{
  "title": "モスフードサービスの歴史概略",
  "sections": [
    {
      "start_year": 1972,
      "end_year": 1990,
      "main_title": "日興証券を辞めた3人が成増で始めた手作りハンバーガーチェーン",
      "subsections": [
        {
          "title": "ロサンゼルスで出会った味と成増の実験店",
          "text": "モスバーガーを運営するモスフードサービスの創業者・櫻田慧氏は1937年、岩手県に生まれた。1960年に日本大学経済学部を卒業して日興証券に入り、東京・浅草支店の営業マンとして頭角を現したのち、1962年にロサンゼルス支店へ赴任する。駐在中に通い詰めた手作りハンバーガー店「トミーズ」は、好立地とは言えない場所ながら材料の質と調理の丁寧さで客を集めており、この体験がのちの商売の原型となった。証券不況で本店外国部に呼び戻されたことに不満を募らせた櫻田氏は、1965年7月に日興証券を退社し、浅草の皮革問屋ヒサゴヤに転職した。\n\nヒサゴヤには日興証券の後輩だった渡辺和男氏と、元日興証券社員の吉野祥氏が相次いで合流した。しかし同社の経営は苦しく、3人は独立の意思を固める。吉野氏と渡辺氏が1970年5月に退社すると、翌月には独立への受け皿として株式会社モスを設立した。転機は1971年7月、日本マクドナルド1号店の銀座開業だった。その盛況を見た櫻田氏はロサンゼルス時代に知った味を思い出し、「ハンバーガーでいこう」と2人に言い放つ。1972年3月に東武東上線成増駅前のショッピングセンター地下へわずか2.8坪の実験店を出し、同年6月には八百屋の倉庫を改造した直営1号店「成増店」を開店、7月に株式会社モス・フード・サービスを設立した。\n\n社名のMOSには「山（Mountain）のように気高く堂々と、海（Ocean）のように深く広い心で、太陽（Sun）のように燃え尽きることのない情熱を持って」という意味が込められている。創業間もない時期の櫻田氏は1日3時間の睡眠で午前7時から午後11時まで1号店の切り盛りにあたり、1972年秋にはぎっくり腰で倒れて病床で涙をこぼした。日興証券時代に89キロあった体重は61キロまで落ちたが、事業の先行きに何とかメドが立ったのは、1973年3月に日本大学構内に出した2号店が繁盛し、1号店も軌道に乗ってからだった。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "櫻田慧は1937年岩手県生まれで、1960年に日本大学経済学部を卒業し日興証券に入社した",
                "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
                "url": null,
                "genbun": "モスバーガーを運営するモスフードサービスの創業者・櫻田慧氏は1937年、岩手県に生まれた。1960年に日本大学経済学部を卒業して日興証券に入り、東京・浅草支店の営業マンとして頭角を現したのち、1962年にロサンゼルス支店へ赴任する。"
              },
              {
                "fact": "1962年にロサンゼルス支店へ転属し、駐在中に手作りハンバーガー店「トミーズ」に足繁く通った",
                "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
                "url": null,
                "genbun": "駐在中に通い詰めた手作りハンバーガー店「トミーズ」は、好立地とは言えない場所ながら材料の質と調理の丁寧さで客を集めており、この体験がのちの商売の原型となった。"
              },
              {
                "fact": "1965年7月に日興証券を退社し、浅草の皮革問屋ヒサゴヤに転職した",
                "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
                "url": null,
                "genbun": "証券不況で本店外国部に呼び戻されたことに不満を募らせた櫻田氏は、1965年7月に日興証券を退社し、浅草の皮革問屋ヒサゴヤに転職した。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "櫻田慧はヒサゴヤに渡辺和男を招き、元日興証券社員の吉野祥を仲間に引き入れた",
                "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
                "url": null,
                "genbun": "ヒサゴヤには日興証券の後輩だった渡辺和男氏と、元日興証券社員の吉野祥氏が相次いで合流した。"
              },
              {
                "fact": "吉野・渡辺の2人が1970年5月に退社し、翌月に受け皿として株式会社モスを設立した",
                "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
                "url": null,
                "genbun": "吉野氏と渡辺氏が1970年5月に退社すると、翌月には独立への受け皿として株式会社モスを設立した。"
              },
              {
                "fact": "1971年7月に日本マクドナルド1号店が銀座に開業し、櫻田は「ハンバーガーでいこう」と決めた",
                "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
                "url": null,
                "genbun": "転機は1971年7月、日本マクドナルド1号店の銀座開業だった。"
              },
              {
                "fact": "1972年3月に東京都板橋区成増に実験店を開いた",
                "source": "モスフードサービス 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1972年3月に東武東上線成増駅前のショッピングセンター地下へわずか2.8坪の実験店を出し、同年6月には八百屋の倉庫を改造した直営1号店「成増店」を開店、7月に株式会社モス・フード・サービスを設立した。"
              },
              {
                "fact": "実験店は2.8坪の小規模な店舗だった",
                "source": "モスバーガー公式サイト「モスバーガーの歴史について」",
                "url": "https://www.mos.jp/faq/company/history/",
                "genbun": "1972年3月に東武東上線成増駅前のショッピングセンター地下へわずか2.8坪の実験店を出し、同年6月には八百屋の倉庫を改造した直営1号店「成増店」を開店、7月に株式会社モス・フード・サービスを設立した。"
              },
              {
                "fact": "1972年6月にモスバーガー1号店「成増店」がオープンし、同年7月に株式会社モス・フード・サービスを設立した",
                "source": "モスフードサービス 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "同年6月には八百屋の倉庫を改造した直営1号店「成増店」を開店、7月に株式会社モス・フード・サービスを設立した。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "MOSはMountain・Ocean・Sunの頭文字で、山・海・太陽にちなむ意味が込められている",
                "source": "モスバーガー公式サイト「モスバーガーの歴史について」",
                "url": "https://www.mos.jp/faq/company/history/",
