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  "title": "ネットバブル崩壊下の資産圧縮と日債銀買収",
  "subtitle": "時価総額20兆円のピークから一転——孫正義氏はなぜ株を売って負債を圧縮しながら、批判のなかで破綻銀行を買ったのか",
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      "text": "2000年、米ナスダック発のネットバブル崩壊のなかで、ソフトバンクが保有する投資先株式を選別して売却し、有利子負債の圧縮と事業の整理を進めた経営判断。同じ2000年には、批判を受けながら破綻・国有化されていた日本債券信用銀行（のちのあおぞら銀行）を買収し、金融へ関与した。"
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      "text": "米ヤフーの株価高騰で、ソフトバンクの時価総額は2000年に一時20兆円へ達していた。その評価の大半はYahoo関連の含み益に支えられており、2000年春からの株価下落で含み益は急速にしぼんだ。1990年代後半に膨らんだ有利子負債の返済が、重い課題として浮かび上がった。"
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      "text": "ソフトバンクは値上がりした投資先株式を選別して売却し、その利益で負債を圧縮しながら1990年代の買収資産を整理した。並行して、公的資金で処理された日本債券信用銀行を買い取ったが、この買収には「機関銀行化」への懸念が当初からつきまとった。"
    },
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      "text": "含み益に支えられた時価総額の危うさが、崩壊で誰の目にも明らかになった時期であった。株を売って身軽になる守りと、破綻銀行を買う攻めを同時に進めたこの時期は、投資会社の色を強めたソフトバンクが、安定した事業の柱（のちのADSL）へ軸を移していく前段にあたる。"
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    "summary": "ネットバブル崩壊で含み益が急減するなか、投資先株式を選別売却して有利子負債を圧縮・資産整理する守りと、批判を押して破綻銀行の日債銀を買収する攻めを同時に進めた財務・事業の再編"
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              "text": "2000年初め、ソフトバンクの時価総額は一時20兆円に達した。同社を世界有数の投資会社の地位へ押し上げたこの評価は、しかし自前の事業の利益ではなく、保有する米ヤフー株の高騰による含み益に支えられていた。株価がつくり出した評価であるだけに、その株価が崩れれば評価も同じ速さで崩れる。ソフトバンクの企業価値は、Yahooの株価と一蓮托生の構造になっていた。"
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              "text": "資産を整理する一方で、ソフトバンクは正反対の攻めにも出た。2000年9月、破綻して一時国有化されていた日本債券信用銀行を、投資会社を中心とするグループで買い取った。この買収には当初から強い懸念が向けられた。銀行を自社グループ向けの資金供給に使う「機関銀行化」への疑念であり、公的資金で処理された銀行を投資会社が握ることの是非が問われた。日経ビジネスは買収を「危うい野望」と評し、市場リスクにさらされる可能性を指摘した。"
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    }
  ],
  "references": [
    "日経ビジネス（2000年3月6日）",
    "日経ビジネス（2000年10月2日）",
    "ソフトバンクグループ 有価証券報告書（2025年3月期）【沿革】"
  ],
  "authored": "2026-07",
  "last_updated": "2026-07-04"
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