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    {
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      "year": 1999,
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        "cp-finance"
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      "title": "独立系インターネット接続事業者として初の店頭公開",
      "subtitle": "大手資本の出資を受けずに、インターキューはどうやって1999年の店頭市場へ出たか",
      "status": "implemented",
      "status_label": "実施",
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      "issue": "株式公開による成長資金と信用の獲得",
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          "name": "熊谷正寿",
          "role": "インターキュー 社長",
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      "highlights": [
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          "label": "概要",
          "text": "1999年8月27日、インターネット接続事業のインターキュー（現GMOインターネットグループ）が店頭市場へ株式を公開した。独立系のインターネット接続事業者としては日本で初の店頭公開で、証券コードは9449。公募価格4,200円に対し初値は21,000円をつけ、時価総額は1,200億円に達した。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "同社は1995年12月にダイヤルQ2の決済機能を用いた接続サービス「interQ」を始め、1997年11月にホスティング事業を加えていた。1997年12月に熊谷正寿社長直轄の公開準備チームが発足し、1998年には2051年に売上高10兆円を掲げる「55ヵ年計画」を定めていた。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "公開準備チームは社長を除く4名で、全員が公開実務の未経験者であった。主幹事証券・監査法人・会計事務所の支援を受けながら、発足から1年8か月で店頭登録に到達した。売上と利益を毎月積み上げる保守的な事業計画が審査を通す条件となった。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "当時のインターネット関連企業は大手商社や通信会社の出資を経て公開へ向かうことが多かったなかで、同社は接続とホスティングという課金型の事業から出た売上と利益で要件を満たした。公開翌月にはドメイン事業を加え、接続・ホスティング・ドメインの三層が揃った。"
        }
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      "parties": [
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          "name": "インターキュー",
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            "note": "ダイヤルQ2の双方向通信事業から転業したインターネット接続事業者。接続・ホスティングを主力とし、大手資本の出資を受けていなかった"
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        }
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      "dates": {
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          "title": "熊谷正寿氏が東京都世田谷区にボイスメディアを設立"
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        },
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          "title": "社長直轄の株式公開準備プロジェクトが発足（メンバーは社長を除き4名）"
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          "title": "独立系インターネット接続事業者として初の店頭公開。公募価格4,200円に対し初値21,000円",
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          "title": "東京証券取引所市場第二部へ上場"
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        "source": "インターキュー 有価証券報告書",
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            "name": "インターキュー",
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          "label": "背景",
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              "sub_title": "転業から4年、課金の通る接続事業",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "インターキューの前身は、1991年5月に熊谷正寿氏が設立したボイスメディアである。ダイヤルQ2を使った双方向通信の企画・開発と機器販売を営んでいたが、1995年11月に商号をインターキューへ改め、インターネット接続へ転業した。同年12月に始めた接続サービス「interQ」は、ダイヤルQ2の決済機能を用いることで、IDの郵送もクレジットカード登録も要さずに使えた。料金は1分20円で、加盟企業や個人にアクセスポイントを設置・運営させて接続料収入を分ける方式を採り、開始から1か月半で拠点は全国51か所に増えた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1995年11月に商号をインターキューへ変更してインターネット接続事業へ転業し、同年12月に接続サービス「interQ」を開始した",
                      "原文": "1995年11月 商号を「インターキュー株式会社」に変更しインターネット接続事業へ転業",
                      "source": "GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】",
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                    {
                      "fact": "interQは1分20円・手続き不要で、サービス開始から1か月半で全国51拠点までアクセスポイントを増やした",
                      "原文": "interQ 接続料金 1分20円／アクセスポイント拡大 サービス開始から1か月半で全国51拠点",
                      "source": "GMOインターネットグループ社史「プロバイダ革命──「interQ ORIGINAL」が切り拓いた世界への扉」",
                      "url": "https://history.gmo.jp/1995/12/"
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                },
                {
                  "text": "1997年11月にはレンタルサーバー事業を加え、本店を渋谷区桜丘町へ移した。接続とホスティングはいずれも月次で課金が立つ事業で、公開審査に必要な売上と利益を毎月積み上げられる形をとっていた。翌1998年、熊谷氏は2051年に売上高10兆円・経常利益1兆円を目指す「55ヵ年計画」を定めた。売上規模が10億円台の未公開企業が半世紀先までの定量目標を持ったことになり、株式公開はその計画の途中に置かれた通過点として社内で共有された。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1997年11月にホスティング事業を開始し、本店を渋谷区桜丘町へ移転した",
                      "原文": "1997年11月 レンタルサーバー（ホスティング）事業を開始し本店を渋谷区桜丘町へ移転",
                      "source": "GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】",
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                    {
                      "fact": "1998年に「55ヵ年計画」を設定し、2051年に売上高10兆円・経常利益1兆円を目標に掲げた",
                      "原文": "GMOイズムの中には不変の超長期目標として「55ヵ年計画」があります。1998年に設定したもので、2051年に売上高10兆円、経常利益1兆円の企業グループになる、というものです。",
                      "source": "GMOインターネットグループ 経営方針「熊谷正寿が語るグループ成長戦略・事業戦略」",
                      "url": "https://ir.group.gmo/management-policy/strategy/"