                "genbun": "社名のMOSには「山（Mountain）のように気高く堂々と、海（Ocean）のように深く広い心で、太陽（Sun）のように燃え尽きることのない情熱を持って」という意味が込められている。"
              },
              {
                "fact": "創業期の櫻田は1日3時間の睡眠で午前7時から午後11時まで1号店を切り盛りし、体重は89キロから61キロに減った",
                "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
                "url": null,
                "genbun": "創業間もない時期の櫻田氏は1日3時間の睡眠で午前7時から午後11時まで1号店の切り盛りにあたり、1972年秋にはぎっくり腰で倒れて病床で涙をこぼした。"
              },
              {
                "fact": "1973年3月に日本大学構内に出した2号店が繁盛し、事業の先行きにメドが立った",
                "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
                "url": null,
                "genbun": "事業の先行きに何とかメドが立ったのは、1973年3月に日本大学構内に出した2号店が繁盛し、1号店も軌道に乗ってからだった。"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "マクドナルドの逆を行く二等地とテリヤキバーガー",
          "text": "モスの商法は、米国流ハンバーガー事業の「日本化」を徹底する点に特徴があった。駅前の一等地に大型店を構える先行チェーンに対し、出店コストの安い商店街のはずれ、いわゆる二等地に小さな店を出し、作り置きをせず注文を受けてから調理する。日本人の味覚に合わせた商品開発も柱に据え、創業翌年の1973年5月には、醤油と味噌をベースにしたソースを使う「テリヤキバーガー」を発売した。和風の照り焼き味は発売と同時にヒットし、マクドナルドをはじめ他チェーンが追随する定番商品となる。1973年11月には愛知県名古屋市にフランチャイズ1号店「新瑞店」が開店し、加盟店網の拡大が始まった。\n\nフランチャイズの仕組みも独特だった。本部が加盟店から徴収するロイヤルティーは売り上げの1％に抑え、本部は加盟店への食材供給で利益を確保する。加盟店の多くはオーナー自らが調理場に立つ家族経営で、開店資金は全て加盟店が負担した。資金力の乏しい個人オーナーの立地は二等地に限られるため、客足を呼ぶ独自商品の開発が欠かせないという循環が商品力を鍛えた。店舗網は1979年1月に100店、1983年8月に200店、1986年12月に500店と広がり、1986年6月には熊本・滋賀両県への出店で外食産業初の全47都道府県出店を達成した。1987年には、当時余っていた標準米を使いご飯のプレートで具を挟む「モスライスバーガー」を発売している。",
          "references": [],
          "quotes": [
            {
              "speaker": "櫻田慧",
              "role": "創業者・当時会長",
              "date": "1991",
              "text": "お客様に心から奉仕すれば、お金は自然に入ってくる。追いかけて無理につかみ取ろうとしてはいけない。モスバーガーチェーンの最大のフィロソフィーは感謝の気持ち。共有すべき唯一の価値観は愛だ。",
              "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
              "paragraph": 2
            }
          ],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "モスは二等地への小型出店と注文を受けてからの調理を戦略とし、マクドナルドの手法を逆手に取った",
                "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
                "url": null,
                "genbun": "駅前の一等地に大型店を構える先行チェーンに対し、出店コストの安い商店街のはずれ、いわゆる二等地に小さな店を出し、作り置きをせず注文を受けてから調理する。"
              },
              {
                "fact": "1973年5月にテリヤキバーガーを発売した",
                "source": "モスフードサービス公式サイト「沿革」",
                "url": "https://www.mos.co.jp/company/outline/history/1972_1989/",
                "genbun": "創業翌年の1973年5月には、醤油と味噌をベースにしたソースを使う「テリヤキバーガー」を発売した。"
              },
              {
                "fact": "テリヤキバーガーは発売と同時にヒットし、マクドナルドはじめ他チェーンがメニューに加えた",
                "source": "日経ビジネス 1994年7月11日号",
                "url": null,
                "genbun": "和風の照り焼き味は発売と同時にヒットし、マクドナルドをはじめ他チェーンが追随する定番商品となる。"
              },
              {
                "fact": "1973年11月にフランチャイズ1号店「新瑞店」（愛知県）がオープンした",
                "source": "モスフードサービス 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1973年11月には愛知県名古屋市にフランチャイズ1号店「新瑞店」が開店し、加盟店網の拡大が始まった。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "加盟店から本部が集めるロイヤルティーは売り上げの1%で、本部は食材供給で利益を確保した",
                "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
                "url": null,
                "genbun": "本部が加盟店から徴収するロイヤルティーは売り上げの1％に抑え、本部は加盟店への食材供給で利益を確保する。"
              },
              {
                "fact": "加盟店の多くはオーナー自ら調理する家族経営で、開店資金は加盟店が負担した",
                "source": "日経ビジネス 1994年7月11日号",
                "url": null,
                "genbun": "加盟店の多くはオーナー自らが調理場に立つ家族経営で、開店資金は全て加盟店が負担した。"
              },
              {
                "fact": "店舗数は1979年1月に100店、1983年8月に200店、1986年12月に500店へ達した",
                "source": "モスフードサービス公式サイト「沿革」",
                "url": "https://www.mos.co.jp/company/outline/history/1972_1989/",
                "genbun": "店舗網は1979年1月に100店、1983年8月に200店、1986年12月に500店と広がり、1986年6月には熊本・滋賀両県への出店で外食産業初の全47都道府県出店を達成した。"
              },
              {
                "fact": "1986年6月に健軍店・彦根大藪店のオープンで外食産業初の全47都道府県出店を達成した",
                "source": "モスフードサービス 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1986年6月には熊本・滋賀両県への出店で外食産業初の全47都道府県出店を達成した。"
