{
  "stock_code": "9431",
  "count": 3,
  "decisions": [
    {
      "slug": "domestic-entry-1997",
      "url": "/tse/9431/decisions/domestic-entry-1997/",
      "year": 1997,
      "month": 6,
      "schema_version": "1.0",
      "stock_code": "9431",
      "decision_id": "9431-domestic-entry-1997",
      "type": "new_business",
      "tags": [
        "pf-diversify-related",
        "st-capex",
        "st-lowcost"
      ],
      "title": "ルートKDDの国内延伸による企業向け国内電話への参入と、列島周回海底ケーブルの敷設",
      "subtitle": "国際で失う分を国内で埋められるか——独占事業者が越境した1997年",
      "status": "implemented",
      "status_label": "実施",
      "scheme": null,
      "ratio": null,
      "issue": "事業構造と新規参入",
      "decider": "西本正（社長）",
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "1997年6月の国際電信電話株式会社法の改正を受け、KDDが同年7月26日に企業向け国内電話を始めた経営判断。顧客企業と交換機を専用線で結ぶ既存の「ルートKDD」を国内通話へ広げ、1998年4月には個人向け国内長距離にも参入した。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "KDDの営業利益率は20年で20%から5%へ下がり、1997年3月期には5%を割り込んだ。米国発信に切り替えて料金を下げるコールバックが広がり、国際専用線の両端に公衆網をつなぐ国際公専公の解禁も控えていた。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "基本料月2万円・全国一律の企業向け料金で参入し、100km超・平日昼間はNTTより51%安くした。並行して総延長1万300km・総工費1300億円の列島周回海底光ケーブル（JIH）を敷き、DDI・テレウェイ・東京通信ネットワークとの提携で足回りを補った。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "国際通信を売上の4分の3に据えたまま国内を足す構想であった。国際の値崩れは想定より速く、経常利益は312億円から208億円、さらに170億円の見通しへ下がり、参入先の市外電話も1998年2月に最遠距離3分80円まで下がっていた。"
        }
      ],
      "parties": [
        {
          "stock_code": "9431",
          "name": "国際電信電話（KDD）",
          "role": "当事者",
          "at_deal": {
            "note": "国際電話で7割弱のシェアを持つ特殊会社。国内には営業網も市内回線も持たない"
          }
        }
      ],
      "dates": {
        "reported": null,
        "announced": "1997-06",
        "agreed": null,
        "closed": "1997-07",
        "terminated": null
      },
      "breakdown": {
        "reason_type": "market",
        "summary": "国際電話の価格崩壊で本業の利幅が消えるなか、専用線接続の顧客基盤と海底ケーブル技術をそのまま国内市場へ持ち込んだ新規参入"
      },
      "timeline": [
        {
          "year": 1996,
          "month": 8,
          "title": "15人のプロジェクトチームを本社に置き、列島周回海底ケーブルの陸揚げ地選定に着手"
        },
        {
          "year": 1996,
          "month": null,
          "title": "コールバックが広がり、国際電話市場の4〜5%を占めるまでになる"
        },
        {
          "year": 1997,
          "month": 6,
          "title": "国際電信電話株式会社法の改正が成立（13日）、株主総会で定款を変更（27日）"
        },
        {
          "year": 1997,
          "month": 7,
          "title": "企業向け国内電話を開始し、ルートKDDを国内通話へ広げる",
          "highlight": true
        },
        {
          "year": 1997,
          "month": 8,
          "title": "第二電電・日本高速通信と再販の業務提携、東京通信ネットワークとGC接続で提携"
        },
        {
          "year": 1998,
          "month": 4,
          "title": "個人向け国内長距離電話を「001」で開始"
        }
      ],
      "snapshot": {
        "fiscal_year": "1997年3月期",
        "source": "週刊東洋経済 1997年8月2日号「［編集長インタビュー］西本正 国際電信電話（KDD）社長」",
        "companies": [
          {
            "stock_code": "9431",
            "name": "国際電信電話（KDD）",
            "fiscal_year": "1997年3月期（単体）",
            "president": "西本正",
            "hq": "東京都",
            "sales": {
              "num": 3225,
              "unit": "億円"
            },
            "segments": [],
            "operating_profit": null,
            "ordinary_profit": {
              "num": 208,
              "unit": "億円"
            },
            "net_profit": null,
            "equity_ratio": {
              "num": 59,
              "unit": "%",
              "note": "誌面（週刊東洋経済 1998年1月3日号）記載の株主資本比率"
            },
            "roe": null,
            "employees": {
              "num": 5400,
              "unit": "人",
              "note": "グループ社員・1997年3月時点の誌面値"
            },
            "avg_salary": null
          }
        ]
      },
      "report": [
        {
          "section": "background",
          "label": "背景",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "崩れた国際電話の値段",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "国際電話の値段は、1990年代の半ばから崩れ始めた。KDDの営業利益率はこの20年で20%から5%へ下がり、1997年3月期にはついに5%を割り込んだ。相次ぐ値下げと割引制度の導入が直接の原因であったが、より重かったのは、日本からの通話を料金の安い米国発信に切り替えるコールバックの普及であった。セメントプラント建設の小野田エンジニアリングは1997年3月にコールバックへ切り替え、月100万円を超えていた国際電話代が4月には70万円で済んだ。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "KDDの営業利益率は20年で20%から5%へ低下し、1997年3月期は初めて5%を下回った",
                      "原文": "20から5%へ。ここ20年でKDDの営業利益率は急低下した。前期は初めて5%を下回った。",
                      "source": "日経ビジネス 1997年6月16日号「国際電信電話（KDD）海底ケーブルで国内参入 名門通信の期待と不安」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "小野田エンジニアリングは1997年3月にコールバックへ切り替え、月100万円超だった国際電話代が4月は70万円になった",
                      "原文": "KDDを使えば毎月100万円を超えていたところが、今年の4月は、70万円で済んだ。",
                      "source": "日経ビジネス 1997年6月16日号「国際電信電話（KDD）海底ケーブルで国内参入 名門通信の期待と不安」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "コールバックを手がける業者は大小あわせて30社を超え、日本の国際電話市場の4〜5%を占めるまでになったといわれた。1997年中には、国際専用線の両端に公衆網をつなぐ国際公専公の解禁も控えていた。そもそも日本の国際電話市場は3500億円と、神奈川県一県の国内通信市場ほどの大きさしかない。その狭い市場をKDD・IDC・ITJの3社で分け合ってきたところへ、値段だけを武器にした新手が次々に入り込んだ。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "コールバック業者は30社以上あり、国際電話市場の4〜5%を占めるまでになった",
                      "原文": "現在、コールバック業者は大小合わせて30社以上あるといわれる。／正確な統計はないものの、コールバックは日本の国際電話市場で4〜5%を占めるまでになったと言われる。",
                      "source": "日経ビジネス 1997年6月16日号「国際電信電話（KDD）海底ケーブルで国内参入 名門通信の期待と不安」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "日本の国際電話市場は3500億円で、神奈川県1県の国内通信市場にすぎず、それを3社で分け合ってきた",
                      "原文": "そもそも日本の国際電話市場は3500億円と、神奈川県1県の国内通信市場にすぎない。そこを3社で分け合ってきた。",
                      "source": "日経ビジネス 1997年6月16日号「国際電信電話（KDD）海底ケーブルで国内参入 名門通信の期待と不安」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "法改正と、手元にあった専用線",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "参入の扉は、法律の側から開いた。1997年6月13日、国際電信電話株式会社法の改正が国会で成立し、KDDに国内通信の道が開かれた。同じ規制緩和でNTTも子会社を通じて国際通信に出ることが決まり、国際と国内を隔ててきた壁は双方向で外れた。KDDは6月27日の株主総会で定款を変更し、郵政省の認可を得たうえで、国内サービスを三段階に分けて始める段取りをとった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1997年6月13日にKDD改正法が成立し、27日の株主総会で定款を変更、認可取得後に三段階で国内サービスを開始する計画であった",
