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        "ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版【過去の業績】半期合算（昭31年8月期＋昭32年2月期）／昭32年2月期の営業収入はOCR欠落",
        "ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版【過去の業績】半期合算（昭32年8月期＋昭33年2月期）",
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        "ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版【過去の業績】半期合算（昭34年8月期＋昭35年2月期）",
        "ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版【過去の業績】半期合算（昭35年8月期＋昭36年2月期）",
        "ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版【業績一覧表】【損益計算】半期合算（26期＋27期）",
        "ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版【業績一覧表】【損益計算】半期合算（28期＋29期）／従業員は昭38年2月末",
        "会社年鑑 1976年版【最近の業績】半期合算（昭45年8月期＋昭46年2月期）",
        "会社年鑑 1976年版【最近の業績】半期合算（昭46年8月期＋昭47年2月期）",
        "会社年鑑 1976年版【最近の業績】半期合算（昭47年8月期＋昭48年2月期）",
        "会社年鑑 1976年版【最近の業績】半期合算（昭48年8月期＋昭49年2月期）",
        "会社年鑑 1976年版【最近の業績】半期合算（昭49年8月期＋昭50年2月期）",
        "…ほか 10 件（行ごとの reference を参照）"
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      "extraction": "EDINET の XBRL、kabupro 掲載の旧有価証券報告書、会社年鑑・社史等からの転記",
      "row_field": "reference",
      "caveat": "創業期から現在までを 1 本に繋いだ長期系列のため、年代により出所・単位・連結範囲が変わる。行ごとの reference / unit / consolidation を必ず参照すること"
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  "title": "雅叙園観光の歴史概略",
  "eras": [
    {
      "title": "目黒雅叙園の外客ホテル化と米軍専用ホテルへの転換",
      "start_year": 1948,
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    {
      "title": "総売上の57%を奈良ドリームランドに依存した賃借営業",
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    {
      "title": "池田保次の株式買占めと約700億円の手形乱発",
      "start_year": 1984,
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      "phase": "scandal"
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    {
      "title": "イトマン事件と事実上の倒産による上場廃止",
      "start_year": 1990,
      "end_year": 1997,
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    }
  ],
  "overview": [
    {
      "label": "創業",
      "text": "1948年6月15日、興行師の松尾國三氏が資本金5,000万円で雅叙園観光株式会社を設立し、社長に就いた。前年の暮れ、遺産の争いの渦中にあった料亭・目黒雅叙園の二代目から助力を求められたもので、買い取ったのは高台に建つ洋館の二号館と三号館だけであった。料亭の部分は細川家に残り、建物を持たずに営業だけを預かる形がこの時に決まっている。当時のホテルは融資順位の低い第三種営業に区分され、銀行は資金を出さなかった。松尾氏は進駐軍向けの施設にするという筋書きで日本銀行へ斡旋を求め、四行の協調融資を取り付ける。1949年に戦後の民間経営ホテル第一号として認可を得て、1950年6月に株式を上場した。"
    },
    {
      "label": "決断",
