{
  "timeline": [
    {
      "date": "1954/12",
      "category": "会社設立",
      "region": "",
      "importance": 4,
      "event": "タケダ理研工業株式会社を設立",
      "detail": "通信省電気試験所の武田郁夫氏（当時30歳）は、日立や三菱が手がけない計測分野に着目し、1954年に研究開発型ベンチャーとしてタケダ理研工業（現アドバンテスト）を出身地・豊橋市内で創業した。武田氏は1975年の社内クーデターで解任されるまで経営トップを務め、ICテスター開発など現主力事業を創出した。ただし1954年時点で横河電機など3社が工業計器に参入済みで後発であり、1970年代の半導体検査装置進出までは中堅にとどまった。",
      "significance": "技術偏重と経営管理の欠如が共存した創業20年の帰結",
      "source": "",
      "amount": "資本金50万円"
    },
    {
      "date": "1957/2",
      "category": "",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "東京に本社移転",
      "detail": "1957年2月にタケダ理研工業は本店を愛知県豊橋市から東京都板橋区に移転。1959年には改めて本社および工場を東京都練馬区旭町（1-32-1）に移転し、創業地である愛知県豊橋ではなく、首都圏における生産販売体制を構築した。",
      "significance": "首都圏移転による営業基盤の確立",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1967",
      "category": "IT投資",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "ミニコンピュータによる計測器の開発に投資",
      "detail": "",
      "significance": "後の赤字転落の原因。先行投資の判断ミス",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "1972",
      "category": "研究開発",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "国産初のICテスタ「T320」を発売",
      "detail": "集積回路（IC）の普及に合わせ、アドバンテストは半導体のテスタ装置に着目。通産省からの補助金をえて、4年の研究を経て1972年に国産初となる集積回路向けのテストシステム「T320」を発売。電卓やカラーテレビに使用される半導体のテスタとして注目を集める。",
      "significance": "半導体テスタ事業の起点。後の主力事業の出発点",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "1975/3",
      "category": "",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "コンピュータ計測事業で失敗・最終赤字に転落",
      "detail": "1973年のオイルショックによって、1975年3月期にアドバンテストは創業後初となる赤字（売上高80億円・最終赤字1億円・有利子負債50億円）に転落。",
      "significance": "先行投資の失敗による経営危機の顕在化",
      "source": "",
      "amount": "赤字1億円・有利子負債50億円"
    },
    {
      "date": "1975/3",
      "category": "社長交代",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "武田郁夫氏が解任（社内クーデター）",
      "detail": "創業者の武田郁夫はコンピューター分野に着目して研究開発投資を行っていたが、メインバンクは財務リスクが高いことや、銀行から派遣されたアドバンテストの常務と武田郁夫のコミュニケーションがうまくいかなかったことも災いし、メインバンクは融資を拒んで創業者の退任を要求するに至った。",
      "significance": "創業者の追放。研究開発偏重から原価管理重視への転換点",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "1976/2",
      "category": "構造改革",
      "region": "",
      "importance": 4,
      "event": "富士通が救済支援・ICテスタに注力",
      "detail": "1976年に武田郁夫氏はアドバンテスト存続のため、電機試験所時代の元上司・清宮博富士通社長に相談。清宮社長は元部下の武田氏を評価し、富士通として救済と出資を決定。これにより信用が回復し、銀行救済融資で倒産を回避した。同年2月に富士通から海輪利正氏が社長に就任し、富士通主導で再建着手。海輪社長は原価計算不在を問題視し機種別原価管理を開始、営業値引きも禁止。事業面では赤字原因のミニコン計測器から撤退し、ICテスタ新製品開発に注力した。",
      "significance": "「原価計算ゼロ」から始まった富士通流の経営再建",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "1979",
