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      "year": 1982,
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        "pf-diversify-related",
        "st-tech",
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      "title": "商号のヨネックスへの変更とゴルフ事業への進出、新素材クラブの発売",
      "subtitle": "バドミントンとテニスで積んだ素材技術を、第3の競技へ振り向けられるか",
      "status": "implemented",
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      "highlights": [
        {
          "label": "概要",
          "text": "1982年7月、ヨネックススポーツ株式会社はヨネックス株式会社へ商号を変更し、同じ月にゴルフ事業へ進出して新素材のゴルフクラブを発売した。海外で読みにくい「ヨネヤマ」を「YONEX」へ寄せる社名の整理と、バドミントン・テニスに続く第3事業の追加を、同じ月にまとめて実行した判断であった。"
        },
        {
          "label": "背景",
          "text": "創業者・米山稔氏は、木製の漁網用浮きがプラスチックに置き換わるのを見抜けずに大失敗した経験を持つ。以後ヨネックスはバドミントンラケットに世界で最初にアルミを採用し、グラスファイバー・カーボンファイバー・ボロン繊維を他社に先んじて取り入れていた。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "ラケットで積んだ新素材の蓄積をクラブへ振り向け、1983年には世界で初めてカーボン製アイアンを発売した。取扱品目はバドミントン・テニス・ゴルフの三つに絞り、ラケット・クラブ・シャトルコック・ストリングのいずれも自社生産を守った。"
        },
        {
          "label": "含意",
          "text": "参入から12年後、ゴルフ用品は売上高の3分の1程度を占めるまでになった。ただし市場シェアは3%・業界7位の後発にとどまり、国内のゴルフ市場自体は1991年をピークに縮んでいく。技術の流用で規模は作れても、市場の縮小までは覆せなかったとみることができる。"
        }
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            "note": "当時のヨネックススポーツ。バドミントン・テニスのラケットで新素材を先行採用しており、1982年7月に商号をヨネックスへ変更してゴルフ事業へ進出した"
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        "summary": "バドミントンとテニスのラケットで積んだ新素材と成形の技術を第3の競技へ振り向け、あわせて海外で読める社名へ統一した多角化"
      },
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          "title": "本社第一工場を増設しテニスラケットの製造を開始"
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          "title": "ヨネックススポーツへ商号変更し「ヨネックス」（YONEX）の商標を出願"
        },
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          "title": "西ドイツにYONEX SPORTS GmbHを設立し欧州へ直接販売"
        },
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          "title": "ヨネックス株式会社へ商号変更、ゴルフ事業へ進出し新素材クラブを発売",
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        {
          "year": 2008,
          "month": 1,
          "title": "石川遼選手と用具契約を結び、ゴルフ関連売上が2桁増"
        }
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      "snapshot": {
        "fiscal_year": "1983年3月期（単体・非上場）",
        "source": "ヨネックス 有価証券報告書【沿革】（当時非上場につき業績は非開示）",
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            "name": "ヨネックス",
            "fiscal_year": "1983年3月期（単体・非上場）",
            "president": "米山稔（社長）",
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          "label": "背景",
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                {
                  "text": "米山稔氏がスポーツ用品へ移る前に手がけていたのは、サケ・マス漁の漁網に使う木製の浮きであった。年に一度の取引に備えて作りだめをしている間に、世の中では技術革新と素材革命が進み、木の浮きはプラスチックに置き換わっていた。米山氏は後年、情報力の不足と新素材に対する技術力の遅れが招いた大失敗であったと振り返り、そこで得た教訓を技術と情報を最重視する方針として経営に据えたと述べている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "米山稔氏は創業前、木製の漁網用浮きが素材革命でプラスチックに置き換わることに気づかず大失敗し、以後「技術と情報を最重視する」方針を経営に据えた",
