{
  "timeline": [
    {
      "date": "1959/4",
      "category": "会社設立",
      "region": "",
      "importance": 4,
      "event": "京都セラミック株式会社を設立",
      "detail": "京都市中京区西ノ京原町。ファインセラミックスの専門メーカーとして資本金300万円で発足",
      "significance": "京都の財界人がシード出資した「創業者が筆頭株主でない」起業の資本構造",
      "source": "有価証券報告書",
      "amount": "資本金300万円"
    },
    {
      "date": "1966",
      "category": "新規事業",
      "region": "米州",
      "importance": 4,
      "event": "IC向け基板をIBMに納入",
      "detail": "",
      "significance": "国内で信用を得られない中小企業が米国IBM向け受注で半導体市場に参入した構造",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "1969/7",
      "category": "海外進出",
      "region": "米州",
      "importance": 2,
      "event": "米国に販売会社Kyocera International, Inc.を設立",
      "detail": "",
      "significance": "北米市場拠点の獲得",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1969/10",
      "category": "設備投資",
      "region": "",
      "importance": 4,
      "event": "積層パッケージの量産投資・世界シェア70%を確保",
      "detail": "",
      "significance": "需要が不透明な積層パッケージに先行投資し世界シェア70%を握った構造",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "1971/1",
      "category": "海外進出",
      "region": "欧州",
      "importance": 1,
      "event": "ドイツに販売会社Kyocera Fineceramics GmbHを設立",
      "detail": "後のKyocera Europe GmbH",
      "significance": "欧州拠点の獲得",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1971/10",
      "category": "株式上場",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "大阪証券取引所市場第二部に株式上場",
      "detail": "セラミックパッケージによる業容拡大を受けて、京セラは1971年10月に大阪証券取引所に株式上場。設立12年目で株式上場を果たし、急成長企業として注目を集めるに至った。",
      "significance": "株式公開による資金調達基盤の確立",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1972/9",
      "category": "株式上場",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "東京証券取引所市場第二部に株式を上場",
      "detail": "1974年2月に第一部に指定",
      "significance": "東証1部上場へ",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1976/2",
      "category": "株主対応",
      "region": "米州",
      "importance": 1,
      "event": "米国で米国預託証券を発行",
      "detail": "",
      "significance": "海外資本市場での資金調達",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1982/10",
      "category": "組織再編",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "サイバネット工業・クレサンベール・日本キャスト・ニューメディカルの4社を吸収合併し京セラに社名変更",
      "detail": "同時に米国で2回目の米国預託証券発行、ニューヨーク証券取引所に上場",
      "significance": "「京セラ」ブランドの確立。多角化基盤の整備",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1984/6",
      "category": "合弁設立",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "第二電電企画（現KDDI）の設立時に出資",
      "detail": "",
      "significance": "通信事業への進出。後のKDDIの源流となる関連会社化",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "1989/8",
      "category": "企業買収",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "コネクタ事業のエルコインターナショナルを連結子会社化",
      "detail": "後に京セラコネクタプロダクツへ社名変更",