      "category": "研究開発",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "LSI向け検査装置「100MHzテストシステム」を開発",
      "detail": "1979年にアドバンテストは、電電公社（現NTT）の武蔵野電気通信研究所と共同開発したICテスターとして「100MHzテストシステム」を開発した。同システムによって、1981年までにアドバンテストはICのテスターにおいて先発のフェアチャイルド社に次ぐ世界2位（シェア12.8%）を確保。",
      "significance": "世界市場への食い込み。ICテスタ市場での地位確立",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "1982/6",
      "category": "海外進出",
      "region": "米州",
      "importance": 2,
      "event": "Advantest America, Inc.を米国に設立",
      "detail": "",
      "significance": "北米市場拠点の獲得",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1983/2",
      "category": "株式上場",
      "region": "",
      "importance": 3,
      "event": "東京証券取引所第2部に上場・再建完了",
      "detail": "タケダ理研は1983年2月に東証2部へ上場。創業者・武田郁夫氏は1975年クーデターで株式の大半を放出済みで、上場直前の1982年6月期株主構成は筆頭が富士通28.00%、武田氏は5.68%にとどまった。なお上場後も筆頭株主の富士通はアドバンテスト株を保有し続けた。その後、富士通は2005年に一部株式を売却（売却額899億円）、2017年に全株式を売却（売却額530億円）し、1976年から続いた資本関係を解消した。",
      "significance": "救済出資から40年で1000億円超の投資回収",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "1983/6",
      "category": "海外進出",
      "region": "欧州",
      "importance": 2,
      "event": "Advantest Europe GmbHをドイツに設立",
      "detail": "",
      "significance": "欧州市場拠点の獲得",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1984/5",
      "category": "設備投資",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "群馬工場を新設",
      "detail": "群馬県邑楽郡邑楽町",
      "significance": "生産能力の拡張",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1985/9",
      "category": "株式上場",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "東京証券取引所市場第一部に株式上場",
      "detail": "",
      "significance": "東証1部上場",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1985/10",
      "category": "",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "商号を株式会社アドバンテストに変更",
      "detail": "",
      "significance": "商号と看板の一致による認知の集約",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1986/10",
      "category": "海外進出",
      "region": "東南アジア",
      "importance": 1,
      "event": "Advantest (Singapore) Pte. Ltd.を設立",
      "detail": "",
      "significance": "東南アジア拠点獲得",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1990/3",
      "category": "海外進出",
      "region": "その他",
      "importance": 1,
      "event": "Advantest Taiwan Inc.を台湾に設立",
      "detail": "",
      "significance": "台湾市場拠点。半導体製造の本場への進出",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "1993",
      "category": "海外進出",
      "region": "その他",
      "importance": 2,
      "event": "アジア市場の重視を宣言",
