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  "stock_code": "8035",
  "count": 4,
  "decisions": [
    {
      "slug": "founding-tbs-1963",
      "url": "/tse/8035/decisions/founding-tbs-1963/",
      "year": 1963,
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      "stock_code": "8035",
      "decision_id": "8035-founding-tbs-1963",
      "type": "founding",
      "title": "東京放送の出資を得た創業",
      "subtitle": "無一文で日商を飛び出した久保徳雄氏は、なぜ「財界の怪物」今道潤三から500万円を引き出せたのか——東京エレクトロン研究所の出発",
      "status": "implemented",
      "status_label": "実施",
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      "issue": "創業資金の調達と事業ドメインの選択",
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        {
          "name": "久保徳雄",
          "role": "東京エレクトロン 創業者"
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      ],
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "1963年11月、日商（現・双日）を辞めた久保徳雄氏が、盟友の小高敏夫氏とともに東京エレクトロン研究所を設立した経営判断。まとまった資金を持たない久保氏は、東京放送（TBS）から資本金500万円の出資を引き出し、当時まだ実用化に懐疑的だったIC（集積回路）の製造装置という最先端領域を事業ドメインに選んだ。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "久保氏も小高氏も、総合商社では半導体製造装置の輸入という仕事が体質に合わず、欲求不満を抱えていた。理想とするやり方でこの事業をやり抜くには独立するほかなかったが、無名のサラリーマンにはまとまった元手がなかった。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "久保氏はニューヨーク駐在時代に知り合った東京放送テレビ技術局長・吉田稔との縁を頼り、その背後にいた副社長・今道潤三の承認を得て500万円の出資を引き出した。設立当初は輸出入を手がける零細商社だったが、大手電機の主力商品と競合しないIC製造装置へ的を絞る道を選んだ。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "この500万円が、18年後に年間70億円近い利益を生むタネ銭になった。財界の実力者を後ろ盾に付けたことは、翌年に社員6人の会社が1台4,000万円のICテスターを買う賭けに出る資金力を与え、日本のIC産業の黎明期に「仕掛人」として立つ土台になった。"
        }
      ],
      "parties": [
        {
          "stock_code": "8035",
          "name": "東京エレクトロン",
          "role": "当事者",
          "at_deal": {
            "note": "資本金500万円・社員数名で発足した東京エレクトロン研究所。VTR・カーラジオの輸出と電子機器の輸入を手がける零細商社"
          }
        }
      ],
      "dates": {
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      },
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        "summary": "無一文の商社マンが東京放送から資本金500万円の出資を引き出して独立し、まだ懐疑的に見られていたIC製造装置という最先端領域を事業ドメインに選んだ創業判断"
      },
      "timeline": [
        {
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          "month": null,
          "title": "久保徳雄氏がニューヨーク駐在中に東京放送の吉田稔と知り合い意気投合"
        },
        {
          "year": 1963,
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          "title": "久保徳雄氏・小高敏夫氏が東京放送の出資500万円を得て東京エレクトロン研究所を設立",
          "highlight": true
        },
        {
          "year": 1964,
          "month": 5,
          "title": "小高氏が渡米し米サームコと代理店契約を締結、拡散炉の輸入販売を開始"
        },
        {
          "year": 1964,
          "month": 10,
          "title": "米フェアチャイルドと代理店契約。ICテスター第1号機を日本電気へ納入"
        },
        {
          "year": 1965,
          "month": null,
          "title": "デモ用のICテスターに買い注文が入り、拡散炉に続く中核商品へ育つ"
        }
      ],
      "snapshot": {
        "fiscal_year": "1963年（設立時）",
        "source": "東京エレクトロン 有価証券報告書【沿革】／異端の男とその一族（1982/4）",
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            "stock_code": "8035",
            "name": "東京エレクトロン研究所",
            "fiscal_year": "1963年11月（設立時）",
            "president": "遠藤幸吉（東京放送派遣）",
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            },
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      "report": [
        {
          "section": "background",
          "label": "背景",
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            {
              "sub_title": "総合商社では叶わなかった仕事",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "東京エレクトロンの出発点は、二人の商社マンの欲求不満にあった。久保徳雄氏と小高敏夫氏は、いずれも総合商社の日商（のちの日商岩井、現・双日）に勤め、小高氏は半導体製造装置の輸入販売を担当していた。だが、この仕事は取り扱い高の拡大を最優先する総合商社の体質になじまず、小高氏は自分の理想とするやり方でやり抜きたいという思いを募らせていた。1963年11月、30歳の久保氏は日商を辞め、東京エレクトロン研究所を設立する。半年後には小高氏も合流した。もっとも、ごく平凡なサラリーマンであった久保氏に、会社を興すためのまとまった資金はなかった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "日商社員だった30歳の久保徳雄氏が1963年11月に独立して東京エレクトロン研究所を設立したが、まとまった資金は持っていなかった",
                      "原文": "昭和三八年一一月、当時日商（日商岩井の前身）社員であった三〇歳の久保徳雄（現在の東京エレクトロン会長）は、日商を辞めて東京エレクトロン研究所（その後、現在の東京エレクトロンに社名変更）を設立した。そのときの久保は、ごく平凡なサラリーマンに過ぎないから、まとまった金など持っていない。",
                      "source": "異端の男とその一族 ： 火の玉集団・東京エレクトロンの奇跡, 1982/4",
                      "url": null
                    }
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          ]
        },
        {
          "section": "origin",
          "label": "決断",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "「財界の怪物」から引き出した500万円",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "久保氏は必死に出資者を探し、ついに東京放送という絶好の出し手を見つけ、500万円の資金を引き出すことに成功した。無一文で日商を飛び出した無名の青年に、なぜ東京放送が出資したのか。その背景には人のつながりがあった。久保氏が最初にアプローチしたのは、東京放送テレビ技術局長の吉田稔である。ニューヨークに駐在していた1959年ごろ、ふとしたことから知り合い意気投合した二人の関係が土台になった。そして吉田の背後には、副社長の今道潤三がいた。「財界の怪物」と称された異色の経営者である今道が、最終的に出資を承認する。今道はその後も、生まれたばかりの会社に異常なまでの肩入れを続けた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "久保は東京放送から500万円の出資を引き出し、この資金が18年後に年間70億円近い利益を生むタネ銭になった",
                      "原文": "そこで久保は、必死に金ヅルを探し、遂に東京放送という絶好の金ツルをさがし当て、五〇〇万円の資金を引き出すととに成功した。この五〇〇万円が、一八年後に年間七〇億円近い利益を生むタネ銭になったのである。",
                      "source": "異端の男とその一族 ： 火の玉集団・東京エレクトロンの奇跡, 1982/4",
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                    },
                    {
                      "fact": "久保が頼ったのは駐在時代に知り合った東京放送の吉田稔で、その背後にいた副社長・今道潤三が最終的に出資を承認した",
                      "原文": "最初に久保がアプローチした人物は、当時の東京放送テレビ技術局長の吉田稔であった。……とにかく久保と吉田はヒョンなことから知り合い、意気投合する。その人間関係の上に、五〇〇万円の出資が実現することになる。また、吉田の背後には東京放送副社長の今道潤三がいて、最終的には今道が出資を承認したわけである。",
                      "source": "異端の男とその一族 ： 火の玉集団・東京エレクトロンの奇跡, 1982/4",
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              "sub_title": "まだ懐疑的だったICへ賭ける",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "資金の当てをつけた久保氏が事業の軸に据えたのは、当時まだ実用化を疑う声が圧倒的だったICの領域だった。ICは1958年に米国のキルビーが発明したばかりで、1963年から翌年にかけての日本では、その工業化に否定的な見方が大勢を占めていた。そうしたなかで東京エレクトロンは、あえてIC製造装置の輸入に踏み切り、日本のIC産業が立ち上がる起爆剤の役を買って出た。しかもその売り方は、手数料を稼ぐために取り扱い高を広げる従来の商社とは異なり、商品ごとに深く掘り下げた技術サービスで質を高めるという、既存の商社から見れば常識外れの発想であった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "ICの実用化に否定的な見方が大勢だった時期に、あえてIC製造装置の輸入へ踏み切り日本のIC産業発足の起爆剤となった",
