{
  "title": "船井電機の歴史概略",
  "sections": [
    {
      "start_year": 1951,
      "end_year": 1998,
      "main_title": "ミシン卸から輸出専業メーカーへ——円高と労使対立が鍛えた低価格量産",
      "subsections": [
        {
          "title": "ミシン商会から生まれた輸出専業の家電メーカー",
          "text": "1951年、24歳の船井哲良氏が大阪でミシンの卸商・船井ミシン商会を興した。ミシン輸出の伸び悩みを受けて社名を船井軽機工業に改め、1959年からは輸出用トランジスタラジオの生産を始めた。1961年8月、このラジオ部門を分離して大阪市生野区に資本金2,000万円で船井電機株式会社を設立した。設立の2年前からラジオを手掛けていたため、創業と同時に量産と輸出の体制が動いていた。製品を国内ではほとんど売らず、米欧の大手メーカーや流通業者へのOEM（相手先ブランドによる生産）供給に徹する輸出専業メーカーとして歩み始めた会社である。\n\n輸出先の開拓は早かった。1960年に米軍統治下の沖縄へ最初に進出し、1963年にはオープンリール式のテープレコーダーを製作、そこから派生した8トラックカーステレオでは世界最大の生産台数を確保した。1964年には広島県深安郡（現福山市）に生産子会社の中国船井電機を設立した。取引先はGE、フィリップスといった米欧の大手電機メーカーや、シアーズ・ローバックなどの大手流通業者で、「低価格、安定した品質、納期の正確さ」の3点を武器にOEM供給で成長した。トランジスタラジオは、この米欧大手向けOEMを中心に売れ行きを伸ばした。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "1951年に船井哲良氏がミシンの卸問屋・船井ミシン商会を創業し、のちに船井軽機工業へ改称した",
                "source": "BCN+R 2017/7/5",
                "url": "https://www.bcnretail.com/market/detail/20170705_43078.html",
                "genbun": "1951年、24歳の船井哲良氏が大阪でミシンの卸商・船井ミシン商会を興した。"
              },
              {
                "fact": "船井哲良氏は24歳で船井ミシン商会を設立し、34歳で船井電機を創業した（1927年生まれ）",
                "source": "週刊東洋経済 2002/12/14号",
                "url": null,
                "genbun": "1951年、24歳の船井哲良氏が大阪でミシンの卸商・船井ミシン商会を興した。"
              },
              {
                "fact": "設立2年前の1959年から輸出用トランジスタラジオを手掛けていた",
                "source": "証券アナリストジャーナル 1999年3月号",
                "url": null,
                "genbun": "1959年からは輸出用トランジスタラジオの生産を始めた。"
              },
              {
                "fact": "1961年8月に大阪市生野区に資本金20百万円で船井電機株式会社を設立",
                "source": "有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1961年8月、このラジオ部門を分離して大阪市生野区に資本金2,000万円で船井電機株式会社を設立した。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "1960年に米軍統治下の沖縄へ最初に海外進出した",
                "source": "証券アナリストジャーナル 1999年3月号",
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                "genbun": "1960年に米軍統治下の沖縄へ最初に進出し、"
              },
              {
                "fact": "1963年にオープンリールのテープレコーダーを製作し、8トラックカーステレオで世界最大の生産台数となった",
                "source": "証券アナリストジャーナル 1999年3月号",
                "url": null,
                "genbun": "1963年にはオープンリール式のテープレコーダーを製作、そこから派生した8トラックカーステレオでは世界最大の生産台数を確保した。"
              },
              {
                "fact": "1964年3月に広島県深安郡（現福山市）に生産会社の中国船井電機を設立",
                "source": "有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1964年には広島県深安郡（現福山市）に生産子会社の中国船井電機を設立した。"
              },
              {
                "fact": "1961年の創業以来「低価格、安定した品質、納期の正確さ」の3点を武器にGE・フィリップス・シアーズ・ローバックなどへOEM供給した",
                "source": "日経ビジネス 1990/3/12号",
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                "genbun": "取引先はGE、フィリップスといった米欧の大手電機メーカーや、シアーズ・ローバックなどの大手流通業者で、「低価格、安定した品質、納期の正確さ」の3点を武器にOEM供給で成長した。"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "ニクソンショックが生んだ船井生産方式と減量経営",
          "text": "1971年のニクソンショックによる円高は、ドル建て輸出に依存する船井電機を直撃した。1973年の変動相場制移行を受けて、船井哲良社長は為替対策として海外工場の建設を急ぎ、1967年に進出していた台湾のほか、シンガポール、ドイツ、イギリスへ生産・販売の拠点を広げた。1976年には、円高に苦しむさなか、約100人の幹部社員をトヨタグループの工場へ3カ月間の研修に送り出した。この研修から、かんばん方式を原型に独自の改良を重ねた生産方式FPS（フナイ・プロダクション・システム）が生まれた。ラインの速度をあえて作業員の限界近くまで上げ、隠れた問題点を表面化させて毎日改善する手法で、後の低価格量産体質の土台となった。\n\n生産の海外移転は国内の人員削減を伴い、労働組合との対立は20年に及んだ。1960年代に国内7工場・製造部門1650人を抱えた体制は、法廷闘争を経て1990年代初めに3工場・約300人まで縮小した。この間の1976年、株式の額面変更のため形式上の存続会社と合併し、本店を大阪府大東市に移した。1980年にはドイツ・ハンブルクに欧州の販売拠点FUNAI ELECTRIC TRADING（EUROPE）を設立した。事業の顔ぶれも動き続けた。ビデオカメラ、レーザーディスク、エアコンなど参入と撤退を繰り返し、一度は高いシェアを取っても大手ブランド品と低価格のアジア製品に挟まれて退く経験を重ねた。",
          "references": [],
          "quotes": [
            {
              "speaker": "船井哲良",
              "role": "船井電機社長（1999年当時）",
              "date": "1999",
              "text": "71年のニクソンショック以来、円高を克服し国際競争力を維持するための経営をひたすら模索してきた。輸出メーカーは、国際競争力を失えばたちまち潰れる。20年以上にわたって、いつも強い危機感にさらされながら自力で生き残る道を考え続け、一時は「1ドル＝60円」体制まで検討した。\n今では危機感を持つことが社風のように定着している。この社風こそ、他社が決して真似できない船井電機の強さであり財産だ。",
              "source": "日経ビジネス 1999/11/15号",
              "paragraph": 1
            },
            {
              "speaker": "安村元彬",
              "role": "船井香港社長・1976年のトヨタ研修リーダー（2002年の回顧）",
              "date": "2002",
              "text": "衝撃的だった。休憩時間に何もする気が起きなくなるほどのキツさ。（中略）日野のラインには、やり抜かなければ会社がなくなるというような危機感が満ち溢れていた。",
              "source": "週刊東洋経済 2002/12/14号",
              "paragraph": 1
            }
          ],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "1971年のニクソンショックによる円高で大打撃を受け、変動相場制移行を機に海外工場進出で対応した",
                "source": "日経ビジネス 1999/11/15号",
                "url": null,
