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      "title": "坑内湧出温泉を用いた常磐ハワイアンセンターの開業",
      "subtitle": "排水費として払い続けた湯を、売り物に読み替えられるか——閉山を控えた炭鉱会社の多角化",
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      "issue": "斜陽産業からの多角化と雇用の受け皿",
      "decider": "中村豊（副社長。1967年5月に社長就任）",
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "1964年9月に常磐湯本温泉観光株式会社を設立し、1966年1月、常磐炭礦が坑内から湧く温泉を使う常磐ハワイアンセンターを開業した。合理化で職を失う炭鉱労働者1,000人余りを受け入れ、観光事業として営業を始めた判断。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "常磐炭田で最も深い坑を掘る同社は、石炭1トンにつき4トンの湯を汲み上げ、排水処理に年間2億円を払っていた。重油との価格逆転で石炭の斜陽化が決まり、国策としての閉山が1960年代前半に一気に進んだ。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "排水費として処理していた坑内湧出温泉を、土地も水源も買い足さずにそのまま原料へ転用した。踊り手も1965年4月設立の常磐音楽舞踊学院で養成し、接客経験のない元炭鉱労働者が運営にあたった。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "初年度の入場者は目標80万人に対し120万人、1970年には155万人に達した。ただし開業後14年は国の助成金返済を優先して新規投資が凍結され、1983年には約98万人まで落ち込んでいる。"
        }
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            "note": "常磐炭田の代表的炭礦。最深度海面下638メートルの深部採掘を行い、排水を創設以来の懸案としていた"
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        "summary": "エネルギー革命による石炭の斜陽化を受け、排水費として支出していた坑内湧出温泉と、閉山で行き場を失う労働力を観光事業へ転用した多角化"
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          "title": "磐城炭礦と入山採炭が合併し、常磐炭礦を設立"
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          "title": "重油との価格逆転により、石炭業界が下期以降の生産調整に入る"
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          "title": "首相特命の石炭鉱業調査団が発足し、老朽炭鉱を買いつぶす方針へ転換"
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        {
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          "title": "常磐湯本温泉観光株式会社を設立"
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          "title": "常磐音楽舞踊学院を設立し、専属ダンサーの養成を始める"
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          "title": "常磐ハワイアンセンターが開業。炭鉱労働者1,000人余りを受け入れる",
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        {
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          "title": "入場者数が155万人を突破"
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          "title": "投資凍結が響き、入場者数が約98万人まで落ち込む"
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      "snapshot": {
        "fiscal_year": "1966年1月（常磐ハワイアンセンター開業時）",
        "source": "常磐興産 有価証券報告書【沿革】／会社銀行八十年史（1955年）第2篇 日本会社史「常磐炭礦」",
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          "label": "背景",
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              "sub_title": "掘るほど水が出る坑",
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                {
                  "text": "常磐炭田は首都圏に最も近い炭田であり、常磐炭礦はそのなかで最も深い坑を持っていた。会社銀行八十年史は、同社が最深度で海面下638メートルまで採掘し、炭質は深部へ移るほど優秀になると記している。ただし深く掘れば、それだけ坑内に水が出る。同書が「創設以来の懸案」に挙げたのは増産でも機械化でもない。排水計画と坑道の整備である。出炭は1945年度の67万トンから1952年度の180万トンへ伸びたが、汲み上げる水の量も並んで増えた。",
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                    {
                      "fact": "常磐炭田で最深度海面下638メートルを採掘し、排水計画と坑道の整備が創設以来の懸案であった。出炭は1945年度67万トンから1952年度180万トンへ増加した",
                      "原文": "当社は常磐炭田で最も深部(最深度海面下六百三十八米)を採掘し、炭質は深部移行ごとに優秀となるが、深部開発による電力需要が増大した／創設以来の懸案である排水計画と坑道の整備を行いつつ増産に努めた／二十年度六十七万屯から、二十四年度百四十万屯、二十七年度には百八十万屯に上昇した。",
                      "source": "会社銀行八十年史（1955年）第2篇 日本会社史「常磐炭礦」",
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                {
                  "text": "湧いてくるのは、ただの水ではなかった。摂氏60度の湯である。石炭を1トン掘るために、4トンの湯を汲み出さねばならなかった。坑道は高温多湿になり、作業員は水風呂で体を冷やしながら働いたという。温泉の排水処理費は年に2億円へ達している。石炭を掘る会社の帳簿で、この湯は売上にも資産にもならない。処理費の行として毎年積み上がるだけであった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "常磐炭鉱では60度の温泉が噴き出し、石炭1トンを掘るのに4トンの湯を汲み出す必要があり、温泉の排水処理費は年間2億円に達した",
                      "原文": "常磐炭鉱は60度の温泉が噴き出し、1トンの石炭を掘るのに、4トンの湯をくみ出さねばならなかった。坑道内は高温多湿で、作業員は水風呂で体を冷やしながら働き続けたという。／年間2億円もの温泉の排水処理費が重くのしかかった。",
                      "source": "nippon.com（2023年6月18日）「東京から3時間で行ける常夏の楽園「スパリゾートハワイアンズ」：フラガールと共に炭鉱閉山や東日本大震災から復興」",
                      "url": "https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c12205/"
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                    {
                      "fact": "坑内に湧く温泉は炭鉱にとって「負の財産」であった",
                      "原文": "炭鉱にとっては「負の財産」だった温泉を利用。",
                      "source": "週刊東洋経済 2002年10月12日号「売れる営業に変わろう！ スパリゾートハワイアンズ」",
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              "sub_title": "国策として進んだ閉山",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1950年代後半、燃料の値段が逆転した。日本産業史によれば、京浜市場で石炭が1キロカロリー当たり1円だったのに対し、重油は88銭へ急落し、1割以上の値差が生じた。重油はボイラー用燃料市場で石炭を圧倒し、石炭業界は1957年下期以降、生産調整に追われた。硫安や製鉄のコークス需要まで石油に置き換わると、石炭固有の市場と見込まれていた原料用途も細くなる。不振は一社にとどまらない。燃料市場での石炭の順位そのものが下がった。",
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                    {
                      "fact": "1957年初頭から重油価格が下落し、京浜市場で石炭1キロカロリー1円に対し重油は88銭となって1割以上の値差が生じ、石炭業界は1957年下期以降の生産調整に追われた",
                      "原文": "当時、京浜市場で石炭はキロカロリー当たり一円していたが、重油は八八銭に急落し、その間に一割以上の値差を生じたのである。重油はボイラー用燃料市場で石炭を圧倒し、石炭業界は三十二年下期以降、生産調整に追われどおしとなった。",
                      "source": "日本産業史 第2巻（日本経済新聞社、1994年）「エネルギー産業－石油と電力の結婚」",
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                },
                {
