネックス|マネックス・ビーンズ証券","e":"Monex Group, Inc.","dr":"","i":"金融 証券","col":"#0068B0","d":null,"f":55.3},{"c":"8750","n":"第一ライフグループ","k":"ダイイチライフグループ","o":"第一生命保険、第一生命ホールディングス","ok":"ダイイチセイメイホケン、ダイイチセイメイホールディングス","a":"","e":"Daiichi Life Group","dr":"","i":"金融 生命保険","col":"#f08300","d":null,"f":77.2},{"c":"8754","n":"日本興亜損害保険","k":"ニホンコウアソンガイホケン","o":"日本火災海上保険","ok":"ニホンカサイカイジョウホケン","a":"日本興亜|日本興亜損保|日本火災海上保険|日本火災|興亜火災海上保険|興亜火災|太陽火災海上保険|太陽火災|Nipponkoa|Nippon Fire & Marine","e":"NIPPONKOA Insurance Company, Limited","dr":"","i":"金融 損害保険","col":"#FF9900","d":2010,"f":48.3},{"c":"8755","n":"損害保険ジャパン","k":"ソンガイホケンジャパン","o":"安田火災海上保険、有限責任東京火災保険会社","ok":"ヤスダカサイカイジョウホケン","a":"損保ジャパン|安田火災海上保険|安田火災|日産火災海上保険|日産火災|大成火災海上保険|大成火災|東京火災保険|帝国海上保険|Sompo Japan|Yasuda Fire & Marine","e":"Sompo Japan Insurance Inc.","dr":"","i":"金融 損害保険","col":"#CC0022","d":2010,"f":48.3},{"c":"8759","n":"ニッセイ同和損害保険","k":"ニッセイドウワソンガイホケン","o":"同和火災海上保険、ニッセイ損害保険と合併しニッセイ同和損害保険","ok":"ドウワカサイカイジョウホケン","a":"同和火災海上保険|ニッセイ損害保険|同和火災|ニッセイ同和損保|NISSAY DOWA General Insurance|Nissay Dowa","e":"NISSAY DOWA General Insurance Co., Ltd.","dr":"","i":"金融 損害保険","col":"#3366CC","d":2010,"f":48.3},{"c":"8761","n":"あいおい損害保険","k":"アイオイソンガイホケン","o":"大東京火災海上保険","ok":"ダイトウキョウカサイカイジョウホケン","a":"大東京火災海上保険|千代田火災海上保険|大東京火災|千代田火災|あいおい損保|Aioi Insurance|Aioi","e":"Aioi Insurance Company, Limited","dr":"","i":"金融 損害保険","col":"#11A292","d":2010,"f":48.3},{"c":"8795","n":"T&Dホールディングス","k":"ティーアンドディーホールディングス","o":"","ok":"","a":"名古屋生命保険|太陽生命保険|大同生命保険|真宗生命保険|護国生命保険|北海生命保険","e":"T&D Holdings","dr":"","i":"金融 生命保険","col":"#0033a0","d":null,"f":68.9},{"c":"8801","n":"三井不動産","k":"ミツイフドウサン","o":"","ok":"","a":"","e":"Mitsui Fudosan","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#004097","d":null,"f":57.5},{"c":"8802","n":"三菱地所","k":"ミツビシジショ","o":"丸ノ内建築所","ok":"","a":"","e":"Mitsubishi Estate","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#DC000C","d":null,"f":53.8},{"c":"8830","n":"住友不動産","k":"スミトモフドウサン","o":"泉不動産","ok":"イズミフドウサン","a":"","e":"Sumitomo Realty & Development","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#FFD800","d":null,"f":49.7},{"c":"8876","n":"リログループ","k":"リログループ","o":"リロ・ホールディング、日本リロケーションセンター、日本住建、日本建装","ok":"","a":"","e":"Relo Group","dr":"","i":"不動産 