                "genbun": "1971年のニクソンショックによる円高は、ドル建て輸出に依存する船井電機を直撃した。"
              },
              {
                "fact": "1976年に幹部社員約100人をトヨタグループ（日野自動車と報じた記事とトヨタ自動車と報じた記事がある）の工場へ3カ月間研修に派遣し、FPSが生まれた",
                "source": "週刊東洋経済 2002/12/14号",
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                "genbun": "1976年には、円高に苦しむさなか、約100人の幹部社員をトヨタグループの工場へ3カ月間の研修に送り出した。"
              },
              {
                "fact": "FPSはラインを限界速度で動かして問題点を表面化させ改善を繰り返す生産方式",
                "source": "日経ビジネス 1990/3/12号",
                "url": null,
                "genbun": "ラインの速度をあえて作業員の限界近くまで上げ、隠れた問題点を表面化させて毎日改善する手法で、後の低価格量産体質の土台となった。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "1960年代に国内7工場・製造部門社員1650人を抱え、労組との20年に及ぶ対立を経て1990年代初めに国内3工場・製造部門社員300人に縮小",
                "source": "週刊東洋経済 2002/12/14号",
                "url": null,
                "genbun": "1960年代に国内7工場・製造部門1650人を抱えた体制は、法廷闘争を経て1990年代初めに3工場・約300人まで縮小した。"
              },
              {
                "fact": "1976年6月に額面変更のため形式上の存続会社と合併し、同年9月に本店を大阪府大東市に移転",
                "source": "有価証券報告書【沿革】",
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                "genbun": "この間の1976年、株式の額面変更のため形式上の存続会社と合併し、本店を大阪府大東市に移した。"
              },
              {
                "fact": "1980年6月にドイツ・ハンブルクに販売拠点FUNAI ELECTRIC TRADING（EUROPE）GmbHを設立",
                "source": "有価証券報告書【沿革】",
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                "genbun": "1980年にはドイツ・ハンブルクに欧州の販売拠点FUNAI ELECTRIC TRADING（EUROPE）を設立した。"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "国内参入のつまずきと中国生産・プリンターOEMへの集約",
          "text": "プラザ合意後の円高が進んだ1987年、船井電機は創業以来の輸出専業を転換し、家庭用製パン器とVTRで国内市場に参入した。NIES（新興工業経済群）製品に競り勝つ低価格が注目を集め「ジャパNIES」と呼ばれ、1989年上半期には据え置き型VTRで国内シェア7%を取ったとされた。しかし参入直後に現金問屋や通信販売業者へ製品を流して家電量販店から締め出される失敗を犯し、ハイファイ機など高級機種へ需要が移ると価格一本やりの限界も表れた。1990年6月期の国内売上高は当初見込みの200億円から150億〜170億円へ下方修正され、国内比率30%を掲げた中期計画は事実上見直しに追い込まれた。\n\n1992年6月期には欧州のダンピング課税を受けて英国工場を閉鎖し、売上高は前年比25%減、経常利益は85%減と赤字寸前まで落ち込んだ。VTRの生産は中国・東莞へ、テレビデオ（テレビ・VTR一体型）はマレーシアへ移し、1992年3月には広東省での委託加工を担う嘉財実業有限公司を香港に設立した。部品も香港の調達センター経由で金額の9割以上をドル建てで調達し、1995年までにエアコンを除く白物家電から撤退した。1992年発売のテレビデオ「画2マン」シリーズは実売5万円を切る価格で量販店の売れ筋となり、1993年6月期の経常利益は前期比8倍近い23億円へ回復した。\n\n次の柱はプリンターであった。AV機器で培ったメカトロニクス技術をもとに1990年代半ばからインクジェットプリンターの研究開発に着手し、米IBMから分離独立したプリンター専業のレックスマーク・インターナショナルと組んだ。1997年6月に発売された船井製の第1号機「1100」は、大手3社の最安機が200ドル前後の市場に、同等の印刷性能で100ドルを切る価格で登場し、2年余りで約480万台を出荷するインクジェットプリンター史上最大のヒット機種となった。1996年6月期から4期連続の増収増益となり、製品の9割を中国・マレーシアで生産し販売の8割を北米が占める収益構造が固まった。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "1987年2月に家庭用製パン器、3月にVTRを商品化して国内市場に参入した",
                "source": "日経ビジネス 1990/3/12号",
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                "genbun": "1987年、船井電機は創業以来の輸出専業を転換し、家庭用製パン器とVTRで国内市場に参入した。"
              },
              {
                "fact": "1989年上半期に据え置き型VTRで国内シェア7%を取ったと言われた",
                "source": "日経ビジネス 1990/3/12号",
                "url": null,
                "genbun": "1989年上半期には据え置き型VTRで国内シェア7%を取ったとされた。"
              },
              {
                "fact": "1990年6月期の国内売上高を200億円見込みから150億〜170億円へ下方修正し、国内比率30%の中期計画は事実上見直しとなった",
                "source": "日経ビジネス 1990/3/12号",
                "url": null,
                "genbun": "1990年6月期の国内売上高は当初見込みの200億円から150億〜170億円へ下方修正され、国内比率30%を掲げた中期計画は事実上見直しに追い込まれた。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "欧州でVTRがダンピング課税対象となり1992年に英国工場を閉鎖、1992年6月期は売上高25%減・経常利益85%減",
                "source": "日経ビジネス 1999/11/15号",
                "url": null,
                "genbun": "1992年6月期には欧州のダンピング課税を受けて英国工場を閉鎖し、売上高は前年比25%減、経常利益は85%減と赤字寸前まで落ち込んだ。"
              },
              {
                "fact": "1992年3月に中国広東省で委託加工を行うため香港に嘉財実業有限公司を設立",
                "source": "有価証券報告書【沿革】",
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                "genbun": "1992年3月には広東省での委託加工を担う嘉財実業有限公司を香港に設立した。"
              },
              {
                "fact": "1992年発売のテレビデオ「画2マン」シリーズが店頭実売5万円を切りヒットし、1993年6月期の経常利益は前期比8倍近い23億円に回復",
                "source": "日経ビジネス 1994/2/14号",
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                "genbun": "1992年発売のテレビデオ「画2マン」シリーズは実売5万円を切る価格で量販店の売れ筋となり、1993年6月期の経常利益は前期比8倍近い23億円へ回復した。"
              },
              {
                "fact": "1995年までにエアコンを除く白物家電から撤退した",
                "source": "日経ビジネス 1999/11/15号",
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                "genbun": "部品も香港の調達センター経由で金額の9割以上をドル建てで調達し、1995年までにエアコンを除く白物家電から撤退した。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "1997年6月発売のレックスマーク向け船井製プリンター第1号機「1100」が100ドルを切る価格で登場し、2年余りで約480万台出荷のヒットとなった",