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            {
              "sub_title": "新興市場が整う前の公開ルート",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1999年当時、新規に株式を公開しようとするベンチャーが選べる市場は限られていた。東証マザーズと大証ナスダック・ジャパンという二つの新興市場が公開の敷居を下げたと語られるようになるのは、インターキューの公開より後のことである。赤字でも公開できるといわれる以前の店頭市場では、売上と利益を出しているかどうかが審査の中心にあった。公開準備の実務を担った島影将氏は、インターキューが公開できた理由として「売り上げと利益がきちっと上がっていたこと」を挙げている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "東証マザーズ・大証ナスダック・ジャパンの設立で公開のハードルが下がったといわれるようになったのはインターキュー公開後で、当時の店頭公開は売上と利益が要件であった",
                      "原文": "東証マザーズ、大証ナスダック・ジャパンの2つの新興市場が設立されたことで、従来に比べてIPOのハードルが低くなったといわれている。／最近でこそ赤字でも公開できるなんていわれていますが、当時は「売り上げと利益」、これに尽きましたね。",
                      "source": "ITmedia エンタープライズ 2001年5月15日「公開未経験者だけで成し遂げたIPO：From Netinsider（29）」",
                      "url": "https://www.itmedia.co.jp/im/articles/0105/15/news001.html"
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                  ]
                },
                {
                  "text": "準備そのものも手探りであった。公開準備のプロジェクトチームが動き出したのは1997年12月ごろで、本格稼働は翌1998年3月にずれ込んだ。熊谷氏がリーダーを務める社長直轄の体制だったが、辞令もないまま始まり、社長を除く4名のメンバーは全員が公開実務の未経験者であった。中央監査法人（後の中央青山監査法人）と会計事務所の支援を受け、日本証券業協会や財務局へ出す書類を一から組み上げていった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "公開準備チームは1997年12月ごろ発足・1998年3月に本格稼働し、社長を除く4名全員が公開実務の未経験者であった",
                      "原文": "IPOのプロジェクトチームが発足したのは、確か1997年の12月あたりで、本格稼働したのは、翌年の3月ぐらいだったと思います。／社長を除くと、私を含めて4名のメンバーでなんとなくスタートしました。／全員が未経験でした。",
                      "source": "ITmedia エンタープライズ 2001年5月15日「公開未経験者だけで成し遂げたIPO：From Netinsider（29）」",
                      "url": "https://www.itmedia.co.jp/im/articles/0105/15/news001.html"
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        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "1999年8月27日、店頭市場へ",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1999年8月27日、インターキューは店頭市場へ株式を公開した。証券コードは9449。独立系のインターネット接続事業者としては、日本で初めての店頭公開であった。公募価格4,200円に対して初値は21,000円と5倍をつけ、同社の時価総額は一夜にして1,200億円に達した。準備チームの発足から数えて1年8か月、実務を担った島影氏が入社してからは2年と2日の到達である。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1999年8月27日に独立系ISPとして日本で初めて店頭公開し、公募価格4,200円に対し初値21,000円、時価総額1,200億円となった",
                      "原文": "1999年8月27日、独立系ISPとしては日本で初めて店頭市場に株式公開したインターキュー株式会社（証券コード：9449 、 2001年4月1日、 商号をグローバルメディアオンライン株式会社に変更）は、公募価格4200円に対し初値が2万1000円と5倍の伸びを記録、同社は一夜にして時価総額1200億円企業に変貌した。",
                      "source": "ITmedia エンタープライズ 2001年5月22日「成功者が語るIPO攻略の秘けつ：From Netinsider（30）」",
                      "url": "https://www.itmedia.co.jp/im/articles/0105/22/news001.html"
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                      "fact": "1999年8月にインターキュー株式がジャスダック市場へ上場した（証券コード9449）",
                      "原文": "1999年8月 インターキュー株式がジャスダック市場に上場（証券コード9449）",
                      "source": "GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】",
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                },
                {
                  "text": "公開の日取りを動かさなかったのは熊谷氏である。準備作業に追われた実務側から延期を求める声が出ても、同氏は全社員の前で公開すると言い続け、計画をずらさなかった。島影氏は成功の要因として、経営トップの意志と「出られるときに出る」という判断の二つを挙げている。米国のNASDAQが好調でインターネット関連銘柄に資金が向いていた時期にあたり、その追い風は主幹事証券の審査にも働いたとみられる。",
                  "evidences": [
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                      "fact": "熊谷氏は準備期間中に一度も弱音を吐かず方針を変えず、島影氏は成功の要因として経営トップの意志と「出られるときに出る」判断を挙げた",
                      "原文": "熊谷は一度たりとも弱音を吐かなかったですね。「絶対にIPOするんだ」と、いつも　全社員の前で公言していましたし、一度たりとも方針・計画がぶれることがなかったです。／もう1ついわせていただくと、「出られるときに出る」ということじゃないでしょうか？",
                      "source": "ITmedia エンタープライズ 2001年5月22日「成功者が語るIPO攻略の秘けつ：From Netinsider（30）」",
                      "url": "https://www.itmedia.co.jp/im/articles/0105/22/news001.html"
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            {
              "sub_title": "店頭公開の実務と、翌月に足した三層目",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "店頭公開の申請書類には、当時「Ⅱの部」と呼ばれる分厚い一式があり、後の新興市場向けの手続きより作業量が多かった。監査は中央監査法人（後の中央青山監査法人）が受け持ち、書類の作成と全体の助言はアタックス今井会計グループが、証券印刷は宝印刷が担った。日本証券業協会と財務局へ出す書類は誤字も許されず、担当者は連日会社に泊まり込んだ。未経験の4名が期日を守れたのは、外部の実務家を早くから巻き込んだためであった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "監査は中央監査法人、書類作成の助言はアタックス今井会計グループ、証券印刷は宝印刷が担い、店頭公開には新興市場にない「Ⅱの部」の書類作業があった",
                      "原文": "中央青山監査法人さんです。当時は中央監査法人でした。また、アタックス今井会計グループさんに、全体的なアドバイス、書類作成などでサポートに入っていただきました。／宝印刷さんにお願いしました。／店頭には「IIの部」というのがありますが、ナスダック・ジャパンにはありません。「IIの部」の有無で作業量が大きく違いますから。",
                      "source": "ITmedia エンタープライズ 2001年5月15日「公開未経験者だけで成し遂げたIPO：From Netinsider（29）」",
                      "url": "https://www.itmedia.co.jp/im/articles/0105/15/news001.html"
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                  ]
                },
                {
                  "text": "公開から1か月後の1999年9月、インターキューはドメイン事業を始めた。接続、ホスティング、ドメインという三つの層が揃い、インターネットを使う側が毎月払い続ける領域を一通り押さえる構えとなった。同じ時期、広告売上を伸ばして短期での公開を狙う後発のインターネット企業が相次いだのに対し、同社は課金の続く事業を並べる道を選んだ。公開で得た資金と知名度は、この積み上げにそのまま向けられた。",