資産管理・賃貸経営","col":"#005BAC","d":null,"f":43.2},{"c":"8923","n":"トーセイ","k":"トーセイ","o":"ユーカリ、ユーカリ興業、東誠ビルディング、東誠不動産","ok":"","a":"","e":"Tosei","dr":"","i":"不動産 不動産デベロッパー","col":"#71C7D4","d":null,"f":40.8},{"c":"9001","n":"東武鉄道","k":"トウブテツドウ","o":"","ok":"","a":"","e":"Tobu Railway","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#00458F","d":null,"f":64.6},{"c":"9005","n":"東急","k":"トウキュウ","o":"東京急行電鉄","ok":"トウキョウキュウコウデンテツ","a":"目黒蒲田電鉄|東京横浜電鉄|武蔵電気鉄道|田園都市","e":"Tokyu","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#E60012","d":null,"f":66.8},{"c":"9008","n":"京王電鉄","k":"ケイオウデンテツ","o":"京王帝都電鉄","ok":"ケイオウテイトデンテツ","a":"京王電気軌道|玉南電気鉄道|帝都電鉄|京王電車","e":"Keio","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#00205b","d":null,"f":62.4},{"c":"9009","n":"京成電鉄","k":"ケイセイデンテツ","o":"京成電気軌道","ok":"ケイセイデンキキドウ","a":"","e":"Keisei Electric Railway","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#015BAB","d":null,"f":61},{"c":"9020","n":"東日本旅客鉄道","k":"ヒガシニッポンリョカクテツドウ","o":"","ok":"","a":"JR東日本|JR","e":"East Japan Railway (JR East)","dr":"","i":"運輸 jr","col":"#008803","d":null,"f":73.1},{"c":"9021","n":"西日本旅客鉄道","k":"ニシニッポンリョカクテツドウ","o":"","ok":"","a":"JR西日本|日本国有鉄道|国鉄","e":"West Japan Railway (JR West)","dr":"","i":"運輸 jr","col":"#0169B7","d":null,"f":71.1},{"c":"9022","n":"東海旅客鉄道","k":"トウカイリョカクテツドウ","o":"","ok":"","a":"JR東海|JR","e":"Central Japan Railway (JR Central)","dr":"","i":"運輸 jr","col":"#ED6D00","d":null,"f":68.8},{"c":"9024","n":"西武ホールディングス","k":"セイブホールディングス","o":"国土計画興業","ok":"","a":"武蔵野鉄道|西武鉄道|西武農業鉄道|箱根土地|国土計画|コクド|川越鉄道","e":"Seibu Holdings","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#002F87","d":null,"f":63.1},{"c":"9042","n":"阪急阪神ホールディングス","k":"ハンキュウハンシンホールディングス","o":"阪急電鉄、阪急ホールディングス、阪急HD、阪急阪神HD","ok":"ハンキュウデンテツ、ハンキュウホールディングス","a":"箕面有馬電気軌道|阪神急行電鉄|京阪神急行電鉄","e":"Hankyu Hanshin Holdings","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#243D5F","d":null,"f":66.5},{"c":"9048","n":"名古屋鉄道","k":"ナゴヤテツドウ","o":"名岐鉄道","ok":"","a":"","e":"Nagoya Railroad","dr":"","i":"運輸 私鉄","col":"#004EA2","d":null,"f":66.1},{"c":"9090","n":"AZ-COM丸和ホールディングス","k":"エーゼットコムマルワホールディングス","o":"丸和運輸機関、AZ-COM丸和HD","ok":"マルワウンユキカン","a":"","e":"AZ-COM Maruwa Holdings","dr":"","i":"運輸 