      "detail": "1990年代を通じて、DRAMを中心とした半導体生産の拠点は、日本から韓国・台湾に遷移しつつあった。そこで、アドバンテストはアジア市場を重視する「アジアへ思い切ったパワーシフトを」という方針を掲げ、アジアで販売拠点を充実させる方針を打ち出す。",
      "significance": "日本依存からアジア重視への戦略転換",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "1996",
      "category": "",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "半導体検査装置で世界シェア約40%",
      "detail": "",
      "significance": "半導体テスタ世界トップ級メーカーへの地位確立",
      "source": "",
      "amount": "世界シェア40%"
    },
    {
      "date": "1996/10",
      "category": "設備投資",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "群馬R&Dセンターを新設",
      "detail": "群馬県邑楽郡明和町",
      "significance": "R&D体制の強化",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2001/9",
      "category": "株式上場",
      "region": "米州",
      "importance": 1,
      "event": "ニューヨーク証券取引所（NYSE）に上場",
      "detail": "2016年4月にNYSE上場廃止",
      "significance": "海外資本市場への進出",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2002/6",
      "category": "設備投資",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "北九州R&Dセンターを新設",
      "detail": "福岡県北九州市八幡東区",
      "significance": "R&D拠点の地理的多元化",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2009/3",
      "category": "",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "市況悪化により赤字転落",
      "detail": "半導体の市況悪化により、729億円の赤字に転落。だが、2009年3月期時点のアドバンテストは無借金経営のため、財務体質に大きな影響は無し",
      "significance": "半導体市況依存リスクの顕在化",
      "source": "",
      "amount": "赤字729億円"
    },
    {
      "date": "2010/7",
      "category": "組織再編",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "アドバンテストマニュファクチャリング・カスタマサポートを吸収合併",
      "detail": "",
      "significance": "グループ統治体制の集約",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2011/7",
      "category": "企業買収",
      "region": "その他",
      "importance": 3,
      "event": "Verigy Ltd.の普通株式全株を取得し完全子会社化",
      "detail": "シンガポール本社の半導体テスタメーカー",
      "significance": "大型M&Aによる事業規模拡大。SoCテスタ市場での地位強化",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2014/3",
      "category": "",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "3期連続の赤字転落",
      "detail": "",
      "significance": "半導体市況依存の構造的リスクが継続",
      "source": ""
    },
    {
      "date": "2018/6",
      "category": "",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "本店を東京都千代田区に移転",
      "detail": "",
      "significance": "本社所在地の変更",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2022/4",
      "category": "",
      "region": "",
      "importance": 1,
      "event": "東証プライム市場に移行",
      "detail": "市場区分見直しに伴う",
      "significance": "",
      "source": "有価証券報告書"
    },
    {
      "date": "2023/3",