                  "text": "1962年、首相特命の石炭鉱業調査団が合理化計画を練り直した。老朽炭鉱は買い上げから買いつぶしへ改められ、その財源の一部を国が負担する。スクラップ予定の炭鉱は出炭量にして1,200万トン、職を失う労働人口は7万人をくだらないと見積もられた。5年かけるはずの整理は、1963年と1964年の2年で終わっている。退職手当を中心とする閉山費用は膨大な借入金となり、1965年末には業界全体で2,000億円の負債が経理を圧迫した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1962年の石炭鉱業調査団により老朽炭鉱は買いつぶしへ切り替わり、スクラップ予定は出炭1,200万トン・失職7万人と見積もられ、5年計画は1963〜1964年の2年で完了。閉山費用は1965年末に2,000億円の負債となった",
                      "原文": "老朽炭鉱はそれまでの買い上げから買いつぶしに代わり、その財源の一部は国が負担することになった。スクラップ予定炭鉱は出炭量にして一二〇〇万トンに達し、職を失う労働人口は七万人をくだらないと見積もられ／五ヵ年で達成するはずのこの大手術は立ち直りを急ぐ気持ちから拍車をかけられ昭和三十八、九年のわずか二年間で完了した／退職手当を中心とする閉山費用は膨大な借入金となり、過去の石炭営業累積赤字とともに四十年末には二〇〇〇億円もの異常負債となって企業経理を圧迫した。",
                      "source": "日本産業史 第2巻（日本経済新聞社、1994年）「エネルギー産業－石油と電力の結婚」",
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        {
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          "label": "決断",
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              "sub_title": "費用に計上していたものを、原料に読み替える",
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                {
                  "text": "常磐炭礦が選んだのは、湯を捨てる費用を湯で稼ぐ収入に替える道だった。のちに社長となる中村豊副社長は、厄介者の温泉を使って東北に常夏の空間を作ろうと考えた。1964年9月に常磐湯本温泉観光株式会社を設立し、1966年1月、常磐ハワイアンセンターが営業を始める。1ドル360円の固定相場のもとで海外旅行は庶民の手に届かず、ハワイ気分を味わえる場所には客が付くと踏んでいた。原料の調達費は、すでに炭鉱として払い終えていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "後に社長となる中村豊副社長が、厄介者の温泉を利用して東北に常夏の空間を作る構想を立てた。当時は1ドル360円の固定相場で海外旅行は高根の花であった",
                      "原文": "そんな中、後に社長となる当時の中村豊副社長は逆転の発想で、厄介者の温泉を利用して、東北に常夏の空間を創造しようと思いつく。／しかし、1ドル360円の固定相場で、海外旅行は高根の花の時代。庶民にもハワイ気分を味わえる場所があれば、人気を呼ぶのは間違いないと踏んだのだ。",
                      "source": "nippon.com（2023年6月18日）「東京から3時間で行ける常夏の楽園「スパリゾートハワイアンズ」：フラガールと共に炭鉱閉山や東日本大震災から復興」",
                      "url": "https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c12205/"
                    },
                    {
                      "fact": "1964年9月に常磐湯本温泉観光株式会社を設立し、1966年1月に常磐ハワイアンセンターの営業を開始した",
                      "原文": "1964年9月、常磐湯本温泉観光株式会社設立。1966年1月、常磐ハワイアンセンター（現「スパリゾートハワイアンズ」）の営業を開始。",
                      "source": "常磐興産 公式サイト「沿革」",
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                {
                  "text": "同じころ、他の産業資本も観光へ出ていた。日本産業史は、西武・東急・東武・近鉄・南海といった私鉄資本が遊園地、宿泊施設、別荘地、自動車道、スキー場へ手を広げ、軽井沢は西武、箱根は東急と西武、伊勢志摩は近鉄と勢力を固めたと記す。同書は北海道炭砿が斜陽化した石炭鉱業の支柱を求めて観光事業に乗り出した例も併記している。レジャーへの進出そのものは、この時期の産業界に広く見られた動きである。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "私鉄資本が遊園地・宿泊施設・別荘地・自動車道・スキー場へ進出し、軽井沢は西武、箱根は東急と西武、伊勢志摩は近鉄が押さえた。北海道炭砿も斜陽化した石炭鉱業の支柱を求めて観光事業に乗り出した",
                      "原文": "他の産業からの進出で、もっとも早くから目立った動きを示したのは「西武」「東急」「東武」「近鉄」「南海」のような私鉄資本である。大規模な遊園地、宿泊施設、別荘地経営、自動車道、バス事業、スキー、スケート場経営に至るまで季節に応じた各種のレジャーに積極的に乗り出した。／このほか「北海道炭砿」のように斜陽化した石炭鉱業への支柱を求めて観光事業に乗り出したり、「日本通運」「関西電力」のように公共的性格の強い企業までがレジャー産業に食指を動かしたのは注目に値する。",
                      "source": "日本産業史 第2巻（日本経済新聞社、1994年）「レジャー産業－陽を浴びて花盛り」",
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                },
                {
                  "text": "分かれ目は、新事業に何を注ぎ込んだかにある。私鉄は自社の沿線に持つ土地と輸送力を観光地へ振り向けた。北海道炭砿は、斜陽の採炭を支える別の収益源を本業の外に求めている。常磐炭礦は、坑の底から毎日汲み上げていたものを使った。掘れば出てきて、それまで金を払って捨てていた湯を、そのまま商品の中身に据えている。新たに用意したのは湯を客に見せる建物と踊る人だけで、資源の取得費は最初からゼロだった。",
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                      "fact": "常磐炭礦は炭鉱にとって「負の財産」だった温泉をそのまま利用して開業した",
                      "原文": "炭鉱にとっては「負の財産」だった温泉を利用。当時は高嶺の花だったハワイに行った気分が味わえることもあって人気はうなぎ登り。",
                      "source": "週刊東洋経済 2002年10月12日号「売れる営業に変わろう！ スパリゾートハワイアンズ」",
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                      "fact": "私鉄資本の観光進出は、遊園地・宿泊施設・別荘地経営・自動車道といった進出先の資産を新たに用意する形をとった",
                      "原文": "大規模な遊園地、宿泊施設、別荘地経営、自動車道、バス事業、スキー、スケート場経営に至るまで季節に応じた各種のレジャーに積極的に乗り出した。そして観光地をみても軽井沢は西武、箱根は東急と西武、伊勢志摩は近鉄というように私鉄資本の勢力確立への努力はすさまじいばかりであった。",
                      "source": "日本産業史 第2巻（日本経済新聞社、1994年）「レジャー産業－陽を浴びて花盛り」",
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              "sub_title": "雇う人数が先に決まっていた事業",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "開業した施設は、職を失う人の行き先でもあった。週刊東洋経済によれば、開業にあたって1,000人余りの炭鉱労働者を受け入れている。ただし本州最大とされた磐城砿業所の閉山は1971年4月であり、1966年はその前段にあたる合理化による人員整理の時期だった。日経ビジネスは1990年の記事で、開業当時を「元炭鉱従事者が自らホテルを運営し、楽器を奏でダンスを踊るといった手作りの観光事業だった」と振り返った。接客を仕事にしてきた者は、そのなかにほとんどいなかった。",
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                      "fact": "1966年の開業にあたり1,000人余りの炭鉱労働者を受け入れた（週刊東洋経済は「閉山に伴い」と記すが、磐城砿業所の閉山は1971年4月で、1966年は合理化による人員整理の時期にあたる）",
                      "原文": "同施設は１９６６年にオープン。本州最大の規模を誇った常磐炭鉱の閉山に伴い、一〇〇〇人余りの炭鉱労働者を受け入れ営業開始した。",
                      "source": "週刊東洋経済 2002年10月12日号「売れる営業に変わろう！ スパリゾートハワイアンズ」",
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                      "原文": "常磐興産の前身である常磐炭礦が炭鉱閉山にともなう再建策として1966年に開業。元炭鉱従事者が自らホテルを運営し、楽器を奏でダンスを踊るといった手作りの観光事業だった。",
                      "source": "日経ビジネス 1990年5月7日号「常磐興産 名称変更で高級リゾートへ変身図る」",
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                  "text": "踊り手も内部で育てた。開業前年の1965年4月に常磐音楽舞踊学院を設立し、専属ダンサーの養成を始めている。踊りはすべてオリジナルで、本場のハワイでは見ることのできない演目である。ただし雇用の受け皿という動機と、収益事業としての合理性は、この一件で重なってはいても同じものではない。雇う人数が先に決まっている事業は、人件費を客足に合わせて動かせない。1,000人余りという数は、集客が計画に届かなければそのまま重荷へ変わる。",