      "text": "営業する場所を自ら所有しない会社であった。目黒・新宿・芦屋・奈良の四営業所はすべて他者からの賃借で、最大の収益源となった奈良ドリームランド場内の食堂と売店に至っては、権利金も家賃も払っていない。48億円を要した遊園地の建設を日本ドリーム観光へ預け、場内で商うだけという分業は、松尾國三氏が二社の社長を兼ねていたから成り立った。初期投資を負わない身軽さの代価は、収益の決定権を手放したことにある。1963年には総売上高の57%が奈良の場内から上がり、遊園地の入園者数と天候が決算を動かすようになった。1966年の株主総会で株主が突いたのもこの一点で、投資7億円余のうち6億円余が無配の関係会社株に固定されていた。"
    },
    {
      "label": "現況",
      "text": "1997年5月に上場廃止となり、事実上の倒産を経て会社は消滅した。1996年12月24日に最初の不渡りを出してから半年足らず、上場から47年目のことである。引き金は本業のホテルではなく、1988年春から仕手集団コスモポリタンの池田保次氏のもとで会社名義の手形が総額700億円といわれる規模で振り出されたことにあった。年間売上高が40億円規模の会社には、事業のどこからも返せない額である。"
    }
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  "profile": [
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      "key": "founding_business",
      "label": "祖業",
      "value": "買い取った洋館での外客向けホテル営業"
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    {
      "key": "delisting",
      "label": "上場と廃止",
      "value": "1950年〜1997年",
      "note": "1996年12月の不渡りを経て翌年5月に上場廃止"
    }
  ],
  "lineage": {
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  },
  "timelineLead": "1948年に興行師の松尾國三氏が目黒雅叙園の洋館を取得して設立した会社が起源。\n1949年に戦後の民間経営ホテル第一号の認可を得て、1961年には奈良ドリームランド場内に食堂・売店を開いた。目黒・新宿・芦屋・奈良の全営業所を賃借で運営したホテル会社で、1997年に上場を廃止した。",
  "lineageLead": "1948年に興行師の松尾國三氏が目黒雅叙園の運営のため設立した会社。\n1987年に仕手集団コスモポリタンが株の約8割を握り、1990年には伊藤萬が第三者割当増資を引き受けた。支配者が替わるたびに手形の乱発が重なり、1997年に上場を廃止した。",
  "foundingStory": true,
  "foundingChapters": 4,
  "summary": {
    "description": "雅叙園観光の歴史を創業から現在まで一次資料でたどる。沿革・財務・歴代社長・大株主・セグメントの長期データを時系列で横断。"
  },
  "chapters": [
    {
      "start_year": 1948,
      "end_year": 1960,
      "main_title": "目黒雅叙園の外客ホテル化と米軍専用ホテルへの転換",
      "subsections": [
        {
          "title": "相続争いの渦中にあった料亭の洋館だけを取得した創業",
          "text": "目黒雅叙園は、昭和初期に細川力蔵氏が開いた料亭だった。その細川氏が世を去ると、後妻と先妻の子の間で相続の争いが起こり、外部の勢力が未亡人を立てて介入した。1947年の暮れ、父の名を継いだ二代目細川力蔵氏が、興行師の松尾國三氏を新富町の旅館に訪ね、助力を求めた。当時の日本は外客の来訪が相次ぎ、その宿舎の不足が痛感されていた。新たに設けられた施設は、貿易庁直営のホテルが数ヵ所という程度にとどまっていた。目黒雅叙園は戦災を免れて建物が残っており、料亭から宿へ用途を移せば、供給の足りない市場へ最も早く出られる資産だった。松尾氏が火中の栗を拾ったのは、争いの義理よりも建物事情が悪化していた東京において、需要を満たせる好機を見出したためであろう。\n\n戦後における雅叙園観光の実質的な創業者となった松尾國三氏は、旅一座の荷物かつぎとして興行の世界に入り、子供芝居の巡業で育った人物である。敗戦の翌年、福岡県の警察部長から進駐軍相手のキャバレーの開設を求められている。松尾氏は土居町に残る十五銀行跡の焼けビルを帝国銀行から譲り受け、一階と二階を映画館、四階をキャバレーとして開いた。この建物はのちに福岡雅叙園ホテルへ改造され、西日本相互銀行の希望によって売却された。雅叙園観光株式会社は1948年6月15日、資本金5000万円で設立され、松尾氏が社長に就任。目黒の話が持ち込まれたとき、松尾氏の手元にあったのは自己資金ではなく、占領軍を客とする営業を国の要請で立ち上げた実績という信頼だった。\n\n雅叙園は目黒川沿いの高台を切り開いて建てられ、上が洋館、下が日本式の料亭という構えだった。松尾氏が二代目力蔵氏と相談して買い取ったのは、力蔵氏の名義になっていた上の洋館、すなわち二号館と三号館だけだった。料亭の部分は細川側に残り、未亡人側は工事中止の仮処分を申請した。遺産の争いは、その後二、三年にわたって法廷で続いた。1963年の時点でも目黒の営業所は、細川力蔵氏・合資会社雅叙園・細川合名会社の三者を相手方とする賃貸契約のうえで営まれていた。新宿・芦屋・奈良の営業所も、それぞれ日活、松尾氏を含む三者、日本ドリーム観光との契約のうえに置かれた。建物を持たずに営業だけを預かるこの形は、会社の資産の持ち方を制約することになった。",
