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  "title": "ボーダフォン（日本テレコム）の歴史概略",
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    {
      "title": "国鉄系の日本テレコム設立と東京デジタルホンによる携帯電話参入",
      "start_year": 1984,
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      "title": "J-フォンの写メールとボーダフォン・グループの傘下入り",
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    {
      "title": "英本社主導の純減とボーダフォンの上場廃止",
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  "overview": [
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      "label": "決断",
      "text": "携帯会社の支配者は、5年で2度、買収で入れ替わった。3Gの投資を控えた日本テレコムは、1999年4月に米AT&Tと英BTの出資を受け入れた。2001年10月には[英ボーダフォンが公開買付けで66.7%を取得し、J-フォンごと親会社となった](/tse/vodafone-jp/decisions/vodafone-japan-telecom-2001/)。ボーダフォンは2004年7月の公開買付けで持株比率を96.1%に高め、2005年8月に上場を廃止した。少数株主のいない支配が、翌年の売却を親会社の一存で決められる条件となった。"
    },
    {
      "label": "現況",
      "text": "ボーダフォンという商号と、英国の通信会社の子会社という立場は2006年に消えた。2004年3月期の純増は103万9100件で、auとドコモのどちらの半分にも届かず、同年7月には総契約数が初めて純減に転じた。2005年度の純増は16万9,200契約で業界全体の3.5%にとどまり、新規客1件の獲得費用は4万5,000円に上った。2006年3月期の経常利益は51.5%減の744億円となる。2006年4月には[ソフトバンクが株式価値約1.75兆円で買収し](/tse/9434/decisions/vodafone-acquisition-2006/)、10月に商号をソフトバンクモバイルへ改めた。法人は、2018年12月に東証一部へ再上場したソフトバンク（9434）として続いている。契約を積むほど利益が削られる構図が、英本社に日本からの撤退を選ばせたとみられる。"
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  "profile": [
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      "label": "祖業",
      "value": "国鉄系の専用線と市外電話"
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      "label": "上場と廃止",
      "value": "1994年〜2005年",
      "note": "東証二部へ上場、現在はソフトバンク"
    }
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  "lineage": {
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  },
  "timelineLead": "1986年に国鉄の全額出資で設立され自営通信網を承継した鉄道通信が起源。\n1989年に日本テレコムを吸収合併し、市外電話から携帯電話へ事業を広げた。2001年に英ボーダフォンが親会社となり、2005年に上場を廃止して、2006年4月にソフトバンクが約1.75兆円で買収した。",
  "lineageLead": "前身は1986年設立の鉄道通信。\n1989年に（旧）日本テレコムを吸収合併して日本テレコムへ商号を変更し、2002年に日本テレコムホールディングス、2003年にボーダフォンホールディングスへ改称した。2004年に（旧）ボーダフォンと合併してボーダフォンとなり、2006年にソフトバンクに買収された。",
  "foundingStory": true,
  "foundingChapters": 3,
  "summary": {
    "description": "ボーダフォン（旧日本テレコム）の歴史。1986年に国鉄系の鉄道通信として設立し、1989年に日本テレコムを合併。東京デジタルホンからJ-フォンの写メール、2001年のボーダフォン・グループ傘下入り、2005年の上場廃止、2006年のソフトバンクによる買収までの沿革と経緯を執筆。"
  },
  "chapters": [
    {
      "start_year": 1984,
      "end_year": 1998,
      "main_title": "国鉄系の日本テレコム設立と東京デジタルホンによる携帯電話参入",
      "subsections": [
        {
          "title": "国鉄が創設した新電電・日本テレコムの市外電話0088と、鉄道通信の設立",