                "source": "日経ビジネス 1999/11/15号",
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                "genbun": "1997年6月に発売された船井製の第1号機「1100」は、大手3社の最安機が200ドル前後の市場に、同等の印刷性能で100ドルを切る価格で登場し、2年余りで約480万台を出荷するインクジェットプリンター史上最大のヒット機種となった。"
              },
              {
                "fact": "レックスマーク・インターナショナルは1991年に米IBMから分離独立したプリンター専業メーカー",
                "source": "日経ビジネス 1999/11/15号",
                "url": null,
                "genbun": "米IBMから分離独立したプリンター専業のレックスマーク・インターナショナルと組んだ。"
              },
              {
                "fact": "1996年6月期から4期連続増収増益、製品の9割を中国・マレーシアで生産し北米販売比率8割",
                "source": "日経ビジネス 1999/11/15号",
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                "genbun": "1996年6月期から4期連続の増収増益となり、製品の9割を中国・マレーシアで生産し販売の8割を北米が占める収益構造が固まった。"
              }
            ]
          ]
        }
      ]
    },
    {
      "start_year": 1999,
      "end_year": 2007,
      "main_title": "大証上場から北米席巻へ——ウォルマートと「フナイの方程式」の絶頂期",
      "subsections": [
        {
          "title": "公開8カ月で株価10倍——突出した高収益体質",
          "text": "1999年2月、船井電機は大阪証券取引所市場第二部に株式を上場した。公開から8カ月で株価は約10倍の4万7000円台に達し、上場・公開企業でも有数の高株価銘柄に数えられた。1999年6月期の連結売上高は1647億円、営業利益率8.7%、ROE（自己資本利益率）は40.7%で、松下電器産業の2.5%、シャープの2%台と比べ、家電専業として突出した収益性を示した。証券アナリスト向けの会社説明会に立った船井哲良社長は、好調の理由を過去に蓄積したノウハウが実を結んだものと説明し、海外の最適地に生産拠点を集約するまでの試行錯誤を振り返った。\n\n2000年3月には東京証券取引所市場第一部に上場し、大証市場第一部にも指定された。2000年11月には前身の船井軽機工業を吸収合併し、2001年には決算期を6月から3月へ改め、資本の系譜と決算体系を整理した。2002年11月に発表した中期経営計画では、2005年度に売上高5000億円、営業利益率8%以上を掲げ、DVDレコーダーやデジタルテレビを次の成長の柱に据えた。2004年5月には、株主数が東証一部の上場基準を割り込んだため、約100億円で取得していた自社株77万株を104億円で売り出すという、高株価ゆえの珍しい対応も採った。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "1999年2月に大阪証券取引所市場第二部に上場",
                "source": "有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1999年2月、船井電機は大阪証券取引所市場第二部に株式を上場した。"
              },
              {
                "fact": "株価は公開から8カ月で約10倍の4万7000円台となり、1999年6月期は連結売上高1647億円・営業利益率8.7%・ROE40.7%",
                "source": "日経ビジネス 1999/11/15号",
                "url": null,
                "genbun": "公開から8カ月で株価は約10倍の4万7000円台に達し、上場・公開企業でも有数の高株価銘柄に数えられた。"
              },
              {
                "fact": "1999年2月の会社説明会で船井哲良社長が業績好調の理由と海外生産集約の経緯を説明した",
                "source": "証券アナリストジャーナル 1999年3月号",
                "url": null,
                "genbun": "証券アナリスト向けの会社説明会に立った船井哲良社長は、好調の理由を過去に蓄積したノウハウが実を結んだものと説明し、海外の最適地に生産拠点を集約するまでの試行錯誤を振り返った。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "2000年3月に東証一部上場・大証一部指定",
                "source": "有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "2000年3月には東京証券取引所市場第一部に上場し、大証市場第一部にも指定された。"
              },
              {
                "fact": "2000年11月に船井軽機工業を吸収合併、2001年に決算期を6月15日から3月31日へ変更",
                "source": "有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "2000年11月には前身の船井軽機工業を吸収合併し、2001年には決算期を6月から3月へ改め、資本の系譜と決算体系を整理した。"
              },
              {
                "fact": "2002年11月発表の中期経営計画は2005年度売上高5000億円・営業利益率8%以上を目標とした",
                "source": "週刊東洋経済 2002/12/14号",
                "url": null,
                "genbun": "2002年11月に発表した中期経営計画では、2005年度に売上高5000億円、営業利益率8%以上を掲げ、DVDレコーダーやデジタルテレビを次の成長の柱に据えた。"
              },
              {
                "fact": "2004年5月に株主数の東証一部上場基準割れ対応として自社株77万株（取得額約100億円）を104億4900万円で売り出した",
                "source": "日経ビジネス 2004/8/9号",
                "url": null,
                "genbun": "2004年5月には、株主数が東証一部の上場基準を割り込んだため、約100億円で取得していた自社株77万株を104億円で売り出すという、高株価ゆえの珍しい対応も採った。"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "5時間で100万台——ウォルマートを射止めた直接取引",
          "text": "北米での飛躍の転機は1999年11月の感謝祭セールであった。ウォルマートの「アーリーバードセール」で、全米約2500店に納めたビデオデッキ約100万台がわずか5時間で売り切れ、同社の信頼を勝ち取った。米国法人フナイ・コーポレーションは、1993年に経営破綻した米家電老舗エマーソンのブランド使用権を買い取ってウォルマート専用ブランドに据え、ビデオ、テレビ、テレビデオの店頭シェアはいずれも5割を超えた。ウォルマート向け売上高は2000年度の200億円から2001年度570億円、2002年度には1000億円へ増え、年商の3割を占める最大の取引先となった。\n\n取引は100%受注生産で、コンテナ船への荷積み時点で引き渡しが完了し、在庫リスクは流通側が負った。在庫日数は3〜4日と大手電機の数週間に比べて短く、米国販社の営業は日本人の社長1人と現地営業マン5人という少人数で回した。主力ビデオの北米シェアは35%で首位に立ち、DVDプレーヤーでは1999年8月に三菱電機と提携して香港に共同出資会社を設け、コストの要である光ピックアップの内製化まで進めた。2003年度にはDVDプレーヤー1100万台、VHS1200万台を出荷し、VHS・DVD複合機の北米販売シェアは6割に達した。生産の大半を中国に置いたため、連結の実効税率は20.7%と全上場企業で最も低かった。",
          "references": [],
          "quotes": [
            {
              "speaker": "船井哲良",
              "role": "船井電機社長（2002年当時）",
              "date": "2002",
              "text": "われわれには、競争力を持つ製品を開発できなければ事業から撤退しなければならない、赤字になったらつぶれてしまう、という危機感がある。それをエネルギーにして絶えず技術を進化させ続ければ、勝つことはできる。",
              "source": "週刊東洋経済 2002/12/14号",
              "paragraph": 2
            }