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                      "原文": "開業前年の1965年に「常磐音楽舞踊学院」を設立し、専属ダンサーの育成を始めた。／昭和40年4月1日「常磐音楽舞踊学院」設立。",
                      "source": "nippon.com（2023年6月18日）「東京から3時間で行ける常夏の楽園「スパリゾートハワイアンズ」：フラガールと共に炭鉱閉山や東日本大震災から復興」",
                      "url": "https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c12205/"
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                      "原文": "踊りはすべてオリジナル。本場のハワイでは見ることができない。",
                      "source": "週刊東洋経済 2002年10月12日号「売れる営業に変わろう！ スパリゾートハワイアンズ」",
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                  "text": "開業初年度の入場者は目標の80万人を上回り、120万人に達した。日経ビジネスによれば、ホテルに泊まって温泉につかり、ハワイアンダンスのショーを見るという趣向が宴会目当ての団体客に受け入れられ、入場者数は年間100万人をゆうに超えた。1970年には155万人を記録している。排水処理に年2億円を払っていた会社が、同じ湯で年に150万人を集めた。原料の値段が最初から要らない事業は、客さえ来れば利幅が厚い。",
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                      "fact": "開業初年度の入場者は目標80万人を上回る120万人に達した",
                      "原文": "1966年1月に開業。初年度から目標の80万人を大きく上回る120万人が来場。",
                      "source": "nippon.com（2023年6月18日）「東京から3時間で行ける常夏の楽園「スパリゾートハワイアンズ」：フラガールと共に炭鉱閉山や東日本大震災から復興」",
                      "url": "https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c12205/"
                    },
                    {
                      "fact": "開業当初は入場者数が年間100万人を超え、1970年に155万人を記録した。宴会目当ての団体客に受け入れられた",
                      "原文": "開業当初は順調だった。入場者数は年間100万人をゆうに超え、70年に最高の入場者数155万人を記録。ホテルに泊まって温泉につかり、ハワイアンダンスのショーを見るという趣向が宴会目当ての団体客に受け入れられたのである。",
                      "source": "日経ビジネス 1990年5月7日号「常磐興産 名称変更で高級リゾートへ変身図る」",
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                  "text": "ところが、その後14年にわたって新規の投資は凍結された。週刊東洋経済によれば、炭鉱会社が国から受けていた助成金の返済を優先せざるをえなかったためで、これが響いて入場者数は低迷し、1983年には約98万人まで落ち込む。開業から17年で、集客は最盛期の6割強へ下がった。閉山の費用を国の資金に頼った条件が、観光事業の設備更新まで縛っている。石炭から抜け出したはずの事業が、石炭の後始末に稼ぎを吸われた。",
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                      "fact": "開業後14年間は国の助成金返済を優先して新規投資を凍結し、入場者数は1983年に約98万人まで落ち込んだ",
                      "原文": "だが、その後一四年間にわたって、新規の投資を凍結。炭鉱会社が国から受けていた助成金の返済を優先せざるをえなかったためで、これが響き入場者数は低迷。８３年には約九八万人まで落ち込んだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2002年10月12日号「売れる営業に変わろう！ スパリゾートハワイアンズ」",
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              "sub_title": "買わずに済ませた資産と、買い戻せなかった時間",
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                  "text": "石炭を1トン掘るのに4トンの湯を汲み上げ、排水処理に年2億円を払っていた会社が、その湯で客を集めた。同じ時期にレジャーへ出た会社は多く、進出先を観光に定めたこと自体に新しさはない。中村豊副社長の着想の非凡さは、進出のために何も取得しなくて済ませた点にあるだろう。客を呼ぶ湯も、それを汲み上げる設備も、すでに帳簿の費用側に載っていた。買収も探鉱もいらない多角化は、資金の乏しい斜陽企業に残された数少ない選択肢である。"
                },
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                  "text": "ただし、それで会社が身軽になったわけではない。開業後14年の投資凍結は、閉山費用を国の助成に頼った以上避けにくく、1970年に155万人だった入場者は1983年に98万人まで落ちた。新事業の稼ぎは、まず祖業を畳む費用の返済に充てられている。1,000人余りを雇い入れた判断も、客足が計画から外れた期間には人件費として重くのしかかった。捨てていたものを売り物にする発想は、その売り物を作り直す資金までは生まなかった。"
                }
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          ]
        }
      ],
      "references": [
        "会社銀行八十年史（1955年）第2篇 日本会社史「常磐炭礦」",
        "日本産業史 第2巻（日本経済新聞社、1994年）「エネルギー産業－石油と電力の結婚」",
        "日本産業史 第2巻（日本経済新聞社、1994年）「レジャー産業－陽を浴びて花盛り」",
        "週刊東洋経済 2002年10月12日号「売れる営業に変わろう！ スパリゾートハワイアンズ」",
        "日経ビジネス 1990年5月7日号「常磐興産 名称変更で高級リゾートへ変身図る」",
        "nippon.com（2023年6月18日）「東京から3時間で行ける常夏の楽園「スパリゾートハワイアンズ」：フラガールと共に炭鉱閉山や東日本大震災から復興」",
        "常磐興産 公式サイト「沿革」",
        "常磐興産 有価証券報告書【沿革】"
      ],
      "authored": "2026-07",
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      "title": "石炭生産部門の新会社への営業譲渡と、常磐炭礦から常磐興産への商号変更",
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          "text": "1970年5月、常磐炭礦株式会社は新常磐炭礦株式会社を設立した。同年7月、石炭生産部門をこの新会社へ営業譲渡し、新会社は商号を常磐炭礦株式会社へ改める。譲渡した側は常磐湯本温泉観光株式会社を合併したうえで、商号を常磐興産株式会社と改めて再発足した。一連の手続きは中村豊社長のもとで進み、社名は掘る側と掘らない側で入れ替わった。"
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                  "text": "常磐炭礦株式会社は、1944年3月、磐城炭礦と入山採炭が合併して資本金3,150万円で発足した。二社はいずれも、この炭田を最初に開いた会社である。合併後は中郷無煙炭礦と神ノ山炭礦を吸収し、出炭は1945年度の67万トンから1949年度に140万トン、1952年度には180万トンへ伸びる。産出炭は国鉄やセメント、暖房用に売れる一般炭で、需要先の幅が広かった。",
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                      "原文": "当社は明治十六年一月浅野総一郎氏によつて創立された常磐炭礦と、明治二十八年四月白井遠平氏によつて創立された入山採炭とが、それぞれ時代の変遷を経て発展の経過をたどり、昭和十九年三月に合併新設され、資本金三千百五十万円をもつて発足した。旧両社とも常磐炭田の開拓者で、またこの炭田の二大会社であつた。すなわち二十年度六十七万屯から、二十四年度百四十万屯、二十七年度には百八十万屯に上昇した。産出炭は冴物炭といわれる一般炭で、国鉄、セメントその他暖房用として広範囲の需要を満たしている。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）「常磐炭礦」",
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                  "text": "掘る場所は年を追って深くなった。常磐炭田で最も深い海面下638メートルまで達し、深部開発で膨らむ電力をまかなうため、1954年6月には平発電所へ5,000キロワットの火力発電機を増設して合計1万6,000キロワットとしている。炭田全体でも1951年には炭坑数83、就業者およそ2万2,000人を数えた。石炭は、掘り進むほど設備と人手を抱え込む。",
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                      "fact": "常磐炭礦は常磐炭田で最も深い海面下638メートルまで採掘し、1954年6月に平発電所へ5,000キロワットを増設して合計1万6,000キロワットとした",
                      "原文": "当社は常磐炭田で最も深部(最深度海面下六百三十八米)を採掘し、炭質は深部移行ごとに優秀となるが、深部開発による電力需要が増大したため、二十九年六月既設平発電所に五千KW火力発電機を一基増設(合計出力一万六千KW)した。",