                      "原文": "三八年から三九年にかけての日本では、まだICの実用化については否定的な見方が圧倒的に多かった。そういう状況下で東京エレクトロンは、敢然とIC製造装置の輸入に踏み切り、日本におけるIC産業発足への起爆剤となったのである。",
                      "source": "異端の男とその一族 ： 火の玉集団・東京エレクトロンの奇跡, 1982/4",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "取り扱い高の拡大を優先する従来の商社と異なり、商品ごとに深いサービスで質を重視する常識外れの発想を採った",
                      "原文": "これに対し、東京エレクトロンは、サービスの質を重視する。……戦線を横に拡げるのではなくて、個々の商品ごとに深く掘り下げたサービスを行なうのである。これは、既存の商社からみると、明らかに常識外れの発想であった。",
                      "source": "異端の男とその一族 ： 火の玉集団・東京エレクトロンの奇跡, 1982/4",
                      "url": null
                    }
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          ]
        },
        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "後ろ盾が可能にした「4,000万円の賭け」",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "設立の翌年、小高氏は渡米して米サームコと拡散炉の、米フェアチャイルドとICテスターの代理店契約を相次いで取り付ける。難所は、その先にあった。フェアチャイルド製のICテスターは1台4,000万円。資本金500万円・社員6人・設立1年目の会社には、手に余る大型商品であった。1台輸入して買い手がつかなければ会社は倒れる。それでも久保氏は机を叩いて「ICでいこう。すぐICテスターを一台、デモ用に買おう」と決断する。代金4,000万円は東京放送の債務保証による銀行借入で支払われた。TBSという後ろ盾があってはじめて打てる賭けであった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "資本金500万円・社員6人の会社が、1台4,000万円のICテスターをデモ用に購入する決断を下した",
                      "原文": "なんといっても、ICテスターは、一台四〇〇〇万円もする高価な装置である。資本金五〇〇万円、社員六人、設立一年目の弱小会社にとっては、かなり手に余る大型商品だ。……久保が、机をドンと一つ叩いて、宣言するように叫んだ。「よし！ICでいこう。すぐICテスターを一台、デモ用に買おう」",
                      "source": "異端の男とその一族 ： 火の玉集団・東京エレクトロンの奇跡, 1982/4",
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                    },
                    {
                      "fact": "4,000万円の代金は東京放送の債務保証による銀行借入で支払われ、デモ機にはIC研究の先頭を走る日本電気から買い注文が入った",
                      "原文": "代金四〇〇〇万円も、東京放送の債務保証による銀行借入で無事に支払いを済ませた。……早くも買い注文が入った。IC研究のトップを切っていた日本電気からの注文である。",
                      "source": "異端の男とその一族 ： 火の玉集団・東京エレクトロンの奇跡, 1982/4",
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                  ]
                },
                {
                  "text": "デモ機のICテスターには、IC研究の先頭を走っていた日本電気から真っ先に買い注文が入り、装置は拡散炉に続く中核商品へと育った。久保氏と小高氏が売り込みで各社の開発責任者を米フェアチャイルドの工場へ案内したことは、日本の半導体メーカーがそろってICへ走り出すきっかけにもなった。500万円の出資に始まる小さな会社は、日本のIC産業の黎明期に、製造装置を供給する「仕掛人」として立つことになる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "デモ用のICテスターは日本電気を皮切りに注文が入り、拡散炉に続く中核商品へ成長した",
                      "原文": "デモ機輸入を決意した時点での心配は、完全に杞憂に終わり、ICテスターは、拡散炉に続く中核商品に育っていった。",
                      "source": "異端の男とその一族 ： 火の玉集団・東京エレクトロンの奇跡, 1982/4",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "「誰と組むか」で決まった会社の骨格",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "この創業判断の核心は、資金の乏しい二人が、財界の実力者という強力な後ろ盾を人脈をたどって引き当てた点にある。500万円という出資額そのものより、東京放送が背後に付いたという信用が重要だった。翌年、社員6人の会社が1台4,000万円のICテスターを買う賭けに出られたのは、東京放送の債務保証があったからにほかならない。無名の青年が「財界の怪物」から出資を引き出せた背景に、駐在時代の人のつながりがあったことは、この会社の骨格が「何を売るか」だけでなく「誰と組むか」で定まったことを示している。"
                },
                {
                  "text": "あわせて見るべきは、事業ドメインの選び方である。多くが懐疑的だったICへあえて踏み込み、しかも手数料商売ではなく技術サービスで質を高める道を選んだことは、のちに同社を貫くニッチ集中と高付加価値の型を、創業の時点で先取りしていた。500万円が18年後に70億円近い利益を生んだという後日談は、この最初の選択が単なる幸運ではなかったことを物語っている。誰を後ろ盾にし、どの土俵で戦うか——東京エレクトロンという会社の性格は、この創業の決断にすでに刻まれていたとみることができる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "異端の男とその一族 ： 火の玉集団・東京エレクトロンの奇跡, 1982/4",
        "東京エレクトロン 有価証券報告書【沿革】"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-04"
    },
    {
      "slug": "consumer-electronics-exit-1974",
      "url": "/tse/8035/decisions/consumer-electronics-exit-1974/",
      "year": 1974,
      "month": 12,
      "schema_version": "1.0",
      "stock_code": "8035",
      "decision_id": "8035-consumer-electronics-exit-1974",
      "type": "divestiture",
      "tags": [
        "pf-exit",
        "bm-core-shift",
        "tr-crisis"
      ],
      "title": "消費財輸出からの全面撤退",
      "subtitle": "売上の約6割を占めた電卓・カーステレオ輸出を切り捨て、IC製造装置へ絞り込む——久保徳雄氏と小高敏夫氏はなぜ「稼ぎ頭」を手放したのか",
      "status": "implemented",
      "status_label": "実施",
      "scheme": null,
      "ratio": null,
      "issue": "事業ポートフォリオの選択と集中",
      "decider": [
        {
          "name": "久保徳雄",
          "role": "東京エレクトロン 社長"
        },
        {
          "name": "小高敏夫",
          "role": "東京エレクトロン 専務"
        }
      ],
      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "1974年、石油ショック下で社長に就いた久保徳雄氏と専務の小高敏夫氏が、売上の約6割を稼いでいた電卓・カーステレオなど消費財の輸出事業からの全面撤退を決め、半導体製造装置の輸入・国産化に経営資源を集中させた経営判断。撤退は電卓（1976年9月）、カーステレオ・トランシーバー（1978年9月）と段階的に完了した。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "ニクソン・ショックと石油ショックで輸出環境が悪化し、消費財輸出は大手メーカーの参入で構造的に採算が崩れていた。約200億円の売上のうち輸入部門が約5億円を稼ぐ一方、輸出部門は約3億円の赤字を出しており、稼ぎ頭が全体の利益を食いつぶす構図になっていた。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "久保氏・小高氏は輸出業務からの完全撤退を主張し、最も強く反対した常務が辞任するなど経営陣の交代を伴う痛みを引き受けた。小高氏は「市場がこれから伸びる」「大メーカーの主力商品でない」「利益率が高い」など7つの商品選定基準を掲げ、IC製造装置に事業を絞り込んだ。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "総売上の6割を占める事業を意図的に手放し、狭く深いニッチへ資源を集中させた「捨てる決断」であった。この選択が商社からメーカーへの業態転換の出発点となり、のちに半導体製造装置で世界有数の地位を築く土台になった。"
        }
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            "note": "半導体製造装置の輸入と消費財輸出を両輪とする専門商社。輸出関連子会社を含め十数社の企業群を抱えていた"
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          "title": "ニクソン・ショック。翌年以降の変動相場制移行で輸出環境が悪化"
        },
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          "title": "第1次石油ショック。創立10年目にして最大の経営危機に直面"
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          "title": "久保徳雄氏が社長に就任し、小高敏夫氏が専務に。TBS派遣の遠藤寛氏（社長）は会長へ",
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        {
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          "title": "小高氏が社報「明日の飛躍のために」で不採算部門の縮小・廃止方針を表明"
        },
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          "title": "電卓の輸出販売から撤退"
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        {
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          "month": 9,