          ],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "1999年のウォルマート感謝祭セールで全米2500店のビデオ100万台を5時間で売り切り、直接取引が本格化した",
                "source": "週刊東洋経済 2002/12/14号",
                "url": null,
                "genbun": "ウォルマートの「アーリーバードセール」で、全米約2500店に納めたビデオデッキ約100万台がわずか5時間で売り切れ、同社の信頼を勝ち取った。"
              },
              {
                "fact": "1993年に経営破綻した米エマーソンのブランド使用権を買い取りウォルマート専用ブランドとし、店頭シェアは5割超",
                "source": "週刊東洋経済 2002/12/14号",
                "url": null,
                "genbun": "1993年に経営破綻した米家電老舗エマーソンのブランド使用権を買い取ってウォルマート専用ブランドに据え、ビデオ、テレビ、テレビデオの店頭シェアはいずれも5割を超えた。"
              },
              {
                "fact": "ウォルマート向け売上高は2000年度200億円→2001年度570億円→2002年度1000億円で年商の3割を占めた",
                "source": "週刊東洋経済 2002/12/14号",
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                "genbun": "ウォルマート向け売上高は2000年度の200億円から2001年度570億円、2002年度には1000億円へ増え、年商の3割を占める最大の取引先となった。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "主力ビデオの北米シェア35%で首位、売上高営業利益率8%前後を確保",
                "source": "週刊東洋経済 2002/1/19号",
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                "genbun": "主力ビデオの北米シェアは35%で首位に立ち、"
              },
              {
                "fact": "1999年8月に三菱電機とDVDで提携し、三菱51%・船井49%出資の合弁会社を香港に設立、光ピックアップを内製化",
                "source": "週刊東洋経済 2004/4/10号",
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                "genbun": "DVDプレーヤーでは1999年8月に三菱電機と提携して香港に共同出資会社を設け、コストの要である光ピックアップの内製化まで進めた。"
              },
              {
                "fact": "2003年度の出荷はDVDプレーヤー1100万台・VHS1200万台、VHS・DVDデュアル機の2003年北米販売シェアは60%",
                "source": "週刊東洋経済 2004/4/10号",
                "url": null,
                "genbun": "2003年度にはDVDプレーヤー1100万台、VHS1200万台を出荷し、VHS・DVD複合機の北米販売シェアは6割に達した。"
              },
              {
                "fact": "直近3期平均の連結実効税率20.7%は全上場企業で最も低かった",
                "source": "週刊東洋経済 2005/2/5号",
                "url": null,
                "genbun": "生産の大半を中国に置いたため、連結の実効税率は20.7%と全上場企業で最も低かった。"
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            ]
          ]
        },
        {
          "title": "DVDの失速と液晶テレビという初の試練",
          "text": "DVDの好調は2005年に途切れた。米国のDVDプレーヤーの世帯普及率が9割を超えると、売上の3割超を占める最大の稼ぎ頭だったDVD関連製品は2005年途中から失速し、2006年3月期は上場以来初の減収減益となった。船井哲良社長は2005年秋に液晶テレビ事業の本格立ち上げを号令し、台湾のパネルメーカー奇美電子に400億円を融資して最優遇価格での調達契約を結び、パネルの後工程を中国・黄江工場に取り込んだ。2006年度の液晶テレビ販売計画は前年の4倍の200万台超を掲げ、米量販店では26インチをシャープやソニーの同等品より3割前後安い712ドルで売り、小型を中心に全米シェアで5番手集団に入った。\n\nただ、ブラウン管やビデオの時代と違い、原価の大半を占める液晶パネルは外部購入に頼らざるを得なかった。普及期の直前に低価格品を投入してシェアを取り、規模でコストを下げ、脱落した競合をOEM供給先に取り込む——「フナイの方程式」と呼ばれた従来の勝ち方が、液晶テレビでは通じにくくなった。ウォルマートは2005年に液晶テレビに限って納入条件を変え、輸送中の値下がりリスクが船井側へ戻り、在庫は2004年度末の270億円から2006年度第1四半期末には427億円へ膨らんだ。売上高は2007年3月期に3967億円と過去最高を更新した一方、純損益は37億円の赤字に転落した。80歳に近づいた船井社長の後継も定まらなかった。2003年には寺院住職の社外取締役登用が後継者不在の表れとして批判を招き、2005年に招いた元大蔵省出身の中島義雄副社長への継承案も実現しなかった。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "DVD関連製品が2005年途中から失速し、2005年度（2006年3月期）は上場以来初の減収減益となった",
                "source": "週刊東洋経済 2006/9/23号",
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                "genbun": "売上の3割超を占める最大の稼ぎ頭だったDVD関連製品は2005年途中から失速し、2006年3月期は上場以来初の減収減益となった。"
              },
              {
                "fact": "台湾の奇美電子に400億円を融資し最優遇価格でのパネル調達契約を締結、後工程を黄江工場に取り込んだ",
                "source": "週刊東洋経済 2006/9/23号",
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                "genbun": "台湾のパネルメーカー奇美電子に400億円を融資して最優遇価格での調達契約を結び、パネルの後工程を中国・黄江工場に取り込んだ。"
              },
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                "source": "週刊東洋経済 2006/9/23号",
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              }
            ],
            [
              {
                "fact": "普及期直前の低価格投入→シェア獲得→規模のコスト低減→競合のOEM先取り込みという勝ち方は「フナイの方程式」と呼ばれた",
                "source": "週刊東洋経済 2006/9/23号",
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                "genbun": "普及期の直前に低価格品を投入してシェアを取り、規模でコストを下げ、脱落した競合をOEM供給先に取り込む——「フナイの方程式」と呼ばれた従来の勝ち方が、液晶テレビでは通じにくくなった。"
              },
              {
                "fact": "在庫は2004年度末270億円→2005年度末344億円→2006年度第1四半期末427億円に増加",
                "source": "週刊東洋経済 2006/9/23号",
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              {
                "fact": "2003年に六波羅蜜寺住職の社外取締役登用が批判を招き、2005年に招聘した元大蔵省出身の中島義雄副社長が当初の次期社長最有力候補だった",
                "source": "週刊東洋経済 2008/4/19号",
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                "genbun": "2003年には寺院住職の社外取締役登用が後継者不在の表れとして批判を招き、2005年に招いた元大蔵省出身の中島義雄副社長への継承案も実現しなかった。"
              }
            ]
          ]
        }
      ]