          "references": [
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              "title": "松尾国三『けたはずれ人生』1976年 第十三章「戦いすんで」",
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              "title": "会社銀行八十年史 1955年版「ホテル・観光／雅叙園観光」",
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          "title": "進駐軍向けへの付け替えで得た協調融資と、民営ホテル第一号の認可",
          "text": "中華料理のレストランとして造られた建物をホテルへ変えるには、相応に手を加える必要があった。荒れ放題の状態からの復旧には、資金を投じなければならなかったが、。ところが当時のホテルは融資順位の低い第三種営業に区分され、銀行は容易に融資をしなかった。そこで、松尾氏が考えたのは、進駐軍関係のホテルにすれば建設資金の融資も可能になるという筋書きであった。日本銀行の融資斡旋部長を通じて各行に集まってもらい、説明会を開催。席上、当時の日銀総裁であった一万田尚登氏が『ホテルは第三丙種に属するが、進駐軍関係の営業となればドルを稼ぐ。君たち、協調融資でやっているだろうね』と述べ、この一言で四行の協調融資が決まった。工事を施工した竹中工務店は、1955年8月末に28万6720株を持つ大株主として株主名簿に並んだ。\n\n目黒の雅叙園の改造が終わり、披露宴を待つばかりという間際に、米軍から呼び出しが来たという。GHQのハーフ大佐は『民間のホテル経営は認めない。ホテルは全部国営にする。ついては、雅叙園は都心から少し離れてもいるし、軍人、軍属の家族ホテルとして最適であるから、全館、進駐軍関係のホテルにする』と通告。当時のホテルは運輸省の管轄にあり、民間経営のホテルは存在しなかった。民間に任せれば配給品の横流しは避けられない、というのがGHQの言い分だった。松尾氏はこれを断り続け、マーカット少将に直接の面会を申し込んだ。役人による国営経営は管理が行き届かないが、民営は利潤があってはじめて成り立つため管理が厳しくなると主張し、試行を認めさせた。この結果、雅叙園観光ホテルは戦後の民間経営ホテル第一号として認可を得た。貿易庁直営ホテルが外客のみをドル建で扱ったのに対し、雅叙園観光は民有民営の形式のもとに置かれることになった。\n\n1949年1月に雅叙園観光ホテル（ややこしい点だが目黒雅叙園とは異なる。2011年には雅叙園観光ホテルの跡地がアルコタワー・アネックスとして開業。現在はAmazonの日本法人が入居）は、目黒雅叙園と隣接する高台にて営業を開始した。外人客を主としながら広く日本人の利用にも供し、ドルと円の両建てという特殊な仕組みを採用。1950年3月には資本金を1億5000万円へ引き上げた。同年6月28日、設立から二年で東京証券取引所へ株式を上場するなど、都内のおける貴重な宿泊先として急速に業容を拡大した。同年9月には新宿日活の地階にレストラン雅叙園を開設し、ここも日活を相手方とする賃貸契約で営んだ。定款が掲げた事業は、ホテルと観光施設の経営のほか、美術工芸品の紹介、土産品の製造販売、飲食店やダンス教授所の経営、建物の賃貸にまで及んでおり、ホテルを軸とした多角化を志向した。資金面では、土地と建物へ資本を寝かせない代わりに、増資と株式公開で自己資本を積む財務戦略が定まった。",
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          "text": "1953年6月、米軍の懇望により、雅叙園観光ホテルは全館が米軍専用のホテルとなった。同じ月、長野県軽井沢に軽井沢雅叙園ホテルを開設している。目黒の営業は、以後、米軍ホテル管理部を主な取引先として回った。1955年3月から8月までの半期で、軍との契約による月収は6150万円だった。契約を超えて生じた収入は3155万3000円で、両者を合わせると9305万3000円に達した。隣接する1956年2月期の営業収入が9444万5000円だったことと並べれば、この時期の収入はほぼ全額が米軍との契約から立っていた。このため、終戦直後の雅叙園は、東京にありながらも進駐軍が得意先となっていた。\n\n1956年2月期の営業収入は9444万5000円、税込利益は1380万円だった。続く1956年8月期はそれぞれ1億422万2000円と1719万4000円へ伸びた。