          "title": "カーステレオ・トランシーバーの輸出販売を全面停止し消費財輸出から撤退完了"
        }
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      "snapshot": {
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            "president": "久保徳雄（1974年11月就任）",
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              "sub_title": "「二刀流」の商社が抱えた稼ぎ頭",
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                {
                  "text": "東京エレクトロンは、1963年に東京放送（TBS）の出資を得て生まれたエレクトロニクス専門商社である。設立当初はVTRやカーラジオの輸出と電子機器の輸入を手がけ、そこへ半導体製造装置の輸入・国産化を重ねていった。1970年代前半の同社は、電卓・カーステレオ・トランシーバーといった消費財の輸出と、IC製造装置を中心とする輸入という、性格の異なる二つの事業を両輪として回していた。輸出はまとまった売上を稼ぐ主力であり、それを一挙に手放すという発想は、当時の常識からは遠かった。",
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                    {
                      "fact": "設立当初はVTR・カーラジオ等の輸出と電子機器の輸入が中心で、その後IC製造装置の輸入・国産化を拡充した",
                      "原文": "設立当初はVTR、カーラジオ等の輸出及び電子機器関係の輸入業務を中心としていた。その後、エレクトロニクス産業の先進国である米国から最新技術を駆使した半導体の研究開発及び製造用機器の輸人を次第に拡充する一方、昭和46年には電卓、トランシーバー等の輸出も始めている。",
                      "source": "証券 32(6)(375)（東京証券取引所, 1980年）",
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                {
                  "text": "しかし輸出事業は、同社の体質に必ずしも合っていなかった。輸出商品の多くは欧米企業のブランドで納めるOEM（相手先ブランドによる製造）で、最終消費者の動向がつかみにくく、海外からの注文が突然打ち切られれば在庫の山が残る。のちに小高氏はこの構造を、伸びないというより「そのまま続けたら会社の命がなくなると思っていた」と振り返り、消費財の輸出を構造的にジリ貧の部門だったと総括している。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "輸出商品はすべて欧米企業ブランドのOEMで最終消費者の動向がつかめず、注文打ち切りで在庫の山ができる不安定な商売だった",
                      "原文": "当社の輸出商品はすべて欧米企業のブランドで売るOEM（相手先ブランドによる製造）でした。だから、最終消費者の動向が我々にはよくわからんのです。で、突然米国から注文の打ち切りが来たりする。すると、あっという間に在庫の山ができる。そこで、そんな不安定な商売はやめようと撤退することに決めたのです。石油ショックは一つのきっかけで、消費財の輸出は構造的にジリ貧の部門だったんですよ。",
                      "source": "日経ビジネス（1982年5月31日）",
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              "sub_title": "石油ショックが露わにした利益構造",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "1971年8月のニクソン・ショックに続く変動相場制への移行で、日本の輸出産業は打撃を受けた。東京エレクトロンもドル・ショックで利益を半減させたが、いったんは持ち直す。そこへ1973年10月の石油ショックが襲い、創立10年目にして最大の危機を迎えた。1974年9月期の売上と利益の内訳をたどると、危険な兆候が現れていた。約200億円の売上のうち6割を輸出部門が占め、利益では輸入部門が約5億円を稼ぐ一方、全体の利益が約3億円にとどまった。差し引き、輸出部門で約3億円の赤字が出ていた計算になる。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "約200億円の売上の6割を輸出が占め、輸入部門が約5億円を稼ぐ一方で全体利益は約3億円、輸出部門は約3億円の赤字だった",
                      "原文": "約二〇〇億円の売上げのうち、六割を輸出部門が占め、残りが主として半導体製造装置および半導体製品の輸入であったが、問題は利益であった。利益では、輸入部門がなんと約五億円もかせいでいた。それにもかかわらず、全体の利益が三億円ということは、輸出部門で約三億円の赤字が出ていたことになる。",
                      "source": "異端の男とその一族 ： 火の玉集団・東京エレクトロンの奇跡, 1982/4",
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                {
                  "text": "消費財輸出の不振は、一時的な市況ではなく構造的なものであった。カーステレオでは松下通信工業が生産を本格化させるなど、大手メーカーが相次いで参入し、技術や商品の差はほとんど残っていなかった。輸出環境が急に好転する見込みは薄く、このまま推移すれば輸出部門の赤字が膨らみ、輸入部門の黒字では覆いきれなくなることは目に見えていた。輸出部門に手を打つことが避けられなかった。",
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                      "fact": "カーステレオで松下通信工業など大手が本格参入し、技術・商品面の差がほとんどなくなり中小企業では太刀打ちできなくなった",
                      "原文": "大手メーカーがたくさん、カーステレオなどの民生用電子機器の輸出に乗り出していたからなんですよ。……その後、たとえばカーステレオでは松下通信工業が生産を本格化させるなど、大手がこぞって進出して来た。技術、商品面の差はほとんどない。これじゃ、ウチのような中小企業はとても太刀打ちできないですよ。",
                      "source": "日経ビジネス（1982年5月31日）",
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                {
                  "text": "危機のさなか、親会社の東京放送も関連会社政策の見直しを進めていた。その一環として、東京放送は東京エレクトロンに対し、派遣していた遠藤寛氏（社長）を会長へ退かせ、専務の久保徳雄氏を社長へ昇格させることを求めた。ねらいは、久保氏を中心とする独立路線を強めることにあった。背後には「新しい事業は、若い者に自由にやらせなければ成功しない」という東京放送副社長・今道潤三の考えがあった。1974年11月、久保社長・小高専務の体制が始動する。",
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                      "fact": "東京放送が遠藤社長の会長就任と久保専務の社長昇格を求め、久保を中心とする独立路線を強化しようとした",
                      "原文": "東京放送は、東京エレクトロンに対し、遠藤社長の会長就任と久保専務の社長昇格を求めてきた。そのねらいは、東京放送からの派遣社長である遠藤を経営の第一線から退かせ、久保新社長を中心とする独立路線を強化することにあった。",
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              "sub_title": "反対を押し切った「乾坤一擲」の撤退作戦",
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                {
                  "text": "久保氏と小高氏は、この危機を乗り切る道は輸出業務からの完全撤退しかないと主張した。しかし総売上の6割を一挙にゼロにする荒療治には反対も強く、議論は何度も平行線をたどった。結局、最も強く撤退に反対していた常務が辞任し、ほかに2人も別の理由で会社を去った。撤退の対象は数字の上だけの話ではない。当時、親会社には役員を除き約130人の社員がいたが、十数社の子会社の従業員は700人を超え、そのうち輸出関連の子会社だけで500人強を占めていた。生産機能まで抱え込んだ大部隊をどう収束させるかという、複雑な人間関係の処理を伴う難題であった。",
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                      "原文": "久保と小高は、この危機を乗り切る道は輸出業務からの完全撤退しかないと主張したが、それに反対する人もいた。何回も激しい議論が繰り返されたが、議論は平行線をたどった。結局、最も強く完全撤退に反対していた常務一人が辞任し、ほかに二人が独立などの別の理由で去って行った。",
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                      "原文": "なにぶん総売上げの六割を占める輸出を、一挙にゼロにしようという荒療治である。……十数社の子会社の従業員総数は七〇〇人を超え、そのうち、輸出関連の子会社だけで五〇〇人強を占めていた。",
                      "source": "異端の男とその一族 ： 火の玉集団・東京エレクトロンの奇跡, 1982/4",
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                },
                {
                  "text": "1974年12月、小高氏は社報に「明日の飛躍のために」と題する文章を寄せ、撤退の布石を打った。減益の原因が輸出部門の赤字にあったことを報告したうえで、「不採算部門については、思い切った縮小なり、廃止を考えたい」と、間接的な表現ながら撤退方針を打ち出す。そのうえで小高氏は、扱う商品を選ぶ基準を明快に示した。市場がこれから伸びること、競争相手が少なく大メーカーの主力商品でないこと、他社が容易に参入できないこと、販売先が一流で代金回収の心配がないこと、在庫が値崩れしないこと、付加価値・利益率が高いこと——のちに7つの商品選定基準と呼ばれるこの物差しは、そのまま同社の商品戦略の原点になった。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1974年12月の社報で不採算部門の縮小・廃止方針を表明し、扱う商品の選定基準（市場成長性・競争の少なさ・高利益率など）を示した",
                      "原文": "まず、次の点を考慮して、なにを扱うかを判断すべきである。1マーケットが今から大きくなる分野の製品。2 その製品について競争相手が少ないこと。とくに大メーカーの主力製品でないこと。3 他社が容易に参入できない製品。4販売先が一流会社であり、代金回収についての心配がない製品であること。",
                      "source": "異端の男とその一族 ： 火の玉集団・東京エレクトロンの奇跡, 1982/4",
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        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
          "subsections": [
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              "sub_title": "段階的な撤退完了と、商社からメーカーへ",
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                {
