{
  "stock_code": "8251",
  "count": 3,
  "decisions": [
    {
      "slug": "transformation-fashion-building-1969",
      "url": "/tse/8251/decisions/transformation-fashion-building-1969/",
      "year": 1969,
      "month": 11,
      "schema_version": "1.0",
      "stock_code": "8251",
      "decision_id": "8251-transformation-fashion-building-1969",
      "type": "transformation",
      "tags": [
        "bm-core-shift",
        "bm-model-shift",
        "tr-turnaround"
      ],
      "title": "百貨店業からの撤退と、専門店に場所を貸すファッションビル運営への転換",
      "subtitle": "累積赤字18億円の百貨店を、増田通二氏はなぜ「不動産屋」と定義し直したか",
      "status": "implemented",
      "status_label": "実施",
      "scheme": null,
      "ratio": null,
      "issue": "業態転換と経営再建",
      "decider": "増田通二（専務）",
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "1969年、東京丸物は百貨店の営業をやめ、専門店に場所を貸すファッションビルの開発・運営業へ全面転換した。累積赤字18億円を抱え「死に体」と呼ばれた会社の再建を託された増田通二氏が、小売業として建て直す道は無いと診断し、自社を「不動産屋」と規定し直した判断であった。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "1953年に池袋駅前のターミナルビル会社として発足し、翌年に丸物の資本参加を受けて百貨店業へ転じたが、隣接する西武百貨店に対して品揃えでも歴史でも後発の位置に置かれた。営業不振は十年以上続き、1966年に西武百貨店が買収した時点で累積赤字は18億円に達していた。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "1969年6月に東京丸物を閉店し、同年11月に池袋パルコを開店、1970年4月に商号をパルコへ改めた。商品を仕入れて売る立場を捨ててテナントに場所を貸す立場へ移り、広告宣伝費は専門店の売上高合計の3％をパルコとテナントで2対1に分担する仕組みを敷いた。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "営業収入は1972年2月期の約10億円から1977年2月期に70億円の見込みまで伸び、1976年2月期には13年ぶりの復配を果たした。一方で保証金112億7600万円と借入金の増加により金融収支は支払い超過へ転じ、出店を続けるほど財務が膨らむ構造を同時に抱え込んだ。"
        }
      ],
      "parties": [
        {
          "stock_code": "8251",
          "name": "パルコ",
          "role": "当事者",
          "at_deal": {
            "note": "当時の東京丸物。1966年に西武百貨店の傘下に入り、累積赤字18億円を抱えた状態から業態転換に踏み切った"
          }
        },
        {
          "name": "西武百貨店",
          "role": "親会社",
          "at_deal": {
            "note": "1966年に東京丸物を買収し、増田通二氏を再建に送り込んだ"
          }
        }
      ],
      "dates": {
        "reported": null,
        "announced": "1969-11",
        "agreed": null,
        "closed": "1970-04",
        "terminated": null
      },
      "breakdown": {
        "reason_type": "financial",
        "summary": "累積赤字18億円を抱え月々2億円の赤字を出す百貨店を、小売業として建て直す道は無いと診断し、テナントに場所を貸して賃料を得る不動産賃貸業へ全面転換した経営再建"
      },
      "timeline": [
        {
          "year": 1953,
          "month": 2,
          "title": "東京都豊島区南池袋に池袋ステーションビル株式会社を設立"
        },
        {
          "year": 1954,
          "month": 10,
          "title": "丸物の資本参加を受け、事業目的をステーションビル運営から百貨店業へ変更"
        },
        {
          "year": 1957,
          "month": 5,
          "title": "商号を株式会社東京丸物へ変更し、同年12月に百貨店の営業を開始"
        },
        {
          "year": 1966,
          "month": null,
          "title": "営業不振の続く東京丸物を西武百貨店が買収、増田通二が再建を託される"
        },
        {
          "year": 1969,
          "month": 6,
          "title": "「東京丸物」を閉店し、「パルコ」開設準備体制に着手"
        },
        {
          "year": 1969,
          "month": 11,
          "title": "「池袋パルコ」を開店し、専門店に場所を貸す運営業へ転換",
          "highlight": true
        },
        {
          "year": 1970,
          "month": 4,
          "title": "株式会社東京丸物から株式会社パルコに商号変更"
        },
        {
          "year": 1973,
          "month": 6,
          "title": "「渋谷パルコ」を開店し、パルコ劇場の運営を開始"
        },
        {
          "year": 1976,
          "month": 2,
          "title": "13年ぶりに復配（年5円・10％）"
        },
        {
          "year": 1987,
          "month": 1,
          "title": "東京証券取引所市場第二部に株式上場"
        }
      ],
      "snapshot": {
        "fiscal_year": "1970年2月期",
        "source": "パルコ 有価証券報告書【沿革】",
        "companies": [
          {
            "stock_code": "8251",
            "name": "東京丸物（1970年4月にパルコへ商号変更）",
            "fiscal_year": "1970年2月期",
            "president": null,
            "hq": "東京都豊島区南池袋",
            "sales": {
              "num": null,
              "unit": "億円",
              "note": "東京証券取引所への上場は1987年1月であり、当該期の有価証券報告書による財務開示は無い"
            },
            "segments": [],
            "operating_profit": {
              "num": null,
              "unit": "億円"
            },
            "ordinary_profit": {
              "num": null,
              "unit": "億円"
            },
            "net_profit": {
              "num": null,
              "unit": "億円"
            },
            "equity_ratio": null,
            "roe": null,
            "employees": {
              "num": null,
              "unit": "人"
            },
            "avg_salary": null
          }
        ]
      },
      "report": [
        {
          "section": "background",
          "label": "背景",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "百貨店として立てなかった十五年",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "パルコの前身は、1953年2月に東京都豊島区南池袋で設立された池袋ステーションビル株式会社であった。国鉄池袋駅前のターミナルビルを運営する会社として発足したが、翌1954年10月に京都の百貨店である丸物の資本参加を受け、事業目的をビル運営から百貨店業へ変更する。1957年5月には商号も東京丸物へ改め、同年12月に百貨店としての営業を始めた。駅前の不動産会社が、わずか4年で小売業者へ姿を変えている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1953年2月に池袋ステーションビル株式会社が設立され、1954年10月に丸物の資本参加を得て事業目的を百貨店業へ変更、1957年5月に東京丸物へ商号変更した",
                      "原文": "1953年２月　東京都豊島区南池袋に池袋ステーションビル株式会社を設立。／1954年10月　株式会社丸物の資本参加を得て、事業目的をステーションビル運営から百貨店業に変更。／1957年５月　池袋ステーションビル株式会社を株式会社東京丸物に商号変更。",
                      "source": "パルコ 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "昭和28年に池袋ステーションビルとして誕生し、翌年に京都の百貨店・丸物と提携、昭和32年から百貨店として再発足した",
                      "原文": "昭和28年、池袋ステーションビルとして誕生。翌年丸物（京都の百貨店）と提携、32年から百貨店として再発足。",