      "significance": "コネクタ事業の取り込み",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1990/1",
      "category": "企業買収",
      "region": "米州",
      "importance": 2,
      "event": "AVX Corporation（現Kyocera AVX Components）を株式交換で連結子会社化",
      "detail": "",
      "significance": "電子部品事業の海外大型M&A。後の電子部品セグメントの主力",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1995/9",
      "category": "海外進出",
      "region": "中国",
      "importance": 2,
      "event": "中国東莞に製造会社Dongguan Shilong Kyoceraを設立",
      "detail": "",
      "significance": "中国生産拠点の獲得",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1996",
      "category": "事業撤退",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "セラミックパッケージの素材転換に失敗",
      "detail": "1990年代を通じて半導体パッケージの素材が、セラミックから樹脂製へと転換。競合のイビデンはいち早く樹脂製パッケージを開発して1996年にインテルと取引を開始したのに対して、セラミック製が中心であった京セラは樹脂への転換で苦戦。CPU向けのパッケージについて、イビデンなどの樹脂製メーカーにシェアを奪還される形となった。",
      "significance": "半導体パッケージ市場での地位後退",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "1997",
      "category": "社長交代",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "稲盛和夫氏が代表取締役会長を退任",
      "detail": "",
      "significance": "創業者の経営第一線からの退任",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "2000/2",
      "category": "企業買収",
      "region": "米州",
      "importance": 2,
      "event": "米Qualcommの携帯電話端末事業を承継",
      "detail": "",
      "significance": "通信事業の本格参入。後の三洋携帯買収につながる伏線",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2000/4",
      "category": "企業買収",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "京セラミタ（現京セラドキュメントソリューションズ）を連結子会社化",
      "detail": "",
      "significance": "プリンター・複合機事業への参入",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2002/8",
      "category": "企業買収",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "東芝ケミカルを株式交換方式で連結子会社化",
      "detail": "京セラケミカルへ社名変更",
      "significance": "半導体関連材料事業の取り込み",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2003/8",
      "category": "企業買収",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "水晶部品事業のキンセキを連結子会社化",
      "detail": "後に京セラクリスタルデバイスへ社名変更",
      "significance": "水晶部品事業の取り込み",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2008/4",
      "category": "企業買収",
      "region": "",
      "importance": 3,
      "event": "三洋電機の携帯電話事業を取得（通信機器）",
      "detail": "",
      "significance": "アメーバ経営で再建を図った携帯電話事業がスマホ普及で市場ごと消滅した誤算",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "2009/1",
      "category": "企業買収",
      "region": "欧州",
      "importance": 2,
      "event": "ドイツTA Triumph－Adler AGを連結子会社化",
      "detail": "プリンター・複合機の販売会社",
      "significance": "欧州ドキュメントソリューション事業の取り込み",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2011/7",
      "category": "企業買収",
      "region": "欧州",
      "importance": 2,
