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      "event": "三菱自動車株式会社を設立",
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      "significance": "「不平等条約」が暗示した提携依存の宿命——繰り返される外資との力学",
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      "date": "1970/6",
      "category": "会社設立",
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      "event": "三菱重工業の自動車部門を譲受け営業開始",
      "detail": "1970年4月の設立から2か月後の6月に、三菱重工業株式会社の自動車部門を譲受けて三菱自動車工業株式会社として営業を開始した。すなわち、設立直後に旧自動車事業を一括承継する形で、製造・販売体制を立ち上げた。",
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      "detail": "1977年に名古屋自動車製作所岡崎工場（愛知県岡崎市）を新設。総工費は140億円で、乗用車の量産に従事",
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      "event": "東洋工機で四輪車生産を開始（パジェロ製造）",
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      "event": "クライスラーが経営危機",
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      "detail": "1979年に京都製作所滋賀工場を新設。敷地面積10.5万平方メートル。総工費は140億円。エンジンの量産に従事",
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      "event": "三菱商事と海外販売で協業",
      "detail": "1980年代を通じて三菱自動車は海外向けの輸出を強化。クライスラー社との合衆国流通契約については1981年9月に改訂し、同年12月に三菱自動車は米国に現地法人を新設した。",
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      "event": "クライスラーと合弁基本契約を解消",
      "detail": "1985年6月に三菱自動車はクライスラーとの合弁基本契約を解消。代わりにクライスラーは三菱自動車の株式5%を追加取得（三菱重工から取得）することで、三菱自動車への出資比率を15%から20%に高めた。",
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      "event": "クライスラーと合弁で米国現地生産法人を設立",
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      "region": "米州",
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      "detail": "1991年10月にダイヤモンド・スター・モーターズ・コーポレーション(DSM)の米国クライスラー保有全株式を取得し、合弁から完全子会社化した。1985年設立の北米現地生産合弁が、6年でクライスラーから三菱自動車単独の運営へ切り替わった。すなわち、北米生産責任を自社が単独で負う体制へ移行した。",
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      "source": "有価証券報告書"
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    {
      "date": "1991/11",
      "category": "海外進出",
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      "event": "オランダ乗用車生産合弁ネザーランズ・カーに参画",
      "detail": "1991年11月にオランダにおける乗用車現地生産に関する共同事業契約に基づき、ネザーランズ・カー・ビー・ブイの株式33.3%を取得した。その後、1999年に50.0%、2001年に100%へ段階的に出資比率を引き上げ、欧州生産拠点として運営した。",
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      "event": "米国法人でセクハラ民事訴訟",
      "detail": "米国法人において女性社員に対するセクシャルハラスメントが発生。被害者が集団訴訟を実施して民事訴訟に至った。この結果、1998年に三菱自動車は和解金として48億円の支払いを実施。",
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      "event": "東洋工機を買収（岐阜工場発足・パジェロ製造）",
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      "date": "1997/8",
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      "event": "タイの現地法人を子会社化",
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      "date": "1998",
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      "event": "米国事業で人員削減",
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    {
      "date": "1999/10",
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      "region": "欧州",
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      "event": "ボルボと資本提携・協業推進の基本合意",
      "detail": "1999年10月にボルボと資本提携および協業推進の基本合意書を締結し、12月にはトラック・バス事業における戦略的業務提携契約を締結した。しかし、2001年4月にはトラック・バス事業の戦略的提携パートナーをボルボからダイムラークライスラーに切り替えており、欧州側のパートナー入れ替えが短期間で発生した。",
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      "source": "有価証券報告書"
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      "event": "ダイムラークライスラーと提携",
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      "event": "リコール隠しで副社長を書類送検",
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      "date": "2001/8",
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      "event": "早期退職者を募集",
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      "date": "2002/4",
      "category": "組織再編",
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      "event": "AT/CVT事業を分社化しダイヤモンドマチックを設立",