陸運","col":"#0085B2","d":null,"f":44.5},{"c":"9101","n":"日本郵船","k":"ニッポンユウセン","o":"","ok":"","a":"郵便汽船三菱会社|共同運輸会社","e":"Nippon Yusen (NYK Line)","dr":"","i":"運輸 海運","col":"#CC0000","d":null,"f":59.5},{"c":"9107","n":"川崎汽船","k":"カワサキキセン","o":"","ok":"","a":"","e":"Kawasaki Kisen (K Line)","dr":"","i":"運輸 海運","col":"#CC0000","d":null,"f":52.9},{"c":"9110","n":"NSユナイテッド海運","k":"エヌエスユナイテッドカイウン","o":"新和海運","ok":"","a":"","e":"NS United Kaiun","dr":"","i":"運輸 海運","col":"#003F87","d":null,"f":39.4},{"c":"9119","n":"飯野海運","k":"イイノカイウン","o":"","ok":"","a":"","e":"Iino Kaiun","dr":"","i":"運輸 海運","col":"#D13709","d":null,"f":40.4},{"c":"9142","n":"九州旅客鉄道","k":"キュウシュウリョカクテツドウ","o":"","ok":"","a":"JR九州|JR","e":"Kyushu Railway (JR Kyushu)","dr":"","i":"運輸 jr","col":"#EE3534","d":null,"f":65},{"c":"9143","n":"SGホールディングス","k":"エスジーホールディングス","o":"佐川急便","ok":"サガワキュウビン","a":"SGHD","e":"SG Holdings (Sagawa)","dr":"","i":"運輸 宅配・郵便","col":"#003F87","d":null,"f":67.5},{"c":"9147","n":"NIPPON EXPRESSホールディングス","k":"ニッポンエクスプレスホールディングス","o":"日本通運、内国通運会社、陸運元会社","ok":"ニッポンツウウン","a":"","e":"Nippon Express Holdings","dr":"","i":"運輸 陸運","col":"#1A005C","d":null,"f":57.4},{"c":"9201","n":"日本航空","k":"ニッポンコウクウ","o":"日本航空インターナショナル","ok":"","a":"日本航空","e":"Japan Airlines","dr":"","i":"運輸 空運","col":"#CC0033","d":null,"f":72},{"c":"9202","n":"ANAホールディングス","k":"エーエヌエーホールディングス","o":"全日本空輸、日本ヘリコプター輸送","ok":"ゼンニッポンクウユ","a":"全日本空輸|全日空|ANA","e":"ANA Holdings","dr":"","i":"運輸 空運","col":"#0B308E","d":null,"f":73.6},{"c":"9229","n":"サンウェルズ","k":"サンウェルズ","o":"アイテム商業建築研究所","ok":"","a":"","e":"SUNWELS","dr":"","i":"サービス・外食 ヘルスケアサービス","col":"#333333","d":null,"f":44.6},{"c":"9301","n":"三菱倉庫","k":"ミツビシソウコ","o":"東京倉庫","ok":"トウキョウソウコ","a":"","e":"Mitsubishi Logistics","dr":"","i":"運輸 倉庫","col":"#D61218","d":null,"f":45.7},{"c":"9302","n":"三井倉庫ホールディングス","k":"ミツイソウコホールディングス","o":"東神倉庫、三井倉庫、三井倉庫HD","ok":"トウシンソウコ","a":"","e":"Mitsui-Soko Holdings","dr":"","i":"運輸 倉庫","col":"#E60012","d":null,"f":44.6},{"c":"9364","n":"上組","k":"カミグミ","o":"","ok":"","a":"","e":"Kamigumi Co.,Ltd.","dr":"","i":"運輸 倉庫","col":"#19499C","d":null,"f":44.2},{"c":"9401","n":"TBSホールディングス","k":"ティービーエスホールディングス","o":"東京放送、東京放送ホールディングス、TBSHD、TBSテレビ","ok":"トウキョウホウソウ、トウキョウホウソウホールディングス","a":"TBS|ラジオ東京|KRT","e":"TBS Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 