      "event": "デンマークUnimerco Group A/Sを連結子会社化",
      "detail": "機械工具製造販売会社。Kyocera Unimerco A/Sへ社名変更",
      "significance": "機械工具事業の本格参入",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2011/8",
      "category": "海外進出",
      "region": "東南アジア",
      "importance": 1,
      "event": "ベトナムにKyocera Vietnam Management Co., Ltd.を設立",
      "detail": "後のKyocera Vietnam Co., Ltd.",
      "significance": "東南アジア生産拠点の獲得",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2012/2",
      "category": "企業買収",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "液晶ディスプレイのオプトレックスを連結子会社化",
      "detail": "後に京セラディスプレイへ社名変更",
      "significance": "ディスプレイ事業の取り込み",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2018/6",
      "category": "上場廃止",
      "region": "米州",
      "importance": 1,
      "event": "ニューヨーク証券取引所への上場を廃止",
      "detail": "",
      "significance": "米国預託証券の上場終了。1982年から36年の終焉",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2019/4",
      "category": "新規事業",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "空圧・電動工具でグローバル展開",
      "detail": "Kyocera Senco Industrial Tools等を取得",
      "significance": "工具事業のグローバル化",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "2020/4",
      "category": "企業買収",
      "region": "欧州",
      "importance": 2,
      "event": "OPTIMAL SYSTEMSを買収",
      "detail": "欧州におけるECM事業（ドキュメントソリューション）を拡大するために、ドイツのOPTIMAL SYSTEMS社を144億円で買収",
      "significance": "欧州ドキュメントソリューション事業の補強",
      "source": "",
      "amount": "144億円"
    },
    {
      "date": "2020/3",
      "category": "組織再編",
      "region": "米州",
      "importance": 2,
      "event": "AVX Corporationの非支配持分を全取得し完全子会社化",
      "detail": "同社のNYSE上場廃止",
      "significance": "AVXの完全子会社化。電子部品事業の集約",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2021/1",
      "category": "企業買収",
      "region": "米州",
      "importance": 1,
      "event": "米Soraa Laser Diodeを買収",
      "detail": "GaN（窒化ガリウム）製レーザー製品",
      "significance": "次世代光技術の取り込み",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "2022/4",
      "category": "",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "東証プライム市場に移行",
      "detail": "市場区分見直しに伴う",
      "significance": "",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2024/3",
      "category": "",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "減収減益・電子部品で販売不調へ",
      "detail": "",
      "significance": "半導体・電子部品市況の悪化",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "2025/3",
      "category": "企業買収",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "トッパンNECサーキットソリューションズを連結子会社化、米Senco・Fastener Topcoを連結子会社化、昭和オプトロニクスを連結子会社化",
      "detail": "プリント配線板・電動工具・光学部品分野での同時的M&A",
      "significance": "複数モダリティでの大型M&A攻勢",
      "source": "有価証券報告書"
    }
  ],
  "decisions": [
    {
      "year": 1959,
      "month": 4,