                      "source": "日経ビジネス 1977年2月14日号「パルコスタディ 若者を魅了した“華麗なる不動産屋”」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "しかし東京丸物は百貨店として立てなかった。池袋には隣接して西武百貨店が構え、品揃えでも歴史でも先行する相手を後から追う位置に置かれる。営業不振は十年以上続き、1966年に西武百貨店が同社を買収した。買収の時点で累積赤字は18億円に達し、月々2億円の赤字を出す月もあった。再建を託されて送り込まれた増田通二氏は当時を「もうダメかと思った」と振り返っており、同氏の表現によれば東京丸物は完全な「死に体」であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "東京丸物は営業不振を続け、昭和41年（1966年）に西武百貨店に買収された",
                      "原文": "ところがこの東京丸物も営業不振を続け、41年に西武百貨店に買収された。",
                      "source": "日経ビジネス 1977年2月14日号「パルコスタディ 若者を魅了した“華麗なる不動産屋”」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "累積赤字18億円を抱え、月々2億円の赤字を出したこともあり、増田通二氏は「死に体」と表現した",
                      "原文": "増田専務は東京丸物時代に、その再建を託されて送り込まれた。「月々2億円の赤字を出してたこともあって、その時はもうダメかと思ったな」完全な“死に体”はどのようにして生き返ったか。",
                      "source": "日経ビジネス 1977年2月14日号「パルコスタディ 若者を魅了した“華麗なる不動産屋”」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "増田通二氏は堤清二氏から東京丸物の再建を任され、隣接する西武百貨店と同じことをやっても意味がないと考えていた",
                      "原文": "増田は堤から、旧国鉄池袋駅のターミナルビル、東京丸物（池袋パルコの前身）の再建を任され、社長に就任する。自叙伝によれば、「隣接している西武百貨店と同じことをやっても意味がない」との思いが強かった。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年10月11日号「堤清二以上のカリスマ 増田通二とは何者か」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "小売業をやめるという診断",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "増田通二氏の診断は、百貨店として建て直す道は無い、というものであった。「小売業の立て直しというのは難しいんです。これがメーカーなら設備、商社なら資金力という決め手がある」。小売業は商品・サービス・建物に分散しており、そのすべてを改善しても客がその店に悪い印象を持っていれば効かない、と同氏は語っている。改善すべき変数の多さそのものが、再建の見込みを断っていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "増田通二氏は小売業の立て直しの難しさを、商品・サービス・建物への分散と客の印象の残存として説明した",
                      "原文": "「小売業の立て直しというのは難しいんです。これがメーカーなら設備、商社なら資金力という決め手がある。小売業は商品、サービス、建物という具合に分散しているし、仮にそうしたものが改善できても、客の方でその店に悪いイメージを持っていたらどうしようもない」（増田氏）",
                      "source": "日経ビジネス 1977年2月14日号「パルコスタディ 若者を魅了した“華麗なる不動産屋”」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "そこで踏み切ったのが「全面的、かつ徹底的モデルチェンジ」であった。1969年6月に東京丸物を閉店してパルコの開設準備に入り、同年11月に池袋パルコを開店、1970年4月には商号を株式会社パルコへ改めた。自ら商品を仕入れて売る立場を捨て、専門店を集めたファッションビルの開発・運営業へ移る。増田氏は変身先を端的に「不動産屋」と呼び、狙う客を団塊世代の働く女性に定めた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "小売業から専門店を集めたファッションビルの開発・運営業へ転換し、増田通二氏はこれを「全面的、かつ徹底的モデルチェンジ」と表現した",
                      "原文": "「全面的、かつ徹底的モデルチェンジ」に踏み切ったのである。小売業から専門店を集めたファッションビルの開発、運営業へ。いってみれば“不動産屋”への変身。44年のことだった。45年には社名もパルコに変更した。",
                      "source": "日経ビジネス 1977年2月14日号「パルコスタディ 若者を魅了した“華麗なる不動産屋”」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1969年6月に東京丸物を閉店してパルコ開設準備に着手し、同年11月に池袋パルコを開店、1970年4月に商号をパルコへ変更した",
                      "原文": "1969年６月　「東京丸物」を閉店し、「パルコ」開設準備体制に着手。／1969年11月　「池袋パルコ」を開店。／1970年４月　株式会社東京丸物から株式会社パルコに商号変更。",
                      "source": "パルコ 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1969年に団塊世代のOLを狙ったファッション特化のテナントビルとして池袋パルコが誕生した",
                      "原文": "６９年、団塊世代のＯＬを狙い、ファッションに特化したテナントビル・池袋パルコが誕生した。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年10月11日号「堤清二以上のカリスマ 増田通二とは何者か」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "「賃料で食う不動産屋」という値づけの原理",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "「不動産屋」という自己規定は、卑下ではなく値づけの原理であった。増田氏は「何といっても賃料で食ってる不動産屋ですからね。不動産は値打ちの通りしか売れない。駅から遠けりゃ安くなるし、日当たりが悪けりゃ高い家賃はとれない」と述べている。部屋にきれいな花を飾っても付加価値が大きくなるわけではない、というのが同氏の見方であった。物件の不利をまず正確に認め、そこから始める。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "増田通二氏はパルコを賃料で食う不動産屋と規定し、不動産は値打ちの通りにしか売れないと述べた",
                      "原文": "「何といっても賃料で食ってる不動産屋ですからね。不動産は値打ちの通りしか売れない。駅から遠けりゃ安くなるし、日当たりが悪けりゃ高い家賃はとれない。いくら部屋の中にきれいな花を飾ってみたって付加価値が大きくなるわけじゃないですからな」（同）",
                      "source": "日経ビジネス 1977年2月14日号「パルコスタディ 若者を魅了した“華麗なる不動産屋”」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "この原理は出店の実務に落ちていた。1973年6月に開いた渋谷パルコは、駅から900メートル離れたハンデを負って出発している。増田氏は自らカウンターを持って通行人の数を調べ、社員には古代ローマの都市と道の文化史を研究させた。そのうえで劇場を作り、坂を上る行為そのものを「坂道のショッピング」という言葉で価値に変えた。広告宣伝費の予算も専門店の売上高合計の3％と定め、パルコとテナントで2対1の比率で分担している。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "渋谷店は駅から900メートル離れた不利を負って出発し、増田通二氏は自らカウンターで通行人を数え、社員に古代ローマの都市と道の文化史を研究させた",
                      "原文": "たとえば渋谷店の場合。駅から900メートルも離れているというハンデを負って出発した。増田氏は自らカウンターを持って通行人の数を調べ、スタッフには古代ローマの都市、道の文化史の研究を命じた。そして商業施設にとって異例中の異例ともいえる劇場を作った。「坂道のショッピング」というキャッチフレーズの中に文化の香りを漂わせ、見事に渋谷を歩く若者の流れを変えることに成功したのである。",
                      "source": "日経ビジネス 1977年2月14日号「パルコスタディ 若者を魅了した“華麗なる不動産屋”」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "広告宣伝費予算は専門店の売上高合計の3％で、パルコとテナントが2対1の比率で分担した",
                      "原文": "同社の場合、広告宣伝費予算は専門店の売上高合計（予想）の3％。それをパルコとテナントで2対1の比率で分担するのだが",
                      "source": "日経ビジネス 1977年2月14日号「パルコスタディ 若者を魅了した“華麗なる不動産屋”」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "十三年ぶりの復配と、空間を売る商法への評価",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "転換の成否は数字に表れた。営業収入は1972年2月期の約10億円から1976年2月期に40億円を超え、1977年2月期は70億円の見込みとなる。テナント総売上高は約700億円、従業員は230人、平均年齢30歳であった。売上規模に比して人員が少ないのは、商品在庫も販売員も自社では抱えない賃貸業ゆえである。1976年2月期には年5円・10％の配当を再開し、増田氏は「13年ぶりかな。やっとこぎつけた」と述べた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1977年2月期時点で営業収入70億円の見込み、テナント総売上高約700億円、資本金10億円、従業員230人・平均年齢30歳であった",
                      "原文": "パルコの概要　設立　昭和28年2月／事業内容　ショッピングセンタービルの開発、運営／社長　堤　清二氏／資本金　10億円／営業収入　70億円（52年2月期予想）／テナント総売上高　約700億円（同上）／従業員数　230人（平均年齢30歳）",
                      "source": "日経ビジネス 1977年2月14日号「パルコスタディ 若者を魅了した“華麗なる不動産屋”」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1976年2月期に年5円・10％の配当を再開し、増田通二氏は13年ぶりと述べた",
                      "原文": "前期はやがて待望の配当も始まった（年5円、10％）。「13年ぶりかな。やっとこぎつけた」（増田氏）。",