    },
    {
      "start_year": 2008,
      "end_year": 2017,
      "main_title": "創業以来初の社長交代から創業者死去へ——後継の迷走と事業縮小の10年",
      "subsections": [
        {
          "title": "81歳の退任とフィリップスブランドの北米テレビ",
          "text": "2008年6月、船井哲良社長は81歳で代表権のない会長に退き、1969年入社の生え抜きでプリンターOEM事業を立ち上げた林朝則専務執行役員が社長に就いた。1961年の設立以来初の社長交代であった。背景には事業環境の急変がある。得意としてきたDVD関連機器とブラウン管テレビの市場が縮小し、2006年から本格参入した薄型テレビでは台湾・中国のOEMメーカーが支える新興ブランドの激安品に押され、2007年3月期まで200億円以上あった営業利益は2008年3月期に上場以来初の赤字となり、純損益も54億円の赤字だった。\n\n新体制は他社ブランドの取り込みで北米の陣地を守った。2008年2月に経営再建中の日本ビクターと液晶テレビの生産相互委託などで提携し、同年4月にはオランダのロイヤル・フィリップスと米国・カナダの民生用テレビについてブランドライセンス契約を締結、9月の発効から「Philips」「Magnavox」ブランドを独占使用した。同年6月には受け皿の販売会社P&F USAを米ジョージア州に設立した。リーマンショック後の2009年3月期は純損失174億円を計上したものの、フィリップスブランドの寄与で液晶テレビの販売は伸び、2010年3月期は純利益103億円へ回復した。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "2008年、創業者・船井哲良社長（81）が代表権のない会長に退き、1969年入社の林朝則専務執行役員（61）が社長に就任（設立以来初の社長交代、6月の株主総会を経て正式交代）",
                "source": "週刊東洋経済 2008/4/19号",
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                "genbun": "2008年6月、船井哲良社長は81歳で代表権のない会長に退き、1969年入社の生え抜きでプリンターOEM事業を立ち上げた林朝則専務執行役員が社長に就いた。"
              },
              {
                "fact": "2006年度まで200億円以上あった営業利益が2007年度（2008年3月期）に上場以来初の赤字に転落した模様と報じられた",
                "source": "週刊東洋経済 2008/4/19号",
                "url": null,
                "genbun": "2007年3月期まで200億円以上あった営業利益は2008年3月期に上場以来初の赤字となり、純損益も54億円の赤字だった。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "2008年2月に日本ビクターと液晶テレビ事業（欧米での生産相互委託・共同開発）で業務提携",
                "source": "週刊東洋経済 2008/2/9号",
                "url": null,
                "genbun": "2008年2月に経営再建中の日本ビクターと液晶テレビの生産相互委託などで提携し、"
              },
              {
                "fact": "2008年4月にフィリップスと米国・カナダの民生用テレビのブランドライセンス契約（2008年9月1日発効・Philips/Magnavoxを独占使用）を締結",
                "source": "日経クロステック 2008/4/10",
                "url": "https://xtech.nikkei.com/dm/article/NEWS/20080410/150254/",
                "genbun": "同年4月にはオランダのロイヤル・フィリップスと米国・カナダの民生用テレビについてブランドライセンス契約を締結、9月の発効から「Philips」「Magnavox」ブランドを独占使用した。"
              },
              {
                "fact": "2008年6月に米ジョージア州に販売拠点P&F USA,Inc.を設立",
                "source": "有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "同年6月には受け皿の販売会社P&F USAを米ジョージア州に設立した。"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "3年半で4度の社長交代とフィリップス仲裁",
          "text": "2010年度から4期連続の最終赤字が続き、トップ人事は落ち着かなかった。2014年1月に上村義一氏が社長に就いたが、在任9カ月の同年10月に「一身上の都合」で退任し、林朝則氏が社長に復帰、87歳の船井哲良会長も代表権を取り戻した。復帰した林社長は2014年11月に医療ベンチャーとの提携による医療事業参入を発表し、歯科用CT診断装置の開発を掲げた。その後も2016年に前田哲宏氏、2017年5月に船越秀明氏が社長となり、社長交代は3年半で4回を数えた。交代の背景には創業者との対立や買収失敗の引責があり、会長退任後もワンマン経営は続いた。\n\nM&Aも明暗が割れた。2013年4月には米レックスマーク・インターナショナルからインクジェットプリンター関連の技術・資産を約95億円で取得し、特許約1500件とフィリピンのインク製造子会社を得て、自社開発プリンターの土台とした。一方、2013年に契約したフィリップスの音響事業買収は相手側の突然の撤回で国際仲裁に持ち込まれ、2016年4月、船井電機側が損害賠償金など計約175億円を支払う仲裁判断が確定した。この費用を特別損失に計上した2016年3月期は純損失362億円と過去最大の赤字になった。テレビでは2015年にパナソニック傘下の三洋電機から北米向けSANYOブランドの使用許諾を受け、ウォルマート向けの販売を引き継いだ。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "2014年1月に上村義一氏が社長就任、2014年10月2日に在任9カ月で退任し林朝則氏が社長復帰、船井哲良会長（87）が代表権を取り戻した",
                "source": "週刊東洋経済 2014/11/29号",
                "url": null,
                "genbun": "2014年1月に上村義一氏が社長に就いたが、在任9カ月の同年10月に「一身上の都合」で退任し、林朝則氏が社長に復帰、87歳の船井哲良会長も代表権を取り戻した。"
              },
              {
                "fact": "2014年11月14日に医療ベンチャーと提携し医療事業へ本格参入（歯科用CT診断装置などの開発）を発表",
                "source": "週刊東洋経済 2014/11/29号",
                "url": null,
                "genbun": "復帰した林社長は2014年11月に医療ベンチャーとの提携による医療事業参入を発表し、歯科用CT診断装置の開発を掲げた。"
              },
              {
                "fact": "2016年に前田哲宏氏、2017年5月に船越秀明氏が社長就任、日経は「社長交代は3年半で4回目」と報道",
                "source": "日本経済新聞 2017/5/8",
                "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ08I40_Y7A500C1TJ1000/",
                "genbun": "その後も2016年に前田哲宏氏、2017年5月に船越秀明氏が社長となり、社長交代は3年半で4回を数えた。"
              },
              {
                "fact": "週刊東洋経済は「船井氏との対立や買収失敗の引責などにより、直近3年半で4回も社長交代」と記載",
                "source": "週刊東洋経済 2017/9/9号",
                "url": null,
                "genbun": "交代の背景には創業者との対立や買収失敗の引責があり、会長退任後もワンマン経営は続いた。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "2013年4月にレックスマークからインクジェットプリンター関連の技術・資産（特許約1500件・フィリピンのインク製造子会社等）を約95億円で取得すると発表",
                "source": "日本経済新聞 2013/4/2",
                "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXNASHD02002_S3A400C1000000/",
                "genbun": "2013年4月には米レックスマーク・インターナショナルからインクジェットプリンター関連の技術・資産を約95億円で取得し、特許約1500件とフィリピンのインク製造子会社を得て、自社開発プリンターの土台とした。"
              },
              {