                      "source": "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）「常磐炭礦」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "常磐炭田は最盛期の1951年に炭坑数83、就業数約2万2千人を数えたが、1950年代後半以降は中小炭鉱から閉山・合理化が進んだ",
                      "原文": "最盛期の昭和26年には、炭坑数83、就業数約2万2千人を有し石炭城下町として栄えました。しかし、昭和30年代に入り、エネルギーの主体が石炭から石油へ転換されたため、中小炭鉱から閉山・合理化が進みました。",
                      "source": "国土交通省東北地方整備局磐城国道事務所「近代化を支えた常磐炭田」",
                      "url": "https://www.thr.mlit.go.jp/iwaki/hama-lib/shakai/jobantanden.html"
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "エネルギーの主役から降ろされた石炭",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "『日本産業史』は戦後の石炭について、エネルギー政策が石炭中心から電力へ比重を移し、高炭価の非難のなかで本格的な合理化の時代に入ったと書いている。1955年の石炭鉱業合理化臨時措置法にもとづく炭鉱整備事業団が老朽炭鉱の買い上げに動き、1962年には首相特命の石炭鉱業調査団が買いつぶしへ方針を変えた。スクラップ予定は出炭1,200万トン、職を失う人口は7万人と見積もられている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "戦後のエネルギー政策は石炭中心から電力へ比重を移し、高炭価の非難のなかで石炭は本格的合理化の時代に入った",
                      "原文": "終戦後、石炭は経済復興の支柱として政府も業界も全力をあげて再建を急いだ。昭和二十四年には四二〇〇万トンの生産ができるほどに回復したが、エネルギー政策は石炭中心から電力に比重を移してゆき、石炭は合理化を迫られる。高炭価の非難のなかで、石炭は本格的合理化の時代にはいるのである。",
                      "source": "日本産業史 第2巻（日本経済新聞社、1994年）「石炭－増産から合理化へ」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1955年の石炭鉱業合理化臨時措置法にもとづき炭鉱整備事業団が設けられ、1962年の石炭鉱業調査団は買い上げから買いつぶしへ転じ、スクラップ予定は出炭1,200万トン・7万人と見積もられた",
                      "原文": "昭和三十年の「石炭鉱業合理化臨時措置法」にもとづいて作られた「炭鉱整備事業団」が三〇〇万トンの老朽炭鉱を買い上げる予定でいた。こうして三十七年、首相特命の「石炭鉱業調査団」が編成され、再度炭鉱合理化計画が練り直された。老朽炭鉱はそれまでの買い上げから買いつぶしに代わり、その財源の一部は国が負担することになった。スクラップ予定炭鉱は出炭量にして一二〇〇万トンに達し、職を失う労働人口は七万人をくだらないと見積もられ",
                      "source": "日本産業史 第2巻（日本経済新聞社、1994年）「エネルギー産業－石油と電力の結婚」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "合理化の代償は借金として残った。退職手当を中心とする閉山費用は過去の累積赤字とあわせ、1965年末には2,000億円の異常負債となって石炭各社の経理を圧迫する。1960年代半ば、石炭鉱業審議会は債務の一部を財政資金で肩代わりすべきだと答申した。石炭関連法にもとづき投じられた財政資金は、予算ベースで名目4兆円にのぼったとされる。石炭は、国の支えなしには畳むこともできない産業になっていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "退職手当を中心とする閉山費用と累積赤字は1965年末に2,000億円の異常負債となり、石炭鉱業審議会は債務の一部を財政資金で肩代わりすべきだと答申した",
                      "原文": "しかし半面、退職手当を中心とする閉山費用は膨大な借入金となり、過去の石炭営業累積赤字とともに四十年末には二〇〇〇億円もの異常負債となって企業経理を圧迫した。昭和三十九年、第二次石炭調査団が派遣されその調査結果などから昨年十一月、「石炭鉱業審議会」は「債務の一部を財政資金で肩代わりすべし」と答申した。",
                      "source": "日本産業史 第2巻（日本経済新聞社、1994年）「エネルギー産業－石油と電力の結婚」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "石炭関連法にもとづき石炭政策に投入された財政資金は、予算ベースで名目額4兆円にのぼったとされる",
                      "原文": "離職者対策ならびに石炭会社、産炭地域を対象とする石炭関連法にもとづき石炭政策に投入された財政資金は、予算ベースで名目額4兆円にのぼったとされる。",
                      "source": "嶋﨑尚子「石炭産業の収束過程における離職者支援」（日本労働研究雑誌 No.641、2013年12月）",
                      "url": "https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2013/12/pdf/004-014.pdf"
                    }
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                }
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            }
          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "1970年夏、二カ月で入れ替えた社名",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1970年5月、常磐炭礦株式会社は新常磐炭礦株式会社を設立した。同年7月、石炭生産部門をこの新会社へ営業譲渡し、新会社は同じ月に商号を常磐炭礦株式会社へ改める。譲渡した側は常磐湯本温泉観光株式会社を合併したうえで、商号を常磐興産株式会社と改めて再発足した。設立・営業譲渡・商号変更・合併の四つを、二カ月のあいだに重ねている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1970年5月に新常磐炭礦株式会社を設立し、同年7月に石炭生産部門を営業譲渡。新会社は常磐炭礦株式会社へ商号変更し、譲渡側は常磐湯本温泉観光を合併したうえで常磐興産株式会社へ改称して再発足した",
                      "原文": "1970年７月　常磐湯本温泉観光株式会社を合併するとともに石炭生産部門を1970年５月設立の新常磐炭礦株式会社（1970年７月常磐炭礦株式会社と商号変更）に営業譲渡し、商号を常磐興産株式会社と改め再発足",
                      "source": "常磐興産 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "新会社が引き受けたのは、採掘の工程だけだった。本体には、1964年9月設立の常磐湯本温泉観光が営む温泉観光施設のほか、1953年設立の双葉貨物自動車と1961年設立の小名浜港石炭荷役による港運、1963年設立の常磐製作所による機械製作が残る。観光会社は合併によって直営に組み込まれた。石炭を運ぶ事業も、石炭の機械を作る事業も手元に置いたまま、掘る工程だけを外へ出している。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "本体には1953年設立の双葉貨物自動車、1961年設立の小名浜港石炭荷役（ともに現・常磐港運）、1963年設立の常磐製作所が残った",
                      "原文": "1953年３月　双葉貨物自動車株式会社を設立（現　常磐港運株式会社　連結子会社）／1961年12月　小名浜港石炭荷役株式会社を設立（現　常磐港運株式会社　連結子会社）／1963年３月　株式会社常磐製作所を設立（現　連結子会社）",
                      "source": "常磐興産 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "本体が合併した常磐湯本温泉観光株式会社は1964年9月の設立であった",
                      "原文": "昭和39年 9月　常磐湯本温泉観光株式会社設立",
                      "source": "常磐興産 公式サイト「沿革」",
                      "url": "https://www.joban-kosan.com/history/"
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "祖業に元の名を渡す",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "目を引くのは、社名の行き先である。石炭を掘り続ける新会社が「常磐炭礦」を名乗り、掘るのをやめた本体が「常磐興産」という新しい名を引き受けた。通常の分離では、残る側が元の名を保ち、切り出す側に新しい名を与える。1967年5月に社長へ就いた中村豊氏は、その逆の向きを選んだ。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1967年5月に中村豊が取締役社長に就任し、1970年5月の新常磐炭礦設立と同年7月の常磐興産への商号変更はその在任中に行われた",
                      "原文": "昭和42年 5月　取締役社長に中村豊　就任／昭和45年 5月　新常磐炭礦株式会社　設立／昭和45年 7月　常磐炭礦(株)は、商号を常磐興産株式会社に変更",
                      "source": "常磐興産 公式サイト「沿革」",
