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  "title": "直近の動向と展望",
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      "title": "航空単体から移動産業の企業へ転換できるか（筆者所感）",
      "text": "JALの70年を貫いたのは、政策に守られた繁栄が、政策の庇護を失った後の選択肢の少なさとして跳ね返り続けた経営である。1951年の設立と1953年の日本航空株式会社法による半官半民化で、本邦唯一の国際線免許会社という独占ポジションを与えられ、1960年のDC-8、1970年のボーイング747、1983年のIATA旅客・貨物輸送実績世界一と、海外キャリアが参入できない免許制度のもとで需要を独占した。経営効率や原価管理を磨く圧力は弱かった。1987年11月の完全民営化で政府出資は解消されたが、8つに分裂した労組の硬直した労使交渉、政治圧力下の不採算路線維持、官製時代のままの意思決定プロセスは温存され、副社長の利光松男は1991年に「環境によっては倒産することもある。普通の会社になったという意味です」（日経済新聞 1991/05/20）と述べた。\n\n2002年10月のJAS統合は規模拡大と引き換えにコスト問題を持ち込み、FY05に経常赤字494億円・純損失409億円を計上した。重複路線の整理と人件費削減は遅れ、統合シナジーを先取りする形でコストを前倒しで積んだ結果、本来の効果が出る前に赤字が顕在化した。2008年のリーマンショックと燃料価格高騰がFY08の経常赤字856億円・純損失656億円を引き起こし、2010年1月19日に負債2兆3,200億円で会社更生法を申請、戦後最大の事業会社破綻となった。同年2月にJAL会長へ無報酬で就任した稲盛和夫は、京セラで築いたアメーバ経営と新たに策定したJALフィロソフィを持ち込み、約16,000人の人員削減、不採算45路線の廃止、747などの退役、年金減額を実行した。仕組みと思想の両面で官製体質を壊す工事を同時に走らせたことが、再建の核心であった。\n\nFY11に営業利益率15.6%を計上し、破綻から2年8ヶ月の2012年9月に再上場、FY18まで7期連続で経常利益1,500億円以上を維持した。自己資本はFY11の3,882億円からFY18の1兆1,651億円まで積み上がり、コロナ禍のFY20売上収益4,812億円・純損失2,866億円という売上67%減の衝撃を、政府保証付き融資と資本市場調達で吸収した。1度目の破綻で身につけた財務規律が2度目の危機で生きた構図である。FY24は売上収益1兆8,440億円・営業利益1,686億円でコロナ前のFY18を24%上回り、ZIPAIRが収益多角化の主役へ育った。2024年4月就任の鳥取三津子社長は「顧客視点で利益も最大化」（日経ビジネス 2024/9/13）を掲げ、非航空事業の利益比率5割への構造改革に踏み込む。航空単体から移動産業の企業へ転換できるかが、次の10年の論点である。",
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