      "detail": "2002年4月にAT/CVT事業を分社化し、ダイヤモンドマチック株式会社を設立した。前月に日産自動車およびジヤトコとAT/CVT事業統合に関する契約を締結しており、3社統合のためのキャリアアウトとして実施された。",
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      "detail": "2003年1月に三菱ふそうトラック・バス株式会社を設立し、トラック・バス事業を分社化した。同年3月にダイムラークライスラーへ43%、三菱グループ10社へ15%を譲渡。2004年3月に追加22%、2005年3月にさらに20%を譲渡し、全株式を放出した。すなわち、商用車事業の段階的な完全切り離しが完了した。",
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      "date": "2003/3",
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      "event": "三菱ふそうを売却",
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      "event": "リコール隠しが発覚（2回目）",
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      "date": "2004/3",
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      "event": "財務状況が悪化・経営危機",
      "detail": "リコール隠しにより巨額損失を計上。2004年3月末時点で三菱自動車は連結自己資本比率1.4%となり、債務超過寸前の財務状況となった",
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      "event": "オーストラリアでの現地生産を終了",
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      "date": "2010/4",
      "category": "海外進出",
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      "event": "プジョー・シトロエンと合弁ピーシーエムエー・ルスをロシアに設立",
      "detail": "2010年4月にプジョー・シトロエン・オートモビルズ・エス・エイと合弁会社ピーシーエムエー・ルスをロシアに設立した。新興市場ロシアへの生産進出を欧州メーカーとの協調で進めた。しかし、2023年12月には同社における車両の生産事業を終了しており、ロシア事業は10年強で撤収となった。",
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      "source": "有価証券報告書"
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    {
      "date": "2012/9",
      "category": "海外進出",
      "region": "中国",
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      "event": "三菱商事と共同で広汽三菱汽車を設立",
      "detail": "2012年9月に三菱商事との共同出資により広汽三菱汽車有限公司を設立した。中国国内での乗用車現地生産事業を本格化させる枠組みであった。中国は世界最大の自動車市場であり、グループ商社と組む形での参入となった。",
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      "source": "有価証券報告書"
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    {
      "date": "2015/3",
      "category": "海外進出",
      "region": "その他",
      "importance": 2,
      "event": "三菱商事と共同でインドネシア生産合弁を設立",
      "detail": "2015年3月に三菱商事との共同出資でミツビシ・モーターズ・クラマ・ユダ・インドネシアを設立した。東南アジアでは長らくタイを生産拠点としてきたが、市場規模が拡大するインドネシアにも現地生産体制を構築した。",
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      "source": "有価証券報告書"
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    {
      "date": "2015/11",
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      "importance": 1,
      "event": "北米での現地生産を終了",
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    {
      "date": "2016/5",
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      "event": "日産と戦略提携契約を締結",
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    {
      "date": "2019/6",
      "category": "組織再編",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "指名委員会等設置会社へ移行",
      "detail": "2019年6月に指名委員会等設置会社へ移行した。日産との戦略提携(2016年5月)後のガバナンス改革の一環であり、社外取締役主導の指名・報酬委員会を設けるなど、不祥事を経た会社のコーポレートガバナンス再構築を進めた。",
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      "source": "有価証券報告書"
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    {
      "date": "2021/3",
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      "importance": 2,
      "event": "最終赤字に転落",
      "detail": "販売不振により減損損失1179億円（国内6拠点の生産設備）および事業構造改革費用702億円（主に欧州向け新製品の投入凍結など）を計上。そのほかの損失も併せて、特別損失で合計2982億円を計上し、2021年3月期に三菱自動車は3123億円の最終赤字に転落した。",
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    {
      "date": "2021/8",
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      "importance": 2,
      "event": "パジェロ製造の乗用車工場を閉鎖",
      "detail": "販売が低迷していたSUV「パジェロ」の生産終了を決定。子会社パジェロ製造の乗用車工場（岐阜県坂祝町）について、完全閉鎖を決定した。",
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    {
      "date": "2022/4",
      "category": "株式上場",
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      "importance": 1,