                  "text": "撤退は段階を踏んで実行された。国内大手のマスプロ製品に押された電卓の輸出販売は1976年9月に、カーステレオとトランシーバーの輸出販売は1978年9月に、それぞれ全面的に停止された。小高声明を境に、東京エレクトロンの戦略路線から消費財輸出は姿を消す。空いた経営資源は、7つの基準を満たすIC製造装置へと振り向けられた。拡散炉や全自動ウェファ・プローバなど、狭い市場で高いシェアを取れる装置に的を絞り、キメ細かい技術サービスとメーカー機能で付加価値を高める道である。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "電卓の輸出は1976年9月、カーステレオ・トランシーバーの輸出は1978年9月に全面撤退した",
                      "原文": "電卓の輸出販売については国内大手メーカーのマスプロ製品におされ昭和51年9月に撤退し、また、カーステレオ、トランシーバーの輸出販売についても昭和53年9月に至り全面的に撤退している。",
                      "source": "証券 32(6)(375)（東京証券取引所, 1980年）",
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                    {
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                      "原文": "このときの\"小高声明\"を境に、東京エレクトロンの戦略路線から、費財輸出業務が姿を消したのである。",
                      "source": "異端の男とその一族 ： 火の玉集団・東京エレクトロンの奇跡, 1982/4",
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                  ]
                },
                {
                  "text": "撤退は致命傷を避けるための守りであると同時に、次の成長へ向けた攻めの絞り込みでもあった。小高氏はこの決断を、身の丈に合わないビジネスからの撤退にたとえている。輸出は自社に製造ノウハウを持つ人材が乏しく、販売力も資金力も足りない事業だった、というのがその総括であった。IC製造装置への集中は、狭く深いニッチで高シェアを取り、高い利益率を確保する後年の同社の型を用意した。この「捨てる決断」があったからこそ、専門商社は半導体製造装置メーカーへと脱皮していくことになる。",
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                      "原文": "いってみれば、自分の体力ではとうてい持ち上げられないバーベルを、けんめいに持ち上げようとしていたのです。だが、無理だとわかったので、早いとこ床に下ろしてしまった。おかげで、ケガはあったが致命傷にはなりませんでした",
                      "source": "異端の男とその一族 ： 火の玉集団・東京エレクトロンの奇跡, 1982/4",
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              "sub_title": "「稼ぎ頭を捨てる」という選択の重み",
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                  "text": "この経営判断の核心は、赤字事業の整理という守りではなく、まだ売上の6割を稼いでいた事業を、構造的な先細りを見越して先に手放した点にある。目先の売上を守ろうとすれば、輸出にテコ入れして採算改善を図る道もあった。久保氏と小高氏がそれを採らなかったのは、消費財輸出が自社の体質に合わず、大手との消耗戦から抜け出せないと見切ったからであった。稼ぎ頭を捨てる痛みは、最も強硬に反対した常務の辞任という経営陣の交代まで含んでおり、決して滑らかな決断ではなかった。"
                },
                {
                  "text": "撤退で空いた資源を、7つの選定基準という明確な物差しでIC製造装置へ振り向けたことが、後年の高収益体質の設計図になった。狭い市場で高いシェアを取り、技術サービスで付加価値を高めるという型は、この決断の際に言語化されている。売上規模を追うより、自社の強みが効く事業に資源をどう集中させるか——東京エレクトロンが商社からメーカーへ脱皮する第一歩は、稼ぎ頭を手放すこの決断にあったとみることができる。"
                }
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          ]
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      "references": [
        "異端の男とその一族 ： 火の玉集団・東京エレクトロンの奇跡, 1982/4",
        "日経ビジネス（1982年5月31日）",
        "証券 32(6)(375)（東京証券取引所, 1980年）",
        "東京エレクトロン 有価証券報告書【沿革】"
      ],
      "authored": "2026-07",
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          "text": "DRAMで世界をリードした日本の半導体メーカーに代わり、韓国勢や米インテル・TIなど海外メーカーが台頭。国内顧客と付き合っていれば最先端をつかめた時代が終わり、代理店経由では顧客の要求やクレームを的確につかめず情報伝達も遅いという限界が露わになっていた。"
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          "text": "現地に販売とメンテナンスを担う全額出資子会社を設立し、米国はオースティンに実際の半導体工場と同じクリーンルームを備えた戦略拠点を置いた。海外法人のトップには当初からすべて現地人を起用し、ユーザー技術者と直結して次世代装置を共同開発する体制を築いた。"
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                  "text": "1990年代初めまで、半導体の最先端はNEC・東芝・日立製作所など日本のメーカーが握っていた。とりわけ記憶用のDRAMでは日本勢が米国勢を圧倒し、その最も優れたユーザーのそばで開発できることが、東京エレクトロンを世界最大規模の装置メーカーへ押し上げた原動力であった。国内の半導体メーカーと付き合っていれば、最新の技術動向はおのずとつかめた。装置は受注生産で、顧客ごとに求める加工内容が異なるだけに、優れた顧客のそばにいられることは決定的な強みだった。",
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                      "原文": "東京エレクトロンは、「最も優れたユーザーのもとで開発をするのが一番」（風間善樹副社長）という地の利を生かし，世界最大規模の装置メーカーに成長した。",
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                  "text": "しかし1990年代半ば、その前提が崩れる。DRAMでは韓国のサムスン電子や現代電子産業が台頭し、同時に米インテルの超小型演算処理装置（MPU）や米テキサス・インスツルメンツのデジタル信号処理プロセッサーが急成長を遂げた。最先端の製造技術がまずDRAMで生まれるという従来の法則が通用しなくなり、パソコンの心臓部で世界シェアの多くを握る米メーカーの声を聞かなければ、次世代の需要に適応できなくなっていた。国内顧客との関係だけでは、最先端を追えない時代が来ていた。",
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                      "原文": "しかし90年代半ばにはDRAM分野では韓国のサムスン電子や現代電子産業が台頭、同時に米インテルの超小型演算処理装置(MPU)や米テキサス・インスツルメンツ(TI)のデジタル信号処理プロセッサー(DSP)も急成長を遂げつつあった。従来は日本国内の半導体メーカーと付き合っていれば最新の技術動向をつかむことができた。しかし海外メーカーの躍進により日本以外の顧客と密接な関係を持つことが必要になったのである。",
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                      "原文": "同社は1994年10月、欧米向け半導体製造装置の販売体制を大幅に変えた。それまでは代理店経由だったが、現地に販売とメンテナンスを受け持つ全額出資子会社を設立。すべて直接販売に切り替えた。",
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                      "原文": "本社はカリフォルニア州からテキサス州オースチンに移し、20万m”という工場用地並みの敷地を確保した。……オースチンには海外で初めて実際の半導体工場と同じ環境を再現するクリーンルームを備える。",
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                      "原文": "94年10月、米国における直販体制を整えるべく米テキサス州のオースティンに向けて1人のビジネスマンが成田を飛び立った。小野里充氏……である。……そんな矢先の96年の冬も押し迫った頃、無理がたたって小野里氏は心筋梗塞に倒れることになる。……ラポーゾ氏の社長就任時点で300人しかいなかった米国法人の社員は今では1200人にまで増えている。",
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                {
                  "text": "現地化の成果は数字に表れた。1995年3月期に国内向けが66%を占めていた売上構成は、直販転換を境に一貫して海外比率を高め、2000年3月期には国内3割・海外7割へと反転した。巨大な米国市場での装置シェアは、1995年末のわずか8%から1999年末には34%へと伸びた。何より、この転換は危機に耐える力になった。1999年3月期には空前の半導体不況で製造装置の受注が途絶え、連結売上高は前期の3分の2にあたる3138億円まで落ち込む。その苦境を越えて2001年3月期には過去最高益と営業利益率15%が視野に入り、常石哲男専務は「6年前の決断がなければ、あの時に会社は倒れていたかもしれない」と振り返った。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "国内向け比率は95年3月期の66%から2000年3月期に海外7割へ反転し、米国市場シェアは95年末の8%から99年末に34%へ伸びた",
                      "原文": "95年3月期の連結売上高に占める国内向けの比率は66%だった。それが直接販売に転換してから、一貫して海外の売上高比率が上昇し、2000年3月期は国内の売上高3割に対して海外が7割にまで伸びている。……95年末時点でこの巨大市場における東京エレクトロンの製造装置のシェアはわずか8%に過ぎなかった。それが99年末には34%にまでシェアを伸ばしている。",
                      "source": "日経ビジネス（2000年10月9日）",
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                    },
                    {
                      "fact": "1999年3月期の半導体不況で連結売上高が前期の3分の2の3138億円に減少したが、常石専務は6年前の直販転換がなければ会社は倒れていたかもしれないと総括した",
                      "原文": "空前の半導体不況の影響により、製造装置の受注はぱったりとなくなってしまい連結売上高は前期の3分の2に当たる3138億円にまで減少。……「6年前の決断がなければ、あの時に会社は倒れていたかもしれない」。6年前の決断とは、海外における販売体制をそれまでの代理店経由から直販方式に転換したことだ。",
                      "source": "日経ビジネス（2000年10月9日）",
                      "url": null
                    }
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              "sub_title": "「国内で勝つ型」を、世界へ移植する",
