{
  "spec_version": "4",
  "endpoint": "ceo",
  "stock_code": "6702",
  "company_name": "富士通",
  "content_lang": "ja",
  "meta_lang": "en",
  "canonical_url": "https://the-shashi.com/tse/6702/ceo/",
  "api_url": "/api/6702/ceo.json",
  "updated": "2026-09-18",
  "license": "© 2026 Yutaka Sugiura. All rights reserved.",
  "attribution": "The社史 (the-shashi.com) — https://the-shashi.com/tse/6702/ceo/",
  "source": {
    "ceo": {
      "primary": [
        "有価証券報告書（役員の状況）"
      ],
      "extraction": "EDINET の XBRL から機械抽出した役員表を土台に、雑誌記事・社史・報道で経歴と出自を補完",
      "caveat": "在任区間は career の is_ceo_appointed が正本。退任年月は次の代の就任年月から決まる"
    }
  },
  "count": 13,
  "ceo": [
    {
      "slug": "okada-kanjiro",
      "name": "岡田完二郎",
      "kana": "おかだ　かんじろう",
      "origin": "外部出身（1959年入社）。古河鉱業社長・宇部興産副社長を経て古河グループの富士通信機製造に迎えられ、入社と同時に社長へ",
      "origin_type": "外部出身",
      "hometown": "三重県",
      "education": "東京高等商業学校／現・一橋大学 (1913)",
      "education_source": "https://ja.wikipedia.org/wiki/岡田完二郎",
      "prev_role": "宇部興産副社長",
      "career": [
        {
          "company": "富士通",
          "from": "1959-11",
          "to": "1970-05",
          "roles": [
            {
              "date": "1959-11",
              "role": "富士通信機製造 取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "1967-06",
              "role": "富士通へ社名変更"
            },
            {
              "date": "1970-05",
              "role": "退任"
            },
            {
              "date": "1970-05",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "inference": true,
            "companies": [
              {
                "code": "6504",
                "anchor": "富士電機製造"
              }
            ],
            "pages": [
              {
                "page": "shareholders",
                "anchor": "筆頭株主"
              }
            ],
            "text": "1964年1月時点の役員名簿に代表取締役社長として載り、前歴は古河鉱業である。富士通信機製造は1961年3月時点で富士電機製造が48.4%を持つ筆頭株主の会社だった。同じ断面の上位10位に並ぶ個人株主は石川弥太郎氏だけで、岡田氏の名は無い。1955年9月時点の筆頭株主も富士電機製造である。株式の裏づけを持たないまま古河グループから経営を託された社長といえる。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "inference": true,
            "text": "1959年11月に富士通信機製造の取締役社長へ就任した。就任直前の同年10月にはIBMの日本進出計画についての申請がすでに出ており、国産化へ早急に踏み切るための協力体制づくりが急務とされた。1960年6月には貿易・為替自由化計画の大綱が決まり、自由化への対応が迫られた。1962年のIBMは従業員7万5000人・前年売上高16億9496万ドルで、日本のメーカー7社の電子計算機部門は総動員しても7000人に届かなかった。社外の経営者を、入社と同時に社長へ据えた人事である。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "text": "1960年12月に大阪証券取引所、1961年10月に名古屋証券取引所へ上場した。1962年5月には富士通研究所を設置し、開発の担い手を社内に抱えている。1963年には経営の要諦を変化への対応、すなわち機に応じてカジをとっていくことに置いた。1964年には純国産のFACOM電算機231をニューヨーク世界博覧会へ出品した。1967年6月に社名を富士通信機から富士通へ改め、1968年3月期の売上構成は通信機関係50%・電子関係42%となった。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6702/executives/ceo/okada-kanjiro/",
      "term_start": "1959-11",
      "term_end": "1970-05"
    },
    {
      "slug": "kora-yoshimitsu",
      "name": "高羅芳光",
      "kana": "こうら　よしみつ",
      "origin": "生え抜き（1929年富士電機製造入社、1947年富士通信機製造へ転じる）。取締役・常務・専務・副社長を経て社長へ",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "山口県",
      "education": "慶應義塾大学経済学部 (1929)",
      "education_source": "https://ja.wikipedia.org/wiki/高羅芳光",
      "prev_role": "副社長",
      "career": [
        {
          "company": "富士通",
          "from": 1947,
          "to": "1974-11",
          "roles": [
            {
              "date": "1929",
              "role": "富士電機製造 入社"
            },
            {
              "date": "1947",
              "role": "富士通信機製造へ転じる"
            },
            {
              "date": "1949",
              "role": "取締役"
            },
            {
              "date": "1970-05",
              "role": "取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "1974-11",
              "role": "社長退任（相談役）"
            },
            {
              "date": "1974-11",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "inference": true,
            "companies": [
              {
                "code": "6504",
                "anchor": "富士電機製造"
              }
            ],
            "pages": [
              {
                "page": "shareholders",
                "anchor": "筆頭株主"
              }
            ],
            "text": "1964年1月時点の役員名簿に常務取締役として載り、前歴は富士電機製造である。その富士電機製造は1963年3月時点で48.3%を持つ筆頭株主で、親会社から移って役員に就任した経歴といえる。1975年3月時点でも富士電機製造が28.74%、第一勧業銀行が9.73%、朝日生命保険が9.24%を持ち、個人株主は上位10位に入らない。株式の裏づけは持たない。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "inference": true,
            "people": [