          "text": "国鉄は1984年10月9日、通信事業の企業化調査を担う日本テレコムの創立総会を開催した。資本金22億5,000万円を銀行・商社・国鉄関連企業など51社が出し、社長には前国鉄副総裁の馬渡一眞が就任した。その直前の9月、国鉄総裁の諮問機関である通信事業懇談会は、基幹回線には光ファイバーが最も有利だと中間報告した。同じ報告は、全国に線路用地を持つ国鉄を第一種電気通信事業への参入に適した担い手と位置づけた。馬渡は1986年の講演で、『光ファイバーケーブルというのが非常に有力な武器でございまして、これを敷設するに適当な全国を縦断する土地を国鉄が持っておるということが、やはり国鉄出るべしという大きな理由になっておるように思っております』と参入の理由を説明した。設立時の目標は、専用線を1986年ごろ、市外電話を1988年ごろに始め、東海道沿線から営業に入ることだった。\n\n日本テレコムが最初に売ったのは企業向けの専用線で、1986年8月1日に東京・大阪間で始めた。許可の上では10月の開業だったが2か月繰り上げ、10〜11月に開いた長距離系の2社より先に営業に入った。市外電話は1987年9月4日に開業し、利用者は識別番号0088を回せば月々の基本料なしで使えた。開業時の料金は、東京・大阪間の3分間でNTTより25%安く設定した。中継系の新電電は両端の回線をNTTに依存するため、NTTとの接続点が利用者に近いほど割安にできた。1987年4月には接続点を7か所から14か所へ増やし、同年11月までに申し込みは65万回線に達した。\n\n国鉄の分割民営化を前にした1986年12月、国鉄の全額出資で鉄道通信が設立され、国鉄の自営通信網と業務を引き継いだ。資本金は32億円で、社長には国鉄技師長だった坂田浩一が就任した。民間会社の日本テレコムが国鉄の財産を引き取ると資産評価の手間がかかるため、別に受け皿が作られた。鉄道通信は1987年3月に第一種電気通信事業の許可を得て、4月からJR各社向けの電話と専用線を始めた。こうして新幹線沿いの長距離網を持つ日本テレコムと、国鉄の業務網を継いだ鉄道通信という、同じ出自の2社が並んだ。分割の日程に財産承継の手続きを合わせた結果、国鉄系の通信会社が二つに分かれたとみられる。",
          "references": [
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              "title": "運輸 65(10) 1984年10月「日本テレコムが発足（国鉄の通信事業進出に布石）」",
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        {
          "title": "鉄道通信による日本テレコムの吸収合併と、携帯に出た東京デジタルホン",
          "text": "1989年5月、鉄道通信は日本テレコムを1対1の比率で合併して商号を日本テレコムに改め、坂田浩一が社長を続けた。合併の狙いは、両社の人員と設備を一体で使い、経営の基盤を広げることに置かれた。合併前から郵政省は、同じ国鉄系の第一種事業者が2社並ぶことを気にかけていた。合併後は網の延伸と接続点の増設を進め、1992年11月には新電電で初めて全国をつなぐデジタル網を完成させた。合併後の出資はJR各社が過半を占め、1994年3月末の筆頭株主は22.7%を持つ東日本旅客鉄道だった。監督官庁の意向と設備の重複の両方が、2社を一つにまとめる方向へ働いたと推察される。\n\n日本テレコムは1991年7月、デジタル方式の自動車・携帯電話を手がける東京デジタルホンを資本金40億円で設立した。同年11月に関西デジタルホン、1992年3月に東海デジタルホンを設け、地域ごとに別会社で参入した。使う電波は1.5GHz帯で、日本テレコム社長の坂田浩一は参入の理由を利用者に近いサービスを出すためと説明した。東京デジタルホンの株主には1994年時点で、日本テレコムを筆頭に米エアタッチ・インターナショナルやJR東日本など69社が並んだ。本業の市外電話では、1987年の開業から1992年4月までにNTTに対抗した値下げを5回重ねていた。長距離の単価が下がり続けるなかで、次の収益源を携帯に求めたのだろう。\n\n日本テレコムは1994年9月6日に東証・大証の二部へ上場し、34,000株の公募で資本金は653億4,900万円になった。全国網を短期間で敷くための設備投資は借入金で賄っており、1994年3月期の借入金比率は66.0%だった。上場直前の1994年3月期の営業収益は2,507億4,600万円で、その88.6%を電話が占めた。坂田は上場を機に、網づくりの間に膨らんだ組織を見直し、技術陣と営業体制を組み直す方針を示した。1995年度には上場で得た資金などを返済に回し、有利子負債を1年で421億円減らした。株式の公開は、網を作り終えた後に借金を資本へ置き換える手段だったと考えられる。",
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          "title": "首都圏で開業したデジタルホンと、日本国際通信の合併で得た国際電話",