      "title": "京都セラミック株式会社を設立",
      "content": {
        "background": {
          "summary": "松風工業の倒産を機に、27歳のセラミック技術者が起業家に転身",
          "detail": "1959年4月に稲盛和夫（当時27歳）は京都市に京都セラミック（現・京セラ）を設立した。稲盛は勤務先の松風工業でアルミナ磁器やフォルステライト磁器といった特殊セラミックの開発に携わっていた技術者であり、松風工業の経営悪化を機にサラリーマンから起業家に転身した。これらの素材は絶縁性に優れ、1960年代以降の電子部品に不可欠な材料であったが、当時は電子部品市場自体が未成熟であり、需要は限定的であった。\n\n会社設立にあたって稲盛は出資者を募り、松風工業時代の同僚であった青山政次の紹介で宮木電機の創業家に接触した。宮木電機の専務・西枝氏は青山の大学時代の友人であり、宮木電機創業家の宮木氏は稲盛の「情熱」を評価してシード出資を決定した。設立時の資本金は300万円であり、1962年までに3回の増資を経て資本金1700万円となった。\n\n出資の経緯から、稲盛は筆頭株主ではなかった。1963年時点の筆頭株主は宮木男也（宮木電機社長・4300株）であり、稲盛和夫（3500株）は4位であった。ただし1971年の株式上場までに稲盛は株式を買い戻し、1972年5月時点で保有比率31.6%の筆頭株主となった。京セラは稲盛が創業した企業でありながら、資本面では京都の財界人が支援する特殊な構造を持っていた。"
        },
        "decision": {
          "summary": "ブラウン管テレビ向けU字ケルシマの国産化で松下電器との取引を確立",
          "detail": "稲盛がセラミック技術者であったことから、京セラは創業期からセラミックを活用した電子部品を展開した。創業期の主力製品に育ったのが、ブラウン管テレビ向けの絶縁部品「U字ケルシマ」であった。U字ケルシマはフォルステライト磁器を用いた高周波絶縁部品であり、従来は高額な輸入品が主流であったが、京セラは自社開発による国産化に成功した。\n\n大口納入先は松下電器（パナソニック）であり、月産20万本の量産体制を構築した。1950年代後半から1960年代にかけてのブラウン管テレビの普及に合わせて京セラも業容を拡大し、パナソニック・三菱電機・ソニー・東芝・日立・NECなど大手電機メーカーとの取引を開始した。\n\n1963年には売上高8400万円に対して営業利益1190万円を計上し、従業員数は129名に達した。創業翌年から黒字を確保するという高収益体質は、以後の京セラの経営を特徴づけるものとなった。"
        },
        "result": {
          "summary": "戦略を策定せず年次計画のみで経営し、中小企業から大企業へと成長",
          "detail": "稲盛が経営トップを歴任した1959年から1985年にかけて、京セラは中小企業から大企業へと飛躍的に業容を拡大した。しかし、この成長過程で京セラは中長期の経営計画を一切策定しなかった。稲盛は「来年のことはおおよそ予想がつくが、2年先、3年先は神ならぬ身にわかるわけがない」という持論を貫き、年次計画のみで経営を遂行した。\n\n稲盛は数年にわたる経営計画は外部環境の変動によって狂いが生じるため、スケジュール通りに展開しようとすると無理が生じると考えていた。今日一日最善を尽くすことの積み重ねで企業を成長させるという経営哲学であった。\n\n1985年に稲盛が社長から会長に退いた後、京セラは経営計画に基づく経営に移行した。稲盛時代の「戦略なき経営」は、創業者個人のセラミック技術への深い理解と、市場の変化に即応する判断力があって初めて成立した属人的な経営スタイルであったと考えられる。"
        }
      },
      "comment": {
        "title": "京都の財界人がシード出資した「創業者が筆頭株主でない」起業の資本構造",
        "content": "京セラは稲盛和夫が創業した企業であるが、設立時の資本構成では宮木電機の関係者が上位株主を占め、稲盛は4位であった。技術者としての情熱を評価されて京都財界からシード資金を調達したこの構造は、創業者が必ずしも資本面で支配権を持たない起業の一形態である。稲盛が株式上場までに株式を買い戻して筆頭株主に転じた経緯は、技術者から経営者への転身過程で資本面の主導権を回復していく過程でもあった。"
      },
      "interviews": [
        {
          "name": "稲盛和夫氏（京セラ・創業者）",
          "comment": "私は京セラを設立して36年になりますが、本日の演題とは反対に、これまで戦略というものを余り仕組んできたことがありませんでした。特に私が社長を務めている間は、中長期の経営計画はなく、年次計画だけがありました。それは中長期経営計画を作っても、自分たちの意思とは無関係の景気変動など様々なファクターによる狂いが出てきますので、スケジュール通り展開しようとすると無理が生じてくるからです。\n会社設立時からごく最近まで「今日1日最善を尽くして生きれば、明日は見えてくる。今月１ヶ月精一杯生きれば、来月は予想がつく。本年一杯一生懸命生きれば、来年のことはおおよそ予想がつく。しかし、2年先、3年先、5年先というのは、誠に神ならぬ身にわかるわけがない」ということで今日の京セラグループを作り上げたわけです。",
          "ref": {
            "date": "1995/11",
            "title": "証券アナリストジャーナル",
            "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2730906/1/9"
          }
        }
      ],
      "timeline": [
        {
          "year": 1959,
          "month": 4,
          "title": "京都セラミック株式会社を設立",
          "amount": {
