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      "name": "藤井深造",
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            "text": "1962年の暮れ、藤井氏は3社合併について公正取引委員会がどう出るかを打診するよう指示した。照会の結果は諾否いずれでもなく、ともかく申請する方針が固まっている。1963年7月27日に3社の取締役会が共同検討の着手を決議し、10月28日に合併契約書へ調印、11月27日の株主総会で承認された。合併3社で最大の新三菱重工業を率いた藤井氏が初代社長に就いた。"
          },
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            "text": "1964年6月、新三菱重工業・三菱日本重工業・三菱造船の3社が合併し、三菱重工業が発足した。1950年の3分割から14年ぶりの再統合である。合併直前の3社の売上高は合計で約3,194億円だった。藤井氏は株主総会で合併の目的を説明している。社長在任は約1年で、1965年5月に会長へ退き、河野文彦氏へ引き継いだ。",
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      "name": "河野文彦",
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      "hometown": "栃木県大田原市",
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      "name": "牧田與一郎",
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            "text": "1969年5月、河野文彦氏の後任として社長に就任した。合併から5年で受注高は2.1倍、売上高は2倍、税引前利益は1.4倍になった。1968年度の総売上高は6,272億円で、合併直前の3社合計約3,194億円のほぼ2倍にあたる。",
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      "name": "古賀繁一",
      "kana": "こが　しげいち",
      "origin": "生え抜き（1926年三菱造船入社）。戦艦「武蔵」の設計に携わった造船技術者で、1964年に専務。前任の急逝を受けて社長へ",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "福岡県柳川市",
      "education": "東京帝国大学工学部船舶工学科 (1926)",
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            "text": "1971年12月、牧田與一郎氏の後任として社長に就任した。歴代の社長交代が5月から6月に集中するなかで、期の途中にあたる12月の交代だった。1971年3月期の売上高は6,583億円で、前期の7,072億円から7％落ちていた。1970年6月に自動車部門を三菱自動車工業へ譲渡した直後の交代でもある。",
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            "text": "1972年3月期の売上高は7,014億円、経常利益は350億円で、前期の6,583億円・283億円から戻した。1973年3月期は売上高7,703億円、経常利益672億円となり、経常利益は2年で2.4倍になった。在任は1年半で、1973年5月に守屋学治氏へ社長を引き継ぎ、会長へ退いた。",
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      "slug": "moriya-gakuji",
      "name": "守屋学治",
      "kana": "もりや　がくじ",
      "origin": "生え抜き（1930年三菱航空機入社）。新三菱重工業の京都製作所長・本社自動車部長を経て、副社長から社長へ",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "岡山県岡山市",
      "education": "東京帝国大学工学部航空機学科 (1930)",
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            "text": "1973年5月、古賀繁一氏の後任として社長に就任した。副社長を4年務めての昇格である。就任前年度にあたる1973年3月期は売上高7,703億円、経常利益672億円で、経常利益は前期の350億円から倍近くに増えていた。",
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            "text": "1957年に三菱造船へ入社した。三菱造船・新三菱重工業・三菱日本重工業の三社は1964年に合併して三菱重工業となり、その機械部門を歩いて1994年に取締役副社長兼機械事業本部長へ就いた。1995年6月に取締役社長へ昇格した。入社から38年目での就任である。"
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            "text": "1995年6月、相川賢太郎氏の後任として社長に就任した。就任前年度の1995年3月期は連結売上高2兆8,485億円、当期純利益779億円である。アジア諸国の工業化による発電プラントと機械プラントの需要が業績を押し上げていた時期で、機械事業本部長を務めた副社長が引き継いだ。"
          },
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            "text": "1996年度は経常利益1,926億円、当期純利益1,106億円で、いずれも過去最高を更新した。受注金額は3兆円強と初の大台に届き、株主資本利益率は9.9％である。ただし海外受注1兆1,560億円の59％をアジア諸国が占めており、1997年度に入ると収益は急悪化した。期初1,950億円としていた経常利益の目標は二度引き下げて1,200億円とし、資金繰りの悪化で4,000億円規模の調達に追い込まれた。"