                      "原文": "6月13日に国会でKDD改正法が成立し、当社も27日の株主総会で定款変更しました。郵政省から認可取得後、大きく三段階に分けて国内通信のサービスをスタートします。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年8月2日号「［編集長インタビュー］西本正 国際電信電話（KDD）社長」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "KDD法とNTT法の改正で、KDDは国内通信に、NTTは子会社を通じて国際通信に参入できることとなった",
                      "原文": "今年6月、国際電信電話株式会社（KDD）法と日本電信電話株式会社（NTT）法が改正される。KDDが国内通信に参入できるようになる一方で、NTTは子会社を通じて国際通信が可能になる。",
                      "source": "日経ビジネス 1997年6月16日号「国際電信電話（KDD）海底ケーブルで国内参入 名門通信の期待と不安」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "もっとも、法が変わっただけで顧客がつくわけではない。KDDには「ルートKDD」という下地があった。顧客企業とKDDの交換機を専用線で直結し、割安な国際電話を届ける仕組みで、1997年前半の時点で3000社7600回線がKDDとつながっていた。西本正社長は「国内に進出したら、まずこのユーザーがお客さんになる」と語り、秋までにルートKDDの対象地域を19から35へ広げて顧客の獲得に動いた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "ルートKDDは3000社7600回線がKDDと直結しており、対象地域を秋までに19から35へ拡大した",
                      "原文": "現在、3000社7600回線がKDDと直結している。「国内に進出したら、まずこのユーザーがお客さんになる」（西本社長）と期待する。秋までにルートKDDの対象地域を19から35に拡大し、顧客獲得に乗り出したのはそのためだ。",
                      "source": "日経ビジネス 1997年6月16日号「国際電信電話（KDD）海底ケーブルで国内参入 名門通信の期待と不安」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "専用線をそのまま国内へ延ばす",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1997年7月26日、KDDは企業向けの国内電話を始めた。ルートKDDの専用線を国内通話にも使い、基本料は月2万円、通話料はルートKDD契約者同士で3分42円、相手がNTT加入者なら3分54円とした。距離に関係のない全国一律の料金であり、100キロメートル超・平日昼間ならNTTより51%安くなる。契約回線は7600回線であったが、西本社長は1998年3月末に1万回線まで増やす考えを示した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1997年7月26日開始の企業向け国内電話は基本料月2万円、3分42円（契約者同士）・54円（NTT加入者宛）の全国一律料金で、100km超・平日昼間はNTTより51%割安",
                      "原文": "まず第一弾が、7月26日から始める企業向け国内電話。／料金は基本料が月額2万円、通話料が「ルートKDD」契約者同士の場合で3分42円（6秒1.4円）、相手がNTT加入者の場合で同54円（同1.8円）です。このサービスは距離に関係なく全国一律ですので、長距離ほど安くなる。例えば100キロメートル超・平日昼間の場合、NTTより51%割安となります。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年8月2日号「［編集長インタビュー］西本正 国際電信電話（KDD）社長」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "現契約7600回線を1998年3月期末に1万回線まで増やす目標を掲げた",
                      "原文": "現契約回線数は7600回線ですが、今3月期末には1万回線にまで増やしたい。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年8月2日号「［編集長インタビュー］西本正 国際電信電話（KDD）社長」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "参入は三段階に分けられた。第一弾が企業向け、第二弾が1998年4月からの個人向け国内長距離で、新電電のような事前登録を求めず、相手の番号の前に「001」を付けるだけでつながる仕組みとした。ICカード式の公衆電話「ICグローバルホン」も国内通話に開き、市内3分20円とNTTの30円より下げた。KDDは2000年度に本体で売上高4500億円・経常利益300億円を掲げ、うち国内通信で1200億円を見込んだ。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "個人向けは1998年4月開始で事前登録が不要、番号の前に「001」を付ける方式。ICグローバルホンは市内3分20円（NTTは30円）",
                      "原文": "個人向けは第二弾からで、これは98年4月から開始する、一般家庭向けの国内長距離電話サービスです。ただし現在ある長距離の新電電（NCC）のような、面倒な事前登録が不要になります。相手の電話番号の前に「001」をつけるだけでいい。／これはKDD独自の公衆電話で、市内で昼間の場合、料金は3分20円。NTTが同30円ですよ。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年8月2日号「［編集長インタビュー］西本正 国際電信電話（KDD）社長」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2000年度に本体で売上高4500億円・経常利益300億円、うち国際通信3300億円・国内1200億円を計画した",
                      "原文": "2000年度に本体で売上高4500億円（前期3225億円）、経常利益300億円（同208億円）、グループで売上高6000億円（同4012億円）、経常利益400億円（同294億円）を目標としています。／2000年度の1200億円のうち、経費が1000億円強ですから、利益は100億円強ではないでしょうか。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年8月2日号「［編集長インタビュー］西本正 国際電信電話（KDD）社長」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "国内幹線を海に敷く",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "足回りの回線を他社から借り続ける限り、料金では勝てない。1996年8月、KDD本社に15人のプロジェクトチームが置かれた。リーダーとなったネットワーク計画部の嶋谷吉治・技術総括担当部長は、夏休みを返上して日本列島の海岸線を歩き、陸揚げ地の漁業協同組合との折衝を重ねた。日本列島を光ファイバーで環状に取り囲むJIH（列島周回海底光ケーブル）は、総延長1万300km、総工費1300億円の計画であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1996年8月に15人のプロジェクトチームを結成、嶋谷吉治部長が海岸線を歩いて漁協と折衝し、JIHは総延長1万300km・総投資1300億円の計画であった",
                      "原文": "昨年8月、15人のメンバーによるプロジェクトチームがKDD本社に結成された。リーダーとなったネットワーク計画部の嶋谷吉治・技術総括担当部長は、夏休みを返上して日本列島の海岸線を歩き回り、ここぞと思った海岸の漁業組合と折衝を繰り返した。／JIHケーブルは総延長1万300km、総投資は1300億円にのぼる。",
                      "source": "日経ビジネス 1997年6月16日号「国際電信電話（KDD）海底ケーブルで国内参入 名門通信の期待と不安」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "海に敷く理由は費用にあった。陸上に光ファイバーを敷けば1kmあたり1億円以上かかる。西本社長は「陸より海に敷く方がコストは170分の1で済む」と述べ、陸揚げや漁業補償を含めても地上建設のおよそ10分の1に収まると説明した。容量は100Gbpsで電話約120万回線分にあたり、うち20GbpsはすでにDDIへの販売が決まっていた。KDDはJIHを東京通信ネットワークなど電力系の地域網につなぎ、年300数十億円のNTT網使用料を200億円ほどへ減らす計画であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "陸上敷設は1kmあたり1億円以上かかり、海底ケーブルのほうが投資効率が高い",
                      "原文": "だが、仮に地面を掘り返して光ファイバーを敷設するとなると1kmで1億円以上かかるといわれる。海底ケーブルの方がはるかに投資効率がいい。",
                      "source": "日経ビジネス 1997年6月16日号「国際電信電話（KDD）海底ケーブルで国内参入 名門通信の期待と不安」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "JIHは100Gbps（電話約120万回線相当）で、陸揚げ・漁業補償を含めても地上建設の約10分の1、20GbpsのDDIへの販売が決定済み、NTT網使用料は年300数十億円から200億円程度へ減らせる見込みであった",
                      "原文": "JIHは、KDDが開発した最先端の光波長多重技術を使い、電話回線約120万回線相当の100Gbpsの大容量を持っている。それでも、土地代がかからない海底ケーブルなので、陸揚げや漁業補償などの費用を含めても、地上に建設する場合に比べて、およそ10分の1のコストで済む。／現在年間300数十億円支払っているNTTの網使用料を100億円以上節約して、200億円ぐらいに減らせそうだ。／長距離系のDDIに20Gbpsの容量を売ることがすでに決まっている。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年3月15日号「インタビュー KDD社長 西本正 国際通信の強化をテコに国内にも参入」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "西本社長は1300億円のJIH計画を見直さないとし、陸より海に敷くほうがコストは170分の1で済むと述べた",
                      "原文": "わが社のJIHの建設も1300億円の計画を見直すつもりはない。地震等の対策に線は二本あった方がいいし、陸より海に敷く方がコストは170分の1で済む。",
                      "source": "週刊東洋経済 1998年1月3日号「企業KDD 国際「電話屋」からの脱却」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "提携で埋めた足回り",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "国内の回線も顧客も持たないまま参入した以上、他社の力を借りるほかなかった。1997年8月、KDDは第二電電（DDI）と日本高速通信（テレウェイ）の双方と業務提携を結び、再販子会社を通じて国際と長距離をまとめ、大口割引で売る仕組みをつくった。請求書も一本化される。KDDの天野正紀取締役は両社と「等距離」だと説明したが、統一ブランドやマルチメディア、設備の共同建設まで盛り込んだのはDDIとの提携であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1997年8月、KDDはDDI・テレウェイと業務提携し、再販子会社を通じて国際と長距離を大口割引でまとめ売りする形をとった",