            "num": 300,
            "unit": "万円",
            "title": "設立時の資本金"
          }
        },
        {
          "year": 1960,
          "month": 6,
          "title": "増資により資本調達",
          "amount": {
            "num": 300,
            "unit": "万円",
            "title": "調達額"
          }
        },
        {
          "year": 1961,
          "month": 6,
          "title": "増資により資本調達",
          "amount": {
            "num": 600,
            "unit": "万円",
            "title": "調達額"
          }
        },
        {
          "year": 1962,
          "month": 6,
          "title": "増資により資本調達",
          "amount": {
            "num": 500,
            "unit": "万円",
            "title": "調達額"
          }
        }
      ],
      "graphs": [
        {
          "path": "6971-cost-fy1959",
          "term": {
            "start": "FY1959",
            "end": "FY1962"
          }
        }
      ]
    },
    {
      "year": 1966,
      "month": null,
      "title": "IC向け基板をIBMに納入",
      "content": {
        "background": {
          "summary": "国内で信用を得られない中小企業が、海外受注に活路を求めた渡米戦略",
          "detail": "1959年に設立された京セラは、セラミック技術を基盤とする電子部品メーカーであったが、創業数年の中小企業にすぎず、国内の大手電機メーカーからは取引先として十分な信用を得られなかった。稲盛和夫は「日本の電子機器メーカーが米国企業から技術導入している以上、その大本で採用されれば日本でも販売しやすい」と考え、従業員数100名以下、年間売上高5000万〜1億円の段階から米国市場の開拓に着手した。\n\n1963年に京セラは滋賀県に敷地面積8000坪の新工場を建設し、量産体制の基盤を整備した。従業員数も200名に拡大し、海外からの大口受注に対応できる生産能力を確保した。中小企業が需要の見通しが立たない段階で大型工場を先行建設するのは異例であったが、稲盛は海外受注の獲得を前提に投資を決断した。"
        },
        "decision": {
          "summary": "IBMのIC用基板を受注し、半導体パッケージ市場への参入を果たす",
          "detail": "1966年、京セラは米IBMから「IC用アルミナ・サブストレート基板」の受注に至った。IBMは汎用コンピュータ「System/360」の量産に向けてIC（集積回路）を本格採用しており、ICを搭載するセラミック基板の供給先として京セラを選定した。日本の中小セラミックメーカーが、世界最大のコンピュータメーカーの部品サプライヤーとなった形である。\n\nこのIBM向け基板の納入は、京セラにとって半導体向けセラミックパッケージへの本格参入を意味した。1960年代はICの普及自体が途上にあったが、1970年代以降の半導体需要の急拡大に伴い、京セラはパッケージ基板の供給者としての地位を確立していくことになる。IBM取引の獲得は、京セラが電子部品の下請けから半導体産業のサプライチェーンに参入する転換点であった。"
        }
      },
      "comment": {
        "title": "国内で信用を得られない中小企業が米国IBM向け受注で半導体市場に参入した構造",
        "content": "京セラがIBMからIC用基板を受注した背景には、国内大手から取引先として認知されない中小企業が、技術の源流である米国市場で直接受注を獲得するという迂回戦略があった。従業員100名以下の段階で渡米し、量産工場を先行建設してIBMの選定を勝ち取ったこの経緯は、国内市場での信用不足を海外の大口取引で補完し、その実績を逆輸入する形で国内の信用を構築するという、創業期の中小企業に特有の市場参入パターンを示している。"
      },
      "interviews": [
        {
          "name": "稲盛和夫氏（京セラ・創業者）",
          "comment": "ベンチャーで始めたファインセラミック事業が、国内ではなかなか信用が得られませんでした。そこで、日本の電子機器メーカーが米国企業と技術提携、技術導入していた関係もあり、いち早く日本の方々が学んでいたアメリカの技術の大本のところでセラミックを採用して貰えば、日本でも販売しやすいのではないか、という単純な考え方で、創業3年目から、つまり従業員数が100名以下で、年鑑売上も5000万から1億円の間の頃から、米国における市場開拓を始めたわけです。",
          "ref": {
            "date": "1995/11",
            "title": "証券アナリストジャーナル",
            "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/2730906/1/9"
          }
        }
      ],