          "text": "東京デジタルホンは1994年4月1日、許可より3か月早く首都圏で携帯電話の営業を始めた。端末の売り切り制が始まる自由化の日に合わせた繰り上げで、関西は5月、東海は7月に続いた。東京デジタルホンの方式はエリクソン製の1.5GHz帯デジタルだけで、アナログも持つNTTドコモとは異なった。開業時の料金は新規加入料3万2,500円、月額基本料7,300円で、首都圏では4社が客を争った。郵政省への申請では、4年で単年度黒字、7年で累積赤字の解消を見込んだ。先行するドコモに対し、デジタル専業であることを売り物にするほかなかったとうかがえる。\n\n日本テレコムは1997年10月1日、国際電話の日本国際通信（ITJ）を合併した。両社は3月に合意し、ITJ株12株に日本テレコム株1株を割り当て、合併後の社長は坂田浩一とした。引き金は1996年12月に決まったNTTの再編で、持株会社の下に分かれるNTTは国際事業にも出られるようになった。坂田は国際通信を、利益のためではなく客をつなぎ止めるのに欠かせない事業とみていた。自前の網づくりについては、『自分でこれから一生懸命設備投資をしたり、海底に光ファイバーを敷設したり、買い取ったり、海外と折衝したりでは10年ぐらいかかってしまう』とみて、合併を最善の手とした。合併で1998年3月期の売上高は4,000億円となる見込みで、DDIを抜いて新電電の中で2位に上がる計算だった。\n\n日本テレコム系の携帯会社は1996年春までに、デジタルホン3社とデジタルツーカー6社の計9社で全国を受け持つ体制になった。東京デジタルホンは開業当初から全デジタルで、若い個人客を主な狙いに据えていた。1997年、東京デジタルホン社長の林義郎は、『エリアが日本全国に拡大したことと、さらにキメ細かいサービスの実現・周知徹底を目的としてJ-フォンという愛称で、より親しまれる東京デジタルホンをめざしてPRをはじめました』と愛称を掲げた事情を説明した。同年4月1日には月額基本料2,700円のエル・プランを設け、料金を下げたいという利用者の声に応えた。林は国鉄の出身で、旧日本テレコムの技術部長から1991年の東京デジタルホン設立に加わった。地域ごとに分かれた社名を、全国で通じる一つの呼び名に統一する最初の一歩だったとも読める。",
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            {
              "title": "運輸 65(10) 1984年10月「日本テレコムが発足（国鉄の通信事業進出に布石）」",
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              "title": "汎交通 86(5) 1986年5月 馬渡一眞「通信事業と日本テレコム（上）」",
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              "title": "汎交通 88(2) 1988年2月 馬渡一眞「日本テレコムの現状について（上）」",
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          "title": "9社の商号をそろえたJ-フォンと、カメラ付き携帯の写メール",
          "text": "1999年10月、東京デジタルホンなどデジタルホン3社とデジタルツーカー6社の計9社が、商号をそろってJ-フォンに改めた。9社は1997年にグループの呼び名をJ-PHONEに変えていたが、会社としては地域ごとに別々のままだった。東京デジタルホンは1999年春、料金メニューや新サービス、アフターサービスをグループで統一し、ブランドの重みを増す方針を掲げていた。統合前の9社は系列も異なり、端末の企画も広告も地域ごとに行っていた。商号の統一に続き、2000年5月に持株会社のジェイフォンが9社を傘下に収め、同年10月には9社を東日本・東海・西日本の3社に合併した。呼び名、商号、資本、組織の順に、地域会社を一つの会社へ寄せていったとみられる。\n\nJ-フォンは2000年時点で、ドコモ・KDDIと並ぶ三陣営のうち最も小さい16%強の市場シェアにとどまっていた。中核のJ-フォン東京は2000年3月期に売上高2697億円、経常利益530億円を計上し、累積損失を解消した。撮った写真をメールで送る写メールは、グリーンが着任する1年前に、J-フォンの経営会議で決まっていた。当時は3Gのテレビ電話が注目を集め、写真のメールは要らないとみる競合もあった。写メールの時期、J-フォンは年間200万件以上の純増を得た。2001年末の累計台数シェアは17%強の3位で、2位のKDDIのauとの差は0.4ポイントまで縮まった。支持の中心は10代から20代前半の女性だった。通信の方式で先行できない後発は、端末の使い道で若い客を集めることを選んだのだろう。",
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              "title": "ソフトバンク 有価証券報告書（2019年3月期）【沿革】",
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              "title": "政財界 26(10) 2004年11月 溝上幸伸「苦戦するボーダフォンの迷走の原因は?」",