放送局","col":"#0050FF","d":null,"f":58.3},{"c":"9412","n":"スカパーJSAT","k":"スカパージェイサット","o":"ジェイサット・スカイパーフェクト・コミュニケーションズ、スカパーJSATホールディングス、スカパーJSATHD","ok":"ジェイサット・スカイパーフェクトコミュニケーションズ、スカパージェイサットホールディングス","a":"","e":"SKY Perfect JSAT","dr":"","i":"it・通信 通信キャリア","col":"#003399","d":null,"f":53.8},{"c":"9432","n":"NTT","k":"エヌティーティー","o":"日本電信電話公社","ok":"ニッポンデンシンデンワコウシャ","a":"日本電信電話|電電公社","e":"NTT","dr":"","i":"it・通信 通信キャリア","col":"#0072BC","d":null,"f":84.2},{"c":"9433","n":"KDDI","k":"ケーディーディーアイ","o":"","ok":"","a":"KDDI|ケイディーディーアイ|KDDI CORPORATION|株式会社ディーディーアイ","e":"KDDI","dr":"","i":"it・通信 通信キャリア","col":"#E95721","d":null,"f":76.2},{"c":"9434","n":"ボーダフォン(現ソフトバンク)","k":"ボーダフォン","o":"ボーダフォン、ソフトバンク、日本テレコムHD","ok":"ボーダフォン","a":"日本テレコム|鉄道通信|J-フォン|ジェイフォン|Jフォン|東京デジタルホン|デジタルホン|デジタルツーカー|ボーダフォン|Vodafone|ソフトバンクモバイル","e":"SoftBank Corp.","dr":"","i":"it・通信 通信キャリア","col":"#E60000","d":null,"f":78.1},{"c":"9435","n":"光通信","k":"ヒカリツウシン","o":"","ok":"","a":"","e":"Hikari Tsushin","dr":"","i":"サービス・外食 法人向け販売代理","col":"#00469C","d":null,"f":44},{"c":"9449","n":"GMOインターネットグループ","k":"ジーエムオーインターネットグループ","o":"GMOインターネット","ok":"","a":"","e":"GMO Internet Group","dr":"","i":"it・通信 ネット接続・ホスティング","col":"#005BAC","d":null,"f":57.7},{"c":"9501","n":"東京電力ホールディングス","k":"トウキョウデンリョクホールディングス","o":"東京電力、東京電力HD","ok":"トウキョウデンリョク","a":"","e":"TEPCO","dr":"","i":"インフラ 電力(大手)","col":"#F01818","d":null,"f":74.3},{"c":"9502","n":"中部電力","k":"チュウブデンリョク","o":"","ok":"","a":"","e":"Chubu Electric Power","dr":"","i":"インフラ 電力(大手)","col":"#E60012","d":null,"f":70.2},{"c":"9508","n":"九州電力","k":"キュウシュウデンリョク","o":"","ok":"","a":"","e":"Kyushu Electric Power","dr":"","i":"インフラ 電力(大手)","col":"#0073BC","d":null,"f":68.4},{"c":"9601","n":"松竹","k":"ショウチク","o":"松竹キネマ","ok":"ショウチクキネマ","a":"松竹キネマ","e":"SHOCHIKU Co., Ltd.","dr":"","i":"サービス・外食 映画","col":"#13339C","d":null,"f":52.7},{"c":"9602","n":"東宝","k":"トウホウ","o":"東京宝塚劇場","ok":"トウキョウタカラヅカゲキジョウ","a":"","e":"Toho","dr":"","i":"サービス・外食 映画","col":"#003692","d":null,"f":59.5},{"c":"9613","n":"NTTデータグループ","k":"エヌティーティーデータグループ","o":"エヌ・ティ・ティ・データ通信、NTTデータ、NTT","ok":"エヌティーティーデータツウシン","a":"NTTデータ|NTT DATA|エヌ・ティ・ティ・データ","e":"NTT DATA