              {
                "slug": "okada-kanjiro"
              }
            ],
            "text": "1970年5月、岡田完二郎氏の後任として取締役社長へ就任した。就任前年度の1970年3月期の売上高は1194億円で、1967年3月期の485億円から3年で2.5倍に増えていた。一方で国産電算機メーカーは、当時もっとも進んだ電算機とされたIBM370シリーズが採用されることに脅威を感じていた。伸びる事業を、富士電機製造から移った役員が引き継いだ人事である。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "companies": [
              {
                "code": "6501",
                "anchor": "日立製作所"
              },
              {
                "code": "6701",
                "anchor": "日本電気"
              }
            ],
            "text": "1971年10月、日立製作所との電算機事業の提携を公表した。売上で富士通が1位、日立が2位であり、この連合で国内シェアの3割を占めた。米アムダールへの出資は1972年に遡り、部品供給や一部機種のOEM生産で取引関係は緊密だった。退任半年前の1974年5月には池田敏雄氏の主導でアムダールへ出資し、IBM互換メインフレームの開発体制と販売網を得ている。独自仕様を残した日立製作所や日本電気とは道を分けた。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6702/executives/ceo/kora-yoshimitsu/",
      "term_start": "1970-05",
      "term_end": "1974-11"
    },
    {
      "slug": "seimiya-hiroshi",
      "name": "清宮博",
      "kana": "せいみや　ひろし",
      "origin": "外部出身（1955年入社）。逓信省電気試験所で光通信などの研究に携わり、1955年に富士通信機製造第一技術部長として迎えられた",
      "origin_type": "外部出身",
      "hometown": "広島県広島市",
      "education": "東京帝国大学工学部電気工学科 (1932)",
      "education_source": "https://ja.wikipedia.org/wiki/清宮博",
      "prev_role": "副社長",
      "career": [
        {
          "company": "富士通",
          "from": 1955,
          "to": "1976-03",
          "roles": [
            {
              "date": "1955",
              "role": "富士通信機製造 第一技術部長"
            },
            {
              "date": "1974-11",
              "role": "取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "1976-03",
              "role": "会長"
            },
            {
              "date": "1976-03",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "inference": true,
            "companies": [
              {
                "code": "6504",
                "anchor": "富士電機製造"
              }
            ],
            "pages": [
              {
                "page": "shareholders",
                "anchor": "株主構成"
              }
            ],
            "text": "1964年1月時点の役員名簿に常務取締役として載り、前歴は日本電信電話公社である。社外の通信技術者から役員へ迎えられ、株式の裏づけは持たない。1975年3月時点の株主構成は富士電機製造28.74%・第一勧業銀行9.73%・朝日生命保険9.24%と法人が上位を占め、個人株主は10位までに入らない。1963年3月に48.3%あった富士電機製造の持分は、この12年で28.74%へ下がった。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "inference": true,
            "people": [
              {
                "slug": "kora-yoshimitsu"
              }
            ],
            "text": "1974年11月、高羅芳光氏の後任として取締役社長へ就任した。就任前年度の1974年3月期は売上高2093億円・経常利益153億円で、経常利益は1971年3月期の250億円から3期続けて減っていた。就任半年前の1974年5月には池田敏雄氏の主導で米アムダールへ出資し、IBM互換メインフレームの開発体制と販売網を得ていた。技術部門を歩んだ役員が、互換路線の立ち上がる時期に社長へ就任した人事である。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "text": "就任時に引き継いだのは、独自アーキテクチャを自前で開発するのではなくIBM互換機で顧客を取り込む路線だった。足場は1974年5月の米アムダールへの出資で、IBM互換メインフレームの開発体制と販売網を得ていた。在任中の1975年3月期の売上高は2503億円で、就任前年度の2093億円から20%増えた。経常利益は153億円から109億円へ減り、売上高経常利益率は7.3%から4.4%へ下がった。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6702/executives/ceo/seimiya-hiroshi/",
      "term_start": "1974-11",
      "term_end": "1976-03"
    },
    {
      "slug": "kobayashi-taiyu",
      "name": "小林大祐",
      "kana": "こばやし　たいゆう",
      "origin": "生え抜き（1935年富士電機製造入社、同年7月に富士通信機製造へ転属）。電子部長・電算機本部次長とコンピュータ畑を歩み社長へ",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "兵庫県多可郡加美町（現・多可町）",
      "education": "京都帝国大学工学部電気工学科 (1935)",
      "prev_role": "副社長",
      "career": [
        {
          "company": "富士通",
          "from": "1935-07",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1935-04",
              "role": "富士電機製造 入社"
            },
            {
              "date": "1935-07",
              "role": "富士通信機製造へ転属"
            },
            {
              "date": "1959",
              "role": "電子部長"
            },
            {
              "date": "1962",
              "role": "電子工業部電算機本部次長"
            },
            {
              "date": "1964",
              "role": "取締役"
            },
            {
              "date": "1969",
              "role": "常務"
            },
            {
              "date": "1972-05",
              "role": "専務"
            },
            {
              "date": "1975-05",
              "role": "副社長"
            },
            {
              "date": "1976-03",
              "role": "取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "1981-06",
              "role": "会長"