              },
              {
                "fact": "1987年にモスライスバーガーを発売した。原料には当時余っていた標準米を使った",
                "source": "モスフードサービス公式サイト「沿革」",
                "url": "https://www.mos.co.jp/company/outline/history/1972_1989/",
                "genbun": "1987年には、当時余っていた標準米を使いご飯のプレートで具を挟む「モスライスバーガー」を発売している。"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "盟友の急死を機に決めた株式公開と上場",
          "text": "株式公開を決意させたのは盟友の死だった。1983年12月、店舗を巡回して経営指導を行うスーパーバイザー業務を統括していた吉野祥氏（当時専務）が急死する。フランチャイジーと日常的に接する実務で中心的な役割を担った吉野氏を欠いた打撃は重く、属人的な結束から組織的な経営への移行が急務となった。櫻田慧氏は3カ月間何も手につかなかったが、組織の整備など企業基盤を固めることが重要だと判断し、株式公開を決めた。このころ加盟を希望する店は急増しており、質を落とさずにチェーン網を速く広げる素地も整っていた。店舗数は1983年8月の200店から1985年6月には300店へ増えている。\n\n1985年11月に株式を店頭売買銘柄として日本証券業協会に登録し、1988年3月には東京証券取引所市場第二部に上場した。店舗数は1988年7月に700店、1989年4月には800店に到達する。企業基盤がひとまず固まったのを見届けた櫻田慧氏は1990年6月に会長へ退き、社長を渡辺和男氏に譲った。18年間にわたり社長を務めてきた櫻田氏はこれ以後、ラーメンや牛どん、カレーライスといった新業態の開発や国際戦略の立案に軸を移すと語り、自らが体現してきたカリスマ経営の第一線から一歩引いた。",
          "references": [],
          "quotes": [
            {
              "speaker": "櫻田慧",
              "role": "創業者。吉野祥氏の死去について",
              "date": "1991",
              "text": "彼の死は、仕事で無理を重ねた上での「戦死」。亡くなった後、3カ月は何も手につかなかったが、気を取り直して彼の穴をどう埋めたらいいのかを考えた。何より組織の整備など企業基盤を固めることが大事だと判断し、株式公開を決意した。",
              "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
              "paragraph": 1
            }
          ],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "1983年12月に専務の吉野祥が急死し、櫻田慧は株式公開を決意した",
                "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
                "url": null,
                "genbun": "1983年12月、店舗を巡回して経営指導を行うスーパーバイザー業務を統括していた吉野祥氏（当時専務）が急死する。"
              },
              {
                "fact": "店舗数は1983年8月の200店から1985年6月に300店へ増えた",
                "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
                "url": null,
                "genbun": "店舗数は1983年8月の200店から1985年6月には300店へ増えている。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "1985年11月に株式を店頭売買銘柄として日本証券業協会に登録した",
                "source": "モスフードサービス 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1985年11月に株式を店頭売買銘柄として日本証券業協会に登録し、1988年3月には東京証券取引所市場第二部に上場した。"
              },
              {
                "fact": "1988年3月に東証二部へ上場した",
                "source": "モスフードサービス 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1985年11月に株式を店頭売買銘柄として日本証券業協会に登録し、1988年3月には東京証券取引所市場第二部に上場した。"
              },
              {
                "fact": "店舗数は1988年7月に700店、1989年4月に800店へ達した",
                "source": "モスフードサービス公式サイト「沿革」",
                "url": "https://www.mos.co.jp/company/outline/history/1972_1989/",
                "genbun": "店舗数は1988年7月に700店、1989年4月には800店に到達する。"
              },
              {
                "fact": "櫻田慧は18年間社長を務めた後、1990年6月に会長に就任し、社長を渡辺和男に譲った",
                "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
                "url": null,
                "genbun": "企業基盤がひとまず固まったのを見届けた櫻田慧氏は1990年6月に会長へ退き、社長を渡辺和男氏に譲った。"
              }
            ]
          ]
        }
      ]
    },
    {
      "start_year": 1991,
      "end_year": 1997,
      "main_title": "店舗数で日本マクドナルドを抜いた1990年代と創業者・櫻田慧氏の急逝",
      "subsections": [
        {
          "title": "不況下でも値下げしない1000店チェーン",
          "text": "1991年3月末のモスバーガーチェーンは1015店に達し、うち直営は50店にすぎず、全体の95％にあたる965店をフランチャイズ加盟店が占めた。1991年3月期のチェーン全店売上高は790億円でハンバーガー業界2位、加盟店に食材を供給する本部モスフードサービスの売上高は404億円、経常利益は50億円の規模だった。海外にも足がかりを築き、1991年2月に台湾でモスバーガー1号店「新生南路店」を、1993年5月にはシンガポール1号店「イセタンスコッツ店」を開いている。台湾はのちに最大の海外市場へ育った。\n\n平成不況で外食産業の成長が止まり、マクドナルドやケンタッキーが実質値下げの低価格セットを投入するなか、モスは価格を一切下げなかった。客単価はマクドナルドより70〜80円高いにもかかわらず、1994年3月期の既存店売上高は前年度比2％増と、6％減だった日本マクドナルドを上回った。同期の本部売上高は550億3100万円、経常利益は65億200万円、チェーン全店の末端売上高は1107億円と1000億円の大台を超えた。店舗数は1277店と日本マクドナルドの1040店を上回り、ハンバーガーチェーンの首位に立った。1994年6月には東京・銀座に初の都心繁華街店を出し、朝食メニューやサンドイッチ店頭販売の実験にあてている。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "1991年3月末の店舗数は1015店で、うち直営50店、95%の965店がFC加盟店だった",
                "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