                      "原文": "この創業より前、私は戦後間もなく沖縄から新潟県に復員して開始したサケ・マス漁の漁網用木製ウキの生産で大失敗を経験した。年一回の取引に備えて作りだめしている間に、世の中では技術革新と素材革命によって、木製ウキがプラスチック製品に取って代わられていることに、全く気付かなかったためである。あまりの情報力の不足と、新素材に対する技術力の遅れで散散な目にあったが、ここで得た教訓を私は今日でも、当社の経営に「技術と情報を最重視する」という形で深く根づかせている。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1994年4月号「企業 ヨネックス」（米山稔社長 1994年3月25日講演）",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2730884"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "その方針はラケットの素材選択に表れた。ヨネックスはバドミントンラケットに世界で最初にアルミを採用し、続いてグラスファイバー、カーボンファイバー、さらに「第4世代の繊維」と呼ばれるボロン繊維までを他社に先んじて取り入れた。1969年1月には本社第一工場を増設してテニスラケットの製造を始め、1981年7月には西ドイツに販売会社YONEX SPORTS GmbHを設立して欧州への直接販売に着手している。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "バドミントンラケットに世界で最初にアルミを採用し、グラスファイバー・カーボンファイバー・ボロン繊維をテニスラケットやゴルフクラブへいち早く取り入れた",
                      "原文": "新素材については、バドミントンラケットに世界で最初にアルミを採用したのをはじめ、グラスファイバー、カーボンファイバー、さらには\"第4世代の繊維\"と呼ばれるボロン繊維に至るまで、テニスラケットやゴルフクラブの分野でいち早く採り入れている。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1994年4月号「企業 ヨネックス」（米山稔社長 1994年3月25日講演）",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2730884"
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                      "fact": "1969年1月に本社第一工場を増設してテニスラケットの製造を開始し、1981年7月に西ドイツへYONEX SPORTS GmbH（販売会社）を設立した",
                      "原文": "1969年1月 本社第一工場を増設し、テニスラケットの製造を開始。1981年7月 西ドイツに現地法人YONEX SPORTS GmbH（販売会社）を設立。",
                      "source": "ヨネックス 有価証券報告書【沿革】",
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        {
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          "label": "決断",
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              "sub_title": "社名を「ヨネックス」に揃え、第3の競技へ",
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                {
                  "text": "1982年7月、ヨネックススポーツ株式会社はヨネックス株式会社へ商号を変更し、同じ月にゴルフ事業へ進出して新素材のゴルフクラブを発売した。社名の整理は1974年1月に「ヨネックス」（YONEX）の商標を出願した時点から続く作業で、海外から「ヨネヤマ」は発音が難しいという声が寄せられたことを受け、国際市場で読める名へ寄せたものであった。ブランドの統一と第3事業の追加が、同じ月に重なった。",
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                      "原文": "1982年7月 ヨネックススポーツ株式会社をヨネックス株式会社に商号変更。ゴルフ事業に進出、新素材のゴルフクラブを発売。",
                      "source": "ヨネックス 有価証券報告書【沿革】",
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                    {
                      "fact": "「ヨネヤマ」は海外で発音が難しいという声を受け、「ヨネ」に未来を示す「X」を組み合わせた「YONEX」へ切り替えた",
                      "原文": "海外から「ヨネヤマの発音が難しい」との声を受け、ヨネの「ヨネ」に未来を示す「X」を組み合わせた。",
                      "source": "ヨネックス公式 会社沿革",
                      "url": "https://www.yonex.co.jp/company/history/"
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                },
                {
                  "text": "クラブに投じたのは、ラケットで積んだ新素材の蓄積であった。1983年には世界で初めてカーボン製アイアンを発売し、画期的な新製品として話題になったと米山稔社長は後に述べている。取扱品目はバドミントン・テニス・ゴルフの三つに絞り、ラケット・クラブ・シャトルコック・ストリングのいずれも、海外委託生産が一般的だった時期に自社生産を守った。素材の内製と、その素材を別の競技へ振り向ける設計を組み合わせていた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1983年に世界で初めてカーボン製アイアンを発売した",