                      "source": "日経ビジネス 1977年2月14日号「パルコスタディ 若者を魅了した“華麗なる不動産屋”」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "外からの評価も、商品ではなく空間を売る点に集まった。社会学者の上野千鶴子氏は後年、当時のパルコの先進性を「物を売らずに空間を売ったこと」と要約している。テナントがばらばらに物を売っていたところにパルコというハコをブランド化し、賃料を取りながら広告戦略をまとめて引き受け、劇場まで作った。1975年度に専門店の集団が使った広告宣伝費は約14億円にのぼり、広告費300社ランキングでも120位前後に入っている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "上野千鶴子氏は当時のパルコの先進性を「物を売らずに空間を売ったこと」「空間ビジネス」と表現した",
                      "原文": "当時のパルコが先進的だったのは、物を売らずに空間を売ったこと。テナントがバラバラに物を売っていたところに、「パルコ」というハコをブランド化して、その空間自体に付加価値をつけた。「空間ビジネス」だ。テナントから売り上げ賃料を取るだけでなく、広告戦略をまとめて行う。劇場まで作ってしまった。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年10月11日号「ＩＮＴＥＲＶＩＥＷ 上野千鶴子 堤さんはパルコに嫉妬していた」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1975年度に専門店集団が使った広告宣伝費は約14億円で、広告費300社ランキングの120位前後に入った",
                      "原文": "この専門店集団が使った広告宣伝費は約14億円。本誌恒例の広告費300社ランキングでも120位前後にランクされる。",
                      "source": "日経ビジネス 1977年2月14日号「パルコスタディ 若者を魅了した“華麗なる不動産屋”」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "保証金に支えられた財務と、転換を主導した経営者の退場",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "賃貸業への転換は、財務の形も変えた。テナントから預かる保証金は112億7600万円に達し、固定負債総額の70％強を占める。パルコが差し入れる入居保証金も1974年2月期の9200万円から1975年2月期には49億2900万円へ膨らんだ。無利息の預かり資金が出店を支える一方、長短借入金は1976年2月期に65億4000万円まで増え、金融収支は受け取り超過から2億4800万円の支払い超過へ転じている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "長短借入金は1976年2月期に65億4000万円へ増え、金融収支は2億4800万円の支払い超過に逆転した。テナントから預かる保証金112億7600万円は固定負債総額の70％強を占めた",
                      "原文": "そのため長短借入金は8億4000万円から31億7000万円へと増加、さらに51年2月期では65億4000万円に達している。それに伴って金融収支も2100万円（50年2月期）の受け取り超過から2億4800万円の支払い超過に逆転した。しかし営業収入に対する金利負担率をみると5.9％で決して高くはない。この点はテナントから預かる保証金 112億7600万円という無利息の資金が大きく物を言っているわけだ。この保証金は固定負債総額の70％強を占める。",
                      "source": "日経ビジネス 1977年2月14日号「パルコスタディ 若者を魅了した“華麗なる不動産屋”」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "入居保証金は1974年2月期の9200万円から1975年2月期に49億2900万円へ増加した",
                      "原文": "パルコの場合、店舗は一部共有（池袋、札幌）を除いて賃借をしている。この入居保証金が投資勘定中の、その他の投資の項目であり、49年2月期9200万円から50年2月期には49億2900万円へと飛躍的に増大している。",
                      "source": "日経ビジネス 1977年2月14日号「パルコスタディ 若者を魅了した“華麗なる不動産屋”」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "出店を続けるかぎり、保証金と利息の双方が膨らむ構造であった。パルコはその後も各地に店を開き、1987年1月に東京証券取引所市場第二部へ上場、1988年8月には第一部銘柄に指定される。しかしその1988年、当時の専務らによる総会屋への利益供与が発覚した。増田氏は1989年に会長職を退き、表舞台から姿を消している。転換を主導した経営者が去ったのは、上場を果たした直後であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1987年1月に東京証券取引所市場第二部へ上場し、1988年8月に第一部銘柄へ指定された",
                      "原文": "1987年１月　東京証券取引所市場第二部に株式上場。／1988年８月　東京証券取引所市場第一部銘柄に指定。",
                      "source": "パルコ 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "1988年に当時の専務らによる総会屋への利益供与が発覚し、増田通二氏は1989年に会長職を退いた",
                      "原文": "パルコが東証１部に上場した８８年、当時の専務らが総会屋に利益供与を行ったことが発覚。増田も８９年には会長職を退き、表舞台からも姿を消すことになる。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年10月11日号「堤清二以上のカリスマ 増田通二とは何者か」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "売り物ではなく、値段の付け方を変えた",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "この判断を、不振の百貨店が業態を変えて成功した例と読むだけでは足りない。増田通二氏が変えたのは売り物ではなく、値段の付け方であった。小売業は商品・サービス・建物のすべてを直しても客の印象が残れば効かない——その診断が正しいなら、直すべきは店ではなく稼ぎ方そのものになる。自社を「賃料で食ってる不動産屋」と規定し、駅から遠ければ安いという当たり前から出発したところに、この転換の芯があるとみることができる。"
                },
                {
                  "text": "もっとも、貸す側に回ったことで新たな重荷も抱え込んだ。預かり保証金112億7600万円は固定負債の70％強を占め、長短借入金も65億4000万円まで増えて金融収支は支払い超過へ転じた。出店を続けるほど預かり金と利息が同時に膨らむ構造であり、賃料収入の伸びがそれを上回るかは転換の時点で見通せなかった。増田氏自身も1988年の利益供与の発覚を経て翌年に去った。値づけの原理は残り、それを立てた人は残らなかったとみることができる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "日経ビジネス 1977年2月14日号「パルコスタディ 若者を魅了した“華麗なる不動産屋”」",
        "週刊東洋経済 2014年10月11日号「堤清二以上のカリスマ 増田通二とは何者か」",
        "週刊東洋経済 2014年10月11日号「ＩＮＴＥＲＶＩＥＷ 上野千鶴子 堤さんはパルコに嫉妬していた」",
        "パルコ 有価証券報告書【沿革】"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-24"
    },
    {
      "slug": "dbj-cb-dilution-2010",
      "url": "/tse/8251/decisions/dbj-cb-dilution-2010/",
      "year": 2010,
      "month": 8,
      "schema_version": "1.0",
      "stock_code": "8251",
      "decision_id": "8251-dbj-cb-dilution-2010",
      "type": "capital",
      "tags": [
        "cp-finance",
        "cp-activist",
        "cp-crossholding"
      ],
      "title": "森トラストの増資提案の見送りと、日本政策投資銀行への新株予約権付社債150億円の発行",
      "subtitle": "筆頭株主に持ち株比率を委ねるか、独立を保つか——賃料で稼ぐ会社が選んだ資本の相手",
      "status": "implemented",
      "status_label": "実施",
      "scheme": null,
      "ratio": null,
      "issue": "資本政策と経営の独立性",
      "decider": {
        "name": "平野秀一（社長）",
        "ceo": "fy07-hirano-shuichi"
      },
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "2010年1月、筆頭株主の森トラストはパルコに対し、第三者割当増資で持ち株比率を49％まで引き上げる案を正式に申し込んだ。パルコは7月に取締役会で決まらなかったと回答し、翌8月、日本政策投資銀行と資本業務提携を結んで約150億円の新株予約権付社債を発行した。33％強を握る筆頭株主に事前の説明はなかった。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "セゾングループの解体で2001年に西武百貨店などが持つ株式が森トラストへ渡り、出資比率は約20％から33％強まで高まっていた。森章社長は人口減少と国際会計基準への移行を見据え、賃料しか売上に計上できなくなる業態では合従連衡が起こるとみて、増資による資本の増強を持ちかけていた。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "森トラストの増資案は取締役会で決議されず、パルコはM&A・海外展開・財務の戦略強化を掲げて政投銀と提携した。社債には2010年9月から3年間の譲渡・転換制限が付き、パルコの承諾があれば普通株へ転換できる。全額転換なら政投銀の保有比率は18.7％となり、第2位株主に並ぶ設計であった。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "経営の独立性を訴えて過半への増資を退けた資本政策は、筆頭株主の不信を決定的にした。2011年2月にイオンがパルコ株12.31％を取得して第2位株主に浮上し、森トラストと歩調を合わせる。独立を守るための一手が、支配権をめぐる争いの入口になったとみることができる。"
        }
      ],
      "parties": [
        {
          "stock_code": "8251",
          "name": "パルコ",
          "role": "当事者",
          "at_deal": {
            "note": "2010年当時の平野秀一社長のもとで、筆頭株主の増資提案を退けて政投銀と資本業務提携を結んだ"
          }
        },
        {
          "name": "森トラスト",