                  "evidences": [
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                      "fact": "1999年9月にドメイン事業を開始し、接続・ホスティング・ドメインの三層が揃った",
                      "原文": "1999年9月 ドメイン事業を開始",
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                  "text": "公開の翌年、2000年12月期の連結売上高は79億8,000万円、当期純利益は11億9,000万円であった。規模としては時価総額1,200億円との開きが大きいが、公開で得たのは資金だけではなかった。2000年9月には設立から1年に満たない連結子会社まぐクリックを大証ナスダック・ジャパン市場へ上場させ、2001年5月にはホスティングのアイルを株式交換で完全子会社化した。株式を対価に会社を迎え入れる手段は、公開企業になって初めて使えるものであった。",
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                      "source": "ITmedia ビジネスオンライン 2022年10月28日「債務超過で「突然の経営危機」──GMO安田CFOが、乗り越えられた理由」",
                      "url": "https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2210/28/news046_2.html"
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                      "source": "ITmedia ビジネスオンライン 2022年10月28日「債務超過で「突然の経営危機」──GMO安田CFOが、乗り越えられた理由」",
                      "url": "https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2210/28/news046_2.html"
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                  "text": "公募価格4,200円と初値21,000円の差は、1999年夏の市場がインターネットという言葉に付けた値段であった。ただ、その値段を受け取れたのは、ダイヤルQ2の課金網を接続料の回収に転用し、加盟者にアクセスポイントを持たせて設備投資を外へ逃がし、月次で利益を出し続けた4年間があったからでもある。公開準備を担ったのは社長を含めて5名、うち4名は実務の未経験者であった。制度に通じた人材を揃えてから動くのではなく、走りながら書類を埋める進め方で店頭市場に届いた点に、この会社の速さがうかがえる。"
                },
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                  "text": "公開はまた、後の判断の前提を作った。株式という対価を手にした同社は、翌年には子会社を別の市場へ出し、その後は株式交換で会社を迎え入れることを常態にした。1999年に得たのは1,200億円という評価額よりも、資本市場を繰り返し使ってよいという許可であったといえる。2005年6月に東証一部へ移って階段を上りきったその年の秋、同社は金融事業への参入を決め、公開で積み上げた信用を別の種類の賭けに投じることになる。"
                }
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            }
          ]
        }
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      "references": [
        "ITmedia エンタープライズ 2001年5月15日「公開未経験者だけで成し遂げたIPO：From Netinsider（29）」",
        "ITmedia エンタープライズ 2001年5月22日「成功者が語るIPO攻略の秘けつ：From Netinsider（30）」",
        "ITmedia ビジネスオンライン 2022年10月28日「債務超過で「突然の経営危機」──GMO安田CFOが、乗り越えられた理由」",
        "GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】",
        "インターキュー 有価証券報告書（2000年12月期・連結）",
        "GMOインターネットグループ社史「プロバイダ革命──「interQ ORIGINAL」が切り拓いた世界への扉」",
        "GMOインターネットグループ 経営方針「熊谷正寿が語るグループ成長戦略・事業戦略」"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-23"
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      "title": "連結子会社を個別に上場させるグループ多重上場モデルの確立",
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          "text": "2000年9月5日、インターキュー（現GMOインターネットグループ）は設立から1年に満たない連結子会社まぐクリックを大証ナスダック・ジャパン市場へ上場させた。以後2005年までに、GMOペイメントゲートウェイとGMOホスティング＆セキュリティが東証マザーズへ上場し、本体も東証二部・一部へ移った。事業ごとに別々の株式を市場へ出すグループ経営の型が、この6年で固まった。"
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          "text": "1999年8月の店頭公開で本体が上場企業となり、株式を対価にした子会社化が使えるようになった。2001年ごろからは株式交換によるグループ入りが毎月のように続き、傘下の会社数が増えた。事業の性格も収益モデルも異なる会社を、単一の連結決算のなかで育てる方法が問われた。"
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          "text": "まぐクリックは設立364日での上場となり、当時の最短記録に並んだ。2005年には2月にカードコマースサービスがGMOペイメントゲートウェイへ商号を変え4月にマザーズ上場、6月に本体が東証一部へ、9月に商号変更したGMOホスティング＆セキュリティが12月にマザーズへ上場した。同年だけで本体を含む3社が東証の上場銘柄として並んだ。"
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          "text": "各社が自前の株式で資金を調達し、株式報酬で人を集める形になった一方、親会社と上場子会社のあいだの利益相反という論点を抱え込んだ。GMOはこの型を解消せず拡大し、2025年12月には上場会社12社の体制となった。"
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                  "text": "集まった会社は性格が揃っていなかった。接続やホスティングは法人と個人から月々の利用料を得る事業で、広告やメディアは景気と出稿量に振られる。決済は加盟店の取扱高に連動して伸びる。収益の立ち方も投資の回収期間も異なる会社を一つの連結決算のなかで並べると、伸びる事業の資金需要が他の事業の損益に左右される。本体の業績にぶら下げたまま各事業を育てる方法には、この時点で無理があった。",
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                      "fact": "グループはインターネット接続・ホスティング等のインフラ事業と、ブログ・広告販売等のメディア事業を運営し、個人1,858万人・法人44万社が利用していた",
                      "原文": "GMOインターネットを中核とするGMOインターネットグループは、インターネットの「場」の提供に経営資源を集中し、アクセス、ドメイン、サーバー、決済、セキュリティなどのインターネット活用支援事業（ネットインフラ事業）と、ブログサービス、インターネット広告販売、JWord(キーワードリスティング)などのインターネット集客支援事業（メディア事業）を運営しており、個人のお客様18,588千人ならびに法人のお客様44万社にご利用いただいております。",
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                  "text": "子会社を単独で市場へ出すには、受け皿となる市場が要る。1999年11月に東証マザーズ、2000年に大証ナスダック・ジャパンが加わり、設立からの年数が浅い会社でも申請できる場所ができた。店頭市場の申請に必要だった「Ⅱの部」の書類が新興市場では不要で、準備の負担も軽い。本体の店頭公開で一通りの実務を経験した社内には、二度目を短期間で回せる人員が残っていた。",
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                      "fact": "東証マザーズと大証ナスダック・ジャパンの設立で公開のハードルが下がり、新興市場では店頭市場に必要な「Ⅱの部」の書類が不要であった",
                      "原文": "東証マザーズ、大証ナスダック・ジャパンの2つの新興市場が設立されたことで、従来に比べてIPOのハードルが低くなったといわれている。／店頭には「IIの部」というのがありますが、ナスダック・ジャパンにはありません。「IIの部」の有無で作業量が大きく違いますから。",
                      "source": "ITmedia エンタープライズ 2001年5月15日「公開未経験者だけで成し遂げたIPO：From Netinsider（29）」",
                      "url": "https://www.itmedia.co.jp/im/articles/0105/15/news001.html"