                      "url": "https://www.joban-kosan.com/history/"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "分離という手続き自体は、常磐炭礦の独創ではない。石炭政策のもとでは、閉山炭鉱の採炭事業の一部を引き継ぐ第二会社と、石炭会社の多角化・転身によって生まれた系列会社とが離職者の主要な受け皿として想定され、系列会社への転身は政策上も推奨されていた。1970年の分離は、国が用意した縮小の道筋の内側にある。1968年から1972年は、石炭産業が縮小均衡期と呼ばれた時期である。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "石炭政策のもとで離職者の受け皿は5種あり、第一が閉山炭鉱の採炭事業の一部を引き継いだ第二会社、第二が石炭会社の多角化・転身の結果である系列会社で、後者は政策上も推奨された",
                      "原文": "他方、離職者の受け皿は5種ある。第一は、閉山炭鉱の採炭事業の一部を引き継いだ第二会社（炭鉱）である。スクラップ・アンド・ビルド期（昭和34〜42年）から縮小均衡期（昭和43〜47年）には大きく機能したが、将来性は低い。第二は系列会社である。大手石炭会社による経営の多角化・転身の結果であり、政策上も推奨された。地元での主要な受け皿としても機能する。",
                      "source": "嶋﨑尚子「石炭産業の収束過程における離職者支援」（日本労働研究雑誌 No.641、2013年12月）",
                      "url": "https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2013/12/pdf/004-014.pdf"
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "分離の9カ月後に来た磐城砿業所の閉山",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1971年4月29日、常磐炭礦は福島県いわき市の磐城砿業所を閉山した。分離のわずか9カ月後で、解雇された従業員は4,702名、一つの鉱業所の閉山としては国内最大にあたる。労使は2月中旬に就職対策本部「磐城砿業所転進対策本部」を設け、閉山の2カ月以上前から求人情報を集めている。本部が掲げた基本課題は、大口求人の確保、高齢者雇用の促進、地元企業求人の開拓、県外就職の説得の4点である。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1971年4月に閉山した常磐炭礦磐城砿業所では一山の閉山として国内最大の4,702名が解雇され、労使は同年2月中旬に設置した就職対策本部が大口求人の確保・高齢者雇用の促進・地元企業求人の開拓・県外就職の説得を基本課題とした",
                      "原文": "たとえば、昭和46年4月に閉山した常磐炭礦磐城砿業所（福島県いわき市）では、一山（鉱業所）の閉山としては国内最大の4702名が解雇された。常磐の場合、46年4月29日の閉山にむけて2月中旬に労使で就職対策本部「磐城砿業所転進対策本部」を設置し、求人情報収集を開始した。就対本部の基本課題は、大口求人の確保、高齢者雇用の促進、地元企業求人の開拓、県外就職の説得の4点であった。",
                      "source": "嶋﨑尚子「石炭産業の収束過程における離職者支援」（日本労働研究雑誌 No.641、2013年12月）",
                      "url": "https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2013/12/pdf/004-014.pdf"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "離職者の行き先は分かれた。16カ月後までに求職者の91%が再就職し、993名は第二会社である西部炭礦の新炭鉱へ移り、2,612名は他産業に職を求めている。東京・千葉・神奈川を中心に県外へ移った者も1,115名を数えた。ただ、地元に残る道も長くは続かない。1976年には常磐炭鉱が閉山していわき市内から坑口がなくなり、福島県側の採炭は分離から6年で終わった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "磐城砿業所の離職者は16カ月後までに求職者の91%が再就職し、993名が第二会社の新炭鉱（西部炭礦）、2,612名が他産業、1,115名が県外へ移った",
                      "原文": "16カ月後までに求職者の91％が再就職している。993名（25％）が第二会社新炭鉱（西部炭礦）であり、2612名（66％）が他産業への就職であった。その中心は地元関連企業だが、東京、千葉、神奈川を中心に県外へ移動した者も1115名（28％）を数える。",
                      "source": "嶋﨑尚子「石炭産業の収束過程における離職者支援」（日本労働研究雑誌 No.641、2013年12月）",
                      "url": "https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2013/12/pdf/004-014.pdf"
                    },
                    {
                      "fact": "常磐炭鉱は1976年に閉山し、いわき市内の炭鉱の灯が消えた",
                      "原文": "黄金時代が続いた常磐炭鉱も昭和51年に閉山し、いわき市内の炭鉱の灯りがきえます。",
                      "source": "国土交通省東北地方整備局磐城国道事務所「近代化を支えた常磐炭田」",
                      "url": "https://www.thr.mlit.go.jp/iwaki/hama-lib/shakai/jobantanden.html"
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "助成金の返済が止めた14年",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "分離で帳簿から外れたのは採掘の設備と人員であって、国への返済義務ではなかった。週刊東洋経済によれば、常磐ハワイアンセンターは開業後の14年間にわたって新規の投資を凍結している。炭鉱会社が国から受けていた助成金の返済を優先せざるをえなかったためで、これが響いて入場者数は低迷し、1970年の155万人が1983年には約98万人まで落ち込んだ。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "開業後14年間は炭鉱会社が国から受けていた助成金の返済を優先したため新規投資が凍結され、1970年に155万人を突破した入場者数は1983年に約98万人まで落ち込んだ",
                      "原文": "七〇年には入場者数が一五五万人を突破した。だが、その後一四年間にわたって、新規の投資を凍結。炭鉱会社が国から受けていた助成金の返済を優先せざるをえなかったためで、これが響き入場者数は低迷。八三年には約九八万人まで落ち込んだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2002年10月12日号「売れる営業に変わろう！ スパリゾートハワイアンズ」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "本体は本体で、炭鉱時代の設備と人員に行き先を与える合併を重ねた。1975年に常磐紙業、1982年に常磐コンクリート工業を吸収し、1978年にはいわき紙器を設立している。そして1985年3月、常磐炭礦は茨城地区の終掘をもって事業を廃止し、同年9月、常磐興産はその常磐炭礦を吸収合併した。外へ出した会社を15年後に引き取り、閉山の後始末も同じ帳簿へ戻した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "常磐興産は1975年4月に常磐紙業、1982年10月に常磐コンクリート工業を合併し、1978年6月にいわき紙器を設立、1985年9月に常磐炭礦を合併した",
                      "原文": "1975年４月　常磐紙業株式会社を合併／1978年６月　いわき紙器株式会社を設立／1982年10月　常磐コンクリート工業株式会社を合併／1985年９月　常磐炭礦株式会社を合併",
                      "source": "常磐興産 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1985年3月、常磐炭礦は茨城地区の終掘をもって事業を廃止した",
                      "原文": "昭和60年 3月　常磐炭礦(株)、茨城地区の終掘をもって事業を廃止",
                      "source": "常磐興産 公式サイト「沿革」",
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                {
                  "text": "掘るのをやめた側が新しい名を引き受け、掘り続ける側が「常磐炭礦」を名乗った。石炭を捨てて身軽になるだけが狙いなら、この向きは逆になる。温泉観光と港運を抱えた本体が元の名を保ち、赤字の採掘に新しい名を与えるほうが、取引先にも金融機関にも通りやすい。中村豊社長は、炭田を開いた二社の来歴が付いた社名を採掘会社へ持たせ、自らは実績のない名で市場に向き合う道を採った。"
                },
                {
                  "text": "ただ、切り離しは負担からの解放にはならなかった。助成金の返済が優先された14年のあいだ観光施設への投資は止まり、入場者数は155万人から98万人へ落ちている。分離の9カ月後には4,702名を解雇する閉山が来て、1985年には外へ出したはずの常磐炭礦を合併し直した。閉山の後始末は、最後まで同じ会社の負担として残った。分離が動かしたのは負担の所在ではなく、会社が何を名乗るかである。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "常磐興産 有価証券報告書【沿革】",
        "常磐興産 公式サイト「沿革」",
        "会社銀行八十年史（東洋経済新報社, 1955）「常磐炭礦」",
        "日本産業史 第2巻（日本経済新聞社、1994年）「石炭－増産から合理化へ」",
        "日本産業史 第2巻（日本経済新聞社、1994年）「エネルギー産業－石油と電力の結婚」",
        "嶋﨑尚子「石炭産業の収束過程における離職者支援」（日本労働研究雑誌 No.641、2013年12月）",
        "国土交通省東北地方整備局磐城国道事務所「近代化を支えた常磐炭田」",
        "週刊東洋経済 2002年10月12日号「売れる営業に変わろう！ スパリゾートハワイアンズ」"
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      "authored": "2026-07",
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          "label": "概要",