      "category": "",
      "region": "",
      "importance": 2,
      "event": "市況好転により過去最高益を達成",
      "detail": "台湾・中国・韓国における半導体生産が拡大した結果、アドバンテストの業績も好転。2023年3月期には過去最高の純利益1712億円を記録した。",
      "significance": "半導体テスタ需要の構造的拡大による収益化",
      "source": "",
      "amount": "純利益1712億円"
    }
  ],
  "decisions": [
    {
      "year": 1954,
      "month": null,
      "title": "タケダ理研工業株式会社を設立",
      "type": "founding",
      "content": {
        "background": {
          "summary": "通信省の研究者による計測器ベンチャーの創業",
          "detail": [
            "1954年、通信省電気試験所に勤務していた武田郁夫氏は30歳で独立し、タケダ理研工業（現アドバンテスト）を愛知県豊橋市に創業した。創業メンバーは武田氏を含む3名であり、事業領域には日立や三菱など大手メーカーが積極的に手がけていなかった電子計測器の分野を選定した。武田氏の祖父は明治時代に豊橋鉄道や発電会社を創業した実業家・武田賢治氏であり、実家からの資本的な支援が創業を後押ししたと推察される。",
            "ただし、創業時点の国内計測器市場には横河電機・山武ハネウェル・北辰電機の3社が戦前から参入しており、タケダ理研は後発の位置づけであった。こうした環境下で武田氏は、大手が関心を示さないニッチ領域に特化し、他に類似品がない独自製品を高価格で販売する研究開発型の経営モデルを構築した。その技術力は米国GEの副社長が来訪するほど高く評価され、通産省からも多額の研究開発補助金を獲得するに至った。"
          ]
        },
        "decision": {
          "summary": "研究開発偏重の経営モデルとICテスタへの事業転換",
          "detail": [
            "武田氏は「商売が下手だったから技術を武器にするしかなかった」と後に述懐しているが、この姿勢がタケダ理研の競争優位を形成した。価格競争を避けて技術の独自性で市場を切り拓く方針を徹底し、代替品のない計測器を高価格で販売することで、零細ながらも研究開発型ベンチャーとして着実に成長した。1960年代にはミニコンピュータを活用した計測器の開発にも着手し、コンピュータ計測という新領域の開拓を図った。",
            "1972年には通産省の補助金を得て4年の開発期間を経た国産初のICテストシステム「T320」を発売し、半導体検査装置の分野に参入した。電卓やカラーテレビ向けICの検査需要を取り込み、計測器メーカーからICテスタメーカーへと事業構造を転換する足がかりとした。だが、研究開発偏重で経営管理を軽視した代償は大きく、1975年のオイルショックを契機に赤字へ転落し、武田氏自身も社内クーデターによって創業した会社を追われることとなった。"
          ],
          "charts": [
            {
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              "chart_type": "table",
              "paragraph": 9007199254740991
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          ],
          "quotes": [
            {
              "speaker": "武田郁夫",
              "role": "アドバンテスト・創業者",
              "date": "1983/5/30",
              "text": "昭和29年に私を含めて3人でスタートしたタケダ理研は、今でいう研究開発型企業として、急成長しました。測定器という大企業があまり目を向けない分野で、技術を掘り下げてユニークな製品を生み出し、コストに関係なく高い値段で販売できました。広い世の中で他にない商品なら、価格競争する必要もありません。商売が下手であったために技術を武器にするしかなかったことが、むしろ幸いしたのです。\n零細企業なのに米国GEの副社長が訪れてきたり、通産省から多額の補助金をいただいたりしました。タケダ理研の技術は高く評価されていたのです。",
              "source": "日経ビジネス：技術を過信、経営を怠った",
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              "paragraph": 9007199254740991
            }
          ]
        }
      },
      "comment": {
        "title": "技術偏重と経営管理の欠如が共存した創業20年の帰結",
        "content": "タケダ理研の創業は、技術者が大企業の空白地帯を突くベンチャーの原型といえる。横河電機ら先発3社が占める市場に3名で参入し、ニッチ製品の高価格販売で生存圏を確保した構図は、後のハイテクベンチャーに共通する。だが、研究開発偏重モデルはICテスタという主力事業を生む一方で、原価管理の不在という構造的弱点も内包していた。技術で市場を拓き経営管理で躓く展開は、創業者主導の研究開発型企業が直面する典型的課題を示している。"