                "fact": "フィリップス音響事業買収の撤回をめぐる国際仲裁で2016年4月26日に約175億円の支払いが確定",
                "source": "日本経済新聞 2016/4/26",
                "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ26I0I_W6A420C1TJC000/",
                "genbun": "2013年に契約したフィリップスの音響事業買収は相手側の突然の撤回で国際仲裁に持ち込まれ、2016年4月、船井電機側が損害賠償金など計約175億円を支払う仲裁判断が確定した。"
              },
              {
                "fact": "2015年にパナソニックから北米向けSANYOブランド（テレビ）の使用許諾を受け、ウォルマート向け中心に販売",
                "source": "週刊東洋経済 2014/11/29号",
                "url": null,
                "genbun": "テレビでは2015年にパナソニック傘下の三洋電機から北米向けSANYOブランドの使用許諾を受け、ウォルマート向けの販売を引き継いだ。"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "創業者の死去とヤマダ電機への最後の賭け",
          "text": "起死回生策は国内回帰であった。船井哲良相談役がヤマダ電機の山田昇会長に直談判し、FUNAIブランドの液晶テレビをヤマダ電機へ10年間独占供給する提携をまとめ、2017年6月、11年ぶりに国内でFUNAIブランドのテレビを発売した。40型5万円台という値頃感と、メーカー保証3年にヤマダ側の保証を加えた長期保証を売りに、初年度20万台、2020年までに100万台・国内シェア2割という目標を掲げた。ヤマダ電機がテレビCMの出稿費用を全額負担する異例の提携で、その陣頭指揮を執った船越秀明氏が社長に昇格した。\n\n2017年7月4日、船井哲良氏は部下との打ち合わせを終えた直後に倒れ、90歳で死去した。6月28日の株主総会に出席し、晩年も週1回の経営会議に加わる生涯現役の最期であった。8月のお別れの会には約900人が参列し、30年以上の親交があった山田昇会長が「私の師のような存在」と悼んだ。保有株はすべて長男の船井哲雄氏が相続し、その比率は発行済株式の34.21%に達したが、船井哲雄氏は経営には関わらなかった。会社は縮小の途上にあった。2017年3月期の売上高は1338億円とピークだった2007年3月期の3分の1になり、2012年3月期から6期連続の営業赤字が続き、売上高の8割超をテレビに依存した。",
          "references": [],
          "quotes": [
            {
              "speaker": "山田昇",
              "role": "ヤマダ電機会長（2017年8月のお別れの会にて）",
              "date": "2017-08",
              "text": "テレビにおける価格競争の仕掛け人の一人。OEM（相手先ブランドによる生産）で黒子に徹したのは創業者ならではの決断。私の師のような存在だ。",
              "source": "週刊東洋経済 2017/9/9号",
              "paragraph": 2
            }
          ],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "2017年6月に11年ぶりにFUNAIブランドの液晶テレビを国内発売し、ヤマダ電機へ10年間の独占供給とした",
                "source": "週刊東洋経済 2017/9/9号",
                "url": null,
                "genbun": "2017年6月、11年ぶりに国内でFUNAIブランドのテレビを発売した。"
              },
              {
                "fact": "40型5万円台・初年度販売目標20万台・2020年までに100万台と国内シェア2割が目標、ヤマダ電機がテレビCM出稿料を全額負担",
                "source": "週刊東洋経済 2017/9/9号",
                "url": null,
                "genbun": "40型5万円台という値頃感と、メーカー保証3年にヤマダ側の保証を加えた長期保証を売りに、初年度20万台、2020年までに100万台・国内シェア2割という目標を掲げた。"
              },
              {
                "fact": "提携の陣頭指揮を執った船越秀明氏（1993年入社）が2017年5月に社長昇格",
                "source": "週刊東洋経済 2017/9/9号",
                "url": null,
                "genbun": "ヤマダ電機がテレビCMの出稿費用を全額負担する異例の提携で、その陣頭指揮を執った船越秀明氏が社長に昇格した。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "2017年7月4日に船井哲良氏が90歳で死去（部下との打ち合わせ直後、6月28日の株主総会にも出席）",
                "source": "日本経済新聞 2017/7/5",
                "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ05HF5_V00C17A7000000/",
                "genbun": "2017年7月4日、船井哲良氏は部下との打ち合わせを終えた直後に倒れ、90歳で死去した。"
              },
              {
                "fact": "保有株は全株を長男が相続し、相続日（2017年8月8日）時点の保有比率は発行済株式の34.21%",
                "source": "日本経済新聞 2017/8/16",
                "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXLZO20054950W7A810C1DTA000/",
                "genbun": "保有株はすべて長男の船井哲雄氏が相続し、その比率は発行済株式の34.21%に達したが、船井哲雄氏は経営には関わらなかった。"
              },
              {
                "fact": "2016年度（2017年3月期）売上高1338億円はピークの2006年度の3分の1、2011年度から6期連続の営業赤字、テレビ依存度8割超",
                "source": "週刊東洋経済 2017/9/9号",
                "url": null,
                "genbun": "2017年3月期の売上高は1338億円とピークだった2007年3月期の3分の1になり、2012年3月期から6期連続の営業赤字が続き、売上高の8割超をテレビに依存した。"
              }
            ]
          ]
        }
      ]
    },
    {
      "start_year": 2018,
      "end_year": 2025,
      "main_title": "出版社によるLBO買収から破産へ——「世界のFUNAI」の終幕",
      "subsections": [
        {
          "title": "テレビとプリンターの2本柱がしぼんだ縮小期",
          "text": "船越秀明社長は「市況に左右されない収益構造への転換」を掲げ、2017〜2019年度の新方針で大型液晶テレビへ開発資源と金型投資を集中し、米国の販売子会社組織を統合した。液晶テレビの大型化とヤマダ電機での独占販売で国内の映像機器は増収を確保し、2017年度にはDXアンテナを譲渡して受信関連の電子機器事業を切り離した。不採算だった自社開発インクジェットプリンターの販売も絞り、情報機器の主力をラベルプリンター、ネイルアートプリンター、業務用インクカートリッジへ移して、テレビとプリンターヘッド技術の応用に事業を絞り込んだ。\n\n収益構造改革で2019年3月期は純利益26億円と4期ぶりの黒字を確保したが、翌期は北米量販店の過剰在庫で液晶テレビが失速し、再び赤字に沈んだ。2020年5月には歯科用CT機器のプレキシオンを完全子会社化し、医療機器への多角化も残した。それでも売上の縮小は止まらず、2021年3月期の連結売上高は804億円とピーク時の2割になり、営業損益は3億円の赤字、純損益はほぼ均衡にとどまった。従業員は連結2243人、単体582人まで細り、上場企業として開示された最後の決算は、輸出専業の巨人だった時代との落差を示すものになった。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "船越秀明社長の2017〜2019年度新方針は大型液晶テレビへの開発リソース・金型投資の集中、米国販売子会社組織の統合、市況に左右されない収益構造への転換を掲げた",
                "source": "船井電機 決算説明会資料 2017年度",
                "url": null,
                "genbun": "船越秀明社長は「市況に左右されない収益構造への転換」を掲げ、2017〜2019年度の新方針で大型液晶テレビへ開発資源と金型投資を集中し、米国の販売子会社組織を統合した。"
              },
              {