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                },
                {
                  "text": "最初の候補となったまぐクリックには、上場審査で不利になる過去がなかった。メールマガジン配信の「まぐまぐ」という集客の実績を引き継いで初月から売上と利益を計上し、設立したばかりで整理すべき履歴を持たなかった。主幹事は大和証券、監査法人は本体と同じ中央青山が受け持った。上場準備は本体の公開後に入社した公認会計士の支援を含めて3名で回した。",
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                    {
                      "fact": "まぐクリックは初月から売上と利益を計上し、設立直後で過去を持たない点が上場審査に有利であった。主幹事は大和証券、監査法人は中央青山、準備は3名で担当した",
                      "原文": "まず初月からきちんと売り上げと利益を計上できたことです。これは『まぐまぐ』というすでにメガ・メディアにまで成長したサイトのおかげです。そしてもう1つ、まぐクリックにはインターキューと違って過去がなかったことです。／大和証券さんにお願いしました。／経理チームのマネージャと私の3名で担当しました。",
                      "source": "ITmedia エンタープライズ 2001年5月22日「成功者が語るIPO攻略の秘けつ：From Netinsider（30）」",
                      "url": "https://www.itmedia.co.jp/im/articles/0105/22/news001.html"
                    }
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        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "設立364日での子会社上場",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2000年9月5日、連結子会社のまぐクリックが大証ナスダック・ジャパン市場へ上場した。証券コードは4784。設立から364日での上場は当時としては最短で、設立1年未満の企業が株式を公開する初の例となった。本体の店頭公開からわずか1年での二度目である。親会社の連結決算の内側で育てるのではなく、子会社に別の株主と別の株価を持たせるという選択が、ここで初めて実行された。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2000年9月5日、連結子会社まぐクリックが大証ナスダック・ジャパン市場へ上場し、設立1年未満のIPOとして初の事例となった",
                      "原文": "そして昨年（2000年）9月5日には、ナスダック・ジャパン市場でインターキューの連結子会社である株式会社まぐクリック（証券コード：4784）が上場し、設立1年未満の企業がIPOする初めてのケースとなった。",
                      "source": "ITmedia エンタープライズ 2001年5月22日「成功者が語るIPO攻略の秘けつ：From Netinsider（30）」",
                      "url": "https://www.itmedia.co.jp/im/articles/0105/22/news001.html"
                    },
                    {
                      "fact": "第1号の連結会社まぐクリックを設立後364日で上場させ、当時としては最短で2000年9月5日に上場した",
                      "原文": "すでにJASDAQに株式公開していたGMOインターネットグループが、第1号の連結会社まぐクリックを設立後364日で上場させるというプロジェクトを、アルバイト中は手伝っていました。／結果的に、当時としては最短で、00年9月5日に上場しました",
                      "source": "ITmedia ビジネスオンライン 2022年10月28日「債務超過で「突然の経営危機」──GMO安田CFOが、乗り越えられた理由」",
                      "url": "https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2210/28/news046_2.html"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "一度きりの実験には終わらなかった。2004年3月にpaperboy&co.（現GMOペパボ）へ資本参加し、同年9月には決済のカードコマースサービスを子会社化した。迎え入れた会社をそのまま抱えるのではなく、数年のうちに市場へ出す前提で商号をGMOブランドへ揃えていく手順が、この時期に固まった。株式交換で入れて、育てて、上場させるという一連の流れが、グループ経営の作法になった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2004年3月にpaperboy&co.（現GMOペパボ）へ資本参加し、同年9月にカードコマースサービス（現GMOペイメントゲートウェイ）を子会社化した",
                      "原文": "2004年3月 ㈱paperboy&co.（現GMOペパボ㈱）へ資本参加／2004年9月 ㈱カードコマースサービス（現GMOペイメントゲートウェイ㈱）を子会社化（決済事業の拡充）",
                      "source": "GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "2005年、本体と子会社2社が東証に並ぶ",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2005年に型が揃った。2月にカードコマースサービスがGMOペイメントゲートウェイへ商号を改め、4月に東証マザーズへ上場した。6月には本体が東証市場第一部へ上場し、9月に商号を改めたGMOホスティング＆セキュリティが12月にマザーズへ上場した。1年のうちに本体を含む3社が東証の銘柄として並び、決済・ホスティングという性格の違う事業が、それぞれの株価を得た。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2005年2月にGMOペイメントゲートウェイへ商号変更・4月にマザーズ上場、6月に本体が東証一部上場、9月にGMOホスティング＆セキュリティへ商号変更・12月にマザーズ上場",
                      "原文": "2005年2月 カードコマースサービスが「GMOペイメントゲートウェイ株式会社」へ商号変更／2005年4月 GMOペイメントゲートウェイが東証マザーズ市場に上場／2005年6月 GMO本体が東京証券取引所市場第一部に上場／2005年9月 GMOホスティングアンドテクノロジーズが「GMOホスティング＆セキュリティ株式会社」へ商号変更、12月に東証マザーズ上場",
                      "source": "GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "会社側はこの型の目的を、権限の分散とグループ内の相乗効果の最大化に置くと説明している。上場によって知名度と社会的信用が上がり、人が集まり、市場との対話が各社の経営を鍛える——それによって各社が首位の事業を持ち、少数株主にも利益が戻るという筋立てである。大企業の資源を借りて成長した会社が後に上場する形は、後年「スイングバイIPO」と呼ばれ、2005年のGMOペイメントゲートウェイの上場がその最初にあたる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "GMOは「権限の分散」と「グループシナジーの極大化」を基本方針とし、上場を通じた知名度・信用力の向上、人材確保、市場との対話による経営力強化をグループ会社上場の目的としている",
                      "原文": "私たちは、変化の速いインターネット市場において勝ち続けるため、「権限の分散」と「グループシナジーの極大化」をグループ経営の基本方針としています。／上場を通じた知名度と社会的信用力の向上、優秀な人材の確保、株式市場との継続的な対話を通じた経営力強化により、各社がNo.1サービスの提供を実現し、お客さまの満足度向上と利益創出を通じたグループ企業価値の向上、ひいては少数株主に対する適切な利益還元を行うことを目指しています。",
                      "source": "GMOインターネットグループ 経営方針「熊谷正寿が語るグループ成長戦略・事業戦略」",
                      "url": "https://ir.group.gmo/management-policy/strategy/"
                    },
                    {
                      "fact": "「スイングバイIPO」と呼ぶ成長モデルの最初が2005年のGMOペイメントゲートウェイのマザーズ上場であった",
                      "原文": "当社グループの上場戦略には複数のアプローチがあり、スタートアップ企業が大企業グループの経営資源を活用して成長を加速し、その後上場を目指す「スイングバイIPO」と呼ばれる成長モデルの実践もその一つです。私たちは2005年のGMOペイメントゲートウェイのマザーズ上場をはじめ、これまでに複数の上場を実現してきました。",
                      "source": "GMOインターネットグループ 経営方針「熊谷正寿が語るグループ成長戦略・事業戦略」",
                      "url": "https://ir.group.gmo/management-policy/strategy/"