                      "原文": "8月初めに明らかになった第三波は、KDDとDDI（長距離）、KDDとテレウェイ（長距離）の各業務提携である。それぞれ再販子会社を通し、国際と長距離を大口割引でまとめて売り出す、というものだ。これで企業だけでなく個人顧客も安い割引料金を利用できるうえ、請求書も国際と長距離で一本化できる。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年8月23日号「［フラッシュ］KDD 3社提携で第三勢力形成」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "KDDは両社と等距離だと説明したが、DDIとの提携は統一ブランドやマルチメディア、設備の共同建設まで含んでいた",
                      "原文": "「提携はそれぞれ別々に行ったもので、ウチが真ん中になって仕掛けたわけではない。KDDはDDIともテレウェイとも等距離」（天野正紀・KDD取締役）と、公式には説明する。／DDIとの提携では両社の統一ブランドを使うほか、マルチメディアや設備の共同建設も具体的に言及しているからだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年8月23日号「［フラッシュ］KDD 3社提携で第三勢力形成」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "回線の側でも手を打った。KDDは東京通信ネットワーク（TTネット）と、NTTの回線を経由せずに接続するGC接続で提携し、接続料の支払いを抑えた。両社はすでにJIHで組んでおり、ケーブルが陸に上がった先を電力系の地域網が受け持つ形が整った。営業はDDIの分厚い顧客名簿に、伝送路は自前のJIHと電力系の網に頼る——国内に足場のない事業者が1年足らずで組み上げた参入の骨格であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "KDDはTTネットとGC接続で提携し、NTTの回線を経由せずに接続することで接続料を抑えた。両社はJIHでも提携済みであった",
                      "原文": "KDDはTTネット（地域通信）と、GC接続で提携することを、近く正式発表する。GC接続とは、KDDが国内でNTTの回線を経由せず、TTネットの回線と接続すること。NTTに接続料を払わないで済むからコストも安くなる。／もともとKDDとTTネットとは、列島環状光海底ケーブル（JIH）のプロジェクトで提携済みであり、関係は浅くない。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年8月23日号「［フラッシュ］KDD 3社提携で第三勢力形成」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "KDDから見た長所はDDIの営業網、テレウェイの光ファイバーであり、国際通信にはDDIの顧客名簿がより魅力的であった",
                      "原文": "KDDから見た両社の長所は、DDIでは強固な「営業網」、テレウェイでは光ファイバーという「インフラ」。国内基盤のないKDDにはどちらも欲しいが、みなし契約がほとんどの国際通信にとって、DDIの分厚い顧客名簿はより魅力的に映る。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年8月23日号「［フラッシュ］KDD 3社提携で第三勢力形成」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "入った先も、値下げの市場だった",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1998年4月、KDDは個人向けの国内長距離電話を始めた。参入先の国内通信は9兆円の市場であり、3500億円の国際電話とは桁が違う。ただし値段の下がり方も速く、市外電話は1998年2月に最遠距離で3分80円まで下がっていた。KDDの料金はそれを下回る70円台と見込まれ、西本社長も「できるだけ安い値段で」と述べるにとどめた。参入したその日から、KDDは値下げ競争の当事者になった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "国内通信は9兆円の市場で、KDDはTTNetの1分9円の市内電話と連携した価格競争を見込んでいた",
                      "原文": "国内通信は9兆円の大市場だけに、新たな飛躍のチャンスはある。",
                      "source": "日経ビジネス 1997年6月16日号「国際電信電話（KDD）海底ケーブルで国内参入 名門通信の期待と不安」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1998年2月に市外電話は最遠距離3分80円まで下がり、4月参入のKDDは70円台が予測された",
                      "原文": "市外は98年2月に最遠距離で3分80円まで下がるが、「できるだけ安い値段で」（西本正社長）4月にデビューするKDDは、それを下回る70円台が予測される。",
                      "source": "週刊東洋経済 1998年1月3日号「企業KDD 国際「電話屋」からの脱却」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "本業の国際電話も削られ続けた。経常利益は1996年3月期の312億円から1997年3月期に208億円へ落ち、1998年3月期は170億円までの下落が見込まれた。1997年10月には深夜割引の時間帯を広げる「ヨルドニッチ」を始め、大口割引と重ねれば通常の最大6割引となる料金で応じた。人員では、1997年末に5800人であったグループ社員を、2001年3月期に4300人（うち本体2800人）まで減らす計画を示した。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "経常利益は前々期312億円・前期208億円、1998年3月期は170億円まで落ちる見通しであった",
                      "原文": "経常利益は前々期が312億円、前期が208億円、今98年3月期は170億円まで落ちる見通しだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 1998年1月3日号「企業KDD 国際「電話屋」からの脱却」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1997年10月1日開始の「ヨルドニッチ」は深夜割引の範囲を広げ、他の大口割引と組み合わせれば最大6割引となった",
                      "原文": "10月1日から始めた「ヨルドニッチ」はその先兵役である。この割引サービスは深夜の範囲を従来の23〜翌8時から、平日は21〜翌8時・土日は終日まで、大きく広げるというもの。他の大口割引と組み合わせれば、通常より最大六割割り引かれる。",
                      "source": "週刊東洋経済 1998年1月3日号「企業KDD 国際「電話屋」からの脱却」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "西本社長は5800人の人員を2001年3月期に4300人（うち本体2800人）へ減らす計画を示した",
                      "原文": "確かにウチの人員は多過ぎる。現在の5800人を関係会社への出向等で、2001年3月期には4300人（うち本体2800人）まで減らします。",
                      "source": "週刊東洋経済 1998年1月3日号「企業KDD 国際「電話屋」からの脱却」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "手持ちの資産を、そのまま国内へ延ばす",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "3000社7600回線のルートKDDと、海底に線を敷く技術。KDDが国内へ出るときに手にしていたのは、この二つであった。営業網も市内回線もない会社が9兆円の市場に入るには、すでにある資産を国内へ延ばすほかない。企業向けを先にして個人向けを1年後に回した順番も、国内幹線を海に敷いた選び方も、そこから素直に導かれる。西本社長が国際通信を売上の4分の3に据えたまま国内を足したのは、国際で付き合いのある企業をそのまま国内の顧客として数えられるとみていたからだとみられる。"
                },
                {
                  "text": "ただ、国内で足す分より国際で失う分のほうが速かった。経常利益は312億円から208億円へ落ち、参入の翌期には170億円までの下落が見込まれていた。参入先の市外電話も、個人向けを始める2カ月前に3分80円まで下がっている。1300億円を投じたJIHは1999年まで動かず、費用だけが先に立った。国際の値崩れを国内で埋めるという1997年の算段は、埋める側の値段も同じ速さで崩れるという条件までは織り込めていなかったといえる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "日経ビジネス 1997年6月16日号「国際電信電話（KDD）海底ケーブルで国内参入 名門通信の期待と不安」",
        "週刊東洋経済 1997年3月15日号「インタビュー KDD社長 西本正 国際通信の強化をテコに国内にも参入」",
        "週刊東洋経済 1997年8月2日号「［編集長インタビュー］西本正 国際電信電話（KDD）社長」",
        "週刊東洋経済 1997年8月23日号「［フラッシュ］KDD 3社提携で第三勢力形成」",
        "週刊東洋経済 1998年1月3日号「企業KDD 国際「電話屋」からの脱却」"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-29"
    },
    {
      "slug": "kdd-law-abolition-1998",
      "url": "/tse/9431/decisions/kdd-law-abolition-1998/",
      "year": 1998,
      "month": 5,
      "schema_version": "1.0",
      "stock_code": "9431",
      "decision_id": "9431-kdd-law-abolition-1998",
      "type": "transformation",
      "tags": [
        "bm-model-shift"
      ],
      "title": "国際電信電話株式会社法の廃止と特殊会社からの離脱",
      "subtitle": "自由か、保護か——国が事業を保証しなくなる立場を、西本正社長はなぜ自ら求めたか",
      "status": "implemented",
      "status_label": "実施",
      "scheme": null,
      "ratio": null,
      "issue": "制度と会社の形",
      "decider": "西本正（社長）",
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "1998年、国際電信電話が特殊会社としての立場を手放した判断。1952年に制定された国際電信電話株式会社法は、同年5月8日公布の規制合理化法によって廃止され、12月1日に効力を生じた。1953年の設立から45年で、事業の範囲も料金も法に縛られる会社ではなくなった。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "1985年4月の電気通信事業法改定で制度上の独占が消え、1989年にはITJ・IDCの参入で実態の独占も崩れていた。それでも国際電信電話株式会社法だけは残り、料金の認可をはじめとする第一種電気通信事業者への規制が同社にかかり続けた。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "1997年の改正法に付いた付帯決議は「将来の完全民営化をめざし……特にKDDについては時期を逸することなく検討し結論を得ること」と求めた。西本正社長はこれを引き、NTTの長距離会社が完全民営化されるのにKDDだけが特殊法人のままではいられないと語った。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "法を手放すことは、国内への参入や他社との合併が自由になることと、国が事業を保証しなくなることの両方を意味した。廃止の前後から国際電話の値下げ競争は加速し、1999年3月期に同社は設立以来はじめての連結最終赤字となる見込みになった。"