      },
      "memo": "政府機関である「通信省電気試験所」に勤務していた武田郁夫氏（当時30歳）は、日立や三菱などの大企業が出がけない「計測分野」に着目。1954年に研究開発型ベンチャー企業としてタケダ理研工業（現アドバンテスト）を創業。創業地は武田氏の出身地である豊橋市内とした。\n武田氏は1975年に社内クーデータによって解任されるまで、タケダ理研の創業者として経営トップを歴任した。この間、研究開発型ベンチャー企業として経営し、ICテスターの開発に成功するなど、現在のアドバンテストの主力事業を創出した。\nただし、1954年の創業時点において、すでに日本国内では横河電機・山武ハネウェル・北辰電機の3社が戦前から工業計器の領域に参入しており、タケダ理研は後発参入に相当した。このため、1970年代にICテスタを開発して半導体製造装置（検査装置）に参入するまでは、計測器の中堅企業として成長を遂げた。\n武田郁夫氏の祖父は明治時代に豊橋鉄道や発電会社を創業した実業家・武田賢治氏であり、実家からの金銭的な支援もあったものと推察される。"
    },
    {
      "year": 1976,
      "month": 2,
      "title": "富士通が救済支援・ICテスタに注力",
      "type": "crisis",
      "content": {
        "background": {
          "summary": "元上司・清宮博への救済要請と富士通の介入決定",
          "detail": [
            "1975年のオイルショックを機に赤字転落したタケダ理研は、社内クーデターによる創業者・武田郁夫氏の解任を経て深刻な経営危機に陥った。メインバンクは財務リスクを問題視して融資を拒んでおり、独力での再建は困難な状況にあった。武田氏は窮余の策として、通信省電気試験所時代の元上司であった清宮博氏に救済を要請した。清宮氏は当時、富士通の社長を務めていたが、持病の悪化により自宅で療養中の身であった。",
            "清宮氏と武田氏の間には1950年代からの師弟関係があり、エレクトロニクス分野の研究開発をめぐって長年にわたる信頼が築かれていた。清宮氏は富士通社内の反対意見を調整し、「銀行には資金面の協力を求め、富士通は経営の指導を行う」という方針でタケダ理研の救済を決定した。富士通は同社への出資と経営人材の派遣を決め、タケダ理研は信用を回復して銀行からの救済融資も確保することができた。",
            "清宮氏は救済が正式に決定した後、川崎の富士通病院から武田氏を呼び「いろいろ大変だったよ」と語ったという。清宮氏は翌1976年4月に逝去しており、死に至る病床にあったからこそタケダ理研の再建を推したのだという声もあった。武田氏が30歳から50歳までの20年間を注いだ会社の存続が、かつての上司の最晩年の決断に懸かっていたことになる。"
          ]
        },
        "decision": {
          "summary": "原価管理の確立とICテスタへの経営資源集中",
          "detail": [
            "1976年2月、富士通から派遣された海輪利正氏がタケダ理研の社長に就任し、実質的な経営再建が始まった。海輪氏が就任直後に直面したのは、従来のタケダ理研には原価計算が存在しないという事実であった。研究開発型ベンチャーとしての技術偏重が、採算管理の欠如という形で経営の根幹を蝕んでいたことが明らかとなった。",
            "海輪社長はまず機種別の原価管理を導入し、営業人員による値引きを禁止するなど、原価管理と販売体制の改革を推進した。事業面では、赤字転落の一因となったミニコンピュータによる計測器事業からの撤退を決定し、経営資源をICテスタの新製品開発に集中させた。ICの技術革新が加速する中で、新製品比率の向上を最重要指標として位置づけた。",
            "この集中投資の成果は数字に表れた。売上高に占める新製品比率（発売後1年未満の製品）は、1976年時点の4%から1981年度には45%へと急伸した。ICテスタ分野で次々と新製品を投入することで半導体メーカーの技術革新に追従する体制が整い、タケダ理研は計測器の中堅メーカーからICテスタの専業メーカーへと事業構造の転換を果たした。"
          ]
        },
        "result": {
          "summary": "富士通が顧客としても再建を支えた依存構造",
          "detail": [
            "経営再建の過程で特徴的だったのは、富士通が出資者・経営指導者であると同時に、タケダ理研の主要顧客でもあった点である。1980年3月期の販売高のうち22.6%が富士通向けであり、富士通は自社の半導体事業にタケダ理研のICテスタを積極的に採用することで、製品の販路としても再建を下支えした。",
            "ICテスタの販売拡大により業績は着実に改善し、タケダ理研は1983年2月に東京証券取引所第2部に株式上場を果たした。上場前の1982年3月期には、売上高の30%が日立製作所向け、26%が富士通向けであり、国内大手半導体メーカー2社が主要顧客として定着した。上場をもって富士通主導の経営再建は一つの区切りを迎えた。",
            "この再建過程でタケダ理研は、研究開発型ベンチャーから管理体制を備えた上場企業へと脱皮を遂げた。原価計算の不在という創業期の欠陥が是正される一方、売上の過半を富士通・日立の2社に依存する顧客集中の構造が形成された。ICテスタという製品の特性上、顧客の半導体投資サイクルに業績が連動する事業構造は、この再建期に確立されたものであった。"