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          "text": "3Gの事業免許は2000年6月30日にドコモ、J-フォン、KDDIの三陣営へ交付され、どの方式でも1兆円規模の投資が要るとされた。日本テレコムはそれに先立つ1999年4月に第三者割当増資を行い、米AT&Tと英BTの出資を受け入れていた。2000年4月に立ち上げた持株会社のJ-フォンには、日本テレコムが54%、英ボーダフォン・エアタッチが26%、BTが20%を出した。三社は5月にJ-フォン9社の第三者割当増資を引き受け、約7000億円を投じた。技術方式はドコモと同じ日欧方式を採った。2000年末にはボーダフォンが日本テレコム株の15%を取得し、既存の出資先の持ち分を引き上げる方針を実地に移した。\n\n2001年2月、ボーダフォンがAT&Tの持ち分を買い、日本テレコムの筆頭株主となる計画が明らかになった。出資比率は15%から25%か30%に上がり、JR東日本の15.1%を上回る見込みだった。日本テレコム社長の村上春雄は、1兆円に迫る3Gの投資と通信の国際化を前に、外資の資本を入れて財務を固めると決めた。村上は外資の受け入れについて、『相手先の株式を持つ資金的余力があれば、そもそも外資からの資本を受け入れる必要はない。今後の生き残りをかけて決断したことだ』という立場を取った。ボーダフォンは3月にAT&Tから株を買い取り、出資比率は25%に達した。ボーダフォンは役員4人の派遣を求めたが、会長の坂田浩一は2人と押し返した。J-フォンの持株会社でもボーダフォンとBTが並んで出資し、両社がそれぞれ日本での影響力を求める構図は2000年から指摘されていた。経営への関与をめぐる綱引きは、この時点では日本側がなお押さえていたと思われる。\n\nボーダフォンは2001年9月半ば、日本テレコム株の公開買付けを表明した。ドコモが3Gの本格サービスを10月に始める直前の動きだった。ボーダフォンは出資比率50%以上を原則とし、20%以下の出資と技術供与で海外に出るドコモとは逆の型を取った。ボーダフォン社長のクリス・ジェントは、『ドコモは日本では一番だが、20％以下の出資で国際展開はできない』という見方を示していた。公開買付けの結果、ボーダフォンは2001年10月に日本テレコム株の66.7%を握り、親会社となった。11月には日本テレコムの次期社長にボーダフォンのウィリアム・モローを充てる人事が決まった。J-フォンも同月に3社を1社に合併し、経営陣を一新した。",
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          "text": "ボーダフォンは、グローバル・クロッシング・ジャパン社長だったダリル・E・グリーンを2001年11月にJ-フォン社長に据えた。グリーンが率いることになったJ-フォンは、東日本・東海・西日本の3社が2001年11月に合併してできた1社体制の会社だった。元の計画のままでは借入が1兆円から2兆円に膨らみ、8年続いた資金の流出も止まらない状況で、グリーンは就任前に決まっていた設備投資を、縮む第2世代への投資は無駄だとして半分にあたる3000億円強へ削った。役員人事もボーダフォンと日本テレコムが決めていた案を覆し、退く予定だった旧J-フォン東日本社長の林義郎を会長に据えた。職位を仕事の重さで点数化する等級とポストの社内公募も、『企業はフリーキャッシュフローを大事にしなければいけない。たとえ1円でも黒字ならいいんです』という考え方に沿って取り入れた。\n\n日本テレコムは2002年8月に持株会社体制へ移り、商号を日本テレコムホールディングスに改めた。会社分割による切り出しは、まず7月に携帯のシステム事業と端末の販売代理店事業を子会社へ移すところから始まった。続いて固定通信も、会社分割で新たに設けた日本テレコムへ移され、携帯のJ-フォンと並ぶ子会社となった。親会社であった間、ボーダフォンは固定の日本テレコムに対する設備投資を大きく抑え、2003年2月には日本テレコムを売るために複数の企業と話し合いを進めていると公表した。固定と携帯を別会社に分けて持株会社の形にしたのは、固定を売却できる単位に整える下準備でもあったと推察される。\n\n2003年8月、米投資会社リップルウッド・ホールディングスが日本テレコムの買収を発表した。日本テレコムホールディングスは固定の日本テレコムを2003年中にリップルウッドへ譲り渡した。同年10月にJ-フォンはボーダフォンに、12月に持株会社はボーダフォンホールディングスに商号を改め、携帯専業となった。グリーンはドコモに比べて信頼性と国際性で劣る点をJ-フォンの弱みとみて、世界最大の携帯会社の傘下にあることを訴えたいとしていた。端末の調達については、『3Gでは世界に1億人以上のお客がいるボーダフォンの規模を生かさないといけない』という考えを示していた。世界共通のブランドと3G端末の調達規模でドコモとの差を詰めることが、ボーダフォンが日本で置いた前提だった。",
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  "decisions": [
    {
      "main_title": "（旧）日本テレコムの吸収合併",
      "sub_title": "鉄道通信を存続会社とし名だけを相手から受け継いだ一本化",
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      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/vodafone-jp/decisions/railway-telecom-merger-1989/"
    },
    {
      "main_title": "英ボーダフォンの子会社化",
      "sub_title": "固定通信と携帯J-フォンが外資の傘下に入った支配権の移動",
      "year": 2001,
      "type": "acquisition",
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/vodafone-jp/decisions/vodafone-japan-telecom-2001/"
    }
  ]
}