配当は各半期750万円、年率10%が1955年から1957年まで据え置かれている。従業員は1955年8月末で388人、株主数は同じ日で1886名を数えたが、株数の7割超を個人が持っていた。大株主には松尾氏の69万2040株と並んで、前の所有者である細川力蔵氏の11万1480株が載っており、戦前からの元々の所有者である細川氏も一定の影響力を保持した。宿泊の実績に左右されない月収は、季節と景気に左右されやすいホテル業の収入を安定させ、上場企業として配当を続ける原動力となった。\n\n1957年3月から8月までの半期で、目黒の月極収入は6000万円と前の水準をほぼ保っていた。ところが契約を超えて生じた収入は826万3000円まで落ち、二年前の同じ半期の四分の一になった。営業収入は8371万8000円、税込利益は966万6000円で、前年同期の半分に満たなかった。配当率は1958年2月期に8%、同年8月期に6%へ下落。1959年2月期には税込利益が20万1000円の損失に転じ、以後1961年2月期まで無配が続いた。1959年12月に資本金を3億円へ引き上げたものの、2号館と3号館が一般営業へ戻ったのは1961年3月だった。進駐軍という大口顧客が利用を減らしたときに、内需にシフトに出遅れたというハンデをもたらした。",
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          "text": "雅叙園観光ホテルは1953年6月から米軍専用ホテルとして運営され、一般の客を泊める場を8年近く持たなかった。目黒の建物が自社の所有でなかったことも、この間の制約を重くした。ホテルは細川力蔵氏と合資会社雅叙園、細川合名会社の三者を相手方とする賃貸契約の上に立っていた。1961年3月に2号館と3号館が一般営業へ復帰したものの、1号館は米軍用に残されたままだった。社長の松尾國三氏は1966年の株主総会で、軽井沢に7,500坪の土地を持ち、熱海と神戸にも相当な財産があると説明しているが、主力事業を展開する目黒の建物を所有しないという、事業上のハンデを背負っていた。\n\nなお、松尾國三氏が関与した奈良ドリームランド（米国ディズニーランドから着想を得て開園したが2006年8月閉園）を建てたのは雅叙園観光ではなく、同氏が再建を引き受けた別の会社だった。1954年7月末、松竹の大谷竹次郎社長が専務の奥山市三氏を伴って松尾氏の自宅を訪れ、倒産寸前にあった大阪の千土地興行の立て直しだったを依頼された。この会社はのちに日本ドリーム観光となり、当時としては巨額な、総工費48億円をかけた遊園地を1961年7月1日に開園させた。雅叙園観光はその場内の食堂と売店に進出。資本金12億円の会社に48億円の遊園地は建てられず、松尾氏は観光事業を拡大するため、日本ドリーム観光の社長を兼ねるなど、5つ6つの会社を率いていた。\n\n奈良ドリームランドにおいて、場内で借りた面積は、決して小さいものではなかった。食堂は高級食堂と大衆食堂、ガーデン・ビヤホールを合わせて約700坪、売店は約380坪に達したが、この権利について松尾氏は株主総会で、通常なら3億円から5億円の補償金と権利金を要すると説明した。大株主であるために、権利金も家賃も払わずに借りたという。ただし奈良営業所は賃借料として売上額の10%を日本ドリーム観光へ納めていた。権利金も補償金も一切出していないと、松尾氏は総会で『そのために権利金は一銭も出ていない。補償金も出ていない、何にも出ていない、無家賃で借りておる』と述べたという。固定費を負わず、売れた分だけ払う条件であり、初期投資を要さない条件と引き換えに、雅叙園観光としては奈良ドリームランドへの関与を最小限に抑えた。",
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        {
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          "text": "1963年2月の時点で、雅叙園観光の営業所は目黒・新宿・芦屋・奈良の四か所にあり、いずれも他者からの賃借で成り立っていた。目黒は細川力蔵氏ら三者、新宿は日活株式会社、芦屋は松尾國三氏と財団法人松尾育英会、猿丸弁治氏の三者を相手方とする契約である。芦屋の温泉旅館芦山荘は客室17室・収容人員34名と小さく、軽井沢雅叙園ホテルも客室40室・収容人員120名にとどまった。目黒ホテルは米軍用の1号館が客室82室・収容人員214名、一般営業に戻った2号館が客室33室と結婚式場1室である。3号館はグリルとバーを主体に収容人員909名を数えた。松尾氏は1966年の総会で会社に多くの負債はないと述べたが、借入が少なかったのは建物を自ら建てなかったからでもある。\n\n開設から2年で、収益源は目黒から奈良へ移り変わった。1963年には奈良ドリームランド場内に関する収益が、総売上高の57%を占め、目黒ホテル、新宿雅叙園、軽井沢雅叙園ホテル、芦山荘がこれに続いた。1963年2月期の営業収入は2億2,937万7,000円だった。飲食・食堂が1億1,292万3,000円、売店が6,532万4,000円を占め、宿泊料は4,333万円にとどまる。開園直後の入園者は松尾氏が見込んだ1日2万人に遠く及ばなかったが、それでも場内の飲食と売店は目黒のホテルを大きく上回る売上を生んだ。外客用の宿泊設備として設立された会社は、15年で自社保有しない遊園地である奈良ドリーム向けの飲食売店業へ姿を変えた。\n\nしかし、売上構成が変わったものの、本業の採算は改善しなかった。1963年2月期は営業損失1,399万円を計上し、営業外収入6,205万円を充てて当期利益4,059万円をかろうじて残している。前の半期にあたる1962年8月期の営業収入2億7,370万6,000円からは4,400万円余りの減収だった。それから3年後、1966年4月の株主総会で株主が挙げた半期の売上高はおよそ2億8,000万円で、売上規模は拡大していた。しかし、同じ総会で松尾氏が報告したのは5,000万円の欠損であり、議案は欠損金処理計算書の承認で、無配となった。45円で株を買ったという株主が無配への不満を訴え、松尾氏も30円台という株価を残念に思うと述べるに至った。",