                      "原文": "83年には世界で初めてカーボン製アイアンを発売し、画期的な新製品として大きな話題となった。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1994年4月号「企業 ヨネックス」（米山稔社長 1994年3月25日講演）",
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                      "fact": "ラケット・クラブは海外委託生産が一般的ななか、バドミントン・テニス・ゴルフ用品に対象を絞って自社生産を基本とした",
                      "原文": "現在、ラケット・クラブ等については、一部メーカーを除き海外委託生産が一般的だが、当社は自社生産を基本とし、取扱商品の幅が広いスポーツ用品業界の中にあって、バドミントン・テニス・ゴルフ用品に対象を絞っており、これによって顧客のニーズに合った手作りの優秀な製品を提供することが可能となっている。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1994年4月号「企業 ヨネックス」（米山稔社長 1994年3月25日講演）",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2730884"
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        {
          "section": "outcome",
          "label": "結果",
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              "sub_title": "売上の3分の1と、後発の位置",
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                {
                  "text": "参入から12年後、ゴルフ用品は売上高の3分の1程度を占めるまでになった。1994年3月の講演で米山稔社長は、バドミントンラケットのシェアは77%程度と寡占に近く、テニスラケットも伸びは望みにくいのに対し、ゴルフクラブは市場シェア3%・業界7位の後発であり、伸びる余地は残されていると述べている。当面はシェア5%への引き上げを狙うとして、最も有望な部門にゴルフを挙げた。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "1994年時点でゴルフクラブの市場シェアは3%程度・業界7位、売上高に占めるゴルフ用品の構成比は3分の1程度であった",
                      "原文": "ゴルフクラブについては、当社が比較的後発で、市場シェアはまだ3%程度と低く、業界順位も7位という状態なので、今後伸びる余地は大きく、できるだけ早く5%ぐらいのシェアにもっていきたい。現在、当社の売上高に占めるゴルフ用品の構成比は3分の1程度だが、今後はさらにウエートが高まるものと期待している。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1994年4月号「企業 ヨネックス」（米山稔社長 1994年3月25日講演）",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2730884"
                    },
                    {
                      "fact": "バドミントンラケットの市場シェアは77%程度で、最も有望な部門としてゴルフクラブを挙げた",
                      "原文": "バドミントンラケットは着実に伸びるが、当社の市場シェアは77%程度と寡占といってもいい状態なので、大幅な拡大は難しい。テニスラケットも大きな伸びはないだろう。やはり最も有望なのはゴルフクラブということになる。",
                      "source": "証券アナリストジャーナル 1994年4月号「企業 ヨネックス」（米山稔社長 1994年3月25日講演）",
                      "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2730884"
                    }
                  ]
                },
                {
                  "text": "もっとも、ゴルフ市場そのものは長く縮んだ。1991年に2兆9,860億円あった国内市場は2008年に1兆6,760億円まで落ち、クラブ販売の低迷が残った。ヨネックスは2008年1月、業界下位の立場で石川遼選手と高額契約を結び、ゴルフ関連売上は2桁増、キャディーバッグの売れ行きは10倍以上に伸びた。ゴルフ事業部長の山本美雄取締役は、金銭だけなら元は取れていないが企業イメージ全体が上がったと語っている。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "国内ゴルフ市場は1991年の2兆9,860億円をピークに2008年は1兆6,760億円まで縮小し、クラブ販売が低迷した",
                      "原文": "レジャー白書によると、０８年の日本のゴルフ産業の市場規模は１兆６７６０億円（ゴルフ用品が４０００億円、ゴルフ場が１兆１２１０億円、練習場が１５５０億円）。（中略）しかし、ゴルフ市場は長期右肩下がりが続いており、ピークだった１９９１年の２兆９８６０億円からは４割以上も縮小した。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年5月15日号「特集 スポーツビジネス徹底解明 人気復活と浮かれていられない 猶予期間はあと５年 改革迫られるゴルフ産業」",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "2008年1月に石川遼選手と高額契約を結び、ゴルフ関連売上は2桁増、キャディーバッグの売れ行きは10倍以上になった",
                      "原文": "０８年１月、業界下位のヨネックスは「５年１０億円」ともいわれる高額契約で石川遼と契約した。（中略）その結果、石川人気でゴルフ関連売り上げは２ケタ増。キャディーバッグの売れ行きは１０倍以上になり、これまでゴルフ関連売り上げのうち、１割くらいだったウエア・アクセサリー類の比率は２倍になった。（中略）「金銭だけなら石川選手獲得の元は取れていないが、企業イメージ全体が上がった。後悔はしていない」（山本取締役）。",