          "role": "筆頭株主（33％強）",
          "at_deal": {
            "note": "2001年の増資引き受けを機に株主となり、2010年1月に49％までの増資を提案した"
          }
        },
        {
          "name": "日本政策投資銀行",
          "role": "引受（新株予約権付社債）",
          "at_deal": {
            "note": "2010年8月にパルコと資本業務提携を結び、約150億円の新株予約権付社債を引き受けた"
          }
        }
      ],
      "dates": {
        "reported": null,
        "announced": "2010-08",
        "agreed": null,
        "closed": null,
        "terminated": null
      },
      "breakdown": {
        "reason_type": "shareholder",
        "summary": "筆頭株主から持ち株比率49％までの増資を提案されたパルコが、経営の独立性を理由にこれを決議せず、政府系金融機関へ新株予約権付社債を発行して潜在的な希薄化余地を確保した資本政策"
      },
      "timeline": [
        {
          "year": 2001,
          "month": null,
          "title": "セゾングループ解体でパルコ株が森トラストへ渡り、出資比率は約20％となる"
        },
        {
          "year": 2010,
          "month": 1,
          "title": "森トラストが第三者割当増資で持ち株比率を49％まで引き上げる案を正式に申し込む"
        },
        {
          "year": 2010,
          "month": 7,
          "title": "パルコが「増資は取締役会で決まらなかった」と森トラストへ回答"
        },
        {
          "year": 2010,
          "month": 8,
          "title": "日本政策投資銀行と資本業務提携を結び、約150億円の新株予約権付社債を発行",
          "highlight": true
        },
        {
          "year": 2011,
          "month": 2,
          "title": "イオンがパルコ株12.31％を取得し、森トラストに次ぐ第2位株主に浮上"
        }
      ],
      "snapshot": {
        "fiscal_year": "2011年2月期",
        "source": "パルコ 有価証券報告書（2011年2月期・連結）",
        "companies": [
          {
            "stock_code": "8251",
            "name": "パルコ",
            "fiscal_year": "2011年2月期（連結・JGAAP）",
            "president": "平野秀一",
            "hq": "東京都豊島区南池袋",
            "sales": {
              "num": 2648,
              "unit": "億円"
            },
            "segments": [],
            "operating_profit": {
              "num": null,
              "unit": "億円",
              "note": "当該期の連結PLは経常利益ベースで、営業利益の時系列データなし"
            },
            "ordinary_profit": {
              "num": 88,
              "unit": "億円"
            },
            "net_profit": {
              "num": 44,
              "unit": "億円",
              "note": "前期（2010年2月期）は売上高2611億円・経常利益86億円・純利益41億円"
            },
            "equity_ratio": null,
            "roe": null,
            "employees": {
              "num": null,
              "unit": "人"
            },
            "avg_salary": null
          }
        ]
      },
      "report": [
        {
          "section": "background",
          "label": "背景",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "社債の借り換えから生まれた筆頭株主",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "森トラストがパルコの株主となったのは、パルコが望んだ結果であった。セゾングループが解体へ向かう過程で、パルコは2001年に社債が満期を迎え、借り換えができない状態に陥る。頼まれて増資に応じたのが両社の関係の始まりであったと、森章社長はのちに語っている。このとき約20％だった出資比率は、その後の買い増しで33％強まで高まり、パルコは森トラストの持ち分法適用会社となった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "森トラストは2001年にパルコの社債借り換え難を受けて増資に応じ、出資比率約20％から33％強まで買い増して持ち分法適用会社とした",
                      "原文": "かつてのセゾングループが解体される過程で、パルコは２００１年に社債が満期になり、借り換えができなくなっていた。そこで頼まれて、われわれが増資に応じた。それが両社の関係の始まり。当時の出資比率が約２０％。その後に３３％強まで買い増しして、持ち分法適用会社になった。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年5月28日号「ＴＯＰ ＩＮＴＥＲＶＩＥＷ 森トラスト社長 森 章 怒り心頭の「パルコ問題」 今後は投資家として対処」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "セゾングループ解体で西武百貨店などが保有していたパルコ株式は2001年に森トラストへ渡り、出資比率は20％となった",
                      "原文": "セゾングループの解体で、西武百貨店などが保有していたパルコ株式は２００１年に森トラストの手に渡る。同社の出資比率は２０％となった。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年10月11日号「Ｊフロント傘下入り後は事業拡大を積極化」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "その筆頭株主が2010年1月、持ち株比率を49％まで引き上げる第三者割当増資を正式に申し込む。森章社長の見立てでは、人口減少で流通は厳しい時代を迎え、国際会計基準へ移行すればパルコのような業態は賃料しか売上に計上できなくなる。そうした環境では合従連衡が避けられず、合併の際にパルコ側が主役で生き残れるよう資本を厚くすべきだという主張であった。買収から身を守る話ではなく、来たるべき再編での備えという位置づけであった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "森章社長は人口減少とIFRS移行で合従連衡が起こるとみて、パルコが主役で生き残るための増資を2010年1月に正式に申し込んだ",
                      "原文": "ただ、人口減少もあって、流通はこれから大変な時代が来るだろう。会計基準もＩＦＲＳ（国際会計基準）に替わる。そうすると、パルコのような業態は賃料しか売り上げに計上できない。そういう中で合従連衡が起こる。パルコ単独では情勢が厳しい。そこで、どこかと合併したときにパルコ側が主役で生き残れるよう、新たな増資を持ちかけた。正式に申し込んだのは昨年１月のことだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年5月28日号「ＴＯＰ ＩＮＴＥＲＶＩＥＷ 森トラスト社長 森 章 怒り心頭の「パルコ問題」 今後は投資家として対処」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "四半期ごとにしか交わらない親子",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "33％強を保有しながら、森トラストとパルコの接点は薄かった。森章社長によれば、話をするのは四半期ごとの決算の後だけで、報告はすべて事後であった。共同事業も汐留の案件にとどまる。森トラストが好立地に高い賃料の複合施設を建てるのに対し、パルコが狙う賃料水準とは条件が合わなかったという事情もあった。資本の距離と事業の距離が、そのまま開いていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "森トラストとパルコの接点は四半期決算後の事後報告に限られ、共同事業も汐留程度にとどまっていた",
                      "原文": "すべて事後。四半期ごとの決算の後に言いに来るだけ。（中略）うちは好立地の場所に複合施設を造るから家賃が高い。パルコが狙っている賃料水準と違う。だから、条件が合わない。結果的に（共同事業は）汐留くらいしかない。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年5月28日号「ＴＯＰ ＩＮＴＥＲＶＩＥＷ 森トラスト社長 森 章 怒り心頭の「パルコ問題」 今後は投資家として対処」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "事業判断をめぐる不満も積み上がっていた。2007年10月に開いた浦和の店舗取得について、森章社長は相談されればやめろと言ったと述べている。低い金利で借りて高い家賃の物件を買えば金利の差では儲かるが、同時に貸借対照表が崩れてほかの経営指標が落ちるという理屈であった。実際にこの取得を機にある外資系ファンドが株を手放し、その一部が後にイオンへ渡る。不動産のプロを自任する株主の助言は、事後報告の関係のなかで届いていなかった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "森章社長は浦和の店舗取得に反対しており、この取得を機に外資系ファンドが売却した株の一部をイオンが取得した",