        }
      ],
      "parties": [
        {
          "stock_code": "9431",
          "name": "国際電信電話",
          "role": "当事者",
          "at_deal": {
            "note": "国際電話首位。1953年に電電公社の国際部門を分離して発足した郵政省所管の特殊会社"
          }
        }
      ],
      "dates": {
        "reported": "1997-11",
        "announced": "1998-05",
        "agreed": null,
        "closed": "1998-12",
        "terminated": null
      },
      "breakdown": {
        "reason_type": "external",
        "summary": "国際通信の独占を前提に組まれた特殊会社の枠組みを法ごと廃し、規制と保護の両方から離れて普通の株式会社になる選択"
      },
      "timeline": [
        {
          "year": 1952,
          "month": null,
          "title": "国際電信電話株式会社法が制定される"
        },
        {
          "year": 1953,
          "month": 4,
          "title": "日本電信電話公社の国際部門を分離し、資本金33億円で発足"
        },
        {
          "year": 1979,
          "month": 11,
          "title": "貴金属の密輸と過剰接待が表面化し、株式会社かつ独占という条件が批判を浴びる"
        },
        {
          "year": 1985,
          "month": 4,
          "title": "電気通信事業法の改定で通信市場が開放され、第一種・第二種の区分が設けられる"
        },
        {
          "year": 1989,
          "month": null,
          "title": "ITJ・IDCが専用線と国際電話のサービスを相次いで開始"
        },
        {
          "year": 1997,
          "month": 8,
          "title": "西本正社長が改正法の付帯決議を引き、完全民営化の必要に言及"
        },
        {
          "year": 1998,
          "month": 12,
          "title": "国際電信電話株式会社法が廃止され、特殊会社でなくなる",
          "highlight": true
        },
        {
          "year": 1999,
          "month": 1,
          "title": "国際電話の値下げ競争により、初の連結最終赤字の見込みとなる"
        }
      ],
      "snapshot": {
        "fiscal_year": "1999年3月期（連結・見込み）",
        "source": "週刊東洋経済 1999年1月23日号「［フラッシュ］KDD崖っぷち、設立以来の危機」",
        "companies": [
          {
            "stock_code": "9431",
            "name": "国際電信電話",
            "fiscal_year": "1999年3月期（連結・見込み）",
            "president": "西本正",
            "hq": "東京都千代田区",
            "sales": {
              "num": 4010,
              "unit": "億円",
              "note": "前期比9.9%増"
            },
            "segments": [],
            "operating_profit": null,
            "ordinary_profit": null,
            "net_profit": {
              "num": -10,
              "unit": "億円",
              "note": "初の最終赤字の見込み。前期は49億円の黒字"
            },
            "equity_ratio": null,
            "roe": null,
            "employees": {
              "num": 5800,
              "unit": "人",
              "note": "本体・1997年末時点の誌面"
            },
            "avg_salary": null
          }
        ]
      },
      "report": [
        {
          "section": "background",
          "label": "背景",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "法が作った会社",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1952年に国際電信電話株式会社法が制定され、翌1953年4月1日、日本電信電話公社の国際部門を分離して国際電信電話株式会社が発足した。資本金33億円、本社は東京都千代田区大手町1の5である。国際通信は明治4年に政府が大北電信会社へ免許を与え、長崎・上海間などに海底ケーブルを敷いたときに始まり、以来ながく政府の専掌事業であった。当時の記録は、この分離をもって「その運営は完全に民営に移されるに至つた」と書いている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1952年制定の国際電信電話株式会社法にもとづき、1953年4月に電電公社の国際部門が資本金33億円で分離独立した",
                      "原文": "当社は、昭和二十七年に制定された「国際電信電話株式会社法」に基づき、翌二十八年四月日本電信電話公社の国際部門が分離して、資本金三十三億円をもつて設立された。",
                      "source": "会社銀行八十年史（1955年）「日本会社史 国際電信電話」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "明治4年の大北電信会社への免許以来、国際通信は政府の専掌事業として発展し、1953年に完全に民営へ移されたと評価された",
                      "原文": "かくて二十八年前記のように当社が設立され、その運営は完全に民営に移されるに至つたが、これはわが国国際通信史上特記すべきことである。",
                      "source": "会社銀行八十年史（1955年）「日本会社史 国際電信電話」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "ただし、民営に移されたことと、競争が持ち込まれたこととは別であった。国際電報も船舶との無線電報も国際電話も海外放送の中継も、海外へ結ぶ電気通信は一切この1社の手で行われている。利益を上げることが目的の株式会社でありながら独占が法で許されるという二つの条件が、発足のときから重なっていた。1979年に貴金属の密輸と過剰接待が表沙汰になったとき、日経ビジネスの時評はこの二重の条件が経営目的そのものを歪めたと指摘している。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "国際電報・船舶無線電報・国際写真・国際電話・海外放送中継など、海外を結ぶ国際電気通信は一切同社が担っていた",
                      "原文": "一方サービス面では、国際電報、航行中の船舶との無線電報、国際写真並びに放送電報、国際電話、海外ラジオ放送の中継等海外を結ぶ国際電気通信は一切当社の手で行われている。",
                      "source": "会社銀行八十年史（1955年）「日本会社史 国際電信電話」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "KDD事件を扱った時評は、株式会社でありながら独占が許されているという二重の条件が経営目的を歪めたと分析した",
                      "原文": "そしてその根底には「利益を上げることが目的の株式会社でありながら、独占が許されている」という、KDDの特殊な立場がある。",
                      "source": "日経ビジネス 1979年11月5日号「『株式会社で独占公認』KDDゆえ 密輸と過剰接待の大まじめぶり」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "独占が制度から消え、実態からも消えるまで",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "制度の側が先に動いた。郵政省は1985年4月に電気通信事業法を改定して通信市場を開放し、自前で基幹設備を持つ第一種と、回線を借りて付加価値をつける第二種という区分を設けた。国際通信では国内に2年遅れ、三菱商事や松下電器産業などが出資する日本国際通信（ITJ）と、伊藤忠商事・英C&W・トヨタ自動車などが出資する国際デジタル通信（IDC）が1986年に設立され、1989年に専用線と一般電話のサービスを相次いで始めている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1985年4月の電気通信事業法改定でNTT・KDD以外の参入が認められ、第一種・第二種電気通信事業者の区分が置かれた",
                      "原文": "電気通信は長い間、日本電信電話公社(国内、NTT)と国際電信電話(国際、KDD)の独占で事業が進められてきたが、郵政省はこの六十年四月に電気通信事業法を改定して通信市場を大幅に開放した。",
                      "source": "日本産業史 第4巻（情報・通信・サービス）「通信－情報通信産業の誕生」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "商社系のITJと伊藤忠・英C&W・トヨタ系のIDCが1986年に設立され、1989年に専用線と一般電話のサービスを開始した",
                      "原文": "三菱商事、三井物産、住友商事、松下電器産業などが共同出資する日本国際通信(ITJ)、伊藤忠商事、英国C&W(ケーブル・アンド・ワイアレス)、トヨタ自動車などが共同出資する国際デジタル通信(IDC)の両社が昭和六十一年に設立され、平成元年に専用線と一般電話のサービスを相次いで開始した。",
                      "source": "日本産業史 第4巻（情報・通信・サービス）「通信－情報通信産業の誕生」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "もっとも、開いた市場をどう配るかは別の難題であった。郵政省は共倒れを避けるとして新会社の一本化を民間に働きかけ、経団連情報通信委員長の渡辺文夫氏が調整にあたったが、1987年、ケーブル敷設をめぐる両陣営の隔たりは埋まらなかった。外資の持株比率をめぐる非公開の協議が漏れて日英米の通商摩擦へ発展している。渡辺氏はこの経緯を、法律だけが先に行き、実務には昔の尻尾が残ったものとして振り返った。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "第2KDDの一本化調整はケーブル敷設をめぐって不調に終わり、認可権を持つ郵政省の前に民間調整の限界があった",
                      "原文": "渡辺文夫経団連・情報通信委員長による第2KDD(新国際通信事業)の一本化調整は不調に終わった。通信ケーブルの敷設をめぐって対立するITJとIDCの事業計画に妥協の余地はなかったからだ。",