      "timeline": [
        {
          "year": 1962,
          "month": null,
          "title": "稲盛和夫氏が海外出張・受注失敗"
        },
        {
          "year": 1963,
          "month": 3,
          "title": "従業員の積極採用",
          "amount": {
            "num": 200,
            "unit": "名",
            "title": "従業員数"
          }
        },
        {
          "year": 1963,
          "month": 3,
          "title": "滋賀工場を新設"
        },
        {
          "year": 1964,
          "month": null,
          "title": "稲盛和夫氏が海外出張・受注を徐々に獲得"
        },
        {
          "year": 1966,
          "month": null,
          "title": "IBMからIC向け基板を受注"
        }
      ]
    },
    {
      "year": 1969,
      "month": 10,
      "title": "積層パッケージの量産投資・世界シェア70%を確保",
      "content": {
        "background": {
          "summary": "米フェアチャイルドからの開発要請で、単層から積層への技術転換に挑む",
          "detail": "1960年代後半、京セラは米フェアチャイルド社からセラミック製の積層パッケージの開発要請を受けた。従来の半導体パッケージは単層構造であったが、ICの集積度が高まるにつれて配線層を重ねる積層構造が求められるようになった。セラミックの多層焼成は技術的に難度が高く、開発は難航したが、1968年に京セラはセラミック積層パッケージの試作に至った。\n\nしかし1968年時点で積層パッケージに対する市場需要は未知数であった。ICの集積度がどこまで進むのか、積層パッケージがどの程度の規模で採用されるのかは予測できず、京セラは市場が存在するかどうかも不確かな新製品に対して量産投資の判断を迫られた。"
        },
        "decision": {
          "summary": "需要が不透明な段階で鹿児島に量産工場を新設し、先行投資を断行",
          "detail": "京セラは1969年に鹿児島県・川内に新工場を建設し、セラミック積層パッケージの量産体制を構築した。1973年3月期時点の川内工場への投下資本（土地・建物・機械）は5.6億円であり、当時の京セラの売上高70億円前後に対して相応の規模の投資であった。稲盛和夫はこの投資判断について「ギャンブルに近いこと」と振り返っている。\n\n需要が顕在化する前に量産設備を先行して整備するこの判断は、半導体産業の成長を見越した賭けであった。1971年には鹿児島県・国分にも新工場を建設し、生産能力をさらに拡大した。京セラはセラミック焼成の高度な技術を量産工程に落とし込むことで、他社の追随を困難にする参入障壁を構築した。"
        },
        "result": {
          "summary": "世界シェア70%を握り、売上高65億円から503億円への急成長を実現",
          "detail": "1970年代を通じて半導体市場が急拡大し、京セラのセラミックパッケージ事業は急成長を遂げた。高度な焼成技術が要求されるため競合の参入は限定的であり、1983年には世界シェア約70%を確保するに至った。売上高は65億円（FY1971）から503億円（FY1978）へと拡大し、当期純利益も11億円（FY1971）から68億円（FY1978）へと増加した。\n\n先行投資によって量産体制を早期に確立したことが、高シェア・高収益の両立を可能にした。需要が顕在化してから投資するのではなく、需要が不透明な段階で設備を整えたことで、市場の立ち上がりと同時に供給を開始できた。京セラは急成長ベンチャーとして注目を集め、1971年の株式上場へとつながった。"
        }
      },
      "comment": {
        "title": "需要が不透明な積層パッケージに先行投資し世界シェア70%を握った構造",
        "content": "京セラが積層パッケージで世界シェア70%を確保した要因は、需要が未知数の段階で量産工場を建設した先行投資にある。稲盛が「ギャンブルに近い」と認識しながらも投資を断行した背景には、セラミック焼成技術の参入障壁が高く、先行者が量産体制を確立すれば後発の追随が困難になるという技術特性があった。結果的に半導体市場の急拡大と時期が一致したことで、先行投資のリスクは高収益で回収されたが、この構造は市場予測ではなく技術的確信に基づく投資判断であったと考えられる。"
      },
      "interviews": [
        {
          "name": "稲盛和夫氏（京セラ・創業者）",
          "comment": "※川内工場新設時の社内会議にて\nどこまで売れるか定かでないものに何億円もかけて積極的に展開し、多くの従業員を採用したのは、わが社の創立以来初めての豪快なものだった。私は川内工場に行って、今月は2000万、今月は3000万を損したといい、旧事業部の連中には、こういう時こそ頑張らんといかんとハッパをかけた。それがジャストタイミングで今度の不況にぴったりあって、ギャンブルに近いことが成功した。\n私はついているから必ず行けます。信じてついてきてください。絵に描いた餅をどうしても突き上げる執念が必要です。",
          "ref": {
            "date": "1982/5",
            "title": "京セラ・超成長の秘密",