                      "source": "週刊東洋経済 2010年5月15日号「特集 スポーツビジネス徹底解明 人気復活と浮かれていられない 猶予期間はあと５年 改革迫られるゴルフ産業」",
                      "url": null
                    }
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              "sub_title": "素材で負けた者の多角化",
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              "paragraphs": [
                {
                  "text": "ゴルフ参入を、成長市場への相乗りとみるのは当たらない。ヨネックスが持ち込んだのは資本でも販路でもなく、バドミントンラケットへの世界初のアルミ採用から始まり、グラスファイバー・カーボンファイバー・ボロン繊維へと積み上げた素材と成形の技術であった。木の浮きが樹脂に置き換わるのを見抜けず大失敗した経営者が、素材の切り替えを自ら仕掛ける側へ回ったところに、この判断の芯があるとみることができる。"
                },
                {
                  "text": "もっとも、ゴルフが柱として自立したとは言いにくい。参入から12年を経ても市場シェアは3%・業界7位にとどまり、米山稔社長が掲げた5%も遠かった。石川遼選手との契約で認知が広がった2008年でさえ、山本美雄取締役は金銭では元が取れていないと認めている。それでも売上の3分の1を担う規模までは育った。多角化の成否は市場の大きさよりも持ち込める技術の中身で決まる——ヨネックスのゴルフ参入は、その一例として読むことができる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "ヨネックス 有価証券報告書【沿革】",
        "証券アナリストジャーナル 1994年4月号「企業 ヨネックス」（米山稔社長 1994年3月25日講演）",
        "週刊東洋経済 2010年5月15日号「特集 スポーツビジネス徹底解明 人気復活と浮かれていられない 猶予期間はあと５年 改革迫られるゴルフ産業」",
        "ヨネックス公式 会社沿革（https://www.yonex.co.jp/company/history/）"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-24"
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      "title": "非創業家社長の登用と、創業家3代目・米山有沙氏への社長交代",
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          "label": "概要",
          "text": "ヨネックスは2015年6月、創業家3代で受け渡してきた社長職を非創業家の林田草樹氏へ渡し、2022年4月には創業者・米山稔氏の孫にあたる米山有沙（アリサ・ヨネヤマ）氏へ戻した。就任時34歳での交代で、社長職だけを一度外へ出し、代表権は創業家の会長に置いたままの承継であった。"
        },
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          "label": "背景",
          "text": "社長職は1997年に創業者・米山稔氏から弟の米山宏作氏へ、2007年に稔氏の長男・米山勉氏へと創業家の内側で渡ってきた。勉氏が引き継いだのは2006年3月期に52億円の純損失を出した直後の会社で、売上高は戻したものの収益力の回復は限られていた。"
        },
        {
          "label": "内容",
          "text": "2015年6月23日、林田草樹氏が米山家以外で初の社長に就任し、米山勉氏は代表権を持つ会長として残った。2022年2月8日に社長交代が開示され、4月1日付で米山有沙氏が代表取締役社長に就任、林田氏は相談役へ移った。"
        },
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          "label": "含意",
          "text": "米山有沙社長の就任後、連結売上高は4期続けて過去最高を更新し、2025年3月期は1,383億円・営業利益142億円に達した。ただし地域別売上はアジアと日本で9割を占め、就任時に掲げた北米・インドの比重は小さいままである。"
        }
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                  "text": "ヨネックスの社長職は、長く創業家の内側で受け渡されてきた。1958年6月に米山製作所を設立した創業者・米山稔氏は、1997年6月、72歳で弟の米山宏作氏へ社長を譲った。宏作氏は六人兄弟の五男で、長兄が稔氏にあたる。宏作氏は2007年までの10年間を担い、その後は稔氏の長男・米山勉氏が引き継いだ。兄から弟へ、そして甥へという順で、創業から半世紀近く、社長は米山家から出ていた。",
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                      "fact": "1958年6月に㈱米山製作所を設立し、1997年6月に創業者・米山稔から弟の米山宏作へ、2007年に米山宏作から稔の長男・米山勉へ社長を承継した",
                      "原文": "1958年6月 株式会社米山製作所を設立（バドミントンラケットの製造及び販売を目的）。第2代社長就任 1997年 米山宏作。第3代社長就任 2007年 米山勉。",
                      "source": "ヨネックス 有価証券報告書【沿革】",
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                      "原文": "米山宏作は新潟県三島郡の6人兄弟の5男で、長兄が稔である。",
                      "source": "SBクリエイティブ ビジネス＋IT「ヨネックス創業者・米山稔、失敗だらけで…」",