      "event": "東京証券取引所プライム市場へ移行",
      "detail": "2022年4月の市場区分見直しにより、東京証券取引所市場第一部からプライム市場へ移行した。",
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      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2023/12",
      "category": "事業撤退",
      "region": "欧州",
      "importance": 2,
      "event": "ロシアでの車両生産事業を終了",
      "detail": "2023年12月にピーシーエムエー・ルスにおける車両の生産事業を終了した。2010年に欧州プジョー・シトロエンと合弁で立ち上げたロシア生産拠点が13年で停止した。すなわち、ウクライナ侵攻に伴う事業環境悪化を受けて欧州系自動車メーカーが相次ぎ撤退する中、三菱自動車もロシア生産から退出する形となった。",
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      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2024/12",
      "category": "",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "日産・ホンダ・三菱自動車の経営統合を発表",
      "detail": "",
      "significance": "",
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    }
  ],
  "decisions": [
    {
      "year": 1970,
      "month": 4,
      "title": "三菱自動車株式会社を設立",
      "type": "founding",
      "content": {
        "background": {
          "summary": "三菱重工の自動車事業拡大とクライスラーの日本進出",
          "detail": "1960年代後半、三菱重工業の自動車部門は乗用車・トラック・バスを幅広く手がけていたが、トヨタや日産と比較して乗用車の販売規模では劣勢にあった。自動車事業の拡大には莫大な設備投資と販売網の整備が必要であり、三菱重工の一部門として運営する体制では、迅速な意思決定や外部からの資本調達に限界があった。\n一方、米国の大手自動車メーカーであるクライスラーは日本市場への進出を模索していた。1960年代には米GMがいすゞ自動車と、米フォードがマツダ（東洋工業）と提携しており、クライスラーとしても日本メーカーとの提携を通じた事業展開が課題となっていた。両社の利害が一致し、1969年5月に三菱重工とクライスラーは自動車事業における合弁提携で合意した。"
        },
        "decision": {
          "summary": "三菱重工から自動車部門を分離・合弁会社として発足",
          "detail": "1970年4月に三菱重工業の子会社として「三菱自動車株式会社」を設立。同年6月に三菱重工から自動車部門（水島・名古屋・京都・川崎の各製作所）を譲り受けて営業を開始した。1971年にはクライスラーが三菱自動車の株式15%を取得し、三菱重工とクライスラーの共同事業として経営体制を整えた。\n発足直後の1972年度における国内販売シェアは、乗用車6.6%、トラック11.4%、バス22.2%であり、大型商用車（大型トラック34.6%、大型バス37.3%）に強みを持つ構成であった。乗用車市場ではトヨタ・日産に大きく引き離されており、合弁パートナーであるクライスラーの販売網を活用した海外展開が成長の鍵と位置づけられた。"
        },
        "result": {
          "summary": "「不平等条約」が北米市場の成長を制約",
          "detail": "しかし、合弁の枠組みには三菱自動車にとって深刻な制約が内包されていた。クライスラーと締結した「合衆国流通契約」により、三菱自動車は米国市場において「2ドア車のみの販売」かつ「クライスラーによる独占販売」という条件を無期限で受け入れた。主力の4ドア小型車の輸出が封じられ、自社の販売網を形成することもできない状態となった。\nクライスラーにとっては、三菱自動車を日本進出の足がかりとしつつ北米市場では自社と競合しない仕組みを確保する合理的な契約であった。しかし三菱自動車にとっては「不平等条約」と形容される制約であり、北米における事業拡大の障壁となった。この契約は1981年の改定まで続き、提携当初からクライスラーとの関係悪化の要因となった。久保富夫社長は「非常に縛られるような提携はやめるべき」と述べており、合弁パートナーとの力関係が経営を制約する構造的な問題は、のちのダイムラークライスラーとの提携においても繰り返されることとなった。"
        }
      },
      "comment": {
        "title": "「不平等条約」が暗示した提携依存の宿命——繰り返される外資との力学",
        "content": "三菱自動車の設立時に締結された「合衆国流通契約」は、北米市場における2ドア車限定・独占販売という深刻な制約を課すものであった。クライスラー側の合理的な自己防衛であると同時に、三菱自動車の海外成長を構造的に封じる仕組みでもあった。提携先との力関係に経営が左右される構造は、のちのダイムラークライスラーとの関係でも再現されており、三菱自動車の歴史を貫く課題として創業時点で既に胚胎していた。"
      },
      "interviews": [
        {
          "name": "久保富夫（三菱自動車・社長）",
          "comment": "僕がこの会社に来た時、両社（注：三菱自動車とクライスラー）はえらく不信の仲でしたね。相互不振は極まるものがありました。その後、提携のメリットを生かそうということに努力し、現在は精神的には極めて良好です。が、一つ問題なのは、北米、アフリカ、中米地区などで、クライスラーが三菱自動車の独占販売権を握っていることです。向こうも本気に売るようになり、だいぶ販売量は増えていますが・・・。\nというのは米国のメーカーは省エネルギーのため、今後小型車志向に転換せざるを得ない状況にある。すると80年代にはクライスラーが自社の小型車販売に当然力を入れるだろうから、われわれの車の米国市場での売れ行きにひびきかねない。この点、契約変更して、なんとか米国で自社の車を売れるようにしなければと考えています。（略）\n非常に縛られるような提携はやめるべきでしょうね。環境が絶えず変わりますから、10年、20年、50年先をみて、ノンエクスクルーシブ（非独占的）な契約を結ぶべきです。いちいち指摘すると差し障りがありますが、率直に言って、三菱グループでも随分、不利な提携がありますよ。（略）\n GMは開発などの面でクライスラーより上でしょう。ですから、いすゞがGMと組んで得たメリットは、われわれがクライスラーと提携して得たものより大きかったと思います。",
          "ref": {
            "date": "1978/7/31",
            "title": "日経ビジネス",
            "url": ""
          }
        }
      ],
      "timeline": [
        {
          "year": 1969,
          "month": 5,
          "title": "三菱重工とクライスラーが合弁事業で提携"
        },
        {
          "year": 1970,
          "month": 4,
          "title": "三菱自動車株式会社を合弁設立（三菱重工・クライスラー）"
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