          "text": "2024年9月9日、常磐興産は米フォートレス・インベストメント・グループが組成したＯｎｔａｒｉｏ合同会社による公開買付けに賛同し、株主への応募推奨を決議した。第一回の買付価格は1株1,650円で、2025年2月19日に東京証券取引所スタンダード市場で上場廃止となった。"
        },
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          "text": "1966年1月開業のスパリゾートハワイアンズは老朽化が進み、集客の拡大には多額の設備投資を要した。東日本大震災とコロナ禍で有利子負債は322億円まで膨らみ、観光事業の設備投資額は減価償却費の八分の一まで縮んでいた。"
        },
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          "text": "一般株主から1株1,650円で買い付ける第一回と、筆頭株主の常磐開発や公益財団法人常磐奨学会など15.99％分を1株1,240円で買い付ける第二回に分けた。フォートレスは傘下のマイステイズ・アコーディアの運営ノウハウと、施設への大規模投資を示した。"
        },
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          "text": "最終期の売上高148億81百万円・営業利益13億23百万円は「経営計画2023」の目標を上回っており、業績の悪化を理由とする売却ではなかった。論点は、回収に数年かかる更新投資を、損益を毎期開示する立場のまま実行できるかにあった。"
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          "title": "コロナ禍で連結営業損益が28億99百万円の赤字に転落"
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          "title": "「経営計画2023」を策定し、計画的な施設増強と有利子負債の圧縮を掲げる"
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          "title": "Ｏｎｔａｒｉｏ合同会社による公開買付けに賛同し、非公開化方針を表明",
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          "title": "第二回公開買付けが終了し、取得株式は計約88％に"
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          "title": "東京証券取引所スタンダード市場で上場廃止"
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                {
                  "text": "2011年3月の震災で、常磐興産は3月12日以降スパリゾートハワイアンズのパークとホテルを休館した。1カ月後の直下型地震が建物の被害を広げ、営業の一部再開は10月にずれ込んだ。施設は原発から約50キロメートル南にあり、避難指示の対象からは外れていた。それでも同社は、宿泊客の7割を占める首都圏からの客足に風評が及ぶことを懸念した。2012年3月期の連結売上高は296億円、当期純損失は88億円に達した。",
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                    {
                      "fact": "震災を受けて2011年3月12日以降パークとホテルを休館し、再開のめどが立たないまま設備・建物の復旧工事を進めた",
                      "原文": "福島県いわき市のスパリゾートハワイアンズ。運営する常磐興産は３月１２日以降、パークやホテルを休館している。今も再開のメドは立たないが、「設備・建物の復旧工事を夏休み前までに終わらせたい」（管理本部）とする。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年4月12日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ４ 苦闘する日本経済 ０２ エンターテインメント 自粛、電力制限、風評… 出口見えぬレジャー界」",
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                      "原文": "特に東日本大震災の１カ月後に襲った震度６弱の直下型地震は、ハワイアンズ施設内の建物の被害をさらに拡大。現在は安全確認作業が続いており、修繕後の再開は１０月中の見通しだ。（中略）特に「宿泊客の７割を占める首都圏の観光客が減少するのでは……」（若松貴司・営業企画室長）との心配だ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年5月24日号「特集 東北復興 ０１ 地場産業は回復するか？ 観光 被災者と経済を盛り上げる 夏祭りは復興への起爆剤」",
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                    {
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                      "原文": "2012年３月期の連結売上高は296億26百万円、経常損失は22億28百万円、当期純損失は88億53百万円であった。",
                      "source": "常磐興産 有価証券報告書（2012年3月期・連結）",
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                {
                  "text": "復旧そのものは速かった。2012年2月に新ホテル「モノリスタワー」を加えてグランドオープンし、2013年4〜9月期の営業利益は震災前の水準に戻り、宿泊客数は上半期として過去最高を記録した。震災後の資金調達で発行した優先株についても、2013年9月に取得・消却と普通株転換の方針が示された。ただし、資本市場からの調達は2012年1月の第三者割当による新株発行が最後となった。",
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                      "原文": "常磐興産が東日本大震災から“復興”しつつある。２０１３年４〜９月期の営業利益は震災前水準をクリアした。レジャー施設「スパリゾートハワイアンズ」（福島県いわき市）の宿泊客数が大幅に伸び、上半期では過去最高を記録。",
                      "source": "週刊東洋経済 2013年11月22日号「ニュース最前線 観光 「フラガール」の常磐興産 復興進展もあり優先株消却」",
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                      "原文": "エクイティ・ファイナンスを活用した資金調達は2012年１月に実施した第三者割当による新株発行以降実施しておらず、現状の財務状況等を踏まえれば、今後エクイティ・ファイナンスを実施する蓋然性は決して高くはないと認識しており",
                      "source": "常磐興産「Ｏｎｔａｒｉｏ合同会社による当社株式に対する公開買付けに関する意見表明のお知らせ」（2024年9月9日）",
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                {
                  "text": "コロナ禍の打撃は震災を上回った。連結売上高は2020年3月期の260億円から2021年3月期に151億円、2022年3月期に111億円まで落ち、営業損益は2期続けて赤字となった。有利子負債は2020年3月期末の258億円から2022年3月期末に322億円へ増え、自己資本は135億円から79億円へ減った。2023年3月期に黒字へ戻ったのちも、借入の重さは残った。",
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                    {
                      "fact": "連結売上高は2020年3月期259億93百万円から2021年3月期150億97百万円、2022年3月期110億81百万円へ減り、営業損益は2期連続赤字となった",
                      "原文": "2021年３月期の連結売上高は150億97百万円・営業損失28億99百万円、2022年３月期は連結売上高110億81百万円・営業損失23億39百万円であった。",
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                    {
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                      "原文": "有利子負債合計は2020年３月期末258億13百万円、2022年３月期末322億64百万円、2024年３月期末289億70百万円。自己資本は同じ順に135億52百万円、79億59百万円、106億33百万円。",
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                {
                  "text": "削られたのは利益だけではなかった。観光事業の設備投資額は2020年3月期の7億47百万円から2024年3月期には1億29百万円まで縮み、同じ期の減価償却費10億66百万円の八分の一にとどまった。1966年1月に開業した施設群は、償却で目減りする分を投資で埋め戻せない状態に置かれていた。有報が対処すべき課題に「計画的な施設増強と改修」を挙げたのは、この落差を指している。",
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                    {
                      "fact": "2024年3月期の観光事業の設備投資額は129百万円、減価償却費は1,066百万円で、前期の581百万円・1,135百万円からさらに開いた",
                      "原文": "観光事業の有形固定資産及び無形固定資産の増加額は2023年３月期581百万円・2024年３月期129百万円、減価償却費は同じ順に1,135百万円・1,066百万円。",
                      "source": "常磐興産 有価証券報告書（2024年3月期・連結）【セグメント情報】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "有報は「計画的な施設増強と改修」を経営計画2023の骨子に置いていた",