                      "原文": "たとえば、浦和（の店舗購入）なんて相談されれば「やめろ」と言った。低い金利で借りて、高い家賃のところを買った。つまり、金利のレバレッジで儲かっただけ。でも、それは同時にバランスシートを崩しているから、ほかの経営指標は落ちてくる。だから、浦和を買ったときに、ある外資系ファンドが株を売ってしまった。そのうちの一部をイオンが買った。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年5月28日号「ＴＯＰ ＩＮＴＥＲＶＩＥＷ 森トラスト社長 森 章 怒り心頭の「パルコ問題」 今後は投資家として対処」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "増資は取締役会で決まらなかった",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "パルコは増資案をすぐには断らなかった。森トラストの吉田武副社長によれば、当初はパルコの首脳も理解を示していた。ところが2010年7月になると、増資は取締役会で決まらなかったという回答が返ってくる。資金が入り経営も安定するはずだという提案側の見立てと、33％強から49％へ持ち株比率を動かすことへのパルコ側の警戒は、半年をかけても埋まらなかった。パルコが掲げた論拠は経営の独立性であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "森トラストは2010年1月に49％までの増資を提案し、パルコ首脳も当初は理解を示したが、7月に取締役会で決まらなかったと回答された",
                      "原文": "「昨年１月に第三者割当増資で当社の持ち株比率を４９％まで引き上げることを提案した。資金が入るし、経営も安定すると思ったからだ。当初はパルコの首脳も理解を示していたが、７月になると『増資は取締役会で決まらなかった』と言ってきた。さらに翌月には政投銀と資本提携した」",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年3月5日号「パルコ大株主に急浮上 イオンが狙う“漁夫の利”」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "森トラストの出資比率引き上げ提案に対し、パルコは経営の独立性を訴えて反発した",
                      "原文": "事態が急変したのは１０年だ。森トラストが過半数までの出資比率引き上げを提案したのに対し、パルコは経営の独立性を訴え反発する。",
                      "source": "週刊東洋経済 2014年10月11日号「Ｊフロント傘下入り後は事業拡大を積極化」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "回答の翌8月、パルコは日本政策投資銀行と資本業務提携を結び、約150億円の新株予約権付社債を発行した。名目はM&Aや海外展開、財務といった戦略の強化にある。政投銀にとってこの提携は、友好的で安定的な潜在株主として企業を支援する取り組みの第1号案件であった。銀行等株式保有制限法による出資の制約を受けない相手という点も、引受先としての条件を満たしていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "パルコは2010年8月にM&A・海外展開・財務の戦略強化のため政投銀と提携し、約150億円の新株予約権付社債を発行した",
                      "原文": "事の発端は２０１０年８月。パルコは、Ｍ＆Ａや海外展開、財務などの戦略を強化するために、政府系の日本政策投資銀行と提携。その一環で、政投銀に約１５０億円の新株予約権付社債を発行した。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年3月5日号「パルコ大株主に急浮上 イオンが狙う“漁夫の利”」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "政投銀は銀行等株式保有制限法の適用を受けず、友好的・安定的な潜在株主としての支援の第1号案件がパルコとの提携であった",
                      "原文": "銀行等株式保有制限法によって、銀行による民間企業への出資は制限されているが、政投銀にはそれがない。しかも同行は、昨年から友好的、安定的な（潜在）株主として、Ｍ＆Ａや海外戦略、資本戦略を支援する取り組みを強化している。パルコとの提携はその第１号案件だ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年3月5日号「パルコ大株主に急浮上 イオンが狙う“漁夫の利”」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "転換を握るのは発行体の側",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "社債の設計そのものに、この資本政策の性格が表れていた。2010年9月から3年間の譲渡・転換制限が付き、その期間もパルコの承諾があれば普通株式へ転換できる。全額を転換した場合の政投銀の保有比率は18.7％で、森トラストに次ぐ第2位株主に並ぶ水準であった。転換の可否を発行体の承諾にかからせている以上、誰にいつ株を渡すかの主導権はパルコ側に残るという組み立てであったとみられる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "政投銀の新株予約権付社債には2010年9月から3年間の譲渡・転換制限が付き、パルコの承諾があれば普通株式へ転換でき、全額転換時の保有率は18.7％であった",
                      "原文": "同行が保有する新株予約権付社債には、１０年９月から３年間の譲渡・転換制限が付いている。が、パルコの承諾があれば、普通株式へ転換できる。全額転換した場合、政投銀の保有率は１８・７％となり、２位株主に躍り出る。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年3月5日号「パルコ大株主に急浮上 イオンが狙う“漁夫の利”」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "一方で、33％強を持つ筆頭株主にはこの提携が事前に知らされなかった。発表まで知らされなかったという森トラスト側の説明が、その後の関係を決定づける。増資を断ったこと自体ではなく、断った翌月に別の相手と潜在的な希薄化を伴う契約を結び、それを事後にしか伝えなかったという手順が、パルコ経営陣への不信を一気に高めた。四半期ごとの事後報告という従来の距離感が、最も説明を要する場面でそのまま踏襲されたとみられる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "政投銀との資本提携は森トラストに発表まで知らされず、森トラストはパルコ経営陣への不信を高めた",
                      "原文": "しかも、政投銀との資本提携は「発表まで知らされなかった」（同）ため、森トラストは、パルコ経営陣に対する不信感を一挙に高めた。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年3月5日号「パルコ大株主に急浮上 イオンが狙う“漁夫の利”」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "筆頭株主の離反と第三者の参入",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "業績の面では、この資本政策の前後でパルコが揺らいだ形跡はない。2011年2月期の連結売上高は2648億円、経常利益88億円、純利益44億円で、前期の2611億円・86億円・41億円をいずれも上回った。翌2012年2月期も経常利益90億円と水準を保つ。増資を受け入れずに資金を確保するという当初の目的だけを見れば、この一手は所期の役割を果たしていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2011年2月期の連結売上高は2648億円、経常利益88億円、純利益44億円で前期を上回った",
                      "原文": "売上高2648億円・経常利益88億円・親会社株主に帰属する当期純利益44億円（2011年2月期・連結）。前期の2010年2月期は売上高2611億円・経常利益86億円・純利益41億円。",
                      "source": "パルコ 有価証券報告書（2011年2月期・連結）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2012年2月期の連結経常利益は90億円で、前期の88億円から水準を保った",
                      "原文": "売上高2598億円・経常利益90億円・親会社株主に帰属する当期純利益43億円（2012年2月期・連結）。",
                      "source": "パルコ 有価証券報告書（2012年2月期・連結）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "変わったのは株主の側であった。関係を損ねた森トラストは自ら買い増す道を選ばず、2011年2月22日、イオンがパルコ株12.31％を外資系ファンドなどから取得して第2位株主に浮上する。森トラストの33.2％と合わせれば45％を超え、両社が歩調をそろえれば経営を左右できる比率に達した。独立を保つための資本政策が、別の買い手を呼び込む結果になっている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "2011年2月22日にイオンがパルコ株12.31％を取得し、33.2％を保有する森トラストに次ぐ第2位株主となった",
                      "原文": "イオンは２月２２日、ファッションビルを運営するパルコの株式１２・３１％を取得。３３・２％を保有する不動産大手、森トラストに次ぐ２位株主に浮上した。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年3月5日号「パルコ大株主に急浮上 イオンが狙う“漁夫の利”」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "独立を守る手段が招いたもの",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "この資本政策を単なる買収防衛策という言葉で括ると、判断の芯を取り逃がす。パルコが退けたのは敵対的な買い手ではなく、2001年の社債借り換え難を助けて株主となった相手であった。その筆頭株主に事前の説明をせず、翌月に政投銀へ150億円の新株予約権付社債を出し、全額転換なら18.7％という潜在的な希薄化余地を作る。独立を守るために選んだ手段そのものが、支配権を失う道筋を開いたとみることができる。"
                },
                {
                  "text": "もっとも、森トラスト側の提案が的外れだったわけではない。人口減少とIFRS移行によって賃料しか売上に立たなくなり、合従連衡が避けられないという見立ては、その後の展開が裏づけている。パルコは2012年にJ.フロント リテイリングの傘下へ入り、2018年2月期からIFRSを適用して営業収益は900億円台となった。単独では厳しいという読みは当たり、それを誰と組んで解くかという主導権だけが、パルコの手から離れたとみられる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "週刊東洋経済 2011年3月5日号「パルコ大株主に急浮上 イオンが狙う“漁夫の利”」",
        "週刊東洋経済 2011年5月28日号「ＴＯＰ ＩＮＴＥＲＶＩＥＷ 森トラスト社長 森 章 怒り心頭の「パルコ問題」 今後は投資家として対処」",
        "週刊東洋経済 2014年10月11日号「Ｊフロント傘下入り後は事業拡大を積極化」",
        "パルコ 有価証券報告書（2011年2月期・2012年2月期・連結）"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-24"
    },
    {
      "slug": "aeon-proxy-fight-2011",
      "url": "/tse/8251/decisions/aeon-proxy-fight-2011/",