          ],
          "quotes": [
            {
              "speaker": "武田郁夫",
              "role": "アドバンテスト・創業者",
              "date": "1983/6/27",
              "text": "私は、手術のあと自宅で療養をしておられた清宮さんを訪ねました。そしてタケダ理研救済をお願いしました。しばらくして、清宮さんから「富士通の中にもいろいろ意見があったが、銀行には資金面の協力をしてもらい、富士通は経営の指導をやろう」という答をいただきました。清宮さんの尽力で、経営陣に人材を派遣していただくなど、タケダ理研の再建に富士通の協力を得られることになりました。清宮さんには、銀行との調整など、いろいろお骨折りを願いました。\nタケダ理研を救っていただくことが正式に決まったあと、川崎の富士通病院におられた清宮さんに呼ばれました。「いろいろ大変だったよ」と言われた時の清宮さんの暖かい眼差しは今でも忘れられません。私が30歳から50歳までの20年間、精魂をこめたタケダ理研が、生き延びることになったのです。いくら感謝しても感謝し切れません。\n清宮さんは、翌年亡くなられました。死に至る病の床にあったからこそ、タケダ理研の再建に手を貸そう、という清宮さんの意見が富士通の人たちを動かしたのだとも聞きました。",
              "source": "日経ビジネス：技術を過信、経営を怠った",
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              "paragraph": 9007199254740991
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          ]
        }
      },
      "comment": {
        "title": "「原価計算ゼロ」から始まった富士通流の経営再建",
        "content": "この再建劇で構造的に興味深いのは、富士通が出資者・経営指導者・最大顧客の三つの役割を同時に担った点である。通常の救済出資であれば資金注入と経営監視にとどまるが、富士通は自社の半導体事業でタケダ理研のICテスタを採用することで売上の確保まで保証した。海輪社長が発見した「原価計算が存在しない」という事実は、技術偏重ベンチャーの構造的欠陥を端的に示しており、再建の本質は新製品開発以前に、経営管理という基本インフラの構築にあった。"
      },
      "memo": "1976年に武田郁夫氏はアドバンテストを研究開発型の企業として存続させるために、電機試験所時代の元上司であった清宮博氏（せいみや・ひろし|富士通・当時社長）に相談。1950年代に武田氏は清宮氏からエレクトロニクスに関する研究開発で、研究姿勢などの指導を受けており、長年にわたって信頼関係が存在した。\nなお、清宮氏は1974年から1976年まで富士通の社長を歴任したが、持病の悪化により1976年4月に逝去した人物であった。すなわち、武田氏がタケダ理研の救済を相談した段階で、清宮氏は病床に伏しており、残されたタイムリミットに限られた状況であった。\n富士通の清宮社長は、元部下であり起業家でもある武田郁夫氏を評価。富士通としてタケダ理研の救済を決定し、同社への出資を決定した。富士通の支援によってタケダ理研は信用を回復し、銀行からの救済融資を受けて倒産を回避するに至った。\n1976年2月にタケダ理研の社長として、富士通から派遣された海輪利正氏が就任した。以後、タケダ理研は、実質的に富士通によって経営再建に着手した。\n社長就任直後に海輪社長は、従来のタケダ理研において原価計算が存在しなかったことを問題視した。そこで、採算を明確にするために、機種別の原価管理を開始。販売面においても営業人員による値引きを禁止し、原価管理および販売の改革を実施した。\n事業面においては、赤字転落の原因となったミニコンピュータによる計測器事業から撤退し、ICテスタの新製品開発に注力。ICの技術革新に対応するために、新製品比率（発売後1ヶ月未満の製品と定義）の向上を目指し、1976年時点の売上高に占める新製品比率4%から、1981年度には同45%へと増加した。なお、1980年3月期時点における販売高のうち、22.6%が富士通向けであり、富士通が半導体事業の遂行にあたってタケダ理研の製品を採用することで、顧客としても経営再建を支援した。\nICテスターの販売拡大によって、タケダ理研は業績を改善。1983年2月に東京証券取引所第2部に株式上場し、富士通による再建を完遂するに至った。株式上場前の1982年3月期において、売上高の30%が日立製作所、同26%が富士通向けであった。"
    },
    {
      "year": 1983,
      "month": 2,
      "title": "東京証券取引所第2部に上場・再建完了",
      "type": "founding",
      "content": {
        "background": {
          "summary": "創業者5.68%・富士通28%が示す上場時の株主構造",
          "detail": [
            "1983年2月、タケダ理研は東京証券取引所第2部に株式を上場し、富士通主導の経営再建を完遂した。上場直前の1982年6月期における株主構成は、筆頭株主の富士通が28.00%を保有する一方、創業者の武田郁夫氏はわずか5.68%にとどまっていた。1975年のクーデターで株式の大半を放出させられた結果であり、自ら創業した会社の支配権を既に喪失した状態での上場であった。",