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                {
                  "text": "勉氏が引き継いだのは、上場後初の赤字を出した直後の会社であった。2006年3月期は連結売上高344億円に対して52億円の純損失を計上し、海外子会社やゴルフ場の事業再評価が響いた。翌2007年3月期の営業利益は8億円まで落ち、売上高354億円に対する利益率は薄い。勉氏の8年で売上高は2014年3月期の428億円まで戻したが、同期の営業利益は16億円にとどまった。",
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                      "fact": "2006年3月期は連結売上高344億円・営業利益14億円に対し純損失52億円、2007年3月期は売上高354億円・営業利益8億円であった",
                      "原文": "2006年3月期（連結）売上高344億円・営業利益14億円・経常利益16億円・親会社株主に帰属する当期純利益△52億円。2007年3月期（連結）売上高354億円・営業利益8億円・経常利益11億円・当期純利益5億円。",
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                {
                  "text": "2015年6月23日、米山勉氏は社長を退き、非創業家の林田草樹氏が代表取締役社長に就いた。初代の米山稔氏、2代の米山宏作氏、3代の米山勉氏と続いた後で、米山家以外から社長が出るのは初めてであった。ただし勉氏が経営から離れたわけではなく、代表権を持つ会長として残っている。社長の椅子だけを外へ渡し、代表権は創業家に置いたままにする交代であった。",
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                    {
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                      "原文": "ヨネックスは、米山勉社長が代表権のある会長に就き、後任の社長に林田草樹取締役が昇格する人事を決めた。",
                      "source": "日本経済新聞（2015年4月18日）「ヨネックス社長に林田氏」",
                      "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ17IDF_X10C15A4TJ1000/"
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                    {
                      "fact": "2019年3月期以降の有価証券報告書でも米山勉は代表取締役会長、林田草樹は代表取締役社長社長執行役員として並んでいる",
                      "原文": "米山勉 代表取締役会長／林田草樹 代表取締役社長社長執行役員（2019年3月期・2020年3月期・2021年3月期）。",
                      "source": "ヨネックス 有価証券報告書【役員の状況】",
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                {
                  "text": "7年後、社長職は創業家へ戻る。2022年2月8日、ヨネックスは社長交代を開示し、4月1日付で米山勉会長の長女・米山有沙（アリサ・ヨネヤマ）氏が代表取締役社長に就任した。就任時34歳で、南カリフォルニア大学大学院の修士課程を修了して2016年に入社し、マーケティング部門を歩いて2021年6月から取締役執行役員マーケティング本部長を務めていた。林田草樹氏は退任後、相談役に就いた。",
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                      "原文": "ヨネックスは4月1日付で、アリサ・ヨネヤマ取締役執行役員（34）が社長に就任する人事を発表した。南カリフォルニア大学大学院修士課程修了、2016年にヨネックスに入社。シニア・マーケティングマネージャー、執行役員マーケティング本部副部長、取締役を歴任後に2021年6月から現職。林田草樹社長は退任後は相談役に就く。",
                      "source": "FASHIONSNAP（2022年2月19日）「ヨネックス新社長に34歳のアリサ・ヨネヤマ氏が就任、創業者の孫」",
                      "url": "https://www.fashionsnap.com/article/2022-02-19/yonex-president/"
                    },
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                      "fact": "2022年3月期の有価証券報告書では、アリサ・ヨネヤマが代表取締役社長社長執行役員、米山勉が代表取締役会長として記載されている",
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                  "text": "林田氏の7年は増収の期間であった。連結売上高は2015年3月期の476億円から2020年3月期の620億円へ伸び、営業利益は2017年3月期に41億円を付けている。2019年12月には金型を手がける東洋造機を完全子会社化してラケット製造の技術を取り込み、2021年12月にはテニスボール製造会社を子会社化してテニス事業の品目を広げた。コロナ禍の2021年3月期は売上高516億円まで落ち、反転は次の社長の手に渡った。",
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                      "fact": "連結売上高は2015年3月期476億円から2020年3月期620億円へ増加し、2017年3月期の営業利益は41億円、2021年3月期の売上高は516億円であった",