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                {
                  "text": "この判断の要は、単なる海外進出ではなく、国内で築いた勝ちパターンをそのまま世界へ移植した点にある。最先端工場のそばに技術者を張り付け、メンテナンスから次の需要を先読みして装置へ反映する——国内で優位を支えてきたこの回路は、代理店を挟んでいては海外で再現できない。この回路を世界で再現するには、販売の仕組みごと直販へ組み替え、ユーザーと直結する必要があった。オースティンのクリーンルームも、現地人トップの起用も、顧客の生の声を最短距離で拾うという一点で筋が通っている。"
                },
                {
                  "text": "あわせて見るべきは、決断の時機である。直販転換に踏み切った1994年前後は、半導体不況で減収減益にあえいでいた時期にあたる。業績が苦しいなかで海外の販売網を一から作り直すのは相当な負荷だったはずだが、その先行投資が半導体産業の主役交代と重なり、6年で国内依存を脱する構造転換につながった。景気の底で仕組みを変え、次の波が来たときに刈り取る——東京エレクトロンが世界企業へと駆け上がる土台は、この販売体制の転換に据えられていたとみることができる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "日経ビジネス（1995年1月2日）",
        "日経ビジネス（2000年10月9日）",
        "東京エレクトロン 有価証券報告書【沿革】"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-04"
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      "slug": "tokyo-electron-amat-2013",
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      "year": 2013,
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      "last_updated": "2026-06-28",
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        "north-america"
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      "title": "東京エレクトロンとアプライドマテリアルズの経営統合（2013年合意・2015年破談）",
      "subtitle": "半導体製造装置の世界1位と3位はなぜ「対等統合」に合意しながら独禁審査で破談したのか？",
      "status": "terminated",
      "status_label": "破談",
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      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "2013年9月、半導体製造装置で世界首位級の米アプライドマテリアルズと、同分野上位の東京エレクトロンがオランダ登記の持株会社による対等統合に合意。だが各国の独占禁止法審査が難航し、2015年4月に解消された案件。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "微細化の進展で装置開発の負担が増し、前工程の成膜・エッチング等で相互補完を狙う再編機運があった。実現すれば前工程装置で世界シェア約25%の突出した存在が生まれるはずであった。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "新会社名は「Eteris（エタリス）」、出資比率はアプライド株主68.0%・東京エレクトロン株主32.0%、会長に東哲郎氏、CEOにゲイリー・ディッカーソン氏を充てる構想。完了予定は再三延期された。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "統合の戦略的合理性は高かったが、市場の集中度ゆえに独禁当局との折り合いがつかなかった。条件や社内合意ではなく、競争政策が大型クロスボーダー統合の成否を分けた事例である。"
        }
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          "name": "東京エレクトロン",
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          "name": "アプライドマテリアルズ（Applied Materials, Inc.）",
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            "note": "成膜・エッチング・CMP等を擁する半導体製造装置で世界最大手（米NASDAQ上場）"
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        "summary": "米司法省が両社共通の是正提案では統合で失われる競争を代替できないと判断し、統合完了の見通しが立たず解消"
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            "stock_code": "8035",
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            "president": "東哲郎",
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          "title": "東京エレクトロンとアプライドマテリアルズが対等の経営統合で合意（持株会社をオランダに登記）"
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          "title": "対米外国投資委員会（CFIUS）が国家安全保障上の問題なしと通知"
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          "title": "統合持株会社の社名を「Eteris（エタリス）」と発表"
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          "title": "当初2014年後半としていた統合完了時期を延期。各国の独禁審査が継続"
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          "title": "米司法省の是正提案不十分との判断を受け、両社が経営統合契約の解消を発表（違約金なし）"
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        {
          "year": 2015,
          "month": 5,
          "title": "統合解消後、東京エレクトロンは自社株買いなど単独での成長戦略へ転換"
        }
      ],
      "references": [
        "東京エレクトロン株式会社 ニュースリリース（2013年9月24日）「東京エレクトロン株式会社とApplied Materials, Inc.が経営統合し、グローバル・イノベーターが誕生」",
        "Applied Materials, Inc. プレスリリース（2015年4月26日）「Applied Materials, Inc. and Tokyo Electron Limited Agree to Terminate Business Combination Agreement」（SEC Form 8-K Exhibit 99.1）",
        "東京エレクトロン株式会社 ニュースリリース（2015年4月27日）「東京エレクトロン株式会社とApplied Materials, Inc.の経営統合契約の解約及びTELジャパン合同会社との株式交換の中止に関するお知らせ」",
        "米国司法省（U.S. Department of Justice）2015年4月27日「Applied Materials Inc. and Tokyo Electron Ltd. Abandon Merger Plans After Justice Department Rejected Their Proposed Remedy」",
        "東京エレクトロン株式会社 ニュースリリース（2014年2月25日）「東京エレクトロン株式会社とApplied Materials, Inc.の経営統合に関する対米外国投資委員会の承認取得」",
        "日本経済新聞 2015年4月28日「東京エレクトロン、米アプライドとの統合撤回」",
        "ダイヤモンド・オンライン 2015年「世紀の3兆円合併が“幻”に 東エレ・アプライド破談の裏」",
        "EE Times Japan 2015年4月27日「東京エレクトロンとAMAT、経営統合を断念――米当局と折り合わず」",
        "ビジネス＋IT（SBクリエイティブ）2014年7月「新社名は『Eteris（エタリス）』、東京エレクトロンと米アプライドマテリアルズ統合で」"
      ],
      "audit": {
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        "generated_at": "2026-06-25",
        "scope": "all",
        "note": "deal レポートの事実点検記録（公開ページには出さない）。各段落は { text, verdict, evidences } で構成。\n一次資料は東京エレクトロンの統合合意リリース（2013-09-24）、CFIUS承認リリース（2014-02-25）、解約リリース（2015-04-27）、AMATの解消リリース（2015-04-26・SEC 8-K Ex.99.1）、米司法省プレスリリース（2015-04-27）。\n現代の発言・経緯は日付付きの媒体名＋URL を source に採る（出所 lint 準拠）。\nDOJ の解消理由（次世代半導体装置の開発競争・レナータ・ヘス司法次官補代行の評価）は司法省プレスリリースの原文に拠った。",
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          "disclosure_8035": "東京エレクトロン ニュースリリース 2013-09-24（統合合意）/ 2014-02-25（CFIUS承認）/ 2015-04-27（解約）",
          "disclosure_amat": "Applied Materials プレスリリース 2015-04-26（SEC Form 8-K Ex.99.1）",
          "disclosure_doj": "米国司法省 プレスリリース 2015-04-27（是正提案を不十分と判断）",
          "press": "日本経済新聞 2015-04-28 / ダイヤモンド・オンライン / EE Times Japan / ビジネス＋IT"
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          "label": "統合の背景",
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                  "text": "2010年代前半の半導体製造装置産業は、回路の微細化が加速するなかで装置開発の負担が膨らんでいた。線幅の微細化や三次元構造への移行に伴い、成膜やエッチングといった前工程の各工程は技術的な難度を増し、装置メーカーには巨額の研究開発投資と顧客との緊密な共同開発が求められるようになっていた。市場は寡占色を強めており、米アプライドマテリアルズが世界最大手、オランダのASMLや東京エレクトロンが続くという構図にあった。単独での開発競争に限界を意識する各社にとって、相互補完的な製品群を束ねる再編は合理的な選択肢とみなされる状況であった。",
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                      "原文": "市場は寡占色を強めており",
                      "via": "日経記事（2015-04-28 東京エレクトロン、米アプライドとの統合撤回）",