                "url": null,
                "genbun": "1991年3月末のモスバーガーチェーンは1015店に達し、うち直営は50店にすぎず、全体の95％にあたる965店をフランチャイズ加盟店が占めた。"
              },
              {
                "fact": "1991年3月期のチェーン総売上高は790億円で業界2位、本部の売上高404億円・経常利益50億円だった",
                "source": "日経ビジネス 1991年8月26日号",
                "url": null,
                "genbun": "1991年3月期のチェーン全店売上高は790億円でハンバーガー業界2位、加盟店に食材を供給する本部モスフードサービスの売上高は404億円、経常利益は50億円の規模だった。"
              },
              {
                "fact": "1991年2月に台湾1号店「新生南路店」、1993年5月にシンガポール1号店「イセタンスコッツ店」がオープンした",
                "source": "モスフードサービス 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1991年2月に台湾でモスバーガー1号店「新生南路店」を、1993年5月にはシンガポール1号店「イセタンスコッツ店」を開いている。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "不況下でマクドナルド等が低価格セットを導入する中、モスは価格を下げなかった。客単価はマクドナルドより70〜80円高かった",
                "source": "日経ビジネス 1994年7月11日号",
                "url": null,
                "genbun": "平成不況で外食産業の成長が止まり、マクドナルドやケンタッキーが実質値下げの低価格セットを投入するなか、モスは価格を一切下げなかった。"
              },
              {
                "fact": "1993年度の既存店売上高はモスが前年度比2%増、日本マクドナルドは6%減だった",
                "source": "日経ビジネス 1994年7月11日号",
                "url": null,
                "genbun": "客単価はマクドナルドより70〜80円高いにもかかわらず、1994年3月期の既存店売上高は前年度比2％増と、6％減だった日本マクドナルドを上回った。"
              },
              {
                "fact": "1994年3月期は本部売上高550億3100万円・経常利益65億200万円、チェーン末端売上高1107億円だった",
                "source": "日経ビジネス 1994年7月11日号",
                "url": null,
                "genbun": "同期の本部売上高は550億3100万円、経常利益は65億200万円、チェーン全店の末端売上高は1107億円と1000億円の大台を超えた。"
              },
              {
                "fact": "1993年度末の店舗数はモス1277店・日本マクドナルド1040店で、モスがチェーン店舗数トップだった",
                "source": "日経ビジネス 1994年7月11日号",
                "url": null,
                "genbun": "店舗数は1277店と日本マクドナルドの1040店を上回り、ハンバーガーチェーンの首位に立った。"
              },
              {
                "fact": "1994年6月8日に東京・銀座6丁目へ都心繁華街初の直営店を開き、朝食メニューやサンドイッチ販売を実験した",
                "source": "日経ビジネス 1994年7月11日号",
                "url": null,
                "genbun": "1994年6月には東京・銀座に初の都心繁華街店を出し、朝食メニューやサンドイッチ店頭販売の実験にあてている。"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "東証一部指定替えと創業者の突然の死",
          "text": "1996年9月、モスフードサービスの株式は東証二部から一部へ指定替えとなった。一方でこの時期には、加盟店オーナーの高齢化と店の引き継ぎが将来の不安材料として指摘され始めていた。30歳で店を持ったオーナーは創業から20年余りで50歳を超え、体力の衰えから若い時のような働き方が難しくなりつつあった。フランチャイズ比率95％のチェーンにとって、オーナーの世代交代は本部の成長を左右する構造的な課題だった。寝食を惜しんで働いても店の規模が小さく、夫婦2人の年収がせいぜい1000万円前後にとどまる加盟店の現実も誌面に紹介されていた。\n\n1997年5月、創業者で会長の櫻田慧氏が60歳で急逝した。死去の3年前には「今は、黙っていても売れていく」と自ら語るほど商品への支持は厚く、健在だった。それだけに、理念と哲学でチェーンをまとめてきたカリスマの喪失に、経営陣も加盟店オーナーも動揺する。業績は1997年3月期から減益に転じ、既存店売上高の前年割れが続いた。生野菜を有機野菜などへ切り替える取り組みを1997年に始めるなど商品の質へのこだわりは保たれたが、減益と既存店の前年割れは止まらず、チェーンは創業者のいない経営体制づくりを迫られた。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "1996年9月に東証二部から一部へ指定替えとなった",
                "source": "モスフードサービス 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1996年9月、モスフードサービスの株式は東証二部から一部へ指定替えとなった。"
              },
              {
                "fact": "1994年時点で加盟店オーナーの高齢化と店の引き継ぎがFC維持の課題と指摘されていた",
                "source": "日経ビジネス 1994年7月11日号",
                "url": null,
                "genbun": "一方でこの時期には、加盟店オーナーの高齢化と店の引き継ぎが将来の不安材料として指摘され始めていた。"
              },
              {
                "fact": "加盟店は夫婦2人の年収がせいぜい1000万円前後と指摘されていた",
                "source": "日経ビジネス 1994年7月11日号",
                "url": null,
                "genbun": "寝食を惜しんで働いても店の規模が小さく、夫婦2人の年収がせいぜい1000万円前後にとどまる加盟店の現実も誌面に紹介されていた。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "1997年5月に創業者の櫻田慧が60歳で急逝した",
                "source": "日経ビジネス 2000年2月28日号",
                "url": null,
                "genbun": "1997年5月、創業者で会長の櫻田慧氏が60歳で急逝した。"
              },
              {
                "fact": "業績は1997年3月期から減益が続いた",
                "source": "日経ビジネス 2000年2月28日号",
                "url": null,
                "genbun": "業績は1997年3月期から減益に転じ、既存店売上高の前年割れが続いた。"
              },
              {
                "fact": "1997年から生野菜を有機野菜に切り替えた",
