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  "title": "直近の動向と展望",
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      "title": "鉄道会社かOLCの大株主か、京成の立ち位置をどう定めるか（筆者所感）",
      "text": "京成の115年を貫いたのは、国鉄総武線との並走という構造的な不利を、鉄道外の事業で埋め合わせる経営である。1909年の創業当初から、押上を起点とする都心アクセスでは国鉄に劣後することが業界誌に指摘されており、川崎千春社長も1959年に「鉄道事業は非常に悪い立地条件におかれています。というのは、国鉄線との平行線が多い」（経済展望 1959/06/01）と率直に認めた。1932年のバス直営、1933年の不動産業着手、千葉県東葛飾郡24町村を独占する電灯電力業、1960年のオリエンタルランド設立と、京成は本業の弱さを埋める副業を絶えず仕込み続け、1964年には副業利益のウエイトが80%近くに達したとされる。\n\n副業仕込みの最大の成功と最大の躓きは、ともに1960年代から1970年代に播かれていた。1960年に三井不動産・朝日土地興業と立ち上げたオリエンタルランドは1983年の東京ディズニーランド開業で浦安の価値を一変させ、京成の保有株が後年の企業価値を支える源泉となった。一方で1978年の成田空港開港まで稼働できなかった空港線7.1キロメートルは150億円の遊休投資となり、過大な土地投資の金利負担と百貨店子会社の助成と重なって、1977年に経営を危機に追い込んだ。空港アクセスは1991年の空港ターミナル直下乗り入れ、2010年の成田スカイアクセス線開業で日暮里〜成田空港36分を実現するまでに育ち、コロナ禍前の運輸業を支える柱となった。\n\n2021年3月期の純損失約303億円は、空港アクセスを軸に据えた事業構造のリスクを露わにした。一方でOLC株の含み益は逆方向に膨張し、2024年9月末には保有株時価が京成本体の時価総額を上回るねじれが生じ、英パリサー・キャピタルは保有比率引き下げと還元を要求した。同年11月にはOLCの自社株買いに応じて保有比率を約20%へ引き下げ、最大約618億円の売却額が成長投資と有利子負債削減の原資として市場の注目を集めた。鉄道インフラへの投資とOLC株の売却益の配分をどう設計するか、京成が鉄道会社なのかOLCの大株主なのかという問いに、経営の回答がまだ示されていない。",
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