                      "source": "日本経済新聞 2015年4月28日「東京エレクトロン、米アプライドとの統合撤回」",
                      "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ27HZX_X20C15A4MM8000/",
                      "status": "support"
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                  ]
                },
                {
                  "text": "両社の製品は、競合よりむしろ補完の関係に近いと位置づけられていた。アプライドは成膜やCMPなど幅広い装置を擁する総合メーカーであり、東京エレクトロンはコータ／デベロッパや成膜、エッチングなどに強みを持つ。互いの技術と製品を組み合わせれば、顧客に対してより広い工程を一括で提案できるという描き方であった。統合の狙いは「プレシジョン・マテリアル・エンジニアリング・パターニング」分野のグローバル・イノベーターを目指すことにあるとされ、規模の拡大そのものより、技術の相互補完による価値創出が前面に掲げられていた。",
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          ]
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        {
          "section": "origin",
          "label": "統合の発端",
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              "sub_title": "公表経緯——「対等の経営統合」という設計",
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                  "text": "2013年9月24日、東京エレクトロンとアプライドマテリアルズは経営統合で合意したと公表する。新たに設立する持株会社はオランダに法人登記し、その傘下に両社がぶら下がる枠組みであった。出資比率はアプライド株主が68.0%、東京エレクトロン株主が32.0%と、規模の差を反映する一方で、経営の体制は「対等の精神」を掲げるものとされた。会長に東京エレクトロンの東哲郎代表取締役会長兼社長、最高経営責任者にアプライドのゲイリー・ディッカーソン社長兼CEOを充て、取締役11名のうち両社から各5名を出す構成が描かれた。本社機能は東京とカリフォルニア州サンタクララの両地に置く設計であった。",
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                      "type": "年",
                      "fact": "2013年9月24日に両社が経営統合で合意し、持株会社はオランダに法人登記する枠組みだった",
                      "原文": "新たに設立する持株会社はオランダに法人登記し",
                      "via": "東京エレクトロン 統合合意リリース（2013-09-24）",
                      "source": "東京エレクトロン株式会社 ニュースリリース（2013年9月24日）「東京エレクトロン株式会社とApplied Materials, Inc.が経営統合し、グローバル・イノベーターが誕生」",
                      "url": "https://www.tel.co.jp/news/ir/2013/20130924_001.html",
                      "status": "support"
                    },
                    {
                      "type": "数値",
                      "fact": "出資比率はアプライド株主68.0%・東京エレクトロン株主32.0%とされた",
                      "原文": "出資比率はアプライド株主が68.0%、東京エレクトロン株主が32.0%",
                      "via": "東京エレクトロン 統合合意リリース（2013-09-24）",
                      "source": "東京エレクトロン株式会社 ニュースリリース（2013年9月24日）「東京エレクトロン株式会社とApplied Materials, Inc.が経営統合し、グローバル・イノベーターが誕生」",
                      "url": "https://www.tel.co.jp/news/ir/2013/20130924_001.html",
                      "status": "support"
                    },
                    {
                      "type": "人物",
                      "fact": "会長に東哲郎氏、CEOにゲイリー・ディッカーソン氏を充てる構成だった",
                      "原文": "会長に東京エレクトロンの東哲郎代表取締役会長兼社長、最高経営責任者にアプライドのゲイリー・ディッカーソン社長兼CEO",
                      "via": "東京エレクトロン 統合合意リリース（2013-09-24）",
                      "source": "東京エレクトロン株式会社 ニュースリリース（2013年9月24日）「東京エレクトロン株式会社とApplied Materials, Inc.が経営統合し、グローバル・イノベーターが誕生」",
                      "url": "https://www.tel.co.jp/news/ir/2013/20130924_001.html",
                      "status": "support"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "統合比率は、東京エレクトロン株1株につき持株会社3.25株を、アプライド株1株につき同1株を交付する内容であった。新会社の株式はナスダックと東京証券取引所への上場が想定され、当初は2014年後半の統合完了を見込んでいた。世界の上位企業同士が国境を越えて一つの持株会社にまとまるという構想は、半導体製造装置の歴史でも例の少ない規模であり、実現すれば前工程装置で世界シェアの約25%を握る突出した存在になるとみられていた。",
                  "verdict": "verified",
                  "evidences": [
                    {
                      "type": "数値",
                      "fact": "統合比率はTEL株1株につき持株会社3.25株、AMAT株1株につき1株の交付だった",
                      "原文": "東京エレクトロン株1株につき持株会社3.25株を、アプライド株1株につき同1株を交付する内容",
                      "via": "東京エレクトロン 統合合意リリース（2013-09-24）",
                      "source": "東京エレクトロン株式会社 ニュースリリース（2013年9月24日）「東京エレクトロン株式会社とApplied Materials, Inc.が経営統合し、グローバル・イノベーターが誕生」",
                      "url": "https://www.tel.co.jp/news/ir/2013/20130924_001.html",
                      "status": "support"
                    },
                    {
                      "type": "数値",
                      "fact": "統合実現時の前工程装置の世界シェアは約25%で2位を大きく引き離すとされた",
                      "原文": "前工程装置で世界シェアの約25%を握る突出した存在になるとみられていた",
                      "via": "日経記事（2015-04-28 東京エレクトロン、米アプライドとの統合撤回）",
                      "source": "日本経済新聞 2015年4月28日「東京エレクトロン、米アプライドとの統合撤回」",
                      "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ27HZX_X20C15A4MM8000/",
                      "status": "support"
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "主導側・東京エレクトロンの視点——「Eteris」に託した世界戦略",
              "party": "8035",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "東京エレクトロンにとって、この統合は単独では届きにくい世界最大手の地位を、対等の枠組みで分け持つ機会であった。2014年7月には統合持株会社の社名を「Eteris（エタリス）」と発表する。社名は革新的技術への姿勢と、世界に持続的に良い影響を与える志を表すと説明された。会長に就く東哲郎氏が日本側の象徴となり、米国発の最大手と日本の有力メーカーが一つの会社になるという発信は、業界の構造を塗り替える野心的な構想として受け止められた。",
                  "verdict": "verified",
                  "evidences": [
                    {
                      "type": "年",
                      "fact": "2014年7月に統合持株会社の社名を「Eteris（エタリス）」と発表した",
                      "原文": "2014年7月には統合持株会社の社名を「Eteris（エタリス）」と発表する",
                      "via": "ビジネス＋IT（2014-07 新社名はEteris）",
                      "source": "ビジネス＋IT（SBクリエイティブ）2014年7月「新社名は『Eteris（エタリス）』、東京エレクトロンと米アプライドマテリアルズ統合で」",
                      "url": "https://www.sbbit.jp/article/cont1/28218",
                      "status": "support"
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                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "相手側・アプライドマテリアルズの視点——「戦略の加速」という位置づけ",
              "party": "",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "アプライドマテリアルズにとっても、統合は自社戦略を加速する手段と位置づけられていた。同社のゲイリー・ディッカーソン社長兼CEOは後に、統合を「戦略を加速する好機と捉え、実現に向けて懸命に取り組んだ」と振り返っている。世界最大手にとって、補完的な製品と技術を取り込むことは、顧客により広い工程を提案する力を強める一手であった。だが大きさはそのまま、競争当局が見過ごせない市場集中の問題と裏腹であり、統合のメリットと審査上の困難は同じコインの裏表でもあった。",
                  "verdict": "verified",
                  "evidences": [
                    {
                      "type": "人物",