            },
            {
              "date": "1981-06",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            },
            {
              "date": "1987",
              "role": "相談役"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "inference": true,
            "companies": [
              {
                "code": "6504",
                "anchor": "富士電機製造"
              }
            ],
            "pages": [
              {
                "page": "shareholders",
                "anchor": "上位株主"
              }
            ],
            "text": "1976年3月に富士通の取締役社長へ就任した。同年8月には社員を“気違い集団”と呼び、新婚旅行も途中で切り上げて仕事に戻る集団が、世界のマンモス企業であるIBMを相手に一歩も退かぬ健闘を見せていると評された。株式の裏づけは持たず、1980年3月時点の上位株主は富士電機製造21.38%・朝日生命保険9.36%・第一勧業銀行9.00%と法人が並び、個人は10位までに入らない。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "inference": true,
            "people": [
              {
                "slug": "seimiya-hiroshi"
              }
            ],
            "text": "1976年3月、清宮博氏の後任として取締役社長へ就任した。就任前年度の1975年3月期は売上高2503億円・経常利益109億円で、経常利益は1971年3月期の250億円から4期続けて減っていた。1974年5月の米アムダールへの出資でIBM互換メインフレームの開発体制と販売網を得た直後にあたり、互換機を売り切る営業をつくる仕事が残っていた。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "decisions": [
              {
                "slug": "overtake-ibm-1980",
                "anchor": "IBM日本法人を上回った"
              }
            ],
            "text": "営業の形を価格ではなくサポートに置き、機械を使って効果を上げてもらうためのアフターサービスこそが重要だと説き、システムエンジニアの集団を顧客の要望に応じてすぐ提供できる態勢を求めた。1980年5月、富士通の国内売上がIBM日本法人を上回ったことが報じられ、国際競争力のあるコンピューター産業の育成という産業政策の柱が最終段階を迎えたものとして注目された。売上高は就任前年度の2503億円から1981年3月期の5816.78億円へ2.3倍になった。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6702/executives/ceo/kobayashi-taiyu/",
      "term_start": "1976-03",
      "term_end": "1981-06"
    },
    {
      "slug": "yamamoto-takuma",
      "name": "山本卓眞",
      "kana": "やまもと　たくま",
      "origin": "生え抜き（1949年入社）。コンピュータ開発に加わり、取締役・常務・専務を経て社長へ",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "福岡県",
      "education": "東京大学第二工学部 (1949)",
      "prev_role": "専務",
      "career": [
        {
          "company": "富士通",
          "from": 1949,
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1949",
              "role": "富士通信機製造 入社"
            },
            {
              "date": "1975",
              "role": "取締役"
            },
            {
              "date": "1976",
              "role": "常務"
            },
            {
              "date": "1979",
              "role": "専務"
            },
            {
              "date": "1981-06",
              "role": "取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "1990-06",
              "role": "会長"
            },
            {
              "date": "1990-06",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "inference": true,
            "companies": [
              {
                "code": "6504",
                "anchor": "富士電機製造"
              }
            ],
            "pages": [
              {
                "page": "shareholders",
                "anchor": "上位株主"
              }
            ],
            "text": "1981年6月に富士通の取締役社長へ就任した。株式の裏づけは持たず、1980年3月時点の上位株主は富士電機製造21.38%・朝日生命保険9.36%・第一勧業銀行9.00%と法人が並び、個人株主は10位までに入らない。親会社だった富士電機製造の持分は1963年3月の48.3%から17年で半分以下に下がっており、社長人事に資本の意向が働く度合いは薄れていた。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "inference": true,
            "people": [
              {
                "slug": "kobayashi-taiyu"
              }
            ],
            "companies": [
              {
                "code": "6701",
                "anchor": "日本電気"
              }
            ],
            "text": "1981年6月、小林大祐氏の後任として取締役社長へ就任した。就任前年度の1981年3月期は売上高5816.78億円・経常利益324.17億円で、売上は5期で2.3倍に増えていた。1980年5月に国内売上でIBM日本法人を上回ったばかりで、追いかける相手を失った後の商品をどこに置くかが次の課題だった。\"C&C\"を旗印とする日本電気のような複合企業を次の標的に据えるには、猛烈に追いかけるだけでなく戦略が要った。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "companies": [
              {
                "code": "2768",
                "anchor": "日商岩井"
              }
            ],
            "text": "1985年11月、\"脱IBM\"を掲げて通信機・AI・パソコンといった汎用機以外の新市場へ製品攻勢をかけた。同年6月には流通市場があきれるほどの新製品攻勢としてパソコン戦略が伝えられている。1986年2月には日商岩井との合弁でエヌ・アイ・エフを設立し、後のニフティにつながる事業を置いた。汎用機一本足からの脱却は3本柱の厚みを生むと同時に、通信・コンピュータ・半導体を同時に抱える構造をつくった。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6702/executives/ceo/yamamoto-takuma/",
      "term_start": "1981-06",
      "term_end": "1990-06"
    },
    {
      "slug": "sekizawa-tadashi",
      "name": "関澤義",
      "kana": "せきざわ　ただし",