            "url": "https://dl.ndl.go.jp/pid/11955616/1/19"
          }
        }
      ],
      "timeline": [
        {
          "year": 1968,
          "month": null,
          "title": "セラミック積層パッケージを開発"
        },
        {
          "year": 1969,
          "month": null,
          "title": "川内工場を新設（鹿児島県）",
          "amount": {
            "num": 5.6,
            "unit": "億円",
            "title": "投下資本（FY1972）"
          }
        },
        {
          "year": 1971,
          "month": null,
          "title": "国分工場を新設（鹿児島県）"
        },
        {
          "year": 1982,
          "month": 12,
          "title": "ICパッケージで世界シェア1位",
          "amount": {
            "num": 70,
            "unit": "%",
            "title": "ICパッケージ世界シェア"
          }
        }
      ],
      "graphs": [
        {
          "path": "6971-sales-fy1964",
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            "start": "FY1968",
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      "tables": [
        {
          "path": "6971-invest-1973"
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      ]
    },
    {
      "year": 2008,
      "month": 4,
      "title": "三洋電機の携帯電話事業を取得（通信機器）",
      "type": "acquisition",
      "content": {
        "background": {
          "summary": "経営危機の三洋電機から携帯電話事業を約500億円で取得する再建案件",
          "detail": "京セラは2008年4月、経営危機に陥った三洋電機から携帯電話事業（携帯電話端末・PHS端末・PHS基地局・WiMAX基地局）を取得した。三洋電機の携帯電話事業の売上高は2773億円（FY2006）であったが営業赤字が続いており、三洋電機の経営再建の一環として事業の切り離しが進められた。京セラの取得額は約500億円であり、三洋電機の住江工場の一部も同時に取得した。\n\n三洋電機の携帯電話事業部門に在籍していた社員は京セラに転籍する形をとり、京セラが事業再建を担う体制が構築された。京セラとしては、自社の「アメーバ経営システム」を導入してコスト構造を可視化し、採算管理を徹底することで黒字化を目指す計画であった。赤字事業をアメーバ経営で立て直すという、京セラの経営手法の有効性が問われる案件であった。"
        },
        "decision": {
          "summary": "アメーバ経営による再建を図るも、スマートフォン普及で市場ごと消滅",
          "detail": "京セラはアメーバ経営の導入によって携帯電話事業のコスト競争力を高める方針であったが、2010年代に入りスマートフォンが急速に普及したことで前提が大きく崩れた。従来型携帯電話（いわゆるガラケー）の端末需要が急減し、コスト削減で黒字化を図るという再建シナリオは、市場そのものの縮小によって意味を失った。\n\n京セラの通信機器事業は三洋電機からの事業取得以降、継続的な減収に陥った。アメーバ経営は既存市場における採算改善には有効であったが、技術パラダイムの転換によって市場構造が根本から変化する局面では、コスト管理の精緻化だけでは対応できなかった。この案件は、事業再建の手法と市場環境の変化速度との間にある構造的なずれを示している。"
        }
      },
      "comment": {
        "title": "アメーバ経営で再建を図った携帯電話事業がスマホ普及で市場ごと消滅した誤算",
        "content": "京セラが三洋電機から取得した携帯電話事業は、アメーバ経営によるコスト改善で黒字化を目指す典型的な再建スキームであった。しかしスマートフォンの普及によって従来型携帯電話の市場自体が消滅し、コスト管理の精緻化では対応できない技術パラダイムの転換に直面した。アメーバ経営は既存市場の採算改善には有効であるが、市場構造の根本的な変化に対しては無力であることを示す事例であり、経営手法の適用範囲と市場変動リスクの関係を問う論点を含んでいる。"
      },
      "timeline": [
        {
          "year": 2012,
          "month": 3,
          "title": "通信機器事業で継続的な減収"
        }
      ],
      "graphs": [
        {
          "path": "6971-segment-sales-fy1997",
          "pick": "通信機器"
        }
      ]
    }
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