                      "原文": "業務基盤の再構築のため、基幹事業である観光事業において、３大商品である「水遊び・温泉・ショー」の商品力を更に強化するとともに、計画的な施設増強と改修を進め、お客様満足の向上を通じて、売上増強を目指します。",
                      "source": "常磐興産 有価証券報告書（2024年3月期）【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "計画を超えた最終期と、届かなかった投資余力",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2024年3月期の連結業績は、売上高148億81百万円、営業利益13億23百万円であった。前年に策定した「経営計画2023」の初年度目標である売上高145億円・営業利益8億70百万円をいずれも超え、達成率は売上高102.6％、営業利益152.1％に届いた。2025年3月期も売上高156億円と増収を見込んでおり、業績の悪化が非公開化の理由ではなかった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2024年3月期は「経営計画2023」の目標（売上高145億円・営業利益8億70百万円）に対し実績が売上高148億81百万円・営業利益13億23百万円で、達成率は102.6％・152.1％となった",
                      "原文": "経営計画2023 14,500 870 610 500／実績 14,881 1,323 1,233 934／達成率 102.6％ 152.1％ 202.2％ 186.8％",
                      "source": "常磐興産 有価証券報告書（2024年3月期）【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2025年3月期の連結業績は売上高156億円・営業利益13億30百万円を見込んでいた",
                      "原文": "これらにより、2025年３月期の連結業績につきましては、売上高156億円（前期比７億18百万円、4.8％増）、営業利益13億30百万円（前期比６百万円、0.5％増）",
                      "source": "常磐興産 有価証券報告書（2024年3月期）【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "同じ有報が、対処すべき課題として二つを並べていた。計画的な施設増強と改修、そして有利子負債の計画的な圧縮である。後者には2026年3月期にコロナ前水準まで戻すという期限が付いていた。借入を減らしながら大型の更新投資を進める道は狭い。株式による調達は2012年1月を最後に途絶えており、仮に実施できても修繕に足る規模は望めないと会社自身が判断していた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "有利子負債の計画的な圧縮について2026年3月期に新型コロナウイルス前水準まで削減する目標を掲げていた",
                      "原文": "有利子負債の計画的な圧縮（2026 年３月期に新型コロナウイルス前水準まで削減）",
                      "source": "常磐興産「Ｏｎｔａｒｉｏ合同会社による当社株式に対する公開買付けに関する意見表明のお知らせ」（2024年9月9日）",
                      "url": "https://www.joban-kosan.com/news/240909_6.pdf"
                    },
                    {
                      "fact": "施設の老朽化に対し多額の設備投資が必要だが、コロナ禍で財政状態が悪化し実施できる状況になかった",
                      "原文": "一方で、1966 年１月に開業した「スパリゾートハワイアンズ」をはじめとする施設の老朽化が進んでおり、集客の拡大・収益の最大化を実現するためには多額の設備投資が必要となることが想定されているものの、新型コロナウイルス感染症の影響等によって、当社の財政状態は悪化し、現状、多額の設備投資を行える状況とはなっておりません。",
                      "source": "常磐興産「Ｏｎｔａｒｉｏ合同会社による当社株式に対する公開買付けに関する意見表明のお知らせ」（2024年9月9日）",
                      "url": "https://www.joban-kosan.com/news/240909_6.pdf"
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "二段階の公開買付けを受け入れる",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "フォートレスからの接触は2023年6月26日、取引金融機関の紹介によるものであった。同年8月の面談で常磐興産の経営陣は、施設の老朽化と設備投資の必要性を強く意識しながら、震災とコロナ禍で増えた外部借入の負担がそれを妨げていると伝えている。2024年3月13日の基本合意書、5月24日の特別委員会設置を経て、9月9日の取締役会が賛同と応募推奨を決議した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2023年6月26日に取引金融機関の紹介でフォートレスが接触し、8月の面談で経営陣が老朽化と借入負担という経営課題を共有した",
                      "原文": "当社の経営陣は、当社が所有・運営する一部施設の老朽化とそれらに対する適切な設備投資の必要性を強く意識しているものの、東日本大震災と新型コロナウイルス感染症の影響で増加した外部借入の負担があり、思うような設備投資を実施することが困難であることが当社の経営課題であるという認識をFortressに共有したとのことです。",
                      "source": "常磐興産「Ｏｎｔａｒｉｏ合同会社による当社株式に対する公開買付けに関する意見表明のお知らせ」（2024年9月9日）",
                      "url": "https://www.joban-kosan.com/news/240909_6.pdf"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "買付けは二段階に分けられた。第一回は一般株主向けに1株1,650円、公表前営業日の終値1,240円に33.06％を上乗せした価格である。第二回は筆頭株主の常磐開発と公益財団法人常磐奨学会など計140万4,699株、所有割合15.99％を1株1,240円で買い付ける。少数株主にはプレミアムを配り、取引の趣旨を了解した大株主は市場価格で応じる。そういう組み立てだった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "第一回の買付価格1株1,650円は公表前営業日終値1,240円に33.06％のプレミアムを乗せた水準で、第二回は大株主の140万4,699株（15.99％）を1株1,240円で買い付ける",
                      "原文": "買付価格は1株当たり1650円で、「公表前営業日の終値1240円に対して33.06％のプレミアムを加えた」。第2段階では、筆頭株主の常磐開発と大株主の公益財団法人常磐奨学会など計140万4699株（所有割合15.99％）を「1株当たり1240円で買い付ける」。",
                      "source": "Ｍ＆Ａ Ｏｎｌｉｎｅ（2024年9月9日）「常磐興産＜9675＞、米投資会社フォートレスのTOBを受け入れて株式を非公開化」",
                      "url": "https://maonline.jp/news/20240909c"
                    },
                    {
                      "fact": "第二回公開買付価格1,240円は第一回の1,650円より410円（24.85％）低い",
                      "原文": "第二回公開買付価格（第一回公開買付価格1,650円に比べて410円（24.85％（小数点以下第三位を四捨五入しております。））低い1,240円。）",
                      "source": "常磐興産「Ｏｎｔａｒｉｏ合同会社による当社株式に対する公開買付けに関する意見表明のお知らせ」（2024年9月9日）",
                      "url": "https://www.joban-kosan.com/news/240909_6.pdf"
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "75年余りの上場を閉じる",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "第一回公開買付けは期間の延長を経て2024年11月5日に終了し、633万5,381株の応募を集めて下限の445万401株を超えた。所有割合は72.14％となり、Ｏｎｔａｒｉｏ合同会社が親会社となった。第二回は11月13日から12月10日までの20営業日で、140万5,101株を買い付けた。フォートレス傘下企業の取得は計約88％に達し、2025年2月19日に上場廃止となった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "第一回公開買付けは2024年11月5日終了、応募6,335,381株が下限4,450,401株を超えて成立し、所有割合72.14％で公開買付者が親会社となった",
                      "原文": "本公開買付けに応募された株券等の数の合計（6,335,381株）が買付予定数の下限（4,450,401株）以上となりましたので、本公開買付けは成立しております。",
                      "source": "常磐興産「Ｏｎｔａｒｉｏ合同会社による当社株式に対する公開買付け（第一回）の結果並びに親会社及び主要株主である筆頭株主の異動に関するお知らせ」（2024年11月6日）",
                      "url": "https://www.joban-kosan.com/news/241106_1.pdf"
                    },
                    {
                      "fact": "第二回公開買付けは2024年11月13日から12月10日までの20営業日で実施され、1,405,101株を買い付けた",
                      "原文": "第二回公開買付けが2024年12月10日をもって終了いたしましたので、下記のとおり、お知らせいたします。／合計 1,405,101株",