      "origin": "生え抜き（1954年入社）。営業推進部門を歩み、取締役・常務・専務を経て社長へ",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "東京都",
      "education": "東京大学工学部電気工学科 (1954)",
      "prev_role": "専務",
      "career": [
        {
          "company": "富士通",
          "from": "1954-04",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1954-04",
              "role": "富士通信機製造 入社"
            },
            {
              "date": "1984-06",
              "role": "取締役"
            },
            {
              "date": "1986-06",
              "role": "常務"
            },
            {
              "date": "1988-06",
              "role": "専務・営業推進部長"
            },
            {
              "date": "1990-06",
              "role": "取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "1998-06",
              "role": "会長"
            },
            {
              "date": "1998-06",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "inference": true,
            "text": "1990年6月に富士通の社長へ就任した。翌1991年4月の記事では、現場主義をモットーに5万人を率いる経営者として紹介されている。当時の富士通は売上の7割強をコンピューター部門が稼ぎ、その主力事業は汎用大型機だった。社内から昇った社長であり、株式の裏づけは持たない。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "inference": true,
            "people": [
              {
                "slug": "yamamoto-takuma"
              }
            ],
            "text": "1990年6月、山本卓眞氏の後任として社長へ就任した。富士通は汎用コンピューターとともに成長してきたが、その路線は1990年代初頭に曲がり角を迎えた。米IBMの赤字転落が象徴するように、ダウンサイジングの進展が汎用大型機の地位を揺るがしたためだった。汎用機の需要が残るうちにハード中心の文化から素早く離れられるかどうかに、この時期のリストラの成否がかかっていた。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "text": "1990年10月に英ICLを出資比率80%で買収し、翌11月にグループ会社とした。ICLは買収後にメインフレームの製造から段階的に撤退し、1997年1月にはメーカー部門\"D2D\"を売却している。1993年には設計段階からのコストダウンとあわせて\"ハード自前主義\"との決別を明言した。1997年9月には42%出資していた米アムダールの全株式を1106億円で買い取り、国内2万人・欧州1万人・北米6000人の計3万6000人のSE体制を構築した。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6702/executives/ceo/sekizawa-tadashi/",
      "term_start": "1990-06",
      "term_end": "1998-06"
    },
    {
      "slug": "akikusa-naoyuki",
      "name": "秋草直之",
      "kana": "あきくさ　なおゆき",
      "origin": "生え抜き（1961年入社）。文系卒のシステムエンジニア第一号として入社し、取締役・常務・専務を経て社長へ",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "栃木県",
      "education": "早稲田大学第一政治経済学部経済学科 (1961)",
      "prev_role": "専務",
      "career": [
        {
          "company": "富士通",
          "from": 1961,
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1961",
              "role": "入社（文系卒のシステムエンジニア第一号）"
            },
            {
              "date": "1988",
              "role": "取締役"
            },
            {
              "date": "1991",
              "role": "常務"
            },
            {
              "date": "1992",
              "role": "専務"
            },
            {
              "date": "1998-06",
              "role": "代表取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "2003-06",
              "role": "代表取締役会長"
            },
            {
              "date": "2003-06",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "inference": true,
            "people": [
              {
                "slug": "sekizawa-tadashi"
              }
            ],
            "pages": [
              {
                "page": "shareholders",
                "anchor": "上位株主"
              }
            ],
            "text": "ソフト部隊の出身で、1998年に関澤義氏から社長職を引き継いだ。就任にあたっては収益改善と負債軽減を当面の課題に挙げている。株式の裏づけは持たず、2006年3月時点の上位株主は日本マスタートラスト信託銀行9.11%・日本トラスティ・サービス信託銀行5.27%・富士電機ホールディングス4.57%と法人が並び、10位は富士通従業員持株会の1.05%だった。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "people": [
              {
                "slug": "sekizawa-tadashi"
              }
            ],
            "text": "1998年6月、関澤義氏の後任として代表取締役社長へ就任した。交代は同年4月に、下馬評どおりのソフト部隊出身の起用として伝えられている。就任前年度の1998年3月期は連結売上高4兆9854億円・経常利益1151億円ながら、当期純利益は56億円まで減少していた。前年9月の米アムダール買収で有利子負債は1兆8000億円を超え、のれん代約500億円を10年で償却する負担も抱えていた。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "decisions": [
              {
                "slug": "2003-kurokawa-turnaround",
                "anchor": "構造改革計画"
              }
            ],
            "text": "1999年4月に260億円でニフティを買収し、同年10月にはシーメンスとの合弁でFujitsu Siemens Computersを設立した。2001年8月20日の構造改革計画では、リストラ特別損失3000億円のうち約半分の1450億円を半導体部門に充て、国内の前工程11ラインのうち3ラインを縮小している。人員は海外1万1400人・国内5000人の計1万6400人を減らし、4700人を配置転換した。2002年4月にはサーバ・ストレージ事業を会社分割し、富士通ITプロダクツを設立した。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6702/executives/ceo/akikusa-naoyuki/",
      "term_start": "1998-06",
      "term_end": "2003-06"
    },
    {