                      "source": "日経ビジネス 1987年6月8日号「渡辺文夫氏 所詮ムリだった第2KDD調整」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "外資の持株比率を3%未満に抑える非公開の協議が漏れて通商摩擦に発展し、渡辺氏は法律だけが世界の先を行き実務に昔の尻尾が残ったと述べた",
                      "原文": "法律だけは世界一先にいって, やることはまだ昔の尻尾が残っている。尻尾を残したいのなら, もっと法律で制限すれば良かったのに, 法律は格好良くいったから, ある程度尻尾は切らざるを得ない。",
                      "source": "日経ビジネス 1987年6月8日号「渡辺文夫氏 所詮ムリだった第2KDD調整」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "「NTTだけが完全民営化されるのに」",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1997年、国際電信電話株式会社法が改正され、同社は国内通信への参入を認められた。ただし規制の枠は残っている。同年夏、西本正社長は、設備を持つ第一種と設備を借りる第二種を区分する事業規制そのものは必要としたうえで、同じサービスを提供するのに第一種だけが料金の認可を要するのは不公平だと述べた。国際公専公が解禁されれば、外資系は第二種として自由に参入できる。こちらは何か月もかけて認可を待つ。それで公正な競争ができるか、という問いであった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "西本社長は、同じサービスを提供するのに第一種だけが料金の認可制であるのは不公平だと述べた",
                      "原文": "しかし、例えば料金規制を見た場合、同じサービスを提供するのに、一種だけが認可制というのは不公平だと思います。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年8月2日号「［編集長インタビュー］西本正 国際電信電話（KDD）社長」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "国際公専公が解禁されれば外資系は第二種として自由に参入でき、認可を待つ第一種との間で公正な競争が成り立たないと指摘した",
                      "原文": "年内にも国際公専公が解禁になれば、外資系が二種として「一枚我々にも加わらせてくれ」と言ってくる。規制で縛られたこちらは何カ月かかけて認可されるのに、向こうだけが自由に参入できるのでは、果たして、それで公正な競争ができるでしょうか。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年8月2日号「［編集長インタビュー］西本正 国際電信電話（KDD）社長」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "その改正法には付帯決議が付いていた。「将来の完全民営化をめざし……特にKDDについては時期を逸することなく検討し結論を得ること」。西本社長はこれを引いたうえで、NTTの長距離会社が完全民営化されるのにKDDだけが特殊法人のままではいられない、と語っている。1985年に通信の自由化が始まっても市内電話にはほぼ競争がない、とも述べた。規制が残る側と残らない側の差を社長自身が不公平として言葉にした点に、この時期の同社の立場がうかがえる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "改正KDD法の付帯決議は「将来の完全民営化をめざし……特にKDDについては時期を逸することなく検討し結論を得ること」と記していた",
                      "原文": "今回の改正法では付帯決議の中に、「将来の完全民営化をめざし……（中略）特にＫＤＤについては時期を逸することなく検討し結論を得ること」と、書いてあります。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年8月2日号「［編集長インタビュー］西本正 国際電信電話（KDD）社長」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "西本社長は、NTTの長距離会社が完全民営化されるのにKDDだけが特殊法人のままではいられないと語り、市内電話にほぼ競争がないことにも触れた",
                      "原文": "ＮＴＴの長距離会社が完全民営化されるのに、ＫＤＤだけが特殊法人のままでは…。ちなみに日本では１９８５年に通信の自由化が始まったわけですが、市内電話だけはほぼ競争がありません。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年8月2日号「［編集長インタビュー］西本正 国際電信電話（KDD）社長」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "法を手放すということ",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1997年11月11日午前10時30分、西本社長は郵政記者クラブでKDD法廃止の記者会見に臨んだ。同じ日の朝刊に合併の観測記事が一面で出たため、会社は午前8時30分に役員会を開き、8時50分に「現時点で事実ではない」とのコメントを配り、9時には東京証券取引所で株式の売買が停止されている。会見が注目を集めたのは合併のほうであったが、その日に発表の場が設けられていた案件は、法の廃止であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1997年11月11日10時30分から郵政記者クラブでKDD法廃止の会見が開かれ、その席で西本社長が合併交渉の打診を認めた",
                      "原文": "慌てたＫＤＤは８時３０分に役員会で協議。８時５０分には「現時点で事実ではない」とのコメントをマスコミに配り、９時には東証でのＫＤＤ株が売買停止へ。１０時３０分から郵政クラブでのＫＤＤ法廃止の会見で、西本社長が「合併交渉の打診はしている」と応じる。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年11月22日号「［特別レポート］合併か？ KDDとテレウェイの暗中模索」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "1998年5月8日、「電気通信分野における規制の合理化のための関係法律の整備等に関する法律」が公布され、国際電信電話株式会社法はこれによって廃止された。効力が生じたのは同年12月1日で、同じ日に同社は日本高速通信を吸収合併し、商号をKDD株式会社へ改めている。1953年の設立から45年、事業の範囲も料金も法に縛られてきた会社が、普通の株式会社になった。国際通信を1社だけに担わせる戦後の枠組みも、この日に条文から消えた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "国際電信電話株式会社法（昭和27年法律第301号）は、1998年5月8日公布の平成10年法律第58号によって廃止された",
                      "原文": "国際電信電話株式会社法　昭和27年8月7日法律第301号／廃止：平成10年5月8日法律第58号（電気通信分野における規制の合理化のための関係法律の整備等に関する法律）",
                      "source": "日本法令索引（国立国会図書館）「国際電信電話株式会社法 昭和27年8月7日法律第301号」",
                      "url": "https://hourei.ndl.go.jp/simple/detail?lawId=0000045145&current=-1"
                    },
                    {
                      "fact": "1998年12月1日にトヨタ系の日本高速通信（テレウェイ）との合併が成立した",
                      "原文": "９８年１２月１日には、トヨタ系の長距離通信会社であるテレウェイと合併したばかりだが、このスピード時代に合併比率など水面下の綱引きで譲らず、一時は合併時期延期という失態を見せた。",
                      "source": "週刊東洋経済 1999年1月23日号「［フラッシュ］KDD崖っぷち、設立以来の危機」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "保護がなくなった最初の冬",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "価格競争は法の廃止をはさんで一段と激しくなった。1998年10月、長距離のDDIが対米昼間3分240円で国際電話に新規参入する。12月にはKDDが450円から、日本テレコムとIDCが440円から、それぞれ240円まで下げた。翌1999年1月、DDIはさらに168円へ引き下げている。1999年3月期の連結決算は、売上高4010億円と前期比9.9%の増収でありながら、最終損益は10億円の赤字になる見込みとなった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1998年10月にDDIが対米昼間3分240円で参入し、12月にKDDが450円から、日本テレコムとIDCが440円から240円へ、1999年1月にDDIが168円へ値下げした",
                      "原文": "そもそもは長距離通信会社のＤＤＩが１９９８年１０月、対米昼間三分二四〇円で新規参入したのがきっかけ。追って１２月から、既存勢力のＫＤＤが同四五〇円から、日本テレコムとＩＤＣが同四四〇円から、それぞれ同二四〇円まで半額近くに値下げした。そこへさらにＤＤＩが９９年１月から同一六八円へと、“再”値下げを強行したのだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 1999年1月23日号「［フラッシュ］KDD崖っぷち、設立以来の危機」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1999年3月期の連結決算は売上高4010億円（前期比9.9%増）ながら、初の最終赤字10億円（前期は49億円の黒字）の見込みとなった",
                      "原文": "９９年３月期の連結決算は、売上高が四〇一〇億円（前期比九・九％増）、初の最終赤字が一〇億円（前期四九億円の黒字）になる見込み。",
                      "source": "週刊東洋経済 1999年1月23日号「［フラッシュ］KDD崖っぷち、設立以来の危機」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "単体は、営業外利益であった土地建物賃貸料を売上高へ計上し、減価償却を定額法へ変更するなどのやりくりで黒字を保ったが、実質は営業赤字であった。国際電話の市場規模は3000億円に満たない。1999年7月にはNTTが再編され、秋には長距離国際NTTが本格的に参入する見通しにあった。週刊東洋経済は、国際通信会社の雄が設立以来最大の危機を迎えたと書いている。法が保証していたものが何であったかは、それがなくなってはじめて数字に表れた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "単体は土地建物賃貸料の売上高計上や減価償却の定額法変更で黒字を保ったが、実質は営業赤字だった",
                      "原文": "単体は、営業外利益だった土地建物賃貸料の売上高への計上、減価償却法の定額法への変更など、様々なやりくりで黒字を維持したが、実質的には営業赤字である。",
                      "source": "週刊東洋経済 1999年1月23日号「［フラッシュ］KDD崖っぷち、設立以来の危機」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "国際電話市場は3000億円に満たず、1999年7月のNTT再編で秋には長距離国際NTTが本格参入する見通しにあった",