                      "原文": "2015年3月期（連結）売上高476億円・営業利益21億円。2017年3月期（連結）売上高610億円・営業利益41億円。2020年3月期（連結）売上高620億円・営業利益24億円。2021年3月期（連結）売上高516億円・営業利益10億円。",
                      "source": "ヨネックス 有価証券報告書（連結）",
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                    {
                      "fact": "2019年12月に東洋造機㈱（現ヨネックス精機㈱）を完全子会社化し、2021年12月にBRIDGESTONE TECNIFIBRE CO.,LTD.を子会社化してテニスボール事業へ参入した",
                      "原文": "2019年12月 東洋造機株式会社（現ヨネックス精機株式会社）の発行済株式を追加取得し完全子会社化。2021年12月 テニスボール製造のBRIDGESTONE TECNIFIBRE CO.,LTD.（現YONEX TECNIFIBRE CO.,LTD.）の株式を取得し子会社化。",
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                    }
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                },
                {
                  "text": "米山有沙社長の就任後、連結売上高は2022年3月期745億円、2023年3月期1,070億円、2024年3月期1,164億円、2025年3月期1,383億円と4期続けて過去最高を更新し、営業利益も142億円に達した。同社長はグローバル成長戦略（GGS）で地域構成の分散を掲げるが、2025年3月期の地域別売上はアジア49.2%・日本42.0%に対し米州5.0%・欧州他3.8%で、北米とインドの比重は小さいままである。",
                  "evidences": [
                    {
                      "fact": "連結売上高は2022年3月期745億円、2023年3月期1,070億円、2024年3月期1,164億円、2025年3月期1,383億円、営業利益は2025年3月期142億円であった",
                      "原文": "2022年3月期（連結）売上高745億円・営業利益67億円。2023年3月期（連結）売上高1,070億円・営業利益101億円。2024年3月期（連結）売上高1,164億円・営業利益116億円。2025年3月期（連結）売上高1,383億円・営業利益142億円。",
                      "source": "ヨネックス 有価証券報告書（連結）",
                      "url": null
                    },
                    {
                      "fact": "グローバル成長戦略（GGS）は地域構成を東アジア中心から東南アジア・インド等へ分散させることを目標に掲げ、2025年3月期の地域別売上はアジア49.2%・日本42.0%・米州5.0%・欧州他3.8%であった",
                      "原文": "GGSの目標は、地域構成（東アジア中心から東南アジア・インド等への分散）、ものづくり、グローバルIT基盤、人材のグローバル化の4点。2025年3月期の地域別売上高構成比はアジア49.2%・日本42.0%・米州5.0%・欧州他3.8%。",
                      "source": "ヨネックス 決算説明資料（2025年3月期）",
                      "url": null
                    }
                  ]
                }
              ]
            },
            {
              "sub_title": "代表権を手放さない中継ぎ",
              "editorial": true,
              "paragraphs": [
                {
                  "text": "2015年の交代を、創業家経営からプロ経営者への切り替えと読むのは早い。林田草樹氏が社長に就いた時点で米山勉氏は代表権を持つ会長として残り、代表者の一角は創業家に置かれたままであった。社長の椅子だけを外へ渡したこの形は、翌2016年に入社した米山有沙氏が社内で経験を積む時間を確保する意味も持っていたとみられる。実際、同氏は2021年6月に取締役執行役員となり、その8カ月後に社長交代が開示された。"
                },
                {
                  "text": "もっとも、この7年を待機の期間と片づけるのは公平でない。連結売上高は476億円から620億円へ伸び、営業利益は2017年3月期に41億円を付けた。金型の東洋造機やテニスボール製造会社の取り込みも林田氏の在任中に決まっており、就任後の4期連続の過去最高はその土台の上にある。ただ、地域別売上でアジアと日本が9割を占める偏りは残っており、承継の当否より、この偏りをどう動かすかで次の評価は決まるといえる。"
                }
              ]
            }
          ]
        }
      ],
      "references": [
        "ヨネックス 有価証券報告書【沿革】【役員の状況】",
        "ヨネックス 有価証券報告書（2006年3月期〜2025年3月期・連結）",
        "日本経済新聞（2015年4月18日）「ヨネックス社長に林田氏」",
        "FASHIONSNAP（2022年2月19日）「ヨネックス新社長に34歳のアリサ・ヨネヤマ氏が就任、創業者の孫」",
        "SBクリエイティブ ビジネス＋IT「ヨネックス創業者・米山稔、失敗だらけで…」",
        "ヨネックス 決算説明資料（2025年3月期）"
      ],
      "authored": "2026-07",
      "last_updated": "2026-07-24"
    }
  ]
}