      "slug": "kurokawa-hiroaki",
      "name": "黒川博昭",
      "kana": "くろかわ　ひろあき",
      "origin": "生え抜き（1967年入社）。ソフト・サービス事業推進本部を歩み、経営執行役副社長を経て社長へ",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "埼玉県",
      "education": "東京大学法学部 (1967)",
      "prev_role": "経営執行役副社長",
      "career": [
        {
          "company": "富士通",
          "from": "1967-04",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1967-04",
              "role": "入社"
            },
            {
              "date": "1998-06",
              "role": "ソフト・サービス事業推進本部副本部長"
            },
            {
              "date": "1999-06",
              "role": "取締役"
            },
            {
              "date": "2001-04",
              "role": "常務取締役"
            },
            {
              "date": "2002-06",
              "role": "常務執行役"
            },
            {
              "date": "2003-04",
              "role": "経営執行役副社長"
            },
            {
              "date": "2003-06",
              "role": "代表取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "2008-06",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "people": [
              {
                "slug": "akikusa-naoyuki"
              }
            ],
            "text": "1967年に富士通へ入社し、1998年6月にソフト・サービス事業推進本部副本部長、1999年6月に取締役、2001年4月に常務取締役へ進んだ。2002年6月に常務執行役、2003年4月に経営執行役副社長となり、同年6月に代表取締役社長へ就任した。ハードの技術者ではなくシステムエンジニアとして育ち、秋草直之氏から社長を承継した。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "inference": true,
            "people": [
              {
                "slug": "akikusa-naoyuki"
              }
            ],
            "text": "2003年6月、秋草直之氏の後任として社長に就任した。前々期の2002年3月期に連結最終赤字3,825億円を出し、一時は産業再生機構送りまでささやかれた会社である。2001年8月の構造改革計画では3000億円のリストラ特別損失を積み、海外1万1400人・国内5000人の計1万6400人を減らす計画を掲げていた。就任前年度の2003年3月期も最終赤字1221億円が残った。ハード部門の整理にめどが立ち、情報サービスの立て直しへ人選が移った。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "companies": [
              {
                "code": "6501",
                "anchor": "日立製作所"
              },
              {
                "code": "6753",
                "anchor": "シャープ"
              }
            ],
            "decisions": [
              {
                "slug": "2003-kurokawa-turnaround",
                "anchor": "SIアシュアランス本部"
              }
            ],
            "text": "2004年3月期、情報サービス事業のシステム開発で不採算案件が起き、特別損失600億円を計上した。黒川氏直属の特命組織としてSIアシュアランス本部を開設し、精鋭のシステムエンジニアら約50人が大型案件の進捗を審査して、原価率9割を超える事業は原則受注しない運用を敷いた。2005年度の不採算案件額は114億円と前年度の3分の1以下へ下がった。2005年3月にプラズマディスプレイモジュール事業を日立製作所へ、翌4月に液晶デバイス事業をシャープへ譲渡する契約を締結した。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6702/executives/ceo/kurokawa-hiroaki/",
      "term_start": "2003-06",
      "term_end": "2008-06"
    },
    {
      "slug": "nozoe-kuniaki",
      "name": "野副州旦",
      "kana": "のぞえ　くにあき",
      "origin": "生え抜き（1971年入社）。米国駐在で日米コンピュータ貿易摩擦交渉を担当し、常務・副社長を経て社長へ",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "福岡県",
      "education": "早稲田大学政治経済学部 (1971)",
      "prev_role": "副社長",
      "career": [
        {
          "company": "富士通",
          "from": "1971-04",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1971-04",
              "role": "入社"
            },
            {
              "date": "2001-04",
              "role": "政策推進本部長"
            },
            {
              "date": "2002-06",
              "role": "執行役"
            },
            {
              "date": "2005-10",
              "role": "経営執行役常務"
            },
            {
              "date": "2007-06",
              "role": "経営執行役上席常務"
            },
            {
              "date": "2008-04",
              "role": "経営執行役副社長"
            },
            {
              "date": "2008-06",
              "role": "代表取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "2009-09",
              "role": "社長退任",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "timeline"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "text": "1971年に富士通へ入社し、2001年4月に政策推進本部長、2002年6月に執行役へ就任した。2005年10月に経営執行役常務、2007年6月に経営執行役上席常務へ進み、2008年4月に経営執行役副社長となった。経営の中枢に入ったのは入社から34年後で、そこから3年で社長へ届いた。2008年6月、代表取締役社長に就任した。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "people": [
              {
                "slug": "kurokawa-hiroaki"
              }
            ],