                      "原文": "今まで国際分野を子会社で行ってきた巨人・ＮＴＴが９９年７月に再編され、秋には長距離国際ＮＴＴが本格的に参入する。ＴＴＮｅｔや外資、さらにはインターネット電話などの攻勢も加わり、ほんの三〇〇〇億円に満たない国際電話市場はまさに草刈り場なのだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 1999年1月23日号「［フラッシュ］KDD崖っぷち、設立以来の危機」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "値下げに追いつかない人員",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "体力の差は人員に表れた。1997年末の時点で、西本社長は本体5800人を関係会社への出向などによって2001年3月期に4300人、うち本体2800人まで減らす計画を語っていた。削減の速度は、料金が下がる速度に追いついていない。合併で間接部門はむしろ膨らみ、役員数も社員数も規模に比して多いまま残った。制度の保護を外した会社が最初に向き合ったのは、規制ではなく自社の重さであった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "西本社長は本体5800人を出向等で2001年3月期に4300人（うち本体2800人）まで減らす計画を語っていた",
                      "原文": "確かにウチの人員は多過ぎる。現在の五八〇〇人を関係会社への出向等で、２００１年３月期には四三〇〇人（うち本体二八〇〇人）まで減らします。",
                      "source": "週刊東洋経済 1998年1月3日号「企業KDD 国際「電話屋」からの脱却」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "合併で間接部門が膨らみ、図体に比べて役員数も社員数も多過ぎる状態が残った",
                      "原文": "晴れて一緒になったテレウェイも、９８年９月中間期で累損は消えたものの、七六億円の最終赤字。逆に合併で間接部門は膨らんでおり、図体に比べて役員数も社員数も多過ぎる。",
                      "source": "週刊東洋経済 1999年1月23日号「［フラッシュ］KDD崖っぷち、設立以来の危機」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "1998年初めの記事は、KDDが依拠してきた国際電話が儲かる時代もまた終わったと書いている。米国では旧来の電話に留まったAT&Tがインターネットで遅れ、MCIやUUネットを買収したワールドコムが伸びた。KDDはプロバイダー向けの卸に回ってインターネットを取り込み、1997年10月には韓国デーコム・香港テレコムらとアジア・パシフィック・インターネット・コミュニティを設立している。法を手放す判断は、こうした動きの前提を制度の側で外すものであったとみることができる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "KDDが依拠してきた国際電話が儲かる時代は終わり、米国ではAT&Tが遅れ、MCIやUUネットを買収したワールドコムがインターネットを制した",
                      "原文": "米国では旧来の電話にしがみついたＡＴ＆Ｔがインターネットで遅れた。図体が大き過ぎて小回りが効かず、資源を投入すべき分野も見誤ったためだ。反対にＭＣＩやＵＵネットを集中的に買収したワールドコムは、いまやインターネットを独占。",
                      "source": "週刊東洋経済 1998年1月3日号「企業KDD 国際「電話屋」からの脱却」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1997年10月にKDD・韓国デーコム・香港テレコム・豪テルストラがアジア・パシフィック・インターネット・コミュニティ（APIC）を設立した",
                      "原文": "９７年１０月、インターネットの世界で一つの団体が産声をあげた。ＫＤＤ、韓国デーコム、香港テレコム、豪テルストラが設立した、「アジア・パシフィック・インターネット・コミュニティ（ＡＰＩＣ）」だ。",
                      "source": "週刊東洋経済 1998年1月3日号「企業KDD 国際「電話屋」からの脱却」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "消えたのは独占ではなく、独占の後に残った保護",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "「NTTの長距離会社が完全民営化されるのに、KDDだけが特殊法人のままでは…」。1997年夏の西本社長のこの一言に、判断のほとんどが入っている。特殊会社をやめれば、国内へ出ることも他社と一つになることも自由になる。同時に、国が事業を保証しない立場へ自分を置く選択でもあった。制度上の独占は1985年に、実態の独占は1989年に失われ、法だけが残っていた。西本社長が手放したのは独占ではなく、独占が消えたあとの保護であった。"
                },
                {
                  "text": "もっとも、自由を得た最初の四半期に、KDDは初の連結最終赤字へ落ちている。値下げ競争は法の廃止と関わりなく進んでいたし、本体5800人という人員も、合併で膨らんだ間接部門も、法を捨てたからといって軽くはならなかった。1979年の時評が突いた「株式会社でありながら独占が許されている」という二つの条件のうち、片方だけが先に消えた。制度が肩代わりしていた重さは、制度が消えたあとに残った側が引き受けるほかない。その順序を、1998年12月1日のKDDは示している。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "会社銀行八十年史（1955年）「日本会社史 国際電信電話」",
        "日経ビジネス 1979年11月5日号「『株式会社で独占公認』KDDゆえ 密輸と過剰接待の大まじめぶり」",
        "日経ビジネス 1987年6月8日号「渡辺文夫氏 所詮ムリだった第2KDD調整」",
        "日本産業史 第4巻（情報・通信・サービス）「通信－情報通信産業の誕生」",
        "週刊東洋経済 1997年8月2日号「［編集長インタビュー］西本正 国際電信電話（KDD）社長」",
        "週刊東洋経済 1997年11月22日号「［特別レポート］合併か？ KDDとテレウェイの暗中模索」",
        "週刊東洋経済 1998年1月3日号「企業KDD 国際「電話屋」からの脱却」",
        "週刊東洋経済 1999年1月23日号「［フラッシュ］KDD崖っぷち、設立以来の危機」",
        "日本法令索引（国立国会図書館）「国際電信電話株式会社法 昭和27年8月7日法律第301号」"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-29"
    },
    {
      "slug": "teleway-merger-1998",
      "url": "/tse/9431/decisions/teleway-merger-1998/",
      "year": 1998,
      "month": null,
      "schema_version": "1.0",
      "stock_code": "9431",
      "decision_id": "9431-teleway-merger-1998",
      "type": "merger",
      "tags": [
        "ma-merger",
        "pf-diversify-related",
        "ma-pmi"
      ],
      "title": "日本高速通信（テレウェイ）の吸収合併と、商号のKDD株式会社への変更",
      "subtitle": "嫁入りか婿取りか——国内の陸上網を得るために、国際電信電話はトヨタ系との合併条件をどこまで譲ったか",
      "status": "implemented",
      "status_label": "実施",
      "scheme": "吸収合併（国際電信電話が存続会社、日本高速通信が消滅会社）。同時に商号をKDD株式会社へ変更",
      "ratio": null,
      "issue": "国内網の獲得と合併条件",
      "decider": "西本正（社長）",
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "1998年12月1日、国際電信電話がトヨタ自動車系の長距離通信会社である日本高速通信（テレウェイ）を吸収合併し、商号をKDD株式会社に改めた経営判断。1997年11月11日の朝日新聞朝刊が合併交渉を一面で報じたことで交渉が表に出て、合併比率と主導権をめぐる綱引きを経て実現した。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "1997年10月に長距離の日本テレコムと国際のITJが合併し、1999年にはNTTが再編されて本体で国際通信に出ることが決まっていた。国内から国際まで一貫して提供できなければ生き残れないという見方が広がるなか、国際専業の国際電信電話は市外を担う自前の陸上網を持っていなかった。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "相手のテレウェイは高速道路沿いに光ファイバーを持つ一方、640億円の累損と1530億円の借入を抱えていた。時価総額は国際電信電話の4000億円に対しテレウェイが推定700億円、売上高でも3倍の差があったが、新会社の筆頭株主はトヨタで持株比率2割前後と見込まれた。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "合併は当初予定の1998年10月から一度延期され、12月1日に実現した。国内の陸上網と700万の顧客は得たものの、国際電話の値下げ競争と間接部門の膨張が重なり、1999年3月期の連結決算は設立以来初の最終赤字となる見込みになった。"
        }
      ],
      "parties": [
        {
          "stock_code": "9431",
          "name": "国際電信電話（KDD）",
          "role": "存続会社",
          "at_deal": {
            "note": "国際通信の専業で売上高3200億円、株主資本比率59%。1997年7月に企業向けの国内電話へ参入したが、市外を担う自前の陸上網は持っていなかった"
          }
        },
        {
          "name": "日本高速通信（テレウェイ）",
          "role": "消滅会社",
          "at_deal": {
            "note": "トヨタ自動車を筆頭株主とする長距離通信会社。高速道路沿いに光ファイバーを持ち識別番号0070で700万の顧客を抱える一方、640億円の累損と1530億円の借入を負っていた"
          }
        }
      ],
      "dates": {
        "reported": "1997-11",
        "announced": "1997-11",
        "agreed": null,
        "closed": "1998-12",
        "terminated": null
      },
      "breakdown": {
        "reason_type": "market",
        "summary": "国内と国際の垣根が消える通信再編のなかで、国内の陸上網と顧客を持たない国際専業が、トヨタ系の長距離会社を吸収して一貫提供の体裁を整えた合併"
      },
      "timeline": [
        {
          "year": 1997,
          "month": 9,
          "title": "トヨタ自動車が増減資でテレウェイの累損640億円を一掃すると発表"
        },
        {
          "year": 1997,
          "month": 10,
          "title": "長距離の日本テレコムと国際のITJが合併"
        },
        {
          "year": 1997,
          "month": 11,
          "title": "朝日新聞朝刊が合併交渉を一面で報道、西本正社長が交渉の打診を認める"
        },
        {