          },
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      "name": "西岡喬",
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      "origin": "生え抜き（1959年新三菱重工業入社）。名古屋航空宇宙システム製作所長など航空機部門一筋で、“傍流”から社長へ",
      "origin_type": "生え抜き",
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            "text": "1959年に新三菱重工業へ入社し、1998年6月に取締役副社長、1999年6月に取締役社長へ進んだ。三菱造船・新三菱重工業・三菱日本重工業の三社が1964年に合併して生まれた三菱重工業で、40年の職歴を重ねている。航空機部門を長く歩いた技術者で、造船と原動機を本流としてきた会社では傍流からの登用にあたるとみられる。"
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          },
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            "text": "1999年度に主な未成工事の受注工事損失を計上し、対象10件・契約金額3,300億円に対して920億円を落とした。2000年3月期の連結当期純損益は1,370億円の赤字で、赤字の計上は1964年の三社合併以来である。1999年11月には再建計画\"2000事計\"を掲げ、2004年3月期に単独経常利益1,300億円、人員を5,000人減らして3万5,000人とする目標を置いた。整理・縮小事業の項目は設けず、繰り返し掲げたのは\"製造業の原点回帰\"であった。"
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      "name": "佃和夫",
      "kana": "つくだ　かずお",
      "origin": "生え抜き（1968年入社）。高砂製作所・名古屋機器製作所を経て産業機器畑から、常務取締役として初めて社長へ抜擢",
      "origin_type": "生え抜き",
      "milestone": "常務からの登用は初",
      "hometown": "山口県熊毛町（現・周南市）",
      "education": "東京大学大学院工学系研究科舶用機械学専攻修了 (1968)",
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            "text": "1968年4月に入社し、1995年12月に高砂製作所副所長、1999年4月に名古屋機器製作所長を務めた。2000年4月に産業機器事業部長、2002年4月に常務取締役兼海外戦略本部長へ進み、2003年6月に取締役社長となった。造船でも原動機でもなく、産業機器と海外営業を歩いた経歴である。"
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            "text": "2003年6月、西岡喬氏の後任として社長に就任した。相川賢太郎氏から西岡氏までの3代がいずれも取締役副社長から昇格したのに対し、佃氏は常務取締役兼海外戦略本部長からの登用である。就任前年度の2003年3月期は連結売上高2兆5,938億円、当期純利益343億円で、売上は前年から2,701億円減っていた。再建計画\"2000事計\"の最終年度を目前に控えた交代であった。"
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            "text": "2008年、小型ジェット旅客機の事業化を決め、開発子会社の三菱航空機を設けた。ボーイング787の主翼を供給する部品供給者ではあったが、機体全体を設計して量産した経験は持たない。連結売上高は就任前年度の2兆5,938億円から2008年3月期の3兆2,030億円へ伸び、営業利益は1,360億円、当期純利益は613億円となった。"
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      "name": "大宮英明",
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            "text": "1969年6月に入社し、1999年6月に名古屋航空宇宙システム製作所副所長を務めた。2002年4月に冷熱事業本部副事業本部長、2003年4月に同事業本部長へ移り、2005年6月に常務執行役員、2007年4月に副社長執行役員となった。2008年4月に取締役社長へ就いている。航空機部門から空調・冷熱の事業へ移り、そこから本社へ戻った経歴である。"
          },
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            "text": "2011年夏に日立製作所との全社的な経営統合が報じられたが、規模の差などを理由に否定して破談となった。対象を火力に絞って交渉を組み直し、2012年11月29日に火力発電システム分野の事業統合で基本合意した。出資比率は三菱重工業65％、日立35％と定めている。造船では2012年に汎用商船から退き、技術の難度が高く競合の少ない船種へ集中する方針を掲げ、2011年に欧州のアイーダ・クルーズから大型客船2隻を受注した。"
          },
          {
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      "origin": "生え抜き（1972年入社）。三菱日立製鉄機械社長を経て本社に戻り、機械・鉄構事業本部長から社長へ",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "福岡県",