            "text": "2008年6月、黒川博昭氏の後任として社長に就任した。就任前年度の2008年3月期は売上5兆3309億円・営業利益2050億円で、2002年3月期の連結最終赤字3,825億円から立ち直った直後だった。経営執行役副社長へ上がったのは2008年4月で、社長就任はその2カ月後である。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "text": "在任は2008年6月から2009年9月までの1年3カ月にとどまった。2009年9月25日、野副氏は病気を理由に辞任し、以後いっさい姿を見せなかった。辞任から5カ月後の2010年2月26日、取締役と監査役へ辞任取消通知書を送付した。反社会的勢力と付き合っているとして辞任を要求されたというのが野副氏の主張で、代理人弁護士の調査では関与はないとの判断に至った。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6702/executives/ceo/nozoe-kuniaki/",
      "term_start": "2008-06",
      "term_end": "2009-09"
    },
    {
      "slug": "mazuka-michiyoshi",
      "name": "間塚道義",
      "kana": "まづか　みちよし",
      "origin": "生え抜き（1968年富士通ファコム入社、1971年富士通へ転社）。代表取締役会長として、野副州旦氏の辞任にともない社長を兼務した",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "東京都",
      "education": "学習院大学経済学部経済学科 (1968)",
      "education_source": "https://ja.wikipedia.org/wiki/間塚道義",
      "prev_role": "代表取締役会長",
      "career": [
        {
          "company": "富士通",
          "from": 1971,
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1968",
              "role": "富士通ファコム 入社"
            },
            {
              "date": "1971",
              "role": "富士通へ転社"
            },
            {
              "date": "2008-06",
              "role": "代表取締役会長"
            },
            {
              "date": "2009-09",
              "role": "代表取締役会長兼社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "2010-04",
              "role": "代表取締役会長"
            },
            {
              "date": "2010-04",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "text": "1968年に富士通ファコムへ入社し、1971年に富士通へ転社した。2008年6月に代表取締役会長へ就任した。社長を経ないまま会長を務めていた人物で、2009年9月に代表取締役会長兼社長となった。2010年4月に社長を退き、代表取締役会長へ戻った。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "inference": true,
            "people": [
              {
                "slug": "nozoe-kuniaki"
              }
            ],
            "text": "2009年9月25日、野副州旦氏が病気を理由に社長を辞任した。代表取締役会長だった間塚氏が同月、会長のまま社長を兼務して後を継いだ。就任前年度の2009年3月期は売上4兆6930億円・最終赤字1124億円だった。社長が突然不在となった直後の指名で、次の社長が決まるまでを会長が引き受けた人事だったとみられる。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "people": [
              {
                "slug": "nozoe-kuniaki",
                "anchor": "野副氏"
              },
              {
                "slug": "yamamoto-masami"
              }
            ],
            "text": "2010年2月26日、野副氏が取締役と監査役へ辞任取消通知書を送付した。富士通は3月6日に臨時取締役会を開き、通知書の一方的な送付による信頼関係の消失を理由として野副氏の相談役解任を決めた。同日、辞任理由を病気から訂正する開示も行った。東京証券取引所は2009年9月25日の開示が適切でなかったとして、3月9日に口頭で厳重注意した。2010年4月1日、山本正已氏へ社長を渡した。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6702/executives/ceo/mazuka-michiyoshi/",
      "term_start": "2009-09",
      "term_end": "2010-04"
    },
    {
      "slug": "yamamoto-masami",
      "name": "山本正已",
      "kana": "やまもと　まさみ",
      "origin": "生え抜き（1976年入社）。OASYS・パソコン事業を歩み、執行役員副社長から社長へ",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "山口県豊浦郡豊北町（現・下関市）",
      "education": "九州大学工学部電気工学科 (1976)",
      "education_source": "https://ja.wikipedia.org/wiki/山本正已",
      "prev_role": "執行役員副社長",
      "career": [
        {
          "company": "富士通",
          "from": "1976-04",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1976-04",
              "role": "入社"
            },
            {
              "date": "2005-06",
              "role": "経営執行役"
            },
            {
              "date": "2007-06",
              "role": "経営執行役常務"
            },
            {
              "date": "2010-01",
              "role": "執行役員副社長"
            },
            {
              "date": "2010-04",
              "role": "執行役員社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "2010-06",
              "role": "代表取締役社長"
            },
            {
              "date": "2015-06",
              "role": "代表取締役会長"
            },
            {
              "date": "2015-06",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            },
            {
              "date": "2019-06",
              "role": "取締役シニアアドバイザー"
            }
          ]
        },
        {
          "company": "JFEホールディングス",
          "from": "2017-06",
          "to": null,
          "concurrent": true,
          "roles": [
            {
              "date": "2017-06",
              "role": "社外取締役"
            }
          ]
        },
        {
          "company": "みずほフィナンシャルグループ",
          "from": "2019-06",
          "to": null,
          "concurrent": true,
          "roles": [
            {
              "date": "2019-06",
              "role": "社外取締役"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "text": "1976年に富士通へ入社し、2005年6月に経営執行役、2007年6月に経営執行役常務へ進んだ。社長就任の直前は2010年1月に就任した執行役員副社長だった。2010年4月に執行役員社長、同年6月に代表取締役社長となり、2015年6月に代表取締役会長、2019年6月に取締役シニアアドバイザーへ移った。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "people": [