                "source": "日経ビジネス 2000年2月28日号",
                "url": null,
                "genbun": "生野菜を有機野菜などへ切り替える取り組みを1997年に始めるなど商品の質へのこだわりは保たれたが、減益と既存店の前年割れは止まらず、チェーンは創業者のいない経営体制づくりを迫られた。"
              },
              {
                "fact": "櫻田慧会長は1994年に「今は、黙っていても売れていく」と語った",
                "source": "日経ビジネス 1994年7月11日号",
                "url": null,
                "genbun": "死去の3年前には「今は、黙っていても売れていく」と自ら語るほど商品への支持は厚く、健在だった。"
              }
            ]
          ]
        }
      ]
    },
    {
      "start_year": 1998,
      "end_year": 2015,
      "main_title": "お家騒動からの立て直し――店舗改革・匠味・農業参入・アジア再進出",
      "subsections": [
        {
          "title": "社長50日交代の混乱と櫻田厚氏の登板",
          "text": "創業者の死後、モスフードサービスは後任人事をめぐって紛糾した。創業家が推した社長が在任わずか50日で交代する事態が続き、加盟店オーナーの士気は急速に下がった。1998年12月、営業担当役員だった櫻田厚氏は、翌日に控えた取締役会でトップを解任し社長に就くよう要請を受ける。厚氏は創業者・慧氏の甥にあたる。深夜の東京・池上本門寺の境内で一人思い悩んだ末、創業者である叔父のことを思って引き受ける決意を固め、社長に就任した。就任時に掲げた「1999年3月期の既存店売り上げ前年比100％」の目標は未達に終わった。\n\n櫻田厚社長は加盟店との信頼関係を修復する応急処置として、売り上げ回復を狙う新商品の連続投入を選んだ。1999年の1年間だけで14種類と、それまで年間1〜2種類だった新商品を矢継ぎ早に発売し、初めてタレントを起用したテレビCMも流した。それでも既存店売上高の下落は止められず、1999年3月期は売上高610億円、経常利益45億円と創業以来初の減収減益に沈む。新商品の乱発は店頭の調理作業を圧迫し、価格志向の若年層を狙った190円の低価格商品も、130円のハンバーガーを売るマクドナルドの前では驚きに欠けた。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "創業者急逝後、創業家が推した社長が在任50日で交代するお家騒動があった",
                "source": "日経ビジネス 2000年2月28日号",
                "url": null,
                "genbun": "創業家が推した社長が在任わずか50日で交代する事態が続き、加盟店オーナーの士気は急速に下がった。"
              },
              {
                "fact": "1998年12月、役員人事の内紛の中で櫻田厚が社長就任の要請を受け、池上本門寺で思案の末に引き受けた",
                "source": "週刊東洋経済 2016年4月15日号",
                "url": null,
                "genbun": "1998年12月、営業担当役員だった櫻田厚氏は、翌日に控えた取締役会でトップを解任し社長に就くよう要請を受ける。"
              },
              {
                "fact": "櫻田厚は創業者・櫻田慧の甥で、1998年に社長へ就任した",
                "source": "日経ビジネス 2000年2月28日号",
                "url": null,
                "genbun": "厚氏は創業者・慧氏の甥にあたる。"
              },
              {
                "fact": "社長就任時に掲げた「1999年3月期の既存店売り上げ前年比100%達成」の目標は未達成に終わった",
                "source": "日経ビジネス 2000年2月28日号",
                "url": null,
                "genbun": "就任時に掲げた「1999年3月期の既存店売り上げ前年比100％」の目標は未達に終わった。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "1999年の1年間で14種類の新商品を発売した。それ以前は年間1〜2種類だった",
                "source": "日経ビジネス 2000年2月28日号",
                "url": null,
                "genbun": "1999年の1年間だけで14種類と、それまで年間1〜2種類だった新商品を矢継ぎ早に発売し、初めてタレントを起用したテレビCMも流した。"
              },
              {
                "fact": "1999年3月期は売上高610億円・経常利益45億円で、創業以来初の減収減益だった",
                "source": "日経ビジネス 2000年2月28日号",
                "url": null,
                "genbun": "1999年3月期は売上高610億円、経常利益45億円と創業以来初の減収減益に沈む。"
              },
              {
                "fact": "低価格商品は190円で、マクドナルドのハンバーガー130円に対しインパクトを欠いた",
                "source": "日経ビジネス 2000年2月28日号",
                "url": null,
                "genbun": "価格志向の若年層を狙った190円の低価格商品も、130円のハンバーガーを売るマクドナルドの前では驚きに欠けた。"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "加盟店の厳選と高価格「ニッポンのバーガー匠味」",
          "text": "立て直しの軸に据えたのは店舗網の作り直しだった。立地や店舗面積、従業員のレベルで店ごとの格差が開いたことを最大の問題とみた櫻田厚社長は、立地条件や市場特性に合わせて店のタイプを分け、内外装や商品から見直す方針を打ち出す。本部が求めるサービス水準についてこられない加盟店とは「決別も辞さない」と明言し、加盟店を厳選した結果、オーナー数は1997年度の693人がピークとなった。数百店を自分の目で見て回った上での、フランチャイズチェーンの質を優先する選択だった。実験を重ねた新型店舗への切り替えは、2001年以降に順次始める計画とした。\n\n2003年には、注文を受けてから作る強みを生かした高価格帯の「ニッポンのバーガー匠味（たくみ）」を発売し、低価格競争と一線を画すブランド強化に動いた。この路線は経済誌に「ファストフードに逆行し、ブランド力強化」と取り上げられ、以後の商品戦略の軸になった。それでも本部の売上高は縮小が続き、2002年3月期の721億円から2004年3月期には587億円まで下がる。2005年3月期には減損会計を早期適用して112億円の減損損失を計上し、73億円の最終赤字に沈んだ。不良資産の処理を先行させた結果、翌2006年3月期は11億円の黒字に復している。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "店ごとの格差を最大の問題とみて、立地・市場特性に応じ店のタイプを分けて内外装や商品を見直す方針を打ち出した",
                "source": "日経ビジネス 2000年2月28日号",
                "url": null,
                "genbun": "立地や店舗面積、従業員のレベルで店ごとの格差が開いたことを最大の問題とみた櫻田厚社長は、立地条件や市場特性に合わせて店のタイプを分け、内外装や商品から見直す方針を打ち出す。"
              },
              {