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            "text": "1972年4月に入社し、2006年4月に執行役員、2008年4月に常務執行役員、2008年6月に取締役、2011年4月に副社長執行役員へ進んだ。2013年4月に取締役社長へ、2014年4月には社長兼CEOへ就いた。入社から社長就任まで41年、執行役員に就いてからは7年での昇格である。"
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                "anchor": "日立製作所"
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            "text": "2013年4月、大宮英明氏の後任として社長に就任した。就任前年度の2013年3月期は連結売上高2兆8,178億円、営業利益1,635億円、当期純利益973億円である。前年11月に日立製作所と火力発電システム事業の統合で基本合意しており、合弁の発足を目前に控えた交代であった。2014年4月には社長兼CEOの肩書を併せた。"
          },
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            "text": "2014年2月1日に日立との合弁を三菱日立パワーシステムズとして発足させ、国内9社・海外49社の計58社を束ねた。2011年に受注した大型客船2隻は1番船の引き渡しが1年遅れて2016年3月となり、関連損失は同年10月に累計2,408億円へ膨らんだ。2016年10月18日、大型客船事業からの撤退を表明した。南アフリカの石炭火力ボイラーで生じた損失の負担では、日立へ約7,743億円の支払いを求めて仲裁を申し立てている。"
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      "kana": "いずみさわ　せいじ",
      "origin": "生え抜き（1981年入社）。国際宇宙ステーション「きぼう」の開発に携わり、三菱自動車常務を経て社長へ",
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            "text": "1981年4月に入社し、2013年4月から2017年6月まで三菱自動車工業の常務執行役員と取締役を務めた。三菱重工業へ戻って2017年6月に執行役員、2018年6月に取締役兼常務執行役員となり、2019年4月に取締役社長兼CEOへ就いた。執行役員に就いてから2年での昇格である。"
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            "text": "2019年4月、宮永俊一氏の後任として社長兼CEOに就任した。就任前年度の2019年3月期は連結売上高4兆783億円、税引前利益1,951億円、当期純利益1,102億円である。小型ジェット旅客機は米国での型式証明の取得に手間取って納入が6度延期され、開発費は当初の1,500億円規模から1兆円超へ膨らんでいた。日立製作所との南アフリカ案件の仲裁も未決着のまま引き継いだ。"
          },
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              }
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            "text": "2019年12月18日に日立との和解が成立し、日立が持つ35％の株式すべてを譲り受けた。合弁は2020年9月1日に解消して完全子会社とし、社名は同年4月に三菱パワーへ改めた。小型ジェット旅客機は2020年10月に開発を事実上凍結し、2023年2月7日にスペースジェットの開発中止を発表して三菱航空機を清算する方針を示した。2022年12月の防衛3文書改定で5年間の防衛費が43兆円へ増え、低採算で縮小が続いた防衛装備品の製造が成長分野へ変わった。"
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      "name": "伊藤栄作",
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      "origin": "生え抜き（1987年入社）。高砂研究所で発電用ガスタービンの研究開発に30年従事し、CTOから社長へ",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "鳥取県",
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          ]
        }
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      "statements": [
        {
          "quote": "社会インフラには必ず三菱重工の技術が必要になります。私達の技術がいらなくなる日は来ない",
          "category": "信念",
          "date": "2025-06",
          "source": "マンスリーみつびし",
          "title": "三菱重工の“スタートアップ”で鍛えた技術屋としての矜持と誠実さ",
          "publisher": "三菱グループサイト",
          "url": "https://www.mitsubishi.com/ja/profile/csr/mpac/monthly/top_interview/2025/06/1.html"
        },
        {
          "quote": "技術では他社に負けない。とても多様な人材や製品分野を持っており、コングロマリットのデメリットとしておっしゃる方も多いが、変化の大きい時代、社会に、たくさんのピースを持っていることは大きな価値。短い時間で実現できるポテンシャルがある",