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          "title": "日本ドリーム観光への6億円出資と、株主総会での追及",
          "text": "新たに横浜ドリームランド（1964年開園）にホテルを建てる計画が立案されたが、松尾氏は雅叙園観光にそれを負わせなかった。株主総会での説明によれば、7億数千万円をかけて千数百人を収容するホテルを建て、客がまだ付かないうちに営業を始めれば金利が回らないと案じたという『七億以上の金でドリームを建てて設備をして、そしてまだ一般客に知れわたらないで、そこに千何百人も収容するホテルを営業するということは金利も回らんと大変心配した』。加えて日本開発銀行は、そのホテルへの融資には応じても雅叙園観光には出さないという姿勢だった。そこで6億円の資本金を倍額増資で12億円とし、増えた6億円を日本ドリーム観光へ向け、投じた資金はその株式へ切り換えた。1964年の時点では、日本ドリーム観光への持株比率はまだ2.5%に過ぎなかった。\n\n1966年4月25日の株主総会で、子会社でもない企業に対する出資に対して、株主からの疑念が噴出した。ある株主は、資本金12億円・半期の売上高約2億8,000万円の会社が投資総計7億円余を抱えている点を指摘。うち6億4,000万円余が無配の日本ドリームランド株であり、投資効果が現れていないし、松尾社長個人の判断が優先され、雅叙園観光の株主への配慮が後回しになっているのではないかと質した。別の株主は、雅叙園観光の収入は日本ドリーム観光の犠牲の上に立つものではないかと述べ、将来の合併を危惧した『雅叙園がドリームランドによつて利益を上げると、ことばをかえて言えば、雅叙園の収入はドリームランドの犠牲的収入と、こういうふうにも考えられます』。松尾氏は合併は何も考えていないと答えた。なお、当時の取締役には日本ドリーム観光の会長を兼ねる白井信太郎氏も名を連ねている。\n\n収益の土台を奈良ドリームランドの集客に依存した結果、休日の天候が決算に影響した。松尾氏は昭和40年度後期の欠損について、奈良と横浜のドリームランドで日曜のたびに雨が降ったことを挙げている。5,000万円の欠損のうち4,200万円は償却で、営業の赤字は800万円あまりにとどまった。他の業績要因として、新宿営業所は日活株式会社から借りたもので、収容人員330名の食堂と宴会場を営んでいたが、この営業所を契約年数の満了とともに日活に返却されたことも影響した。そこで、失った拠点を埋めるため、横浜ドリームランドの場内にドリームヘルスセンターを新設。奈良ドリームランドは開園5年目にしてようやく見込んだ観客を集め、総会の時点で横浜の倍以上の客数に達していた。このため、1960年代の雅叙園観光は、その商号とは裏腹に、収益を他社である奈良ドリームランドに依存する状況が続いた。",
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          "title": "創業家の承継が割れ、外から株を大量取得された二年",
          "text": "雅叙園観光の実質的な創業者である松尾國三氏が、1984年1月に死去した。旅芸人から身を起こし、雅叙園観光と日本ドリーム観光の二社を東京証券取引所と大阪証券取引所の一部へ押し上げた実業家であった。日本ドリーム観光は松尾氏が1913年に創設し、雅叙園観光は1948年に設立したもので、二社はいずれも松尾家がオーナーの兄弟会社にあたり、日本ドリーム観光は雅叙園観光の筆頭株主でもあった。松尾氏が後継者として指名していたのは孫であり、その孫が経営を担えるようになるまでは、未亡人と長く番頭役を務めてきた人物が会長と社長を分け持つ想定であったという。しかし、2社ともに上場企業であり、複雑な資本政策をともなっていたことから、事業承継は身内だけで解決する問題でなかった。\n\n1984年の雅叙園観光の株価は、1月につけた高値283円から10月の安値185円までの幅に収まり、おおむね200円の前後で推移するにとどまっていた。松尾氏が亡くなった翌年、仕手筋の買い集めで値動きは一変し、1985年6月1日の初値370円を起点に上げへ転じて、7月22日に919円、9月には1,000円の大台に乗り、３〜４か月で５倍に達した。買いの主と判明したのは、三洋興産グループの傘下とみられる仕手筋のアイ・エス・シーという企業で、9月上旬にはすでに600万株近くを保有していた。会社の側に、この上昇を支える材料は無く、資本金13億7,187万5,000円の同社は、1984年度に経常損益で1億6,300万円、最終損益で1億7,000万円の赤字を計上。