                "fact": "櫻田厚社長が加盟店を厳選し、モスバーガーのオーナー数は1997年度の693人がピークとなった",
                "source": "週刊東洋経済 2017年4月15日号",
                "url": null,
                "genbun": "本部が求めるサービス水準についてこられない加盟店とは「決別も辞さない」と明言し、加盟店を厳選した結果、オーナー数は1997年度の693人がピークとなった。"
              },
              {
                "fact": "新型店舗への切り替え開始は2001年以降になる見通しだった",
                "source": "日経ビジネス 2000年2月28日号",
                "url": null,
                "genbun": "実験を重ねた新型店舗への切り替えは、2001年以降に順次始める計画とした。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "2003年に「ニッポンのバーガー匠味」を発売した",
                "source": "モスフードサービス公式サイト「沿革」",
                "url": "https://www.mos.co.jp/company/outline/history/2000_2009/",
                "genbun": "2003年には、注文を受けてから作る強みを生かした高価格帯の「ニッポンのバーガー匠味（たくみ）」を発売し、低価格競争と一線を画すブランド強化に動いた。"
              },
              {
                "fact": "匠味は「ファストフードに逆行し、ブランド力強化」の事例として経済誌に取り上げられた",
                "source": "週刊東洋経済 2005年4月2日号",
                "url": null,
                "genbun": "この路線は経済誌に「ファストフードに逆行し、ブランド力強化」と取り上げられ、以後の商品戦略の軸になった。"
              },
              {
                "fact": "2005年3月期に減損会計を早期適用し、減損損失112億60百万円を計上した",
                "source": "モスフードサービス 有価証券報告書（第33期）",
                "url": "https://www.mos.co.jp/company/ir/library/valuable_securities/pdf/2005_vs.pdf",
                "genbun": "2005年3月期には減損会計を早期適用して112億円の減損損失を計上し、73億円の最終赤字に沈んだ。"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "農業参入・ダスキン提携とアジア再進出",
          "text": "食材の川上にも踏み込んだ。2006年2月に農業生産法人サングレイス（現モスファーム・サングレイス）へ資本参加して野菜の生産に関与し、以後モスファーム熊本（2013年）、モス・サンファームむかわ（2014年、北海道）、モスファームすずなり（2014年、静岡県）など、産地との合弁会社を各地に設けた。2008年2月には、ミスタードーナツをフランチャイズ運営するダスキンと資本・業務提携契約を結び、販促手法の相互活用などに取り組んだ。野菜の質を売りにするチェーンにとって、産地と直接組む体制は品質と調達の両面を安定させる手立てだった。\n\n海外は再びアジアに向かった。2006年10月に香港、2007年3月にタイでモスバーガー1号店を開き、2012年2月には韓国にも出店した。国内では2008年ごろも既存店の不振と店舗数の減少が続き、経済誌に「迷走」と書かれる時期が続いたが、商品の質を軸にした路線はやがて客単価の上昇へ結びつく。2015年5月の値上げも収益改善に効き、2016年3月期には売上高711億円、営業利益38億円まで業績を戻し、長い調整期から抜け出した。国内のモスバーガー店舗網は、このころ全国1300店規模を保っている。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "2006年2月に農業生産法人サングレイス（現モスファーム・サングレイス）に資本参加した",
                "source": "モスフードサービス 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "2006年2月に農業生産法人サングレイス（現モスファーム・サングレイス）へ資本参加して野菜の生産に関与し、以後モスファーム熊本（2013年）、モス・サンファームむかわ（2014年、北海道）、モスファームすずなり（2014年、静岡県）など、産地との合弁会社を各地に設けた。"
              },
              {
                "fact": "モスファーム熊本は2013年4月、モス・サンファームむかわは2014年3月、モスファームすずなりは2014年4月に設立された",
                "source": "モスフードサービス 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "以後モスファーム熊本（2013年）、モス・サンファームむかわ（2014年、北海道）、モスファームすずなり（2014年、静岡県）など、産地との合弁会社を各地に設けた。"
              },
              {
                "fact": "2008年2月にダスキンと資本・業務提携契約を締結した",
                "source": "週刊東洋経済 2008年3月8日号",
                "url": null,
                "genbun": "2008年2月には、ミスタードーナツをフランチャイズ運営するダスキンと資本・業務提携契約を結び、販促手法の相互活用などに取り組んだ。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "香港1号店は2006年10月、タイ1号店は2007年3月、韓国1号店は2012年2月にオープンした",
                "source": "モスフードサービス 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "2006年10月に香港、2007年3月にタイでモスバーガー1号店を開き、2012年2月には韓国にも出店した。"
              },
              {
                "fact": "2008年時点で既存店不振・店舗数減少が続き、業績悪化に歯止めがかからないと指摘された",
                "source": "週刊東洋経済 2008年8月30日号",
                "url": null,
                "genbun": "国内では2008年ごろも既存店の不振と店舗数の減少が続き、経済誌に「迷走」と書かれる時期が続いたが、商品の質を軸にした路線はやがて客単価の上昇へ結びつく。"
              },
              {
                "fact": "モスは2015年5月に値上げを実施した",
                "source": "週刊東洋経済 2016年3月4日号",
                "url": null,
                "genbun": "2015年5月の値上げも収益改善に効き、2016年3月期には売上高711億円、営業利益38億円まで業績を戻し、長い調整期から抜け出した。"
              },
              {
                "fact": "モスバーガーは2017年時点で全国1300店以上を展開していた",
                "source": "週刊東洋経済 2017年1月28日号",
                "url": null,
                "genbun": "国内のモスバーガー店舗網は、このころ全国1300店規模を保っている。"
              }
            ]
          ]
        }
      ]
    },
