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  "attribution": "The社史 (the-shashi.com) — https://the-shashi.com/tse/6592/executives/ceo/mabuchi-kenichi/",
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      "extraction": "EDINET の XBRL から機械抽出した役員表を土台に、雑誌記事・社史・報道で経歴と出自を補完",
      "caveat": "在任区間は career の is_ceo_appointed が正本。退任年月は次の代の就任年月から決まる"
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    "name": "馬渕健一",
    "kana": "まぶち　けんいち",
    "surname": "馬渕",
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    "origin": "創業家（1946年創業）。高松の金属加工業の家に生まれ、関西理科研究所で馬蹄型マグネットモーターを開発した。1954年に東京科学工業を設け、1958年の馬渕工業設立で社長に就任し、1985年に社長を退任して会長に就任した",
    "origin_type": "創業家",
    "milestone": "マブチモーター（旧・関西理科研究所）の創業者",
    "birthdate": "1922-11-13",
    "hometown": "香川県高松市",
    "education": "高松実業学校 (1938)",
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            "date": "1946-06",
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            "date": "1958-08",
            "role": "馬渕工業（現・マブチモーター）を設立 社長",
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            "role": "社長退任（次期社長登用による推定）",
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            "title": "会長"
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    "references": [
      {
        "source": "創業者精神 : 独力で優良企業を築いた経営者列伝（日経ベンチャー別冊）1993年「五百円握りしめ故郷高松から単身上京」（馬渕健一）",
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      {
        "source": "証券アナリストジャーナル 1984年9月号「マブチモーター」（馬渕健一・講演要旨）",
        "for": [
          "career",
          "origin"
        ]
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      {
        "source": "証券 1987年39(1)(454) 新規上場会社紹介「マブチモーター株式会社」",
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          "career"
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        {
          "frame": "origin",
          "text": "香川県高松市で金属加工業を営む馬渕栄氏の、9人きょうだいの長男に生まれた。1938年に高松実業学校を卒業し、家業の金属加工に従事した。1946年6月に高松で関西理科研究所を創立し、小型モーターの開発に入った、マブチモーターの創業者である。1954年の東京進出にあたり父から渡された元手は500円で、工場の資金は取引先の玩具会社からの100万円の出資と、借り受けた倉庫で賄った。"
        },
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          "text": "1954年1月18日、東京都葛飾区に前身の東京科学工業を設立した。完成品は東京科学工業、部品は1955年8月設立の日本科工が受け持つ2社体制で、需要の伸びに見合う管理体制を整えるため、1958年8月に馬渕工業を設けて両社の営業を引き継いだ。馬渕健一氏はこの馬渕工業の社長に就任した。上京した弟たちは上京の順に専務・工場長・部長に就任し、専務には馬渕隆一氏が就任した。",
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        },
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          "frame": "initiatives",
          "text": "1964年に香港、1969年に台湾へ生産子会社を設け、人手の要る組み立てを人件費の低い土地に移した。1969年には顧客ごとに受注していたモーターを4種類の標準品に統合し、通年の見込み生産に切り替えた。顧客には「規格やサイズを我慢してくれれば、性能とコストは絶対に満足できる製品を供給します」と約束した。国内では正社員を減らしてパートタイマーを増やし、人件費を需要の増減に合わせた。1984年に店頭登録で株式を公開し、1985年に社長を退任して会長に就任した。"
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        },
        {
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          "text": "馬渕健一氏は少年時代、蒸気機関で走る船や自動車の模型づくりに熱中した。小学6年のとき自作のスチームエンジンの釜を破裂させてけがを負い、「強力で安全、操作し易い動力があれば」と考えたことが、小型モーターの開発に向かうきっかけになった。陸軍への徴用から生還すると、焼け跡の廃材を使って小型電動モーターの製作に取りかかり、1946年に高松で関西理科研究所を創立した。\n最初の製品は学校教材向けの「スクールモーター」で、弟たちと手作業で組み、関西一円の小・中学校を自ら訪ねて売った。1年ほどは注文が伸びたが、特許の出願が無いことに目を付けた大阪の業者が資金力で同種品を大量に出し、家内工業の在庫は売れ残って赤字に転じた。家業の金属加工に一時戻ったのち、1947年に界磁へ永久磁石を使う馬蹄型の小型マグネットモーターを完成させ、今度は特許を押さえた。\n売り先に選んだのは玩具である。1950年ごろの玩具業界はゼンマイ式で輸出が好調だったため相手にされなかったが、2年ほどで日本製の玩具が海外で売れなくなると、馬渕健一氏はモーターを積んだ模型飛行機と自動車を試作し、東京・蔵前の玩具最大手へ持ち込んだ。回答の期限を切って高松へ戻ると、約2週間後に独占取引の申し出と20万円の手付けが届き、工場は2年にわたり休みなく動いた。\n輸送費と情報の速さを考えて東京への移転を構想したが、父の馬渕栄氏は反対し、出した資金は500円だけだった。片道270円の運賃を払って上京した馬渕健一氏は、取引先に特許を示して100万円の出資と工場の貸与を求め、40坪の倉庫を2階建てに改める条件で了承を得た。様子を見に来た弟たちもそのまま東京に残り、1954年1月18日、葛飾区で東京科学工業として小型マグネットモーターの本格生産に入った。\n設立後は1955年8月に自動巻線機を自社で開発して増産と原価の引き下げを進め、1957年9月には輸出専門の馬渕商事を設けた。1956年に初めて渡米した際、ハワイの税関で1個10セントと申告したサンプルを係官が1ドル以上の品とみたことから、米国市場での勝算を確信して対米輸出に力を注いだ。取引のある米国の玩具・電機メーカーが香港や台湾へ生産を移すと、その後を追って1964年に香港、1969年に台湾へ工場を出した。\n本人はのちに、早い時期の海外移転を先見性と評されることに対し、「マーケットの教えるところ」に従った結果であったと寄稿で位置づけている。1984年に店頭登録で株式を公開し、1986年12月に東証2部へ上場した。"
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