累積赤字を3億9,900万円まで膨らませており、業績悪化に直面していた。\n\n仕手筋の介入は、後継者における内紛が原因であり、会長と社長の間における、承継順序をめぐる感情の行き違いだったとされる。孫の社長就任を焦る会長と社長での対立が発生し、社長は、当時すでに雅叙園観光株の買い占めを進めていた大阪の仕手集団コスモポリタンと手を組んで自社株を買い集め、オーナーである会長の追い出しに動いたという。コスモポリタンは1986年1月14日に不動産会社として設立され、同年4月あたりから株式投資へ軸足を移していた。会長の側も、日本ドリーム観光株を買い集めていた別の仕手筋と組んで応戦した。両派の対立は1987年4月、日本ドリーム観光と雅叙園観光における資本面での兄弟関係を清算し、会長派が日本ドリーム観光を、社長派が雅叙園観光を取得して決着した。事業承継の内紛は終わったが、そのあいだに雅叙園観光の株式はコスモポリタンによって買い占められ、仕手筋に乗っ取られていた。",
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              "title": "月刊監査役 1993年 鳥羽至英「雅叙園観光会社事件――その意義と残された課題」",
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          "title": "大量取得した株を担保に回す仕手集団への経営権の移動",
          "text": "バブル期において、仕手筋であるコスモポリタンが手がけた銘柄は、東海観光、日本ドリーム観光、雅叙園観光、タクマ、石原建設、丸石自転車、徳陽相互銀行、宮崎銀行などで、いずれも200万株から2,000万株台を買い集めたうえで名義書換を行っている。狙いを定めた銘柄を徹底して買い集め、役員の交代を通じて経営権を奪う要求へ資源を集中する攻め方だった。投資資金について、仕手筋の多くは買い集めた株券をファイナンス会社などに担保として差し入れて借入し、時価の6〜7割の資金を引き出して次の銘柄を仕込んだという。取得額すれすれまで株価が下げれば、担保の追加か資金繰りを求められることになる。買い進むほど担保が厚くなる一方で、値が止まれば同じ厚みがそのまま負担へ反転する構造だったが、バブルにおける株価高騰が、株式が担保として機能する構造を作り出していた。\n\n1987年5月28日、コスモポリタンの主導者である池田保次氏が雅叙園観光の会長に就任した。ただし会長の座にあった期間は半年に満たない。同年10月20日の世界的な株価暴落（ブラックマンデー）でコスモポリタンが大きな打撃を受け、池田氏は12月に会長を辞任。買い占めの主力銘柄だったタクマ株は同年5月の高値2,220円から10月末には880円まで下げ、系列の新和観光開発が9月30日に、スペックスが10月16日に、コスモポリタンビルが10月28日に相次いで不渡りを出した。1988年1月には池田氏が連れてきた社長も辞任し、仕手筋のコスモポリタンは雅叙園観光の経営の表から退いた。\n\nコスモポリタンに代わる大株主として現れたのは、ディクソン・ワン・カンパニーという香港資本グループだった。しかし経営権の委譲は見せかけにとどまる。香港資本は名義にすぎず、株式を実質的に押さえていたのは在日韓国人実業家のグループだったとされる。資本関係が錯綜する中、会長の職を去ったあとも、雅叙園観光の経営権は池田氏が握り続けていた。会社の資産は流出しており、神戸ニューポートホテルは1987年8月に日本ドリーム観光から買収したばかりの拠点だったが、同年11月にはその土地・建物がコスモポリタンへ譲渡され、有価証券報告書に記された売却益は5,594万円であったという。",
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          "text": "1988年春ごろから、雅叙園観光の名義で手形が乱発され始めた。池田氏と在日韓国人実業家が息のかかった経営陣を通じて振り出させた形で、総額は700億円に達するといわれる。用途は会社の事業ではなく、コスモポリタンの債務保証など池田氏自身の資金繰りだった。池田氏は、1985年12月に社長を務めていたサンエステートを150億円の不渡りで倒産させ、二年間の銀行取引停止を招いた経緯があり、コスモポリタンの代表である限り正規のルートでは資金を調達できないという問題を抱えていた。年間売上高が40億円規模の会社にとって、700億円は事業のどこからも返せない額にあたる。正規の調達経路を塞がれた者が、上場会社の手形という別の経路を手にし、雅叙園観光が巻き込まれた。\n\n1988年8月12日の朝、池田氏はJR新大阪駅で秘書に言葉を残し、『東京へ行く。キミは帰っていいよ』として以後消息を絶ったという。同月25日の時点で、大阪市北区にあったコスモポリタンの事務所は閉鎖され、東区横堀の本社では社名が消されて他の金融・不動産業者名に書き換えられていた。社員へは、8月20日をもってコスモポリタンを解散するとの伝達がなされていた。全盛期にはグループ全体で2,000億円の総資産があったとされる集団が、ひと月足らずで形を失っている。同年11月2日、コスモポリタンの破産が決定し、支配していたコスモポリタンが消え、雅叙園観光には莫大な債務だけが残された。\n\n残った債務を引き受けたのは、救済に入った第三者ではなく債権者だった。在日韓国人実業家と、イトマンの元常務取締役で不動産会社の協和綜合開発研究所を経営する伊東寿光氏、そして大阪府民信用組合の理事長は、いずれもコスモポリタンへ融資して焦げ付きの被害を受けていた。三者は池田氏が保有していた雅叙園観光株を貸付金の担保に取っており、会社が倒産すれば株券は無価値になる。そこで被害者同盟を名乗って雅叙園観光の再建に着手した。1989年4月28日、同社の巨額の債務は伊東氏によって肩代わりされ、翌5月の株主総会では協和綜合開発研究所の会長が代表取締役として送り込まれた。バブル期を通じて、仕手筋によって資本政策が二転三転し、雅叙園観光は事業経営とは全く異なる部分で、財務および経営上のハンデを背負った。",