Group","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#0078C0","d":2025,"f":61.7},{"c":"9627","n":"アインホールディングス","k":"アインホールディングス","o":"第一臨床検査センター、アインファーマシーズ","ok":"ダイイチリンショウケンサセンター、アインファーマシーズ","a":"","e":"AIN HOLDINGS INC.","dr":"","i":"小売・日用品 ドラッグストア","col":"#BA0042","d":null,"f":61.6},{"c":"9684","n":"スクウェア・エニックス・ホールディングス","k":"スクウェアエニックスホールディングス","o":"スクウェア・エニックス、営団社募集サービスセンター","ok":"","a":"営団社不動産|営団社システム|エニックス","e":"Square Enix Holdings","dr":"","i":"it・通信 ゲーム・モバイル","col":"#E20A16","d":null,"f":58.7},{"c":"9719","n":"SCSK","k":"エスシーエスケー","o":"住商情報システム、住商コンピューターサービス","ok":"","a":"住商情報システム、住商コンピューターサービス、CSK","e":"SCSK Corporation","dr":"","i":"it・通信 sier","col":"#1A2792","d":2026,"f":29.9},{"c":"9735","n":"セコム","k":"セコム","o":"日本警備保障、日本初の警備保障会社・日本警備保障","ok":"ニッポンケイビホショウ","a":"","e":"Secom","dr":"","i":"サービス・外食 警備・ビルメンテナンス","col":"#01519b","d":null,"f":61},{"c":"9744","n":"メイテックグループホールディングス","k":"メイテックグループホールディングス","o":"ジャパンアウトソーシング、メイテック、メイテックグループHD、名古屋技術センター","ok":"","a":"","e":"Meitec Group Holdings","dr":"","i":"サービス・外食 人材","col":"#003F87","d":null,"f":46.8},{"c":"9766","n":"コナミグループ","k":"コナミグループ","o":"コナミ工業、コナミ、コナミホールディングス、コナミHD","ok":"コナミホールディングス","a":"KONAMI","e":"Konami Group","dr":"","i":"サービス・外食 ゲーム・玩具・キャラクター","col":"#BF0021","d":null,"f":57.9},{"c":"9783","n":"ベネッセコーポレーション","k":"ベネッセコーポレーション","o":"福武書店、ベネッセホールディングス、岡山市南方に福武書店","ok":"フクタケショテン、ベネッセホールディングス","a":"ベネッセ","e":"Benesse Corporation","dr":"","i":"サービス・外食 出版","col":"#0860A8","d":2024,"f":52.3},{"c":"9831","n":"ヤマダホールディングス","k":"ヤマダホールディングス","o":"ヤマダHD、ヤマダ電機","ok":"","a":"","e":"Yamada Holdings","dr":"","i":"小売・日用品 家電量販","col":"#004EA1","d":null,"f":70.7},{"c":"9843","n":"ニトリ","k":"ニトリ","o":"ニトリ、ニトリHD、ニトリホールディングス","ok":"ニトリ","a":"","e":"Nitori Holdings","dr":"","i":"小売・日用品 家具・生活雑貨","col":"#009E95","d":null,"f":64.2},{"c":"9861","n":"吉野家ホールディングス","k":"","o":"吉野家、吉野家ディー・アンド・シー、吉野家HD","ok":"","a":"","e":"","dr":"","i":"サービス・外食 外食","col":"#E57E2E","d":null,"f":62.1},{"c":"9934","n":"因幡電機産業","k":"イナバデンキサンギョウ","o":"","ok":"","a":"","e":"INABA DENKI SANGYO CO., LTD.","dr":"","i":"電機・事務機 電子部品商社","col":"#0068B7","d":null,"f":43},{"c":"9962","n":"ミスミグループ本社","k":"ミスミグループホンシャ","o":"三住商事、ミスミ","ok":"サンジュウショウジ","a":"","e":"Misumi Group","dr":"","i":"機械・精密 