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  "title": "直近の動向と展望",
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      "title": "持分法外の事業で利益規模を底上げできるか（筆者所感）",
      "text": "日本郵船の140年を貫いたのは、国策海運として出発した会社が世界の主要航路へ食い込む経営である。1885年に郵便汽船三菱会社と共同運輸会社が値下げ競争で疲弊した末、明治政府の仲裁で合併して発足した経緯が、政府の補助金と結びつきながら船隊を拡張する性格を初期から決めた。1893年のボンベイ航路、1896年の欧州・北米シアトル・豪州航路と、欧州勢が独占したアジア幹線に日本の海運会社として参入し、日清・日露の両戦役と第一次大戦期の海運ブームで世界有数の海運会社の地位を固めた。白地に二引の旗章は、2社合同と地球を横断する航路網の志を示す印として戦前期に定着した。\n\n戦禍からの復興と専用船時代への移行が、戦後の収益構造を組み替えた。第二次大戦で185隻・113万総トンを失い、1949年の東証上場で資金調達の道筋をつけた後、1964年の世界初のチップ専用船「呉丸」、鉱石・パルプ専用船、自動車専用船、1983年のLNG船と、荷主産業の輸出拡大と歩調を合わせて長期契約に基づく専用船事業を積み上げた。1968年9月の「箱根丸II」北米航路就航で日本初のコンテナ船時代を開き、1970-80年代に欧州・豪州航路のコンテナ化と置き換えに着手した。コンテナ・専用船・物流・ターミナルを束ねる総合物流企業への転換は、海運市況の変動を事業ポートフォリオで吸収する設計だが、コンテナ船事業の構造的低収益を組織内に抱え込む結果ともなった。\n\nリーマン後の海運不況は構造化し、定期船事業は2011〜2016年3月期の6期中5期で営業赤字を記録した。2017年7月、邦船3社の定期コンテナ船事業を統合したONEがシンガポールで発足し、日本郵船は出資38%の持分法適用会社として長年の主力事業を社外へ切り出した。2017年3月期にコンテナ船関連の減損などで純損失2,657億円という上場来最大の赤字を計上した直後、コロナ禍のサプライチェーン混乱でコンテナ運賃が急騰し、2022・2023年3月期は2期連続で経常利益1兆円超に達した。赤字で切り離した事業が黒字の源泉となる逆説のなか、2023年就任の曽我貴也社長は「PBR1倍割れ解消1年以内に達成」（日本経済新聞 2024/5/13）を掲げた。2024年12月のENEOSオーシャン海運事業承継、LNG燃料船・脱炭素投資で持分法外の事業の利益規模をどう底上げするかが、超過利益後の経営の核心である。",
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