      "year": 2011,
      "month": 3,
      "schema_version": "1.0",
      "stock_code": "8251",
      "decision_id": "8251-aeon-proxy-fight-2011",
      "type": "shareholder_proposal",
      "tags": [
        "cp-activist",
        "ma-hostile",
        "gv-succession"
      ],
      "title": "イオン・森トラスト連合による経営支配要求の拒否と、平野秀一社長の退任",
      "subtitle": "経営陣の刷新を迫る45％の連合に、パルコはなぜ社長ひとりの職で応じたか",
      "status": "implemented",
      "status_label": "実施",
      "scheme": null,
      "ratio": null,
      "issue": "株主提案と経営の独立性",
      "decider": {
        "name": "平野秀一（社長）",
        "ceo": "fy07-hirano-shuichi",
        "note": "・取締役会"
      },
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "2011年2月にパルコ株12.31％を取得して第2位株主となったイオンは、3月に平野秀一社長の退任と最高経営責任者を含む取締役の派遣、将来的な子会社化を要求した。筆頭株主の森トラストも経営陣刷新の株主提案で同調し、両社の議決権は45％強に達した。パルコは統合を拒み、平野社長の退任と引き換えに株主提案を取り下げさせている。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "2010年1月に森トラストが持株比率を49％へ引き上げる増資案を申し込んだのに対し、パルコは取締役会で決めず、翌8月に日本政策投資銀行と資本業務提携を結んだ。発表まで知らされなかった筆頭株主は経営陣への不信を高め、その間隙にイオンが入った。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "イオンはビブレやフォーラスの統合と郊外型新業態の共同開発を提案したが、パルコは都市型業態が成功しているとは聞かない、地方都市への大量出店はブランド価値を希薄化させると反論した。総会を待たず、社長の退任を対価に株主提案は取り下げられた。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "経営陣の総入れ替えと子会社化は退けたものの、独立は1年あまりで形を変え、2012年8月にJ.フロント リテイリングが親会社となる。トップの首が資本の攻防における交換材料になりうることを示した決着とみることができる。"
        }
      ],
      "parties": [
        {
          "stock_code": "8251",
          "name": "パルコ",
          "role": "当事者",
          "at_deal": {
            "note": "2001年のセゾングループ解体以降、森トラストを筆頭株主とする。2011年2月期の連結売上高は2648億円"
          }
        },
        {
          "stock_code": "8267",
          "name": "イオン",
          "role": "提案側（第2位株主）",
          "at_deal": {
            "note": "2011年2月にパルコ株12.31％を取得。都心部の攻略を成長戦略に据え、社長退任・取締役派遣・将来的な子会社化を要求した"
          }
        },
        {
          "name": "森トラスト",
          "role": "筆頭株主（株主提案）",
          "at_deal": {
            "note": "パルコ株の33％強を保有。経営陣刷新の株主提案を提出し、イオンと議決権の共同行使で合意した"
          }
        },
        {
          "name": "日本政策投資銀行",
          "role": "潜在株主",
          "at_deal": {
            "note": "2010年8月の資本業務提携で新株予約権付社債を引き受けた。全額転換なら保有比率18％強"
          }
        }
      ],
      "dates": {
        "reported": "2011-02",
        "announced": "2011-03",
        "agreed": null,
        "closed": "2011-05",
        "terminated": null
      },
      "breakdown": {
        "reason_type": "shareholder",
        "summary": "筆頭株主との資本関係が断絶したところへ第2位株主が経営支配を要求し、議決権45％強に包囲されたパルコが、統合を拒みつつ社長の退任を対価に株主提案を取り下げさせた攻防"
      },
      "timeline": [
        {
          "year": 2010,
          "month": 1,
          "title": "森トラストが第三者割当増資で持株比率を49％へ引き上げる案を申し込む"
        },
        {
          "year": 2010,
          "month": 8,
          "title": "パルコが日本政策投資銀行と資本業務提携を結び、新株予約権付社債を発行"
        },
        {
          "year": 2011,
          "month": 2,
          "title": "イオンがパルコ株12.31％を取得し、第2位株主に浮上"
        },
        {
          "year": 2011,
          "month": 3,
          "title": "イオンが社長退任・取締役派遣・将来的な子会社化を要求、森トラストが株主提案を提出"
        },
        {
          "year": 2011,
          "month": 5,
          "title": "平野秀一社長の退任と引き換えに株主提案が取り下げられ、牧山浩三が社長に就任",
          "highlight": true
        },
        {
          "year": 2012,
          "month": 2,
          "title": "イオンが森トラストからの株式買い増しを断念"
        },
        {
          "year": 2012,
          "month": 3,
          "title": "J.フロント リテイリングが森トラストの保有株33％強を譲り受ける"
        }
      ],
      "snapshot": {
        "fiscal_year": "2011年2月期",
        "source": "パルコ 有価証券報告書（2011年2月期・連結）",
        "companies": [
          {
            "stock_code": "8251",
            "name": "パルコ",
            "fiscal_year": "2011年2月期（連結・JGAAP）",
            "president": "平野秀一",
            "hq": "東京都豊島区南池袋",
            "sales": {
              "num": 2648,
              "unit": "億円"
            },
            "segments": [],
            "operating_profit": {
              "num": null,
              "unit": "億円",
              "note": "当該期の連結PLは経常利益ベースで、営業利益の系列データなし"
            },
            "ordinary_profit": {
              "num": 88,
              "unit": "億円"
            },
            "net_profit": {
              "num": 44,
              "unit": "億円"
            },
            "equity_ratio": null,
            "roe": null,
            "employees": {
              "num": null,
              "unit": "人"
            },
            "avg_salary": null
          }
        ]
      },
      "report": [
        {
          "section": "background",
          "label": "背景",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "筆頭株主との断絶",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "パルコの筆頭株主である森トラストは、2010年1月に第三者割当増資でみずからの持株比率を49％まで引き上げる案を申し込んでいた。同社の吉田武副社長によれば、パルコ首脳は当初理解を示したが、7月になって取締役会で決まらなかったと回答してきた。翌8月、パルコは日本政策投資銀行と資本業務提携を結ぶ。33％強を握る筆頭株主にとって、これは発表まで知らされない出来事であり、経営陣への不信を一挙に高めた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "森トラストは2010年1月に持株比率を49％へ引き上げる第三者割当増資を提案したが、7月に取締役会で決まらなかったと回答され、翌8月の政投銀との資本提携は発表まで知らされなかった",
                      "原文": "「昨年１月に第三者割当増資で当社の持ち株比率を４９％まで引き上げることを提案した。資金が入るし、経営も安定すると思ったからだ。当初はパルコの首脳も理解を示していたが、７月になると『増資は取締役会で決まらなかった』と言ってきた。さらに翌月には政投銀と資本提携した」。しかも、政投銀との資本提携は「発表まで知らされなかった」（同）ため、森トラストは、パルコ経営陣に対する不信感を一挙に高めた。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年3月5日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ４ ０１ 流通 パルコ大株主に急浮上 イオンが狙う“漁夫の利”」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "当時のパルコの体力は、株主を説得できるほど強くはなかった。2011年2月期の連結売上高は2648億円、経常利益88億円、純利益44億円であった。世界的な金融危機以降の経済環境の悪化と、JR東日本の駅ビル「ルミネ」などとの競合により業績は停滞し、海外進出も2010年春のシンガポール出店にとどまって、本格的な展開には至っていない。残る5割強の株主を味方につけるのは容易でない位置に、パルコは置かれていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "パルコの2011年2月期の連結業績は売上高2648億円・経常利益88億円・純利益44億円であった",
