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    "hometown": "東京・南佐久間町（現・港区西新橋一丁目）",
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    "origin": "創業家。米屋と貸家の差配から大家業に移った家の生まれで、経済史の研究者として大学で教えながら父の土地にビルを建て、1959年10月に父の森磯次郎氏に代わって森ビルの社長に就任した",
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    "references": [
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        "source": "森泰吉郎『私の履歴書』（日本経済新聞社, 1993）",
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      {
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          "text": "1904年3月、東京・南佐久間町（現・港区西新橋一丁目）に生まれた。父の森磯次郎氏は米屋を営みながら貸家の差配を引き受け、やがて家作を買って大家業を始め、関東大震災を機に米屋を番頭に譲って大家業に専念した。森泰吉郎氏は1928年に東京商科大学を卒業し、大倉高等商業学校の教師や京都高等蚕糸学校の教授を務め、蚕糸産業の経済史を専門とした。戦後は横浜市立大学で日本貿易論を講じ、1954年に商学部長となった。"
        },
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          "text": "1959年6月に森ビル株式会社が設立された当初は、父の森磯次郎氏が社長を務めた。森泰吉郎氏は1957年6月の横浜市立大学の学長選挙に立候補したが、父と共同で資本金100万円の会社を経営していることが地方公務員法に触れるとされ、選挙は流れた。同年7月に商学部長を退き、1959年10月には教授も辞め、その月のうちに父に代わって森ビルの社長に就任した。1993年1月に森稔氏が社長に就任した。"
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          "text": "1967年に赤坂一丁目の銭湯を買ったのを皮切りに、六本木一丁目にかけて約3,000坪の土地がまとまり始めた。当初は33階建て1棟の計画で1969年11月に東京都へ相談したところ、同年6月施行の都市再開発法による再開発第1号として区域を広げる案を示された。1979年10月に都市計画決定に至り、1982年11月に再開発組合が発足した。土地を買い取らず、地権者全員に共同での開発を呼びかける方式をとった。1986年にアーク森ビルが完成した。"
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          "text": "関東大震災の後、森泰吉郎氏は立地のよい土地には鉄筋コンクリートのビルを建てようと父の森磯次郎氏に持ちかけたが、まだ借り手がいないとして退けられた。森家は震災後も底地を買い続け、終戦時には郊外を含めて約2,000坪の土地を持っていた。戦災で焼けた物件の不法占拠や買い取りの要求に父ひとりでは対処できず、京都から戻った森泰吉郎氏は、土地をビルの種地として売らずに残す方針をとった。整理を経て父から引き継いだ都内の土地は約1,500坪だった。\n横浜市立経済専門学校に勤めながら、本業は不動産、とりわけビルと定め、借地人や借家人を回って、ビルを建てる際には協力するとの証文を取り付けていった。ビルの経営は一橋の同級生を通じて三井不動産の担当者に学び、契約書は三井不動産・三菱地所・東京建物の書式を集めて自社用に組み直した。\n最初に着工したのは生家跡に建てた第2森ビルで、建築費は入居者の保証金と手持ち資金で賄え、1956年8月に完工した。虎ノ門交差点の近くに建てる第1森ビルには1億2,000万円が必要で、東銀座に持っていた土地60坪を坪40万円で協栄生命保険に売り、売却額の約2,600万円と同額の融資を第一信託銀行から受けて、手持ち資金と保証金を加えた。第1森ビルの敷地80坪のうち10坪は丸万不動産の所有で、同社も自ら建てると譲らなかったため、共同事業として建てた。借地人の洋服店が資金を必要としたときには芝信用金庫から700万円を借りて借地権を買い戻し、パチンコ店に改装した借地人とは明け渡しを約す調停調書を交わしたうえで、のちに立ち退いてもらった。土地の取りまとめは急がず、権利者に誠意を尽くして機会を待つやり方をとり、権利者・開発業者・地域の三者が得をする「三方三両得」を地上げの条件とした。\n1959年6月に森ビル株式会社を設立し、当初の社長は父の森磯次郎氏が務めた。学長選挙をめぐって大学との兼業が問題にされたことを機に、森泰吉郎氏は1959年10月に教授を辞め、その月のうちに父に代わって社長に就任した。\n1965年の不況では第8森ビルから富士通と日本電気が転出を申し出て、賃料を2割下げて引き留めた。同年の建築基準法の改正で容積率の規制が強まる前の駆け込みで第10・第11森ビルを着工しており、延べ床面積が一挙に倍の2万坪となったため、埋まらないビルは賃料を引き下げた。1967年には所有ビルが10棟を超え、従業員も100人を超えたことから、家業から企業への転換が必要と判断し、1968年4月に経営理念「森ビル十七条」を定めた。新聞広告で採った中途採用の管理職が組織の進め方から外れたことから、中核の社員は社内で育てる原則を固め、新入社員を1年間、愛宕の研修寮に住まわせて教育した。"
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