              {
                "slug": "mazuka-michiyoshi"
              },
              {
                "slug": "nozoe-kuniaki"
              }
            ],
            "text": "2010年4月1日、間塚道義氏の後任として社長に就任した。2009年9月の野副州旦氏の辞任から半年で社長が2度替わり、2010年3月には野副氏の相談役解任と東京証券取引所の厳重注意が続いていた。就任前年度の2010年3月期は売上4兆6795億円・純利益931億円だった。従業員18万3508人を抱える企業グループの統治を、常務級から抜かれた人物が引き受けた。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "companies": [
              {
                "code": "6752",
                "anchor": "パナソニック"
              }
            ],
            "decisions": [
              {
                "slug": "2008-hardware-divestiture",
                "anchor": "祖業のハード事業を切り離す判断"
              }
            ],
            "text": "祖業のハード事業を切り離す判断を続けた。2012年8月に富士通セミコンダクターの一部を国内ファウンドリへ売却し、2014年3月には携帯電話事業を富士通コネクテッドテクノロジーズとして分社した。2015年3月、パナソニックとのシステムLSI事業統合により、両社の設計部門を引き継ぐソシオネクストが事業を開始した。半導体は2010年4月に富士通マイクロエレクトロニクスから富士通セミコンダクターへ商号を変更していた。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6702/executives/ceo/yamamoto-masami/",
      "term_start": "2010-04",
      "term_end": "2015-06"
    },
    {
      "slug": "tanaka-tatsuya",
      "name": "田中達也",
      "kana": "たなか　たつや",
      "origin": "生え抜き（1980年入社）。営業畑を歩み、Asiaリージョン長・執行役員副社長を経て社長へ",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": "福岡県飯塚市",
      "education": "東京理科大学理工学部経営工学科 (1980)",
      "prev_role": "執行役員副社長",
      "career": [
        {
          "company": "富士通",
          "from": "1980-04",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1980-04",
              "role": "入社"
            },
            {
              "date": "2012-04",
              "role": "執行役員"
            },
            {
              "date": "2014-04",
              "role": "執行役員常務"
            },
            {
              "date": "2015-01",
              "role": "執行役員副社長"
            },
            {
              "date": "2015-06",
              "role": "代表取締役社長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "2019-06",
              "role": "取締役会長"
            },
            {
              "date": "2019-06",
              "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
              "is_ceo_retired": true,
              "retirement_basis": "next_ceo"
            }
          ]
        }
      ],
      "statements": [
        {
          "quote": "\"信頼と創造\"というのは、私が富士通を誇らしく思う象徴的な言葉なんです",
          "category": "信念",
          "date": "2016-12",
          "source": "クラウドWatch",
          "title": "【大河原克行のキーマンウォッチ】2017年は富士通にとって「信」の1年になる 富士通・田中達也社長",
          "publisher": "インプレス",
          "url": "https://cloud.watch.impress.co.jp/docs/column/keyman/1034907.html"
        },
        {
          "quote": "1社だけで成功を生み出す時代は終わった",
          "category": "事業",
          "date": "2018-05",
          "source": "クラウドWatch",
          "title": "1社だけで成功を生み出す時代は終わった――、富士通・田中達也社長が共創による価値創出をアピール",
          "publisher": "インプレス",
          "url": "https://cloud.watch.impress.co.jp/docs/event/1122291.html"
        },
        {
          "quote": "日本にいて、日本からやればいいという発想はやめなければならないと思います",
          "category": "事業",
          "date": "2018-08",
          "source": "日経MM",
          "title": "富士通社長 田中達也様",
          "publisher": "日経メディアマーケティング",
          "url": "https://www.nikkeimm.co.jp/35th/detail/id=877"
        },
        {
          "quote": "自分が持っているものから考えて、動きがコンサバティブ（保守的）になってしまう大企業病だ",
          "category": "組織",
          "date": "2019-02",
          "source": "日経xTECH",
          "title": "「富士通は大企業病で保守的」、田中社長の誤算と反省",
          "publisher": "日経BP",
          "url": "https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00596/021200001/"
        },
        {
          "quote": "お客さまに提供できる価値が営業利益率に表れているのではないかと考えている。グローバルで戦うためには営業利益率10%が必要ではないかとも考え、こだわった",
          "category": "株主",
          "date": "2019-03-28",
          "source": "クラウドWatch",
          "title": "富士通、田中達也社長と社長就任予定の時田隆仁常務が会見",
          "publisher": "インプレス",
          "url": "https://cloud.watch.impress.co.jp/docs/news/1177057.html"
        },
        {
          "quote": "サービスを構成する要素はさまざまでも、サービスに対してトータルの責任を持って保証するのは富士通です",
          "category": "顧客",
          "date": "2016-12",
          "source": "クラウドWatch",
          "title": "【大河原克行のキーマンウォッチ】2017年は富士通にとって「信」の1年になる 富士通・田中達也社長",
          "publisher": "インプレス",