                      "fact": "アプライドのディッカーソンCEOは統合を戦略加速の好機と捉え実現に取り組んだと述べた",
                      "原文": "統合を「戦略を加速する好機と捉え、実現に向けて懸命に取り組んだ」と振り返っている",
                      "via": "AMAT 統合解消リリース（2015-04-26・SEC 8-K Ex.99.1）原文「We viewed the merger as an opportunity to accelerate our strategy and worked hard to make it happen」",
                      "source": "Applied Materials, Inc. プレスリリース（2015年4月26日）「Applied Materials, Inc. and Tokyo Electron Limited Agree to Terminate Business Combination Agreement」（SEC Form 8-K Exhibit 99.1）",
                      "url": "https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/0000006951/000119312515147980/d915745dex991.htm",
                      "status": "support"
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            }
          ]
        },
        {
          "section": "progress",
          "label": "統合の経過",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "各国独禁審査の難航と度重なる延期",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "統合は当初2014年後半の完了を見込んでいたが、各国・地域の独占禁止法審査が進まず、完了時期は繰り返し先送りされた。両社は複数の国・地域で企業結合の届出を行い、一部の国では認可を得たものの、最大の関門である米国を含む主要市場で審査が長引いた。報じられたところでは、米国以外の国・地域も米当局の対応を見極める姿勢をとり、審査が連動して停滞したとされる。世界の上位企業同士が一体となる構想は、その規模ゆえに各国の競争政策の関心を一身に集める形となった。",
                  "verdict": "supported",
                  "evidences": [
                    {
                      "type": "固有名詞",
                      "fact": "当初2014年後半としていた完了時期は独禁審査の難航で繰り返し延期された",
                      "原文": "完了時期は繰り返し先送りされた",
                      "via": "ダイヤモンド・オンライン（2015 世紀の3兆円合併が幻に）",
                      "source": "ダイヤモンド・オンライン 2015年「世紀の3兆円合併が“幻”に 東エレ・アプライド破談の裏」",
                      "url": "https://diamond.jp/articles/-/71275",
                      "status": "support"
                    },
                    {
                      "type": "固有名詞",
                      "fact": "一部の国は認可したが、米国の対応を見極める姿勢から審査が連動して停滞したと報じられた",
                      "原文": "米国以外の国・地域も米当局の対応を見極める姿勢をとり、審査が連動して停滞したとされる",
                      "via": "ダイヤモンド・オンライン（2015 世紀の3兆円合併が幻に）",
                      "source": "ダイヤモンド・オンライン 2015年「世紀の3兆円合併が“幻”に 東エレ・アプライド破談の裏」",
                      "url": "https://diamond.jp/articles/-/71275",
                      "status": "support"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "審査の焦点は、両社の製品が重なる領域での競争への影響にあった。米司法省は、統合が前工程の主要装置で世界の二大供給者を一体にし、競争を損なうとの懸念を強めたとされる。日本側の報道では、エッチング装置など一部の製品で統合後のシェアが突出する点が問題視されたと伝えられた。両社は当初、製品構成が重ならず独禁法の対象になりにくいと見ていたが、開発中の製品まで含めて競争への影響を評価する当局との間で、認識の差が次第に表面化していった。",
                  "verdict": "supported",
                  "evidences": [
                    {
                      "type": "固有名詞",
                      "fact": "米司法省は統合が前工程の主要装置で二大供給者を一体にし競争を損なうと懸念したとされる",
                      "原文": "統合が前工程の主要装置で世界の二大供給者を一体にし、競争を損なうとの懸念を強めたとされる",
                      "via": "EE Times Japan（2015-04-27 経営統合を断念――米当局と折り合わず）",
                      "source": "EE Times Japan 2015年4月27日「東京エレクトロンとAMAT、経営統合を断念――米当局と折り合わず」",
                      "url": "https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/1504/27/news152.html",
                      "status": "support"
                    },
                    {
                      "type": "固有名詞",
                      "fact": "開発中の製品まで含めて競争影響を評価する当局と両社の間で認識の差が表面化した",
                      "原文": "開発中の製品まで含めて競争への影響を評価する当局との間で、認識の差が次第に表面化していった",
                      "via": "日経記事（2015-04-28）／EE Times Japan（2015-04-27）",
                      "source": "日本経済新聞 2015年4月28日「東京エレクトロン、米アプライドとの統合撤回」",
                      "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ27HZX_X20C15A4MM8000/",
                      "status": "support"
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                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "解消の決定——「是正提案では足りない」",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2015年4月、両社は経営統合契約を解消すると公表する。アプライドの開示によれば、米司法省はすべての規制当局向けに両社が協調して示した是正提案では、統合で失われる競争を代替するのに十分でないと両社に伝えた。これを踏まえ、両社は統合完了の現実的な見通しはないと判断したとされる。違約金はどちらにも発生しないと明記された。広範な譲歩を示してもなお当局の懸念が解けなかったことが、合意から約1年半を経た断念の直接の引き金となった。",
                  "verdict": "verified",
                  "evidences": [
                    {
                      "type": "固有名詞",
                      "fact": "米司法省は協調的な是正提案では統合で失われる競争を代替できないと両社に伝えた",
                      "原文": "すべての規制当局向けに両社が協調して示した是正提案では、統合で失われる競争を代替するのに十分でない",
                      "via": "AMAT 統合解消リリース（2015-04-26・SEC 8-K Ex.99.1）原文「the coordinated remedy proposal submitted to all regulators would not be sufficient to replace the competition lost from the merger」",
                      "source": "Applied Materials, Inc. プレスリリース（2015年4月26日）「Applied Materials, Inc. and Tokyo Electron Limited Agree to Terminate Business Combination Agreement」（SEC Form 8-K Exhibit 99.1）",
                      "url": "https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/0000006951/000119312515147980/d915745dex991.htm",
                      "status": "support"
                    },
                    {
                      "type": "固有名詞",
                      "fact": "統合完了の現実的見通しはないと両社が判断し、違約金は発生しないとされた",
                      "原文": "違約金はどちらにも発生しないと明記された",
                      "via": "AMAT 統合解消リリース（2015-04-26・SEC 8-K Ex.99.1）原文「No termination fees will be payable by either party」",
                      "source": "Applied Materials, Inc. プレスリリース（2015年4月26日）「Applied Materials, Inc. and Tokyo Electron Limited Agree to Terminate Business Combination Agreement」（SEC Form 8-K Exhibit 99.1）",
                      "url": "https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/0000006951/000119312515147980/d915745dex991.htm",
                      "status": "support"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "米司法省も同日、両社が統合を断念したと発表した。反トラスト局のレナータ・ヘス司法次官補代行は、提案された是正措置について「特に次世代半導体向けの装置の開発に関して、統合によって失われる競争を置き換えるものにはならなかった」との趣旨を述べたと伝えられる。司法省の見立てでは、両社はリソグラフィを除く量産用の半導体製造装置を開発・供給できる最大の二者であり、その結合は現有製品の競合の有無にとどまらず将来の開発競争を損なうおそれがあるとされた。現在の製品が直接ぶつかっていないとしても、次世代技術をめぐる競い合いが減る——潜在的な競争への懸念が、当局判断の核にあったとみられる。",