                      "原文": "売上高2,648億円・経常利益88億円・当期純利益44億円（2011年2月期・連結）。",
                      "source": "パルコ 有価証券報告書（2011年2月期・連結）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "リーマンショック以降の環境悪化とルミネなどとの競合で業績は停滞し、海外進出はシンガポール出店にとどまっていた",
                      "原文": "リーマンショック以降の経済環境悪化やＪＲ東日本の駅ビル「ルミネ」などとの競合により、業績は停滞。海外進出も、昨春シンガポールに出店したぐらいで本格展開はこれからだ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年4月16日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ４ 苦闘する日本経済 ０３ 流通 イオンが経営支配へ着々 追い込まれるパルコ」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "イオンの参戦と、都心という狙い",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "そこへイオンが入った。2011年2月22日、同社はパルコ株12.31％を取得し、33.2％を保有する森トラストに次ぐ第2位株主となる。取得と同時にパルコとの良好な協力関係を早期に構築したいと表明し、保有割合は20％未満にとどめてパルコを持分法適用会社とすることも検討していた。この時点では、あくまで友好的な申し出に見えた。筆頭株主との関係が冷え切ったところへ、第2位株主が現れた形であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "イオンは2011年2月22日にパルコ株12.31％を取得し、33.2％保有の森トラストに次ぐ第2位株主となった",
                      "原文": "イオンは２月２２日、ファッションビルを運営するパルコの株式１２・３１％を取得。３３・２％を保有する不動産大手、森トラストに次ぐ２位株主に浮上した。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年3月5日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ４ ０１ 流通 パルコ大株主に急浮上 イオンが狙う“漁夫の利”」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "イオンは取得と同時に良好な協力関係の早期構築を表明し、保有割合は20％未満としてパルコの持分法適用会社化も検討していた",
                      "原文": "イオンは株式取得と同時に、「パルコとの良好な協力関係の早期の構築に向けて、パルコ、その他の関係者との間で話し合いを早急に進めていく」と表明。（中略）イオンは今後の株式保有割合を「２０％未満」とし、パルコを持分法適用会社にすることも検討している。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年3月5日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ４ ０１ 流通 パルコ大株主に急浮上 イオンが狙う“漁夫の利”」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "イオンが都心を求めた理由には筋が通っていた。郊外への積極出店で伸びてきた同社にとって郊外市場はすでに頭打ちであり、手薄な都心部でブランド力と店舗運営の知見を持つパルコは魅力的な相手であった。イオンはビブレやフォーラスといった自社の都市型業態をパルコへ統合することや、郊外型商業施設の新業態を共同で開発することを提案している。都心に施設を一から築くより、すでに客のついた施設を取り込むほうが早い道であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "イオンが支配を急いだ理由は大都市部の攻略を成長戦略に据えていたためで、ビブレやフォーラスの統合と郊外型新業態の共同開発を提案した",
                      "原文": "イオンがパルコの支配を急ぐ理由の一つは、大都市部の攻略を成長戦略に据えているからだ。郊外への積極出店で成長してきたイオンだが、市場はもはや頭打ち。一方、同社にとって手薄となっていた都心部で、ブランド力や店舗の運営ノウハウを持つパルコは垂涎の的だ。イオンは、ビブレやフォーラスといった同社の都市型業態をパルコに統合させることや、郊外型商業施設の新業態を共同で開発することなどを提案している。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年4月16日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ４ 苦闘する日本経済 ０３ 流通 イオンが経営支配へ着々 追い込まれるパルコ」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "三月二十四日を境にした要求の変質",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "転じたのは2011年3月24日であった。森トラストとのトップ会談を境にイオンは態度を変え、事業提携に加えて平野秀一社長の退任、イオンからの最高経営責任者を含む取締役の派遣、将来的な子会社化を求めた。実質的な経営支配の受け入れ要求であり、平野社長はイオンのやり方はかなりイレギュラーだと述べて、不信感をあらわにしている。パルコはこれに対し、徹底抗戦の構えを見せた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "イオンは3月24日の森トラストとのトップ会談後に態度を一変させ、実質的な経営支配の受け入れを要求した",
                      "原文": "イオンは株を取得した当初、「良好な協力関係を早期に構築する」とするなど、友好的な姿勢を示していた。ところが、３月２４日に開かれた森トラストとのトップ会談後に態度を一変。実質的な経営支配の受け入れを要求した。パルコの平野社長は「イオンのやり方はかなりイレギュラーだ」と、不信感をあらわにする。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年4月16日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ４ 苦闘する日本経済 ０３ 流通 イオンが経営支配へ着々 追い込まれるパルコ」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "イオンは事業提携に加え、平野秀一社長の退任・CEOを含む取締役の派遣・将来的な子会社化を提案した",
                      "原文": "流通大手のイオンは、２月末にパルコ株１２％強を取得し、第２位株主に浮上。３月に入って、事業提携に加え、平野秀一社長の退任、イオンからのＣＥＯを含む取締役の派遣、将来的な子会社化などを提案した。これに対し、パルコは徹底抗戦の構えを見せている。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年4月16日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ４ 苦闘する日本経済 ０３ 流通 イオンが経営支配へ着々 追い込まれるパルコ」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "森トラストはこれに同調した。経営陣の刷新を求める株主提案を提出し、5月末に開かれるパルコの株主総会で議決権を共同行使することでイオンと合意する。両社の合算比率は45％強に達した。過半にはわずかに届かないものの、残る株主がどちらに付くかで経営陣が入れ替わる位置まで、パルコは追い込まれていた。委任状争奪戦へ突入しかねない状況であり、総会までに残された時間は2カ月を切っていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "森トラストはイオンに同調して経営陣刷新の株主提案を提出し、株主総会での議決権共同行使に合意、合算比率は45％強に達した",
                      "原文": "ただ、同社筆頭株主の森トラスト（株保有比率３３％強）はイオンに同調。経営陣の刷新を求める株主提案を提出しており、５月末に開催されるパルコの株主総会では、議決権を共同行使することで合意している。株保有比率は両社合算で４５％強に達し、パルコの立場は苦しい。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年4月16日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ４ 苦闘する日本経済 ０３ 流通 イオンが経営支配へ着々 追い込まれるパルコ」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "一時は株主総会での委任状争奪戦へ突入しかねない状況に陥った",
                      "原文": "これに対し、パルコの平野秀一社長（当時）は「ブランド価値を希薄化させる」と反発。一時は株主総会での委任状争奪戦へ突入しかねない状況に陥った。",
                      "source": "週刊東洋経済 2012年3月10日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ ４ ０３ 小売り Ｊ．フロントがグループ化 “暴れ馬”パルコの行方」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "拒否の論理と、頼みの綱",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "パルコはこれを一蹴した。平野秀一社長はイオンの都市型業態が成功しているとは聞かないとし、統合すれば逆に経営効率が下がり、地方都市への大量出店はブランド価値を希薄化させると反論している。パルコの値打ちは店数ではなくテナントと客を集める力にあるという主張であり、量的な拡大を求めるイオンとは、商業施設をどう評価するかの前提そのものが食い違っていた。両者の提携協議が具体的な成果に乏しかったのも、この隔たりによる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "平野秀一社長はイオンの都市型業態との統合は経営効率を下げ、地方都市への大量出店はブランド価値を希薄化させると反論した",