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            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "上場会社12社と、親子上場という宿命的な論点",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "型は拡大した。2014年の時点でグループは上場企業6社を含む82社・従業員約4,000人となり、2022年4月の市場区分見直しでは本体がプライム市場へ、連結子会社9社がプライム・スタンダード・グロースの各市場へ振り分けられた。2025年9月にGMOコマースがグロース市場へ、10月にGMO TECHホールディングスが共同株式移転で上場し、同年12月のプライム・ストラテジー子会社化によって上場会社は12社となった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2014年時点でグループは上場企業6社を中心とする82社・従業員約4,000人であった",
                      "原文": "上場企業６社を中心とするグループ８２社、従業員約４０００人を擁するＧＭＯインターネット。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年8月29日号「【特集 一流の仕事術】 インタビュー／起業家に学ぶ ＧＭＯインターネット会長兼社長 熊谷正寿 夢・目標がすべての根源 想起するには手帳が最適」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2025年12月にプライム・ストラテジーがグループ入りし、上場会社12社の体制となった",
                      "原文": "2025年12月にはプライム・ストラテジー（現GMOプライム・ストラテジー）がグループジョインし、グループ12社の上場会社体制となりました。",
                      "source": "GMOインターネットグループ 経営方針「熊谷正寿が語るグループ成長戦略・事業戦略」",
                      "url": "https://ir.group.gmo/management-policy/strategy/"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "同時に、親会社と上場子会社を併存させる形への批判も受け続けた。2022年の市場区分見直しでは、GMOアドパートナーズとGMO TECHの2社が流通株式比率の基準を満たさず、適合に向けた計画書を出した。熊谷氏が上場子会社7社で会長を兼ねている点についても、会社側は各社の意思決定に直接参加せず経験や知見を伝えるためと説明している。決済のGMOペイメントゲートウェイ1社の時価総額が親会社を上回る状態も生じた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2022年時点でGMOは上場子会社9社を抱え、GMOアドパートナーズとGMO TECHが流通株式比率の基準未達で計画書を提出し、熊谷氏は7社で会長を兼務、GMOペイメントゲートウェイ1社の時価総額が親会社を超えていた",
                      "原文": "ネットインフラや金融などを展開するＧＭＯインターネットは、９社もの上場子会社を抱える。このうちネット広告代理店のＧＭＯアドパートナーズと、ＳＥＯ（検索エンジン最適化）などを手がけるＧＭＯ　ＴＥＣＨは、流通株式比率が上場基準を満たしておらず、上場維持基準の適合に向けた計画書を提出した。／親会社の熊谷正寿会長兼社長は７つの上場子会社で会長を兼務している。／ペイメント１社の時価総額は親会社を超える。",
                      "source": "週刊東洋経済 2022年4月9日号「【特集 東証沈没】 Ｐａｒｔ１ 増えるゾンビ企業 ガバナンスの歪みを放置 親子上場続ける困った面々」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "分けたことで守れたもの",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "事業ごとに株式を分けるという判断は、資金と人の取り合いを市場の側へ外に出す仕掛けであったとみることができる。決済の会社は決済の株価で人を集め、ホスティングの会社はホスティングの株価で報酬を組む。親会社が配分を決める手間は減り、各社の経営者は自分の株価に責任を負う。一方で、少数株主の利益と親会社の利益が食い違う場面をあらかじめ抱え込む設計でもあり、その指摘に対してGMOは型を畳むのではなく、上場会社を増やす方向で答えてきた。"
                },
                {
                  "text": "分けておいたことが効いた場面もある。2007年にローン・クレジット事業の損失で本体が債務超過の手前まで来たとき、同社が現金化したのはGMOホスティング＆セキュリティ株式の約10％とイーバンク株式、そしてGMOインターネット証券の全株式であった。市場価格のついた子会社株を持っていたからこそ、本体を売らずに済んだといえる。上場子会社の数が増え続ける理由は理念の説明よりも、この2007年末の資金繰りのほうにはっきり書かれている。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "ITmedia エンタープライズ 2001年5月15日「公開未経験者だけで成し遂げたIPO：From Netinsider（29）」",
        "ITmedia エンタープライズ 2001年5月22日「成功者が語るIPO攻略の秘けつ：From Netinsider（30）」",
        "ITmedia ビジネスオンライン 2022年10月28日「債務超過で「突然の経営危機」──GMO安田CFOが、乗り越えられた理由」",
        "週刊東洋経済 2014年8月29日号「【特集 一流の仕事術】 インタビュー／起業家に学ぶ ＧＭＯインターネット会長兼社長 熊谷正寿 夢・目標がすべての根源 想起するには手帳が最適」",
        "週刊東洋経済 2022年4月9日号「【特集 東証沈没】 Ｐａｒｔ１ 増えるゾンビ企業 ガバナンスの歪みを放置 親子上場続ける困った面々」",
        "GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】",
        "インターキュー 有価証券報告書（2000年12月期・連結）",
        "GMOインターネット「オリエント信販株式会社の株式取得（子会社化）に関する最終合意書締結のお知らせ」（2005年8月15日）",
        "GMOインターネットグループ 経営方針「熊谷正寿が語るグループ成長戦略・事業戦略」"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-23"
    },
    {
      "slug": "loan-credit-exit-2007",
      "url": "/tse/9449/decisions/loan-credit-exit-2007/",
      "year": 2007,
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      "stock_code": "9449",
      "decision_id": "9449-loan-credit-exit-2007",
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      "tags": [
        "pf-exit",
        "pf-diversify-unrelated",
        "tr-turnaround"
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      "title": "ローン・クレジット事業への参入と、2年後の撤退",
      "subtitle": "250億円で買った消費者金融を528万円で手放す——過払い金の底が見えないなかで何を守ったか",
      "status": "implemented",
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      "scheme": "事業経営陣へのMBO（マネジメント・バイアウト）による株式譲渡",
      "ratio": null,
      "issue": "多角化した金融事業の損失処理と本体の存続",
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        {
          "name": "熊谷正寿",
          "role": "GMOインターネット 会長兼社長",
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      ],
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "2005年8月15日、GMOインターネット（現GMOインターネットグループ）は消費者金融のオリエント信販株式94.28％を250億4,100万円で取得することでユニゾン・キャピタルの投資ファンドと最終合意した。2年後の2007年、貸金業法改正と過払い金返還請求の急増を受けて同事業からの撤退を決め、当時の経営陣へのMBOにより528万円で譲渡した。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "2005年6月の東証一部上場まで、審査への影響を避けて大きな新規事業に踏み込めない時期が続いていた。上場後に熊谷正寿会長兼社長はネット金融への参入を決め、イーバンク銀行への出資、証券会社の自社設立、ローン・クレジット事業の買収を同時に始めた。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "オリエント信販は女性向け個人ローンを主力とし、2005年3月末の消費者向け営業貸付金残高は809億円、顧客は約20万口座で業界17位であった。買収資金は同日決議の普通社債280億円などで賄った。貸金業では利用残高500億円に達するまで黒字化が難しいとの試算があり、残高の獲得を狙った買収であった。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "過払い金の過去10年分の引き当てを求められ、105億円の計上に加えて約200億円の追加引き当てが必要になった。2007年12月期の連結業績は売上高463億円・経常損失97億円・当期純損失176億円となり、GMOは自社の社史で総損失を約400億円と記している。熊谷氏は自身の不動産を現物出資し、個人で30億円を借り入れて59億円の増資を実行した。"