            "上場時の事業面では、1981年度時点でLSI向けテスター市場（グローバル市場規模約1,000億円）においてタケダ理研は世界シェア3位（9.5%）を確保していた。トップシェアは米フェアチャイルド社が握っていたが、タケダ理研は1975年時点のシェア4位から着実に順位を上げ、ICテスタの専業メーカーとして世界市場での地位を確立しつつあった。"
          ]
        },
        "decision": {
          "summary": "国内大手半導体メーカー2社を軸とした顧客基盤の形成",
          "detail": [
            "上場前の1982年3月期における売上構成は、日立製作所向けが30%、富士通向けが26%を占め、国内大手半導体メーカー2社で売上の過半を占める顧客構造であった。ICテスタは半導体の製造工程に不可欠な検査装置であり、顧客の半導体投資サイクルに業績が連動する事業特性を持つ。この顧客基盤は、富士通による再建期に形成されたものであった。",
            "国内の電子計測器メーカーとしては、タケダ理研のほかに横河電機、アンリツ、安藤電気、岩崎通信機、松下通信工業の5社が存在していた。この中でタケダ理研はICテスタという成長市場に特化することで差別化を図り、電子計測器業界の中で独自の地位を築いた。1985年9月には東京証券取引所第1部への昇格を果たしている。"
          ]
        },
        "result": {
          "summary": "富士通による株式売却と1,000億円超の投資回収",
          "detail": [
            "上場後も富士通はアドバンテストの筆頭株主であり続けたが、2005年に保有比率20.45%のうち一部を売却して899億円を回収した。さらに2017年には残る11.35%の全株式を530億円で売却し、1976年から約40年にわたって続いた資本関係を完全に解消した。取得価額は非開示だが、合計1,429億円の売却収入から1,000億円を超える売却益を確保したと推定される。",
            "富士通にとってアドバンテストへの出資は、病床の社長が決断した救済案件から始まったものであった。約40年の資本関係を通じて経営再建と事業成長を見届けた上での段階的な株式売却は、事業会社による長期投資の一つの形といえる。一方でアドバンテストにとっては、筆頭株主の離脱により名実ともに独立した経営体制への移行が進むこととなった。"
          ],
          "charts": [
            {
              "path": "6857-d2-fig0",
              "chart_type": "table",
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          ]
        }
      },
      "comment": {
        "title": "救済出資から40年で1,000億円超の投資回収",
        "content": "富士通がアドバンテスト株から得た売却収入は合計1,429億円にのぼり、1,000億円超の売却益を確保したと推定される。病床の社長が情義で決断した救済出資が40年後に巨額のリターンを生んだが、当初は原価計算すら存在しない企業の再建という不確実性の高い案件であった。この投資回収は出資者が同時に最大顧客・経営指導者でもあったという特殊構造なくしては実現しがたく、事業シナジーを伴う戦略的出資だったからこそ成立した点に本質がある。"
      },
      "timeline": [
        {
          "year": 1983,
          "month": 2,
          "title": "東京証券取引所第2部に上場"
        },
        {
          "year": 1985,
          "month": 9,
          "title": "東京証券取引所第1部に上場"
        }
      ],
      "memo": "タケダ理研は1983年2月に東京証券取引所第2部に株式を上場。創業者である武田郁夫氏は1975年のクーデターによって株式の大半を放出しており、上場直前の1982年6月期における株主構成は筆頭株主が富士通（28.00%）であり、武田郁夫氏は5.68%を保有するに限られていた。\nなお株式上場後も筆頭株主の富士通はアドバンテストの株式を保有。2005年に富士通はアドバンテストの一部の株式を売却（売却額899億円・売却前の保有比率20.45%）し、2017年に全株式を売却（売却額530億円・売却前の保有比率11.35%）し、1976年から続いていた資本関係を解消した。\n富士通によるアドバンテスト株式の取得価額は不明だが、1000億円以上の売却益を確保したと推定される。\n1981年度の時点で、LSI向けテスターの市場（市場規模はグローバルで約1,000億円）において、タケダ理研は世界シェア3位（9.5%）を確保。世界トップシェアはフェアチャイルドが確保していたが、タケダ理研は世界市場に食い込んだ。\nなお、電子計測器の国内メーカーとしては、タケダ理研（アドバンテスと）のほかに、横河電機、アンリツ、安藤電気、岩崎通信機、松下通信工業の6社が存在しており、アドバンテストは「ICテスター」の市場を確保することで、電子計測器業界の新興企業として認知された。"
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