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          "text": "雅叙園観光の社長は、1990年1月23日、イトマングループ（伊藤萬・1993年のイトマン事件により経営破綻）から役員の派遣と資本参加、業務提携を受ける企業再建策を表明した。あわせて発表したのが、イトマングループに対する1,000万株・約150億円の第三者割当増資である。調達する資金は、一時経営権を握っていた仕手集団コスモポリタンの手形振出にかかわる保証債務と借入金、合わせて約80億円の整理・返済に充てるとされた。増資は2月9日に正式発表され、伊藤萬株式会社ほか7社が1,000万株・111億円を引き受けて実行され、資本金は69億2,187万5,000円となった。この時、社長が役員を兼任する不動産会社の協和綜合開発研究所が935万株を保有し、筆頭株主に立った。\n\n伊藤萬の社長を務めた河村良彦氏は、この引受を投資としては説明しなかった。1990年11月の取材で、河村氏は増資の引受について『雅叙園の第三者割り当て増資引き受けは伊藤君に対するほんの好意。大したカネじゃない。』と語り、雅叙園観光そのものについても『雅叙園の会社の中身など興味はない。』と述べている。ここでいう伊藤君とは、協和綜合開発研究所の社長で、同年に伊藤萬の常務に就任した伊藤寿永光氏を指す。雅叙園観光の営業拠点である目黒の雅叙園観光ホテルは賃借物件であり、1988年には家主から建物明け渡し請求の訴訟を起こされていた。河村氏はそれらを最初から知っていたと述べ、現在はまったくメリットのない投資だと自ら認めている。伊藤萬が同年2月に取得した雅叙園観光株は、取得総額108億円に達していた。このため、イトマンが不良事業への投資を決定した理由には、疑念が存在したと思われる。\n\n111億円の増資手取金のうち、ほぼ7割にあたる73億円は、協和綜合開発研究所への貸付金として社外へ出た。この貸付は事実上の無担保状態にあった。会計学者の鳥羽至英氏は、この増資を、旧経営陣が乱発した手形を引き受けて資金繰りに窮していた伊藤寿永光氏を助けるための迂回融資という性格をもつものと整理している。1990年5月の株主総会で選任された最高経営陣には伊藤萬の河村良彦氏と伊藤寿永光氏が加わり、両氏は雅叙園観光の会長と副会長に就任した。同年2月には、伊藤寿永光氏の兄が北海道で経営する冠婚葬祭会社ライフベルモニーから、冠婚葬祭施行部門の営業譲渡も受けている。増資で入った資金も、受け入れた事業も、送り込まれた経営陣も、一群の関係者に発していた。",
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          "title": "662億円の簿外手形の露見と、上場廃止の尺度をめぐる食い違い",
          "text": "事件が公になったのは、1991年4月9日の報道である。雅叙園観光が額面662億円の手形を取締役会の正式な手続きを経ないまま振り出し、協和綜合開発研究所へ融資した大阪府民信用組合系のノンバンク2社に、保証のため差し入れていたことが報じられた。翌10日には、協和綜合開発研究所への貸付金約86億円が返済期限の1991年2月末を過ぎても返済されず、本社建物や保有株までが担保に差し入れられていたことも明らかになった。7月6日には協和綜合開発研究所が振り出した手形が事実上の不渡りとなる。86億円の貸付に対し雅叙園観光が完全に押さえていたのは、協和から取得したイトマン株28万株と海外不動産などを合わせて時価数十億円どまりと報じられた。\n\n雅叙園観光はこの時期、上場廃止の基準にも触れていた。1990年12月1日に導入された5%ルールは、発行済株式数の5%超を名義にかかわらず実質的に保有する者に、大蔵大臣への大量保有報告書の提出を義務づけるものである。同報告書から計算した1991年2月末の実質株主は、富国産業26.45%、協和綜合開発研究所24.89%、イトマン13.91%と続き、上位10株主の合計は87.53%に達した。東京証券取引所が上場基準としていた少数特定者持株比率80%を、明らかに上回る水準であった。ところが有価証券報告書に記載されたのは名義上の株主で、その比率は70%台にとどまった。当時、実質株主を記載した東証二部の京三電鉄が1991年10月11日に上場廃止となる一方で、雅叙園観光は上場を保っており、上場の継続に疑念が生じた。\n\n1991年2月期の決算は、会計監査人が出す意見をめぐって難航した。日本ドリーム観光株670万株の償却と、協和綜合開発研究所およびその関連会社に対する不良手形の注記という監査人側の条件を会社が受け入れ、1991年5月30日付で適法意見が示された。