        }
      ],
      "parties": [
        {
          "stock_code": "9449",
          "name": "GMOインターネット",
          "role": "当事者",
          "at_deal": {
            "note": "インターネット接続・ホスティング・決済を主力とする上場企業。2005年6月に東証一部へ上場し、直後に金融事業へ参入した"
          }
        },
        {
          "name": "オリエント信販",
          "role": "取得対象",
          "at_deal": {
            "note": "1971年設立の消費者金融。女性向け個人ローンが主力で、2005年3月末の消費者向け営業貸付金残高809億円・約20万口座、業界17位。ユニゾン・キャピタルの投資ファンドが2000年6月から出資していた"
          }
        }
      ],
      "dates": {
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        "announced": "2007-08",
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        "summary": "グレーゾーン金利をめぐる司法判断と貸金業法改正により過去10年分の過払い金引き当てを求められ、返還請求の総額が見通せないまま撤退を選んだ判断"
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          "title": "本体が東京証券取引所市場第一部へ上場"
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          "title": "オリエント信販株式94.28％を250億4,100万円で取得する最終合意書を締結"
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          "year": 2005,
          "month": 10,
          "title": "GMOインターネット証券（現GMOクリック証券）を設立し証券事業へ参入"
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          "title": "オリエント信販がGMOネットカードへ商号変更"
        },
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          "year": 2007,
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          "title": "ローン・クレジット事業からの撤退を決定。当時の経営陣へのMBOにより528万円で譲渡",
          "highlight": true
        },
        {
          "year": 2007,
          "month": 12,
          "title": "熊谷正寿氏が不動産の現物出資を含む59億円の増資を実行し、債務超過を回避"
        },
        {
          "year": 2010,
          "month": 9,
          "title": "クリック証券（現GMOクリック証券）を子会社化し、インターネット証券事業へ再参入"
        }
      ],
      "snapshot": {
        "fiscal_year": "2007年12月期",
        "source": "GMOインターネット 有価証券報告書（2007年12月期・連結）",
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            "stock_code": "9449",
            "name": "GMOインターネット",
            "fiscal_year": "2007年12月期（連結）",
            "president": "熊谷正寿",
            "hq": "東京都渋谷区",
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          "label": "背景",
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            {
              "sub_title": "東証一部上場のあとに解かれた制約",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2005年6月1日の東証一部上場まで、GMOインターネットは大きな新規事業に着手しづらい状態にあった。一部への直接上場を目指して審査が続いており、審査に響く行動を避けたためである。同じ時期、ライブドアはニッポン放送株を買い、楽天は球団を取得していた。上場が決まると、熊谷正寿会長兼社長は抑えていた検討を一挙に新規事業へ振り向けた。候補は映画館を営んでいた実家に連なるメディア事業と、伯祖父が銀行を創業した家系に連なる金融事業の二つであった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "東証一部への直接上場を目指す審査中は新規事業に着手できず、2005年6月1日の上場後に熊谷氏が新規事業の検討へ注力した",
                      "原文": "目標は東証一部への直接上場だった。このため、一部上場を目指して審査は継続しており、審査に影響を及ぼすリスクがあったため、新規事業展開などの大きな行動に踏み切ることができなかった。／2005年6月1日、ついに東証一部上場を果たした後、熊谷はこれまで抑えていた情熱を新規事業の検討に一挙に注ぎ込んだ。",
                      "source": "GMOインターネットグループ社史「ローン・クレジット事業への参入と撤退」",
                      "url": "https://history.gmo.jp/2007/08/"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "熊谷氏が選んだのは金融であった。インターネットとの相性がよく、必要とされ続け、月々の収入が積み上がる事業という基準に照らした結果である。参入は三つ同時に始まった。イーバンク銀行（現楽天銀行）の株式取得による銀行業への接近、高島秀行氏を迎えてのGMOインターネット証券のゼロからの立ち上げ、そしてオリエント信販の株式取得によるネットローン事業への進出である。ローン事業の買収は、貸金業では利用残高が500億円に達するまで黒字化が難しいという試算に基づき、その残高を一度に手に入れる狙いであった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "金融事業として、イーバンク株の取得、GMOインターネット証券の設立、オリエント信販の株式取得によるネットローン参入の三つを同時に開始し、ローンは利用残高500億円の獲得を目的とした",
                      "原文": "第三に、ローン・クレジット事業への参入である。オリエント信販の株式を取得することによりネットローン事業に進出した。なお、株式取得は、貸金業において利用残高が500億円に達するまで黒字化が困難であるとの試算に基づき、当該利用残高の獲得を目的としたものである。",
                      "source": "GMOインターネットグループ社史「ローン・クレジット事業への参入と撤退」",
                      "url": "https://history.gmo.jp/2007/08/"
                    }
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              ]
            },
            {
              "sub_title": "250億4,100万円の買収と、社債280億円",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2005年8月15日、GMOインターネットは取締役会でオリエント信販株式の取得に関する最終合意書の締結を決議した。売り手はユニゾン・キャピタルの三つの投資ファンドで、9月30日の引き渡しで合計94.28％を250億4,100万円で取得する。資金は同日決議した普通社債280億円などで賄った。買われる側のオリエント信販は1971年設立、女性向け個人ローンを主力とし、2005年3月期の売上高は192億3,900万円、最終利益は13億9,600万円であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2005年8月15日、ユニゾンの3ファンドから9月30日引き渡しでオリエント信販株式94.28％を250億4,100万円で取得し、資金は同日決議の普通社債280億円などで賄った",
                      "原文": "GMOはユニゾンの3ファンドから、9月30日引き渡しでオリエント信販の合計94.28％を250億4100万円で取得する。資金は同日決議したした普通社債280億円などでまかなう。／オリエント信販は2005年3月期に売上高192億3900万円、最終利益は13億9600万円。",
                      "source": "ITmedia NEWS 2005年8月15日「GMOがオリエント信販を買収、金融事業に参入」",