          "category": "事業",
          "date": "2024-12",
          "source": "Aviation Wire",
          "title": "三菱重工、新社長に伊藤常務CTO「たくさんのピースは大きな価値」",
          "publisher": "Aviation Wire",
          "url": "https://www.aviationwire.jp/archives/314947"
        },
        {
          "quote": "いちばんのポイントは経済性です。既存の設備を使いながら、ちょっと技術を足すだけで大きな変化を生み出すことができる",
          "category": "社会",
          "date": "2025-06",
          "source": "マンスリーみつびし",
          "title": "三菱重工の“スタートアップ”で鍛えた技術屋としての矜持と誠実さ",
          "publisher": "三菱グループサイト",
          "url": "https://www.mitsubishi.com/ja/profile/csr/mpac/monthly/top_interview/2025/06/1.html"
        },
        {
          "quote": "まずはお客さまが期待していることを最優先で考え、それをもとにマクロトレンドや競合先の状況を調べたうえで、お客さまの期待や競合先のさらに上を目指していく",
          "category": "顧客",
          "date": "2025-06",
          "source": "マンスリーみつびし",
          "title": "三菱重工の“スタートアップ”で鍛えた技術屋としての矜持と誠実さ",
          "publisher": "三菱グループサイト",
          "url": "https://www.mitsubishi.com/ja/profile/csr/mpac/monthly/top_interview/2025/06/1.html"
        },
        {
          "quote": "社員ひとりひとりが家族に自慢できる仕事をたくさんやってほしいと思っています",
          "category": "組織",
          "date": "2025-06",
          "source": "マンスリーみつびし",
          "title": "三菱重工の“スタートアップ”で鍛えた技術屋としての矜持と誠実さ",
          "publisher": "三菱グループサイト",
          "url": "https://www.mitsubishi.com/ja/profile/csr/mpac/monthly/top_interview/2025/06/1.html"
        },
        {
          "quote": "ガスタービンの開発がしたくて三菱重工業に入社した",
          "category": "キャリア",
          "date": "2024-12",
          "source": "ニュースイッチ",
          "title": "成長の柱は「エネルギー」と「防衛」、三菱重工新社長が重視すること",
          "publisher": "日刊工業新聞社",
          "url": "https://newswitch.jp/p/44062"
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_summary": "新中期経営計画「2024事業計画」（FY24〜FY26）の下でポートフォリオ経営の強化とGX軸の事業再編を推進する経営者である。\n\n株式分割と政策保有株式売却・新配当方針で資本政策・株主還元を再構築した経営者である。",
        "tenure_frames": [
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            "frame": "origin",
            "text": "1987年4月に入社し、2018年4月に執行役員、2020年4月に常務執行役員兼CTOへ進んだ。2025年4月に社長兼CEO、同年6月に代表取締役社長兼CEOへ就いた。入社から38年、執行役員に就いてから7年での就任である。"
          },
          {
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                "slug": "izumisawa-seiji"
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            "text": "2025年4月、泉澤清次氏の後任として社長兼CEOに就任した。就任前年度の2025年3月期は売上収益が5兆271億円で、初めて5兆円を超えている。税引前利益は3,745億円、当期純利益は2,454億円である。技術開発を統括する常務執行役員CTOからの登用であった。"
          },
          {
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            "text": "就任1年目の2026年3月期は、親会社株主に帰属する当期純利益が3,321億円で過去最高を更新した。防衛・宇宙は2015年3月期に4,824億円で全体の12％だったが、2025年3月期の航空・防衛・宇宙は1兆293億円と21％を占める。造船と民間航空機で繰り返した大型案件の失敗を、政策に支えられた事業の伸びが埋めた。"
          },
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