    {
      "start_year": 2016,
      "end_year": 2025,
      "main_title": "創業家経営の区切り、食中毒とコスト危機を越えて過去最高の売上へ",
      "subsections": [
        {
          "title": "創業家以外で初の社長就任と食中毒の打撃",
          "text": "2016年6月、社長の座は創業家の外へ移った。法務・総務畑を歩んだ中村栄輔氏が社長に就き、櫻田厚氏は会長に退く。創業以来、社長職は櫻田慧氏とその甥の厚氏ら創業家ゆかりの人物が担ってきただけに、経済誌が「脱創業家」の正念場と取り上げる交代劇だった。中村氏は週刊東洋経済が法務出身の経営トップの代表例に挙げる人物で、理念先行で来たチェーンの経営を契約と統治の実務家が引き継いだ。中村社長のもとで商品と価格の見直しが進み、2017年3月期は売上高709億円、営業利益47億円と高い収益水準を取り戻した。\n\n回復の矢先に危機が来た。2018年8月、関東・甲信地方のモスバーガー19店舗を利用した28人が腸管出血性大腸菌O121に感染する食中毒が発生し、会社は9月に公表して謝罪した。対象店舗の営業自粛と消毒、衛生管理の総点検を経ても、客足の回復には時間がかかった。客離れに加え、フランチャイズ加盟店への営業補償が発生し、2019年3月期は売上高663億円、営業利益5億円に落ち込み、9億円の最終赤字に沈む。通期の最終赤字は2008年3月期以来11年ぶりで、食の安全を看板にしてきたチェーンにとって痛恨の事故だった。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "2016年に櫻田厚が社長を退任し、法務畑出身の中村栄輔が社長に昇格した",
                "source": "週刊東洋経済 2016年4月15日号",
                "url": null,
                "genbun": "法務・総務畑を歩んだ中村栄輔氏が社長に就き、櫻田厚氏は会長に退く。"
              },
              {
                "fact": "週刊東洋経済は法務出身の社長の例として中村栄輔を挙げた",
                "source": "週刊東洋経済 2021年1月30日号",
                "url": null,
                "genbun": "中村氏は週刊東洋経済が法務出身の経営トップの代表例に挙げる人物で、理念先行で来たチェーンの経営を契約と統治の実務家が引き継いだ。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "2018年8月に関東・甲信地方の19店舗を利用した28人が腸管出血性大腸菌O121に感染する食中毒が発生し、同年9月に公表された",
                "source": "モスフードサービス「食中毒に関するお知らせとお詫び」（2018年9月14日）",
                "url": "https://www.mos.co.jp/company/pr_pdf/pr_180914_1.pdf",
                "genbun": "2018年8月、関東・甲信地方のモスバーガー19店舗を利用した28人が腸管出血性大腸菌O121に感染する食中毒が発生し、会社は9月に公表して謝罪した。"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "コロナ下の追い風と原材料高による赤字",
          "text": "新型コロナウイルス下では、住宅地や郊外に多い店舗立地とテイクアウトの強みが生きた。持ち帰り・ドライブスルー・宅配の伸びで国内モスバーガー事業は増収となり、不採算店の整理や助成金収入も寄与して、2021年3月期は増収増益を確保する。同期には12億円の助成金収入を計上する一方で、減損損失も膨らんだ。2022年3月期は売上高784億円、純利益34億円まで伸び、外食産業がコロナで苦しむなかで存在感を高めた。セルフレジやキャッシュレス決済の導入など、店頭のデジタル化もこの間に進めている。\n\n一転して翌期は仕入れコストの急騰に見舞われた。2022年7月に価格改定を実施した後も想定を上回る原材料費の上昇が続き、海外事業の減損も重なって、2023年3月期は売上高851億円ながら営業利益はほぼ消え、3億円の最終赤字となった。安易な値上げは客離れに直結するとして、仕入れ努力と「価値」を感じられる価格設定の両立を探る対応が続く。2022年に掲げた中長期ビジョン「世界が注目する外食のアジアオンリーワン企業へ」と2022〜2024年度の中期経営計画は、初年度からこのコスト対応に追われた。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "コロナ下で国内モスバーガー事業はテイクアウト・ドライブスルー・宅配が伸びて増収増益となり、不採算店舗整理や助成金収入があった",
                "source": "モスフードサービス 2021年3月期決算説明会資料（2021年5月）",
                "url": "https://ssl4.eir-parts.net/doc/8153/ir_material_for_fiscal_ym11/164650/00.pdf",
                "genbun": "持ち帰り・ドライブスルー・宅配の伸びで国内モスバーガー事業は増収となり、不採算店の整理や助成金収入も寄与して、2021年3月期は増収増益を確保する。"
              },
              {
                "fact": "2021年3月期に助成金収入12億円を計上する一方、減損損失は前期比6億円増加した",
                "source": "モスフードサービス 2021年3月期決算説明会資料（2021年5月）",
                "url": "https://ssl4.eir-parts.net/doc/8153/ir_material_for_fiscal_ym11/164650/00.pdf",
                "genbun": "同期には12億円の助成金収入を計上する一方で、減損損失も膨らんだ。"
              },
              {
                "fact": "コロナ下でセルフレジ・キャッシュレス決済の拡大を進めた",
                "source": "モスグループ統合報告2021（2021年発行）",
                "url": "https://ssl4.eir-parts.net/doc/8153/ir_material_for_fiscal_ym10/166323/00.pdf",
                "genbun": "セルフレジやキャッシュレス決済の導入など、店頭のデジタル化もこの間に進めている。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "2022年7月の価格改定以降も想定を上回る仕入れコスト上昇が続き、海外事業の減損も加わって2022年度は最終赤字となった",
                "source": "モスフードサービス 2023年3月期決算説明会資料（2023年5月）",
                "url": "https://ssl4.eir-parts.net/doc/8153/ir_material_for_fiscal_ym11/164654/00.pdf",
                "genbun": "2022年7月に価格改定を実施した後も想定を上回る原材料費の上昇が続き、海外事業の減損も重なって、2023年3月期は売上高851億円ながら営業利益はほぼ消え、3億円の最終赤字となった。"
              },
              {
                "fact": "会社は安易な値上げは顧客離れに直結するとして、仕入れ努力と「価値」を感じてもらえる価格設定を重視すると説明した",
                "source": "第54回定時株主総会質疑応答（2026年7月10日）",
                "url": "https://ssl4.eir-parts.net/doc/8153/announcement4/123325/00.pdf",
                "genbun": "安易な値上げは客離れに直結するとして、仕入れ努力と「価値」を感じられる価格設定の両立を探る対応が続く。"
              },
              {