                      "原文": "が、パルコはこれを一蹴する。「イオンの都市型業態が成功しているとは聞かない。統合すれば、逆に当社の経営効率が下がる。地方都市への大量出店も、ブランド価値を希薄化させる」（平野社長）。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年4月16日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ４ 苦闘する日本経済 ０３ 流通 イオンが経営支配へ着々 追い込まれるパルコ」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "抗戦の支えとして数えられたのが日本政策投資銀行であった。2010年8月の資本業務提携で発行した新株予約権付社債が全額転換されれば、政投銀の保有比率は18％強となり、イオン・森トラスト連合は37％弱まで下がる。ただし政投銀が株主総会で議決権を得る期限は招集通知が送付される4月末とみられ、パルコ陣営に残された時間は少なかった。転換が間に合うかどうかに、攻防の帰趨はかかっていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "政投銀の新株予約権付社債が全額転換されれば政投銀18％強・イオン森トラスト連合37％弱となるが、議決権を得る期限は招集通知が送付される4月末とみられた",
                      "原文": "外堀を埋められつつあるパルコ。頼みの綱は、日本政策投資銀行だ。同行には、２０１０年８月に資本業務提携を結ぶと同時に新株予約権付き社債を発行している。それが全額転換された場合、政投銀の株保有比率が１８％強となる一方、イオン・森トラスト連合は３７％弱まで低下する。政投銀が株主総会で議決権を得るための期限は、招集通知が送付される４月末とみられる。パルコ陣営に残された時間は少ない。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年4月16日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ４ 苦闘する日本経済 ０３ 流通 イオンが経営支配へ着々 追い込まれるパルコ」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            }
          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "社長の退任と、株主提案の取り下げ",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "決着は総会を待たずに訪れた。森章社長は水面下で平野秀一社長らと数度にわたって会談し、平野社長の退任と引き換えに株主提案を取り下げる。2011年5月、パルコの代表執行役社長には牧山浩三氏が就いた。経営陣の総入れ替えと子会社化を退けた代わりに、社長ひとりの職を差し出す決着であり、パルコは会社の形を保ったまま総会を迎えた。委任状争奪戦は回避された。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "森章氏は水面下で平野秀一社長らと数度会談し、平野社長の退任と引き換えに株主提案を取り下げた",
                      "原文": "パルコの筆頭株主、森トラストの森章社長である。一時はイオンに同調し、パルコ経営陣の交代を求める株主提案を提出したものの、水面下で平野秀一・パルコ社長らと数度にわたって会談。平野社長のクビと引き換えに、株主提案を取り下げた。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年5月28日号「ＴＯＰ ＩＮＴＥＲＶＩＥＷ 森トラスト社長 森 章 怒り心頭の「パルコ問題」 今後は投資家として対処」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2011年5月に牧山浩三氏がパルコの取締役兼代表執行役社長に就任した",
                      "原文": "2011年5月 当社取締役兼代表執行役社長。",
                      "source": "パルコ 有価証券報告書（2019年2月期）役員の状況",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "ただし当事者の受け止めは割れた。退任会見での発言を受けて森章社長の怒りは再燃し、パルコは事実上みずからの会社を売ったに等しいのに、会見で独立を守ったと言っている、と述べている。同社長はこれからは投資家として接するとして、企業価値を上げるよう求める立場に切り替えた。守ったものが何であったかについて、株主と経営陣の認識は最後まで揃わなかった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "森章氏はパルコが事実上自社を売ったに等しいのに独立を守ったと述べていると批判し、今後は投資家として企業価値の向上を求める立場に切り替えると語った",
                      "原文": "パルコはわれわれが親代わりだったから、社会教育を受けていない子どもみたいなもの。その結果どうなったかといえば、事実上、自分たちの会社を売っちゃったのと同じ。それなのに会見で「独立を守った」とか言っている。だから、こちらも気楽になった。これからは投資家として接する。投資家の目的は高く売ること。そのために企業価値を上げろと、ネジを巻かないといけない。",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年5月28日号「ＴＯＰ ＩＮＴＥＲＶＩＥＷ 森トラスト社長 森 章 怒り心頭の「パルコ問題」 今後は投資家として対処」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "一年あまりで変わった資本の形",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "翌年、事態は再び動いた。イオンは2012年1月に森トラストからパルコ株21％を買い取ることで内々に合意し、2月1日の経営委員会で決議する予定であった。ところが前日にパルコへ打診したところ、経営陣だけでなくテナント企業からも反対が噴出し、買い増しを断念する。押し切ったかに見えたイオンの側が、先に白旗を揚げた。テナントが嫌う相手は株を握っても運営を継げないという事情が、ここで表に出た。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "イオンは2012年1月に森トラストからパルコ株21％を買い取ることで内々に合意したが、パルコ経営陣とテナント企業の反対で買い増しを断念した",
                      "原文": "だが、その後の提携交渉の過程で、先に白旗を揚げたのはイオンだった。同社は今年１月、森トラストからパルコ株２１％を買い取ることで内々に合意。２月１日の経営委員会で決議を予定していた。だが、前日にパルコへ打診したところ、経営陣はもちろん、テナント企業からも反対意見が噴出。買い増しを断念せざるをえなかった。",
                      "source": "週刊東洋経済 2012年3月10日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ ４ ０３ 小売り Ｊ．フロントがグループ化 “暴れ馬”パルコの行方」",
                      "url": null
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "代わって現れたのが、大丸と松坂屋を運営するJ.フロント リテイリングであった。同社は2012年3月下旬に森トラストの持つ33％強を譲り受け、同年8月には公開買付けによってパルコの親会社となる。森章社長が合従連衡のある数年間がパルコの賞味期限だと語った見立てのとおり、2011年5月に守った独立は1年あまりで形を変えた。イオンを退けた先にあったのは、別の親会社であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "J.フロント リテイリングは2012年3月下旬に森トラストの保有する33％強を譲り受けてパルコを持分法適用会社とした",
                      "原文": "大丸や松坂屋を運営するＪ．フロント　リテイリングが、ファッションビル大手パルコを持ち分法適用会社化する。パルコの筆頭株主である森トラストから３３％強の株式すべてを３月下旬に譲り受ける予定だ。",
                      "source": "週刊東洋経済 2012年3月10日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ ４ ０３ 小売り Ｊ．フロントがグループ化 “暴れ馬”パルコの行方」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "森章氏は合従連衡が続く数年間はパルコにもまだ賞味期限があると述べた",
                      "原文": "「合従連衡がある数年間がパルコの賞味期限だ」",
                      "source": "週刊東洋経済 2011年5月28日号「ＴＯＰ ＩＮＴＥＲＶＩＥＷ 森トラスト社長 森 章 怒り心頭の「パルコ問題」 今後は投資家として対処」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2012年8月にJ.フロント リテイリングが公開買付けによりパルコ株式を取得し、親会社となった",
                      "原文": "2012年8月 Ｊ．フロント リテイリング株式会社が、当社株式を公開買付けにより取得し、当社の親会社となる。",
                      "source": "パルコ 有価証券報告書【沿革】",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "差し出したもの",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "物言う株主の要求を退けて独立を守った事例として読むと、この攻防の性格を取り違える。パルコが差し出したのは資本でも事業でもなく、社長の職であった。平野秀一社長は自らの退任を対価に、経営陣の総入れ替えと子会社化を封じ、会社の形をひとまず保っている。提案が総会前に取り下げられたのは、社長ひとりを替えれば矛を収めるという線を森トラストが受け入れたからであった。トップの首が交換材料になりうることを、この決着は示している。"
                },
                {
                  "text": "もっとも、守られたものの中身は当事者の間で一致していない。森章社長は退任会見を受けて、パルコは事実上みずからの会社を売ったに等しいのに独立を守ったと言っている、と述べている。実際、2011年5月に確保した独立は1年あまりで終わり、2012年8月にJ.フロント リテイリングが親会社となった。イオンを退けた判断そのものが誤りだったとまでは言えないにせよ、この攻防で得られたのは独立ではなく、組む相手を選ぶ余地であったとみられる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "週刊東洋経済 2011年3月5日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ４ ０１ 流通 パルコ大株主に急浮上 イオンが狙う“漁夫の利”」",
        "週刊東洋経済 2011年4月16日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ４ 苦闘する日本経済 ０３ 流通 イオンが経営支配へ着々 追い込まれるパルコ」",
        "週刊東洋経済 2011年5月28日号「ＴＯＰ ＩＮＴＥＲＶＩＥＷ 森トラスト社長 森 章 怒り心頭の「パルコ問題」 今後は投資家として対処」",
        "週刊東洋経済 2012年3月10日号「ＮＥＷＳ ＴＯＰ ４ ０３ 小売り Ｊ．フロントがグループ化 “暴れ馬”パルコの行方」",
        "パルコ 有価証券報告書（2011年2月期・連結）",
        "パルコ 有価証券報告書（2019年2月期）役員の状況",
        "パルコ 有価証券報告書【沿革】"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-24"
    }
  ]
}