                "fact": "2017年度にDXアンテナ譲渡で受信関連用電子機器事業を切り離し、液晶テレビの大型化とヤマダ電機独占販売で国内映像機器が増収",
                "source": "船井電機 決算説明会資料 2017年度",
                "url": null,
                "genbun": "液晶テレビの大型化とヤマダ電機での独占販売で国内の映像機器は増収を確保し、2017年度にはDXアンテナを譲渡して受信関連の電子機器事業を切り離した。"
              },
              {
                "fact": "2018年度に不採算インクジェットプリンターの販売を絞り、ラベルプリンター・ネイルアートプリンター・業務用インクカートリッジへ情報機器の中心を移した",
                "source": "船井電機 決算説明会資料 2018年度",
                "url": null,
                "genbun": "不採算だった自社開発インクジェットプリンターの販売も絞り、情報機器の主力をラベルプリンター、ネイルアートプリンター、業務用インクカートリッジへ移して、テレビとプリンターヘッド技術の応用に事業を絞り込んだ。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "2019年度は北米量販店の過剰在庫で液晶テレビが苦戦した",
                "source": "船井電機 決算説明会資料 2019年度",
                "url": null,
                "genbun": "翌期は北米量販店の過剰在庫で液晶テレビが失速し、再び赤字に沈んだ。"
              },
              {
                "fact": "2020年5月に歯科用CT機器のプレキシオン株式会社の全株式を取得",
                "source": "有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "2020年5月には歯科用CT機器のプレキシオンを完全子会社化し、医療機器への多角化も残した。"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "出版社・秀和システムによるLBOと上場廃止",
          "text": "2021年3月、IT系出版社の秀和システムを率いる上田智一氏の持株会社、秀和システムホールディングスが、船井電機に1株918円でTOB（株式公開買い付け）を実施した。従業員約70人の出版社による大手電機メーカー買収として注目を集めた。買収資金はりそな銀行からの借入金180億円で、船井電機の定期預金を担保に差し入れるLBO（買収先の資産を担保にした買収）であった。TOBには発行済株式の47.05%が応募し、応募しなかった創業家の船井哲雄氏の保有分34.18%と合わせて3分の2超を確保、2021年8月26日に船井電機は東証一部で上場廃止となった。1999年の株式公開から22年で市場を去った。\n\nTOBに応募しなかった船井哲雄氏の保有分も2021年8月30日の株式併合で整理され、秀和システム側がすべての株式を握った。非公開化後の経営は開示義務を離れて外部から見えにくくなり、主力のテレビ事業では毎年70億〜80億円の赤字が続いたと上田智一氏は後に説明した。2023年3月には持株会社体制へ移行して船井電機・ホールディングスが発足し、家電と関わりの薄い分野への投資が広がった。60年にわたり大阪府大東市を本拠に家電を作り続けた会社の経営は、株式を1人で握る出版社経営者の判断で決まる状態になった。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "2021年3月に秀和システムホールディングスが1株918円（前日終値に31.9%のプレミアム）でTOBを開始",
                "source": "ダイヤモンド・オンライン 2021年",
                "url": "https://diamond.jp/articles/-/395015",
                "genbun": "秀和システムホールディングスが、船井電機に1株918円でTOB（株式公開買い付け）を実施した。"
              },
              {
                "fact": "TOB応募は発行済株式の47.05%、船井哲雄氏の34.18%は応募せず合計3分の2超を確保",
                "source": "日本経済新聞 2021/5/11",
                "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF117Z40R10C21A5000000/",
                "genbun": "TOBには発行済株式の47.05%が応募し、応募しなかった創業家の船井哲雄氏の保有分34.18%と合わせて3分の2超を確保、"
              },
              {
                "fact": "買収資金は船井電機の定期預金を担保にりそな銀行から借り入れた180億円によるLBO",
                "source": "週刊東洋経済 2025/3/29号",
                "url": null,
                "genbun": "買収資金はりそな銀行からの借入金180億円で、船井電機の定期預金を担保に差し入れるLBO（買収先の資産を担保にした買収）であった。"
              },
              {
                "fact": "2021年8月26日に東証一部で上場廃止、8月30日の株式併合を経て完全子会社化",
                "source": "中部経済新聞 2021/7/29",
                "url": "https://www.chukei-news.co.jp/news/2021/07/29/OK0002107290201_09/",
                "genbun": "2021年8月26日に船井電機は東証一部で上場廃止となった。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "上田智一氏は「テレビ事業で毎年70億〜80億円の赤字が出ていた」と説明した",
                "source": "週刊東洋経済 2025/3/29号",
                "url": null,
                "genbun": "主力のテレビ事業では毎年70億〜80億円の赤字が続いたと上田智一氏は後に説明した。"
              },
              {
                "fact": "2023年3月に持株会社体制へ移行し船井電機・ホールディングス（大阪府大東市）が発足",
                "source": "東洋経済オンライン 2025年",
                "url": "https://toyokeizai.net/articles/-/865303",
                "genbun": "2023年3月には持株会社体制へ移行して船井電機・ホールディングスが発足し、"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "300億円の資金流出と破産手続開始",
          "text": "多角化の柱に据えたのは美容であった。2023年4月、船井電機・ホールディングスは脱毛サロン大手のミュゼプラチナムを完全子会社化した。上田智一氏は、美容家電への進出とテレビ事業の赤字の穴埋めを狙ったと後に説明している。買収資金の33億円は横浜幸銀信用組合からの借入金で、船井電機が債務保証した。しかし2023年10月に導入されたステルスマーケティング規制のもとでミュゼの業績は急落し、広告費22億円の未払いへの連帯保証から船井電機側の信用も悪化、担保の定期預金180億円はりそな銀行に回収された。2024年3月、ミュゼは買収からわずか1年で社外へ売却され、売却後も借入金への保証は解除されないまま簿外債務として残った。\n\n2024年9月27日、上田智一氏は再建を断念してグループの全役職を退き、保有株式をEFI株式ファンドへ1円で譲渡した。元環境相の原田義昭氏が代表取締役会長、元財務官僚の上野善晴氏が社長に就いたが、同年10月24日、取締役の船井秀彦氏による準自己破産の申し立てを受けて東京地裁が破産手続開始を決定した。申立時点の負債は債権者約524名に対して約469億円で、給料日の前日に国内従業員約550人へ即時解雇が通告され、翌日支給予定の給与も未払いとなった。破産事件記録によれば、秀和システムによる買収後に船井電機から流出した資金は約300億円に達した。\n\n破産決定後も混乱は続いた。原田会長は破産開始の要件を満たしていないとして東京高裁へ即時抗告し、2024年12月には民事再生法の適用も申請したが、即時抗告は2025年3月6日に棄却され、民事再生も同月14日に計画の実現見込みがないとして退けられた。親会社のFUNAI GROUP（旧船井電機・ホールディングス）も2025年1月に破産手続開始決定を受けた。破産管財人のもとで事業の切り分けが進み、2025年には中国家電大手の創維集団（スカイワース）側へ子会社の家電アフターサービス事業が譲渡され、フィリップスブランドの北米テレビ事業の承継交渉も報じられた。63年続いた「世界のFUNAI」の低価格量産は、破産手続のなかで幕を引いた。",
          "references": [],
          "quotes": [
            {
              "speaker": "上田智一",
              "role": "秀和システム社長（買収当時の経営者としての回顧）",
