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  "title": "直近の動向と展望",
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      "title": "なぜ祖業を切り出すたびに本業を再定義できたのか（筆者所感）",
      "text": "横河電機の創業設計は特異であった。1915年に帝国劇場や三越本店を設計した建築家・横河民輔氏が、精密電気計器の輸入依存を断ち切る目的で東京渋谷に電気計器研究所を個人創業した。民輔氏は自ら株式を保有せず、甥の横河一郎氏を筆頭株主に据えて運営と所有を初手で分離し、20代の若手技術者に開発を託す体制を敷いた。1917年に電流計・電圧計・電力計の国産化を達成し、通信省や海軍省から輸入品に劣らない評価を得て、創業期の技術的な壁を早期に乗り越えた。\n\nこうした初期設計が、戦後の業態転換を支えた基盤となった。終戦の軍需喪失で従業員1.2万名から1,200名へ9割を縮小した同社は、1955年に米フォックスボロとの提携で空気圧制御を導入し、工業計測器メーカーへ脱皮した。1963年にはHPと51対49の合弁YHPを設立、横河正三氏が後年語った「カネでもヒトでも親会社依存を脱却させる」原則のもと定価販売と完全移籍の人事を組み合わせ、1980年10月期に売上465億円・経常利益率13%超を達成した。1973年のオイルショックで石油産業向けが売上の83%を占める脆弱性が露呈すると、1975年に総合制御CENTUMを発表してプラント制御への転換を宣言した。\n\nところが1999年のHPとの合弁解消は、外部技術取り込み型の拡張モデルの限界を突きつけた。HPがコンピュータ事業を分離する再編で合弁の前提が消失し、電子計測器という収益の柱を失った。2003年には15工場閉鎖と希望退職募集を決定し、1983年の北辰電機合併以来堅持した「人員削減をしない方針」を経営陣自らが撤回した。2010年には計測器事業を子会社の横河計測に移管して本体を制御専業に純化、2015年の創業100周年には1,105名の希望退職と事業構造改善費166億円を計上した。雇用維持の経営哲学が石油ガス市況の変動圧力で見直され、固定費の抜本的低減が完遂された。\n\nなぜ祖業を切り出すたびに本業を再定義できたのか。創業時から所有と運営を分離した設計が、特定事業や創業家の感情に縛られず組織の重心を移す身軽さを残した。フォックスボロ・HP・GEとの海外提携を重ねる中で、技術主導権の所在を見極める判断軸も蓄積された。HPとの合弁では主導権を握り、GEとの医療機器合弁では出資比率を49%から25%へ後退させて商号から横河の名が消える経緯を許容した。2016年のKBC約279億円買収以降、BaxEnergy・Intellisync・WiSNAMを連続買収して再エネ・グリッド制御へ拡張、重野社長が中計GS2028でSaaSリカーリング化を進めている。",
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          "title": "IR 決算説明QA FY24",
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        {
          "title": "IR 決算説明QA FY25-1H",
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        {
          "title": "横河電機 中期経営計画 GS2028",
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