                      "url": "https://www.itmedia.co.jp/news/articles/0508/15/news029.html"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "買収の理由として会社が挙げたのは、両者の顧客接点の重なりであった。GMOの側にはブログとインターネットマーケティングを通じた1,800万人規模のリーチがあり、オリエント信販の側には店舗を持たず東京と大阪のコンタクトセンターで全国を賄う営業網があった。同社の消費者向け営業貸付金残高は2005年3月末で809億円、顧客は約20万口座で業界17位である。翌2006年6月には商号をGMOネットカードへ改め、グループの名を冠した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "オリエント信販は2005年3月末の消費者向け営業貸付金残高809億円・約20万口座で業界17位、無店舗型でコンタクトセンター2か所を通じ全国展開しており、GMO側は1,800万人超のリーチを活用できるとした",
                      "原文": "一方、オリエント信販株式会社は女性向け個人ローンを主商品とするパーソナルファイナンスサービスを提供しており、平成17年3月末時点で消費者向け営業貸付金残高は809億円（注：オフバランス処理されている貸付金620億円含む）、顧客数は約20万口座で、業界17位の規模を有し、東京と大阪にある2箇所のコンタクトセンターを通じて、全国展開しております。／強みであるインターネットマーケティングやブログ・サービスを中心とした1800万人を超えるインターネットユーザーに対するリーチを活用し、新たな事業領域としてインターネットと親和性の高い金融事業分野への参入を検討しておりました。",
                      "source": "GMOインターネット「オリエント信販株式会社の株式取得（子会社化）に関する最終合意書締結のお知らせ」（2005年8月15日）",
                      "url": "https://www.gmo.jp/news/article/420/"
                    },
                    {
                      "fact": "2006年6月23日付でオリエント信販はGMOネットカードへ商号を変更した",
                      "原文": "GMOインターネットは5月19日、同社グループのオリエント信販の社名を6月23日付けで「GMOネットカード」に変更すると発表した。",
                      "source": "ITmedia NEWS 2006年5月19日「オリエント信販が「GMOネットカード」に」",
                      "url": "https://www.itmedia.co.jp/news/articles/0605/19/news058.html"
                    }
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        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "過去10年分の過払い金という条件変更",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "買収から1年ほどで前提が崩れた。制限超過利息の受領を原則として認めない司法判断が示され、貸金業法などの改正がこれに続いた。公認会計士協会からは過去10年分の過払い金をすべて引き当てるよう求められ、GMOは105億円を計上したうえで、なお約200億円の追加引き当てが必要な状態に立った。事業を引き継いでからわずか1年しか経っていないにもかかわらず、前の所有者が9年間得た利益に対応する返還まで背負う計算であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "貸金業法改正と過払い利息返還問題により公認会計士協会から過去10年分の引き当てを求められ、105億円を計上したうえ約200億円の追加引き当てが必要となった",
                      "原文": "ＧＭＯインターネットグループも例外ではなく、105億円の引当金を計上し、グレーゾーン金利に関する返還請求に備えて約200億円の追加引当を余儀なくされた。／事業引継ぎからわずか1年しか経過していないにもかかわらず、過去9年分の前オーナーの利益も含めた過払い利息の返還を求められる状況に直面した。",
                      "source": "GMOインターネットグループ社史「ローン・クレジット事業への参入と撤退」",
                      "url": "https://history.gmo.jp/2007/08/"
                    },
                    {
                      "fact": "最高裁判決により過去10年分の過払い引当金の計上が必要となり、キャッシュフローは回っていても債務超過寸前になった",
                      "原文": "その過払金の請求についての最高裁の判決が出たことにより、過去10年分の過払い引当金を計上しなければいけなくなりました。そのため、キャッシュフローは回っていても、たちまち巨額の損失を計上することになり、債務超過寸前になってしまった。",
                      "source": "ITmedia ビジネスオンライン 2022年10月28日「債務超過で「突然の経営危機」──GMO安田CFOが、乗り越えられた理由」",
                      "url": "https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2210/28/news046_3.html"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "財務の悪化は数か月で表れた。安田昌史氏によれば、2007年3月末に116億円あった自己資本は6月末に6億円へ落ち、自己資本比率は8％から0.5％になった。同社の社史は連結の純資産が195億円から77億円へ、自己資本比率が7.7％から0.5％へ低下したと記している。返還請求の総額は司法判断と法解釈の動き次第で、どこで止まるかを見通せなかった。損失を一度に確定させてでも事業を手放す判断は、この見通しの立たなさから導かれた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2007年3月末に116億円あった自己資本は6月末に6億円となり、自己資本比率は8％から0.5％へ低下した",
                      "原文": "07年3月末の自己資本116億円が同6月末で6億円ですよ。自己資本比率8%から0.5%まで一気に低下しました。",
                      "source": "ITmedia ビジネスオンライン 2022年10月28日「債務超過で「突然の経営危機」──GMO安田CFOが、乗り越えられた理由」",
                      "url": "https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2210/28/news046_3.html"
                    },
                    {
                      "fact": "2007年6月中間期に純資産が77億円（前年度末195億円）、自己資本比率が0.5％（前年度末7.7％）へ低下し、底の見えない返還リスクを踏まえて撤退が最善と判断した",
                      "原文": "2007年6月中間期においては、純資産が77億円（前年度末195億円）、自己資本比率が0.5％（前年度末7.7％）へと急激に低下した。／底の見えない利息返還リスクや、新たな司法判断、法規制、法解釈などの不透明な外部環境を考慮した結果、一時的な損失を出してでもローン・クレジット事業から撤退することが最善であると決断した。",
                      "source": "GMOインターネットグループ社史「ローン・クレジット事業への参入と撤退」",
                      "url": "https://history.gmo.jp/2007/08/"
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "528万円での譲渡と、創業者個人の増資",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2007年8月、GMOはローン・クレジット事業からの撤退を決めた。譲渡先は同事業の経営陣で、MBOの形をとり、価格は528万円であった。280億円で引き受けた事業が、2年で500万円台の値札になった。同社の社史は、この譲渡に加えてローン・クレジット事業への76億円の増資と50億円の貸し付けを合わせ、総額約400億円の損失が確定したと記している。有価証券報告書の連結業績で確認できる範囲では、2006年12月期の当期純損失121億円と2007年12月期の同176億円が、この時期の穴にあたる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "280億円で引き受けたローン・クレジット事業を経営陣へのMBOにより528万円で譲渡し、76億円の増資・50億円の貸付を含め総額約400億円の損失が確定したとGMOは記している",
                      "原文": "280億円で引き受けたローン・クレジット事業は、事業経営陣へのMBO（マネジメント・バイアウト）形式により528万円という極めて低額で譲渡する決定がなされ、さらにローン・クレジット事業に対する76億円の増資や50億円の貸付など、総額約400億円に上る損失が確定した。",
                      "source": "GMOインターネットグループ社史「ローン・クレジット事業への参入と撤退」",
                      "url": "https://history.gmo.jp/2007/08/"
                    },
                    {
                      "fact": "2006年12月期の当期純損失は121億円、2007年12月期は売上高463億円・経常損失97億円・当期純損失176億円であった",
                      "原文": "2006年12月期（連結）当期純損失12,100百万円。2007年12月期（連結）売上高46,316百万円、経常損失9,666百万円、当期純損失17,598百万円。",