                      "source": "常磐興産「支配株主であるＯｎｔａｒｉｏ合同会社による当社株式に対する公開買付け（第二回）の結果に関するお知らせ」（2024年12月11日）",
                      "url": "https://www.joban-kosan.com/news/241211_1.pdf"
                    },
                    {
                      "fact": "第二回公開買付け完了時点でフォートレス傘下企業の取得株式は計約88％となり、2025年1月31日の臨時株主総会で株式併合が承認され、2月19日に上場廃止となった",
                      "原文": "2025年1月31日開催の臨時株主総会において、「株式併合に係る議案について原案通り承認を受けた」",
                      "source": "日本Ｍ＆Ａセンター Ｍ＆Ａニュース（2025年2月18日）「常磐興産、2月19日上場廃止へ」",
                      "url": "https://www.nihon-ma.co.jp/news/20250218_9675-5/"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "非公開化に伴う条件も、あらかじめ示されていた。株主優待は2024年9月末の権利確定分を最後に廃止された。一方で商号と「スパリゾートハワイアンズ」のブランドは変更せず、従業員の雇用条件は実質的に同等以上で維持すると公開買付者は表明している。常磐奨学会が公益財団法人として事業を続けられるよう、売却代金で同社の普通社債を引き受ける案も検討された。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "株主優待は2024年9月末の権利確定分を最後に廃止された",
                      "原文": "2024年9月末の権利確定分を最後に「廃止」",
                      "source": "ダイヤモンド・ザイ・オンライン（2024年9月9日）「『スパリゾートハワイアンズ』の常磐興産、株主優待を廃止！」",
                      "url": "https://diamond.jp/zai/articles/-/1038939"
                    },
                    {
                      "fact": "商号と「スパリゾートハワイアンズ」を含むブランドの変更は予定されず、従業員の雇用条件は実質的に同等以上で維持される",
                      "原文": "本取引後も、本日時点では、当社の商号の変更や「スパリゾートハワイアンズ」を含む当社のブランド変更等は予定しておらず、また、従業員の雇用条件は実質的に本日現在と同等以上の条件で維持する予定とのことです。",
                      "source": "常磐興産「Ｏｎｔａｒｉｏ合同会社による当社株式に対する公開買付けに関する意見表明のお知らせ」（2024年9月9日）",
                      "url": "https://www.joban-kosan.com/news/240909_6.pdf"
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "投資の谷を、四半期の外へ置く",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "買付価格の算定に使われた事業計画は、手元資金が数年沈むことを織り込んでいた。2026年3月期から2029年3月期にかけての設備投資により、フリー・キャッシュ・フローは2026年3月期12億14百万円、2027年3月期は3億89百万円の赤字、2028年3月期31億3百万円、2029年3月期は10億73百万円の赤字と振れ、投資が終わる2030年3月期に27億5百万円へ戻る見通しであった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "DCF法の前提となった事業計画では2026年3月期から2029年3月期の設備投資によりフリー・キャッシュ・フローが2期にわたり赤字となる見通しだった",
                      "原文": "それぞれ2026年３月期のフリー・キャッシュ・フローは1,214百万円、2027年３月期のフリー・キャッシュ・フローは▲389百万円、2028年３月期のフリー・キャッシュ・フローは3,103百万円、2029年３月期のフリー・キャッシュ・フローは▲1,073百万円を見込んでおり、2030年３月期は左記設備投資の終了に伴い、フリー・キャッシュ・フローは2,705百万円を見込んでおります。",
                      "source": "常磐興産「Ｏｎｔａｒｉｏ合同会社による当社株式に対する公開買付けに関する意見表明のお知らせ」（2024年9月9日）",
                      "url": "https://www.joban-kosan.com/news/240909_6.pdf"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "買い手が事業会社ではなく投資ファンドであることは、施設の行き先にも表れている。フォートレスは傘下のマイステイズとアコーディアの運営ノウハウを持ち込む一方、価値を高めた各レジャー施設について、信託受益権化による流動化やREITへの売却を含む施策を検討すると記した。上場維持にかかる監査費用や株主総会運営費用の削減も、賛同の理由に挙がっている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "バリュー・アップ後のレジャー施設について信託受益権化による流動化やREITへの売却を含む施策が検討されている",
                      "原文": "なお、バリュー・アップ後の各レジャー施設に関しては、その全部又は一部を信託受益権化して流動化すること、REITへ売却すること等を含め、様々な施策を検討しているとのことです。",
                      "source": "常磐興産「Ｏｎｔａｒｉｏ合同会社による当社株式に対する公開買付けに関する意見表明のお知らせ」（2024年9月9日）",
                      "url": "https://www.joban-kosan.com/news/240909_6.pdf"
                    },
                    {
                      "fact": "非公開化により監査費用・株主総会運営費用・株主名簿管理人への事務委託費用などの固定的なコストを削減できるとした",
                      "原文": "さらに、本取引に伴うメリットとして、当社株式が非公開化されることにより、当社は、監査費用のほか、株主総会運営費用や株主名簿管理人への事務委託に関する費用等の固定的なコストを削減することが可能となります。",
                      "source": "常磐興産「Ｏｎｔａｒｉｏ合同会社による当社株式に対する公開買付けに関する意見表明のお知らせ」（2024年9月9日）",
                      "url": "https://www.joban-kosan.com/news/240909_6.pdf"
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "稼ぐ力ではなく、直す力が尽きかけていた",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2024年3月期の営業利益13億23百万円は、「経営計画2023」が置いた8億70百万円を5割上回っていた。それでも上場を閉じたのは、稼いだ額よりも直すべき額のほうが先に膨らんだためである。観光事業の設備投資が減価償却費の八分の一まで落ちた施設は、単年度が黒字でも毎年目減りしている。1966年開業の設備を一巡させる工事はフリー・キャッシュ・フローを二度赤字に沈める規模で、その2期を四半期開示のもとで越える負担は軽くなかっただろう。"
                },
                {
                  "text": "資金の出し手を替えたことで、施設の行き先は同社の手を離れた。フォートレスは価値を高めた各施設について、信託受益権化やREITへの売却を含む施策を検討すると記している。その投資が本当に実行されるのかを外から確かめる手立ても消え、株主優待の廃止で地元の個人株主が施設と結んでいた細い関係も途切れた。75年余りの上場を閉じた判断は、更新投資の資金を得る代わりに、説明を届ける相手を一つに絞る選択でもあった。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "常磐興産「Ｏｎｔａｒｉｏ合同会社による当社株式に対する公開買付けに関する意見表明のお知らせ」（2024年9月9日）",
        "常磐興産「Ｏｎｔａｒｉｏ合同会社による当社株式に対する公開買付け（第一回）の結果並びに親会社及び主要株主である筆頭株主の異動に関するお知らせ」（2024年11月6日）",
        "常磐興産「支配株主であるＯｎｔａｒｉｏ合同会社による当社株式に対する公開買付け（第二回）の結果に関するお知らせ」（2024年12月11日）",
        "常磐興産 有価証券報告書（2024年3月期・連結）",
        "常磐興産 有価証券報告書（2022年3月期・連結）",
        "常磐興産 有価証券報告書（2020年3月期・連結）",
        "常磐興産 有価証券報告書（2012年3月期・連結）",
        "週刊東洋経済 2011年4月12日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ４ 苦闘する日本経済 ０２ エンターテインメント 自粛、電力制限、風評… 出口見えぬレジャー界」",
        "週刊東洋経済 2011年5月24日号「特集 東北復興 ０１ 地場産業は回復するか？ 観光 被災者と経済を盛り上げる 夏祭りは復興への起爆剤」",
        "週刊東洋経済 2013年11月22日号「ニュース最前線 観光 「フラガール」の常磐興産 復興進展もあり優先株消却」",
        "Ｍ＆Ａ Ｏｎｌｉｎｅ（2024年9月9日）「常磐興産＜9675＞、米投資会社フォートレスのTOBを受け入れて株式を非公開化」",
        "日本Ｍ＆Ａセンター Ｍ＆Ａニュース（2025年2月18日）「常磐興産、2月19日上場廃止へ」",
        "ダイヤモンド・ザイ・オンライン（2024年9月9日）「『スパリゾートハワイアンズ』の常磐興産、株主優待を廃止！」"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-25"
    }
  ]
}
