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      "extraction": "EDINET の XBRL から機械抽出した役員表を土台に、雑誌記事・社史・報道で経歴と出自を補完",
      "caveat": "在任区間は career の is_ceo_appointed が正本。退任年月は次の代の就任年月から決まる"
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    "name": "小糸源六郎",
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    "surname": "小糸",
    "given_name": "源六郎",
    "birthdate": "1883-07-10",
    "origin": "創業家。静岡県伝法村に生まれ、商家の奉公と米の行商を経て上京し、ガラス問屋の宮崎商店に勤めた。鉄道信号用フレネルレンズを国産化し、1915年に小糸源六郎商店を創業した",
    "origin_type": "創業家",
    "milestone": "小糸製作所の創業者（1915年に小糸源六郎商店を開店）",
    "hometown": "静岡県（富士郡伝法村、現・富士市）",
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    "references": [
      {
        "source": "小糸製作所50年史（小糸製作所, 1968）創業期「小糸製作所の誕生」",
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          "hometown",
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      {
        "source": "小糸製作所50年史（小糸製作所, 1968）発展期「株式会社小糸製作所を設立」「社長・小糸源六郎の辞任」「小糸源六郎の会長復帰」",
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          "career"
        ]
      },
      {
        "source": "小糸製作所70年史（小糸製作所, 1985）「故小糸源六郎名誉会長の略歴」",
        "for": [
          "birthdate",
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          "career"
        ]
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          "frame": "origin",
          "text": "1883年7月、静岡県富士郡伝法村（現・富士市）に生まれた。幼くして生家を離れ、商家への奉公を重ねたのち、大阪での米の行商を最後に1910年10月、28歳で妻と2人の子を連れて上京した。友人の紹介で日本橋の宮崎商店に入ったが、同店は輸入ガラスと食器を扱う問屋で、鉄道院の指定を受けて手広く商いをしていた。技術の素養を持たない商人の出で、信号用レンズの国産化は、ガラス工場の主との共同の試作によって進めた。"
        },
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          "text": "創業者として、1936年4月1日に個人経営の小糸製作所を株式会社に改組し、初代の取締役社長に就任した。社長の在任は3つの区間に分かれる。1950年1月、最大の融資元である東海銀行が求めた重役陣の刷新に応じて退き、従業員の具申を受けて1951年11月に会長として戻り、1953年12月に社長へ復帰した。1962年1月に小糸久弥氏へ社長を譲ったが、1968年2月に同氏が在任中に没すると再び社長に就任し、1972年5月に退任して取締役相談役となった。"
        },
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          "frame": "initiatives",
          "text": "在任中に、主力を鉄道用の照明器具から自動車用の照明器具へ移した。1936年9月に豊田自動織機製作所自動車部の4輪トラックGA型の前照灯と尾灯を引き受け、これが小糸製作所で初めての4輪車用照明器具の量産となった。1938年3月には品川工場の敷地内に自動車部品専門の第3工場を建てた。1957年10月には静岡工場を分離して小糸電機株式会社を設け、翌年2月にアメリカから全ガラス製シールドビームヘッドランプの自動製造機を入れて国産化を進めた。1962年1月に同社を合併して1社に戻した。"
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        },
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          "text": "宮崎商店に勤めていたころ、鉄道院は鉄道国有化を機に信号保安設備の規格化を進め、輸入に依存してきた信号灯と信号用レンズの国産化を指定の商社や工場に試作させていた。宮崎商店は当時のガラス工業の水準では採算が取れないとして依頼を断ったが、小糸源六郎氏は広がり続ける鉄道網に目をつけ、店を辞めて単独での試作を鉄道院に願い出た。工場も指定商人の資格も持たない個人の申し出に鉄道院は長く検討を重ね、1911年10月に許可を出した。\n研究費として150円を受け取り、見本に借りたアメリカ製の5インチの信号機用フレネルレンズを持って東京のガラス工場を回ったが、どの工場も鉄道院の規格に合う品は作れないと断った。ようやく引き受けた岩城硝子製造所の工場主とともに1年以上試作を繰り返し、1912年12月末に鉄道院の規格に合い、外国製と比べても劣らない国産初の信号機用フレネルレンズを仕上げた。1915年4月1日、33歳で東京市京橋区常盤町に鉄道院登録の指定商人として小糸源六郎商店を開設し、このレンズに「ステップレンズ」の商品名を付けて売り出した。1916年3月に鉄道院がこのレンズを規格品として公布し、既設の信号灯を順に規格品へ取り替えたため、需要は年を追って増加した。\n1919年11月には、下請けに使い資金も出してきた月島の工場を、先方の申し出を受けて設備と従業員ごと買収し、信号灯と標識灯の自家製造を始めた。1923年の関東大震災で京橋の事務所と月島工場をともに焼失したが、鉄道院の要請に応じて信号灯の補修から鉄道の復旧にあたり、1924年4月には大崎の既設工場を買収して生産を再開した。1930年10月には商号を小糸製作所に改め、それまで営業の大半を占めた取次販売を整理して、自社製品をつくるメーカーに転じた。1932年には3輪自動車用の前照灯と尾灯をつくり始め、自動車部品を品目に加えた。\n1936年4月1日、21年にわたって個人で営んだ小糸製作所を資本金250万円の株式会社に改組し、取締役社長に就任した。改組と同時に1支配人4課の職制を事務と技術の2部7課に改め、新しい技術の開発・人の和・事業のための資本の3つを一体で動かすことを経営の原則に掲げた。戦後は融資元の銀行の求めに応じて1950年に社長を退任したが、1953年に社長へ戻り、1957年にはシールドビームの生産開始を決めて静岡工場を小糸電機株式会社として分離し、その社長を兼ねた。\n1962年1月に小糸電機を小糸製作所へ合併し、社長を小糸久弥氏に譲って会長に就任した。1968年2月に小糸久弥氏が没すると84歳で社長に戻り、1972年5月に取締役相談役、同年11月に取締役名誉会長となった。1974年12月2日、92歳で鎌倉の自邸で没した。"
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