                      "source": "GMOインターネット 有価証券報告書（2007年12月期・連結）",
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                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "撤退そのものは損失の確定であって、資本の穴は別に埋める必要があった。GMOはGMOホスティング＆セキュリティ株式の約10％を売って10億円、イーバンク株式の全売却で12億円の譲渡益、GMOインターネット証券株式95.9％を熊谷氏個人が買い取ることで28億円を確保した。ヤフーからは14億5,000万円の出資を受けた。それでも足りず、2007年末、熊谷氏は自身の不動産を会社へ現物出資し、個人名義で30億円を借り入れて合わせて59億円の増資を実行した。上場企業の資本の穴を、創業者個人の財産が埋めた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "GMOホスティング＆セキュリティ株式約10％の売却で10億円、イーバンク株式の全譲渡で12億円の譲渡益、GMOインターネット証券株式95.9％の熊谷氏個人への売却で28億円を確保し、2007年末に不動産の現物出資と個人借入30億円を含む59億円の増資を実行した",
                      "原文": "グループ会社であるGMOホスティング＆セキュリティ（現GMOグローバルサインHD）の株式を約10％売却し、10億円を確保した。また、当時イーバンク（現 楽天銀行）の筆頭株主であったが、保有株式をすべて譲渡し、譲渡益12億円を計上した。さらに、GMOインターネット証券（現GMOクリック証券）の全株式（95.9％）を熊谷個人が買い取り、その売却益として28億円を会社資金に充てた。／個人名義で30億円もの借入を行い、不動産の現物出資と合わせて59億円の増資を実行し、財務基盤の強化に努めた。",
                      "source": "GMOインターネットグループ社史「ローン・クレジット事業への参入と撤退」",
                      "url": "https://history.gmo.jp/2007/08/"
                    },
                    {
                      "fact": "ヤフー（現LINEヤフー）から14億5,000万円の出資を受けた",
                      "原文": "ヤフー株式会社（現LINEヤフー株式会社）とは「さまざまなシナジーを創出できる可能性」の観点から交渉が進められ、最終的に14.5億円の出資を受けるに至った。",
                      "source": "GMOインターネットグループ社史「ローン・クレジット事業への参入と撤退」",
                      "url": "https://history.gmo.jp/2007/08/"
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "翌期の黒字転換と、投資額を縛る規律",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "撤退の翌期、2008年12月期の連結売上高は372億円、営業利益41億円、当期純利益21億円となり、ローン・クレジット事業を切り離した本業の姿が戻った。同年9月にはGMOペイメントゲートウェイが東証マザーズから市場第一部へ移り、12月にはpaperboy&co.がジャスダックへ上場している。損失の処理と並行して、上場子会社を増やす型は止まっていなかった。金融そのものからも降りず、2010年9月にクリック証券を子会社化して証券事業へ戻っている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2008年12月期の連結売上高は372億円、営業利益41億円、当期純利益21億円であった",
                      "原文": "2008年12月期（連結）売上高37,248百万円、営業利益4,143百万円、当期純利益2,111百万円。",
                      "source": "GMOインターネット 有価証券報告書（2008年12月期・連結）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2008年9月にGMOペイメントゲートウェイが東証市場第一部へ市場変更し、同年12月にpaperboy&co.がジャスダック証券取引所へ上場、2010年9月にクリック証券を子会社化して証券事業へ再参入した",
                      "原文": "2008年9月 GMOペイメントゲートウェイが東証マザーズから市場第一部へ市場変更／2008年12月 子会社のpaperboy&co.（現GMOペパボ）がジャスダック証券取引所に上場／2010年9月 クリック証券㈱（現GMOクリック証券）の株式を取得して子会社化（証券事業へ再参入）",
                      "source": "GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "残ったのは金額の上限を決める習慣であった。熊谷氏はこの経験のあと、限界投資額を資産の3分の1までと定めたと語っている。2014年の取材では、買収当時について「このときはマイペースではなく無理をしていた」と述べ、ルールが変わって前の所有者の分まで10年分の過払い請求を背負うことは想像していなかったと振り返った。同氏はまた、この一件で最も得たものとして、現場が会社を支えるという意味で仲間が成長したことを挙げている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "熊谷氏は2006〜2007年の金融事業での損失を経て、限界投資額を資産の3分の1までと定めた",
                      "原文": "限界投資額は資産の3分の1までに定めた",
                      "source": "経営者通信Online 2010年9月「GMOインターネット株式会社 代表取締役会長兼社長・グループ代表 熊谷 正寿」",
                      "url": "https://k-tsushin.jp/interview/79_gmo/"
                    },
                    {
                      "fact": "熊谷氏は2014年の取材で、買収当時は無理をしていたと述べ、前オーナー分まで10年分の過払い請求を背負うとは想像していなかったと語った",
                      "原文": "このときはマイペースではなく無理をしていた。ルールが変わって元のオーナーの分まで１０年分過払い請求を背負わなければいけなくなるということは、夢にも思わなかった。ただそれも含めて運も実力のうちなので、以後あまり無理はしないようになった。／組織として成長したと思う。仕事術うんぬんのレベルではないところで、現場が会社を支えるという意味において、あのとき仲間たちがいちばん成長した。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年8月29日号「【特集 一流の仕事術】 インタビュー／起業家に学ぶ ＧＭＯインターネット会長兼社長 熊谷正寿 夢・目標がすべての根源 想起するには手帳が最適」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "528万円の値札が示したもの",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "250億円で買った会社を528万円で手放すという結末は、値付けの誤りというより、値付けの前提が外から書き換えられた事例に近い。オリエント信販は買収時点で年13億円台の最終利益を出しており、貸付残高809億円という数字も実在した。崩れたのは、過去に受け取った利息を将来返さなくてよいという前提のほうである。制度の解釈が一つ変わると、買った資産の値だけでなく、買う前の年の損益まで遡って書き換えられる——貸金業という事業の性質を、GMOは自社の決算書で確かめた。"
                },
                {
                  "text": "この撤退が後に残したのは、規律と、それを可能にした構造である。限界投資額を資産の3分の1に抑える約束は、2018年の暗号資産マイニング事業で372億円の特別損失を出したときにも本業の営業利益を守った。そして2007年末に現金へ変えられたのは、ホスティング子会社の株式であり、証券子会社の株式であり、イーバンクの持ち株であった。事業ごとに別会社へ分けて市場価格をつけておいたことが、本体を切り売りせずに済んだ理由であったといえる。分散という言葉は、この会社では理念より先に、資金繰りの現実として意味を持った。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "ITmedia NEWS 2005年8月15日「GMOがオリエント信販を買収、金融事業に参入」",
        "ITmedia NEWS 2006年5月19日「オリエント信販が「GMOネットカード」に」",
        "ITmedia ビジネスオンライン 2022年10月28日「債務超過で「突然の経営危機」──GMO安田CFOが、乗り越えられた理由」",
        "GMOインターネット「オリエント信販株式会社の株式取得（子会社化）に関する最終合意書締結のお知らせ」（2005年8月15日）",
        "GMOインターネットグループ社史「ローン・クレジット事業への参入と撤退」",
        "週刊東洋経済 2014年8月29日号「【特集 一流の仕事術】 インタビュー／起業家に学ぶ ＧＭＯインターネット会長兼社長 熊谷正寿 夢・目標がすべての根源 想起するには手帳が最適」",
        "経営者通信Online 2010年9月「GMOインターネット株式会社 代表取締役会長兼社長・グループ代表 熊谷 正寿」",
        "GMOインターネット 有価証券報告書（2007年12月期・連結）",
        "GMOインターネット 有価証券報告書（2008年12月期・連結）",
        "GMOインターネットグループ 有価証券報告書【沿革】"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-23"
    }
  ]
}