精密部品・機械要素","col":"#0F218B","d":null,"f":45.9},{"c":"9987","n":"スズケン","k":"スズケン","o":"鈴木謙三商店","ok":"スズキケンゾウショウテン","a":"","e":"SUZUKEN CO.,LTD.","dr":"","i":"総合商社 医薬品・日用品卸","col":"#4F8AC4","d":null,"f":50.1},{"c":"9989","n":"サンドラッグ","k":"サンドラッグ","o":"","ok":"","a":"","e":"Sundrug","dr":"","i":"小売・日用品 ドラッグストア","col":"#FB1D1B","d":null,"f":62.1},{"c":"ddi","n":"第二電電","k":"ダイニデンデン","o":"第二電電企画","ok":"ダイニデンデンキカク","a":"第二電電|第二電電企画|DDI|ディーディーアイ|DDI CORPORATION|ダイニデンデン","e":"DDI CORPORATION","dr":"","i":"it・通信 通信キャリア","col":"#B02A30","d":2000,"f":48.3},{"c":"jnr","n":"日本国有鉄道","k":"ニホンコクユウテツドウ","o":"","ok":"","a":"国鉄|JNR|日本国有鉄道|JR|国有鉄道","e":"Japanese National Railways","dr":"dissolution","i":"運輸 jr","col":"#000000","d":1987,"f":48.3},{"c":"konica","n":"コニカ","k":"コニカ","o":"小西六写真工業、コニカミノルタHD","ok":"コニシロクシャシンコウギョウ","a":"小西六写真工業|小西六|小西屋六兵衛店|合資会社小西六本店|株式会社小西六本店|株式会社小西六|六桜社|さくらフヰルム|さくらフィルム|サクラカラー|小西六ユービックス|Konica|Konishiroku Photo Industry","e":"Konica Corporation","dr":"","i":"機械・精密 プリンタ・複合機","col":"#005CA3","d":2003,"f":42.5},{"c":"maruha","n":"マルハ","k":"マルハ","o":"大洋漁業","ok":"タイヨウギョギョウ","a":"大洋漁業、林兼商店、林兼、マルハグループ本社、Taiyo Fishery","e":"Maruha Corporation","dr":"","i":"食品・飲料 水産・缶詰","col":"#DE0A06","d":2007,"f":48.3},{"c":"mitsubishi-bank","n":"東京三菱銀行","k":"トウキョウミツビシギンコウ","o":"三菱銀行","ok":"ミツビシギンコウ","a":"東京三菱銀行|三菱銀行|千代田銀行|三菱合資会社銀行部|三菱為換店|東京三菱|三菱銀|Bank of Tokyo-Mitsubishi|Mitsubishi Bank","e":"The Bank of Tokyo-Mitsubishi, Ltd.","dr":"三菱東京フィナンシャル・グループの設立による株式移転","i":"金融 メガバンク・大手銀行","col":"#1a5c9c","d":2001,"f":null},{"c":"prince-motor","n":"プリンス自動車工業","k":"プリンスジドウシャコウギョウ","o":"東京電気自動車・たま電気自動車・たま自動車・富士精密工業、たま自動車、たま電気自動車","ok":"トウキョウデンキジドウシャ・タマデンキジドウシャ・タマジドウシャ・フジセイミツコウギョウ","a":"富士精密工業","e":"Prince Motors","dr":"日産自動車への吸収合併","i":"自動車・部品 乗用車","col":"#333333","d":1966,"f":48.3},{"c":"riccar","n":"リッカー","k":"リッカー","o":"日本殖産工業・理化学工業・リッカーミシン、理化学工業","ok":"ニホンショクサンコウギョウ・リカガクコウギョウ・リッカーミシン","a":"リッカーミシン","e":"Riccar","dr":"会社更生手続申請による経営破綻","i":"機械・精密 繊維・縫製機械","col":"#333333","d":1984,"f":36.7},{"c":"yamanouchi-seiyaku","n":"山之内製薬","k":"ヤマノウチセイヤク","o":"山之内薬品商会","ok":"ヤマノウチヤクヒンショウカイ","a":"山之内薬品商会|山之内|ヤマノウチ|Yamanouchi|Yamanouchi Pharmaceutical|ガスター|ハルナール|4503","e":"Yamanouchi Pharmaceutical Co., Ltd.","dr":"","i":"医薬品・医療 新薬大手","col":"#333333","d":2005,"f":36.7}]}