              "date": "2025",
              "text": "パナソニック出身の柴田（雅久）会長から美容家電は粗利率が高いと聞き、ミュゼを使って進出しようと考えた。当時、テレビ事業で毎年70億〜80億円の赤字が出ており、その穴を埋めたかったからだ。",
              "source": "週刊東洋経済 2025/3/29号",
              "paragraph": 1
            }
          ],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "2023年4月11日に船井電機・ホールディングスがミュゼプラチナムの全株式を取得し完全子会社化",
                "source": "日本経済新聞 2023/4/11",
                "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF1029S0Q3A410C2000000/",
                "genbun": "2023年4月、船井電機・ホールディングスは脱毛サロン大手のミュゼプラチナムを完全子会社化した。"
              },
              {
                "fact": "ミュゼ買収資金として横浜幸銀信用組合から33億円を借り入れ、船井電機が債務保証した",
                "source": "週刊東洋経済 2025/3/29号",
                "url": null,
                "genbun": "買収資金の33億円は横浜幸銀信用組合からの借入金で、船井電機が債務保証した。"
              },
              {
                "fact": "ステマ規制でミュゼの業績が悪化し広告費22億円が未払いとなり、連帯保証で信用が悪化、定期預金180億円がりそな銀行に回収された",
                "source": "週刊東洋経済 2025/3/29号",
                "url": null,
                "genbun": "広告費22億円の未払いへの連帯保証から船井電機側の信用も悪化、担保の定期預金180億円はりそな銀行に回収された。"
              },
              {
                "fact": "2024年3月にミュゼプラチナムを社外へ売却、売却後も横浜幸銀からの借入への保証が解除されず簿外債務として残存",
                "source": "週刊東洋経済 2025/3/29号",
                "url": null,
                "genbun": "2024年3月、ミュゼは買収からわずか1年で社外へ売却され、売却後も借入金への保証は解除されないまま簿外債務として残った。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "2024年9月27日付で上田智一氏がグループ全役職を退任し、秀和が連帯保証している分の引き取りを条件に株式をEFI株式ファンドへ1円で譲渡",
                "source": "週刊東洋経済 2025/3/29号",
                "url": null,
                "genbun": "2024年9月27日、上田智一氏は再建を断念してグループの全役職を退き、保有株式をEFI株式ファンドへ1円で譲渡した。"
              },
              {
                "fact": "元環境相の原田義昭氏が代表取締役会長、元財務省理財局次長の上野善晴氏が社長に就任",
                "source": "データ・マックス 2024/10/11",
                "url": "https://www.data-max.co.jp/article/74118",
                "genbun": "元環境相の原田義昭氏が代表取締役会長、元財務官僚の上野善晴氏が社長に就いたが、"
              },
              {
                "fact": "2024年10月24日に取締役・船井秀彦氏による準自己破産申立てを受けて東京地裁が破産手続開始を決定、負債は申立時点で債権者約524名に約469億6482万円",
                "source": "帝国データバンク倒産速報 2024/10/25",
                "url": "https://www.tdb.co.jp/report/bankruptcy/flash/5081/",
                "genbun": "同年10月24日、取締役の船井秀彦氏による準自己破産の申し立てを受けて東京地裁が破産手続開始を決定した。"
              },
              {
                "fact": "給料日前日の10月24日に国内従業員約550人へ即時解雇を通告、翌25日支給予定の給与も未払い。破産事件記録によれば流出資金は約300億円",
                "source": "週刊東洋経済 2025/3/29号",
                "url": null,
                "genbun": "給料日の前日に国内従業員約550人へ即時解雇が通告され、翌日支給予定の給与も未払いとなった。"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "原田義昭会長の即時抗告は2025年3月6日に東京高裁が棄却、2024年12月2日申請の民事再生は2025年3月14日に東京地裁が棄却",
                "source": "時事通信 2025/3/18",
                "url": "https://www.jiji.com/jc/article?k=2025031801198&g=eco",
                "genbun": "即時抗告は2025年3月6日に棄却され、民事再生も同月14日に計画の実現見込みがないとして退けられた。"
              },
              {
                "fact": "親会社FUNAI GROUP（旧船井電機・ホールディングス、2024年10月31日商号変更）は2025年1月7日付で破産手続開始決定",
                "source": "帝国データバンク倒産速報 2025/1/16",
                "url": "https://www.tdb.co.jp/report/bankruptcy/flash/5105/",
                "genbun": "親会社のFUNAI GROUP（旧船井電機・ホールディングス）も2025年1月に破産手続開始決定を受けた。"
              },
              {
                "fact": "2025年5月31日に子会社の船井サービスがスカイワースジャパンエレクトロニクスと家電アフターサービス事業の譲渡契約を締結、フィリップスブランド北米テレビ事業の承継も報道",
                "source": "日本経済新聞 2025/6/28",
                "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF278X30X20C25A6000000/",
                "genbun": "2025年には中国家電大手の創維集団（スカイワース）側へ子会社の家電アフターサービス事業が譲渡され、フィリップスブランドの北米テレビ事業の承継交渉も報じられた。"
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  "summary": {
    "title": "サマリー",
    "text": "### 創業\n\n1961年、高度成長下の大阪で、ミシン卸の船井ミシン商会から身を起こした船井哲良氏が、輸出用トランジスタラジオ部門を分離して船井電機を設立。国内に販路を持たず、米欧の大手メーカーと流通業者へのOEM供給に徹した。値引き要求が最も苛烈な米国市場で「低価格・安定した品質・正確な納期」だけを武器に選ばれ続けた経験と、円高のたびに生産地を移した危機対応が、ラインを限界速度で回して問題を表面化させる船井生産方式（FPS）を育てた。この輸出専業の危機感が、後年のウォルマート向け量販とビデオ・DVD北米首位の土台になった。",
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        "label": "創業",
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          "primary": {
            "id": "F3",
            "label": "独立系・個人創業",
            "group": "出自・後ろ盾"
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              "label": "職人・家業・小売からの出発",
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              "id": "F16",
              "label": "ニッチ・大手の手薄を突く",
              "group": "起点の事業モデル"
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