          "year": 1998,
          "month": 12,
          "title": "日本高速通信を吸収合併し、商号をKDD株式会社へ変更",
          "highlight": true
        },
        {
          "year": 1999,
          "month": 1,
          "title": "第二電電が対米昼間3分168円へ再値下げし、国際電話の価格競争が加速"
        },
        {
          "year": 1999,
          "month": 3,
          "title": "連結決算が設立以来初の最終赤字となる見込みに"
        }
      ],
      "snapshot": {
        "fiscal_year": "1999年3月期（連結）",
        "source": "週刊東洋経済 1999年1月23日号「［フラッシュ］KDD崖っぷち、設立以来の危機」",
        "companies": [
          {
            "stock_code": "9431",
            "name": "KDD（旧・国際電信電話）",
            "fiscal_year": "1999年3月期（連結）",
            "president": "西本正",
            "hq": "東京都",
            "sales": {
              "num": 4010,
              "unit": "億円",
              "note": "前期比9.9%増。1999年1月時点の見込み"
            },
            "segments": [],
            "operating_profit": null,
            "ordinary_profit": null,
            "net_profit": {
              "num": -10,
              "unit": "億円",
              "note": "設立以来初の最終赤字。前期は49億円の黒字。1999年1月時点の見込み"
            },
            "equity_ratio": null,
            "roe": null,
            "employees": null,
            "avg_salary": null
          }
        ]
      },
      "report": [
        {
          "section": "background",
          "label": "背景",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "国内に線を持たない国際専業",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1997年の通信業界では、国内と国際を隔ててきた垣根が崩れつつあった。同年10月には長距離の日本テレコム（JR系）と国際のITJ（商社系）が合併し、1999年にはNTTが再編されて本体で国際通信に進出することが決まっていた。国内から国際まで提供できなければ生き残れないというのが、当時の業界の見方である。国際専業の国際電信電話にとって、市外電話を担う自前の陸上網の不在は重かった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1997年10月に日本テレコムとITJが合併し、1999年にはNTTが再編成で国際進出することが決まり、国内から国際まで提供できなければ生き残れないと見られていた",
                      "原文": "何と言っても業界では、９７年１０月に長距離の日本テレコム（ＪＲ系）と国際のＩＴＪ（商社系）が合併、９９年にはＮＴＴが再編成で本格的に国際進出する。今後は国内から国際まで提供できないと生き残れない。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年11月22日号「［特別レポート］合併か？ KDDとテレウェイの暗中模索」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "相手方のテレウェイは、高速道路沿いに光ファイバーを敷いていた。逆に、NTTと国鉄時代から技術者を抱える日本テレコムを除けば通信技術者は国際電信電話にしかいない、というのが業界の見立てで、資金力はあっても技術陣の薄いテレウェイにはその人材が魅力であった。両社は1997年の秋から、第二電電と国際デジタル通信（IDC）を交えた4社で回線を相互に大口再販する業務提携を結んでいる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "テレウェイは高速道路沿いに光ファイバーを持ち、国内へ進出するKDDにとって魅力があった。KDD・テレウェイ・DDI・IDCの4社は1997年秋から大口再販で業務提携していた",
                      "原文": "実際、それ以前にもＫＤＤ、テレウェイ、ＤＤＩに、国際のＩＤＣ（トヨタ系）を加えた四社は、今秋から互いに大口再販で業務提携している。設備や人員での二重投資を考えれば、そこから資本提携まで話が進むのが自然だろう。テレウェイは高速道路沿いに光ファイバーを有しており、国内に進出するＫＤＤにとっても大きな魅力。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年11月22日号「［特別レポート］合併か？ KDDとテレウェイの暗中模索」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "NTTと日本テレコムを除けばKDDにしか通信技術者はおらず、技術者の少ないテレウェイにとってKDDの技術陣は魅力だった",
                      "原文": "しかし、日本電信電話（NTT）、国鉄時代から通信技術者を抱える日本テレコムを除けば、KDDにしか通信技術者はいない。資金力はあっても、通信技術者が少ないテレウェイにとって、KDDの技術陣は魅力だ。",
                      "source": "日経ビジネス 1997年11月17日号「トヨタが仕掛ける新たな通信再編」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "決めかねていたトヨタ側の事情",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "縁談を持ちかけた側の事情も、余裕のあるものではなかった。トヨタ自動車にとって通信は住宅と並ぶ新規事業であったが、テレウェイ・日本移動通信（IDO）・IDCの3社はいずれも累損を抱えたまま業績が伸び悩んでいた。奥田碩社長は通信事業の再構築について「年内に決める」と期限を切っている。系列の通信会社の役員は、もう単独では生き残れず、トヨタ系だけで合併しても規模が小さくて意味がないと語った。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "トヨタの奥田碩社長は通信事業の再構築を「年内に決める」と期限を切り、系列3社はいずれも累損を抱えて業績が伸び悩んでいた",
                      "原文": "トヨタ自動車の奥田碩社長は、同社の通信事業の再構築について「年内に決める」と期限を設定している。／もともと「通信は住宅と並ぶトヨタの新規事業」（山本幸助副社長）としていたが、3社とも累損を抱えたままで業績は伸び悩んでいる。",
                      "source": "日経ビジネス 1997年11月17日号「トヨタが仕掛ける新たな通信再編」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "トヨタ系通信会社の役員は、単独では生き残れず、トヨタ系だけで合併しても規模が小さく意味がないと述べた",
                      "原文": "だれも今の競争環境を予想していなかった。もう単独では生き残れない。同じトヨタ系だけで合併しても、それぞれが規模が小さくて意味がない。",
                      "source": "日経ビジネス 1997年11月17日号「トヨタが仕掛ける新たな通信再編」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "1997年9月、トヨタは筆頭株主として1998年2月までの増減資に応じ、テレウェイの640億円の累損を一掃すると発表した。持株比率は5割超に上がる。業界はこれを、借金を消して合併の条件を整える動きと受け止めている。ただし累損が消えても1530億円の借入は残り、年50億円近い金利負担は経常利益10億円の会社には軽くない。株主資本比率59%の国際電信電話とは、財務の姿がまるで違っていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1997年9月、筆頭株主のトヨタが1998年2月までの増減資（持株比率5割超へ）でテレウェイの累損640億円を一掃すると発表した",
                      "原文": "六四〇億円の累損を抱えるテレウェイに対し、筆頭株主のトヨタが９８年２月までに増減資（持株比率は五割超へ）に応じ、累損を一掃すると９月に発表した。トヨタの全面支援は必然として、“嫁入り”の準備、と受け止められたのである。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年11月22日号「［特別レポート］合併か？ KDDとテレウェイの暗中模索」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "テレウェイには1530億円の借金があり、年50億円近い金利負担は経常利益10億円の同社に小さくなかった。KDDの株主資本比率は59%だった",
                      "原文": "一方のテレウェイには一五三〇億円の借金がある。これも筆頭株主・トヨタの増減資で、９８年３月期末には「一二〇〇億円まで減らす」（西村高行・経理課長）計画だ。それでも年五〇億円近い金利負担は、経常利益一〇億円のテレウェイにとって小さくない。株主資本比率五九％と財務優良なＫＤＤとの違いも際立つ。",
                      "source": "週刊東洋経済 1998年1月3日号「［企業］KDD 国際「電話屋」からの脱却」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "一面報道と、その日の顛末",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1997年11月11日の朝日新聞朝刊が、国際電信電話とテレウェイが翌年秋に合併すると一面で報じた。発表に基づく記事ではない。第一報が会社に入ったのは前夜の深夜0時前後で、早版が出回る明け方には西本正社長の自宅へ他紙から確認の電話が入っている。同社は午前8時30分に役員会を開き、8時50分に現時点で事実ではないとのコメントを配り、9時には東京証券取引所で株式の売買が停止された。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1997年11月11日の朝日新聞朝刊が一面で合併を報じ、第一報は深夜0時前後、KDDは8時30分に役員会、8時50分に否定コメント、9時に東証で売買停止となった",
                      "原文": "第一報が会社側に入ったのは、その日の深夜０時前後だった。／１１月１１日、朝日新聞朝刊。一面には大きく「国際通信のＫＤＤと長距離のテレウェイ（トヨタ系）が９８年秋合併する」記事が載っていた。むろん発表ネタではない。すでに早版が出回る明け方には西本正・ＫＤＤ社長の自宅に他紙から確認の電話が入っている。慌てたＫＤＤは８時３０分に役員会で協議。８時５０分には「現時点で事実ではない」とのコメントをマスコミに配り、９時には東証でのＫＤＤ株が売買停止へ。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年11月22日号「［特別レポート］合併か？ KDDとテレウェイの暗中模索」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "同日10時30分、記者会見に臨んだ西本社長は「合併交渉の打診はしている」と応じ、昼のニュースと夕刊が一斉に交渉中と伝えた。記事には合併比率も人事も新社名もなく、業界には郵政省からの漏洩ではないかという噂が流れている。それでも翌12日の株価は前々日比920円高の6320円まで急騰した。市場がこの組み合わせを大きな話と受け取ったことがうかがえる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "11日10時30分の会見で西本社長が「合併交渉の打診はしている」と認め、12日のKDD株は前々日比920円高の6320円に急騰した",