          "url": "https://cloud.watch.impress.co.jp/docs/column/keyman/1034907.html"
        },
        {
          "quote": "過去の自分や、旧来の固定観念に縛られることなく、大胆に、軽やかに自分の将来を切り拓いていってほしいですね",
          "category": "キャリア",
          "date": null,
          "source": "東京理科大学報",
          "title": "テクノロジーを武器にチャレンジを続ける経営者 田中達也さん（富士通株式会社 代表取締役社長）",
          "publisher": "東京理科大学",
          "url": "https://www.tus.ac.jp/ridaihito/2080.html"
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "text": "1980年に富士通へ入社し、2012年4月に執行役員、2014年4月に執行役員常務へ進んだ。執行役員に上がってから社長までは3年しかない。2015年1月に執行役員副社長となり、その5カ月後の同年6月に代表取締役社長へ就任した。社長を退任した2019年6月からは取締役会長を務めた。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "inference": true,
            "people": [
              {
                "slug": "yamamoto-masami"
              }
            ],
            "text": "2015年6月、山本正已氏の後任として社長に就任した。就任前年度の2015年3月期は売上4兆7553億円・営業利益1786億円・純利益1005億円だった。前任期には2013年3月期に最終赤字799億円を出しており、そこから2期で黒字へ戻した直後の交代である。前任が始めたハード事業の切り離しを引き継ぐ人選だった。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "people": [
              {
                "slug": "yamamoto-masami"
              }
            ],
            "decisions": [
              {
                "slug": "2008-hardware-divestiture",
                "anchor": "祖業ハードからの撤退"
              }
            ],
            "text": "山本正已氏から引き継いだ祖業ハードからの撤退を最後まで進めた。2017年11月、パソコン事業をレノボと合弁化し、レノボが過半を出資する富士通クライアントコンピューティングを発足させた。2019年4月には、2014年3月に分社していた携帯電話事業をポラリス・キャピタルへ譲渡して撤退した。パソコンと携帯電話という量産ハードの2事業が、この2年で富士通の手を離れた。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6702/executives/ceo/tanaka-tatsuya/",
      "term_start": "2015-06",
      "term_end": "2019-06"
    },
    {
      "slug": "tokita-takahito",
      "name": "時田隆仁",
      "kana": "ときた　たかひと",
      "origin": "生え抜き（1988年入社）。金融分野のシステムエンジニアとして育ち、英ロンドン駐在で海外事業を率いた後に社長へ",
      "origin_type": "生え抜き",
      "hometown": null,
      "education": "東京工業大学工学部 (1988)",
      "prev_role": "執行役員副社長",
      "career": [
        {
          "company": "富士通",
          "from": "1988-04",
          "to": null,
          "roles": [
            {
              "date": "1988-04",
              "role": "入社"
            },
            {
              "date": "2014-06",
              "role": "金融システム事業本部長"
            },
            {
              "date": "2015-04",
              "role": "執行役員"
            },
            {
              "date": "2019-01",
              "role": "執行役員常務グローバルデリバリーグループ長"
            },
            {
              "date": "2019-03",
              "role": "執行役員副社長"
            },
            {
              "date": "2019-06",
              "role": "代表取締役社長リスク・コンプライアンス委員会委員長",
              "is_ceo_appointed": true
            },
            {
              "date": "2019-10",
              "role": "CDXO（Chief DX Officer）"
            },
            {
              "date": "2021-04",
              "role": "CEO（Chief Executive Officer）"
            }
          ]
        }
      ],
      "sections": {
        "tenure_summary": "DX企業への抜本変革を旗印に「Fujitsu Uvance」ブランドを軸とするサービスソリューション中心の事業ポートフォリオを構築した経営者である。\n\nノンコア事業整理と政策保有株式縮減・自己株式取得拡大を組み合わせ、株価約3倍を実現する資本効率重視経営を断行した。",
        "tenure_frames": [
          {
            "frame": "origin",
            "text": "1988年に富士通へ入社し、2014年6月に金融システム事業本部長へ就任した。2015年4月に執行役員、2019年1月に執行役員常務グローバルデリバリーグループ長、同年3月に執行役員副社長となった。副社長就任から3カ月後の2019年6月、秋草直之氏・黒川博昭氏に続くシステムエンジニア出身の社長となった。2019年10月から2023年3月までCDXOを務め、2021年4月にCEOを兼ねた。"
          },
          {
            "frame": "selection",
            "inference": true,
            "people": [
              {
                "slug": "tanaka-tatsuya"
              }
            ],
            "text": "2019年6月、田中達也氏の後任として社長に就任した。秋草直之氏・黒川博昭氏に続くシステムエンジニア出身の社長であり、執行役員副社長になったのは3カ月前の同年3月である。就任前年度の2019年3月期は売上3兆9524億円・営業利益1302億円で、売上は前任の4年で8000億円余り減っていた。ハードを手放し終えた会社に、何を売るかを決める役が回った。"
          },
          {
            "frame": "initiatives",
            "text": "2020年4月、DXのコンサルティングを手がける新会社を設立し、本体の役員に独SAPや米マイクロソフトの出身者を迎えた。顧客の課題をデジタル技術で解決するには自分たちが変わる必要があるとして、上流のコンサルティングを含む脱受託を掲げた。2021年10月には業種横断型のオファリング事業としてFujitsu Uvanceを発表した。国内向けには2020年に富士通Japanを新設し、2022年3月に3000人超を削減した。2023年4月、事業構造改革の完了に伴い富士通セミコンダクターを本体へ統合した。"
          },
          {
            "frame": "results",
            "text": null
          }
        ]
      },
      "html_url": "https://the-shashi.com/tse/6702/executives/ceo/tokita-takahito/",
      "term_start": "2019-06",
      "term_end": null
    }
  ]
}