                  "verdict": "verified",
                  "evidences": [
                    {
                      "type": "人物",
                      "fact": "反トラスト局のレナータ・ヘス司法次官補代行が是正措置を不十分と評価し、次世代半導体装置の開発競争の消失を懸念した",
                      "原文": "「特に次世代半導体向けの装置の開発に関して、統合によって失われる競争を置き換えるものにはならなかった」",
                      "via": "米司法省プレスリリース（2015-04-27）原文「particularly with respect to the development of equipment for next-generation semiconductors」",
                      "source": "米国司法省（U.S. Department of Justice）2015年4月27日「Applied Materials Inc. and Tokyo Electron Ltd. Abandon Merger Plans After Justice Department Rejected Their Proposed Remedy」",
                      "url": "https://www.justice.gov/archives/opa/pr/applied-materials-inc-and-tokyo-electron-ltd-abandon-merger-plans-after-justice-department",
                      "status": "support"
                    },
                    {
                      "type": "固有名詞",
                      "fact": "司法省は両社をリソグラフィ以外の量産用半導体製造装置を開発・供給できる最大の二競争者とみていた",
                      "原文": "両社はリソグラフィを除く量産用の半導体製造装置を開発・供給できる最大の二者であり",
                      "via": "米司法省プレスリリース（2015-04-27）原文「the two largest competitors with the necessary know-how, resources and ability to develop and supply high-volume non-lithography semiconductor manufacturing equipment」",
                      "source": "米国司法省（U.S. Department of Justice）2015年4月27日「Applied Materials Inc. and Tokyo Electron Ltd. Abandon Merger Plans After Justice Department Rejected Their Proposed Remedy」",
                      "url": "https://www.justice.gov/archives/opa/pr/applied-materials-inc-and-tokyo-electron-ltd-abandon-merger-plans-after-justice-department",
                      "status": "support"
                    }
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                },
                {
                  "text": "東京エレクトロンの東哲郎会長兼社長は、解消にあたって今後は提携も含めて柔軟に考えていく趣旨のコメントを残したと報じられた。当初は製品が重ならないため独禁法の対象になりにくいと見ていたが、開発中の製品についても競争への影響があるとする米当局の考え方と折り合わなかったとの説明が伝えられている。両社の認識と当局の評価の隔たりが最後まで埋まらなかったことが、関係者の言葉からもうかがえる。",
                  "verdict": "supported",
                  "evidences": [
                    {
                      "type": "人物",
                      "fact": "東哲郎会長兼社長は解消後、提携も含めて柔軟に考えると述べたと報じられた",
                      "原文": "今後は提携も含めて柔軟に考えていく趣旨のコメントを残したと報じられた",
                      "via": "日経記事（2015-04-28 東京エレクトロン、米アプライドとの統合撤回）",
                      "source": "日本経済新聞 2015年4月28日「東京エレクトロン、米アプライドとの統合撤回」",
                      "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ27HZX_X20C15A4MM8000/",
                      "status": "support"
                    }
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          "section": "outcome",
          "label": "統合の帰結",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "その後——単独路線への回帰と業界再編",
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "統合は白紙に戻り、両社はそれぞれ単独での成長戦略に立ち返った。アプライドのディッカーソンCEOは解消にあたり、統合を追えなかったことは残念だが既存の成長戦略には説得力があると述べ、自社の強みを生かして顧客と投資家への価値を高めると表明した。東京エレクトロンも、統合を前提にしていた資本政策を改め、自社株買いなど単独での施策へと舵を切った。違約金が発生しなかったことは、両社が痛手を最小限にとどめて元の道に戻る余地を残した。",
                  "verdict": "verified",
                  "evidences": [
                    {
                      "type": "人物",
                      "fact": "アプライドのディッカーソンCEOは統合を追えないのは残念だが既存の成長戦略は説得力があると述べた",
                      "原文": "統合を追えなかったことは残念だが既存の成長戦略には説得力があると述べ",
                      "via": "AMAT 統合解消リリース（2015-04-26・SEC 8-K Ex.99.1）原文「While we are disappointed that we are not able to pursue this path, our existing growth strategy is compelling」",
                      "source": "Applied Materials, Inc. プレスリリース（2015年4月26日）「Applied Materials, Inc. and Tokyo Electron Limited Agree to Terminate Business Combination Agreement」（SEC Form 8-K Exhibit 99.1）",
                      "url": "https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/0000006951/000119312515147980/d915745dex991.htm",
                      "status": "support"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "統合の頓挫は、半導体製造装置の寡占がそれだけ各国の競争政策にとって敏感な領域であることを浮き彫りにした。世界の二大供給者を一つにする構想は、技術の補完という合理性を備えていたとしても、当局が許容しうる市場集中の限界を超えるものとみなされた。結果として東京エレクトロンとアプライドはいずれも独立を保ったまま、その後の半導体投資の拡大局面でそれぞれに業績を伸ばしていく。一体化は実現しなかったが、両社が前工程装置の中核を担う構図そのものは変わらなかった。",
                  "verdict": "supported",
                  "evidences": [
                    {
                      "type": "固有名詞",
                      "fact": "統合の頓挫後も両社は独立を保ち、それぞれ前工程装置の中核を担い続けた",
                      "原文": "両社が前工程装置の中核を担う構図そのものは変わらなかった",
                      "via": "ダイヤモンド・オンライン（2015 世紀の3兆円合併が幻に）",
                      "source": "ダイヤモンド・オンライン 2015年「世紀の3兆円合併が“幻”に 東エレ・アプライド破談の裏」",
                      "url": "https://diamond.jp/articles/-/71275",
                      "status": "support"
                    }
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                }
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        },
        {
          "section": "implications",
          "label": "現代への示唆",
          "subsections": [
            {
              "sub_title": "競争政策が決める大型クロスボーダー統合の成否",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "この破談で前面に出たのは、社内の合意や統合条件ではなく、競争政策との折り合いであった。出資比率や経営体制、社名に至るまで設計は具体的に進んでおり、両社のトップも実現に意欲的であった。それでも、世界の二大供給者を一つにするという事実そのものが、当局にとって看過しがたい市場集中を意味した。戦略的に望ましい統合ほど寡占を深めやすく、その分だけ独禁審査の壁が高くなるという緊張関係が、この案件には凝縮されているとみることもできる。"
                },
                {
                  "text": "オランダ登記の持株会社という枠組みが、税務面を含めて当局の慎重姿勢を招いたとの見方も一部に伝えられたが、最終的な解消理由が競争への影響にあったことは両社の開示から明らかである。開発中の製品まで視野に入れて競争を評価する当局と、現状の製品構成で重なりは小さいと見る企業との間の認識差は、技術革新の速い産業における企業結合審査の難しさを示している。実現していれば業界地図を塗り替えたであろう構想が幻に終わった事実は、大型のクロスボーダー再編において競争政策が決定的な変数となりうることを、改めて物語っているのだろう。"
                }
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