                      "原文": "１０時３０分から郵政クラブでのＫＤＤ法廃止の会見で、西本社長が「合併交渉の打診はしている」と応じる。昼のニュースで民放、夕刊で新聞が一斉に「交渉中」と流すに至った。／ただ舞台裏はどうあれ、１２日のＫＤＤ株は前々日比九二〇円高の六三二〇円に急騰。今回の合併の意味の大きさを証明した。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年11月22日号「［特別レポート］合併か？ KDDとテレウェイの暗中模索」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "朝日の記事には合併比率も人事も新社名もなく、業界では郵政省のリークではないかという噂が流れた",
                      "原文": "とはいえ朝日の記事でも、合併報道で最も大事な「合併比率」だけでなく、人事、新社名もない。そのため業界では「郵政省のリークでは」との噂が走った。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年11月22日号「［特別レポート］合併か？ KDDとテレウェイの暗中模索」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "婿取りか嫁入りか——比率と主導権",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "交渉の焦点は、合併比率と経営の主導権に絞られた。時価総額は国際電信電話が4000億円、テレウェイが推定700億円で、単純に比べれば8〜9対1になる。事業でも売上高3200億円の国際電信電話がテレウェイの3倍あり、ブランドも技術者も厚みがあった。それでも株式数から計算すると新会社の筆頭株主はトヨタで、持株比率は2割前後と見込まれる。「嫁入りではない。やるならあくまで婿取りだ」とトヨタ首脳は語っていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "時価総額はKDD4000億円に対しテレウェイ推定700億円で単純比較なら8〜9対1、売上高もKDD3200億円がテレウェイの3倍だったが、新会社の筆頭株主はトヨタで持株比率2割前後と見込まれた",
                      "原文": "マーケットバリューを比べたら、ＫＤＤが四〇〇〇億円、テレウェイが推定七〇〇億円。単純比較すれば比率は八～九対一になるが、物事そう簡単にはいかない。／両社の株式数などを考えると新会社の筆頭株主はおそらくトヨタになる。持株比率は二割前後。／その反面、両社の事業力を考えると、明らかにＫＤＤのほうが上。売上高では三二〇〇億円あるＫＤＤがテレウェイの三倍で、ほかにブランドや技術力、人材などどれを取っても、ＫＤＤに分がある。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年11月22日号「［特別レポート］合併か？ KDDとテレウェイの暗中模索」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "トヨタ首脳は「嫁入りではない。やるならあくまで婿取りだ」と述べた",
                      "原文": "「嫁入りではない。やるならあくまで婿取りだ」とトヨタ首脳は豪語しており、なお不透明だ。",
                      "source": "週刊東洋経済 1997年11月22日号「［特別レポート］合併か？ KDDとテレウェイの暗中模索」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "テレウェイの東款社長は、合併比率が一対五なら「ＮＯですよ」と応じ、それでは自社の株主価値が減ると退けた。大事なのは現在価値より将来価値であり、市場規模も国際の5000億円に対し国内は6兆円で同じ重みではない、という理屈である。国際電信電話が1300億円を投じる列島周回光海底ケーブルについても、需要を考えて投資全体を見直したい、余分なものを新会社は引き継いではならないと述べた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "テレウェイの東款社長は合併比率一対五を「NOですよ」と退け、現在価値より将来価値が大事で市場規模は国際5000億円に対し国内6兆円だと述べた",
                      "原文": "だいたい会社比較にしても、大事なのは現在価値より将来価値です。国際といっても客はローカルにいるわけで、海の中に客はいません（笑）。どれだけ国内に客を持っているかでしょう。市場規模だって国際は五〇〇〇億円、国内は六兆円。同じウェイトではない。／合併比率は「一対五」かって？　それならＮＯですよ。わが社の株主価値が減りますからね。",
                      "source": "週刊東洋経済 1998年1月3日号「［企業］KDD 国際「電話屋」からの脱却」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "東社長はKDDが1300億円を投じる列島周回光海底ケーブル（JIH）について、投資全体を見直したい、余分なものを新会社は引き継いではいけないと述べた",
                      "原文": "まず焦点に浮上しそうなのが、ＫＤＤの日本列島周回光海底ケーブル（ＪＩＨ）だ。ＪＩＨはＫＤＤが一三〇〇億円かけ、９９年３月からの運用を計画。／（焦点と言われる）ＫＤＤのＪＩＨはバックアップ回線だけならもったいないし、需要などを考えて投資全体を見直したい。人も整理しないと。余分なモノを新会社は引き継いじゃいけない。",
                      "source": "週刊東洋経済 1998年1月3日号「［企業］KDD 国際「電話屋」からの脱却」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "1998年12月1日の合併と、膨らんだ間接部門",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "合併は当初1998年10月の予定であったが、比率をめぐる水面下の綱引きで時期が一度延期され、12月1日に実現した。同じ日に国際電信電話株式会社法が廃止され、商号はKDD株式会社に改まった。合併したテレウェイは1998年9月中間期で累損こそ消えたものの、76億円の最終赤字を計上している。国内の識別番号は、国際電信電話の001とテレウェイの0070のどちらを主にするかが持ち越された。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1998年12月1日にテレウェイと合併したが、合併比率など水面下の綱引きで一度は合併時期を延期し、テレウェイは1998年9月中間期で累損は消えたものの76億円の最終赤字だった",
                      "原文": "９８年１２月１日には、トヨタ系の長距離通信会社であるテレウェイと合併したばかりだが、このスピード時代に合併比率など水面下の綱引きで譲らず、一時は合併時期延期という失態を見せた。晴れて一緒になったテレウェイも、９８年９月中間期で累損は消えたものの、七六億円の最終赤字。",
                      "source": "週刊東洋経済 1999年1月23日号「［フラッシュ］KDD崖っぷち、設立以来の危機」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "合併後の国内識別番号は、KDDの001とテレウェイの0070（スーパーLCRで700万顧客）のどちらを優先するかが論点として残った",
                      "原文": "だが問題は、テレウェイと合併する９８年１０月以降。テレウェイの「００７０」とどちらを優先するかだ。／ＫＤＤの「００１」のブランドを取るか、テレウェイの「スーパーＬＣＲ」の七〇〇万顧客を取るか－。「国内は００７０が主で００１が従」（牛丸正彦常務）が、落とし所になるかもしれない。",
                      "source": "週刊東洋経済 1998年1月3日号「［企業］KDD 国際「電話屋」からの脱却」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "合併の直後から、国際電話の値下げ競争が激しくなった。1998年10月に第二電電が対米昼間3分240円で参入し、12月にはKDDが450円から240円へ下げ、翌1999年1月に第二電電はさらに168円へ引き下げた。1999年3月期の連結は、売上高4010億円と9.9%の増収でありながら、設立以来初の最終赤字10億円となる見込みになった。合併で間接部門はかえって膨らみ、役員数も社員数も規模に比して多いまま残った。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1998年10月にDDIが対米昼間3分240円で参入、12月にKDDが450円から240円へ下げ、1999年1月にDDIは168円へ再値下げした",
                      "原文": "そもそもは長距離通信会社のＤＤＩが１９９８年１０月、対米昼間三分二四〇円で新規参入したのがきっかけ。追って１２月から、既存勢力のＫＤＤが同四五〇円から、日本テレコムとＩＤＣが同四四〇円から、それぞれ同二四〇円まで半額近くに値下げした。そこへさらにＤＤＩが９９年１月から同一六八円へと、“再”値下げを強行したのだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 1999年1月23日号「［フラッシュ］KDD崖っぷち、設立以来の危機」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1999年3月期の連結は売上高4010億円（前期比9.9%増）ながら初の最終赤字10億円の見込みで、合併により間接部門が膨らみ役員数も社員数も多すぎる状態にあった",
                      "原文": "９９年３月期の連結決算は、売上高が四〇一〇億円（前期比九・九％増）、初の最終赤字が一〇億円（前期四九億円の黒字）になる見込み。／逆に合併で間接部門は膨らんでおり、図体に比べて役員数も社員数も多過ぎる。",
                      "source": "週刊東洋経済 1999年1月23日号「［フラッシュ］KDD崖っぷち、設立以来の危機」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "線を買うということ",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "時価総額で6倍近い開きがあり、売上高でも3倍あった側が、新会社の筆頭株主の座をトヨタに渡し、持株比率2割前後を受け入れた。事業でも技術者でも上に立つ会社が比率で押し切れなかったのは、国内に自前の陸上網を持たないという一点によるとみられる。「やるならあくまで婿取りだ」というトヨタ首脳の言葉も、「国際は5000億円、国内は6兆円」という東款社長の反論も、同じ弱みを突いていた。高速道路沿いの光ファイバーと700万の顧客は、その値段でしか買えなかった。"
                },
                {
                  "text": "ただ、線を手に入れることと、その線で稼ぐことは別であった。合併から1カ月のうちに国際電話は対米3分240円まで下がり、翌月には第二電電が168円を出す。国内と国際を一貫して提供する体裁は整ったが、1999年3月期の連結は9.9%の増収で初の最終赤字となった。しかも合併で間接部門は膨らみ、身軽になるはずの再編がかえって重さを加えている。合併比率で譲った代償は、値下げが止まらない市場では回収の当てが立ちにくかったといえる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "週刊東洋経済 1997年11月22日号「［特別レポート］合併か？ KDDとテレウェイの暗中模索」",
        "日経ビジネス 1997年11月17日号「トヨタが仕掛ける新たな通信再編」",
        "週刊東洋経済 1998年1月3日号「［企業］KDD 国際「電話屋」からの脱却」",
        "週刊東洋経済 1999年1月23日号「［フラッシュ］KDD崖っぷち、設立以来の危機」"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-29"
    }
  ]
}