                "fact": "2022年に中長期ビジョン「世界が注目する外食のアジアオンリーワン企業へ」と2022-2024年度中期経営計画を発表した",
                "source": "モスフードサービス 2022年3月期決算説明会資料（2022年5月）",
                "url": "https://ssl4.eir-parts.net/doc/8153/ir_material_for_fiscal_ym11/164652/00.pdf",
                "genbun": "2022年に掲げた中長期ビジョン「世界が注目する外食のアジアオンリーワン企業へ」と2022〜2024年度の中期経営計画は、初年度からこのコスト対応に追われた。"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "2年連続の過去最高売上とアジアオンリーワン構想",
          "text": "価格改定の浸透と客数の回復で業績は反転した。2024年3月期は売上高931億円・営業利益42億円、2025年3月期は売上高962億円・営業利益52億円と、売上高は2年連続で過去最高を更新する。価格戦略では、手頃な「レギュラー」からぜいたくな「超プレミアム」まで3つの価格帯をそろえる「グラデーション化」で、値上げと客の満足度の両立を図った。市場制度の面では、2022年4月の東証の市場区分見直しでプライム市場へ移行している。2025年3月期の営業利益率は5％台に乗り、原材料高で落ち込んだ採算を取り戻した。\n\n2025年5月には中期経営計画2025-2027を策定し、株主還元の目安を配当性向30％から自己株式取得を組み合わせた総還元性向30％へ改めた。海外は2020年2月に1号店を開いたフィリピンを含めアジア9つの国・地域に広がり、最大市場の台湾では2026年6月稼働の新工場に投資する。台湾以外では香港・シンガポール・タイに注力し、2027年度までを基盤強化の期間として不採算店舗の整理と既存店の収益力向上を進め、2028年度からの業績回復を目指すという。成増の2.8坪の実験店から始まった「日本生まれのハンバーガー」は、成長の場を国内からアジアへ広げている。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "2024年度の売上高は過去最高だった",
                "source": "モスフードサービス 決算及び中期経営計画説明会資料（2025年5月）",
                "url": "https://ssl4.eir-parts.net/doc/8153/ir_material_for_fiscal_ym11/179105/00.pdf",
                "genbun": "2024年3月期は売上高931億円・営業利益42億円、2025年3月期は売上高962億円・営業利益52億円と、売上高は2年連続で過去最高を更新する。"
              },
              {
                "fact": "リーズナブルな「レギュラー」から「超プレミアム」まで3つの価格帯を用意する「価格のグラデーション化戦略」を採っている",
                "source": "第54回定時株主総会質疑応答（2026年7月10日）",
                "url": "https://ssl4.eir-parts.net/doc/8153/announcement4/123325/00.pdf",
                "genbun": "価格戦略では、手頃な「レギュラー」からぜいたくな「超プレミアム」まで3つの価格帯をそろえる「グラデーション化」で、値上げと客の満足度の両立を図った。"
              },
              {
                "fact": "2022年4月に東証プライム市場へ移行した",
                "source": "モスフードサービス 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "市場制度の面では、2022年4月の東証の市場区分見直しでプライム市場へ移行している。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "2025年5月に中期経営計画2025-2027を策定し、株主還元を配当性向30%から総還元性向30%へ変更した",
                "source": "モスフードサービス 2026年3月期決算説明会資料（2026年5月）",
                "url": "https://ssl4.eir-parts.net/doc/8153/ir_material_for_fiscal_ym11/204008/00.pdf",
                "genbun": "2025年5月には中期経営計画2025-2027を策定し、株主還元の目安を配当性向30％から自己株式取得を組み合わせた総還元性向30％へ改めた。"
              },
              {
                "fact": "2020年2月にフィリピン1号店「ロビンソンガレリア店」がオープンした",
                "source": "モスフードサービス 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "海外は2020年2月に1号店を開いたフィリピンを含めアジア9つの国・地域に広がり、最大市場の台湾では2026年6月稼働の新工場に投資する。"
              },
              {
                "fact": "台湾新工場は2026年6月に稼働する",
                "source": "モスフードサービス 2026年3月期決算説明会資料（2026年5月）",
                "url": "https://ssl4.eir-parts.net/doc/8153/ir_material_for_fiscal_ym11/204008/00.pdf",
                "genbun": "最大市場の台湾では2026年6月稼働の新工場に投資する。"
              },
              {
                "fact": "海外は台湾以外では香港・シンガポール・タイに注力し、2027年度までを基盤強化期間として2028年度からの業績回復を目指す",
                "source": "第54回定時株主総会質疑応答（2026年7月10日）",
                "url": "https://ssl4.eir-parts.net/doc/8153/announcement4/123325/00.pdf",
                "genbun": "台湾以外では香港・シンガポール・タイに注力し、2027年度までを基盤強化の期間として不採算店舗の整理と既存店の収益力向上を進め、2028年度からの業績回復を目指すという。"
              }
            ]
          ]
        }
      ]
    }
  ],
  "summary": {
    "title": "サマリー",
    "text": "### 創業\n\n1972年、マクドナルド上陸の盛況を見た日興証券出身の櫻田慧氏、渡辺和男氏、吉野祥氏が、板橋区成増の2.8坪の実験店からモス・フード・サービスを創業した。原点は櫻田氏がロサンゼルス駐在中に通った手作りハンバーガー店の繁盛にある。駅前一等地の先行チェーンの逆を行き、賃料の安い二等地に注文後調理の小型店を家族経営の加盟店で広げ、本部はロイヤルティーを売上の1％に抑え食材供給で利益を得た。資金の乏しい加盟店は二等地に限られるため、テリヤキバーガーなど客を呼ぶ独自商品が欠かせず、この循環が価格に頼らない商品力を鍛えた。",
    "sections": [
      {
        "label": "創業",
        "body": "1972年、マクドナルド上陸の盛況を見た日興証券出身の櫻田慧氏、渡辺和男氏、吉野祥氏が、板橋区成増の2.8坪の実験店からモス・フード・サービスを創業した。原点は櫻田氏がロサンゼルス駐在中に通った手作りハンバーガー店の繁盛にある。駅前一等地の先行チェーンの逆を行き、賃料の安い二等地に注文後調理の小型店を家族経営の加盟店で広げ、本部はロイヤルティーを売上の1％に抑え食材供給で利益を得た。資金の乏しい加盟店は二等地に限られるため、テリヤキバーガーなど客を呼ぶ独自商品が欠かせず、この循環が価格に頼らない商品力を鍛えた。"
      }
    ]
  }
}