注記された簿外手形は約135億円にのぼる。監査報告書は付記事項として、イトマンをめぐる諸問題の発生とこれに伴う一連の新聞報道に計算書類へ関連する事項があったと記し、事実関係を調査したうえで記載を要する事項と要しない事項を区別できたという。結局、同じ営業年度の監査役監査報告書は、取締役の職務遂行に不正の行為および法令違反の事実も認められないと判定した。\n\n1992年4月23日、雅叙園観光は1992年2月期決算を最終損益3,000万円の黒字と発表したが、協和綜合開発研究所への貸付金76億円は、回収の見通しが立たないまま残されていた。10月27日にはこの決算に粉飾の疑いがあると報じられ、ノンバンクのキョートファイナンスとの間の500億円にのぼる裏書手形について、支払請求を1年間猶予する契約を7月に結んでいたことも明らかになった。同期の総売上高の57.5%を占めていたライフベルモニーの売上についても、監査法人は実地調査で営業譲渡の事実が見当たらないと指摘した。売上高の全額を雅叙園観光の営業収入に計上し、その97%を委託費としてライフベルモニーへ払い戻す処理が取られていたためである。\n\nこの結果、1992年11月16日、会計監査人は東京証券取引所で記者会見し、現状では有用な会計情報を表示しているとは言えず不適正との結論に達したと発表した。東証はこれを受け、11月30日までに適正意見が得られない場合は管理ポストへ入れ、審査のうえ上場廃止にすると表明。3日後の11月19日、雅叙園観光は協和綜合開発研究所への債権総額85億5,500万円の半分にあたる43億円の貸倒引当金を計上すると発表し、あわせて前日18日に監査法人を解任したことを明らかにした。解任の理由は決算発表前に不適当な言動があったためとされたが、監査人側はこれを否定した。会社は個人の公認会計士を仮会計監査人に選び、11月30日に提出した半期報告書の中間財務諸表には、その会計士による有用意見が表明された。",
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        {
          "title": "資産の買収による再建の挫折と、差し押さえられた払込金",
          "text": "1992年11月に社長に就任した工藤勉氏は、増資と資産の買い取りで雅叙園観光の再建を計画した。1993年5月11日、パチンコ店などを営むドリームの竹岡治郎社長が第三者割当増資を引き受け、20億円を払い込む。雅叙園観光は翌12日、三重県津市の健康ランドの買収代金の手付金として、同額の20億円をドリームへ支払った。しかしドリームは7月13日に負債総額約500億円で和議を申請し、工藤氏は14日の記者会見で、払込金のうち18億8,000万円が竹岡氏に預けたままになっていると述べた。7月23日、会長の河野利貞氏は工藤氏と竹岡氏ら3名を第三者割当増資に絡み雅叙園株をだまし取ったとして詐欺罪で告訴し、工藤氏を社長から解任した。工藤氏は27日の会見で、資金繰りのための措置であったことを説明している。\n\n工藤元社長の告訴により、後任となった河野利貞氏（社長と会長を兼務）は、イトマン事件に関与した人物が相次いで逮捕された後、私財を投じて会社を支えた。しかし、1994年12月に体調を崩して長期療養へ入り、再建調査委員会のメンバーだった内田和隆氏へ経営を託す。内田氏は京都新聞常務や近畿放送社長を務めた経歴をもち、1995年5月に取締役総支配人へ就任して実質的に経営を担った。河野氏はその1か月後に他界し、会社は1980年代の手形乱発によって銀行融資を受けられない状態にあり、本業では設備投資を行えずに売上低迷で経常損益は赤字が続いていた。内田氏は給与などの運転資金として月3,000万円程度を集める必要に迫られ、1995年11月から1996年4月までの5回の増資で計11億円を調達し、うち8億円をかろうじてホテルの改装に投じる計画であった。\n\nだが、1996年7月22日に払い込まれた7億1,000万円の第三者割当増資は、完了しなかった。イトマン事件で起訴された許永中氏が実権を握る新日建設の主張が通り、東京地方裁判所による差押命令によって、払込先の三井信託銀行から株式の払込保管証明が発行できなくなったためである。内田氏は新日建設と和解したものの保管証明は得られず、懸案だった増資は実現しなかった。9月7日には税金100億円の滞納と有価証券報告書の虚偽記載が報じられて、雅叙園観光の株価が暴落し、東証の監理ポスト入りとなった。ホテルの修繕工事費と運転資金の支払いに充てた手形と小切手は、12月に11億円へ膨らんでいた。この結果、12月13日に増資の断念が明らかになると融資の引き上げに至り、24日に最初の不渡りを出した。\n\n渦中にあった内田氏は破綻の原因を増資資金の差し押さえに求め、『経営の破綻はもとをたどれば7億1000万円の増資資金差し押さえが原因となっています』と語った。許永中氏との共謀を疑う見方については否定的で、雅叙園観光として許氏を告訴したことも明らかにした。業績悪化に伴い、1997年2月末に雅叙園観では希望退職が募られ、従業員72人のうち39人が会社を去った。5月6日をもって上場は廃止され、1950年6月の上場から47年で株式市場から退出した。（なお、破綻の時点で、目黒雅叙園と雅叙園観光は関係ないことを記しておく）",
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